英雄伝説 橙の軌跡 (綱久)
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序章~物語の始まり~
黒炎の襲来者


どもー。初めましての方もお久しぶりの方も、綱久です。


社会人になって忙しく、やっと出したと思ったら新作の投稿!? なにを考えておるのじゃ己はーっ!!と思う方もいると思いますが、軌跡シリーズとリボーンという自分の一番好きな作品同士クロスオーバーの小説をずっと書きたかった気持ちがあったので、申し訳ないです。

え? 西風と邪を司るなんとかという小説を書かなかったか?って。すいません、あれ完全に考えなしのノリでやっちゃいました(泣)


こんな自分の作品ですが、楽しく読んでいただけるると嬉しいです。


では、どうぞ! 



 

 

 

 

 

 

「わぁ~、綺麗な夕日だなー」

 

 とある山上にて、一人の少年が夕焼けの情景を眺め思わず呟く。しかしそんな少年の眼はどこか死んだ魚の目と思わせるほど死んでおり、今の台詞もある意味で現実逃避的なアレなのだ。

 

 

 この少年の名は沢田綱吉、通称ツナ。

 何をやってもダメで、何かとドジを踏んでしまう事を除けば、どこにでもいる平凡で普通な少年である……二年前までは。

 

 

『―――俺の名はリボーン。お前を立派なマフィアのボスにしてやるため、今日からお前の家庭教師を務める者だ』

 

 

 しかし、突如自分の前に現れた黒スーツと黒い帽子を被った、視るからに赤ん坊と思われてもおかしくない身長をした男の子……―――世界最強の殺し屋ヒットマンにして、世界最強の赤ん坊《アルコバレーノ》の一人、リボーンとの出会いによって、綱吉の運命は大きく変わった。

 

 伝統・格式・規模・勢力すべてにおいて別格といわれる、イタリアの最大手マフィアである『ボンゴレファミリー』の10代目のボス候補であることを告げられ、立派なボンゴレⅩ世(デーチモ)になるように育て上げると宣言されてしまった。

 

 その日から、彼の日常は非常識の世界へと変わっていった。

 どこの教育機関や軍事組織でも絶対にやらない程の超スパルタで勉強や修業をさせられたり、彼が嫌がるのに関わらずどこか連れだしたり知らない人やマフィア関係者に会わせたり戦わせたり。そして裏世界の抗争、ボス候補をかけた争奪戦、世界の命運をかけた未来戦、過去の因縁による10代目ファミリー同士の抗争、(アルコバレーノ)の運命の決着戦―――と正に普通の中学生の日常から外れてしまっている。

 

 だけど、そんな非日常を送りながらも、その日常でたくさんの友人や仲間ができて、そんなみんなと一緒に過ごす日々は綱吉にとって嬉しくて、楽しくてたまらなかった。

 リボーンに会えたことは少し不幸だなと思いながらも、彼のおかげで自分は変わることができ、彼が家庭教師で良かったと思うことだってたくさんあり、感謝している。

 

 そして、ある出来事を(・・・・・)きっかけに―――綱吉は自分が歩む未来を決めた。

 そのことを話したのは家庭教師であるリボーンと現《ボンゴレファミリー》のボスであるボンゴレⅨ世(ノーノ)の二人のみだ。といっても中学を卒業するまでには自分の仲間や知人達には告げるつもりだ。だけど今はまだ……

 

 

 

 

 そんな綱吉の心情を知ってか知らずか、今日はリボーンによる親友の炎真を巻き込んでの『ボスになるための軽~い準備運動♡』という名の海外軍人が根を上げてしまうほど地獄のスパルタ特訓を行っている最中。

 今は休憩の時間で、リボーンと炎真は飲み物を買いに席を外しているため、夕日を眺めていられる余裕がある。

 

 彼らが戻ってくればあの地獄が再開される―――そんな憂鬱を少しでも晴れればと思い、再び綺麗な夕日に目を向けようと――――― 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――貴方がボンゴレ10代目、沢田綱吉君ね?」

 

 後方から声をかけられた。綱吉は思わずバっ!と後ろを振り向く。これが先程から席を外しているリボーンや炎真だったらそこまで反応をするはずがない。なら何故綱吉はここまでの行動を取るのかは至極単純――

 

 

 

――――綱吉にとって初めて聞く声であり、それに隠しきれない殺気を乗せられていたからだ。

 

 

 綱吉の視界に映る先には、この場に似つかない不気味な存在が立っていた。

 

 全身を黒一点に染められたローブに包まれており、その顔も目深に被られたフードのせいで確認する事が出来ず、そのせいで見た目の不気味さがより際立っていたため、その人物が一体何者なのか判断がつかない。

 しかし下半身の部分のローブが開かれ、そこから覗かれる黒一点色のローブとは反対の汚れがない白肌の美脚と黒に近い茶色のロングブーツ、そして高く澄んだ声を聴くからに、この人物の性別が女性だということが何とか分かる。

 

 一体何者だ?―――と、言葉を発するよりも先に彼女の口が開く。

 

「……初対面で申し訳ないけど、これも要請(オーダー)の一つ。貴方には―――――この世界から旅立ってもらうわ」

 

 それは合図もなく突然だった。まるで瞬間移動したかと錯覚するほどの速さで間合いを詰められ、ローブの女性は綱吉の首めがけて容赦ない肘撃ちを繰り出した。

 

 突然の出来事に驚く綱吉だったが、戦場を渡り歩いた経験から下に屈みこむことによって危なげなく躱しきった。

 だが、その程度で攻撃の手を止めるほどこの女性は甘くなかった。躱されることは予測済みだったのか、肘撃ちの勢いを利用した回し蹴りを容赦なく綱吉の腹に蹴りこんだ。 

 

「ぐぅっ!」

 

 蹴り飛ばされた綱吉は周りの木々を巻き込み、森の奥へと飛んでいった。常人程度が蹴り飛ばしたのなら、一本の木にぶつかってそれで終わりだが―――彼女の脚力は、木の一本は愚か十数本を巻き込み程であった。この惨状から見る限り、ローブの女性の蹴りの威力が、常人を軽く超えていることを物語っている。 

 

「………」

 

 綱吉を蹴り飛ばして数秒、ローブの女性は蹴り飛ばした先に向け、常人を超えた速さで走っていく。そしてそこには―――

 

「い、いてーーーーー!!」

 

 頭を抱え、痛みを訴える綱吉の姿であった。確かにダメージは少しばかり与えたみたいだが、目立った外傷は全く見当たらず、正直言ってあまり損傷を与えたとは言い難い光景だった。 

 

「……常人――武術をある程度修めた”上級”の武人ですら、今ので意識が飛んでいておかしくないんだけど―――君は意識があるどころか、ダメージもあまり受けた様子もなさそうね」

 

 ローブを深く被っているせいで表情は読み取れないが、女性が呆れの表情だということが否でも応でも分かってしまう。

 

 綱吉は、彼女の蹴りが入る直前で"死ぬ気の炎"で腹を強化したことでダメージを軽減させたのだ。そして何よりも、日ごろからリボーンによる理不尽のスパルタ特訓に鍛えられたせいか、炎の強化なしでも人外に近しい頑丈さを手に入れたのだ。今だけは彼に感謝だ。

 

 しかし問題なのは、このフードを被った女性だ。先程の動きを見る限り、明らかに表側の人間じゃないのは明らか。それも、相当な実力の持ち主であることも。

 

 やがて僅かに奔る痛みを耐えながら、綱吉は正体不明のローブの女性へと向き直る。

 

「貴方は……もしかしてマフィア!?」

 

「残念だけど、私は貴方が考えているマフィアとは違うわ。まあ、最も私が所属している組織はある意味マフィア以上の闇の存在なんだけどね」

 

 綱吉の問いにローブの女性は即答で否定した。最初は虚言ではないかと疑ったが、自身の直感からそれはないと判断。しかし、彼女のこの妙な言い回しから、ますます正体が掴めない。

 

「……正直に言えば今ので気を失ってほしかったけど――――仕方ないわね」

 

 彼女はなんの装飾もつけていない女性特有の綺麗な右手を前に突き出す。そしてその瞬間、彼女の掌から炎がゴぉっ!!と灯される。

 普通なら目を疑う光景だが、裏世界にはその程度の芸当ができる者が幾らでもいるため、綱吉にとってそこまで驚愕するような光景ではない。にも関わらず、綱吉の表情は驚愕の一言だ。

 

 指輪もなしに"死ぬ気の炎"を出した(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)こともそうだが、何よりも驚いているのは――――

 

「黒い―――炎!?」

 

 そう、彼女が灯している"死ぬ気の炎"であり、その色は黒い(・・)のだ。

 かつて《虹の代理戦争》で相対したマフィア界の掟の番人――――《復讐者》が扱う"夜"の炎と思えるほどに。

 

 ゆえに綱吉は最初"夜"の炎ではないかと一瞬疑ったが、その考えはすぐに取り消した。目に映る光景ではなく自身の"超直感"から――――彼女の炎は大空属性の炎(・・・・・・)であることを瞬時に理解したからだ。

 しかし、本来"大空"属性の炎の色は橙色。未来での白蘭の戦いの際、彼の"大空"の炎は黒く濁っていたが、それでも見た目からまだ"大空"の炎だと判別できた。

 

 だが彼女の炎はどうだ? 見た目から全く判別できないほど漆黒に染まっている"大空"の炎。

 一体なにがあったらここまでになってしまうのか? 初対面であるにも関わらず、綱吉は目の前に立つ女性の素性が気になってしまう。

 

「少し手荒になるけど、悪く思わないでね」

 

 そんな綱吉の心情など知ったことか言わんばかりに彼女はなんの躊躇いもなく、球状に形態変化させたバレーボール並に大きくした炎を綱吉に向け振りかぶった―――――

 

 

 

 ――――――瞬間、並盛山の中心部で大爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の《死ぬ気の炎》は!?」

 

「間違いねえっす、ツナがいる場所からだ!」

 

「急ぐぞテメぇら!!」

 

 声を上げながら、山道を駆け抜けるのは3人。

 

 獄寺隼人。

 山本武。

 笹川了平。

 

 "嵐"、"雨"、"晴"―――"大空"である綱吉を支える、それぞれの天候を司る《守護者》達。

 

 三人はそれぞれの用事で、途中から綱吉達と合流するつもりだった。しかし突如―――今まで感じたことがない炎の存在を並盛山で感じ取り、それぞれ用事を切り上げ、綱吉がいるであろう並盛山へと走り向かっていった。

 

 あの炎の感覚は今まで感じたことがない類のものであることを3人はすぐに感じ取り、走っている最中で更に炎による爆発が起こったことで、何者かが綱吉を襲撃したことを理解した。

 

 普段なら自分達よりも遥かに強い綱吉の実力を考えれば、そこまで心配する必要ないだろう。更に綱吉に匹敵する実力者の炎真、幼児化して戦闘力が弱体してるとはいえ破格な強さを誇る綱吉の師であるリボーンもいるため、彼らが急ぎ向かう必要はないのかもしれない。

 

 だが何度も死戦をくぐってきての恩恵からなのか――――先ほどから3人は嫌な予感が拭えない。勿論杞憂であればそれでいいのだが、もしそれで綱吉の身に危険が迫っていたら―――良平と山本は勿論、綱吉を神の如く崇拝している獄寺にとって許せるものではない。

 

 だからこそ"大空"のボスを護る守護者として――――いや、仲間、友人として、綱吉を助けに向かわんと3人は走りの速度を上げる。

 

 このままいけば後10分で綱吉がいるであろう爆心地へとたどり着くだろうが、山道に入ったことで人目が無くなったことから、3人はそれぞれの匣兵器を駆使しよ―――――

 

 

 

「「「―――っ!」」」

 

 ガキンと音が鳴る。

 自身達に音速並(・・・)に迫った攻撃の色を即座に感づいた山本は、自身の獲物である日本刀――――時雨金時を一閃することで3人にそれぞれ襲った攻撃を見事に防ぐ。

 

「弓矢……なのか、これ?」

 

 山本の言葉通り、斬りおとした残骸に一瞬目を向けると全身が金属でできた弓矢が転がっていた。弓矢を得物とした戦士と今まで相対したことがなかったこと、更に狙撃銃に劣らない(・・・・・・・)速度、走行する自分達の頭を正確に狙った(・・・・・・・・・・・・・・・・)狙撃の腕といい、敵の心当たりが全く浮かばない。

 

 そしてそんな3人に思考する隙を与えんと言わんばかりに―――弓矢による第二波が襲ってきた。

 

 先ほどの狙撃が挨拶変わりだったと思わせる程の――――数十も及ぶの矢の雨が襲ってきた。

 それも半径数十m程の広範囲であり、矢の速度に加え駆けにくい地形の山道のため、いくら3人でも躱すこと(・・・・)は困難だろう。

 

 そんな状況下で即座に反応したのは獄寺だった。

 

「――――"嵐"+"雲"、赤炎の矢(フレイムアロー)!!」

 

 瞬時に取り出した獄寺の得物、髑髏をあしらった腕固定型火炎放射器――赤炎の矢(フレイムアロー)。通常それより放たれる炎の矢は分解の性質をもつ"嵐"の炎のみだが、今放ったのは"嵐"の炎と増殖の性質を持った"雲"の炎が加えられた、炎の矢。

 放たれた炎の矢は"雲"の増殖によって枝分かれし、その数は数十。そしてそれは、自分達を襲ってきた矢を全て撃ち落す結果となった。

 

 そしてすぐさま獄寺は放たれた矢の方向から場所を逆算―――弓矢を放った狙撃手の場所を突き止めた。そして獄寺は自身の匣兵器―――SISTEMA C.A.Iの防御用の輪を利用して空中へ浮上する。

 

「タコ(ヘッド)!! 極限にどこへ行こうとしておる!!」

 

「獄寺。お前もしかして―――」

 

「あぁ、俺は狙撃手を仕留めてくる! テメぇらは先に10代目の元へ向かえ!!」

 

 言いたいことだけ述べ、獄寺はある方向へ猛スピードで飛んでいき、姿を消す。

 

 本来なら綱吉の右腕の獄寺が、一早く彼の元へ助けにいきたかったはず。しかし、山本と了平は近距離戦闘型の戦士。矢を放った狙撃手は確実に遠距離型のため、相性が悪い。

 だが相性が悪いからと言って山本と良平に限って負けるとは思えない……だが先ほどの狙撃といい、恐らく相手は"弓"という武器を極限まで極めた達人以上の腕をもつ"戦士"であることが嫌にも分かる。

 万が一二人なにかあれば自分が崇拝する綱吉が悲しむの目に見える。そして口には絶対に出すつもりはないが、獄寺も同じだ。

 ならば相性も勝率も決して悪くない自分が向かうべきだと判断し、後を二人に任せたのだ。

 

 

 

 獄寺の意図を察した二人は、すぐさま綱吉の元へと走ろうとしたが―――――敵1人ではなかった。

 

「――っ! 下がれ山本!!」

 

 新たな敵の気配に気づいた途端、山本は了平に無理矢理下げられた。突如の良平によって下げられる最中に山本が目にしたのは―――――自分達に迫る紅い閃光だった。

 山本を下げた良平は迫る閃光に逃げ出すことはなく―――自身の細胞エネルギーを一点に集中した自身の右拳で向かい撃つ。

 

 刹那、黄色の"晴"の一撃と紅い閃光は激突する。

 

 互いの一撃の威力は桁外れにして互角。ゆえに数秒の均衡が産まれ、大地はひび割れ、衝撃は周りを巻き込んでいく。

 咄嗟とはいえ、自分と同威力の一撃を見舞っている相手に了平は舌を巻く。

 互いの力が互角ゆえの均衡状態。それをどうやって破るかと頭を悩ませるよりも早く、閃光―――いや、紅い"闘気"に包まれた"戦士"が口を開く。

 

「――ほう。挨拶代わりとはいえ、我が一撃を防ぐとは。どうやら私の相手は其方が相応しいようだな」

 

「っ! 極限になにを言って―――」

 

「―――ここは場所が悪い。突然で申し訳ないが、場所を変えるぞ」 

 

 言葉を紡ぐよりも早く、右拳を突出したことで無防備状態の腹に何かしらの打撃を受けたことで了平は、森の奥へと飛ばされてしまう。

 

「先輩!!」

 

 了平を吹き飛ばしたであろう闘気に包まれた"戦士"は山本を一瞥した後、すぐ了平が飛ばされた方向へ走り去っていった。

 

 残ったのは山本一人。ここで山本が取るべき行動は一人で綱吉の元に向かうか、獄寺か了平の加勢に向かうのかどちらか……山本なら即座に選択し行動を起こしただろう――

 

 

 

――自分に近づいてくる強者の気配を感じなければ。

 

 

「―――エンネアの遠距離狙撃とアイネスの剛撃―――その二つに見事対処できる反射神経に身体能力、そして武器と炎の使い方。流石はマスターが称賛する組織の幹部であるだけはありますわね」

 

 その気配の人物が姿を現す。白銀色に輝く騎士甲冑を纏い、頭部に二対四枚の純白の羽を両脇に生やした鉄製のバンダナを身に着けた、栗毛の見た目可憐な少女だ。

 

 山本の見る限り、彼女の格好はあまりにも時代遅れすぎる。

 彼女が纏うのは、中世の騎士が身に着けていたような鎧。確かに固く防御力には優れているだろうが、それに比例するかのように重量は重く、戦争で迅速な行動を取る際は難しく邪魔でしかない。

 時代が流れと共にそれは消えて無くなり、現在でその鎧を身に着け戦場に赴く者は、表の世界でも裏の世界でも存在しない。

 

 しかし、山本はそんな彼女を愚弄する気は全くない。

 戦いの世界で敵を見た目で判断し、侮る行為は敗北に直結することなど常識だ。

 何より山本は、一目見ただけで彼女が強者であることを見抜いており、そんな彼女が伊達や酔狂でそんな格好をしているとは思えないと判断した。

 

「そして貴方も、先程の二人にも匹敵―――いえ、身体能力はあの二人を含めた《守護者》の中でも随一である剣士。そうでしょう、ボンゴレ10代目"雨"の《守護者》―――山本武」

 

 自身の名前、更に自分が関わるファミリーの役割を口にされたことで眉が僅かに動くが、対して問題ないと片づける。

 数か月前、作戦のためとはいえボンゴレ10代目ファミリーは世界中のマフィアが盛大に集った、《ボンゴレファミリー》継承式に出席した。正確には山本は、仲間の術士による幻覚での参加だった。

 それにより、世界中のマフィアに顔を知られるようになってしまったため、恐らく目の前にいる彼女もそれ経由で情報を得ているのだろうと判断する。

 

「アンタは俺のこと結構知ってるみたいだけど、俺はアンタのことは全く知らねぇ。せめて名前ぐらい教えてくれねぇかな?」

 

 山本の問いに女性は――"む、これは失礼……"とコホンと咳払いをし、自分の正体を隠すことなく明かす。

 

 

「――結社《身喰らう蛇》《使徒》第Ⅶ柱が麾下、《鉄機隊》筆頭隊士―――《神速》のデュバリィと申します。以後、お見知りおきを願いますわ」

 

 素直に自己紹介してくれたことに"律儀なのなー"と表面上呑気そうに答える山本。しかし――《身喰らう蛇》、《鉄機隊》と、自分にとって知らない単語ばかりで彼女の正体が掴めないことに少しばかり頭を悩ませる。

 普通ならマフィアかその関係者と疑うのだが、山本はその考えを一蹴する。何故なら――

 

「ボンゴレに敵対するどっかのマフィア……って思いたいけど、なんつうかなー……アンタそれに全然似合わねーのな」

 

 そう、一目見て山本は彼女を――――純粋で真っ直ぐだと感じた。勿論悪い意味ではなく良い意味でだ。

 先ほどの名乗りといい、濁りが全く見られない澄んでいる瞳といい、初対面であるにも関わらず山本は彼女をそう評した。少なくとも、彼女が裏の世界の住人だと思えないほどに。

 

「……なんか馬鹿にされてる気がしやがりますが―――私をマフィア風情と一緒にしないだけ良しとしましょう。……さて―――」

 

 軽い雑談は終わりだと言わんばかりに、彼女はいつの間にか左手に盾を、右手に大振りの騎士剣を携えていた。

 

 彼女が武器を持った瞬間、この場の空気が一変する。

 

「私達の任務は、貴方方ボンゴレ10代目《守護者》をボンゴレⅩ世(デーチモ)に近づけさせず、足止めすること。現在私の他の隊員の三人(・・)が、貴方のお仲間の守護者三人を相手しているところ。もし貴方が何もしないのなら、私も何もしませんわ」

 

「……その言い方からすると、ツナに用があるみたいだな」

 

「ツナ? あぁ、沢田綱吉のことですね。えぇ、私達が用があるのは彼だけですので」

 

 デュバリィの返答に"そうか"と呟き、山本は躊躇うことなくデュバリィと相対するように時雨金時を構える。

 

「………分かってはいましたが、大人しくする気はないようですわね」

 

「そりゃ当然だろ。ツナの名前が出てあいつに何かしようとしている以上、戦り合う理由としては充分だ」

 

「……大した忠誠心ですこと。ボンゴレⅩ世(デーチモ)はよほど《守護者》に愛されているようですわね」

 

「忠誠? はは、確かにそれも少しはあるぜ。ツナが本当にボンゴレ10代目になるっていうなら、俺は勿論祝福するし、ツナの《守護者》としてイタリアに渡る覚悟はとっくにできてるし、ツナ以外に仕えるつもりは全くねぇ。だけどそれ以上に―――」

 

 

 

「――俺にとってツナは大切な友達(ダチ)だ。友達(ダチ)を助けるのに、理由なんていらねぇだろ?」

 

 そう、それが山本の行動原理。

 勿論"剣士"として強者と戦いたい武人としての心があるのも否定しない。しかしいつ何どきも彼が戦うのは友達のためである。

 山本はボスである綱吉同様、友を大切に想っている。友が困っているのなら力になる。友が危機が迫れば助けにいく。そんな言葉だけなら簡単に見えて、自己保身のせいで実際に行えない者が少なからずいるその行為を、山本はなんの躊躇いもなく行動に移せるのだ―――――例えそれが、殺伐とした戦場であろうと、決して。

 

「友として……ですか。その気持ちは分からなくはありませんが、私も譲るつもりはありませんわ。これは我が偉大なるマスターより受け賜わった任務。あの方の顔に泥を塗らせないためにも―――絶対に遂行してみせやがるですわ!!」

 

 山本の決意と覚悟、それが嘘偽りないことを改めて(・・・)理解した瞬間、デュバリィの体から闘気が溢れだす。

 

 目の前で相対する山本は自身を襲う闘気、それに込められた殺気と剣気。一般兵士なら容易く意識を刈り取れる程の気を正面から浴びたにも関わらず、山本は悪寒よりもゾクゾクとする高揚感が奔る。

 自分が知る最高位に位置する剣士であるスクアーロ、幻騎士には劣るだろうが、彼女の実力が彼らに迫るほどの剣士であることを認知する。

 少なくとも、自分が本気を出さざるをえない程に。

 

 もはや会話は不要。

 互いが敵同士であり戦士。互いに譲れないものがある限り、戦闘はもはや不可避。

 

 お互いに自身の得物である日本刀と騎士剣を構える。お互いが強者であることは百も承知、ならば最初から加減は不要。ただ全力で押し通るのみ!

 

 

 

 

 

「――《鉄機隊》"筆頭"隊士――《神速》のデュバリィ」

 

「――ボンゴレ10代目"雨"の《守護者》――山本武」

 

 

 

「「――――参る!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが……本来の貴方の姿ね」

 

 目の前にそびえ立つ少年にむけ、ローブの女性はそう呟く。

 

 先ほどまで"一般人"と変わらない雰囲気を纏っていた少年ではなく、歴戦の猛者を言わしめん程の"戦士"としての雰囲気を纏わせている少年にだ。

 通常から(ハイパー)化したことで気持ちは切り変わっており、今の綱吉は初対面の者ならば目を疑う姿だ。

 

 額に灯る濁りや汚れがない綺麗な澄んだ橙色の炎、全てを見透かすような橙色の瞳。そして両手には、今なおも橙色の炎が燃え続けている手の甲にボンゴレの紋章が宿る鋼鉄のグローブ。

 決定的なのは空間を支配し、弱者を戦わせることなく膝をつかせ、歴戦の猛者ですら一瞬動きを止めてしまう程の圧倒的な威圧感と覇気。

 

 

 この姿こそ、裏世界の頂点に君臨するイタリアマフィア《ボンゴレファミリー》、10代目ボスである――――沢田綱吉である。

 

 

 リング争奪戦、未来戦、10代目ファミリー同士の抗争戦、虹の赤子の代理戦――――そして地獄の番人達との戦い――――数々の経験を糧にしたからこそ、今の綱吉がある。

 

 

 

 しかし、そんな綱吉を前にしても、ローブの女性は微動だにしていない。むしろ想定通りと言わんばかりに薄く笑みを浮かべる。

 

「《道化師》の報告、そしてあの方(・・・)の言葉通り、相当な実力者ね。私が挨拶変わりに放った炎の爆撃も(・・・・・)片手で造作もなく防ぐくらいだもん(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「…………」

 

「実力は紛うことなき"達人級"。《理》に至った武人とも張り合えるんじゃないかしら? そしてそれでもなお発展途上で完成系じゃない(・・・・・・・・・・・・)。ふふ、あっち(・・・)に劣らずここも(・・・)充分な人外魔境ね」

 

「お前は――――」

 

「――――うん?」

 

「一体なにが目的で俺を襲う? 俺たちが戦う理由があるのか?」

 

「……戦いたくないのなら、素直に私の言うことを聞いてもらえると嬉しいんだけど」

 

 もし彼女が戦いを仕掛けることなく善意で会っていたのなら、その可能性もあったかもしれない。

 しかし、先ほどの力づくの行為といい、死ぬ気の炎の使い手といい―――――なによりも自身を幾度も救ってきた"超直観"から感じ取れてしまうのだ。

 

 自分に向けられる殺気に混じる――――大きすぎる悪意を。

 

 かつて自分を亡き者とし、己の大きな理想を果たさんとした六道骸、XANXUS、白蘭、D(デイモン)・スペード―――下手をすれば彼らをも超えかねない、幾多の戦闘や腹の探り合いで耐性ができてきた綱吉ですら―――思わず悪寒が奔ってしまうほどの。

 

 何故自分にここまでの悪意を向けるのか。

 己が描く身勝手な理想のためか、それともかつての《シモンファミリー》のようにボンゴレが引き起こした業によって、癒えぬ傷を負わせボンゴレの血が流れる者への憎しみか。

 

 理由は分からないが、彼女の悪意が自分に向けられるのなら、もはや無関係ではいられない。

 故に綱吉の答えは―――――

 

 

「――断る」

 

「……そ。なら実力行使もやむなしね」

 

 "もうこれ以上話すことはない"と言わんばかりに、ローブの女性はローブから―――何度も使いこまれた自身の身の丈を超える朱色の六尺棒を取り出す。

 そして自身の漆黒の"死ぬ気の炎"を纏わせることで、六尺棒は漆黒に染まり、軽く手首で棒を回転させることで炎が混じった軽い旋風が舞う。

 

 

 

 そしてそれを合図にしたかのように、二人は足を解き放ち―――互いの得物と炎を激突させる。

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。

お気づきのかたもいらっしゃると思いますが、この作品は他作品である『英雄伝説 天の軌跡』の要素が入っています。作者である十三さんの許可はいただいているので、よろしくお願いします。

タグでも分かる通り、主人公の一人である綱吉は強さは高いですが、最強ではないのでご注意くださいませ!

最初からガチバトル!! ボンゴレ《守護者》には《鉄機隊》。綱吉にはオリキャラ。オリキャラについては追々明らかになるのでご了承を。ちなみに言っておきますが、今は棒を武器としていますが―――このオリキャラはエステルやカシウス、ダンとは全く無関係ですので。

それではまた次回、お会いしましょう!! あ、でも現在社会人で忙しいために遅れてしまうかもしれないので、すいません。


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マフィアと騎士

なんとか投稿できました。ただ次は今回のように早く投稿できないと思いますのですみません。

久しぶりの戦闘シーンの描写なので、正直上手くできたか超不安です。


では、どうぞ!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――果てろぉっ!!」

 

「――――はぁぁっ!!」

 

 体中にダイナマイトを帯びたベルトを巻いた少年―――獄寺隼人は大地を。

 弓を持ち甲冑を纏った薄紫色の長い髪をした美女は木々を。

 

 二人は足を止めることなく高速で移動していく――――ダイナマイト、弓矢という敵の命を問答無用で奪う凶器を敵対者に放ちながら。

 

 二人は攻撃を行うと同じに高速で移動、または空中で飛び上がっている。足を止めることなく、しかも常に標的が動き回っている状態で正確に二人は敵に向け遠距離攻撃を行っている。それも、第三者が観ればタイムラグが全く感じさせない程に連続でだ。

 しかしダイナマイトと矢は敵に届くことなく、空中で互いにぶつかり合ったことでダイナマイトは女性に届くことなく爆発し、矢は粉々となり地面にちらばる。

  

 すでにこの光景は五分間繰り返されており、埒が明かないと思ったのか、それとも小休止として丁度いいと思ったのか、互いに攻撃の手をと足を止め、ここで今初めて冷静に互いの容姿へと視線を向け見定める。

 

 

「ふふ。油断してるつもりは全くないのだけど、私が今だ一撃も与えられていないなんてね。先ほどの対応の良さといい――――貴方、本当に14歳?」

 

「けっ、それはこっちの台詞だ。10代目の右腕であり"嵐"の《守護者》であるこの俺が、今だ攻めきれることなく途中で落とされちまう。テメぇ……どこのファミリーのモンだ?」

 

 ギロリ!と殺気を込め女性を睨みつける獄寺。常人であれば震えあがってしまうその視線を受けながらも、しかし女性は気に留めることなく自身の名を名乗り上げる。

 

 

「――《鉄機隊》所属、《魔弓》のエンネア。《使徒》第Ⅶ柱より見出されし"戦乙女(ヴァルキュリア)"が一人」

 

「《鉄機隊》に"戦乙女(ヴァルキュリア)"か。その甲冑といい、どうやら随分な騎士かぶれのようだな」

 

 口ではそう言うが、彼女をそんな言葉で片付けられないことを、彼女と相対した瞬間から獄寺は理解している。だから挑発として口に出したのだが、分かっているのかエンネアは"うふふ"と妖艶に微笑みながら流している。

 

「さて、私は名乗ったのだから貴方も名乗るのが礼儀ではなくて?―――――と、いつもならそう言うのだけど、私は貴方のことを知っているわよ。代々ボンゴレ《守護者》の中でも嵐のような荒々しい攻めを得意とする10代目"嵐"の《守護者》にして―――ボンゴレⅩ世(デーチモ)自称右腕(・・・・)の獄寺隼人君?」

 

「――んなっ!?」

 

 "誰が自称じゃゴラー!!"と怒鳴ろうとするところを寸で押し留める獄寺。

 常日頃から自分は沸点が低すぎるとリボーンに指摘されており、獄寺自身もそれを自覚していたのか、それを直そうと努力はしていた。その成果もあって、今回はなんとか堪えることができた……ギリギリだけど。

 数々の修羅場を乗り越えマフィアとしても"戦士"としても成長した獄寺であるが、今だそれは未熟である。

 

 そんな獄寺を『あら可愛い♡』とエンネアはクスクスと笑みをこぼし、そんな彼女の様子に挑発仕返されたことに気づき、羞恥心がありながらもコホンと咳払いをし場を無理やりリセットさせる。

 

「……テメぇの目的はなんだ? なぜ俺達を襲う?」

 

「あら、わざわざそんな事聞かなくても貴方はとっくに理解しているはずよ。ボンゴレⅩ世(デーチモ)―――沢田綱吉君の元へ集おうとした貴方達を足止めしている時点で、私たちの目的は一目瞭然でしょ?」

 

「やはり狙いは10代目か……っ!」

 

「えぇ、その通りよ。綱吉君が心配なのは分かるけど、今は自分の身の心配をしたほうがいいわよ。私を倒しでもしない限り、貴方がこの先を進むことはできないわ。ふふ……でも貴方にそれができるのかしらね」

 

 エンネアの挑発気味の笑みに、獄寺は内心舌打ちする。

 先ほどまでの激闘、第三者から見れば互いの実力は互角だと口にするだろう。しかし、一見互角み見えるが獄寺は相手との差を痛感せざるをえなかったのだ。

 

 ダイナマイト―――当たれば破壊力は絶大だが、ダイナマイトには機動性が全くなく、速さも銃と比べるまでもなく遅く、敵を捕まえることは難しかった。。

 しかしリング争奪戦で、家庭教師である《三又矛(トライデント)》シャマルの助言によって、仕込んだ推進用火薬の噴射で機動力を得た『ロケットボム』。

 

 そして"嵐"の《ボンゴレリング》と嵐猫(ガット・テンペスタ)の《アニマルリング》を融合した"嵐"のVG(ボンゴレギア)―――《嵐のバングルVer.X》。それにより獄寺のダイナマイトは威力の向上に加え、速度も亜音速並に速さも上がっている。なによりも高い演算能力を必要とするが、敵に当たるまで追尾する追走機能が備わった。

 それを満遍なく十全に使いこなせるのは―――武器を理解し、それ行使する高い身体能力と頭脳を持ち、幾多の修羅場を乗り越えた獄寺の力があってこそだからだ。

 

 だがそれでも、兵器の性能に頼っている――――この戦闘ではそれを思わざるをえないのだ。

 

 なにせこのエンネアという弓士は―――一度に十数の複数の矢による同時射撃、タイムラグを感じさせないガトリング砲を思わせる連続射撃、足を止めることなく正確に標的を仕留めんとする射撃――――それを武器の性能に頼らず己の弓術だけ(・・・・・・・・・・・・・・・)でそんな芸当をやってのけているのだ。

 弓は矢筒から矢を取り出し、弓を引き絞り矢を放つという過程は存在しない――――そんな、普通なら有り得ないと言える現象を体現できる領域に至った者だけができる武技だ。

 

 ダイナマイトによる同時攻撃と連続攻撃なら獄寺も自身の腕だけで可能だ。しかし、ダイナマイト―――更に銃と弓で難易度が高いのはどちらかだと聞かれれば、当然弓だ。自身も武器の一つに弓を所持しているが、甲冑の女性のような武技を実践することはできないだろう。

 

 ゆえに獄寺は理解する。相対する女性は―――自分よりも武人としての実力が上であることを。

 

 しかし、獄寺は悔しく思えど悲観することは決してない。確かに自分は山本や了平、雲雀のような規格外の武人としての力量はない。

 だが、それ一つだけで決まるほど殺し合いは甘くなどない。

 

 及ばないというのなら、他で補い、自身だけの利点を利用し、敵を圧倒するまでのこと!

 その程度も出来ず無様を晒すようならばボンゴレ《守護者》を――――ボンゴレ10代目の右腕を名乗るなど笑止千万!

 

 

「……図にのるなよ。確かに武技に関してはテメぇに及ばねぇ。だがな、相手が誰でだろうとボンゴレの―――10代目の敵を相手に引く選択肢なんてねーんだよ!!」

 

「……それで貴方が、死ぬとしても?」

 

「勘違いしてんじゃーぞ、死ぬ気なんて更々ねぇ。そんなことすれば10代目が悲しませてしまうのは明白だ。10代目が、俺の目指す《ボンゴレ》は――――――ボスとファミリー共に笑い合い、共に生き抜くことだ!! そのためにも、あらゆる手を尽くしてお前に勝つ!! 俺達ファミリーを――――ボンゴレなめてんじゃねーぞ!!」

  

 瞬間、SISTEMA C.A.Iの防御輪が獄寺の周囲に展開され、ダイナマイトとは別の得物である腕固定型火炎放射器――赤炎の矢(フレイムアロー)が左腕に巻かれる。

 

 エンネアは思わず目を見開いた。新たなに武器が具現したことではない――――それぞれの武器に纏われている嵐の炎が、そして獄寺から奔っていた炎圧と密度が先ほどと比較にならないほどに上昇したことに。

 

 《死ぬ気の炎》―――――氣や闘気、魔力とも異なる生体エネルギー。例外を除けば、指輪に装備されている高密度エネルギーに変換し《死ぬ気の炎》を生成する石がなければ炎が灯ることもない。

 リングの属性と使用者の属性が合致しなければ炎が灯らないのもあるが、炎を灯す一番の条件は――――使用者の口先ではない、揺らぐことがない確固たる"覚悟"だ。

 例え武人としての強さや才覚があろうとも、"覚悟"なくしては炎が灯ることは決してない。そして炎が灯せたとしても、途中で心が揺らぎ諦めの感情が湧き出てしまい覚悟は弱まれば、炎圧は弱まりやがて消えてしまい、炎が灯せなくなってしまう。

 逆に言えば、使用者の覚悟の強さが大きくなれば、リングは応えその覚悟に見合う強度と純度の《死ぬ気の炎》を生み出し、使用者の力となる。 

 

 

 獄寺の炎圧が飛躍的に上昇したのは、彼の覚悟が紛れもない本物であるということ同義であり、彼が目指すファミリーの在り方もエンネアに勝つという宣言も本気であることの証明ともいえる。

 

「うふふ。流石はボンゴレ10代目の右腕、やはり侮れないわね……。これは想定以上に楽しめそうだわ」

 

 その光景を目の前に、高すぎる炎圧も理由の一つだが―――――事前に《死ぬ気の炎》の詳細を知っていたからこそ、獄寺に対してエンネアは好戦的に笑う。 

 彼は武人ではないが、自身の弓術に匹敵するほどの多種多様な武器の技巧と知略、そして誇りあるマスターに見出された我ら《鉄機隊》と戦うに相応しい尋常ではない覚悟と炎。

 相性との関係で必然的に彼と相対することとなったが――――彼を相手に選んだのは、間違いではなかった。

 

 

 見た目の派手さはなくとも、氣と闘気の大きさと密度を膨大に高め練り上げながら、エンネアは改めて宣戦する。

 

「――――《魔弓》のエンネア。貴方の覚悟に応え、ここから本気でいかせてもらうわよ」

 

「言ってろ。休むことのない怒濤の嵐――――《ボンゴレ》"嵐"の《守護者》の使命を拝ませてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――極限!!」

 

「―――ふっ!!」

 

 方や拳、方や戦槍斧(バルバート)

 近代兵器である戦車砲を思わせてしまう一撃一撃を互いにぶつけ合う――――それだけで大気が揺れ、大地は陥没し、二人の周囲にある木々は耐え切れず根本から吹き飛んでいく。

 

 笹川了平、そして白銀の鎧に身を包みんだ鮮やかな赤色の髪の美女による力による撃ち合いは10を超えている。

 一撃拮抗すれば強化して力を高めもう一撃、そしてまた拮抗すれば更に力を高め更にもう一撃――――ずっとそれの繰り返しである。

 

 彼らは決して力しか取り柄のない一芸バカなどではない。

 戦術は勿論、技も速度も優れ兼ね備えた一流の武人である。

 しかし互いに一番秀でるのは力であるのも事実であり、拳と得物を一度交えただけで、互いに最も得意とするの力であることを直感的に理解し、力で勝ちたいと思ってしまった。そしてその力の前に、下手な小細工は通用しないことも。

 

 そこからはもう力と力による応酬だ。

 彼らは互いに武を極め、強い者と戦いより高みへ至りたいという武人としての心を持ち合わせており、真正面から正々堂々と――――己が力をもって相手の力を打ち砕き勝利を収めたいという気持ちに噓がつけなかった。 

 

 ゆえに二人は最初から本気で撃ち合う。了平が最初からVG(ボンゴレギア)の武装で挑んでいるのがその証拠だ。

 

 

「『極限太陽(マキシマムキャノン)』!!」

 

「『地烈斬』!!」

 

 先ほどまでの撃ち合いと比べものにならない、自身が誇るそれぞれの戦技(クラフト)

 細胞と晴の《活性》によって強化された右拳、氣と闘気によって練り上げられた戦槍斧(バルバート)が再度敵に牙を向け交差する。

 

 激突により起こった奔流は周囲は木々を問わず後片もなく吹き飛び、二人が立つ地盤は揺れ、少しずつひび割れ陥没していく。そのような常人では決して起こせぬ現象を巻き起こすほどの力を振るったに関わらず、またも拮抗し互角であった。

 やがて二人は耐えきれず、互いに敵の得物を瞬時に弾くことで後方へ後退していき、体勢を立て直すと同時に敵対者に目線を合わせた。 

 

「《痩せ狼》殿に匹敵―――いや、素質なら彼を超えるかもしれない拳撃。ふふ……、其方を相手に選んだのは間違いなかったようだ」 

 

「貴様もな。久しく感じる力同士のぶつけ合い、極限に胸が躍るぞ! しかし―――」

 

 

「――――名乗りを上げずにいきなり襲ってくるとは何事だ!! いくら女とはいえ極限にプンスカだぞ!!」

 

「……それは失礼した、若き拳闘士よ。――――我が名は《剛毅》のアイネス。《鉄機隊》が"戦乙女(ヴァルキュリア)"の一人だ」

 

「ごうき??……てっき??―――――おぉ!! つまり豪気に鉄軌隊に努め鉄道を守っているのだな!! 極限に見直したぞアイネスとやら!」

 

「………話には聞いてはいたが、色々な意味で抜けているのだな、其方は……」

 

 なにをどう聞いたらそんな解釈になるのか………まあ、名前を覚えてくれただけでも良しとするか―――と思わずため息が零れてしまうアイネスである。

 

「……で、貴様は何故俺と戦っている? 貴様との戦いは確かに心躍り楽しいが、今の俺は沢田の元に向かわねばならん。そこを通してくれんか?」

 

「それはできぬ相談だ。我々の目的はボンゴレⅩ世(デーチモ)――――沢田綱吉にある。万が一其方達が彼と合流してしまえば、計画が狂いかねないからな」

 

 自身のボスであり大事な後輩である綱吉の危機を聞けば、少なからず何かしらの反応を示すと思っていたが、それを聞いたにも関わらず了平は冷静であった。

 

「……そうか。なら貴様は極限に俺の足止めか」

 

「ほう、冷静なのだな。少しばかり動揺するとばかり思ったのだが」

 

「沢田は俺が極限に認めた男だ、奴ほどの男なら大抵な困難を一人でも乗り越えられるだろう――――俺は極限に沢田を信用している。――――ま、だからと言ってあいつに何もかも背負わせるつもりはないがな!!」

 

 瞬間、"晴"のVG(ボンゴレギア)、《晴のバングルVer.X》を通して――――了平の"覚悟"に応えるかのように"晴"の炎が膨れ上がる。それも、先ほどまでアイネスと戦り合っていた時よりも膨大な。

 その炎圧は、一瞬であるが"達人級"であるアイネスが驚愕するほどに。

 

「確かに沢田は俺にとってボスであるが、あいつが後輩であり年下であるのは変わりない。10代目ファミリーの年長者として、年下のあいつらを支え導くのも極限に俺の役目だ!! そして―――――沢田を、ファミリーを襲う闇を己が拳で打ち砕き、活路を開く!! それがこの俺――――ボンゴレ"晴"の《守護者》――――笹川了平の戦いだ!! 極限に勝たせて先に進ませてもらうぞ!!」

 

 それこそが自分の在り方だ!!と、了平は覚悟が籠った誓いを迷うことなく答える。

 そんな了平の覚悟に、アイネスは隠そうともせずニィと愉しそうに笑う。

 

「ふふふ……あはは。任務中で不謹慎であるのは承知だが――――其方ような武人とこうして手合わせできることを光栄に思うぞ―――笹川了平!!」 

 

 了平に対抗するかのようにアイネスから闘気が膨大に溢れ出す―――その威圧は了平と勝るとも劣らないほどに。

 

 今回の任務がボンゴレ《守護者》の足止めであることは認識している。本来なら馬鹿正直に力に対して力をぶつけ合うのではなく、技巧と速さを利用して互いに負けることがなくても勝つことも出来ない状況を作り上げることが利口であることも。

 

 しかし、得物を交えただけで相対する少年――――笹川了平は己の武術をもって本気で戦うに相応しい武人であることを理解した。

 そして了平は正々堂々と戦い、勝ちにいこうとしている。そんな彼に対して全力を出さずに戦うのは冒涜であると感じ―――――いや、それだけではない。 

 

 彼と戦い、互いに武を競い合い、更なる高みへと昇りたい。

 この武人としての自分の(さが)に、どうしても噓をつくことなどできない!

 ゆえに彼の全力に答えるため―――自身も全力で戦うことに躊躇いはしない!

 

「―――マスターより授かった《剛毅》の名にかけ、全力で其方の前に立ちふさがらせてもらおう!!」

 

「―――面白い! ならば極限に押通るまでのこと!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――見切ってみなさいな」

 

 常人の目では決して捉えることができない高速で百もの日本刀と騎士剣の斬り合いのさなか、準備運動はここまでだと言わんばかりに栗毛の少女――――《神速》のデュバリィの速度が飛躍的に跳ね上がり、姿すらも視界に映さない《神速》の名に恥じぬ圧倒的速度をもって、山本に剣を振るった。

 

 しかし山本は、体を少し傾けることで神速の剣を難なく躱したのだ。

 決められるとは思わなかったが、まさか自分の本気の速度に反応できるとは……顔に悔しさを表しながらもデュバリィは、自身の速さをもって連続で騎士剣を振るう。

 だがそんな―――――臨界点を超えずとも武の道を極まめ至った"準達人級"、その階級に座る武人でも見極めるのが困難ともいえる剣の嵐を、山本は躱していく。

 

 『《時雨蒼燕流》、守式四の型―――五風十雨』。

 眼だけではなく、相手の呼吸に合わせて攻撃をかわす《時雨蒼炎流》の回避奥義。

 山本の並外れた反射神経と動体視力と速さ、そして数多の修羅場を渡り歩き糧とした山本だからこそ可能とした型だ。

 

「ちっ! ちょこまかちょこまかと動くんじゃねーですわ!!」

 

 攻撃が全く当たらないことの苛立ちを隠さないデュバリィだが、涼しそうな表情の山本の内心は、冷や汗が先ほどから止まらない。

 

 最初はまだ自分の速度でも反応できた。だが有り得ないことに剣を振るうたび―――彼女の速度は徐々に上がってきている(・・・・・・・・・・・・・・)のだ。

 彼女の速度はもはや自分をも上回っており、今は難なく躱してように見えて本当はギリギリもいいところだ。―――一瞬でも気を抜けば、この首が気づくことなく落とされてしまうほどに。

 

 そしてついにデュバリィの《神速》の剣を躱しきれず、右から左に斬り降ろすその斬撃を山本は、反射的に自身の刀を盾にすることで防ぎぎった。

 

 その光景にデュバリィは口角を釣り上げる。

 "もはや自分の剣を躱しきることは出来ない、大人しく斬り伏せられなさい"と、言葉にせずとも表情でそれを理解してしまうほどの分かりやすい彼女に顔に、危機的状況であるにも関わらずおかしくて山本は内心でつい笑ってしまう。

 

 あぁ、確かに今の"守備(・・)"の状態のままではそうなるかもしれない。

 だがもう彼女から3アウト以上(・・・・・・)は取らせてもらったつもりだ。いい加減ここからは――――――自分が"攻撃(・・)"だ。

 

 

「――――『《時雨蒼燕流》、守式七の型―――――繁吹き雨』!!」

 

 本来刀で水を回転するように巻き上げ敵の攻撃を防ぐ型。

 しかし、腕と剣に纏わせ練った炎によって強化された膂力をもって、力づくに剣の薙ぎ払いの回転によって鍔迫り合ってたデュバリィの剣を弾き返す。

 

「ちっ!」

 

 思わぬ力技に剣を弾かれるだけでなく、数メートルばかり後退されてしまった。

 しかし、たかが数メートルの間合いなど、自身の速さをもってして迫ればこの程度、全く問題にならない。ゆえにデュバリィは再び自身の速度で――――

 

「な――――っ!?」

 

 だが、そんな隙を敵に与えてしまうほど、山本は甘くなかった。何故なら――――

 

 

―――自身の目の前に、拳銃並の速度で迫ってくる日本刀の切っ先が、彼女の眼に映ってしまったのだから。

 

 

 

 『《時雨蒼燕流》、攻式三の型――――遣らずの雨』。

 手で持って剣を振るうのではなく、足や肘といった箇所を利用して剣を使う奇襲の型である。

 山本が行ったのは、後退していくさなかのデュバリィへ刹那に狙いを定め、自身の強化した脚力で剣を蹴り上げたのだ。

 

 剣士にとってまず考えられない奇襲、そして今だ後方に下がり続けているデュバリィは完全に意表を突かれ、気づいたときには剣の切っ先は既に目と鼻の先――――普通ならもはや回避は不可能………だが―――。

 

「っ……!」

 

 ――――彼女は飛来する刀を首を横に傾けたことで躱しきったのだ、常人では決して不可能な反射速度をもって。

 

 剣か盾で防ぐという手もあったが、どちらで防いでしまえば、差異はあれ隙が生まれてしまう。格下ならともかく、"達人級"である自分と互角に刀を振るうこの男相手に、それは悪手だと瞬時にデュバリィは理解したのだ。。

 本来なら戦いを終わらせる決めの一手にしてにおかしくないこの攻撃すらも――――次の一手を決めるための囮(・・・・・・・・・・・・)であることも。

 

 なにせ今自分の背後には――――――殺気を放つ(・・・・・)山本武が今まさに刀を振るおうとしていたのだ。

 

 

 遣らずの雨を放つと同時に自身の強化した速度をもって、意表を突かれていた自分の後ろに瞬時に回り込んでいたのだろう。最初の高速の斬り合いの姿を見る限り、彼の速度なら可能であろう。

 だが、そう何度も意表を突かれるほど自分は未熟ではない!

 

「甘いんですわよッ!!」」

 

 『剛雷剣』―――雷の魔力を帯びた剣によって周囲のなき払うデュバリィの戦技。

 雷の魔力によって切れ味が倍増し目に映ること叶わない速度によって振るわれた雷の剣は、刀を振るわせることなく――――山本を斬り裂き、彼の奇襲は失敗に終わった。

 

 だが、デュバリィの表情は驚愕に満ちていた。山本を剣で斬ったはずなのに――――人を斬った手応えが全く感じないのだから。

 そしてそれを証明するかのように山本が立っていた場所から――――川も水溜りがないにも関わらず水柱が舞い、不覚にもその水を少し浴びてしまった(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 『《時雨蒼燕流》、攻式九の型――――うつし雨』。

 水面に自らの姿を映し、敵の目を欺く型。そして雨の炎と山本自身の殺気を混ぜ合わせることで、より現実味が増した影を生み出す。

 そして濃度が高く純粋な"雨"の炎は、特徴だけでなく雨の性質である水をも発生させる。山本程の戦士が生み出す炎ならば、水場もない場所から水を生み出すことなど造作もない。そしてそれは―――魔力の形態変化属性である水よりも厄介である。

 

 

(――不覚! 山本武はどこに―――っ!)

 

 この戦いで初めて見せる―――山本が放つ鋭い本気の殺気と剣気。それが周囲を見渡すよりも早く、デュバリィは山本の姿を察知する。

 

「《時雨蒼燕流》、攻式八の型――――」

 

 だが山本の姿を一瞬視界に映した直後、もう自分の目の前に山本武が構えをとって立っていた。まるで瞬間移動したかと思える程の速さで、自身との間合いを詰めたと彼女は感じてしまった。 

 

(っ、速い!―――いや、違う。これは――――私が遅くなってる!?)

 

 

 "死ぬ気の炎"は例外を除けば、全部で7属性存在し、それぞれが異なった色と特徴を持ち合わせている。

 そして"雨"の炎の特徴は――――《鎮静》。炎や物質の強度を弱体化させ、生物が浴びれば体の感覚と動きを鈍らせ、最終的に意識を痛みもなく失わせられる。

 

 デュバリィはすでに、雨の炎によって生成された水柱(・・・・・・・・・・・・・・)を浴びてしまっている。――――微量ずつなれど、山本程の"戦士"から灯される純度の高い炎であれば、敵の動きを鈍らせることなど造作もない。

 

 現にデュバリィはその影響で、体の動きが鈍ってしまい山本の接近容易くを許してしまった。そんな彼女に山本は―――――容赦なく刀を振るう。

 

 

「―――《篠突く雨》!!」

 

 敵の懐に入り、刹那に鋭い斬撃を敵の胴に放つ八の型。

 山本は密かに勝利を確信する。完全にデュバリィの隙を突き、そして更に"雨"の炎の特徴である《沈静》で動きを少し鈍らせ、この戦いで見せた最速の速さで彼女の懐に入り刀を振るった。それこそ、今の彼女では反応できないはずだった。

 

 なのに――――――

 

 

 

「―――嘗めるな、ですわ!!」

 

「―――んなっ!?」

 

 

 なのに何故―――――彼女か突き出した盾に防がれた?

 

 

 デュバリィを含めた4人の《鉄機隊》、そしてある3人(・・・)この世界(・・・・)を訪れる前に《道化師》から、この世界の力である"死ぬ気の炎"の力と性質、そして《ボンゴレファミリー》を始めとするこの強者の大まかな詳細が書かれた報告書を渡されており、面倒くさがりなある一人を除いた6人はそれに目を通していた。

 それでデュバリィは、山本武が《時雨蒼燕流》という剣の流派であること、そして《鎮静》という特徴を生み出す"雨"の属性を有していることを知った。

 

 だからこそデュバリィは体の鈍りが、"雨"の炎による《鎮静》であることを瞬時に気づき、そして頭よりも体が早くほぼ無意識に、自身の体全体を氣と闘気を瞬間的に大きく練り上げ、自身の体内に入り込んだ雨の炎()を打ち消したのだ。

 そして刹那、己の常人離れした反射速度をもって盾を利用し、山本の篠突く雨を防ぎぎったのだ。

 修練を積み、長く戦場を渡り歩き培ってきた彼女だからこそ可能とした、自身の身を守る防衛本能であった。

 

 とはいえ流石に斬撃威力まで受け止めきれず、デュバリィは上空へ突き上げられてしまう。

 しかし彼女も負けていなかった。突き上げられながらも自身の戦技(クラフト)、『瞬迅剣』――――剣を振るい高速な斬撃を飛ばす戦技(クラフト)を即座に繰り出し、攻撃を終えたその一瞬の隙を生んでしまった山本を襲う。

 

「―――つっ!」

 

 一瞬呆然としてしまたために反応が少しばかり遅れてしまい、体を横に投げ飛ばすことで斬撃を間一髪で回避したが、斬撃の余波が山本の頬に切り傷を与え、血筋が頬をつたう。

 その血を腕で拭いながら山本は立ち上がり、上空に突き飛ばされながらも身を翻し静かにデュバリィは着地し、奇しくも斬り合いの前の状態へリセットされたのであった。

 

「あはは。マジか、今のはイケたと思ったんだけどな」

 

「ふん、この程度など造作もありませんわ!!―――と言いたいところですが、敵ながら見事と言わざるをえませんわ。剣士としての力に技、速さは当然として、"達人級"と渡り合えるほどの"死ぬ気の炎"を生み出す尋常なき"覚悟"。『ボンゴレ二大剣豪』というのも、身に余る僭称じゃなさそうですわね」

 

 悔しさはある。至高なる主に見出され、血を滲むような修練と戦いを積み、遂に武人の臨界点を超えた"達人級"の階級に至った武人へと成長した。

 そんな自分と―――――生まれた世界や環境、武器の違いなどあれど、6つほど年が離れた少年が互角以上に渡り合えている。

 戦いの世界に若さも老いも関係ないことも、報告書から山本武が『生まれながらの殺し屋』と称さるほどの天賦の才を持ち合わせていることも百も承知だったが――――それでも彼よりも長く生きてきた年上として、悔しさ妬ましさもある。

 

 しかし、ここまでの実力に至ったのは紛れもない彼自身が培った力。それを否定するほど落ちぶれなどいない。

 ゆえに噓偽りなく―――元々噓をつけない人間ではあるデュバリィは敵である山本を称賛する。

 もっともこの光景を《鉄機隊》の同僚達が目撃していれば『あのデュバリィが素直に相手を称賛する……だと!?』と驚いてしまうだろうが。

 

「そういうアンタこそ、《神速》の異名は伊達じゃねえのな。剣の技量は勿論だが、速度と剣速に反射速度―――どれも常軌を逸してる。速さに関しちゃ、アンタの方が上かもな」

 

 そして山本も、本心からデュバリィを称賛する。

 一歩踏み込めば敵との間合いを安易に迫れる足の速度、目で追うことが叶わぬ剣を振るう剣速、そして脳から体へ指示を出す常人を超えた反射速度。―――そのどれもが他の武人と一線を画す、まさに彼女が《神速》を名乗るに相応しい圧倒的な速さである。

 

 自身が認める最強剣士であるスクアーロは現在イタリア、幻騎士は自身らが10年後の世界から帰還した直後から行方不明となっていた。

 更に虹の代理戦争から今日まで大規模な戦いは起こらず平和な日常をおくり、勿論剣の鍛錬を怠ってなどいなかったが、強者との―――それも剣士との戦闘は本当に久しぶりだった。だから少し嬉しさがあるのも否定できない。

 なによりデュバリィと剣を交えると、楽しさと同時に心地よさを感じるのだ。

 本音を言えばこんな殺し合いなのではなく、彼女とはただ純粋に剣との手合わせをしたかった。

 

 だが今はボスであり、友である綱吉に危機が迫っている。なんとしても彼女を下し綱吉の元へ向かうことに気持ちを切り替える。

 ゆえにこの状況を打破するために、山本は手札を新たに一枚きることに躊躇いはない。  

 

 

「―――次郎、小刀3本。そして小次郎、形態変化(カンビオ・フォルマ)―――モードⅠ世(プリーモ)!!」

 

「っ!」

 

 自身の匣兵器である雨燕(ローンディネ・ディ・ピオッジャ)の小次郎、雨犬(カーネ・ディ・ピオッジャ)の次郎を《雨のネックレスVer.X》から呼び出す。

 そして次郎からは小刀3本を受け取り、小次郎は時雨金時と融合し形態変化することで日本刀の長身を超える長刀となる。

 瞬間、山本から奔る炎圧が周囲を圧倒するほど段違いに跳ね上がり、デュバリィも一瞬とはいえたじろいでしまった。

 

 

 これこそは、世紀無双の剣士と言われ、全てを洗うい流す恵みの村雨と謳われた――――初代ボンゴレ"雨"の《守護者》―――朝利雨月の変則四刀。

 

 匣アニマルが武器へと形態変化する――――10年後の沢田綱吉と入江正一が独自に創り上げた匣兵器。それも、ボンゴレ創始者達にして今だ歴代最強と謳われている初代《ボンゴレファミリー》が得物としていた武器そのもの。

 今は《ボンゴレリング》から《VG(ボンゴレギア)》へと姿形は変わったが、初代の武器の形態変化の性能は失ってなどいない。

 

 剣の技量は互角、膂力は恐らく自分が上だが、速さに関しては悔しいが今の自分では及ばない。ゆえに初代の武器である小刀3本による炎圧の推進力を利用して、彼女の速さに対抗し―――――勝利を掴むまで。

 

 

「四刀流とは――――生意気な」 

 

「アンタ相手に出し惜しみはしていられないからな。ツナのもとに一刻も早く向かうためにも――――ここからはガチで行かせてもらうぜ」 

 

 ここからが本番だと言わんばかりの山本にデュバリィは生意気だと感じながらも、僅かに笑みを浮かべる。

 そして山本の初代の武器に対抗するかのように『星洸陣』―――――戦技(クラフト)で己の身体能力を極限に高める。

 本来《鉄機隊》隊士4人で行こう戦技(クラフト)で、一人で行う『星洸陣』よりも遥かに身体能力が高められるが――――目の前の生意気な年下であるが、自身が密かに認めた剣士を相手にするは充分だ。

 

 

「―――上等。ボンゴレ匣でもVG(ボンゴレギア)でも好きに使いなさいな。それを用いてもなお届かぬこの《神速》の剣―――――とくと味わいやがれですわ!!」

 

 

 デュバリィの言葉を合図に―――――二人の剣士の超高速バトルの新たな幕が上がった。

 




感想があると嬉しいです!! それではまた次回でお会いしましょう!!


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焔を司りし人外

 お久しぶりです! 長らくお待たせして申し訳ありませんでした!

 この一か月仕事がマジで忙しかった……会社の先輩が辞めるということでの引継ぎ作業や病気で休んだ人達の分の仕事とか後輩の仕事ミスのカバーとか――――本当に疲れました、はい。

 さて、今回の話は多分皆様が予想されていたであろう、あの面倒くさがりでありながら実力が次元違いの彼の登場です!

 では、どうぞ!!


 

 

 

 

 

 

 

 

 10代目《シモンファミリー》のボス、古里炎真。

  

 綱吉の家庭教師にして、元"晴"の《アルコバレーノ》リボーン。

 

 

 方や"大空"の7属性と対をなす、"大地"の7属性の"大地"の炎を有し、戦闘技術はともかく炎の炎圧だけを見ればこの世界で最上位の力を秘めた、14歳にしてマフィア《シモンファミリー》のボスの座につく戦士。

 方や地球上で最強と言われた《選ばれし7人(イ・プレシェル・ティ・セッテ)》の一人にして、《最強の殺し屋》の異名で畏怖されるほどの最高位の殺しの腕をもち、(トゥリニセッテ)の一角である《アルコバレーノのおしゃぶり》をその命尽きるまで守り続けなければならなかった元《呪われた赤ん坊(アルコバレーノ)》の一人。       

 見た目は喧嘩を一度もしたことがないように見える気弱な少年で、二頭身程度の身長しかなく顔も酷く幼く見える赤ん坊だが、彼らの容姿だけで判断し侮れば色々な意味で必ず後悔する。

 彼らを知る者、または力の詳細を認知していれば、1vs1(サシ)は勿論、2人まとめて喧嘩を売るような真似は自殺行為に等しいと誰もが口にするだろう。

 

 

 しかし、現在そんな二人の前に一人の男が立ち塞がっている。

 

 ただの有象無象な格下が相手なら労することなく撃破し、謎の炎を感じた綱吉がいるであろう並盛山へ向かっていただろう。だが、その男はそれに分類されない、いや―――― 

 ―――炎真は勿論、《最強の殺し屋》や《アルコバレーノ》として数多の人種を目にし推し量ってきたリボーンの眼をもってしても――――この男の底が見えないのだ。

 

 

 

「―――つくづく俺はツイてやがる。この世界(・・・・)に来たこともそうだが、いきなり当たりと遭遇するとはな」

 

 燃え上がる炎の様な色の真紅のコートを羽織った、毛先だけが赤色に染まった特徴的な浅葱色の髪の男。ハーフフレームの眼鏡から覗く瞳はどこか愉しげで、その瞳はこの場にいるリボーンと古里炎真をしっかり見据えている。

 

「赤髪の小僧―――お前強いな。内に秘める力もとんでもねぇが、まだ完成形じゃないってのがよりそそられる。そして―――」

 

 炎真への値踏みを終え、視線をリボーンへと移し替える。

 そして男は、普通なら絶対に知りようがない事柄を躊躇いもなく口にした。

 

「―――《アルコバレーノ》……だったか? なんかの呪いのせいで、大人から赤ん坊に若返ったってカンパネルラから聞いてはいたが、お前さんを見る限りどうやらマジらしいな」 

 

「っ!?」

 

「弱体化してるとはいえ、お前さんも強いな。本音を言えば呪いにかかる前のお前さんとも戦ってみたかったが……赤髪の小僧もいることだし、今回はそれで腹を満たすとするか」

 

「……てめぇ、一体何者だ?」

 

 瞬間、浅葱色の髪の男へ向けリボーンから人を射殺すかのような高密度の殺気が襲う。

 戦いと縁がない一般人なら問答無用で命を奪い、凡庸な才レベルの"上級"の武人なら意識を刈り取り、"準達人級"の武人ですら恐怖心を埋め込み動きを停止させる。

 幼児化したことにより戦闘力が弱体化しても、《アルコバレーノ》―――特に《世界最強の殺し屋》の異名を持つリボーンの強さは尋常ではないのだ。

 

 自分に向けられていないにも関わらず、炎真は恐怖心から冷や汗が流れてしまう。

 だが、男はリボーンの殺気を真正面から浴びているにも関わらず、恐怖心は全く感じることはなく、反対に分かりやすい程の歓喜の感情を顕わしている。

 そして、男は自身の正体を隠すこともなく告げる。

 

 

 

「――――俺はマクバーン。結社《身喰らう蛇》の《執行者》の一人―――《劫炎》とも呼ばれている」

 

「そんな組織、表は勿論――裏世界でも聞いたことがないよ。リボーン……」

 

「あぁ、俺も聞いたことがねぇ、だが奴の様子をみる限り噓を言ってるようにも見えない。どうなってやがる……」

 

「そんなに難しく悩んでも無駄だぜ。お前さんらの世界の知識と常識じゃ、俺らの存在を認知することは出来ねぇ………まあ、それも時間の問題かと思うがな」

 

 

 

 

 

「さて………お喋りはここまででいいよなぁ…?」

 

 刹那、マクバーンから凄まじい殺気――――そして熱気が炎真とリボーンを包み込む。

 常人ならその殺気に意識を保てず、熱気によって呼吸困難にもなる程の凄まじい気当たりだが、二人が憶する程度の密度ではない。

 そして、マクバーンから常人でも視認できるほどの、得体の知れない赤黒いなにかが(・・・)漏れ出していく。その正体を真っ先に感づいたこともあり、炎真もリボーンも度合いは違えど目を疑った。

 

「し、死ぬ気の炎……――――じゃない!?」

 

「あぁ。生体エネルギーから変換させる炎ではなく、あらゆる物を焼き尽くす紛れもない本物の炎だ。しかも見る限り、下手すりゃ"死ぬ気の炎"よりもタチが悪いかもな。マクバーンとか言ったか? てめぇ、"異能"の能力者か?」

 

 異能――――どれだけの血の滲むような修練を重ねようと、武人として天賦の才があろうと決して習得することが叶わず、過程やプロセスを必要としない現象を容易く引き起こす――――個人個人がこの世に生まれながら、ごく稀に持ち合わせる能力のことを意味する。

 

 裏世界では少なからずその"異能"の能力者が存在しており、リボーン自身それらと幾度も出会い相対しており、マクバーンを名乗るこの男が異能者であることに驚きはそこまでない。

 しかし、目の前の男の"異能"の力はあまりにも強大で得たいが知れず、自分が今まで遭遇してきた異能者とは一線を画す存在であることが否が応にも理解させられてしまう。

 

「ククク、一目見ただけでそこまで見抜くか。確かにお前さんの言う通り、俺の焔は駆動も詠唱も必要とせず、古代遺物(アーティファクト)にも聖痕(スティグマ)にも分類されない、ただ念じるだけで焔を生み出せる。――――"異能"というのは間違いじゃねぇ。ま、内容は異なっちまうが――――なあ、もう話は止めていい加減戦り合おうぜ? さっき心地良い殺気を浴びてから体の疼きが治まらないんだよ」

 

 聞きたいことは山ほどあるが、言葉通りマクバーンは最早聞く耳を持たないだろう。

 そして並盛山から謎の炎の気配を察知し、並盛山にいる綱吉の元に向かおうとした矢先に邪魔するかのように立ちふさがったタイミングといい、この男の目的が自分達の足止めであるのは明白。

 ならば――――

 

「……貴方が一体何者なのか、一体なんの目的を抱えているかは分からない。だけど、僕たちの行く手を阻むと言うなら―――――ここで倒させてもらう!!」

 

 炎真の雰囲気が変わる。

 額より角のような朱色の炎が灯り、両腕には鋼鉄の籠手が具現する。そして刹那、炎真を中心に周囲を圧倒するほどの炎圧と覇気が奔り、余波によって大気を震わす。

 古里炎真―――今だ未熟な面はあれど、その強さは裏世界でも一目置かれており、綱吉や白蘭を始めとした圧倒的強者達に匹敵するほどの実力者。友のもとへ一刻も早く向かうため、炎真は己の力を振るうことに躊躇いはしない。

 

 対照的にリボーンからは覇気も殺気も奔らせることもなく動きを見せないが、その瞳はマクバーンを離さず捉えており、何をしでかすか全く読むことが叶わない、悪魔の石像を思わせる得体の知れなさが嫌にも感じ取ってしまう。

 

 そんな二人に姿にマクバーンは気圧されることも気味悪さを表すこともなく、愉快そうに笑みを深める。

 

 

 

「――――そんじゃ始めるか。精々俺をアツくさせてくれよ!」

 

 開戦の合図を鳴らすかのようにマクバーンは、右手から生み出された焔を炎真とリボーンに向け容赦なく投擲する。

 本人にとって加減して力は抑えているようだが、その一撃だけで容易く人を死に至らしめる威力がある恐ろしい焔だ。

 速さもそれなりにあるが、動きは一直線。そんな単純な攻撃に二人は、それぞれ左右横に走ることで焔を難なく躱す。

 そして炎真は走行の最中で、新たに動きだそうとしていたマクバーンよりも早く――――

 

 

「―――大地の重力(グラヴィタ・デッラ・テラ)!!」

 

「―――うおっ!?」

 

 突如自分の体重が何十倍にもなったように引き寄せられ、状況が把握しきれずマクバーンは地面に押し潰れてしまう。

 

 

 "大地"の属性――――その力は森羅万象に等しく襲う《重力》を支配し行使すること。

 炎真が行ったのはマクバーンを中心に大地の炎で重力を重くさせ、地面に無理やり這いつくばらせたのだ。 

 地球上に存在する限り、生物や物質は重力には逆らうことができない。

 ゆえに敵は一歩も動けず炎真に触れることなく、常人であればこの時点で敗北するのは必然。

 

 しかし、このマクバーンを名乗る男が常人とかけ離れているのは先ほどの気当たりと"異能"の焔でもはや明白。

 だからこそ炎真は一切の加減をしていない。現にマクバーンが倒れ伏している地表は、あまりの重力の重さに陥没しており、"準達人級"以下の戦士ならば体中の骨が粉々に砕かれていても可笑しくない。だが―――――

 

 

「―――へぇ、重力を操ってるのか。その能力といい炎圧といい、中々レアな小僧だ」

 

「っ!」

 

 地面に倒れ伏していたマクバーンは重力の檻に閉じ込められているにも関わらず、その影響など関係ないかのように立ち上がった。

 一瞬目を見張った炎真だったが、自身が生み出す重力よりも上回る力で押し返していけば立ち上がることは不可能ではない。実際《ボンゴレ》と《シモン》の抗争戦では綱吉に、虹の代理戦争では《復讐者》に押し返されてしまっている。

 しかし、炎真の"死ぬ気の炎"の炎圧の高さはこの世界の戦士達の中でも最上位に入る。

 炎真の重力空間に抗えるのは綱吉や雲雀のような自身と同格以上か、リボーンを始めとした"武闘派"の元《アルコバレーノ》や《復讐者》のような格上の存在でなければ不可能だ。つまりこの男は―――――

 

 

「動くことは出来るが、この場から移動は出来そうもねぇ……凄まじい力だ。―――だが、正直ちとウザいことは否定しねぇ。だから―――燃えろ!」

 

 焔を纏った腕で一閃。

 たったそれだけの動作で、マクバーンは炎真が作り上げた重力空間を容易く消滅させた。

 

「大地の炎をかき消し――――いや、燃やした!?」

 

 炎を焔で燃やすという現象に一瞬目を開いたが、瞬時に頭を切り替える。

 遠距離から攻撃しようにも、あの焔の前では全てが燃やしつくされマクバーンに攻撃が届くことはないだろう。とすれば――――

 

 瞬間、炎真がマクバーンの視界から一瞬消えた。

 綱吉と同じ手腕の炎の噴射による推進力を利用した高速移動。戦い慣れした戦士ですら目で追うことが困難ともいえる程の速さだが、マクバーンの動体視力は高速で自身に迫る炎真をしっかり捉えていた。

  

「―――――焼き尽くせ!!」

 

 『ヘルハウンド』―――振りかぶった腕から放たれた3つの焔は獣へと形成され、高速飛行する炎真を噛み砕かんと駆け迫る。

 しかし炎真はそれに構わず方向を変えることなく進む。

 確かに焔の威力は初撃の焔よりも数段上で、触れれば人体であろうと問答無用で燃やし尽くし命を刈り取らせる程の焔だ……しかし、その程度(・・・・)の攻撃などこの世界ではすでに見飽きており、炎真が脅威を抱く程ではない。

 瞬時に右の鋼鉄の籠手にマクバーンの焔に劣らない程の密度の"大地"の炎を纏う。

 そして重力空間を破ったマクバーンを真似るかのように、強化した籠手で一閃薙ぎ払うことで炎獣達をかき消したのだ。

  

 流石のマクバーンもこの光景には驚愕したが、刹那彼の表情は歓喜に染まった。

 そして高速移動の最中に拳を振るおうとする炎真に合わせるかのように、マクバーンは掌を握り締め全力で振りかぶる。

 

 瞬間互いの拳が激突し、力と炎による余波が二人以外の全ての障害物をいとも容易く吹き飛ばした。二人の力の激突は、別の場所で現在進行形で争闘している了平とアイネスにも全く引けを取らないほどに。

 しかし、炎真とマクバーンと彼らとの力同士の衝突との相違点を上げるとすれば――――互いに力が互角ではないことだ。

 

 最初の数秒は拮抗していたが、次第に押されしまっているのだ―――――――炎真が。

 

(そんな…! 炎の推進力による高速の速さを加え、大地の炎を高密度で纏った僕の本気の一撃でも押せない!? しかも逆に押され返されるなんて!!)

 

「くっはははははははは!! まさかこの状態(・・・・)とはいえ俺の焔を防ぎきるなんてな! そして初見でこうも容易く接近を許しちまうとは、期待以上だぞ小僧!! だが―――――俺に力で挑むのはちと愚策だぜ」

 

 自分が押されていることは勿論、あることに炎真は驚きを隠せないでいる。

 

 それはマクバーンから――――死ぬ気の炎や氣といった生体エネルギーで(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)身体能力を(・・・・・)底上げ(・・・)している(・・・・)気配が全く感じられない(・・・・・・・・・・・)のだ。

 つまりこの男は強化もなにもしていない膂力だけで、"死ぬ気の炎"で強化した―――地形を破壊してしまう程の膂力で拳を振るった炎真を押し返しているのだ。

 

 有り得ない、という思いが炎真の頭の中を支配する。

 どれだけ修練を積もうが生まれつきの恵まれた体であろうが、生体エネルギーで強化しない限り、人間の素の身体能力でこの状況を作り出すことなど決してできはしない。 

 だからこそ炎真は思わずにいられない――――――本当にこの男は人間なのか?と。

 

「――――飛びな!」

 

 そして遂に力負けしてしまい、炎真は空中へ殴り飛ばされてしまった。人間とは思えないマクバーンの力に数十m以上上空へ飛ばされてしまったが、炎真とてただではやられはしない。

 

「まだだ!!」

 

 飛ばされながらも炎真は視線だけ(・・・・)で大地の炎の《重力》を発動。

 突如二人の衝突の余波で散らばった地盤の大小様々な瓦礫、木々といったあらゆる物質が"大地"の炎の影響を受け多数浮かび、まるで磁石に引き寄せられるかのようにマクバーンに向け高速に襲い掛かる。

 

 虹の代理戦争の最中までは腕を使わなければ《重力》を上手くコントロール出来なかったが、リボーンと綱吉との修行の成果もあって、今では視線と気配だけで大地の重力を操れる―――視界に映るもの全てを己の武器へと変えてしまう域に至れたのだ。

 

 

「―――甘ぇんだよ!!」

 

 360°から襲い掛かるあらゆる物質が自身に向け高速で襲い掛かかっているにも関わらず、マクバーンは危惧することなく愉しそうに己の周囲へ迫ってきた多数の全ての物質へと炎を薙ぎ払う。

 そして数秒も満たないうちに、瓦礫や木々といった全ての物質は常識的な法則など関係なく、跡形もなく燃やしつくされた。

 そして攻撃の手を休ませず、空中にいる炎真に向け焔を――――

 

 

 

「――――甘いのはてめぇだ」

 

 

 その声が耳に届いた刹那、マクバーンは抵抗する間もなく殴り飛ばされていた。

 

「―――がぁっ!?」

 

 自身が殴り飛ばされたことを認識したマクバーンは、飛ばされながらも視線を動かす。そして視た先には拳を振りかぶったリボーンの姿が。

 察するに自分はリボーンに殴られたのか………防御の備えをしていないとはいえ、自身を容易く殴り飛ばすとは……赤ん坊とは思えない身体能力に舌を巻きながらも、身を翻し体勢を整える。

 元より二人をまとめて相手するつもりだったため、リボーンの不意打ちに文句は全くない。

 しかし、ある疑念が頭に浮かぶ。

 

(気配が感じ取れなかった、だと……)

 

 炎真と激闘を繰り広げているのなかでも、マクバーンは常にリボーンをしっかり警戒していた。

 彼自身、並外れた気配察知能力を有しており、リボーンの気配は見逃すことなく感知していたし、アツくなっていても警戒を怠っているつもりはなかった。

 しかし、気が付けばリボーンの気配は消えており、察知することもできず無防備に殴られた。 

 

 今の状態(・・・・)の自分の気配察知能力から逃れる真似ができる者がいるとすれば――――現在《結社》を抜け新たな道を歩む《漆黒の牙》、《執行者》の権限を利用して《結社》から一時離れている《告死線域》という、隠形に特に長けた暗殺術を極めた暗殺者(アサシン)ぐらいだ。

 つまりこの赤ん坊は、彼らに勝るとも劣らない隠形術の持ち主だということか。

 だが、それについて思考に割く時間はなかった……

 

 何故なら、感じたのだ――――

 

 

 久しく感じなかった―――"死"に対する悪寒が。

 

 

CHAOS(チャオス)―――」

 

 身を翻し地に着地した瞬間、タイミングを計ったかのようにマクバーンの左右のそれぞれ足元の地表がえぐれ―――

 

 

「―――SHOTO(ショット)!!」

 

 ―――二つの弾丸という名の死神の鎌が地の底から襲ってきたのだ。それも、マクバーンの頸動脈を寸分狂わず正確に。

 

 

 CHAOS SHOTO(カオス ショット)―――《最強の殺し屋》のリボーンが持つ、暗殺戦技の一つ。

 予め地面に向け銃で弾丸を撃ち込み、リボーンのタイミング一つで地面下より現れ、敵対者の命を容赦なく刈り取る。

 弾丸にはリボーンが灯す高密度の炎が纏われており、鋼の強度だろうと簡単に貫通でき、速度は音速以上に加え、敵対者側から見ればいつ下から襲ってくるのか判断ができず敵の意表を容易く突けるため、"達人級"以上の強さを有していなければ"死"は免れない。

 

 本来この技は、虹の呪いがかかる前の大人の状態でなければ行使することが出来なかった。

 しかし、虹の代理戦争で『赤ん坊の状態から体が成長しない呪い』は解け、少しずつだがリボーンの肉体は成長してきている。

 その結果、現在では成長しない赤ん坊の肉体では行使出来なかった技が徐々に使えるようになってきた。といっても、大人状態での技の完成度と比べればまだまだだが。

 

 

「――――ちぃっ!!」

 

 先ほど感じ取った悪寒、そして永年生き続け修羅場を歩いてきた直感から、マクバーンは紙一重で死神の鎌を躱しきった。

 焔の壁で防御する暇もなかった――いや、あの弾丸には自分が思わず警戒してしまう程の高密度の炎を感じ取れた。仮に間に合ったとしても、今の状態の炎圧の焔であの弾丸防ぎきれる自信は珍しく湧かなかった。

 もし回避の選択を取らず、防御の選択を選んでしまった場合―――――死ぬことはない(・・・・・・・)だろうが、重傷を負っていたのは間違いないだろう。

 

 その事実を認知した途端、マクバーンからある感情があらわになる。

 

 恐怖? 否! 彼から零れるのは―――――――狂喜! 

 

「クハハハハハハハハハハハハハハハ!! 赤髪の小僧もアツくしてくれているが、お前も素晴らしいなアルコバレーノ!! 《漆黒》の小僧に《死線》の小娘にも劣らない隠形術には加え、この俺に思わず"死"を感じさせるほどの殺意と技!! しかもそれ程の強さに関わらず弱体化してるだと? クハハハハハハハハ!! 大人のお前はどれほどの規格外だ!!? 大人のお前と戦えないのがマジで悔やまれるぜ!!」

 

「……ベラベラとよく喋る奴だ。アルコバレーノの秘密を知ってるといい、詳細が全くみえねぇ《結社》といい、そのあまりにも異質の"異能"といい――――本来なら生け捕りにしてネッチョリと吐かせたいところだが………今だ本気を見せない(・・・・・・・)てめぇ相手にそんな悠長なことは言ってられねぇ、だからこそ始めから(たま)を取りにいってるからな」

 

「はっ!! それすらも見抜いていたか!! いいねぇ、それでこそアツくなれるってモンだぜ!! さあ、俺ととことん踊り狂うとしようぜアルコバレーノ!!」

 

「生憎てめぇのような戦闘狂にかまうつもりはねぇ。それよりも頭上を注意をした方がいいぞ。今日は隕石が降ってくる(・・・・・・・・)かもしれねーからな」

 

「あん?………――――っ!!」

 

 突如、上空からこの戦闘で初めて感じる巨大な炎圧を感じ取る――――それも、マクバーンが一瞬とはいえ気圧されてしまう程膨大な。

 

 

 その巨大な炎圧を目で追うとそこには―――――ただ上空にいるだけで雲と大気が割れ、誰もが思わず見上げ畏怖してしまうほどの存在感を示す、膨大な大地の炎を全身に纏わせる炎真の姿が。

 

 

「―――俺にここまでさせたんだ、とっととやっちまえ炎真」

 

 今炎真が放とうとしている大技は、綱吉の大技の一つである『X(イクス) BURNER(バーナー)』と同等以上の技を作り上げるぞ!というリボーンの指導と炎真の閃きと修練によってつい最近完成した技である。

 

 体内をを"大地"の炎による重力コーティングによって常人を遥かに上回る骨格と身体能力を形成し、体全体を最大炎圧の"大地"の炎で纏い破壊力を倍増させる。

 そのあまりにも規格外に強化された肉体を、籠手の炎の噴射による推進力と自身に"大地"の重力を付加させた超高速で敵に目掛けて一直線に衝突させる――――一見単純にそうに聞こえるが、速さも常人では見切れることは叶わず、破壊力は下手をすれば――――綱吉のX(イクス) BURNER(バーナー)を超えているかもしれないのだ。

 

 一度、人一人誰もいない廃墟地で技の試し打ちをした結果――――廃墟の建物は全て跡形もなく吹き飛び粉々となり、地面はまるで隕石に衝突したかのような(・・・・・・・・・・・)巨大クレーターが出来上がってしまったのだ……。

 その後、一部とはいえ並盛の地を破壊したことで並盛の町を愛する雲雀恭弥の逆鱗にふれ、炎真と修行に付き合った綱吉はしばらく雲雀との死と隣り合わせの恐怖の鬼ごっこを繰り広げていたのは余談だ。

 

 ただし、『X(イクス) BURNER(バーナー)』を習得し行使し始めてきた綱吉同様、最大炎圧(・・・・)での技を放出に十数秒ばかりの時間が必要だ。勿論デメリットがあるだけに威力は絶大だが、自身と実力が同等以上の相手に対してどうしても隙を生んでしまう。技を放つまでの時間の短縮は、それこそ更なる修練と戦闘、技を行使する慣れが必要だ。

 ゆえに、マクバーンをこの場で仕留めるため、リボーンは今回だけ炎真の大技を放出する時間を稼いだのだ。もっともリボーンの時間稼ぎは、常人であればそれだけで勝敗が決してしまうのだが………

 

 

 

 そんな異常な光景に、マクバーンは喜びを隠そうとしない。

 リボーンの言葉通り膨大な炎を纏う炎真の姿は、まさに人間が恐れる自然災害である隕石に匹敵しかねないほど。

 炎真の目は敵対者であるマクバーンをしっかり捉えている。―――人の身で受けてたつには無謀すぎるといえる、巨大なエネルギー体を己一人に衝突させんがために……

 

 瞬間、炎真の大技に対抗するかのようにマクバーンが纏う焔の炎圧が段違いに上昇。

 そして右の掌からこの戦いで見せる最大高温の火球が生成され、やがて人を容易く飲み込むほどの大きさへと膨れ上がる。

 

 あぁ……どこまで自分をアツくさせてくれるつもりだこの連中は。ゼムリアと同じで、ここも途轍もなく愉しい世界だ。

 ならばこれが最後の試しだ(・・・・・)

 本来なら試しなど必要なく、この二人の強さを考えれば最初から"本気"を出したかったが、一応自分の上司の立場にある《鋼》と《深淵》から可能な限り"本気"を出すな!と口煩く言われていたこともあり、何とかここまで自制した。

 

 だが、もう我慢の限界が近い。

 これほどの強者達との激闘に人の身(・・・)で戦り合うのはあまりにも役不足だ。"本気"の状態となり、より混沌とした修羅場で彼らと戦い、更なる高揚感を満たしたい! 

 この試しを打ち破ってくれれば、流石にあの二人も文句は言えないだろう。

 だからこの程度の試し、容易く打ち破れよ赤髪の小僧――――いや、古里炎真!

 

 

 

 互いの視線の交差したその刹那―――それを合図にしたかのように二人は共に動き出す。

 今の状態で繰り出せる最大戦技を、敵対者の男に振るわんがために!!

 

 

「―――『大地の彗星(コメッタ・ディ・デッラ・テラ)』!!」

 

「―――『ジリオンハザード』!!」

 

 

 あらゆる生物や物質など関係なく全てを破壊せんとする隕石が、生きとし生ける者全てを骨も残さず焼き尽くす灼熱を上回る劫炎が――――――激突する!!

 

 

 

 

 

 




 信じられます? これほどの激闘を繰り広げていながら、3人はまだ全力じゃねーってことを……。
 マクバーンは変身していないし、炎真は重力による並盛の被害を最小限に抑えようとして力を存分に発揮していないし、リボーンは大人状態ないし………―――まあ全力でやっちゃえば並盛が焼け野原になることが確実ですけど……
 
 レーヴェ、アリアンロード様に続いて自分が軌跡シリーズで好きなキャラクターであるマクバーン。出せて超嬉しいです!!
 
 お気づきの方もいらっしゃると思いますが、この作品のマクバーンの通常状態は原作よりも強めです。原作通りの実力のリィン達が閃Ⅱの煌魔城でマクバーンに勝負を挑んでも――――魔人状態になることも片膝をつかせることもなく敗北してまう程の強さにしてしまってます(汗)。
 だからマジで頑張って下さいⅦ組!
 
 次回はいよいよ綱吉との戦闘――――物語が動き出す話でやがります!! 
 本当は雲雀vs4人目の鉄機隊隊士、《シモンファミリー》の守護者+α vs ??????も書きたかったですけど、いい加減物語が進まないのでカットしすることにしました……(泣)
 次回もお楽しみに!!です。 


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橙の炎闘(フレイムランブル)

 
  

 
 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綱吉から繰り出されるのは剛拳。

 拳を相手に向け殴るという単純な動作だが、常人が視認できない程の速度に加え、受ければ武器は勿論人体ですら容易く破壊する一撃。

 しかしローブの女性は手首で軽く動かした六尺棒でその一撃を防ぎ、一瞬の間拳と棒が鍔迫り合う。

 そして鍔迫り合ってた拳を上へと弾き、手首で六尺棒を刹那に操り綱吉の無防備の胴体に鋭い突きが放たれる。攻撃を弾かれた直後体勢を整える時間すら与えない―――普通ならまず反応すら不可能な一撃を、綱吉はその一撃が迫るのが分かっていた(・・・・・・)かのように足を横へ数歩動かしただけで躱し、疾風と思わせるほどのの速度で彼女の背後へ回り、首を切り落とすんじゃないかと思わせる程の速度と威力のある手刀を振り下ろす。

 しかし彼女もまた、この光景が事前に分かっていた(・・・・・・)かのように突き出していたはずの六尺棒を巧みに操り、背後を振り返ることもなく棒を盾にすることで手刀を防ぎきる。

 またしても(・・・・・)仕留めきれなかったことに綱吉は、無理に迎撃を行うことはなく素早く後方へと下がっていき、女性もまた追撃することなくその場を動かず警戒を怠らない。

 

 

 さて――――もしこの場所が闘技場であり、周りに大勢の観客がいた場合、先ほどから続く二人の戦闘について感想を聞けば誰もが口を揃えて言うだろう―――――"なにも視えなかった"と。 

 

 戦いと縁がない一般人や"上級"の戦士は勿論、"準達人級"の戦士ですら視認が難しい―――――超高速の戦闘。

 更に得物を振るうたびに大気が震え、大地は割れ、土煙と風が舞い、森林が吹き飛んでいく。速さだけでなく力も技も桁が違いすぎるのだ。

 常人が唯一理解できるのは、戦っている二人の実力が互角であることぐらいだ。 

 

 だがそれは当然とも言える。

 互いに臨界点を超え人を辞めてるのではないかと評してしまう"達人級"の実力を持ち、互いに人の上に立つ王の素質の証明ともいえる"大空"の属性を持ち、そして互いに異常ともいえる修練を積み数多の修羅場をくぐり抜けた―――共通点は他にも存在する(・・・・・・・・・・・)が、綱吉もローブの女性も誰もが認めざるをえない真の強者なのだから。

 

 しかし人間の身で起こすのが不可能だと言える、そんな人災を繰り広げているにも関わらず―――彼らにとってこの程度様子見にすぎない。

 今だ二人は勝負の左右を分けるとも言える戦技(クラフト)を一つも使用しておらず、身体能力と武器強化には使っているが"死ぬ気の炎"の力を十全に発揮していない。

 確かに二人は今本気で戦っているが、まだ全力と言える実力を見せていないのだ。

 ――――むしろ、本番はこれからだ。  

 

 

 

(分かってはいたが、彼女は強い。まだ様子見とはいえ――――今だ一撃も通せないとはな)

 

 すでにこの攻防は5分は続いているが、綱吉もローブの女性も決定打は勿論、生身に攻撃を通しきれていない。

 綱吉の基本戦法は拳と脚を利用した格闘術、ローブの女性の基本戦法は手首を軸として操る棒術。

 綱吉の拳術は、彼女が巧みに操る常人離れした棒術によってほぼ力を流され防がれてしまい、仮に棒術をかいくぐったとしても自分に匹敵する彼女自身の異常な俊敏力によって躱されてしまう。

 逆にローブの女性の棒術は、綱吉の常識外の速度によってほぼ躱され、躱す隙も与えなかった超高速の殴打も突きも鋼鉄のグローブによる拳術によって防がれてしまっている。

 綱吉は主に"速さ"、ローブの女性は主に"巧さ"によって、現状互いに攻めきれていない。

 

 そして自分もそうだが、彼女もまだ全力を出しておらず手の内を全く明かしていない。彼女の実力は得物を交あわせる限り、自身と同等以上なのは明白。

 だが負けるつもりは全くない。

 友や仲間とまたいつもの日常を過ごすため、そして自身に向けられる彼女の悪意と敵意の真意を問いただすためにも、この勝負は負けられない。

 

 

 

(想像以上にやるわね。やっぱり今のままじゃ向こうが少し有利か……)

 

 技術や速さにそれぞれ少しばかりの差はあれど、総合の戦闘力は互角であることは純然たる事実であることは認めざるをえない。

 しかし彼との現時点の差を挙げるとするならば、それは今自分が使用している得物である六尺棒だ。

 一応これは向こう側の世界でも上位に入る一級品ともいえる武器ではあるが、綱吉の得物である鋼鉄のグローブ―――XグローブVer.Xと比較するとどうしても見劣りしてしまう。

 別に武器の性能の差を負けた時の言い訳にするつもりは一切ない―――というか負ける気は更々ない。そもそも一流の武器の調達もまた戦士の力でもあり、それを言い訳にするなど戦士として三流以下だ。

 

 だが、別に用意していないわけではない。

 ローブの女性には、綱吉のXグローブに勝るとも劣らない超一級――――いや、そんな言葉では形容し難い異質な武器を所持しているが、今は具現させる(・・・・・・・)ことはできない。

 

 なにせそれを出してしまえば力の加減は難しく―――――下手をすれば綱吉を殺しかねない。

 

 本心は(・・・)ともかく、沢田綱吉を生かさなければならず、それだけ絶対には避けなければならない。だからこそ、殺傷能力がまだマシな六尺棒を得物として戦闘を行っているのだ。

 

 

(さて、そろそろ全力でやらないとね。沢田綱吉君―――私が最初から全力で殺ろしにかかっても、恐らく五分五分。分かってはいたけど忌々しいわね……。まあ今回は彼を殺すのが目的じゃない、あの人(・・・)がくるまでに綱吉君をある程度消耗させればそれでいい……。まあ、少しばかり卑怯かもしれないけど――――この世界に存在しない力を遠慮なく使わせてもらうわ!)  

 

 意を決したローブの女性は、有言実行と言わんばかりに即座に動いた。

 

 

「―――アーツ駆動」

 

「っ!」

 

 瞬間、彼女の足元から―――青白く光る、オカルト関係の事件で何度か目にしたものと同種と思われる魔法陣が現れる。

 綱吉にとっては初めて目にする全く未知の力。しかし初見ながら、あれに対して時間を与えるのは危険だと即座に判断した綱吉は脚力(・・)による超高速で彼女に迫り、その得体の知れない未知の力の発動を阻止せんと―――この戦闘で初めて見せる全力に近い最大威力の拳による一撃を振るった。 

 しかしローブの女性は意に介することなく、詠唱中に関わらず(・・・・・・・)綱吉の拳を六尺棒による全力に近しい豪打によって迎え撃ったのだ。

 互いにこの戦闘で見せる最大の一撃同士の激突で起こった余波は、先ほどの様子見の戦闘とは比較にならない。だがそんな対戦者以外の全てを吹き飛ばす奔流ですら、彼女の足元の魔法陣は消えていなかった。

 

「判断は悪くないわ。《魔法(アーツ)》の駆動には術者の強い集中力と詠唱が必要。特に上位魔法となればそれ相応の集中力が必要となるから、《魔法(アーツ)》を駆動する際はその場から動かないのが基本。まあある程度修練を積めば詠唱中でも動くことも可能で、敵の妨害に対応しながら《魔法(アーツ)》を発動することはできる。けど君のような"達人級"の規格外の攻撃じゃ高い集中力を保つことも詠唱することも叶わず、駆動は強制的に解除させられてしまうわね」

 

 

 

「でもそれは――――――並の戦士の話。私はそれに分類されないわ」

 

 彼女の足元から魔法陣が消える。

 しかしそれは発動を無効にしたからではなく―――未知の力が解き放たれる前兆。

 

「―――『ハイドロカノン』!」

 

 彼女の前方から、"死ぬ気の炎"、"氣"、"闘気"とはまた違う生体エネルギーから生成される、高密度の魔力によって生成された水による圧縮砲が放たれる。

 しかもこの魔法(アーツ)向こう側の世界(・・・・・・・)では上位にはいる高位魔法(アーツ)。元々の威力が高いのは勿論、術者であるローブの女性の魔力の質の高さもあいまって、まともに受ければ綱吉ですら致命傷は避けられないだろう………しかも得物同士の鍔迫り合いの最中でほぼゼロ距離から放たれたのだ。この状況では、例え達人級でも躱す(・・)ことは困難に近いだろう。

 

 しかし、綱吉は『ハイドロカノン』が放たれたすぐ直後、自身の得物である片手のXグローブVer.Xから高出力の《死ぬ気の炎》を下に向けて放出することで、その推進力を利用し空へ飛び上がることで六尺棒との鍔迫り合いを無理やり脱し、圧縮砲を間一髪で躱しきったのだ。対象者を失った圧縮砲は、地を削りながら一直線で綱吉がいた地点の後ろの木々を数本巻き込み粉砕する。

 

 普通なら躱すことはおろか反応することすら至難といえる。だが、綱吉にはそれを可能とする力を宿している。

 

 

 "見透かす力"、『超直感』―――――ボンゴレの血、『ブラットオブボンゴレ』を継ぐ者だけがもつ、常人の域を遥かに超えた直感力。人の感情を感じ取ることは勿論、相手の些細な筋肉の動きや癖、思考を視ることで相手の次の行動を読み取るなど、予知に近い直感を感じ取ることができる―――いくら観察眼を鍛えても決して辿り着くことはない、ある意味"異能"に匹敵する直感力。 

 

 綱吉は超直感でいち早く魔法(アーツ)の発動のタイミングを察知したからこそ、あの状況ですら対応することができたのだ。 

 だが、そんな綱吉の常人なら目を疑う臨機応変さですら、ローブの女性にとって想定の範囲内。 

 

「よく躱せたわね。でも、次はどうかしら」

 

 指をパチンと鳴らす。

 瞬間、着地を狙ったかのように綱吉の足元が歪み、言葉では説明しようがない"時"の鎖が彼の足を捕らえ自由を奪う。

 

「くっ!」 

 

 『カラミティクロウ』―――相手の行動を阻害し、妨害する魔法(アーツ)。先ほどの『ハイドロカノン』に勝るとも劣らない上位魔法(アーツ)

 

 しかし、本来綱吉のような"大空"の属性を有する者に、毒などといった身体に影響を及ばす害物は通用しない。

 何故なら"大空"の《死ぬ気の炎》の特徴は『調和』。全体の均衡を保ち、矛盾や綻びのない状態にする――――つまり人体ならばその均衡を崩す体外より侵入する害物を消滅させる。

 常に"大空"の属性が体内を巡り状況によって『調和』の炎の調整が可能な"大空"の炎の保持者には、例え未知の力(アーツ)であろうと本来なら影響を及ばすはずがない。 

 

 では何故、通用しないはずの害物によって、綱吉は動きを妨害されて動くごとができないのか? 

 

 その原因は至極単純―――――綱吉の"大空"の炎ですら易々と『調和』させないほどの、術者の高い魔力量による魔法(アーツ)だからだ。常人の魔法(アーツ)なら意に介することもないが、ローブの女性のこの魔法(アーツ)は弱体耐性に強い綱吉ですら破るのに数秒は有してしまう。

 

 だが、"達人級"同士の戦闘での数秒は―――――大きな隙となる。

 

 

「全てを呑み込め――――大海の逆鱗(コーレラ・ディ・マーレ)!!」

 

 先ほどの『ハイドロカノン』が可愛く思えてしまう、六尺棒の数多の回転の遠心力によって威力が増大した黒い《死ぬ気の炎》により生み出された――――人間が恐れを抱く災害の大津波の戦技(クラフト)が襲う。

 

 まるで並盛山が海に囲まれた無人島だと錯覚してしまうほどの水りょ――――海水を思わせるほどの炎による大津波。呑み込まれてしまった者のほとんどの末路は―――――死。

 "達人級"でもまともに受ければ重軽傷は免れないほどの圧倒的エネルギーの波。 

 

 並盛山そのものを呑み込むほどの攻撃範囲と高さ。

 更に津波の速度も、『カラミティクロウ』によって数秒足を止めれていた今の綱吉では躱しきることはほぼ不可能ともいえるほどに速い。防御のため体内を《死ぬ気の炎》で強化しても流石の綱吉でも危険と肌で感じさせるほどの威力。

 あぁ……確かに躱すことも防御にまわることも悪手だ。先ほどのローブの女性が見せた二つの未知の力も、この戦技(クラフト)で確実に決着をつけるための布石だったのであろう。

 

 だが、この程度(・・・・)の状況で自身の行動を制限し勝利するつもりでいるというのなら―――甘く見るなよ!  躱すことも防御も意味をなさないのなら―――この戦技(クラフト)を無力化してしまえばいいだけのこと!

 

 

「――――いくぞ」

 

 綱吉は迫りくる大津波に目を向けることなく、自身の鋼鉄のXグローブを地面に添える。

 そしてXグローブから炎による熱気がではなく、全てを凍てつかせる冷気(・・・・・・・・・・・)があふれでる。超圧縮エネルギーを炎ではなく冷気へと瞬時に変換―――――

 

 

「――――死ぬ気の零地点突破、初代(ファースト)エディション」

 

 瞬間、綱吉へと目と鼻の先にまで迫った大津波の時間が停止した。

 綱吉の圧倒的な冷気によって、ローブの女性が起こした災害の大津波は―――動きだすことは一切叶わない氷像と化してしまったのだ。

 

 これこそは―――初代《ボンゴレファミリー》のボス、ボンゴレⅠ世(プリーモ)が創りだした伝説の奥義。

 《死ぬ気の炎》を冷気へと変換し、対象物を瞬時に凍らせる、『死ぬ気の零地点突破・初代(ファースト)エディション』。

 ボンゴレの血を引き継ぎ、血の滲むような地獄の修練を乗り越えた者だけが習得できる、まさに選ばれし者が使用できる伝説の奥義。

 しかもこの冷気は《死ぬ気の炎》と同じで超圧縮エネルギーのため、例え3000度の超高温の炎ですら溶かすかとは不可能。《死ぬ気の炎》、そしてこの世の(ことわり)を超えた力以外で破る術はない。

 

 

「《死ぬ気の炎》を、凍らせた!?」

 

 目の前の信じがたい光景に、この戦いで初めて表情が驚愕へと変わるローブの女性。

 確かにあの《道化師》からは沢田綱吉の大まかな情報しか与えられておらず、彼が情報以上の実力を秘めているのは勿論、向こう側の世界の常識から外れた技術や力が存在している可能性を考慮していた。

 だが、長年自身の力として利用してきた《死ぬ気の炎》に、このような力が秘めていたなど想像できるはずがなかった。

  

「―――どこを見ている?」 

 

「―――ちぃっ!」 

 

 確かにこの光景に驚きを隠せなかった……しかし、どんな状況下であろうとローブの女性は常に神経を尖らせ最警戒していた。

 ゆえに、自身の背後へと超高速で容易くまわった綱吉の殴打にも、振り向きざまの六尽棒による薙ぎ払いで撃ち合う形で防ぎきる。威力は先ほどの戦闘とは比較にならないほどの重さで手が一瞬痺れたが、吹き飛ぶことなく彼女はその場に踏みとどまる。

 

「その程度の奇襲が成功するとで――――っ!!」

 

 ゾクっ!!と寒気が奔った。

 何故あのまま凍結力を利用して攻めてこなかった? 何故この局面で最初の繰り返しとなる戦術で向かってきた? 何故――――といういくつもの疑問が頭に浮かぶよりも早く、彼女自身に宿る常人の域を超えている直感(・・・・・・・・・・・・)が、危険信号を鳴らした。

 

(ヤバ――――っ!)

 

 その直感はまさに的中した。

 六尽棒と鍔迫り合っていた握り拳は掌を自身に見せるかのように開かれ、そして―――――――

 

 

「――――X(イクス) BURNER(バーナー)!!」 

 

 ゼロ距離から放たれた、全てを飲み込み破壊しつくすエネルギー砲が――――ローブの女性をいとも容易く呑み込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人の女性騎士がいる。

 全身を混じりけがない銀色の甲冑で包み、その顔を同じく銀色の兜ですっぽりと覆っており、その兜の隙間から目を奪われてしまうほどの麗しい白金色の長髪が風でなびく。

 

 その騎士は人目のつきにくいとある高層ビルの屋上から、並盛の各地で起こる炎と闘気が充満する戦場を見渡していた。 

 もしそんな女性騎士の姿を運よく目にできた者がいたとしても、彼女へ進んで謁見する者は両手で数える程度しか存在しない。

 騎士から溢れ奔るその闘気と覇気は、現在各地で激闘を行っている戦士達のような派手さはなく静かであるがあまりにも強大で、力なき者を容易く意識を奪い地に伏せさせ、例え意識を失わずにいたとしても正気を保つことはかなわず、恐怖心から思わず自ら意識を断つかその場から逃走させ、野生の勘をもち危機察知に敏感な動物達は決して騎士へ近づこうとしない程に圧倒的だ。

 

 ただそれは序の序の口もいいところ。なにせ今溢れる闘気は彼女が意識して出しているのではなく、ただその場に立っているだけ(・・・・・・・・・・・)

 この程度で無様をさらすようでは、彼女に挑むことはおろか彼女へお目に掛かる資格すらない。

 

 なにせ彼女は『至高』の存在。

 全ての武の頂に座し、人の域から外れ神域へと至った、言葉通り絶対的な最強の戦士。

 状況が状況でない限り、"達人級"の戦士ですら自ら進んで相対しようとは思わない圧倒的な存在。 

 

  

 しかしそんな――――誰も彼もが近づくことすら叶わぬ騎士の領域に、一人の男が歩み寄る。

 

 

 

 

 

「―――お久しぶりですね、チェッカーフェイス」 

 

「―――久しぶりだねリア―――いや、今は"アリアンロード"だったか」

 

 動作一つだけで"美しい"と思わず口にしてしまうほど優雅に、来訪者たる男へ振りかえ顔を向ける。

 

 見た目だけを言えば、男は平凡と言わざるをえないだろう。

 灰色に近いボサボサとした白髪に小さな丸眼鏡をかけ、年期が入った抹茶色の和服を身に着けた、どこにでもいそうな一般人。

 しかも"アリアンロード"と呼んだ騎士と違い、この男から他者を圧倒するオーラどころか、気配を全く感じない(・・・・・・・・・)ほどに存在感がない。 

 身だしなみは勿論、力を全く感じないほどの平凡さ……どうやら互いに知り合いのようだが、とても女性騎士―――アリアンロードに謁見する資格があるとは思えない男だ。

  

「…相変わらずそんな兜を被っているのかい? いくら今が冬とはいえ暑苦しそうにしか見えないのだが」

 

「であればこの兜を剝ぎ取ってみますか? 貴方ならばそれぐらい容易いでしょう」

 

「《聖女》の異名に恥じない神秘を感じるさせる君の貌を拝観させてもらえるのならそれも一興だが、生憎私は無意味な戦いはしない主義だ」

 

 "戦闘は専門外だからね"と、手に持った器のラーメンをズルズルと啜る。

 この場に彼女の部隊である《鉄機隊》隊士、それも筆頭隊士である《神速》のデュバリィがいれば『偉大なるマスターの御前で食事をとりながら話すなど不敬にもほどがありますわよ!!』と怒鳴り散らしていただろう。 

 

 だが、この光景はあまりにも異常とも言えるだろう。

 アリアンロードの圧倒的な闘気をまえにしても、今だ力を感じさせない平凡な男は意識を失うどころか臆することもなく、平然と食事をしながら会話をしている。

 

 ゆえに当然、この男もただの人間ではない。いや、人間ではあるが根本的に規格が違うのだ。

 

 

 7つの《ボンゴレリング》、7つの《マーレリング》、7つの《アルコバレーノのおしゃぶり》。

 通常の指輪(リング)と比較にならない最高精製度Aを超える――――世界を創造した礎の原石から創られた(トゥリニセッテ)。そしてこの地球という星の秩序を守り、地球に生きる生命体の進化を育む、この地球上で無くてはならない至宝である。

 もし(トゥリニセッテ)の一角―――それも半分以上消失などすれば、時空間が徐々に歪み崩れていき、最悪の場合この地球が滅亡の道を辿っていく恐れがあるのだ。

 

 現在、用途が異なる《アルコバレーノのおしゃぶり》を除いた(トゥリニセッテ)指輪(リング)にはそれぞれ保持者(ホルダー)はいるが、遥か(いにしえ)より今なお影からも(トゥリニセッテ)を管理、監視している者が存在する。

 

 

 それこそが―――『チェッカーフェイス』と名乗る、数万年前から地球という星に生きる全ての生命体を現在まで見守ってきた、地球に最初に誕生した最古代の人類。

 実力は言うに及ばす最強。この世界の歴戦の猛者達の中で最も強い1人である綱吉ですら勝負にならない、隔絶した力の差がある程に。

 

 

「確か君と最後に会ったのは20年前――――君が《盟主(グランドマスター)》と呼ばれる彼女(・・)に《結社》とやらに勧誘を受けた後だったか。まさか君が絶対の忠誠を誓う程の存在がこの世にいるとは………ま、彼女(・・)なら是非もないか」

 

「……そうですね。リアンヌを知る者からすれば思いも寄らぬ行いでしょう。それにしても……やはり《盟主(グランドマスター)》をご存知でしたか。そして―――《結社》のことも」

 

「まあね。沢田綱吉君、リボーン君と古里炎真君と10代目《シモンファミリー》が今相手にしているのは確か《執行者》……だったかい? ボンゴレの《守護者》を足止めをしていたのは君の麾下である"戦乙女"達。更にこの並盛の地を誰にも感知されることなく(・・・・・・・・・・・・)転々と動いているの君と同じ《蛇の使徒》と呼ばれる最高幹部。―――そして私の調べた限り、それ以外にもとんでもない規格外の数多の猛者達が集っているはず……《結社》とやらは相当な戦力をお持ちのようだ」

 

「ふふ。ゼムリア大陸の各諜報機関の総力をもってしても今だ謎に包まれている《結社》も、貴方の手にかかれば丸裸ですか」

 

「時間だけは無駄にあるからね。さて、このまま君と昔話としゃれこむのも悪くないが、そろそろ本題に入るとしよう」

 

 残っていたラーメンの麺を全て啜り、チェッカーフェイスはアリアンロードへと向き直り―――

 

 

「―――10代目《ボンゴレファミリー》のボスにして、(トゥリニセッテ)の"大空"の一角を担う沢田綱吉君。一体《結社》は―――君は彼をどうするつもりなんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 水着サーヴァント、水着獅子王以外をお迎えでき、マーリン召喚に秘儀(課金)を使い無事お迎えすることができました綱久です。水着サーヴァントのマスターに対する態度にずっとニヤニヤしっぱなしでした(笑)。 

 はいそんな事は置いといて―――お待たせして本当に申し訳ございませんでした。
 しかも前話の後書きで物語が動きだすとか言いながら、そこまで動かなかったという……予想以上の長文になってしまうので、半分に分ける結果となっちゃいました(悲)

 この小説を読んでいただきき、感想まで送っていただく読者の皆様―――こんな自分ですがこれからもよろしくお願いします!! 取り敢えず一か月一回投稿を途切らせないようにしなければ! 


 今回は綱吉とオリキャラの激闘。話でもうお分かりと思いますがこのローブの女性は超強い―――というかぶっちゃけこの小説の重要キャラクター。彼女の正体は追々分かっていくのでお楽しみに!!です。

 そしてそんな激闘の裏で会うチェッカーフェイス―――そして私綱久が軌跡シリーズで好きなキャラ第二位のアリアンロード様!! そして自分が確信する軌跡シリーズ最強のキャラクター!! なのでちゃんとアリアンロード様の描写が上手く書けたのかが、今回の超不安点……。いかがでしたか?(恐)


 次回こそ、物語が動きます!! どうかお楽しみに!!です。それではまた次回でお会いしましょう。


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旅立ち

2ヶ月も投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした(土下座)!!

何とか次回から一か月投稿に戻れるよう、頑張ります!

それでは、どうぞ!!



 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あー、死ぬかと思ったわ」

 

「………」

 

 殺伐とした戦場で発するとは思えない、少しばかり気の抜けた声が響く。

 

 X(イクス) BURNER(バーナー)の影響で森林の一角が更地となり土煙が大量に舞っているなか、ローブの女性が静かな足取りで姿を現す。

 

 呼吸は少しばかり乱れ、服装は所々焼き焦げた後が見受けられ、彼女の得物である六尺棒は見事なまでに真っ二つに折れており武器としての役目を十全に全うすることはもう不可能だろう。

 だが彼女の上半身を覆うローブは今だ健在であり、彼女の素顔はフードによって隠されたままだ。といっても、ローブに関してはとある天才魔女にある術式を組みこんでもらっており、条件を満たすか彼女自身が自らローブを脱ぐ以外、素顔があらわになることはないのだが、綱吉が知るよしもない。 

 

 そんな彼女の様子に、今だフードが外れないことに疑問を持ちながらも綱吉に驚きはあまり見られない。何故なら彼は視た―――

 

 

「……X(イクス) BURNER(バーナー)に飲み込まれる直前、透明な障壁がお前を守るかのように囲んだ。力の感じからして魔法(アーツ)と呼ばれる術か? しかもそれだけじゃなく炎の気配も感じ取った……あの一瞬で魔法(アーツ)と炎を複合した防御壁を張った……違うか?」

 

 綱吉の問いに、ローブの女性は肯定するかのように口角を上げる。

 

 

 『アースウォール』―――物理攻撃を完全防御する上級魔法。

 確かに綱吉の言葉通り、X(イクス) BURNER(バーナー)をくらう直前でローブの女性は『アースウォール』を使用した。更にそれだけではない。

 本来魔力しかもちえないはずの《魔力(アーツ)》に、ローブの女性は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()『アースウォール』を駆動させたのだ。

 いくら"死ぬ気の炎"が特殊とはいえ、二つの生体エネルギーを複合させ魔法(アーツ)を放つなどいう不条理――常人なら"有り得ない……"と思わず零しかねないが、『え、こんなの普通だけどそこまで驚くこと?』と聞かれてもローブの女性は首を傾げるだろう……

 

 ともかく、炎と魔力の融合魔法(アーツ)の力は一時的とはいえ、上司である"魔法"に関して規格外の天才魔女に匹敵するほどにまでに跳ね上がる……とはいえあの魔女と違って連続での(・・・・)魔法の多発(・・・・・)はできないが。

 とはいえ、先ほどの『アースウォール』の防御壁は例え"達人級"の一撃でも完全防御できるほどの防御力を誇っていた。

 しかし、綱吉が誇る奥義の一つである『X(イクス) BURNER(バーナー)』の前では、彼女の高い魔力と炎で生成した障壁ですらダメージを最小限に抑えるのが精一杯だった。まあ、そんな直感が(・・・・・・)警報を鳴らして(・・・・・・・)知らせてくれた(・・・・・・・)ため、このような有様はある意味彼女にとって想定の範囲内だ。 

 だからこそ今の状態でも戦闘の支障は全くなく、戦意も劣ろえることも――いや、むしろ上がっているかのように思えるほどローブの女性から闘気が奔る。

 

 

 そんな彼女の様子に――いや、最初から綱吉は彼女についてある疑問を抱いており、思わずそれを口に出してしまう。 

 

「……不意をついたつもりだった。あの状況では、例えお前程の実力者でも反応するのは勿論魔法(アーツ)とやらを発動するのも至難のはず。いや、最初の戦いの時からもそうだった。まるで未来予測(・・・・)でも(・・)したかの(・・・・)ように(・・・)俺の攻撃をことごとく防ぎ、躱していた。お前のあの動きは反射神経というレベルではない。何故気づけた?」

 

 

 

 空気が変わった。

 

 綱吉の問いに、先ほどまで好戦的に笑っていたローブの女性の口が、話すことを拒否するかのように真一文字に閉じられた。先ほどまで奔っていた闘気が噓のように静まり返ったのだ……まるでこれから起こる嵐の静けさのように。

 

 やがて不承不承ながら、ローブの女性は綱吉の問いに応える。別に隠していたわけでもないし、彼ほどの実力者なら気づけてもおかしくない。だが―――

 

 

「―――……私、勘が良いのよ。君の超直感と同じく(・・・・・・・・・)ね」

 

「っ! 何故その名前をお前が!? いや、同じって一たっ――――」

 

 

 

 

 

「―――それについては聞かないでもらえる? 私好きじゃないの、この力」

 

 瞬間、綱吉が思わず口を閉じてしまう程の周囲の圧が尋常でない程増した。 

 それは彼女が初めてみせる本気の殺気―――そして怒気によるもの(・・・・・・・)であることを理解し、彼女の触れられたくない地雷を踏んでしまったことにそう時間は要らなかった。

 

 ローブの女性は怒りを隠そうともしない。同僚達ならともかく、敵側―――なによりもこの男に言われたことが、彼女の逆鱗に触れてしまったのだ。そしてそれによって、今まで必死に(・・・・・・)抑えていた(・・・・・)自制心の枷が外れる(・・・・・・・・・)

 

「六尽棒は使いものにはならない。もう君と戦うにはもうアレ(・・)を使うしかない……けどそれを使えば力の加減が難しく、君を殺しかねない。《鋼》様と《深淵》さんから使用許可は下りなかったけど、仕方ないよね? 君が想像以上に足掻いてしまったのだから」

 

 仕方がない? 口ではそう語るがそれは彼女にとって断じて否だ。むしろ彼女は10年(・・)この光景を待ち望んでいた。

 なにせやっと……目の前に立つこの少年の―――

 

「なにを、言って―――」

 

「―――沢田綱吉君。生き残りたいのなら余さず自分の全力を出して抗いなさい。でなければ貴方の未来は―――"死"、あるのみよ!」

 

 尋常ではない怒りと喜悦を込めた死の宣告と共に、ローブの女性は右手を虚空へ伸ば――――

 

 

 

 

 

『―――盛り上がっているところ申し訳ないのだけど、そろそろこの戦いの幕を引かせてもらうわよ』

 

 

「「っ!?」」

 

 初めて聞く透き通るような美声が響き渡った刹那、綱吉とローブの女性の周辺を囲むかのように地面や森林の木々の側面から数十の魔法陣が展開された。瞬間、それぞれの魔法陣から数十本の魔の鎖が召喚され、得物を狙う獣のような動きと速度をもって襲い掛かる――――綱吉一人のみを(・・・・・・・)

 

「くぅっ!」

 

 突然の事態に困惑を隠せなかったが、綱吉はXグローブの炎の噴射の推進力で上空へ大きく飛行することで鎖の群れを躱しきる。

 しかしその程度で鎖は動きが止まることなく、すぐさま方向転換し上空を飛ぶ綱吉へ再び迫る。

 

(あの鎖は……まずい!)

 

 あの鎖は視るだけで一本一本に尋常ではない魔力が込められており、もし一本でもあの鎖に拘束などされてしまえば例え綱吉でも拘束から抜けるのは困難ともいえる程。そんな鎖が数十本と自身に迫っており、つまり一本でも捕まればその時点で綱吉はもう積みだ。

 現在空中を方向転換を繰り返しながら超高速で飛行することで鎖の群れから逃れている。速さはそこまで警戒するほどではないが、鎖は蛇のようにしつこく綱吉を追い回しており、更に一本一本が時間差を利用して迫っており、そして綱吉の逃げ道を塞ぐように飛行ルートを潰し、徐々に逃走範囲が狭まり拘束されるのも時間の問題だった。

 

(回避は不可能………なら最後の方法は―――この鎖全てを破壊する!)

 

 鎖にはそれぞれ膨大な魔力が込められており、綱吉でも易々と破壊することは難しい―――だが破壊は可能だ。そのための炎の溜めは既に完了している! 後は―――

 

 

 

「―――鎖にばかり気を取られすぎよ」

 

 この戦いで、綱吉は初めての失態を起こしてしまった。

 

 何故なら無視できない脅威である鎖の群れに集中してしまったがゆえに―――本来の敵であるローブの女性の警戒を一瞬でも緩めてしまったことを。

 

「しま―――っ!?」

 

 気づいたときにはもう遅かった。

 ローブの女性の接近はおろか背後を取らせたことを許しただけでなく、彼女の羽交い締めによって綱吉の動きを封じられてしまったのだ。肉体全体を炎で強化しているがゆえか、ローブの女性の拘束は固く、綱吉でも逃れるのに時間が必要だったが―――この時点で彼女の勝利は決定したも当然だった。

 

 空中に展開されていた数多の鎖は、ローブの女性ごと綱吉の四肢と胴体を何重にも拘束し、そのまま空中から地面へと二人を叩き込むのであった。

 

「――かはっ……!」

 

「つっ! ……随分手こずらせてもらったけど、やっと君を捕まえたわ……!」

 

 地面に叩き付けられた衝撃はそれなりに響いたが、それに関しては支障はない。

 一番の問題は今の自分の状態だ。四肢と胴体は純度が高い魔力が込められた鎖によって完全に拘束されただけでなく、地面に縫い付けたのようにその場から動かぬように固定されてしまい、腕一本動かすことすら叶わなかった。 

 そしてうつ伏せに固定された綱吉の後ろを密着するかのように、羽交い締めの状態のまま拘束されたローブの女性によって、最低限な動きすら完全に封じられた。

 

 あまりにも絶望的な状況。しかしそんな状況に追い込まれてもなお綱吉の表情から諦めの色が見られるず、この状況を打破をしようと思考を巡らせそうとしたその刹那――

 

 

 ―――場を鎮めるような、鳥の鳴き声が聞こえた。

 

 すでに並盛山の生息している動物達は、己の生存本能にしたがいすでにこの場所から逃げ出しているはず。いくら戦闘が一時止まったとはいえ、今だ死地であることに変わりないこの場所に戻ってくる愚行な生物はいないだろう。――彼ら二人と無関係な存在であれば。

 ゆえに綱吉もローブの女性も、鳴き声がした方向に視線を向ける。

 

「蒼い……鳥?」

 

「『グリアノス』……ようやく来たわね」

 

 綱吉は初めて目にする系統の鳥の登場に戸惑い、ローブの女性は待ちわびたかのように息を漏らす。翼を羽ばかせなら上空から飛んできた蒼い鳥はやがて木の枝へと羽を休め―――

 

『―――うふふ……。主役は遅れて登場するものなのよ』

 

 自身とローブの女性の戦闘に割って入った美声が、グリアノスと呼ばれた蒼い鳥から聞こえる。

 一見すれば鳥が喋っているかのように見えるが、それは違うと綱吉は直感で判断する。手段は不明だが、この蒼い鳥を通して自身の声を届けているのだろう―――自身が知る科学技術ではない、オカルトの力によって。

 

『初めまして、《ボンゴレ》10代目―――沢田綱吉君。使い魔ごしで失礼するわ。本来なら顔を出して自己紹介をするのが筋なのは分かっているけど、ごめんなさい。今貴方に私の顔と名前を明かさない方が、この先なにかと都合がいいの。だから今はこの名で名乗らせてもらうわ―――《蒼の深淵》と』

 

「………」

 

『あらあら、相当警戒しているようね。私としては君と仲良くお話したのだけど……その前に、まずは説教をしなきゃいけない子がいるようね』

 

 グリアノスの顔の向きは変わらなかったが、《蒼の深淵》と名乗る女性の会話の矛先が綱吉からローブの女性へと変わる。

 

『私と聖女様が何度も忠告したはずよね? なのに私が来なかったら貴方は一体なにをしようとしたのかしら?』

 

「………ごめんなさい」

 

 怒りはすでに収まっており、弁明することなくローブの女性は申し訳なさそうに素直に謝罪する。そんな彼女の態度に《深淵》はため息をついてしまう。

 

 本来ならローブの彼女―――《執行者》である彼女にどうこう口出しする権利はない。

 

 確かに最高幹部の《使徒》である自分は彼ら《執行者》に指示を下せる権限をもっているが、彼らの行動を縛ることはできない。

 自身が絶対の忠誠を捧げる組織の長である《盟主》が定めた掟により、《執行者》はあらゆる自由が認められており、《使徒》である自分は勿論、《盟主》の指示ですら彼らは従わずともお咎めは全くない。 

 それに加え、《執行者》のほとんどが道理を弁えない頭のネジがいくつか飛んでいる人でなしが多く、基本自分本位でしか動かず命令違反も幾多もあり、何度彼らのせいで頭を痛めたことか。そのぶん実力は桁違いのため更に頭を悩ませる。

 

 

 ローブの女性はそんな《執行者》達の中でも、数少ない良識ある人間だ。  

 一部の《使徒》を除いて、彼女は上からの指令を忠実に完璧にこなしており、任務(・・)に対して(・・・・)の命令違反(・・・・・)など一度も(・・・・・)犯したこと(・・・・・)がないのだ(・・・・・)

 何より彼女は《執行者》とは思えない程に人柄がとても良いため、組織内での評価は高く、かくいう自分も彼女を好ましく想っている。

 

 そんな彼女が、今回の任務で初めての命令違反―――正確には起こそうとした寸前だったのだが、普段の彼女を知る者からすれば、今の事態は信じがたい光景………と言うのだが、《深淵》はその原因を理解している(・・・・・・・・・・・)

 

 理解しているからこそ、彼女の気持ちは分かる……だがそれは今ではない(・・・・・・・・・・)

 ローブの女性も頭では本当は理解しているのだろうが、やはり最終的に自制が効かなくなってしまったのだろう………10年も待ち続けた目的の一つ(・・・・・・・・・・・・・)が、手が届く範囲に今存在しているのだから。

 

 本来《執行者》の行動にどうこう言うことは出来ないが、今回の任務ではそれは許されない。何故なら沢田綱吉には絶対に生きて(・・・・・・)いてもらわな(・・・・・・)ければならなず(・・・・・・・)、命令違反を行った者にはそれ相応の罰を与えると、事前にこの世界に同行した《執行者》3名には伝えていた。

 

 そのためローブの女性に何かしらの罰を与えるべきなのであろうが、自分が介入した時点で彼女の頭は冷えはじめ、今では自分が犯した愚行について深く反省している。

 そして彼女のこれまでの実績―――なにより自分自身が彼女を傷つける行為を出来るかぎりしたくない想いを否定できなかったゆえに――

 

『――まぁ。反省しているようだし、今回はなにも見なかったことにしてあげるわ。でも次から気をつけることね』

 

「……ありがとうございます」 

 

『分かればよろしい。それにしても貴方、表情が凄く苦痛そうだけど、どうしたのかしら?

 

 

 

 ピシリっと、そんな緊迫とした雰囲気が壊れる音がローブの女性から聞こえたような気がした。

 

 つい視線だけ彼女へ向けたのだが……フードで顔が隠れているが青筋がたっていることが理解できる程の黒いオーラが彼女から洩れており、死ぬ気化してるにも関わらずビクっ!となってしまった。先ほど綱吉に向けていたものとは全く別の怒りが、グリアノス越しの《蒼の深淵》に向けられている。

 

 《蒼の深淵》のこの言葉をきっかけに、漂っていたシリアスな空気はガラリと変化した。

 

 

「いや貴方の目は節穴!? 私も綱吉君と同じで鎖に思いっきり縛られてるんですけど!? 跡が残ったらどうしてくれるのよ!!」

 

『あらごめんなさい。だって彼、速さが異常に速いうえに貴方と同じで勘が途轍もなく鋭いのよ。だから貴方ごとやるしか拘束は困難だった……。貴方もそれを瞬時に理解したかそ、今の状態は承知のはずでしょ。それに、縛られている貴方はとても素敵よ♡ もう少しこのままの状態でいいんじゃないかしら♡』

 

「全然よくないわよ! 生憎貴方と違って私はそんな性癖を持ち合わせてないから苦痛以外のなにものでもないわっ!!」

 

『ちょ、待ちなさい!! まるで私は縛れることに快感を得ている変態みたいな言い方やめてもらえる!? 私はいたってノーマルよ!!』

 

「隠したって無駄よ! 私は知ってるんだから! 貴方が隠れてそれ系の本を読んでいて『……縛るのってそんなに良いの? 少し試してみようかしら』って呟ているのを!! やーい!! 《深淵》という名のドM魔女!! 帰ったらみんなに―――特に貴方の補佐君に真っ先に報告してやるわ!!」

 

『……それ以上口を開けば鎖を使って貴方の口を塞ぐわよ。その後フードを脱がせて頬を上下させた貴方の顔の写真を撮って《結社》中にバラまいてあげる。そして私はその写真をおつまみに美味しくワインを飲ませてもらうわ』

 

「汚いさすが魔女きたない!!」

 

 

 先ほどまでの緊迫した状況が噓かのように、場に似つかない漫才を繰り広げているローブの女性と《蒼の深淵》。

 ちなみに誤解を解いておくが、《蒼の深淵》は別に縛られて快感を得ている変態などではない。それ系の本を読んで、下に対する折檻の幅を広げてみようとかいうロクでもないSな理由でだ。

 

 そんな二人が繰り広げている光景に、綱吉は唖然としていた。二人の今の様子に対してではない。

 かくいう自分を含めた《ボンゴレファミリー》を始めとした仲間達ともシリアスとした雰囲気をぶち壊す色々な意味で笑えるギャグのような行為(当の本人達にとっては真面目)をして、敵側を呆れさせたことは幾度もある。だからこそ、自分は彼女達に対してなにも言えない。

 

 綱吉が唖然としたのは、ローブの女性の態度だ。

 まだ彼女について知らないことだらけだが、先ほどの戦闘や怒り滾っていた彼女の姿をこの眼で見てしまっているため、彼女にこんな一面があるのかとそのギャップに戸惑ってしまう。

 

 ギャー!!ギャー!!とローブの女性と《深淵》は言い争っているが、綱吉には分かる。あれは気を許した―――信頼し合っている仲間同士だからこそできる光景だ。

 そして表情からは分かりにくいがローブの女性の会話から、どこか楽しげな感情が含まれていることが読み取れた。

 

 そう、そんな彼女の姿はまるで友人や仲間と過ごす自分(・・)に似て―――

  

 

『―――コホン。………見苦しいところ見せてしまってごめんなさいね。そろそろ話を戻しましょうか、沢田綱吉君』

 

「………貴方達の目的は一体なんだ? 俺を一体ど―――いや、俺になにをさせたいんだ?」

 

『……えぇ、本当に申し訳なく思っているわ。本来なら別世界である貴方を巻き込むのはお門違いなのは百も承知。だけど―――』

 

 

「――綱吉君に謝る必要はないわよ《深淵》さん」

 

 《蒼の深淵》の表面上ではない心からの謝罪を、ローブの女性は鋭い声で断ち切る。

 

「ボンゴレの血と力を受け継いだ時点で、彼はあるゆる血と血で争う闘争の火種をまく災厄者。そしてその力を躊躇いなく振るい、他人を巻きこみ傷つける。そんな人間に謝罪する要素なんて一つもないわ」

 

「っ!」

 

 先ほどの《深淵》との会話が噓かのように、怒りと侮辱が入り混じった言葉を《蒼の深淵》だけでなく綱吉に言い聞かせるかのように吐き捨てる。

 それに対して綱吉は悔しさと悲しさを耐えるかのように歯を食い縛るが、反論はしな――いや、できない。

 なにせ彼女の言葉は紛うことなき事実なのだから(・・・・・・・・・・・・・)―――本来自分が望んでいなかった道だったとしても。例え綱吉の手によって起こされた罪でなかろうと――《ボンゴレファミリー》が起こした罪は綱吉の罪である。

 

 それがボンゴレの数々の歴史で起こされた罪を引き継いだ―――ボンゴレ(・・・・)10代目のボス(・・・・・・)の座につ(・・・・)くことを(・・・・)決意した(・・・・)、綱吉が背負わなければならない業である。 

 

 だからこそ彼女と向き合い、問わねばならない。ボンゴレが、自分が一体彼女に対してなにをしてしまったのかを。

 今まで出会った敵の中でも、それこそ当時家族を殺され《ボンゴレ》次期ボス候補であった綱吉に激しい怒りと憎悪(・・・・・)を抱いていた古里炎真をも上回る―――尋常ではない殺意と怒り(・・・・・)を自分に向けさせるほどの罪を。 

 

 だがそんな綱吉の決意も、二人の様子をグリアノスごしで複雑な表情で見ていた《蒼の深淵》によって―――事態は急変する。

 

『―――悪いけど時間よ。並盛町の異変に気付いて、様々な強者達がこの町に入りこんだわ。マクバーンや彼ならともかく、《鉄機隊》の"戦乙女(ヴァルキュリア)"では流石に荷が重いと言わざるを得ないわね。だからごめんなさい、綱吉君―――』

 

 

 

 

 

 

『――――旅立ちの時間よ』

 

 《深淵》の旅立ちの言葉を引き金(トリガー)に、今だ拘束されている綱吉とローブの女性の逃げ場を

なくすかのように極大な魔法陣が形成させる。

 

「こ、これは!?」

 

 ローブの女性が使っていた《魔法(アーツ)》と呼ばれる力をも遥かに上回る魔力量が肌からビシビシと伝わる。しかし綱吉にとって今はそれどころではない。超直感を頼らずとも、この先の未来が分かってしまったのだ。

 

 この魔法の発動を許せば――――

 

 

 ―――自分のかけがえのない日常が、友人と仲間と過ごす大切な時間(たから)―――その全てが壊れ、もう二度と取り戻せなくなってしまうことを。

 

 

 

 そんな最悪の未来を予感したからこそ、綱吉の行動は早かった。

 

「―――させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 綱吉の気持ちに呼応するかのように、今回の戦闘で見せる膨大な《死ぬ気の炎》が綱吉から嵐のように吹き荒れる。膨大な炎の全ては綱吉の力となり、その力をもって鎖の拘束を破らんとする。

 先ほどまでビクともしなかった鎖から軋む音が響く。そしてやがて一本、一本と鎖が断ち切れていく。

 

『っ! 流石はボンゴレ10代目、幻獣ですら動きを完全拘束してしまう魔鎖ですら抑えきれないなんて……でも―――』

 

「―――逃がさないわよ!」

 

 綱吉の炎に対応するかのように、綱吉を羽交い締めにした状態で拘束されているローブの女性もまた戦闘で初めて見せる最大炎圧まで《死ぬ気の炎》を超上昇させ、綱吉と勝るとも劣らない炎圧の炎を全てを身体能力向上にあてる。

 

 二人の周囲を気圧させるほどの膨大な炎は並盛山中を駆け巡り、同じ並盛山で戦うボンゴレ《守護者》と《鉄機械》隊士は勿論、並盛山から離れた戦場で常識外の戦闘を行っているリボーンや炎真、マクバーン達も一瞬だけ手を止め感知させてしまう程に、二人の全力の炎圧(・・・・・)は圧倒的だと言わざるをえない。

 

 あれだけ鳴り響いていた鎖が軋む音はやみ、綱吉の動きはローブの女性によって再び封じられる。二人の膨大な炎圧は総合的に互角。ゆえに、二人の力が拮抗し互いの動きが止まるのは必然。

 

 しかし綱吉は諦めることはなく、更に炎圧を上昇させながら抗っていくが、そんな綱吉の姿をローブの女性を嘲笑う。

 今は動きを封じてはいるが、信じがたいことに今だ綱吉の(・・・・・)炎圧は徐々(・・・・・)に上昇している(・・・・・・・)のが分かる。それほどまでに綱吉の実力の高さ、そしてここまで炎を生み出す覚悟の強さが本物であることの同義。いずれ綱吉が、自分と魔鎖の拘束を抜け出せるのも時間の問題だろう。

 しかしそれではもう遅い。何故なら綱吉の動きを数秒封じるだけで、もうこちら側の勝ちなのだから!! 

 

 

「離せ!! 俺は!! 俺は―――」

 

「―――もう手遅れよ!! さあ、私と共に来てもらうわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらゆる思惑と悲劇が氾濫し、一途の希望すら絶望の大波で容易く飲み込まれる地獄の世界――――ゼムリア大陸に!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれほど吹き荒れていた炎の嵐は、まるで最初からなかったかのように忽然と消えた。しかし、消えたのは炎だけではなかった。

 

 

 

 

 

 12月20日、18時00分、並盛山頂上にて―――

 

 

 

 

 

 ―――沢田綱吉の生体反応は、この世界から完全に消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高層ビルでの、とある『至高』と『傍観者』の会話―――

 

 

 

「―――終幕、ですね」

 

「そのようだね……」 

 

「……分かってはいましたが、やはり貴方は干渉するつもりはないようですね」

 

「当然だよ。《復讐者(ヴィンディチェ)》達に《アルコバレーノのおしゃぶり》の権利を譲り、全ての(トゥリニセッテ)の維持が確約された以上、私が力を振るうことは最早ないに等しいだろう。これからの世を築き、守っていくのはこの地球上に生きる人間達さ」

 

「……聞くの野暮だとは思いますが、よろしいのですか? 計画次第では、彼の命はゼムリアにて終わりを迎える可能性も――」

 

「――別に。綱吉君がどんな結末を迎えようと、(トゥリニセッテ)が無事ならば文句はない。君たちが何を企んでいようと、私は手を出すつもりは全くないからね。それに君たちは別に神に成り(・・・・)上がろうと(・・・・・)するアレ(・・・・)とは違い、地球という星を終焉に導こうとしているわけではないだろう」

 

「………えぇ。《結社》の目的―――私と彼女(・・・・)の願いは世界の終焉なのでは断じてありません」

 

「ならばなにも言うことはない。役割を終えた以上、私はただこの命尽きるまで、この星に生きる生命体の行く末を見届ける―――それがどんな結末であろうともね」

 

「……そうですか。ならば貴方との会話も、今日で最後になるかもしれませんね」

 

「……そうだね。私が今回表に出たのはこの世界の空間の歪み、そして内側(・・)からの来訪者の気配を感じ様子を見に来たまで。原因も目的も知れた以上、もうここに用はない。そろそろお暇させていただきたいが…………あぁそうだ。折角だから顔見知りである君に、一つ忠告だ」

 

「………?」

 

「―――綱吉君を侮らないことだ。仮にも彼は私ですら出来なかった―――《アルコバレーノ》の運命を変えた張本人だ。そしてこの世界での数々の戦いでも、彼の手によって定められた運命はことごとく覆された。ただ特別な力を持っている人の子と侮れば、君たちが長年描いた計画も、破綻しかねないよ」

 

「……………」

 

「それじゃあ今度こそ失礼するよ。久しぶりに君と話せて良かった……運が良ければ、また会おう―――リアンヌ(・・・・)

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――それこそ有り得ませんよ、チェッカーフェイス」

 

 

 

「彼を―――――ジョットの子孫であり、彼の意思を正しく受け継いだ後継者であるツナヨシを侮ることなど、決してありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 やーっと物語が動き出しました……本当に待たせました!

 ローブの女性、一体何者なんでしょうね……?(汗)

 声だけでしたが《蒼の深淵》さんが登場! 稀代の天才と恐れられる魔女してのこの人の実力も超ヤベーですのでお楽しみに! ちなみに注意しておきますが、この世界での《深淵》さんは決してドM魔女ではありませんので!………………。

 次回から遂に軌跡世界からスタートです! 最初にお伝えしておきますが、今回の話から次回の話まで時間が少し飛んだ状態からのスタートなのでよろしくお願いします。

 あ、それからもう一つ。とあるユーザーさんから『この小説では『オリキャラの募集』をしてますか?』と質問がありましたが――――基本OKです!! 送っていただけるのなら凄く嬉しいし感謝の気持ちで一杯になっちゃいます!! 
 ただし、自分の執筆の力量だと多くても一人のユーザー様につき二名、最低でも一人の採用になってしまいます。そして物語の都合上、キャラ設定を変えてしまうこともありますが、それでも良いというお方は是非!!
 もしかしたらそれ用の活動報告をあげるかもしれませんが、基本はメールでお願いいたします。 

 それでは次回、またお会いしましょう!

 


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第1章~トールズ士官学院~
入学


 みなさん、お久しぶりであると同時にここまで遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした!!
 どうしてここまで遅れてしまったかは後書きで話しますので、まずは本編をどうぞ!!です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三月三十一日。別れもあれば、始まりでもある春の季節。

 

 

 

 エレボニア帝国、帝都ヘイムダル近郊都市小都市トリスタ。

 

 未だ冷たさもあれど暖かさも感じる風が吹き、新入生を迎えるかのように街中に咲き誇るライノの花と香りが舞い、学院の制服を纏う生徒達は思わずその光景に見惚れてしまう。

 

 

 トールズ士官学院。

 

 七耀歴950年、エレボニア帝国史上最大の内戦とされた《獅子戦役》にて勝利を掴み取った大帝・ドライケルス・ライゼ・アルノールが設立した歴史ある士官学院。かつては軍事を専門とした学院ではあったが、現在は士官学院という体裁を保ちながらも、芸術や音楽といった様々な分野科目を取り入れているのだ。

 帝国の貴族の嫡子だけでなく平民出身の生徒も在籍し、卒業後の生徒たちは学んだ知識と技量を生かし軍属だけでなくあらゆる職業に就き活躍しており、帝国で名を轟かせる有名人の多くはトールズ出身とも聞く。

 ゆえに、トールズ士官学院は貴族の跡取りや平民出身の秀才が集う名門校と位置付けられている。

 

 そんなトールズ士官学院は本日、第215回を迎える入学式が行われる。

 ある者はトリスタ駅に停まる列車から、ある者は送り迎えの導力車から、緑と白―――そして極少数の赤色の制服を身に纏った新入生達が、希望と不安といった様々な想いを胸に、トールズ士官学院へと足を運んでいく。

 

 

 

 

「ライノの花か……綺麗だな」

 

 トリスタ駅の駅舎から歩み出た途端に、満開のライノの花による一面の景色に思わず呟いてしまった―――得物を包んでいる刀袋を背負い赤い制服を身にまとった黒髪の少年、リィン・シュバルツァーもその一人だ。

 

 ライノの花に見惚れながらもリィンは颯爽とした様子で校舎への道を歩んでいく。その道すがらトリスタの住人達からの祝福の言葉をかけられ、感謝の意をこめた挨拶を返すことも忘れない。

 故郷を早めの時間帯から出発したおかげか、入学式まで時間の余裕がある。ならば折角なのでこれから2年間お世話になるトリスタの町を遅刻しない程度で軽く散歩するのはどうだろうか。

 

 そう思いリィンは歩みだそうと――――

 

 

 

 

 

 

 

「―――いてぇーーーーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 不意をつかれたのような大きな悲鳴にリィンはギョっ!!としてしまい、悲鳴の聞こえた方向へと思わず視線を動かす。

 そこに目を向ければ、ふわふわとはねた茶色の髪型の少年が頭を抱えながら仰向けに倒れていた。察するに転んで倒れてしまったのだと想像に難しくなかった。

 

「き、君! 大丈夫か!?」

 

 周りに生徒がいなかったか―――いや、それとは関係なくリィン・シュバルツァーは周りが呆れてしまう程の無自覚なお人好しだ。ゆえに、見知らぬ少年であろうとリィンはこの光景を見過ごす選択肢は存在しなかった。

 

「あ、ありがとうございます……いやー、景色につい見惚れてしまい足を滑らせて頭を強く打ってしまうなんて、いつものことながら俺のこのダメっぷりどうにかならないかな……」

 

「いつも!? ま、まあ実際俺もライノの花に見惚れて周りを少しばかり疎かにしてしまったから人の事は言えないけど……と、それよりほら、立てるか」

 

「うぅ……助かります」

 

 手を貸して無事立ち上がれた少年にどうやらそこまで外傷があるわけじゃないかと一安心するリィン。そして改めて助け起こした少年の容姿を失礼のない程度に観察する。

 自分や他の新入生よりも幼く見えてしまう童顔、身長も見る限り150リジュ辺りで、肉体も服に覆われて正確な判断はつかないが恐らく普通だろう。失礼だが、とても軍事学校に入学するとは思えない見た目だ。

 しかしこの少年は貴族生徒が纏う白でも、平民生徒が纏う緑でもないが、自分と同様()()()のトールズの制服を身に纏っている。つまりこの少年もトールズの新入生だということだ。

 だからリィンは、思わず少年に対して抱いてしまった疑問を口に出してしまう。

 

「失礼だと思うけど……その――」

 

「――あぁ……やっぱり自分って皆さんと比べると場違いですかね。まぁまだ俺14歳だから、ここにいる誰よりも歳は低いと思いますし」

 

「14!?」

 

 これは素直に驚きを隠せなかった。

 『トールズ士官学院』は帝都ヘイムダルに存在する『聖アストライア女学院』に並ぶエレボニアにが誇る名門校だ。 

 当然入学を希望する生徒の倍率は高く、それに加え名門というだけあって入学試験もそれ相応に難易度が高い。ゆえにトールズに受かるのは自分のようにな17歳前後の者達が普通だ。それよりも若くして入学できないこともないが、それでも極まれだ。つまりこの少年は――

 

「14歳で名門のトールズに入学なんて、君って凄いんだ――」

 

「――そんなことありませんよ全然!! 出会ってすぐに拳銃を発砲したり修行(地獄)へ蹴り飛ばしたりダイナマイトをばら撒いたり極限!!極限!!と吠えたり群れてるという理由で嚙み殺したりしない―――俺はそんなどこにでもいる"普通"な人間です!! 」

 

「そ、そうなんだ……(や、やけに"普通"を強調しているのは気のせいかな……それに普通の比較の例えが少し具体的で物騒すぎるのも……)」

 

 あまりにも必死すぎる少年の物言いに、流石のリィンも苦笑いを浮かべた。自分だけでなく他の生徒もこの少年を普通以外に視ないんじゃないかなと口に出そうとしたが、その話題に触れると何故か危険という直感が鳴り響いたため寸前で口を閉ざす。

 

 

「取り敢えずなんともなさそうで良かったよ。それにしても………君の制服も"赤"なんだな」

 

「……そうですね、見渡す限り赤の制服を着ている学生さんは極僅かみたいですし……もしかしたら同じクラスになるかもですね」

 

「そうだと良いな。こうして会えたのも何かと縁を感じるし、これから仲良くしてくれると俺は嬉しいよ」

 

 これは噓偽りのないリィンの本心だ。

 確かにこの少年の存在には驚きはしたが、ただそれだけだ。これから2年間共に過ごすであろう同級生、それも同じクラスになるのであれば仲を深めていきたいと当然思っている。

 

 それに何故だかまだ分からないが、この少年を放っておけないと感じてしまうのだ。

 先ほどのダメっぷりや言動を目の前にしたこと、年上として年下を守り導く責務も理由に含まれるかもしれないが、武人の末席としての経験からか自身の直感からなのか……ともかく、リィンは―――現在進行形で目頭を押さえながら"うわぁ……ゼムリアって本当にいい人ばっかり……もう泣きそう…"……と、天を仰ぎながら小声で呟いている少年を気にかけてしまう。

 

「入学式までまだ時間もあるし、俺はもう少しこの辺りを散歩しようと思うけど、君はこれからどうするんだ?」

 

「俺はもう校舎の方に向かいます。万が一これで遅刻してしまったら色々な意味で立ち直れなくなるので……」

 

「あ、あはは。そっか、じゃあ次に会うのは入学式になりそうだな。――っとそうだ。大事なことを忘れていた」

 

 右手を差し出すリィンに頭を傾げた少年だったが、すぐに意図を気づいたのか嬉しそうに右手で握り返し互いに"よろしく"という意味を込めた握手を交わす―――

 

 

 

「―――俺はリィン・シュバルツァー。同じクラスになるかはまだ分からないけど、これから2年間よろしく頼むよ」

 

「―――ツナヨシ・サワダです。俺のことは気軽にツナって呼んでください。こちらこそよろしくです、リィンさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、ツナヨシは転んだ自分を助けてくれた同級生――リィンと別れ真っ直ぐ校舎に向かった。

 道中トラブルもなく無事校舎に到着したことにある種の感動を味わっていたところ、校門の近くで佇んでいた栗色の髪をした小動物の様な女性とツナギを着用した少し小太りな男性の先輩に出会った。事前に告知されていた荷物を預け、二人から入外のお祝いの言葉をいただき、嬉しさと遅刻をしなかった安堵感を胸に入学式が行われる講堂へと向かった。

 ……まあ、最期に気が緩んでしまったのか講堂の入り口で自身のダメっぷりがこのタイミングで再び発揮されてしまい、人数がそれなりに揃った新入生達の前で見事にズッコケてしまい注目を集めてしまったのだが……

 

 

 

 

「最後に君たちに、一つの言葉を贈らせてもらおう」 

 

 現在、トールズ士官学院学院長による新入生に向けての挨拶が行われている。

 もしこれが()()()()()()()()であれば、流石に居眠りをすることはないが、ある程度にしか話を聞かず別のことに思考を働かせていたかもしれない。 

 

 だが、今壇上に立って新入生一同に向けて話しているこの学院長に対して、ツナヨシはそんな態度は取ったりしない。

 

 

 トールズ士官学院学院長、ヴァンダイク。

 

 こうして目にするのは初めてだが、事前に調査していたからこそツナヨシは彼を知っている。

 学院長でありながら、エレボニア帝国正規軍名誉元帥という華々しい肩書も持っているエレボニア帝国が誇る最高戦力の一人だ。現在では退役し戦場に出ることは殆どないだろうが、長年修羅場を歩んできた名将から溢れ出る覇気は、入学式でなければツナヨシが思わず警戒してしまい、もし《守護者》であるあの戦闘狂がいれば喜々として戦いを仕掛けるほどに強い。

 

 

(確かこの学院長に勝るとも劣らない強者が何人もこの国にいるんだよね。いくら軍事国家とはいえエレボニア怖っ!!)

 

 『お 前 が 言 う な!!』という、ツナヨシの内情を知る者が聞けば真っ先にツッコんでしまう内容をつい思考してしまうツナヨシ。しかしそれをすぐに頭の隅に追いやり、学院長の言葉に耳を傾ける。

 

「『若者よ―――世の礎たれ』――― “世”という言葉をどう捉えるのか。何をもって“礎”たる資格を持つのか。これからの二年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手掛かりにして欲しい……。ワシの方からは以上である」

 

 この言葉を最後に学院長の挨拶が終わり、入学式は終了となった。

 教頭の指示の元、緑色の制服を着用した平民出身であるⅢ~Ⅴ組と白色の制服を着用した貴族出身であるⅠ~Ⅱ組の新入生達はそれぞれの教室へ移動していくが、赤色の制服を着用した10名の生徒に対してなんの指示もなく残されてしまう。 

 戸惑う生徒達をよそに、ツナヨシはヴァンダイク学院長が口にした"ある人物"について考えていた。

 

(ドライケルス大帝―――この学院の創立者であり、『獅子戦役』を平定した英雄……。そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()……) 

 

 帝国史上最大の内戦といわれた『獅子戦役』を平定し、衰退したエレボニアを復興させた帝国中興の祖にして、250年前のエレボニア帝国の皇帝、《獅子心皇帝》ドライケルス・ライゼ・アルノール。

 彼の英雄章は所々にしか目を通していない。しかし彼の歩んだ軌跡は、歴史や伝説に興味をあまり持たないツナヨシですら憧憬の念を抱いてしまうほど。

 

 もっとも、ツナヨシがドライケルス大帝を()()()している理由は別なのだが―――

 

 

 

「――はいはーい! ”赤い制服”を着てる子たちは注目~!」

 

 静寂とした講堂に響き渡る()()()()のある明るい声に、思考の海に沈みかけたツナヨシの意識が戻る。 

 

 声のした方向へ目を向けると、赤紫色(ワインレッド)の髪を後ろで纏め上げた素人目から見ても充分美人といっても過言ではない女性が立っていた。 

 ツナヨシ、そして赤い制服の生徒の一人である銀髪の少女はこの展開が予想通りだったからなのか微動だにしなかったが、他の生徒たち今だ状況が飲み込めていない。

 

 そんな彼らに構うことなく、赤紫色(ワインレッド)の女性は明るく告げる。

 

 

 

 

「―――君たちにはこれから、”特別オリエンテーリング”に参加してもらいます♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――サラ・バレスタイン。今日から君達《Ⅶ組》の担当教官を務めさせてもらうわ。よろしくお願いね♡」

 

 赤紫色(ワインレッド)の女性―――サラによって集められた旧校舎。

 とある二人以外の生徒達はサラの言葉に戸惑いを見せる。なにせトールズ士官学院のクラスは平民出身であるⅢ~Ⅴ組と貴族出身であるⅠ~Ⅱ組Ⅶ組と全部でⅠ~Ⅴ組の5クラスあり、Ⅶ組というクラスなど入学案内書には書かれてなどいなかった。

 この場の全員を代表するかのように眼鏡をかけた少女―――エマ・エマ・ミルスティンはその疑問を口にして尋ねる。それに対してサラは、またもや予想だにしなかった言葉を発する。

 

 

「今年から新しいクラスができたのよ。()()()()()()()選ばれた君たち”特科クラス《Ⅶ組》が」

 

 元よりこのクラスの編成理由を知るツナヨシと銀髪の少女、そして()()()()()()帝国外からトールズ士官学院に入学した褐色の少年を除いた生徒達の表情は差異はあれ、戸惑いから驚きに変わる。

 

 

 エレボニア帝国は他国と違い創立から現在に至るまで"貴族制度"が存在しており、平民出身と貴族出身での身分の差は隔絶し、現在でも貴族達の大きな権力はだ健在だ。全員が全員というわけではないが、昔から大小な違いはあれ少なからず貴族と平民との溝がある。 

 

 ゆえにトールズでもクラス分けの際は貴族と平民の身分によってクラス分けがされている。だがサラの言葉に偽りがないのなら、この《Ⅶ組》は貴族出身と平民出身の生徒達が一堂会されたクラスであること。

 だから当然、それに納得しない者が現れるのは必然。

 

「―――冗談じゃない!! まさか貴族風情と一緒のクラスでやっていけと言うんですか!!」

 

 大声を張り上げたのは緑髪の眼鏡をかけた男子生徒―――マキアス・レーグニッツ。最初は下々の者を見下す貴族出身者かと思ったが、彼の纏う雰囲気、そして続けて発せられた貴族全員を敵にまわしかねない罵言に、彼が平民出身者であると同時になんと恐れ知らずな……と少々引いた表情をしてしまうツナヨシ。

 

(……あれ? "レーグニッツ"ってどこかで聞いたような―――)

 

「―――ふん。平民風情が、騒がしいな」

 

 そんなマキアスの発言を鼻で笑い、まるでお返しと言わんばかりに"平民風情"と口にした、見るからに育ちよさを感じさせる金髪の男子生徒。その男子の態度に当然反応するマキアスに対し、金髪の男子は堂々と己の名を告げる。

 

「―――ユーシス・アルバレア。貴族如きの名前など、覚えて貰わずとも構わんがな」

 

 『アルバレア』―――あまりにものビッグネームに、緑髪の男子は勿論多くの生徒達が驚愕する。

 貴族の中でも特に大きな権力を有する『四大名門』の一角――それも貴族の中でも最上位の公爵家の爵位を掲げる大貴族の中の大貴族だ。

 流石のマキアスも一瞬怯みはしたが、すぐに調子を取り戻し――

 

「だ、だからどうした!! 例え『四大名門』であろうと、僕は―――」

 

「―――はいはいそこまで。互いに言いたいこともあるだろうけど、とりあえず一旦そこまで。そろそろ”特別オリエンテーリング”を始めるわよー」

 

 マキアスの言葉を遮るようにサラの声が響き渡る。仮にも教官である彼女の一言で、不満そうに歯を食い縛りながらもマキアスは彼女の言う通りに踏み留まる。

 全員の視線が自分に集まったことを確認したサラは、ニコニコと笑いながら静かに後ろへと後退していく。

 

(あれ、なんか少し嫌な予感がするんですけど……)

 

 腹黒の家庭教師のああいう種の笑顔を何度も見てきたからなのか、()()()()に頼らずとも警戒心を強める。

 

 それは、決して間違いではなかった。

 

「それじゃ、行ってらっしゃい♪」

 

 校舎の壁に設置されていたスイッチを、何の躊躇いもなく押した。

 直後、生徒10人の足元で地響きが起こり、次の瞬間には床が一気に大きく傾いた。

 

「なぁっ!?」

 

「うわぁっ!!」 

 

 突然の事態に対処どころか状況判断もできなかったメンバーのほとんどは、なすすべなく階下へと落下していく。

 

「やっ―――」

 

 そんな中、銀髪の少女は慌てることなく右腕に仕込んでいたワイヤーを天井に括り付ける事でぶら下がり、難を逃れることができた。

  

「こらフィー、サボってないでアンタも付き合いなさい。オリエンテーリングにならないでしょうが」

 

 銀髪の少女―――フィーの経歴を知っているがため、彼女がこの程度で落ちないことは分かっていた。が、彼女も《Ⅶ組》の新入生である以上、他の生徒達と共にオリエンテーリングを受けてもらわないければならない。それが例え彼女にとって退屈な難易度であってもだ。

 

 フィー自身、面倒という気持ちはあるがサラに逆らえば更に面倒ごとが起きるのは目に見えているので、落下していった8()()に続こうと思っていたが、どうしてもサラに聞きたいことがあった。

 

「……というかサラ。()()()()()()()()()()()()()()()()と思うんだけど――」

 

「――ほいっと」

 

「あっ」

 

 フィーと呼ばれる少女の問いに答えることはなく、サラが投擲用のナイフを一振り投げることでワイヤーを断ち切ったことで、フィーは抵抗する暇もなく穴の中へ落下していく。

 

 

 

 

「――あのー、あの子落ちていったんですけど大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫よ。あの子は経歴が経歴だから、この程度はお茶の子さいさいよ。というか君も君よね。床が割れる直前で私がいる壇上まで飛躍するなんて、よくあの床が割れるってわかったわね」

 

「えーと……―――――勘、ですかね」

 

「それだけで『あぁそうなのねアハハハ!』と答えると思ってるの?」

  

 "ですよねー"と苦笑いを浮かべながら答える―――いつの間にか自分の隣に立っている少年をジト目で睨むも、彼の実力をそれなりに理解しているサラは瞬時に切り替え、改めてツナヨシに向き直る。

 

 

「――二週間ぶりねツナヨシ・サワダ君。改めまして入学おめでとう」

 

「――あ、ありがとうございます。今日からよろしくお願いします、サラさん」

 

 笑顔で祝いの言葉を贈るサラに、年相応に顔を赤くするツナヨシ。未だ女性に対して……それも見た目に関しては充分尊敬できる美人な年上のお姉さんに分類するサラに、耐性が今だないツナヨシが赤面してしまうのはある意味当然。

 二週間前に初めて会った時から変わらないツナヨシの姿に対し、"あら可愛い♡"と余裕な表情で返すサラである。

 

「それにしても、相変わらず君は普段と戦闘時のギャップが激しいわね。入学式前に派手に転んでいたし」

 

「げっ! 見てたんですか!? あぁ……できるだけこの学院では目立ちたくなかったのに……」

 

「いや、この《Ⅶ組》に入る以上嫌でも目立つことになるわよ。君の意思とは関係なく、色々の意味で」

 

「あぁーーー!! そうでしたぁーーー!!」 

 

 頭を抱えて悩むツナヨシに、"ホント抜けてるわねぇ君は…"と、ツナヨシの入学事情を知るサラは思わず呆れてしまう。

 傍から見れば、見た目のこともあって軍事学校に入学する気概がある者にはとても見えないだろう。しかしサラ自身も人のことは言えないが、この少年を見た目と表面上で判断し侮れば必ず後悔するだろう。

 とある事情でツナヨシと一戦手合わせし、ツナヨシと心情を話し合ったサラだからこそ分かる。彼は――

 

 

「――さて、君とは改めて色々と話しをしたいところけど、まずはオリエンテーリングよ。()()()()()()()()()()()()()()でもⅦ組の一員となる以上受けてもらうわわ」

 

「はぁ……了解しました」

 

「そんな見るからに"私戦いたくありません"みたいな表情しないでとっと行く! あ、なんだったらお姉さんが直接落としてあげてもいいわよ♡」

 

「いや結構です!! 穴に落ちるぐらい自分でできますから!!」

 

「ぶぅ…、つまんないわね。ま、君のことだから心配は全くないけど……彼らのこと、よろしくお願いね♪」

 

「うぅ……何とか頑張りまぁす」

 

 この言葉を最後に、ツナヨシは割れた床の穴へと落ちていく。まあ、訓練を受けていない新入生に配慮していたためか深さもそこまでなかったため、ツナヨシでも難なく地下へと無事着地した。が―――

 

 

―――パァン!!と直後に乾いた音が周囲に響き渡る。

 

 

 音が響いた先には、赤くなった頬を抑える黒髪の少年―――リィンと、向かい合いに右手を振りかぶった金髪の女子生徒。そしてその光景に目を白黒させる他の生徒達の姿が。

 

 

「なにこの状況ーーーーーーーー!!?」

 

 全く状況が呑み込めないこの光景に、ツッコミ気質が今だ抜けないツナヨシが叫んでしまうのは至極当然のことであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 改めてまして、ここまで本当に申し訳ありませんでした!!

 まあ理由は二つありまして、まずリアルで仕事で忙しかったことです。仕事が忙しいのは当然なんですけど、私が勤める会社は年末と3月末までの仕事の忙しさが半端ないので…(疲)

 二つ目は私、三月末をもって今勤めている関西の会社から九州の会社へと転職することになりました!! それで仕事の普段業務に加え引継ぎ作業や引っ越しの準備やらしないといけないのでマジでしんどいです……はい。

 以上の理由があって……そして空いた時間があったらゲームなどしてしまってここまで遅れました本当に申し訳ありません!! 


 さて、無事入学した綱吉であった―――え? 話が飛びすぎ? どうして綱吉がトールズに? というかこの日まで綱吉はどう過ごしたの!? と疑問をお持ちの方がいらっしゃると思いますが、それは追々明らかになっていきます。そして綱吉がゼムリアに迷い込んだ直後の話もやりますのでお楽しみに!!です。


 次回はオリエンテーリング編、楽しみに待っていて下さい!!


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新入生

 


 本当にお久しぶりですと同時に、2020年が終わるこの月にまで投稿せず、誠に申し訳ございませんでした!!!

 執筆をやめるつもりはないんですが、更新頻度が落ちてしまうのはどうかご了承ください!! 次回はなるべく遅くならないように更新いたしますので!!

 また、今回の話にもツッコミ所はあると思いますが、どうか最後まで読んであとがきまで読んでいただければ嬉しいです!!

 それでは、キャラ崩壊してないか怖いですけど、どうぞ!!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ほいっと」

 

 虫型の魔獣、コインビートルを双剣銃で一閃。ただそれだけで魔獣は絶命し、セピラへと姿が変わる。

 

 走行中、20体の群れで固まっていたコインビートルに遭遇したが、ある程度実力がある士官学院の新入生でも倒せる程度のレベルの魔獣は少女―――フィー・クラウゼルの敵ではない。 

 半数を一瞬で難なくを倒したところでフィーは敵の気を逸らさない程度に、残り半分のコインビートルの相手をしている少年に向けて視線を動かす。 

 

 

 

「――ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!! こっち来るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 聴くからに情けない悲鳴を上げながら得物―――導力銃でコインビートルに向けて連射する少年――ツナヨシ・サワダ。

 周りから見れば迫りくる魔獣に恐怖して、銃を乱射してるようにしか見えずまともに当たりはしないだろう。

 しかし闇雲に撃ってるように見えて、少年が撃った銃弾の一発一発は外れることもなく、5体のコインビートルの急所を的確に撃ち抜いているのだ。

 

 表情、言葉と行動が全く一致しない少年の行動に常に眠たげな目が一瞬見開き、()()()()を持ったフィーであったが、まずは魔獣の殲滅が優先と言わんばかりに意識を戻す。

 

 

 

 そしてフィーが10匹目の魔獣を一閃するのと同時に、ツナヨシも10匹目の魔獣を撃ち抜いたことで、20匹存在していたコインビートルの群れは1分もかからず全滅した。

 

「敵勢力殲滅完了。想定していたよりも早く終わった……これもツナのおかげかな」

 

「ひぃぃぃぃ……超怖かったぁ!!! い、生き残れて本当に良かったよぉ……!!!」

 

「………」

 

 怯えの悲鳴を上げるツナヨシに、さしものフィーも無表情を崩し呆れの表情を見せ、彼という人物が今だにつかめずにいる。

 

 さて、トールズ士官学院生の平均年齢を下回る少年少女の二人が共にダンジョンをさ迷っているのか、時間は少しばかり遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全員揃っているみたいね』

 

 

 金髪の女性からの怒りの平手打ちを受け意気消沈しかけているリィンと、どこか気まずい空気が漂い綱吉は何故こんな状況なったのかいまだ理解が追いつかない中、突如全員から学院の入学が決まったときに送られてきた導力器……戦術オーブメントと呼ばれる小型の機械から声が響きわたる。

 

 その声は教官であるサラであり、そのまま通信越しで彼女から様々な説明を受ける。

 

 

 生徒10人が渡された戦術オーブメントは、エプスタイン財団とラインフォルト社が共同で研究・開発して製作された第五世代型戦術オーブメント『ARCUS(アークス)』。

 戦術オーブメントとは、結晶回路(クオーツ)と呼ばれる石をセットすることでこの世界で"魔法"と称される導力魔法(オーバルアーツ)の使用が可能の他、身体能力や魔法(アーツ)の向上などの恩恵を与えるといった戦闘面に秀でた導力器(オーブメント)である。

 

 一世代前、というかつい最近までの戦術オーブメントは『ENIGMA(エニグマ)』が使用されており、かくいうツナヨシも最近までお世話になった戦術オーブメントだ。

 しかし今回が『エプスタイン財団』だけでなく、帝国で最も巨大な巨大重工業メーカーである『ラインフォルト社』も開発に関わっているということは、この『ARCUS(アークス)』は『ENIGMA(エニグマ)』よりも機能が進化していることだろう。

 

 そんな説明の途中に突如部屋全体が明るくなり、その部屋の片隅に10の台座があり、生徒達が門で預けたそれぞれの得物と初心者用のクオーツが入った小箱が置かれている。教官の指示で一先ず一同は各々用意されたクオーツを各自セットし自身の獲物を確認する。

 

 全員の準備が終わるのを待っていたかのように、突如奥にある石の扉が開かれた。そして再びサラによる説明がはいる。

 

『この先はダンジョン区画になっていて、一応迷路みたいに道は複雑になっているけど無事に終点までたどり着ければ旧校舎の1階まで戻ってこられるわ。まあ、道中に魔獣が徘徊しているから油断せずに向かうことね』

 

『それじゃあこれより、トールズ士官学院特科クラスⅦ組の特別オリエンテーションを開始する。各自ダンジョンを踏破して、旧校舎1階まで戻ってくるように。文句はその後に受け付けるわ』

 

 

 その言葉を合図に、サラとの通信が途絶える。

 いきなりの状況に大半の生徒は少しばかり混乱しており、一先ず全員で集まり意見を交換しようと自然と全員中央へ一か所に集まろうと歩みだす。

 

 そんな彼らに習い、輪を乱さぬようツナヨシも足を動か――

 

 

 

『――一緒に行こ』

 

『――へ?』

 

 ――すよりも早く、銀髪の少女――フィーに右手を掴まれ、綱吉は答える暇もなく二人だけのダンジョンへと繰り出されることになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツナって何者?」

 

「え、いきなりなんなのフィー?」

 

 道中魔獣に遭遇しながらも危なげなく撃破しながらダンジョンを徘徊している最中、突如フィーからそんな疑問がなげかけられる。ちなみに二人はすでに軽く自己紹介をしており、互いの了承もありファーストネームで呼び合ってる。

 

 フィーが少々強引とはいえツナヨシと共に行動しているのは、単純に興味を持ったからだ。

 彼女の経歴が経歴がゆえに旧校舎に集った生徒達の中では、誰よりも戦い慣れており実力もそれ相応に強い。だからこそ、床のトラップも造作もなく逃れられたし、新入生用に合わせた強さの魔獣も難なく倒せる。

 

 しかし、そんな自分と同じように床のトラップを逃れた男が一人いた。その時点で十分フィーの興味を引いたがそれだけではない。

 

 彼の怯え震えた姿はつい呆れてしまったが、そんな彼の放つ導力銃の弾全ては外れることなく魔獣を撃ち抜いたのだ。情けない悲鳴を上げた姿に誤解されそうだが、あの腕前は明らかに指導を受けた類のもの。

 そして信じ難いことに彼には実践経験があるようにも見える。だからこそ、フィーはツナヨシに強く興味を抱き、こうして彼が何者なのか見極めんとしている。

 

 そんな彼女の問いに一瞬だけ言葉に詰まるツナヨシだが、それを表情にだすことなく極めて自然に言葉を紡ぐ。

 

「何者って……どこにでもいる普通の人間ですヨ?」

 

「……割れる床から逃れた飛躍力といい、弾を一発も外すことなく魔獣を的確に撃ちぬく腕前といい、どう考えても普通というカテゴリーには入らないと思う」

 

 フィーの尤もと言える言葉に、まるで心外だと言わんばかりにツナヨシは表情を崩し――

 

「いやいやいや!! どう考えても俺は普通だよ!! 俺のかて――師匠なら傾いた床でも平然とコーヒー飲みながら突っ立ってられるし!! さっきの魔獣の群れだって拳銃一つで秒にみ満たない一瞬で仕留められるし!! それと比べたら俺なんて………ふっ、普通以外になんと言えと?」

 

「ツナ、目が死んでるよ。そもそも比較の対象がおかしい…」

 

 もしこの場に他の生徒が聞いていれば"有り得ない…"、"人間技ではない…"と意義を唱えていただろうが、フィーはそれについて口を挟まない。

 

 勿論ツナが語る師匠の実力に驚いてはいるが、かつてフィーのずっと傍に、そんな人間離れをした実力を当然のように見せていた規格外の父親をずっと敬愛の目で刮目してきた。

 そしてそんな父親に匹敵する人外に等しい武人達を何人も見てきたからか、そんなツナの言葉をそれなりに信じられた。

 

「ん……。そういえばツナって、私と同じで帝国の人じゃないんだよね。どこから来たの?」

 

「えっと……どこから来たかと言えば、一応レマン自治州から、かな?」

 

「なんで疑問系?」

 

「いやーここ最近は、()()()()()とずっと西ゼムリアの国々を旅して回っていたからね。出身はレマンだけど全然帰れてないし、それにここ数ヶ月の旅の内容があまりにも濃くて……あぁヤバ、思い出すだけでも寒気が…」

 

「ツナツナ、また目が死んでるよ」

 

 まだツナヨシについて知らない部分ばかりだが、この少年の目の光が失うほどの旅路……気にならないと言えば嘘になるが、今このタイミングで聞くのは危険と何故か頭から警報を鳴らしたがゆえか……一旦この話題はやめた方がよさそうだと判断する。

 

「って。俺だけ色々喋っていたけど、そろそろフィーのことも教えてよ」

 

「ん……確かに、私だけ何も教えないのは不公平だね。でもどうせなら、私の正体を当ててみてよ」

 

「えぇ…」

 

 呆れの声が漏れるも、今のフィーは自分から話す気はないようだ。あまりこういうのは得意ではないのだが、ツナヨシは改めてフィーの姿を改めて確認する。

 

 身長は自分とそこまで変わらない小柄な少女。自分も人のことは全く言えないが、見た目だけなら軍事学校で過ごしていけるとは思えない少女だろ。

 しかし、罠を逃れた仕込みワイヤーといい、年上にも勝るとも劣らない身体能力といい、戦い慣れている戦闘術といい、彼女もまた"普通"の学生と言える存在ではない。

 

 どこかの流派を収めた武人…と一瞬思ったが、彼女の得物は銃と短剣が合わさった双銃剣。そんな武器を使った流派など聞いたこと―――それ以前にそんな複雑な武器は、事情がない限り()()()()に流通しない。

 

 いや、そんな思考が浮かぶ前にフィーの武器を見た瞬間から、自身の直感……それにある検討がついていた。

 かつて、どうしても見過ごせない事案に割って入り、()()()()()()()()()()()()()()……彼の部下達が所持していた武器に似ていたのだ。

 

「―――まさか"猟兵"。……いや、流石にそれは――」

 

「……正解。一回目で良く当てられたね」

 

「………―――え?」

 

「だから正解。私はとある《猟兵団》に属していた"猟兵"。今は辞めているから"元"だけど」

 

「はいぃぃぃぃぃぃぃっ!!? フィーって"猟兵"!? というか何普通に答えてるの!?」

 

「――………正解したから」

 

「正解したからってなんでも答えて良いもんじゃないからねっ!!?」

 

 《猟兵》―――(ミラ)次第ではどんな仕事も、それこそ戦争を請け負うことも、敵対する団体の大量虐殺だって躊躇いなく実行できる人に死を与える"死神"。

 そして《猟兵団》とは、そんな"猟兵"が一つの団体に集い、そのなかでも優秀な団体に与えられる称号である。

 全ての《猟兵団》がというわけではないが、多くの《猟兵団》が仕事を行う過程で多くの民間人をも巻き込み多大な被害を及ぼしており、民間人を保護する《遊撃士》とは敵対関係にあり、『リベール王国』などは"猟兵"の運用を禁止するほどだ。

 

「どうせバレるのも時間の問題。ツナなら気付きそうな予感もあったし、早々に正体を明かした方が()()()()()()()()()()

 

「そういう問題じゃ――――って、今は言っても仕方ないか。とにかく!! 余程のことがない限りは絶対に自分から絶対に"猟兵"って言わないこと!! ()()()()()()()()()けど、世間ではやっぱり"猟兵"に良い感情は抱かなからね――わかった?」

 

「………え?」

 

「えっと……どうしたの目を丸くして? まさか……知らず知らずのうちになにか気に障るようなこと言っちゃった!?」

 

「ううん、そんなことはないけど……気にしないの? 私は、元とはいえ"猟兵"なんだよ」

 

 フィー自身、《猟兵》が世間でどのような目で映っているのかは理解しているし、自身の正体を知れば自分から人が離れていくことも安易に予想がつく。

 正直に言えば、ツナヨシに自身の正体を簡単に明かしたのは、自身の心に痛みを与えないための自己保身。

 会ってまだ短いが、フィー自身この少年のことを少し気に入っている。そして時間が経てば良き友人になるのではないか……そんな予感が何故か感じられる。……だからこそ、フィーは早々に自身の正体を明かす。―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 なのにこの少年は――

 

「まあ、フィーが《猟兵》であることは驚いたけど……ただそれだけだよ。そんな理由でフィーへの態度を変えたりなんかしない」

 

「どうして……」

 

「それじゃあ質問だけど、仕事や己の私利私欲のためにそれとは関係のない人、それこそ力のない民間人まで巻き込むことを全く厭わない、フィーはそんな"猟兵"だった?」

 

「違う!! 私はそんな事―」

 

「――うん。フィーにその心があると分かっただけで、もう十分さ」

 

 まるで慰めかのように、ツナヨシはフィーの滑らかな髪をした頭を優しく撫でていく。

 ツナヨシの突然の行為に驚くものも、決して不快な気持ちにはならず、むしろ心がポカポカと暖かく感じていく。そう、まるで亡くなったあの父親の暖かさに似て―――

 

「世の中には様々な境遇を抱えている人がいる。誰もが光の世界で真っ当な生を送れるわけではないことを、俺はこの数年でそれを知った。フィーも、なにか理由があって"猟兵"をやってたんだろ?」

 

「――うん……」

 

「流石にそこから先は踏み込まないよ、まだ俺たちは会って間もないしね。でも、もしフィーが話してくれる気になってくれたのなら話してほしい。俺はいつまでも待ってるからさ」

 

「……ん。ありがと」

 

 無表情で分かりにくいが、確かに彼女から嬉しさの感情が湧いていた。

 それを理解すると同時に内心でツナヨシはやってしまったと、少しばかり後悔の気持ちが湧いてしまった。

 

 本来なら知人以上友達未満(ただの仲間)の関係で、()()()()()()()()()()()()()Ⅶ組のクラスメイト達と接するつもりだった。フィーや入学式前に出会ったリィン・シュバルツァーは勿論、他の7名の生徒もだ。

 

 しかし、()()()()()()()()がツナヨシにとって、どうあっても放っておくことが出来なかった。彼の人柄ゆえ、知ってしまい関わってしまった以上、無視することなんて選択肢はないのだ。

 

 ――無表情で平然とした表情とは裏腹に、誰よりも繋がりと暖かさを欲していた……そんなフィーの心を。

 

 

 

「――それじゃダンジョン探索を再開――レッツゴー」

 

「――てはやっ!! ちょ、待ってよフィー!!」

 

「む、私の速さについてこれるなんてやるね。そういえばもう一つ気になっていたんだけど、ツナって歳いくつ?」

 

「と、歳? えっと……14歳だけど、フィーもそれぐらいだろ?」

 

「……勝った。私は15歳、ツナよりも年上――ぶい」

 

「と、年上!!? す、すいませんでした!! そうとは知らずに生意気な口を叩いてしまいまして!!」

 

「別に気にしない。他は知らないけど、そもそも私がいた西()()の団では年上でも年下でも全員タメだったから、ツナも普通でいいよ」

 

「そ、そっか…。それは良かっ――ちょっと待って。今フィーの口から不穏なワードが聞こえた気がするんだけど……西()()?」

 

「あ、まだ言ってなかった。私は属していたのは《西風の旅団》という《猟兵団》だったんだけど、ツナ知ってる?」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! 最強の《猟兵団》の一角じゃん!! フィーはそんな団に属していたの!!?」

 

「ツナってリアクションがいいね」

 

 

 表情は他人から見れば無表情と答えるだろう。でもツナヨシの目には、フィーの表情はどこか楽し気に見え、声もまた喜色が含まれてるように感じ取れる。

 

 そんな彼女の姿に、駄目だと分かっていながらも、フィーと距離を置くという考えがなくなっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、黒髪の人に胸を埋められて喜んでいた金髪の人」

 

「どういう覚え方してるのよ貴方!! それと全然喜んだりなんかしてないから!!」

 

「…む。否定しながらも顔を赤くさせてのこの台詞……セリアから借りた小説では確かこれを――」

 

「えっと、ラウラさん。今のアリサさんに対しては火に油を注いでしまいますので、黙っておくのが賢明かと……まあ、アリサさんがツンデレなのは同意しますけど

 

「うわぁ……リィンさんご愁傷様…」

 

 

 

 あれからツナヨシとフィーは余裕でダンジョンの最奥まで辿り着いた。

 タンジョン自体単純な構造になっており罠や仕掛けもなく、徘徊する魔獣の強さのこともあり難易度は低く、それぞれの経験を積んだツナヨシとフィーにとって造作もなかった。

 本来であればこのまま最奥を突破しているところだが、最奥の部屋の雰囲気はどのフロアよりも重々しく、何よりも()()()()()()()()()()()()()()()()を確認した途端、二人はすぐさま部屋から撤退した。

 

 ()()()()()を看破し、それを配置した意図も理解しやすかったため、他の新入生が来るまで最奥部屋の探索は一時やめておこうということとなった。

 そして、恐らくは大丈夫と思うが他の新入生達が無事に進んでいるのかの確認のため、ツナヨシとフィーは逆走し、その最中でフィーを除いた女子新入生達3人と再会したのだった。

 

 そして互いに挨拶を交わしながら、ツナヨシは失礼にならない程度に3人を観察し考察していく。

 

 

 

「レグラム出身、ラウラ・S・アルゼイド。これから共に過ごすクラスメイト同士、よろしく頼む」

 

 

 ラウラ・S・アルゼイド……アルゼイドと聞いて真っ先に浮かぶのは、エレボニア帝国に伝わる2大剣術流派のひとつである『アルゼイド流』。

 そしてそれとレグラム市と聞けば……レグラムを治める領主、『アルゼイド流』の筆頭伝承者にして帝国最強戦力の一人、《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイドという名前が浮かぶ。

 

 ラウラは自身は口にはしないが、恐らく彼女はヴィクターの娘なのだろう。

 かの《光の剣匠》の薫陶を受けているのなら、彼女の実力にも納得がいく。身の丈を超える大剣を両手で難なく振るう剣の腕前といい、自分の見立てが間違いではないのなら、恐らく新入生最強の実力だろう。……猟兵として生きてきたフィーでも、真正面からの戦闘では恐らく分が悪いと言える。

 

 そして彼女の人格面だが…それも全く問題ないだろう。貴族出身ではあるのだろうが、彼女からは貴族特有の尊大や傲慢さといった負の面は全く感じず、むしろ良い意味での貴族らしさを感じられるのだから。

 ともかく一緒に過ごす上では今のところ問題はなく、頼りになる年上といえるだろう……癖はそれなりにあるのだろうが。

 

 

 

「アリサ・Rよ。ルーレ市から来たけど、いたって普通の平民生徒よ。2人ともよろしくね―――それとフィーだったかしら? 私は決してあの状況を喜んだりする変態じゃないから、よく覚えときなさい」

 

 

 彼女についてだが、導力弓を得物としておりそれなりの弓術の腕だろうが、実力は正直に言えば一般人よりも強い程度。まあトールズは軍事の士官学校でもあるが、他の分野に力を入れているため気にするほどではない。

 気になると言えば、彼女の家名であるR。アルファベットで自己紹介をしたということは、彼女自身あまり知られたくないことは理解できるゆえ、ツナヨシは一時彼女についての考察はやめる。

 

 そして先ほどフィーから説明を受けたのだが、最初の床の罠で自分が逃れた際どうやらアリサはそれで下へ落下した際、運悪くリィンは彼女の下敷きになってしまい、その時のアリサの状態がうつぶせであったことが災いし、リィンの顔が彼女の胸を埋める形で倒れてしまっていたようだ。そして羞恥心と怒りで感情のままにリィンの頬を叩いてしまったらしい。

 

 事故でわざとではないとはいえ、やはり女性にとっては許し難いことなのため、ツナヨシはリィンに対してご愁傷様としか言いようがない。

 

 だがアリサ自身、時間が経つにつれ自分がしてしまった行為が明らかにやりぎてしまったこと、あれは事故でリィンに全く悪気がない上、自分を助けようとしてああなってしまったことも理解し、リィンに対して申し訳ないと思っているらしい。

 ただあんな事をしてしまった以上、謝るのは気が引けるらしく、先ほどリィンを含めた男子生徒4人と遭遇したらしいのだが、リィンに対して冷たい態度を取ってしまい、謝ることができなく少し落ち込んでいるようだ。

 

 アリサに対してキツイ印象が強かったツナヨシだったが、今の彼女の態度を見る限りリィンと仲直りするのも時間の問題だろう。ひとまず二人の間の溝はできないようで一安心だ。

 

 

 

「エマ・ミルスティンです。辺境出身で奨学金頼りで入学しました。よろしくお願いしますねツナ君、フィーちゃん」 

 

 

 眼鏡と三つ編みが特徴的でオリエンテーリング前での学年主席という情報と、彼女の印象はまさに"優等生"というのがしっくりくる。ラウラやアリサ、フィーと比べて性格は控えめに見えるが、彼女から感じられる優しい雰囲気といい、正直ツナヨシにとってはいてくれて嬉しいタイプの人間だ。 

 武術の経験は皆無らしく、適正があるという理由からラインフォルト社が開発したテスト用の《魔導杖(オーバルスタッフ)》を支給され、それを得物をしているようだ。

 

 どうやら彼女はただの優秀な普通な人間のようだと、安心して気を緩みかけようとしたのだが…

 

(うわー、俺の()()が告げてる…。この人も何かある……それも新入生の中で断トツでヤバいのが…)

 

 幾度もなく自分助けてくれた"直観"にける警報に、ツナヨシは思わずうなだれかけてしまう。取り敢えず現段階では彼女の正体は不明のため、ひとまずは保留にしようと思考を止める。

 

 

 

「さて、挨拶もこれくらいにして本題に戻ろう。ツナ、フィー、そなたらも我らと共に参らぬか?」

 

「そうね。あのアルバレア侯爵の子息様はともかく、貴方達二人はダンジョン探索前に突然いなくなってたから心配してたのよ」

 

「えぇ。その歳でトールズに入学できたと言うことは、ツナ君もフィーちゃんも実力あってのことなのは理解してますが、やっぱり年上として年下の子を放ってはおけません」

 

 分かってはいたが、やはりこの3人は優しい。

 今の言葉に嘘偽りはなく、心から自分達二人を心配してくれていることが分かる。またもやゼムリアの良識人に出会えたことに再び涙が零れそうになる。

 

「ん、気持ちはありがたいけど別に大丈夫。私もツナも自分の身は自分で守れるから」

 

「え…。で、でも――」

 

「それに私とツナ、もう奥まで辿り着いて逆走している最中。今半分の辺りまできてるから、頑張って。じゃ、また後で」

 

「ちょ、フィー!! 勝手に先行しないで!! すいません、お気持ちは大変嬉しいんですけど、まだ男子生徒の皆さんの安全を確認しないといけないしフィーをこのまま一人にしておくのも不安なので、最奥でまた会いましょう!!」

 

 そう一方的に語ったフィーは、階段でしか上がれないような高い上の階層へ脚力による飛躍だけで辿り着き、ツナヨシもフィーの続くように同様に上の階層へと飛躍し辿り着く。

 二人の思わぬ身体能力に驚く3人をよそに、ツナヨシとフィーは奥へと進んでいき、やがて姿が見えなくなる。

 

「い、行っちゃっいましたね……」

 

「こ、小柄とはいえあの高さを……もしかしてあの二人、私達が思っている以上の実力者なの?」

 

「くっ……。見た目だけで判断してあの二人の実力を測れなかったとは……まだまだ未熟者だな、私は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ラッキースケベにあって満更でもなさそうな黒髪の変態」

 

「へ、変態!? ご、誤解だ!! あれは不可抗力であって決して嬉しかったとかそんな――」

 

「僕の目から見ても、リィンとアリサ君のあれは完全に事故だと思うのだが……やはり女子にとっては関係ないということか」

 

「いやマキアスさん。フィーはリィンさんに非がないと分かってる上でいじってるだけです。ラッキースケベとか言ってるし、分かりにくいけど顔も僅かにニヤけてますし」

 

「あ、あはは…。本当にご愁傷様、リィン」

 

「ふふ、全員仲が良くてなによりだ」

 

 

 女子3人と分かれた後、ツナヨシとフィーはユーシス・アルバレアを除いた男子生徒4人と合流。まあ特別オリエンテーリングの説明の際でのやり取りを見る限り、マキアスが貴族の人間と一緒に行動するのはあり得ないだろう。

 

 合流した直後、フィーの発言で一時カオスになりかけたが何とか収まり、女子達同様互いに自己紹介を交わす。

 

 

 

「エリオット・グレイグだよ。よろしくね二人とも」

 

 身長は自分よりも少し高い程度で、女性受けが良さそうな中性的な顔と声帯。何故かツナヨシは彼とは仲良くなるような予感がしていた……色々な意味で。

 まあそれはさておき、"グレイグ"というエリオットの苗字を聞くと、帝国正規軍中将の地位を持ち他国にまでその武勇が知れ渡っている猛将《紅毛》オーラフ・クレイグが思い浮かぶ。

 恐らくエリオットは彼の息子なのだろうが、彼からは戦士としての気配が全く感じられず、戦いに全く縁のない一般人にしか見えない。まあ、軍人のような性格よりは断然接しやすいため、ツナヨシとして問題なしだ。

 

 

「ガイウス・ウォーゼル。ノルドから来た留学生だ。帝国へ来てまだ日は浅いが、よろしく頼む」 

 

 褐色肌で顔も良く高身長、体もそれ相応に鍛えられ、得物である十字槍の腕前から見て、恐らくラウラに最も近い実力者であろう。

 それに加え性格も柔らかく友好的そうで、この人とも仲良くなれそうだと握手をしながらツナヨシは安心感が湧き上がる。

 

 

 

「マキアス・レーグニッツだ、改めてよろしく頼む。それと…初対面でこれを聞くのは大変申し訳ないのだが……二人の身分を教えてはくれないか?」 

 

 最初の第一印象で少々身構えたが、ユーシスの時とは違い至って普通の挨拶だった。

 そしていきなりの質問だが、まあある意味で予想できていた質問だったためか、ツナヨシもフィーも隠すことなく語る。

 

「俺はいたって普通の平民ですよ。そもそもレマンには貴族制度なんてものはありませんしね」

 

「ん、同じく。帝国出身じゃないから、貴族なんて無縁に等しい」

 

「そ、そうか。何故普通を強調したか分からないが、わざわざ済まない。それにしても……僕らよりも年が下にも関わらずトールズへ入学したことにも驚きだが、二人ともガイウスと同じように外国からの留学生だったとはね」

 

「んー、確かに帝国外から来たけど留学生というわけじゃ……ま、想像に任せるよ」

 

「一応留学生ってことになるんですかね? あはは……」

 

「む、何か事情がありそうだな。まあそれについてはとやかくは言わない。だがもし僕でよければ可能な限り力になるよ」

 

 帝国外から来た自分に対して、先ほどのユーシスのように敵意を向けることなく友好的に接してくれる。貴族の件が絡まなければ面倒見がいい良い人……いや、恐らくこれがマキアスの素なんであろう。

 マキアスの言葉に"ありがとうございます!"と礼を言いながら握手を交わしながらも、ツナヨシの内心は冷やせダラダラだ。

 先ほどは思い出せなかったが、"レーグニッツ"という苗字をもつ重要な人物を思い出したのだ。

 

 

 

 数十年前までの帝国は貴族制度が主な"旧き良き伝統"が守られ続けた旧制国家であった。しかし、ある男が政治の舞台に上がったことにより、その情勢が変わり始めているのだ。

 

 現エレボニア帝国宰相、ギリアス・オズボーン。

 

 その圧倒的政治腕を振るい大胆かつ革新的な改革を次々と実現させたことにより、現帝国皇帝から大きな信頼を置かれ、平民出身の帝国民から絶大な人気を誇っている。

 そのため、旧くから続いていた"貴族制度"に亀裂が入り、徐々にそれは広がりつつあっている。……尤も彼が行った改革を起こす過程は決して健全なものではなく、それにより貴族以外にも多くの者から恨みを買っているのだが。

 

 腐敗した旧き貴族制度を廃し、帝国に新たな革新を起こそうとするギリアス・オズボーンを中心とした『革新派』。

 そんな彼らに対し、あるべき帝国の秩序を取り戻そうとする貴族の中でも特に大きな力を有している『アルバレア家』を含めた《四大名門》を中心とした『貴族派』。

 現在その二つの派閥は表立った争いはせず睨み合いが続いている状態だが、それがいつ悪化するのかは時間の問題だろう。 

 

 そしてマキアスの父、『カール・レーグニッツ』。帝都ヘイムダルの知事であり、帝国宰相ギリアス・オズボーンと共に『革新派』の中心人物であり、ギリアス・オズボーンと共に『貴族派』が最も警戒している人物である。

 

 マキアス・レーグニッツとユーシス・アルバレア―――運命の悪戯か、『革新派』と『貴族派』の中心人物の子息達が一つのクラスへと編成される可能性があるのだ。まあ、その運命を操った黒幕を、ツナヨシは知っているのだが。 

 

(『革新派』と『貴族派』の最重要人物の息子を一緒のクラスにするとか、なに考えてるのあの皇子!!)

 

 Ⅶ組のクラス編成の()()()()はかの皇子より聞いていた。だがだからと言ってこんな見るからに色々な意味で相性最悪の二人を同じクラスにするか……と思わずにいられない。

 

 取り合えず、彼ら二人の問題はサラをはじめとする優秀な大人達に任せよう。

 マキアスについては貴族が絡まなければ基本いい人だし、それにどうやら入試の試験は次席で合格したらしく優秀、それに見た目から言って貴族の事を除けば常識人だ。だからこれから起こるであろう、問題(ボケ)に対しての注意(ツッコミ)を彼に任せようと、自分の今までの仕事(ツッコミ)を一時的に休もうとするツナヨシであった。

 

 

「ツナはもう知ってると思うけど改めて、リィン・シュバルツァーだ。これから2年間よろしく頼むよ」

 

「よろしく。……それにしても、リィンは珍しい得物を使うんだね。それ、太刀でしょ」

 

「よく分かったなフィー。帝国は勿論西ゼムリアではあまり馴染みはないんだけどな」

 

 最後はリィン。入学式前から出会ったことから彼の人柄も実力もそれなりに分かるので、他の新入生達と比べて接しやすい。

 それにしても、フィーの言う通りリィンは帝国人にしては珍しい得物を持ってる。自分にとってはそうではないが、リィンの言う通り太刀は西ゼムリアではあまり流通しておらず、主に使われているのは東方――その出身者が多く住むカルバード共和国で主に使用されているらしい。 

 

 そこでツナヨシはふと考えてしまう。

 リィンは一体どういう経緯で太刀を手に入れたのか。軽く話したが、リィンは帝国出身者で今だ帝国の外へ赴いたことは一度もないそうだ。

 

 となれば考えられるケースは外国人から譲り受けたということになるが、一体どういう過程でそんな―――と思考が及んだ瞬間、ツナヨシはある可能性に至った。

 そしてその可能性が正か否か問おうとリィンに対して口を開―――

 

「―――ま、自己紹介はこの程度でいっか。ツナ次行こう」

 

 ――くよりも早く、催促するフィーの言葉にリィンへの問いは一旦止める。別に今すぐ聞く必要もないし、同じクラスになるのなら聞ける機会はあるはずだと考え、まだ出会っていないユーシスへと意識を変える。

 

「ま、待ちたまえ! 次に行くって……また二人で行動するつもりか!?」

 

「そ、それは危ないよ! そりゃあ二人は僕よりも腕はたちそうに見えるけど……」

 

 マキアスとエリオット、そして口には出していないがリィンもガイウスもツナヨシとフィーのことを案じてくれているのが分かる。

 

「おふっ……またもや優しいお言葉を……コホン。気遣っていただけてありがとうございます。本音を言えばこのまま皆さんと一緒に最奥まで安全に行きたいんですけど……後1人、()()()になっちゃったあの貴族様をまだ確認していないので」

 

「「――ぶっ…!」」

 

「ボッチ……? どういう意味だ? あのユーシスとかいう貴族はそんな呼ばれ方をしているのか?」

 

「全然違うからな!!? ガイウスは勿論ツナも、ユーシスの前では絶対に口にするなよ!!」

 

「言うねぇツナ」

 

「ん……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! なにとんでもないことを口走ってんの俺ぇぇぇぇぇ!!!」

 

 まさかのユーシスボッチ発言にマキアスとエリオットは思わず吹き出してしまい、ガイウスはその言葉の意味が分からず首をかしげ、そんなガイウスと発言者のツナヨシに注意するリィン、フィーは少しばかりニヤッとしており、ツナヨシは本音をポロっとこぼしたことに頭を抱えるなど、中々混沌とした状況になってきた。

 

「そ、それじゃ俺はこれからアルバレア様を探しますのでこれで失礼します!!! 後先ほどの俺の発言は忘れてください本当お願いします!!!」

 

「それじゃまた後で。バイバイ」

 

「ちょ、ツナ!!? フィー!!?」

 

 リィンの静止も聞かずツナヨシは先ほどの発言から逃れるが如く猛スピードで部屋から出ていき、フィーもツナヨシについていく形でこの場を去っていくのであった。

 

 ちなみにマキアスは先ほどのユーシスボッチの言葉が余程ツボに入ったのか今だ笑い続けていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ、ボッチ貴族発見」

 

「誰がボッチだ貴様……!」

 

「フィー!! そういうのは思っていても口にだしちゃ駄目だよ!!」

 

「…そもそも先にその貴族をボッチと口にしたのはツナだと思うけど」

 

「ほう…。つまり全ての要因は貴様だということか…!」

 

「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!! す、すいませんでしたぁぁ!!」

 

「……そこまで怯える姿を見ると怒気が抜けていくのだが……」

 

「ツナって面白いね」

 

 あの後、数分もしないうちにユーシスは見つかった。その時ユーシスは魔獣の群れに囲まれており、ツナヨシとフィーはそれらを一掃する形でユーシスと対面を果たし互いに自己紹介しあったのであった。

 

「ふん。俺一人でも事足りる相手だったが、少々助かったのは事実だ。礼は言っておこう」

 

「あ、ありがとうございますアルバレア……様?」

 

「様はつけなくていい、普通にユーシスで構わん。仮にも同じクラスになるかもしれんのだ、敬語や気遣いなど不要だ」

 

「りょ、了解ですユーシスさん」

 

「しくよろ、ユーシス」

 

 大貴族とは思えぬ殊勝な態度に少しばかり驚きながらもツナヨシは少しばかり緊張気味で、フィーは自然体で接する。それに対してユーシスは気にしていないのか何も言わず、ふと疑問に思ったことを口にする。

 

「俺が言えた義理ではないが、お前達は二人だけで行動していたのか」

 

「まぁ…結果的に。本当は団体行動で安全に進みたかったんですけど……」

 

「そだね。最初は私も一人で行こうと思ったけど、ツナの実力に興味があったから」

 

「…ほう。人を見た目で判断するのは愚者の行いとよく言うが……あの床のトラップから皆より遅れて降りてきたといい、魔獣が徘徊するこの区画をここまで疲労もなく来たといい、見た目に反してそれ相応の実力を持っているようだな」

 

「ん、ありがと」

 

「あ、あはは……戦闘面で評価されるのは凄く複雑ですけど、ありがとうございます。で、でも!! 俺は至って普通の一般人なので、そこだけは間違いないようにお願いします!!」

 

「……お前、普通の意味を理解しての発言なのか、それは?」 

 

「ツナって、やけに普通って言葉に拘るよね」

 

 ユーシスが見る限り、見た目だけ言えばツナヨシは普通というカテゴリーに入るだろうが、先ほどの導力銃での瞬く間の魔獣の掃討を見れば、ただの普通には入らないだろう。

 

「ふん…まあいい。それで、お前達はこれからどうするつもりだ? お前達でよければ俺と共に行くことを認めてやらんでもないが。『貴族の義務(ノブレス=オブリージュ)』としては勿論、年上として年下のお前達を導いてやろう」 

 

「是非お願いします!! ユーシスさん剣術もアーツの腕も良いのが分かりますので、そのまま是非俺を守って下さい!! 俺は後ろから応援してますので!!」

 

「ツナがいいなら異論なし。じゃ、私は眠くなったからツナ負ぶって。戦闘と移動は全面的にユーシスに任せるから」

 

「貴様ら『貴族の義務(ノブレス=オブリージュ)』を便利屋と勘違いしてないか!?」

 

 マキアスなら激怒するのが目に見える尊大な発言だが、ツナヨシとフィーは気にせず躊躇もなく己の願望を告げる姿にユーシスは思わず態度が崩れツッコミを入れてしまう。 

 

「貴様ら……もし俺が短気で平民を嫌う貴族であれば、言われもない罪を押し付けられ投獄してるところだぞ」

 

「大丈夫、ちゃんと言う相手を選ぶ目は持っているから」

 

「えぇぇ!!? フィーはともかく俺も何か気に障るようなこと言っちゃっいました!!? すいませんでしたぁ!! どうか投獄は、投獄だけは勘弁をぉ!!」

 

「"もし"もと言ったであろうが阿呆が! 人の話を聞いてるのか聞いてないのか分からん奴だな貴様は…!」

 

 普段のユーシスから考えられない声を上げてのツッコミの数々。

 どうも先ほどからこの二人に出会ってから調子が狂わされる。フィーは面白がってからかっているのがまだ分かるのでやりようがあるが、ツナヨシは無自覚で本人に一ミリの悪意もないため余計に質が悪い。

 

「全く…いくら俺が気にしないとはいえ、俺は『アルバレア家』の人間なんだぞ。平民であろうと貴族であろうと普通なら少しは畏れを抱くとお――」 

 

 

 

「―――いえ、俺はもうユーシスさんに対して畏れなんか抱いていませんよ」

 

 先ほどのようにオドオドしたり畏れ怯えていた姿とは思えないツナヨシの真剣な表情に、ユーシスは一瞬ではあるが気圧され言葉が続かなかった。

 

「そりゃ……最初は怖いって思ったし、関わらないようにしようと思ってたのは事実ですけど……それは俺の思い過ごしでした。『アルバレア家』はまだ知らないから何も言えないけど、他の皆さんと同じでユーシスさんもいい人なんだなって」

 

「……貴様の目は節穴か? 特別オリエンテーリング前の俺とマキアス・レーグニッツのやり取りの光景は見ているはずだ。あれを見て―――」

 

「言動は尊大ですけど、その中には悪気や蔑みの感情は含まれてませんでした。傲慢そうな態度も……その、どこかわざと振る舞っているような感じがして嫌な気分にはならないと言うか……。マキアスさんに対してのあの物言いも、傲慢さからくる物ではなくて……自分にとって譲れないなにかにとって、見過ごせない発言だと感じて……」

 

「……!」

 

「それに、なんだかんだ言ってこうして俺やフィーのことを気にかけて傍にいてくれるし……。まだ全てを理解してませんが……俺にとって大貴族とは関係なく、一人の人間として――ユーシスさんは面倒見がいい頼れる年上のお兄さんと思ってます」

 

「……そだね。私もユーシスに対してそんな感じかな。ツナの言葉に納得がいくのもあるけど、主な理由はカンに近いかな」

 

「……お前達」

 

 二人の言葉に、流石のユーシスも表情を崩し啞然とする。 

 

 

 大抵な人間は初めて出会う他人に対して、見た目や第一印象、そして肩書もしくは世間からの評価や噂によって、人物像を形成する。

  

 特にユーシスは貴族の中でも最上位の公爵家の地位をもつ、『皇帝家に次ぐ権力』と揶揄されるほどの権力をもつ『四大名門』の一角である『アルバレア家』の大貴族の人間だ。 

 平民であろうと貴族であろうと『アルバレア』の名を聞けばある種の畏れを抱き、ある者は関わるのを恐れ距離を置き、ある者は甘い蜜を吸おうと表面上従順しようとする輩が多いだろう。マキアスのように堂々と貴族に喧嘩を売るような発言をする輩は珍しいケースだが、それでも畏れが全くないわけではないだろう。

 

 ユーシス自身、学院生活を送る上でそのような扱いを受けるのは理解してのことだし、そんな連中と馴れ合うつもりはないし、その程度で醜態を晒すような真似は決して起こさない。

 

 現にこれからクラスメイトになるかもしれない連中に対して傲岸不遜に振る舞い、団体行動を乱すかのように単独でこの区画回路へと入り込んだ。勝手な行動をしてしまったことに対して申し訳なさを感じる程の良心はあるが、それでも自分との関わりが今後出さぬことを考えると別に越したことではない。

 必要最低限の付き合い程度はするが、それ以上の関係性になるつもりなどなかった。

 

 だが、そんな自分を見透かすかのように自身が抱える心情を、この少年は惑うことなく言った。陰謀や悪事などが絶えず蔓延る貴族界でそれ相応に生き鍛えてきた自分と、出会ってまだそんなに経っていないにも関わらずにだ。

 驚き、感心、そして畏れ。ユーシスがツナヨシに対して抱いてしまった心情であり、思わず警戒心が生まれてしまう。しかしそれは徐々に薄れていき、今は何故か安心感が湧き出てくるのだ。

 

 彼の言葉に嘘偽りといった負の感情がない本心であるからなのか、それとも最初は演技と一瞬疑った彼の怖がり屋と今の真剣な表情とのギャップからなのか、それとも……

 

 

「あ、あれ…? どうしましたユーシスさん?」

 

 こちらが黙ったままなのか、真剣な表情は崩れ先ほどの優柔不断な不安の声質が耳に届く。その瞬間、ユーシスは考えるのを止めた。

 

「ま、まさか俺とんでもなく失礼なことを!!? すいま――「やめろ阿呆が」――いてぇ!!」

 

 再びの謝罪の言葉を、ユーシスが手刀でツナヨシの頭に振り下ろしたことで遮られる。

 

「謝り続けるのが癖になっているのか知らんが、その行いが逆に人を不快させることもある。今後は注意しておけ。それと、俺は別に怒ってなどいないから気にするな」

 

「す、すみませ――じゃなくて。あ、ありがとうございます…?」

 

「ふっ。礼を疑問系で言う奴があるか、阿呆め」

 

 呆れながらも、ユーシスの表情は先ほどと比べ柔らかく感じる。

 彼らとこの場で出会ったことでいつもの調子が狂い、大貴族としてではなくユーシスという一人の人間の素を晒してしまった。

 

 今だツナヨシもそうだが、大貴族である自分に全く物怖じしないフィーに対して、正体が気にならないと言えば嘘になる。

 だが、彼らとのやり取りは今だ理解できないが、悪い気分ではない。自身が尊敬し目標としている兄とまでとまではいかないが、実家である『アルバレア家』よりは遥かにマシと言えるほど。

 

 正直このⅦ組というクラスは詳細は今だつかず他の生徒達もただの学生とは言い難い者達も何名かいるが、貴族しか所属しない貴族クラスに属するよりはこのクラスに属するのが何かと都合がいい。

 そして、彼らもいるのなら面白味もないと思っていた学院生活も、少しは退屈はせずにすみそうだ。

 

 

 

 やがて3人は一緒に行動することとなり、途中で魔獣と遭遇しながらも危な気なく最終区画まで進んでいくことになる。

 

 

 そして終着点に近づくにつれ―――激しい戦闘音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q:なんで死ぬ気モードじゃないのに、ツナは戦えてるの?

A:この世界のツナはリボーンからから直々に銃についての教え(スパルタ)を受け、更に今までの地獄のような修行のかいがあって、通常状態でも今のⅦ組に混じって戦闘できる程度の実力があります。


Q:ツナがトールズに入った理由は?

A:話が経つにつれ分かっていきます。次回の話でそれが少し分かるのでお楽しみに!



 今年は2回しか投稿できず、本当にすいませんでした!! 来年はなんとか多く更新できるよう頑張ります!!

 来年は軌跡シリーズ最新作、カルバード共和国が舞台である『黎の軌跡』。情報では初登場キャラクターが全体の9割なので、どんなキャラが出るのか、声優さんは誰になるのか凄く楽しみです!! そして《黄金蝶》さんと《破戒》さん、貴方達今度こそ出ますよね! ね!!
 大晦日はFGOの特番を見ながら年を越すつもりです。それでは皆様、こんな自分ですが来年もよろしくお願いします!!



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Ⅶ組設立&思惑

 皆さんお久しぶりです、綱久です。

 4か月も過ぎてしまいましたが、今年もどうかよろしくお願いします!! そしてここまで遅れて申し訳ありませんでした!!

 それでは、どうぞ!!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石の守護者(ガーゴイル)……だと。書物で確認したことはあるが、暗黒時代の遺物が何故トールズ士官学院の旧校舎に」

 

「いやー、俺も最初見たときはビビっちゃいましたけど、トールズってかなり歴史ある学院じゃないですか。だったら石の守護者(ガーゴイル)ぐらいあっても可笑しくないかな、と思った次第です、はい」

 

「ん、だったら仕方ない。サラも最後の最後に面倒なものを配置してくれたね」

 

「仕方ないで済むのか…? それにしてもお前達の言葉から察するに、あれとの戦闘は初めてではないのか?」

 

「そだね。ある依頼でとある遺跡に入りこんだ時に少し戦ったぐらいかな」

 

「フィーなんてまだマシじゃん。俺なんてとある二人と遺跡の探索中に十数の石の守護者(ガーゴイル)がいる部屋に入っちゃって……全員倒すまで脱出不可能なモンスターハウスを味わったよ……」

 

「……お前達はこの学院に来るまで一体なにをしていたんだ……」

 

 ますます二人の正体が気になってしまうユーシスであったが、今はそれどころじゃない。

 

 遠くからとはいえここまで耳に響く戦闘音。これまでとは比べようのない激戦が繰り広げられているのは安易に想像がつく。

 まだ他のⅦ組に対して思うところはあるが、『貴族の義務(ノブレス=オブリージュ)』として――いや、ユーシス・アルバレアとしてこの状況を見過ごす選択肢などありはしない。

 

 誰よりも早く最奥にたどり着いていたツナヨシとフィーから、このダンジョンの最奥に待ち構える石の守護者(ガーゴイル)についての詳細を聞きながら、最奥へと駆けていく。

 

 そして最終地点が近くなったことで、最奥で行われている激戦に目で視ることができた。そんな3人が視界に収めた光景は――

 

 

 

「っ! これは……!」

 

「……ちょっとマズいね。想定していたよりも強いよ、あれ」

 

ひいぃぃぃぃぃぃぃぃ!! リィンさん達がやられそうになってるぅ!!?

 

 まず目がいくのは、対象者が一定の距離へ近づいた瞬間に石像から生命体へ変換し迎撃する、今なお猛威を振るっている悪魔の姿を連想させる姿の石の守護者(ガーゴイル)、『イグルートガルム』。それと対峙し応戦しているのは3人を除いたⅦ組なのだが……状況は著しくない。

 

 戦い慣れしているであろうリィンとラウラ、ガイウスは己が得物を振るい奮闘しているが息は乱れ押され気味であり、戦闘で不慣れであろうアリサとエリオット、マキアスとエマは片膝をついてかなり消耗しているようだ。ツナヨシの言う通り、このままでは彼らが敗北してしまうのも時間の問題だ。

 

 石の守護者(ガーゴイル)の強さは、先ほど突破したダンジョンを徘徊する魔獣とは格が違う。それに加え体は頑丈でダメージが通りにくい上、受けたダメージを瞬く間に回復してしまう自己再生能力まで備わっている。

 新入生相手に普通こんな物を用意するか……? まあ、話には聞いていた『ARCUS(アークス)』の真価を発揮すれば倒せなくもない……だが、今の石の守護者(ガーゴイル)の状態や連携が整っていない状態で戦闘を行っているⅦ組達では、フィーとユーシスが加わっても難しいだろう。

 

 状況から察するに、自分が少し出しゃばらなければ状況が一変しないだろう。

 出来れば目立ちたくないし、この学院ではただのか弱い生徒の一人でありたいし、今だ嫌々の気持ちは拭えないが……この状況じゃ仕方ないと、ツナヨシはため息をつきながらも切り替える。

 

「……フィー、ユーシスさん。方法は任せますので、各々のやり方であの石の守護者(ガーゴイル)の隙を一瞬でもいいので作ってくれませんか? この状況を打破できる案が浮かんだので」

 

「なに……。それは本当か?」

 

「……それは構わないけど、具体的にはどうするの?」

 

「いやー、それを口にしてしまうとフィーはともかくユーシスさんは明らかに反対してしまいそうで………ちょっと世間一般的には危険な行為になりかねないので……

 

「おい、俺が反対するとはどういう事だ? それと今小声で見過ごせない発言を――」

 

「――ま、まあ【初め良ければ全て良し】という言葉もありますし、何とかなりますよ!! じゃ、行きましょ!!」

 

 ユーシスの言葉を遮るように、ツナヨシは先ほどとは比にならない速度で二人を追い抜き、激闘が行われている区画へと足を踏み入れる。

 一瞬呆けてしまった二人だったが、フィーはすぐさま意識を切り替えツナの後に続くように風のように駆けだす。

 

「ええい!! どうなっても知らんぞ!!」

 

 文句を叫びながらもユーシスは自らの『ARCUS(アークス)』を取り出し、二人に劣る速度で駆け出しながらアーツの駆動準備をする。

 通常アーツ駆動の際はその場に止まるのが普通だが、この程度の低級魔法(アーツ)ならば敬愛する兄より教授されたユーシスなら、移動しながらの詠唱など造作でもない。そして――

 

 

 

「『エアストライク』!!」

 

「『スカッドリッパー』!!」

 

 ユーシスの魔法(アーツ)による風の魔力弾によってイグルートガルムは怯み、その一瞬を逃さぬ如くフィーによる突風を思わせる速さによる斬撃によって、イグルートガルムは体勢が崩れる。

 

「ユーシス、フィー!! 二人とも来てくれ―――なぁっ!!?」

 

 来てくれた援軍にリィンは少しばかりの喜色を浮かべそうになるが、その表情はすぐさま驚愕へと変わる。いや、リィンだけでなくこの場にいる全員が驚いている。何故なら―――

 

 

「――ひいぃぃ!! やるとは決心したけどやっぱ怖ぇぇぇっ!!」

 

 ―――空に浮かぶイグルートガルムの頭上に、ツナヨシが怯えながもら乗っかっているのだから。

 

 

 何故ツナヨシがそこにいるのか? フィーとユーシスの登場で思わずイグルートガルムから視線を外してしまったがあの一瞬で…? 等の疑問が浮かぶよりも早く、Ⅶ組全員はツナヨシに急いでこの場所から離れろ!!と叫ぶ。

 それと同時にイグルートガルムも自身の頭上にいるツナヨシに気づき、振り落とさんと体を激しく動かす。

 しかしツナヨシは、まるで暴れる馬に見事に乗りこなす騎乗士のように、イグルートガルムの角を片手に掴みながら体のバランスを取ることで、振り落とされることはなかった。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! やっぱ魔獣に乗るの怖っ!! ということでさっさと落ちろぉぉぉぉ!!!」

 

 バァン!!バァン!!バァン!!と3発の銃声が連続して聞こえた瞬間、イグルートガルムの悲鳴が区画に響き渡り、空中から床下へと落ちてしまう。

 突然の事態にⅦ組は状況を掴めずにいたが、いつの間にかイグルートガルムから離れ、銃を片手に持つツナヨシを見た瞬間、フィーだけは気づいた。

 

 

 石の守護者(ガーゴイル)は無駄に頑丈でダメージは通りにくく、()()()()()()()()()の銃弾でも同じこと。

 

 ゆえにツナヨシが考え実行したのは至極単純―――イグルートガルムに深く接近し、頭をゼロ距離から撃ちぬいたのだ

 当然だが、遠距離攻撃は遠ければ遠い程威力は下がってしまうが、近ければ近い程威力は上がる。石の守護者(ガーゴイル)の皮膚は確かに硬いが、かつての遺跡調査で遭遇した石の守護者(ガーゴイル)のモンスターハウスでの戦闘で経験したゆえその硬さは把握しており、至近距離ならば撃ち抜けると確信もあった。

 

 だからこそ、フィーとユーシスが攻撃し怯んだ一瞬、()()()()で出せる全力の速さでイグルートガルムに飛び移り、暴れるイグルートガルムを意に介さず、魔力と()()()()()()()によって強化した銃弾によって、見事頑丈なイグルートガルムの急所を連続で撃ち抜いたのだ。

 

 だが、それでもまだ勝利ではない。石の守護者(ガーゴイル)には自己再生能力が備わっており、例え瀕死の状態からでも瞬く間に復活してしまう。Ⅶ組が苦戦してたのはイグルートガルムの強さと同時にそれであろう。

 しかし起き上がろうとするイグルートガルムの再生速度は、明らかに落ちているのが目に見えて分かる。ツナヨシに急所を撃ち抜かれたこともそうだが、ここまでⅦ組がイグルートガルムを追い詰めたからこその結果だ。

 

 そしてそれは―――

 

 

「――今です!! たたみかけて下さい!!」

 

 この戦いの終幕である。

 

「――っ! あぁ!!」

 

 ツナヨシの声に唖然としていたⅦ組は我に返り、各々が自身の獲物を構える。そしてツナヨシを除いた9人の体が淡い光に包まれた瞬間、一斉に動き出した。

 

 剣、弓、槍、銃、魔道杖――それぞれ用途が異なる上、ここにいる9人全員が今日初めて顔を合わせた者ばかり。

 "準達人級"並の実力者が1人でもいればマシにはなっていただろうが、戦いに不慣れな者達もいるため、とてもこの9人で連携して戦うのは難しいと言えるというのに―――彼ら9人はしっかりと連携が取れているのだ。

 まるで誰がどのように動くのが理解しているかのように、各々が最善手を繰り出している。

 

「決めるがよい!!」

 

 自身の攻撃が決め手になったのかイグルートガルムが完全に弱まったことを好機とみて、ラウラはリィンに向けて叫ぶ。そしてリィンも止めの役目を最初から理解していたのか、ラウラの声を合図に――

 

 

 

「参の型―――業炎撃!!」

 

 リィンが修める流派の中で破壊力に特化した型。業炎を宿した太刀による渾身の真向斬りは―――見事イグルートガルムの首を斬り飛ばした。

 

 やがて首と本体は昏い光となり、欠片も残さず霧散したのであった。

 

 

「や、やったぁ!!」

 

「な、中々やるじゃない……!」

 

「――っ!」

 

(あれは―――)

 

 殆どがイグルートガルムを倒したことによる安堵感と、リィンに対しての賞賛だった。その中でリィンの先程の剣術に対して反応したのはラウラとツナヨシの二人だった。

 

 ラウラは今まで見たことがない、剣の流派の使い手に出会えたことへの高揚。

 ツナヨシは、とある国にて大変お世話になったある男性に、帝国の士官学院へ行くことを報告した際に伝えられた言葉を思い出していた。

 

 

『帝国に行くのであれば、お前も恐らく出会うことになるかもしれん。『八葉一刀流』、漆の型を授かった――老子の最後の継承者に』

 

 

(あ、あれって間違いなく『八葉一刀流』だよね? 太刀が得物だからまさとは思ってたけど、いくらなんでも出会うの早すぎじゃない!?)

 

 とある事情でその男性と軽く戦ったことがあり、精度に天と地程の差があれど、彼が使った剣技の一つがリィンが先ほど繰り出した剣技そのものであったのだ。ゆえに、彼が男性の言っていた、『八葉一刀流』の継承者であることは理解した。したのだが―――

 

(―――この違和感……リィンさんのさっきの剣技、()()()()()()()()だったのかな…?)

 

 自身の培った"観察眼"、そして己の異常すぎる"直観"から感じ取れるリィンの先ほどの技。とはいえ、こんな空気の中でそれを壊すような質問などしない。彼にもなにか事情があるのだろうし、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まあ、何はともあれこれでオリエンテーリングは終わったはずだ。『終わり良ければ総て良し』、このイベントの締めるかのように、ツナヨシはただ口にする――

 

 

 

「―――よし」

 

 

「「「「「「「「―――"よし"、じゃない!!!」」」」」」」」

 

 

 この後、サラが来るまでツナヨシはⅦ組のお兄さんお姉さん達から先ほどの戦闘で見せた、危険行為についての説教を盛大に受けるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ"ぁぁ……ベット気持ちいぃぃ……」

 

 オリエンテーリング終了から数時間後、現在ツナヨシはこれからお世話になる『第三学生寮』の自室にて、ベットに顔を埋め体の疲れをとろうとする。

 本来なら今日から過ごす部屋の整理整頓を行わなければならないのだが、オリエンテーリングの疲れに加え夕方の時間帯であることもあり、一向にやる気がでない。

 

 

 トールズ士官学院、『特科クラスⅦ組』。

 身分や出自も関連性がないこの10人が一つのクラスに集った理由、それはいくつかあるが一番は”新型戦術オーブメント”『ARCUS(アークス)』の適正者であったからだ。

 

 『ARCUS(アークス)』――従来の戦術オーブメント同様、多彩な魔法(アーツ)を使用出来たり、通信機能も備わっているが、この戦術オーブメントの真価は『戦術リンク』だ。

 リンクで繋がれた者同士は、文字通り互いの感覚を共有し行動を予測理解することで、最善手を常に打つことができる機能。ツナヨシを除いた9人が鍛錬したかのように感じる程の連携を行えたのは、『戦術リンク』があってこそ。

 もしそのような者達が集う精鋭部隊がいくつも現れれば、戦場に大きな恩恵をもたらすのは当然、まさに戦闘面において『戦術リンク』は革命的と言っていいだろう。

 

 とはいえ、『ARCUS(アークス)』は試験段階のため様々な課題があり、適正がある者以外では今だ使用が難しい。だからこそ、この10名が選ばれたのである。

 

 オリエンテーリング終了直後に現れたサラによる説明後、改めてⅦ組に所属するかの問い。

 それに対しツナヨシ達10人は―――様々な理由はあれど、全員が所属することを決意したことで、ここに”特科クラス《Ⅶ組》”が無事に設立されたのだった。

  

 

 

 

 

「まさか()()()()()()()、こんなことになるなんて思ってもいなかったな……」

 

 ベットから体を起こし、今日までの出来事を思い出すかのように呟く。

 

 ツナヨシはこの『特科クラスⅦ組』が編成された、()()()()()を知っている。ゆえに自分以外の彼ら9人には申し訳ない気持ちを抱いてしまう。

 これからこのⅦ組で待ち受けるであろう、過酷な運命が訪れてしまうことを。

 そしてそんな彼らに、自分が足並みを揃えることが出来ないことを。

 

 なにせ自分がトールズに入ったのは―――

 

 

 

 

 

 ―――そんなツナヨシの思考を遮るように、着信音が鳴り響く。

 

 それは通信用導力器(オーブメント)から聴こえる着信音だが、それから鳴っているのは今日支給された『ARCUS(アークス)』から発せられた物ではない。

 

 発信源を探れば、それは自分が持ってきた大荷物の中からだ。

 

 それを理解し忘れていた記憶を思い出した途端、ツナヨシの顔が徐々に青ざめていくと同時に、瞬く間に荷物から着信音が鳴り響く、()()()通信用導力器(オーブメント)を取り出す。

 

 

 

「もしもし―――」

 

『――ご機嫌よう、ツナヨシ

 

 導力器(オーブメント)から聴こえるのは、まだ声変わりしていない女子特有の高い声。しかしその声からは明るく爽やかに聞こえど、その中に確かな怒りが含まれている。

 

『全く、トリスタに到着したら真っ先に連絡しろと耳の穴が空くほど言っていたのだが、よもや君―――』

 

「――いや全然忘れてないから!! 入学式やらオリエンテーリングとか色々と立て込んで、どうしても連絡する時間が取れなくて!! だから俺を再び実験材料のモルモットにするのだけはやめていただけないでしょうかニーア様!!?」

 

 電話の主に向け、本人がいないにも関わらず見事なまでの土下座をかます。

 

 もう電話の主である彼女とは3か月の付き合いだ。ゆえに、彼女との約束を守れず次に再会した場合、どのような目に合うのか火を見るよりも明らか。

 2()()()()相手に情けない限りだが、彼女相手では致し方なしなのだ。 

 

『……まぁ、私とて鬼ではない。仮にもエレボニアでは名門のトールズだ。初日であろうと多くの時間が奪われるのは予想はしていた。何よりも君が所属するクラスは特別だからね。君も反省しているようだし、実験台の罰は大目に見て―――』

 

「マ、マジで!!? ありがと――」

 

 

 

『―――君がリベールのマインツで晒した醜態(じょそう)をクロスベルの導力ネットに拡散することで勘弁してやろう♪』

 

「――モルモットになるよりも最悪なんですけど!!?」 

 

 

 

「ってか嘘でしょ!!? あの時ニーアはカメラ型の導力器(オーブメント)を手に持ってなかったじゃん!!」

 

『技術というのは日々進化するものさ。私が常に持ち歩くペンの1本は小型のカメラが搭載されていてね、まだ改良の余地はあるが、君のあの姿を画像に残すには持ってこいの代物だったよ』

 

「なにその盗撮犯が好みそうな性能品!! ってかやめて!! あれはある女性学者さんに理不尽な理由で無理矢理させられたんであって!! このままじゃクロスベルの人達にとんでもない誤解を生みかねないよ!!!」

 

『それは難しい相談だ。なにせ私は――君の嫌がり羞恥を晒す姿が大変好みだからね♡

 

「この人でなしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

『冗談だよ冗談。くくく、やはり君は良いリアクションをしてくれる。いじる側としては愉しいことこの上ないよ♪』

 

「俺は全然愉しくないんだけど!!?」

 

 第三者から見れば喧しいことこの上ない会話かもしれないが、ツナヨシとニーアと呼ばれる少女にとっていつものやり取りだ。

 一見ツナヨシが不憫にも思えるが、彼自身本当の意味で嫌がっておらず、表情も今日過ごした中でも特に柔らかく感じる。

  

 

 

「はぁ…まだ1週間しか経っていないのに、このやり取りが懐かしく感じちゃうよ。今ニーア達はどこにいるんだっけ?」

 

『あぁ…今は『()()()()()()()()』のアルタイル市だ。君があの皇子の提案を受けず一緒に来ていれば、西ゼムリア大陸巡りも残るは『クロスベル』だけになったというのに』

 

「あ、あはは……。それについてはごめん。そ、それにしてもこの通信用導力器(オーブメント)、本当に()()()()()()()()()()()()()()()()()…」

 

『おいおい。()()()()()()、別に驚くことでも疑問に持つこともないだろうに』

 

「い、いやいや!! だって最新の戦術オーブメントの『ARCUS(アークス)』でも通信範囲は国内で更に限られてるし――」

 

『それは彼らが愚鈍なだけさ。導力器(オーブメント)や武術にしろ、どんな物も使い方や応用次第で次の段階へ引き上げることなんて容易いことだ。これにしたって、私が開発せずともいずれ誰かが実現してたはずだし、つまらないにも程があるよ』

 

「あ、あはは……素人の俺ですら、ニーアの技術力の次元が違うのがよく分かるよ……」

 

 

 

 

 

 ニーア――その名は彼女が認めた者にしか呼ばせない、彼女の愛称である。

 

 本名、ニールフェリア・オルトロン。

 

 僅か12歳にして『エプスタイン財団』本部技術局に所属する、技術面において天賦の才を持つ、まごうことない本物の天才。技術世界において、彼女の名を知らぬ者はいないだろう。

 

 現に二人が使用している通信用導力器(オーブメント)

 通常、導力器(オーブメント)を通して超遠距離、国外同士で通話するには『導力ネットワーク』を通すのは勿論、その国と国の間に強力な無線ブースターを最低でも10以上の設置が必須だ。

 

 現在はレマン自治州の『エプスタイン財団』とクロスベル自治州で遠隔接続の実験が行われている。だがそれは、情報処理システムが搭載されている大型の端末の話であり、個人携帯用の無線導力器(オーブメント)での超遠距離の実用は、様々な課題から当分先とまで言われる程だ。

 

 そんな代物を、彼女は実用段階にまで開発し、こうして普通に使用している。そして当然傍受についても対策済だ。

 そのことから、彼女の導力学者としての才能が他の者よりも一線を画しているのが分かるだろう。

 

 とはいえ、そちら方面に突出した才を持つ者は、誰も彼もがクセが強すぎるのだ。

 彼女とて例外ではなく、()()()()()()()()()()()()()『カルバート共和国』に現在滞在してるのもそうだが、この通信用導力器(オーブメント)について()()()()()()()()()()()()()()のがいい証拠だ。

 現在はニーアとツナヨシを含め、5人しか所持していない貴重品だ。

 

 

 とある一件で数か月前にツナヨシと出会い、様々な波乱万丈な毎日を彼女達と過ごし、今ではツナヨシが()()()()で最も信頼し力になってくれている一人だ。

 

 

『っと、そんな事はどうでもいいな。今はそれよりも、今日一日の君の非日常を教えてほしいなぁ。今は工房から離れて気分転換に散歩をしている最中だからね』

 

「どうでもいいって……ってか人の一日を非日常なんて言い方やめてもらえませんかね?」

 

『何を言っている。トラブルを司る神に愛され、もしくは契約した君の一日が、普通で終えるわけないではないか♪』

 

「そんな神全く見覚えないんですけど!!? つうかもしいたとしても即刻契約破棄してるよ!!!」

 

 いつも通りのやり取りを楽しみながら、ニーアは尋ねる。ツナヨシも言っても無駄だと悟っているのか、今日一日の出来事を彼女に話すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――ほうほう。《光の剣匠》の娘に《紅毛》の息子、ノルドの外国人に『四大名門』とヘイムダル知事の子息達、更に元《西風の旅団》の団員。そして、君が話に聞いていた()()()()()()()()()()()()()()か……くくく、流石は《放蕩皇子》。雛鳥にしては中々癖のある連中を集めたものだ』

 

「そんな他人事みたいに……。おかげでこっちは胃が痛くて仕方ないんだけど……」

 

『その程度で胃が痛くなるなんて情けないぞツナヨシ~♪ 私や君の家庭教師と比べれば可愛いものだろうに』

 

「いや、その二つは比較しちゃいけないと思うんだけどなぁ!!? ……それで、一通り報告はしたけど――」

 

『―――別に。癖があるとはいえ、《西風》の元団員を除けば所詮は学生の域を少しはみ出した程度の未熟者ばかり。全く興味がわく気にもならない。君の言ってたフルネームを明かさない金髪女生徒は正体も分かったしね』

 

「ま、まあ……ニーアならそう言うと思ってたけど――って、アリサさんが誰なのか分かったの!?」

 

『…やれやれ。君だって大体は検討がついてるだろうに。ルーレ出身者で、身元がバレると面倒な立場になるRのイニシャル持ちなんて、考えるまでもあるまい。ルーレは勿論、帝国内と外で名が多く知れる会社と言えば――』

 

「『ラインフォルト社』……ってことはアリサさんはラインフォルトの――」

 

『あぁ。君の話を聞いて思い出したが、ラインフォルト社の現会長『イリーナ・ラインフォルト』には一人娘がいたはずだ。まあ会ったこともないし、『イリーナ・ラインフォルト』や『グエン・ラインフォルト』、『フランツ・ラインフォルト』と違い、興味は勿論を面白味も感じない……名を覚える気にもなれないよ』

 

「…………()()()()()()()()()()()()はそうなんだね……」

 

『まあ、誰か一人見出せというのなら……君が話していた委員長女生徒ぐらいか。君の直観曰く、何やらⅦ組の中で一番ヤバい何かを抱えているのだろう?』

 

「うん。あくまで俺の直観によるものだけど……それでも彼女の存在は無視出来ないと感じるんだ」

 

『へぇ、君の直観はある意味異能に匹敵する程のレベルだからねぇ。私もそれなりに恩恵を受けた身だし、観察する価値はある、か。だが私が一番興味を引くのは、やはりオリエンテーリングの舞台である旧校舎だね』

 

「……そうなんだよ。百歩譲ってダンジョンや魔獣が徘徊してるのはともかく、まさか石の守護者(ガーゴイル)までいるとは思わなかったよ…」

 

『ふむ。ドライケルス帝が御自ら設立した学院という要素を引いても、少し異常かもしれないね。ツナヨシはなにか感じなかったのかい?』

 

「うーん、感じると言ってもニーアに無理矢理連れ回された遺跡探索と似たような感じかな。……待てよ、ということはあの旧校舎には『古代遺物(アーティファクト)』があるかもしれないってこと!!? 自分で言っておいて怖ぁぁ!!」

 

『…………』

 

「えっと……ニーア?」

 

『いやなに。流石に情報が不足している状況で結論を出すのは早計がすぎると改めて思っただけさ。まあ時間があったら調べるのもありだが、君には君の目的があるだろう?』

 

「…っ!」

 

『あの皇子がこのエレボニアでなにをやろうが、《革新派》と《貴族派》の争いがこの先どんな道を辿ることになのか……そんな事は()()()()()()()()()()()。だから分かっているね、ツナヨシ?』

 

「…うん、分かってる。俺は―――『『――"ズガガガガン"!!』』――――はい?」

 

『ちっ、もう見つかったか。小娘一人を相手に暇な連中だね』

 

「ちょっと!!? 今の音完全に銃声だよね!!? 一体何事!!?」 

 

『おや、言ってなかったかい? 現在私は―――

 

 

 

 

―――共和国の『反移民政策主義』のテロリスト共に追われてるって

 

「凄く初耳なんですけど!!? え、なに!? ()()()()()()()()()()()!!?」

 

『されかけではない。誘拐されたが脱走し、現在逃亡中だとも♪』

 

「ってことは、テロリストから逃げてる最中に呑気に連絡してきたってこと!!?」

 

『なに言ってるんだい? 君と出会う前からこの程度日常茶飯事にすぎなかったよ。私を欲しがる連中はこのゼムリアには星の数程存在するからね』

 

「でしょうね!! 俺も何度も巻き込まれたり助けに行ってたりしたからね!! ってか本当に今大丈夫なの!!?」

 

『あぁ、その点は心配ない。君と話す前に"カイン"には私がいる位置の座標をメールで送っておいたから、もう間もなく到着してくれるだろう。その間、テロリスト共には君で試そうと思っていた研究の品の実験台になってもらおうじゃないか……くくくく!

 

(うわぁ……、一瞬でニーアに対する心配が皆無になった……。テロリストの皆さん、これも貴方達がニーアに目を付けたのがそもそもの間違いなので、甘んじてお受け下さいませ)

 

『じゃあそろそろ失礼させてもらうよ。学生生活を程々に楽しみながら"奴ら"との接触を待つことだ。あぁそれと、月1レポートは欠かさず送りたまえよ。では……近いうちにまた会おう♪』

 

「ちょっと待って!! ニーアは戦闘力はそこまでないんだから"カイン"が来るまで無茶しないでよ!! 後、出来ればテロリストの皆さんには出来るだけの加減を―――」

 

 

 ―――と、ツナヨシの言葉は最後まで届くことなく、通信は切られたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 やっと原作プロローグを終えた……。早く物語が本格的に動き出す原作4章やりたくてしょうがない綱久です。マジで頑張らないと…!


 そしてやっと、やっと送っていただいたオリキャラを出せた!!です。

 今回登場したのは『ニールフェリア・オルトロン』。提供者は『十三』さん、本当にありがとうございました!! 
 イメージCVは水瀬いのりさん……さて、元ネタキャラは分かりますかね?

 この作品での彼女の技術の腕は……正直チートレベルです。思わず目を疑うような技術品を出してしまいますが、ニーアだから仕方ないと思っていただければ幸いです、はい。

 ニーアの更なる詳細は、彼女が再び登場した時に分かるのでお楽しみに!!


 オリキャラの募集は行っていますので、送る際はメール……もしくは活動報告で作成しますので、そこにお願いします!!

 更新速度は遅いと思いますが、これからもよろしくお願いします!! 後、簡単な文でも全然OKなので感想を書いていただいたら超嬉しいです!! それではまた次回!!
 


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灰と空

 お久しぶりです。
 毎度のことながら本当に遅れて申し訳ありません!! いい加減生活を改めなければと本気で考えてたり……ともかくどうぞ!!





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、今日もいい朝だな」

 

 4月18日、まだ朝日が顔を出したばかりの時間帯にリィン・シュバルツァーは、刀袋を背負って学生寮から姿を現す。

 

 毎日の自身の習慣となっている剣の鍛錬。いくら今日が授業のない自由行動日とはいえ、それを理由に怠っていいものではない。

 剣の腕を更に高みへ等と思い上がるつもりなどないが、せめて腕を鈍らせないために。自分に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな自身を卑下する想いを飲み込みながら、リィンはいつも鍛錬を行っている人気のない森林へ足を運んでいく。

 

 

 

 

 

 『トールズ士官学院』の入学式から約半月。

 

 学生生活はそれなりに慣れてはきたのだが、流石はエレボニアが誇る名門校であって武術訓練もそうだが、勉学のレベルも半端ではない。今は予習復習をしっかりこなしているから授業についていけているのだが、授業が本格的になればでどうなるか分からない。

 

 まあその部分はリィンにとって正直あまり問題ではない。

 主席合格のエマや次席合格のマキアス、その二人を除いて優秀なユーシスやアリサ程ではないが、学力にはそれなりの自信がある。真面目に授業を受け毎日予習復習を行っているリィンなら、試験を行っても平均点を下回ることはないだろう。

 

 問題はやはり、Ⅶ組内の関係についてだ。

 

 今一番仲が良いと言えるのは『オリエンテーション』で共に過ごし戦った時間が多かったエリオットとガイウス。次点では()()()()()を隠し接していることからマキアス、そしてなにかと放っておけず世話を焼いてしまうツナヨシの二人。 

 ラウラとエマについては異性ということもあってそこまで距離が近いわけではないが、仲はいたって良好だ。

 ユーシスとフィーについては……二人共受け答えはしてくれるが、基本自分達から絡むことはなく、授業の合間の休憩や放課後では姿を消していることが多いため、交流があまりにも少ない。

 

 そしてアリサについては……今のリィンにとって一番の悩みだ。 

 事故とはいえ、あれは完全に自分にとって非があるのは百も承知。だからこそ彼女に対して誠心誠意改めて謝罪したいのだが、彼女は自分を見れば一目散に離れたり、運よく顔を合わせることができたとしても素っ気ない態度で一言二言ですぐに会話を終わらせ去ってしまうのだ。

 くじけそうになってしまいそうだが、これから共に過ごすクラスメイトとの間に遺恨など残したくないし、気持ちよく接したい。

 彼女が自分の話を聞いてくれるその時まで諦めず頑張ろうと、リィンは密かに決意を改めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ、リィンさん?」

 

「あ、おはようツナ。ツナがこんなに朝早く起きてるなんて珍しいな」

 

 修練場へ行く途中、リィンは珍しい人物に出会っていた。

 自分と同じⅦ組に所属しているクラスメイト、自称"普通"の人間ツナヨシ・サワダ。

 

「い、いやぁ……今日はたまたま早く目が覚めまして、二度寝しようにも中々寝付けなかったので平和的に散歩してたところです」 

 

「平和……? 服のいたるところに泥等の汚れが目立っているんだけど……もしかしてまた――」

 

「――いえいえ。こうして五体満足で出血もないので全然大丈夫ですよ(目反らし)」

 

「それを基準にしてはいけないっていつも言ってるだろ!!?」

 

 目を反らして徐々にテンションが下がっていくツナヨシに、リィンが我慢ならずツッコむ。

 Ⅶ組の対人関係もそうだが、ツナヨシの日常もある意味リィン――Ⅶ組全員の悩みでもある。

 

 ツナヨシは3日に一度の割合で、朝の始業時間ギリギリで登校している。

 だが別にこれはツナヨシの起床時間が遅いというわけではない。決して早いというわけではないが、登校するのに時間の余裕が十分ある程度だ。

 

 なら何故ギリギリかというと――――ツナヨシの登校に降りかかるトラブルが原因だ。

 

 オリエンテーリングで見せていた戦闘時の姿が嘘のように――ほんの少しのきっかけで転ぶわ、部活による流れ球が顔面に直撃するわ、理由もなしに犬に追いかけられるわ、他にもあるが酷い時は導力車に轢かれたりと割と洒落にならない被害を受けているのだ。

 

『あぁ…車の件は大丈夫ですよ。SHITT・(しと)―――人に何度も轢かれてもう慣れましたので』

 

『『『『『『『『人に轢かれるってどういう事!!?』』』』』』』』

 

 偶然にもマキアスがその現場目撃してたことでⅦ組に伝わり、クラス全員で問い詰めた結果そんな理解不能な出来事を聞くことになってしまった。

 

 そしてそれ程の事故にあいながら、人体に影響を及ばす大怪我を負わず軽い打撲程度で済んでいるのだから余計に目を疑ってしまう。

 更にツナヨシ曰く、この程度のトラブルは以前いた場所よりも圧倒的にマシで、"ここって命の危険もないし平和でいい場所ですよねぇ"と、晴れやかな笑顔で語るツナヨシの姿に、リィン達Ⅶ組は唖然とするしかなかった。

 オリエンテーリングの時から思っていたが、やはりツナヨシの"普通"は信用ならないかもしれない。

 

「まあまあ、俺のいつも通りなドジについては置いておいて――」

 

「いや、諦めたような表情でそんな事言わないでく――」

 

「―――リィンさんはこれから朝の修練ですか?」

 

 無理矢理の話題転換に、今後ツナヨシには誰か一人共をつけるべきか――と、Ⅶ組のみんなと本気で検討しようと考えながらも、ツナヨシの問いに返答する。

 

「――あぁ。これでも剣士の端くれだからな、鍛錬を欠かすことはできないさ」 

 

「端くれって……。俺の目から見てもリィンさんはその歳にしては強いと思いますよ?」

 

 "それに……"と、ツナヨシの口から、リィンが思わず強く反応してしまう言葉が飛び出す。

 

「オリエンテーリングの最後にリィンさんが使ったあの剣技……俺の見間違いじゃなければ――《八葉一刀流》ですよね?」

 

「っ!」

 

 

 

 

 

 《八葉一刀流》―――ゼムリア大陸に住む剣の道を歩む者であれば一度は耳にする指折りの剣士、《剣仙》ユン・カーファイによって形造られた東方剣術の集大成と言われる剣術。

 壱から漆の型が存在し、その内の一つを極限にまで極め《剣仙》に認められた者は、奥義皆伝者として《剣聖》の異名を授かる。

 

 

 エレボニア帝国による『リベール王国』への侵略戦争――『百日戦役』にて、軍事国家と名高いエレボニアと停戦――いや、勝利へと導いたリベールの英雄―――《剣聖》カシウス・ブライト。

 

 『クロスベル自治州』にて『守護者』、『英雄』と多大な支持と人気を持つ《遊撃士協会》に属するA級遊撃士―――《風の剣聖》アリオス・マクレイン。

 

 

 他国で名が多く知れ渡っているこの二人もまた、それぞれの型を修めた《八葉一刀流》の奥義皆伝者である。

 帝国で伝わる二大剣技、『アルゼイド流』と『ヴァンダール流』と比較すると歴史は浅く世間にもあまり知られてはいないが、今までにない東方剣術、そして各地による《剣聖》達の武勇によって、《八葉一刀流》は剣術界で今最も注目されている流派と言える。

 

 

 

 

 

「…驚いたな。他国を旅していたとは聞いてたけど、《八葉一刀流》まで知っているなんて」

 

「いやー、旅の最中偶然にも《八葉》の剣士さんとお会いまして。それで……()()()()()()()()()()剣技を見る機会があったもので」

 

「成程、そういうことだったのか。そのなんやかんやの内容が非常に気になるけど、ちなみにその《八葉》の剣士って――」

 

「――あぁ、すいません。自分のことはあまり口外しないでと強く言われまして……」

 

「…そっか。同じ《八葉》の剣士として先達の話を―――いや、そもそも俺が《八葉》の剣士を名乗るのは烏滸がましいか…」

 

「…………」

 

 自分を卑下するように零すリィンにツナヨシは沈黙する。

 リィンと共に生活を送るようになって……いや、オリエンテーリングの時から感じていた。他のⅦ組もそうだが、リィンは何かを抱えている―――それも常人のそれとは比較にならない程の……

 

「その、さっきも思ったんですけど……どうして自分を貶めるように言うんですか? リィンさんはお強いと思いますし、これから更に――」

 

 

 

 

「――そう言ってもらえるのは嬉しいよ。でも、俺は強くなんかない。所詮俺は"初伝止まり"、《八葉》を名乗る資格もない

 

「証拠にユン老師からは、初伝を授かるのと同時に修行を打ち切られ、あの日から今日まで会うこともなければ手紙のやり取りすらない」

 

「だから俺は強くはないし、これから強くなることだってないだろう。これが、俺の限界なんだ」

 

 

 

 

 間髪入れず自身を貶める言葉を吐き出し、『つまらない話をして悪かったな。じゃあ俺は鍛錬に行くよ』と告げ、リィンはツナヨシに背を向け歩き出す。

 

 そんなリィンの背中を、ツナヨシは黙って眺めていた。

 彼の過去になにがあったのか、一体なにが原因で彼が本気でそう思うようになってしまったのか……。いずれにしろツナヨシの答えは決まっていた―――

 

 

 ―――干渉しない、その一つだ。

 

 

『いいかい? 業腹だが、この際学園生活を送るのは構わない。しかし、トールズの誰かと絆を育み深めるようなことは、決してしないでおきたまえよ。これから修羅の道を歩むであろう君にとって、それは()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トールズに入学する前、ニーアから再三忠告されていたことだ。

 

 そう、自分とリィンでは歩む道は違う。もし今ここで彼の力となれば、彼の未来に変化が起きるかもしれない。それは良いことなのだが……その切っ掛けを与えるのは自分では絶対に駄目だ。

 そうすれば、どんな形であれ自分とリィンに強い縁が出来てしまう。

 

 ……これから訪れるであろう未来では、それは必ず悪手となるだろう。

 

 フィーのことだってそうだ。

 自分が関わらずとも、彼女は次第にⅦ組へ溶け込めていたはずだ。だというのに、自身のお人好しのせいで彼女の内情を知り歩み寄ったがために信頼され、彼女は懐いた猫のように学院で毎日自分の傍にいる。

 それに対して嬉しさがないと言えば嘘になるが、後悔の気持ちがある。

 

 もうフィーのように失敗するわけにはいかない。この学院にはきっとリィンの力になってくれる者がいるはず。そう自分の中で無理矢理自己完結し、学生寮に戻ろうと足を―――

 

 

 

―――もしも、彼に助言を与える者がいなければ?―――

 

(あぁヤバ。来てしまった……)

 

 脳裏から囁いてくる、ツナヨシの決意を揺さぶる無意識の"もしも"の最悪な思考。

 "本当に彼に関わらないのか?""それで最悪の結果になってしまっていいのか?""必ず後悔するぞ"と、ツナヨシに問いかけるように、最悪な"もしも"が頭に浮かび上がる。

 

 

――もしも、彼の剣士としての才がここで埋もれてしまったら?――

 

(いやいや、それは別にいいだろ。それで生きていけないわけじゃないんだし。これを機に戦いとは無縁の道に行った方が絶対いい! うん、俺だったらそうする!)

 

 

――もしも、彼が弱さゆえに死んでしまったら?――

 

(ひいぃっ!! 恐ろしいこと考えないでよ!! だ、大丈夫大丈夫! リィンさんは賢いんだし、最低限の強さは持っているんだし、上手く立ち回れるよきっと!!)

 

 無意識に浮かび上がる"もしも"に自問自答しながらも、ツナヨシの意思は変わらない。これでも色々と濃い経験を積んだ身であり、お前は優柔不断すぎると家庭教師から散々言われた身だ。

 そう、自分は彼に対して何もしなくていい。自分が関わらずとも、きっと別の人達が彼を助けてくれる。だから―――

 

 

 

 

――もしも、彼が大切な者達を守れず、絶望してしまったら?――

 

 

 

 ―――気がついていればツナヨシは、歩いていたリィンの肩を掴んでいた。

 突然のことに驚くリィンだったが、そんなことに意を介さずツナヨシは声を上げていた。

 

「――リィンさん、ちょっと俺と手合わせしませんか!?」

 

 本当に今の彼に関わるつもりはなかった。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを予知したような、そんな最悪なIFが頭を過ったのだ。

 ツナヨシ自身、何故それが頭に浮かんだのか分からないが、もう彼は知ってしまった。

 

 ゆえにリィンを無視する選択肢なんて、ツナヨシにはもうなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、現在リィンはツナヨシと共に旧校舎の中で軽いウォーミングアップを行っていた。

 

 突然のツナヨシの申し出には驚いたが、断る理由はなかった。

 それに普段の実技教練であまりにも消極的だったツナヨシが、手合わせとはいえ戦闘訓練に積極的になったことに嬉しく思い、年上として年下の思いに応えようと、その申し出を快く引き受けたのだ。

 ウォーミングアップを行いながら、リィンはツナヨシの姿を眺めていた。

 初対面の際、軽くツナヨシの体躯を軽く観察し、彼自身の性格もあって最初は彼の"普通"という言葉に対してはなんの疑問も抱かなかった。

 

 しかし、それはオリエンテーリングでの彼の姿を見て撤回した。

 

 フィーというツナヨシと歳が近い少女と共に、自分達と自己紹介をしていた前に誰よりも早く、旧校舎のダンジョンを制覇していたこと。

 そしてフィーとユーシスを除いた自分達Ⅶ組が総員で挑んでも苦戦させれた、石の魔獣(ガーゴイル)相手に勝利への突破口を開き、『ARCUS(アークス)』の力もあって全員で勝利することができた。

 

 正直、彼と戦い勝利できるか?と問われれば、必勝は難しいと言わざるを得ない。年下相手に少々情けないと思うが、フィーと同じく彼ら二人は歳に見合わない実力者なのだ。

 

 だがその反面、勉学はかなり苦手のようで、授業終了後は毎回頭から煙を出して机に突っ伏している姿をよく目にする。

 そんな姿を見かねて面倒見が良いエマが、ツナヨシに分かりやすく授業で分からない部分を休み時間や放課後の空いた時間に教えてくれているのだ。

 そんなエマの姿にツナヨシは『貴方は天使か!!』と号泣していたのは余談だ。更に余談なのだが、以外なことにたまにではあるが、あのユーシスからも教えてもらっているらしい。

 

 まあだからと言って、ツナヨシに対するリィンの評価は変わらない。

 人には苦手の部分に存在するし、むしろ年相応らしく微笑ましいと思える。学院生活ではそれなりに会話もするし、たまに一緒に勉強を共にしたりと良好な関係は築けていると思う。

 

 

 だが、ある一つの疑問がある。

 

 それは、彼の戦う姿だ。

 オリエンテーリングや実技教練でも見たが、何故か彼は戦いながらブルブルと怯えており、更には戦の経験が全くない素人のような情けない悲鳴を上げているのだ。それにも関わらず、銃の腕も体捌きも普通とは一線を画す程の見事さと言わざるを得ない。

 初伝とはいえ、『八葉』を修めた自身の観察眼でさえ、彼の怯えは演技ではなく本気で怖がっているように視え、失礼だがツナヨシに対してある種の得体の知れなさを感じてしまう。

 

 だからこそ、この手合わせで全てとは言わずとも、ツナヨシに対しての理解を深めたいと思う。これから共に歩んでいくであろう、仲間として。

 

 

 

 

 

 互いにウォーミングアップも終わり、旧校舎の中央へ移動し、得物である導力銃と太刀を互いに構え相対する。

 

「……まずは、突然の俺の申し出を受けていただいて、ありがとうございますリィンさん」

 

「いや、気にしないでくれ。俺としては一度ツナとは手合わせしなくちゃと思ってたから、むしろ有り難かったさ。でもその……意外だった」

 

「…? 何がです?」

 

「オリエンテーリングや実技教練でも見てて思ったんだが……ツナは戦うのが嫌いじゃないのかと――」

 

「――嫌いですよそりゃ!! 怖いし、痛いし、傷つけたくないし……本当なら手合わせも出来る限りしたくなかったですし!!」

 

「え、えぇぇぇ……。じゃあなんで――」

 

「――矛を交え戦えばこそ、分かることもある。俺の家庭きょ―――師匠の教えでもあるんです。今のリィンさんには、ただの言葉での会話は難しいと思うので……」

 

「会話……? どういうことだ?」

 

「リィンさん、どうか最初から本気で剣を振るって下さい。でなければ、俺がこの手合わせを申し込んだ意味がなくなる……さて――」

 

 

「―――()()()()()()()

 

 瞬間、旧校舎に漂う空気、そしてツナヨシの雰囲気が変わった。

 先ほどまでの気弱さがありながらもどこか真剣味があった表情が、微塵も感じられなくなった。

 

 いや、それ以前に何も感じないのだ。

 彼が今纏っている雰囲気は勿論、まるで周りの景色に同化したかのようにツナヨシの強さが全く感じられない。

 唯一理解できるのは、ツナヨシの口調と目つき、そして瞳の色が黄褐から橙色へと変化したぐらいだ。

 

(ツナ……なのか? いや、それよりもツナの実力が掴め……いや感じない!?)

 

 リィン自身は謙遜しているが、彼の洞察力や感知能力は戦闘に特化した教官達を除けば、この学院の中では群を抜いている。

 だからこそ、他者の実力も正確に近い程度に測ることができる。といっても、相手が遥か格上の場合は強さの上限が全く視えないのだが。

 

 だが先ほども述べたように、今のツナヨシからは何も感じない。強いのか弱いのかを測れないのは勿論、強弱に関係なく誰であれ戦闘の際に無意識に漏れ出す『闘気』すらも全く感じないのだ。

 そんな彼の姿が、どうしても不気味に見えてしまう。

 

「……どうしたリィン。来ないのか?」

 

「―――っ!?」

 

 悪寒に襲われたかのように、リィンは一瞬体が震える。 

 ただツナヨシに橙色へと変化した瞳を向けられただけ。だが、彼の自分を心情を見透かすかのような透き通った瞳に、何故か畏怖を感じてしまったのだ。

 

 故に脳で理解するよりも早く、"この少年は速攻で決着をつけねば"と、リィンの体が勝手に動いていた。

 

 

 弐の型―――疾風!!

 

 高速移動から敵を斬り伏せる、『八葉一刀流』の中で速さを重点においた剣術。

 初伝を修めているだけあって速度は中々のものであり、初見であれば新入生最強の実力者であるラウラでも見切れるのは難しいだろう。

 

 速攻で、一撃で決める……今のリィンにはただの手合わせという事柄すら頭になかった。

 

 高速移動で瞬時にツナヨシとの間合いを詰め、ツナヨシの後ろ斜めから刀を振り抜―――

 

 

「がぁ…っ!?」

 

 ―――胸に痛みが奔ったと同時に、地面に転がっていた。

 

 剣を振るおうとした刹那、ツナヨシが一体なにをしたのかが分からず、受け身がまともに取れなかった。一体何故こんな状況になってしまったのか、リィンは理解出来なかったのだ。

 

 痛みに耐えながら、何とか立ち上がりながら状況を確認しようとする。

 

 その眼の先には―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、自分が『疾風』で高速移動した地点に……射撃した跡が分かる導力銃だけを向けていたツナヨシの姿が。

 

 そこでようやく、自分が斬るよりも早くツナヨシに撃たれたことを理解する。訓練用の弾であるため実弾程人体に危険はないが、それでも銃で撃たれる衝撃は劣らない。

 

(まさか初見で"疾風"の速さに反応されるなんて……いや、ツナは兄弟子に型を少し見せてもらったと――)

 

(あはは……そうか、そうだよな。兄弟子の剣に比べれば、未熟者の俺の剣なんて――)

 

「――考え事をしている場合か?」

 

「――っ!!」

 

 思考の一瞬を突かれ、接近されたのか既にに自身の正面にツナヨシが立っており、胴体に向け容赦なく横なぎの蹴りが放たれた。

 リィンは咄嗟に太刀の側面を盾にしたことで直撃を免れた……が――

 

「ぐっ……!(お、重い!)」

 

 見た目が華奢な肉体とは思えない重い一撃に、威力を殺しきれずリィンは数メートルばかり後退させられる。

 だがリィンとて、このまま年下相手に負けっぱなしではいられない。

 今ツナヨシは大振りな蹴りによって僅かばかりの隙が生まれたはずだ。ゆえに、後退されながらもリィンは、体勢を崩さず『八葉』の遠距離型の剣技を振るう。

 

「陸の型、緋空ざ――が……っ!」

 

 胸に衝撃が奔ったと同時に、またもやリィンは地面に転がされる。そして自分がまた撃たれたのかと理解させられる。

 

 ツナヨシは自身の蹴りがリィンによって防がれるのは、とある直観や経験則によって()()()()()()。そしてその最中で反撃の手に出ることも全て。

 ツナヨシが行ったのは、そんなのリィンの剣技の隙をついて銃撃したに過ぎない。もしリィンが蹴りを防ぐのではなく躱したとしても、結果は何も変わらない。

 

(嘘……だろ?)

 

 ここまで年下に圧倒される自身への情けなさ、そして胸に奔る痛みに耐えながら、剣を支えに何とか立ち上がろうとするリィンに対し、無表情のままツナヨシは告げる。

 

 

 

「……どうした? この程度、まだ序の序の口だぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







Q.今のツナヨシの状態はどういうこと?

A.一応超モードになってはいますが、超力を抑えてます。詳しい説明は次回で。


黎の軌跡発売まで後28日……本当に楽しみです!!

新たな魅力的なキャラ達が出てきてくれて嬉しい限り―――ただ自分が登場して一番嬉しいのは―――《身喰らう蛇》の《執行者》No.Ⅲ《黄金蝶》ルクレツィアがやっと登場してくたこと!! CVが植田佳奈さんであることが更に良い…できればこの小説で彼女を出したいなと思っていたり。まあ、もし出すとしたら原作以上の化け物クラスで出す可能性が大ですね……

そして黒田崇矢さんボイスの破戒、《痩せ狼》ヴァルターも登場するので、主人公のヴァンと仲間達は勿論、結社がどう動くのかとても楽しみです!!

次回は本当に、今回よりも早く投稿できるよう頑張るつもりなので、どうかお楽しみにしていただければ嬉しいです!! それでは失礼します!!


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原点

 二ヶ月振りで本当にすみません、綱久です!! 以前の投稿期間と比べたら大分マシですが……次回はもうちょっと投稿できるよう頑張ります!!

 それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

 

『帝国に行くのであれば、お前も恐らく出会うことになるかもしれん。『八葉一刀流』、漆の型を授かった――老師の最後の継承者に』

 

『継承者……つまり、()()()()()と同じ規格外……』

 

『待て、いや待ちなさい。あの()()()はともかく、俺までその括りに入るのは些か不本意なんだが……』

 

『それ本気で言ってます!? ニーア達から聞いた貴方の武勇伝や未来予知じみた"観の目"…でしたっけ。決定的なのは数か月前での軽い手合わせ―――もうあれで貴方は俺の『絶対戦いたくない人ランキング』の上位に入りましたから!!』

 

『ふむ、喜んでいいのやら不名誉と言えばいいのか分からんランキングだな……。まあその話題はさておき、先ほど話した最後の継承者のことだが、安心するといい。彼はまだ《剣聖》の称号を冠しておらず、聞いた話ではまだ『初伝』とのことだ』

 

『そ、そうなんですか!!? 良かった~~!! 心をある程度読まれたり高揚して戦いを挑まれ続けたり四六時中付きまとわれたりしないと考えると安心感が……!』

 

『こらこら、《剣聖》が全員そんな人物だという考えはやめなさい(まあ後者はともかく、ある程度は昔の俺もそうだったから、強くは否定できないんだがな……)』

 

『す、すみません。あの人の印象が強すぎて、《剣聖》は全員ああなのかという思いが捨てきれなくて……』

 

『――まあ、あの妹弟子と初めに会ってしまえば、是非もないと言えなくもないが……と、話がまた脱線してしまったな。――エレボニアにいる俺の弟弟子、もし彼と会う機会があれば、少しで構わんから気にかけてはくれまいか?』

 

『……どういう事です?』

 

『5年前、老師から届いた手紙でしか俺も事情はある程度にしか知らないが……その弟弟子は幼少の頃よりある闇を抱えているらしい。俺は勿論、他の弟妹弟子(きょうだいでし)よりも質が悪い類のな』

 

『……!』

 

()()()()()()()()()()()()()()、どうやら今だ自身の道を見出せてはいないようだ。事情を深く知らないゆえ、これ以上俺は何も言えないが……』

 

『つまり、その《八葉》の剣士さんの闇について力になってくれと?』

 

『いや、どんな事情があるにせよ、それは最終的に己自身の手で決着をつけねばならん。彼の闇を考えれば尚更な。だから、きっかけだけでいい。弟弟子が前へ進むための機会を、可能であればお前が与えてはくれないか?』

 

『は、はいぃぃぃ!!? 無理ですよそんな!! 俺、まだ14歳で世の中ことなんてまだ完全に知らないひよっこだし!! これまでだって自分のことで精一杯だったし!! そんな俺がリボ――師匠や貴方のように人を導くなんて――』

 

『――やれやれ、お前は本当に自分のことに関しては鈍いな。お前は気づいていない――いや、自覚していないだろうが、お前にはある。人に寄り添い支え、心技体の正しい在り方を示し教え導く――老師やお前が話す師匠のような、指導者としての才が

 

『……っ!!』

 

『ま、お前がエレボニアへ行く事情も分かってるし、そもそも会えるかどうかも分からない。どうしても無理だと言うのなら――』

 

『いえ、貴方は俺にとってニーアと同じく大切な恩人です。そんな貴方が気に掛ける弟弟子さん……正直俺なんかがとは思いますが、もし彼と出会うことになったら――出来る限り助けたいと思います』

 

『…! ……そうか、すまないな』

 

『でも言っておきますけどしっかり力になれるかどうか分かりませんからね!!? 貴方は凄い過大な評価をしてくれますけど俺には――あぁ……心臓が凄いバクバクしてるぅ……!!』

 

『ふふ。何度も見てるが、やはりお前さんのこの姿はどことなく安心するな』

 

『どこがですかぁっ!!?』

 

 

 ツナヨシがエレボニア帝国へ行く2週間前の、とある御仁との会話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣士と銃士、どちらが勝つかと問われれば、大抵の人間は銃士と答える。

 

 銃は相手から離れた距離から攻撃できることに加え、撃たれる銃弾の速度は銃の種類によって違うが、基本常人の目では追えない程。狙撃の腕は必要だが、戦いの素人ですら人を容易く殺せる武器、それが銃だ。

 

 だが、剣では銃に勝てないと問われれば、それは否だ。

 

 確かに銃弾の速度は目に映らない程ではあるが、基本直進にしか飛ばない。

 距離が離れ、視界で銃口の位置と狙撃のタイミングを把握しなければならないという条件はあるが、()()()()()()()()()()()。躱し、近距離につめてしまえば後は剣士の土壇場である。それが基本的な銃士との戦い方であるが、それなりの経験を積まなければ不可能なやり方だ。  

 

 では今戦っている剣士であるリィンはそれが出来るかと問われれば、それは可だ。

 本人は酷く自身を卑下しているが、曲がりなりにも彼は《八葉》の型を修めた剣士。もし並の銃士であれば、リィンが勝つのは当然と言っていいだろう。

 

 まあ………――――

 

 

 

「―――がはっ!」

 

 

 ―――銃士(ツナヨシ)は、並を遥かに超えているのだが。

 

 

「………これで15だ」

 

 15――それはこの手合わせで、リィンが訓練用の銃弾を受け転がされた回数だ。しかも全弾というわけではないが、多くが急所に撃たれている。もし実弾であれば、リィンはとっくに女神(エイドス)の元へ逝っていてもおかしくはない。

 

「……最初の動きは悪くなかった。だが時間が経つにつれ被弾の影響とは関係なく、お前の動きが鈍くなっているのが目に見えた」

 

「……」

 

「これは手合わせだ。別に全力でやれという決まりはないが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは、流石にどうかと思うが?」

 

「っ!?」 

 

 そう、まさにそれは図星だった。

 

 自分では、ツナヨシにどう足掻いても勝てないと。

 

 銃の腕も相当だったが、もしそれだけならリィンも手も足も出ない程ではなかった。

 銃撃を搔い潜り、ツナヨシに接近はできるのだが……どうやら彼には格闘術の心得があるようで、リィンの剣戟はどれ一つも完璧に躱されツナヨシに当てることが叶わず、躱された瞬間に銃撃や重い蹴り技が繰り出され、反応すらできず受けてしまっている。

 

 そしてもう一つ……、それはツナヨシはあまりにも戦い慣れていることだ。

 最初の疾風での高速移動を見向きもしない撃ち抜き、こちらの攻撃のタイミングをずらし、もしくは阻止するかのような銃撃……どれも技術だけでは到底不可能。

 

 リィンは手も足も出ず5回程無様に地に転がされた時、理解させられた。

 

 ツナヨシは強い。

 強いとは分かるが未だ彼の強さの上限が全く読み取れない。だがそれでも、自分よりも上というのだけは分かる。

 そんな彼に、未熟者の自分が勝つことはおろか勝負の土俵に立つことすら烏滸がましい。だからこそ、無意識とはいえ、手合わせ中にやる気を無くし戦い続けるなど、ツナヨシに対して失礼なことをしてしまった。

 

 だからリィンは決めてしまった――情けない話だが降参を申し出よう、と。

 

 醜態をさらした挙句、更に彼には酷く失望されるだろうが……もうこれ以上無意味な――

 

 

 

「お前は言ったな。自分はユン老師から修行を打ち切られ、『初伝』止まりで、強くもなければ強くなることもないと…」

 

――だが、そんなリィンの心情を見透かしてなのかツナヨシは遮るように口を開いた。一瞬戸惑うも、紛れもない事実のため、リィンは頭を項垂れたまま肯定する。

 

「あぁ……そうだ。だから俺は――」

 

「――何故、それを簡単に受け入れた?」

 

「――え?」

 

 思いもよらない問いに、リィンは思わずツナヨシをバッ!と見上げた。

 

「俺はリィンのことについて何も知らないし、ユン老師がどういう考えでリィンの修行を打ち切ったのかも分からない。だが、お前が剣を取り、その道を歩むと決意したその想いは、決して軽い物じゃなかったはずだ」

 

「それは……っ!」

 

 励ましの言葉を口にしない。その程度で折れるなら、この道にリィンが合わなかっただけのこと。

 

「他人に言われて簡単に受け入れる程、お前の覚悟はそんなものか? それで悔しさも向上心も抱くこともなく本気で抗いもせず、ただ現状を受け入れ変わろうともしないのがお前の在り方か?」

 

「………っ!」

 

「その程度の覚悟なら、悪いことは言わない。剣を捨て、戦いとは無縁の道を行くべきだ。お前が思う以上に戦いの――剣の道は甘くない」

 

 厳しい声色で語るツナヨシの言葉には重みがあった。まるで自身がそう経験したのだと語るその重さに、リィンは決して肯定する事も否定する事もなく、黙って彼の言葉を真剣に聞き入れる。

 

「だがそれでも、捨てられないと言うのなら、その道を歩みたいと言うのなら―――」

 

 本来ならここまでするつもりはツナヨシにはなかった。

 しかし、自身の放っておけない優しさと甘さ、とある恩人との頼み……そして、昔のダメツナと呼ばれた自分に少し似ているリィンをみていられなかったのか……。

 

 耳を傾けるリィンにツナヨシただは引きずり出す。時が経つにつれ忘れてしまった彼の――

 

 

 

「――原点を思い出せ。お前が剣を取り、強くなりたいと願った根底はなんだ―――リィン・シュバルツァー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リィンには他人に安易に明かすことが出来ない内に秘める闇がある。その闇は己の意思とは関係なく、周囲に害を巻き散らす忌むべき物。

 

『兄……様……』

 

 今でも思い出す。

 幼少時、血は繋がっていないが、何よりも大切に想っていた妹を大型の魔獣から護るため、自身の意識が塗りつぶされるように闇が表に現れた。

 そして意識が戻った時には魔獣は息絶えていた――リィン自身の手によって。

 

 そんな血にまみれていた自身の姿を、妹は口には出さなかったが……リィンを畏れていたのは目に見えて理解せざるを得なかった。

 

 あの一件があったにも関わらず、妹のエリゼはいつも通りに接してくれたが、あの一件は今でもリィンのトラウマだ。

 もし次にまた闇が現れ、今度はエリゼや家族…周りの人達に危害を及ばすのではないか……そんな不安が日が経つにつれ増していった。

 

 だからこそ父と親交があり、当時故郷であるユミル温泉に赴いていた――《八葉一刀流》の開祖、《剣仙》ユン・カーファイに教えを乞うた。

 正しき振るう力と、力を制し御する心と精神を、かの御仁から教授するために。もう二度と己の中に潜む闇によって、周りの人を傷つけないためにも。

 

 だが、同時にこうも思った。

 

 彼から師事を受ければ、こんな無力な自分でも強くなり、父のような人間になれるのではないかと。

 

 あの一件よりも少し昔、大型の魔獣に襲われた自分や他の領民達を――ユミルの領主である父、テオ・シュバルツァーが自ら前線に現れ魔獣を難なく倒し、守ってくれた。

 聞けば父はシュバルツァー男爵家に伝わる騎士剣術を収めており、老師には到底及ばないと本人は言ってるが、リィンから見れば彼も尊敬できる立派な強者だった。

 

 そんな自らの家族や領民を率先して守り戦い周りを安心させる父の姿に、更なる尊敬の念が強まると同時に――彼のようになりたいと思うようになった。誰かを傷けるための力ではなく、誰かを守るための力を……自分も、と。

 

 エリゼとの一件で闇への不安を抱くと同時に、守るために強くなりたいという想いも改めて抱くようになった。本当の意味で強くなれば、もうエリゼに恐怖や不安に思わせることもないはずだから。

 

 最優先は己の中の闇だ……だが、もし老師との修行でそれを制することができたのなら――希望観測であったが、当時のリィンはそれを思わずにはいられなかった。

 やがてそれは、老師から修行を打ち切られ、自分には武人としての見込みがないと決めつけ打ちひしがれてる間に忘れてしまったのだが……。

 

 しかし、それはツナヨシの言葉がきっかけに、はっきりと思い出せた。そう、自分が強くなりたいと願った一番の理由は―――

 

 

 

「エリゼを……父さんと母さん、大切な人達を自分の手で――己の意思で守りたい……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奥底に眠っていた本音を口にした途端、まだ一部ではあるが、リィンの心の中の靄が晴れていく。

 そして、体に奔っていた痛みを感じないかのように、己の足で立ち上がり、改めてツナヨシに向き直る。

 

「――俺は、剣の道を軽んじていたんだな」

 

 抗うことも、前に進むこともしなかった自分が、己の"限界"を決めつける――全くもって恥ずかしいかぎりだ。今だ未熟者である自分が、己の限界など分かるはずがないと言うのに。

 

 勝ち目がないと理解した瞬間に力を抜き、『初伝止まり』とユン老師が創り上げ各国の兄弟子達の《八葉》の剣術を穢し―――何よりも強くなると誓ったあの初心も、己の不甲斐なさのせいで忘れてしまった。

 周りにもそうだが、自分に対してとても失礼だ。それでは、いつまで経っても強くなれず大切な人達を護れやしない。

 

 まだ完全に心内が晴れたわけではない。

 だがそれでも、もうこの現状に甘んじることはしない。前を向き、止まることなく、自身の力で進んでいく。でなければ、人が変わっていくことも、きっかけを掴むこともないのだから。

  

「……どうやら吹っ切れたようだな」 

 

 憑き物が取れたかのようなリィンの表情に、無表情ともとれるツナヨシの口角が僅かに上がった。

 

「すまなかった、そしてありがとうツナ。年上として情けない限りだが、君のおかげで大事な事を思い出したよ」

 

「……俺は大したことをやったつもりはないが、お前がそう言うのであれば礼は素直に受け取っておく。――それで、まだ続けるか?」

 

 一応口に出したものの、答えは分かりきっていた。何せリィンの表情は剣士――いや、強者に挑む挑戦者のそれなのだから。

 太刀を正眼に構えたリィンに応えるように、ツナヨシも銃口を相手に定める。

 

 

 

「《八葉一刀流》初伝、リィン・シュバルツァー――今だ未熟者なれど剣の道を改めて志した者として、先の道を行く君に挑ませてもらう!!」

 

「―――来い!」

 

 

 

 弐の型―――疾風!!

 

 手合わせの最初に見せた《八葉》の高速移動の剣術。

 だが、速さもキレも最初とは段違いだ。気持ちの持ちかた次第で人は変わると言われるが、これがリィンの本来の力……だが――

 

(悪くない速さだが――視えているぞ)

 

 リィンを超える速さの敵と相対し続けていることもそうだが、とある事情でガチで戦り合うこととなった()()の剣技を嫌という程を視てきたツナヨシにとって、それは通用するものではない。

 

 リィンが斬りこむであろう位置に銃を構え、そして彼が眼前に迫ったタイミングを見計らい躊躇いなく引き金を引く――

 

(あぁ、分かってるさ!! この程度のことで彼に届くわけないことを!!)

 

 最初と同じ失態は繰り返さない。散々彼の狙撃には苦しめられ、先ほどまで銃口を向けられるだけで怖気づいてしまっていたが、もう今のリィンに畏れは微塵もなかった。

 ツナヨシの銃口が目前にある距離まで迫った瞬間、()()()()()()()のだ。力強く踏み抜いた右足を軸にしてコマのように右回転することで、ツナヨシの銃弾を紙一重で躱しきる。そしてそれは防御から……攻撃へと転換される。

 

「壱の型――螺旋撃!!」

 

 今まで届かなかったリィンの剣が、遂にツナヨシに届いた瞬間だった。

 

 回転の遠心力を利用した強烈な斬撃。銃を撃った直後に仕掛けたられたこともあり、流石の今の状態のツナヨシでも()()()()()()()()()()()

 彼は咄嗟に右腕を引き銃を盾にしたことで、剣撃による直撃をギリギリで防ぐ。

 

「ちぃっ!」

 

 だが咄嗟の防御体勢とリィンの一撃の重さから、完全に威力を殺すことができず、ツナヨシは数アージュばかり後退させられてしまった。

 先ほどまで手も足も出なかったにも関わらずリィンは、ツナヨシに一刀を届かせるだけでなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――この時点で十分な快挙だ。

 

(いや、まだだ!) 

 

 リィンは止まらない。

 太刀を素早く鞘に納刀。()()()()()()()()()()()()ため、《八葉一刀流》の中で剣速に秀でる型を繰り出す。

 

 

「肆の型―――紅葉切り!!」

 

 すれ違い様に相手に気づかれることなく斬る、剣速特化の抜刀術。

 銃撃や躱しといった動作をさせるつもりはないと言わんばかりの本気の一撃。その刃が迫ろうとする中、螺旋撃を受け止めた影響で手が痺れたのか、連続の技の応酬に反応できないのか、ツナヨシに動きがなかった。

 そんな彼の姿にリィンは「捉えた」と確信す――

 

 

 

 

 

「――……見事だ」

 

 そんな声が耳に届いた瞬間、ツナヨシに向け逆袈裟斬りで振るった刀身の動きが止まった――いや、止められた。

 そしてその方法は、全集中していたリィンが思わず驚愕の表情を浮かべるのに充分すぎるほどのものだった。

 

「――白刃、取り……だと!?」

 

 得物がない状態で、両掌で剣の側面を挟み受けて斬撃を防ぐ…相手によって難易度が大きく変わる高等技術。いつの間にか銃を地面に落としていたのか、リィンの斬撃はツナヨシの白刃取りによって止められている。

 

 白刃取りの技術についてはリィンも当然知っているが、手合わせとはいえそれを実際に目にしたのは初めてだ。

 敵の斬撃の箇所と速度の完全把握、両掌を合わせるタイミング――その二つが見事絡み合わなければ無防備な状態で斬られてしまう、とても危険な技術である。

 

 峰の状態であったがリィンは太刀を寸止めするつもりはなく、更に《八葉一刀流》で剣速に特化した紅葉切りを繰り出した……それを見事に白刃取りで防がれたということは自分の技はツナヨシに――

 

「――がっ……!?」

 

 気づいた時には、体全体に叩きつけれた激しい痛みを感じた。

 両掌で太刀ごとを持ち上げられ、勢いのまま横に投げ飛ばされ壁に叩きつけられ、地面に落ちる直前にツナヨシに現在抱き止められたが、今のリィンには知る由もなかった。

 この手合わせで受けた蓄積された痛み、その痛みを我慢し全力の剣技……そして今の叩きつけられた痛みによって、リィンは最早を意識が保つことができず、そして――

 

「――ここから、俺は……」

 

 悔しさもあれど、それ以上に満足そうに微笑みながら……そして心地よい暖かさを感じながら、リィンは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(終わった……か)

 

 リィンが完全に気絶したことを確認したツナヨシは、()()()()()()()()。橙色の瞳は元の茶色へ、テンションも通常時へと戻っていく。

 そして完全に戻った瞬間、大きなため息をつく。

 

(とても『初伝』とは思えない強さ……リィンさん、自分を謙遜しすぎにも程があるでしょ)

 

 "お前それ完全にブーメランだからな"というツッコミが知人から飛んできそうだが、事実リィンは強かった。もしあれ以上の実力を彼が発揮していれば、1()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()

 

 リィンとの戦闘の際、ツナヨシは確かに"死ぬ気"化はしたが、《死ぬ気の炎》は全く使わなかった。炎による技は勿論、身体強化にすら一切利用せず、テンションだけ変え素の身体能力だけでリィンと戦っていた。

 そのため、"死ぬ気化"によって額に灯る炎の大きさは目視することが難しい極小サイズで、リィンにはそれを視る事が出来なかったのである。

 

(全くリィンさんといい、()()()()()()()》といい、『八葉』由来の剣士は本当に末恐ろしいよ……)

 

 数か月前に出会ったそれぞれの《剣聖》の実力と出鱈目さを実感してるからこそ、リィンも彼らと同類ではないのかとつい疑ってしまう。ま、それはそれで置いといて――

 

「――本当に、俺の選択は正しかったのかな……」

 

 あの最悪な予感が頭に過った瞬間、勢い任せで手合わせを申しで、結果的にリィンの心の靄の一部を晴らし前へ進むきっかけを与えた。

 後悔してるかと問われれば、半々といったところだ。彼の力になれた事の嬉しさと、自身が彼に大きく関わり縁を作ってしまったことへの恐怖。

 

 もうリィンはフィー同様、自分をただのクラスメイトと接することはないだろう。関わってはいけないというのに、事情を知ってしまったがゆえ見捨てられず最後に手を伸ばしてしまう……自分の優柔不断ぶりが本当に嫌になってしまう。

 

 だが、過ぎたことに後悔しても仕方ない。もうこれ以上、自分という存在が彼らⅦ組に影響を与えないよう努めるしかないだろう。

 自分とリィンやフィーを含めたⅦ組はただのクラスメイト……それ以上でもそれ以下でもない関係でなくちゃいけない。例えⅦ組全員の境遇が普通でないとしても、このクラスの真の創設理由で普通の学生とは大きく異なる道を歩もうとも。何せ自分がこれから歩む道は―――

 

 

 

「―――ってああぁぁぁぁぁ!! そんなことよりリィンさんの治療が最優先だったぁぁぁっ!! だ、大丈夫だよね!? 銃は訓練用の弾だし炎は全く使わなかったからそこまでの傷は……いやでも俺結構容赦しなかったような…!! もしこれで重傷を負ってたら……ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!! リィンさん本当にごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 戦闘時で見せた姿とは思えない、いつも通りの喧しさと落ち着きのなさ。もしリィンの意識があったとしたら、そのギャップに唖然としていたであろう。

 

 最後まで締まらないツナヨシであったが、リィンの治療のため慌てふためきながらも懐から、掌サイズの正方形の箱を取り出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 




 黎の軌跡、皆さんやられましたか? 自分は当然やりましたが――最高でしたね、はい!! ストーリーは勿論ですが、キャラクターも良かったですよね!!
 前作からのレンやフィー、新キャラのシズナやエレインも良かったですが――一番はヴァンですね!! 歴代主人公の中でも一番好きになりましたね!! 次回も当然楽しみだし、どうにか黎の軌跡のキャラを登場させられないかと、少し検討中です……、一人の登場は確定ですが(ニヤリ)。


 今回の話のリィン、原作よりも強めで書いちゃいましたね。まあ、これから現れる敵のレベルを考えるとこれぐらいはやってくれないと…(黒笑)

 ちなみにテオの武勇伝は一応この小説でのオリジナルです。まあ実際原作でもやってそうな感はあるんですよね……人柄と実力は確かだし、閃Ⅱでは《北の猟兵》相手に善戦してたし。

 次回は後一話を終え次第、特別実習に入ります! 行き先は……この話を読んだ皆さんなら察しがつくと思います。どうか次回も楽しみに待ってて下さい!!
 


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とある休日の時間

どうも皆さま1年振りです、綱久です。

楽しみにしていただいた皆々様、お待たせして本当に申し訳ありませんでした!!!
仕事の忙しさや新情報によるプロットの見直しも勿論あるんですが、ゲームの熱中ややる気の問題とあってここまで遅れました……!! マジですいませんでした!!

今日から何とか執筆を再開していきたいと思いますので、よろしくお願いします!!

それではどうぞ!!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は9:30。

 

 現在ツナヨシは校門前で背中を壁に預けながら立っていた。

 本日トールズ士官学院は授業もない自由行動日、俗に言う休日だ。そのためツナヨシの服装は制服ではなく、Tシャツの上に薄いパーカーを羽織る等、彼の普段通りの私服である。

 

 手合わせの後ツナヨシは、()()()()()でリィンを治療し、学生寮の彼の部屋まで背負い運んだ。

 途中朝練に向かおうとしたラウラと鉢合わせしてリィンの気絶について理由を聞かれたが、"鍛錬を体力の限界までやって気を失った"――と、家庭教師より叩きこまれた今だ未熟なポーカーフェイスの表情で嘘とも本当とも取れる出来事を話した。

  

 交渉術や腹の探り合いが極まった人物に対しては即バレしてしまうレベルだが、ラウラは大してツナヨシを疑うことなく素直に信じ、寧ろ同じ剣士として自分も負けられぬ!!と活き込んで、修練場へと急ぎ足を運んでいったことで事なきを得た。

 

 その後リィンをベッドへ運んだ後、戦闘での汗や汚れを落とすためシャワーを浴び、時間に余裕があったため軽く二度寝し、私服に着替え()()()()()で一般以上の美味しさになった料理の腕でトーストやベーコンエッグを簡単に調理し朝食を取り、現在に至る。

 

 別に完全インドア派というわけではないが、普段のツナヨシなら用事がない限り休日は部屋に籠って遅寝するか漫画やゲームに没頭してだらけていただろうが、今日はある用事で外出するのだ。

 ツナヨシは入学前を合わせても、エレボニア帝国の滞在期間は一か月に満たず、国内も片手で数える程度にしか赴いていない。このトリスタに近い『帝都ヘイムダル』ですら、まだ一度も訪れていない。

 他にも理由があるのだが、地理や街並みを知るためにツナヨシは、今日の自由行動日を利用して『ヘイムダル』へ行く予定だ。

 とはいえ、多くの人々が行きかい多くの行政区が存在する、初めて訪れる都市を一人で歩くことを考えると憂鬱な気分になってしまうし、今日一日で帝都を周りきれるのか不安を感じてしまう。

 だからこそ――

 

 

 

「悪ぃ! 待たせたなツナ!」

 

 軽く考え事をしているうちに、今日の自分の用事に付き合ってくれる――自分を呼びかける男の声が耳に入った。

 

「いや、俺も来たばかりなので大丈夫ですよ、クロウさん」

 

 首元まで伸ばされた銀髪に白のバンダナを額に巻いた青年の申し訳なさそうな態度に、ツナヨシは気にした様子は笑顔で迎える。 

 

「それにしてもすいません、クロウさん。せっかく自由行動日なのに、わざわざ俺のために時間を作って下さって」

 

「気にすんなって。初対面での借りも返しておきたいこともあるが、普段から楽しくつるんでるんだし俺とお前さんの仲だろ」

 

「クロウさん……はい、ありがとうございます」

 

 ツナヨシと親しそうに話すこの青年の名は、クロウ・アームブラスト―――トールズ士官学院のツナヨシよりも一つ上の学年の先輩だ。

 

 クロウは立派な先輩か?と問われれば、ツナヨシは間違いなく否と答えるだろう。

 授業はサボりまくるわ成績は悪いわ、ギャンブル好きでほとんどの確率で負けて金欠だわ、挙句の果てには子供相手におやつを賭けにして『ブレード』というカードゲームで負けて巻き上げられるわ、どう見ても駄目人間の不良学生にしか見えないだろう。

 

 では何故、そんな不良とツナヨシがこうして親しげに二人で出かけようとしているのか? 

 

 ツナヨシはクロウとの出会いを、今でも鮮明に覚えている。

 トールズ士官学院入学初日、オリエンテーリングが終了し寮で荷解きをしている時、18時を過ぎたことお腹をすかし、荷解きの切りも良かったため学生で人気が高いと評判の喫茶・宿泊店のキルシェへ向かおうと寮から外へ出ると――

 

 

 

 

『………――――腹、減ったぁ………』

 

『………―――へ?』

 

 道端で倒れ痩せこけた顔のクロウが、そこにいたのだ。

 

 全力で知らない振りをしたかったのだが、バッチリと目が合ってしまい、『俺を見捨てないでくれお願いします!!!』と恥も外聞もなく泣きつかれたこともあり、もう無視できる状況でもなかった……。幸い前の旅で懐に結構余裕があったため、全部奢る形で一緒にキルシェで食事をし、泣きながら滅茶苦茶感謝されたのであった。

 後日、その原因がギャンブルで有り金が殆ど無く、周りに結構借金しまくりで誰にも借りられずに飲まず食わずの状態だったと聞いた時は、少しばかり軽蔑した視線を送ったツナヨシである。

 

 これが、ツナヨシとクロウの最良とも最悪とも言えない出会いであり、クロウとの縁が繋がった瞬間だった。

 

 

 

『よーっすツナ! ちょっと一緒に遊び(ギャンブル)に行こうぜ!』

 

『腹減ってんだろ? これからクロウお兄さんが上手い飯屋に連れてってやるよ! ………ちなみに懐は超余裕があったりしますかねツナ君様』

 

『ジョルジュがまた面白いモンを開発したらしいぜ。一緒に見に行かねぇかツナ』

 

『悪いツナ!! トワとゼリカに追わてるんだ!! 少しの間匿ってくれ!!』

 

 

 

 その次の日から、ツナヨシは授業が終わった放課後ではほぼ毎日クロウと過ごしている。初日の恩、先輩後輩の関係等と言って、学院内やトリスタの町に連れていかれているのだ。  

 最初は親交を深められないという思いから断っても『一緒に楽しもうぜ!』と、どこか憎めない笑顔で何度も誘ってくることから、ツナヨシは渋々クロウに付き合った。

 

 しかし、クロウと共に彼の友人である同級生3人と面白おかしく過ごしたり、トリスタの子供達と『ブレード』で遊びクロウが負けたり、昼食や夕食を共にして楽しく談笑したり、他の同級生と金や物を賭けてギャンブルをしたり。

 たった2週間ではあるがクロウと過ごした時間は、慣れぬ軍事学院での生活や()()()()()()()()への不安に対してのいい息抜きとなっており、今ではクロウのことは尊敬する先輩というよりも、ダメダメだが憎めず頼りになる少し歳の離れた友人のように今は思っている。

 

 元々今日ヘイムダルにはツナヨシ一人で行くつもりであったが、その話を聞いたクロウが自ら名乗り出て自分に付き合うと言ってくれたのだ。

 申し訳ないと思うと同時に、正直助かった気持ちでいっぱいだったりする。こうして休日を共に過ごす程度には、ツナヨシはクロウに心を許している。

 

「ま、今回はお前さんの帝都の観光案内が主な目的だけどよ、ちょっと一件だけ俺の用事に付き合ってもらっていいか?」

 

「それは勿論。で、用事って一体何ですか?」

 

「よくぞ聞いてくれた。それは―――これだ!!」

 

 視界いっぱいにクロウがツナヨシに突き出したのは新聞である。一体これが何なのかと、新聞に書かれた内容を凝視する。

 

「えっと、"ブラックプリンス"、"ランバーブリッツ"……何かの名前? その下の欄には数字や文字がギッシリ詰まって………あれ? というかどこで見たことがあるような――」

 

 口に出しながら思い出して見ると、確か今より半年前の『虹の代理戦争』が始まる数日前、ろくでなしの親父が久しぶりに帰宅し『たまには"馬"も悪くねぇな♪』と居間でゴロゴロしていた。

 クロウが突き出した新聞の内容とそれとなく似た新聞を読んで―――………ここまで思い出した時点でツナヨシは察してしまった。

 

 この男の性格や懐状況ならマジでやりかねないが、それでも学生という一線は守ってはくれるんじゃないのか。そんな2割にも満たない淡い思いを抱きながらも、ツナヨシは問うてみる。

 

「……クロウさん、まさかと思いますけど―――」

 

「――ふっ、お前の察した通りさ。用事というのは他でもない―――」

 

 

 

 

 

「―――俺と一緒に競馬で億万長者になろうぜ☆」

 

「―――やっぱりかこのギャンブル中毒者っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼むよツナ~~~~~!!! 今月マジで俺ピンチなんだって!!! このままだと俺はしばらくモヤシ生活待ったなしな程追い込まれてるんだってぇ!!!」

 

「それクロウさんの自業自得ですよね!!? 毎日毎日ギャンブルで負け続けていればそれはそうなりますよ!!」

 

「そんなこと言わずに頼むよマジで!! 俺の一生のお願いだからよぉ!!」

 

「おかしいなその一生のお願い先週も聞いたような気がするんですけどぉ!!?」

 

 先輩の競馬発言を聞かなかったとして回れ右して一人で駅へ向かおうとしたツナヨシを、そうはさせまいと彼の左足にみっともなくしがみつくクロウ。

 彼の懐事情はある程度把握しており、本当に金欠なのは確かだろうが理由が理由だけに助けようという気持ちがあまり沸かない。しかもその方法が―――

 

「大体失ったお金をギャンブルで一発逆転で稼ごうなんて馬鹿の考えにも程がありますよ!! そう言って数多の人達の破産した末路をクロウさんだって分かってるでしょうに!! そしてクロウさんの場合は万が一どころか百万が一もないですよ!!」

 

「お前俺に対して遠慮なくなってきてるな!? 確かにそれは正論だがお前が――ギャンブルゲームで全勝してカジノ経験があるお前が一緒なら不可能じゃねぇ!!

 

「うわぁ、やっぱりかぁ…!」

 

 クロウがここまでツナヨシに固執しているのには大きな理由がある。端的に言えば、彼のギャンブル――いや()()()()()()が以上なまでに高いことだ。 

 

 数日前、ツナヨシはクロウを含んだ彼の同級生たちと賭け(お金以外で)のトランプゲームをした。

 最初ツナヨシは遊び半分でやっていたのだが、とあるクセが大きく強い上賭け事に滅法強い女生徒の先輩がとんでもない賭け(男の尊厳がなくなる類)を申し込んだため、ツナヨシはやむえず()()()()()()()()

 

 結果、クロウが知る中でも勝負強さも運も兼ね備え、お忍びで歓楽都市ラクウェルのカジノで結構な勝率を叩き出していた彼女に―――ツナヨシは勝ったのだ。クロウ自身もそうだが、彼女の腕を知っている同級生たちはたいそう驚いていた。

 

 更に別の日では、20回コイントスをし表裏の当てた回数の勝負の際ツナヨシは―――なんと20回全部当てるという快挙を成し遂げ、周りで見ていた者達は"人間業じゃない…"と唖然としていた。

 他の日でもそういったゲームをしており、遊び程度なら勝ったり負けたりの繰り返しだが、賭け(色々な意味で譲れない物)が発生した場合、ツナヨシは全勝無敗と負けなしである。

 

 とはいえ、元々賭け事に興味がないことも理由の一つでもあるが……別にツナヨシはそれに対して誇らしくもなければ、楽しさは勿論嬉しさすらない。

 

 

 

 

 前の世界で、ツナヨシは一度家庭教師によって日本の裏カジノへ無理矢理連れてこられ、カジノ内のゲーム全て勝って元手金100万を1億にしてこいという、常人なら無理難題といっても過言でもない課題を出してきやがったのだ。

 最初は反抗していたツナヨシだったが、『修行を10倍……いや50倍』という呪詛を耳元で囁かれたことで、普段は戦闘時以外では見せない超モードになって―――文字通りカジノを無双した。

 

 スロットではジャンクポットを出し続け、ルーレットでは全て指定した番号を予見しストレートアップを当て続け、ブラックジャックでは常に19~21まで引き当て勝ち続け、ポーカーでは相手のクセや表情や心情を見抜き勝ち続けた。

 

 結果、半日もかからず目標金額に達することができた。

 

 事前にリボーンからある程度のルールや勝ち方を教わった事、長く実戦で培った観察眼と動体視力、特に『超直観』の3つか上手くかみ合ったゆえだろう。

 それらを今後も活かしていけばギャンブラーとして生きていけなくはないが……もっともツナヨシ本人はその道に興味は微塵もなく、目標金額に達した瞬間も幸福感や達成感よりも、家庭教師の地獄の修練を受けずにすんで良かった安心感しかなかったそうだ。

 

 ちなみに余談だが、裏カジノ始まって以来の客の快挙に当然店側は納得いかず、数十人の怖いおじさん達やお兄さん達からヤキを入れるところだったが、同行していた友人二人に返り討ちにされ、更にツナヨシの正体を知った途端オーナーを含めた全員から土下座され、新たに敷かれたレッドカーペッドで帰ることになった……。

 

 以上の経緯があり、ツナヨシはギャンブルゲームでは負け無しの強さを誇っており、生徒教師を合わせてこの士官学院で彼に勝てる者はまずいない。

 だからこそ、クロウはツナヨシに賭けたのだ―――彼と共に競馬(賭け金)で一発逆転をしてやる!!と。

 

 

 

「よく聞けツナ!! ここで一気に稼げれば俺の各方面の借金はチャラになり、お前を含めてみんなのお金も戻り、俺の懐は超暖かくなる……みんな幸せになれるだろ!!?」

 

「いやそれクロウさんしか幸せになってないですよね!? ていうか俺競馬なんてやったことないし、それ以前に俺達は学生だから馬券は買えないはずでしょ!!?」

 

「その辺は抜かりはねぇ…! こんなこともあろうと変装用のカツラとサングラスは持ってきてるし、黙っていれば見た目の俺は成人以上に見られてもおかしくないし、何よりもあの競馬場は身分証明はかなり緩めだから数回はごまかせる……だからなんの問題もねぇ!!」

 

「問題しかみあたらねぇ!! 猶更協力するのはごめんですよ!!」

 

 その場を急ぎ去ろうとするツナヨシを往生際悪くクロウは彼の足にしがみついてくる。もういっそ無理矢理薙ぎ払うかと考えが浮かぼうと―――

 

 

 

「――っ!? クロウさん避けて下さい!!」

 

「へ……っ――!」

 

 突如として頭に鳴り響いたそれぞれの危険信号に二人は咄嗟にその場から飛び退いた。

 

 瞬間、二人が立っていた場所に重い一撃が到来し、それなりの衝撃と地響きが奔る。

 

「――ぎゃぁぁぁぁぁ!! なにこれぇ!?」

 

「――あ、危ねぇ…! つうかこの飛び蹴りの衝撃……まさかっ!」

 

「――やれやれ。茶番の隙を上手く突いたつもりだったけど、クロウの無駄な危機察知能力は勿論、ツナ君の常人離れした勘の前ではこれは当然の結果か」

 

 突如の出来事に驚く二人をよそに、その現状を作り出した全身にライダースーツを身に纏った一人の長身の女性が現れる。ツナヨシは彼女を知っているが、クロウはそれ以上だ。なにせこの学院に入ってから付き合いの長い悪友なのだから。

 

「アンゼリカさん!?」

 

「ゼリカ!! お前これはどういう事だよ!!?」

 

 

 アンゼリカ・ログナー――この学院で彼女を知らない者はいないと言われる程の有名人でもあり、規格外の人物だ。

 まず、『ログナー』という性から分かる通り、彼女は《四大名門》の一角――『ログナー』侯爵家の息女だ。しかし大貴族とは思えない気さく態度で誰に対しても壁を作ることもなく、気遣いも面倒見も大変良いため平民貴族クラス関係なく、教師を含め多くの人から慕われている。

 更に彼女は、東方に伝わる三代拳法の一つ――『泰斗流(たいとりゅう)』の使い手だ。

 本人はあくまで習った程度で本職には到底及ばないと謙遜しているが、その実力は泰斗の中伝レベルに達しており、教師陣を除けばこの学院で最強の実力者と言っても過言でもないだろう。

 そしてもう一つ、彼女にはとある一面が――

 

「どういう事か、か。ふふふ、それは君が一番良く分かってるんじゃないかクロウ?」

 

「――もう!! やっと見つけたよクロウ君!!」

 

「げっ! トワもいんのかよ!」

 

 士官学院生とは思えない小柄な小動物を思わせる少女――トワ・ハーシェルが頬を膨らませながらアンゼリカに並び立つ。

 信じがたいが、彼女はツナヨシの一つ上の学年の先輩であり、更に平民出身でありながらも貴族生徒も多くいるトールズ士官学院の生徒会長を務める実はかなり優秀な少女である。そして、アンゼリカ同様にクロウの気の置けない友人である。

 

「クロウ君、今日はどうしてツナ君と出掛けようとしてるのか教えてくれるかな?」

 

「いやぁ、ツナがまだエレボニアに慣れてなくて帝都にも訪れたことがないと聞いてな、可愛い後輩のために先輩として俺が人肌脱ごうと思ってよ」

 

「うん、普段ならそれはいいことなんだけど、クロウ君今日は前の授業に出席出来なかった補修授業と課題があるはずだよね?」

 

「へ……」

 

「……さあ、何のことか私は分かりませんね?」

 

「もうクロウ君!! 1年の時から必須授業を抜け出して単位もいくつか落としちゃってるし、このままじゃ卒業も危ないかもしれないんだよ!!」

 

「ふっ、心配してくれるのは嬉しいが、ここは退くわけにはいかねぇんだよトワ。卒業どころか明日を生き抜くために、俺は行かなくちゃならねぇんだ!!」

 

「あ、遂に本音を漏らしましたね」

 

「それ完全にクロウ君の自業自得だからね!! と言っても聞く耳を持ってくれないし……うぅぅ……アンちゃぁん! クロウ君がぁぁぁぁ!」

 

「ぐふっ!! 泣き崩れるトワも大変可愛いく素て―――ゲフンゲフン。よしよしトワ、君はしっかりやれているさ」

 

 一瞬危ない表情になりかけるも寸前で戻して、泣いてしまったトワを抱き締めながら優しく宥めるアンゼリカ。

 それに対しツナヨシはいつものことかと達観した表情で眺めていた。クロウをきっかけにだが彼女達と縁ができ、それなりに仲良くしていただいており、彼女達のやり取りもある程度把握しているのだ。

 

「さて、私としては別に君が留年しようと構わないが、愛しのトワの頼みとあっては、私も重い腰を上げるのもやぶさかでない」

 

「いや、トワに限らず女生徒の頼みなら二つ返事で頷くだろお前。そんで、ご自慢の泰斗で俺を抑え込むか?」

 

「普通ならそうする。けど、君は座学とは正反対に実技――特に状況判断能力と逃げ足は教官達も目を見張る程のものだ。私だけでは少々分が悪い……――私だけでは

 

「あん?……――っ! ゼリカ、テメぇまさか!!」

 

 彼女の意図を察したクロウはすぐさまツナヨシを連れてこの場を離脱しようするが――もう遅かった。

 

「――さあ集え!! 私の可愛い子猫ちゃん達よ!!」

 

 アンゼリカが指をパチンと鳴らすのを合図に―――様々な物陰からトールズの女子生徒達が飛び出し、軍隊顔負けの連携で僅か数秒でクロウとツナヨシを、隙間なく囲み包囲したのであった。

 

「んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? さっきから気配が少しずつ集まってると思ったらこういう事だったの!?」

 

「いや早く教えろよそれっ!!? つうか――ま、マジでやりやがった…! 俺一人を捕らえるためだけに、()()()()()()()()()()()()()()を集めやがった……!」

 

「失敬だな君は。私はただ純粋に、彼女達を想い力となり共に歩み愛を囁いたに過ぎない。私のお願いにこうして二つ返事で集まってくれたのは、私の純粋な人徳さ♡」

 

 アンゼリカ・ログナー―……彼女はある強烈な一面を持ち合わせている。それが――女性の身でありながら同性である女性が大好きだということ。

 可愛いらしい女性を見るやいな、場所は選ばず初対面であろうと口説きに奔る。普通なら拒否し関わろうとしないのだが、アンゼリカの女性でありながら心身男性のような容姿と立ち振る舞い、彼女の破天荒でありながら気配り上手な性格、そしてとある御仁から教わった口説き文句が見事にかみあった結果―――彼女に虜にされた女性が後を絶たないらしい。

 

 表情を見るだけで誰も彼もが嫌々ではなく、自ら望んでアンゼリカの力になりたいというのが良く分かる。彼女のような尊敬できるカッコイイ同性がいれば、()()異性に目を向けることはないだろう。

 

 さて、クロウただ一人を捕まえるために作られたこの状況……それに対してツナヨシが取る選択は――

 

「――あのーすみません会長、アンゼリカさん。もしかしてこれ、俺関係なかったりします?」

 

「う、うん、勿論だよ! ツナ君ごめんね、変なことに巻き込んじゃって…!」

 

「折角の自由行動日の朝に災難だったねツナ君。行くのなら早く離れた方がいい。クロウの巻き添えを受けてしまうよ」

 

「あ、はい。それじゃ先輩方お疲れ様です」

 

 ――クロウを見捨てるただ一つだ。

 

 カジノ同様、理由が理由なだけに善意で助けようという気はないし、これは完全にクロウに非があるのは一目瞭然だ。だからさっさとこの場を去りたかったのだが、諦め悪くクロウはツナヨシの腕を強く掴んだ。

 

「ツナ君様。ここは二人で協力してこの状況を打破するのが得策だと私は思うのだがどうですかね?」

 

「いやいや。これ完全にクロウさんが悪いじゃないですか。ここは大人しく――(ガチャっ!)――……ガチャ……?」

 

 会話の最中に聞こえた不穏な音に、恐る恐る目を向けると―――いつの間にか自分の左手首に鉄の拘束具が嵌められており、それから頑丈なワイヤーがクロウが右手首に嵌めた拘束具に繋がっている……つまるところツナヨシの自由が奪われたのである。

 

「これで俺たちは一蓮托生!! 生きるも死ぬも一緒だ!! だから二人で力を合わせてこの危機を乗り越えようぜ!!」

 

「なにしてくれてんのこの先輩!!? しかもなんかこのワイヤー凄く硬そうなんですけど!!?」

 

「そりゃジョルジュお手製だからな。サラやナイトハルト教官以上の猛者じゃねぇと斬れないとのお墨付きだ」

 

「ここでその有能さを出すのは勘弁してほしいんですけどぉ!! というか鍵、鍵を早く寄こしやがって下さい!!」

 

「そいつは悪いな。俺としたことが手錠だけ貰っておいて鍵だけジョルジュから受け取るのを忘れていてな。つまりこの場に鍵はないのさ――ふっ」

 

「ふっ――じゃねぇですよ!! つまりこの手錠を外す手段がないってことぉ!!?」

 

「ふえぇぇぇ!! クロウ君とツナ君がぁ!? ど、どういうことなのぉ!?」

 

「ふっ、鈍いトワも素敵だが、私が簡単に説明してあげよう。これは言葉すら必要としないツナ君の意思表示――"クロウは誰にも渡さない!!"、"クロウは自分の物だ!!"…つまりそう言っているのさ!!

 

「貴方の目は節穴かっ!!?」

 

 近くで視ておきながら全く見当外れにも程があるアンゼリカに先輩後輩関係なくツッコミを入れてしまうツナヨシ。

 だが誰もアンゼリカの言葉を疑っていないのか、トワを顔を真っ赤にしてアワアワとしており、取り囲む女子生徒達も顔を赤くさせたり鼻血が垂らしかけたりと反応は様々だ。

 

「隠すことはないさツナ君。この2週間君とクロウを見てきたが、正直ここまでの仲になるとは思わなかった。君達の関係はそう―――先輩後輩の壁を越え互いが互いを想い合う恋人の――

 

「――いや、確かにクロウさんのこと何だかんだ言って頼りになる先輩なのは認めますけど…そもそも俺とクロウさん男同士だから恋人とかそういうのはあり得ないと思うんですけど…?

 

 いたって平坦な声量で首を傾げ、本当に理解できないと口にするツナヨシに予想外の反応だったのか、からかおうとしたアンゼリカだけでなく周りの女子生徒達も思わず固まってしまった。

 

 しかしよくよく考えてほしい。ツナヨシはまだ14歳で、大人と子供の狭間に立とうとしている思春期だ。元いた世界でノーマルな恋愛系にはそれなりの興味は持つが、今だR18の類の…またはそれに近い本を一冊も持っていない程の初心(ウブ)だ。

 そんな彼が、異性ではなく同性同士の恋愛であるBLや百合の世界に無知なのは無理もない。

 

「そうか……君はまだその世界を知らない純真無垢のようだね。いや、君の年齢を考えればある意味当然か」

 

「は、はい……?」

 

「あぁ、その、なんだ……お前が知るにはまだ早――いや、もう遅いか早いかの問題だよな、この学院にいる限り。後で俺が教えてやるよ…」

 

 クロウのある意味での親切心からきた言葉。だが、この危機的状況(妄想豊かな女性陣の前)でその台詞はまずかった。

 

 

 

「ク、クロウ先輩がツナ君に教える……―――手取り足取りっ!!」

 

「クロウのアレが、ツナヨシ君のアレに……―――ぶはっ!!(鼻血)」

 

「青春を過ごす無垢な少年の体に、不良ながらも密かな優しさを持つ青年の手が――ぶぷぱっ!(鼻血) いい、凄くいいわ!!」

 

「クロウ×ツナヨシ、クロウ×ツナヨシ、クロウ×ツナヨシ、クロウ×ツナヨシ、クロウ×ツナヨシ―――」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!! なにこの人達ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

「く、腐ってやがるぜコイツ等…!!」

 

 

 色々な意味でネ!!

 

 ありもしない妄想で興奮を隠し斬れず顔を真っ赤にさせ鼻息を荒くしたり、鼻血を今度こそ垂らしたり、意識が飛びかけようとしたり、その場にいなかったはずの文芸部の部長が現れ鼻血を流しながら筆をはしらせたりと混沌な状況へとなっていた。

 

「おぉぉ……私の子猫ちゃん達を妄想だけでここまで追い詰めてしまうとは…。クロウがいるとはいえツナ君、君はやはり只者ではないようだ」

 

「いや、この人達ただ自爆したようにしか見えないんですけど!?」

 

「だが、愛しのトワの誘いを断るクロウに協力する以上容赦はしない。当然クロウには罰を与えるが、君もなにかしらの罰を与えないとね。そうだな――」

 

「ちょ、待って下さい!! 俺は協力なんてまった――」

 

 

 

「――一週間このウィッグをつけて女性用制服を着て過ごしてもらうよ!!」

 

「――ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! まだ諦めてなかったよこの人!!」

 

 アンゼリカが突き出したストレートヘアのカツラと平民の緑の女性用の制服に、ツナヨシは悪夢を見たかのように頭を抱えだす。

 

 

『ツァイスに赴いたと聞いた時はどんな罰を与えようと思ったが……これはこれでアリだ。このまま撮え――おいおい、そんな涙目で怯えないでくれたまえよ――ゾクゾクするじゃないか♡』

 

『うんうん。うちの者達ですら変化できない程の完成度だね。せっかくだから、このまま街へと買い物としゃれこもうじゃないかツナ♪』

 

 

 脳裏に浮かんだ恩人と元居候の悪顔を頭を振って無理矢理忘れ、嫌々ながら現実に戻る。

 

 ツナヨシの異常なギャンブルの腕が知られるようになった元凶はアンゼリカ――いや、彼女はあくまできっかけだ。

 ツナヨシの罰ゲームを決める際、彼の幼い童顔は女性の服を着ても違和感なく似合うのではないかと、気まぐれで口にしたのだが、その際ツナヨシは思わず頭を後ろの壁にぶつけたり冷や汗をダラダラと流したり明らかに動揺した反応を見せていた。

 周りが心配する中、アンゼリカはそんな彼の様子を見てニヤリと笑いながら思った―――これは面白そうだ、と。

 

 あの時は本気を出したツナに負けてしまったのは予想外だったが、巡り廻ってこうしてチャンスが訪れたことにアンゼリカは愉悦の笑みを深める。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいよ!! 男の俺がそんなモノ着たって気持ち悪いだけですし!! というか前から思ってましたけどアンゼリカさんには全く得がないでしょ!!?」

 

「やれやれ、君は色々な意味で謙遜が過ぎるな。確かに私は可愛いもの好きではあるが、それは女性に限ってであり、いくら童顔であろうと男に対しては全く興味はない」

 

「だったらどうしてっ!?」

 

「あの時の君の姿を見て直観したのさ――君の弱みを握ればこの先が面白くなりそうだ!!と

 

「最低だ!! 最低の先輩だぁ!!」

 

「さあ子猫ちゃん達!! クロウもそうだがツナ君を捕らえた暁には―――あの二人を好きにしていい権利を与えよう!!」

 

『イエッサー!!』

 

「関係ない俺まで巻き込まれた!!? しかも全員さっきよりもテンションが高めなんですけど!!」

 

「ツッコんでる場合か!? 今はとにかく逃げるぞっ!!」

 

 ツナの腕を引っ張り、その場を離脱しようとするクロウ。そして懐から何か取り出すと地面に思い切り叩きつける。それは――

 

 

「――ケホ、ケホ!! な、なにこれ!?」

 

「あうぅ……煙で目が染みる……!」

 

「うぅぅ……アンちゃんこれって…っ!」

 

「間違いなくジョルジュのお手製だろ……くっ、卑怯な……っ!!」

 

 煙玉。

 19歳の若さにして本職顔負けの技術力を持った、クロウの同級生の友人が製造したお手製。通常の物と比べれば煙の量も濃さも違い、現に女生徒達は勿論アンゼリカまで目を瞑って身動きが出来ていない。

 

 その隙にクロウはツナヨシを引っ張って、彼女達の包囲網から抜け出すのであった。

 

「何とか抜けられたが、あいつらも腐っても士官学生だ。後数十秒ありゃ追ってくるだろうな…!」

 

「ど、どうするんですか!?」

 

「取り敢えずまずはこの枷をどうにかしないとな。ジョルジュの所に行けば鍵くらいあるだろうが……」

 

「絶対あの人達が立ちはだかるに決まってるじゃないですか!? つうかそもそもクロウさんのせいで状況が悪化したんでしょうがぁ!!」

 

「黙らっしゃい!! 俺は過ぎたことをしつこく言うような後輩に育てた覚えはありません!!」

 

「まだ会って2週間しか経ってないでしょ俺達!!」

 

「ともかく!! このままじゃ俺達は共に破滅を迎える!! 俺はトワによって缶詰め状態で授業と勉強をさせられ、ツナは俺と共に女生徒達から玩具にされる……それでもいいのか!!?」

 

「死んでも嫌ですっ!!」

 

「だったら腹をくくれ!! 命を懸けろ!! 力を合わせ、今を乗り越え明日を手に入れるためにな!!」

 

「くそ、顔がイケメンでいざという時に頼りなるからカッコよく聞こえてしまう……! ええい、やってやるよこん畜生め!!」

 

 周りから見れば"そんなことで命懸けるか?"と問いたいだろうが、この二人にとってガチである。

 

 覚悟を決めた二人は、各々の得物である導力銃を枷がついていない手で構える。そして禍々しい複数の気配を感じた途端、二人は戦場へ赴く顔つきへと変わり、駆け出す!

 

 

 

 

「女神の加護を!! なんとしても壁を乗り越えるぞ!!!」

 

「おう!!!」

 

 

 もう一度言おう―――この二人はガチである!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数時間後………

 

 

 

 

「さあ俺の奢りだ、二人共ジャンジャン食べてくれ!!」

 

「うわ、テーブルを埋め尽くす程の料理の数々…! これ全部食べきれるんですか?」

 

「大丈夫だよツナ君。僕にかかれば難なく全部胃袋に収められるさ」

 

 場所は帝都『ヘイムダル』、オスト地区にある居酒屋《ギャムジー》。

 お昼過ぎでありながらも休日だからなのか、多くの人が飲んで騒いでいる。その一角のテーブルにツナヨシとクロウ、そして途中合流したクロウ達のもう一人の上級生であるジョルジュは、テーブルに隙間なく置かれた湯気が昇る多くの料理に圧倒されていた。

 

「それにしても改めて、よくアン達から逃げ出すことができたよね二人共」

 

「あぁ、俺一人だったら今ごろ授業&勉強の監禁地獄を味わってるところだったが、頼りになる後輩がいてくれたおかげで無事に帝都へ辿りつけたんだぜ」

 

「……俺としては凄く複雑なんですけどね」

 

 ツナヨシの頭をわしゃわしゃと撫でる楽しそうなクロウとは裏腹に、されるがまま言葉通り複雑な表情を浮かべるツナヨシ。

 

 

 

 あの後、迫りくる武器を携えた統制がとれた士官女子学院生達と学院最強の実力者であるアンゼリカの猛攻。普通でも中々の難易度で、その上互いの片手を手枷で繋がれ動きが制限されているという悪条件付き。

 誰もがすぐに決着がつくと思っていた――しかし、その予想は大きく外れることになる。

 

 彼女達は、この二人を甘く見すぎたのだ。

 

 まず一点目は、彼らの実力。

 クロウは去年、トワやアンゼリカを含めた3人の同級生と共に『ARCUS』の運用テストを請け負い、サラの導きのもと帝国各地を回り、それなりの修羅場をくぐっていること。

 そしてクロウ自身の銃の腕も士官学院生の中でもトップクラスであり、それに加え危機察知能力と反射神経も優れている。

 座学ではワースト上位にはなるが、実戦では上位に入る実力者である。

 ツナヨシの実力は言わずもがな。

 

 二点目は、戦術オーブメント『ARCUS』。

 前述で述べた通り、クロウは『ARCUS』の適正があり今でも所持しており、扱いについてはⅦ組よりも上手いし、ツナヨシとリンクを結ぶことも分けはない。

 ツナヨシはそもそも『ARCUS』など頼らずとも、付き合いがそれなりにある人物と連携を取るだけの高い協調性がある。

 

 そうしたあらゆる要素が上手く噛み合ったことにより―――二人は統率された女子士官学院生の猛威をくぐり抜け、遂には指揮官でもあり強者あるアンゼリカを戦闘不能に追い込むことができたのであった

 

『我が……生涯に…一片の……悔い、なし……!!』

 

 本人の名誉のため詳しい戦闘描写は省くが、アンゼリカは鼻血を流しながら満足そうに気を失い、その横に顔が真っ赤でスカートの裾を両手で抑えるトワの姿があったそうだ……。

 

 指揮官が意識を失ったことによる動揺で女子士官学院生の統率が大きく乱れ、その隙にクロウとツナヨシは急いでその場を離れ、ジョルジュがいる技術棟まで走って来た。

 

 

『えーっと……クロウ。流石にその状況で君に手を貸すのは――』

 

『――昼飯大量に奢ってやるから!!』

 

『――はい、これが鍵だよ。バイクもすぐに出すから待っててくれ…!』

 

『手のひら返し早すぎでしょ!!?』

 

 その後はジョルジュに事情説明&昼飯奢りの約束を交わしたことで手枷の鍵を入手して、無事に枷から解放。

 そして念には念を入れ列車ではなく、このゼムリア世界で今だ実用化に至ってはいないが、ジョルジュ、クロウ、アンゼリカ、トワの4人によって製作されている"導力バイク"を使ってトリスタを離れ、無事『ヘイムダル』に辿り着くことができたというわけだ。

 

 

 

 

 

「うーん、でもツナ君はともかくクロウは確実に後で酷い目に合う未来しか浮かばないよね」

 

「はっ、そん時は数時間後の俺がなんとかしてくれるさ。今はただ俺の懐が超温まったお祝いの方が先だぜ! あぁ……以前の俺じゃ考えられない飯の数々…! 俺の腹が鳴いてやがるぜ…!!」

 

「……話はさっき聞いたけど、本当に競馬で勝ったんだね……しかも今だ数人しか当たってない筈の"3連単"で

 

「いやー……まさか俺もここまでなるとは思いもしませんでしたよ……」

 

 

 

 

 ヘイムダルに着いた後、巻き込まれたとはいえ助けてくれたお礼、そしてこの先輩の借金チャラのため仕方なく、ツナヨシは競馬に行くことを渋々承諾した。

 クロウは喜々としながらツナヨシと共にサングラスや付け髭、帽子やコートといった簡易的な変装をしながら『帝都競馬場』へと足を運んでいったのだった。

 

 競馬についてルールは全くの無知のため、ツナヨシはある程度クロウから――馬の順位を予想してミラを支払いして馬券を購入し、予想通りの場合は当選した馬の倍率によって金額が増えた状態で払い戻しがされると聞く。

 

 正直カジノと違って不安しかないが、取り敢えず出来る範囲のことはやろうと決め、広場でクロウから今日レースに参加する馬の勝率や今まで実績を聞き出し。更には競馬を観にきている人々の順位の予想の確認。

 更に今日の馬と騎手の状態やコースの確認、芝生の状態や風向きなど、集められる要素を全て集めた。そして頭の中に全てのデータが揃った途端、説明や過程も分からずとも"あの馬が一位かな……"と頭の中で直観し、クロウに伝える。

 

 取り敢えず様子見ということで、クロウは全財産(1000+αミラ)の半分の金額で1レース目の単勝式の馬券を購入。その後二人は観客席で購入したコーヒーを飲みながらそのレースを観戦した。

 結果――ツナヨシの直観は見事的中。1位の馬の倍率は2.7倍のため1080ミラ(税抜)の払い戻し。

 そのミラと全財産をそのまま、2レース目ツナヨシが直観した馬の単勝式の馬券を購入。それも見事的中し倍率1.8倍で2275ミラ(税抜)の払い戻しがされた。

 

 ツナヨシの直観に問題がないと判断したクロウは、なんと全財産で3連単の馬券を買うと言い出したのだ。

 3連単とは1位~3位の馬の順位を正確に予想するという、競馬の中では払い戻しの金額の倍率が圧倒的に高い馬券だ。とはいえ3連単が当たるのは本当に滅多になく、ここ最近その予想が的中した者はいないとも聞いた。

 

『絶対にそれは無理ですよ!!』

 

『いーや大丈夫だ!! 俺はお前を信じてる!!』

 

 流石にそう上手くいかないからとツナヨシはやめさせようとしたが、クロウは聞く耳持たずでツナヨシが直観した馬の順位の馬券を買ってしまい、"もう知らねー"とツナヨシは放っておくことにした。

 

 

 そして結果は――「2-5-1」と賭け、実際の順位は「1-2-5」と全滅となった。

 

 

『お、俺の全財産がぁ……!』

 

『まあ世の中そう上手くいかないですよ…』

 

 その結果にクロウはと四つん這いでショックを受け、ツナヨシは予想が外れながらもコーヒーを飲みながら達観していたが、ここで予想外のことが起きたのだ。

 

 なんと1位の馬がレース中に他馬の走行を妨害したことが判明。そしてその妨害がなければ先着できていたことが認められ――

 

 

 

――1位の馬は3着まで降着され順位は「2-5-1]と変動した……。

 

 

『『――えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!??』』

 

 

 まさかの逆転勝利に周囲の人がいるにも関わらず、二人が驚きの大声を上げるのも致し方ないだろう。

 

 今レースの3連単の倍率は352.4倍のため、金額はなんと約58万ミラ(税抜)の払い戻しとなり、借金を返しても十分なお釣りで出るほど、クロウの懐が一気に暖まる結果となった。受付からミラの束を受け取るクロウの手が震えていたのも無理はない。

 

 その後、滅多に出ない3連単の的中にクロウ達の周囲に多くの人だかりができたが、これ以上目立ち正体がバレれば水の泡のため、二人はすぐにその場を離脱し、周囲に人がいない場で変装を解いた。そして約束していたジョルジュと合流して、現在に至るわけだ。

 

 

 

 

 

「ふぅ…。未成年で競馬をやるなとか、後輩の運にたかるなとか、そもそも補修をサボるなとか色々とツッコミたい気持ちだけど、こうしてご馳走にご相伴預かった身としては胸の奥にしまった方がよさそうだ」

 

「……正直2年生の常識人がトワさんしかいないじゃないかと思うのですがクロウさん」

 

「まぁ普段はしっかり常識があるヤツだけど、飯が絡むと手のひら返しが半端ねぇからなジョルジュは。って今はんなことより飯だ飯!! この後の帝都観光のためにも英気を養わねぇとな…!!」

 

「色々と複雑な気持ちでいっぱいですけど、有難くご馳走になります」

 

「……ちなみにクロウ、足りなくなったら追加注文するのは当然いいよね?」

 

「おう、どんどん注文してくれや! ミラに関して今の俺は無敵! 今の俺に払えない物などねぇからなぁ!!」

 

((あ、近いうちにまたミラが底をつくなこの人/クロウ……))

 

「そんじゃそろそろ食うとしようぜ。じゃ―――」

 

「「「―――いただきます」」」

 

「えーと、まずは何を食べよ―――って二人共食べるの早っ!!」

 

 クロウは完全に暴食の域で食い散らし、ジョルジュは一品一品を味わいながらも食べる速度は異常と、テーブルに並べられた料理は次々と消えていく。そして食べる速度を落とさず追加注文をすることも忘れない二人である。

 取り敢えずツナヨシはある程度のおかずを自分の皿に移し、二人とは正反対にゆっくりと食べることにした。

 

(はぁ……なんでこんなことになったんだろ……?)

 

 本来なら今日1日は帝都『ヘイムダル』をゆっくり観光しつつ、()()()()()()()()()この場の地理を完全に把握する1日のつもりでいた。

 

 それが朝早くから同級生と手合わせして似合わない説教をしたり、先輩の騒動に巻き込まれ命がけの追いかけっこをしたり、人生初の競馬をさせられたり、こうして居酒屋で先輩二人とお昼をいただいたりと、想像していた1日とかけ離れたものとなった。

 

 まあ要因はただ一つ、"自身が彼らに関わってしまった"ただ一つだ。

 未来のことを考えれば、彼らとの関係は決していいものじゃないし、つくづく自分は人との距離感を離すのが苦手だと自覚してしまう。

 

 けど―――

 

「―――あ、これ美味しい……」

 

 

 この時間は、決して嫌ではない。

 

 責任はいずれ取るとして、今はただこの時間を楽しみたいと思うのであった。

 

 

 

 

 

 その後、ツナヨシはクロウとジョルジュと共に外出時間ギリギリまで帝都を楽しく観光するのであった。

 

 トリスタ帰還後、クロウはトワとアンゼリカによって当然シメられ、ツナヨシは寮内でフィーとユーシスから『何故自分達を誘わなかった?』と責められたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 日常編のはずなのに文字数が15000も超えるってどういう事!?と、書き終えた後に文字数を見て驚いた綱久です。

 黎の軌跡Ⅱは皆さまやられましたか?
 ストーリーに関してはノーコメントですが、ヴァンエレ、すーなーいいなぁ!!と思わずにいられませんでした、はい。あ、ヴァンエレが一番だけど、ヴァンアニも好きです。
 後結ばる可能性があるのか不明ですが、ヴァンとシズナの絡みも良く、コネクトイベントでは二人が互いのことを少し話したことで距離が近くなったのは善きでした!!

 そして軌跡キャラで一番好きなレン……過去を乗り越えたのは勿論、コネクトイベントは本当に感動物でした…!(泣)
 早く再来年になって黎の軌跡Ⅲ発売しないかなぁと思わずにいられないです。

 さて、今回はクロウ登場回でしたが、彼の軌跡がこの小説ではどのようになるのか楽しみにしていただければ幸いです。

 次回は1回目の特別実習、話を進めたいから1話か2話で話を納めるつもりです。ツナヨシがどの班になるのかは大体予想がついてると思うので、上手く纏まるよう頑張ります!!

 それではまた、次回にお会いしましょう!!

 あ、最後にアンケートを用意したので、良かったらお願いします!! 


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