世界が五分前にできたなら。 (あいうえ王)
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世界が五分前に出来たなら。

―――――初めから、だが簡潔に言おう。

”とある”の世界の主人公。上条当麻に転生した。

 

特に、大きな理由はない。

ただ、俺は主人公になった。そうなる運命を持っていただけの、平凡な男だったんだ。

 

 

 

人を救おうとしたら失敗して、何もかもを地獄に叩き落した。周りの人を、大切な人たちを失敗して殺した。選択を誤ったのだ。そうして、元々仲間だった人たちに恨みの声、怨嗟の声をあげられて、泣かれながら殺されて、死んだ。

確かに死んだはずだった。俺という存在はそこで終わるはずだった。けれど気が付いたら”とある魔術の禁書目録”の主人公。上条当麻に転生していた。

転生ですらありえないのに、さらに言うならライトノベルの作品への転生だ。神様になんて会わなかったからこれがいわゆる神様転生と呼ばれるものかはわからないけれど、どこぞの出来の悪い二次創作のごとく、俺は主人公に転生したのだ。

幼少のころから自我があって、そして両親と自身の名前。生前では考えられないほどの不幸体質によってこの身が主人公(上条当麻)であると理解した。

上条当麻。作品、とある魔術の禁書目録の主人公である。彼の右手にはあらゆる幻想・神秘を無効化する幻想殺しと呼ばれるものを、所持する少年。全ての幻想を破壊する。それは魔術が存在するこの世界にはおいては絶対的なモノ…ではない。

右手しか範囲がなく、大容量の魔術は消しきれず、さらには幸運という幻想すら破壊する。幸運がない人間に残るのは、不幸になる道しかない。そんな、自分の主に不幸をまき散らす欠陥品。

そんな右手を所持する主人公になったのだ。到底まともな人間では耐えられない地獄を、何度も経験する主人公になったのだ。

 

ああ、終わったな。そんなことを漠然と思いながら―――それでも、どこか呑気に生きていた。

だって、そうだろう。俺という異物が混ざったのだ。それは純粋な、かっこいいライトノベルの主人公である上条当麻とは別種の存在だ。

例え俺の名前が上条当麻で、原作通り通り魔に包丁で切り刻まれたりとかもあったけど、それでも俺は俺である、と。I am I。その認識は変わらない。

そもそも、顔のつくり自体違っているのだ。アニメや小説や漫画でみたあの顔とは少し違っていて、俺は少し、いやかなりのモブ顔。とはいえ顔の差異も、2次元が3次元になった弊害であろうと考えて。そう思っても俺はあの上条当麻と全くの同一人物と自分を思えなかった。だからか俺は、どこかフワフワと生きていた。

 

とはいえ、だ。例え同じと思えなくても俺は上条当麻であった。

何度、不幸に見舞われたことがあるか。

何度も何度も、自身が持つ右手の幻想殺し。その副作用によって不幸に嫌というほどあってきた。

…それでも、自分が不幸でもその人生を悲しんだりはしなかった。だって、自分には大切な家族がいて、友達がいた。

 

だから、そんな不幸があろうが、それでも一度死んでやり直すことができそんな家族を持っているのだから、と。どうしようもなく幸せだったのだ。不幸を楽しむ、というと間違いなくおかしいが、それでも俺はその不幸に見舞われるたび、それすらもどうしようもなく幸せに感じられた。この家族たちと共にいれば、それだけで世界は光輝いていると。原作の悲劇なんてどうでもいい、この先の悪夢なんてどうでもいい、と。そういう風に考えていたのだ。

 

 

―――――それは間違いで、自分は幸せになれないのだと。俺の人生はもうどうしようもないのだと気づいたのは小学生になって数か月がたってから。

 

グシャリ、と。何かが砕けた音とともに人形が落ちていた。

ああ、知っている。何度も、何度も生前見たことがあるその姿を。目の前で死んでいった人。血にまみれた臓物、失われていく眼の光。ソレを目の前にした。

 

たまたま、だった。自分とは何の関係もない動かない人形。ソレが死んだ理由はわからない。ただそれは道路の中央にあったから…。

事故か、それともだれかに恨まれていたのか。それはわからない。

けれど、ソレは近所の高校の制服を着ていたから、多分事故だったのだろう。高校生が人に殺されるほどの恨みを持たれるなんて、可能性としては低すぎる。

不運。不幸。―――ああ、理由なんてないんだ。彼が死んだことに理由なんてない。ただ、不運が重なって死んだんだ。

 

「あっ…。」

ソレを見てふと、思った。思ってしまった。

上条当麻は疫病神と原作で呼ばれていたのを思い出した。

忘れていた。自分は不幸であるのなら、人の死を見るのはある種当然のことだ。だったら、もしかしたらかもしれないが。

 

―――俺が不幸だから、彼は死んだのか?

 

ならば、俺の不幸が彼を殺したのか?それは、わからない。わからない、が。

人形の目から失われていく光。生が消えていくその姿はかつて死んでいった俺を映しているようで。それを…それを見たからには―――見過ごすことを、止まることを許されなくなった。もし俺の不運が原因でこの事故が起きたのならば、と常に考えるようになった。そんな一つの、新聞の隅に書かれるような事件が、一種の脅迫観念を俺という自己に作り出した。

 

人を救わなければならない。

そんな強迫観念がこの身を支配していた。何故か、なんて決まっている。償わなければならない。人を救わなければならない。憑依した俺自身がどうしようもなく凡人であっても、それでも俺は両親に上条当麻というヒーローの名前を与えられたのだ。人を救える主人公となったのだ。ならば、もしかしたら人を不運で殺した俺が、人を助けなければ。絶望に満ちている人を救わなければ…その名は嘘になる。

俺は原作の上条当麻ではないが、それでも上条当麻として、彼らの子供として誇りを持っていた。ならば、その名にウソはつけられない。

 

誰も彼もを救おうだなんて思わない、と思っていた。だが、この身は主人公であり、ヒーローである。人を救うことができる右手もある。ならば、主人公にこの身体を託されたのならば。

誰もが笑って過ごせるハッピーエンドを。全てを救わなければならない。

たとえ精神が凡夫であっても、それでも人を救わなけばならない。原作主人公ならできた。原作主人公はあんなにもすごかった、世界すら救った。例え記憶がなく、自分がボロボロになっても全てを救いあげてみせた。

だったら、俺が見た死体も原作主人公だったならば、救えたのだ。

救えなければおかしい。主人公だから、主人公だから、主人公だから、と。生きる理由全てに主人公だから、が付随した。

だから、小学生だった身であるにもかかわらずかつての幸せな家族から逃げるように、世界へ飛び出した。

改めて自分のことを考えて、この身体に憑依したという目を背けていた事実。一人の人生を奪い取ったという事実が、耐えきれなくなったというのもあった。

愚かにもほどがある。ただ愚直に家族との幸せをかみしめる権利なんて、俺にはないのに。それなのに必死に縋ろうとして。例え愚かだからといってそれを続けていいはずがない。

人を乗っ取ったということを忘れていたわけではない。ただ目を背けていた。そして、俺はそれから目を背けてはいけないのだ。上条当麻という自分を、原作以上のヒーローに仕立て上げなくてはいけないのだ。原作に書かれていた不幸なんて、全て消し去ってみせる、と。

原作キャラを救う、と。…それじゃ足りない。それでは俺の罪を清算できない。それ以上のことを。原作以外の人たちも救う、と。そんな分不相応だと理解しきった夢をもって。それでも。

 

 

この身は主人公なのだから―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――地獄を見た。

人が死ぬ瞬間を見た。血にまみれて、子供の身である自身に助けてくれと縋りつく男の姿。死ぬことが決まっていて、叶えられない願いを持ったまま死んでいく人を見た。

 

―――――地獄を見た。

どこかの魔術師の実験場。心臓と脳だけの存在。それでも自我を持ち生き続けた存在。もはや人でなく異形となったソレを、自分の手で開放した。違う。殺したんだ。

 

―――――地獄を見た。

数えきれないおびただしい死体。もはや誰が誰かわからない人形。もうみんな死んだはずなのになぜか聞こえる。助けて、と。

 

 

 

 

地獄を見て、地獄を知って、地獄を経験して。

何度も何度も何度も何度も死体を見た。

 

 

 

―――この世界は、余りにも残酷すぎる。

俺が持つ原作知識なんて何の意味もなかった。高を括っていた。俺はこの世界をどこか小説の世界だと、無意識に見下していたのだ。

甘くなかった。この世界は現実だ。そう、残酷すぎる現実を、世界を見て思い知らされた。

 

それでも、俺は。

 

 

――――救えなかった。

違う。救わなければならない。

 

――――救うことが遅れた

違う。休憩したからだ。遅れたのは、自分のせい。

 

――――犠牲はあったが、救えた。

ちが…う。犠牲がないことが、大前提だ。

 

――――何の犠牲もなく、救えた。

違わない。それこそが、正道。

 

救えた。救えた。救えた。

 

 

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

救って救って救って救って救い続けて。失敗を続けても救い続けて、そうして俺は。

 

 

 

 

―――――それでもまだ、足りない。

 

 

 

 

「…ハッ!?」

”上条当麻”はそこで目が覚めた。

ここは学園都市の自分が通う学校の教室。何の因果か、原作と同じように”上条当麻”と同じ高校に入った。収まるところに収まった、というべきか。

「…今のは。」

かつての過去。黒歴史。どうしようもなく青臭かった”上条当麻”の過去。だが、それがあるからこそ今がある。リアルすぎる夢は、目の前に血を浮かばせるようで、でも教室にそんな悲劇はない。

体中を探るも、傷はない。あるのはかつての傷跡のみ。ほっと一息をついたところで。

「なーに、寝てるんだか。『上条当麻』。お前はまともに授業を聞く気があるの!?」

「ゲッ!?」

目の前にいるはデコ女こと吹寄。そうだ。今は補講中だったのだ。

”上条”を含む3バカもとい3人組と、たまたま風邪を引いたから補講を受けている吹寄と教師で構成されている夏休みの教室。

「上条ちゃんが…グレてしまったのです~」

教卓をとっているどこぞのロリっこ教師の涙が、罪悪感と周りのアホどものジト目を”上条”が襲った。

「まったく、カミヤンったらそんな小萌先生の泣き顔がみたいからって罪な奴やね。」

「んなわけねえだろ青髪」

「そうだニャー。カミヤンはそんなんより、吹寄のほうが大事なんだにゃー。」

「だ、か、ら違うっつって…。」

そんな俺の言葉むなしく、顔を真っ赤にする吹寄

「え…え…!?」

「え、何その反応。もしかしてかみやん!?」

「そんな!?最後の砦が!?」

「…、」

「上条ちゃん!教室での不純異性交遊は禁止なのですよ!」

ダメだこいつら!まったく通じねえ!

「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「どうしたんやかみやん!いきなり大声だして、って。どこいくんや!かみやん!かみやーん!?」

こういう時は、目の前の現実からダッシュで逃げるべし!

 

そんな訳で放課後の自宅。

「インデックス!お肉が特売だったから買ってきたぞ!しかも牛肉!」

「おかえり、とうまってええ!?。お肉、お肉!?お肉ってあのお肉!?そう、お肉。最近のもやしラッシュとは格が違うお肉!いつも豚肉で済ますドケチ精神が消えた!?どうしたのとうま風邪ひいた!?」

「あははぶっ飛ばすぞこの野郎!まあいいや!用意しようぜ!鉄板出すの手伝ってくれ!」

「どうしようもなくテンションが高いねとうま!でも私もあげあげなんだよ!用意するね!」

「ああ!俺はやるときはやる男だって見せてやる!!」

 

”上条当麻”は、結局原作通り学園都市の高校生になったのだ。

少し道程は違ったけど、髪の毛がツンツンですらないけれど、それでも幻想殺しを持っていた俺は上条当麻だった。

こんな、ただの牛肉ですら幸せに感じるほど、原作通り貧乏だけど。

それでも、そこには幸せがあった。

楽しいなぁ、と思った。

毎日が毎日が楽しくて仕方がない。きっとこれからも不幸な人を見ることがあると思うけど、それでもこういう毎日が続くからやっていける。帰る場所がある。ならば、どんな闇にだって立ち向かっていける。

例え今日が終わっても。明日も明後日も明々後日も。”上条当麻”は人を救うことができたのだと。原作では考えられない数を救うことができたと。少なくとも原作キャラで不幸になった人はいないと断言できるほどには救えた。

だからこそ、前を向ける。明日を迎えることができる。自分の人生が楽しくて仕方がなかった。

きっと、こんな日々が続くのだと、”上条当麻”は本当に心のそこからそう思っ――

 

 

 

「それじゃ、足りないな。俺の愚かさを償うには。」

 

 

 

 

―――夢を見た。

何もない暗い世界。そこには何もない。上条当麻という自分しかいない。世界は黒で出来ていて、自分こそが異物だとわかる。

そんな、何も存在してはいけない世界にポツンと一人佇んでいた。

ああ、夢だこれ。最近はなかったけど、俺が上条当麻になってからよく見る夢。この世界は俺の贖罪すべき、その心を映しているのか。一体なぜこんな世界にいつもいるのか、それはわからない。

ただ、この真っ暗な世界は俺一人しかいないのに、それでも穏やかで…不思議と、焦りはなく気分はクリアだった。

 

「いやなに、ずいぶん世界に順応したと思ってな?」

 

ふと、頭に響く。それが自身の鼓膜から入った情報かそれとも直接脳に書き込まれているのかはわからないが、特に考察することもないだろう。所詮は夢だ。ああ、聞き飽きた声。俺自身の声は俺に語り掛けるように。

 

「まあ、そりゃそっか。何回もこの世界に来てるんだ。初めて来たときと比べたら落ち着くってもんだよな。いやなに、今回呼んだのはただの確認だよ。何回も聞いたけどもう一度聞く。お前は本当に―――――」

その質問は何回目だろうか。もはや数など忘れたが、俺の答えは変わらない。俺は今の人生を満足してる。

 

「本当に?だって、俺は助けられなかったんだぞ?あの人たちを。全てを救うことはできなかった。今ではできるかもしれない。傲慢だけど、上条当麻という一因子となった。主人公たる俺は何もかもを救うことができるんだ。でも、それは今であって、かつての過去のお前は真の上条当麻じゃなかった。それに、後悔していないと?」

 

…後悔なんてしてないさ。もう一人の俺。いや、多重人格ですらない、ただの幻聴。お前が俺が作り出した心そのものなんて、初めからわかってる。だから、お前には嘘がつけないのも分かっている。飾りっけなしで答えるけどな…そりゃあの時こうしておけば、というのは勿論ある。それでも、かつて救おうとしても救えなかった人たちには申し訳ないとは思うけれども、俺は後悔しない。今の状態は俺が求めた最良に近い。少なくとも原作よりかは上の結果を出したんだ。これで不満なんて出るはずがない。こんな答え、俺は何回もお前に話しているぞ。

 

「ならば本当に、お前は原作主人公を超えたと?」

 

…超えた。超えたんだよ俺は。傲慢なように聞こえるかもしれないが、俺は記憶を失ってないし、インデックスも幸せで。原作主人公すら救えなかったアウレオルス=イザードや鳴護アリサも救った。これ以上の結果なんてないとは言えないけど、少なくとも、高校生になってからの俺は原作主人公は絶対に超えた。…これでいいか?もう同じ返答は飽きた。こんな悪夢からとっとと開放してくれ、面倒臭い。

 

「…いつもなら、ここでお前の心を再確認したから夢から覚めるんだけどなぁ…今日はちょっとそうはいかない。」

 

…何を言うんだ。とっとと開放してくれ。あの世界に戻せ。

 

「まだだ、まだお前には付き合ってもらう。この問答を。」

 

俺は、お前との問答は飽きたからもういいん―――――

 

「お前、本当に後悔していないのか?」

 

 

何を——

「妹達」

…何?

「アウレオルス=ダミー」

――――――――ッ

「三沢塾の生徒達」「三沢塾にいた騎士」「置き去り」

 

「ざっとこんなもんか、二期、エンデュミオンが終了した直後。3期が始まる前の今現在、敵以外でお前が救えなかった人達は。2巻と3巻に集中してるな。」

 

…寝ぼけているのか、お前、いや俺。その人たちは、原作主人公の上条当麻でも救えなかった、どうしようもない人達だ。大体、アウレオルス=ダミーは敵だ。彼を救うということは、他に犠牲になる人を見捨てることとなった。そんなことはできない。

 

 

「本当に?」

 

 

「彼は、アウレオルス=ダミーは本当に敵だったか?アウレオルス=イザードにゴミのように作られた彼とは確かに戦ったけど、赤子たる彼を敵認定は少しおかしいな。彼は生まれてまもなかった。そんな彼を悪意ある敵と認定するのはどうなんだ?赤ん坊の我儘を敵対行為とみると?お前は赤子の癇癪にわざわざ殺意を持って対応するのか?」

 

「というよりも、だ。そもそも三沢塾の惨劇は、アウレオルス=イザードがくることを知っているお前ならば未然に防げただろう?」

「妹達だって、原作が始まる前から一方通行の実験があることはわかっていたのだから、助けることはできただろう?」

「置き去りに関して言えば…いや。そもそもにおいて、学園都市の悲劇なんてものは原作知識を持っているお前ならばどうとでもできたはずだ。アレイスターと直接交渉でもすれば、全てが済むことなんだ。」

「アイテムやグループ、いやそもそもスキルアウトなんて呼ばれてる連中すらも、学園都市の闇と呼ばれるものは全てお前がなんとかできることだ。できないとは言わせない、お前は主人公なんだから」

 

そんな、無茶を———!

 

「無茶じゃない、無茶じゃないんだよ上条当麻」

「だって、お前は主人公なんだから」

 

”――――――”

 

「…焦りが顔に出ているぜ。上条当麻。お前はまだ、この日常を幸せにかみしめるほど償い切れていない。」

 

「こういうと、ずいぶんと上から発言で悪いけどな。お前は何も救えていない。」

 

「そりゃな。お前が今のインデックスとの日々を楽しんでるのはわかるさ。でもさ」

 

やめろ。

 

「いや、そもそもの話だ。俺がわざわざ夢の中で現れなくたって、お前は気づいているはずだ。今の現実を心の底から楽しんではいないだろ?わかるよ、俺はお前なんだから。頭にちらつくよなぁ?血にまみれて、後悔していった彼らの死体が。それでも今の生き方は心地がいいからそれに蓋して、無理やり楽しんでさ。」

 

やめろ。

 

「甘いんだよ。お前に幸せになる権利なんてあると、本当に心の底から思っているのか?」

 

黙れ。

 

「お前がしたことは確かに立派だと思うさ。でもな?原作知識があるのにそれって、ふざけているのか?結果が、足りないんだよ。」

 

―――――お前は俺に、何をさせたいんだ。

 

「何をさせたいか、だと?俺はお前なんだぞ?わざわざ言う必要もないだろうに…まあいい」

 

 

「決まっている。」

 

「人を助けろ。お前の人生を全て使って人を助け続けろ。ヒーローになれ。」

「そこに愛はない。その道にお前の幸福なんてない。お前は助け続けなければならない」

「それが、かつて上条刀夜と上条詩菜から上条当麻を奪ったお前の罪であり」

「原作主人公なら救えた人たちを救わなかったお前の罪だ」

「お前という存在が、救えた人を救えなかった」

「お前という存在が、死者を増やした。悲しませた。だったらお前は逃げることは許されない」

 

「だから、ヒーローとしての道を歩き続けろ。そこから逃げ続けるお前なんて、ハーレム肯定クソ野郎となんら変わんねえよ」

 

 

「…ハッ!?」

”上条当麻”はそこで目が覚めた。

インデックスが、すごい汗…どうしたの?と不安そうにこちらを見ていた。

それをこう返す。何でもない、単なる悪夢だ、と。

 

 

そうして、そんな悪夢から目を背けて、上条当麻はインデックスと幸せな日々を送るのだ。

罪悪感を感じても、その日常は手放さないと必死に心を押し殺して。どうせ夢なのだから、一時間もすれば忘れるのだと言い聞かせて。

 

それでも、その夢は 上条当麻を永久に縛る呪いとなるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

インデックスにコンビニに行くと嘘をつき、ただ夜を歩いていた。

少し冷えるこの季節には、自分の頭をクリアさせるにはちょうどいい。

俺は、何がしたいのか。何がしたかったのか。

 

今朝見た強烈な悪夢は何時間たっても、例え夜になっても記憶から消え去ることはなかった。

俺は間違えたと、そうあの幻聴は言った。この身に宿る強迫観念は確かに今も存在している。

だから、あの幻聴に従うのは当然なんだけど、何かが可笑しい、と。違和感を感じていた。

俺は本当にこの道を進んでいいのか、そんな感情が心を支配していた。

それが、何故かわからない。でも、始まりは罪悪感からだ。

罪悪感。これだ。これがいけないのか?ヒーローはみんな、心のままに歩き続けて、結果的に全てを救っていく。

原作の上条当麻だってそうだ。彼は自分を正しいとは思っていない。ただ、誰にも泣いてほしくないから、歩き続けただけ。

 

それに比べて、俺はなんなのだろうか。

上条当麻の自我を消してしまった罪悪感。

自身の不幸でもしかしたら周りの命を奪ってしまった罪悪感。

 

それしかない。

 

なんて、浅いのか。なんて、つまらないのか。

これでは二流だ。理屈ある正義は、偽善でしかない。

そういうことを、あの幻聴は言いたいのか。

 

それは、わかる。理解できる。完全無欠のヒーローの精神を、俺は持っていない。

それを持てないのは、ヒーローじゃないと、そういいたいのだろう。

 

けれど、それでも。

 

「―――違う。それでも、正しくなくとも、俺は今を続ける。」

 

ハーレム肯定クソ野郎。それは、原作のキャラである上里という少年が本物の上条当麻に言った言葉。

俺は、違う。インデックスを愛し続けている。

けれど、そういうことではないのだろう。幻聴は、わざわざ原作の言葉を使った。

つまり、幻聴は俺自身。

 

だったら、それは俺が持つ一つの思い。あの言葉の真の意味は原作の上条当麻の精神性を持ち、原作知識を駆使して全てを助けろということに他ならない。

 

それは。それが出来たらなんていいのだろうか。

原作知識を持ち、原作主人公の精神性を持つ。まさに、完全無欠のヒーロー。そんな存在になれと、あの幻聴は…。それは、それを。

 

 

 

「――――俺には、出来ない。」

 

 

そうなることに憧れた。けれどできない。

俺にはできない。だって、俺は俺なんだ。

主人公の立場を奪った。親から大切な子の自我を奪った。それでも、俺は俺なんだ。ここまで、真似事でこれた。知識を持っていたから救えた。でも、俺は主人公の体をもらっただけの凡人だ。

だから、彼のような精神性を持つことなんてできない。原作の主人公は万を超える数、死んでいる。そんな精神性を持つ怪物に、俺はなれない。

 

そもそも、俺はこの世界にいる。

15年。余りに短い時間だが、大切な時間だ。

その時間、俺は確かにこの残酷な世界に存在してきた。

今まで原作主人公以上に救ってきたという事実がある。

それをすごいとは思っていない。原作知識を持つならば、頑張れば凡人でも可能だということは俺が証明している。

それでも、凡人がもたらした結果でも、俺は確かに救った。

救って、救って、気づけば大切な日常ができた。

俺はもう、例え本来の上条当麻の自我が生まれても、この身体を返すことができない。それをするには、大切なものが増えすぎた。

 

ただ一人夜道を歩いていく。暗闇はどこまでも広がっている。

俺には道が見えない。その先が暗闇で見えない。

俺が何をすればいいのかはわかる。できうる限りの人を救えと。この身に宿る強迫観念がそう訴えているのはわかる。

けれど、その先に何があるのか。原作の主人公ほど精神が壊れていない凡人の俺は、最終的には失敗するのかもしれない。だったら、俺がしたことは自己満足でしかないのか。それは———絶対に違う。

 

人を救うことが、間違いなはずがない。自己満足なはずがない。

 

あの時、決めたんだ。

人が死んでいく姿を見たくないと、助けたいと思ったんだ。

 

だったら

 

 

この暗闇を歩いていくしかないじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何分か、何時間か。わからないほどに歩いた。

インデックスが心配するだろう。そんなコトをわかっていて、それでも歩き続けたかった。

 

「――――」「――――」

ふと、声が聞こえた。男の声と、女の声。どこか既視感のある声。けど、それは聞いたことがない声でもあった。

それに、何故かはわからない。わからないけれど、その声にひかれていた。

どこか、浮いたような気持ち。この高鳴りが何なのか。その声は確かに俺が知っている声で。

 

だから、いつもは入らない暗闇の中。とある公園に立ち入った。

 

そこには何もない。深夜なのだから、当然といえば当然。誰も使うことはない場所。けれど、いつもと違ってそこには一人の男と女がいた。

ベンチに座ってうつむいている男と、魔女のような帽子をかぶった金髪の女。

ドクン、と…わからないけれど、胸騒ぎがした。

 

女はこちらに気が付いたのか、ふとこちらに帽子の鍔を向けて…姿が消えた。もしかして、高位能力者か何かかわからないけれど、そんなこともはやどうでもよかった。

 

歩んで、近づく。それが何かわからなかったから。

信じたくなかった。それが誰か知りたくないと思った。

でも、気が付けば身体は動いていた。

 

そうして、目の前にいる男。

ベンチにぽつりと座るその男を見て。

 

 

「かみじょう、とう、ま。」

 

ありえない、その存在を見た。

ありえないだろう。だって俺は上条当麻となったのだ。だから、ありえない。目の前にいる男が上条当麻であるはずがない。

でも、記憶はそれを否定する。

何度見たことがあるだろう。その姿を。

何度、その男の姿に憧れたのか。ああ、信者と呼ばれる程度には俺はとある魔術の禁書目録が好きだった。

だから、その男が例え2次元から3次元に変化しても、すぐに分かったのだ。彼は、どうしようもなく上条当麻だった。

 

「―――あッ」

目の前の男は、こちらに気づいて、俺の顔を見て。何かを察したのか。どこか同情したような目を見せて。

 

そういう、ことなのか。

その姿を見て、理解した。

どうして俺はヒーローを目指したのか。

どうして俺は上条当麻なのに、ツンツン頭ではないのか、そもそも顔すら違うのか。

どうして俺は、人を救いたいと、そんな強迫観念に突き動かされたのか。

 

俺は原作知識を持っていて、確かに転生したのだろう。けれど、俺の過去…インデックスと出会った過去や、かつて世界を周ったあの記憶は嘘だったのだ。両親との思い出はすべて嘘っぱちだったのだ。

俺は本物の上条当麻を絶望させるだけのために、オティヌスという存在から生まれたのだ。

 

ああ、偽物なのだ。上条当麻であれ、とオティヌスに作られたから俺の過去はそういう風に作られている。俺がどのように歩むのか決められている。

俺の前世以外、俺を作っている思い出は彼女の力で作られた人工物でしかなかった。

 

世界五分前仮説、という言葉がある。

世界は5分前に出来た可能性がある。5分前以上前の記憶があったとして、それが偽物の記憶であるという証明はできないのだという考え。

そんなのは悪魔の証明だ。だって、誰も答えることなんてできないのだから。それを知ることは神様だってできやしない。神様だって5分前にそれ以上の上位種に作られた可能性を否定することはできない。

 

それは仮説ではなく現実だった。実際に5分か、1日か、1ヶ月かはわからないが、俺の記憶。俺の肉体。いやそもそもこの世界自体つい最近できたのだ。

オティヌスという神が、本物の上条当麻を絶望させるためだけにこの世界を作り出した。

上条当麻の役割を別人に移したら、本物の存在価値はなくなるのだと、そう伝えるために。それだけのために、この世界を作り出したのだ。

 

俺は、ただの人形だった。

 

ふざけるな。

それを否定したかった。けれど脳裏にある”原作”は、全てを否定した。

この世界がとある魔術の禁書目録の世界、だというのは原作知識を使い続けた俺が一番知っているのだから。

 

「ふざ、けるな」

 

でも、目の前の現実よりも。

自分が偽物ということよりも。

目の前の主人公がうなだれていて。

その男に。そんな男を見て。

かつての憧れた男を見て、そんな言葉が口に出て。

 

思わず、うつむいた彼の胸倉をつかんで。訳が分からない、という表情の彼のことなんて無視して。それでも、心の命ずるままに俺の口からは思いが溢れ出た。

 

 

 

「ふざけるな、ふざけるなよ上条当麻!お前は上条当麻だろうが!俺みたいな偽物じゃなくて、本物の。インデックスを救って、みんなを救った上条当麻だろうが!帰るんだろ、元の世界に!てめぇ、あの子を救いたいって誓ったんじゃないのかよ!なんでてめぇは自分のアイデンティティが崩れたからってウジウジしてやがんだ!俺とちがって、お前は本物だろうが!俺と違って、お前はどうしようもないくらい上条当麻だろうが!あの二人から生まれた上条当麻たるお前が、どうして俺みてぇな未来のないやつと同じ目をしてやがる!ふざけるな、ふざけるなよ!クソが!何で俺は自分が今すぐ消えるかもしれないってのに、他人に叱責してんだ。お前がどうしようもないなんてわかる、でも、お前は俺と違って未来があって…。生きれるじゃねえか!生きてさえいれば、なんとかできるじゃねえか。俺だって生きたいのに。俺がどうしようもなく偽物で、この世界が偽物だって、お前とあの女を見たらすぐに理解した、しちまった。ちくしょう、ちくしょう!あの女、俺が偽物だって理解するようにしてやがった!悪質な女だ、最低のクズだ!世界を何回も作り変えるなんて俺にはできない、そんなこと知っている!だのに、どうして俺なんて作ったんだ、ふざけやがって!…それ以上になんでてめぇはインデックスのために歩こうとしねえんだ!ヒーローなんだろうが!俺と違って、お前は本物なんだろうが!俺の持つ幻想殺しなんて偽物じゃなくて、世界の基準点たる本物の幻想殺しを持ってて、だったらお前は帰れる可能性があるのに、どうして絶望なんてしてるんだ!あの子のために頑張ろうって、誓ったんじゃないのかよ!」

 

 

心はグシャグシャだった。もはや俺の気持ちすら俺にはわからない。要点もまとめられていない、グシャグシャな単語の羅列。でも、心の欲求から上条当麻に言わなくてはいけないと思ったのだ。

 

俺という存在を否定するための言葉の羅列は、悔しくて、悲しくて。胸の奥はぽっかりと穴があいて。ただあるのは、そんな憤りだけ。

 

でも、俺が偽物ならば。

俺が知るインデックスが偽物ならば、5分前に作られたというのなら。

 

俺の過去が、偽物というのなら――俺に笑顔を向けるインデックスが、他人に歪められて作られたというのなら、そんな偽物なんて―――いらない。

 

そんな風に別人になったインデックスなんて、いらない。

本物の上条当麻ならば、そんなことは思わないのだろう。それでも、例え偽物でもインデックスと一緒に進もうとするはずだ。でも、俺はできなかった。

この身に宿る強迫観念。常に正しいことをしなければならないというこの気持ちにウソをつくことはできない。インデックスともう会えなくなって、それで俺が消えることはとても嫌だが…それを、どこか納得している自分がいる。

俺は偽物だから、本物を尊重しないといけないと。そう、思った。それは俺が原作を知っていて、信者と呼ばれる部類の人間だったのか、それともインデックスの本当の笑顔を知りたいと思ったからか、わからないけれど。

それでも、俺が意図せず原作知識を得たのならば。

思えば、俺の役割はこれだったのかもしれない。上条当麻を立ち上がらせるために、俺は原作知識をもって生まれたのかもしれない。オティヌスという存在が知らないイレギュラーである俺が生まれた意味。

 

…例え、これまでの歩みが偽物でも、それでも俺の生には確かに意味があったのだ。

 

 

「わ、かった。」

「行ってくる」

 

目の前の男に、俺の言葉が届いたかはわからない。何を考えたかなんて、別人だからわかるはずもない。

けど、そういって立ち上がった男を見て…どこか、救われた気がした。

その男が走り去っていくその姿を目に焼き付けながら、そうして俺は————

”これで、よかったのか?”

ああ、これでいいさ。幻聴。もう一人の俺。

”だったら、俺は…いや、僕は。もう何も言わないよ。君自身が望んだことなんだから”

そうだ、この結果は俺が望んだことだ。

だから悲しくなんてない。俺が終わることに恐怖なんてない。嫌なのは確かだけど、俺は納得した。だから、何も問題はない。

どうして、こんな選択をしたか。そんなことは決まっている。俺が、どうしようもなくとある魔術の禁書目録という物語が好きだから、彼らの物語を偽物に変えたらいけないと思ったから。

元々、俺は一度死んだ。だから、俺が消えることに後悔なんてない。インデックスとかも、決して死ぬわけじゃない。オティヌスの力は世界の見方を変える力だ。彼らは少し記憶が変わるだけで、インデックスが死ぬわけじゃないんだ。だから、何の後悔もない。

”でもさ”

”じゃあその頬を伝う雫はいったい、なんなの?”

「あ、れ?」

なぜ、涙が流れるのか、わからない。

なぜ、こんなにも胸が苦しいのか、わからない。

けど、わからないけど。

 

「悔しい、なぁ…」

不思議と、口からこんな言葉が出た。

 

”そっか”

”僕には何もできないけど、君はこれからどうしたいの?”

それは、わからない。

この世界は少ししたら消えるかもしれない。それが何時間後か、何日後かはわからない。

けど、何かから解放された。上条当麻という役割を外されたのか、わからないけど、この身にある強迫観念も、気づけばどこかに消えていた。

だからか、何だってできる気がする。…この先なんてわからないけどとりあえず、全てに絶望せずに、残った時間を。今を楽しむことにするよ。答えなんて、何もないしな。

”そっか。僕はもう何も言わないけど…ごくろうさま”

…ああ。

 

 

 

 

 

 

その日から、1日たった。

それでも、世界は終わらなかった。

 

1ヶ月、時間が過ぎた。

それでも、世界は終わらなかった。

 

1年の月日が経過した。

それでも、世界は終わらなかった。

 

10年時を経た。

悲劇があった。悲しみがあった。でも、それを覆すヒーローがいた。

世界は変わっていった。それでも、決して終わらなかった。

 

 

そうして、3桁の年数に達しようとしたときに、彼はこの世を去った。

 

 

どうして、世界が終わらなかったのかはわからない。わからないけれど、それでも彼はその謎を最後まで知ることなく、妻や子供、孫たちに笑顔で見送られた。子供たちは、原作では存在すらしていないけれど、それでも確かに本物だった。

 

残していく妻に対して、偽物と思った罪悪感。残していく罪悪感。そんなこともあったけど。

それでもおおむね、彼は満足した。本物を知った彼は、その人生に罪悪感を抱きこそすれ後悔などあるわけがなく。

その世界は、ハッピーエンドで終幕した。

その後の世界。主人公がいない世界がどうなるかは、神もしらないことである。

 

 

「ようやく足りたね。僕の英雄。じゃあ、おやすみなさい」

 

どこかいつもと違う声の幻聴を聞いて、彼の命の火は、消えていった。

 




ネタバラシ
①この世界はオティヌスが転移してきた世界であって、新たに創造された世界ではない。
ゆえにオティヌスと原作上条が消えても世界は消えなかった。オリ主が原作知識を持っているがゆえに勘違いしただけ。5分前に世界は作られていない。そもそも、5分前に作られたのならオリ主の過去が原作知識を前提にしている過去なのは矛盾している。

②オティヌスが転移してきた理由。
彼女の創造した世界では上条当麻に絶望させることはできないのではないか?じゃあ他の上条当麻のいる別世界に転移すれば絶望させられるんじゃ?という考えから。

②オリ主は本当は上条当麻。
決して偽物ではない。髪がツンツンではないのは原作と違いワックスをしてなかっただけ。彼はその知識を忘れていた。その正体は世界を創作物として見れる上位世界から記憶のみ受け継がれた上条当麻。理由としてただの少年が神様によって上条当麻に憑依転生しようとしていた。お互い納得して転生しようとするも転生直後に凡人の俺が乗り移っても世界をどうにかできるはずなくね?と思い転生を嫌がった結果中途半端に原作知識と少年の記憶を得てしまった(憑依転生はしていない、少年の意識は消えておらず夢に幻聴で出てきたりしていた。上条当麻をヒーローにしようと必死だった。)。顔が違うのは記憶のせいで生活習慣が本来と大きく変化したため。魂が神浄の討魔なのは変わっていないため、幻想殺しを所持している。彼が普通に転生憑依していたら魂が変化するため、幻想殺しが彼の右腕には備わらず詰んでいた

④転生者たる少年
原作信者。もとい上条当麻信者でもある。僕が考えた最強の上条を目指して夢の中で暗躍する。主人公を悩ませ続けた元凶ともいえる。憑依前に色々あって正義厨となっていた。



結局のところ、この物語は上条当麻に助けられた少年がいただけの、それだけの話。


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とある少女と少年の蛇足的独白

これは、蛇足の物語。


side 病弱でどこか妄信的な少年【転生者に成りえなかった子供】

ある、よく病院に通う少年がいた。

もとより、身体はあまり強いほうではなかった。その病院に入院したことなんて、両手の数じゃ足りない。いつも入退院を繰り返す少年にとって、病院の居室にある窓から見た外の世界はあまりにも遠く、そして少ししか得ることができないものだった。

不幸な事故があったのだろう人がいる。

もう治せないであろう病気を持っている人たちがいる。

そんな人たちを窓から見て、思う。思ってしまう。

自分が鳥だったらいいのに。気ままな渡り鳥ならば、世界を周ることができるのだと。

見た目では明らかに自分より身体が悪い人たちですら、外の世界を歩けている。

でも、そこに自分はいない。

 

鳥になりたかった。健康で、自由な鳥に。

キッカケなんてそんなもので、そこからか、出来る範囲で鳥を調べて、調べて調べて調べつくした。なんてことはない。憧れたのだから。だから調べていった。人が翼を手に入れることなどできないというのに、それでも自由気ままな鳥に憧れた。余りにも遠いその姿を、何度手に入れようとしたのだろうか。

でも、届かない。鳥は外を飛んだまま、この手が掴むことはない。

 

それでも、翼が欲しかった。いつしかそれは、執念となった。

ただ、自由になりたい、と。人間が持つには当たり前すぎる感情を、彼は求め続けた。

そこで終わっていればいいのに。

 

何を勘違いしたのか少年は自分自身が鳥だと思った。勿論比喩ではあるが、自分はどこまでも自由なのではないか。今病院にいるのもただの言い訳、医者の嘘、家族が自分を閉じ込めたいだけではないか、と。そんなありもしない妄想に囚われていった。そう思わなければ生きていけないほど、精神的にボロボロだったのだ。周りが悪いと思わないとやっていられなかった。世界を全く知らなければ、そんなことを思わなかっただろうに。中途半端に身体が弱いせいで、思いっきり身体を動かす楽しみを知っている。全速力で走った後の快感を知っている。外の楽しさを知っている。それが、執着となってストレスに変わり、どうしようもなく自分が嫌になった。

窓の外への憧れを止めることはできなかった。

 

 

 

ある日、少年はとある青年とであった。その青年は少年より一回りは年齢が上だった。病院にいつも通っている青年を気にかけてそこから仲良くなっていくのに時間はいらなかった。

よく、とある小説を読んでいる青年だった。

青年は、とある難病に罹ってしまったらしい。それが何なのかは少年にはよくわからないけれど、手術をすれば9割以上の確立で生き、1割以下の確立で死ぬ病だそうだ。手術を受けなくても死ぬことはないけれど、車椅子での生活は免れないだろう、と。

少年は、その時彼に何も考えず、こういった。”手術を受ければいい。きっと成功する”と。少年自身、身体を動かすことができない苦しみを知っているから、だからしたほうがいいのだと。

だって、そうだろう。彼は自分と違ってどこまでも明るかった。周りが悪い、とそんな薄暗い感情しか持たなかった自分と違って、彼はいつも前を見ていた。

そんな青年は、少年にとって光だったのだ。そんな青年が手術を失敗するはずがない。そこまで世界は残酷じゃないと思っていた。

青年は笑顔で、〇〇がそういいなら成功するな。受けてみるよ、と。そんな言葉を口にして、手術に挑んだ。

なんて無責任だったのか。ただ、励ますために出したこんな言葉は、結局相手を苦しませただけだというのに。

 

 

青年は死んだ。1割を引いたのだ。医者のミスなどでない。ただ運が悪いだけで1割を引いてしまっただけだ。

彼は、最後まで手術に迷っていた。それを後押ししたのは少年だ。

少年が、もしこういったらどうだっただろうか。「1割で死ぬ確立は高すぎる。それならば、動けないにしても生きていけるのならば手術を受けないほうがいい」そんな言葉を。それが正解だったのだ。それが正しかったのだ。

 

少年が軽い気持ちで選んだ選択一つで他人の人生を呆気なく消滅させたのだ。少年は青年が死ぬ選択をしたのだ。

 

 

それは、どうしようもないほど心に楔を埋め込んだ。

正しくなければ生きる価値はない、と。そんなどこかの海軍の大将の言葉を知り、それを理解し、飲み込んだ。それは人ではない。人の道ではない。それは、正義とは違う妄念だ。

けれど、それが決して間違いだったとしても。

 

—――それでも、その言葉に共感してしまったのならば。

 

 

人の選択というのは、間違えることがあっても…それでも、決して間違えてはならないことがある。それを間違えてしまった。今度は間違えることは許されない。失敗を許すことはできない。

常に、正しくならなければ。

常に、清く全てに対して公平に、救える命があるのならば。

足りない。まだ、足りない。完璧に、完全に、完成した正しさを得るためには、正しさの奴隷になるにはまだ足りない――――。正義のために、正義のために、正義のために———僕は、全てを捨てる。

 

 

 

 

10年後、少年はあっけなく紛争地で死ぬこととなる。もとより虚弱な身体だ。常に正しくあろうとして、結局彼は周りをグシャグシャにかき乱して、周りを不幸にして。結局、かつての味方に殺された。

そんな少年の懐には、青年が愛した小説。とある魔術の禁書目録と呼ばれた愛読書を。

彼は、死ぬまで肌身から離すことはなかった。

 

 

少年が死ぬ間際、天に手を伸ばしたのは何故なのだろうか。それを知る者は誰もいない。

空には、何一つ飛んでいないというのに。

 

 

 

 

 

 

side どこまでも不運で幸運だった少女【Index-Librorum-Prohibitorum】

 

「地獄の底まで、ついてきてくれる?」

そんな、いじわるなことを言った。お腹がへっている身で、誰ともわからない怪しげな自分に対して、恵みをくれた少年に対して。ただ、関わってほしくなかったから。

ネセサリウス、魔女狩りの集い。ただ異端を狩るということに特化した集団に狙われていた私は、そう言ってお人よしな彼から離れていくはずだった。それが、お人よしな少年に対してどのような結果をもたらすか何も考えず、ただそれだけのために言った言葉が。

 

「ああ、地獄の底なんていわない。引きずり出してやるよ」

 

間髪入れずに言った彼の言葉にどれだけ救われたのだろうか。その時は、ただ感激した。このような人もいるのかと。

思えば、この時から私は彼に惹かれていたのだ。当時は、それがどれだけ異常か気にもできなかった。

 

少年がどうしようもなく壊れていたなんて、その時にはわかることができたはずなのに。

当麻がどうしようもなく狂っていたなんて、あって数分程度の人間のために命を懸けることがどれだけ可笑しいかなんて、考えればわかっていたのに。

 

ただ、思慮が浅いその一言は、私と彼の人生を狂わせていった。

 

 

 

 

彼はあっさりと私の問題を解決した。本来ならば1年しか生きれない私の呪いを簡単に解呪して、どころかネセサリウスの精鋭たちまで説き伏せた。まるで、教科書があってその通りにすればできる、と。それほどまでに手慣れていた。

 

彼には不思議な右手があった。幻想殺しと呼ばれるもの。異能であれば何でも消せるものだ。

逆に言えば、異能ではないものに対しては何の意味もないものだ。大体、異能を消す、という特性自体酷く曖昧なものなのに、どうして彼はそれを信用することができたのか。異能で作られた火と、科学的に作られた火を比べることなんて、どれだけ検証してもわかるはずがないのに。

 

そんな曖昧なものをふるって、彼は私を救った。右手以外は魔術を呆気なく食らうただの一般人のはずなのに、彼は最高の結果を生み出した。

それに気づいてから、少しだけ彼が怖くなった。まるで、世界が彼を味方しているみたいに、物語の主人公のような彼が怖くなったけど、それでも彼に対しては親愛がほとんどを占めていた。

 

 

 

そうして、時間がたった。彼は人を救って救って救い続けた。私はその過程で彼は知らないだろうけれど、本来失われていたはずの自分の魔力も、過去に失われた全ての記憶も思い出した。あうれおるすも、すているも、かおりも。みんなが笑顔のハッピーエンドを見続けて、私は幸せだったのだ。そんな私が、彼にどうしようもなく惹かれるのは仕方がないことだった。

 

 

 

そうして、私は彼が気づかずに魔神となった。

 

当たり前、といえば当たり前なのかもしれない。10万3000冊という膨大な量の魔導書を記憶し、またそれを運用する魔力も手に入れたのならば、出来ないことなどなかった。10万3000種類もの魔術に、それを複合させることで生み出す新たな術。それはもはや万能という言葉では計り知れなく、それは全能と呼べるものである。

魔術を使って世界を思いのままに作り変える。それこそが魔神の条件。それに達した、どころか全能たる自分は魔神に…違う、魔神すら超えていた。世界をダース単位で作ることも、何もかもが可能となったのだ。グレムリン、と呼ばれる魔神の集団がいたけれど、彼らが束になったところで私の完成度には到底及ばない。所詮一つを極めて魔神となった者たちが、10万3000種類を極めた私に叶わないのは道理であった。

 

だが、それでも私は過ちを犯したのだ。どうしようもない全能感に酔いしれて、彼の過去を覗こうとしたのだ。

上条当麻には何かがあって、あのような狂人になったのだと。どうしようもないヒーローとなったのだと、ただ知りたくなったのだ。彼が悲しい過去の結果、ああいう風に壊れたのなんてわかっていたのに、自分の好奇心のために彼の過去を覗こうとしたのだ。違う、それはいいわけだ。ただ、彼が好きだったから、彼の全てを知りたくなった。

 

人の過去を覗くなんて神様が許さないと思ったが、私が全知全能の神なのだから別にいいじゃない、と。全知全能、神の王たるゼウスが神話の中でも何度も失敗をしているということなんて、知っていたはずなのに。

 

 

 

結果として、彼の過去を覗くことはできなかった。幻想殺しではない。もはや私はそんなモノの干渉を受けるレベルではない。理由が不明だが、私の全てを総動員しても、彼の過去を知ることは何もできなかったのだ。

その時、私はどうしようもなく嬉しかった。ああ、最高だ!私のすべてを使っても、彼を知ることができないなんて、と。世界をダースどころか万単位で作れる自分すら理解できない領域にいるのだと。それは魔神となってどこか離れた彼との距離を埋めてくれた。だったら、と余計に知りたくなった。

だから、私は本当に全てを使った。

 

 

結果として、私は103000冊の知識と、魔力と、魔神たる力を全て失った。

ただ、愛した彼の過去を知りたい為に、私の力を全て使った。世界を万単位に作れる無限に等しいエネルギーを全て使った。それでも足りないから、全部を使った。愛した人の過去を知るために。

 

それでも、彼の過去を知ることはできなかった。

彼がどんな過去だったのか、彼がどのような道程を歩んできたのか、きっと彼に聞けば教えてくれるのだろうけど、聞くことはやめた。彼の一言で、知りたいと思わなくなった。

彼に、103000冊の知識がなくなったことを伝えても、狼狽えて…それでも笑顔で、どうでもいいだろ、と言ってくれたから。

魔導書図書館としての私ではなく、私という一個人を大切に思ってくれるのだから、彼の過去なんてどうだってよくなった。

 

だって、彼はヒーローなんだから。私を救ったヒーローなんだから。

 

彼がどんな過去を歩もうが、例え大罪を犯していようが、それでも、私は彼を愛し続ける。

 

 

 

 

side 上条当麻

 

 

今日も、空は晴れていない。

かつての衝撃の出会いの場所。公園のベンチに座りながら、一人考えていた。

 

あの日、本物の上条当麻と出会ってから、1ヶ月はたった。それまでの間に、いろいろな事件があった。

どうせ世界は壊れるのだとわかっていても、それでも目の前で他者が不幸になるのは見ていられなかったから、事件に…原作に、関わり続けた。例え、世界が数秒後に消えてしまうとしても、それでも、俺の体はそれを見逃してくれなかった。…それ以上に、インデックスの笑顔を無くしたくなかったから。

それでも、もう、ダメだ。もう俺には歩けない。

 

―――怖い。

怖かった。オティヌスと会って、本物の上条当麻と出会ってから怖かった。

すぐ先に世界が消えて、俺自身が消えることがどうしようもなく怖かった。

…当たり前だ。当たり前だ…!当たり前だ!

怖い!怖い!怖い!そんなこと当然だろう!だって、俺は一度死んでやり直している。だから、死ぬという怖さを知っている!

死んだ後、どうなるか知っている!魂が消えて行って自我が薄れていって、存在がなくなっていく感覚を知っている!

嫌なんだ。あの感覚は、あのどうしようもない絶望を味わうのは…。

 

でも、何もできない。俺には幻想殺しが宿っている。つまり、魔神に、その領域にたどり着くことは決してない。

不老の存在になることなんてできない。だったら、俺は…!

 

「―――ち、がう」

そんなことを思ってはいけない。この世界を、見下してはいけない。

俺は上条当麻なんだ。

原作を知っていて、どうしようもなくあの作品が好きな読者で。

両親から本当の子を奪い取ったのならば。

救えたはずの人を見殺しにしたのならば。

だったら、歩かなくてはいけない。

それこそが、俺の義務なんだから。

 

 

明日もきっと、空は晴れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

歩き続けた。

 

例え、世界が壊れる寸前であろうとも、戦い続けた。

だって、貴かったんだ。世界が例え作り物でも、それでも世界は美しかった。

そんな簡単に世界なんて壊れないと、そう思ってしまうほどに。

 

悪意だってあった。

悲しみだってあった。

苦しかったことも、たくさんあった。

それでも。

 

 

戦った。

テッラと戦った。アックアと戦った。イギリスの王女と戦った。フィアンマをぶんなぐったり、多くの敵と戦った。

トールと信念をかけて殴り合った。色々な思いを持つ人たちと戦った。

戦って、戦って、戦い続けて。

最終的には、自分自身とも戦って。

 

彼らには信念があった。確固たる決意があった。

ただ原作知識を持っている凡人の俺とは違って。

インデックスとの日常を守りつつ、助けれる人は助けたい、だなんて彼らからすればなんと薄っぺらいのだろうか。

けど、例え俺の思いが彼らより軽くても。所詮凡人の俺が、最後には失敗するとしても。

薄っぺらい俺とは違い、例え自身を悪と凶弾されようと、願ったことがあったのだ。

原作のような精神を持っていない俺には、どこまでいけるかなんてわからない。

それでも、人を救おうとすることが、間違いのはずないんだから。

その、はずだった。

 

明日も、きっと晴れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「上条当麻になんて誰にでもなれるんだよ。」

 

守りたかった。

とある女の子を守りたかった。

 

 

結局、ダメだった。

 

俺は何一つ変わらない。どうしようもない。不幸で死んでいった人たちを見て、助けたいと誓ったあの日から何も成長していなかった。成長したと思い込んでいただけだ。

結局、魔神という絶対者に対して俺は遂に勝てなかった。

 

 

オティヌスに、勝てなかった。

 

 

 

相手は俺のことを知らなかった。不完全な魔神だった。原作と全く同じの彼女は、俺が以前みたオティヌスとは別個体だった。

もしかしたら、世界が5分前に出来たという俺の仮説は間違いだったのかもしれない。

あの時は、全く並行世界のオティヌスが、同じく並行世界の上条当麻を絶望させるために俺という存在を見せたのかもしれない。

 

少なくとも、俺の敵であるオティヌスは俺以外の上条当麻を知らなかった。

答えはわからない。

けれど、それで何が変わるのか。

結局、この世界が魔神によってどうとでもなることが証明されただけ。

 

 

 

俺は自分が異常だと知っている。気づいている。けれども、原作の上条当麻ほど歪んじゃいない。

何億通りの世界を見せつけられて、何万回の死を突き付けられた。

原作なら耐えれた。原作の上条当麻なら耐えることができた。

 

 

やっぱり、凡人の俺には無理だった。

 

 

今いる世界。この世界はオティヌスが作り出した世界。

別に、この世から悪意が取り除かれた黄金の世界というわけじゃない。誰もかれもが不幸を無くして、皆が笑顔になれた世界ではない。

上条当麻、と呼ばれた少年に無理やりな悪意を押し付けた世界じゃない。

皆がみんな、不幸になった世界でもない。

ただ、当たり前の世界。

 

そう、当たり前の、上条当麻が憑依することなく原作通りに進んだ世界。

それこそが今いる世界。

 

俺が救った鳴護アリサは死んでいて。アウレオルスは記憶を失って。左方のテッラがなんの罪もない子供たちを殺しつくして。そして第3次世界大戦で大勢の人がなくなった。

学園都市の闇は子供たちを不幸に陥れ、上条当麻が関わらない場所では大量の悪意が世界を覆っている世界。

当然の、原作通りに進んでしまった世界。

 

 

俺という存在が、俺が得た功績が何もない。当たり前のことだけが起こった世界。

原作知識を持たない上条当麻がヒーローとして歩み続けた世界。

オティヌスは、知らない。

俺が原作知識を持った憑依者であることなんて、誰一人知るはずがない。

例え、心を読む能力を持っていても、この右手がそれを許さない。

 

だから、多分原作でもあった世界だ。

上条当麻が他の誰かに乗っ取られて、お前は本当に上条当麻なのか?と原作で問うた世界。

あの時、原作の上条当麻は確かに自分を上条当麻といった。

 

そんな世界を

 

 

 

――壊したくない、と思った。

 

光輝いた、誰もが望むハッピーエンドな世界よりも。

かつていた、上条当麻になる前のただの少年だった頃の世界よりも、尊いと思った。

 

だって、そうだろう。ここは、当たり前に進んだ世界だ。

俺という異物が存在せず、当たり前の上条当麻が歩んでいくだろう世界。

上条刀夜や上条詩菜の本当の子供の上条当麻が、俺が持つ原作知識なんてズルを使わずに進み続けた世界。

ただの少年が必死に歩いて、そうして勝ち得た世界。

 

それを壊すことがどうしてできる。

 

―――本当に?

壊さないという選択をするということ。

それは、かつての仲間を、インデックスを裏切ることになる。

 

俺が最もすべきことは、この世界を見捨ててかつての世界に戻ること。

それが正しい。そうしなければならない。

 

でも、それを選ぶということは、今の世界。

本来の世界を、とある魔術の禁書目録という世界を壊すことと同義だ。

 

憧れた。

 

それが借り物の理想であったとしても、彼のようになれればと憧れた。けれど、こんな世界を作る前ならばこうも思っていたのだ。上条当麻が仮に自我を取り戻せても、俺は身体を返せない、と。それをするには大切な人が増えすぎた、と。そんなことを思ったし、それは間違いではないと思う。

 

でも、もう世界は作られた。

それを、壊すのか?

 

オティヌスに挑むか、自殺をするかの二択。

戦いを挑めばもしかしたら、オティヌスに勝って万億の1の可能性でかつての世界を取り戻せる。

戦いを挑まなければ、上条当麻という役割を奪っている俺のせいでこの世界が壊れると、オティヌスは言った。それを防ぐ為に、自殺をして世界を存続させる。

元より、前者は可能性なんて実質0に等しいのだ。

だったら、余計な反感を買わない後者のほうが正しいのではないのか?

幸い、この世界には本来の上条当麻がいる。原作通りの彼がいる。彼ならば、例えオティヌスと戦ってもこの世界を消させるようなヘマはしないだろう。

 

俺が自殺する。そうすることでヒーローたる彼を消し、本来の歴史すら歪め、そうして自分の世界を取り戻すなんて最悪の罪を犯さなくて済む。

 

 

そんな、選択をしなければならないのならば。俺は——

 

 

 

 

 

 

 

 

>自分がインデックスに会うために、かつての世界を取り戻す

 

>そんなことはできない。本来の歴史を歪めて、かつての世界に戻ることは許されない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>自分がインデックスに会うために、かつての世界を取り戻す

 

 

 

心に決めたことがある。

 

「ああ、そうだったな」

 

ベンチからゆっくりと、晴れない空を見て立ち上がった

覚悟は、決まった。

 

可能性なんてないのだろう。助かる道なんてないのだろう。

それでも、心に決めたのだ。

 

かつての記憶は、何万という時間が過ぎ去ったからか、もうほとんどない。

自分が上条当麻であるという確証すら、わからない。原作知識なんて、もはや完全に消滅している。インデックスや御坂の顔も、本当に自分の記憶と合致しているかすら判断ができない。

そもそも、インデックスという名前があっているのかもわからない。

この壊れかけの自分は、本当に上条当麻なのかわからない。

 

忘れてしまった名前や顔は、また覚えなおせる。

でも、かつての思い出をもう知る事はないのだろう。

 

 

それでも、あの光景だけは覚えている。

 

 

脳裏にちらつく声。いつも幻聴を飛ばすもう一人の自分は、何も言ってくれない。

ただ、そんな幻聴とは別に、ふと聞こえた気がした。

それは、気がした、というだけだけど。それでも確かにそう自分には聞こえた。

 

「裏切るのか。」

 

通り過ぎる二人の男。かつての自分と、ツンツン頭の少年が隣を通り過ぎて行った気がした。

 

「―――――」

気が付いたらガチガチと、手が震えていた。

奥歯はガチガチと、自身の歯ぎしりで割れるほど。

そうだ、俺は憧れたんだ。

 

上条当麻になりたいと思った。ヒーローになりたいと思った。記憶を失っても、大切な何かを忘れても。

それでも心の赴くまま走り続けて、少女どころか世界すら救った彼に憧れた。

失敗に失敗を重ねて、周りを不幸にさせて死んだあの前世がどうしようもなく嫌いだった。

だから、戦争で死んで、自分が上条当麻になったんだと知った時に。

あの時、俺はどうしようもなく嬉しかった。

 

そう思っている。そう思っていたんだ。

 

「かつての自分を、裏切るのか。」

 

でも————

 

 

 

 

凍らせた心で、あたたかな幻想をする。

インデックスと出会った時。

インデックスと一緒に食事をしたとき。

インデックスを助けた時。

インデックスが悲しい顔をしたとき。それは、所詮妄想なのだろう。記憶なんて、もう本当はないのだろう。

彼女のもとに。

インデックスと過ごしたあの日が、黄金に輝いたあの日が大切で、楽しかったことすらわからない。

 

前世で悪行を成し、悪と蔑まれ、上条当麻になってから贖罪のために走り続けた。

償いをしなければならないと、ヒーローになるんだと自分に言い聞かせてきた。

俺がかつて、身勝手に正義を振りかざして、前世で犯した悪行に対して、報いなければならないのだと言い聞かせて生きてきた。人を救うことは間違いなんかじゃない、と。そう思わなければ生きていけなかった。だからこそ、そんなことを考えなくても人を救い続けた上条当麻に憧れた。

そんなかつての憧れを、裏切るのか。

 

 

今まで信じてきた思い。上条刀■と上条■菜の為にも、上条当麻に成らなければならかった。

この世界を見捨てるということは、彼らの本来の子供を消すことと同じことだ。

自分を大切だと、育ててくれた両親を、裏切るのか。

 

 

「ああ――――」

 

答えは、もう出ている。

 

 

「そんなこと、決まっている。」

ただ、歩き続ける。行くべき場所は決まっている。

 

 

 

地獄の底まで、ついてきてくれる?

 

 

 

あの光景を、忘れることはない。

 

そんな彼女を引きずりだすと言ったのは自分なのだから。

 

 

「―――裏切るとも」

 

 

空から、一筋の光が射した。

 




上条vsオティヌスの結果は前話を見ればと。

初めの短編は前話の幻聴の正体。こいつ偉そうにしてるけどなんもしてねえな、と思って書きました。失敗して死んだことにより、上条になれないのだと理解した結果転生を拒否したという流れ。
前話で書きましたが仮に少年が転生しても幻想殺しは手に入らず、ドラゴンの要素もないただのパンピーになってました。正しさ至上主義の禁書信者ですので、最終的にはどこぞの魔術師辺りをせん滅しようとして返り討ちにあっていたことでしょう。
禁書信者だったから上条のすることを余り否定したくなかった=それなりに抑え込めているだけで、ヤベー奴な彼は決して正しくありません。ちらっと書きましたが精神的にはワンピースの赤犬が最も近い。けど基本無能なので周りに災害をまき散らしちゃう。

インデックスに関して
すこすこファンタスティック。かわいい。魔神になった時期は考えていません。オティヌスとの闘い魔神化したインデックスいれば余裕じゃ?となりましたが、魔神になってすぐ力を失ったということでここはひとつ。

オティヌスに関して
スフィンクスに咥えられているの可愛い。前話のオティヌスが並行世界のオティヌスで今回のオティヌスは現世界のオティヌスと別人。原作知識は知らない。たまたまΩ世界(原作通り進んだ世界)を作った。
リバース見た後書いてまして、上条vs幻聴のバトルを書こうか迷ったんですが幻聴がボコられて終わるだけなので書きませんでした。

所詮この物語は蛇足ですので、可能性の一つとしてとらえてくれると助かります。多分書き直します。


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