スキル:エロい事にのみ使える絶対遵守の催眠術 (バリ茶)
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水無瀬クルスが命じる

 変わらない日常、他愛も無い会話。

 ぬるま湯に浸かっているような、ただ時間を浪費するだけの毎日。

 そんなある日、高校の俺のクラスは、まとめて異世界に召喚された。

 

 召喚されたのは、剣と魔法のファンタジー世界。クラスメイトの誰も彼も、いや俺さえも驚いていた。

 召喚先の神殿で告げられたのは、人間族を支配せんとする悪の帝王、魔王サタンの討伐。

 非日常に興奮する男子生徒、唐突に訪れた命の危機に恐怖する女子生徒、クラスメイトの反応はさまざまだった。

 

 

 かくいう俺も、高揚感を隠せていなかった。複雑な家族事情を持ってはいるが、これでも一介の男子高校生だ。

 アニメや小説で見ていた夢の世界に足を踏み入れたとなれば、興奮もするだろう。

 正直に言えば、ワクワクした。……その時の俺は、目の前のことだけで頭がいっぱいだったから。

 

 

『お兄ちゃん……ここ、どこ……っ?』

 

 

 ───その場にいた最愛の妹であるナナミの存在で、俺の頭は瞬時に切り替わった。

 生まれつき体が弱く、しかし強い心を持っている、みんなに優しい愛すべき妹。

 歳の離れた俺と違い、中等部の筈のナナミが、何故かそこにいた。

 

 

 世話焼きなナナミは、弁当を忘れた俺にわざわざ教室まで届けに来てくれて──不運にも異世界召喚に巻き込まれてしまったらしい。

 

 

 俺は目の前が真っ赤になり、眼前の老人に掴みかかった。

 

『ふざけるなっ! ナナミを……妹を元の世界にもどせェっ!!』

 

 そんな俺の行動が無駄だということは、何よりも自分自身が理解していた。

 魔王を討伐するその日まで、異世界の住人は俺たちを帰らせない腹積もりだろう、と。

 だが、そんなことは知らん。

 

 ナナミが巻き込まれなければいけない理由がどこにある? それはクラスメイトにも言えることだ。

 異世界から人間を召喚するくらいなら、その労力を自分たちに注げば良いはずなのだ。

 きなくさい、とても信用できたものではない。勇者などと言ってクラスメイトたちを祭り上げ、本当の目的は別にあるに違いない。

 

 

 さらに信じられないのが、召喚した本人である『ソル』という人物が、この場に居ない事だった。

 目の前にいる老人たちは、ソルという名の男に雇われただけの、ただの案内人。

 向けるべき怒りの矛先が存在しないことで、言葉にできない憤りが脳内を駆け巡った。

 

 

 この時に、俺の目的は決まったのだ。

 魔王討伐などという建前に、わざわざ付き合う必要などない。

 ソルという人物を捕縛し、必ず元の世界へ帰ることが出来る方法を聞き出す。

 愛する妹を救うためには、それしかない。

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 そんな俺は今、盛大に追い詰められていた。

 

 一時的にクラスメイト達と別れ、町の外を探索していた時のことだ。

 『革命軍』という名の武装集団の騒動に、運悪く巻き込まれてしまった。

 俺たちを召喚した神殿が存在する国である王国の、精鋭騎士たちと奴らは抗争していた。耳に入った情報によれば、革命軍は精鋭騎士たちが秘密裡に輸送していた実験兵器を奪うつもりらしい。

 

 戦闘に巻き込まれそうになった俺が逃げた先は、不幸にも革命軍の馬車の荷台。すでに奪ったであろう実験兵器──巨大な長方形の箱を乗せたその馬車は、俺を乗せたまま発進してしまったのだ。

 

 

「くそっ、焦らずに森の方へ避難するべきだったか……」

 

 ガタガタと揺れる荷台の中で、ボソッと俺は悪態をついた。みんなやナナミを元の世界に帰らせなければいけないというのに、何という体たらく。

 このままではいけない──そう思った瞬間、馬車が荷台ごと横転した。

 俺や長方形の箱、馬に乗っていた人物も野に転がされることになる。

 

「いってて……!」

 

 荷台から投げ出された時に、地面に強打した腰をさすりながら、立ち上がる。

 目の前を見れば、そこには銀色の鎧を身に纏った王国の精鋭騎士たちがいた。

 おそらく馬車が横転したのは、この騎士たちの攻撃によるものだろう。

 

 そんな騎士たちの前に、馬を操っていた革命軍の男が立ちふさがった。

 

「王国の犬たちめ……!」

 

「おやおやぁ、革命軍の虫けらくん? まだそんなピンピンしてたのか」

 

 

 ──耳を疑った。仮にも王国に追従する騎士たちが、まるで悪党のようなセリフを吐いたのだ。

 それが革命軍の人間に対する、当たり前の反応なのだろうか。誇りある騎士がそのようなの言葉で話さなければいけないほど、革命軍とは不埒な輩の集まりなのか。

 そう考えているうちに、革命軍の男が叫んだ。

 

「黙れ! 魔王に与した化け物たちめ!!」

 

「はは、なんのことかなぁ?」

 

「貴様らのせいで……いったいどれほどの人間が命を落としたか! 魔族の力を得た貴様らは、平和だった国を破壊しっ、純粋な人間たちを次から次へと、魔王の餌にしただろう!?」

 

 

 泣きながら叫ぶ革命軍の男。

 

「俺の家族を! 親友を! この世界に残る純粋な人間が、あとどれほど残っているか、貴様らは知っているのか!!」

 

「あーはいはい、もういいから」

 

「──ッ!?」

 

 面倒くさそうに振る舞う騎士の刃で、男は胸を貫かれた。血飛沫が宙を舞い、剣を引き抜かれた男は呻き声を上げながら、地面に倒れ伏した。

 あまりにも、あっさりと命が奪われた。

 

 

「……どうすればっ」

 

 ──だが、目の前の死に狼狽えている場合ではない。

 俺はあの革命軍の男から、とんでもない真実を聞いてしまった。

 魔王に随う王国の連中が、魔族の力を得ている事。

 純粋な……いわゆる普通の人間たちを、魔王のエサとしていること。

 

 

 王国を守る騎士たちが、既に魔王の手に堕ちている。

 つまり、王国は既に魔王に陥落された、ただの人間牧場に過ぎないということだ。

 あまつさえ異世界から俺たちの様な、何も知らない人間たちをも巻き込んで血肉としている。

 身の毛のよだつ様な、魔族による一方的な蹂躙。

 

 そう、この世界はすでに、魔王に負けているのだ。

 

 

「おやおや、あなたはもしかして異世界からの勇者さまぁ?」

 

「──っ!」

 

「知られてしまったからには……生かしておくことは出来ませんねぇ。まぁ死んだ後のことは上手くやっておくんで、安心してくださいよ」

 

 俺の存在がバレてしまった。ニヤニヤとしながら、男を殺したばかりの血濡れた剣を構え、俺にゆっくりと近づいてくる。

 周囲の残りの騎士たちも、まるで見世物を見ているかのように、ゲラゲラと笑っている。

 

 

 そうか、革命軍とは、この世界の唯一の人間なんだ。

 だから魔王に支配されている王国から秘密兵器を奪い、戦うつもりだった。

 ……そうだ! 目の前に無造作に置かれた、この長方形の箱。奴らが言う、秘密兵器だ。

 勝算のない賭け事は嫌いなのだが、この窮地を脱するには、コイツに賭けるしかない……!

 

 勢いよく箱の蓋を剥がし、中を確認した。そこには──

 

 

「……お、女?」

 

「んう?」

 

 長方形の箱に入っていたのは、銃でも剣でも爆弾でもなく──人型の女性。

 俺がその姿を確認した瞬間、女は箱からゆっくりと身を乗り出した。

 

「……ん~っ、まさかここで目覚めることになるなんて……それにしても」

 

 軽く伸びをした女は、チラリと俺を見た。

 首から下を覆う黒いタイツに、布が薄い黒を基準としたスカートとジャケット。そして腰には細長い尻尾と、しまいに髪はピンク色。

 どこからどう見ても……サキュバスのコスプレ。この世界に当てはめるとすれば、確実にこの女は魔族だ。

 一縷の望みをかけて、得体のしれない秘密兵器に手を出したが、まさかただの魔族だったなんて、とんだ失態である。

 魔王に心酔しているこの騎士たちが、この魔族と敵対する理由はない。

 

 

 どう考えても詰んでいる。俺は……ここまでなのか。

 

「……なるほどね、大体わかった」

 

「は?」

 

 女の要領を得ない発言に思わず反応するが、そんな俺を無視して、女は俺を見つめてきた。

 なんだというのだ、一体。

 俺の顔を見る女の表情は、気味の悪い不敵な笑みだ。

 

「少し時間を止めるけど、慌てないで」

 

「な、何を言って……」

 

 

 

 パチン。

 

 

 女が指を鳴らした瞬間、世界が灰色に染まった。

 耳を劈く騎士たちの声が止まっていて、それどころか一歩たりとも動いていない。

 靡いていたはずの風も感じず、葉っぱ一枚も揺れはしない。

 

 この女、本当に時間を止めたとでも言うのか……!?

 

「動けるのは、私とキミだけ」

 

「……何が目的だ」

 

「教えることは出来ない。……でも、私は特別な力を君に与えることができる」

 

 そういって、前に手を突きだす女。

 その掌には、謎の紋章が刻まれている。記号で例えるとすれば『Ψ』のような形だ。

 しかし……特別な力だと? この状況で、追い詰められているだけの俺に?

 

「なぜ、そんな選択肢を俺に提示するんだ。お前は魔族、騎士も魔族。ピンチなわけではないだろう?」

 

 俺がそう言うと、女は小馬鹿にするように笑った。

 なんだというんだ。

 

「逆に聞くけど、質問している場合? キミ……このままだと死ぬよ」

 

「……聞いてもはぐらかされるだけか」

 

 

 観念しよう。どちらにせよ、俺はこの女の口車に乗る以外に、選択肢は残されていない。

 俺は右手を伸ばし、紋章が刻まれている女の手を握った。

 すると女は口角を上げ、手を握り返してきた。

 

「これは契約。キミは力を得る代わりに、私の片割れとなる。覚悟はいい?」

 

「───いいだろう、結ぶぞ、その契約!」

 

 

 その発言の瞬間、脳内を謎のイメージが駆け巡る。

 そしていつしか、頭の中には一つの言葉が浮かんでいた。

 

「キミが戦うための武器。もうどんな代物かは、分かるはず」

 

「これが、俺の───」

 

 

 

 

 

 『ギアスキル:エロい事にのみ使える絶対遵守の催眠術』

 

 

 

 

 

 ───は?

 

 

 開いた口が塞がらない。

 そんな俺を無視して、女はドヤ顔で説明を始める。

 

「人間や魔族が使える、普通のスキルじゃないよ。私と契約することで初めて得られる、この世界でも特別な力、それがギアスキル」

 

「……い、いや、あの」

 

「そう、略してギアス──」

 

「ちょ、ダメ!! それ駄目だから!! ちょっと待って!?」

 

 

 大声を出して女を制止し、頭の中を整理する。

 

 

 ……この世界に来てからは、何かと強気なキャラを作っていた。もとの高校生染みた子供な態度を取っていたら、この世界の奴らに舐められると思ったからだ。

 しかし、しっ、しかし。思わず素に戻ってしまった……いやいや、この流れでこんなふざけた能力貰ったら、誰だって焦るでしょ!?

 

 それとなくカッコいい力でも貰えるかと思ったら、出てきたのは成人指定ゲームに出てくるような能力。

 エロいことにしか使えないって何ですか……?(涙目)

 

「ちなみに言うと、キミの貞操が破られると力は無くなるよ。頑張って童貞を守ってね♡」

 

「お、お前……っ」

 

 ウィンクしてくる女に、怒りの感情が湧いてくる。

 エロい事にしか使えないのに、自分はエロいこと出来ないって、どんな欠陥構造だよ!

 

「あ、そろそろ時間が動き出すよ」

 

「はぁ!?」

 

「その力、どういう風に使うのか……楽しみっ♡」

 

「まっ──」

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、世界が色を取り戻している。

 目の前にいたはずのサキュバス女は消えていて、代わりに居るのはゲスな騎士団の連中だけだ。

 あいつ、どこに隠れた……!

 

 辺りを見渡すと、大きな木の上に女が立っていた。文字通り、高みの見物ってわけか。

 じょ、上等じゃねぇか!

 

 俺が開き直ると同時に、剣を携えた騎士がこちらに歩きながら喋り始めた。

 

「へっへへ、お前も散々だな。俺たちに関わんなきゃ、今頃は勇者として活躍できてたってのに」

 

 ニヤニヤしながら、近づいてくる騎士。そんな絶体絶命の俺を、この場にいるすべての騎士が気持ち悪い顔で見つめている。

 ……都合がいい、これで全員の()()()()()

 左の眼が疼く。どうやらサキュバス女に与えられた力は、俺の左目に宿っているらしい。

 俺の予想通りなら、この魔眼は相手の眼を見ることで発動できるはずだ。

 

「聞けっ!」

 

 大声を出し、改めて騎士全員の目線を俺に注目させる。

 その瞬間、俺は瞼を見開いた。

 左目に流れる血液の奔流。形容しがたい『なにか』が、瞳に集約するのを感じる。

 

 今だ!

 

水無瀬(みなせ)クルスが命じる! お前たちはここで───」

 

 

 

 

 

 

 

ヤれっ!!!(性行為をしろ)

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 あれから三時間後、宿屋でクラスのみんなが夕食を楽しんでいるなか、俺はひとりでベッドに横たわっていた。

 

「はぁ……」

 

 思わず嘆息が漏れる。

 当然だ。何故なら俺は、初めて人の命を奪ってしまったのだから。

 

 あの時騎士たちに強制させたギアスキルの内容は『俺がやめろと言うまでヤリ続けろ』だ。

 つまり、俺が「やめろ」と言わなければ、騎士たちは永遠にヤリ続ける。

 結果、男が男に出して出して出しまくり、吐精のたびに訪れる脳の刺激に耐えられなくなり、腹上死する……というわけだ。

 なんかすっげぇ頭悪い殺し方だな。

 

 もちろん奴らの大乱交パーティーの様子からは目を背けていたが、終わった後の光景は目に焼き付いている。

 それゆえにナイーブになってしまい、食事も喉を通らなくなってしまった。 

 

「お、お兄ちゃん?」

 

 そんなベッドで寝転がる俺に声をかけてきたのは、最愛の妹であるナナミ。

 俺は上半身を起こし、優しい笑顔で彼女の方を向いた。

 

「どうしたんだい、ナナミ」

 

「えっと、お夕飯まだでしょ? これ、持ってきたんだけど……食べられそうかな」

 

「……!」

 

 ナナミが持っているトレーには、シチューの入った器と水が注がれているコップが乗っていた。

 俺のことを心配してくれるばかりか、気遣って少なめの量で持ってきてくれるなんて……。

 妹の優しさに感動してしまい、思わず涙が出そうだ。ていうか出た。

 

「だ、大丈夫!?」

 

「ああ、問題ないよ……ありがとうな、ナナミ」

 

 そっと右手をナナミの頭に置き、優しく撫でる。少し困惑していたようだが、次第にナナミは照れるように微笑んでくれた。かわいい。

 トレーを受け取り、少しずつシチューを食べ始めた。ナナミのおかげで、意味不明なあの光景は記憶の彼方へ吹っ飛んだ。食欲も戻るというものだ。

 

 

 

 ──そうだ。俺はこの笑顔を守る為に、戦っているんだ。

 たとえエロい事にしか使えない欠陥構造の力だろうが、使いこなして見せる。

 ギアスキルは絶対遵守の力、強制力なら右に出るものはない。

 俺はこの力を使って、この世界と戦って見せる。抗って見せる。必ず元の世界に戻ってみせる。

 

 

 祭り上げられた偽りの英雄ではなく、肉欲を司る影の勇者──EROとなって、この世界を攻略してやる。

 それが俺の戦い、水無瀬クルスの叛逆だ!

 

 

 

 

 



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我が名はERO(エロ)

 翌日の昼、町はずれの小屋に俺はいた。その場には俺以外に、あのサキュバス女の姿も。

 せっせと机に向かって作業する俺とは対照的に、女はソファで寛いでいる。何しに来たんだコイツ……。

 

「おい」

 

「ん~、なに?」

 

 欠伸をしながら上半身を起こす女。その時にプルンと女の豊満な胸が揺れた。

 ハリのある蠱惑的なその乳房は、クラスメイトの女子たちが羨むような代物で、思春期真っただ中の男子たちには目の毒だろう。

 

「あらら、クルスも男の子だねぇ」

 

 気になる? といって自分のふわふわな胸を手で揺らす女。

 ──フッ。

 

「は、鼻で笑われた……」

 

「あいにくだが、お前の様な下品な女に興味は無い」

 

 微笑を浮かべながら、サキュバスらしい仕草の女を一蹴する。

 別に趣味ではない、というわけではない。というか、この世界に来る前の普通の男子高校生だった俺ならば、この女の劣情を駆り立てるようなスタイルに、やすやすと誘惑されていたことだろう。

 しかしながら、今の俺はEROであって、ただのエロガキではない。妹のナナミを無事に生還させる影になると決めたその時に、個人的な性的欲求は捨て去った。

 

 自分でも驚くほどに、俺は切り替えが出来ている。獣のような男の本能に惑わされているようでは、他人の色欲をコントロールすることなど出来はしないのだ。

 

 

 ……少し話が脱線してしまった。それより、と場を仕切り直し、女の顔を見た。

 

「いい加減、お前の名前を教えろ。いつまでもサキュバス女じゃ、呼びづらいんだ」

 

 俺の言葉を受けて、数秒のあいだ考えるような仕草をする女。答えが出たのか、人差し指をピンと上げて、俺に笑顔を向けた。

 

「サキュバス女だから、縮めてサナ!」

 

「……愛称ではなく本名を聞いたんだが」

 

「本当の名前はまだ教えられないよ~。だってキミ、まだ私の半身としての役割を果たしていないもの」

 

 飽きたように再びソファに寝転がるサナ。

 俺も極力ヤツの顔は見たくないので、机に向き直った。それでも、会話はもう少し続ける。

 

「お前は俺に何を望んでるんだ」

 

「いずれ分かるよ、いずれ……ね」

 

 意味深に告げ、会話を終わらせてきた。

 これ以上は聞いても無駄、ということか。

 

 

 

 

 しばらく経って、俺は作業を終了させた。満足感に浸っている俺の前の机に置かれているのは、全身を包めるほどの大きさがある黒いコートと、顔どころか頭全体を覆うことのできる漆黒の仮面だ。

 これは俺が水無瀬クルスではなく、EROとして活動するための変装服である。

 

 まず俺が手を組むべきなのは、言うまでもなく革命軍の連中だ。

 しかし王国の人間に召喚された勇者となれば、奴らはいい顔をしないだろう。仮に受け入れられたとしても、人質にされるのがオチ。

 ゆえに、俺は正体を隠しつつ、革命軍と同等……いや、それ以上の力を持った人物として、奴らに接触しなければならない。

 数少ない人類を勝利へと導く、奇跡の英雄EROとして。

 

 

 もちろん、本当にこの世界を救う必要は無い。俺の目的は変わらず、ナナミやクラスメイト達の帰還にあるのだから。

 正義の味方ではなく、俺は友達や家族の味方なのだ。

 

「悪い人間だね、キミは」

 

 そう言って俺の肩に手を乗せてきたのは、いつの間にか普通の服装に変わっているサナだった。

 長いスカートに、厚手のシャツと、髪まで黒になっている。

 確かにあのいかにもサキュバスといった恰好のまま、街を出歩くことは出来ないだろうが、まさかここまで印象が変わるものだとは。

 

 

 肩に置かれたサナの手を無視しつつ、机に置かれているコートと仮面を手に取る。

 

「なんのことやら」

 

「とぼけちゃってぇ。革命軍には最後の希望として手を貸すっていうのに、いざ元の世界に帰れるってなったら……彼らを見捨てるんでしょ?」

 

 イタズラめいた笑みを浮かべるサナ。

 彼女の言葉を聞きつつも、俺はコートを見に付け、漆黒の仮面を装着する。

 

 この女、まるで心を読んでいるかのようだ。

 

 確かにサナの言う通り、俺はそういった計画で事を運ぶつもりだ。この世界の住人に情などは無いし、そもそも俺たちは被害者。最後まで面倒を見てやる道理は無い。

 

 

 だが。

 

「もしも本当に魔王討伐が帰還への鍵だというのなら──」

 

 コートを翻し、小屋を出る。

 空は快晴、旅立つにはいい天気だ。

 

 

「救ってやるさ。……人間だろうが、世界だろうがな」

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 騎士団が身を置いている、王国の城。俺はそこに忍び込み、とある情報を聞き出した。

 それは『革命軍のアジト』の場所。そしてなにより、騎士団がそのアジトへ突入する、という事実。

 当然クラスメイト達はそんなことは知らず、それどころか革命軍の存在すら認知していない。

 

 今動けるのは、俺だけだ。

 それに、これは逆にチャンスだ。革命軍の前で騎士団たちの進行を食い止めることが出来れば、彼らは俺の力を認めなければならなくなる。

 絶好の機会だ、交渉する手間が省けた。 

 

 

 善は急げ、城での下準備が終わった俺は、革命軍のアジトへ馬を走らせた。

 そして今現在、俺はアジトの中で革命軍の副代表と対峙している。

 

 副団長の男は、初老で常に疲れているような眼をしている。その状態を見て、革命軍がその日その日をギリギリでやり過ごしているということを理解した。

 これは好都合、こんな状態の彼らなら、自分たちに味方してくれる強力な助っ人は惜しみなく歓迎するだろう。

 ──そう思っていたのだが。

 俺の首元には、二本の槍が向けられていた。対談を監視していた見張りが、副団長の指示で牙を剥いてきたのだ。

 

 

 騎士団がアジトに向かってきている……そんな一報が届いたから。

 

 

 微動だにせず、あくまで落ち着いてその場に佇む俺。そんな様子の仮面の男を見て、副団長は我慢できずに声を荒げた。

 

「どうせ王国の差し金なんだろう!? オレたちのアジトが分かったから、こうやって時間稼ぎに来たんだ!」

 

 明らかに狼狽していて、俺を指さしている右手が震えている。

 ……まぁ、流石にこうなるか。当然だろう、まだ俺は何もしていないのだから。

 

 なおのこと一歩たりとも動かずに、椅子に座ったまま俺は言葉を告げる。なるべく声音を強くして。

 

「確かに疑われても仕方がないな。その様子を見るに、君たち革命軍は何度も仲間に裏切られてきたのだろう」

 

「つ、ついに白状したか! やっぱりお前も王国の手先だったんだ!」

 

 その言葉を聞いて、俺に向けた槍を持つ手に、力がこもる見張りたち。

 だがそれでも、俺は一歩も動かない。抵抗すれば、彼らの言葉を認めてしまうことになるから。

 今は……ただ待つだけだ。

 

「違うな、間違っているぞ副団長」

 

「なに……!」

 

 

「私は君たちの仲間ではないが、王国や魔王に与する愚者でもない。そして───騎士団の者たちがアジトに到着することはない!」

 

 俺のその発言の瞬間、勢いよく部屋の扉が開けられた。

 入ってきたのは、急いで部屋に来たのが見て取れる、汗だくの女。服装を見るに、彼女も革命軍だろう。

 ───来たか。

 仮面の中でほくそ笑む俺のことなど露知らず、女は大声を張り上げる。

 

「報告! き、騎士団の連中が……!」

 

「アジトに来たのか!?」

 

 飛び上る副団長。しかし、女は首を横に振った。

 

「ち、違います! ヤツら……そ、そのっ」

 

 言いよどむ女。なんというか、分かりやすいほどに赤面していて、言葉の続きを告げるのを躊躇している。

 そんな様子の女に苛立ち、副団長は声を荒げた。

 

「なんだというんだ! ハッキリ言え!」

 

「えっと、ぉっ、おなっ……」

 

「なんだ!」

 

「~っ!! と、とにかく外に出てください!」

 

 顔を真っ赤に染め上げた女に連れられて、副団長がアジトの外へ向かった。彼の指示で、見張り付きで俺もその場に同行する。

 

 

 

 

 

 建物の外に出た彼らが見たのは──地獄の様な光景。

 詳しい様子は省くが、騎士団の男たちは全員『下半身の衣服を脱ぎ捨てて』地面に這いつくばっていた。

 オバケもびっくりの心霊現象を目の当たりにして、副団長は身震いをして狼狽えた声をあげる。

 

「な、何だこれは……」

 

 そんな怯える副団長の前に俺は移動した。気がつけば、見張り達も目の前の光景に圧倒されて、俺への警戒が無くなっている。

 大きく腕を振り上げ、漆黒のコートを翻す。そう、全ては計画通り。

 

「言っただろう、騎士団がアジトに到着することは無い、と」

 

「これはまさか、アンタの仕業なのか!?」

 

「フッ」

 

 

 あまりにも計画通りに事が進んでしまい、思わず笑ってしまった。そう、すべては俺の掌の上なのだ。

 俺が城で行った下準備とは、これのことだ。

 アジト殲滅のメンバーたちの目の前に姿を現し、俺は彼らに一つのギアスキルをかけた。

 

 

『アジト周辺に到着した者は、もれなく全員──その場で床オナしろ』

 

 

 そんなギアスキルの影響下にある騎士たちは、擦れたら強烈な痛みを感じるであろう土の地面で……事に及んでいる。

 俺のこのギアスキルの前には、何人(なんぴと)たりとも抵抗することは出来ない。つまり今の騎士たちは、収穫を待つだけの野菜のように、地面から動くことは無い。

 

「さぁ、革命軍の諸君。騎士団の進行は止まった。彼らを殺すなり人質にするなり、全ては君たちの自由だ」

 

 ただならぬ俺の雰囲気を感じ取った副団長は、汗をかきながら俺に問いかける。

 

「アンタ……い、いや、貴方は……何者なんだ?」

 

 来たか、俺の待ち望んでいた言葉が。

 知りたいか、君たちを救った謎の英雄の、その正体を──。

 

 

 

「我が名はERO(エロ)っ! 君たち純粋な人間族を勝利へと導く、影の勇者だ!!」

 

 

 勢いよくコートを翻し、口上を決めてやった。そう、俺は変わった。

 EROとして戦うことに、高揚感すら覚えている──!

 

 

 

 

 

 

 

 ……やっぱりちょっと恥ずかしかった。

 

 

 

 




次回、クラスメイト登場


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自慰のクラスメイトと敗北

【オリジナル日刊ランキング3位】……? そ、それに、調整平均のバーが『赤い』じゃあないか……何かが変だ。
──ハッ! 戻ってくださいブチャラティッ!! これはスタンド攻撃だッ!!!


 

 謎の人物EROとして活動を始めた俺だが、水無瀬クルスとしての生活も忘れてはいけない。

 クラスメイト達が総出でダンジョンを攻略しているなか、俺一人だけ不在だと怪しまれてしまうのだ。

 

 この異世界に召喚されたときに、クラスメイトたちはそれぞれ特殊な適性やスキルを得た。

 戦闘に特化したスキル、サポートに適した力、それぞれの得意不得意を加味して、クラスでパーティを編成している。

 例えば俺の幼馴染である男子『天吹(あまぶき)イザナ』は、戦闘ステータスが高く適性は『聖騎士』なので、前衛で剣を振るって戦いつつ周囲をカバーする戦闘の際のエース。

 友人の女子『青月(あおづき)カグヤ』は回復魔法などの適性がある『聖女』のため、後方陣営で傷ついた味方のフォロー、など。

 

 

 ここまではいい、仲間が強いに越したことはないから。

 しかし、とても無視できない事態が、俺の前に降りかかっている。

 ナナミの適性が『光の勇者』だったのだ。数百年にひとり現れるという、奇跡のステータス。

 当然クラスメイトたちは、彼女に大いなる期待を寄せて、魔王討伐の希望として祭り上げようとした。

 

 

 それが分かった時、ふざけるな、と声を大にして叫びたかった。ナナミの体が弱いという事情を知らないクラスメイトたちはまだしも、俺の妹にそんな無駄な適性を与えたこの世界の神を、俺は殴り殺してやりたい。

 自分の身すらまともに守れない女の子に、他者を導く壮大な力を与えたところで、無駄に決まっている。これなら回復魔法などが使える聖女などのほうがまだマシだった。

 だが、できないことをいつまでもウダウダ言うのは時間の無駄。

 

 俺は必至にクラスメイトたちを説得し、適正など関係なくナナミは『体の弱い中等部の女の子』だという事実を、彼らの中に叩き込んだ。

 これでナナミを無理やり戦わせるような人間は、ひとまずクラス内からは居なくなったはず。この世界の住人たちはナナミに戦いを強いるだろうが、そんなことに従う道理はないから無視だ。

 

 だが。

 

『お兄ちゃん、もし私が皆さんのお役に立てるなら、この適正だって……』

 

『ダメだっ!』

 

 この妹は、まったくどこまで優しいのだろう。まさか光の勇者として、クラスメイトたちのために身を削るとでもいうのか。

 ──そんなことはさせない。身勝手な異世界に押し付けられた役割を遵守する必要など、どこにもありはしないのだ。

 

『ナナミにはナナミにしかできないことがある。でもそれは、決して押し付けられた希望として振る舞うことじゃないんだ』

 

『……う、うんっ、わかった』

 

 

 何とか納得させ、あの日からナナミはパーティのアイテム係になった。退避してきた仲間に傷薬を使ったり、状態異常を治す薬草などを配ったりするサポートポジションだ。

 戦いにだって来なくていいと俺は言ったが、何もしないのは嫌だ、という彼女の言葉に俺が折れた結果である。

 強い芯を持っている妹に、思わず勇気づけられた。絶対に元の世界に帰ろうと、その日改めて誓ったのだった。

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 俺たちが今いるのは、街から少し離れたダンジョンの中だ。

 この洞窟の奥に眠っているという聖剣を手に入れるため、クラスを5チームほどに分けて探索する、というのが今回の目的。

 

 ちなみに、なぜクラス全員でここに訪れたのか、という理由だが。

 確かにここは少々危険なダンジョンだが、既に魔王に支配されているあの街に残るほうが余計危険だ。

 それゆえに俺がうまく誤魔化して説得をし、クラスメイトが一人でも欠けないように連れてきたのだ。

 

 

 パーティーにはそれぞれ強力な適性を持った人間をバランスよく配置させたし、万が一の時は洞窟の入り口に瞬間移動できるように、特殊な魔石も持たせておいた。まだ攻略するためのレベルが足りないようなら、力をつけてから再挑戦すればいい。

 今回は慎重にダンジョンの様子を探っていく、危険の少ない冒険だ。

 

 

 ───そのはずだったのだが。

 

「ね、ねぇクル、ここ……どこかな……?」

 

 俺をクルというあだ名で呼び、袖を引いてきたのはクラスメイトの女子である青月カグヤ。

 心配そうにあたりを見渡す彼女に、俺は安心させる意味も込めて微笑みかけた。

 

「大丈夫だカグヤ。下層を探索しているメンバーもいたはずだし、彼らと合流できれば無事に戻れる」

 

「そ、それはそうだけど……」

 

 なおも不安そうな表情のカグヤ。……まぁ、簡単に安心はできないか。

 

 

 俺たちは今、二人だけで薄暗い洞窟を彷徨っている。松明を持って先行する俺と、その後ろをついてくるカグヤ、といった構図だ。

 

 なぜこんなことになったかといえば──カグヤと同じパーティで行動しているときに大型の魔物と接敵、ヤツの攻撃で足場が崩れ、俺とカグヤだけがダンジョンの下層に落下。

 気が付いた時には、洞窟の入り口に転移するための魔石を含めた、持ち物全部が手元からなくなっていた。この洞窟には冒険者のアイテムを盗み出すサルがいるという話を事前に聞いていたため、恐らくはそいつらの仕業だろうと原因は理解できた。

 

 しかしながら、原因が分かっても解決ができない。もはや仲間と合流することしか助かる手段のない俺たちは、ダンジョン内に設置されていた松明をもぎ取り、魔物から身を隠しながらとにかく洞窟内を歩き回ることになったのだ。 

 

 

 モンスターと戦えばいいのではないか、とそう思うだろう。

 だがそういうわけにもいかない。なぜなら俺たちは戦う手段を持っていないからだ。

 カグヤは回復などの支援担当の聖女で、肝心な俺が持っているスキルは……『作成』という、戦闘では石ころよりも役に立たない代物。

 

 材料があれば武器や防具を作れるのだが、手元に何もなければ何もできない、そんなスキル。サナと契約してギアスキルを手に入れる前は、こんなスキルでどうやってこの世界で立ち回ればいいのかと、頭を悩ませたものである。

 

「しかし不幸中の幸いだな。この階層はダンジョン内で一番魔物が少ないらしいし、走れば逃げ切れるような奴らばかりだ」

 

 軽く笑いながら告げる俺を見て、カグヤはぷくーっとほほを膨らませた。いかにも『怒っています』アピールだ。

 

「もう何回走ったことか、クルなんて私より体力無いくせにっ」

 

「ハハハ、逃げるときに引っ張ってくれるのは、正直助かるよ」

 

 調子いいんだから、といってカグヤはそっぽ向いてしまった。彼女の言う通り、俺は運動神経が悪く持久力も皆無なので、逃げるときはカグヤに手を引いて貰っている。陸上部に所属するカグヤがいなければ、今頃俺は魔物相手にエロイ事を強制させていただろう。想像するのもおぞましい光景だ。

 

 談笑というほどではないが、会話で少しだけ彼女の緊張がほぐれたようでよかった。こんな時に仲違いなどしたくはないからな。

 それに彼女が魔物におびえて竦むような女性じゃなくて助かった。接敵すればしっかり逃げる、冷静に身を隠す、まったく肝の据わった女子高生である。

 

「あ、ねぇクル、あれ見て!」

 

「ん? ……あれはっ」

 

 カグヤの指差す方向には、光が。よく見ればそこは、俺たちが今いる細い道とは違い、広場のように開けている場所のようだ。それに明るいと言うことは、大き目の松明か、もしくはどこかの穴から外の光が差し込んでいるのだろう。

 狭い路地のような砂利道を歩く事にも疲れたし、あの広場で一旦休憩をしよう。そういった提案を彼女に聞かせ、同意の元その広場へ向かって小走りをした。

 

 

 予想通り、広場は明るかった。天井にとても大きいダイヤモンドのような宝石があり、それがこの明るさを発している。発光する宝石に気を取られていると、グイグイと袖を引っ張られた。

 

「ちょ、ちょっとクル! 魔物が!」

 

「なに……!?」

 

 焦って目の前を確認すると、そこには彼女の言葉通り、サルのような魔物たちが佇んでいた。先程までは見えなかったので、恐らくは岩陰にでも隠れていたのだろう。

 魔物の中には、大きいイノシシのような姿の魔猪や、小さなゴブリンや大きな棍棒を持ったオークなども数匹混じっている。

 

「カグヤ、すぐに来た道をもど──なっ、いつのまに……!!」

 

 カグヤの手を引いて後ろを振り返ると、そこにも前方と同じような魔物の集団が待ち構えていた。

 そして魔物たちは円を描くように広がり、前後左右、完全に俺たち二人を包囲してしまった。

 

 ──なんということだ、まさか俺たちは……最初から広場に誘導されていたのか? それともダンジョンの構造が、最終的に辿り着く場所をこの広場として設計されていた?

 頭の中で理由を考えていると、俺の握っているカグヤの掌が震えている事に気がついた。表情を見れば、冷や汗をかいて怯えているのが分かる。

 

 

「く、クルっ、これ……もう私達……!」

 

「……くっ、そうだな、完全に囲まれている。どこを見ても、逃げ出せるような隙間は見つからない……!」

 

 思わず舌打ちをしてしまう。完全に詰んでいるこの状況、もはや打破するためには──あの力を使うほかに無い。

 だが、俺のこの力は誰にもバレてはいけない禁断の秘密なのだ。

 

 エロい事限定とはいえ、相手を思うままに操ることのできる催眠術。そんなものを持ってると知られれば、完全に信用を無くして、誰とも協力できなくなってしまう。

 自分も操られてしまうのではないか? もしかしたら既に操られているのでは? そんな疑問が頭を巡ってしまい、仮に俺がどんな聖人であろうと信用することは不可能だろう。

 

 どうすればいい……! あともう少しだけ、考える時間が欲しい!

 

『グルルァ!!』

 

 巨大なイノシシが咆哮する。

 

 

(───くそっ!! 背に腹は変えられないか……!!)

 

 

 覚悟を決めた俺はギアスキルを発動し、左目に『Ψ』の紋章を出現させる。この瞳を見た瞬間、どんな生物であろうと我が手の中だ。

 

 俺は振り返り、まずは巨大なイノシシを凝視し、叫んだ。

 

「お前は『そのオークを犯せ』!」

 

『グ、グルル!?』

 

 俺のギアスキルは絶対遵守。その眼を見て指示を聞いた者は、なんであろうが従わなければいけない。

 イノシシはいきなりオークに後ろから覆いかぶさり、発情期の犬のように腰を振り始めた。「ブモォォ!!」というオークの悲鳴は、なんとも耐え難い雑音だ。

 しかし、まだ大量の魔物たちがいる、すぐさま次の行動だ。

 

「そこのサルは『自分のアレをしゃぶれ』! そっちのオークは『棍棒をアナルにぶち込んで悶絶絶頂しろ』!!」

 

 次々と命令を繰り出していく。体の硬いサルは自分のモノをしゃぶろうとして無茶な体勢を取って背骨が折れ、巨大なオークは排泄するためのデリケートな穴にバイクほどの大きさの棍棒をねじ込んで大粒の涙を流しながらアヘっている。

 だが、まだまだ足りない。あまりにも数が多すぎる。

 

「く、クル……? なにを、しているの……?」

 

「……っ!! 見るなカグヤ! 瞼を閉じて耳を塞いでいろ!」

 

「こんな状況でそんなこと!」

 

 だめだ、カグヤは俺のギアスキルを目の当たりにして、明らかに狼狽してしまっている。あの様子では俺の指示にも従ってはくれないだろう。

 それに彼女の瞳を見ながら命令口調で叫んだが、カグヤはそれに従わない。

 

 当然だ。先程の『瞼を閉じて耳を塞いでいろ』という命令は、一ミリも『エロくない』のだから。

 魔物たちに向けたギアスキルだって、この力が『誰もが従う絶対遵守の力』ならば、今すぐ『この場で死ね』の一言で片付くのだ。

 

 それなのにこんな回りくどい、相変わらず欠陥構造なこの力に、嫌気が差す……!

 

「クソっ、そこのゴブリンは『後ろのメスザルの性器をガバガバにしろ』っ、お前は──」

 

「あっ、クル! 後ろ!」

 

「──ぐぅっ!?」

 

 死角だった後ろからサルに思い切り蹴飛ばされ、ゴロゴロと地面に転がってしまう。

 

(しまった、後ろからとは……はっ! カグヤ!!)

 

 魔物が群がってくる自分よりも、戦う(すべ)を持たないカグヤに意識が行った。

 まずい、オスのサルやゴブリンに囲まれている!

 

「やめろ──っ!!」

 

「い、いやっ、クル──!」

 

 足や腕を魔物たちに掴まれるカグヤは、一心に俺を叫ぶ。そんな彼女を救わなければいけない俺は、とんだ愚行を犯してしまった。

 『やめろ』などという指示は、全く持ってエロくはない。今俺がするべきだったのは『その女以外をレイプしろ』などといった明確な命令だったのだ。

 

(駄目だ、駄目だ駄目だダメだっ!! やめろ、その子に手を出すな!) 

 

 サルに口を押えつけられてしまい、喋ることが出来ない。

 

(クソ、こんなところで、こんなところでぇ……!!)

 

 心の叫びが現実に反映されることは無く、次々と衣服を破られていくカグヤ。恐怖に怯えて泣き叫ぶ彼女を助けることが、俺にはできない。

 そして棍棒を持ったゴブリンが、俺の方へ歩いてくる。アレで殴られれば、一巻の終わりだ。

 

(情けない───!)

 

 たまらず俺は、目をつむってしまい───

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!!」

 

 突如鳴り響いた男の叫び声で、再び瞼を開いた。

 

 いつの間にか、俺を取り囲んでいた魔物たちの首が無くなっており、赤いペンキをひっくり返したかのように地面が赤く染まっている。

 急いで顔を上げ、目の前を確認した。

 

 

 そこには光り輝く剣を振るう、一人の男がいた。あいつは──

 

「イザナ!?」

 

「しっかりするんだクルス! 早く青月さんを安全な場所へ!」

 

 驚愕する俺に一括したのは──幼馴染のクラスメイト、天吹イザナだった。気がつけば、カグヤを取り囲んでいた魔物たちも地に伏している。

 そうだ、驚いている場合ではない。

 

「カグヤっ!」

 

 彼女を抱き上げて声をかけたが、返事が無い。どうやら魔物たちに襲われる恐怖で、気絶してしまったらしい。

 カグヤを背負い、その場を走り出す。チラリと後ろを確認すると、イザナが『聖剣』で無双をしていた。

 

 そうか、俺たちが彷徨っている間に、あいつは最奥で聖剣を見つけたのか。そしてそれを、ぶっつけ本番で使いこなしている。……相変わらず規格外な男である。

 

「クルスっ、これを受け取るんだ!」

 

「っ! これは……」

 

 イザナが俺に向かって投げ渡してきたのは、紫色の魔石。これは事前にクラスメイト全員に配った、ダンジョンの入り口前に転移するための魔道具だ。

 それを握りしめ、未だ戦闘中のイザナの方へ向いた。

 

「すまんイザナっ、先に戻らせてもらう! 一人で大丈夫か!?」

 

 そんな俺の言葉に、イザナは不敵な笑顔で返してきた。

 

「この程度の魔物たち、造作もないさ!」

 

 かっこつけたイザナのセリフを信じ、俺は魔石を発動させた。

 昔からの馴染みで分かる、あの男はやるといったら必ずやり遂げる、そんな男だ。それにあの聖剣があれば、間違ってもザコ魔物たちに後れを取ることは無いだろう。

 

 

 

 気がつけば、俺は明るい空の下にいた。

 そしてカグヤを背負い直し、拠点としている宿へ走るのだった。

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 俺の前にいるのは、ベッドに座りながら上半身だけを起こしている、意識を取り戻したカグヤ。

 幸い外傷はなく、傍から見れば無事な状態だ。

 

 だが、精神はそうではない。

 魔物に襲われた恐怖、目前に迫った死の感覚、そして何より……エロい事を強制させるという謎の力を持った俺の存在。

 そんな多すぎる情報量が、彼女の中でミキサーにかけられているかの如く混ざり合っている。

 

 しかし意外にも、心配そうに見つめる俺の目を、彼女は見つめてきた。思わず、話しかけてしまう。

 

「……怖く、ないのか」

 

 そう告げると、カグヤは俯いた。それは否定か、それとも肯定なのか。

 答えを待つ俺に、数秒置いてから彼女は返事をした。

 

「怖くないって言ったら、多分嘘になっちゃう。クルが使ってたあの眼……きっととても、危ないものだって分かってるから」

 

「……っ」

 

「で、でも私、みんなには言わないよ! クルが優しい人だってことは、だっ、誰よりも……私が……っ」

 

 悲しそうに呟く彼女を見て、自責の念がこみ上げてくる。

 とんだ失態、大失敗だ。ダンジョンに入る前に、もっと必要以上に転移の魔石を持っておくべきだった。そうでなくても、もっと慎重に行動して、ギアスキルを使わない道を模索するべきだったんだ。

 

 安全を保障していたはずなのに、危険な目に会わせてしまった、最低な男だ。

 

 

 ──そして、これからすることは、もっと最低だ。

 

「カグヤ」

 

「……?」

 

 俺の呼びかけで、()()()を見るカグヤ。

 

 

 

「キミは『ここで自慰行為を行え(オナニーをしろ)()()()()()()飛んでしまうほど……激しく何度も絶頂するんだ』」

 

 

 

 静かにそう呟いた。

 彼女が見つめている俺の眼には『Ψ』の紋章が浮かんでいる。

 

「……っ、ひぅ、あっ、あれ……♡」

 

 次第に顔が火照り始めるカグヤは、お腹をさするように右手で下腹部を抑えこむ。

 俺は椅子から立ち上がり、彼女に背を向けた。

 

「まっ、まっへぇ……♡ なにっ、こっれ……、んぅ、はふぅ♡」

 

 

「───すまない」

 

 ただ一言を、心からの謝罪を告げ、俺は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 自室のベッドに倒れ込み、右腕を顔の上に置いた。心を破壊するような罪悪感が脳内を支配し、油断すれば涙が出そうな程に精神が弱ってしまっている。

 ついに、使ってしまった。仲間に、みんなには言わないとすら誓ってくれた俺の味方に、ギアスキルを。

 

 違う、彼女を信用していないわけではない。それどころか、クラスメイトの中で一番に信用しているのはイザナでもなく彼女だ。

 とても優しくて、人当たりが良くて、明るくて……そんな彼女は、誰より信頼できる友人だ。

 

 だが、しかし。彼女の意思は関係なく『ギアスキルを記憶している』事が問題なのだ。もしカグヤが敵に捕まり、自白剤などを投与されれば、どんなに強固な彼女の意思であろうとたやすく破壊されてしまう。

 それほどまでに、このギアスキルという力は、秘密でなくてはならない。これは俺の主要武器でもあり、逆に切り札でもあるのだ。

 

「浮かない顔だね」

 

 俺の耳に入ってきたのは、聞くのも億劫な甘ったるい女の声。十中八九あのサキュバス女だろう。今一番見たくない、憎たらしい顔だというのに。

 

「黙れ」

 

「しょうがないとは思うけどね。……まぁでも、本当にやるなんて、やっぱりキミは人としては最低だ」

 

「……黙れ」

 

 強く言い返すこともできないほど、疲弊していた。それにサナの言うことは間違いではない。

 俺は──本当に、最低だ。

 

「キミがどんな人間であろうと、半身である私は絶対に味方だよ。……今は、一人になりたいのだろうが、ね」

 

 その言葉の後、羽ばたくような音が聞こえた。どうやら鬱陶しい魔物女はいなくなったらしい。

 

 

 静寂が、部屋を支配している。まるで虚空な、自分の心を表しているように感じた。

 

 

 ───そう、この日。

 

 

 異世界に訪れてから、俺は初めて敗北した。

 

 

 

 

 

 




誤字報告、評価、感想などなど、地球が爆発するくらい励みになっています
本当にめっちゃありがとうございまふ


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奇跡の狂戦士、そして覚悟


覚醒回


 

 

 

 

 

 翌日の早朝、俺は荷物をまとめていた。目の前にある背負うタイプのバッグに詰めたのは、俺のスキル『作成』で使用する、アイテム作成のための素材だ。

 魔石や特別な岩石、聖水や魔物のしっぽなど、いかにも素材といった品々を、可能な限りバッグへ放り込んでいく。

 これから俺が向かうのは、あの町はずれの小屋だ。人目のつかないところで作業するといったら、あの場所以外は思いつかない。

 

「こんなもんか」

 

 独り言をつぶやき、バッグの紐を固く締めて背負った。今は深夜明けの早朝だし、こんな早くから宿を出る俺を怪しむ者はいない。先ほど確認したが、ナナミもまだグッスリだ。

 改めてバッグを背負いなおし、靴を履いて玄関のドアに手をかけた。

 

「あっ、クル?」

 

「──っ……!」

 

 ドアノブをひねった瞬間、背後から声をかけられた。俺の耳に入ってきたのは、とても聞き慣れた、明るい声音。

 振り返った場所にいたのは、まだ少し眠そうな表情の、寝間着姿のカグヤだった。起きてばかりで顔も洗っていない状態なのか、茶色の長い髪が少しボサついている。

 

「……はっ、早起きだなっ、カグヤ」

 

 なるべく平静を装って返事をしたが、俺のポーカーフェイスには冷や汗が浮かんでいた。まるで全力疾走をしたあとのように、心臓が荒々しく鼓動する。

 昨日の今日、まさかこんなにも早く彼女と会話するとは露程も予想していなかった。 

 哀れに焦る俺の内心など少しも感じ取っていない彼女は、寝ぼけ眼をこすっている。

 

「ん~……なんか起きちゃって。昨日……私かなり早い時間に寝ちゃってたみたい」

 

「そうか……まぁ、睡眠時間が長いに越したことはないからな」

 

 適当なことをほざいてみたが、彼女がこんな時間に起きてしまうほど早めに就寝したわけを、すでに俺は思い当たっている。

 ──昨晩のギアスキルを受けた彼女は、何度も何度も自分で脳に刺激を与えた後、そのまま気絶してしまった。ぐしょ濡れの状態のまま、ベッドに横たわって。

 

 さすがにその状態のカグヤを放っておいたらもう俺は自殺するしかないので、乱れたベッドや彼女の身体や服装の後始末は、すべてサナに任せた。

 あの女も仕事だけはキッチリとこなすようで、カグヤの様子を見るにしっかりと普通に眠っているような状態にできていたらしい。

 

「クル、もしかして魔物を倒しに行くの? 確かに少しでもレベルアップしたい気持ちは分かるけど、一人じゃ危険だし……そうだ! 回復魔法も使えることだし、私も一緒にいくよ!」

 

 ふふん、と鼻息を鳴らす少女には、まるで昨晩のような怯えていた面影は見えない。

 確かに記憶が消えるようにギアスキルをかけたが、まさか、これは……。

 

「なぁ、カグヤ。一つ聞いてもいいか」

 

「えっ? う、うん」

 

「お前───魔物が怖くないのか?」

 

 聞かずにはいられなかった。貞操や命を奪われる直前まで追い詰められ、宿屋に戻ったあともずっと魔物に怯えていた……そんな魔物に対してのトラウマを刻み込まれて震えていた彼女が、今は以前のような肝が据わった女子高生に戻っている。

 俺の質問を聞いて、カグヤはポカンとした表情になった。クルは何でそんなことを聞くのか? そんな表情だ。

 

「そ、そりゃあ最初は少し怖かったけどね。でも怯えてばかりじゃいられないしっ」

 

 ムッとした表情に変わった。カグヤは「女だからといって見くびらないでほしい」と、そんな風に言いたいのだろう。

 ……そうか、昨日使用したギアスキルは俺の秘密どころか、彼女の魔物に対するトラウマすらも忘却の彼方へ追いやったのか。

 

(……ハッ! な、なにを考えている、まさか俺は今……安心、してしまったのか?)

 

 俺のギアスキルはカグヤの恐怖心を拭い去り、彼女を再び戦場で立つことのできる人間に戻した──

 

 

(──ふざけるなっ!! ふざけるなふざけるなふざけるなっ!! 何を馬鹿なことを考えている!?)

 

 

 頭の中にふと浮かんだ、もはや人間のものとは思えないほど卑劣で浅ましい思考を、瞼を思い切り閉じることで押し殺そうとする。

 

(これは思い込みだっ……! 俺にとって優しいだけの、都合のいい勝手な解釈に過ぎないっ!!)

 

 俺がギアスキルをかけたのは、この力を隠すためだ。彼女の為ではなく、俺自身の、為に……。

 

「……そっか、それは心強いな」

 

 そう言いながら、ドアノブを捻った。

 

「あっ、私も行くって!」

 

「いや、魔道具を作成してくるだけだよ。宿で作業するには、結構うるさいからさ」

 

 俺の言い訳を信じたカグヤは「なあんだ」と興味を無くしたかのように欠伸をした。そんな彼女に首だけ向けた。

 

「それから……ちょっと遅くなるから、ナナミにも伝えておいてくれ」

 

「うん、わかった。気をつけてねー」

 

 ひらひらと手を振る彼女に見送られながら、俺は宿を後にした。心の中に燻る罪悪感を、そのままにしながら。

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 夜、俺はマントのように長いコートと漆黒の仮面を被り、崖の上から下に見える大きな施設を眺めていた。

 今回のEROとしての目的は、奇跡の狂戦士(バーサーカー)と呼ばれた男『ドートン』が捕えられている施設である王国監獄塔と呼ばれる場所に突入し、彼を救出するというものだ。

 

 ドートンはかつて革命軍の希望だった男であり、以前のアジトが騎士団に襲撃された際、彼一人ですべての団員を無事に逃がしたという『奇跡』のような経歴がある。

 そんなドートンを再び革命軍に迎え入れることが出来れば、大幅な戦力増強につながる筈だ。

 各地に散ったという革命軍の残党も、英雄ドートンが戻ったとなれば再び革命軍に参加する。そしてその結果革命軍が拡大していけば『ソル』という男の情報も転がり込んでくる可能性も上がる。

 

 ドートンを取り戻すため、俺はスキル『作成』で、大量の自立型ゴーレムを生産した。これで監獄塔内を錯乱させ、その隙にドートンを救出する。

 今回は革命軍のメンバーも大勢引きつれているので、ミスが許されない作戦だ。

 

 

 ……しかし、意外にも俺の心は不安だった。革命軍の前で騎士団の進行を止めた時のような、熱い使命感などが、ない。

 そんな俺の様子を見かねたのか、普通の服装状態のサナが声をかけてきた。

 

「クルス、そんな状態じゃ負けるよ」

 

 飛んできたのは気遣うような言葉ではなく、厳しい現実的な指摘だった。だが、彼女のいう事はもっともである。こんな精神状態では、まともに革命軍を指揮できるわけがない。

 幸い、今この場にいるのは俺とサナだけ。俺は仮面を取り外し、それを地面に置いてから何度か自分の顔をバシバシと叩いた。

 

「わかってる、わかっているんだ」

 

 誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように呟いた。大丈夫だ、じきに落ち着く。

 

 ───突然、隣にいるサナが俺の顔を両手で掴んできた。そして自分の方を見るように、グイッと俺の顔を無理矢理向ける。

 そうして初めて見えたのは、サナの呆れたような顔だった。失望……とまではいかないものの、その表情は可哀想なものを見る目だ。

 

「……そうじゃない、そうじゃないよクルス。友人に力を使って気に病んでいるようだけど、キミはそんなことで()()()()()人間じゃない」

 

「なに……?」

 

 眼前に見える、宝石のように輝く瞳。しかしその奥に見えるのは、決して眩い光などではない。黒く塗りつぶされた深淵のように暗くドス黒い意思が、サナの眼を伝って感じ取れてしまう。

 

「キミが契約したのは精霊でも女神でもない、悪魔だ。……なぜ、私が騎士団に囲まれていたあの場で、キミを選んだのか分かる?」

 

「……それはっ……」

 

 なんとなく、理解できてしまった。この女の言わんとしていることを。思わず彼女から目を背けてしまう。

 

 

「それはあの場でキミが一番『黒い意志』を持っていたからだよ。革命軍の男を殺した兵士よりも、周囲で悪意を眺める騎士たちよりも、キミが」

 

「俺はっ、おれ……は……」

 

「何としてでもやり遂げるという、そのためには手段すらも選ばないという、悪なる強い心をキミに見たんだ。……そんなキミが、私のような得体の知れない悪魔と契約した、その意味が分かるかな」

 

 サナは俺の顔から手を離し、なおも俺を見つめている。……答えは、自身で言え、ということか。

 

「……もう、俺は人間じゃない」

 

 その言葉を放つと、サナは少しだけ微笑を浮かべた。

 

 

「ギアスキルを手にしたキミは、もう人の世で生きることはできない。たとえ力を使おうと使うまいと、ギアスキルは持っているだけで罪なんだ」

 

「……」

 

 俯いていると、いつの間にかサナはいなくなっていた。忽然と姿を消したサナを探すことは無く、俺は彼女の言葉を胸の中で咀嚼しながら、飲み込むこともできずに仮面を拾い上げた。

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 鼓膜を破るかのような爆発音、ガラガラと石の壁は崩れ去り、瓦礫へと姿を変えていく。

 俺はゴーレムの上に乗りながら、真下を見下ろした。そこには破壊された牢屋の中で座り込んでいる、金髪の大男がいた。

 彼こそがドートン。かつて革命軍を救い、狂戦士と恐れられた勇士である。

 

 目論見通り監獄内は俺の作ったゴーレムで混乱し、無事にドートンのもとまで訪れることが出来た。

 ドートンは意外にも落ち着いており、ゆっくりと見上げる形で仮面の男と眼を合わせる。

 

「お前は何者だ」

 

「私はERO、革命軍を率いてお前を助けに来た。監獄塔周辺には、お前を逃走させるために待機しているメンバーたちもいる」

 

「……余計な真似を」

 

 仲間が来たという知らせを聞いたあとも、ドートンは喜ぶような反応は見せない。眉間に皺を寄せているその表情は、救助にきた仲間を鬱陶しく思っている……ようではなく、明らかに自責の念から来るものだ。

 

「俺がいることで革命軍はより危険な目に合うことになる。奇跡などという言葉を信じてはいないが、俺はその奇跡を起こしてしまったらしいじゃないか。そんな人物が革命軍にいると分かれば、王国も本腰を入れて軍を潰しに来るだろう」

 

「自惚れるなドートン。もはや王国の本気具合など問題ではない、私たちは既に戦争を始めているのだ」

 

 ゴーレムの手を伸ばし、ドートンの前で掌を開かせた。ここに乗れ、という意図くらい伝わるだろう。

 

「……なぁ、ERO、聞いていいか?」

 

 こんな時に何だ、コイツは。早くゴーレムの手に乗ってしまえばいいものを、何故未だにその場を動こうとしない。

 

「時間が無い、手短にしろ」

 

「そうか、なら言わせてもらうが───貴様、なぜそんなに手が震えている」

 

「っ!?」

 

 

 いきなりバットで殴られた様な、そんな衝撃が心臓を襲う。仮面の中で冷や汗を流し、右手を確認すると、確かに俺の手は震えていた。

 この男、世捨て人のような雰囲気をしているくせに、しっかりと見ているらしい。

 

 ──なぜ、手が震えている。戦う恐怖におののいているとでもいうのか。

 いや違う、そんなことではない。この男が指摘しているのは、何に怯えているかではなく、なぜ怯えているのか、だ。

 

「俺の前で虚勢も張れないような人間に、ついていく気はない。大方自分の能力に自信が持てず、俺に奇跡を求めに来たのだろう。そういう者は俺を導く存在ではなく……俺が守らなければいけない人間だ。弱い人間のもとで抗うくらいなら、俺は死を選ぶ」

 

 

 そう言って瞼を閉じるドートン。もはやゴーレムの手に乗る気配は一ミリも存在しない。

 

 

 彼は俺を『弱い人間』だといった。能力に自信が持てない、他人に縋るような哀れで脆弱な人間だ、と。

 ……そうなのか、やはり俺は、友に悪魔の力を使ったことを、忘れられていないのか。

 よわい、あまりにもよわい。自分自身が情けない人間だという自覚が、とめどなく脳を駆け巡っていく。

 なら、どうすればいいと言うんだ。こんなに強がっているのに、これ以上どんな人間として振る舞えばいいんだ。

 

 カグヤっ……俺は、おれは───

  

 

『キミはそんなことで()()()()()人間じゃない』

 

 

 なぜか、サナの言葉を思い出した。そして同時に、あの時放った自分自身のセリフをも。

 

『……もう、俺は人間じゃない』

 

 

 ───俺は、人間じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ふっ、ふふふっ、ははっ! なんて、なんてマヌケな言葉なんだ!

 身に余る超常の能力を使って友達を操って、そんな事実に心を痛めて……まるで『人間』みたいじゃあないかっ!

 

 そうじゃない、俺はあの悪魔と契約したあの時から『人間』ではないんだ。人の心を……いや肉欲を弄んで哀れな人形にするなど、もはや人間のする事では無い。

 そうだ、俺は手段を選ばないと決めた。この世界に来たナナミがあんなにも不安そうな顔をした時から、俺は『何をしてでも』彼女と共に元の世界へ帰ると誓ったのだ。

 

 たしかに人の心を失ってはいけないのだろう。だがそれでも、人の心に引きずられたままでは戦えない。

 俺はイザナのような強い戦士ではない、カグヤのような慈愛の癒しでもない。

 

 俺は王道ではなく覇道を進むことを決めたEROだ。EROであり続けるためには、弱い心を断ち切らなければならない。

 いまさら人間ぶっても遅い、俺はもう、あの悪魔のような女と契約を交わしてしまっている。サナは俺の半身、逆に言えば俺もサナの半身であり、普通の人間でいられるわけがない。

 

 

 ならば、答えは一つ。

 存分にこのギアスキルを振るい、俺の中で水無瀬クルスとEROを同じ人間にするのだ。

 

 俺はEROであり水無瀬クルス。以前とただ一つ違うのは、俺は『人間』ではないということだ。

 やるなら徹底的にだ。友達にギアスキルを使ったことに心を痛めて戦えなくなる……そんな水無瀬クルスでは駄目だ。

 この世界で水無瀬クルスとEROを両立させるには、人間としての水無瀬クルスを殺さなければいけないんだ。

 

 

 

 

「……ドートン、私を弱い人間だと、そう言ったな」

 

 俺の声を聞いたドートンだが、その瞼を開きはしない。弱い人間の言い訳など聞きたくはないのだろう。

 だがそれでも聞いてもらおう。これは弱い『人間』の言い訳などではない。

 

「違うな、間違っているぞドートン。私は断じて脆弱な人間などではない」

 

「……ならば、なんだというのだ」

 

 呟くドートンを、無理矢理引っ張って立たせた。そしてゴーレムの手にのせ、移動するようにゴーレムに指示を出す。

 突然の行動に、焦るドートン。たまらずその眼を開け、俺に問いただす。

 

「何の真似だ!」

 

 その様子を見て、仮面の中で笑みを浮かべた。

 そして漆黒のコートを翻し、彼に背を向ける。

 

「外壁沿いで待機していろ。弱い人間というお前の言葉を、この身一つで覆す。もしそれが叶わなかったら、貴様の意を組んで見捨ててやる」

 

「なにを……する気だ?」

 

 怪訝な表情のドートンに、俺は強く言い放った。

 

 

「──この監獄塔を俺一人だけで制圧し、再び貴様の前に姿を現して見せよう!」

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 目の前に見えるのは、数分前までゴーレムだった瓦礫たち。どうやら監獄塔の警備員たちに負けてしまったらしい。時間稼ぎが出来ればよかった代物なので、もともと勝てるとは思っていなかった。

 そう、勝つのはゴーレムではなく、この俺だ。

 

「あの仮面の男っ、ゴーレムに率いていたヤツに違いありません!」

 

 通信魔石で他の警備員に報告する男。まずはお前からだ。

 

 黒い仮面の隠されたシステムで、相手に見えるよう左目の部分だけを開いた。

 

 俺は左の眼を見開く。血液や魔力が左目に流れるの感じ、その網膜には『Ψ』の紋章が出現した。

 さぁ、人間ではないバケモノによる蹂躙を始めるか。

 しっかりと先にいる男の目を、左の瞳で見つめた。

 

「お前は『三回シコるたびに陰毛を一本ずつ抜いていき、抜いた毛を全て食べろ』!!」

 

「……わかった」

 

 俺の光り輝く眼を見て命令されたその警備員は、おもむろにズボンを思い切り下げた。じっくりと観察している暇はない、次はこの先にある牢屋の看守共だ。

 その場を走り去る俺の背中には、性の奴隷と化した男の叫びが浴びせられる。

 

「ふぅっふぅ……アヒィッ!! ふっ、ふぅふぅ……ンギィッ!! チン毛抜くの痛いのにやめられ……ヒギィッ!! あむぅぅ──チン毛まじゅいぃぃ!!(ブチブチィ!) アヒャァッ!!!」

 

 あわれである。

 

 

 囚人たちが収容されている牢屋の前を駆けていると、前から男が三人、振り返ると後ろには体がデカいゴリラみたいな女看守が。

 まとめて来たのが仇になったな──!

 

「そこの『お前たちは3人がかりで後ろのゴリラ女を孕み袋にしてしまえ』!」

 

「イエス、マイロード!」

 

 本来なら王国の皇帝に使うべき言葉を俺に言い放った男三人は、いっせいにデカいゴリラ女に飛びかかった。仲間が急に三人とも飛びかかってきたことで、ゴリラ女は狼狽している。

 

「何すんだおまえらっ……離せコラ!」

 

「抵抗しても無駄だ!」

 

「ウザってぇ……!」(激怒)

 

「3人に勝てるわけないだろ!」

 

「馬鹿野郎お前私は勝つぞお前!」(天下無双)

 

「繰り出すぞ!」(切り札)

 

「ゲホッゲホ!!」(致命傷)

 

「オラ身体見せてみろよオラ」

 

「あ~やめろお前、どこ触ってんでぃ!」(江戸っ子)

 

「思った通りいいカラダしてるじゃねぇか!」(天地明察)

 

 

 

 ……あいつらはもう放っておくか。

 

 

 さらに先を走っていると、脂ぎった小太りのおっさんが大量の重火器を持って待ち構えていた。その周囲には野次馬のように「やっちまえー!」などと叫んでいる囚人や看守たちがいる。

 

「ここで死んでもらうぞ侵入者ぁ!!」

 

 

 お前らに良いものを見せてやろう!

 

 

「そこの『小汚いおっさんはゆっくりと服を脱ぎながらストリップショーでもしてろ』!」

 

 

「うわぁぁぁおっさんが脱ぎはじめたぁぁ!!」

 

「うぷっ、気持ぢわるっ、ウボォェェェ!!」

 

 辺り一面は看守や囚人たちの嘔吐物でまみれ、相変わらず脂ぎったおっさんはその肉体美を披露していた。

 

 

 

「ここから先はこの副監獄長が通さんぞ」 

 

 俺の前に立ちふさがってきたのは、めちゃくちゃ筋肉質で巨体な男。ついに副監獄長が出てきたか。

 副監獄長の後ろには残りの看守たちもいる。やはり、まとまってくれていると都合がいいな。

 俺は副監獄長の瞳を見つめ、声を張り上げた。

 

「いますぐ『性欲が発情期のウサギの50倍ほどあるホモになれ』!」

 

 そんな命令を受け、一時的に沈黙するマッチョ男。そんな様子の彼を不安に思ったのか、後ろにいた看守の男がマッチョに呼びかけた。

 

「あっ、あの……副監獄長?」

 

 ──刹那。心配する看守の肩を、マッチョが鷲掴みした。そして満面の笑みを浮かべながら、一言。

 

「やらないか」

 

「へ、へ……?」

 

「ヤラナイカ」

 

「やるっていったい何を……ちょ、副監獄長! や、やめっ、アァ──ッ♂」

 

 次々と男たちを掘っていく副監獄長。戦闘力がけた違いなのか、看守たちの中にあのマッチョに抵抗できる男は誰もいなかったようだ。

 

 

 

 ついに到着した、エネルギー管制室。ここで俺がスキルで作成した爆弾を起爆すれば、この監獄塔は終わり。俺のギアスキル無双を見ていた連中も全てあの世行きだから情報漏えいは問題ない。

 どうせ看守どもは魔王に支配されている魔族どもだ、遠慮はいらない。それに監獄塔に幽閉されているのはどいつもこいつも極悪人。魔王のエサになるくらいなら、葬ってやった方が都合がいい。

 

「まっ、待て! そこの仮面男!」

 

「ん?」

 

 振り返ったそこのいたのは、他の看守とは違って金色の帽子を被っている男。副監獄長の帽子が銀色だったし、おそらくこの男は監獄長だろう。

 ジリジリと距離を詰めてくる監獄長。なぜか発光している右手を見るに、彼は恐らく何らかの魔法が使えるのだろう。

 そうと分かればすぐ行動、監獄長が何かをする前にギアスキルをかけてしまえばいい。

 

 どうせ死にゆく命、最後くらいは性欲の思うままにさせてやろう。

 

 

「ここまでだぞ、私には触れるだけで相手を爆発させる魔法が──」

 

「お前は『そのベルトに装着されている太い警棒でアナニーして前立腺絶頂を永遠にくり返せ』ぇ!!」

 

 その発言の瞬間、監獄長は下半身のズボンを下ろしてベルトの警棒を手に持った。別にその光景が見たいわけではないので、さっさと遠隔操作のボタンで起爆できる爆弾をセットし、その場を離れる。あとは外に出るだけだ。

 走る俺の耳に、監獄長の声が聞こえてくる。……どうやら、楽しんでくれているようだ。

 

「あおっ、オォオ!! おごっ! ングヒッアグッ! お゛っ!? オ゛っ! お゛お゛ぉ゛ぉ゛っ!!!」

 

 耳を劈く雑音を無視して、一心不乱に走り抜ける。

 後はもう、無事に脱出して監獄塔を炎の海にするだけである。

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

「……本当にやり遂げてしまうとはな」

 

 大爆発後の廃墟と化した監獄塔の瓦礫の上で、俺の隣にいるドートンが呟いた。その顔には汗が滲んでおり、目の前で起きた一部始終を信じられないようだ。

 だが、すべては事実。魔王に支配された王国の監獄塔はこの俺が潰し、革命軍の新たな戦力としてドートンを手に入れた。

 

「これで私が弱い『人間』ではないということ、信じてもらえたかな」

 

「ここまでしたんだ、当然だろう」

 

 微かに笑うドートン。完全に気を許したわけではないにせよ、どうやら彼からの信用は勝ち取ることが出来たようだ。

 すべては計画通り。これでまた、俺はEROとして一歩前進した。

 俺がふう、と息をつくと、ドートンが俺の正面に来た。その顔は、覚悟を決めた男の顔。自分が従うに足る人物だと判断し、彼なりに自分の意思を表しているのだろう。

 

「君のもとで、魔王を倒すために尽力する。再び奇跡を起こしてみせよう」

 

 ──そんな彼の気持ちは嬉しいが、その言葉は訂正しなければいけないだろう。

 

「違うな、間違っているぞ。ドートン、お前は奇跡など起こさなくていい」

 

「……どういうことだ?」

 

 

 怪訝な彼の前で、俺はコートを翻した。闇夜を照らす月明かりが、黒い仮面を反射する。

 

 

「奇跡を起こすのは他の誰でもない───このEROだッ!!」

 

 

 そう、人間はそう簡単に何度も奇跡を起こせはしない。そんな天文学的な確立に頼るほど、純粋ではない。

 『人間』ではないこのEROが、水無瀬クルスこそが、奇跡を起こす男なのだ。

 

 

 ギアスキルを使いこなせた高揚感が、胸を透き通る。

 あぁ、自分を……いや、世界さえも変えてしまえそうな瞬間を、俺は感じている。

 やってやるさ、このEROが! この世界をエロで染め上げ、必ず『ソル』という男を見つけ出して、この手で肉欲の奴隷にしてやる。

 

 すべては俺の大切な人たちと共に、我が故郷へ帰る為に───!

 

 

 

 

 

 



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