バイオハザード:パーパルディア皇国終焉の日 (のり弁当(税込300円))
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0.エストシラントは紅い屍衣に包まれた

「ひい、ひい、ひい…!」

 

血と炎に塗れた都市の中を、息を切らしつつ必死に走る男がいる。

男の名はロダム。職業は公務員。より正確には、パーパルディア皇国第3外務局窓口勤務員。

 

「くそ、バリケードを破られるだなんて…」

 

『それ』が起きた時、彼は代休のため自宅にいた。そのため、『それら』がやってきたときも自宅のドアや窓を補強して立て籠もるという対策を取ることができた。

数週間はそれでやり過ごせた。しかし、今日になってついに窓のうちひとつが破られてしまったのである。

となると、もはや出入口の封鎖は無意味となり、彼の自宅は安全地帯ではなくなってしまった。

彼はそれを見抜き、封鎖を破られるや否やすぐに2階から脱出したのである。

 

「あそこなら…たぶん大丈夫…!」

 

彼の目的地は職場である第3外務局。

第3外務局は文明圏外国を担当しているため、当然文明圏外国を相手にすることになる。

ともなると、中には根拠もなく自分らの国力を過信し横柄に出てくる者や、ひどいのになると凶器を振り回そうとするような者すらやってくるのだ。

そのため、第3外務局は第1、第2外務局に比べると警備は厳重であり、その点がロダムの拠り所となっているのだった。

 


 

「あ、あれ…?」

 

どうにかこうにかロダムは第3外務局の庁舎にまで辿り着いた。

しかし、様子が変だ。

ひっきりなしに出入りする職員も、入り口を守る屈強な守衛も、職員らに弁当などを売る商人も、誰もいない。

それどころか、第3外務局庁舎の入り口は開いたまま。簡単なバリケードすら見当たらない。

 

「誰か、誰かいないのか!?」

 

第3外務局庁舎へ入っていくロダム。

 

彼は知らなかった。

 

数週間前、アルタラス王国の方面から飛んできたらしい奇妙な飛竜のような物体。

それが落ちた後、調査に来たのは皇国軍の関係者だけではなく、第3外務局の人間もいた事を。

その人物は調査の後、急激に体調を崩し、そのまま死んだような状態にまでなった事を。

その後、その人物は起き上がり、手当たり次第に近くにいた人々を襲ったことを。

 

それが起きたのが、他ならぬ第3外務局庁舎内だった事を。

 

「ああ、来るな、来るんじゃない…!」

 

自分のオフィスへ来たロダムの前に現れたのは、変わり果てた同僚たちだった。

より正確には、その身体は腐り、理性など一欠片も残されていないゾンビと化した同僚だ。

 

震える足を必死に動かし、もはや同僚どころかヒトとすら言えなくなった存在から逃げる。

が、彼の逃走はすぐに終わった。オフィスから出た廊下にも、変わり果てた同僚がいたからだ。

 

「なんてこった、ライタ…!」

 

彼の同僚でもあり、友人でもあったライタもまた、変わり果てた姿になり、彼へ近づいてきていた。

 

「いやお前、確かに日本の件で精神的にも肉体的にも参ってたけどさ、なんでこんな…!」

 

譫言のようにライタの近況を並び立てるロダム。

友人の惨状に思わず後ずさりする。そして、その背後には…

 


 

結論から言うと、ロダムはまだ幸運な方であった。

彼の背後から近づいてきたゾンビは彼の首筋、ちょうど頸動脈があるあたりに噛み付いたのである。

その結果、出血性ショックによりロダムはほぼ即死した。つまり彼の同僚のように、生きたままゾンビに体中を食い荒らされるという苦痛を味わわずに済んだのである…

 

エストシラントは、もはや生者ではなくゾンビの支配する地獄と化していた。



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地獄の蓋が開くまで
1.とある国際企業


アメリカに本社を置いていた、アンブレラ社。

 

実際のところ、有名な会社であった。かつては世界屈指の製薬企業として、そして今ではウイルス兵器や生物兵器を作り出し、数多の人々を死に追いやった死の商人にしてバイオテロリストまがいの狂気の集団として。

 

とはいえ、それらはすべて過去形で語られる。

 

ラクーンシティの惨劇やB.O.W.の開発、T-ウイルスにG-ウイルス、そして人体実験。

それらがすべて明るみに出た結果、アメリカのアンブレラ本社は無期限の業務停止命令を受け、その命脈を絶たれた。

 

そして幹が枯れればそれに生える枝も同じく枯れるものである。アンブレラ・ジャパン--要するにアンブレラ日本支社--は日本政府から業務停止命令を受けこそはしなかったものの、買収先は当然ながら見つからず、あえなく倒産。

アメリカにおいても世界においても日本においてもアンブレラは滅び去ったのであった。

 

…表面上を見れば。

 

 

ちょっとした例え話をさせていただきたい。

 

あなたの前に、弁当が…昼食でも夕食でもなんでもいいが…がある。この際この弁当はそこらのスーパーなり弁当屋なりコンビニなりで買ったものだと考えてほしい。

あなたは当然弁当に手をつけるわけである。

十数分後、あなたは弁当箱に入った料理をすべて食べ終えた。では、弁当箱はどうするだろうか?

 

返却するものだったり、あるいはちょっと趣向を凝らした、陶器などでできた器とかでない限り、あなたは弁当箱をさっさと処分してしまうだろう。

 

当然である。料理を食べ終えた後の弁当箱に用はない。

 

 

上の例え話の「料理」を「人材、施設、設備、その他諸々」に、「弁当箱」を「アンブレラ社」にそれぞれ置き換えてほしい。

つまりそういうことである。

 

人材やら設備やら何やらは同業他社…例えばそれはアンブレラ倒産後に勃興したウィルファーマ社であったし、例えばそれは製薬企業連盟の理事企業でもあったトライセル社でもあった…に吸収・買収され、アンブレラの手を離れていった。人も資産も無くし、残っているのは悪名だけ、などという惨状のアンブレラを欲しがる物好きなんぞいなかった、というわけである。

 

というわけで、アンブレラの遺産は名前や看板を変えつつ、水面下でしっかりと生き残っていた。

 

それは日本においても例外ではない。

 

アンブレラ・ジャパン本社ビルやアンブレラ・ジャパンの研究施設は最初はウィルファーマ社に、その次はトライセル社アジア支社に、といった具合に、その看板を掛け変えつつも中身はほぼ変わらずに生き残った。

 

従業員も同様であった。彼らの社員証のデザインや社名はアンブレラ・ジャパンのビルや研究所と同じく変わったが、社員証を首から吊り下げる人間は変わらなかった。

 

もちろん、それに気づく者は数多くいた。

その筆頭はBSAAだろう。

 

ラクーンシティの惨劇をはじめとするバイオテロに対抗するため設立され、今や全世界的な組織となったBSAAの支部もまた、日本にあった。

 

もちろんこれにはいくつか理由がある。

BSAAは最初は中国沿岸部に極東における本拠地を置こうとしていたのだが、これは頓挫した。

ひとつは中国政府がBSAAを脅威となる武装勢力と見なし、かねてからBSAAの武装した部隊の中国国内への駐留を拒絶していた事、ひとつは2013年の中国・蘭祥におけるバイオテロにより中国駐留のBSAAの連絡事務所が壊滅してしまった事、そして日本は島国であり、ユーラシア大陸とは陸続きではないあたりが重視された事、またアンブレラ社は中国には研究施設等は持っておらず、その活動は限られていた事などが挙げられる。

このためBSAAは中国政府との関係悪化の回避と安全確保、そして旧アンブレラ・ジャパン関係者の監視などを理由に中国から完全に引き上げ、日本に極東支部の司令部と一部の基地を設置していたのである。

 

彼らの監視対象者のリストには、アンブレラ・ジャパンの代表取締役社長だった五十嵐皓貴をはじめとした数多くの人物が載っている。

その中には、かつてアンブレラ・ジャパン中央研究所の主任研究員だったロデリック・キャンベルタウンという人物もいた。

 

目下最大の問題は、アンブレラ・ジャパン卒業生も、BSAA極東支部も、大半が日本ともども異世界に転移してしまったという点である。



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2.ロデリック・キャンベルタウン

当分はパーパルディア皇国が地獄となるまでを描いていければ。
T-ウイルスによるバイオハザードが起きるのはもうちょい先の予定です。


ロデリック・キャンベルタウンは、世間一般からしたらまず間違いなく悪人に分類される人物だろう。

とはいえ、彼は単なる粗暴犯ではなかった。彼は人を殴りつけた事はなかったし、誰から金品を巻き上げたこともなかったし、酒を飲んで車を走らせて誰かを轢き殺した事もない。

彼を悪人足らしめているのは、その仕事だった。

 

彼はアンブレラの研究者として、T-ウイルスの研究に携わってきた。

その犠牲になったのはもちろん実験用のマウスやらサルやらだけではない。人間も幾人も犠牲にしている。

 

しかしながら、非常に優秀な研究者であるのも確かである。

 

ウィリアム・バーキンやアレクシア・アシュフォードのような天才としか言いようのない一握りの研究者には及びはしないものの、それでもアンブレラに勤める研究者の平均よりも高い能力を有している。

その能力こそが彼をかつてのアンブレラ・ジャパン主任研究員にまで押し上げたのであった。

 

さて、どんな悪人にも美点は意外と存在するものである。その一つは家族への愛情であった。

 

彼には妻子がいる。

アンブレラの元同僚…同僚とはいっても彼は研究者、彼女は事務員であり仕事は全然違ったが…であり、妻のヴィクトリアと、今年中学生になる一人娘のハンナである。

 

交際のきっかけがロデリックの一目惚れであり、またヴィクトリアも満更でもなかったため、交際は順調に進展。1年後に結婚し、2年後に娘のハンナを授かった。

結婚してからも、娘が生まれても、夫婦仲は今でも非常に良好。DVだの浮気だのといったものとは一切無縁。娘の事も深く愛しており、娘も父によく懐いた。

要するに、ロデリックは妻子を溺愛していたし、妻子もロデリックを深く愛していたのであった。

 

ちなみに、彼は法の裁きを受けてはいない。

 

アンブレラ倒産後、彼は旧アンブレラ・ジャパンの研究所共々様々な企業を大手を振って渡り歩いていた。

なぜそんな事をできたかというと理由は簡単、ラクーンシティの消滅やらアルバート・ウェスカーの暗躍やらアンブレラの倒産やらの二次被害により、残されたデータはいつの間にやら一部が破損。

その破損し、復元できなかったデータの中には彼の悪事に関するデータすべてが紛れ込んでいたのである。

 

そんなわけで、表向きにはロデリック・キャンベルタウンという男はアンブレラに所属していたが邪悪ではない優秀な研究者、という事になっている。

2013年にアメリカ・トールオークスと中国・蘭祥で起きたバイオテロでは、犯人グループがネオアンブレラを名乗っていたため、一時的に厳重な監視下に置かれていたがネオアンブレラと旧アンブレラ社がほぼ無関係であることが判明した後はすぐに平常に戻った。

BSAA極東支部からはマークはされていたものの、彼は日本で悠々自適に暮らしていたのであった。

 

 

さて、そんな中。

彼に、というか日本全体に転機が訪れる。

 

2015年。

なんと日本は異世界へ転移してしまったのである。

 

幸い、新しい近隣国家となったクワ・トイネ公国およびクイラ王国は前者は食料、後者は石油資源が有り余る資源超大国であり、かつ2カ国とは友好関係を築くことに成功。

さらにはその2カ国への侵攻を企てていたロウリア王国は日本の介入によりほぼ壊滅、クワ・トイネおよびクイラとの関係は盤石なものとなった。

 

この頃から日本国の海外進出が始まる。

と言っても、もちろんよその国へ侵攻を、というわけではない。

新世界の地学や生物学を研究すべく、下は中高生、上はその道の権威と呼ばれる学者まで、様々な研究者たちが新世界の土を踏んだ。

その中にはロデリック・キャンベルタウンもいた。前歴はさておき、彼は優秀な研究者である事には変わりはない。

それに彼自身、この新しい世界に知的好奇心を燃やしていた。

 

かくして日本は、そしてロデリックは幸先の良いスタートを切ることができた…かに思えた。

 

しかし、ここである国家の存在が出てくる。

クワ・トイネなど3カ国が存在するロデニウス大陸、そして日本列島の北西に存在するフィルアデス大陸。

そしてそのフィルアデス大陸の主とでも言うべき列強・パーパルディア皇国である。

 

拡大路線を進む覇権主義国家であるパーパルディア皇国と日本国は-詳細は割愛するものの-衝突。

そしてついにはパーパルディア皇国が侵攻した国家・フェンにおいて観光のため訪れていた日本の人々が虐殺されるという惨劇が起きたのであった。

これを受け、日本も本格的にパーパルディア皇国と事を構える事になる。

 

さて、前述の日本人観光客虐殺事件だが、犠牲となったのは日本人だけではなかった。

中には転移前から日本に滞在しており、転移に巻き込まれる形でこの世界へやってきた旧世界の外国人…つまりアメリカ人や中国人たち…もいたのである。

そのような犠牲者の中には、ロデリック・キャンベルタウンの妻子もいたのであった。



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3.復讐の始まり

済まない、本当に済まない
だがまだ当分パンデミックは先なのだ…


自衛隊の活躍により、フェン王国の危機は去った。

 

観光客虐殺事件の実行犯といえる皇国軍陸戦部隊とその指揮官ベルトランは陸上自衛隊の攻撃により一兵残らず地上から消え去り、皇国海軍の誇る戦艦や竜母も数百隻が乗員ともども海の藻屑と消えた。

艦隊司令官だったシウスは漂流中を捕らえられ、他の生存者ともども捕虜になり日本国へ送られた。

ついでにニシノミヤコに駐留していた部隊も包囲された末降伏、艦隊の生存者と同じく捕虜となる結末を迎える。

 

かくして、フェン王国からパーパルディア皇国の人間は一掃されたのだった。

 

それに対する日本国へのパーパルディア皇国の反応は…宣戦布告であった。

それもただの宣戦布告ではない。日本人を一人残さず殺す、という殲滅戦の宣告だったのであった。

 


 

『…約70年ぶりに、日本は戦争状態へ突入しました!』

 

日本国内の、ある住宅。そしてその一室。

カーテンは閉め切られ、電気もついていない。明かりと言えそうなものは、パーパルディア皇国の宣戦布告を伝えるニュースを映すテレビくらいのものであった。

 

『敵は民族浄化、つまり私も含めたすべての日本国民を殺すと宣言しています!』

 

暗い室内の壁には、家族写真が掲げられている。

どこかの港で撮られたらしい、大きなプレジャーボートの前に3人の男女が並んだ写真だ。メガネをかけた清潔で温厚そうな黒髪の白人男性。その妻らしき、小柄な金髪の白人女性。そして2人の娘らしい、黒髪な事を除けば母親そっくりの白人の少女。

その大きめの1枚以外にもいくつもの写真が掲げられている。

2人の結婚式の時のものらしい写真、赤ん坊を抱く父親とベッドの上で微笑む母親の写真、小学校の門前に並ぶ、妻とランドセルを背負った娘の写真…

旅行先で撮ったのか、浴衣を着た3人の写真に、娘が動物園でポニーと戯れている写真、大仏を背景にした3人の写真……他にもまだまだある。

 

いずれの写真も幸せそうであった。

 

『日本は一体どうなってしまうのでしょうか!?』

 

机の上には、2つ箱が置かれている。

それは骨壷を収めた箱であった。

 

『繰り返します、約70年ぶりに、日本は戦争状態へ突入しました!』

 

そのテレビを酒瓶片手にぼんやりと眺める男が、室内にはいた。

黒い髭は伸び放題、顔は脂まみれ、そして傍らには空になった酒瓶が何本も転がっている。

 

妻子を失ったロデリック・キャンベルタウンの変わり果てた姿だった。

 

凶報を知らされた彼は、クワ・トイネから日本へとんぼ返りした。

帰ってきた彼を迎えたのは、外務省職員と、骨壷に収められた2人であった。

家へ2人の骨と帰ってきて以来彼は風呂にすら入らず、家に閉じこもり、酒をがぶ飲みしながらテレビをぼんやり見る日々を送っていた。

 

送っていたのだった。

 

「…日本人を皆殺しにする、だって?」

 

目線をテレビに合わせたまま、つぶやく。

 

「じゃあ当然自分らが皆殺しにされるのも、覚悟の上だろうな?」

 

ゆっくりと、ロデリックは立ち上がる。

 

「だったらお望み通り一人残らず地獄へ送ってやるよ…」

 

言うなり、彼は手に持っていた空の酒瓶を壁に投げつける。

酒瓶は半ば砕け、部屋の床に破片が散らばる。

それを意に介する事なく、ロデリックは部屋を後にした。

 

数十分後、ロデリックの姿は、妻子を失う前の清潔で温厚そうな男性に戻っていた。

…顔には笑みは一分子も無い事と、その目に昏い情熱が宿っている事を除けば。

 

そのまま彼は地下室へと向かう。

地下室には、最新式の電子鍵付き冷凍庫が置かれていた。ロデリック以外は妻子でさえもその冷凍庫の暗証番号は知らなかった。

慣れた手付きで暗証番号を入力すると、ロックが解除される。

 

その中には、凍りついたアンプルがいくつも入っていた。



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4.報復への道のり

パーパルディア皇国からの宣戦布告に伴い、日本は個別的自衛権の発動を決定した。

 

手始めに日本はアルタラスに居座るパーパルディア皇国軍を攻撃。

結果、アルタラスに駐留していた皇国軍と統治機構は日本及び蜂起した地下抵抗組織により壊滅。

軍司令官リージャックは戦死し、統治機構長官シュサクは部下ともども地下抵抗組織に捕らえられた末、私刑の果てに無惨な死体を晒すことになった。

 

アルタラス王国の玉座には日本へ亡命中だったルミエス王女がつき、日本は皇国への橋頭堡を確保する事に成功する。

 

そして日本の動きとは関わりなく、ロデリック・キャンベルタウンは動いていた。

 


 

都内某所の雑居ビル、そしてその1フロア。

通された会議室の中で、ロデリック・キャンベルタウンはある人物を待っていた。

と、会議室の扉が開き、目的の人物が姿を現した。黒いスーツに黒ネクタイを締めた、東洋人の男性だった。

 

「ミスター・キャンベルタウン、遅れて申し訳ないね」

「いやいや、急に押しかけた私が悪いんですよ。どうか気にしないでください、周さん」

 

東洋人の男性こと、周。

本名は周洪東。中国人であり、有限会社白虎物流の社長である。

なお、この雑居ビル自体も白虎物流の所有であり、当然この会議室も白虎物流のものである。

 

「で、周さん、例のものですが…」

「うん、バッチリですよ。いくつも仕入れることができました。金額は…こんなもんだね」

「これは…存外安いですね」

「そ。ホントは北の将軍様の国に密輸されるはずだったものでね、正直早いとこ処分したかったのさ」

「では、かねてから話していた通り…」

「ああ、今回は送り先は例の施設じゃないって話だったね。場所は?」

「この地図の場所に。倉庫を押さえてありますからね、そこに搬入してください」

「ふーむ、日本海側の港町、ねえ…了解、上手いこと運ばせてもらうよ。で、地図はどうするね」

「当分は保管してもらいたいですね、もういくらか運んでもらう予定なので」

「なるほど…まさかとは思うけど、ウイルス案件じゃないよね?」

「まさか、全部問題ないものですよ、少なくとも白虎物流さんに運んでもらうものはね」

 

さて、このような会話からもわかる通り、周は単なる物流業者ではない。

その正体は国境を超えた密輸や、非合法な貨物の輸送などを請け負う密輸業者であった。

より正確には、正規の物流業者である白虎物流の裏の顔が密輸業者である、と言うべきだろうか。

 

ロデリック・キャンベルタウンはアンブレラ・ジャパン中央研究所主任研究員だった頃から白虎物流と付き合いがあった。

ロデリックが関わる活動の中には非合法な実験や研究も含まれており、ともなれば当然非合法なものが必要になることもあった。

例えばそれは輸出入が厳しく制限された劇薬であったし、ワシントン条約などのような国際条約で取引が禁じられた生物や品物であったし、海外では認可されていても日本では持ち込み不可とされたものであった。

 

それらの調達に一役買っていたのが、この白虎物流なのである。

 

実際周は密輸においては非凡な男であった。

何しろ様々な国内外の非合法組織…例えば日本の暴力団や中国の三合会、果ては南米の麻薬組織まで…と繋がりがあったり、中国を経由した北朝鮮への密輸などのような大掛かりな仕事までやっているにも関わらず、当局には尻尾を掴ませていないのである。

その理由の1つは、並外れた洞察力であった。

 

「ミスター・キャンベルタウン、ちょっといいかな?」

「何ですかね?」

「もしや、あのろくでなしの国に、何か仕掛けるつもりかな?」

「…なぜまた?」

「妻子を殺された人間が、農業とか始めて港町に隠遁するとも思えなくってね。」

「…もしそうだとしたら?私を止めますか、周さん」

「いや、止めないさ。なぜ私が今こんな格好をしてると思うね?」

「………」

「王くん、いたでしょう」

「王…?ああ、あなたの部下だった、4,50代の人でしたっけ?今では中華料理店をやってる、あの。ハンナはあそこのチャーハンが大好物でしたよ」

「彼の葬式ですよ」

「なんですって?」

「彼には今年で20になる姪御さんがいてね、10年前、彼の兄が死んで以来引き取って面倒見てたんだけどね…」

「…まさか」

「ミスター・キャンベルタウンの奥さんと娘さんと同じく。それに絶望してね、王くん首吊っちゃったんだよ」

「なんてことだ、そんな…」

「喪服は一度目じゃないさ、この前はうちの社員で、王くんの姪御さんと付き合ってた岸本くんの葬式。彼もフェン王国で一緒に殺された」

「あの国、どこまでも…」

「王くんも岸本くんも良い奴だったからね、私もあのろくでなしの国は許せないんだよね」

「………」

「とはいえ、これは個人的な感情だからね、私にできるのはこれだけさ。これ以上協力はできない、せいぜい必要なものを提供するだけさ」

「ああ、結構ですよ。こいつは私が勝手にやることであって、他の人の預かり知らぬ事ですからね…」

 

会話が終わり、商談も終わり、ロデリックは白虎物流のビルを後にする。

 

その後自宅に戻ると、彼は様々な準備をした。

 

数週間後、彼は自分の車の運転席に乗り込んだ。

トランクと後部座席には必要なものを詰め込み、助手席に家族の写真を置き、カーナビを起動させる。

目的地は日本海側のある港町。白虎物流に依頼した送り先であった。

 

彼が自宅へ戻る事は二度となかった。



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5A.D-Day

日本の攻撃などを受け、第二文明圏の大国・ムーは皇国に滞在しているすべての自国民に退避を命じた。

無論、巻き添え被害を警戒してのことであったが、パーパルディア皇国はそうは思わなかった。

要するに、本当の敵はムーであり、日本は単なる傀儡だと思い込んだのである。

 

そしてパーパルディア政府はムー大使を呼びつけ…ようやく真実を思い知ることになる。

 

日本は民間人を傷つける事は良しとしない。

事実、正史においては日本が攻撃したのは工場や軍事基地のみであり、市街地を民間人もろとも焼き尽くすような真似はしなかった。

そのため、ムーが退避命令を出さず、多数のムー国民が皇国に残っていたとしても、おそらく死傷者はごく少数で済んだだろう。

 

だが、この世界においては全面的に正しい決断であった。

 


 

2016年8月1日。

ロデリック・キャンベルタウンはアルタラス島よりさらに南東の洋上にいた。

より正確には、洋上に浮かぶ、彼の所有する大型プレジャーボートの船内にいた。

 

プレジャーボートの船内には、多くのものが積まれていた。

冷凍ケース、いくつもの空になったケージ、いくつもの特殊な消毒薬の大きなボトル、バイオハザードマークの入った透明な箱に詰められた、多くの使用済み注射器に空のアンプル、そしてちょっと大きめの菓子折りくらいの黒い箱…

ロデリック…彼はHAZMATスーツを着込んでいた…は、机の上に置かれた、唯一まともと言えそうなもの、妻子の写真を見つめていた。

 

「トリア、ハンナ、後先考えずに、こんな事をしようとしている私を軽蔑するかい?」

 

無論、答える者はいない。この船にいるのは、彼だけだ。

 

「あのろくでなし共は、日本を滅ぼすつもりだそうだ。日本人を皆殺しにするんだとさ」

 

他人事のように話すロデリック。事実、彼にとってはもうどうでもいいことだった。

 

「だったら、彼らが逆にやられても文句は言えないと私は思うよ。だがまあ、そんなことはどうでもいいんだ」

 

写真立てに触れ、続ける。

 

「奴らは私から君たちを奪った。いや、君たちのこれからを何もかも奪った。私はどうしても許せないんだ。例え、全世界が私を罵り、ついでに地獄行きになるとしてもね」

 

苦笑し、写真立てを机に置き直す。

 

「いや、私は今までやってた事がやってた事だ、地獄行きはとうに決まっているだろうね」

 

椅子から立ち上がる。

 

「せめて、君たちが天国に行っている事を祈るよ。また会おうとは言わない、少なくともこれだけでも、地獄行きの切符は予約済みだからね」

 

 

船内から外に出る。

 

 

平らな部分には、空色に塗装された高性能なUAVが設置されている。

白虎物流から仕入れたのはこのUAVだった。性能は北朝鮮への輸出が禁じられているほどであるから折り紙付き。

ちなみに、このUAVは数年前旧世界で起きたバイオテロ事件「テラグリジア・パニック」で使用されたものを小型化した系列機でもある。

 

本来ならば農薬などが搭載されるのだが、今回この機に搭載されているのはそんな無害なものではなかった。

T-ウイルスに感染したマウスの大群とT-ウイルスのエアロゾルである。

 

GPS巡航システムにより、UAVは入力された地点へ向かって飛行する。

そして入力された地点に到着し次第、このUAVは上空からマウスとエアロゾルを地表へとばら撒く。T-ウイルスの感染源を。

なおGPSであるが、幸か不幸か日本の打ち上げた衛星により、このUAVに限らずGPSはある程度機能を回復していた。そのためこんな手段が可能となっていたのである。

ついでに目標地点に到着し、荷物をばら撒いた後、このUAVはマウスどもとは別に搭載されたテルミットとダイナマイトで自爆するようにセットされている。証拠隠滅と滅菌の準備もばっちり、という念の入れ用であった。

 

すなわち、ロデリックが目論んでいるのは、パーパルディア皇国への大規模なバイオテロであった。

T-ウイルスを複数機のUAVでパーパルディア皇国…特に首都であるエストシラントと工業地帯であるデュロ周辺…へばら撒き、T-ウイルスによるパンデミックを起こす。

それでもって皇国の中心部と工業地帯を破壊し、あわよくばパーパルディア皇国を滅ぼす…

それがロデリックの計画であった。

 

「やれやれ、周社長には感謝だな。こんなのをおまけに付けてくれるなんて」

 

ロデリックの手元には、フィルアデス大陸南部…すなわちパーパルディア皇国の含まれる範囲の地図があった。

それもただの地図ではない、日本列島を基準に地球の緯度経度を強引に落とし込んだ地図だ。

すなわち、これを参考にすれば容易にGPSの設定が可能なシロモノであった。

それを参考にしつつ、UAVに航路を入力する。

 

そして数十分後、UAVは飛んでいった。

 

災厄の始まりであった。



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災厄の始まり
5B.奇妙な飛竜


この日、皇都防衛隊とデュロ防衛隊の竜騎士たちは、国籍を表示していない奇妙な飛竜と遭遇した。

翼を動かすことのない、小型の飛竜だ。どちらかといえばムーの飛行機械の方が近いかもしれない。

 

複数体侵入してきた国籍不明騎の発見は遅れた。何しろ通常のワイバーンなどと違い、魔力は一切放っていなかったのである。

そのため魔導探知レーダーには表示されなかった。

 

「…ん?なんだアレは…?」

 

国籍不明騎を最初に発見したのは皇都防衛隊所属の竜騎士・ベルティオだった。

 

「こちらベルティオ、南西の方向から何か妙なものが来ているように見える、確認してくれないか?」

 

仲間に魔信で呼びかける。

そしてたちまち、確認の報告が入る。彼の見間違いではなかったのだ。

 

『もしやあれは…日本国の騎か!?至急確認を…』

 

続けようとするが、奇妙な飛竜…それらは複数体いた…はとんでもないスピードで飛行してくる。

 

『まずい、全員避けろ!』

 

隊長であるコルソの号令の元、ワイバーンオーバーロードの隊列は奇妙な飛竜を避けるように散開する。

…が、奇妙な飛竜はワイバーンオーバーロードには目もくれず、そのまま飛び去っていく。

皇都エストシラントの方向へ。

 

『なんだったんだあいつは…』

『ぼうっとしている場合ではないぞ!奴は皇都へ向かっている!』

『こちら第17竜騎士団第4飛行隊!本部に告ぐ、未確認飛行物体が接近中!おそらく皇都へ向かっていると思われる!』

 

奇妙な飛竜を、ワイバーンオーバーロードが追う。

が、異常に性能がいいらしい奇妙な飛竜になかなか追いつけない。

 

そうこうしているうちに、奇妙な飛竜はエストシラント上空に到達していた。

そして飛竜たちのうちいくつかの腹が割れ、何かをばら撒いた。

 

『くそ、なんてこった!何か落とされたぞ!』

『こちら第17竜騎士団第4飛行隊!本部応答せよ!』

『こちら本部、何があった?』

『先程報告した飛行物体が皇都西側に未確認物体を投下!至急民間人を避難させられたし!』

『こちら本部、了解した!』

 

奇妙な飛竜を追いかけるのに必死な竜騎士たちは気づいていなかったが、投下された物体は爆発する事はなかった。

…その代わり、ひしゃげたケージからは何かが出てきていたが。

 

『もうちょっとだ、この野郎…!』

 

一方その頃エストシラント上空。奇妙な飛竜を追跡する竜騎士の1人・テオフィ。

彼はまだ腹が割れていない奇妙な飛竜を追跡していた。もうひと踏ん張りでワイバーンオーバーロードの射程圏内に収める事ができる。

と、次の瞬間。

 

奇妙な飛竜の腹が割れ、異形の装置が姿を現した。そして異形の装置から、緑色の煙が噴出する。

当然全速力で奇妙な飛竜を追っていたテオフィは避ける暇もなく、相棒のワイバーン共々もろに緑色の煙に突っ込んだ。

 

『おいテオフィ!テオフィ!?』

『ゲホゲホッ、なんとか無事だ、ああくそ、気色の悪い…』

 

高い練度を誇る皇都防衛隊所属なだけあって、アクシデントにあっても少しふらついたくらいですぐに体勢を立て直した。

この辺りは皇都防衛隊の面目躍如と言うべきだろう。

 

『この野郎!』

 

テオフィの追っていた奇妙な飛竜を追う者がまた1人。

同じ部隊に所属する竜騎士であり、隊一番の腕利きであるパルドゥラである。彼は一旦上昇し、直後に急降下し重力を加速に利用することで、緑色の煙を吐き続ける奇妙な飛竜に追いついたのである。

 

『よし今だ、やれ!』

 

相棒に指示を出す。

直後、ワイバーンは火球を吐き…見事奇妙な飛竜に命中した。すると。

 

明らかに火球だけの威力ではない爆発を起こし、奇妙な飛竜は四散した。

 

『ぐわ、痛っ!?』

『おいどうした、無事かパルドゥラ!?』

『今のところは、隊長!あいつの破片が飛んできたんだ、俺はともかく相棒が心配だから一度離脱させてくれ!』

『許可する!それと各員、奴に攻撃する際はできるだけ距離を取るんだ!』

 

彼らの練度は相当なものであった。

当然といえば当然である。何しろ、列強パーパルディア皇国の皇都の守備という大任を預かる身である。

故に、奇妙な飛竜側の損害も大きい。数体が彼ら…魔信を受け、第一発見者である第17竜騎士団第4飛行隊以外の面々も駆けつけていた…により撃墜された。

 

しかし全滅はしていない。

生き残りの奇妙な飛竜共は投下や散布を終えたのか、そのまま北方へと悠々と去ろうとしていた。少なくとも、竜騎士たちからはそう見えた。

 

『奴らめ逃がすか、1騎たりとも生かして帰すな!』

 

コルソ隊長の号令の元、エストシラント上空から飛び去ろうとする奇妙な飛竜を追う。

が、しかし。

 

エストシラント上空の空域から離脱した数分後。

 

奇妙な飛竜は、すべて大爆発した。

 

『…は?』

 

確かに1騎も残らず奇妙な飛竜は消え去ったが、殺気に満ちていた竜騎士たちは拍子抜けする他なかったのだった。



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6.御前会議

風邪で轟沈してたりしましたがわたしは元気です
40度なんて何年ぶりだろうか…


パーパルディア皇国の皇都、エストシラント。

その中心部に位置するは、皇帝の住まうパラディス城。

 

パラディス城の大広間においては、昨日正体不明の飛竜が侵入した事に関する御前会議が開かれていた。

栄えある皇国の皇都、その上空を侵された事への皇帝の怒りは当然ながら、深い。

 

…と言いたいところであるが、実際のところはそうではなかった。

 

「アルデよ、念の為問うぞ。件の飛竜は、まず我が国の領空に侵入した。それを哨戒していた竜騎士が発見した。この時飛竜から直接竜騎士には攻撃はなかった。ここまでは合っているな?」

「さようでございます陛下。件の飛竜は魔力を発していなかった故、竜騎士が目視するまで発見できなかったのです」

「次に、その飛竜は皇都西地区にかごのようなものを落とした。また、別の飛竜は緑色の煙を撒いた。今のところは飛竜による攻撃による被害はない、と。これも合っているな?」

「は、現在詳細は確認しておりますが、今のところはかごのような物が当たった怪我人すらもございません」

「そして、皇都上空から離れてすぐに爆発した、と」

「は、さようにございます。既に竜騎士たちからも、攻撃していないのに勝手に爆発した、という証言を複数得られております」

「で、地上に投下されたかごからは、ネズミが何十匹も出てきた。ただし、それだけと」

「は、確認はしましたが、特に魔獣だったり、あるいは魔術で強化等がされた形跡もございませんでした」

「………」

「………」

 

とまあ、あまりに被害(?)が微小かつ奇妙だったこともあり、皇帝以下皇国幹首脳部の感情は怒りよりも困惑が強かったのである。

皇帝ルディアスも、その傍らのレミールも、報告する皇国軍総司令官アルデも、さらにそれぞれの席につく閣僚達も…揃いも揃ってクエスチョンマークが頭の上に浮かんでいるような有様であった。

第3外務局局長であり、密かに日本国と通じているカイオスもまた、同様であった。

 

(やはり誰もアレが何なのかわからんようだ、私もそうだしな…)

 

件の飛竜が来た後、カイオスはこっそり無線機を通じて日本国へ問い合わせたのである。

日本は皇国へ直接攻撃を加えたのか、と。答えは当然否。

一応配下の者に飛行中のそれの魔写は撮らせ、さらに墜落した残骸の調査にも当たらせ記録は取ったが、まだ日本には情報を提供できていない。

 

「…アルデよ、そういえば聞いていなかったな。その飛竜の国籍は確認できたのか?」

「遺憾ながら、できてはおりません。なにしろ国籍がわかるような記章や旗の類は一切なかったのです」

「そうか…件の、日本のものである可能性は?」

「実際のところ、可能性は大きいかと。皇国は日本へ宣戦布告をしましたし、かの国はワイバーンを持たない、ムーに近い機械文明の国でありますゆえ」

「そうだとすると日本の国章が入っていない理由がわからんな…まあいい、さしあたり、件の飛竜の残骸を引き続き調べよ」

「心得ました」

 

アルデを目で促し、着座させる。

次にルディアスが目を向けたのは、エルトにカイオス、つまり外務局局長らの方だった。

 

「エルトにカイオスよ、そちらには日本からは何も連絡などは入っていないのだな?」

「は、日本からは何も。外1の方は?」

「こちらにも、一切連絡は入っていません」

「試みに問うがカイオスよ、日本以外にあのような飛竜を飛ばしそうな国はない、ということで間違いはあるまいな?」

「は、ロデニウス大陸の3国はいずれもマスケット銃すら配備していない程度の国でありますし、他の…例えばフェンにアルタラス、そしてガハラもあのような機械飛竜の製造技術は持っておりません」

「そして、機械文明の国のムーはといえば、日本のほうが遥かに優れた技術を持っている、と」

「ともなれば、やはり日本でしょうか」

「そう考えるべきであろうな、なぜ国籍表示をしていなかったのか、そしてネズミや妙な煙をばら撒くだけで終わったのかというのが引っかかるが…」

 

結局この日の会議の結論としては、軍及び各外務局には件の飛竜の残骸の調査と日本の動向の調査を、そして統治機構は放たれたネズミは見つけ次第捕殺するよう命じられたにとどまった。

無理もない。

 

何しろ、この時点ではことが起きているのはごく末端、ごく少数だけだったため、まだ幹部の耳には入っていなかったのである。

しかし、それは確実に起きていた。

 

例えば、皇国軍皇都防衛隊竜騎士団の兵舎や、第3外務局などで。



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7.臣民統治機構(下水道管理部門)職員の会話

「なあポルテス、お前例のアレはどのくらい始末したよ?」

「例のアレじゃわからん、なんでもかんでもアレとかソレとかって表現するのはお前の悪い癖だぞ?」

「アレだよアレ、上からお達しのあった白いネズミの件だよ」

「ああ、あのネズミの件か。てっきり下水道に放り込まれてる生ゴミの山の件かと思った」

「まあ、アレも大変だよな、おかげで虫が湧きまくってるし。迷惑な話だ…で、ネズミは?」

「2匹始末した。昨日1匹、今日も1匹。いや、なかなか見つからないもんだな」

「俺も似たり寄ったりだな。まあ俺は一昨日1匹、昨日は0で今日1匹だけどさ」

「確か、飛んできた国籍不明騎がばら撒いたんだっけか?」

「ああ、いくつかの騎が落としたカゴからわんさか出てきたんだそうだ。ついでにそこらにはその衝撃で死んだネズミも散らばってたそうだ」

「詳しいな、見たのか?」

「いや、俺じゃなくてベスダが見た。で、俺はあいつから聞いた」

「へえ、あいつ直接見てたのか…そういやあいつここのところ見ないな」

「ああ、体調不良でここ3日くらい休んでるぞ」

「え、あの筋肉のカタマリが風邪引いたのか?珍しいこともあるもんだ」

「まあなあ、てかそれ以前に変な国籍不明騎がやってきた事も十二分に珍しい事じゃないか?」

「そういやそうだな、軍の連中は何やってんだ?ワイバーンオーバーロードなんてシロモノまで持ち出してるってのに」

「あの騎、日本のだって噂があるぞ」

「日本、ねえ…実際どうなんだろうな」

「少なくとも軍は日本だと疑ってるらしい。カゴが落ちたあたりと、自爆した飛竜が落ちたあたりは全部軍に封鎖されてるそうだ」

「全部って…西の、割と広い大通りにもカゴ落ちてたよな。そこもか?」

「ああ、そこも含めて全部さ。ほら、庶務課のレマクさんいるだろ?その近所に住んでるそうでな、おかげで通勤時間が伸びたってぼやいてたよ」

「なんというか、厳戒態勢だなあ。皇都防衛隊の兵隊連中もピリピリしてるしな」

「それと、日本を疑ってるのは軍だけでなく外務局もらしいぞ」

「へえ、外務局が?」

「さっきさ、ベスダが例の飛竜が落としたカゴとか見たって言ったろ?」

「ああ、それで?」

「外1か外3かは知らんが、外務局の人間もそれ調査しに来てたらしい。で…」

「で?」

「よせばいいのに素手でネズミの死骸拾おうとして、まだ生きてたやつに手を噛まれてたってさ」

「アホか!?」

「アホだよな…っておい、あれ…」

「アレ?って…あの色合い、あそこのネズミ、もしかして…」

「やっぱりそうだよな!?」

「3匹目は共同撃墜ってとこか、さっさと始末するぞ」

 


 

「くそ、まだ痛む…」

「ああ、まさかあんな大ジャンプして、しかも噛み付いてくるとはなあ…」

「あのネズミ、というか例の飛竜由来の白ネズミ、絶対なんか変だよな?」

「なんというか、アグレッシブというか、狂っているというか…ともかく随分攻撃的な気がするぞ」

「だな、ベスダもそう言ってた。あいつ身体がでかいからな、5,6箇所も噛まれたり引っかかれたりしたらしいぞ」

「そしてその上風邪ひいた、と。運がめちゃくちゃ悪いな、気の毒になってきた」

「…ちょっと聞いていいか?」

「なんだ?」

「あのネズミ共が現れて以来、なんか普通のネズミ共も攻撃的になってきてる気がするのって、俺の気のせいか?」

「どうだろう、言われてみればそんな気もするし、そうでもない気もするなあ」

「そうか、いや、気のせいならいいんだけどな」

「まあいい、さっさと戻ろうぜ、さっき噛まれたとこの治療もしないとだ」

「だな、ネズミ共がどうたら以前に、ほっといたら破傷風とかになっちまう」



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8.皇都防衛隊竜騎士団の竜舎および兵舎

夜。

当然ながら、軍事施設においては昼夜を問わず警備に当たる兵士たちがいる。

ある者は門の前に立ち、またある者は施設内を巡回する。

 

今晩、レコスは後者の警備要員として巡回をしていた。

彼が今晩割り当てられ、巡回しているのは竜騎士団の竜舎と兵舎のあたりである。

竜騎士団といえば軍の中でも花形。自然とレコスも心身ともに引き締まっていた。

 

と、その時。

 

「…何の音だ?」

 

何か、木を壊すような音がしたのである。

 

「竜舎の方からだ…何が起きてる?」

 

剣を握りしめ、魔導灯をまっすぐ向け、音のする方へ向かう。

 


 

「え、え、ええ…?」

 

音の正体はすぐにわかった。そして、レコスは困惑していた。

 

ワイバーンの1匹が、バキバキ音を立てながら木の柵を食べているのである。

確かにワイバーンは雑食である。だが食べるものは基本的には肉や魚、穀物など常識の範囲内のものだ。

そして竜舎の木の柵は、どう考えても常識の範囲外に位置するものだった。

 

「ええと…どうすりゃいいんだ?とりあえず、飼育係だよな…?」

 

というわけで飼育係を呼んでみたのだが…

 

「待て待て待て、こんなの見たことも聞いたこともないぞ!?」

「そ、そうなんですか…?」

「ああ、俺は見たことがない。いくら腹減ってても木材なんて、なあ…いや、待てよ?」

「どうしたんですか?」

「さっきの聞いたこともない、は取り消しで。文明圏外の…なんて国かは忘れたが、とにかく飢饉があったそうだ」

「飢饉…?」

「ああ。その国はまあ文明圏外にしちゃ国力はあったんで、ワイバーン持ってたんだが、その飢饉の時は当然餌がなくなったらしい」

「ええと、それで?」

「あまりの空腹に耐えかねたワイバーンが、竜舎の建材食いだしたそうだ」

「なんと…でも皇国は列強ですし、そもそも飢饉にもなってないですよね?餌も不足してないはずですよね?」

「ああそうだ、だからわからないんだ。とりあえず餌を追加しよう、俺は様子見てるから取ってきてくれ」

「餌を追加…大丈夫なんですか?」

「早くしろ、さっきの飢饉の話には続きがあるんだ。つまりな、竜舎食って、外に出たワイバーンは次に何を餌にしたと思う?ヒトだよ!」

「えええ…わかりました、取ってきます!」

 

大急ぎで餌の倉庫へ向かうレコス。

それを見送り、次に竜舎の番号を見た飼育係はあることに気づいた。

 

「あれ…そういやこいつ、昼もやけに餌食ってたな…そうだ、随分食欲旺盛な奴が2匹いたんだ。その片割れだ…」

 


 

「ここだ!」

 

一方その頃餌の倉庫に辿り着いたレコス。

が、しかし。扉を開けると、そこには何者かがいた。

 

「だ、誰だ!?」

 

魔導灯を突きつける。

そこにいたのは、レコスのような兵士ですら知ってる人物だった。第17竜騎士団第4飛行隊所属の竜騎士・テオフィ。だが…

 

「…テオフィさん、あんた…何、やってるんですか?」

 

テオフィは、一心不乱に穀物…無論ワイバーンの餌であり、本来ヒトが食べる品質ではない…を口に詰め込んでいたのである。

 

「腹が、腹が減ったんだ…」

「腹が減ったって…夕食、食べてないんですか…?」

「食べた、でも腹減った…ああ、かゆい…」

 

ガリガリと身体を掻きむしりつつ、それでもテオフィは食べるのをやめようとしない。

その異様な様子に鳥肌を立てつつ、レコスは麻袋に入るだけ餌を詰め込む。

 

「今はそれどころじゃないから見なかった事にしますけど、やめてくださいね!?もう消灯時間過ぎてますし部屋に戻ってくださいね!?」

 

レコスはテオフィに一方的に伝え、餌を詰め込んだ麻袋をいくつも台車に載せ、竜舎へ急ぐ。

早くしないと頑固そうな飼育係にどやされるかもしれないし、何より奇行に走っているテオフィからは一刻も早く離れたかったのだ。

 

おかげで、レコスはおぞましい光景を目にせずに済んだ。

彼が逃げるように倉庫から去った後、餌を狙うネズミが現れたのである。

テオフィはそのネズミを見つけると、素手で掴み…そのまま食らいついたのである。

 

ネズミの悲鳴も抵抗も、流れる血も意に介さず貪るテオフィの目には、もはや理性はなかった。



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9.第3外務局庁舎のある部署にて

誤字報告感謝。


「ぎええええええ!!」

 

第3外務局庁舎で、悲鳴が響き渡った。

 

「痛い、痛い、痛い!!」

 

大泣きしながらのたうち回るのは、たまたまその場に居合わせた第3外務局職員だった。

無理もない。

 

彼の二の腕からは、おびただしい量の血が流れている。

しかもよく見ると、出血箇所の筋肉は食いちぎられている。

 

そしてその側では1人の男…彼もまた第3外務局職員だった…が取り押さえられている。

 

「てめえペイゼ、いったい何考えてやがる!?気でも狂ったか!?」

 

このペイゼなる名前の男、どう見ても様子がおかしい。

虚ろな目、真っ青な顔、理性を感じさせぬ表情…つまり、まさしく死人が動いているかのような有様なのである。

そしてペイゼの口元にはベッタリと血が付いている。さらには咀嚼までしている…

 

すなわち、ペイゼは不幸な職員に襲いかかり、文字通り食らいついたところを居合わせた守衛や職員に取り押さえられたのだった。

 

「大人しく、しろ!って、うわあっ!?」

「痛ッ!?」

 

ペイゼは別段体格に恵まれた人物ではない。

どちらかと言えば細身、まあ中肉中背程度の男であり、実際大して力持ちというわけでもなかった。

だが、今の彼はどうか。

 

守衛や職員複数名に取り押さえられつつも、なおも抵抗しているのである。

しかも膂力たるや、以前の彼からは想像もつかないところにまで来ている。現にたった今、職員2人が振り払われてしまった。

 

「もういい、縛り上げろ!それから…ほぼ使ってない文書庫にでも閉じ込めて頭冷やさせろ!」

 

というわけで、縛り上げられたペイゼは文書庫の1つに放り込まれた。無論、外からは鍵をかけた上で、である。

それを理解してるのかいないのか、ドアに体当たりでもしているらしい鈍い音が聞こえる。

 

「クソッタレ、あいついきなりどうしたってんだ?」

「むしろ、ここのところ調子悪そうだったよな?」

「ああ、顔色良くないし、湿疹でもできたのか痒そうにしてたし。でも食欲はあったよな?」

「てかバカ食いしてたよな!」

「昨日の昼、弁当3つ買ってたけど、もしかして…」

「全部食ってたな。昼に」

「…おかしくないか?一体あいつに何が起きた?」

「何って…なんだろう?」

 

彼らは知らなかった。

数日前、奇妙な飛竜の投下した、ネズミで満載のカゴ。

それを調べる際、ネズミに噛まれた人間がいたことを。

 

そしてその被害者こそが、先程暴れまわっていたペイゼであった事を。

 

「まあいい、ともかくお前医務室行って来い、怪我してるぞ」

「え?ああ、いつの間に引っかかれてたか…気づかなかった」

「ここは俺が見張っとく、だから早く行ってこいって」

「すまんな、なるべく早く戻る」

「そうしてくれると助かる、ケーパスはあの調子じゃ当分仕事どこじゃないだろうしな」

「ああ、二の腕血まみれだったもんな、痛そうだ…」

「変な障害とか、残らなきゃいいんだが」

「まったくだな」



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10.怒れる皇帝

「…つまり、現時点では暴動はデュロの工場地帯と、エストシラント西部を中心に発生しているわけだな?それも、数万人規模で?」

「さようでございます」

「しかも、その暴徒どもの中には皇都防衛隊の兵士や、第3外務局の者も多数いる、と?」

「…は」

「…貴様らは何をやっておった!?」

 

皇帝ルディアスから怒声を浴びせられているのは3人の皇国幹部。

皇国軍総司令官アルデ、臣民統治機構長官パーラス、そして第3外務局長カイオス。

彼らは揃って真っ青になり、身を固くして無言で叱責を受けている。

 

皇帝ルディアスは激怒していた。

まさしく怒髪天を衝く、といった有様であり、そのまま用例として辞書に載せてもよいくらいの怒りようだ。

他の皇国幹部の顔色も悪い。いつぞやは他の部署の人間が叱責されているのを見て薄笑いを浮かべていた第2外務局長リウスですら顔色が白っぽくなっている。

 

要するに、その怒りようは近年稀に見る激しさなのであった。

 

「前兆は見抜けなかった、そもそもなぜ暴動を起こしたかもわからんと来たか!」

「面目ございませぬ」

「で、鎮圧は!?」

「現時点ではまだですが、数日以内には完了すると思われます」

「ちい、日本とのいざこざもあるというのに…アルデ!」

「は!」

「属領統治軍をすべて呼び戻せ!全軍を持って皇都とデュロの暴徒を叩き潰す!」

「な、全軍ですと!?」

「そうだ、全軍だ!徹底的に叩き、そして暴動を起こそうと考える不逞な輩を二度と出さぬようにする」

 

思い切った皇帝の決断に対し、まずはアルデが意見する。

 

「お言葉ですが陛下、全軍、となりますと、日本対策についてはどのように!?」

「日本相手についてはしばらく手薄になるのはやむを得まい。暴動など放置しておけば、日本相手に戦うどころではなくなる。内部から潰れるぞ」

「では、全軍をもって、速やかに鎮圧する、と」

「その通りだ」

 

次にパーラスが意見する。

 

「ですが陛下、全軍投入するのは陸軍のみでよろしいのでは?」

「いいや、今回の暴動に関しては即座に、徹底的に叩き潰さねばならん。場合によっては貴様の責任はさらに重くなるぞ?」

「…属領にも、暴動が、飛び火…」

「そういう事だ、だから今のうちに潰さねばならん。それに貴様は何を心配しておる?」

「は、恐れながら、統治軍がいなくなっては属領で叛乱が起こるのでは、と」

「統治機構は何のために存在しておる?叛乱を起こさんようにするためであろうが。それに、属領は既に牙を抜いておるし、属領同士のつながりもない。何を心配する事がある?」

 

煮え切らない表情で黙り込むパーラス。

そんなパーラスとアルデにルディアスは命じる。

 

「ではアルデにパーラスよ、即刻属領統治軍を呼び戻せ!」

「は、は!」

「そしてカイオスよ、配下の暴動の責を取らせる。貴様はさしあたり謹慎だ!」

「………!」

「自邸でしばらく謹慎しておれ。沙汰は追って伝える。後任の第3外務局長は後で考えるとして、当分はリウスに任せる。よいな?」

「は、ありがたき幸せ!」

「………は」

 

これをもって御前会議は閉会。閣僚たちは1人1人立ち去っていく。

と、玉座に腰掛けるルディアスにレミールが問いかける。

 

「陛下、なぜあの3人のうち第3外務局長のみを謹慎処分に?」

「本当のところはアルデもパーラスも同様にしたかったのだがな、奴らには属領統治軍引き上げという仕事がある。日本の件はお前と外1に引き継いだゆえ、カイオスには急ぎの仕事はないからな」

「属領統治軍の引き上げは、他の者でもよろしいのでは?」

「いや、今は日本と事を構えておるし、今はまだ軍と行政の長の首をすげ替えたくはない。奴らとて無能というわけではないし、何より余計な混乱を起こすわけにはいかん」

「今は、と申されますと…」

「ああ、そういうことだ。いずれ奴らも処分せねばなるまいよ。まあ暴動と日本の2つをどう始末を付けるかによって内容は変えるがな」

「ともなると、場合によっては留任もありえるのでしょうか?」

「それはないなレミールよ、今回の不始末は大きすぎる。デュロばかりでなく皇都で暴動だと?聞いた事がないわ」

「まったくもって不逞極まるものですね」

「その通りだ、まあさっさと軍と統治機構が片付けるだろう。心配はいるまい、暴動なぞ気にせずお前は日本をどうにかするとよい」

「かしこまりました、陛下」

 

情報というのは、上に上がるにつれ単純化していくものである。

まあそれは仕方ないことだろう。上に立っているからといって、所詮は人間。リソースには限界がある。

ましてや彼らは列強の最高幹部である。つまり、その部下は数万、数十万人単位なのだ。

ともなると、切り捨てられる情報も多数あった。

 

例えば、「暴徒どもは死人のような形相をしている」とか、「暴徒どもは人に噛み付こうとしてくる」とか、「暴徒どもの中には剣で斬られてもマスケット銃で撃たれても倒れない者がいる」とか。

 

それはそうと、世の中には「塞翁が馬」とか、「禍福は糾える縄の如し」とかといった言葉がある。

後日、カイオスはそれを身をもって知ることとなった。



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11.日本国外務省

この先は感想にお返しをするのが難しくなりそうです(今更な気はしますが…)
どうかご容赦を


日本国東京都千代田区霞が関2-2-1。

ここに、日本国外務省の庁舎は存在する。

 

日本がこの世界にやってきてしまった事により、その職務がハードモードになった省庁の筆頭である外務省。

その変化は内部組織にも現れている。

 

具体的には、新世界の国家との外交を行うための局や室がいくつも設けられた。

例えば、第3文明圏局やロデニウス大陸局、そしてそれらの下にあるロデニウス第一課やフィルアデス第二課など。

なお、場合が場合であるためパーパルディア皇国関係については大臣官房にパーパルディア皇国対策特務室が設けられ、そこに外交関係は集約されている。

 

そんな新設部署の1つである、フィルアデス第一課。

ここが担当するのは、フィルアデス大陸方面の国家である。

とはいえ、現時点では扱っているのはフェン王国やアルタラス王国くらいのものである。

今日のフィルアデス第一課では、ちょっとした騒動が起きていた。

 

アルタラス王国政府より、日本軍…つまり海上自衛隊だが…と、BSAAを派遣してほしい旨の要請があったのである。

 

「日本ならわかるけど、BSAA?なんでまた?」

「ええ、なんでも、奇怪な船が発見された、と」

 

フィルアデス第一課の課長である星野が問い、第二係長…つまりはアルタラス王国担当係の係長だ…である岩崎が答える。

岩崎のもとに届いた内容は、要するに以下の通りだった。

 

・アルタラス王国付近の海域で奇妙な船が漂流しているのが発見された。

・奇妙な船はパーパルディア皇国を含む近隣諸国のものとは似ても似つかず、おそらく日本の船であると思われる。

・船には大きな幕が掲げられており、その幕には警告文が第3文明圏共通語、日本語、そして未知の言語で記されている。

・警告文には乗り込まないよう書かれているため、今の所その船には誰も近づいていない。

 

「…それはまた妙な話だなあ…さしあたり、防衛省にも伝えないと。あのへんにはまだパーパルディアの連中がいるかもだからね」

 

かくして、外務省より防衛省及びBSAAに連絡が入る事になった。

 


 

一方その頃、パーパルディア皇国対策特務室では、フィルアデス第一課での騒動が可愛く見えるような大騒ぎが起きていた。

有力な情報源である皇国第3外務局長であるカイオスが失脚してしまったのである。

 

「謹慎、さらには降格か…いまのところ、捕縛や処刑はされていないと?」

「そのようです。なお処分された理由は件の暴動の責任、とのことです」

「外交畑の人間なのに?」

「正確には、その暴動の参加者に第3外務局の職員らが多数含まれており、その管理不行き届きを咎められたようです」

「ふむ、まだ我々との内通がバレたわけでないなら良かったといえばよかったんだろうが…時間の問題かもなあ」

「ですので、いっそのこと例の計画を実行に移すのもひとつの手段かと」

「アルタラス王国のルミエス女王に、属領の蜂起を焚き付けさせるっていうあれか。たしかになあ、暴動はでかくなってるしいっそ頃合いかもだなあ」

「カイオス氏が失脚した時の会議では、属領統治軍をすべて引き上げるよう皇帝より指示があったとのことです」

「ふむ、となれば…もう少ししたらってところだな。とりあえずアルタラス方面にも伝えないとだな」

 

かくして、その後特務室の提案は関係各所へ伝達されることとなる。



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12.行方

アルタラス島北東の海域。

そこを航行するは、2隻の船。

日本国海上自衛隊の護衛艦と、BSAA極東支部の調査船だった。

 

今回彼女がその海域に姿を現した理由は、1つの通報によるものだった。

 


 

パーパルディア皇国の圧政から解放されたアルタラス王国では、当然ながら漁業も行われている。

そんな漁船の1つが、奇怪極まる船舶を発見したのだ。

 

サイズはおおよそ15から20メートルほど。帆もマストもなく、アルタラス王国や周辺の文明圏外諸国のものでないのは確かであり、パーパルディア皇国のものでもなさそうである。

材質はおそらく金属。少なくとも木造船ではなさそうに見える。

発見時は航行しておらず、どうやら漂流中らしい。

 

そして何より、側面には奇妙なマーク、そしていくつかの言語で警告文が書かれた大きな幕が掲げられていたのである。

曰く。

 

『危険 この船に乗り込むな 日本とBSAAに通報しろ』

 

漁船の乗組員は賢明な選択をした。

つまり、不審船に近づかず、アルタラス王国の当局に連絡をしたのである。

 

そしてこれを受けたアルタラス王国は外交ルートを通じ、日本政府へ通報。

さらには日本政府を通じ、日本と共にこの世界へ来てしまっていたBSAA極東支部へも通報が入ったのだ。

 

かくしてその時手すきだった護衛艦と、BSAAの調査船が問題の船舶がある海域へと派遣されたのである。

 


 

「あれが、問題の不審船ですか…」

「十中八九そうですね。アルタラスから連絡のあった通りの特徴です」

 

護衛艦の甲板から双眼鏡を覗くのは、艦長の新村二佐とBSAA指揮官の小川である。

問題の船は、双眼鏡が必要とはいえ目視できる距離にまで近づいていた。

 

「…本当に連絡どおりの文句が書かれてますね。そしてアレは…生物災害のマーク?」

「ええ、日本語に第三文明圏共通語…そしてなんで英語まで?」

「もしやあの船に乗っているのは英語圏の人間という事かも?」

「まあ、確認できた船舶の情報は本土に送りましたし、もう少しで正体がわかる事でしょう。ですので、もう少し接近は待つとしましょう」

 

程なくして、情報が届いた。

やはり問題の船は日本の船で間違いなかった。

情報の書かれた紙を読み進める新村と小川。そして、2人の目は所有者のところで止まった。

 

「ロデリック・キャンベルタウン…?何者ですかね?」

「…艦長、この艦を絶対にあの船に近づけないようにしてください」

「急になんです?」

「その男は現在BSAAが調査中だった男です。元アンブレラ・ジャパンの人間でした。それも、研究部門の人間です」

「なんですって?では、まさか…」

「ええ、我々の領分である可能性は高い。うちの調査船には、B.O.W.やウイルス対策の設備もあります。まずは、私どもにおまかせを」

 


 

BSAA調査船からボートに乗り込み、不審船に近づくBSAAの隊員たち。

不審船はボートから逃げる素振りも見せない。やはり漂流中らしい。

 

「油断はするなよ、何が出てきてもいいようにな」

 

BSAA特製の防護スーツを着込んだ隊員たちが、隊長の陳を先頭に不審船に乗り込む。

不審船の甲板には、何かの装置がある。それを見て陳は既視感を覚えた。

はて、何だったか。確か海外で見たはずだ。記憶が正しければ、BSAAの欧州本部のどこかしらの施設で。

そして何かの事件に絡んでいたはずだが…

 

不審船内部からは物音はしない。少なくとも、理性なく暴れまわるB.O.W.の類はいないらしい。

扉に近づく。扉に付いた窓に限らず、船の窓はすべてカーテンが閉じられており、中の様子はわからない。

扉を確かめる。鍵は、開いている。

 

「突入するぞ!」

 

扉を蹴破り、銃を構えつつ陳らは突入した。

 

「…クソが」

 

内部にはB.O.W.はいなかった。生きた人間もいなかった。

 

陳らが見つけたのは、冷凍ケース、いくつもの空になったケージ、いくつもの特殊な消毒薬の大きなボトル、バイオハザードマークの入った透明な箱に詰められた、多くの使用済み注射器に空のアンプル。

電源がついたままのノートPCに、ちょっと大きめの菓子折りくらいの黒い、開封済みの箱。

そして。

 

マカロフ拳銃で自らの頭を撃ち抜いた、ロデリック・キャンベルタウンの遺体だった。



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13.ビデオメッセージ

「逃げやがったか…」

 

行方不明になっていた、元アンブレラ・ジャパン中央研究所主任研究員にして、ニシノミヤコ虐殺事件の被害者遺族でもあった、ロデリック・キャンベルタウン。

彼はアルタラス王国北東の海域を漂流する船の上で、自らの頭を銃で撃ち抜いていた。

おそらくは、とんでもない大事件を起こした上で。

 

足元に落ちていた、菓子折りサイズの黒い空き箱…おそらくロデリックが自殺に使ったマカロフが入っていたものだろう…を蹴り飛ばしつつ、突入部隊隊長の陳はある事を思い出していた。

プレジャーボート外部に設置されていた装置についてだ。

 

記憶は間違っていなかった。BSAA欧州本部へ派遣された際に見た。

テラグリジア・パニックでウイルスの散布に使用されたUAVのランチャーだ。

 

と、船内に置かれていたパソコンを確認していた部下が陳に声をかける。

 

「隊長、このパソコン、映像記録が残されていますよ」

「なんだと?」

「日付は…いくらか前ですね」

 

机に突っ伏したロデリックの遺体や、周囲に飛び散った血液の状態から見るに、死後それなりの時間は経過しているように見える。

それらと問題の映像記録データを日付を考えると、ロデリックがまだ生きていた時期に作成されたものである可能性が高い。

 

つまり、自殺する直前のロデリックが残したメッセージかもしれない。

 

「…再生してくれ」

 


 

さて、まずはこれを見ている君は日本の自衛隊か、もしくはBSAAの隊員であるという前提で進めさせてもらう。

もし万が一君がそういった組織の人間でない、一介の民間人ならば…この船から下りるな。仲間とも顔を合わせるな。

その上で日本とBSAAに通報することだ。それが君の仲間と君自身とを救うだろう。

 

では、改めて。

私はロデリック・キャンベルタウン。以前はアンブレラに勤めていて、T-ウイルスなんかの研究にも関わっていた。

それじゃあ本題を。結論から言うと、私はパーパルディア皇国にT-ウイルスをぶち撒けてやった。UAVなんかを使ってね。

より正確には、あの国の首都と工業都市を標的にした。確かエストシラントとデュロとか言ったか。

 

余っていた実験用マウスをいくらか譲り受けたのにT-ウイルスを感染させたものと、それからエアロゾル化したT-ウイルスをそれぞれUAVに搭載した。

で、標的の都市の上空にたどり着いたところでセンサーが反応、自動的にそれらがばら撒かれるという寸法だ。

ああそうそう、UAVにはばら撒き終えたら自爆するよう爆弾も搭載しておいたから、技術流出の心配はしなくていいと思う。

 

動機は妻と娘の復讐だ。調べればわかると思うが、私の妻子はパーパルディア皇国によりフェン王国のニシノミヤコで殺害された。

確かに実行犯共は自衛隊の優秀で勇敢な人々に消し飛ばされたが、あいにく私はそれで気が済むほど器は広くない。

その上、民族浄化まで宣言されてはね。私の堪忍袋の緒も消し飛ぶというものだ。

 

というわけなので、自宅に保管していたT-ウイルスをぶち撒けてやったわけだ。

そうそう、こいつを職場から持ち出したのはもう10年以上前、アンブレラが崩壊した時の事だ。あの混乱ぶりだ、私がこんなものを持っていた事に気づかなかったことについて、BSAAや警察諸君を責めるのは酷だろうね。

ちなみに、そんなわけだから私が使ったT-ウイルスはとっくの昔に遺伝子情報やら何やらが完全に判明しているはずだ。少なくとも日本ではT-ウイルスワクチン…確か名前はデイライトだったかな?の予防接種が義務付けられてるし、日本人なら感染する奴はまずいないだろう。

一応使ったT-ウイルス株の情報をこのパソコンに入れてある。今後の参考にするといい。

 

ああ、心配ご無用。私も一応専門家の端くれだ、こいつを運搬する最中に漏洩、なんて事は確実にないと断言させてもらう。

まあ心配だったら一応運搬ルートでも調べておくといい、このパソコンの中に私がこいつを運んだ…といっても単にこの船が係留されてる港に行くついでに車に載せただけだがね…港に来るまでのルートの情報が入っている。

 

それと、この船についてだが、一応UAVを飛ばした後に消毒やら何やらの後始末はしておいた。たぶんHAZMATスーツを着てなくてもT-ウイルスに感染する事はない、と思う。

ただまあこんな船使いたがる奴もいないだろうし、沖合に出てからとはいえT-ウイルス関係のあれやこれやをしていたのは事実だから、まあ爆薬でも仕掛けて私の死体共々沈めてしまえばいいのではないかな?

 

さて、他に何か言い残すべきことはあるかな…そうだ、パーパルディア皇国以外の人々にはよろしく伝えておいてくれ。

彼らはT-ウイルスの脅威を知らないだろうし、抗体もあるかどうか。そのあたりきちんとしておいてもらいたい。私が地獄に送ってやりたいのはパーパルディア皇国の連中だけであって、それ以外の人々ではないからね。

まあ、パーパルディアの連中には私から直接よろしく伝えておくことにするよ。地獄でね。

 

では言うべき事も言ったし、そろそろお別れの時間だ。

別段この世に未練もないことだし、アンブレラ時代に仕入れたこの拳銃で頭を撃ち抜こうかと思う。

 

それじゃ、諸君。

 


 

「…好き勝手言ってくれる…そして確定だな」

「ということは、やはり、パーパルディア皇国での『暴動』は…」

「ああ、十中八九こいつが起こしたバイオテロ…T-ウイルスのパンデミックだ」

「…えらい事になっちまいましたなあ」

「ああ、えらい事だ、そして下手すりゃもっとえらい事になるぞ、フィルアデス大陸まるごと全滅だ。本部に連絡するぞ、『パーパルディアの件はT-ウイルスを利用した、大規模なバイオテロでした』とな!」

 



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14.囚われの竜騎士はかく語りき

「私に面会?」

 

東京拘置所。

東京都葛飾区に位置する、刑事被告人を収容する施設では日本最大規模である法務省の施設である。

日本とパーパルディア皇国との最初の衝突であるフェン王国軍祭襲撃事件時に乗騎を撃墜され、拘束された竜騎士・レクマイアもここに拘禁されていた。

 

「そうだ」

「ですが、誰が?」

「BSAAの職員だそうだ」

「BSAA…」

 

以前たまたま読んだ週刊誌の記事のおかげで、レクマイアはBSAAの事を知っていた。

もっとも、当時は「日本のあった世界というのは訳のわからないものがあったのだなあ」程度の感想しか抱いていなかったが。

すでにその週刊誌は処分してしまっていた。もっとよく読んでおけば良かったかもなあ、とちょっと後悔しながら、レクマイアは面会室へ連行されていった。

 


 

面会室では、すでに1人の男が待っていた。

 

「あなたが、パーパルディア皇国の竜騎士だね?私はBSAA極東支部の石島という者だ」

「…パーパルディア皇国、監査軍東洋艦隊所属、特A級竜騎士レクマイア。私に用件とは?」

「単刀直入に言わせてもらうと、私、というかBSAAは今ワイバーンに関する情報を収集しているところだ。で、警察関係者からパーパルディア皇国の竜騎士がいると聞いてね。ぜひ話を聞きたい」

「ワイバーンの情報?」

「具体的には生態や病気など、生物としてのワイバーンに関することになる」

「なるほど…つまり常日頃から接してる人間に話を聞きたい、と」

「そういうことになる」

「理由を聞いても?」

「今は明かせない。だがまあ、近いうちに新聞にでも出ることになるだろう」

「…そうか、まあいいさ、どうせ私は囚われの身だしな。知っている事なら答えよう、なんでも聞いてくれ」

 

かくして、ワイバーンに関する聞き取りが始まった。

生態などの基本的な情報や性質、配備数、その他諸々…

そして。

 

「興味深い情報だな。では、次に。ワイバーンの食性は?草食か?」

「雑食だな、基本的になんでも食べる。まあ、基本的に与えているのは穀物だな、家畜用の」

「なるほど、ということは肉や魚も与えれば食べる、と」

「そのとおり。というか、そういった事ならクワ・トイネやらクイラやらの人々に聞いてもわかるんじゃないか?ワイバーンを配備してるのは我が国だけじゃあるまいし」

「それはまあそうなんだが、生物というやつは地域や環境によって異なることがあるのでね。聞き取りを行っているわけだ」

「そうか…では話に戻ろう。実際のところ肉や魚も平気で食べる。というか骨ごと食べる。野生の個体なんかは狩りも行ってるしな」

「積極的に獲物を狩ることもあると。それは軍の制御下にある個体も?」

「どうだろうな…でも場合によってはあり得るとは思う。これは私が飼育員から聞いた話なんだが、話しても?」

「続けて」

「これは我が国ではなく、どこかの文明圏外国での事だったそうだ。その国はある程度発展していたので、ワイバーンを配備していた。だがある時、その国を飢饉が襲った」

「それから?」

「人間ですらバタバタ餓死するような有様だったらしいからな、当然ワイバーンに食わせる余裕があるわけもない。で、餌を与えず竜舎に入れたままにしていたら、なんと竜舎を食べたそうだ」

「…建物を?」

「正確には木かなにかでできた柵を。で、それを食い終えたワイバーンは、外にいた生き物を襲ったらしい」

「まさか」

「家畜だけでなく人間も襲われたそうだ。結構犠牲者が出たらしい」

「場合によっては人も食う、ということか…」

「そのとおり。それとだな…」

 

随分嫌そうな顔をしつつ、レクマイアは続ける。

 

「私は以前、別の、まあエリートと言っていいような部隊に所属していたんだ。で、その部隊にはとてつもなく悪趣味な奴がいた」

「悪趣味?」

「戦闘が起きれば、当然負傷者や死者が出るだろう?で、敵の中には潰走してそういったのを見捨てていく連中もいる」

「続けて」

「そのろくでなしは、ワイバーンにそういった負傷兵やらをわざわざ襲わせて食わせる奴がいたんだ」

「………」

「実際のところ、そういう奴は何人もいるんだ。ま、竜騎士に限った話じゃないけどな。海軍には浮いてる敵軍の生存者を撃ち殺す奴が、歩兵にはさんざん嬲った挙げ句死ぬまで放置したりする奴がいる」

「なんとまあ」

「で、正直私はそういうのはそんなに好きじゃなかった。そもそもワイバーンが気の毒だしな…ちなみに、ここから先はかなり個人的な話になるが、興味はあるか?」

「とりあえず、続けて」

「わかった、続けよう…で、ある時私は悪趣味男の1人と口論に…少なくとも最初のうちはそうだった…なったんだ。そのうち殴り合いになったが」

「そして?」

「その悪趣味男だが、外務局のお偉方の誰かの甥だかいとこだかだったんでね…そのせいで私は例の部隊から左遷されて、監査軍送りにされた挙げ句、日本国に囚われた、というわけさ」

「なんと言うべきかね…で、その悪趣味男は?」

「風の噂じゃ皇都防衛隊に栄転したと聞いた。別に調べてないから本当かは知らないけどな」

「そうか…そいつのワイバーンは?」

「そいつに限った話じゃないが、よほどの事がない限りワイバーンと竜騎士は一組なんだ…あの時日本に落とされたあいつも、ずっと一緒だった

「つまり、人を食わされたワイバーンは皇都に、と」

「十中八九そうだろうな、それにしても凄まじい差になったものさ」

 

乾いた笑みを浮かべるレクマイア。

無表情に受け流しつつ、石島は内心頭を抱えていた。

 

(人の味を覚えたワイバーンが、皇都にいるかもだと?しかもそれもT-ウイルスに…不味いことになるかもだ、きちんと報告しなくては…)

 


 

「聞きたいことはまあ…今のところは以上だな。協力に感謝する」

「石島さん、だったか?ちょっと待ってくれ」

「何かな?」

「以前読んだ記事だと、BSAAは生物災害や、バイオテロに対応する国際組織だと聞いた」

「その通りだ、よくご存知だな」

「そして私に聞いてきたのは、全て『パーパルディア皇国のワイバーン』についてだ…まさか、私の祖国で…パーパルディア皇国で、なにか起きたのか!?」

「現在私は何も答えることはできない…私から言えるのは、気をしっかり持て、くらいだ…では」

 

石島は面会室から退室した。レクマイアも拘置所の収容室へ戻される。

係官に連れられるレクマイアの顔は、青い。身体もガタガタと震えだしていた。

 

(彼は気をしっかり持て、と言っていた…つまり、きっと、皇国で何かが起きたんだ…いったい何が起きたんだ!?)



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15.各国向け説明会

「さて、もうそろそろ始まりますね…」

「そうですね、いったいどういう話なのやら…」

「非常に急な上、要請とはいえパーパルディア皇国の船を港に入れるな、とは…」

「我がアルタラスはとうに入港拒否していますが、他の国ですとそうでもないですよね?」

「我々はともかく、ムーの方からするとなかなか厳しいのでは?」

「正直、即答はできない話ですね…」

 

日本国外務省のある会議室。

そこに集まっているのは、日本と国交のある国々…クワ・トイネ、クイラ、ロウリア、フェン、アルタラス、ムーなどの大使たちだ。

彼らに連絡が来たのが一昨日。内容はこのようなものだった。

 

『パーパルディア皇国船籍及び同国への入港歴のある船舶の入港を拒否するよう、日本国は貴国に要請する』

『これは通商破壊や経済制裁によるものではない。保安上及び検疫上の理由があるためである』

『この要請について説明会を開かせていただきたい』

『このような形で呼び立ててしまう無礼をお詫びする。だが事は一刻を争い、かつ貴国の全国民のみならず全人類の安全に関わる事であるゆえ、ご容赦願いたい』

 

このようななんとも凄まじい内容だったのである。

首をかしげつつ、大使達は外務省から来た送迎車に乗り込みやって来たのだった。

 

ざわめき続ける会議室。

そして、ついに定刻となる。

 

会議室に入ってきたのは、数人の男たちだった。

 

「日本国外務省事務次官、水島と申します」

 

大使たちがざわめく。事務次官と言えば、外務省の事務方のトップだ。

そんな大物が出てきたとなると、いよいよこれは相当な大事らしい。

 

次いで実際に説明にあたるらしい人々が来る。外務省の峯岸、公安調査庁の柳田、国立感染症研究所の飯田、そして。

 

「BSAA極東支部長のヴィクター・ペンドルトンと申します」

 

BSAAなる、聞き慣れない単語。大使らは大いに戸惑う。

無理もない。なにしろ今の今までBSAAは出動などをせず、特に積極的な広報などもしていなかったため、たまたま週刊誌などに目を通していたごく一部の大使しか知らなかったのだ。

 

次いで説明役が登場する。BSAAのジョンソン、ブランコ…

 

そして、ついに説明会が始まった。

 


 

それでは、説明会を初めたいと思います。本日はお忙しい中お集まりいただき感謝と御礼を申し上げます。また、急に呼びつけることになってしまった事をお詫び申し上げます。

 

まずは、日本国があのような要請…パーパルディア皇国船籍の船舶と、パーパルディア皇国への寄港歴がある船舶の入港禁止を求めた理由についてご説明いたします。

先だって申し上げた通り、これは日本とパーパルディア皇国が戦争状態にあるためではありません。すなわち、通商破壊や経済制裁を目的としたものではないということです。

 

理由は防疫です。つまり、ある感染症が日本国及びここにいらした皆様方の国土に入ることがないようにするためです。

 

さて、本題に入る前に、BSAAについてご紹介させていただきます。

 

BSAAとは、我々日本国がこの世界に転移する以前の世界に存在した、全世界規模のバイオテロ対策組織です。

我々がいた世界…便宜上、旧世界と言います…においては、おおよそ20年前にアメリカ合衆国という国で発生した「ラクーンシティ事件」と、その後の「アンブレラ社」の崩壊を皮切りに、世界各地でウイルス兵器やそれに由来する生物兵器を用いたバイオテロが頻発しておりました。

それらに対処するため、BSAAは世界各国の同意のもと設立されたものであります。

 

そして、我が国が旧世界より転移した際、日本に本拠地や基地等を設置していたBSAA極東支部の大部分もまた、この世界へ転移しました。

以上がBSAAに関する概要となります。詳細はお手元に配布いたしました資料1をご覧いただければと存じます。

 

では、説明会を改めて開会させていただきます。質疑応答は説明終了後に時間を設けさせていただきます。

 

まず最初に、皆様方も我が国とパーパルディア皇国が戦争状態にあることはご存知かと思います。

そしてそのパーパルディア皇国において大規模な「暴動」が発生していることもご存知かと思います。

 

我々の捜査と、そしてアルタラス王国付近の公海で発見された船舶から得られた情報により、この「暴動」は単なる暴動ではないと断定されました。

 

結論から申し上げますと、生物兵器を用いた、テロリストによるパーパルディア皇国へのテロ攻撃によるものであると発覚いたしました。

詳細を公安調査庁の柳田より説明させます。

 


 

公安調査庁の柳田と申します。

まずは、バイオテロに利用された船舶と、発見の経緯についてご説明いたします。

 

当該の船舶はアルタラス王国北西の公海において漂流中だったところをアルタラス王国の民間人により発見されました。

当該船の側面には船には乗り込まないよう指示する文面と、日本国およびBSAAに通報するよう指示する文面が書かれた幕が掲げられており、不審に思った発見者はアルタラス王国当局へ通報、外交ルートを通して日本国海上自衛隊及びBSAAに対して情報が伝えられました。

 

それを受け、海上自衛隊とBSAAは艦船を派遣、内部を確認したところバイオテロの証拠等が発見された次第です。

 

船舶の所有者はアメリカ国籍の民間人の男性であり、発見される1週間前に日本海側の港町を出港した事が確認されました。

 

次に、当事件の容疑者について説明いたします。

容疑者はロデリック・キャンベルタウン、42歳男性。日本国内に在住していたアメリカ国籍の民間人であり、先程の船舶の所有者とは同一人物であります。

船舶に残されておりましたパソコンに容疑者本人の声明が残されており、動機についてはほぼ完全に判明しております。

なお、本人の声明や手法、その他の証拠品などからこの事件はロデリック・キャンベルタウン容疑者による単独の犯行である可能性が濃厚であり、複数犯による組織的犯行の可能性は低いと考えられています。

 

容疑者は先日フェン王国・ニシノミヤコにおいて発生しました、パーパルディア皇国軍による邦人大量殺人事件の被害者遺族であり、その報復が動機であると声明において説明しておりました。

方法についてはUAV…無人航空機にT-ウイルスというウイルス兵器を搭載、これをパーパルディア皇国領空において散布し住人に対し感染せしめた、というものです。

 

また、容疑者はかつてアンブレラ社…詳細は後ほどBSAAより説明いたしますが、今回の犯行に使用されたT-ウイルスを開発していたアメリカ合衆国に本拠地を置いていた企業であります…に在籍しており、T-ウイルスの入手経路は在籍当時持ち出したものであると見られております。

無人航空機につきましては入手経路等は捜査中であり、詳しい事はまだ判明しておりません。

 

なお、容疑者は先程の船舶の中で死亡しているのが発見されました。

司法解剖の結果右側頭部からの至近距離の銃撃が死因と断定され、また容疑者の遺体の直ぐ側で発見されたマカロフPM拳銃からは容疑者自身の指紋が検出されたため、自殺と断定されました。

 

容疑者の詳細と経緯については以上となります。

 

ここで暫時休憩といたします。再開は14時ちょうどとさせていただきます。

休憩終了後、T-ウイルスに関する説明がございます。



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16.各国向け説明会(2)

「バイオテロ、ですって…?」

「つまり、パーパルディアのあの大騒ぎは、人為的なもの…」

「しかも、1人の男が勝手にやったという…」

「これって日本軍と日本政府は絡んでないんですよね?」

「私はそれ以前に全然知らない単語ばかりでどうかしそうですよ…アンブレラ社?T-ウイルス?もう何が何やら…」

「と、そろそろ時間ですね」

「そうですね、説明聞けばわかるかも?」

 


 

それでは、説明会を再開いたします。BSAA極東支部広報部のトレバー・ジョンソンと言います。

今度説明いたしますのは、T-ウイルスの来歴についてです。

それについて説明させていただくには、まず「アンブレラ社」という組織についてお話しなくてはなりません。

 

アンブレラ社は、旧世界のアメリカ合衆国に本拠地を置いていた世界的な製薬企業でした。

敢えてこのような言い方をしたのは、アンブレラ社の支社や研究所があったのはアメリカ合衆国の領域だけではなかったからです。

ヨーロッパ、アフリカ、ロシア連邦…世界中に彼らの支社などは存在しました。そしてその中には日本も含まれていました。

 

さて、このアンブレラ社ですが、私は先程製薬企業である、と言いましたね?

それは表向きの話であり、隠れ蓑でした。確かに製薬事業も行っていましたが、本当の事業はウイルスを利用した生物兵器の開発だったのです。

そして彼らが研究し、開発したウイルスの中に、今回のテロに使用された「T-ウイルス」があったのです。

時間が限られておりますのでアンブレラ社についてはここまでとさせていただきます。詳細は資料2を後ほどご覧いただくとして、この点だけ押さえていただきたい。

 

まず、T-ウイルスを開発したのはアンブレラ社であるということ。

アンブレラ社の正体は多数の人々を死に追いやった、文字通りの死の商人であったこと。

そして、今回の事件の犯人はかつてその死の商人の一員だったこと。

 

この3点を押さえておいてください。

 

次に、アンブレラ社の崩壊のきっかけとなった「ラクーンシティ事件」についてご説明いたします。

かつて、アンブレラ社はアメリカ合衆国の「ラクーンシティ」という都市に大規模な研究施設を置いていました。

その研究施設では件のT-ウイルスに関する研究を行っていたのですが…それが流出しました。

 

詳細は資料3を確認していただき、この場での説明は省きますが、それによりラクーンシティは壊滅。最も少ない見積もりでも、ラクーンシティ全人口の50%…およそ5万人が死亡したと見られています。

なお、ウイルスが蔓延したラクーンシティについては、最終的には住民の生存を絶望的と判断したアメリカ合衆国政府はコードXXを発動、軍により特殊な爆弾で完全に焼き尽くされました。

 

この事件などをきっかけにアンブレラ社の本性が明るみに出て、最終的にアンブレラ社は無期限の営業停止処分が下されました。

旧世界各国にあったアンブレラの支社なども連鎖倒産し、企業としてのアンブレラ社は事実上壊滅しました。

なお、今回の事件の容疑者であるキャンベルタウンが犯行に使用したT-ウイルスを持ち出したのもこの頃であると考えられています。

 

以上がアンブレラ社とT-ウイルスの来歴に関する説明となります。

次に、国立感染症研究所の飯田研究員よりT-ウイルスについてご説明いたします。

 


 

ご紹介に預かりました、国立感染症研究所の飯田と申します。まずは私からT-ウイルスの性質についてご説明いたします。

 

まず、T-ウイルスが感染する対象ですが、率直に申し上げます。生物であれば何にでも感染します。

これまで確認されている例ですと人間はもとよりイヌやライオンなどのような哺乳類、ワニなどといった爬虫類、蜘蛛やゴキブリといった節足動物、はては植物においても感染例が確認されております。

また、現時点では確証は取れていませんが、パーパルディア皇国での混乱を見るに、おそらくはこの世界の住人たるエルフやドワーフ、獣人といった人々や、ワイバーンなどのような竜種にも感染するものと思われます。

 

次に、感染性について。こちらも率直に申し上げましょう。非常に強いです。

感染経路はそれこそなんでもあり、というのが実情です。空気感染、経口感染、血液を始めとする体液からの感染…すべて該当します。

ただし、T-ウイルスは変異が激しく、拡散していく、すなわち変異が進んでいくごとに感染力を落とす傾向が見られます。そのため、空気感染についてのみはごく初期段階のみ、というのが実情です。

しかしながら経口感染や体液による感染力は非常に強く、感染者に噛みつかれた場合は抗体を持っているか、もしくはよほど幸運でない限り感染は免れません。

 

それと、このT-ウイルスというウイルスですが、遺伝子との相性があるため、少なくとも旧世界の人類におきましてはおよそ10%の割合でT-ウイルスに対する完全な抗体を持つ者がおりました。

この世界においても完全に同様かどうかまではわかりませんが、ある程度いる可能性は否定できません。

 

最後に、対抗手段について。

我々旧世界人は、すでにT-ウイルスに対する対抗手段を持っております。「デイライト」というワクチンです。

未感染、もしくは感染初期段階であれば、これを投与することによりT-ウイルスに対する完全な抗体を得る事ができます。感染初期段階であれば体内のT-ウイルスを完全に消滅せしめ、救命する事が可能です。

ちなみに、日本国においては全国民に対しデイライトワクチンの予防接種が義務付けられております。

 

私からは以上です。次に、BSAAのマテウス・エンゾ・ブランコ博士より、T-ウイルスに感染した生物について説明いたします。

 


 

BSAAのドクター・ブランコです。ドクター・飯田に引き続きT-ウイルス関連の事象を説明いたします。

 

まず、人間がT-ウイルスに感染した場合について順を追って説明します。資料4の84ページを開いてください。

T-ウイルスを開発したアンブレラ社ですが、実際のところその管理体制は杜撰なものでした。

それもあってラクーンシティ事件につながるわけですが、それ以前からもごく小規模なアウトブレイクは発生していたのです。

 

84ページ以降に印刷されているのは、そのアウトブレイクによりT-ウイルスに感染したアンブレラ社従業員が遺していた日記であり、その人物は実験動物などの飼育に従事していたことから通称『飼育員の日記』と呼ばれている資料です。

T-ウイルス感染者にどのような事が起き、どのように自我や理性が消失していくかが克明に記されており、今でもなお非常に重要な資料とされています。

ページ上部の画像が『飼育員の日記』原本のコピーであり、ページ下部が第三文明圏共通語に翻訳したものとなります。

 

まず、最初が1994年5月9日と、翌10日の記事です。

これは問題のアンブレラ社従業員が感染する以前に書かれたものです。この筆跡を覚えておいてください。

 

5月11日。

宇宙服、というのは本来は宇宙空間で活動するための、生命維持装置を備えた気密服の事を指しますが、この記事においては生化学防護服を意味します。

つまり、これは彼が勤務していた施設でアウトブレイクが発生した、という事実を示しています。

余談ながら、宇宙服においてはそれこそ空気1分子の漏れも許されません。それに匹敵するほど厳重な防護服の着用が求められるあたりにT-ウイルスの危険性が読み取れるかと。

 

5月12日。

この「妙にかゆい」という症状を覚えておいてください。

これは、T-ウイルスの感染症の初期段階です。T-ウイルスに感染すると、新陳代謝が暴走し、それにより全身の痒みが発生します。

要するに、11日の時点で彼はもう手遅れだったことになります。

 

5月13日。

宇宙服を着なくていい、という医師の宣告ですが、実際のところもう手遅れだから、という事に他なりません。

バンソウコウは…たぶん気休めでしょう。しつこいようですが、こうなってはもう手遅れですから。

 

5月14日。

感染は着実に進行しています。

また、「足引きずって」とありますが、これはおそらくT-ウイルス感染症により平衡感覚を保てなくなっているためでしょう。

それと、もしかすると気が付かれたかもしれませんが、この頃から筆跡がだいぶ荒くなっています。

 

5月16日。

15日については発見されていません。本人が書き忘れたのか、書くどころではなかったのか、あるいは書かれたが失われたのかはもはや永遠にわかりません。

それはさておき、この日からのこの感染者の症状が顕著に現れます。

 

まず、原本を見れば分かる通り、筆跡が非常に乱れています。9日及び10日の日記と比べれば一目瞭然かと。

そして翻訳の文もおかしくなっているかと思われます。これは原本をそのまま、文字通りそのまま訳した結果です。

つまり、感染者の知能が低下しているということです。これはT-ウイルスの作用により脳が破壊されつつあるためです。

 

そして発熱と痒み。典型的なT-ウイルス感染症の症状です。

 

さらに、「肉がくさり落ち」という点。

先程、私は痒みについて新陳代謝の暴走によるもの、と説明しましたね?それがさらに進行した結果です。

つまり、新陳代謝が暴走し、細胞の壊死も通常よりはるかに早いスピードで起きるため…生きたまま、腐りだすということです。

 

5月19日。

文章の乱れはさらにひどくなっています。つまり、脳の崩壊とそれによる知能の低下は進行し続けています。

そして「はらへったの、いぬ のエサ くう」という文章。おそらく彼が手を出したのは施設で飼育されていた実験動物の餌だったのでしょう。

 

この施設が隔離され、内部で食料がなくなったからというわけではありません。この空腹感も、T-ウイルス感染症の症状です。

新陳代謝の暴走により起きるのは痒みや身体の腐敗だけではありません。それによりエネルギーが不足する事により、極度の飢餓感に襲われることになります。

 

知能の低下と極度の空腹から、本来ヒトが食べるようなものでない実験動物の餌に手を出した、という事になります。

 

5月21日。

文章の乱れが19日よりもひどくなっているのがわかるかと。

さらに、ここでT-ウイルス感染者の最も危険な一面が現れています。

 

「スコットーきた ひどいかおなんで ころし うまかっ です」

この「スコットー」というのは、おそらくは9日と11日の日記で言及されている警備員のスコットという人物の事であると推測されています。

そして「ころし うまかっ です」…つまり、これは感染者が、警備員のスコット…「ひどいかお」と言われているあたり、彼も感染し身体の腐敗が進んでいたのか、もしくは外見は完全に動く腐乱死体と化した感染者を見て恐怖の形相を浮かべていたのか…ともかく彼を殺害し、捕食したものと思われます。

 

つまり、知能の低下と飢餓感により、他人を襲撃し捕食するようになります。

これが、T-ウイルス感染者の末路です。

 

最終ページの「4 かゆい うま」。

もはや意味はほとんど通りません。感染者の理性と自我はこの段階ではほぼ失われたと思われます。

 

つまり、まとめますと、T-ウイルス感染者は発熱や痒み、空腹感などを経て、最終的には他人をも襲う動く腐乱死体と成り果てます。

ちなみにここまで来ますと生物学的にはもはや死んでいるも同然の状態です。薬剤や化学兵器等で安楽死させる事もできません。

さらにもはや痛みなども感じなくなっていると考えられ、多少の損傷では活動を続けます。ラクーンシティ事件等では下半身が失われた状態でも動いていた個体が確認されています。

 

主な対処法は頭部や脊髄組織などの中枢神経系の破壊です。つまり、銃撃等で頭部を破壊したり、首の骨を折ったり、もしくは斧や剣などの類で頸部を切断…要するに首を刎ねるのも有効です。

他には爆発物等で粉微塵にふっ飛ばしたり、もしくは重量物を上から落とすなりして、まるごと潰してしまうのも有効ですね。

ただ、火をつけるのは危険ですね。感じないのは痛みだけでなく熱さもそうらしく、ラクーンシティ事件等では火事の炎が引火したのにしばらく動き回った例が確認されています。

 

我々はこのような状態になった感染者を「活性死者」と名付けています。

ただ、だいたいの人々は「ゾンビ」…もともとは旧世界のある宗教に出てくる、呪術によって操られる死体を意味する単語でした…と呼んでいますね。

おそらく、現在パーパルディア皇国のエストシラント及びデュロにはゾンビが数万単位で発生していると考えられます。

 

なおこのゾンビですが、新陳代謝が暴走しているのには変わりありませんので、十分なエネルギー源…つまり食物にありつけなかった場合には餓死する事になります。

しかしながら十分なエネルギーを継続的に摂取していた場合、さらなる変異が発生する場合があります。

 

ただし、時間も限られておりますのでT-ウイルスが感染者に及ぼす影響につきましてはこれで終了し、詳細は資料4および5を参照いただきたいと思います。

ご静聴ありがとうございました。それでは、最後に外務省よりあいさつがございます。

 


 

外務省の峯岸と申します。最後に、今回の規制の要請について。

 

今回の要請の理由につきましては、これまでの説明でおわかりいただけたかと思います。

無論、我々にもBSAAにも皆様方の国に命じる権限はございません。我々には皆様方の国が我々日本国の要請に従わなかったからといって武力をもって罰する権限もございません。

 

しかしながら、どうかご理解いただければ、そして要請を受け入れていただければと思います。

 

それを防ぐ有効な手段こそが、我々の要請…パーパルディア皇国船籍の船舶及びパーパルディア皇国への渡航歴を有する船舶の入港拒否であると我々は信じております。

T-ウイルスに限った話ではありませんが、病気の蔓延や感染を防ぐ有効な手段は感染源に近づかず、また近寄らせない事です。

 

どうか、最善の決断をいち早く下していただければと思います。

我々日本国は、皆様方の国、友好国がゾンビで溢れる死者の国になどなってほしくないのです。

 

以上で、今回の説明会を閉会いたします。それでは、休憩の後質疑応答の時間を設けさせていただきます…



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閑話:広報資料『諸外国への説明会における質疑応答集(一部抜粋版)』

問:今回の事件において、日本国政府および自衛隊は発生には関与していないという理解でよろしいか。

 

答:お示しの通り。

 

 

問:本事件の容疑者は如何なる経緯で日本へ来たのか伺う。

 

答:アンブレラ社が存在した当時、アメリカ合衆国にて勤務していたが日本支社であるアンブレラ・ジャパンへの転勤を命ぜられ、妻と共に日本へ渡日。以来日本に在住していた。

 

 

問:本事件の実行犯について、日本政府の見解は。

 

答:生物兵器等使用罪及び殺人罪の容疑者。日本政府は彼をあくまでも犯罪者として扱う。称賛する事も支持する事もない。

 

 

問:本事件における犯行に使用された物品がどのように調達されたかを伺う。

 

答:確実な証拠はないものの、T-ウイルスについては容疑者がアンブレラ社に在籍していた当時に持ち出したものと考えられる。無人航空機については捜査中である。

 

 

問:犯行に使用された無人航空機だが、どのような入手ルートが考えられるか。

 

答:捜査中の事項であるため詳細な回答は差し控えるが、旧世界に日本が存在した当時に外国より密輸されたという説が有力である。

 

 

問:ラクーンシティ事件発生後、ラクーンシティはどうなったのか詳細を伺いたい。

 

答:発生からおよそ1ヶ月後、生存者の存在は絶望的と判断したアメリカ合衆国政府及び軍により滅菌作戦が発令され、高性能爆弾を搭載したミサイルを打ち込まれ消滅した。跡地については依然立入禁止とされている。

 

 

問:容疑者はラクーンシティ事件の原因となったアンブレラ社に在籍していたとのことだが、拘束されなかった理由を伺う。

 

答:当時の混乱により、アンブレラ社が保有していたデータの消滅や、証拠物品の喪失などが起き、結果として容疑者の有罪を立証する証拠が得られなかったため。なお日本及びアメリカ合衆国では証拠等なしに身柄を拘束する事は禁じられている。

 

 

問:T-ウイルスは自然環境に存在するものか伺う。

 

答:T-ウイルスは旧世界のアフリカという地域においてアンブレラ社が発見した原種「始祖ウイルス」に多数の加工を施し開発されたものであるため、自然環境には存在しない。なお「始祖ウイルス」は旧世界・アフリカのごく限られた環境でのみ生存可能なウイルスであるため、この世界に存在する可能性は低いと考えられる。

 

 

問:T-ウイルスにはデイライトなるワクチンがあるとのことだが、輸出の予定は。

 

答:現在日本と国交がある国に対しデイライトワクチンを無償もしくは安価な価格で提供する事を検討中である。

 

 

問:デイライトワクチンの製法を提供してもらう事はできないか。

 

答:デイライトワクチンの製造工程においてT-ウイルスそのものを扱う部分も存在し、かつ必要な機器には新世界技術流出防止法に抵触するものも多く含まれる事から法的にも防疫上の観点からも不可能である。ただし、日本国内においてデイライトワクチンの量産体制はすでに完成しているため、ワクチンそのものの大量の提供は可能である。

 

 

問:日本国自衛隊ないしBSAAがパーパルディア皇国へ派兵される可能性は。

 

答:パーパルディア皇国内部の状態すらあまりわかっていないのが現状であるため、現時点では回答できない。

 

 

問:ゾンビについては魔法は一切関わっていないか伺う。

 

答:一切関わっておらず、すべてT-ウイルス感染症による作用である。これらはすべて科学的に説明可能である。

 

 

問:T-ウイルス感染者を治癒魔法で治療する事は可能か。

 

答:試験した事もないので不明だが、T-ウイルスに感染すると脳が不可逆的に破壊されるため、おそらく不可能と考えられる。

 

 

問:T-ウイルス感染者が魔法を使う可能性はあるか伺う。

 

答:魔法を使える者がT-ウイルスに感染した前例がないため不明だが、T-ウイルスに感染すると知能も著しく低下し自我も崩壊するため、発動に一定の理性や知能が求められる魔法は不可能であると考えられる。

 

 

問:ゾンビに対し魔法で対抗する事は可能か。

 

答:物理的に頭部などを破壊する結果につながる(例:魔法で頸部を切断する、重量物を魔法で浮かび上がらせ、ゾンビに落として押しつぶすなど)魔法であれば有効と考えられる。ただし、精神に作用するなどの魔法はおそらく無意味に終わると思われる。

 

 

問:我が国の一般的な兵士は槍や剣で武装しているが、ゾンビに対抗する事は可能か。

 

答:可能か不可能かで言えば可能ではある。しかしながら、ゾンビは痛覚などを感じず、かつ威嚇などは通用しないためお勧めはしない。また、首尾よく撃退したにしても返り血からの感染の危険性があるため、その点からもお勧めしない。

 

 

問:我が国はワイバーンを保有しているが、ワイバーンによる火炎弾や噛み付きはゾンビに対し有効か。

 

答:火炎弾についてはゾンビの肉体を破壊できる程度の威力があれば有効であると言える。噛み付きはゾンビの体液からT-ウイルスにワイバーンが感染する危険性があるため、絶対にしない事をお勧めする。

 

 

問:我が国の兵士は先込め式の銃で武装しているが、ゾンビに対抗する事は可能か。

 

答:可能か不可能で言えば可能である。しかしながら、弾切れや装填の間に襲撃される危険性や、命中してもなお向かってくるゾンビに襲撃される危険性はある。実際ラクーンシティ事件においてはゾンビの大群に連射可能な銃で武装していた警官隊が押し切られ、ほぼ全員が殉職するという事態も発生した。

 

 

問:エストシラントには港が存在するが、ゾンビが帆船を操縦し他国に上陸する可能性はあるか伺う。

 

答:ゾンビからは知能が失われるため、道具等を扱うことはほぼできない。従って、ゾンビそのものが船を操縦する事はないと言える。ただし、感染者がそうと気づかないまま船に乗り込み、船上でゾンビ化する可能性は考えられるため、ゾンビが乗った船舶が漂流しているという状況が発生する事は考えられる。

 

 

問:パーパルディア皇国軍はリンドヴルムを保有・使役しているが、これがT-ウイルスに感染する可能性は。

 

答:旧世界にて発生した事例では大型爬虫類が感染したケースも確認されているため、十分あり得る。

 

 

問:パーパルディア皇国に限らず各国では陸鳥や火喰い鳥といった鳥類も飼育されているが、これらがT-ウイルスに感染する可能性は。

 

答:旧世界にて発生した事例ではカラスなどのような鳥類が感染したケースも確認されているため、十分あり得る。



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カスティス新聞社、ノイアス記者
17.BSAAと旧世界


ちょいと変わります。
目線はナレーター視点からある人物視点に。


日本の、都市部から離れた場所…確かトウホクという地域のはず。

私はタクシーに乗り、ある場所に向かっていました。

 

「それじゃお嬢さん、着きましたよ。BSAA極東支部、東北方面基地です」

「ありがとうございました、では料金を…」

 

タクシーの運転手さんに料金を支払い、車を降ります。

そこにはこれまでの山道や森からは想像できないような、とても大きな施設がありました。

こここそが私の目的地、BSAA極東支部・東北方面基地です。

 

まずは守衛さんに話しかけます。

 

「こんにちは、カスティス新聞のノイアスと申します。取材のために参りました」

「カスティス新聞の、ノイアスさん…ああ、リーム王国の方ですね。ええ、事前申請が来ていますね。到着も…時間通り、と」

「広報部のオカダさん、という方に連絡を入れていたのですが」

「ええ、問題ありませんよ、どうぞお入りください」

 

守衛さんが何かを操作すると、基地のゲートが開きました。

 

「ちょっと待っててくださいね、もうすぐ迎えが来ますので」

「迎え?」

「ええ、見ての通りここは広いですからね。取材は主に司令部棟で行われるので、歩いていくのはちょっときついと思いますよ」

 

言いつつ地図を見せてくれました。

…確かに、歩いていくのは厳しい距離です。少なくとも10分はかかりそう。

 

程なくして、迎え…BSAAのマークのついた自動車が来ました。

運転手さんと取り留めのない話をしつつ、司令部棟へ向かいます。

 

「運転手さん、ちょっとお伺いしても?」

「何でしょう?」

「私みたいな容姿のヒトって、日本では珍しいのでしょうか?港でも駅でも、結構見られてたので…」

「まあ、正直そうですね。日本はもともとほぼ単一民族の国で、だいたい黒髪黒目の黄色人種ですからね。ノイアスさんみたいな銀髪碧眼は珍しいですね」

「で、人種も人間だけでしたっけ?」

「そうですね、なんせ旧世界じゃそもそも人間以外いなかったんですよ。エルフもドワーフも獣人も、魔法共々全部フィクションの存在でした」

 

そして司令部棟へ着くと、メガネをかけた男性が待っていました。

黒髪黒目ということは、この人も日本人でしょうか。

 

「カスティス新聞の、ノイアスさんですね。ようこそ東北方面基地へ。BSAA広報部の岡田です」

「カスティス新聞のノイアスです、今日はよろしくおねがいします」

 

まずは会議室で資料を見せてくださるとのことです。

道すがら、ちょっと気になってたことを訪ねます。

 

「ここに所属する方は、やはり皆さん日本人なのでしょうか?」

「いえ、そうでもないですよ。実働部隊なんかには旧世界の外国人も結構います。なにしろBSAAは全世界規模の組織でしたからね、全体的に見ると、むしろ日本人は少数派ですよ」

「え、そうなんですか?」

「ただ、それは全体的に見て、の話です。BSAA極東支部においては、やはり日本人の割合は多いですね。まあ、全体の5割といったところですかね?極東支部の主要な施設なんかは、だいたい日本にありますからね」

「では残りは日本以外の国の人々、と」

「その通り。一番多いのはアメリカ人で、次にヨーロッパや南米、アフリカ、南アジア…そうそう、韓国や中国なんかもそこそこいますね」

「…すみません、その国々についても教えていただいても?」

「ああ、こちらこそ済みませんね、後ほどこの世界の方々用に作成した資料をお渡しします。旧世界について簡単に説明したものです」

「そんなのがあるんですか?」

「ええ、実は以前、アルタラス王国のルミエス女王陛下…当時はまだ王女殿下でしたが…が視察に来訪されましてね、その時大急ぎで作ったものがありまして」

 

会議室到着後、岡田さんの説明で、日本がかつて存在した世界についていくつか知ることができました。

旧世界最大の同盟国で、BSAAが生まれた国でもあるアメリカ、海を挟んですぐ近くの韓国に中国、そしてロシア。

更に離れたイギリスやドイツなどの欧米や、インドやパキスタンなどなど…

正直、なかなか想像が付きません。

BSAA自体についても聞いてみます。

 

「BSAAが発足したのがだいたい15,6年くらい前でしてね、そんなに古い組織でもないんです。そんなわけで元は別の仕事してた連中が多いんですよ」

「となると、岡田さんも?」

「ええ、実は私、もともとは広告代理店に勤めてまして。その辺買われて広報やってるんですね」

「そうなんですか」

「実働部隊なんかだと、元軍人とか元警察官とかも山程いますよ。ちなみに、BSAA創設に関わった『オリジナル・イレブン』って人々の中にも元警察の特殊部隊隊員が何人かいます」

「やはり、日本人の方も?」

「そうですね、元自衛官とか元警察官が割と。そうそう、このあとインタビューとなるフォークナー隊長も最初は警察官ですし、ロデリック・キャンベルタウンの船に最初に乗り込んだ陳隊長はもともとは中国海警の隊員だったそうです」

 

なんとも国際色豊かな組織のようです。

そういえば、ロデリック・キャンベルタウンもかつて在籍していたというアンブレラ社はどうだったのでしょう?聞いてみます。

 

「アンブレラ、というところはどうだったのでしょう?」

「アンブレラ社ですか…あそこもあそこで多国籍だったようですね。ロデリック・キャンベルタウンも住んでいたのは日本ですが、祖国も国籍もアメリカでした」

「そうなんですね」

「アンブレラ社についてはこちらの冊子にまとめられています。後で読んでいただければ」

 

岡田さんが示したのは、あらかじめ会議室に置かれていた冊子の1つでした。意外に分厚い…

 

「…結構、分厚いですね」

「まあ、いろいろやらかしてくれてましたからね、アンブレラ社という連中は。ちなみにこの資料は一昨日の各国向けの説明会と、その後の記者会見で配布されたものと同じものです」

「そうなんですね…」

「ノイアスさんはお読みではない?」

「ええ、実を言うと日本に到着したのが昨日でして。残念ながら、説明会後の記者会見には参加できなかったんです」

「そうでしたか…ま、あの資料はお持ち帰りいただいて結構ですよ。じっくり読んでください」

「ありがとうございます」

「BSAAが全力で作成した資料ですよ。ただあれを読むにはかなり時間がかかるので、簡単な事だけは説明させていただきます。なにしろ、BSAAが設立された遠因はアンブレラにほかならないですからね」

「遠因?」

「ええ、BSAA自体が設立された時にはすでに会社としては消滅してましたからね。ラクーンシティ事件の責任取らされてアメリカ政府から無期限の営業停止処分食らったんです」

「ラクーンシティ事件…」

「それについても後ほど。では、ざっくり説明させていただきましょう…」

 

岡田さんの説明をまとめると、このようになります。

 

アンブレラ社は数十年前、アメリカで設立された製薬会社。しかしそれは表向き、実際には生物兵器の研究・開発を行っていた。

彼らは大規模な研究施設をラクーンシティという都市に作ったが、施設から生物兵器が漏洩。

結果、ラクーンシティの住民の多数が感染、死者は数万人単位で出た上、最終的には街ごと焼き尽くすことで事件を収束させた…

 

そして、そのラクーンシティ事件の生存者の数人が、BSAAの設立に関与した…

 

なんとも凄まじい話です。

 

「街ごと焼き尽くす、ですか…となると、もしや、パーパルディア皇国も…」

「それについてはまだなんとも言えません。何しろ、日本では前例がないんです」

「前例が、ない?」

「ええ。幸いにして、今まで日本ではこのようなアウトブレイクは発生したことがなかったんです」

「では、他の国では?」

「そうですね、まずアメリカでは2度ほど大規模なアウトブレイクが発生しています。ラクーンシティと、トールオークスの2箇所ですね。この2箇所ではアメリカ軍主導で滅菌作戦…つまり街ごと焼き尽くす、という方法が取られました」

「他では?」

「欧州のテラグリジアも似たような方法です。中国の蘭祥は、どうだったかな?確かあそこは軍が封鎖して、その後はよくわからないんですよね。中国はそういった面ではかなり閉鎖的だったので」

「ははあ…」

 

ラクーンシティ事件だけでも凄まじい話だったのに、そんな話がいくつもあったとは…

日本が存在した世界とは、どういう世界だったのでしょうか…



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18.BSAAの誕生と成長

「とまあ、それはさておき。そろそろ本題のBSAAが生まれる話をするとしましょう」

「お願いします」

「BSAAはそこまで古くない組織と言いましたが、実はここまでの規模や武装になったのはもっと最近なんです」

「そうなんですか?」

「ええ、一番最初は先程お話した、ラクーンシティの生存者たちが核となって立ち上げた、私設部隊が前身だったそうです」

「私設部隊…ということは、最初から国際的な取り決めで作られた組織ではなかったんですね」

「そうです。で、そこに目をつけたのが製薬企業連盟という組織です」

「製薬企業連盟…全世界の製薬企業の互助会や連絡会とか、そんな感じの組織でしょうか?」

「その通りです。で、アンブレラ社が裏でやってたことが全部明るみに出ました。アンブレラ社は表向き製薬企業でした。当然アンブレラ社も、製薬企業連盟に加入していたわけです」

「…ともなると、知らなかったのだとしても批判がすごそうですね」

「実際すごかったそうです。で、それを受けてバイオテロの脅威に立ち向かうため、という事で連盟はBSAAへの資金援助を決定したのです」

「アンブレラ社はともかく、他の会社は志の高い人々だったんですね」

 

それを聞くと、岡田さんは最初目を丸くし、その後苦笑しました。

なにか変な事を言ってしまったのでしょうか?

 

「えっと、すみません、何か変な事を言ってしまいましたか?」

「いえいえ、そうですよね、当然こっちの世界の方は裏幕なんて知ってませんよね…」

「…ええと」

「志が高い、なんて言われてしまうと結構皮肉っぽいですね…実際のところ、批判逃れの面が大きかったらしいですよ」

「ええ…」

「それに、実はアンブレラ社壊滅後もいろいろやらかす会社は出てきたんですよ。アンブレラ社の施設買い取ったり、あるいは元アンブレラ社の社員を雇ったりして、生物兵器開発してた連中がね…」

「なんてこと…」

「ウィルファーマと、あとトライセルが最も悪名高いですね。両方とも結構な巨大企業でした。特にトライセルは連盟の理事企業だったんですよ」

「なんというか、なんというべきなんでしょう…」

「とはいえ、世の中先立つ物は金、というわけでBSAA、というより前身の組織は活動資金のパトロンを得たわけです。これにより、BSAAが正式に誕生しました。2003年の出来事です」

「2003年となると、今年は2015年で、中央歴に直すと1639年だから、ええと…」

「中央歴1627年ということになりますね。12年前です。とはいえ、先程申し上げた通り、当時のBSAAはまだ今のような規模や武装ではありませんでした」

「では、何か大きなきっかけがあったのでしょうか」

「その通り。結成から2年後、2005年に大きな事件が起きます。ちょっと待っててくださいね、資料持ってきますから」

 

そう言うと、岡田さんは一度会議室から出ていきました。

せっかくなので、会議室を見回してみます。

 

私の座る、木のようでそうでもなさそうな材質にクッションを付けた椅子。

これまた木とも粘土とも金属ともつかない材質の机。

よく見ると、床や壁も何なのかよくわかりません。

 

やはり日本は、技術のレベルが違うようです。重要な情報だ…

 

と、そうこうしているうちに、岡田さんが戻ってきました。

 

「こちらが2004年、つまり11年前に起きた事件…『テラグリジア・パニック』についての資料です」

「テラグリジア・パニック…」

「詳細はこちらを読んで頂くとして、かいつまんで説明しましょう。一言で言ってしまうと、この事件はあるテロリストが人工島にウイルスや生物兵器をばら撒いた事件です。UAV…無人航空機を使ってね」

「そんな事が…って、無人航空機?」

「そう、無人航空機です。その点だけ見ると、少しだけ今起きてるパーパルディア皇国での事件に似ていますね」

「となると、犯人のキャンベルタウンなる人物は、そのテラグリジア・パニックの実行犯と関わりが?」

「いえ、それはありません。テラグリジア・パニック実行犯…ヴェルトロというテロリストですが、彼らは全員死亡していますし、ついでに日本に来た記録や通信記録はありませんでした。つまり、キャンベルタウンに限らず旧アンブレラ関係者との接触はなかったことが確認されています」

「そうでしたか」

「とまあ、それはさておき。当時、BSAAも事件が起きた場所には行きましたが…ほぼ何もできませんでした」

「何か理由が?」

「ええ、テラグリジアという都市は、ちょっと変わった…具体的に言うと、複数の国が合同で建設した国際都市でしてね、その国々の間でいろいろな取り決めがされていたのです」

「取り決め…すると、その取り決めでBSAAは入れないようにされていた、とか?」

「違いますが、近いですね。その取り決めでは、こう定められていたのです。テラグリジアにおけるバイオテロについては、すべてFBCが対処する、と」

「FBC?」

「アメリカ合衆国に存在した、バイオテロ対策に特化した組織です。当時はBSAAよりも…いやまあ当時のBSAAは今よりももっと小さかったのですけど…遥かに巨大で、権限も大きな組織でした」

「当時は、という事は、今は縮小されたのですか?」

「いえ、消滅しています。より正確には、BSAAに吸収される形で」

「消滅!?」

 

BSAAよりも大きな組織が、消滅?

しかも、BSAAに吸収される形で?

 

私の認識が正しければ、全部今までのはここ数十年での出来事。しかもFBCという組織が消えたのは11年以内。

…この人達がいた世界、ちょっと展開が目まぐるしすぎるのではないのでしょうか。

 

「さて、まずはテラグリジア・パニックの裏側について。これなんですが、実はFBCが黒幕だったんですね」

「…え?」

「より正確には、当時のFBC長官のモルガン・ランズディールと一部高級幹部、そして特務部隊の隊員。彼らが糸を引いていたのです」

「………」

「動機はFBCの勢力拡大と、T-Abyssウイルス…T-ウイルスの亜種みたいなウイルスで、当時完成されたばかりの新型ウイルスですね…の研究の進展」

「次から次へと、ですね…それはそうと、そのT-Abyssというのは…」

「ご安心を、今回の事件では使用されていないとみて間違いないでしょう」

「そうでしたか…」

 

安心して良い、のだろうか…?

でもいずれにせよT-ウイルスはパーパルディアにばら撒かれてるのは事実なわけで…

まあ、T-Abyssなるものについてはいいのでしょう。たぶん。

 

「で、詳細は省きますが、事件から1年後の2015年、BSAAにより事件の真相は明るみに出ます。ランズディール他関わったFBCの関係者は逮捕され、FBCは解体されました」

「そして、解体されたFBCを、BSAAが、と」

「そうです。人員や装備、その他諸々…相当量がBSAAに入ってますね。アメリカに存在したBSAAの施設の半分くらいは元々はFBC関係の施設でしたし」

「ここにもFBC由来のものや人が?」

「ええ、実際のところ、元FBCの職員はこの東北基地にも結構いるんですよ」

「そうなんですね…」

「そしてこの出来事をきっかけに、巨大化したBSAAは国際連合直轄の対バイオテロ組織となりました。これが今のBSAAです」

「それから、そのBSAAの一部が日本と一緒にこの世界へやってきた、と」

「その通り。正確にはBSAA極東支部の大部分、ですね。韓国や台湾なんかにもBSAA極東支部の施設とかの一部はあったので、その辺は旧世界に残っているかと。それじゃあ、そろそろ時間ですね」

「では、次は…」

「トバイアス・フォークナー…BSAA極東支部実働部隊の1つの隊長へのインタビューですね。インタビューは彼のオフィスですることになっています。では、ご案内させていただきますね」

 

いよいよバイオテロの第一線で戦う人と話すことができます。

きっと、貴重な情報を得られることでしょう。



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19.トバイアス・フォークナー

フォークナー隊長のオフィスへ向かう道すがら、気になっていたことを聞いてみます。

 

「岡田さん、聞きたいことがあるのですが」

「何でしょう?」

「岡田さんは、パーパルディア皇国という国についてはどう思われますか?」

「ふむ、パーパルディア皇国ですか…当然好きには決してなれないですね。もっとも、私は知り合いや家族が殺されてないからこの程度なんでしょうが」

「では、ロデリック・キャンベルタウンという人物については?」

「そうですね…私の答え、これはオフレコにしてもらっても?」

「オフレコ?」

「要するに、聞かなかった事にしてくれってことですね」

「ええ、これは単に私個人の興味であって、記事にするつもりはありませんから」

「そうですか…思うに、パーパルディアは殺す人間を間違えたと思いますよ。奴らはロデリック本人を殺すべきでした」

 

想像以上に、過激な答えが返ってきました。

 

「実際のところね、証拠こそ確保できてませんが、彼…ロデリック・キャンベルタウンは相当な悪党だったんですよ」

「それはどういう…?」

「十中八九、他のアンブレラの研究者と同じように彼は非人道的な事をやらかしています。人体実験とかね。彼が捕まってなかったのはゴタゴタのせいで証拠が消えていたからってだけなんですよ」

「………」

「まあ、これは一応私の偏見なんですがね。でも正直そう思ってる連中は山程いると思いますよ」

「随分、彼を嫌っていたんですね」

「彼だけじゃありません。私はアンブレラ全般が嫌いでしてね。私がBSAAに入ったのもそのへんが影響してるので」

「というと?」

「私が学生だった頃の友人に、アメリカからの留学生がいたんです。まず親友と言っていい間柄でした。でもね、彼はもうこの世にいないんですよ」

「まさか…」

「彼は、ラクーンシティにあった会社で働いてましてね…ラクーンシティ事件の生存者の中に、彼はいませんでした」

「あ…」

「とまあ、そんなわけで私はアンブレラを嫌ってるわけです…こんな風に、パーパルディア皇国を嫌ってる人間も山程いるでしょうね…と、こちらがフォークナー隊長のオフィスです」

 

いつの間にやらフォークナー隊長のオフィス前に到着していました。

いよいよです。


「カスティス新聞社のノイアスと申します。今日はよろしくお願いします」

「BSAA極東支部、第2大隊長のトバイアス・フォークナー。よろしく」

 

大きなモニターに、机の上の書類の束。

書類棚にはまとめられた書類の山。

壁にかけられた、戦闘服らしい服。

そしてこれまた壁にかけられた、いくつかの写真。

 

テーブルを挟んで向かい側に座るのは、短く刈られたブラウンの髪に、ダークブルーの目をした、スマートながらもがっしりとした体格の男性。

一見優しそうな印象の人ですが、身のこなしからはいくつもの修羅場をくぐって来たであろう歴戦の勇士である事がわかります。

この人こそが、インタビューを受けてくれるフォークナー隊長でした。

 

「それでは早速質問を。現場で活動している方の予測を伺いたいのですが」

「具体的には?」

「今回のバイオテロでT-ウイルスが散布された、パーパルディア皇国の都市では何が起こっているか、を」

「ふむ、なるほど。率直に言おう、まず間違いなく地上の地獄と化している」

 

『もしかすると』とか『おそらく』とかではなく、『まず間違いなく』…

しかも『危険地帯』とか『惨劇』とかでなく、『地上の地獄』…

 

「…そこまで言いますか」

「ああ、言うとも。まずT-ウイルス感染者…つまりゾンビだが、奴らは人を襲う」

「ええ、人を襲って、捕食する、と聞いています」

「さらに、痛覚とかそういうのも消えている。つまり、普通の人間なら動けなくなるような攻撃をされても何事も無いかのように襲ってくるわけだ」

「………」

「で、そいつらがどんどん増える。あとはもう破滅、というわけだ」

「ですが、ゾンビは自我が崩壊し、理性もなくなると聞いてます。そこをつくことは…」

「数で押されておしまいだ。確かに馬鹿でも引っかからないような単純な罠とかにも引っかかるが、その後後続の奴らがどんどんやってくる」

 

想像したくない光景です…

 

「さらに、二次災害も起きる。料理中のコックとか、あるいは暖房器具をいじってる人間とかをゾンビが襲ったら、どうなると思う?」

「料理中のコックに、暖房器具…もしかして、火を付けたままに…」

「そのとおり。付けたまま逃げ出すのでも、ゾンビに火が引火するのでもなんでもいい、これで火事が発生する。で、それが街のそこかしこで起こる」

「ともなると、消防は…」

「全部には対応不能だ。結果街は火の海にもなる…こいつはパーパルディア皇国には当てはまらないかもだが、我々がいた世界では交通手段は自動車が主流だったんだ」

「自動車…ムーとかで導入されているものでしたか?確か、ガソリンという燃料を使うと…」

「そう。で、ガソリンは可燃性だ。そいつを積んだ車がひっくり返ったら、当然火事になる。結構あったのさ、運転手が運転中にゾンビになったり襲われたりして事故が起きて…ってのも」

「それでは、街は…」

「ああ、ラクーンシティは死者の徘徊する火の海になった。パーパルディアには自動車はないにしても、火事は起きまくってるだろうな」

 

皇都エストシラントは皇国屈指の大都市。デュロは皇国最大の工業都市。

…火事になりそうな所はまさしく無数にあります。これは…ひどいことになっていそうです。

 

「ああ、まさしくラクーンシティは地獄だった。ゾンビに火事、そして悲鳴…地獄さ、地獄だった…」

「ところで、フォークナー隊長…」

「なんだね?」

「失礼な言い方かもしれませんが、なんというか、見てきたようにおっしゃるのですね」

「…ああ、見てきたからな」

「……え?」

「もしや岡田さんからは、私の経歴は聞いてない?」

「ええ、元警官だった、とだけ」

「そうか、じゃあ改めて自己紹介だ」

 

改めて行われた自己紹介として聞いた内容は、驚くべきものでした。

 

「私はトバイアス・フォークナー。今ではBSAAに勤めているが、ラクーンシティ事件のときにはRPD…ラクーン市警の警察官だった。そう、私はラクーンシティ事件の生存者の1人だ」



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20.地上の地獄、その名はラクーンシティ

驚きです。

まさか、すべての発端であるラクーンシティ事件の生存者に話を聞けるとは…

 

「私は当時、ラクーン市警に入って3年目、そろそろ新人という分類じゃなくなったような警察官だった…」

 


 

実際のところ、その前から前兆はあった。アークレイ山地…ああ、ラクーンシティは山の麓にある街だったのさ…では、奇妙な事件が多発していたんだ。

犬型のモンスターの目撃情報、アークレイでの遭難者の多発と無惨な死体の発見、さらには孤立した郊外の一家惨殺事件…

 

犬型モンスターの目撃情報数件だけだったら、酔っぱらいの戯言として流されておしまいだっただろう。

だが、遭難者に一家惨殺事件とくれば話は別だ。実際に無惨な…まさしく何かに食い殺されたような死体が存在した。それも複数。

しかもそれでいて証拠は全然ないもんだから、捜査は行き詰まる。ラクーン市警はそりゃあピリピリした空気だったさ。

 

とはいえ、手をこまねいているわけにもいかない。さしあたりアークレイは封鎖からの立入禁止に指定だ。

そして、ラクーン市警の誇る特殊部隊・STARSの投入が決定された。

 

結果?ああ、惨憺たるものさ。生き残ったのは5人だけ。STARSは壊滅。

彼らは当然事件の全容を報告した。そうさ、彼らはただ山に入っていって壊滅しただけじゃなかった。

彼らは山中に設けられたアンブレラの研究所を発見し、そしてすべてを突き止めたんだ。

 

事件の全容…つまり、すべてはアンブレラの仕業。事件の原因はアンブレラの施設で起きたアウトブレイクだったという報告を彼らSTARSの生き残りたちは上にあげた。

だがラクーン市警のトップだったブライアン・アイアンズはそれをもみ消した。

 

なぜかって?アイアンズ署長はアンブレラと癒着してたのさ。

アイアンズは金を貰い、アンブレラは情報をもみ消してもらう。なかなか大したWin-Win関係というわけだ。

 

で、その後汚染が街にまで広がった。この原因はアンブレラの内ゲバもあったが、まあその辺は省略しよう。

ラクーン市警が言うところの暴動・略奪事件…要するにゾンビによる襲撃はどんどん増えていった。

 

とどめを刺したのが、ラクーンスタジアム…ラクーンシティには競技場があったんだ…で開催したフットボールの試合だ。

観客が山程いたんだ。で、その中にT-ウイルス感染者が紛れ込んでいた。つまり、そういう事だ。

この事件からゾンビ案件は急増、ゾンビもこれまでとは比べ物にならない程に増えていった。

しまいにはバリケードで道路を封鎖したり、爆薬仕掛けてゾンビの大群を吹っ飛ばしたりだ。

 

その1つの中、ラクーンシティ南西部、イタリアンレストラン『ボーノ・ラクーナ』とベーカリー『ボリソフズ』のある交差点に設置されたバリケード…我々はバリケードS4と呼んでいた…に、私は配置された。

一緒にいたのはリーダーのスミス巡査部長、エヴァンス巡査長、リチャーズ巡査、カルーソ巡査、そして私の5人だった。

そこで我々はゾンビと交戦していたのだ。

 

だが、銃弾は無限じゃない。

当初の想定以上に弾薬の消費が激しく、足りなくなってしまったんだ。

で、その中では一番年下で、かつ下っ端だった私が補給物資を取りに行くことになった。

 

そして戻ったら、壊滅していたよ。バリケードS4は。

私以外の4人は全員死んでいた。

 

この映像を見てくれ、当時のラクーン市警に配備されていた銃…拳銃、短機関銃、そして散弾銃だ。

それを撃ってみたという動画さ。

 

…なかなかのものだろう?

私の記憶が正しければ、スミス巡査部長とエヴァンス巡査長は短機関銃を、そしてリチャーズ巡査とカルーソ巡査が散弾銃を持っていた。あと全員が拳銃も持っていた。

で、彼らはそれでも全滅した。ゾンビ共の大群による人海戦術に押し流されてしまった格好だ。

ちなみに、大通りにはもっと大規模な部隊がいたが、彼らもほぼ壊滅した。ほぼ同じ流れでな。

 

ああ、その頃には、もう指揮系統はほぼ壊滅していた。狂ったアイアンズによる工作もあるが、そもそも生き残りの警官自体少なくなっていたんだ。

 

その後はもう基本単独行動だ。最後はどうにかこうにか生き残ってた市民たちのグループと合流し、まだ壊れてなかったライトバンを見つけ、それに乗ってラクーンシティを脱出した。

その半日後だったはずだ、ラクーンシティが消滅したのは。

 

軍の滅菌作戦で、ラクーンシティは焼き尽くされ消滅した。

私はその光景を見ていたよ。今となっては、その時何を考えていたか思い出せない。

 


 

生存者、すなわちフォークナー隊長が語る内容は、壮絶そのものでした。

 

「これは、事件から10年後にアメリカ軍が公開した記録だ。当時の作戦時のものだ」

 

先程銃の映像を見せてくれた機械(タブレット端末と言うらしいです)には、また別な映像が映っています。いや、映像?

表示されているのはどこかの地図…見た目それなりの大きさの都市のようです…らしい画像でした。左上にはいくつもの数字が並んび、目まぐるしく変動しています。

 

…と、右上から、何かが街に向かっていきます。

まさか、これは。

 

「フォークナー隊長、これは、もしかして、ラクーンシティ…」

「そのとおり。ラクーンシティは最後はアメリカ軍の攻撃…戦闘爆撃機という飛行機に搭載されたミサイル十数発により消滅した」

「ミサイル?」

「まあなんというか、エンジンなんかを積んだ、点火するとそのまま飛んでいく兵器だな。だいたい爆弾なんかを積んでいる。この時は特殊な。非常に強力な爆弾を積んでいた」

「では、この飛んでくる、これが…」

「戦闘機が発射したミサイルだ。コードネーム『アロー』。これらでラクーンシティは消滅した」

 

右上から飛んでくるミサイルがラクーンシティに近づくにつれ、白い点が現れます。

これが、おそらく着弾地点なのでしょう。

 

そしてミサイルが白い点に接触した瞬間、電子音とともに大きな丸が一瞬表示されました。

 

「アロー9、着弾」

 

フォークナー隊長が無表情につぶやきます。

ミサイルと白い点は3つに増え、少しするとまた着弾。大きな3つの丸が現れ、消えます。

 

「アロー2、7、10着弾」

 

そしてその数秒後。

 

「…あ」

 

これを見て、鳥肌を立たせ、そして声が漏れてしまうのは私だけではないはずです。

 

一気に、ミサイルと白い丸が十数個現れました。

そして、どんどんラクーンシティへ近づき、電子音とともに大きな丸が白い点があった場所を中心に広がり、消える…

 

何なのか理解してなければ、ただの意味のわからない映像で終わるでしょう。

でも、私は意味を知ってしまった。

 

私はこの単純な映像が、恐ろしくて仕方ありませんでした。



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21.海上の地獄、その名はテラグリジア

「まあ、ラクーンシティ事件の生存者として言えることはこんなところだな」

「貴重なお話をありがとうございました。ところで…」

「なんだね?」

「フォークナー隊長は、ラクーンシティ事件後はどうされていたのですか?確か、BSAAはラクーンシティ事件直後に設立されたわけではなかったはずですが」

「ああ、その後は別の都市で少しの間警察官をし、その後FBCに入隊した」

「FBC!?」

「おや、もしかして知って…ああなるほど、岡田さんから聞いたか」

「ええ、かつて、アメリカ?という国にあった組織と。そして…」

「自作自演のバイオテロを行い、全部バレた組織だな」

 

曲がりなりにも自分がいた組織なのにバッサリです。

 

「上層部の連中はアメリカの、いや世界の汚点だな。末端はそんなことはないが」

「…歯に衣着せぬ、というやつですね…」

「まあ事実だからな。テラグリジア・パニックでは民間人だけじゃなくてFBCの人間も少なからず犠牲になっているんだ。私はそちら側だった。だからこそ、上層部については嫌っているし、弁護も擁護もする気はない」

「そちら側?」

「ああ、実は私はテラグリジア・パニックの現場に出動した部隊の隊員でもあったのさ」

「…なんと」

 

まさかの展開です。

この人、大きな事件に関わりすぎではないでしょうか。

 

「当時、テラグリジアにはヴェルトロというテロリストにより、B.O.W.とT-abyssウイルスがばら撒かれていた。我々の任務は、当初は2つあった」

「待って下さい、B.O.W.とは?」

「要するにT-ウイルスなんかを利用して作られた生物兵器の事だ。だからまあ、この世界のワイバーンとかとは少々異なる」

「なるほど?」

「で、我々FBCの当初の任務は民間人の救出とテラグリジアの奪還だった」

「つまり、ばら撒かれたB.O.W.を排除し、テラグリジアを安全な場所に戻す、と」

「そう。だが、最終的にはそれは諦めざるを得なかった」

「理由をお伺いしても?」

「B.O.W.の数が多すぎたのと、T-abyssウイルス感染者も多かった事、そして当時はT-abyssウイルスは未知のウイルスだった事だな」

「つまり、表面的にB.O.W.をどうにかしても安全を確保できたかわからない、と」

「仮にB.O.W.を排除できても、だな。最後の方は元からいた人々だけでなく、後からやってきた我々FBCも追い詰められかけるような有様だったのさ」

「うわあ…」

「結局テラグリジア中心部の高層ビルに置かれていたFBC作戦本部は放棄され、当時本部にいた人員は屋上からヘリコプターで全員脱出。本部の外にいた連中…私もそちらだった…も、ヘリコプターやらボートやらで救助した民間人と一緒にテラグリジアを脱出した」

「それから、テラグリジアはどうなったのでしょう?ラクーンシティと同じく、ミサイルで破壊されたのですか?」

「少し違うな。説明すると少しややこしくなるんだが、テラグリジアは変わった都市でね」

「岡田さんは、いくつもの国が合同で建造した国際都市とおっしゃっていましたね」

「ま、そこもそうなんだがね…この人工島のウリは、太陽光エネルギーをメインとしていたことだ。重要な部分だけ話すと、太陽光を集める仕組みがあった」

「なんだかすごい話ですね」

「実際なんだかすごかった。で、その仕組みを意図的に暴走させ、都市全体を焼き尽くした。放たれたB.O.W.や感染してゾンビみたいなものになった人々共々な」

「………」

「私はその光景も見た。テラグリジアから脱出するボートの上からね。とにかく眩しかった事だけは覚えている…」

 

太陽光を集める仕組みを暴走させた、という事は光も凄まじかったのでしょう。

光の中に消えていく人工島…想像もできませんが、凄まじい光景だったであろう事だけは理解できます。

 

「そういえば、最終的には真実が明らかになったとのことですが…」

「ああ、BSAAの人員が隠されていた真実を見つけた。これはこれでクイーン・ゼノビア事件という割と大きな事件なんだが、話すと長くなるし、本筋にはあまり関係ないかもだな」

「そうなんですね…ところで、FBC上層部はどうなったのでしょう?」

「モルガン・ランズディールはその後裁判にかけられ、2011年に死刑が確定した。もっとも、我々と日本がこの世界に来た時にはまだ死刑は執行されてなかったがな。その後はどうなったことやら」

 

元上司に対するものとは思えないほどの冷淡っぷりです。

 

「ところで、先程岡田さんからは、テラグリジア・パニックは今回のバイオテロに似た部分がある、と聞きましたが」

「ふむ、まあそうだな…ウイルスの散布手段がUAVだった、という点は確かに同じだ。使われた機体は違うが、系列機ではある」

「他には類似点は?」

「私には特に思いつかないな。テラグリジア・パニックでは割と早くFBCが介入したし、そもそも使われたウイルスも違う…まあ、散布後の経過の予測の参考にはなるかもしれない」

 

言うほど似てなかったようです。

 

「で、BSAAの活躍によりすべてが明るみに出て長官のモルガンらは逮捕、FBCは資産や人員の大部分がBSAAに吸収される形で解体・消滅した。その人員の大部分の中に、私も紛れ込んでいたわけだ」

「なんというか、すごいですね…」

 

フォークナー隊長は、いくつもの修羅場をくぐってきた歴戦の勇士だと私は最初感じました。

間違ってはいませんでした。修羅場は想像以上でしたが…



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22.露見

「ま、我ながら波乱万丈の半生だと思うよ。と…」

 

フォークナー隊長は一旦会話を区切ると、パソコンに向かいました。何かを確認しているようです。

もっとも、10秒もしないうちにこちらに向き直りましたが。

 

「どうかなさいましたか?」

「いやなに、同僚からの連絡だ。ある調査の結果が出た、という業務連絡だ」

「この世界でも大変なんですね」

「それはもちろん。T-ウイルスよろしく人為的に開発されたものでなくとも、危険な病原体や生物兵器の原材料、ついでに厄介ごとの種になりそうなものは旧世界でもいくらでもあったし、この世界でも同様だ。さて…」

 

今度はインターホンに向かい、「ハーブティーをポットで、ゲスト用は1」と声をかけました。

 

「済まない、気がきかなかったな。今部下に茶を出すよう伝えた。もう少し待ってほしい」

「いえ、とんでもない!どうかお気になさらないようお願いします」

「いやいや、そうもいかんさ」

 

そうこうしているうちに、職員さんが入ってきました。持っているお盆にはお茶が入っているらしいポットと、ホルダーに入った紙コップが乗っています。

 

「私はこいつを使うことにしているんだ」

 

フォークナー隊長の手には、BSAAのロゴ入りマグカップがありました。

でもなんだかロゴの色が違うような…?

 

「これは転勤する時に餞別で友人がくれたものでね」

「ああ、だからこの施設で見かけたロゴと色が違うんですね…それと、そういうことはフォークナー隊長は元々は別のところにいらしたんですね」

「そう、私は以前北米支部にいたんだ。それなりに最近だったのでね、中国・蘭祥でのバイオテロの後だったんで、私はその対応には当たらなかった。ちなみに、BSAAは支部ごとにロゴの色が違うのさ」

 

言いながら、フォークナー隊長はお茶を注いでくれました。

爽やかな香り、そして鮮やかな緑色です。

 

「これは…?」

「グリーンハーブティーだ」

「グリーンハーブ?」

「ラクーンシティ郊外、アークレイ山地原産の植物だよ」

「え゛」

「いやいやいや、確かに原産地はあれだが、これでいて身体にはいいんだ。薬効植物でね、T-ウイルスなんかにもある程度効用がある」

「………」

「効用はBSAAやアメリカ政府お墨付きでね、有事への備えとして栽培することを推奨もしている」

「………」

「ちなみに味もまあまあのものだし、ついでに美容にもいいそうだ」

 

…ちょっと揺らいできました。

まあ、あくまでもアレなのは原産地だけですし、頂くことにします…

 

…なかなかの味です。芳香が個人的には好みです。

 

「ちなみに、効能にお墨付きを与えてるのは日本も同じでね。休耕地を利用して結構な量を栽培しているのさ」

 

全部飲み干すと、少し気分が緩んだような気がします。

 

「最近じゃクワ・トイネなんかでも栽培されている。日本の国営農園で、コーヒーなんかと一緒に栽培されてるそうだ」

 

気分が緩んだせいか、少し眠いような。

 

「さらにはクイラでも栽培され出したそうだ。実際この植物は生命力は強いし、そういう過酷な環境でも結構育つそうだ」

 

瞼が重くなってきました…

 

「…君、大丈夫かね?」

 

だめだ、睡魔に抵抗できない…

 

「…結構な強行軍だ、随分疲れが溜まっていたようだね?」

 

結局、私は睡魔に抗しきれなかったのでした。

 

 


 

 

「………はっ!?」

 

目を覚ますと、私はさっきとは別室にいました。

 

「………!」

 

部屋の中央に置かれた椅子に座らされ、両手は後ろ手に手錠で拘束されています。

そして目の前には、正面ゲートにいた守衛さんと同じ格好をした人が2人。その手には銃があります。

…どうもあのハーブティー、睡眠薬でも盛られてたようです。おおかたあの紙コップに仕掛けられてたのでしょう。

 

「お目覚めかね?」

 

私に声をかけてきたのは、長身の男でした。

濃いグレーのスーツに黒いネクタイ、そしてサングラス。黒髪に黒い口ひげ。

かなりがっしりとした体型です。おそらく私が縛られてなくても、この人物と格闘するのは無理があったでしょう。

そしてスーツには、BSAAのバッジが。

 

「私はBSAA極東支部のセキュリティ責任者だ。そうだな、イーグルアイとでも呼んでもらおうか」

「…これはどういうことですか、イーグルアイさん?」

「まずは言っておこう。残念だったね、ミズ・スパイ」

「………」

 

イーグルアイと名乗る人物は続けます。

 

「我々も馬鹿じゃない。さらに、今やパーパルディア皇国が日本に宣戦布告している状況だ。だったらそりゃセキュリティに気を使うのは当然というものだ」

「………」

「具体的にどういう事か、と聞きたそうだな?なに、簡単な話だ。君から取材の申込みがあってすぐにリーム王国に問い合わせたのさ。カスティス新聞社は実在しているか。実在しているならば、ノイアスなる記者は在籍しているか、とな」

「………」

「ようやくついさっき返事が来たところだ。旧世界じゃ落第だが、インターネットも電子機器も存在しない世界だ、まあ君を基地から出す前に回答が返ってきたわけだし、リーム王国は及第点だったことにしてやるとしよう」

「………」

「フォークナー隊長にも迷惑をかけた、話をよくここまで引き伸ばしてくれたものだ」

「………」

「カスティス新聞社、こいつは実在してた。まあすぐばれないようにしてたところは褒めて差し上げるとしよう」

「………」

「だがリーム王国はきちんと調べてくれたよ。カスティス新聞社に、ノイアスなる記者は過去現在いずれも在籍していませんでした、とな」

「………」

 

…やられた!

 

まさか記者の名前と実在しているかまで調べるだなんて…

リーム王国は第三文明圏に属する大きな文明国。そしてこれまで私が潜入したことがあったのは、すべてその周辺の非文明圏国家か、もしくはリーム王国よりも小さな国でした。

 

つまり、リーム王国にそんな事を問い合わせられる国なんてなかったのでした。

 

「ただまあ、正直なところいくらか引っかかることがあるのでね。聞かせてもらおうか?」

「……何でしょうか」

「リーム王国の偽造パスポート、こいつはなかなかのものだった。あの国と国交が開かれたのは割と最近だったからというのもあるが、入国管理局が見破れなかったのも頷ける精巧さだ」

「………」

「だがその後が正直稚拙だ。実在の新聞社を使ったのはいいが、なぜわざわざ民間企業を名乗り、カバーとなる組織を使わなかったのか?」

「………」

「こいつは俺の推測だ、ミズ・スパイ。君はパーパルディア皇国のスパイ。だが今回日本に、少なくともBSAAに来たのは君の独断だった。どうだね?」

「………!」

 

参りました。このイーグルアイなる人物は相当なものです。全部バレていました。

偽造パスポートは、本国の情報機関が腕によりをかけて製作した精巧なものです。ですが、カスティス新聞社のノイアス記者、というあたりは私が自分ででっち上げた偽の身分でした。

こうなった以上、相手の懐にとことん潜り込むしかなさそうです。もはや私はいろんな意味で逆らえない立場ですし、もし彼らに協力してもらえれば私の目的は達成できる。

 

「降参です、イーグルアイさん。おっしゃるとおり、私はパーパルディア皇国の諜報員です。日本へ潜入したのが独断、というところも正解です。元々…件の飛竜の飛来や暴動発生の前から、私は別の任務でリーム王国に潜入していたのですが、独断で日本へ来ました」

「ほう」

「パーパルディア皇国での一連の事件について、BSAAという組織が大きく関わるであろう事を掴んだので潜入しようとした次第です」

「…目的は?」

「無論、一連の事件をどうにか解決する手段を得ることでした。お話を聞く限りでは、私1人でどうこうできる事じゃなかったようですけどね」

「たしかにな、ラクーンシティ事件からして、米軍やBSAAだって完全にどうにかできたわけじゃなかった」

「…ひとつ、提案をさせていただきたいのですが」

「なんだね?」

 

イーグルアイさんを見据え、ゆっくりと言います。

 

「私の本名は、イアノスと言います。そして私の所属する組織は、パーパルディア皇国第1外務局長のエルト様が独自に構築した組織です」

「何を言いたい?」

「私はエルト様直通の交信手段を持っています…パーパルディア皇国政府高官とのパイプは、欲しくはありませんか?」



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決死の脱出
23.カイオス邸


新章に突入。
ようやっと本筋に戻る、はず。


パーパルディア皇国皇都・エストシラント。

その郊外とまでは言わないが、かといって中心部というわけでもない位置にある岬に、第3外務局長たるカイオスの私邸はあった。

なかなかに風光明媚な場所であり、もしもカイオスが私邸をホテルに改装すれば、私邸の壮麗な外観も相まってたちどころに予約が何年も先まで埋まる人気の場所となるだろう。

 

だがこの私邸の本分はそこにはない。

最も重要なのは、私邸の下の巨大地下空洞である。

 

カイオスは第3外務局長というパーパルディア皇国の高級官僚だが、父親、祖父、曽祖父、そしてその他先祖も高級官僚だったというわけではない。

というより、むしろ彼の一族という観点からすればカイオスこそが異端だったのである。

では彼の一族においては何が普通だったのかというと、それは商人であった。

史実において彼は商人からある本を入手し、それがきっかけで終戦工作に手を付けるのだが、そういった商人とのツテがあったのは彼の第3外務局長というポストの他、彼の一族は商人の家系であり、代々付き合いがあったというあたりも大きかったのである。

 

カイオス邸とその敷地を我が物としたのはカイオスの4,5代前の先祖だったのだが、彼は文字通り身一つから皇国…当時はまだパールネウス共和国だったが…屈指の大商人に成り上がった人物だった。

ゆえに、表裏一体ならぬ動きもし、数々の修羅場もくぐっていた。要するに、結構敵も多い御仁だったのである。

 

さて、そんな人物である。ともなれば、危機意識も並大抵ではなかった。

具体的には数々のゲートや、その気になればすぐに屋敷への道を封鎖できるように配置された置物に始まり、非常階段に隠し通路やら何やら…

そしてその真骨頂こそが巨大地下空洞である。

 

もともとは海蝕により自然に形成された洞窟だったのだが、それを拡張し数百人がしばらくの間なら生活できるように設備を整え、ちょっとした要塞かなにかのような状態となっている。

ちなみに、史実においてカイオス配下のジーミ王国の隠密100人が隠れていた場所こそがこの地下空洞であったりもする。

 

さらには海に面した部分を整備し、ちょっとした船着き場まで整備しているのである。

ちなみにこの私設船着き場、ちょうど地理的に陸の上からは見えない位置にあるため、なにか…例えば日本国から送られた通信機器など…を秘密裏に搬入するにはうってつけの場所でもある。

 

とまあ、このようなカイオス邸であるが、現在カイオスは徹底的に私邸とその敷地を封鎖していた。

門はすべて閉じられ、塀の内部、つまりカイオス邸の敷地内は弓矢やマスケット銃で武装した使用人たちが見回り、外部からは誰1人として入れないようにされている。

 

そんなカイオス邸で、彼は独自に動いていた。

 


 

「…うむ、今日も美味だった」

「お褒めいただき恐縮です」

「料理長、君にも迷惑をかけているな。保存食しか使えない今でもよくやってくれている」

「滅相もない!」

「では、私はこれで」

 

昼食を終えたカイオスは、自室へと戻り、その扉を閉めた。

 

「カイオス様は、今日も自室にこもっていらっしゃるのか」

「ええ、やはり、外務局長を解任されてしまったのが堪えていらっしゃるのでしょうね…」

「おいたわしい限りだ、その上外はあの有様だ」

「私だって同じ立場だったらどうなっているか…」

 

カイオス邸の一角で、使用人同士が話をしている。

彼らの言う事は間違っていない。実際第3外務局長を解任され、自邸での謹慎を言い渡されて以来、カイオスが自室の外に出るのは食事やトイレの時程度である。

 

「それにしても、なぜカイオス様は我々の外出を禁止したのだろうなあ」

「なぜって、やはりあの暴動では?」

「やはりそうだろうか…当分はまだ食料などは持つだろうが、もうここ最近生鮮食品はほとんど見てないな」

「ええ、菜園と、あと下の洞窟で釣った魚くらいですものね」

「カイオス様のためならばと決死の覚悟で物資調達をしに行こうとする者たちも止められたしな」

「ええ、そうでしたね。確か3日前でしたか…あそこまで必死に止めようとする姿は初めて見ました」

「私もだ。今回はなんだか随分厳重だとは思わんか?」

「そうですよね、外出を禁止されたのは我ら使用人だけでなく、出入りの商人たちまでですもの」

「まあ、今は静観する他あるまいな」

 

無論カイオスが使用人たちの外出を禁じたのには理由がある。それも、使用人たちの想像を遥かに超えた理由が。

 

カイオスは自室に入ると、鍵をかけ、据え付けの衣装箪笥の扉を開いた。

そしてかけてあるコートをどかし、端の仕掛けを操作すると…衣装箪笥の奥の板に偽装された扉が開く。

その向こうには下り階段がある。最近作られたものではなく、作られてから随分経っているらしいことが伺えるものだ。

階段を降りると、そこは隠し部屋だった。カイオス以外には執事とメイド長しか知らない場所だ。

 

そう、これこそはカイオスの先祖が作った隠し部屋…有事の際の避難場所の1つだった。

そして子孫たるカイオスはというと、別な目的に流用していた。

 

部屋に備え付けられているのは小さめの机と照明、そして日本製の通信機器。

すなわち、カイオスはここを日本との交信基地として利用しているのだった。

 

カイオスは失脚後、積極的に日本と情報交換を行っていた。

そのおかげで、彼はこの「暴動」の正体をほぼ完全に把握していた。おそらく彼と同程度の情報を掴んでいるのは彼の預かり知らぬところで拘束された情報員のイアノスくらいであろう。

だからこそ使用人たちを守り、それでもって自分の身をも守るため外出禁止令を出したのであった。

 

カイオスとて、最初から保身に走っていたわけではない。無論皇帝にすべてを伝えようとは考えた。

だが、伝えるという事は日本と秘密のルートがある事を自ら暴露するのと同義であったし、そもそも皇宮へ行こうとしても文字通り番兵に門前払いされてしまったのだ。

そしてそうこうしてる間に「暴動」は激化していき、ついには皇宮方面へ近づくことすら危険になった。

ともなれば、もはやカイオスとしても皇帝や現政府を見限り、自らと使用人や屋敷に身を寄せる親類などのような近しい人々を守る他なかったのである。

 

「こうなると、むしろ第3外務局長を解任されて自宅謹慎を食らったのは幸運だったのかもしれんな…皮肉な事だ」

 

独りごちつつ、通信機の電源を入れる。

 

彼が最低限やるべきだと考えている事は、大詰めを迎えようとしていた。

 


 

「…では、それらを行えば救出部隊を送ってもらえる、ということで良いのだな」

『ええ、BSAAとの協議の結果です。彼らは元々バイオテロに遭遇した人々の救助なども任務となっていることもありまして』

「了解した、早速私から指示をしよう。皇都中心部の有様を見るに、おそらく軍の総司令部や皇宮も壊滅している。というわけだから、指揮命令系統の上層部は崩壊しているだろう」

『もし現地の部隊が拒絶したら、どうされるおつもりで?』

「パールネウスには私の配下の者も多数いる。彼らを動かす」

『わかりました。では、救助作戦の決行日時は…』

 

細かな打ち合わせを終え、交信基地もとい秘密の部屋から出る。

そして自室から出て、執事に声をかける。

 

「ロンダール、通信機の用意をするように」

「はい、旦那様。して、相手はどちらに?」

「統治機構パールネウス支部長官クレテス。そうだ、軍の指揮官も同席するよう伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

「そうだ、その前に2つ頼まれてくれるか。まずこの邸内にいる全員に伝えてくれ。3日後までにここを離れられるよう荷造りをするように、と」

「3日後ですな、かしこまりました。ところで、そうおっしゃるという事は…」

「ああ、日本との交渉がまとまった。いくらか仕事はしなくてはならんが、それと引き換えに我々を安全なところへ逃してくれるそうだ」

「さようでございましたか、お疲れさまでございます」

「荷物をまとめるのは君もだからな。それともう1つ、門のあたりで見張りをしている者たちには近いうちに生存者が来ると思う、とも伝えてくれ」

「生存者、でございますか?」

「ああ、順調に行けば、近いうちにエルト第1外務局長が来るはずだからな」

 



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24.裏幕(1)

「それにしても課長、例の計画、発動した後にあの事実が発覚したのには肝が冷えましたね…」

「いやあ、本当になあ…」

 

資料を見ながら話すのは、日本国外務省フィルアデス第一課長の星野と、第二係長…つまりはアルタラス王国担当係長だ…の岩崎だった。

 

「ただまあ、こうなってみるといっそ発動後で良かったかもだなあ」

「そうですね、誰が考えたのかまでは知りませんが、これを奇貨として、封鎖までしてしまおうとは」

 


 

まだパーパルディア皇国でのアウトブレイクがそれと知られず、単なる大規模暴動と見られていた時、外務省はある計画を発動したのだ。

それはパーパルディア皇国属領への扇動だった。

 

具体的にはアルタラス王国のルミエス女王を通じ、日本・アルタラスの勝利、パーパルディアの壊滅的な敗北、そして大規模な暴動やらといった、パーパルディア皇国にとって誠に都合の悪い情報を大々的に流し、かつ属領の住人たちの叛意を焚きつけるというものだ。

 

パーパルディア皇国対策特務室からの提案を可とした外務省は、さっそく実行。

かくしてクーズ、マルタ、アルークでの武装蜂起を皮切りに、続々と属領内での革命が勃発。

 

暴動対策として属領統治軍の大部分を本国へと戻してしまっていたのが災いし、属領に圧政を敷いていた統治機構はろくな抵抗もできないまま制圧され、そしてその構成員の大部分…人間的にまともであり、属領の人々からも嫌われていなかったごく一部の構成員を除き…は、無惨だが自業自得としか言えない末路を辿ったのだった。

パーパルディア皇国の勢力を叩き出す、というよりも殲滅した旧属領73は、再独立を宣言。かくしてフィルアデス大陸には再び73カ国が加わる事になった。

 

さらには返す刀で73カ国は軍事同盟を締結。火事場泥棒に乗り出したリーム王国共々、パーパルディア皇国に侵攻するというウルトラCをやってのける。

結果、パーパルディア皇国最北端の都市アルーニは陥落、73カ国同盟とリーム王国の占領下に落ちた。

 

…この辺で、真相が判明したのである。

つまり、ロデリック・キャンベルタウンの船と死体が発見され、あの犯行声明がBSAAにより確認されたのである。

 


 

「…あのときは、本当に肝が冷えたな」

「ええ、まさかT-ウイルスなんてモノが、しかもアウトブレイクだなんて。まさかこの世界で起きるだなんて」

 

正史では、パーパルディア皇国の主要都市であるパールネウスへ向け進軍し、その途中で入った日本からの撤退要請に従い撤退するのだが、この世界では少々異なった。

 

この世界においては日本国外務省とBSAAが介入し、アルーニに73カ国同盟(+リーム王国)を留めたのである。

もちろん理由はある。日本とBSAAとしては、73カ国同盟(+リーム王国)の人間に感染者を出し、結果感染拡大という事態はなんとしても阻止しなくてはならないのだ。

さしあたり73カ国同盟(+リーム王国)からの連絡により、アルーニはまだT-ウイルス禍には巻き込まれておらず、その意味では無事だった事が確認された。

だが、この先、つまりパールネウスやその周辺、さらにその先はどうなっているかわからない。そのためとりあえず安全なアルーニに留めておいたのであった。

 

さて、日本及びBSAAの方針はもちろんT-ウイルスの拡大阻止である。

先日の説明会により他国にT-ウイルスの脅威は伝わったようで、ほぼすべての国が入港拒否に同意してくれた。

というわけで、さしあたりパーパルディア皇国と海を隔てた国への船舶経由のT-ウイルスの伝播の可能性は潰す事ができた。

 

では次はどうするか。

日本とBSAAの方針は変わっていない。であれば、今度の目標はフィルアデス大陸北部の安全確保である。

ちなみに南部、少なくとも南端部についてはすでに放棄が決定している。何しろ、バイオテロの標的となった皇都エストシラントと工業都市デュロはいずれもフィルアデス大陸南端部の都市なのだ。

であれば、もはやT-ウイルスの惨禍に遭っているのは間違いない。

 

最終段階、もしくはその前段階において、日本とBSAAはフィルアデス大陸南部を封鎖し、とりあえずT-ウイルスを閉じ込める事にしていた。

だが、だからといって無事な部分を無駄に放棄するつもりはない。

できる限り…もちろん安全を確保できる限りであるが…封鎖する地域は少なくしたいところであった。

なにしろ、できる限り難民の発生は押さえたいし、なにより封鎖地域が小さければ小さいほど、封鎖の手間も封鎖後の監視やら何やらの手間も減らせるのだ。

 

もはやアメリカ軍などの旧世界の同盟国軍の助力など宛にできない日本と、そして今や極東支部、しかもそのうち日本に駐留していた戦力だけになってしまったBSAAにとっては死活問題であった。

 

ではどうするか?

ここに、日本国外務省が持つパイプが意味を持つようになる。

 

つまり、第3外務局長カイオスとの秘密のつながりである。

 

カイオスは失脚したとはいえ、他国で言えば大臣や閣僚級の大物だった。

さらに彼には個人的に商人たちとの繋がりも深い。

 

要するに、カイオスは皇国政府有数の事情通でもあるのだ。

 

というわけで、カイオスを通じ73カ国同盟の次の進軍先となるであろうパールネウスの状況を確認したのである。

結果はシロ。ネズミも見られず、暴動も起きておらず、妙な事件も起きていなかった。すなわち、パールネウスの無事も確認された。

 

ここで日本とBSAAはある事を思いつく。それはパールネウスをパーパルディア皇国南部の封鎖の拠点とする、という構想であった。

かつてのパールネウス共和国の首都であり、エストシラントには及ばないとはいえ今でもなお多大な人口や産業を有する大都市である。

これが無傷であるなら、利用しない手はなかった。

 

とはいえ、パールネウスはあくまでもパーパルディア皇国の都市である。つまり、現時点では日本とは敵対関係にある。

ではどうするか?

確かに73カ国同盟と共に攻め落とす、という方法はないでもないが、犠牲やかかる手間などを考えると下策中の下策と言わざるを得ない。

 

そしてここでカイオスが再登場する。

カイオスの現在の状況は、エストシラントはずれにある私邸に使用人や親戚らと共に籠城しているという状況である。

現時点では感染者は出ておらず、食糧も一応余裕はあるものの、それでも時間の問題である。

というわけでカイオスはパーパルディア皇国、少なくともエストシラントからの脱出を望んでいた。

 

そこに日本とBSAAは目をつけたのである。つまり。

 

・パールネウスを日本及び73カ国同盟に降伏させる

・BSAA等が上陸作戦を行う場合にはカイオス邸を前線基地として利用する許可を出す

 

これらの要求を飲めば、

 

・パールネウス及びまだT-ウイルス禍に巻き込まれていない周辺集落の市民の生命と安全を可能な限り保障する

・現在カイオス邸に籠城している全員を救助した上で安全な場所へ移送する

 

以上2つを提供するという提案を出したのである。

協議の結果、交渉は成立。かくして、カイオスはパールネウスを降伏させる工作を行うことになり、日本及びBSAAはカイオスらの脱出支援をすることになったのである。



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25.裏幕(2)

所変わってパーパルディア皇国のカイオス邸。

書斎でカイオスが彼の執事に事の次第を説明していた。

 

「…というわけなのだロンダール。私はなんとしてもパールネウスを降伏させなくてはならない。彼ら自身のためにもな」

「なるほど、そのような事情が。ところで…」

「なんだろう?」

「先程旦那様はエルト第1外務局長がいらっしゃる、とおっしゃっておいででしたが、今の説明では私には繋がりがわからないのです」

「それについても話そう。少々ややこしいのだが、事の始まりはBSAAにエルト局長お抱えの諜報員が拘束された事なのだ…」

 



 

数日前、パーパルディア皇国・エストシラント官庁街にある、第1外務局庁舎。

その4階の局長室に、エルトはいた。より正確には、局長室周辺のエリアにて、数名の部下と共に立て籠もっていた。

 

「暴動」が激化する前から彼女は多忙であり、第3外務局長であるカイオスが解任された影響もあり、帰宅するどころか庁舎から出る事すらできなくなっていた。

そしてそんな状況にいたまま「暴動」は激化してしまい、もし仕事がすべて消滅して暇になったとしても脱出は不可能になってしまっていた。

さらに悪いことに、「暴徒」、すなわちゾンビ共は第1外務局庁舎内にもなだれ込んできたのである。

 

あとは混乱、潰走、壊滅。

かくして第1外務局庁舎も、外と同じくほぼすべてがゾンビの支配する領域となってしまったのである。

 

「タークス、外の様子は?」

「昨日と同じく。生者の姿は見えませんな」

「そうですか…チェパト課長、ルザス係長、バリケードの向こうは?」

「先程確認しましたが、だめですね。奴らしかいないようです」

「奴らの中にはバリケードを叩いている奴もいるようで…正直、破られる危険性もあるかと」

「せめて通信室が落ちていなければ…」

「ええ、そうですね…せめて安全な場所がわかれば、そこへの脱出を試みるというのもひとつの手段ですが」

 

現在局長室周辺に立て籠もっているのは、以下の6名である。

 

・エルト、第1外務局長。

・タークス、エルト直属の諜報員。

・チェパト、第1外務局中位列強担当課長。

・ルザス、第1外務局中位列強担当課レイフォル担当係長。

・ワレク、第1外務局庁舎通信技術者。

・レーポン、第1外務局秘書室職員。

 

運良く確保していたエリアの中には給湯室などもあり、食糧については確保ができていた。

が、先程ルザスが言っていた通り、ゾンビの中には生存者、すなわち新鮮なエサがバリケードの内側に存在することに気づき、破ろうとしている連中がいる。

しかも、日ごとにその連中は増える一方である。

 

彼女らがゾンビの餌食になるのも時間の問題かと思われた。

が、その時。

 

「!?」

 

エルトのデスクそばの棚から、音が鳴った。特殊な…1つの魔信機ごとに対になったものにしか接続できない、通信室にあるものよりも不便だが、その分遠距離での通話が可能な魔信機だ…の音だった。

エルトはいくつもある魔信機の中から、音の鳴っているものを探し当て、通話状態にする。

番号は43。現在リーム王国に派遣されているはずのイアノスに割り当てられたものだ。

 

「…もしもし?」

『エルト様、ご無事でしたか!こちらはイアノスです!』

 


 

『…もしもし?』

「エルト様、ご無事でしたか!こちらはイアノスです!」

 

「…マジで繋がったよ」

 

誰かが愕然とした様子でつぶやく。

 

ここはどこかというと、BSAA極東支部の東北方面基地の会議室のひとつである。

 

捕らえられたカスティス新聞社のノイアス記者改めエルト配下の諜報員・イアノスは、彼女の正体を見破ったBSAAにある提案をした。

自分の直属の上司であるエルトとのパイプは欲しくはないか?と。

 

BSAAにはパーパルディア皇国とのパイプはひとつもない。

確かに日本にはカイオスとのつながりはあるのだが、それを知るのは一握りの人々のみ。もちろんBSAAはその人々には含まれていなかった。

というわけで皇国政府高官とのパイプと、そして何よりパーパルディア皇国内、より正確にはエストシラント現地の情報を欲していたBSAAは話に乗る事となったのである。

 

さて、BSAAと日本政府はまあ良好と言っていい関係にある。

そして、BSAAには特に日本政府に隠し事をしなくてはならない状況にはない。

当然ながら、BSAAに皇国高官へのパイプを持つ人物が転がり込んできた、という情報は日本政府にも提供された。

 

無論日本政府としては驚天動地である。

そして慌ててカイオスの件をBSAAにも伝え…点と点が繋がった。

日本政府としても、日本側に取り込める高官は一人でも多い方がいい。しかし、表立って自衛隊を救出に派遣するわけにはいかない。

だがちょうどいいことに、いずれにせよ救助する予定の高官、すなわちカイオスがいる。では、2人を合流させてまとめて回収してしまえばいいではないか。

さらにバイオテロにより壊滅した地域での作戦行動は自衛隊よりBSAAの方が得意であるし専門でもある。であれば、カイオス救出にもBSAAを巻き込んでしまえれば言うことはない。

 

BSAAとしても、パイプができたとしても相手がすぐに死んだりゾンビになってしまったりしては意味がない。

とはいえ、救出作戦を立てるにしても今すぐは無理だし、そもそもエストシラントが今どのような状況なのかがほぼわからない。そのような状況で隊員を徒に突入させ、死傷者を出すわけにもいかない。

日本政府からの話では、救出目標の高官らは海沿いの屋敷に立て籠もっており、そこには小規模な船着き場もあるため物資の搬入ないし人員の脱出は比較的容易であるという。

であれば、それに便乗させたほうがいい。

 

かくして日本政府とBSAAの思惑は一致した。

そしてB.O.W.収容室に拘禁され、簡易ベッドを友とする生活を送る羽目になっていたイアノスは数日ぶりに外に出され、通信装置を組み立てて、本日ついに本国との交信に成功したのだった。

 

…ちなみに、余談ながら彼女が通常の独房ではなく耐酸耐火耐爆性能のあるB.O.W.収容室に拘禁されていたのには一応理由がある。

なにしろBSAAにとっても魔法や魔法を使える人間というのは今でも割と未知の存在である。要するに、強力な火炎魔法やら劇薬を生成する魔法やら、あるいは自爆魔法でも使われたらまずい、と思っていたのだった。

もっとも、イアノスにはそこまでの魔力はなかったため、彼女を辟易させ、ついでにB.O.W.の中には強酸ぶち撒けたり自爆したりする連中までいる事を知り、自分がそれらと同じように見られてた事も知り、さらに辟易させるだけだったのだが…

 



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26.始動

BSAAにその正体を見抜かれ、拘禁されていたパーパルディア皇国の諜報員であるイアノス。

彼女はBSAAと交渉し、彼女の直属の上司でもある第1外務局長エルトの救助を引き出すことに成功する。

そして当の本人に詳細を伝えるべく、BSAAとイアノスは魔信機を組み立て…交信に成功したのであった。

 

『イアノス!?無事だったのですね』

「はい!どうにか!」

『今の状況は?今はリーム王国に?』

「いえ、日本にいます!日本国の、BSAAの基地に!」

『…なんですって?』

 

無線機の向こうで、誰かが絶句しているのがわかる。

と、イアノスからフォークナーが無線機を引き継いだ。

 

「こちらはBSAA極東支部日本東北方面基地、第3大隊長のフォークナーだ。そちらは?」

『パーパルディア皇国第1外務局長、エルト。いったいどういう状況なのか、説明していただいても?』

「まずはそちらの状況を確認させてほしい。まず、現在安全は確保できているか?」

『さしあたりは。バリケードを張って、他何名かと立て籠もっています。ただ、バリケードは長く持つとは思えない状況です』

「了解した、では次に同行者の人数と状態、位置を」

『私を含め6人。全員あの暴徒たちのようにはなっていません。現在位置は第1外務局庁舎4階の、私のオフィスです』

「では、同行者で何らかの体調不良を訴える者はいるか?」

『特にはいないですね』

 

ふう、とフォークナーが息をつく。

とりあえずの安全は確保できているし、T-ウイルス感染者もいない。

さしあたり、事情を説明する余裕はありそうだ。

 

だが、バリケードの耐久に不安があるようだ。

いつになるかわからないBSAAの救出部隊が向かうまで立て籠もるまでの余裕はないだろう。

 

「了解した、さしあたり事情を説明する余裕はありそうだ。では現在の状況をお伝えする…」

 


 

「とまあ、こういった事情で現在貴女の部下はこちらでお預かりしている」

『なんと…ですが、まず礼を言わなくてはなりませんね。直ちに処刑するなどのような手段に出ず、ありがとうございます』

「まったくもって大した、大胆不敵なお嬢さんと言わざるを得ませんな。とまあ、それはさておき、目下最大の問題はそちらをどのようにして脱出させるか、だ」

『ええ、先程のお話では、日本政府とBSAAは我々の救助も目指している、とのことでしたが…』

「申し訳ないが、直接そちらを迎えに行くのは不可能だ。現在我々…日本もBSAAも、そちらの詳細な状態は把握できていないし、何より態勢も整っていないのでな」

『では、どのように?』

「先程伝えた通り、我々はそちらの第3外務局長カイオス氏とその関係者の救出を予定している。それに便乗する形でなら可能だ」

『つまり、カイオス局長と合流せよ、と』

「そのとおり。より正確にはゴール地点はカイオス氏の私邸だ。私設船着き場があるとのことなので、そこに船をよこす」

『わかりました』

「では、次に脱出の用意をしてもらうことになる。あった方がいいものは…」

 


 

一通り確実に伝えなくてはならないことを伝え、フォークナーは無線機から離れる。

だが、彼の仕事はまだ終わってはいない。

 

「よし、それじゃあ日本政府と連絡を取るぞ。相手は、そうだな…とりあえず外務省と法務省だ」

「外務省はわかりますが、法務省とは?」

「以前捕まった竜騎士とか海軍の高級将校とかがいたはずだ、彼らをこちらに引き渡してもらう」

「引き渡し、ですか?」

「正確には一時的に保釈といったところだろうな。そういった連中なら皇都の地理もある程度知っているだろう、救出作戦時に役に立つはずだ」

「では、防衛省にも連絡を入れます。彼らなら皇国の衛星写真なんかを持ってるかも!」

「頼むぞ!…さて、次は…」

 

かくして、エルト救出作戦…より正確には、カイオス邸への脱出支援が始まることとなる。



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