BLEACH/the blade works (蓼野 狩人)
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第一話

尸魂界

 

そこには数多くの死神が住まい、現世にて彷徨える魂を導き魂を喰らう虚を退け世界のバランスを保っている。

 

 死神とは尸魂界の中でも選ばれた者だけがなれる、世界の均衡を保ち魂の平穏を担う特殊な職業。

それ故に死神に成るには必死の努力をせねばならない。霊術院に通い、基本的な戦闘技術や必要最低限の知識を学ばなければならない。

 

 死神としての実務を執り行う護廷十三隊。この中で席官となる条件、それは自らの「強さ」を証明し他の死神から認められること。

この場合の「強さ」とは十三の隊それぞれで求められている物が異なり、また隊で大きな力を持つ隊長・副隊長に認められるようになれば席官になるのはあながち夢物語ではない……認められるまでの道のりが大変ではあるのだが。

 

そして席官として何百年も研鑽を怠らなければ、総隊長や他数名の隊長に認められてもっと上の立場に就くことが出来る。護廷十三隊の隊長、それは尸魂界でも有数の花形職業である。

 

 

 

さて、死神として上を目指すにあたって避けては通れない道がある。

 

斬魄刀の始解だ。

 

死神としての固有の力を発揮させ、虚を倒す為に必要な武器。それと同時に己の最も大切な命を預けるのに相応しい相棒であることを示す重要なファクター。

 

始解が出来なければ数多の隊員達の中で埋もれていくだけであり、また始解が出来なければ席官になる夢は露と消える。

 

 

 始解、それは斬魄刀と共に戦い抜くという決意と絆の証――。

 

 

 

 ……とはいえ、それは戦う志を持つ者が行うことだ。

 斬魄刀を始解することは重要だ。何せ初めに持つ刀である「浅打」に特殊能力は無く、そして一般的に始解するだけでも大きく戦闘能力が向上する。

 

 だからといって、オレは始解を積極的にしようとは思わなかった。

死神になって隊員になるまでならともかく、隊員でいたいなら始解する必要なんてない。

オレは出世して偉い人物になりたいからとか、虚に特別な恨みがあるからとか、そういう理由で死神になった訳じゃない。

 

 

――死神になりたかったのは、誰かを守れる人でありたかったから。

 

現世という場所で、虚に襲われる人々を守りたかったから。

 

 

じいさんが憧れた、恥ずかしいいいかたをすれば「正義の味方」ってヤツになりたかった。

 

 

でも、今のオレは知っている。

世界には一隊員としては立ち向かえない巨悪がいる事を。

 

始解すらできない死神が、どう足掻いた所で羽虫としか認識されないような、そんな相手がいることを。

 

 

「傲りが過ぎるぞ、浮竹」

 

尸魂界に災いを齎すと言い伝えられた旅過が来た日。

 

後々になって旅過に対する罪は無くなって、どうして処刑されるかも分からなかったルキアさんも助かっていたけど、本当の災いは護廷十三隊の隊長三人だった。

 

 

「最初から誰も天に立ってなどいない」

 

 

浮竹隊長への捨て台詞には、己の進む道に対する絶対の自信があった。

 

 

「君も、僕も、神すらも」

 

 

眼鏡を外し、髪を搔き上げた裏切り者――藍染惣右介は、隊員に一切の思考を向けることは無かった。

 

 

「だが、その耐え難い天の座の空白も終わる」

 

 

護廷十三隊であれば誰もが知るような、冷静で優しげな笑みを浮かべる四番隊隊長はもう存在しない。

 

 

「これからは――私が天に立つ」

 

 

ああ、分かった。

理解したよ、藍染惣右介。

 

 

アンタがこれから護廷十三隊に対する悪になるというのなら。

じいさんの愛した平和を穢すというのなら。

 

 

オレが、正義の味方になる。

 

 

 

~・~・~・~

 

 

 

その日からというものの、オレは隊舎の個室に籠ってひたすら始解をする為に瞑想を繰り返した。

 

藍染を倒す為の、あれ程までに強い相手に勝てるような斬魄刀を。

 

 

ただ欲しいと願った。

 

 

でも現実というのは実に非情だった。

 

オレの魂が反映されるという斬魄刀は、それほど強力な斬魄刀じゃ無かったんだ。

考えてみれば当たり前かも知れない。

 

何故ならオレには……五歳の時から記憶が無いから。

 

東流魂街で一人さ迷っていた所をじいさんに拾ってもらったからだ。

 

 

幼い頃からの記憶の積み重ねのないオレが、強い斬魄刀を手に入れられる筈がなかった。

 

 

「山水拓け……『干将・莫耶』」

 

 

右手に黒い短剣、干将。

左手に白い短剣、莫耶。

 

 

これがオレの始解。せっかく希少性のある二刀流だというのに、能力は「複製」と「炸裂」、そして申し訳程度に互いを引き付けるだけの能力だ。

 

 

 

 

 

二刀流の死神なんて今の世には二人しかいない。

一人は京楽春水。八番隊隊長で刀の銘は『花天狂骨』

一人は浮竹十四郎。十三番隊隊長で刀の銘は『双魚理』

 

 

どちらも隊長格として特に有名で、あの名だたる総隊長の山本元柳斎重國の弟子だという。強さも折り紙付きだ。

 

 

でも、あの二人ですら藍染の裏切りを止めることが出来なかった。誰もが藍染に騙され、目の前で逃げるところを止められなかった。

 

ひょっとすれば、オレはどれだけ努力したところで藍染の所まで辿り着くのは無理なのかもしれない。

 

 

それでもオレは前線に出たい。オレの目の前で呆気なく倒された他の死神達を見たくない。

 

 

オレは、もう誰かが死ぬのを見たくはないんだ。

 

 

 

~・~・~・~

 

 

 

霊術院を出てからのオレは、護廷十三隊の中でも雰囲気が落ち着いている十三番隊に所属している。

 

じいさんの話では、ここの隊長は他の隊長格に比べて身体は弱くとも精神が強い、尊敬出来る人物らしい。

 

誰もが慕う性格。

誰もが認める志。

誰もが驚く強さ。

 

 

オレがじいさんの次に尊敬して止まない人であり、じいさんが死んだ後は後継人をしてくれている第二の父親でもある。

 

「やあ、士郎君。今日も清々しい良い天気だね!所で一つ相談が……」

「席官の話であれば断りますけど?」

「……むぐ」

 

部屋の中から突然話しかけるのは素直にやめて欲しい。ここ最近は毎朝隊舎裏の鍛錬場所へ出向く度に、いつも早起きを心がけているらしい浮竹隊長に勧誘されてしまう。

 

「いやいや。僕はほら、こうして身体が弱いわけだし、席官もそこそこ空いているんだ。ルキア君を就けてもいいとは思ったんだが、君の才能は本物だ。是非着任して欲しい」

 

穏やかな笑みで勧誘してくる浮竹隊長。子供の様な無邪気さに、どこか大人の落ち着きを感じさせる微笑みだ。

こうして席官に誘われるのは今回が初めてではない……とはいえ、いつも油断してしまう程にこの人の笑顔には他人を惹きつける何かがある。

 

それでも、断るしかないことが残念だ。

 

「僭越ながら、オレには実力が伴っていません。鬼道が全く出来ず、始解も出来ない死神が席官に就いても周囲の目が厳しいでしょう」

 

噂によればどこかの隊には斬魄刀を持たない副隊長がいるそうだが、その代わり鬼道に精通していると聞く。なんでもその副隊長は、かの有名な鬼道衆に居た経歴があるそうだ。

斬魄刀に頼らず生きるというのは大変だろうし、何らかの事情があり仕方が無かったのかもしれない。

 

何にせよ、周囲の目を気にせず気を強く持っているというのは、素直に凄いことだと感じる。まだまだヒヨっ子であるオレには出来ない生き方だ。

 

「僕は是非、君に席官を埋めて欲しいんだけど……仕方ないな。今日も僕の負けか」

「鍛錬が終わったらまたお茶でも煎れますよ」

「それは本当かい!?君のお茶は隊士の間でもよく噂になっているからね。是非頂きたい」

 

やや真剣な表情での勧誘から、お茶に喜び空気をガラリと帰る浮竹隊長。この人の底が知れないなあと思う数多くの何気ない一幕だ。

 

……本当は始解できるんだけど、それは言わないでおく。オレの考えを知れば、浮竹隊長に否定されるかもしれないからだ。

 

 

「おう、エミー。支度できたか」

「その呼び方はやめてくださいよ、芋山先輩」

「俺は芋山じゃねーよっ!エリート死神の!車谷善之助っ!!」

 

 アフロ頭をぶんぶん回しながら主張するこの人は車谷先輩。先日、朽木さんが捕らえられた際に代わりとして空座町に割り当てられた死神だ。

 

 

「ああ、そういえばこれから任務があるんだったな……とはいえ、まだ時間がある。よければ君、士郎君の鍛錬に付き合ってあげたらどうだい?」

「え、ええ?俺がですか?」

 

明らかに焦り始める車谷先輩。こういう俗っぽいところは嫌いじゃないんだけど……。

 

「いやー、オレはその自称エリートってだけでですね?腕は伴っていないというか」

「成程!それなら尚のことだ。斬術においてとても優秀な士郎君に学ぶ所があるのではないかね?」

「え、ええーと……」

「エリート死神に足りない物を、後輩から拾う。中々に素晴らしい事じゃないか」

 

相変わらず口が上手い隊長と、相変わらず流されやすい車谷先輩との話し合いでは結果は明らかだった。

 

「ええい、エミー!もし俺が勝ったら西流魂街の特製饅頭おごれよ!」

「ではオレが勝ったらまた休みを下さい」

「……ぐっ!」

 

芋や……車谷先輩の要求した饅頭は一日限定100個の希少かつ高級な品だ。丁度休みを取って一人で鍛錬したいと思っていたし、車谷先輩の要求した品を考えれば有休一つで釣り合いが取れるだろう。

 

「ええ……まじか……。俺が一人で派遣されるとなれば仕事量が五倍くらいには膨れ上がるんだが……」

 

顔を青くする先輩だったが、やはり名店の饅頭が欲しかったのか、それとも隊長の目の前で断るのは嫌だったのか。15分後には鍛錬場で向かい合っていた。

 

死覇装に殺傷性のない木刀(当たると痛い)を携え、オレと芋……車谷先輩が互いに向かい合う。中央には浮竹隊長の頼み事なら何でも二つ返事で了承してしまう、虎徹清音三席が判定人として立っている。

しかし、浮竹隊長もまた観客として鍛錬場の隅に佇んでいた。オレの顔を微笑みながら眺めている……この人、実はひょっとして暇なのだろうか。

 

 

「それでは両者、剣を構えっ」

 

 

虎徹三席の声に逸れていた意識を引き戻し、木刀を両手で青眼に構える。この勝負に勝てば久々の有給で自分の鍛錬に集中できる。空座町は虚の出現数が多いので実戦経験は積みやすいけれど、やはり実戦ばかでは基本を忘れてしまいがちになる。

ここはどうしても勝ちたいところだ。

 

……目の前の相手、芋山先輩の構えに集中する。眉間に皺を寄せて此方を睨みつけている様子は隙が無い、訳では無い。先輩には悪いけれど、むしろ隙は目に見えて大きい。

 

オレに向ける軸足の震えは止まらず、視線は一点に固定されている。瞳孔が開き、手から手汗が滴り落ちている。

霊術院の基本的な剣術を修めた者としてとして身につけた構えは意外にもしっかりしているが、肝心の精神が追いついていない様子だ。

 

やはり隊長の立ち会いはプレッシャーが大きいだろうか。

 

そんなことをつらつらと考えているのは別の自分であり、オレの身体は既に一歩目を踏み出している。肩の力を抜き、息は自然に任せる。

意識するのは常に目の前の相手だ。

 

「……ふっ」

 

息を吐いて、二歩目。芋山先輩の額から新たな汗が一筋垂れる。

剣を知らない流魂街の住人が見ても分からないであろう、剣術に置いて最も大切な読み合いの時間。空気を気力で繋ぎ続け、如何にして勝てば良いのかを探り続けなければ相手に負ける。

 

「――オリャア!」

 

瞼が動く。

瞳孔が開く。

口の端が一瞬痙攣する。

 

これだけの前兆があれば、声が耳に届く前にでも反応できる。

 

振り上げた木刀が一直線に落下する時間を縫って、一足飛びに刹那を数えて三歩四歩五歩。

 

あとは振り下ろすだけだ。

 

「フッ」

 

力を込めず気迫を込める。

俺が詰めに詰めた間合いから放った斬撃は、込められた霊力の威力も乗って、木刀にしてはいやに静かな衝撃で芋山先輩の腹にくい込んだ。

 

「ゴファ!?」

 

目を剥いた芋……車谷先輩は木刀から手を離し、そのままアッサリと仰向けに倒れていったのだった。

 

 

「勝負ありっ!!」

 

 

 

~・~・~・~

 

 

 

急須というのは実に素晴らしい発明だと思う。お茶を淹れることだけに機能を特化させ、余計なモノを排除している。だからといって飾りがついている急須を否定するつもりは無いけれど、やはり模様が無く、落ち着きのある色合いが急須に相応しいと思う。

 

オレは結局車谷先輩を打ち負かしたことによって、有給を勝ち取ることが出来た。個人的には「上司が認める有給」というのは後腐れが無いので楽だと思っている。

勝負の結果とはいえ、車谷先輩には感謝しないとダメだろう。

 

 

「なんでさ〜〜!!」

 

 

車谷先輩の嘆き声は。奇しくもオレの口癖とそっくりだった。



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第二話

縁側で隊長と車谷先輩も交えてお茶を飲んだ翌日は、流石にすぐ有給を貰う訳には行かなかったので空座町への勤務となった。

 

空座町、というのは近年になって多く虚が出現する地域である重霊地となっている。最近になって現世の人間が瀞霊廷に侵入する事件などもあったが、その人間達が住む場所でもあるそうだ。

 

(ホロウ)の案件については処理してくれているのは有難いもんだがよ、俺達の仕事を事務処理だけにするってのもどーなんだよ」

 

地獄蝶の導きで辿り着いた空座町を見下ろして、車谷先輩は溜息をついた。

それもそのはずで、重霊地故に大量発生する虚の大半を例の死神代行が処理する一方、その虚に関する報告書等は担当の死神が担っているからだ。

 

「でも、オレ達では間に合わなかった案件も沢山あるじゃないですか。確か――黒崎一護、でしたっけ」

「ああ、その通りだ。癪に障るけどな」

 

現世に着くと、今度は伝令神機に書かれている場所まで移動する。今回はどうやら虚が四体ほど一度に出現したらしい。

 

「どーせ今回の件でも間に合っちまっているんだよ、どーせな」

 

もちろん、間に合った方がいいのは間違いなく有難いことではある。けれども、彼の活躍で経験が積められないのは些か不満だ。

 

果たして、現場に辿り着いたオレ達が見たのは消滅していく虚の姿を背にして立つオレンジ髪の青年だった。

 

「……うおおおい!!虚は!?他の虚は!?」

 

叫び出す車谷先輩に気付き、青年――黒崎一護が振り返る。

 

「よぉ、芋山さん。たまたま近くにいたら代行証が鳴り出したからよ、先に片づけさせて貰ったぜ」

 

「まーた近くに居たって言うのかよ!!お前は虚を引き寄せる体質でも持ってんの!?あと俺の名前は車谷善之助!!」

 

確かに、黒崎一護の近くに虚が出現する割合は高い。具体的には5回に4回は黒崎一護が間に合っているし、間に合った上で虚を必ず浄化している。まるで行く先々に事件が起きる名探偵のような遭遇率だ。

 

「んー、俺は別にそんな事無いと思ってるけどな。むしろ空座町の虚が多すぎじゃね?なんか重霊地とか聞いたけどよ」

 

「確かにそうですね、前任のルキアさん一人が担当の時はよく乗り切ったものだと思います」

 

オレが話を合わせると、黒崎一護が不思議そうな顔で振り向く。

 

「アンタ……喋るんだな。初めて見た時は全然喋らねーなーとか思ってたんだが」

 

「それは何というか、心外ですね。オレも喋る時は喋りますよ。喋る事が無いだけです」

 

「…………」

 

何故だか、黒崎一護が嫌そうに身じろぎした。

 

「お前、ひょっとしてルキアと同年代か?見た目の年齢的に敬語使われると気持ち悪いんだが」

 

「そうですか……それならまあ」

 

基本的には敬語が楽だと思っていたのだけれど、指摘されたのであれば仕方がない。

 

「よろしく、黒崎一護。オレの名前は衛宮士郎。芋山先輩と同じ十三番隊だ」

 

「おう、そっちの方がいいぜ士郎。あと俺の事は一護で構わねぇよ。ルキアや芋山さんと同じ十三番隊なら安心だし」

 

「……オイィィィ!!俺の名前は!!車谷!善之助!エミーもそいつに引っ張られて名前間違えんな!ってかなんで同僚の名前間違えるんだよ!」

 

「あっすみません……先輩の印象とあまりに噛み合っているもので」

 

「いやー俺もなんか芋山さんって呼び方が板に着いちまってさ」

 

「はぁぁぁぁぁあ!?」

 

まだまだ文句言いたげに口を尖らせる芋…車谷先輩だったが、それを遮るタイミングで突如として巨大な霊圧がのしかかってきた。

 

ミシミシミシッ

 

空が罅割れる音が聞こえる。大気が騒めく気配がする。身体が……酷く重い。

 

「こ、この霊圧はまさか……!!」

 

先輩、オレ、一護が上空を仰ぎみると、そこには黒々とした空間が口を開けていた。禍々しい霊圧が周囲一体に吹き荒れる。

 

「「「黒腔(ガルガンタ)……!!」」」

 

虚圏と現世を繋げる異空間にして、虚の侵入経路。そしてあの藍染が逃亡した際に使用した扉でもある。

 

「まさか、来るのか!?」

「ひいいいいい!!」

 

一護がその包丁にも似た大きな刀身を正面にかざし、車谷先輩もまた怯えながらも未開放状態の斬魄刀を構える。

 

「卍解……!!」

 

虚のものとは違う、死神特有の霊圧が収縮し、弾ける。

 

「『天鎖斬月(てんさざんげつ)』」

 

死覇装が洋装を思わせる意匠に変わり、あれほど大きな斬魄刀もまた黒い直刀へと姿を変える。これが……これが、行方を阻む数多の死神の妨害を乗り越え、ルキアさんを処刑される運命から救った卍解……。

 

「ボーッとすんなエミー!!俺達も行くぞ!」

 

ガクガクと震える膝を抑えつつも、車谷先輩も斬魄刀に呼びかける。

 

「仕事の時間だ!お早う、『土鯰(つちなまず)』!!」

 

斬魄刀の形が変化し、右手に輪を形成する。確か円月輪、という種類の武器だったか。鈍色の光を放つその刃はどこか泥臭い生き様を感じさせられる。

 

「エミー、俺は『土鯰』でひたすら足止めする!お前は伝令神機で連絡した後で俺のカバーを頼むぞ!死神代行は恐らく死なねーだろうが、俺達があの藍染に会えば死ぬぞ!!生き延びることを考えろ!!あとは虚を出来るだけ倒しとけ!!」

 

早口で指示を出す車谷先輩に従って、思考を斬魄刀から引き剥がして伝令神機の緊急連絡モードを起動して現在の状況を入力する。

 

「――――オラよっ!!」

 

黒腔から溢れた虚を一護は矢継ぎ早に処理していく。斬魄刀が始解に較べて卍解の方が小さくなる場合、個人の身体能力がより高まるという噂を聞いたことがあったが、どうやら本当かも知れない。卍解によって一護のスピードが格段に上昇し、目にも止まらない速さで上空を駆け巡っている。

 

「こっちも来たぞ!」

 

車谷先輩が叫ぶと同時に『土鯰』を地面に叩きつけると、地面が鳴動した。斬魄刀の能力により操られた土や岩が正面から押し寄せてきた虚に絡みついていく。オレは計六体の虚が捕まったことを確認すると、腰の浅打を抜いた。

 

「―――ハッ!!」

 

気迫を込めて、刀を地面と並行に構えて走り出す。固定された虚もそのまま殺られる気など無く、身じろぎしながらも鋭い爪を振り回したり、緑色の霧を吐き出したりと色々いる。

その中を、最低限の動きで躱しながら瞬歩で移動する。虚の弱点は顔面――だったか。時には首を飛ばし、時には腕ごと頭部を唐竹割りに、時には浅打を鍔まで深々と顔の中央に突き刺す。

 

「先輩、処理出来ました」

 

「よっしゃ!でかした」

 

車谷先輩が嬉しそうに親指を突き立ててきたものの、歪なヒビ割れのような黒腔は開いたままだ。

そして、その影から巨大な仮面が顔を覗かせていた。

 

「あ、あれは……!?」

 

「おい、二人共!無事か!?」

 

目では見ても頭では「そんな馬鹿な」と考えていると、上空で飛び回る虚を全て片付けた一護が降りてきた。

 

「ハッキリとは見えねえが、恐らくは間違いねぇ!大虚(メノス・グランテ)だ!!しかも4体は来るぞ!!」

 

確かに、黒腔の向こうでは鼻のとがった特徴的な仮面が四つ蠢いている。周囲の霊圧はどんどん圧力を増し、恐らくは見えている範囲以外にも大虚が殺到している事の予想がついた。

 

「エミー、恐らくは技術開発局の連中も察知しているだろうが、一応追加で連絡しとけ」

 

「先輩、どうするんですか。これだけの数となれば死神代行だけでの対処は難しいですよ。逃げるのはお勧めしません」

 

それに、大虚がこちら側に入ろうとしている合間にも別の虚達が次々と湧いている。雑魚だろうと仕留めなければ、空座町の住民にも被害が及ぶだろう。

 

「……分かってるんだよ、そんな事は!!」

 

車谷先輩はそう言うと、始解状態の斬魄刀を持ったまま来た道を引き返し、穿界門近くに駆け寄ると――正面に向き直って陣取った。

 

「おい、エミー。お前はもう帰っとけ。始解も出来ねぇ平隊員じゃあ処理しきれねぇだろ。俺が足止めしておくさ」

 

「い、芋山先輩……そんな……」

 

「何故今間違える!?」

 

芋……車谷先輩が目を見開くも、やはり「フッ」と笑って先程の覚悟を決めたような顔に戻る。

 

「俺はここで足止めするからよ、いいか。振り返らずに走れ」

 

歯を見せて快活に笑い、『土鯰』を構えた先輩は――横から飛んできた奇妙な虫に黄色い気体を吹きかけられ、地面に昏倒した。

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!聞いちゃった聞いちゃった!!ボクちん聞いちゃった!!雑魚死神を逃がそうとする健気な死神の話を聞いちゃった!!」

 

車谷先輩が倒れ伏した背後の影から、猿のような姿をした虚が出てくる。

 

「こーれで一丁上がり!!おねんねした死神と、始解も出来ない死神を殺せる!!殺せる!!」

 

「……」

 

どうやら、死神についてどこかで情報を集めていたようだ。

 

「あの黒い奴も大虚の対処で大忙し!後はお前独りだ!これはいいねぇ!!実にいい!!」

 

 

ケラケラケラケラケラケラケラケラ。

 

笑う虚。迫る影。倒れた死神。

 

いつの間にか、大口を開けて迫るあの虚がいて、そして。

 

誰かに、助けられたのではなかったか。

 

「ああ、良かった」

「君が生きていてくれて、良かった」

 

涙が溢れていた、自分を助けてくれた人の顔を。

今も、覚えている。

 

 

「お前も眠っとけ、雑魚がぁ!!」

 

抵抗力を奪って殺しやすくするためか、猿のような虚が指示を出し、虫が正面から気体を吹きかけようと殺到してくる。

 

「……今なら、誰も見ていない」

 

オレは浅打を正眼に構え、斬魄刀の改号を叫んだ。

 

「山水拓け、『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』!!」

 

 

~・~・~・~

 

 

黒崎一護は、虚を全力で処理しながら現状について思考を巡らせていた。あの巨大な黒腔から虚が次から次へと溢れてくる以上、黒腔を閉じなければ話にならない。しかし黒腔の閉じ方なんて自分は知らない。向こうが勝手に帰ってくれたことが一度あったが、今回はどうも勝手が違うらしい。

 

(そもそも、みんな何やってんだよ……!)

 

チャドや井上はともかくとして、石田が来ないのはおかしい。この街にいる滅却師としては、目の前で大量発生する虚を見過ごすわけがないのだ。そもそもこの街には浦原さんもいるはずであり、空座町に殺到する虚を前にして何もしない訳もないのだ。

 

(いや、待てよ。ここだけが虚の発生地点とも限らねぇ……)

 

その事に思い立った一護は、大虚の仮面を狙うために上空へと飛翔しつつ、空座町一帯を遠望した。

 

「!?」

 

すると、やはりと言うべきか。北の方と東の方でそれぞれ黒腔が口を開けており、中から大量の虚が湧き出ている。北の方では水色の光が雨の如く虚を射抜き、東の方では紅色の光が時折閃くのが見える。

 

(つまり……これは虚を三ヶ所にぶちまけているって事かよ!!)

 

道理で現世側の味方がこちらに来ない訳だ。もしかしたらチャドと井上は石田の所で戦っているのかもしれない。

 

(クソッ、これは不味い……尸魂界からの救援はまだか!?)

 

大虚の前で振りかぶった天鎖斬月を切り下ろしつつ、叫ぶ。

 

「月牙……天衝!!」

 

しかし、まだ虚化をコントロール出来ない自分が放つ月牙は、大虚に傷こそ付けられたものの一撃で倒せはしなかった。

 

「畜生……!」

 

下で戦っている2人の状況も気になるが、今は大虚で手一杯の状況だ。一体を狙っている間に残り三体が同時に放った虚閃を避けつつ、一護は再度刀を振りかぶった。

 

その時。

 

大虚の足元で何かが大量に炸裂し、大地を鳴動させた。

 

 

~・~・~・~

 

 

始解状態である瓜二つの斬魄刀『干将・莫耶』の特徴は、簡単に纏めると三つに絞られる。

 

「なんだァ?お前斬魄刀を始解出来ないんじゃ……おっと!」

 

まず、互いに引き合う力が働くこと。

 

「いきなり投げるとか、正気じゃねえ…アグッ!?」

 

この力により、投擲された『干将・莫耶』は互いの中央に向かって引き合う為、単純なブーメランよりもより鋭角な軌跡を描いて空中を移動する。今投げた二刀は正面の虫を全て切り裂いた後、飛んできた刃を躱した虚を背後から軌道を曲げて奇襲した。

 

「グッ……貴様ァ……!!何故また斬魄刀を……!!」

 

次に、複製能力。霊力をある程度消費することで、『干将・莫耶』を新たに造り出すことが出来る。手元に無くなったとしても常に補充出来る上に、斬魄刀が破損しても気にする心配はない。

 

「む、虫よ!!早く奴を眠らせろ!!」

 

向かってくる虫を全て両手の斬魄刀で直接切り払う。破裂して飛散する気体直接吸わなければ問題ない。

 

「う、うおおおおおおお!!」

 

最後に、自爆能力。全ての虫を総動員させて襲ってくる虚に向けて『干将・莫耶』をさらに三組ほど投げつけた後に、斬魄刀を構成する霊子に呼びかける。

 

「!?」

 

霊子を純粋なエネルギーに変換し、全ての『干将・莫耶』を炸裂させる。地面に落ちた全ての『干将・莫耶』は閃光を放ち――

 

「ぐうおあああ」

 

虫使いの虚の全身を余す頃なく吹き飛ばした。

 

「…………」

 

バラバラに吹き飛んだ虚を確認して、オレはまず車谷先輩の息を確認した。催眠ガスらしきものを浴びせられて気絶こそしているが、幸い目立った外傷もない。

 

ひとまず先輩を仰向けに寝かせると、正面に向き直り、新たな『干将・莫耶』を両手に呼び出し、構えた。

 

「オレは……『正義の味方』になると決めたんだ。救援が来るまではオレが持たせてみせる!!」




第一話では勝手ながらアンケートを取らせていただき、多数の方から「連載して欲しい」との声を頂いたので、第二話を執筆致しました。とはいえ、作者自身がまだまだ未熟な面が目立ちますし、「連載して欲しくない」との声があったことも事実です。出来ればより多くの読者様に「面白い」と感じていただける連載になればと思います。
また展開に悩んだ時は、最新話にてアンケートを行いたいと思います。


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第三話

市街地に溢れ出しそうな(ホロウ)が、その度に頭部を白と黒の幅広な剣に穿たれ、切断され、地を這う。

辛うじて逃れた虚も、付近に落ちた剣の自爆に巻き込まれて全身を吹き飛ばされて絶命する。

その中心で、剣を次から次へと両手に生みだし投擲するは赤髪の死神。彼の持つ斬魄刀、その名を『干将(かんしょう)莫耶(ばくや)』という。

 

 

~・~・~・~

 

 

「ぜあぁぁぁあ!!」

 

作業としてみれば単調に映るだろう。オレは斬魄刀を出しては投げつけ、出しては投げつけを繰り返しているだけだ。虚がいくら出てきても現状なら幾らでも処理できそうにも見えると思う。しかし、先程から斬魄刀を生みだし続けた結果、八十七回目の投擲から霊力の底が見えてきていた。

 

「……ッ」

 

加えて、虚の猛攻に対して無傷という訳ではなかった。虚にも様々な種類がいて、特殊能力を持つものも少なくない。左肩の肉はカエル型の虚の舌に削り取られ、右足の脛は狼のような虚に噛み付かれた。流血が止まらない。

 

ここは車谷先輩だけでも尸魂界に送りたい所だ。無防備に寝ている先輩を庇いながら戦うだけでもかなり神経が削られる。しかし尸魂界と現世を渡り歩くには地獄蝶の案内が必要不可欠であり、そして周囲での激しい戦闘音に全く反応せず眠る先輩に起きる気配はない。

 

オレが車谷先輩を連れていけば、その間は虚が街に溢れ出すことになる。

 

(恐らくは『死神を優先的に襲うこと』と言われているのが唯一の救いか……)

 

今回、虚がなぜ大量に出現しているのか、明確な理由は分からない。ただ、予想は出来る。

虚圏(ウェコムンド)に去った愛染の一味。

死神の情報を知っている虚。

まるで追い出されているかのように殺到する大虚(メノス・グランテ)

 

(……虚をけしかけた上で高みの見物でもしているのか!)

 

もしそうであれば、付近に愛染の仲間がいる可能性も否定出来ない。今の状態ではこちらから探すことも難しいだろうが。

 

「……ッ!?」

 

頬を爪が掠め、血が吹き出る。どうやら虚の攻撃から意識が若干逸れてしまっていたらしい。血が伝う感触はいつ以来だろう。虚の体液に塗れた死覇装が、だんだん重く感じてくる。

 

「……ォォオ!!」

 

最後の力を振り絞る、という言葉は好きじゃなかった。けれども、残った霊力の量から見れば、これ以上戦闘が長引けば死に至るだろうという事は容易に予想がつく。

 

「鶴翼……三連ッ!」

 

投擲、投擲、投擲。

正面からのし掛かるように迫ってくる虚に、連続して三度、干将と莫耶を投げつける。互いの位置関係によって精密に引かれ合う斬魄刀は、回避不可能なタイミングで虚の頭を六度串刺しにした。

 

両手を見れば、霊力の使い過ぎか腕のあちこちから出来た裂傷から垂れた血で染まっていた。視界も段々狭まっている。腕を動かそうとしても、ただ痙攣するだけ。

 

ここまでか。

 

仰ぎみた空の先、四体目の大虚に斬り掛かる一護の姿が見えた。

「月牙……天衝ォォオ!!」

繰り出す斬撃に、大虚の仮面が切断される。

 

あれ程の強さがあれば……もっと戦えたのに。

周囲に殺到する虚の群れ、倒れていく身体、遠のく意識。

 

「……郎君!!士郎君!!しっかりしろ!!」

 

そして、誰かの声が開きかけた穿界門(せんかいもん)の向こう側から聞こえた。

 

気がした。

 

 

~・~・~・~

 

 

何故、尸魂界(ソウル・ソサエティ)からの救援が遅れたのか。

 

現世から虚の反応が異常な程検知され、限定霊印なしでの隊長格派遣の必要性があると判断された為、本人からの申し出もあり、十三番隊の隊長である浮竹十四郎、席官の虎徹清音、小椿仙太郎を中心とした計十五名が現世に向かおうとした(尚、他にも朽木ルキアが立候補したが、霊力が完全に回復していないと診断された為に尸魂界にて安静するよう諌められた)。

 

しかし、穿界門を通ろうとした矢先に外部から何者かの妨害を受ける。現世との接続が希薄となり、地獄蝶の案内付きでも現世に辿り着けないので止む無く一時帰還。技術開発局の局長である涅マユリが原因を最速で解析し、原因は穿界門の管理に当たっていた死神の裏切りによるものだと断定。

 

原因を排除し、再び現世に向かうも、事件発生から既に一時間経過していた。

 

「隊長……間に合うでしょうか」

 

浮竹の左側を走る虎徹清音が不安そうに呟く。死神代行や旅禍、生き残った滅却師を含めたとしても、検知された虚の群れに対抗する人員が足りなさ過ぎる。黒崎一護は中でも朽木白哉を倒す程の実力を持ち、卍解を会得しているものの、大虚を相手にしていると仮定すれば残りの虚はあちこちに散らばっているだろう。

 

ましてや、平隊員の車谷善之助や衛宮士郎は……。

 

「……きっと大丈夫さ。車谷君はどんな場面でも助かろうとする精神があるし、士郎君は始解が出来なくても実力がある。二人とも生きてこちらの助けを待っている」

 

そう告げて微笑む浮竹だったが、内心ではどう考えているのか。羽織を靡かせて走る浮竹の後ろ姿を見ながら、小椿仙太郎は思案する。

 

(隊長は基本的に病弱だし、今回も俺たちだけで任務に当たろうとした。しかし隊長自身が「出る」と言ったんだ。隊員が命の危機に瀕しているってのも原因だろうが……)

 

十三番隊の中では、浮竹が特に朽木ルキアと衛宮士郎に目を掛けている事は周知の事実だった。どちらも浮竹を実の親のように思っているであろうし、浮竹もまた任せられた身として二人を大切にしている。

 

きっと誰よりも焦っているだろうに、感情を表に出さず、あくまでも何時もの隊長らしくあろうとしている。

 

「……そうですね、隊長。きっと間に合います」

「ええ、勿論私も信じてますよ?」

 

仙太郎が同意した直後、即座に乗っかってくる清音。浮竹の左右で睨み合う二人だったが、目の前にようやく出口が見えて気を引き締めた。

 

「……!?」

 

先頭の浮竹は目を疑った。

穿界門を出てすぐの場所には、目を閉じて安らかな表情を浮かべている車谷善之助が倒れており、その向こう側では全身が血塗れの衛宮士郎が今にも虚の群れに呑まれようとしていたのだ。

 

「士郎君!!士郎君!!しっかりしろ!!」

 

浮竹が呼び掛けながら真っ先に駆け寄り、霊圧を前回にして虚を怯ませつつ斬魄刀を抜いた。

護廷十三隊の総隊長から受け継いだ剣術。始解せずとも虚を一掃するには充分だった。

 

「各自、周囲の虚に対処!四番隊の者は衛宮士郎及び車谷善之助の救護を頼む!」

 

連れてきた人員に指示を出し、浮竹は救護中の四番隊を背にして殺到する虚に対峙した。

改めて虚を倒しつつ周囲を観察すれば、山中にしては不自然に地面が抉れている箇所があったり、生き残っている虚の中には四肢が抉れている個体がいたりする。

 

(…………。)

 

浮竹は一瞬だけ、士郎の目の前から消滅した虚の頭部に白と黒の刃が見えた様な気がしていた。士郎の霊圧にどこか抑えているような気配があったこと。そして自分の始解がどのような扱いであるか。

 

恐らくは、そういう事なのだろう。

 

士郎の元養父である故人、衛宮切嗣の話を思い出す。あの事件の業を背負った上で尚、斬魄刀に運命を背負うというのか。

 

「……何だ、これは」

「傷が……」

 

何事か呟く四番隊員に、浮竹が「どうしたんだい?」と尋ねると、その隊員が士郎の側から離れて浮竹に士郎の上半身を見せた。

 

「見てください。彼の身体には幾つもの裂傷が入り、左肩や右脚にも大きな怪我があったのですが……ご覧下さい。私達が手を加える前に傷が癒えていきます」

 

「……ふむ」

 

士郎の全身は確かに血塗れだったが、その元となった傷は確かに凄まじいスピードで癒えている。見るものが見れば、なぜ傷が急速に治っているのか容易に想像が付くだろう。

 

「そう言えば、衛宮君は前に四番隊の薬……を受け取っていたな。何でも隊長が作った特製だそうだ。傷を治しやすくする効果があるらしい。前に私にも話してくれた」

 

「そんな薬が……」

「いや、しかしあの方なら試していても不思議はない」

 

騒めく四番隊員を後目に、迫る虚を刀で捌いていく。

後で話を通しておかなければならないだろう、と思いながら。

 

この件について知っているのは、浮竹自身を除き、四番隊隊長の卯ノ花烈、総隊長の山本元柳斎重國、八番隊隊長の京楽春水、そして四楓院夜一と浦原喜助の五人。

 

御上の四十六室にはひた隠しにされた事件であり、衛宮切嗣が亡くなった遠因でもある。

 

(彼の存在は、この件について全く知らない藍染への切り札になりうるだろう)

 

そんな思考を巡らせる自身に苦笑いをしつつ、もう一つの切り札たる黒崎一護が上空から降りてくるのを眺めていた。

 

 

~・~・~・~

 

 

その後、今回の虚大量侵攻について十二番隊が中心となり調査・解析にあたった。

原因の一つは、捕えられた虚を拷問した涅マユリの報告により判明した。

 

「例の裏切り者、藍染惣右介の計画によるものだネ。事前に空座町にいる戦力を伝えた上で虚に現世を侵攻させ、部下の誰かに戦いの様子を記録させたのサ。現世に侵攻した場合のシミュレーションのようなものかネ」

 

知恵ある虚には誰を優先して狙うべきかを伝達し、知能のない大虚などは単にけしかけただけだろう。

 

「しかし、向こうからすれば知恵ある虚を多数喪う結果となった訳ダ。これに対しても簡単な考察が出来る。つまり……あちらには、有象無象の虚と比べても比較にならない程の戦力が揃っているという事サ」

 

その事実に護廷十三隊の者達は戦慄した。合計数千体の虚や十数体の大虚を使い捨てにしたとしても全く痛手にならないほどの戦力を、藍染が揃えているのだから。

 

あちら側には藍染含め隊長格の死神三体が戦力に含まれている。いくら藍染でも邪魔になるであろう護廷十三隊と隊長格三人だけで渡り合うのは避けるだろう。

 

ならば、大虚よりも上の戦力を何人も揃えているはずだ。少なく見積もっても席官クラスの虚を揃え、中には……信じにくい事ではあるが、隊長格の戦力もいるだろう。

 

「卑劣な裏切り者である藍染惣右介の戦力は未知数。それぞれの隊長も油断することなく敵の対処に当たるべし」

 

総隊長からの司令として伝えられた文言により、護廷十三隊の藍染一味に対する認識が改まった。

 

すなわち、単なる数人の裏切り者集団として対峙するのではなく、ひとつの巨大な勢力として対応すべきである、と。

 

「ようやく総隊長殿も認識を改めてくれたようだ。その点、今回の侵攻に関してこちらに利があったと言えるだろうね」

 

隊首会議を終えた帰り、廊下を歩く浮竹が京楽に話しかけた。

 

「確かにねぇ。僕らの御師匠様は頑固だから、きっと虚を味方につけて勢力を拡大しているなんて言う与太話は、進言しても耳に入れたかどうか分からないねぇ。その点、あちらさんはヘマをした訳だ」

 

カラフルな羽織をヒラヒラさせ、京楽は意味深な笑みで浮竹に肯定する。

 

「しかし……あの藍染がそんなヘマをするかねぇ。するにしても、何か別の目的があったんじゃないかと思うけどねぇ。大凡の戦力を計られるリスクを犯してでも得たかった情報があったんだろう」

 

「……それは」

 

「ああ、間違いないさ」

 

二人の頭には、同じ人物の事が浮かんでいた。

 

「衛宮士郎。藍染が唯一何も知らないであろう死神にして、衛宮切嗣が育てた一つの切り札。空座町の任務に着いていたからこそ、黒崎一護の実力を測るついでに見たかったのだろうね」

 

「……悟られてしまっただろうか、彼のことについて」

 

「さぁーねぇ。僕のカンではまだバレてはいないと思うけど、警戒は深まったんじゃないかな。彼の戦力自体は良くて席官レベルだけど、黒崎一護のような成長性は感じただろうねぇ」

 

「……そうか。彼自身もこれから狙われるようになるかも知れないな」

 

「四楓院のあの人にでも、更なる修行を付けるよう伝えておこうかねぇ。だって彼自身が、自分の強さに気付けていないだろうからねぇ」

 

 

 

隊首会議の翌日、傷の治りが早いこともあり三日で退院した士郎は、浮竹からの気遣いとして勝ち取った有給も加えて五日ほどの休みを貰うこととなる。




時間が出来たので、早速第三話を執筆しました。

しかし、知能ある虚って地獄に送られる奴とか結構居そうですよね。

虚を倒す端から出現しまくる地獄の扉……。多分、地獄も忙しかったんじゃないですかね。


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第四話

無力だった。

目が覚めた時、オレが真っ先に思い浮かべたのは、虚が集う向こう側から差し伸べられた浮竹隊長の右手だった。

いや、実際に右手が差し伸べられた訳では無かったはずだ。虚の軍勢を斬魄刀で斬り払わなければ助けられなかった筈であり、そして隊長は封印状態にせよ始解状態にせよ、斬魄刀は両手で扱う。あれはきっと、あの人の優しさが見せた幻覚の類だ。

 

だからこそ、今のままではダメだと理解した。オレは……また、誰かに助けられてしまった。今度は自分が助ける番だと、死神を幾人も惨殺した大罪人である藍染を追うべきだと、そう誓っていたのに。

 

あの手を伸ばす為に、もっと強くならないとダメだ。

 

四番隊の救護ベッドのヘリを強く固く握りしめる。ベッドの脇には自分の斬魄刀が立てかけられ、柄が丁度右手の傍にあった。

 

格子窓から月が見える。どうやら同じ部屋に入院中の死神は居ないようだった。見回りの気配も今の所はない。

 

静かに、斬魄刀を抜いた。

 

「……山水拓け、『干将・莫耶』」

 

左手に顕れるは、亀甲模様の黒き刀身「干将」。

右手に顕れるは、小波模様の白き刀身「莫耶」。

 

2つは互いに引き合い、導かれ、軌道を変じる。

2つは霊力にて霊子を組み上げ、数多に生じる。

2つは組み上げられた霊子を崩して宙に爆ぜる。

 

これらの情報は、全て()()()()()()()()()()()()()だ。オレは一度たりとも『干将・莫耶』と対話したことがない。浅打を入隊の証として貰い、何度も瞑想を繰り返した果てに見えたのは、月夜の白い砂漠と足元に突き刺さる二振りの斬魄刀だけだった。ひたすら己の心象世界で刃を虚空に振るうだけ。自分自身との対話、と言えば聞こえはいいが他の死神から聞いた話と違った有様に終始疑念を抱えた瞑想だった。

 

心象世界を訪れる度に、白と黒のの斬魄刀との絆が深まるのは感じていた。名前も、特性も、戦法も、瞑想時間が長くなればなるほど目に見えるようになった。その弊害か、他人の斬魄刀の本質すら“見える”ようにもなった。

 

斬魄刀と分かり合える者が、強くなれる。

 

一護の持つ斬魄刀を見ればそれは明らかだった。あれ程までに持ち主と呼応し、共鳴し、力を貸す斬魄刀は類を見ない。例え夜一さんが持ち出した転神体で習得したにせよ、卍解に至り使いこなすまでが早かったのも頷ける。

 

あの戦いの最中、一護自身が何かを信じきれていないようにも感じたが……。

 

(今は、自分の事だ)

 

誰かを守れる強さが欲しいと感じる一方で、これ程までに身近な存在の『干将・莫耶』と対話も出来ないのは寂しかった。

自分の何が足りないのか分からない。あるいは斬魄刀にはオレに力を貸そうという気はさらさら無く、対話すら厭う程にオレと接触したくないのかもしれない。

 

ただ、時間がない。

あの時のように、誰かを背にして守るべき場面はこれから増えていくはずだ。未だに藍染一味の動向は不明だが、近いうちに尸魂界と本格的な敵対に至るのはまず間違いない。

 

幸い、四番隊の医療は食いちぎられた肩と脚もすっかり治してくれていた。全身には傷一つない。昔から心臓の少し上辺りにある抉れたような古傷だけが残っているだけだ。

 

(明日は休暇を伸ばせないか申請してみよう)

 

始解を解いて、ベッド脇にそっと立て掛け直した。

 

 

~・~・~・~

 

 

「いや、この度は本当に済まない。穿界門の管理に当たっていた死神の中に不届き者が居たらしくてね。救援が大幅に遅れてしまった。――車谷君かい?彼なら外傷はほとんど無かったし、身体にも特に異常なしという事でもう復帰しているさ。それこそ心配ない。――休暇をとりたい?いいとも!むしろ私からのお詫びも兼ねて、消費する有給とは別の手当として追加で4日休んでもらってもいい。怪我が治ったとはいえ、大変な目に遭わせてしまったからね」

 

トントン拍子、というより浮竹隊長の立板に水が流れるかのような話術で、元の有給と併せて5日間もの申請が通ってしまった。個人的には素直に嬉しいし、なんなら尸魂界中を気ままに放浪するのもアリかと思ってしまったが、そこは気を引き締める。

 

長い休みを貰えたおかげで、やっと夜一さんに例の話を通してもらえるチャンスを得たのだから。

 

瀞霊廷を抜け、ひた走りに走って「双極の丘」を目指す。瞬歩は地道な反復練習が重要である、と夜一さんは言っていた。

歩法としての瞬歩は基本的に短距離限定の歩法ではあるが、修練によってその距離を伸ばすことが出来る。昔は「丘」に辿り着くまでに三十回は休憩していたが、今はなんとか三回以内に抑えられるようになった。調子がいい時は一回で行けたものだ。

 

それでも、上には上がいる。

 

「おお、鍛錬をしっかり続けておるようじゃな。小さい頃の砕蜂を見ておるようじゃ」

 

必死になって瞬歩で移動しているというのに、背後からあっさりと追いつかれて気軽に話しかけてくるのは、『瞬神』の異名をとる四楓院夜一その人だった。

 

「はっ……話しかけないでくださいよ、オレがどれだけ頑張っていると……」

 

「お主が一度も休むことなく瀞霊廷から『遊び場』まで辿り着けるように取り組んでおるのは知っとるからの。今日辺りには出来ると思っておるんじゃが、どうじゃ?」

 

何やらワクワクした顔で尋ねられはしたものの、当人は汗を一切垂らさずにオレと並走しているわけだ。流石に傷付く。

 

「まっ……まだまだ……頑張りますよっ……。夜一さんに追いつけるくらいには…」

 

「うーむ、それは感心せんの。儂に追い付こうという気概は実に良いが、無理のし過ぎは禁ずると言ったはずじゃ」

 

「……ッ」

 

その通りだ。いくら我武者羅に追い縋ったところで、身体を壊してしまっては元も子もない。昔から人よりも忍耐力だけは自信があるが、ならば無理してもいいというのは筋違いだろう。

 

「まぁ、よい。男子が懸命に頑張る姿は愛いものじゃからな」

 

その言葉の真意を問いただそうと口を開きかけた直後、遠目にに「双極の丘」が見え始めた。

 

「おお!とうとうここまで休み無し。あと少しじゃ」

 

二カッと笑う夜一さんに対して、オレは出しかけた言葉を呑んで瞬歩に集中した。この人の言動はいちいち読めない上に、こちらから言葉尻を捕らえようとしてもするりと逃げてしまう。現世に潜伏するために習得した黒猫への変化術を好んで使うと聞いたが、四楓院夜一と言う人物は正しく猫の性格なのだろう。

 

 

~・~・~・~

 

 

(全く酷い有様よ)

 

十三番隊所属の死神、衛宮士郎。汗だくになりながらも瞬歩を継続発動させる横顔を眺めつつ四楓院夜一は嘆息した。しかし、その思考は隣の青年に向けられたものではなく、己自身に対して為されたものだった。

 

かつて瞬歩において右に出るものはいないと言われた夜一だが、現世での潜伏生活は死神としての戦闘能力を想像以上に低下させていた。現に、つい最近の旅禍騒動の際には砕蜂と対峙したが、瞬歩の速度に限れば完全に敗けていた。

勝負の決め手となった瞬閧(しゅんこう)の技術は、既に夜一自身が完成させていた故に上回れただけに過ぎない。隊長格まで登り詰めた砕蜂の伸びも凄まじいが、昔の自分よりも遥かに劣る自らの身体能力に愕然とした。

 

事件解決後は「遊び場」に設置した浦原喜助独自の穿界門にて、現世と尸魂界を交互に移動しつつブランクを取り戻す為に鍛錬を重ねた。ある日は同じくブランクを気にしていた浦原と模擬戦闘を行い、またある日には砕蜂の鍛錬に顔を出し(砕蜂は妙に嬉しそうだった)、今では最盛期に程近いレベルにまで戻せたはずだ。

 

しかし、士郎を見ると己の努力が如何に温いものだったかが分かる。

自分には武の才があった。

その才があればこそ周囲に認められ、刑軍の総司令官まで登り詰めた。努力するだけ伸びるという保証があったのだ。

 

だが、これほど努力を重ねる士郎には、武に関わる才は無い。歩法の才も白打の才も斬術の才も無い上に、鬼道に至っては生まれつき使うことが出来ない。彼は死神になったとしてもその中に埋もれていくだけの「持たざる者」であったのだ。

 

その持たざる者が、ブランクから戻す前の夜一の速度を追い越そうとしている。持久力の伸びが悪いものの、それこそこれからの鍛錬でどうにでもなるだろう。

何度も練兵場に通っては我流の斬術を磨き、あの衛宮切嗣から教わった白打の鍛錬も欠かさず、間違った方法だったとは聞いたが、体質的に不可能だと告げられるまで鬼道の練習も続けていたらしい。

 

彼にはどんな才能にも引けを取らない、努力の才があるのだ。

 

気まぐれな猫と称される自分とは程遠い生き方だが、彼のような死神には教え導く師が必要だ。現世にすっかり慣れてしまい、戦いから身を置いて随分と経つ自分ではあるが、師として彼を導くことはまだ出来る。あの時、黒崎一護とその仲間を導いたように。

 

そして、彼らの先導者として道を拓けるように、自分も彼のような覚悟を決めなければならない。

 

夜一は、以前に浦原から聞いた開発中の具足について思い巡らせていた。

 

 

~・~・~・~

 

 

とうとう休憩無しで「丘」まで辿り着けるようになった。

ここの地下には夜一さんと浦原さんが協力して作ったという『遊び場』があり、その存在は未だに他の死神から察知されていない。流石はあの二人といった所だろう。

 

地下に入った後、夜一さんから貰った水で喉を潤し、持ってきていた二番隊と四番隊の共同開発だという丸薬を噛み砕いた。

この一粒で腹が満たされる……という訳でもないが、ここには調理する食材もなく調理器具もない。弁当を作ろうかとも考えたけど、汚れた弁当柄を洗う機会も無さそうなので全て携帯食糧で済ませる事にした。

 

「極端な奴じゃな。お主はそれでも料理好きか?」

 

夜一さんはどうやら手作り弁当を摘み食いしてやろうという腹積もりだったらしく、あの妙な装束のどこから取り出したのか自分の箸まで準備していた。いや、箸だけかよ。自分の食事くらい持って来ればいいのに。

 

「オレの弁当は持ってきていてもあげませんよ。屋敷まで遊びに来る時だって、結局はオレが一から作っているじゃないですか。別に対価に金が欲しいとか言いませんから、少しくらい控えて下さい」

 

「……うむ」

 

悲しげに頷く腹ぺこ夜一さん。此処での用事がもし短期間で終われば、夜一さんや砕蜂さん、後は十三番隊の何人かを読んで食事会を開くのも悪くない。

 

ただ、受ける試練が相当なものなので5日間で終わるか分からない。それどころか、最悪の場合は死に至る可能性もある。

 

「夜一さん、例の物はありますか」

 

「安心せい。ちゃんと用意しておる」

 

持ってきていた饅頭らしき物を食べ終えた夜一さんが、岩陰から白い人型の模型を引っ張り出してきた。

 

「これが前にお主に話した『転神体』じゃ。既に色々教えたと思うがが、もう一度聞きたい事はあるかの?」

 

「……隠密機動の最重要特殊霊具で、使えば実体化した斬魄刀の本体が強制的に具象化される。出てきた本体と戦い、三日以内に屈服させることで、卍解を習得できる……。これでいいですよね」

 

「その通りじゃ。そして付け加えるならば、実体化した斬魄刀に殺されるリスクがある。この『転神体』は今までに二度しか使われておらぬが、一度目の浦原の時も、二度目の一護の時も大変じゃったな。」

 

一瞬遠い目をした夜一さんだったが、ふとその目を真剣なものに変え、ジッとこちらを見詰めてくる。

 

「お主から聞いた話では、確かどのような本体が現れるか分からんのじゃったな?もしかすると『転神体』で呼び出した本体は問答無用でお主を殺そうとするかもしれぬし、卍解を教える気なぞ更々ない捻くれ者かも知れぬ。初めは様子を見るが、万一の場合は儂が操作して『転神体』を止めるぞ。それで良いな」

 

「……分かりました。その時には是非お願いします」

 

水筒に残っていた最後の水を飲み干し、立ち上がる。斬魄刀を抜いて真っ直ぐに構え、解号を告げる。

 

「山水拓け『干将・莫耶』」

 

「……ほう、二刀か。確かに珍しいの」

 

現れた二組の斬魄刀を見た夜一さんは、思っていたより驚くことはなかった。

 

「まあお主の生い立ちについては、切嗣からも聞いたことがあるからの。二刀になっても一応納得は出来る」

 

「……いい加減、じいさんのことについても教えて欲しいんですが」

 

「……その時が来たら教えると、前にも言うたじゃろ?安心せい。浦原はともかくとして儂は必ず約束を守る。話すべき時を間違えてはならぬ話じゃが、話さない訳にもいかぬからの」

 

「……分かりました。では、行きます」

 

亡き養父の穏やかな表情を思い出しながら、オレは『転神体』に干将と莫耶を同時に突き刺した。

 

『転神体』が輝き、霊圧が収束する。異国の砂漠のような焼けた紅色の霊圧だ。刺した斬魄刀が溶けるように消え、集まった霊圧は徐々に人型になっていく。

 

 

「まさか、このような道具が存在したとはな。迂闊だったよ。貴様には卍解なぞ伝える気は更々無かったのだがな」

 

 

弾けた霊圧の中から、一人の男が話しかけてきた。

短い白髪に浅黒い肌。上半身には金で縁取られた奇妙な赤い外套と、黒く薄い鎧。腰からも上半身の外套の一部を靡かせ、黒いズボンを履いている。

 

嫌味を込めた笑みを浮かべた男は、続けて言った。

 

 

「さて、私を引きずり出したからには私と果たし合って貰おうか。もっとも、私を倒せるような器には見えないがね。理想ばかり追い求め、何も見ようとはしない我が主人(マスター)よ」




転神体で現れた本体は、元のあの人とは若干異なる服装をしています。


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第五話

刀が地面から次々と生えてくる光景を、夜一は一度しか見たことがない。あの黒崎一護の斬魄刀である『斬月』の本体が具象化した際、この地下修練場の至る所から様々な形状の『斬月』が生えてきたのだ。そして本体は一護に「本物の『斬月』だけが私を屈服させられる」と告げ、三日に渡る修練が始まった。

 

あの光景の焼き直しとでも表現すれば、この胸騒ぎも抑えられるのだろうか。

 

「では、始めよう。先ずは貴様に現実を教えてやる」

 

少し前、『干将・莫耶』の本体は士郎に対して厳しい表情で宣言すると、右手を真っ直ぐに差し出し、鬼道のような文言を唱え始めた。

 

をもって身体と成す。

虚ろなる骨肉、墓標たる魂魄

戦場に至る不敗の徒、敗走せずとも勝利せず。

月夜の忌み子。亭午の化生

稽の刀にるるは、りを超えた数多の軌跡。

――此処に現せ、零限無刀――!!」

 

所々の単語がハッキリと認識できない、不思議な詠唱。瞬閧を開発したこともあり、夜一は(浦原等の天才には及ばないものの)多少鬼道にも詳しいと自負している。しかし、この詠唱はどうにも鬼道らしくない気がする。鬼道というよりはむしろ――

 

突然、本体の男を中心として青白い炎が波紋のように広がった。炎は広がる端から地形を瞬く間に真っ白な砂の世界へと侵食し、地形と共に洞窟の天井も、月一つ浮かぶのみの深遠なる闇の空へと上書きされていく。

 

やがて、見渡す限りの景色が全てモノクロな砂漠の深夜に再構築され、そして地面からありとあらゆる始解状態の斬魄刀が出現した。

 

「……この中の斬魄刀は、どれも貴様が今まで解析したものだ。この中に、貴様の求める真の始解がある。真の始解を理解せぬうちに私を倒せると思うな」

 

 

(――士郎の出自について、儂は全て聞いておるはず……じゃが、これは一体何がどうなっておるんじゃ)

 

 

夜一の目に映る斬魄刀のうち、見覚えのあるものが幾つも確認出来る。確か本体の男のすぐ左にある斬魄刀は、阿散井恋次の『蛇尾丸』だろう。特徴的な形状をしている為、すぐに分かる。

仄かな桜色を纏う斬魄刀は操作前の『千本桜』。

中指を嵌める造りになっている『雀蜂』。

柄の部分の鎖に三日月型の刃が繋がれている『氷輪丸』。

他にも隊員のものらしき斬魄刀が幾つも並んでいる。

 

他人の斬魄刀を複写しているとでもいうのか。元々斬魄刀というのは持ち主の性格等を反映して独自の能力を獲得するもので、だからこそ全く同じ斬魄刀というのは基本的に存在しない。

 

 

ならば目の前に広がるこの光景は何なのか、という話だ。

 

 

「…………」

 

夜一はチラリと付近の砂に埋もれかけている機械を見た。浦原は故・衛宮切嗣とは幼馴染である自分に次ぐ長い付き合いであり、仲がよかった。切嗣の遺した養子でもあり切り札でもある士郎を見守る役割もまた、浦原は背負っている。

 

今の『転神体』を用いた修行も、浦原が事前に設置した測定装置によって詳細な記録がなされているはずだ。今までに分かっていることだけでも充分かもしれないが、記録しておくに越したことはない。

 

右手に『転神体』を制御する為の紐を握っているか確認し、戦場に目を向け直す。丁度本体の男と士郎が肉薄する直前であった。

 

 

~・~・~・~

 

 

「うおおおお!!」

 

手近にあった斬魄刀を手に取り、目の前の男に対して振りかぶる。

 

どうして景色が変わっているのか?とか、どうして今までに「見て」きた斬魄刀が突き刺さっているのか?とか、そんな事を考えている余裕は無かった。

分からないことは考えれば考えるほどに後から湧いてくる一方で、一つだけ確信できることがあったからだ。

 

それは、殺意。

斬魄刀の本体であるにも関わらず、純粋にオレを殺そうとする直接的つ強烈な意思だった。

 

『片陰』で男の無防備な脇腹を薙ぐように、正確に切りつける。が、いつの間にか男の手には『干将・莫耶』が握られていた。

 

「……この程度か」

 

交差した『干将・莫耶』の刃によって食い止められ、完全に静止していた。引き抜きて体勢を立て直そうと考えたものの、一瞬のうちに挟まれた『片陰』は破壊されてしまった。

 

「私と対峙する意味を、貴様は薄々気づいていた筈だ」

 

返す刀で迫る『干将』をギリギリの所で避け、瞬歩で距離を取って1番手近にあった『崩山』を取る。

 

「遅い」

 

振り返ると同時に『崩山』を前方に翳すと、羽子板状の側面に『莫耶』が突き刺さり切っ先が眼球に迫る。

 

「……!?」

 

『崩山』を完全に貫かれる前に手元を裏返し、『莫耶』を取り落とさせる。その隙を突くように『崩山』を突き上げると、

 

「自分の戦い方も忘れたのか?」

 

足元の『莫耶』に込められた霊力が爆散した。

 

「……ッァァア」

 

腕に自壊しなかった『莫耶』の破片が掠め、傷が走る。見た目に反して傷は深いようで、今こうして逃げている間にもどんどん血が垂れていく。

 

(次の、次の斬魄刀がいる!!)

 

瞬歩でもう一度一気に離れるものの、先程のように追い付かれる可能性が非常に高い。何か工夫が必要だと思うものの、今はそれを考える余裕なんてない。今はひたすら逃げて隙をつくチャンスを掴まなければ。

 

「まだ逃げる気か……煩わしいな」

 

今度は『春塵』を手に取り、次の攻撃に備えて構える。構えた先の男は如何にも詰まらなさそうな表情で『干将・莫耶』を投げ捨てると、『氷輪丸』を地面から抜きはなった。

 

「……お前、絶対に『干将・莫耶』の本体じゃないだろ」

 

オレの質問に、男は薄く笑いつつ「そうだ」と言い放ち――

 

「――()()()()()()()()()』」

 

手にした『氷輪丸』を勢いよく地面に突き刺した。

何故解号を、と思考した瞬間にその場から離脱しようとして、足元が地面から生えてきた氷で固定されている事に気付く。

 

「なっ――何で―」

 

「これで終わりだ、衛宮士郎。理想を抱いて溺死しろ」

 

声に対して振り返れば、そこには『干将・莫耶』を大きく振りかぶった男が月を背にして立っていた。

 

 

死ぬ。

 

 

「待て!!」

 

 

死を覚悟した瞬間、足元の氷が粉々に砕け散った。目の前には緑色に光る紐を持った夜一さんが現れ、目の前の男に雷系の鬼道を纏った拳を翳している。

 

「お主……斬魄刀として持ち主を守る誇りはないのか!!卍解の修行として事を行うにしても度が過ぎておる!!何故その様に問答無用で殺そうとする!何故じゃ!!」

 

「……やれやれ、だな」

 

叫ぶ夜一さんに対し、目の前に「瞬神」の拳を突きつけられて尚平然と男は肩を竦めた。

 

「私がもし普通の斬魄刀の本体であるならば、確かに積極的な危害は加えないだろうさ。だが、此奴と私の関係は違う。単なる斬魄刀とその持ち主というソレでは決してない」

 

持ち主は手元の『干将・莫耶』を下ろし、自然体となりつつ話を続ける。

 

「私と此奴は、同じ存在だ。私はいつも影から此奴の様子を伺い、そして私の存在を無意識に捉えておきながらずっと放置していた。つまり逃げていたのさ。理想だの正義だのほざきながらな」

 

オレが……逃げていた?

 

「そもそも貴様は此奴の正体を理解していない。此奴は、言わば借り物の正義を唱えるだけの空っぽな死神だ。その虚ろな心はひたすら誰かを救う事だけに意識を割くことで成り立っている。ハッキリ言わせてもらうが、此奴の生き方は人間のソレとはかけ離れている」

 

男の一言一言が、全身の怪我から心に侵入し、侵食してくるような錯覚を抱いてしまう。

 

「元々此奴は、自分のどこをとっても普通の奴じゃない。魂魄、身体、精神、どれも他人から共感を得られないように出来ている。いたとしても同じような状況で話せて打ち解けられる奴など精々一人であり、そして此奴が望むように多くの人々を助けてしまえば、此奴は『他人を絶対に助ける』という理想を抱いて足掻き続けた結果、野垂れ死にするだろう」

 

「お前に「お前に何が分かるか、とでも言いたいのだろう?」

 

男は口の端を吊り上げて、半眼で睨んでくる。

 

「私がいくら貴様を殺そうとしたところで、そこの死神に邪魔されるのが関の山か。いいだろう、今は手を引いてやる。休んでいる間にそこの死神から自分の正体について聞くんだな」

 

そして、最後に男はこう言い捨てた。

 

「私ともう一度戦う前に、自らの正体に幻滅して自害するかも知れんがな」

 

 

~・~・~・~

 

 

夜一が緑色の紐から手を離すと、周囲の風景はあっという間に崩れ去っていき、男は転神体に戻り、元の洞窟の風景が戻ってきた。先程までの戦闘がまるで夢のように感じた一方で、腕から滴る血の感触が意識を現実につなぎ止めている。

 

「……すまぬ。儂としたことがすっかり動揺してしもうとった。先ずは風呂にでも入って怪我を治すかの」

 

夜一さんが頭を下げてきたが、別に夜一さんに落ち度がある所は無かった。他の隊員が所有する斬魄刀が立ち並ぶ光景を見て動揺しないはずがない上に、一日かけて戦うつもりが十分も経たずに強制終了となってしまった。

 

このまま奴に屈服するとでも言うのか。いや、いいわけが無い。

 

「待ってください、夜一さん……オレについての話、今がその時じゃないんですか。アイツに勝つ為に、オレはオレ自身について知らなくちゃダメみたいなんです」

 

 

 

オレの記憶は、凡そ110年前から始まっている。流魂街にある炎上した屋敷から発見されたらしいが、その屋敷の住人ではなかったことは確からしく、自分がどうやらボロボロの服を来て横たわっていた事は何となく覚えている。

 

燃え落ちていく屋敷の天井を眺めながら、いつの間にか涙を流していた。自分の周囲には何人もの死神が血溜りを作って倒れていて、頭上の梁がギシリ、ギシリと傾いていく様子を見ながら「ああ、自分は死ぬんだな」と理解していた。

 

声が聞こえていた。

 

何故お前だけが生きているんだ。

何故お前だけが生きようとする。

俺達と、私達と、僕達と、儂らと。

一緒に死ね。

死ね。

死ね。

 

それは呪いだった。既に死者の世界であるはずの尸魂界で、ただ霊子に還っていくだけである筈の霊魂からの怨嗟の声だった。

 

嫌だ。死にたくない。生きていたい。

 

幼い自分の声は、他の声に紛れて今にも消えそうだった。

刻々と、目に見える“死”が近付いてくる。

 

「―――て!」

 

その時だった。あの声が聞こえてきたのは。心の内から響いてくるのでは無く、焼け焦げた空気を伝って響いてきた声だった。

 

「―――だ人が――」

 

炎の中から飛び出してきた死神の死覇装は、炎によってか既にボロボロだった。必死の表情で飛び込んできた男がオレを見つけた時、驚きの表情になった。

何かに気づき、悩み、恐れていたようにも思える顔だった。しかし、すぐにただひたすら安堵したような顔になってオレに一言告げた。

 

 

「――君が、生きていてくれて良かった」

 

 

 

 

これが、今の衛宮士郎が抱く原点だ。

 

「じいさんが縁側に座っているとき、オレに『正義の味方になりたかった』って言ったんです。だから、じいさんがなりたかった『正義の味方』として、死神になって尸魂界を守りたいと考えた」

 

「……そうか」

 

「だから、オレは知らなくちゃ行けないんです。オレが記憶を失う前、あの火事の裏に何があったのか」

 

じいさんが亡くなった後、本人には聞き辛いと思っていたので護廷十三隊に入隊した後に事件の記録を調べてみたことがある。しかし、それらしき情報は一切出なかった。

 

何故、隠蔽されたのか。あの時に実は何が起きていたのか。大きな屋敷が燃えていたことは覚えていたが、あれ程の屋敷で何人も人が死んだのに、全く情報が出回らなかった。

 

「夜一さんは隠密機動の元統括軍団長だったんですよね?砕蜂さんかは聞きました。それなら当時、何があったのか知っているはず。一体何があってオレはじいさんに助けられたんですか?」

 

静かな洞窟に、生暖かい風が吹いている。夜一さんは終始無言でオレの話を聞いていたが、やがて俯きがちの顔を上げて正面からオレを見据えてきた。

 

「のう、士郎よ……これから話す事は、全て真実だと四楓院夜一の名の元に誓おう。じゃが、知った後に後悔するでないぞ。これはお主がお主自身の事を知り、そして乗り越えて行くために話す事じゃ。草葉の陰の切嗣は、きっとこの話をすることを望んでおらんだろう。これはお主が考えているよりもずっと悲惨な内容になる。それでもよいか」

 

「……はい、お願いします」

 

オレが頷くと、夜一さんはようやく重い口を開いた。

 

 

「これは、衛宮切嗣が隠密機動の第四分隊『誅罰隊』の長に就いておった時のことじゃ――」




戦闘シーンとかちゃんと読める代物になっているか不安です。

追記
別作品を執筆するため、次回の投稿は遅れます。御容赦ください。


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第六話

回想回


隠密起動、と呼ばれる組織がある。

尸魂界における実行部隊の一つであり、主に「裏」を管理する役目を負っている。彼らは護廷十三隊等の「表」とは別に秘密裏に罪人の処刑や捕縛を行い、また死神同士での情報のやり取りが彼らを通じて行われることも珍しくはない。

現世で言う所の「忍者」が近いだろうか。この隠密起動に属している人間の多くが瞬歩と白打に秀でており、組織の構成は役割ごとに五つの分隊がある。

 

第一分隊・『刑軍』、隠密起動の最高位。主な役割は処刑。

第二分隊・『警邏隊』、瀞霊廷内を担当。主な役割は諜報。

第三分隊・『檻理隊』、罪人管理を担当。主な役割は収監。

第五分隊・『裏廷隊』、十三番隊で活動。主な役割は伝達。

 

…だが、第四分隊については存在そのものが「表」に語られることが滅多にない。これは情報が制限されていることも理由の一つではあるのだか、活動内容そのものが物騒であり、また秘密に行われることを前提としているからである。

 

第四分隊・『誅罰隊』、四十六室の直轄。

 

主な役割は、暗殺。

 

 

~・~・~・~

 

 

衛宮切嗣は、死神として二流であり邪道であると言われた男である。

彼は二番隊第十席という肩書を持ちながら、誰も彼が始解した所を見たことがない。第十席という地位にありながら始解すらできないのは何らかのコネを使ったからである、と噂する者もいた。

また現世において虚討伐を行う際には、絶対に斬魄刀を抜こうとしなかった。

十二番隊が現世における兵器を真似して製造した、使用者の霊力を用いて扱う銃火器を駆使して徹底的に虚を痛めつけた上で、パートナーの死神に止めを刺させるという手段を好み、自身は整の魂葬を行う時ですら斬魄刀に手を付けない。また敵の虚が強大な時には手段を選ばず、利用できるものはパートナーだろうが現世の建造物だろうが全て利用する。

 

冷酷かつ常に冷静でありながら、死神らしく斬魄刀で戦わず、虚と絶対に正面から立ち会わない。残虐でありながら腰抜けとみなされる矛盾した印象を持つ男。それが衛宮切嗣だった。

 

しかし、彼の真の顔を知る極僅かな死神は、彼の事を心の底から恐れていた。

あの『誅罰隊』で長を務め、収監も処刑も容易ではないと見なされた大罪人を葬ってきた得体の知れない実力者。中央四十六室が今日まで権威を保ってこれたのは、『誅罰隊』の存在あってこそであるとの話も流れたが、その噂は三日もしないうちにパタリと止んだ。

 

以降、誰も無闇に『誅罰隊』の話をしなくなった。

 

「……四十六室からの新たな依頼か。上流貴族の暗殺…雇っている人員は死神崩ればかりだな」

 

その『誅罰隊』の拠点は、四十六室の地下にある。地下とはいえ特殊な機材や鬼道を駆使した結界により、存在が隊員にしか分からないようになっている。また隠密機動の同胞である浦原喜助の手により、霊圧感知や霊子計測等の様々な認証をくぐり抜けなければならず、侵入はまず不可能である。

 

「衛宮様であれば、対象が例え山本元柳斎重國であっても暗殺は可能でしょう。死神崩れなど、何を案ずる必要があると言うのですか」

 

切嗣の隣に控えた女性の隊員の発言通り、死神崩れなど開発局から技術提供して貰った兵器によりどうとでもなる。格上だろうが関係なく、全員を等しく倒せる切り札があったからだ。

 

「……いや、この貴族の近辺には僕の親類が住んでいてね。下流貴族・衛宮家の代表として食事会に連れ出されるかも知れない」

 

「そう言えば衛宮様の実家はどちらの分家で?」

 

「綱彌代家さ。彼らが自分の手元にある下流貴族に興味なんて示すはずがないのに、僕がいると言うだけで価値を見出したらしい」

 

「綱彌代家、ですか。貴族の中でも最上位となれば断るのも難しいですね」

 

綱彌代家。現在の四大貴族と呼ばれる尸魂界の貴族達の中でも一際逆らいがたい名家である。彼らの命令は四十六室からの指示ですら捻じ曲げてしまえる程であり、彼らの言葉を無視するには大きなリスクを冒す必要がある。

 

「件の上流貴族の所属も綱彌代家の様だが、綱彌代家にも覚えがあるような人柄の良い当主らしい。が、裏では流魂街に薬物を流し、独自に虚を作っているそうだ」

 

切嗣が懐から薬包紙を取り出し、机に置いて拡げる。中には黄土色の粉末がひとつまみ程入っており、独特の臭いが漂っている。

 

「涅君に解析を依頼したが、どうやら四番隊舎から盗み出された植物を品種改良した産物らしい。繁殖させるのに必ず人の手が必要だそうだ。ということは、まず間違いなく地下に畑を作っていると見ていい。結界の有無や人の出入りを調査したが、庭園や屋内にそれらしき形跡は無かったからね」

 

「しかし、どう致しましょうか。正面から踏み込もうにも地下への入口が分からなければ…」

 

「その点については心配御無用ですよ、久宇サン」

 

突然現れた気配に、女性隊員――久宇舞弥は腰の斬魄刀を振り向くと同時に抜き放ち、無言で始解を行い、筒型の先端を背後の男、その喉元に突きつけた。

 

「おっとぉ、危ない危ない。いやー我ながらみっともない真似をしたみたいっすね」

 

「いつもそうやって現れるのは、こちらとしても心臓に悪いから止して欲しいがね。久宇が殺気立つのも仕方がないだろう」

 

切嗣は突然の訪問者――浦原喜助に対して至って冷静だったが、隣の舞弥は斬魄刀を構えたままだ。舞弥にとって、切嗣は従うべき唯一の人であり、切嗣の考えている事をほぼ常に把握している。その舞弥が警戒を解かないということは、即ち切嗣の警戒心も解けていないことを意味している。

 

「――貴様、何をしに来た。調査の報告は済んだはずだろう」

 

舞弥が斬魄刀の先端を僅かに逸らす。心臓の位置を確かめ直すように。そして握りも若干指をずらして余裕を作り、不審な動きを見せた場合に即行動に移れるように調整する。

 

「悪いんですが、ちょいと切嗣サンに内密のお話がありましてね。通信や鬼道で伝える訳にもいかないんで、直接話に来たっす」

 

浦原は久宇の斬魄刀にも構わず、ゴソゴソと袂をまさぐって取手の着いた紙箱を取り出した。

 

「まあまあ久宇サン。これでもドーゾ」

 

机の上にトンと置かれた紙箱、その縁のシールを剥がした浦原がカパリと開くと、中に入っていたものは――ニューヨークチーズケーキだった。しかもホール丸ごと一個分。

 

「こちらのニューヨークチーズケーキは、空座町に日本国内の四号店として進出を果たしたイギリスの銘店『Edel』の逸品。その透明感のあるしっとりした味わいと見た目から『Amber』と名付けられた、とにかく美味しいケーキっす」

 

浦原が語り終えた次の瞬間、ケーキ及び久宇舞弥の姿が消失していた。

 

「うん……別に現世のお菓子を差し入れるもの、そのお菓子の高級さで話題の深刻さを伝えるのも構わないけどね、浦原君」

 

切嗣は何とも言えない表情で席に着く。向かい側の席に着くよう浦原を促し、懐から煙草を取り出し一息ついた。ふと久宇へ意識を向けると、隣の部屋ではどうやらケーキ祭りが始まっているらしい。

 

「その、アレだ。久宇で遊んではいやしないだろうね」

 

当然の疑問に、浦原は堂々と「その通りっす」と返す。

微妙な沈黙が流れた。

 

「……いやー、ボクは現世に興味を持って、研究以外にも色々と関わっている立場なんすけどね。久宇サンみたいな現世の事物をすんなり受け入れる死神は面白いんすよ。ついつい差し入れをしたくなるくらいには」

 

「成程。今回の報告も、君が興味を持つ現世に関する話題かな」

 

切嗣が冷静に話を切り替え、浦原もそれを読み取り真面目な表情に戻った。

 

「ええ。実は現世の霊力の流れを計測したところ、新たに穿界門が開かれた形跡が見つかりました。ボクの研究を盗んだ輩が作ったらしく、痕跡を辿るのは容易でした。すると繋がっていた先が今回の依頼である屋敷の地下でして、恐らくは件の麻薬が現世に流れているものかと」

 

「現世でこの薬は入手できたのか?」

 

「それらしき薬が流れていたので、調べると成分が完全に一致しました。まだ現世では裏側にて一部のみが知る程度ですが、供給元を立たなければ現世の混乱を招きます」

 

「四十六室の目を盗んでまで現世に薬を流すとはな…ふむ、四楓院君には伝えたのかい?」

 

「ええ、伝えておきました。今回の件は刑軍に一切知らされていないそうです。いつも通りです」

 

「貴族の尻拭いか、刑軍が羨ましいね。尸魂界は尸魂界である限り、僕達のような存在がいつまでも必要とされ続ける」

 

「……そうっすね。確か切嗣サンの理想は…」

 

「ああ、昔から何も変わらないさ。『正義の味方』。死神間の掟に縛られず、ただ人々が笑って過ごせる世界を守るために悪を討つ。一度凋落した衛宮家の身でありながら、それを叶えるために此処を目指したんだがね」

 

少し虚ろな目で煙草の煙を追った切嗣だが、彼の心には嘗て失った大切な人々の姿が映っていた。

 

「それでだ、浦原君。侵入にその半端な穿界門は使えそうかい?現世は尸魂界よりも警戒が薄くなるだろう。見張らせているのも死神ではなく人間の可能性が高い。屋敷から強行するより穿界門を強行する方がリスクが少ないはずだ。連中もまだ、穿界門を暴かれた事に気付いていないだろう」

 

「ええ、ボクもそれを提案しようと考えていたところです。ウチの穿界門から現世へ出てば、正規の穿界門に記録は残りません。穿界門の向こう側が解析出来てないのが不安要素ですが、そこは戦力でカバーするのが一番かと。少数精鋭っすね」

 

ここでチラリと浦原が切嗣を見ると、切嗣は応用と頷いて、

 

「では僕と久宇だけで」

「なーに言ってるんですか!ここまで大罪を犯している連中っすよ!?切嗣サンと久宇サンじゃ足りませんって!ここはボクと夜一サンも連れていってくださいよ!」

 

浦原はズバーン!と机を叩きつつ捲し立てた。身を乗り出す浦原。翻る隊長羽織。その襟を、白い閃光が貫いた。

 

「……浦原喜助、騒がしいぞ」

 

穴の空いた障子の向こう側では、完全詠唱破棄の鬼道「白雷」を放った姿勢で浦原を睨みつける久宇の姿があった。口の周りにチーズケーキの欠片を付けたままだった。

 

「す、すみませんでしたー……」

 

浦原が冷や汗をかきながら席に座り直し、またもやチラリと切嗣を見る。久宇の白雷にも動揺せず目を瞑って何事か考えている様子の切嗣だったが、今までの戦いを振り返り、大切な人を無くした全ての記憶を辿り、最後に自分を慕ってくれた後輩の二人組との今までを回想した。

 

「ふむ、いいだろう。四楓院君と浦原君にも手伝ってもらおうかな」

 

その言葉を聞いた浦原は、少しだけ驚いた顔をして、そして少しだけ口元を緩ませたのだった。

 

 

「で、どうじゃった喜助。切嗣さんの了承は得られたかの?」

「何とかなったっすよ。隊長羽織に穴が空いちゃいましたけどね。で、どうしてそんな事させたんすか?」

 

四楓院家の地下にある空間で、お互いの拳を交わす。浦原は夜一に対して白打の技術は劣っているが、二人は昔からよく鬼ごっこから剣術、白打の訓練をしていた。ちなみに瞬歩や白打は夜一の方が上なのだが、浦原は剣術で夜一を上回り(そもそも夜一は斬魄刀が好きではなかった)、その上自分の発明品で囮や罠を平然と仕掛けてくるので全体的な勝率は五分五分だった。

 

夜一の肩を狙った右手突きを避け、地面に手を付きつつしゃがんだ浦原が地面スレスレの回し蹴りを放つ。余裕で避けた夜一が次の瞬間、空中で身を捻ると背後から現れた浦原の手掌が空を切る。

 

そんな戯れのような組手を三十分以上続けながらも、話は続いている。

 

「切嗣さんの過去は知っておったからの、今まではいくら心配でも手が出せなかったのは悔しかったんじゃよ」

「今までにも散々手を回してきたってことは、ボクも切嗣サンも知っていると思いますがねぇ……ッ!」

 

嫌な気配を察知した浦原が全力で身を捻ると、夜一の踵落としが浦原の眉を掠った。そのまま地面に突き刺さった踵で地面がひび割れ、亀裂が半径3m程の範囲に刻まれる。

 

「ちょ、怖……そんなに嬉しいもんですかね?」

「当たり前じゃろう喜助!儂らを色々と助けてくれた上に、護廷十三隊所属の死神としては先輩の立場にあたる人じゃぞ?儂らが頼っても、あの人が儂らを頼ることは全然無かったからのお!」

 

ニコニコと笑う夜一に、浦原はため息をつきつつも安堵の笑みを浮かべた。

切嗣の過去は既に調べあげている。彼は過去に関わった全ての親しい人を失ったトラウマを持ち、自分が一から育てた戦闘機械に近い久宇しか信用していないし、自分の案件には他の誰も関わらせようとしない。

 

それが、二人には嫌だったのだ。

充分に強くなって、いつかあの人の理想を共に追いかけられる様になろうと言い合った。修行を積み、研究を重ね、遂には切嗣に認めて貰えたのだ。浦原にとっても、本人の自覚よりずっと嬉しいと感じている出来事だった。




次も回想回です。

一年ぶりの更新となります。お久しぶりです。また気が向いたら更新しますね


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