S級ヒロイン【金色の闇】 (カンさん)
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プロローグ

「わはははは!! 俺はニンニクを食い過ぎてニンニクの使徒となったミスターニンニク!! 世界中をニンニクまみれにして俺だけの理想郷を作ってやる!」

 

 臭い匂いと共にそう叫んだのは、人間離れした生命体。怪人。

 ニンニクと名乗るだけあって、頭部はニンニクの形をしており体中にもニンニクが埋め込まれている。

 言っている事はくだらないが、その持っている力は凄まじく、後ろには複数人の成人男性が倒れていた。

 

 このままでは被害は広がる一方だろう。

 しかし、そうはならない。

 

 ──彼女が来たのだから。

 

「ぎゃはははは! さあ愚民ども! ニンニクの恐ろしさにひれふせ」

「臭いしうるさいです」

 

ドゴオオオン!! 

 

「ぶへ!?」

 

 突如上空から飛来した一人の少女が、怪人に向かって蹴りを放って地面に埋め込んでいた。

 何故、少女がこんなところに? 誰もがそう思った。

 さらに奇妙なことに、彼女の背には天使の如き白い翼が、蹴りを放った足は鉄球へと変化していた。

 怪人が倒され沈黙する周囲の人々に気にすることなく、少女は鉄球と化した足を上げ──白く華奢な少女のそれへと元に戻す。

 その光景を見て、ギャラリーの一人が思い出したかのように呟いた。

 

「あ、あれはまさか……金色の闇!?」

「金色の闇? それって確か都市伝説の」

 

 金色の闇。

 ある時期からネットや裏社会で広まりつつある一人の賞金稼ぎの通り名だ。

 A級以上の犯罪者や賞金額の高い怪人を破竹の勢いで狩り続けている正体不明の少女。

 闇夜に煌めく金色の長髪と常人離れした美しき造形によって、金色の闇と呼ばれているらしい。

 

「そ、それにあの怪人を倒した鉄球と背中の翼……あんな変身能力、怪人以外だと金色の闇以外ではありえない!」

「え? その理論だと彼女も怪人ってことに……」

「てめえふざけんなよ! 俺らのヤミちゃんが怪人なわけねーだろ!」

「ひい! なんだよお前!」

 

 ……ネットや裏社会で有名な都市伝説にしては、コアなファンがいるようだ。

 怪人が倒されて恐怖心が無くなったのだろう。やいのやいのと騒ぎ出す観衆たち。とても賞金稼ぎを目の前にしているようには見えない。

 それをチラリと見た後、少女、金色の闇はスタスタと歩き出す。

 そんな彼女に声をかける者が居た。

 

「おまちください! 金色の闇さん!」

「……アナタは」

 

 彼女に声をかけたのはスーツを着た男だった。金色の闇は、彼に見覚えがあるのか、その無表情を一瞬歪めてその綺麗な瞳で見返す。

 別に威圧はしていない。しかし、怪人を一瞬で倒した光景がよみがえり、しかし男は額から汗を垂らしながらも声を張り上げた。

 

「今日こそは、話を聞いてもらいます」

「……ふう。すみませんが答えは変わりませんし、今日は時間が無いのでこれで失礼します──ヒーロー協会のスカウトさん」

 

 驚異的な身体能力で彼女は跳び上がると、ビルの屋上から何処かへと消えていった。

 

「あー。また失敗したなスカウト」

「スカウト? それってもしかして……」

「そうだよ。彼女はヒーローとしてスカウトされているんだ……それもS級として」

 

 ──彼女が有名な理由。それがこれだ。

 世界各地で活躍している超人集団──ヒーロー。それらを輩出しているヒーロー協会がずっと追いかけ続けている存在。

 それが彼女だ。

 加えて、ヒーローの中でもトップの存在であるS級への抜擢が約束されているのだから、話題性はなおさらだ。

 そして、この話を彼女が断り続けているのもまた、彼女の存在を認知させる要因となっている。

 民衆たちは待っている。強く可愛く、美しい金色の闇がヒーローになることを。

 

 

 

 

 さて。そんな強くて可愛く、美しい金色の闇様はというと──。

 

「『ときめきクライシス』……確か、これでしたっけ」

 

 ア●メイトで美少女ゲームを買っていた。

 

 

 

 

 

 転生したと思ったら金色の闇になっていた件。

 

 スレ立て乙と言われそうだが、私の身に起きた事を伝えるのならこれ以上ない程に適した言葉なんだ、これが。

 

 さて、私の名前は金色の闇。転生前はありふれた、そして男性とも女性とも判断できる中途半端な名前のただの一般人だった。

 そんなただの一般人な私だが、転生前の自分の名前以外の自分を構成する基本情報を忘れ、にも関わらずゲームや漫画、ついでに一般常識を覚えている状態でニューゲーム! 人生勝ち組! と思っていたら、何処かのヤバい組織のモルモットとして人生リスタート。どうやら今世は真っ当な生まれをしていないようだ。マザーもファーザーも見えない。ファ●ク。

 代わりに見えるのは白い天井と頭のイカれた博士×たくさん。クローン使って増やしてるんだって。マリ●かよ。

 んで、その博士は新しい人類を作ろうと躍起になって、その研究過程で私が生まれたらしい。

 つまり私が変身能力を持ち、明らかに普通じゃない動きができて、超絶金髪美少女なのもこの博士のせいなのである!! 

 ……新人類作るって言いながら、明らかに別の目的も混じってるよね。あの博士絶対ムッツリだろ。

 前世が男か女かは知らないが、私はこの博士に生理的嫌悪感を抱いた。私を作ったからというのもあるのかもしれないが、とにかく嫌だった。

 それに聞き耳を立てていると、近々処分すると言っていたし……。

 そんな奴の支配下に居続ければどうなるかなんて分かりきっていたので、私は脱走し、追っ手の生物兵器達を退けながら街へ向かい──

 

 

 

 裏路地で頭と胸から血を流して死にかけていた。

 まぁ、よくある話ではある。使えない失敗作はボンって奴さ。

 実験成果である体内のナノマシンを使って応急処置をするも、その時の私は生物兵器との戦いでエネルギーを使い果たしていた。

 敵対者を殲滅する事でしか力を使わなかったから、上手く回復できないという理由もあったけど──私はそこで死ぬ筈だった。

 頭の奥底で何度も何度も響く何かが砕ける明らかにヤバい音や、心臓の尋常ではない音を耳にして、私は「あ、もうダメだ」と思っていた。

 

 でも、そんな私を救ったのが──。

 

 

 

「……っは」

 

 カクンと頭が落ちて、意識が覚醒した。どうやら私は寝ていたらしい。

 ふと目を開けると暗闇に包まれた街並みと夜空で輝く一つの月があった。なんて幻想的な光景だろう。と、普通の少女ならほう……とため息を吐くのだろうが……。

 それにしても懐かしい夢を見たな。なんで今更あの夢を見たのだろうかと思い返して……原因を思い出す。

 

「あぁ……心臓の音」

 

 確か、買ってきたゲームを渡してそのプレイ模様を横で見て、ちょっとイタズラで「エッチぃのはキライです」と言ってみた。そしたら、冷や汗を流して顔を赤面させたり青くさせた彼の心臓の音が凄くうるさくて、そして……。

 

「時間を置いて戻ろうとしたのですが……居眠りし過ぎたようですね」

 

 ここ最近は怪人の発生件率が上がってますし、早く戻らないと心臓麻痺で死んでしまいますからね。

 ライオンの見た目でハムスターのような中身の男ですし。

 今頃、怪人に怯えて部屋の隅でガタガタ震えているのかもしれません。

 

「……ただ」

 

 ふと思い出すのは、先ほどの夢の続き。

 死にかけて、それでも足掻き続けていた私の耳奥に届いた、とても大きく情けない……しかし優しい心臓の音。

 

「消すには勿体ない音ですからね」

 

 少し大きいですが……。

 

 

 

 

 ──夕食時。

 

「そういえば、今日もまた一段と厄介な事に巻き込まれたようですね」

「ああ、本当だよ。たまたまA市に行ったらあんな事に……」

「だから言ったじゃないですか。大人しく家に居れば良いのに、と」

「いや、この鼓動が抑えられなくて……」

「はいはい、分かりました。その鼓動は煩いほど聞こえてますよ」

 

ドッドッドッドッドッドッドッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公の前世について修正しました


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第一話『キング』

「さて……これであらかたの荷物は運び終わりました」

「あ、ありが──ゲホッゲホッ!」

「……お礼は息を整えてからで良いですよ」

 

 さて、休日の昼下がり。

 本来なら、私は賞金首を狩りに、彼はゲームでモンスターを狩りに行くのですが……。

 今日はM市の高層ビルに引っ越しだ。

 前に住んでた街は、私が留守の間に現れたという巨人によって壊滅した。……本当にこの人の災害を呼び寄せる体質はすごい。もはや一種の能力だ。

 以前、私の仕事に使えるかと思ってターゲットのいる街に連れて行ったら、数秒で見つける事ができました。というよりも向こうから来ました。

 初めは使えると思ったのですが、放置してると関係ない怪人がわんさか湧いてくるのでいらない作業が増えてプラスマイナスゼロ。

 それ以降は協力して貰わないようにしたのですが……。

 

「それにしても……本当に体力がありませんね」

「ひ、引き篭もりだから……」

「情けない……」

 

 しかし、言葉と裏腹に私はそこまで落胆していなかった。

 だって、彼が凄く弱いことは誰よりも知っているのだから。

 災害レベル虎未満の怪人に涙を見せるくらいだし……。

 ただ、最近はポーカーフェイスを覚えたのか、もしくは恐怖体験を経験し過ぎて表情筋が若干死んだのか、よっぽどな事がない限り取り乱す事がなくなった。心臓の音は相変わらず聞こえるが。

 これにより、小心者や頭の悪い怪人は勝手に萎縮し逃げる事もちまちまある。

 

「それにしても、住所を変えたのに手紙は相変わらずに来るのですね」

 

 運び込んだ家具や私物を変身能力で作った無数の手で片付ける。その後にダンボールに詰め込まれた手紙を見てため息。

 ここ最近、彼の下にたくさんの手紙が届く。

 その手紙の内容のほとんどが、彼への感謝の気持ち。つまり、彼のポーカーフェイスに騙されているのは、何も怪人だけではないのだ。

 彼が怪人の被害に遭い、どうにか生き延びて、そして何故か彼が倒した事になる。これの繰り返し。それによって、彼はどんどん一般人からかけ離れていく。

 

 彼も手紙を見て苦い表情を浮かべる。私が来る前は満更でも無かったようだが、ここ最近は辟易しているようだ。

 まぁ、髪やら爪やら、血がついた布が同封されていれば気分も悪くなるだろう。

 

「今回はどうします? 見ずに全部燃やしますか?」

「そうだなぁ……ん?」

 

 ふと彼が何か見つけたようです。たくさんの手紙の中から一つ取り出すのは、なんだか会社から届くようなきっちりとしたもの。

 明らかに個人が送ったものではない。送り主は……って。

 

「ヒーロー協会?」

 

 あのストーカー集団ですか……もしかして私の居場所がバレた? 

 と思ったのですが、それは杞憂のようで宛先は彼のようです。

 しかし……。

 

「え……あへ……なんで……?」

「……?」

 

 目を大きく開き、心臓の音を煩く響かせている彼の背後に回る。そして彼の持っている手紙を読むとそこには……。

 

【人類最強の男キング様へ。

 貴方様の数々の功績を称えて、S級ヒーローの称号をここに送ります。

 最強の新人ヒーローの誕生に私達人類はより一層平和に向かって──】

 

ビリビリッ!! 

 

 そこまで読んで私は思わずその手紙を……いや、協会曰くヒーローの証を破り捨てた。

 彼が「ちょ、なにして」と冷や汗を流しているようですが……少し冷静になれないですね。

 

「ヒーロー協会はいつから個人にヒーロー(厄介事)を押しつける程偉くなったのですか……?」

「お、俺に言われても……」

「ああ、いえ。あなたに言った訳ではありません。彼らのあまりにも横暴な対応に頭にきただけですから」

(留守の時に電話で何度かスカウトされて、ちょっと乗り気な態度を見せた事は黙っていよう……)

 

 しかし、これはマズイですね。この紙切れを破ろうと、恐らく既に事態は取り返しのつかないところまで行っていると考えた方が良い。

 私の存在はバレていないが、彼の新しい住所は既にバレている……いや、動向を監視されていると考えた方が正しいか。

 

「……しばらくは家の外に出ないでください」

「お、おう」

 

 私の言葉に、彼は頷いた。

 

 

 そして次の日。

 私はいつも使っている力の上限を一部解放し、外に出る。そしてすぐに市街地にあるカメラの死角を通って裏路地、ビルの屋上を使って街の中心地へと向かう。こうしないと協会に居場所がバレるかもしれないですからね。

 さて、街に入って目に映るのは彼の顔写真と新人ヒーローの文字。

 

『ヒーロー協会は次のように述べています。

【我々は今までの彼の働きに甘えていた。しかし、それではいけないと思い、彼のこれからの活躍を支持する為、S級ヒーローとしての地位とその神がかった強さに敬意を込めて【キング】と呼び──』

 

「キング? 新しいヒーローか?」

「おい! あれあの人見たことあるよ! 確かこの前の巨人を倒したって話だ!」

「確か、他にもA市に現れた災害レベル竜のヤバい奴も倒したらしいよ」

 

「やはり、遅かったですか」

 

 危惧していた通りの事が起きていた。

 既に世論への情報操作は始まっていた……いや、終わっていると言った方が良いだろう。

 どうやら、ヒーロー協会は一般の方々と同じ様に彼の奇跡の様な勘違いに惑わされ、そしてそれを信じ込み、自分達の許へ引き入れるつもりらしい。

 ……ここまで強硬な手段に出るという事は、協会は彼のことを警戒している? 

 むしろこれ以上話がこじれたら、協会の全戦力が彼の許へ殺到するのかもしれない。協会が梃子摺る怪人を容易く倒す存在だと認識しているのだから。

 つまり、彼に残された道は──。

 

「虚構の最強ヒーローになるか。闇に葬られるかですね」

『オロロロロロロ』

 

 懇切丁寧に現状と私の予想。そして確定されてしまった未来を伝えたところ、彼は現実に押し潰されていた。思わず携帯を耳から遠ざけてしまった。

 しばらくして「……どうしたら良いかな」と弱々しい声が聞こえた。

 

「当面は騙し続けるしかないですね。貴方の好きな漫画やアニメの様に力に目覚める……なんて展開が無い限り」

『うぅ……なんでこんな事に……!』

「自業自得だと言うには、少し世界が残酷ですね……」

 

 日常的に怪人が現れる世界で、それに巻き込まれる不幸体質なんて厄でしかない。

 

「とにかく、これからあなたはキングになってください。民衆とネームバリューに怯える弱い怪人相手には」

 

 実態はどうあれ、それで『キング』は仕事ができる。勝手に怯えられて、勝手に感謝する。そんな単純な奴らにはそれで十分だ。

 

「しかし、それ以上の敵は……」

『それ以上の敵は……?』

 

 ──私の出番だ。

 

 

 

 

 ヒーロー協会が新たに発表した最強の新人ヒーロー【キング】。

 大々的に宣伝されたこのヒーローの存在に──世界は大きく揺れた。

 

 U市に現れた大量の災害レベル虎の化け物たちを一瞬で消し炭にした。

 O市の山奥に眠っていた古代の生物が目覚めた際には、光り輝く巨大な刃で真っ二つにした。

 R市に現れた災害レベル竜の怪人と死闘を繰り広げ、しかし翌日には無傷で自宅へ帰還した。

 

 その他にも様々なキングの活躍が、民衆達へと語り継がれていく。

 そしてその武勇伝はいつのまにか、彼と同業者であるヒーローの耳にも届き始めた。

 

「へぇ……良いねこのキングって男。ストイックに正義を執行するその姿には好感が持てる」

 

「……は? 次に討伐予定だった災害レベル竜の怪人もう倒されたの? ……は? キング? また? ……へぇ、私以外にも強い奴はいるのね」

 

「ほう。シルバーファング以外にも面白い奴が居るな。機会があれば斬り合ってみてぇな」

 

 それと同時に怪人達の間でも、彼の名が知れ渡る。

 

「キングってヤバいヒーローが居るらしい」

「俺も聞いたことある。災害レベル関係無しに倒すらしいぞ」

「戦闘スタイルは?」

「分からん。気がついたらみんなやられてる」

 

「……災害レベル鬼以上だけを集めようと思っていたが……。

 キング、か。厄介な奴がヒーローになったものだ。

 質だけではなく数も揃えるか」

 

 そしてそれ以外の勢力にも。

 

「地底王や天空王が警戒するだけの事はあるようね。キング……私達と同じ【王】の名を持つヒーロー……。油断ならないわね」

 

「人類最強の男……この男を調べれば、新人類への道が……。

 いや、もう少し様子を見よう。相手は一筋縄ではいかないようだしな」

 

 かくして、S級ヒーロー・キングは破竹の勢いで順位を上げていき──僅か数日で7位となった。

 

 

 

「S級7位おめでとうございます」

「や、やりすぎだぁ!?」

 



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第二話『ヒーロー』

 ──駆ける。

 

 太陽が沈み、月が夜空に浮かぶこの時間。彼女は、暗闇に金色の長髪を靡かせながら、森の中を走っていた。

 ……いや、正確には追いかけている、が正しい。

 

「クソ……ニゲキレネェ!」

「当然です、アナタを逃すつもりはありませんから」

 

 彼女の目線の先には、土色の肌を持ち岩石で形作られた顔を持つ【地底人】……の実験体。

 なんでも、地底王なる者に従う種族だったらしいが、先日地上人(人間)によって彼らの王が倒され、辺境の地へ逃げたとの事。しかし、その逃げた先で捕まりモルモットにされ──こうして金色の闇を討つ為の駒と成り果てていた。

 

「ふんっ!」

 

 逃げるのは無理だと悟ったのか、立ち止まった地底人は拳を握り締めて背後へと振り抜く。

 その衝撃は凄まじく、周囲にある木々を削る程の威力だった。

 だが、それも当たらなければ意味が無い。

 彼女にとっては止まって見えるほどの拳速。チラリと一瞥すると、そのまま拳を置き去りに地底人の懐に入り込み、剣へと変身させた左腕で地底人の片腕を斬り飛ばした。

 

「はっ!」

「チィ……岩盤の如く硬い我の肌をこうもアッサリ……!」

 

 地底人は弱くない。災害レベルで言うと鬼だろう。だが、相手が悪かった。彼女もまたこの地底人と同じようにモルモットだった存在。そして、その中でも一二を争う程の成功体だ。

 だからこそ分かってしまう。彼女がこの世界に生まれ、そして捻じ曲がってしまった──根幹の闇の部分がまだ生きていると。

 目の前のハリボテのように作られた実験体から。

 

「アナタに恨みはありません。しかし、アナタの裏に居る人物は別です」

 

 彼女を作った人物は、己の夢の実現の為に執拗に、執念深く、彼女を追い続ける。

 そして彼女もまた、自分自身と決着を付ける為に迎え撃つ。

 それでようやく彼女は前に進める。胸を張ってキングに恩を返せる。己を追い続ける諸悪の根源──進化の家のジーナス博士を打ち滅ぼして。

 

 金色の闇の長髪が枝分かれし、その先が鋭い刃へと変わる。

 

「さよなら──」

「ち、ちくしょおおおおおお!!」

 

 断末魔を残し地底人……いや、元地底人は細切れとなり、土へと還った。

 

「次はアナタの番です──ジーナス博士」

 

 空に浮かぶ月を睨みつけて彼女はそう呟き──。

 

 

 

 

「……へ?」

 

 それから数日後。綺麗さっぱり無くなった進化の家と、自分と一二を争う程に成功体だった実験体【阿修羅カブト】の残骸を見つけ──自分の根幹の闇の部分がもう既に存在しない事を知った。

 それを理解した彼女は──。

 

「たい焼き買って帰ろう」

 

 キングの許へと帰り、そのまま不貞寝した。

 

 

 

 

「桃源団、ですか?」

『ああ。街中で働かなくても生活したいと言っていた』

「アナタと気が合いそうですね」

『勘弁してくれ……』

 

 新刊のライトノベルを買いに出掛けたキングからの電話に出ると、街にテロリストが現れたと伝えられる。

 思わずため息が出そうだった。彼の厄介事の遭遇率はやはり異常だ。もう家から出ない方が良いのでは? と思ってしまう。

 そんな事を考えつつ、金色の闇は桃源団という言葉に聞き覚えがある事を思い出す。彼女はA級以上の賞金首を標的とした賞金稼ぎだ。その標的の中に桃源団の名前は無いが、先日仕事の際にある情報を手に入れた。

 

「確か、首領はハンマーヘッドというB級賞金首です。先日、何処かの組織のパワードスーツを手に入れた……というよりも、性能テストの為に敢えて奪わせたみたいですね」

『なんでそんなに詳しいの……?』

「いえ。そのパワードスーツを作った組織。少し別件での調査の際に知ったのですが、かなり危険な集団なので覚えていただけです」

 

 ちなみに別件とは進化の家の事である。その進化の家もすでに滅ぼされているようだが……。

 

 さて、彼女が得た情報通りならキングが見つけたその桃源団。危険度は災害レベル虎から鬼の間くらいになる。

 聞く限り馬鹿な集団の馬鹿な訴えに見えるが……その馬鹿が得た力は無視できない。

 

「あなたはすぐにその場から離れてください。巻き込まれる前に」

『わ、分かった』

「私はちょっとストレス発散します」

 

 標的外だし金にもならないが、追い求めていた組織が無くなり今までの苦労が空振りしたこのストレス。晴らすには丁度良いだろう。

 電話を切った金色の闇は窓から外へ出ると、背中から白い翼をはためかせて件の下へと向かった。

 

 

 

 彼女がF市に着いた時には、桃源団は既に居なくなっていた。その代わり、怪我人や倒壊した建物が視界に映る。

 警察やヒーローも薙ぎ倒されたのか、怪我人の中にはそれらしき人らが混ざっている。

 

「さて、この破壊の痕を辿れば桃源団の下へ辿り着けますかね」

 

 冷静にそう分析し歩き出す彼女だが──。

 

「……」

 

 つい、足を止めてしまう。

 彼女の視界に映る苦しんでいる人々。頭から血を流して痛みに顔を歪ませている人もいる。

 建物の崩壊に親しい人が巻き込まれたのか、瓦礫の前で泣き叫んでいる人がいる。

 そして、それを必死にどうにかしようとする人々……。

 

 それを見た彼女は──。

 

 

 

「ありがとう! お陰で助かったよ!」

「天使じゃ……天使様が救ってくださった……!」

「お姉ちゃん! パパを助けてくれてありがとう!」

「同僚の怪我を治してくれてありがとう……もう、助からないと思って……!」

 

「いえ、もうお礼は良いですから! 怪我をしている人は早く病院に行ってください。私はもう行きますのでっ」

 

 感謝の言葉を述べる人々から必死に顔を逸らしながら、彼女は口早にそう伝えて桃源団が居るであろう場所へと向かった。

 寄り道に時間を掛けてしまい、もう破壊音は聞こえない。

 その事に妙だと思いつつも彼女は駆け出し──。

 

「これは……」

 

 いくつもの、首無しの全裸の死体と無数の頭が転がっている現場に辿り着いた。

 おそらく彼らが桃源団だろう。テロ行為を行なっていたが、何らかの敵対者と遭遇して全滅したと見て良い。

 しかし、首領であるハンマーヘッドの死体が無い。一人だけ難を逃れたのだろうか。

 

「た、助けてくれぇ!」

 

 そう思っていると、助けを求める声が聞こえた。

 彼女はすぐに森の中を駆け抜け、声がした方向へと向かう。するとそこには……。

 

「あ、謝るから! だから命だけは……!」

『オマエノ意見ナド知ラン』

 

 二体のロボットが、全裸のスキンヘッドの男を襲っていた。そして会話から察するに、スキンヘッドの男がハンマーヘッドで、ロボット達は組織の手の者だろう。

 どうやら、利用し尽くしてこれから処分するつもりなようだ。

 

「……」

 

 金色の闇は一瞬考える。自分はどうしようか、と。

 自分の当初の目的は既に達成できない状況なうえ、今となってはどうでも良い。なので、ハンマーヘッドが殺されようと彼女には関係無く、このままキングの下へ帰るべきだ。

 帰るべき、だが……。

 

 彼女は、先ほどの苦しんでいる人々の顔を思い浮かべ──次の瞬間、ハンマーヘッドとロボットの間に割り込んで鋼鉄の拳を受け止めていた。

 

「へ、はへ……?」

『キサマハ……データニアルゾ。金色ノ闇ダナ』

「ヤ、ヤミちゃん!?」

「鳥肌立つので二度とそう呼ばないでください」

「あ、はい」

 

 背後のハンマーヘッドを冷たく睨みつけ、彼女は目の前のロボットを見る。正確には、カメラの向こうの製作者だろうか。

 

「申し訳ありませんが、この男の身柄は私に預けてくれませんか?」

『ナンダト……?』

「元々泳がせる程度には、彼自身に興味は無いはず。なら、もう用無しなら私に譲ってください」

『……フン。確カニ貴様ノ言ウ通リダナ。変ニ事ヲ荒ゲテ、貴様ニ狩ラレルクライナラ』

 

 本当にデータだけが欲しかったのだろう。ロボット達はあっさりと金色の闇の要望を受け入れると転身させて闇の中へと消えていく。

 

『……シカシ意外ダナ。アノ冷酷無比ナ金色ノ闇ガ……下ラナイ正義ニデモ目覚メタカ?』

「……」

 

 最後にその言葉を残して。

 それを見送った金色の闇は何も答えず、気配が完全に離れたのを確認すると視線をハンマーヘッドへと向ける。

 

「あ、ありがとう! アンタは命の恩人だぁ!」

「勘違いしないでください」

「へ?」

「貴方がこのまま死ぬよりも、警察に突き出して罪を償わせる方が、彼らの為……じゃなくて。貴方にとって不幸だと思ったからです」

 

 間抜け面だったハンマーヘッドの顔が青く染まる。彼女の言葉を聞いて、彼女の意図を理解したというのもある。

 だが、それ以上に……。

 

「これから楽に生きていけると思わない事です」

「は、はい……!」

 

 彼女の全身から溢れ出すオーラが凄く怖かったからだ。

 冷や汗をダラダラと流しながら、ハンマーヘッドは地面に頭を減り込ませた。

 

 

 

 

「私、どうしたんでしょう……」

「何が?」

 

キングと格闘ゲームをしながら、金色の闇が思わずそう呟いた。

指を動かしながらキングが尋ねると、先日F市での事を話す。

 

「進化の家が滅んでからですかね。それまで何とも思っていなかったモノが見えてしまったというか……。

前までの私なら、見捨てた命に時間を掛けたというか……」

「ああ。賞金稼ぎだけだと命は取るけど、命を助ける事はないからね」

「……なんでズバッと当てるんですか」

 

漫画の知識で色々と知っているからである。

 

「でもおかしいと思いません? キッカケも無くいきなり、他者の命に気にかけるなんて……」

「いや。君は元々そういう人間だよ。現に俺の事助けているし」

「……」

 

画面に映る筋肉キャラの動きが鈍る。そこに畳み掛けるバニー姿のキャラ。

 

「ネットでも助けられたって書き込みあるし、気が付いて無いだけで他人の事を思いやっていたと思うよ。

ただ、その事に気付いていなかっただけで……」

「とても信じられないのですが……」

「あと。協会にバレないようにしているけど、一応ヒーロー活動しているし。前もトランスで俺の姿になって戦って、感謝されて偉くドギマギしてたじゃないか」

「……」

「キッカケはあったと思うよ……君は賞金稼ぎよりも、ヒーローの方が似合っているんじゃないかな?」

 

──君は優しすぎるから。

テレビには、KOの文字が浮かび上がっている。

しかし、彼女はそれをボーッと眺めていた。それだけ、キングの言葉に衝撃を受けているのだろう。

 

「……しかし、私はヒーロー協会のスカウトを断り続けていましたし……」

「それは……うーん。だからこそ、だと思う」

「え?」

「君はいつも協会の存在自体には難色を示したけど、一言も「ヒーローなんてくだらない」とは言っていない。つまり、その行動原理には惹かれていたんだと思う。でも、それを商売にしている協会には否定的だった」

「……私は、どうすれば」

 

俯く彼女に、キングは言った。

お土産に買っておいたたい焼きを渡しながら。

 

「それを決めるのは君自身だよ」

「……はぁ。いつもは情けないのに、こういう時は頼りになりますね。流石は29歳」

「うっ。歳のことは言わないでくれ……」

「でも、ありがとうございます」

 

彼が差し出したたい焼きを受け取り、パクリと一口。

 

(──決めました。私は、ヒーローに」



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第三話『イケメン仮面アマイマスク』

「まさか、彼がヒーロー協会に入るとは……」

 

 今回の通算55回目のヒーロー認定試験にて、ヒーロー協会は若干浮足立っていた。

 しかし、それも無理もない。長い間監視し、そしてできれば自分たちの懐に入れたいと思っていた超大型戦力の一つ……ジェノスがヒーローになったのだから。

 ジェノスは凄まじい力を持ったサイボーグであり、当然体力テストは満点。筆記試験も本人の元々の地頭の良さから──復讐の為にありとあらゆる情報を集めていたからかもしれないが──満点。結果、100点満点で認定試験に合格し、過去の実績と合わせてS級ヒーローへと任命した。

 

「嬉しい誤算、でしたね」

「ああ。あれだけの戦力が協会の仲間になったと思うと心強い。……それだけに惜しいな」

 

 ジェノス同様監視している超大型戦力──金色の闇。彼女へのスカウトは未だに成功していない。

 何故か、ある時期から活動が緩やかになり、そして怪人相手の仕事が増えて来た事から、ヒーローに興味を抱いたのでは? と期待したのだが……。

 

「勿体無いですね……」

「ああ。彼女がヒーローになってくれれば、人類は安泰だというのに……」

 

 それでもまだ言葉の端々に諦めきれない感情が混じっていた。

 それだけ、彼女に対する期待が大きいという事だ。

 

「そう言えば……ジェノス君の事で、()()()と連絡を取った時、彼も金色の闇について言及していました」

「……彼はなんて?」

 

 じっとりと額から汗を流しながら聞くと、部下はこう答えた。

 

「『ボク自身が彼女を見極めてみよう』、と」

 

 

 

 

 

 結局、彼女はこれまでと同様の生活をする事にした。キングの身の回りを守ったり、彼のヒーローとしての立場を確かなものにするには、やはり自由に行動できる現状が一番だと思ったからだ。

 彼女もヒーローとなり、力を見せつけつつキングの許に下る姿勢を見せる事も考えたが……対処が難しい敵、状況になる可能性を考慮してこの案は破棄した。

 その事を彼に伝えると、キングは分かったと言いつつも何処か納得していない様子だった。それでも、これから災害事件が増えるかもしれないと伝えると、それ以上何も言わなかったが。

 

 さて、ここで彼女が普段何をしているのかを紹介しよう。

 賞金首の情報収集。

 キングの評価を上げる為に暗躍。

 情報を基に賞金稼ぎ。

 休日。

 彼女の体調や世論、気分その他諸々によって変更される事があるが概ねこんな感じである。キングが誕生する前は、賞金稼ぎに出る頻度がもっと多かったのだが……ヒーロー協会からの給料がそこそこ良いので、以前のように狩る必要は無い。

 ぶっちゃけ必要無かったりする。キングがいくら贅沢しようとヒーロー協会の給料が多い上に、金色の闇の貯金がちょっと公にできない程あるからだ。それでも続けるのは、ストレス発散だろうか。

 そして、今日は賞金稼ぎに行く日。めぼしい標的を見繕った彼女は、相手の行動パターンを頭に叩き込み、最終目撃情報であるL市に来ていた。

 ……来ていた、のだが。

 

「……」

 

 ──尾行されている。

 L市に入ると共に、何者かが彼女の後をつけ始めていた。しかも、かなりの手練れらしく相手の正体が分からない。

 人間にしては強すぎる。怪人にしては特有の邪悪さが薄い。

 ヒーローだろうか。それもトップクラス。

 そうアタリをつけた金色の闇は人が居ない場所へと移動し、振り返る。

 

「此処なら話ができますよ」

「助かるよ。ボクが下手に女の子と話していると、騒ぎ立てる所が多くてね。……意外と配慮してくれるんだ」

「……! 貴方は」

 

 A級一位イケメン仮面アマイマスク。

 トップクラスの人間が来ていると予想していた彼女だったが、まさか本当にトップランカーが来ているとは思っていなかった。

 金色の闇の驚愕した表情が気に入ったのか、もしくは余裕を見せつける為か、アマイマスクはただただ微笑を浮かべる。

 何を考えているのか読めない。

 金色の闇は強く警戒しながら問い掛ける。

 

「……一体何の用ですか?」

「いや、何。君の事は前々から興味があってね。機会があればこうして話してみたかったのさ」

「その割には、あまり穏やかなアプローチではありませんでしたが……」

「ふふ……それはお互い様だろう」

 

 チリチリと緊迫した空気がチラつく。

 互いに敵意は示していないが、それでも空間が張り詰める程に緊張していた。

 そんな中、アマイマスクはさっさと本題に入る。

 

「今回、君を追いかけたのは見極める為さ」

「見極める?」

「ああ。君が──」

 

 ──正義側なのか。それとも悪側なのか。

 

 この一瞬だけ、アマイマスクから一切の油断も余裕も無くなった。

 コンマ一秒にも満たない時間だったが、金色の闇ならそれだけで十分。険しい表情をさらに険しくさせて、無言でアマイマスクの次の言葉を待つ。

 

「今日君が此処に来た目的は把握している。今回は、君の働きぶりを見て判断させて貰おうかな、と思って」

「いったい何様のつもりですか」

「何様って……アイドルでヒーロー……かな」

 

 今はヒーローとしての比率が高いけど。

 クスクスと微笑みながらそう宣うアマイマスクだが、その声には冗談のカケラもなく本当にそう思っているようであった。

 相手が基本裏社会で生きる人間だから、メディアへの影響を心配していないのだろうか。そんな事を思ってしまう金色の闇だったが……。

 

「……ふぅ。せいぜい、ゴシップ記者の記事のネタにされないように」

「そんなヘマはしないさ」

 

 これ以上の問答は無駄だと感じたのか、金色の闇は追及をやめた。アマイマスクに背を向けると歩き出し標的の許へと歩き出した。アマイマスクもまた、彼女の軽口に返しつつ後を追った。

 

 

 

 

 流石はA級一位と言ったところか、アマイマスクの動きは他のヒーローとくらべて格段に違っていた。むしろ、S級クラスの実力があると見て良い。

 目的地までの短い時間でそれを確認した金色の闇は、彼に気を配る必要が無いと判断し仕事に集中する事にした。

 L市の中心部から離れた町外れ。そこにある廃工場の中から複数人の人間の気配を感じる。そして、その中でも一際大きな気配を持つ者が一人。

 どうやら、この廃工場が今回の標的のアジトらしい。

 パラリと持っていたチラシを見て、空いた穴から中を覗く。

 

「間違い無いですね。A級賞金首のクル・マスキング。頭にタイヤ痕の模様が見えます」

 

 奪った車で轢き逃げを何度も続け、集った部下達と集団で暴走行為をする危険な集団。警察が何度も逮捕しようとするも、それすら蹴散らしパトカーを奪って街を混乱させた事も。

 放っておけばこれからも沢山の人を傷付けるだろう。

 しかし、今回彼女に狙われたのが運のツキ。彼らはこれから金色の闇に狩られ、警察に突き出される。

 彼女はいつものように真正面から乗り込もうとするが……チラリと後ろを見る。

 

「……」

 

 そこには腕を組み無言で佇むアマイマスクの姿が。どうやら本当に彼女の事を見極める為だけに来たようで、後から手出ししたり不意打ちをするような雰囲気は感じない。

 ただ、廃工場に居るテロリストに対して冷たい視線を送っており、もし彼の当初の目的が無ければ或いは……。

 とはいえ、彼の心情は彼女としてはどうでも良い。今は仕事が先だ。

 

 足に力を込め、錆びついた鉄の扉を蹴り飛ばす。歪み、折れた扉が大きな音を立てて工場へと吹き飛び、その音に反応した幾多もの視線が彼女へと集う。

 

「何だテメェ!?」

「ガキが何のようだ?」

「いや……待て。あれは、まさか!?」

 

 数は──全部で25。背後には改造された車が何台も置かれている。周囲に敵対者を葬るような設備はない。

 つまり、唯一警戒すべきなのは賞金首であるクルのみ。

 それを確認した彼女は一気に駆け出し。

 

「金色のや──」

「全員、しばらく寝てもらいます」

 

 敵集団の中へと入ると同時に、クル以外のテロリストを気絶させた。突然の襲撃に慄いていた彼らは、自分が何をされたのか理解せず意識を飛ばした。

 しかし、背後から見学していたアマイマスクだけは彼女が何をしたのかしっかりと把握していた。

 

(あれが噂に聞く変身(トランス)能力か。戦慄のタツマキの超能力とはまた違った異質な力だ。

 しかし驚くべきはその使い方。あの長い髪の先を超強力なスタンガンに変え、一瞬で心臓に打ち込み強制停止、そして再び強制稼働。それによって仮死状態から蘇生させて意識だけを奪った)

 

 そして、そんな風にわざわざ回りくどいやり方をした理由は、アマイマスクに対する警戒の高さ。本当の手札を見せない事で、もしもの時に備えているという事。

 その警戒心の高さに思わず笑みを浮かべるアマイマスク。

 

「さて。後は貴方だけです」

「くっ……うおおおおお!!」

 

 後ろで意味深に笑っている男を無視してクルを追い詰める金色の闇。

 諦め切れないのか拳を握り締めて彼女に殴りかかるクル。が、迫り来る拳を受け流し、逆に改造された車がある車庫へと投げ飛ばした。

 ドガンッと大きな音を立てて頭から突っ込み、呻き声をあげるクル。その声からは覇気が無く、今の一撃で萎縮したらしい。

 

「終わりです。牢獄の中で例のオカマの彼氏にでもなっていてください」

「ぐっ……チクショー」

 

 憎々しげに睨み付けてくるクルを冷たく見下ろす金色の闇。そんな彼女に拍手をしながらアマイマスクが近づいて来た。

 

「見事な体捌きだ。実力はA級以上……本来の力を使えばS級は確実だね」

「……どうも」

「ただ──」

 

 

ガッ! ガンッ!! 

 

 クルの目の前で衝撃が走る。

 何故なら、目の前で金色の闇とアマイマスクが激突したからだ。

 

「何の真似ですか」

「それはこちらの台詞だ」

 

 クルの首を刎ね飛ばそうとしたアマイマスクの手刀を、トランスで鋼鉄の盾に変えた右手で受け止めながら金色の闇は睨みつける。

 

「悪は根絶やしにしなくてはならない。存在してはいけないのだよ」

「その為なら人の命を奪う、と。それでもヒーローなのですか?」

「そういう君も随分と甘い。賞金稼ぎが、賞金首の首を獲らなくてどうする」

 

 アマイマスクの力が、手から腕、そして頬まで広がる。血管のような、もしくはそれ以上のおぞましく、恐ろしい……それこそ彼が忌み嫌う悪……怪人と似た雰囲気を持つ力が金色の闇の細腕を押す。

 

「別に命を獲らなくても賞金は手に入りますの──でっ!」

「っ!」

 

 盾から刃へと変えた腕でアマイマスクを振り解く。ガキンッと音が響き、金色の闇のトランスさせた刃に刃こぼれができ、アマイマスクの手から血が垂れ落ちる。

 

「……」

「……」

 

 一触即発の空気。およそ人同士が出すものではなく、元々亀裂の入っていた地面にさらに亀裂が入る。

 だが、その空気を打ち壊したのは金色の闇でもアマイマスクでも無く……たった今出現した怪人の産声だった。

 

「テメェら! オレ様を舐めるなぁ!!」

「っ!? 怪人、何処から?」

「いや違う……クルが怪人になったんだ」

 

 命の危機に瀕したからか、それとも目の前の二人に対する怒りからか。もしくは怪しげな肉を今しがた食べたからか。

 原因は定かではないが、クルは怪人となった。背中から伸びる触手が乱雑に置かれている車を巻き取り、引き寄せ、圧縮させながら吸収していく。音を立ててまるで捕食しているかのようなその光景に、二人は睨み合うのをやめて怪人に向き合う。

 

「──で、この場合はどうするんだ金色の闇」

「……そうですね。怪人になられた時点で、私の標的は既に居ません。つまり──」

 

 アマイマスクの隣に居た金色の闇が再び駆ける。その表情は今までのどんな時よりも冷たいものだった。そして怪人の横を通り過ぎ……。

 

「ギャハハハハハハハハッ!!! 俺はもうただ車が好きなだけの賞金首じゃねえ! 車と一体化し、その力を十二分に発揮できる魔紳ドライバー様だ! この力さえあればテメェらなんて俺の敵じゃ──」

 

ザンッ!! 

 

「仕事失敗です」

「……あへ?」

 

 トランスして作った刃で怪人を真っ二つに斬り裂いた。クル……いや、魔神ドライバーと名乗る怪人は、身体中からガソリンや血を吹き出しながらその場に倒れた。

 それを見届けたアマイマスクは満足そうに笑みを浮かべ──。

 

 

 

 

「良いね彼女。ボクは気に入ったよ」

『そ、そうなのですか……』

 

 その日の夜。アマイマスクは自宅でヒーロー協会の役員と連絡を取り合っていた。

 いつにも増して上機嫌な彼の声に役員は緊張しながらも言葉を返す。

 

『それで彼女は協会には……』

「ああ、うん……」

 

 ──私の答えは変わりません。

 

「このアマイマスク様が、女の子にフラれてしまったよ」

『アナタでもダメでしたか……』

「でもそれも時間の問題さ」

『?』

「だって、彼女──」

 

 ──このボクと似ているのだから。

 

 不敵な笑みを浮かべるアマイマスクの横顔を、月の光が怪しく照らしつけていた。

 



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第四話『キング流気功術・煉獄無双爆熱波動砲』

「まさか、こうして再び会えるとは思わなかったよ。実験体XX」

「私もあなたが生きているとは思ってもいなかったです。ジーナス博士」

 

 とある日。たこ焼き屋の裏にある家屋に金色の闇は居た。それも、因縁の敵である進化の家のジーナス博士と共に。

 

 さて、何故彼女が此処に居るのか。それは、ジーナス博士の後ろで身を縮こませているアーマード・ゴリラが原因だ。

 それは、買い物の帰り道のこと。とある商店街にて、顔を隠さず堂々と財布を手に、夕飯の材料を買いにスーパーに向かうゴリラを発見。脳の処理が追い付かず思わず二度見してしまったが、やはりゴリラ。目を凝らしてもゴリラ。そこに居たのはゴリラだった。

 しかもただのゴリラではなく、かつての進化の家のNo.4の実力者だったジーナス博士の作った実験体だった。(金色の闇が抜け出した後はNo.3へとランクアップしているが)

 進化の家が壊滅していたと思っていた金色の闇は、そこでゴリラを追跡し……現在に至る。

 

「そこのゴリラには、頭なり顔なり隠すように言った方が良いですよ。貴方の下から逃げ出したのは、私だけではないみたいですし」

「可能性があるのは……プロジェクト・アダムの前身である不死身シリーズが該当しそうだ。プロジェクト・イヴの成功体である君と対になる存在は結局完成出来なかったが……不死身の力があれば、私の許にいつか辿り着くだろう。君みたいに、ね」

 

 その言葉に、かつての執念が無い事を確認する金色の闇。彼は、自分のクローンを大量に作り、新人類の誕生という夢を叶える為に様々な事をしてきた。それこそ彼女が嫌悪感を抱く程に。

 だが今はどうだ。目の前の男からは、覇気が全く感じられない。

 

「……何があったのですか。私を……いや、大勢の人々の人生を滅茶苦茶にしてきた貴方が、何故……」

「私は……負けた。彼に負けたんだ……」

 

 ジーナス博士は語った。

 自分の夢、研究、執念がちっぽけなものだと感じる程の衝撃を与えた一人の男の事を。

 かつて、金色の闇と同等の力を持つ阿修羅カブトが真の力を発揮してもワンパンで倒されてしまった事を。

 そして、その力を手に入れた男は平凡なやり方で、しかし自分で自分のリミッターを破った──理不尽の化身だと。

 

「……それが、貴方が変わった理由」

「ああ、そうだ。賞金稼ぎをしている君とは接点の無い男だけど、どうやらヒーローをしているらしくてね。もう暫くすれば、テレビで見れるさ」

「……ヒーロー」

 

 そこで思い浮かんだのはキングがかつて言った言葉。

 

 本物のキングは、何処かにいる。

 

 もし、ジーナス博士の言う男が彼女の予想通りなら──これは、無視できない案件だ。

 

「それにしても……」

 

 思考に沈み込んでいた金色の闇が、ジーナス博士の言葉で浮かび上がる。

 アーマード・ゴリラがつくったたこ焼きを食べながら、全てを見通すかのような眼で彼女を見据えた。

 

「君は本当に変わったな」

「どういう事ですか?」

「いや……君がまだ私の下に居た時は、()()()()()()の状態だった。

 何千何万という犠牲の下、成功した君はまさに奇跡の存在だった。

 しかし、実際の所、プロジェクト・イヴとしては半分成功で半分失敗だった。トランス能力がいかに優れていようと、奥の手を制御しようと、その精神が問題だった」

 

 金色の闇は思わずドキリと心臓を跳ねさせた。

 何故、この男がその事を知っている、と。

 彼女の表情から何を考えているのか分かったのだろう。当然の事だと言わんばかりにため息を吐き、研究者らしく捲したてる。

 

「思考パターンの解析や心理テストでその辺の判断は容易だ。それに、君という存在が安定したと同時に、()はこの世界に生まれ落ちた。理由や方法は私でも分からないし、知ろうともしない。ただ事実として、わたしが器を作って、君がその中に入って実験体XX──イヴとして完成された。……いや、男の意識も混ざっていたから、半分完成と言った方が早い。

 でも、当時の私としてはどうでも良かった。新人類にその辺の価値観は優先順位の低いものだった。

 

 だが──君が私の下から離れて起きた二つの出来事が、君の急成長に繋がった」

「……急成長ですか」

「ああ。君は、未だに阿修羅カブトと同程度の強さだと思っているが、君は既に彼を超えている。かつては君の対の……つまり番いであり、アダムになり得る存在に近い奴だったけどね」

「虫と一緒になるつもりはありません」

 

 タラコ唇で筋肉ムチムチで品の無い虫野郎を思い出して、金色の闇は苦い顔をする。

 

「私はどうでも良いがね。……さて、先ほど言った二つの出来事だが、一つは臨死体験だ。

 君は私の下から逃げ出した。その際、脳と心臓に仕掛けた爆弾が作動した」

 

 金色の闇はその時のことを思い出して頷く。

 過去にも今にも、死に掛けたのはあの時くらいだろう。トランス能力を熟知していたジーナス博士が設置していた爆弾だ。作動した時は絶対に助からないように作った筈。

 しかし彼女はこうして生きている。

 

「君も彼ほどでは無いが、リミッターが外れたのだろう。死の間際に何か見たり、変な音が聞こえたりしなかったか? 砕ける音だったり」

「……いえ、覚えていません」

「そうか。まぁ、良い。本題はもう一つの方だが……」

「……」

 

 ジーナス博士は先ほどよりも確信した様子で額に流れている冷や汗を拭うと言った。

 

「君はおそらくイヴとしての自分を認識したのだろう」

「イヴとして?」

「そうだ。つまり精神が女性側に完全に固定された、という事だ。よくよく思い出して欲しい。一人で何か考えている時、君は女性らしくなかったか? 自覚が無いと言うのなら、進化の家に居た時の事を思い出せ。その時の君は、まだ男性の意識があった筈だ」

「……っ」

 

 ──そうだ……私はっ。

 ジーナス博士の言葉に、金色の闇は……彼女は言葉を失った。自分はこの世界に来た時から随分と変わっていた。そしてその事に気が付いていなかった。

 

 そして何より、今指摘されたにも関わらず心の何処かで納得していた。

 

「それがどういった理由なのかは分からない。脳を一度破壊された事で男性の意識が死んだのかもしれない。元々そういう風になる予定だったのかもしれない」

「……私は」

「まぁ、今となってはプロジェクト・イヴに興味は無い。ただ、君が自分の事を女性(イヴ)と認識すればする程、その力は馴染むだろう。奥の手も安定して使える」

 

 自分をイヴとして認識する……? 

 そんな事いきなり言われても……。

 

「……私とした事が。研究者時代の時のように捲したて、分かりづらい説明だったな。

 まぁ、要するに──」

 

 

 

 

 

「好きな人とハレンチな事をすれば良い」

「──」

 

バヂン!! 

 

 

 

 その時の事をジーナス博士はこう語った。

 

「生への執着が無いとはいえ、会話時ずっと喉元をトランスさせた刃で突きつけられるのは怖かった。唯一、私の感情が揺れる瞬間だろう。そう思っていた。

 しかし、それは違った。

 イヴが刃を解除し顔を真っ赤にさせて私を引っ叩いたあの瞬間。

 あれは、異性に対する好意とは違うなんというか、こう……」

 

 

 

 この日。ジーナスは『萌え』というものを学んだ。

 

 

 

 

 ヒーロー協会では、定期災因調査の報告会を行い、怪人災害を未然に防ぐ施策を取っている。

 それでも尚難しく、B、D市で起きた巨大生物による破壊災害のような事例が起きてしまうのが現状だ。

 そして、高レベルな怪人の出現によってゴーストタウンと化したZ市。そこでは、戦闘能力の高いA級ヒーロー二人が重傷を負い敗北する程の怪人が日常的に出現し、そしてそれ以上の力を持った化け物が存在すると言われていた。

 今では、怪人ですら滅多に寄り付かなくなっている。

 

「全く……S級ヒーローはみんな勝手な奴ばかりだ」

 

 さて、そんなゴーストタウンに一人で乗り込もうとしていたヒーローがいた。

 そのヒーローの名は、戦慄のタツマキ。

 S級2位であり、ヒーロー協会最高戦力の一つだ。

 彼女は超自然的な力……つまり超能力を使うエスパーで、これまで協会が危険視してきた怪人を一瞬で殲滅してきた実績を持っていた。

 そんな彼女だが、性格はプライドの塊であり、彼女を協会がコントロールする事は不可能に近い。

 つまり「私がそのゴーストタウンの化け物ってのを倒して来てあげるわよ」と言われた際には、説得に時間が掛かり多大な労力が必要だ。

 故に先ほどのような愚痴が出てしまう。

 災害レベル竜の怪人を倒しに向かっているタツマキをモニターで監視しながら、職員は愚痴を零した同僚に苦笑する。

 

「S級は個人の持つ戦闘能力を重視しているからな。性格は二の次さ」

「と言ってもなぁ」

 

 筋トレ中毒。オカマ。大食漢。子ども。爺さん。シスコン。すぐキレる幼女。中々顔を見せないトップ。

 S級ヒーローの面々を思い浮かべるだけで、色物集団が脳内を埋め尽くす。ヒーローというには、個性的すぎるのではないだろうか。

 そして、その個性に振り回されているのが彼らヒーロー協会だ。

 

「その点、キングさんは優良物件だよな」

「ああ。ある程度の依頼だったら引き受けてくれるし、絶対に解決する。それもタツマキや他のメンバーと違って街に被害を出さない」

「むしろ被害を出さないように力をセーブしているよな」

 

 実際は、金色の闇がキングの評判を落とさない為の最適解を出し続けたからだ。

 しかし、彼らがそんな事を知るはずも無く、根も葉もない話が当然であるかのように語り継がれる。

 

「それだけど。何でも、過去に大事な人が自分の戦いの余波で亡くなったらしい」

「なるほど。ストイックに怪人を倒すのはそれが理由なのか」

「だから、弱い怪人は自分の覇気で戦意喪失させて、強い怪人は被害が出ないように街を守りながら戦うんだ」

「それができるだけの力を持っている……いや、得たんだな。一体どれだけ自分の事を責め続けているんだ……」

「やっべ。そう思うとキングさん優良物件どころじゃねぇ。メチャクチャ良い人じゃねぇか」

 

 何故か勝手に感動し、涙を流す職員達。

 

「でも上層部の個人的な依頼は断っているらしい」

「まぁ、上層部の依頼は無理難題だったり、スポンサーのご機嫌取りだからな……人々を守るのに忙しいんだろう」

「はぁ……憧れるぜ」

 

 もしキングがこの場に居ればこう言うだろう。

 なんでこの人達、勝手な事ばかり言うのだろう、と。

 本人が何もしていない所で、再び評価が上がった瞬間であった。

 

「Z市の調査もキングさんに頼めば良かったかもしれないな」

「よせよ。あの人にこれ以上迷惑は掛けられない──ん? 何だ、この数値」

 

 そんな中、彼らはモニターに映し出された異常値に気付く。

 それは、S級ヒーロー童帝が作成し、協会へ提供された軌道衛星が捉えた一つの情報。

 その情報は、今まで雑談していた彼らの表情を青くさせるのに十分なものだった。

 

 

 

 

 

『緊急避難警報! 緊急避難警報! 

 災害レベル竜! 災害レベル竜! 

 後21分後に巨大隕石が此処Z市に落下します! 

 出来るだけなるべく早く遠くへ逃げてください!』

 

 

「無茶ぶりも良いところです。ここまでパニックになれば、逃げる事などできようはずがありません」

 

 サイレンの音が町中へ駆け巡り、避難誘導の声が市民達の恐怖心だけを煽っていく。

 その光景をヒーロー協会Z支部の屋上から眺めながら、金色の闇は吐き捨てた。

 

「さ、災害レベル竜なんて普通の人じゃどうしようもないからね。街の人も協会の人も自棄っぱちになるさ……」

 

 その横では、隕石の影響か、轟々と発生する強風に煽られながらもキングが立っていた。

 巨大隕石を見て怖がっているのか、心臓の音が煩く響いていた。

 

「しかし、貴方も案外運が悪いですね。隣町で偶然協会の人間に見つかり、いつもならバレない変装が何故か効果を示さず、こうして死地に駆り出されるとは」

 

 これで金色の闇が別件で留守だったら、キングは死んでいたかもしれない。

 同じ考えなのか、キングは死んだ目で空にある隕石を見ながら頷いた。

 

「ここ最近は、評価は上げるためになるべく依頼を受けていたのですが……今回はそれが仇となりましたね」

「じゃあ、今回はやめとく? どうやら、他のS級が何人か来ているみたいだし。彼らの邪魔をしてはいけないと思ったとかなんとか言って──」

「──いえ、それはあり得ません」

 

 金色の闇がキングの提案を一刀両断した。

 その言葉には有無を言わさない力があり、思わず彼はヒュッと変な音を立てて息を止める。

 

「もはやキングの存在は少々の不祥事では揺らがない確かなものとなりました。何かしらのこじ付けがされて評価が上がるくらいです。しかしだからこそ、こちらから評価を下げるような事はするべきではありません。もし万が一の事があれば、想像ができない程の被害が貴方の下へ殺到します。よって、この場での最適解は誰もが認め、反論できない程の完全解決です」

「お、おう……」

 

 最近、金色の闇が必死過ぎて怖いと思うキングだった。そして今日は何かあったのか一段と怖い。

 そんな彼の心情など知らず、金色の闇は考え──解決法を見つけた。

 そして、それを為すための方法はつい先程に得ている。

 

「キング。力を貸してください」

「へ?」

 

 

 

 

 ──そして、時は少し流れ。

 

『ミサイル発射!!』

 

 隕石がZ市に落下するまで後一分となった所で、ヒーロー達が動いた。

 まず初めに動いたのはS級ヒーロー・メタルナイト。彼が操るロボットから大量のとてつもない威力を持ったミサイルが隕石へと殺到する。

 着弾と同時に爆風と爆音が響き、地上に居る人々は思わず足を止めて空を見上げた。

 

 ──あれなら、もしかしたら……。

 

 しかし、それを嘲笑うかのように、メタルナイトのミサイルが起こした爆煙の向こうから依然その巨大さを保った隕石が姿を現す。

 それを見た街の人々は一瞬湧いた希望に顔を落とし……。

 

「バング伏せていろ!」

 

 天高く舞い上がる一つの命の輝きに、再び顔を上げた。

 それは、新人でありながらS級ヒーローに任命されたサイボーグ・ジェノスが限界以上の力をもって放った一撃。炎とも雷とも言えるエネルギーが、隕石を受け止め……しかし、それでも止まらない。

 人々の心を一瞬だけ繋ぎ止めた光が消える。

 

 だが、彼らはまだ空を見上げていた。

 まだ、何かがあると。そう感じたからなのかもしれない。

 そして、それは正しかった。

 隕石の落下地点であるビルの屋上が突如崩れたかと思うと──隕石が砕けた。

 まるで内部に仕掛けられた爆弾が全身くまなく砕いたかのように。

 

 兎にも角にも、隕石は今砕かれた。

 これにより、巨大隕石によるZ市の消滅は免れた。

 しかし、地上に居る人々にとって脅威はまだ去っていない。

 降り注ぐ隕石のカケラが町を破壊し尽くすだろう。それによって住む場所を無くす人が居るのかもしれない。そして、その怒りと虚しさをたった一人の人間に理不尽な形でぶつけるのかもしれない。

 それだけの力があの隕石にはある。最強の男に砕かれようとも……。

 

 

 ──煉獄……。

 

 だが……この世界では違う。

 

 ──無双……! 

 

 空に広がる絶望に心を折っていた民衆の耳に届くのは王の言葉。

 後になれば忘れてしまう……しかし、この瞬間だけは聞こえる救いの声! 

 

 ──爆熱っ! 

 

 自然と皆の視線は一方へと集まる。

 その姿を、自分達を助けてくれるヒーローの勇姿を! 

 

 

 ──波動砲ぉおおおおお!! 

 

 そして()()は放たれた。

 放射状に放たれた超エネルギーは空を埋め尽くし、砕け散り落ちていく小隕石の流星群を呑み込み蒸発。それが10秒……いや、もっと長いかもしれないし、ほんの一瞬だったのかもしれない。

 しかし、確実に言えるのは──。

 

「まさか……こんな事があり得るのか……!?」

 

 現場に居合わせたシルバーファングは目を大きく見開いて言葉を失い。

 

「……一件落着だな」

 

 地上に降り立ち、チラリと協会支部を見てそう呟く一人の男。

 

「いったい何が……あれはっ!?」

 

 そして、眼球に内蔵されているカメラで協会支部屋上を見たジェノスが、ある光景を見て言葉を失う。

 

 

 

 それと同時に、ヒーロー協会Z市支部の屋上に一人のヒーローが駆け付けた。

 彼は、逃げ遅れた人々を案じて別の町から自転車でやって来た勇気あるヒーローだ。

 先ほどの光を見て隕石が消えたのを確認すると、光の発生源である此処までやって来たのだろう。

 無駄に強固で重い扉を開ける。この先には何があるのだろう。彼の頭の中で色々なIFが駆け巡り──。

 

 

 想像を絶する光景に言葉を失った。

 

ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ

 

 かつてないほどに鳴り響くキングエンジン。

 その音の持ち主はただ一人。

 だが……あり得るのだろうか? 

 

「何があったんだ!? 誰にやられたんだ!?」

 

 思わず彼は、目の前に居るキングにそう問いかけた。問い掛けずにはいられなかった。

 何故ならば……。

 

「どうしてそんなに血だらけなんだ!?」

 

 彼の全身どころか、周囲20メートルが赤く染め上げられていた。

 キング自身は腕を組み鼻から血を流して目を伏せている。そして体を震わせ立っているのもやっとといった様子だった。

 

 それでも彼はこう述べた。

 

「何も……何も、なかった……!」

 

 まるで、自分の中で暴れ回る激情を抑え込むかのように。

 その姿に彼──無免ライダーは何も言えずその場に立ち尽くしただけだった。

 




この作品における煉獄無双爆熱波動砲の正体は次回で分かります。
射◯ではないです。


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第五話『戦慄のタツマキ』

「……」

 

 隕石落下事件から三日が経った。

 それでも彼女の体の火照りと貧血は治らなかった。体に力が入らず、ずっと布団の中でゴロゴロとしている。

 そして、やる事もないので必然的にあの日の事を思い出す。

 

 最初は、隕石を押し出し海へ落下させようとしていた。その為に、彼女は右腕をサイボーグのようにトランスさせて砲台を作り上げた。

 全ての体内エネルギーをそこから出すために。

 その為には、彼女は奥の手を使う必要があった。

 その奥の手こそが──ダークネス。

 ジーナス博士が作り上げた最高傑作。ダークネスの力は通常のトランス能力と違い、その力は対人から対惑星へと変化する。

 しかし、それでも足りないと感じた金色の闇はキングの力を借りた。

 

「……っ」

 

 キングがしたのはたった一つの行動のみ。金色の闇を背後から強く抱き締めただけだ。

 しかし、それで当人達は十分だった。

 

 美少女を抱き寄せたキングは、かつてないほど心臓の鼓動が煩く鳴り響き、鼻腔を満たす柔らかな香りや温かな体温は、美少女ゲームでは決して味わえない至高の感触。思わず鼻から一筋血が垂れてしまったくらいだ。

 興奮したし緊張したが……それ以上に心地良かったとの事。

 

 そして、金色の闇だが……キング以上に興奮して緊張してオーバーヒートした。

 キングの心音が聞こえる度に体がビクつき、時折かかる吐息が足をガクガクと震わせた。

 どうやらアダムを……男性を感じるには、精神的に未熟だったらしい。

 まるで少年誌では掲載できない事をされたかのように、彼女はイヴとしての自分を強く実感した。

 

 結果、ジーナス博士の考察通りに力を増した金色の闇は、体内エネルギーを放出し隕石を破壊。しかしその直前に隕石が自壊したかのように見えたが……興奮で視界が回っていた彼女は気付かなかった。キングも同様である。

 

 放出が終わった金色の闇は力が抜けて鼻血を大量に噴出させた。キング同様かなり無理してたようだ。そして、ダークネスの力でワープしキングの家へ離脱。しかし肝心の彼を回収し忘れ、後に残ったのは血塗れのキングだった。

 

「はぁ……流石に純情過ぎでしょう私」

 

 加えてキングをその場に残してしまうという失敗を犯してしまった。

 顔を合わせ辛く、気恥ずかしい彼らはこの三日間上手く話せなかった。それも含めて自分の事を顧みてため息を吐く金色の闇。

 

「今日こそは、ちゃんと話し合いましょう」

 

 そう言葉にする金色の闇だが……

 キングの体温。

 キングの鼓動。

 キングの吐息。

 それらを思い出し──彼女は再び布団の中へと沈んだ。

 

 

 ──なお。

 ジーナス博士の無駄に天才な脳味噌による演算によると。

 これ以上に刺激的な行為が行われ、彼らの今後の生活に劇的な変化が現れる可能性がかなり高い確率であったらしい。

 しかしそれは、この世界では関係の無い話なのかもしれない。

 

「あぁ……恥ずかしいです……」

 

 

 

 さて。隕石落下を防いだ事でヒーロー協会は民衆からの支持がうなぎ登りとなった。

 それに伴い、今回の事件に貢献したヒーローのランキングに変動が起きた。

 

 先ず、シルバーファング。彼は自ら協会に、今回自分は何もしていない事を伝えた。その結果という訳ではないがS級4位へと下がった。

 そしてそれと入れ替わるかのようにキングがS級3位へとランクアップ。どうやら、隕石のカケラを消滅させ、街に出る被害をゼロにした事が評価されたらしい。

 そしてジェノス、メタルナイト、とあるC級ヒーローも隕石破壊の補助としてそれぞれ順位を上げた。

 

 

 

「キングのお零れ貰ってるんじゃねーぞ!」

「は? なんだそれ?」

 

 

 

 ……一部納得していない者も居るが、まぁそれは良しとして。

 S級3位となったキングの評価は以前よりもさらに高くなった。

 これにより協会によく頼られるようになり依頼殺到! ……とはならなかった。

 何故か逆に滅多な事ではキングに頼らなくなってしまった。むしろしっかりと休んでくださいと言われる始末。しかし、裏で金色の闇が怪人を狩ってキングの手柄にしたり、キングが倒された怪人の近くを偶然通る事により、協会からはストイックに戦いに生きる男と思われてしまっている。さらに非常時には命を賭ける男と見られており……。

 結果、評価が勝手に上がっていき、協会内では【タツマキやブラスト以上の最高戦力】【実質S級1位】【ヒーローの中のヒーロー】と呼ばれていた。

 

 故に、彼女に目を付けられるのは当然の事だった。

 

 

 

 さらに数日後。

 

「此処がキングの家ね」

 

 とある高層ビルを見上げる一人の少女がいた。

 しかし、ただの少女ではない。

 

「ママー。あれなにー?」

「んー。ビル」

「じゃなくて、何で雨が避けてるの?」

「それは傘を使ってるからよ」

 

 スマホに夢中な母親を持つ幼き子どもは見た。

 空から降り注ぐ雨が、少女の周りだけを迂回している光景を。

 

 そして子どもは知らない。

 それを為しているのがヒーロー協会最高戦力の一つ、S級2位戦慄のタツマキである事を。

 そして、その戦慄のタツマキがS級3位であるキングの下へやってきた事を。

 

 彼女にしては珍しい行動だった。全ての事象が自己完結している彼女は一部の例外を除き、他者に興味を示すことはない。

 シルバーファングがS級3位になった時も「あっ、そう」と気にも留めなかった。

 

 だが、今回は違った。

 キングの偉業を無視するには、彼は強過ぎる。

 先日の隕石事件の際には、たかがその程度で死に掛けたのか? と若干落胆したが、街に被害を全く出さずに解決したと聞き評価を改めさせられた。

 加えて、協会が長年指名手配してきた災害レベル竜の怪人をヒーローになる前からいくつも倒して来たという事実もでかい。

 故にこうして、わざわざ出向いてキングという男を見極めに来たのだが……。

 

「おかしいわね。キングの気配を感じないわ」

 

 何故かそれっぽいエネルギーを感じない。超能力を使えない人間にも生体エネルギーはある。エスパーである彼女は、それを探知、操作する事が可能だ。

 

「……妙な奴は居るみたいだけど」

「それはこちらのセリフです。戦慄のタツマキ」

 

 そして、この町で感じる強い気配は目の前に降り立つ一人の少女のみ。

 白く透き通る白い肌。金色に輝く長髪。闇を思わせる黒い衣服。

 ヒーロー協会側が躍起になって招き入れようとしていた為、タツマキはすぐに少女の正体に気が付いた。

 

「何でアンタが此処に居るのよ金色の闇」

「あら。私の事をご存知なのですか?」

「別に。ほとんど興味ないわ──だから、その鬱陶しい視線止めてくれる? 私が何したって言うのよ」

 

 ビリビリと殺気を叩きつけてくる金色の闇を、タツマキは眉を顰める。

 プライドが高い彼女はよく他者と衝突し、また恨みを買いやすい。

 しかし、目の前の少女とはこれが初対面であり、正直ここまで敵意を抱かれる心当たりがない。故に、苛立ちよりも困惑の方が大きかった。

 

 対して金色の闇は焦っていた。タツマキの力の強大さに。

 

(タツマキの目的がキングなのは確実。それが好奇心であれ、ライバルへの対抗心であれ関係ない。彼女を彼に会わせるのは危険だ。最悪、全てバレてしまうかもしれない)

 

 雑魚相手なら武力行使で追い払えば良い。それができないからこそ金色の闇はかつてないほど警戒を露わにしている。

 故に、彼女は自分の今の立場を使う事を決意した。

 

「いえ──長年追い続けていたターゲットを仕留める前に、厄介な存在が現れたものだと思いましてね」

「ターゲット? ……あぁ、なるほど。賞金稼ぎ。でもキングはヒーローよ? あなたが求めるジャンルとは違うと思うわよ?」

「いえ。キングの名は裏表関係無く轟いていましてね。彼を狩る事が出来れば大きなメリットを得る事ができます。……まぁ、私含めて成功した者は居ませんが」

「……」

 

 タツマキの視線に色が入り始める。

 ヒーローとしての、怪人や悪人を倒す者としての彼女自身が現れる。

 

「で、何が言いたいわけ?」

「分かりませんか? 邪魔だから帰って下さいと言っているのです。貴女の相手の後だと、流石にキングを倒す事は不可能ですから」

「……つまり、私を邪魔者扱いしているってわけね。それも、キングがメインディッシュで、私が前菜」

「……はっきりと言う必要がありますか?」

 

 安い挑発だ。しかしタツマキ相手には十分だったらしい。

 彼女の全身からとてつもないエネルギーが放出され、力場の変動が起きる。小石や砂利、埃が浮かび上がり、空間が震える。

 ──此処からが本番だ。

 

「トランス──」

 

 背中から白い翼を作り出し、一気にタツマキへと突撃する。右手を刃に変えて振り下ろすが、硬い音が響きタツマキに届く前に腕が止まった。

 超能力で作ったバリアだ。

 

「珍しい力を使っているのね」

 

 タツマキが指先を金色の闇に向ける。次の瞬間、彼女の体内が掻き回される感覚が起こり視界が揺れる。

 

「……っ」

 

 超能力で生体エネルギーをめちゃくちゃに弄んでいる。それを理解した金色の闇は、髪の毛の一部を己の脳天へと突き刺し、トランスのエネルギーを体内へと注入、そして操作。

 それにより無理矢理タツマキの支配から抜け出すことに成功。そしてすぐさま、反撃の蹴りを放つ。

 

「なるほど、協会が欲しがるだけはあるわね」

 

 ──でも、それだけね。

 

 そう呟くと、タツマキは金色の闇を空へと吹き飛ばした。少しだけ力を出す気になったらしい。場所を空へと変え、被害をなるべく出さないようにするつもりだ。

 金色の闇の体が分厚い雲を突き抜け、青空の下へと突き出る。空気が薄く少し寒い。一瞬で空高く打ち上げられてしまったらしい。衝撃で服の其処彼処が破れてしまっているが──気にしている余裕はない。

 既にタツマキは彼女の上にいる。

 そして念動力を金色の闇の片翼に集中させて、ピタリと動きを止める。

 

「ぐ……」

「私の力を振り解く力があるみたいだけど、それでも隙が生じるならサンドバッグと一緒よ」

 

 金色の闇が拘束を解くのと吹き飛ばされるのは同時だった。下の雨雲と平行に吹き飛んで行き、高速度により呼吸ができなくなり苦悶の表情を浮かべる。

 

「深海王が暴れているこのうちに、しっかりと鍛えておけよ息子たち! へ? どうしたお前ら? 後ろ? ──あばー!?」

 

 道中何かとぶつかり、錐揉み回転するが、すぐに態勢を立て直す。

 

 このままでは弄ばれて終わりだ。

 

 金色の闇は翼を広げて再びタツマキへと突撃。しかし、今回はそれだけではない。

 全身を己の長髪が包み込み、自分という存在を作り変える。そして、金色の繭から出た時、彼女はトランスした。

 

 ダークネスへと。

 

「やっと本気に──って、なんて格好してるのよー!?」

 

 ──貴女には言われたくない。

 

 その言葉を飲み込んで、金色の闇はトランスによる空間干渉によりワープゲートを発動。タツマキの背中、正確には服から飛び出してゼロタイムで拳を叩き込む。

 

「っ!」

 

 すんでのところでバリアで塞がれたが、衝撃は殺せなかったようだ。地上へと落下していくタツマキを金色の闇も追おうとして……。

 

ドッドッドッドッドッドッ

 

「……っ」

 

 脳裏に響く音に、体が熱くなり呼吸が荒くなる。

 しかしそれを耐えて彼女は地上へと降りた。

 

 そこには、かなりキているタツマキがあり、普通の雨が荒れ狂う嵐へと変化していた。

 

「アンタ……もう許さないからっ!」

 

 超能力により、雨雲の中から水の龍が旋風を伴って出現する。眼下にいる住民達は怪人だと騒ぎ出し逃げ出して行く。

 

「そう言っていられるのも今のうちです!」

 

 地面に降り、手を突いた彼女の足元から男の姿を模る巨人が現れる。

 そして巨人はタツマキの水龍と激突し、互いに雨と土塊に戻る。

 

 それをタツマキが利用し、金色の闇へと吹き飛ばす。しかしこれを全て切り刻み、タツマキへ一気に接近する金色の闇。

 激突する二人。高エネルギーのぶつかり合いにより、まるで地上で落雷が起きているかのように光が断続的に続く。

 

 その光景を現場に居合わせたA級ヒーローはこう語る。

 

 

「いや、スティンガーが相手にしていた怪人と同種の奴が、他の町に出たと聞いて来てみたら、タツマキが何かと戦っていたんだ。

 それで怪人達は町諸共メチャクチャ。災害レベル竜はあったね。巻き込まれていたら死んでたよ」

 

 

 しかし、戦いは永遠に続かない。先に金色の闇がダウンしてしまったからだ。

 戦いの最中、いきなり金色の闇が己の顔を押さえて動きを止める。そしてそのままタツマキに吹き飛ばされた。タツマキはその事に一瞬訳がわからず呆然とするが、すぐに猛スピードで追いかけ……。

 

「ちょっと! いきなり気を抜くってどういう訳……!」

 

 しかし、言葉は最後まで続かなかった。

 金色の闇が押さえた手から血がポタポタと垂れ落ちていたからだ。よくよく見れば体内のエネルギーが荒れ狂っており、とてもではないが……タツマキと全力で戦える状態ではない。

 

「……」

 

 その光景に何を思ったのか、それは彼女自身にしか分からない。 だが、タツマキは能力の行使を止めて腕を組む。

 

「私も舐められたものね……いや、もっと舐められたのはキングかしら」

「……」

「アンタ、私ほどじゃないけどまぁまぁやるじゃない。もしそのキングとの傷が無かったら良いとこまで行ったんじゃないの?」

 

 どうやら、タツマキはキングとの戦いの際の古傷が開いたと思っているらしい。

 実際は、キングとのハレンチな思い出がダークネスによって頭の中で花開いただけだが。

 

「そんなにキングは強いの?」

「……私が逃げる程度には」

「……そう」

 

 先ほどの戦闘を思い出し、金色の闇の言葉を加味してキングの実力を図るが……未知数。

 全開バトルで苦戦しそうな相手を倒すキングの実力に、彼女は初めて畏怖を感じたのかもしれない。頬に一筋の汗が垂れる。

 

「……私、帰るわ」

「そうですか……」

「一応忠告するけど、キングにちょっかい出すなら場所から変えなさい。怪人と間違えて私が巻き込まれるなんて嫌だから」

「……」

 

 それだけ伝えると、タツマキはさっさと帰って行った。

 それを見送った金色の闇は、ダークネスを解いて一息つく。

 これまでで一番の修羅場だった。タツマキは、今まで戦って来た相手と比べ物にならないほど強かった。ダークネスが無ければ負けるほどに。

 

「今日のこと、話さないとなー」

 

 しかし……実は、金色の闇は。

 

「……どうしよう」

 

 隕石の一件以来、まだ一度もキングと会話をしていなかったりする。

 これからの事を思い、彼女は肩を落とした。



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第六話・前編『【  】のダークネス』

「協会からの緊急招集ですか?」

「ああ……何でも、S級ヒーローは必ず来て欲しいって」

 

タツマキ襲来から数日後。

何とかお互い目を見て話せるまで回復した金色の闇とキング。

別に話し合ったとか何かキッカケがあったとか、何かしらのイベントが起きた訳でもなく。

時間が経てばいつも通りに過ごす事ができただけだ。

 

そして、キングの下へ届いた一つの封筒はヒーロー協会からのもので、先ほどの言葉通りの文字が書かれていた。

 

「拒否する事は……できそうに無いですね」

「うん。絶対に来てくれって書いてあるし」

「まぁ、今日は特に予定無いですし、行っても良いと思いますよ? 私は、本部基地近くで適当に時間を潰しておきます。終わったら、連絡してください」

「あ、うん。分かった」

 

──そういう訳で、キング達はヒーロー協会本部へと向かった。

 

 

 

 

キングが協会に着いた時点でほとんどのS級ヒーローが到着していた。

つまり機嫌を損ねれば一瞬で彼を消せる人間が何人もいる危険地帯の中に居るという事だ。キングエンジンを鳴らしながら、キングは自分は微生物だと思い込みながら席に着く。そしてできれば目立たずこのままスルーされて会議が終われば良いと思っていた。

しかし……。

 

(キングだ……)

(相変ワラズデータガ読メン)

(凄いプレッシャーだなぁ)

 

既に何人かのヒーローにロックオンされてしまっている。

しかし誰も話しかける事なく時間が過ぎ、シルバーファング、ジェノス、そして名も知らぬB級ヒーローが入ってきた。

これにより、2名を除いたS級ヒーローが集結した。

 

──S級ヒーロー17位・ぷりぷりプリズナー。

 

(これを機にジェノスちゃんと仲良くなりたい)

 

気に入った男子を心のメモリーに刻み込み、時々つまみ食いしてしまうヒーローにあるまじき男。最近は、とある賞金稼ぎの少女にライバル意識を持っているらしい。

 

──S級ヒーロー16位・ジェノス。

 

(ほとんどのS級が集まっている。それだけの一大事という事か)

 

ヒーローになる前から悪を殲滅してきた実績を持つサイボーグ。まだヒーロー名は無いが、民衆からの人気は高い。

 

──S級ヒーロー15位・金属バット。

 

「鬼でも竜でもオレは行けるぜ!」

 

バット一つでありとあらゆる怪人を倒してきた超人の一人。協会からの無茶振りによく振り回されている。

 

──S級ヒーロー14位・タンクトップマスター。

 

(……? サイタマ? 何処かで聞いたような名前だ)

 

ヒーロー協会の中で数多く存在するタンクトップ系列のヒーローの元締めである男。本人は己を高める事に熱心な高貴な精神の持ち主だが、舎弟が暴走しがちでイマイチ手綱を握り切れていない。

 

──S級ヒーロー13位・閃光のフラッシュ。

 

「……」

 

目にも留まらぬ速さで怪人を倒す謎の多い武人。先日脱獄した音速のソニックと何やら共通点がありそうで、協会は若干彼の監視を増やした。そしてその事に彼は気づいている。

 

──S級ヒーロー12位・番犬マン。

 

(今誰か屁こいたな……)

 

Q市限定で怪人を必ず全て殲滅するヒーロー。

その動きは野生染みており、まるで本当の犬みたいだ。尚、彼が今嗅ぎ取った屁は、緊張してスカしたキングのモノだったりする。

 

──S級ヒーロー11位・超合金クロビカリ。

 

(みんなが俺の筋肉を見ている!? 俺が一番輝いている!?)

 

筋肉トレーニングのみで強固な肉体を得たパワータイプのヒーロー。

しかしそのパワーとは裏腹に、相手をしてはいけない相手というものを理解し、慎重な行動を心掛けている節がある。

 

──S級ヒーロー10位・豚神。

 

「ムシャムシャムシャムシャ」

 

ジャンクフードを食い散らかす巨漢の男。

いつも何か食べており、少し行動が読めないところがある。しかし、ヒーロー活動はしっかりと行う。

 

──S級ヒーロー9位・駆動騎士。

 

「────」

 

ただジッとその場に居るサイボーグのヒーロー。会議室に入って来たジェノスに興味を示していたが……。

 

──S級ヒーロー8位・ゾンビマン。

 

(こいつら協調性無さそうだな……てかあの豚いつまで食ってんだ)

 

絶対に死なない体を持つ超人の一人で、その正体は進化の家が作り上げた実験体の一つだ。彼は進化の家の施設を破壊した後脱走し、今はヒーローとなって進化の家を探し続けている。既に壊滅している事を知らずに。

ちなみに、金色の闇とはある意味兄妹関係とも言えなくも無い。

 

──S級ヒーロー7位・童帝。

 

(あれ。一位の人がまた来ていないんだ。会えると思っていたのにちょっとガッカリ)

 

10歳にして大人顔負けの頭脳を持ち、数多の発明品でヒーロー協会に貢献しているヒーローだ。かつてはメタルナイトことボフォイ博士の助手だったとか。

 

──S級ヒーロー6位・メタルナイト。

──欠席。

 

先日の隕石落下事件にて順位を上げたようだが、どうやら今回の会議には不参加なようだ。

 

──S級ヒーロー5位・アトミック侍。

 

(シルバーファングの奴、あの二人に技を教える気か? 俺の弟子達の良いライバルになれば良いが)

 

シルバーファングにライバル意識を持つ剣の達人。その絶技は一瞬で全てを細切れにする力を有している。シルバーファングが連れて来た二人に興味を示しているようだ。

 

──S級ヒーロー4位・シルバーファング。

 

「で? 今回はどういう集まりじゃ?」

 

流水岩砕拳の使い手の超人ヒーローだ。

隕石落下事件の際に一部始終を見ていた彼は、この場で誰が一番強いのか、最も理解している人物なのかもしれない。

飄々としているが、戦闘になると一切の油断も隙も無い。

 

──S級ヒーロー3位・キング。

 

(ヤッベェ……俺って凄い場違い感)

ドッドッドッドッドッドッドッドッドッ。

 

隕石落下事件を筆頭に数々の功績が認められ、つい先日S級3位の称号を手に入れた男。民衆からは地球上最強生物だと畏敬の念を持って讃えられている。

 

──S級ヒーロー2位・戦慄のタツマキ。

 

「知らないわよ! こっちは呼び出されて二時間も待たされてるんだから!」

 

超能力で数多の怪人を、それこそ強さで大きさ危険度関係なく葬って来たヒーロー協会最高戦力。

今日も協会に呼び出されて機嫌が悪いらしい。

 

──S級ヒーロー1位・ブラスト。

──欠席。

 

完全に自由意志でヒーロー活動をし、メディアの露出を一切断つ謎多きヒーロー。

その力を知る者はごく僅かだが、それでもトップの座に君臨し続けるだけの力がある。

 

そして、人知れずそのブラストと同等以上の力を持つヒーローが此処に居た。

 

「お茶貰える?」

 

──B級ヒーロー63位・サイタマ。

 

この男の存在をキングはこの先忘れる事はないだろう。

正確には、キング達……だが。

 

 

 

 

「わぁ……! お姉ちゃんありがとう!」

「いえ。どういたしまして」

 

風船を手に母親の下へ走って行く幼き少女を見送りながら、金色の闇はベンチに座る。

そして、手に持っていた紙袋の中からたい焼きを取り出して口に運ぶ。

 

「ヒーロー協会本部がある街だと思って来ていませんでしたが……住む人たちは良い人ばかりですね」

 

たい焼きを買った際にも、店員のおじさんが「おまけだよ!」と言って多目に入れてくれた。そして、それを見たおばさん店員がゲンコツを落とし、そこから始まる夫婦漫才。笑いだす多くのギャラリー。怪人の被害に怯えるこの世の中で、あそこまで穏やかな光景を見たのはいつぶりだろうか。

ヒーロー協会本部の近くだから、その分安心もするという事だろうか。

 

だから先ほどみたいに木に引っかかった風船が取れなくて泣いてる少女に、風船を取ってあげるという行為をしたのだろうか。

我ながらむず痒いと思いつつも……悪くないとは思っていた。

 

『そっか……でも、ヒーローにならなくても君は優しいからね。今まで通りで良いと思うよ』

 

「……最近になって、あなたの言っている事が分かった気がしました。キング」

 

ヒーローにならないと決めた。

でも、こうしてちょっとしたお節介くらいならしても良いかな?

そう考えていた金色の闇の視界の隅で、足を引っ掛けて転げる少年の姿が見えた。

それを見た金色の闇は、少年の近くに寄ると立ち上がらせる。周りの大人たちもその光景を見ると何人かが鞄から絆創膏を取り出し、何人かは飴玉を取り出す。

 

「うわぁぁああん!」

「大丈夫?きみ?」

「これ貼るからもう痛くないぞー」

「飴ちゃんあげるよ」

 

「大丈夫ですか?ほら、男の子が泣いてどうするのですか。これを食べて元気出してください」

 

金色の闇も同じようにたい焼きを取り出して、少年に差し出す。

すると少年は泣き止んで彼女の下へ行く。周りの大人たちは「やっぱり可愛い子の所が良いよなー」と苦笑した。

そして、金色の闇が穏やかな笑みを浮かべてたい焼きを渡し、少年が目元を赤くさせながらも釣られて笑みを浮かべ──。

 

 

 

次の瞬間。宇宙(ソラ)からの凶弾が全てを吹き飛ばした。

 



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第六話・後編『【  】のダークネス』

「……っ」

 

 頭部に感じる痛みにより、金色の闇の意識は覚醒した。どうやら倒れているらしく、体の前面が冷たいアスファルトに接している。しかも、何か重たい物が上から覆い被さっており上手く動くことができない。

 仕方ないので、トランスを使って背中にある物を退かした。するとガラガラと音が響き、陽の光が差し込む。

 己を阻む物が無くなり、膝に力を入れて立ち上がる。そして、目の前には……瓦礫の山。

 

「え」

 

 記憶が混濁している。何故自分はこんな場所に居る? 

 ズキズキと痛む頭を押さえればヌルっとした感触。どうやら血が流れているらしい。両腕で血を拭おうとして、自分が何か持っている事に気がついた。

 

 

 彼女は、子どもの腕を持っていた。

 肘から先の無い、グチャグチャになったたい焼きを持っていた幼き子どもの腕を。

 

「──」

 

 それを見て彼女は全て思い出した。

 街を覆う巨大な影ができた瞬間、閃光が走って衝撃が全身を襲った。

 完全な不意打ちに金色の闇も対処しきれず、瓦礫の下敷きになっていた、というところだろうか。そして、それを為したのは、上空に浮かぶ謎の飛行物体。

 

「……」

 

 持っていた子どもの腕を優しくその場に置き、彼女は空を見上げた。

 ザワザワと金色の頭髪が浮かび上がり、主人の命令に従ってその肉体情報を作り変える。

 そしていつしか金色の繭が出来上がり、その中から金色の闇が、再びあの姿へと変身して出て来た。

 チラリとヒーロー協会本部を見て、次に上を見た彼女は──高速で飛び上がった。

 

 そして、そんな彼女の動きに気づいた者が居た。

 

「空飛ぶ奴が居るな」

「船に近付いている」

「殺してしまおう」

「良いと思うよ」

 

 人型の泥人形に醜悪な顔をいくつも付けた生物が、羽を広げて金色の闇の前へと飛び出る。一個体から複数の声が響き、明らかに通常の生命体ではない。そして、立ち位置的に空に浮かぶ飛行物体を守る存在であるのは明らか。

 そうなると、激突は自然であり。

 

「邪魔です」

「──あ?」

 

 しかし、金色の闇はこれを瞬時に斬り刻んだ。

 両腕、頭髪を複数の剣にトランスさせて、数に物を言わせての斬撃。相手は知覚する前に体が地面へと落ちていく。

 

 それを見届ける時間も惜しいのか、金色の闇はさらにスピードを上げる。景色が後ろへと流れ、目の前に飛行物体の底が近づく。

 

「失礼──」

 

 それと同時に体を反転。足を天に向け、頭を下に。

 そして脚をドリルへとトランスさせる。さらに金色の頭髪をドリルの頂点へと集中させエネルギーを集中。体ごとドリルを高速回転させ、自分自身を一つの弾丸へと変え──。

 

「──しますっ!」

 

 船底を削りながら重力に逆らい、上へ上へと潜っていく。

 ギャリギャリと嫌な音が響くが金色の闇は気にせずに探し続ける。己のターゲットを。

 

(──居た!)

 

 感じる膨大なエネルギーに向かい進行方向を変え、金色の闇は進む。

 道中、この船の戦闘員らしき者と遭遇するが片っ端から巻き込んで削り殺していく。

 悲鳴を、血を、肉を、壁を床を突き進んでいき、そして。

 

 ──ドガァッ!! 

 

 空けた空間に飛び出した。

 トランスさせていた体を元に戻し、床に降り立つ金色の闇。そしてゆっくりと顔を上げ、玉座に座っている一体の生命体に目を向ける。

 

「……」

 

 金色の闇が無理矢理侵入した影響だろう。背後から、アラート音が響き渡る。その音だけがこの空間に広がり、両者は静かにお互いに視線を交わしていた。

 

「よくぞ来た……とは言わんぞ、この星の者」

「こちらもこの星にようこそ……とは絶対に言いませんので構いません」

「ふっ。あの砲撃に耐えただけはある。だが──」

 

 薄暗い室内で、金色の光が煌めく。

 一瞬でこの船の主ボロスの背後に回ると、トランスさせた右手の剣で肩から突き刺した。

 ズブリと肉を侵食する音が響き、感触が彼女の手に伝わる。

 本来なら、心臓に届く一撃。生きてはいない。しかし……。

 

「──お前ではないな」

 

 ボロス相手には致命傷になり得ない。

 己に突き刺さった剣に構わず、無造作に振り返り拳を振り抜く。

 メシッと金色の闇の腹部から音が響き、背後の柱に叩きつけられる。

 

「──かはっ」

「砲撃程度でダメージを喰らう筈が無いのだ」

 

 予備動作なく、察知できない拳撃。単純に速いというのもあるが……。

 

(殺気が無かった……敵として見られていない!)

 

 現状の相手とのレベル差が致命的だった。

 

「だが、貴様は十分に強い。だからこそ分かる。お前は予言にあった者では無い。オレを満足させる存在では無い」

 

 ──だから即刻この船から消えろ。オレの邪魔をするな。

 

「っ!」

 

 ここで初めてボロスから敵意が向けられる。

 気付いた時には目の前に居り、拳を振りかぶっている。それをトランスを用いたワープゲートを使って回避。離れた床から飛び出し、ボロスの背後に回った金色の闇は攻撃を仕掛けようとし。

 

「遅い!」

 

 高速で移動したボロスによって再び吹き飛ばされる。今回はしっかりとガードしたが、それでも衝撃が抑えきれない。

 ボロスが先回りして殴り、それを何度も何度も繰り返す。トランスを使う暇も無く、面白いように跳ね回る。

 

「ぅ……ぁあっ!」

「失せろ」

 

 痛みに顔を歪める金色の闇に、最後にボロスは腕を思いっきり振り下ろす。すると金色の闇は床を……否、船の中を突き抜けて行き地上へと落下した。

 それを見届けたボロスは、体からエネルギー波を放出する。すると、残留していた金色の闇のトランスエネルギーが消え失せ効力を失う。

 

「これで船には入ってこれまい──ゲリュガンシュプ!」

『はっ!』

「グロリバースと共に地上へ降り、先ほどの侵入者を始末せよ」

『まだ生きているので?』

 

 ゲリュガンシュプの問いに、ボロスは先ほど殴り付けた拳に触れる。すると一つの線が走り、傷が開いた。

 しかしすぐに再生させると指示を続ける。

 

「ああ。オレはこれからこの船にやってくる奴と全力で戦闘を行う。他の戦闘員も邪魔だな……即刻全員連れて、ゴミ掃除を続けろ」

『は……はっ! かしこまりました!』

 

 通信を終えたゲリュガンシュプは、グロリバースと共に最低限に人員を残して、戦闘員を連れて地上へと降りた。

 そしてボロスは……。

 

「さぁ、来いこの星の代表。オレに生を実感させてくれ……!」

 

 それからすぐの事だった。先ほど金色の闇が突入した時以上の衝撃が船に轟いたのは。

 

 

 

 

「……っぅ」

 

 瓦礫の中から、金色の闇が這い出てくる。

 ダークネスの力で損傷箇所を修復しながら、彼女は立ち上がる。

 正直に言って初めてだった。勝てない。負けると思った相手は。

 だからこそ──許せない。ここで死ねば後がどうなるかなど分かりきっている。ヒーロー協会本部を見ながらそう考えてしまう。

 金色の闇はボロスを絶対に倒さないといけないターゲットだと改めて認識した。しかし、そのターゲットにもう一度辿り着くには、骨が折れそうだ。

 

「さっきはよくもやってくれたな、雑魚の分際で!」

「……強力な再生能力付きですか。厄介ですね」

 

 感情を露わにしているメルザルガルドに舌打ちする金色の闇。先ほどは相手が油断していたからこそ最速で不意打ちが決まり、無力化できた。

 しかし今は警戒され、しかも再生のメカニズムを理解していない。

 加えて……。

 

「メルザルガルド 手伝うぞ!」

「あぁ!? いらねーよ。てか何でここに居るんだゲリュガンシュプ! それにグロリバースまで」

「ボロスさまの命令だ。三人で一斉にやるぞ」

「ちっ……」

 

 タコの出来損ないのようなのと、両腕がウツボのようになっている顔なしの奇妙な生物まで加勢してきた。

 しかも感じるエネルギーは全員高く、災害レベル竜は確実だ。

 それが三体。さらに戦闘員の大群が迫って来ている。

 

 ──万事休す。かと思われたが。

 

「ちょっとちょっと。何でアンタが此処に居るのよ」

 

 瓦礫の山となってしまったが、此処はA市。

 ヒーロー協会本部のある街。そして今日はS級ヒーローが集まっていた。

 

「それにまたハレンチな姿になって……その上ボロボロ。本当に何してんのよ」

 

 戦慄のタツマキが金色の闇の前に降り立つ。

 

「こいつらか。この町をこんなにしたのは……イアイ、やるぞ」

「はい、師匠……!」

 

 アトミック侍とその弟子イアイアンが剣を手にタツマキの横へ並んだ。

 

「お嬢ちゃん、怪我は無いか?」

「後は俺たちに任せておきな」

 

 後ろからは、シルバーファングと金属バットが義憤を全身に漲らせながらやって来た。

 

「ふふっ。ライバルを助けるのも一興かもしれないな」

「タンクトップの力、思う存分見せてやる」

 

 ぷりぷりプリズナーが、タンクトップマスターが拳を握りしめた。

 

 ヒーロー協会が有する最高戦力が集う。

 メルザルガルド達は、雑魚とは明らかに雰囲気の違う彼らに警戒を露わにする。

 

 さらに遠くでは、戦闘員の大群相手に大立ち回りを演じるヒーローたちが居た。

 S級のジェノスやクロビカリ、童帝を筆頭に数人のA級が駆けつけていた。次々と敵を落として行くのを見ていると、タツマキが彼女に声を掛ける。

 

「こいつらをさっさと片付けたら、あの船も落とすから……なんか煙上げているけど」

 

 見上げると、確かに船から煙が上がっている。まるで何かに壊されているかのように。

 タツマキが視線で「アンタなんかした?」と聞いてくるが首を横に振った。

 

「そう。まぁ、関係ないわ」

 

 それだけを言うと、タツマキが超能力を行使し、それに続くようにほかのヒーロー達も戦闘に参加する。

 災害レベル竜の怪人が三体揃っているとはいえ、こうまでS級ヒーローが集まっていると安心もする。

 

 金色の闇は、戦闘に参加する事も考えたが──。

 

(私の戦う相手が居ないようですね)

 

 船の中で二つのナニカが戦っている。ボロスと他のS級ヒーローだろう。もしかしたら噂のブラストなのかもしれない。

 強大になったボロスが圧されているのを感じる。……引導を渡す暇はなかったようだ。そもそもこの穴だらけとなった体では、無理だったのかもしれないが。加えて、片腕を無くしている。

 

(ならば、ダークネスが続いてる間に出来ることをしましょうか)

 

 金色の闇はワープゲートを使った。

 座標は主に瓦礫の下。対象は──この事件に巻き込まれた人達。

 

 激戦の中、金色の闇は姿を消し──それと同時にヒーロー協会本部前に沢山の生存者が。真反対には傷ひとつない死体が綺麗に並べられていた。

 まるで、誰が死んだのか分かるように。

 

 

 

 通信でキングが帰った事を聞いた金色の闇は、ダークネスを解き表面上の傷を治してある場所へと向かっていた。

 帰るには、少々キングにはショッキング過ぎる。

 しかし道中、会いたくない相手と出会う。

 

「……」

「……」

 

 イケメン仮面アマイマスクがそこにいた。

 しかし以前のような笑みを浮かべていない。むしろ冷たい印象を受ける。

 彼は彼女を見下ろし……。

 

「悪に負けたか──醜い」

「……」

「ボクも節穴だったようだ──君の言う通り、君はヒーローになれない」

 

 それだけを言ってアマイマスクはA市に向かう。まるで、金色の闇など存在しないかのように。

 だが、彼女は否定しなかった。

 何故なら──同じ事を考えていたからだ。

 感じる喧騒からA市での戦闘は終わっている事が分かる。船も墜落しているのを見た。

 それを背に彼女は歩き続ける。

 

「──」

 

 己の中にある無力感に心を締め付けられながら。

 





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第七話『サイタマ』

最終話です


「まだ連絡が付かない……」

 

 キングは、金色の闇と連絡が取れず彼女の事を心配していた。

 宇宙人襲来によるA市消滅事件。あの一件に彼女が参加していた事は知っている。そして、負けそうになった事も。

 怪我を負った為、傷を癒しているのかもしれないが、それでも彼女の事が心配だ。

 

(またたい焼きばかり食べてなければ良いんだけど……)

 

 主に食生活についてだった。

 

「それにしても一人になるのは久しぶりだな……」

 

 あの日、彼女を助けて以来ずっと二人で暮らして来た。

 年が離れている為妹のように接して来た美少女。もしこの事がバレたら如何にキングであろうとボコボコにされそうだ。もしくは通報。

 最初はその辺の事をビクビクしながら過ごして来たが、最近は慣れたのか自然体で過ごすようになった。キングエンジンも鳴らない程に。

 そしてそうなると色々と見えてくるのだ。

 

 

 例えば彼女の弱さとか歪な所とか……。

 

「……新作ゲーム、買うか」

 

 気分転換の為に、キングは立ち上がり外に出る。

 その行動がキングの、そして金色の闇の運命を変える事になるとも知らず。

 

 

 

 

「礼を言います、ジーナス博士。まさかこの短期間で欠損した腕を治せるとは」

「仮にも元天才科学者だったからね。腕の一本や二本、復元する事なんて訳ないさ」

 

 金色の闇はボロスとの戦闘から敗走した後、進化の家に向かい治療を受けていた。ジーナスを頼ったのは、金色の闇が考えられる中で、彼女の体を早期に回復させる事ができる存在が彼しかいなかったからだ。

 加えて、どれだけ迷惑をかけても罪悪感を抱かない相手だからである。

 

 手や足をトランスさせ、己の調子を確かめているとジーナスが口を開いた。

 

「ダークネスを使ったようだな」

「……」

「治療の際に、データを見せて貰った。おそらく隕石の時とA市の宇宙人相手に使ったのだろう」

 

 実際にはタツマキとの戦いの際にも使用したのだが、あれは隕石時に使った際の余剰エネルギーを用いての使用の為ジーナスは気付いていない。

 

 金色の闇は彼の問いに答えず、沈黙を続けた。

 前回ダークネスの力を引き出すのはハレンチだと、通報されれば即逮捕されそうな事を宣ったジーナスだが……実は続きがある。

 

「やはり私が言っていた事は正しかった。君の力を引き出すのはハレンチ……いや、異性に対する強い感情だ」

「……」

「ダークネスの力は君の感情に強く反応を示す。隕石時には、何か強い羞恥心を抱いていた。その力は砕け散った隕石を一つ残らず消し飛ばす力があり、さらに数日間君の体に残留し続けていた。

 それに対してA市の時は出力は弱い。隕石時の半分にも満たない。持続性も低く、爆発力も無い。無理矢理ダークネスを使った時とそう変わらないだろう」

 

 金色の闇はそれを聞いて笑い飛ばしてやろうと思っていた。思っていたが……出来なかった。

 

「故に先ほどの『私の言葉が正しかった』ですか……」

「ああ、そうだ」

 

 何故なら、それはつまり──。

 

「ふ、ふふふふ……そうなると、いよいよもって確信が持てます」

「……な、何がだ?」

 

 たくさん人が死んでも、結局、彼女は……。

 

「ジーナス博士……私、気付きました。

 

 

 

 私、貴方に負けないくらいロクデナシなようです」

 

 心の奥底では、本当に怒ることも悲しむこともできないのかもしれない。

 感情のない、殺戮マシーン。

 あるのはたった一つ──主人であるキングを守ること。

 それだけが唯一の救いであり、存在理由。

 ならば、それ以外は捨てよう。

 ただ、王の為に。

 

 

 

 

 新作ゲームを買い、帰路の道中G4と名乗る戦闘マシンに決闘を申し込まれたキング。しかし何とか欺き家に帰ったところ、あるB級ヒーローに不法侵入を許してしまう。

 流れでゲームをし、何故戦わなかったのか聞かれ、そこに怪鳥がいると突撃し、そして──。

 

「サイタマさんの手柄をいくつか取ってたと思います」

「いや、手柄とかそういう事じゃないって。キングはこのまま騙したままヒーロー続けていくのか?」

 

 本当のキングに出会った。そして過去に自分を救ってくれたヒーローだという事も思い出した。

 涙が止まらず、漏らした事も忘れて泣き続けた。

 その後はサイタマの質問に力無く答え続け、己の不甲斐なさに体を小さくさせていた。目の前のサイタマが真剣にヒーローを目指していただけに。

 

 偽りだらけのヒーロー。しかし、一つだけホンモノを持っていた。

 

「……辛い。しんどい。でも……」

「ん?」

 

 今までただ言われるままだったキングの変化に、サイタマが眉を上げる。

 彼の奥底にある何かにサイタマが興味を示したその時。

 

『ギャァアアアアアア!!』

 

 奇声を上げて再び怪鳥がキングのマンションへと突撃して来た。先ほどの鳥よりも一回りもふた回りも大きく、スピードも速い。

 こちらに向かってくる脅威にキングはビビリまくり、サイタマは静かに拳を握り締め──。

 

「おっ」

 ──ザンッ! 

 

 しかしその前に、上から振り下ろされた刃により怪鳥の首が落とされる。さらにいくつもの剣が細切れにし、大量の血が雨のように地上へと落ちる。

 それを眺めていたサイタマとキングの前に、フワリと降り立つのは……金色の闇だ。

 彼女はキングの無事を確認した後、部外者であるサイタマへと目を向ける。しかしすぐにキングへと視線を戻した。

 

「ただいま帰りました」

「お、お帰り……あの、この人は──」

「ここも引き払わないといけませんね。怪人が自宅にまで来るなんて、貴方の不幸体質にはもはや感心します」

「あ、あれ? 怒ってる?」

 

 いつもと違って強引に話を進める彼女に、キングが違和感を覚える。それに様子が変だ。声に抑揚が無く、何かを抑え込んでいるかのように……。

 恐る恐るキングが彼女に問いかけると、金色の闇は首をふるふると横に振った。

 

「いえ、ただ今までの自分に失望し、考えを改めただけです」

「え……?」

「私は貴方を守ると決めました。それを遂行する為なら、他者への感情が邪魔。故に──」

 

 トランスさせた刃がサイタマの喉元を突き付ける。

 あと1ミリ動けば、薄皮一枚切れる程の距離。

 それを見たキングが慌てて止める。

 

「ま、待ってくれ! 彼は、サイタマ氏は俺を助けてくれたんだ。それに、俺の代わりに怪人を倒してたのも、そして本当のキングも彼なんだ!」

「……! そうですか。あなたが──ならば、尚更排除しないといけません」

「んな!?」

「貴方の平穏の為にはキングの名声は必要。それを脅かす存在は必要ありません。だから──殺します」

 

 キングの心臓の音が煩く鳴り響く。

 何があったのかは分からない。しかし、彼女はサイタマを害そうとしている。

 どのような言葉を投げかければ止まってくれるのか。ぐるぐると思考が回り続け……。

 

「やる気無いのに、殺すとかいうなよ」

 

 ヒョイッと刃を退かしてサイタマは気の抜けた声でそう言った。

 

「いきなり出てきたと思ったら良く分からないことをペラペラと……ちょっと落ち着けよ」

「私は冷静です。己のするべき事をただ全うしようと……」

「いやいや。人に刃物突き付けている時点で冷静じゃねーって。それは人を脅す道具じゃねーぞ」

「……脅す? 何を言っているのですか……脅すも何も、私はあなたを──」

「殺すつもりだったてか? さっきから聞いてれば……キング、教育なってねーぞ」

「──キングを愚弄するつもりですか」

 

 サイタマと金色の闇の押し問答は止まらない。しかし徐々に金色の闇が顔を顰め、ついには睨みつけ始めた。彼女が求める殺戮マシーンとは反対に。

 特にキングを貶されたと感じた瞬間の怒気は凄まじく、ヒビが入っていた床にさらにヒビが入るほどだ。

 

「愚弄も何も本当の事だろう」

「貴方に何が分かるのですか」

「いや、知らねーよ。今日初めて会ったんだから。だけどよ……。

 

 

 今のやり方、キングがしんどくなるだけだ。一番追い詰めているのはお前だと思うぞ、金髪」

「──っ!」

 

 ざわりと金色の頭髪が浮かび上がる。

 彼女は本気でキレた。それに反応した彼女の力が顔を出す。

 しかし、サイタマにとってはそんな事はどうでも良い。バッとキングの方へ向く。

 

「キング!」

「は、はい!」

「材料、見ておいてくれ!」

 

 それだけを言うとサイタマは腕で金色の闇を引き寄せ、足に力を入れ──。

 

「八つ当たりは外で受けてやるよ」

 

 一気に空へと跳んでいった。

 

 

 

 自分で飛ぶよりも、タツマキの超能力で飛ばされるよりも速く、金色の闇は空を飛んでいた。

 許容範囲を超える風圧に息を乱しながらも、ダークネスの発動は進めていた。ワープホールを形成し、空から地上へと戦場のステージを変える。

 急に居場所が変わった事にサイタマが驚き、そのまま二人揃って地面に墜ちる。

 しかしすぐに地中から抜け出し、彼らは対峙した。

 

「うお! いつの間に早着替え……てかその格好ヤバいだろ。キングの趣味か?」

「──殺します」

 

 彼の問いかけには答えない金色の闇。

 何故なら──相手は格上。それも天と地程の差がある。

 空を飛んでいた時に振り解こうと腕を掴んだ時に感じたのだ。彼から底が見えないエネルギーを。

 それこそ思わず過小評価し、別の要因を無理矢理持って来て現実逃避してしまいたいくらいに。

 こうして相対している今も、自分が命を投げ出す気で闘えばあるいは……と考えてしまう。

 常に最善を……否、もっと最適な答えを出し続けなければ、ダメージを与える事すら出来ない。

 

 彼女の髪が牙を持つ竜の頭へとトランスする。さらにエネルギーの変換を行いバチバチと電撃を付与する。そしてその顎を目の前の男に喰らわせた。

 ガブリと牙が肉に食い込む……しかしそれだけだ。服を破れども、肝心の肉体には突き刺さらない。

 

「噛み付くなよ」

 

 だが捉える事は出来た。

 

 ──いや、違う。ダメージを負っていない為幸い動いていないだけだ。

 

 思考を訂正する。サイタマの言葉を無視し、金色の闇は地面へと彼を投げ飛ばす。クレーターが出来上がるが、全く堪えていない。

 

(ならば……)

 

 地面に降り立った金色の闇はトランスの力を大地に浸透させて操作する。すると地響きが起こり地割れが起きる。サイタマを落とすように。

 無抵抗に地の底へ落ちるサイタマ。それを地面を無理矢理閉じて挟み込み、流砂のように地下へ地下へと運んでいく。地球の中心へ運び肉体を消滅させるつもりなようだ。

 だが……

 

 ──バゴンッ! 

 

「おい、服が燃えたじゃねーか」

 

 サイタマが地中を蹴った結果、彼の体は地球の中心を通過した。そして今抜けた穴を曲がり再び戻ってきたようだ。その結果服が燃え、マントだけ体で庇い残ったらしい。裸にマントの状態で、金色の闇の前に出てきた。

 

「セクハラです訴えますよ」

 

 この時点で、金色の闇の中で地球<サイタマの図が出来上がる。そうなると並みの攻撃では彼に通じない。

 

 ──いや、違う。どれも効かないと考えるべきだ。まだ倒せるつもりでいるのか。

 

 思考の訂正を再び実行。

 倒すという選択肢が取れないのなら、やる事は一つだ。

 ワープゲートを作成。ゲート先に選ぶのは彼女の遥か頭上にある地……つまり宇宙だ。月の先にある遠い星。それが彼女がワープさせる事ができる限界距離。そしてその為には……。

 

「うわっ」

「すみません、キング。少し力を借ります」

 

 別のワープゲートを作り、そこからキングを取り出した。驚いた表情を浮かべる彼を見ると、彼女は落ち着き……頭を振って思考を正す。

 感情は不要だと決めた筈だ。

 金色の闇はキングを抱き寄せた。彼の頭を自分の胸元に埋めるように。

 

「!?!?!?!?」

──ドッドッドッドッドッドッドッ!! 

「──ハァッ……ありがとうございますっ」

 

 体が熱くなり、顔が赤くなる。それを感じ取りながらも金色の闇はダークネスを使う。

 

「キング……お前」

 

 キングに向けて不快な視線を送るサイタマを宇宙へと追放する為に。

 彼の足元にワープゲートを作り、何処かの星へと送る。そしてすぐに接続を切った。

 それだけで、かなりのエネルギーを使用した。人間一人のサイズを何処かの星に送るだけで。

 

「ハァ……ハァ……本物のキングだけはあります。存在がデタラメでした」

「……」

「でも、これで漸く貴方は」

「……イ──」

 

 瞬間、背後に何かが着弾した。咄嗟にキングを庇い衝撃から身を守る。

 暴風が止み、振り返ると……。

 

「……人って案外簡単に宇宙旅行できるんだな」

「──っ」

 

 ──倒せない。どんな手を使っても死なず、この星に帰ってくる。

 

 ドロリと目、鼻、耳から血が垂れ落ちる。彼女は気付いていないが、サイタマをワープゲートで宇宙の彼方へ送るにはエネルギー消費が大き過ぎた。普通の人間が巨岩を持ち上げるような、そんな無茶をしたのだから。

 

 マントを腰に巻き付け、サイタマは表情を変えずに言う。

 

「顔赤いぞ風邪か? 体調悪いならまた今度八つ当たりに付き合ってやるよ。血だって出てるし」

「……お構いなく。キングの平穏の為に倒れる訳にはいきません」

「……あのなぁ。キングキングって。そいつは大人だぞ。お前みたいなガキに養って貰わなくても生きていけるって」

 

 背後で「いやちょっと怪しい」と呟いている声は当人達には届かず。

 金色の闇は再びサイタマを睨みつけ始めた。

 

「それに、正直お前が何したいのかよく分からん。やっている事と言っている事が矛盾してるしな。そんなに傷付けたくないならヒーローやめさせればいい」

「黙りなさい」

「でもお前はヒーローとしてのキングも守ろうとしている。戦えないのに」

「戦いは全て私が引き受けます。何も問題ありません」

「……なんだ、本当は分かっているのか。

 

 

 キングが大した奴じゃないって」

 

 

「……は?」

 

 

「いや、実際そうだろう。弱い怪人にビビってちびっちまうのは普通の人間の反応だ。お前の求める理想とは程遠いんだ」

「──」

「でも、そんなキングをヒーローにしておきたいから、こんな事しているだろう。そうしないとキングで居られないから」

「──」

「少し話し合えよお前ら。今後どうするのか」

 

 金色の闇が飛ぶ。

 

「──取り消しなさい! 今の言葉!」

 

 そしてトランスを用いないただの拳がサイタマに放たれる。それをサイタマは避ける。

 

「彼は確かに弱い!」

 

 何度も何度も殴り続け、避けられ続ける。

 それでも拳を止めないのは──譲れないから。

 

「でも!」

 

 ──脳裏に浮かぶあの日の光景。

 

「彼は……彼は、私の……!」

 

 ──死にかけていた時に差し出された一つのたい焼き。

 ──そして。

 

『だ、大丈夫?』

──ドッドッドッドッドッドッドッ!! 

 

 ──情けない顔をした男とうるさい心臓の鼓動。

 

「──ヒーローなんだ!!!」

「──っ!」

 

 サイタマの頬が打たれる。しかし痛みを与える事は出来ていない。

 それを見た金色の闇は空に舞い上がり、手を刃に変えエネルギーを集中させる。星を一刀両断できる程のエネルギーを。

 

「ああああああああああっ!!!」

「ったく……漸く、やりたい事が分かったのに、錯乱してたら話せねーじゃねぇか。

 

 

 

 ──だから、これで頭冷やせ」

 

 金色の闇が巨大な刃を振り下ろし──。

 

「必殺マジシリーズ──マジ殴り」

 

 根元から殴り折られた。

 

 

 

 

 ダークネスが解け、サイタマのマジ殴り(寸止め)で服を吹き飛ばされた金色の闇は、キングの服を着て地面に座っていた。

 その顔は暗い。キングを守る事ができなかったからだ。傍らに座るキングが居なければ、そのまま自害しそうな程弱々しい。

 

「お前は……キングを本当にヒーローにしたかったんだな」

「え?」

「っ!」

 

 しかしそれはサイタマの言葉で一変する。

 まるで彼の言葉が図星かのように、顔が赤くなる。隣のキングはどういう事? と首を傾げる。

 

「だからキングの為に頑張った。凄く頑張った。色々と理由付けていた時はよく分からなかったが、最後のパンチでわかったよ。あぁ、こいつマジなんだって。それこそ、俺の趣味と同じくらいに」

「サイタマ氏……」

「マジでやっているんなら俺は何も言わねーよ。でも、その事を本人に伝えるくらいはした方が良いと思うぞ。キングもしんどいって言ってたし。……でも」

「サイタマ氏。そこからは俺が言うよ。……いや、俺が言わないとダメだ」

 

 サイタマの言葉を遮って、キングは金色の闇を見据える。

 

「……イヴ」

 

 キングが、彼女の名を呼んだ。殺し屋の二つ名ではなく、ジーナスが付けた番号では無く。

 行く当てもなく、途方に暮れていた彼女に居場所と共に与えた大事な贈り物。

 金色の闇……。否、イヴが赤く染まった顔を彼に向ける。

 

「正直、君が居ないと俺はヒーローをやっていけない。ちょっと君が居ない間に、ちょっと怖い目にあったり、酷い目にあったり、嫌な思いしたら……ヒーロー辞めたい。するんじゃなかったって思うくらいには」

「……」

「でもね、言うよ。勇気を持って言うよ。──俺、それ以上になりたい。イヴが憧れるヒーローに。イヴが無理して戦わないでも良い──本当のキングに」

 

 イヴは、その言葉を聞いて──。

 

「なれますよ。だって、あなたは、私が初めてあった時から」

 

 ──ヒーローだったから。

 

 彼女は、心の底からその言葉をキングに送った。

 

 

 

 この日、彼らは漸く前へと歩き出した。

 ヒーローになる為に。

 




次回、エピローグです。


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エピローグ『金色の闇』

「95……96……97……98……99……100」

「──っハァ!ゼェ……ゼェ……」

「はい、水です」

 

とある地にてキングと金色の闇が居た。

キングはサイタマから教わった筋トレをこなし、それを金色の闇が監視している。

汗だくだくなキングは、水を受け取るとゴクゴク飲み干して一息つく。暑い場所かつ運動不足だからかすぐに疲れる。それが却って良いのかもしれないが。

 

「しかし、良かったのですか?」

「ハァ、フウ……何が?」

「いえ。サイボーグ化や肉体改造など、私のツテがあれば比較的早く力を手に入れる事が出来ると思ったのですが……まさか選んだのがあの男の言う筋トレとは」

「イヴは反対?」

「いえ。地道にやるのが一番だと思います」

 

しかし彼女の中で一つだけ懸念があった。

それは、もしキングが頑張ってサイタマと同じ力を手に入れたとしても失われるものは中々に大きい気がした。

ハゲたキング。それを思い浮かべ……とりあえずサイタマを武力以外の方法で泣かしてから受け入れよう。そう決めた。

 

「あとはランニング10キロだっけ」

「はい。その後はサイタマの下へ向かいます。あの盗っ人のハゲチャビン。せっかく私が新記録を出していたと言うのに……!」

「サイタマ氏と仲良くなれそうだよね、イヴ」

「はぁ!?私があの男と!?殺し合う関係なら納得しますが、仲良くはなれませんよ!」

 

彼女の中にあった蟠りを壊してくれたとはいえ、サイタマには圧倒的にデリカシーと言う物がない。

あの戦いの後、『ガキなんだから背伸びするな』とダークネス化した彼女を鼻で笑って言ったのだ。それ以来、彼の名前が出る度に彼女の口からは悪態の言葉が出てくる。今までの彼女から想像できない反応だ。

 

ちなみにツンデレ?と聞いたらガチで怒り出したのでそれ以来言っていない。

 

「では、ランニング開始しますよ」

「うん、わかった」

 

雑談は終わり、彼らは走り始めた。Z市に向かって。

その道中、彼女はここ数日の事を思い出す。

 

 

 

「アンタ、また協会からの勧誘を断ったらしいじゃない」

 

仕事終わり、怪人と遭遇し退治した後タツマキと出会った。「アンタ宇宙人の時勝手に帰ったでしょ」と何故か難癖付けられ、結局ダークネスを使って軽く戦った後、前回よりもボロボロになったタツマキが尋ねてきた。

それに汚れた服を払って綺麗にしていた金色の闇が素直に答える。

 

「えぇ。私は今の生活が気楽ですし、ヒーローになれるとは思えません」

「……そうかしら。私ほどじゃないけど、アンタ強いじゃない」

「ええ、まぁ。強さなら自信があります。しかし、ヒーローに最も必要な物がありませんから」

「……必要な物?何それ?」

 

怪訝な表情を浮かべるタツマキに、金色の闇は穏やかな表情を浮かべる。

 

「いつか教えてくれる存在が現れますよ。……それが王なのか、最強の男なのかは分かりませんが」

「???」

 

もっとも、王が力を得るには時間が掛かりそうだ。

 

 

さらに別の日。

 

「っ……なるほど。S級に抜擢されるだけはあるね」

「貴方もA級以上の力を持っていますね。アマイマスク」

 

背後に気絶した犯罪者を拘束し確保していた金色の闇。その前には膝をつくA級一位ヒーローが居た。

ターゲットを潰されそうになった事により戦闘に発展した二人。激闘の末良い一撃がアマイマスクの腹部に直撃した。

金色の闇はこの隙にターゲットを連れて立ち去ろうとするが、それをアマイマスクが呼び止めた。

 

「ヒーローにならない力は……いずれ悪となる」

「……」

「タツマキとやり合ったのだろう。協会は、日々強くなる君に危機感を抱いている。君が討伐対象となる日は近い。このままヒーローにならないのなら……!」

 

そして、その時に正義を執行するのは僕だとアマイマスクは言う。

しかし、彼女はその言葉に全く動揺せずこう答えた。

 

「構いません。守って貰いますので」

「──なんだと」

「私のヒーローはもう居ますから」

 

彼女は約束を違えない。忘れない。その日を待ち続けるだろう。

言いたい事は言った。後は立ち去るのみ。しかしその前に彼女はアマイマスクに言う。

 

「最強のヒーローは居ますよ」

「……は?」

「いつか皆の前に現れます」

 

それまでお楽しみに。

その言葉を最後に、彼女はアマイマスクの前から消えた。

 

 

 

そして現代。

 

「ゼヒィ……!ゼヒィ……!」

「ほら、がんばれがんばれ。後もう少しですよ」

 

全力疾走をするキングの隣を走りながら、彼に声援を送る金色の闇。

苦悶の表情を浮かべてランニングをする強面の男と可愛らしい少女が並走している光景は控えめに言ってシュールである。

 

「なん、か……えっち……ぃ……!」

「……」

 

彼女にその気は全く無いが、元々の存在がハレンチな世界の住人だからか、キングの男を刺激してしまったのだろう。心なしかキングの走るフォームが崩れる。

それを無表情で見た金色の闇が髪を竜の頭部へと変え……。

 

ガチガチガチガチ。

「え、ちょ、危ない。それ危ないって〜〜!」

 

無言でキングの尻の近くで歯を鳴らし続けた。少しでも速度が下がれば噛み付かれるギリギリまで調整して。

悲鳴をあげるキングには聞こえないだろうが、彼女はしっかりと答えた。

 

「えっちぃのはキライです」

 

 

 

サイタマの住むアパートにたどり着いたキングと金色の闇。何故か焦げ臭かったり地面がえぐれていたりと、明らかに先程まで戦闘があった事を匂わせるが……。

 

「留守で無ければ良いのですが」

「そうだね」

 

二人は気にしない。サイタマに万が一の事は無いと理解しているからだ。

階段を登り彼が住んでいる部屋に辿り着く。そしてインターホンを押して扉を開いて中に入った。

 

「お〜いサイタマ氏。もしかして俺のゲーム持って帰ってない?」

「!?キ、キキキキキキキング!?」

「即刻返してください。漸く記録更新できそうなんですから」

「!?!?こ、金色の闇!?お姉ちゃんが言ってたあの!?」

 

何やら客人が居るようだが、彼らの目的はサイタマだ。

その当の本人は全力で目を逸らしている。

 

「ごめん、持って帰った……」

「ヒーローともあろうものが、人の物を持って帰って良いのですか?」

「いや悪かったって」

「俺は別に良いよ。返してくれれば」

「データ消した……」

「「なんて?」」

 

そして差し出されるのはボタンが潰れているゲーム機。ちなみにデータはない。

もう一度言おう。データはない。

金色の闇が、10時間掛けた記録が無い。

 

「……ハゲチャビン」

「ハゲチャ!?」

「自分の髪の毛消されたからって、人のゲームのデータ消す事無いじゃないですか。もう戻りませんよ。データも……そしてアナタの髪も」

「うるっせぇなぁ!分かってるよ!それに謝っただろ!」

 

自分が悪い為強く出れないサイタマ。そんな彼を言葉でチクチク攻めていると、我慢ならない者が居た。

 

「おい貴様。黙って聞いていれば先生を侮辱して……何様のつもりだ」

「S級のジェノス。貴方は黙っていてください。このハゲチャビンには常識を教えないといけません」

「また侮辱を……!先生の頭部に可能性が無いとは言い切れないだろう!」

「ジェノス、それフォローになってない」

「無いですよ。ほら」

 

そう言って金色の闇はハンカチでキュッキュッとサイタマの頭を磨いた。

瞬間、ジェノスの瞳が怪しく光る。

 

「おいクソガキ。外に出ろ。教育してやる」

「良いですよ。あなた、色々と嗅ぎ回っているようですし」

 

二人が外に出ていくのをサイタマとキングが見送った。そして同じことを思った。

 

あの二人、仲悪くなるの分かり切ってたなぁ。

 

外から戦闘音が響き始めるなか、キングは床に座る。どうやら戦闘が終わるまで居座るようだ。

データ消した手前強く出れないサイタマは、何も言わずに座る。

 

「頑張っているみたいだな」

「あ、分かる?」

「ああ。……ちゃんと守ってやれよ。約束したんだからな」

「うん、分かってる。……ありがとうサイタマ氏」

「俺は何もしてねーよ」

 

──これが、彼らの新しい日常。

キングはいつか本当のヒーローになるだろう。彼女が憧れる本当のヒーローに。

そしてその時、漫画やアニメ好きな彼は金色の闇の事をこう呼ぶに違いない。

S級ヒーローを支え続け、いつも側に居てくれる存在。

 

 

S級ヒロイン、と。

 

 

 

(サイタマの弟子がジェノスで、キングの弟子?が金色の闇!?そしてサイタマとキングが仲良くて、それってつまり──どういう事ぉ!?)

 

一方、蚊帳の外にいるB級一位のフブキさんは絶賛混乱していた。

 

 




ご愛読ありがとうございました。
後書きにこの作品に対するアレコレを書こうと思いましたが、まとめきれないので
まとめ次第匿名解除してから活動報告にでも載せておきます。

カンさんより。


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