アイ潜IF外伝 (四季の歓喜)
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IF未来 トライアングル編 その1

やっちまいました。だが後悔はしない!!

とりあえずネタバレ要素が皆無なコッチから投稿します。


これは、もしものお話。 

 

 

 

 あるかもしれないし、無いかもしれない未来のお話。

 

 

 

 彼らがこの結末に辿り着けるのかどうかは誰にも分からない。

 

 

 

 けれど、もしもこの結末に彼らが辿り着いたら、きっとこんな日々を送るだろう…

 

 

 

 これは、そんなもしもな未来のお話…

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 なぁ、聞いてくれないか?俺は今日、なんとも久方ぶりな休暇を貰ったんだ。ワンサマーの監視はオランジュに押し付け、今日は丸一日自由に過ごせとフォレストの旦那から直々に頂いたんだ…。

 

 それはもう喜んださ。ここ半年間ず~っと部屋に引き籠ってハーレム野郎の観察しなきゃいけない上に、食事の時か奴が外出する時以外に外へ出る機会も殆ど無い。そんな日々を一日だけとはいえ、何もかも忘れて遊んで来いと言うのだ。嬉しいに決まってる…。

 

 

 なのに、なのに何で…何で近場の大規模ショッピングモールに行ってみたら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、遅いよセイス君!!女の子は待たせちゃいけないんだぞ♪」 

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

―――何で私服姿の天敵(楯無)が満面の笑顔で手を振りながら待ってんだよ!?

 

 

 

 

 

「…さ・ら・ば・!!」

 

 

 

 

 あまりに違和感なく周囲に溶け込んでいた為、正面入口を入った後もしばらく気付けず、何時の間にか彼女の3メートル付近にまで近寄ってしまった…。が、気付いただけマシだ……俺は速攻で回れ右をしてその場から逃走を試みる。

 

 

 

 

「だが残念、逃げられない!!」

 

 

 

「てめッ、ISの部分展開とか卑怯……ていうか何普通に出してんだテメェ…!?」 

 

 

 

「私、暗部の人間。もみ消し、隠蔽、お茶の子些細…おーけー?」

 

 

 

「いや、全然『おーけー』じゃねぇし…」

 

 

 

 畜生…二度目の鬼ごっこを制してからと言うもの、段々と俺に対して遠慮が無くなっていってるんだよなコイツ。この前なんか俺を見つけた瞬間、警告も無しにISのガトリングぶっ放してきたし…。

 

 て、それどころじゃない…このまま捕まるわけにはいかないんだよ……!!

 

 

 

「は~い、ちょっとタンマ…今日はいつもみたいに鬼ごっこしにきたわけじゃないよのよ?」

 

 

 

「あ?」

 

 

 

 決死の覚悟で抵抗してやろうかと全身に力を籠め始めた途端、楯無が両腕を前に突き出して待ったをかけてきた。突然の行動に思わず動きを止めて彼女の言葉に耳を傾ける…。

 

 

 

 

「ほらほら、良く見て。今日の私は私服でしょ?」

 

 

 

「…?」

 

 

 

 

 まぁ、確かに今日の楯無は私服である。それも、かなり気合を入れてお洒落してるみたいだ。だが…

 

 

 

 

「それがどうした…?」

 

 

 

「まったくもう、鈍いなぁ!!それでよく犯罪組織のエージェントなんてやれるわね?」

 

 

 

 

 失敬な…。しかし、コイツが私服であることの意味ってなんだ?さっぱり思いつかないんだが……。

 

 

 

 

「その顔…さては全く想像もつかないってとこかしら?……仕方ないわね、教えてあげるわ…!!」

 

 

 

「いや、別にいいです…」

 

 

 

「私が私服、それが意味することはただ一つッ!!」

 

 

 

「いいって言ってるだろ、ボケナス…」

 

 

 

 どっかのマダオ娘に負けず劣らずなドヤ顔を見せ、愛用の扇子を取り出す楯無……どうせまた広げると何か書いてあるんだろうな…。

 

 因みに、地味に欲しくなったからネットオークションやア○ゾンで探したけど、結局みつからなかった。実はコレってオーダーメイドなのか…?

 

 と、くだらないことを考えていたら既に俺の目の前で扇子が展開されていた。少しばかり面倒くさいが、とりあえず書かれた文字を読んでみたのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『今日はオフです』

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

 

 

「この位の事に気付けないなんて、本当にセイス君って駄目ね~?この恰好を見た時点で今の私がプライベートタイムだって察しなきゃ♪」

 

 

 

 

 ……言葉が出てこない…。コイツのあまりにアホな発言に言葉が出てこない。暗部の人間が言ってはいけないようなセリフを言ったことにも驚いたが、一番アホだと思ったのは…

 

 

 

 

「……おい、楯無…」

 

 

 

「な~に~セイス君?」

 

 

 

 

 彼女はさっきから変わらない笑みを浮かべながらこっちを向く。とりあえず、そんなお前にどうしても言わせてもらいたいことがある…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私服も何も、更識家に仕事服なんて無いだろ」

 

 

 

「……え…」

 

 

 

「もしかしてIS学園の制服のことを言ってるのか?だが生憎、俺がお前の制服姿を見たのは最初の一回だけだ…」

 

 

 

「え、いや…その……」

 

 

 

「それ以降の鬼ごっこは全部、お前って私服だったよな?……あ、一度だけメイド服着てた時があったっけ?まさか、それが更識家の仕事服なのか?…わ~、俺って馬鹿だから知らなかったな~~」

 

 

 

「ちょ、ちょっとタンマ…!!」

 

 

 

「これは良い事を知ったな~日本最強の暗部、更識家の仕事服はメイド服。わ~い、今日もまた一つかしこくなったぞ~。更識家当主、更識楯無さん直々に教えて貰ったから間違いないよね~?」

 

 

 

「や~め~て~~ッ!!」 

 

 

 

 

 あらら顔を真っ赤にしちゃってまぁまぁ…。何を理由にトチ狂ったことを言っちまったんだか知らないが、思いっきり自分で墓穴掘った彼女は随分と珍しい。

 

 

 

 

「…ふぅ……さっきのお馬鹿発言は全部忘れてちょうだい…」

 

 

 

「貸し一つ、だ」

 

 

 

 

 羞恥心により少しばかり息が荒いが、どうにか落ち着いたようである。彼女はこっちを一瞬だけジロリと睨んだ後、すぐにコホンと咳払いをして話の本題を切り出した…

 

 

 

 

「とにかく!!今日の私は貴方と一緒で休暇中なの!!ここで会ったのも何かの縁……どうせだから、一緒に回らない?」

 

 

 

「え゛?」

 

 

 

 

 思わず変な声出しちまった…。いや、本当にどうした今日のコイツは?罠か何かか?それとも本気で言ってるのか?……どっちにせよ、嫌な予感しかしない…。

 

 

 

―――ていうか、それ以前の問題なんだが…

 

 

 

 そんな思考が表に出てしまっていたのだろうか…楯無が少しだけ不満そうな表情を見せながら、口を開いた……。

 

 

 

 

「ちょっと…罠とか私の気が狂ったとか思ってる?……それとも、私じゃ不満かしら…?」

 

 

 

「いや、罠と正気を疑ったのは確かだが…今日、俺さ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん、待たせたなセヴァス……って、何でソイツが居る…!?」

 

 

 

 

 遠くから、先に遊ぶ約束をした彼女の荒ぶる声が聴こえてきた…。

 

 



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IF未来 トライアングル編 その2

 

(何でこうなった…)

 

 

 

 本当に何でこうなった…久しぶりの休日が確定した瞬間にマドカから『私も休暇を貰った。だから付き合えや』という内容の電話がきて、問答無用で一緒に遊びに行くことが決められてしまったのはいつもの事だから仕方ないとしよう。おまけに理由はともかく、天敵とも言える楯無が唐突に現れたのもいつもの事だから諦めよう……だがなッ…!!

 

 

 

(この状況は流石に俺の何かの許容量を超えてるぞ!!)

 

 

 

 

 今、俺の目の前で起きてる状況がどんなかというと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでお前がここに居るんだ、あぁん…?」

 

 

 

「所謂運命の出会いって奴よ…地味子ちゃん……?」

 

 

 

「はッ!!流石はキチガイヘアー、言う事が普通の方とは違いますね~流石ですね~~」

 

 

 

「言っとくけど、これは地毛よ…!!」

 

 

 

 

 難癖つけてくるヤンキーみたいに首を傾けながらメンチビームを飛ばすマドカと、いつものように扇子で口元を隠していつもの掴み所の無い…いや、明らかにキレ気味の表情を見せながら睨み返している。何度も言うが、何でこうなった…!?

 

 

 

「取り敢えずお前ら!!出会い頭に険悪ムードになるのは……ん?間違ってないか…いやいや!!やっぱり迷惑だからやめとけ!!」

 

 

「チッ…仕方ない…」

 

 

「セイス君が言うのなら…」

 

 

 

 とか言ってるけど互いに睨み合ったままだよこの二人…こんな時、どうすればいいの?笑えばいいの?誰か教えてくれよ…。

 

 

 

「…さて、無駄な時間を使ったな。行くぞセヴァス……」

 

 

「お、おう…」

 

 

「ちょっと待った!!セイス君は私と遊ぶのよ!!」

 

 

「え゛?」

 

 

「あ゛?」

 

 

 何を仰るかこの馬鹿は!!ホラ見ろ、マドカのキャラ…ゲフンゲフン口調がどんどん酷い事になってるじゃないかッ!!

 

 

「こんな可愛いくてか弱い女の子を一人で放置するなんて…セイス君、君はそれでも男の子なの!?」

 

 

「前半は全て否定させて貰う」

 

 

「可愛いも否定すんの!?」

 

 

「そもそもだ、この水色…セヴァスと先に約束していたのは私だ。部外者はすっこんでろ」 

 

 

「うぐっ…」

 

 

 至極真っ当な理屈で返された楯無は一瞬だけ言葉を詰まらせ、俯いた。だが、それは本当に一瞬だけのことで…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も一緒に遊ばせてくれないと、仲間(暗部)呼ぶわよ…」

 

 

 

「「この外道ッ!!」」 

 

 

 

 あぁ…忘れてたよ……コイツはそういう奴だったよ…。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「あ、セイス君!!今度はあっちに行こう!!」

 

 

「おい、セヴァス。次は向こうに行くぞ」

 

 

「ちょ、お前!!腕を引っ張るならせめて同じ方向に痛たたたたた!?」

 

 

 

 半ば脅しに匹敵する言葉に屈し、なし崩し的に両手に花状態でショッピングモール『レゾナンス』をふらつくことになった俺。あれ?今の俺って…ワンサマー状態?

 

 それはさておき、一夏の奴が何度も足を運ぶだけの事はある。広い、デカい、何でもある。これは丸一日ウロウロしても飽きることは無さそうだな…。

 

 

 

「それにしても…この3人が揃ったのって、いつだかの五反田食堂の時以来じゃない?」

 

 

「……あの時か…」

 

 

「そういえば居たな…お前……」

 

 

 

 あの日は色々なことがあって無駄に疲れた…楯無に正体がバレないようにしたり、マドカに財布の中身を異常に減らされたり、その後は街中鬼ごっこをコイツと繰り広げたり……帰ったらオランジュが壊れてたり…。

 

 そういえば、こいつは…のほほんさんの事を知ってるのか?……確かめたいけど、何か後が怖いから黙っておいた方が良さそうだな…。

 

 

 

 

 

「あの時に起きた街中の爆発事故って、全部君たちが原因?」

 

 

「……。」

 

 

「…お、こんなところにゲーセンが!!」

 

 

「やっぱりそうなのね…」

  

 

 

 あーあー何も聴こえなーい。そして、本当にゲーセン発見。ぶっちゃけ何年ぶりだろうか…

 

 

 

「入るのか?私は構わないが…」

 

 

「私は良いわよ~」

 

 

「んじゃ、行くか…」

 

 

 

 言いだしっぺは俺なのに、2人に引っ張られるようにして俺達はゲーセンに足を踏み入れた…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

(予想外だわぁ…本当に予想以外だわぁ……)

 

 

 今までの出現パターン、遭遇ポイント、彼の性格…その全てを踏まえ、彼が次に現われるであろう場所を特定してからず~っと毎日『レゾナンス』の正面入口に張り込むこと早一週間(・・・・)…やっと来てくれたと思ったら何で女付きなのよ!!

 

 

(でも、セイス君と一緒に居られることは事実…ならば!!この機会を生かすまでよッ!!)

 

 

「おっと、これやるか?」

 

 

「ふむ、良いな…」

 

 

 

 と、本人が聞いたら顔を顰めそうな事を考えてたら目の前にはガンコントローラーによるシューティングゲームがあった。どうやら、これをやるらしい…。

 

 

 

「二人用か…どうする…?」

 

 

「そうだなぁ…お前ら先にやれよ。どっちかがゲームオーバーになったら俺が代わる」

 

 

「じゃ、そうしようかな~♪」

 

 

 ふふふ…これは良い機会……本職の腕を見せてあげるわ!!そして、お隣の地味子に思いっきり差をつけてみせるわよ!!

 

 さぁ、いざ100円玉投入!!格の違いを見せてあげるわ!!

 

 

 

 

 

 

~10分後~

 

 

 

 

 そう思ってた時が私にもありました…

 

 

 

「おっと危ねッ!!そら、お返しだ!!」

 

 

「あぁクソッ!!ほら、交代だ水色!!」

 

 

「え、えぇ!!」

 

 

 

 私は開始3分でゲームオーバー、それに続くようにして地味子もゲームオーバー。私はセイス君と交代したから速攻で彼女と交代するもまたもや速攻でゲームオーバー。また交代したらまたゲームオーバー…何度もセイス君の隣を数分ずつ交代で陣取ることを繰り返しているのが現実…

 

 それに対して逆にセイス君は無双中。私たちがどんどん小銭を減らしていく中、彼はいまだにノーダメージ……何でなのよ…。

 

 

 

「いやぁ、噂通りの難易度だ!!ティーガーの兄貴が難しいと言っただけはある!!」

 

 

「何!?あのティーガーが!?」

 

 

「裏ボスは難し過ぎて『越界の瞳』使おうか本気で悩んだらしいぞ?」

 

 

「どんだけ難しいんだこのゲーム!?て、おい水色!!余所見するな!!」

 

 

「え、あ!?」

 

 

 何か今亡国機業で一番危ないって噂されてるエージェントの名前が聴こえたと思ったらまた死んだ!?ていうかセイス君、何で君はそんなに上手くやれるの!?

 

 

 

「お前らIS操縦者相手に生身で頑張る苦労人を舐めるなよ!!」

 

 

 

―――結局、彼がゲームをクリアする頃には、数枚の野口さんを両替する羽目になりました…

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 いや~あのゲームって実はかなり古いゲームなんだけど、やっぱり良いね。とにかく敵の攻撃と数が容赦無いんだけど、それが良い。あれをノーミスでクリアした日には大抵の修羅場は潜り抜けれる気がしてくるんだよね。でもランキング入りは出来たけど、一位の奴には勝てる気がしない。

 

 

―――誰だよ、『A,A』って…

 

 

 

 

「ちょっとセイス君、聴いてる?」

 

 

「ん?あぁ勿論、ガン無視だ」

 

 

「そう、良かっ…ガン無視!?」

 

 

「で、何だよいったい…?」

 

 

「もう…どっちが良い?って話よ♪」

 

 

 そう言って両手に持った二種類の洋服を見せてくる楯無。お察しの通り、今は場所を変えて洋服店。そこで女子二人は新しい洋服を物色中。ここは婦人服専門店だから俺はさっきまでボケ~っとしてたんだが、やっぱり駄目か…。

 

 

「どっちねぇ…どっちも似合うんじゃないか…?」

 

 

「もう!!女心が分かってないわねぇ……案外、君も一夏君と同じなのかしら…」

 

 

 

 いや、あんなのと一緒にしないでくれるか?女心が分からないってのは……まぁ、強くは否定しないけどよ。とか考えてたら今度はマドカが楯無と同じように両手に洋服を持ってきた。

 

 

 

「セヴァス、どっちが良いと思う?」

 

 

「ん?…どっちも似合うんじゃね?」

 

 

「そうか…ならば両方とも買うか……」

 

 

「そうしなそうしな」

 

 

「ちょっと、そんなんで良いの!?」

 

 

 

 何か楯無が騒ぎ始めた…。俺に対してではなく、マドカに対してだが…。

 

 

 

「何がだ?」

 

 

「いや、普通はそこでちゃんと選んで欲しいとか思うところでしょ!?」

 

 

「ふ、私をそこら辺の女と一緒にするな…」

 

 

 

 確かに色々と普通ではないよ…ガサツなところとか……

 

 

 

「それとも何か?お前はそんな小さなことを気にする小さな女なのか?いや、実際そうか…」

 

 

「何ですってぇ!?背も胸も私より小さい癖に!!牛乳飲んで出直しなさいよ!!」

 

 

「何だと!?」

 

 

「何よ!?」

 

 

 言うや否や一触即発の険悪ムード。ていうかちょっと待てテメェら!!何さり気無くISを部分展開してやがるんだ!?殴り合いか!?その過剰な拳で殴り合いでもするのか!?

 

 

「待て、お前ら!!場所を考えて行動しやが…」

 

 

「いい加減に目障りだ…そもそも、ここで消した方が今後の為になるというものだ……」

 

 

「そこに関しては同感ね…消えるのは貴方の方だけど!!」

 

 

 

 そう言って展開したISのアームを振りかぶる二人。本当にちょっと待てお前らぁ!!場所が普通の店ってのもヤバいが、その前に俺が近くにいぃいぃぃ!!

 

 

 

 

 

「「死ねぇ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁ、クソ!!改良型リムーバー!!」

 

 

 

―――バシュンッ!!

 

 

 

「え!?」

 

 

「な、コレは…!?」

 

 

 

 あ、危ねぇ…組織の奴らにこれを送っといて貰ってなかったらと思うと、ヒヤッとするぜ。衝撃によって店は崩壊、近くに居た俺や一般客は無事では済まなかっただろう…。

 

 さて、と…取り敢えず、この馬鹿共を……

 

 

 

 

「お前ら、正座ああぁぁぁ!!」

 

 

「「ひぃ!?」」

 

 

 

―――こうしてまた一つ、レゾナンスに伝説が生まれた。『彼女と一緒に試着室に入った男』に続いて、『女二人を店内で正座させて説教した男』である…。

 



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IF未来 トライアングル編 その3

取り敢えず一区切り。これの続きはまたその内…

学園編は……もう少しだけお待ちを…!!


 

 

 

 

「おぉ、中々美味いなコレ」

 

 

「確かに良いな」

 

 

「…何で何事も無かったかのようにしてられるのよ……?」

 

 

 

 何とか洋服店の崩壊を阻止した後、昼食を取るため適当に店をチョイスして入店。よく見たら、ここって前に一夏がシャルロットと蘭の3人で入った店じゃん……冗談抜きで一夏化してるじゃん俺…。

 

 あの説教の後、マドカはいつもの如くケロリと復活したのだが…楯無の奴はぐったりしてる。毎回毎回アホばかり相手にしているが故に、そいつらにキレて説教することもしばしば。そんな俺の説教は、初心者にはいささかキツかったようだ…。

 

 

 

「ふふん、やっぱり水色は大したことないなぁ?」

 

 

「いや、お前も少しは反省しろよ…」

 

 

「だが断る」

 

 

「…貴方たちって、いつもこんな感じなの?」

 

 

 

 不本意ながら、その通りだ。どっちかが馬鹿をやって、俺がマドカに説教するか二人揃って説教されるかのどちらかを毎回会う度にやってる。マドカが俺に説教することは無いが…。

 

―――って、答えてやろうとしたら先に口を開いたのはマドカの方だった…

 

 

 

「どうした、羨ましいのか?」

 

 

「おいおい、何がどうなったら俺らのやり取りを楯無が羨んで…」

 

 

「えぇ!?そそそそそそそんなことなんて微塵も、欠片も無いわよ!?」

 

 

 

 …あれ?いや、まさかそんな筈無いよな……?

 

 

 

「ほほう、違うのか…?」

 

 

「あ、当たり前じゃない!!全然羨ましくなんて無いんだか…」

 

 

「ふむ、そうか…」

 

 

 

 言葉の割には何やら黒い雰囲気を漂わせながら楯無をジト目で睨むマドカ。そして、先程まで手を付けていたスパゲティのフォークにパスタを一巻きして…

 

 

 

「おい、セヴァス…」

 

 

「ん?」

 

 

「ほれ、あーん…」

 

 

「あーん」

 

 

「あああああああぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 ……え、ちょっと待て、これ本当に…?…って、マドカ!?すんごい殺気が滲み出てるんだが!?

 

 

 

 

「…セヴァス……」

 

 

「お、おう…?」

 

 

「少し席を外せ…」

 

 

「え?俺まだ食事中…」

 

 

「外せ」

 

 

「……あいよ…」

 

 

 

 また店が吹き飛ぶような危機が訪れませんようにと祈りながら、俺はその場を後にするのだった…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

 

「……。」

 

 

 

 重い…とにかく空気が重い。目の前の少女、マドカちゃんがセイス君を何処かに退席させた後、ひたすら重い空気で沈黙が続いている…。

 

 

 

「おい…」

 

 

「…何かしら?」

 

 

 

 先に口火を切ったのは、この状況を作った本人だった。当然といえば当然だが…

 

 

 

「いつからなんだ…?」

 

 

「…何が?」

 

 

「どこぞのワンサマーじゃないんだ、分かるだろう?」

 

 

 

 

 

 

―――いつからセヴァスの事が好きなんだ…?

 

 

 

 

 

「……。」

 

 

「そもそも、休日だから私達と一緒に過ごす等と言った時点でおかしいだろ……主に頭が…」

 

 

「…ほっといてよ」

 

 

 

 そりゃあれだけ露骨な態度を見せれば分かるか…仕方ないなぁ……。

 

 

 

「最初に興味を持ち始めたのは…初めて取り逃がした時かなぁ…」

 

 

 

 初めて出会った時の彼の姿は、まさかの熊の着ぐるみ姿。けど、別にそれはどうでも良い。彼を捕まえようとして、逃げ切られたという事実が自分にとって重要だった。

 

 

 

「知ってると思うけど、私ってそこそこ腕がたつのよ」

 

 

「自分で言うか…あながち否定できないが……」

 

 

 

 更識家当主の称号は伊達では無く、これまでの仕事で敵勢力の人間を取り逃がしたことは殆ど無い。だが、そんな自分から彼は逃げ切った。それも、展開を控えたとはいえISを所持した自分から…。

 

 着ぐるみを着ていたが、体格や走り方からして男だということは何となく予想していた。それもまた興味を持つ理由の一端を担っていたのだが、やっぱり自分と対等に渡り合える同年代の男と言うことが一番の理由だったかもしれない。

 

 そしてその後も何度か彼と邂逅しては物騒な鬼ごっこを繰り返し、彼の背中を追いかけ続けている内に何故か…。

 

 

 

「…まさか、それだけでアイツの事を好きになったのか!?」

 

 

「……うん…」

 

 

 

 そ、そんな飽きれたような目で見ないでよ!!恥ずかしいじゃない!!でも事実なのよ!!

 

 

 

「初めて素顔を見た時、貴方は普通で地味とか言ったけど、実は結構私の好みだったのよ…」 

 

 

「え゛ぇ?」

 

 

 

 それにさっきも言ったけど、ある意味私と一番対等に接してくれる唯一の存在だし…私の一番付き合いの長い男子だし…何か、意外と格好良いし。聴いた逸話や噂話にはみんな紳士的でクールな二枚目な話だし……ぶっちゃけ、映画にできるわよ彼の経歴…。

 

 

 

「それから…」

 

 

「いや、もういい…よく分かった……」

 

 

 

 え?もっと喋らせてよ、彼の良い所……言葉の割には凄く嬉しそうな表情見せてるけど…

 

 

 

「ま、察してると思うが私もアイツが好きだ。」

 

 

「……。」

 

 

「私は誰よりもアイツと付き合いが長く、誰よりもアイツを理解してる女だと自負してる…」

 

 

 

 今日の二人のやり取りを見れば分かるが、彼女の言ってることは多分嘘では無いんだろうなぁ…。どうしよう、いざ白状してみたのは良いものの勝ち目がまるでなさそうなんだけど……。

 

 

 

 

 

 

「だからこそ、改めて貴様を恋敵として認めてやろう」

 

 

「え?」

 

 

 

 俯いていた顔を上げると、そこには不敵な笑みを浮かべる彼女(マドカ)。一瞬だけ呆気にとられてボケッとしてしまったが、それに構わず彼女は言葉を続ける。

 

 

 

「どうした、随分と間抜けたツラをして?もしや私が『この泥棒猫が!!』とか言って騒ぐどこぞの仏夫人みたいにヒステリックを起こすとでも思ったのか?」

 

 

「…いや、ぶっちゃけ言うと……うん…」

 

 

「言ったろ?そこら辺の女と一緒にするな、と……本音を言うと、最初はお前の事を普通にデートの邪魔をするKYな障害程度にしか思ってなかったが、私と一緒でアイツの事が好きならしょうがない…」

 

 

 

 良いんだ、そんなんで…。器がデカいのか、それとも何処か抜けているのか……でも、少しだけ彼女に対する認識が変わったかもしれない…。

 

 

 

「とにかくだ…今日から改めてよろしくな、恋敵(楯無)」

 

 

 

 そう言って彼女は、その不敵な笑みを浮かべたまま手を差し出してきた。 

 

 

「こちらこそ、ね♪」

 

 

 

 その手を取らないという選択肢は、今の私には無かった。そして、それは正しかったようで…

 

 

 

「そうだ…ついでに、良い事を教えてやろう……」

 

 

「良い事…?」

 

 

「この前、セヴァスに『いつも更識家に追いかけられて大変か?』と訊ねたらな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『あんな美人に追い掛けられ続けるってのも、悪い気はしないよ…』ってさ…

 

 

 

 その日、顔を真っ赤にして気絶した女子が一名、IS学園に送り届けられたそうな…。

 

 そして、彼女を背負いながら送り届けた謎の男子の姿が目撃された事により、現在IS学園では彼女に関するソッチ系の噂がたちまくってるとか…。

 

 が、当の本人はその噂を聞く度に幸せそうな表情を見せているとの事である…。

 

 

 

「絶対に捕まえてやるんだから!!君の身も心も!!」

 

 

 

 彼女の恋が実るのかどうかは、神のみぞ知る…

 

 



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誰得な亡国機業大人組(ギャグ無)

以前なろうで投稿した話ですが、転載してから投稿するタイミングを失ってしまったので此方に投稿します。


「いきなり呼び出して済まないな」

 

 

「いやいや構わないさ、優秀な部下が居るのでね…」

 

 

 

 

 ドイツ某所に存在する軍の秘密基地。そこにある応接室に三人の男性が席について向かい合っていた。正確に言うと将校服の男とスーツの男が席について向き合い、軍服を着たもう一人が将校服の男の傍に立っているといった状況である。

 

 礼儀正しそうな雰囲気を持った将校服に身を包んだ初老の男…この基地の司令官でもある『ホルニッセ将軍』は口を開いた…。

 

 

 

 

「君達に、はいつも苦労をかけるな…御蔭で私も随分と楽ができたものだ……」

 

 

「それはよかった、これからも御贔屓願おう。」

 

 

「特に、第二回モンド・グロッソの時は本当に素晴らしい働きをしてくれた…」

 

 

「ははは、あれは流石に苦労したよ?…まさか……」

 

 

 

 

 

 

 

―――世界最強(ブリュンビルデ)の弟を誘拐しろだなんて…

 

 

 

 

 

 

「君達が織斑一夏を誘拐し、我々(ドイツ軍)がその解決に貢献する。くだらない茶番に他ならなかったが、あれは素晴らしい成果を残した。その茶番が産み出した偽りの貸しが、世界最強(ブリュンヒルデ)とのパイプを繋げたのだからな…」

 

 

 

 

 

 

 第二回モンド・グロッソにて人知れず起こった『織斑一夏誘拐事件』。その事件は、大会二連覇を期待されていた織斑千冬の試合放棄と、彼女がドイツに貸しを作るという結果を残した。その貸しを返すべく彼女はドイツで一年間、特殊IS部隊『黒兎隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)』の教導を務めることになったのだ。

 

 

 

 

 

「気にすることは無いよ将軍、僕たちも報酬はしっかりと貰ったからね…」

 

 

 

「私の地位の対価だと思えば安いものだ。軍部の情報や技術などいくらでも渡してやる…」

 

 

 

 

 そして、将軍である自分と向き合うこのスーツの男が見返りとして欲したものは地位や権力ではなく、軍部の情報や技術であった。この国の軍部には表沙汰に出来ないモノ、お蔵入りすることになったモノが腐るほど存在しており、いくつか渡しても何の支障も出ない。

 

 故に安定した仕事の成功率、安上がりな対価…。これほど便利で利用価値の“あった”裏組織は、他に存在し得なかった。

 

 

 

 

「で、要件は何だい? よもや、今までの感謝の言葉を送るためだけに呼んだわけじゃ無いだろう…?」

 

 

「いやいや、案外その礼の言葉こそが本件だ。なにせ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――君達とは今日でお別れだからだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや?」

 

 

 

 

 

 ホルニッセの言葉にスーツの男が眉を顰めたのとほぼ同時に、部屋の扉が乱暴に開かれた。そして外に待機していた数名の衛兵たちが小銃を構えてなだれ込んでくる…。

 

 状況を把握したスーツの男は顔を思いっきり顰めた…。

 

 

 

 

「……僕達は既に用済み、というわけか…」

 

 

 

「この地位にまで上り詰めることができたのは君達の御蔭だ、感謝している。だが、ここから先の高みは私自身の力で目指すことにするよ…」

 

 

 

 

 

 最早、不要になった裏仕事の道具など汚点にしかならない。そんなものは秘密裏に処分するに限る…。

 

 

 

 

 

「君とは長い付き合いだったが、今日でお別れだ…」

 

 

 

 

 一国の将軍という地位を手に入れた自分は、これからもさらに上を目指す。ここまで軍の上層部に食い込んだ今ならば、彼ら…『亡国機業(ファントム・タスク)』に匹敵する部隊を設立することだって簡単にできる筈だ。しかも犯罪組織のような非合法なものではなく、国家容認の部隊を、だ…。

 

 

 

「こんな別れ方になってしまい、とても残念だよ……“フォレスト”…」

 

 

 

「……あぁ、本当に残念だよホルニッセ………特に…」

 

 

 

 

 

―――君の頭が、ね…

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

 スーツの男…フォレストの言葉の意味を理解する前に、ホルニッセは自分の後頭部に固い何かをゴリッと押し付けられる感覚に襲われた…。

 

 この感覚が何なのか、軍人であるホルニッセはすぐに理解し、同時に混乱した。今、自分は“銃口を押し付けられている”のだ。しかし、彼が混乱した理由は銃口を押し付けられたという状況ではなく、銃口を押し付けてきた人物にある…。

 

 

 

 

「こ、これは何の真似だシュミット中尉…!?」

 

 

 

「申し訳ありません、閣下……静かにして下さい…」

 

 

 

 

 

―――自分に銃を突きつけたのは、さっきから傍で待機していた自分の副官だった…

 

 

 

 

 

「なぜだ、なぜ参謀本部から送られてきた貴様が…!?」

 

 

 

「何故って、彼は私の部下だからだよ……君が彼を殺し損ねた、その時からね…」 

 

 

 

「ッ、どういう意味だ…!?」

 

 

 

 

 自分がシュミットを殺し損ねた?そんなことは記憶に無い。シュミット中尉は第二回モンド・グロッソでの計画が完了した後、参謀本部から直接自分に極秘で送られてきたエリートだ。優秀な男であり、シュミットの御蔭で随分と楽に仕事が出来たものだ…。

 

 そんな彼を自分が殺そうとしただと?……有り得ない…!!

 

 

 

 

「ははは、混乱しているようだね?…ひとつ言っておくけど、君が彼を殺そうとしたのは十年も前の話だよ…?」

 

 

 

「……十年前だと…?」

 

 

 

 

 十年前…。その年は世界中を巻き込み、世界の中心へと成り上がったアレが表舞台へと進出した年である。それ以外のことで自分の記憶に残りそうな出来事は無かった筈だが…。

 

 

 

 

 

「まだ思い出せないのかい?……じゃあ、『ティーガー』…」

 

 

 

「了解…」

 

 

 

 

 その瞬間、シュミット中尉…もとい亡国機業のエージェント、『ティーガー』は右手でホルニッセに銃を突きつけたまま左手首を自分の口元に持っていき…

 

 

 

 

 

―――手の一部を少しだけ喰いちぎった…

 

 

 

 

 

「な、何を…!?」

 

 

 

「……。」

 

 

 

 喰いちぎった部分から血をドクドクと流すティーガー…。彼の突然の行動に唖然とするホルニッセだったが、それとは対照的にフォレストは笑みを浮かべたままである。そして、ほんの数秒後…ホルニッセは再び驚愕の表情を浮かべることになった……。

 

 

 

「なッ…!?」

 

 

 

 あの出血量は、普通の者ならば何かしらの治療を施さない限りしばらく止まらない筈である。下手をすれば軽傷とは呼べない程のものだ……にも関わらず…。

 

 

 

 

 

―――ほんの数秒でティーガーの出血が止まったのだ…。

 

 

 

 

「その治癒力…ナノマシンか…!!」

 

 

 

「えぇ、そうです…」

 

 

 

 

 『ナノマシン』…身体に馴染ませることにより、人外と呼べるまでの身体能力や自然治癒力を手に入れる事ができる特殊なテクノロジーであり、現在のドイツ軍では『黒兎隊』の全隊員達に投与されている。

 

 そして、ホルニッセはナノマシンの技術をフォレスト達に報酬として渡した事がある…。

 

 

 

「まさか、既にここまで技術を再現できているとは…!!」

 

 

 

「本当に鈍いな、将軍。彼のナノマシンは正真正銘、“ドイツ製”のものだよ?」

 

 

 

「は?……ッ…!?」

 

 

 

 そこまで言われ、彼はようやくフォレストの言葉の意味を理解した…。

 

 

 

 

 

―――十年前の出来事…

 

 

―――シュミット中尉の過去…

 

 

―――ドイツのナノマシン…

 

 

 

 

 

 

 これらのことから推測できるシュミット中尉…もとい、ティーガーの正体は……

 

 

 

 

 

 

「…貴様、『遺伝子強化素体(アドヴァンスド)』なのか!?」

 

 

 

「はい……ISを起動できないが為に役立たずの烙印を押され、貴様に直々の処分命令を出され死に損なった、“雄の”遺伝子強化素体だ…」

 

 

 

 

 最強の兵士を目指して造られたデザインベイビーでもある『遺伝子強化素体』。ドイツ軍最強を誇る『黒兎隊』のメンバーもそれであり、一人一人が並の人間を遥かに上回る能力を誇っている。しかし現在のドイツ軍において、“男の遺伝子強化素体”は一人たりとも残っていない。

 

 

 

 

「ようやく彼らの成果が軌道に乗ったところに、ISの登場ときたもんだ。戦場の絶対強者がISとなった今では、ISが起動できない男の遺伝子強化素体はただの“金喰い虫”…とでも思ったんだろう?」

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

 フォレストの言う通り、あらゆる戦闘手段を身に着け、あらゆる戦闘技術を磨いたところで生身の存在ではISに勝つかことは不可能だ。彼らは全員、戦闘機や戦車などの機動兵器も乗りこなすことも可能だが、それらの兵器もISを前には鉄屑同然ということが『白騎士事件』で既に証明されている。

 

 故に、ISが軍の中心へと変わるのに大して時間は掛からなかった…。

 

 ISを起動させることができる女性の遺伝子強化素体は全員ISのパイロットとして鍛え直し、『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』等という部分的な人体改造まで受けた。現黒兎部隊長である『ラウラ・ヴォーデヴィッヒ』はこれのせいで随分と苦労したらしいが、今この話は置いておこう…。

 

 

 

 

「十年前、殺されまいと施設から必死で逃げ出してきた彼とこの国で出会ってね……それ以来、僕の右腕として働いて貰っている…」

 

 

 

 

 しかし逆に言えばそれは、ISさえ除けば無類の強さと優秀さを兼ね備えていることを意味する。たかだか十歳を過ぎた程度の少年が、犯罪組織の幹部の右腕を担い続けたということがその事実を物語っている…。

 

 

 

「実に優秀だったろう?」

 

 

 

「……あぁ、それは認めよう…」

 

 

 

 そう返しながらも、ホルニッセは内心で盛大な舌打ちをした。よもやこのような場所で過去の残滓が現れるとは思っていなかったからだ…。

 

 

 

 

「……で、貴様は私と差し違えるつもりか…?」

 

 

 

 

 改めてこの状況を考える。自分の後頭部には一丁の拳銃が突き付けられ、目の前のフォレストには四つの銃口が向けられている。下手に動けば自分もフォレストも互いの部下に撃ち殺される羽目になるだろう。

 

 

 

 

(だが、私は中尉の拳銃さえ凌げれば…!!)

 

 

 

 

 人間一人を殺すのに必要な弾丸は一発で事足りる。されど、自分はその一発を避けさえすれば、後は4人の部下がフォレストとこの死に損ないの遺伝子強化素体を始末してくれる…。

 

 

 

 

(ここまで上り詰めてきたのだ!!このような場所で終ってなど……)

 

 

 

 

 言い聞かせるように己を叱咤し、体に力を込める。腐っても軍人…並みの人間より良い動きはできると自負している。しかも一瞬…一瞬だけでいいから、奴の銃口を自分の頭から弾き飛ばせば全てが終わるのだ……簡単なことじゃないか…。

 

 ホルニッセは自然とその表情に笑みを浮かべた。

 

 

 

―――だが、その笑みは次の瞬間あっさり消えることなる…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か勘違いしているようだから、2つほど言わせて貰おうか…」

 

 

 

 

「……なに…?」

 

 

 

 

「1つ…この場において、死にかけているのは君だけだ……」

 

 

 

 

「何を言ッ…!?」

 

 

 

 フォレストが紡いだ意味不明な言葉…その意味を、ホルニッセは視線を彼の背後に向けることによりやっと理解した。故に、その顔から血の気が引いていくのは必然だった…。

 

 

 

 

「どいうことだ貴様ら!?…な、何故……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――何故“4人共”私に銃口を向けている!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フォレストに向かって銃を突き付けていた筈の自分の部下達が全員、その銃口を全て自分の方へと向けていたのだ。それも全員、此方を馬鹿にするような笑みを浮かべながら…。

 

 現実に思考が追い付かず、唖然とするしかないホルニッセを嘲笑うかのように、フォレストはそれに構わず言葉を続ける。

 

 

 

 

「そんなの、彼らが全員僕の部下だからに決まっているだろう…?」

 

 

 

「なん…だと…?」

 

 

 

「ティーガーや彼らだけじゃない、この基地に所属する“君以外の人間”は全て……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――僕の仲間だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな…そんな馬鹿なことがあってたまるものか!!全員だと!?参謀本部が直々に指示を出してきた転属先に限ってそのような…!?」

 

 

 

「『ルドルフ・ホルニッセ准将、これまでの軍への貢献を評し、貴官を第88秘密司令部への転属をここに命ず。ドイツ軍参謀本部総司令・ビスマルク中将』…」

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

「それが、君に届いた指令状の内容だよね…?」

 

 

 

 

 そう言いながら、フォレストはスーツの胸ポケットから一本のペンと一冊の手帳を取り出し、何かを書き始めた…。

 

 

 

 

「な、なんで貴様がそれを…!?」

 

 

 

「何故?なんで?…さっきからそればかりだな、准将。だが教えてあげよう、その為の“2つ目”なのだから…」

 

 

 

 

 

 

 言うや否やフォレストはコトンと音をたてながらペンを置き、同時にそのペンで書いた文字をホルニッセに見せた…。

 

 

 

 

「君は僕達の依頼者(クライアント)でも、仲間(パートナー)でもない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ただの捨て駒だ

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな……まさか、貴様ッ…!?」

 

 

 

 

 手帳に書かれたていたのはたった一行程度の文字。しかし、その一行はホルニッセから言葉を失わせるには充分な威力を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

―――『ラファエル・ビスマルク中将』……ホルニッセの元へと届いた指令状に書かれたサインと、“完全に同じもの”だったのだ…

 

 

 

 

 

 

 

「それにしてもビスマルク中将の筆跡は、彼の真面目な性格が滲み出ているせいかとても真似しやすかったよ。しかも、彼は指令状以外の連絡手段を好まない。本当に彼の名前は使いやすかった…」

 

 

 

「あ、有り得ん……認めん…認めんぞ、そんなこ……!!」

 

 

 

 

―――ゴリッ…

 

 

 

 

「准将、いい加減に諦めろ。貴様はもう、引き返せない所にまで足を踏み込んだんだ…」

 

 

 

「クッ…!!」

 

 

 

 再度銃口を押し付けられ、ティーガーにそう言われたら黙るしかなかった。ホルニッセが静かになったことを確認したフォレストは再度喋り始めた…。

 

 

 

 

「ホルニッセ准将、君は我々に報酬としていくつかの情報や技術を提供してくれた。その中にはとても役に立つものがあったし、今となっては組織に欠かせなくなったものもある…」

 

 

 

 

 

―――生半可な覚悟で彼と関わってはならない…

 

 

 

 

 

「だが、もうこの国に価値のあるものは残っていないようだ。君がつい最近まで手を出していた『VTシステム』は、幾らか興味が湧いていたのだけどね…」

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

―――彼と共に闇の奥深くへと進めば進むほど、それに見合うだけの栄光が手に入るだろう…

 

 

 

 

 

 

「唯一興味があったそれも、この前『天災』によって完全に消されたみたいだね…?」

 

 

 

「……!!」

 

 

 

 

 

―――しかし同時に奥へと進めば進むほど、元居た場所に帰ることは出来なくなる…

 

 

 

 

 

 

「利益も無い、懇意にする気も無い…僕たちにとって今の君は、完全に無価値な存在になったわけだ。僕の言いたいこと、分かるかい…?」

 

 

 

「ま、待て!!何が望みだ!?私ができることなら何でもする!!」

 

 

 

 

 

 

―――途中で突き進むことを諦め、引き返そうと思った時は既に手遅れ…

 

 

 

 

 

 

「だから頼む!!私はまだ死にたくは……!!」

 

 

 

 

「諸君…」

 

 

 

 

 

 

 

―――中途半端な欲望と願いを持った臆病者が払う代償は、決して安くはない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Ermorden Sie ihn(殺せ)」

 

 

 

 

「「「「「ja!!(了解)」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

―――強者には希望と栄光を、弱者には絶望と死を……さながらそれは、御伽話に出てくる、引き返すこと叶わぬ『迷いの森(フォレスト)』…

 

 



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試作最終話 くだらなくも素晴らしきこの日々よ

かつて、なろうで投稿した仮最終話です。順番的には学園編の前が良かった気がしたんで、敢えての挿入投稿です。

本編の最終話はどんな風にしようかな…


 

 

初めてアイツと出会った時、アイツは俺にこう言った…

 

 

 

―――誰のものでもなく、誰を連想させるわけでもない、“自分自身”を持っているお前が羨ましい…

 

 

 

 だけど、俺は逆にアイツの事が羨ましかった。だからこう返した…

 

 

 

―――誰かとの切れぬ縁を、歪で固い絆を…“生きる理由”を持つお前が羨ましい…

 

 

 

 俺が心から欲した物をアイツは持っていて、アイツが望んだ物を俺が持っていて…そのくせして互いにそれを疎ましく思っていて。何だか馬鹿馬鹿しくて、何が可笑しいのか分からないけど、何時の間にか二人で同時に笑っていた…。

 

 

 それからだ…アイツと一緒に居るようになったのは……

 

 

 二人で喧嘩して、馬鹿やって、笑って…それに巻き込まれるように、時には巻き込むようにしてどんどん俺の周りに誰かが集まっていった。どんどん俺の周りが騒がしくなっていった…。

 

 

 何時の間にかその事に愛着を感じ、そして気付いた…

 

 

 

―――何だ…最初から全部、俺は持ってたじゃないか……

 

 

 

 知らぬ間に造られ、知らぬ間に捨てられ、知らぬ間に壊されかけ、そして知らぬ間にソイツらは全員死んでいた。俺に縁ある者達は全員、俺に何かを感じさせる前に消えていた。

 

 

 

―――けれど、俺が欲した物は…今の居場所であるココに拾われた時点で既に手に入っていたんだ……。

 

 

 

 口には最後まで出さないけど、キッカケをくれたアイツには心から感謝している。そして、誰に言われるわけでも無く俺は勝手に決意した…。

 

 

 

―――アイツが望んだ物を手に入れるまで、俺は最後までアイツの馬鹿に付き合おうじゃないか… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう決めた時、不思議な事に俺は……今まで一番欲しかった物を手に入れた気分になったんだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

『おい!!まだ生きてるか!?』

 

 

 

「あぁ、ピンピンしてるよ……それも後数分程度だろうが…」

 

 

 

 もうすぐ夜中だというのに、定期連絡の為に組織の元へ一時帰還していたオランジュからの通信がやけに頭に響く。けれど、俺はオランジュの焦る声を聞き流すようにしながら作業を続けた。

 

 しくじったなぁ、年末だからってちょっと気が抜けてたのかもしれない…。今は冬休み…夏休みの時以上の規模で生徒達が実家に帰っており、この学園の一年間で最も人が少なくなる時期である。

 

 丁度設置しといた仕事道具が動作不良を起こしており、良い機会なので修理をする為に隠し部屋から外に出ることにした。しかし、その瞬間に悪夢が始まったのだ…。

 

 

 

 

『やぁ♪』

 

 

 

『ッ!?』

 

 

 

『やっと尻尾出したわね?……セイス君ッ!!』

 

 

 

 

 まさか部屋を出た瞬間に楯無が居るとは思わなかった。どうやら、ここしばらくの間に俺達が学園に潜入していた事に勘付いていたらしく、隠し通路のありそうな場所に目星をつけて見張ってたらしい。カメラや盗聴器の動作不良も俺を誘き出す罠だったようだ…。

 

 これまでの経験からか手加減する気が全くない楯無は初っ端からISを展開し、いきなり正面から全力で射撃をブチ込んできた。必死になって横に飛び退いて避けたものの、すぐに『ミステリアス・レイディ』の特殊兵装であるナノマシン入りの水が襲いかかってきた。

 

 結局送ってもらった『新型リムーバー』と、自分の腕一本(・・・)をくれてやることにより、隠し部屋へと引き返すことができた。ISを強制解除された瞬間、脳天に一撃喰らわされた楯無は今頃目を回しながらノビてるだろうが、学園の職員がそれに気付くのも時間の問題だ。

 

 

 

 

―――そして、この隠し部屋が知られるのも…

 

 

 

 

「一応、出入り口は全部ロックしたが…ISを引っ張り出されたらアウトだな」

 

 

 

『つーかお前は何してんだ!?早く逃げろって!!』

 

 

 

「……いや、もう無理なんだよ…」

 

 

 

 

 モニターに視線を移すと、残ったカメラ達がこの周辺を完全に封鎖するIS学園の職員たちが映されていた。ちらほらISを展開している者も見える。これでは海に繋がる緊急脱出口も同様だろう…。

 

 

 

 

「学園の奴らは、俺の事を包囲することに専念しているからココに来ないんだ。それが終わったら一気になだれ込んで来るだろうよ…」

 

 

『だからってお前ッ…!!』

 

 

「だから、せめて組織に繋がる痕跡の処分くらいはさせろ」

 

 

 

 

 俺が先程から続けている作業…それは、この部屋にありったけの爆薬を仕掛けることだ。今まで使っていたコンピュータと部屋をまるごと綺麗さっぱり吹き飛ばす程度の威力はあるだろう…。

 

 

 

 

「どう足掻いても逃げれやしねぇよ、これじゃあ…。自慢じゃないが、拷問や尋問に耐えれる自信は無いんだよ。うっかり組織の事を喋っちまうかもしれねぇぞ?」

 

 

『けどよッ…!!』

 

 

 

 

 人に自分が死ぬことを惜しんで貰えるってのは…何だか嬉しいもんだな……。だが、感傷に浸ってる時間はもう無いみたいだ。モニターに映された映像は、既に俺の終わりへのカウントダウンを開始していた…。

 

 

 

 

「……そろそろ時間だ、外の奴らが一斉に通信機で連絡を取り始めやがった…」

 

 

 

『セイスッ!!』

 

 

 

「じゃあな、相棒。皆によろしく頼むぜ…?」

 

 

 

『待て!!お前の遺言なんざ死んでも預からねぇぞ!!おい、聴いてるのか!?』

 

 

 

 言うや否や俺は通信機のスイッチを切ろうと指を動かし…直前で止めた。そういえば、こればっかりは忘れちゃいけないよな?オランジュはこう言ってるが、押し付けてしまえばこっちのもんだ…。

 

 そして、俺は最後にもう一度だけ通信機に語りかけた…。

 

 

 

 

「……オランジュ…」

 

 

 

『何だ!?』 

 

 

 

「アイツに……マドカの奴に伝えといてくれ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ありがとよ、ってな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい!!セイs(ブツッ)………』

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

 言い残すこともなくなり、今度こそ通信機のスイッチを切る。これ以上喋っていたら未練がタラタラでこの世を去ることになりかねないし…。

 

 敢えて言うなら…アイツが望んだ物を手に入れるまで、最後までアイツの馬鹿に付き合うと決めたのに、それを果たせなくなることだろう……。

 

 

 

 

 

「さ~て、最後くらい派手にやりますかねぇ…!!」

 

 

 

 

 学園の職員により形成された突入部隊の奴らは、既に楯無が発見した入り口に集っている。リーダー格と思われるISを纏った職員が全員に指示を出しているところを見るに、俺の残り時間は秒単位ぐらいしか無いみたいだ…。

 

 けれど、今から死のうとしているというのに、不思議な事に恐怖も悲しみ感じなかった。何故か俺の胸に渦巻く感情は、随分と暖かいものだった…。 

 

 

 

 

 

「…はは、“完全なるナノマシン製の人造人間”なだけあって狂ってるってか?」

 

 

 

 

 

 

 本当に、最初から最後までイカレタ人生を送ってきたもんだ。わけの分からぬまま造られ、捨てられ、拾われ、育てられ、生きてきた。アイツと出会い、互いを見直そうとしなければ最後まで意味の解らないまま生きて、意味のわからないまま死んでいただろう…

 

 

 

 

 

 

 

―――だからこそ彼女には言いたい…

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとよ、マドカ……お前の御蔭で、悪くない人生だったよ…」 

 

 

 

 

 

 

 自分の歩んできた人生に対して妙な満足感を感じながら、俺はその手に握った起爆装置のスイッチをゆっくりと押した…。

 

 

 

 

 

 

―――『亡国機業』、『フォレスト』チーム所属

 

 

 

 

―――コードネーム『6(セイス)』

 

 

 

 

―――正式名称『Artificial・Life-No.6』

 

 

 

 

―――ニックネーム『セヴァス』(一人しか呼ばんが…)

 

 

 

 

―――大国の闇により造られ、それを上回る暗黒に育てられた化物…

 

 

 

 

―――馬鹿な生まれ方をし、馬鹿な育てられ方をし、馬鹿な生き方をした大馬鹿野郎…

 

 

 

 

―――それが俺、セイス……いや、セヴァスさ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そういう事は私に直接会って言えッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 いきなり頭に響いた通信音…思わず起爆スイッチを取り落してしまった。慌ててそれを拾おうとする暇も無く、通信機から語りかけてくる“彼女”は罵声を交えながら言葉を続ける…。

 

 

 

『この大馬鹿がッ!!ガラにも無い真似をッ!!』

 

 

「……あぁ、もう…何で最後に耳にする声がお前なんだよ…?」

 

 

 

 最後の言葉を送りたい相手…そして、最後に耳にしたくない相手……織斑マドカの声が、通信機越しに鳴り響いた。その事に、さっきまでの雰囲気から何までアホらしくなってくる…。

 

 

 

「今更どうこう出来る状況じゃないんだよ…スコールの姉御に文句言われる前にとっとと……」

 

 

『黙れ、そして危ないから少しも動くな』

 

 

「……はい…?」

 

 

 

 何やら気になるセリフを残し、通信は一旦切られた。こんな状況だというのに不思議に思ってその言葉の意味を理解しようとしたが、そうすることは叶わなかった。設置したカメラが、少しだけ外の突入部隊の会話を拾ってたのだ…

 

 

『急速で何かが接近中!!』

 

 

『この反応はまさか……サイレント・ゼフィルス…!?』

 

 

『何ですって!?』

 

 

 

 

 

 

 

―――ドガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!

 

 

 

「ぬおッ!?」

 

 

 

 突然頭上から轟音を響かせながら、何かが天井を粉砕しながら降って来た。思わず両腕で顔を覆ってしまったが、そんなことをしている間に事態はノンストップで進んでいく…。

 

 

 

―――グイッ!!

 

 

 

「って、えぇ!?」

 

 

 

 視界が塞がっている間に、降って来たソイツは尋常じゃ無い力で俺を引っぱった。そしてその事に混乱する暇も無く…

 

 

 

「飛ぶぞ!!」

 

 

「は!?」

 

 

 

―――ギュバゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

 

 

 

「どあああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 

 

 今度は強烈なGが俺を襲い、それと同時に周囲の光景が一瞬で変る。クラクラする頭が少しだけマシになった頃には薄暗い隠し部屋等では無く、どこまでも広がる大海原を見下ろしながら暗くも明るい星空を飛んでいた。かなりの速度で飛んでいる為か、顔にぶつかる風が微妙に痛い…。

 

 だが、それよりも…

 

 

 

「……何で来た…」

 

 

「仕事だ」

 

 

「嘘つけ…」

 

 

 

 『サイレント・ゼフィルス』を展開し、俺を御姫様だっこしながら飛んでいる大馬鹿(マドカ)に、思わず不機嫌な態度でそう言ってしまった…。

 

 

 

「こんな勝手な真似しやがって……またスコールの姉御とトラぶっても知らねぇぞ…?」

 

 

「心配には及ばない、この事はスコールも了承済みだ。それに、フォレストもな…」

 

 

「……マジか…」

 

 

「フォレストに至っては上層部を脅してまでこの作戦を決行したんだ。帰ったら感謝するんだな…」

 

 

「……。」

 

 

 

 俺を拾ってくれたあの人に、恩を返しきれる日が来るのか少し不安になった…。だが、そんな俺に構わずマドカは何やらブツブツと呟き続けていた…。

 

 

 

「まったく、何が『ありがとよ』だ……そんなの、こっちのセリフだというのに…」

 

 

「え?」

 

 

「いや、何でもない…ただ、強いて言うのなら……」

 

 

 バイザーを装着しているため顔は見えないにも関わらず、何故か彼女が不機嫌な表情を浮かべているような気がした。そして、その予想は大体当たってたようだ…。

 

 

 

「お前は私にとって、私が姉さんと…織斑千冬とは別の存在である事の証なんだ…。」

 

 

「……。」

 

 

「お前らと一緒に居る時が、一番私らしいと思えるんだ。自分が織斑千冬ではなく、織斑マドカだと実感できるんだ。だからセヴァス…そう簡単に死なないでくれ……」

 

 

「……く、くく…」

 

 

「…ん?」

 

 

「くくく…あっははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 

 

 彼女の言葉を聴いた瞬間、俺は彼女の腕の中で込み上げてきた笑いを抑えることが出来なかった。当然ながら、真剣な面持ちで真剣な話をしたマドカは憤慨した。けれど、これはもう笑うしかない…

 

 

 

「おい…何が可笑しい……?」

 

 

「ははははっ、あはは!!……あぁ、わりぃ…お前も結局、俺と同じだったんだなって思ってさ…」

 

 

「は?」

 

 

「いや、気にするな…」

 

 

 

 互いに持ってるモノと持ってないモノを比べて羨ましがり、そして求め続けた者同士。俺が勝手に彼女を欲したモノに当てはめたように、彼女もまた俺のことを勝手に望んだモノに当てはめていたのだ。

 

 

---本当に、俺と彼女は…

 

 

 

「まぁ、いい…とっとと帰るぞ、御姫様(セヴァス)……」

 

 

「あぁ…エスコートよろしく、王子様(マドカ)……」

 

 

 

 その言葉と共に、マドカはゼフィルスの速度を上げた。一年近く住み込みで潜入していたIS学園がどんどん小さくなっていく。学園の職員たちはマドカの突然の強襲に混乱したためか追ってこない……もしかしたら、フォレストの旦那が指揮系統を滅茶苦茶にしてくれたのかもしれない…。

 

 流石にあれだけの期間を過ごしただけあって、この任務が終わることに未練が少しも無いかと問われればNOだ。けど、別に悲しくなんてない。俺の日常は、あそこだけにしか無いわけじゃない…。

 

 

 

---そう、俺の…俺たちの日常と居場所は……

 

 

 

「なぁ、マドカ…」

 

 

「どうした?」

 

 

 

 厚い装甲に包まれた華奢な腕に抱かれながら、俺は彼女のことを見つめながら呟いた…。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう…」

 

 

「……こちらこそ、な…」

 

 

 

 

---時刻は夜中、空も海も真っ暗。けれど、俺は今この瞬間を眩しいものに感じた…。

 

 

 

~おわり~



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IF未来 学園編 その1

注意事項

○トライアングル編と違ってこの話の楯無はセイスに恋してません

○一部本編のネタバレ有りです

○IFストーリーのため、この展開が本編に影響されるとは限りません

ご了承くださいませ


 

 

 

「…ん?」

 

 

 

「あ…」

 

 

 

 

 何かを漁る様な物音に気付き、目を覚ます。ここはとある施設にある俺の部屋。さっきまで爆睡していたのだが、いったい誰だ……俺の至福のひと時を邪魔しやがったのは…?

 

 

 

 

「私だッ!!」

 

 

 

「なんだ、ただの食い意地バカか…」

 

 

 

「色々と待て」

 

 

 

 

 やっぱりテメェか、マドカ。どこぞの銀髪眼帯娘と違い、裸でベッドに潜り込むなんて真似はしてないみたいだが…少し、尋ねたい。

 

 

 

 

「……何をしていた…?」

 

 

 

「起こしに来てやったんだが?」

 

 

 

「お前が持ってるそれは何だ?」

 

 

 

「金ダライ」

 

 

 

「…どうやって起こそうとした?」

 

 

 

「吊るして、落として、クワーン!!と」

 

 

 

「寝言を言うくらいなら二度寝してこい…」

 

 

 

 

 

 本当にコイツはよう、いつまでたっても、“この場所”に来ても、“その制服”を着てもずっとこんな調子か…

 

 

 

 

「そんなことよりセヴァス、そろそろ時間だが良いのか…?」

 

 

 

「ん?…あぁ、今日の勤務時間は昼からだ。むしろ時間がヤバいのはお前の方だろ?」

 

 

 

「いいんだ、どうせ退屈極まりない。お前と駄弁ってた方が楽しい」

 

 

 

「そりゃ嬉しいね」

 

 

 

 

 本当にこういうとこは何も変わらないな、コイツは……悪いとこも、良いとこも…ま、それは俺も同じなんだがね…。

 

 

 

 

「だが、残念だなマドカ……」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「俺の幻覚じゃなけりゃ……ドアの前に阿修羅が降臨してるぞ…」

 

 

 

「…?」

 

 

 

 俺の言葉に対して不思議そうな表情を浮かべるマドカだったが、すぐにその言葉の意味を身を持って理解することになった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の目の前でボイコット宣言とは、良い度胸だな……この愚妹…」

 

 

 

「ッ…!?」

 

 

 

 

 

―――部屋のドアの前で、世界最強(ブリュンヒルデ)織斑千冬が仁王立ちしていた…

 

 

 

 

 

「ね、ねね姉さん…!!」

 

 

 

「さぁ、マドカ…“六道”に遺言は残しておいたか?」

 

 

 

「言い訳すらさせて貰えないのか!?」

 

 

 

 

 おぉう…コイツの数少ない天敵ゆえに狼狽えっぷりが半端無いねぇ。昔はこの人に復讐することを生きる目標にしてたってのに、随分と変わったもんだ…。

 

 いや、ぶっちゃけ俺も潜入生活時代の時から怖いんだけどね、この人…。

 

 

 

 

「あぁ、そうだ六道…いや、セヴァス……」

 

 

 

「は、はい…?」

 

 

 

 

 俺が手に入れた新しい名前で、千冬さんは俺のことを呼んだ。ただ、その瞳に込められたモノは背筋に冷たいものを走らせる…。

 

 

 

 

「……ヤッて無いだろうな…?」

 

 

 

「やってませんしてません手出してませんッ!!」

 

 

 

 

 すんげー殺気を向けながら尋ねてきたよ、この人…ブラコンに加えてシスコン属性も追加されてしまったようだ……いつだか見つけたノートを読んだら納得出来るが…。

 

 

 

 

「何か私にとって放置できないことを考えなかったか…?」

 

 

 

「イヤイヤ、そんなまさか…」

 

 

 

「……ふん、まぁ良い…」

 

 

 

 

 あ、危ねぇ…そういや、この人は読心術並の鋭さを持ってるんだった。だが、残念。俺はどこぞの唐辺木と違ってポーカーフェイスを貫けるのさ!!

 

 

 

 

「さて、逝くぞマドカ…」

 

 

 

「ま、待ってくれ姉さん!!何か発音が変だったぞ!?セヴァス、助け……」

 

 

 

「Adiós♪(さいなら)」

 

 

 

「セヴァーーーーーーーーーーーーーーース!!」

 

 

 

 

 “IS学園の制服”に身を包んだ織斑マドカは、織斑千冬に首根っこを掴まれてズルズルと引きずられていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

―――俺が任務でここに来たのが2年前…

 

 

 

―――亡国機業が世界を巻き込む大事件を起こしたのが去年の秋…

 

 

 

―――織斑一夏という存在を中心に集まった者達と、亡国機業内の離反者によって事件が終結したのが去年の冬頃…

 

 

 

―――そして、今は再び季節は巡り巡って春……俺達はというと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、セイス君…じゃなかった、『セヴァス・六道』君♪」

 

 

 

「おや、更識元生徒会長。邪魔ですウザいです目障りです消えてください、ていうか帰りやがれボケナス」

 

 

 

「酷ッ!?」

 

 

 

 

 学園の敷地内で仕事してたら、公私共に面倒くさいと感じる相手…更識楯無が現れた。彼女はとっくにこの学園を卒業しているのだが、諸事情により度々この学園に顔を出しにくる。

 

 

 

 

「冗談だよ、半分…」

 

 

 

「半分本気なの!?」

 

 

 

「これでも仕事中だ…」

 

 

 

 

 そう言って俺は手に持った竹箒と塵取り、そして身に着けた事務員の制服を見せる。

 

 

 

 

「あら、すっかり様になっちゃって…」

 

 

 

「自分でもビックリしてる…」

 

 

 

 

 亡国機業が壊滅した日…俺とマドカはフォレストを中心とする離反組に属していた。結果的に復讐を誓った相手を助ける形になるぞ?と尋ねたら、何やらフッ切れた表情で『もう、良いんだ。既に決着は着いてる……私の負けでな…』と返してきた…。

 

 どうやら俺の知らない時に単身でケリを着けにいき、いつのまにか全部終わってたらしい。どうりで随分良い顔を見せるようになったと思ったら、そういうことだったらしい…。

 

 そして全てが終わった後、俺達は各国政府に保護された。逮捕でも捕縛でも無く、どういうわけか保護されたのだ…。

 

 

 

 

「で、フォレストの旦那の行方は?」

 

 

 

「……ごめんなさい、さっぱり…」

 

 

 

「だろうな…」

 

 

 

 

 俺達が逮捕では無く、保護されたのはフォレストの旦那が裏で手を回してくれたからだった。しかし、そのフォレストの旦那は亡国機業が壊滅した後、ティーガーの兄貴と共に行方不明になっている。IS委員会や各国政府は旦那の身柄を必死に追跡しているのだが、楯無がこんな調子じゃ一生捕まらないだろうな…。

 

 

―――本当にあの人には返しても返しきれない恩を貰っちまったもんだ…

 

 

 で、その後の俺達の身柄についてだが…マドカは織斑姉弟に引き取られることに決まったらしい。それを俺に伝えに来たマドカの表情は戸惑いと嬉しさが混ざった複雑な表情を浮かべていたな…。

 

 

 

 

「そういえば、またCIAが君の事を勧誘しに…」

 

 

 

「『Dado Un tipo del goddamn(くたばれクソ野郎)』と伝えとけ」

 

 

 

 

 俺の方だが…アメリカが“所有権”を主張してきた。なんでも『我々が造り出した生物兵器故、管理は我々が行うのが道理』だとよ。失敗作とか言ってスペインの辺境地にポイ捨てしたくせによく言ったもんだ…。

 

 が、俺以上にその言葉に対してキレた奴が居た……織斑一夏だ…

 

 後から聞いた話なのだが、マドカが織斑家に引き取られる際に俺の事を語ったらしい。それも、本人が自覚できないくらいに嬉々として…。そんな俺が物扱いされたことが許せなかったらしい。全く…そういうところがあるから女達が寄ってくるんだよ、このイケメン……心の中で密かに感謝したが…。

 

 

 

―――しかし、一番ブチ切れてたのは……

 

 

 

 一夏の激昂を何食わぬ顔で受け流したアメリカ政府は俺を連行……しようとしたのだが、そこに織斑千冬が立ち塞がった…。その場に居た全員が意外な人物の意外な行動に戸惑ったが、そんな俺達を余所に彼女は何かの書類を取り出して、政府の役人に見せた。

 

 何が書いてあったのかは知らないが、それを見た奴らは全員顔を真っ青にして崩れ落ち、何故か俺は解放された。いきなり自由の身になり、何が起きたのか分からぬまま呆然とするしかなかった俺だったが、そしたら今度は『ドゴォン!!』という轟音が響いた。これもまた織斑千冬が何かしたのかと思ったが、俺らと同様に唖然としていることを考えるに違うらしい。恐る恐る音の発生源へと視線を移したら、おっかないものが見えた…

 

 

 

 

 

 

 

―――俺を物扱いした政府の役人が、マドカにボッコボコのフルボッコにされている光景だった…

 

 

 

 

 

 

 あまりに壮絶な光景で、あの千冬さんでさえドン引きしていた。だが、これだけの事があったのにも関わらず彼女はお咎めなし……何が書いてあったんだ、あの書類…。そんなこんなで、俺は取り敢えずIS学園に引き取られた。ISは動かせないので事務員としてだが、学生じゃないのでクビにされない限りずっと居られるからむしろありがたい。

 

 そして、マドカはISに関しては国家代表クラスの実力と知識を持っているが、一応学園に入学することに決まったらしい。だからこそ俺は事務員の作業服、アイツはIS学園の制服を着ていたわけなのである。

 

 

 

 

「ま、元気そうで何よりね。こうやって普通に会話することには、未だに違和感を感じるけど…」

 

 

「それに関しては同感だ。けど、もうお前と命懸けの鬼ごっこする気は無いぞ…?」

 

 

「それは残念…て、命懸けって言い過ぎじゃない?」

 

 

「三回目以降からISを躊躇せず展開し、加減ミスって何度も俺を殺しそうになったのは誰だ…?」

 

 

「……。」

 

 

「目ぇ逸らすな…」

 

 

 

 

 隠れることもせず、逃げることもしないで済む日々が来るとは思いもしなかった。しかも、それに対して充実感まで抱いているのだ。今までの日常を自分の手で終わらせた時はどうなるかと思ったが、今の日常は案外悪く無いと思ってる…。

 

 

 

「…おっと、喋ってたらもう昼か。そろそろ行くよ、じゃあな……」

 

 

「ん、お勤めご苦労様♪」

 

 

 

---たっちゃんせんぱい は なげキッス を はなった !!

 

 

 

 

「…ていッ」

 

 

「あ、ちょッ!?」

 

 

 

 

---セヴァス は なげキッス を たたきおとした !!

 

 

 

 振った手に彼女はウインクと投げキッスで返してきたので、飛んできたソレを思いっきり叩き落とすフリをしてやった。結構ショックを受けたみたいだが、文句を言われる前に退散するとしよう…。

 

 後ろでギャアギャア騒ぐ楯無の声を背に、俺はその場をさっさと走り出した。

 

 

 

 

「さて、昼飯は“アイツら”のとこにでも行くか…」

 

 

 

 

 かつてはコッソリ覘き見て、時には見守るだけだったアイツら…今は大切な友人達になったアイツらの事を思い浮かべながら、俺は足早にその場所へと向かっていった。

 

 

 

~つづく~

 



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IF未来 学園編 その2

改めて読むと、みんな壊れてますな…


 

 

「……遅いな…」

 

 

 

「…確かに、いつもならそろそろ来ても良いよな?」

 

 

 

「うむ…」

 

 

 

 

 ところ変わってここはIS学園の食堂、昼時なだけあって多くの生徒達で賑わっていた。そこの一角にあるテーブルの一つに、8人の男女(比率1:7)が座っていた。

 

 

 

 

「また楯無さんに絡まれてるんじゃんないか?」

 

 

「有り得るな…いっぺん潰してくるか…」

 

 

「いや待て待て…」

 

 

 

 

 自分の言った言葉に反応して席を立とうとするマドカを一夏は焦って止める。段々といつもの構図になりつつあるこの光景に、周りの面子は苦笑いを浮かべるしかなかった…。

 

 

 

 

「落ち着けマドカ、どうせその内ひょっこり現れる…」

 

 

「そうですわ。セヴァスさんの事ですもの、今頃そこら辺を歩いてるに違いな…」

 

 

「牛乳二号とゲテモノメーカーは黙ってろ」

 

 

「「ちょっとツラ貸せ(貸して下さいまし)」」

 

 

「だああぁぁ!!悪化したああぁぁ!?」

 

 

 

 

 争いの火種は箒とセシリアを巻き込んで悪化。一夏は一層焦るが、沈静化の気配はまるで訪れる気配が無い。下手をすればトバッチリを受けそうになるので、残った者達は我関せずを貫くことにしたのか沈黙と言う最終手段を選んだ。

 

 

 ただ、マドカの『牛乳二号』発言に心の中で賛美の意を示した少女が3人いたことを追記しとく…。

 

 

 一夏達のテーブルがどんどん混沌に包まれていく一方で、周囲の者達は至って普通に過ごしていた。視線をそちらへ移す者も何人か居たが、その殆どが『またアイツらか…』という感じの表情を浮かべてすぐに視線を戻す始末である。流石に2年以上連続で騒ぎの中心になられたら否が応でも慣れるというものだ、今更マドカという存在が増えたところで大して変わらない。 

 

 

 

 

「あ…みんな、セヴァス来たよ!!……て、不味い…」

 

 

「ふぅ…やっと来たの、か……不味いな…」

 

 

「…えぇ、本当に」

 

 

「私、部屋に行ってブログ更新してくる」

 

 

「「逃がすか、髪飾り会長」」

 

 

 

 そんな中、シャルロットが騒ぎを収めるための希望と絶望を同時に見つけてしまった。声につられてラウラ達も視線を食堂の入口へと移すが、反応はだいたいシャルロットと一緒になってしまった…。

 

 彼女たちが見たモノ、それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「六道さん!!お昼御一緒しませんか!!」

 

 

 

「いや、ちょっと先約が…」

 

 

 

「セヴァスさん!!私、お弁当作ってきました!!」

 

 

 

「嬉しいけど今日はちょっと…」

 

 

 

「セイスさん、私を食べ(ベシッ!!)痛ッ…!?」

 

 

 

「流石に言わせねぇぞ、それは…」

 

 

 

 

 

 

 

―――複数の女子達にアプローチを受けまくっているセヴァスだった…。

 

 

 

 

 この学園に籍を置いてからというもの、生徒で無いとはいえ実質この学園に存在する二人目の男子となったセヴァス。この学園で過ごしている内に、いつのまにか生徒達からはお馴染みの人物となっていたようである。今では織斑一夏に負けず劣らずの人気を誇っていた…。

 

 本人としては、まさか自分がモテるとは思ってなかったので満更でもないようだが、それを快く思ってない奴が何人か居たりする…。

 

 

 

 

「「「「「「「………。」」」」」」」

 

 

 

 一夏、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、簪の計7人はその“快く思ってない者”の一人へと自分達の視線を恐る恐る向ける…。

 

 

 

 

「…………殺……」

 

 

 

 

 暗い影を落とし、冷たい笑みを浮かべながら、マドカは一言だけそう呟いた…。

 

 

 

 

「うぉい!?頼むから冷静になってくれぇ!!」

 

 

「離せ、潰す、離せ、壊す、離せ、絞める、離せ、砕く…」

 

 

「マドカが壊れたああぁぁぁ!?」

 

 

 

 

 人を散々待たせといて、やっと来たと思ったら大量の女子をハベラして来たもんだから怒りのボルテージは一瞬でマックスになったようである…。

 

 

 

 

「こ、こんなところでセヴァスを死なせるわけには…!!」

 

 

「安心しろ、ボコルのはセヴァスに寄り付く悪い虫だけだ…」

 

 

「それはもっと駄目だ!!ラウラ、ちょっと手伝え!!」

 

 

 

 

 現在進行形でセヴァスに言い寄っている女子たちは基本的に一般人みたいなものである。人外(セヴァス)と喧嘩できる彼女に襲われたらたまったもんじゃない…。

 

 余談だが…マドカがどこぞの男に言い寄られると、セヴァスも今のマドカと同じような反応を見せるらしい。何でも、ついこの前それが原因で千冬に説教喰らったとか…。

 

 

―――そんな関係のくせして、二人は恋仲では無いと言い張るからタチが悪い…

 

 

 

 

「嫁の頼みとあらば仕方ない…行くぞマドカ!!」

 

 

「ふん、私とやる気か…?」

 

 

「生身ならば負けん!!」

 

 

「上等!!掛かってこい、黒の書記官!!」

 

 

「ふ、その名前は捨てた。今は『恋する兎ちゃん』だ…!!」

 

 

「「「「「……。」」」」」

 

 

 

 

 無意識で自分の黒歴史をさらす黒兎…空気の読める友人たちは一人残らず、彼女の言った言葉を聞かなかったことにしてやった。

 

 

 

 

「なぁ、鈴。ラウラの奴って、そんな呼ばれ方してたっけ?」

 

 

 

 

 前言撤回、一人だけ居た…。

 

 

 

 

「…聞かなかったことにしてやって、それが一番あいつの為になるから……」

 

 

「は?」

 

 

 

 

 大人になって世間的な常識を身に着けた時、彼女は今の事を思い出してどういった反応を見せるだろうか?……それは、きっと未来の本人にしか分からない…。

 

 

 

 

「というか何でお前がその名前を知っているのだ!?」

 

 

「セヴァスに例のサイトを教えて貰った」 

 

 

「き、貴様!!充分な物を持っているにも関わらず我々の聖域に足を踏み入れたのか!?」

 

 

「中々面白かったぞ、お前らのやり取りは。それにしても…」

 

 

 

 意味ありげな区切り方をし、マドカは自分の“とある部分”をチラリと見た。そして今度はラウラの方へと視線を移し、自分とラウラの“とある部分”のふくらみを見比べ…。

 

 

 

 

「その程度か、『遺伝子強化素体(アドヴァンスド)』(笑)」

 

 

「Ich ermorde Sieッーーーーーーー!!(ぶっ殺ーーーーーーーーーーーすッ!!)」

 

 

「ラウラーーーーーーッ!?て、おい!?鈴と簪、お前たちまで何してんだ!?」

  

 

「ちょっと、そこの大馬鹿野郎を…」

 

 

「調教しようかと…」

 

  

 

 

 誰かが一言喋る度にドツボに嵌まっていくこの状況……いや、基本的に原因はマドカだが…。ラウラに対するマドカの態度が鈴と簪の何かに触れたらしく、二人はユラりと立ち上がった…。

 

 

 

 

「あぁ、もう!!誰か止めてくれええええええぇぇっぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 最早、自力では収拾がつかないと痛感した一夏は思わず悲鳴に近い叫び声を上げるしかなかった…。 

 

 

 

 

「掛かってくるがいい!!持たざる者達よ!!」

 

 

 

「貧乳は…!!」

 

 

 

「ステータスなのよ…!!」

 

 

 

「思い知れ!!」

 

 

 

 

 もう何が原因でこうなったのか全員分からなくなっていたが、呆然としているギャラリーを余所に4人は同時に飛び掛かり…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるさいぞ、この馬鹿共がッ!!」

 

 

 

 

―――スパパパパーーーーーンッ!!

 

 

 

 

 セヴァスが女子達をやり過ごし、やっと一夏達の元に辿り着いて最初に目にしたのは…引き攣った表情を浮かべる一夏達と、IS学園名物『鬼教師の出席簿』によって鎮圧(沈黙)された4人の少女だったそうな…。

 

 



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IF未来 学園編 その3

「まさか最初に目にする光景が4つの変死体だったとは……予想外だ…」

 

 

「いや、誰も死んでないし…半分お前のせいだし……」

 

 

 

 そう言われてもなぁ…あれでも最速で振り切ったんだぞ?この学園では相変わらず希少価値が高い男子ということもあり、俺は女子達に結構モテている。まさか、潜入時代に疎ましく思っていたコイツのモテモテ生活と同じようなことを経験することになるとは……人生とは、本当に分からないものだ…。

 

 

 

「で、いつまで不貞腐れてるんだ?」

 

 

「……ふん…!!」

 

 

 

 本日二度目の千冬さんによる折檻を受けたマドカだが、さっきからずっと此方をジト目で睨みつけ続けているのだ。間接的にとは言え、俺が起爆剤になったからっていうのは理解できるけどさ…。

 

 

 

「悪かったって…けど、こっちも楯無や他の女子生徒に絡まれて苦労したんだよ……」

 

 

「…それが気に食わん」

 

 

「ほれ、エビとホタテ分けてあげるから…」

 

 

「……あーん…」

 

 

 俺の昼食のパエリアに入ってた具の乗ったスプーンを差し出すと、マドカは一瞬だけ躊躇した後にパクついた。すぐにマドカは俺から視線をずらしたが、普通に咀嚼を続ける口と手に持った箸が止まらないところを見るに、昼食後には機嫌を直してくれるだろう。夜は何か軽いお願い事でも聴いてやるか…。

 

 

 

「……本当に貴方はあの時のマドカさんなのか今でも疑ってしまう時がありますわ…」

 

 

「まったくだな…」

 

 

 

 この7人の中で最初にマドカと遭遇したセシリアとラウラが何やら遠い目で呟いているが、ぶっちゃけた話、これが彼女の素である。スイッチ一つで自分の命を奪える上司と、口のやたら悪い性格捻じ曲がり女と仕事してる時は流石に自重してクールで冷徹な性格になるが、俺達と居た時はいつもこんなだった。

 

 

 

「…ねぇ、セヴァスとマドカ……」

 

 

「ん?」

 

 

「何だ、シャルロット?」

 

 

 

 自分の口に昼メシの乗ったスプーンを運ぼうとした所にシャルロットが声を掛けてきた。まるっきり同じタイミングでマドカも手の動きを止めている…。

 

 

 

「二人って本当に付き合ってないの…?」

 

 

「ないない」

 

 

「私がコイツと恋人同士なわけが無いだろ」

 

 

 

 

 

 

 

―――その瞬間、賑わっていた食堂から音が消えた…

 

 

 

 

 

 

「え?え?どうしたよ、みんな…?」

 

 

「どいつもこいつも何だ、そのハトが豆鉄砲くらったような顔は…?」

 

 

「い、いや…何でも無い、よ……?」

 

 

 

 その割にはえらく引き攣った表情を見せとるが…ていうか、何故に皆さん固まっていらっしゃるの?食堂にいるあらゆる人間がフリーズするという光景は、中々にホラーな光景である…。

 

 あ、一夏だけ俺らと同じ反応してた……何か、それって駄目な気がする…

 

 そんな戸惑う俺らを余所に、シャルロット含む一夏ラヴァーズは同時に顔を突き合わせ、何やらヒソヒソと内緒話を始めた…。

 

 

 

(どう思う…?)

 

 

(流石は織斑の名を持つ女と、それに付き添い続ける男と言ったところだろうか…)

 

 

(二人してワザとやってるのか、本当に無自覚なのか…判断しかねますわね……)

 

 

(私達に色々とアドバイスくれるから、一夏(バカ)とは違うと思ったんだけどねぇ…)

 

 

(嫁と一緒で他人の事には鋭いくせに、自分の事となると鈍感なのだろう…)

 

 

(…そういえば、お姉ちゃんも呆れてた……むしろ、疲れてた…)

 

 

 

 

 残念だったな6人とも、長い犯罪組織でのエージェント生活で鍛えた地獄耳は伊達じゃねぇんだよ……全部、聴こえてます…。

 

 ていうか、周りの人間たちも似たような会話をしてるな。そんなに衝撃的だったのか、俺達のセリフは…。

 

 

 

「なぁ、セヴァスにマドカ…皆は何を話し合ってるんだ……?」

 

 

「……さぁな…」

 

 

「知ったことではない」

 

 

 

 お前と比較した俺達の恋愛感情について…だなんて教えてやる気はサラサラ無い…。もっともこの前、一夏に直接恋愛関係のアドバイスをしようとしたらラヴァーズに殺されかけ、それに介入したマドカと半ば戦争状態に突入して大変だった…。

 

 ラウラ以外の面々は、意地でも一夏の口から『好きだ』か『愛してる』を言わせたいらしい。自分から告白して、もしも振られたらと思ってしまい積極的になるのを躊躇ってしまうのかもしれない。それを考えると、簪はもの凄く勿体無い真似をしたな……あの不発に終わった告白以来、彼女が再チャレンジしたところを見たことが無い…。

 

 その気持ちは解らなくもないが、実質2年前からず~っと見守る形になっていた彼女らの恋愛事情……それが目の前で繰り広げられ、口出しできる距離にあるのだ。なので最近は、彼女らにダメ出しやアドバイスをしてあげたりしてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやっはーーーーーー!!俺、参上ーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

 

 

 

 

―――この相棒(アホ)と一緒に…

 

 

 

 

「「「「「オランジュさ~ん!!」」」」」

 

 

「ふぅはは~!!御機嫌麗しゅう、美少女達よ!!朱色の貴公子、『ランド・レ・パルド』只今参上したっぜくあいんッ!?」

 

 

 

「うるせぇ…」

 

 

「何でコイツまでモテモテなんだ?理解できん……」

 

 

 

 とりあえず、馬鹿につける薬は無いので俺とマドカの鉄拳をプレゼント。綺麗に吹っ飛んでいくオランジュ…改め『ランド』はその場に居た全員の視線を集めながら壁に激突して崩れ落ちた…。

 

 俺や一夏とはまた違った属性を持ってるためか、アイツはアイツで結構女子に人気がある…。

 

 

 

「お、おおぉう…相変わらず息ぴったりでパワフルな拳だぜ……」

 

 

「まだ生きてたか…おい、マドカ……」

 

 

「任せろ」

 

 

「ストップストーップッ!!椅子、椅子は流石に痛過ぎるからやめてッ!!」

 

 

 

 チッ…今日こそこの阿呆専門を葬れる日が来るかと思ったのに、残念だ……。

 

 

 

「ふぅ…私は先に戻ってるぞ……」

 

 

「おう、じゃあな」

 

 

「おうおう相変わらず仲が良いねぇ、お二人さん?…おっと、失礼マドモアゼル。ついつい取り乱してしまいました……」

 

 

「いつも思うけど、あんたキモいわよ…」

 

 

「殺生なこと言わないでくれよフェニックス副会長」

 

 

「その名前で呼ぶなあぁッ!!」

 

 

「ぎらどーがッ!?」

 

 

 今度は鈴に殴り飛ばされて崩れ落ちるオランジュ。しばらくダメージによってピクピクしていたが、そんな阿呆に対して最初に声を掛けたのは意外な人物だった…。

 

 

 

「ねぇ、ランド…」

 

 

「はい!!何でしょう、お嬢!!」

 

 

 

 

―――なんと、簪である…

 

 

 

 俺がIS学園に引き取られたのに対し、オランジュは更識家に引き取られた。あいつも一応仕事はそんじょそこらの奴らよりよっぽど出来る実力を持っており、その腕を見込まれたのかもしれない。まぁ、厳密に言うと引き取ったのは更識家じゃなくて……

 

 

 

「あまり騒がしいと、本音に言うよ…?」

 

 

「……すいません…」

 

 

 

 コイツを引き取ったのは、布仏家だ。どういう風の吹き回しか、あの“のほほんさん”が名指しで彼を指名したのだ。その時は今の様に顔面を蒼白にし、体をガタガタと震わせていたが最近はある程度この生活にも慣れたようだ。しっかりと簪のパシリ…もとい従者の役目を果たしているそうだ…。

 

 あれ?そういえば、のほほんさんは何処に…?

 

 

 

「ランラン~?」

 

 

「ッーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 

 

 

 あれま、笑顔で彼の背後に居りましたか……さらば、相棒…

 

 

 

 

「ちょっと向こうでお話しようか?」

 

 

「…orz」

 

 

「本音、やり過ぎちゃダメだよ?」

 

 

「お、お嬢ッ!!」 

 

 

 

 絶望に打ちひしがれるオランジュに差し伸べられる女神(簪)の手…だが、しかし……

 

 

 

「赤毛の2年生と協力して皆の写真を売り物にしようとした件もあるんだけど~?」

 

 

「私の分もやっといて」

 

 

「神は死んだ!!今死んだ!!」

 

 

  

 いや、自業自得だろ…。

 

 

 

「さぁ、逝くよ~」

 

 

「ぬあぁーーー!?待って、待ってくれのほほんさーん!!痛たたたたた襟首は掴まないで、首が締まるからッ!!」

 

 

 

 結局、ズルズルと引きずられて退場していったオランジュ。何かデジャヴな光景である…。

 

 

 

「ていうか、何をしに来たんだ…?」

 

 

「……確かに…」

 

 

「シャルロット、アイツはお前の元ファンらしいがどう思う…?」

 

 

「この前も言ったけど……有りか無しかで訊かれたら、無しかな…」

 

 

 

 

 

―――正確に言うと、最終的にアイツは貴方達全員のファンになりました…。

 

 

 

 

 

「…さて、邪魔者は消えたわね……」

 

 

「マドカさんも居なくなったことですし…」

 

 

「始めるか…!!」

 

 

 

 え、何を?と尋ねる暇も無く、俺は一瞬で食堂に居た全員…他のテーブルに座っていた全員に囲まれていた。いつ見ても思うが、この統率力はいったい何なんだ?

 

 

 

「…また、アレか?」

 

 

「そうよ」

 

 

「一夏はどうした?」

 

 

「マドカが食事に下剤を仕込んでくれたようだ。しばらくはトイレに籠ったままだろう…」

 

 

 

 オランジュが現れたあたりから何か静かだと思ったら、そういうことか。マドカの奴、俺に対して使ってる下剤は使用してないだろうな?俺以外の奴に使うとアレはちょっと危ないんだが…。

 

 ま、とにかく始めますか…彼女らにとっては恒例の…

 

 

 

「で、今日は誰から相談してほしい…?」

 

 

 

 

―――セヴァス・六道による、恋愛相談教室を…

 



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IF未来 学園編 その4

原作ヒロインに対するセヴァスの考えは、俺の偏見も入ってるのであんまり気にしないで下さい…

そして、とりあえずこれにて学園編は終了です。なろうで書いたものを含め、学園編の後日談的な話を書くかどうかは未定です。

そしてなろう時代から御愛読して下さってる皆様方、例の最終回『くだらなくも素晴らしきこの日々よ』をどうするか悩んでいるんですが、どうしましょうか…?

1.本編の最終回として温存
2.とっとと読ませろ。んで、本編は新しく別の最終話書けコノヤロー

さて、どちらが良いですか…?


 

 

 

 

「最近、他の女ばかり気にかけている気がするんだ…」

 

 

 

「アイツにとっちゃいつもの事だし、他意は無いと思うぞ?…ていうかお前も含めて、誰だって最初はその“他の女”だったことを忘れるな」

 

 

 

「うぐ…」

 

 

 

「幼馴染だというのなら、その位はいい加減に慣れるなり譲歩するなりしてあげな。はい、次…」

 

 

 

「何をしても私の方を振り向いてくれないのです。私って、そんなに魅力が無いのでしょうか…?」

 

 

 

「いや、皆(生徒一同)の羨ましがってる表情を見ろ…。ただ、世間的に魅力的と言われてる事がソイツの好みとは限らん。アイツの気を惹く事ができる物事をちゃんと確かめな。自分がされて喜ぶことだけでなく、本人が喜ぶことをしっかりな?」

 

 

 

「…はい!!」

 

 

 

「ほい、次」

 

 

 

「抗えない何かの力に邪魔をされてる気がするの…」

 

 

 

「……ごめん、どうしようもない…。」

 

 

 

「…orz」

 

 

 

 

 そればっかりは俺の力でどうこうすることは出来ないよ、鈴…。ま、お前は肝心なところで素直になれないところを直せば大分リードできるんじゃないか?何だかんだいって、この中では一番アイツというものを理解しているみたいだし…。

 

 それにしても、やっぱり恋バナってのは女子達にとって大好物なんだな。周りの奴らは身を乗り出して聴き入る者、メモを取って参考にする者、『今年のネタはこれに決まりね!!』と叫んでどっかに走り出す者……最後のは後でシメとこう。この前、俺とオランジュをネタにした“薄い本”を出した子だ、アレ…。

 

 それはさて置き…箒、セシリア、鈴と来て次は……シャルロットか…

 

 

 

 

「よし、次」

 

 

 

「いっそイメチェンして女らしくするべきかな?それとも、これまで通りの方が良いかな…?」

 

 

 

「どっちも一長一短だが…アイツは本人が無理をしてない限り大抵の事は受け入れる。」

 

 

 

「う~ん…そうかも……」

 

 

 

「もう一つ言いたいことがあるが、これは全員に言えるから後回しだ。んじゃ、次」

 

 

 

「てっとり早く嫁を落とす方法は無いだろうか?」

 

 

 

「まずは世間的な常識を身に着けてこい。いくら個人の好みや常識に差があるとは言っても、お前のはちょいとズレ過ぎだ……はい、次…」

 

 

 

「ちょ、落とす方法は教えてくれないのか!?」

 

 

 

「手っ取り早い決着のつけ方を実践してやろうかと思ったら、お前ら全力で止めに来ただろうが。自分からじゃなく、相手の口から言わせたいのなら地道に頑張れや…去年は俺の古巣のせいで、それどころじゃなかったことは謝るが…」

 

 

 

「あ、いや…そういう意味では……もう終わったことだから気にするな…」

 

 

 

「すまん…。よし、次」

 

 

 

「何をどうすれば良いのか解らない…」

 

 

 

「多分、ほんの僅かに一歩を踏み出せば色々と変わると思う。後、相手が嫌がらない程度に甘えてみたら良いかもしれん…」

 

 

 

「……分かった…!!」

 

 

 

「ふぅ…さて、こんなもんか。今日の相談教室は終了~」

 

 

 

「「「「「「「「「ええぇ~!?」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 そんな残念そうな声を出すなよ…。グルグルとこの“質問ループを繰り返した”せいで、一人につき5,6個はアドバイスをあげたろ?それに、そろそろ…

 

 

 

 

 

「にしても、アンタってどうしてこうもスラスラと助言できるのかしら…?」

 

 

 

「そりゃ、一年以上もお前らの監視続けてればな…」

 

 

 

「そういう意味じゃなくて……ていうか、何かそう言われると嫌な感じが…」

 

 

 

 

 全てが終わった後、実は初めてまともに顔を合わせた時に一悶着あった。彼女達が一年生の頃から俺がIS学園に潜り込んでたことを暴露した瞬間、当然ながらこの6人に拉致されて色々と白状させられた…。

 

 『あの時の私の~を見たのか!?』とか、『あの日に口走ったアレを聴いたの!?』とか……何もかも全部吐かされてしまい、さらに一夏が知らないことは絶対に教えるなという確約までさせられる始末である。当たり前といえば当たり前だが…。

 

 

 おっと、話がずれた…鈴が言いたいことは大体は予想できるが、今は黙っておこう。それよりも先に……

 

 

 

 

 

「ところで最後に一言、お前らに忠告だ…」

 

 

 

「「「「「「え?」」」」」」

 

 

 

 

 

 お前らの事を長い間見守り続けてきて、お前らに対して一番思ったことなんだが…

 

 

 

 

 

「嫉妬して相手の事を殴るのは、互いに一度認め合った恋人同士がすることだ。少なくとも本人の前で恋人ではないと言い張るなら、嫌われる前に自重しな。特に、簪以外の5人……ISや凶器を使うのはマジでやめろ、誰かが想いを遂げる前にアイツが死ぬ…」

 

 

 

「「「「……はい…」」」」

 

 

 

「ならば、私は問題あるまい。私と一夏は夫婦なのだから!!」

 

 

 

「“互いに認め合った者同士”つってんだろ、アホ。ていうか、そういう事はせめて千冬さんに認めてもらってから言え」

 

 

 

「…orz」

 

 

 

 

 潜入任務時代に最も肝を冷やしたのは監視対象だった一夏が死に掛けた時だったが……その原因の殆どは他の同業者や諸外国の暗部ではなく、他でもない彼女達の嫉妬だった…。

 

 かつての仕事を妨げる原因として、今の友人の安寧のため、これだけは言っておかなねばならぬと思ってたんだが、納得してくれたみたいだな…。

 

 

 

 

「…っと、そろそろ仕事の時間だ。俺は行くぜ?」

 

 

 

「あ、うん。今日もありがとう…」

 

 

 

「また、お願いしますわ」

 

 

 

「あいよ~、じゃあな~」

 

 

 

 

 そう言って俺は席を立ち、午後の仕事場へと歩き出した。確か、次は校門前の掃除だったな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行っちゃったわね…」

 

 

 

「…だな」

 

 

 

「今日も有意義でしたわ…」

 

 

 

 

 残された面々は未だにテーブルに座っていた。セヴァスは事務員の仕事があるが、自分達はまだまだ昼休みが終わるまで時間が残っている。

 

 

 

 

「いつもあんなアドバイスをくれるけど、何で本人は『恋愛してない』なんて言うのかな…?」

 

 

 

「さぁな…やっぱり、自分たちの事となると鈍感なのだろう……織斑家は…」

 

 

 

「……言えてる…」

 

 

 

「俺がどうかしたのか?」

 

 

 

「「「「「「「ッ!?」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

―――織斑一夏、何時の間にかの帰還である…そして、その後ろには……

 

 

 

 

 

 

「おぉう…死ぬかと思ったぜぇ……」

 

 

 

 

 

―――頭に冗談のようなサイズのタンコブを作ったランド(オランジュ)が立っていた…

 

 

 

 

 

 

「そういえば、蘭は?あの子もお話されてんたんじゃないの…?」

 

 

 

「のほほんさんに『かんちゃんのライバルには特別コースをプレゼント~♪』とか言ってどこかに連れていかれてた…」

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

 恋敵の一人とは言え、顔馴染みの後輩が地獄へ旅立ってしまったと思うと、思わず心の中で合掌せざるを得ない…。

 

 

 

 

「で、何の話をしてたんだ?」 

 

 

 

「あぁ…セヴァスについて少し、な……?」

 

 

 

 

 

 箒の目配せに全員が首を縦に振った。オランジュは彼女たちが何を思っているのか察したようだが、一夏は首を傾げながら頭にハテナマークを浮かべていた…。

 

 

 

 

 

「セヴァスがどうかしたのか…?」

 

 

 

「マドカと恋人同士じゃない事が信じられないんだろ?」

 

 

 

「ッ!!え、え~と…」

 

 

 

「まぁ、ぶっちゃけた話…」

 

 

 

「その通り…」

 

 

 

 

 長年一緒に仕事を続けてきた相棒なだけあり、セヴァスがどう思われているのかすぐに分かるようだ。彼女らの疑問に納得しながらも、オランジュは皆の様子をどこか楽しげに眺めていた…。

 

 

 

 

「安心しな、あの二人は一夏(コイツ)ほど鈍感ってわけじゃない。ただ、性格がひねくれてる上に意地っ張りなのさ…」

 

 

「どういう意味だ?」

 

 

 

 

 一夏の疑問の声、集まる彼女らの視線…その全てに対し、オランジュはニヤリと笑みを浮かべながら答えてやる事にしたのだが…。

 

 

 

 

「何だ、あの二人と一緒に過ごしてて分からなかったのか?……あの二人って…」

 

 

 

 

 

―――オランジュが放った言葉は、食堂に二度目の静寂をもたらす結果になった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「遅かったじゃないか…」

 

 

 

 

 廊下をスタスタと進んでたら、腕を組みながら壁に背を預けるマドカが立っていた。遠くから見ると、本当に千冬さんとそっくりである……現在の彼女にとって、今の感想は褒め言葉になるのだろうか…?

 

 

 

 

「姉さんとそっくりとか思ったか?」

 

 

 

「図星ッ」

 

 

 

「ふふ、いいさ…今は、そう言われても悪い気はしない……」

 

 

 

 

 そう言いながらマドカは、どこか嬉しそうに微笑を浮かべた。俺には彼女その微笑みが眩しくて、美しくて、愛おしいものに見えて……そして、何より…

 

 

 

 

「手、繋ぐか…?」

 

 

「……ん…」

 

 

 

 

 

―――彼女に惚れて良かったと、心からそう思えた…

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「一人は生きる理由を求め、もう一人は揺るぎ無い自分自身を求めていた。そんな二人が、互いの事に興味を持ったのはある意味当然の事だろ…?」

 

 

 

 二人とも特殊な生まれ方をし、普通では考えられない生き方をしてきた。セヴァスは大国に造られ、捨てられ、亡国機業に拾われるまで独りで生きてきた。

 

 実の親も兄弟も居ない、生みの親には顔を覚える前に捨てられ、友人なんて居るわけもなく孤独な環境で生きてきた。

 

 自分を造った奴らは全員国内での派閥争いで敗北したことによりあっさり殺され、マドカのように復讐に生きることも叶わなかった…。

 

 

 

「そんな風に何を理由にして生きれば良いのか分からなくなっていたセヴァスを拾ったのが、フォレストの旦那であり亡国機業だったのさ。セヴァスは拾われた後もしばらくそのままだったが、マドカとの出会いがそれを変える切っ掛けになったんだ」

 

 

 

 自身が欲したモノを相手は持っていて、相手が望んだモノを自分は持っていた。初めはそれを理由に、相手に対して興味を持っていた。けれど何時の間にか二人は、そんなことと関係なく行動を共にするようになった…。

 

 

―――まるで、互いが大切なモノであるかのように…自分が求めたモノであるかのように……

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

「今から掃除の仕事を再開するんだが、お前もついてくる気か…?」

 

 

「授業をサボろうとした罰で、お前を手伝ってこい…だと……」

 

 

「そうか、“罰”か…じゃあ、仕方ないな……」

 

 

「あぁ、仕方ない」

 

 

 

 無論、この罰を私に与えたのは姉さんだ。セヴァスと私は互いにニヤリと笑い、そのまま校門へと歩みを続けた…。

 

 

 

「……後でお礼でも言っとくか…?」

 

 

「適当にはぐらかされるか、照れ隠しで殴られるぞ…」

 

 

「……そうだな…」

 

 

 

 でも、やっぱり感謝の気持ちを抱くのは必然だ。だから姉さんには、心の中でひっそりと礼を言わせて貰おう…。

 

 

 

「ま…今度、部屋の掃除でもしてやってくれ…」

 

 

「むしろ一夏に感謝されそうだな…」

 

 

 

 

 

 

―――セヴァスとの…大好きな彼との時間を作ってくれて、ありがとう……

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

「一緒に行動をしている内にセヴァスは俺達との絆を生きる理由に、マドカは俺達との過ごす時間を自分のアイデンティティーにしたんだ。けど二人の心の中で大きく占めてるのは、やっぱり互いの事なんだよなぁ…」

 

 

 

 求めたモノと手に入れようとしたモノは違う…しかし求めたモノを手に入れたその時、自分がソレを手に入れた証にしたモノのは、お互いの存在そのものだった。

 

 

 

「セヴァスはマドカを、マドカはセヴァスをソレに当てはめた。ここまで“真逆でソックリ”な奴らってのも、珍しいだろ…?」

 

 

 

 彼の口から語られるセヴァスとマドカの話。食堂に居る面々は一人残らず、時間が経過するのも忘れて聞き入っていた…。

 

 

 

「つーか、そもそも気付けや。両想いでも無い奴らが躊躇なく公衆の面前で『あーん』し合ったり、一緒に外出したり、一日中同じ部屋で過ごすわけないだろ?どっかの誰かさん達みたいに、片方が恥ずかしがる様子もないし……」

 

 

 

「「「「「……。」」」」」

 

 

 

 思わず視線を逸らした少女が6人居たことを記しておく…。

 

 

 

「ふむ、私と嫁みたいな関係だな」

 

 

「いや色々とツッコミたいが、とりあえず俺は結構ヤバい時があるんだけど…」

 

 

 

 訂正、一人だけ違った…。すかさず残った全員がその例外に食って掛かろうとしたのだが、一夏が唐突に漏らした疑問により中断される……。

 

 

 

 

「ん?…でも、オランジュの言う通りセヴァスとマドカが両想いだっていうのなら、何で二人はさっき違うって即答したんだ……?」

 

 

「あれ、そういえば…?」

 

 

「少しも悩まなかった上に動揺してなかったような…」

 

 

 

 似たような質問をされると、自分達はそう見られた事に対して嬉しさと恥ずかしさがゴチャゴチャになり、狼狽えたえまくるのが現実である……目の前の朴念仁はサラリと否定するが…。

 

 そんな彼と彼女らの疑問に、オランジュは何でも無いかのように答えた…。

 

 

 

 

「さっき言ったろ?二人は意地っ張りなんだって…アイツら互いに両想いだってこと察してるくせに、今までの付き合い方や過ごし方のせいもあって自分から告白する気になれないんだ…」

 

 

 

「「「「「「「「は?」」」」」」」」

 

 

 

 セヴァスとマドカは互いの事となると、途端に負けず嫌いになる。基本的に悪戯の仕掛け合いがメインだが、他の事でも度々大規模な意地の張り合いを勃発させていた…。

 

 

 

「自分と相手の気持ちに気付いていても、そんな相手に自分から告白しようなんて真似をあの二人が素直にできるわけもなく、気付いたら意地でも相手から告白させようとしてるらしいんだ…」

 

 

「……なによそれ…」

 

 

 

 鈴が思わずぼやいたが、それはまさしく全員の気持ちを代弁したものだった。自分達が相手に自分の気持ちを気付かせるために四苦八苦しているというのに、二人はゴールの目の前で足踏みをしている…というような話を聴かせられたら嫌でもこうなる……。

 

 

 

「ま、最近になってセヴァスが上の空で『俺とマドカが恋人同士、か…』って呟く回数増えたから、途中で気持ちが変わったりすることも無いだろうけどな…。それに一夏、マドカの部屋から何か出たろ…?」

 

 

「あぁそういえば…この前、マドカの部屋の掃除したらやたら少女マンガが山積みになってた……しかも、全部恋愛モノの…」

 

 

 

「……あいつも変わったな、ほんと…」

 

 

 

 昔はそんなもの、これっぽっちも置いてなかったんだが…。やっぱり、この生活に馴染んできたってことかなのかねぇ……。

 

 

 

「とにかく、だ…アイツらの恋愛うんぬん言う前に、自分達の恋愛にさっさとケリをつけるこったな、御嬢さん方…」

 

 

「う…」

 

 

「……そう言われますと…」

 

 

「き、肝に銘じとくわ…」

 

 

 

 あまりに予想外なセヴァスとマドカの現状に、箒達は何だか気不味い感じになってしまった。何せ、自分達と大差ないと…むしろ遅れていると思っていた二人の関係が、自分達より遥か先に進んでいたのだから…。

 

 少なくとも、自分達はセヴァスとマドカの普段のやり取りを到底真似できる気がしない。ましてや一夏と一緒にそれらの行動をするなんて、想像するだけで顔が真っ赤になりそうである…。

 

 もっとも、その原因の半分くらいは彼女たちにあるのだが…もう半分は、やっぱり目の前の朴念仁にあるみたいで……

 

 

 

 

 

 

「え、お前達って恋愛してたのか…!?」

 

 

 

 

―――ピキィッ…!!×6

 

 

 

 

「が…我慢だよ、みんな……!!」

 

 

「せっかくセヴァスがアドバイスをくれたのだ…」

 

 

「無駄には…しない……!!」

 

 

 

 

 律儀にセヴァスからのアドバイスを守り、一夏の無神経発言に耐える箒たち。そんな彼女達の気持ちを知ってか知らずか、一夏は言葉を続ける…。オランジュは何だか身の危険を感じ、逃げ出す準備を始める…。

 

 

 

「いやぁ、それにしても…何か良いな、あの二人。まさに恋人同士って感じで……」

 

 

「そ、そうだな…セヴァスもマドカも認めようとしないから、厳密には恋人関係にはなってないけどな……」

 

 

「でも、やっぱり良いと思うよ。二人とも表には絶対に出さないけど、心の中ではしっかり繋がってるっていうのがさ……何か二人を見てると、俺も…」

 

 

 

 もうこの時点で今まで培ってきた己の勘が警鐘を鳴らしまくっていたのでオランジュはテーブルから飛び退いた。周囲に集まっていたその他の生徒達も、今までの経験からかとっくに退避していた…。

 

 そして、案の定その時は来た…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰かと恋愛したいなぁ、って…」

 

 

 

 

―――ブチィッ!!×6

 

 

 

 

「「「「「「「一夏 (さん)…」」」」」」」

 

 

 

「え、ちょ…何だよ皆してってぎゃああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 

 

 

 あ~ぁ…やっちまったか。今までの彼女たちの努力と苦労を全否定したようなもんだからな、今のセリフ…。こりゃ千冬さんが来るまで止まらないな……。

 

 

 

「それにしても…さっきはあぁ言ったが……」

 

 

 

 

 

―――『セヴァスもマドカも認めようとしないから、厳密には恋人関係にはなってないけどな……』

 

 

 

 

「最近の生活で二人とも大分丸くなったから、それも時間の問題だと思うぜ…?」

 

 

 

 どこか嬉しげに呟かれたオランジュの言葉は、誰かの耳に届くことも無く、7人による喧噪の音によって人知れず消えていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――自分はコイツに出会い、大きく変わった…

 

 

 

「……。」

 

 

「……。」

 

 

 

―――コイツは自分にとって、何よりも大切な存在だ…

 

 

 

 

「なぁ…」

 

 

「おい…」

 

 

 

―――だからこそ好き(Like)になり、好き(Love)になった…

 

 

 

 

「えっと…お前から先にいいぞ……」

 

 

「いや、お前からで…」

 

 

 

 

―――自惚れかもしれないが、多分コイツも同じことを思っている…

 

 

 

「……。」

 

 

 

「……。」

 

 

 

 

―――そんなお前が相手だからこそ、いい加減に意地を張るのはやめようかと思う…

 

 

 

 

「少し、話があるんだが…」

 

 

「お前に言いたいことがある…」

 

 

 

 

―――もう、素直になってしまおうかと思う…

 

 

 

「……。」

 

 

 

「……。」

 

 

 

「……場所、変えるか…」

 

 

 

「ここで話す事ではないか…」

 

 

 

 

 IS学園の敷地を、手を繋ぎながら歩く二人の男女。二人は今までの出来事を思い出しながら、ゆっくりと…しかし、着実にその場所へと歩を進めていく。今からしようとしている事は、所謂『敗北宣言』。それは、今までの日常に区切りをつけることを意味する。

 

 それでも、自分は長い意地の張り合いに終止を打つ為に…自分の想いを告げるためにそれをする。例えそれが今までの日常を終わらせ、何が待ってるか分からない新しい日常への第一歩になるとしても…。

 

 自分はその新しい日常を受け入れる……だから、心から言わせて貰おう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――お前が好きだ、愛してる…

 

 

 

 

 この日、二人は新しい日常へと足を踏み出した。二人が何処で、どちらが先に負けを認めたのかは、最後まで二人だけの秘密である。

 

 



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その日の亡霊たち…

例のアレで御座います。

因みに、手に負えなくなるので彼女の交友関係は変更しました。もしかしたら、IF未来として二人による世界征服編やるかもしれませんが…




 

 

某国某所のとある施設のホールにて、物々しい雰囲気を漂わせた一団が一堂に集まっていた。誰も彼もが殺気立ち、互いに牽制を兼ねた睨みを利かせている。挙句の果てには自身のナイフや銃をチラつかせるものまで出る始末だ…。

 

 

 

「は~い、お集り頂いた紳士淑女の皆さんご注も~く!!」

 

 

 

 そんな物騒なここの上ない場所で、随分と陽気な声が響いた。その場に居た全員が声のした方へと視線を向けると、そこには一人の軽そうな感じの男が立っていた。そいつはこの日の為に貸切にしたホールのステージ上でワザとらしくも仰々しく両腕を広げながら声を張り上げる…。

 

 

 

「さて、取り敢えず自己紹介を……私は今回の進行役を務めさせて頂きます、フォレストチーム所属の『流れ星(メテオラ)』と申します。以後よろしく…!!」

 

 

「テメェのこと知らない奴なんてここには居ねぇよ!!」

 

 

「くだらないことやってないで、さっさと始めろ馬鹿野郎!!」

 

 

 

 丁重な名乗りに対する返事は無数の罵詈雑言である。それでもメテオラは少しも気にしない…。

 

 

 

「はいはい熱烈な声援どうも!!そんな元気の有り余ってる皆様方に注意事項です…ここは亡国機業の息が掛かった施設とは言え、いつもの支部とかアジトじゃございません。前回みたいに、はしゃぎ過ぎて設備を壊したり乱闘騒ぎはご遠慮下さいね~?」

 

 

「「「「「「「知ったこっちゃねぇ!!」」」」」」」」

 

 

「因みに、オイタが過ぎた人はティーガーさんと丸一日組手してもらいます」

 

 

「「「「「「「調子乗ってすいませんでした!!」」」」」」

 

 

 

 

 生身でISと戦えると噂される程の男、フォレストチームの『ティーガー』…彼の名前が出た瞬間、その場にいた全員がジャンピング土下座をかますという驚異的な光景が出来上がった…。

 

 

 

 

「物分かりの良い方ばかりで嬉しい限りでございます。では前座はここまでにして、そろそろ始めましょうか…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――チキチキ!!第7回『IS少女・ファンクラブ』☆オークション大会をッ!!

 

 

 

 

 

「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」」」」

 

 

 

 この場にセイスが居たら間違いなく頭痛に苛まれたことだろう。犯罪組織のメンバーが施設貸切にしてやることが、自分が命がけで記録した対象の写真や映像のオークションなのだから…。

 

 でも残念…ここに彼に代わってツッコミを入れてくれたり、憤慨してくれるよう人物は居ない…。

 

 

 

「はぁい!!では記念すべき一品目は~これだ!!」

 

 

 

 メテオラがパチンと指を鳴らすと、ステージの一ヶ所スポットライトが当てられた。ライトに照らされたその品を見た紳士達(変態共)からどよめきの声が上がる…。

 

 

 

「シャルロッ党の皆さんが血眼になってでも求め、そして全力でオランジュに要求したその写真……長かった、仕入れるまで本当に長かった…」

 

 

「ま、まさか…」

 

 

「アレなのか…!?」 

 

 

 

 メテオラの言葉に、その写真が何なのか確信したシャルロッ党のメンバー達は言葉では言い表せない高揚感に襲われた。オランジュの口から伝えられ、多くの党員達(やっぱ変態)が妄想しては悶絶した例の姿…。その姿を収めた写真が、ついに目の前に現れたのだ……。

 

 

 

「商品番号1番!!『シャルロット・デュノアの猫パジャマ姿』!!」

 

 

 

「「「「「よっしゃああああああああああああああああああああ!!」」」」」

 

 

 

 巻き起こる歓声は、ホール全体を揺らすほどの威力を持っていた。それに反して他の党のメンバーは、自分達のシンボルでは無かったことに少し残念そうでだった。が、次の瞬間……一部の者達が態度を180度反転させる…。

 

 

 

「しかも、今なら『ラウラ・ボーデヴィッヒの猫パジャマ姿』と『二人の猫姿ツーショット』も一緒に付属します。ていうか三枚組でワンセット!!」

 

 

「「「「「「黒兎に栄光あれ!!」」」」」」

 

 

「買うっきゃねぇ!!」

 

 

「クソッ、後半まで金とっときたいのに…!!」

 

 

「えぇい!!出し惜しみは無しだ!!」

 

 

 

 熱狂するシャルロッ党にブラックラビッ党の者達が加わり、まだ始まったばかりだと言うのにオークションは初っ端から大盛り上がりである。まさに最初からクライマックス状態である…。

 

 

 

「ではでは、最初は5千円からスタートでさせて頂きます!!皆さん、金額の提示をお願いします!!」

 

 

 

 メテオラのその言葉と同時に、ギャラリー達は一斉に声を張り上げた。

 

 

 

「6千円!!」

 

 

「6千5百!!」

 

 

「何の、7千円!!」

 

 

「ハッ!!貧乏人共がッ!!1万円だ!!」

 

 

「……1万2千円…!!」

 

 

「何!?」

 

 

「現在1万2千円!!他におりませんか?」

 

 

「「「「……。」」」」

 

 

 

「2万円だああああああああッ!!」

 

 

 

「「「「「何ッ!?」」」」」

 

 

 

「出ました2万円!!これ以上の金額を出すって人は居ますか?居ませんね?…はい、一品目落札!!」

 

 

 

「おっしゃああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 一品目の写真を手に入れたのは、やはりというかシャルロッ党メンバーだった。他の党員及び、ブラックラビッ党の恨み妬み憎しみの視線を笑顔で受け流し、そいつはホクホク顔で写真を受け取った……彼、帰り道に襲われそうで不安だ…。

 

 

 

「はい、どうぞ。では次の商品へ移ります!!二番目の御品は、コレ……『凰鈴音の音声記録』!!」

 

 

 

 

―――再度ホールが歓声で揺れた…

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 まともな奴が碌に居ない故に、次第にこの空間が混沌さを増していったのはある意味必然だった…。

 

 

 

「次、『セシリア・オルコットの水着姿』!!」

 

 

「「「「「いくらでも出してやらぁ!!」」」」」」

 

 

「クッ、もう軍資金が無い…!!」

 

 

「俺ちょっと来月の給料を前借りしてくる…」

 

 

 

 

―――まともに参加する者も居れば…

 

 

 

 

「割り勘しね?」

 

 

「……この前、お前が手に入れたラウラの『お姉ちゃん発言音声データ』と交換なら…」

 

 

「なぁなぁ、金貸してくれよ…今度の給料日に返すからさ……?」

 

 

 

 

―――互いに利用し合い、協力し合う者も居り…

 

 

 

 

「おい!!誰だ俺の財布パクッた野郎は!?」

 

 

「その写真を寄越せえぇ!!」

 

 

「断固拒否する!!」

 

 

「ぬっ殺すぞテメェ!!」

 

 

「やるのかゴラァ!?」

 

 

 

 

―――最早ルール無視の強奪戦を繰り広げる者も居た…

 

 

 

 

 

 

 上層部や幹部が見たら、間違いなくこめかみを抑えて呻いていただろう。けれども彼らが自重することは最後まで無かった…。

 

 

 

 

 

 

―――そう、最後に彼女が来るまでは…

 

 

 

 

 

 

「はぁ~い、皆さん!!遂にこれが本日最後の御品になります!!この短い時間で何人もの方が、財布の中身を激減させたと思います…しかし!!この最後にお出しするモノは、いっそ借金してでも買い取りたくなること間違いなしのとっておきで御座います!!」

 

 

「何なんだ…?」

 

 

「もうやめて!!俺の所持金はもうゼロよ!!」

 

 

「俺も…」

 

 

「俺なんて既に借金確定なんだけど…」

 

 

「でも、そこまで言うってことは……よっぽど凄いのか…?」

 

 

 

 既に財布も心も軽くなった彼らに対して大見得を切るようなセリフを放ったメテオラ。その言葉に期待と不安感の両方を抱いた面々だったが、そんな彼らを余所にメテオラは懐から音声録音機を取り出した……そして、その再生ボタンのスイッチを入れた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『私は貴方のことを、心から愛しています…』

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「「「ッ!!!!????」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 音声機から流れたのは一人の少女による告白の言葉。彼らは全員、この声の持ち主に心当たりがあった……しかし彼らは自分達が思い浮かべたその声の持ち主は、絶対にこんな事をこんな口調で言わないとも思っていた。故に、彼らの驚愕は計り知れない…。

 

 

 

「こ、ここここここの声は…!?」

 

 

「篠ノ之箒…だと…!?」

 

 

「はい、その通り!!先日、女口調の練習を試みた篠ノ之箒が最後の最後に発したこのセリフ!!彼女の性格を考えるに、おそらく再びこれに匹敵するようなモノを仕入れることは難しいでしょう…。故に希少価値は圧倒的と自信を持って言わせて頂きます!!」

 

 

 

「「「「「「「「「「「オオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」」」」」」」」

 

 

「今日のトリはマジでパネェ!!」

 

 

「やっべぇ!!ファース党としてこれは譲れねぇ!!」

 

 

「赤字?借金?上等だオラァ!!」

 

 

「おっしゃ行くぞ野郎共!!」

 

 

 

 まさかのダークホースに今日一番の盛り上がりを見せるオークション会場。この瞬間、彼らが貸し切った施設を中心に微弱な地震が観測されたそうな…。

 

「これは期待して良いですか?良いですね?…ではでは、スタート額は1万円とさせて頂きます!!皆さんの気前の良さに期待しましょう!!それでは本日最後のオークション、開始です!!」

 

 

 

「おっしゃあ!!まずは2万円だッ!!」

 

 

「ならば、3万円!!」

 

 

 

 開始と共にボルテージマックスな野郎共による狂宴が始まった。当分、この馬鹿騒ぎは続くだろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「50万円~」

 

 

 

「「「「「「「「え…?」」」」」」」」

 

 

 

 

―――この言葉が無かったらの話だが…

 

 

 

 

「あれ、足りない?じゃ、100万円で~」

 

 

「え…あ、いや…その……え…?」

 

 

 明らかに次元の違う金額を提示されたため、さっきまで大盛り上がりだった会場は一瞬にして水を打ったような静けさに包まれる。誰も彼もがポカンと呆けたツラを晒すしかなかった…。

 

 

 

「ん?どうしたの~?」

 

 

「いや…あるの?100万……」

 

 

「は~い」

 

 

 

 声の持ち主は観客達の群れから腕を伸ばし、メテオラの疑問を嘲笑うかのように分厚い札束をドドンと掲げた。その場に居た全員が声を失ったことは言うまでもない…。 

 

 

 

「あ、あるのなら…構わないんだけど……一応尋ねますが、他に居ます…?」

 

 

「「「「「「……。」」」」」」

 

 

 

 千円単位で争っていた奴らが100万も持ってる筈が無く、誰一人として口を開こうとしなかった…。

 

 

 

「で、では百万で落札です!!御品を渡しますんでこっち来てください…」

 

 

「はいは~い」

 

 

 

 随分と抜けた感じの声を出しながら、謎の勝者は人混みを掻き分けながらメテオラの居るステージへと向かっていった。そして、本人が段上へと上がることにより、その人物の姿を皆は見ることができた。

 

 その途端、あちこちから疑問やざわめきの声が広がっていった。しかし、ステージに上がって来た本人と向き合ったメテオラが一番混乱していた…。 

 

 

 

「……すいませんが…」

 

 

「ん~?」

 

 

「貴方、誰…?」

 

 

―――癒し系オーラを漂わせ、のほほんとした“着ぐるみの白兎”に、思わずそう尋ねてしまった…

 

 

 

 

「んふふ~秘密~~♪」

 

 

「いやいや、そうはいかないから!!……御嬢さん、いったい何処から入って来たのかな?」

 

 

 

 ここは自分たちが貸切にした筈…部外者は入ってこれない筈なのだが……

 

 

 

 

「気にしない、気にしな~い♪」

 

 

「いや、だから…」

 

 

「私は~みんなのプライバシーを守りにきたので~す!!」

 

 

「は…?」

 

 

「要するにね~」

 

 

 

 意味不明なことを言われ、頭に疑問符が大量に出現させざるを得ない。だが、次の瞬間…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女の子の敵にお仕置きしにきたの~」

 

 

「「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その言葉と同時に、オークション会場が崩壊を始めた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

『被害報告』

 

 

・死者ゼロ

 

・負傷者多数(うち数名がトラウマを抱えた模様…)

 

・施設完全崩壊(賠償金の請求が来てます)

 

・篠ノ之箒に関する全商品の盗難(ファース党のメンバーは血涙を流して悲しみに暮れたとのこと)

 

 

備考・どういう訳か、襲撃者に関する目撃証言の内容が全員ぶっ飛んでいるため(変な翼を生やしていた、複数に増えた、か○はめ波を撃った等…)、人物の特定は限りなく難しいと思われる…。

 

 尚、現在IS学園に潜入中のセイスとオランジュは何かを知っている模様。しかし問い詰めてみると、顔を青くしながら『何も知らない』の一点張りなので、此方も当てになりそうにない…。




次回は本編を更新しようかと…


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IS学園放送部 ファントム・ラジオ

やっと出来上がりました…

今回の3人はメタ発言満載ですが、時系列や設定は基本的にIF未来学園編を使っております。それを踏まえて読んで頂けると嬉しいです。




~某日某所…もとい、IS学園にて~

 

 

 

「あぁ~あぁ~マイクテス、マイクテス。此方オランジュ、感度良好。」

 

 

「こっちも準備出来たぞ。マドカは?」

 

 

「問題ない、いつでも行ける」

 

 

「いよ~し、んじゃ始めるか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――テテテテッテテ~♪

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、麗しきIS少女と鈍感野郎一名の皆さんコンニチハ!!遂に始まりました、IS学園放送部によるお昼の放送『ファントム・ラジオ』!!メインパーソナリティは私、愛すべき阿呆専門こと『オランジュ』と…」

 

 

「あれ、お前って新しい名前付かなかった?…おっと失礼、元犯罪組織エージェントで今は事務員。IS学園二人目の男子の異名を頂きました、セイス改め『セヴァス・六道』です。」

 

 

「あぁ…何かセイスがセヴァスになったのはマドカの御蔭で普通に受け入れられたみたいなんだが、俺のは読者的にも作者的にも違和感あったから昔のまんまで…」

 

 

「そ、そうか……えっと、そしてもう一人…」

 

 

「この作品で最も崩壊したキャラ、食いしん坊で素直になれない悪戯っ子、皆のアイド…ル……おい誰だこんな台本書いたのは!?」

 

 

「……まさか本当に読むとは…(笑)」

 

 

「セヴァーーースッ!!(怒)……えぇい、とにかく『織斑マドカ』だ!!よろしく頼む!!」

 

 

「へぇい御二方、自己紹介ど~も。さて、この番組…ていうか今回の話の趣旨なんですが、ぶっちゃけけると『作者の息抜き』です。」

 

 

「最近は『なろう』の方で一次も書いてるらしいんだが、柄にも無くシリアスの比率を多くしちまったらしい。それに加えて前回のアイ潜の本編でもシリアスをやったもんだから、精神的に限界が近いんだとさ。」

 

 

「要はギャグ好きの癖にシリアスばっか書いた故の禁断症状か、情けない…」

 

 

「というわけで今回はこれまでの分もふざけにふざけ、『ネタ的にメタメタのギッタギタにしよう、ついでに読者から質問も受け付けよう」という趣旨の元にハッチャケようかと思います。」

 

 

「身も蓋もねぇなオイ!!」

 

 

「何か他に言い方無いのか!?」

 

 

「無い!!では、早速最初のコーナーに参りましょう!!」

 

 

(しっかし…お前ってやっぱ、丁寧な口調似合わないのな……)

 

 

(うっせ)

 

 

 

 

―――お答えします、貴方の疑問……『質問受け付けコーナー』

 

 

 

 

オ「その名の通り、読者の皆様に募集した質問や無茶ぶりに答えていこうというものだ」

 

 

セ「今回、質問を送って下さった皆様方、感謝するぜ」

 

 

マ「一部とんでもないの混ざってるがな…」

 

 

オ「気にすんな、そしてどんな内容にも逃げずに答えろよ?それでは他に説明することも無いので、さくっと始めていきましょう!!まずは此方の質問から…」

 

 

 

 

 

―――RN.『何か来る!』さんからの質問

 

 メイン三人、おはこんにちばんは!(おはよう+こんにちは+こんばんは。)早速質問させていただきます。

 

『6とMは互いにいたずら?をしあってるようですが、その中で一番命の危険があったのは何ですか?』

 

 もう一つの質問は

 

『お二人のいたずらで一番笑えたのは何ですか?』これは橙が答えてください。―――

 

 

 

 

オ「あぁ、それは俺も気になるな。何度も巻き込まれる羽目になったけど、実際知らないところで色々やってるからな、この二人…」

 

 

セ「んなこと言っといて、お前も結構参加してんじゃねぇか…」

 

 

マ「私の黒歴史の半分は貴様の魔改造画像だったりするんだがな…?」

 

 

オ「おぉ懐かしい、そういえば『マドカ☆○ギカ』の画像を造った時は一番笑ったな。何せアレは今までの奴で渾身の出来だったかゴベルァ!?」

 

 

マ「一回死ね!!」

 

 

セ「くわばら、くわばら。えっと俺の場合はなぁ……候補が多すぎて絞れねぇな…」

 

 

マ「いやいやいや、そんなに私のやってることは過激だったか!?いつも御茶目で済む程度だろう!?」

 

 

セ「おまッ、それは最近の話だろうが。出会った時なんか、俺のタフ体質を良い事に銃とか爆弾とか躊躇無く使ってきたろ。それ以前に、俺の食糧を食い漁って飢え死にさせかけたじゃねぇか…」

 

 

マ「……。」

 

 

セ「目ぇ逸らすな…!!」

 

 

マ「こ、細かい事をきにするんじゃない!!良いから早く言え!!」

 

 

セ「ったく…そうだな、それでも敢えて言うなら『枕にC4爆弾設置』された時が一番ヤバかったな。寝てる時、何か耳元でカチカチ音がすると思ったら次の瞬間には頭が真っ白になったし。そして翌朝に目覚めたら寝室が俺の血で真っ赤だった……」

 

 

マ「あったな、そんな事も…」

 

 

オ「本当に何してんだお前ら…で、マドカはどうなんだよ?」

 

 

マ「私の場合セヴァスの悪戯で死に掛けたことは無いが、度が過ぎた時の折檻が…」

 

 

オ「たまにボロ雑巾にされてるもんな」

 

 

マ「……いや待て、そういえば本気で心臓が止まりそうになったのがあった…」

 

 

オ「ほほぅ、それはいったい…?」

 

 

マ「実はな…」

 

 

 

 

 

 

 

―――ダチョウの卵をレンジでチンすると温泉卵になるって、嘘吐かれた

 

 

 

 

オ「…は?」

 

 

セ「お前…アレ本気で信じたの?ていうか、試したの……?」

 

 

マ「当り前だろう。しかし本当に驚いたぞ、アレは……いきなりレンジが吹き飛んだんだからな…?」

 

 

セ「……即答する辺り、マジか…。因みに、何の卵であろうと電子レンジで生卵を加熱すると爆発するからな?絶対に真似するなよ?」

 

 

オ「いや、ダチョウの卵なんて何処で手に入れて来たんだよ……もう一度言うけど、お前ら本当に何やってるの…?」

 

 

セ「馬鹿やってる(ドヤァ)」

 

 

マ「馬鹿やってる(ドヤァ)」

 

 

オ「……頭痛くなってきた…。もういいや、次の質問いこう…」

 

 

 

 

 

 

―――UN.白金さん

 

「子供は何人欲しいですか?」と「束はマドカをどう思ってるのか」、「二人から見て、一番一夏とくっつきそうなのは?」で。最初のは学園編、トライアングル編両方で。―――

 

 

 

 

オ「何か早速地雷臭がプンプンするんだけど!?」 

 

 

セ「子供ねぇ…二人は確実に欲しいかな。」

 

 

マ「私は自分が3人兄弟だったから、その位は欲しいな」

 

 

オ「……ワンサマ・ラヴァーズが赤面しそうな質問をシレッと答えやがったこの二人。あぁ因みに、今回忙しくて来れなかったトライアングル編の楯無会長には、メールで返答を頂いてます」

 

 

セ「へぇ…何て書いてあるんだ……?」

 

 

オ「そんなジト目しなくても大丈夫だっての、そんじゃ読み上げるぞ?……えぇと、何々…」

 

 

 

 

 

 

―――『わ、わわわ、私とセイス君の子供!?い、いきなりそんな事聞かれても困るんだけど!!……で、でもどうせならたくさん欲しいなぁ、なんて……あぁいやちょっと待って!!ていうことはそ、その…(自主規制)をそれだけ頑張らないといけないってことよね!?…でも私、セイス君となら何度でも…』

 

 

 

 

 

マ「おい、この痴女は今どこに居る?見つけ次第ブチ殺してくる…」

 

 

オ「お、落ち着け!!この楯無会長はいわゆる平行世界の人だから!!」

 

 

セ「ヤベェよ、何だよこの楯無…初心にも程があるだろうが。一夏には裸エプロンだの裸ワイシャツだのやってた癖にどうしてこうなった……?」

 

 

オ「本人曰く、裏仕事の時とモノホンのそういうのでは天と地との差程の違いがあるんだとか…」

 

 

セ「暫くこっちの楯無と普通に顔合わせられる気がしない……つーかコレって、校内放送だよな?こんな内容ばっかだったら不味いんじゃね…?」

 

 

オ「そん時はそん時ということで。それでもう一つの方だけど、篠ノ之博士の方はどうなってるんだ?確かIF未来学園編で、お前がアメリカに連れて行かれそうになった時にちこょっとあったんだろ…?」

 

 

セ「……。」

 

 

マ「……。」

 

 

オ「あ、あれ?どうした…?」

 

 

セ「う~ん…確かに、あの時に千冬さんがアメリカのお偉いさんを黙らせた書類は篠ノ之博士の脅しメッセージだったらしいんだけど、あれはマドカのお願いを聴いた千冬さんのお願いを聴いたに過ぎないからなぁ……良くも悪くも無関心?」

 

 

マ「私の場合、一時期姉さんのことを殺そうとしてたから逆に狙われたしな……今は平気だが…」

 

 

オ「マジで?千冬さん公認の妹なのに…?」

 

 

セ「そもそもあの人って、箒以外なら自分の家族でさえ殆ど無関心じゃん。かと思えば『くーちゃん』にはベタベタだし…」

 

 

マ「結構姉さん達と一緒に居るようになったが、未だに篠ノ之博士に興味を持たれる人間の基準が分からない…」

 

 

オ「う~ん、確かにそうだな。という訳で箒さん、この放送を聴いてたら後で本人に尋ねといて下さい」

 

 

 

 

―――『知るかッ!!』

 

 

 

セ「今、何か聴こえたぞ…」

 

 

マ「割と近くに居たんだな…」

 

 

オ「気にすんな……おっと、その箒でさえ気にしそうな内容が書いてあるじゃないか…」

 

 

セ「一夏とくっつきそうな人ねぇ…」

 

 

マ「おい、何度も言うがこれって校内放送だろ?本人に聞かれるんじゃないのか…?」

 

 

セ「どうせあの鈍感王は『くっつく=抱きつく』ぐらいにしか思わないだろ」

 

 

マ「……身内のことだけに、納得してしまった自分が嫌だ…」

 

 

オ「それはさておき、実際はどう思ってるのさ二人とも…?」

 

 

セ「う~ん、みんな一長一短だからなぁ……でも、とりあえず箒は除外だ…」

 

 

 

 

 

---ガタンッ!!

 

 

 

 

オ「……何か聞こえたぞ…?」

 

 

マ「放っておけ、良い薬になる。ていうか私もあいつが義理の妹になるのは却下だ」

 

 

 

 

---ゴトゥ…!!

 

 

 

 

オ「た、倒れたか…?」

 

 

 

セ「いや、ね…俺の場合かなり偏見入ってるからな?潜入任務時代、一夏の死因を最も作りそうになった奴だからってのもあるし……」

 

 

オ「あぁ、確かに…」

 

 

マ「そしてアイツはあの中で一番、一夏が自分に良くしてくれる事を当然のように考えてるフシがあるからな。相手が一夏みたいな御人好しじゃなかったら、とっくに愛想尽かされてるぞ…?」

 

 

 

 

 

 

---『…ッ!!』

 

 

 

 

 

マ「そもそも箒のは一夏に好かれたいと思ってるくせに、やってることは好かれてるの前提なんだよ。それに気づいてるのかどうか知らんけどな…」

 

 

 

 

 

---『……。』

 

 

 

 

マ「ほらほら思い返してみろ、己の過去を……『あいつの恋人?』みたいな質問されると全力で断るくせに、相部屋になったのが一夏の意志じゃなかったら殴ったり、一夏が他の女に意識を向けるとすぐに殴ったり、度の過ぎたツンデレで殴ったり…あと『仕方なく』という台詞を多用して一夏と行動を共にしようとするが、『仕方ない』という位ならやめろ。照れ隠しで誤魔化すにも限度があるわ…」

 

 

 

 

 

 

---死んッ…

 

 

 

 

『ほ、箒さん!?』

 

 

『ちょっとアンタ、しっかりしなさい!!』

 

 

『うわぁ、目が死んでる!?』

 

 

『傷は浅いぞ!!まだ逝くな!!』

 

 

『……これ、何てカオス…?』

 

 

 

 

オ「おい、ラヴァーズの奴ら絶対に外に居るだろ?放送室の扉に全員で寄りかかって聞き耳立ててるだろ?……因みに、他の方々は…?」

 

 

セ「さっきも言ったけど、みんな一長一短だ。その短所と愛情表現が暴力的なのを直せば、全員チャンスはある。勿論、箒にもな?……だから、諦めるなよ…?」

 

 

 

 

『『『『『はーい』』』』』

 

 

 

オ「今度は彼女たちを本格的にゲストとして招くか、面白そうだし……さて、犠牲者が一人出たけど次に行ってみましょう!!」

 

 

 

 

 

 

―――UN.大坂者さん

 

オランジュがセイスより先にA.Aを知覚したり、IF未来編においてのほほんさんに身柄を押さえられた最大の理由が『オランジュは霊媒体質だから』って噂は本当ですか?―――

 

 

 

オ「おい噂って何だ、噂って!?誰だそんなん流したの!?」

 

 

セ「…。(挙手)」

 

 

マ「…。(挙手)」

 

 

オ「おいいいいいいいぃぃぃぃぃぃッ!!」

 

 

セ「いや、だってなぁ…?」

 

 

マ「確かに私もセヴァスも、アイツの怪奇現象は経験する羽目になったがな……憑りつかれたことは、無い…」

 

 

オ「そんなの俺だって無ぇよ!!」

 

 

セ「え?」

 

 

マ「え?」

 

 

オ「……おい、ちょっと待て。何だその反応は…?」

 

 

セ「知らぬが仏って言葉、知ってるか…?」

 

 

マ「とりあえず、彼は良い奴だ。それだけ知ってれば充分だ…」

 

 

オ「ちょっと待て!!何かあったのか!?俺の記憶に残らない何かがあったのか!?」

 

 

セ「さ、次の質問に行こうか!!」

 

 

オ「おい!?」

 

 

マ「次の質問はこれだ!!」

 

 

オ「おいぃ!?」

 

 

 

 

 

 

 

―――UN.某清掃員(?)

 

「先日、ちh…もとい。織斑先生の寮監室のおおs…清掃をしていたんですけど…。たまたま見つけた『ちーちゃんの絵日記☆第20号!! by織斑千冬』(中身は絶対見ません)の表紙がなぜか「高校生の頃っぽい織斑先生が魔法少女のコスプレをして『テヘぺロ♪』やってる」写真が印刷されていたんだよ。っおっかしいな。あんな写真何時撮ってたんだ千冬姉?それとも、あれか?束さんのいつものイタズラか?そこんところ調べてもらえませんか?」―――

 

 

 

 

セ「……この清掃員って、一夏だよな…?」

 

 

オ「あぁ…そして、この表紙の写真ってまさにアレだよな……?」

 

 

マ「ていうか何してるんだ姉さああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!」

 

 

オ「あ~詳しい事を知らない視聴者の皆様、その表紙の写真のことを教えたいのは山々なんだけど…」

 

 

マ「言ったら本気と書いてマジで殺すぞ貴様ぁッ!!」

 

 

オ「まだ死にたくないんで、そのことについてはノーコメントで…」

 

 

セ「まぁ、可愛いから良いじゃん」

 

 

マ「恥ずかしいもんは恥ずかしいんだよ馬鹿ッ!!」

 

 

オ「……今の発言で大体の事を暴露してないか…?」

 

 

マ「何か言ったか…?」

 

 

オ「何でもない何でもない。それにしても、懐かしいもんが話題に出たな…」

 

 

セ「千冬さん、まだ書き続けてたんだなあの絵日記。まぁ、中身は大体予想出来るけど…」

 

 

マ「私、内容見たことあるぞ…?」

 

 

セ&オ「「マジで!?」」

 

 

マ「マジだ。私が見た時は確か…」

 

 

 

 

 

―――『3年1組織斑一夏君、担任の織斑先生が呼んでいます。至急…大至急、職員室まで来てください』

 

 

 

 

 

マ「……やっぱ言わないでおく…」

 

 

セ「そうしておけ…」

 

 

オ「命は大事にしような……ふぅ、さて。次で最後の質問だ…」

 

 

セ「マジで?思ったよりあっと言う間だったな…」

 

 

マ「……微妙に濃かったがな…」

 

 

オ「ところがどっこい、最後の最後に特濃な質問だ…」

 

 

 

 

 

 

―――UN.神薙之尊さん

 

『二人はどこまでヤったんですか?』―――

 

 

 

 

 

セ「本当に濃いなオイッ!!」

 

 

マ「言える訳ないだろうがッ!!」

 

 

オ「え、なに?言えないとこまで行ったわけ…?」

 

 

セ「いや、千冬さんに殺されそうなことはしてないけど…」

 

 

マ「かと言って誰かに聞かせれる様な内容ではないしな…」

 

 

オ「因みにこの二人、学園編で互いに告白してからというもの『キス』と『あーん』は普通にやってるよな。他には確か昼寝中に『添い寝』もしてたっけ…?」

 

 

セ「……。」

 

 

マ「……。」

 

 

オ「おい、まさかそれ以上の事もしてるのか!?これ以上で(自主規制)以下ってどんなだよ!?」

 

 

マ「……取りあえず…」

 

 

セ「一夏達がやったことは……全部やったかも…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『セヴァス・六道君、織斑先生が呼んでいます。至急、職員室に…て、ちょッ織斑先生!!』

 

 

 

―――『六道…今すぐに私のところに来い…じっくりと話を聞かせて貰おうか……因みに、逃げたら………分かってるな…?』

 

 

 

 

 

オ「……。」

 

 

マ「……。」

 

 

セ「……逝ってきます…」

 

 

マ「早まるなセヴァスッ!?」

 

 

セ「俺、この呼び出しから帰れたらプロポーズするんだ…」

 

 

マ「よし行ってこい!!そして絶対に帰ってこい!!」

 

 

オ「待て待てぇ!!」

 

 

セ「ブリュンヒルデがなんぼのもんじゃあああああああああああああああああああッ!!」

 

 

オ「やめろセヴァアアアアアアスッ!!……あぁ、行っちまった…」

 

 

マ「大丈夫だ…私は、セヴァスを信じる……!!」

 

 

オ「そういう問題じゃあ……いや、もういいや…」

 

 

マ「因みに、質問は終わりか…?」

 

 

オ「おう、今ので全部だ。後は少し予告的なことをして今日は終わりだ」

 

 

マ「予告…?」

 

 

オ「これからアイ潜で書こうとしてる内容についてだよ。なろうの一次とか、復活させるかどうか悩んでるリリカル二次とかもあるが、今のとこ考えてるのは…」

 

 

 

 1.IF未来 ティナ・ハミルトン・ヒロイン編(略してTH2編)

 

 2.本編 第2回『貧乳はステータス!!の会』ミーティング

 

 3.IF未来 トライアングル編の続編

 

 

 

オ「ということになってるらしい」

 

 

マ「2と3は前もやったから分かるが、ティナ・ハミルトン?……あ、鈴のルームメイトか…」

 

 

オ「ちょこっと改造裏設定を加えて、アレコレやってみようと考えてるらしいぞ?学園編ではセヴァスに惚れてたし、本格的に絡ませたくなったとか無いとか…」

 

 

マ「何にせよ、度を越えたスキンシップをしたら潰すだけだ…」

 

 

オ「……。」

 

 

マ「ん、どうした…?」

 

 

オ「いや、何でも無い。(言えない、外伝じゃなくて本編としてやる可能性があるなんて言えない…)」

 

 

マ「ふむ、まぁ良いか…」

 

 

オ「そうしてくれると、ありがたい…。さて、とりあえず今日の放送はここまで!!皆さん、楽しんで頂けましたか?」

 

 

マ「いえーい」

 

 

オ「もしも今回の話が好評だった場合、また似たようなことをいつかやらせて頂きます!!その時は再度質問や無茶ブリを募集させて頂きますので、またよろしくお願いします!!それでは今回の『ファントム・ラジオ』メインパーソナリティはこの俺、『オランジュ』と…!!」

 

 

マ「私『織斑マドカ』、そして…」

 

 

 

 

 

―――『この『IS学園潜入任務シリーズ』の主人公、『セヴァス・六道』がお送りしました!!』

 

 

―――『六道、まだ話は終わっとらんぞッ!!』

 

 

―――『アンタさっきから俺がマドカとの事を話す度に『羨ましい』しか言わないじゃないですか!!』

 

 

―――『誰がそんなことを言った!!『姉である私でさえそこまでやって貰えない』としか言っとらん!!』

 

 

―――『だから要は羨ましいってことじゃねぇかッ!!』

 

 

 

 

 

マ「……何してるんだ二人とも…」

 

 

 

オ「何はともあれ、それでは皆さん御機嫌よう!!さようなら~!!」

 

 

 

 

 

 



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IF未来 続・トライアングル編 その1

こっちの楯無は本編以上のアレになっております…


気配を隠し、息を殺し、目を凝らす

 

 

 

 幼少の時より培ってきた技術、経験、勘

 

 

 

 その全てを使い、目の前の標的に狙いを付ける

 

 

  

 標的は依然として此方に気付かず、隙を晒し続けている。これ以上の機会は無い…

 

 

 

 ならば、やることは決まっている

 

 

 

 躊躇はしない

 

 

 

 怖気づくことなど、あり得ない

 

 

 

 撤退など以ての外だ

 

 

 

 私はIS学園生徒会長にして更識家現当主、私に失敗は………無いわけでもないが、殆ど無い…

 

 

 

 私は狙いを標的に寸分の狂いなく合わせ、その引き金に合わせた指をゆっくりと動かした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――パシャッ!!

 

 

 

 

「ゲット!!よし、もう一枚!!」

 

 

 

 

―――パシャッ!!

 

 

 

 

「良いわ良いわぁ!!さらにもう一枚……いや、何枚でもッ!!」

 

 

 

―――パシャパシャパシャパシャッ!!

 

 

 

 

 街のど真ん中で物陰に隠れ、狙い(ピント)を合わせ、引き金(シャッター)に置いた指を動かしまくる水色が約一名。随分と無駄に高性能で無駄に高価格な望遠カメラを使用しながらハイテンションになっていく彼女を止められる人間は、残念ながらここには居ない…

 

 これまた無駄にプロの本気を出しながら身を隠しているため、道行く通行人に警察を呼ばれる心配も無い。その為かこの不審者…更識楯無は一切自重せずにレンズの向こうに居る、とある人物の写真を一心不乱に撮り続けた。その人物は誰かと言うと…

 

 

 

「あぁ、やっぱり可愛いわぁ……簪ちゃん…!!」

 

 

 

 他でも無い彼女自身の妹、更識簪その人である。最近はちょっと複雑な理由で微妙に不仲になってしまっているのだが、楯無にとっては溺愛すべき妹に変わりは無い。この様に定期的に妹分を摂取しないと、仕事に支障が出る程大事な子である。

 

 

 

「けど、今日の目的はちょっと違うのよねぇ……いや簪ちゃんが大事なのに変わりないけど…」

 

 

 

 我が愛すべき妹は世界一可愛い。兄弟姉妹の自慢ならば、かの世界最強にも天災にも負けない自信がある。簪ちゃんのためならば、いっそ世界を敵にだって廻して見せよう。

 

 しかし、そんな妹に…大事な大事な妹に、魔の手が忍び寄ってる可能性があるのだ…

 

 

 

「誰よいったい……『ブレッド』と『リボル・ヴァーガン』って…」

 

 

 

 事の発端は、簪の側近である本音からの報告である。曰く、最近簪はとあるネットゲームにハマっているらしい。確かタイトルは『モン○ターハンターF』だったような…

 

 人付き合いやコミュニケーションが苦手の分類に入る簪の交流関係は身内を省くと、基本的にネット関係が主なものになっている。ネトゲ然り、チャット然り、ブログ然り、裏サイト然り……この前見つけた例のサイトは、本当にどうすれば良いのか分からなくて見なかったことにしたが…

 

 とにかく、いつもの様に簪がそのネトゲで遊ぼうとした際に本音がそれに便乗したのである。別に断る理由も無かったので簪は普通にそれを承諾し、そして本音に“奴ら”を紹介したのだ…

 

 

 

「簪ちゃんの友達になってくれるのは良いのだけど、ちょっとねぇ…」

 

 

 

 何でもそいつら二人は簪がそのゲームを始めた初期の頃、たまたま一緒にゲームを攻略して以来意気投合して今も進んで一緒にパーティを組んでいるそうだ。あくまでゲーム内の話なので顔どころか本名も分からないのだが、本音の報告によればその時の三人のやり取りはとても楽しげだったと聴かされた。

 

 そして、二人が『オフ会』なるものを計画していることも…

 

 

 

「仲良くするのは不本意だけど…本当に、ほんとーに不本意だけど許すとして、直接顔を合わせた際にあまり度が過ぎたスキンシップされると心配なのよね……」

 

 

 

 自分の事を棚に上げといて何を言ってやがるんだと思うかもしれないが、つまりはそう言う事だ。人見知りでもある簪が進んで誰かと会おうとすること自体は、素直に喜ぶべきことなのかもしれない。

 

 しかし、しかしだ…もしもそいつが上っ面だけの糞野郎だったら?簪に手を出すゲス野郎だったら?愛する妹を傷つける塵芥だったら?……私はそいつに地獄を見せ、産まれたことを後悔させながら閻魔様の元に送ってやる権利があるのではなかろうか…?

 

 

 

「否!!これは権利で無く義務よ!!大切な妹を汚い魔の手から守る姉の義務なのよ!!」

 

 

「だからって仕事をほっぽり出すことが許されるとでも…?」

 

 

「愛の前には全てが無力よ、虚ちゃん!!」

 

 

「……頭が痛くなってきました…」

 

 

 

 今年一番の深さを誇るため息を吐きながら、このはた迷惑な当主の側近を担う布仏虚は頭を抑えた。自身の妹が持ってきた報告を聞いた途端、常日頃から自重の二文字を覚えて欲しいと思ってた目の前の主は暴走を開始。山積みになった仕事を全部放り出し、丁度街へと私服姿で出掛けた簪の後を尾行してきたのである…

 

 何度も連れ戻そうとしたのだが、結果は御覧の通り。IS学園シスコントップスリーの一人である彼女は色々なものを建前に、例の人物との待ち合わせ場所に佇む自分の妹を盗撮しているのである。

 

 

 

「もう、嫌なら帰っていいのに…」

 

 

「帰ったところで、後は貴方専用の仕事しか残ってません」

 

 

「あ…そう、なの……」

 

 

「それより、いったいどんな方々なのです…?」

 

 

 

 さっきから気になってしょうがないのだが、画面のアバター越しとはいえ簪と意気投合できた人物となると少なからず興味が湧く。

 

 

 

「『ブレッド』はライトボウガン使いでチキン殺法が主流、『リボル』は狩猟笛で防御力と回復力にものを言わせた特攻精神が主な戦い方らしいわ。因みに簪ちゃんは弓使いで弾幕形成タイプ…」

 

 

「誰がそんなこと聞きたいと…」

 

 

「いや、ぶっちゃけ本音ちゃんの報告ってこれしか無いのよ。後は簪ちゃんのユーザーネームが『カミカザリ』ってことぐらいしか…」

 

 

「……調べようとしなかったんですか…?」

 

 

「簪ちゃんを追いかけることで頭が一杯だったのよ、悪い…?」

 

 

「まさかの開き直り…」

 

 

 

 もう何を言ったところで、この妹バカな生徒会長には全て無駄のようだ。そう悟り、虚が再度深いため息を吐いたその時、遂にその瞬間はやって来た…

 

 

 

「来たわ…!!」

 

 

「え、何処ですか…?」

 

 

「あそこよ、あのキョロキョロしながら簪ちゃんの居る所に向かってる男!!あの挙動は、間違いなく誰かとの待ち合わせ場所に向かう時の動きよ!!」

 

 

「……その洞察眼は流石と感心すべきか、無駄使いするなと呆れるべきか…」

 

 

 

 とにかく楯無が示した方角に視線を向けてみると彼女の言うとおり人混みに紛れ、携帯らしきもので何かを確認しながらゆっくりと簪の居る場所へと向かう一人の男が見えた。年は簪や本音と同じくらいで背はやや高め、どこかで見覚えのある赤い髪をして額にバンダナを巻いてた…

 

 それを見た途端、虚は思いっきり動揺し、楯無は意外な人物に驚いた…。

 

 

「て、あの人は確か…!?」

 

 

「あら、『五反田弾』君じゃない…」

 

 

「……まさか、『ブレッド=弾』…?」

 

 

「親父ギャグね…」

 

 

 

 やって来たのは何と織斑一夏の親友であり、数少ない男友達の一人である『五反田弾』その人であった。楯無は仕事の都合で一夏の交友関係を調べた際に彼の存在を知り、虚は先日の学園祭の時に顔を合わせている。余談だが二人ともその時に何かあったらしく、虚は彼のことを思い出すと微妙にトリップしてしまう。細かいことは分からないが、桃色系の何かであるのは確かである…

 

 

---実際は互いに一目惚れみたいなことになり、それ以外は名前を言うことすら出来てないのだが…

 

 

 

「何にせよ、仕事に支障が出ない程度でお願いね…?」

 

 

「どの口がほざきますか、この口ですか?その口ですか?」

 

 

「いひゃい、いひゃい!!」

 

 

「まったく、それを言ったらお嬢様もでしょう?……ただでさえサボり癖が酷いのに、例の殿方のことになると織斑君の周りに居る彼女たちより酷いことになってるじゃないですか…」

 

 

「うぐっ…」

 

 

 

 例の殿方とは無論、セイスの事である。前回のレゾナンスの一件以来さらに彼のことを意識するようになってしまい、定期的に色ボケてしまうようになってしまった。その酷さはワンサマラヴァーズに勝るとも劣らない…

 

 

---仕事の書類を間違える

 

---授業の時間を忘れる

 

---ISの訓練中にトリップして事故る

 

 

 こんなのまだマシな方だ。この前なんて一夏の特訓中に考え事をしていたら、手加減するのを忘れて保健室送りにしてしまったのだから。あの時の千冬さんによる折檻は本気で死ぬかと思った…

 

 因みに虚達には自分に意中の相手が居ることを告げてはいるのだが、セイスが亡国機業に所属していることはおろか名前すら教えてない。いずれ何らかの決断をしなければならない日がくるのだろうが、それまではもう少しだけこの現状を維持しておきたかったのである…

 

 

 

「それに立場や身分の違いに邪魔される恋って、何だか燃えるものがあると思わない…?」

 

 

「いきなり何ですか……それと、また簪様の居る場所に直進してる人が現れましたよ。多分、もう一人はあの人じゃないですか…?」

 

 

「む、来たわね!!さて、うちの可愛い妹に手を出す不届きものはどんな奴なの…かし、ら…………嘘でしょ…?」

 

 

 

 待ち合わせ場所で合流し、軽く挨拶の言葉を交わす二人に真っ直ぐ歩みを進める3人目の人物。そいつは弾と同様に年は簪達と殆ど同じくらいであり、背も同じくらいでやや高めである。ただ髪の色は黒に近い深緑色であり、肉つきは見た目よりしっかりしていた。

 

 しかし明らかに動きが堅気のモノでは無かった。多くの人が行き交う大通りの中で一切速度を落とすことなく、しかも誰にもぶつからないどころか掠りもせず歩き続けた。どう見ても自分の同業者である。

 

 

---そして自分はソイツを…彼のことをよく知っている……

 

 

 

「どうしました…?」

 

 

「ちょ、待って!!嘘よ嘘よこんなの嘘よ!!有り得ないわよ!!冗談にしてはタチが悪すぎよッ!!」

 

 

「とりあえず落ち着きなさい、そして本当にどうしたんですか…?」

 

 

「だって…だってアイツは、彼は……」

 

 

 

 あまりの現実に指が震えまくる。それでも、その震える指はその現実を指差した。そしてその指の先に映った光景は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしかして、『リボル』さん?』

 

 

『あ、あぁ……そう言う二人は『ブレッド』と『カミカザリ』さんか…?』

 

 

『おう、初めまして…で、良いのか?……ま、とにかくヨロシクな!!』

 

 

『よろしくお願いします』

 

 

『……マジ、かよ…』

 

 

 

 

 

 理由は違えど、今の自分と同じく憔悴状態に陥ったその意中の相手……セイス本人が居た…

 




リボル・ヴァーガン→リボルバーガン→六連発銃→6→セイス


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IF未来 続・トライアングル編 その2

今回はセイス視点です。そして今回までが前座です…


 

 現実を直視したくない時って、あるよね。

 

 例えば、そう…腐れ縁なマダオに食料を食い尽くされた時。大して注意してなかった人間が、実は怪奇現象の塊だった時。天敵に好意を持たれてると発覚した時……いや、最後のはちょっと違うな…

 

 まぁ、とにかくアレだ。俺は今まさに例によって認めがたい現実と直面しているわけなんだけど、今日は特に過酷な状況であると思う。過去の出来事の中でも三指に入るんじゃなかろうか…?

 

 あぁ…胃に穴が空きそうだ………空いたところですぐに塞がるけど…

 

 

 

「リボルさん、顔色悪くない…?」

 

 

「大丈夫か?」

 

 

「あ~、お構いなく。今朝、寒かったのに掛布団がベッドから落ちててな…」

 

 

「そう…」

 

 

「うへぇ、今朝って結構冷え込んでたよな?……本当に大丈夫かよ…?」

 

 

「平気、へーき…」

 

 

 

 確かに今朝は寒かった。だけど、今は別の理由でそれ以上に肝が冷えている…。

 

 以前からよく遊んでたシリーズのネット版を最近始め、早速仲良くなった奴が出来た。ゲーム開始して三分で仲良くなったブレッドは割と気さくな奴で、半分初心者な俺と完全に初心者なカミカザリさんとパーティを組むことを快く承諾してくれた。それ以降もちょくちょく一緒に遊ぶことになり、遂にはオフ会を開こうと言う話をするまでの仲になったのである…。

 

 犯罪組織のメンバーな俺だけど、息抜きくらいは普通にするもんだ。堅気相手に裏社会の事情やら何やらを持ってこず、何もかも忘れて過ごすのが俺のこだわりである。というわけで今回のオフ会に関しても、一切何も考えることなくやって来てしまったのだが… 

 

 

―――まさか、一夏(ターゲット)の親友と楯無(天敵)の妹さんだったとは…

 

 

 

「あ、おい!!ド○ファンゴ来たぞ!!」

 

 

「ジン○ウガと戦ってるのに!?」

 

 

「くっそ、肥し玉!!」

 

 

「駄洒落!?」

 

 

 

 あまりの事態に思考が半ばストップしてしまい、気付いたら当初の予定通りに近くのカフェテリアに入店しており、三人で仲良く持参した携帯ゲーム機で遊んでた。我に返った時には既に、いつもの狩猟笛を担いだマイキャラがペッコ先生の火打石にやられてるところだったよ…

 

 

 

「くらえ!!大タルG!!」

 

 

「えい」

 

 

「ちょ、待ッ!!カミカザリさん、まだ俺が居ぬあああああああ!?」

 

 

 

 あ、ブレッドが爆死して力尽きた…じゃなくて……

 

 正直な話、我に返った時点で適当に理由付けて帰ろうとか考えたよ。いつボロが出て自分の正体を明かすか分からないし、最近は半ば常連となりつつある五反田食堂には行きづらくなるし、シスコン生徒会長はどこで見てるか分からないし……やべぇ、また胃に痛みが…!?

 

 でもな、帰れないんだよ。本当に心の底から帰りたいのに、帰れないんだよ……

 

 

 

「よっしゃ討伐完了!!」

 

 

「お疲れ様」

 

 

「お疲れさん、それじゃあ俺は……ぐおッ…!?」

 

 

 

―――立ち上がろうとした瞬間、まるで“何かに両肩を抑え付けられるような感覚”に襲われて無理やり座り直す形になった…

 

 

 

「ん…?」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「い、いや何でもない…」

 

 

 

 こうやって立とうとする度に不可視な力が働き、帰るどころか席を立つことすら出来ないんだ…。そして同時に俺は、何処からともなく飛んでくる冷たい視線を感じた。嫌な予感は滅茶苦茶したのだけど、それを辿って弾と簪の間を過ぎた向こう…要は二人の背後にある店のガラスに線を映した途端、冗談抜きで5秒間心臓が止まった。

 

 思わず自分の肩越しを振り向くが、右を見ても左を見ても何も居ない。けれど、もう一度ガラスに目を向けるとやっぱり居た。ガラスに映る、“俺の両肩に、二人で両手を片方ずつ添えて”笑顔を浮かべながら立っている…

 

 

 

 

 

 

―――癒し系怪奇現象少女と、黒髪幽霊男児が…

 

 

 

 

 

「どうしたの?さっきより顔が青いけど…」

 

 

「大丈夫、俺は至って大丈夫。さ、次はティガ2頭でもやろうじゃないか…?」

 

 

「……うん…」

 

 

 

 因みに何度か既に『俺、帰る』と言いだそうと試みたのだが、その都度に俺の肩がミシミシ音を立てるので結局諦めた。もしも簪を中途半端に悲しませて泣かせた場合、何が起こるか分かったもんじゃない…何より、楯無が黙ってるわけが無い……

 

 やっぱり今日は、素直に最後まで2人に付き合うのが安全か…

 

 

 

「お待たせしました、ご注文の品で御座います」

 

 

「あ、どうも」

 

 

 

 その時、さっき注文した飲み物がウエイトレスが持ってきた。コーラ、アイスコーヒー、メロンソーダが目の前に置かれていく。因みにコーラは俺でアイスコーヒーは弾、メロンソーダは簪である……そういやこの前、楯無との鬼ごっこで炭酸使ったな。ハッカ飴を入れて放水攻撃で…。

 

 なんてしょうもない事を思い出そうとしたら、そのウエイトレスさんが何か喋り出した…

 

 

 

「あ、そのゲームってアレですよね!?モ○ハン!!」

 

 

「んぁ…?」

 

 

「え、そうですけど…」 

 

 

「私も持ってるんですよ、そのゲーム!!」

 

 

 

 やけにテンションを上げて喋りかけてくるウエイトレスさん。店の制服でもあるエプロンと帽子を着用し、やけに濃い黒髪を靡かせながら俺達の輪に入りこんで来る……どうやら、彼女もこのゲームが好きなようだ…

 

 黒髪と言えば、マドカは今頃どうしているんだろう?確か仕事の都合でスコールの姉御に連れて行かれ、姉御の管轄であるアメリカで何か暗躍中とか言ってたような…

 

 あぁ、もう…俺もたまには何処か遠くの国へ行きたい。天然シスコンな妖怪生徒会長の魔の手が届かない遠い場所に行きt……

 

 

「せいッ」

 

 

 

―――グキィッ!!

 

 

 

「うごぁ!?」

 

 

「すみませ~ん、足が滑りました~♪」

 

 

「え、ええぇぇぇ…?」

 

 

 

 なんか一般人とは思えない威力で脛を蹴り抜かれたぁ!?しかも弾と簪は俺が蹴られたことに気付いていない……こいつ、パネェ…

 

 

 

「ていうか何で俺を蹴った…?」

 

 

「ところで御三方、もうすぐ私もシフトが終了して暇になるんですけど…」

 

 

「ねぇ、何で…?」

 

 

「良かったら私も混ぜて貰えませんか!?」

 

 

 

 いきなりの参加表明…フランクな性格というべきか、KYと言うべきか悩み所である。当然のことながら突然のことにより弾と簪も戸惑っているらしく、全員黙ってしまう。そんな何とも気まずい空気になってしまい、黒髪のウエイトレスさんは笑みを引き攣らす羽目になった…。

 

 ところが流れる沈黙の中、最初に口を開いたのは意外なことに…

 

 

 

「……良いよ、一緒にやろう…」

 

 

「え、本当に!?」

 

 

 

―――なんと、簪だった…

 

 

 

「……うん、このゲームは4人まで遊べるから。二人もそれで良い…?」

 

 

「俺は別に構わねぇよ?…むしろ美人さん、歓迎します!!」

 

 

「じゃ、じゃあ…異論無しで……」

 

 

「やった、ありがとう!!今すぐ準備してくるね!!」

 

 

 

 言うや否やそのウエイトレスさんは、凄まじい速度で店の奥へと走って行った。荷物を取りに行くために厨房を走り抜けたのだろうか?少し間を置いて厨房の方からガシャンガシャンと物音が聴こえてくる…

 

 その彼女の後ろ姿を見送った俺達3人は、思わず苦笑いを浮かべるしかなかった…

 

 

 

(それにしても、妙にテンションの高い人だったな…)

 

 

 

 彼女が運んできたコーラを口に含みながら、ちょっと思い出してみる。どうも何か引っ掛かるのだ…

 

 終始テンションがハイだったが、簪が一緒に遊ぶことを承諾した時は特に凄かった。ていうか、飲み物を持ってきた時と、俺を蹴り飛ばす時以外はずっと簪を見てた気がする。いや、正確に言うと俺と簪しか見てなかったような…

 

 それ以前にあのウエイトレスさん、どこかで見た様な気がするのだ。だけど俺の知り合いに、同年代な黒髪の女性なんてマドカぐらいしか居ない。残る特徴は彼女の“赤い瞳”くらいしか無いのだが、赤い瞳の知り合いも目の前に座る簪と、今どこで何やってるか分からない楯無しか心当たりが…

 

 

(……待・て・よ…)

 

 

 

 待て待て落ち着けぇ、流石にそれは無い。幾らなんでもそれは無い。どれだけアイツが馬鹿でも、流石にそんな馬鹿な真似して俺に…もしくは簪に近づく筈は無い。もしも本当にそうだったら、俺はあいつに対する印象を盛大にひっくり返すことになる……

 

 

「お待たせ~♪そこに座って良い?」

 

 

「どうぞ」

 

 

「どうも~♪」

 

 

 意気揚々と戻ってきた黒髪赤目のウエイトレスさんは、簪と弾の間…俺の反対側に座るようにして席に着いた。そして簪と並んで座ったことにより、俺は自分の予想が正しいかったことを確信した…

 

 

 

(お前、本当は馬鹿だろ…)

 

 

 

 思わず心の中でボヤいた俺だったが、表情に出ていたのだろうか…目の前に座る彼女はいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべながら自分のゲーム機と“扇子”取り出し、俺にだけ見えるようにその扇子を広げた…

 

 

 

 

 

 

―――『五十歩百歩』

 

 

 

 

 先日俺に好意を抱いてることが判明した天敵…更識楯無の開いた扇子には、そう書かれてた…

 

 




髪は染めました


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IF未来 続・トライアングル編 その3

何か思ったより長くなりそうなので、4分割になりそうです。




 

―――遡る事、数刻…

 

 

 

 

「つまり、あの二人目は御嬢様の想い人なんですね…?」

 

 

「……うん…」

 

 

 

 現在物陰から簪を見守っていた楯無達は、先程立ってた場所より奥の方に潜んで3人の様子を見ていた。一歩間違えれば通報ものだがそこは狂ってもプロ、気配はしっかり遮断している…。

 

 さて、楯無が尋常じゃ無いくらいに動揺したことにより、虚はその理由を訊かざるを得なかった。彼女がシスコンをこじらせて暴走するのは日常茶飯事なので今更なのだが、逆に言えば簪以外のことで暴走することは無い。悪ふざけをして学園を困らせることもあるが、全てちゃんと考えがあってやっていることだ……多分…

 

 故にその楯無が簪以外の人物に対し、あそこまで動揺したのは正直言って信じられなかったのである。というわけで実際に訊いてみて返って来た答えはなんと、あの男こそが先日から楯無が存在を認めた想いを寄せる男本人だという事実だった…。

 

 

 

「それで、御嬢様はどうなさるおつもりで…?」

 

 

「え…?」

 

 

「いや『え?』じゃなくて…その想い人が簪様に害をなすような男なら抹殺しますけど、見た感じそういう人物では無さそうですし。むしろ仲が良さそうですが……?」

 

 

「えぇ…!?」

 

 

 

 言われて視線を改めて向けるとセイス達と向き合ってる簪が、薄くだがここ暫く見ることが出来なかった微笑を浮かべていた…。

 

 

―――それを見て嬉しいと思う反面、凄まじい不安感に襲われた…

 

 

 上司どころか虚にすら言ってないのだが、その想い人セイスは亡国機業の一員…つまり敵対組織の一員である。彼の立場上、簪を人質として攫いに来た可能性は考えられる。しかし彼の性格上、それはあり得ないと思えてしまう自分も居るのだが…。

 

 彼の事だから、簪が自分の妹であることは当に気付いているだろう。状況的に考えて彼は今、頭の中で簪を拉致するための段取りを組んでいるかもしれない。だけど、彼は基本的に堅気の人間には優しい。街中で迷子に遭遇すれば、一緒に親を捜してあげる。チンピラに恐喝されてる人が居たら、敢えて首を突っ込んで事を収める。同業者が堅気に手を出そうとした時は、裏社会暗黙の掟を容赦せずに叩き込む。

 

 先日は捨て犬を見つけて右往左往してたところを目撃し、その様子に癒された。この前は公園のベンチで座ってくつろいでる所を見つけ、その姿が妙に絵になっていて格好良かった。その前は確か、足を挫いて動けなくなっていた老人を背負って家まで送り届けていたの見かけた。さらに先週は…

 

 

 

「御嬢様、戻ってきてください…」

 

 

「ほへ?……あ、ごめんごめん…」

 

 

 

 話が脱線した…。とにかく、彼が簪に手を出すことは無いと思って良いだろう。だからこの辺に関しては特に心配していない。では何を不安に思っているのかというと……

 

 

 

「……ねぇ、虚ちゃん…」

 

 

「何でしょうか?」

 

 

「あなたから見て、彼って格好良い…?」

 

 

「え?……まぁ、見た目は悪くないですね。簪様が微笑とは言え、笑っているところを見るに人柄も良いのでしょう? 簪様が笑みを見せるのは、うちの本音並に信頼している相手にだけですし…」

 

 

「グハッ…!!」

 

 

「ちょ、どうしたんですか…?」

 

 

「笑みを見せて貰えない私は、信頼されてないってことを改めて自覚しただけよ…」

 

 

「……左様で…」

 

 

 

 呻き声と共に暗い影を落としながら崩れ落ち、orzの体勢になって落ち込む楯無。その事実はその事実で結構ショックだったが、やはり先程から自分の胸中に渦巻く不安感が勘違いでは無いと思い知る…

 

 

 

「……やっぱり、不安よ…」

 

 

「は…?」

 

 

 

「簪ちゃんがセイス君を好きになったりしないか不安なのよおおおぉぉぉッ!!」

 

 

 

「ええぇぇぇ…?」

 

 

 

 虚は完全に呆れをきってしまったが、楯無からしたら切実な問題である。何せ大切な妹は好きになった男に、好きになった男はその大切な妹に獲られてしまうかもしれないのだから…。

 

 そして、少しだけ想像してみた。今の関係のまま、セイスと簪が結ばれた未来を……セイスにはただの腐れ縁と認定されたまま、簪には苦手意識を持たれたまま二人に置いて行かれる未来を…

 

 

 

 

「……兎みたいに死ねる…」

 

 

 

―――主に、寂しさで…

 

 

 

「……こうしちゃいられないわ…!!」

 

 

「い、いきなりどうしたんですか…?」

 

 

 

 何かを決意したかのように、楯無は力強く立ち上がった。その瞳には熱い何かと……狂気が宿ってた…

 

 

 

「虚ちゃん!!簪ちゃん達が持ってたゲーム機持ってない!?」

 

 

「いや、持ってませんから…」

 

 

「ちぃ、使えない従者ねッ!!」

 

 

「ぶん殴りますよ?」

 

 

「仕方ないわ、かくなるうえは…!!」

 

 

「ちょっと待ちなさい、なに目を爛々と輝かせて電気屋さんから出てきた一般人を見つめているのですか…!?」

 

 

「『現地調達』という言葉を作った人って、素晴らしいと思わない…?」

 

 

「いやいやいやいやせめて自分で買いましょうよ!?更識家の人間が…それも当主がそんな理由で一般人を襲うなんて真似は絶対にやめて下さいよ!?」

 

 

「虚ちゃん、あのゲームって、新品の機械で新品のソフトを買ったら、十中八九アップデートって作業しなきゃいけないの、家に帰らないと出来ないの、そんな暇は無いの……アイツナラ、ゲームキモイッショニモッテソウナノ…」

 

 

「既に片言になるほど暴走してる!?……クッ!!こうなったらこの命に代えてでも貴方を止めて…」

 

 

「必殺、クロロホルム・ハンカチーフ」 

 

 

「あっ……」

 

 

 虚が最後に見たのは、異臭を放つ白いハンカチ…それを認識した時には既に、彼女は地に倒れ伏していた。そんな彼女を見下ろすように佇む日本最強の暗部の当主は視線を動かし、新品のゲームを手に入れてホクホク顔のパンピーに狙いを定める…

 

 

 

「……さてと、殺りますか…」

 

 

 

 布仏虚が意識を奪われ路地裏に放置された数分後、暴走したIS学園生徒会長による被害者に憐れなパンピーが追加された…

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

(虚ちゃん、名前も知らない誰かさん…貴方たちの犠牲は無駄にしないわ!!)

 

 

 そんな感じで倒れた約二名の屍を踏み越え、私はついにこの場所へと辿り着いた。簪ちゃんにバレないように髪を黒く染め、店に先回りして店員のフリして接触。さり気無く(出来てないけど)3人の輪に入ろうとした時に流れた沈黙は痛かったが、他でもない簪ちゃんの口からOKを頂いた時は嬉しさのあまり狂気乱舞しそうになって堪えるのに必死だった…

 

 まぁ、この3人に混ざる事が出来れば後はどうとにでもなる。ぶっちゃけノープランだけど、この二人に混ざることに意味があるのよ。自分の知らないとこで、何かが進展するのは嫌……その一心で来たのだから、他のことなんてどうでも良い…。

 

 

「なぁ、ウエイトレスさん…」

 

 

「楯子よ、リボルさん」

 

 

「……もうちょい捻れよ…」

 

 

「何のことかしら?」

 

 

「名前だよ、名前……」

 

 

「何のことかしら?」

 

 

「いや、だから…」

 

 

「な・ん・の・こ・と・か・し・ら・?」

 

 

「……もう、良いです…」

 

 

 

 まぁ、セイス君には割とあっさりバレたみたいだけどね。けれど今日も前回と同様、お互いにオフ。私も彼も裏の仕事の話題は持ち出したくない筈。セイス君が裏社会の事情を持ち込まない限り、私も今日は最後までそうするつもりは無い。それを彼は分かっているので、一応は合わせてくれるみたいね…

 

 

 

「それで、私に何て言おうとしたのかしら…?」

 

 

「え~っと、だな…凄く、言い辛いんだけどさ……あんた…」

 

 

 

 それにしても、今のこの状況って私にとって最高のシチュエーションな気がしてきた。簪ちゃんとセイス君、私が大好きな二人…それも、同じ席に着く機会さえ殆ど無い二人と一緒に居るのだ。これで余計なオマケ(弾)が居なければ文句は無かったけど、それぐらいは我慢しよう……今思えば虚ちゃんに会わせて、適当に席を外させれば良かったわ…

 

 まぁ、過ぎたことは仕方ない。とにかく今はこの状況を満喫するとしましょうか……例え…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、このゲーム下手過ぎッ!!」

 

 

「ジ○ギイで三死とか、どんだけ…」

 

 

「契約金と時間がどんどん無駄に…」

 

 

「……ごめんなさい…」

 

 

 

 

―――精神的ライフが、ゼロになろうとも…!!

 

 

 

「楯子さん、あんたこのゲームのプレイ時間はどうなってるんだ…?」

 

 

「30分よ」

 

 

「つまりさっきのが初プレイかッ!!」

 

 

「こりゃ、楯子さんの装備強化が優先になりそうだな…」

 

 

「……誘ったの失敗だったかも。ゴメンね、二人とも…」

 

 

 

 簪ちゃん、真顔で言わないで…それだけで私は死ねちゃうから……。

 

 当然のことながら、強奪ゲフンゲフン無理を言って貸してもらったこのゲームで遊んだ経験なんて、私にあるわけが無い。そもそも私のゲームの歴史はス○ファミで止まっているのよ…

 

 日頃周りから天才だの完璧だの言われてるけれど、私にだって苦手なものはある。編み物は未だに上達する気配が無いし、姉妹関係の改善に至っては誰かに助けて欲しいくらいだわ。そして案の定、このゲーム初体験な私は見事に簪ちゃん達の足を引っ張り、盛大な顰蹙を買ってしまっていた…

 

 

 

(本当に何しに来たんだお前はッ!?)

 

 

 

 そんな折、真正面に座るセイス君がアイコンタクトを送って来た。散々引っ掻き回しといてこの不甲斐無さ故かその目はなんというか、その……凄く、怖いデス…

 

 

 

(ちょ、ちょっと簪ちゃんセイス君達と遊びたかっただけよ…)

 

 

(お前それでも暗部の当主か!?)

 

 

(その当主の妹やターゲットの親友とゲームしてる人に言われたくないわよ…!!)

 

 

(俺の場合はガチで抗うことが不可能な力のせいだ、ほっとけ!!)

 

 

 

 心なしか一瞬、彼は顔を青くしながら視線を私の背後にあるガラスに移した。つられて私も背後を見るけど、特に何も居なかった。どうしたのかしら…?

 

 

 

(と、とにかく!!俺と弾のことはまだ良いとして左向け、左ッ!!) 

 

 

(左…?)

 

 

 言われるがままに左を向いてみる。因みに私の正面にはセイス君、右には五反田君が、そして左には簪ちゃんが座るようにしてテーブルに着いている。で、私が向いた方向にはやっぱり簪ちゃんが居た…

 

 

 

 

「……。」

 

 

「……か、カミカザリさん…?」

 

 

 

 

―――もの凄~~~ッく目が座っており、明らかに不機嫌な状態で…

 

 

 

 

「………チッ…」

 

 

 

 今聴こえた舌打ちの発生源が簪ちゃんの口だったのは、気のせいだと信じたい…

 

 

 

 

「いや、気のせいじゃないから…」

 

 

「……デスヨネェ…」

 

 

 

 

―――誰か、助けて…

 

 

 

~つづく~ 



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IF未来 続・トライアングル編 その4

次回で最後です。今回全体的にピンクが足りませんが、その分ラストに詰め込む予定です


(何だこのカオスは…)

 

 

 

 前回と言い、今回と言い…俺の休暇には碌なことが起きない。もういい加減に諦めて全て受け入れてしまえば楽になるだろうか?……いや、変わらないだろうなぁ…

 

 楯無改め楯子の駄目っぷりにより、カミカザリさんこと簪の機嫌がすこぶる悪くなったあの後、どうなったかというと…

 

 

 

「……。」

 

 

「……。」

 

 

(き、気まずい…)

 

 

 

 俺と向かい合う様に座っている楯無は両手で頭を抱えるようにして沈黙しており、その隣に座る簪はそんな楯無にそっぽを向くようにしてジュースをストロー銜えながら飲んでいる。そして何より、今ここに居る3人とも無言を貫いているというのが辛い…

 

 別にまだ楯子=楯無の構図がバレたわけでは無いのだが、弾の携帯に電話が掛かって来たのを皮切りに負の連鎖が発生してしまったのである。

 

 

『もしもし、どうしたんだ蘭?……え、人手が足りないから戻ってこい?嘘だろオイ…』

 

 

 どうやら五反田食堂が本日予想外の繁盛っぷりを見せ、猫の手も借りたい状況に陥ったから帰ってこい…という内容だったらしい。バックれると後が怖いのだろうか、残念そうにしながらも2,3俺達と言葉を交わして帰って行った。

 

 

 

―――ここで簪の不機嫌度が一段上がった…

 

 

 

 今日はもうお別れする羽目になったのは残念だが、弾とはまたネットを繋げればいつでも会えるので俺も簪もそれで良しとすることにした。仕方ないので漸く装備が整った楯無を入れ、残った3人で続きをやることになったのだが…

 

 全員、開始3分でゲーム機のバッテリーが切れた…

 

 

 

―――ここで簪の不機嫌度がさらに一段上がった…

 

 

 

 見知らぬ黒髪に乱入されなければ時間とバッテリーを無駄遣いすることもなく、丁度弾が帰るまでたっぷり遊べる筈だったのが全部台無しに……その事実を理解した簪の不機嫌メーターはMAXを超え、最終的に…

 

 

 

「あの、カミカザリさん…?」

 

 

「……。」

 

 

「……うぅ…」

 

 

「……。」

 

 

 

―――全ての元凶(楯子)をガン無視するという手段を取った…

 

 

 

 完全に楯無から視線を逸らし、何を話し掛けられようが謝られようが全て無視だ。取りつく島も無い簪の様子に楯無は涙目、俺はこの精神的に辛い状況に涙目である……無論、弾に便乗して帰ろうとしたんだけど、悪寒が走ったから断念した…

 

 と、その時…おもむろに簪が席を立った……

 

 

 

「……ちょっとトイレ行ってくる…」

 

 

「お、おう…」

 

 

 

 それだけ言って簪は店の奥にあるトイレへさっさと行ってしまい、テーブルには俺とアホだけが残された。因みに、席を立つ時も楯無しとは一切目を合わそうとしなかった…

 

 そして簪が居なくなった途端、楯無はまるで掴みかかるような勢いで俺に近寄って来た。

 

 

 

「どうしようセイス君!?私このままじゃ簪ちゃんに嫌われちゃうッ!!」

 

 

「落ち着け馬鹿」

 

 

「へうッ!?」

 

 

 

 割とマジに力を込めてデコピンをお見舞いしてやる。並の窓ガラスなら簡単に割る威力を持つソレは、暴走するシスコンを黙らせるには充分だった。目の前にはデコを抑えて蹲る今日の元凶が一人…

 

 

 

「……イッタァ…」

 

 

「そもそも、全てにおいて手遅れだろうが。元々お前って簪に苦手意識持たれちゃってるじゃん、そんで今日の出来事を無かったことには出来ねぇよ…」

 

 

「で、でも!!まだ正体がバレたわけじゃないから大丈夫よ…」

 

 

 

 確かに今日は終始印象が最悪な楯子さんだったが、まだ簪は楯子が楯無である事実に気付いていないようだ。2度と髪を黒に染めて彼女の前に現れない限り、ただの黒歴史で済ませることが出来る…

 

 

 

「俺が喋らなければな♪」

 

 

「ッ!!」

 

 

「俺も休暇をパーにされちまった一人だしな…何処かでうっかり口をすべらせるかもなぁ?」

 

 

「な、な…!?」

 

 

「どうなるだろうな~?……ところで楯無、今日は無性に寿司屋へ行きたいと思わないか…?」

 

 

「……私に奢れと…?」

 

 

「簪さ~ん!!楯子さんはね~、楯無って言うんだよ本当はねッ!!」

 

 

「分かった奢るから!!寿司でも焼肉でも何でも奢るから黙っててえええぇぇぇ!!」

 

 

 

 いやぁ、ついこの前マドカの奴にまた財布の中身を空っぽにされて困ってた所なんだよね。今日は不運が続いたが、これで結果オーライということにしとこう…

 

 

 

「……。」

 

 

「あれ、どうした急に黙り込んで…?」

 

 

「……別に奢っても良いけど、行く時は私も一緒に連れていってね…」

 

 

「え?……まぁ、良いけど…」

 

 

「よし!!」

 

 

 

 何か暗い雰囲気から一転、急に明るくなったよこいつ。俺と一緒に行くってのがOKになった事が嬉しいのか?……それってやっぱり…

 

 

 

「……お前ってさ…」

 

 

「ん?」

 

 

「この前は途中で色々と有耶無耶になっちまったから確認出来なかったんだけど、アレってやっぱりマジだったのか…?」

 

 

「アレって…?」

 

 

「いや、そりゃお前…」

 

 

 

 

―――お前が、俺の事を好いてるってことだよ…

 

 

 

 

「……いや、やっぱ何でも無い…」

 

 

「?……変なの…」

 

 

 

 そりゃこっちのセリフだっての。この前は肝心な所でマドカに席を外せとか言われ、戻ってきたら楯無は何故か顔を赤くして気絶してたし。その後、事実を知ってるマドカは何も教えてくれないし、当の本人は再会する度にいつもの鬼ごっこ状態になるだけだった…

 

 そもそも、俺に好意を抱く理由とか要因が分からない。ワンサマーの様に誑しなセリフをコイツ自身に言ったことは無いし、さっきも言った通り出会うと命懸けの追跡劇しかやらない。その全部で俺は楯無をイライラさせ、おちょくりまくった記憶がある。むしろ嫌われるようなことしかしてないのだが…

 

 

 

「ま…いいや。とにかく、これからどうっすかなぁ……」

 

 

「そうねぇ…」

 

 

「いや、お前はもう帰れよ。つーか、どうするか悩んでるのは超が付くほど機嫌が悪くなった簪のことなんだけど…」

 

 

「尚更帰れないわ」

 

 

 

 目をキリッとすんな、腕をグッと構えるな、鬱陶しい……ていうか、この胃に優しくない状況を作った本人が何を言ってやがる…

 

 

 

「それに、簪ちゃんとセイス君を二人っきりにするなんて色々と心配なんだもん!!特に貞操が!!」

 

 

「どういう意味だコラぁ!?俺が節操なしとでも言いたいのかテメェ!!」

 

 

 

 もっとも…犯罪組織の一員と国家お抱えの暗部が、こんな場所でこんな会話してる時点で可笑しな話かもしれないけどな。今更過ぎて疑問に持つことすら忘れてたよ…

 

 

 

「……いや、逆もまた然りなんだけど…」

 

 

「あ?何か言ったか…?」

 

 

「ううん、何でもないわよ」

 

 

 

 何か碌でも無い言葉が聴こえた気がしたが、無かったことにしよう。嗚呼、早く帰って来てくれ簪さ~ん……俺の何かが限界を迎える前に…

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……はぁ…」

 

 

 

 セイスと楯無がアホなやり取りをしている頃、簪は未だに御手洗いに居た。ぶっちゃけ既に用は済んでいるのだが、あのテーブルに戻りたくなくてずっと鏡に映った自分と睨めっこを続けていた…

 

 今日初めて顔を合わせたブレッドとリボルは、ゲームをやっている時と同様で良い人だった。何より、直接顔を合わせながら言葉を交わせたのは本当に楽しかった。だけど…

 

 

 

「楯子、か…」

 

 

 

 突如自分たちの輪に乱入してきたあの黒髪は、今日の楽しみを全てをぶち壊した。本来なら悪態をつく…とまではいかないが、不満や愚痴を漏らすことぐらいはしただろう。しかし、簪はそれをしなかった……いや、出来なかったと言った方が正しい…

 

 

 

「似てる…あの人に……」

 

 

 

 自分が決して届かない理想、限りない劣等感と現実を突きつける権化…そして、自分のたった一人の姉である、更識楯無。あの楯子という女の雰囲気は、そんな彼女を否が応でも思い出させるのだ。

 

 ていうか『楯無』と『楯子』って殆ど名前が一緒だが、まさか本人だとか言わないだろうか…?

 

 

 

「いや、流石にそれは無いか……多分…」

 

 

 

 普段から色々と自重しないことに定評のある姉だが、幾らなんでもこんな馬鹿げた真似を控えるぐらいの分別はある筈だ。そもそも、こんなことをする理由が分からない。もしも理由があるとしたら、最早自分に対する嫌がらせ以外思いつかないし。やっぱり人違いだろう…

 

 シュールな現実を知らない簪は、そう結論付けた…

 

 

 

「……戻ろう…」

 

 

 そういえば、リボルをそんなあの人とそっくりな人間と長時間二人っきりにしてしまった。自分はおろか本音の姉であり、しっかり者である虚さんですら参るくらいなのだ…さぞかし精神的に死に掛けている頃だろう。今日のこれからの事とかもあるが、とりあえず今は一刻も早く二人のところに戻ろう…

 

 そう思い、店の奥に位置する御手洗いの扉を開き店内に戻った……その時だった…

 

 

 

「お、可愛い子ちゃん見ぃ~っけ!!」 

 

 

「え…?」

 

 

 

 いきなり軽薄な口調と声が聴こえ、それとほぼ同時に簪の肩へ誰かの手が置かれた。振り向くと自分の背後には随分とチャラい雰囲気の男が立っており、少しばかり嫌悪感を抱かせるニヤニヤした表情を浮かべていた。年は自分より少し上と言ったところだろうか…?

 

 

 

「ねぇねぇ、君って可愛いね。今、暇だったりする?」

 

 

「え、いや私は…」

 

 

「良かったら俺とドライブとかどう?俺の車、フランス車で恰好良いんだぜ?」

 

 

 

 こっちの状況なんてお構いなしで喋りまくるチャラ男。日頃の人見知りが仇となって中々拒絶の意思を示すことも出来ず、簪の口からは言葉らしい言葉が出てこなかった…。

 

 簪はブレッドやリボルと違って完全に初対面なこの男に恐怖さえ感じそうになっていたのだが、そんな彼女の様子を調子に乗って自分の都合の良いように解釈したチャラ男の行動はエスカレートしていく…

 

 

 

「ほらほら、黙ってないで行こうよ!!損はさせないからさ!!」

 

 

「い、いや…」

 

 

 

 そのまま男は簪の腕を取り、半ば引っ張るようにして彼女を連れて行こうとしだしたのだ。やっと搾り出すように発せられた拒絶の言葉は男の耳に届くことは無く、体が強張って上手く動かせない簪は為す術なく連れて行かれそうになる…。

 

 だが、そんな彼女に対してさらなる追い討ちが…

 

 

 

「ん?どうしたんだ、その子は…?」

 

 

「さっきそこで会ってね、どうせだから一緒に連れて行こうかと」

 

 

「お、そりゃ良いな!!」

 

 

「ッ!?」 

 

 

 

 最悪な事に、男には連れが居た。しかも残りの二人も一人目と同様、簪が苦手意識を持つには充分過ぎるチャラい感じの奴らだった。この時点で簪は顔を青くしながら限界を迎え、完全に言葉を失ってしまう…

 

 

 

―――怖い…

 

 

 

 

「あれ?君、大丈夫かい…?」

 

 

「ッ…!!」

 

 

 

 今更になって簪の様子に違和感を覚えた一人目が簪の顔を覘きこんで来る。しかし、簪にとってそれは逆効果でしか無い。仕舞いには身体がカタカタと震えだす始末だ…

 

 

 

 

 

―――イヤ、誰か…

 

 

 

 

 

「おいおい、やっぱり止めといた方が良いんじゃないか…?」

 

 

「大丈夫だって、嫌とは言ってないから問題は無いって。ただ緊張してるだけだよ……ね…?」

 

 

 

 念を推すように…まるで合わせろと言わんばかりに見つめてくる一人目の男。恐怖で頭の中が真っ白になっている簪はうんともすんとも言わない、言えない。ただひたすら、心の中で叫ぶことしか出来ない…

 

 

 

 

 

―――誰か、助けて…!!

 

 

 

 

 

「あぁもう、まだろっこしい!!とにかく行こう!!車に乗せさえすればどうとにでも……」

 

 

 

 

 簪が心の中で助けを求めたのと、一人目のチャラ男が言葉を途切らせて視界から消えたのは殆ど同時。少し遅れて店のガラスが割れる音が聴こえ、店内に居た人々の悲鳴が響いた…

 

 

 

 

「……ちょっと、あなた達…」

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 そして自分の目の前には、今日の楽しみを奪ったあの黒髪の女の人。その背中は自分に劣等感を抱かせるあの人の…決して追いつくことが出来ないと実感させるあの人の……

 

 

 

 

「……いっぺん地獄を彷徨って来なさい…!!」

 

 

 

 いつも自分を守ってくれる、器用なようで本当は不器用な優しい姉の背中にそっくりだった…

 

 

 




無論、セイスと怪奇魔王も参戦しますよ~


……俺が言うのも何だけど、チャラ男確実に死ぬな…www


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IF未来 続・トライアングル編 その5

何か最近一つ一つが長くなってばかり…orz

とにかく、今回で最後です!!


「おいおい、ちっとは手加減してやれよ……いや、無理か…」

 

 

 何やら剣呑な雰囲気を感じて横を向いてみれば、トイレから戻ってこようとしてた簪がどこぞのチャラ男共に絡まれてるところだった。しかも、どう見たって彼女は嫌がってるのに男共は無理やり話しかけていた風に感じられる。明らかに放置できないレベルだったので腰を上げ、早いとこ追い払ってやろうかと思ったのとほぼ同時だった…

 

 

---簪に触れてた男が、弾丸の如き速度で店の外へと吹っ飛んだのは…

 

 

 それに少しビックリして視線を隣に移せば既に楯無の姿は無く、彼女は一人目の男を投げ飛ばした姿勢を保ちながら簪の目の前に立っていた。遠目で良くは見えないのだが、確実にその表情は恐ろしいものになっているだろう。しかも…

 

 

 

「いっぺん地獄を彷徨って来なさい…!!」

 

 

 

 可愛い顔からはとても想像出来ないほど、ドスの効いた低い声が出てた。これは冗談抜きでマジギレしていらっしゃいますな……つーか怖ぇ…

 

 プロの技術を全力でぶつけられた一人目は店のガラスを突き破り、そのまま大通りをゴロゴロ転がって反対側の店の壁に激突して漸く停止することが出来た。ボロ雑巾に成り下がったそいつは呻き声を上げながら身動ぎしていたが、すぐにピクリとも動かなくなった。死んでないだろうな…?

 

 

 

「うわあぁ佐々木さん!?」

 

 

「この女ぁ!!何しやがんだ!!」

 

 

「煩いわね…先に手を出したのは、そっちでしょう……?」

 

 

 

 さっきの男のツレが喚き出すが、楯無は一切動じない。彼女の背後に居る簪も若干ビクついているものの、楯子(楯無)の登場によってさっきよりは落ち着いているようだ。

 

 

 

「お、俺たちはただ誘おうと…」

 

 

「黙りなさい。まさか、本気でそんな言い訳が通じると思ってるのかしら?だったら病院に行く事をお勧めするわよ…!!」

 

 

「こんの野郎、調子乗りやがって……おい、やっちまえ…!!」

 

 

「ん…?」

 

 

 

 チャラ男3のその言葉と同時に、店の空気が変わった。そして少しだけ間を置いてから複数のテーブルから、人が立ち上がる気配を10人分ほど感じた。どうやらチャラ男…否、チンピラのツレはコイツらだけじゃ無かったらしい…

 

 

 

「ていうか、下手したら簪はコイツらと御一緒させられる羽目になってたかもしれないって事か…」

 

 

 

 そう思うと少しばかり考えを改める。こんな集団に女の子一人放り込むとなると、簪でなくても色々と危ない。つーか絶対に碌なこと考えてなかったろ、テメェら…

 

 

 

「……少しだけ、痛い目に遭わすか…」

 

 

 

 誰が何処で好き勝手やろうが知ったこっちゃ無い。代わりに俺も好き勝手やるだけだ。そんで今は、目の前のゲーム仲間と、腐れ縁の手助けでもさせて貰おうか!! 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「へへッ…どうだ、ビビッて声も出ねぇか?今なら泣いて謝りさえすれば許してやってもいいぜぇ!!」

 

 

「……。」

 

 

 

 てっきり3人だけだと思っていた男達のグループは、実際12人居た。その殆どが簪の苦手とする風貌をしており、下手すれば自分はこの集団の中に入れられてた思うとゾッとする。

 

 だが今は、さっき程怖い思いはしていない。何故なら…

 

 

 

「いや、良く見たらテメェも結構綺麗な顔してんじゃねぇか、いっそ俺たちとあそぐぼへッ!?」

 

 

「寝言は寝ながら言うものよ…?」

 

 

「山崎いいぃぃぃッ!?」

 

 

 

 自分を助けてくれた黒髪の女性、楯子のハイキックが男の顔面にモロに入った。言葉を強制終了された挙句に衝撃で脳を揺らされたその男はそれ以上喋らずに崩れ落ち、そのまま沈黙してしまう…。

 

 一応自分は日本の代表候補生であり、更識家の人間なのでそこそこ武術に精通している。故に今の一撃が如何に洗練されたものであり、どれ程強烈なのかが良く分かった。

 

---いや、そもそも今の動きはやっぱり…

 

 

 

「もう、まどろっこしいわね…うだうだ言ってないで全員掛かってきなさい!!」

 

 

「くそったれ、舐めやがって!!」

 

 

「やっちまえ!!」

 

 

 

 きな臭い雰囲気を感じ取った他の客や店員はとっくに逃げ出しており、この状況を食い止める様な輩は一人も居なかった。故にその言葉と同時に大乱闘は滞りなく開始された。もっとも、随分と一方的な展開になったが…

 

 

 

「せい!!」

 

 

「ぎゃあああぁあぁぁぁぁ!?」

 

 

「次ぃ!!」

 

 

「おわあああああぁぁぁ!?」

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!!」

 

 

「ぐぼがばあばぼはぎょへあぎゃあああああああああ!?」

 

 

 

 いくら腐ってようが、所詮は一般人のチンピラ共。それに対し、随分と見覚えのある動きで暴れまくる楯子の技はまさにプロのそれだった。向かってくる者達を文字通り片っ端から千切っては投げ、千切っては投げて次々とブチのめしていく。ときたま床に転がって伸びている奴に視線を移すと、腕や足が変な方向に曲がっている者もチラホラ居り、容赦の無さが窺い知れる…

 

 

 

「はいはい、ボーっとしない」

 

 

「ぐぼぁ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 後ろから語りかけるような声と、普通に呻き声を上げて何かが崩れ落ちる音が聴こえてきた。慌てて振り向くとそこには、頭に大きなタンコブを作って倒れているチンピラと何食わぬ顔で立ってるリボルが居た。どうやら、後ろから忍び寄ってきていたこのチンピラを撃退してくれたらしい…

 

 

 

「て、そうじゃなくて…!!」

 

 

「ん?」

 

 

「ここは危ないから、早く逃げて…!!」

 

 

 

 楯子は見ての通り、無双状態なので大丈夫だろう。自分だってその気になれば、一般人の一人や二人はどうにかなると思う。だけど、ただの一般人である彼は駄目だ。折角仲良くなれた彼をこんな危ない目には遭わせられない…

 

 リボルの…セイスの事を知らないが故に、簪はそう言った。その事にセイスは少しだけ驚いた様な表情を浮かべたが、少しだけ苦笑いを浮かべて口を開く。

 

 

 

「『逃げて』、か……気の弱いお前のことだから、てっきり『逃げよう』って言うのかと思ったよ…」

 

 

「え…?」

 

 

 

 一瞬、言葉の意味を理解出来なくてボーっとしてしまう。だが、すぐに気づいた。基本的に弱虫を自負する自分が無意識に『“一緒に”逃げよう』では無く、『“あなたは”逃げて』と言っていた事に…

 

 

 

「え、あ……私は…」

 

 

「ま、そんな深く考えなさんな。それに俺って…」

 

 

 

―――ヒュゴアッ!!

 

 

 

「結構強いんだぜ…?」

 

 

 

 振り向き様に放たれたセイスの裏拳は、これまたコッソリと彼の背後に忍び寄ってたチンピラをぶっ飛ばした。セイスを殴る為に店の椅子を振りかぶっていたそいつは、持ってた椅子ごと吹き飛ばされ壁に叩き付けられた。その勢いとスピードは楯子に投げ飛ばされた男の比では無く、その凄まじさに簪は言葉を失うしか無かった…

 

 

 

「うそ…」

 

 

「さてと、サツが来る前にさっさと終わらせなオワッ!?」

 

 

 

 喋ってる最中に飛んできたチンピラに驚いて言葉を中断するも、しっかりと反応して叩き落した。ベシャリと嫌な音を立てた哀れな男は無視して視線を飛んできた方へと向けると、あちゃあ…と言った感じの表情を浮かべる楯子が居た。

 

 

 

「少しは周りを気にしろ、この馬鹿!!」

 

 

「ご、ごめん…!!」

 

 

「ったく、本当に今日はダメダメだな。お前なんか楯子じゃなくてダメ子だ!!」

 

 

「ひっど!?」

 

 

 

 何て会話を続けている最中にもチンピラ共は懲りずに何度も向かって来たが、楯子はその全てを捌き続けた。そして今さっき注意したにも関わらず、その余波で何度も吹っ飛んで来る犠牲者をセイスは文句を言いながらも躊躇無く弾いていく。そんな彼の言葉を耳にし続け、楯子は段々と凹んできたみたいだが勢いは無くならない。むしろ、心なしか楽しそうだ…

 

 

 

「つーか、増えてないか?明らかに30人は居るだろコレ…」

 

 

「ねぇ…」

 

 

「ん?」

 

 

「二人は、知り合い…?」

 

 

 

---故に気になった。彼とあの人が知り合いなのか否かを…そして……

 

 

 

「え~っと……黙ってて悪かったけど、実はそうだ…」

 

 

「……そう…」

 

 

 

 もの凄いバツが悪そうな表情を浮かべながら、彼はそう答えた。黙ってたことに対しては物申したいが、素直に答えてくれたことに免じて許そう。そもそも、彼なりに気を使ってくれたのかもしれないし…

 

 

 

「いや本当にスマン、まさかこんな形で乱入してくるとは思わず…」

 

 

「……それはもういい…」

 

 

「そ、そうか。そりゃ良かっ…」

 

 

「代わりに、どんな関係なのか教えて」

 

 

「え…?」

 

 

「…ううん、ちょっと訂正。普段はどんな人なのか教えて……」 

 

 

「どんな奴…?」

 

 

 

 自分のその疑問に対し、彼は考え込み始める。その間もチンピラが何人か突っ込んできたが、考える片手間に彼が撃退してくれた。暫くして、何やら納得のいく答えが思いついたのかポンッと手を打ちながらこっちに向き直る。そして、その口から出てきた言葉は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「完璧で身を包んだ、ただのアホだ」

 

 

 

 

---随分と予想外なものだった…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「クソッ、クソッ!!こんなの聴いてないぞ!?」

 

 

 

 一番最初に簪に声を掛け、楯無に容赦なく店の外へと投げ飛ばされたチャラ男の纏め役。仲間の一人に佐々木と呼ばれた男は、痛む体を引き摺りながら喧騒の場から遠くへと逃げていた。

 

 

 

「何があの気の弱そうな女を連れて来るだけの簡単な仕事だ!?とんでもねぇ化け物が居るじゃねぇか!!ふざけやがってッ!!」 

 

 

 

 何処からともなく自分の元へと現れた黒スーツにサングラスの…明らかに堅気では無い謎の男。そいつは自分達に、今日あの店へと現れるだろう水色の髪をした女の子を連れてくるように依頼してきた。ただのチンピラ集団に過ぎない自分たちにそいつらは、たかがそれだけの為にトランクケース一杯に入った札束を渡した。その異常さに身の危険を感じたのも確かだったが、金銭欲が勝ってしまい結局引き受けてしまったのである。結果は御覧の通りだが…

 

 激痛に呻きながらも自分が吹っ飛ばされた店の方へと目を向けて飛び込んできたのは、自分の仲間と黒スーツの連れが黒髪の女と例のターゲットの連れにボコボコにされてるという何ともぶっ飛んだ光景だった。二人の動きは壮絶の一言に尽き、対して仲間の方は凄惨の一言に尽きており、回れ右するのに躊躇う理由なんて存在しなかった…

 

 

 

「もうやってられるか!!あの二人も、役立たずの馬鹿共も!!皆勝手にくたばっちまえ!!」

 

 

 

 悪態を吐きつつフラフラしながらも、漸く自分の愛車を止めている場所へと辿り着いた。店から大分離れた場所に停めてあったそれは、簪への口説き文句に使った通りフランス車で彼の数少ない自慢である。

 

 逆に言えば、唯一の自慢なだけあって癒しの効果は絶大だ。日本車とは微妙に違う独特のフォルムと輝きは、自身に眠る男の浪漫をほど良く擽ってくれる。こんな状態になった今でさえ、その愛車が目に入った瞬間に疲れが和らいだくらいだ。

 

 

 

 

 故に、その大事な大事な愛車が自身の目の前で…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---グシャリッ!!

 

 

 

 

 

「……え…?」

 

 

 

 

 

---まるでプレス機に押し潰されたかのようにぺシャンコになった現実を、受け入れることが出来なかった…

 

 

 

 

「あ…え……俺の、車…?」

 

 

 

 あまりの出来事に言語能力が低下しているが、そんな彼の様子にも容赦なく車のスクラップ作業は進んでいく。自分自身とその愛車以外何も無いその場所で、不可視の力によって大事な愛車がどんどん見るも無残な姿へと成り果てていく。屋根はとっくに車体と一体化してしまい、ボンネットとトラックは圧縮されてお腹と背中がくっ付いた状態に。タイヤなんてその余波で吹き飛んでしまい、その一つがギャグシーンの様に自分の足元へと転がってくる始末だ。

 

 

 

「わぁ、あすち~ったらすご~い!!外国の車がペッタンコ~!!あはははは~」

 

 

「俺の…俺の車が……」

 

 

 

 そんな時だった…隣から、今日のターゲットと同年代くらいの少女の声が聴こえてきたのは。しかし、あまりにも場違いなのほほんとしたその口調でさえ、信じたくない現実の数々に直面したことにより思考が麻痺した彼の頭には届かない。

 

 けれど、それにも構わず少女の声は続く…

 

 

 

「あははは~……ふぅ、少しだけスッキリしたかな…?」

 

 

「車…俺の、フランスの……」

 

 

「最近かんちゃんにちょっかい出す人が増えたのは確かだけど、君みたいな露骨な人は本当に久しぶりだったかもね…?」

 

 

 

 記憶に新しい輩だと、例の組織の変態集団が挙げられる。もっとも、あちらは今のところ直接的な接触はしていないので限りなく黒に近いグレーと言ったところだ。今日の“あの人”みたいに、公私を立場も含めて分ける者も居るから本格的に潰すかどうか悩み所なのが本音である…

 

 まぁどちらにせよ、隣で呆けているこの愚か者は完全に…

 

 

 

「黒なのでぇす!!というわけで、ヨロシクあすち~!!」

 

 

『はいよ~』

 

 

 

 新たに周囲に響いた少年の声。それと同時に浮かび上がる、ただの鉄屑へと成り果てた自動車。それは段々と高度を上げながら移動していき、やがて未だに上の空のままなチャラ男の真上に留まった。

 

 そして…

 

 

 

「俺の…車…俺の車……!!」

 

 

『改めて見ると、結構高そうな車だったね…』

 

 

「車、フランスの…車ッ!!」

 

 

『でも…ごめんね、躊躇する気にはならないや。僕はどちらかと言うと……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---鉄オタなんだよ、この女の子の敵めッ!!

 

 

 

 

 

「俺の車…俺のフランス車…!!俺の…分割払い10年分がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 

 彼が意識を失う前に見たのは、マッハで自分を押し潰さんとばかりに飛んでくる、自分の愛車だった面影が微塵も残ってない鉄の塊であった…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……向こうが騒がしいな…」

 

 

「何かあったのかしらね…?」

 

 

 

 店内で大立ち回りを演じた私たちは今、IS学園への帰路へと着いている。先程の乱闘の最中、漸く通報を受けた警察が来たのかサイレンの音が彼らの耳に届いた。状況的にありがたいと言えばありがたかったけどセイス君は犯罪組織に身を置く立場故に、私はこれ以上騒ぎが大きくなったら誰にどんなO☆HA☆NA☆SHIをされるか分かったもんじゃないから顔を青くし、コンマ2秒で逃げる決意を固めた。

 

 そんな私たちにつられて簪ちゃんも一緒にあの場から逃げ出し、今は寄り道せず真っ直ぐに学園への道を歩いている。本当は私も(実はセイスもなのだが…)簪ちゃんと帰る場所は一緒なんだけど、変装している手前そうする訳にはいかない。だから先程の事もあるから、簪ちゃんを学園に送り届けるという名目で一緒に歩いている。学園に着いた後は適当に時間を潰して、少し間を空けてから帰ろうかな…

 

 

 

「何か、どっかの路地裏で無残な状態になった自動車と気絶した男がみつかったって…」

 

 

「マジか……って、何で知ってんだ…?」

 

 

「コレ」

 

 

「眼鏡…?」

 

 

「立体ホログラムは高いから…」

 

 

「え、つまりテレビやらネットやら見れるのかソレ…?」

 

 

「うん。本当は作業する時とかに使うんだけど…」

 

 

「いいなぁ……俺も欲しいよ、そういうの…」

 

 

「ふふ、今度同じの探しとく…」

 

 

 

 何気なく会話に参加してきた簪ちゃん。どういうわけか先程の店での騒ぎが終わってからというもの、心なしか機嫌が良くなっていた。それに反し私は、簪ちゃんとセイス君が仲良さ気に会話しているところを目の前にして落ち着きを無くさざるを得なかった…。

 

 自分が駄目駄目にした簪ちゃんの機嫌が良くなったのは喜ぶべきだ、讃えるべきだ。自分を援護しながら簪を守ってくれたセイス君にも心から感謝しよう……それでも、だ…

 

 

 

(落ち着けって言う方が無理でしょ、コレはッ!!)

 

 

 

 大事な妹故に、簪ちゃんが喜ぶことであれば何だってするし叶えたい。大好きな男の子故に、セイス君が喜ぶことであれば何だってするし叶えたい。

 

 だが、だがしかし!!その二人が私を無視して、互いに良い感じのムードを醸し出したこの状況は勘弁して欲しい!!

 

 この場に居る男がセイス君で無ければ、その男を簪ちゃんから引き剥がせば良い。この場に居る女が簪ちゃんで無ければ、その女をセイス君から引き剥がせば良い。だけど自分の元に居て欲しい者同士が、私の目の前でイチャイチャし出したらどうすりゃ良いのよ!?どっちも大切なのよ!!譲りたくないのよ!!手放したくないのよ!!

 

 

 

「ほら見てみろあの顔、どこが完璧だ…?」

 

 

「うん、私が間違ってた」

 

 

 

 

--- イマ ナニカ キコエタ ワヨ ? 

 

 

 

 

「いつも『私には死角なんて無い!!』みたいなフリしてるが…ゲームは下手糞だわ、初対面の相手には十中八九めんどくさい人間に認定されるわ、編み物は出来ないわ……欠点なんざ探せばどんどん見つかるぞ、コイツ…」

 

 

「後、家族とすぐに仲直りすることも出来ないんだっけ…?」

 

 

「そうそう」

 

 

「『そうそう』じゃ、無いわよ!!何の話してるのよ貴方達はッ!?」

 

 

 

 何で本人の目の前で弱点リストを読み上げるような真似をしてるのよ、この二人は!?しかも凄く良い笑みを浮かべながら!!……くそぅ、悔しい筈なのに二人の笑みには癒ししか感じない…!!

 

 

 

「いや、何…カミカザリさんが自分の姉とお前がそっくりだって言うもんだから、ついでに色々と教えてあげたんだが?」

 

 

「色々って、まさかあの事…」

 

 

「あぁ、それは言ってない。寿司は食いに行きたいからな…」

 

 

 

 一応『楯子=楯無』の事はバラして無いようだ。でも、それにしたって貴方は人の妹に何を教えているのかしら、セイス君!?

 

 

 

「何をって言われてもなぁ、とりあえず…」

 

 

「貴方の欠点は全部教えて貰った」

 

 

「……。」

 

 

 

 

---終わった…間違いなく終わった……。

 

 

 

 この時ばかりは、まだ変装していることを忘れて本気で落ち込んだ。せめて簪ちゃんの前では完璧な姉を演じ続けようと努力してきたが、その今までの努力が全て吹き飛んだと感じて本気で凹みながら私はその場にへたり込んだ…。

 

 そんな私の様子を見下ろすような状態で、簪ちゃんは口を開いた。彼女が紡ぐ言葉は無様な私に対する失望か、はたまた嘲笑か……私はただ、死刑宣告を待つ罪人の様な気分で言葉の続きを待った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから少し、安心した…」

 

 

「……へ…?」

 

 

 

 

---だからその分、簪ちゃんが何を言ったのか理解するのに時間が掛かった…

 

 

 

 

「私には、貴方にそっくりな姉が居る……自由奔放で、完全無欠と思わざるを得ない姉が…」

 

 

「……。」

 

 

「何時の間にか私は、その人が随分と遠くの人に感じるようになった。私なんかじゃ手の届かない、とても高い場所に居るんだと……だから私は、自然とお姉ちゃんから距離を取るようになった…」

 

 

「ッ……」

 

 

 

 自覚しているつもりはあった。自分が完璧を演じようとすればする程、自分と妹の距離がどんどん離れていくという事実には。しかし、改めて本人の口から聞かされるのとそれとでは、その重みが比べ物にならない…

 

 

 

「何時か、自分の存在を不要と言われる日が来るんじゃないかって思った時もあった。だから、自分なりに努力してお姉ちゃんの真似事をしたりもした…」

 

 

 

 思い浮かべるのは学園の整備室に篭り、たった一人でISを開発しようとする彼女の姿。その姿を何度も見かけ、何度も声を掛けようと試み、何度も怖気づいて諦めた…

 

 

 

「でも今日、そんな人にだって自分と同じ様に短所や欠点が山ほどあるって事が…ずっと凄いと思ってたお姉ちゃんの事が、実はそうでも無いってことが分かった……」

 

 

「……。orz」

 

 

「だから、私は少し前に進める気がする。ずっと高いと思ってた壁の本当の高さを知ったから、自分が怖がってたモノが何なのか分かったから…」

 

 

「……怖がってたモノ…?」

 

 

「うん、リボル君が教えれてくれた…」

 

 

 言葉と同時に簪ちゃんは意味有り気な視線を彼に向け、それにつられる様に私もそっちを向く。私たちの視線を受けたセイス君はバツが悪そうに頬をポリポリと掻きながら、彼女に返事をした… 

 

 

 

「いや、あれは教えたの内に入るのか?人生の言い訳みたいなもんだぞ…?」

 

 

「私が思ってるから、良いの……あ、着いた…」

 

 

「え、もう学園の前…?」

 

 

 

 言われて気付いたが、既に学園の孤島に繋がるモノレール駅の前だった。よく見れば、もう夕方の時間帯なので外出してた学園の生徒達で溢れていた…

 

 

 

「じゃあ、私は帰るね。今日はありがとう、ブレッドにもよろしく…」

 

 

「おう、またな」

 

 

 

 戸惑う私を他所にサクサクと別れの挨拶を済ませる二人。そこでやっと我に返ることが出来た。このままでは肝心の部分が聞けず終いじゃない!!

 

 

 

「あ、ちょっと待って!!」

 

 

「やだ」

 

 

「んなッ!?」 

 

 

 

 

―――まさかの即答…

 

 

 

 私は本日何度目になるか分からない落胆モードになった。そんな折、改札を通った簪ちゃんは振り向き、また我が妹ながら愛くるしい笑みを浮かべながら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度一緒に遊ぶ時は、髪染めたりなんかしなくて良いからね…!!」

 

 

 

 

 

 

 

――― イマ ナンテ イッタ ?

 

 

 

 

 その時の簪ちゃんの表情は、悪戯が成功した時の私の表情にそっくりだった…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

―――随分と納得いかない顔してんな。でも、あいつの正体なんて実際そんなもんだ…

 

 

 

―――確かにアイツは見ての通り実技、勉学、料理、一部を除いた女の嗜みは一通りこなす…

 

 

 

―――けどよ、完璧には程遠い。完璧って言うのなら、最初のへタレっぷりは何なんだ?

 

 

 

―――誰かに不満や不快感を抱かせたその時点で、それは欠点と呼べると思わないか?

 

 

 

―――人によっては本当にしょうもない事かもしれないが、結局誰にだってそういう面はあるんだよ…

 

 

 

―――そもそもカミカザリさんは、本当にそんな完璧超人を肯定したいのか…?

 

 

 

―――さっきも言ったけどよ、誰にだって欠点はある。その誰にでもあるモノが無い人間ってのは、逆に不気味に感じるもんさ…

 

 

 

―――それにアイツが完璧な部分って、技術面とかそっち方面だけだから。人間性は御覧の通り残念過ぎるだろ…?

 

 

 

―――ま、それがアイツの可愛い部分でもあるんだけどな…

 

 

 

―――さて、ここで質問だカミカザリさん…

 

 

 

―――カミカザリさんは、アイツが“身に纏ったモノ”と“覆い隠したモノ”、どっちがアイツの本質だと思う…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…て、感じの事を言いました、サー!!」

 

 

「マムよ…ていうか、やっぱり私の正体教えてるじゃない!!」

 

 

「いやちゃんと濁して言ったし直接的な表現は…」

 

 

「どこが!?あんなの半分教えちゃってるようなものじゃないッ!!」

 

 

 

 只今モノレール駅前にて、黒髪美少女によって絶賛締め上げられ中である。結局あの後、簪に正体がバレてた楯無は我に返った瞬間にこっそり逃げようとした俺を捕らえ、先程の簪の言葉の真意を問い詰めてきたのである。おもっくそ周りの注目を浴びているのだが、彼女は一切気にした様子が無い…

 

 

 

「と、とにかく落ち着け!!どっちみち最初から怪しまれてたんだ、バレるのも時間の問題だった…」

 

 

「確定させたのはセイス君でしょ!?あぁ、もう!!私はどうすれば…!?」

 

 

 

 どうすればって、お前。この期に及んで何を言ってるんだ……いや、敢えて何も言うまい。このまま口を滑らしたら火に油を注ぐ結果になりかねない…

 

 

 

「とりあえず、そろそろ手を首から放してくれないか?何か、どんどん絞まってるんだが…」

 

 

「絞めてるのよ……ところで、その…」

 

 

「あん…?」

 

 

「………私の、そういう面っていうのが可愛くもあるって、本当……?」

 

 

 

 若干顔を俯かせ、ボソッと呟かれたその言葉。黒いオーラを纏いながら『口を割らないと、物理的に口を割る』と言われた手前、あの時に簪に言った言葉を殆ど白状してしまった。何かさっき一瞬だけ顔が赤くなった時があったが、もしやソレか?……まぁ、実の所…

 

 

 

 

「あぁ~えっと、その……………本心です…」

 

 

「ッ!!」

 

 

 

―――本音だったりするんだけどね…

 

 

 

「本当に!?」

 

 

「お、おう。ていうか落ち着け…」

 

 

「やったぁ!!脈アリだったぁ!!」

 

 

「……脈アリって、お前なぁ…」

 

 

 

 さっきも言ったが、ここはモノレール駅で人が溢れ返っている。そんな場所で、本当に俺より年上なのか疑いたくなるようなハシャギっぷりを見せる楯無は、完全に周囲の注目を浴びていた。本人は全く気にしてないようだが……何だろね、自分で口にしといてあれだけど、楯無に面と向かって可愛いって言うと気恥ずかしい。本音とは云え、やっぱり意識してしまう…

 

 

 

―――やっぱ俺も少なからず、こいつの事が好きなのかなぁ…?

 

 

 

 

「……て、うわッヤバい…!?」

 

 

「よっし、セイス君!!この素晴らしい気分に免じて、回らない寿司屋に連れて行ってあげるわ!!勿論、お代は私持ちよ!!」

 

 

「あぁ…それは大変、嬉しいんだが……今日はやめとく…」

 

 

「あら、どうしたのかしら?お姉さん、こう見えてお金持ちだから幾らでも…」

 

 

「いや、ね…テンションMAXなとこに水を差すようで悪いんだが………後ろ…」

 

 

「後ろ…?」

 

 

 

 

 

 

 

―――後ろを振り向けば…

 

 

 

 

 

 

「御嬢様…」

 

 

「ッ!?」

 

 

「やっと…やっと見つけました、よ……?」

 

 

「う、虚ちゃん…?」

 

 

 

―――何時の間にか、眼鏡を掛けた修羅が居た…

 

 

 

「本当に、大変でしたよ?意識を取り戻し、ゲーム機の為に犠牲になった方に謝罪とお詫びを繰り返し、あなた方が暴れまくった店の賠償、簪様を狙った犯罪者の後始末と事後処理は…」

 

 

「た、大変だったわね…ご、ごご、ご苦労様……?」

 

 

「いえいえ、その様なこと、大したことじゃありません…」

 

 

「そ、それは良かっ…」

 

 

「今日の全ての元凶が、意気揚々と、男を誘ってる場面を目撃したのと比べたら、全く、全然、微塵も大したことじゃありません!!えぇ、全くもって大した事じゃありません!!」

 

 

「ひぃ!?」

 

 

「多くの人に散々迷惑掛けといて、随分と良い御身分ですね!?今日という今日は絶対に許しません!!本家の方々は当然のこと、今回の御説教は織斑先生にも参加して頂きますッ!!」

 

 

「ちょ、それはマジで死んじゃう!?」

 

 

「どうせ殺しても死なないでしょう?ほら、さっさと行きますよ!!」

 

 

「イヤッ!!まだ死にたくない!!助けてセイス君…って、何時の間にか居ない!?」

 

 

「さぁ、諦めて下さい。既に皆様には連絡を入れておきました、既に処刑場…もとい、御説教部屋の準備は出来てます。覚悟して下さい…」

 

 

「い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 

 

―――楯無の悲痛な叫びが夕方のホームに響いたが、彼女を助けようとしてくれる者は誰一人居なかった…

 

 

 

 

 

 翌日、お偉いさんオールスターズの説教により、真っ白に燃え尽きた状態で職員室から出てきた楯無が目撃された。その後、覚束無い足でフラフラと歩きながら生徒会室に向かい、そのまま引き籠ってしまい出て来なくなったとの事である…

 

 

 しかし、昼過ぎには復活した模様。それどころか、以前よりも随分元気になっていたと見た者は語る。楯無が回復する直前、彼女と同じ髪の色をした少女が生徒会室に訪れていたという目撃証言があったが、真実の程は定かではない…

 

 

 因みにその翌日から、とあるネットゲームに『タテコ』というプレイヤーが現れ、最近はもっぱら『ブレッド』、『リボル・ヴァーガン』、『カミカザリ』の3人とパーティをよく組んでいるそうだが……

 

 

 

―――4人の仲は概ね良好のようだ…

 




改めて読み返してみると、今回三角関係要素が無かった!!

てなわけで、次回は有耶無耶になった寿司屋デートにマドカを乱入させて混沌を…


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のほほん日記(改)

挿入する場所間違えた…


 

 3月○×日 はれ

 

 

 お家の仕事のために、今日はお姉ちゃんとIS学園の下見に行ってきた~。

 

 それにしても、世界で唯一の男性操縦者ってどんな人なんだろう?今度、お姉ちゃんにもっと詳しく訊いてみようかな…?

 

 

 

 

 

 

 

 3月○△日 くもり

 

 

 IS学園から帰ってきてからというもの、毎日同じような夢を見るようになっちゃった。眠る度に、いつも私と同じくらいの年の男の子が出てくるの…。

 

 でも、別に怖くはないんだよ?何かしてくるわけでもなく、ただ私に話し掛けようかどうしようか悩んでいるだけみたい…

 

 いっそ、話しかけてみようかな?

 

 

 

 

 

 

 

 3月○☆日 はれ

 

 

 やったよ~♪思い切って話し掛けた甲斐もあって男の子と仲良くなることができたよ~♪

 

 その子は毎日夢の中で私と遊んでくれるようになった。一昨日はかくれんぼ、昨日は鬼ごっこ…夢の中だから色々と滅茶苦茶なことが出来てとても楽しいんだ~。

 

 さぁ、今日も早く寝よう。今度は何をして遊ぼうかな…?

 

 

 

 

 

 

 

 3月×☆日 はれ

 

 

 昨日、遂にあの子が名前を私に教えてくれた。『東明日斗』って言うんだって。『あすち~』って呼ばして貰おっと♪

 

 …そう思ったんだけど、呼んだら凄い嫌な顔されちゃった……やっぱりやめとこ…。

 

 

 

 

 

 

 3月×○日 くもり

 

 

 あすち~って昔は建設関係のお仕事に就きたかったんだって。それでね、あすち~が通ってた学校って就職を目指すのに有利なところだったらしいんだ。しかも、あすち~が就職したかった建設会社ともツテがあったんだって。

 

 だからそのツテを使って研修を兼ねたバイトをよくしてたんだって。毎日一生懸命学校で勉強して、毎日その会社の仕事のお手伝いをするなんて大変そうだよね…

 

 倒れたりしないの?って訊いたら、何故かあすち~は俯いて何も言ってくれなかった…どうしたんだろう…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 3月×☆日 あめ

 

 

 あすち~を泣かせちゃった……今日はもう、何も書きたくないや…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3月×△日 あめ

 

 

 今日…じゃないや、昨日のことなんだ……。あすち~が、私にとんでもないことを教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 あすち~って…明日斗君って、もう死んでるんだって……幽霊なんだって…。

 

 

 

 

 

 いつものように建設会社のお仕事の手伝いをしてる時に、毎日の無茶な生活を繰り返してたせいもあって本当に過労で倒れちゃったんだって…。

 

 しかも、最後に仕事のお手伝いをしに行った場所って……『IS学園』なんだって…。

 

 その事を昨日聞かされた時、ビックリしすぎて固まっちゃった(夢の中だけど…)。それを怖がられたと思ったみたいで、明日斗君には凄く悲しい顔をさせちゃったの…。

 

 だから今日、謝ろうと思う。許してくれなくても、とにかく謝ってみようかと思う…。そして、例えあすち~がオバケだったとしても、私にとっては大事な友達だって言うんだ。

 

 

 頑張れ、布仏本音!!私ならできるぞ~!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3月☆○日 はれ

 

 

 仲直りできた~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!

 

 今日の私は最初から最後までクライマックスなのだ~~~~~~~~~~~~~!!

 

 やっほ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~い!! 

 

 

 (ここから先は字が荒ぶり過ぎて読めない…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月×日 はれ

 

 

 とうとうIS学園に入学する日が来た。新しいお友達もできたし、運よく男性操縦者の『織斑一夏』と同じクラスになれた。お仕事も楽になりそうで良かった良かった。

 

 何より、あすち~と夢の中以外の場所で会えたのが一番嬉しかったかな?やっぱり、幽霊って自分が死んだ場所の方が存在がはっきりしているみたい…。

 

 あ、そうそう。おりむ~のことだけど、その日の内にイギリス代表候補生のぺシ…ピシリ……『パシリア・ビルコット』に決闘を申し込まれて、それを受けてた。……売られた喧嘩を買うとか、そういう性格って嫌いじゃないけど確実に何かに巻き込まれる体質だと思うんだよね?

 

 そういうのって何て言うんだっけ?…あ、そうだ『フラグ体質』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月○日 くもり

 

 

 今日、あのあすち~でさえ驚くようなことが起きた。何と、私の夢と現実の境が無くなっちゃったんだよね。え、意味が分からない?簡単に言うとね…

 

 夢で出来たことが現実でも出来るようになっちゃったんだよ。

 

 いつも夢の中であすち~と鬼ごっこする時に翼を生やしたり、4人に増えたりしてたんだけどね。何か現実でもそういうことが出来るようになってしまったのだ~!!……本当にどうしよう…。

 

 あすち~と会話してたら、何となく夢の時の感覚を感じたからもしかしてと思ってやってみたら出来ちゃったんだけどね。しばらくは、皆には黙っておこう…。

 

 

 

 

 

 

 

 4月△日 はれ

 

 

 取りあえず、真夜中に4人に分裂してみた。本体の私は部屋に残って『壁抜け』の練習中。忍者紛いの技ばっかだけど実際に鬼ごっことか、かくれんぼの時に便利なんだもん。

 

 あ、そういえば幽体離脱が出来るようになったよ。あすち~が出来る事は一通り出来るようになったかな? 

 

 因みに最近、自分が起きてるのか寝ているのか分からなくなってきたなぁ。あすち~にクマの着ぐるみを渡した筈なのに、あすち~は知らないって言うんだよね…

 

 あの時はもう夢の中に居たのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 4月×○日 くもり

 

 

 明日はおりむ~とセッシーの対決の日。何だかんだ言ってイベントみたいなものだから、皆も興味深々だね。でも、私はちょっと複雑な気分…

 

 

 だって、あすち~が死んだ場所って、あのアリーナが建ってる場所なんだもん…

 

 

 まだ土台しか出来て無いほど昔のことらしいけど、やっぱりあすち~の死んだ場所って訊いちゃうと少しね…。そういえば、あすち~って今何歳なんだろう?

 

 

 

 

 

 

 4月×△日 はれ

 

 

 結局、おりむ~はセッシーに負けた。でも、初心者とは思えない奮闘っぷりだったね。意外なことに、あすち~も結構夢中で二人の試合を眺めてたみたい。やっぱり、男の子って皆あーいうのが好きなのかな?……あすち~って、男の子って年齢じゃなかったけど…。

 

 

 

 

『それは言わない約束っ!!』

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ」

 

 

 パタン…と、音をたてながら4月一杯分の出来事が書かれた日記帳を閉じる。ある者は混乱し、ある者は苦笑を浮かべるであろう内容が書かれたその日記帳を、のほほんこと布仏本音は大事そうに自分の鞄に仕舞った。

 

 今は既に7月…日記帳は、さっきのを含めて3冊目に突入していた…。

 

 

 

「もう半年か~、早いな~」

 

 

 

―――驚くべき人物達と友達になって

 

 

―――誰もが驚くような力を手に入れて

 

 

―――この学園生活を始めて

 

 

 

 この半年間、随分と濃い日常を送ってきたと思う…自分やあすち~の事を含め、当分これからも周囲にはこのことを秘密にし続けるつもりだ。

 

 勿論、今もこの学園に潜んでる“あの二人”にも…。 

 

 

 

「ふぁ~あ…本格的に眠くなってきちゃった……」

 

 

 

 彼とは起きてても会えるけど、やっぱり誰にも邪魔されない夢の中が一番。この後彼と出会って何をして遊ぶのか考えながら、笑顔を浮かべて部屋のベッドへとダイブする…。

 

 

 

「それじゃ、おやすみ……いってきま~す…♪」

 

 

 

―――瞼を閉じ、本当に楽しそうな表情を浮かべながら、彼女は今日も夢の中で待つ友達の元へと向かうのだった…

 

 

 



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IS学園放送部 第二回ファントム・ラジオ オープニング編

お待たせしました、第二回ファントム・ラジオ開催で御座います。ですが、今回はオープニングだけで終わっちゃってます…申し訳ない;

そして、質問の募集に応じてくれた皆様、ありがとう御座いました!!頂いた質問は次回に纏めてガッツリ答えさせて頂きます!!


 

「お~い、まだか…?」

 

 

『もうちょっと待て』

 

 

 場所はIS学園の寮館の一角、目の前の部屋の中から聴こえてきたのはマドカの声。そして、その部屋の前には彼女を待っているであろう一人の少年…

 

 

 

「すまん、待たせ…」

 

 

「……。」

 

 

 

―――否、一匹の熊が居た…

 

 

 

「……。」

 

 

「……。」

 

 

 

 流れる沈黙。しかしやがて、ドアを開いて顔を覘かせた少女…マドカはゆっくりとした動きで後ずさり、そのままゆっくりと床に寝転び始めた。そして、そのまま息を殺して完全に気配を消し……

 

 

 

「私は死体だ」

 

 

「……熊に会ったら死んだフリって、今時誰も信じてないぞ…?」

 

 

「私は死体だ」

 

 

「おい…」

 

 

 熊…の着ぐるみから聴こえてきたのは、マドカと対して年の違いを感じさせない(ていうか実際にタメである)少年の声。しかしその声が目の前の熊から発せられても、マドカは依然として目を閉じたまま『私は死体だ』を暗示よろしく呟き続けていた…。

 

 その様子にいい加減シビレを切らしたのか、熊の着ぐるみを着たその少年はゆっくりと彼女に近づき…

 

 

 

 

「ったく、いい加減にしないと……食べちまうぞ…?」

 

 

「それは性的な意味でか…?」

 

 

 

 熊…もといセヴァスがマドカの頭を軽くハタいてそう言うと、彼女はすぐに目を開けてケロッとした表情をしながらサラリとそう返した。その言葉に思わずセイスは苦笑を浮かべてしまう…

 

 

 

「さぁ、どうだろうな…?」

 

 

「そこはノリで肯定しておけ。そうすれば、そのまま勢いに任せて…」

 

 

「ストップ、そこから先はR-15指定になる…」

 

 

「それは残念だ」

 

 

 

 

 言葉とは裏腹に、二人とも実に楽しそうである。もっとも、熊の着ぐるみが床に寝転んだ“黒スーツ”の少女としゃがんで向かい合ってるという、何とも意味の分からない絵ヅラだが…

 

 

 

「ところで、お前の仮装は何なんだ…?」

 

 

「ん、分からないか…?」

 

 

 

 今日は10月末…所謂ハロウィンの時期だ。あらゆる国から生徒がやって来るここIS学園ではやはりというか、ハロウィンパーティも普通に本格的に行う。そして、セイスは何とも懐かしい…それでいて自分の黒歴史の一つである『ランニング・ベア』の着ぐるみを持ち出してきたのである。あの時に本音に渡された奴そのものなのだが、結局彼女にそのまま押し付けられてしまったのだ。捨てると何だか後で呪われそうなので大事にとっといたのだが、まさか使う日が来るとは思っていなかった…

 

 それに対してマドカはというと、ビジネスウーマンとかが着てそうなただの黒いスーツだ。学園の皆はそれぞれの故郷のオバケやら魔物の類に仮装している筈なのだが、これだと随分浮いた存在になりそうだ…

 

 

 

「セヴァス、マドカ、まだ準備出来ないのか?オランジュが早く放送室に来っ…」

 

 

 

 と、その時…開けっ放しのマドカの部屋の入口から、今や随分と聴き慣れた友の声が聴こえてきた。振り向くと、何時まで経っても来ない自分達の様子を見に来たのであろう一夏が立っていた。

 

 

―――何故か途中で言葉を失い、何度も目を擦りながらマドカを凝視していたが…

 

 

 

「どうしたんだ一夏…?」

 

 

「え、いや……あれ…?」

 

 

「く、クククッ…」

 

 

 

 セヴァスは一夏が何に戸惑っているのか分からず、頭にハテナマークを浮かべる。しかしマドカは一夏がどうしたのか察しているのか笑いを堪えていた。そして、黒い笑みを浮かべながら口を開いた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした織斑、廊下でボサッとするんじゃない」

 

 

「あ、やっぱ千冬ね…じゃなくて織斑先生だった!!……あれ、でも何か背が小さくなってないか…?」

 

 

「馬鹿者…日頃から爺臭いと言われているみたいだが、その年でもうボケ始めたか?」

 

 

「ひ、酷ぇな千冬姉!?」

 

 

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

 

 

 

―――あぁ、成程…そういうことか……

 

 

 

 彼女の仮装の意味が漸く分かり、そして一夏の反応を見てたら自然と胸に込み上げてくるものが出てきた。やがてそれは抑えきれないくらいに膨らみ…

 

 

 

 

「く、くく……ぎゃっはははははははははははははははははははは!!バッカでぇ、コイツ!!」

 

 

「あーーーーーはははははははははははははは!!せ、『背が小さくなってないか?』だと!!あははははははは!!」

 

 

「え?え?いきなり何だよ、セヴァスも千冬姉も…?」

 

 

 

 意味が分からず一人だけ置いてきぼりを喰らってる一夏はひたすら混乱し、その様子を見たセヴァスとマドカはひたすら笑い続けた。だが、そろそろ可哀相なのでネタバラシすることにしよう…。

 

 

 

「ククク…いい加減に気付け、私だよ、私!!」

 

 

「へ?……あ…ま、まさかマドカ!?」

 

 

「遅せぇよ馬鹿!!あっはははははは!!」

 

 

 

 成程、言われてみれば確かにそっくりだ。三学年になってそれなりに背も伸びたためか、他の奴らには余計に見分けがつき難くなっているのだろう。それにしても…

 

 

 

「ははは、オカシイな……それを意識すると化け物の中に混ざっても違和感無ぇわ…」

 

 

「だろう?我ながら絶妙なチョイスだと思ったんだが、やっぱり私のセンスに狂いは無かった!!」

 

 

「いや、本当に千冬姉とそっくりだ。こりゃ箒や鈴も騙せるんじゃないか…?」

 

 

「そうかもな。ところでセヴァス、それはつまり…私が普段から魑魅魍魎の類と顕色無いとでも言いたいのか?」

 

 

「うわ、喋り方までそっくりだ!!つーか、お前もそう思ってるからそれにしたんだろ?」

 

 

 

 あぁ可笑し…まだ本番前だってのに、もうテンションがMAXになりそうだ。いっそ、バックれて普通にパーティ楽しみにいってしまおうかな…?  

 

 

 

「……セヴァス…」

 

 

「どうした、マドカ?深刻な表情浮かべて…」

 

 

「最後に喋ったの…私じゃ、無い……」

 

 

「え゛?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっはッ…お前らが日頃私の事をどういう風に思ってるか良く分かったわ、この馬鹿共がああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

「「うっぎゅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「皆さん、お待たせしました!!IS学園放送部による『ファントム・ラジオ』の時間で御座います!!メインパーソナリティは前回に引き続きこの私、やれば出来る子『オランジュ』と……おい、何で2人ともズタボロなんだ…?」

 

 

「訊かないでくれ…この俺、人外アル中『セイス』こと『セブァス・六道』!!そして……」

 

 

「うぐあぁ頭が割れるうぅぅ……む、台本はどこだ…?」

 

 

「ほれ」

 

 

「すまん、えぇっと何々…クーデレ、クレイジー、グラトニー、略して2CGなヒロイン!!『織斑マドカ』ってまた何てものを読ませるんだ貴様あああぁぁ!?」

 

 

「大して間違ってないじゃぼげはぁ!?」

 

 

「何か言ったか阿呆専門…?」

 

 

「な、何でも無いです…。さぁ、そんなわけで始まりました『第二回ファントム・ラジオ』。前回が割と好評だったこともあり、またやることが出来ました。皆さん、ありがとう御座います!!」

 

 

「そして今回は前回と同様、募集した質問に俺達がメッタメタなノリで応えていく事に加え、ちょと遅めのハロウィン企画をお送りする予定だ」

 

 

「そう言うわけで私は黒スーツの『ブリュンヒルデ』、セヴァスは熊の着ぐるみでIS学園七不思議の一つで有名な『ランニング・ベア』の恰好をしている。しかし、懐かしい黒歴史を持ち出したな…」

 

 

「廊下走って『熊だ!!七不思議だ!!本人だぁ!!』と言われた時は本気で泣きそうになった…」

 

 

「……どんまい…」

 

 

「なぁなぁ二人とも、俺の恰好には触れてくれないわけ?これラジオだから弄ってくれないと視聴者の皆に伝わらないんだけど…」

 

 

「ん、いつも通りだろ…?」

 

 

「そうだな、いつもの馬鹿がいつもの状態で居るな」

 

 

「この節穴共めええぇぇ!!この頭をスッポリ覆い被せているカボチャが目に入らぬかあああぁぁ!?」

 

 

「いつもの不細工なツラじゃないか」

 

 

「あぁ、大して変わらん」

 

 

「おい、誰か藁人形持って来い。この二人には物理的に勝てないから呪い殺す…」

 

 

「冗談だよ、冗談。ところで、それ本物か…?」

 

 

「そうだよ。妙に甘ったるい匂いと、ナマカボチャのパサパサがずっと俺の顔を覆ってるんだよ」

 

 

「……何でそんなのにしたんだよ…」

 

 

「いきなりのほほんさんが被せてきたんだよ、今日のラジオの為とか言って。ついでに言うと、何をしても外れないんだよコレが…」

 

 

「うわぁ…」

 

 

「ご愁傷様とだけ言っといてやる…」

 

 

「やめて、憐みの視線を向けないで!!悲しくなってくる!!」

 

 

「まぁ、とにかく何だ…今日もこんなカオスなノリでやっていくんで、皆よろしくな~!!」

 

 

「それでは早速、最初のコーナーだ!!……あ、やべ…」

 

 

「どうした…?」

 

 

「いや今回さぁ、質問募集に加えてゲストアンケートも取ったんだよ。」

 

 

「そういえば、今日は私達とゲストの4人でやるんだったな…で、そのゲストはどこだ?」

 

 

「えっとな…結果的に候補は3人で一票ずつだったんだよ。その内の二人はヤマヤと虚さんだけど…」

 

 

「山田先生と布仏姉か…」

 

 

「流石に同列だからって6人も扱える自信が無いから一人にする事にしたんだけどさ、折角のハロウィン企画だからってことで“人間じゃない奴”を選ぶことになったんだと…」

 

 

「“人間じゃない奴”…?」

 

 

「ッ!!……てめ、まさか…」

 

 

「そのまさかだ。ゲストさん、いらっしゃーい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――流れる『エクソシスト』のテーマBGM

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明「こんにちは~、癒し系着ぐるみ少女の居る場所には大抵居ます…このたびIS学園七不思議の一つに認定されました、亡霊『東明日斗』で~す。酷いよオランジュ君、僕のこと完全に忘れてたでしょ?」

 

 

セ「ぎゃあああああああああ!?やっぱりいいいいぃぃぃぃ!?」

 

 

オ「め、めめめ、滅相も御座いません!!」

 

 

マ「おぉ、明日斗か!!今回は楽しくなりそうだ!!」

 

 

明「ははは、ありがとうマドカちゃん。」

 

 

オ「さらりと会話しとる!?」

 

 

セ「あ~余談だが…学園編の明日斗氏の存在は、IS学園の生徒達には御馴染みになりつつある……」

 

 

明「しっかし、二人もそろそろ慣れてくれないかな?一応君達とは長い付き合いのつもりなんだけど…」

 

 

オ「その付き合いの中でトラウマ幾つも植え付けられてるんだよ、特に俺達は!!」

 

 

セ「歩く怪奇現象『布仏本音』に連れ添う最強の幽霊、作者が『どうしてこうなった?』と何度も反省する羽目になったオリキャラ…それが『東明日斗』。駄目だ、嫌な予感しかしない……」

 

 

マ「そうか?だが、彼が良い奴なのはお前も知ってるだろ…?」

 

 

セ「いや、分かってるけどさぁ……ま、いいか。オランジュ、そろそろ…」

 

 

オ「おっと、時間使い過ぎた…というわけで皆様、今回は彼『東明日斗』を交えた4人でお送りします!!お楽しみ下さ~い!!」

 

 

明「よろしくね~」

 

 

オ「それでは早速…と言いたいところですが、ここで少し休憩を挟ませていただきます。今回も例によって予想以上に長くなると思われるため、ちょいちょいこんな感じで区切ります。何かと不便かもしれませんが、どうか御容赦下さいませ……」

 

 

セ「本当は、今回で質問コーナーもやるつもりだったんだがなぁ……前半のアレとオープニングに時間使い過ぎたみたいだ…」

 

 

マ「そいうわけで、作者の力量不足も含めた諸々の理由で今回のラジオは三部作だ。スマン…」

 

 

 

オ「それでは皆様、一端失礼しま~す。チャンネルはそのままで暫くお待ち下さーい」

 

 

 

 

☆つづく☆




因みに今回のオープニング、質問回答、ハロウィン企画と三分割でお送りする予定です。


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IS学園放送部 第二回ファントム・ラジオ 質問コーナー編

次回から絶対に質問の数に制限掛けよう…

あ、因みに『のほほん日記』をコッチで復活させました。よろしければどうぞ…


 

オ「さて…そんなわけで『第二回ファントム・ラジオ』なんですが、ここで改めてゲストの御紹介といきましょうか。んじゃ、明日斗さ~ん」

 

 

明「は~い。それでは改めまして『東明日斗』、藍越学園中退(?)した享年15歳です。趣味は人間観察、特技はポルターガイスト現象だよ。本音ちゃんとはいつも仲良くさせて貰ってます。詳しい彼女との馴初めを知りたい人は、さっき追加更新した『のほほん日記』を読んでね~」

 

 

セ「のほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖い…」

 

 

マ「セヴァーーーーース!?戻ってこーーーーーーーい!!」

 

 

明「あはははは、本当に駄目なんだねぇ…?」

 

 

オ「俺だって、やせ我慢してるだけなんだよ…」

 

 

明「そうなの?」

 

 

オ「そうだよ!!……えぇ~本編では未だに謎に包まれた存在である明日斗氏ですが、IF未来学園編ではちょっと追加設定があります…」

 

 

セ「一話でちょっと語ったけどよ、学園編ではうちの古巣が世界を巻き込む大事件…早い話、大規模テロ活動を行ったんだ。その時にIS学園も攻撃対象として襲撃されたんだが、専用機持ちや主な教師陣は亡国機業の拠点を攻撃する為に出払っていて誰も迎撃行動が取れなかったのだけど……」

 

 

マ「あの時は凄かったな……劣化版とはいえゴーレムシリーズの大群が、のほほんさん一人に次々と破壊されていったあの光景は…」

 

 

明「半分くらいは僕がやったけどね。僕が死んだ場所…学園のアリーナを吹き飛ばされると僕って、強制的に成仏させられる可能性があるんだ。それを前から本音ちゃんには言ってたんだけど、その事もあって奴らが来たときにはつい本気を…」

 

 

オ「それが切っ掛けで、のほほんさんの事が学園中に発覚。同時に明日斗の存在も学園中に知れ渡る事になったんだが…」

 

 

セ「当然ながら、IS学園と更識家と布仏家が全力でその事を隠蔽した。ぶっちゃけISを圧倒する存在を世界が放置するわけないからなぁ……もっとも、証拠とデータさえなければ誰も信じない内容だが…」

 

 

明「でも、僕の事は誤魔化し切れなかったんだよね…物騒な面は隠せれたけどさ。今では『IS学園の裏マスコット』だの、『のほほんさんの守護霊』だの言われちゃってるよ」

 

 

オ「そんな裏最強をゲストに迎えた『第二回ファントム・ラジオ』!!今回もはりきって行ってみよう!!」

 

 

セ「そいじゃ早速、最初のコーナーはコレだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

☆質問&無茶ブリコーナー☆

 

 

 

オ「最早説明はいらないと思うが敢えて言おう!!これはただの質疑回答コーナーであると!!」

 

 

セ「事前に募集した質問の数々に対して俺達が時にメタに、時にガチで答えていくというものだ」

 

 

マ「前回は段々と濃い内容になっていったが、今回は流石にそうでもないよな…?」

 

 

オ「あぁ、比べ物にならないくらいに……特濃だな…」

 

 

マ「なん…だと…?」

 

 

セ「おまけに量も前回より凄い事になってる…重ね重ね、皆さん御礼申し上げますぜ!!」

 

 

オ「そんな今回の記念すべき最初の質問はコレ、UN.グラムサイト2さんからの質問だ!!えぇっと…」

 

 

 

 

 

 

―――UN.『グラムサイト2』さんからの質問

 

 マドカは、一夫多妻制は認められますか?もし、認められるなら、最高何人までですか?―――

 

 

 

 

オ「と、いう事なんだけど…ご指名された本人さん、そこんとこどうよ?」

 

 

マ「私か?そうだな……ぶっちゃけ良いも悪いも個人の勝手と言いたいところだが、私としては嫌だな。昔ならまだしも、セヴァスが他の女とイチャついたら嫌な気分にしかならん…」

 

 

明「『セヴァスは渡さない』宣言してたもんね」

 

 

セ「言われなくたって、俺はお前以外を選ばないよ」

 

 

マ「……嬉しい事を…」

 

 

オ「くっそ、何で黒コーヒー持ってこなかったんだよ俺ぇ……あ、一夫多妻制といえば某朴念神はどうだろうか…?」

 

 

マ「あいつか?うぅむ…」

 

 

セ「一人を選べずにハーレムエンドか。そうなったら、どんな形であれ全員の尻に敷かれるのは間違いなさそうだな…」

 

 

オ「昔はハーレムを羨ましいとか思ってたけど、ワンサマの事を見てたらそんな気も失せたよな。普通の男には、6人の愛に報いる度胸も甲斐性も持った奴なんざいねぇよ。さて、次の質問だ…」

 

 

 

 

 

 

―――UN.『神薙之尊』さんからの質問

 

 他の世界(二次作の事)に行けるとすればどんな所に行ってみたい?―――

 

 

 

 

オ「おや、これは中々興味深い質問じゃないか…?」

 

 

セ「確かに。他の二次作って、こっちとは何もかもが違う世界とかあるからなぁ…」

 

 

マ「よく感想でも言われてるが、うちの亡国機業は色んな意味で異質らしいからな。悪ふざけ皆無な亡国機業というのも、少し行ってみたいな…」

 

 

セ「いや、オールシリアスな亡国機業なんてフォレストの旦那とティーガーの兄貴にしか無理だろ…」

 

 

オ「俺なんて存在ごと消滅するんじゃね?」

 

 

明「あぁ、君の主な成分はギャグだもんねぇ…」

 

 

オ「少し真面目に仕事しただけで『こんなのオランジュじゃない!!』って感想来ちゃったしな…。で、どうなのよ主人公さん?」

 

 

セ「もしも分を弁えず、身分不相応に選んでもいいよと言うのなら……きりみやさんの『IS~codename blade nine~』の世界に行きたい。そして、川村静司君と一緒に酒が飲みたい。立場は真逆な筈なのに、何故か話が合いそうな気がするんだよ…」

 

 

マ「……それはちょっと、高望みし過ぎじゃないか…?」

 

 

セ「やっぱり?…でも、俺らみたいな裏方家業な人達が出てくる世界に行くと楽しそうだと思わね?比率はともかく、うちはギャグもシリアスもいける口だし」

 

 

マ「まぁ、確かに……あ、そうそうあんまり居ないと思うが、うちとコラボしたい人は事前にメッセなり何なり送ってくれれば勝手にやっていいらしいぞ?」

 

 

明「メッセージで『やります』、『使わせて頂く』って送ってからだからね?そこは注意してよ~……因みに、完全に無断でやったら僕が呪いにいきます…」

 

 

オ「それでは次の質問へGO!!」

 

 

 

 

―――UN.『eibro』さんからの質問

 

 セイスへの質問

 篠ノ之束の研究室に行ったことありますか?(セイスなら逃げ切れそうなんだが……)

 

 マドカへの質問

 篠ノ之束と会ったことありますか? また会った時に取られた行動は?―――

 

 

 

 

セ「あの人の研究所は、結局最後まで見つけられなかった…」

 

 

オ「余談だが、学園編でも未だに束博士は行方不明だ。噂では同じく行方不明のフォレストの旦那たちと行動を共にしているとか、逆に殺し合いを繰り広げてるとか言われてるが……詳細は不明だ…」

 

 

明「あ、僕この前……束博士からメール来たけど…?」

 

 

セ「はぁ!?」

 

 

オ「今なんつった!?」

 

 

マ「ていうか、お前携帯持ってるのか!?」

 

 

明「厳密に言うと、本音ちゃんの携帯に僕と彼女宛に来たんだよ。『解剖させて♪』って…」

 

 

セ「……マジか…」

 

 

オ「で、それどうした?」

 

 

明「無視しても暫く同じ内容のメールを送り続けてきたから、全身筋肉痛になる呪いを送った。そしてら静かになったよ…?」

 

 

マ「さらりと恐ろしいことを…」

 

 

明「そういえば質問にもあったけど、マドカちゃんはどうだったの…?」

 

 

マ「正式に織斑家入りした時に一度だけ会ったが、『ふぅん、お前がねぇ…』の一言で終わった。いつだか言ったが、良くも悪くも私のことは無関心みたいだぞ?」

 

 

オ「どっちも触らぬ神に祟りなしって奴だな……さて、次行こうか…」

 

 

 

 

 

―――UN.『牙王』さんからの質問

 

 トライアングル編でセイスが楯無を選んだらマドカはどうしますか?―――

 

 

 

オ「ま~た恋バナ来やがった…」

 

 

セ「トライアングル編の楯無ねぇ……あの残姉ちゃんか…」

 

 

マ「私とトライアングル編の私は微妙に中身が違うかもしれないが、セヴァス自身がアイツを選んだのなら潔く諦めるつもりだ…」

 

 

オ「あら、意外だな。もっと何かすr…」

 

 

マ「そして誰も居ない場所で涙が枯れるまで泣いて、意識を失うまで酒を飲んだ後に姉さんと一夏を殺しに行ってスコールに命令違反で殺されると思う」

 

 

オ「前・言・撤・回!!ちょっと病んでやがる!?」

 

 

マ「当たり前だ。惚れた相手だぞ?愛した男だぞ?人によっては依存してると言うかもしれんが、それがどうした?私にとって、セヴァスと共に在るこの世界こそが全てなんだよ」

 

 

セ「そして、それは俺にとっても同じだ。誰が何と言おうが俺達はこの関係をやめない、自重しない、後悔しない。邪魔するなら世界とだって喧嘩してやるさ…」

 

 

マ「……セヴァス…」

 

 

セ「マドカ…」

 

 

明「青春だねぇ……あ、ティナちゃんが泣きながら壁を殴りつける音がする…」

 

 

オ「いや、青春ってレベルを通り越してるだろコレ。普通に惚気やがって、お前らこれって校内放送だからな?学園の奴ら全員に聞かれてるんだからな…?」

 

 

セ「だからどうした?」

 

 

マ「何か問題あるか?」

 

 

オ「……もういいよ畜生!!甘ったるいたらありゃしねぇよ、少しはこのバカップルを見習えワンサマラヴァーズ!!次の質問だコノ野郎ッ!!」

 

 

 

 

 

―――UN.『リオ』さんからの質問

 

 オランジュに質問

 ワンサマーに対し一番ぐぬぬと思った出来事ってありますか?

 

 

 IF編のセイスに質問

 千冬による一番ひどかった出来事ってありましたか?主にマドカ方面でお願いします―――

 

 

 

オ「全部」

 

 

明「即答だねぇ…」

 

 

オ「当ったり前だぁ!!麗しきIS少女達からあんな…あんな露骨なアピールを独り占めするに飽き足らず、ラッキースケベの加護まで持ってるとかどんだけだ!!」

 

 

セ「……。」

 

 

マ「どうした、セヴァス…?」

 

 

セ(実はな、オランジュが来る前の……夏休み前の出来事は、こいつ殆ど知らないんだ…)

 

 

マ(それってつまり…シャルロットの男装が発覚した経緯とか、アイツが一夏と一緒に風呂入ったことを知らないという事か?)

 

 

セ(そう。だって、その事をアイツが知ったら…)

 

 

マ(……色々と抑えられないだろうな…)

 

 

オ「お前ら、何話してるんだ?」

 

 

セ「いや、何でも無い」

 

 

オ「あ、そう…それで、二つ目の質問はどうなってる?」

 

 

セ「あの人はブラコンでシスコンだ、それ以上でもそれ以下でも無い。」

 

 

明「つまり?」

 

 

セ「最近の千冬さんってさぁ…会う度に『私よりマドカと仲良くて羨ましい』とか、『一夏が最近、相手をしてくれない』とか、『簡単に妹はやらん!!』とかばっかり言ってくるんだよ……ぶっちゃけ、いつもの折檻よりこっちの方が辛い…」

 

 

マ「何をしてるんだ姉さん…」

 

 

明「ねぇねぇ、千冬さんもこのラジオ聴いてるんじゃないの?喋っちゃって大丈夫なの?」

 

 

オ「あ、今日は千冬さん出張でさっき居なくなったから大丈夫。言いたい放題だぜ…?」

 

 

セ「マジで?」

 

 

マ「よし、セヴァス……良いぞ、もっとやれ…!!」

 

 

セ「後なぁ、一夏が居ない日に部屋の掃除を俺にやらせるようになってきた。それだけに飽き足らず、夜食とか作らせたり買い出しに行かせたり……あの人の中じゃ俺って予備一夏になってんじゃね…?」

 

 

オ「まぁ義理の弟になるかもしれないから、あながち間違っては無いんじゃ…」

 

 

マ「なるかもじゃない、なるんだ」

 

 

オ「……はい、次の質問行くぞぉ…」

 

 

 

 

 

 

―――UN.『大坂者』さんからの質問

 

 オランジュに質問。

 酔っ払ったセイスがしでかした悪戯で一番酷かったのは何?

 

 マドカに質問。

 IF学生編において、一番きつかった千冬の折檻は?

 

 セイスに質問。

 トライアングル編において、『美少女二人を衆人環視の中、正座させ説教した男』といふ伝説を作りましたが、その後その店に行きましたか?

 

 東明日斗くんに質問

 身体を借りた感想を(のほほんさん、オランジュ両方でお願いします。

「幽霊の存在を知った、又は怪奇現象に遭遇した他のメンバー達の反応は?」

「某携帯サイト『霊感占い(仮)』の運営者は実はティーガーだったといふ情報の真偽は?」―――

 

 

 

オ「あ、のほほんさんとはまた違ったトラウマが…」

 

 

マ「セヴァスの悪酔いで一番酷かったのは、間違いなくアレだな…」

 

 

セ「その節はご迷惑をお掛けしました…orz」

 

 

明「君、何したの…?」

 

 

オ「こいつ、その時に酔った場所が……亡国機業のオセアニア支部でな…」

 

 

マ「オセアニア支部の酒飲み自慢である『ストーン』と飲み比べした際、意地を張った挙句にスイッチが入ったみたいんなんだが…」

 

 

オ「高笑いしながら支部の設備や装備をかき集め、施設中にトラップを仕掛けやがったんだこの野郎…」

 

 

マ「トラップに使った道具の物騒っぷりが前回の比では無くて、しかもコイツの仕掛け方が鬼畜過ぎなものだから結果的に…」

 

 

セ「……オセアニア支部を、脱出及び侵入不可能な難攻不落の大要塞に変えてしまいました…」

 

 

明「うわぁ…」

 

 

オ「本当に大変だったんだぜ?オセアニア支部の奴らどころか、俺たち自身が基地から出れなくなっちまったんだから…」

 

 

マ「ティーガーが本気を出して、スコールたちはISをフル活用してやっと脱出できたんだよな…」

 

 

セ「……い、今じゃ良い思い出に…」

 

 

オ「なってねぇよ馬鹿野郎。そんで、マドカは…?」

 

 

マ「姉さんの日記を読んだときに喰らったアイアンクローが一番痛かった……のだが、さっきの仮装の件で受けた16連コンボがトラウマ新記録を樹立した…」

 

 

セ「いつも思うが、あの人は絶対に人間じゃねぇよ。んで俺に対する質問だが、ぶっちゃけその伝説は噂で広まった節が強いから顔はあんまり知られてないんだよな。だから、あんまり気にせず今も行ってる。あ、でも楯無は髪の色で認識されてるんじゃね?」

 

 

オ「そして、明日斗への質問だが……これはどういうこった…?」

 

 

セ「どうも何も、そのまんまの意味だろ。明日斗さ~ん」

 

 

明「オランジュくん、君って最高!!」

 

 

オ「待てええええぇぇぇいッ!!前回聞きそびれたが、いつだ!?いつの間に俺の身体を乗っ取った!?むしろ何回憑依しやがった!?」

 

 

明「回数を30超えた辺りから数えていない」

 

 

オ「おいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 

明「本音ちゃんの身体も確かに使い心地は良いんだけど、やっぱり男の身体の方が使い勝手が良いね。特に君の身体能力って生前の僕と大差無いから文句なし!!これからもヨロシク!!」

 

 

オ「嫌だああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

セ「残りの二つの質問だが…前者は最初に言った明日斗の呼ばれ方の数々から察する通り、普通に受け入れられている。一夏が来てから波乱続きだったせいか、みんな良くも悪くも大抵の事には動じなくなっちまったんだろうなぁ……虚さんの反応は、少しアレだったが…」

 

 

マ「アレって何だ…?」

 

 

セ「多分、後で分かる。あぁそういえば、一夏達の反応は面白かったな。専用機組は攻撃隊に抜擢されたせいで現場に居なくて話にしか聞けなかったんだが、やっぱり最初は信じられなかったみたいでさ。そんであいつらが『そんな馬鹿な事が…』みたいな態度を取ってたらよ……急に明日斗が目の前に現れた…」

 

 

マ「ははは、確かにアレは傑作だった!!あの楯無でさえ目を点にしながら呆然としてたからな!!」

 

 

セ「どっちかって言うと簪や岸里さん、それに相川さん達の方は全く動じて無かったな。元1年1組の面子に至っては『本音だから仕方ない』の一言で片付けやがった…」

 

 

マ「……それは初耳なんだが、何故か納得だ…」

 

 

セ「そして後者の質問には全く心当たりが無い。あの人のパソコンやスマフォ…ていうか兄貴の辞書にアプリの三文字は無い。むしろ、兄貴の名を騙って旦那がやってる可能性が大きいな……」

 

 

マ「まぁ奴なら『面白い』という理由だけでやりかねないな…」

 

 

セ「だろう?よし終わり、次だ。サクサク行くぞ~」

 

 

 

 

 

 

―――UN.流浪さんからの質問

 

 未来編では明日斗君が受け入れられているとのことですが、のほほんさんの隠された実力を含めての周りの反応(特に最強の千冬と楯無)や学園においての生活。

 

 

 セイス&マドカに質問。

 

 一夏ラバーズの相談や騒動で一番苦労したことがあれば。

 

 

 明日斗君に質問。

 

よくオランジェに憑依されていますが、使い心地の方とオランジェを選ぶ理由。それと一夏やセイスに憑依したことはありますか? あった場合は使い心地も。

 

 

 千冬さんに質問。

 

よく悪口を言われそうになる度に現場におられますが、たまたまでしょうか? それとも束製の何か仕掛けています? それとも第六感(ハイパーセンサー顔負け)?―――

 

 

 

オ「明日斗に対する質問は、大体さっきセイスが言った通りだ。楯無さんは、少しばかりのほほんさんにビビり出してるが千冬さんは何時も通りだよな…?」

 

 

マ「うん?……ま、まぁそうだな…」

 

 

セ「何か歯切れが悪いな……まさか千冬さん、幽霊の類が怖いとか?そんで夜中に一人でトイレに行けなくなったとか言わない…?」

 

 

マ「………。」

 

 

オ「…え?」

 

 

セ「……おい、ちょっと待て。マジなの…?」

 

 

マ「お前ら、そして放送を聴いている全員に告ぐ。今の事は忘れろ、そうしないと………殺される…」

 

 

セ「俺は何も聞いていないし、言ってない」

 

 

オ「俺のログには何も残っていなかった」

 

 

明「だからハロウィンパーティに出るの渋ってたんだ…」

 

 

オ「空気読めよ!!ったく、そんで二人宛の質問だが…そもそも最近は互いに上手くやってるみたいだけど、潜入してたこと暴露した時はどうだったんだ?」

 

 

セ「やっぱりというか……締め上げられた…」

 

 

オ「そりゃあ、な…」

 

 

セ「一応、共闘したからそれなりに信用はして貰えてたんだけどソレはソレ、コレはコレって奴だ。根掘り葉掘り聞かれた後、6人とも自分の黒歴史は絶対に喋るなって釘指された……中には物理的に釘を刺そうとした奴まで居たからな。誰とは言わんが…。何にせよ、今は仲良くさせて貰ってる」

 

 

オ「そうか。それで質問に対しては?」

 

 

セ「未だに進展しない朴念神との恋愛にシビレを切らした俺が本人に彼女らの想いを教えてやろうかと思ったら、ラヴァーズ全員に抹殺されかけた…」

 

 

マ「そして私がそんなアイツらからセヴァスを守るために激闘を繰り広げ、学園が戦場に…」

 

 

オ「……俺が布仏家の用事で来た時に一度だけIS学園が壊滅してた時があって度肝を抜かれたが、それが原因か。どおりで関係者が揃いも揃って苦笑い浮かべるわけだ…」

 

 

セ「余談だが、あれを鎮圧するために学園最高戦力が両方とも動員された…」

 

 

マ「その出来事により、全員が学園最強の恐ろしさを再認識する羽目になったがな…」

 

 

明「折角学園を守りきったのに、自分達の手で壊そうとするからだよ。で、オランジュ君の使い心地はさっき言ったから端折るとして、一夏君とセヴァス君に憑依したかどうかね。一夏君にはしたことないけど、セヴァス君には許可を貰って借りたことはある。ハイスペックなのは良いんだけど、それ故に扱いきれなくてねぇ…」

 

 

オ「なんでセヴァスには許可取って俺には無断で憑依しやるんだよ…!?」

 

 

明「簪ちゃんが許可くれた」

 

 

オ「お嬢おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!?」

 

 

セ「……彼女もノリというものが分かってきたなぁ…」

 

 

マ「楯無みたいな人間の妹に加えあのサイトを立ち上げるくらいだ、素質は元からあったのだろう。そういえば『貧乳はステータス!!の会』の会員を増やすために、また鈴やラウラを交えて何か企んでるらしいが…」

 

 

セ「つっても言っちゃ悪いが、この学園の生徒達って平均的に豊かだからなぁ……難しいんじゃね…?」

 

 

 

 

 

 

―――セヴァス コロス

 

 

―――カクゴ ハ デキテルンダロウナ 

 

 

―――ワタシタチ ノ コワサ ヲ オシエテアゲル 

 

 

 

 

 

セ「……何か今ゾクリと来た…」

 

 

マ「お前、絶対にあの3人を敵に回したぞ…」

 

 

オ「は、ザマァ!!っと、千冬さん宛の質問だが本人不在だし、聴いたところで答えてくれないよな…」

 

 

マ「本人曰く『ただの勘だ』とか言ってたが、実際は単に常日頃から私や一夏をストーキング…もとい気にかけたり、見守ってたりしてるからエンカウント率が高いだけんなんじゃないか?」

 

 

セ「あ、それっぽい。そういえば遠目でお前の事を見てると。、結構な確率で千冬さんの姿が視界に入ってきたわ…」

 

 

オ「それ、マジで?」

 

 

明「ついでに言うと一夏君がラヴァーズの皆とイチャついてる所や、マドカちゃんとセヴァス君がイチャついてる所を見てる時の千冬さんって、もの凄い複雑且つ渋い表情を浮かべてるよ?」

 

 

セ「あぁ、やっぱり。何か視線を感じると思ったよ…」

 

 

マ「ま、それを知った所で自重する気は無いがな」

 

 

オ「はいはい、御馳走様…おっと、流浪さんので最後だな。というわけで、取り敢えず今日の質問コーナーはここまでぇ!!」

 

 

 

 

 

 

☆質問&無茶ブリコーナー・終了!!☆

 

 

 

 

 

オ「一端お疲れ様でした!!今回の質問コーナー、皆さん楽しんで頂けたでしょうか?」

 

 

セ「……やっと終わったか…」

 

 

マ「思ったよりキツかったな…」

 

 

オ「とは言っても、今回はどちらかと言うと質問の矛先の殆どが明日斗に向いたからな。お前ら自身は大して問題無かったろ?…さてと、また休憩を挟んで次のコーナーに行こうかと思うんだが……」

 

 

明「あれ、『すし好き』さんの質問は…?」

 

 

オ「シーッ!!」

 

 

明「…?」

 

 

セ「次の企画って…あ、『突撃!!お隣のコスプレ!!』か」

 

 

マ「確か私とセヴァスの二人で、寮を巡りながら皆の仮装をリポートするんだったな。では、休憩がてら準備でもしにいくか…」

 

 

セ「そうだな。じゃあ、お先に失礼するぞ~」

 

 

オ「おう、また後でな~…………よし、二人とも行ったか…」

 

 

明「……それでオランジュ君、まさか『すし好き』さんの質問に答えれないとか、忘れてたなんて戯言は抜かさないだろうね?前回、愚かにも『白金』さんの質問に答え忘れたなんて暴挙に出たけど…」

 

 

オ「あぁ…その節は誠に申し訳ありませんでした。しかし、今回は断じて違う!!その証拠にホイ!!」

 

 

 

 

―――UN.『すし好き』さんからの質問

 

 

 セイスに質問

 夜、寝ようとしたらベッドの上に女の子が寝ていて目が覚めてパパと呼ばれ、それをマドカに見られたらどうします?

 

 マドカに質問

 上と同じで寝てたのが男の子でママと呼ばれたら、以下上文と同様。

 

 両者に

 目の前にダボダボの服をきたセイス(マドカ)似の子供がいてけがれのない目で見つめてます。この時マドカ(セイス)は居ない。さあ、どうしますか?

 

 

 

 

明「これがそうか…で、何で保留にしたの?普通に面白そうなんだけど……」

 

 

オ「確かに面白そうなんだが、あの二人って昔から互いに悪戯仕掛け合ってばかりじゃん。『意味不明な事態=だいたいコイツのせい』って構図が出来てるかもしれないあの二人に、前半の二つをやったら多分…」

 

 

 

 

 

○セヴァスの場合

 

 

『おい、どっから連れてきやがった。流石に今回のは心臓に悪い…』

 

 

 

○マドカの場合

 

 

『ふむ、お前とはまだ(ピー)した記憶無いんだが…どう思う?』

 

 

 

 

 

オ「て、すぐにお互い悪戯の類かと思ってこうなると思うんだよ…」

 

 

明「成程…しかも最近は絶対的な信頼関係まで築きあげてるからね、一夏君達みたいなドタバタにはならないだろうなぁ……」

 

 

オ「だがしかし!!後者の質問…『相手にそっくりな子供と二人っきり』に加え、『その子供にパパ(ママ)と呼ばれる』の連続攻撃ならば、まだ結果は分からない!!例え悪戯を疑ったところで、肝心の判断材料は穢れ無き純粋無垢な子供のみ!!流石にこれなら、あいつらとてノーリアクションというわけにはいかない筈だ!!そして、そんな状況を俺は奴らに用意した!!」

 

 

明「な、なんて事を考えるんだ君は!?勿論、良い意味で!!」

 

 

オ「つーわけで『すし好き』さん、勝手に質問を企画化しちまってスイマセン。しかし、ただ普通に答えるよりは面白い事になる筈なんで、それで許して頂けると嬉しいです。もしも嫌だった場合、感想かメッセージにて御一報下さいませ…」

 

 

明「あぁ、次回が楽しみだ…!!」

 

 

オ「因みに次回…セヴァスとマドカが現場へと向かう為に抜けた分を、楯無&虚コンビをゲストとして招く予定です。お楽しみに~」

 

 

明「……今、虚ちゃんが来るって言った…?」

 

 

オ「それでは皆様、ここで一端休憩の御時間です。アデュ~♪」

 

 

明「ちょ、オランジュ君!?嘘でしょ、嘘だと言ってよぉ!!」

 

 

 

☆つづく☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虚「ふふふ…遂に……遂に妹を誑かしたあの悪霊と、ゆっくりOHANASHI出来る日が来ました…」

 

 

楯「う、虚ちゃん?顔が怖いわよ…」

 

 

虚「別に本音が誰を好きになろうと本人の勝手ですが、相手が人ならざる者ならば話は別です。そこのところ、じっくり!!しっかり!!きっちりと話し合おうじゃありませんか東明日斗ッ!!」

 

 

楯「……凄い不安…」

 



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IS学園放送部 第二回ファントム・ラジオ ハロウィン企画編

先に言っておきます………誠に申し訳ありません…orz

追記・とんでもない『ルカ違い』をやらかしていたので修正…


オ「さぁて…やってまいりました皆さんお待ちかね、ハロウィン企画!!そして宣言通り、前回この企画の為に席を外したセヴァスとマドカの穴を埋めるべく、明日斗に続いて特別ゲストを更に二人お招き致しました!!御紹介しましょう!!……と、思ったけどメンドイから軽く済ませます。生徒会OBの楯無さんと虚さんで~す」

 

 

楯「ちょっと待ちなさいオランジュ君…」

 

 

オ「はいはい冗談ですから笑顔で蛇腹剣を向けないッ!!」

 

 

楯「まったく……こほん…はぁい皆さんこんにちは、そして現三年生の皆は久しぶり!!元IS学園生徒会長にして学園最強、更識楯無よ!!」

 

 

虚「同じく、元IS学園生徒会書記の布仏虚です。今日はよろしくお願いします。」

 

 

オ「はい、御紹介ありがとうございました。いや、しかし……楯無が簡単に承諾してくれるのは予想してたけど、虚さんまで来てくれるとは思わなかったですよ…」

 

 

楯「そうよねぇ、私も意外だと思ったけど……さっきその理由が分かってゲンナリしたとこよ…」

 

 

虚「何で私に敬語使って御嬢様にはタメ口なんですか…?」

 

 

オ「だって、ねぇ?一応俺の方が年上だし、日ごろの間抜けっぷり見ちゃってるし……虚さん怒ると怖いし…」

 

 

楯「それに所謂アレよ、虚ちゃん」

 

 

虚「アレ…?」

 

 

楯「ほい」

 

 

オ「楯無さんや~い、これラジオだから。視覚的なものは伝わらないから!!えっと今、楯無はいつもの扇子を広げてます。そんで例によって何か書いてあるんですが…」

 

 

虚「『類は友を呼ぶ』…お二人は根本的に同類ですものね……」

 

 

楯「ふふん、そういう事♪……片や日本お抱えの暗部当主!!」

 

 

オ「片や大犯罪組織の盟主候補!!」

 

 

楯「時にシリアスに!!」

 

 

オ「時にコミカルに!!」

 

 

楯「有能さと茶目っ気を備えた私達が…!!」

 

 

オ「意気投合するのは時間の問題だったのだ!!」

 

 

楯「いぇーい♪」

 

 

オ「いぇーい♪」

 

 

虚「……そうでしたね。お互い残念な性格の仲間を持って大変だと、この前セヴァス君と愚痴を零し合ったばかりでした…」

 

 

オ「そういえば、虚さんも楯無とセヴァスの鬼ごっこの一部始終を知ってるんですよね?俺は聞く度に爆笑したり、苦笑したり、失笑したりしたけど虚さんはどうでした?」

 

 

楯「嗚呼、懐かしくも思い出したくない記憶の数々が…」

 

 

虚「私ですか?そうですね…やはり自分が仕える人間が何度も出し抜かれる場面を見るというのは、中々良い気分ではありませんでした」

 

 

楯「虚ちゃん…!!」

 

 

虚「決して『ハッ、日頃の行いが悪いんだよクソ当主www』とか、『学園最強(笑)ザマァwww』などと不謹慎なことは思いませんでしたよ?」

 

 

楯「……虚ちゃん…?」

 

 

虚「あぁ後…『護衛任務とか言って事務仕事を全部押し付けんじゃねぇよ!!』とか、『たまには裏方事情を察しろボケ!!』なんて思いは微塵も抱きませんでしたから……」

 

 

楯「……。」

 

 

オ「……楯無、もしかして虚さん…機嫌悪い?」

 

 

楯「もしかしなくても、そうよ。因みに原因は…」

 

 

虚「時にオランジュ君…」

 

 

オ「はひぃ!?」

 

 

虚「……明日斗さんは何処に居るのですか…?」

 

 

オ「え、えっと…アイツは逃げました……」

 

 

虚「逃げた…?」

 

 

オ「はい、あなたが来ると聴いた途端に透明化して放送室から逃げましたッ!!」

 

 

虚「そうですか…………それで…?」

 

 

オ「へ…?」

 

 

虚「それで…?」

 

 

オ「え…いや、だからココには……」

 

 

虚「それで…?」

 

 

オ「………『何故か放送室から出れない!?』と叫んだ後に透明化して、隅っこで息を殺しながら虚さんをやり過ごそうとしてます…」

 

 

明「ちょっとオランジュ君!?」

 

 

虚「そこに居ましたか…」

 

 

明「ッ!?」

 

 

虚「お久しぶりですね、明日斗さん?いつも妹が御世話になってます…」

 

 

明「は、はい…お久しぶり、です……」

 

 

虚「今日も色々と胡散臭い霊感グッズを集めて周囲に設置してみたのですが、今日は当たりを引いた様ですね。これで貴方と妹のことについて、じっくりお話することが出来そうですね…」

 

 

明「な、なん…だと…?」

 

 

虚「……さぁ、楽しい楽しいOHANASHIの時間です…!!」

 

 

明「た、助けてえええええぇぇぇぇッ!?」

 

 

虚「あ、コラ待ちなさい!!」

 

 

オ「ちょ、二人とも!!ここそんなに広く無いんだから暴れるな!!……駄目だコリャ…」

 

 

楯「暫く机の下に避難しながら、二人だけでやるしか無さそうね…」

 

 

オ「しっかし、何だかんだ言って虚さんも妹を溺愛するタイプだったんだ…」

 

 

楯「私や千冬さん程じゃないけどね。でも、流石に身内が幽霊にゾッコンてのはちょっと…」

 

 

オ「のほほんさんの真実を知った時の虚さん、真っ白に燃え尽きてたしな。それから本人と詳しくお話するべく血眼になって明日斗を追いかけ続け、その閻魔様顔負けの気迫にビビった明日斗は虚さんから逃げ続けた、と……そんで『幽霊を狩る眼鏡悪魔』としてIS学園七不思議の一つに認定されたワケか…」

 

 

楯「それ本人には言っちゃ駄目よ?それこそ冗談抜きで狩られるから…」

 

 

オ「肝に銘じとく。さて前座はここまでにして、そろそろ企画の方に行きましょうか!!本日のメインコーナー、ちょっと遅めのハロウィン企画!!その名も…」

 

 

 

 

 

 

 

☆突撃!!お隣のコスプレ!!+a☆

 

 

 

 

オ「名前で何となく分かるかと思いますが、一応の説明をしましょう。カンペ持った楯無さ~ん」

 

 

楯「はい、ちょっと流行に乗り遅れた感が否めないこの企画。どういうものかと言いますと、前回の放送で現場に向かったセヴァス君とマドカちゃんがIS学園の寮を巡り、皆さんのコスプレをリポートすると言うものです!!私も何か着て来れば良かったな~」

 

 

オ「もしやるとしたら、何にするつもりだった…?」

 

 

楯「水蓮○ルカとか?」

 

 

オ「おいおい、外見的特徴が殆どそのまんまじゃないか…」

 

 

楯「だが…!!」

 

 

オ「それが良い!!」

 

 

楯「さて…いきなりハードル上げちゃった気がするけど、早速行って貰いましょうか!!」

 

 

オ「そうですね。それでは現場のセヴァスさ~ん!!」

 

 

―――中継・東棟

 

 

セ『放送聴いてて思ったが、お前ら本当に仲良いな…おっと、皆さんこんにちは!!現場のセヴァス・六道です!!現在、自分は寮の東棟に居ま~す!!因みに、マドカは西棟だ』

 

 

オ「セヴァスさん、セヴァスさん。そちらは今、どんな感じですか?」

 

 

セ『この企画への参加を承認してくれた人達以外は皆、ハロウィンパーティの本会場である食堂に集まりつつあるから余り人とはすれ違わなかった。まぁ遅れて食堂に向かう可愛い魔物や妖怪に挨拶されたり、ランニング・ベアの恰好にマジでビビられたりはした…』

 

 

楯「そういえばセヴァス君、あの時の恰好してるのね……ぷっ…」

 

 

セ『楯無テメェ、笑いやがったな?……この前、お前の体重が(ピー)Kg増えてた事を広めてやる…』

 

 

楯「ちょ、何で知ってるの!?って、コレって…!!」

 

 

オ「はい、校内放送…つまり全校生徒に聞かれました。ていうか、お前…」

 

 

楯「セヴァスくうううぅぅぅんッ!?」

 

 

セ『はっはっはッ、ザマァ!!とまぁ悪ふざけしてる内に目的地に着いたので、そろそろ話を進めよう』

 

 

オ「えっと、確かお前が最初に突撃する相手は……セシリアか…」

 

 

セ『おう。今俺はイギリス代表候補生、IS学園随一の御嬢様キャラ『セシリア・オルコット』の部屋の前に来ています。既に扉越しから何かしらのオーラ……アレだ、スコールの姉御の部屋と同じ雰囲気がする…』

 

 

楯「つまり、セレブリティオーラが滲み出てると言いたいのね…」

 

 

オ「そういや彼女の部屋、ルームメイトのこと御構い無しで私物を大量に持ち込んで凄い事になってるんだよな。御蔭で盗聴器も隠しカメラも仕掛け放題だったが…」

 

 

楯「確かに彼女の部屋だけは本当にチェックが大変だったわ。逆にラウラちゃんは職業柄、そういうのは自主的にやってくれるから楽だったのよ…」

 

 

セシ『ちょっとお待ちになって!!何か聞き捨てならないことがチラホラと!?』

 

 

セ『あ、出てきた』

 

 

オ「おっとメシマズ代表、こんにちは!!」

 

 

セシ『誰がメシマズ代表ですの!?……うぅ、最初から扱いが碌でも無いですわ…』

 

 

楯「まぁまぁそんなに落ち込まないで、改めて自己紹介でもしちゃいなさいな」

 

 

セシ『…そうですわね。それでは改めまして3年1組、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ。今日はこの企画に誘って頂き、御礼申し上げます』

 

 

セ『はい、どうも。話を混ぜ返すようで悪いが、あれから料理は上達したのか?』

 

 

セシ『とりあえず、不味くないモノは作れるようになりましたのよ…?』

 

 

セ『へぇ、良かったじゃん』

 

 

セシ『……皆さん曰く、美味しくも無いそうですが…』

 

 

セ『……微妙な味ってことか…』

 

 

セシ『簪さんには『シャ○メシ』と称されましたわ…』

 

 

オ「ナイスだ、お嬢www」

 

 

楯「簪ちゃんwww」

 

 

セシ『……セヴァスさん、今からあの二人の元を訪れても構いませんこと…?』

 

 

セ『気持ちは分かるが落ち着け…ところで、その仮装はそれ系を意識してやったのか?』

 

 

セシ『はい?どういう意味ですの?この恰好は妖精のつもりなんですが…』

 

 

セ『………リイ○フォースⅡにしか見えん…』

 

 

オ「あはははははははは!!マジでかッ!?」

 

 

楯「な、中の人ネタねッ!!」

 

 

セ『しかも、しっかりと髪を染めてらっしゃる…』

 

 

オ『ぶわはははははは!!ね、狙ってるとしか思えねぇ!?』

 

 

楯『無意識でやったのだとしたら…セシリアちゃん、恐ろしい子!!』

 

 

セシ『何ですの?リインフ○ースⅡとは?』

 

 

セ『知らぬが仏な気もするが、知りたきゃ簪に訊け。いやしかし、例によって今回も金使ったろコレ…』

 

 

セシ『当然ですわ!!まず服に使った生地ですが、これはかの有名な…』

 

 

セ『はい、というわけで一人目はセシリア・オルコットさんでした!!』

 

 

セシ『ちょっと!?まだ説明の途中でしてよ!!』

 

 

セ『絶対に長くなるから却下!!それでは一旦スタジオにお返しします!!』

 

 

オ「は~い、どうもでした。あぁ可笑し……」

 

 

楯「いやぁ最初がこれだと、残りの皆も期待していいかしら…?」

 

 

オ「そうだな…おっと、そろそろアッチも着いた頃かな?マドカさ~ん」

 

 

―――中継・西棟

 

 

マ『やっとか、待ちくたびれたぞ…?』

 

 

オ「ほい、お待たせしました。そちら西棟の様子はどうですか~?」

 

 

マ『東棟よりはまだ人が残っていたからな…この姉さんそっくりの恰好で、廊下の隅っこで体育座りして暇つぶしてた』

 

 

オ「ぶふぉ!?」

 

 

楯「それはまた随分とシュールな光景ね…」

 

 

マ『10人ぐらい私の前を通ったが、全員私に気付いた瞬間に『ヒィ!?』と小さな悲鳴を上げて逃げて行ったぞ?気配を消していたから、相当近くまで近寄らないと分からなかったみたいだが…』

 

 

オ「アレか、何時の間にか超至近距離にライオンが居たって感覚か…」

 

 

シャ『うわ、本当に居た!?織斑先生、一体どうしたんですか!?』

 

 

マ『あ、シャルロットが来た…』

 

 

オ「シャルロットさああああああああああああぁぁぁぁん!!」

 

 

マ『やかましい!!』

 

 

シャ『……あれ…?』

 

 

ラ『良く見ろシャルロット、コイツは織斑教官では無くてマドカだ』

 

 

マ『おや、ラウラも来たか……って、またとんでもない恰好を…』

 

 

楯「はぁい、二人とも久しぶり~」

 

 

シャ『あ、楯無しさん。御無沙汰しています』

 

 

ラ『……ぬ、あの女狐か。また面倒くさい事にならなければ良いが…それよりもマドカ!!貴様、教官の恰好で何てことをしているんだ!?』

 

 

マ『気にするな、私は気にしない。というか、お前も大概だろうに…』

 

 

ラ『何を言うか!!あと、良い機会だからツーショットで写メ頼む!!』

 

 

マ『オイ…』

 

 

シャ『あ、あはは…』

 

 

オ「どんな状況なのか激しく気になるが、先に自己紹介をヨロ」

 

 

シャ『おっと、ごめんなさい。3年1組、フランス代表候補生のシャルロット・デュノアです。そして…』

 

 

ラ『同じく3年1組、ドイツ代表候補生にして黒兎隊部隊長ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む。』

 

 

オ「はい、どうも~」

 

 

楯「さてさて早速だけど、二人はどんな仮装をしているのかしら…?」

 

 

マ『まずシャルロットなんだが、ピンク色のドレスを着ているな…』

 

 

オ「ほほぅ!!」

 

 

楯「それでそれで…?」

 

 

マ『髪の三つ編みは解いてストレート、頭には小さな王冠……これはもしや…』

 

 

楯「……キノコの国の桃プリンセス…」

 

 

オ「くああああああああッ!!直に見れないのが悔しい!!絶対に普通に着こなしている姿を想像出来るのに悔しいッ!!」

 

 

マ『あぁ、普通に着こなしている。特徴を口に出してやっと気付けた位に違和感なく…』

 

 

シャ『えっと、一応褒められてるのかな…?』

 

 

オ「勿論ですとも!!シャルロットさんならば何を着ても似合う、そう言いたいのですよ!!」

 

 

シャ『あ、ありが…と……』

 

 

ラ『おいオランジュ、引かれてるぞ…』

 

 

オ「もうこの際だ自重しねぇ!!シャルロットさん、俺と結婚を前提に付き合って下さ……」

 

 

マ『明日斗、やれ』

 

 

明「合点承知」

 

 

オ「うわ何をするヤメらーでぃっしゅ!?」

 

 

明「……悪は滅んだ…」

 

 

オ「お、おおぉう…消火器を全力投球とかマジ勘弁……ガクッ…」

 

 

楯「あれ、虚ちゃんは…?」

 

 

虚「こ、ここ…です…」

 

 

楯「あらあら肩で息しちゃって、決着はついたの…?」

 

 

虚「と、とりあえず本音のことは保留ということに決まりました……あくまで保留ですが…!!」

 

 

明「というわけで、やっとこさ僕達も本格参加さ」

 

 

楯「分かったわ。それじゃオランジュ君が気絶してる内に、ラウラちゃんの仮装リポートよろしくねマドカちゃん」

 

 

マ『ふむ、分かった…と言いたいのだが、これは本当に何なんだ?』

 

 

ラ『ふふふ、流石の貴様でもコレは分からないか…』

 

 

マ『いや…私で分からなかったら誰も分からんと思うぞ……』

 

 

ラ『ふん、ならばヒントをくれてやろう。この格好はな……妖怪のひとつだ…』

 

 

マ『うん?黒い着物の上に抹茶色の羽織、腰には鍔の無い刀…こんな妖怪、日本に居たか?』

 

 

ラ『まだ分からないのか?態々越界の瞳にカラーコンタクト付けて両方とも赤目にしてきたのだが……おい、本気と書いてマジで分からないのか…?』

 

 

マ『分からん』

 

 

ラ『なん…だと…?』

 

 

虚「お嬢様、分かりますか…?」

 

 

楯「いや全然。結構マイナーな妖怪なのかしら…」

 

 

明「……僕、分かったかも…」

 

 

楯「え、嘘…!?」

 

 

明「確かに、その妖怪自体はメジャーだと思うけどさ…」

 

 

ラ『明日斗は分かってくれるか!!シャルロットに至っては、これが何の恰好なのか教えても分かってくれなかったのだが、これで少し安心したぞ!!』

 

 

マ『……誰にも分かって貰えない事が微妙に不安だったのか…』

 

 

明「一応訊くけど、ラウラちゃん……それ孫の方でしょ…」

 

 

ラ『おぉ、そうだそうだ!!明日斗は完璧に分かっているな!!ほら見ろシャルロットにマドカ、ちゃんと分かる奴には分かるんだ!!』

 

 

シャ『そ、そうだね…』

 

 

マ『分かったからさっさと教えろ、尺がヤバい』

 

 

ラ『ふふふふふ…ならば教えてやろう、この私のコスプレは……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『ぬらりひょん』だ!!

 

 

 

 

 

マ『……。』

 

 

楯「……。」

 

 

虚「……。」

 

 

シャ『皆が言葉を失った!?』

 

 

ラ『む、どうした…?』

 

 

明「因みにラウラちゃん、ぬらりひょんってどんな妖怪か知ってる…?」

 

 

ラ『ふ、舐めるな、既にリサーチ済みに決まってる。ぬらりひょんとは、その業界では誰もが知る妖怪の総大将…つまりは超大物だ。『畏』の字を背負い、百鬼夜行を率いては夜な夜な街を練り歩き……』

 

 

明「……やっぱりか…」

 

 

楯「典型的なフィクションの弊害の例を見た気がするわ…」

 

 

虚「史実の水戸黄門が、実際は日本巡りしてなかった事を知らないようなものでしょうか…」

 

 

明「いや、その例えは分かりにくい…」

 

 

シャ『ねぇねぇマドカ、本当のぬらりひょんってどんな感じなの…?』

 

 

マ『ちょっと待て、今ググってる……あった、ホレ…』

 

 

シャ『……うわぁ…』

 

 

明「まぁ、漫画の孫の方の外見的特徴はラウラちゃんと似てるからね。意外と悪くないんじゃない?」

 

 

マ『確かに何なのか理解してから見ると、そんなに悪くない気もする…』

 

 

シャ『……お持ち帰りしたい…』

 

 

マ『何か言ったか?』

 

 

シャ『う、ううん!!何も言ってないよ!?』

 

 

ラ『ふふふ、このクオリティならば嫁も教官も誉めてくれるに違いない。そう思わんか?』

 

 

マ『織斑家はマ○ジン派だから知らん。姉さんに至っては漫画やアニメを見てるかすら怪しいんだが…』

 

 

ラ『なぬ…!?』

 

 

シャ『……。』

 

 

楯「ま、まぁ大丈夫でしょ。とにかく、出演ありがとうね~」

 

 

シャ『はい、此方こそありがとう御座いました』

 

 

ラ『マドカはこの後どうするのだ?』

 

 

マ『私か?まだリポートやるから寮巡りを続けるつもりだが…』

 

 

ラ『そうか…まぁ、頑張ってくれ。』

 

 

マ『うむ。では、移動するから一旦スタジオにお返しするぞ』

 

 

楯「はい、御苦労様。引き続きよろしくね~」

 

 

オ「ゲフッ、あぁクソ…直に見たかった……」

 

 

明「あ、起きた」

 

 

虚「さっきの消火器投下で、頭のカボチャが粉砕された上に盛大に出血してますね…」

 

 

楯「充分ホラーな絵になってるわ…」

 

 

オ「うるせぇ、自覚してるわい……それより、そろそろセヴァスの方が次の場所に着いてる頃じゃないか…?」

 

 

楯「おっと、そういえばそうね。それじゃあ繋げてみましょうか、セヴァスく~ん」

 

 

 

―――中継・東棟

 

 

 

セ『はいよ~、こちら東棟のセヴァスだ。しかしラウラの奴、マドカ経由で俺から借りた漫画やゲームの影響受け過ぎだろ…』

 

 

楯「あなたが原因かッ!!」

 

 

セ『い、いやだってなぁ…』

 

 

セシ『あの頃のラウラさんを返して下さいッ!!』

 

 

オ「ありゃ?」

 

 

明「セシリアちゃん、ついて来たの?」

 

 

セシ『当然ですわ。折角の出番だというのに、メシマズと中の人ネタで弄られただけで終わりなんて真っ平御免ですッ!!』

 

 

セ『というわけで、さっきまで一緒にラウラの現在を喜ぶべきか嘆くべきか悩んでたところだ』

 

 

オ「そうか…因みに、次は誰に突撃リポートするんだ……?」

 

 

セ『ツンデレ不遇少女』

 

 

オ「あぁ、まな板チャイナか…」

 

 

鈴『あんたら喧嘩売ってるのかあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?』

 

 

セ『うお、危ねッ!?』

 

 

セシ『あ、扉を蹴破って出てきましたわ…』

 

 

オ「おぉこんばんは、今日も元気で何よりで御座います」

 

 

鈴『やかましいわ!!後でシメに行くから覚悟しておきなさいよ!?』

 

 

明「落ち着いて落ち着いて、とにかく自己紹介を…」

 

 

鈴『全く…3年2組、中国代表候補生の『凰鈴音』よ。一応言っておくけど、さっきこの馬鹿二人が言った事を私に言ったら……一人残らずぶっ飛ばすわよ…?』

 

 

セシ『……あながち間違ってなかった気もしますが…』

 

 

鈴『何か言ったセシリア?ていうか、居たの…?』

 

 

セシ『はい、どうせなので同行させて頂きましたの』

 

 

鈴『ふぅん…』

 

 

セ『会話してるところ悪いが、先に仮装の紹介させろい』

 

 

鈴『あ、ゴメン。じゃあ、好きなだけどうぞ』

 

 

セ『御言葉に甘えましてっと…ふむ、全体的オレンジ色な中華風の服と帽子だな。心なしか袖がのほほんさんの制服並に長いな……』

 

 

セシ『正直な話、ただの民族衣装にしか見えない気がするのですが…』

 

 

鈴『確かにそうだけど……これさえやれば早変わりよ…!!』

 

 

セ『ん?おでこに物々しいお札をペタリ……あ、分かった…!!』

 

 

セシ『それ、キョンシーですわね!!』

 

 

鈴『せ~かい!!』

 

 

虚「さっきと打って変わってメジャーなのが来ましたね」

 

 

楯「そうねぇ、でも似合ってそうじゃない…?」

 

 

セ『お察しの通り、違和感無ぇわ。いや本音を言うと、さっきの3人のインパクトが強烈だったから心配だったんだが……結構、張り合えてたな…』

 

 

鈴『……実はさっきまで放送聴いてて不安だったわ、普通の仮装したの私だけみたいだったから…』

 

 

セシ『私のは普通のカテゴリーに入って無いんですの!?』

 

 

明「不可抗力みたいだけどね…」

 

 

オ「……ところで、やけに静かじゃないか…?」

 

 

楯「え、どこが…?」

 

 

虚「モノの見事に騒ぎまくってるようにしか見えませんが…」

 

 

オ「いや、その3人じゃねぇよ。もう一人居るじゃないか、面白いことになりそうな奴が鈴の部屋に…。そう思ってセヴァスを鈴の場所に向かわせたんだが……」

 

 

楯「あ…」

 

 

セ『……そういえば、鈴…』

 

 

鈴『何…?』

 

 

セ『………………ティナはどうした……?』

 

 

鈴『……放送前半のあんたとマドカの惚気聴いたら、泣いて食堂に走り去ったわよ。今頃お菓子のやけ食いでもしてるんじゃない…?』

 

 

セシ『……ご愁傷様です…』

 

 

セ『何か気まずくなったんでスタジオに返す…』

 

 

明「はいは~い、ご苦労様~」

 

 

楯「何とも言えない雰囲気ね……彼女、まだセヴァス君のこと諦めて無かったの…?」

 

 

オ「おうよ、まだ全然。セヴァスの追っ掛けを纏めて、本格的にアタックしようと思った矢先に二人の恋人宣言があったんだよなぁ。暫く枕を涙で湿らせながら日々を過ごしたらしいけど、それでも諦め切れずに虎視眈眈と機会を窺ってるとか……まぁ、もっとも…」

 

 

セ『俺はマドカ以外の子にはゴメンナサイするつもりなんで』

 

 

オ「御覧の通りだ…」

 

 

明「ふと思い出したけど、虚ちゃんは最近どうなの…?」

 

 

虚「え…な、何がですか?」

 

 

明「五反田君と良い感じになってたじゃん。かれとは今でも仲良くしてるのかい…?」

 

 

虚「そ、そんな事を貴方に教える義理は…」

 

 

楯「関係は概ね良好らしいわよ?」

 

 

虚「お嬢様!?」

 

 

オ「ほほう、そこんとこ詳しく頼む…」

 

 

楯「メールのやり取りは当たり前、五反田食堂で昼食を摂るのは最早日課になりつつあるし、彼のゲーム仲間である本音ちゃんから色々と情報を仕入れようとしてたわね…」

 

 

虚「ちょ、何でそこまで知ってるんですか!?いや、それよりもこれ以上暴露しないでくださ…」

 

 

楯「因みに、彼も虚ちゃんと似たような感じよ…?」

 

 

虚「詳しくお願いします」

 

 

楯「ふふん、良いわよ♪そんなわけでオランジュ君、ちょっとガールズトークしてても良い?」

 

 

オ「構わねぇぞ。ていうか、丁度良いからもう一度だけ休憩挟むか」

 

 

明「あれ、今回は三部構成じゃないの?」

 

 

オ「みなまで言うな」

 

 

明「……つまり、予想を超えるという予想を更に上回る文量になっちゃったのね…」

 

 

オ「そういうこった、本当に申し訳ない…」

 

 

明「まったく、本編を放置しといて何してるんだい…」

 

 

オ「いや、ネタが切れたわけじゃ無いんだぜ?むしろ、書かなきゃいけない話が逆に多くてさ…」

 

 

明「このラジオが終わったらすぐに書けそう?」

 

 

オ「多分……ただ四季の歓喜の奴、マドカのせいでシリアスは避けられないって嘆いていた…」

 

 

明「6巻の内容からすると……あのイベントか…」

 

 

オ「ま、本格的な予告はまた今度するんでその時に。さて次回は、箒と簪のお嬢にも協力して貰ったドッキリ企画に突入しようかと思ってます、御期待下さい。それでは本日3回目の休憩タ~イム!!」

 




そんなわけで次回は延長戦です。早くて今日中、遅くて金曜日までには終わらせたい…

そして本編を進めよう……当分は書きたくなかったシリアスを…


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IS学園放送部 第二回ファントム・ラジオ ドッキリ企画編

ついにファイナル…本当に長くなった……てか疲れた…


 

 

オ「さてさて、遂にこの時間がやって来ました…」

 

 

楯「私達にとって本日のメインイベント…」

 

 

虚「彼らにとっては迷惑も良い所でしょう…」

 

 

明「それでも…仕掛けたいドッキリがあるんだ!!」

 

 

オ「てなわけで始まります、第二回『ファントム・ラジオ』の特別緊急企画!!『ストップ・オブ・ハート、ドッキリ大作戦!!』」

 

 

楯「サブタイは『驚愕…入った部屋に、あの子とそっくりな子供が居たら?』よ!!」

 

 

明「内容の説明をする前に、まずは改めて『すし好き』さんからの質問をどうぞ」

 

 

―――UN.『すし好き』さんからの質問

 

 

 セイスに質問

 夜、寝ようとしたらベッドの上に女の子が寝ていて目が覚めてパパと呼ばれ、それをマドカに見られたらどうします?

 

 マドカに質問

 上と同じで寝てたのが男の子でママと呼ばれたら、以下上文と同様。

 

 両者に

 目の前にダボダボの服をきたセイス(マドカ)似の子供がいてけがれのない目で見つめてます。この時マドカ(セイス)は居ない。さあ、どうしますか?―――

 

 

 

オ「って質問が来たわけだけど、前者の二つはセヴァス達にやると低いリアクションしか期待できないため保留にしたんだが…」

 

 

明「後半だけってのも何だかなぁ、とか思った時に天からお告げがやって来たのさ…」

 

 

 

―――神は言っている、どうせなら両方とも合わせちまえ…

 

 

 

楯「という事情を経て、ハロウィン企画の後半に特別企画としてねじ込んだって訳ね」

 

 

虚「いつもノープランで申し訳ありません…」

 

 

オ「詳しいドッキリ内容はこうだ。明日斗さ~ん、説明ッ!!」

 

 

明「セヴァス君とマドカちゃんは未だにハロウィン企画をやってると思い込んでます。セヴァス君は簪ちゃんに、マドカちゃんは箒ちゃんの部屋にコスプレリポートをしに行くんだけど…」

 

 

オ「現在お嬢も箒も、部屋にはおりません」

 

 

楯「ナ、ナンダッテー!?」

 

 

明「因みに、お二人には協力者として此方に来て頂いてます。かも~ん」

 

 

箒「し、失礼します…」

 

 

簪「こんにちは~」

 

 

オ「へいらっしゃい、お二人さん。ご注文は何にしますか…?」

 

 

箒「アホか、誰もそんなボケには付き合わな…」

 

 

簪「とりあえず、生一つと枝豆」

 

 

箒「簪!?」

 

 

オ「生一つに枝豆入りぁしたぁ!!880円になりやぁす!!」

 

 

簪「代金はお姉ちゃんにツケといて」

 

 

楯「簪ちゃん!?」

 

 

明「あははは、いい具合に影響受けてるね…」

 

 

虚「……明らかに悪い方向へですけど…」

 

 

オ「へいお待ち、生と枝豆でぇす!!追加の御注文は他に…」

 

 

簪「飽きた、もう黙って」

 

 

オ「……はい…」

 

 

一同(((((しっかり飼い馴らしとる!?)))))

 

 

簪「こほん、3年4組で日本代表候補生の『更識簪』です。またの名を『カミカザリ』と…」

 

 

楯「はぁい箒ちゃん自己紹介よろしくッ!!」

 

 

箒「え、まだ簪が何か言っ…」

 

 

楯「いいから早くッ!!続きを聴いたら悲しくなる気しかしないのッ!!」

 

 

簪「……。」

 

 

箒「わ、分かりました…3年1組『篠ノ之箒』だ。不本意ながら、オランジュの口車に乗せられて今日のこれに協力することになった。」

 

 

オ「報酬に『亡国機業限定・ワンサマブロマイド5枚』くれてやるつったら笑顔で承諾したじゃねぇか」

 

 

箒「言うな馬鹿者おおおおぉぉぉぉッ!?」

 

 

簪「……ふ…」←交渉の末、10枚で手を打った人

 

 

明「それはさておき、しっかりとコスプレに身を包んでるところを見るに二人ともパーティには参加するんだね…」

 

 

虚「箒さんも簪様も、良く似合ってますよ?」

 

 

箒「ど、どうも…」

 

 

簪「ありがとう」

 

 

オ「ふぅむ、箒もシャルロット同様に髪を降ろしとる…服装は和服と洋服が混ざったような、それでいてカッコイイの分類に入るコーディネイトだな。しかも例によって日本刀を所持しとる…」

 

 

楯「でも、一番気になるのは…」

 

 

虚「その頭の獣耳は何なんですか…?」

 

 

箒「……正直な話、簪に任せたから私自身はコレが何なのか分からないんだが…」

 

 

簪「因みに、その耳は犬耳…」

 

 

明「ッ!!分かった!!」

 

 

オ「俺も!!さっすがお嬢、分かってるぅ!!」

 

 

簪「~♪」

 

 

楯「え、え?何なの、箒ちゃんは何の恰好してるの…!?」

 

 

明「『何の恰好してるの』と聞かれれば…!!」

 

 

オ「答えてあげるのが世の情け以下略!!」

 

 

明「ズバリ、『ビ○コッティ騎士団所属の自由騎士』にして『オンミツ部隊頭領』…!!」

 

 

オ「大陸最強と名高いフロ○ャルド随一の剣士…!!」

 

 

明「中の人繋がりである事も踏まえて…!!」

 

 

オ「『ブ○オッシュ・ダル○アン卿』と見た!!お嬢、当たってるか…!?」

 

 

簪「正解!!」

 

 

オ「おっしゃあッ!!」

 

 

楯「あぁ~犬の日々かぁ…!!」

 

 

虚「そういえば、本音と一緒に御覧になってましたね…」

 

 

箒「な、何なんだその…ブリオッ○ュなんとかは?アニメなのか?」

 

 

簪「そう。しかも主人公たちの人間関係に、もの凄く私達と近いモノを感じたから思わず見てた…」

 

 

箒「近いモノ?」

 

 

簪「主人公がフラグ建築家」

 

 

箒「……今度、私にも見せてくれそのアニメ…」

 

 

簪「良いよ。ついでに皆で色々と話し合おう…?」

 

 

楯「……頑張ってね簪ちゃん。お姉ちゃん、応援してるから…!!」

 

 

簪「うん、お姉ちゃんも行き遅れないように頑張ってね」

 

 

楯「……。」

 

 

オ「ぎゃはははははッ!!そ、そうだわなぁ…未だにそれっぽい話無いもどごすぎあ!?」

 

 

明「部分展開パンチ……凄く痛そう…」

 

 

楯「ところで、簪ちゃんの仮装は何なの?……ちょっと待って、分かるかも…」

 

 

虚「どこかの学生服にも見えますね…ただ、白いワイシャツに紺のスカートと……ローブ…?」

 

 

楯「あ、分かった!!ゼロ魔の『タ○サ』ね!!」

 

 

簪「ピンポーン」

 

 

楯「やったぁ!!」

 

 

オ「姉妹揃って自分とそっくりなキャラを選択したか…」

 

 

明「ていうか、それの主人公もフラグ建築家だったような…」

 

 

虚「……かなり話が逸れましたが、お二人のコスプレの話もキリが良いのでそろそろ…」

 

 

オ「おっと忘れかけてました…えっとですね、御覧の通りセヴァス達がリポートしに行った部屋の主達はこっちに居ます。そして、その事を知らない二人がそれぞれ部屋の扉を開くとそこには何と……!!」

 

 

明「セヴァス君のとこにはマドカちゃんにそっくりな女の子が、マドカちゃんのとこにはセヴァス君にそっくりな男の子が待ち構えています!!」

 

 

楯「ナ、ナンダッテー!?」

 

 

簪「ナ、ナンダッテー!?」

 

 

箒「わ、私もやるのか?……うぉほん…ナ、ナンダッテー!?」

 

 

明「しかし世界には自分にそっくりな人が3人は居るっていうけど、良く連れて来れたね…」

 

 

オ「先に言っとくが、誘拐なんざしてないからな?ちゃんとやる内容を話して、それなりに御礼もする約束までして親御さん達からOK貰ったんだ。しかも堅気の方々だ、後ろめたいことなんざしてない!!」

 

 

楯「二人のそっくりさん目星つける為に、更識家の情報網使っちゃったけどね、てへッ♪」

 

 

オ「俺も昔のツテを無駄遣いしちゃったけどね、てへッ♪」

 

 

虚「お二人とも、後で話があります…」

 

 

箒「しかし、イマイチどんな状況なのかイメージ出来ないのだが…」

 

 

簪「私も微妙…」

 

 

オ「そう言うと思ったので、ちょいとリハーサル映像を持ってきました。明日斗く~ん」

 

 

明「よっこい、しょ」

 

 

 

―――どこでもモニタ~

 

 

 

虚「いや、ただのアナログテレビじゃないですか…」

 

 

オ「細かいことは良いんですよ。正直言って、これでもしょぼいリアクション取られる可能性があると思ったので別の人に実験台になって貰いました…」

 

 

箒「……実験台、だと…?」

 

 

明「多分聴くよりも見た方が早い。あ、ポチッとな」

 

 

 

 

―――ピッ!!

 

 

 

簪「あ、私の部屋だ……って、ベッドに居るのは…」

 

 

箒「んな…!?」

 

 

虚「あれは…!?」

 

 

オ「どうだ、凄くそっくりだろう…?」

 

 

楯「K県H市にお住いの、彼方利道君(5歳)よ。本当にセヴァス君を幼くしただけの様な容姿をしてるでしょ?初めて見た時は本気でビビったわ…」

 

 

明「御覧の通り、簪ちゃんのルームメイトである本音ちゃんのベッドの上にちょこんと座って貰ってます。そして、マドカちゃん達が入って来た時の反応や様子を見ながらリアルタイムで中継しようというのが今回のドッキリ企画の全容さ!!」

 

 

箒「それは分かったが…この映像に使われた実験台というのは誰だ……?」

 

 

オ「気になる?」

 

 

箒「……何だか嫌な予感しかしないんだ…」

 

 

オ「まぁ、そろそろ出てくると思うから色々と諦めな……っと、言った傍から…」

 

 

簪「あ、誰か入って来た…」

 

 

 

?『な、ななな……なん、なの…!?』

 

 

 

虚「見事に動揺してらっしゃいますね…」

 

 

簪「カメラの死角に居るせいで顔が見えない。学園の制服を着てるのは見えるけど…」

 

 

 

?『も、もしかしなくても……せ、セイス君?いやそんなわけ無いか…』

 

 

 

楯「あら、彼の知り合いなのかしら…?」

 

 

箒「……ん?しかし今の彼を『セイス』と呼ぶ者など、この学園に居たか…?」

 

 

明「衝撃映像…もとい顔が見えるまで5秒前~」

 

 

オ「4、3、2、1…どん!!」

 

 

 

箒「む、赤い瞳…」

 

 

虚「人を食ったような抜け目のない顔…」

 

 

簪「私と同じ色の髪を肩まで伸ばしてる……って…」

 

 

 

 

 

 

楯「何で私が映ってるのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 

 

 

 

T楯『……じゅるり…』

 

 

 

明「うわぁ、チビセヴァ君見て舌なめずりしてる…」

 

 

箒「楯無さん…」

 

 

虚「お嬢様、流石の私でもこの様な性癖は受け入れられません…」

 

 

簪「お姉ちゃん最低…」

 

 

楯「待って、本当に待って!!私こんな事した記憶無いわよ!?ちょっとオランジュ君、どういうことなのかしっかり説明して!!私の評判にダイレクトに影響するからッ!!」

 

 

オ「安心しろお前ら、このVTRの楯無は彼女であって彼女にあらずだ…」

 

 

箒「どういう意味だそれは…」

 

 

 

T楯『お持ち帰り…は、流石に駄目ね。でもこの際だから彼の所に連れて行って、既成事実としてでっち上げれば……うふふふふふふふ…!!』

 

 

 

虚「間違いなく本人ですね。お嬢様、さっさと自首して下さい…」

 

 

楯「だから私じゃないってば!!ていうか今ので私って断定するとかどういう意味よ!?」

 

 

簪「……あ、待って。この頭がお花畑なお姉ちゃんって、もしかして…」

 

 

オ「流石はお嬢、察しが良いな…」

 

 

明「今回も時空を超えて出演して貰いました。『アイ潜IF外伝』のトライアングル編にて絶賛暴走中、恋する乙女は盲目状態を地で逝くハチャメチャ娘、通称『残姉ちゃん』こと『△楯無』です!!」

 

 

楯「……結局は私に変わりないじゃない…」

 

 

オ「いやいや、あっちの楯無はセヴァスに惚れたせいで大事な物事の優先順位が壊われちまってるんだ。完璧超人から一転、清々しい程に残念美人へと成り下がっちまったが……意外と需要はある…」

 

 

明「ぶっちゃけ作者にとっても、本当に予想外だったらしいけどね。だって…」

 

 

 

T楯『嗚呼、彼を抱きしめたらこんな感触なのかしら?……癒されるわぁ…』

 

 

 

虚「思いっきり抱きしめてますね…」

 

 

箒「しかも相手が嫌がらないギリギリにして絶妙な力加減ですね…」

 

 

簪「でも涎は垂らさないでほしかった…」

 

 

楯「もう消してええぇぇ!!彼女と私が別物だったとしても、こんなの見せられるなんてただの拷問よおおおぉぉ!!」

 

 

オ「分かった分かった、だからガチで泣くなッ!!でも最後に肝心のシーンだけ見せろ!!」

 

 

楯「……肝心のシーン…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼6『……ママ…』

 

 

 

T楯『ブ八ッ…!?……もう、何も怖くない…』

 

 

 

 

 

虚「……鼻血吹いて倒れましたね…」

 

 

箒「……そのまま気絶しましたね…」

 

 

簪「だけど、凄く幸せそうな表情…」

 

 

楯「いっそ殺してえええええぇぇぇぇ!!私も画面の向こうに居る彼女も殺してええええぇぇぇッ!!」

 

 

明「うわぁ、羞恥の限界を超えて楯無ちゃんが乱心した!?」

 

 

オ「うわ、落ち着け!!ISを起動させてまで暴れるなあああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

☆暫くお待ちください☆

 

 

 

 

 

虚「頭は冷えましたか…?」

 

 

楯「……なんとか…」

 

 

オ「とりあえず、スマンかった…」

 

 

明「調子乗り過ぎました…」

 

 

楯「もういいわよ…この後のセヴァス君とマドカちゃんの反応見て思いっきり笑ってやるわよ!!私より面白可笑しいザマを嘲笑ってやるわよッ!!」

 

 

箒「楯無さんが壊れた…」

 

 

簪「ううん、これが平常運転だから大丈夫」

 

 

オ「さて前座はここまでにして……本番の時間ですな…」

 

 

明「そろそろセヴァス君が簪ちゃんの部屋に着く頃だね…」

 

 

虚「ところで彼らもさっきの放送を聴いてるのでは…?」

 

 

楯「大丈夫、さっきの部分だけ二人にはダミーの放送流してるから。ラジオに良くありがちなリクエストソングコーナーを延々と聴き続けてる筈よ…」

 

 

箒「何と言う手の込みよう…」

 

 

オ「てなわけで行ってみよう、東棟のセヴァスさ~ん!!」

 

 

 

―――中継・東棟

 

 

 

セ『はいは~い、此方東棟のセヴァスだ。何か随分と待たされた気がするんだが…』

 

 

オ「気のせいだ。んで、次は誰の部屋に突撃するんだ…?」

 

 

セ『3年4組、日本代表候補生の『更識簪』さんの部屋だ。余談だが、最近ラウラが自重しなくなったのは某大尉と俺と彼女が原因だと思う…』

 

 

簪「心外」

 

 

セ『ん?今、簪の声か聴こえたような…』

 

 

オ「気のせいだ。良いから早く行ってこッ(ブツッ)……」

 

 

セ『オランジュ?おい、オランジュ…』

 

 

オ「……。」

 

 

セ『どうした?おい、楯無でも明日斗でも良いから誰か応答しやがれ』

 

 

楯「……。」

 

 

明「……。」

 

 

セ『どうなってんだ?…企画に参加することを承諾して貰った手前、簪に無断で帰るわけにも行かないしなぁ……行くか…』

 

 

 

―――ガチャッ…

 

 

 

オ「よっしゃ、明日斗!!」

 

 

明「スイッチ、オン!!」

 

 

 

 

―――モニタースイッチ・ON

 

 

 

 

 

セ『……ちょっと待てやオイ…』

 

 

オ「くくく、早速動揺してるな…?」

 

 

明「因みにセヴァス君とエンカウントしているのは、A県N市在住の木下紅葉ちゃん(5歳)よ。ご協力ありがとう御座いま~す」

 

 

箒「例によってマドカと瓜二つだな…」

 

 

簪「凄く小さい上に目つきも柔らかいけどね…」

 

 

楯「晒せ晒せ晒せ晒せ晒せ晒せ、無様を晒せぇ…!!」

 

 

虚「お嬢様…」

 

 

オ「さて、どういった反応を見せてくれるのか……いざ、括目…!!」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……。」

 

 

「わぁ、くまさんだ~」

 

 

 

 何時ぶりだろうか、ここまで思考が真っ白になったのは。何せマニアックなコスプレした簪が待ち構えていると思って寮室の扉を開いたら、俺の視界に入って来たのは…

 

 

 

「くまさん、だっこ~」

 

 

「ええぇ…?」

 

 

 

 ダボダボなワイシャツに身を包んだ、随分と舌足らずな幼な子…しかも女の子だった。ロリコンじゃあるまいし、それだけなら別に『何でこんな場所に幼児が?』ぐらいの疑問で済んだんだが…

 

 

―――女の子の顔が、マドカと瓜二つだった…

 

 

 

「ねぇ、だっこ~」

 

 

「あ、あぁ分かった……ほら、おいで…」

 

 

「わ~い♪」

 

 

 

 そう言って女の子はベッドから降り、やや覚束無い足取りで俺に近寄って来た。その姿に思わず癒されて頬が緩んだ気がするが、幸い熊の着ぐるみで隠せた。なんて思ってたら何時の間にか女の子は俺の足元までやって来ていて、そのまま俺の脚に抱き着いていた。咄嗟に視線を向けると、彼女は満面の笑みを浮かべて俺を見上げてきていて…

 

 

 

「えへへ~♪」

 

 

「……。」

 

 

 

―――イカン、何かに目覚めそうだ…

 

 

 

「ねぇねぇ…」

 

 

「あ、えっと…そうか抱っこだったな、ほれ…」

 

 

「わ~」

 

 

 

 そっと抱きかかえてあげると、彼女はキャッキャッと喜び始めた。その姿は俺らの年代…ましてや捻くれ者が多い俺の周りには無い純粋さを感じさせられ、とてつもなく癒されて……何より、それをマドカにそっくりな顔をした子に見せられて…

 

 

 

「あはは!!ありがとう、パパ…!!」

 

 

「……さっき皆にお菓子をたくさん貰ったんだけど、いるかい…?」

 

 

「わ~い、やった~♪パパも一緒に食べよう~?」

 

 

「そう、だね……そうしよう…」

 

 

 

 後でマドカに子供の素晴らしさを翌朝まで語ろう。あと、出来れば子供は息子も良いけど娘も欲しいと言っておこう……うん、それが良い…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

明「……何か、割と微笑ましいモノになっちゃったね…」

 

 

オ「ていうか紅葉ちゃん恐ろしい子ッ!!俺『パパコール』しか指示してねぇぞ!?」

 

 

楯「それってつまり『抱っこ』と『お菓子一緒に~』はアドリブってこと!?」

 

 

虚「いやアドリブ何も、5歳児の素でしょ…」

 

 

箒「それにしても…もの凄く動揺してたのは確かだが、変態行為には走らなかったな……」

 

 

簪「誰かと違って…」

 

 

楯「だから、アレは私じゃ無いんだってばッ!!」

 

 

オ「セヴァスって妙なところで紳士になるからな……誰かと違って…」

 

 

明「潜入時代も極力女子の部屋にはカメラ設置しなかったしね……誰かと違って…」

 

 

虚「少なくとも鼻血は出しませんでしたね……誰かと違って…」

 

 

楯「……泣くわよ…?」

 

 

オ「さてと…割と良いモン見れたが、間髪入れずに次に行ってみようか!!」

 

 

箒「次はマドカか…」

 

 

明「因みに、既に音信不通状態にしといたからもう突撃してるんじゃない?」

 

 

オ「んじゃ早速、モニター切り替え!!」

 

 

明「合点承知!!」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……。」

 

 

「……。」

 

 

 

 あ、ありのままに起こった事を話すぞ…私はラジオの企画でバイオレンスモッピーの部屋へと訪れたんだ。中途半端に控えめな性格故に絶妙なコスプレチョイスをしたであろうアイツを弄って弄り倒す気満々だったんだ。

 

 だけど扉を開けてみてビックリだ。私を待ってたのは巨乳撫子では無く、随分と何かをそそられる格好をしたショタだった!!

 

 自分でも何を言ってるんだか訳が分からなくなってくるが取り敢えず…

 

 

 

「写メに撮って待受画面にしよう…」

 

 

「…?」

 

 

「ほら怖くないぞ~笑え笑え~~」

 

 

「……。(ニコッ」

 

 

「激写!!」

 

 

 

―――パシャッ!!

 

 

 

「うむ、良いのが撮れた……よし、次は何かポーズを取ってくれないか…?」

 

 

「……こう…?」

 

 

「ん、ピースか…シンプルで良い。激写その2!!」

 

 

 

―――パシャッ!!

 

 

 

 嗚呼…良く見れば見るほど、セヴァスにそっくりだ。初めて会った時のセヴァスはもうちょっと年齢が上だったから、完全に幼子の頃の姿は見た事が無かった…そもそもセヴァスがこの子の年の頃は確か、最もアイツが苦しい思いをした時期だった筈だ。こんなにも穢れと歪みの無い、真っ直ぐで綺麗な目は出来ていなかったろう……

 

 つまりアルバムを引っくり返そうが、過去に遡ろうが、こんなにも純粋な笑顔を浮かべる子供セヴァスを見ることは出来ないのだ…

 

 

 

「なぁ、君…」

 

 

「……?」

 

 

「もう一枚撮って良いか?それも、とびきりの笑顔で……ほら、お菓子あげるから…」

 

 

「……。(超ニッコリ)」

 

 

「激写その3!!」

 

 

 

 

―――ピロピロリン♪

 

 

 

 

 本当に、本当に良い写真が撮れた…これは永久保存確定だな。後でしっかりと整理しておかねば……

 

 

 

「ありがとうな。さて、お礼にお菓子をあげよう…」

 

 

「~♪」

 

 

 

 口数は少ないが、その分表情が豊かだ。セヴァスも普通の家に産まれ、普通の家族に育てられたのならこんな風になったのだろうか?でも、そうなると私はアイツと出会なかったかもしれないしなぁ…

 

 

 

「隙ありッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

「わぁ…!?」

 

 

 

 なんてことを思ってた矢先、突如として私に向けられた殺気。咄嗟にその場を飛び退いたのとほぼ同時に人影が背後から飛び出し、目の前に居たチビセヴァを引っ掴んで私から距離を取るようにしながら部屋のベッドの上に仁王立ちしていた。さり気無くソイツの腕にはチビセヴァが抱きかかえられており、彼は混乱して目を白黒させていたが…

 

 

 

「ふふふふふふ!!貴方たちの惚気を聴かされる度に涙すること早数か月…ついに私の時代が来たぁ!!」

 

 

「……何だ、負犬|〈ティナ〉か…」

 

 

「よぉし表出てツラ貸せ…!!」

 

 

 

 私の前からチビセヴァを掻っ攫い、B級映画の悪役ばりの表情を浮かべていたのは、鈴のルームメイトであり私の恋敵だった“らしい”『ティナ・ハミルトン』だった。らしいとは、ぶっちゃけ私がセヴァスと恋人宣言するまで彼女のセヴァスに対する恋心を知らなかったからだ…。

 

 鈴からその後も彼女がセヴァスを諦めきれてないという事は聴いていたが、はたして…

 

 

 

「まぁ良いわ…皆が楽しんでるところ悪いけど、このドッキリ企画は利用させて貰ったわ!!」

 

 

「……やっぱりドッキリか…」

 

 

 

 オランジュと楯無が絡んでる時点で何かあるとは思ってたが、案の定か…。しかし、便乗とはどういう意味なのだろうか?

 

 

 

「ドッキリ企画の説明を聴いた時、私は喜びに震えた……六道君にそっくりな子が出るなんて、と…!!」

 

 

「それがどうしたんだ…?」

 

 

「本当に不本意だけど、最早私にあなたと六道君の間に入り込む余地は無いって認めるわ。精々爆発しろこのリア充共ッ!!」

 

 

「ガチ泣きしながら言うな…」

 

 

「グスッ…だけど、彼の事を諦めきれない自分が居るのも事実。せめてこの荒ぶる気持ちを抑えてくれる何かが欲しい……そんな時に耳にしたのが今回の放送よ、そして私は思った!!」

 

 

「おいおい、まさかと思うがお前…」

 

 

「六道君が駄目なら、そっくりな子で我慢すれば良いじゃない!!この子は私が連れて行く!!」

 

 

 

 冗談…では無さそうだ、目が本気である。しかしドッキリと言うからには、この子は一般人か何かで親もその辺で待機中だろう。幾らオランジュが阿呆でも、どこからか拉致するような真似はしない筈だ。

 

 にも関わらず、仮にも国防の一角を担う重要組織に身を置く者が堂々と誘拐宣言して良いのか…?

 

 

 

「隠蔽なんて、うちじゃ日常茶飯事だもん!!」

 

 

「オイ…」

 

 

 

 駄目だコイツ…理性を半ば捨ててしまってる。それを肌で感じ取ったのか、彼女の腕に収まったチビセヴァの表情に恐怖の色が浮かんでおり今にも泣きそうだ。この状況が続くと、この場に居る誰にとっても都合の悪い展開にしかならない。けれど今のティナが何を仕出かすか分からない以上、ここは慎重に動きを窺わねば…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けて、ママ…!!」

 

 

 

 

 

 

―――反射的に電光石火の動きでティナの顔面に膝蹴りを叩き込み、彼を救出したのは仕方の無かったことだと思う…

 

 

 

「おっと…!!」

 

 

「わ…」

 

 

 ティナは声を出す暇もなく吹っ飛び、その衝撃でチビセヴァは少しだけ宙を舞った。けれどもすぐさま私がしっかりと、それでいて優しく受け止めた。状況があれだったので必然的に御姫様抱っこの形になってしまったが……チビセヴァは驚いてはいるものの、私を怖がっては無さそうなので良しとしよう…

 

 

 

「グフッ…た、例え私が倒れようとも……第二、第三の私が必ず…」

 

 

「滅べ」

 

 

「ぎゃふん…!!」

 

 

 

 吹っ飛んで床に転がってたティナがまだ何か呟いていたので、これ以上何かやらかす前に昏倒させてトドメをさした。それと同時に、いきなり現れた怖い人が沈黙した御蔭で緊張の糸が切れたのか腕にすっぽり収まってたチビセヴァがぐずり出し…

 

 

「ひっく、うえぇぇえぇぇぇん…!!」

 

 

「あぁもう、泣くな。怖いのは居なくなったから…」

 

 

「かえりたい…ママのとこかえりたい……!!」

 

 

「分かった分かった、ママの所に連れて行ってやるから泣くのを止めろ…」

 

 

「……ほんと…?」

 

 

「本当だ。だからホラ、もう泣くな…」

 

 

「……うん、分かったよお姉ちゃん…」

 

 

「よし、良い子だ…」

 

 

 

 『お姉ちゃん』か…さっきの『助けてママ』は私にじゃなく、この子自身の親に向けたものだったようだ……本音を言うとママと呼ばれてちょっと嬉しかった分、少し残念だ…。

 

 

 

「ま、いっか…」

 

 

「どうしたの…?」

 

 

「いや、何でもない。さ、行こうか…」

 

 

 

 そう言って私は彼と手を繋ぎ、物言わぬ阿呆を放置して部屋を出た。繋いだ彼の小さな手には、何とも言えぬ温かさを感じさせられ自然と頬が緩む…

 

 なぁセヴァス、気が早いと言われるかもしれんが……1人目は男の子が良いと思う…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

オ「お嬢、箒さん…誘拐未遂の容疑で彼女の確保をお願いします……」

 

 

簪「分かった…」

 

 

箒「承知した、行ってくる…」

 

 

明「行ってらっしゃ~い」

 

 

楯「最後の最後で何をしてるのよ、あの子は…」

 

 

虚「トライアングル編のお嬢様の末路の様にも見えましたが…?」

 

 

楯「いやいやいやいや、幾ら何でもあそこまで見境無くやったりはしないわよ!?」

 

 

オ「その真偽は今後のトライアングル編次第だな。さて、思わぬトラブルが発生したがこれで終了だ」

 

 

明「写真を撮ったりはしてたけど、そんなに動揺はしてなかったね。セヴァス君と同様、最後はまた微笑ましいものを見せてくれたけど…」

 

 

虚「冷静(?)に携帯を取り出して、普通に写真撮ってましたからね。割と早く『ただのそっくりな子供』として扱いだしてましたし…」

 

 

楯「……やっぱり変態はアッチの私とティナちゃんだけなのね…」

 

 

明「そう落ち込ないの、近い内に良い事あるから……多分…」

 

 

オ「何はともあれ、これにて本日のメインイベント『ドッキリ大作戦!!』は終了です!!御視聴、ありがとうございました!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

☆予告&エンディングコーナー☆

 

 

 

オ「それではここで軽く『アイ潜シリーズ』の今後を予告しておきましょう。まず本編の方ですが、暫くはそっちを集中する予定です。外伝の方はもしかしたら、にじファンで最後に投稿した学園編アフターを転載するかもしれませんが、新作は当分休憩です。」

 

 

明「前回書くって言った『貧乳は~第二弾』はやっと話の構成が出来たのだけど、長らく放置しといた本編を優先することにしたらしいよ?……いつもこんな調子で大変申し訳ないです…」

 

 

オ「現在の時系列は本編の原作6巻…亡国機業の襲撃に加え、マドカがアレをやった時期だ。セヴァスは彼女の行動に対してどう動くのか、それが見所になるかと思われます……」

 

 

明「既に彼がどういう背景と事情で、どんな行動を取るかは決まってます。どんな事になるか楽しみに待ってて下さいね~♪」

 

 

オ「さて…こんな感じで終始騒々しく、盛り上がって来た『第二回ファントム・ラジオ』ですが、そろそろお別れの時間で御座います。皆様、今日は楽しんで頂けましたか?」

 

 

明「いやぁ、思いのほか長くなったけど退屈はしなかったよ」

 

 

虚「空白・改行抜きで一万字超えましたけどね…」

 

 

楯「でも楽しいことには変わりなかったから、また機会があったら呼んで欲しいわぁ♪」

 

 

オ「その時はまた活動報告でアンケート取りますが、その時はまた喜んでお招き致しましょう。そんなわけで皆様、本当に予想以上に長くなってしまいましたがこれにて終了です。重ね重ね、御視聴ありがとう御座いました!!それでは、アデュ~♪」

 

 

 

 

☆出演者一覧☆

 

 

 

―――メインパーソナリティ―――

 

・オランジュ

 

・セヴァス・六道

 

・織斑マドカ

 

 

 

―――ゲスト―――

 

・東明日斗

 

・更識楯無

 

・布仏虚

 

・セシリア・オルコット

 

・シャルロット・デュノア

 

・ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

・凰鈴音

 

・篠ノ之箒

 

・更識簪

 

・更識楯無(トライアングル編)

 

 

 

―――企画協力―――

 

・彼方利道

 

・木下紅葉

 

 

 

―――逮捕者―――

 

・ティナ・ハミルトン

 

 

 

 

☆御視聴、ありがとう御座いました☆

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「やれやれ、前回と比べて圧倒的に疲れたな…」

 

 

「同感だ…」

 

 

 ラジオ企画が終わった俺達はパーティ本会場である食堂に来ていた。皆ラジオに夢中だったようで、本格的に始まったのは遂さっきだったらしい。

 

 

 

「お~い、マドカ」

 

 

「ラウラか、どうした…?」

 

 

「約束の品を持ってきたぞ…」

 

 

 

 そう言ってやって来たぬらりひょんの孫…もといラウラは、俺らが着いていたテーブルにドドンと何かを置いた。良く見るとそれは、かなり分厚いアルバムだ。

 

 

 

「何だこれ…?」

 

 

「ふふふ…これはな、織斑教官がドイツに居た頃の写真集だ!!」

 

 

「へぇ、千冬姉のか…!!」

 

 

 

 何時の間にか俺達のテーブルには人だかりが出来ており、最もそれに興味を持った一夏が最初に口を開いた。ぶっちゃけ、ここに居る全員が気になってると思うが…

 

 

 

「で、約束のモノは…?」

 

 

「抜かりは無い。ホレ、苦労したぞ…?」

 

 

 

 言うや否やマドカは何処から出したのか、複数のノートをテーブルに広げた。その数は相当のものであり、全て重ねたらこのアルバムに匹敵する厚さがあるのでは無かろうか?なんて考えながら何の気無しに一冊手に取ってみる…

 

 

 

―――そして表紙を見た瞬間、戦慄した…

 

 

 

「おぉ、これか!!よし、商談成立だ!!」

 

 

「えっと、何々……『ちーちゃんの絵日記☆第26号』…」

 

 

「「「「「「「「……は…?」」」」」」」」

 

 

 

 集まってた全員が同じ反応を示した。ここに居る者達の大半は、既に互いが何に興味を持つのか把握しているつもりだ。その対象がラウラであっても、最早例外では無い。故に皆、すぐに理解してしまった…

 

 

―――ラウラが興味を持つモノ

 

 

―――マドカが手に入れれるモノ

 

 

―――それでいて名前に『ち』の字がある人

 

 

 

「も、もしかしなくても…」

 

 

「この日記って…」

 

 

「……千冬姉の、なのか…?」

 

 

「「無論(キリッ」」

 

 

 

 二人してドヤ顔しながらハモりやがった。同時に俺は背中に凄まじい悪寒が走った為、すぐさま食堂から逃げ出した。故にここから先は遠くから耳にした会話だけで状況を予測して欲しい…

 

 

 

「千冬さんって、日記つけてたんだ…」

 

 

「でも、まさか全部ピンク色で同じタイトルだなんて…」

 

 

「全くもって予想外過ぎますわ…」

 

 

「一夏、ちょっと読んでみて…」

 

 

「俺か?わ、分かった…えっと何々……○月21日…」

 

 

 

 

 

『今日も今日とて、一夏はいつもの6人に囲まれて騒がしく過ごしている。幾ら去年が激動続きだったせいでノーカンになるとは云え、既に3年目だぞ?いい加減にアイツらの気持ちに気付いてやれ!!

 

 だがまぁ、何だ…そのまま誰の好意にも気付かず、私と一緒に居たいと言い続けてくれるのであれば嬉しくなくも無い……いや前言撤回、やっぱりそれじゃ人として駄目だから今の無し…。

 

 しかし、一夏が居なくなると部屋どころか家がゴミ屋敷になるんだよなぁ…』

 

 

 

 

「……千冬姉ェ…」

 

 

「あ、あははは……前半はヒヤッとしたけど、最後ので全部吹っ飛んじゃった…」

 

 

「つ、次行ってみましょう…!!」

 

 

「そそそ、そうだね…!!」 

 

 

「うえぇ!?やめとこうぜ、絶対に誰も幸せになれねぇよこんなの!!ていうか俺が恥ずかしい!!」

 

 

「じゃあ、私が読む」

 

 

「マドカ!?」

 

 

「どれどれ、×月4日…」

 

 

 

『最近、マドカの口から六道の話しか出てこない。ヒマさえあれば惚気る、イチャつく、ピンクオーラを出す。正直羨ましいったらありゃしない…

 

 昔は一夏に『お前が一人前になるまで~』とか言ったが、ぶっちゃけアイツが一人前になる頃って完全に私の婚期は終わってるのでは無いだろうか?

 

 だが、現実は世知辛い。世界最強だの何だの言われてるせいか、まともな男が寄って来ない。男のファンは居なくも無いが、私のファン層は圧倒的に女子の方が多い……泣ける…

 

 どこかに私にとっての運命の相手は居ないだろうか?もういっそ、山田先生の言ってたようにバーのマスターにアプローチしてみようか…』

 

 

 

「……この日記持ち出しといて何だが、姉さんェ…」

 

 

「やばい、これ以上は本当にヤバい……もう止めようぜ本当に…!!」

 

 

「だが断る!!せめて後一日分だけ…!!」

 

 

「ラウラ、よせええええぇぇぇぇぇ!!」

 

 

「止めるな一夏、女には…女にはやらねばならぬ時があるのだ!!というわけで△月14日…」

 

 

 

 

 

『本気で悲しくなってきた…世界最強だ、ブリュンヒルデだ何だ言われている私だが苦手なモノがある。それの事を思い浮かべるといい年して一人でトイレに行くことも困難「その辺にしておけよ、小娘…」』

 

 

 

「む?今何か聴こえたような…」

 

 

「あ、あ……ああぁ…」

 

 

「ら、ラウラ後ろ…」

 

 

「え…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしてるんだお前らあああああああああああああああああああああああぁぁああぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

「「「「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!?」」」」」」

 

 

 

 

―――そこから先は恐ろしい怒号と悲鳴、そして衝撃と爆発音しか聞こえてこなかった…

 

 

 

 翌日…あの場に居た者は全員授業を欠席する羽目になり、特に元凶となったラウラとマドカは一日中医務室で過ごすことになったそうな……

 

 

 

☆終わり☆




予告通り、次回から本編に本腰入れます。御期待下さい~


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にじファンで最後に投稿した奴

正式名称『IF未来 学園編 アフター』。変態Tさんの原点でもあります…(笑)

因みに、『続・学園編』は、臨海実習を舞台にしようかと思ってます。本編が最近アレな分、ギャグとラブを増加させて御提供する予定です。御期待下さいませ~




 

「諸君、準備はいいか…?」

 

 

「「「「応…!!」」」」

 

 

 

 何やら物々しい雰囲気を醸し出す数人の女子達…場所は皆様お察しの通りIS学園。そこのとある人物が寝泊まりしている寮の一室の手前に、彼女達は集合していた。

 

 今日は平日なので全員学園の制服姿だが、その空気はまるで今から超難関任務に挑む戦士達さながらであった…。

 

 

 

「参謀!!」

 

 

「ハッ!!現在、ターゲットは昨日の疲れを癒す為に就寝中。しかし、そろそろ勤務時間の都合で起床する筈であります!!いかがなさいますか隊長?」

 

 

「ふ…そんなの決まってるわ……」

 

 

 

 隊長と呼ばれた少女…ティナ・ハミルトンは自身の金髪をパサッと靡かせながら宣言した…。

 

 

 

「セヴァス君が部屋を出た瞬間に全員で同時にアタック&アプローチ!!うち(アメリカ)の十八番である物量作戦でいくわよ!!」

 

 

「「「「「イエッサー!!」」」」」

 

 

 彼女の指揮の元、IS学園の人知れず誕生した『六道様を愛し隊』のメンバー達のテンションは上昇する一方である。先程から全員で廊下の曲がり角からこっそり窺っているセヴァスの部屋…そこからもうすぐ出てくるであろう彼を朝食に誘うべく、彼女達はその瞬間を待ち続けた……そして…。

 

 

 

―――ガチャ…

 

 

 

「ッ!!隊長…!!」

 

 

「総員、突撃準備!!」

 

 

「「「イエッサー!!」」」

 

 

 

 廊下にゆっくりと響くドアが開かれる音…それを聴いた瞬間にティナ達は臨戦態勢に入る。セヴァスにかける言葉は既に決めてあるので、後は全員で一斉に突撃するだけ。それらの要因と肩を並べし自分の同類達を勇気の源に、彼女たちは廊下に飛び出た…。

 

 

 

「「「「「六道君、皆と一緒に朝ご飯食べに行こッ!!」」」」」

 

 

 

 朝早くから寮中に響いた彼女たちの声…寮長である魔王が青筋を眉間に浮かべたかもしれないが、彼女たちはお構いなしである。朝っぱらから、それも廊下に出た瞬間に多数の女子達に声を掛けられれば否が応でも思考がフリーズするかもしれないが、ティナ達『六道様を愛し隊』を前にしたその人物はいきなりの事と朝特有の眠気のせいでキョトンとしていた…。

 

 が、それはティナ達も同じだった。何せ部屋から出てきたのは、彼女たちにとっても色々と予想外な姿だったのだから。部屋から出てきたのは無地でシンプルな寝間着に身を包み、これまた無地…だけど随分フカフカな枕を抱きかかえ、欠伸をしながら眠そうに片眼を擦る…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何だ、お前らは…?」

 

 

 

―――『織斑マドカ』が立っていたのだから…

 

 

 

 

「…ゑ?」

 

 

 

 ティナ達が激しく混乱したのは言うまでもない。何せ、自分達が張り込んでいた部屋は確かにセヴァスの部屋…にも関わらず、出てきたのは彼では無くマドカである……しかも何故かパジャマ姿…。

 

 思わず、部屋を間違えていたという間抜けなオチを想像してしまったが、その心配はこの時ばかりは悪い事に外れた…。

 

 

 

「マドカ、ゲーム機忘れてんぞ」

 

 

「ん~?あぁ、すまん…」

 

 

 

 という言葉と共に、彼女たちのお目当ての人物であり部屋の本来の主であるセヴァスが出てきた…

 

 

 

「ったく…だから夜更かしは程々にしとけっつったのに……」

 

 

「うぅん……むにゃ…」

 

 

「ほら、さっさと着替えてこい。先に共用キッチン借りに行って待ってるぞ…?」

 

 

「ん~……」

 

 

「おい?」

 

 

「……眠い…」

 

 

「しょうがねぇな…」

 

 

 

 マドカの言葉に苦笑いを浮かべるセヴァスだったが、ティナ達にはその苦笑いが幸せそうな微笑みに見えた。何かこう…日頃の日常に対する幸福感を噛みしめる様な……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……デコでいいから、おはようのキスを頼む…」

 

 

「ん、良いぞ」

 

 

「「「「「「ちょっと待てええぇぇ!?」」」」」

 

 

 

 完全に蚊帳の外になっていたティナ達だったが、流石にこのマドカの爆弾発言とそれをあっさり承諾した彼を無視する事はできなかった。この叫びにより、ようやくセヴァスは彼女たちの存在に気付く…

 

 

 

「あれ?ティナじゃん…って、何してるんだお前ら?」

 

 

「え、あ…その、え~っと……」

 

 

 まさか朝から貴方の事を朝食に誘うために待ち伏せしてましたなんて言えず、言葉に詰まるティナ。それ依然に、マドカの出現と彼に名前を呼ばれたことによって冷静さがどんどん無くなっていった…。

 

 

―――だが、そんな彼女にとって絶望的な光景が…

 

 

 

 

 

「セヴァス…」

 

 

「ん?どうし……むぐッ…」

 

 

「「「「「ッーーーーーーーーーーーーーーー!!?」」」」」」

 

 

 

―――彼女たちの目の前で、マドカがセヴァスのにキスをした…

 

 

 

 マドカの突然の行動に流石のセヴァスも戸惑ったが、それはほんの僅かな間だけ。それほどディープなものでも無かったのかすぐに合わせた唇を放し、マドカは満足そうな表情を浮かべた。セヴァスもセヴァスで満更でもなさなそうである……むしろ、彼女と同じようにどこか嬉しそうだ…

 

 

 

「……額じゃなかったのか…?」

 

 

「気が変わった…と、いう事にしといてくれ。御蔭で目が覚めたしな…」

 

 

 

 それじゃ、また後でな…とだけ言い残し、マドカはさっさと自分の部屋へと帰っていった。セヴァスも先程の会話にあったように、彼女と待ち合わせをしている為か準備をしに部屋へと戻って行った。思考が完全にフリーズして石像の如く固まった『六道様を愛し隊』を放置して…。

 

 

 

「……隊長…」

 

 

「お、おおおお落ち着きなさい参謀!!これは何かの間違い…いいえ、悪い夢よ!!今すぐそこの窓から飛び降りれば何もかも元通りになるわ…!!」

 

 

「やめれこの馬鹿ッ!!」

 

 

「へぶッ!?」

 

 

 

 何の躊躇いもなく、言った事を今まさに有言実行しようとしたティナを誰かが全力で止めに入った。窓から半ば乗り出し気味だった彼女はその誰かに強引に引きづり降ろされ、床に後頭部を強打して女子にあるまじき声を出してしまった…。

 

 

 

「何か朝から騒がしいと思ったら、やっぱりあんた達か!!セヴァスのファンクラブだか何だか知らないけど、周りに迷惑掛けない程度にしてよね!?」

 

 

「それだけは、あなた達に、言われたくないわよ、鈴ッ!!」

 

 

 

 ルームメイトという名の腐れ縁の元、顔馴染みである『凰鈴音』の棚上げ発言に思わず即座に立ち上がったティナ。頭にタンコブができてるが、それだけの元気があれば大丈夫だろう…。

 

 

 

「三年間なんの進展もしないあなた達以上にこっちは必死なのよ!!邪魔すると馬に蹴らすわよ!?」

 

 

「ほっといてよ!!そして邪魔する気は……ないけど、強制終了させるかも…」

 

 

「え?」

 

 

 もの凄い気まずそうにする鈴の姿に思わず言い知れぬ不安感に襲われるティナだったが、不安半分興味半分だったため鈴を制止することを躊躇ってしまった。それが間違いだったかもしれない…。

 

 

 

「あたし達はセヴァス達に直接聞いたから知ったんだけど、昨日あの二人……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――恋人宣言したわよ…

 

 

 

 

 その瞬間、ティナの中で何かがガラガラと音を立てながら崩れ去った…

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「何か手伝うか?」

 

 

「ん~?じゃあ、そこの塩を…」

 

 

「ほれ」

 

 

「すまん」

 

 

 

 一部の生徒達がよく利用する共用キッチンにまな板を包丁で叩いたり、フライパンで何かを焼いたりと手慣れた雰囲気を感じさせる作業音が心地よく響く。それらの音の発生源は、女子生徒ではなく事務員の少年とその彼女である…

 

 

 

「マドカって料理出来たんだな」

 

 

「実はブッツケ本番だったりするんだが…」

 

 

「マジでか…!?」

 

 

 

 それはそれでその場に居た女子達のプライドを傷つけたのだが、それ以上に衝撃的だったのは二人の距離が急激に縮まっている事である。

 

 つい昨日オランジュによって二人の関係を聴かされたセヴァスに好意を寄せる者達は危機感を感じ、急遽その日の内に集合して対抗策を練ることになったのだが……結果は御覧の通り、全て手遅れだったようだ…。

 

 

 

「よし、出来た!!」

 

 

「お~!!美味そうだな……見た目は…」

 

 

「ゲテモノメーカーと一緒にするな」

 

 

「聴こえてますわよ…!?」

 

 

 

 突然会話に割り込んできたのややトーンの高い声…何時の間にかやって来た、共用キッチン常連使用者セシリアの声が響く。

 

 

 

「というかマドカさん!!いい加減その呼び方やめてくれませんこと!?」

 

 

「そういう事は、せめて自分で作ったモノを自分で完食できるようになってから言うんだな」

 

 

「GAHAッ!?☆」 

 

 

 

―――英国代表候補性・撃沈…

 

 

 

「それにお前と違ってちゃんと味見したし、何より一夏特製のレシピを借りてきたんだ。失敗なんぞせん!!」

 

 

 オタマ片手に腕を組みながら言い切ったマドカが、何故か千冬に重なって見えてしまった…。

 

 

「あれ?マドカ、結局使ったのか…」

 

 

「ッ!?い、一夏!?」

 

 

「いやぁ必要ないの一点張りだったし、捨てようかと思ったら何時の間にか消えてたからどうしたのかと思ってたんだけど…。そうか、使ってくれたのか」

 

 

「え、あの…いや……」

 

 

 

 丁度ラヴァーズに連れて来られる形で現れた一夏と、彼による思いもよらないカミングアウトに狼狽えまくるマドカ。嗚呼、千冬さんに重なって見えたのは……ツンデレの部分か…

 

 

 

「どれどれ、俺が味見してやるよ」

 

 

「ッ!?ちょっと、待ッ……!!」

 

 

 

 いつもの調子でいつもの行動…その場に居た全員が『いくら何でもそれはダメだろ!?』的な視線を送るが本人はまるで気付かない。そして、マドカの手からヒョイっとオタマを取るとそのまま鍋に…。

 

 

 

 

 

 

 

―――クワーンッ!!

 

 

 

「痛ぇ!?」

 

 

「おいコラそこのKY…」

 

 

「な、何するんだよセヴァス…?」

 

 

 

 空気を読まずにマドカ特製味噌汁の味見を敢行しようとした一夏を、セヴァスによるフライパンの一撃が阻止した。当然ながら一夏は不満を漏らすが、セヴァスは冷めた視線でそれを受け流す…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくらお前でも、彼女の手料理の一口目は譲らねぇ!!」

 

 

「あ…わりぃマドカ、俺なにも考えてなかったわ……」

 

 

「……分かればいい…」 

 

 

 

 セヴァスの力説に一瞬だけ呆気にとられた一夏だったが、すぐにその意味を理解…というか思い出して慌てて謝罪する。その3人のやり取りにより、その場に居た女子達が興味津々な態度を見せながらヒソヒソと彼らの関係について情報交換及び事実確認を始めたが……今は無視しよう… 

 

 

 

「さてと…んじゃ、味見一号行かせて貰おうか?」

 

 

「ドンと来い!!」

 

 

 

 オタマで掬った一口分を小皿に乗せ、セヴァスはクイッと一息に飲みこんだ。そして…

 

 

 

「美味ッ!!」

 

 

「ほ、本当か!?」

 

 

「当然ッ!!」

 

 

「そうかそうか!!ふははははは!!」

 

 

 

 二人のやり取りを言い表すならば、新婚バカップル…それ以外の事を、誰も思いつかなかった……

 

 

 

「何故か凄く負けた気がして悔しいんだが……」

 

 

「いいなぁ、マドカとセヴァス…」

 

 

「私もいつか嫁とあのように…!!」

 

 

「……羨ましい…」

 

 

 

 失恋に打ちひしがれているルームメイトを宥めている鈴と、轟沈しているセシリアを除く一夏ラヴァーズは心から羨ましそうに二人の様子を眺めていた。いつか、自分達もあんな風に…と、思いながら……

 

 

 

「さて、さっさと食べるか?」

 

 

「うむ!!」 

 

 

 

 そんな彼女達の事なんて知ったこっちゃないと言わんばかりの様子で、二人は自分達だけの空間を形成していく。それはもう、とてつもなく嬉しそうで、楽しそうで…だが、何よりも……

 

 

 

 

「…おっと、そういえば……」

 

 

 

 

 ところが唐突に、マドカがその場に居る全員に向かって言葉を投げかけた。半ば不意を突くように発せられたその声は、共用キッチンに集まっていた全員の視線を彼女に集めるには充分だった…。

 

 全員の視線が自分に集まったことを確認したマドカは、いつもの不敵な笑みを浮かべて口を開いた…

 

 

 

 

 

 

 

 

「セヴァスは私のだ!!誰にも渡さないからな!!」

 

 

「あ、俺もマドカ以外の女の子にはゴメンナサイする気なんで……そこんとこ、よろしく…」

 

 

 

 

―――その瞬間、IS学園中に黄色い叫び声と絶望に染まる断末魔が響いた…

 

 

 

 

「あ~あ、これで残りの在学期間中に嫉妬の視線を浴びまくる羽目になるぞ…?」

 

 

「何か問題あるか?」

 

 

「……ククッ、無えな…」

 

 

「だろ?ふふ…!!」

 

 

 

―――互いに視線を交じわせる二人の表情は、誰もが羨むほど幸せそうだった…

 

 

 

 

~おわり~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆と、見せかけてのちょいオマケ☆

 

 

 

「4月24日・晴れ。

 

 朝起きたら共用キッチンが騒がしかったので来てみると、今回は一夏達ではなくてマドカとセヴァスが騒ぎの中心になっていた。それだけなら珍しいことでは無いのだが、その後のセヴァスの発言が問題だ…

 

 

『いくらお前でも、彼女の手料理の一口目は譲らねぇ!!』

 

 

 …おい、誰が誰の彼女だと?確かにお前はそんじょそこらの奴に比べればマシ…むしろ良い奴だが、流石にうちの妹はそう簡単にはやらんぞ!?

 

 

『セヴァスは私のだ!!誰にも渡さないからな!!』

 

 

 と、思った矢先にこれである…。マドカ本人がセヴァスを好いてるというのなら仕方ないと思いたいが素直にそう思えん!!だって弟と妹は姉のものだろう!?そう易々と手元を姉離れされると寂しいじゃないかッ!!

 

 でも、あまり露骨にそんなこと言うと嫌われそうだし…私はいったいどうすれば……」

 

 

 

「織斑先生、何を書いてるんですか?」

 

 

「ッ!?な、何でもないぞ山田先生…!!」

 

 

 

~おわり~




そういえば現在、人気投票ランキングでブッチギリの結果を叩き出してる彼から一言…


オ「最後のスペルが『ge』だから勘違いしてる人が多いみたいだけど…フランス語でオレンジは『オランジュ』なんだよ。『じぇ』じゃなくて、『じゅ』なんだよ……脳内メーカーでも『オランジュ』って打ち込んだから『阿呆専門』になったんだよ…(泣)」

人気投票、まだまだ受付中!!気が向いたらよろしくお願いします!!


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IF未来 続・学園編 その1

季節外れも良いとこだけど、書きたかったので…


 

「海、見えたぁ!!」

 

 

 

 2年前と同じタイミング、同じ場所で同じ誰かが叫ぶ。目を窓の外へと向ければ、その誰かの言うとおり綺麗な海原がどこまでも広がっていた。それだけで楽しめるのも分からなくもないし、それにつられて同じようにテンションを上げるのだって理解できる。海に囲まれた学園に住み込みで在校してる癖に、何を今更…などと無粋な思いは抱かない。何せまだまだ自分達は遊び盛り、学園生活から離れる事に意味があるのだ。

 

 しかし生憎、自分は皆の様に素直には楽しめそうに無い。頭では理解していたが、心の何処かでどうにかなると思っていたのは事実。故に、周りほど御機嫌にはなれなかった。何せ…

 

 

 

「……やっぱり無理だったか…」

 

 

 

 深い溜息と共に、マドカは一人呟いた。今日はIS学園夏の恒例イベント、『臨海実習』の日である。れっきとした授業や実習の一環なのだが、泊りがけで行うそれは生徒達にとって行事感覚で受け取られている。実際、初日の殆どは自由時間で遊び放題である。

 

 諸事情により途中から編入してきた…それどころか、まともな学生生活すら初めてなマドカ。なので、こういう遠足とか修学旅行の類も初体験だ。クラスの面々とも馴染んで来たし、何だかんだ言って楽しみだった。だが、ここで一つ残念なお知らせが彼女に届いた…

 

 

 

「どうした、溜め息なんてついて…?」

 

 

「言わなきゃ分からんか…?」

 

 

 

 楽しげな雰囲気に包まれた周りに気を使い、極力小声で呟いたつもりだったのだが相手が悪かった。何せ自分に対する事には極限なまでに鈍感な癖に、周りの人間に対しては腹が立つ位に敏感な事に定評のあるへタレ野郎だ。こういう事を隠すには些か分が悪い…

 

 

 

「いや、分かるわけ無いか…どうせ一夏だもんな、所詮一夏だもんな、所謂一夏だもんな……」

 

 

「心配しただけでこの言われ様!?」

 

 

「黙れ朴念神、鈍感王、へタレ卿。お前と喋ってると鈍さが染つる…」

 

 

「……泣いて良いか…?」

 

 

 

 自分の家族に精神的にフルボッコにされ、彼女の隣に座っていた一夏は暗い影を落としながら轟沈した。その様子を見て多少なり気が紛れたのか、彼の状態に反してマドカの方は満足げな表情である。

 

 余談だがマドカが織斑家入りするにあたり、一夏とマドカのどっちが姉で弟、もしくは兄で妹なのか揉めた時期がある。残ってたデータにはどっちが先に産まれたのか記録されておらず、結局は身内と仲間達による多数決で決定する事となった。マドカのマダオぷりっが既に露見していた当時、軍配はしっかり者の一夏に上がろうとしていた。しかし彼女の理解者である男の一言により、それは一瞬にして覆されてしまった…

 

 

『しっかり者の方が兄っぽいて言うけど……織斑家の長女はマダオじゃん…』

 

 

 その一言により、この論争は彼女の逆転勝利となったのである。その日の内に彼女の理解者は誰かに闇討ちされ、事の発端である一夏とマドカは二人してこの結果を喜んで良いのかどうか分からず途方にくれてしまったが…

 

 

「そういえば結局、あの後はどういうことに決まったの…?」

 

 

「うむ、興味がある」

 

 

「お、シャルロットにラウラか…」

 

 

 後ろの席からひょっこり顔を出した金髪と銀髪…シャルロットとラウラの二人が話しかけてきた。元から気配り上手なシャルロットと、千冬をリスペクトする者同士なラウラとは比較的早く仲良くなれた。学園の人間の中では、最も親しく出来る人間のうちの二人と言っても過言では無い。

 

 

「早い話、保留だよ。あの後、セヴァスをボコッた姉さんに『お前は末っ子だ、誰が何と言おうが末っ子だ…いいな?』って言われてな…」

 

 

「織斑姉=マダオをそこまで否定したかったのか…」

 

 

「家庭内限定とはいえ、千冬姉自身が駄目人間である事実は変わらなげぶふえッ!?」

 

 

 

 顔面にめり込む勢いで一夏に投げつけられた出席簿…ズバンッ!!という凄まじい炸裂音を響かせ、短い悲鳴を上げた彼はそれっきり静かになった。凶器が飛んできた方向に目を向ければ、最前列の方から鬼のような形相で此方を睨みつける鬼教師……

 

 しかし自分達はバスの真ん中、これらの凶器を投げた本人は最前列に座っていたのだが……どんな地獄耳と、どんな投擲技術だ…

 

 

 

「そういえば…セヴァスは結局来れなかったな……」

 

 

「ちょ、ラウラッ!?」

 

 

「……はぁ…」

 

 

 

 シャルロットの静止も間に合わず、せめて今は忘れようとしていた事実を突きつけられる。窓際に座っていた彼女はさっき以上の大きな溜め息を吐き、テンションをさらに下げて行った。心なしか彼女の居る場所だけ影が差している気もする…

 

 ラウラとしては担任が送ってくる背筋の凍りそうな視線を誤魔化すべく持ち出した話題転換のつもりだったのだが、今のマドカにとっては逆効果も甚だしい。彼女を中心に立ち込める憂鬱オーラは、留まるところを知らない…

 

 

 

「す、すまん…」

 

 

「……別に良いさ。残念がっていたとはいえ、セヴァスも納得はしていたからな…」

 

 

 

 これはあくまで臨海実習…そう、“実習”なのである。幾ら学園に在籍している身とは言っても、セヴァスは事務員。授業をするわけでもないし、教員の様な仕事もない。自分達の様に臨海実習に参加する理由も建前も無く、むしろ関係者からしたら邪魔以外の何者でも無い。というわけで今回の三泊四日にセヴァスは同行することが出来ず、おまけに暫く会えない。これで憂鬱になるなという方が無理だ…

 

 

 

「ま、まぁセヴァスも一緒に来れなかったのは残念だけど……マドカがずっとこんな調子じゃ彼も喜ばないと思うよ…?」

 

 

「……。」

 

 

「折角のイベントなんだし、やっぱり楽しまなきゃ損だよ」

 

 

「……そう、だな…」

 

 

 

 シャルロットに言った事にも多少思う所があり、ちょっとだけマドカの雰囲気がマシになる。それに、いつまでも周りに気を使わせる訳にもいかないとも思ってた。マドカは心機一転も兼ねてもう一度だけ溜息を吐き、二人の方を向いた。

 

 

 

「確かに、このままじゃ碌な土産話も出来ないしな…精々、セヴァスが羨ましがる位に楽しむとするよ。気を使わせて悪かったな、二人とも…」

 

 

「どういたしまして~」

 

 

「む、そうだ。確かリュックに…」

 

 

 

 何かを思い出したのか、シャルロットの隣でひょっこり頭を覗かせていたラウラが引っ込んだ。そして暫くゴソゴソと何かを漁るかのような音を出した後、何かを手に再び現れた。そして…

 

 

 

「どうせ暫く暇なのだ、花札でもやらないか…?」

 

 

「花札…?」

 

 

「お前、やり方知ってるのか…?」

 

 

 

 マドカは花札が何なのか知ってるがやり方は分からず、シャルロットは存在すら知らかった。二人の表情からその事を悟ったラウラはどこか得意げな表情を見せ、フフンと無い胸を張りながら語り出した。

 

 

 

「ふふふ、甘いぞマドカ。この私を誰だと思ってる…?」

 

 

「色々と残念で可哀相な奴」

 

 

「よぉし、その喧嘩買った…」

 

 

「ちょっと二人とも…!?」

 

 

 

 一触即発の雰囲気に包まれたが、すぐに元通り。その後シャルロットに花札が日本の伝統の遊びの一つである事を教え、とりあえず遊び方を知っていると豪語するラウラにやり方を教えて貰う事にした。

 

 

 

「本当に大丈夫か…?」

 

 

「大丈夫だ、問題ない。クラリッサという情報源を持つ私に、死角は無い…!!」

 

 

「……すっごい不安…」

 

 

「ふん、聴くより見ろ!!これが花札だ!!」

 

 

 

 そう言ってラウラはケースからカードの束を取り出し、その中から一枚取り出してマドカとシャルロットに見せつける。実物を知らないシャルロットは興味津々だが、何故かマドカは微妙な表情を浮かべた…

 

 

 

「む、どうしたマドカ…?」

 

 

「……いや、気にするな。説明を続けてくれ…」

 

 

「?……うむ…」

 

 

 

 どこか釈然としない様子だったが、取り敢えずラウラは言われた通り説明を続ける。ケースにあった札を全部取り出し、バスの通路の床にまき散らす。そして徐にその中から一枚だけ手に取り、思いっきり振り上げ…

 

 

 

「せええぇぇいッ!!」

 

 

 

―――スパーーーーーーーンッ!!

 

 

 

 半ばガチでブン投げた札は地面に叩き付けられ、衝撃で落下地点の周囲にあった札が全てひっくり返った。その衝撃は地味に凄まじく、札が生み出した轟音はさっきまで気絶していた一夏でさえ飛び起きさせる程であった。

 

 そして、そんな光景を作り出した本人は良い仕事をしたと言わんばかりに汗をぬぐい、どこかやり遂げた感MAXな表情で一言…

 

 

 

「これが花札だ…!!」

 

 

 

「「「「「「「「「ぜってぇ違ぇからッ!!」」」」」」」」」」

 

 

 

「「それはメンコだ馬鹿者ッ!!」」

 

 

 

 何時の間にかラウラの花札講座に注目していたクラスメイト全員と、大和撫子二人のツッコミが響いた…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「本当に妙なところで抜けているな…」

 

 

 

 バスから降りたマドカは、伸びをしながら先程とはまた違う属性の溜息を吐いた。あの後、ラウラが持ってたのは一応本物の花札だったので箒に教えて貰い、それなりに全員で楽しめた。しかし数合わせのつもりなのかは知らないが、時たまサボテンやらバラの写真が張り付けられたパチモンが出てきた時は流石に吹いた…

 

 

「まぁ何にせよ、今日は楽しむとするか。さて荷物を…」

 

 

「あ、お預かりしましょうか…?」

 

 

「む、すまない…」

 

 

 

 背後から聴こえてきたのは、割と若い男性の声。独り言のつもりだったのだが、どうやら聴こえる距離に人が居たようだ。雰囲気から察するに、旅館の従業員かその辺だろう。丁度良かったのでお言葉に甘えるとしようか…

 

 そして、彼女は荷物片手に後ろを振り向いて……固まった…

 

 

 

「おや、お客様?どうかなさいましたか…?」

 

 

「え、いや…あれ……何で…?」

 

 

「どこか御具合でも悪いのですか?何なら、医務室まで御案内致しましょうか?……駄目だ、やっぱ我慢出来ない!!何て間抜けたツラしてやがるアッハハハハハ…!!」

 

 

「せ、セヴァス…?」

 

 

「ハハハハ!!……おう、待ちくたびれたぞ…!!」

 

 

 

 何故か旅館の従業員の制服を身に着け、どこか楽しげな表情を浮かべたセヴァスが居た…

 

 

 




セヴァスの登場に驚くマドカ……しかし、刺客は彼だけでは無かった…!!


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IF未来 続・学園編 その2

次回で『一日目後半戦+夜』、その次に『二日目』、その次に『三日目+最終日』といきたい……どっちみち長くなりそうだ…;


あと、人気投票まだ受け付けておりま~す。現在、作者の予想を裏切って奴が独走中です(汗)
詳しくは活動報告で!!



 

―――臨海実習当日・早朝

 

 

 

「な~つがき~た~な~つがき~た~ど~こ~に~きた~♪」

 

 

 

 どこか微妙にズレた音程を口ずさみ、一定のリズムで竹箒を鳴らしながらセヴァスはいつもの様に仕事をこなしていた。今日も今日とて事務員の制服に身を包みながら、竹箒を手に学園を掃除中だ。

 

 

 

「こ~こにき~た高校にき~た~こ~んちくしょ~♪……ハァ…」

 

 

 

 徐に動かしていた手が止まり、溜息が零れる。ぶっちゃけ無理も無い…今日は臨海実習の初日であり、今日を境にマドカ達とは暫く会えないのだ。寂しいったらありゃしない。

 

 

 

「そりゃさぁ…俺は生徒ってわけじゃないから、無理なのは分かってるけどさ……やっぱ、ねぇ…」

 

 

 

 学年問わず学園中の生徒達にはそれなりに人気があり、結構親しくさせて貰っている。だけどやっぱり最も仲が良い三学年の皆が居ないというのはとてつもなく退屈で、限りなくつまらない……それに…

 

 

 

「三日以内にマドカ分が必ず枯渇するッ!!そうは思わないか、ランニング中のワンサマラヴァーズで唯一置いてきぼりな五反田蘭さん!!」

 

 

「突然に話を振らないでくれませんか!?そして改めて言わないで下さいよッ!!」

 

 

 

 惚れた一夏を追い掛けるため…という理由でこのIS学園に来た、現在2年生の『五反田蘭』。彼女はトレーニングも兼ねた日課である朝のランニングの最中だったみたいだ。学年という鈴と簪以上のハンデを持たされている彼女は、当然ながら今回の臨界実習では悔し涙を流した…

 

 

 

「つーか良く考えると、五反田さんって俺よりキツイのか…」

 

 

「そうですよ!!私の場合、一夏さんが私の居ない場所でいつ何がどんな風に進展するか分かったもんじゃ無いから凄い不安ですよ!!御蔭でここ最近は碌に眠れませんッ!!」

 

 

「そりゃまた気の毒に……でも、一夏だぞ…?」

 

 

「……それもそうですけど…」

 

 

 

 蘭が心配する理由は良く分かるが、一夏の鈍感さは呆れを通り越して安心できる領域にまで突入している。最近は、最早あいつが皆の恋心に気付く状況を想像できない…

 

 

 

「でも、やっぱり不安ですよ!!六道さんは良いですよね、一夏さん以外は男が居ないからマドカさんが誰かに盗られる心配も無いですし……マドカさんの場合、例え男子校に行っても平気そうですが…」

 

 

「そりゃどうも」 

 

 

 

 この前の恋人宣言以来、二人の関係は学園中の人間の知るところとなった。あるものはその話題に激しく食いつき、ある者は涙で枕を濡らし、ある者は二人のバカップルっぷりに溜息を吐いた。余談だが独身女性が殆どの教師勢は、これを機に自分達の行き遅れ具合に本気で危機を感じたとかないとか…

 

 

 

「どっちにせよ、会えない事に変わりは無いんだよな…」

 

 

「それは我慢しましょうよ、行く理由が…」

 

 

「無い事も無いんだな、これが…!!」

 

 

「「え…?」」

 

 

 

 3番目の言葉はセヴァスのでも蘭の声でも無く、ましてや女子の声でも無かった。セヴァスとはまた違った若い男の声…蘭にとっては数回しか聴いた記憶が無いが、セヴァスにとっては最も聴いた回数が多い声の一つだ。

 

 

 

「あ、オランジュさん…!!」

 

 

「何しに来た…」

 

 

「御機嫌麗しゅう、五反田嬢!!そんで案の定不貞腐れたツラしてんな、相棒…」

 

 

 

 かつての相棒、今は布仏家に引き取られて色々と仕事を手伝わされている筈の『オランジュ』が居た。何故か麦わら帽子を被り、アロハシャツに短パン、更にはサングラスまで装着しているという、露骨に夏真っ盛りな格好に逆にイラッとする。こっちはマドカ達の居る海に行けなくて落ち込んでるというのに…

 

 

 

「……ちょっと待て、今『海行く理由が無い事も無い』って言ったか…?」

 

 

「おうよ!!愛しのマドカちゃんと離れ離れになってブルーなお前を青い海原に連れて行ってやるぜ!!因みに、轡木さんの許可はとってあるぜ。」

 

 

「マジで…!?」

 

 

 

 実質この学園のトップであり、自分の直接的な雇い主である轡木さん。こんな身分にも関わらず、この学園に籍を置かせてくれた人である。だからこっそり抜け出してマドカ達について行くって選択肢は諦めていたのだが、その心配は無いようだ…

 

 

 

「で、行くか…?」

 

 

「断る理由が無いッ!!」

 

 

「ようし来たぁ!!それでは先生!!」

 

 

「は~い♪」

 

 

 

 オランジュへの返事は、何故か背後から聴こえてきた。しかも心なしか、背筋がゾッとするような殺気を一緒に感じさせながら…

 

 

 

「ちょっと失礼~」

 

 

「モガッ!?」

 

 

 

 背後からの気配と声が楯無のものであると分かったのとほぼ同時に、いきなり頭に布袋が被せられて視界が真っ暗になる。しかもこの布袋、クロロホルムをたっぷり染み込ませているようで急激な眠気に襲われ始めた。更に後ろから羽交い絞めにされて身動きがとれなくなる…

 

 

「ちょ、更識先輩!?何してるんですか!?」

 

 

「大丈夫だ五反田嬢、こいつは冗談抜きで殺しても死なない」

 

 

「そうそう、だから気にしない気にしない♪……でもおかしいわね、一応普通の人なら即死する量を仕込んどいたんだけど…」

 

 

 

 

―――何か物騒な会話が聴こえてきた…

 

 

 

 

「た、てなし……てめ、なに…を……!?」

 

 

「仕方ないわね……最終手段よ…!!」

 

 

「ちょっと待て待て楯無!!流石にセヴァスでもそれはヤバい!!」

 

 

「先輩!!六道さんを殺す気ですか!?」

 

 

「大丈夫、元とは言え私は学園最強……彼を死なない程度に気絶させて殺るなんて朝飯前よ…!!」

 

 

「ニュアンス自重ッ!!」 

 

 

 

 何か楯無が自分に対して碌でも無いことをしようとしているみたいだが、生憎視界がゼロな上に意識が朦朧として来て何が何だか分からない。それでも、俺を羽交い絞めにしている楯無の声はしっかりと聴こえた……そして…

 

 

 

「それじゃ、いくわよ♪……積年の恨みいいいいぃぃいぃぃぃぃぃッ!!」

 

 

「ぼぐふぁ!?」

 

 

 

 腹部に強烈な衝撃を感じた瞬間、視界だけでなく意識まで真っ黒になった…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「そんで気付いたら車に乗せられてて、何時の間にかここに連れて来られたと…」

 

 

「よし、楯無は一回ブチ殺す…」

 

 

「待て待て落ち着け」

 

 

「止めなくて良いよ一夏、こういう時のお姉ちゃんは一度痛い目を見ないと止まれない…」

 

 

 

 何故か居たセヴァスに驚いたマドカに一夏が気付き、そんな彼らに気付いたいつもの面々が二人の居た場所に集まっていた。当然ながらここに来れた理由を全員に訊ねられ、セヴァスはその経緯を話した。

 

 そして事のあらましを聴いたマドカは取り敢えず、楯無に殺意が湧いた。潜入任務中、セヴァスは何度も楯無と遭遇しては激闘を繰り広げたと聴いたが、そんな形で恨みを晴らさなくて良いだろうに…

 

 

「よし、実の妹から許可は得た…というわけでセヴァス、奴は何処だ?」 

 

 

「……あそこだ…」

 

 

「あそこって?……アレか…」

 

 

 セヴァスがとある方向に指をさしたので、取り敢えず目でそれを追ったらソレはすぐに見つかった。ソレは砂浜…それも波打ち際ギリギリに生えており、興味を示したカモメやら海鳥に頭を突っつかれている……

 

 

 

「セヴァスく~ん、そろそろ許してええぇぇ……!!」

 

 

 

―――首から下を砂浜に埋められた、元学園最強が泣いていた…

 

 

 

「取り敢えず仕返しはしたし、何よりアイツらの御蔭で来る事が出来たから勘弁してやってくれ」

 

 

「……因みに、いつからあの状態に…?」

 

 

「二時間前から」

 

 

「もう許してやれよッ!!」

 

 

 

 あの状態の相手にこれ以上追い討ちなんてやったら、本気で罪悪感に耐えられない。マドカはさっきのブチ殺し宣下は撤回し、いい加減に助けてやるべく皆と一緒に楯無の元へと歩き出す。

 

 

 

「で、何でお前はそんな恰好してるんだ?」

 

 

「皆が臨海実習の間、俺はアルバイトによる旅館の従業員って名目で居座らせてもらうことになってる。お前らが来るまで、ずっと仕事してたんだぜ?」

 

 

「ほぉ…?」

 

 

 

 亡国機業時代、セヴァスはIS学園に潜入する前も色々な場所に潜伏した経験がある。とは言っても、年齢が若過ぎたので映画みたいに変装して潜入した事なんか一度も無い。一度だけフォレストとスコールの悪ふざけに付き合わされて執事服を着せられ、『セヴァスチャン』と呼ばれてからかわれた時があった。確か、その時から彼の事を『セヴァス』と呼び始めた気がする…

 

 それはさておき、そういうこともあってかセヴァスが何かの制服やら正装をした姿を見た事は殆ど無い。別段特別でも無い事務員の制服であろうが、彼のその姿はマドカにとって結構新鮮なのだ。そして今回のセヴァスの姿もこれはこれで…

 

 

 

「アリだな」

 

 

「何が?……もしかして、この恰好が…?」

 

 

「うむ、似合ってる。何かこう…超庶民波的な雰囲気がお前にピッタリだ」

 

 

「それ褒めてんの…?」

 

 

 

 苦笑混じりに答えるセヴァスと、微笑を浮かべるマドカ。言葉ではそう言うものの、何だかんだ言って楽しげに会話する二人である。そんなセヴァスとマドカの様子に、後ろの一夏達は何とも形容しがたい疎外感を感じてしまった…

 

 

 

「正直言うと、暫くあの二人のイチャつき見なくて済むと思ってたわ…」

 

 

「奇遇ですわね、私もですわ……あぁ、胸焼けが…」

 

 

「良いよなぁ、ああいうの……俺もいつかはあんな風に誰かと痛ってえええぇぇぇ!?何すんだ箒!?」

 

 

「黙れこの馬鹿!!どの口が抜かすんだ、どの口がッ!!」

 

 

 

 いつもの如くワイワイと賑やかに振る舞う一行。IS学園の関係者達から、『渦中の7人』と陰で言われるようになったのを本人達は知っているのだろうか…?

 

 

 

「ちょっと二人とも…人の後頭部付近でイチャつかないでくれるかしら?」

 

 

「うっせぇ馬鹿野郎、別にISで殴ってまで気絶させる必要無かったろうが…」

 

 

 

 セヴァスの足元から聴こえてくるのは、度の過ぎた愉快犯の不満。それを彼は一言で一蹴する…

 

 

 

「そ、それはアレよ!!えっと……その場の勢いと言うか、ノリ…?」

 

 

「お姉さんがあんなこと言ってますが、どう思いますか裁判長…?」

 

 

「有罪(ぎるてぃ)」

 

 

「ちょ、その声は簪ちゃん!?居るの!?後ろに居るの!?ていうかもしかして皆居るの!?」

 

 

「「「「「「お久しぶりです、楯無さん」」」」」」

 

 

 

「おぅふ…!?」

 

 

 

 ある意味晒し首状態の楯無の顔は海側を向いており、反対側からやって来たセヴァス達を視界に捉える事が出来ないでいる。故に想像すら出来ていなかったようだが、今の自分の残念な状態はいつもの9人にバッチリ見られていた。それにやっと気付いた楯無は、露骨に凹んだ。そして、やけくそ気味に叫ぶ…

 

 

「終わった…何もかも……私の無様を笑いたくば笑え…!!」

 

 

「アハハ」

 

 

「ワハハ」

 

 

「オホホホ」

 

 

「キャハハ」

 

 

「フフフ」

 

 

「フハハ」

 

 

「ぷっ…」

 

 

「ヒャハハハハハハ!!」

 

 

「ザマァ(笑)」

 

 

 

「あなた達マジで覚えときなさいよ!?」

 

 

 

 棒読みな笑い声7つ、ガチ嗤い2つ、悔し涙が1つ……夏の青空に轟いた…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

―――青い海

 

 

―――白い砂浜

 

 

―――明るい太陽

 

 

―――そして…

 

 

 

 

「水着姿の美少女達!!これぞ南国バケーションの醍醐味!!これぞ男のパラダイス!!さぁ、共に行こうぜ桃源郷へ!!レッツ・ナンパ!!」

 

 

「マドカ待ってるから断る」

 

 

「おいオランジュ、準備運動はしっかりしとけよ?足攣ったら大変だぜ?」

 

 

「くっそ!!リア充とリア充しか居ねぇ!?メテオラーーーー!!ストーーーーン!!どこかに俺の同類は居ませんかーーーーーーーーー!?」

 

 

 

 荷物も運び終わり、軽いミーティングも終了、待ちに待った自由時間がやって来た。この日の為に用意した水着やら遊び道具を手に、まだまだ遊び盛りなIS学園3年生の面々は持ち前の明るさと共に砂浜へと突撃した。それに混じって煩悩野郎(オランジュ)のテンションもまた、どんどん上がる…

 

 

 

「えぇい仕方ねぇ、こうなりゃ俺一人で行ってやるああああぁぁぁ!!」

 

 

「オランジュ、うるさい」

 

 

「あ、すんません…」

 

 

 

―――しかしそんな彼も、今の御主人様の手に掛かればこの通り…

 

 

 

「暇ならジュース買ってきて、適当に10人分くらい。お金はオランジュの財布からね?」

 

 

「はい、お嬢!!ついでに、水着似合ってますぜ!!」

 

 

「ありがと、早く行ってきて」 

 

 

「承知!!」

 

 

 

 旅館の方からトコトコとやって来た簪の一言で静まり、文句の一つも言わずにパシリの役目をこなすかつての相棒。布仏に引き取られる際、半分冗談で『徹底的に扱き使ってくれ』と言ったが……ここまでマジにやるとは思わんかった…

 

 

 

「彼を教育…もとい指導したのは本音と明日斗だけど……?」

 

 

「あ、そう…」

 

 

「ところで、旅館の方はいいの?」

 

 

「ん?あぁ、大丈夫。昼過ぎまでなら遊んでて平気って言われた」

 

 

 

 有り難い事に、臨時雇いの身であるにも関わらず休憩時間はたっぷり貰えた。しかも、皆の自由時間と合わせたかのようなタイミングだ。従業員という肩書きが建前とは言われていたが、この辺は素直に楯無に感謝しよう…

 

 

 

「そういや、今日はその教育係と一緒じゃないんだな…?」

 

 

「うん、一夏と二人っきりになりやすくしてくれたみたい…」

 

 

「え、俺…?」

 

 

 

 簪の発言に、隣に居た一夏が反応する。因みに今年も一昨年と同じ水着を着ており、自身も似た様なものを装着している。そんな地味な男子に対して簪は露出がやや控えめで、フリフリの飾りが着いた水着を着ていた。他のラヴァーズと比べると、やや控えめだが彼女らしいと言えば彼女らしい。

 

 

 

「つっても、皆と一緒の方が楽しいと思うぞ?」

 

 

「……。」

 

 

 

―――そして、この発言もまたコイツらしいと言えばコイツらしい…

 

 

 

「まぁ、良いじゃないか。皆が来るまで先に遊んで時間潰してりゃ…」

 

 

「う~ん…それもそうか。じゃ、そうしよう」

 

 

「!!……うん…」

 

 

 

 助け舟を出したことにより、一時沈んでいた簪の表情が一転して明るいモノへと変わる。そしてチラリと此方に視線を向け、アイコンタクト…

 

 

 

(感謝感激)

 

 

(礼には及ばぬ)

 

 

 

 そして簪は、相変わらず自然と躊躇う事無く女子の手を取る一夏にエスコートされ、若干顔を赤くしながら海へと向かっていった。しかし、彼女も随分と成長したもんだ……精神面限定だが…

 

 昔は内気な性格が災いして、他のラヴァーズより積極性で負けていた。けれど去年の今頃ぐらいから、何かを切っ掛けにこんな感じに変わったらしい。怒ってもあんまり暴力で訴えない分、実質一番の有力候補と言えるのではなかろうか…?

 

 

 

「あいつらの事なんて、もう放っておけば良いのに…」

 

 

「ははは、そうは言ってもある意味腐れ縁だからなぁ…」

 

 

 

 半ば呆れるような背後からの物言いに、思わず笑ってしまう。我ながら面倒くさい奴だと再認識してしまうが、今更この性格が変わるとも思えない。そう感じながら、ゆっくりと後ろを振り向いた…

 

 

 

「……あれ…?」

 

 

「どうした?」

 

 

「え、いや…」

 

 

 

 セヴァスが後ろを振り向くと、予想通りマドカが立っていた。けれど、その姿は予想外だった…

 

 

 

「……何故に半袖半ズボン…?」

 

 

 

 てっきり水着姿かと思っていたが、予想に反して彼女は部屋着姿であった。セヴァスの予想では、そこまで見た目にこだわらない彼女のことだから、スポーツタイプの競泳水着とかその辺を持ってくると思ってた。彼女は基本的にスタイルが良いので、それはそれで栄えると思うのだが…

 

 

 

「フ…聞きたいか?私がこの姿である理由を、どうしても聞きたいか?」

 

 

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、何やら意味深なセリフを言ってくる。そんな風に言われると、気になってしょうがないじゃないか。なので、無言で首を縦に振った…

 

 

 

「では教えてやろう、一度しか言わないから良く聞けぇ!!」

 

 

「……。」

 

 

 

 その理由とやら聞くために、セヴァスは最初から最後までしっかり沈黙を保つ。その彼の様子を確認したマドカは大きく息を吸い、呼吸を整えてからゆっくりと口を開いた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………学園の寮に、置いてきたっぽい……グスッ…」

 

 

「……今度は気をつけような…?」

 

 

「…うん……」

 

 

 

 海水とは違うしょっぱい雫が、彼女の目から零れ落ちた…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「皆して元気だねぇ…」

 

 

「そうっすねぇ…」

 

 

 

 

 元気な若者たちで溢れる砂浜。そんな光景を、旅館のロビーから眺めている2人の人物が居た。一人は簪にパシられたオランジュであり、彼の両腕には複数の缶ジュースが抱えられている。もう一人は、こん旅館の従業員の制服を着た初老の男だった。

 

 

 

「ところで、セヴァスの奴には会いましたか?」

 

 

「いいや、まだだよ。そうだね……夕飯時にでも顔を見せてみるか…」

 

 

「そりゃ良い。楽しい事になりそうですねぇ…」

 

 

 

 

―――そう言って二人は笑う。この後に起こる、その楽しい事に期待して…

 

 

 

 

「おっと、そろそろ行かないと更識の嬢ちゃんに怒られるんじゃないか…?」

 

 

「む、そういやそうでした。そいじゃ、また後ほど…」

 

 

「うん、後でね」

 

 

 

 その従業員と短いやり取りを終わらせたオランジュは、すぐさま皆が待つ砂浜へと駆け出した。そんな彼の背を見送りながら、男の従業員はもう暫く休むべく手近な椅子に腰かけた。しかし、それも長くは続かなかった…

 

 

 

「ちょっと森さん、いつまでサボってるんですか!?」

 

 

「あら、女将さん……」

 

 

「まったく…虎さんばかりに押し付けないで、ちゃんと任された自分の仕事をして下さい!!」

 

 

「はいはい、今から行きますよ~っと…」

 

 

 

 男は渋々ながらも立ち上がり、これ以上怒られる前に仕事へと戻るべく足を動かす。けれど、その間際にもう一度だけチラリと砂浜に視線を向ける。その向けられた視線の先には、開き直って服が濡れるのを承知で遊ぶことに決めた一人の少女と、そんな少女と一緒に楽しそうに遊んでる一人の少年…

 

 

 

 

「……本当に、元気だねぇ…」

 

 

 

 誰にも聴こえない程度の声量で呟かれた彼の声は、どこか嬉しげだった…

 

 

 




さぁて、暴風雨と秋はどうしようか…


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IF未来 続・学園編 その3

うまく纏められねぇ……早速予定してた構成が崩れた…orz

いったい何話書くことになるのかなぁ…(汗)


「来るが良い、セヴァスッ!!」

 

 

「ヒャッハー!!上等だ黒兎ちゃんよおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

――ズドォンッ!!

 

 

 

「ラウラが吹っ飛んだああああああぁぁぁ!?」

 

 

「衛生兵ーーーーーーッ!!」

 

 

 

 皆に誘われてビーチバレーに参加したのだが、ISを使わないこの状況においてセヴァスが無双状態に入った。今はセヴァス&オランジュvsラウラ&シャルロットの組み合わせで勝負しているのだが、まるで相手にならないようだ。さっきも自信満々だった鈴とセシリアコンビが彼らに挑んだが、結果は散々だった。その時の様子をダイジェスト版にしてお送りするとこんな感じである…

 

 

 

『オルァ!!』

 

 

『ちょ!?何でただのサーブ…それもビーチボールでそんな速度が出るのよ!?』

 

 

『スパイク貰ったああああぁぁぁ!!』

 

 

『せせせセヴァスさん!?ちょっとは手加減して下さきゃあああああああ!?』

 

 

 

―――試合が終了した時、鈴とセシリアのコートには比喩でも何でもなくクレーターが幾つも生産されていた…

 

 

 

「あんなのに勝てるわけ無いでしょうが!!」

 

 

「冗談抜きで死ぬかと思いましたわよ!?」

 

 

 

 顔を真っ青にし、足がガクガクと震えていた二人。話でしか聞いた事が無かった故に、幾度となくISに生身で挑んだセヴァスの身体能力を完全に舐め切っていた様だ。そんな二人の体たらくにマドカが溜息混じりでぼやく…

 

 

 

「だから言ったろうが、ハンデを貰っておけと…」

 

 

「だって、あんなに凄いだなんて思わなかったんだもん!!」

 

 

「そうですわ!!実際この目で見て漸く理解しましたけど、『ISのシールドエネルギーを削る程度』の攻撃力なんて言われてもしっくり来ませんわよ!!」

 

 

「……まぁ、それもそうか…」 

 

 

  

 ふと視線を戻すと、ハイテンション(本気)になったセヴァスが再びスパイクを放つところだった。既にラウラは眼帯を外して『越界の瞳』を使用しているのだが、幾ら見えても身体が追い付かなければ意味が無い。マッハの如く放たれたボールはラウラとシャルロットの間に落ち、マッチポイントを決めた。

 

 

 

「勝者!!リクっち&らんらんチーム~!!」

 

 

「ヒャーーハッハッハハハハァ!!生身じゃ負けねぇんだよこの野郎!!ハーッハッハッハァ!!」

 

 

「くそ、無念だ…!!」

 

 

「こ、怖かったよぉ…」

 

 

「いや…セヴァス相手に良く持った方だよ、お二人さん……」

 

 

 

 今回はペンギンの着ぐるみを着たのほほんさん。そんな彼女の声によって終わりが告げられ、それと同時にラウラとシャルロットはその場にへたり込んだ。大人げないセヴァスの猛攻にビビったシャルロットに至っては、目に涙さえ浮かべている…

 

 実力、運動神経共にトップクラスのラウラ達の完全敗北。そして、試合終了時の敗北チーム側コートの惨状。それにより、その場に集まっていた者達は改めてセヴァスの実力を認識する事になった。それ故に…

 

 

 

「さて、まだ俺と勝負したい奴は居るか…?」

 

 

 

 

―――全員が首を横に振ったのは、ある意味当然だった…

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「あぁ~あ、つまんねぇ……他の子達はともかく、お前や楯無まで嫌がるとは…」

 

 

 

 程よく運動して疲れ、腹も減って来たセヴァス達は海の家を目指して歩いていた。そろそろセヴァスの自由時間も無くなりそうであり、彼の昼からの仕事場はその海の家だそうだ。丁度良いのでオランジュと一夏達もそれに同行し、今は合計10人がぞろぞろと列を作りながら行進中である…

 

 

 

「いや、しょうがないだろ?ましてや楯無の場合、尚更だ…」

 

 

「昔何度か楯無さんとやり合ったって話、本当だったんだな…」

 

 

「ふむぅ、その時の戦術、私の部隊にも利用できないだろうか…?」

 

 

「ヒトを辞める羽目になるからやめとけ…」

 

 

 

 あの場には水着に着替え、普通に在校生達と遊んでいた元生徒会長も居た。しかし、セヴァスがビーチバレーに参加し始めた頃には既に逃げていた。というか、潜入任務時代に彼と直に戦った事がある奴らは一人残らず逃げ出していた。なまじ実力あるが故に、生身でISとやり合えるセヴァスと勝負させられることを危惧したのだろう…

 

 と、そんな会話をしている間に目的の海の家の前に来た。前はかき氷とか焼きそばを売ってたが、今年から割と本格的な料理も出すとか無いとか…

 

 それはさておき、一行は店の入り口をくぐった。まだ皆浜辺で遊んでいるらしく、セヴァス達以外は誰も居なかった。そんな彼らに気付いた店員は、店の奥の方から声を張り上げる…

 

 

 

「いらっしゃいませ~適当に座って待ってて下さいね~~」

 

 

 

 言われるがままに、全員は適当にテーブルに着く。適当に場所を選んで座ったセヴァスに対し、マドカは自然な動作で彼の隣に座った。それをセヴァスも普通に受け入れる。そして、そんな二人の反対側にオランジュが座ると言ういつものポジションが即座に完成した。

 

 

 

「一夏!!当然お前は私の隣に…!!」

 

 

「ちょっと箒さん!!抜け駆けは禁止ですわよ!!」

 

 

「そういうアンタもちゃっかり一夏の隣に行こうとするな!!」

 

 

「一夏、隣に座っても良い?」 

 

 

「シャルロット貴様!!嫁から離れろ!!」

 

 

「……。」

 

 

 

 それに反し、残りのメンバーは思いっきり騒ぎ始めた。いつもの事なのでいい加減に慣れたが、せめてこういう場所でやるのはやめて貰いたい。ま、そろそろ一夏が…

 

 

 

「えっと…じゃあ、俺はオランジュの隣に行くよ。そうすれば、平等だろ?」

 

 

「「「「「はぁ!?」」」」」

 

 

 

―――やりやがった…

 

 

 

「バッ、こっちに来るな!!後で絞め上げられるのは俺なんだから!!」

 

 

「いや、そう言われても箒たちが…」

 

 

「何でお前はこうも馬鹿な真似を…」

 

 

「もう諦めようぜ。そんで、さっさと注文決めちまえ」

 

 

「……そうだな…」

 

 

 

 いそいそと修羅場から逃げてきた一夏を尻目に、セヴァスとマドカはさっさと置いてあったお品書きに目を通す。小さい奴が一個しか無かったので、片手で互いに端っこを持ちながら身体を密着させる形になった。セヴァスは水着の上に上着を羽織っただけであり、マドカは水着を忘れたので半袖半ズボンだが薄着である事に変わり無い。つまり、結構肌同士が密着しているのである。

 

 しかし一夏ラヴァーズだったら普通に動揺して赤面ものなこの状態も、二人にとっては割といつもの事。そんな二人の普通が、彼女らはちょっと羨ましくなった…

 

 

 

「はぁい、御冷お持ちしました~」

 

 

 

 店の奥から、店員さんがトレーに水を入れたコップを大量に乗せて出てきた。改めて、こんな大人数で一気に来ちゃって何か申し訳ない。

 

 

 

「どうぞ~」

 

 

「あ、どうも」

 

 

 

 取りあえず、貰った御冷を受け取る。そんで一口飲む。その拍子に店員の顔を見た。

 

 

 

「「「ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」」」

 

 

 

―――おもっくそ吹いた…

 

 

 

 あまりの不意打ちにより、俺もマドカもオランジュも耐えられなかった。柔らかな口調で声を掛けてきたこの海の家の店員…さぞかし、気の良い人なんだろうな~とか思ってただけに、余計にビックリした。

 

 そんな3人の心情なんて知らない他の面々は突然の事に動揺し、彼らの至近距離に居た一夏は少しだけ被害を被った。もっとも、一番被害が酷かったのは真正面に居た店員さんだが…

 

 

「うわ汚なッ!?何してん…!?」

 

 

「何しやがるこのクソガキ共おおおおおぉぉぉッ!?」

 

 

「……え…?」 

 

 

 

―――それ故に、店員さんの豹変っぷりが現実である事をすぐに認識出来なかった…

 

 

 

「うるせぇ馬鹿野郎!!久しぶりにツラ見せたと思ったら何してんだよ!?」

 

 

「くそ、よりによってコイツの猫かぶりに騙されるなんて…!!」

 

 

「……おぉい、どうなってんだよ旦那…話と違うじゃねぇかぁ…」

 

 

 

 頭を抑えたオランジュの呟きはだけは誰の耳にも届かなかったが、店員とセヴァス達の大声はハッキリと響いた。何事かと残りの面々も視線を向けたが、いったいどんな状況になっているのかさっぱり理解出来なかった。何せ優しげだった店員がいきなり豹変し、それとセヴァス達が言い争っているという構図なのだ。その光景に何やら微妙なデジャヴを感じた一夏は首をひねり始める…

 

 

 

「あれ?そういえばこの人、どこかで見た事があるような…」

 

 

「あらあら、随分と賑やかね…?」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

 

 そんなカオスな状況の中で、店の入り口前から新たな声が聴こえてきた。その場に居た全員の視線がそっちに向いたのだが、さっき水を吹いた3人は今度はその場でズッコケる羽目になった。新たに現れた声の主は店員の制服でもあるエプロンを着けて、でかでかと『氷』と書かれた旗を持っていた。しかも、頭には某魚専門家が被ってたハコフグの形を模した帽子を被っている。

 

 これだけなら普通なのだが、その恰好をしている人物が3人にとって大問題だった…

 

 

 

「あら、どうかしたかしら?」

 

 

「何してんのアンタ!?」

 

 

「何って…あなたと同じよ?バイトよ、バ・イ・ト♪」

 

 

「……頭痛くなってきた…」

 

 

 

 セヴァスはそのまま地に沈み、マドカとオランジュに至っては声すら出なかった。全くもって事情が分からない一夏達はただただ困惑するしか無かった。しかし、ここで遂に痺れを切らしたラウラが声を張り上げた。

 

 

 

「おい、いい加減に何だと言うんだ!?この二人はセヴァス達の知り合いなのか!?」

 

 

「……お前らも一応、会った事あるよこの二人…」

 

 

「「「「「「は…?」」」」」」

 

 

「特に一夏、お前は忘れちゃいけないレベルだぞ…?」

 

 

「え゛…」

 

 

 

 オランジュの言葉に思わず固まる一夏。しかし、本気で二人の事を覚えて無いようだ。そんな一夏の様子に、セヴァスは深い溜め息を吐いた…

 

 

 

「お前なぁ…学園祭の時に襲ってきたビッチと、あんな良いスーツを買ってくれた人ぐらい覚えとけよ」

 

 

「おいコラ、今ビッチつったかこのガキャあ…」

 

 

「うっせバーカ、うっせバーカ!!脳筋秋女!!」

 

 

「表出ろセイスこの野郎ッ!!」

 

 

 

 普段、セヴァスは人当たりが良い事に定評がある。そのセヴァスが初対面の筈の、この黒髪の女性店員と口論を始めたことに居合わせた全員がポカンとしていた。もっとも、会話の内容を聴いたら二人が初対面でないことはすぐに解ったろうが…

 

 

 

「上等だオラァ!!マドカと二人掛かりでボコボコにしてやんよ!!」

 

 

「え、ちょ…てめ、エムと一緒とか卑怯だぞ!?」

 

 

「とか言ってるが、どう思うよマドカ…?」

 

 

「ふん、今は夏真っ盛り。秋(オータム)が来るには少々時期が早かった……それだけの事だ…」

 

 

「やる気満々かッ!!つーか何かそれっぽい事言ってるけどさっぱり意味分かんねぇよ!?」

 

 

 

 一夏達そっちのけで騒ぎまくる3人だったが、その間にも一夏は何とか思い出そうと試みていた。そして…

 

 

 

「学園祭?スーツ?……あッ!!」

 

 

「ちょっと待て、コイツらまさか…!?」

 

 

「……今更何をしにきたの…!?」

 

 

 

 漸く思い出した一夏はポンッと両手を叩き、スッキリした表情を浮かべた。そして、すぐさま顔から血の気が引いて行った。セヴァスの言葉に、ラウラや箒達も二人の正体に気付いて思わず身構える。その皆の様子を見たオランジュは慌てて声を出す…

 

 

 

「あぁ待て待て!!気持ちは分かるが落ち着け!!とりあえず今はその恰好は置いておくとして、敵意は無いんでしょ!?ね、スコールの姉御!?」

 

 

「えぇ、その通りよ。私もオータムも、ちゃんと更識の御嬢様と話をつけてからここに来たわ。だから安心してちょうだい?」

 

 

 

 こちらの気持ちを知ってか知らずか、フォレストと同様に指名手配中である元亡国機業の幹部…『スコール』は、相変わらず何を考えてるのか分からない怪しげな微笑を浮かべた。

 

 ただ、その目だけは本当に楽しそうだった…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「まさかスコール達まで呼ぶとは思わなかったわ…」

 

 

「僕たちも基本的に暇でね。それに今回に限っては、味方は多いに越したことは無いだろう…?」

 

 

「……あ、そう…」

 

 

「さぁて、問題はセイス…いや、今はセヴァスか。彼に手伝って貰うかどうかなんだけど、どうしたもんかねぇ……彼と付き合いの長い君は、どう思う…?」

 

 

「彼と戦った身だからこそ、彼が味方になった時は頼もしいと心から思うわね。だけど同時に…」

 

 

「ま、そうなるか…」

 

 

 

 旅館の一室で座りながら向かい合っていた元犯罪組織幹部と暗部当主は、同時に溜息を吐いた。今回、国際指名手配されているフォレスト達がここに来れたのは楯無の御蔭である。今回の臨海実習で確実にトラブルが起きるという情報を手に入れた楯無だったのだが、ちょっと事情が複雑な為に戦力を増強する事が出来ないでいた。

 

 そんな時、どういう風の吹き回しか知らないがフォレスト達の方からコンタクトが来た訳で…

 

 

 

「とにかく臨時雇いとはいえ、報酬に見合った働きはしてみせるよ…」

 

 

「えぇ、期待してるわ」

 

 

 

 立ち上がり、その場から去るフォレスト。今は旅館の従業員である為、さっさと行かないとまた女将にどやされる。しかし彼が部屋の戸に手を掛けた途端、楯無が声を投げかけてきた…

 

 

 

「念のため訊くけど……ここに来た理由は、彼を連れ戻すためかしら…?」

 

 

「……さぁ、ね…」

 

 

 それだけ言って、彼は部屋から出て行った。今の短い返事の中に含まれた真意はどっちなのか、流石の楯無にも分からなかった…

 




次回、『夕食&温泉』編…


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IF未来 続・学園編 その4

宴会前半戦です。温泉は、やっぱ最後にとっときます…


「おぉ見ろセヴァス!!この刺身、鮃だぞ!!」

 

 

「知ってる、裏で捌いたの俺だから…」

 

 

「なにぃ!?」

 

 

 

 日もすっかり沈み、今は夜。夕食の為に生徒達が集った宴会場は、例年通り…いや、例年以上の盛り上がりを見せていた。希少な男子が増えたということもあるが、何だか今年の料理やサービスのグレードが上がっている気がするのだ…

 

 出てきた料理に使われた食材は、高校生が口にするようなレベルの代物では無く、しかもその全てがお代わり自由。宴会場は4クラス分の人数が丸々納まる程に増築され、去年は設置されて無かったカラオケセットが配備された……今はのほほんさんが明日斗とデュエットで熱唱中である…

 

 何があったか知らないが、金かけ過ぎだろう…

 

 

 

「つっても、一昨年はカワハギが出てたんだっけ…?」

 

 

「贅沢者どもめ…そんなんじゃ舌がすぐに肥えるぞ……」

 

 

「三ツ星レストラン常連客のお前が言うな」

 

 

 

 生徒達がズラリと並ぶ正座席…その列の内の一ヶ所に、セヴァスとマドカの二人は居た。何故か居たスコール達と再会したあの後、休憩時間が終わりそうだったので何か釈然としないもののセヴァスは旅館に戻っていった。今まで厨房に籠り、夕食の仕込みを手伝っていたそうだ。セヴァスは料理に関する味付けや火の扱いは人並み程度で一夏以下だが、包丁捌きだけは一流であると自負している。因みに今回の夕食に出された刺身の盛り合わせは、全て彼の手によるものである。

 

 そして夕食の準備の手伝いを終わらせた彼は、次の仕事に取り掛かるべく張り切った。しかし、その前に軽く休憩を取らせて貰おうと思ったのだが…

 

 

 

『あぁ六道君、六道君』

 

 

『はい?』

 

 

『今日の君の仕事、さっきので終了だよ?』

 

 

『…え?』

 

 

 

 休憩時間を貰うどころか、もう仕事から解放されてしまった。一瞬だけ自分が旅館の人達に不興を買うような真似をしたのかと思って焦ったがそうでは無く、元から夕飯時になったら終わる予定だったらしいのだ。むしろ短時間だったとはいえ、かなり役に立ったと言って貰えた…

 

 というわけで、今は皆に混じりながらマドカの隣で夕飯を御一緒させて貰っているのである…

 

 

 

「マドカが三ツ星レストラン常連客?」

 

 

「それ、本当…?」

 

 

 

 さっきの会話が聴こえたのだろう、マドカの隣に座っていた一夏が話しかけてきた。今はマドカを挟むようにしてセヴァスと一夏が座っており、一夏の隣には簪が座っている。本当は一夏の隣に誰が座るのかでまたラヴァーズが揉めたのだが、昼間の様に彼はまたオランジュの隣に逃げたのだ。その時に簪が浮かべた表情を一言で例えるのなら、こうだろう…

 

 

―――計・画・通・り!!

 

 

 彼女の為なら三回廻ってワンもやりかねないオランジュのことだ、彼女の目が『お願い、席代わって』と言ってたら動くに決まっている。反対側に座る簪と目が合った瞬間、オランジュは既に立ち上がっていた。そして簪は他のラヴァーズが唖然とする中、悠々と一夏の隣に座ったのである…

 

 何でこうも簪には従順なのかオランジュに訊ねた事があるのだが、彼は教えてくれなかった。のほほんさん曰く、去年のゴタゴタの最中に何かあったらしいのだが……はたして…

 

 

 

「ふ、本当だ。私はお前と違って、高い店に行き慣れているのだ!!どうだ羨ましいか!?」

 

 

「マジで!?買い物行くとやたら値の張る食材ばっか買おうとすると思ったら、それが原因か!?」

 

 

「……いや、適当に選んだのがそれだっただけなんだが…」

 

 

「なん…だと…?」

 

 

「味さえ良ければ、食材なんて特に気にしないよなセヴァス…?」

 

 

「まぁ、な…」

 

 

 

 俺を基準にしちゃいけない気もするけど。人里から離れた土地に放り出された二年間は、川魚と獣と果物で食い繋いだ。火を起こすなんてことは出来なかったから、料理と呼べる代物を口にした記憶は無い。だから一時期、『店の料理』=『火の通った料理』と思ってた時があったぐらいだ。せめて骨やら内蔵やら食えない部分を取り除く事はしてたので、その過程で食材の下ごしらえと捌くのだけは上達したが…

 

 

 

「……何か、泣けてきた…」

 

 

「何故に?」

 

 

「だったらその涙を拭ってあげる…!!」

 

 

「え…?」

 

 

 

 俺の右隣…マドカが座る左隣とは逆の方からそんな言葉が聴こえてきたと思ったら、誰かがハンカチで半ば強引に俺の涙を拭ってきた。言い忘れたが俺の隣には現在、マドカと…

 

 

 

「よし、これで大丈夫ね…!!」

 

 

「ど、どうも…?」

 

 

「ふふふふふふ……セヴァス君の涙が染み込んだハンカチ…」

 

 

「ちょっとそれ返せや、ティナ」

 

 

 

 何故か俺の事を好きになってしまった、ティナ・ハミルトンである。潜入時代は楯無同様、CIA所属の彼女とは幾度となく激闘を繰り広げる羽目になった。ISとガチで殴り合い出来る俺と最後まで生身で戦い続けた猛者であり、何だかんだ言って実力に関しては一目置いてる。この変態的な面が無ければ…

 

 

 

「あんたセヴァスが関わると本当に壊れるわね…」

 

 

「鈴にだけは言われたく無いわよ」

 

 

「うぐッ…」

 

 

 

 ティナの隣に座ってた鈴がぼやくが、そこだけはティナの言葉に同意する。一夏の事で良い事があると(ぬか)喜びのあまりトリップ状態に入り、傍から見ると危ない人に見えたのは一度や二度では無い。寮でくつろいでいる時、最も独り言が多かったのは彼女だったりする。因みに、二番目はシャルロット… 

 

 

 

「……それはさておき…」

 

 

「逃げたわね、ツンデレ酢豚」

 

 

「五月蠅いわね!!あんた、いい加減にセヴァスのこと諦めなさいよ。」

 

 

「だが断る!!」

 

 

 

 彼女が俺に恋心を抱いていた事を知ったのは、マドカと恋人宣言をした後である。まさか、遭遇する度に殺人パンチと鉛弾の応酬を繰り広げていただけの彼女が俺に惚れているとは思いもしなかった。まぁ、知った所で俺はマドカを選ぶことに変わりないけど…

 

 

 

「どんなに勝ち目が薄かろうが、私は諦めない!!それにこうやってアピールを続けていれば、いつかきっとセヴァス君だって心変わりして……」

 

 

「ゴメンナサイ」

 

 

「ぐはぁ!?……いいや、まだよ!!まだ終わらないわ!!セヴァス君が居る限り、第二第三の…」

 

 

 

―――シュパッ!!

 

 

 

「もきゃあああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 

 

 何か黄緑色の物体が俺の鼻先を通り過ぎたと思ったら、そのままそれはティナの口の中に入った。その瞬間、彼女は悲鳴を上げながらジタバタとのたうち廻り始めた。まさかと思って反対側に顔を向けると、マドカが態々箸を左手に持ち替えて何かを投げたかのような体勢をとってた…

 

 

 

「あああああああああああああああああああ水うううううううううぅぅうぅぅぅぅぅ!?」

 

 

「……放り込みやがったな、ワサビの山を…?」

 

 

「ふん、人の彼氏を本人の前で狙う方が悪い…」

 

 

 

 めっちゃ良い笑顔を浮かべてやがる。オランジュは昔、調子乗りすぎてチューブ丸々一本分のワサビを鼻にぶち込まれたらしいが……くわばらくわばら…

 

 

 

『あぁ~マイクテス、マイクテス。』

 

 

「ん?オランジュか…」

 

 

「何してんだアイツ…?」

 

 

 

 何時の間にか宴会場のステージの上にオランジュがマイク片手に立っており、それに気付いたのとほぼ同時に照明が消されて真っ暗になる。しかし、すぐにステージの部分だけに明かりが点いた。

 

 

 

『へぇい皆さん、お食事中失礼するぜぇ!!只今より、スーパーお楽しみタイムを開催するッ!!』

 

 

「……何をする気だ…?」

 

 

「良い予感はしないな…」

 

 

 

 オランジュの言葉に俺を含めた全員がざわめき始める。もの凄くノリノリな分、恐ろしく不安である。亡国機業の忘年会でも、碌な目に遭った記憶が無い…

 

 

 

『それではまず、これを見ろい!!』

 

 

 

 オランジュがそう言うや否や、彼の背後に巨大なモニターが現れた。そしてそこに映し出されたのは、やけに豪華で高そうなレストラン。そこで一人で食事を摂ってる黒髪の少女…その少女は、やたら落ち着きなくキョロキョロと視線を彷徨わせている。時折席を立とうと思っては座り、立とうと思っては座りを繰り返すところを見るに、食欲と羞恥の板挟みに遭っているようだが……

 

 

 

「待てえええええええええええええええぇぇぇぇいッ!!」

 

 

 

―――隣のマドカが思いっきり叫んだ…

 

 

 

「消せ!!いますぐにその映像を消せえええええぇぇぇぇッ!!」

 

 

『皆さん、確保~』

 

 

「「「「「「は~い」」」」」」」

 

 

「うわ、何するコラ!!放せ馬鹿ども!!」

 

 

 

 即座に立ち上がってオランジュに殴りかかろうとしたマドカだったが、目前でノリの良い一組一同に抑えれてしまう。彼女の反応であの映像が何なのか大体分かってしまったのだが、それだけにマドカは大焦りだろう。少し涙目になってるし……しょうがない、ちょっくら止めてくるとしよう…

 

 

 

『まぁまぁ、落ち着けよマドカ。この映像を流したら……の映像を流すからさ…』

 

 

「……本当か…?」

 

 

『モチのロンよ』

 

 

「……ちゃんと流せよ…」

 

 

『応よ』

 

 

 

 あれ?オランジュに何かを囁かれた途端、急に大人しくなった。そしてそのまま拘束を解かれ、スタスタと元の場所に戻ってくる。何を言われたのか知らないが、腹を括ったようだ。

 

 

 

「おい、良いのか…?」

 

 

「構わん!!掛かってこいオランジュコノヤロー!!」

 

 

 

 

―――両耳を塞ぎ、両目を固く閉じて言われてもなぁ…

 

 

 

 恥ずかしいのに変わりは無いようだが、そりゃそうだ…あの映像は見る分には微笑ましいが、本人からしたら黒歴史に他ならない。ましてや、ついさっきその話題を口に出したばかりだというのに……

 

 

 

『よぉし、本人のOKは貰ったぁ!!それでは、続きを再生!!』

 

 

 

―――自称・高い店に行き慣れてるマドカの、初めての三ツ星レストラン映像なんて…

 

 

 

「織斑さん…」

 

 

「マドカちゃん…」

 

 

「見るな!!私をそんな温かい目で見るなああああああぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 とは言ったものの、皆がそうなるのも仕方のない事だと思う。まるで親からはぐれた子犬の様にせわしなく視線をキョロキョロさせ、店の雰囲気に呑まれたせいで身体はカチカチと震えている。御冷を持てばその震えのせいで水が波打ってしまい、グラスに口を付けても碌に飲めて無かった…

 

 

 

「あ、料理が運ばれてきた…」

 

 

「流石食いッ気に定評のある織斑さん…目がキラキラしてる……」

 

 

「ぬああああッ…」

 

 

 

 前菜が運ばれてきた瞬間、ほんの一瞬だけ映像の中のマドカの表情が明るくなった。流石は亡国機業きっての食いしん坊、美味い物には目が無いようだ。食欲が緊張感に勝り、ちょっとは落ち着いたみたいだ。ところが…

 

 

 

「あれ?動きが固まった…」

 

 

「料理と食器をガン見してるけど、何で…?」

 

 

「……もしかして、どの食器を使えばいいのか分からない…?」

 

 

「「「「「それだ!!」」」」」

 

 

「……。」

 

 

 

 その通りだった。複数あるフォークやナイフを取っては使うのを躊躇い、何度も持ち直したり置いたりしていた。再び緊張感と焦りが生まれ、今度は震えだけでなく冷や汗まで流し始める始末だ…

 

 

 

「あ、ISのハイパーセンサー使った!!」

 

 

「他の客の様子を見て確かめようとしたんだわ!!」

 

 

「おぉ、正しいナイフとフォークを選んだ!!」

 

 

「あの幸せそうな顔!!試練を乗り越えて美味しさも二倍なのね!!」

 

 

「……もう、いっそ死なせてくれ…」

 

 

 

 その後も自称『行き慣れてる』人の記録映像は、本人を恥ずかしさで殺しかねないシーンを幾つも流した。料理が来る度に幸せそうな表情を見せ、一品食べ終わる度に追い込まれた小動物のように落ち着きが無くなる。思わずナイフを床に落とした時なんて『ヒッ!!』と随分可愛い悲鳴を上げ、デザートを食べ終わった時なんてまるで超難関任務を成し遂げた時のようなドヤ顔を浮かべていた…

 

 そして支払いを済ませたマドカがヨロヨロと覚束無い足取りで店を出て、合成で『よくできました!!』と大きな文字が映し出されてその映像は終わった……その結果…

 

 

 

「何かあれだね…」

 

 

「うん、そうだね」

 

 

「とりあえず、織斑さんは…」

 

 

 

「「「「「「「「「とっても微笑ましいね!!」」」」」」」」」」

 

 

 

「ぬうわあああああああああああああああああああああああああああああああああッ……!!」

 

 

 

 顔を真っ赤にして叫んだ挙句、宴会場の隅っこに逃げて丸まってしまった。今は敢えてそっとしといてやろう、それが彼女の為である……実はさっきの映像、持ってるんだよね。姉御に貰ったから…

 

 

 

「おい、大丈夫かマドカ…?」

 

 

「お、思い出したくない思いでなんて皆さん一つや二つ持ってるモノですわ…」

 

 

 

 割と近かった箒とセシリアがマドカを慰めようとするが、彼女はすっかり塞ぎ込んでしまった。こうなると分かってたろうに、何で許可したんだ…?

 

 

 

『おぉいマドカ、良いのか?約束通り例の映像、今から流すけど…』

 

 

「ッ!!」

 

 

「例の映像…?」

 

 

「ふはははは!!何をしているオランジュ、さっさと流せ!!」

 

 

 

 いきなり笑い出したと思ったら、箒たちが呆気にとられのにも構わず一瞬で戻って来た。どうやら、例の映像とやらが理由みたいだが……ちょっと待て、この流れでマドカが喜びそうなものって…

 

 

 

『さぁ、次の映像はコレだ!!』

 

 

 

―――モニターに映し出されたのは雨の中、段ボールに入れられた子猫と傘を持った一人の少年…

 

 

 

「オランジュテメェこの野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

『ラウラさ~ん』

 

 

「了解」

 

 

「ぐッ、AICだと!?」 

 

 

 

 うわああぁぁぁヤバイヤバイヤバイヤバイ!?誰にも見られてないと思ってたのに、何でそんな映像が残ってやがるんだ!?何としてでも阻止しないと俺の精神的ライフが即死してトルネードした後にビッグバンするっていうかパニクッて自分でも何言ってるんだかわけ分からん!?

 

 しかし、必死に抵抗する俺に反してラウラの拘束はビクともしない。しかも動きを止められたタイミングが最悪なせいで、モニターの真正面を向いた状態で固まってしまった。これじゃ目を背ける事も出来やしない…

 

 

 

「ははは、諦めろセヴァス!!私に続いてお前も晒せ晒せぇ!!」

 

 

「マドカてめぇ!!」

 

 

 

 何で素直に自分の黒歴史を見せるの容認したんだろうと思ったら、そういうことか畜生!!って、うわああああぁぁぁ!!本格的に始まりやがったあああああああぁぁぁ!?

 

 

 

「六道君…後ろ姿も格好いい…」

 

 

「見てみて!!しゃがんで子猫を撫で始めた!!」

 

 

「猫も気持ちよさそうだけど、六道君も何か幸せそう…」

 

 

 

 ぐああああああああ!?確かコレって二年前の六月、食料の買い出しに行った時のだ。現在の俺が悶えてる事を知らない映像の中の俺は、傘を片手に子猫を優しく撫でている…

 

 

 

「傘を猫の段ボールに立てかけた!!ていうか、猫にあげた!?」

 

 

「そしてどっか行ったね…」

 

 

 

 あぁ…確かこの時、近くにコンビニがあったから、つい……

 

 

 

「戻って来た、そして何か持ってる…」

 

 

「ん~?……あ、牛乳と猫缶だ!!」

 

 

「子猫の為に買ってきたのね!!」

 

 

 

 だんだんと周囲から送られてくる視線が温かくなってきた。だが、ここまではまだマシだ。本当に見せたくないのは、この後である。最後の抵抗とばかりに身体に力を加えるが、AICが解除される気配は一切ない……畜生!!もう好きにしやがれぇ!!

 

 

 

「お!!六道君が猫を抱き上げた!!」

 

 

「どっちも嬉しそうだね…」

 

 

「あれ、六道君が何か囁き始めたよ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『ははは、まるでマドカみたいな奴だな…』

 

 

―――『にゃ~』

 

 

―――『何か不満そうだな…お前、あれだぞ?マドカって本当は凄く可愛い奴なんだからな?いつもは意地張ったりしてるけど、本当は御茶目で癒し系な女の子んなんだぜ?』

 

 

―――『うにゃ?』

 

 

―――『おうよ、本当だとも。A○B48とか少女○代とか人気だけど、マドカには勝てないね。俺の中では『マドカ=世界一可愛い』の図式が出来てるくらいだ。つまり、今のは俺にとって最上級の褒め方というわけだ!!』

 

 

―――『にゃん』

 

 

―――『おぉ分かってくれたか!!よしよし、良い子だ…』

 

 

―――『にゃ~♪』

 

 

―――『おや?……ははは、やっぱり良い子には良い事が起きるもんだ…』

 

 

―――『にゃ?』

 

 

―――『ほら…あそこに居る人、お前を連れ戻しに来た飼い主さんじゃないか?』

 

 

―――『にゃあ~!!』

 

 

 

 

 子猫が飼い主の元に駆け寄っていったところで映像は終わり、それと同時に皆の視線が俺へと集まって来た。ある者はこっち見ながらニヤニヤしており、ある者は顔を赤くし、ある者は何故か悔しそうに泣いていた。日頃皆の前でいちゃついているが、俺もマドカも『それが昔から普通』みたいな態度を取っている。それだけに、こういうド直球なのに対して俺達自身に免疫が無い。精々、意地張るのをやめて互いに告白した時ぐらいじゃ無いだろうか、こういうのは…

 

 気不味くなり、マドカの方へと視線を向けてみる。すると彼女は人一倍顔を真っ赤にしており、恥ずかしさ半分嬉しさ半分な表情を浮かべて固まってた。そして俺と目が合った瞬間に慌てて目を逸らしたが、やがてポツリと言葉を紡ぎ出した…

 

 

 

「…え、っと……そのう、何だ…………ありが、とう…嬉しい、ぞ…?」

 

 

 

―――照れながらもそう言ってくれた彼女を、もの凄く抱きしめたくなりました…

 

 

 

 

 




さて、次は宴会後半戦に加えて日程二日目……ちょっぴりシリアスです…


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クリスマス特別編 前編

常夏の続・未来編の間に挟むのは気が引けますが、とりあえずコッチに…


―――12月25日深夜・IS学園にて…

 

 

 年末…多くの生徒達が帰郷した夏休み以上に人の姿は減り、いまやIS学園には最低限の教員とごく僅かな生徒達しか残っていない。ましてや今日はクリスマスで深夜、あの織斑千冬でさえ仕事をほっぽり出してる位だ……いや彼女の場合、織斑千冬だからこそ仕事を放棄したのかもしれない…。

 

 

 

「なぁ、やめないか…?」

 

 

「おいおい、今更そりゃないぜ。折角来たんだから最後までやろうぜ?」

 

 

 

 そんな中、今年一番の静けさを誇る学園寮を歩く二つの人影があった。一人は赤い衣装にツケ髭のサンタコスチューム、もう一人は赤鼻のトナカイの着ぐるみである。

 

 

 

「つーか、もっとマシなモノは無かったのかよ…?」

 

 

「アホか!!のほほんさんじゃあるまいし、他に着ぐるみなんざ持ってる訳ねぇだろ!!」

 

 

 

 前言撤回…もう一人は、クマの着ぐるみを着ている。ただ少しでもトナカイに近づけようとしたのか、段ボールとガムテープで角を作り、ガチャポンのカプセルで赤鼻を作っていた。

 

 

 

「だいたい何でこんな事しなきゃなんねぇんだよ!?」

 

 

「落ち着け、今は我慢だ」

 

 

 もうお分かりだと思うが、このエセサンタとトナカイ熊はオランジュとセイスである。欧米系の二人だが、クリスマスをただの祝日程度にしか思ってない冷めた奴らである。一夏達も在校組で催されたクリスマスパーティで疲れたようで、今はラヴァーズ共々各自の寮室でぐっすり眠っている。もう今夜は監視する必要も無くなり、買い出しに行った食料と酒で軽く宴会しながら過ごそうと思ったのだが…

 

 

 

『戻ったぞオランジュ……て、何じゃこりゃ…!?』

 

 

『おぉう…おかえり…丁度さっき着いたところだ……』

 

 

『いや、何だよこのクリスマスプレゼントの山は!?』

 

 

 

 隠し部屋に戻って最初に目にしたのは、組織の連中…主に『IS少女ファンクラブ』が送って来たクリスマスプレゼントの山である。一緒に送られてきたメッセージ曰く…

 

 

『いつも任務御苦労様、そして日々の潤いを届けてくれる君達に心から礼を!!今日はそんな君達に感謝の意味を込めて、このクリスマスプレゼントを“ワンサマラヴァーズに届ける権利”をプレゼント致します!!その役目は是非とも我々に譲っていただきたいところですが、先程も言ったようにこれは貴方たちへの感謝の気持ちなのです!!というわけで、是非とも楽しんで下さいね!!メリークリスマス!!

 

 追伸・プレゼントはちゃんと渡して下さいよ?    

 

                               IS少女・ファンクラブ連合議長 メテオラ』

 

 

 などと恩つけがましくも迷惑でウザったい事この上ない御礼を受け取り、何やら余計なお願いをされてしまったのである。正直言ってメッセージを半分読んだあたりで思わず壁を殴りつけてしまったが、仕方の無い事である。流石のオランジュもコレにはイラッと来たのか、無視を決め込むことにした。

 

 

 

『……あ、ちょっと待てよ。良い事思いついた…』

 

 

 

 と、思ったのも束の間…オランジュは何やら思いついたかのような仕草を見せ、どっからともなくサンタ衣装を取り出して身に着けた。そしてセイスにトナカイの恰好をする様に強要し、仕方なしに例の熊の着ぐるみを魔改造してプレゼントの山を詰め込んだ袋を抱え、今に至るというわけだ。

 

 

 

「まぁまぁ聴け…彼女らの年代で、今時サンタさんを本気で信じてる奴なんざ居ないだろ?」

 

 

「ラウラはガチで信じてるぞ…?」

 

 

「……。」

 

 

 

 この前、一夏達がクリスマスの事を話題にして談話している時、その話を聴いた彼女は特にサンタさんに対して興味津々だった。サンタを捕獲するとか意気込み、部屋中にトラップを仕掛けてシャルロットを困らせてたし…

 

 その後『良い子にしてれば来てくれる』というシャルロットの一言で彼女は諦め、この一週間は一層に早寝早起きを心掛けている。しかも昨日、部屋を物色したらちゃんとサンタ宛の手紙が置いてあってビックリした。何だかちょっと微笑ましかったのは内緒だ…

 

 

 

「そういえばラウラに触発されたのか、他の奴らも面白半分でサンタ宛の手紙書いてたな……何を頼むつもりか知らないが、もうサンタでキャイキャイする年齢じゃ無いだろうに…」

 

 

「そういや、お前って俺と会った時には既にサンタの事信じてなかったな…」

 

 

「当たり前だ。俺は旦那たち以外からクリスマスプレゼント貰ったことんなんて、一度も無い」

 

 

「……何か、ゴメンな…」

 

 

 

 生まれて初めてのクリスマスプレゼントは8歳の時、フォレストの旦那達に貰った童話集だった。因みに今も大切に保存してあり、俺にとっての宝物である。しかし後で気づいたのだが、旦那がくれた絵本の表紙…ていうか著者の名前が書いてある場所に、『アンデルセン』って書いてあったんだけど……まさか、ね…?

 

 

 

「っと、話の腰を折って悪かったけど、彼女達がサンタ信じてない事が何だ…?」

 

 

「精々願掛け程度のつもりだったプレゼントのお願いが、翌朝叶ってたらどうすると思う?」

 

 

「本気でサンタを信じてるラウラ以外は、不思議がる…ていうか、不審に思うな」

 

 

「そうとも…差出人不明のプレゼントなんざ、廃棄される可能性が大だろ?」

 

 

 

 しかも彼女達は代表候補生、国の重要人物予備軍だ。こういう怪しい贈り物には一層の警戒心を抱く筈である。ましてや送り主は、ストーカーになる一歩手前のファンクラブの連中だ。碌なモノを送ってこないに決まってる…

 

 

 

「けど、しっかり渡した時点でファンクラブの連中への義理は果たした事になる。その後にプレゼントが捨てられようが、“誰かに拾われようが”俺達の知ったこっちゃ無い…」

 

 

「……成る程…」

 

 

 

 互いに目を合わせ(サンタ&着ぐるみ)、同時にニヤリと笑う。彼女達が要らないものは、俺達にとっては嬉しいものかもしれない。それに使えないものだったとしても、自分達の欲望を満たすためには金を出し惜しみしないファンクラブの連中の事だ、売ればさぞかし良い値段が付くに違いない…

 

 

 

「よっしゃ行こうぜ、臨時収入の為に!!」

 

 

「おうよ!!目指せ麗しきIS少女達の部屋へ!!」

 

 

「お~♪」

 

 

 

 

---エセサンタ一人、着ぐるみトナカイ二匹は意気揚々と歩みを進めた…

 

 

 

 

「ん?」

 

 

「……二匹…?」

 

 

 

 右隣を見ると、付け髭、安物コスプレセットで身を包んだオランジュが居る。左隣を見ると、自分の魔改造トナカイベアとは違い、ちゃんとした赤鼻のトナカイの着ぐるみを着た…

 

 

 

「ん~?どうしたの~?」

 

 

 

「「キェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」

 

 

 

 

---笑顔の布仏本音が居た…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「さぁさぁサンタさん、早く早く~!!」

 

 

「ま、待ってくれぇ…熊トナカイさん、ソリで引っ張ってくんない?」

 

 

「良し分かった、乗れ」

 

 

「おぉうサンキュ…ってゴミ箱じゃねぇか!!」

 

 

 

 あれから数分後…何故かのほほんさんもコレに同行することになった。潜入生活の割と序盤のうちに超危険人物へと認定された彼女と一緒に行動するというのは、何だか核ミサイルを抱えて歩いている気分で心臓に悪い。しかし…

 

 

 

『何を驚いてるの~?早くしないと朝になっちゃうよ~♪』

 

 

『『え…?』』

 

 

『ささ、早く早く!!プレゼント配りにいくんでしょ~?』

 

 

 

 本気なのかふざけてるのか良く分からないが、どうやら本物サンタとトナカイとして認識されたらしい。こっちが唖然としているのにも関わらず、彼女はさっさと先に行こうとするので仕方なくついて行く事にした。本当は逃げたかったのだが、後が怖いので素直に従うしか無い。聖夜の夜に呪われるなんて笑えないにも程がある…

 

 そんなわけで、この良く分からんサンタの真似事を、眠れるドラゴンと御一緒する羽目になった…

 

 

 

「と、着いたな…」

 

 

「本日一人目、篠ノ之箒の部屋か…」

 

 

 

 目の前には世界的重要人物の妹、篠ノ之箒とそのルームメイトである鷹月静音の部屋。当然ながら、鍵はしっかりロックされている。しかしそんなもの、あって無い様なモノである。

 

 

 

「熊トナカイさん!!」

 

 

「あいよ!!」

 

 

 

 シャキーン!!と針金状のピッキング用仕事道具を取り出し、鍵穴に差し込む。電子ロックといえど、リーダー部分さえ分かればこっちのもの。少しばかりイジくり回せば…

 

 

 

---ピッ!!……ガチャ…

 

 

 

「一丁あがり!!」

 

 

「おぉう、流石に手慣れてる~」

 

 

「熊トナカイさん凄~い」

 

 

 

 ヤンヤヤンヤと拍手喝采を送られて満更でもなく、熊ヘッドの中でドヤ顔を浮かべる。しかし良く考えると、このピッキングする熊トナカイって凄いシュールな光景……また七不思議に追加されたらどうしようかな…?

 

 

 

「ま、良いや。とにかくお邪魔しま~す…」

 

 

「失礼しま~す」

 

 

「しののんヤッホ~」

 

 

 

 物音を一切立てずに侵入する一人と二匹。場所が場所なので、どう見ても不審者ですありがとう御座います。それはさておき、ベッドを確認するとやっぱりちゃんと二人とも居た。現代っ子な鷹月さんはともかく、超武士娘な箒は基本的にクリスマスを祝おうとしない。精々、一夏に合わせて混ざった位である。その為か、他の生徒たちと比べて随分と早く就寝したようである。

 

 

 

「熊トナカイ、ターゲットの様子は?」

 

 

「……超ぐっすりだ…」

 

 

「真トナカイさんの方は?」

 

 

「こっちもOKだよ~」

 

 

「良し。そんじゃ、プレゼントを取り出しますか…」

 

 

 

 そう言ってサンタ(オランジュ)は背負っていた袋を降ろし、中に手を突っ込んでプレゼントを探り始めた。全部箱やら小袋に詰められていたが、中に入っているモノと誰宛のプレゼントか書かれたメモ用紙が添付されていたので確認は出来た。けれど地味に数が多かったので、途中から宛先しか確認しなかったので微妙に不安である…

 

 などと思っている内に、オランジュが一つのプレゼントを取り出した。赤い箱に白いリボンは、どことなく箒の専用機である赤椿を連想させた。

 

 

 

「えぇっと、こいつはドイツの『鉄(アイゼン)』からだな…」

 

 

「そういやアイツ、ファース党だったか……で、中身は…?」

 

 

 

 ティーガーの兄貴程では無いが、真面目であることに定評のある奴だ。そんな奴があのファンクラブに入っていたという事実だけでも充分に驚きモノなのだが、果たして何を送ってきたんだか…

 

 

 

「メモ用紙によればFカップのブr…」

 

 

「「アウトおおおおおおおぉぉぉぉ!!」」

 

 

「じぇすたきゃのん!?」

 

 

 

 つい反射的にボディブローをのほほんさんと一緒に繰り出してしまったが、幾ら何でもそれは駄目だろ!!いったいどうしちまったんだアイゼン君よ!?

 

 

 

「ぐふぅ……俺、殴られる理由なくね…?」

 

 

「でもねサンタさん、そのメモを読み上げようとした時点でどうかと思うよ…?」

 

 

「そ、そうですか……だけど箒さん宛てのプレゼント、全体の半分くらいコレなんだけど…」

 

 

「何考えてるんだあの変態共は!?」

 

 

 

 いや、彼女が自分の胸のサイズを気にしてるのは割と知られてる話だけどさ…だからって直接的な面識の無い相手、それも女性相手に下着をプレゼントって馬鹿か?一夏でさえこんなセクハラ紛いはしねぇよ……多分…

 

 

 

「……今度、ちょっと御仕置きしに行こうかな…」

 

 

 

 

---隣に居るのほほんさんが不穏な台詞を呟きなすった…

 

 

 

 

「ほ、他に無いのか?まともなプレゼントは…?」

 

 

「ちょっと待ってろ、今漁ってみる…」

 

 

 

 言うや否やゴソゴソと袋を探り、次々と箒宛のプレゼントを取り出すオランジュ。彼の言うとおり、広げられたプレゼントの大半は『ブ』で始まって『ジャー』で終わるモノばかりだった。そのどれもがビッグサイズで、間違って鈴宛のプレゼントに混ざったら色々な意味で大変な事に成りかねない。余談だが、これを送った馬鹿共は翌日、一人残らず不運な事故に遭って大怪我したそうな……くわばらくわばら…

 

 しかし良く見ると、まともなプレゼントも結構あった。新品の竹刀や木刀、値の張りそうな着物、髪留め用のリボンなどが良い例だろう。一夏にアプローチさせる為なのか、ペア専用の御食事券もあった…

 

 

 

「どいつもこいつも、面白いぐらいに金掛けてるな…」

 

 

「むしろ貢いでるってレベルだろ…」

 

 

 

 あいつら、ただでさえ俺より給料少ないのに大丈夫なのだろうか?自業自得とはいえ、ちゃんと年越せるのか本気で不安になってしまった…

 

 おっと、そういえば…

 

 

 

「箒は何をサンタに頼んでる…?」

 

 

「お、枕の横にちょうど手紙があった……『クリスマスなんて外来文化なんぞ』とか言ってた癖に、相変わらず虫の良い奴め…」

 

 

「しょうがないよ、しののんって不器用だから…」

 

 

 

 のほほんさんにまで言われてるぞ、箒よ…。何はともあれ、オランジュは置いてあった手紙を手に取り、書いてあった文字を読み上げた……

 

 

 

 

「……『一夏との時間』…」

 

 

「「……。」」

 

 

 

 

―――箒さん、サンタは流れ星じゃありません…

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「さてと、取りあえず箒、セシリア、鈴へのプレゼントは置いてきたのは良いが…」

 

 

「仕分け…した方が良いよな、コレ……」

 

 

「私もそう思う~」

 

 

 

 関係ないと言ってしまえばそれまでだが、何か身内のせいで悪い気分にさせるのは気が引ける。不用意に全て置いてきて、さっきみたいな地雷風のプレゼントを置いてくるとはマジで御免蒙る。

 

 にも関わらず、どいつもこいつも碌なモノを送ってこない。セシリア宛のプレゼントが全部料理本だったのはまだ良いが、鈴宛のプレゼントはどうも彼女に喧嘩を売っているようにしか思えなかった…

 

 因みに、サンタ宛の手紙にセシリアは『欲しい物は自力で手に入れますわ!!』と書かれており、鈴の手紙には『幸運』の二文字が……何だかなぁ…

 

 

 

「誰だ、鈴へのプレゼントに豊胸グッズとパンダのぬいぐるみ入れやがったの…」

 

 

「前者はともかく、後者は何で駄目なの~?」

 

 

「アホ、小学生の頃に名前がパンダに似ているせいで苛められたって、言ってたろうが…」

 

 

「あ、だからリンリンって呼び方嫌がったんだ……今度気をつけよ…」

 

 

 

 こんな感じで『お前ら、マジでファンとしてどうなの?』なプレゼントが思いのほか多くて唖然としたのである。まともなプレゼントもあるにはあったが、インパクトが違いすぎる…

 

 

 

「中華料理専用調理器具セットとか、一夏のと同じ白い腕時計はまだ良いけどさ……本当に、アイツらはよぉ…」

 

 

「……とにかく、さっさと終わらせちまおうぜ…」

 

 

 

 オランジュのその言葉で気持ちを切り替え、視線を廊下に広げたプレゼントの山に移す。プレゼントは全てワンサマラヴァーズ宛てであり、つまるとこ残りはシャルロットとラウラ、そして簪の為のプレゼントである。ところが…

 

 

 

 

―--グシャッ!!

 

 

 

「え…」

 

 

「え〝…」

 

 

「ん?どうかしたの~?」

 

 

 

 

―――簪宛のプレゼントの九割が独りでに、一瞬にして粉々に砕け散った…

 

 

 

 

「な、何でもないっす…」

 

 

「簪さん宛てのプレゼントは、あなた様に任せます…」

 

 

「任された~♪」

 

 

 

 砕かれた半分はどうせ碌な物では無くて、のほほんさんの怒りを買ったのだろうが…やっぱり怖い。彼女達のことを真面目に考えてやらないと、自分達もあの砕かれたガラクタの後を追うことになるのではなかろうか…?

 

 

 

「……お前は充分過ぎる位に考えてると思うけど…」

 

 

「ん、何だって?」

 

 

「いや、何でもない…」

 

 

 

 うだうだ言いながらも、せっせと3人でプレゼントの仕分けをしていく。シャルロット宛のプレゼントはアクセサリーや新しい服、可愛い系のキーホルダーやぬいぐるみなど、意外と普通のモノが多かった。一人だけ迷えるチキンな執事服を送った馬鹿が居たが、あるとすればそれ位だ…

 

 チラリとのほほんさんの方に視線を送ると、生き残ったプレゼント候補をヒョイヒョイと拾い上げて袋に詰め直している最中だった。良く見るとアニメや特撮のDVD、ゲームのソフトやおしゃれ用眼鏡などが殆どだった。因みに『更識いもう党』所属のメテオラは、彼女が前から欲しがっていた『立体ホログラム』を送ったようだ。幸い粉砕されることもなく、無事プレゼント行きが決まった。

 

 今までのが碌でもないものばっかだったので、何だかこの二人へのプレゼントは随分と普通に見えた…

 

 

 

 

「さて、残すは肝心のラウラ宛のプレゼントだけど…」

 

 

「……なんだかなぁ…」

 

 

「……。」

 

 

 

 仕分けしている最中、薄々と気付いていたのだが……ラウラへのプレゼントが…

 

 

 

「……なんか、異常に多くね…?」

 

 

「多いな」

 

 

「多いね~」

 

 

 

 シャルロットと簪、この二人のプレゼントを同じ袋に詰めてもまだ余裕がある。ところが、ラウラ宛のプレゼントは巨大なサンタ袋丸々ひとつ分、見事にパンパンに膨らませていた。ファンクラブの各党の構成員は、基本的にほぼ均等である筈だ。こんな露骨にプレゼントの数に差が出るわけないのだが…

 

 

 

「なんか嫌な予感がする…」

 

 

「奇遇だな、俺もだ…」

 

 

「いざ開封~」

 

 

「「空気読めよダークホースッ!!」」

 

 

 

 尻込みする俺達を余所に、のほほんさんは躊躇無く袋の中身を確認した……その結果…

 

 

 

 

 

 

「………………うわぁ……」

 

 

 

 

 

―――短くそう声を漏らし、思わず後ずさりした…

 

 




次回、ラウラのプレゼントの中身が判明……そして、彼もちょっと登場…


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クリスマス特別編 後編

ツッコミ所満載です…;


 

「突撃…」

 

 

「隣のクリスマス・イヴ…」

 

 

「御邪魔しま~す…」

 

 

 

 遂にやって来た、ラウラの部屋。簪のプレゼントは彼女と同室のトナカイ(のほほんさん)が帰り際に持っていくだろうし、実質ここが最後の部屋である。のほほんさんの指パッチン(怪奇現象)で鍵を開け、いざ入室。しかし異常な量になったプレゼントの数々は一応仕分けしたものの、あんまり減らすことが出来なかった。背負った袋に視線をチラリと移すと、さっきと殆どサイズが変わってないことを改めて認識する…

 

 

 

「だけど、ラウラの事を考えるとなぁ…」

 

 

「何か、喜びそうなモノばっかなんだよね…」

 

 

「……ま、取り敢えずオランジュはシャルロットの方を頼む…」

 

 

「あいよ~」

 

 

「ん…?」

 

 

「どうした…?」

 

 

 

 今のオランジュとのやり取りに何かの違和感を感じたのだが、具体的に何が変なのかが分からない…。もしかしたら気のせいかもしれないし、深く考えるのはやめよう…

 

 

 

「とにかく、プレゼントをオープン…」

 

 

 

 俺が持ってる袋の中身全部がラウラ宛なので、このまま置いて行っても良い気もするが、流石にそれはダメな気がするのでプレゼントを袋から取り出し、並べ始める。しかし、改めて並べたものを見渡してみて再認識したが……やっぱりインパクトが凄まじい…

 

 

 

「わぁ…改めて見ても、ラウラウのプレゼントって……」

 

 

「何だかなぁ…」

 

 

 

 ラウラの為にプレゼントを贈った連中は、亡国機業のファース党やセカン党の変態共と比べたらずっとマトモなのだが、送ってきたプレゼントの内容が内容なだけにぶっ飛んでると思わざるを得ない。何せその中身は…

 

 

 

「子供用御菓子セットに、テディベア…」

 

 

「クリスマスケーキにクリスマスツリーのインテリア、サンタの人形にオルゴール…」

 

 

「新品の拳銃やナイフ……うわ、スぺツナズナイフまである…」

 

 

「C4爆弾組立キットまであるよ…」

 

 

「かと思ったらリイ○フォースのコスプレセットなんてもんも混ざってる……そういやあのアニメ、最終決戦はクリスマスだったっけ…?」

 

 

 

 普通の子供に贈るような微笑ましいモノ、どこぞのミリオタが喜びそうな物騒なモノ、何だか言葉を失いそうになるモノ…改めて言うが、これ全部ラウラに送られてきたプレゼントなんだぜ?この種類豊富で統一性の欠片も無さそうな、カオスの極みに至りそうなプレゼントの山が全て、一人の少女の為に送られてきたとは誰も想像できまい……

 

 何か色々と不味いと思ったのだが、ラウラの密かな趣味を知っていることもあり、このプレゼントを受け取った時の彼女の様子を想像してみた結果…

 

 

 

―――見てみろシャルロット!!サンタは本当に来てくれた!!

 

 

―――ふぅむ…眠っていたとは言え、私が気配を察知出来なかったとは……この贈ってくれた武器の数々の趣味の良さと言い、サンタはプロなのか…?

 

 

―――こ、これは!!予算的に辛くて購入を諦めた奴じゃないか!!

 

 

 

 うん…頭がオカシイと言われるのは重々承知だが、ラウラがこんな風に喜ぶ姿を想像出来てしまったのである。その姿が一度浮かんでしまうと、仕分けする手は見事に止まった。やっとの思いで捨てることが出来たのは、『世間の常識百選』とか言う明らかに相手に喧嘩を売ってる本だけだった。因みに良く見ると、それを送って来たのはアメリカ支部の馬鹿兄弟だったので少しイラッとした。常識が必要なのはお前らの方だっての…!!

 

 

 

「さて、こんなモンか…」

 

 

「改めてみると、凄い光景だね~」

 

 

 

 翌朝気付いた時のラウラの反応が楽しみである。何せ自分の眠っていたベッドがプレゼントの山に完全包囲されており、その質も量も半端無い。それらに囲まれてスヤスヤ眠る彼女の姿は、本当に幼く見えて微笑ましかった…

 

 

 

「……そういや、ラウラが書いたサンタへの手紙を見てなかった…」

 

 

 

 これだけ様々なプレゼントが揃っていれば、必ず一個くらいは混ざってると思うけど一応は見ておこうと思う。そして枕の横に置いてあった紙切れを手に取り、書いてあった文字に目を通すと…

 

 

 

 

―――『嫁』

 

 

 

「……なんの躊躇も感じさせない筆跡に漢気を感じた…」

 

 

「ていうかラウラウはオリムーを所望してるみたいだけど、どうするの…?」

 

 

「大丈夫だ、イチカ君人形が二つあった筈。流石の彼女もそれで満足してくれると思う…」

 

 

 

 本当に予想外だった。まさか、本当に下手な鉄砲数撃ちゃ当たるな結果になるとは。しかし、これだけ予想するのが難しかった彼女の欲しがるプレゼントを当てた二人は一体誰だったのだろうか…?

 

 同封したリストと照らし合わせ、二種類のイチカ君人形を送った二人の人物を確かめる。ついでに言うとこの人形、いつだかシャルロットが怪しい通販で買った奴と同じシリーズである。彼女が購入した学生服姿のスタンダードと違い、目の前にあるのは私服タイプと学ランタイプだ。

 

 

 

「えぇっと私服タイプのイチカ君人形の送り主はっと………マジ、ですか…?」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「いや…ちょっと、予想外な名前を見つけて………何してんの、ティーガーの兄貴…」 

 

 

 

 コレは…見なかった事にした方が良いのかな?いや兄貴の場合、ファンクラブの連中と違って妹とか娘感覚で見てるのかもしれない。同じ遺伝子強化素体で、元軍人と現役軍人。あの人もラウラに対しては少し思う所があるんだろうし…

 

 でも、あの超強面でクソ真面目な兄貴がぬいぐるみを購入って……本人には悪いけど違和感MAXだ…

 

 

 

「ねぇねぇ、もう一つのイチカ君人形は誰が送って来たの?」

 

 

「え?あぁ、学ランタイプの方か…」

 

 

 

 リストを指でなぞり、送り主の名前を探す。そして、学ランイチカ君を送った人物の名前を見つけたのだが…

 

 

 

 

 

「……クラリッサ・ハルフォーフ…」

 

 

 

 

―――綺麗な字で、黒兎隊副隊長のフルネームが書いてあった…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「あぁ…終わった終わった……!!」

 

 

「お疲れ様~」

 

 

「しかし、何だかんだ言ってちょっと楽しかったな」

 

 

 

 プレゼントも配り終わり、俺達は廊下に出た。まだ簪の分が残っているが、それはのほほんさんが帰りに持っていくので俺達の役目は終了である。さっさと戻ってくつろぐとしよう…

 

 

 

「ところでオランジュ、どうだった…?」

 

 

「ん?……どういうこと…?」

 

 

「いや、シャルロットの様子とかサンタ宛の手紙とか…」

 

 

「あぁ、そういうことか。サンタ宛の手紙には、『皆が喜ぶモノ』って書いてあったぞ?」

 

 

「……。」

 

 

「どうした?」

 

 

「……いや、何でも…」

 

 

 

 オカシイ…何がオカシイのか分からないけど、何かがオカシイ。謎の違和感に首を捻る俺を余所に、目の前のオランジュは逆に不思議そうな表情を浮かべた……何なんだろうか、このモヤモヤは…?

 

 

 

「それじゃ、私そろそろ行くね~」

 

 

「ん?お、おう…」

 

 

 

 そんな俺達の様子を知ってか知らずか、のほほんさんはそう言って残った袋を背負い、俺達にバイバイと手を振る。結局最後まで不穏な空気…地雷プレゼントを見た時は省くが、終始最後まで平和だった。幾ら相手が最恐の存在とは言え、ちょっと余計に怖がり過ぎたかもしれない…

 

 そう思って手を振り返そうとした矢先…

 

 

 

「あ、僕もついて行く」

 

 

 

―――隣のオランジュがそんな事を言い出した…

 

 

 

「待て待て、何考えてるのお前!?」

 

 

「いや、何か楽しそうだからもうちょい……別に、お前は先に帰ってても良いぜ…?」

 

 

「言われなくとそうするわい!!けど、それ以前に…」

 

 

 

 何でムザムザ自分からトラウマの権化そのものに突き進んで行こうとしてるんだ!?今でもダイレクトにのほほんさんのこと思い出すと、悪夢を見て眠れないとか言って……あれ…?

 

 

 

「大丈夫、大丈夫。ちょっと寄り道してくるだけだから、そんじゃ!!」

 

 

「あ、ちょ…!!」

 

 

 

 制止した俺の腕を振りほどくようにして、オランジュは先に行くのほほんさんの元に駆け寄って行った。そして俺が呆然としている間に、二人はあっと言う間に去って行ってしまった。誰も居ない廊下には、立ち尽くす俺ただ独りである。

 

 だが、今となってはそんな事どうでも良い。やっと気付いたのだ、さっきからオランジュに感じていた違和感の正体に…良く考えれば、変だったのは最初からだ。

 

 

―――何で、トラウマそのものである布仏本音から逃げなかった…?

 

 

―――何で、いつもより冗談が少なかった…?

 

 

―――何で、シャルロットの部屋に行ったにも関わらず反応が薄かった…?

 

 

 

 

 

 そして、何より…

 

 

 

 

 

「……あいつ今、自分の事『僕』って言ったか…?」

 

 

 

 

 その事に気付いた瞬間、何だか背中が凄く冷たく感じた……それはきっと、外の寒さだけのせいでは無かった…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「あちゃあ、ちょっと最後の方でボロが出ちゃったかな…?」

 

 

「きっと大丈夫だよ、分かったところで何もして来ないって~」

 

 

 

 セイスと分かれ、人っ子一人居ない廊下を二人で歩くのほほんトナカイとオランジュサンタ。しかし、どうにも二人の雰囲気がさっきと違っていた。当然ながら、セイス達と本音はちゃんとした面識は無い。存在自体は互いに認知しているが、直接的に戯れたのは今夜が初めてである。

 

 にも関わらず、今の二人にはそれを一切感じさせない気安さがあった。オランジュに至っては、どうも雰囲気どころか口調まで変わっている始末だ…

 

 

 

「ところで、“その身体の使い心地”はどう…?」

 

 

「う~ん…彼はデスクワーク派みたいだから、ちょっと生前の僕より体力は少ないみたい。だけど、充分に良い感じだと思う…」

 

 

「そう…良かったね、“あすち~”♪」

 

 

 

 本音のその言葉に、オランジュの顔に笑みが…彼とは長い付き合いであるセイスでさえ見た事の無いような笑みが浮かんだ。それもその筈、何せ今の彼は……

 

 

 

「まさか本当にこうも上手くいくとは思わなかったなぁ……憑依…」

 

 

「えいッ♪」

 

 

「おわっと…!?」

 

 

 

 本音がオランジュに…否、彼の身体を借りた明日斗に飛びつき、腕に抱き着いた。簪へのプレゼントを背負っている上に、不意を突かれたのでちょっとよろめいた。しかし明日斗は何とか支えきってみせる…

 

 

 

「まったく、危ないなぁもう…」

 

 

「えへへ♪だって、嬉しいんだもん…」

 

 

「ん…?」

 

 

「あすち~と触れ合えることが…!!」

 

 

 

―――そう言った本音の表情は、彼女の名前を体現したかのように本当に嬉しそうだった…

 

 

 

「……これは、僕の身体じゃないよ…?」

 

 

「でも、あすち~が感じてる私の感触は本物でしょ…?」

 

 

「……。」

 

 

「それに私は…あすち~に“触れれる”ことじゃ無くて、あすち~と“触れ合える”ことが嬉しいの♪」

 

 

「……ふふ、そうか…」

 

 

 

 明日斗は再び微笑みを浮かべ、そっと本音の頭を撫で始めた。借り物の身体越しに伝わってくる彼女のぬくもりは、幽霊になって以来完全に冷え切ってしまった己の魂に心地良い暖かさを感じさせてくれる…

 

 

 

「……本音ちゃん、君は本当に暖かいね…」

 

 

「ぬふふ、人間湯たんぽで~す」

 

 

「ははは……ありがとう…」

 

 

 

 人の気配も無く、照明も消えたまま、外はいつの間にか雪が降り始めており、更に寒さが増してきた。それでも、この一人の少女と幽霊の少年が並んで歩くこの場所は、どこよりも明るくて暖かかった…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

 

「む、遅かったな」

 

 

「まぁ、ちょっと色々あってさ……って、マドカ…?」

 

 

 

 ホラー気分でオランジュの冥福を祈りつつ、隠し部屋へと戻ってみたらマドカが居た。しかも俺が熊トナカイな恰好なのに対し、彼女はどっかのパーティ帰りなのか三角帽子を被って先日買ってあげた洋服を着ている。この前一緒に買い物へ行ったときに欲しそうにしてたので買ったのだが、改めて見ても良く似合ってると思う。いやマドカの場合、何着ても似合うと思うが…

 

 

 

「さっきまでスコールにホテル主催のパーティに連れて行かれてたんだが、退屈だから抜け出してきた」

 

 

「そうか…」

 

 

「それで、その……どうせだからホラ…」

 

 

「ん…?」

 

 

 

 言うや否や、マドカは何かを取り出した。良く見るとそれは、リボンで包まれた箱…どう見てもクリスマスプレゼントだった。ビックリして思わず彼女の顔をへと視線を戻すと、ちょっぴり顔を赤くして照れくさそうにしており、ちょっと可愛かった…

 

 

 

「互いにクリスマスを祝うような性分じゃ無いが……この洋服の礼も、したかったからな…」

 

 

 

 そのままマドカはぐいっとプレゼントを俺に押し付け、すぐさま背を向けた。戸惑いと嬉しさで混乱して思考がストップした俺だったが、何とか我に返る。

 

 

 

「えぇっと…ありが、とう…?」  

 

 

「何で疑問形なんだ?……まぁ、良い。早く開けてみろ…」

 

 

「お、おう。だがその前に、ひとつ訊きたいんだが…」

 

 

「何だ…?」 

 

 

「どうしてそんなに俺から離れてるんだ…?」

 

 

「……気にするな。良いから早く開封しろ…」

 

 

 

 とは言ってもなぁ……仕方ない、カマ掛けるか…

 

 

 

「いくぞ…1…」

 

 

「ッ!!」

 

 

「2の…3ッ!!」

 

 

「とぉうッ!!」

 

 

 

―――俺がプレゼントのリボンを解くフリをしたその瞬間、両目両耳を塞いで部屋の隅へ緊急回避した馬鹿が約1名…

 

 

 

「……。」

 

 

「……。」

 

 

「……何を仕込みやがった…?」

 

 

「TNT(高性能火薬)!!」

 

 

「ギルティ・クリスマス・ウィザードオオオオオオォォォォッ!!」

 

 

「ただの跳び膝蹴りじゃないかって危なッ!?」

 

 

 

 

―――狭い部屋で繰り広げられる、久方ぶりのドタバタ騒ぎ。聖夜には程遠い夜になりそうだが…

 

 

 

「この野郎ッ!!キリストの誕生日を俺の命日にする気かあああぁぁぁ!?」

 

 

「その程度で死ぬお前じゃ無いだろう!?そして、ちょっとした御茶目という奴だ!!許せ!!」

 

 

「フ・ザ・ケ・ロッ!!」

 

 

「フ・ザ・ケ・タ・サッ!!」

 

 

「死ねえええええええええええええええええええぇぇぇぇッ!!」

 

 

「あはははははははははははははははははははッ!!」

 

 

 

―――何だかんだ言って笑顔の二人にとっては、この位が丁度良いみたいだ…

 

 

 




○どうやってプレゼントを忍ばせたかは不明ですが、クラリッサは機業に属しておりません。
○オランジュには明日斗に憑依された時の意識と記憶は残っておりません
○翌日、オランジュはモノレール駅のホームのベンチに捨てられておりました…


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IF未来 続・学園編 その5

さて、クリスマス編を挟んだせいで随分と久しぶりになってしまいました…;

多分学園編は、これを含めて3話で終わらせます。その後は、ちょっと試しに本編でも言っていた『緋弾のアリア』にセイス達を送り込んでみた話をちょこっと…


 

 

 暴露大会の後、元凶のオランジュにコブラツイストを喰らわせて宴会は終了した。マドカ達と別れた俺とオランジュは現在、ひと気の減った旅館の通路を歩いていた。出来れば同じように黒歴史を暴露してやりたかったが、コイツは毎日の行動が黒歴史なので意味が無いんだよなぁ…

 

 

 

「だからって本気でやること無いじゃねぇか……あ痛たたた…」

 

 

「皆笑ってたから良いじゃないか」

 

 

 

 そして仕事も無くなり、女子達は入浴時間なので一人残らず温泉に出払っているこの時間、俺ら男組は暇なのだ。というわけでムサイ暇人同士で集まり、暫く時間を適当に潰そうと思っている。今年も一夏は千冬さんと同じ部屋であり、俺は従業員の方々と同じで場所で寝る。あれ?そういえば…

 

 

 

「お前、何処で寝るんだ?ていうか、お前って何の名目でここに居る訳?」

 

 

「……あぁ…」

 

 

 こいつはIS学園の生徒じゃない…ていうか一夏みたいにISを動かせるって訳でも無いし、俺みたいに臨時従業員をやってる訳でも無い。楯無の付き添いと言えばそれまでだが、そもそも楯無がここに来た理由も分からない。いつも悪ふざけしている様に見えるが、あいつの全ての行動にはいつもそれなりの思惑がある。そのせいで何度仕事を邪魔されたことやら…

 

 

 

「まぁ、あんまり気にするなよ…」

 

 

「馬鹿言うな。お前がそう言う時ってのは大抵、絶対に何か裏がある……しかも、裏仕事絡みのな…」

 

 

「……。」

 

 

 

 いつの間にか互いに立ち止まっており、露骨に目を逸らそうとするオランジュに俺はジト目を送り続ける。どうやら本当に何か隠しているみたいなので、このまま視線を送り続けても何も吐かない場合…

 

 

 

「物理的に吐かした後に、洗い浚い吐かす…」

 

 

「待て待て!!取り敢えずその握った拳を解け!!」

 

 

「なら言え、何を企んでるのか言え…!!」

 

 

 

 知った事では無い、こちとら折角平和な表世界に馴染んできたところなんだ。俺もマドカも、今のこの平和ボケした日常が気に入ってるが故に、それをブチ壊すような奴には容赦しない。例え少しばかり洗った足をまた汚す羽目になろうとも、厄介事を持ちこんで来る輩が古くからの仲間であろうとも…

 

 

 

「……徹底的にボコボコにしてやる…」

 

 

「分かった、分かったから落ち着け!!言うから!!」

 

 

 

 漸く話す気になったようなので、構えた拳を降ろす。それを見て本気で安心したのか、オランジュは安堵の溜息を吐いた。さて、その次は真相を吐いて貰おうか…

 

 

 

「ふぅ……お前の冗談抜きのガチパンは、比喩でも何でも無く人を殺せるからな…」

 

 

「御託は良いから、早くしろ…」

 

 

「はいはい、急かすなっての……実はな…」

 

 

「それは、僕が説明しよう」

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 背後からオランジュに割り込む形で投げかけられてきた、第三者の声。それは初老の男性の声であり、決して忘れる筈が無い恩人の声。会わなくなった期間は精々半年程度だが、それでも懐かしさを感じずにはいられなかった。

 

 正直言うと、ここに居るのではないかと半ば確信していた。なので多少動揺したが、ある程度心の準備は出来ていた俺はゆっくりと後ろを振り返る…

 

 

 

「もう、驚きましぇ……驚きませんよ…」

 

 

「今、噛んだよね?」

 

 

 

―――現在行方不明中である俺の恩人、フォレストの旦那が苦笑いを浮かべながら立っていた…

 

 

 

「お久しぶりです、旦那」

 

 

「無かった事にしたよこの子……まぁ良いか、久しぶりだねセイス。元気にやってたかい…?」

 

 

「はい。マドカ共々、御蔭様で」

 

 

 

 今こうして平和な日常を過ごせるのも、全て旦那の御蔭である。去年の亡国機業の内戦により組織が崩壊した際、俺達が世界各国に逮捕ではなく保護という形をとって貰えたのは全て旦那の根回しの御蔭なのである。俺を拾ってくれた事と言い、面倒を見てくれた事と言い、俺はこの人に感謝しても仕切れない位の恩がある。しかし…

 

 

 

「姉御だけでなく、貴方まで来ているとなると……やっぱり何かあるんですね…?」

 

 

「その通り、話が早くて助かる」

 

 

「……だけど、俺はもう…」

 

 

「言われなくても分かってるよ、セイス…いや、セヴァス六道。だけどね、今回はちょっとばかり事情が複雑でね。僕たちの意思に関係なく、君達は巻き込まれる事になるだろう……」

 

 

「ッ…」

 

 

 

 どうやら、事態は俺が思っている以上に深刻のようだ。あの旦那がここまで言う物事がどんな代物なのか考えるだけで、自然と身体が強張るのが分かる…

 

 

 

「そう身構えなくても良いよ…と言っても説得力の欠片も無いだろうから、取り敢えずコレを見てくれ」

 

 

「え…」

 

 

 

 そう言って旦那はヒョイッと横に移動し、自身の背後に佇むものを俺に見えるようにした。その旦那の背後にあったものが視界に入った瞬間、俺は思わず固まってしまった…

 

 

 

「ティ、ティーガーの兄貴…?」

 

 

「久しいな、セイス…」

 

 

「……。」

 

 

「……何を黙っている…」

 

 

「いや…その……」

 

 

 

 旦那の背後に立っていたのは、やはりというかティーガーの兄貴だった。旦那と同じく行方をくらましていたので、旦那が居るのなら居るだろうとは思ったが…

 

 

 

「……セイス、そのムカつく顔は何だ…?」

 

 

「いや、だって……ぶふッ…」

 

 

 

 この人も大切な恩人の一人であり、ここは久しぶりの再会を真面目に喜ぶところなんだろうけど…これはやっぱり無理だ。オランジュに至っては俺以上に笑いを堪えるのに必死のようで、壁を叩きながらヒーヒー言いながら悶えている。しかし、仕方のない事だと思う。どんな奴だって、久しぶりに会ったいつも真面目な兄貴分が…

 

 

 

 

 

―――バ○殿メイクでシリアスな瞳を向けて来たら誰だって笑うって…

 

 

 

 

「ッあはははははははは!!駄目だ、我慢出来ねええええええぇぇぇぇぇ!!」

 

 

「ぎゃははははははははははは!!あ、兄貴…何でそんなアホ面してあははははは!!」

 

 

「黙れ殺すぞ…」

 

 

 

 悪いけど、俺もオランジュも無理っす。俺達にとってこの人は、一夏達でいうところの千冬さんポジションだ。あいつらだって、千冬さんがア○パンマンの恰好してたら爆笑するかドン引きするかのどっちかに決まってる…

 

 

 

「因みに、僕がやったのさ!!」

 

 

「な、何でですか?ククッ…」

 

 

「当然、面白そうだから!!」

 

 

「「あんた自分の側近を何だと思ってるんですか!?確かに面白いけど!!」」

 

 

「……貴様ら、本当に一回死んでみるか…?」

 

 

 

 結局、野郎4人の馬鹿騒ぎは宿の怒った女将さんが来るまで続いたのだが、更に恐ろしい剣幕の千冬さんまでやって来たので俺達は逃亡を余儀なくされてしまった。しかし運の悪い事に俺は千冬さんに捕まり、兄貴に負けず劣らず強烈な拳骨を落とされ自室に連行される羽目になった。そして、その途中で気付いた…

 

 

 

「……俺、何も聞けてないじゃん…」

 

 

 

 不安にさせるだけさせといて、その元凶であるオランジュ達は俺に一切何の説明もしてくれなかった… 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「やれやれ、ここまで来れば大丈夫かな…?」

 

 

「安心するのはまだ早いっすよ、旦那。織斑先生の行動範囲と勘の良さは、マジで侮れないでっせ?」

 

 

「そうかい。それにしても、何であそこまで真剣に追い掛けてきたのかな?僕達って指名手配犯だけど、今は更識の嬢ちゃんに許可貰ってるし…」

 

 

「いや、単に教師として馬鹿騒ぎする馬鹿共に御仕置きしたかっただけだと思いますよ…?」

 

 

 

 旅館の方々に迷惑が掛かる程騒いだためか、織斑千冬は大変ご立腹である。かつてのセヴァスが楯無と愉快な…もとい激しい追跡劇を繰り広げた時と同じように、彼らは必死で逃げまわった。フォレストとオランジュは現在旅館から少し離れた海辺に逃げてきたところであり、互いにデスクワーク派故にゼェハァと息を切らしていた。二人とも同時に『今度から運動しよう』と本気で思ったのはここだけの話である。因みに、ティーガーは囮になるべく未だに千冬と鬼ごっこを続けているそうな…

 

 

 

「ところで、人数は揃ったんですか?」

 

 

「丁度さっきね。これで戦力も揃った事だし、セイスの手を借りなくても済みそうだ…」

 

 

「……最初からアイツを巻き込むつもり無かったんでしょ…?」

 

 

 

 そのオランジュの言葉に、フォレストはニヤリと笑みを浮かべる。来たるべきトラブル対策の為に楯無に仕事を依頼されたわけだが、本音を言うと亡国機業が崩壊した今は色々とキツイものがあった。もしもスコール達が来てくれなかった場合、強引にセヴァスを巻き込むことになっていただろう。彼の実力を買っている身としては、協力してくれるに越した事は無いのだが…

 

 

 

「ま、せめて万が一の時の保険にでもなって貰おうかと思ったけど、堅気の人間達とあんな風に楽しそうにしている二人を見てたらそんな気も失せたよ…」

 

 

「何だかんだ言って、旦那って御人好しっすよね…」

 

 

「おや?そんな御人好しと同じ事を考えて、張り切って仕事を手伝ってくれたのはどこの誰かな?」

 

 

「……何のことやら…」

 

 

 

 

―――結論、師弟そろって御人好し…

 

 

 

 

「とにかくセヴァスを参加させない事も、そうしても平気なだけの戦力が整った事も楯無に伝えておきますよ。他に何か伝えておく事や打ち合わせする事ってありますか…?」

 

 

「そうだね…取り敢えず……ッ…!?」

 

 

 

 その瞬間、二人に悪寒が走った。嫌な予感して横を向くと、遠くから何かが砂塵を巻き上げながら迫ってくるのが見えた。そして、それを見た己の勘が告げていた……早く逃げろ、と…

 

 

 

「流石だな世界最強!!ラウラ達の教官を務めた人物なだけはある!!」

 

 

「貴様、誰かと思ったらティーガーか!!待て、馬鹿者!!」

 

 

「断る!!それよりも、ここで去年の続きをしようでは無いか!!」

 

 

「そう言う位なら逃げるのをやめて止まれ!!」

 

 

 

 

―――今更色々と引けなくなったティーガーと千冬の鬼ごっこが、段々とコッチに迫りつつあった…

 

 

 

 

「……更識の嬢ちゃんに伝えといてくれ…」

 

 

「……何をですか…?」

 

 

「『織斑先生が怖いから今日は外で寝る』って、ね!!」

 

 

「りょーかいッ!!」

 

 

 

 言うや否や、一般人に毛が生えた程度の体力しかない身体に鞭を打ちながら、フォレストとオランジュはその場から全力で逃亡した。しかし…

 

 

 

「ちょ、織斑先生!?何で兄貴達追いかけるのやめてこっちに来るんだよ!?」

 

 

「貴様が一番捕まえやすそうだからだ!!」

 

 

「くっそ大人気無ぇな畜生ッ!!」

 

 

 

 

―――数分後、阿呆専門の断末魔が響いた…

 

 

 




次回、真面目なフォレスト組が本気出します


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IF未来 続・学園編 その6

陰謀説明してたらフォレスト組の活躍が次回に持ち越しに……あと一話で収まるかなぁ…;


 

「しかしアレだな、やっぱISのスーツって水着と大差無いよな」

 

「確かに言えてる…」

 

「それで思ったんだけどさ……昨日お前、水着代わりにそれでも良かったんじゃね…?」

 

「……あ…」

 

 

 旦那との再会から一夜明け、今日もまたIS学園の生徒達に混ざって俺は砂浜に居た。マドカ達IS学園の生徒は例のぴっちりスーツ姿だが、俺は短パンTシャツを装備中である……遠目で見ると誰だか分からない程パンピー臭が漂ってると皆に言われた時は、流石にちょっと凹んだ…。それはさておき、今日から本格的に実習が始まる。なので俺は居ても邪魔になると思ってたのだが、何故か教員方達に雑用の名目で連れて来られてしまった。主に訓練用ISを運んだり、旅館から皆の昼食を持ってきたりと肉体労働がメインとなので、問題なくこなせたけども…

 

 そして実習もひと段落ついて、今は旅館が提供してくれた弁当で昼食中だ。これまた旅館から持ってきたレジャーシートを広げ、いつもの面子で集まりながらワイワイと楽しくやっている。風も砂が舞わない程度の穏やかなものであり、中々に過ごしやすい。

 

 

「……。」

 

「ん?何だ、から揚げ欲しいのか?」

 

「うむ」

 

「ほれ」

 

 

 返事すると共に『あーん』と開かれたマドカの口に、御所望のから揚げを放り込む。俺が箸で掴んだから揚げにパクリと食いついたマドカは、そのままモグモグと咀嚼する。基本ガサツな奴だが、こういう時は小動物みたいな可愛い部分を見せてくれるので、おかずの一つや二つ惜しくは無い…

 

 

「ふむ、中々に美味い。お返しにホレ、何か好きなモノを選べ」

 

「ふむぅ…じゃ、スモークサーモン」

 

「え、いいのか?こんな添え物みたいに小さいので…」

 

「生魚好きなんだよ」

 

 

 放浪時代に最も口にしたのは、果物と川魚である。正直言って美味いものじゃなかったが、旦那に拾われるまで火を起こす方法が分からなかったので、結局最後まで魚は生で食い続ける羽目になった。そのせいで欧米育ちにしては珍しく、俺は他の奴らより生魚を食す事に対して抵抗が少ない。

 だからこそ、生まれて初めて食った時の『寿司』には衝撃を受けた。生魚なんて、どんな種類をどんな風にしても同じとか思っていたが、あれは別格である。普通に慣れる程嫌々食い続けたものだからこそ、味の違いが良く分かったものだ…

 

 

「よし、ほら食え」

 

「どうも、ありが…」

 

 

 先程のマドカと同じく『あーん』で貰おうとしたのだが、ここである事に気付く。イチャイチャしていたせいで周りから色々な視線を集めている事にはとっくに気付いていたが、そんな事は今更なのでどうでも良い。ただ、差し出されたこのサーモンは何だか怪しい。

 

 

「……おい、何か鮭に不審な影が見えるぞ…?」

 

「ソイツハキノセイダ」

 

「ダウト」

 

 

 薄く切ってある筈のサーモンに、まるで厚みがあるかのように影が差していた。おまけに、それを指摘されたマドカは露骨に不審な態度を見せた。なので…

 

 

「ゴートゥーワンサマー!!」

 

「あ…」

 

「へ…?」

 

 

 マドカの箸にぶら下がっていたサーモンを自分の箸で一瞬で奪い取り、そのまま勢いよく放り投げた……ラヴァーズと戯れる、一夏の口に…

 

 

「あwせdrfttgyふじこlp;@:あああああああああああああああ!?」

 

「い、一夏!?」

 

「大丈夫か!?」

 

 

 怪しげなサーモンをシュートされた一夏は奇声を上げ、のたうち廻って箒達にめっさ心配されていた。おぉ怖い怖い、いったい何を仕込んでいたことやら…

 

 

「チッ……セシリアのジャムが…」

 

「こんな場所にまでそんな科学兵器持ってくるなよ!!」

 

「そこまで言わなくても良いじゃありませんこと!?」

 

「いや、あながち否定出来ないわよセシリア…」

 

「頼むから、色を基準にして調理するのは本当にやめろ…」

 

 

 鈴と箒にまで言われ、残った面々も同意するようにして頷く。それにしても、ジャムか…色々なものを混ぜてグチャグチャに煮込めばそれっぽく作れるからな、ある意味セシリア・クッキングの独壇場と言えるだろう。作ろうとしたジャムの色を再現する為に、あらゆるものをブチ込むセシリアの姿が容易に想像できる。

 

 

「酷いですわ皆さん、今回はちゃんと味も考えて調理しましたわよ!!」

 

「じゃあ、この見た目だけは『ブルーベリージャム』は何で作った?」

 

「本体も容器もジャムそっくりな『ご飯○すよ』に砂糖やブルーハワイのシロップを混ぜて…」

 

「「「「「「「馬鹿かッ!!」」」」」」」

 

「あ~~~れ~~~~~!?」

 

 

 とばっちっりでアレが自分の口に入るかもしれないと思ったこの瞬間、その場に居合わせた者は一人残らず決意した。今週中に絶対、セシリアに『味見』という行動を身に付けさせると…

 

 

「わ、私は基本的に余計なカロリーは摂取しな…」

 

「ハイハイどいて、神社の巫女と良家の御嬢様が通りますよっと」

 

「せ、セヴァスさん?何を言って……ッて、箒さんに簪さん!?どうして二人とも私を羽交い絞めにしますの…!?」

 

「黙れ」

 

「少し、頭冷やそうか。それじゃ鈴、お願い」

 

「悪く思わいでよセシリア。これは所謂、身から出た錆よ…」

 

「ちょ、鈴さんまで!?そして何で私のジャムがたっぷりなスプーンを持ってモガッ…」

 

 

 

 

 大和撫子二人に拘束されたセシリアに為す術は無く、無情にも自分が造り出した化学兵器が鈴の手によって口に突っ込まれた。そして、その結果…

 

 

 

「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「副長、標的の様子はどうなっている…?」

 

「今のところ、臨海実習の予定通りに昼休止をしている模様です」

 

 

 セヴァス達が賑やかに過ごす中、その様子をこっそりと見ている者達が居た。しかし学園の教員達に、その事に気付けるような者は一人も居なかった。何せこの者達は最先端の技術を結集した特務潜水艦に乗り込み、現地から大分離れた海中に潜みながらその様子を窺っているのだから…

 

 まるで戦艦の様なサイズを誇る潜水艦『ポセイドン』。最新の機材と精鋭達で埋め尽くされたそのメインブリッジで、艦と乗組員を束ねる男は葉巻を燻らせながら部下の報告を聴いていた。暫く黙り込んで他の報告にも耳を傾け、そして己の部下に尋ねた…

 

 

「……準備の方は…?」

 

「ハッ!!既に一人残らず配置に付いております!!後は全員、命令を待つのみです!!」

 

「ふむ…」

 

 

 指令と呼ばれた男は考える。自分達は国の命により、国際条約違反スレスレの代物を引っ張り出してまでここまでやって来た。しかも、与えられた任務の内容はまさかの人攫いと来た。うちの国も、そろそろ末期なのかもしれない…

 

 しかし、だからと言って任務を放棄するわけにもいかない。例えテロリスト紛いの行いをさせられようとも、国を信じて国に尽くすのが己の矜持だ。そう自分に言い聞かせるように心の中で呟いた司令は、口から葉巻を外して火を消し、同時に部下に命じる…

 

 

「分かった。ならば、これより作戦を開始する」

 

「な!?まだ予定の時刻まで少なからず時間が残って…」

 

「構わん。せっかく標的が気を緩めているのだ、それを狙わない理由がどこにある…?」

 

「……いえ、失礼しました…」

 

 

 臨界実習の内容や情報は手に入れてあるし、それを元に今回の作戦を立案した。だが、それに対して徹底的に従う必要性は無い。状況がコロコロ変わる戦場で、マニュアル片手に指揮をとるのは馬鹿と無能だけである。

 

 

「では、副長…」

 

「ハッ!!総員、戦闘配備!!これより作戦を開始する!!」

 

「了解!!」

 

「観測手、モニターから目を離すなよ!!」

 

『上陸部隊Aチーム、通信感度良好!!いつでも行けます!!』

 

『こちらコールサイン・トムキャット1、発進準備完了』

 

『トムキャット2、同じく発進準備完了』

 

 

 部下の言葉と同時に、あらゆる場所からブリッジ内に情報が流れ込んでくる。その膨大な数の情報を、司令と呼ばれた男はひとつ残らず頭に叩き込む。そして全ての部隊が準備を整えたと分かり、彼は無言で一度大きく頷いて、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「作戦開始」

 

「「「「「「「ハッ!!」」」」」」」

 

 

 海神の名を冠するその潜水艦は、その雄々しくも禍々しい巨体を浮上させ始めた…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「隊長!!作戦が開始されました!!」

 

「分かっている。ジャック、そこからターゲットは確認できるか?」

 

「はい、バッチリです」

 

 

 セヴァス達の居る浜辺から数キロ離れた場所に、そいつらは居た。全身に黒いスーツと装備を身に着け、特殊なヘルメットで顔を隠していた10人前後の男たちは、草むらに身を潜めながら息巻いている。一見するとただの変質者だが、その動作や仕草に一切の無駄が無く、まさしくプロのソレだ。

 

―――実際、本当に彼らは国家お抱えの特殊部隊なのだが…

 

 

「しかし、本当にやるんですか?IS学園の生徒を拉致するなんて…」

 

「当たり前だ。それに“拉致”ではない、ただ我々の祖国に“招待”するだけだ」

 

「本人の意思に関係なくですか?」

 

 

 今回の彼らの目的…それは去年の騒乱時に目覚ましい活躍を見せた、IS学園現3年生主要メンバーの誘拐にあった。唯でさえ世界唯一の存在である『織斑一夏』が居ると言うだけでも重要な世代だが、他のメンバーも最早無視できないレベルに達していた。天災の妹、名門オルコット家の現当主、たった一年で代表候補生になった中国期待の新星、デュノア社の秘蔵っ子、黒兎隊の部隊長、更識家の次女……各自の実力もさることながら、本人達を取り囲む環境は政治的にも貴重だ…。

 

 故に己達の祖国は去年の騒乱を皮切りに、彼女達とコネクションを繋ぐことを決意したのである。その方法は、随分と強引で最低な手段ではあるが…

 

 

「実質あって無い様なものとは言え、国際IS法を正面切って破るのは流石に不味い。だからと言って彼女たちの卒業を待っていたら、他国に先を越される可能性が大きい…」

 

「それで今回の作戦ですか?」

 

「あぁ、そうだ。IS学園が強気になれるのは学園内で起きた事だけだからな、国に連れて行ってしまえばこっちのものだ。招待した生徒達の国が五月蠅そうだが、後は政治屋がどうにでもしてくれる…」

 

「ですが、こんな事して他国が黙っているんでしょうか…」

 

「安心しろ。汚名は全て、今は無き亡国機業に被って貰う手筈になっている」

 

 

 去年壊滅した亡国機業の残党がこの臨海実習を襲撃し、複数の生徒達がどこかへと連れ去られる。そこへ偶然居合わせた自分達がそれを救出し、そのまま彼女達を保護の名目で国に連れて行く……それが今回の作戦の筋書きだ…。

 

 随分と大雑把で荒削りな計画だが、上層部は本気である。今回の作戦の指揮を任された『エドワード・ベケット』の手で襲撃のタイミングや場所の調整された事により、多少はマシになったがそれでも不安であることに変わりない。この作戦が成功しようが失敗しようが、そして幾ら建前を用意しようが祖国が他の国に良い目で見られなくなるのは確実だ。その片棒を担がなければならないと思うと、嫌でしょうがない…

 

 若い隊員のそんな気持ちを知ってか知らずか、隊長と呼ばれた男は無線機を取り出し、行動を開始するべく他の舞台と連絡を取り合い始めた…

 

 

「そろそろだな……こちらAチーム、各部隊応答せよ…」

 

『こちらBチーム、準備完了。』

 

『Cチーム、同じく準備完了。』

 

『……。』

 

「……ん?どうした、Dチーム…?」

 

 

 東西南北の四方に、ABCDと四つのチームを配置した今回の作戦。しかし、北側に配置した筈のDチームが通信に一切の反応を示さないのである…

 

 

「Dチーム、ふざけているのか?応答しろ」

 

『……。』

 

「……おい…?」

 

 

 今回の作戦は特に失敗が許されないため、このような事態は本当に勘弁して欲しいところだ。些細な問題でさえ、どのように事態を悪化させるか分かったものでは無いのだから。そう思って何度も何度も応答を求めるが、依然として向こうから返事は返ってこない。Aチームの隊長はその事に苛立ちを覚え、段々と口調が荒くなっていった…

 

 

「おいDチーム、いい加減に…!!」

 

『うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?』

 

「ッ!?」

 

『どうしたCチーム!?』

 

 

 突如叫び声が聴こえてきたのは、Dチームで無く南に待機していた筈のCチームだった。まるで化け物にでも会ったかのような悲鳴が聴こえてきたことにより、唖然としたAチームに沈黙が流れる…

 

 

『な、何なんだコイツらは!?』

 

『クソッ!!反撃しろ!!』

 

『駄目だ!!動きが早すぎて狙いが…!!』

 

『しっかり狙え!!敵はたかが数人…グアッ!?』

 

『隊長!?』

 

 

 Cチームの隊長の呻き声を皮切りに、銃声と複数の断末魔が聴こえてきた。しかし、絶え間なく続くかのように思われたそれも、すぐに全て途切れた。Cチームに繋がっている無線チャンネルからは、小さな電波ノイズと風の音しか聴こえなくなった。その想定外の事態に、Aチームの一同はさっきとはまた違う重苦しい沈黙に包まれる。

 

 

 

 

 そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「亡霊を騙ろうとした罪は重いぞ、身の程知らずが…」』

 

 

 

 Cチームと繋がっていた筈の通信機と、自分達の背後からそんな言葉が聴こえてきたのは、殆ど同時だった。振り向けば後悔すると分かってはいたが、それでも彼らは後ろを振り向かずにはいられなかった…

 

 

 

―――故に彼らは見た、見てしまった……Cチームの通信機を手に持った亡国の猛虎が、自分達に対して牙を剥く瞬間を…

 

 

 

 



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IF未来 続・学園編 その7(朱色タイム追加)

文量の都合により、最後にスーパーオランジュタイムを追加しました。割と久々にファントムな彼をお楽しみ下さい(黒笑)

……先週、急性胃腸炎なんぞで倒れなければなぁ…;


「撃て、撃ち殺せぇ!!」

 

 

 特殊部隊という地位は伊達では無く、ティーガーに気づいた彼らの動きは素早かった。瞬時にして所持していた銃器を構え、銃口を向けると同時に発砲する。ひと気の無い雑木林に、サブマシンガンによる無数の銃声が鳴り響く…

 

 

「……ふん…」

 

 

 しかし放たれた幾つもの銃弾は、一発たりともティーガーに当たらなかった。立っていた場所に鉛玉の壁が殺到した時には既に、彼は到底生身の人間では出せないようなスピードで瞬時に木々の陰へと飛び退いていた。その彼の動きを目にした特殊部隊の面々は驚きに目を見開き、戦慄してしまう…

 

 

「じゅ、銃弾を避けた…?」

 

「まさかアイツ、亡国機業のティーガーじゃ…」

 

「ティーガーって…あの『IS殺し』の遺伝子強化素体!?」

 

「狼狽えるな、所詮相手は生身の人間モドキだ!!」

 

 

 ティーガーの動きと彼の異名に対して恐慌状態に陥りそうになった特殊部隊だったが、隊長が一喝する事によってどうにか落ち着きを取り戻す。流石は国の生え抜きの精鋭と言ったところか…

 

 

「落ち着いて対処しろ!!それに、奴がISを撃破したなんて話は出鱈目に決まって…」

 

「ほぉ?なら、試してみると良い…」

 

「ッ…!?」

 

 

 突然聴こえてきた、悪魔の様に冷たい囁き声。その声は何故か、やけに自分たちの近くから響いてきて…

 

 

「う、上ッ…!!」

 

「遅い」

 

 

 次の瞬間、咄嗟に顔を上げた隊長は上から降ってきた何かに顔面を鷲掴みにされ、そのまま地面に叩き付けられた。ゴウン!!という、とても人間の頭が出したとは思えない衝突音を発しながら、うめき声を上げる暇も無く意識を刈り取られてしまった…

 

 

「ッ、隊長!?」

 

「死ね、化け物が!!」

 

 

 指揮官を討ち取られ、ほんの一瞬だけ呆けてしまった隊員達だったがすぐに我に返り、すぐさまティーガーに銃を向ける。隊長が立っていた場所は隊員達のど真ん中だった為、ティーガーは至近距離で銃口を向けた彼らにぐるりと包囲された状態になっていた。軍隊出身であろうが、遺伝子強化素体であろうが、生身の人間がプロの兵士にこんな形で銃を向けられたら普通は助からない。ISも無しにこの状況を切り抜けられるとしたら、そいつは本物の化け物だ…

 

 

---しかし、生憎と…

 

 

 

「鬱陶しいぞ、三下どもが…」

 

 

 

---彼は正真正銘、本物の化け物であった…

 

 

 隊長の頭を鷲掴みにしている手を離し、獣が爪を一閃させる様に腕を構えながらクルリと身体を一回転させる。傍から見ると謎の行動にしか見えなかったが、一人の隊員から発せられた『ゴキリ』という音を皮切りに、彼らはその意味を身を持って理解する羽目になった…

 

 

「痛ええええええええええええええええええええぇぇ!?」

 

「あ、あ……あ…があああああああああああああぁぁぁぁ!?」

 

「骨がぎゃああああああぁぁ!?」

 

 

 一人目が悲鳴を上げながら崩れ落ちた瞬間、次々と隊員達の身体が『バキボキ』と音が鳴り始め、耐え難い激痛が彼らを襲った。厳しい任務にも耐え抜き、幾つもの修羅場を潜り抜けた彼らだったが、流石に一瞬にして“全身の間接を外される”のは想定外だったようだ。

 

 

「ば、馬鹿な……いったい、どんな手品を…」

 

「黙れ」

 

「がッ!?」

 

 

 呻いていた隊員の頭を思いっきり踏み付け、轟音と共に意識を刈り取る。他の者達は激痛に耐えられなかったようで一人残らず気を失っており、一人その場に佇むティーガーを中心にして、辺りは静寂に包まれた。やがて…

 

 

「……さぁ、次だ…」

 

 

 彼は、次の獲物を求めて移動を開始した…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「か~ッ、相変わらずティーガーの奴はエゲツねぇな…」

 

「余所見しないで下さいよストーン、次はポイントBー29です」

 

「ほいほい、了解したよっと!!」

 

 

 ティーガーが暴れていた場所とは少し離れた場所に、彼らは居た。一人は草むらに身を隠しながら双眼鏡を手にして観測手の役目を担っており、もう一人は彼の指示に従って巨大な対物ライフルを撃ち続けていた。ライフルから放たれた弾丸は寸分の狂い無く、遥か向こうに居る標的…特殊部隊Bチームのメンバー達に襲い掛かっていった…

 

 

「おや、アイゼンが狙われてますね。3秒後にポイントSu-37」

 

「あいよ……よし、どんぴしゃ…」

 

 

 時間差で放たれた銃弾は、先陣切って敵に突っ込んでいったアイゼンを狙っていた隊員を撃ち抜いた。その光景を見届けたスキンヘッドの狙撃手…ストーンは銃を構えた姿勢のまま、小さくガッツポーズを決める。

 

 

「しかし、つまらないですね。特殊部隊というからには、もう少し歯応えがあると思ってましたが…」

 

「そう言うなよメテオラ、仕事が楽なことに越したことは無ぇしよ」

 

 

 ため息と共に吐かれたメテオラの呟きに、ストーンは苦笑しながら応じる。元々フォレスト一派に所属していたメテオラは勿論のこと、オセアニア支部所属でありながらセヴァス達と交流があったストーンは今回の事への参加を二つ返事で承諾した。自分達の古巣の名前をこんな事に使われるのが許せなかったのもあるが、それと同じ位に大切な理由が彼らにはあった。それは…

 

 

『そこの二人!!大人しく武器を捨てて投降しろ!!』

 

「……おいおい、お前が余計なこと言うからフラグが立っちまったみたいだぜ…?」

 

「あれま…私、運動は苦手なんですがねぇ……」

 

 

 声が振ってきた空を見上げると、一機のISが上空から此方を見下ろしていた。アメリカの第三世代機の一つ、『空の人形師(エアズ・パペッター)』である。亡国機業一口の悪い女と名高いオータムとはまた違った、キツい性格をしていそうな『人形師』のパイロットは、高圧的な態度で投降を二人に呼び掛け続けてくる…

 

 

『何をコソコソしている、犯罪者共が!!さっさと投降しろと言っているのが聞こえないのか!?』

 

「つーかISの相手は、オータムが担当の筈じゃ…?」

 

「撃破されたという報告はありませんし、また調子に乗って撒かれたんじゃないですか?」

 

「……やれやれだな…」

 

「全くです…」

 

 

 今頃、宙で地団太を踏むというシュールな行動をしているであろう秋女を想像して、二人は同時に溜息を吐いた。そして…

 

 

「……角度48、風圧レベル3…!!」

 

「おうさ!!」

 

『なッ!?』

 

 

 メテオラの言葉を聞くや否や、ストーンは瞬時に照準を『人形師』に向け、ライフル弾を彼女に向かって放った。どこか暗くなった雰囲気から、二人が投降するものだと思い込んでいた人形師のパイロットは不意を突かれ、避けることが出来ずに直撃してしまう。絶対防御によってダメージは無いものの、まさか反撃…それも生身の人間がISに対して抵抗するとは思ってなかった為、暫く呆然としてしまった。

 

 

「もう一発!!」

 

『クッ、舐めるな!!』

 

 

 チャンスとばかりにストーンは再度銃弾を放ったが、流石にそう何度も受けはしなかった。しかし不意打ちだったとはいえ、先程受けた一発は彼女のIS乗りとしてのプライドに火を付けるには充分過ぎた。

 

 

『良いだろう、ISを使えない相手には少し気が引けるが……本気で相手してやる…!!』

 

 

 彼女の言葉と同時に、彼女の遥か後方から二つの機影が接近してきた。大きさは『人形師』自身と大差ないが外見はかなり無骨で、かつてIS学園を襲撃した無人機達に似ていた。

 

 この二つの機体…『アイアン・ソルジャー』が人形師の第三世代兵装であり、名前の由来である。凄まじい性能を持ってはいるが、数に限りがあるIS。その欠点を補うべく開発されたこの兵装は、パイロットの簡単な指示に従って自発的に行動し、共に戦ってくれる。エネルギーの都合で絶対防御やビーム兵器の搭載は出来なかったが、それなりの装甲とAIを持っており、理論上なら第一世代機に匹敵する能力を持っていると言われている。

 

 

「ちょっと、ヤバイか…?」

 

「いえ、もの凄くヤバいです」

 

『今更怖気づいても遅い!!行け、アイアン・ソルジャー!!』

 

 

 彼女の声を合図に、二機の鉄兵は二人に向かって突っ込んでくる。その速度は現役のISには及ばないが、人間がどうこう出来る速度では無い。ストーンとメテオラはその場から離れようとすらせず、ただ立ち尽くすしか無かったかのように思われた。しかし…

 

 

「仕方ない……使うか…」

 

「ですね」

 

 

 言葉と同時に二人は手のひらサイズの何かを取りだし、目の前に放り投げた。投げられたそれが宙に留まって光りだしたのと、鉄兵が光に触れたのは殆ど同時……そしてその光に触れた二機の鉄兵は、まるで“宙に縫い付けられたかのように”その動きを止めた…

 

 その様子を目撃した『人形師』のパイロットは、驚愕に目を見開いた。何せISパイロットである自分はあの光と、その光に捕らわれた鉄兵の反応に見覚えがあったからだ。だからこそ彼女はこの光景が信じられないのだが、あの反応は間違いなく…

 

 

『こ、これは……この反応は、まさか…!?』 

 

 

 

---ドイツの第三世代兵装『停止結界』…通称、『AIC』

 

 

 

 彼らが投げたのは、亡国機業が開発した『擬似AIC』である。使用回数一度きりの消耗品だが手のひらサイズなので携行し易く、使い勝手も良いし量産も出来るので重宝されている。その擬似AICを彼らは自分達の至近距離に放り投げた為、それに突っ込んだ鉄兵達は二人の目の前で無様に隙を晒す形になっている訳で…

 

 

「ストーンさん、効果時間が終わる前にさっさと…」

 

「言われなくとも!!」

 

 

---ストーンの対物ライフルにより、あっさりと撃ち抜かれて無力化されてしまった…

 

 

『お、おのれぇ…!!』

 

 

 こんな間抜けな形で、それもISも使えない男達に兵装を破壊された事により、人形師のパイロットは怒り狂った。バイザー越しのせいで顔は見えないが、その顔はさぞかし凄まじい事になっているだろう…

 

 

『このテロリスト風情が…それも男の分際でええぇぇ!!』

 

 

 そしてその怒気を孕んだまま、彼女は二人に向かって別の射撃兵装をコールし、戦車さえ軽く吹き飛ばし兼ねない巨大な銃を彼らに向けた。切り札である擬似AICは先程使ってしまった上に、上空から圧倒的な火力で狙い撃とうとする人形師に対し、彼らに成す術は無い。

 

 けれど、彼らには焦りも無い。この程度の状況、既に何度も経験している…

 

 

「おいおい人形師さん、後方注意だ…」

 

『何を言っ……ぐあ!?』

 

 

 突如、武装を構えていた人形師の背中から爆炎が発生した。突然の事に人形師はバランスを崩し、錐揉み状態になって地に墜ちた。その最中にハイパーセンサーで、撃った直後のRPGを構えていたメテオラ達の仲間…アイゼンが見えた為、自分が背中越しに撃たれたことを理解した彼女はすぐさま立ち上がり、彼の方へと武器を向けようとする。しかし、再び背後から何かが接近してくる気配を感じ取り、その動きは中断された。

 

 

「うらああああぁぁぁぁ!!盗んだ改造バイクで突撃じゃあーーーーーーー!!」

 

『んなッ!?』

 

 

 センサーを使って後方を確認した彼女の視界に映ったのは、自分目掛けて真っ直ぐに突っ込んでくる一台の大型バイクだった。咄嗟にそちらを対処するべく振り返ったが、その瞬間を狙って次弾装填を終わらせたアイゼンにより再度砲撃され、その弾みで狙いが逸れてしまう。

 

 

「よっと!!あばよ、くそったれ!!」

 

『ッ!?』

 

 

 バイクに乗っていた男…エイプリルは直前で飛び降り、猛スピードで突っ込んできた巨大な自動二輪は彼女に直撃する。衝突の衝撃で絶対防御を発動させ、多少なりぐらつかせる事に成功する。それでも、人形師自体に大きな損傷は見受けられなかったが…

 

 

『さっきから小賢しい真似を……この程度で人形師が墜ちると思っているのか…!!』

 

「んなわけ無ぇだろ」

 

『え…!?』

 

 

 しかしそんな事、ストーンやメテオラ達は百も承知である。人形師によって衝撃を殺され、受け止められたバイクに向かってストーンの対物ライフルが、アイゼンのRPGが放たれた。二つの砲撃はバイクの燃料に引火し、大きな爆発を発生させた。人形師は結果的に、超至近距離で爆発に巻き込まれる形になってしまった…

 

 

『ぐうううううううぅぅぅぅぅ…!!』

 

 

 衝撃により呻き、苦悶の表情を受かべる人形師のパイロット。しかし、かなりエネルギーを減らされてしまったが人形師は未だに健在である。その事を理解した彼女は、まだエネルギーが残っている事に安心すると同時に、ここまでコケにされた事に対して遂にキレた。極力殺傷沙汰は起こすなと言われていたが、最早知ったことじゃない。自分にここまで無様な思いをさせた男達を皆殺しにするべく、彼女はゆっくりと足を踏み出し…

 

 

 

「時間稼ぎ御苦労」

 

『ッ!?』

 

 

 

---目の前で機械的且つゴツイ鉄の塊を突きつける、虎と目が合った…

 

 

 

『貴様ッ、IS殺しの…!!』

 

「黙って沈め、鉄屑」

 

『ガフッ!?』

 

 

 砂塵に紛れて彼女に近づき、ティーガーが使用したのは『携帯用盾殺し』。辛うじて持ち運びが出来る程度に小型化しつつも、その威力は本物に引けを取らない。反動が凄まじく、並の人間が使用すれば腕が持っていかれるが、人外たるティーガーやセヴァスなら問題なく扱える。

 

 そして、絶対防御でさえ衝撃を殺しきれない威力を持ったそれを彼は、彼女の喉笛目掛けて躊躇無く放った。全力で喉を殴られた感覚に襲われ、人形師は呼吸困難になりながら二転三転と地面を転がって吹き飛んでいく。死にはしないがこの状況、最早生身で熊と一方的な殴り合いをするようなものである…

 

 

『ご…が、あ……かはっ…!?』

 

「まだ終わらんぞ?」

 

『ッ!!……い、嫌あぐ…!?』

 

 

 喉を抑え、咳き込みながら地面に蹲って苦しむ人形師のパイロットに向かってティーガーはゆっくりと歩み寄る。目に溜まった涙のせいで視界がぼやけた事もあり、歪んで見えた彼の姿は彼女に悪魔や死神のように映った。想像を絶する恐怖に襲われた彼女は、先程の高圧的な態度は見る影も無く、力が上手く入らない身体を必死に起こして逃げようとする。しかし飛ぼうとするよりも早く、追いついたティーガーによって二発目の盾殺しを受け、今度は地面に叩きつけられる形になった。

 

 

『あ……あぅあ…が…』

 

「言い残すことはあるか?」

 

 

 二発目は後頭部に直撃させられた為、脳が揺れてしまい身体に一切の力が入らない。地面にうつ伏せになって弱々しい呻き声を上げるしかない人形師のパイロットだったが、人間のものとは思えない力で踏みつけられ、同時に振ってきた無慈悲で冷たい言葉により、一瞬にして彼女は死の恐怖に襲われた。

 

 

『た、たすけ…て…!!』

 

「そうか、なら……今、楽にしてやる…」

 

『い、嫌…!!…やめ……何で、も…言うこ、と……きく、から…!!』

 

「死ね」

 

『お、ねがい……やめ、て…!!……やめてえええええええええぇぇぇぇぇぇ…!!』

 

 

 

---いつまでも続くかと思われた彼女の叫び。しかしそれは、数発の轟音が鳴り響くと同時に、随分と呆気なく途切れた…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「相変わらずエグいな、ティーガー。ところで、殺してないよな…?」

 

「当たり前だ。そもそも、対物ライフルで兵士の手足吹っ飛ばす貴様に言われたくないのだが…」

 

「おいおい、あのくらい最近の再生医療じゃ盲腸レベルだ。ちゃんと治療すれば、後遺症も残らないだろうよ……精神的ショックは知らねぇが…」

 

「……ふん、それはこっちも一緒か…」 

 

 

 意識を奪われた後も盾殺しを受け続け、最終的にエネルギーがゼロになってISを解除した人形師のパイロットを無造作に投げ捨て、ティーガーはストーン達と軽口を交わしていた。

 

 亡国機業役として先行していた特殊部隊と、それを捕らえる役を演じる予定だったISを撃破したティーガー達は一息入れていた。かつての亡国機業の戦力が半端ではなかったので、ある程度本格的な戦力を投入されても『亡国機業のせい』とホラを吹かれたら、妙に説得力を帯びてしまう。元から堂々と出来るような立場では無いが、やはりこんな事に自分達の名前を使われるというのは全く持って許し難い。なので、見せしめと落とし前を兼ねて自分達はこの臨海実習の警護を受けた。

 

 

 

---というのが建前で、実際はというと…

 

 

 

「ところで、セイスとエムの奴は元気だったか…?」

 

「あぁ、二人とも相変わらずだ…」

 

「……そうか、そいつは良かった…」

 

「あぁ、私も見ましたよ。相変わらずラブラブでしたねぇ~」

 

「そりゃマジか、メテオラ?」

 

 

 

---単に、可愛い弟分と妹分の様子が気になっていたからだったりする…

 

 

 セヴァスとマドカが亡国機業に拾われたのは、二人が幼少の頃だ。彼らの性格もあって、10年もその成長を見守っていた一同が裏世界から足を洗ったセイス達を気にするのは、当然といえば当然である。

 

 余談だが、マドカがIS学園で友達を作ったと聴いたフォレスト組はかなりの大騒ぎをしたとか…

 

 

「何にせよ、さっさと残りの仕事も終わらすか…」

 

「そうだな。二人の楽しい思い出作りを邪魔するような奴には、馬に蹴られて鹿に喰われて貰おう…」

 

「アメリカから馬鹿兄弟呼びます?」

 

「「「「やめてくれ…」」」」

 

 

 無駄口を叩きながらも、彼らは次の現場に向かうべく準備を速やかに整える。後は敵の母艦をスコールが沈めるだけだが、情報によれば敵のISはもう一機居る。慢心癖が未だに抜けないオータムのことだ、そのもう一機もどうせ取り逃がしているに違いない…

 

 

「冗談ですよ、私だってあの兄弟を呼ぶのは願い下げ……ん?おや、オランジュから通信が…」

 

「経過報告か?」

 

「そのようで……はいはい、どうかしましたかオランジュさん…?」

 

『ーーーーーー。』

 

「……え゛…?」

 

『ーーー!!----ッ!!』

 

「あ、はい!!分かりました!!」

 

 

 気づいたメテオラは端末を取り出し、オランジュの通信に応じる。そして二,三言葉を交わすうちに、彼の顔をから血の気が引いていった。オランジュと通信を終えたメテオラは端末を仕舞い、ギコちない動きでティーガー達に向き直る。そんな彼の様子に一同は嫌な予感がしたが、その予感は見事に当たってしまった…

 

 

「……敵ISの位置が分かりました…」

 

「どこだ…?」

 

「南ポイントVF-25……ここから最も遠く、臨海実習の現場に近い場所です…」

 

「げっ…」

 

「やべぇじゃねぇか!?」

 

 

 ティーガー達は思わず頭を抱えたくなった。流石に向こうが用意した悪役を排除した今、ヒーロー役に単独で専用機持ちも多数存在する臨海実習を襲撃するような真似はさせないと思うが、大騒ぎになるのは確実である。最終的な結果を考えれば此方の勝利は決まったも同然だが、セヴァス達を巻き込まないと決めた手前、それは何としても避けたかったのだが…

 

 とにかくジッとしている訳にも行かず、彼らはすぐにでも現場へ向かうべく動きを早めた。しかしそれを、メテオラが何とも歯切れの悪い言葉で中断させる。

 

 

「あの、それが…」

 

「何だよメテオラ、まだあるのかよ…?」

 

「既に敵ISは、交戦状態に突入しているようです…」

 

「……遅かったか…」

 

 

 これで臨海実習は中止確定である。入学当初からトラブル続きな一夏達は勿論のこと、その実情を知っているセヴァスも今年くらいは何事も無く終わらせたいと思っている。だからこそ、自分達は裏でコソコソやっていたのだが…

 

 

「あ…いや、臨海実習は中止になってません……」

 

「は?そりゃどういう意味だ…」

 

「じゃあ、敵ISは何と交戦しているんだ…?」

 

 

 敵ISは臨海実習の付近に出現して交戦を開始、されど臨海実習は続行中……メテオラの言葉に、ストーン達は首をかしげるばかりだ。やがて苛立ち始めたのか、ティーガーが冷たい怒気を放ちながら無言でメテオラに簡潔な説明を促し始めた…

 

 

「ちょ、ティーガーさん!?その殺気は洒落にならな…!!」

 

「黙れ早くしろ殺すぞ…」

 

「はいスイマセン!!取り敢えず先に言わせて貰いますが、敵ISと交戦しているのは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---セイスとエムの二人です…!!

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

(何なのコイツは!?)

 

 

 命令に従い、臨海自習の付近までやって来た『人形師二号機』とそのパイロット。しかし現在、彼女は徹底的に追い込まれていた。最新鋭機である彼女の機体は、ものの見事にボロボロにされていた…

 

 

「どうした、その程度か?これならラウラ達の方がよっぽど強いぞ?」

 

『クッ…舐めるな!!』

 

 

 目的地まであと少しというところにまで接近した自分を出迎えたのは、訓練機である『ラファール』を身に纏った、“ブリュンヒルデに顔がそっくり”なIS学園の生徒だった。どこか見覚えのあるその生徒だったが、何者であるかを思い出そうとする前に、その生徒は突然こちらに向かって攻撃を仕掛けてきた。こっちの計画が発覚したのかどうか知らないが、向こうがやる気満々なのは間違いない。亡国機業に扮する予定だった特殊部隊が音信不通になった今、自分が誘拐犯を演じるしか無い。なのでこの生意気な生徒を軽くぶちのめし、人質にして標的達を拉致しよう…彼女はそう考えた。

 

 自分が駆る人形師は第三世代で、実質3対1の状況を作れる。それに対し相手は第二世代機で、しかもただの訓練機。決着はすぐに付くと思った……いや、思っていた…

 

 

『行け!!アイアン・ソルジャー!!』

 

 

 何とか力を振り絞り、鉄兵に指示を出す。彼女の命令を受けた二機の兵士は搭載された機銃を撃ちながら、依然として無傷のラファールに向かって突撃していった。

 

 

「……遅い…!!」

 

 

 しかし、ラファールを駆る彼女は二機の鉄兵の間を縫うようにして回避し、そのまま一気に距離を詰めてくる。その相手の技量に驚愕した人形師のパイロットは反応が送れ、彼女…マドカの接近を許してしまう。そして…

 

 

「墜ちろ!!」

 

『うぐッ!?』

 

 

 腹部に強烈なキックをお見舞いされ、前のめりになったところへ踵落としを喰らわされた人形師は、隕石の様な速度を持ってして砂浜へと叩き落された。墜落の衝撃により、砂塵が砂嵐の如く舞い上がる…

 

 

『こ、このぉ…』

 

「お前らも懲りないな、ほんと…」

 

『ッ!!』

 

 

 よろめきながらも立ち上がった人形師のパイロットだったが、すぐ近くから誰かの声が聴こえてきた。反射的に顔を上げるとそこには、ラファールを駆る生徒と同年代の少年…セヴァスが立っていた。此方は何をトチ狂ったのかIS同士の戦場にティーシャツと短パン、それとビーチサンダルしか身に着けていない状態で佇んでいる。

 

 

『お、お前は…』

 

「あぁ何も言わなくて良い、肝心なことは分かってる。俺達の古巣の名を使って、俺達の臨海実習を台無しにしようとしてるんだって…?」

 

『ッ!!……そうかお前ら、セヴァス・六道と織斑マドカね…!?』

 

「はいはい、そうですよ…っと!!」

 

『ッ!?』

 

 

 言うや否や、セヴァスは人形師を蹴り上げた。絶対防御によって威力は殆ど無いが、それでも人形師は弾みで強引に立ち上がらされる羽目になった。話には聞いていた、IS学園にその籍を置く事になった亡国機業出身の二人…その情報を思い出した人形師のパイロットは、彼に対して心底忌々しげな目を向ける。

 

 

『この、蛆虫ども…!!』

 

「その蛆虫の真似しようとしてんのは誰だよ?」

 

『黙れ!!嬲り殺しにしてやる、このゲテモノ!!』

 

 

 言葉と共に彼女は近接用のISブレードを取り出し、至近距離からセヴァス目掛けて振りかぶる。しかし、彼は一切動じずに身体を捻りながら最低限の動きでそれを回避する。

 

 

「ほれ、お返し」

 

『ぐッ!?』

 

 

 彼女の腹部へと放たれたのは、手加減された彼の拳。“絶対防御を発動する必要が無い程度”の、ちょっと痛いだけの攻撃。だが絶対防御を過信していた彼女は、予想外の痛みに動揺して思わず武器から手を離してしまった。それをセヴァスが見逃すはずも無く、手放された近接用ブレードを拾い…

 

 

「武器もーらい」

 

『なッ!?』

 

「オッラァ!!」

 

『うあッ!?』

 

 

 ここぞとばかりに思いっきりブレードを振りかぶった彼は、全力でそれを彼女に叩き付けた。人外の力を動員してまで振るわれたブレードは、人形師を数メートル程吹き飛ばす事に成功する。しかし第三世代機を任せられるだけあって、彼女もただでは転ばない。無骨なISを身に纏っているにも関わらず、彼女は上手く受身を取ると同時に対ISライフルをコールしてセヴァスに向けた。

 

 だが、彼女が引き金を引くよりも早く、上空から爆発音が響いた…

 

 

『な、アイアン・ソルジャーが…!?』

 

 

 反射的に空を見上げれば、鉄兵の片割れがマドカの狙撃ライフルによって撃墜されたとこだった。生き残っていたもう一機は彼女のラファール目掛けて再度突撃していくが、あっさり回避されてしまう。仕舞いにはすれ違いざまに散弾のを背後にお見舞いされ、爆炎を纏って一機目の後を追った…

 

 

「おい、余所見すんなよ!!」

 

 

 主力兵装が破壊されたことにより、呆然としていた隙を突いてセヴァスはISブレードを人形師目掛けて投げつけた。咄嗟にセヴァスに照準を向けた人形師だったが、そのせいで一瞬怯んでしまった。

 

 

『この…無駄な真似を!!』

 

「無駄じゃないさ……上、見てみな…」

 

『何を……ッて…!?』

 

 

 フェイクかと思いセヴァスの言葉を鼻で笑った『人形師』のパイロットだったが、次の瞬間センサーから警告音が鳴り響いた。それにつられる様にして、空を見上げた彼女の目に映ったのは…

 

 

 

「潰れろ、蛆虫」

 

 

 

---視界一杯に広がる、自分目掛けて急降下してきたラファールの足の裏だった…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「うわぁ、凄ぇ痛そう…」

 

「正直、ちょっと殺っちゃったかと思った…」

 

「オイ」

 

 

 さっきのマドカの攻撃によりエネルギーが底を尽き、ISを強制解除された人形師のパイロット。先程の衝撃によって砂浜に出来たクレーターの中で白目を向いているが、一応息はしていた。

 

 

「それにしても、本当にコレってデモンストレーションって言葉で皆を誤魔化せられるのか…?」

 

「さぁ?楯無とオランジュの口車次第だろ。それに『後の事はコッチでどうにかするから、全力で潰せ』って言ったのはアイツらだし…」

 

 

 昼食が終わり、実習を再開したIS学園生徒一同。専用機組は千冬達と別の場所へ、今は自分の機体を持ってないマドカは一般生徒達と共に実習を受けていた。そんな時だった…楯無がセヴァス達に事の真相を教え、協力を求めてきたのは……

 

 

「途中から一夏達のIS装備とは違う銃声やら爆音が聴こえると思ったら、まさかそういう事だったとはなぁ……俺はてっきり、亡国機業への再勧誘しに来たのかと…」

 

 

 今の平穏を脅かす者には、容赦はしない。その思いに偽りは無く、どこまでも本気だ。そして、そんな自分をまた亡国機業に誘おうとしている…そう思い込んでしまったが故に、昨夜はオランジュに対して敵意を向けてしまったが、楯無に話を聞かされた途端に申し訳ない気持ちで一杯になった。彼には後でしっかりと謝っておこう…

 

 

「ま、何にせよコレで俺達が手伝えることは終わり。後は旦那と姉御達に任せて、とっとと戻るか…」

 

「そうだな…」

 

 

 そう言って二人は踵を返し、楯無の言葉を鵜呑みにしてセヴァスとマドカの立ち回りを終始楽しんでいた皆の元へ戻っていった

 

 

 

 

---心から気に入っている、今の自分達の居場所へと…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「特殊部隊からの応答が全て無くなりました!!」

 

「トムキャット1、2共にシグナルロスト!! 撃墜された模様です!!」

 

「限界時間まで残り5分を切りました!! もうじき海上保安庁の巡視船が来ます!!」

 

「か、艦長…!!」

 

 

 先行させた特殊部隊、隠し玉である二機のISの信号途絶…ブリッジに寄せられていくる情報はどれもこれも最悪なものばかりであり、副官から困惑と焦りの視線を向けられたベケット艦長も、これには流石に苦い表情を浮かべて呻るしか無かった。

 

 

「……どうしてこうなった…」

 

 

 アラクネの強奪、銀の福音の暴走、秘密基地の襲撃、亡国機業内戦時の大損害…ここ数年、失態ばかり繰り返している今の政権には、もう後が無いのだ。野党の勢いは留まるところを知らず、対してこちらは国民からの支持も殆ど無くなりつつある。ここで何かしらの成果を残せなければ、自分達は国の舵取り役の座を降ろされる羽目になるだろう。それを危惧した一部の議員たちは、『亡国機業残党の殲滅』と『現IS学園3年生とのコネクション形成』という成果を残すべく今回の暴挙に出た。

 去年の騒乱の際に本国にも何体か出現した無人機…それを撃破し、確保した未登録コアを使用して作られた『空の人形師』。流石に国家代表やテストパイロットを連れ出す事は叶わなかったが、先進国は質はともかくIS操縦者の数に事欠かない。これに加え最新鋭の原子力潜水艦、それに乗り込むに値する精鋭達と茶番にしては過剰なくらいの戦力を自分は任された。今まで似た様な厄介事や依頼を何度も寄越されてきたが、ここまで奮発して貰ったのは初めてだ。故に今回はより一層の気合を入れ、全てを成功させるべく念入りに計画を立てた。そして、何の問題も支障も無く作戦は開始されたのだが…

 

 

―――結果はこのザマである…

 

 

「さて、どうするべきか…」

 

 

 このままモタモタしていたら先の部下の報告の通り、海上保安庁の船と鉢合わせする可能性が大きい。あからさまに領海侵犯を犯している為、見つかると国家規模で面倒な事態になるのだ。本来ならば『誘拐された生徒の救出の為に止むを得ず』という建前を使って開き直る予定だったが、残党役に扮する肝心の特殊部隊からの応答は無くなり、切り札のISも反応を消失させるという緊急事態が発生する始末。襲撃犯の存在しない平和な臨界実習に、いったいどのツラ下げてその建前を使えと言うのか?

 しかし何にせよ、この作戦はもう失敗したと思った方が良い。特殊部隊とIS部隊が同時に音信不通になったという事実は、通信機のトラブル等という間抜けな理由では片付かない。誰の手による物なのかは分からないが、恐らく全員撃退されたのだろう。今回の妨害工作がIS学園によるものならば、政治家達がお得意の棚上げ論で抗議するだろうし、違うのであれば次回にでもこの雪辱を晴らすまで。艦の位置を察知される可能性がある今、自分が取るべき最善の選択肢は撤退の二文字だけであろう…

 

 

「艦を百八十度転回!! これより、この海域から撤退す…」

 

『もしも~し、こちらIS学園交渉窓口担当官のオランジュで~す。そちらはアメリカ合衆国所属のポセイドン号であってますか~?』

 

「な、何…!?」

 

「外部からの通信です…!!」

 

「誰だ貴様は!?」

 

 

 撤退の指示を出そうとしたまさにその時、ベケット艦長に割り込むようにして艦内に響いた軽薄な男の声。一瞬にしてブリッジは驚きと困惑に包まれ、今まさにここから引き上げようとしていたポセイドン号の乗組員たちは出鼻を挫かれてしまった。ベケットは通信士に目を向けてみると、彼は明らかに混乱した表情を受かべていた。どうやら、艦の通信システムを半ば乗っ取る形で繋いできた様だ…

 しかもこの声の主…オランジュとか言った若造の声に、ベケットは自然と苛立ちを覚えるほどに聴き覚えがあった。この様な裏仕事を任されるようになってから相当の年月が経ったが、コイツはその中盤辺りからの付き合いになるのではなかろうか?

 

 

「この耳障りな声と喋り方……お前、ファントムだな…?」

 

『おやおや、そういう貴方はベケット大佐じゃありませんか。ご無沙汰しております~』

 

「ふん……そういえば、IS学園の預かりになったと聴いたな…」

 

 

 『ファントム』…ある者は傍若無人なチンピラと、またある者には社交的な紳士、さらには忠義に熱い腹心等と称され、性格と特徴が全く定まらない正体不明の犯罪者。利用するつもりで彼に接触した結果、逆に利用されるだけされて食い潰された裏組織は数えきれない程である。一昨年なんて中国の過激派暗部である『影剣』が護衛していた当時の国家主席と共に高層ビルの崩壊に巻き込まれ、二つの意味で潰れたという事件があったが……コイツとその仲間達の仕業であると言われている…

 幸い自分は引き際を弁えていたので、早々にこの亡霊からは手を切った。そもそも、この胡散臭い雰囲気と態度がどうにも昔から気に入らなかったのだ。仕事は確かに出来る奴だが、不愉快だ。

 

 

「それで?いったい、我々に何の用だ?」

 

『いえね、先程こちらで不審な武装集団とISを確認したんですよ。武装集団は既に壊滅しており、ISの方は此方の呼び掛けに一切応じなかったので撃退しましたが…』

 

「……それがどうかしたか…?」

 

『そのISのパイロットに正体を問い詰めたところ、彼女はアメリカに所属している事を白状致しました。送り届けるにも手続きとか面倒なので、丁度近くに居る貴方達に引き取って貰いたいんですよ』

 

 

 近くにあった機材を殴りたい衝動に駆られたが、どうにか耐える。議員の身内な上にただの学園卒業生というだけで不安だったが、まさかこうも簡単に口を割るとは思わなかった。非公式な上に非常識な作戦な為、候補生やテストパイロットを利用できないのは理解できるが、もう少しマシな奴を寄越して欲しかった…

 

 

「よもや、その言葉を鵜呑みにしたわけではあるまいな?」

 

『えぇ、勿論です。“大事なISコアが懸かってます”ので、ちゃんとアメリカ政府に確認を取りましたよ?そしたら思いのほか早く返事が返ってきた上に、貴方達の存在まで教えて下さいました』

 

 

 今度は我慢できず、頭を抑えてその場に崩れ落ちてしまった。副官が慌てて駆け寄って支えてくれたが、最早それどころでは無い。コイツの言葉から察するに、政府はこの秘密部隊を秘匿する気は一切無いようだ。幾ら学園側や諸外国が抗議しようが、本国政府が自分達の存在を認めなければどうとにでも言い逃れ出来るというのに、上の連中は貴重なISコアをチラつかされた事によってあっさり釣られてしまったのだ。

 確かに彼女らの身元を保証せねば、回収されたコアは国際IS委員会の元に送られてしまったかもしれない。彼女らをテロリストに仕立て上げ、後から『奪われたモノ』として返却を要求したところでアレは未登録のコア、米国の所有物である証明が出来ない。

 

 

『何でも貴方達は、亡国機業の残党追撃の命を受けてここに居るんですって?お勤め、ご苦労様です……結果は散々のようですが…』

 

「黙れ。そして、何が望みだ?」

 

 

 流石に何をしようとしていたかまでは喋らなかったようだが、ここまで来ると何を要求されるのか考えるだけで恐ろしい。国が存在を認めてしまったので『居ない筈の部隊』なんて言い訳は出来ず、捕虜になったパイロットや隊員達の言葉をデマカセと断じる事も出来ない。早い話…

 

 

―――詰んだ…

 

 

『だから言ってるじゃないですか、彼らを引き取って下さいよ』

 

「なに…?」

 

『学園側としても、日本政府としても厄介事は嫌なんです。というわけで、御互い何も無かった事にして無難に解決しましょう。そうすればホラ、皆笑顔ですよ?』

 

「……」

 

 

 正直、自分の耳を疑った。自分達を見逃すという意味合いの言葉を、この男はこうもあっさりと口にしたのである。外道染みた手口で名を馳せた、あのファントムが…

 

 

「正気か貴様…?」

 

『至って正気ですよ。で、どうするんですか?別に彼らには、色々と“記録が残る”手続きをして貰ってから帰って頂いてもよろしいのですが…?』

 

「……選択の余地は無しか…」

 

 

 『事を秘密裏に終わらせたくないのか?』と暗に言われれば、黙って従う他に無い。作戦は失敗に終わり、その事実を一部の者達に知られるのは少々痛い。しかし負傷者は続出したが死人は出ていない様で、ISのコアも辛うじて無事。この艦も無傷なので、まだ最悪の結果には程遠いだろう…

 

 

「分かった。そちらの要求…いや、提案を呑もう。ただし、負傷者の回収地点はこちらが指定する」

 

『御賢明な判断に感謝します。では、座標が決まりましたら御一報くださいませ……あ、それともう一つ…』

 

「何かね…?」

 

『亡国機業残党によるそちらの被害に関しましては、学園側は一切責任を取らない事になっております。そこはアメリカ政府も承諾していますので、くれぐれも御了承下さいますように…』

 

「……ふん、分かった…」

 

『では、今度こそ失礼します…』

 

 

 その言葉と同時に通信は切られ、ブリッジに一時の静寂が訪れた。しかしその静寂もすぐに消え、乗組員たちの慌ただしい声と情報伝達によって次第に元の騒がしさを取り戻していく。ファントムとのやり取りを終えたベケットは疲れがドッと出て来たのか、艦長席に身を投げるようにして腰を下ろした…

 

 

「艦長、どうなさるので…?」

 

「従うしかあるまい…。被害が負傷者多数、死者ゼロで済んでいるのだ。この程度なら次の総選挙で議員達の首が根こそぎ跳ぶ前に、汚名返上出来るだろう…」

 

 

 気まぐれか何かは知らないが、今回は助けて貰ったと思って良いだろう。今回の作戦を邪魔した連中が学園側であろうが本物の残党であろうが、自分達の首が繋がっている内に必ず再戦の機会に巡り合える筈である。

 

 

「では副長、後は任せた…」

 

「ハッ!! 進路を南西に取り、全速前進!!」

 

「アイアイ・サー」

 

 

 副長からの指示により、操舵手や機関士を筆頭とする乗組員たちが動き始める。それに合わせ、この艦もまたゆっくりと動き出した。そして…

 

 

 

―――艦が爆撃されたかのような揺れに襲われた…

 

 

 

「な、何事だ!?」

 

「敵から攻撃を受けた模様!! 左舷に大穴が空けられました!!」

 

「現在左舷BブロックからCブロックが激しく浸水中!!」

 

「隔壁閉鎖!! ダメージコントロール急げ!!」

 

 

 突然の事態に大騒ぎになるブリッジ。しかし流石は精鋭揃いなだけあってか、対応は早かった。速やかに情報は伝達され、次々と処理されていく。が、クルーの一人の悲痛な叫びによって、全員の手が一端止まる事になる…

 

 

「こ、この反応……艦内にISが侵入しているぞ!!」

 

「何だと!?」

 

「索敵班は何をしていた!?」

 

「データ称号完了!! 敵は亡国機業の『スコール』です!!」

 

 

 まさかの事態に騒然となるブリッジだったが、そんな中…ベケット艦長だけは別の理由で呆然としていた。彼は敵が亡国機業であると分かった瞬間、ファントムが…オランジュが去り際に言った言葉を自然と思い出す羽目になった…

 

 

 

―――亡国機業残党によるそちらの被害に関しましては、学園側は一切責任を取らない事になっております

 

 

 

「……あのガキ、最初から我々を見逃す気なんて…」

 

「右舷より新たなISの反応!! 真っ直ぐに此方へ突っ込んできます!!」

 

「去年に確認された水中用ISかッ!!」

 

「駄目です!! 回避間に合いません!!」

 

 

 部下たちの叫びを飲み込むようにして、二回目の衝撃が艦を襲う。今度は先程のものより強烈で、座って無かった者は宙を舞う羽目になった…

 

 

「被害状況を知らせろ!!」

 

「至近距離で魚雷を叩き込まれた模様!! 左舷と合わせて被害甚大です!!」

 

「ダメージレベル限界点を突破!! このままじゃ沈みます!!」

 

「か、艦長…!!」

 

 

 部下たちの報告を聴いて脂汗を流すベケットの頭に、見たことも無い筈のオランジュの顔がぼんやりと浮かんできた。大人を舐め切った態度を見せるその小僧は、此方をとことん見下すかのような目を向けながら口を開きただ一言、こう言ってきた…

 

 

 

 

 

 

―――勝てると思ったか…?

 

 

 

 

 

「そ、総員退艦!!脱出ポッドへ急げえええええぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 ベケットが叫んだのと、スコール達の手によって艦のエンジンが破壊されたのは殆ど同時だった。幸い乗組員たちは一人残らず脱出できたものの、この一件でアメリカは第三世代機を二機、ISコアを一つ、さらには秘密特捜艦を丸ごと一隻失うという大損害を被った。

 それに加え、被害の原因がテロリストに返り討ちに遭ったからという情けない事実まで世界中に広がってしまい、現アメリカ政府の議員達の命運は尽きたも同然であった…

 

 

「あれ?ISコアは全部返すんじゃ…」

 

「あぁ、全部返すさ。“学園側が回収出来た”物はな…」

 

「……タチ悪ッ…」

 

 

 




阿呆専門が阿呆やりませんでしたwww


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IF未来 続・学園編 ラスト

いよいよ学園編ラストです!!しかし、時間が無くて最後が超駆け足になったので少し雑になってしまいました…;

その内修正したり、裏方組(オランジュや楯無とか)のオマケ描写を加える予定です…


 

『やってくれたね…』

 

「はて、何の事やら皆目見当が付かないな……心当たりが多すぎて…」

 

 

 日が沈み始め、暁色に染まる空を浜辺で眺めながら、フォレストは自分の古臭い携帯電話で誰かと話し込んでいた。受話器の向こうから届いてくる声は若い女性のもので、機嫌の悪さを隠そうともしていない。そんな相手の不機嫌さを飄々と受け流し、彼は言葉を続ける。

 

 

「ISのコアネットワークに介入できなくしたこと? 世界中の電子回線に侵入できなくしたこと? それとも“コイツら”を壊した事かな…?」

 

『………』

 

 

 受話器から聴こえてくるギリリッという歯ぎしり音を耳にしながら、彼は周囲を見渡す。彼が佇む浜辺には現在、異形の形を持っていた鉄の塊…無人IS『ゴーレムシリーズ』の最新版が6機ほど転がっていた。幸い彼が居る場所は臨海実習の実地場所から離れており、学園の生徒や旅館の従業員は殆ど居ない。

 

 

『ちょっと時間掛かったね~』

 

「でも根本は変わらないから、まだまだ余裕だよ~」

 

 

 もっとも、その全てがIS学園のホラーコンビに破壊されてたが。残骸を突っつきながら呟かれた布仏本音と亡霊の言葉には、一時的にとは言え彼女達と協力関係を結んだフォレストも流石に苦笑を浮かべるしかない。頼もしいと思う反面、絶対に敵に回してはならないと改めて認識する。

 そう思った矢先、相手が再度言葉を紡ぎ始めた。そもそも、フォレストに電話を掛けてきたのは向こうである。多分一夏達のISを暴走させて事件を起こすことが出来ず、世界中のミサイル発射施設をハッキングする事も出来ず、譲歩してアメリカの暗躍を陰で支援しながら事件を巻き起こそうとした結果、全てフォレスト達の手によって未然に防がれてしまった事に対し、悪態でも吐きに来たのだろう…

 

 

『調子に乗っていられるのも、今だけだよ』

 

「あれ、おかしいな? 去年も同じセリフを聴いた気がするよ?」

 

『……自分の家を壊されといてよく言うよ…』

 

 

 吐き捨てるように呟かれた言葉を聴いた瞬間、向こうにいる彼女が嘲笑を浮かべている光景が頭に浮かんだ。『家』というのは去年に表向き崩壊した亡国機業の事であり、その事を皮肉ったのだろう。

 

 

「家を壊された?……あぁ、去年の内戦のことか!! 君が馬鹿どもを焚きつけてくれた御蔭で、頭でっかちな無能を退場させる事が出来たアレの事か!!」

 

『……え…』

 

 

 しかしそんな彼女の嘲りすら、彼には無意味だった。この戸惑いを多分に含んだ間の抜けた声を彼女の事を知っている者が聴いたら、本物であるかどうか疑ったかもしれない。

 実際、フォレストの言葉は別に強がりでも何でないことも事実。確かに去年の内戦を機に、電話一本で大国を動かせた全盛期と比べて弱体化したのは否定できない。しかし直属や子飼いの部下は誰一人欠けておらず、それどころか他の派閥の貴重な人材も手に入れる事が出来た。全体の数こそ減ったが、質はあの時とは比べ物にならなくなっていたのである…

 

 

「いやぁ、本当にありがとう!! 君は恩人だぁ!! あっははははははは!!」

 

『……本当にムカつくな、お前…』

 

「当たり前だ、怒らす気で言ってるんだもん」

 

 

 フォレストが会話している相手が誰だか分かったら、世界各国は血眼になって彼らと接触を図るだろう。それ程までに、この電話の向こうに居る彼女は超が付く大物だが、正直な話フォレストにとって目障り以外の何物でも無い。それはあっちも同じようで、そこに関しては互いに気が合うとも言える。

 

 

『精々、その拾った“出来損ない”と一緒に自惚れてればいいさ…』

 

「『大切な人間=大事な実験対象』の構図が出来てる君より、彼女の方がよっぽど人間は出来てるよ」

 

『……』

 

「僕は別に誰がどこで何しようが気にしないタチだけどさ、僕の周りや身内を巻き込むのやめて欲しい訳だ。で、その身内には君の実験動物も含まれてるんだよ」

 

『実験動物って、ちーちゃんやほーちゃん、いっ君のこと?……だとしたら、本気で潰すよ…?』

 

「すっとぼけているのか無自覚なのかは知らないが、君が彼女らに向ける愛は良い結果を出すモルモットに対するソレと一緒だよ」

 

 

 確証や証拠は無いが、フォレストは彼女がそういう人間であると思っている。表も裏も含めた今までの彼女の行動を見ている限り、彼女の愛情表現は歪んでいる。歪んでいるが、馬鹿でも無能でも無い。そんな彼女が引き起こした事件の数々から考えるに、彼女の目的は恐らく…

 

 

「ま、とにかくだ……君が好き勝手出来る時代は、もう終わり。そろそろこの世界を返して貰おうか…」

 

『……勝手に言ってれば?お前なんかが、束さんに勝てるとは思えないけどね…』

 

「勝てるさ。世界から逃げる為に世界を変えた、人生の負け犬にならね…」

 

『ッ…!!』

 

「それでは御機嫌よう、“自称”天才様…?」

 

 

 癇癪と携帯電話を床にブン投げて叩き付ける音と共に、通話は切られた。かなり前から彼女…篠ノ之束博士には目障りな奴と認識されていたみたいだが、フォレストとしても実質この世界を掌握していた彼女を忌々しく思っていた。そんな彼女の事を嫌う彼だからこそ、この前の思わぬ拾い者…束博士が『出来損ない』と称した彼女は素晴らしい存在である。なんて事を考えていたその時、彼の背後に布仏本音とも東明日斗とも違う気配が現れた…

 

 

「…おっと、途中で電話を代わるべきだったかな?」

 

「いや、どうせまたすぐに掛かってくる……こっちの事なんてお構いなしに、な…」

 

 

 件の篠ノ之博士の親友である、織斑千冬だ。実習も講義も終わり、裏方仕事の結果を尋ねに来たところで今のやり取りに遭遇したようである。だが、それほどリアクションは大きくなかった。篠ノ之束の事に関しては、彼女にとって大抵の事が今更な事なのだろう…

 

 

「それで、どうなったんだ…?」

 

「先行した特殊部隊とIS一機、それと母艦は僕の仲間達が沈めた。沈めた母艦の乗組員は全員日本政府に保護させたし、契約通り死者は一人も出て無いよ」

 

「そうか…」

 

「もう一機のISは、セイスとエムが撃退してくれたんだって?本当に相変わらずのようで、良かった良かった…」

 

「……また勧誘したくなったか…?」

 

「いや、逆だよ。確かに表世界に上手く馴染めず、自分を押し殺してるくらいなら裏世界に連れ帰るつもりだったさ。だけど、昨日の彼らを見たら安心した…」

 

 

 思い出すのは、海で一夏達と楽しくやってるセヴァスとマドカ。裏世界で産まれ、育ってきたあの二人の心配は杞憂に終わった。闇社会での過去を否定せず、囚われず、己の全てを肯定しながら未来を受け入れる二人の表情は、どこまでも眩しかった。

 

 

 

―――やはり彼らの生きるべき場所は、自分達の居場所とは違う…

 

 

 

「だから改めて言うけど、二人をこれからもヨロシク頼むよ…」

 

「先程スコールにも同じことを言われたし、こう返したが……当然だ。そして今まで二人の面倒を見てくれたこと、感謝している。本当に、ありがとう…」

 

 

 千冬はフォレストの言葉に対して不敵に笑って返したあと、表情を改めて深々と頭を下げた。何だかんだ言って今日まで碌にこの言葉を言えなかったのだが、やっとその機会に巡り合えたのだ。そんな彼女からのケジメを、彼は無言で受け取った。そして、そのケジメが受け入れられた事を察した千冬が頭を上げたのを気に、フォレストは口を開く。

 

 

「……さて、そろそろ僕たちはお暇しようかな……」

 

「もう帰るのか? もう一度くらい、セヴァス達と話していけば…」

 

「いや、良いさ。どうせ、またすぐに会いに行くからさ」

 

「……そうか…」

 

 

 千冬が続けて何かを言おうとしたが、その先は言葉が出なかった。何故なら、突如として海が音を立てながら揺れ始めたのである。陸地は揺れていないので、地震では無いようだが…

 急の事に思わず身構える千冬と、それに反して至って冷静なフォレスト。そんな二人の目の前で、海を割る様にして水柱を上げながら、巨大な何かが出現した。その正体は、戦艦並に巨大な潜水艦だった…

 

 

『旦那ぁ、お迎えに上がりました~!!』

 

「バンビーノか…ご苦労さん」

 

「うわ大きい~!! あすち~もこういうの好き?」

 

『巨大戦艦は男のロマン!!』

 

「な…これは『ポセイドン』号じゃないか!?」

 

 

 楯無に渡されたデータに掲載されていた、今回の臨海実習を襲撃する予定だった米軍所属の秘密特捜艦。先程スコール達によって沈められ、乗組員が一人も居ない状態で海底に沈んだ筈の巨艦が二人の目の前に新品同様の状態でその姿を見せていた。流石の世界最強も、数時間ほど前に沈められた筈の艦がいきなり出現しては動揺を隠せなかったようである……最恐コンビは普通に興奮してたが…

 

 

「ど、どういう事だ…?」

 

「どういう事って…これ、僕たちの今回の報酬」

 

「は…?」

 

「楯無の嬢ちゃんとの契約でね、今回の仕事の報酬は沈めた艦を僕たちの好きにして良いってことなったのさ。現金払いにすると、確実に君たちの給料がカットされる額になるからね…」

 

 

 何せ今回の仕事はISも相手にしなければならなかったのだ、消費した装備の金額だけでもかなりの物になってしまう。当然ながらそんな額、楯無のポケットマネーはおろか更識家そのものにも辛い。というわけで、今回の報酬内容がコレになったのだが…

 

 

「それは分かったが……さっき沈めたばかりの艦を、どうやって修繕した…?」

 

「あぁ、それはね…」

 

『あ、ちょッ!? 『月(ルナ)』ちゃん駄目だってば!!』

 

『バンちゃんの意地悪!! ルナちゃんも森さんとお話したい~!!』

 

 

 何やら艦のスピーカー越しから聴こえてきた騒ぎ声。一人は若い男の声だったが、もう一人の声は若いを通り越してどこか幼い少女の声だった。しかしその声を聴いた瞬間、フォレストの隣に立っていた千冬は驚きで目を見開いていた。だが無理も無い、何せその少女の声は…

 

 

『駄目だって!! 森さんは今大切なお話中なの!!』

 

『むぅ……分かった、我慢する…』

 

 

 まるで完全に子供とそれを叱る保護者の会話に、フォレストは思わず苦笑を漏らす。けれど、その苦笑はどこか楽しげだ…

 

 

「あぁ、大丈夫だよバンビーノにルナ。もう話は終わってるから」

 

『本当!? ねぇねぇ森さん見て見て!! ルナちゃん頑張ったよ、この潜水艦を10分で直して魔改造したよ!! 凄い!? ルナちゃん凄い!?』

 

「うん、凄い。良く頑張ってくれたね、ルナちゃんは偉い子だ…!!」

 

『森さんに褒められた!! やったよバンちゃん、ルナちゃん褒めて貰えたよ!!』

 

『おぉう、流石だルナちゃん!! 天災なんて目じゃないぜ!!』

 

 

 どうやら、この少女が全てをやってのけたらしい。余談だが、ティーガー達が使った『疑似AIC』や『携帯用盾殺し』も、この少女が手掛けたものだったりする。

 その事を知ってようが知らなかろうが、千冬が彼女の声に驚愕するのは変わらなかったろう。明らかに驚愕した表情を浮かべ、驚きによって言葉が出ないまま口をパクパクする世界最強は中々にツボに入りそうで笑いを堪えるのに必死である。だが漸く落ち着いたのか、ぎこちない動きでこっちを向きながら訊ねてきた…

 

 

「あれは……彼女は何者だ…?」

 

「エム…いや、マドカのような存在が居たんだ。ならば天災のそういうのが居ても、別に不思議じゃないだろう? 束博士は彼女の存在を、心底嫌がってたみたいだけどね…」

 

「……そういう事か…」

 

「今日はドタバタしてたせいで無理だったけど、いつかセヴァス達と会わせたいものだよ。きっと仲良くなれるし、何より本人が二人に会いたがってる……特に、マドカと…」

 

 

 去年の騒動の最中、フォレスト達はこの少女と出会った。まだ幼かった彼女はこの世の全てに恐怖していたが、幸いフォレスト達に出会った事で歪むことは無かった。フォレスト一派の気質もあって、彼女はすぐさま馴染んでいったのである。セヴァスやマドカ達の武勇伝を聴きかされながら日常を送るこの少女は現在、篠ノ之束に対するフォレスト一派の切り札であり、大切な仲間である。紛い物を嫌悪する束博士の事だ、必ず彼女の存在を消し去ろうとするだろうが、その時はフォレスト一派全員が本気で相手になってやろう…

 

 

「しかし…こうなるのは予想していたが、なんて顔をしているんだ……ククッ…」

 

「う、うるさい!!」

 

 

 

―――生きる理由を探していた者

 

 

―――揺るぎ無い己を探していた者

 

 

―――今の居場所を愛する者

 

 

―――己の価値を見定めたい者

 

 

―――親に売られた過去を買い戻したい者

 

 

―――自分の元には、様々な意思を持った者が訪れる。時には与え、時には与えて貰う。その繰り返しは、決して己を退屈させない。決して飽きさせない…

 

 

―――常に己の人生に、鮮やかで煌びやかな充実感を感じさせてくれる…

 

 

 

「……さぁルナちゃん、初めて会った人には…?」

 

『自己紹介!! 私の名前はルナ、8歳です!! 好きなものはイチゴパフェ!! 将来の夢はオリジナルである篠ノ之束に技術面で勝った後に(ピー)して(バキューン)することです!! 他の面では本物に圧勝してるらしいので、それ以外は眼中に無いです!!』

 

『はい、良く出来ました!!』

 

『わ~い、褒められた~♪ ところでバンちゃん、(ピー)と(バキューン)って何?』

 

「……バンビーノ、彼女の教育担当者である君に後で話がある…」

 

 

 

 

 

―――やはりこの世界は、まだまだ楽しい事で満ち溢れている…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「良いのか?最後に一目会いにいかなくて……恩人なんだろ…?」

 

「旦那達のことだ、どうせまたすぐに会いに来てくれるさ」

 

「そうか…」

 

 

 臨海実習も終わり、今は夕方。風呂は女子の入浴時間なので入れず、夕飯にはまだ時間がある。唯一の男子生徒である一夏は勿論の事、最早ただの宿泊客と同じ扱いを受け始めたセヴァスも暇を持て余していた。取り敢えず理由は違えど、互いに汗をかいたので風呂に入りたいのが本音だった。しかしそれは先程も言った通り、入浴は時間割のせいで無理だ……そこで、セヴァスが思いついたのが…

 

 

「しかし、良い眺めだな…」 

 

「確かにな。昨日入った旅館の温泉も良いけど、これはこれで…」

 

 

 

―――ひと気の少ない浜辺にて、野郎二人がドラム缶風呂…

 

 

 

 温泉に空きが無いなら作れば良いじゃない。そんなノリでセヴァスはドラム缶を何処かから調達してきて、あれよあれよという間にこの即席ドラム缶風呂をこしらえてしまったのだ。その最中に彼に遭遇した風呂好きの一夏も悪乗りし、今はこの汗臭い男二人で夕日を眺めながらノンビリ入浴中である。

 

 

「千冬姉にバレたらシバかれるかな…」

 

「俺は生徒じゃないからモーマンタイ。シバかれるなら、お前一人だ」

 

「う、裏切り者!?」

 

 

 こんな場所に来てまで何をしてるんだと我ながら思うが、とにかく色々あって疲れたのだ。米軍の馬鹿野郎共を撃退して後始末をオランジュと楯無に任せ、そのまま何事もなく実習が無事に終了した後、仕事を終えたかつての仲間達と鉢合わせしたのだ…

 

 

『よぉ、久しぶりだなセイス!!』

 

『元気にしてたかこの野郎!!』

 

『エムとラブラブだって?このリア充めッ!!』

 

『ちょ、やめッ!!…皆が見てッ…!!』

 

『お、また身長伸びたんじゃね?』

 

『こりゃ毛の分でタコが抜かされるのも時間の問題ですねぇ…』

 

『おいコラ、何か言ったかメテオラ…?』

 

『恥ずかしいから皆で頭をワシャワシャすんのやめろーーーーーーー!!』

 

 

 IS学園の生徒達でいっぱいな場所で、周りの視線など御構い無しでもみくちゃにされてしまった…。生徒達の注目がある程度集まったのを確認した瞬間に帰って行ったあたり、絶対にワザとだと思う。超が付くほど恥ずかしかったが、何だかんだ言ってちょっと懐かしくて嬉しかった…

 

 

「……皆、元気で良かったよ…」

 

「やっぱり、さっきの人達って…」

 

「そうだよ。俺の仲間……いや、家族だよ…」

 

 

 碌でも無い生まれ方をしたせいで、生みの親は最悪な奴だった。だからこそ自分を拾い、育て、共に生きてきた彼らはセヴァスにとって、掛け替えのない家族である。血の繋がりは一滴たりとも無いが、そんなものは関係ない…

 

 

「あら、嬉しい事を言ってくれるじゃない…?」

 

「え…?」

 

「え゛…?」

 

 

 今、IS学園の女子達は入浴中の筈…その時間帯が終わるまで、まだまだ時間は残っている。しかも、ここは地元の人でさえ殆ど来ない穴場的な場所。そんな場所に居るにも関わらず聴こえてきた妙齢な女性の声は、いったい誰のものだろうか……いや、何となくは分かっているけども…

 

 

―――そして案の定、寂びたブリキ人形の如くギギギと後ろを振り向いたら居た。しかも、オマケ付き… 

 

 

「あ、姉御おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

「ていうかマドカまで居るうううううううぅぅぅぅ!?」

 

「何だ、居て悪いか?」

 

 

 セヴァス達の後ろに打ち上げられた流木に、スコールとマドカが並んで腰を降ろしてこっちを見てた。スコールはあのふざけた制服からいつものスーツに戻っており、マドカは旅館の浴衣を着ていた。二人は何食わぬ顔でこっちを見てるが、こちとらドラム缶風呂に入ってるとは言えまっぱの状態である。正直言って、冷静でいろと言う方が無理である……いったい、いつから居たのだろうか…?

 

 

「一夏が『おぉ、湯加減最高!!』って言ったあたりだな」

 

「それ服脱いだあたりから見てたって事じゃねぇかああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 

 マドカはともかく、姉御に見られてたとかマジで羞恥心マックスなんですけど。俺以上にウブな一夏もかなり凹み、浜辺に佇む二つのドラム缶に影が差した。因みに、念のため周囲を見渡したら、かなり離れた場所に両膝抱えて黄昏ているオータムも居た。姉御曰く、今日の作戦で殆ど役立たずだったことを気にして落ち込んでいるとか…

 

 

「……いや、それよりもマドカ…」

 

「何だ?」

 

「お前の後ろにあるドラム缶は何だ…?」

 

「風呂」

 

「え、何?もしかして、ここで入る気…?」

 

「何か問題あるか、彼氏と兄さんよ…」

 

「「いやいやいやいや…」」

 

 

 

―――本気で不思議そうな表情を浮かべて言いなすったよ、この子…

 

 

 

 時たま冗談なのか本気なのか分からない時があるが、今回は本気のようである。マドカは言うだけ言って立ち上がり、後ろに置いてあったドラム缶風呂セットを抱えながらテクテクと此方に歩み寄り…

 

 

「という訳で……どけ、一夏…」

 

「は? って、うおおおぉぉ!?」

 

 

 惚れ惚れする様なミドルキックで、ドラム缶ごと一夏を蹴り倒した。お湯をまき散らし、情けない声を出しながらぶっ倒れた一夏は顔面から砂浜に突っ込んだ。すぐさなマドカに詰め寄って文句を言おうとしたが、裸のままなのを思い出して倒れたドラムに入ったまま、顔だけ向けて抗議の声を上げる。

 

 

「な、何しやがる!?」

 

「もう充分に堪能しただろう?それに、セヴァスの隣は私の場所だ……どけ…」

 

「百歩譲ってそうだとしても、ドラム缶譲れとか一言くらい言ってくれても…!!」

 

「お兄ちゃんが入った後の湯船なんて入りたくなーい」

 

「棒読みだってのになんつー高威力!?」

 

 

 俺と姉御の目の前で急遽開始された兄妹喧嘩。支離滅裂なマドカに対し、『もっと慎みを持て』だの『おしとやかになれ』だの段々と説教臭い言葉が増えていく一夏。そんな一夏がいい加減に鬱陶しくなったのだろうか、マドカは少し面倒くさそうな表情を浮かべ、奥の手を使った…

 

 

「そもそも、お前はいつも…」

 

「ところで一夏…」

 

「ん…?」

 

「さっき、姉さんが半ギレ状態でお前のこと捜してたぞ?」

 

「なん…だと…?」

 

「何をやらかしたか知らないが……ま、精々死なないようにな…?」

 

「そ、そう言う事は先に言ええええぇぇ!!」

 

 

 マドカのその言葉に顔を青くした一夏は慌ててドラム缶から這い出し、傍に置いてあった自分の着替えを手に取った。そして数秒で衣服を身に纏い、俺達に見向きもせず速攻で旅館の方へと駆け出した。

 

 そして、全力で旅館の方へと走り去っていく一夏の背中を見送りながら、マドカはボソリと呟く…

 

 

 

「姉さんがお前を捜してると言ったな……あれは嘘だ…」

 

 

 

―――マドカェ…

 

 

 

「これで邪魔者は消えた」

 

「なんて清々しい顔だよ…つーか、実の兄(暫定)に対してなんちゅう接し方を……」

 

「織斑家ではこんなの日常茶飯事だ。さてそれよりも、そろそろ良いか…」

 

 

 一夏をどけた場所で沸かし始めた自分のドラム缶の中に手を突っ込み、湯加減を確かめた彼女は言うや否や自分の浴衣に手をやって脱ぎ始めた。羽織を外して畳んで近くに置き、次に腰に巻いた帯に手を伸ばす……その一連の動きには全くと言って良いぐらいに躊躇が無く、思わず狼狽えてしまった…

 

 

「おいおいマジで一緒に入る気か…?」

 

「一緒に入るの、嫌か…?」

 

「むしろ大歓迎っす」

 

「素直でよろしい」

 

 

 上目使いでそんなこと言われたら建前とかモラルとかが一瞬で消し飛んだ。恐るべし、彼女の上目使い&反則的な誘惑…!!

 

 

「ふ、ふふふ……アッハハハハハハハハハハハハ…!!」 

 

「あ、姉御…?」

 

 

 割といつもの事になりつつある、マドカとのこういった感じのやり取り。それをさっきからずっと後ろで眺めていたスコールの姉御が、突然腹を抱えながら大笑いしていた。そういえば、フォレスト組の面子は俺達のやり取りを良く目撃していたみたいだけど、姉御はあまりその機会が無かったかもしれない… 

 

 

「ハハハハハッ!! あぁ可笑し…やっぱりあなた達は殺伐とした闇社会で生きるより、今みたいに平和ボケしていた方がお似合いよ…」

 

 

 その姉御の言葉に、俺もマドカも思わず黙ってしまう。姉御の言う闇社会で文字通り生まれた俺達は、表の世界で生活する未来なんて夢のまた夢だった。亡国機業に居た時には口にこそ出さなかったが、表の世界に対して少なからず憧れを持っていたのも事実だ。組織に入った当初、色々な派閥に勧誘されたにも関わらずフォレスト一派に所属する事をやめなかったのは、単に旦那に拾って貰った恩を返すためだけでなく、あの裏社会の住人とは思えないフォレスト一派特有の、あの明るい雰囲気に惹かれていたのかもしれない…

 

 

「何より、常に自分を押し殺してきたエムがこんなにも活き活きしているんだもの…今が幸せじゃないって言うのなら、嘘よ」

 

「スコール…」

 

 

 そして、マドカもまたこうやって表世界に生きる事を無意識の内に望んでいた。かつて彼女が一夏に対し向けていた憎悪の何割かは、不毛で殺伐とした世界で生きる自分とは真逆に、安穏と平和な日々を謳歌していた事に対する嫉妬から来ていたものかもしれないと、本人は言っていたが…

 それでもマドカは、千冬さんに復讐を果たすまではこの世界で生きていくと決めた。そんな彼女は他人に対して滅多に自分の本音や素顔を見せず、その殆どを己の弱味として隠してきた。スコールの姉御やオータムに対しては特に徹底的だった。それどころか俺達以外とは、碌に口を利こうとすらしなかった始末だ。

 

 姉御にとって、ここまで自分自身を曝け出すマドカの姿を見たのは、初めての事なのかもしれない。そしてその姉御の前で、ここまで遠慮しないマドカを見たのは俺も初めてだ。姉御の言う通り、本当に今のマドカは心から自分の人生を楽しんでいる…

 

 

「本当は少し心配していたのだけど、彼らの言う通りただの杞憂だったわね。あなた達二人はこのまま、堂々と明るい世界を歩いていきなさい…」

 

「……姉御…」

 

 

 今まで見せた表情の中で最も優しい微笑を浮かべ、俺達にそう言ってくれたスコールの姉御。俺達の気持ちを分かっていたからこそ、旦那達は俺達が表世界で生きて行けるように手を回してくれた。身寄りも後ろ盾も何も無い俺達に、居場所を表世界に作って送り出してくれた。だけど本音を言えば、あんなにあっさりと裏世界から身を退くことが許されて良いのかと不安を感じた。その原因は恐らく、ちゃんとしたケジメを付けなかったこと…いや、今まで世話になった人達と別れの言葉を交わさなかったことにより、自分の中で人生の区切りが付かなかったのだろう。

 

 だけど今の姉御の言葉により、心の中に何かがストンと収まった気がした。そして同時に、何故か目頭に熱い物が込み上げてくる。それはきっと今の言葉が、亡国機業を去る時に聞けなかった、そしてずっと聞きたかった『いってらっしゃい』に聞こえたからかもしれない…

 

 

「じゃあね二人とも、また縁があったら会いましょう…?」

 

「……スコール…!!」

 

 

 ちょっと泣きそうになって言葉に詰まってる内に、俺達に言うだけ言って帰ろうとした姉御をマドカが引き留めた。既にこちらに背を向けて去ろうとしていた姉御は歩みを止め、此方を振り向く。それと同時に姉御を呼び止めたマドカは、何故か慌てて目を逸らした。

 

 

「何かしら…?」

 

「いや、その…」

 

「…?」

 

「……今まで…ありがとう…」

 

 

 今までの接し方のせいもあり、この期に及んで素直に成り切れなかったマドカは姉御から視線を逸らしたまま顔を赤くして、たった一言そう呟いた。何だかんだ言って、マドカもスコールの姉御には長い間世話になったという自覚はあったのだ。そんな彼女に思わず俺も姉御もきょとんとしたが、すぐに姉御は苦笑を浮かべながらマドカに向き合った…

 

 

「あなた達姉妹って、本当にそっくりね……エム、精々元気でやりなさいよ…」

 

「……ああ…」

 

「姉御たちも、お元気で…」

 

「えぇ、ありがとう。それじゃあ改めて、またね二人とも」 

 

 

 それだけ言って再度俺達に背中を向け、今度こそスコールの姉御は去って行った(途中、しっかり黄昏オータムを回収して…)。その彼女の背中は、旦那や兄貴たちとはまた違った温かさと大きさを感じた。本人はどう思うか分からないが、旦那達を父親に例えるなら姉御は俺達の母親みたいな存在だった…

 

 

「母親にしては若過ぎだと思うが…?」

 

 

 ちゃぷんと控えめな水音とマドカの声がした方を向くと、彼女は既に隣のドラム缶風呂に入っていた。俺が姉御の背中を見送ってる間に入ったみたいだが、何ともちゃっかりした奴である。おまけにこの場所には俺と自分しか居ないからって、前をあんまり隠そうとしない。姉譲りの良く引き締まった身体がチラチラと見え、ちょっと落ち着かない……殴られるの覚悟で白状すると、こういった状況が日常茶飯事なせいで若干見慣れつつもあるが…

 

 そんな彼女の様子に思わずため息を吐いたが、気を取り直して即席露天風呂を再び堪能し始める。広がる光景はさっき変わらないが、今度は彼女と一緒なので雰囲気が大分違う。と、その時マドカがポツリと呟いた… 

 

 

「皆、相変わらずだったな…」 

 

「……あぁ、そうだな…」

 

 

 フォレストの旦那、ティーガーの兄貴、スコールの姉御、メテオラ、エイプリル、ストーン、アイゼン、オータム、バンビーノ…全員、昔と変わらず賑やかで元気にやっていた。今まで音信不通だった分、ちょっと安心した。

 

 

「今日、皆と会ってどうだった…?」

 

「どう、って?」

 

「……帰りたくなったか…?」

 

 

 反射的に彼女の方を向くと、どこか不安げな表情を浮かべてこっちを見ていた。多分、旦那達が復活させた亡国機業に俺が戻りたがっているのではと心配しているのだろう。そして彼女は、今の一夏や千冬さん達と離れる事を望んでいない。そんな理由で怯えた小動物みたいな表情を浮かべる彼女に思わず苦笑してしまったが、安心させるためにもしっかりと答える。

 

 

「確かに今でも旦那達の事は好きだけど、俺は今のこの生活…お前達と一緒にのんびり出来る今の日常が気に入っているんだ。多分、俺が亡国機業を名乗ることは二度と無いと思う…」

 

「……本当か…?」

 

「当たり前だ。それに今も昔も、俺の居場所はお前の隣って決めているんだ。何があろうとも、俺はお前から離れるつもりは無いさ…」

 

「……そうか…」

 

 

 それだけ聞ければ満足と言わんばかりに、彼女はホッとしたような表情を浮かべて安堵の溜息を吐いた。彼女のその様子を見て、俺も一安心である。すると、再度隣でちゃぷッと水音がした。見ると、彼女が自分のドラム缶から片腕をこっちに伸ばしていた…

 

 

「どした…?」

 

「ちょっと、手を繋ぎたくなった……良いか…?」

 

「お安い御用で」

 

 

 彼女に応じるように、俺もまた腕を伸ばして彼女の手を取る。取った手を愛おしげに、優しく握り返してきた彼女の手は、見た目以上に柔らかく気持ち良い。そして…

 

 

「……セヴァス…」

 

「ん…?」

 

「……これからも、ずっと一緒だぞ…?」

 

「言われなくても、そのつもりだよ…」

 

 

 

 俺達を照らす夕日はどこまでも眩しく、世界を綺麗で温かな光で染めていた。だけど、これから俺達が歩むであろう未来はきっと、これより綺麗で強い輝きを持つと、そう信じている…

 

 




月(ルナ)…フォレスト達に拾われた篠ノ之束のクローン。技術面で劣る分、性格は良い子。とはいえ充分に天才的なので、フォレスト達の切り札的な存在。セヴァスやマドカといつか会ってみたいと思ってるそうな…


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IS学園放送部 第三回ファントム・ラジオ その1(加筆修正)

質問を受け付けたにも関わらず、記載するのを忘れたりする等という暴挙に出てしましました…

本当に申し訳ありませんでした…orz


オ「紳士淑女の皆さん、そして野郎共に暇人共!! 大変お待たせしました、IS学園放送部による、第三回ファントム・ラジオの時間がやってまいりました!! メインパーソナリティはこの私、オランジュと…」

 

セ「アイ潜シリーズの主人公、元亡国機業フォレスト一派の狂犬、セイス改めセヴァス・六道!! そして…」

 

マ「読まんぞ、チラチラ見てもこの偽台本は読まんぞ?……コホン、前回より本編ヒロインへと昇格することが正式に決定された、織斑マドカだ。よろしく頼む」

 

セ「チッ…今日はセリフの語尾に『キラッ☆』って書いといたのに……」

 

マ「どこの超時空シンデレラだ…」

 

オ「てなわけでまたまた始まりました、ファントムラジオ。何だかんだ言って三回目になりましたが、今回もまた色々とはっちゃけてぶっちゃけて行きます!!」

 

マ「しかし今回は、本編も含めて更新するのに随分と間が空いたな…?」

 

オ「なんでも四季の歓喜の奴、もう一つのサイトの方で連載している奴に集中してたらしい。そして気付いたら、何時の間にかこんなに時間が掛かったとか…」

 

セ「……馬鹿野郎な作者に代わり、この場を借りて謝罪します…」

 

マ「打ち切りだけは絶対にする気が無いらしいから、これからも首を長くして待ってくれたら嬉しい」

 

オ「まぁ、今後の予定とかの詳細は終盤で語るつもりだから、取りあえず今回のゲストを招こうか…」

 

セ「今回は誰が来るんだ…?」

 

オ「更新する度に…そして登場する度に、衝撃的な展開と華麗なる活躍を見せてきたフォレスト組……」

 

マ「……まぁ確かに、お前らは印象的だがな……色々な意味で…」

 

オ「そのせいか、今回の質問は亡国機業関係もしくは俺たちが絡むことが出来る内容が多かった。つーわけで、今回のゲストはこの人だ!!」

 

森「どうもこんにちは!!いつもニヤニヤ、あなたに這い寄る絶望、モリラトホテップです!!」

 

セ&マ「「誰だよッ!?」」

 

オ「……振り付け、完璧だ…旦那ぁ、ニ○ル子さんなんて、どこで覚えたんすか…」

 

森「この前、ニコ○コで少し。どうもこんにちは、元亡国機業幹部、皆の旦那こと『フォレスト』だよ。いつもうちのセイス達が御世話になってるみたいだね、ありがとう」

 

マ「見てるのか、動画サイト…」

 

セ「こんなんばっかだから『濃い奴ら』とか言われるんだよ、俺たち…」

 

オ「お前も大概だ……さて、我らが旦那ことフォレスト氏。亡国機業が壊滅した学園編では、子飼いの部下とスコールたちを率いて亡国機業残党を名乗り、只今世界で絶賛暗躍中です。今更ですけど、政府の偉い人とか定期的にやって来るIS学園なんぞに来て平気なんですか…?」

 

森「僕が何のパイプもコネも持ってないと思ってるのかい…?」

 

オ「デスヨネー」

 

森「それに今は、前より世界各国の政府と繋がりは強くなってるからね……どいつもこいつも、余程あの糞兎に御執心のようだ。僕達が彼女に対抗できると知るや否や、手のひらを返す様に接してきたよ。まったく、どいつもこいつも虫が良すぎるというか、この前なんてアメリカと中国が…」

 

オ「これ以上続けると外交問題に発展しそうなんで質問コーナーに移ります!!」

 

 

 

 

 

☆質問回答コーナー☆

 

 

 

 

マ「ついに始まってしまったか…」

 

森「何でそんなに落ち込んでるんだい…?」

 

マ「……いつも碌な質問が来ないからだ…」

 

セ「そんなこと無い。単にお前に関する質問だけ、そういうのが多かっただけだ」

 

マ「おい、待てコラ」

 

オ「おうし、取りあえず最初の質問行くぞ~」

 

マ「待てと言っている!! まだ心の準備が…!!」

 

 

 

UN.真庭猟犬

---○オランジュとセイス、マドカに質問。

フォレスト一派のメンバー(オランジュとセイス以外)の中で誰が一番頼りになる?○---

 

 

 

オ「あら、意外と普通…」

 

セ「期待してたのに…」

 

森「順番の根回しぐらい考えようよ、オランジュ」

 

マ「貴様ら後で話がある…」

 

オ「すんません、調子乗りました…」

 

セ「さて質問への返答だが、そうだな……ぶっちゃけ、みんな分野によってバラバラなんだよな…」

 

オ「俺は裏工作が得意な代わりに戦闘は苦手だし、逆にセヴァスは俺ほどコンピューターは扱えないし」

 

マ「そういえば頼み事をする時、内容によって頼る相手を変えたな。金の無心はメテオラに、送り迎えはエイプリルに、雑用はアイゼンに…」

 

セ「そんな中から選べって言われると悩むが、やっぱり…」

 

オ「困った時は旦那が一番頼りになるよな」

 

森「おや、嬉しいことを言ってくれるね」

 

セ「そりゃあ俺達の頭であり、恩人ですもん。あのティーガーの兄貴だって、例外じゃないですよ」

 

オ「それに、未だに旦那には全ての面で勝てる気がしない……ところで、マドカは誰が一番頼りになると思ってるんだ…?」

 

マ「セヴァス」

 

オ「いや、セヴァスと俺は除外だってば…」

 

マ「セヴァス」

 

オ「だから、セヴァスは…」

 

マ「異論があるなら口にダイナマイトぶち込んで黙らすぞ?」

 

オ「……すいませんでした…」

 

森「よ…よし、次の質問に行こうか……」

 

 

 

 

UN.PSS

---○セイス...嫌、外伝の方の六道に質問です。

IS学園で働いているじゃないですか

月収いくらくらい貰ってるんですか?

 

マドカとはいつヤるんですか?

(こっちが大事)○---

 

 

 

セ「今の俺の月収? だいたい15万弱かな…」

 

森「中卒の新入社員と大差なしか。亡国機業時代と比べると、随分と少なくなったね…」

 

セ「そうでも無いですよ? メシは基本的に食堂のまかないだし、バイトの掛け持ちもOKだ。しかも最近は、武術関係の臨時顧問として招かれるし…」

 

森「臨時顧問…?」

 

セ「ほら、代表候補生って生身でもある程度は戦えるように訓練されてるじゃん? それの延長で…」

 

オ「延長どころか終着点だろ、お前の場合。ていうか、そうなると実際はいくら位貰ってるんだ…?」

 

セ「大抵は30万くらいかな。黒兎隊や更識とかに仕事を貰うと50万は行くが……あ、一応断っておくが裏仕事じゃないぞ? さっき言ったような格闘戦のレクチャーや、模擬戦に参加したりするだけだから…」

 

オ「それでも、亡国機業時代の給料には届かないか……まぁそんだけ稼げれば、マダオ一人養うには充分だが…」

 

マ「前から訊きたかったのだが、お前らフォレスト一派って月給制だったのか…?」

 

森「そうだよ? ま、僕の派閥だけだったけど…」

 

オ「まぁスコールの姉御みたいに報酬制か、ボスの気まぐれ小遣い形式が普通だろうけど…」

 

マ「そうか…」

 

セ「よし、ひと段落した事だし、次の質問へ行こうか…」

 

森「誤魔化せると思ったかい?」

 

オ「もう一個だけ質問が書いてあるだろうが…」

 

セ「畜生ッ!! 見逃してくれッ!!」

 

マ「ぬあああああぁぁぁ!! だから嫌なんだ、このコーナー!!」

 

オ「ほらほら、さっさと吐いてしまえ。この場において、お前らに黙秘権など存在しねぇ。さぁ、テメェらバカップルの予定では、一体いつヤるつもりなんだ…!?」

 

セ「クッ、意地でも言わねぇ…!!」

 

森「……ほほぅ、これはこれは…」

 

オ「どうしました、旦那?」

 

森「いや、ちょっとね~……ねぇ、セヴァス…」

 

セ「はい?」

 

森「……実はスギサッタカタチになってるだろ…」

 

セ「ッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!??」

 

マ「ッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!??」

 

森「う~ん…けど、ちゃんとアレは装着したみたいだね。差し詰め、更識の嬢ちゃんに『練習』とか『経験』とか言って唆されたか……本番は、卒業後にしときなね…?」

 

セ「な、なななな…!?」

 

マ「……!!」←口がパクパク状態

 

オ「……何でそこまで分かるんですか…」

 

森「機業秘密って奴、かな? さ、次に行こうか…」

 

 

 

 

UN.牙王

---○トライアングル編のセイスとマドカ、オランジュに質問

残姉こと楯無さんのことどう思いますか?○---

 

 

 

セ「残念な奴だと思う」

 

マ「凄く残念な奴だと思う」

 

オ「大変残念な奴だと思う」

 

森「君たちって容赦無いね…」

 

セ「そりゃそうですよ、本編の時の面影がまるで無いですもん…」

 

マ「本編でも学園最強(笑)になってきたがな…」

 

オ「とりま俺達はこう思ってるが、質問の宛先はトライアングル編の俺達。つーわけで、今回も時空を越えたメールを送って貰ったぜ。その返事が、コレだ!!」

 

 

 

---『最近、放っておくと不安になる…』byセイス

 

---『最高の好敵手。だが、勝つのは私だ』byエム

 

---『完璧超人で可愛い子、セイス君に最も相応しい美女!!』byオランジュ

 

 

 

マ「……おい…」

 

セ「上の二つは分かるが、最後の一つ…」

 

オ「トライアングル編で多少なり性格変わるとしても、流石にこんなの俺は書かない!! ていうか、『セイス君』って明らかにアイツじゃねぇか!! 向こうの俺、無事だろうな!?」

 

森「……成程、確かに残念だ…」

 

 

 

 

UN.eibro

---○ルナさんに質問です。

セヴァス又はマドカに会うと実際はどんな反応をするんですか?

 

メテオラさん(そしてフォレスト一派のメンバー)に質問です。

織斑一夏を代償ナシで死なない程度に何でもできるという催しができれば何をしますか。

 

ところでオランジュ

あなたは誰とくっつくんだ? 楯無か? 簪か? 後者の場合はメテオラさんに殺されるんじゃ……

(-_-;)○---

 

 

 

オ「質問は基本的に一人一個って言ったんだけどなぁ…ま、良いか。さて本人達が居ませんが、代わりに彼らのメッセージを旦那に預かって来て貰いました。それじゃ旦那……」

 

森「はいよ。レコーダーのスイッチを、あ、ポチッとな」

 

 

---『ルナね~、セヴァちゃんとマーちゃんに会ったね~、まずは自己紹介する~!! そしてね~、それでね~(その日に何して過ごすか一時間以上喋り続けた)』

 

 

 

オ「確実に自己紹介する前に、二人に飛びついて抱きつきそうですね…」

 

森「根本は天災と一緒だからね、テンションも似てるんだよね。ルナの方が何万倍も良い子だけど…」

 

セ「そういや俺もマドカも、まだルナと会ってないな…」

 

マ「ふむ…話には聞いていたが、ちょっと興味が沸いたな……」

 

森「今度会わせてあげるから、楽しみにしててくれ。さて、次はメテオラ達のメッセージなんだけど……これ放送して平気なのかな…?」

 

セ「……なんとなく内容が分かった気がする…」

 

オ「つっても、今更過ぎるんで遠慮せずにどうぞ」

 

森「そうかい? じゃ、お言葉に甘えまして……あ、ポチッとな…」

 

 

 

 

---『彼の部屋を簪さんの写真で埋め尽くします』byメテオラ

 

 

---『毎晩奴の枕元に立って、『幼馴染、巨乳、ポニーテール』と呟き続ける』byアイゼン

 

 

---『拉致してオカマバーに置き去りにする』byバンビーノ

 

 

---『自転車のサドルを盗む』byエイプリル

 

 

---『織斑一夏は赤ちゃんプレイが好きだと噂を流す』byストーン

 

 

---『家族を紹介して下さいYO!!』by馬&鹿

 

 

---『女心を理解出来るまで調教…もとい、教育します』byシャドウ

 

 

---『半殺す』byティーガー

 

 

 

セ「……」

 

マ「……これ、触れなきゃ駄目なのか…?」

 

オ「オフコ~ス」

 

セ「個性というか…性格というか……色々なもんが滲み出てるな…」

 

森「昔からこんなだけどね、彼らって。だからこそ、一緒に居ても退屈しないで済むわけだけど…」

 

マ「いや…最後のティーガーはともかく、前半のメテオラ達のって殆ど悪戯じゃないか。こんなので良いのか、フォレスト一派……」

 

森&オ「「良いの」」

 

セ「ところで、彼女は出来そうか?」

 

オ「ハッ……お友達と主従関係以上の仲にはなれそうに無ぇよ…」

 

森(彼自身こう言ってるけど、本気で彼女作る気無さそうなんだよね。更識の嬢ちゃんもその事を察してるみたいだから、仲間以上の感情は抱いてないみたいだけど…)

 

オ「……旦那、どうかしました…?」

 

森「いや、何でもないよ…。(裏社会に身を置いてるからって一線を越えるのだけはずっと避けてたみたいだけど、はたしてどうなる事やら…)」

 

 

 

 

 

UN.ソン

○セイス君にスッゲェ些細な質問です。

まぁ、答えていただいた時には彼に五分だけ休息の時間を与えてあげてください。

亡国機業って自分の知る限りじゃブラックなところらしいですから。

 

「IS学園での周りからの評価は?」○

 

 

 

 

森「そもそもブラックじゃない裏組織って、あるの?」

 

オ「さぁ?」

 

マ「下手をしたら簡単に首が飛ぶしな……物理的に…」

 

森「で、実際はどうなの?」

 

セ「これ、前の話でも言った気がするんだけど…ま、良いや。去年も含めて色々とあったけど、今の俺はIS学園の預かりになってる。一夏みたいにISを動かせるわけじゃないから、生徒じゃなくて事務員として働いてるぞ。生徒達との交流も、最近は結構増えたかな?」

 

オ「元から顔も性格も悪くないからな、受け入れられるのにそんな時間は掛からなかったみたいだな…」

 

セ「事件の終盤は共闘もしたし、何だかんだ言って知らない仲でも無かったのが大きかったかも。おまけに潜入任代の経験があったせいか、よくラヴァーズの面々に一夏攻略法の助言を求められるし…」

 

マ「顔も性格も良いし、仕事も出来るから他の女共にも人気なのがタマに傷だな……私にとって…」

 

オ「とは言うけどよ…」

 

セ「俺はマドカ一筋だから。ていうか、マドカ以外愛せない」

 

森「……心配する必要皆無だね…」

 

 

 

 

 

UN.グラムサイト2

○セヴァスとマドカに質問です。

互のどこが好きで、治して欲しいところはありますか?○

 

 

セ「好きなとこ? 全部だよ」

 

マ「治して欲しいとこ? あるわけ無いだろ」

 

オ「……こんのバカップルが…」

 

セ「そりゃ、度の過ぎた嫌がらせや失敗に巻き込まれる事もあるさ。けれど改善を強要する程のもんじゃない…」

 

マ「相手に遠慮させない…代わりに、自分も遠慮しない。これが、本来の私達の関係だ。どうだ羨ましいか、万年独り身の阿呆専門?」

 

オ「ひ、独り身ちゃうわい!! 交際する彼女が居ないだけだ!!」

 

森「独り身じゃないか…」

 

マ「因みに、互いに好きなところを強いて言うなら……やはり、自分という人間を本当に理解してくれるところじゃないか…?」

 

セ「そうだな、俺達が互いに興味を持ち始めた切っ掛けだし。それに実際、俺は誰よりもマドカの事を理解出来ていると自負している。これだけは、千冬さんにも負ける気はしない!!」

 

マ「……あ、姉さんからメール来た…」

 

セ「……え゛…?」

 

マ「『“スギサッタカタチ”の件も含めて話がある、放課後に校舎裏へマドカと来い』……だと…」

 

セ「……」

 

オ「よし次行こう、次ッ!!」

 

 

 

 

UN.ウォードッグ

○セイス及び、マドカは何回千冬さんに折檻されましたか?また、千冬さんの中で一番最高の折檻はなんですか? どうぞよろしくお願いします!○

 

 

 

セ「このタイミングでこの質問かよッ!!」

 

マ「うああぁぁ…数々のトラウマが甦るううぅぅ……」

 

森「そう言わず、答えて答えて~」

 

セ「……俺だけだと、案外そんなに折檻受けてないな。多くても週に1回か2回…」

 

オ「え、もっと受けてるだろ?」

 

セ「まぁ、あくまで俺単体の話だけどな……いつもマドカと一緒に調子乗って怒られる日が目立つから、実際より多く見られてるのかもしれない…」

 

オ「なるほど…で、マドカは?」

 

マ「ほぼ毎日受けてる…」

 

オ「オイ…」

 

森「具体的に何をやらかしているんだい…?」

 

マ「この前は姉さんの部屋に勝手に入って怒られて、その前は冷蔵庫のビールを飲んだら拳骨を喰らって、そのまた前は仮病使って学校サボったのがバレて正座一時間を、そして…」

 

オ「お前、日頃から何してるんだよ…」

 

森「因みに、トラウマ折檻暫定一位はどうなってるの?」

 

セ「俺はドラム缶風呂の件でシバかれた時かな……ドラム缶とセメント抱えた千冬さんに、真顔で『どこに沈めて欲しい?』って訊かれた時は生きた心地がしなかった…」

 

マ「私はハロウィンの時の絵日記暴露の時だな…」

 

オ「おぉ…負傷者多数、お前とラウラが全治一週間になったアレか……」

 

マ「事の発端が私とラウラだと知るや否や、ISブレード片手に追い掛け回されたぞ……ははは…」

 

森「ということは君達って、この後それより恐ろしい目に遭うんじゃないの…?」

 

セ「……」

 

マ「……」

 

オ「はい、次の質問へレッツ・ラ・ゴー!!」

 

 

 

 

 

 

UN.白金

○学園編のマドカに質問。セヴァスは一夏ラヴァーズの相談にいろいろ乗っていますが、彼女達はそれを活かせているのでしょうか?

 

無茶ぶりですか…………千冬姉がセヴァスに惚れるIFとか? はっ、殺気!!?○

 

 

 

 

マ「あ? あいつらがどうしたって?……ふぅ…」

 

オ「おい、しっかりしろ。まだ殺されると決まった訳じゃないんだから…」

 

セ「殺されなくても半殺しは決定だぁ……短い人生だったな…」

 

オ「……駄目だこりゃ…」

 

森「仕方ない…君が代わりに答えてくれ……」

 

オ「了~解。えっとですね、セヴァスの助言は徐々に活かされつつあります。中途半端な奥手、照れ隠しや嫉妬による暴力は減りつつあるとか……けどやっぱり、お嬢の成長っぷりが…」

 

森「更識の嬢ちゃんの妹か…そういえば、彼女って最近凄いんだっけ?」

 

オ「えぇ、そりゃもう…キャラが完全に崩壊した訳では無いんですが、積極性と腹黒さに磨きがかかりまして……現在、イチカップル最有力候補です…」

 

森「……彼女にも更識の血は、しっかり流れていたという訳か…」

 

オ「あと、無茶振りについてですが……それだけは勘弁してやって下さい。マドカが泣いて命を絶ってしまいます…;」

 

 

 

 

UN.NCドラゴン

○セイスに質問。亡国機業に千冬党や麻耶党は存在しなかったの?○

 

 

セ「全体的に数が少なかったから、『教諭会』とか言うのに纏まってなかったか…?」

 

オ「やっぱり皆、若くて可愛い子の方が良いんだよ。そりゃあ山田先生とか千冬さんも大人の魅力があって良いけど、オークションとかやってた俺達の若い世代(バカ組)にはそんなに需要が無かったな」

 

セ「どっちかっていうと、ストーンとかその辺りの年代に人気だったよ。噂じゃあ、身分を隠してお見合い写真を送った奴が居るとか…」

 

オ「マジか…結果はどうなった?」

 

セ「写真を燃えるゴミの日に、生ゴミと一緒に捨てられたとよ…」

 

オ「……うわぁ…」

 

マ(多分それ捨てたの、私と一夏なんだよな……でも、黙っとこ…)

 

 

 

 

UN.大坂者

○IF学園編のシャドウに質問

 

馬鹿兄貴共と縁切れましたか?また、切れたならその心境は?○

 

 

 

森「では、本日三回目のメッセージ……ポチッとな…」

 

 

 

---『あの糞兄貴の事だぁ!? てめぇ、舐めてんのかコラァってフォレスト氏でしたか申し訳ありません失礼しましたゴメンナサイ本当にゴメンナサイお見苦しいモノを見せてすいません!!……え? あの愚兄達と別れることが出来たかですって? それが、まだなんですよ……あの二人は亡国機業をやめてしまったので、実質ニートなんですよ。せめて何処か別の場所で再就職させないと、簡単に飢え死にしそうなんで、まだ独立出来そうにないですね、あの二人…』

 

 

セ「……前から思ってたけど、シャドウが馬鹿兄弟から離れられない原因って…」

 

マ「言ってやるな…無自覚なのかもしれんが……」

 

森「彼女達もスコールの元に来るまでは、色々とあったらしいからね。あの兄弟はあの兄弟なりに、彼女の支えになっていたんじゃないか…?」

 

セ「現在の姿からは想像も出来ないんすけど…」

 

オ「それはさておき、今ので質問は全部だ。皆さん、ありがとう御座いました!!」

 

 

 

 

☆質問回答コーナー・終了☆

 

 

 

オ「さて、セヴァスとマドカが呼び出しを喰らってしまいましたし、ここでひとまず休憩に入りたいと思います。次回は大坂さん、竜羽さん、すし好きさんから送って頂いた企画を開催する予定で御座います。皆様、楽しみにしてて下さいね~」

 

セ「……さて、逝こうかマドカ…」

 

マ「決して最後までお前を一人にはしないぞ、セヴァス…!!」

 

森「……良いから早く行って来なさい…」

 

 

☆続く☆

 

 



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IF未来 トライアングル編3!! 前編

二つ、良い事を教えてやる…

一つ、アニメ第二期の設定と展開は基本的に無視する…

二つ、楯無さん……今回もゴメンね…♪

き~る・ら・き~る♪


(ここは…?)

 

 

 目を覚まし、最初に視界に入ってきたのは全く見覚えのない天井だった。しかも、なんかやたら近い。今は横になっているのでそうでもないが、立つのは限りなく不可能なくらいに天井が低い。そしてついでに頭の方で枕の役目を果たしてる何かがあるのだが、良い感じに柔らかい上に温かくて心地よい…

 

 

(えっと確か俺、夕飯食いに外へ出たんだっけ…?)

 

 

 記憶が正しければ、現在の時刻は夕方と夜の境目あたり。ここ暫くカップ麺続きだったので、久々に美味いものが食べたくなり、オランジュと留守番役を順番に代わりながら外食することにしたのだ。それでジャンケンの結果、俺が先に行くことになって、さて久し振りに五反田食堂にでも行こうかなとか考えながらモノレール駅を出たあたりで″水色の何か″が…

 

 

「あ、セイス君おはよー」

 

 

 そうそう、俺の顔を覗き込んで来たコイツの髪の色と丁度同じ感じの色彩……って、おい…

 

 

「楯無!? ていうか何してんだ、お前!?」

 

 

 反射的に楯無の膝枕から脱出し、極力彼女から距離を取ろうとする。しかし、良く見たらここは走行中の車の中で、大して離れる事が出来なかった。おまけに身体は頑丈な拘束具でぐるぐる巻きにされており、碌な抵抗が出来そうになかった。そんな俺の様子を見た楯無は、割とガチにきょとんとした表情を見せながら一言…

 

 

「何って、膝枕…」

 

「そういう事を言ってるんじゃ無ぇ!!……あぁクソ、色々と思い出した…」

 

 

 飛来してきた水色の正体とは、言わずもがなコイツだった。目を爛々と輝かせ、驚く俺に抵抗させる暇すら与えずにISでボディブローを喰らわせ、瞬く間に意識を刈り取りやがったのである。で、目を覚ましたらこんな状況という訳なんだが、やはりと言うか俺は楯無に捕まってしまったようだ…

 

 

「そういうこと♪ 分かったら素直に大人しくしてちょうだいね?」

 

 

 『現状把握?』と書かれた扇子を見せながら、いつものニヤけ面でそう言ってくる楯無。拘束具によって動きは封じてあるし、目の前にはISを持った自分が居るので余裕なのだろう。

 その自信満々の笑みで覆い隠した駄目な部分をたくさん知っている身としては鼻で笑ってやりたいところだが、自分が圧倒的に有利な状況であるにも関わらず、さり気なく微塵も油断せずに俺のことを警戒し続けていることを見るに、今回は流石に分が悪そうだ。

 

 

「だが断る!!」

 

 

 だからと言って簡単に諦める程、俺は素直な性格をしているつもりは無い。言うや否や楯無とは逆…車の窓へと向き直り、思いっきり頭を振りかぶって、全力の頭突きを窓ガラスにぶちかました。ISに絶対防御を起動させる程の威力を持った衝撃を受けた窓ガラスは、二人の居る後部座席に大きな音を響かせる。しかし、その音はガラスの砕け散った時の甲高いものでは無く、まるで何かを鈍器で殴ったかのような『ゴッ!!』と言う鈍い音だった。そして…

 

 

「痛ってぇ!? てか硬ッ、超硬ぇ!?」

 

「言い忘れてたけど、あなたにはティナちゃんから拝借したこれを投与したから、暫くは常人レベルの能力しか無いわよ……でも、念の為にガラスは防弾仕様にしといたんだけど、罅入ってるわね。用心しといて正解だったわ…」

 

 

 窓ガラスには罅が入っただけで、逆に自分の額が割れそうになり、地味な激痛に悶絶する俺。そんな俺に向かって楯無は、怪しげな注射器を片手でクルクルと回しながらそう言ってきた。どうやら、いつだかティナの奴に撃たれた再生能力阻害弾と同じような代物を打たれたみたいだ…

 

 

「何にせよ、私の勝ちね。大人しく諦めなさい」

 

「クソ…それで、俺をどうするつもりだ?」

 

「ふふふ、愚問ね。私とセイス君が2人きり、それもこんな状況ですることなんて、分かりきったことでしょう?」

 

 

 片や亡国機業のエージェント、片や更識家の現当主。捕まったら最後、組織の事を洗い浚い吐かされたあと、俺は犯罪者の一員として牢獄行き…最悪の場合、大っ嫌いな生まれ故郷のアメリカに身柄を引き渡される可能性もある。

 仲間や恩人達の事を売るような真似は死んでもしないが、アメリカに送り返されるのだけはどうにかして避けたい。もしかしたら旦那や姉御が助けてくれるかもしれないが、今はIS学園での活動で手一杯な筈だし、日頃からマドカやオランジュ達と一緒に迷惑を掛けている手前、これ以上は二人の手を煩わせる訳に行かない。故に現状、自力でこの状況を打開するという選択肢しか俺には無かった…

 

 

「さぁ、着いたわよ」

 

 

 だが打開策を考える前に、楯無の目的地に到着してしまったようだ。とは言え、やる事は変わりない。ここが更識家の屋敷だろうが、特殊な留置所だろうが自力で逃げ出してやる。そう決意を固め、俺は先に降りた楯無に促されるようにして車から出た。

 

 

「……おい…」

 

「なにかしら?」

 

「なんだ、この場所は…?」

 

 

―――そして、それと同時に俺の決意は、あっさりと崩れた…

 

 

「何に見える?」

 

「少なくとも、監獄や留置場には見えねぇな。ここ、お前の実家だったり……する訳ないか…」

 

 

 車から降りて目に入って来たのは、古めかしい和風の屋敷を思わせる建物。敷地の周りを塀で囲っており、かなりの広さを持っているのが窺える。物々しい留置所や、どっかの廃屋に即席で作った尋問室を想像していたので少し拍子抜けした。一瞬だけ、更識家の屋敷に連れてこられたのかと思ったが、それも違うようだ……だって、本当にそうなら…

 

 

―――正面入り口に、『寿司屋・平吉』って看板が見える訳ねぇよな…

 

 

「さぁ、早く中に入りましょ♪」

 

「ちょ、待ッ…!?」

 

 

 拘束具で動けない俺をISを部分展開しながら担ぎ上げ、こっちが戸惑っているにも関わらず屋敷…もとい『寿司屋・平吉』の敷地内へと足を踏み入れる楯無。古風の日本庭園を意識した、如何にも老舗な雰囲気を感じさせる中庭を、彼女は迷わず店の本館目指して進んでいく。

 

 

「ちょっと待て、本当に待て…」

 

「なによ?」

 

「なんか前にも似たような事があった気がするが、敢えて尋ねる……お前、何考えてるの!?」

 

「何って…今からセイス君とディナーデート? 因みに店は貸し切り状態だから、実質2人きりよん♪」

 

 

 なんかもう、色々と馬鹿馬鹿しくなってきて嫌になる。どうやら例によって今回も、このおバカは俺と直接的に争うつもりは無く、真面目に仕事をするつもりも無いらしい…

 

 

「……お前、一応俺らは敵同士ってこと忘れてない…?」

 

「もう、さっきから細かいことばかり五月蝿いわねぇ。っと、こんばんわー、予約してた更識二名でーす!!」

 

 

 呆れる俺を軽く受け流し、楯無はそのまま入店。同時に俺も、魚みたいに担がれた状態という、一生に一度あるか無いかのスタイルで入店。貸し切り状態と言うのは本当らしく、広い店内にも関わらず客の姿は俺達の他に存在しなかった。だが店員は普通に居るので、当然ながら身体がムズムズするような視線を幾つも向けられた。限りなく恥ずかしかったから、楯無のISから逃れる為に身を捩りながら抵抗を試みたが、やっぱりビクともしなかったので結局は諦めた……もう、好きにしやがれ…

 

 

「え、本当に好きにして良いの!?」

 

「心を読むな!! そして、断じてテメェの考えているような意味じゃ無ぇ!!」

 

「ちぇ、残念……あ、ここだった…」

 

「ってオイオイ、店を貸し切ったにも関わらず個室用意したのかよ…」 

 

 

 店内から半ば隔離され、若干薄暗くて雰囲気のある空間。4人前後の人数を想定しているのか、俺達二人だけだと少し広く感じる。真ん中には足の短いテーブルが居座っており、お座敷タイプのようだ。更に置いてある陶器や掛け軸等はどう見ても値の張りそうな代物ばかりで、とんでもない場所に連れてこられたと改めて実感した。

 で、そんな感じの部屋に辿り着くや否や、俺は奥の方へと放り投げられた。『グエッ』と呻き声を出しながら床に転がり落ちるも、即座に起き上って楯無を睨み付ける。しかし当の本人は、俺とはテーブルを挟んで反対の方へと悠々と腰を下ろし、いつもの様に扇子を広げながらニコニコと笑みを向けてくるだけである。因みに、今回は『御静粛に』と書いてあった…

 色々と言いたい事が多々あるけども、真っ先に確認したいことがあるので今は取り敢えず、他の事は置いておくとしよう。そう思った俺は深いため息を一つ吐き、目の前の元凶をジト目で睨みながら口を開いた。

 

 

「一応確認しとくが…動機や理屈はどうあれ、今回も互いの立場は忘れる気満々なんだな?」

 

「そういうこと。でも成り行きとは言え、暫くは協力関係の間柄になりそうじゃない? この前の約束もあるし、ここは一つ2人で親睦を深めようかと…」

 

 

まぁ確かに実際のところ、不本意ながら同業者に獲物を横取りされない為にも、俺はひたすら露払いに徹する形になるだろう。そして結果的にそれは、一夏の身柄を護衛する楯無達と利害が一致している。少なくとも『一夏を拉致しろ』とか、『暗殺してこい』等と言う指令が来ない限りはそうなるだろう。

 ぶっちゃけると条件付きとはいえ、楯無を敵に回さないで済むのは、ありがたいと言えばありがたい。たまにこんな意味の分からない行動を起こす時もあるが実力は認めているし、裏社会の人間としてなら、それなりに尊敬できる部分も少しはあったりする。

 

 

「逃げようとしても無駄そうだからそれは諦めるし、状況によっては互いに協力し合うことになるのも否定しない。だが、今以上に馴れ合うつもりは無ぇぞ?」

 

 

 だからと言って、完全に気を許すつもりは無い。来たるべき時が来たら俺は、迷うことなく楯無達と敵対するつもりだ。

 

 

---例えコイツが、俺に恋心を抱いているとしても…

 

 

「それは建前だから別に良いわよ、私はセイス君と一緒にご飯食べれれば満足だから。ぶっちゃけ、それが一番の目的だし」

 

「いや、それ色々と駄目だろ…」

 

「大将、今日のお勧めお願いしまーす!!」

 

「聴けよ……あぁもう、どうにでもなれ…」

 

 

 改めて割と真剣な決意を固めている此方を余所に、目の前の楯無はマイペースに振る舞い続ける。一夏達と接している時は八割くらい演技が入ってるんだろうが、いざこうして目の前でやられると、どこまで本気なのかさっぱり分からない。確信犯であることには変わりないが…

 それにしても、コイツの相手をしていると、何だか真面目にやっている俺の方が馬鹿みたいに思えてくるから不思議だ。こんな気分にさせるような奴は、マドカだけで充分だと言うのに。

 

 

「もう、折角連れてきてあげたんだから、いつまでもそんな顔しないでよ。セイス君が言ったんでしょ、寿司奢れって…」

 

「いや確かに言ったけどさ、こんなアブノーマルな状況は望んでない…」

 

 

 言い忘れたが、未だに俺は拘束具で動きを封じられており、半ばミノムシ状態のままだ。両手は愚か足も動かせず、碌に食事も出来なさそうである。

 

 

「気にしないで、私は気にしないから。それに…」

 

「それに?」

 

「今なら、セイス君の身体を好きにできるし」

 

 

 そういうや否や、俺を気絶させた時と同じように目を輝かせ、間にあるテーブルを猫のようなゆっくりとした動きで乗り越えながら、ジリジリとこっちに近寄ってくる楯無。思わず後ずさろうとした俺だったが、上手く身動きできずに殆ど離れる事が出来なかった。

 

 

「オイやめろ、手をワキワキさせながらこっち寄るな…!!」

 

「フフフ、良いではないか~良いではないか~」

 

 

 コイツ…目がマジだ。いつもどこまで本気なのか分からない奴だと思っているが、この目は間違いなくマジだ。このままじゃあ、何をするか分かったものじゃ無い。ていうか、下手をすればナニをしかねないから怖い。しかし、こんな状況で言うのもアレだが、楯無とこんな至近距離で見つめ合ったのは初めてかもしれない。いつも追いつ追われつの関係を繰り返し、反撃する過程で幾らか近づいたことはあるが、こうもじっくり本人を眺めたことは無かった。

 性格はこんなだが、容姿は確かに美人だと思う。しかも、凛々しさと可愛いさの両方を兼ね揃えた反則的な感じで。おまけに身体の方も鍛えてるだけあって引き締まっており、出るとこはは出て引っ込むところは引っ込んでいると言う、ある意味理想的なものだ。こりゃあシールドノッ党とか言うファンクラブが出来るのも、当然かもしれない。

 

 

(待て待て、何を考えてるんだ俺は!? 目の前に居るのは、あの楯無だぞ!?)

 

 

 見た目が魅力的であることは、不本意だが認めよう。しかし俺にとって最も厄介な存在であり、傍迷惑な奴である事実に変わりはない。生身で化物の俺とそれなりに勝負できる上に、ロシア国家代表の肩書は伊達では無く、ISの操縦技術も一流だ。そして一夏に『人たらし』と言わしめるだけあってカリスマもあるし、料理まで出来るというハイスペックの持ち主。その癖して編み物が苦手だったり、妹の事になると臆病になったりと、妙なところで不器用になる可愛い面もある。ていうか冷静に考えてみると、コイツの性格って普段のマドカと五十歩百歩…つまり、俺にとっては許容範囲内だ。そうでもなければ、こんな風に暢気に会話したりしないし、この腐れ縁は続いていない……て、うぉい!! 途中から殆ど褒めてるだけじゃねぇか…!!

 

 

―――あれ? もしかして俺、自分で思ってたより楯無のこと…

 

 

「お待たせしました、本日のお任せ握り詰め合わせです」

 

「ッ!!」

 

「……むぅ、良い感じだったのに…」

 

 

 何時の間にか顎を手でクイッとやられ、鼻先同士がくっつきそうになるまで近寄られたあたりで、まるでタイミングを見計らったかのように、着物を身に纏い。女将さながらな長い黒髪の店員が個室の障子を開けて入ってきた。そのせいで先程までの雰囲気も壊れてしまい、興を削がれたのか楯無は舌打ちを一つして、不満げな表情を浮かべながら即座に居直った。

 ぶっちゃけ色々と助かった。あのまま続けていたら、今頃どうなっていたことやら…いや、本当にどうしたか分からない。今も頭の中が少し混乱しており、平静を装おうので必死だ。本当に今日の俺、自分で自分が予測不能である。店員さん、マジで感謝。

 

 

「ん? これは…」

 

 

 混乱しかけた頭を強引に落ち着かせ、頭を冷やす為にも楯無から目を逸らす。すると、店員が運び込み、テーブルに並べた料理の数々が目に入ってきた。そして俺の視線が卓上に固定されたことに気付いた楯無は、再び微笑を浮かべた。

 

 

「どう、セイス君?」

 

「……凄く、美味しそうです…」

 

 

 料理と言っても握り寿司の詰め合わせなんだが、とにかく見た目からして豪華だった。運び込まれた複数の大皿には鮪や鯛、ウニにイクラと言ったメジャーなものから、あまり見かけない生のサンマやトビウオ等の珍しい寿司ネタまで所狭しと並んでいる。マドカ程こう言うのには詳しくないが、そんな俺でも目の前に並んだこれらが、本来ならとんでもない値段になるというのは分かった。

 

 

「ふふふ、このお店は更識家御用達の老舗だもの、当然よ」

 

「なる程…つまり、この店でいつもの様にはっちゃけると、偉い人に怒られると言う訳か……」

 

「う…」

 

 

 俺の言葉に思わず呻く楯無。箒たちの目の前で一夏にちょっかいを出し続けるような奴の癖に、店員が来ただけでやけにアッサリ引いたと思ったら案の定そういう事らしい。しかし、だったら尚更、俺なんかをここに連れて来たら不味いんじゃ…

 

 

「あぁ、それなら大丈夫よ、その為の″建前″だから。本家の人達も仕事で似たような事はしてるし、それはセイス君のとこも一緒じゃないの?」

 

「……確かにそうだが…」

 

 

 今まで敵対していた相手と共通の敵が出現した場合、条件を付けたり期間限定で協力関係を築くこともある。そして状況によっては、その協力関係を出来るだけ長く続けたい場合もある。そう言った場合、やはり組織同士による交流は少なからず必要で、このような場所と状況で互いにプライべートなやり取りを定期的に行う事は然程珍しい事ではない。だから楯無は今回のこれも、上の連中には仮同盟相手との接待とでも報告しているのだろう。

 そもそも、ちょっと前までフォレスト派とスコール派の関係は、半ば冷戦状態に近いものだった。姉御達と今のような関係を築くことが出来たのは、一部の者達が行ってきた組織間での交流の積み重ねの賜物である。マドカ達と仲良くさせて貰ってる手前、改めて関係の改善に貢献してくれた人達に、心から感謝しておくとしよう。

 

 

―――因みに、その関係の改善に最も貢献した人達とやらは、セイスとマドカの二人なのだが、本人達は一切自覚していない…

 

 

「……ところで話を戻すが…」

 

「なーにー?」

 

「いい加減に拘束解け」

 

「だが断る」

 

 

 無駄に生徒会長モードを起動してキリッと言われ、無性にイラッとする。ていうか、俺にこのまま犬食いしろとでも言うつもりか? 今回は食欲が圧勝してるから、もしも言われたらプライド投げ捨ててするけどさ……後で仕返しすりゃ良いし…

 

 

「ふふふ、冗談よ、私だって鬼じゃないんだから。でも、その拘束を解く前に折角だから…」

 

 

 ちょっと間を置いてから、楯無はそう言った。そして、用意された菜箸と取り皿を手にして、立ち上がろうと…

 

 

「お待たせしました、お客様。それでは早速、どれからお召し上がりになりますか?」

 

「え…?」

 

「へ…?」

 

 

 するよりも前に先程の店員が、いつの間にか寿司を何個か乗せた取り皿を手にしながら、俺の横に座ってそんな事を言い出した。これには流石に俺は勿論、楯無まで呆気にとられた。ていうか、まだ居たのか店員さん…

 

 

「どうかなさいましたか、更識様?」

 

「いやいや、貴方なにしてんの!?」

 

「接客で御座います」

 

「せ、接客……余計な真似はしなくて良いから、もう戻って頂戴…」

 

「お客様、どれから食べるのかお悩みでしたら、此方の白身魚がお勧めです。今朝獲れたばかりで、とても新鮮で御座いますよ?」

 

「さらりと無視しないでよ!!」

 

 

 いち早く我に返った楯無が思わず声を荒げるが、店員さんは軽く受け流した。そのまま楯無の声を無視しながら、彼女は皿にのせられた寿司の数々から先ほど言った白身魚の握りを一つ箸で掴み、小皿に用意した醤油に軽くつけ、そして俺の前に差し出してきた。

 言わずもがなこの状況、所謂『はい、あーん♪』状態である。本来なら色々と抵抗感があって躊躇うが、不思議とこの店員さんにされるのは嫌ではなく、何よりも既に腹ペコだった俺は差し出されたそれを迷わずにパクリといった…

 

 

「ちょっとおおおおぉぉぉぉぉぉ!! それやりたいからセイス君の拘束解かないままにしといたのに、何してるのよ貴方はああああぁぁぁぁ!?」

 

「接客です」

 

「二度も要らないわよその返し!! ていうかこの店、そんなサービスしてなかったでしょ!!」

 

 

 楯無は思わず店員さんに詰め寄るが、当の本人は相変わらず涼しい顔である。そんな二人のやり取りを尻目に、俺は口の中に入れた握り寿司をモグモグと咀嚼していた。すると店員のオススメなだけあり、口にしたそれは確かに新鮮で、しかも俺好みの味に近くて凄く美味しかった。鯛とも鮃とも違う、この謎の白身魚…もう何個か食べたい。そう思った時、不意に楯無と口論(?)していた店員さんと目があった。

 

 

「お気に召しましたか?」

 

「あ、はい……因みにこれ、なんの魚なんですか…?」

 

「鱸(スズキ)です。なんなら、もうひとつ食べますか?」

 

「おぉ、是非とも」

 

「それでは僭越ながら、引き続き私が食べさせて差し上げ…」

 

「ダメッ!!」

 

 

 そう言うや否や、楯無は店員から箸と取り皿を引っ手繰った。それに対して店員さんはそこまで動揺せず、視線だけを俺から彼女に変えて口を開いた。

 

 

「更識様、返してください。そうしないと、お客様が食事を続ける事が出来ません」

 

「大丈夫よ、彼には私が食べさせてあげるから」

 

「更識家当主である貴方の手を煩わせる訳にはいきません」

 

「私がやりたいの、セイス君に『はい、あーん』をや・り・た・い・の!!」

 

「左様で御座いますか。因みにお客様…お客様自身はどうしたいですか、自分で食べたいですか?」

 

「え、俺…?」

 

 

 いきなり話を振られ、思わず戸惑う。それと同時に、楯無が凄い睨んでくるから余計に言葉に詰まる。さっき普通に受け入れた手前、ここで楯無に『はい、あーん』は嫌とか言えない…ていうか、必死に拒むほどのことでもないし。だが、取り敢えず…

 

 

「自分で食うにしろ、楯無に食わせて貰うにしろ、この拘束具は外して欲しい…」

 

「かしこまりました」

 

 

―――スパッ!!

 

 

「「え…?」」

 

 

 何かの風切り音がしたかと思ったのと同時に、俺の動きを封じていた拘束具がスッパリと切断された。それに合わせて俺は自由の身になれたのだが、突然の事に何が起きたのか分からず、俺も楯無も再び硬直してしまった。そんな俺達を余所にさっきと同じ体勢、同じ雰囲気のまま、店員さんは再度口を開く…

 

 

「時にお客様、知ってますか?」

 

「……何を…?」

 

「先程お客様が召し上がった鱸なんですが、実は…」

 

 

 尋常じゃ無い位に動揺しているが、平静を必死で装いながら近くにあったお茶を手に取って口に含む。一瞬だけ更識家お抱えの老舗というからには、そういう系の人が普段から居るのかと思ったが、この店員い対し、楯無まで身構えてることを考えるに違うようだ。いったい、この店員は何者だ…?

 

 

 

 

「お前がスペインで放浪していた頃に、嫌になるほど食ったブラックバスの親戚らしいぞ…?」

 

 

 

 

「ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」

 

「きゃああああああぁぁ!?」

 

 

 突然の言葉に、俺は思わず含んでいたお茶を勢いよく噴出した。射線上に居た楯無が思わず叫んでたが、なんとか避けていたのでひとまず無視しよう。

 これまで何度か話したと思うが、俺はスペインの僻地に捨てられた際、川魚を食料にしていた時期があった。そして自力で火を熾こすことが出来なかった俺は、魚は基本的に生で食う羽目になった。決して美味くない…むしろクソ不味かったが、当時は食うものを選ぶ余裕なんて無かった。ナノマシンの治癒力に助けられながら、俺は幾度も腹を壊しつつ、何度も川魚を生で食い続け、最終的に壊滅的な味をしたアレに対して『悪くない』とさえ思えるようになってしまった。

 で、旦那に拾われてから暫くして、ふとあの時に自分が食ってた魚は何だったんだろうと疑問に思った。そして好奇心に突き動かされるままに調べてみた結果、俺が食ってた川魚の正体が、うっかり野生化してしまったブラックバスだったと分かり、もの凄い複雑な気分になった訳なんだが…

 ぶっちゃけ、今はそれはどうでも良い。別に今更、鱸がブラックバスと近縁だろうが、美味けりゃ問題ない。そんな事実、鮪と鯖の関係と大して変わらない。一番の問題は…

 

 

―――なんで目の前の店員が、唯一この事実を知っているアイツと同じ声、同じ口調でこの話題を出したかと言うことだ…!!

 

 

「……いや、そんなの言うまでも無いか…」

 

「ふはは、まぁそう言うことだ…」

 

「んな!? ま、まさか…」

 

 

 どうやら、楯無も気付いたらしい。それを機に店員さんは、変装に使っていたカツラと、印象を誤魔化す為に使っていたカラーコンタクトを取り外した。するとそこには、黒髪を肩まで伸ばし、常に鋭く時々柔らかくなる瞳を持った、とても見慣れた少女が立っていた。そして…

 

 

「何やら二人で楽しそうにしているじゃないか……どれ、折角だから私も混ぜて貰おうか…?」

 

「ま、マドカちゃん!? どうしてここに!?」

 

「やっぱり、お前か……ん? 楯無、今お前『マドカちゃん』って言った…?」

 

 

 凶悪で、それでいて明るい笑みを浮かべた腐れ縁第一号の登場に、この時の俺は更なる嵐を予感した…

 

 

 

~続く~

 




○拘束具はIS装備でスパッと
○この時既にマドカと楯無はメル友レベルの仲になっています

○時期的に間に合わない気がするので、次は先にクリスマス特別編を書きます。
大まかな内容は…

・フォレスト一派+αによるクリスマス兼忘年会パーティ
・本編世界のつもりですが、時系列は不明
・食事タイム→一発芸大会→旦那からのプレゼント→そのプレゼントによるイベント…てな感じの流れで話が進行
・一夏たちはチョイ役で

などを、予定しています……今更ながら、大丈夫かなコレ…;


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IF未来 トライアングル編3!! 中篇

お待たせしました、暫く放置していた続きです。ですが時間と区切りの都合上、今回も三分割になってしまいました……申し訳ないっす…;

でも次は割と早めに執筆時間がとれそうなので、後編の更新は今回ほど時間が掛からないと思います。ですので、もう少しだけお待ち頂ければ幸いです。


「なんでここに居るの!?」

 

「いや、単に私もセヴァスを夕飯に誘おうかと思ってたんだ。そしたら、見覚えのある飛行物体が見えたんで追いかけたら、案の定お前らだった」

 

「クッ、一生の不覚だわ…」

 

「いや、お前の人生って不覚だらけじゃん」

 

 

 楯無は悔しそうにマドカを睨み付けるが、当の本人は柳に風と言わんばかりである。しかも、楯無を煽る様に彼女は何食わぬ顔で俺の隣へと座り直した。無論、楯無がそれを無視出来る訳も無く、狼狽えながらも批難の声を上げる。

 

 

「ちょっと、なにしてるの!!」

 

「まぁそう声を荒げるな、私だってタダで同席させろとは言わんさ…」

 

 

 躊躇せず人の財布で飯を喰らう常習犯はそんなことを抜かしつつ、自分の携帯を取り出した。その唐突な行動に俺も楯無も頭上にハテナマークを浮かべたが、そんな俺らの様子を無視するようにマドカは取り出した自分の携帯を操作していた。そして…

 

 

「あ、ポチッとな」

 

「ん…?」

 

 

 マドカが操作を終了させるのとほぼ同時に、楯無の方から割と軽快なメロディーが流れてきた。楯無はおもむろに服のポッケをゴソゴソと探り、自分の携帯を取り出す。誰かから…ていうか、十中八九マドカがメールか何かを送信したのだろうか。ニヤニヤと笑みを浮かべているマドカは気になるが、取り敢えず内容を確認してみることにした楯無。すると…

 

 

「ッ!?」

 

 

 データを開封したであろう楯無は驚愕に目を見開き、自分の携帯とマドカを交互に見て、そして何故か俺の方にも視線を送ってきた。その露骨な狼狽えっぷりに俺は逆に戸惑うが、マドカは楯無がこうなることを予測済みだったのか、依然として余裕の笑みを浮かべている。

 そして暫く言葉にならない程に動揺していた楯無は途中で我に返り、咳払いひとつして、一夏達に向けるようないつもの微笑を浮かべた。

 

 

「し、仕方ないわね。この前はちょっと抜け駆けしちゃったし、そのお詫びも兼ねて同席することは許してあげる♪」

 

 

 さっきまでの憤りはどこへやら、極めて冷静かつ穏やかな口調でそんなことを言い出した。隣に座っていたマドカは無言で小さくガッツポーズを決めていたが、逆に俺は絶賛混乱中である。いったい、コイツは楯無に何を送ったのだろうか…

 

 

「でも、流石に代金の支払いは自分でしてちょうだ…」

 

「二枚追加、後払いで貴重な寝顔も送ってやろう」

 

「さぁマドカちゃん、今日は私の奢りよ!!遠慮せず、好きなだけ食べてちょうだい!!」

 

 

 もう、ますます意味が分からん。さっきまで同席することさえ渋ってたと言うのに、この豹変っぷりである。ていうか、ちょっと待て…今『寝顔』とか言ったか、コイツ?

 

 

「おい、さっきから楯無に何を渡してんだ?」

 

「ん、ホレ」

 

 

 いい加減に嫌な予感がしてきたのでそう尋ねると、マドカは携帯の画面を俺に見せてきた。何だろうと思い、覗き込むように表示された画面に目を向けてみると…

 

 

―――仕事中に力尽き、パソコン前で涎垂らしながら、うつ伏せ状態で爆睡する俺の姿が写っていた…

 

 

「ちょっと待てコラああああぁぁぁ!?」

 

 

 反射的に携帯を引っ手繰ろうとしたが、向こうも慣れたもので、あっさりと避けられてしまう。どうにか捕まえようとするが、マドカは軽い身のこなしでテーブルの反対側…楯無の方へと飛び移り、射程圏外へと退避してしまった。長い付き合いなだけあり、向こうもそのことを承知しているので、楯無の隣で余裕の笑みを浮かべている。それはそれで腹が立つが、今はそのことよりも…

 

 

「なぁに人の写真を交渉材料に使ってやがんだ、て言うかいつの間に撮りやがった!?」

 

「12月6日の01:24、って書いてある」

 

「やっかましい!! そして、テメェもテメェで俺の写真なんぞに価値を認めんな!!」

 

「ええぇ…でもセイス君の寝顔なんて、絶対に拝む機会無いと思うし……」

 

 

 物欲しそうな目で、マドカの携帯を見つめる楯無。自分の写真数枚分が、この店の食事代に匹敵すると言われても、こんな展開では複雑な気分にしかならない。むしろ、色々な意味で待ったをかけたい…

 つーかそれ以前に、なんでマドカは楯無のメアドを知っているのだろうか。楯無も楯無で、さっきせマドカの事を『マドカちゃん』とか呼んでいたが、もしかして俺が思ってるより交流あるのか、この二人?

 なんてことを考えてたら、マドカはヤレヤレと言わんばかりに首を振り、肩を竦めた。多分、オランジュの真似をしてるつもりなのだろうが、イラッと来る部分以外は恐ろしく似てない。ていうか、似合ってない。しかも、自分でもそう思ったらしく、微妙に顔が赤い。微妙になった空気を誤魔化すように、先程の楯無のよりも大きめの咳払いを一つ響かせ、マドカは改めて口を開いた。

 

 

「まったく、写真の二枚や三枚でいちいち煩い奴め。お前らだって、盗撮した代表候補生の写真でせこせこと小遣い稼ぎしてるじゃないか」

 

「ここでそれを言うかテメェ!?」

 

 

 この場において、最悪の第一声だ。そりゃ仕事の都合上、何度か一夏の周りの人間の写真を撮って組織に報告書と一緒に送ったさ。けれどあくまで写真はついでだし、その写真を自分の為に使ったことは一度も無い……と、思う…

 

 

「え、セイス君ってそんなことしてるの…?」

 

「……黙秘権を行使する…」

 

 

 前言撤回、ちょっと私用でも使ってます。主にファンクラブの連中を対象にした、売り物として。俺は彼女たちの写真を仕事以外の目的で欲しいと思ったことは無いが、オランジュみたいな奴らは何人も居るので、当分は需要が尽きることは無いだろう。

 まぁ彼女たちには何度か仕事の邪魔されたり、監視対象の一夏を殺されそうになったりと、非常に勝手ながら迷惑に感じる時が多々あるので、罪悪感に関してはプラマイゼロである。むしろ、この臨時収入が無いと目の前の食いしん坊のせいで、あっという間に財布の中身を空にされてしまうのだから、今更やめるにやめられないのが現状だ。

 とは言え、当事者の一人の前でこの話題は勘弁して欲しかった、割と切実に!!

 

 

「因みに、対象は私も含まれてたりする…?」

 

「も、黙秘権を行使する」

 

「要注意人物ってことで、かなり早い時期に確保してたぞ。しかも一番最初に撮った写真は、オランジュ達には送らないで今も持ってるんだよな?」

 

「マドカああああぁぁぁ!!」

 

 

 また何食わぬ顔でサラリと爆弾を落とされ、思わず声を荒げるも本人は知らんぷり。確かに、最初に手に入れた楯無の写真は、今でもパソコンに保存してある。もっとも、写真自体は楯無だけでなく、監視対象である一夏、同じく要注意人物である織斑千冬や、ワンサマラヴァーズの面々も例外では無く、一枚目の写真は暫く保存していた。まぁその殆どは、小遣い稼ぎの為にオランジュ経由でファンクラブの連中に送っちまったが…

 で、何故に楯無の写真だけ残したのかと言うと、単に当時は楯無ファンが少なく、写真にあんまり良い値段がつかなかったから、値上がりするまで待っているだけと言う、本人には口が裂けても言えないくらいに失礼な理由だったりする。

 

 

「え、えっと…そう、持ってるんだ? 私の写真……」

 

「な、なんだよ…」

 

「べ、別に…」

 

 

 そのことを知ってか知らずか、言葉の割に楯無は少しだけ嬉しそうにする。写真を持ち続けている理由は、何が何でも絶対に秘密にしておこうと、改めて心に誓った…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ところでマドカちゃん、携帯変えた?」

 

「あぁ、前のより使い勝手が良くてな。それと、その時に新しい店も見つけたぞ。今度行ってみないか?」

 

「予定が空いてたら良いわよ。でも、その店って、また飲食店だったりする?」

 

「舐めんな、美容院だ。おいセヴァス、なんで吹き出した?」

 

 

 マドカの乱入と爆弾投下から数分後、俺たち三人は気を取り直して食事を再開していた。やはりというか、この店の料理は素晴らしいの一言に尽きる。隠れ食通のマドカも気に入ったようで、先ほどから楯無と和気藹々と談笑しながらも、箸を掴む手が休むことは一切なかった。それにしても…

 

 

「お前ら、いつの間にそこまで仲良くなったんだ…?」

 

 

 楯無はマドカを『マドカちゃん』と呼び、マドカはマドカでさっきから楯無と気さくに話している。人たらしと名高い楯無はともかくとして、俺以外にはオランジュですら名前呼びを許さないマドカが、あそこまで素を曝け出していることにビックリだ。

 そんな俺の戸惑いに対し、楯無は微笑みながらこっちを向き…

 

 

「女は常に、男には言えない秘密が幾つかあるのよ♪」

 

「この前3人揃ってレゾナンスで遭遇したあと、しつこく連絡先を聞いてきたから教えてやったんだ。それからは意気投合してつるんでる」

 

 

 ウィンクしながら発した言葉を、一瞬でマドカにばっさり両断されて硬直した。勿体ぶって格好つけようとしたのだろうが、お陰で俺とマドカが料理をモグモグと租借する音だけしか聞こえない、なんとも痛々しい沈黙が流れる。だが暫くして、我に返った楯無は引きつった笑みを浮かべたまま、マドカをジト目で睨み付けた。

 

 

「……マドカちゃん、この空気どうしてくれるの…?」

 

「元から痛い奴が痛い結果に終わっただけだろう? 何も問題ない」

 

 

 痛いって言うより、うざいと感じる時が多々あるのは俺だけだろうか…?

 まぁ、たまには真似してみたい時がなくもない。それに、そういう感じに余裕ぶっている奴が、今みたいに狼狽えまくる姿というのは中々に可愛げがあると思わなくもない。

 

 

「痛い奴ってなによ!? それを言ったらマドカちゃんだって充分に痛い子でしょうが!!」

 

「私が痛い子だと? ふん、いったい何を根拠に…」

 

「時間制限ありの大盛メニューにチャレンジする度に、料理に向かって『大盛○○、相手にとって不足無し』って呟いてるでしょ?」

 

「ほああああぁぁぁ!? ま、まさか全部聞こえ…」

 

 

 いったい何の影響を受けたんだ、この馬鹿は。他の奴らには冷酷で無慈悲なマシンガールを装っているが、実際は色々と大雑把な性格をしたアホの子に過ぎず、その事実をフォレスト一派のメンバーには勿論のこと、最近では姉御達にすら知られてしまった。化けの皮がはがれている事に気づかず、今でもクールに振舞おうとするマドカの姿は見てる側からすると残念を通り越して最早、微笑ましいものに見えてしまう。

 

 

「しかも完食後には必ず、『我が人生に、一片の食い残し無し』って意味の分からないことを…」

 

「うわあああぁぁぁぁそれ以上言うなあああぁぁぁ!! それ以上言ったら、この中二病患者のネタ帳みたいなものをセヴァスに晒してやるぞ!?」

 

「ちょっとおおおぉぉそれ私の手帳じゃない!!!」

 

 

 うん…まぁ、とにかく本当に仲がよろしいことで。因みにマドカが取り出し、楯無が顔を青ざめさせたそれは、確かに彼女の手帳である。生徒会室で一人になった時、どうすれば格好良く、威厳があふれ、人を惹きつけることが出来るのか日々模索して、その考えた一つ一つを書き留めたのがあの手帳だ。たまにテレビのドラマやアニメを参考にしている日もあったが、それを見るとやっぱり簪と姉妹なんだなぁって思った。だって本人たちは知らないみたいだけど、楯無が参考にしたアニメって、全部簪が好きな奴なんだもん…

 

 

「……やめにしない? こんな、不毛な争い…」

 

「……あぁ、そうだな…」

 

 

 勝手に始めた謎の戦いで、勝手に死に掛けている二人。あんまり口を出すと、余計なとばっちりを受けるので今は黙って食うことに専念する。と思ったのは良いが、いつの間にか食い過ぎたようだ。もう腹一杯で、ガリすら入らない。そんな俺の様子に気付いたマドカは、早速声を掛けてくる。

 

 

「もう満腹か? 今日は折角だから、コレを持ってきたんだが…」

 

「お、それは…」

 

 

 そう言ってマドカは持参した手荷物の中をゴソゴソと漁り、中から清酒一升瓶を取り出した。確かそれなりに値の張る代物で、先日に姉御が店に直接買いに行っていたような…

 

 

「スコールの酒蔵からパクッてきた」

 

「ぅおい」

 

「大丈夫だ、バレはしない。コレがあった場所には、ちゃんと同じ柄の瓶を置いてきたから……中身はコンビニで買ったカップ酒だがな…」

 

 

 いや、絶対にバレると思うけど。マドカが食通になった原因でもある姉御が、老舗の清酒とコンビニの安酒の違いに気付かない筈が無いし、今のスコール派に姉御の私物を漁るような不届き者は彼女だけなので真っ先に疑われるだろうに…

 

 

「まぁ良いか、その時はその時で…」

 

「そう言う事だ。さぁ飲め飲め、そして飲むぞ」

 

 

 とは言え美味い寿司を食った後に、そんな上等な酒を出されたら飲まずにはいられない。空になっていたグラスを手に取り、マドカへと差し出す。彼女は慣れた手つきで栓を外し、中身を注いでくれた。

 俺の分が注ぎ終わり、続いてマドカが自分のグラスに酒を注ぎ始めたあたりで、楯無のことを思い出して視線を向ける。すると彼女は何故か、こっちを見て困惑…というか、戸惑っていた。

 

 

「どうした?」

 

「え、いや…セイス君たちって今、16歳よね?」

 

「そうだぞ。忘れがちだけど、お前より年下」

 

 

 俺とマドカはタメで、一夏たちと同世代だ。そして楯無が一夏達の先輩ということは、俺達の一個上ということになる。まぁ今更過ぎるし、元々年上ってだけで相手を敬うような性格はしてない。そもそも、楯無を年上と感じたことが無い。ついでに言うと、俺達がそう思っていることを、楯無本人も薄々と分かっているだろう。なんだってまた今になって年齢の確認を?

 

 

「いやいやいやいや、そうじゃなくて!! なに堂々と目の前で未成年飲酒を実行しようとしてんのってことよ!!」

 

「あぁ、そういうことか…」

 

「なんだ楯無、お前は酒飲めないのか?」

 

「裏仕事専門とは言え、家の当主が未成年ルール破ったら示しが付かないでしょ!!」

 

「裸エプロンや裸ワイシャツで護衛対象とスキンシップとるのは示しつくんかい」

 

 

 つまりはそう言う事らしい。曲がりなりにも日本きっての良家、しきたりや体裁には厳しいのだろう。しかも、ここは更識家御用達の店。下手をすれば行動の全てを本家にチクられ、拷問…もとい、お説教部屋に連行されてしまう可能性だってある。俺をこの店に入れること自体が既に割とギリギリな行為だったろうし、これ以上本家の不興を買うような真似は出来ないのだろう。

 よく考えると確かに今日の楯無は、心なしか控えめな気がしなくもない。おまけにマドカが自重しないから、余計に色々と我慢しているのかもしれない。

 

 

「ふふん、案外お子様なんだな。セヴァス、こんな見た目はお姉さま、中身はガキんちょな水色は放っておいて、二人だけで飲もう」

 

 

 

---まぁ、もっともな話…

 

 

 

「……なんだ楯無、その差し出した空のグラスは…?」

 

「……決まってるじゃない…」

 

 

 

---その我慢に限界を迎えさせるのもマドカなんだが… 

 

 

 

「私も飲むのよ、お酒」

 

 

 

 

 マドカの挑発に乗せられた楯無(ニンゲン)は無自覚なまま、セイス達(バケモノ)との酒の席という名の死地へと、自ら足を踏み入れた…




○楯無って酒に強そうなイメージはあるんですけど、ナノマシン持ちの二人が相手だと流石に…
○お留守番中のオランジュ、マドカから報告を聞いて彼が最初に行ったことは、カップ麺のお湯を沸かすこと
○楯無の写真に関しては、セイス自身が自覚してないことがあります。詳細は次回…
○そして今回は、見方によっては敵に塩を送りまくっているように見えなくも無いマドカ。その行動の真意に関しても次回に…


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IF未来 トライアングル編3!! 後編

やっと書き終わりました。本当は既に書けてたんですが、イグニッション・ハーツの影響を受けて色々と手を加えていたら、また随分と時間が…orz

それにしてもあのゲーム、作中にラウラの口から『コスプレの知識』って単語が出てきたことにも吹き出しましたが、三択とも『じゃあ、そのままで!!』と『メイドマガジン』には爆笑しそうになりましたwww

ネタ集め程度のつもりで買いましたが、中々侮れないわ…;


 ドイツ軍との裏取引に加え、ナノマシン技術の塊とも言えるセイスが組織に加わったことにより、亡国機業のナノマシン技術は世界で見てもトップクラスである。その恩恵に預かった人間は、最初から色々と調整されている黒ウサギ部隊の遺伝子強化素体ほどでは無いにしろ、常人より優れた身体能力と治癒能力を手にすることが可能だ。中でも生まれながらにして人外なセイス、そして世界最強と同じ遺伝子を持つマドカに至っては、他者よりも高い適合率を見せ、並の人間を遥かに凌駕する肉体を手に入れた。

 さて、ここで本題。幾ら鍛えているとはいえ、意地を張っただけの普通の人間が、そんな軽く人間を辞めた奴らと同じペースで酒を飲んだらどうなるか。言うまでもないだろうが、結果はこうなる…

 

 

「ふ、ふふ…ふふふふ……!!」

 

「おいおい、いい加減にやめた方が…」

 

「なぁにをいってるのかしらあぁ、わたしはまだまだのめるわよおおおぉぉぉ。なんたってえええぇぇ、わたしはふたりよりもとしうえだもおおぉぉん!!」

 

 

 

―――更識楯無、色々な意味で堕ちる…

 

 

 

「駄目だこりゃ。おい、どうすんだよコレ…?」

 

「別に良いじゃないか。本人も楽しそうだし、問題無いだろう」

 

「うへへへええぇぇ、せいすくんがふたり、さんにん、よにん…」

 

「……どこが? ていうかオメェ、いったい何本持ってきたんだ…?」

 

「スコールからは一本だけだが、残りはオータムとバンビーノところから手当たり次第に…」

 

 

 マドカの挑発にあっさりと乗せられ、自ら飲酒デビューを果たした楯無。彼女は最初こそ慣れない酒の苦味に眉を顰めたものの、一口二口と飲み進めていく内に段々と酒の味に慣れ、終いにはすっかり気に入ってしまい、途中からはかなりのハイペースで飲み進めていった。どうやら元々酒には強い体質だったようで、最初は飲むことを渋っていた彼女の事をからかったマドカも驚く位だった。

 しかし、楯無も所詮は人間。味を占め、調子に乗った彼女はその後もセイス達と同じペースで飲み続けていたのだが、ついに自分の限界量をぶち抜いてしまい、完全に出来上がってしまったのだ。顔は彼女の瞳と同じくらいに赤くなってしまい、目つきもとろけるどころか完全にグルグルと渦巻状態になっており、彼女が酔っ払っていることは一目瞭然である。

 

 

「じゅうにん、じゅういち、じゅう……すぅ…」

 

「あ、落ちた」

 

「やれやれ、なんとも他愛のない…」

 

 

 そして、ついには二人の目の前でグラスを片手にテーブルへと突っ伏し、そのまま静かに寝息をたてながら眠ってしまった。直前まで随分と楽しげな笑顔を浮かべていたが、飲んでいた量を考えるに、翌日は酷い二日酔いに苛まれるだろう。そして飲酒したのが発覚してしまい、また側近の虚あたりに説教部屋へと連れて行かれる彼女の未来は容易に想像出来た。

 酔いつぶれた楯無を眺め、そんなことを考えていたセイスだったが、不意にマドカが彼の肘を小突いたことにより、自然と意識はそちらへと向けられた。

 

 

「で、実際どうなんだ?」

 

「何がだ?」

 

「コイツのことだよ、コイツ。お前に対し、ああも露骨なアピールを続けているが、どう思ってるんだ?」

 

 

 セイスの隣に座って飲み続けていたマドカは、唐突にそんなことを訊いてきた。少しだけ酔いが回って来たのか、彼女の顔は薄らと赤みを帯びていたが、楯無と違ってまだまだ余裕のようだ。そんな彼女の問いに対してセイスは、もう一度だけ眠っている楯無の方をチラリと一瞥してから口を開いた。

 

 

「別に、どうもねぇよ…」

 

 

 どことなく歯切れが悪い口調だったが、彼はそう言った。その返答にマドカは特に大きな反応を見せず、『ふむ』とだけ呟いて話の続きを無言で促す。

 

 

「顔を合わせる度に碌でもねぇ展開になるし、何度かぶっ飛ばしてやりたいと思ったことは一度や二度の話じゃない。逆に殺されかけた回数も半端じゃないし…」

 

 

 そもそも互いの立場は敵同士で、こうして気軽に接して良いような間柄では無い。他に選択肢が無かったとはいえ、同じ空間で暢気に飯食ったりしちゃいけない筈なのだ。その筈なのに、楯無は自分に対してあからさまな好意を向けてくる。挙句の果てに最近は、一緒にショッピングに行く羽目になったり、妹さん込みで交流したりと、不測の事態が連発して調子が狂いっぱなしである…

 

 

「でも流石に、アッサリ死なれても寝覚めが悪い、かな…」

 

「ほほぅ。つまり少なくとも、私と同じ程度には大切に思っているということか」

 

「バカ野郎、お前が死んだら一生立ち直れねぇよ…」

 

 

 一瞬の迷いも無く返ってきたセイスの返事に予想外だったのか、思わずマドカは硬直した。彼女のその様子にセイスも自分が何を口走ったのか自覚し、酒が入った今以上に顔を真っ赤にして、視線を逸らしながら『あ、いや…』と誤魔化すように呟くが、最早手遅れ。飲んでいるとはいえ、柄にも無い事を口走って焦りまくるセイスに、マドカは彼の事をジーッと見つめながら微笑を浮かべた。

 

 

「そう言ってくれるのは、本当に嬉しいがな。だがセヴァス、お前は自分で思っている以上に楯無のことを気にかけているみたいだぞ?」

 

「なに…?」

 

 

 マドカの言葉に眉を顰めるセイスだったが、彼女はグラスに残っていた酒を一気に煽り、グラスをドンっとテーブルに置いて一息吐き、言葉を続けた。

 

 

「例の楯無の写真、なんでまだ持ち続けてるんだ?」

 

「それは、未だに大した値段が…」

 

「とっくに相場が篠ノ之箒達の写真よりも、倍近いものに膨れ上がっているのにか?」

 

 

 彼女の指摘に思わずセイスは言葉を詰まらせ、先程のマドカのように身体を硬直させた。

 実際、今の楯無の写真の相場は当時とは比べ物にならない程に上がっている。金額が自分の予想通りなら、例の最初の写真一枚だけでマドカの借金分を軽く超える値段になる筈だ。それでも彼は最初の一枚目をファンクラブに売ろうとはせず、それどころか最近は楯無の写真を送ること自体を渋るようになってきている始末だ。それが写真のレア度上げに一役買ったことは否めないが、それを抜きにしても楯無の写真は既に充分な額の値が付くのは事実だ。

 まさかその事を知られているとは思わず、暫く思考がフリーズしていたセイスだったが、我に返るや否や彼女の言葉を鼻で笑い、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに言い訳じみた否定の言葉を並べた。

 

 

「いや、そりゃお前、なにせ記念すべき最初の写真だぞ? しかも、あの楯無だぞ? レア度で考えたら、もっと上がっても…」

 

「さっき『俺の写真なんぞに価値を認めるな』と言った奴のセリフには思えんな。それに、他の奴らの写真より価値があると思っている時点で確定だと思うが?」

 

 

 それも呆気なく一蹴され、最早逃げ道は無い。それでもセイスはどうにか反論しようとするが、どうも言葉が出てこなくて口をパクパクと開け閉めするだけだった。しかし、やがて彼はマドカの視線から逃れるように俯き、暫く黙りこくった。そして唐突に身体をプルプルと震わせたかと思うと、ガバリと起き上り、顔を赤くしながらヤケクソと言わんばかりに叫びだした。

 

 

 

「あぁもう、白状するよ!! 確かに今日だけじゃなくて、結構前から惹かれ始めてんよ、楯無に!! 互いの立場とか事情を考えるのやめたら、最初から意識してたよ絶対にッ!!」

 

 

 

 一気にまくしたてるように叫び、全て言い切ったセイスは勢いよくテーブルに突っ伏した。勢い任せにとは言え、やはり恥ずかしかったのか、彼の顔は羞恥で耳まで真っ赤になっていた。

 

 

(マジで何を口走っているんだろうね俺はあああぁぁぁぁぁ…!?)

 

 

 とは言え、さっきのは本心である。マドカが来る前に楯無に詰め寄られた時、自分は彼女のことを意識しそうになった。けれで正直に白状すると、このような出来事は今回だけの話では無かった。今までも、楯無の言動にドキッとしては彼女のことを一人の女として意識しかけ、そのまま彼女の好意を受け入れそうになった。その度に自分と楯無の立場を思い出しては気のせい、またはその場の空気に流されてしまったんだと己に言い聞かせ続けてきたのである。

 だが、その誤魔化しも無意識のうちに限界を向かえようとしていた。マドカに指摘された通り、楯無の写真一号には愛着を持ってしまい、手放すことを嫌がる自分が居る。敵の身内だと分かっても、未だに簪とゲームで交流を続けているのは一重に『楯無の妹だから平気だろう』と思ったからだ。そして幾ら建前を用意してくれたからとは言え、敵勢力の庭みたいな場所から全力で逃げようとせず、一緒に宴を共にしようと決めたのは、やはり相手が楯無だったからだ。

 自分で口に出して、そして今までのことを思い返し、それ程までに楯無のことを信頼し、惹かれていたことを改めて自覚したセイス。彼は再び顔を真っ赤にして、両手で顔を覆いながらテーブルに突っ伏しながら小さく呻いた。恥ずかしさで悶えるセイスを見て流石に気の毒に思ったのか、マドカは少しだけすまなそうにしながら一言。

 

 

「人間、やっぱり正直に生きるのが一番だな」

 

「やかましいわ!! ていうか、俺にこんなこと言わして何がしたいんだよ!?」

 

 

 悪意と悪戯心に溢れた、良い笑顔で投げかけられた言葉。当然ながらセイスは憤ったが、マドカはクツクツと笑い、楯無の方に一瞬だけ視線を向けたあと、彼の言葉に答える。

 

 

「強いて言うなら、その感情を中途半端なタイミングで自覚されるのもなんだと思ったからか? どちらにせよ、お前の楯無に対する気持ちが、私の勘違いではなかったと分かれば充分だ」

 

「……それを知って、お前はどうするんだよ…」

 

「別に何もしない。だってお前は、楯無のことが好きなんだろう?」

 

「違っ…いや、そうなんだが……でも、俺は…」

 

 

 マドカの言葉に対し、セイスは異常な位に歯切れが悪くなった。楯無に対する気持ちを、今更になって否定することは出来ず、その事を最も気にしそうだったマドカの反応は思ったより悪くない。それでも彼はどういう訳か戸惑いと葛藤、そして苦渋に染まった、非常に難しい表情を浮かべていた。

 目の前で不思議な位に平然としているマドカと、依然として突っ伏したままの楯無に何度も交互に視線を送り、何かを言おうとしてはそれを躊躇う素振りを見せるセイス。そんな彼を見かねたのか、マドカは溜め息を一つだけ吐いて、ついに口を開いた。

 

 

「なぁ、セヴァス」

 

「ッ……なんだ…?」

 

「今から私は、お前が一番欲しがってる言葉を言ってやろう。ただ、もしも勘違いだったら恥ずかしさで自殺したくなる程に自意識過剰で馬鹿なことだから、一度しか言わない。絶対に聞き逃すなよ…?」

 

「お、おう。分かった…」

 

 

 彼女から放たれる謎のプレッシャーにより、セイスは思わず反射的に身構え、姿勢を正した。それを確認したマドカは、自身も緊張しているのか深く息を吸い込み、呼吸を整えていた。だが、やがてマドカは意を決したのか、セイスのことをジッと見つめながら、こう言った。

 

 

 

 

「別に二股しても良いぞ?」

 

「ぶッ!?」

 

 

 

 

 マドカのとんでもない発言にセイスは吹き出し、楯無は引っくり返りそうな勢いで無言のままテーブルからずり落ちた。爆弾をぶん投げた本人はシレッとしているが、セイスの狼狽えっぷりは半端では無かった。よっぽど驚いたのか派手にせき込み、目の焦点は彷徨いまくっていた。

 

 

「お、おおおお前、なな何を口走ってんの!?」

 

「だってお前、楯無のこと好きだけど、それと同じくらいに私のことも好きなんだろ?」

 

「ッぁーーーーーーー!!」

 

 

 マドカの言葉に、思わず声にならない悲鳴を上げたセイス。彼女がトチ狂ったことを言ったからでは無く、自分の本心をものの見事にいい当ててしまったからである。

  ここ最近になって、彼は段々と彼女の事を意識するようになっていた。だが当時のセイスは、自分の気持ちを整理することが出来なかった。元も子もない言い方をすると、へタレてしまったのだ。元々セイスにとって、マドカは互いの理解者であり、心から気を許すことが出来る大切な存在だった。そして、好きか嫌いかと訊かれたら、間違いなく大好きと答える自信がある。けれども、セイスはその気持ちが一夏とラヴァーズのような恋愛感情なのか、はたまたオランジュ達に向けるものと同じような信愛感情なのか分からなかったのである。

 けれども、最近になって一層積極的になったマドカのアプローチの甲斐もあって、ついにセイスは自分のマドカに対する想いを確信した。そして機会が訪れ次第、この想いを伝えようと日頃から考えていたのだが、中々その機会に恵まれず、今日までに至ってしまったのだ。

 だと言うのにここに来て、マドカ本人に楯無に対する気持ちを自覚させられてしまい、どうすれば良いのか分からず思い悩んでいる所に先ほどのセリフである。動揺するなと言う方が無理だ。

 

 

「でもマドカ、俺は…」

 

「セヴァスが私でなく、他の女を選んだら本気で泣く。だが、そんな風に自分自身の気持ちを誤魔化した状態で選んでもらっても、私は全く嬉しくないんだよ」

 

 

 セイスの言葉を遮る様に、彼女はそう言った。それに対して何も言う事が出来ず、セイスは思わず口を閉ざしたが、それに構わずマドカは言葉を続ける。

 

 

「私はお前を振り向かせるために、これからも私自身を磨き続ける。それでも尚、お前の心を独占する事が出来ないのであれば、私はその結果を甘んじて受け入れる。だからセヴァス、お前に恋した私たちの為にも、自分の心には常に正直でいてくれ」

 

「……。」

 

 

 その時の彼女の瞳は気丈な言葉とは裏腹に、若干の躊躇いと恐怖に染まっていた。先程も自分で言っていたが、やはり自分が選ばれなかったら本気で泣くと言うのは本当なのだろう。それでもマドカは、例え自分が傷つくような結果になったとしても、セイスの意思を尊重すると言ったのである。

 そんな彼女を目の当たりにして、セイスは軽い自己嫌悪に陥った。マドカにここまで言わせてしまうまで告白をズルズルと先延ばしにしたこともそうだが、こんな中途半端な気持ちでマドカに想いを伝えようとしたことを自覚したのが理由だ。こんな状態では、自身に対する想いを誤魔化され続ける楯無は勿論のこと、別の女に対する未練が残ったまま選ばれるマドカにも失礼だ。彼女の言葉を借りるならば、まさに自分が恋をして、自分に恋した二人に対する侮辱であり、最低の行為に他ならない。 

 

 

「……お前はどう思うんだ、楯無…?」

 

「あら、起きてるのバレてた?」

 

 

 セイスがそう呟くと同時に、倒れていた筈の楯無がひょっこりとテーブルの下から顔を出した。顔色は酒のせいで若干まだ赤いが、先程よりはマシになっており、瞳には理性が戻っていた。どうやら、途中で酔いも目も覚め、二人の会話を盗み聞きしていたようだ。

 

 

「確かに、好きな人に選んでもらえないのは悲しいわ。だけど、それは自分がその人を振り向かせるだけの魅力を持っていなかったってことだから、反省はしても相手に不満を抱いたりはしない。でも、流石にそんな中途半端な気持ちで結論出されるのは、マドカちゃんと同じで私も嫌かな…?」

 

「……初めてお前が俺より年上だという事を実感した…」

 

「ちょっと、どういう意味よそれ!?」

 

 

 楯無の反応に、さっきとは打って変わってカラカラと笑い出すセイス。憤慨した楯無だが溜め息を一つ吐き、セイスからマドカへと視線を移した。

 

 

「それにしても、マドカちゃん……あそこで二股の許可を出すって結論に辿り着くとは思わなかったわ。まぁ、お蔭で丸く収まりそうだけど…」

 

「おいおい、なに勘違いしてるんだ楯無。私はセヴァスを譲る気は微塵も無いぞ?」

 

「え…」

 

 

 思わずキョトンとする楯無だったが、対するマドカはニヤリと口角を釣り上げ、言葉を続ける。

 

 

「今回のコレは、セヴァスに自分自身の気持ちを自覚させる為の必要措置に過ぎない。今後はセヴァスも素直にお前の好意から目を逸らさなくなるだろうが、それは私とて同じこと。お前が今の状況に御座を掻いてる間に、負け惜しみも出来ないほど完膚なきまでに差をつけ、セヴァスの心を手に入れてやる…」

 

 

 そう、あくまでこれは必要措置…むしろ譲歩と言っても良い。いつまでも煮え切らない態度で進展しない、または歪んだ関係を結ばないために、やむなく決断したに過ぎない。故に今後もマドカはセヴァスに対するアピールを続け、最終的には彼を手に入れる気満々だった。

 それを理解した楯無は一瞬だけ呆けたが、すぐに挑戦的な笑みを浮かべ、真っ向からマドカの視線に向き合った。その時の彼女の顔には、二人におちょくられていた時のような戸惑いの色は、欠片も残っていない。

 

 

「上等よ。けれど、もしもセイス君が貴方じゃなくて私を選んでも、逆恨みなんて小物臭い真似はしないでよね?」

 

「私たちが恋したのは人間だ。相手が思い通りにならないだけで癇癪おこす程度の愛なんて、人形にでも囁いてれば良いって、ス……誰かが言ってた…」

 

「ねぇ、さっきから思ってたんだけど、マドカちゃんの考えって絶対に誰かの入れ知恵よね?……まぁ、概ね同意するけど…」

 

 

 二人が浮かべていた挑発的な笑みは、いつの間にか苦笑に変わっていた。その笑みは、最早浅からぬ縁となった宿敵同士だけにしか分からない何かがあった。そして…

 

 

「今後とも仲良くしようか、恋敵(たてなし)」

 

「えぇ、よろしくね恋敵(まどか)ちゃん」

 

 

 二人は互いにそう言って、空になったグラスをカツンと音をたてながら当てた。聞きなれた音の筈だったが、どうしてかセイスには今の音が、何かが始まったことを告げる鐘の音に聞こえた…

 

 

「さてと、次は…」

 

「そこで静かにしていたセイス君の番ね…」

 

「ッ!!」

 

 

 同時に視線を向けられ、思わずビクリと体を震わすセイス。しかし、暫く俯いていたが…

 

 

「ほれほれ、私たちにあそこまで言わせたんだ。このままセヴァスだけ何も無しとは言わんよな…?」

 

「ここで男を見せてよ、セイス君♪」

 

「ぐ…ぬ……うぅ…!!」

 

「あ、立ち上がった…」

 

「なんだ、逃げるのか……って、あれ…?」

 

 

 やがて無言で立ち上がり、二人と正面から向き合うような場所に位置をとり、正座した。そんな彼の謎の行動を楯無もマドカも不思議に思ったが、徐に彼は口を開いた。そして…

 

 

 

 

 

「俺は、織斑マドカと更識楯無、二人のことが大好きです」

 

「「ちょ、マジでいきなりッ!?」」

 

 

 

 

 

 さっきの責めるような言葉とは裏腹に、もうちょいセイスが抵抗すると思っていた二人は、本当に唐突に始まったセイスの告白に本気で狼狽えた。確かにマドカは、今晩中にセイスに覚悟を決めさせる気だった。だが、こうもアッサリと覚悟を決めるとは思っていなかったので心の準備が殆ど出来ておらず、楯無と殆ど変らないレベルでパニックに陥りかけていた。

 けれど先程までの仕返しとばかりに、セイスは二人を無視して言葉を続ける。

 

 

「殺伐とした俺の人生に、温かい光を与えてくれた、二人のことが大好きです。可愛くて、一緒に居ると心強くて、それでいて儚くも愛おしく感じる、二人の事が大好きです。大した取り得も甲斐性も無く、身体を張ることぐらいしか能の無い俺の事を好きになってくれた、二人のことが大好きです。本当に大事なことに関わらず、ハッキリとした答えを出せない俺を許してくれた、二人のことが大好きです…」

 

「え、あ…」

 

「はわわわ…」

 

 

 不器用な彼だが、流石にここにきて逃げ場を捜す様な捻くれ根性を持ち合わせてはいなかった。ぶっ飛んではいるが、覚悟を示したマドカと、彼女に負けず劣らず自分のことを好いてくれる楯無に今こそ答える為に、彼は腹を括ったのだ。その証でもある『大好き』の連呼により、二人は嬉しさと恥ずかしさで顔が酒で酔った時以上に真っ赤に染まり、思考がショートしかけていた。だけど、目の前のバカは止まらず、頭を下げながら最後の言葉を紡いだ。

 

 

 

「こんなバカな俺だけど、どうかお願いします。二人とも、俺と付き合って下さい。二人の気持ちに応える為に、自分の気持ちに答えを出すために、どうか、俺と付き合って下さい」

 

 

 

 本人達公認とは言え、初っ端から二股交際宣言って最低だなとか自分で思いつつ、全部言い切った彼はどことなくスッキリとした気分になった。マドカの言う通り、最低な行いと分かってても、自分に正直に生きると言うのも存外悪くないことなのかもしれない…

 なんて思いつつ、セイスは顔を上げて二人に視線を向けた。するとセイスの言葉を聞いた当人達は無言のまま、ものの見事に顔を真っ赤にして固まっていた。その様子を見て、ふいにセイスは不安に襲われる。やはり二人の言葉に甘え、調子に乗ったのは不味かったのかもしれない。けれど、もう今更後戻りはできないし、するつもりは無い。覚悟を決めたセイスは緊張しながらも、固唾をのんで二人の様子を窺い続けた。

 やがて、沈黙を続けていたマドカと楯無はゆっくりと、互いに視線を合わせた。そのまま目で語り合い、同時にコクリと頷いた。そして、これまた同時にバッと勢いよくセイスの方を振り向き、二人は…

 

 

 

 

 

「「望むところだああああああぁぁぁぁぁぁ!!」」

 

「ぐお!?」

 

 

 

―――満面の笑顔でセイスに飛びつき、セイスを抱きしめた…

 

 

 

「ちょ、待ッ…苦しッ……」

 

「あぁもう、このバカバカバカバカ!! やっとお前の口から言わせてやったぞ、本当に待ったぞこの瞬間を!!」

 

「あら、なによマドカちゃん。さっきまでの強気な態度はどこいったのかしら?……って待って、本気で泣いてるの!?」

 

「全部ハッタリだ、強がりだ、張子の虎だ、悪いか!? 私だって本当は不安だったんだ!!セヴァスが好きなのは楯無だけで、私はどうでも良いんじゃないかって思うと怖くて怖くて仕方なかったんだ!!」

 

「まったくもう…自分で言った癖に、もうゴールした気分になってるじゃない。いつまでもそんなだと、セイス君もらっちゃうわよ?」

 

「ふん、言ってろ。お前だって目に涙が溜まりまくってるぞ?」

 

「んなッ!?」

 

(嗚呼…やっぱり、これで良かったんだよな、きっと……)

 

 

 セイスを押しつぶす様な体勢のまま騒ぐ二人を眺めながら、セイスは心の中でそう漏らした。少なくとも、今この場において、この結果を否定する者は居ない。

 いつかは答えを決めなければならない時が来るかもしれない。マドカにあって楯無にない魅力があるように、楯無にあってマドカにある魅力が存在する限り、この先もセイスがずっと平等に二人を愛し続ける保障は無い。もしかしたら、この3人が幸せに感じる時間は一瞬で終わるかもしれない…

 けれど、それは承知の上だ。それが分かった上で彼女らは覚悟を決め、彼は腹を括った。セイスが出来る事は、どんな結果になろうと二人の愛に対し、自分の正直な気持ちを示し続けることと、彼自身も二人に愛され続ける為に、自分を磨き続けることだけだ。逆もまた然りだ…

 

 

(だからせめて、例え今だけだとしても…)

 

 

―――この幸せな瞬間を噛み締めるがの如く、彼は二人を優しく、そして強く抱きしめた…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

☆オマケ☆

 

 

「なにか、言い訳はありますか?」

 

「えっとぉ…」

 

「もう一度言います。なにか、言い残すことはありますか?」

 

「ちょっと、言葉が物騒なモノに変わってるわよ虚ちゃん!?」

 

「亡国機業のエージェントを、あの店に連れこむ許可を本家から取るのに、いったいどれだけ苦労したと思っているのですか!? しかもそれだけに飽き足らず、飲酒及び淫行に走るなど…!!」

 

「い、いいい淫行!? ちょ、一緒に居眠りしちゃったのは確かだけど、そこまでしてなッ…!!」

 

「……飲酒したのは否定しないんですね…?」

 

「あ…」

 

 

―――IS学園生徒会長、更識楯無。反省文及び謹慎処分…

 

 

 

 

 

 

☆オマケ2☆

 

 

「それでエム、彼氏とは上手くいってるのかしら?」

 

「な、何を言ってるんだスコール!?」

 

「最近やたら男を口説いたり、堕とす方法を尋ねてきたから、そろそろ告白した頃かと思ったのだけど、実際のところ結果はどうなったのかしら…?」

 

「お、お前に教えてやる義理なんて無い……でも、礼は言っとく。本当にありがとう…」

 

「……分かり易ッ…」

 

「ん、なんだ?」

 

「なんでもないわよ。ところで昨日、私の酒蔵に忍び込んだわね?」

 

「……知らんな…」

 

「あら、とぼけるつもり?」

 

「なんの事だか、サッパリだな…」

 

「ふぅん、そう…」

 

 

 ポチッ…

 

 

『我が人生に一片の食い残しなし!!』

 

「ッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

「正直に言いなさい。昨日、私の酒蔵に忍び込んだわね? しかも、中身を安物にすり替えて…」

 

「そ、それは…なぜ…おま、えが……!?」

 

 

 ポチッ…

 

 

『ふははは!! 華麗に完食してやったぞ、カレーだけに!!』

 

「わあああああああああああああああああああああああああああああわあああああああああああああああああああああああああわああああああぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

(効果絶大ね、コレ……あとでオランジュにお礼言っとこうかしら…)

 

 

―――亡国機業スコール派、エムこと織斑マドカ。二つの意味で公開処刑…




○今回のコレは一見すると『結局これまで通りやん』という面もありますが、マドカ達としてはセイスを自分の気持ちに対して素直にするという意味合いが強いです。
○ですので三人にとって今回のこれは、これからとこれまでに対するケジメみたいなものと思って頂けたら幸いです。
○因みに、オランジュは暫く口を利いてくれなかったそうな…

このトライアングル編…いつかは勝者を決めるべきか、それともこの三角関係を続けていくべきか……
何はともあれ次回、ワールドパージ編…本編ではギャグ要員でしかなかった彼らが、ついに本気を出します。お楽しみに~


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IF未来 学園編ゼロ 前編

お待たせしました、予告通り外伝の学園編ゼロです。

話の舞台はIF学園編のちょっと前、セイスがIS学園の事務員として雇われるよりも少し前の話になります。


 

『―――次のニュースです。先程、国連安保理が正式に『ファントム・タスク事変』…世間一般で言う『第三次世界大戦』が収束したことを宣言しました。この人類史上、最も規模の大きなテロ事件と言われた出来事は、去年にロシア東部で発生した武装集団によるクーデターが始まりで―――』

 

 

 誰も想像だにしていなかった、ロシアでのクーデター。その出来事が報道された当初、人々は心底驚いたが、すぐに興味を失った。この御時勢、似たような話は幾つも転がっているし、ましてや事件の舞台はあのロシア。領土や人権に問題が山積みでありながら、世界の三指に入る圧倒的な軍事力で、その悉くをねじ伏せてきた紛う事なき大国だ。今回も例に漏れず、これまでの紛争の様に西側諸国の介入を受けながらも、強引に事態を収束させることだろうと、誰もが思った。

 

 だが多くの人間の予想を裏切り、ロシア政権はたったの3日で崩壊した。

 

 一日でロシアに存在する全ての核ミサイル発射施設が制圧され、二日目には残っていた全ての軍事基地が制圧された。そして、三日目に首都モスクワが半日で陥落し、僅かに残った抵抗勢力も一掃、もしくは国外への脱出を余儀なくされたのだった。

 無論、西側諸国はそのクーデターへの介入を考えたが、それを決断する為の判断材料が余りに少な過ぎた。元々ロシアは冷戦時代から長く敵対し続けてきた関係であり、その実質の敵国で今回のクーデターが発生したのである。普通に考えれば、クーデター軍を支援する方が国益に繋がる可能性が高いだろう。しかし、その肝心のクーデター軍の正体が何者なのか、西側諸国はおろかロシア政府ですら把握出来ていなかったのだ。これまでのテログループのような声明も無ければ、明確な要求も無い。ただ分かっているのは、相手がロシアという大国に敵意を抱き、大々的に行動を起こしているということだけ。幸か不幸か市民や非戦闘員に犠牲者は出ておらず、『人道的支援』と言う介入する為の大義名分も殆ど使い物にならないという事実でさえ、分かったのは全てが終わった三日目にして漸くだった。

 しかし、突如として現れ、世界中の人々が驚かせた、この謎のクーデター勢力。ロシアでのクーデターから僅か二日後、新たに中国で勃発した第二のクーデターで、彼らの正体と目的を、世界は否が応でも知る事になる。ロシアの時と同様に短期間で中国を制圧した彼らは、予想外な事態に混乱する世界に向け、不敵にもこう宣言したのだ。

 

―――我ラ、此処ニ新世界ノ樹立ト、旧世界ニ対シ宣戦ヲ布告ス。国無キ者ヨ、国ヲ欲スル者ヨ、我ラニ続ケ。我ラハ亡国ノ民、『ファントム・タスク』也

 

 

「そして制圧したロシアと中国に加え、世界中に点在していた武装組織やテログループを傘下に収めて、強奪したISまで戦力に組み込んだ亡国機業は、人類史上もっとも強大な軍事国家へと変貌し、世界中を恐怖のどん底に叩き落とした、と…」

 

「結局、俺達フォレスト派とおたくらIS学園のせいで全部パァになったけどな」

 

 

 亡国機業の幹部会の悲願と、その集大成とも言える騒動の結末を思い出していたセイスは、そんな彼らのことを嘲笑うかのような笑みを浮かべる。その様子に楯無は微妙な表情を浮かべたが、何も言わない事にした。今、二人はIS学園のとある一室で、鉄格子を挟んで向き合っていた。ここはIS学園の最深部にある、不審者や侵入者を一時的に拘束しておく場所…早い話、留置所のような場所だ。そこでセイスは備え付けのベッドに腰掛け、檻の外から此方に話し掛けてくる楯無と喋っていた。

 世界中に恐怖と混沌を撒き散らした亡国機業の野望は、IS学園を中心にして集まった者達と、組織から離反したフォレスト派の手によって見事に打ち砕かれた。無論セイスもフォレスト派の一員として参戦し、決戦の時も瀕死になりながら勝利に貢献したのだが、それでも亡国機業の一員であり、生物兵器として産み出された過去は誤魔化せなかった。決戦時に深手を負って完全に動けなくなったセイスは、マドカに介抱されているところを彼女共々拘束されてしまい、そして楯無と顔見知りだったせもあって即座に身バレしてしまい、そのままこの留置所に放り込まれたのである。決戦の日でもあったクリスマスに意識を失い、大晦日に目を覚まし、久しぶりに牢屋の中で新年を迎え、それから一週間経った現在も自身の処遇が決まる日を、この薄暗い牢屋の中でずっと待ち続けているのだった。

 

 

「ところで、マドカはどうなった? 俺と違って、保護扱いになったって聞いたけど…」

 

「安心なさい、この前に織斑家に引き取られることが正式に決定されたわ。本人は何も言わなかったけど、何だかんだ言って嬉しそうだったわよ?」

 

「……そうか…」

 

 

 それを聞いてセイスは安堵の溜息を吐き、今になって漸く肩の荷が降りた気分になった。決戦前に因縁にそど、アナタと同じこと訊いてきたわよ。『セヴァ…セイスの処遇は、どうなった?』って…」

 

 

 因みに、まだ最終的な決定はされていないが、悪いようにはしないと答えたら、セイスと丸っきり同じ表情でマドカは一言、『そうか』とだけ呟いていた…

 

 

「うるせぇ、放っておけ。ていうか今更だけど、お前マジで雑談しに来ただけなのか?」

 

「まぁ、それもあるけど……卒業前の思い出作りに、ちょっとセイス君に協力して貰いたいな~って…」

 

 

 やや気まずそうに、そして少し首をかしげつつ媚を売るような視線を送りながら、多少の憎まれ口を利かれることを覚悟して、そんなことを言った楯無。それに対してセイスは、何故か口を半開きにポカンとした表情で固まり、呆然としていた。彼の反応が予想外だったせいか、楯無は楯無で戸惑いながらもその姿勢のまま固まってしまい、暫く妙な沈黙が続いた。そして…

 

 

「お前、卒業出来たの!?」

 

「どう言う意味よそれぇ!?」

 

「嘘だろ、あり得ねぇよマジでッ!!」

 

「何で本気で驚いてるのよ、あなた私のこと何だと思ってるわけ!?」

 

「裁縫と恋愛以外なら何でもござれ、成績は実技も座学もトップ、才色兼備に最も近いスーパー生徒会長の更識楯無さん」

 

「え、あ、どうもありがとう…」

 

「でも、書かされた反省文の枚数と受けた説教の回数もトップ、実はIS学園史上、最も教師陣を悩ませた問題児の更識楯無さん」 

 

「それ誰のせいだと思ってるのよおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!?」

 

 

 怒りの咆哮を上げながらセイスに掴み掛かろうとする楯無だったが、残念ながら鉄格子に阻まれてしまいそれは叶わず、その勢いでぶつけた額を両手で押さえながら悶絶していた。余談だが、セイスが最後に確認した時、楯無が書かされた反省文の枚数は、担任泣かせ(主に泣いてたのは副担任の方だったが…)と呼ばれていた一夏を含めた専用機持ち達のを全て合計した枚数に匹敵していた。尤も、セイスと関わった日には必ず書かされていた事実を考えるに、彼のせいであるという主張は間違ってなくも無い。

 

 

「……ふ、ふふ。せめて形だけでもお願いの姿勢を取ろうとか思ったけど、やっぱりセイス君にその必要は無いわね…」

 

「ん?」

 

 

 地獄から響いてくるかのような低い声で、そんなことを呟く楯無。セイスは怪訝な表情を浮かべるだけであったが次の瞬間、その顔が驚愕の色に染まる。病み上がりとは言え、自身の腕力ではビクともしなかった鉄格子が突如グニャリと折れ曲がり、そのまま引き千切られたのだ。突然のことに唖然とするセイスだったが、いつの間にかISを展開し、その手に鉄格子だったものを握っている楯無が良い笑顔を浮かべて立っていることに気付き、思わず言葉を失う。そして…

 

 

「ねぇセイス君、この場で軟体生物に突然変異(物理)するのと、私の用事に付き合うの、どっちが良いかしらん?」

 

 

 彼女が取り出したいつもの扇子に書かれていたのは、『二者択一』。全く笑ってない目で、笑顔でそんなことを言われたセイスに、選択肢など無かった…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 事件が収束してから二週間が経ち、世間も漸く落ち着きを見せてきた。それはIS学園も同じようで、非常事態宣言が解除されたことにより、戦力として招集されていた世界各国のIS搭乗者や軍事関係者の姿が無くなり、逆に本国や故郷に避難していた生徒達が少しずつ戻ってきており、学園はかつての平穏さを取り戻し、それを多くの生徒達が肌で感じ取っていた。

 

 

「静かだな…」

 

「そうだね…」

 

「本当に、終わったのですね…」

 

 

 中でも実際に戦闘に参加していた専用機持ち達は、他の生徒達よりも一段と実感していた。学園生活2年目の半ばであのような体験をする羽目になるとは、入学当初は夢にも思わなかった。まぁ尤も、学園生活一年目で何度か死に掛けた者が数人居るが、それでもまさか生きている内に人類史上三度目の世界大戦が勃発し、よもや自分達がそれに参加することになるなんて、誰が想像出来たろうか…

 そんなことを考えながら、男女7人の一団は学園の武道場で、壁際に一列に並んで座り込み、誰かを待っていた。

 

 

「それにしても、あの楯無さんが私達に会わせたい人って、どんな人なんだろうな…」

 

「さぁ?」

 

「一応、お姉ちゃんとは顔見知りらしいけど…」

 

 

 事件の影響もあって、学園はまだ本来の機能を取り戻せておらず、現在は春休みを削りながら冬休みが延長され続けている。専用機の修理も終わり、長くて激しい戦いによって溜まった疲れもある程度癒えた一夏達は、正直言ってこの日常が退屈になってきた。その数を順調に増やしてはいるものの、まだ帰ってきてない生徒や教員達は決して少なくないので、学園が本来の日常を取り戻すことのはまだ先の話になりそうだ。かと言って自習や自主トレをするにしても限度があるし、教師陣も事件の後処理や学園の運営再開の為に奔走しており、此方に構っている暇は無い。何か手伝えることでもあれば良かったのだが、生憎と自分達に出来ることは無かった。

 そんなある日、卒業を間近に控えた楯無が全員の部屋を訪れ、『今から面白い人を連れてくるんだけど、会ってみない?』と告げてきた。今日も例によってやることが無かった7人は、彼女の言葉に少なからず疑問を抱いたものの、結局は首を縦に振った。そもそも、この人の言葉に首を横に振ったところで全てが無意味だということは、流石にこの二年で全員理解している。

 

 

「あと、マドカの元同僚とか言ってた」

 

「ところで一夏さん、あれからマドカさんとはどんな感じですの?」

 

 

 一年生の時に自分の前に現れ、何度か命を狙いに来た織斑マドカ。この二年の間で彼女の過去を知ると共に、因縁に一応の決着が付き、完全に…とまではいかないが、少しは和解することが出来た。亡国機業との決戦時には土壇場で増援として現れ、こちらの窮地を救いに来てくれたこともあり、決戦後は学園側に身柄を保護という形を取って貰うことになったのである。

 その後の処遇は暫く関係者同士で話し合われたのだが、最終的に織斑家が引き取ることに決定となった。周りは一時とはいえ自身の命を狙った人間を引き取ろうとする千冬に懸念の色を示す者が何人か居阿たのだが、それらの声は他ならぬ千冬本人が全て一蹴した。その時の千冬は、どことなく何か吹っ切れた様子に一夏は見えたが、彼は敢えて何も言わなかった。きっと、言ったら照れ隠しで殴られるだろうし、そもそもマドカの過去と生い立ちを知った手前、彼女を家族として迎え入れることには元々賛成だったのである。そして先日、そのことを本人に伝えに行ったのだが…

 

 

「嬉しそうな表情を必死に隠そうとするとことか、凄ぇ千冬姉にソックリだと思った」

 

「つまり上手くやっていけそうな気がする、と」

 

「ふむ、教官とソックリか。今まで碌な会い方をしてこなかった分、再会するのが楽しみだ」

 

「そんな千冬さんとソックリな奴の元同僚って、絶対とんでもない奴だと思うんだけど…」 

 

 

 その鈴の一言に、全員が納得しかける。件のマドカ自身の実力の高さは全員身をもって味わっており、しかもISの操縦技術だけではなく、生身での戦闘能力も本職であるラウラに勝るとも劣らず、若い時のの千冬に匹敵するというのはあながち嘘では無いのかもしれない。そんな彼女に付き添い続けられる人間って、一体何者なのだろうか?

 

 

「うーん…そう言えば、マドカもその人のこと喋ってたかも」

 

「ほう、丁度良いな」

 

「で、何て言ってたの?」

 

「えっと、確か名前は『セイス』って…」

 

「みんなー、お待たせー♪」

 

 

 一夏が何か言おうとしたその時、ことの言いだしっぺがやっと現れた。かなり待たされたことに対する文句の一つや二つくらい許されるだろうと思い、視線を声のした武道場の入り口に向けた瞬間、7人は思わず我が目を疑った。

 まず、楯無がISを既に部分展開していた。そこからツッコムべきかもしれないが、誰もそれを指摘しようなんて奴は居なかった。私情で部分展開しまくるのが日常となりつつある専用機持ち故に、もう感覚が麻痺し始めているのかもしれないが、今回ばかりは違うようだ。7人を唖然とさせた最も大きな原因…それはIS越しの楯無の腕の中に、布団とロープで簀巻きにされた…

 

 

「おいフザケンなテメェ!! 離せ、離せ馬鹿野郎!!」

 

「ふっふっふっ…観念しなさいセイス君、あなたも遂に年貢の納め時ってことよ♪」

 

「一夏達に会わせてくれるってのは良いさ!! 良いけど、何でよりによってこの格好なんだよ!?」

 

 

 

---熊の着ぐるみが、喚き散らしていたのである…

 

 

「……ねぇ一夏、もしかして…」

 

「……多分、そうなんじゃないか…?」

 

 

 先程とは全く別の不安に駆られた一同は色々な話を聞く為に、取り敢えず腰を上げるのだった。

 




○思い出の品を強制的に装着させられたセイス君
○背中には『猛獣注意』、『エサを与えないで下さい』の張り紙が
○そして、そんなセイスを背負った楯無は、わざわざ人の多い廊下を通って来たという・・・
○因みに『亡国機業事変』の後、フォレスト一派はオランジュ以外行方不明になってます

次回、今まで一番過酷な鬼ごっこ勃発


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IF未来 学園編ゼロ 中編

大変お待たせしました、中編の更新です。



「初めまして…になるのか、一応? まぁ、どちらにせよ、改めて名乗るが『セイス』だ、名字は無い。それにしても、やっぱ初対面な気がしねぇな…」

 

 

 簀巻きにされた熊の着ぐるみは、半ば投げやりな態度でそう言い放った。着ぐるみとは言え、のほほんさんが身に着けているようなものと同タイプなため、自己紹介にしては尋常じゃないくらいに不機嫌な顔がこれでもかと言うくらい良く見えた。尤も、拘束されて、ISのランスに引っ掛けられて宙吊り状態のまま名乗らされて笑顔を浮かべるような奴は居ないだろうが…

 そして、何かと突っ込み所の多い状態の彼を前にした一夏達の心情はと言うと、当然ながら困惑半分、楯無に対する諦めが半分の奇妙なものだった。セイスとは一度会ってみたいと思っていたのは確かだったが、こんな出会い方は全くもって想像の斜め上だった。しかし、楯無が持ってきた話や用件が普通に進行する訳が無いことは、彼らもこの二年の学園生活でいい加減に理解している節もある。それでも一夏達の七人は、セイスが最後に付け加えた一言…『初対面な気がしない』という言葉には、流石に疑問を覚えざるを得なかった。そんな彼らの心情を悟ったのか、セイスを宙吊りにしている張本人である楯無は、ニヤリと笑みを浮かべ、一切躊躇せずに言い放った。

 

 

「実は彼、覗き趣味のストーカーなの」

 

「おい、ふざけんなッ!!」

 

「でも、やってたことは大体一緒でしょ?」

 

「……それ言われると強く言い返せない…」

 

 

 拘束されてなければ頭を抱えていたんじゃないかと思うくらいに沈んだ声で呟き、一気にテンションが急降下するセイス。そして、その彼の様子を楽しむようにして、まるで某外道神父のように愉悦の笑みを浮かべる楯無。先程のストーカー発言も中々に衝撃的だったが、外野からすれば中々にカオスな状況だ。もう益々意味が分からず戸惑うしか無かったが、取り敢えず簪が最初に口を開いた。

 

 

「お姉ちゃん、どういうこと?」

 

「この前までセイス君が、亡国機業の一員だったことは何度か話たわよね? その時の彼の主な任務はね一夏君、あなたの監視と護衛よ」

 

「お、俺!? ってか、監視と護衛って!?」

 

 

 彼らにとっての衝撃発言、その2である。軍属のラウラ、更識家の簪は割とすぐに理解して納得したが、見張られていた本人は素っ頓狂な声を上げ、驚愕の表情を浮かべていた。セイスとしては、この件についてはもっと真面目な雰囲気で白状したかったところだが、こうなってしまっては仕方ない。色々と諦めた彼は、半ばヤケクソ気味に語り出す。

 

 

「そのままの意味さ。相変わらず自覚無いようだから言っとくが、お前は世界で唯一の男性操縦者…希少な存在なんだ。理由問わず、お前の事を狙ってる輩は俺たち以外にも腐るほど居るんだよ。亡国機業もお前のことには目を付けてたからな。他の同業者やら国家やらの手に渡らないように時期が来るまで、そう言った輩の手勢を追っ払いながら、お前を見張り続けるのが俺の役目だったのさ」

 

 

 他の同業者に独占されないよう監視の目を光らせ、時にはデータを取得し、楯無をおちょくりながら逃げ去り、組織を支援する為に裏で工作活動に従事した。何度か死に掛けたし、組織が壊滅した今となっては集めたデータも、設置した機材も、全てが無意味なものになってしまったが、個人的には何気に充実した日々であったことは否めない。

 

 

「因みにあんた、いつから一夏のこと見張ってたの?」

 

「お前らの入学式前から、ロシア革命が起こるまで、ずっと」

 

「それって、ほぼ二年!?」

 

「あー、言われてみればそうだな。俺って二年もやってたのか、この任務。色々なことがあり過ぎて、逆に実感が湧かなかったわ…」

 

 

 鈴の問いに答え、改めて実感する二年という歳月の長さ。その二年で自分は何度命を懸け、何度死に掛けたことだろうか。楯無にティナ、専用機持ちのフォルテと今は卒業して居ないダリル、アメリカ代表のイーリスなど…我ながら、良く生き延びられたものだと思う。しかも、その片手間で一夏を守らねばならなかったのだ。護衛対象の護衛に殺されそうになりながら護衛するとか、今思えば実に酷い話である。

 

 

「ていうか俺、絶対に楯無より頑張ってたろ、一夏の護衛…」

 

「ちょっと、なんか聞き捨てならないこと言った?」

 

「だって実際そうだろ、更識″伊達″無さん」

 

「……ふーん、そんなこと言っちゃうんだ。良いのかしら? 今ここで、セイス君の恥ずかしい思い出を語っても…?」

 

「お漏らしと下着泥棒には負ける」

 

 

―――気付いた時には既に、簀巻き状態の熊は武道場の反対側の壁に向かってブン投げられていた…

 

 

 勢いよく壁に叩き付けられたセイスは、鈍い衝突音と共に『ぐえっ』と短い悲鳴を上げ、そのまま重力に従って床に落ち、そのままピクリとも動かなくなった。一方それやった下手人はと言うと、余程動揺したのかゼーハーと肩で息をしている状態に加え、顔も真っ赤に染まっていた。部分展開とは言え、ISのフルパワーで投げ飛ばされたセイスも心配だが、敢えて一夏は楯無に問う。

 

 

「もしかして楯無さん、元からセイスさんと知り合いなんですか?」

 

「……不本意ながら、ね…」

 

「お漏らしと下着泥棒っていうのはってヒィ!?」

 

 

 目にも留まらぬ速さで、部分展開されたミステリアス・レイディの両腕が、一夏の両肩を、ガッチリと掴んだ。そして、楯無は笑顔で鬼の形相を浮かべると言う器用な真似をしながら一言…

 

 

「ナ ニ カ イッ タ ?」

 

「何でもありませんッ!!」

 

 

 首を必死で横に振りながら答える一夏に対し、楯無はその怖い笑顔のまま満足げに頷いて見せた。箒達も先程の会話で一夏と同じような疑問を抱いたのだが、あのラウラでさえ空気を読めてしまう程に鬼気迫る楯無の様子に全員が口を閉じた。そして、舞い降りる気まずい空気。

 

 

「……ねぇ、ちょっと待って。一夏のことをずっと監視してたってことは…」

 

 

---しかし、暫く続くかと思われたその状況も、シャルロットの言葉で呆気なく終わる

 

 

「一夏と一緒に居た時の僕達のことも、ずっと見てたってことじゃ…?」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

 シャルロットの言葉に反応して、凄まじい勢いで、それはもう『グリンッ!!』って音が聴こえそうなスピードで、一斉に全員が視線をある方向に向ける。無論、その先はセイスが投げ飛ばされた壁の方。しかし、そこに居たのは、解かれて打ち捨てられたロープと布団だけだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「やっべええええええぇぇぇぇぇぇ絶対に殺されるううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!?」

 

 

 廊下の隅で頭を抱え、呻き声とも叫び声とも取れる奇妙な声を出す熊が一匹。言うまでも無くセイスである。楯無にぶん投げられた直後、頭に浮かんだのは楯無に対する罵倒ではなく会話の流れ。常に一夏の行動を監視していた自分が、彼の周囲の人間の余計な秘密を握ってしまったというのは、楯無とのやり取りで彼女達も悟ったことだろう。そして、絶対に一人…特にシャルロットかラウラ、もしくは簪辺りが勘付くことだろう、一夏にべったりだった自分達も決して例外では無かったことに。

 そして、このままでは話題の終着点が自分の人生の終着点になりそうなことを悟ったセイスは、必死で拘束を解いてこっそり武道場から逃げ出したのだった。熊の着ぐるみのままで…

 

 

「ねぇねぇ、アレッて何?」

 

「熊?」

 

「本音…じゃないわね。誰かしら?」

 

「てか、アレ男じゃない?」

 

 

 しかも、彼が逃げ込んだのは学生寮。まだ新学期が始まっていないとは言え、既に生徒がチラホラと戻ってきており、決して少なくない人数が既に寮内に居た。そんな場所で熊の着ぐるみが頭抱えて呻いていたら、隅っこに居ようがど真ん中に居ようが目立つに決まっている。尤も、セイスとしては、わざと人目につく場所を選んでいたりするのだが。

 

 

「と、とにかく時間が解決してくれるまで適当にやり過ごすしかないか…」 

 

 

 学園の外に逃げることは、自分の立場を考えて不可能だ。今はこんな状況に陥っているが、仮にも学園に保護して貰っている元犯罪者の身である。そんなことしたら、理由に関係なく面倒な事態に発展することだろう。かと言って、彼女達を返り討ちにするなんて暴挙は言語道断だ。こんなもん、立場以前の問題であり、そもそも追いかけられる原因は自分にある。だったら、潔く御縄に着けと言われるかもしれないが、それはそれで気が進まない。だって…

 

 

「ISで…それも六機掛かりでフルボッコとか、流石の俺でも嫌に決まってるだろうがあああぁぁぁ!!」

「安心しろ、生身の人間相手にISなど使わん」

 

 

 もう暫く聞きたくなかった6つ声の内の一つが聴こえ、セイスは思わずその場から飛びのいた。それと同時に、自分がついさっきまで居た場所に向かって、木刀が凄まじい勢いで振り下ろされる。そして、振り下ろされた木刀は派手な音を立てながら、廊下の床をベッコリと凹ませていた。今のIS学園に、こんなことが出来て、尚且つ躊躇しない人間は自分の知る限り一人しか居ない。というか、さっきの声でもう分かってた。

 

 

「よりによって最初に来たのはお前か、篠ノ之箒いぃ…」

 

「黙れ」

 

 

 振り返れば、天災の妹様。人の多い学生寮に来た甲斐もあってISこそ展開してなかったが、目が完全に人斬りのそれであり、色々な意味で危ない人であることに変わり無い。その証拠に、さっきまでセイスの姿を眺めながらワイワイやってた生徒達は一瞬で静まり、既に二人の居る場所から避難するように離れていった。

 そもそも今の一撃、普通の人間が受けたら確実に死んでいただろう。自分の耐久力はさっきの楯無とのやり取りで把握していたのかもしれいないが如何せん、日頃の箒と一夏のやり取りを知っている分、やはりただの加減知らずにしか感じられなかった。ちょっと見苦しいのは承知の上だが、この場で制裁を受けるのは勘弁願いたいのが本音である。

 

 

「セイスと言ったな。先に一つ、お前に尋ねておきたいことがある…」

 

「うん?」

 

 

 冷や汗を垂らしながら相手の動きを窺っていたら、唐突に箒がそんなことを言い出した。少しでも時間が稼げればと思い、取り敢えずセイスは彼女の話に耳を貸す。

 

 

「ずっと一夏を見張っていたと言うことは、やはり見たのか?」

 

「な、何を?」

 

「……の、…だ…」

 

「え、何だって?」

 

 

 心当たりが多過ぎて何のことか分からず、逆に問いかけるセイス。すると箒は顔を俯かせ、プルプルと体を震わせながら、何やらボソボソと呟き始めた。急に彼女の声量が小さくなったので、セイスは何を言ったのか聞き逃してしまい、再び問いかけた。その途端、箒はガバッと真っ赤に染まった顔を上げ、半ばヤケクソ気味にこう叫んだ。

 

 

「私の、裸をだッ!!」

 

 

―――その瞬間、セイスに向けられていた視線が、一瞬で冷たいものに変わった…

 

 

「誓って見とらあああぁぁぁんッ!!」

 

 

 周囲の空気と、自分の社会的な命が風前の灯火であることを悟ったセイスは、それはもうあらん限りの大声で否定した。そして、同時に箒が言っていることも理解した。彼女が言いたいのは、入学当初の一夏との同居期間のことだ。一夏ですら、初っ端からシャワー上がりの箒とエンカウントするなんて事態に陥っており、その後も直接見ていないとは言え、着替えやトイレも同じ寮室で行っていたのだ。その一夏を監視していたセイスが、それを目撃してないと思う方が無理な話だ。

 

 

「だが、お前は一夏のことを監視していたんだろう!? と言うことは必然と、一学年の時の同居期間は…」

 

「安心しろ、ちゃんと一夏しか映らないように監視カメラの場所を考えて置いたから。だから着替えだの、シャワーシーンだの色々とアカン奴は、見ても無いしデータにも残してない!!」

 

 

 オランジュ達に『変なところで紳士』と言われるだけあって、ティーガーを代表とする良識派の大人達に躾けられたセイスに抜かりは無かった。流石に二人の部屋割りを把握した時は焦ったが、即座に風呂場とトイレ、そして箒側のベッドのカメラの電源をぶった切り、そして翌日には学園の警備と楯無の目を掻い潜りながら、二人の部屋に忍び込んでカメラの設置場所を変更したのである。その為、箒の色々な意味で際どい画像データは、意外なことに少しも残っていなかった。当然ながらファース党の連中には大ブーイングを頂き、随分と長くそのことで文句を言われたが、後悔はしていない。増してや今のこの状況を考えると、尚更だ…

 そんなセイスの胸中を知ってか知らずか、彼の必死の弁明を前にした箒は怒りを少しばかり沈めたものの、未だに疑いの目を向けてくる。

 

 

「本当だろうな?」

 

「本気と書いて、マジだ。その代わりと言っては何だが、せめて実際に犯した罪は懺悔しとく」

 

 

 そんな箒に対して、セイスは唐突にそんなことを言い出した。いきなりの発言に首を捻る箒だったが、次の瞬間…

 

 

「たまに箒達のことも監視してました。そして、余った写真と音声は仲間にデータ化して売った」

 

 

―――元剣道大会覇者による渾身の面が、セイスに叩き込まれた…

 

 

「ぐおおおおぉぉぉ…!?」

 

「貴様、やはりそこに直れ!! そのネジ曲がった根性を叩き直してくれる!!」

 

 

 思いっきりぶん殴られたデコを抑えて呻くセイスだったが、被害者たる箒は正直言って知った事では無かった。そして、先程のセイスの発言により、周囲が彼に向ける視線が更に冷たくなった。

 本来のセイスの仕事は一夏の監視と護衛、そして彼自身のデータを集めることだ。その一夏のデータというのには彼の交友関係も含まれており、当然ながらそれは箒達のことも含まれている。なので、必然と彼女たちのデータも少なからず上から求められたりしたのだ。基本的に一夏程のデータ量を要求されたりすることは無かったが、それでも結構な量のデータが毎度のように溜まり、そしていつも余計に余ってしまった。

 

 

「と言うか、音声を売るってどういう意味だ!?」

 

「加工して着ボイスに痛ってええぇぇ!?」

 

 

 そのデータの数々は、世界最強や更識家の人間、専用機持ち達を筆頭とした魑魅魍魎の類が蔓延るIS学園に潜入して手に入れたものばかり。曲がりなりにも命懸けで集めたそれらを、余ったからと言う理由だけで捨てるのは、流石に勿体無いと言うか納得できなかった。そしてある日、そのことを組織の仲間に愚痴ってみたところ、その相談相手は満面の笑みを浮かべ、『だったらそのデータ、私が買って差し上げましょう』と言ったのだ。

 そこからはもう皆様の御存知の通り、『IS少女・ファンクラブ』の結成と同時にセイスの集めてくる彼女たちのデータの需要が大爆発。某食いしん坊娘のせいで度々金欠に陥っていたこともあり、完全に魔が差してしまったセイスは、罪悪感を多少なり抱きながらも、定期的に彼女達のデータを組織の仲間達に送り続けていたのである。尤も先程の言葉通り、彼の言う『色々とアカン奴』は、仲間達にどれだけ要求されても送るどころか入手しようとしなかったのだが…

 

 

「じ、自業自得とはいえ、流石に効く…」

 

「ふん、これでも今までのことを考慮して、手加減しているつもりだ」

 

「い、今までのこと?」

 

「いや、何でも無い。それよりも、まさかと思うが、アレも目撃したのか?」

 

 

 一夏ならとっくに白目向いて気絶する程の一撃受けてケロッとしているセイスに内心で戦慄しながらも、箒はそんなことを言い出した。もう白状するべきことは全部白状したつもりのセイスは、今度は逆に心当たりが無くなってしまい、困惑するしかなかった。だが、箒にとっては割と深刻な問題の様で、先程の裸の件とは少し違った必死さが垣間見えていた。

 

 

「アレって?」

 

「アレと言えばアレに決まってるだろう、アレに!!」

 

「だから、アレって何だよ!?」

 

「まだ分からないのか!? アレと言うのは…」

 

 

 

―――『私は貴方のことを、心から愛しています』

 

 

 

「そう、それだ!!……って、え…?」

 

「あぁ、一夏を女口調の練習に付き合わせた時のか……って、え…?」

 

 

 セイスと箒の会話を遮る様に聴こえてきたのは、紛うことなき箒の声。しかし、声の源はセイスの目の前に居る彼女自身からでは無いようだ。その証拠に目の前の箒の顔色は、羞恥の赤と絶望の青が混ざって紫色に染まっていた。二人は暫く気不味い雰囲気に包まれて沈黙していたが、やがて箒の黒歴史…もとい、彼女の声が聴こえてきた廊下の反対側へと目を向ければ、奴が居た。

 

 

―――左手には、見た目だけはボイスレコーダーにそっくりな、音声データ再生機

 

 

―――右手には、『押収品』と書かれた扇子

 

 

―――その顔面には、腹立つ位の満面の笑み

 

 

 

「セイス君、君って本当に、罪なオ・ト・コ♡」

 

「お前マジでいつか殺す、いや殺す、今からぶっ殺す!!」

 

「死ぬのはお前だあああぁぁぁぁッ!!」

 

 

 セイスが近くに置いてあったゴミ箱を楯無に向かって全力投球したの同時に、涙目になった箒が木刀をさっきとは比にならない威力とスピードで、セイス目掛けて突き放った。セイスはゴミ箱が楯無の顔面に直撃したのを確認するや否や、放たれた木刀を鷲掴みにして受け止め、そのまま引っ手繰る様にして箒の手から奪い取った。そして、そのまま彼女から距離を取る様にして後ろへと飛び退いたのだが、今度は背後から殺気を感じ、慌てて振り向いた。

 するとそこには、瞳からハイライトを消失させた金髪の貴公子が、その辺の野次馬に混ざっていたソフトボール部の生徒から拝借したのであろう金属バットを、セイスの脳天目掛けて振り上げている姿が…

 

 

「危っねえええええぇぇぇぇ!?」

 

 

 躊躇なく振り下ろされた金属バットを、箒の手から奪った木刀で殴り飛ばすように向かえ打つ。咄嗟の事で手加減が出来ず、思いっきり振りぬいたせいで金属バットはくの字に折れ曲がってシャルロットの手から弾き飛ばされ、箒の木刀も衝撃に耐えきれず、粉々に砕けてしまった。そのせいで金属のバットの持ち主であろう女子生徒の一人が悲鳴を上げたり、他の野次馬達もセイスの動きに驚きの声を上げていたが、当の本人はそれどころでは無かった。

 だってこのシャルロット、さっきからずっと笑顔なんだもん…

 

 

「……ねぇ…」

 

「お、おう?」

 

 

 一夏にパイルバンカー構えてる時の笑顔で話し掛けられたセイスは、何を聞かれるのだろうかと内心でドキドキしながら、彼女の言葉の続きを待つ。その結果…

 

 

「死んで」

 

 

―――まさかの問答無用である

 

 

「尋問も裏付けもすっ飛ばしていきなり死刑宣告!?」

 

「だって箒の時でさえ、あそこまで把握してるんだよね!?」

 

 

 叫ぶようにそう言ってシャルロットが指差した先には、顔面にゴミ箱が直撃し、大の字になっている伸びている学園最強(笑)。しかし気を失っても尚、彼女の手には箒の黒歴史が記録されている再生機がしっかりと握られていた。箒が必死になってそれを奪還するべく、楯無の手をこじ開けようと四苦八苦しているの見受けられたが、パッと見ビクともしてない。

 

 

「箒でアレなら、どうせ僕が一夏と同居してる時のこともバッチリ見てたんでしょう!?」

 

「……うん、まぁ…」

 

 

 シャルロットの同居期間は、彼女が男装してた時期でもある。そんなに長い期間でも無かったが、一夏に男装がばれたことも含め、それなりに色々なことがあったのは今でも覚えている。シャルロッ党の間では既に伝説となりつつある『一夏が食べさせて』事変とか、眠った一夏のデコにキスしてたとか、一緒に着替えようとか言い出した挙句、なんかギリギリな展開になったとか。

 うん、普通にコレはヤバい。黒歴史とか、そんなチャチな代物じゃ無ぇわ…

 

 

「だ、だが落ち着け。その時の記録は何も残していないから…」

 

「でも、記憶には残ってるんだね?」

 

「……。」

 

「……(ニコッ♪」

 

「……(ニ、ニコッ♪」

 

 

 

―――ランニングベア は ひっし で にげだした !!

 

 

―――シャルロット は えがお で おいかけた !!

 

 

 

「あ、待て二人共!?」

 

 

 

―――箒 は あわてて おいかけた !!

 

 

 しかし、何を思ったのか途中で立ち止まり、振り返ることなく呟いた。

 

 

 

 

 

「セイスの件が片付いたら楯無さん、次は貴方の番ってこと、忘れないで下さいね」

 

 

 

 

 それだけ言って、箒はセイス達の後を追いかけた。後に残されたのは、事態を飲み込めずに呆然とする一般の生徒達と、愛用バットが無残なことになって打ちひしがれるソフトボール部の少女。そして、大の字になったまま、大量の冷や汗を流す楯無だけだった。

 




○ソフトボール部はただのモブです
○セイスの相談相手は、金儲けの話と口調でお察しください
○白状するならば、終盤のやり取りの通り、セイスは記録には残してませんが、記憶に残してしまったことが幾つかあります
○まぁ本人からしたら、不可抗力に他ならないのですが…


次回、鬼ごっこの本番にしてクライマックスです。現在、一次小説をコツコツ書き始めてしまい、今回のように執筆ペースが遅くなるかもしれませんが、首を長くして待って頂けたら幸いです。


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IF未来 学園編ゼロ 後編その1

お久しぶりです、続きの更新大変お待たせして申し訳ありませんでした;

しかし、またもや内容が当初予定より長くなり、このままだといつ更新出来るか分からないので、先にキリが良いとこで投稿しておきます。


「待て、止まれ!!」

「逃がさないよ!!」

 先程まで平和そのものだったIS学園は、久方振りの喧騒に包まれた。この二年、一夏達を中心に毎日のように騒動が起きては少なからず巻き込まれ、振り回され続けてきた内に、学園の生徒達は多少のトラブルに大して動揺しないメンタルを手に入れてしまったが、そんな彼女たちでさえ、流石に今回の出来事は想像の範疇を超えていたのか、それを目撃した殆どの者が驚愕に目を見開き、もしくは思考停止したかのように動きを止めた。

 彼女達の視線の先に居るのは、三人の人物。その内の二人は学園の専用機持ち、あるいは『一夏ラヴァーズ』の一員として認識されている篠ノ之箒、そしてシャルロット・デュノア。一夏の無神経な言動に怒り狂い、箒たちが物騒なものを手に彼を追い立てるのはいつものことであり、学園の生徒たちにとっては割りと見慣れた光景だ。今回、彼女達が追いかけているのが一夏では無く、熊の着ぐるみでなければ…

「くっ、何て逃げ足だ!!」

「もしかして、ラウラより速いんじゃ…」

 専用機持ちとして、常日頃から身体を鍛えている二人だが、そんな二人のことを嘲笑うかの如く、熊は恐るべき足の速さで彼女達をぐんぐんと突き放していく。そして暫く走り続けた後、突如向きを変えて、近くにあった空き部屋をどこからか取り出した針金を使い、一瞬で抉じ開けて中に駆け込んだ。

 その様子をバッチリ目撃していた箒とシャルロットは、躊躇することなく、熊…セイスに続いて部屋に入ろうと扉に手を掛ける。

「それで撒いたつもッ!?」

「うわッ!?」

 その瞬間、扉が勢いよく開け放たれ、中から何かが飛び出してきた。よく見ると、それは人が一人分スッポリと収まりそうなサイズのダンボールだった。突然のことに驚き、怯んでしまった箒とシャルロットの間をすり抜けるようにしてやり過ごし、先程の熊に匹敵するスピードで、まるでゴキブリのように地面を滑るように走り出すダンボール。箒とシャルロットが我に返った時には既に、通路の突き当りにまで走りぬけ、曲がり角の階段に差掛かろうとしていた。二人は慌てて後を追いかけようとするが、既に彼女たちの足では到底追いつけるような距離では無くなっていた。このままでは追いつく前に姿を見失い、まんまと逃げられてしまう。

「ホアタああああぁぁぁ!!」

「鈴!?」

 そんな時だった、階段の上から気合の雄叫びと共に、先回りして待ち構えていた鈴が、逃げるダンボール目掛けて勢いよく飛び蹴りをブチかましてきたのは。突然の一撃に成す術も無く、鈴に蹴られたダンボールは派手に吹き飛んで壁に叩き付けられ、そのまま地面に落下した。そして、そんな見るからに大ダメージを受けた相手に、騒ぎを聞きつけ集まってきた野次馬たちの視線を気にすることなく、鈴は鬼のような形相でズンズンと歩み寄っていく。

「ふふ、ふ、ふふふ…」

「り、鈴?」

「ちょっと、どうしたの?」

 鬼の形相のまま、背筋が凍りそうな狂笑を漏らす鈴だったが、彼女がこうなるのも無理はない。なにせ目の前の下手人は、うら若き乙女の秘められた日常を覗いた、あるいは盗み聞きした疑いがあるのだ。それは想い人への気持ちが暴走した世迷い言だったり、浮かれまくった挙句に漏らした迷言だったり、痛々しい妄想からのアホ丸出しな妄言だったりと、とにかく他人に聞かせられるような代物では無い。それを、よりによってそれをコイツは二年もの間、ずっと聞き続けてきたというのだ。思い返すと恥ずかしさで死にそうな内容であることが充分に自覚出来る今、あの黒歴史の数々を。それに加え、もしも例のコンプレックスに対する悪足掻きとか、同じコンプレックスを抱いた者同士で集まったアレとかも見られていたとしたら…

「良し、殺そう」

 

 箒とシャルロットでさえ怯むような冷笑を浮かべ、鈴は即決断。吹っ飛んで少しばかり形が歪んだダンボールをガシッと鷲掴みにして、躊躇せずに引っぺがして放り投げる。そして隠れ蓑(?)を剥ぎ取られた逃亡者は当然ながら、その姿を晒す事になった。既に覚悟を決めていたのか既に臨戦態勢を整えており、鈴の方を向いて威嚇のつもりなのか、黒くて大きな羽を震わせながらブブブと鳴らしていた。

 それを見て、一番近くに居た鈴が最初に衝撃を受けてフリーズした。何せ、セイスが入っていると思っていたダンボールの中に、彼は存在していなかった。それだけならまだしも、そいつは人間にあるまじき黒い羽を持っていた。そして、テカテカのボディを、二本の触手を、六本の手足を持っていた。そして何より、そいつは馬鹿みたいな大きさを持っていた。

 鈴がパンドラの箱を開けてしまった直後、その場に居た全員が言葉を失い、そいつの羽音だけが響いて不気味な空気が出来上がった。ある者は鈴と同様にその場で動くことが出来なくなり、ある者は恐怖で顔を引き攣らせ、ある者は既に泣きそうになっていた。それでも誰一人として声は出さない、誰一人として物音をたてない。何故なら音を立てた瞬間、この空間が地獄絵図と化すことを、誰もが直感していたからである。しかし、そんな彼女たちの行動は焼け石に水も良い所で、時間稼ぎにすらならなかった。時間にして僅か十秒ほど、ソイツは鳴らし続けていた羽をピタリと止めた。完全な静寂が訪れ、誰かがゴクリと息を呑む音が響いた。

 

 

---その瞬間、全長1,5mの巨大ゴキブリは、目の前に居た鈴に飛び掛った…

 

 

 

『『『『『きいぃぃやぁああああああ!?』』』』』

「流石は十兵衛、効果は抜群だ」

 携帯のような端末を手に、鈴を筆頭とする女子たちの悲鳴を耳にしながら、遠く離れた通路を悠々と進むセイス。彼の手に握られている端末は、先程から向こうで猛威を振るっているゴキブリ型ロボット10号、通称『十兵衛』のコントローラーである。箒とシャルロットに追いかけられていた彼は、一縷の望みを掛けて物置部屋に駆け込んだが、実はその部屋には潜入任務時代、組織から支給された装備を幾つか緊急時用の為に置いといてあったのだ。まさか潜入任務どころか、組織に身を置く事すらやめた後に使うことになるとは思いもしなかったが、結果的に助かったので良しとしよう。ついでに言うと、セイス達は先程の部屋以外にも装備やトラップやらを学園中に配置しており、隠し部屋を楯無に抑えられた後もその殆どが未だに発見されていない。故に地上の設備限定とはいえ、今のIS学園は実質、彼の庭と言っても過言ではなかったりする。

「そんじゃ、今の内にお暇させて貰ッ…」

「ちょっとよろしくて?」

 背後から聴き慣れた声を耳にし、後ろを振り向いたら、10mほど離れた場所に金髪ドリル…もといセシリア・オルコットが居た。その表情と口調は、かつて一夏と初対面を果たした時のように落ち着きのある澄ましたものだが、目の方は現在の怒り狂うラヴァーズ同様、絶対零度の冷たさを放っている。そんな彼女の様子を一目見て、セイスは確信した…こいつもアカン、と。

 

「セイスさん…と仰いましたね。改めて、お初に掛かります、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ。以後、お見知りおきを」

「これはこれは、ご丁寧にどうも」

 『うん、知ってる』と内心で呟きつつも、優雅なお辞儀と共に送られた自己紹介に、セイスも思わずお辞儀で返す。しかし警戒心は決して解かない、解ける訳が無い。もしも目を離したら、間違いなく禄でもない目に遭うだろう。

 

「それでは、最低限の挨拶も済ませたことですし……お覚悟を…」

 だってセシリア、いつだかの文化祭の時に使ってたライフル向けてるんだもん…

「やっぱりそうなんのかッ!!」

 宣告と共に躊躇なく放たれた弾丸。セイスは口調とは裏腹に余裕で避けてみせたが、一発、二発、三発と間髪入れずにセシリアは次々と弾丸を放ってくる。ビビらすのがメインであるが故に、精々身体に掠る程度に狙ったとは言え、初弾を回避されるとは思ってなかったのでセシリアは内心で驚いていたが、逆にそれが彼女自身の射撃の腕に対するプライドを刺激してしまい、殺る気スイッチが入ってしまったのである。更に、事前に楯無に『どうせ防弾チョッキとか着てるから、遠慮なく殺る気で行って構わない』と伝えられていたことがそれに拍車をかけ、今のセシリアに遠慮の二文字はすっかり無くなっていた。銃の狙いも段々と掠らせることよりも、急所を外す程度に意識され始め、セイスも徐々に本気で避けに徹する羽目になっていった。

「当たり前ですわ。淑女のプライベートを覗き見るだけに飽き足らず、乙女の秘密を握るなんて万死に値します。死んで詫びなさい」

 そもそもプライベートのセシリアも、他のラヴァーズに負けず劣らず酷い。お嬢様育ちが仇になったのか定かではないが、料理を含めた家事全般は最悪の一言に尽きるのは勿論のこと、時たま中途半端な箱入り娘っぷりを披露することもしばしば。だが、そこら辺はまだ可愛い方だ、初めてBL本を読んだ時の反応なんて笑ってられる。

 問題はこの娘、思考がオランジュ並の煩悩まみれになることが多々あったのだ。ぶっちゃけ、その兆候は一年生の時からあった。よく考えれば、臨海実習の時も勝負下着を装備して一夏の元に行こうとして本音達に『セシリアはエロい』とか言われていたが、二年生になったらそれが悪化の一途を辿っていたのである。私服の露出度が増えたのなんてまだ序の口で、一夏に対するアプローチがボディタッチメインに変わり、隙あらば部屋へ連れ込もうとするのはいつものことで、更には一服盛って既成事実を作ろうと画策していた時期さえあった。下手すりゃ楯無を超える痴女になったのでは無いかと思ったが、これにはセイス達だけでなく学園の生徒達もドン引きした。まぁ最終的に一夏にまでドン引きされてしまい、それが原因で最近は随分と大人しくなった。

 とは言え、それは今の彼女にとって間違いなく黒歴史。おまけに実行に移さなかった、もしくは移せなかった一夏籠絡作戦は数知れず。更に言うなれば、それらの作戦がボツった理由は、既に周りにドン引きされていた自分でさえも『これは酷い…』と思った内容だったからである。そんな代物と、そんな代物を生み出した英国淑女にあるまじき姿を、こんなどこの馬の骨とも知れない相手に見られたとあっては、心中穏やかでいられる筈もなく、表面上は覗き魔に対して冷静に断罪を下すように、内心では半ばヤケクソ気味に、そして八つ当たりするかのように、セシリアは引き金を引き続けた。

「生憎と、俺は…」

「えッ」

 しかしセイスは、セシリアに何時までも付き合う気は無かった。このまま足止めされ続けたら、先程どうにか撒いた箒達が追いついてくるかもしれない。今は何とか持ちこたえているが、こんな血気盛んで物騒な乙女(笑)共が合流してしまったら、確実に地獄を見る。そう結論付けたセイスは、銃撃と回避の応酬が十を超えた辺りで遂に動いた。

 最初と同様に正確無比で、尚且つしっかり急所を外して放たれたセシリアの弾丸に向かって、彼は自ら飛び込んだのだ。彼の予想外な行動にセシリアは思わず間抜けな声を出したが時既に遅く、セイスは右目から鮮血が飛び散らしながら衝撃でのけぞり、そのまま床に吹っ飛ぶようにして仰向けに倒れた。

「そ、そんな、どうして!?」

 実弾では無く摸擬弾を使用しているとは言え当たれば痛いし、それが眼球ならただでは済まない。直撃すれば失明は免れないだろうし、最悪の場合は痛みでのショック死も有り得る。そんなことすら失念していた自分に今更ながら嫌悪しつつも、せめて応急処置だけでもと銃を放り投げ、血相を変えて倒れたセイスに駆け寄るセシリア。もしもこの場に楯無、せめてティナが居たら全力で彼女の行動を止めたかもしれないが、生憎とこの場にはセイスとセシリアの二人しか居ない。故に…

「こんな、こんなつもりではってヒィッ!?」

 近寄り傷の状態を見るべく、顔を覗き込もうとセシリアが膝を付いた瞬間、仰向けで倒れていたセイスが身体を勢いよく起き上がらせた。その拍子に二人は顔を至近距離で付き合わせるような形になったのだが、セイスが突然起き上がったことに加え、命中した摸擬弾のせいで右目からダラダラと血を流す彼の顔を目の前に突きつけられたセシリアは、小さな悲鳴を上げて衝撃を受けていた。

 「この程度じゃ死ねないんだ、安心しろ」

 その隙を逃さず、セイスは彼女の首筋に慣れた手つきで手刀をくらわせ、意識を奪うことに成功する。意識を失ったことにより力が抜けたセシリアをそっと床に降ろし、そのまま一息を入れる。 

「ふいぃ、一丁上がり。これで残るは…」

 言うや否やその場を飛び退くと、直前までセイスが居た場所に数本のナイフが飛んできた。前転しながら体勢を整えると同時に、間髪入れず小柄な影が長い銀色の髪を靡かせながらタックルをぶちかましてくる。本職の本気の不意打ち故に回避は間に合わず、セイスは真正面から受ける羽目になった。流石と言うべきか、セイスの身体能力に加え、互いの体格に大きな差が存在するにも関わらず、軍隊と世界最強に仕込まれた彼女のタックルは彼にそれなりのダメージを与え、衝撃で幾らか後退させることに成功する。

「ぬおおぉぉ…さ、流石に効く……」

「抜かせ、こっちは気絶させる気でやったと言うのに」

 ギリギリまで気配を殺し、セイスにタックルをくらわることに成功したラウラ。しかし、本人の言う通り割と獲る気で放ったタックルは、彼を仕留めるには些か威力が足らなかったようで、自分が予想していたよりも反応がいまいちだった。生身なら未だに自分を軽くあしらう事が出来る楯無だが、その彼女を相手にして何度も苦汁をなめさせたと言うだけあってか、その実力はやはり本物なのだろう。そう結論付けたラウラは一瞬にして思考を切り替え、セイスが動き出す前に次を仕掛けた。まだ動かないセイスの足を蹴り付けて体勢を崩し、全身で腕に絡みつくようにして取り付いて身体に捻りを入れる。そのまま関節を決めながら床に投げ飛ばし、寝技に持ち込む算段である。

「タンスの下を勝手にくり抜いた収納ボックス」

「ッ!?」

 しかし彼女の動きは、セイスの呟いたその一言で中断させられる。片膝をついたセイスの腕に引っ付いた状態のまま、ラウラの顔色はみるみる青褪めていった。何せ今セイスが言った場所は、ラウラが未だにシャルロットどころかクラリッサにさえ教えていない自分の趣味と、それらを纏めて隠した秘密の場所。どうやら他の面子と違って自分は大丈夫とか思っていたようだが、全く持ってそんなことは無かったようである。その証拠に…

「その年で実行して違和感沸かなかった体型つーのも悲しいな、プ○ズマ☆イ○ヤ」

「うわああああああああぁぁぁぁぁ!?」 

 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、当時自分で実行して自分で凹んだコスプレの内容を告げられたラウラは、青褪めていた筈の顔色を瞬時に赤くして他のラバーズ同様、狂乱状態に陥る。絶叫してパニック状態になりつつもセイスに関節技を仕掛けるあたりは流石と言うべきだが、動揺して集中力を切らせた状態で、しかも息と体勢を整え終えたセイスが相手では、太刀打ちするなんてことは無理だ。

「いやぁ、何かスマンね。最初は見る気無かったんだけど、間が悪いというかなんと言うか、機密情報を目当てに部屋に忍び込んでガサ入れすると、何故か必ず見つけちまって…」

「ふざけるな貴様ぁ!!…っておい、何をする気だ!?」

 戸惑うラウラを余所に、セイスは腕を取り付いた彼女ごと持ち上げ、思いっきり振りかぶる。幾ら小柄とはいえ人一人を軽々と持ち上げたことにも驚いたが、セイスのその姿勢がボールを投げようとする野球投手のような状態になっていることに気付き、ラウラは慌てて彼から離れようとする。しかし、セイスはそれを許さず、逃げようとするラウラの襟首を掴んでそれを阻止する。そして、先程のセシリアによる流れ弾で砕けた窓目掛けて…

「目指せジャイアントのスターーーーーーーーッ!!」

 最早悲鳴すら上げられない、まるでISの瞬時加速のような速度で窓から外へとぶん投げられたラウラ。その姿はさながら、止まることを知らない白い彗星である。激しく動揺していたせいか、ISを出すことさえ忘れたラウラは最終的に、そのまま学園の敷地にある溜め池に盛大な水柱を上げながら着水した。天気が清々しいほどの快晴だったこともあり、外には綺麗な虹が出現していた。

「……どうしよう、もう許して貰える気がしない…」

「当たり前でしょうに、今回は流石の私も引くわよ」

 外の虹を遠い目で眺めながら今更ながら後悔するセイスの隣には、いつの間にか今回の騒ぎの元凶…楯無が立っていた。ただ、何故かその姿は既にボロボロ状態だった…

「なんで既にボロ雑巾になってんの?」

「あなたが、仕掛けた、トラップの、せいよッ!!」

 セイスにゴミバケツを顔面に直撃させられ、箒に釘を刺された後、楯無はすぐにセイスの追跡に加わったのだが、そこから先が大変だった。廊下を歩けば生ゴミの雨、階段を上れば電気ショック、教室に入れば蜂の群れ、トイレに入ればスタングレネードと、嫌がらせ染みたものから完全に命を獲りに来てる危ないものまで多種多様なトラップが次々と楯無を襲ったのである。いつだかの学園祭の夜の光景とデジャヴった彼女は、このトラップを仕掛けた犯人がセイスであることを三秒で確信。積年の恨みに加え、行く先々でトラップに引っ掛かる度に強い怨嗟を抱きながらセイスを探しながら彷徨い続け、ようやくこの場所にたどり着いたのだ。故に今の楯無には、名付し難い黒いオーラがにじみ出ているようにセイスは思えた。

「て言うか私だったから良かったものの…いや良くないんだけど、あんな危ないもの、一般生徒の子達が巻き込まれたらどうする気なの!?」

「大丈夫だ。危ないトラップは全部、お前のミステリアス・レイディに反応して起動する仕様になっている。しかも人混みの中でも正確に目標を見つけてピンポイント狙撃出来る高性能センサー付きだから、何があっても死ぬのはお前だけ」

「何ソレ怖い」

「それが嫌なら、その物騒なものをさっさと手放すこった。ホラ来いよ楯無、ISなんて捨てて掛かって来い」

「あなたみたいな怪物相手に冗談じゃないわよッ!!」

 怒声と共に顔面目掛けて繰り出される回し蹴り。それを屈んで避けるセイス目掛けて追撃の掌底が飛んでくるが、届く前にバックステップで距離を取る。しかし攻撃が全て見切られたにも関わらず、楯無はニヤリと笑みを浮かべた。そしてセイスの背後にチラッと目をやり…

「今よ、簪ちゃんッ!!」

「なにぃ!?」

 慌てて背後を振り返るセイス。だが彼の視線の先には誰も居らず、無人の廊下がどこまでも続いているだけだった。その時点で漸くハッタリであることに気付いたが、既に手遅れ。再び顔を楯無の方へと向けたと同時にセイスの顔目掛け、待機状態のミステリアス・レイディが飛んでくる。咄嗟にそれをキャッチしてしまったが、その頃には既に彼女は駆け出して距離を詰めており、セイスに跳び蹴りを喰らわすべくジャンプしたところだった。

「やあぁろうぶっ殺してやるわあああああああぁぁぁぁッ!!」

 元々楯無を含めた専用機持ち達は、これまで数え切れない回数の指導と罰則を受けている。その主な理由は『私的過ぎる理由によるISの展開』だ。その為、いい加減に堪忍袋の尾が切れそうな千冬を筆頭とする教師陣からは、『次に下らない理由でIS使ったら、留年させる』と釘を刺されてしまう始末である。

 故に今のこの状況において、楯無にとってISはあっても無くても変わらないアクセサリーの一種と変わりなく、どうせなら目くらましとして投げた方が役に立つ。実際それに成功した今の自分は、セイスに対して一矢報いることが出来そうだ…そんなこと思った楯無の顔に、自然と笑みが浮かんだ。

 

「トラップはミステリアス・レイディに反応すると言ったな…」

 

---だが、そんな彼女の笑みは…

 

「アレは嘘だ」

 

---床下から飛び出たパンチングマシーンのアッパーカットにより、一瞬で消滅した…

 

「げふぅ…!?」

 

 手動操作により起動した、長い棒の先にボクシンググローブを付けただけのパンチングマシーンは、楯無の顎を見事に捉えていた。乙女らしからぬ呻き声と共に彼女は衝撃で宙を一回転し、そのまま顔から床に落ちて、うつ伏せのまま動かなくなった。

 ちょっとだけ心配になったセイスはそっと楯無に近寄り、ちゃんと呼吸も脈もあることを確認。安心すると同時に、先程キャッチしたミステリアス・レイディを彼女の頭に乗せ、一度だけ両手を合わせて頭を下げた後、早々にその場から逃げ去った。

 

---その姿を、楯無と同じ色の髪をした眼鏡少女が、ジッと見ていたことに気付かないまま…




○変わらなかった彼女達、色々と悪化した彼女達
○楯無が『どうせ防弾チョッキ~』と言ったのは、『どうせ不死身~』と言っても信じないと思ったから
○彼女達がISを使わないのは、先生と留年が怖いから
○まぁ最終的にはそんなの関係ねぇ、そんなの関係ねぇ!!

○決戦は第三アリーナで!!


近頃なろうの方では『悪役令嬢』なるものが流行っているんですが、試しに短編で一つ書いてみようかなと思う今日この頃。でもアイ潜も書きたい、なろうで更新始めた新作も書きたい……嗚呼、どうしよう…(泣)


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IF未来 学園編ゼロ その2

大変お待たせしました、学園編ゼロ、ついに最終話です。けれど、ちょっと書くの久々で、微妙に色々とおかしいとこあるかもしれません…;


 

「それにしても、収拾つくのかコレ…」

 

セシリアにラウラ、そして楯無との連戦をどうにか生き延びた走る熊…もといセイスだが、その表情は余り浮かない。身から出た錆とは言え、楯無企画の一夏との初対面から始まったこの騒動、箒とシャルロットに襲われた辺りから他の生徒達も巻き込まれ始め、十兵衛を使ったのが決定打となり、気付いたら全校規模の大騒ぎになってしまった。早いところ着地地点を決めないと、自分と楯無以外に怪我人が出てしまう可能性がある。だが正直な話、怒れる彼女たちを沈める方法が全く思いつかない。

 

「まぁ最悪、覚悟決めて俺が袋叩きに遭えば良いんだろうけど、なんだかなぁ。どうすりゃ良いと思う?」

「そんなことより、この縄を解いてくれッ!!」

 

因みに現在、セイスが居る場所は一夏の寮部屋で、しかも目の前には縄でグルグル巻きにされた部屋の主が床に転がっていた。

楯無を撃退し、ひとまずその場を離れた直後、場の空気に流されて取り敢えずセイスを捜していた一夏とバッタリと出くわしたのである。ほんの一瞬だけ訪れた静寂の後、トラップと同様に校内に仕込んでおいたロープをゴミ箱の下から取り出し、呆気にとられる一夏を余所に瞬時に拘束。箒達に対する人質、もしくは盾として拉致り、そのまま彼の部屋へ避難することにしたのである。当然ながら一夏は憤慨するも、状況が状況なので苦情は一切受け付けない。

 

「まぁまぁ落ち着けよ。さっきは碌に会話する事も出来なかったが、お前とは一度しっかりと話してみたかったんだ」

「……さっき言ってた、監視のことか…?」

 

一夏は思わず訝しげな声で返事をしてしまったが、そうなるのも仕方がない。箒達みたいに必死になってセイスを締め上げようとするほど動揺している訳では無いが、やはり毎日の様に見張られていたとあってはあまり良い気分ではいられない。しかも聴いた話によれば、間接的にとは言え命を狙ったこともあるそうで、普通ならそんなことをしていた相手に警戒心を抱かない方がおかしい。と言うか、普通なら会う事すらしたくないだろう。しかし実のところ、一夏もまたセイスと言う人物に対し、元から少なからず興味を抱いていた。それ以前にぶっちゃけると彼は箒達と違い、セイスの存在自体は既に知っていた…

 

「それもあるが、マドカのことだ」

(あぁ…やっぱり……)

 

決して短くない、そして激動の日々を経て、ようやく千冬と一夏の元に迎え入れられることになったエム改め、織斑マドカ。あの亡国事変の収束後、改めて織斑家入りが決定した彼女は、未だ素直になりきれていない部分があるものの、命を狙ってきた当時とは比べ物にならない程に穏やかで、性格も幾分丸くなっていた。千冬と共に赴いた面会時にこれまでのこと、そしてこれからのことを語る彼女の姿は、話の内容はともかくとして、完全に年相応の少女のそれだったと言えるだろう。

で、その時にマドカが語っていた『これまでのこと』とは、当然ながらマドカが亡国機業に身を置いていた時の話になる訳なのだが、そこで織斑姉弟は否が応でも意識をせざるを得ない名前を聞くことになった。それは、マドカの直属の上司であるスコール、亡国機業に寝返ったダリルとフォルテ、そしてアリーシャ。更には一時的にとは言え、裏で組織と繋がっていた篠ノ之束…いずれも、一夏達にとっては決して浅い関係では無い人々だったにも関わらず、そんな彼女らの名前すら霞む程、マドカが口にした彼の名前は、二人の頭にしっかりと記憶される事となった。

その名はセヴァス…亡国機業フォレスト派の若手メンバーにして、主力の一人。織斑マドカが最も心を許した少年であり、彼女の語る『これまでのこと』の内容の8割を占めた存在である。

 

「どうした、何かを悟ったような顔して?」

「いや、別に…」

 

最初こそ微笑ましく相槌を打ちながら聞いていられたものの、口を開けばセヴァス、口を閉じていてもセヴァス、こっちが何かを言ってもいつの間にかセヴァス、出てくるのは彼の名前ばかり。帰る時にはもう、セヴァスの名前しか頭に残っていなかった。そして同時に一夏達は、このセヴァス…もとい、セイスに対して興味を抱いた。マドカにあそこまで言わせるからには、今まで彼女にとって一番の心の支えとなっていた事と、大切な存在だと言うのは間違いないだろう。だが、やはり直接会ってみないことには分からない。なので対面する機会を人知れず待っていた訳なのだが、一応織斑家の一員であるマドカと違い、組織の壊滅と同時に後ろ盾が無くなったセイスは彼女よりも監視の目が厳しく、まともな面会も禁じられており、千冬もマドカの織斑家入りの手続きが忙しいため、マドカと一緒に身柄を拘束された直後の事務的な取り調べ以来会ってないらしい。因みに、その時のセイスは千冬に対しマドカの安否を尋ね、彼女の無事を知った途端に蓄積した疲労が限界を迎えて意識を手放してしまったので、会話らしい会話もしていない。

故に今回、楯無が企画したこれは一夏にまさに良い機会であったのだが、それがどうして今の自分は簀巻きにされ、冷たい床に転がされるような羽目になっているのだろうか。

 

「まぁ良いや、直接痛い目に遭わないだけいつもよりマシか…」

「俺が言うのも何だが、縄で拘束されてんのがマシって言えちゃう辺り、碌な日常送れてないなオメェ…」

「そう思うなら変わってくれ」

「嫌なこった。あんな乙女(笑)共の相手なんざ、今回だけで充分だ」

 

カラカラと笑いながらそう言いつつも、何だかんだで一夏の縄を解き始めたセイス。今更ながらこの男、現在進行形で箒達に総出で追い回されているんだった。諸々の事情でISは使ってないのだろうが、あの専用機持ち達の猛攻に曝されて未だに無事でいられる辺り、何度も楯無とやり合ったと言う話は本当なのかもしれない。仮に今回の鬼ごっこで逃げる側が自分だった場合、とっくに捕まっていることだろう。て言うか、鬼側に楯無とラウラが居る時点で無理だ。

なんてことを考えていた一夏だったが、いつの間にか縄を解き終えたセイスが自分に対して頭を下げていたことに気付いた。思わず戸惑う一夏だったが、セイスはそれに構わず口を開く。

 

「まずは、マドカを織斑家に受け入れてくれたこと、感謝する。本当にありがとう」

 

言うや否や顔を上げ、これまでのことを思い出すかのように、彼はポツポツと語り出す。

 

「育ちと環境のせいもあるが、アイツは性格悪いし、食い意地も張って人の財布の中身を容赦無く減らしてくる。しかも基本的に我儘な癖して、肝心なところで素直になりきれない面倒な奴だ。何より、一度意識したものに対する執着心は半端じゃないぞ。人の食料だろうが相手の命だろうが、アイツに一度でも執着したものを諦めさせるには何かと苦労するぜ。いや改めて、世話が焼けるったらありゃしないぜ、全く…」

 

苦笑交じりに、そして皮肉気に次々と並べられていくマドカに対する不満の言葉の数々。だけど心なしか一夏には、この言葉の数々が彼女に対するただの文句のようには思えなかった。何故なら、目の前のマドカのことを語るセイスの表情と、面会時にセイスのことを語っていたマドカの表情が殆ど同じなのだ。まるで、弟のことを誰かに語る姉…一夏のことを誰かに語る時に、千冬が浮かべた表情のようで……

 

「だけど、それでも、そんなアイツでも、誰かを救うことがあるんだ。アイツの在り方に、救われる奴が居るんだ…」

 

あの時彼女は…マドカは言っていた、相手が女子供だろうが容赦なくぶん殴ってくる最低な奴が居ると。ちょっとした悪戯に、本気で仕返しをしてくる大人気ない奴が居ると。大胆不敵な仕事振りを見せる癖に、時たま女々しくウジウジ悩んでいる時があって、ちょっと普通の人間とは違う身体を持っているそいつは、それを良い事に無茶ばっかりして、こっちの気持ちなんてお構いなしに何度も死に掛けるし、酷い時は勝手に命を捧げていた時さえあった大馬鹿野郎。だけどそいつは、こんなロクデナシにも等しい生き方をしてきた自分を最後まで見捨てなかった、最後まで約束を守り続けてくれた。そいつが居たから、今の自分があるんだと、彼女はそう言っていた。

 相手に対する不満さえも大切そうに、愛おしそうに語る、目の前のセイスが浮かべる表情と同じ顔で。

 

「アイツの本当の家族に、俺なんかがこんなこと言って良いのか分からないけど、これからアイツのことを…マドカのことを、よろしく頼みます」

 

 そう言って再び頭を下げるセイスを見て、一夏は改めて理解する。目の前に居る自分とほぼ年の変わらない少年は、マドカと言う存在を心から大切に想っていることを。今まで自分と姉が隣に居なかった間、彼がずっとマドカの心の拠り所になり続けていたことを。その身を挺して、彼がマドカを守り続けていたことを。根拠も何も無いけれど何故か、一夏には確信を持つ事が出来た。だからこそ、娘を男に譲る時の父親みたいだなんて茶々は入れずに、彼は真面目に答える。

 

「マドカは俺達の家族だ、当然だよ」

「……重ね重ね、感謝する…」

 

まだ互いに顔を直接合わせたのは今回が初だし、今後セイスの処遇がどうなるかまだ分からない。だけど、彼とは上手くやっていけそうな気がする。何となく、二人は心の中でそう思った、その時…

 

「見つけたぁ!!」

「鈴!?」

「ゲッ、もう来やがった…」

 

良く響く声と共に勢いよく部屋のドアが開け放たれ、荒ぶるチャイナガールが現れた。おまけに良く見ると背後には竹刀を持ったポニーテールや、ナイフを池ボチャ銀髪少女も見える。入り口が狭くて見えないが、気配から察するにセシリアとシャルロットも居るのだろう…

 

「もう逃がさないわよアンタ、覚悟しなさい!!」

「分かった、もう逃げない」

「逃げようたってそうはいかな……へ…?」

 

セイスノ予想外の返事には、咄嗟に間抜けな声を出した鈴は愚か、後ろの箒とラウラ、更にはセイスの隣に居た一夏でさえ戸惑いの色を見せた。しかしセイスは煮るなり焼くなりと言わんばかりに、大人しく彼女らの前に進み出て大人しく正座し始める始末。直前まで逃げ続けていた奴とは思えない態度に、鈴は思わず疑いの視線を向けた。

 

「どういうつもり?」

「いや痛い目に遭いたくなくて反射的に逃げちまったが、やっぱり任務とは言え自業自得な面もあるから、どんな形であれ、いっそこの場で清算しといた方が良いかと思って……思い残すことも無くなったし…」

「いや、何でもうすぐ死ぬみたいなこと言ってるのよ…」

「鈴、お前さっき『良し、殺そう』って言ってたよな?」

「うぐッ…あ、あくまでアレは比喩表現みたいなもんよ!!」

 

とは言え、セイスにとって今の言葉は割と本音である。自分はいつアメリカ政府に身柄を引き渡されるか分からない立場故に、唐突にこの学園の施設から居なくなるかもしれない。その場の流れで思わず逃げたが、残りの期間を後腐れなく過ごす為には、やはりこれが最善の選択なのかもしれない。マドカが元気で居ることは楯無から聞いていたので、後は織斑家に彼女の事を自分自身で頼みに行っておきたかったのだが、一応はそれも済んだ。セイスとしては、どうせならこの学園で行った罪の数々(主に盗撮の件)に対する清算もしておきたいのである。

そして実を言うと、鈴達もそろそろ頭が冷えてきたところで、もう最初ほど怒ってはいなかった。何度も言うが、恋する乙女の日常を覗くなんて万死に値する。しかし約一名怪しいのがいるが、本気で彼を殺そうとは誰も思っていない。むしろ、その彼の仕事の過程で一夏を、想い人の命を何度か守って貰っていた事実を楯無から聞かされており、少しだけ感謝している部分もある。尤も、逆に命を狙ったこともあるそうだが全て未遂に終わり、狙った時より守った時の方が圧倒的に多いらしいので、そこは許すとしよう。走り疲れて幾分冷静になり、その事を思い出した彼女らの怒りはかなり静まり、正負の感情プラスマイナスの結果、平手一発で手打ちにしてやろうかな位には思っていた。そんな時に、このセイスの言葉が出てきた訳なのだが…

 

「まぁとにかくだ、もう好きにしてくれ。ただ、あわよくば今回の制裁で今までのことは水に流し…」

 

 

 

 

 

 

 せーいーすーくーん、あの時みたいに串刺しにしてあげるから出ておいでー♪

 

 

 

 

 

「ごめん前言撤回、やっぱまだ死にたくないッ!!」

「あ、ちょ!?」

「うおい、窓を突き破るな!!」

「と言うか待て、ここ何階だと思って…!!」

「って、普通に着地した上にそのまま走り出してる!?」

「何と言う身のこなし……先程の私との攻防と言い、やはりプロだな…」

「言ってる場合ですの!?」

 

どこからともなく聴こえてきた、水色生徒会長の声により全て台無しになった。

 

「セイス君はここかぁ!?」

「楯無さん、目が血走っていて怖いです…」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

―――10分後

 

 

「さぁ、もう逃がさないわよ、セイス君!!」

「そのセリフは、もう、聞き飽きた、ぞ…」

 

あの後、トラップの発動を含めた数回の攻防を経て、セイス達は第三アリーナに辿り着き、その中央で睨み合っていた。既にセイスは疲れ切っているのか息も絶え絶えで、楯無もセイスの反撃とトラップによって更にボロボロである。

 

「オイどうするんだ、あの二人…」

「私に言われても困りますわ」

「一夏、あんた止めて来なさいよ」

「無茶言うな」

 

箒達はもう既にセイスをどうこうする気が失せてしまってはいたのだが、セイスと楯無を放っておく気にもなれず、取り敢えず先程合流した一夏を連れて二人を追いかけてきた。しかし、追いかけたのは良いものの、直前まで自分達が行ったセイスとの攻防に加え、一夏の部屋から第三アリーナに向かうまでの短時間に行われた二人の追跡劇を見た後となっては、二人を止められる自信は欠片も残っていないかった。今もこうして何度目か分からない、芸人よろしく生贄役の押し付け合いが繰り広げられる程である。しかも…

 

「ちょっと待て楯無テメェ、何さり気無くIS起動させてやがる!?」

「もう卒業なんてどうでも良いわ、勝てば良かろうなのよーーーーッ!!」

「この野郎、そっちがその気なら……来い、十兵衛ッ…!!」

 

楯無が留年覚悟でミステリアス・レイディを展開するや否や、空から舞い降りる黒い影。言うまでも無く、巨大ゴキロボの十兵衛である。さっき直接襲われる羽目になった鈴、そして基本的にゴキブリが生理的に受け付けないセシリアとシャルロットがビクリと身体を震わせたが数秒後、もっと恐ろしい光景を目撃する事になった。

 

「あら、私も甘く見られたものね。この私が昆虫如きにビビるとでも…」

「幽霊は漏らすくらい苦手なのにな」

「うるさいわよッ、て言うか怖いのはアレだけよ!!」

「だろうな。だから、こうする」

 

その瞬間、何を思ったのかセイスは十兵衛を蹴りつけた。すると十兵衛は、なにやら微妙に大きくて黒いカプセル状の物体を吐き出す。そしてその黒いカプセルは、見た目に似合わないポンッと言う音を出しながら…

 

 

 

―――100匹近い、小型ゴキブリロボットを一斉に吐き出した

 

 

 

「え、ちょ、待ッきゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!?」

「ふははははッ!! ゴキロボシリーズの最終形態である勘九郎、その勘九郎を大量に搭載し、同時に運搬することを目的に開発されたのが十兵衛ッ!! かつて、オランジュ達の悪ふざけから生まれたゴキロボシリーズ、なんか思いのほか便利で装備として正式採用された上に、ここまで進化したぞ!! やっぱり亡国機業の科学力は世界二位いいいぃぃぃぃ!!」

「一位じゃないんだ…」

「一位はホラ、篠ノ之博士が居るから…」

「て言うか、あの奇妙なハイテンション、もしかして彼疲れてますの?」

「いや、そりゃ疲れるだろ」

 

百近いゴキに一斉に襲われ、一気に余裕が無くなった楯無。虫如き平気みたいなことを言っていた彼女だったが、あの数ではそれ以前の問題らしく、あっという間にパニック状態に陥っていた。ただ、そのせいで周りを闇雲に攻撃し始め、その流れ弾が幾つかセイスを襲い始めた。このままでは、離れた場所で見守っていた一夏達も被害が飛び火しそうな勢いで、流石にもう怖いから手を出せないとか言ってられなくなってきた。何より、一生徒として、この状況を見過ごす訳にはいかない。

 

「仕方ない、こうなったら僕が!!」

「待てシャルロット、ここは軍人である私が行く」

「お待ちになって、こう言う時こそ、このセシリア・オルコットの出番でしてよ!!」

「格好つけてるんじゃないわよアンタら、私が行くわ」

「待て鈴、ここは私が!!」

「え………じゃあ、俺が…」

「「「「「どうぞどうぞ」」」」」 

「言うと思ったよ、てか言ってる場合じゃないだろッ!!」

「じゃあ、私が行く」

「え゛?」

 

止めなきゃいけないと分かっていても、あの修羅場に足を踏み込む勇気が出ない。そんな一夏達6人を尻目に、スタスタとセイス達の元に歩み寄っていく一つの影。その影の正体は楯無と同じ水色の髪に赤い瞳、そして眼鏡、全員が敢えて口には出さなかったものの、今どこに居るんだろうと地味に気にしていた専用機持ちの一人、更識簪その人である。誰もが無謀と思ったその行為を、一夏が咄嗟に伸ばした制止の手に空を切らせ、彼女は悠々とした足取りで近付いていく。そして、ゴキブリと弾丸が飛び交う奇妙な戦場の目と鼻の先にまで近づいたところで、何を思ったのかジ○ジョ立ちを決めた。

 

 

 

「本音」

「はいは~い♪」

 

 

―――決着は1秒掛からなかった…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 簪(と言うより本音と明日斗)の手により、一瞬で制圧された二人。幸い、アリーナに大きな被害は出ておらず、怪我人もセイスと楯無だけで、一般の生徒に負傷者は居なかった。とは言え騒ぎの切っ掛けを作った上にISを起動した楯無は、騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた千冬によって即座に捕まり、生徒指導室にドナドナされた。間の悪い事に『卒業なんて~』の部分をバッチリ聞かれてしまい、その辺の言い訳を必死に考える姿は日頃の常に余裕のある態度が微塵も見られず、一夏達をなんとも言えない複雑な気分にさせたが、千冬が去り際に残した『このバカの始末が終わったら、次はお前らだ。あと特にセイス、お前にはじっくりと話を聞かせて貰う』という言葉により、その場に居る全員に暗い影が落ちたのは、まぁ些細なことだろう。因みに、お菓子と主人のお願いの元、助っ人として呼ばれた学園の裏番長達は寝起きだったらしく、二度寝しに戻って行った。で、肝心のセイスの方はと言うと…

 

「ねぇ…」

「な、何でしょう簪さん…?」

「私達の画像データがあるってことは、一夏の画像データもあるってこと?」

「「「「「ッ!!」」」」」

「あ、いや、まぁあるけど…」

「それで手打ちにしてあげる」

「オイ待て、なんでそこで俺の画像が取引に…」

「ちょっと黙ってろ一夏」

「男が自分の写真の一枚や百枚で文句言うんじゃ無いわよ」

 

 緊急の金策用に別の場所に隠しておいたデータの引き渡しと…

 

「それと、もう一つ」

「え?」

「さっきお姉ちゃんに止められた、お漏らしと下着泥の件に関して詳しく」

 

 知られざるお姉ちゃんの所業を洗い浚い吐くことにより、どうにか今までのことは水に流して貰うことが出来た。この賄賂…もとい御詫びの品と、織斑先生の生徒指導を共に乗り越えたことにより、妙な仲間意識が生まれ、それを機に一夏達とセイスの関係は一気に良い方向へと進むのであった。結果的に見て、楯無の企画は自分にとって、本当にありがたいものだったと翌日になって改めて実感し、少なくとも彼女に礼の一つは言っておこうと思うぐらいには感謝していた。

 

「そう思うなら一発本気で殴らせなさいッ!!」

 

だがまずは、皆に『E・N』を見て漏らしたこと、そして楯無が一夏の下着を盗んだことがあるってことを暴露した件を謝ろう…

 

 




○暫く妹に豚を見るような目で見つめられた楯無さん
○原因を知った直後、セイスのとこに殴り込みに行ったものの、待ち構えていた千冬さんに即座に捕獲された
○後日、一夏に言った内容をマドカに知られ、顔を真っ赤にしたセイス
○同時に、一夏に言った内容をセイスに知られ、顔を真っ赤にするマドカ
○最終的に、二人の中で例の会話は無かったことにされた


次回クリスマス特別企画、『アナザートライアングル・メリー修羅場マス編~雨のち青宝石~』、お楽しみに。


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IF未来 アナザートライアングル編 前編

お待たせしました、アナザートライアングル編です。

今回は最初から前中後編の三分割を想定しておりまして、今回はプロローグの意味合いもあって短めです。まだ完全には書き上がっておりませんが、前回はクリスマス特別企画と称したものの、途中からあんまりクリスマス要素無い気がしてきました…;

なので取り敢えず、いつも通りチマチマと書き上がり次第更新します。



 某国某所に、一軒の古びた教会が存在した。古い上にまともな手入れもされていない為、外見は既に廃墟の一歩手前になっており、特に夜は不気味すぎて近隣の住民でさえ近付かない程に不気味な雰囲気を醸し出している。しかし、このオンボロな見た目で一般人が寄って来ないことをこれ幸いとばかりに、信者でも無いのに足を運んで来る者が後を絶たず、おまけにその大半が明らかに堅気とは違う空気を漂わせていた。

 態々人目を避けながら、この教会を訪れる彼らの目的はただ一つ。

 

「嗚呼神よ聞いて下さい、俺はとんでもないことをやってしまいましたッ…」

 

誰にも言えない、己の罪を吐き出す…俗に言う懺悔である。

 

「俺は仲間に唆されて…いや、自分の欲に負けて、オレオレ詐欺に手を染めてしまいました。しかも後で知ったんですけど、よりによって狙った相手は近所のお婆ちゃんでした。金を奪われて、うちひしがれるお婆ちゃんを見たら、自分の仕出かしたことの重大さにやっと気付いて、それで、それで…」

 

 今宵もまた、一人の迷える子羊が己の罪を吐露しにきた。滅多に人が寄り付かないボロ教会故に、この場に来る者達の懺悔の内容、そして立場は一際後ろめたいものが多く、公には出来ないものが自然と多い傾向にあるが、一人分の椅子が置いてあるだけの懺悔室に駆け込んできた彼もそう言った輩の様である。浅はかにも軽い気持ちで犯罪に手を染めた愚か者は、今になって自分のやった事の意味を理解したは良いものの、そこからどうすれば良いのかは分からず、迷っている内に気付いたらここへと辿り着いた、と言ったところだろう。

 

「俺は、俺は一体どうすれば…」

「……今更後悔して、何をしても、あなたが自分で御婆さんを傷つけた事実は消えません…」

 

 利用者と教会の人間を隔てる懺悔室の薄い壁の向こうから聞こえてきた声に、詐欺を働いてしまった若者はビクリと肩を震わす。そんな彼の様子に構わず、声は続けられる…

 

「しかし自分の行った罪に対して、他人の手によって向き合わされるのと、自分の意思によって向き合うのとでは、天と地ほどの差があるという事を覚えておきなさい」

 

 その言葉に若者は一瞬だけ目を見開き、その後俯いて沈黙した。

 自分はこんな場所で、何をやっているのだろうか。自分の行いを後悔しており、罪悪感も感じているのならば、この様な場所では無く、もっと先に行くべき場所と、やるべきことがあるではないか。結局のところ、この期に及んで自分の身が可愛いかっただけではないか。

 

「神は言っています、迷った時は己の良心に従いなさい、と…」

 

 この一言が最後の一押しになったのだろうか、若者は即座に椅子から立ち上がり、足早に懺悔室を出て行った。向かう先は、本来ここよりも先に自分の罪を吐露するべき場所、警察署である。詐欺の話を持ちかけた仲間ごと自分の罪を洗い浚い吐くことになるだろうが、不思議と彼の足取りに迷いは無く、むしろ軽かった。

 壁越しにそのことを感じ取った教会の者は、若者に改心の兆しが見られたことに安堵し、人知れずホッと息を吐いた。しかし、すぐに教会の扉が開け放たれる音が聴こえ、新たな人の気配を感じとり気を取り直す。それとほぼ同時に、仕切りの壁の向こうにある懺悔室の扉が開けられ、中に誰かが入ってきた。

 

「神様聞いて下さい。私、とんでもないことをしちゃったっス…」

 

 その途端、懺悔室の奥の方からガタッ、と言う物音が響いてきた。

 

「今、なんか音したっスけど、大丈夫っスか?」

「椅子から転びそうになっただけです、気にしないで下さい。さ、どうぞ続けて」

 

 少し不審に思いながらも、新たな懺悔室の利用者…声からしてまだ若い女性、しかも恐らくまだ少女と呼べる年齢であろう彼女は、ポツポツと自分のしちゃったとんでもないこととやらを語り始めた。

 

「私には、愛してる人がいるっス。少なくとも、駆け落ち同然に故郷も何もかも捨てて、その人について行く位には愛してるっス」

 

 全部本当の事を言うと色々とややこしい事になるので、一部ボカして少女は喋っているが、話を聞かされている側は何故か、『駆け落ち』と言う言葉が出た時点で既に汗がダラダラと流れていた。そのことを知ってか知らずか…いや、壁のせいで顔が見えないので知らないのだろうが、彼女は話を続ける。

 

「その人…先輩と離れたくないが為、職場も先輩と同じ場所を選びました。新しい就職先は、巷では真っ黒な噂しか無かったので不安だらけでしたっスけど、先輩と一緒ならどんな環境にも耐えられると思ったし、むしろ二人で居られる時間が増えると思えば気楽でしたッス。まぁ、不安に関しては完全に杞憂だったんッスけど…」

 

 そう言って彼女…フォルテ・サファイアはこれまでのことを振り返り、同時に深い溜め息を零した。全てが変わった、あの京都での出来事から早くも三か月、その間にも色々な事があった。愛しの先輩ことダリル改めレインの親戚にして、直属の上司となったスコールには初っ端から世話になりっぱなしだったし、その彼女の副官にして恋人のオータムにも何だかんだ言って面倒を良く見て貰っている。互いにレズ同士であり、更に好みにも通ずるものがあったので、そこが大きかったのかもしれない。今はアメリカで活動中のシャドウ達とは顔合わせ出来ていないが、きっと良い関係を築けるだろう。少なくとも、万年仏頂面の年下な先輩よりかはまともな筈だ。別に嫌いな訳では無いし、嫌われてる訳でもないのだが、どうしてもフォレスト派の連中のように、あそこまで遠慮なく接する勇気が出ないのである。多分、世界最強にしてIS学園随一の鬼教師と同じ顔なのが原因だと思う。

 因みにそのフォレスト派のメンバーとは、何故かスコールの手により貸出組以外との交流を禁じられてしまった。彼女らが言う程彼らは、少なくともオランジュやセイス達を筆頭とした貸出メンバーは、そんなに悪い奴らでは無いと思うのだが、何でも自分に絶大な悪影響を及ぼすからとか、教育上あまり好ましくないとか良く分からない事を言っていた。結局はオータムにまで止められたので、彼女らの言う通りに控えているが、今もその理由は良く分からない。

 

「……て言うか亡国機業って、本当に悪の秘密結社なんスか? なんか、そこら辺の一般企業の方が余程ブラックな気がするんスけど…」

「あなたの居る場所が特殊過ぎるだけだと思います…」

「ん、何か言ったスか?」

「いえ、何も…」

 

 聞き逃した言葉が何だったのか少し気になったものの、既に頭の中で話が逸れ掛けていたので、気を取り直して話を再開するフォルテに反して、どうも壁の向こうの反応はイマイチである。それどころか、心なしか今すぐ家に帰りたい衝動に駆られているようにも思えたが、残念ながらそのことに気付いてくれる者は居ない。

 

「現状スコールさん達、そしてフォレスト一派の皆さんのお陰で充実した毎日を送れてるのは確かっス。しかし、しかしですよ? さっきも言いましたが、私は先輩と一緒に居たいから何もかも捨てて、職場まで変えたんス。なのに、肝心の先輩ときたら…」

 

 一息にそこまで言って、フォルテは途端に顔を俯かせ、荒ぶる感情を抑えつける様に身体をプルプルと震わせながら沈黙した。しかし、やがてそれらを一気に爆発させるようにガバッと顔を上げ、そして…

 

「最近、仕事にかこつけて全ッ然相手してくれないんス!!」

「待て」

「昨日も仕事、一昨日も仕事、三日前もその前も仕事ッ!! 帰ってきても仕事で疲れたとか言ってすぐにベッドへ直行、然る後即就寝ッ!!」 

「待って」

「先輩とキャッキャウフフな毎日を夢見てたのに、これじゃあIS学園に居た時の方がよっぽど二人の時間多かったじゃないっスかッ!! 『二人で世界を裏切ろうぜ』なんて中二臭い台詞で誘っときながら、結局は私のことは遊びだったんスかーーーーーッ!?」

「待てや落ち着けーーーーッ!!」

 

 今まで溜めに溜めた鬱憤と苛立ちを叩き付ける様に、教会の外にまで響く大声で吐き出されたフォルテの言霊化したストレスの数々。思わず壁の向こうからも悲鳴に似た制止の怒鳴り声が轟いたが、当の本人の耳にはまるで届かず、近所迷惑など一切顧みない彼女の心の叫びはまだ続く。

 

「しかも仕事で忙しいとか言っときながら、時たま艶々になって帰ってくる時があるのはどういうことっスか!? もう明らかにコレ不倫してるっすよ、絶対に浮気してるっスよ!! 倦怠期が来てポイされる十秒前っスよおおおおぉぉぉもう嫌だああああぁぁぁぁ私は何の為に家族も友人も後輩も裏切ってあの人についてきたと思ってるんスかああぁぁぁ!?」

「あの、取り敢えず落ち着きましょう。それと懺悔室は、愚痴では無く罪を吐き出す場所なんで…」

 

 何かもう完全にここが何処で、どう言った場所なのか忘れているであろうフォルテ。流石の壁の向こうの彼も困り果てたようで、取り敢えず彼女を直接宥め、そしてあわよくば教会の外につまみ出して近所の居酒屋にでも放り込んでやろうと、椅子から立ち上がった。

 

 

 

「だから私が先輩の浮気相手を寝取っちゃうなんて事態になるんスよおおおぉぉぉッ!!」

 

 

 

 直後、壁の向こうでドンガラガッシャンと、何かが盛大にすっ転ぶ音が聴こえてきた…




○スコールが野郎共と交流を控えさせたのは、エムの二の舞を防ぎたかったから
○次回はレイン
○次々回は元凶が登場

修羅場マス終わったら、そろそろアイ潜本編を再開する予定です。それでは、次もお楽しみにー



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IF未来 アナザートライアングル編 中編

どうも皆様、遅ればせながら新年おめでとう御座います。

年内にAT編終わらせるつもりが、今日まで時間取れず気付いたらこんな時期に;
て言うか去年更新した話数を改めて数えたら、滅茶苦茶少なかった。今年はもうちょい多く、そして早いペースで更新出来るように頑張りたいです…

何はともあれ、今年もよろしくお願いします。


 

 

「うわああああぁぁん先輩のバカああああああぁぁぁッ!!」

 最後にそう叫んで、フォルテは懺悔室から飛び出すように出ていった。懺悔らしい懺悔もせず、とんでもない爆弾発言を残して行った彼女に本来なら文句の一つでも言ったところでバチは当たらないと思うが、話を聞かされた本人は驚いた拍子に椅子から転げ落ちてしまい、内容が内容だった為に思考ごと身体がフリーズしてまともな受け答えも出来ず、勢いのまま逃げる様に去る彼女を見送る(壁越しなので見えないが…)ことしか出来なかった。

「……なんか、とんでもないこと知っちゃったなぁ…」

 教会から人の気配が無くなり、再び静寂がその場を支配したところで、漸く彼は我に返ることが出来た。明らかに聞いたら不味い内容だったが、元々懺悔室とはそう言うところ。見ず知らずの他人が人には言えない罪や過ちを壁越しの神父、もしくは神に告白する場所だ、もう割り切るしかない。まぁ尤も、自分は神でも無ければ神父でも無いし、さっきの彼女とは赤の他人と言うほど無関係な間柄でも無いのだが…

「っと、次の客か…」

 再び聴こえてきた、教会の扉が開かれる音と懺悔室に向かってくる足音。ただ心なしか、先程の真っ直ぐな足取りだったフォルテのものと違い、今度の足音はやけに不安定なリズムを刻んでいた。まるで酔っ払いの千鳥足のようにアッチへフラフラ、こっちにフラフラ、しまいには何かに躓いて転ぶ音まで聴こえてくる始末。

 聴くからに足取りの覚束ない、まだ見ぬ来客のことが微妙に心配になってきたが、教会の扉が開かれてからキッカリ2分後、とうとうそいつは懺悔室に入ってきた。あのヘロヘロの足音から察していたが案の定、かなり酒が入っているようで、そいつが入ってきた途端にアルコールの臭いが狭い懺悔室に充満してしまった。壁越しにも漂ってくるその臭いに、思わず彼は眉間に皺を寄せた。同時に相手がここを教会と認識せずに入ってきた、ただの酔っ払いだった場合、有無を言わせずここから摘み出すことを決意した。

「マスター、いつもの一本…」

 そして、聴こえてきたのは、またもや若い女性の声。しかし先程のフォルテとは違い、こちらの方が幾分ハスキーで大人びた印象を感じる。おまけに、明らかに女性の声なのだが、随分と男勝りな…いや、男前な雰囲気が壁の向こうから漂ってきている。だがやはり相当酔っ払っているのか、ここを教会ではなく自分の行きつけのバーか何かと勘違いしているようだ。全くもって、いい迷惑である。ところが…

「……今、変な音が聴こえたんだけど…?」

「いや、ちょっと転んで頭を打ち付けただけです…」

 意外な事に、彼は動かなかった。正確に言うなれば、動けなかった。やたら聞き覚えのある声と、神掛かったタイミングの悪さに思わず床に突っ伏してしまい、頭を抱える他無かったのである。これは神の悪戯なのか試練なのか、はたまた誰かの手による悪質なドッキリなのか。どちらにせよ、元凶に会えたとしたら、割と本気でぶん殴ろうと、彼は心に誓った。

「なぁマスター、ちょっと愚痴聞いてくれないか?」

「あぁもう、どうにもなーれ……私で良ければ、お伺いしましょう…」

本音を言うと、この酔っ払いが何を愚痴るのか気になった点も強い。それも、先程のフォルテの話を聞いた直後では尚更である。

「最近までさぁ、スコールおばさんからの命令で長期の仕事やってたんだけどさぁ…」

 スコールの秘蔵っ子として、IS学園で暗躍していたダリル改めレイン。京都での出来事を期にスコールの元へ戻り、今は再び直轄の部下として働いている。諸事情によりフォレスト派の連中とは今まで殆ど面識が無いに等しい状態だったが、元々の彼女の性格もあって彼らとはそれなりに上手くやっているとのことだ。最近はフォルテを連れながら、オランジュやバンビーノ達と飲み会に行くこともあるとか。

「本気で面倒くさかったけど、終わったらその分たっぷり休暇くれるって言うから頑張ったよ。超頑張って、そのクソ長い仕事を昨日の夜にやっと終わらせたんだよ」

 そんな彼女は先日、スコールからとある任務を与えられた。亡国機業傘下のとある裏組織が最近、どうにもキナ臭い動きを見せている為、その実態を探って来いと言うもので、ダリル・ケイシーとしての潜入任務が終わったばかりのレインにとっては非常に遠慮したい内容であった。最初は渋ったものの、これ以上フォレストに借りを作りたくないスコールも必死で中々諦めてくれず、最終的に報酬として長期休暇を貰う事で妥協した。余程フォレストに頼むのが嫌だったのか、その時スコールがレインに土下座までしたのは、彼女の名誉と誇りの為にも秘密である。

「これでやっと、フォルテとの二人の時間が取れると思った訳さ。待ちに待った休暇の為に、今までの疲れを取るために昼までグッスリ眠った訳さ…」

 予想通り、任務はそれなりに長くなった。しかも勝手に許可が出ると思っていたフォルテの同行は、貴重なIS保持者を二人も出すような仕事でもないと言うことで却下されてしまい、レインのモチベーションは最底辺まで急降下。代わりに寄越されたサポート役に理不尽な八つ当たりをしてみたが、その程度では少しも気分は晴れない。定期的にアジトへ、そしてフォルテの元へと一時的に戻ることは出来たが、ゆっくりする時間なんて殆ど無く、同時に誰かと会話する暇も無かったので、何の慰めにもならない。

 とは言え、これでも自分は人生の半分以上をこの道で生きている。受けてしまったからには、途中で仕事を投げ出すなんて真似は絶対にしない。それに、この仕事が終われば長期休暇が貰えるし、休暇中は絶対に仕事を回さないと言う言質もとった。終わりさえすれば、全てが報われる、楽しい楽しいフォルテと二人っきりの時間が待っている。そう思えば、このクソ面倒くさい任務もどうにか頑張る事が出来た。

 そして今日、対象が亡国機業を裏切ろうとしていた証拠を手に入れ、その落とし前を付けさせ、スコールに任務完了の承認と、約束の長期休暇を受け取ったのだ。スコールとサポート役のアイツに対しての挨拶もそこそこに、レインはスキップまでしそうな軽い足取りでフォルテの元へと向かったのである。ところが…

「なんでそのフォルテに、出会い頭に『先輩の浮気者、そしてゴメンなさいいぃぃ!!』って言われた挙げ句、逃げられる羽目になってんだ!?」

「えええぇぇ…」

 久々に面と向かい合った恋人が投げかけたのは、明確な拒絶。レインは何が起きたのか分からず、衝撃で思考が完全にフリーズしてしまい、逃げ去るようにその場から離れていくフォルテの背に手を伸ばすことはおろか、声を投げ掛けることも出来なかった。我に返った頃は既に時遅く、完全に行方を眩まされた後であった。どうにか探そうとしたものの、向こうも本気で逃げ隠れしているようで、昼頃に探し始めたにも関わらず、深夜になった今も見つけることが出来ずにいた。

「浮気者ってどう言うことだよぉ、オレがいつフォルテ以外の女とそんな関係になったって言うんだよぉ…て言うかゴメンなさいって何に対して謝ってるんだよぉ、もう本気で分からねぇよぉ……」

「あれ、仕事中に浮気した訳じゃないの?」

 思わずと言った感じで呟いた途端、数発の発砲音と同時に鉛玉が壁を突き破って飛んできた。彼はその場から飛び退き紙一重で避けきったが、仕切りと背後の壁には無数の弾痕が出来上がってしまった。しかし、それやった張本人はそんなこと知ったこっちゃ無いようで…

「オレが、フォルテ以外の女に、手ぇ出す訳無いだろがッ!!」

「し、仕事で潜入先の男相手にハニトラとか…」

「ちょっと色仕掛けみたいなことはしたが、キスすらしてねぇよ!! しかも今回の潜入先の連中、今は一人残らず永眠中だ馬鹿野郎ッ!!」

 そこまで聞いて、彼はオヤ?と思った。最近レインが殆ど相手してくれなかったと言うのは、フォルテの言う通りなのだろうが、壁越しの彼女の様子から察するに、原因は本当にスコールからの仕事のせいであって、断じて他の男に現を抜かしていた訳では無さそうだ。となると、フォルテは全く持って関係ない奴を寝取る…と言うか、単に性的に襲ったことになってしまうのだが、彼女は一体誰をレインの浮気相手と勘違いしてしまったのだろうか。

「あぁもう、どうしてこうなるんだよッ!! 私か、私が何かしたってのか、えぇオイ!?」

「お、おい落ち着け。壁で見えないが、恐らく持っているであろう、その物騒なモノを仕舞え」

 だが取りあえず今は、この酔っ払いが勢いに任せ、無差別に銃を乱射しないことを祈るばかりだ。一発か二発なら、馬鹿な若者が爆竹や花火で遊んでるとでも思われるかもしれないが、そう何度も銃声を響かせられたら近所に通報されかねない。

「へッ、こんなチンケな代物、アイツの持ってるモノと比べたら大し、たこ、と…」

「……どした…?」

 何やら下ネタ紛いな台詞が聴こえたと思ったら、急にレインの言葉が小さくなった。だが完全に黙った訳では無いようで、微妙にブツブツと何かを呟いている。怪訝に思い、壁に耳を当てて声を拾ってみることにしたのだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……違うんだ、アレは違うんだ浮気じゃ無いんだ…拒絶されてショックだった上に肝心のフォルテが見つかんなくて、自棄酒に溺れたところにアイツが現れて妙に優しくしてくれるからその場の雰囲気に流されたと言うか酒に呑まれたせいで正常な判断が出来なかったんだて言うかどの道オレは仕事中は他の女はおろか男にも手は出してないし出されても無いんだよさり気無く既に童貞卒業してたアイツと違ってさっきまで実質処女だったんだよマジで信じてくれぇ…」

 

 

 

---なんかもう、本当に聞いちゃいけないことばかり聞いてしまった…

 

「そもそもオレが、そうよこの私がアイツなんかと一緒にやる訳無いじゃない。きっと飲み過ぎたせいで碌でも無い夢を見たに決まって…」

 

 キャラも口調も壊し、薄っすらと残っていた記憶から目を逸らし、現実逃避を試みるレイン嬢。しかし、現実とは非情で無情なものであり、その程度で逃げ切ることなんて出来る筈も無い。それを示すかのように、拳銃を仕舞った表紙に彼女の懐から落ちてきた一枚の紙切れ。思わず拾い、そこに書かれた三つの言葉を読んでしまった彼女は、一瞬で絶望の底へと叩き落された。

 

 

 

・今日の日付・

 

・領収書・

 

・ラブホテル・

 

 

 

---銃声よりも遥かに大きな絶叫が轟いた…

 

 




○昨夜にレインが帰還、疲れたので即就寝
○朝になっても起きないレイン、フォルテの堪忍袋が切れる
○午前中、フォルテがとある男をレインの浮気相手と勘違いして襲う
○昼頃、起床してスコールに報告を終えたレインがフォルテから拒絶&謝罪される
○フォルテ逃走、レインは追跡するも見つけられず
○夜頃、打ちひしがれて酒場に入店、自棄酒
○顔見知りなアイツとやっちゃった訳で…
○再び自棄酒で現実逃避しながら彷徨い、フォルテと時間差で教会に←今ここ

新年最初の話がこんな内容で申し訳無い;


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IF未来 アナザートライアングル編 後編

大変お待たせしました、アナザートライアングル編完結です。

しかし、やっぱり皆彼らのことを理解してらっしゃる。感想読んだらもう誰が誰なのかモロバレしてて笑うしかなかったですwww


『ちょっとレインと一緒に仕事してきてくれない?』

 

 今思えば、この言葉が全ての始まりだった。

 スコールからの要請の元、フォレストの指示に従いレインのサポート役として、亡国機業の傘下でありながら裏切りを企てているらしいとある組織の実態調査に向かった。時間こそ掛かったが、調査対象が三流も良い所なポンコツ組織だったので、そんなに梃子摺る事こそなかったものの、一時的な相棒となったレインの扱いに関しては非常に手を焼いた。フォルテとの時間をパァにされたレインは常に不機嫌で、暇さえあればこっちに八つ当たりしてくるし、酷い時には報告なしの独断先行までされ、この短いようで長い期間の内に幾度となく肝を冷やしたものである。

 御機嫌取りして少しでも被害を少なくしようと試み、定期的にフォルテが居るアジトに帰れるように手配したり、長い愚痴に付き合ったり、上手く誘導して相手組織の人間にレストランやエステのサービス券などを貢がせたお蔭で、最終的に日頃の彼女の状態に戻すことが出来た。むしろ、前よりそれなりに仲良くなれたんじゃないだろうか?

 とにかく無事に仕事も終わり、フォレストとスコールへの報告も済ませた。本当はスコールへの報告は、レインが自分で翌朝にするからしなくて良いと言っていたのだが、あの凄ぇ眠そうな様子からして、絶対に翌日の昼まで寝てそうな気がしたので代わりにしといたのである。余談だが、その時スコールの顔に『あ、駄目だこりゃ…』と書いてあったのだが、アレはどういう意味だったのだろうか。あの時は疲れていたし、直後にあんなことがあったので殆ど気にしてなかったのだが、今思い返すと嫌な予感しかしない。

 

『見つけたっスよ、この泥棒猫ッ!!』

 

 因みに、あんなこととは、こんな言葉から始まった。アジトへ帰ろうとしていた最中、いきなりフォルテにこんなことを言われた挙句ブッ飛ばされ、気絶させられてしまったのである。そして気が付いた時には、フォルテの部屋に連れ込まれ、手錠で拘束された状態で床に転がされており、周囲に目を配るとこの状況を作った張本人が頭を抱えて何やら葛藤している姿が視界に入った。

 もう何がなんだか訳が分からなかったがフォルテの『泥棒猫』と言うセリフと、かなり長い時間を掛けて自分がレインと一緒に仕事していたことを思い出し、彼女がとんでもない勘違いをしていることを悟った。しかし、どうにか誤解を解こうと声を掛けるもフォルテは一切耳を貸さず、それどころか先程から部屋の中を右往左往していた。

 

『やんわりと説得すべきか、二度と近付かない様に脅すべきか…でも、この人と先輩が相思相愛だったら、身を引くべきなのは私の方なんじゃ……いや、でも、やっぱり許せない……殺すべきか………けれど、この人が先輩を奪ったんじゃなくて、先輩が私を捨てたのだとしたら………あああああああああぁぁぁぁぁ私はどうすれば良いんスかっ!?』

 

 最初は嫉妬と憎しみに身を任せ俺を殺すべきか、理性に従って説得の道を選ぶべきか、大きく分けてこの二つの選択肢に頭を悩ませていたフォルテ。しかし万が一にも選択肢を誤れば、レインとの仲が完全に破綻するのではないかと言う恐怖が、彼女に全てを躊躇させていた。彼女が部屋の奥から包丁を持ってきた時は本気で死を覚悟したが、それを躊躇うだけの理性が残っていて本当に良かったと思う。そもそも浮気は誤解なので、俺を殺そうが殺さまいがレインはなんとも思わないのだが、何度言っても聞いちゃくれない。

 勝手にとんでもない勘違いをするとこと言い、人の話を全く聞かないとこと言い、そこまで面識が無かったので今までフォルテに対してこれと言った印象は抱いてなかったが、今回の件で俺の彼女に対する印象は完全に『アホの子』になった。

 

『そうだ…私が、この人を先輩から奪えば良いんっスよ……』

 

 訂正、ただの馬鹿だ。おい服を脱ぐな、そして脱がすな馬鹿野郎。取りあえず落ち着け、その小柄な身体に不釣合いの妖艶な微笑を引っ込めてくれ、怖いから。ちょっ待て早まるな、寄るな、よせ、やめッ…

 

『ふ、ふふふ……いただきますっス…』

 

 

 アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 結局、抵抗空しく美味しくいただかれ、同時に美味しくいただいてしまった。フォルテは、そう言う行為そのものには慣れていたようだが、男とやるのは初めてだったのようで、ヤケクソ気味に悪ノリしたらいつの間にか立場が逆転しており、気付いたら艶々になって恍惚の表情を浮かべながら、隣で一人夢の世界へと旅立っていた。可愛い寝顔しやがって、この野郎…

 さて、どさくさに紛れて拘束は解かせてもらったものの、状況は最悪である。過程はどうあれ、あのフォルテとやるだけやったのである、フォルテとやってしまったのである。フォレスト一派にスモール・スコールと陰で呼ばれてる、レインの女に手を出してしまったのである。もしこの事実を彼女に知られたら、立場とか派閥とか関係なく惨殺される。直前まで一緒に任務してたから余計に確信しているが、例えスコールが宥めようとも、確実に止まらないだろう。こんな理由でこの相手に口封じは問題外、かと言ってこの馬鹿に隠し事は無理そうなので口止めも不可能。となれば最後の手段、フォルテが寝ている今の内に、色々と偽造工作をして、さっきのことは勘違いとか夢オチだったと思い込んでもらッ…

 

『あ、おはよう御座いますっス…』

 

 俺に現場組のような真似は無理だった。脱がされた衣服を手に取った瞬間にフォルテが目を覚まし、彼女もまた俺に合わせるようにして脱いだ服を身に纏い始めた。そして互いに服を着てから数分後、謎の沈黙が二人の間に続いたが、段々とフォルテの顔色が変わっていった。やがて顔を真っ赤に染め上げたフォルテは奇声染みた悲鳴を上げ、止める暇も無く部屋から脱兎の如く逃げ出してしまったのである。あの様子だと、先程までの記憶はしっかりと残っているのだろう。俺の人生、終了のお知らせである。

 もう打てる手は無く、自分に出来るのはただ死神レインが訪れるのを待つだけ。絶望に苛まれ、重い足取りでその場を後にした俺は、当ても無く街を彷徨った。そして時間も忘れ日が暮れるまで歩き続けていたら雨が降り出したので、近くにあった居酒屋に足を踏み入れた。そして店員に案内されるがまま、カウンター席に座ったのだが…

 

---何故か、隣に酔いつぶれたレインが居た…

 

 一瞬で頭が真っ白になり、思考だけでなく心臓も停止したかと思った。しかも、こっちが向こうに気付いたのと同時に、向こうもこっちに気付いたようでバッチリと目が合ってしまった。反射的に逃げようとしたが、既に彼女の手は自身の肩をガッチリと掴んでおり、それは叶わなかった。

 

『よぉ、奇遇だな……ちょっと、付き合ってくれないか…?』

 

 全てを諦め、椅子に座りなおした俺は覚悟を決めた。 嗚呼、なんとも短く呆気ない人生だった。この世に対する未練が山のようにあるので、もしかしたら例の怪奇コンビみたいに幽霊になって留まることが出来たりするのだろうか。そうなったら、かつての悪友達の秘密を根こそぎ暴いて晒してやるのも面白いかもしれない。そんな風に、半ば現実逃避するかのように、くだらないことを考えながらレインからの鉄槌に身構えた。

 

『実はさっきなぁ、フォルテに振られた挙句、逃げられたんだよ。ハハッ、もう意味分かんねぇ…』

 

 ところが意外な事に彼女の口から出てきたのは、死刑宣告ではなくやけに悲壮感の篭った愚痴。何でも、昼頃にフォルテに会ったら拒絶と謝罪の言葉を叩き付けられた挙句、逃げられてしまったそうだ。しかも、即座に追いかけたにも関わらず、未だにフォルテのことは見つけられていないとか。もしレインの言うことが事実ならば、奇跡的なことにフォルテは俺とナニかしたことを彼女に言っていない。つまりバレてないのだ、フォルテに手を出したことが。そのことに気付いた途端、思わず歓喜の叫びを上げそうになったが、残った理性を総動員してそれは抑えた。しかしバレてないだけであり、やったことは事実で、その事実を知られてはいけない奴が目の前に居るのが現実。依然として、気は抜けない。

 その後はもう、ひたすらレインの愚痴と酒に付き合った。何かの拍子にボロが出ないようにビクビクしながらも、彼女の話に付き合い、適度に相槌を打ち、ひたすら酒を共に飲んだ。なんか途中からフォルテの話からスコールの姉御に対する愚痴と悪口に変わってたが、フォルテとの件を完全に忘れることが出来たら、それなりに楽しかったと思う。良く考えれば彼女と自分は同い年で、立場も似たようなものだから、元から気が合うのかもしれない。その最中、既に潰れかけていたレインの酔いが更に回り、スコールの呼称が『スコールおばさん』から『クソババァ』に変わった頃、唐突に彼女はこちらを静かに見つめ出した。 

 

『お前って、見た目に寄らず良い奴だよな。仕事やってた時も面倒だったろうに、不貞腐れるオレのことを気遣ってくれるしさ。今もこうして話に付き合ってくれるし、本当、お前って何気に良い男だよ…』

 

 いきなりそんなことを言い出したかと思うと、グラスに残ってた酒を一気に煽った。そして今までに見せたことの無い、思わず見惚れてしまう様な、完全な女の顔を向けてきた。そして固まってしまった俺が動かないのを良いことに、自身の口を耳元に近付けて、囁く様に呟いた。

 

 

『ねぇお願い、もっとオレを…私を、慰めて。嫌な事全部、忘れさせて……』

 

 

 

 その瞬間、俺の理性は弾け飛んだ…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「今思うと、俺も相当飲んでたんだよね。そのせいか頭も碌に働かなくてさ、気付いたらラブホのベッドの上でレインと寝てた。目ぇ覚まして我に返った途端、コレはもう流石にヤバイと思って、半ばパニック状態になりながら大慌てでホテルから逃げ出してきちまった訳なんだけど……どうしよう、レイン放置してきちゃった…」

「取りあえず、一言だけ言わせて下さい。マジで何してんだド阿呆」

 

 結局、一日で二人の女、しかも恋人同士の二人と致してしまったこの男。その後、逃げ出したは良いが、自ら悪化させた状況に今度こそ途方に暮れた。暫く街を彷徨っていたのだが、偶然この教会の近くを通り掛り、足を踏み入れた。そして迷うことなく懺悔室の扉を開き、誰にも相談出来ない、自分の身に降りかかった今日の出来事を全て吐き出した。

 壁の向こうでこの阿呆の話を最後まで聞いていた教会の者は、もう呆れるしか無かった。ぶっちゃけ、目の前の壁が無ければ二,三発引っ叩いても良いのではないかと思った。だが、もう少しだけ我慢だ。

 

「それでテメェは…失礼、あなたはこれから、どうするつもりですか?」

 

 

―--全ては、これに対する返答次第である…

 

 

「これから二人に会いに行く。そんで全部、何もかも白状する…」

 

 

 その返答に、壁の向こうから『ほう?』と言う言葉が聞こえてきた。しかし、それに構わず男は言葉を続ける。

 

「幾らなんでも、コレは駄目だ。一度目は不可抗力と言えなくも無ぇけど、二度目は間違いなく俺が悪い。しかも二度目に至っては、相手が弱っているところにつけ込んだ形になってるし、そもそも弱った原因を作ったのは俺だし、やってること最低じゃないか…」

 

 そもそも相手が知らないのを良いことに、寝取った(?)女の恋人とその日の内にやるとか論外である。フォルテに襲われた時、もっと真剣に抵抗すれば逃げ出せた可能性はあったかもしれない。レインに出くわした時、さっさとフォルテとのことを白状していれば、ここまで話が拗れることも無かったろう。全ては自分が蒔いた種、その責任も取らずして何が男か。このまま自分で自身が嫌悪するクズに成り下がるくらいならば、潔くあの二人に殺される方がマシである。それに何より、今になって改めて気付いたが、自分はあの二人のことが…

 

「とにかく例え殺されようが、ケジメはつける。そして、もしも許されたなら、もしも許されるのなら…」

「あ、そう言うの良いから。とっとと出て行け二股クソ野郎」

「酷ぇなオイ!?」

 

 決意表明をバッサリ切り捨てられ憤慨するも、向こうは知ったこっちゃ無いと言わんばかりに無視を決め込んだ。その後しばらく男は喚き続けたが、いつまで経っても返事は無く、やがて諦めて席を立った。しかし、懺悔室の扉に手をかけた途端、不意に壁の向こうから言葉を投げかけられた。

 

「神は言っています。この御時勢、馬鹿を見る正直者と、甘い汁を吸い続ける嘘吐きは、限りなく多いことでしょう…」

 

―――しかし…

 

「正直者も、嘘吐きも、罪を犯せば、犯した罪の分だけ罰を受ける。唯一違うのは、前者は罪を犯す度に罰をこまめに受け、後者は罪を嘘で隠す度に、膨れ上がり重くなった罰を一度に受ける、この点だけです。貴方は一体、どちらなのでしょうね?」

 

 その瞬間、懺悔室の扉が勢いよく開かれた。彼が咄嗟に視線を向けると、そこには…

 

「その身を張って、是非とも教えてくれ。精々死ぬなよ、阿呆専門オランジュ」

 

 

 金と黒の美少女が二人、仁王立ちしていた…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

―――翌日…

 

 

「あ゛あああぁぁぁ死ぬかと思ったああぁぁぁ…」

「おう、無事で何よりだ」

「他人事だと思いやがって…」

「実際そうだし」

 

 次の日の夜、彼は…オランジュは五体満足で、行きつけのバーでセイス、バンビーノ、アイゼン、そしてマドカ達いつものメンバーと飲み会に興じていた。

あの後二人に、特にレインにはボコボコにされたものの、どうにか許して貰えたオランジュだったが、その日の内に、互いのの上司に事の顛末を報告し、更に事情を詳しく説明をすることになり、先程やっと尋問…もとい事情聴取が終わったのである。やっと諸々の問題が片付いたオランジュは今までの緊張と疲労からか、カウンター席でぐったりと身を投げ出していた程だ。

 余所の派閥、それもスコールの身内に二人も手を出したこともあってか、お話は非常に長引いた。しかし当事者三人それぞれにも非があったこと、フォレストが助け船を出してくれたことにより、なんとか命を獲られるような事態にはならなかった。事情聴取の最中、『まぁ良かったじゃないか、ちょっと斜め方向だけど君が望んだ結果になって』とフォレストが言った瞬間、スコールは顔色を変えてオランジュへの追及をやめてしまったのだが、果たしてどう言う意味だったのだろうか。まぁ尤も全てから解放され、精神的に余裕の出来た今なら、なんとなく二人の考えていたことに察しはついているのだが、今はもう忘れてしまおう。

 

「それよかお前、結局あの二人とはどうなったんだ?」

「どうも何も、あの後…」

 

 バンビーノからの問いへの返事を中断し、突然オランジュはカウンターへと飛びこむようにして身を乗り出した。そして彼がカウンターの裏側へと隠れると同時に店の扉が開かれ、新たな客が二人、入ってきた。一人は、まるでモデルの様な体型の金髪少女。もう一人は、猫を連想させる程の小柄な、黒髪の少女だ。

 

「「オランジュ(さん)は?」」

 

 二人の美少女、レインとフォルテの問いに、その場に居た全員がカウンターの裏…ではなく、少し離れたスタッフルームの扉を指差した。それを確認するや否や、彼女らはズンズンとスタッフルームへと足を進め、迷う事無く扉を開けて中に入った。その直後、中から『ぐああぁアイツらああぁ!?』と言う叫び声と、ドッタンバッタンと何かが暴れる音が聴こえてきたが段々と静かになり、やがて二人に両腕をガッチリホールドされたオランジュが、連行される犯人の如く引き摺られるようにして出てきた。

 

「ま、待て落ち着け、まずは話し合おう!!」

「この期に及んで逃げ出した言い訳は一応聞いてやる、ベッドの上でな」

「今日は眠らせる気無いんで、そこんとこよろしくっス」

「いやキズモノにした責任は取るって言ったけど、いきなりコレは無いだろ!? じゃあせめて、せめて二人同時はヤメッ…」

「「却下」」

 

 そのままオランジュは二人の手によって、店の外へと連れ出されてしまった。店の扉が閉まる直前まで助けを求めるような視線を皆に向けていたが、最後まで彼に救いの手は差し伸べられることは無かった。ていうか、誰もオランジュと目を合わせてくれなかった…

 

「アイツ、爆発しないかなぁ…」

「バンビーノ、目が据わってるぞ?」

 

何だかんだ言ってあの三人は相性が良かったのか、今後もあんな感じで付き合う事になったらしい。完全にオランジュが二人に振り回される…どころかぶん回されている気もするが、何気にオランジュはあの二人よりは異性との接し方と言うものを弁えているし、本人も満更でも無さそうだったので大丈夫だろう。

 余談だが、そんなことになるとはを微塵も予期せず、秘蔵っ子がオランジュを勝手に骨抜きにすることを信じて疑わなかった故に、何も告げず二人を長く組ませた結果、こんな事態に陥ったことに頭を抱えた者が居たりする。

 

「それはさて置きセイス、面白い話があるって言ってたけど、一体なんなの?」

「あぁ、実は仕事中にとんでもないことが起きてな。取り敢えず、今朝まで俺が教会の懺悔室で盗聴任務やってたのは言ったよな?」

 

 

―――ピシリッ!!

 

 

「フォレスト一派恒例のアレだろ、盗聴任務って言うか、エセ神父代行の…」

「て言うか、それでオランジュの二股騒動を知ったんでしょ?」

「それがさ、オランジュ達の後にも懺悔に来た奴が居たんだが、そいつの話があまりに笑えてな。なんでもそいつは一昨年のクリスマスに、友達に対して悪戯を仕掛けたそうだ」

 

―――ガシャン、パリンッ!!

 

「うぉい、どうしたエム!?」

「いや、ちょっと手が滑った。少し飲み過ぎたかもしれん、外で風に当たってくる」

 

 そう言ってマドカは店の外に出ようと席を立ったのだが、その場から一歩も動くことが出来なかった。割と本気で力の込められた、セイスの腕がガッチリと彼女の腕を掴んでいたのだ。

 

「おいおい、これからがこの話の面白いところなんだ、折角だし最後まで聞いていけ。ほら、座れよ」

「いや聞きたいのは山々なんだが、ちょっと気分が悪い。ここ最近冷え込んできたから、もしかしたら風邪を拗らせたのかもしれないし、スマンが今日のところは先に帰らせてもらッ…」

「座れ」

「ア、ハイ…」

 

 微塵も反論する気力が湧かない位に低い声で言われ、マドカは大人しく席に座り直した。それを確認したセイスは、話の続きを喋り出す。

 

「当日、そいつは仕事をサボり、悪戯の標的を含めた友人達が参加している余所のクリスマスパーティにこっそり忍び込んだそうだ」

 

 上司からの仕事を放棄するのも、友達に悪戯を仕掛けるのも、そいつにとっては日常茶飯事。その時も、いつもと同じように軽い気持ちで仕事を抜け出し、例の悪友達が集う宴の席へと足へと踏み入れ、くだらなくも楽しい企みの為に全力で裏工作を始めた。

 

「すっかり御馴染みの存在になっていたせいか、そいつは会場に顔パスで入場。そしてパーティの御馳走を食い漁りながら歩き回り、悪戯の標的が食べる予定なのだろうケーキを発見し、土産と称して持参した火薬入りケーキとすり替えた。早い話が、バラエティ番組でよくやってるケーキ爆破の再現を狙ったんだろうな」

 

 パーティ会場で一際存在感を放っていた、豪華なクリスマスケーキ。パーティ会場には自分や悪友達と同じ世代の若い面子も居るには居るが、やはり大半は大人達だ。甘い物が嫌いとは言ってなかったし、あのケーキは間違いなく悪友達の口に運ばれることだろう。故に躊躇う事無く、クリスマスケーキと爆弾ケーキをすり替えた。そして悪戯の成功を確信したそいつは、大量のお土産を両手に意気揚々と帰っていったのだが…

 

「ところが、そこで誤算が生じた。てっきり悪戯の標的が食べると思っていたケーキは、なんと標的の上司のものだったんだ。そいつも、上司も、そんなこと知るよしもなく、爆弾ケーキはそのまま…」

 

 悪友達が食べると信じて疑わなかった、あのクリスマスケーキ。あろうことかアレは、彼らの上司のものだった。真面目で厳しい性格な上に最強の実力、そしてその風貌と性格に似合わず甘い物が大好物なことで有名なその上司が、軽い破裂音と共に弾けたケーキによって顔面をクリームだらけにされた瞬間、パーティ会場は一瞬にして地獄絵図と化した。

 

「とっくに会場から逃げ去っていたせいもあって、その事実を知ったのは翌日、怒り狂った上司のせいでボロボロにされた友人達に話を聞かされてからだったそうだ。相手を酷い目に合わせようとしたのは確かだが、当初の計画よりも被害のレベルと規模があまりにでか過ぎて流石にヤバイと思ったものの、幸いなことに悪戯の犯人が自分であることはバレてねぇし、白状したらしたですんげぇ怒られると思って、今も当時の被害者達には事実を黙ったままらしい」

 

 『以上、面白い話でした』…セイスのその言葉と同時に、4人の間に重苦しい沈黙が流れた。面白い話と称した割には、誰一人として笑っていなかったが、そんなの知ったこっちゃないと言わんばかりにセイスは飲み物を口に運んだ。バンビーノとアイゼンも彼の態度を特に気にした様子は無く、何も言わない。ただ、何故かマドカは顔を青褪めさせ、まるで何かに怯えるようにカタカタと身体を震わせていた。

 

「ところで、一昨年のクリスマスのこと、覚えてるか?」

「爆発してたなクリスマスケーキ、兄貴の」

「その場に居た全員殴られたよね、兄貴に」

「おおっとスコールから緊急通信だすまないが先に帰らせて貰うぞおおぉぉ!!」

 

 露骨に白々しい台詞を吐きながら、マドカは素早い身のこなしで席から立ち上がり、店の出口へと駆け出した。しかし、それを軽く超えるスピードで動いたアイゼンに足を払われ、宙で一回転したところをセイスに御姫様抱っこで受け止められ、さっき座っていた席に優しく降ろされてしまった。

 まるで判決待ちの罪人の如く、優れない顔色で恐怖に震えるマドカの肩にポンっとセイスの手が置かれ、彼女はビクリと一層大きく身体を震わせたが、それに反してセイスはとても笑顔だ。それはもう怖くて直視できない位に、とても良い笑顔だ。その笑顔で、彼はこんなことを言い出した。

 

「ところでマドカ、お前このまえ、モンハンク○スで初めてディノバ○ド倒したとか言ってたよな?」

「え、まぁ…」

 

 予想外の言葉に思わず素で返事をしてしまったが、次の瞬間…

 

「おんやぁ、何故かこんなところに青くて遊牧民チックな民族衣装がー」

「は?」

「アレレー、いつの間にか猫耳カチューシャまであるぞー」

「ハァ?」

 

  バンビーノとアイゼンがそんなことを言って、言葉通りの衣装と小道具を取り出した。事前にセイスに『持って来い』と言われた理由が分かったこともあり、疑問が解けた二人の表情はやけにスッキリしており、同時に非常に悪い顔をしていた。二人の様子に嫌な予感を覚えたマドカだったが、その予想は見事に当たった。突如、店の扉が開かれ、見慣れた眼鏡の男…フォレスト一派のメテオラが入ってきた。そして…

 

 

「エムさんが踊り付きでト○ベルナ熱唱してくれると聞いて!!」

 

 

 撮影機材一式を持参してきた彼の言葉を耳にした瞬間、マドカは先程のオランジュのようにカウンターの裏側へと飛び込むような勢いで席から離れようとした。だが両腕と襟首をセイス達3人掛かりで掴まれ、再び席に引き戻されてしまった。しかし今度は、今から自分が何をされるのかを理解したマドカは恥も外聞も捨てて喚きながら、ジタバタと暴れながら必死に抵抗する。あの格好で、あんな恥ずかしい踊りと歌を披露するくらいなら、いっそこの場に居る3人に袋叩きにされる方が余程マシである。しかもコイツら、いつだかのマド☆マギ合成写真の時のように、撮影した映像をばら撒く気満々ではないか。精神的にも社会的にも殺しにかかっている辺り、明らかに本気で怒っている。

 けれども、あの大参事を引き起こしといて何の詫びも無く、二年間も黙っていたことを許す気は3人には無い。それでもマドカは一縷の望みを懸けて、セイス達に許しを請う。

 

 

「あ、謝れと言うなら幾らでも謝る、ティーガーに殴られてこいと言うなら殴られに行く!! だから、後生だからそれだけは許しッ…」

「エムを酷い目に遭わすと聞いて!!」

「オータム貴様あああああぁぁぁぁぁ!?」

「あ、オータム丁度良いところに。マドカを向こうでコレに着替えさせてやってくれ」

「任せろ。ほらエム、こっち来い!!」

「ふざけるなぁ!! よ、よせ、やめろおおおおぉぉぉ!?」

 

 結局この後、皆の前で滅茶苦茶ニャンニャン♪させられたのは言うまでもない…




○マドカの罰ゲームの詳細は『MHX』、『エンディング』で調べれば分かると思います
○3人とも相思相愛な三角関係で落ち着いた模様
○セイス達を狙って仕掛けたケーキ爆弾、まさかの誤爆で虎が激オコぷんぷん丸
○反射的にその場から逃げてしまった全員が、犯人と誤解されブッ飛ばされました
○でも冷静になったら流石に大人げなかったと反省し、全員に謝った
○因みに後にも先にも、虎の兄貴が皆に土下座したのはこの時だけ

やっぱりアイ潜はセイスとマドカのやり取り書いてる時が一番筆が進むwww

次は約一年ぶりに本編を更新したいと思います。相変わらず亀更新ですが、首を長くして待って頂けたら幸いです。それでは、次回をお楽しみに~


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IF未来 アナザートライアングル2 前編 

ぶっちゃけ不調です、その内に書き直すかもしれません…


 

 

 

 『ファントム』と言う名を聞いて、闇社会の住人が示す反応は様々だ。『彼はまさに一流だ』と称賛する声もあれば、『野郎、次に会ったら殺してやる』と吐き捨てる者も居るし、『もう二度と関わりたく無い』と名前を聞いた途端に脱兎の如く逃げ出した奴も出た。神出鬼没、正体不明、関わった者に成功と破滅を齎す彼は、まさに悪魔のような男と言えよう。

 その悪魔が、亡国機業の重鎮フォレストの弟子にして、組織の次期盟主候補であることは、ごく一部の者しか知らず、そして彼が最近二人の女性と同時に関係を持ったことを知る者は更に少ない。

 

「さぁ、いい加減に観念して吐け」

「まぁ真相を聞いたところで許すかどうかは別問題っスけどね」

 

 しかし、その悪魔は現在、荒ぶる交際相手二人の前で正座させられていた…

 

「待って、本当に待って、今回はマジで身に覚えが無いぞ俺ッ!!」

 

 都内某所にある喫茶店、ちょっとフォレスト一派と縁があるので色々と融通の利くこの店を貸しきりにしてまで行われていたのは、プロも真っ青な尋問である。

 例の事件を切っ掛けに、正式に交際をスタートさせたオランジュとレイン、そしてフォルテの三人。現在は普通に三人揃ってデートに出掛けたり、互いに居ない所で惚気たりと、寂しい独り身な組織仲間に精神的ダメージ与えながら、普通とは程遠いが順調且つ良好な関係を築きつつあった。

 が、本日の朝、突如として異変が起きる。何故か朝っぱらから、レインとフォルテが尋常じゃないくらいに殺気立っていたのだ。即座に気付いたオランジュは、二人が自分に対してキレているのは直感で分かったのだが、どうしても心当たりが無かったので、取り敢えずほとぼりが冷めるまで逃げる事にした。そして逃げてる間に二人の機嫌が悪い原因を突き止め、対策を考えようとしていたのだった。

 

「て言うかエム、この野郎!!」

「すまないオランジュ、どうしても断ることが出来なかったんだ」

 

 だが、その目論見はマドカから届いた『セイス達と喫茶店に居るからお前も来い』と言うメールにより、一時間足らずで破綻した。喫茶店で心を落ち着かせ、ついでにマドカとセイスに相談しようと思ってノコノコと店にやって来たオランジュを出迎えたのは、誘ってきた本人であるマドカにセイス、バンビーノ、アイゼン、そして阿修羅すら裸足で逃げ出しかねない怒気を纏ったレインとフォルテの二人だった。

 

「くっそう、エムに言う事を聞かせるなんて姉御ですら滅茶苦茶苦労するって言うのに、まさかこうもあっさり従わせるなんて。いったい、どんな手を使いやがった…」

「はいエム、報酬のプリンっすよ」

「確かに受け取った」

「ふざっけんなッ!!」

 

 そして阿呆専門が歴戦の現場組5人と元代表候補性に太刀打ちできる筈も無く、御覧の有様だ。店内のど真ん中、仁王立ちする二人の前で正座させられて縮こまるオランジュの姿は、いっそ哀れですらあった。

 

「テメェ、プリン一個でそこそこ長い付き合いの同僚を売りやがったのか。幾らだ、いったいお値段幾らのプリンで俺を売りやがった!?」

「そこらのコンビニで売ってる、逆さにしてプチってやる奴っスよ?」

「俺の価値プ○チンプリン以下!?」

 

 流石に声を荒げるオランジュだったが、ガッ!!とレインに頭を鷲掴みされたことによって、あっさりと口を閉じた。思いのほか強い握力にビビり、同時に寄せてきた怒れる彼女の顔にビビり、ついでに彼女の肩越しに見えたフォルテの目がヤバいことになっていることに気付いてビビってしまった今、何か余計なことを喋る気力は、オランジュの中から微塵も残らず消し飛んだ。そして、オランジュが思わずゴクリと息を呑むのと同時に、レインは口を開く。

 

「オランジュ」

「は、はい…」

「お前、言ったよな。オレとフォルテ、両方を傷物にした責任は取るって」

「はい、言いました」

「仕事の関係で止むを得ない時を除いて、オレとフォルテ以外の女には手を出さないとも言ったよな」

「言いました」

「何より、事の始まりはあんなだったが、オレとフォルテのこと、本気で愛してるって、言ったよな」

「言った」

 

 内心震えていたが、言葉に嘘は無い。始まりこそあんなだったけども、今のオランジュにとってレインとフォルテは掛け替えのない大切な存在だ。趣味と言っても過言では無かったナンパもやめ、あれだけ情熱を捧げていたシャルロッ党突撃隊長の座も捨てた辺り、彼の本気度が窺えよう。そんな彼の気持ちをレインとフォルテもしっかりと感じており、同様に彼の事を心から好いていた。だからこそ余計に…

 

 

「じゃあ昨日、近所の遊園地で一緒に腕組んで歩いてた女は誰なんだぁ!?」

「だから知らないってば!!」

 

 

 この騒動が収束するには、まだまだ時間が掛かりそうだ…

 

「そもそも俺、昨日は1日中部屋に籠ってて外には出てないんだよ。ここ最近、遊園地どころか公園にすら行ってねぇわ、人違いじゃねぇの!?」

「オレがお前を見間違える訳ねーだろが!! ついでに、その女相手に鼻の下伸ばしてるとこまでバッチリ確認済みだっつうの。しかもあの顔、遊びとか仕事の時とは違う、オレとフォルテに向けるのと同じ完全に本気の時の顔だったじゃねーか!!」

 

 掴む場所を頭から胸倉に変え、ガクガクと揺さぶりながら二重の意味でオランジュを吊し上げるレイン。一方のフォルテは、レインの言葉を真っ向から否定するオランジュのことをジッと見つめ続けているだけだったが、その表情は完全に無そのものであり、彼に向ける視線に至ってはゾッとするくらいに冷たい。

 そんな炎と氷、彼女達の専用機を連想させる二つの怒気に晒され、心がポッキリ逝きそうになっても尚、オランジュは浮気を認めようとせず、否定の言葉を続ける。そして、そんな3人の傍で暢気にプリンを皿にプッチンするマドカ。店内は、これまでに無い位カオスな空気に包まれていた。

 

「なぁ、どう思う?」

「どうって言われてもな…」

 

 対して喫茶店の一番奥、テーブル席の一角で対岸の大火事を眺めているのは、マドカに付き合わされる形でレイン達に協力する羽目になったセイスとバンビーノ、そしてアイゼンの三人である。オランジュを捕縛した後、野次馬根性丸出しで話を聞いていたのだが、内容が思いのほかアレだったものなので、変に飛び火する前に当事者達からやや離れた場所に移動して、遠くから事の成り行きを見守っていた。

 朝っぱらからマドカに呼ばれ、待ち合わせの喫茶店に行ってみて現れたのは、現場組トリオですら怯む程の怒気を纏ったレインとフォルテ。話を聞いてみたところ、昨日レインは次のデートコースの下見に一人で遊園地へ行った時に、オランジュが見知らぬ女と一緒に居たのを目撃したとか。今日になってその事をフォルテと共に本人に問い詰めようとしたのだが、当のオランジュが勘付いて逃走。業を煮やした二人はマドカに協力を求め、そのマドカはセイス達に協力を要請し、現在に至る訳だが…

 

「実際、レインの言ってる時間帯にオランジュが隠し部屋に居なかったのは事実だし、特に仕事も任務も無かった筈だ。まぁ、旦那からの密命って線もあるけど…」

 

 呼ばれた理由を聞かされた当初は心の底から『知らんがな』と思ったが、冷静に考えると痴情の縺れとは言え、この三人だと最悪の場合、死人(死ぬとしたら十中八九オランジュだが…)が出る事態に発展しかねない。本当に浮気しているのならともかく、オランジュの言う通り本当に誤解だったら流石に不憫だ。

 とは言えセイスの言う通り当時のオランジュには、アリバイが無い。レインの言う時間帯にオランジュを見た奴は居ないし、本人から何かしらの予定を聞いた覚えも無い。最も可能性の高いフォレストからオランジュへの勅命の類も、よっぽどの事情が無い限りセイス達では確認する事が出来ない。まぁ今のオランジュの状況を伝えれば、フォレストなら教えてくれそうな気もするが…

 

「やっぱりやっちゃったのか、浮気?」

「いやいや幾ら阿呆専門だからって、あの二人が居るのに浮気したらどうなるかぐらい分かるだろ」

「て言うか最近、オランジュの前でレインとフォルテの話題出すと、こっちが止めない限り延々と惚気話続けるからね。あの二人に対して愛想が尽きたとか、飽きたと言うことは無いと思うよ」

 

 正直な話、野郎3人…少なくともセイスとアイゼンは、オランジュが浮気をしたとは思っていない。日頃から阿呆なことばっかやっているが、彼は身内の事となるといつだって真剣だ。ましてや三人の恋人関係は良好だった筈、オランジュの性格的にも近況的にも、浮気するとは到底考えられなかった。

 

「そもそもオランジュの場合、どこぞの遊び人気取りと違って新しい女と関係持つ時は、ちゃんと前の女とケジメつけてからにすると思うよ」

「うん、確かにオランジュはそうだ、バンビーノと違って」

「オイ待て、色々と待て」

 

 唐突に最悪な形で話を振られ、慌てて立ち上がるバンビーノ。しかし、二人の口を閉じようとするも既に手遅れ、彼の背中に冷たい視線が突き刺さる。二人の言葉は今この手の話題に非常に敏感になっている女性陣の耳にしっかりと届いたようで、オランジュを締め上げたままのレインとフォルテ、そしてマドカの3人はバンビーノに対し、まるで生ゴミを見るかのような目を向けていた。

 

「前から薄々感じていたが、やっぱりそう言う男だったか」

「そう言えばオランジュとの交際の件を話し合った時、スコールおばさんも『バンビーノよりはマシかしら…』って言ってたな…」

「バンビーノさん、もう金輪際近寄らないで欲しいっス」

「女泣かせの最低野郎めー」

「本当に待とうか3人共!? そしてオランジュ、今のテメェにだけは言われたくねえええええぇ!!」

 

 自業自得とは言え、風評被害をモロに受けた女性経験有りにして彼女居ない歴実年齢と一緒な二十一歳。場は更に混沌としてきたが、流石にこれ以上荒れたら収拾がつかないと思い、セイスがレイン達に話を振った。

 

「そう言えば、そのオランジュの浮気相手ってどんな奴だったんだ?」

「知り合いって訳じゃねーが、どっかで見たことあった気がする」

 

 オランジュの胸倉から手を放し、彼を床に放り投げてから腕を組んで記憶を手繰り寄せるレイン。そして…

 

「多分年下、背丈はフォルテやエムと同程度、だが着痩せするタイプなのか、服の下にはフォルテのより揉み甲斐のありそうなモノを持っぐふぅ!?」

「先輩、時と場合を考えて下さいっス」

 

 これを聞いた途端、セイスとオランジュはある人物を思い浮かべたが、これだけで判断するのは早計だと首を振り、引き続きレインの証言に耳を傾ける。

 

「えーと、髪の色は…あれ何て表現すれば良いんだ、赤茶と言うか、薄い桃色? それと顔は、完全に癒し系だったな」

 

 いやいやいや、まさか、そんな筈は…と思い、どうか勘違いであってくれと願いながら、一縷の望みを掛けてレインの言葉を待つが…

 

「因みに服装は?」

「至って普通の私服だったけど、なんか動物を模した帽子被ってたのが印象的だった。うん、こんな形じゃなけりゃ、一晩くらい遊んでやったかも。何と言うか、雰囲気がとってものほほんとしていて可愛くて…」

「先輩、先輩」

「どうした、フォルテ?」

「もうやめるって言ったのに、女遊び続けてるっスね?」

 

 フォルテがレインの手首を掴み、濁った瞳で彼女を見つめ、もう一つの修羅場が生まれようとしているが、セイスは最早それどころでは無かった。

 

「いやいや何を言ってるんだ、ちゃんと約束したろ。お前と、この馬鹿と正式に関係を持つからには、他の女にちょっかい出すような真似はしないって…」

「脈が踊り狂ってるっスよ」

 

 もしも予想通りなら、オランジュは嘘をついてないし、レインも勘違いしていないと言う、一見矛盾しているように思えるが、それが罷り通ってしまう結論に辿り着く。だがその代わり、今のこの状況が生温く思えてしまう程に複雑で、非常に拗れるであろう事態に陥る可能性があった。

 

「待て落ち着けフォルテ誤解だ、今も昔もお前以外の女を相手に本番まで手を出したことは無いって!!」

「本番までは、っスか」

「しまッたああああぁ!!」

「それとオランジュさん、隙見て逃げ出そうとしても無駄っス」

「グワアアぁぁぁ!?」

 

 オランジュには悪いが、多分もう自分達ではどうすることも出来ない。て言うか、心の底から関わりたくない。相棒の癖に薄情と思われるのは重々承知の上だが、誰が好き好んであの3人…否、”5人”のドロドロな争いに首突っ込むと言うんだ。絶対に御免だ。

 

「は、早まるなフォルテ、話し合おう、とにかく話し合おう‼」

「ちょっ、取り合えず手ぇ離してフォルテ‼ 足が、もげる‼」

「先輩、オランジュさん、最近の恋愛ものって、生まれ変わってからの方が上手くいく話が多いらしいっスよ?」

 

 そうと決まれば話は早い。ヤンデレスイッチ入ったフォルテに殺されそうになってるオランジュとレイン、そしてそれを止めようと腰を上げたアイゼンとバンビーノを横目に、プリンを食べ終わったマドカの腕をそっと引っ張りながら、こっそりと店の出口へと向かうセイス。どうしたとマドカが問いかける前に、セイスが店の扉に手を伸ばしたのと、店の扉が独りでに開かれたのは、ほぼ同時だった。そして、開かれた扉の先には、一人の少女が立っていて…

 

「あ、オラっちょはっけ~ん♪」

 

 癒し系のほほん少女を前に、セイスは絶望した



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IF未来 アナザートライアングル2 中編

お待たせしました、続きの更新で御座います。しかし思ったより長くなったので、後編と分ける事に……何度目だろう、この展開…;

因みに今回、彼女がちょっと闇堕ちしかけてます(笑)


 

 本来なら客達で賑わい、穏やかな雰囲気に包まれていたであろう喫茶店は今、核戦争勃発寸前の冷戦時代に匹敵する緊張状態に直面していた。その不穏な気配の源は、途中から増えた1名を足した当事者4人、隣り合うレインとフォルテに向かい合う様に席に着いたオランジュと本音達のテーブルである。本音が登場してから死人のような顔で一切何も喋らなくなったオランジュと、そんな彼の横で相変わらずニコニコしている本音の二人に憎悪混じりの視線を向けるレインとフォルテ。傍から見ると、完全に浮気がばれた男と女の話し合いにしか見えない。実際は、そんな生易しい状況ではないのだが…

 そして本音が現れた辺りで大体のことを察し、リアル修羅場に興味津々のマドカを引き摺りながら、店の更に隅へと避難したセイス達が事の成り行きを見守る中、ついにレインが口を開いた。

 

「で、誰だ、お前?」

「布仏本音16歳、趣味はお昼寝、よろしくねー」

「……布仏…?」

 

 鋭い眼光での問い掛けにも、笑顔を崩さずに答える本音。そんな彼女の名字に何かを引っ掛かるものを覚えたレインだったが、IS学園に居た時に彼女の姉と同学年だったことを思い出すよりも早く、今度はフォルテが問いかける。

 

「ほうほう、ご丁寧にどうもっス。ところで、『オラっちょ』ってなんスか?」

「オランジュだからオラっちょ、他の候補にオラジーとかオラランとかあったけど、響きが被りそうだからこれにしてみましたー」

「あだ名まで付けてるなんて、随分と親しげじゃねーか」

「そりゃあ私とオラっちょの仲だもん、こんなの序の口だよー」

 

 その言葉で、店内の気温が2℃ほど下がり…

 

「ね、オラっちょ?」

「ッ!?」

 

 そう言って本音がオランジュに抱き着いた瞬間、一気に氷点下まで落ち込んだかのような錯覚をセイス達は覚えた。もしも、もしもこれが何でも無い非番の時で、他に誰も居ない時なら、服越しにも感じる本音の柔らかい感触にオランジュも少しは顔がニヤけていたことだろう。しかしながら、無情にも彼の目の前には怒り狂う修羅が二人も座っている。遠目で彼女達がどんな顔をしているかまでは分からないが、オランジュの顔がムンクの叫びみたいになっているので、大体は察する事が出来た。

 

「へええええええぇぇぇぇぇ随分と仲がよろしいようでえええええぇぇぇぇ?」

「待って、少しで良いから俺の話を聞い…」

「黙れ」

「あ、ハイ」

 

 案の定、決死の覚悟を決めて口を開くも、弁解する機会すら与えられず沈黙させられる始末。それに比例するように、見守るセイス達も胃がキリキリしてきた。今この店の中で笑顔を見せているのは、いつも通りの本音と、野次馬根性丸出しのマドカだけである。当事者以外の野郎3人は正直言って今すぐに逃げ出したいが、同時にあの4人から目を離すと言う行動自体も別の意味で怖い。なのでこのまま最後まで残るか逃げ出すかずっと迷っている訳なのだが…

 

 

 そうこうしている内に…

 

 

「ところで布仏さん、アンタ昨日、そこで滅茶苦茶顔色が悪くなってる人と遊園地で一緒だったみたいっスけど、何してたんスか?」

「昨日ー?」

 

 

 ついにその時が来てしまった…

 

 

「あぁ、デートしてたねー」

 

 あ、死んだ

 

 店内に居た男達は、全員心の中で同時に呟いた。本音の爆弾発言の直後、一帯は恐いくらいの沈黙に包まれる。本音はいつもの笑顔、オランジュの顔色が絶望に染まっているのは言わずもがな。で、肝心のレインとフォルテはと言うと、対照的に完全な無表情。能面のような、あらゆる感情が抜け落ちたかのような完全なる無だ。ある種の虚無さえ感じるその顔が、オランジュと本音の二人をジッと見つめていた。

 

「そうか、デートか、そうかそうか…」

「やっぱりデートしてたんすか、そうっスか…」

 

 それっきり、再びの沈黙。あぁもう駄目だと、ついにオランジュを見捨てる決心をしたセイス達はマドカを連れて席を立ち、店の出口へと走った。が、その途中でドカァン!!と言う音が耳に届き、思わず振り向いてしまった。見ると、オランジュ達が座っていたテーブルが真っ二つに折れ、その残骸を二人で踏みつけながら本音に詰め寄るレインとフォルテの姿があった。

 

「「ふざっけんな」」

 

 そのまま本音の胸倉を掴んで引き寄せ、地獄の底から響いてくるかのような恐ろしい声音で、更に言葉を続ける二人。

 

「オイ、良く聞けクソ女。コイツはちゃらんぽらんでいい加減だし、何でこんなの好きになったのか忘れる時さえあるけどな、それでもオレ達の男であることに違いはないんだよ」

「つまりアンタは、人の男に手を出した泥棒猫ってことっス。そこんとこ、理解してるんスか?」

 

 まるでヤクザ、いやヤクザの方が逃げる。生身でISと戦えるセイスでさえ、遠目であるにも関わらず、普通にビビッていた。それ程までに、二人の剣幕は恐ろしいものだった。それでも尚、本音は余裕の態度を崩さない。それどころか…

 

「うん知ってる。で、それが何?」

「「あ゛?」」

 

 まさかの爆弾二発目、投下である。

 そして、いつもの笑顔のまま、レインとフォルテの腕を払い、いつもの口調で、ただ淡々と。こんな状況になっても、不気味なまでにいつも通りな彼女は、言葉を紡ぐ。

 

「だからー、二人がオラっちょと付き合ってるからって、それが私にとって何か関係あるの、って言ってるの。付き合ってるとか、関係を持ってるとか、通すべき筋とか世間的な良識とか、オラっちょ本人の意志とか、そんな面倒くさいもの正直どうでも良いんだよねー。まぁとにかく、要約すると早い話…」

 

 いつものニコニコ顔で、いつもののんびりとした口調で、薄っすらと開いた目に嘲笑の色を浮かべながら…

 

「三人の都合なんて知ったこっちゃないから、二人は黙って失せて」

 

 周りが唖然とする中、遂に言い切ってしまった。もう何度目になるか分からない、不気味な沈黙。しかし、こう何度も繰り返せば流石に理解する。この沈黙は次に訪れる嵐の、否…

 

 

「殺す」

 

 

 大噴火の前触れであると…

 

「殺す、その胸糞悪いニヤけた顔を燃やしてグチャグチャにした後、念入りにぶち殺す。そんで野良犬の餌にでもしてやる」

 

 ISを展開し、固有装備まで起動させたレインの周囲に炎が舞う…

 

「落ち着いて下さい先輩、そんなやり方じゃダメっス。そんなやり方じゃあ…」

 

 怒り狂うレインの肩に手を置き、嗜めるように囁くフォルテ。ただ、その声音は言葉の割に、恐ろしく冷たい。まるで、現在進行形で彼女のISが生み出している、氷刃のような殺意が籠められているようで…

 

「壊し甲斐が無くて、つまらなくなるじゃないっスかぁ!!」

 

 言うと同時に放たれる無数の氷刃。生身の相手にオーバーキルも良いとこな殺意の弾幕は、寸分違うこと無く、オランジュを避け本音のみに殺到した。並の人間は当然のこと、セイスでさえ無傷でいられないであろうソレは、砲撃の様な爆音と衝撃を店内に響かせながら、本音を消し飛ばしたかのように見えた。

 しかし舞い上がった噴煙が晴れた後には、本音の姿どころか、その形跡すら何も無く、彼女の座っていた座席の成れの果てのみだった。

 やがて、唐突に気配を感じて視線を向けると、さっきまで目の前に居た筈の本音が、さっきと同じ笑顔を浮かべたまま離れた場所に立って居た。普通なら確実に死んでいた筈の一撃を、どんな手を使ったのかアッサリと避けられた。そんな事実を突きつけられた訳だが、思いのほかフォルテに動揺した様子は見られなかった。

 

「へぇ、随分と妙ちきりんな力を使うっスね」

「あれー、あまり驚かないんだー?」

「いやいや、そんなこと無いっスよ。これでも内心、滅茶苦茶ビックリしてるっス。ただ単純な話、今の私と先輩が…」

 

 フォルテの言葉を繋げる様に、本音目掛けて襲い掛かる炎の塊。人間程度、簡単に燃やし尽くす火力を持って迫るソレを、翳した腕に合わせるように動き出したテーブルを浮かせ、盾にして防ぐ。再び繰り出された彼女の魔法染みた能力を前に、レインも彼女がISを使っていないと確信する。

 

「んなもん、どうでも良くなるくらい頭に血が昇ってるだけだ」

 

 しかしフォルテ同様、レインは少しも揺らがなかった。フォルテと共に一歩踏み出し、正体不明な力を使う本音と真正面から相対する。

 

「細かい事情は良く分からないが、今回の件はそこのバカにとって不本意なもので、テメェの差し金だったてのは何となく理解した」

 

 先日のデートは、脅されたのか、本当に記憶が抜けてるのか、そこまでは流石に判断できない。しかし、本音が現れたからのオランジュの様子から、彼が本音に対して好意的な感情を殆ど抱いていないことは確信できた。それさえ分かれば、他の細かい事はもうどうでも良い。オランジュが心身共に自分達の元にあり続け、目の前の女はそれを脅かそうとする敵、その事実だけで充分だ。

 

「とは言え、こちとら泣く子も黙る悪の組織の一員だ、今更物事を善悪で決めるような性格はしてねーよ。だからこそ、自分のモノに対する執着心は尋常じゃねーし、守る為の手段は選ばねーぞ」

「ましてや自分達に好きと言ってくれた人を、どう見ても傷つけそうな奴に渡せるわけないんスよ。オランジュさんの意思はどうでも良い? ふざけてるんスか?」

 

 二人の怒りを表すかのように炎が、冷気が、どんどん強まっていく。余波だけでテーブルと椅子が吹き飛び、店そのものが段々と崩れていく。完全に逃げるタイミングを失ったセイス達はやむを得ず、いつの間にかレインとフォルテの背後に、さり気無く本音から庇うようなポジションに位置していたオランジュの元へと逃げた。

 

「まぁ、とにかくだ…」

「要約すると、早い話…」

 

 そう言ってレインとフォルテの二人は拳を本音に突き出し、親指を一本だけ立て、ひっくり返して地面に向けた。そして…

 

「「今すぐ黙って失せろ」」

 

 生身の相手に対する、最低限の情けも兼ねた最後通告。彼女の返答の如何によっては、この場に居る全員と半壊した喫茶店の未来が決まる。そんな緊張に包まれたた中、本音はと言うと…

 

「ふふふ、良いな~オラッちょ。何だかんだ言って、ちゃんと二人に愛されてるじゃ~ん」

 

 この期に及んで、全く変わらないように見える。レインとフォルテの本気を前にしても、何一つとして変わらない様に見えた。

 だが、そんな中、相手の表情から内心を読み取ることを人一倍得意とし、尚且つ彼女に視線を向けられたオランジュは気付いてしまった。一見すると何も変わらないように思える本音の表情に、激しくも禍々しい、ドス黒い感情が漏れ始めている事に気付いてしまった。

 

「自分の愛してる人に愛される、そしてその事実を自分の身を持って実感する。これ以上に幸せな事って、無いと思うんだよね~。あぁ、良いな~、羨ましいな~、妬ましいな~、本当に…」

 

 

 

 ズ ル い よ

 

 

 

「私だって一緒に遊びたい、デートしたい。遊園地にも動物園にも水族館にもショッピングモールにもレストランにも、一緒に行きたい。一緒に手を繋いで、隣を歩きたい。ギュッと抱きしめて欲しい、キスだってして欲しい。いっぱい、いっぱいやりたいことが、やって欲しいことがある、のに…!!」

 

 笑顔が怒りと悲しみがごちゃ混ぜになったかのような歪んだものに豹変し、途端に堰を切ったかのように感情が溢れ出す。それはまるで、怒りに任せ怒鳴り散らしているようで、悲しみに暮れて泣き叫んでいるようで、先程までの様子との変わり様に、流石のレイン達も面食らってしまう。

 

「ねぇ、どうして君なの、どうして君じゃないと駄目なの? どうして君の身体じゃないと、あすちーは私に触ることさえできないの? ねぇ教えてよ、どうしてなの? 分かるなら教えてよ、分からないなら黙ってあすちーに身体をあげてよ…」

「……悪いなのほほんさん、正直アンタの事は怖いけど、二人に嫌われるのはもっと怖いんだ…」

 

 『だから、それは無理』と、オランジュはきっぱりと答えた。その返事に本音は俯き、少しだけワナワナと身体を震わせたが、やがて落ち着きを取り戻し、顔を上げた時にはいつもの笑顔に戻っていた。だが、薄っすらと開かれた目は、どんよりと濁っていた。

 

「まぁ良いや、小難しいことは全部、終わってから考えれば。今はただ、目の前のことに…」

 

 再び腕を翳し、浮かび上がる店の残骸。それを正面から迎え撃つ意思を示すように、レインとフォルテの炎と冷気もその強さを増す。一触即発、なんて段階はとうの昔に過ぎ去り、衝突はもう避けられない。ここにきてセイス達はいい加減に腹を括り、巻き込まれてもどうにか対処できるように身構えた。が、しかし…

 

「あれ?」

 

 本音が浮かび上がらせていた残骸が一つ残らず、まるで糸が切れたかのように床へと落ちた。戸惑う本音の様子から見るに、彼女がも意図してやった訳では無さそうだが、突然のことに戸惑っているのはこっちも一緒だ。レインもフォルテも結果的に出鼻を挫かれた形になり、動けなかった。

 

「あすちー?」

 

 やがて本音が何も無い虚空に目を向け、誰かの呼び名を呟くと同時に取り乱し始めた。まるで、そこに誰かが居て、尚且つ居いてはならない筈の人が、彼女にとって予想外の行動をしたかのように…

 

「どうして、どうして邪魔するの!? だってこうでもしないと、あすちーはッ…!!」

 

 よっぽど動揺しているのか、オランジュ達のことは完全に意識の外のようだ。この隙に仕留めるべきか、それとも様子を見るべきかとレイン達が迷っていたその時、奇跡的に無事だった喫茶店のドアが開かれ、カランコロンと来客を告げるベルが鳴らされた。

 

「お願い、邪魔しないでよ!! 私は嫌だよ、あすちーとの関係が、このままで終わるなんて…!!」

「御取込み中に失礼、可愛いお嬢さん」

 

 店に入ってきた人物は、店内の惨状にも、中央で取り乱す少女にも微塵も動じることなく、その人物が誰なのか気付いてギョッとするセイス達が止める暇もなく、一切躊躇せずに本音へと声を掛けた。

 そこで漸く新たな乱入者の存在に気付いた本音は驚き、咄嗟に退けようとしたが、途中でその手は止まる。自分に声を掛けてきた男、その顔を見た途端に思考が固まってしまったのだ。一見すると、どこにでも居そうで人畜無害に思える、40代後半の欧米人。顔には、自分と同じように微笑が張り付けられている。けれども、その笑顔は、自分よりも、オランジュよりも、ずっとずっと…

 

 

「少し、僕の話を聞いてくれないかな。もしかしたら君の…いや、君達の望みが叶うかもしれないよ?」

 

 

 とても、悪魔のようだった…

 

 




○どうしてこうなったんだろうなぁ、のほほんさん;
○そしてレイン達が男前過ぎてオランジュが半ばヒロインと化す謎の状況に…
○お察しかと思いますが、最後に来たのは森の旦那です。のほほんさんが来た辺りでセイスが電話しました

次回の後編ですが、修羅場自体はこの後の顛末をさらっと説明するだけで、実質オマケみたいな感覚になるかと思います。メインはどちらかと言うと、その後のセイス達の談話と、旦那の裏設定の方になるかなぁ…


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IF未来 アナザートライアングル2 後編

お待たせしました、AT2後編です。これにて修羅場は終了と相成ります。

原作最新刊を読みましたけど、本編マジでどうしよう…;

原作に従うなら、セイスに一度行方不明になって貰ってマドカに闇堕ちして貰わなければいけなくなります。オリジナルルート入るなら、京都編終わった途端にガラリと流れを変えて短期決戦に入ると思いますが、果たして…


 

 

「旦那ああああぁぁぁぁ一生ついて行きますううウウウゥゥゥぅぅぅ!!」

「はいはい落ち着きなさい、鼻水を拭きなさい」

 

すっかり半壊した喫茶店はその現状に反し、さっきまでの一触即発な空気が嘘のような、和やかな雰囲気に包まれていた。女子達は辛うじて無事だったテーブルの一角へ、男共はカウンター席に集まって一息ついている。そして、やっとこさ修羅場から解放されたオランジュは、フラッと現れて事態を解決してくれたフォレストに泣きながら感謝していた。

 

「一時はどうなるかと思ったぞ、割と本気で。て言うか、女の愛って恐い」

「バンビーノ、マジで気をつけなよ?」

「いや、なんでそこで俺なん?」

 

 

―――何でも造れる天才少女が作った、何にでも使えるお人形、欲しくない?

 

 

 たったその一言で、躊躇いを捨てた筈の布仏本音に迷いを生じさせた亡国の悪魔。そこから更に畳み掛ける様に言葉を重ね、あれよあれよと言う間に本音を懐柔、説得し、最後にはなんとあの彼女に頭を下げさせてみせた。直前まであんなやり取りをしていたこともとあってか、最初こそレインとフォルテも複雑な表情を浮かべていたが、『取り敢えず、互いにちょっと話し合ってみたら?』と言うフォレストの一言で、急遽マドカを加えた四人でプチ女子会が開かれた。先に頭を下げ、本気で反省している態度を見せたこと、そして恋した相手の為なら何でもするという気持ち自体、レインとフォルテも一応は理解出来る。その為、外野の男共の心配とは裏腹に、彼女達の和解はすんなりと済んだ。

 仲直りも済んだ今は、4人でガールズトークに花を咲かせている。流石に本音と明日斗のことを知った時のレインとフォルテの驚きっぷりは洒落にならなかったが、彼女達の性格もあって割とすぐに慣れたようで、今も手を使わずにスプーンを動かし、コーヒーに入れたミルクと砂糖をかき混ぜる本音に三人で拍手を送っているぐらいだ。

 

「しっかし、愛、か…」

 

 そんな彼女達を見つめながらふと、セイスがそんなことを呟いた。

 

「どうした、そんなセンチな単語呟いて」

「いや、愛…って言うより恋、かな。さっきの4人のやり取り見てたらさ、色々と思う事あってさ」

 

 言いながら彼はジーッと女子達のテーブル…いや、実際はテーブルに座る一人に視線を向けている。そして、そのまま一言。

 

「恋って、何なんだろうって…」

「本当にどうした、今日のお前」

 

 バンビーノは思わず真顔で返し、隣でコーヒーを飲もうとしていたアイゼンはカップを落しそうになっていた。そんな二人の反応なんて何処吹く風と言わんばかりに、彼は言葉を続ける。

 

「いや、さぁ。やっぱり愛してる人には、幸せになって貰いたいと思うのが普通じゃん?」

 

 大切な人の為なら頑張れる、手段も選ばない、命だって惜しまない。セイスはそんな輩を何人も見てきたし、自分自身も似たようなものだと思っている。今回の本音の行動も、根本は自分と明日斗の為に動いた面が大きい。だから、彼女の行動理念自体は理解出来るっちゃあ出来る。

 

「でも、改めて口に出すと照れ臭いけどさ、俺、フォレスト派の皆のこと好きだよ」

「お、おう」

「ありがとう」

 

 あまり素直とは言い難い性格故に口にこそ出さないが、セイスはフォレスト派の仲間達のことを心の底から大事に思っている。マドカ絡みの件だったとは言え、一時期は裏切る覚悟を決めたこともあるが、大事な恩人達であり、家族のように思っていることに変わりは無い。

 

「そんでさ、やっぱり皆には幸せになって貰いたいと思うし、その為なら命だって懸けるよ」

 

 そんな皆の為なら、多少の無茶をするくらい、どうってこと無い。かつて自分がして貰ったように、皆の望みを叶える手助けをする。その気持ちは、ずっと変わらないだろう。少なくとも、マドカが本気でフォレスト派と事を構えるような展開になり掛けたら、ギリギリまで彼女をフォレスト派につかせるように説得を続けると思う。

 

「でも、それが恋愛感情からくるものじゃないってことぐらい、流石の俺でも分かる。分かるんだけど、じゃあ恋愛感情ってのはどういったものを指すのか、と言われると分かんなくて…」

「あぁ、そう言う…」

 

 本音が明日斗に恋しているのは、日頃の姿を見ていれば何となく分かる。IS学園の面々が一夏に恋をしているのも、見れば分かる。レインとフォルテ、そしてオランジュの三人が互いに本気だと言うのも、他の人達より少し分かりにくいが、それでも察する事ができた。そして彼ら彼女達は、大切に想う互いの為ならば、どんなことだってやり遂げてみせる、それこそ自身の命を懸けて、そんな気がした。

 しかし、命を懸けれるくらい大切な存在になることが恋だと言うのなら、自分が仲間達に向けるこの感情も恋と言うことになってしまう。何より、上手く言葉にすることは出来ないが、彼ら彼女らの恋愛感情と、自分がフォレスト派の仲間達に向ける感情は明らかに別物、それだけは確実に分かる。

 では、恋愛感情とはどう言ったもののことを言うのかと訊かれると、セイスは答えることが出来ず、故に彼は地味に思い悩んでいた。そんな若くて青いセイスの疑問を、アイゼンは腕を組んで彼の考えに理解を示すかのように首肯すると同時に一言。

 

「任せたバンビーノ」

「え…」

 

 生まれてこの方、まともな初恋の経験すら無いアイゼン(20歳)からの唐突なパスに、思わず目を点にするバンビーノ。心底ふざけんなと憤慨しかけたが、後輩からの期待に満ちた視線に気付き、どうにか思い留まる。そして、どうにか答えを出そうと頭をフル回転させた。

 

「あー、まぁアレだ、ほら、うん、そうだな、やっぱりアレだよアレ…」

 

 珍しく素直なセイスに年上らしいとこを見せるべく、いつもは悪戯と悪意にフル活用している頭を必死に使い、どうにか考える。とは言え、所詮は遊び人気取りの彼女居ない歴21年、それらしい結論を出せる筈もなく、結局は…

 

「困った時は旦那に丸投げ」

「「オイ」」

「ん、僕?」

 

 セイスとアイゼンにジト目で睨まれるが、バンビーノとしては、我ながらこの選択は最善だったのではなかろうかと、心の中で自画自賛していた。

 

「いやだって旦那だぜ、なんちゃって遊び人の俺なんかより、よっぽどこう言った話題に強いだろ。て言うか旦那の手腕なら女の一人や二人、日常的に簡単に陥落させまくってるだろうし…」

 

 

 

「僕、三角関係の敗北者だよ?」

 

 

 

「「「ってえええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!?」」」

 

 店内に響き渡る、オランジュを除いた男三人の絶叫。流石の女子4人も驚いて彼らの方を振り向いたが、フォレストの発言がよっぽど衝撃的だったのか、彼らはそれどころじゃない程に動揺していた。

 何せ、あのフォレストが、亡国の鉄人BBAに二代目ブリュンヒルデ、更には亡霊少女さえ手玉に取る、人間の心を意のままに操る亡国機業の大悪魔が、自分を『恋の敗者』と称したのだから。彼らにとっては、『ISが零戦に撃墜された』と聞かされたようなものである。

 

「つ、つまり、一人の女を取り合った結果、負けたと言うことですか!?」

「嘘でしょう!?」

「て言うか旦那に勝った男もそうだけど、旦那を振った女って何者!?」

「まぁまぁ落ち着こうか、それにもう随分と昔、僕がまだ二十代だった時のことだから…」

 

 フォレスト自身、その事はあまり気にしていないように見える。そして意外な事に、彼の愛弟子でもあるオランジュのリアクションが思いのほか薄い。その事に一瞬だけ疑問を持ったセイスだったが、その思考はフォレストの言葉により中断させられる。

 

「とにかく、僕の話は一端置いとこうか。今は、セイスの悩みが先だ」

「あ、はい」

「と言っても、答えは割と単純だ。その相手に対する愛に、見返りを求めたら、それは恋だよ」

「見返り?」

 

 いまいちピンと来ないのか、セイスは首を傾げる。そんな彼の様子に面白そうな笑みを浮かべながら、フォレストはとあるテーブルに指を向けた。

 

「例えば、あそこに居るエム」

「なんでそこでマド…いや、エムが出るんですか?」

 

 『コイツ、この期に及んで気付かれてることに気付いてないのか』と、オランジュ達は胸中で呟き呆れていたが、マドカに視線を向けるセイスは気付かない。フォレストも敢えてその事には触れず、言葉を続けた。 

 

「君、彼女には幸せになって欲しいと思ってる?」

「当然です」

 

 迷う事の無い即答に、フォレストの笑みは更に深くなる。とは言え、セイスがマドカを大切に想っていることなど、彼の周りの者にとっては周知の事実だ。何せ彼は、彼女の為に組織を裏切る覚悟を決めたことさえあるのだから。今だって彼ほどマドカに近く、彼女の事を理解出来ているのはセイスだけだろう。

 

「じゃあ彼女の面倒は、今後は僕が見てあげよう」

「え…」

 

 だからこそ、セイスはフォレストの口からどんな言葉が出てきたのか、一瞬認識出来なかった…

 

「だって僕は君よりも権力がある、財力がある、彼女が欲しいものは何だって用意することが出来る。ついでに言うと、人の心を読むのは得意だから、メンタルケアだってバッチリこなせるよ?」

 

 しかし、次々と出てくる言葉の数々と、その意味がセイスの心に突き刺さり、彼の意識を現実へと強引に連れ戻す。突然のことに完全に混乱し、呻きにも似た言葉の成り損ないを口から漏らす事しか出来ない彼に、追撃は容赦なく行われる。

 

「それに対して君はどうだい、何が出来る? 確かに君には、ティーガーに匹敵する戦闘力がある。けれど、逆に言えばそれだけだ。そんな君が彼女の隣に居たところで、何が出来る? 彼女の幸せを願うなら、大人しく身を引いた方が良いんじゃないかな?」

「え、あ…」

 

 確かにフォレストの言う通り、自分にはこの腕っぷしぐらいしか取り柄が無い。フォレストのように特別頭が働く訳ではないし、国家レベルの財力を持っている訳でも無い。暴走した本音を止められる度胸も無ければ、彼女を説得するだけの材料を集める伝手も無い。そんな何も無い自分よりも、何もかもを持っているフォレストの方がマドカを幸せに出来ると考えるのは、至って普通の考えだ。いっそフォレストの言う通り、彼にマドカを任せた方が良いのではないか、そう思えてさえくる。少なくとも、オランジュやバンビーノ、アイゼンのことをフォレストに『任せろ』と言われたら、これ程に頼もしいことは無い筈だ。

 しかし、例えそうだったとしても、それでもセイスは…

 

「それでも、俺、は…」

「彼女の隣に居たい、だろう。エムも、きっとそう言うよ」

 

 思わず呆けるセイスの頭に、ポンとフォレストの手が置かれる。依然として笑みを浮かべたままだったが、セイスは心なしか、そのフォレストの笑みが先程よりも優しげに見えた。

 

「少し意地悪なこと言ったけど、そう言う事さ。君は心の底からエムの幸せを願っているが、同時に同じくらい、エムを自分の手で幸せにしたいと思っている。君は自分に向けられていた筈の彼女の心が無くなってしまうことを、心底恐れているから」

 

 そう言われ、少し躊躇った後、セイスは首を縦に振った。昔なら、マドカの為になるのならばと、フォレストに全てを託すと言う選択肢もすんなり取れたことだろう。しかし、彼女の隣で、彼女の本物の笑顔を見ると宣言して以来、自分以外にマドカを任せると言う行いに対し、無意識の内に抵抗を覚えていた。それは、常に全幅の信頼を置いている筈のフォレストにさえ当て嵌まった。

 その理由が何なのか、今まで自分でも分からなかったが、今のフォレストの言葉で少しだけ理解できた気がする。あの日、彼女との繋がりに価値を見出した時から自分は、彼女との繋がりが無くなることを恐れるようになった。だからこそ、マドカ自身も自分との繋がりを大切に思っていると知った時は、嬉しくて人知れず涙まで流してしまった。こんな強い感情は、他のフォレスト派の仲間達には抱いたことは無い。

 

「相手を大切に想う理性的な気持ち、誰にも譲りたくないって言う本能的な独占欲、形に違いはあれどそう言った感情は全て、愛と呼ばれる代物だ。その愛に応えて欲しい、同じように自分を愛して欲しいと望んだ瞬間、それは恋へと変わるんだと、僕はそう思っているよ」

「愛した相手に愛されたいと望むのが、恋…」

 

 その言葉は不思議な程に、セイスの心にストンと収まった。

 嗚呼そうか、そうだった。確かに自分はいつの間にか、繋がりだけでは満足出来なくなっていた。自分がそうであるように、マドカにとっても自分が特別な存在であると知った時に感じた、胸が熱くなる程に感じたあの幸福感。それ以来、彼女が自分に向ける言葉が、信頼が、涙が、笑顔が、その全てが愛おしく思えた。だがそれらは、自分に向けられたものだからこそ価値がある。彼女の心が自分に向けられているという事実そのものに、大切に想う相手に大切に想われていると言う事実に意味があるのだと、やっと気付くことが出来た。やはり自分は、彼女の事が、織斑マドカのことが…

 

「参考にはなったかい?」

「はい、ありがとうございました」

「それは良かった、エムに告白する気になったら教えてね」

「はい……ハッ!? いやいや、何でエムなんですか…!?」

 

 慌てて取り繕うセイスだが、今更過ぎるのでオランジュ達は敢えて何も言わなかった。尤も、何でどいつもコイツも、自分のことになると鈍く不器用になるのだろうとは流石に思ったが…

 

「さてと、そろそろ時間だね。僕は帰るよ」

「うっす、お疲れ様です」

「旦那、今日はマジでありがとう御座いました」

 

 因みに、この時のフォレストとのやり取りを一番聞かれたくない奴に最初から最後まで聞かれ、その本人が若干顔を赤くしながら期待の眼差しを向けていたことを、セイスは知らない。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 半壊した喫茶店から出てほんの数秒、フォレストの顔面に向かって何か飛んできた。

 

「おっと」

 

 基本的に体力の無い彼でも受け取れたそれは、この付近に新しく出来たレジャー施設の広告。ふとそれが飛んできた方へと目を向けると、美人と呼んでも差し支えの無い程に容姿の整った、金髪の少女が駆け寄ってくるところだった。どうやら、危うくこの広告を風に持って行かれそうになったようだ。

 

「も、申し訳ありません、大丈夫ですか?」

「平気だよ、はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 どこか見覚えのある白い制服を身に着けた、綺麗な青い瞳を持ったその少女からの謝罪を受けとりながら、手に取った広告を返してやる。すると、どうしたことか、彼女はジッとフォレストの顔を見つめてきた。これには流石のフォレストも、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 

「えっと、僕の顔に何かついてるのかな?」

「え、ああぁぁいえ、そう言う訳ではありませんわ。ただ、もしかして同郷の方なのではと思いまして…」

「そう」

 

 そして、それっきり黙り込む二人。この会話だけなら、運命の出逢いを果たした二人に思えなくもない。だが残念なことに、実際に向き合ってるのは十六歳の少女と四十過ぎたオッサンだ。傍から見れば、犯罪の臭いしかしない。

 

「あの良かったら、先程の御詫びも兼ねまして、そこでお茶でも御一緒に…」

 

 にも関わらず、何故か積極的な少女。もしも、この場に彼女のことを良く知る者が居れば、我が目を疑ったことだろう。何せ彼女は一人の例外を除き、学園では男嫌いなことで有名なのだ。そんな彼女が同郷とは言え初対面の、それも中年男性をお茶に誘うなど、彼女がレシピ本無しで料理を成功させるのと同じくらいに有り得ないことである。

 

「気持ちはありがたいけど先約があるんだ。折角の御誘いなのに申し訳ないけど、今日のところは辞退させて貰うよ」

「そう、ですの、それは残念ですわ…」

 

 それを知ってか知らずか…いや多分知ってるのだろうが、フォレストは誘いを断った。そして、断られた彼女はと言うと案の定、少し残念そうだった。しかし彼女自身その場の勢いに任せた面もあったのか、ふと冷静になり、自分が何を言ってるのか自覚したようで、遅れてやって来た羞恥心により、どんどん顔が赤くなっていった。そんな彼女の様子に、さっきまでとは違う苦笑いを浮かべるフォレスト。

 

「それでは、これにて失礼するよ、リトル・レディ」

「ッ、えぇ御機嫌よう」

 

 彼女の言動と様子には敢えて触れず、フォレストは軽く会釈すると彼女に背を向け、早々その場から立ち去っていった。このままグダグダと長引けば長引くほど、彼女の傷が深くなる一方だと判断した、彼なりの気遣いだったのだろう。

 咄嗟のことで内心慌てたが、そこは名家のお嬢様。ほぼ条件反射でスカートの端と端を摘まみ、小さく、それでいて綺麗な一礼を持ってして、しっかりと挨拶を返した。そして、立ち去って行くフォレストの後姿を最初と同じようにジッと見つめ続けたのだった。

 

「ちょっと、セシリア」

「ッ!!……って、あら鈴さん、どうかなさいました…?」

「どうかなさってんのはアンタの方でしょ、どうしたのよボーッと突っ立って。もしかして今の人、セシリアの知り合い?」

 

 友人であり恋敵でもある凰鈴音に声を掛けられ、少女は…セシリア・オルコットはビクリと身体を震わせた。一夏をデートに誘うべく、先程の広告にもあったレジャー施設の下見でもしようと思い出掛けたものの外出したところを鈴に見られてしまい、しかも考えていたことが顔に出ていたようで、尾行された挙句全部ばれた。結局、抜け駆けする事は諦めたが、ここまで来て帰るのも癪なので渋々ながら一緒にそのレジャー施設へと向かうことに。そして、先程の突風に広告を飛ばされて今に至る訳なのだが…

 

「いえ、そう言う訳ではありませんわ。ただ、先程の殿方、昔どこかでお会いしたことがあるような気がするんですの…」

 

 そう言って彼女は再び、彼が去っていった方へと目を向ける。既にフォレストの姿は遥か向こう、随分と小さくなった後ろ姿が辛うじて確認できる程度だった。

ただ、どうにも引っ掛かる。あの後ろ姿を見ていると、胸の内に何とも言えないモヤモヤが膨れ上がってくる。先程のやり取りでも分かる通り、互いに面識がある訳では無いのだが、どうにも昔、あの姿をどこかで見たことがある気がするのだ。

 

「あ…」

 

そこで、漸く思い出した。確かに会ったことは無かった、会ったことは無かったが、あの後ろ姿を遠くから見たことはあったのだ。

 

(確かあの時、お母様とお父様の葬儀が終わってから暫くした頃に…)

 

あれは、両親が死んで一年が経った頃だったか。オルコット家の相続手続きもひと段落し、専属メイドにして唯一の身内とも言えるチェルシーと共に、久々に両親の墓参りに訪れた時のことだ。

両親が死んだ当初は、下心満載で上っ面だけの礼儀しか持ってない、自称親族やら友人やらが呼んでもいないのに次々と現れるものだから、両親にゆっくり挨拶することさえ出来なかった。しかし一年も経って、更には遺産相続の手続きが済むと、そう言った輩はすっかり現れなくなった。その掌返しな態度に改めて腹は立ったが、逆に考えればあの薄汚いハイエナ共と関わらなくて済むし、もう墓参りの邪魔をされることも無い。それに何より、今日は久々に家族水入らずの時間が過ごせる。今はもう、それだけで充分だ。

そんなことを思いながら、両親が眠る墓の前に立った時、それはセシリアの目に入った。もう自分と屋敷の者、そして本物の親族以外、誰も来なくなった両親の墓。その二人の墓の前に供えられた、ひとつの花束。しかもそれは、母が好きだった青いバラで作られたもの。

ほんの一部の者しか知らない、母の好きな花で作られた花束。一体誰が供えてくれたのだろうと疑問に思った時、ふと気配を感じ視線を向けた。その先に居たのは、既にその場を立ち去るように歩みを進める男の背中。そして、あの時に見た背中は…

 

「お母様とお父様に、花束を供えてくれた人…?」

 

視線の先に居る彼と同じように、少し泣いていた気がした…




○旦那をイギリス人と決めた時から決めてました
○因みに旦那がセシリアに向ける感情は、スネイプ先生がハリーに向けるそれに近い
○青いバラは亡国機業技術開発部バイオ工学班が
○明日斗の憑代はルナちゃんが頑張ってくれました
○今回のでようやくマドカに対する恋心を自覚したセイス
○実はセイスよりも先に自覚していたマドカ
○にも関わらず互いに素直になれなかったせいで、告白するのはずっと後に…

さて次回は予定通り弾と虚のデート回にするか、それとも原作出ちゃったし本編を進めるべきか、悩む…










 
「本当はもっと早く来たかったんだけど、こっちにも都合があってね、忙しかったんだ」
 
「……正直言ってまだ信じられないよ、君達が死んだことが…」

「僕は、勝てる勝負しかしない。だからこそ、勝てると確信した勝負に負けたことは、一度も無かった。ゲームも、ビジネスも、殺し合いも、負けなしだった。故に恋愛だって、負けるつもりは無かった。負けるなんて、微塵も思わなかった」

「そんな僕に、君は勝ったんだ。心の底から欲しいと思った女を手に入れる為に、柄にも無く全力を出した僕を相手に君は勝ったんだ」

「そして君は、僕の誘惑に最後まで惑わされず、彼を選んだ」

「君達は、この世で唯一、僕に勝った二人なんだ」

「なのに、どうして…」

「どうして、こんな呆気ない、終わり方を…」

「……あぁもう本当に、君達には泣かされてばかりだ…」

「おや、あそこに居るのは君たちのお姫様だね。そうか、もう時間か…」

「それじゃあ、僕はこれで御暇させて貰うとしよう。お邪魔虫は退散するから、親子水入らずで過ごしてくれ」

「……じゃあね、あっちでもお幸せに…」


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プロジェクト・DU その1

マリオサンシャインやりたい


 

 ある昼下がり、五反田食堂にて…

 

「ところで五反田君、彼女さんとは最近どうなん?」

 

 すっかり常連となったセイスのこの言葉に、話を振られた五反田弾は頼まれて持ってきたお冷片手に固まってしまった。

 

「いや、いきなり何を言うんですか」

「何ってそりゃ、言葉の通りだよ」

 

 注文したハンバーグ定食に舌鼓を打つセイスの口から、何の前触れも無く出てきたこの話題。下手な返事をすればとことんイジリ倒されるのは目に見えているし、あまり動揺して騒ぐと厨房から調理器具が飛んでくるので、取り敢えずセイスのテーブルにおかわりのお冷を置いてから咳払い一つ、意識を切り替えてのポーカーフェイスで一言。

 

「ノーコメントで」

「つまり前回一緒に買い物デートして以来、特に進展ない上に最近は忙しくて携帯でのやり取りしかしてない、と…」

 

 無駄な抵抗だった…

 

「て言うか前から気になってたんだけど、いつもどこで情報仕入れてんの?」

「そいつは機業秘密」

 

 飯を食いながら何食わぬ顔でそうのたまうこの常連に、もう溜め息しか出ない弾。

 別に悪質な客って訳じゃないし、むしろ、いつも御贔屓にして貰ってるので五反田食堂では上客扱いされる常連の一人だ。けれど、ことある事に人の恋愛事情をネタにからかうのはやめて欲しい、特に妹の居る前では尚の事、それも切実に。最近、たった一年と言う年の差が、恋の大きな障害となっている妹の前でこの手の話題を出すと、恐ろしく機嫌が悪くなるのだから。現に今も、殺気混じりの視線が背中に突き刺さっているし…

 

「落ち着け落ち着け、別にからかう為だけにこの話題を選んだ訳じゃあ無いんだ」

「あ?」

 

 丁度食べ終わり、受け取ったお冷をグビリと一口。そして、一息入れるたセイスは語りだす。

 

「常連客と店員って言うありきたりな関係だが、かといって全く知らない仲でも無い。実際、毎度美味い飯を食わせて貰ってるし」

「大半はうちのじーちゃんが作ったのだけどな」

「愚痴もよく聞いてくれるし」

「内容の九割は惚気話だったけどな、そう言えば今日は彼女さんは?」

「アイツは今日、別の仕事が入って無理だった。そして前も言ったけど、アイツは彼女じゃない」

 

 セイス同様、かなりの頻度でやってくる例の少女。どことなく親友の姉に似た雰囲気を持つと同時に、小柄な見た目からは想像できない大食らいで、いつも三人前近い量を平らげていく。そして、この店に来る時は大抵セイスと一緒だ。て言うか本人達は毎度否定するが、あれはもう完全にデキてるだろう。進展が無い妹や幼馴染達と違って、完全にラブラブイチャイチャの領域に入っている。少なくとも、どこぞの酢豚幼馴染には、こんな人目の多い定食屋で微塵も顔を赤らめずにアーンで食べさせあうとか絶対に無理だろ。

 

「これも気になってたんだけどお客さん、アンタら俺と同い年だよな?」

「そうだよ」

「何の仕事してんの?」

「機業秘密」

 

 そう言っていつも煙に巻かれてしまうのだが、本当に何の仕事してるんだろうか。いつもの様子や身なりから察するに、金回りは良いのだろう。実際、彼女さんに代金を毎度のように払わされ、何度も苦い表情を浮かべてはいるが、本気で金に困っていそうな姿は見たことが無い。しかし、あまり深く詮索するのは祖父にも控えろと釘を刺されているのでやめておこう。以前にタチの悪い酔っ払いが…しかもヤクザが店にやって来た時があったのだが、祖父が自慢の剛腕を炸裂させる前に、当時たまたま居合わせたこの常連客と愉快な仲間達がそいつを一瞬でケチョンケチョンのボッコボコにしてしまったのである。あの手際の良さと雰囲気、絶対に堅気の人じゃなかった。おまけに翌朝のニュースで知ったのだが、その日の内にボコられたヤクザが所属する事務所が何者かに襲撃され、跡形も無く消滅したとか。それ以来、さっきみたいに軽く訊ねる事はあれど、彼らの素性を深く詮索するのは怖いからやめた。

 尤も、この店って元々、明らかに堅気じゃ無い人間がちょいちょい来るので、今更と言えば今更である。なので今のところ、進んで彼をどうこうするつもりは無い。

 

「まぁ俺のことは置いてといて、何が言いたいのかっていうとだな…」

 

 で、その謎の常連客は自らの懐をゴソゴソと探り…

 

「日頃のお礼も兼ねて、お前を全力で応援する所存、ってな」

 

 とある一枚の紙を取り出し、テーブルの上を滑らす様にしながら、弾に差し出してきた。彼が取り出したもの、それは一枚のチケットだったのだが、そこに書かれている文字を見て弾は、あまりの衝撃に目を見開いた。

 

「ド、ドルピーク島ぁッ!?」

 

 『ドルピーク・島 (アイランド)』、それは東京デ○ズニーリゾート、ユニバ○サルスタジオジャパンと肩を並べる、日本三大テーマパークの一つだ。

 IS学園を建設する際に得たノウハウを駆使して作られた巨大人工島の上には、まるで街のように大きなショッピングエリア、レストラン街、遊園地、海水浴場、水族館、ホテル、温泉、農園など、エリア一か所分だけでも並の遊園地並の規模を誇る一流のレジャー施設が、ありとあらゆるジャンルで揃えられており、一日どころか三日掛けても園内全てを巡るのは不可能と言われ程に大きく、島の設備だけで自給自足が可能なことから、冗談半分で…むしろ半ば本気で利用した事のある人たちから、『ドルピック島は、世界唯一の遊園地国家』と呼ばれていたりする。最近は海外からも多くの来園者が訪れ、今世界で最も熱い遊園地とも言えるだろう。

 そのドルピーク島のチケットが、三年先の予約チケットさえ入手困難とされるドルピーク島のチケットが、ネットオークションに出せば10万円を軽く超えるとも言われるドルピック島のチケットが今、古びた定食屋に過ぎない五反田食堂のテーブル席にッ…!!

 

「え、くれるの?」

「おう」

「マジで?」

「マジで」

「ドッキリ?」

「ノードッキリ、イッツアリアル。ペアご招待券だから、彼女さん連れて楽しんできな」

 

 震える腕で受け取り、思わず叫びそうになるのを必死に堪える。けれど、今なら祖父の剛速球も歓喜の雄叫びだけで跳ね返せそうだ。

 チケット代が割高な割にドルピーク島、園内に存在するものは料理からサービス料まで、全て良心的な価格で提供されている。ものによっては同じ品であるにも関わらず、そこらのデパートより安く提供されている時さえあるくらいだ。家の手伝いとバイトが主な収入源の貧乏学生な自分でも充分に楽しめるし、今回はチケットをタダで手に入れたので、あわよくば虚さんに上等なプレゼントを買うことだって出来るだろう。しかし…

 

「……でも結局のところ、虚さんが忙し過ぎるのがなぁ…」

 

 そう、肝心なのは虚さん本人の多忙っぷり。付き合い始めて暫く、布仏家はどんな一族なのかは既に支障が無い程度に教えても貰ったので、事情は理解している。理解しているからこそ無理に誘うなんて出来る訳も無く、ここ最近はデートとか逢引とか言った甘いものとは無縁な日々を送っており、少しばかり憂鬱になっていたのだが…

 

「そこら辺は安心しろ、既に手は打った」

「え?」

「取り敢えず、すぐに電話して誘ってみな。そんじゃ御馳走様、後は頑張れよ」

「え、ちょ、手を打ったって何だよ、おい、お客さーん!?」

 

 悩むこっちを余所に、言うだけ言ってセイスは定食の代金を払い、さっさと帰ってしまった。後に残されたのは、ただ戸惑うだけの弾と、綺麗に完食されたハンバーグ定食の皿だけである。

 

「いや、まぁ、ありがたいのは確かなんだけど…」

 

 取り敢えず皿を片付け、ちょうど休憩の時間なので一度自室に戻る事にした。当然ながら、チケットは妹に見つからない様にしっかりとポケットの中に捻じ込んで、抜き足、差し足、忍び足、時たまダンボールで弾inダンボールまで使って、自分の部屋に滑り込む。そして、いつだかのように妹がノック無しで入って来れない様にドアを机で塞ぎ、改めてチケットを取り出す。

 自室の床に置かれたドルピーク島のチケットは、心なしか神々しいオーラを放っている気がした…

 

「とにかく電話してみるか」

 

 折角頂いたし、何だかんだ言ってあの常連客の言葉に従って失敗したことは無かったし、今回も信じてみるとしよう。携帯電話を取り出し、着信履歴の一番上にある彼女の番号を選択し、いざ通話。数秒のコール音の後、愛しの彼女の声が聴こえてきた。

 

『はい、もしもし、弾君?』

「もしもし虚さん、今大丈夫ですか?」

『えぇ大丈夫よ、ちょうど私も弾君に電話しようと思っていたところなの』

「え、マジっすか」

 

 自分が電話しようとした時に、向こうも電話しようとしていた。文字にすればそれだけのことなのだが、何だか意味も無く照れくさくて、ちょっと嬉しい。きっと今、妹が見たらキモいって言いかねない笑みを浮かべてる。そして、声の様子から察するに、向こうもちょっと似たような笑みを浮かべてるっぽい。

 お互い恋人同士になってからも、未だにちょっとしたことで照れてしまうのだけど、どうしたら良いのだろうか。この前も二人で歩いていたら、無意識の内に手を繋いで互いに顔を真っ赤にして、それをどっかで見ていたセイス達に滅茶苦茶からかわれたのは記憶に新しい。やっぱり、いちいち些細なことで動揺しない方が男らしい気もするし……いや待て、良く考えたら、全く動揺しなくなったら一夏と一緒じゃん、陶片木にして朴念仁じゃん。それに虚さん可愛いんだもん、無反応とか無理だよ、自分の心と体に嘘はつけねぇよ…

 

 ごめんなさい、話が逸れました…

 

「あー、話があるなら、そちらから先にどうぞ」

『ううん、弾君から先で良いわ。別に急ぎの用件でも無いし、電話してきたの弾君からだったし』

 

 落ち着け、落ち着けと、心の中で何度も唱える。ここでしくじれば折角のチャンスと、セイスからの贈り物が全て無駄になる。さぁ、いつものように淀みなく、なめらかに誘いの言葉を!!

 

「じゃあ、お言葉に甘えまして。早速なんですが虚さん、今度の日曜日、予定は空いてますか?」

『え…』

 

 あれ、何だか思ってた反応と違う。奇跡的に予定が空いてるか、例によって忙しくて無理の二択だと思っていた。前者なら少しだけ嬉しそうに『空いてる』と言ってくれるだろうし、後者なら心底残念そうに『空いてない』と答えるだろう。

 なのに返ってきた返事はそのどちらでもなく、ただひたすらに予想外と言わんばかりの戸惑いだけ。

 

「虚さん?」

『う、ううん、何でも無いわ。それよりも日曜ね、日曜かぁ…』

 

 受話器の向こうで唸る様に何か悩み始める虚さん。快諾してくれた訳でもないけど、断られてもいない。ぶっちゃけ、こんな状況は今の今まで無かっただけに、こちらとしても困惑するばかりなのだけど、少しは希望を持って良いのだろうか。取り敢えず、一応念の為にもうひと押し…

 

「実は、『ドルピーク島』のチケットを手に入れましてね、今度の日曜日、一緒に行きませんか?」

『えぇ!?』

 

 凄ぇ驚いてる、何で驚いてるのかは分からないけど、すんげぇ驚いてる。まぁこっちの財布事情を知ってる向こうからしたら、ドルピーク島のチケットなんてお宝を自分が手に入れられるとは、夢に思っていなかったろう。だけど気のせいだろうか、何だか自分がチケット手に入れたことよりも、このタイミングでドルピーク島の名前出したこと自体に驚いているような…

 

「う、虚さん?」

『あ、ゴメンなさい…』

「あの、嫌なら別に断ってくれても俺は…」

『あぁ違うの、そうじゃないの、そうじゃないんだけど、ちょっと問題が…』

 

 そう言って再び何かを考え込むこと数秒…

 

『よし、何とかしてくる、ちょっと待ってて』

 

 

 と言って暫く受話器の向こうが沈黙すること数分…

 

 

『何とかしてきたわ、大丈夫よ』

「本当ですか!?」

 

 まるで何かをやり遂げたかのような達成感をにじませた声で、そう返事をしてくれた。思わず立ち上がり、誰も居ない部屋でガッツポーズを決めて踊り出しそうになった。

 嗚呼、久しぶりのデートの約束だけでも奇跡的なのに、行き先はまさかのドルピーク島、しかも貰い物とは言えチケットは自分が用意したものとあっては、もう歓喜せずにはいられない。本当に、あの常連客には感謝しても感謝しきれない。今度店に来た時は、お礼に彼女さん共々たっぷりとサービスしてあげよう…

 さて、それはさて置き、折角デートが確定したのだから、早速当日の予定を話し合って…

 

 

―――ちょっと虚ちゃん、まだ話は終わってないわよ、ねぇ聞いてる!?

 

 

「……あの、本当に大丈夫なんですか…?」

『えぇ、勿論』

 

 

―――いきなり『日曜日は彼と行きます』ってあなた本気なの!? だって、その日は確かぐふぅえ!? 

 

 

『何も問題無いわ』

 

 

 本当に大丈夫なのか、特に受話器の向こうで呻き声を上げた人…

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「日曜日に、弾君とドルピーク島……ふふっ…」 

「ぢょっと、うつぼぢゃん、いだいんだけど…」

「誰が海のギャングですか。とにかく今週の日曜日、彼を同伴させますので、よろしくお願いしますね」

「いや、よろしくじゃ無いわよ!! 布仏家の、暗部のお仕事でドルピーク島に行くんでしょ!? なんで一般人の彼を当然のように連れていこうとしてる訳!?」

「そうは言いますが情報源の信頼度と重要性、そのどちらもが中途半端であるが故、念の為に確認すると言う名目で更識家でなく布仏家に回されてきた案件です。想定されている危険度は低く、お嬢様も休暇代わりのつもりで行ってきなさいと言っていたじゃありませんか」

「それは虚ちゃんだけ、もしくは同業者の人が居る時のことよ!! 万が一、本当に情報の通りだったらどうするの!?」

「その時は私が全力で彼を守るだけです」

「わぁお凄い男前、じゃなくて!! あぁもう、とにかく考え直しなさい。裏仕事に堅気同伴とか、正気の沙汰じゃ無いわよ!!」

「実際の本音は?」

「主人である私を差し置いて好きな人とデートとかずるあ痛たたた、虚ちゃん耳はやめて引っ張らないで!!」

 

 




本当にあったら行ってみたい、ドルピックアイランド。


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プロジェクト・DU その2

すいません、諸事情により8月は全然執筆ができませんでした…;

取り敢えず、書き上がった分だけでも投稿しておきます。


 

『御来場の皆様、ようこそドルピーク島へ。どうぞ本日は、素晴らしい時間をお過ごし下さいませ!!』

 

 そこは最早、レジャー施設なんて言葉で収まるような代物では無かった。

 最初に衝撃を受けるのは、その大きさだろう。並の遊園地は当然のこと、これまで人工島最大を誇っていたIS学園を軽く凌いでおり、大き過ぎて衛星写真にもくっきりと写るほどである。

 次に目につくのは、人工島であることを忘れさせるほどに豊かな自然と、島を囲む綺麗な海だ。最新技術の粋を集めて作られた緑は、スタッフと来園者の自給自足すら可能にする豊かな自然を生み出すことに成功し、周辺の海水は南国を思わせる程に透き通った青。最近では遠洋から回遊魚や渡り鳥、時にはクジラまで出没することがある程だとか。

 そして最後に注目を集めるのは、このドルピーク島の要、島の各地に点在するレジャー施設の数々だ。島の大きさに飲み込まれないだけの存在感を見せつける各レジャー施設は、その数も大きさも桁違いである。それぞれが街のように大きく、そして取り扱ってるものは食べ物から遊具まで全て世界最先端のものばかり。にも関わらず、料金は全て庶民にとってもお手頃価格と言うから信じられない。

 まさに夢の国、いや夢の島、楽園である。

 

「着きましたね」

「えぇ、そうね」

 

 そんな楽園の正面玄関とも言える中央エントランスに、弾と虚の二人は居た。庶民の弾は勿論の事、実家のお陰でセレブチックな場所へ行き慣れている筈の虚も、溢れ返る人の多さと、島の全貌に圧倒されて思わず立ち尽くしてしまったようだ。

 

「ところで本当に良かったんですか、ドルピーク島にまで来て朝ご飯が俺の作ってきた弁当なんかで?」

「良いの、私、弾君の作るご飯好きだから」

「ど、どうも…」

 

 朝の六時に専用のフェリー乗り場で待ち合わせして、そのまま一時間掛けてドルピーク島へ。早朝にも関わらず港もフェリーも人でごった返しており、ドルピーク島の人気っぷりが良く分かった。フェリーの中には食堂もあったのだが、あの混雑っぷりではゆっくり朝食なんてとれなかったことだろう。ドルピーク島自体は飲食物の園内持ち込みを禁止しているが、幸いなことにフェリーまでなら持ち込みは可能だったので、弾が家を出る前に作ってきた弁当で二人は朝食を済ませたのである。

 因みに二人は全く気付いていなかったが、二人が弁当を美味しそうに、そして仲睦まじく食べてる姿を見た他の客達は、非常に羨ましそうな視線を向けていたことをここに記しておく。

 

「それに、他の人達が朝食とってる今なら、どこのエリアも空いてるでしょう?」

「なるほど。じゃあ折角ですし、本来一番混みそうな遊園地エリアとか行っちゃいます?」

「ふふっ、行っちゃおうか」

 

 この島にはホテルもあり、泊まり込みで過ごす利用者も多い。なのでこの時間帯だと、まだ起床したばかり、もしくは朝食をとりにレストランや島内の屋台を巡る人が殆どで、日中は最も混雑する遊園地や水族館、海水浴エリアなども比較的空いているのだ。

 

「えっと、それじゃあ…」

 

 取り敢えず最初の目的地は決まり、早速移動しようかと思ったその時、虚に向かってそっと差し出されたのは、弾の手。

 

「今回も、は、はぐれないように、手を…」

 

 付き合い始めてそれなりに経ったにも関わらず、未だに緊張と照れ臭さで顔が赤い。その自身の赤毛並に赤くなった弾の顔と、彼が差し出した手を交互に見やった虚は苦笑を浮かべ、そして…

 

「エスコート、よろしくね」

「……はい…」

 

 そっと握り返してくれたその手は、相変わらず柔らかくて、とても優しかった。 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「かー、初々しいわねぇ二人とも。て言うか何なの虚ちゃん、完全に女の顔じゃない。一応自分の方が年上だからって平静装ってるけど、あれ絶対に内心では動揺しまくってて心拍数どエライことになってるわよ。その証拠にほら見て、虚ちゃんの耳、すっごい真っ赤」

「……あの、楯無さん…」

 

 さて、弾と虚が本格的にデート開始した一方こちら、エントランスの隅っこ。

 

「それにしても…五反田弾君だっけ。話には聞いてたけど、見た目に関しては、まぁ悪く無いわね。流石は一夏君の親友やってるだけのことはあるってとこかしら」

「楯無さん…」

 

 物陰に隠れながら、随分と初々しい姿を見せるカップルを見つめる、一組の男女が居た。

 

「けれど幾ら見た目が良くても、それだけじゃあ認めることは出来ないわ。今回のデートで、五反田弾君が本当にうちの虚ちゃんに相応しい男なのかどうか、この更識楯無が見極めてあげるわ!!」

「刀奈さん」

「なーに、一夏君?」

 

 その正体は言うまでも無く、ロシア国家代表にしてIS学園生徒会長、更識楯無…もとい、更識刀奈。そして、世界最強織斑千冬の弟にして世界唯一のIS男性適合者、織斑一夏である。

 

「言いたい事はたくさんありますが、取り敢えず最初にこれ言わせて下さい。こんなとこまで来て、何してるんですか?」

「だから言ってるじゃない、一夏君の親友が私の大切な虚ちゃんに相応しい男なのかどうか見定めるのよ」

「そう言う意味じゃありません。て言うか、なんで俺まで…」

「あら、お姉さんと二人きりでのデートは嫌?」

「デートって言うかコレ、最早ストーカーじゃ…」

 

 今日は日曜日、IS学園も休校日。今日はゆっくりしようと思って二度寝しようとした矢先、扉をこじ開けてきた刀奈に半ば拉致られるように連れ出され、訳も分からぬ間に外出の仕度をさせられ、仕度が終わったら終わったでISを展開するよう強要され、そのままついてくるようにと言われ空を飛ぶこと数十分、気付いたら噂の楽園に来ていた。そして、その元凶と一緒に親友のデートを盗み見していた。

 そう言えば先日、電話で雑談してた時に弾が虚とデートに行くとか言ってた気がする。流石に、具体的な内容や日程までは聞かなかったが、まさか今話題のドルピーク島とは思わなかった。

 実を言うと、結構前からIS学園の生徒の間でも話題になっていたので、それなりに興味はあった。まずセシリアでさえチケットを入手できなかったと聞いた時点で凄ぇと思い、その後クラスメイトからちょくちょく話を聞いて更に凄ぇと思い、ネットでちょろっと調べてみて更に更に凄ぇと思った。そしていつの間にか、いつか一度は行ってみたいと思うくらいにはドルピーク島に興味を持っていた。

 

「それがまさか、こんな形で足を運ぶことになるなんて…」

「良いじゃない、どんな形だって遊びに来れたことに変わりないんだから。はい、一夏君の分のチケット」

 

 手渡されたのは、更識のコネと刀奈本人の伝手をフル動員して入手してきたプレミアムチケット。因みに弾がセイスに貰ったのと、虚がこの日の為に手配して貰ったもの、そしてセシリアが入手できなかったものと同一のものである。

 

「それに一夏君だって五反田君が上手くやれるのかどうか、気になるんじゃない?」

「それは、否定しませんけど…」

「でしょう? だからコレはれっきとした善意、決して野次馬根性丸出しの嫌がらせとか、碌に恋路が進展しない主を差し置いて幸せ気分ルンルンな従者が羨ましいとか、人の従者誑し込んだ馬の骨に対する恨みとかの類では無いのよ」

 

 言葉の割におもっくそ私情を挿んでいるみたいだが、何を言ったところで聞きゃしないだろう。そう思った一夏が深い溜め息を吐く傍ら、当の刀奈は再び弾と虚に視線を向け、スッと目を細めた。

 

(万が一、例のタレ込みが本当だったらって言う懸念もあるんだけどね)

 

 何の前触れも無く掛かって来た、謎の電話。早い話が匿名によるタレ込みだったのだが、内容には色々と問題があり、情報の信憑性も重要度も中途半端なものであった。結局、ガセネタであることを前提にして、念の為に情報の真偽を確認することになり、更識家が出るまでも無いと判断され、布仏家の一員である虚に回された訳なのだが、いつの間にか日帰りデートツアーに変わっていた。恐らく、危険度がほぼ皆無と想定されているが故に、デートを楽しみながら片手間で仕事をこなすつもりなのだろう。

 ぶっちゃけると、常に誠心誠意、真面目に尽くしてくれて、公私共に支えてくれる彼女のことを思えば、日頃の感謝も込めてこのくらいは目を瞑っても良いかなと思う。そもそも、あの程度で何か言うと尽く自分にブーメランが突き刺さるので、最初から自分に虚を批難する資格は無い。だから虚には、この滅多に機会が無い休日デートを楽しんで貰いたいというのは一応、本心である。

 故に尚更、例の案件は放置できない。多分、情報の通りだったとしても虚の実力なら問題ないと思うが、どうせなら最後まで普通にデートを楽しんで貰いたいので、ここは主人として一肌脱ぐとしよう。

 

「っと、二人が移動するわ。行くわよ、一夏君」

「あぁもう、分かりましたよ。行けば良いんでしょ、行けば…」

 

 そして虚ちゃんの彼氏君を観察しながら、こっちはこっちでデート楽しもっと♪

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「面倒くさいのも来ちまったな…」

「生徒会の仕事で手一杯の筈じゃなかったのか?」

「のほほんさんに全部押し付けた挙句、学園には更識の任務でゴリ押したらしい。ま、取り敢えず五反田と布仏姉共々、このまま予定通りに見守るとするか」

「仕方ないか……まぁそれはさて置き、セヴァス…」

「どうせ腹が減ったんだろ、ホレ、さっきそこの屋台で買ったゲバブ」

「わーい」




○のほほんさん、現在IS学園にて奮闘中
○ラヴァーズ、現在IS学園にて憤激中
○ただし簪は除く
○これを書き上げる一週間前に、弾が当日にチケット紛失する夢を見た四季の歓喜

こんだけ待たせといてなんですが、本格的なデート回は次回から。本当に申し訳ない…

そして、まだ先の話になりますが、DU編書き終わったら、今年のクリスマス特別編を準備がてらボチボチ書き始めようかなと思ってます。

『世界を超えたクリスマス狂想曲~ルナちゃん・イン・ライスフラワータウン(仮)~』

お楽しみに…


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プロジェクト・DU その3

お待たせしました、続きです。




 

 

 布仏虚は華の女子高生にして、知る人ぞ知る仕事人間であった。休む時は休むが、与えられた仕事はどんな内容であろうと妥協せず、手を抜かず、完璧にこなす。更識家当主の従者として、布仏家の息女として、そしてIS学園生徒会の一員として、彼女は常に自身に与えられた役目を果たし続けてきた。

 布仏家の本懐は更識家を支えること、要は裏方稼業だ。いざとなったら真っ先に現場で命を懸けることになるが、平時の際は仕事に遊び心を捻じ込むだけの余裕はあるどこぞの生徒会長と違い、何かが起きようが起きまいが常に働きっぱなしなのが布仏虚である。当然ながら、そんな彼女に遊ぶ暇なんて、今の今まで無かった。そもそも布仏家の長女なんて言う肩書と責任からくる重圧と、それに応えてしまうだけの生真面目さが、その余裕さえ根こそぎ奪っていってしまったのかもしれない。

 さて、そんな彼女が、初めて恋というものを知った。好きになった少年と、一緒に居たいと思うようになった。与えられた役目はこれまで通りしっかり果たしながらも、以前よりほんの少しだけ我儘になって、自分の気持ちに正直になった。そんな布仏虚が、その好きになった少年と、これまで接待と付き添い以外で碌に行ったことの無い遊園地に来た訳なのだが…

 

「弾君、弾君、次、次はアレ行こう!!」

「わ、分かりましたから、ちょっと落ち着きましょう。そんなに焦らなくても、アトラクションはどこにも逃げませんから…」

 

 これまでに無いくらいの、もの凄いはしゃぎっぷりであった…

 最初こそ、落ち着いた年上の女性というものを維持しようとしていたが、そんなもの遊園地エリアに足を踏み入れて三秒で投げ捨てていた。目をキラキラさせ、軽く幼児退行しつつ、弾の手を引っ張りながらアレに乗りたいコレに乗りたい早く行こうの繰り返し。コーヒーカップでは加減無しでグルグル回すし、メリーゴーランドに乗れば終始はしゃぎっぱなし、海賊ゴンドラ船ではとても楽しそうに叫んでいた。そんな日頃の彼女からは想像もできない今の様子に、弾は何を思ったかと言うと…

 

(やっべ、超可愛い…)

 

 これに尽きた。しかも後で落ち着いた時に今の自分の様子を思い出して、恥ずかしくなって顔を真っ赤にしながら両手で覆って蹲るんだろうなぁこの人とか思いながら、やっぱり俺の彼女さんは『年上の可愛い人』だと、改めて認識した弾であった。

 

「と、それはさて置き、次はアレか…」

 

 虚がアレと行って指差していたのは、この遊園地エリア最大の目玉アトラクションの一つであるジェットコースター。その大きさ、スピード、恐怖度、どれをとっても最高クラスと言われている、まさに世界最先端のアトラクション。このジェットコースター単体でも有名であり、ドルピーク島に着く前から虚も乗ってみたいと言っていた。

 その時に虚が浮かべていた笑顔を思い出し、そして今、期待に満ち溢れたワクワク顔を見せる虚を前に弾は、まるで何かを覚悟するかのように深呼吸をひとつ、それからニッコリと笑顔を浮かべた。

 

「じゃ、行くとしましょうか」

「うん!!」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「オイ待て弾、早まるなッ!!」

「ちょっと、どうしたの一夏君?」

 

 一方、再びこちら野次馬ストーカーコンビ。遊園地エリアの片隅にある展望台で刀奈が持参した双眼鏡を手に二人の様子を窺っていたところ、突然一夏が動揺の声を上げたのである。耳元で大きな声を出されたのもあって刀奈も顔を顰めるが、一夏はそれどころでは無さそうだ。

 

「いや実は弾の奴って、昔から絶叫系のアトラクションもの凄く苦手なんです…」

「なぁんだ、そんなこと…」

 

 言葉にしてしまえば、たったそれだけのこと。やけに重々しく開かれた口から出た割には、随分と拍子抜けする内容に半ば呆れたように笑う刀奈だったが、一夏の次の言葉で表情が一変した。

 

「因みに、あいつ子供用コースターでも気絶します」

「え…」

「最悪の場合、失神して失禁します」

「え゛…」

「そして一度気絶すると、家に帰るまで起きません」

「えええぇぇちょっとそれヤバいんじゃないかしら!?」

 

 中学時代、遠足や休日に遊園地へ行って、何度かジェットコースターに乗ったが何一つとして良い思い出が無い。場の雰囲気と流れに逆らえずに乗った結果、吐くわ漏らすわ気絶するわで、その度に一夏が家まで背負って送る羽目になったものだ。そして、それは現在も変わらない様で、未だに絶叫系の話題を持ちだすと途端に目が死ぬ。

 

「多分、虚さんの手前、格好悪いところ見せたくないって気持ち半分、絶叫系苦手な自分に気を使わせたくないって気持ち半分でやせ我慢しているんじゃないかと…」

「そして、今の浮かれまくった状態の虚ちゃんはそれに気づいていない、って訳なのね…」

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「遠くから見ても凄かったけど、やっぱり近くで見ると違うわね」

「そうですね」

 

 さて、一夏と楯無に心配されているとは露にも思わず、ジェットコースターの列に虚と並んだ当の本人はと言うと、二人の心配とは裏腹に案外平気そうだった。ただし…

 

(あああああああぁぁぁぁヤベぇよ、マジでヤベええええええぇぇぇぇよおおおおぉぉぉぉ)

 

 表向きは、と言う単語が頭に付くが…

 

(せめて漏らすのだけは避けねば)

 

 楽しそうにしている虚に水を差さない様、自分が絶叫系が苦手であることを隠しながらここまで来てしまったが、内心は絶望一色であった。幸か不幸か、人気アトラクションなだけあって長い行列になっており、順番が来るまでそれなりに時間が掛かりそうで、気分を落ち着かせたり覚悟を決めたりする時間は有り余っている。しかし悲しいかな、彼女の前で格好つけたいと言う男の性さがに身を任せ、勢いだけでここまで来てしまった代償なのか、恐怖心を顔に出さないようにするので精一杯だ。

 

(あれ、もしかして弾君って…)

 

 そして彼にとっての不幸は、目の前に居る彼女が、生真面目で気配り上手な、暗部の家系に名を連ねる、布仏虚であると言うことだろう。

 

「それにしても、流石に結構並んでるわね」

「確かに他よりも凄いですよね、やっぱ一番人気のアトラクションってことなんですかね?」

「うーん、このまま並び続けるとお昼までずれ込みそうだし、一度諦めよっか」

「え…」

 

 ふと、そんなことを提案してきた虚に、弾は思わずきょとんとしてしまう。確かに虚の言う通り、それなりに長い行列に並んで大分待たされているが、逆に言えばそれだけ待った甲斐もあって、もう少しで順番がまわってくるとこまで来ているのだ。例え言葉の通り、昼時に時間がずれこもうが、今更列を抜けて並び直すなんて真似は勿体無い。そんな事、あの虚が分からない訳ないと思うのだがと、そこまで考えて弾は察した。

 

(もしかしなくても、悟られた上に気を使われた…?)

 

 その考えに至るや否や弾は額を抑えて俯き、深い溜め息を吐いた。気を使ったつもりが逆に気を使われ、心底情けない気持ちに沈むが、こうなったらもう仕方ない。胸に溜まったものを溜め息と共に全部吐き出すと同時に覚悟を決め、顔を上げた。

 

「あのー、虚さん」

「うん?」

「実は俺、絶叫系苦手なんです…」

(あ、やっぱり)

 

 弾の言葉に虚は、まるで隠し事を白状した子供に向けるような、そんな柔らかい苦笑を浮かべた。彼女としても一応、自分の彼女に格好悪いところを見せたくない男の子の気持ちは分かるつもりだ、決してバカにするような気持ちは抱いていない。けれど彼が年下なこともあってか、弾が頑張って背伸びしようとする子供みたいに見えて、やっぱり少し微笑ましく感じてしまうようだ。

 

「ごめんね、気付かなッ…」

「それで、折角の機会なんで、今回を機に克服しようと思います」

 

 虚の言葉を遮ってまでそう言った弾の表情は、心なしかいつもよりキリリとしていた。

 

「でもやっぱ一人じゃ怖いんで、一緒に乗って下さいお願いします」

 

 その無駄にキリッとした顔で、随分と情けないことを言いながら、頭を下げる弾。そんな彼の言葉に、虚は思わずきょとんとしていたが、やがて、さっきとはまた違った微笑を浮かべた。

 

「ふふっ、分かりました、謹んで協力させて頂きます」

 

 不謹慎と分かっているが、自分の為に無理までしてくれる彼の気持ちが、ちょっと嬉しかったようだ。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「おいセヴァス、オランジュの言う通りになったぞ。五反田の奴め、無茶をする…」

「彼女に対する自爆覚悟の気遣いと、そんな男の意地と顔を立てる度量を持った女、か。まぁ、あそこまで覚悟決めて言った挙句に『別に良い』とか言われたら、そっちの方が男として辛わな」

「で、どうするんだ?」

「そんなの決まってる、プランA発動だ。という訳でアイゼン、よろしく」

『はいよー』

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 それから少しして、長い行列の先頭が見えてきた。ここまでくれば、もうすぐだ。恐らく次の、もしくは更にその次くらいに順番が回ってくる筈だ。

 

「弾君、やっぱり今日はやめとく?」

「いや、乗ります」

 

 とは言ったものの、弾の顔色は少々悪い。ここに来て、今までの絶叫系に関する黒歴史の数々を次々と思い出しているのかもしれない。しかし、何もかも今更だ。もう絶叫系が苦手なことはさっき自分で言ったし、一緒に乗る為の建前も使った、今更情けない思い出の一つや二つ、増えたところで屁でも無い。何より今回は、虚に楽しい思いをして貰うことこそが最優先事項。その為なら、自分がどうなろうが一向に構わない……でも、流石に彼女の前で失禁するのだけは避けたいなぁ…

 

 カシャン

 

 と、そんな時だった。弾と虚の前に並んでいた一人の客が、何かをポケットから落とした。目を地面に向けると、最近ではあまり見掛けなくなった、給油式のジッポライターだった。持ち主の男はどうやら落としたことに気付いていない様なので、取り敢えず弾はライターを拾い、男の肩を叩いて声を掛けた。 

 

「あの、落ちましたよ?」

「え、あぁ、すいません」

 

 振り向いた男は、ヨーロッパ系の若者だった。男は弾からライターを受けとり、落した拍子に壊れていないか確認しているのか、徐に目の前で蓋をあけ、そのまま弾の目の前で火を灯した。そして、まるで見せつけるかのように、火の灯ったライターをゆらゆらと揺らしながら、ギリギリ聞き取れないぐらいの小さな声で何かを呟き始めた。

 

「アイン、ツヴァイ、ドライ」

 

 

―――カチッ

 

 

「よし、これで大丈夫。拾ってくれて、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

 

 そう言って男は前に向き直ると、丁度ギリギリ順番が回ってきた。職員の案内の元、コースターの最後尾に乗り込んだ彼は、あっという間に居なくなってしまった。そして、それからほんの少しして、遂に二人の目の前に次のコースターがやって来た。

 

「じゃあ、乗りましょうか」

「弾君、本当に大丈夫?」

「本当に大丈夫です」

 

 目の前に並んでいた男が最後尾だったという事は、当然ながら二人が座るのは最前列。ぶっちゃけ、人によっては一番怖い場所だ。そして弾も、最前列が一番苦手だったりする。しかし、ここまで来て引き返すつもりは更々無い。覚悟を決め、先に乗り込んだ虚に続くようにして座席に座りこんだのだが…

 

(あれ?)

 

 腰を降ろし、安全バーをしっかりと固定したところで、ふと気付く。いつもなら、この時点で顔色は真っ青になり、身体は震え、呼吸も乱れまくって大変なことになるのだが、どういう訳かそれらの症状が一切出ない。と、言うかそもそも…

 

(全然、恐く感じねぇ)

 

 

 その後、走り出したジェットコースターに激しく揺られ、隣ではしゃぐ虚を横目に、生まれて初めてジェットコースターを楽しむことが出来た弾であった。





予定では次、もしくは次の次でP・DU編は終わります。その後は、前回の後書きでも書いた通り、クリスマス編の準備を。

あと最近、SAOのメモデフやり始めて、SAOの二次書きたくなってきた。でも、またなろうでオリジナル挑戦したいし、アイ潜の本編も書きたい……


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プロジェクト・DU ラスト

サイボーグ化したライオンを親友に持つ、魂だけしか残らなかった人間でさえ身体ごと完全蘇生させる金属を発明した、空母乗っ取りの前科がある天才少年が、天災と仲良く世界を滅ぼし掛ける夢を見た。

クリスマス編書き終わったら、短編で書こう。

何はともあれ、お待たせしました、ダンウツ編ラストパートです。


 

 

「……凄い…」

「なんか、もう、それ以外の言葉が出てこないですね…」

 

 遊園地エリアを堪能し、途中に立ち寄った屋台で昼食を済ませた二人が次に訪れたのは、水族館エリア。

 このドルピーク島水族館には施設自体の大きさに反して、水槽がたったの2つしか存在しない。しかし、その2つしか無い水槽が、とんでもない大きさを誇っている。空母が1隻丸ごとすっぽり収まると言われる巨大な水槽の中には地球上に存在する、もしくは存在していたあらゆる水棲生物が優雅に泳いでおり、その姿を巨大水槽の外から、時には二つの水槽に挟まれるようにして中から、ゆっくりと眺める事が出来る。

 巨大な二つの水槽と、中で泳ぐ無数の魚たちを前にして、弾と虚の二人はその迫力に圧倒され他の来園者と同様に、自然と開いた口が塞がらなくなっていた。この目の前に広がる光景の凄まじさと、スケールの大きさもそうだが何よりも、事前に聞いていたとある話が二人を心から驚愕させていた。

 

「この中で泳いでる奴ら、全部ロボットってマジなんですか、とてもそうは見えないんですけど…」

 

 そう、この巨大水槽の中で優雅に泳ぐ生物達は全て、精巧に作られたロボットなのだ。巨大な群れを作る小さなイワシも、とんでもないスピードで泳ぎ続ける巨大なマグロも、ガラス越しにまで響く鳴き声を上げたクジラまで、全てが作り物なのである。しかし見ての通り、その一体一体が本物と判別出来ないくらいにとてもリアルで、機械とは思えない活き活きとした動きを見せており、全て偽物であると聞かされても尚、二人はそのことを信じることが出来ないでいた。

 

「どう見ても本物にしか見えないわよね。でも、確かに…」 

 

 ふと視線を別の場所に向けると、悠々と泳ぐマンタの後ろをピラルクが追いかけていた。また別の場所に目を向ければ、大きなタカアシガニに一生懸命威嚇するアメリカザリガニが居る。イワシの大群を良く見てみると、群れにアロワナが紛れ込んでいるのが分かる。海と川の生き物達がごちゃまぜに入り乱れる、なんとも奇妙で、そしてある意味夢のような光景が広がっていた。

 

「本物では、こんな光景は見れないわね」

「さっき向こうでジュゴンとマナティが一緒に泳いでましたからね」

 

 もうかれこれ30分くらい同じ場所に立ち続けているのだが、全く飽きる気配が来ない。水槽のどこかに展示用のロボット達が待機している小部屋と繋がる水路があるそうで、そこから定期的に水槽の中のロボット達を入れ替えているとのことだ。その為、地球上の全水棲生物を揃えていると豪語するだけあり、次から次へと新しい魚や動物のロボットが現れ、見ているこちらを楽しませ続けてくれる。

 

「あ、シロイルカ」

 

 そんな中、水底から昇ってくるように弾と虚の前に現れた一匹のシロイルカ。水槽のガラス越しの二人の前で止まったそのシロイルカは、ロボットとは思えないリアルな声で一鳴きすると、二人に向けて口から泡のリングを吐き出した。吐き出されたリングはガラスに向かって突き進み、やがて衝突すると同時にハートの形へと変化した。

 シロイルカは笑うように再び一鳴きすると、上へと浮上していった。突然の不意打ちにびっくりして、弾は思わず固まった。少し照れくさくなり、取り敢えず隣に顔を向けると、全く同じリアクションをとったのか、若干顔を赤くしてこっちを向いた虚と目が合う。そして、暫し見つめ合う事三秒。

 

 思わず吹き出し、互いに声に出して笑ってしまった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「あ、アレは、アレはまさか、ドルピーク島シロイルカの祝福ッ!!」

「刀奈さん、どうかしましたか?」

 

 一方こちら、再び物陰から従者と親友の恋路を眺めるストーカーコンビ。

 

「この水族館の名物、大水槽のアイドルでもあるシロイルカのワイスちゃん。彼女は時たま、水槽を見に来たお客さん相手に、挨拶代わりに口から泡のリングを出してくれるの。だけど、ごく稀に、そのリングの形がハートの形になることがあるのよ」

 

 弾と虚が遊園地エリアを後にしてからも、途中に寄った屋台で購入したホットドッグ(オムレツ付き)を片手に尾行を続けていた刀奈と一夏。水族館エリアに入った瞬間、その絶景に見とれて弾達を見失いかけると言うトラブルに見舞われたが、一歩間違えれば馬に蹴られかねないこの行為を二人は、少なくとも刀奈の方はまだやめるつもりは無さそうだ。

 

「因みに、もしもハートのリングを見る事が出来たら、そのカップルは必ず結ばれるって噂があるわ」

「へぇー、そうなんですか。良かったな、弾」

 

 ドルピーク島公式観光ガイドで事前に調べておいた情報を熱く語る刀奈だったが、心なしかその表情には嫉妬の色が色濃く出ていた。一応本人は、日頃の感謝も籠めて二人のデートを守るとか、弾が虚に相応しい男なのか見極める為と言っていたが、やはり少しばかり虚のことが羨ましい部分もあるのだろうか。

 

「ぐぬぬぬぬ、虚ちゃんばっかりずるいわよ。私なんて、私なんて…」

 

 て、言っちゃったよこの人…

 

「あ、タコだ」

 

 と、どこからともなくやってきた一匹のタコ。こいつもロボットなのだろうが、やはり近くで見ても本物にしか見えない。そのタコはガラスを挟んで二人の前でフヨフヨと浮いていたのだが、やがて、ガラスを挟んで刀奈と目を合わせた途端、動きを止めた。そして、見つめ合うこと数秒。

 彼女の顔目掛けて吐き捨てる様に墨をぶちまけ、そのままどこかへと去って行った。

 

「こんのタコ、私の恋路はお先真っ暗とでも言いたいわけ!?」

「刀奈さん落ち着いて、こんな場所でIS装備を出さないでッ!!」

 

 傍から見ても悪意しか感じないタコの行動に刀奈がキレた。

 

「離して一夏君、ちょっとだけだから、ちょっとあのタコで刺身作るだけだから!!」

「絶対に離しません!!」

「じゃあ今のセリフに私の名前を足してリピートして!!」

「え?……刀奈さんのことは絶対に離しません…!!」

「良し、満足」

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「すっかりバカになったなアイツ、昔はあんなじゃ無かったのになぁ…」

「セヴァス、セヴァス、あれ見てみろ、凄くでかいサメが居るぞ」

「おおう、ありゃメガロドンじゃないか。あんなのまで居るとは、本当に何でもアリだなこの水槽。もしかして、アーケロンとかモササウルスも居るのか?」

「あれは操れないのか?」

「出来るけど、何させるつもりだ?」

「蹂躙」

「バカ野郎」

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「今日は楽しかったわね」

「はい、本当に」

 

 結局、更に一時間ほど水族館を楽しんだ弾と虚。その後ショッピングエリアを散策し、友人達への土産を買いながら過ごし、少し早いが混雑する前にレストランエリアへと赴いて早めの夕食をとることにした。

 世界各国の専門料理店が集まるドルピーク島レストランエリア、その中で最も多くの客が集まる『レスト・モンテ』。海岸沿いに建てられたこの店は料理の味は勿論のこと、ドルピーク島の綺麗な海を一望できることで絶大な人気を誇っていた。そして事前に虚が…正確にはチケットを用意していた布仏家が予約していたことにより、店で最も眺めの良いテーブル席に二人は居た。少し視線を向ければ、美しい海原と夕日が生み出す絶景がどこまでも広がっている。 

 

「こうして改めて眺めると良く分かりますけど、海も凄く綺麗ですし、ちょっと泳がなかったのは勿体無かったかもしれませんね」

「そうね、また今度来る時はちゃんと水着も持って、そして泊まり込みで遊びに来ようか」

 

 そう言って用意されたミネラルウォーターを口にしながら、虚は少し離れたテーブル席に目だけ向けた。そして同時に携帯を取り出し、今の時刻を確かめる。携帯には、ちょうど午後6時と表示されていた。

 

「……やっぱり、ガセね…」

「どうかしたんですか?」

「ううん、何でも無い」

 

 言うと同時に虚は携帯を鞄にしまい、誤魔化すように笑みを浮かべた。どことなく弾は、彼女が肩の荷が降りたかのように、何かに安堵しているようにも見えたが、あまり追求しないことにした。虚がその表情を浮かべる時は大抵実家関係で、もう終わった時だからだ。

 ふと、その虚が真っ直ぐに、ジッと弾のことを見つめていた。

 

「それにしても、不思議なものね…」

「え?」

 

 そして感慨深そうに、ポツポツと語り出した。

 

「正直に言うと私、最近まで色恋沙汰になんか殆ど興味無かったの」

 

 特殊な家系故に、『普通』なんてものとは無縁な生き方を覚悟していた。実際、家の為、主である幼馴染の為、その身を粉にして一生懸命に自分の役割を果たしてきた。その生き方を不満に思ったことは無かったし、一般的な女子としての在り方なんて、社交辞令と学園での仕事に支障をきたさない程度の最低限のものにしか興味無かった。恋愛なんて尚更、欠片も興味が湧かなかった。

 

「けれど、弾君と出会って何もかもが変わった」

 

 あの学園祭の日、一目惚れと言うものが実在するということを、その身を持って知った。互いのことを知った今ならともかく、どうして当時、見ず知らずの彼に惹かれたのかは、今でも分からない。やはり恋と言う物は、理屈でどうこう出来るものでは無いのだろうか。

 そうでもなければ、色恋沙汰に殆ど興味の無かった自分が、こんなにも変わってしまったことが説明できない。プライベートでお洒落に気を使い始めることも、自分と違って意中の相手が同じ学園に居る主に嫉妬するなんてことも、仕事を建前に好きな男の子とデートするなんてことも、昔の自分からは全く考えられなかったことだ。何より今なら、織斑一夏と関わってポンコツ化する主と、専用機持ち達の気持ちが少しだけ理解出来るのが良い証拠かもしれない。

 

「弾君と出会ってから、毎日が楽しいの。仕事もこれまで以上に頑張れるようになったし、仕事以外の生き甲斐も見つける事ができた。何より、今も私が一人の女の子としていられるのは、弾君のお陰なの。だから弾君、私…」

 

 すっと伸ばされる虚の手は、弾の手にそっと添えられた。そして彼女の瞳は、弾に真っ直ぐ向けられ…

 

「私、弾君に逢えて、本当に良かった」

 

 心の底から幸せそうな、綺麗な笑顔。それに対する弾の返事は、決まっていた。

 

「俺もです」

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「私、これからは虚ちゃんの為にも、もっと頑張るッ…!!」

 

 ちょっと離れたテーブルで席に着き、懲りずに弾と虚の会話に聞き耳を立てていた刀奈と一夏。虚があの若さで社畜…もとい仕事人間となってしまったのは二人の実家が原因だが、その片方の当主として少なからず責任を感じてしまったようで、刀奈は何やら決意に満ち溢れた表情を見せていた。

 同時に、虚にあそこまで言わせてみせた弾を、ここに至ってようやく認め始めてもいた。ただの堅気である彼が、特殊な家系の虚と結ばれるには生半可では無い障害が待ち構えているし、従者にして幼馴染の虚を盗られたような気がして妬ましい気持ちはあるが、今後二人の恋路を微力ながら手伝ってあげようかな、ぐらいには思っていた。

 

「じゃあ、まず手始めに、この野次馬根性丸出しの尾行はやめませんか」

「あ、それは話が別、むしろやんないといけないことだから」

 

 一夏の言葉をバッサリ切り捨て、刀奈はふと視線を別の方向へと向けた。その先にはあったのは、先程虚が目を向けたテーブルである。

 

―――来週の日曜日、6時にドルピーク島レストラン街の人気店、『レスト・モンテ』の18番テーブルで、亡国機業が会合を開く

 

 そもそも事の始まりは、この一本の悪戯電話だった。匿名でのタレ込みと言う名目だったが、内容が内容なので発信元を逆探知して場所を特定、即座に電話の主を確保した。ところがこの電話の主、まさかの一般人、それも普通の高校生だった。しかも聴取の結果、確かに電話をしたことは間違いないのだが、内容は悪戯目的の出鱈目だったことが分かった。しかし更識家の実態も亡国機業の名前も、堅気の人間が普通の日常で知り得る事はまず有り得ない黒ワード。どこでその名前を知ったのか問い詰めてみたところ、この少年、悪戯電話の常習犯だった上に、自分が暗部の家に電話したことも分かっていなかった。ある日、コンビニや警察署への嫌がらせにも飽き、何か面白いプランは無いかとネットで悪戯の内容を募集したのだが、そこに一件の書き込みが現れたそうだ。書き込み曰く、指定した番号に電話して、書き込みの内容を相手に告げれば面白い展開になる、とのこと。その指定された番号が更識家の緊急回線で、先程のタレ込みの内容だった訳である。

 その後の調査で、取り敢えず例の書き込み、そして少年が正真正銘一般人であり、彼の主張が本当である裏付けは取れた。問題は、この悪戯少年に入れ知恵した人間とその内容だ。この書き込みをした人間の正体が、結局その後の調査でも分からなかったのである。こいつは限りなく怪しいが、しかし本当のタレ込みならば、このようにバカな少年を介する意味はなんなのか。それに実を言うと、ネットを彷徨えば似たような内容の都市伝説はゴロゴロと転がっているし、それが独り歩きした結果、奇跡的に更識家に繋がってしまったという事件が過去にもあったそうだ。

 とまぁこんな感じに割と長くなった協議の結果、情報の信用度は限りなく低いが、完全に無視する訳にはいかない案件、という結論に収まった。 

 

(とは言え、やっぱりガセネタなんでしょうけど)

 

 刀奈自身、こんな場所に亡国機業が本当に来るとは思えなかったが万が一ということもある。色々な建前の元、虚にその役目を与え、日頃の感謝も籠めて休暇代わりに楽しんできてと言った訳なのだが、まさか迷う事無く堅気の彼氏を同行させるとは思わなかった。だから嫉妬と野次馬根性の面が強いのは否定しないが、純粋に二人が無事にデートできるのか心配だったのだ。とは言え、例の18番テーブルには…

 

「わぁ、すごーい!!」

「こらこらルナちゃん、気持ちは分かるけど、あんまり騒ぎ過ぎちゃ駄目だぞ。ここは森さん達のアジトじゃ無いんだから」

「はーい。ところでバンちゃん、どうして今日は髪の色、ルナもバンちゃんも黒にしないといけないの?」

「んー、今回の建前と屁理屈の為のイメチェンかな?」

 

 二十代前半の青年と、紛うことなき幼女の二人だけ。物騒なテロ組織とは全く関係ない、どこにでも居そうな、見るからに普通の二人だった。強いて言うなら、二人の声にはどこか聞き覚えがあるような気がしたのだが…

 

「年の離れた兄妹かしら?」

「刀奈さん、前菜が来ましたよ」

「あら、美味しそう」

 

 ドルピーク島一番人気の店が繰り出す絶品料理を前に、どうでも良くなった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「さて、こんなもんかな。後は二人が島を出るとこを見送れば任務完了だけど、そこはバンビーノ達に任せれば良いだろう」

「じゃ、もう良いんだな?」

「良いぞ」

「いよおおおおおし遊ぶぞおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

「どこから行く?」

「遊園地、さぁ走るぞセヴァス!!」

「おい、どうせ深夜になったら貸し切りに出来るから走る必要は……あぁ、行っちまった。マドカの奴、この島のスポンサー旦那だから、それにあやかって俺達も特別待遇なの忘れてるな…」

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

―――後日

 

 

「お嬢様、珍しく仕事が捗ってますね」

「当然、なにせ私は虚ちゃんの主にして更識楯無、これぐらい朝飯前よ」

 

 あれから数日後、IS学園生徒会室にていつものように仕事をこなす二人。しかし宣言通り、少しでも虚の負担を減すべく、刀奈は日頃以上に張り切っていた。いつもならもう少し時間が掛かる筈の書類の山も、見る見るうちに片付いて行く。

 

「それはそれは、嬉しい限りです。その調子で、うちの妹に仕事押し付けてまで人のデートを覗き見する、なぁんて悪趣味な真似も、自重なさって下さると本当に嬉しいのですが」

 

 しかし、その動きも虚のこの言葉で固まってしまう。

 

「……な、なんの、ことかし、ら…?」

「口止めは本音だけでなく、織斑君と専用機持ちの皆にもしておくべきでしたね?」

「あ゛ッ…」

 

 島から帰ってきた一夏は、当然ながら専用機持ち達に詰め寄られ、いつもの展開へ。詰め寄られ締め上げられ、刀奈と二人きりでドルピーク島で過ごしたことを白状したら物理的に吊し上げられ、弾と虚のデートの件も吐く羽目になった。いつも通り教室で繰り広げられたその光景と事の顛末は、女子特有のお喋りネットワークで学園全体へ。結果、虚の耳にも届いてしまった。

 怖くて書類から顔を上げられない刀奈だったが、冷や汗が止まらず、身体は小刻みに震えていた。しかも虚の方からは、聴こえる筈のないゴゴゴ!!と言う効果音が。最早これまでと、覚悟を決めた刀奈は来たるべき制裁に身構えた、が…

 

「まぁ今回は、私も人のこと言えないくらいに公私混同してましたし、あまり強くは言いません。むしろ、こちらを気遣って下さった面もあるようで、ありがとうございました。これからも主従として、そして幼馴染として、どうかよろしくお願いします」

「う、虚ちゃん…!!」

 

 予想に反して向けられたのは、温かくも優しい言葉と笑顔。刀奈は思わず、虚の背中に後光を幻視した。

 

「それじゃ、仕事頑張って下さいね」

「分かったわ、この私に任せなさい!!……って、『頑張って下さい』…?」

 

 言うや否や、ドカンと言う音を響かせながら刀奈の前に置かれる書類の山。目の前の現実を理解出来ず、呆然とする刀奈だったが、しかし虚は先程の優しい笑顔のまま残酷に告げた。

 

「それ全部、もう私が手を加えられる部分は残ってませんので。後は、お嬢様が承諾のサインを書き込むだけです」

「え、待って、この山盛りの、全部?」

 

 一枚手に取って見てみると確かに彼女の言う通り、書類に虚が手を加えられる場所は既に一つも残っておらず、後は刀奈が承認のサインを書き込むだけ。むしろ本来なら刀奈がやるべき部分にも既に手が加えられており、それでいて手を加えられた場所は刀奈が文句をつけようのない程に完璧なもの。むしろ刀奈の負担は本来よりも減っている、減っているのだが、それを差し引いてもこの量はキツい。

 

「それと昨日も言いましたが、午後から約束があるので出掛けてきます。夕方には帰ってきますので、それまでに終わらせといて下さいね。それでは、お疲れ様です」

 

 軽くフリーズしていたら、いつの間にか虚は生徒会室の扉を開き、刀奈に一礼していた。そんな彼女を、刀奈は慌てて引き留めようと手を伸ばすが。

 

「待って、本当に待って虚ちゃん、流石の私もこの量は…」

「大丈夫です、何せ貴方は私の主にして更識楯無、その程度朝飯前でしょう。それに…」

 

 

―――あまり、彼を待たせたくないんです

 

 

「それではお嬢様、お先に失礼します」

 

 そのまま笑顔でパタンと、閉められた扉の音がやけに響いた。そんな中、一人残された刀奈は扉に手を伸ばした姿勢のまま、固まっていた。

 年の差たった一年とは思えない、圧倒的な大人の…否、女の余裕。仕事面でも、プレイべート面でも見せつけられた彼女との差に、刀奈は軽く心が折れそうになり、目尻には涙が。取り敢えず、行き場を失い伸ばされたままだった手で、再び書類を一枚。そこに書かれていたのは、『専用機持ち達によって破壊された、学園設備について』の文字。

 しばらく何かを考え込む仕草を見せた後、刀奈は携帯を取り出した。

 

「一夏君、今、暇? ちょっと、おねーさんと生徒会室で楽しいことしない?」

 

 

 




○ドルピーク島のスポンサーはフォレスト一派
○更に、島のとんでも設備の大半はルナちゃんが手掛けたもの
○因みに、水族館のロボットを一部操作する権限、深夜の時間帯なら遊園地の設備を貸しきりにできる、食事代無料など、フォレスト一派とその同伴者は特別待遇を受けることが可能
○余談ですが、オランジュはオープン初日に旦那の付添いで行ったことがあるので、それが理由で今回は強制的に居残り組に回されました



さて、次は宣言通りクリスマス特別編の準備に入ります。見た目は子供、頭脳は大人な死神…もとい少年探偵の世界へとルナちゃん達を放り込む予定です。



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IF未来 戦力過多な森一派のクリスマス編 前編


当初予定していたコナンクロス編ですが、書いてる内に『コレやるの、クリスマスじゃなくても良くね?』と言った感じの内容となってしまい、急遽変更して別の内容にしました。すいませんが『ルナちゃんinコナン編』は、また別の機会に持ち越しとさせて頂きます。



 

 もしもセシリア・オルコットの母が、自身と夫の死後、娘のことを彼に託していたら…

 

『せめて関わるまい、関わらせまいと思っていたけど、惚れた弱味って奴かな。こんな手紙まで残して、直々に頼まれたとあっては断れないよ。さぁ、おいでお嬢さん、この僕が世界の楽しみ方ってものを教えてあげようじゃないか』

 

 もしもラウラ・ボーデヴィッヒが、織斑千冬と会う前に、彼と出会っていたら…

 

『生まれた理由と、生きる理由が同じである必要は無い。貴様はどうする、ラウラ・ボーデヴィッヒ。奴らの言う通り、欠陥兵器として朽ち果てるか。それとも人間として、死ぬまで生き続けるか。後者を選ぶのなら、今すぐにこの手を取れ。同類のよしみだ、絶対に後悔はさせん』

 

 もしもシャルロット・デュノアが母の死後、デュノア社に身柄を引き取られる直前、彼と出会っていたら…

 

『無法者の阿呆に世間一般の常識とか道理が通じると思ってんのか。言われた通りに力は示したんだ、約束通り会社ごと娘さんは貰うぜ、デュノア社長……なんでここまでするのかだって? あんたの娘には…シャルロットには、こんな鳥籠みたいな場所で飼い殺しにされるような人生は似合わないと思った。ただ、それだけだよ…』

 

 これは、そんなもしもの先に、彼らに訪れたであろう未来の話…

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「さて紳士淑女の諸君、今日はお集まり頂き、まことに感謝しまっ」

「ご託は良いから早くしろい、阿呆」

「休日の、それもこんな微妙な時間に呼び出しやがって…」

「まだ飯食ってたのに…」

 

 十二月半ば、クリスマスまでもう少し。亡国機業フォレスト一派、IS学園潜入部隊の面々は、オランジュの招集により、近場の喫茶店へと集まっていた。しかし突然の呼び出しに応じる羽目になったせいか、参加者の機嫌はあまりよろしくない。

 セイス達を始めとする男性陣は帰りたそうな雰囲気を隠そうともせず、それは同じテーブルに着くお洒落な私服姿で決めてきた三人の少女達も同じである。

 

「私たちもそんなに暇ではないんですのよ。にも関わらず、わざわざ呼び出したのですから、もしも下らない内容でしたら怒りますわよ、オランジュさん?」

「心配御無用だ。それにどうせ、旦那は午後予定入ってるから遊びに行っても無駄足だぞ」

「あら残念ですわ、やはりおじ様も忙しいようで…って、なんで私の予定把握してるんですの!?」

 

 紅茶を優雅に飲みながらオランジュを睨み付ける、なんて器用な真似をしているのは、イギリス代表候補生にして名家オルコット家の現当主、IS学園一年生セシリア・オルコット。

 またの名を、亡国機業フォレスト一派『お嬢様 (レディ)』。

 

「まったく。こっちはこっちで忙しいというのに、何故貴様なんぞの為に時間を割かねばならんのだ…」

「まぁまぁセシリアにハーゼ、それに皆もそんなにかっかしないでさ。取り敢えず、オランジュの話だけでも聞こうよ」

 

 腕を組みながが椅子に深く座り込み、露骨に憤慨する銀髪の眼帯少女…元ドイツ軍特殊部隊出身、ラウラ・ボーデヴィッヒ改め亡国機業フォレスト一派『兎 (ハーゼ)』。

 そして、そんな彼女を宥めるセシリアとは違う金髪の、中性的な顔つきのもう一人の少女。フランス代表候補生にしてIS企業デュノア社のテストパイロット、IS学園一年生シャルロット・デュノア。またの名を、亡国機業フォレスト一派『自由 (リベルテ)』。

 学生として潜入するセシリアとシャルロット、そして彼女らを影でサポートするセイス達5人。この7人こそが、他の派閥からも一目置かれるフォレスト一派の若手筆頭組にして、IS学園潜入チームだ。因みに一年にも満たない僅かな期間で幾つもの功績を既に打ち立てているにも関わらず、エクスカリバー事件の後もセシリアとシャルロットが亡国機業の一員であることを、学園側は未だに察知していない。なので、この調子だと来年も引き続きIS学園での潜入任務を全うすることになりそうだ。

 

「とは言ってもな、この時期にこの面子ってことは、別に仕事の話って訳じゃ無いんだろ?」

「まぁな。だけど、一応ここに居る全員に関係することにして、興味のある話であることは違いない」

 

 その為、亡国機業の工作員としても、仮初とは言えIS学園の生徒としても、この時期は何かと忙しい。短い昼休みですら貴重だと言うのに、何をトチ狂ったのかこの阿呆はチームの全員を呼び出した。これで本当につまらない内容だったら、割とガチで殴ろうと全員が思っていたのだが…

 

「単刀直入に言おう。旦那の思いつきで今年のクリスマスパーティ、ゲームに勝てたら豪華な景品が貰えまーす」

「お、マジで?」

「マジマジ、因みにコレがその景品リスト」

 

 彼の口から出てきたのは、フォレスト一派恒例のクリスマスパーティについてだった。他の派閥よりも大規模で豪勢なことに定評のある忘年会も兼ねた大宴会を毎年、フォレスト一派のメンバー全員が楽しみにしていた。しれは、この潜入チームも例外では無い。その証拠に、オランジュが取り出した景品リストがテーブルに置かれた途端、全員が身を乗り出しそうな勢いで覗き込んできた。

 

「ちょいと今年は稼ぎまくったからな、そのご褒美も兼ねて奮発するって話だ」

「うわ凄ぇ、去年の比じゃないぞ、このラインナップ…」

「そりゃ良い、楽しみが増えたな」

「流石はおじ様、分かってらっしゃいますわ」

 

 歴代ゲーム機詰め合わせ、日帰り旅行券一年分、遊園地一日貸し切り権…リストに書かれた景品の量と、その豪華さに一気に場が盛り上がる。仕事の内容に対して給料が少ないと思ったことはあまりないが、やはりこう言った別口のご褒美は素直に嬉しいし、何だかんだ言って彼ら彼女らもまだまだ遊び盛りの若者達なのだ、こう言った話題には目が無いのだ。

 

「で、まさかそれを言う為だけに呼んだのか?」

「んな訳無いだろ。実はな、肝心のゲームの内容なんだけどな…」

 

 興味のある話題であることに違いは無かったが、流石にわざわざ呼び出す程のことでも無いだろうと思ったら、まだ何かあるらしい。しかし、クリスマスパーティに関する事なら、どうせ深刻とは縁遠い話だろうと全員がタカを括っていたら…

 

「兄貴と模擬戦」

 

 一瞬で全員の顔が絶望に染まった…

 

「……嘘だろ…」

「オワタ…」

「さらばクリスマスプレゼント、また来年…」

 

 幼い時からティーガー直々にシゴかれてきた男性陣は、早くも諦めモード。

 

「あ、遊びが過ぎますわよ、おじ様…」

「あの人が相手だと、戦車使っても勝てる気がしないからな…」

「虎さん怖い虎さん怖い虎さん怖い虎さん怖い虎さん怖い虎さん怖い虎さん怖い虎さん怖い…」

 

 彼等よりもやや遅めに経験したが故に、まだトラウマを完全には払拭できていない少女たちは顔面蒼白のまま身体を震わせていた。

 フォレスト一派の一員なら誰もが通る、ティーガー主導による特訓。その厳しさと理不尽さは、経験者に生存する為の力を身に着けさせると同時に、身体と心の隅に僅かに存在していた自信と慢心を根こそぎ粉々にしていく。それは、フォレスト一派のメンバーなら年齢性別問わず、淡々と行われる。故に、彼の名前と一緒に『組手』とか『模擬戦』と言った単語が添えられると、当時の地獄を思い出して彼女達のような状態になる者も少なく無い。むしろ、生身で正面から一対一で彼と戦うぐらいなら白旗持ってトリプルアクセルしながらワンと鳴く、と言う者が殆どだ。

 

「はっきり言って、兄貴にタイマンで勝てるような奴は今のフォレスト派には居ない。だからさっき、旦那に直訴してハンデ貰ってきた」

「ハンデ?」

 

 流石にフォレストも自分で提案した手前、この遊びのムリゲーっぷりを薄々感じていたようで、オランジュの要望にはあっさりと首を縦に振った。本音を言うとむしろゲームの内容自体を変えたかったが、厄介なことにこのゲームの内容自体はティーガー自身が望んだことだったのである。

 なんでも、フォレストが彼に欲しい物を訊ねてみたところ、返ってきた返事が『フォレスト一派メンバーと模擬戦』だったとか。互いに仕事の都合でメンバー全員が揃うことは滅多に無く、彼自身が気に掛けているセイス達すら実力を確認したくても出来ないのが現状。だから、願う事ならばそう言った機会を設けてくれると嬉しい、と。そう言われると日頃のこともあってか、フォレストも駄目とは言えなかった。

 しかし、豪華な景品を対価にしたとは言え、何が悲しくてパーティの余興で勝てないと分かっている相手と戦ってボコボコにされなければならないのだ。このままでは全員、精肉工場で加工される運命を受け入れた家畜の如く、超消極的なテンションでティーガーと戦うことになるだろう。そんな状態の彼らを相手にするのは、ティーガーとて望んでいない筈。

 対価は既に用意した、あと必要なのは『ティーガーに勝てるかもしれない』と言う希望、つまりハンデ。とは言えあくまでコレはパーティの余興、行き過ぎれば笑い事で済まなくなるのは必須。あぁでも無い、こうでも無いと師弟揃って頭を悩ませること約30分、妥協に妥協を重ねて出された結論はと言うと…

 

「俺達は小道具あり、更に1チーム十人までなら協力オッケー、って話になった」

「つまり兄貴一人に対して…」

「こっちは十人掛かり…」

 

 確かに、一人でやるよりはずっとマシだ。そもそも仕事の時ですら、一つの目的に対して十人も揃って何かをするなんてことは滅多に無いので、むしろ過剰戦力も良い所だ。

 

「あと三人は?」

「いつものスコールズトリオで良いだろ」

「エムとレインさん、それにフォルテさんだね?」

「だとしても無理な気がしますわ…」

 

 ただし、それはティーガーとやり合うなんて無理難題でなければの話である。武器も多少は使って良いとのことだが、正面から彼相手にどこまで通用するのやら。

 

「なぁハーゼ、兄貴の弱点とか知らね?」

「兄様に弱点など無い。と言うか、兄様との付き合いはセイス達の方が長いじゃないか、何か知らないのか?」

「ギャグセンスの無さと、辛い物が好きじゃないってことぐらいしか心当たりが無い。しかも辛い物に関しては好きじゃないだけで、苦手ってレベルですら無いし」

「そうか……確かに、そうだな…」

((((それと、本人は頑なに認めないけど、妹 (ハーゼ)のこと大好き))))

 

 その後も、ティーガーの弱点を探そうと頭を捻るが、全員ともセイスの言った内容以外に心当たりは無かった。因みに、ラウラがティーガーを兄として見ているのと同じように、ティーガーもラウラのことを妹として扱っており、尚且つ決して表には出さないが溺愛していることは、ラウラ以外のフォレスト一派全員が知っている。本人の前でその事を指摘すると、色々な意味で大変なことになるので、誰も口には出さないが…

 

「逆に好きなもので釣るか?」

「兄貴の好きなものってことは、甘い物で?」

「いやいや子供じゃあるまいし、無理だろ」

 

 やけくそ気味に出てきたバンビーノの案に、当然ながらセイス達は難色を示す。言いだしっぺも冗談半分で言ったので、あまり反論はしなかった。しかし…

 

「……いえ、意外と行けるかもしれませんわ…」

「え?」

 

 なんと、セシリアがバンビーノの案に賛同したのである。彼女の意外な反応に全員が戸惑うが、それに構わず彼女は続けた。

 

「確かにティーガーさんの実力は驚異的ですが、此方にはセイスさんを始めとする現場組に加え、エムさん達モノクロームアバターの三人、更には私達もいます。あの人の集中力を乱すことさえ出来れば、一矢報いることも可能では?」

「確かに言われてみれば…」

「そんな気がしなくも無い…」

 

 初回のトラウマ…もとい特訓から時は経ち、全員様々な経験をつんでそれなりに当時よりも遥かに実力は付いたと自負している。今のラウラは本気のマドカとサシのIS戦で互角に渡り合えるだけの力は持っているし、セシリアとシャルロットの実力もそんな彼女達に決して引けを取らない。そして生身ならそんな彼女達を一蹴できるセイス達も、言うまでも無く相応の実力者。

 未だにあのティーガーと自分達が戦うところを想像して、勝てる姿は微塵も思い浮かべることが出来ないが、確かにこの面子と人数、更にはティーガーの集中力を乱す何かがあれば、ひょっとすると…

 

「とは言え相手はあの兄貴だぞ。せめて、もうひと押し何かが欲しいところだな」

 

 そう、せめてもう一つ、確実にティーガーに隙を作らせる何かが欲しい。ティーガーが甘い物と同じ位、もしくはそれ以上に大好きなモノ。それを思い浮かべた結果、7人中6人の視線が一か所に集まった。

 

「ふむ、兄様の好きなものか…」

 

 6人分の視線の先には、此方の様子に気付かず未だ一人で悩み続ける銀髪の眼帯娘。

 

「一応訊くが、異論ある?」

「「「「「ない(ですわ)」」」」」

「むお、なんだなんだ、兄様の好きなモノが分かったのか?」

 

 周りの雰囲気について行けず、一人狼狽えるラウラの様子に全員が苦笑いを浮かべた。念入りに稽古をつけたり、口下手で不器用ながらもラウラと会話する時だけやたら口数が多かったりと、こうも露骨なまでに他の者と扱いに差があると言うのに、彼女も、彼女を特別扱いしているティーガー自身も、その事に気付いていないのがある意味不思議でしょうがない。

 そんな時、ふとシャルロットはある事に気付いた。

 

「今更だけどハーゼ、またティーガーさんの呼び方変えた?」

「そう言えば、確か昨日までは『兄さん』って呼んでなかったか?」

「う、うむ、色々な呼び方を試しているんだが、どうも反応がいまいちなんだ。私にとってあの人は、血縁的にも兄妹みたいなものだから兄と呼びたいのだがな…」

 

 『越界の瞳』の一件で失敗作の烙印を押され、失意のどん底に叩き落とされたラウラ。既に抗う気力は失われ、ただ上層部からの処分を待つ日々を送っていたところに現れ、彼女に救いの手を差し伸べたのがティーガーだった。最初は突然現れ、いきなり手を取れと言う彼に戸惑うしかなかった。けれど、ティーガーが自分と同じ遺伝子強化素体であること、更には自分と同じく軍に捨てられた身であったこと。何より差し出された手と、『絶対に後悔させない』、その言葉に籠められた静かな熱が、ラウラの手を無意識に動かしていた。

 そして、そのまま亡国機業に身を置き、彼の指導と組織の協力の元、瞳による負荷を克服。組織で過ごす内にドイツ軍時代の全盛期を遥かに上回るだけの実力も身に着け、あの頃は自分には不要と思っていた友人というものも多くできた。今の自分は、間違いなく幸せだと断言できる。故に、彼には感謝しても感謝しきれない恩を感じずにはいられなかった。

 

「因みに、今までどんなの試した?」

「『兄さん』の前は『兄上』、その前は『兄者』、更にその前は皆の真似をして『兄貴』、他には『ブルーダー』、『にーに』、『おにぃ』、『教官』、『ティー兄ぃ』、『虎さん』、それから…」

「分かった、もう良い…」

「特に後半、誰だハーゼに変なもの吹き込んだ奴は……おいシャルロット、今なんで目を逸らした…?」

「な、何のことかなー?」

 

 セイス達にジト目で睨まれ、シャルロットが気まずそうに目を逸らした、その時だった。唐突に、とてつもなく悪い企みを思いついていそうな笑い声が上がった。全員が声の方に視線を向けると、笑い声を上げていたのはオランジュだった。

 

「どうしましたのオランジュさん、もしかして、何か思いついたのですか?」

「おうよ、兄貴に対する最強にして最大の嫌がらせを考えてやったぜ、いひひッ…」

 

 今年一番の、それはもう悪そうな笑みを浮かべていたオランジュ。これには流石に、彼と長い付き合いである男性陣だけでなく、女性陣も嫌な予感を感じずにはいられなかった。

 

 





○レディ(セシリア)
 両親の死後、『自分達に何かあったら、この男を頼りなさい』という内容の遺書と、本人宛にしたためられた手紙を持ってフォレストの元を訪れたのが全ての始まり。
 フォレスト一派の愉快な仲間達に囲まれている内に男嫌いはすっかりなくなり、特に森の旦那には彼こそ本当の父親とでも言わんばかりに懐いており、それ故にオランジュに嫉妬することもしばしば。
 オルコット家のセシリアとしての表、亡国機業のレディとしての裏、二つの顔を上手く使い分けながら現在もIS学園で潜入任務続行中。原作通り一夏と同じクラスだが、クラスメイト兼ターゲット以上の感情は抱いていない。
 因みに、彼女はフォレスト以外の親しい人には本名で、フォレスト本人には『お嬢さん(レディ)』と呼ばれたい。

○ハーゼ(ラウラ)
 織斑千冬と出会う前に、虎兄貴にドイツ軍から連れ出され亡国入り。技術部の協力で越界の瞳を克服し、虎兄貴の指導でメキメキと実力を伸ばした結果、生身ではセイス達、ISの腕はマドカに匹敵する実力の持ち主となった。ティーガーを兄として慕っており、本人も無意識の内にラウラに対して非常に甘くなっている。また、祖国に対する忠誠は、『ラウラ』と言う過去の名前と一緒に捨てた。
 身元の事情故に即行で身バレする可能性と本人の意志により、潜入任務はセシリア達とは違いサポート組。学園を襲撃する際は、フォレスト一派がドイツ軍に対する嫌がらせ目的で強奪したレーゲンでマドカと共に出撃することも多く、その度に一夏達は地獄を見せられる。
 意外と天然で素直な性格をしているせいか、男女問わず誰とでも仲良くでき、セイス達だけでなく、マドカとすら友人関係を築き上げている。

○リベルテ(シャルロット)
 母の死後、阿呆と出逢っていた。それから暫く、原作通り父親に引き取られ、デュノア社でテストパイロットをやらされていたが、いつの間にか阿呆がデュノア社を乗っ取っていた。本当はかつてのように表社会で穏やかに生きる道が用意されていたのだが、自分を助けてくれたオランジュに恩返しをする為、そのまま自らの意思で組織に入った。
 セシリアと同じく、フォレスト一派の影響で実力は原作よりも上がっており、一夏に対して好意はそこまで抱いておらず、デュノア社の令嬢兼テストパイロットとして現在も潜入任務続行中。
 『リベルテ』の名はあくまでコードネームなので、なるべく普段は本名で呼んで欲しいとのこと。特に最近は、オランジュに『シャル』の愛称で呼ばれると凄く喜ぶ。


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IF未来 戦力過多な森一派のクリスマス編 中編

大乱闘クリスマッシュ・ブラザーズ、開幕


 クリスマス当日、例年通り高級ホテルを貸し切ったフォレスト一派。しかし、今年は宴会場で騒ぐ前に、動きやすい服装で全員ホテルのレクリエーションルームへと集められていた。そして、そこにはフォレスト一派以外のメンバーの姿もあった。

 

「ねぇ先輩、聞いてた話と違うっスけど…」

 

 その内の一人、スコール一派のフォルテは、隣に居るレインに戸惑いの視線を向け…

 

「なぁエム、聞いてた話と違うんだが…」

 

 そのレインが軽く頬を引き攣らせながら、隣に居るマドカに問い掛けると…

 

「おいセヴァス、話が違うぞ!! クリスマスパーティで景品を掛けたゲームをやるんじゃなかったのか!?」

 

 マドカはセイスの胸倉を掴み上げ、血相を変えながら問い詰めていた。

 

「嘘は言ってないだろ?」

「お前らはいつからあの最終決戦兵器と遊び感覚で殴り合えるようになったんだ!?」

 

 シレッと答えるセイスに、掴んだ彼の胸倉をガクガクと揺らしマドカが吠える。

 スコールとフォレストが同盟を結ぶ前からセイス達と交流のあるマドカは勿論のこと、そのマドカに誘われる形で今回のクリスマスパーティに参加したレインとフォルテ。今年はゲームに挑戦すれば豪華な景品が貰えるからと来てみれば、彼の言うゲームの内容は、まさかのティーガーとの模擬戦。いつもフォレスト一派の元に顔を出しているマドカだけでなく、派閥の違うレインとフォルテでさえ、ティーガーの恐ろしさは嫌と言う程知っている。故に彼女らにとって、そんな彼を相手と生身で戦えとか無理ゲー以外のなにものでも無かった。

 セイスの態度から察するに、本当のことを言ったら確実に来ないと分かっていたので黙っていたのだろう。あるいは、いつもの悪戯合戦の延長か。どちらにせよ、巻き込まれた身からしたらたまったものでは無い。

 

「ええぃ、今更もう遅い。それに勝算はある、損はさせないから」

「本当だろうな?」

「失敗したら責任とって新年会の費用を全額出す、オランジュが」

「おい!?」

「それなら良いだろう」

「おいいぃぃ!?」

 

 叫ぶオランジュだったが、マドカはそれで手を打つことにしたようで既に聞く耳を持たない。レインとフォルテに視線を向ければ、二人もそれならと言わんばかりにうんうんと頷いていた。どうやら、もう取り消しはできないらしい。

 

「ったくよぉ、アイツらは…」

「あ、あはは。まぁ、勝てば良いんだし、オランジュの考えた作戦ならきっと上手くいくよ。それに万が一失敗しても、僕も一緒に責任取るからさ」

「……あぁもう、お前だけが俺の癒しだぜシャルぅ…」

 

 先程の落ち込みようから一転、シャルロットの言葉に気を良くしたのか満面の笑顔の阿呆。そのまま彼女を抱きしめ、頭を撫でる。普通にセクハラ認定されても文句は言えない阿呆のこの行動に、当の彼女は嫌がる素振りを見せるどころか、赤面しつつも凄く嬉しそうだった。

 そのオランジュとシャルロットの様子を、割と黒い感情を抱きながら睨み付ける視線が二人分。

 

「……先輩、派閥の移籍って出来るんでしたっけ…」

「出来るぞ、スコールおばさんに恨まれる覚悟さえあればな…」

「じゃあ私は行こう、あのアイアンババァによろしくな二人とも」

「「待って」」

 

 半ば本気でスコールの元を去ろうとしたマドカ、それを止めるレインとフォルテ。いつまでも色ボケ続けるフランスコンビ、残りのメンバーはセシリアのせいでいつの間にか始まった、『フォレストの旦那が好きなものって何だっけ?会議』に夢中。

そんな中、すっかりグダグダになった空気を元に戻したのは、レクリエーションルームの中央から発せられた、それはそれは苛ただしそうな舌打ちの音だった。全員が音の発生源へと目を向ければ、見るからに不機嫌そうな表情を浮かべるティーガーの姿。一瞬で全員の顔から血の気が引いた。

 

「あ、すんません、もう少しだけ時間下さい…」

「早くしろ、後はお前らだけなんだ」

「はい…」

 

 因みに、彼の言う通りオランジュ達がこのゲーム最後の挑戦者となる。他の挑戦者は既にティーガーと戦い、その全員が敗北で終わった。トールを始めとする古参組は銃火器まで使って善戦したが、やはり小細工抜きでティーガーに勝つのは難しいようだ。

 

「んじゃ、作戦通りによろしく」

「お前ら、マジで碌でも無いことばっかり思いつくな…」

「と言うか、そんな作戦で本当にいけるんスか?」

「まぁ、正面からじゃIS使っても勝てそうにないティーガーが相手ではな…」

「そう言うこった。とにかく、手筈通りに頼んだぞ助っ人トリオ」

 

 だからこその、今回の作戦。正直言うと、内容は非常にくだらないものだが、幾つもの条件が揃ったこの場所に限り、絶対的な効果をもたらすとオランジュは確信していた。セイス達も、何だかんだ言って今までもこの阿呆を信じてやってきた。今回も騙されたと思って、阿呆の阿呆に付き合ってやるだけだ。

 

「準備は済んだか?」

「えぇ、バッチリですよ」

 

 オランジュの言葉に、全員の空気が張り詰めたものに変わる。まだ二十にも満たない子供たちが、本職の大人達ですら怯みかねない、尋常じゃない戦意を滾らせる。その全てを正面から受けながら、フォレスト一派が誇る最強の猛虎は殆どの者には分からない程に小さく、けれどしっかりとした笑みを浮かべた。

 

「そうか、なら来い」

「じゃあ遠慮なく!!」

 

 言葉と共に、人外の全力を使い一瞬で間合いを詰めたセイス。更にそのまま、至近距離から全力の拳をティーガーに放つ。ズバァン!!と言う凄まじい音と、それに見合うだけの強い衝撃が部屋に響く。

 ISに絶対防御すら使用させる、セイスの全力の一撃。しかし放たれた必殺のそれは、ティーガーの突き出した片腕にがっしりと掴まれていた。

 

「大きくなったな」

「身長の話ですか、それとも拳の威力ですか?」

「両方だ」

 

 ティーガーの言葉に、セイスの闘志剥き出しな歪んだ笑みが深くなる。一見すると余裕そうなティーガーだが、よく見ると正面からぶつかり合い、今も前に押し返そうと力を籠める互いの腕はガクガクと震えていた。こっちの全力に向こうも全力を出している、つまり拮抗しているのだ、あのティーガーと。昔は自分がどれだけ全力でぶつかっても、ビクともしなかった兄貴分の腕。その剛腕に、一応とは言え拮抗して見せている。その事実だけでも、セイスが心の中で歓喜するには充分だった。

 

「オラァ!!」

「だが甘い」

 

 獣のように吠えたセイスは、そのまま空いた方の腕でティーガーを殴りつけようとするが、咄嗟にティーガーは掴んでいたセイスの腕を放す。そのせいでセイスはバランスを崩し、その隙を狙って叩き込まれた虎の拳に吹き飛ばされた。瞬間、ティーガーの背後に迫る黒い影… 

 

「お前は疾くなったな」

「そりゃどうも」

 

 振り向き様に放たれた裏拳をしゃがんで避け、追撃のローキックを飛び退いて躱すアイゼン。その傍ら、置き土産の投げナイフも忘れない。自身の急所目掛けて飛んでくる無数のナイフ、その全てにティーガーは腕を一振り。たったそれだけで、アイゼンの放ったナイフは一本残らず彼の手に収まっていた。

 徐に、その内の一本を自身の背後へと勢いよく投げた。

 

「うひゃあ!?」

 

 投げられたナイフはティーガーの背後へと回り込んでいたシャルロットの拳銃を貫き、彼女の手から跳ね飛ばした。しかし、それでも勢いは止まらず、そのまま更に彼女の背後に居たバンビーノの拳銃まで貫いてしまった。

 

「嘘ぉ…」

「おまけだ、受け取れ」

「て、ちょッ!?」 

 

 その言葉と共に、残りのナイフ全てがバンビーノ目掛けて飛んでくる。必死の形相で避けるバンビーノを尻目に、ティーガーは再び自分に突っ込んでくる影と向き合う。セイスに匹敵する人外のスピードで迫ってくる今度の影は、銀色だった。

 

「行くぞ兄様!!」

 

 ティーガー直伝の手刀の乱舞を繰り出すラウラの猛攻に、彼は正面から迎え撃つ。小柄な体躯からは想像もできない程に重く、速い一撃の数々。並大抵の相手なら2秒持たないその手刀の嵐を、ティーガーは彼女を上回るスピードで腕を動かし、片腕のみで捌いていた。一部の者には理不尽にも思えるこの光景を前に、しかし彼女は当たり前だと言わんばかりに笑みを浮かべていた。

 まるでセイスと同じように、自分の成長を実感しているかのようで、そして目の前の人物が、自分の師であり、兄であることを誇るかのようで…

 

「ふむ、また腕を上げたな」

「ありがとうございます!!」

「しかし、まだ満点はやれん」

「ぬおぁ!?」

 

 急に足をはらわれ、宙を浮いたところを猫のように襟首を掴まれる。そして、そのままポーンと遠くへ投げ飛ばされてしまうラウラ。

 

「よっこい…」

「せッ!!」

 

 そんな彼女と入れ替わるように、左右からティーガーを挟むようにして回し蹴りを放つアイゼンとシャルロット。二人の全力の一撃、ティーガーは両腕のガードで難なく受け止める。しかし、最初から防がれると分かっていた二人は即座に次の行動へと移った。防がれたことにより勢いが止まり、そのまま重力に惹かれるよりも早く足をティーガーの腕へと足を絡めて関節を決める。

 

「よっしゃそのままぁ!!」

 

 そこへ飛び掛かるバンビーノ。両腕を封じられ、人間二人分の体重により動きを制限された今なら隙だらけ、まさに絶好の好機だろう。しかし、それは相手が人間だったらの話。

 

「あ、無理だコレ」

「ごめん、バンビーノ!!」

 

 ティーガーが絡みついた二人ごと両腕を高く振り上げ、その様子に危険を感じたアイゼンとシャルロットが拘束を解いて飛び退いたのと、ティーガーが両腕を床に勢いよく振り下ろしたのはほぼ同時。あと一歩遅ければ、二人はあのまま床に勢いよく叩き付けられていたことだろう。

 

「え、ちょちょちょちょタンマ、タンマぁ!!」

「断る」

「クソッたれめぇ!!」

 

 その結果、なんの枷も付いてない虎とサシで相対する事になったバンビーノ。彼もまたフォレスト一派が誇る精鋭の一人であり、おまけに相手は一応は手加減してくれている。半ばヤケクソ気味だが、次々と拳打を放って攻め立て、どうにか善戦していた。しかし、やはり相手が悪過ぎるようで、段々と勢いが無くなっていく。そして暫しの応酬の後、逆にカウンターの一撃を打ち込まれ、ブッ飛ばされてしまった。

 

「もういっちょ行くぜ、兄貴!!」

 

 ふと上から迫る気配に顔を上げると、高く跳躍したセイスがティーガー目掛けて踵落しを放ってきていた。咄嗟に両腕を交差して防御の構えを取り、正面から受け止める。先程よりも大きな衝撃と轟音が響き、それに混じって彼の両腕からギシリと骨が軋むような音が鳴った。しかし、それに構わず押し返し、セイスを突き飛ばすようにしながら距離を取る。

 そこへ、再び上からの殺気。

 

「くらえ」

 

 今度はマドカだった。セイスと同じ軌道、同じ動きで、彼女もまた踵落しを放ってきた。セイスの一撃により、まだ少し痛む腕で再びガードするが、思いの外ダメージが大きかったのか、それともマドカの踵落しの威力が大きかったのか、あるいはその両方か、先程よりもはっきりとした痛みがティーガーの腕を駆け抜けた。

 

「そ、こ、だぁ!!」

「ッ!?」

 

 僅かに怯んだ、ほんの一瞬の隙。そこへ遂に叩き込まれた、セイスの一撃。チャンスを逃さない為に速度重視で放ったが、ティーガーの表情を歪ませ、強制的に10メートル程後退させるには十分な威力だった。

 しかし、逆に言えばそれだけ。ティーガーは即座に息を整え、着地したマドカともどもセイスを睨み付ける。先程よりも大きな、それでいて様々な感情が入り乱れた、実に好戦的な笑みを浮かべながら。そのティーガーの笑みを応えるように、セイスもまた笑みを深くし、彼と正面から向き合う。お互い、まだまだ本番はこれからだと言わんばかりに…

 

「……お前ら、やっぱ頭おかしいわ…」

「死にたくないんで帰って良いッスか?」

 

 一方、司令塔のオランジュと、拳銃で援護に徹するセシリア、その傍で死神に突撃するタイミングを掴めず、足踏み状態になってるレインとフォルテ。本来ならこの二人、セイス達と同じようにティーガーに正面切って立ち向かって貰う筈だったのだが、生身での実力に関しては既に一目置いていたフォレスト一派の奮闘と、それと単身で渡り合うティーガーを前にして完全に尻込みしてしまったのだ。

 オランジュとしては少しでも作戦の成功率を上げる為にも彼女達には前に出て貰いたいのだが、このまま無理に説得するより、このまま万が一の為に自分達の護衛でもしてもらおうかなとも思っていた。しかし…

 

「あら、モノクロームアバターの方々も、案外大したこと無いんですのね」

「「あ?」」

 

 突如、隣のセシリアがそんなことを言い出し…

 

「あら失礼、私としたことが、うっかり間違えてしまいましたわ。確かあなた方のチーム名は、モノクローム”アバズレー”でしたわね。腰抜けビッチな貴方達にお似合いな名前を間違えてしまうなんて、どうかしてましたわ、ごめんあそばせ」

「「やってやろうじゃねええええぇぇぇぇかあああああぁぁぁぁぁ!!」」

 

 怒声と共に駆け出す二人は、自ら死地へと飛び込んだ。ティーガーは構わず迎え撃つ体勢を取り、セイス達はそれに合わせて一斉に襲い掛かる。一対八の大乱戦が、再び始まった。

 

「おぉ、怖ッ…」

 

 それは果たして怒れるレインとフォルテに向けた言葉か、それとも言葉だけで二人をあっさり動かしてみせた隣の彼女に向けたものか…

 

「ぼーっとしてる暇はありませんわよオランジュさん、そろそろ頃合いでしてよ?」

「分かってるよ。おい、ハーゼ!!」

「了解」

 

 呼びかけに応え、ティーガーとの手刀の応酬を切り上げてまでオランジュ達の元へと下がるラウラ。そこで彼女は、何やら白い箱らしきものをオランジュから受け取った。

 

「何を企んでいるか知らんが…」

 

 唸るように呟きながらレインの足を払い、フォルテの腕を掴んで投げ飛ばす。アイゼンの飛び蹴りを片手で弾き飛ばし、腹部に踵を落として地面に叩き付ける。突っ込んできたバンビーノの顎に掌底をくらわせ、体勢を崩した彼をシャルロットに投げつける。行く手を塞ぐセイスには、さっきのお返しとばかりに本気の顔面パンチ。一撃で沈んだセイスに目が点になるマドカには、久し振りに脳天目掛けて拳骨を叩き落としてやった。痛みで床を転がりながら悶絶するマドカを尻目に、ティーガーはラウラの元へ殆ど一足飛びで距離を詰めてきた。

 

「全て捻じ伏せるまで!!」

 

 ラウラが箱をオランジュから受け取り、後ろを振り返った時には既にティーガーは間合いを詰めていた。

 何もさせまい、何をされても動じまい、そのつもりで腕を振りかぶるティーガー。対して向き合うラウラはと言うと、本来なら絶体絶命に他ならないこの状況で冷静、淡々と自分の役目を果たした。

 因みに、彼女がオランジュに指示されたことは三つ。

 

 

 その1、呼ばれたらオランジュから例の箱を受け取ること

 

 

 その2、その箱をティーガーの攻撃に合わせ、彼の目の前で開けること

 

 

 その3、ついでに例のセリフも忘れないこと

 

 

 彼女は作戦通り、しっかりと役目を果たした。オランジュから事前に指示されたその全てを、三つとも成し遂げて見せた。その結果、今まさにラウラに一撃を放とうとしていたティーガーの目に何が映ったのかと言うと…

 

 

 

 

 

 

 放とうとした自分の拳の軌道上に差し出された、イチゴショートで作られたクリスマスケーキと…

 

 

 

 

「メリークリスマス、おにーちゃん♡」

 

 

 

 

 天使のような満面の笑みを浮かべながら、甘く囁くようにそんな言葉を放った愛しい妹の姿で…

 

 

「今だ掛かれえええええぇぇぇぇぇぇ!!」

「「「「「「「「よっしゃああああああぁぁぁぁぁ!!」」」」」」」」」

 

 

 甘党の隠れシスコンの思考を一瞬だけでもフリーズさせるには、充分過ぎる光景だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「それでは、勝利を祝って乾杯!!」

「「「「「「「乾杯ッ!!」」」」」」」

 

 場所は移ってホテルの宴会場、集まったフォレスト一派と彼らに招かれた者達はいつもよりお洒落な私服に着替え、それぞれのテーブルを囲んで思い思いの時を過ごしていた。良く飲み、良く食べ、良く騒ぎ、この一年の出来事を肴に心から楽しんでいた。ティーガーとの勝負に唯一勝利したセイス達も例外ではなく、各自飲み物の入ったグラスを片手に勝利の余韻に浸りつつ、いつも以上の賑わいを見せていた。

 

「いやぁ、正直言うと本当に勝てるとは思わなかった。方法は少しアレだが…」

「兄貴が本気じゃなかったとは言え、勝ちは勝ちだ。そこら辺は気にするな」

「え、アレで本気じゃないとかマジっスか…」

 

 セイスとオランジュの呟きに、思わずフォルテが固まった。あれだけのハンデ、そして割と悪質な手段を使ったとは言え勝ったことには勝った。しかし、それでも尚、やはりティーガーと言う男は凄まじかったと、その身を持って理解させられた。理解させられたつもりだったが、彼らの口ぶりからすると、あの時の彼はまだまだ全力を出していないということになる。

 

「そりゃそうさ、今回は宴会の余興みたいなもんだし。それに、実際さっき殆ど自分から動いてなかったろ、兄貴」

「実戦だったら開幕早々に半数が沈黙させられてたろうし、そもそも仕事モードの兄貴だったらケーキごとハーゼ殴り飛ばしてると思うぞ」

 

 故に今回オランジュは、あのようなふざけた作戦でも通用すると判断し、決行した訳だ。因みに彼曰く、もしも本気の本気でティーガーと戦おうとする場合、軍隊一個師団使い潰すつもりで足止めしているところに核ミサイルでも落とさない限り勝てない、下手するとそれでも殺せないとのこと。

 

「だが、さっきも言った通り勝ちは勝ちだ。今は素直に喜んどこうぜ」

「……そっスね…」

 

 そう言って気を取り直し、再び宴に興じる一同。他のテーブルと同じく盛大に飲み食いしながら、それぞれが楽しいひと時を過ごしていた。

 

「む、なんだか料理の味がいつもと違う気がする…」

「あら流石はエムさん、やはり気付きますか。僭越ながら今年のパーティの食事は、オルコット家とデュノア社の伝手で手配した料理人に用意させましたの。お気に召しましたか?」

「あぁ、スコールの用意した奴より美味いな。セヴァス、お前も食ってみろ」

「どれどれ……うわマジで美味い、これはフォークが止まらない…」

 

 余程料理が気に入ったのか、先程からフォークを持った手と、料理を咀嚼する口が止まらないセイスとマドカ。その二人の様子に気を良くしたのか、満足げな表情を浮かべるセシリア。

 

「アイゼン、さっき使ってたナイフ新しい奴だろう。見せてくれないか?」

「いいよ、はい」

「ふむ、やはりコレは良い業物だ。技術部の新作という訳ではないみたいだが、どこで手に入れたんだ?」

「旦那の古い知り合いから貰ったんだ。多分ハーゼも会ったことあると思うけど、アメリカのエドワード爺さんって知ってる?」

 

 ペン回しの様にナイフをクルクルと片手で回転させ、使い心地を確かめるラウラ。そして、そんな彼女にナイフを入手した経緯を説明するアイゼン。互いにナイフの扱い方に心得があり、同じドイツ出身者であり、同じ師を持つこの二人は案の定、気が合うようだ。

 

「おいコラ、リベルテ」

「あまり調子に乗るんじゃないっスよ」

「えぇー、なんのことかなー?」

「しらばっくれるんじゃねーよ、分かってんだろ?」

「別に『抜け駆け禁止』とか甘いこと抜かすつもりは無いっスけどね、ちょっとその余裕たっぷりな態度は頂けないっス。純粋に腹立つっス」

「分かった、気を付けるよ。今度はもう少し、二人にはすまなそうにしながらオランジュに甘えるね?」

「この野郎……ま、良いか。お前がどれだけ頑張ろうが、オランジュの初めてをオレが頂いた事実は変わらないし、なぁ…?」

「……ふん、そんなの関係ないもんね…」

「ちょっと先輩、オランジュさんの初めてって、何の話っスか…」

(あ、やべッ、フォルテに言ってなかったんだこの話…!!)

 

 シャルロット、レイン、フォルテの三人は、何やら黒く禍々しいオーラを漂わせながら、一人の少年を巡って女の戦いを繰り広げる。しかしシャルロットの牽制に苛立ったレインが自爆し、いつの間にか別の修羅場が生まれ始めていた。

 

「おい、お前の女達だろ、どうにかしてこい」

「待ってくれ、色々と待ってくれ、俺の女″達″ってどういうこと!?」

「ワンサマーじゃあるまいし、朴念仁のフリして誤魔化せるとでも思ってんのか。て言うか、どうしてお前ばっかりモテるんだよマジで!!」

 

 目の前の現実から目を逸らそうとするオランジュ、そんな彼に妬みの気持ち9割でヘッドロックを決め、そのままギリギリと締め上げるバンビーノ。

 なんとも騒がしく、賑やかな十人。亡国機業随一の騒々しさを誇るフォレスト一派だが、その中でも彼らは群を抜いていた。マドカの悪戯にセイスが吠え、オランジュとバンビーノが碌でも無い悪巧みを考え付き、ラウラが天然を唐突に爆発させて周囲を振り回し、アイゼンは巻き込まれ、彼ら彼女らの暴走をセシリアが腹黒い一面を覗かせながら火消しに奔走し、それらの光景にシャルロットが苦笑いを浮かべ、そこにレインとフォルテも加わった。互いに互いのことを棚に上げ、そんな日常に対し皆は文句ばかり零す。けれども、素直に口に出さないだけで全員、この騒々しい日常が楽しくて、愛おしくて、大好きだった。いつまでもこんな日々が続けば良いと、全員が思っていた。

 

「おやおや、実に楽しそうだネ、皆」

 

 ふと、そんな一際騒々しい彼ら彼女らのテーブルに一人の女性が近付いてきた。まるで燃え盛る炎のような深紅の髪に、癖のある喋り方。織斑千冬との決闘と言う望みを叶える為に亡国機業へと身を置いた隻腕の戦女神、本日は赤いスーツで決めてきた二代目ブリュンヒルデこと『アリーシャ・ジョセフターク』その人だった。

 彼女は一応、形式上はスコールの下についていることになっているのだが、当の本人にそのつもりは一切無く、織斑千冬と戦うこと以外で動くつもりは無いと公言している。スコールも味方に引き込めただけでも御の字と思っており、彼女の事は対織斑千冬専用兵器として割り切っていた。そもそも彼女を勧誘し、直接交渉してその気にさせたのはフォレストなので、元々強く言えるような立場でも無い。

 なので、フォレスト一派からクリスマスパーティの招待状を受け取り、ルンルン気分で出掛けた彼女を止める者は居なかった。

 

「これはアリーシャさん、京都以来ですわね」

「あの時はお世話になりました、色々な意味で」

「どーも、お久しぶりお嬢さん方。あの時、代表候補生にしては末恐ろしいモノを感じたけど、まさか君達も彼らの一員だとは思わなかったヨ。これからは、同じ仲間としてよろしくネ。それと、君達のことは先輩と呼んだ方が良いかナ?」

「御冗談を、貴方相手にそんな恐れ多い真似は出来ませんわ」

「僕達は亡国機業の一員ですけど、同時に一人のIS操縦者としてアリーシャさんのことを尊敬しています。こちらこそ、どうかよろしくお願いします」

 

 チラリとレインとフォルテに視線を向け、あの二人とは大違いだなと思いつつ、亡国機業に来て以来久し振りにお世辞抜きで敬われ気を良くしたアリーシャ、彼女の表情には自然と笑みが浮かんでいた。

 

「ところで話は変わるんだけどサ、一つ訊いても良いかい…?」

「はい?」

 

 唐突にアリーシャは周囲を探る様にキョロキョロと見回した後、目の前のシャルロットだけでなく、ついでとばかりにその場に居た全員に訊ねた。

 

「……フォレスト一派に、メテオラって居るよね…?」

「え、居ますけど…」

「あの守銭奴がどうかしました?」

 

 アリーシャの口から出てきた名前に、問われた全員が首を捻った。フォレスト一派の経理を担当するメテオラのことは、この派閥に所属する全員が良く知っている。金を稼ぐ才能と執念は組織の中でも随一を誇り、そのとばっちりを周りが受けることもしばしば。因みに、女の子の好みは内気な眼鏡っ娘で、更識いもう党所属。

 そんな彼の名前が、イタリア出身と言う以外に接点が無さそうな二代目ブリュンヒルデの口から出てくるのか、全く分からないのだが…

 

「彼の本名、エミリオだったりする?」

「エミリオ?」

 

 続いて出てきた名前に、再び全員が不思議そうな表情を浮かべた。その反応に、アリーシャも当てが外れたかと思い、心底残念そうに溜め息を吐いた。

 

「そっか、違うのか…」

「あぁいや、そうとも限りませんよ。ただ、実はアイツの本名、全員知らなくて…」

「おじ様なら知ってるかもしれませんけど…」

 

 割とガチで落ち込むアリーシャに、オランジュとセシリアが慌ててフォローに入る。フォレスト一派に限らず、亡国機業に身を置く者達には複雑な事情や過去を抱えた者が多い。セイスやマドカ達のように全て受け入れ、親しくなった相手に自分の全てを明かすケースも多いが、逆に全てを忘れ去ろうと言わんばかりに、親友と言うべき相手にすら死ぬまで何も語ろうとしない者も少なく無い。メテオラもそんな者達の内の一人のようで、自らの過去を滅多に語らず、特に名前に関しては絶対に教えてくれなかった。

 

「参考までに、どうしてアイツの本名がエミリオだと?」

「別に大したことじゃ無いサ。彼が私の幼馴染にそっくりだった、それだけサ」

「「「「「その話、詳しく」」」」」

 

 ラウラを除いた女子5人が、恋話の気配に勢いよく食いついた。あまりの迫力にアリーシャも僅かに怯んだが、『若いって良いね』と苦笑いを浮かべた。

 

「まぁ折角だし、語るのは良いけど、ちょっと男子の前でする内容じゃないなかナ…?」

「おい男子、今すぐに失せろ」

「これから男子禁制、臨時女子会の時間っス」

「3秒以内に消えろ、でなければブッ飛ばす」

「ちょっとお待ちになって皆さん、彼らが居なくなったところで、ここは宴会場。むしろ私達が移動した方が確実且つ安全ですわ」

「という訳で皆、ちょっと行ってくるね。さ、ハーゼもこっちこっちー」

「え、私は別に、って、あ、ちょ待て、引っ張るな…!!」

 

 言うや否や、女性陣はアリーシャと共にあっという間に消えてしまった。取り残された5人の野郎共は、一気に寂しくなったテーブルを前にポツンと立ち尽くしていた。

 

「……で、どうなんだ、エミリオ…?」

「その名前で呼ばないで下さい」

 

 そう、5人の野郎共だ。セイス、オランジュ、バンビーノ、アイゼン、そしてアリーシャが来る直前、何かから逃げる様に彼らのテーブルへと駆け寄り、その下に潜り込んで隠れていたメテオラの5人である。

 

「まったく、幼馴染と呼んで良いのかどうかも疑わしい程に短い、それもお互い凄く幼い時の付き合いだったというのに…」

 

 ブツブツと文句を言いながら、テーブルの下から現れたメテオラは、そのまま椅子にドカッと乱暴に座り、テーブルにあったグラスをとって中身を一気に煽った。あまりお目に掛かる事の無い、露骨に不機嫌そうな彼のこの様子に、セイスとバンビーノ、そしてアイゼンは純粋に驚いた。しかしオランジュだけは、彼がどうすれば良いのか自分でも分からず、途方に暮れているように見えた。

 

「さっきの、アリーシャさんが言ってた幼馴染ってのは?」

「どうやら私と彼女、家が近所にあったようでして、幼い頃は同じ公園でよく一緒に遊んでたんです。と言っても私が5歳の時、1年にも満たない短い間でしたが…」

 

 彼の名前は今日まで知らなかったが、彼がどう言った経緯でフォレストに拾われたのかは知っているセイス達は、アリーシャとの付き合いが1年で終了した理由を察した。

 グラスの中身を呑み干し、空になったグラスを放り捨てたメテオラは、中身の残っている別のグラスに手を伸ばし、再び勢いよく喉に流し込みながら語る。

 

「こっちは家に居たくないから公園に逃げてただけだと言うのに、私を見つける度に一緒に遊ぼうと腕を引っ張って、色々な事に付き合わされました。あの自由奔放な性格に加え、年は向こうの方が上でしたからね、お姉さん気取りの彼女には本当に、随分と振り回されたものですよ…」

 

 空になったグラスを再び投げ捨て、今度は瓶そのものに手を伸ばそうとしたので、流石にセイスが引っ手繰って阻止した。彼は酒に弱い訳では無いが、かと言って特別強い訳でも無い、これ以上飲ませると危ない。しかし、本人は奪われたワインボトルを残念そうに見つめ、結局話を続けた。

 

「本当にしつこくて面倒な方でした、あの人は昔から。こっちがどんなに嫌そうな顔をしても、向こうは笑顔で近寄ってきて、自分が連れて行きたい相手を、自分の望む場所へ一緒に、何度も腕を引っ張って連れて行こうとするんです。余りにしつこくて、いつの間にか、私の腕を掴み、強く引っ張りながら毎日どこかへ連れて行ってくれる、あの人の優しい腕が好きになってました…」

 

 言うや否や、彼はテーブルに突っ伏した。やはり、らしくもなく勢いに任せ飲みまくったせいで、酔いが一気に回ってしまったようだ。それでも、逆に酒が回ったせいか、メテオラは…

 

「親に端金の為に売られてからも、もしかしたら彼女が助けに来てくれるんじゃないか、またあの時みたいに私の腕を引っ張って、こんな場所から連れ出してくれるんじゃないか、そう信じて疑いませんでした。まぁ当時の互いの年齢を考えれば、助けにくるとか無理な話に決まってますけどね。だけど、そう思えるくらいに、私の中で彼女のことが…アリーシャさんの存在は、大きなものになっていたようです」

 

 ロクデナシの親に育てられ、その親に売られた過去を持つメテオラ。既にケジメはつけ、このフォレスト一派を自分の居場所と定めた今でも、過去のことは極力思い出したくない、忌むべき記憶だった。けれども、そんな彼でも唯一、忘れられない思い出があった。それが、あの公園で彼女と過ごした、短くも温かい日々だった。

 

「それにしても、本当にあの人は自由過ぎると言うか何と言うか。こっちはテロ組織の一員、あっちは世界にその名を轟かす二代目ブリュンヒルデ、再会しても碌なことにならないし、そもそも会ったところで向こうは私のことなんて覚えてないだろうと思ったから接触は控えていたのに、勝手に向こうから来るだけじゃ飽き足らず、私の顔と名前を忘れずに幼馴染認定してると来たもんです。彼女が片腕を失ったと聴いた時、会いに行くべきか否か三日三晩悩み続けた私がバカみたいじゃありませんか…」 

「そう言えばお前、アリーシャ・ジョセフタークが片腕を失くした時、医療費と称して洒落にならん額の寄付金を匿名で送ってたな。もしかして、その理由って…」

 

 うつ伏せのまま、今度は愚痴をマシンガンの様に零し始めたメテオラに、当時のらしくない彼の行動がずっと気になってたオランジュがそう問いかける。するとメテオラは顔を上げ、少し気まずそうに、そして照れくさそうな苦笑いを浮かべ、こう答えた。

 

「幼い時の話とは言え、初恋の相手が苦しんでるんです。無視なんて、出来る訳ないでしょう?」

「だそうですよ、アリーシャさん」

「え゛…?」

 

 瞬間、空気が…と言うか、メテオラの身体が固まった。嫌な視線と予感を感じ、恐る恐る後ろを振り返ると、そこには先程女子会と称して居なくなった筈のマドカ、レイン、フォルテ、セシリア、シャルロット、ラウラ。そして、まさか彼も自分の事を覚えていただけでなく、そんな風に思っていたなんて想像だにしていなかったせいか、顔を自分の髪と同じくらい赤くしたアリーシャの姿が…

 

「や、やぁ、久しぶり、エミリオ…」

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁッ!!!?」 

 

 クリスマスに…メテオラにとっては自分の親に売られた日にして、自分を買い戻した日でもあるこの日に、盛大な黒歴史を刻んだ彼は、断末魔のような絶叫と共に逃げ出した。

 




○今回はバトル&宴、そしてイタリアコンビがメイン
○次回の後編は、アリーシャ含めたこの4人娘と、彼女達と関わりを持った彼らの回
○メテオラの過去に関しましては、一昨年のクリスマス活動報告を参考

どうにか今年中に後編仕上げたいところですが、正直言って微妙に間に合わないかも…


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IF未来 戦力過多な森一派のクリスマス編 後編

大分遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。

そして今回、クリスマス編ラストとなります。この話を読んで皆様が思うであろうことは、恐らく二つ。

○サブタイトルに偽りなし
○オランジュ死すべし慈悲は無い


「あ、兄様!!」

「ハーゼか…」

 

 パーティ会場を一人でウロウロしていたラウラだったが、ティーガーの姿を見つけた途端、飼い主を見つけた犬の如く、あっという間に駆け寄って行った。

 羞恥で顔を真っ赤にさせたメテオラが逃走し、それを追いかけて行ったアリーシャ。そして、それを野次馬根性丸出しで全員が追い掛けたのだが、思いのほか足が速かったメテオラに中々追い付けず、そうこうしている内に皆と逸れてしまった。しかし、大好きな兄を見つけた今の彼女にとって、そんなのは些末なことに過ぎない。

 

「楽しんでるか?」

「はい、お蔭様で!!」

「そうか…」

 

 元気よく答える妹の頭にそっと手を乗せ優しく撫でてやると、彼女は幼い子供の様に満面の笑顔を浮かべ、とても心地良さそうにしていた。もしも彼女に犬みたいな尻尾が生えていたら、千切れんばかりに勢いよくブンブン振り回していたことだろう。自然と、表情に乏しい筈の自分の口元が緩む。

 

「それにしても…」

 

 思い出すのは、先程のゲームと称した模擬戦。あの決着に関しては色々と言いたいことはあるが、結局は自分の弱さが招いた結果だ、甘んじて受け入れよう。しかし、それを抜きにしても彼女達は、特に目の前のこの子は本当に…

 

「本当に、強くなったな」

「ありがとうございます、これからも精進します!!」

 

 初めて彼女の存在を知った時は、心底複雑な気持ちになった。

 

 初めて彼女の姿を目にした時は、他の誰でも無く、自分が守らねばと思った。

 

 初めて彼女に兄と呼ばれた時は、気恥ずかしさと、嬉しさで心が満たされた。

 

「ハーゼ…」

「…?」

 

 越界の瞳の適合に失敗し、欠陥兵器の烙印を押され、いつ処分の命令が下るか分からない毎日に怯えて過ごす彼女の姿は、かつての自分そのものだった。ましてや彼女は、遺伝子強化素体として生み出されるにあたり、自分と同じベース素体を用いて生み出されていた。最早、放っておける訳が無かった。

 そのまま組織に連れ帰ってからは、更に色々なことがあった。当初は、こと戦闘以外に関しては互いに不器用なせいで意志の疎通に苦労したし、人生の殆どを軍事施設の中で過ごしてきたラウラの箱入りっぷりはかつての自分やセイス以上だった。自分だけだったら、間違いなく面倒を見切れなかったと思う。だが幸いにも、自分には厄介で鬱陶しく、とても頼もしい仲間達が居た。

 

『兄貴の妹!? マジで!?』

『銀髪に赤い瞳…本当にそっくりだ……』

『そして兄貴と一緒で強そう…』

『よーしよしラウラちゃん、俺達は君のお兄さんの弟分、つまり君の兄弟分ってことだ。だから、一度で良いから俺のこと『バン兄さん』って呼んでみゴメンなさい冗談です二度と言わないから勘弁して兄貴いいいぎえええええぇぇぇぇぇ!!?』

 

 あの賑やかな連中に囲まれて過ごす内に、彼女を飲み込もうとしていた絶望は綺麗さっぱり消え失せた。自身が手塩にかけて鍛え、更には技術部の協力もあり、メキメキと実力を身に着けていった。仲間達に後押しされた彼女が自分を兄と呼び始めた頃には、自分も彼女のことがすっかり特別になっていた。少なくとも、彼女に『兄』と呼ばれる度、毎回顔が緩みそうになって必死に堪えるくらいには。

 

『兄さん、私は貴方の妹であることを、心の底から誇りに思います!!』

 

 彼女は自身が強くなれたのは兄の…自分のお陰だと言ってくれるが、そんな事は無い。あの日、人間として生きろと手を差し伸べ、あの場所から連れ出したのは確かに自分だ。けれど、それは切っ掛けを与えたに過ぎない。今の彼女は間違いなく、自らの努力と意志で立ち続け、歩き続けている。

 そうとも、今の彼女には自身の意志が、心がある。仲間と共に笑い、時に泣いて、時に怒り、そしてまた笑いながら前へと歩き続ける。そんなお前が、ただの兵器であるものか。誰が何と言おうが私は、私達は声を大にして何度でも言ってやる。ハーゼ、お前は…

 

「やはりお前は、人間だ」

 

 

 そして私の大切な、最愛の妹

 

 

「はい!!」

 

 

 お前の兄でいられることを、私も自慢に思うよ

 

 

「今日は気分が良い。それに形はどうあれ、模擬戦でも一応は私に勝った訳だしな。だからハーゼ、褒美だ。一つだけ、お前の望みを聞いてやろう」

「本当ですか!? では今後は兄様のことを、『おにーたま』と呼ばせて下さい!!」

「それだけはやめろ」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「……見失ってしまいましたわ…」

 

 一方こちら、アリーシャ達とメテオラを追い掛け回していたセシリア。彼女もまた、ラウラと同じく彼らの事を見失っていた。まだ宴は始まったばかり故に、会場には多くの参加者が飲食物片手に互いのテーブルを行き来して、それぞれが思い思いのひと時を楽しんでいた。そんな中を裏方組とは思えない足の速さで逃げ回るメテオラ、そしてその彼を本気出してまで追い掛ける二代目ブリュンヒルデと亡国機業現場組。段々と激しくなる追跡劇が面倒になり、そもそも会場内を走り回るなんて淑女にあるまじき行為自体も今更ながら嫌になってしまい、自然と彼女の足は止まっていた。そしてその場に立ち止まった途端、彼らの姿は一瞬で彼女の前から消えてしまったのだった。

 

「それにしてもメテオラさん、逃げ足の早さも含め、色々な意味で意外でしたわね」

「彼がどうかしたかい?」

「へ?」

 

 ふと零した呟きに返ってきた返事、驚いて思わず振り返る。自身の背後にあったテーブル、その席に一人の初老の男性が座っていた。彼の姿を目にした瞬間、セシリアの顔が喜び一色に染まる。

 

「おじ様!!」

「やぁレディ、パーティは楽しんでるかい? それと、ゲームクリアおめでとう。お陰で、今年一番の面白いものが見れたよ」

 

 亡国機業最大にして最強の派閥、フォレスト一派。その象徴にして頂点とも言うべき男が、そこに居た。

 

「おじ様は、何をしてるんですの?」

「もう散々飲み食いしたからね、ちょっと食後の休憩を」

 

 そう言ってフォレストが指差した先、テーブルの上には英国セレブ御用達しの高級ティーセットが一式、綺麗に揃えられていた。イギリス出身であるにも関わらずイギリス料理が嫌いな彼だが、紅茶に関してだけは食器も含め、英国ブランドを好むらしい。

 

「君も飲むかい?」

「是非」

 

 おじ様と呼び、第二の父として慕う彼からの誘いをセシリアが断る訳もなく、彼女は迷うこと無く席に着いた。テーブルは大きな丸型、対面に座ると離れてしまうので、彼の隣へと並ぶ形になった。そして座ると同時に差し出された、中身の入ったティーカップ。茶葉は、また最近流通が滞り始めたと言われるダージリン、その最上級の品。芳醇な香りを楽しんだ後、ゆっくりと口を付けた。幸せが、口の中一杯に広がった。

 

「おじ様の紅茶、本当に久しぶりです。あぁ、美味しい…」

「チェルシーの淹れた奴には負けるけどね」

「それはそれ、これはこれですわ。それに、この紅茶…」

 

 食後の一息と称して、用意してあった茶器は二人分。使われた茶葉、ダージリンは最近セシリアが入手し損ねてしまい、柄にも無く本気でへこんでしまったのは記憶に新しい。自惚れや勘違いで無ければ、つまりそう言う事なのだろう。

 

「お気遣い、ありがとうございます、おじ様」

「さてさて、一体全体なんのことかな?」

 

 そう言って悪戯っぽく笑う彼は、再び中身の残るカップに口を付けた。

 もしかすると、自分がこのテーブル付近で一人になるのも計算済みだったのかも。そんな風にセシリアが思った矢先、いつの間にか会場の一角が、一層騒がしいことになっていた。喧騒の発生源へと目を向けると、銀髪の麗人とも言うべきオランダ代表候補生と、彼女からマドカを背後に庇うようにして立ち塞がるセイスが何やら騒いでいた。

 

「探したよエム、こんなところに居たのかい!!」

「げッ、ロランツィーネ・ローランディフィルネ…!!」

「嗚呼そんな他人行儀な呼び方はよしてくれ、私のことは是非ロランと……何のつもりかなセイス、邪魔だからどいてくれたまえ…」

「うるせぇよ、この節操無し。前回あんだけボコられたのにまだ懲りてねぇのか」

「ふっ、確かに私はエムを巡って君と決闘した際、見事に負けてしまった。だが言った筈だ、たった一度の敗北程度で彼女のことを諦めはしないと!! あ、それと、次やる時はISを使わせてくれ。やっぱり、君を相手に素手で挑むのは蛮勇を通り越して無謀だった」

「ふざけんな。て言うか、どうせ口説くなら、お前と似た者同士なレインにしとけよ」

「あー、まぁ、うん、確かに彼女とは趣味も話も合いそうだから、私としても仲良くしたい。だけど今は、何やらお取り込み中のようで…」

 

 ロランが指差した先、そこに居たのはオランジュと、彼を取り合ういつもの三人。そして、彼らに詰め寄る赤毛に眼鏡、かつてフォルテのライバルと言われた、見るからに生真面目そうなギリシャ代表候補生。

 

「オランジュにレイン、あなた達が、あなた達がフォルテを狂わせた元凶ねッ…!!」

「いや、ちょ待て、フォルテを亡国機業に誘ったのはレインの方…」

「そうっス、私をこの道に誘ったのは先輩っスよベルベット。オランジュさんには普通に、口説かれただけっス」

「何言ってるのフォルテぇ!?」

「……へぇ、そいつは…」

「……僕も初耳だなぁ…」

「やはりあなたが原因かッ!!」

「誤解だぁ!!」

(良し、今の内に逃げるっス…)

 

 拗れ度二割増しの修羅場で阿呆の叫びが木霊し、その声に反応して思わず足を止めたアイゼン。そして、その彼に気付いたのは、浅黒く焼けた肌と緑掛かった黒髪、あと彼曰く超美脚なタイ代表候補生。

 

「アイゼンさん!!」

「お、ヴィシュヌじゃん、メリークリスマス」

「メリークリスマスです。あの、今年は本当にお世話になりました…!!」

「いやいや、むしろお世話になったのは俺の方だよ。いつも何から何まで、ありがとうね。あ、それとこの前作ってくれた料理…ガパオだっけ、凄く美味しかった」

「ふふっ、喜んで頂けたのなら幸いです。アイゼンさんさえ良ければ、また作りますよ?」

「是非お願い」

 

 少女はアイゼンに対し、見るからに好意を抱いていた。その光景を前にして崩れ落ちる悪餓鬼が一名と、そんな彼を心配して集まる少女(幼女含む)が4名。

 

「ちっくしょー、どいつもこいつも、どうしてアイツらばっかりモテて、俺は全然…」

「バンちゃん、大丈夫?」

「なんか、凄く落ち込んでる。お兄ちゃん、どうしちゃったの…?」

「……ぷーちゃん、ギュッてする…?」

「三人とも、そんなおバカ放っておきなさい。どうせ、暫くしたらいつもの状態に元通りよ。それに、万が一戻らなかったら、その、私が慰めてあげるし…」

「「「「いや、別にいいよ」」」」

「なんで皆で言うのよ、しかもバンビーノまで!?」

 

 いつの間にかメテオラを追い掛け回すのをやめた面々は、それぞれ勝手に盛り上がっていた。他の場所へと視線を向ければ、またラウラが何か変なことを言い出したのか、あのティーガーが困り果てていた。また別の場所に視線を向ければ、遂に逃げるのを諦めたのか、メテオラがアリーシャに腕を引っ張られながら、どこかへと連れてかれてしまった。

 更に周囲を見渡せば、フォレスト一派の誰かが騒いでいる、誰かが怒っている、誰かが泣いている、誰かが笑っている。感情豊かに、人生を謳歌している。

 

「本当、騒々しいですわね」

「賑やかなのは嫌いかな?」

「むしろ大好きです」

 

 少し離れた場所に座り、紅茶片手に眺める実に騒々しいこの光景。彼ら彼女ら一人一人が『未来』を目指して歩む中、幾つもの『過去』を積み重ね作り上げた『今』。その全てが集まり、交わり、一つの結晶となるこの光景が、フォレストは好きだった。彼が好きなこの光景が、セシリアも好きだった。

 

「君も大分染まってきたねぇ」

「これも皆様のお陰ですわ」

 

 憧れの母が父と共に亡くなり、オルコット家当主としての重圧、更には顔も名前も知らない自称親族に付き纏われ、限界を迎えて心が死にそうになった時だった、フォレストが現れたのは。

 彼がセシリアの元に現れた途端、付き纏っていたハイエナの大半が消え失せた。しかも、それだけで無く彼は、母が死んだことにより致命的なまでに傾いてしまったオルコット家を、僅か三日で立て直して見せた。その凄まじい手腕に幼いながらも、畏怖と尊敬の念を抱くのにさして時間は掛からなかった。

 

「レディ…いや、セシリア」

 

 最初は、母の『彼を頼れ』と言う言葉に従っているだけだった。しかし、いつしか彼の背中に、かつて夢見た理想の父の姿を見て、自らの意思でついて行くと決めた。流石に組織入りする事には猛反対されたが、両親の死の真相を知る為に、そして何より彼が身を置く世界に自分も行きたかいが為に譲らず、遂には向こうが折れた。その際、『そう言うところは父親似だね』と言われ、自分の父親に対するイメージがちょっと変わった。

 組織入りしてからは、本当に色々なことがあった。自分のように両親を失った者、自分とは比べ物にならないくらいに重い過去を持つ者、未だ進むべき道が分からない者、様々な人間に出逢った。それらの経験は全て、オルコット家を中心に回っていた自分の世界を粉々に壊した。いや、厳密には、見えなかったものが見えるようになったと言うべきか。

 

『さぁ、おいでお嬢さん、この僕が世界の楽しみ方ってものを教えてあげようじゃないか』

 

 今まで見えなかったものが見える様になり、知らなかったことを知り、より多くのことを感じ取れるようになった。それでもまだ自分の知らないこと、経験したことの無いことは、この世に溢れている。それを知る事が出来たのは全て、この人が居たから。この人が、世界には、まだまだ楽しいことが一杯あるって、教えてくれたから。

 

「楽しいかい?」

 

 

 だからこそ、返事は決まっている。

 

 

「勿論ですわ」

 

 

 自信を持って、そう言える。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ふぃー、ようやく一息つける…」

 

場所は変わって、ここはホテルの屋上。ベルベットに詰め寄られた挙句、フォルテの爆弾発言のせいでレインとシャルロットにまで追いかけまわされたオランジュは、この寒空の中ホテルの屋上に逃げ込んでいた。

 

「オランジュ」

「うおっ、シャル!?」

 

 その場に体育座りして、ほとぼりが冷めるまで星空でも眺めてようかなと思った矢先、いつの間にか背後に立って居たシャルロット。驚いて思わずその場で跳び上がり、横向きに転んでしまった。そんな彼の様子を見て、彼女は苦笑いを浮かべた。

 

「そんな怖がらなくて良いよ、別に怒ってないから」

「そ、そうか……一応言っとくが、さっきのはフォルテのでまかせだからな…?」

「はいはい、分かってるよー」

 

 そう言ってシャルロットは、彼の隣にゆっくりと腰を降ろした。彼女の言う通り、もう先程のことは本当に怒ってないようで、オランジュはホッと胸を撫で下ろし、改めて座り直す。再び上を向くと、冬空の元、闇夜に輝く星々が視界一杯に広がっていた。そのまま誰も居ない屋上で、二人は隣り合って座りながら、暫く無言で夜空を見上げていた。

 一人は少し気まずそうに、もう一人は、ただ黙って静かに。

 

「僕は後悔してないよ」

 

 そして、最初に沈黙を破ったのは、静かにしていた彼女だった。

 

「なんのことだ?」

「僕はオランジュほど人の心は読めないけど、自分の好きな人が考えてることは分かるんだよ?」

 

 シャルロットのその言葉に、オランジュはビクリと身体を震わせ、顔を夜空から彼女の反対側へと向けた。暫く黙り込んでいたが、再び訪れた沈黙に耐え切れなくなったのか、やがて口を開いた。

 

「IS学園での…表の生活は、楽しいだろ?」

「まぁね」

 

 そう言って思い浮かべるのは、潜入任務の為に学生として潜り込んだIS学園での日々。潜る側にとっても、見守る側にとっても、あそこでの生活は、こちらに負けず劣らず賑やかなものだった。

 

「俺が余計なことしなけりゃあ今頃、その生活がシャルの普段の日常になってた筈なんだ。それに親父さんだって、やり方はともかく本当はシャルのことを…」

 

 そして何より、その場所で彼女は楽しそうに笑っていた。自分が彼女を守るつもりで手を出した結果、心の底から笑顔を浮かべることができたであろうあの場所での未来を、自らの手で奪ってしまったのでは無いか。ずっと、そう思っていた。ずっと彼女の本音を読み取るのが怖くて、彼女の顔を直視しないようにしていた。彼女が、自分に出逢ったことを後悔しているんじゃないかと、確かめるのが恐かった…

 

「結局のところ俺は、シャルを鳥籠みたいな場所から逃がしたつもりが、別の鳥籠に、それも前よりも薄汚いボロ籠に放り込んだだけだったんじゃないかって、そう思って…」

「鳥籠と呼ぶには、この場所は少し自由過ぎるかな」

 

 覚悟を決めて零した懺悔と後悔の言葉に対する返事は、随分と軽いものだった。思わず沈黙し、二人の間に再び静寂が訪れる。しかし、今更後戻りできず、オランジュは言葉を続けた。

 

「こんな物騒な世界に身を投じることも、命懸けの命令を聞かされることも無かった」

「無人機の襲撃や福音戦で思い知ったけど、命を懸けるべき瞬間って、誰にでも訪れるみたいだよ?」

 

 しかし、その悉くを

 

「リベルテなんて偽名を名乗らされることも、親御さんから貰った大切な名前を…」

「僕の本当の名前を知っていて、尚且つ呼んでくれる人がちゃんと居る。それだけで、僕は満足だよ」

 

 彼女はひとつ残らず

 

「折角できた友人を笑顔で騙し続けるなんて真似をすることも、無かった筈で…」

「確かに学園の皆は大切な友人だよ。でも、背中と命を預けられる仲間と家族が居るのは、この場所だけ」

 

 否定した

 

「あの時の僕には、選択肢なんて無い筈だった」

 

 今でも鮮明に思い出せる、あの日の出来事。母が死ぬまで一度も会いに来なかった父親、その部下に連れられてデュノア社に赴き、今後について話があると言われて部屋に通されてみれば、社長室の椅子に座っていたのは父では無く、行き倒れていたところを助け、一週間ほど一緒に生活していた彼だった。

 そして、驚いて呆ける自分に向かって、ただ一言。

 

―――お前は自由だ、自分の好きなように生きろ―――

 

「用意された選択肢の中には確かに、平和に暮らす道もあったけど、それでも敢えて僕はこの道を選んだ。この道こそが僕の望んだ未来に繋がるって、僕自身が思ったから。だから、後悔なんてしてないよ」

 

 彼が立ち去った後、その場に残された自分は、彼がデュノア社を乗っ取ったこと、そしてその動機が自分を助ける為だったことを父から聞かされた。

 自分を縛るものは無くなり、一人で生きていく為に必要なものは全て彼が用意してくれていた。面倒なしがらみもなくなり、父の本音も聞くことが出来た。彼の言う通り、自分は晴れて自由の身だ。なのに、何故か心は一向に晴れない。家に帰っても、趣味に没頭しても、滅多にできない贅沢をしても、胸にポッカリと穴が空いたように、ただただ虚しいだけだった。

 理由は、何となく分かっていた。解決する方法も、見当がついていた。世間的にも、個人的にも、あまり褒められるような選択では無いと思うし、結果的に彼の苦労を無駄にすることになる。けれどやっぱり自分の隣には彼が必要だった、何より彼の隣に居たかった。それに自分が自由の身であることは、他でもない彼自身が保証してくれている。

 

 

 だから彼の言う通り、好きに生きる事にした。

 

 

「それでも、私の人生を変えたことに負い目を感じるって言うのなら…」

 

 

 チュッと言うリップ音と同時に、ふと頬に感じた柔らかく、優しい感触。一瞬の間を空けた後、頬にキスされたと理解して思わず振り向いた瞬間、彼女に両手で挟むようにして顔を抑えられた。決して目を逸らせないまま、互いに正面から見つめ合う形になった二人。彼が彼女の心の内を知るには、それだけで充分だった。そして、彼が何かを言うよりも早く…

 

 

「男として、最後まで責任とってね?」

 

 

 彼女の唇が、彼の口を塞いだ。

 

 

 




○実は両想いの二人
○阿呆が行き倒れていたのは仕事中に訪仏していた際、よりによってオコーネル社に狙われて本気で死に掛けていた
○アイアンBBAとオータム、どうせ来ないだろうと判断され、今年は招待状貰えず
○確かに貰っても行かないけど、招待状が送られてこなかったら来なかったで少し悲しかった
○ISAB勢の設定(↓)

・ロランツィーネ
 任務中に黒騎士を駆るマドカを目撃して一目惚れ、彼女を百人目の恋人にするべく追い掛けてきた。尋常じゃない執念の元、自力で亡国機業とコンタクトを取り、フォレストに気に入られてそのまま組織入り。初日から早速マドカにアプローチするもセイスに阻まれ、手袋を叩き付けたは良いが、彼のことを全く知らなかったのが彼女の不運。かつてない程に機嫌の悪くなったセイスによる、手加減の手の字も無い男女平等パンチによって一発KOとなった。でも懲りてないし、諦めてない。そして当然ながら、マドカには苦手意識を持たれてる。

・ベルベット
 かつてライバル関係にあったフォルテの裏切りに対し、複雑な思いを抱えていたところ、偶然にも街中で本人とばったり遭遇。ただ、その時のフォルテが彼女を含めた三人の少女を侍らすハーレム野郎と一緒にラブコメってたことが彼女の琴線に触れたらしい。怒りと嫉妬、その他諸々の複雑な感情を爆発させた彼女と、そんな彼女を相手にしたフォルテ達よるIS4機の激闘は街を半壊させたとか。その後、経済破綻したギリシャをフォレストが掌握し、ギリシャ政府が親睦の証と称して勝手に彼女の身柄を送り付けてきた。時期的なこともあって、今のところ組織の仕事は任されたことは無く、代表候補生として普通に過ごしており、フォレスト派との交流は今回が初めて。

・ヴィシュヌ
 亡国機業アジア支部ことトウ派は、中国と台湾、そして日本を除くアジアのIS業界を牛耳っており、タイもその中に含まれていた。そして勢力を拡大し続けるフォレスト派に危機感を募らせたトウ派は、対抗して戦力の増強に踏み切り、影響下にある国のIS、そしてその操縦者の強引な引き抜きを試みた。ヴィシュヌも目を付けられ、トウ派の圧力に屈した政府に従い、専用機ごと引き渡される筈だった。しかし、彼女の両親はタイの国王様と友人同士。国王様は、フォレストの旦那と友人同士だった。幹部会を動かし、どうにか彼女の身柄をトウ派でなく、フォレスト派が預かるという事に落ち着いた。とは言え、その決定にトウ派が納得する訳もなく、フォレスト派の手に渡るくらいなら殺してしまえと、彼女に刺客が差し向けられることに。その際、彼女の護衛を担当し、トウ派の魔の手から彼女を守り続けたのがアイゼンだった。ベルベットと同じく、まだ直接組織の仕事を手伝ったことは無い。

・オニール&ファニール
 アイドル活動中に悪質なストーカー、更にはIS目当ての犯罪組織に同時に狙われてしまい窮地に。そこへライブを見たいと言い出したルナと、彼女の御守りで同行していたバンビーノが出くわし、成り行きで救出された。因みに、このクリスマスパーティの三日前の出来事である。そして彼女達のクリスマスライブの会場は、森一派のパーティ会場のすぐ近く。そしてそして彼女達を招待したのはルナちゃんで、しかも細かい説明無し。つまりこの二人、亡国機業のメンバーでもなんでもない上に、自分たちがテロリスト達の集会に参加してることに気付いてない。

・クーリェ
 孤児院出身、人には見えない友達…ゴーストフレンズが居るとか、もうアイ潜にうってつけじゃないかこの娘と思わずにはいられなかったロシア予備代表候補生。孤児院が森一派の経営下にあったことにすれば、もう細かい説明は不要。森一派の連中とは全体的に仲が良いが、特にルナとバンビーノに懐いている。因みに最近、ゴーストフレンズに学園のホラーコンビが加わったとの噂が。


この世界線の話、思いのほか書いてて面白かったです。次は本編かコタローの方の続きを書こうと思ってましたが、その前にもうちょっとだけこの戦力過多編、その学園での話を書いてみようかな…


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IF未来 戦力過多な森一派のIS学園 その1

お待たせしました、戦力過多学園編スタートです。一応目標として、原作二巻まで6話前後を目安にやろうと思います。


 

「絶対に織斑君が良いわよ、なんたって千冬様の弟なんだから!!」

「いやいや、実力的に考えて絶対にオルコットさんの方が相応しいわ!!」

「そうよそうよ!!」

「えー、でも折角学園唯一の男子が居るんだよ、勿体無くない?」

「それとこれとは別でしょ!!」

 

 IS学園、一年一組の教室。そこは今、記念すべき学園生活一日目にありながら、隣の教室にまで響く程の大きな喧騒に包まれていた。その原因は、クラス代表の選定。担任の織斑千冬が自薦他薦を問わず立候補する者を求めたところ、クラスの意見が真っ二つに割れたのである。

 その片割れは世界唯一の男性IS適合者、元ブリュンヒルデの実弟、織斑一夏。当の本人は、まさか自分が推薦されるとは欠片も思ってなかったようで、この状況にひたすら戸惑っていた。そして…

 

 

―――パンッ!!

 

 

 ヒートアップしていた生徒達による、喧騒の中ですら良く響いた、手を叩いた音。騒いでいた者は思わず口を閉ざし、教室に静寂が戻ると同時に視線が一か所、先程の音の発生源へと集まる。

 視線の先、音の発生源…両手を合わせ、ただ静かに座る金髪の少女、イギリス代表候補生にして入試主席であるセシリア・オルコット。クラス代表としての推薦票を、織斑一夏に倍近い差を付けて獲得した彼女は周りが静かになったことに合わせ、ゆっくりした動きで手を挙げた。

 

「少し、よろしいでしょうか?」

「良いだろう」

 

 担任の許可を得たセシリアは、いっそ目惚れるような優雅な動作で席を立ち上がり、咳払いを一つ。そして彼女の一挙一同に一年一組の全員の視線が集まる中、彼女は静かに、それでいて良く響く綺麗な声で皆に語りかけた。

 

「まず、この私をクラス代表に推してくれた皆様、ありがとうございます。しかし同時に、ひとつ皆様にお訊ねしますが…」

 

 改めて周りを見渡した彼女は、問う。

 

「皆様の中に、私がISを纏っている姿を見たことのある方は、いらっしゃいますか?」

 

 彼女の問いに一同は、互いを窺うようにして顔を見合わせ、ただ口を閉ざした。そして、セシリアの問いに是と答える者は、誰も居なかった。

 

「結構。それでは逆に、織斑さんを推薦なされた皆様、彼がISを動かしている姿を実際に見たことのある方は、いらっしゃいますか?」

 

 二つ目の問いに対しても、反応は同じ。その問いに答える者も居なければ、その問いの真意を理解できる者はクラスメイトの中には居らず、織斑一夏を含めた全員が戸惑いを見せた。

 

「でしょうね」

 

 その様子にセシリアは溜め息を零し、肩を竦めた。どう見ても相手に対して呆れていると言わんばかりの仕草の筈なのだが、彼女がやると優雅さが際立ち、不思議と見る者に嫌味を感じさせない。その動作で再びクラスの視線を集めた彼女は、引き続き言葉を続ける。

 

「つまり現状、私と織斑さんの実力を正確に知っている者は誰も居らず、代表に推薦するに辺り、お互い肩書き以外参考にできるものが存在しないと言うことになりますわね」

「オルコット、何が言いたい?」

 

 口ではそう言うが、千冬は薄々と彼女が言いたいことを察していたものの、敢えて彼女に最後まで語らせることにした。それを知ってか知らずか、セシリアはにこりと笑みを浮かべ、再び口を開く。

 

「実は私、実家の都合で度々学園を空ける可能性があるのです。その事を考えますと申し訳ありませんが、あまり重要な役職を任せられても全う出来る自信がありません。ですから、代表の座は織斑さんに譲ろうと思います」

 

 『しかし』と言葉を続け、視線を一夏へと向けた。セシリアの蒼く静かな視線が、真っ直ぐに彼を射竦める。視線を向けられた当の本人は、不思議とその瞳から目を逸らすことが出来ず、同じようにジッと見つめ返し、ホームルームや先程までの上の空の状態とは違い、しっかりと彼女の言葉に意識を向けていた。

 

「クラス代表とはその名の通りこのクラスの顔、代表戦等の結果はそのまま私達のイメージとして定着します。良いイメージも、悪いイメージも全て、ずっと。それを大した理由も根拠も無く勝手に期待して、完全なIS初心者に押し付けた挙げ句、彼の出した結果如何によっては不満を抱き、推薦したことを後悔する。それは些か、身勝手が過ぎませんこと?」

 

 セシリアの言葉にクラスの大半、特に一夏を推薦した者は思い当たる節があるのか、バツが悪そうにしながら顔を伏せた。セシリアを推した者も、自分達がただのミーハー染みたノリで彼女を推薦したことを今更ながら恥ずかしく感じ、決して少なくない人数が同じように俯いていた。

 確かに彼女の言う通り、自分達はクラス代表と言う役割と、その責任を軽く考えていた。二人の具体的な実力も知らず、相手の事情も碌に考えず、こんな適当な流れで決めて良いものでは無い。

 とは言え、クラス代表を決めなければならないのは変わらない。代表の役割と、それを選ぶことに対する責任を改めて理解した今、先程のように軽い気持ちで誰かを推薦することも出来なければ、自分で名乗りを上げる事も出来ない。どうすれば良いのか分からなくなり、四方八方へと彷徨っていたクラスメイトたちの視線が、再び彼女の元に集まったのは、ある意味自然な流れだったのかもしれない。

 

「先程も言いましたが私は実家の事情がありますし、織斑さんの実力を知らないのは私も皆様と同じ。このまま彼にクラス代表を任せて良いのか、多少無理してでも私が立候補するべきなのか、それを判断する材料があまりにも少ない。なので織斑さん」

 

 ただ静かに一夏を見つめ続けていたセシリアの目が、スッと細くなる。まるで獲物に狙いを定める狩人のようなものに変わった彼女の視線に、一夏は思わず身体をビクリと震わせた。どうして彼女の視線にそんな反応をしてしまったのか戸惑う一夏を余所に、クラス中の視線と意識を集めた中、彼女は微笑を浮かべながら静かに、そしてハッキリと告げる。

 

「決闘ですわ」

 

 

◇◆◇

 

 

「という訳で当日、データ収集しっかりお願いしますわよ、セイスさん」

『了解。それにしても、どこぞの阿呆専門と違っていつも慎重なお前にしては珍しいな』

「あら、そうですか?」

 

 学生寮の一階、セシリアの寮室。記念すべき学園生活一日目を終わらせ、実家から持ち込んだお気に入りの椅子に腰かけ、紅茶片手に今日の出来事を無線機越しにセイスへと報告する彼女は、どこか御機嫌な様子だった。

 

「学園の役職に動きを制限されたくないのは本当の事ですし、こんなに早い段階で織斑一夏のデータが手に入るんですのよ。しかも私を差し置いてクラスの3分の1もの支持を集めた織斑一夏を学園公認の元ボコボコに出来る上、彼を支持した節穴共の目も覚める。まさに一石四鳥、何か問題があって?」

『絶対に後半二鳥が主だろ、決闘の理由…』

 

 世界初の男性IS適合者、織斑一夏。その存在は、今後の世界を左右しなねない大きな可能性を秘めている。あらゆる勢力が彼の身柄を確保しようと既に動き始めており、それはコードネーム『レディ』ことセシリアが、そしてセイスが所属する亡国機業も同じだ。しかし今はまだ時期尚早、織斑一夏の本当の利用価値を見定めるまでは、監視とデータ収拾を主軸にして行動することが決まった。

 

「とは言え、やはりおじ様のようにはいきませんわね。おじ様なら、一日でクラスどころか一学年まるごと掌握出来たでしょうに…」

『俺から言わせれば、ただのイギリス代表候補性が世界唯一のIS男性適合者、しかもブリュンヒルデの弟相手に多数決で圧勝しただけ凄いと思うんだが…』

 

 その役目を担う者を決める際、白羽の矢が立ったのが一夏と同世代であり、表の顔として代表候補生の肩書きを持つセシリア達だった。入学すれば同学年、更に彼女達の実家と国の力を用いたことにより、同級生としての立場も手に入った。こうなってしまえば、いつでも接触し放題である。おまけに、この学園に送り込まれたのはセシリアとセイスだけでは無い。

 

「お邪魔しまーす」

 

 日用品などの入った荷物を手にこの部屋へと入ってきた彼女、フランス代表候補生の肩書きを持ち、デュノア社の令嬢でありながら、同社のテストパイロットを担うシャルロット・デュノア。彼女もまた『リベルテ』の名を持つ、セシリアと同じ亡国機業フォレスト派のエージェントである。

因みに彼女、一夏達とは別のクラスで、一年三組所属となっている。クラスメイトとして一夏と接触することが主な役割のセシリアに対し、学園全体に探りを入れることを担当するシャルロットとしては、その方が動きやすいらしい。現に、その人当たりの良さで既に大半のクラスメイトと交流を持ち、独自の情報網を着々と築き上げているところだったりする。

 

「お邪魔も何も、今日から貴方もこの部屋で暮らすんでしょう、シャルロットさん」

「あ、そっか。じゃあ、ただいま……やっぱ違和感しかないや…」

「そうだな。やはり我々にとって帰る場所とは、皆が居るいつもの場所と言うことだろう」

「ですわね」

 

 今の彼女達3人にとって、真の居場所とは亡国機業、フォレスト一派。例えこの先に何が起ころうと、きっとそれだけは変わらないだろう。全員、闇社会と呼ばれるこの世界に、大切なものを作り過ぎた。今更かつての日常に戻れないし、元から戻る気も無い。この世界に足を踏み入れたのも、残り続けようとするのも全て、自らの意思だ。

 

「「『うん?』」」

 

 そこで、ふと気付く。この部屋に居るのはセシリアと、今しがたやって来たシャルロット。会話には無線越しにセイスが参加していたが、彼を含めても一人多い気がする。ちらりと視線を横にずらしてみると、学園の制服に身を包んだセシリア達と違い、動きやすそうなシャツとズボン、左目に眼帯を身に着けた、小柄な銀髪少女がいつの間にか現れていて…

 

「ハーゼさん!?」

「何で居るの!?」

 

 亡国機業フォレスト一派所属のエージェント、ティーガーの妹こと『ハーゼ』。ドイツ軍によって生み出され、かつてラウラ・ボーデヴィッヒと言う名で呼ばれていた遺伝子強化素体の少女は、部屋のベッドに腰掛け、驚くセシリア達の様子に首を傾げていた。

 

「何だお前ら聞いてなかったのか、私もセイスと同じく裏方組として二人のサポートを…」

「いや、それは知ってますわよ」

「そのサポート組が何で寮室に来ちゃってるの、ってこと!!」

「狭い、暗い、暇」

 

 当然の疑問に即答で返ってきた、あんまりな理由。いっそ清々しい程の堂々とした態度に、セシリアは頭痛でも感じるかのように頭を抑え、シャルロットは苦笑いを浮かべた。基本的に素直で良い子なのだが、生まれた時から特殊な環境で育ってきたことに加え、フォレスト一派の濃い連中に囲まれて過ごしたせいか、このようにハーゼ…ラウラは他のメンバーに比べ少し天然なところがある。実力はフォレスト一派の中でも指折りなのだが、彼女のこれは当分直りそうに無い。

 

「学園の人に見つかっちゃったらどうするのさ」

「そんなヘマを私がすると思うか。ステルス装置は常備しているし、部屋の付近は常に監視されている。それに、いざとなったら…」

 

 そう言って、ラウラは部屋の床を指差した。それにつられ、シャルロットとセシリアが目を向けると…

 

 

「おい、ハーゼぇ!!」

 

 

 床下の物置のようにパカッと開き、中からセイスの上半身が出てきた。

 

 

「てめぇ、何してるんぐはぁ!?」

「何してるは此方のセリフですわ」

 

 蓋のように開かれた床の一部を後ろからセシリアが蹴りつけ、強制的に閉じられようとしたそれがセイスの脳天に直撃。彼は一度そのまま地下へと沈み、部屋の床も元に戻ったが暫くすると再び、今度はゆっくりとした動きで床の扉が開かれ、セイスが顔を覗かせた。

 

「いや、組織から届いた物資とか届ける度に学園内をメタギアするのが面倒くさくて。あと有事の際、お前らの脱出用に…」

「だったらせめて、事前に伝えといてくれない?」

 

 今回の潜入任務の際、サポート組の拠点を学園内に作るのは知っていたが、まさかこんな近くに、それも床下に寮の部屋と直通で作るとは思わなかった。さっきラウラが自分達に気付けれずに現れることができたのも、コレが理由だろう。まぁ確かに彼の言う通り、大抵のことは無線で済ませられるが、どうしても直接顔を合せなければならない時には非常に重宝するだろうし、いざと言う時の脱出経路はありがたい。

 

「まったく……取り敢えずいつまでもそんなところに居ないで上がりなさいな、お茶くらい出しますわ」

「え、いや。一応まだ、やる事が残ってるんだけど…」

「貴方のことですから、少し休憩するくらいの余裕はあるでしょう。それに、やっぱり気の許せる者同士の会話とは、人数が多ければ多いほど楽しいものです」

「そうか。そんじゃあ、お言葉に甘えまして」

 

 言うや否やセイスは、のそりと部屋に上がり込んだ。それに続くようにして、マドカもまた床下から身を乗り出して…

 

「なんでエムさんまで居るんですの!?」

「ちっ、バレたか…」

 

 普通に現れたせいで、逆に反応が遅れてしまった。ラウラはともかく、流石に彼女がここに居るのはおかしい。ついさっきまで背後に立たれていたのであろうセイスですら本気で気付いてなかったようで、彼女の登場に心底驚いている。

 

「マドカ、マジでお前いつの間に…」

「セヴァスの居る場所に私在り、それ意外に理由が必要か?」

「いや、その理屈はおかしいと思う」

 

 かつて、フォレスト一派と対を成す存在と言われたスコール派。そのスコール派の若きエース兼ウルトラ問題児として名を馳せる黒髪の、どこか世界最強を連想させる顔つきの少女、コードネーム『エム』こと、織斑マドカである。

 

「とは言え、どうせまた姉御と揉めたか、仕事面倒くさくなってサボりに来たんだろ」

「失敬な、今回はちゃんと仕事で来たんだ」

「仕事?」

 

 基本的にスコール派のメンバーとはそりが合わず、常に険悪な状態。隙あらばスコールの元から逃げ出そうとして、いつもセイス達の元へと足を運ぶ彼女。今では、フォレスト一派にとってもすっかり顔馴染みの存在となっており、セシリア、シャルロット、ラウラの森一派三人娘とも良好な関係を築いていた。時には仕事をぶっちしてまで来る時があるのだが、どうやら今回は違うようだ。とは言え、仕事で来たと言うのなら尚更、ここに来る理由が分からないのだが…

 

「私も裏方組に配属された、そして拠点はお前らの隠し部屋を使わせて貰うことになってる」

「は?」

 

 それは流石に予想外過ぎた…

 

「待って待って、なに、どういうことなの?」

「もしやエムさん、遂にあの売女…もとい、スコールさんの元から私達の派閥に移籍するんですの?」

「残念ながら違う」

 

 本当に残念そうに言うマドカだったが、それでも少しだけ嬉しそうに、ここに来た理由を語り出す。

 

「許可貰ったから色々とぶっちゃけるが、実はお前らよりも先にスコールの子飼いがIS学園に潜入してるんだ。しかも学生として、2年も」

「え、ってことは今三年生なの?」

 

 現在、フォレスト派とスコール派は同盟関係を結んでいるが、かつては逆にライバル関係であった。その為、利害の一致で同盟を結んだ際も、互いに手の内を全て明かすような真似はしなかった。だから、向こうが何かしらの隠し玉を持っていても何ら不思議では無いのだが、まさか此方がやろうとしていることを既に向こうが、それも万年人材不足のスコールがやっているとは思わなかった。

 

「なんでもそいつ、お前らフォレスト派が学園潜入任務を実行するにあたって、万全のバックアップ体制を整えていると知った途端にゴネ始めたそうだ」

 

 

 某アメリカ代表候補生曰く

 

『オレずーっと一人で頑張ってるのに、向こうは入学の時点で二人、しかもサポーターも一人ずつ付くとか、ずるくね? オレにもサポーターくらい付けるとか、せめてフォレスト派の連中に、ついででも良いからオレのことも支援してくれるよう頼むとかしてよスコールおばさん。え、隠し玉であるオレの存在をフォレストに教えたくない? どうせバレてるだろ、今更意味ないって。フォレストに借りを作りたくない? 元から一つ二つ増えた程度じゃ変わらないぐらい借りだらけじゃん。面子の問題? スコールおばさん、最近周りに『森の寄生虫』って呼ばれてるの知ってる?』

 

 などなど少し同情したくなるくらい、的確にスコールの心を抉る言葉の数々が出るわ出るわ。遂には口だけで彼女に膝を付かせ、涙を流しながら『もうやめて、私のライフはゼロよ!!』と許しを請わせたとか。

 正直な話、最近のスコール派の状況は、全くもってよろしくない。同盟を結んだ当初は、組織内でも貴重なIS戦力の提供を対価に、フォレスト派の人材を貸し出して貰い、あわよくばそのまま引き込んでしまおうと画策していた。していたのだが、この短期間でフォレスト派がISと操縦者、その両方を三機分も手に入れてしまった。おまけに、その過程でイギリスの名門オルコット家と、フランスに名立たる大企業、デュノア社まで手中に納め、今やフォレスト派の組織力は、亡国機業随一となった。ぶっちゃけ、スコールが用意できるものは、フォレスト派でも用意できるし、逆にフォレストに用意できて、スコールに用意できないものは山ほどあり、已む無くそれにあやかったのも一度や二度の話では無い。つまり、この二つの派閥による同盟関係は現在、お世辞にも対等とは呼べない形となっていた。

 貸しを作るどころか、借りが増えていく一方の毎日。スコール自身も、周りにどう思われているのか薄々分かっているのだが、それでも尚、最後に残った意地とプライドがフォレストに頭を垂れることを彼女に拒ませていた。なので、有能で可愛い姪に改めて現実を突きつけられ、泣かされても、これ以上フォレストに借りを作るのだけは嫌だった。なので、人材不足な派閥の中から吟味に吟味を重ね、実力はあるけど何かと問題を抱えており、普段の仕事をさせる分には使い勝手が悪い奴を送り込むことにした結果…

 

「支援担当に私を送り込むことで妥協したらしい」

「俺達の設備を使うのは借りにカウントされねーの?」

「有事の際は私もお前らに手を貸す、という事でフォレストには手を打って貰った」

「そのこと、姉御は知ってるのか?」

「事後承諾」

 

 余談だが、この事を知ったスコールはその夜、拠点にしているホテルの屋上で怒りの雄叫びを上げた。

 

「それと私が来た理由はもう一つある、お前だハーゼ」

「え、私か?」

 

 セイスとシャルロットが軽くスコールに同情する中、マドカはラウラを指差してそんなことを言い出した。これには御使命を受けたラウラだけでなく、セイスですら首を傾げた。

 実を言うとマドカとラウラ、この二人はかなり仲が良い。出会った当初は、初対面の相手に対して基本的に辛辣なマドカが相変わらずの塩対応を見せたが、超天然のラウラには一切通じず、逆に毒気を抜かれてしまった。初めてISによる模擬戦を行った際も実力が拮抗し、その点でも互いに一目置くようになり、それ以来二人は良くつるむようになった。性格も似たようなところがあり、元から気が合う性質だったのか、今ではセイスの次くらいに一緒に居る時間が長いかもしれない。

 

「ハーゼ、お前は良い奴だ、それに気の合う友達だと思っている。そんなお前だからこそ…」

 

 そんなラウラの両肩に、ガッと掴むように自身の両手を置くマドカ。そして、顔を超近距離にまで近づけ、ビビるラウラに構わずこう言い放った。

 

「私を差し置いて、あんな狭い部屋で三年間もセヴァスと二人きりで寝食を共にするとか断じて許さん。むしろ私と代われ、この泥棒兎!!」

 

 ラウラはずっこける様に脱力し、セシリアとシャルロットはセイスに目を向ける。彼は両手で顔を抑え、その場で蹲っていた。

 

「だから、私はセイスをそう言った目で見てないと言っているだろう!!」

「今はそうかもしれない。だが想像してみろ、セヴァスだぞ、あのセヴァスなんだぞ。普段ぶっきらぼうな癖に、実は凄く優しくて、一途で、格好良いセヴァスだぞ。暗部の当主だろうがCIAのエージェントだろうが、絶対に惚れること間違いなしのセヴァスだぞ。そんなセヴァスと三年も一緒に生活してお前、その平たい胸に何も芽生たりしないと断言できるのか!?」

「喧嘩売ってるのなら買うぞ貴様」

 

 言ってはならぬ単語を引き金に始まった、五十歩百歩なスタイルの二人によるキャットファイト。割と良く見掛けるこの光景から、再びセシリア達がセイスに視線を戻すと、彼は先程の体勢のまま耳を真っ赤にして悶絶していた。

 

 

「まぁ、おじ様が許可を出したと言うのであれば、こちらも異存はありませんわ。何より、自ら馬に蹴られにいく趣味はありませんし」

「それに正直な話、エムも一緒っていうのは僕達としても嬉しいからね。セイスなんて特に喜んでるんじゃない?」

「うるせぇ」

 

 ニヤニヤしながらそんなこと言ってくる二人に、顔を赤くしたセイスは一言そう返すので精一杯だった。

 マドカとセイスが相思相愛であることは、フォレスト一派の全員が知っている。そして、とある事を切っ掛けに二人が正式にお付き合いを始めたことは、亡国機業全体に衝撃を与えた。組織入りしたばかりの幼少の頃から互いに互いを理解者と認め、派閥を超えて行動を共にしていた二人。初めこそ確かに、そこに恋愛感情は存在していなかった。しかし決して短くない時間が、いつも共に居る事が当たり前になっていた日常が、二人の間にゆっくりと、着実にそれを育んでいったのだ。そして悪戯合戦を繰り広げる傍ら、無自覚にイチャついていた二人が一度自覚してしまえば、後は凄ぇ早かった。

 

「あぁもう、仕方ねぇな…」

 

 暫く羞恥で悶絶していたセイスだったが、やがてゆっくりと立ち上がった。そして乱闘の果てにラウラにヘッドロックされ、どうにか抜け出そうとジタバタと暴れるマドカの元へ近寄る。そのまま、彼女の耳元へと顔を近づけ、囁くようにこう言った。

 

「俺が愛してるのは、お前だけだよ、マドカ」

 

 ボンッと音を立てながら顔を真っ赤にしたマドカは、そのまま床に座り込むように脱力し、ラウラが拘束を解くと同時にコテンと横に倒れて静かになった。

 

 

 




○初っ端から本編よりも戦力過多
○初っ端から姉御が残姉

○今シリーズのマドカ
 根本は本編と変わっていないが、ラウラの存在が全てを変えた。自分と違ってセイスと同じフォレスト派に所属する故に、彼と行動する機会も多く、しかも仲間として良好な関係を持つラウラの姿を見て謎の焦燥感と嫉妬を覚えた彼女は、その理由を考えた。結果、かなり早い段階で恋愛感情を自覚し、悩むより行動派の彼女は迷う事無く突撃ラブハート。自覚してないだけで元から互いに相思相愛だった二人の悪戯合戦が、惚気合戦に変わるのに時間はそう掛からなかった。
 しかし一度意識したらしたで独占欲が半端ない癖に、普段の素直じゃない性格が災いして、ストレートでキザな愛情表現に対して殆ど免疫が無い。なので、よく勢い任せに小恥ずかしいことを二人して口走るのだが、いつも後になってから互いに自分と相手、両方の言動で赤面しながら悶えている。


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IF未来 戦力過多な森一派のIS学園 その2

おいアーキタイプ・ブレイカーの製作スタッフ、なんでレインとフォルテのデザインだけ原作仕様なんだ…


 

 

「うん?」

 

 深夜、静寂に包まれたIS学園。校舎の見回りをしていた更識楯無は、食堂から人の気配を感じた。息を殺し、消灯時間をとっくに過ぎて真っ暗な食堂へと足を踏み入れた。中を窺うと食堂の奥、厨房の方から気配だけでなく物音が。そのまま忍び足で音も息も殺し、徐々に近付いて行く。

 

(誰か夜食でもあさりに来たのかしら、それとも…)

 

 待機状態のミステリアス・レイディをいつでも展開できるようにしながら、そろりそろりと歩を進めていく。そして、後少しと言うところで、背後で膨れ上がる三つの気配。

 

「ッ、誰!?」

 

 その場を飛び退くようにしながら距離を取り、同時に振り返る。すると、先程まで彼女が立って居た場所には…

 

「熊本が生んだ珍獣、ベアブラック!!」

 

 黒いボディに赤いほっぺ、とぼけた目をした熊の着ぐるみと…

 

「癒し癒されいやしんぼ、ベアブラウン!!」

 

 少々頭が大きめで、背中にチャックのついたリラックス系の熊の着ぐるみと…

 

「夢の国からこんにちは、ベアイエロー!!」

 

 蜂蜜の好きそうな、赤いチョッキを着た黄色いボディの熊の着ぐるみが…

 

「「「グリズリー戦隊、ベアレンジャー!!」」」

 

 彼女の妹が好きそうな、それっぽいポーズを決めていた。その世にも奇妙な光景を前にして、楯無の思考は思わず停止、一人の少女と三匹の熊の間に、痛い沈黙が流れる。が、暫くして、ふと三匹の熊は楯無に背を向け、何やらゴソゴソとあさり始めた。そして再び彼女と向き合った時、彼らの手にはそれぞれ大中小、三種類の大きさに分かれた皿。その皿には全て、並々とスープが注ぎ込まれていた。

 

「おい、スープ食わねぇか」

 

 直後、楯無の視界が真っ白に染まる。そう言えば、今日のメニューはクリームシチューだったっけ、と思った時には、投げつけられたスープ皿は彼女の顔面に直撃していた。

 

 

◇◆◇

 

 

「我ながら良く逃げ切れたと思うわ、アイツ校舎の中で普通にIS展開するし。て言うか、顔面にスープ皿ぶん投げただけであそこまで怒らんでも…」

「本当にな。あの鬼も裸足で逃げ出しそうな気迫、マジギレしたセヴァスに匹敵するぞ…」

「やはり学園最強の名は伊達では無いということか」

『助けてオランジュ、僕だけじゃツッコミ役が足りない』

 

 深夜の鬼ごっこの翌日、例の隠し部屋にて、第三アリーナを様子を映し出すモニターを見つめるセイス達。無線機越しに昨夜の顛末を聞かされたシャルロットは、アリーナの観客席でどこか遠い目をしていた。

 

「んで、観客席から見て、セシリアの様子はどうだ?」

 

セシリアと一夏による決闘の舞台となる第三アリーナの観客席はは一年一組のクラスメイトだけでなく、話を聞きつけた他のクラスや学年の生徒達で溢れ返っている。アリーナのフィールドには既に、ブルー・ティアーズを纏ったセシリアが空中で待機しており、ギャラリーと同じように一夏の登場を待っていた。

 そう、もうすぐ予定されていた時間なのだが、肝心の一夏がまだ現れないのだ。学園に仕掛けたカメラと盗聴器で集めた情報によれば、本人は準備が整っているものの専用機がまだ届かないらしい。その事をセシリアと目が合ったシャルロットがハンドサインで教えると、セシリアは溜め息を一つ零してフィールド上空に移動し、そこで武装も展開せず制止して、瞑想するかのように目を閉じで待機していた。

 

『うーん、いつも通りってとこじゃない?』

「あぁ、やっぱりか」

「織斑一夏が何分耐えれるか賭けでもしようかと思ったんだが、これではな…」

 

 勝負前に彼女があの状態に入った時は大抵、この後の段取りを頭の中で整理している時だ。フォレストに憧れ、敬愛する彼女の頭脳は、ここ最近になって更に研ぎ澄まされてきた。その頭脳を用いて、時には戦闘では格上の技量を持つ相手すら仕留め、オランジュと二人掛かりで策略を練れば、最早二人を止められるのはフォレストぐらいとさえ言われている。

 そんな彼女のことだ、今頃彼女の頭の中では、一組の生徒達がクラス代表を任せても良いと思える程度の見せ場を一夏に作りながら、如何にして自分の実力を観客に見せつけるように立ち回るか。そして、そうするにはどう動けば最も効率が良いか、その為に練ってきた脚本を頭の中で読み返し、シミュレートを延々と繰り返していることだろう。故にこの試合、彼女は時間ギリギリまで試合を引き延ばすと見た。

 

「ところでエム…」

「なんだ」

 

 それはさておき、ハーゼは一つだけ気になっていることがあった。それは、彼女の横に座る二人。モニターの前で三人仲良く床に並んで試合観戦しようとしているのだが、ハーゼの隣に座っているのはセイス。そして、セイスに座るマドカ。セイスに、座る、マドカ。

 胡坐をかいて床に座るセイスの足の上に腰を降ろし、のびのびと足を延ばすマドカ。そんなマドカを後ろから抱きしめる様に腕を回し、ついでとばかりに彼女の頭に自分の顎を乗せるセイス。そんな二人の姿が、先程からハーゼの視界にチラチラと映り込んできていた。

 

「その体勢は…」

「セ椅子」

「……そうか…」

 

 もう何も言うまい、ハーゼがそう思って視線をモニターに戻すのと、アリーナに専用機を纏った織斑一夏のが現れたのは、殆ど同時だった。

 

 

◇◆◇

 

 

「お待ちしてましたよ、織斑さん」

「悪い、準備に手間取った」

 

 空中で対峙する二人。改めて向き合い、一夏の顔を見たセシリアはふと思った。

 

「実質、私の我儘に付き合って頂いている訳ですが、その割にはやる気に満ち溢れてますわね?」

「そりゃあ確かに、最初は面倒なことになったと思ったさ」

 

 彼からすれば、このIS学園に入学すること自体が想定外だった。それに加え、今の今までISと無縁な生活を送っていたと言うのに、いきなりクラス代表なんて重役に推薦され、おまけに代表候補生と決闘する羽目になっている(尤も、未だに代表候補生がどれだけ凄いのかピンときてないが…)。ぶっちゃけ、たまったものじゃない。

 

「けれど、やっぱり俺も男だ、やるからには全力で勝ちに行く」

 

 とは言え決まってしまったからには、やるしかない。今日の為に幼馴染にも特訓に付き合って貰ったし、動機はどうあれ自分を推薦してくれたクラスメイト達の為にも、そして何より尊敬する姉の名を汚さない為にも、無様な試合は出来ない。

 

「そうですか」

 

 一夏のその意気込みと言葉に、セシリアは静かにそう返す。彼女の事を知らない者が見れば、何て事は無い、普段の様子で普通に言葉を返したように見えたことだろう。しかし、彼女のことを良く知る者が、この場では観客席のシャルロット、そしれ隠し部屋のセイス達はすぐに気付いた。

 

 

―――あ、ちょっとイラついてる、と…

 

 

「それでは僭越ながらこのセシリア・オルコット、貴方の言う全力がどの程度のものなのか…」

 

 ゆっくりと、言葉と共にセシリアが片腕を掲げると、それに合わせるようしてそれは現れた。光の粒子が集まり、一瞬の閃光と共に現れたのは、彼女の専用機の名にもなった特殊兵装、ビット兵器『ブルー・ティアーズ』。

 

「確かめさせて頂きましょう」

 

 彼女が腕を振り下ろすと同時に、全部で六機ある内の一機が風を切りながら、一夏目掛け襲い掛かった。

 

 

◇◆◇

 

 

『やれえええええぇぇぇぇぇぶっ殺せえええええええええぇぇぇぇぇぇッ!!』

『エム、うるさい』

「まぁ相手が織斑一夏だしね、仕方ないよ…」

 

 無線機から聴こえてくるマドカの大声に、思わず苦笑いを浮かべるシャルロット。アリーナの観客席は大いに盛り上がっており、視線もセシリアと一夏に釘付けな為、無線でのやり取りに気付かれる事は無いだろうが、やはり少しは気にして欲しい。

 

『えぇいセシリアの奴、何を遊んでる。あんな雑魚、とっとと叩き潰してしまえば良いものをッ!!』

『マドカ、もう少し静かにしてくれ。この姿勢だと、耳が…』

 

 マドカの過去と因縁を知っているが故に、彼女の気持ちは分かる。気持ちは分かるが、このままだと一夏より先に自分とセイスの耳が先に音を上げてしまいそうだ。

 

『とは言え、使ってるのはビット一機だけか。データ収集が目的とは言え、確かにセシリアにしては遊びが過ぎるな』

 

 現在、一夏はセシリアのブルー・ティアーズ、そのビットに単騎で追い掛け回されていた。アリーナの中をとても初心者とは思えない動きで駆け抜け、時には飛翔し、不規則なタイミングで放たれるレーザーを紙一重で回避しながら、どうにか逃げ続けている。途中からは刀型のブレードを取り出し、何度かセシリアに斬りかかろうとする素振りを見せるのだが、視線を向けただけでその度にビットが襲い掛かり、何も出来ずにいた。対してセシリアは、その様子を高みの見物とばかりに上空で見下ろすだけに飽き足らず、残りのビットを周囲に待機させながら軽いストレッチ運動までし始めた。

 セシリアのことだ、今回は観客に魅せることを優先して、試合をギリギリまで引き延ばすだろうとは思っていた。しかし、幾らなんでもこれは手抜きにも程がある。これでは一夏とセシリアの実力差が明確になり過ぎてしまい、一夏にクラス代表を押し付けるのは難しくなってしまうのではないだろうか。その事をあのセシリアが、オランジュに負けず劣らず頭の回る彼女が気付いてないと思えないのだが、いったい…

 

「多分、待ってるんじゃない?」

『待ってるって、何を?』

「相手が自分と対等の武器を持つ瞬間、かな。だってホラ、織斑一夏が身に着けてるIS、あれって多分、まだ第一次移行が済んで…」

「よう一年生、話し相手はボーイフレンドか?」

 

 突如背後に現れた気配、そして投げかけられた言葉。思わずセイスとの通信を中断してしまうが、特にそれ以上の動揺を見せることもなく、シャルロットは座っていた観客席から一つ分、横にずれた。すると、空いた席に一人の女子が腰を降ろした。リボンの色からして三年生、髪の色は金髪で、シャルロットと同じように長い髪をヘアゴムで一本に纏めていた。スタイルに関しては、知っている者が見れば親戚譲りと称する事だろう。

 

「初めまして、ダリル・ケイシー先輩」

「初めまして、シャルロット・デュノア後輩」

 

 隣り合った二人のテロリストは、顔を合せることなくそう言った。周囲は相変わらず試合に注目しており、三年生の中でもそれなりに名の通っているダリル・ケイシーが直々に、それも代表候補生とは言え入学したばかりの一年生に挨拶するなんて珍しい光景にまるで気付いていない。

 

「もう話は通ってるか?」

「はい、レインさん」

「そうか。じゃあ、そう言う訳だから、エム共々これからよろしく頼むぜ、フォレスト一派の皆様方」

「えぇ、よろしくお願いします」

 

 カラカラと笑いながらそう言うダリル…もといレインに対し、シャルロットは微笑で答えた。

 

「それにしても、リベルテだったか…」

 

 ふと、シャルロットの方に顔を向けるレイン。そのまま暫く、試合に様子に目を向け続けるシャルロットの横顔を値踏みするかのようにジーッと見つめた。そして、ふむと頷くと…

 

「結構可愛い顔してるじゃん。どうだ、今夜辺りオレの部屋に遊びに…」

「遠慮します」

 

 バッサリと断られてしまったが、そりゃ自分みたいな性癖でも持ってない限り初対面でいきなりは無理だよなと、レインは特に気を悪くした素振りも見せず、クツクツと笑うだけだった。

 

「ハハッ、嫌われちまったか」

「それは違いますよ、別に嫌いになった訳じゃありません」

 

 そう言って、試合が繰り広げられるアリーナから、レインへと顔を向けたシャルロット。その時の彼女が浮かべていたのは、大抵の男なら一瞬で虜にしかねない、天使のような微笑。しかし、それを見たレインは逆に笑みが引き攣ってしまった。何故なら…

 

「元々、大っ嫌いなだけです」

 

 浮かべた表情とは裏腹に、彼女の目が全く笑っていなかったのである。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「これは…」

 

 一方こちら、試合真っ最中の一夏とセシリア。ビットの猛攻を何とか凌ぎ続けていた一夏の身体を、突然光が包み込んだ。そして光が消えると、彼が身に纏っていたISがその姿を大きく変えていたのである。

 

「いったい、何が…」

「第一次移行ですわ。つまり現時点を持って、そのISは貴方を使い手として認めた、という事です」

 

 戸惑う一夏の疑問に答える様に、上から声が投げかけられる。声の方へと顔を向ければ、最初と丸っきり位置が変わっていないセシリアがこちらを見下ろすようにして宙に佇んでいた。

 

「圧倒的な知識不足の貴方に説明したところで微塵も理解できないと思いますので、取り敢えず今の状態がそのIS本来の実力を発揮できる姿、とでも覚えておいて下さい」

「お、おう、分かった」

 

 講義でもしているかのような、場違いな口調に思わず返事をしたところで、一夏は気付いた。彼女のその手に、いつの間にかIS専用大型レーザーライフルが握られていることを。

 

「それでは、準備運動はもう充分ですわね」

 

 その銃口が、真っ直ぐに自分へと向けられていたことを、やっと認識した。

 

「改めて試合開始といきましょうか」

 

 銃口に光が灯ったと思った時は既に被弾し、自身の身体はISごと大きく吹き飛ばされていた。

 

「ぐあッ!?」

 

 吹き飛ばされながらも、どうにか体勢を戻して再びセシリアへと視線を向ける。その瞬間、耳に届いたアラーム音。意識を向ければ、自分の事を忘れるなと言わんばかりに、先程まで一夏を追い回し続けていたビットが銃口をこちらに向けていた。咄嗟に機体を動かし、放たれる閃光をギリギリで避ける。だが、安心する暇もなく、再び自身を襲う衝撃。セシリアのレーザーライフルが、またもや自分を撃ち抜いたのだ。

 

(ビットは一個のままなのに、オルコットさん本人が加わっただけなのに、全然避けれない!?)

 

 その後も、まるで嬲り者にするかのように、レーザーが四方八方から襲い掛かる。ビットのレーザーを避ければセシリアのライフルが、セシリアのライフルを避ければビットのレーザーが直撃。片方を避ければもう片方が、片方を避けれなければ両方に。一夏の専用機、白式のシールドエネルギーがみるみる内に減らされていく。一夏も必死で動き続けるが、先程のビットに彼女一人が加わっただけで難易度が段違いになり、最早為す術が無い。と言うかビットよりも、セシリアの射撃の方が格段に恐ろしかった。

 

「くそ、マジで手加減してただけだってのかよ!?」

「何を言ってますの、当然じゃありませんか」

 

 右に動こうと思えば右へ、左に逃げようと思えば左へ、ビットのレーザーを避けようとすればその先へ、奇跡的に躱しても逃げた先にビットが待ち構えている。どこへどう動こうが全て読まれ、尽く先回りされ逃げ道を塞がれる。まるで、彼女の掌の上で踊らされ続けているような気さえしてくる。

 

「今の貴方に、私の全力は、あまりに勿体無い」

 

 なのに、彼女はまだ、全力を出していないと言う。

 

「時間が無いと言う理由だけで、初期状態のISで試合の場に放り出された織斑さん。参考書を電話帳と間違えて捨てたのに、言われるまで放っておいた織斑さん。代表候補生と決闘することが決まってからの数日間、剣道の練習以外には特に何もしなかった織斑さん。基礎知識が全く足りてないにも関わらず、初日以降もまともに勉強しなかった織斑さん」

 

 事実、彼女のビットは全部で六機。自分はまだ、その内の一機しか相手に出来ていない。

 

「その程度の努力が、貴方にとって勝つ為の全力だと言うのなら、その程度の全力で、この私に勝てると思っているのなら」

 

 セシリアと自分の間に広がる実力差を改めて実感し、一瞬戦意が折れかけ、先程とは比較にならない音量で鳴り響くアラーム音に気付くのが遅れる。

 

「私に対する、いや、私達IS乗りに対する侮辱に他ならないと知りなさい」

 

 眉間、首、心臓、人体の急所目掛けて正確無比に飛んできた三連射が直撃した。

 

「うわああああぁぁぁぁぁ!?」

 

 衝撃で一夏の身体は大きくのけ反り、そのまま地面へと勢いよく叩き落とされた。まるで砲撃の様な音と衝撃を響かせ、アリーナに砂塵が舞う。観客席に居た生徒達、特にISの試合を見慣れていない一年生たちは思わず息を呑んだ。

 

「……つ、強ぇ…」

 

 砂塵が晴れ、そこには大の字に倒れ、呻きながら苦悶の表情を浮かべている一夏の姿が。絶対防御で傷こそ無いが、それを突きぬけて襲い来る衝撃までは防ぎきれなかったようだ。それに何より、先程のセシリアの言葉が胸に突き刺さったようだ。

 

(確かに俺、どうせ何とかなるって楽観してたかも…)

 

 思えば、セシリアの持つ代表候補生と言う肩書の重さを、周りの反応からもう少し真面目に考えれば良かった。そもそも、参考に取り寄せた資料や映像データでも彼女の実力の高さは、それとなく分かっていた筈だ。にも関わらず、この数日自分がやった事と言えば、箒と剣道の練習しかしていない。先程も言われた圧倒的知識不足という言葉に対しても何も言い返せず、ISを使うにあたり本来なら知っておくべきことを殆ど知らないままここに来てしまった。

 

(オルコットさんだけじゃない、学園の皆は成り行きで入学した俺と違って、自分の意思でここにいるんだ。この学園に来る為に、そしてISを学ぶ為に、ずっと努力してきたんだ。それなのに、俺は…)

 

 この場に立つ為、あらゆる努力を積み重ねてきた人達、その筆頭とも言えるセシリアと、あの程度の努力とも呼べない努力で今日に備えた自分。そんな自分が彼女に対して、『勝ちに行く』とか良く言えたものだ。いつも姉や幼馴染たちにバカだの無神経だの言われてきたが成程、我ながらこれは酷い。もういっそ、これ以上恥の上塗りをする前に降参してしまった方が良い気がしてきた。

 しかし、そこでふと、自分の手に握られている物が目に入る。セシリアに撃ち落とされ、地面に叩き付けられても尚手放さなかったブレード。白式が一次移行を済ませ、その姿を変えたように、ブレードもその形を変え、更には名前まで変わっていた。白式のバイザーに、その剣の名前が表示される。そこに記されていた名前を見て、一夏は思わず目を見開いた。

 

 

―――雪片弐型―――

 

 

(……そうだな、それでも俺は…)

 

 痛む身体に鞭打って無理矢理立ち上がり、未だに此方を遥か上空から見下ろすセシリアを、逆に見上げる一夏。彼女は一夏の様子が変わったことに気付き、少しだけ警戒を強めた。暫し睨み合っていた二人だったが、ふと一夏が口を開く。

 

「オルコットさん、すまなかった」

「何がですの?」

 

 唐突の謝罪に、思わずセシリアはその意味を問う。

 

「バカな言動と態度で、不愉快な気持ちにさせた。オルコットさんの言う通り、俺は本気を出す価値も無い素人の雑魚、その癖して人並みの努力もしなかった怠け者だ」

 

 そう言って一夏は、自然な動きで雪片を両手で握り正面へと、自分が最も使い慣れた剣道の正眼の構えを取る。その切っ先は真っ直ぐに、空に佇むセシリアへと向けられていた。

 

「だけど、やっぱり負けたくない。今更だけど、俺にもこの学園でやりたいことがあるんだ。だから…」

 

 二人の間には、大きく距離が開いている。しかも相手は近接専用武器で、対してこちらは射撃兵装で身を固めている。おまけに、自身の射撃能力は彼の回避能力を大きく上回っている。普通に考えて、彼が自分を間合いに捉えるのは不可能だろう。しかしセシリアの勘は、彼女自身に警告していた。

 

 

―――アレはこちらに届く、と―――

 

 

「バカなりに改めて、今の俺が出せる全力を、見せる!!」

 

 

 雄叫びのような宣言と共に、一夏は白式と共に宙へと駆け出した。剣道の時と同じように力を籠めて大きく踏み出し、一気に加速する。そのスピードは瞬時加速に匹敵、いや、そのものだった。

 

「良い目つきですわ」

 

 その姿にセシリアは思わず口角を吊り上げ、一種の期待と共にライフルの引き金を引いた。銃口から放たれた閃光はこれまでと同じように、一夏の顔面へと真っ直ぐに突き進み…

 

「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 一夏の振るった雪片に切り裂かれ、そのまま消滅した。

 その光景を前にしたセシリアは、しかし殆ど動揺することはなかった。むしろ笑みを深くし、そのまま立て続けに二発三発と撃ち続け、更には一機目のビットもそこに参加させる。明らかに先程よりも鋭く、正確になったレーザーの雨、だが彼もまた怯まなかった。さっきまでとは比べ物にならない機動力でレーザーを回避し、避けきれないものはその手に握る雪片を振るって防いだ。

 時間にして十秒にも満たない僅かな間に、幾つもの攻防が繰り広げられる。一年生とは思えないその二人のやり取りに、いったいこの場に居る何人が気付けただろうか。

 

「いっけえええええええええぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 回避と防御を繰り返し、徐々にセシリアとの距離を詰めて行った一夏は勝負に出た。ライフルとビットのレーザーを同時に切り払うと同時に、無意識の内に身に着けた瞬時加速でセシリアに突っ込んでいく。

 距離を詰められていたこともあり、一瞬で間合いが無くなる。ビットも、ライフルも間に合わない。雪片の刀身には光が灯っており、自分の記憶が正しければ、あの光は『零落白夜』。アレに切られてしまえば、こちらとて一溜りも無い。故にセシリアは、一夏の振り下ろしのタイミングに合わせ、その場でクルリと一回転。

 

「ふッ!!」

 

 勢いそのままに、一夏の腕に回し蹴りを直撃させた。カウンターの要領で雪片を振り下ろそうとした腕を蹴り上げられ、一夏は衝撃でのけ反るように体勢を崩す。どうにか雪片を手放す事だけは防いだが、そのせいで二発目の回し蹴りが顔面に叩き込まれるのを黙って受け入れるしかなかった。

 

「うごッ!?」

 

 再び地面へと叩き落とされる一夏。すぐに雪片を杖のようにして立ち上がるが、既に限界を迎えているのか身体が言う事を聞かず、それ以上動けない。言葉の通り後先考えず全力で、むしろ死力を尽くして白式を動かした反動が遂に来てしまったようだ。慣れていない無理な機動を繰り返した結果、洒落にならない痛みと疲労感に襲われ、本当は立っているのも辛いことだろう。

 

「今のは、良い動きでした」

「ぐ…畜生……」

 

 そこまでしても尚、彼女に一太刀入れる事すら叶わなかった。これが、代表候補生になる為に努力をし続けた彼女と、ど素人である自分との実力差。それは空に佇む彼女と、地べたに這いつくばるようにして彼女を見上げる自分、二人の間に存在する物理的な距離よりも遠く感じる。一度そう思ってしまうと、もう笑うしかなかった。悔しいのは確かだが、いっそ清々しいくらいだ。

 

「先程はああ言いましたが織斑さん、貴方はセンスが良い。私の知る初心者達だったらISをまともに動かす事すら出来ず、最初のティアーズ一機だけで勝負は決していたことでしょう」

 

 そんな一夏に、セシリアは静かに、淡々と告げる。しかし、そこには先程とは違う、怒りや苛立ちとは別の感情が籠められていた。

 

「自分の愚かさを素直に認め、それでも心折れず、一瞬とは言えこの私に肉迫すらしてみせた。正直に言って、良い意味で予想を裏切られましたわ。これなら、安心して任せられそうです」

 

 セシリアの言葉に合わせるように、彼女の周りに待機していたビットが全て動き出す。そこへ、一夏を追い回し続けたビットも加わり、六機のビットは主を守る騎士の如く、左右に三機ずつ一列に並んだ。

 

「お礼と言ってはなんですが、こちらも見せるとしましょうか。この私、セシリア・オルコットの誇りと、実力の一端を!!」

(来る…!!)

 

 瞬時加速を用いて急降下したセシリアは、猛スピードで一夏へと迫った。

 あの動きも、気迫も、全ての面で微塵も勝てる気がしない、負ける未来しか見えない。今この場において最も近く、そしてセシリアと向き合っている一夏だからこそ悟っていた。しかし、それでも、勝つのをやめることだけはしなかった。何より、こんな自分に一部とはいえ全力を見せてくれるセシリアを失望させるような真似だけはしたくなかった。

 雪片を腰の鞘に収める様に構え、雑念を振り払い極限まで集中。自分の感覚を信じ、彼女が間合いに入る瞬間を待つ。そして…

 

「ぜぇあッ!!」

 

 居合い斬りの如く、雪片を振り抜いた。しかしセシリアは、直前でそれを軽々と、宙で前転しながら一夏を飛び越える様にして回避した。そのままライフルの銃口を一夏を向けたところで、初めて彼女の顔が驚愕に染まった。必殺の一撃を避けられた筈の一夏は、まだ諦めていなかった。いや、むしろ避けられることを分かっていたのか、空振った勢いをそのまま利用して一回転しながら、横薙ぎの一撃をセシリアに叩き込もうとしていた。

 このタイミングでは、流石にセシリアとて避けれない。そして、零落白夜の威力は、このブルー・ティアーズに致命傷を与えかねない。そう、このままでは、負ける。代表候補生にして、フォレスト一派の主力を担う自分が、初心者の素人に負ける。そんな結果、断じて受け入れる事は出来ない。

 

 

 だから念の為、雪片を飛び越える直前まで、死角になるよう自分の背後に”ビットを随伴させといて”良かったと心底思った。

 

 

「チェック・メイト」

 

 セシリアに気を取られ、時間差で襲い掛かって来たビットに蜂の巣にされ、体勢を崩したところにトドメの一撃を彼女に叩き込まれ、遂に白式のエネルギーと、一夏の体力は尽きた。 

 

 

―――試合終了、勝者、セシリア・オルコット―――

 

 

 地に倒れ伏した一夏に背を向け、自身のピットへと戻ろうとしたセシリアはふと足を止めた。文字通り死力を尽くした一夏は、意識があるのか無いのか分からないくらいにピクリとも動かない。その内に、教師陣が彼を運びにくることだろう。けれどセシリアは、どうしても彼に言っておきたかった。

 

「時に織斑さん、これは受け売りなんですが…」

 

―――人の限界を決めるのは、『素質』と『環境』

 

―――されど、人の終着点を決めるのは『努力』なり

 

「貴方が自分の意志に関係なく、成り行きでこの場所に送り込まれたのは承知しております。しかし、貴方には『素質』がある、IS学園の生徒として『環境』も整っている。後は『努力』で、自分の限界に手を伸ばすのみ。そうすれば大抵の目的や望み、やりたいことは果たせるようになる筈です」

 

 クルリと振り返り、一夏へと改めて目を向ける。やはりと言うか、彼は動く気配が無い。それでもセシリアは、自分の言葉が彼に届いていると確信していた。彼女はビットを全機呼び寄せ、自分の腰回りに均等な感覚で整列させる。遠目から見たその姿は機体の色も相まって、まるで青いドレスとスカートのようにも見えた。

 

「貴方が私達と同じ高みへと上り詰める日を、心からお待ちしておりますわ」

 

 スカートの裾を摘まむような動作で腕とビットを動かし、一度頭を下げたセシリアは、最後まで優雅な動きで、その場を去って行った。

 

 

◇◆◇

 

 

「ハハッ、凄いなお前のお友達、想像以上だ」

「どうも」

 

 試合終了の余韻に包まれ、未だざわめく観客席。新入生は滅多にお目に掛かれないIS戦を生で見たことにより沸き立ち、在学生たちは初心者とは思えない一夏の操縦技術と、底知れぬセシリアの実力に興味を抱いた。そして彼女もまたスコール派の1人として、セシリアの腕に対して舌を巻いていた。

 

「ぶっちゃけ、男所帯のフォレスト一派のIS乗りがどの程度のものなのか気にはなってたんだけどよ、やっぱり流石としか言いようがないな、伊達にスコールおばさんの頭痛の種やってねぇってことか。本当、頼もしい限りだぜ。やっぱり、お前もあのぐらい強かったりするのか?」

「さぁ、どうでしょう? っと、時間なんで行きますね」

 

饒舌なレインに反して、シャルロットの態度は結局、終始素っ気ないままだった。無視こそしないが、何を言っても最低限の口数で、あからさまな社交辞令しか返ってこない。現に今も、挨拶もそこそこに席から立ち上がり、そのまま去ろうとしている。

 

「……なぁ、オレ、お前と会ったことあるっけ…?」

「ありませんよ、今日が初対面です」

「じゃあ、なんでオレ、見ず知らずの女に嫌われてる訳?」

 

流石のレインも、シャルロットのこの態度には何も思わずにはいられない。さっき本人が言ったように、彼女が自分のことを嫌ってるのは分かったが、せめて理由が知りたい。

 

「例えば、そう例えばですが」

 

その問いにシャルロットは足を止め、しかしレインには背を向けたままで口を開いた。

 

「好きな男の子が昔、初めて会った時、死に掛けて意識が朦朧としていた状態だったとします。そして、その男の子が僕の顔を見た時に、誰と間違えたのか僕以外の名前を呟いたとします」

 

そう言って振り向き、真っ直ぐとレインを見つめるシャルロット。彼女は相変わらず微笑みを浮かべているが、その瞳にはレインに対する、あからさまなまでに敵意が込められていて…

 

「その時に彼が呟いた名前と、同じ名前の女の人が目の前に居るとしたら、嫉妬深い僕は、さぁどうなるでしょう?」

「……女の前で別の女の名前出した、そのバカ野郎の名前は…?」

 

何かもう嫌な予感しかしなかった、聞かない方が良いとも思った。シャルロットの口から出るバカ野郎の名前に、もの凄く心当たりがあった。けれど、どうしても訊かずにはいられなかった。

 

「オランジュ」

 

出来れば違って欲しかった名前を置き土産に、シャルロットは踵を返し、各自のクラスへと移動する生徒達の波に混ざりながら立ち去って行った。

 

「……そうか、アイツか。て言うかフォレスト一派と協力するってことは、アイツとも顔を合わせるかもしれないってことか…」

 

残されたレインは席に座ったまま、心ここに在らずと言った様子で空を見上げていた。やがて両手で顔を覆い隠し、同時に彼女の耳が赤く染まり始めた。そして、いつもの彼女からは微塵も想像出来ない、滅茶苦茶か細い声で一言。

 

「どうしよう、どんな顔して会えば良いのか分かんねぇよ…」

 

自分のことを探す愛しの後輩の声が聴こえるまで、レインのこの状態は暫く続いた。

 

 

 




○たっちゃんとのファーストコンタクトも戦力多めで
○クマ○ンとリラ○クマとプ○さんの着ぐるみは、のほほんさんに渡された
○因みに、ちーちゃんの汚部屋と日記は確認済み
○マドカは凄いしょっぱい顔をした
○相手を過大評価もしなければ、過小評価もしないセシリアさん
○森一派の特訓とサポートで近接戦の心得あり、おまけに既に自分とビットを同時に動かせるようになってます
○おや、落とされた一夏の様子が…





『どうせなら事故に見せかけて潰してしまえば良いものを…』
「組織としても、まだその段階では無いでしょう。そもそも、私が殺ってしまってもよろしかったので?」
『……いや、奴を殺すのは私だ…』
『にしても、お前にしちゃあ珍しいな。相手にそこまで優しい言葉を掛けるとは…』
「セイスさん、私を何だと思ってらっしゃるの。まぁ彼は彼なりに見どころがありますし、折角私の代役を務めて頂くのですから、どうせならやる気を出して貰わないと」
『つまり、リップサービスと言う訳か』
「そんなところですわ。嗚呼、これなら、きっとおじ様も褒めて下さいますわ…!!」
(……どうする、一応教えとく…?)
(面白そうだから言わないでおこう)
(賛成だ。兄様も、こう言うのは触れない方が良いと言ってた)




(((負けて倒れてた一夏が、背中向けて去っていくセシリアに熱っぽい視線を向けてたなんて、な…)))


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IF未来 戦力過多な森一派のIS学園 その3

ちょっと長くなりそうなんで、先に分割して更新です。


「ねえねえ織斑君、聞いた?」

「2組に転校生が来たんだって」

 

 セシリアと一夏の決闘から数日後、一年一組のクラスには色々と変化が訪れた。

 

「へぇ、そうなんだ。オルコットさんは知ってた?」

「小耳に挟む程度には」

 

 まず一組のクラス代表は、一夏に任されることが正式に決まった。先日の模擬戦により、セシリアと一夏の実力差が明らかになった訳だが、それにも関わらず当のセシリアがクラス代表を辞退してしまったのだ。当然ながらその時、一組は少し荒れた。特に最初からセシリアを支持していた生徒達は勿論のこと、敗北した一夏本人も彼女が代表になることを望んだ。しかし…

 

『最初に言った筈です、実家の都合により、私は織斑さんに代表の座を譲りたいと。そして彼は先日の模擬戦で実力を示し、それに値するだけの将来性があると私は判断しました。もし織斑さんより自分の方が適任だと思ってらっしゃる方が居るのなら、どうぞ遠慮なく名乗り上げて下さい。彼同様、この私が一人残らず見定めて差し上げますわ』

 

 セシリアのこの言葉により、騒ぎは一瞬にして静まった。セシリア本人がやりたくないと言っている以上、彼女を支持していた生徒達は無理強いできず、黙るしかなかった。一夏の実力に関しても、手加減された上に負けたことは事実だが、じゃあ自分はセシリア相手にあそこまでやれるのかと問われ、是と答えられる者も居らず、むしろ初心者とは思えない彼の実力を認めざるを得なかった。何より、あのセシリアが任せるに値すると判断したのなら、きっと大丈夫だろうと大半の生徒はそう結論付け、最終的に一夏のクラス代表就任に異を唱える者は居なくなった。セシリアに代表の座を譲られた、一夏を除いて。

 彼だけはセシリアの方が相応しいと最後まで訴え、クラス代表の就任を頑なに拒み続けた。その態度に業を煮やしたのか、そのホームルーム中、いつだかのようにセシリアは挙手して千冬に許可を貰い、何を思ったのか席を立ってツカツカと一夏へと近付いて行った。そして動揺する一夏の耳元に顔を近付け、『これは貴方の為でもあるんですのよ?』と囁いた。

 

『貴方を解剖したいと思っている人間は、貴方が思っているよりもずっと多いのです。実験動物にするには惜しい、そう思わせるだけの実績を積み上げておかなければ三年後、ご家族の後ろ盾だけでは少々心許ないと思いますわよ?』

 

 それだけ言って彼女が自分の席に座る頃には、一夏は顔色を変えて『誠心誠意、全力でやらせて頂きます!!』と力強く宣言していた。彼のその宣言を、一組の生徒達は拍手を持って受けいれた。

 それから数日の間、流石に押し付けるだけ押しつけといて放置するのも無責任、て言うか可哀相なので、セシリアは時間さえあれば彼の特訓に付き合った。時たま、一夏とセシリアの二人とお近づきになりたい、または純粋に彼女達の特訓に興味を持ったクラスメイト達を加えながら、ここ数日で一夏は着実に成長していった。先日もISの実習にて、セシリア程では無いが彼も高度からの急降下及び着地を見事に決め、珍しく千冬に褒められて少し嬉しそうにしていた。因みに、セシリアが褒めたら凄い嬉しそうにしてた。

 模擬戦で実力を示したことにより、クラスメイト達からは畏怖と尊敬の念を集めた。世界唯一の男性適合者からも信頼を得る事に成功し、特訓に付き合うと言う名目の元、組織に送る為のデータは取り放題。これだけの成果を残せば、愛しのおじ様に褒めて頂けるのは確実。決して表には出さないが、セシリアの内心はウハウハ状態だった。

 

「確か転校して来たのは中国の代表候補生、名前は凰鈴音」

「え…」

 

 こんな感じで、彼女にとってこの数日はまさに順調そのもの。組織の仕事をこなす傍ら、クラスの誰よりも早く転校生の情報を入手しておく余裕さえあった。それと…

 

「第三世代機『甲龍』を専用機とする、ISに触れてから僅か一年で代表候補生にまで上り詰めた中国期待の新星、で、よろしかったですか?」

「あら、詳しいじゃないアンタ」

 

 結構前から教室の入り口に格好つけて立ちながら、話に割り込むタイミングをずっと窺っていた、その二組の転校生に話を振って上げた。ようやく気付いて貰えたからか、心なしかセシリアは、転校生の目元に光る物が見えた気がした。

 

「鈴、お前、本当に鈴なのか…!?」

「久し振り一夏、元気にしてた?」

 

 鈴の存在に気付いた一夏が彼女に駆け寄り、そのまま互いに懐かしそうする二人。その様子を、ある者は興味深そうに眺め、ある者は警戒心も露わに睨み付けた。因みにセシリアはどちらかと言うと前者である。

 

(織斑一夏と凰鈴音、二人の間に交流があったというのは本当のようですわね)

 

 二人の関係は一夏の経歴を洗った時に把握していた。なので、彼女が一夏と親しそうにしていたところで、そこで険しい顔を向けるファースト幼馴染と違い、あぁやっぱりそうなのかぐらいにしか思わない。フォレスト一派の活動を邪魔しない限りは、という大前提はつくが。

 

(暫くは様子見といきましょう)

 

 取り敢えず、自分の背後に世界最強の鬼教師が立っていることに気付いてない転校生の巻き添えを食う前に、セシリアは自分の席に着くことにした。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「それにしても凰鈴音ね…同じIS乗りとしてどうよ、お二人さん?」

「ただの一般人から僅か一年で代表候補生か、才能は本物のようだな」

 

 朝の出来事から数刻後、今は昼時。セイス達は端末のモニターに件の転校生のデータを映し出しながら、昼食の弁当を箸でつついていた。因みに転校生が中国の代表候補生だっかたからという訳では無いが、本日の彼らの昼食は、近場の中華飯店で買ってきた弁当だ。

 

「もしくは余程の人材不足ということだろう、あの国は。私とハーゼなら片手間で倒せるぞ、こんな奴」

 

 彼女の経歴を鼻で嗤いながらそう言うマドカだったが、流石に比較対象が悪い。このデータが事実であるのなら凰鈴音もIS乗りとして充分な才能を有しており、この中途半端な時期に転校するなんて話が通ったのも頷けるだろう。て言うか、そもそも一般の代表候補生である彼女と、国家代表に匹敵するマドカ達と比べること自体が間違っている。

 

『本人の性格が災いして環境と努力に関しては何とも言えませんが、素質に関してはそれなりにあると思いますわよ。この程度で終わるか、更に飛躍するかは今後次第でしょう』

「なんだ、やけに擁護するじゃないか」

『御冗談を。私は過大評価もしなければ過小評価もしない、それだけです』

 

 あくまで冷静に答えるのはセシリア。今は彼女も学園の食堂でランチタイムと洒落込んでおり、日替わりランチのサンドイッチを完食し、持参した紅茶で食後のひと時を過ごしていた。

 

「シャルロットはどう思う?」

『え、僕?』

 

 そして現在、そのセシリアと相席中のシャルロット。ここ最近は組織として活動、その下準備の為に裏で奔走していたことに加え、セシリアが一夏の特訓に付き合い始めたことを切っ掛けに、常にセシリアの周りに一組の生徒が居たので遠慮していたこともあって、最近は寮室以外で行動を共にする機会が減ってしまった。しかし転校生と一夏が旧知の仲であると言うことなので、積もる話もあるだろうから二人でごゆっくりどうぞと、セシリアは一夏達一組の集団から離れ、今日はシャルロット達と昼を共にすることが出来た。いつもは隣に正面、もしくは隣に座り、ひたすら話しかけてくるせいで碌に落ち着くことも出来ず、こうやってセイス達と昼食を食べながら会話するというのも本当に久々である。

 

『彼女、何かと損する星の元に生まれてそうな気がする』

「いや、そう言う事を聞いてるんじゃねーよ」

 

 それはそれで間違ってない気もするけどな…と、そう呟いて再び自身の昼食の弁当に視線を落とし、箸を伸ばすセイス。

 

「うん?」

 

 その動きが、止まった。

 

『どうかした?』

「いや、なんでも…」

 

 思わず声を出してしまったが、それほど大した問題じゃ無い。いや、大した問題じゃないが、声を出さずにはいられない。モニターに映し出された鈴音のデータに目をやり、セシリアとシャルロットとの通信に気を取られている間に、本日のお昼ご飯、その食い掛けのおかずがいつの間にかひとつ残らず消滅している事なんて大した問題じゃない、どうせ犯人は決まっている。おいコラ、この食いしん坊娘。

 

「お口に付いてるのは何だ?」

「チリソース」

「お前の弁当は何だっけ?」

「油淋鶏」

「逆に俺の弁当は何だっけ?」

「エビチリ」

 

 ギルティ

 

「分かった分かった、そんな怒るな。代わりに私の弁当分けてやるから…って、あれ?」

 

 ジト目を向けるセイスを余所に、『あーん』の口実をゲットしてニヤけていたマドカの表情が、一瞬にして固まる。視線を下に向ければ、白米を残して殆ど空っぽになった自分の弁当箱。何故と思いふと顔を上げてみると、そこにはハムスターよろしく頬っぺを膨らませたハーゼが。マドカと目が合った彼女はそのまま口をモグモグと動かした後、ゴクンと喉を鳴らしながら口の中にあったモノを全て飲み込んで一言。

 

「美味かった、許せ」

「お前(ユー)をリンチしてやる」

 

 マドカがハーゼにフライングクロスチョップを直撃させたのを皮切りに、またもや取っ組み合いを始める二人。いっそ、もう一回昼飯買ってこようかなと思いながら、二人を止めようとセイスが腰を上げたその時だった。

 

『ちょっとアンタ、どういう事よ!?』

 

 セシリア達の無線機越しに、件の中国代表候補生の声が聴こえてきた。

 

 

 




○『美味い物は、食える時に食っておけ』と言うお兄様の言葉に従ったに過ぎない
○因みに、ハーゼ(ラウラ)の昼食はチンジャオロース、シャルロットはたんぽぽオムライス
○深い意味は無い
○一夏、自分なりにアピール中
○けれどあんまり効果無し
○おまけに恋愛感情の自覚がるのかと言うと…

そう言えば皆さん、このシリーズでラウラの呼称は『ハーゼ』で、セシリア達と違って彼女もそれが今の本名と認識しているんですが、地の文でも今回のみたいに『ハーゼ』に固定して平気ですかね、それとも地の文の時は『ラウラ』の方が良いですかね?


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IF未来 戦力過多な森一派のIS学園 その4

お待たせしました、続きの更新です。

森さん仕込みの腹黒セッシー、本領発揮です。


「いきなり何ですの?」

「何ですの、じゃないわよ!! そもそもアンタ…えっと、名前なんだっけ?」

「セシリア・オルコットです」

「セシリアね、分かったわ。んじゃ改めてセシリア、アンタどういう事よ!?」

「どういう事、は此方のセリフですわ」

 

 いきなりの展開に、流石のセシリアも眉を顰めた。しかし、当の鈴は周りの視線など知った事か言わんばかりに、まるで親の仇…否、大切なものを持ち去った盗人を見るような目をセシリアに向け続けている。

 

「おい鈴、やめろって…」

「うっさい、アンタは引っ込んでなさい!!」

「いや、そう言われても…!!」

 

 終いには、思わずと言った感じで駆け寄ってきた一夏の静止も振り払い、それでも尚止めようとする彼と口論を始める始末。余りに騒がしくしたせいで、食堂中の視線がセシリア達のテーブルに集中し、様子を窺いに来た野次馬根性丸出しなギャラリー達も集まってきた。そのギャラリーの中に、先程まで一夏達のテーブル付近で昼食をとっていた相川清香を見つけた。セシリアが自分の元へ手招きすると、彼女は迷う事無くセシリアのテーブルへと駆け寄ってきた。

 

「相川さん、説明を」

「えっと、実は二人が織斑君の近況について話してたんだけど…」

 

 思い出話に花を咲かせていた二人だったが、話題が一夏がクラス代表に就任したことに変わった辺りから雲行きが怪しくなった。幼馴染のよしみで、鈴が一夏にISの特訓に付き合うと提案したのだが、まず無理矢理二人のテーブルに同席した箒が、それを断固として拒否。この時点で鈴は外野に口を出されたことに既にイラッとしていた訳だが、自分が代表候補生であることを強調し、すぐさま箒を黙らせる。更には、そんな自分が特訓に付き合えば間違いなく一夏は成長するし、何ならコーチとして一夏を指導してあげるとも。しかし、それに対する一夏の返答が彼女の火に油を注いでしまった。

 

『コーチ役はオルコットさんで間に合ってる』

 

 当然ながら、それを聞いた鈴の第一声は『いや、誰よソイツ?』である。目の前に座る鈴の機嫌が悪くなったことに微塵も気付かない一夏は、セシリアのことを彼女に説明する。クラス代表を決めるに辺り自分と戦ったこと、その際に自分の認識の甘さを気付かせてくれたこと、自分とは比べ物にならないぐらい強いこと、指導も素人の自分にも分かりやすように教えてくれること、強いだけじゃなくて格好良いこと、厳しさの中にちゃんと優しさが籠められていること、て言うか普通に美人だよな等々。途中からセシリアの紹介ではなく、如何に彼女が素晴らしい人かを、それも嬉々として語り出す一夏。

 そんな一夏の姿を前にして、彼の二人の幼馴染は一瞬意識が飛びかけるも、鈴の方は我に返ると同時に、ふつふつと強い怒りが込み上げてきた。久しぶりに再会した幼馴染にして想い人である一夏と過ごす機会だけでなく、心まで見ず知らずの女に奪われかけているのだ、心中穏やかにいられる訳が無い。そして、向こうのテーブルで食後のティータイムと洒落込んでいるのがセシリアだと知り、そのまま勢い任せに突っかかってきたそうだ。

 

「言っとくけどね一夏、私は代表候補生なのよ。そんじょそこらの奴らとは実力が違うのよ、実力が」

「あぁ、そう言えば鈴もオルコットさんと同じなんだっけ」

「同じって、コイツも代表候補生なの!?」

 

 何か言ってやられねば気が済まないと思って来てみたものの、それと言ってまともな内容も思いつかず、おまけによりにもよってそれを一夏に止められる始末。箒を黙らせた代表候補生の肩書きは、向こうも持っているので通じない。て言うか幼馴染である自分を差し置いて、一夏がポッと出のこの女を信頼している事が何よりも気にくわない。やがて、苛立ちと怒りで身体をプルプルと震わせた鈴は、唐突に腕を振り上げ、力強い動きでセシリアに向かって、ビシぃッと指を差した。

 

「決闘よ!!」

 

 その宣戦布告に、ことの成り行きを見守っていた大半の生徒達が息を呑み、当事者の一人であるセシリアはティーカップ片手に深い溜め息を零した。その神経を逆なでするようなセシリアの様子に鈴は更なる怒りを覚えながら、構わず続ける。

 

「私が勝ったら…」

「別に指導役なら譲っても構いませんわよ?」

「一夏のコーチ役を……って、へ…?」

「え…?」

 

 が、鈴に一瞥もくれることなく呟かれたセシリアの言葉に、先程までの勢いが一瞬で失せる。出鼻を挫かれ、口が半開きの状態で固まる鈴。しかし、セシリアの言葉が予想外だったのは彼女だけでは無いようで、多くのギャラリーが鈴と似たり寄ったりの反応を見せ、一夏も鈴に負けず劣らずの間抜け面で固まっていた。そんな中、いち早くセシリアに詰め寄ったのは箒だった。

 

「お、おいオルコット、貴様どういうことだ!?」

「篠ノ之さん、なんで貴女まで狼狽えるんですの?」

「いや、だって、お前が指導役やめたら特訓にかこつけて一夏と過ごす大義名分がゲフンゲフン…こいつは二組の生徒だ、つまりクラスの代表戦では敵同士だ。一夏に敵の施しを受けさせると言うのか、お前は!!」

 

 セシリアは一夏を特訓する際、同じ一組の生徒達の参加も受け入れていた。真面目に参加する者も居るが、中にはこれを機にセシリアと一夏の二人とお近づきになりたい者も居る。箒はどちらかと言うと、一夏目当ての後者。それを知った上でセシリアは、特訓の邪魔にならない限りと言う最低限の一線を設けながらも、そんな彼女達の下心ありきの参加を容認していた。

 そのセシリアに代わり、箒から見ても一夏に恋心を抱いていること間違いなしの鈴が指導役となるのは、彼女にとって非常によろしくない。恐らく彼女は恋敵と成りうる自分達の参加を絶対に認めないだろうし、下手をすれば特訓の名の元に一夏を独占しかねない。そうなると専用機を持ってなければ代表候補生ですら無い自分は、今まで以上に不利だ。

 

「私は一夏さんがクラス代表として強くなってくれればそれで構いません。それに私と一夏さんの戦闘スタイルは真逆、基礎はともかく、そこから先を私が鍛えるには限界があります。だから一夏さんとの特訓に篠ノ之さん達を参加させたんですが、最初にそう言いましたわよね?」

「うぐッ…」

 

 とは言え正直なところ箒も、セシリアには下心満載な特訓の参加理由を悟られていることは薄々察してはいる。察してはいるのだが今更口に出して認めるのも嫌で、正論を出されると何も言えない。

 

「それに対して、聞いた話によれば凰さんは近接主体の万能タイプ。一夏さんを鍛えるには、まさに適役かと思いますが?」

「ぬ、ぐぅ…!!」

 

 もう、ぐうの音しか出ない箒。逆に鈴はと言うと、自分の希望がすんなり叶いそうで拍子抜けしていた。むしろ一夏のコーチ役に適任と言われた為か上機嫌になり、先程とは打って変わってニコニコでセシリアの方を向いた。

 

「あ、アンタ、思ったより話の分かる奴じゃない。ちょっと誤解してたわ、ごめんなさッ…」

「俺はオルコットさんに教わりたい」

「って、一夏ぁ!?」

 

 しかし一切空気を読まずに放たれた一夏の言葉に、再びその場が荒れる。唖然とする鈴の叫びを無視するように、一夏はセシリアを見つめた。どことなくその目は、飼い主に捨てられそうになって悲しそうにする忠犬のようだった。

 

「だって、俺…」

「織斑さん」

 

 それまでずっと紅茶カップに向けられていたセシリアの目が、そこで初めて一夏に向けられる。薄っすらと帯びた微笑と共に向けられたそれを見ただけで、一夏は思わず口を閉ざしてしまった。そして黙り込んだ彼とは逆に、彼女はゆっくりと口を開いて、こう言った。

 

「私、待っているとは言いましたが、あまり遅過ぎると置いて行きますわよ」

 

 

―――貴方が私達と同じ高みへと上り詰める日を、心からお待ちしておりますわ―――

 

 

 思い出すのは先日の決闘で負けた際、倒れた自分に送られたこの言葉。自分の甘さに気付かせてくれて、自分の力を認めてくれて、その上で送られた激励とも取れるセシリアの言葉が、あの日、一夏の中に眠る何かに火を灯した。それからというもの、セシリアによる指導の元、ISの訓練に身を費やし、基礎知識皆無なため苦手だった座学全般も必死で勉強した。お蔭で最近は、極たまにだが、あの千冬にも褒められる時もある。しかし一夏としては、目指す頂きは未だ遥か彼方。

 全ては、あの言葉に報いる為。そして初めて姉以外の人間に憧れを抱いた、あの格好良い背中に追いつく為。彼女が待っている高みに早く辿り着く為には、あまり手段は選んでられない。

 

「……分かった…」

 

 最後まで悩み躊躇ったものの、一夏は結局首を縦に振った。

 

「では、話は決まりましたね。彼のこと、よろしくお願いしますわ、凰さん」

「なんか凄い複雑な気分だけど、まぁ一応礼は言っておくわ。ありが…」

「ただし」

 

 再び鈴の言葉を遮ってセシリアは立ち上がり、正面から彼女と向き合う。その時、セシリアが浮かべていた表情は、とても穏やかな微笑だったのだが…

 

「実力の有無と、指導役としての向き不向きは話が別。貴方に任せた結果、彼が弱くなるようなことがあれば、それ相応の責任は取って頂きますので、そのつもりで」

 

 何故か鈴は、彼女のその笑みがとても恐ろしいものに見えた。彼女の静かな迫力に気圧され、ゴクリと唾を飲み込み、気付いたらその場で一歩後ずさっていた。セシリアの迫力にビビってしまった事実を誤魔化すように、鈴は思わず叫ぶようにして彼女に言い返す。

 

「じょ、上等よ。私の手に掛かれば、一夏を他のクラス代表を瞬殺できるぐらいに成長させるなんて朝飯前だわ!!」

「ふぅん、瞬殺かー」

 

 その鈴の言葉に返ってきたのは、テーブルを挟んだセシリアの反対側。その場に居た彼女達は、漸くシャルロットの存在に気付いた。因みに、鈴達が喋っている間に昼食は完食したようである。

 

「誰よアンタ」

「あら、そう言えば皆様はまだ初対面でしたわね。彼女は私の友人でして…」

「初めまして、僕はシャルロット・デュノア。一年三組のクラス代表をやらせて貰ってるよ」

 

 片手を挙げ、人懐っこそうな微笑を浮かべてそう言って来るシャルロット。セシリアとは違い、特に変わった雰囲気を感じず内心でホッとしながら、鈴は『どーも』と軽く返事をするに留まる。

 

「あと、デュノア社のテストパイロットでもあるよ。皆、よろしくね」

「そして彼女も私達同様、代表候補生です。実力に関しましては私と互角、とだけ言っておきましょう」

「オルコットさんと、互角…」

 

 そんな鈴とは逆に、一夏達は地味に戦慄していた。いずれ学園の授業や行事でぶつかるであろう他のクラスの代表達、その一人が目の前に居る。しかも彼女は代表候補生にして企業のテストパイロット、おまけに一組の全生徒が一目置いているセシリアの友人であり、そのセシリアが自分と互角の実力者と称している。

 ここ最近は特訓と勉強で一杯一杯だったので、他のことを気にする余裕は無かったが、まさかこんな形でどんな相手なのかを知るとは思わなかった。正直言って、今の自分ではまるで勝てる気がしない。

 

「今月のクラス代表戦、楽しみにしてるよ、二人共。それじゃ、お先にー」

「私も失礼しますわ。では皆様、ご機嫌よう」

 

 そう言って二人は固まる一夏達を余所に、席を立って食堂を後にした。昼休みも中盤に差し掛かり、人もそれなりに多い廊下を並んで歩く中、シャルロットはセシリアに小声で訊ねた。

 

「良いの? 織斑君の指導役譲っちゃっても?」

「どうせすぐに向こうから戻ってきますわよ、私の優秀さをより理解した状態で。それに言質は取りましたもの、いざとなったら力ずくで奪い返しますわ。むしろ私としては、そういった展開になって貰った方が何かと都合が良いのですけど…」

 

 とんでもないことをサラッと零すセシリアだが、結局はそう言う事だ。

 ぶっちゃけた話、ISを動かすことに関して鈴は天才の部類に入る。しかしそれ故か、あの性格も相まって教える事に関してはてんで向いてない。鈴が転校してくると知った時点で、既にセイスを経由して彼女の主な情報を入手していたセシリアは、先程の食堂でのやり取りでそれを確信した。恐らく一夏も、そんな長い時間を掛けずに鈴のポンコツぶりを、そしてセシリアが如何にコーチ役として優秀だったのかに気付くことだろう。後は頃合いを見て、コーチ役を鈴に任せてしまったことを謝りながら連れ戻せば、更に自分の事を信頼するようになったワンちゃん…もとい一夏の完成である。

 ついでに言うとセシリアには、今の鈴にならIS戦でも圧勝する自信がある。なので鈴が先程の言質を忘れて渋る様なら、引き立て役として利用するだけした後、最後は二人の仲を裂こうとする悪役として華々しく散って貰うだけだ。

 

「あぁそれと、二組は私が頂いてよろしいかしら?」

 

 まるで明日散歩行ってきますとでも言いたげな気軽さで、何でも無いように出てきた言葉に思わすシャルロットは苦笑いを浮かべた。

 

「やっぱり本命はそっち?」

「自分のクラスそっちのけで隣の男子と乳繰り合ってる無責任な人が代表をやってるんですもの、ちょっと親切にしてあげれば、きっと多くの方がオトモダチになって下さいますわ」

 

 セイス達の存在があるとは言え、舞台であるこの学園を取り巻く環境は実に複雑で広大だ。役に立ちそうな駒(オトモダチ)との情報網(キズナ)は、多いに越したことは無い。

 あの品の無い中国娘は恐らくクラスで孤立する、いや、いっそ孤立させてやろうか。態々変わって貰ってまで手に入れたクラス代表の座を使って最初にやることが隣のクラス代表の指導、これで二組の生徒達が良い顔をしている訳が無い。そこへ入れ替わるように親切な自分が代表候補生として、専用機持ちとして彼女達の面倒も見たら、さぞかし面白いことになるだろう。やってることは鈴と変わらないが、こちらは大抵のことなら目を瞑って貰うだけの信頼をクラスメイト達から既に集めている。そもそも自分は、一組と二組の両方の生徒達の面倒を見るくらいの余裕はあるし、箒みたいに反発する輩を説得する自信もあるので、何の問題も無い。

 

「良いよ、代わりに僕は四組貰うから。実は最近、仲良くなった子が居るんだ」

「あらシャルロットさん、貴方も手の早いこと」

「いえいえ、オルコット様程では」

 

 腹に黒い物を抱いた二人の少女の笑い声が、平和な学園の廊下に木霊する。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ふんふふーん♪」

 

 セシリアと別れたシャルロットは、IS整備室へと向かっていた。実は今日、彼女が会いたくて仕方なかった人がこの学園にやって来ることになっていた。その人は自分が所属するデュノア社の一社員兼専属スタッフとして、テストパイロットであるシャルロットの様子の確認と、後日送られてくる新装備と、彼女の専用機の調整の為に派遣されてくる技術スタッフ達に関する打ち合わせをする為にやって来る。

 しかし、それはあくまで表向きの話。その人は…彼は自分と同じく、亡国機業の一員。社会の光に紛れ込み、闇に生きる者。何より彼は自分にとって恩人であり、とても大切な人。向こうにとって自分は、数多く出会った内の一人に過ぎないかもしれないけれど、自分を助けてくれたあの時からずっと、彼のことが好きだった。そんな彼が今日、このIS学園にやってくる。

 

「あ、アレってもしかして…」

 

 見間違う事など有り得ない、久しぶりに見えた彼の横顔。整備室の入り口前で佇む、ビジネススーツを着こなし、ほんの二つしか年齢が変わらないと言う事実を忘れそうになるくらいに大人びた雰囲気を出すその姿は、日頃仲間達から阿呆専門と呼ばれているのが嘘の様。

 そのいつもとは違う格好良い、そして久し振りに見た彼の姿を前に、シャルロットは思わず走り出して飛びつきそうになった。

 

「ひ、久しぶりだな、ダリル…じゃなくて、レイン」

「お、おう、ざっと二年振り、か…?」

 

 その彼…オランジュが、あの忌々しいレイン・ミューゼルと見つめ合ってなければ、だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに…

 

 

 

 

「なんスか、何なんスか、その男は何なんスか先輩…!?」

 

 その二人の様子を目撃していたのは、シャルロットだけでは無かった…

 

 




○この黒セッシーが本気でイジメの主犯になったらヤバい気がする…
○シャルロットと仲の良い四組の子は、多分皆様の想像通り
○新デュノア社と言う名の、亡国機業技術開発班の変態共が作り出したロマン溢れるIS装備に興味を引かれたのが交流の切っ掛け
○まだ現時点では両想いと言う訳では無い阿呆とシャル
○じゃあレインに気があるのかと言うと…
○次回、プチ修羅場
○何度も強制終了するから、アーキタイプブレイカー、スマホからデータブレイクしてやった
○でもAB編はちゃんと書くからご安心を
○クリーブ兄貴姉貴可愛い


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IF未来 戦力過多な森一派のIS学園 その5

お待たせしました、続きです。

修羅場前哨戦、スタートです。


 

「まぁ、その、アレだ。元気だったか…?」

「お、おう…」

「そうか」

 

 IS学園整備室の前で向き合うのは二人の男女。一人は美しい金髪と、既に完成された美貌を持つ少女、アメリカ代表候補生にしてIS学園三年生、ダリル・ケイシー。もう一人はビジネススーツを身に纏い、彼女とはまた違う毛色の…狐色の金髪の青年。彼はデュノア社所属、テストパイロットであるシャルロット・デュノアの専属スタッフ、名を『オランド・J・レノン(自称21歳)』と言う。

 

「そう言うお前は?」

「俺? あー、変わりないな」

「そうか」

 

 しかし、その正体は世界を又に掛けて暗躍するテロリスト集団、亡国機業のエージェント。それも、実働部隊でありながら幹部クラスの力を持つフォレスト、その彼の弟子であるオランジュと、長い間フォレスト派と敵対関係にあったスコールの秘蔵っ子、レイン・ミューゼルだ。

 今でこそフォレスト派とスコール派は手を結び、同盟関係にある。しかし、それだけで今までのことを全て無かったことにして付き合えるような、軽い関係でも無い。

 

「「あの…」」

 

 無い筈なのだが…

 

「「お前から先で…」」

 

 この二人、さっきからとてもそんな風には見えない。互いに気まずそうに、そしてどこか照れくさそうにして、相手を直視できず、目が合いそうになる度に即座に目を逸らす。言いたい事は山ほどあるみたいなのだが、どうしても上手く言葉にできず、濁したり飲み込んだりの繰り返し。傍から見ても二人のその様子は、ただならぬ男女の関係のそれにしか見えなかった。

 故に、そんなことを整備室の前、決して少なく無い人数の生徒達が通るその場でやってれば、視線を集めるのは当然のこと。ましてや、学園でそれなりに有名なレイン…三年のダリルが見知らぬ男と見つめ合ってれば尚更だ。その状況にやっと気付いたオランジュは溜め息と共にガシガシと自身の頭をガシガシと掻いた後、口を開く。

 

 

「……場所変えようぜ。せめて、もうちょっと人目の少ない場所に…」

 

 

―――ぉぉぉぉぉぉッ…

 

 

「ん?」

 

 

 そう言ってレインに手を伸ばしたその時、彼の耳に何かが聴こえてきた。その何かは遠くから段々と此方に近付いてきており、耳を澄ませば誰かの足音も一緒に聴こえてくる。その音と足音は、レインの背後の方から迫ってきていることに気付いたオランジュは、そっと彼女の後ろを覗き込んだ。

 

「ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおりゃああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

「へぶぉあ!?」

 

 それと同時に、彼の顔面にギリシャ代表候補生の膝がぶち込まれた。目一杯に助走をつけての跳び膝蹴りを受けて吹き飛び、二転三転とバウンドしながら転がるオランジュ。四転目で後頭部を床に強打した辺りでようやく止まり、彼はプルプルと身体を震わせながら起き上る。そして、いきなり自分をこんな目に遭わせた下手人が、レインの傍で仁王立ちしながら自分を見下ろしている姿を視界に捉えた。

 

「な、なんだ、いきなり…」

「黙るっス、この色情狂!!」

 

 オランジュの当然の疑問に、フォルテはビシィっと彼の事を指差しながら、そんな事をのたまった。当然ながら、そんな事をのたまわれた本人は、口をポカンと開けて『は?』と言う音を出すことしか出来なかった。

 

「先輩に色目使った挙句、人目の少ない場所に連れ込んで何するつもりっスか、ナニするつもりだったんスか!? これだから男って奴は信用ならないっス。先輩、コイツに変な事されてなッ…」

「フォルテ」

 

 呆けるオランジュを無視してレインに向き直ったフォルテだったが、今度は彼女が呆ける番だった。自分にとって大切な先輩で、大切な恋人。自分は、その大切な人に手を出そうとした下男を成敗しただけ。

 なのに、どうしてこの人は、こんなにも冷たい声で自分を呼ぶのだろう。どうしてこの人は、こんなにも冷たい視線を、自分に向けているのだろう。

 

「せ、先輩…?」

「悪いなフォルテ、今ちょっと大事な話をしてんだ。後でちゃんと説明してやるし、相手もしてやるから、少しだけ大人しくしててくれ」

 

 彼女の様子と、彼女が自分に対して向けてくるその態度が信じられず、そして余程ショックだったのか、フォルテはよろめく様にその場で後ずさった。そのまま力なく、床に崩れ落ちそうになった、その時だった。何やら聞き覚えのある音が…さっき自分が飛び膝蹴りする為に助走つけてた時に出た、全力で廊下を走る音が自分目掛けて近付いて来ていた。

 

「へ?」

 

 意識を手放す直前、彼女が最後に見たのは、レインと同じ金色の髪を持つ少女が自分目掛け、思いっきり腕を振りかぶる姿だった。

 

 

◇◆◇

 

 

「オランジュ、大丈夫?」

「あ、あぁ、大丈夫だけど、よ…」

 

 シャルロットに助け起こされ、どうにか立ち上がったオランジュ。蹴られた顔面は少々痛むが、この程度で音を上げるほど軟ではない。裏方組とは言えフォレスト一派所属、虎兄貴による訓練と比べたら、大抵のことはぬるく感じるというもの。だが、それを踏まえても…

 

「あっちは大丈夫なのか?」

「さぁ?」

「いや、さぁって、お前…」

 

 彼女(シャルロット)を怒らせるような真似だけは、絶対にしない方が良い。無表情で二年生を、それも代表候補生のフォルテをラリアット一発で沈めた彼女の姿を目の当たりにして、オランジュは改めてそう感じた。因みに当のフォルテは現在、少し離れたところで白目剥きながら倒れており、レインによって介抱されている最中である。

 

「あー、息はある。フォルテはオレがどうにかするから、二人は構わず行ってくれ」

「良いのか?」

 

 任せてしまって良いのか。そして、久々に会ったのに、こんなんで良いのか。二つの意味が籠められた彼の言葉に、レインはただ苦笑を浮かべた。

 

「こいつの面倒を見るのはオレの役目だ。それに話する機会なんて、これから幾らでもあるだろ。何より、これ以上お前と喋ってると、今度はオレがブッ飛ばされそうだし…」

 

 ふとオランジュが横に目を向けると、シャルロットがレインのことを色々な感情が混ざった瞳でジーッと見つめていた。そんな彼女の様子に、思わず頬が引き攣るのを自覚した。

 

「フォルテにはある程度ぼかして説明しとくから、お前もちゃんとオレとの関係そいつに説明しとけよな」

 

 そう言ってフォルテはレインをお姫様だっこの形で抱え上げ、さっさとその場を立ち去ってしまった。残された金髪フランスコンビは暫く、彼女の後姿を見送る様にその場で立ち尽くしていた。

 そして、レインの姿が見えなくなってからも、二人の間には微妙な沈黙が流れていた。オランジュは再びチラリと横に視線を向けてみると、シャルロットはさっきと同じようにジーッと見つめていた。

 

 ただし今度は、オランジュの方を、だが…

 

 何か言いたげな…否、此方が何か言うのを待っているかのようなその視線を、正面から見つめ返すことができず、オランジュは顔を彼女の反対側に向ける。しかし、回り込まれてしまった。もう一度、反対側に顔を向ける。しかし、回り込まれてしまった。もう一度逸らそうとしたら、脛を蹴られたのでやめた。結構、痛かった。

 目を逸らすことを諦めたオランジュは、吹っ飛ばされた拍子についてしまった埃を払い、雰囲気をリセットするつもりで咳払いを一つ。そして、十人中七人くらいがイケメンと評する笑顔を浮かべて、口を開く。

 

「よぉシャルロット、元気にしてたか?」

「オランジュ、本当に来てくれたんだ。わぁい、久しぶりー!!」

「おいおい、昨日も電話で話したじゃないか」

 

 片手を挙げ、にこやかに話しかけてくるオランジュに、シャルロットもまたにこやかに返す。

 

「学園での生活はどうだ?」

「概ね楽しいよ、友達も出来たし、オトモダチもたくさん」

「そりゃ良かった」

 

 まるで先程までの一悶着なんて最初から無かったかのように振る舞うその様子に、たまたま一部始終を見ていた通りすがりの生徒達は軽く引いた。そんな周りの様子のことなど知った事かと言わんばかりに、オランジュは一気に捲し立てる。

 

「ところで、今は時間大丈夫か? 昨日言った通り、技術開発部の奴らの試作品をテストしてやって欲しいんだけど…」

「良いよ。言われた通りアリーナの予約も取っておいたから、ここで準備整えたらすぐに始められるし」

「よっしゃ上出来、それじゃあ早速…」

 

 クルリと背を向け、そそくさと整備室に入ろうとしたオランジュ。しかし、その足は一歩踏み出しただけで止まる。彼が二歩目を踏み出すよりも早く、彼の身に着けたスーツの裾が目にも留まらぬスピードで、皺が寄るくらいに力強く、シャルロットの手によって掴まれたからだ。

 冷や汗を滝の様に流すオランジュは、恐くて振り向けなかった。けれども、今の彼女がどんな表情を浮かべているのかは、手に取るように分かる。分かるからこそ、恐くて振り向けない。今のシャルロットは確実に、天使のような微笑を浮かべていることだろう。

 

「気は済んだ?」

「はい」

「それじゃあ、レインとの関係、説明してくれる?」

「……はい…」

 

 そして、その瞳は、絶対に笑っていない…

 

 

◇◆◇

 

 

「う…」

「お、気が付いたか」

「……先輩…?」

 

 オランジュが整備室前でシャルロットに土下座する覚悟を決めた頃、フォルテはようやく意識を取り戻した。そして、自分がお姫様抱っこされていることにも気付いた。

 

「って、何してんスか先輩!?」

「可愛い後輩の介抱」

 

 しかも普通に他の生徒で溢れてる廊下でそんなことやってるせいで、嫌でも視線は集まるは、四方八方から黄色い歓声が聴こえてくるわ。おまけに、こんな状況、こんな体勢で可愛いとか言って来るものだから、フォルテの顔は一瞬で真っ赤に染まった。

 

「そんなこと言われても、誤魔化されないっスよ…」

「誤魔化す?」

「さっきの男のことっス!!」

 

 それでも、先程の光景を無かったことするなんて、フォルテには出来なかった。

 

「誰っスか、あの男!! 先輩に馴れ馴れしい上に、なんかそれっぽい雰囲気出して、先輩も……先輩も…」

 

 偶然見かけてしまった、見つめ合う二人の男女。その片割れが、まさかの自分の恋人。しかも、あの様子は明らかに他人同士とは言い難い。むしろ、良い雰囲気って奴だったと思う。それに自分があの男を傷つけた時、彼女は間違いなく怒った。そして、直接言葉にこそしなかったが、自分を邪魔者として扱った。

 もう、疑いようがない。この人とあの男は、ただならぬ関係…それも所謂、男と女の関係にある。フォルテには、そうとしか思えなかった。

 

「まぁアイツがオレにとって、少しばかり特別な人間である点は否定しねーよ」

 

 思わず俯いてしまったフォルテに返ってきたのは、そんな言葉だった。ハッとするように顔を上げると、ダリルが自分のことを見つめていた。けれどその瞳は先程の冷たいようなものでは無く、愛情と慈しみに溢れた、優しくも温かいもの。フォルテが良く知る、彼女の瞳だった。

 

「とは言っても、お前が心配するような関係でも無いさ。今の俺が愛してるのは、お前だ。アイツとの関係はもう、とっくに全部終わってるし、それはアイツ自身も分かってる筈だ」

 

 『もう、とっくに全部終わってる』。その言葉と、どうにも複雑そうな様子を見せるダリルの姿に、フォルテはひとつの可能性に辿り着いた。

 

「それって、もしかして…」

「あぁ、お前の想像通りだよ。端的に、世間一般の言い方で表現するなら、オレとアイツの関係は…」

 

 

 

―――元カノと元彼って奴だ―――

 

 

 




○知らずに付き合ってしまい、知ってしまって別れることにした二人
○そんな二人の出逢いと別れは、次回


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IF未来 戦力過多な森一派のIS学園 その6

大変お待たせしました、続きの更新です。
今回も前回に引き続き、阿呆と彼女達のお話です。


 

 

 二人が出会ったのは今から二年前、レインがダリル・ケイシーとしてIS学園に入学し、半年が過ぎた頃だった。レインは休日を過ごす為に街へと繰り出し、オランジュはフォレスト一派の活動拠点の下見の為に来日し、彼女と同じようにIS学園周辺の街を散策していた。

 

『おや、あの顔は確かアメリカ代表候補生の…』

 

 そこで彼はレインを見つけ…

 

『上手く誤魔化してるけど、ただの観光客じゃ無さそうだな。何者だアイツ…』

 

 彼女もまた、オランジュを見つけた…

 

『『……ちょっと、探りを入れてみるか…』』 

 

 図らずも同じタイミングで、同じ考えに至った二人は、同じ行動に移った。片や一般の観光客として、片やIS学園の一般生徒として、互いに偶然を装って接触し、互いに相手の秘密を探り始めたのである。

 既にそれなりの場数を踏み、自分の実力に自信を持っていたオランジュとレイン。今回も上司への手土産にはなるだろうと言った程度の軽い気持ちで動いた訳だが、そんな二人には大きな誤算が幾つかあった。

 それは、互いに互いが亡国機業の一員であることを知らなかったということ。しかも二人とも、所属する派閥にとって重要な立場にあった。

 

 だが何よりも、互いに、思っていたよりも相手のことが気に入ってしまった。それこそが、二人にとって最大の誤算だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「初日から意気投合しちまって、相手から有益な情報を聞き出すってのがただの建前になるのに大して時間は掛からなかった。その後も適当な理由つけて、何度も会ったよ。向こうも満更でも無さそうだったし、いっそ相手の怪しい部分には目を瞑って、この関係がいつまでも続けば良いとさえ思ってた。あの日、アイツの素性を知るまでは…」

 

 何度目かの逢瀬の際、唐突に送られてきたフォレストからのメール。その内容は、彼女の正体がスコール・ミューゼルの隠し玉、レイン・ミューゼルであることを告げるもの。それを理解した瞬間、オランジュの中で何かが崩れた。

 

「アイツがレイン・ミューゼルであると俺が知ったと同時に、アイツも俺がオランジュであることを知ったみたいでな。それを互いに顔見た瞬間に悟って、互いに疑いの目を向け合っちまった。だからこそ、もうこれまで通りに付き合うのは無理だと悟った訳だ」

 

 それまで、お互いに何か隠していることは薄々察していた。けれども、自分ならどうにでも出来るとタカを括り、その事をずっと先送りにしてきた。しかし、そんな二人が即座に考えを改める程に、互いの持つ肩書きは重かった。

 

「正直に言うとだ、俺達はセイスとエムみたいにはなれねぇ。旦那かレインの二択を迫られたら俺は旦那を選ぶし、アイツだってミューゼルとしての自分を優先する。それを分かってるからこそ、何をしても、何を喋っても、その言動の全てに何か裏があるんじゃないか、自分は騙されているんじゃないかと相手を疑っちまう。だからもう、俺とレインが本気で付き合うことは、二度とない」

 

 常に人を欺き騙す側だった、人一倍卑怯者で臆病者な自分達は、身内以外の人間をどうしても信じ切る事が出来なかった。この先、付き合い続けてもお互いの素性と立場がずっと脳裏にチラつき、その度に相手の事を疑わせてしまう。愛を囁くと同時に、疑念の目を向けてしまう。好きになった相手の事を、心から信じる事ができない。そんな関係、破綻しない訳が無い。だから互いの素性を知ったあの日、オランジュとレインは互いに別れることを決意した。

 幸か不幸かスコールは二人が交際していたことを知らなかったようで、レインも黙っていることに決めたのか特に揉め事に発展するようなことにはならなかった。フォレストの方は分からないが、彼も特に何も言ってこなかった。多分知っているのかもしれないが、関係を利用してどうこうして来いと言った指示を出してくることも無く、その一件には一切触れて来なかった。

 そして、それから二年余り、お互い音沙汰の無いまま今日を迎え、遂に再会した訳だが、案の定どう接すれば良いのか分からない。一応二人の中でこの件に関しては終わったことにはなっているし、あれから組織内の派閥情勢も大きく変わったが、やはり思うところはある。

 

「とは言え、今はフォレスト派とスコール派は同盟関係にあるからな、意味も無く無下に扱うつもりは無い。同じ目的を持った仲間として、それなりに仲良くはやろうと思う。ただ、それだけだ」

 

 語るべきことを語り終え、オランジュは深呼吸するように深い溜め息を零した。そんな彼を、シャルロットは最後まで黙りばがらジッと見つめ続けた。我ながら最低と思う話の内容と、シャルロットの様子に気まずくなったのか、オランジュは彼女から目を逸らしながらポツリと呟いた。

 

「……幻滅したか…?」

「そんなことないよ」

 

 殆ど間を置かずに返ってくる返事に、思わず顔を顰めるオランジュ。

 レインと別れてから少し、半ばヤケクソ気味に挑んだフランスでの任務で死に掛けた際、シャルロットと出逢った。行き倒れていたところを助けてくれただけでなく、回復するまで身分も素性も分からない怪しい自分の世話までしてくれた彼女に恩を感じ、その人柄に惹かれた。だからシャルロットの意思を蔑ろにするデュノア社を乗っ取り、改めて彼女を自由の身にした訳だが、ここで再びの誤算。

 

「何度も言ってるが俺はこういう人間だ、今までの人生を捨ててまで追いかけて来るような価値なんざ痛ってぇ!?」

「何度も言ってるけど、僕はそんな君について行くと決めたの。今更、その程度で気が変わると思ってるの?」

 

 言葉を遮るように放たれた脛キックの如く、シャルロットはこれまでの平穏を蹴った。それだけに留まらず、あろうことかオランジュを追い掛けて亡国機業へと来てしまった。自分を救ってくれた少年に恩を返す為に、そして好きになった少年と共にある為に。

 

「……お前との出逢いが、お前を都合の良い手駒にする為、最初から全部仕組んだ茶番だったとしてもか…」

 

 痛みに足を抱えて蹲り、悶えるオランジュが苦し紛れにそう呟くと、シャルロットは彼の前でしゃがみ込んで目線を合わせてきた。そして…

 

「ねぇ、オランジュ」

 

 思わず見惚れてしまうような微笑を浮かべながら、彼の耳元で囁くように言い放った。

 

「君って、意外と嘘つくの下手だよね」

 

 固まるオランジュを余所に、シャルロットは立ち上がって、さっさと整備室へと行ってしまった。残されたオランジュはそんな彼女の後姿を呆然としながら見送りながら、深い溜め息を零した。

 

「俺にそんなこと言えるの、お前と旦那ぐらいしか居ねぇよ…」

 

 当分は本気の恋なんてしない…その決意が、シャルロットに出逢ったあの日から既に揺らいでる現実に目を逸らしながら、彼はもう一度深い溜め息を零した。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

(とは言ったものの、あーぁ…)

 

 一方、先程言ってた新製品のテストの準備の為に整備室へと入ったシャルロットもまた、悩ましげな表情を浮かべ、オランジュと同じように深い溜め息を零していた。

 恋する乙女の勘は、フォレスト一派随一のポーカーフェイスすら打ち破る。腹芸に置いてほぼ負け知らずのファントムことオランジュだが、彼女の前では得意の嘘も隠しごとも全部ばれてしまう。そんな彼女だからこそ、分かってしまう。彼自身も気付いてない、彼の心の内を。

 て言うか、何が『ただ、それだけ』だ。あんな顔しといて、自分じゃなくたって勘付くっての。

 

「シャルロット?」

「あ、簪」

 

 そんな彼女の様子に、整備室の先客にして常連が気付いて声を掛けてきた。空色の髪に赤い瞳、そして眼鏡が印象的な物静かな少女。一年四組のクラス代表であり、日本の代表候補生でもある更識簪だ。

 入学してから数日後、シャルロットが専用機の点検を行う為に整備室を訪れた際、一人で黙々と作業を進める簪を見つけ、話し掛けたのが交流の切っ掛けだった。人見知りなのもあって最初は警戒されてしまったがシャルロットの人当たりの良さと、本人がそれを自覚した上で使うオランジュ直伝の話術を前にしては、それも長くは続かなかった。今ではそれなりに仲良くなり、織斑一夏の一件で倉持技研がこれまで担当していた簪の専用機の開発を中止してしまったことや、実の姉に対する劣等感、それら全てを覆す意味合いも含め、自分一人の手で専用機を完成させようとしていることなど、本当に色々なことを教えてくれた。

 余談だが、家族仲に問題を抱えている件に関して非常に共感できるところが多々あったせいか、その話題になった際は二人で大いに盛り上がった。結果シャルロットは彼女をオトモダチではなく、可能な限り本当の友達として接することにした。

 

「何かあったの?」

「うーん、ちょっとね…」

 

 例によって本日も専用機製作に精を出していたみたいだが、そんな彼女でも気付いて声を掛ける程に落ち込んでいたようだ。簪の作業の手を止めてしまった手前、このまま何でも無いと誤魔化すのも気が引ける。

 

「自分の好きな人が、無自覚で元カノに未練タラタラな場合、どうすれば良いと思う?」

「はぃッ?」

 

 折角なので素直に相談してみたが、やはり話題の選択を間違ったようだ。自分だって、いきなりこんなこと訊かれても困る。

 

「あー、ごめん、今の忘れて。それより、今からデュノア社の新作を試すんだけど、見たい?」

「ッ、うん!!」

 

 オランジュに乗っ取られて以来、デュノア社は世界に名立たる名企業にして魔窟と化している。

 元々量産機として成功したラファール・リヴァイヴと、それを開発したデュノア社。その時に培ったISの基礎と開発生産のノウハウ、そしてデュノア社の信頼性を十全に活かし、数が限られたISのコアで利益を出すにはどうすれば良いかとオランジュが考えた際、IS装備の開発に全力を注ぐという結論に至った。そして、これまで難航していた新型の開発を一端諦め、亡国機業技術開発班のクレイジー達と共同で作業に当たり、『第二世代機でも第三世代機を倒せるだけの新装備』の開発に心血を注がせた。その結果、亡国機業のロマンとデュノア社の堅実さがバランス良く混じったオーパーツが次々と生まれ、その凄まじい性能で世界に衝撃を与えた。

 それらを世界中に売り捌いて得た利益により、倒産寸前だったデュノア社は経営の立て直しに成功。装備以外に手を加えていないラファールが公式戦でドイツの第三世代機を下した頃には、かつての名声を完全に取り戻していた。今では世界を見渡すと、機体は第三世代機、装備はデュノア社と言う専用機持ちも珍しくない。

 で、簪もデュノア社のファンの一人であり、自分の専用機にデュノア社の製品を搭載することを真剣に検討中だったりする。今思えばこんな早い段階で打ち解けられたのは、シャルロットがデュノアの人間であったからというのもあったかもしれない。

 

(ま、オランジュが来てくれたことが嬉しいのに変わりは無いし、今はそれでいっか)

 

 悩み事は結構あるけど、それと同じくらい良い事もたくさんある。取り敢えず今は、この学園で初めて作れた友達と、そして遥々フランスからやって来た彼とのひと時を楽しむとしよう。





次回、時間が結構とびます。具体的に言うと、無人機の日まで。
タイトルに偽りの無い、戦力過多っぷりに御期待下さい(黒笑


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IF未来 戦力過多な森一派のIS学園 その7

 御機嫌よう皆様、フォレスト一派のレディことセシリア・オルコットです。あれから数日後、クラス対抗戦当日。凰鈴音さんの転入に始まり、この日を迎えるまでの間、当事者たちの身の回りでは本当に様々な出来事が起きました。

 

「まったく、面倒な方ばかりですわね」

 

既に一組の裏ボスと呼ばれ始めている私は、織斑さんの指南役という事で特別に管制室に入れて貰い、そこでクラス対抗戦、その初戦でもある織斑さんと凰さんの試合を前に、文字通り高見の見物と洒落込んでいました。因みに、この場には織斑先生と山田先生を含む教員達に加え、何故か篠ノ之さんも居らっしゃいます。本人に何故来た、むしろ何故来れたと訊ねてみたところ、『幼馴染だし、特訓に付き合ったし……幼馴染だし…』という返事を、目を逸らしながら返してきましたわ。

 とは言え正直な話、私としてはその辺のことはどうでも良いです。篠ノ之さんが謎の特別待遇を受けていようが、織斑さんが試合前、イケメン全開で『勝ってくる』と何故か私に宣言してこようが、あまり関係ないのです。今、私が気にしているのは…

 

「折角あのチンチク鈴をクラスから孤立させて、心身共に弱ったところに救いの手を差し伸べて、駒にする算段まで付けたと言うのに、全て無駄になってしまいましたわ。せめて片方が素直な性格、もしくは察しが良ければ…」

 

 色ボケて視野の狭くなった中国代表候補生を、周りを扇動して精神的に追い詰め、マッチポンプよろしく自らの手で助けて忠犬二号を作る。その計画は、織斑さんと凰さんが喧嘩してしまったことにより、初日で頓挫してしまいました。オトモダチネットワークで得た情報によれば、織斑さんが凰さんとかつて交わした約束を間違えて覚えていたらしく、それが彼女の逆鱗に触れてしまい、一気に仲が拗れてしまったそうです。ついでに、当時その場に居合わせていた篠ノ之さんに二人の会話の主な内容も聞いてみたのですけど、なんとも言えない気分になりましたわ。酢豚でそれは解り難いと思うし、別れ際の言葉ぐらいちゃんと覚えとけ、そもそもその間違え方は酷いとも思いました。いっそ凰さんの真意を教えてやろうかとも思いましたが、犬のままで居てくれた方が何かと好都合ですし、後に彼女を手に入れることを考えた結果、結局この件に関しては織斑さんに一切助言をしていません。

 そのせいもあってか、凰さんは今日まで織斑さんと訓練どころか会話すらまともにしておらず、織斑さんのコーチ役は引き続き私が務めることになりました。お蔭で、自分のクラスを蔑ろにする二組代表を孤立させる計画は、実質パァになってしまった訳であります。

 

『でも織斑一夏と二組の生徒達からの信頼は得たんだろ?』

「当然ですわ。しかし、このセシリア・オルコット、何事も中途半端に終わるのが一番嫌いなんですの」

 

 とは言え、この期間に織斑さんから更なる信頼を、そして二組の生徒達とのパイプは得る事ができました。純粋にISの勉強をしたい者には代表候補生として手を差し伸べ、織斑さんと交流をしたい者には、ISの特訓という名目で橋渡し役を担うなど、仲良くする為の手段は幾らでもあるのです。

 しかし、やはり凰鈴音と言う有力な駒が手に入らなかったのは非常に残念でしたわ。意外と面倒見が良く、姉御肌な彼女はそれなりに人望はあるようで、今から人間関係で彼女を孤立させるのは少々難しいかもしれません。尤も、難しいだけでやろうと思えば出来るのですけど。

 

『かーッ、相変わらずの完璧主義者め。あんまり欲張り過ぎると、いつか痛い目見るぞー?』

「あら貧弱へタレクソ野郎のオランジュさん、居たんですの?」

『口悪いにも程があるだろ黄金ドリル!!』

 

 余計な茶々を入れてきた阿呆を黙らせるも、彼の言う通り焦って欲張るのは悪手。ここは最低限の目的は果たしたと思い、満足するとしましょう。

 

『おい貧弱、あんまり無線機で大きな声出すな』

『頭に響くんだよ、へタレ』

『そもそも、なんでまだ学園に居るんだ、クソ野郎』

『お前ら全員俺のこと嫌いなのか、嫌いなんだな、えぇオイ!?』

 

 隠し部屋トリオにボロクソに言われて半泣きになるオランジュさんですが、確かに何故まだIS学園に居るのでしょうか。私としてはあまり認めたくありませんが、彼は敬愛するおじ様の愛弟子。新米の自分と違って既に組織の仕事を率先して任され、デュノア社を傘下に収めてからは独自の戦力を持つ事を改めて許されております。その忙しさはかつての比では無く、こんなところで暢気に試合見物なんてしている暇なんて無い筈なのですが。

 もしサボりなら、おじ様に…いや、ここはティーガーさんにお伝えしておきましょう。そしてあわよくば、そのまま彼をおじ様の隣から蹴落とし、この私が…

 

『ほら、オランジュって表向きはデュノア社の人間で、僕の専属スタッフだからさ。今回のクラス対抗トーナメントも、新装備の稼働データ取りを兼ねた見届け人ってことで』

『あとデュノア社日本支部建設の件もあるから、その辺のアレやコレやの為に暫く日本に居る予定』

『あ、そうなの』

「チッ」

『セシリア、今舌打ちした?』

 

 そう言えば、そんな話もありました。デュノア社を手にれて以来、フォレスト一派だけでなく亡国機業の力は増大の一途を辿っており、欧州のIS業界を牛耳る日が来るのも時間の問題と言われております。それに先駆け、IS業界の聖地にして総本山とも言うべきIS学園のある場所、日本にも拠点を作ることが決定したのです。織斑一夏の件で暫く日本での活動が増えることを踏まえた面もありますが、これで組織内におけるフォレスト一派の影響力は確固たるものとなるでしょう。今までこの国の管轄はどの派閥のものになるのか、ずっと前から揉めていたのですが、これで話は決まったようなものです。

 それにしても実に残念、やはり彼を今の座から引きずり降ろす為の計画、その実行は時期尚早。もう少し慎重に、根気よく機会を窺うとしましょう。

 

『にしても、まさかIS学園の行事を来賓席で見れる日が来るとは思わなかったな』

『それ言ったら俺達だってこんな形でIS学園に寝泊まりするとは思わなかったぞ』

 

 オランジュさんの何気ない言葉に、セイスさんがそう返します。しかし彼らの言う通り、一昔前の自分では、こんな立場で、こんな日常を送ることになるだなんて思いもしなかったです。テロリストのおじ様に預けられ、憧れを抱き、自分も同じ組織に身を置くだなんて、誰が想像できたでしょうか。

 

『しかし、そっちはそっちで楽しそうだな…』

「あらハーゼさん、気が変わりましたの?」

『興味が無いと言ったら嘘になる。なにせ生まれてこの方、一般的という言葉と無縁の生活だったからな。少しばかり、普通の学校生活というものに憧れすら感じている』

 

 ハーゼさんはこの任務の話が出た際、おじ様から学生組とサポート組、どちら側で参加したいか訊ねられた際、自ら後者をお選びになりました。その時に理由を聞いてみましたが、自分は素性と経歴に問題があり過ぎるので無理だと、苦笑と共に仰いました。しかし、フォレスト派の力を使えば身分と戸籍の偽造なんて造作も無いことです、それは彼女も良く知っている筈。やはり彼女なりに、別の理由があったのでしょうか。

 

『因みに、マドカはIS学園入学してみたい?』

『セヴァスと会うの難しくなるからヤダ』

『じゃあ、俺もいいや』

 

 えぇ、まぁ、この二人はそうだろうと思いましたわ…

 

『なんなら、今から参加できるよう旦那にお願いしてみようか?』

『いやいや、流石にそれは悪い。それに私は……むッ…!?』

「あら、空から何か…」

 

 やれやれ、本当に面倒事ばかり起きますわね。そろそろ、怒ってもよろしいかしら。実は私、結構、我慢弱くてよ?

 

 

◇◆◇

 

 

「セシリア、そっちの様子はどうだ?」

『あまりよろしくありませんね。あの襲撃者の登場に合わせるようにして、防護シャッターも含めたアリーナの全設備がコントロールを受け付けなくなったようです』

 

 空からアリーナのシールドをぶち抜いて現れた謎のISの登場により、観客席は一瞬で混乱に包まれた。突然のことに生徒の大半はパニック状態に陥り、腰を抜かす者、我先にと出口へ殺到する者、逸れた友人を探す者で溢れ返っている。それは来賓席も同じようなもので、良い年した大人達が自分の身の安全を求めて互いに醜い争いを繰り広げていた。

 

「アリーナのシールドをぶち破るとか中々の威力じゃねーかよ、今後の新商品開発に使えるかもな」

 

 そんな怒号と悲鳴が木霊する喧騒に包まれながらも、オランジュは席に座ったまま落ち着いていた。それどころか、彼の顔には、禍々しく歪んだ笑みさえ浮かんでいる。さながらそれは、獲物を前に舌なめずりをする狐のそれ。

 

「セシリア、シャルロット、お前らアレに勝てるか?」

『愚問ですわ』

「余裕だね」

「そいつは上々」

 

 管制室に居るセシリア、そして、いつの間にか隣に現れていたシャルロットに投げかけた問いは、揺るぎない絶対の自信と共に返ってくる。そこには慢心も、相手に対する過小評価も無い。自身の実力と、相手の動きを吟味した上で下した、純然たる現実。

 

「じゃあ捕まえる?」

「いや、生け捕りにしたところで所有権は学園側のものになっちまう。それに、今はまだ織斑一夏には生きていて貰わないと困るしな」

 

 現在の最優先事項は織斑一夏の無事だが、あの襲撃者の駆るISは非常に興味深い。出来る事なら綺麗に丸ごと、せめてコアだけでも欲しいところ。しかし、生け捕りにしたところで所有権は学園のものとなり、学園の地下深くで厳重に管理されることになるだろう。そうなったら、セイス達でも盗み出すのは困難だ。よしんば何らかの形でデュノア社が確保したところで、今度は世界各国が確実に黙ってない。ならば…

 

「セシリアは学園側に従え、セイス達は今から俺の指示する場所で待機。そしてシャルロット……いや、リベルテ…」

 

 

 

―――ここからはルール無用、何でもアリな俺達の流儀で行くとしよう―――

 

 

 

「奴をぶっ壊せ」

「りょーかい♪」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「くっそ、コイツ!!」

 

 謎のISの乱入により、なし崩し的に鈴と共闘することになった一夏。しかし、状況はあまりよくない。攻撃は悉く回避され、逆に向こうが放つビームによってエネルギーがジリジリと減らされていく。直撃こそ避けているが、なにせ相手のビームはアリーナのシールドを貫通する。掠っただけでも、それなりの威力があった。そんな物騒な代物を、相手はまるで機械のような動きでガンガン放ってくる。このままでは、間違いなくジリ貧だ。

 

「…?」

 

 と、その時だった。ふと感じた違和感に動きを止め、周囲を探る。それは鈴も同じようで、彼女もまた目の前の敵を警戒しながらも、周りに意識を向けていた。すると、段々その正体がはっきりと認識できるようになってきた。突然感じた違和感、それは音と揺れ。自分達の攻防とは違う、足元から徐々に迫ってくる、地震のような揺れと、地鳴り。

 

 

―――それに気付いた時には既に、敵ISは足元で起きた爆発に吹き飛ばされていた―――

 

 

「なんだ、新手か!?」

「あぁもう、次から次へと!!」

 

 爆発で巻き上がった土煙の紛れ、大きな人影が一つ。やたら尖がって大きな右腕を持ったそれが、土煙を払う様にして腕を振ると視界が晴れ、新たな乱入者の姿が一夏達の前に現れた。

 

「待って待って、僕は敵じゃ無いよ」

 

 オレンジカラーの専用機、ラファール・リヴァイヴ・カスタム。その右腕に巨大なドリルを装着させた、シャルロット・デュノアが笑顔で手を振っていた。

 

「君は…」

「ちょっとアンタ、何のつもり!? 生徒達には避難指示が…!!」

「そんなこと言ってる場合じゃ無いんじゃない?」

 

 憤る鈴を遮り、振り返ると同時に一瞬でドリルを量子化、そして巨大な盾を呼び出して構える。直後、盾にビームが直撃。しかし、驚異的な威力を持っている筈のビームが直撃したにも関わらず、盾は持ち主が受かべる涼しげな表情が示すように、ビクともしない。

 既に起き上がり、彼女に反撃のビームを放っていた敵ISは、ここにきて一瞬動揺するように動きを止めた。しかし、すぐに気を取り直したのか、再び彼女目掛けて弾幕を放つ。その全てを、シャルロットが構える盾は弾き返し、持ち主と、その背後に立つ二人を守った。

 

「あんな物騒なものを、あれだけ派手に撃たれ続けたら、いつ流れ弾が人の居る場所に飛んでいくか分かったものじゃないでしょ。だから最初から全力で、さっさと皆で片付けた方が良いと思うんだけど、どう?」

 

 打ち所が悪ければ、一撃で致命傷になりかねない。そんな攻撃を盾一枚で防ぎ続け、尚且つこの程度なんでも無いと言わんばかりに、一貫して余裕の態度を取り続けるシャルロット。その姿に、一夏は無意識の内に息を呑んでいた。

 彼女は、命が惜しくないのだろうか。それとも、本当にこの程度余裕と思えるくらいの実力を持っていると言うのだろうか。自分は、こんなにも必死で、我武者羅に奮闘していると言うのに。

 

(代表候補生って、こんな人ばっかなのか!?)

 

 セシリアは彼女の実力を、自分と互角と称していた。だとすると、彼女もまた同じなのか。鈴も最初から臆することなく襲撃者に立ち向かって行ったし、もしや代表候補生に選ばれる少女達は、全員こんな恐れ知らずばかりなのだろうか。

 

 

『勝手が過ぎるぞ、デュノア!!』

「あーれー敵から謎のジャミング攻撃だ織斑先生すいません通信が聴こえませんので独自に判断して動きまーす、通信終わり」

 

 

 いや、やはり彼女は特別なようだ。隣で顔を青くするセカンド幼馴染含め、あの姉にこんな態度取れる人間が何人も居てたまるか。

 

 




○ISの技術を応用して開発された通信機は、声を出さなくても会話が可能。学園関係者で一杯な管制室でも会話が可能。
○隙あらばオランジュのポジションを奪い取ろうと画策中のセシリア
○二人の抗争は、皆の知らない所で常に繰り広げられている
○手に入れる為に壊す、決してヤケになった訳ではありません

次回、二巻分ラスト。一応このシリーズ三巻分で一区切りするつもりなんですけど、現時点で既に結構話数多くなってるんですよね。もうコレ、ひとつの作品として独立させた方が良いですかね?


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IF未来 戦力過多な森一派のIS学園 その8

終わらなかった…orz
二巻分のエピソードはもうちょい続きます。


 無数に放たれた破滅の閃光が、橙色のISに殺到する。

 

「よし、次行くよ!!」

 

 しかし、その全ては橙色のIS…シャルロットの駆るラファール・リヴァイヴ・カスタムには、掠りもしない。襲撃者が相手の動きを予測し、どれだけ弾幕を張ろうとも、彼女のシールドエネルギーを一メモリも減らすことが出来ない。

 それでも諦めずにビームを乱射する襲撃者に、シャルロットは新たに呼び出した武器を手に、瞬時加速で迫る。対する襲撃者は左腕のビーム砲で弾幕を張りながら牽制し、それを掻い潜って距離を詰めてきたシャルロット目掛け、本命の一撃を右腕から放つ。

 

「おっと、危ない危ない」

 

 だが、それすらも彼女には無意味。当たる直前に繰り出されたバレルロールにより、シャルロットは放たれたビームを回避するだけに留まらず、一切スピードを落とす事無く襲撃者の横を駆け抜けた。

 すれ違い様に、自身の身の丈ほどもある大鎌を、襲撃者の腕に深々と突き刺していくのを忘れずに。

 

『ッ!!?』

「さてと、次は何が良いかな?」

 

 まるで狼狽えているかのように、段々と動きが鈍くなっている襲撃者に対し、シャルロットは笑顔でそう言い放った。そして、襲撃者が反撃に転じるよりも早く、高速切替(ラピッド・スイッチ)で即座に呼び出した二丁のガトリング砲が火を吹き、襲撃者を滅多打ちにする。

 

「凄ぇ…!!」

「な、何なのアイツ、マジで何なのよアイツ!?」

 

 シャルロットの弾幕で動けない襲撃者に雪片で斬りかかり、衝撃砲で牽制しながらも、一夏と鈴はそう叫ばずにはいられなかった。そうせざるを得ない程に、彼女の実力は驚異的なものだったのだ。

 広さを制限されたアリーナの中を、縦横無尽に飛び回り、時に鋭く、時に優雅に、変則的な軌道で相手を翻弄する。その姿はさながら、自由の翼を手にし、大空を翔る隼の如く。

 

「て言うかアイツ、いったい幾つ武器持ってるのよ!? 今使ってるガトリングで”三十個”目よ!?」

 

 そして、通常の機体が積み込める装備の数は十個以下と言われている中、彼女はそれを軽々と上回る数を召喚し、使いこなしていた。

 対ビームシールド、ドリルランス、大型ブレード、ガトリング、対物ライフル、ミサイルランチャー…その全てを手に取っては叩き込み、手に取っては撃ち込み、相手が無人機であることを悟った時には更に容赦がなくなり、相手の装甲を貫通させるような装備を次々と繰り出し、瞬く間に相手はスクラップへの道を歩まされていく。

 一夏と鈴、二人掛かりでも苦戦を強いられた相手を、シャルロットは完全に手玉に取っていた。一応彼女が参戦してからも二人はしっかり戦闘に加わっているが、間違いなく彼女だけでも襲撃者をボコボコにできたことだろう。

 

「知りたい?」

「「ッ!?」」

 

 鈴の声が聴こえたのか、既にボロボロの襲撃者…無人機にバズーカを連射しながら、シャルロットが二人の元に笑顔で近寄ってきた。場にそぐわない笑顔に一瞬二人は怯んだが、次の瞬間に彼女の口から出てきた言葉に、更に驚くことになった

 

 

「僕のリヴァイヴに搭載された武器は『フィーユ・デュノア』、この一個だけだよ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 それはオランジュがデュノア社を支配し、経営の立て直しに成功して暫く経った頃、シャルロットの専用機強化プランについて話し合われていた会議室で起きた。

 その場に居合わせたのは、オランジュが招き入れた亡国機業技術開発部にフリーランス、そして彼に乗っ取られ、全ての背景を知った上で残った一部のデュノア社員。オランジュの無茶振りに応え、倒産寸前のデュノア社を救った腕利きにして立役者である。そんな彼らの共通点は生粋の技術屋であること、そして…

 

『シャルロットちゃんには、うちの装備を使って貰う!!』

『ふざけるな、シャルロットお嬢様には我々のチームが開発した装備を搭載して貰うに決まってる!!』

『寝言は寝て言えガキ共、お前らのようなロマンを理解出来ないゆとり世代の作った武器なんざ、あの嬢ちゃんの才能を腐らすだけだ。黙って俺に譲れ!!』

『何がロマンだボケ、お前のはロマンって言うよりただの悪ふざけの塊じゃねぇか!!』

『引っ込め時代遅れのクソジジイ!!』

『何だとゴラァ!?』

 

 デュノア社のテストパイロットにしてアイドル、シャルロット・デュノアの熱烈なファンであることだ…

 

 社長が連れてきた愛人の娘、その姿を見た瞬間デュノア社の男共は衝撃を受けた。中性的でありながら、保護欲を誘う可凛な健気な容姿、気配り上手で優しい性格、その出自により見舞われる不遇と不運。普通に考えて、放っておける訳が無かった。大人の事情により、表立った行動は出来なかったが、せめて少しでも彼女の力になれるようにと、一部の野郎共は水面下で彼女を支えようと決心し手を組んだ。

 故に、オランジュが彼女を救う為にデュノア社乗っ取りの計画を持ち込んだ際、ビックリするぐらい話がスムーズに進んだそうな。

 

『シャルロットちゃんにはこの鉄血メイスを使って貰う、それは絶対に譲らねぇ!!』

『そんな野蛮で幼稚な代物、絶対に使わせないぞ!! そんなものより我々が製作した対IS用ライフル・ヘカートMk4を…』

『カーッ、分かっとらん、分かっとらんぞテメェら。そんなチンケな玩具であの嬢ちゃんを満足させられるものかよ!! 見ろコレを。2199式波動砲だ、コレさえあれば絶対防御なんざ無いも同じ。まさに火力こそパワーだ!!』

『『お前はシャルロット(お嬢様)を殺人犯にするつもりか!?』』 

 

 そしてオランジュがデュノア社を乗っ取ってからも、それは変わらなかった。今では自分の誇りとも言うべき作品の数々を、どれだけ彼女に気に入って貰えるか、互いに日々競い合っていた。彼女に少しでも自分の作った装備を使って貰う、それだけの為に彼女の専用機の拡張領域を通常の2倍、更に亡国機業の技術力と根性で25個分にまで増やしたりもした。それでも尚、彼らの欲求を満足させるには程遠いようだ…

 

『話は聞かせて貰った!!』

『あ、オランジュ』

『裏社長…』

『おう小僧、何しに来た』

 

 そこへ颯爽と現れた裏社長ことオランジュは、『解決策を思いついた』と言う言葉と共に、とある資料を全員に配った。それを見た彼等の反応は、次の通り。

 

『テメェ、マジでぶっ殺すぞ!?』

『見損ないましたよ、本当に!!』

『て言うか今この場で殺す!!』

 

 

―――会議室に居た全員が殺気立ち、本気でオランジュを半殺しにしようとした―――

 

 

『バッカ野郎、誰がコレそのものをシャルロットに使わせると言った!! 話は最後まで聞けぇッ!!』

 

 だが、その怒りすら一瞬で飲み込む程の一喝が彼等を怯ませる。いつもの彼からは想像も出来ない声量に全員が驚き、思わず腰を抜かす者まで出た。そんな彼らに構わず、オランジュは話を続ける。

 

『お前らがシャルロットに自分の作った装備を出来るだけ多く使って貰いたいように、シャルロットもお前らの装備を可能な限りたくさん使いたいそうだ。その為に専用機の拡張領域の魔改造なんてのもやったが、それにも限界がある。どうやっても、もうこれ以上積み込める数を増やすことは出来ない、そうだな?』

 

 そのオランジュの問いに、彼等は沈黙を持って答える。それを確認したオランジュは、『だったらよぉ…』と呟きながら、改めて持ち込んだ資料を掲げて見せた。そして…

 

 

『”個数”を増やせないなら、”種類”を増やせば良いだろ。お前ら、全く別のシステムと材料使って、コレと同じことが出来るモノを作れ』 

 

 

 その手に持った資料、そこに書かれていた文字は…

 

 

―――VTシステム―――

 

 

 

◇◆◇

 

 

「この『欲張りなデュノア(フィーユ・デュノア)』はね、『VTシステム』の…正確には装甲の変異機構を参考にして作られてるんだ」

 

 使用者の命を脅かす故、違法の烙印を押された『VTシステム』。その最大の特徴は、かつてのモンドグロッソの覇者達のデータを元に、その動きと力を自分のものにすると言う物。動きだけでなく、形状記憶型液体金属でISの装甲を無理やり変形させ、姿形まで似せると言う徹底ぶり。

 オランジュは問題解決の為、その装甲の特徴に目を付けた。

 

「データさえあれば選手の機体もコピーできるんだから、装備がコピーできない訳ないでしょ。しかも僕達デュノア社の主力は実弾兵器、金属さえあれば大抵のものは作れちゃうんだよね」

 

 フィーユ・デュノア…その正体は、彼女の専用機の拡張領域をほぼ占領する程に搭載された、特殊な形状記憶金属と、その形状変更システムである。VTシステムの変異装甲を参考に作られたこの金属は、事前に入力されたデュノア社の装備データが記録されており、持ち主の呼び出しに応じてその姿形を量子化による分解、再構築を経て、記録されたデータの中から選択した装備に姿と形を変えることが出来る。

 

「しかも使った装備も弾薬も、ある程度近寄れば量子化して回収した後、また作り直して使う事が出来るから、ほぼ無限に使い続けることが出来るよ。一応実弾兵器に分類されるけど、光学兵器よりよっぽど弾切れとは無縁でいられるかもね」

 

 無論、VTシステムそのものを流用した訳では無い。彼等が使ったのはVTシステムの装甲、その仕組みだけ。それを把握した後は安全面を徹底的に考慮した上で、デュノア社独自の技術で全く別のベクトルから作り直し、再現して同じ特徴を持った代物を作り出しただけ。仕組みを参考にし同じ特徴こそ持っているが、全くの別物と化していた。ついでに安全面に関しては、国際IS委員会の試験もパスしてある。

 

「何より高速切替(ラピッド・スイッチ)を得意とする僕にとって、この装備は相性バッチリなんだ。あ、因みにね…」

 

 しかし本当に恐ろしいのは、これを使いこなすシャルロット本人であろう。幾ら扱える武装の種類が多いらと言って、使いこなせなければ意味は無い。そもそも常人には、高速で飛び回りながら、その場その場で最適な装備を選択すること自体難易度が高いのだ。にも関わらず、彼女はそれをあっさりとやってのける。正確無比な攻撃を避けながら最適な装備を選び、癖の強い奴らが作った癖の強い装備を十全に使いこなす。何より彼女の頭の中には、フィーユ・デュノアに入力されたデータが全て記憶されている。それだけでも、このフィーユ・デュノアの力を存分に発揮できると言えよう。

 何せこのフィーユ・デュノアに記録された装備データの数、つまりは彼女が扱う装備の数は…

 

「フィーユ・デュノアに記録された装備データは、全部で”108種類”。まだまだ一杯あるから、存分に味わっていってね♪」

 

 デュノア社の宣伝も兼ねた47撃目、鎖付き鉄球の直撃は、存在しない筈の無人機の心をへし折った。

 

 




○シャル無双やってたら箒に激励させるタイミングを失った(笑


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IF未来 戦力過多な森一派のIS学園 その9

大変お待たせしました。ようやく一巻分が終了です。


 

 

「ふぅ…こんなもんかな?」

 

 軽い運動の合間に一息…そんな雰囲気でシャルロットはそう呟いたが、対して相手の方は見るも無残な事になっていた。

 鉄球を叩き込まれた後、機銃付き鎖鎌で牽制しながら間合いを詰められ、冷凍装置付きのレイピアで関節を凍らされ、爆裂機能付きのガントレットでタコ殴りにされ、トドメに大鎌の一撃で相手を吹き飛ばされた結果、無人機はすっかりボロボロのスクラップと化していた。装甲はところどころ凹まされ、猛威を振るっていた筈のビーム砲は腕ごと捥げかけており、頭部は既に原型を留めておらず、最早元の姿を思い出す事さえ困難な状態だ。

 

「なぁ、鈴」

「なによ…」

「代表候補生って、あんなのばっかなのか?」

「……んな訳ないでしょ…」

 

 そんな彼女の闘う姿を間近で見ていた一夏と鈴、特に代表候補生である鈴の方は、シャルロットの異常さが嫌でも理解出来た。彼女の実力は、明らかに代表候補生の枠を超えている。

 突然の襲撃にも大して動じず、自ら戦場に降り立ち、下手をすれば命を奪われかねない敵にも臆することなく突っ込んでいき、挙句の果てにはほぼ単独で撃破してみせた。確かに代表候補生、特に専用機持ちは力を持つ者の義務として、命懸けの現場に駆り出される場合がある。その義務と覚悟は、専用機を持つ者なら誰もが教えられることだ。だからこそ鈴も、こんな状況でも即座に腹を括ることができた。

 しかし彼女は…シャルロット・デュノアはそんなものじゃない。訓練や模擬戦とは違う、命懸けの本物の戦場で、彼女は終始普段通りだった。当たれば死ぬかもしれない弾幕の中、あの時、食堂で初めて会った時の様な人当たりの良い、にこやかな態度そのままだった。完全なる非日常の中で、彼女はいつもの日常を送っていた。

 

 

―――まるで、鈴達にとっての非日常が、彼女にとっての日常であるかのように―――

 

 

「ねぇ、どうしたの?」

「ッ、何でも無いわ…」

 

 そのシャルロットに声を掛けられ、鈴は我に返る。そして、彼女がこちらに向けてくる人畜無害そうな顔を見て、頭を横に振って先程考えていたことを否定した。ここはIS学園、そして彼女の実家はあのデュノア社。身元の保証は既に済んでいる筈、軍属でも無いのに殺し合いに慣れているような異常者が、このIS学園に来れる訳が無い。

 

(それに、そんな悪い奴には思えないし…)

 

 何はともあれ、謎の襲撃者は沈黙した。取り敢えず、クラス代表戦…て言うか、一夏との件どうしよう。そんなことを考えながら、鈴は一歩踏み出して…

 

 

◇◆◇

 

 

『無人機壊したせいか知らんけど、アリーナのコントロールシステムが復旧したぞ』

『よし、やれ』

『おうよ。アリーナの管理システムに干渉開始……シールドの出力低下を確認…!!』

『待たせて悪かった。さぁ来い、ハーゼ!!』

「了解」

 

 呼び出しに従い、空を蹴る。眼下に望む新たな狩場へと、ただ真っ直ぐに、急降下…

 

「あぁ、そう言えばオランジュ」

『何だ?』

「私の学園転入の件は、忘れて構わん。やはり私は…」

 

 出力が低下したシールドを装甲だけで突き破り、黒の弾丸と化した彼女は派手な衝撃と、爆音と共に降り立った。

 

「この方が性に合うらしい」

 

 殺戮の黒兔は、新たな獲物を前に、ただ嗤う。

 

 

◇◆◇

 

 

「な、今度は何だ!?」

 

 無人機を倒し、安心したのも束の間。またもやアリーナのシールドが破られ、一夏達の間に緊張が走る。

 衝撃で舞い上がった砂塵が晴れると、彼らの視線の先には新たな襲撃者と、その新たな襲撃者に踏み潰された無人機の姿。今度の相手は正真正銘、ISを纏った人間。黒い装甲に、肩に巨大なカノン砲のようなものを装備したISを身に着けた、長い銀髪と黒い眼帯が特徴的な少女は、アリーナへの突入時に踏み潰した無人機の腕を捥ぎ取り、物珍しそうに観察していた。

 

「ちょっと、あんた何者!?」

「通りすがりの軍人崩れだ」

 

 緊張を誤魔化すように叫んだ鈴の言葉を受け流し、襲撃者の少女…ハーゼはスクラップと化した無人機の観察を続けた。

 

「新しいな。無人機としての性能然り、高出力兼小型ビーム砲然り、どの国にも無い新しい技術だ。だが、何より極めつけは…」

 

 言うや否や、彼女は無人機の胸部に自身の腕を突き刺した。そして、そのまま抉るように腕を捻り、何かを引き千切るようにして腕を引き抜いた。そうして鉄屑から引き抜かれた彼女の手の中には、淡い光を放つ何かが握られていて…

 

「まさか、アレは…」

「ISのコア!?」

 

 動揺する一夏と鈴達を余所に、ハーゼはシュヴァルツ・レーゲンのワイヤーを展開すると、散らばった無人機の残骸を片っ端から突き刺し、あるいは絡め捕り、一つ残らず回収する。勿論、抜き取ったコアも手に持ったまま。

 

「良い拾い物をした、ありがたく貰っていくぞ」

「ッ、いきなり現れといて、なに勝手なこと言ってんのよ!!」

「おい、待て鈴!!」

 

 言うと同時に鈴は甲龍を加速させ、ハーゼに対して真っ直ぐに突っ込んで行った。一夏の静止にも一切耳を貸さず、横槍を入れられてばかりでいい加減に溜まっていた鬱憤を晴らすべく、彼女は青竜刀を大きく振りかぶり、ハーゼに向かって振り下ろす。 

 

「てぇやあああああああああぁぁぁぁ!!」

 

 気合の雄叫びと共に振り下ろされた青竜刀が、アリーナの地面を抉った。アリーナの、地面”だけ”を、抉った。

 

「え…」

 

 間抜けた声が出ると同時に、彼女の甲龍が悲鳴を上げた。両肩の衝撃砲、両腕の装甲、そして手に持っていた青竜刀…その全てが粉々に斬り砕かれ、一瞬にして彼女の甲龍は、持っていた武装を全て失った。

 

「確か甲龍だったか……大したこと無いな、貴様のは要らん…」

 

 背後から声が聴こえ、咄嗟に振り返る鈴。視線の先には、片手にISのコアを握ったまま、空いた方の腕にプラズマ手刀を展開したハーゼ。その姿を確認した直後、彼女の脇腹に鈍く、重い衝撃。

 

「げふッ!?」

 

 相手の身体を引っ掛けるような回し蹴りを叩き込み、そのまま半回転。遠心力を利用しながら足で放り投げ、先程まで彼女が立って居た場所、一夏の隣に戻してやる。

 地面を何度かバウンドし、勢いよくゴロゴロと転がりながら一夏の隣に戻った鈴は、それだけで息も絶え絶えになり、脇腹を抑えながら地面に蹲って悶えていた。

 

「鈴っ!! てめええええええぇぇぇぇぇ!!」

 

 そんな彼女の姿を目の当たりにした一夏は、一瞬で頭に血が上ったのか怒りの咆哮と共に雪片を構え、瞬時加速を使ってまでハーゼに向かっていく。そんな一夏を前にして、ハーゼはプラズマ手刀を解除し、顎に手を当て何やら考え込むような仕草を見せる。

 そして、そのポーズのまま、怒り任せに振り下ろされた雪片を、身体を捻るだけで躱してみせた。更に、攻撃を空振り動きの止まった一夏に手を伸ばし…

 

「まだだ!!」

「む?」

 

 鈴と同じようにしてやろうと思ったが、即座に振るわれた二撃目に阻まれる。どうやら、一撃目が躱されるのは想定済みだったようだ。怒りに身を任せているように見えて、しっかり冷静さは持ち続けているようである。これも、セシリアによる指導の賜物と言う奴だろうか。

 

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」

「ふむ」 

 

 その後も立て続けに雪片を振るい、ハーゼに斬りかかる一夏。二撃目が躱されても三撃目、三撃目が躱されても四撃目と、その尽くをハーゼに躱され続けているが、動きを止めることなく、ひたすら攻め続ける。一見すると我武者羅になっているようにも見えるが、決してヤケクソになった訳では無い。

 

 一瞬でも防御に回り、相手に攻めさせたら確実に負ける。

 

 それを、先程の鈴、そして今の攻防で理解したからこその選択だった。その証拠に、もう何度目になるか分からない雪片の一閃からは鋭さが未だ衰えず、ハーゼが少しでも攻めに転じる雰囲気を出せば零落白夜を起動させて牽制してくる。素人なりに努力し、考えてはいる。

 

「付け焼き刃にしてはやるじゃないか。だが…」

 

 とは言え、所詮はつい最近まで一般人やってた男子高校生。織斑の名を持つだけあって秘められたスペックはアレだが、今はまだ素人の粋を出ない。それを証明するかのように、ハーゼがわざと隙を見せた瞬間、あっさりと引っ掛かり、零落白夜を発動させた一閃を、白式の手首を掴まれて止められる。

 

「なッ…!?」

「まだまだ甘いな」

 

 そのまま目にも留まらぬ速さで関節を極め、足を払って一夏を顔面から地面に叩き付け、そのまま動けないように足で踏みつける。結構な衝撃が全身を駆け巡ったようで、ハーゼの足元で一夏は呻き声を上げた。

 

『一夏ぁ!!』

 

 と、その時だった。突如、アリーナの放送マイクを通して篠ノ之箒の声が響き渡った。

 

『男なら…男ならその程度の相手ッ…!!』

「その程度とは心外だ」

 

 ぶっちゃけ激励の内容に興味は無いが、地味に腹が立ったハーゼは一夏の足を掴み、レーゲンの全開出力で箒の居る場所目掛けてぶん投げた。

 一瞬の出来事に、箒目掛けて放り投げられた一夏も、白式を纏った一夏を放り投げられた箒も、思考と動きが止まる。動かねば、ただでは済まない。それが分かっているのに、動けない。ISを動かすことも、解除する事も、その場から逃げ出すのも、全てが間に合わない。互いに互いがどんな表情を浮かべているのか、それがハッキリと認識できるぐらいに、ISを纏った人間砲弾は生身の少女へと接近し、そして…

 

「危ないですわね」

 

 箒を押しのけるようにして立ちはだかった、蒼いISの放った強烈な裏拳で横にぶっ飛ばされた。

 そのまま頭から壁に突っ込み、一夏は白式を纏ったまま声も出せずに気絶。一夏が倒され、一夏が踏み潰され、一夏が投げ飛ばされ、一夏が飛んできて、一夏がぶッ飛ばされ、一夏が壁に突っ込むところを一気に目の当たりにする羽目になった箒は遂に頭がパンクしたのか、ポカンとした表情のままその場にへたり込んで呆然としていた。セシリアがアリーナに飛び出す間際に言った、『介抱は頼みます』という言葉も、聴こえていたかどうか怪しいものだ。

 

「と言うか、危ないのは貴様の方だと思うがな」

「淑女たる者、殿方を受け止めることより、受け止められることに憧れて当然ですわ」

「そう言う問題じゃないと思う……で、やるの…?」

 

 シャルロットの問いに、ハーゼは笑みを深くする。言うまでも無く、これは茶番だ。このままでは学園の所有物と化す無人機の残骸とコアを、オランジュがシャルロットにお膳立てさせ、ハーゼに回収させたのである。デュノア社の利益は亡国機業の利益に、亡国機業の利益はデュノア社の利益になる。その事を、両者の繋がりを知られていない今だからこそ存分に利用する、ただそれだけの事だ。故にコアと残骸を回収した今、いつまでもここに残っている理由はハーゼに無い。だが…

 

「そうだな…」

 

 管制室から飛び出してきたブルー・ティアーズと、こちらに複数の銃口を向けるラファール・リヴァイヴ・カスタム。機体も乗り手も、決して一筋縄ではいかない強者にして、心から信頼する仲間。そして同時に、同じフォレスト一派のIS乗りとして互いに競い合い、切磋琢磨する間柄でもある。暫くはこの任務のせいで気軽に模擬戦もできないので、今回のような形にでもならない限り、勝負することは出来ない。兵士として育てられたせいか、少しバトルジャンキーな部分もあるハーゼとしては、それが少し残念で仕方ないと思っている。

 だからこそ、シャルロットの言葉には喜んで『是』と答えたいところだが、生憎と今回は都合が悪い。セイスから送られてくる情報の中に、ようやく突入準備を終えたIS学園教師チームが迫っていることを告げるものが含まれていた。

 

「遊んでいくには時間が足りないな。目当てのものは手に入ったし、今日は帰らせて貰おう…」

『待て、ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

 その場を飛び去ろうとした刹那、アリーナに再び響く声。振り返ってみると、先程一夏を放り投げた管制室に織斑千冬が立って居た。

 

「ブリュンヒルデに名を知られているとは、実に光栄だ。初めまして、織斑千冬殿。私の事は、ハルフォーフにでも聞かされましたかな?」

『目的は何だ、自分を捨てた祖国(ドイツ)に復讐でもしにきたか?』

 

 あの場所から兄に連れ出して貰うのと、入れ違う様にドイツ軍にやって来た世界最強。軍内部ではとっくにタブーな存在となっていたであろう自分のことを知っていたのは驚きだが、ドイツに借りを返すと言う名目で黒兔隊の教官を務めた彼女のことだ、自分のことも何らかの形でその時に知ったのだろう。

 無愛想で可愛げの無い当時の自分のことを思い出すと、そんな奴のことを忘れず、あまつさえ誰かに教えるなんて物好きな奴も居たもんだと心底思う。あるいは、それ程までに自分のことを嫌っていたのか。どちらにせよ、自嘲気味な笑みが自然と浮かんでくる。

 

「質問に対する返答も兼ね、3つ程言わせて貰おう」

 

 しかし折角だ、返事はしておこう。そう思った彼女は、千冬に向けて指を一本立てる。

 

「一つ、国が私を捨てたんじゃない、私が国を捨てたんだ」

 

 立て続けに二本目、同時に残骸を纏めたワイヤーたちを自分の元に手繰り寄せる。

 

「二つ、ここに来たのはある意味偶然、このブリキ人形と私達は無関係だ」

 

 三本目の指を立てると同時に、肩のレールカノンを千冬に向ける。これには流石のセシリア達にも緊張が走り、二人は全ての武装の銃口をハーゼに向ける。そして…

 

「三つ、その名前はあまり好きじゃない」

 

 言うや否や、砲口を千冬の居る管制室からアリーナの進入ゲートへと向け放つ。その直後、放たれた砲弾はゲートを開き、突入してきたIS学園教師部隊の出鼻を盛大に挫いた。そして兄譲りの猛獣のような獰猛な笑みを浮かべ、言い放つ。

 

「今の私は、亡国機業フォレスト一派のエース、ハーゼだ」

 

 早々に先頭の一名が吹っ飛ばされたことにより、突入部隊が動揺している内にハーゼは飛び立つ。勢いよく飛び上がり、来た時と同じように装甲だけでシールドをぶち破り、あっという間に空へと登って行く。

 

 その姿はさながら、月を目指して跳ぶ兎の如く。

 

 その場に居た誰もが、その力強い彼女の飛翔に目を奪われ、動くことが出来ず。学園の教師達が我に返った頃には既に、ハーゼはステルス装置を起動させ、追跡は不可能となっていた。

 この日、IS学園は、たった一匹の黒兔に敗北したのである。

 

 

 

「鼻歌交じりにバレルロールとは、随分と御機嫌だなハーゼ」

「エムか。護衛役、感謝する。それと、どうだ、アジトまで空中レースでもしないか?」

「そんなことより、オランジュがカンカンだったぞ」

「え、何故」

「お前、まだ各国の諜報機関ですら把握してなかったのに自分が亡国機業の、それもフォレスト一派であることを堂々と名乗ったそうじゃないか」

「あ…」

「オランジュ曰く、『報告したら兄貴がカムチャッカファイヤー状態』だとさ」

「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 数日後、ドイツにて…

 

 

「という訳で、貴官にはIS学園に転入して貰いたい。引き受けてくれるか?」

「勿論であります、ハルフォーフ少佐」

「よろしい。では頼んだぞ、『ヘルガ・イエーガン』中尉」

「了解であります!!」

 

 軍人らしい、良く響く大きな声。その返事と同時に黒兔隊の指令室を出た彼女は静かに、ゆっくりとした動きで通路を歩く。赤色混じりの茶髪をセミロングに、栗色の瞳。一見すると、どこにでも居そうな普通の少女だった。

 爛々と輝く金の瞳と、狂気さえ感じる笑みさえ無ければ…

 

 

「正直、まだ生きているとは思わなかったでありますなぁ…」

 

 

―――あの、出来損ないの死に損ない―――

 

 

「それに上層部の方にも困ったものであります。何が『シュヴァルツェア・レーゲンは盗まれていない』、何が『過去にも現在にも、ドイツ軍にラウラ・ボーデヴィッヒなる人物は存在しない』でありますか。この状況で誰がそんなことを信じるのやら、見苦しいったらないであります」

 

 

―――あぁ、本当にどいつもこいつも死ねば良いのに―――

 

 

「まぁ良いでしょう。元々、ISを盗まれたなんて失態を隠蔽する為に作られた私のシュヴァルツェア・レーゲンでありますが、あちらを壊せば本物も偽物も無いであります。徹底的に破壊して差し上げましょう、そして…」

 

 

―――アンタのことも、今度こそ徹底的にぶっ壊してやるよ―――

 

 

 

「ふふ、ふ、はははは…あっははははははははははははははッ!!」

 

 

 

 『ドイツの人喰』と言われた、黒兔隊のエースの狂笑。彼女の本性を知る者は、基地全体に響くこの笑い声が消えるまで、恐怖に震え続けた。

 

 




○裏拳で物理的にも精神的にも凹んだ一夏
○でもセシリアがお見舞いに来てくれたら元通り
○逆にハーゼは滅茶苦茶凹んだ
○初登場、オリキャラの『ヘルガ・イエーガン』。性格は、邪悪なウリエ君
○次回、本格参戦


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IF未来 戦力過多な森一派の番外編 前編

別名・阿呆とお嬢の決闘

この話は、セシリアがフォレスト一派の仲間入りを果たしてから暫く。
まだ彼女に黒さが足りない頃の話


 

 

 

「まったく、本当に、あの男はッ!!」

 

 セシリア・オルコットは激怒した。必ず、かの阿呆専門なバカ男を、愛しのおじ様の隣から排除してやらねばと決意した。セシリアには、何故あんなのがフォレストの弟子に収まっているのかが分からなかった。亡国機業においてセシリアは、まだまだ新人の身である。両親を亡くしてからはフォレストが後見人となり、最近までは一般人として暮らして来た。だから組織に関することは、まだまだ分からない事だらけだ。けれども恩人であり、第二の父親として尊敬するフォレストへの思いは人一倍大きかった。だから今もこうして、フォレストの反対を押し切ってまで亡国機業に身を置き、彼の力になろうと努力し続けている。

 そんな彼女にとって、オランジュと言う男は本当に目障りな存在であった。自分より二つだけ年上の彼は阿呆専門の呼び名の通り、隙あらばバカをやらかし、自分の欲望に忠実に従う下品な男で、まさにセシリアが嫌うタイプそのもの。それだけでもセシリアにとっては腹立だしいと言うのに、よりにもよって彼は敬愛するおじ様お気に入りの弟子にして、組織の次期盟主候補。その事が、何よりも気にくわない。

 

「おじ様もおじ様です、まだ新参の身に過ぎない私が無理なのは百歩譲って仕方ないとして、何故あのような下品で下劣で下等な愚図を大切な弟子として扱うのでしょう。おじ様の弟子と言うのなら、せめておじ様のように優雅で紳士的な格好良い方でなければ納得できませんわ…」

 

 フォレストへの憧れが強い分、彼の弟子に対する期待も大きかった。なのに実際に出てきたのは、まさかのあんな奴。それでも一応は先輩、それにあのフォレストが認めた男なのだ、実力は本物なのだろう。そう自分に言い聞かせ、今日まで我慢してきた。が、それも最早限界だ。

 自分達のようにISを使える訳でも無ければ、セイス達現場組のような戦闘力も持っていない。サポートやオペレーターとしての能力も、そこまで特別優れている訳でも無い。性格はクソ、能力も皆無、やはり彼は無能だ。彼に弟子をやらせるぐらいなら、自分の方が余程相応しい。

 その事を先程、我慢の限界を迎えたセシリアは勢いに任せ、フォレストとオランジュ、二人の前で直接言い放ってしまった。流石に口が過ぎたと思い青褪めたが、意外な事にフォレストは、いつもの穏やかな微笑を浮かべこう返してきた。

 

『じゃあ、ちょっと彼と勝負してみる?』

 

 日本の某美術館に、ルクーゼンブルク公国が貸し出した秘蔵の芸術品が多数出展されるらしい。そして、その中から一番価値の高い品をフォレストの渡すお小遣い(一千万円)を元手にして、ポケットマネー使用禁止、現場組の力を借りるの禁止で一週間以内に盗み出し、いち早くフォレストの元へと持ってきた方が勝ちと言う物。しかもセシリアが勝った場合、即座に弟子の座をオランジュからセシリアに譲るとまで言ってきた。当然ながら、その話を断る理由がセシリアには一切思いつかなかった。

 勝負の内容は明らかに現場組向け、サポート組として見ても身体能力が圧倒的なまでに低いオランジュと、ISが使えることに加え、鍛えられたことにより素の戦闘力も相当なものになってきた自分では、負ける要素など一つも無い。既に勝利を確信をし、余裕の笑みを浮かべながらオランジュに嫌味の一つでも言ってやろうと口を開きかけた、その時だった。

 

『ちょっと旦那、冗談キツいっすよ。ポケットマネー禁止ってそんな、セシリアからオルコット家の力を失くしたら、ただの残念な御嬢さんしか残らないじゃないですか。流石に勝負にならないんじゃ?』

 

 オランジュが真顔で言い放ったその言葉に、セシリアは一瞬固まった。

 

『ポケットマネー無しなら、せめてセシリアにはチェルシーさん、もしくは現場組に手伝わせるのアリにしましょうよ。それに加えて彼女自身がIS使って参加すれば、それらしくは……いや、やっぱ駄目だな。ISはともかく、肝心の中身がコレじゃあ話にならねーか…』

 

 頭をガシガシと掻きながら本当に悩ましそうに、そう言っている。嫌味とか侮辱とかではなく、心の底からセシリアの事を心配し、そう言っている。日頃から馬鹿と無能っぷりを晒すしかないこの男が、自分に向かって、そう言っている。

 

 本気で、目の前の自分を取るに足らない小物と認識し、本気で此方を気遣い、ハンデを恵んでやろうとしている。

 

 それを理解した途端、セシリアの中で何かが切れた。

 

『あー、じゃあこうしましょう。セシリアだけ予算は俺の倍で…』

『必要ありません』

『え?』

『必要ありませんと、そう言いました』

 

 フォレストの居る手前、荒ぶる感情をどうにか抑えつけながら、オランジュの方へと一歩踏み出す。彼が思わず後ずさるのにも構わず、言葉を続ける。

 

『あなたみたいな男から、ハンデを貰う必要なんてありません。オルコット家もブルー・ティアーズも、現場組の方々の手も要りません。あなたの土俵で、あなたと同じ条件で、徹底的に叩き潰して差し上げますわッ!!』

 

 そう言い放ち、呆気にとられるオランジュを尻目に、その様子を楽しそうにニコニコしながら見ていたフォレストから札束でギッシリなスーツケースを受けとると、セシリアは踵を返して部屋を出て行った。

 そして自分に対するオランジュのあの言い草に腹を立てながらも早速、勝負に勝つ為に頭をフル回転させていた。

 

(まだまだ新参者の身であるとは言え、この私が今日まで何の努力もしてこなかったと思ったら大間違いですわ。私をただの小娘と侮るのなら、その慢心を突くまで!!)

 

 育ちの良さが窺えるピンと伸びた背筋で足早に通路を歩む彼女は、おじ様に貰ったお気に入りの携帯端末のスイッチを入れた。

 

 

◇◆◇

 

 

「お前が依頼人か?」

「えぇ、そうです」

 

 組織入りしてから手にした伝手でコンタクトを取り、とある喫茶店のテーブルにて、呼び出した窃盗団とセシリアは向き合っていた。窃盗団の男は、自分に依頼を持ってきた人間がこんな少女だったとは思わなかったのか、あからさまに見下した態度を取った。

 

「帰りなお嬢ちゃん、ここはガキの来るところじゃねーよ」

 

 しかし、そう言った瞬間、一発の銃声と共に自分の頬を何かが通り過ぎた。同時に、自身の背後で悲鳴が上がる。振り向くと、万が一の為に、少し離れた後方のテーブルに待機させておいた手下の一人が、引っくり返って悶絶していた。

 

「何か、文句でも?」

 

 向かい側から投げかけられた言葉につられ視線を前に戻すと、いつの間にかセシリアの手には拳銃が握られており、その銃口からは砲煙が昇っていた。もしかしなくても、目にも留まらぬ早撃ちで手下を、それもわざわざ殺さないように彼が懐に忍ばせた拳銃に直撃させたようだ。

 その少女とは思えない腕に、男はゴクリと息を呑み、態度を改めた。

 

「で、依頼の内容は?」

「あちらを御覧になって」

 

 喫茶店の外を指差すと、ガラス越しからでも良く見える大きな美術館が。男の記憶が正しければ、この街一番の大きさを誇る有名な場所であり、そして今は確か…

 

「あの美術館には、かのルーゼンブルク公国から多くの美術品が貸与されています。そして貴方達には、あの美術館から、こちらの絵画を持ち出して貰いたいのです」

 

 そう言って彼女は一枚の写真を取り出す。そこに写されていたのは、馬に跨り旗を掲げる、神々しくさえ感じる女騎士の絵。今回ルーゼンブルクの贈り物の中で、最も価値が高いと言われる、高名な画家が描いた絵画だ。

 当然ながら価値が高ければ高い程、そして管理する美術館が大きければ大きい程、それに施される警備の手も生半可なものではなくなる。並の盗人では、その絵画に触れる事すら出来ないだろう。しかし幸いな事に、セシリアが呼び出した彼らは、並の盗人では無かった。

 

「幾ら出す?」

「五百万出しましょう」

 

 提示された金額に、男は唸り声のような溜め息共に、苦い表情を見せた。

 

「安過ぎる、二千万だ」

「高過ぎますわ、六百万」

「千八百」

「七百」

「千五百」

「一千万、これ以上ごねるなら他を当たります」

 

 男は暫く悩みこむ素振りを見せ、一度背後を振り返り、ようやく復活した部下と目を合わせる。そして、互いに頷き合うと視線をセシリアに戻し、口を開いた。

 

「良いだろう、受けよう」

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、三日後の深夜…

 

「やはり、良い腕ですわね」

 

 少し離れた無人のビル、その屋上で双眼鏡片手に美術館を見つめるセシリアは、窃盗団の手際の良さに自然と称賛の言葉を漏らした。

 軽い身のこなしで正面ゲートを飛び越え、警備の目を掻い潜り、あっという間に館内に。そのまま他の宝には目もくれず、どんどん奥へと突き進む。その実力は亡国機業フォレスト一派、その現場組に迫るものがあった。まぁ尤も、流石にセイスやアイゼン達と比べたら見劣りするが…

 

『不味い事になった』

 

 と、その時だった。ふと彼らと繋いでおいた通信機から、困惑の声が届く。

 

「あら、どうかしまして?」

『今日になって追加された警備システムがある』

「突破はできませんの?」

『難しいな。せめて一時的にでも良いから、美術館を停電状態にできればなんとかなるが…』

「分かりました、少しお待ち下さい」

 

 言うや否や彼女は双眼鏡を置き、代わりに大きなスーツケースを手に取り、中身を取り出す。彼女が手に取ったのは、サイレンサー機能付きの狙撃ライフルだった。それを一瞬で構え、同時にトリガーを引いた。碌に狙いも定めずに放たれた銃弾は彼女の狙い通り、真っ直ぐに、美術館に伸びる複数の電線を綺麗に撃ち抜き、一本残らず切断した。

 すぐに非常用電源に切り替わって、停電はすぐに元通りとなってしまうだろうが、彼らの腕ならその僅かな時間でも充分だろう。

 

『なにしたんだ?』

「機業秘密です」

 

 通信機から、さっきとは別種の戸惑いを感じさせる声が届く。しかし、それに構わずセシリアは、美術館の周囲に警戒の目を向ける。勝負が始まってから既に数日、まるで姿を現さない阿呆が、そろそろ動き出す筈だ。念の為、ここ数日は美術館に対して目を光らせ続けてきたが、ターゲットでもある例の絵画は今日まで盗まれていない。だとすれば向こうは、まだ準備に手間取っている、もしくは此方が盗み出した瞬間を狙っているかのどちらか。前者なら後で散々笑ってやろう、だが後者なら気は抜けない。彼は現場組では無いので、来るとしたら今の自分のように人を雇って差し向けてくる筈。

 だから、自分の雇った窃盗団を自ら護衛する為、このビルの屋上に陣取り、組織入りしてから使い続けている愛用ライフルを構えている訳なのだが…

 

(さぁ来るなら来なさい。何が来ようと、この手で仕留めてさしあげますわ)

 

 結局この日、オランジュと彼の手先らしき者達は、セシリアの前には現れなかった…

 

 

◇◆◇

 

 

「約束の品だ、受け取れ」

 

 特別製の保護シートに包まれた、そこそこ大きな目当ての品を受けとる。中を確認してみれば、情報通り美しい女騎士の絵がその手に収まっていた。

 

「見事な手際でした。では、こちらが報酬です」

「確かに」

 

 男は札束がギッシリ入ったスーツケースを受けとり、セシリアと同じようにその場で中身を確認する。そして金額に間違いが無い事を確認し、満足そうに頷いた。互いに欲しい物が手に入り、特に問題も起きなかった、故に取引成立である。

 

「また縁があればお会いしましょう。それでは、御機嫌よう」

「おい、お嬢ちゃん……いや、依頼主さんよ…」

 

 早くフォレストの元に行きたいのか、挨拶もそこそこに絵画を抱えて立ち去ろうとしたセシリアを呼び止める声。振り向けば、男は報酬の入ったケースを手に、いつの間にか彼女の傍に立って居た。全く気配を感じさせなかったその動きに、セシリアは思わず戦慄する。つい反射的に絵画から手を放し、隠し持っていた拳銃に手が伸びる。

 そして男は、そんな彼女のことを見つめながら、こう言った。

 

「狙撃、見事だったぜ。また今度一緒に仕事しようや」

 

 

◇◆◇

 

 

(ふふふ、これで私の勝ちですわ!!)

 

 フォレスト一派のアジトの中で、盗み出した絵画を手にしながら、彼女は上機嫌で通路を歩んでいた。

 あの後もオランジュは特に動きを見せることは無く、セシリアは無事にフォレスト一派のアジトへと辿り着いた。後はフォレストの部屋にこの絵画を持ち込めば、勝利だ。

 

(念の為に警戒は続けてますが、やはり来る気配がありませんね。もしや、本当に準備が間に合わなかったのでしょうか?)

 

 だとすれば、尚更あの男は相応しくない。十年近くもあの人の隣に居ながら、この程度のことも出来ないとは、期待外れも良いとこだ。

 そう、期待外れだ。心のどこかで、期待していたのだ。仮にも同じ人を尊敬する、自分と年の近いあの男が。どことなく、あの誰に対しても卑屈で情けない態度を取っていた、かつての自分の父親に似たものを感じる彼が、本当は凄い男であったことを。もしもそうだったなら、自分の父親も本来の姿を隠し、本当は……と言う風に、少しだけ夢見ることが出来たかもしれなかったのに…

 

「……どちらにせと、もう終わったこと。どうでも良いことですわ…」

 

 そう言って彼女は、フォレストの部屋に辿り着き、ドアノブを握って扉を開いた。

 

「え…」

 

 しかし扉を開いた瞬間、目に入ってきた光景を前に、セシリアは大事に抱えていた筈の絵画を、ゴトンと大きな音を立てながら取り落としてしまった。何故なら…

 

 

 

「はい旦那、御所望の品ですよ」

「うん、確かに本物だね。じゃあ勝負は、君の勝ちってことで」

 

 

 

 あの阿呆が、女騎士の絵画をフォレストに手渡し、勝利を手に入れていた…

 

 

◆◇◆

 

 

―――遡ること四日前、勝負が始まった日―――

 

 

「あなたみたいな男から、ハンデを貰う必要なんてありません。オルコット家もブルー・ティアーズも、現場組の方々の手も要りません。あなたの土俵で、あなたと同じ条件で、徹底的に叩き潰して差し上げますわッ!!」

 

 チョロイわー、マジでチョロイわー。ちょっと煽っただけなのに、こうも簡単に踊り始めるとか逆に笑うしかないわー。あの様子だとセシリアの奴、自分で自分にハンデかけたことに気付いてないんだろうな。まぁ、そう仕向けたんだけどさ。ブルーティアーズやオルコット家の財力もそうだけど、同じくらい、もしくはそれ以上にヤバいのがあの公式チートメイド。現場組の協力を得られないこの状況で出て来られたら、流石に分が悪過ぎる。

 さて、セシリアが怒り心頭で部屋を出て行ったのを見計らってピ、ポ、パっと。

 

『はい、もしもし』

「メテオラ、ちょっと頼みごとして良い?」

『今日は私、非番なんですが?』

「今、俺の手に一千万円あります」

『話を聞きましょう』

「なに簡単なことだ、どんな方法でも良いから、コレを今日中に五倍に増やして欲しい」

『見返りは?』

「余分に稼いだ分は全部くれてやる。例え一千万が一億に増えたとしても、俺は五千万あれば充分だ」

『喜んで引き受けましょう。なんでしたら、先払いで五千万お渡しても構いませんよ?』

「マジで?」

『何やらお急ぎのようですし、それだけの元手があれば確実に稼げますからね、私なら。ま、後は日頃の補給物質の件もありますし、サービスです』

「分かった、助かる。それじゃ頼むわ」

『承知しました』

 

 メテオラと話がついて、携帯を仕舞と同時に旦那をチラリ。浮かべている表情は、いつも通りのニコニコとした笑み。という事は、今の行為はルール違反には該当しないと受け取って良いな。

 そりゃそうだ。ポケットマネーを使ってはいけないと言われたが、渡された一千万円を増やしては駄目とまでは言ってない。そして現場組の力を借りてはいけないと言われたが、サポート組や技術部の力を借りてはいけないとも言われていない。

 だからセシリア、後で卑怯とか言うなよ。お前だってお友達とか適当な建前使えば、チェルシーさんの手を借りること出来たんだから。

 

「よし、次は…」

 

 ポケットマネー無し、現場組無し、俺が煽ったからオルコット家関係の伝手も無し。となれば、セシリアが取る手段なんて自分で直接行くか、フリーの人間を雇うかの二つぐらいしか無い。自分から不利な状況に陥っている自覚が無いとはいえ、一応は俺を全力で潰すと宣言していた。だから多分、その手のプロを雇った上で、彼女自身も現場に参加するつもりなんだろう。

 セシリアの腕、特に狙撃に至っては現場組から見てもトップクラスの実力だ。彼女に銃口を向けられてしまえば誰を雇ったところで、それこそ現場組クラスの奴でも無い限り苦戦は免れない。だったら…

 

「銃口を向けるべき相手を分からくすりゃあ問題無しってな」

 

 

 さぁて、最近売り出し中の凄腕で、尚且つセシリアが選びそうな連中は、っと…

 

 

◇◆◇

 

 

 

―――その翌日―――

 

 

(ははぁん、やっぱそうなったか。セシリアもまだまだ甘いなぁ…)

 

 翌日、尾行の末に、交渉が済んで満足げな表情で店から出てきたセシリアと入れ替わるようにして、街中のとある喫茶店へ。地味に重いスーツケース二つを両手に持ちながら中へ入ると、先程セシリアが座っていたテーブルに、件の窃盗団が集まって互いに何やら話し合っていた。

 

「どうすんだ、ボス」

「決まってるだろ、貰うもん貰ったらトンズラだ。なんで上手く売れば一千万以上する代物を一千万の報酬で渡さなきゃならねーんだ、必要経費も差し引いたら更に手取りが減るぞ」

 

 ほーら、やっぱり甘い。相手の実力と、表面上の経歴だけで判断するからこうなる。真っ当な接客業や役所仕事じゃねーんだから、金払う側の依頼主の方が常に偉い、とか思ったら大間違いなんだよ。

 

「とにかく、途中まではあの小娘に従うフリすんぞ。仕事終わったら適当な偽物渡して、報酬貰ったらそのまま…」

「ハロー」

 

 にこやかに挨拶すれば、渋い顔を浮かべて振り返る野郎共。

 

「ちょっと依頼したい仕事あるんですけど、良いですか?」

「失せろ、ガキ」

 

 セシリアに続いてまたガキが現れたせいか露骨に嫌そうにする、そんな彼らにプレゼント。一千万円入りのスーツケースをポーイっとな。

 

「前金です、働きぶりによっては、倍額出しましょう」

「話を聞かせろ」

 

 話を聞く体制が出来上がったようなので皮肉を込めて、彼ら自身の言葉を借りて依頼内容を言ってやる。

 

「途中まであの小娘に従うフリをして下さい。仕事が終わったら適当な代物を渡して、報酬貰ったらそのままトンズラ。ただし、本物は私に渡して下さい」

 

 そう言ってやると、彼らは随分と苦々しい表情を浮かべた。これで彼らも、俺がそっちの状況を知っていること、そして、さっきの会話…ケチな依頼主(セシリア)に対する謀も把握している、ということは理解できたことだろう。お蔭で、随分と警戒されてしまったが。

 とは言え、この手の奴らが優先するのは大きく分けて三つ。

 

 信条(ポリシー)、金(マネー)、命(ライフ)

 

 そしてこいつらの場合、一番大事なのは命で、次に金。その証拠に、油断ならないガキと判断されたのか警戒心を露わにしているものの、さっきの小娘より明らかに金払いが良さそうなので、依頼を受けるかどうか悩んでいるようだ。さっきから何度も視線が俺と、その手に受け取った、ズッシリとした重みを感じさせるスーツケースを行ったり来たりを繰り返している。

 でもまぁ、結局…

 

「幾ら出す」

「最低でも二千万、必要経費は全てこちら持ち。貴方達の手腕がボスのお眼鏡に叶えば、追加で報酬をお渡しします」

 

 不安(リスク)に見合うだけの報酬があれば、言う事聞いてくれる訳だけどな。あぁ因みに、追加報酬は本当に渡す気あるけど、ボス云々は適当な嘘だ。俺みたいな若造だと、バックに誰か居るって言っといた方が何かと素直に言うこと聞いてくれるし。下手に俺を害せば、誰かが報復に来るって遠回しな警告にもなるしな。

 

「何故、俺達を選んだ?」

「それは勿論、貴方達の実力を考慮した上での判断です」

 

 流石に『セシリアが選んだ奴を寝返らせた方が楽だったから』とは言えない。

 

「……そうか分かった。その依頼、受けよう…」

「感謝します」

「ただし前金を倍にしろ、でなければ話は無しだ」

 

 案の定、調子乗りやがったな、この野郎。そりゃお前らが依頼受けてくれないと困るし、セシリアにこの事をチクられたりでもしたら即終了になる。間違いなく、俺にとって最大級の弱味だ。それを分かった上で、吹っかけてきやがった。

 尤も、それも想定の内ってな。という訳で、追加で一千万円二ケース目をポイッと。そして、もう一つ…

 

「前金の上乗せと、貴方達の身の安全。これでどうです?」

「身の安全だ?」

「マグマード氏と和解させて差し上げましょう」

 

 弱味握ってんのはこっちも同じなんだよ。ほーれザマァ見ろ、アイツの名前出した途端、すっかり青くなってやんの。まぁ、無理もないか。ヨーロッパ系のメンバーで構成されたこいつらが、日本で活動する羽目になった原因だもんな。

 

「実はですね、あの人から私の所属する組織に依頼が入りましてね。依頼した品の偽物を掴まされた挙句、報酬を持ち逃げした窃盗団を見つけ出し、落とし前をつけろと。あ、当然ながら御本人達を殺せと言う意味ですよ?」

 

 うーん、良い表情だ。よっぽど怖い思いしたんだろうな、身体もガタガタ震えてやがる。名を変え、顔を変え、国を転々としながら似たようことを繰り返してきたコイツらがこうまで怯えるとは。流石はマグマード氏、旦那の腐れ縁の一人なだけはある。て言うか、むしろ良く逃げ切ったなコイツら。やっぱ優秀なのかもしんない。だったら尚更、変な気を起こされても困るから、もう少し念入りに釘刺しとくか。

 

「こちらも仕事ですから依頼された手前、断る訳にもいかないんですよね。しかしこの窃盗団、タチの悪さはともかく腕は良い。おまけに何という偶然、今の私が抱えている案件には、一流の窃盗団の手が必要なものが。もしも彼等が使えるのであれば始末するのはやめて、怒れる依頼主を説得して助けてあげても良いかな、なんて…」

 

 さてさて、すっかり顔色の悪くなった窃盗団の皆様、ここまでのお話を要約するとこうです。

 金は用意した、命の保証もしてやる、なんなら今後、再び故郷で仕事できるように取り計らってやる。ただし裏切るような真似したら許さん。そして何より…

 

「なんて、思ってるんですけど、どうします? 受けますか、死にますか? あ、一応言っておきますけど、世界のどこに逃げようが、貴方の居場所なんて一分もあれば分かりますんで、悪しからず」

 

 

―――ハナからテメェらに選択肢なんざ用意されてねーんだよ。

 

 

 




最初はセシリアパートで区切るつもりだったんですが、絶対にオランジュの手口を察せられる気がするんで強引にくっつけました。そのせいでかなり長くなってしまいましたが…

次回、敗けた彼女と保護者による反省会


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IF未来 戦力過多な森一派の番外編 後編

6月全然更新できなくてすいません、ようやくの後編です。


 

 

―――セシリアが絵画を受けとり、その場を立ち去ってから暫く―――

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、こちらが約束の報酬になります」

 

 

 

 

 セシリアの一瞬の隙を突いて、余った資金で技術部に作って貰った贋作とすり替えた本物の絵画を受けとり、窃盗団のリーダーに報酬を渡す。金持ちなだけあって物の価値を見極める知識はありそうだから、一度は本物を持たせてから偽物とすり替えた訳だが、思いの外こいつら腕が良いわ。あのセシリアを驚かせる程の隠行とか特に素晴らしい、子飼いに加えるのを本格的に検討しておこうか。

 

 

 

 

「何者なんだあのお嬢さん。あんな狙撃出来る奴、この業界にもそんなに居ないぞ?」

 

「だからこの方法にしたんですよ。お蔭で、彼女の銃口に狙われずに済みましたでしょう?」

 

 

 

 

 そんなこいつらでも、やっぱりセシリアの狙撃は恐ろしく感じたらしい。実際、正面からあいつとやり合ったらコイツラもただじゃ済まなかっただろう。だからこそ、アイツの銃口がコイツらに向かないよう、こんな手段を選んだ訳だけど。

 

 

 

 

「ところで、マグマードと話を点けてくれる件は…」

 

「はい、どうぞ」

 

 

 

 

 そう言って手渡した通話中の携帯を手に取り、受話器の向こうに居る彼と言葉を交わす窃盗団のリーダー。通話の相手は勿論、こいつらが前金貰って仕事ぶっちした相手、件のマグマード氏。落とし前も付けずに許すなんて普通は有り得ないが、彼には組織ぐるみで貸しが幾つもある。説得は、割と簡単だった。

 

 

 

 

「感謝する」

 

「いいえ、お安い御用で」

 

「また気が向いたら仕事持ってきてくれ、お前なら、格安で引き受けてやる」

 

「それはそれは、ありがたい話です。覚えておきます」

 

 

 

 

 携帯を受けとり、改めてお目当ての品に目を向ける。勇ましくも美しい女騎士が、聖母の様な微笑を浮かべているこの絵、確かに良い絵だ。元々旦那の知人の遺作で、どこぞの金持ちが安く買い叩いて、公国の美術館に引き渡したものらしいが、明日には旦那の部屋に飾られていることだろう。  

 

 

 

 

「それにしても、随分と高い買い物をしたな…」

 

 

 

 

 今回の出費はこいつらへの報酬が前金と合せて四千万、必要経費が八百万、技術部に頼んだ贋作代が二百万、合計五千万円なり。それで手に入ったのが、売値一千万ちょっとの絵画が一枚。確かに、傍から見れば大損も良いとこだ。だけど…

 

 

 

 

「いいえ、そんなことありません」

 

 

 

 

 だけど俺にとっては、決してそんなことは無い。何せ相手はあのセシリア、今回こそ楽勝だったが、それはアイツがこの業界に身を投じたばかりの素人だったからだ。あまりにモノを知らないが、元々のアイツは頭が良い。学ぶべきものを学び、盗むべきものを盗んだら、きっと化ける。それこそ、俺の地位を脅かしかねないぐらいに。きっと、旦那もそれを踏まえた上で俺と勝負させたんだろうな。

 

 とは言え、俺も負ける気は無い。あの人に憧れ、あの人の力になろうと努力し続けてきたのは俺だって同じなんだ。旦那と知り合ってたかだか一年ちょっとの後輩に対して、こちとら積み重ねること十年。それを思えば五千万なんて金額…

 

 

 

 

「意地とプライドの値段にしては、安過ぎるくらいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

―――そして現在―――

 

 

 

 

 

 

 

「君はエージェントとしてならば、若手の中でも指折りの実力者だ。それに関しては贔屓目無しに、僕自ら保障しよう。だけどね…」

 

 

 

 

 事のあらましを伝えられ、オランジュが意気揚々と部屋を出て行った後も呆然としていたセシリアだったが、フォレスト声にビクリと身体を震わせ、恐る恐る彼と向き合った。そんな彼女に、自室の執務室、その椅子に座ったまま、フォレストは言葉を投げかける。

 

 

 

 

 

 

 

「組織を纏める者としての資格は、はっきり言って皆無に等しい。彼が持っていて君が持っていないモノの数々、それはこの組織のリーダーとしても、オルコット家の当主としても、あまりに致命的過ぎる」

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの笑みを消し、真顔で…

 

 

 

 

 

 

 

「私が、持っていないモノ…?」

 

 

 

 

 声と身体を震わせながら、問いを絞り出したセシリア。その問いに、フォレストは指を一本ずつ立てながら答える。

 

 

 

 

「狡猾さ」

 

 

 

 

 卑怯な手も厭わず、時にはプライドすら捨て、どんな条件下であろうと目的を達成させる知恵。そして、それを可能とする為に常に備え、力を蓄え続ける貪欲さ。

 

 

 

 

「忍耐力」

 

 

 

 

 目的の為ならば自分の身を切り、大切な物すら質に賭ける度胸。どんなにバカにされようが、どんな逆境に立たされようが、最後に笑うのは自分であると、その時が来るまで信じ続けられる精神。

 

 

 

 

「人脈」

 

 

 

 

 仲間、同業者、ただの腐れ縁。人との縁と言う物は、結んだ者の手によって、どんな形にだって変える事が出来る。それこそ手足のように、そのまま自分の力としても…

 

 

 

 

「その人脈を即利用できるだけの、信用と信頼」

 

 

 

 

 無論、縁を人脈に、人脈を力にする為にはすべきこと、必要なことが多々ある。それを知り、実践しなければ、何の意味も無い。

 

 

 

 

「情報」

 

 

 

 

 無知は罪と良く言うが、まさにその通りだ。特に今回、彼女はあまりにモノを知らな過ぎた。この世界の常識も、自分の身の程も、何もかもが足らなかった。だが、何よりも…

 

 

 

 

「何よりも、今の君には『人を見る目』がない」

 

「人を見る目?」

 

 

 

 

 フォレストの瞳が、ジッとセシリアを見つめる。それはこれまで、セシリアが一度たりとも向けられた事の無い暗く、冷たいものだった。

 

 

 

 

「君はオランジュを、彼がどんな人間であるかを、上部だけを見て判断したね?」

 

 

 

 

 相手を侮り、完全に見縊った結果、終始自分はピエロを演じる羽目になった。そもそも本当にオランジュがセシリアの思う通りの人間だったのならば、最初からフォレストが彼を後継者に指名する筈が無いと、少し考えれば分かったろうに。

 

 

 

 

「そして君は、自分の手足として雇った人間が、どんな人間なのか正しく理解していなかった」

 

 

 

 

 挙句の果てには、上っ面の実績だけで相手の人間性を判断し、仕事を途中放棄した挙句に前金を持ち逃げするような奴等を安い報酬で動かそうとして逆に裏切られる始末。おまけに今この瞬間まで、自分が裏切られていた事に気付けなかったと言うから笑える。

 

 

 

 

「組織の長と言うのはね、結局のところ如何にして上手く人を使うか、その一点なんだよ」

 

 

 

 

 上司にとって部下とは、騎士にとっての剣、狙撃手にとっての銃。時に手足となり、相棒となり、半身となり、自分を支え、自分の限界に可能性を齎す大切な存在。だからこそ、彼は問い掛ける。

 

 

 

 

「銃の性能を正しく把握出来ない奴が、優秀な狙撃手になれるものなのかい?」

 

 

 

 

 その問いに、セシリアはただ黙って俯くしか出来なかった。逆にフォレストは、未だ視線をセシリアに向けたまま、口を開く。

 

 

 

 

「いいかい、セシリア。僕に褒められたいとか、憧れているからって言う理由だけでオランジュの立場を狙っているんなら、僕は全力で君を止めるよ。この立場はね、表とか裏とか関係なく、そんな軽い気持ちでやって良いものじゃないんだ」

 

「そんな、軽い気持ちでなんてッ…!!」

 

「今回、少し条件が違ったら」

 

 

 

 

 思わず顔を上げ、反論しようとしたセシリアの言葉を遮り、告げる。 

 

 

 

 

 

 

 

「君は大切な仲間の傍に、平気で敵に寝返るような人間を置いていた。その可能性は、考えた?」

 

 

 

 

 

 

 

 ヒュッと、セシリアが息を呑む声がいやに響いた。それに構わず、フォレストは一切表情を変えることなく、彼女を見つめ続けながら言葉を続ける。

 

 

 

 

「僕達の成否は、目的の達成だけでなく、仲間の命に直結する。その事を、理解していた?」

 

 

 

 

 その問いにセシリアは再び俯き、消え入りそうなくらい小さな声で『いいえ』と答えた。もう今の彼女は、フォレストの瞳を直視できなくなっていた。自分の情けなさと、これ以上、敬愛するフォレストに向けられる眼差しが恐しいのだ。その瞳に、失望の色が浮かんでいるかもしれないと思うと、恐くて怖くて顔を上げられなかったのである。

 

 

 

 

「僕が居座るこの場所は、彼が目指しているこの場所は、全ての仲間の命を預かる大切な場所。それを正しく理解できない君に、この場所を譲るつもりは一切無い。一から勉強して、出直して来なさい」

 

「……はい…」

 

 

 

 

 話は終わりとでも言わんばかりの雰囲気に、セシリアは俯いたまま、ふらついた足取りでフォレストに背を向け、部屋を出ようとする。そして退室しようと扉のドアノブを握ったところで、その手が止まる。

 

 

 

 

(出直して来なさい?)

 

 

 

 

 ふと背後を振り返ると、フォレストは相変わらず椅子に座ったまま彼女を見つめていた。しかしその表情は先程とは違い、いつものニコニコとした微笑を浮かべ、眼差しも見慣れた優しいものに戻っていた。

 

 

 

 

「僕は何も、長い付き合いだからと言うだけで、オランジュを後継者に指名した訳じゃない。それはもう、理解したね? つまり僕の後を任せられるだけの実力と、意志さえあれば、彼だけにこだわる理由も無い」

 

 

 

 

 言うや否やフォレストは椅子から立ち上がり、ゆっくりとした足取りでセシリアの元へと歩み寄ってきた。纏う雰囲気も、随分と柔らかい。

 

 

 

 

「君は優秀な娘だ。まだまだ未熟な点も多々あるが、過ちを認め、反省し、成長するだけの聡明さを持っている。自分に何が足りなかったのか、何を間違えたのか、何を知らなかったのか、改めて良く考えてみなさい」

 

 

 

 

 そして、セシリアの好きないつもの微笑を浮かべながら、そっと優しく彼女の頬に手を添えて、囁くようにこう言った。

 

 

 

 

「オランジュと同じように、君にも期待しているよ。これからも励むようにね、お嬢さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

 

 

 

 さっきとは打って変わり、鼻歌混じりに軽い足取りでフォレストの部屋から出てきたセシリア。そして、見るからに上機嫌な彼女は視線の先に見知った顔を見つけた。

 

 

 

 

(……オランジュさん…)

 

 

 

 

 少し離れた所で、此方をニヤニヤしながら見つめていた。これまでの彼女だったら、単純にバカにされていると思って勝手に憤っていたかもしれない。

 

 だが、今なら理解できる。彼は分かっているのだ、自分が先程、この部屋でフォレストと何を話し、何を言われたのかを。そして、そのやり取りを経て、自分がどんな顔をして部屋から出てくるのか。その全てを予想し、的中させたからこそ、面白そうにニヤついている。

 

 

 

 

(心底悔しいですが、認めます。貴方は間違いなく、おじ様の後継者に相応しい方であると…)

 

 

 

 

 間接的にバカにされているのは変わらないし、腹が立つのには違いが無い。だが彼には、それが許されるだけの実力がある。フォレストに言われた、組織の長として自分に足りないモノを、彼は全て持っている。今の自分では逆立ちしても勝てない、それは覆しようの無い事実だ。だが、それでも…

 

 

 

 

「私、諦めませんわ」

 

「ハッ、上等」

 

 

 

 

 不敵な笑みを浮かべながらも、決してこちらを侮ったりしない力強い瞳。いつものヘラヘラした態度に隠されたその本性に追い抜く日を夢見て、彼女はまた一歩、足を前へと踏み出した。

 

 

 

 

 




○増長して天狗になってる愛娘の鼻をへし折るのが今回の目的の一つ目
○自分に足りないモノを自覚させ、成長を促すのが二つ目
○あまり心配してないけど、どうせ後継ぎ候補は自分しか居ないからと思って安心してないよね?もしそう思って努力を怠っている様なら、後継者の座は彼女に譲るからね?と言わんばかりに釘刺すのが三つ目

さて、次回はこのまま外伝を続けるか、それとも一端本編の方を進めるか……悩む…


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戦力過多な森一派のクリスマス後日談 その1

お待たせしました、クリスマス特別編始まります。

しかし今回は設定の都合上、サブタイの通り去年のクリスマス編の後日談、つまりクリスマス特別編なのにクリスマス終わった辺りの時系列の話になります……自分で言ってて良く分からなくなってきた…;

そして、例によってかなり長くなりそうで、また年明けまで続きそうな予感が既にヒシヒシと…(汗)


 

「すいません、わざわざ折角の休日に…」

「良いよ良いよ気にしなくて、僕も特に予定無かったし」

 

 時は12月末、クリスマスも終わり、世間が年越しに向けてに染まってきた頃。未だに潜入任務続行中でIS学園に在籍中のシャルロットは、同じくフォレスト一派のスパイとしてIS学園に潜入中のヴィシュヌに招かれ、彼女の部屋に来ていた。

 

「で、相談したいことって?」

「えっと、実は私…」

 

 今朝、ヴィシュヌに唐突に声を掛けられ、相談に乗って欲しいことがあると言われたシャルロット。同じフォレスト一派、しかも共通の友人に、自分と同じ代表候補生の肩書。何より二人の基本的に穏やかな性格もあって、良好な友人関係を築くのには大して時間は掛からなかった。そんな彼女に相談したいことがあると言われたので、何事かと気を引き締めて来たのだが…

 

 

「アイゼンさんと付き合うことになりまして」

 

 

 この発言には思わずシャルロットも言葉を失った。表情が笑顔のまま固まり、ピシリと音を立てながら皹が入ったかのような錯覚に襲われた。しかし、無理やり笑みを維持をしたまま小さな咳払いを一つして、念の為にとヴィシュヌに問いかける。

 

「買い物に? それとも、仕事に?」

「いえ、彼氏彼女の関係に、と言う意味です」

「嘘ぉ!?」

 

 思わず叫んでしまったシャルロット。そんな彼女の反応に、思わずあたふたし始めるヴィシュヌだったが、シャルロットとしてはそれどころでは無かった。

 

「そ、そんなに驚かなくても…」

「君達ってまだ付き合って無かったの!?」

「そっちですか!?」

 

 そう、シャルロットとしては、むしろそっちの方が驚きだった。

 

「いや、だって、ええぇぇ…あれだけヴィシュヌが毎日の様にアピールしてたのに、まだくっついて無かったのが逆に驚きなんだけど。て言うか織斑君じゃあるまいし、あのアイゼンが君の好意に気付かない筈がないよね?」

 

 今でこそ皆と馴染んできたヴィシュヌだが、フォレスト一派の庇護下に入るまでの道のりは非常に複雑で面倒なものだった。その過程で同じ亡国機業でありながらフォレスト一派と敵対関係にあるトウ派に命を狙われ何度も危険な目に遭わされたのだが、その度に彼女を救いだし、トウ派の魔の手から彼女の身柄を守り続けたのがアイゼンである。

 その事もあり、ヴィシュヌはフォレスト一派の中でもアイゼンに対して特に心を許している。それどころか、彼に対して好意を抱いているのは火を見るよりも明らかだった。無論、他の仲間達にも充分に優しいが彼に対してのみ、その優しさが明らかに5割ほど増している。その甲斐甲斐しい姿から人知れず『良妻』と呼ばれていたりするのだが、それに気付いていないヴィシュヌはともかく、あのアイゼンが彼女の好意に気付いていないとは思えない。

 

「何度か告白したんですが、『それはただの吊り橋効果の延長だよ、きっとその内に目が醒めるさ』って言って、中々首を縦に振ってくれなくて…」

「ちょっとアイゼンに盾殺しブチ込んでくるね」

 

 真顔でそう呟いて部屋を出て行こうとしたシャルロットを、慌ててヴィシュヌが引き留め、このままでは半殺しにされかねない彼のことをを必死で擁護する。

 曰く、フォレスト一派の庇護下にあるとはいえ自分の意志で組織入りした訳では無いヴィシュヌと、完全に汚れきった自分とでは釣り合わないと思っていた。曰く、まだ若いヴィシュヌには、これから先も多くの出逢いがある。その中で、きっと自分なんかより良い相手と巡り合える筈だと。早い話、『君みたいな良い子が、俺なんかを好きになるな』と言う訳だ。

 しかし、そうやってヴィシュヌの好意から逃げ続けてきたアイゼンだったが、諦めない彼女の前に遂には折れた訳で、結局は彼自身もその選択をしたこと自体は後悔していないそうだ。

 

「だからって、遠ざけるにしたってもっとマシな言葉があるだろうに。恋する乙女の心を何だと思ってるのさ、まったく。オランジュと言いアイゼンと言い、どうしてフォレスト一派の男子って妙なところで面倒くさいかな…」

「実を言うと、その辺もシャルロットを頼った理由の一つなんです」

「え、その辺って?」

「シャルロットはオランジュさんと付き合ってますよね?」

 

 ヴィシュヌの言う通り、現在シャルロットはオランジュと交際関係にある。実に複雑な面も多々あるが、当人たちの関係そのものは実に良好であると言えるだろう。実際、軽い気持ちでシャルロット達にナンパしようとした男が数日後に行方不明になったり、オランジュに軽い気持ちでちょっかいを掛けた女が後日虫の息でゴミ捨て場に捨てられていたりとかするぐらいには。

 そして、そのシャルロットにヴィシュヌはこう言った

 

「私達、恋人同士になったのは良いんですけど、そこからどうすれば良いのか分からないんです。私って、例の癖のせいで色恋沙汰の経験が皆無で、特にデートとか全く…」

「つまり、僕に恋の先輩として、アドバイスをして欲しいということだね?」

 

 その言葉にヴィシュヌは少し顔を赤くしながら、照れくさそうにシャルロットから目を逸らして、両手の人差し指を合わせつつ、小さな声で『はい』と答えた。

 好きな人…アイゼンと念願の恋人関係になれたのは良いが今まで恋愛経験ゼロ、同じ女性として唯一相談できそうな人物はフォレスト一派に入るまで母しか居らず、その母とも現在は気軽に連絡を取る事はできない。そんなヴィシュヌが恋をし、彼氏彼女の関係になりたい一心で少女漫画を参考にしながら全力を注いで念願叶った訳だが、この可愛い顔に似合わず脳筋な少女は、その後のことを欠片も考えていなかったのである。お蔭で、物語で言うとろこの『めでたしめでたし』の後が完全にノープランで、彼氏になったアイゼンとこれまで通りにするべきか、もっと変わるべきなのか、とにかく今後どう接すれば良いのか分からないでいた。ましてやデートなんて特にさっぱりで、彼女単独では一緒にヨガ、もしくは筋トレするぐらいしか思いつかなかったのである。

 そんな彼女に少し苦笑いを浮かべながらも、シャルロットはある種の余裕を見せながらこう言った。

 

「ふふっ、だったら断る訳にはいかないね。分かったよ、僕に任せて」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 1時間後…

 

 

「で、ドヤ顔まで決めて引き受けたは良いものの、独特過ぎる自分達の男女関係を参考にして良いのか不安になって、逆に俺達に相談しに来たと…」

「……うん…」

「て言うか、肝心のアイゼンはどうした。あの万能人間ならデートプランの一つや二つ、割と簡単に思いつくだろ?」

「仕事が忙しそうだから、ヴィシュヌ自身が『私が考えます!!』って言っちゃったんだって」

 

 恋の先輩としての余裕はどこへやら、どんよりと暗い雰囲気を纏ったシャルロットは、現在オランジュとセイスの元に来ていた。さっきヴィシュヌには任せろと言ったばかりだが改めて考えると、自分とオランジュ達の関係は世間一般のそれと比べると普通と呼ぶには少し…否、かなり程遠い。まかり間違っても純情乙女なヴィシュヌが参考にして良いような関係では無いのは確かだ。

 何せ現在オランジュは本人達公認のもと、シャルロット、レイン、フォルテの三人と同時に関係を持っているのだ。

 

「なぁセイス、客観的に見て俺達の関係ってどう見える?」

「何かの選択ミスったら刺されそう」

「刺さないよ!!……多分…」

「シャルロット、そこは断言して欲しかったな…」

「じゃあ、刺す」

 

 真顔で即答したシャルロットに、思わず口元が引き攣るオランジュ。実際、この関係に落ち着くまでの道のりは随分と険しいものだったし、オランジュが比喩でもなんでもなく血を見る羽目になった回数は一度や二度では済まなかった。

 恩と愛を感じオランジュを追いかけてきたシャルロット、かつての想いを捨てきれず元カノからよりを戻したレイン、レインを奪われまいと嫉妬心から睨み続けていた結果、彼の良さに気付いていつの間にか惚れていたフォルテ。そんな三人によるオランジュ争奪戦は、彼が三人を平等に愛することで一応の決着はついたものの、やっぱり好きな男の一番で在りたいと言うのが彼女達の本音であり、今でも水面下で女の駆け引きが日夜繰り広げられている。

 

「それはさておき、まだセイスとエムの方が普通なんじゃないか、彼氏彼女の在り方としては」

「うーん、確かにそんな気はするけど…」

 

 そんなオランジュ達と比べたら、セイスとマドカの関係は至ってまともと言えるだろう。二人の相思相愛っぷりは組織でも派閥に関係なく有名で、隙あらば惚気、いちゃついている。まぁ尤も、元々無自覚にいちゃついていた二人が、やっと互いに意識していちゃつくようになっただけなので、周囲の反応はあんまり変わらなかった。精々、独り身であることに深刻な悩みを抱えている一部の行き遅れ達がトドメを刺されたことぐらいだろう。

 因みに完全な余談だが、この二人、社内報『ふぁん☆たすティック』掲載の『今年の亡国機業ベストカップルランキング』で二位に大差をつけて優勝した。

 

「でも、エムと同じことをヴィシュヌが出来ると思う?」

「無理だろ」

「無理だな」

 

 好きな相手に抱き着く、堂々と自分の男(女)であると公言する、お出掛け=デートが最早デフォルト化、愛を囁くのに躊躇しない、ナチュラルに間接キス、不意打ちでキス…これらは全て、最近のマドカがセイスに、そしてセイスがマドカに行っていることである。超積極的なこれらの行動を、アイゼンとの付き合い方の相談だけであそこまで照れていたヴィシュヌに提案したところで、顔を真っ赤にして首を横にブンブンと振りながら『無理です無理です!!』と連呼する彼女の姿が容易に想像できた。

 

「けれど、やっぱ俺達、全部が全部変って訳じゃ無いと思うんだよな。姉御からもアドバイス貰ってるし…」

「問題は、どこからどこまでが二人の参考になるか、か…」

「もういっそ何も考えず、そのままデートに行けば良いんじゃね? 俺もマドカも、ずっと一緒に過ごしている内に何となく互いの距離感が掴めていった感あるし」

「でも、あの状態のヴィシュヌがこのまま行っても、もの凄くギクシャクする予感しか…」

 

 セイスとマドカの在り方は、一カップルとして間違っていないだろう。そしてオランジュ達の在り方も、本人達が納得してそれなりに満足しているのであれば、それも一つの形としてありなのだろう。結局のところ、一組の男女によるカップルとしての正しい在り方なんてものも、人それぞれと言うことだ。そう考えるとヴィシュヌとアイゼン、二人の恋人同士として最適な距離感と接し方と言う物もある筈なのだが、問題は肝心の本人達が未だにそれを把握できていないと言う点だ。そこをどうにかしない限り、この先どうにもならない。

 

「決めた、こうなりゃ質より量で行こう」

「どういうこと?」

 

 頭を抱える三人だったが、ふとオランジュがそう言った。そしてシャルロットの問いに、不敵な笑みを浮かべながらこう答えた。

 

「デートするのさ、俺達も一緒にな」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 そして翌日…

 

 

「と言う訳で皆さん、これよりカップル限定特別デートツアーを開催しまーす!!」

「「「「「「「イェーい!!」」」」」」」

「「ちょっと待ちましょうか!!」」

 

 彼等の主な活動地域である、IS学園のある街から電車を乗り継いで暫く、その町の駅に私服且つ完全なオフモードで集合した10名もの亡国機業メンバーは約2名を除いて大いに盛り上がっていた。

 朝一でシャルロットに電話で呼び出され、言われるがままに身支度を済ませて待ち合わせ場所に着いたらアイゼンも含めた見知った顔がたくさん居て、極めつけに先程のオランジュの言葉、ヴィシュヌは思わずシャルロットに詰め寄った。

 

「シャルロット、どうしてそうなったんですか!?」

「えっとね、あれからオランジュ達と相談した結果ね…」

 

 どうすれば良いのか分からないのであれば、口で説明するよりも実際に見て貰った方が早い、という結論に至った3人は身内に協力を要請、巻き込まれた彼女達は楽しそうと言わんばかりにノリノリでそれを承諾した。そして、朝一でセイスとマドカがアイゼンを襲撃し、簀巻きにしてこの場所に連行し、ヴィシュヌの到着を全員で待っていたとのことだ。

 

「だからって、全員で来なくても…」

「ごめん、折角の二人きりのチャンスを潰しちゃったのは悪いと思ってる。けど多分ね、ヴィシュヌ達にはこの方が良いとも思ってるんだ」

 

 そう言ってシャルロットは、ヴィシュヌと共にそっと集団から離れ、こっそりと彼女に耳打ちする。

 

「まず、恋人同士によるやり取りの一例が見れます」

 

 耳がピクリ

 

「これだけのカップルが居ると色々なパターンが見れます。つまり真似したいこと、真似できることが吟味し放題です」

 

 目がパチクリ

 

「案外、周りがイチャイチャしてると、自分もこれくらいならって思って普段よりも遠慮や躊躇、自重する気が失せるんだよねー」

 

 一度凄い勢いでアイゼンの方を向いて、再びシャルロットにゆっくりと向き直ったヴィシュヌは、彼女の手を固く握って短く一言、『感謝します』と…

 

「最近のシャルロット、着実にお前に染められていってるな」

「会話してるとたまに、オランジュさんと話してるみたいな気分になる時があるっス」

「言うな、自覚してる」

 

 日に日に口が回るようになってきたシャルロットに、どこか遠い目をするオランジュとレイン、そしてフォルテ。恋のライバルとして互いに火花を散らし、時には手を組む関係にある彼女達。今回の計画は同じ恋する乙女としてヴィシュヌの応援をしたい気持ち半分、丁度良いから自分達もデートしようと思ったのが半分で参加をした。普段は個々で、もしくは4人全員で行ったりすることは良くあるのだが、このようなダブルデートならぬクワトロデートは初めてで、ちょっと楽しそうと思った面も強い。

 セイスとマドカも似たようなもので、特にマドカに至ってはセイスとのデートを楽しむ傍ら、友人達をからかうネタを探す気満々のようだ。今も遠目から分かるくらいにシャルロットの口車に反応しまくるヴィシュヌの反応を見てほくそ笑んでおり、そんな彼女の様子を見てセイスは苦笑いを浮かべていた……無論、手を繋ぎながら…

 

「あの、一つよろしいですか?」

 

 と、そんな時だった。躊躇いがちに、そして酷く戸惑った声が聴こえてきたのは。全員が視線を向けると、そこに居たのは気不味そうに挙手して立ち尽くしているフォレスト一派の財布眼鏡、メテオラだった。

 

「なんで私も呼ばれたんでしょうか?」

「お前の彼女さんが参加したいって言ったから」

 

 そして、オランジュが指差した方向に居るのは、満面の笑みを浮かべる赤毛の麗人、二代目ブリュンヒルデにして亡国機業の客将、アリーシャ・ジョセフタークが悪戯気な笑みを浮かべながら、彼に向かってヒラヒラと手を振っていた。取り敢えずスーツで現れたメテオラに合わせたのか、こちらもすっかり高そう且つお洒落なファッションで身を固めてきていた。

 オランジュに電話で『美味しい話がある』と言われ、その言葉を鵜呑みにしてノコノコ現れたメテオラ。実際は、ヴィシュヌの相談の件を小耳に挟んだアリーシャが、これ幸いとばかりに話に乗ったのである。

 

「あの人は、断じて、彼女じゃ、ありません!!」

「お前まだそんなこと言ってんのか」

「いい加減に素直になれよ」

「そーだそーだ、もっと自分に正直になれヨ、このエロ眼鏡」

「誰がエロ眼鏡ですか、この脳内お花畑!!」

 

 先日のクリスマス・パーティにてアリーシャが幼馴染であり、しかも初恋の相手であったことを暴露する羽目になったメテオラ。本人は頑なに認めようとしないが、確実に今も彼女の事を好いている。あの酒の席で洗い浚いゲロッたこともそうだが、あの後もそれらしい様子が多々目撃された。

 一例を挙げると、アリーシャに食事に誘われると口では嫌そうにしながらも結局は着いて行き、しかも支払いは必ずメテオラが…あの守銭奴が自ら出す。昔の様にアリーシャに手を繋いで引っ張られると、何だかんだ言って少し嬉しそうにする。アリーシャが来ると、更識いもう党の会合があったとしても、アリーシャが帰るまで絶対にその場から動かないなど、彼の事を知る者が見れば心底仰天するような行動が度々目撃されている。

 因みに、逆にアリーシャがメテオラの事をどう思っているのかは、言うだけ野暮ってものだろう。と言うか、彼が幼馴染のエミリオと分かってからの彼に対する接し方でお察し下さい。

 

「ま、取り敢えず行こうか。早速だけど最初はどうする?」

「ご飯」

「いやマドカ、まだ10時だぞ?」

 

 休日の都合上、集まれるのが今日だけで、一時的な集合場所しか決められなかった一行。故に、ここからは行き当たりばったりになる。とは言え幸いなことに、ここに来るまでに町の名所はある程度調べられたので行き先の候補は幾つかある。

 

「荷物持ってうろつくの嫌だから、買い物系は後にしようぜ」

「じゃあ、ご飯」

「お前、さては朝飯食って来なかったな?」

 

 セイス、腹ペコ娘を引き摺るようにして、コンビニへ一時離脱。

 

「じゃあ、まずは遊ぶとして、何にする?」

「ゲーセン」

「カラオケ」

「ボウリング」

 

 二人を見送った残りのメンバーは話し合いを再開、各自行きたい場所を候補として次々と挙げていく。この町もIS学園のあるいつもの街に負けず劣らず色々な施設が揃っており、遊びから食事まで並大抵のことなら不自由しなさそうだ。強いて言うなら、他の町と比べ犯罪や事件の発生率が日本とは思えないぐらいに高いことが少々気になるが、この面子なら巻き込まれたところで正面から捻じ伏せていくだろうから無用な心配か。

 

「ヴィシュヌは何が良い?」

「え…」

 

 オランジュ達が話し合っているのを遠慮がちに少し離れた場所で眺めていたヴィシュヌに、ふとアイゼンがそう声を掛けた。因みに今日、珍しくアイゼンも私服姿だ。半ば仕事着と化しているニット帽を今日は被っておらず、マフラーも首元までしか巻かれていない。つまり、普通に彼の顔が見れた。

 アイゼンはドイツ人と聞いていたが、成程、確かにハーゼやティーガーに似た空気を感じる。だが同時に、二人とは違う柔らかい気配も感じた。そこはやはり、二人とはかなり違う彼の人となりが出ているのかもしれない。

 そんな想い人の素顔を直視して人知れず内心ドキドキしながらも、ヴィシュヌはどうにか口を開く。

 

「えっと、私は皆が良ければそれで…」

「ゲーセン」

 

 唐突にヴィシュヌの言葉を遮るように出てきたその言葉に、彼女は思わず言葉を止め、きょとんとした。それに構わず、逆にアイゼンは言葉を続ける。 

 

「カラオケ、ボウリング、ショッピング、食事……良し…」

 

 そして、アイゼンが何やら満足げな表情を浮かべて頷いた直後、合わせたかのようなタイミングでオランジュが二人に声を掛けてきた。

 

「アイゼン、ヴィシュヌ、お前らの希望は?」

「あ、私は…」

「ボウリングに一票ずつ」

「……え…?」

「はいよー、ボウリングに三票目っと…よし、こりゃ最初はボーリングに決定だな」

 

 ヴィシュヌに被せるように放たれた、アイゼンの返事。オランジュは一瞬だけチラリとヴィシュヌの方を見て小さく苦笑いを浮かべた後、『この期に及んで遠慮せんでも…』と呟きながら、セイス達にこれからの予定を伝えるべく携帯を取り出した。

 あっという間の出来事に、直前まできょとんとしていたヴィシュヌは、今度はポカンとして立ち尽くしていた。その様子にアイゼンは、珍しくどこか焦った様子を見せた。

 

「あれ、違った?」

「え、あ、いや……むしろ、なんで分かったんです…?」

 

 その言葉の通り、実はボーリングをやってみたかったヴィシュヌ。しかし彼女の性格上、どうしても自分の希望を進んで言うことが出来ず、そのまま流れに身を任せるつもりだったのだが、こうしてアイゼンが言ってくれたおかげで、希望が叶ってしまった。

 ただ素直に嬉しいと思う反面、言っても無いし、顔に出したつもりも無いのに、どうして自分の思っていることが分かったのだろうと不思議でしょうがない。

 

「内緒」

 

 自分より年上の筈だけど、悪戯気な笑みを浮かべたこの時ばかりは、彼が無邪気な子供のように見えた。

 

 




○今回のデートツアー参加メンバー(↓)
・セイス&マドカ
・オランジュ&レイン&フォルテ&シャルロット
・アイゼン&ヴィシュヌ
・メテオラ&アリーシャ

○他の馴染みのメンバーは今どうしているのか、それはまた次回に

○そして彼らが訪れた町、実は…







「ルナちゃーん、どこ行ったのかなー、早く出ておいでー」
「……バンビーノ…」
「お、どうしたクーリェ」
「ん」

「ねぇねぇ見せて見せてお願いだから見せてそんなに恥ずかしがらないで大丈夫心配無いよ何も感じる暇も無くすぐに終わらせるからねぇ良いでしょうだから君が隠してるもの全部見せてよ取り敢えずその眼鏡だけでも!!」
「ちょ待っ、何だお前、離せって言うかやめろぉ!!」
「ふふふのふ、良いではないか良いではないか、何度も言うけど大丈夫だいじょーぶ、何も心配は…」

「ルナちゃあん?」
「ひぇッ…!!」

◇◆◇◆◇

「ごめんね」
「い、いや、別に気にしては…いたけど、もう良いよ」

「はい、良くできました。少年、うちの子が悪かったな。御詫びと言っては何だが、これでジュースでも買って飲んでくれ、じゃあな」

「バンちゃん、ごめんなさい」
「気にしない気にしない、でも次はもっと上手くやろうな。例えば、相手に悟られずに見たり、盗んだり、もしくはオランジュみたいに相手から見せたくなるように誘導するとか」
「……反省する部分が違う気がする…」
「良いんだよクーリェ、叩いたら埃だらけなのは、あの眼鏡小僧も一緒だろうしな」
「え?」

「眼鏡は発信機、蝶ネクタイは変声機、腕時計は麻酔銃、見た感じ靴とベルトにも仕込みあり。007も真っ青な玩具で全身フル装備してるような奴が、ただのガキな訳ねーだろうよ」

to be continue


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戦力過多な森一派のクリスマス後日談 その2

皆様、お久しぶりです。
年末年始、色々なことが起きて中々更新する事ができませんでしたが、ようやく落ち着いたので、また暫く以前のペースで更新できるかと思います。

随分と遅れてしまいましたが、今年もよろしくお願いします。


「よっしゃストライク来たぁ!!」

「なんの、こっちもストライクだ!!」

「あー、こっちはスペア」

「やばい、このままじゃ負けル…!!」

 

 今日のデートプランをある程度決めた一行は、早速近場のボウリング場へと足を運んでいた。世間的に冬休みシーズンと言うこともあり、まだ早い時間にも関わらず既に彼ら以外にも多くの客で賑わっていた。

 そこで始まったのは、今日の昼食代を賭けたカップル対抗のチーム戦。

 

「おい阿呆専門、もうちょい根性見せろや」

「無茶言うなッ!!」

 

 そして開始してから暫く、上位2チームと下位2チームの点差は開いて行く一方だった。

 

「うわー、僕達が幾ら頑張ったところで、あの4人が相手じゃ無理だよ…」

「どうするんスか、このままじゃジリ貧も良いとこっス」

「クッ、冷静に考えてお荷物抱えてる時点でオレ達の方が圧倒的に不利じゃん!!」

「お荷物言うな、そして本当にゴメン!!」

 

 チーム分けの基準自体に文句は無い、オランジュ達だけ4人で1チーム扱いなのも別に良かった。現場組とIS乗りのコンビと、裏方(足手纏い)を抱えたチームとで勝負した場合、ここまで差が生まれてしまうと気付くまでは。

 無論、幾らサポート組だからと言っても、虎教官による日頃の訓練の賜物か、オランジュとて全く運動ができない訳では無い。むしろ、このボウリングに関しても世間一般の基準で考えれば充分に上手い方に分類されるだろう。しかし、相手が悪過ぎた。シャルロット達もどうにか奮戦するが、プロでも無い癖に最初から最後までストライクを出し続けるセイスとアイゼン、そして二人には劣るが、シャルロット達と同レベルでストライクを成功させるマドカとヴィシュヌ達が相手では、もうどうにもならない。

 

「このままだと、オレ達とあっちが最下位争いにする羽目になるな…」

 

 渋い顔でそう零し、げんなりとしたレインが視線を向けた先には、もう一つの最下位候補。

 

「エミリオ~、そろそろ格好良いとこ見せてくれないかイ?」

「これでも頑張ってるんです!!」

 

 オランジュ同様、サポート組に所属するメテオラと、二代目ブリュンヒルデことアリーシャのコンビである。こちらも男が足を引っ張る形となっており、決して悪いスコアで無いにも関わらず、いつの間にかオランジュ達と最下位を争う形になっていた。

 

「おーい、もう俺達終わったぞー」

「後はそっちが最終レーン投げたら終了だよー」

 

 そこへ無情にも突きつけられる現実。見ればセイスとマドカ、そしてアイゼンとヴィシュヌ達の最終スコアは同点、つまり同着一位だ。ついでに言うとオランジュ達とは、彼等が最後に連続でストライクを取ったところで絶対に追いつかない程の点差がついていた。

 しかし、しかしである。ふとオランジュがスコアボードを見ると、メテオラとアリーシャのコンビよりも、自分達の方が1点だけ多いことに気付く。向こうもその事に気付いたのか、メテオラもスコアボードを確認した後、こちらに視線を向けていた。そして、二人が考えたことは同じ。

 

((ビリだけは避けねば!!))

 

 この勝負に賭けたものは今日の昼食代だが野郎共にはそれとは別に、彼女達の手前、彼氏として良いとこ見せたいという男の面子が懸かっている。故にセイスもアイゼンもいつも以上に張り切り、一切手加減無しの全力投球だった。ここまできて、自分が足を引っ張ったせいで負けましたなんて終わり方、絶対に嫌だ。

 深呼吸を一つして、集中力を高めたオランジュが立ち上がる。ボールを手に取り、シャルロット達の声援を背中に受けながら位置に付いて、ピンに狙いを定める。

 

「オランジュさん、もしストライクなんて出したら…」

 

 声援に混じって届いたメテオラの呟きなんぞ無視して、腕を大きく振りかぶり、勢いをつけてボールを…

 

「次のボーナスは無しです」

 

 ガーターになった。 

 

「おまッ、お前、ふざけんなメテオラぁ!!」

「おや、どうかしました。日頃の疲れで幻聴でも聴こえましたか、働き過ぎは良くありませんよ?」

 

 フォレスト一派の財布役による一言は余程効いたのか、今日一番の大暴投を見せたオランジュ。即座にメテオラに詰め寄るも、当の本人はシレッととぼけるのみ。そして何より、背中に突き刺さる彼女達の視線の冷たく、痛いこと。3人が今どんな顔をしているのか、見るのが怖くて恐くて振り向けなかった。

 その後、二投目で全ピン倒し、どうにかスペアには出来たオランジュ。これでメテオラがストライクを出し、更に追加で1ピンでも倒せばメテオラ達の勝利、それ以外は全てオランジュ達の勝ちとなる。今日はまだストライクを出していないが、ここに至るまでにようやく感覚を掴んできたメテオラは、次の一投でストライクを出す自信があった。

 

「おいエミリオ」

 

 その集中力は、先程のオランジュを凌駕していた。基本(半ば諦めて)アリーシャ以外に許可していない本名呼びを完全に無視し、アリーシャのからかい染みた声援も耳に入らない。視線と意識は倒すべきピンにのみ注がれ、確実に狙った場所にボールを投げるべく、オランジュよりも洗練された動作で大きく腕を動かし、今彼が出せる全力を持って最後のボールが投げられた。そして…

 

「お前アリーシャさんのこと、”リーシャお姉ちゃん”って呼んでるんだって?」

 

 ボールは隣のレーンに飛んで行った。

 

 

◇◆◇

 

 

「良いですか、確かにこの人のことをそう呼称していた時期がありました。しかし、それはあくまで子供の時の話であって、今はもうそんな呼び方は一切していません。分かりましたか、分かりましたね、て言うか分かんなくても分かれ」

「はいはい分かったよ、だからもう落ち着け」

 

 結局、最後の大暴投が決定打となり、最下位はメテオラ&アリーシャチームとなった。そして、ボウリング大会が終わった彼らは賭けの約束通りメテオラの奢りのもと、この近辺でそこそこ有名なパスタ専門店、『Ⅰ&A』に足を運んでいた。最近オープンしたばかりにも関わらず、料理の味と、経営者の二人が超美形な若夫婦であることが話題を呼び、今ではすっかり街の名所と化していた。

 合計10人もの大所帯にも関わらず、運の良い事に10人用の長テーブルが開いており、シャルロットとレインとフォルテが席決めで少し揉めたものの、何とか5人ずつ向かい合う様に座る事ができた。しかし、当然のように男女で向かい合うように(数合わせとジャンケンの結果、レインはオランジュの隣に)座ったのだが、傍から見ると合コンやってるようにしか見えない。

 

「そもそも貴女も貴女ですよ、アリーシャ・ジョセフターク!!」

「ん、何がだイ?」

「人の黒歴史を勝手に暴露しないで下さい!!」

「……ふーん、そう…」

 

 先程オランジュに暴露されたことは余程皆に知られたくなかったのか、席についてもメテオラの機嫌は直らなかった。怒りの矛先はオランジュだけでなく、遂にはその情報源であるアリーシャにも向いた。

 ところが、メテオラがアリーシャを指差してそう言った途端にアリーシャの目つきが変わり、その様子にメテオラが一瞬怯む。 

 

「な、何ですか?」

「エミリオにとって私との思い出は、両親のこと並に思い出したくない物事に含まれるんだネ」

 

 酷く悲しそうに呟いて、アリーシャは顔を俯かせてしまった。その彼女らしからぬしおらしい姿に、メテオラはギョッとして狼狽えまくり、動揺してどうすれば良いのか分からないのか、席を立ち上がってオロオロし始めた。

 

「あ、いや…べ、別にそこまで言ってません!! ただ、やはり年頃の男としては、その手の話題に触れられるのは些か恥ずかしいと言うか、何と言いますか、えーと…」

「昔は私を見つけた途端に泣きべそかきながら『リーシャお姉ちゃん』って駆け寄って来て、そのまま私に抱き着いたと思ったら鼻水垂らしながら太陽のような眩しい笑顔を…」

「だからやめてって言ってるでしょうがそういうのおおおぉぉぉぉ!!」

 

 アリーシャの正面に居るメテオラには分からなかったが、彼以外の全員が、俯いたアリーシャが悪戯気な笑みを浮かべながら舌をチロリと出しているのが見えていた。

 

「完全に遊ばれてるね、メテオラ」

「ありゃ将来、絶対に苦労するな」

「二代目ブリュンヒルデは小悪魔、っと」

「フォルテ、何をメモしてるんだ」

 

 余談だがフォレスト一派は最近、彼女の事を『からかい上手のアリーシャさん』と呼んでいる。

 

「で、注文決まった?」

「仔牛肉のボロネーゼ」

「私は季節のフルーツトマト入り冷菜パスタ」

 

 そうとも知らずに慌てふためくメテオラを尻目に、残った面々はそれぞれ注文を始める。何だかんだ言って先程のボウリング大会では体力を使い、店に入ってからは充満する料理の香りで更に食欲を刺激され、既に全員が空腹を感じていた。マドカに至っては、シレッと3皿頼んでいた。

 そんな中、ヴィシュヌはふとメニューから顔を上げ、正面に座るアイゼンへと声を掛ける。

 

「アイゼンさんは、何にしました?」

「うーん、サーモンとズッキーニの生クリームパスタにしようかな」

 

 因みに茹で加減はベンコッティで量は少なめ、食後の紅茶は砂糖一つである。

 

「あ、私もそれにしようと思ってました。美味しそうですよね」

 

 これにしようかなとは思っていたものの、他の料理も美味しそうでいまいち踏ん切りがつかず、参考までにアイゼンは何にするのか訊いてみたら、まさかの同じもの。

 特に意味も理由も無いが、何だかちょっと嬉しくなったヴィシュヌ。しかしアイゼンはヴィシュヌが自分と同じ料理を頼もうとしていたと知ると一瞬だけキョトンとし、その後クツクツと笑い始めた。

 

「どうしました?」

「実はこの店には、とあるジンクスがあるんだ」

 

 アイゼンは周囲の様子…特にセイスやオランジュ達に気付かれないようにしながら、ヴィシュヌのことをこっそり手招きする。それに従ってヴィシュヌが席から少し身を乗り出すと、同じように身体を席から浮かせたアイゼンが彼女にこっそりと耳打ちした。

 深く考えずに動いてしまったが、良く考えるとこの状況、結構恥ずかしい。なんか遠くで『ちょっとイスカ、お客様にデレデレしないで!!』とか、『いや、普通に注文聞いてただけだよ!?』と言う店員同士の声が聴こえたような気もするが、アイゼンに耳元で囁かれているせいか落ち着かず、しかし顔が熱くなって頭に入って来ない。

 

「意図せずに同じパスタを注文した男女は、互いに敵同士だったとしても、どんな困難も乗り越えて最後には必ず恋が成就する、らしいよ?」

 

 けれども、この言葉だけは、しっかりと頭に残った。

 

 

◇◆◇

 

 

「よーし、お土産はこんなもんで良いかな。それにしても、わざわざ特別席のチケットまで贈ってくれちゃって、本当に良い子だぜあの二人は」

 

 一方その頃、町内の大型百貨店、そこにバンビーノとルナ、そしてクーリェの姿があった。

 

「ファニールとオニール、元気かな?」

「そりゃ元気に決まってるさ。けれど明日、クーリェとルナちゃんが会ってあげればもっと元気になる」

「……うん…」

 

 先日、ひょんなことから窮地を救うことになり、交流を持つ事になったコメット姉妹からお礼も兼ねて、二人のライブのチケットが送られてきたのだ。開催は今夜で、会場はこの街。一応本番の前後に個人的に会う時間も作ってくれたそうなので、今日はその為のお土産を買いながら街を散策し、夜まで時間を潰しながら楽しんでいた。

 

「さて、そろそろお昼にすっかね。ルナちゃん、クーリェ、何食べたい?」

「ハンバーグ!!」

「パンが良い」

「んじゃ間を取って、いや両方合わせてハンバーガーで」

「「異議なーし」」

 

 事前に町内の名所を調べといた際、ちょうど近くに美味しいハンバーガーの店を見つけといた。それでは早速行こうと、足を一歩踏み出したその時…

 

「あ、仮面ヤイバーだ!!」

「すっげぇ、こんなところに!!」

 

 声のした方を振り向くと、子供に人気のヒーロー番組『仮面ヤイバー』の主人公、仮面ヤイバーと敵役の戦闘員数名がぞろぞろと歩いているのが見えた。人気のヒーローの登場に、気付いた一般客…特に子供達は大はしゃぎだ。特に最初に叫んだ女の子や、ちょっと(?)太り気味な男の子と、その隣に居たそばかすが印象的な少年は目を凄くキラキラさせていた。

 

「うわぁ、本当だ」

「クーはぶーちゃんの方が好き……バンビーノ…?」

 

 ふとクーリェが隣を見上げると、珍しくバンビーノが真顔になっていた。彼の視線の先には、クーリェ達と同じく仮面ヤイバー御一行様。正義の味方と真逆な存在の彼等だが、フィクションのヒーローまで毛嫌いするような彼では無い。むしろ、普通にアイア○マンもア○パンマンも好きだ。

 そんなバンビーノらしからぬ様子に、ルナも遅れながら気付いた。

 

「バンちゃん?」

「ごめんねルナちゃん、クーリェ、ちょーっとコレ持っててね」

 

 そう言って荷物を二人に手渡したバンビーノは、スタスタと歩み出す。向かう先は、やはり仮面ヤイバー。一体どうしたのだろうとクーリェ達が不思議がっていると、ざわめく客達の歓声に混ざってデパートのスタッフの声が聴こえてきた。

 

「おい、今日仮面ヤイバーのイベントなんてあったか?」

「いいえ、そんな話は聞いてませんが。一応、上に問い合わせてみます」

 

 ハッとしてクーリェが慌てて視線を仮面ヤイバー達に向けたのと、バンビーノが自身の上着のポッケに手を突っ込み、何かを取り出したのはほぼ同時だった。

 

「すいませーん、写真一緒にお願いしまーす!!」

 

 笑顔を浮かべた彼の手には、カメラを起動させたスマホが握られていた。

 

「いや、撮影の類は遠慮して…」

「そんな固いこと言いなさんな、ハイ、チーズ!!」

 

 マナーのなってない外国人観光客のように、相手の話に耳を貸さず、強引に肩を組みながら自撮りでツーショット。暫く彼の撮影を止めようとした仮面ヤイバーだったが、全く言うことを聞いてくれないバンビーノを相手に、遂には諦めて成されるがままになった。

 

「おっと、折角ですからそっちの皆さんも一緒に撮りましょうか!!」

「だから、写真の撮影はやめろって…」

「はい、チーズ!!」

 

 しかも、ようやく終わったと思ったら、今度は戦闘員達とも写真を撮り始める始末。これには流石に我慢の限界だったのか、仮面ヤイバーも声を荒げようとしたのだが…

 

「おい、そこの金髪の兄ちゃん、さっきから自分ばっかずりーぞ!!」

「歩美も仮面ヤイバーと写真撮りたーい!!」

「ぼ、僕もお願いします!!」

 

 思わぬところからの援護射撃…憧れのヒーローとツーショットを撮りまくるバンビーノを羨ましいと思ったのか、さっきの3人が自分達もとカメラやら携帯を手に寄ってきた。しかも、そんな彼らに感化されたのか、それを機にデパート中の子供たちが自分達もと一斉に集まり出した。

 すっかり子供たちに取り囲まれてしまい、動くに動けない仮面ヤイバー達。そんな彼らを余所に、バンビーノは満足気な表情で仮面ヤイバーの目の前に立ち、手を差し出していた。

 

「いやー、良いのが撮れた撮れた。ありがとうございました」

「そ、それは良かった…」

 

 仮面の下ではヒクヒクと口元が引き攣っていたが、それを悟られないように精一杯平静を保ちながら握手に応じる仮面ヤイバー。そんな彼の様子を知ってか知らずか、バンビーノは笑顔のまま口を開いた。

 

 

「でも、その格好でコレ持っちゃダメだろう」

 

 

 そう言って彼の空いている方の手には、一本のナイフが握られていた。 

 

 

「ッ!!?」

 

 見覚えのあるナイフを目にした仮面ヤイバーが取った行動は、慌てて自分の身体を探る事だった。そして、コスプレの下に隠し持っていた筈のそれが無くなってる事に気付いたと同時に、ひたりと首元に添えられるバンビーノの手。傍から見ると、ただ仮面ヤイバーの首を触っているだけにしか見えないが、布越しにも分かるヒヤリとした固い感触が、写真撮影のどさくさに紛れて奪われた、器用に袖から刃の部分だけ覗かせるように隠し持った自身のナイフの存在を嫌でも伝えてきた。

 

「今回は見逃してやる。ただ、俺が帰る前に騒ぎ起こしやがったその時は、分かるな…?」

 

 この日、この場に居た子供たちは誰一人として、その場で仮面ヤイバー(偽)が漏らしていたことに最後まで気付くことは無かった…

 

 




○パスタ専門店『I&A』、出自不明な黒髪の貴公子と、まるでお姫様のような金髪の美女、そして彼女に付き従うメイドの三人が切り盛りする、現在この町で一番人気なレストラン
○噂によると旦那は剣の達人で、奥さんは氷のイリュージョニストだとか。
○イスカとアリスリーゼを知ってる人が、果たしてハーメルンに何人居るか…
○仮面ヤイバー(偽)御一行は、デパートで何か良からぬことを企んでいた模様

次回、そろそろ本格的に巻き込まれて貰うとしましょうか…


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