GOD・A・LIVE 〜雷神と宇宙の欠片達〜 (青空と自然)
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第1話 飛ばされた先は……

 ──ニューヨーク州北部アベンジャーズ施設。

 

 ラウンジのテーブルを囲うように、アベンジャーズのメンバー達はソファに腰掛けていた。

 彼らの表情は揃って皆、重い。

 

 ワカンダの闘いから1週間が経った。

 いくつもの星を滅ぼしてきた最強の敵との闘い。敵の大軍を前に彼らは懸命に闘った。敵の幹部も全員討ち破った。

 

 だがたった1人、敵の大将に全てを奪われた。

 目の前で、仲間が、家族が、そして愛する人が消えて行ったのだ。

 

 そんな沈黙した空気の中、壁際に座っていた男が立ち上がる。

 

「ソー、何処へ?」

 

 立ち上がった男に、チームのリーダー的存在であるスティーブ・ロジャースことキャプテン・アメリカが声を掛ける。

 

「少し1人になりたい」

 

 彼は一言残すと、ラウンジを後にし、ロビーを通り過ぎ、そのまま施設の外へと出て行った。

 ソーが出て行き、ラウンジには再び沈黙が訪れる。

 そんな重い空気の中、スティーブは深い溜息を吐くのだった。

 

 一方、1人外へとやって来たソーは大きな湖のほとりで地面に腰を下ろした。

 爽やかな風が彼の頰を撫でるが、今は何も感じる事が出来ない。

 

 生き残ったメンバーの中でも、彼は人一倍後悔していた。

 事実、敵の大将、サノスに最も対抗できたのはソーだけだった。インフィニティ・ストーンの力に打ち勝ち、サノスを瀕死にまで追い込んだ。だがそれでも……。

 

「ぬぅあああ──ー‼︎」

 

 湧き上がって来た怒りを発散するかのように、地面に拳を叩きつける。

 地面には大きなヒビが入り、木に止まっていた鳥達が一斉に羽ばたく。

 

 ソーは立ち上がり、歩き出すと同時に手を突き出し、手を開く。

 数秒後、彼の呼び掛けに応じるように、一本の巨大な斧が彼の元へと飛びその手に収まる。

 

 ──ストームブレイカー。彼が持つのはアスガルド最強の武器。彼の強大な力をコントロールし、その一撃は空を裂き、地を割る。

 また虹の橋(ビフレスト)を呼び出すことも出来る。

 

 ソーは手に持ったストームブレイカーを振りかざすと、大空へと飛び立って行った。

 

 

 

 

 

 

 ニューヨークを飛び立ってどれくらい経っただろうか。遥か上空を飛行し続けていたソーだが、一度地上に降りようと思い、減速を始めた時だった。

 

 突如視界が青白い光に包まれ、方向感覚を失う。

 

「……っ⁉︎何だ⁉︎何が起きてる‼︎」

 

 体勢を立て直そうともがくがそんな行動も虚しく、光が消え去った時、彼の姿はそこには無かった。

 

 

 

 

 

 

「……うぅ、……ぐぅ、……はっ‼︎」

 

 次に目が覚めた時の気分は最悪だった。

 目眩のする体を叩き起こし、何とか立ち上がる。

 

「はぁっ、はぁっ、……どこだここは」

 

 彼は周囲を見回し、自分が全く知らない場所にいることに気づく。

 と同時に、自分の側にあったベンチに1人の少女がいることに気がついた。

 

「あ、気がついた?」

 

 側にいた少女はフラついているソーを見て、ベンチに座りながら手を振る。

 

「貴様、何者だ。俺に何をした! 訳によってはお前を……なっ」

 

 ソーは少女に掴みかかろうとしたが、彼の手が少女に触れる寸前、彼は体ごと下へと落下して行った。

 次の瞬間、空に空いた穴からソーが落ちてくる。

 

「ぐわっ‼︎」

 

 突然のことに対応出来ず、そのまま頭から地面に激突するソー。

 

「ぐっ、貴様ぁ!」

 

 地に這いつくばったまま少女を睨みつける。

 

「いきなり人に掴みかかろうとしてはいけませんよ、とお母様から習わなかった?」

 

 彼のそばまでやって来た少女は膝を折って姿勢を低くし、彼の頭を指先で突きながら言う。

 

「くっ……。お前に母上の何が分かる」

 

 ソーは立ち上がりながら少女を睨みつける。少女の方もまた、彼の瞳をじっと見つめる。

 

「私は色々なことを知ってる。なんせ、あなたよりも長生きだからね」

 

 少女の言葉に彼は耳を疑う。

 

「お前が、俺より長生きだと?」

「うん、そうだよ」

 

 少女は彼の手を取りながら、その手に自分の手を重ね合わせる。

 

「私は、宇宙そのものだからね。そして、ここ最近はあなたの近くにいることが多かったかな。最後は一番行きたくない奴の所に渡っちゃったけど」

 

 ソーは少女の言葉に驚きを表す。

 

 彼女の言うことが本当だとしたら、にわかに信じられないことだ。だが、見たところ特徴が一致しすぎている。

 宇宙の絶大な力を持ち、ここ数年彼の側にあったもの。先ほど見せた彼女の力。

 そして、この透き通る様な蒼い髪と瞳。

 

「お前は……、お前は、キューブ……、スペースストーンなのか?」

 

 ソーは目の前の少女を、信じられないものを見るかの様な目で見ていた。

 

「正解。ようやく答えに辿り着けましたー」

 

 少女は子供を褒めるような調子で拍手をしている。

 

「と、まあ、私が誰だか分かってもらえたところで、あなたには話しておかないといけないことがあるの」

 

 彼女はそこでソーをベンチに座るよう促す。

 

「それで、話ってのは何だ? 俺も聞きたいことがたくさんある」

 

 ベンチに座ったソーは少女の方を見る。

 

「そうね。まずは、ソー・オーディンソン。私に、私達に力を貸してください」

 

 少女は彼の前に跪くと、深く頭を下げた。

 彼女の急な行動にソーは戸惑う。

 

「お、おい。いきなりどうした」

「王にお願い事を申し上げる時はこうするものだと」

 

 ソーが言葉を返せずにいると、少女は顔を上げてあっけらかんと答えた。

 

「やめろ。俺はもう王ではない。王に相応しくもない」

 

 ソーは過去を思い出しながら、遠くを見る。まるで、彼がアスガルドの王だったのが、遠い過去であるかのように。

 

「あなたは王として、民達のリーダーとして、アイツに立ち向かった」

「でも守れなかった。結局は同じだ」

 

 相当思い詰めていたのだろう。彼の顔はひどくやつれて見える。

 

「だから今、こうして1人になったのも、当然の報いなんだろうな……。母を失い、父を失い、姉に殺されかけ、弟をも失った。全部、俺が王に相応しく無かったからだ。終いには、国も、民達も……くっ」

 

 目から涙が溢れ、言葉が紡げなくなる。

 その時、彼の体を優しく包むものがあった。

 

 少女が彼の頭を抱え、そっと、優しく包み込んでいた。

 

「ごめんなさい。私達の力が、あらゆる人々を傷つけてしまった。あなたもその1人、だから、今回の事もきちんと終わらせないといけない。それが、私達の使命」

 

 少女は1つ1つ、言葉を組み上げていった。1つ1つが、聴く者の心に響くように。

 そこには彼女の強い意志が、しっかりと現れていた。

 

 

 しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したソーは、少女と今後の話をしていた。

 

「つまり、この世界に残りの5つのストーンがいると」

「そう、全員確かにこの世界に転移させたはず。……それは確かなんだけど」

「どこにいるかまでは分からないということか……」

「そう。力及ばずといった感じで申し訳ないのだけれど……」

「いや、アイツの所からストーンが離れただけで十分だ。それで、俺は何をすればいい?」

 

 ソーはこの青い少女のことをいつしか受け入れていた。彼女の強い決意に共感したのか、自分の心が弱っていただけなのか、はたまたその両方か。

 それは分からないが、今の彼にとっては、ただ側に居てくれる人がいる。それだけで十分だった。

 

「みんなを一緒に探して欲しいの。それで、見つけたら元の世界に戻りたいんだけど、その……」

 

 少女が言いづらそうにしているのを見てソーが最悪の事態を想定する。

 

「まさかとは思うが……」

「多分そのまさかだと思うんだけど……」

 

 ソーが苦笑しながら言うのに、少女はバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「……帰れないのか?」

「はい……」

 

 しばらくの沈黙。

 ソーはベンチの上に倒れこんだ。

 

「俺はさっさと元の世界に戻ってアイツのしたことにケリをつけさせたいんだぞ! 戻れなかったら意味がない!」

 

 ソーは天に向かって大声で叫ぶ。

 

「ごごご、ごめんなさい! あの時は本当に必死だったから、送るだけ送って帰りのことを何も考えて無かったの!」

 

 少女は言葉をまくし立てながら何度も頭を下げる。

 

「はあ……。どうにもならないことを責めても仕方がない。取り敢えず、他の奴らを探すしかないか」

「この世界の生活に上手く溶け込めると探すのも楽なんだろうけど」

「まずはこの街を見て回ろう。意外と誰かいるかもしれん」

 

 ソーは立ち上がると、少女に手を差し出した。

 

「これからよろしく頼む。ええっと、……」

 

 ソーは自分がこの少女のことを何と呼べばいいのか分からないことに気がついた。

 

「ステラでいいよ」

「じゃあ、ステラ、よろしく」

 

 2人は固い握手を交わした。

 

「よし、下に降りるぞ。ここの景色は中々良いものだが、今はやらなければならないことがあるからな。また後で見に来よう」

「降りるのはいいけど、あれはその辺に隠して置いていってね」

 

 ステラは柵のところに置いてあるストームブレイカーを指差して言った。

 

「……分かった」

「まさか、本気で持って行くつもりだったの? あんな大きなもの持ってたら、目立って仕方がないよ」

 

 どうやら持って行くつもりだったソーを、テスラは呆れたように諭す。

 

「じゃ、まずはこの世界のことを調べよう」

 

 2人並んで山の中腹にある公園から降りて行く。

 

「にしても、随分と不思議なところに街があるんだな」

 

 先ほど公園が山の中腹にあると言ったが、その山はこの街をぐるりと囲んでいる。まるで隕石が衝突してできたクレーターのような所に街があるのだ。

 

 ここは天宮市。

 かつて、南関東大空災という巨大な空間震が起こり、東京都南部から神奈川県北部にかけての一帯が消滅した場所。

 そんな街に、別の世界から迷い込んできた者達がいた。

 

 彼らはまだ知らない。この世界で、どんな出会いがあり、またどんな闘いがあるのかを。

 



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第2話 精霊との遭遇

 人通りの多い街の通りを歩く。太陽が頂上には届かないくらいだから、まだ昼前なのだろう。

 

 ソーとステラはこの街の情報を得るため、2人であちこちを見回っていた。

 

「そう簡単には見つからないか……」

 

 街を歩きながらこの世界にいるという残りのインフィニティ・ストーン達を探しているが、それらしき姿は見られない。

 

「まあ、そんなに急いでも仕方がないよ。ここはゆっくりと時間をかけて探そう♪」

 

 隣を歩く青い髪の少女がのんきそうに言う。

 

「お前は早く戻る方法を探せ。そこは最優先だ」

「うぐっ、……分かってるって」

 

 明らかに目を逸らしたステラをソーは軽く睨みつける。

 

「まあ、ここでお前を責めてもどうにもならん。今はこの世界で過ごす方法を考えるぞ」

 

 元の世界に戻る方法が分からない以上、当分ここで過ごすことになる。どれくらいの期間になるか分からないため、衣食住を確保することを考えなければならないのだ。

 

「期間が分からないとなると、どこかに泊めてくださいと言うわけにもいかないんだよね……」

 

 この先の未来に不安しかなく、肩を落とすステラ。

 ふと道路を挟んだ反対側を見ると、もう学校が終わったのであろう生徒達がワイワイとファミリーレストランに入って行くところだった。

 

「いいなー、ああいうの。ねぇねぇ、ソーはさ、ああいうことしたことあるの?」

 

 ステラは生徒達を羨望の眼差しで見つめながら聞く。

 

「ファミレスというやつか? 何度か立ち寄ったことがある。自分1人で行ったことは無いがな」

 

 ソーは地球での思い出を振り返りながら答える。

 

「いいなー。私はそういう所、1回も行った事がないからさ、入ってみたいんだよね」

 

 ステラはどこか寂しそうに呟く。

 

「だが今はお金が無い。ここで生活する段取りが出来れば、あそこにも入れるだろう」

「本当⁉︎」

 

 その言葉を聞いた途端、彼女は顔を輝かせてソーの腕を取った。

 

「あー、多分な。確証は無いぞ」

「絶対に連れて行ってもらうからね」

「おい待て、いつから俺が連れて行くことになった?」

 

 ソーはステラに声を掛けるが、テンションMAXでスキップをして行ったステラには聞こえていなかった。

 

 それからもしばらく街を歩いていたのだが、ふと、前をスキップしていたステラが足を止めた。

 

「……何か来る」

「おい、どうした?」

 

 ステラに追いついたソーが彼女の横に並ぶ。

 

「何かが来るんだ……私、分かる」

 

 何かが来ると言っているステラ。しかし何も感じないソーには何が来ているのか分からない。

 

 だがその時。

 

 ウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──

 

 体の奥底にまで響くような大きなサイレンが街中に鳴り響いた。

 続いて、市民達に避難を呼び掛けるアナウンスが流れる。

 

「おいおい、これはどうなってるんだ?」

 

 サイレンが鳴ってから一斉に動き出した人達を見て、2人は一時呆然とする。

 そのうち視界に入る人の数も少なくなり、あれだけ沢山人がいた路上は先ほどまでの光景が嘘であるかのように静まり返っていた。

 

「ねえ、みんなどこに行ったの?」

「分からん。が、取り残されたのは俺達だけのようだな……」

 

 誰もいなくなった街を歩いている2人はそんな会話を交わす。街が静かすぎるせいか、2人の声がやけに大きく感じる。

 

 そうして街から人の気配がなくなって、しばらく経った頃だった。

 

 ズドォォォォォォォン──ー‼︎

 

 背後から何かが爆発したような轟音が響き渡った。

 2人は咄嗟に音がした方向を振り向くが、次の瞬間爆風が2人を襲う。

 

「キャッ‼︎」

「ぐおっ‼︎……掴まれ‼︎」

 

 ソーは爆風で飛ばされそうになったステラを掴み、建物の影に入る。

 しばらくすると爆風は収まり、街には一時の静寂が訪れる。

 

「大丈夫か?」

 

 ソーは爆風が収まったことを確認すると、呼吸を整えながらステラの様子を見る。

 

「なんとかね」

 

 ステラも飛ばされかけたものの、どうやら無事だったようだ。

 

「一体何だったんだ? どうする、見に行くか?」

「何が起こったのか興味もあるしね。見に行こう!」

 

 ステラはかなり冒険気分なのか、好奇心が抑えきれていない。

 2人は建物の影からそろりと外に出ると、再び誰もいなくなった道路を音がした方へと進む。

 そして、2つ目の交差点を曲がった時、その光景が目に入って来た。

 

「これは……」

「何があったんだ?」

 

 目に入って来たのは巨大な窪地。おそらく先程まで街だった所が何かによってごっそりと無くなっている。

 

 そして何よりソーの目に付いたのは、クレーターよりもその手前にいる2人の男女だった。

 見た所1人は普通の少年。先程ファミレスの前で見た人達と同じ服装をしていることから、彼も生徒なのだと考えられる。

 そして問題なのはもう1人。膝まであるだろう長い黒髪の少女なのだが、明らかに異様だ。

 

 まず、その格好。よく分からないドレスのようなものを纏っているが、そのドレスが不思議な光を放っている。

 そして手に持っている大剣。その大きさからして相当な重さであろうそれを、軽々と持ち上げているのだ。その切っ先は少年の方を向いている。

 

「ソー、あの人達は?」

 

 少年と少女の姿に気づいたステラがソーに尋ね、彼が答えようとした時だった。

 夜色の双眸がこちらを捉えた。

 

「……まずい、伏せろ‼︎」

「えっ? キャッ⁉︎」

 

 大剣を持った少女がそれを横薙ぎに一閃。

 ソーはステラの頭を掴み、無理矢理下に下げる。

 

 直後、その上を巨大な斬撃が通り過ぎ、建ち並ぶビルを真っ二つにしていった。

 

「くそっ、いきなり何しやがる!」

 

 ソーが悪態をつき、前を向いた瞬間、先程まで離れていたはずの少女の姿が目の前にあった。

 いつの間にか接近していた少女はさらに2人に向かって大剣を叩きつける。

 

「ぐっ……」

「えっ? ちょっと⁈イヤー⁈」

 

 ソーは再びステラを掴むと横に放り投げ、自分も大剣を躱す。が、次に放たれた少女の蹴りを腹にくらい、建物を貫通して飛んでいく。

 

「ソー‼︎くっ、そこの君、行くよ‼︎」

「えっ? ちょっと⁈」

 

 その間に少女から距離を取ったステラはワームホールを作り、その場にいた少年を穴に押し込むと自分もそこに入る。

 出口はソーが飛ばされた方向。

 

 彼は隣の通りに転がっていた。

 ステラはそれを発見すると彼の元へと駆け寄る。

 

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。だが、まだ来るぞ」

 

 ソーは立ち上がり、自分が通って来た建物の穴を見る。

 

「ま、待ってくれ、何が起こってるんだ?」

「さあな、俺も分からん」

 

 先程大剣の少女といた少年が慌てているが、ソーはそちらには目もくれず、じっと穴の方向を見つめるばかりだ。

 

「……他にもいるな」

 

 ソーは大剣の少女とは別にまだ気配があることを確認する。

 その証拠に、建物の向こう側では何かがぶつかり合う音や、爆発音が聞こえる。

 

「やられっぱなしというのは気が収まらん。きっちり仕返ししてやる」

 

 ソーは爆発音が近づいてくるのを聞くと腕を構え、武器を呼び寄せる。

 

 戦いの音は徐々に近づき、遂に隣の建物を突き破って何かが現れた。

 

 それは少女だった。しかし、よく分からない巨大な機械をいくつも身につけている。

 短い銀髪の彼女もまた、あの大剣の少女にやられたのだろう。自分が飛んで来た穴の方を睨みつけている。

 

 ソーは飛んで来た機械の少女を横目に、穴の空いた建物を通って最初にいた通りへと出る。

 そこにはやはり、先程の大剣の少女がいた。

 少女はソーの姿を見つけるや否や襲いかかってくる。

 

 そして少女が大剣を大きく振りかざすと同時に、ソーの手にストームブレイカーが収まった。

 

 激突──。

 

 大剣の生み出す鋭い一撃と、青白い閃光を纏ったストームブレイカーが衝突した。

 

 周囲の建物にヒビが入り、脆くなっていた建物は崩れ落ちていく。

 

「貴様……」

 

 大剣の少女がソーを睨みつける。

 

「貴様もそうやって、私を殺しに来るのか?」

「何を言っている。先に殺しに来たのはお前だろう……ぬぅあっ‼︎」

 

 ソーは交差していた剣を無理矢理押し返し、ストームブレイカーを少女に叩きつける。

 

 少女は大剣でそれを受け止めるが勢いを殺しきれず、そのまま反対側の建物へと突っ込んでいった。

 ソーは追撃を仕掛けようとするが。

 

「……おっと、何やら大勢いるな」

 

 こちらに向かって来る集団が目に入った。

 いつもなら集団だろうと1人で蹴散らそうとする彼だが、今は後ろに置いてきた2人がいる。

 ソーはそこから離れるように空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

「五河、士道?」

「鳶一折紙……なんでこんな所に、……なんだその格好」

 

 ソーと大剣の少女が激闘を繰り広げる中、機械を纏った少女と制服姿の少年が出会っていた。

 

「あなたがなぜここにい『折紙! 一度集合するわよ!』 ……了解」

 

 機械を纏った少女、鳶一折紙は五河士道がなぜここにいるのかを知りたそうにしていたが、何か指令があったのだろう。晴れない表情をしたまま素早くこの場を離れて行った。

 

「鳶一はなんでここに……それにあの子は一体……」

 

 士道が呆然としていると、上空からソーが舞い降りる。

 

「おい、無事だったか?」

「あ、戻って来たんだ。あの怖い子は?」

「一撃ぶちかましてきた。今はよく分からん部隊と戦っている」

 

 戻って来たソーにステラが駆け寄り、現状の確認をする。

 

「あの少年は?」

 

 ソーが士道の方を指差して問う。

 

「よく分からない。でも、さっきの機械だらけの子と知り合いだったみたいだし。なんでここにいたのかな……」

 

 士道がなぜあんな所にいたのかなど、この2人は知る由もない。本当は妹が避難せずに外にいると思ったため、探しに来ただけなのだが。

 

「おいお前」

「えっ? 俺のことか?」

 

 ソーは初めに大剣の少女と共にいた士道に声を掛ける。

 

「他に誰がいる。お前はあの大剣の女の関係者か?」

「大剣の女? ……ああ、あの子のことか。悪いが、俺は何も知らない」

「そうか……」

「なあ、あんた達は一体何なんだ? さっき見た感じ、すごく強そうだったけど」

 

 今度は士道がソーに問いかける。

 

「俺はただの旅人だ。探し物をしている」

「そ、そうか。なあ、一体何が起こって……」

 

 士道がソーにそう問い掛けようとした時だった。

 3人の立っていた付近の建物が爆発した。

 

「ぐわっ‼︎」

「うっ……」

「うわぁぁ──‼︎」

 

 3人纏めて吹き飛ばされる。

 恐らくはさっきの機械の部隊の攻撃だろう。どうやら建物の反対側に大剣の少女がいるようだ。

 

 ソーは体勢を立て直すと、周囲の状況を確認。

 ステラは地面に這いつくばっており、士道は転がってのびている。

 

「ちっ、ステラ! 一旦離れるぞ!」

「分かった!」

 

 ソーは士道を回収、小脇に抱えて走り出した。その後ろをステラが付いて来る。このまま遠くへと離れようと考えたのだ。

 

 だがその時、体が不思議な浮遊感に包まれた。

 

「なっ! 何だこれは⁉︎」

「これはっ、……空間転移⁉︎」

 

 士道を抱えたソーとステラの3人は、気持ちの悪い浮遊感と共に地上から姿を消した。



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第3話 怪しい組織

「うっ、……うーん」

 

 目を閉じているはずなのに光を感じる。

 

 士道は誰かに体を触られている感触に、目を覚ました。

 

「えーっと、……どちら様でしょうか」

 

 目を開くと目の前にはライトを持った、非常に眠そうな女性がいる。一体どれくらいの間休息を取っていないのだろうか。

 

「ん、目が覚めたようだね。どうやら体にも異常は無さそうだ」

 

 その女性は抑揚のない声でそういうと、ライトを切って士道から離れた。

 

 士道は体を起こし辺りを見るが、とても心当たりのある場所ではない。

 まるで映画に出て来るような近未来風の壁や扉に、自分の寝ていた台。どれもがとんでもない機能でも着いていそうだ。

 

「あ、あの! ここは一体どこなんですか? ……俺はどうしてここに? 一体何が……」

 

 脳が起動するにつれ、次々と疑問が士道の頭の中で膨れ上がってくる。

 

「落ち着きたまえ。君の疑問ももっともだが、私は説明が苦手でね。君の質問に答えてくれる人がいる。こっちへ来たまえ」

 

 女性は部屋の扉の方へと歩く。彼女が扉に近づくと、プシューという音を立てて扉が自動で開いた。

 

「おおー」

 

 扉の期待通りの開き方に士道は少し感動する。

 と、女性が扉を超えたところで自分を待っていることに気づき、士道は慌てて後を追った。

 

「あの、あなたは一体……」

「私は村雨令音。ここで解析官をやっている。気軽に令音とでも呼んでくれ」

 

 と眠そうな女性、令音は言うが、突然ふらりとバランスを崩したかと思うとそのまま壁にグデンと寄りかかる。

 

「あ、ちょっと! 大丈夫ですか!」

 

 士道が慌てて駆け寄り体を支えてやる。

 

「ん、すまんね。どうも体に疲労が溜まっているようだ。少し休息を取らねば」

 

 そう言って令音は懐から睡眠導入剤と思しき箱を取り出す。そして次の瞬間、箱から大量の錠剤を手の平に出すと、それらを一気に飲み込んだ。

 

「ちょっ、ちょっと! 何やってるんですか⁉︎そんなに飲んだら危ないですよ‼︎」

 

 士道は目の前の光景に目を疑う。

 

「いや、これでも効かないんだが……」

「どんだけ寝てねぇんだよ‼︎」

 

 士道は堪らず叫び声を上げた。

 

 そうしてとんでもない解析官、令音と共に随分と広い廊下を歩く。先程から同じような景色が続くばかりだ。

 

「あ、そういえば、俺と一緒にいた2人を知りませんか?」

 

 士道は自分が気を失う直前まで、2人の男女と一緒にいたことを思い出す。

 今思えば2人とも不思議な人達だった。2人とも奇妙な力を使うのだ。男の方は電気を発していたし、少女の方は空間に穴を開けていた。

 

「ああ、彼らもこの先にいるはずだ」

 

 そう言って令音が立ち止まったのは、1つの扉の前。彼女が扉に近づくと、先程と同じように扉が音を立てて開く。

 士道は令音に続き、中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 時間は少し遡る。

 フラクシナスの艦橋に3つの姿が現れた。1人は巨大な斧を片手に持ち、のびている少年を抱えている男。もう1人は綺麗な澄んだ青い髪の少女。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 3人とも沈黙しており、誰も喋ろうとしない。1人は気絶しているため、喋ることは出来ないのだが。

 

 そんな3人の前に、1人の少女が現れる。

 

「〈フラクシナス〉へようこそ。怪しいお二人さん。ああ、それと悪いけど、その男は返してもらえるかしら」

 

 黒いリボンで燃えるような赤い髪を結んだ少女、五河琴里はまだ呆然としたままの2人の前に立つとそう言った。

 すると琴里の背後からゴツい体つきの男が2人現れ、ソーの腕から士道を回収する。

 男達はそのまま何処かへと士道を運んで行った。

 

「俺達をここに連れてきたのはお前か?」

 

 男達を横目に、ソーは琴里を警戒しながら聞く。

 

「ええ、そうよ。正直、あなた達をここへ連れてくるべきか悩んだけどね」

 

 琴里はやれやれと言いながら艦橋の中央にある座席に腰掛ける。

 するとすぐに、脇に控えていた長髪の男が箱のようなものを琴里の前に広げた。

 中に入っていたのは棒付きキャンディ。琴里はその内の一本を手に取ると、ラッピングを解いてそれを口に咥えた。

 

「今から2時間前、天宮市の数カ所で高エネルギー反応が確認された。あまりにも急なことだったから、精霊でも現れたのかと思ったわよ。すぐにその映像を確認したけど、何も異常は無かったわ」

 

 琴里は手元のタッチパネルを操作すると、艦橋のメインモニターにその時の映像を表示させる。

 

 

「でもその5分後、再び高エネルギー反応が高台の公園で確認された。そして、その映像に映っていたのは得体の知れない能力を持った者たちだった」

 

 そこに映っていたのは、ステラに掴みかかろうとするソーと、地面に空間の穴を開けてソーを落下させるステラの姿だった。

 

「どうせなら本人に直接見てもらった方が話は早いと思ってね。それであなた達をここに連れてきたの。単刀直入に言うわ、これはあなた達ね」

 

 琴里は2人の方を見て、キッパリと言い切る。

 

 映像を見せられた2人の方では、ステラがソーの腕をちょんちょんと指で突いていた。

 

「ねぇ、私たちのこと、完全にバレてると思うんだけど」

「立派な証拠まで揃えてな。見てみろ、お前が現れたところから映ってるぞ」

「私が他の子達を転送した時のエネルギーを観測されたみたい」

「それで見つかったのが俺達だけとは、不運だな」

「どうしよう。この人に私たちのこと、話しても大丈夫かな……」

 

 ステラは琴里の方をチラチラと見ながらソーに聞く。

 

「ちょっとあなた達、私の話を聞いているのかしら」

 

 完全に無視されていた琴里がこめかみに青筋を浮かべながら言う。

 

「だが、話した途端に捕らえられるかもしれんぞ」

「それなら最初からそうするでしょ。それにいざとなったら逃げればいいんだし」

 

 それでもなお、2人だけで話を進めるソーとステラ。

 

「人の話を聞けって言ってんでしょうがぁ──────!!」

 

 ついに琴里の怒りが爆発した。

 

「うおっ! ああ、そうだな。そこに映ってるのは、俺達だ……多分。変な力を使ったのはこいつだがな」

 

 琴里の叫びに驚いたソーが慌てて返事をし、ステラの方を指差した。

 するとソーを睨んでいた琴里の視線がステラの方へと移る。

 

「ちょっと! 私のせいにするつもり⁉︎」

「いや、事実だろう」

「喧嘩はいいから、あなた達が何なのか教えてちょうだい」

 

 目の前で言い争いを始める2人を琴里が遮る。

 

「あー、なんだ、俺達はただの旅人だ。……善良な。そうだろう?」

「う、うん、そうだね! 私達はただの旅人だよ」

 

 ソーが嘘くさい笑みを浮かべて答え、ステラがうんうんとそれに頷く。

 

「へー、そう。あなた達はただの旅人なのね」

 

 琴里は2人の返事にさも興味なさげに返すと、手元のタッチパネルを操作し始めた。

 

「ああ、そうだぞ。俺はいたって普通の人間だ」

「ちょっと、それじゃ私だけ変な人みたいじゃない」

「お前は変な力を使った証拠があるだろう」

 

 また言い争いを始めた2人を他所に、琴里はタッチパネルを操作し次の映像を映し出す。

 

「じゃあこれは何かしら?」

 

 映像が流れる。

 そこに映っていたのは少女の振り下ろす大剣を受け止めるソーだった。映像に映っている彼はそれを弾き返すと少女を斧で吹き飛ばす。

 

 琴里はそこで映像を止めた。

 

「彼女は精霊と呼ばれる存在。その戦闘能力は非常に高く、ただの人間が太刀打ち出来る相手じゃない。それをあなたは簡単に吹き飛ばしているようだけど」

「い、いや、別の誰かだろう。宇宙は広い。自分とそっくりな奴が居てもおかしくはない」

 

 ソーは明らかに動揺しながら否定する。

 そんなソーを見て琴里は更に追撃を仕掛ける。

 

「あら、そう? 確かにそういう事もあるかもしれないわね」

「ああ、そうだ。きっとそうだ」

「じゃあ、あなたが今手に持っている物は何かしら?」

「ぐっ…………」

 

 ソーは自分の手元を見て言葉に詰まった。

 自分が持っているのは巨大な斧。

 どんなに言い訳しようとも、一般人がこんな物騒な物を持ち歩いているはずが無いのだ。

 それにこの斧はさっきの映像にも映っている。

 

「それに、あなた達が話してくれるのなら、今日確認された他のエネルギー反応について教えてあげないこともないけど」

「えっ、本当⁉︎ ……あっ‼︎」

 

 琴里の餌に釣られたステラが思い切り反応してしまった。2人の虚しい抵抗はこれにて終了。

 

 

 

 それからしばらく、嘘をついたことを説教された2人は自分達の状況を正直に琴里に話した。

 

「最初から正直に話せばいいのに……。はぁ、にしても、また面倒な問題が舞い込んだわね……。これから忙しくなるっていうのに」

 

 琴里が2人の話を聞いて溜め息を吐いていると、艦橋室の扉が開き、令音と先程運ばれていった士道が戻ってきた。どうやら意識が戻ったようだ。

 

「琴里、彼を連れてきたよ」

 

 令音は琴里にそう告げると自分の席へと戻って行く。

 

「ん、ご苦労様」

 

 そして令音の後ろから現れた士道が、琴里の姿に気付いた。

 

「琴、里……?」

「あら、ついに自分の妹が誰だかも分からなくなってしまったのかしら?」

 

 琴里は椅子から立ち上がると、士道の前に立つ。

 

「まずは、ようこそ〈ラタトスク〉へ」

 

 唖然とする士道に、そう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 艦橋室の中央、艦長席の周辺に集まる人影があった。

 メインモニターには先程の戦闘が映し出されている。

 

「こっちがAST。対精霊の専門部隊よ」

 

 琴里が映像を見せながら解説をしていく。

 

「専門部隊って、何をするんだ?」

「精霊が現れた時の処理、簡単に言うと……」

 

 そう言って琴里は自分の手を首の前まで持って行き、スパッと首を切るジェスチャーをする。

 

「なっ⁉︎」

「なるほど、それであの女は訳の分からんことを言っていたのか」

 

 ソーが1人、納得したように頷いていた。

 

「でもっ、そんな、殺すだなんて……」

「あら、彼女は現れるだけで世界を壊す災厄。普通に考えて消えてくれた方が世のためよ」

 

 琴里は精霊になど興味も無いといった様子で話し続ける。

 

「でも、これじゃあダメだ。殺しちゃダメなんだ!」

 

 士道は胸を締め付けられるような思いに駆られる。

 

「じゃあ聞くけど、他にどんな方法があるの?」

「それは…………」

 

 細かい計画など考えられない士道は髪をくしゃくしゃと掻きむしり、自分の思いを叫んだ。

 

「ああ、もう! まずは話してみないと分からないだろ!」

 

 その言葉に琴里はニヤリと口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

「それで、お前達は何を始めようとしてる?」

 

 ずっと会話に取り残されていたソーとステラは、いまいち話の内容が理解できていない。

 

「彼女、精霊と対話を試みるのよ」

 

 琴里がそんな2人に補足するように説明をする。

 

「精霊? あの女がか? 随分と物騒な精霊だな」

 

 ソーは画面に映る少女を見ながら言う。

 

「それはあくまで私たちがそう呼んでるからよ。ま、物騒なのが彼女の本性なのかはまだ分からないけどね。それを対話で明らかにしようって訳」

「それがコイツの役目か」

 

 ソーは隣に立つ士道の方を見る。

 

「ええ、そうよ。元はと言えば、私達〈ラタトスク〉は、士道のために作られた組織だからね」

「は? …………はあぁぁぁぁ────⁉︎」

 

 士道は驚きの叫びを上げた。

 

「どういう事だ⁉︎ここにいるこの人達は、みんな俺の為に集められたっていうのか⁉︎」

「落ち着きなさい。詳しい事はその内分かるわ。それと、明日から早速訓練を始めるから」

「は? 訓練?」

「当然よ。丸腰で彼女の前にでも立ってみなさい。1つ間違えたらあなたの首が飛ぶわよ」

 

 士道はその光景がいとも簡単に想像できてしまい、しばらくその場に立ち尽くすのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後、琴里が士道に精霊とデートしなさいと言ったことにより、更にもう一騒ぎ起こる事となったが、琴里が士道を説き伏せ、彼は大人しくなった。

 

 そうして残されたのはソーとステラの2人である。

 

「さてと、残るはあなた達ね」

 

 琴里がチラリと2人の方を見て言う。

 

「わ、私たち、どうなるのかな……」

 

 ステラが無意識のうちにソーの腕を掴み、ソーは表情を険しくする。

 

「落ち着け、こっちはちゃんと話をしたんだ。向こうが何かしてくるようならここを破壊して逃げればいい」

 

 そんな2人の会話を耳にした琴里は呆れた表情をする。

 

「あなた、まだ私が何かすると思ってるの? こっちはこれからあなた達の生活について話そうとしてるのよ。そろそろ理解してちょうだい」

「組織というものは信用できないとどこかの機械好きが言っていたからな」

 

 どうにも琴里達を信用していないソーが疑ってかかり、それをステラが心配そうな表情で見つめている。

 

「ま、あながち間違いではないわね。今度その人に会ってみたいわ」

「ふん、それで、お前達は何が望みだ?」

「別に、何も望まないわよ」

 

 ソーの質問に琴里はあっさりと答えた。

 

「何も望まないだと? そんな戯言が信じられる訳がないだろう」

「信じるかどうかはあなた次第よ。ま、信じないのだったらこれから頑張って毎日野宿をしてもらうだけだけど」

「ぐっ……」

 

 琴里はそうやってソーを追い込んでいく。

 

 それから5分後、ステラと話し合い、悩みに悩んだ末、彼は答えを出した。

 

「……くっ、その、よろしく頼む」

「ふう、やっと決まったのね。それじゃ、あなた達は一応こちらで保護という形にしておくわ」

「お世話になります」

 

 ステラが琴里にお辞儀をする。

 

「任せておきなさい」

「あの、私達は今日からどうしたらいいかな……」

 

 一応保護という形で決まったとはいえ、まだ2人の生活をどうするかは伝えていない。

 

「そうね、2人は取り敢えず私達の家で暮らしてもらうわ。というわけで士道、先に帰って2人を世話してちょうだい」

「えっ⁉︎ 急すぎるだろ‼︎」

「いいからやりなさい。それとも、明日からの訓練を倍にされたい?」

「くっ……、内容が分からないだけに迂闊に行動できねぇ」

 

 こうして士道の案内の元、2人は五河家へと向かうことになるのだった。

 



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第4話 新しい生活へ

 街が夕焼けで赤く染まる頃、住宅街を歩く3人の姿があった。

 

「家事は普段、士道君がやってるの?」

 

 士道の持つ買い物袋を見てステラが聞く。

 

 空中艦〈フラクシナス〉から降ろされた3人は、士道の買い出しに行きたいという意見に従って、商店街へと寄ってきたのだった。

 

「2人で分担してるぞ。ウチの両親は基本仕事で家を空けてるからな。料理は基本俺の仕事だ」

「あの小娘は?」

「ん? 琴里か? ……ははっ、まあ、そういうことだ」

 

 つまり琴里は普段料理をしていないということである。

 

「毎日作るのって、結構大変そうだよね」

「いや、でも楽しいぞ。味付けを自分のオリジナルにしてみたり、新しいものにチャレンジしてみたりとな。ああでも、琴里の要求を聞きながら栄養のバランスも考えないといけないのは大変だな」

「士道君はいいお兄ちゃんなんだね。私も頑張ってみようかな……」

 

 ステラは士道の手で揺れている食材たちを見ながら呟く。

 

「よかったら教えようか?」

「本当⁉︎」

「ああ、全然いいぞ。ソーはどうだ?」

 

 士道は一番右を歩いていたソーにも提案する。

 

「いや、俺は遠慮しておこう」

「ええ⁉︎ せっかく教えてくれるって言ってくれてるのに?」

「性に合わん」

 

 ソーはどこか乗り気でない様子である。

 

「料理のできる男の人はモテるって聞くけど」

「ただの迷信だろう」

「誰かのために作る機会ができるかもしれないよ」

「俺が誰に作るっていうんだ?」

 

 全くやる気のないソー。

 

「ああもう! じゃあ、私のために作ってよ! 毎日お味噌汁でも何でも! 私も作るからさ──‼︎」

「ス、ステラ?」

「あ、あはは。ソー、よかったな」

 

 突然大きな声を出したステラにソーが驚き、その発言の内容に士道が苦笑している。

 

「ステラ? ええっと、非常に言いにくいんだけど……。その発言はだな……」

 

 士道はそう言うと、ちょいちょいと手招きをしてステラを呼び寄せる。

 

「な、何?」

 

 ステラは士道の側まで来ると小さな声で聞く。士道もソーに聞こえないよう小さな声でこれに答える。

 

「あのな、さっきの発言は遠回しにプロポーズしてるようなもんだぞ」

「えっ、嘘⁉︎ わ、私、そんなこと言っちゃったの? しかもあんな大きな声で?」

 

 慌てて彼女が周りを見ると、道端で世間話をしていた奥様方な微笑ましそうにこちらを見ている。

 よく聞くと、

 

「あら、あの可愛らしい子。随分とあのイケメンに惚れ込んでるみたいね」

「若いってのはいいわよねー。私もあの頃が懐かしいわー」

 

 などと聞こえてくる。

 これにステラの顔は首から一気に真っ赤に染まった。

 

「なあ、士道。さっきから周囲の視線がやたらと温かいんだが……。何かあったのか?」

 

 周りの視線に気づいたソーが2人の方へとやって来る。

 

「いや、多分俺たちは知らなくていいことだと思うぞ」

「……そうか。おいステラ? どうした、顔が赤いぞ」

「……はっ! こ、これは夕焼け! 夕焼けだから────‼︎」

「お、おい‼︎」

 

 ステラは天に向かって叫ぶと1人先に走って行ってしまった。

 

「ほら、追いかけないと迷子になるぞ」

「まったく……」

 

 士道がソーを急かし、彼は仕方ないと走り出す。

 そうして彼の背中が見えなくなる頃、士道は1つ重要な事に気が付いた。

 

「あ。あいつら家の場所知らないんだった……」

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、五河家の玄関の前に3人は到着していた。

 

「そ、その、ごめんなさい……」

 

 ステラが士道とソーに謝る。

 

「全くだ。急に走り出したと思ったらそのまま迷子だからな」

「まあまあ、ちゃんと見つかったんだし、良かったじゃないか」

 

 あの後士道が消えた2人を探し、公園にいた所を見つけてここへと連れてきたのだった。

 

「ただいまー!」

 

 玄関の鍵を開けて扉を開き、まず士道が中に入る。

 

「お邪魔します」

「失礼するぞ」

 

 続いてステラとソーが中に入る。

 

「そこで靴を脱いで上がってくれ」

 

 士道はそう言い残すと、買い物袋を手に奥へと入って行った。

 残された2人は言われた通りに靴を脱ぐと、士道が入って行った部屋に入る。

 

 そこは家庭のリビングだった。奥にキッチンがあり、士道はそこで食材の整理をしている。

 

「ちょっとその辺に腰掛けていてくれ。今お茶を用意するから」

 

 士道は2人分のお茶を用意すると、テーブルの方へと運ぶ。

 

「ごめんね。急にお邪魔しちゃって。何か手伝える事とかあったら遠慮なく言ってね」

「ははっ、お客さんに何かをさせるわけにはいかないからな。今日はゆっくりして行ってくれ」

「じゃあ、遠慮なくそうさせてもらおう」

「ソーはもっと遠慮しなさいよ」

 

 どっかりとソファに座り込んだソーにステラが呆れたような視線を送る。

 

「お前達はこれからどうするんだ? 今日はここで泊まれるからいいけど」

「その辺はあの小娘に聞いてくれ。俺たちの身柄はあの小娘に保護された事になってるらしい」

「まあ、琴里なら何とかしてくれるだろう」

 

 士道はキッチンで手を洗うと夕食の支度を始める。

 

「で、士道。お前は明日から訓練とやらがあるんだろ?」

「そうなんだよな。明日から学校なんだけどな」

「あの怪しい組織の考える事だ。きっとろくでもない内容に決まってる」

「あら、随分と酷い言われようね。失礼しちゃうわ」

「………………」

 

 背後から聞こえる聞き覚えのある声にソーの動きが止まる。

 ゆっくりと後ろを振り返ると、いつの間に帰ってきたのか、琴里が腕を組んでこちらを見ていた。

 

「それで、一体何の話をしていたのかしら? 私も混ぜてほしいわね」

「い、いや、大した事じゃあない」

「へえ、そう。さて、明日からのあなたの寝床はどこにしようかしら?」

 

 琴里がわざとらしくソーの方を見ながら言う。

 

「分かった! 俺が悪かった! 悪口を言ったことは謝る。だからここで生活させてください」

 

 ソーは必死に頼み込む。

 

「さて、どうしようかしら」

「琴里、あんまりいじめるなよ」

 

 ソーのことを可哀想に思った士道が琴里を諌める。

 

「ふふん、まあ、やり過ぎも良くないわね。いいわ、こっちの段取りが確定するまでここで暮らしなさい。ただし、騒ぎを起こさないこと。いいわね?」

「おお、ありがとう。ステラ、やったぞ。これで野宿せずに生活できる」

「琴里ちゃん、本当にありがとね」

「気にしなくていいのよ。あなた達は早くお仲間を見つけて帰る手段を見つけなさい」

「うん、頑張る!」

 

 ステラはぐっと拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 それから夕食の時間となり、テーブルを囲んで4人は士道の作った料理を食べていた。

 

「う、うまい……。士道、お前はどこかのシェフなのか? こんな美味い飯は食べたことがないぞ」

「喜んで貰えたようなら何よりだ」

「私たち、こんな人から料理を教えてもらえるんだよね。正直信じられない」

 

 ソーは士道の料理を絶賛し、あっという間に完食してしまった。

 

「ふう、美味かったぞ」

「お粗末様。ただ、もっとゆっくり噛んで食べないと体に悪いぞ」

「こんな美味い飯を食って体に悪いことがあるか」

「そういうことじゃないんだけどな……」

 

 士道はグデン、と椅子の背もたれに寄りかかるソーを見て苦笑する。

 その後も食事は滞りなく進み、やがて全員が食べ終えたところで琴里が口を開いた。

 

「それで、2人の仲間についてなんだけど……」

「そうだ。何か知っているのか?」

 

 ソーが体を起こし、机に腕を置く。

 

「ええ、最初に天宮市で確認された高エネルギー反応は5つ。でも精霊が消失(ロスト)した時、再びその反応があったの。正確には、エネルギーが発生した痕跡があったんだけどね」

「つまり、どういうことなんだ?」

 

 士道がさっぱり、といった様子で聞く。

 

「つまり、移動した可能性があるということか」

「そういうこと。こっちも、精霊とあなた達の観測に焦点を合わせてたせいで気付かなかったわ。とんだ失態ね」

「まあまあ、いろいろあったんだしね。ちなみにどこに行ったのかは分かるの?」

 

 ステラが琴里に尋ねる。

 

「これはあくまでデータを元に解析した結果なんだけど、3つは日本国内に。残りの2つは海外、もしくは宇宙空間にあるわ」

「何ていうか、すごい自由な奴らなんだな」

「ま、まあね……」

 

 ステラがはあ、と溜め息を吐く。

 

「ちなみに1つはここ、天宮市に残ったままよ。それで、2人はどうするの?」

「もちろん探しに行くさ」

「皆んな個性的な子達ばかりだから、放っておくと何しでかすか分からないし、早めに見つけるに越したことはないよ」

「それじゃあ、さっさと見つけてちょうだい。変に騒ぎを起こされても迷惑だわ」

「こっちは任せろ。それより、お前達は明日から訓練があるのだろう?」

 

 ソーは琴里と士道を交互に見ながら言う。

 

「ええ、そうよ」

「でも、訓練って言っても、一体何をするんだ?」

「それは明日になったのお楽しみ。ま、せいぜい頑張りなさい」

 

 琴里はひらひらと手の平を振って詳しいことは話そうとしない。

 

「まあ、明日は頑張れ」

 

 ソーは椅子から立ち上がると士道の肩をポンと叩いて、自分は庭へと出るガラス戸の方へと歩いていく。

 

「あーっと、小娘」

「私には五河琴里って言う名前があるの」

「はぁ……、琴里、俺の斧があの船に、置きっ放しになっていなかったか?」

「斧?」

 

 琴里は少し記憶を辿ってから、艦橋の壁に立て掛けてあった大きな斧を思い出した。

 

「ああ、あれね。そう言えば置きっ放しになっていたわね」

「やはりそうか。では、あの船の扉をどこか一つ開けておいてくれ」

「?」

 

 琴里は彼の言っていることが理解できていないようである。

 

「えーっとね、彼の斧、ストームブレイカーなんだけど。あの斧は彼の意思に従って飛んでくるっていうもので、どこか通れるところを作ってあげないと、全てを壊して突き進んでくるの」

 

 ソーがベランダの扉を開けようとしている。

 琴里はステラの補足説明を聞いて事の重大さをようやく理解した。すぐさま携帯を手に取るとどこかに電話をする。

 

『おや、司令の方から連絡をしてくれるとは、こんなに嬉しいことは……』

「神無月! 今すぐ〈フラクシナス〉のハッチを開けなさい!」

 

 ベランダではソーが腕を上げる。

 

『無視というのもこれまた素晴らしい対応で……』

「いいから早くしなさい‼︎」

『分かってますって、今開けましたよ。でもまたなんで急に……グボァ‼︎……ツー、ツー』

 

 何か鈍い音がしたかと思うと、電話はそこで途切れてしまった。

 

「はあ、何とか間に合った……」

 

 琴里は椅子に崩れるように座ると安堵の息を吐く。

 

「ソー?」

 

 ベランダで腕を伸ばしているソーを見て士道が立ち上がり、怪訝そうに聞く。

 

「もうすぐ来るよ」

 

 そんな士道に、ステラがベランダの扉の先をじっと見つめながら言う。

 

 そして5秒後、ドン‼︎ という大きな音と共に何かがやって来た。

 部屋の中には大きな風が入ってくる。

 

「うわっ!」

 

 風が収まり、士道が目を開けると、そこには大きな斧を持ったソーがいた。

 

「悪いな琴里、手間を掛けさせた」

 

 ソーはドアを閉め、テーブルの所へ戻ってくると、ストームブレイカーをそこに立て掛けた。

 

「まったくよ……」

 

 琴里は疲れた表情でそう答える。

 

「すげえ……、これ、持ってみてもいいか?」

「ああ、構わんぞ」

 

 士道がソーのストームブレイカーをペタペタと触り、持ち上げようとする。

 

「ぐぬぬ、これ、物凄い重さ、だぞ……。お前、こんな物軽々と振り回してたのか?」

 

 士道は力一杯斧を持ち上げようとするが、せいぜい床から少し浮き上がる程度だ。

 

「アスガルド最強の武器、ストームブレイカーだ。以前は違う武器だったんだが……あれはもう今の俺には相応しくない。きっと俺はもう、あれを持つことはできないだろう」

「何だそれ?」

「彼が言ってるのはね、王の武器、ムジョルニアのことだよ」

 

 ステラが少し悲しそうな顔をしながら言う。

 

「かつて俺が持っていた武器だ。姉に破壊され、今はもう存在しない」

 

 ソーはどこか上の空で呟く。

 

「あなた、何か思い詰めてるようね」

 

 その様子に気付いた琴里が腕を組んでソーの方を見る。

 

「なに、自分のあるべき姿を探しているだけだ……」

 

 彼はそう言うとリビングの出口へと歩いていく。

 

「どこに行くんだ?」

「少し散歩に行ってくる」

 

 リビングには沈黙が流れる。玄関の扉が閉じる音がやたら大きく聞こえるのだった。

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な公園。

 そのベンチに1人腰掛ける男がいた。

 季節はまだ春。夜になると気温は下がり、肌寒くなってくる。

 

 ソーは1人、自分の過去を振り返っていた。だがどれだけ振り返っても、出てくるのは消えていった者達ばかり。

 

 彼に国とは、王とは何かを教えてくれた父。

 彼に溢れんばかりの愛情を注いでくれた母。

 常に反抗しながらも、彼のために戦ってくれた弟。

 アスガルドの民達。

 地球で自分に居場所をくれた人達。

 

 そして最後には必ず、あの男の姿が出て来る。

 目の前で弟を、親友を殺し、宇宙の半分の生命を消し去った男の姿が。

 

 彼の強く握りしめた拳が小刻みに震え、涙が一筋こぼれ落ちる。

 

 そんな彼の背後に近づく気配があった。

 

「随分と情けない様ね」

 

 その声は今日会った者の、誰のものでもない。

 ソーは後ろを振り向く。

 すると、闇の中から1人の少女が姿を現した。

 

「……何者だ?」

 

 ソーは立ち上がり、近づいて来る少女を警戒する。

 燃えるような、そしてどこか暗さを持った赤い髪に瞳。その見た目とは反対に、彼女の雰囲気は落ち着いている。

 

「この世界を無に還す者、とでも言えば分かるかしら?」

 

 ソーは自分の記憶を探る。

 現実を操り、触れたものを闇へと変える真っ赤な流体。

 

「…………エーテル」

「あら、よく分かったわね」

「お前の方から来てくれるとはな。探す手間が省けた」

 

 ソーは再びベンチに座ると溜め息を吐く。

 

「見てたのか?」

「ええ、まあ」

「情けないことだ。国の一つも守れない奴が、王になる資格があると思うか?」

 

 ソーは赤い少女に向かって聞く。

 

「そんなこと知らないわ。私は王になんてなったこと無いもの。でも、あなたの他に王になれる人がいたの?」

 

 彼は思い出す。自分をリーダーとして支えてくれたアスガルドの民達を。

 

「私の勘だけど、おそらく元の世界ではこれから大きな戦争が起こる。その時彼らを守るのは一体誰? あなたの役目は何? よく考えてみたら?」

「………………」

「私の力に打ち勝った男が、こんな所でメソメソしてるんじゃないの」

 

 彼女はそう言うと、ソーの隣へと腰を下ろす。

 

「ところで、話は変わるんだけどさ。あなた、これからどうするとか予定は決まってるの?」

「俺は家に帰るぞ」

「家?」

「ああ、俺達を保護してくれる親切な小娘がいてだな……」

「えっ? 小さい子に保護してもらってるの?」

「見た目はガキだがよく頭が回る奴だ。怒らせると怖いぞ。そいつの兄貴にも世話になってる」

「そ、そうなんだ。あの、その、……私が付いて行っても大丈夫かしら……?」

 

 少女は不安そうにしながら聞いてくる。

 

「あいつらに聞いてみないと分からんが、来るだけ来てみればいいだろ」

 

 ソーはそう言うと、よっこらせ、とベンチから立ち上がった。

 

 彼は新しい家へと帰る。その顔からは、何を思っているのかは分からない。だが少しだけ、何かを決意したように見えた。

 



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第5話 人の上に立つ者

「ふ、増えてる……」

 

 玄関で帰ってきたソーを出迎えた士道はその後ろにもう1人いることに気付き、呆然としていた。

 

「ついさっき、そこの公園で会った」

 

 ソーが合図をすると、少女が一歩前へと踏み出る。

 

「こんばんは。あなたがソーの世話をしている人?」

「え、えぇっと…………」

「ちょっと士道! いつまでそこに……誰?」

 

 士道が戻って来ないので確認しに玄関へと出てきた琴里も固まった。

 

「…………リア?」

 

 琴里の後ろから顔を覗かせたステラが少女の姿に気が付いた。

 

「ステラ? あなたが何故ここに……」

「俺をこの世界に引きずり込んだのはそいつだからな」

「だ、だって、皆を探すのを手伝ってほしかったからさ」

 

 2人が玄関とリビングの間で言い合いを始める。今日一日でこの光景を何度見たことだろうか。

 

「はいはい、2人がお似合いなのは分かったから。リア、だっけ? あなたもこの2人のお仲間ってことでいいのかしら?」

 

 そんな2人を無視して琴里は玄関に立つ赤い少女に問いかける。

 

「仲間、なのかは分からないけど、同じ立場の者ね」

「そう。取り敢えず上がってちょうだい。これからどうするか考えるわ」

「ご迷惑をお掛けするわ」

 

 リアは玄関に靴を揃えると、五河家へと上がり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 それからリアについても対応を確認し、ひとまずこの家で保護することとなった。

 最後に全員でお風呂に入る順番を決め、就寝の準備をすることに。

 

「ステラとリアは客間に布団を敷いておいたから、そこで寝てちょうだい」

「ありがと」

「何だか悪いわね」

 

 2人は琴里に連れられて、客間へと案内される。

 

「俺は適当な場所で寝るぞ」

「ダメに決まってるだろ」

 

 リビングのソファーで寝ようとしたソーは士道に首根っこを掴まれる。

 

「ウチの両親の寝室が空いてるから、そこ使え」

「いいのか?」

「ああ、ウチの親は滅多に帰ってこないしな」

「助かる」

 

 ソーは二階の寝室へと案内された。

 

「それじゃ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

 士道が出て行き、部屋には静寂が訪れる。

 ソーは電気を消し、窓の側へと歩いて行くと夜空を見上げた。そこには果てしなく広がる星空が見える。

 

「父上、俺は皆の元へ帰るため、そして全てに決着を付けるため、もっと強くなると決意しました。ですが、分からないのです。俺は皆の上に立つ者として相応しかったのでしょうか……」

 

 彼は満点の星空に、そう問いかける。

 だが彼の問いに、答えてくれる者はいない。

 

 

 

 

 

 

 翌日、士道は高校へ、琴里は中学校へと登校して行き、家にはお邪魔している3人が残されることとなった。

 

 朝、白いリボンを付けた琴里を見たソーが、「頭がおかしくなったのか?」と言ったところ、鳩尾にドロップキックをお見舞いされていたのだが。

 

 そんなこんなで時間は過ぎ、現在は3人でソファーに腰掛け、ぼーっとしている。

 

「…………って、ダメだよ! 皆を探さないと!」

 

 ステラがガバッと立ち上がり、2人に向かって叫ぶ。

 

「探すって言っても、どこにいるか分からないじゃない」

「全くお手上げだな。何も出来ん」

「それはそうだけど……」

「いいから座れ」

 

 ソーに促され、ステラはソファーに腰を下ろす。

 

「そうだな。どこにいるかは分からんが、情報の共有くらいは出来るだろう。他の奴らの特徴を教えてくれ。容姿でも性格でも、参考になるだろう」

「そうね、ここで一度全員の特徴を教えておきましょう」

 

 という訳で、行方不明のストーン達の特徴を聞くことに。

 

「えーっと、まずはマイだね。精神を操り、支配してしまう力の持ち主」

「マインドストーンか。あれも厄介な力を持っていたな。そいつはどんな奴なんだ?」

「アホね」

 

 リアが即答する。

 

「もう、リアはそうやってすぐ人の事を悪く言うんだから」

「だって事実じゃない。ウルトロンが生まれたのだって、あの子が興味本位で力を使ったからでしょ」

「た、確かにそうらしいけど……」

「ここ数年問題が起きてなかったのは所有者がまともだったからよ」

「ヴィジョンか……」

 

 ソーが呟く。彼もまた、サノスの犠牲になった1人だ。

 

「いい奴だった。俺のハンマーを持ち上げた奴だからな」

「マイも、彼のことは結構気に入っていたみたい。サノスが近づくたびに警告を出してたみたいだしね……」

「ま、あの子が一番繊細かもね。……アホだけど」

「最後が余計だよ……」

「あ、そう言えばハンマーで思い出したんだけど……」

 

 リアはそう言って立ち上がると、ローテーブルの反対側へと回る。

 

 そして空中で手をかざすと、真っ赤な液体のようなモノが現れ彼女の手を包み込む。

 彼女が手を振り払うと液体も消え去り、そこには鈍い金属の輝きを放つ一本のハンマーが置かれていた。

 

「っ…………」

 

 ソーが少し動揺する。

 

「……なぜ、こいつが存在している?」

「私はあらゆる物質を変化させることが出来る。全てを無に還すことも出来れば、その逆も然りよ。ま、逆を行うためには中身を理解してなきゃいけないんだけどね」

「でもリア、どうしてこれを?」

 

 ステラがテーブルの反対側に立つリアに問う。

 

「彼が迷ってるみたいだから、1番手っ取り早い方法を思いついた訳」

 

 そう言ってリアはテーブルに置かれたハンマーを指差す。

 

「ムジョルニアは王の武器。相応しき者だけが持つことができるもの。ソー、あなた、自分がアスガルドの王として民の上に立つのは相応しくないと思ってるんでしょ? だったら、そいつに聞いてみればいいじゃない」

 

 3人の視線がテーブルに置かれたムジョルニアへと集まる。

 

 

 ソーはゆっくりと手を伸ばし、柄に手を掛けようとして、躊躇う。

 

「ソー?」

「…………くっ」

 

 そんな彼を見てリアはやれやれと呆れた表情を浮かべた。

 

「恐れているわね。もし持ち上がってしまったらどうしようとか、そんなこと考えてるんでしょ? ……まあ、いいわ。それはあなたにあげる。使うかどうかはあなた次第よ。さて、話が逸れてしまったわね。次は誰だったからしら?」

 

 リアはそう言うと、テーブルを回ってソファーに座る。

 

 テーブルの上では何も語ることのないムジョルニアが静かに置かれている。

 ソーはただ、ハンマーを握ることの出来ない自分の手を見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後もまだ見つかっていないストーンの情報を共有し、昼は士道が作り置きして行ったチャーハンを食べた。

 

 そして午後。

 時間を持て余した3人は各自思い思いの事をしていた。

 ステラはリビングにあったテレビをつけ、ドラマを見ている。リアは面白がって士道の部屋の捜索。そしてソーは、寝室のベッドに仰向けに寝転がっていた。

 

 部屋の天井を眺めながらリアの言葉を思い出す。

 

 自分は人の上に立つ者として正しくあれただろうか。いや、違う。何故自分がもう役目を終えたような考えになっているのか。

 

 ぐるぐると思考が頭の中を渦巻く。

 

 そうやって考え続け、気付けば2時間が経過していた。

 

「はぁ………………」

 

 彼は溜め息を吐くと、部屋から出て階段を降り、リビングに入る。しかし、散歩にでも出たのだろうか、ステラとリアの姿は無い。

 

 彼はローテーブルに置かれたムジョルニアを見る。

 どっしりとテーブルの上で構えるその姿は、まさに今も自らを持ち上げる者を待っているかのようだった。

 

 ソーはその柄に手を掛けようとするが、どうしてもそれを持ち上げる気になれない。

 

 黙ってその場を離れると、コップを食器棚から取り出して水を汲み、椅子に座る。水を飲んで一息、だが彼の気持ちが晴れることはなく、彼はそのままテーブルに突っ伏した。

 

 外は日が傾き始め、夕日が窓から差し込み始めている。下校する子供達の楽しそうな声を聞きながら、彼の意識は闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 トントン、と誰かが自分の肩を叩いている。

 一体誰だろうか。自分は今、こんなにも気持ちよく眠っていたというのに。

 

「……ん、んぁ?」

 

 彼はゆっくりと目を開けると、自分を起こした者の方を見た。

 

「お、起きたか?」

 

 士道がエプロンを着けて横に立っている。

 

「こんな所で寝てると風邪引くぞ」

「……なんだ、別に俺の勝手だろう」

「そうは言ってもだな……。何かあったのか? 気分が良くなさそうだぞ?」

 

 こういう所に気付いてくるあたり、彼は人の感情に敏感なのだろう。ソーは何でもないと適当に答える。

 

 ふと窓の外を見ると、日は沈みすでに暗くなっていた。

 

「もうこんな時間か……。お前、いつ帰った?」

「20分くらい前だぞ。琴里も一緒に帰ってきたからな。……そう言えば他の2人はどうしたんだ?」

 

 ソーは言われて2人が夕方からいないことを思い出す。

 

「そう言えば、俺がここに来た頃には居なかったな……」

 

 2人がそう話していると、玄関の扉が開く音がした。

 

「ただいまー」

 

 どうやら噂をすれば何とやら、というやつだ。

 

「丁度帰って来たみたいだな」

 

 士道はそう言うとキッチンへと向かう。

 一拍置いて、リビングにステラとリアの2人が入って来た。

 

「あ、出て来たんだ」

「何だその言い方は」

「てっきりまだ思い詰めてるのかなー、って思ってたから」

 

 最初に部屋に入って来たリアが、ソーの姿を見つけるなりそう言ってきた。

 

「お前達こそ、どこへ行っていた?」

「街の散策だよ」

 

 ステラがソーの隣に座る。

 

「もしかしたら誰かいるかも知れないと思ったから、一度街の方をぐるりと回って来たんだ」

「ま、結局収穫は無しだったんだけどね」

 

 リアも椅子に座り、今日の出来事を話し始める。

 

「そう言えば、士道は今日訓練だったな。どうだったんだ?」

 

 ソーの唐突な質問にキッチンで料理をしていた士道の動きが固まる。

 

「いや、その、だな……」

「その顔は、何かあったのかしら?」

 

 リアが興味深そうに士道の方を見る。

 

「ええ、それはまあ、ひどい様だったわ」

 

 その時、二階から降りて来た琴里がリビングに入って来た。

 

「あ、あんなの初見でクリア出来るわけねぇだろ!」

「何? 何か文句でもあるの?」

「ぐっ……、でもあんなシチュエーション起こるわけが……」

「そう。じゃ、もしそのシチュエーションが起こった場合はペナルティ二倍ね」

「なっ⁉︎」

「当然でしょう? あなたが文句を言ったのだから」

 

 士道はその言葉に絶句する。何しろそのペナルティというのが……。

 

「ねえ、そのペナルティって何なの?」

 

 ここで士道の訓練に興味を持ったリアが2人の会話に割り込んで来た。

 

「あら、知りたい? だったら明日の放課後、学校に来て見るといいわ」

「本当? じゃあその時間にお邪魔させてもらうわ」

「興味深いな。俺も覗かせてもらおうか」

「じゃあ私も行こうかな」

 

 リアに続き、残りの2人も付いてくることに。

 

「そう、じゃあ入校手続きはこっちで適当にやっておくわ」

「ま、待て! お前ら俺を殺す気か!」

「一体どんなペナルティなのかしら、ますます興味が湧くわね」

「でしょう? もう目が離せないわよ」

「も、もう嫌だ──────‼︎」

 

 リビングに士道の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「うぅ…………」

 

 食器を片付け終えた士道は、1人ソファーに座り込んで落ち込んでいた。

 なぜなら士道の訓練に興味を持った3人が明日の放課後にそれを覗きに来ることになったからだ。

 今日の訓練でさえ、士道の精神パラメータをゴリゴリと削り取っていったというのに、そこにあの3人が加わると思うと……。

 

 士道はそこまで想像して思考を停止した。

 これ以上は考えてはいけないような気がする。

 

「はぁ、憂鬱だ……」

 

 そう言って頭をグデンと、ローテーブルに置く。

 

 ふと、視界に見慣れない物があることに士道は気が付いた。

 

「……何だこれ?」

 

 それはハンマーだった。

 不思議な模様が彫られ、鈍い金属の輝きを放っている。

 

 少なくとも、朝士道が家を出た時点でこれは置いていなかったはずだ。

 となると、今日家にいた3人の誰かの物ということになる。

 

「置き忘れたのか?」

 

 士道は誰かが置き忘れたのだと思い、それを持っていってやろうとハンマーの柄に手を掛けた。

 だがハンマーが持ち上がらず、手を滑らせてしまう。

 

「おっと。ふんっ…………あれ?」

 

 手が滑ったのだと思い、もう一度持ち上げようとする。だがどうやってもハンマーは持ち上がらない。

 

「ど、どうなってるんだこれ?」

 

 それから色々な方法でハンマーを持ち上げようとしたが、結局ピクリとも動くことは無かった。

 

「テーブルが凹んだりしてないよな……」

 

 士道はどうやっても持ち上がらないハンマーでテーブルが壊れないか不安になる。

 だが、テーブルの裏から確認してみても傷などが入っている痕跡は無かった。

 

「大丈夫そうだな。……でも何で持ち上がらないんだ?」

 

 士道はもう一度柄に手を掛け、力を入れて見る。が、やはり結果は同じだった。

 

「まあ、明日誰かに聞いてみればいいか……」

 

 ようやく諦めのついた彼は、電気を消しリビングを後にするのだった。



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第6話 行動開始

誤字報告をして下さった方、ありがとうございます。


 天宮市市街地。

 

 ソー、ステラ、リアの3人は、家で暇を持て余していても仕方がないと、街を散策していた。

 

 天宮市は今日もいい天気である。

 

「見て見て、オシャレなカフェがあるよ!」

 

 ステラが建ち並ぶ店を前に、子供のようにはしゃぐ。

 

「あなた、昨日もそうだったけど、はしゃぎ過ぎなのよ。周りから変な目で見られるからやめてちょうだい」

 

 リアが疲れたように肩を落とした。

 

「べ、別にいいじゃない……」

「ま、こんな機会は今まで無かったからな。たまには思い切りはしゃぐのも悪くないかも知れん」

 

 頰を赤らめて大人しくなったステラにソーがフォローを入れる。

 

「2人も騒ぎ出したら手が付けられないわ。騒ぐならどっちか1人にしてよね」

 

 リアは仕方ないと、許容する。まるで、2人の保護者のような存在だ。

 

 今日の予定はまず街の散策。それから士道の訓練の見学である。琴里から聞いた話だと、士道の訓練にはペナルティがあるらしい。

 

 一体どんな訓練をしているのか、3人とも興味津々なのである。

 

「次はどこに行く?」

 

 1番元気のあるステラが早くどこかに行きたいと、急かし始める。

 

「時間はたっぷりあるんだから、そんなに急かさないで。ほら、あそこの店でお昼にしましょう」

 

 リアがステラを宥めると、3人は適当なお店へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 

「失礼しまーす」

 

 来禅高校の物理準備室に3人はやって来ていた。

 扉をノックして中に入る。

 

「あ、来たわね」

「ぐっ、本当に来たのか……」

 

 中には琴里と士道、それから〈フラクシナス〉にいた解析官の村雨令音がいた。

 そして士道は沢山あるディスプレイの1つと睨めっこしていた。

 

「すごい部屋だな……」

 

 ソーはまるでどこかの研究者の部屋のようなその光景に目を疑っていた。

 

「この世界の学校の文明レベルがここまで高かったとは……」

「いや、単純にこの部屋がおかしいだけだからな⁉︎」

 

 画面から目を離した士道が盛大にツッコミを入れる。

 

「あなたはさっさとそのゲームを終わらせなさい。でないと先に進めないわよ」

「くっ…………。そうは言ってもだな……」

 

 士道は画面に現れた選択肢を前にうんうんと唸り続けている。

 画面には三択の選択肢。

 

「なんだ、面白そうなことをしてるな。これが世に言うゲームというやつか?」

 

 ソーが士道のやっている『恋してマイ・リトル・シドー』を興味深そうに覗き込む。

 

「これが訓練というやつなのか?」

「あ、ああ。そうらしい」

「どれ、俺が一発やってやろう」

 

 そう言ってソーが現れた選択肢を適当に選ぶ。

 

「ばっ、馬鹿っ! そんなに適当に選んだら…………」

『変態っ! サイテー!』

 

 士道の叫びも虚しく、画面では主人公が少女に引っ叩かれていた。

 

「ああ、私よ。次のやつを」

 

 琴里がどこかに連絡したかと思うと、士道の顔が真っ青になる。

 

「お、おい、嘘だろ⁉︎ 今のは俺じゃねえ!」

 

 士道はソーの方を見て叫ぶが琴里は聞いていない。

 次の瞬間、別のモニターにとある映像が映し出された。

 

 その背景はおそらく、士道の部屋だろうか。画面の中央には上半身裸の士道が映っている。

 

『奥義・瞬閃轟爆破ぁぁぁぁっ!』

 

 画面の中の士道は両手を合わせて腰元に手をやると、それを一気に前に突き出した。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」

 

 士道が物理準備室の床をのたうち回る。

 

「何だ士道、お前は必殺技に憧れてたのか?」

「ちょっ、ソー、そんなこと言ったら、彼が可哀想、ぷふっ!」

「あっははは! 待って、お腹痛い、ふふふっ。奥義って、一体、いつ使うのよ、ふふふふっ」

 

 ソーを止めようとしたステラも我慢出来ずに吹き出す。

 リアなど士道のことも気にせず大爆笑だ。

 

「……もうダメだ。俺は社会的に抹殺された……」

 

 士道はこの日、人生で最大の屈辱を味わった。

 あれは過去の遺物であり、誰にも知られる筈のないことだった。彼は過去の自分を恨んだ。何に憧れてあの様な事をしたのか。

 そんな彼に、聞こえてはいけない言葉が。

 

「なあ、このゲーム、もっと進めてもいいか?」

 

 その後彼がどんな目に遭ったのかは、想像にお任せするとしよう。

 

 

 

 

 

 

 そうして放課後の訓練を見学した3人は琴里と共に帰宅していた。ちなみに士道は精神的ダメージが大き過ぎたためか、現在は〈フラクシナス〉のベッドで目を回している。

 

「学校に通ってみたい?」

 

 琴里がステラの方を見て言う。

 

「いや、ただの希望だから、気にしないで……」

 

 ステラは誤魔化すように言葉を濁す。

 下校していく生徒達を見ていたステラがポソリと呟いた一言が、事の始まりであった。

 

「あなたが通いたいと言うのなら、こっちでいろいろ調整出来ないこともないわよ」

「さ、流石に悪いよ。今もお家に住ませてもらってる訳だしさ」

 

 ステラはぶんぶんと手を振りながら否定する。

 

「何をそんなに遠慮してるのよ。力を使うなと言ったのはこっちなんだし、他の仲間を探せないのなら時間も余っちゃうでしょ」

「そうだぞ。他のストーンについては俺に任せろ。進展があり次第報告してやる」

 

 ソーも琴里の言葉に頷き、肯定する。

 ステラやリアが力を使うとASTの観測機に引っかかる可能性がある。リアが士道の家で力を使ってから、琴里は2人になるべく力を使わないよう注意をしていた。

 

「でも…………」

「でももへったくれもないの。あなたが通いたいんでしょ?」

「……はい」

「じゃあ決まりね。明日手続きするから、来週には通えると思うわ」

「ご迷惑をお掛けします」

 

 ステラはペコリと頭を下げた。

 

「で、あなたはどうするの?」

 

 次いで琴里はリアの方にも視線を向ける。リアは自分の方に話が回ってくると思っていなかったのか、少し慌てる。

 

「何で私? 私は別に……」

「リア……」

「ちょっと、そんな目で見ないでよ。断りづらくなるでしょ」

 

 リアはステラの懇願するような視線に目をそらす。が、やがて観念したのか両手を挙げた。

 

「はあ、分かったわよ。私も行けばいいんでしょ」

「2人の方が何かあった時に行動しやすいしね。助かるわ。じゃ、リアも手続きしておくわね」

「お願い……」

 

 こうしてステラとリアの2人が学校に通うことが決定した。

 

 

 

 

 

 

 こうして10日が過ぎ、士道は訓練の第1段階をクリア、ソーはストーンを探しに国内を捜索に、ステラとリアは来禅高校へと通い始めた。

 

 ちなみにステラとリアは士道の隣のクラスへと転入。初日から美人の双子姉妹としてクラスの人気者である。

 

 そして今日、士道は訓練の第2段階に臨んでいた。

 

「クソッ、あいつら適当なこと言いやがって。先生が本気になっちまったじゃねえか」

 

 士道は廊下を走っていた。

 訓練の第2段階として、実際に女性を口説き落とすという訳の分からないことをやらされているのだが、最初のターゲットになった士道の担任の先生が本気になってしまったのだ。

 

「のわっ⁉︎」

 

 走りながら廊下の角を曲がろうとしたところ、急に出てきた誰かとぶつかってしまった。

 

「す、すまん! 大丈夫か? ……っ⁉︎」

 

 士道はぶつかった相手の方を見ようとして、目を逸らした。何しろ、その相手がこちらに向かってばっちりと股を開いて倒れていたのだから。

 

「問題ない」

 

 ぶつかった相手、鳶一折紙は士道の手を取るとさっと立ち上がった。

 

 ここで士道の耳に付いているインカムに琴里から指示が入る。そこにいる鳶一折紙で訓練しなさいと。

 

 何を言ったらいいか分からない士道は令音の指示に従って折紙を口説く事に。

 

「なぁ、鳶一。実は俺、放課後に鳶一の体操着の匂いを嗅いでるんだ」

 

 だが、だんだんと方向性が怪しくなっている。

 

「私も」

「へっ?」

 

 士道は額にダラダラと汗をかきながら会話を続けるが、先程から会話の内容がおかしい。

 

「そ、そうか、なんだか俺たち、すごい気が合うみたいだな」

「合う」

「じゃあもし良かったら、俺と付き合ってくれないか? って、いくらなんでも急展開過ぎんだろ!」

 

 士道は1人で盛大にツッコミを入れており、周りから見たらただの変人である。

 

「すまん、鳶一。今のは忘れて──」

「構わない」

「へっ?」

 

 それからというもの、何とか折紙にさっきのことを忘れてもらおうとした士道だが、彼女の目はどこかウットリとしており彼の話は通じていなかったのだと思われる。

 

 

 

 

 

 

 そして──

 

 ウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──

 

 甲高いサイレンが校舎の中に響き渡る。

 

「っ──」

 

 折紙はサイレンを聞いた瞬間、どこかへと物凄い速さで消えて行った。恐らくはASTの仕事へと向かったのだろう。

 

 そして、士道の耳のインカムにも指示が入る。

 

『士道、一旦回収するわ』

 

 彼は浮遊感とともに、〈フラクシナス〉へと回収された。

 

 

 

 

 

 

 その頃、天宮市の外にて。

 

 ソーは国内にいるという残りのストーンを探して市外を捜索していた。

 琴里から手渡された高性能センサーを持ち、あちこちを歩き続ける。

 

 このセンサーはステラとリアの力を解析して作られたものである。2人に共通するエネルギーを発見し、それに反応するように作られている。

 

 今日は一日、これを持って歩き続けているが、未だに反応はない。

 

「地道に探すしかないか……」

 

 彼はセンサーをポケットにしまうと、再び山道を歩き始める。

 

 その時、遠くから甲高いサイレンの音が聞こえた。

 

「この音は…………」

 

 彼も一度耳にしたことのある音。

 ソーは捜索を中止すると、ストームブレイカーを呼び寄せる。そしてその柄を握ると同時に、空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 来禅高校校舎の外。

 

 ASTの隊員たちは、校舎内に侵入した精霊が外に出て来るまで待機していた。

 この状態になって数分が経つが、未だに動きはない。

 

 折紙は巨大な機関銃を手にいつでも動けるよう、準備を整えている。

 

 一方校舎の中では、士道が精霊〈プリンセス〉と接触していた。

 不用意に近づけば首が飛びかねないので、会話をしながら徐々に距離を縮める。最初はどうなることかと思ったが、今の所順調である。

 

「…………」

「…………」

 

 その様子を眺める2つの影があった。

 

「大丈夫なのかしら……」

「士道君はやる時はやるからね。きっと大丈夫だよ」

 

 琴里から士道が何をするのかを聞いていたステラとリアは、皆と一緒に避難せずにこっそりと隠れていたのであった。

 2人は空間震警報が鳴ってから、ステラの作った空間の狭間に入り、外の様子を伺っていた。

 

 ここなら外の影響を受けずに観察をすることが出来る。士道にもし何かあった時は真っ先に動けるよう2人は待機しているのだった。

 

 そこへ警報を聞いて戻って来たのか、ソーがやって来る。

 

「見て、彼が戻って来たわ」

「本当だ! ちょっと待ってね……」

 

 空中に浮かぶASTの背後、校門の影にソーの姿が見える。

 ステラは手をかざすと空間に穴を開け、ソーの肩をトントンと叩く。

 

「……っ!」

 

 それに驚いたソーがストームブレイカーを振りかざそうとするが、リアが慌ててそれを止める。

 

「ちょっと! 何やってるのよ、あなた達」

「わ、悪い……」

「ごめん、私も不注意だった……」

 

 ステラはソーを空間の狭間に入れると穴を閉じる。

 

「それで、士道の調子はどうだ?」

「何度か危ない場面はあったけど、今は特に問題ないわ」

 

 リアが士道と〈プリンセス〉のいる教室を見ながら言う。

 

 丁度そこでは士道が黒板に名前を書いているところだった。

 黒板には十香の文字。

 すると〈プリンセス〉がその跡を指でなぞる。なぞられた所が綺麗に削り取られていた。

 

「しかし、あの大剣の女を士道が救うだとな。よく分からんことをやっている。琴里は一体何を考えてるんだ?」

 

 ソーはストームブレイカーを置くと腕を組んで考える。

 

「うーん、でも、あの子が起こす大爆発がそれで無くなるって言ってたから……どうなんだろう?」

 

 ステラも首をかしげる。

 

「単純にあの子の為だけに行動してるのだとしたら、相当なお人好しね。あの子の持つ力を考えると、他に目的もありそうだけど」

 

 リアは琴里、というよりもその背後にいる組織のことを考えていた。

 

「それに、あれだけの力を持った者がいるのならその力を狙う別の組織がいてもおかしくは無いわね」

 

 言ってリアは教室で士道と話す少女を見る。士道はいい感じに彼女と会話できているようだ。

 

「まだ他にも組織がいるのか? 関わると面倒なことになりそうだ……」

「だったらさっさと他の子達を見つけて帰らないとね。何か収穫はあった?」

 

 リアはソーの方を見て聞く。

 

「いや。この周辺には居なさそうだ。この街の外側付近は全て調べたが反応はなかった」

「近くにはいないか……」

「これから少し遠出になりそうだ」

「ごめんね。これは私の問題だし、何か協力出来たらいいんだけど……」

 

 ステラが申し訳なさそうにしている。

 

「こんな事でも起きない限り、お前達は力を使えないんだ。気にするな。お前達は学校を楽しんで来い」

 

「でも…………」

 

 そんなステラの様子を見てリアはやれやれと両の手の平を上げる。

 

「さて、それじゃ、とりあえず今は…………」

「うん」

 

 リアが話を切り出し、ステラがそれに頷く。3人とも今やるべきことは一致しているようだった。琴里には何も言っていないため、後からどうなるかが怖いのだが。

 

「あのASTとやらを引き剥がすぞ」

 

 ソーはストームブレイカーを握りしめると、校舎の前に浮かぶ機械を纏った人間達を見た。



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第7話 再会の日

 来禅高校の校舎の外には、機械のようなものを身に纏った人たちが10人ほど浮いていた。

 

 ──AST、対精霊部隊と呼ばれるこの部隊は、空間震をもたらし人間の生活に危害を加える精霊を排除するために結成されたものである。

 

 そして現在、ASTの隊員達は校舎の中に侵入した精霊が外に出て来るのを待っている状態だった。

 

 その時部隊の中の1人、おそらくはリーダーであろうその人が全体に指示を出す。

 

「攻撃の許可が出たわ。校舎を崩しちゃって」

 

 中にいる精霊をおびき出すため、校舎を破壊する許可が出たのだ。

 

 巨大な機関銃を構えた折紙は、その指示を聞くや否やすぐさまその引き金を引こうとした。

 

 ところが……

 

 突如自分達の周囲が青白く光ったかと思うと、目の前の景色が一瞬で変わってしまったのである。

 

「……っ⁉︎ 一体何が……」

 

 折紙は周囲を見回す。

 どうやら他の隊員達も一斉に同じ目にあったようである。

 そして隊長がこちらへと通信を入れて来た。

 

『折紙! 無事?』

「問題ない」

 

 折紙は自分の無事を伝える。

 そして、ついにその犯人が姿を現した。

 

「っ……、あなたは」

 

 折紙は地上付近に現れた穴から出てきた人物を見て目を見開く。

 

「ん? お前は…………、どっかで見たな」

 

 ソーは折紙を見て自分の記憶を探る。

 自分が初めてこの世界に来た日、あの〈プリンセス〉とかいう精霊と戦った時に見かけた銀髪の少女。

 

「ああ、あの時の……お前もASTとやらか」

 

 ソーは1人納得したように頷き、折紙の方を見る。

 

「あなたも、精霊なの?」

 

 折紙はソーを睨みつけると静かに聞く。

 

「さあな。好きに考えろ。ただ、俺は今その精霊とやらに協力するためにここに立っている」

「ならば、あなたは敵。排除する」

 

 折紙はCR-ユニットのスラスターを駆動させると、一気に彼へと詰め寄る。

 

 ソーはストームブレイカーを天にかざした。

 

 一気に距離を縮め、レイザー・ブレイド〈ノーペイン〉で斬りつけようとした折紙は、危険を感じてすぐさま切り返し、ソーから距離を取る。

 

 直後、彼の真上に巨大な雷が落ちた。

 

 強烈な光が収まると、そこにはバトルアーマーに身を包み、巨大な斧を手に持ったソーが立っていた。

 

「さて、お前達が先に手を引いてくれた方が楽なんだが……」

 

 ソーは折紙の方を見てニヤリと笑う。

 

『折紙! あれは何?』

「…………敵。攻撃を開始する」

『待ちなさい! 折紙っ!』

 

 折紙は隊長の言葉を無視すると〈ノーペイン〉を手に、ソーへと肉薄した。

 

 

 

 

 

 

 その頃学校では、士道が〈プリンセス〉こと十香とデートの約束を取り付けていた。

 

 だが、やけに外が静かなことに気付く。

 士道は教室の窓の方へ歩いて行くと、カーテンの影から外の様子を伺った。

 

 だが、外には誰もいない。おかしい。先程まで外にはASTの隊員達が居たはずなのだ。それがまるで初めから何も居なかったかの様に静まり返っているのである。

 

「──なあ、十香」

 

 士道は後ろを振り返るが、そこには誰もいない。

 

『士道、精霊が消失(ロスト)したわ』

 

 耳のインカムに琴里の声が響く。

 

「……そうか」

『一旦回収するわ。少し待っててちょうだい』

「ああ……」

 

 士道は誰も居なくなった校舎の外を、もう一度眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ま、初回にしては中々上出来ね。よくやったわ」

「そりゃ、どうも」

 

 士道を〈フラクシナス〉へと回収した琴里は先ほどの映像を振り返っていた。

 今回士道は精霊〈プリンセス〉と接触。会話に成功した。

 

 士道がそこで感じたのは、彼女の人間に対する悲しみと絶望。この世界に現界する度に命を狙われる彼女は人間というものが全て自分を殺しに来るものだと、そう思っていた。

 

 そんな彼女を士道は否定しなかった。それが大きなポイントとなったのだろう。彼女は士道の会話に応じてくれた。

 

 そして彼女は士道に名前を付けろ、と言った。あまりにも重すぎる要求に士道は困惑したが、その日が四月十日だったということから、彼女に「十香」という名前をつけた。

 

 そして、彼女にデートしようと、そう持ち掛ける。

 

 十香がデェトとはなんだとそう問いかけるが、恥ずかしくなった士道が誤魔化すように目線を逸らす。その時外がやけに静かなことに気付き、その確認をしに行った所で十香が消失(ロスト)したのだった。

 

 士道は途中からASTが居なくなっていたことを思い出す。

 

「……そうだっ! 琴里、途中からASTが居なくなってたんだが……」

「それについては、この映像を見てちょうだい」

 

 琴里は手元のタッチパネルを操作すると、メインモニタに映像を映し出す。

 

「これは……」

「リアルタイムよ」

 

 そこには空中に浮かび、ミサイルを発射するASTの姿が。そしてそのミサイルが飛んでいく先、そこには赤いマントをなびかせ、斧を振りかざすソーの姿が映っていた。

 

「あいつ、何やって……」

「どうやらASTを引き剥がしたのは彼らみたいね。感謝しなさい、おかげで邪魔が入らなかったんだから。ま、でもアイツらは後で説教ね」

 

 琴里は肘掛けに肘を付き、顎を支えるとやれやれといった感じで溜め息を吐く。

 

「誰かアイツに連絡出来ないの?」

 

 琴里は画面の向こうで今もなお戦闘を続けているソーを指差しながら言った。

 

「恐らく彼に連絡を取る手段は無いかと……。ですが、ステラちゃんとリアちゃんには可能です」

 

 琴里の質問に〈フラクシナス〉のクルーの1人、〈藁人形〉(ネイルノッカー)椎崎が答える。

 

「そう。じゃあ、そっちに繋いで」

「了解しました」

 

 そう言うと椎崎は通信を始める。

 しばらくして、スピーカーからステラの声が聞こえてきた。

 

『はい、なんでしょうか?』

「なんでしょうか、じゃないでしょ。あなた達今どこにいるの?」

 

 緊張感のない声で答えるステラに琴里が声を低くする。

 

『こ、琴里ちゃん⁉︎ いや、これはね……』

『だから、言ったでしょ。何も言わずにこんな事したら絶対怒られるって』

 

 後ろからリアの声も聞こえて来る。

 

「いいから、2人とも、一旦こっちへ来てちょうだい。いい、分かったわね?」

『はい……』

 

 ステラの沈んだ声と共に通信は切れた。

 

「はあ、ほんと、自由気ままなんだから……」

 

 琴里はチュッパチャプスを口に咥えると艦長席に座り直す。

 

 しばらくすると艦橋に空間の穴が開き、ステラとリアの2人がそこから出て来た。

 

「さて、あなた達。まずは何か言うことがあるんじゃないかしら」

「うう……ごめんなさい」

「勝手なことをしたのは悪かったと思ってるわ」

 

 2人は艦長席の前で正座させられている。

 

「結果的にあなた達の行動のおかげで、士道は精霊との接触に成功した。そこは感謝するわ。でもね、あなた達の行動でこっちの計画が狂うこともあるということを覚えておいて。それと、あなた達の身が危険に晒されるということも」

「……はい」

「とりあえず、今回の事は大目に見ましょう。アイツを呼び戻してくれるかしら」

 

 琴里はモニターの方を見て言う。

 

「あっ、うん、分かった」

 

 ステラは痺れる足に言うことを聞かせながら立ち上がると、前方に手をかざす。

 

 画面では丁度ソーが折紙に向かって走っていく所だった。

 

 すると空間に穴が開き、ソーの姿が消える。同時に〈フラクシナス〉の艦橋に彼が飛び込んで来た。

 

「おわっ‼︎」

 

 そのまま勢い余って壁に激突する。若干照明がチラついた気がした。

 

「はぁっ、はぁっ、……何が起きた?」

 

 彼は立ち上がると艦橋を見回す。そして、艦長席に座る琴里の姿に気が付いた。

 

「おかえり、ソー」

 

 琴里がソーの方を一瞥する。

 

「いや、あのだな、琴里、これには訳があってだな……」

「ああ、いいわよ。詳しい話はそこの2人に聞いたから」

「そうなのか?」

 

 ソーは琴里のそばにいる2人を交互に見る。

 

「う、うん。怒られちゃったけどね」

「そうか。それは悪いことをした。すまん、俺たちも何か士道に協力できることはないかと思ってだな」

 

 ソーは琴里の所まで歩いて行くと、ペコリと頭を下げた。

 

「気持ちだけ受け取っておくから、頭を上げて。そっちのやるべき事を優先すればいいわ。もし助けが必要な時は改めてお願いするから」

 

 琴里は手の平を振ってそう言う。

 

「だから、少しは自分たちの心配をしなさい」

「ああ、分かった。もし必要な時はいつでも言ってくれ。たとえこの星の外にいようとすぐに駆けつける」

「そ、そこまでしなくても……」

 

 ソーの言葉を聞いて士道は頰を掻く。

 

「いや、士道にはいつも世話になってるからな。これくらい当然だ」

 

 ソーは腰に手を当てるとフン、と威張った。

 

 

 

 

 

 

 天宮市郊外にて。

 

 先程まで戦闘を繰り広げていたASTの隊員達は呆然としていた。

 何しろ、そのターゲットが突如消え去ってしまったからである。

 

 ソーと対峙していた折紙も武器を下ろし立ち尽くす。

 

「…………」

 

 そこへ隊長から通信が入る。

 

『総員、撤退よ』

 

 その言葉に折紙は拳を強く握りしめる。

 

 また、倒せなかった。

 精霊も、あの男も。

 たしかにあの男は初めて会った時、精霊とも渡り合う程の戦闘をしていた。そう簡単に倒せる相手でないことは分かっている筈だった。

 それでも、無力な自分に嫌悪感が増す。

 

 折紙は先程までその男がいた場所を睨みつけると、他の隊員達の元へと飛び立って行った。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、士道、琴里、ソー、ステラ、リアの5人はローテーブルを囲んで今後の行動について確認していた。

 

「俺は明日も捜索を続けるが、この付近にはいないことが分かった。だからこれからは少し遠くへと探しに行くことになる。何日か帰れなくなることもあるだろうが、気にしないでくれ」

「そう、分かったわ。その間の食料などについてはこちらで支援するから」

 

 琴里が紙に必要事項を書き込んでいく。

 

「士道はまた〈プリンセス〉と遭遇した時のため、引き続き訓練は続行よ」

「あ、ああ。分かった」

 

 士道は訓練中の嫌な思い出を頭の中で思い返しながら答える。

 

「それで、2人なんだけど……」

 

 琴里はステラとリアの方を見る。

 

「私たちは取り敢えず普通に学校に通うわ。何かあったら呼んで」

 

 リアがさっさと答えるが、ステラはどこか不満そうだ。

 

「まあ、そうね。あなた達はそれが今一番いいかもしれないわ」

 

 こうしてそれぞれのやるべきことが明らかになり、明日からの行動は決まった。

 

 

 

 

 

 

 皆が就寝の態勢に入り、夜も深くなった頃、五河家のリビングにはまだ灯りがともっていた。

 

 リビングには2つの影。

 ステラとリアはソファーに座ったまま、ぼうっとローテーブルに置かれたままのムジョルニアを眺めていた。

 

「はあ……、私、本当にこのままでいいのかな…………」

 

 ステラが肩を落とす。

 彼女はソーや士道が行動を起こしている中、何も出来ずにただ日常を過ごすことしかできない自分が嫌になっていた。

 

「とは言っても、何も出来ないんだから仕方ないじゃない。私たちが動けば迷惑をかけることになるんだからさ」

「でも…………」

 

 リアは現実を突きつけるが、ステラは納得がいかない様子である。

 

「これからはソーもしばらく帰らなくなるだろうし、私たちは普通に過ごすしかないのよ」

「うーん……」

「何? もしかして、彼が居なくなるのが寂しいの?」

 

 リアが冗談めいた調子でからかう。

 

「…………うん」

「え?」

「……ふぇっ⁉︎ ち、ちち、違うから! 今のはその、ちょっと疲れてて!」

 

 冗談で言ったつもりの言葉に真面目な答えが返ってきたため、リアがフリーズする。

 ステラは真っ赤になって慌てて弁解しようとするが、もう遅い。

 

「へ、へぇ、ステラが、そう……」

「だ、だから!」

「あなたも大人になったのね……。何だか負けた気分だわ」

 

 リアの周囲に負のオーラが広がっていく。

 

「そうよね、私の方がよっぽど子供よね。ごめんなさい、あなたのことを子供だなんて言って」

 

 ステラの言葉など耳に届かず、負のオーラがどんどん広がっていく。

 

「せいぜい頑張りなさい……。応援してるから……」

 

 そう言って負のオーラを撒き散らしながら、リアはリビングから出て行く。

 

「は、話を聞いてってばぁ──────‼︎」

 

 深夜の五河家にステラの叫び声が響き渡った。

 

 

 

 翌朝、リアの負のオーラは収まっていたが、ステラを見る視線がどこか羨ましそうだったのは覚えている。

 

 また、ステラは顔を真っ赤にしてソーの顔を見る事が出来なかった。



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第8話 日常と非日常

 来禅高校2年3組教室。

 

 昨日空間震によって校舎の一部が削り取られた来禅高校だったが、次の日には元通りに復旧していた。

 

 ステラとリアの2人は昼休みを新しく出来た友達と過ごしていた。

 一緒に弁当を食べ、他愛のない会話をする。

 だがそれは、彼女達にとっての大切な時間。かつて自分が憧れたひと時をこうして過ごすことが出来ているのだ。

 

 リアは会話をしながらふと窓の外を見る。

 青空が広がり、遠くには道を走る車が見える。だがリアは、その景色にふと違和感を抱いた。

 

 何か、この世界とは異なるものがあるような、そんな気がする。

 

 彼女は違和感の正体にすぐさま気づいた。

 それは、来禅高校の校門。その前に立つ、1人の少女。

 

 腰まであるかという長い夜色の髪に、身に纏う鎧のようなドレス。

 

 士道が昨日話した十香という少女が、そこに立っていた。

 

「な、なんであの子がここに?」

「リアちゃん、どうしたの?」

 

 隣にいた友達が動揺するリアを見て心配そうに声を掛けてくる。

 

「いや、何でもない。……ちょっとトイレに行ってくるわ」

「あ、うん」

 

 リアはそう言うと教室を抜け出し、廊下へと出る。

 そのままトイレへは向かわずに、隣の教室へと入った。中を見ると、早速目的の人物が目に入る。

 

「……士道、ちょっといいかしら?」

「ん、リアか?」

 

 彼は窓側から2番目の席で突っ伏していた。

 彼女が声を掛けると周りの視線が一気に集まる。

 

「あれって隣のクラスのリアさんだよな」

「五河とどういう関係?」

「五河のやつ、鳶一さんだけでなくリアさんまで⁉︎ くぅーっ、この裏切り者!」

 

 何やらあちこちからヒソヒソ話が聞こえてくる。最後は最早隠す気もないようだが。

 

 リアはそんな周囲を無視して士道を立たせると教室から連れ出す。

 彼を連れ出そうとした時の折紙の視線がやたらとリアに突き刺さっていた。

 

「お、おい、リア! 一体どうしたってんだ?」

 

 廊下を進み、階段まで来たところでリアは足を止めた。

 そして、窓の外を指差す。

 

「あそこ、何が見える?」

「えーっと……、なっ⁉︎」

 

 士道も気が付いたらしい。つい昨日話した精霊の少女、十香が校門の前に立っているのを。

 

「で、どうするの?」

「どうするって言われても……、行くしかねえだろ」

 

 士道は走って教室へと戻ると、荷物を引っ掴んで飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 士道が走って学校から飛び出して行くのを見届けたリアは教室へと戻る。

 

「一応琴里にも連絡しておこうかしら……」

 

 彼女は〈ラタトスク〉から支給された携帯電話を取り出すと琴里に連絡を入れておく。前回は何も言わずに行動して怒られたリア。同じ轍は踏まない。

 

 もうすぐ昼休みは終わる。

 彼女は何事も無かったかのように、教室へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 校門にたどり着いた士道はそこに立つ明らかに格好のおかしな少女に声を掛ける。

 

「と、十香! 何でこんな所に?」

「む、シドーか。ようやく見つけたぞ。お前の方からデェトというものに呼んでおいて私を放置とは、いい度胸だな」

 

 そう言って十香は士道を睨みつける。

 

「よもや私との約束を忘れていたわけでは無いだろうな?」

「そんな、忘れる訳がないだろ。でも、どうやってここに? 空間震は起きてないぞ?」

「そっ、それは……」

 

 十香は視線を逸らして誤魔化そうとする。

 

「教えてくれ。十香は今日、自分の意思でこっちの世界にきたのか?」

「むぅ、教えてやらん! ばーか、ばーか!」

 

 十香はそっぽを向くと腕を組んで歩き出してしまった。

 

「お、おい! どこへ行くんだ?」

「知らん!」

「ああ、もう……」

 

 士道は十香の後を追い、街の方へと歩いて行った。

 

「なあ、十香」

「早く私をデェトとやらに連れて行け! デェトだ! デェトデェトデェトデェト‼︎」

 

 十香は人が行き交う道の真ん中で、「デェト」と大きな声で連呼する。

 

「ちょっ⁉︎ 十香! そんな大きな声で言ったら……」

 

 十香は言われて周囲の人間たちを見る。皆温かい目で2人を見ていた。

 

「なっ、シドー! 貴様、実は私に言うのもおぞましい恥辱の言葉を並べさせたのか⁉︎」

 

 十香は顔を赤くすると指先に光球を出現させ士道の方に向ける。

 

「ちょちょちょっ、違う! 違うから!」

 

 士道はなんとか十香を落ち着かせ、ふうと深呼吸をする。

 にしても、さっきから周囲の視線がすごい。

 

 単純に十香の美貌に目を奪われている者や十香の服装に目を引かれている者。そういった人たちの視線が2人に集中していた。

 

「十香」

「なんだ?」

「その格好はまずい」

「貴様、霊装は私の領域にして城。侮辱は許さんぞ」

「そ、そんなんじゃねえってば! その格好だと目立ち過ぎるんだよ!」

 

 十香は言われて自分の格好を見る。

 

「むぅ、ではどんな格好ならはよいのだ?」

 

 士道は周囲を行き交う人を見ると、そこに見慣れた人物がいることに気付く。

 

「ステラ? リア? なんでここに……」

「ぬ? どうかしたか?」

「ああ、いや。ほら、あそこに俺とよく似た服の生徒がいるだろ? あんな格好だったら大丈夫だ」

 

 士道は何故かここにいるステラとリアの方を指差して言う。

 

「そうか、あれならばよいのだな」

 

 十香はそう言うと、指先に光球を出現させそれを2人の方へと向けた。

 

「ちょっ⁉︎」

 

 士道は慌ててそれを叩く。光球は地面に当たり、アスファルトに穴を空けていた。

 

「何をするのだ!」

「それはこっちのセリフだ! 何するつもりだったんだよ!」

「あの娘を気絶させて服を剥ぎ取ろうとしただけだが」

「ダメだ! いいか、十香。人にされて嫌なことはしちゃダメなんだ」

「むぅ……」

 

 十香は不服そうに口をへの字に曲げるが、どうやら分かってくれたようで、霊力で来禅高校の制服を編み出すとそれを身に纏った。

 

「……そんな便利な力があるなら最初からそうしろよ」

 

 士道は溜め息をつきながら呟く。

 

「何か言ったか?」

「いや、何も……」

 

 2人のデートは前途多難である。

 

 

 

 

 

 

 そんな2人の背後。

 危なっかしいデートをする士道と十香を見守るステラとリアの姿があった。

 

「さっき、絶対ばれたよね?」

「そうね……というか、私たち、狙われてなかったかしら……」

 

 そう言ってリアはさっきの光景を思い出す。あの時の十香は確実にこっちを狙っていた。一体何をするつもりだったのだろうか。

 

 2人は先程街のパン屋さんへと入って行った。

 士道がエスコートするというよりは、十香が士道を振り回しているような気がするが。

 

「琴里から返事はあった?」

「うん、さっき」

「何て?」

「2人にバレないように着いて行けって言ってたよ」

「もうバレてるわよね……」

「あ、あはは……」

 

 リアはやれやれと言うと、建物の陰に隠れて2人が入ったパン屋さんの様子を伺う。

 

「とりあえず、あの2人に危害が及ばないように注意しましょう」

「分かった」

 

 それから〈ラタトスク〉の機関員がサポートをしながら、士道と十香のデートは進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 その様子を見ていたのはステラとリアだけでは無かった。

 

 鳶一折紙。

 彼女もまた、士道が急に荷物を持って教室から出て行ったのを怪しみ、その後をつけて来たのだった。

 

 そしてそこで、士道が女と一緒に歩いているのを見つける。

 彼女は正妻として、その様子を観察しない訳にはいかなかった。

 

「あれは……精霊」

 

 折紙は士道と一緒にいる女が精霊〈プリンセス〉であることに気付く。だが空間震は起きていない。

 

「──AST、鳶一折紙一曹。A-0613。観測機を一つ回して」

 

 

 

 

 

 

 その後も士道と十香のデートは滞りなく進んだ。何だかんだで士道も上手くやっているようである。

 

 そして時刻は18:00。

 陽は傾き、天宮市は紅い夕日に照らされている。

 

 士道と十香は高台の公園へと来ていた。

 半日ではあったが、十香は楽しんでくれたようである。

 

「私は、こんなにも素晴らしいものを壊していたのだな」

 

 十香は悲しそうに目を伏せてそう呟く。

 

「それはお前の意思じゃねえんだろ!」

「ああ。でも、これはどうにもならない──」

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 宅地開発のため、平らに整備された地面に這いつくばって、折紙は対精霊ライフル〈C C C(クライ・クライ・クライ)〉を構えていた。

 

 街で確認された精霊への攻撃許可が出たのだ。

 しかし民間人への被害を考え、一撃で精霊を仕留めなければならない。

 そして現在、その精霊〈プリンセス〉は霊装を纏っていない。これはまたとない好機であった。

 

「一撃で──仕留める」

 

 折紙は静かに呟くと、呼吸を整え、狙いを定める。

 

 

 

 

 

 

「──まずいわね」

 

 高台の公園から少し離れた山中、リアはライフルを構える折紙を見て渋面を作った。

 

「どうしよう……。このままだと2人が……」

「……んー、やるしかないか」

 

 リアはその場で深呼吸をすると、自分がこれからやろうとしていることを考え、溜め息を吐いた。

 

 失敗すれば自分はもう学校に通うことは出来なくなる。だが今は、もっと優先すべきことがあった。

 

「ステラ、あなたは隠れてて」

「リ、リア、何するつもり?」

「ちょっとお芝居をしてくるだけよ。家と繋いでくれる?」

 

 リアはステラに家と繋ぐ穴を開けさせると、そこに手を突っ込み、巨大な斧を取り出す。

 

 この斧の持ち主は現在首都圏を捜索している筈。だからストームブレイカーが家にあるとリアは知っていたのだった。

 

「もう一度確認するけど、ステラ、あなたは隠れていること。もし私がヤバくなったら逃げるのを手伝って」

「わ、分かった。でも危なそうだったら手を出すからね」

「ええ。さて、それじゃあ少し、借りさせて貰うわよ、ソー」

 

 リアがそう言うと、彼女の体を真っ赤な液体が包んでいく。

 それが消えた時、そこにはソーとそっくりな姿の、というより全く同じ姿のリアが立っていた。

 

 リアはステラの方を見る。ステラはこくりと頷くと、リアの前方に空間の穴を開けた。

 

 

 

 

 

 

「一撃で──仕留める」

 

 折紙は対精霊ライフル〈C C C(クライ・クライ・クライ)〉を構えると、標的をじっと見据え、呼吸を整える。

 相手は憎き精霊、そして精霊は今霊装を纏っていない。これはまたとない好機。ついに念願の精霊を倒すことが出来る。

 

 彼女は顕現装置(リアライザ)を起動させると照準を定め、トリガーに指を掛けた。

 

 だがその時、自分の首に冷たい感触があることに気付く。

 

「そこまでにしてもらおうか」

「──っ⁉︎」

「お前はっ!」

 

 その声は、昨日逃した男の声だった。

 また、邪魔をするのか。折紙は心の中で憤怒が渦巻くのを感じた。

 

 首には冷たい斧が当てられている。彼は簡単に折紙の首を飛ばすことが出来るだろう。

 だがそれでも、視線の先にいる精霊を倒すチャンスはここしかない。たとえ自分の命が果てようとも、折紙の選択は一つしか無かった。

 

 折紙は迷わず指を引く。

 

「っ⁉︎」

 

 リアは目を疑う。まさかこの状況で迷わず撃つとは思わなかったのだ。

 ライフルとは考えられない音と共に弾道が発射される。

 

 

 

 

 

 

「握れ! 今は──それだけでいい…………ッ」

 

 士道が手を伸ばし、十香も一瞬迷った後、そろそろと手を伸ばす。

 そして、2人の手が触れ用とした時。

 

「──っ! 十香っ!」

 

 士道はなんとも言えない気持ち悪さを覚えた。全身を包む嫌な感覚。次の瞬間には、彼は十香を突き飛ばしていた。

 

 突き飛ばされた十香は地面に尻餅をつく。

 

「っ! いきなり何をするのだ!」

 

 だが、十香は突き飛ばした士道の方を見て言葉を失う。

 

 お腹の辺りに大きな穴の空いた士道が、ドサリと地面に倒れた。そこから血だまりが広がっていく。

 

「シ、ドー?」

 

 十香は広がる血だまりなど気にせずに士道の肩を揺すってみる。だが反応はない。

 

 

 

 

 

 

「あ、あっ……」

 

 折紙は崩れ落ちる士道を見て放心状態に陥っていた。

 

「折紙! 折紙っ!」

 

 放心する折紙にASTの隊長、日下部燎子が声を掛ける。

 

「貴様っ、何をした!」

「何も……」

 

 リアはそう答えるが、視線は公園の方を向いたままである。

 

「折紙! 悔いるのは後にしなさい! 今は、生き残ることだけを」

 

 燎子がそう言った直後だった。

 公園から凄まじい光の柱が立ったのは。

 

 

 

 

 

 

「〈神威霊装・十番(アドナイ・メレク)〉…………ッ!」

 

 やはりダメだった。もしかしたらと、期待した自分がいた。彼ならば、信じても良いのだと。だが、世界はそれを否定した。

 

「ああああああああああああああああああああああああああっ」

 

 十香は真っ直ぐに彼を撃った者の方を睨むと、一瞬でその前に現れる。

 

「──っ」

「なっ⁉︎」

 

 そこにいた折紙、リア、燎子の3人が驚愕に目を見開く。

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉──【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】‼︎」

 

 十香の言葉に呼応するように、彼女の乗っていた玉座に亀裂が入ったかと思うと、バラバラに砕け散る。

 そしてそれらが十香の持つ剣に纏わり付き、十メートルを超える長大な剣へと姿を変えた。

 

 十香はそれを軽々と振り上げる。

 

「っ!」

「嘘でしょ⁉︎」

「ちょっと、ヤバイかも……」

 

 狙われた3人は一斉にその場を飛びのく。

 直後、剣が振り下ろされ、凄まじい爆発が巻き起こる。

 

「くっ……なんて力」

 

 先程まで3人がいた台地は今の一撃で真っ二つになっていた。

 

「ああ、貴様だな」

 

 十香は折紙の方だけを見て、剣を振りかざす。

 どうやっても防ぎようのない一撃。

 

「逃げなさい!」

 

 その前に立つ、1人の少女。

 

「あなたは……」

 

 折紙はその姿に目を疑った。

 なんせそれは、隣のクラスの──。

 

 リアは真っ赤な髪をなびかせ、十香の前に立ちはだかった。

 足に力を込め、力を使う。

 彼女を中心に周囲に闇が広がり、渦を巻く。

 

「はあああああああああっ!」

 

 十香の【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】が振り下ろされる。

 リアは自分の前にその闇を収束させるとそれを盾のようにして十香の一撃を受け止めた。

 

「っ! くぅぅぅぅ、早くっ! 行きなさい!」

 

 だか、その重さは尋常ではない。

 折紙は意識を取り戻すと、素早くその場を離れた。

 

「邪魔をするなああああ‼︎」

「くっ……」

 

 何とか一撃を凌いだリア。だかすぐさま次の一撃がやってくる。

 流石に危険を感じたリアは横に飛び退いた。

 だが巻き起こった大爆発に吹き飛ばされ、完全に無防備に。

 

「しまっ……」

 

 そこへ横薙ぎに剣が振られる。

 リアは目を瞑った。

 

「リアっ!」

 

 彼女の視界に映る景色が一瞬で変わる。

 次の瞬間には、彼女は地面に立っていた。

 隣には青い髪の少女が立つ。

 

「ステラ……」

「無事⁉︎」

「え、ええ。ありがとう」

 

 2人は並んで上に浮かぶ十香を見る。

 

「よし、やるよっ!」

「分かってる」

 

 2人の瞳が、光を放った。



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第9話 精霊の封印

「士道君が来るまで、持ちこたえるよ!」

「あいつ、生きてるの?」

 

 リアは信じられなかった。たしかにこの目で見たのだ。

 士道がライフルで撃ち抜かれ、倒れるその瞬間を。

 

「信じられないけど、そうみたい」

「そう。……おっと、話してる暇はなさそうね」

 

 十香は折紙が逃げていく姿を見つけると、その方向へと移動しようとする。

 

「行かせない!」

 

 ステラが進行方向に穴を開け、十香を先へと進ませない。

 

「ほんと、損な役回りだわ」

 

 市民の避難が完了していない今、十香を出来るだけこの場に留め、街への被害を減らすことが2人の目的だった。

 後は士道が来るまで持ちこたえるだけ。

 

 リアは周囲一帯に力を使うと、幻影を見せ、折紙の姿を搔き消す。

 

「ああああああああああああああ」

 

 だが【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】を持った十香は止まらない。

 その大剣をリアのいる地上に向かって突き刺した。

 

 大爆発が起き、突風が発生する。

 

「うあっ! ……ぐっ!」

 

 何とか避けたリアだが爆風に飛ばされ、斜面を転がり木に激突する。

 

「リア!」

「うっ……、だ、大丈夫、だから」

 

 十香を傷つけずに足止めするというのは、これまた無理な話なのである。

 リアは立ち上がろうとするが、体に力が入らない。

 

 十香の背後に回ったステラは、【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】をその空間に固定し、動かせないようにする。

 

「ふん、こんなものっ!」

「うっ、ううう……」

 

 十香はそれを無理やり動かそうと力を込める。

 その力の強さといえば、もう形容しがたいものである。

 

 ステラの表情が歪む。

 

「ふんぬぬぬっ……はあっ‼︎」

「くっ⁉︎」

 

 ついに十香がステラの力を打ち破る。

 

「終わりだ」

 

 冷たく言い放たれた一言。

 大剣が振り上げられる。

 

 ステラは咄嗟に空間を圧縮し、それを自分の前に展開。何とか直撃は免れたものの、勢いを殺せた訳ではない。

 

 ズドオォォォォ──────ン‼︎

 

 ものすごい音と共に土煙が舞い上がった。

 

「………………」

 

 えぐれた地面に横たわるステラ。

 彼女が動く気配はない。

 

「ステラっ‼︎」

 

 ようやく立ち上がったリアがステラの元に駆け寄るが、額から血を流した彼女は動かない。

 

「くっ……」

 

 頭上にいる十香は折紙を探しているのだろう。彼女が逃げて行った方角をじっと見ている。

 だが、見つからなかったのか、今度はリアの方を見て来た。

 

「貴様、私の邪魔をしたな……。シドーを殺したアイツを、逃したな!」

「士道はまだ生きてるっ!」

「嘘をつくなぁ!」

 

 十香は剣の切っ先を真っ直ぐ下に向けると一直線に急降下して来た。

 再び爆発が起き、地面に巨大なクレーターができる。

 

「うっ…………」

 

 リアはステラを抱えるとその場から逃げ出した。その後ろを憤怒の形相で十香が追いかけて来る。

 

 その時──

 

「十香あああああああああああああああああああああぁぁぁぁ‼︎」

 

 空から声がした。

 

 その声に十香の動きが止まる。

 

「シ、ドー?」

「ああああああああああああああああああああっ!」

 

 十香は空から降って来た士道を受け止めた。

 

「ふう、助かった」

「シドー、シドーなのか⁉︎」

「ああ、そうだぞ」

 

 士道は歓喜の表情を見せる十香に笑顔で答える。

 十香は楽しそうに、士道と会話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 そんな2人の様子を、リアは山の斜面で見ていた。

 

「へへっ、何とかなったみたいだね」

「ん、起きた?」

 

 リアは膝の上で眠っていたステラを見る。

 

「体は元通りにしたけど、まだあんまり動いたらダメよ」

「ありがと」

 

 見ると、あれだけボロボロだったステラの傷は全て無くなっていた。これもリアの力の一つである。

 

「わお、あの2人ったら、大胆ね」

「み、見ちゃダメだよ!」

 

 見ると、2人が空中で唇を重ねていた。

 

 リアは珍しいものでも見るかのようにそれをじっくりと見ている。ステラは顔を真っ赤にしてチラチラとそちらを見ていた。

 

 そして、十香の霊装が溶けるように消えていく。

 

「士道ったら、なんて早業……」

「あうあう……」

 

 流石にこれにはリアも顔を赤くしている。

 ステラは顔から蒸気を出してリアの膝に顔を埋めてしまった。

 

 こうして一つの事件が終わりを迎える。

 リアはふっと笑みを浮かべると、体の力が抜けていくのを感じた。

 

「ふあぁ……ちょっと、疲れた、から、寝る、わ……」

 

 斜面に背中を預け、瞼を閉じる。

 さっきの戦闘での疲れが一気に襲い掛かり、彼女の意識は一瞬で闇へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 日が山に沈み、夜がやって来る。

 先ほど琴里から連絡を受けたソーは、天宮市へと向かっていた。

 何でも精霊が暴れ出したらしく、ステラとリアの2人が戦っているとのこと。

 

 間も無くその現場へと到着する。

 

「これは酷いな……」

 

 現場は凄惨な姿を見せていた。

 えぐり取られた山の斜面や切り刻まれた台地。まるで災害でも起こったかのような、そんな光景が広がっていた。

 

 そして、そんな山の斜面で横たわる2人を見つける。

 

「おい! 無事か?」

 

 だが返事はない。

 斜面に仰向けになっているリアと、彼女の膝の上に横になっているステラ。2人ともすうすうと寝息を立てていた。

 

「…………」

 

 体に怪我は見られないが、制服はボロボロになり、所々破けている。

 

「はあ、仕方ない。……よっと」

 

 ソーはストームブレイカーを置くと、2人を背負って山を降り始めた。

 空には綺麗な星が輝き始める。

 

 ふと高台の公園の方を見ると、士道に抱きつく十香が見えた。彼女の顔はこの上なく幸せそうである。

 

「あいつは上手くやったか」

 

 ソーはふっと笑みを浮かべると、明かりの灯る街へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 どれくらい歩いただろうか。

 景色は変わり、周りには住宅が建ち並ぶ。周りに建つ家を見るに、もう五河家の近くまで来ているのだろう。

 

「……うーん」

 

 背中にはステラ、その上にリアがいる。

 

「ふわあ……あれ?」

 

 近くから声が聞こえることから、目覚めたのはステラの方だろう。

 

「目覚めたか?」

「えっ? ええっ? な、何で私こんなことに?」

 

 ステラが背中でもぞもぞと動き出す。

 

「ば、馬鹿、動くな! バランスが崩れる!」

「あ、ご、ごめん!」

 

 再び大人しくなる。

 

「2人とも山の斜面で寝てたんだぞ。だから回収してきた」

「なんかごめんなさい」

「気にするな。大変だったんだろう? 駆けつけてやれなくて悪かった」

「ううん。ちょっと怖かったけど、リアが居てくれたから」

「そうか……」

 

 ステラは前に回した腕に入れる力を少し強くする。彼を、ぎゅっと、抱きしめるように。

 

「……あったかい」

「帰ったらすぐ風呂に入れよ。そんな格好してると風邪引くぞ」

「え?」

 

 ステラは言われて自分の服装を見てみる。

 制服はボロボロになっており、ブラウスは破け、スカートは大きく裂けて太ももが丸出しになっていた。

 

 顔が熱くなっていくのが分かる。

 

「も、もしかして、見たの?」

「そりゃあ、こうやってお前たちを背負っている時点でだな……」

「ダメ! 今すぐ忘れて!」

「お、おい! だから暴れるなって!」

「うう……」

 

 背中で暴れていたステラが大人しくなったかと思うと、今度は別の気配が動き出す。

 

「んん、……ここは?」

「あ、リア、起きた?」

「お前が騒ぐからだろう」

「わ、私のせい?」

 

 ステラが暴れている間にリアが目を覚ましたようだ。

 

「何これ、どうなってるの?」

「ええっと、ソーの上にわたしが乗ってて、その上にリアが乗ってる、ていう状態かな?」

「そう、悪いわね。重くない?」

「ああ、これくらい何ともない」

 

 ソーはハルクとも張り合うくらいのパワーを持っている。ステラとリアを背負ったくらいでは、どうということは無いだろう。

 

 そうしているうちに、家に到着する。

 だがここで彼は問題に気が付いた。

 

「俺は鍵を持ってないぞ」

「リアは持ってる?」

「私が持ってる訳ないでしょ」

 

 帰って来たのはいいが家の鍵がない。試しにインターホンを鳴らしてみるも、家に人がいる気配は無い。

 

「あー、琴里に連絡してみるか……」

 

 ソーはポケットから携帯を取り出し、琴里に電話をかける。数コールの後、彼女は電話に出た。

 

『あ、もしもし、あなた達、今どこにいるの?』

「家の前まで来たんだが……」

『そんな所にいたのね。2人も一緒?』

「ああ、そうだ」

『2人とも怪我してない? これから〈フラクシナス〉で治療も出来るけど……』

「……だそうだ、どうする?」

「怪我はもう大丈夫だから。それに、さっきのあの子と顔を合わせるのもちょっと気まずいしね」

「私も同意見よ」

「ということらしい。取り敢えず、鍵を開けてくれないか?」

『そう、分かったわ。ちょっと待ってて貰えるかしら?』

「ああ、分かった」

 

 そう言って電話を切る。

 

「お前達、寒くないのか?」

 

 ソーがステラとリアの格好を見て問う。

 

「少し、肌寒くなって来たかな……」

 

 ステラが肩を抱いてそう言う。と、リアがニヤリとイタズラな笑みを浮かべた。

 

「そんなステラは、少し温まって来なさーい」

 

 そう言ってステラを押す。

 

「わわっ!」

「おっと」

 

 リアに押されバランスを崩したステラをソーが抱きとめる。

 ステラはソーに体を預けるような体勢になってしまった。

 

「ソー、ちょっと彼女を温めてあげて」

「温める?」

「ちょっ、ちょっと、リア!」

「そのままこうやって……はい、完成」

 

 そう言ってリアはソーの腕を持つと、ステラの体に回してやる。

 結果、ソーがステラを抱きしめるような格好になる。

 

「ううっ……」

「これが本当の人間ホッカイロね」

「寒くないか?」

「大丈夫……」

 

 ソーはステラを温めながら、空を見上げる。

 

「見てみろ。今日も星が綺麗だぞ」

「この世界にはどんな人たちがいるのかな?」

 

 ソーの腕の中でステラは空に輝く星を見る。

 

「さあな。いつか行ってみるのも、悪くないかもしれん」

「へっ、へっくち!」

 

 その時、2人のそばにいたリアが小さくくしゃみをした。

 

「なんだ? お前も寒いのか?」

「べ、別に……」

「リア、ダメだよ、無理しちゃ。ほら、こっちに」

「あ、ちょっと……」

 

 そう言ってステラはリアの袖を引っ張ると、自分の隣に入れさせた。

 まるで3人で温めあっているような格好になる。

 

「どう? あったかいでしょ」

「そ、そうね。悪くないわね……」

 

 リアは恥ずかしそうにソーの腕の中で小さくなっている。

 

 しばらくそうしていると、誰かがやって来る足音が聞こえて来た。

 

「3人共、いるー?」

 

 家の門を開けてやって来たのは琴里自身だった。

 玄関の前で抱きしめ合っている3人を見て、琴里は一瞬硬直する。

 

「……な、何してるの、あなた達」

「人間ホッカイロというらしい。3人でやると、結構あったかいぞ。お前も今度やってみるといい」

 

 ソーが呑気にそう答える。

 腕の中の2人は顔が赤いような気もするが。

 

「そ、そう。家の鍵を持って来たから、あなたに渡しておくわね。私はまだやらなくちゃいけない事があるから」

「そうか、ご苦労だな」

「ええ、それじゃ」

 

 琴里はそう言ってソーに鍵を渡すと、また来た道を戻っていった。

 最後に、「私もお兄ちゃんとやってみれば……いや、ダメよ」と何やら呟いてはいたが。

 

「よし、鍵も手に入った。家に入るぞ」

 

 ソーは2人の肩を叩くと玄関の鍵を開け、中に入って行った。

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 やはり疲れたときのお風呂というのは、体の奥底まで染み渡るようなこの温かさが良い。

 

 浴槽には2人のシルエットがある。

 

「はぁ、他の皆はどこにいるのかな……」

「さあね。この広い世界であの個性的な子達を探すとなると、骨が折れるわ。ソーには感謝しないとね」

「大丈夫かな……」

「まあ、1人を除けば、見つけさえすれば付いて来てくれると思うけど……。そこが1番不安だわ」

「そ、そうだね」

 

 リアはぼーっと立ち昇る湯気を眺めながら、行方不明のストーン達を思い出す。

 

「それにしても、精霊ってあんなに強いんだね」

「はぁ、嫌な事を思い出したわ」

 

 リアは先程の戦闘を思い出す。

 彼女はあと一歩の所であの巨大な剣の犠牲になるところであった。ステラが居なかったら、今頃彼女はどうなっていたか分からない。

 

「ふっ……。ステラ、今日はありがとね」

「へ?」

 

 突然の感謝の言葉にステラは不思議そうな顔をする。

 

「別に、私が言いたかっただけよ。さ、体を洗いましょ。背中、流してあげる」

「あ、ちょっと……」

 

 リアはステラの手を引くと、浴槽から彼女を引っ張り上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃リビングにて。

 

 ソーは1人、地図の冊子を開いていた。そこには沢山の印が付けられている。

 

「この国1番の都市でも反応は無しか……」

 

 地図に罰を付けながら、次の目的地を決める。

 

「だが、常に移動していることも考えると、また戻って来る可能性も……」

 

 そう言って開いたのは天宮市の位置。

 

「一応あいつらにも協力を頼んでおくか」

 

 彼はパタリと冊子を閉じると、ソファの背もたれに体を預けた。

 

「目指すは南だな」

 

 彼はそう呟くと、その場で目を閉じる。

 

 まだ見つかっていないストーンを探すこと。それが自分の役目である。そう心の中で繰り返すが、やはり今日の光景が蘇ってしまう。

 

 斜面に横たわるボロボロになった2人。

 自分がいない間にこういった事件が起きる可能性があるのだ。

 

「自分のあるべき姿か……」

 

 彼は1人、悩み続ける。



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第10話 捜索は始まったばかりで……

 5月に入り、夏がその姿を見せ始める。

 木々は青い葉を広げ、太陽は地上を明るく照らす。

 

 ソーは1人、見知らぬ街を地図を片手に歩き続けていた。

 残るインフィニティ・ストーンを探し始めて間もなく一ヶ月が経とうとしている。

 だが未だに大きな進展は無かった。

 

「はあ、終わりが見えん。一体どこにいるんだ?」

 

 先月からこうして国内を歩き回り、残るストーン達を探しているが一向に見つかる気配が無い。それこそ、向こうがこちらを避けて逃げ回っているのかと考えてしまうほどに、捜索は行き詰まっていた。

 

 始めに天宮市を捜索、次にその周辺の捜索を行った。

 それから首都圏へ。この国で1番大きい都市ならばとも思ったが、そこにもいる気配は無かった。

 

 そこで一度情報を整理し、まずは南から捜索していくことに。それが先月の終わり頃の話である。

 彼が現在いるのはこの国の中央付近。ここからどんどん南へと向かっていくつもりだが、先は長そうだ。これからこの辺りをを細かく探さなければならない。

 

 彼は一つの地方の捜索が終了するたびに天宮市へと帰るようにしている。というのも、一度帰らなかったことがあるのだが、その時ステラにこっ酷く叱られたのだ。

 

 だが彼は未だになぜ怒られたのか理解していない。

 

 今日の捜索が終わり次第、彼は一度五河家へと帰るつもりだ。

 

「ふぁー……さて、今日も探すか」

 

 彼はぐっと伸びをすると、地図を確認しながら歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃五河家では。

 

「な、なな、シドー! 何をしているのだ!」

「ち、違う! これはっ……ぐはっ!」

 

 トイレの電球を交換しろと琴里に言われた士道は、トイレの扉を開けたところでパンツを半分下ろした十香と遭遇した。

 トイレの電気は正常である。

 

 十香が家に来てからというものまた訓練が始まり、こうしたトラップを仕掛けられていたのだった。

 

「まだまだね……やりなさい」

 

 そう言って琴里がラジオのスイッチを入れる。

 少しすると、ノイズの音と共に〈ラタトスク〉機関員の声が聞こえてくる。

 

『我々は騙されてはいけない。この汚れきった世界に──』

「ま、さ、か……」

「これは士道が昔書いてたぷふっ、面白い、くくっ、詩の一つよ」

「いやああああぁぁ‼︎ やめてやめてやめてやめてやめて‼︎」

 

 士道は頭を抱えて悶え始める。

 

「訓練なのだから、当然ペナルティはあるわよ。気を引き締めてもらわないとね」

 

 琴里はそう言って腰に手を当てると、胸を張る。

 

「はぁ、地獄の始まりだ……」

 

 士道は天井を見ながら、未来を悲観するのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、リアー。宿題やったー?」

 

 ステラがテーブルに倒れこみながら聞いてくる。

 

「あなた、まだやってなかったの? 私は出た日に終わらせたわよ」

「だってー、何だかやる気が起きないんだもん」

 

 ステラは間延びした声でそう答える。その様は萎びた葉っぱのようである。

 

「彼が居なくなった途端、これなんだから……。ほら、もっとシャキッとしなさい」

 

 リアは彼女の肩を掴むと無理矢理体を起こさせる。

 

「うわー」

 

 だが手を離した途端、彼女の体は重力に従ってテーブルへと戻って行った。

 

「はぁ、まったく……。早く帰って来ないかしらね。手が付けられないわ」

 

 体を倒したままノートにペンを走らせるステラを見て、リアは溜め息を吐く。

 

『いやああああああああああああああ‼︎』

 

 その時、廊下の方から士道の叫び声がした。

 

「……あっちはあっちで騒がしいし、ほんと、落ち着かない場所ね」

 

 彼女は窓際に腰を下ろすと、先日買ってきた小説を開く。周囲の情報を遮断するにはこれが1番だ。

 リアは1人、本の世界へと入って行く。

 

 

 

 

 

 

 夕方、士道はキッチンで夕飯の支度をしていた。

 

「よし、そしたら、玉ねぎをみじん切りにしてくれ」

「わかった」

 

 その隣で手伝いをするのはステラ。

 彼女は料理を習いながら、こうして家事の手伝いもしていた。

 

「あうぅ……、目、目がぁ」

「ははっ」

 

 目を真っ赤にして玉ねぎを刻み続けるステラを見て、士道は苦笑する。

 

「シドー! 今日の夕餉はなんだ⁉︎」

「おう、十香。今日は特製ハンバーグだぞ」

「おお!」

 

 十香が目を輝かせている。彼女は美味しいものに目がない。この前も、レストランで信じられない量のメニューを頼み、それを1人でペロリと平らげていた。

 あの細い体のどこに入って行くのだろうか。精霊とは不思議な存在である、とリビングのソファに座るリアは1人そう思っていた。

 

 その時、家の外で風が巻き起こる音がした。

 

「お? これは……」

 

 その音に気付いた士道が玄関の方を見る。

 

「帰ってきたみたいね」

「本当⁉︎」

 

 その瞬間、ステラが玉ねぎを放り出して玄関へと突撃して行った。

 

「まったく、あの子は……」

 

 そんな彼女の様子にリアはやれやれと呆れ、士道は苦笑する。

 

 

 

 

 

 

 五河家の前に降り立ったソーは玄関のドアを開ける。

 

「ただい「お帰りー‼︎」うおっ⁉︎」

 

 ドアを開けた瞬間に青い何かが突撃して来た。

 

「おう、ステラか。久し振り、と言っても1週間くらいだがな」

「十分久し振りだよ!」

「そうか? というより、なんでお前は泣いてるんだ?」

 

 なぜか目を真っ赤にして涙を流しているステラに、ソーが不思議そうな顔をする。

 

「ああ、それはさっきまで玉ねぎを切ってたからだ…………だよな?」

 

 それに答えたのは料理を中断してやって来た士道だった。だがおんおんと泣いているステラを見て違うのかと不安になる。

 

「お帰り」

「おう、帰ったぞ」

「とりあえず、それはどこかに置いて上がれよ。先にシャワー浴びるか?」

「そうだな。そうさせてもらおう」

 

 ソーはストームブレイカーを玄関の壁に立て掛けると、靴を脱いで上がる。

 

 リビングには十香とリアの姿があった。

 

「あら、お帰り」

「ぬ、お前は……」

「ふん、久し振りだな」

 

 ソーが入って来たのを目にした十香が警戒の眼差しを向ける。

 

「こーら、十香。あいつは敵じゃないって、前もそう言っただろ?」

「むぅ、分かっている」

 

 それを見た士道が注意すると、十香は不満そうに頰を膨らませる。

 

 先日から五河家で生活を始めた十香だったが、まだ周囲の人間というものに慣れておらず、他人を警戒しがちだった。

 

 ステラとリアも例外では無く、彼女たちも十香と話せるようになるのには少し時間が掛かった。

 特に2人は十香と戦った経験があるため、非常に警戒されていた。だがこのままでは良くないと思い立った2人は行動を開始。

 初めは〈フラクシナス〉で、そしてこの五河家に来てからも何度も会話を試み、ようやく警戒心を解くことが出来たのだ。

 

「シャワーを借りるぞ」

「おう」

 

 ソーはバスタオルを手に取ると、脱衣所の方へと歩いて行った。

 

「さてと、作業を再開するぞ」

「了解!」

 

 士道とステラは再び料理を再開する。

 

 10分ほどして、リビングにはハンバーグのいい香りが漂い始めていた。

 

「スンスン、スンスン、いい匂いなのだ」

「はあ、少し落ち着きなさい」

 

 テレビを見ていたリアは、鼻をヒクつかせて涎を垂らしている十香を見てやれやれと呆れる。

 

「もう少しで出来るぞ」

「私も手伝うわ」

 

 リアは立ち上がると、食器の準備をしにキッチンの方へと向かった。

 

 キッチンではステラが士道の焼いたハンバーグを盛り付けている。

 特製というだけあって、とても美味しそうだ。

 リアは自分のお腹が音を立てていることに気づき、それを誤魔化すようにいそいそと食器の準備を始めた。

 

「さ、十香もそろそろ席につけよ」

「夕餉の時間だ!」

 

 十香はサッと席につくと、待ちきれんとばかりに箸を構えている。

 

「上がったぞ」

 

 ちょうど、シャワーを浴びていたソーも戻って来た。

 

「おう。すまん、誰か琴里を呼んできてくれ」

「私が呼んでくるわ」

 

 食器を出し終えたリアが答えると、リビングから出て行く。

 

「今日はハンバーグか。にしても、いつ見ても美味そうな料理だな」

「ははっ、そりゃどうも。今日の料理はステラも作ったんだぞ」

「ほう、ステラがか」

 

 そう言って彼はステラの方を見る。

 

「き、今日は頑張ってみたから……」

「お前の腕がどれくらい上がったか、楽しみだな」

「びっくりすると思うぞ」

 

 3人とも着席し、あとは琴里とリアを待つのみである。

 

 しばらくして、リアが琴里を連れてリビングに入って来た。

 

「今日は人が多いと思ったら、帰って来てたのね」

「ああ、とりあえず一区切りしとかんとな。また誰かに怒られかねない」

 

 そう言ってチラリとステラの方を見やるソー。

 

「そ、それはやっぱり、たまには帰って来てもらわないと、なんていうか……」

「はいはい、良かったわね。今日は一緒に布団にでも入ったら?」

「なっ⁉︎」

 

 琴里が軽い調子でそう言い、ステラが顔を真っ赤にして硬直する。

 

「シドー、まだか! お腹が空いて死にそうだ!」

「ははっ、慌てなくても、もう食べられるぞ」

「そうね。早く食べましょう」

 

 十香が騒ぎ出したことで、おふざけは一旦終了。

 

「よし、それじゃ、いただきます!」

『いただきます!』

 

 全員手を合わせ、食事の挨拶をすると、皆一斉に食べ始めた。

 

「はむはむ、やはりシドーの作ったご飯は美味しいぞ!」

「喜んで貰えると、作りがいがあるってもんだ」

「ど、どうかな?」

 

 ソーがハンバーグを口にし、それをステラが緊張の面差しで見る。

 

「お、美味いぞ。ステラ、また腕を上げたな」

「良かった……」

 

 ステラは胸を撫で下ろし、自分もハンバーグを口にする。今回はそれなりに自信があった。士道がいなければ、ここまでのものを作ることは出来なかったのだが、それでも彼女は大きく成長した。

 

 結果、士道とステラ、2人の作ったハンバーグは皆に好評だった。

 

「お代わり!」

 

 十香が茶碗を高々と掲げて声を上げる。

 

「と、十香、もっとゆっくり噛んで食べろよ」

「ご飯が美味しすぎて、次々と口の中に入ってしまうのだ。これは美味しすぎるご飯が悪い!」

「くっ……、何も言えねえ」

 

 わいわいと食卓は賑わいを見せる。

 こうしてハンバーグはあっという間に無くなり、夕飯も終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 夕食を終え、皆が順番にお風呂に入って行く。

 ステラとリアはソーから旅の話を聞いていた。

 

「それでそれで、今度はどんなことがあったの?」

「親切なご老人がいてだな。その土地の特産品だという果物を食べさせてもらった。あれは美味かったぞ。それに昨日はお菓子ももらってだな」

 

 そう言って彼はカバンから箱を取り出す。

 

「今度皆で食べるといい」

「わあ、美味しそう!」

 

 出て来たのは饅頭。お土産といえば定番の一品である。

 

「それで、何か進展はあったの?」

 

 ここでリアがようやく本題を切り出す。

 

「いや、未だに反応が出たことはない」

 

 そう言って今度はカバンからセンサーを取り出す。このセンサーにはその日に記録した情報が保存されているらしいのだが、使い方を分かっていない彼はそんなことは知らない。

 ただ近くにいれば反応があると、それだけしか彼は理解していないのだ。

 

「はあ、一体どこにいったのかしら……」

「この街での監視は琴里に頼んであるが、おそらくここに戻って来てはいないだろう。俺はこれからも探し続ける予定だ」

「あんまり無理しないでね」

「分かってる」

 

 3人の間に暗い空気が流れる。

 捜索を始めて一か月。国内にいると思われるストーンの捜索をしているが、見つかる気配がない。

 

 残るストーンはあと4つ。

 それはこの国の中にいるものから国の外、はたまた星の外にいるものと、探す側からしたら途方も無い広さだ。

 

「根気よく探し続けるしかないな」

 

 ソーは饅頭を一つ手に取ると、口に放り込んだ。

 

「ちょっと、何さりげなく食べてるのよ」

「ん? 別にいいだろう」

「あなた、さっき私たちに食べるといいって言って渡したじゃない」

「そうだな」

「はあ……」

 

 彼は通常運転である。

 その時、お風呂の方から悲鳴が聞こえた。続いて何やら言い合う声も聞こえてくる。

 おそらく士道と十香であろう。

 

「はあ、また始まったわ」

「あはは……、士道君も大変だね」

 

 リアは溜め息を吐き、ステラは気遣うような顔をする。

 

「なんだ? また何かやっているのか?」

「士道の訓練よ……」

「いかに落ち着いていつも通りの行動をするか、というところを鍛えるらしいよ」

「朝から騒がしいったらありゃしないわよ」

 

 リアはウンザリといった様子である。

 

 そうやって3人で話していると、リビングに気絶した士道が運び込まれて来た。

 

「随分と酷い目にあったみたいだな」

「一体何をされたの……」

「見た感じ、浴槽に沈められたんじゃない? 水死体みたいになってるわよ」

「心臓マッサージでもしてやるか?」

「あなた、やり方分かるの?」

「さあな。こんな感じだろう?」

 

 そう言って士道の上に乗ると、胸の辺りを強く押し込むソー。

 

「うぐぼっ⁉︎ ……ゲホッ、ゲホッ!」

 

 すると士道は口から水を吐きながら目を覚ました。

 

「うっ、……はあっ、はあっ、……あれ? 俺は一体……」

 

 少し記憶も飛んでいそうだ。

 

「どうだ、本当に起きたぞ」

 

 ソーは満面の笑みで自分の成果を見せつける。

 

「分からずにやってたの?」

「士道君、大丈夫?」

 

 士道の心配をしているのはステラだけ。

 

「大丈夫なような、そうでもないような……」

「士道、今度は何をやらかしたの……」

 

 リアが目を細めて士道の方を見る。

 

「俺は何もしてねえ!」

「何もしてなかったらこんな事にならないでしょ」

「そうだっ! 琴里だ! あいつに嵌められたんだ!」

 

 士道は必死に弁明する。

 たしかに、先にお風呂に入ったのは士道である。そこに十香がやって来たのは、紛れもなく琴里の仕業であった。

 

「それで、今度はどんなペナルティがあるんだ?」

「絶対に教えないからな⁉︎」

「なんだ、つまらん。琴里に聞いてくるか」

 

 そう言って部屋から出て行こうとするソー。

 

「ま、待て! 頼むからやめてくれぇ!」

 

 歩くソーの腰に士道がしがみついて引きずられて行くという、何とも滑稽な姿である。

 

「ほんと、何やってるのかしらね……」

 

 リアはぼんやりとそう呟く。

 その後、再び士道の悲痛な叫びが夜の住宅街に響き渡るのだった。



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第11話 自分の気持ち

 午後7時。

 ソーは玄関へと向かう。

 

「あまり遠くへ行きすぎるなよ」

 

 その背中に声を掛けたのは士道だ。

 

「分かってる」

 

 ソーは夜に散歩をすることをここに来てからの日課としていた。

 フラフラと歩きながら、一日の出来事を振り返るのだ。

 

 

 

 

 

 

 今日は日曜日。学校が休みなので、皆が思い思いの事をしていた。

 

 士道は十香と街へ出掛け、リアは窓際で本を読み、琴里は〈フラクシナス〉へ。

 そしてステラなのだが。

 

「……近くないか?」

「気のせいじゃないかな?」

 

 ソファに座ってテレビを見ていたソー。隣にステラも座っているのだが、妙に距離が近い。

 

 この世界に来てからというもの、何度かこうやってステラが近くにいることはあった。

 最初は彼も何とも思っていなかった。だが最近は明らかに彼女の距離が近い。

 それに最近、彼は自分の調子がおかしいことに気付いていた。

 

 ステラが近くにいると、妙に落ち着くのだ。

 温かいような、安心できるような。それは昔、優しい母に抱きしめられている時の感覚に似ていた。

 

 彼はまさか、と自分に言い聞かせながらもその真偽を確かめようとその姿勢を保っていた。

 だがこの妙な温かさが無くなることはない。

 

「……何かあったのか?」

 

 そして我慢できなくなった彼はこの空気を打ち破るためステラに声をかける。

 

「な、何でもないよ」

 

 2人の間に流れる沈黙。

 テレビの音声がやけに大きく聞こえる。

 

「……はぁ、ステラ、ちょっとこっち来なさい」

 

 その時、窓辺で本を読んでいたリアが、パタンとそれを閉じたかと思うと、ステラを引っ張って何処かへ消えていった。

 

「…………はあ、まさかな」

 

 彼は2人が消えていった方を見ながら、自分の気持ちが何なのかを考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 リアはステラを引っ張って客間へと入る。

 そして扉をピシャリと閉めると、ステラを畳に座らせた。

 

「それで、さっきのは何?」

「え、ええっと、リアがソーにアピールしろって言うからそれっぽい事を……」

「はあ……。あなた、あれじゃいつもと調子の違うおかしな子よ。もっと喋りなさいよ」

「で、でも……」

 

 ステラの声はだんだんと萎んでいく。

 

「いい? まず今日の昼食はあなたが作るのよ。士道に許可は貰ってあるから。まずは彼の胃袋を掴んじゃいなさい」

「……うん」

 

 コクコクと頷きながら真剣にリアの話を聞くステラ。

 

「そして、昼からは2人で出かけて来なさい。さりげなく距離を詰めるのよ」

「え? ……2人で?」

「当たり前でしょ。私がいたら意味ないじゃない」

「うう……」

 

 どんどん小さくなっていくステラを見てリアは溜め息を吐く。

 

「はぁ……、しっかりしなさい。何? あなたは彼のこと、どう思ってるの?」

「…………ええと、その、……好き、です」

 

 そう言いながらだんだんと顔から湯気が上がり始めるステラ。

 

「やれやれ……。百億年も生きてるのに、まだまだ純情ちゃんね」

「そ、それだったら、リアだってそんな経験無いじゃない」

「なっ⁉︎」

 

 その言葉に、リアがピクリと反応した。ステラはしまった、という表情を浮かべるが時すでに遅し。リアの周囲の空気が暗く落ち込んでいた。

 

「……そうよね、私はそんな経験ないものね……。仕方ないじゃない。私の所に来る奴なんて、ロクな奴じゃ無かったんだから……。おまけに封印されるし……。私はいつまで経ってもこのままなのよ……」

「リ、リア?」

 

 彼女の周辺の空気は更に暗くなっていく。

 

「あなたはもっと頑張りなさい……。ちゃんと昼は一緒に出掛けるのよ……。私は邪魔だろうし、1人で何処かに行ってくるから…………」

 

 そう言うと、リアは暗い空気を漂わせながら客間から出て行った。

 ステラはその後ろ姿を呆然と眺める。やがて玄関の扉が閉まる音が聞こえ、彼女は1人で何処かへと行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「今日のお昼は野菜炒めと豚の生姜焼きだよ」

「おお、いい匂いだ」

 

 12時を過ぎたので、ステラはリアに言われた通りに昼食を作り、ソーと2人並んで椅子に座っていた。

 

「そういえば、リアの奴はどこへ行った?」

「あー、リアはね、ちょっと出かけたよ。そのうち戻ってくるんじゃないかな」

「そうか……お、美味い」

「えへへ、良かった」

 

 ソーは野菜炒めを頬張ってグッと親指を立てる。

 料理で胃袋を掴め作戦は成功。彼も満足そうである。

 

 ステラの料理の腕はどんどん上がっており、今では士道も認めるほどにまでなっている。

 これも毎日彼のためにと頑張った成果だ。

 

「美味い飯が食えるというのは幸せなことだ……。俺は幸せ者だな」

 

 ソーは椅子にもたれかかりながらそう呟く。

 

「あ、あなたの食事は、私が毎日…………」

「ん?」

「や、やっぱり何でもない!」

 

 真っ赤になって下を向いてしまったステラをソーはじっと見ていた。

 

「…………ふむ」

 

 何か思い付いたのか、彼は椅子から立ち上がるとソファの方へと歩いて行き、そこに腰掛けるとステラに手招きをした。

 

「え?」

「いいから、こっちへ」

 

 ステラは少し動揺しつつも、彼の方へと歩いて行く。

 そして彼女がやって来ると、ソーはトントンと自分の膝を叩き、そこに座るよう促して来た。

 

「えっと……お邪魔します」

 

 彼女は一瞬戸惑ったが、おずおずと彼の膝の上に座った。

 

「あっ……」

 

 そうして膝の上に乗った彼女の髪を、ソーはゆっくりと梳いてやる。

 

「どうだ? 気持ちいいか?」

「うん…………」

 

 ステラは膝の上で縮こまりながら大人しくしている。

 

「小さい頃、俺が落ち着かない時、母上はいつもこうしてくれた。そして言うんだ。俺もいつか、誰かにこうしてあげる日が来るのだ、と」

 

 今度はステラの頭を撫でながら、ソーは話を続ける。

 

「俺はその言葉がよく分からず、母上に聞いた。その誰かとは一体誰なのかってな。母上は俺の質問にこう答えた。それは俺が自分で見つけなければならない、とな」

 

 ソーは1人話をしている。

 一方のステラは大人しくしているように見えているが、内心はパニックに陥っていた。

 

(どどど、どうしよう! 何でこんな事に⁉︎何かあったかいし、気持ちいし、もう何が何だか……)

 

 だんだん頭から湯気が上がり始める。

 

「おーい、ステラ? 聞いてるか?」

「ううう、うっひゃぁぁぁ────‼︎」

「あ、おい!」

 

 ステラはついに耐えられなくなったのか、その場で発狂するとリビングを三周ほど回り、終いには家を飛び出して行った。

 

 ポツンと1人取り残されたソー。

 彼は先ほどまでステラに触れていた手を見る。まだその温かさが残っていた。

 

 やはり、彼女に触れている時の自分はおかしい。

 

「参ったな……」

 

 彼はソファから立ち上がると、外の空気を吸いにベランダへと出て行った。

 

 

 

 

 

 

「シドー、あのカステラというのは堪らんな! いくらでも食べれそうだぞ」

 

 隣を歩く十香が幸せそうな顔で士道に語りかけてくる。

 今日は2人で朝から出かけ、また街で食べ歩きをしていた。

 十香は目に付いた美味しそうなものを次々と食べていき、士道もその後に付いていくのだが、そのペースの速いこと。

 

 士道はもうお腹いっぱいである。

 

「そ、そうだな。でもこれ以上食ったら、夕飯が食べられなくなるぞ」

「安心しろ。私はまだまだいけるぞ!」

「う、嘘だろ……」

 

 恐るべし、十香の胃袋。まるでその華奢な体の中にブラックホールでも入っているのではないかと疑うレベルである。

 

「それで、今日の夕餉はなんなのだ?」

「そうだな、今日は肉じゃがでも作るか」

「くぅーっ、楽しみだ!」

「はははっ……」

 

 今日一日、あれだけ食べたというのにこの調子だ。

 士道はそんな十香を横目に、夕飯食べられるだろうか、と1人不安になるのだった。

 

 そうやって2人で歩いていると、前方から誰かが走って来る。

 

「ん?」

「あれは……」

 

 十香もそれに気が付いたようだ。

 

「うわああああああぁぁぁぁ‼︎」

 

 青い髪の少女が、その長髪を風で靡かせながら走っている。なぜ叫んでいるのかは謎だが。

 

「おお、ステラではないか」

「うわああああっ⁉︎ 十香ちゃん⁉︎」

 

 十香が声を掛けると、ステラは踵で急ブレーキをかけ、2人の前で停止した。

 一体どれだけ走っていたのだろうか。爽やかな汗を沢山かいている。顔が赤いのは走ったせいなのだろうか。

 

「どうしたんだ? こんな所を走って。家に3人で居たんじゃないのか?」

「はあ、はあ、ええっと、その、何といいますか……」

「何かあったのか?」

「いや、何も! それより、2人はもう帰り?」

「あ、ああ、そうだぞ」

「今日は楽しかったのだ!」

「じ、じゃあ、一緒に帰ろう!」

 

 ステラは声を張り上げると、1人先頭を歩き始めた。

 

「……何だったんだ?」

 

 士道はその後ろ姿を見ながら呟く。今も彼女は1人前でううとかああとかどうしようとか言っているが、士道には何があったのかは分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 午後6時。

 今日は少し早めの夕飯だ。

 

「いただきますなのだ!」

 

 十香が元気よく手を合わせ、早速ご飯を食べ始める。

 

「さっきまであれだけ食べていたのに、すごいな」

 

 士道はそんな十香を見て感心している。

 

「相変わらずすごい食欲ね」

 

 その十香の隣に座っているのはリアだ。

 彼女は士道達が帰った十分後くらいに帰って来た。

 どこか雰囲気が暗かったが、士道がいくら聞いても彼女は教えてくれなかった。

 

「それで、あの2人は何があったんだ?」

 

 士道はステラの方を気にかけているソーと、黙々とご飯を食べているステラの方を見る。さっきからなんとも言えない空気が2人の間を流れていた。

 

「さあね。今は放っておきましょう」

 

 リアが素っ気なく答える。

 

「そうは言ってもだな……」

 

 士道は困った顔をする。

 たしかに放っておくことが出来るのならそうしたいのだが、何というか、この空間にい辛いのだ。

 

「いいから、今は放っておくのよ」

「分かった……」

「シドー! おかわりだ!」

「と、十香⁉︎ まだ食べるのか?」

「もちろんだ!」

 

 士道はこの時ばかりは、何も気にせずにご飯を食べられる十香を羨ましいと思った。

 

 

 

 

 

 

 そして現在、ソーは1人日の沈んだ街を歩いている。今日一日の出来事を振り返りながらぼんやりと前を見る。

 この気持ちが何なのか分かるかもしれないと、昼はあんな行動をとってしまった。今考えると、随分と大胆なことをしてしまった。

 

 結果彼女は逃げてしまい、それで午後は少し気分が落ち込んでいたのだ。

 

「らしくない……」

 

 彼は自分の手の平を見ながらそう呟く。

 

 すると、その手の平にポツポツと水滴が。

 雨が降り始めたのだ。

 

「……傘がない」

 

 生憎、彼は今傘を持っていない。だが雨はどんどん強くなっていく。

 彼は走って近くの公園に駆け込むと、休憩所の屋根の下に入って雨を凌ぐことにした。

 

「ついてない。今日は雨だったか?」

 

 彼は肩に付いた水滴を払いながら悪態をつく。

 

「くすくす、たしかに天気予報は晴れでしたわね」

「だろう? 気分は優れないし、この気持ちはよく分からないし、最近は調子が悪い」

「その気持ちとは?」

「あいつと一緒にいると落ち着くんだ。温かく感じる」

「その方とはやはり女性の方ですの?」

「ああ、そうだ。あいつは近づいて来たり、逃げて行ったりとよく分からんがな」

「そうですの。でも、意外と脈ありかもしれませんわよ」

「そうか。…………で、お前は誰だ?」

「あら、ようやく気が付きましたの?」

 

 ソーはいつの間にか隣に座っていた少女を見て自分の目を疑う。

 彼女の左目が動いていたのだ。よく見ると、それは時計の文字盤である。カチカチと、時を刻む針がその上で回っているのだ。

 

「ただの人間という訳ではなさそうだな…………精霊か?」

「これはこれは、精霊のことをご存知とは」

 

 彼女は不敵な笑みを浮かべると、立ち上がりくるりと一回転する。それに合わせて真っ赤なドレスがフワリと舞った。

 

「何の用だ?」

「いえ、特に用などありませんわ。ただ少し、この世界の異分子というものを一目見ておきたかっただけですわ」

 

 彼女の左目が怪しく輝いて見える。

 

「ふん、その顔は何か企んでいる奴の顔だ。弟がそうだったからな、今ではよく分かる」

「あら、表情から分かってしまうとは、わたくしもまだまだ未熟ですわね」

「何を企んでるのかは知らんが、俺の邪魔をするようなら喜んで敵対するぞ」

「それは状況次第ですわね。でも、そうならないことを祈っておりますわ。貴方たちの力はとても魅力的ですもの」

 

 彼女は何かに惚れ込んだような、恍惚な表情を浮かべる。

 

「おっと、いけませんわね。わたくしはそろそろ失礼しますわ」

 

 彼女はそう言って休憩所から出て行く。そして最後に彼の方を振り向いた。

 

「ところで、この雨が何だかお分かりで?」

「雨? この雨に何かあるのか?」

 

 言われてソーは降りしきる雨を見る。

 

「精霊、ですわよ」

「……精霊、か」

 

 彼は真っ暗な空を見上げる。

 少女の姿は、いつの間にか消え去っていた。



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第12話 宇宙姉妹

 午後8時。

 

 布団が敷かれ、就寝の準備が完了した部屋でステラはお説教されていた。

 

「それで1日を棒に振ったと」

「はい……」

 

 目の前に座るリアはご立腹だ。

 リアはステラに今日の成果を聞いた。ステラの青春を応援する身として、今日の成果が気になっていたのだ。だが結果は彼女の期待していたものとはかけ離れていた。

 

 彼女は今日ステラに、昼食を作って午後は2人で出掛けなさいと言い残して行った。

 だが彼女の話を聞くとどうだ。膝の上に抱えられたのが恥ずかしくなって午後はずっと走り回っていたと言うではないか。

 

「せっかくあいつの方から近付いて来たっていうのに、あなた、馬鹿なんじゃないの?」

「ひ、ひどい…………たしかにそうなんだけど」

 

 リアは落ち込むステラにグサグサと言葉の棘を刺していく。リアとしては、今日の出来事をきっかけに2人の距離がもっと縮まっていけばと、そう思っていたのだが、これでは中々進展しない。

 

 ああもう、とリアは1人頭を抱えた。

 

「いや、でもあいつの方から近付いて来たってことは……何かあったりして? ……いや無いか」

 

 彼女が1人で思考を巡らしていると、外の天気が悪化していることにステラが気付いた。

 

「すごい雨。ねえリア、ソーは大丈夫かな」

「あいつは元々雷神よ。どうってことないでしょ」

「そういうことじゃなくて……」

 

 なら、と立ち上がったリアは部屋を出て行くと、今度は傘を持って戻って来た。

 

「あなたが迎えに行ってあげれば?」

「うわっとと」

 

 リアがひょいと傘を投げ、慌ててステラがそれをキャッチする。

 

「挽回のチャンスよ。しっかりやって来なさい」

「すぅ、はぁ……よし!」

 

 ステラは傘を握りしめると、雨の降る街へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 結局帰り道も気まずくて何も話せなかったのは想像の通りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「精霊に会った⁉︎」

 

 散歩から帰ってきたソーの言葉に士道は驚愕の声を上げた。

 

「ああ、奇妙な奴だった。こう、くるくるしてる感じだ」

「ど、どういう感じだ……」

 

 ソーの曖昧すぎる説明に士道は額に汗を垂らす。

 

「ま、何はともあれ、気を付けろ。あの顔は何か企んでる顔だったからな。何か仕掛けて来るかもしれん」

「っ…………」

 

 精霊が何かを企んでいる。それがどれほど恐ろしい事なのか、士道はつい最近理解したばかりである。

 十香のように、自分の意思とは関係なく世界を破壊してしまうのではなく、意図的にその計り知れない力を使う。

 もし精霊が自分の意思で破壊活動など始めようものなら、この世界はあっという間に滅びてしまうだろう。

 

 だが士道にとって驚きだったのは精霊が1人ではなかったということだ。もしこの話が本当なら、自分はこの先どうすれば良いのか。先の見えない不安に駆られる。

 

「取り敢えず琴里に報告を……。ソー、どんな姿だったんだ?」

「赤いドレスを着ていたぞ。あとは、こうだ」

 

 そう言って彼は指をクルクルと顔の前で回す。

 士道はそれが理解出来ずに、結局琴里に精霊がいたということだけ報告した。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、学校に向かう皆と共にソーは玄関に立っていた。

 

「シドー! 早く行くぞ!」

「ああ、おい! ちょっと待ってくれ!」

「あっ、お兄ちゃん、待つのだー!」

 

 走って先に行こうとする十香を士道が追い掛ける。そして更にその後ろを琴里が追いかけて行った。

 そんな様子を見てソーはふっと笑みを浮かべる。

 

「士道も随分と好かれたもんだな」

「ほんと、士道は頑張ってるわ。私たちもあんまり呑気にやってられないわよ」

「こっちも大変なんだぞ。お前らのおかげでな」

「うっ……、悪いとは思ってるわよ」

「全員集まったら反省会だね」

「真面目に反省する子が何人いることやら……」

 

 ステラの反省会という言葉にリアは苦言を呈する。

 

「今日からまたしばらく帰れなくなる。こっちの事は頼んだぞ」

「任せておきなさい」

「こっちは任せて、ソーは捜索よろしくね」

「ああ、それじゃ」

 

 ソーはストームブレイカーを手に持つと、空へと飛び立って行った。

 玄関にはステラとリアの2人が残される。

 

「私たちも行こっか」

「そうね」

 

 2人並んで学校への道を歩く。

 

「今日の放課後はどうするの?」

「そうね……。最近は市街地ばかりだったし、少し街の中心から離れた所を見て回ろうかしら。まあ、あまり時間がないから少ししか見られないだろうけど」

 

 2人は放課後にこの街での捜索を続けていた。

 一応この街の監視は琴里が行なっているらしいのだが、それでも自分たちが動かないわけにはいかない。

 

「見つかるといいんだけど……」

「あまり期待は出来ないわね。現に、ここ1ヶ月戻ってきてないんだもの」

 

 2人はそんな現状に揃って肩を落とす。

 

「それで、琴里に話はしたの?」

「うん。向こうで検討してくれるらしい」

「そう」

 

 ステラは先日、琴里にある相談をしていた。

 ステラとリアの2人は街で力を使わないよう琴里に言われている。それは彼女達が力を使った際に発生するエネルギーが原因だった。

 

 だが彼女達はいずれ元の世界に戻らなければならない。そしてその方法が今はまだ分かっていないのだ。

 鍵を握っているのはステラただ1人。彼女が皆をここに連れてきた以上、元の世界に戻るためにも彼女の力が必要になるのは自明の理であった。

 

 元の世界への道を見つけるためにステラは研究をしなければならない。そのお願いを琴里にしていたのだった。

 

「これからあなたも忙しくなるわね」

「こればかりは私の責任だから」

 

 ステラは申し訳なさそうに俯く。

 

「そんな顔するんじゃないの。街の捜索は私が引き続き行うから、あなたはそっちに集中しなさい」

「……ありがと」

 

 ステラはそんなリアの優しさに胸が熱くなるのを感じた。

 

 宇宙が誕生して百億年以上が経つ。彼女達はそれと同じだけの時間を生きてきた。

 だがこれまで、6人が一緒に揃ったことなど数える程しかない。お互いにあまり会った事はないのだ。

 そんな彼女達だが、不思議と繋がるものを感じる。ステラはリアの優しさから、やっぱり姉妹なんだなと不思議と嬉しく思うのだった。

 

「さて、そうと決まればあとは行動するだけよ。全員見つけ出して説教してやるんだから!」

「ほ、ほどほどにね……」

 

 気合いを入れてガッツポーズをするリアに、ステラは苦笑するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして放課後、2人は朝話した通りに街の中心から離れた所を捜索していた。

 

「うーん、やっぱりいないか……」

「たしかに、いる気配が無いわね」

 

 彼女達は姉妹が近くにいればそれを感じ取ることができる。だがこの街を捜索して1ヶ月が経った今も、それを感じたことは無かった。

 

「あ、雨だ」

「最近多いわね……」

 

 突然降り出した雨にリアが溜め息を吐く。

 2人はカバンから折りたたみの傘を取り出すと、それをさして雨の打ち付けるアスファルトの道を歩く。

 

「今日はこの辺にしておきましょうか。濡れるのも嫌だし」

「そうだね」

 

 2人は喋りながら家路につく。

 その時、ステラのカバンから着信音が聞こえた。

 

「ステラ、着信じゃない?」

「あ、ほんとだ。ちょっと待ってて」

「ええ」

 

 ステラはカバンから携帯を取り出すと相手を確認する。そこには「琴里ちゃん」の文字が。

 

「もしもし」

『あっ、ステラ? 先日の案件なんだけど、場所が確保できたから伝えておこうと思って』

「本当⁉︎」

『今どこにいるの? これから話をしようと思うから、回収したいのだけれど』

「もう家の近くだよ」

『そう、じゃあ家の前で少し待ってて貰えるかしら』

「分かった」

 

 ステラは電話を切るとぼんやりと遠くを眺めていたリアの方を向く。

 

「何だったの?」

「琴里ちゃんがね、実験の場所が確保できたから話をしたいって」

「今から行くの?」

「うん。リアはどうする?」

「私は家にいるわ。私がいても分からないだろうしね」

「そっか」

 

 話しているうちに家の前へと到着する。今日は士道が先に帰ってきているはずだ。

 

「それじゃ、頑張ってきなさい」

「うん」

 

 リアは玄関の扉を開けると家へと入っていった。

 ステラは傘を畳むと玄関の屋根の下で待つ。しばらくすると浮遊感と共に彼女は〈フラクシナス〉へと転送された。

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬で景色が変わる。

 目の前にはよく分からないディスプレイと機械達。やはりこういった機械に囲まれた部屋は慣れない。

 

 部屋の扉の前には眠そうな顔をした解析官、村雨令音が立っていた。

 

「あの……」

「ん、すまないね。琴里はもうすぐやって来る。椅子にでも腰掛けているといい」

「あ、ありがとうございます」

 

 ステラは緊張しながら椅子に座る。どうもこの人は苦手だ。掴み所がないと言うのだろうか。何を考えているのか分からない。

 

 椅子に座ったのはいいが、令音は喋る気配が無い。ステラは落ち着かない様子で部屋を見回していた。

 

 壁や扉は無機質な感じで、機械が並べられている。この機械は何に使うのだろうか。そうやってそわそわしていると部屋の扉が機械音と共に開き、赤い上着を肩にかけた琴里が入って来た。

 

「待たせたわね」

 

 琴里はテーブルを挟んでステラの前に座ると、説明を始めた。

 

「まずこの部屋なのだけど、ここがあなたの使う部屋になるわ。壁に特殊な顕現装置(リアライザ)を用いているから、大抵のエネルギーは誤魔化せるわ。それで、あなたがこれからどんな事をするのかを聞かせてちょうだい」

 

 ステラは自分がこれから行う実験の内容を琴里に説明していく。

 

「私がこれからやるのは次元の接続だよ」

「また随分とスケールの大きい話ね……」

 

 琴里は平然ととんでもない事を言うステラに汗を垂らす。

 

「今の私たちの状態は、道を確認せずに遠くの場所へ来たようなものなの」

「来たのはいいけど、帰り道が分からないってことね」

「うん……」

 

 ステラは少し気を落としながら返事をする。咄嗟のことであったとはいえ、来た道を記録していなかったのは彼女の落ち度だ。

 

「それで、これから帰り道を探すために実験を行うと」

「そう。それぞれの世界に存在するものにはその世界の特徴が必ず刻まれている。私は見ただけでそれが分かるの」

「へえ、それは例えばこのペン一本にもあるの?」

「うん、このペンにはこの世界だけの特徴がある」

 

 ステラはテーブルに置いてあったペンを手に取ると、それをクルクルと回しながら答える。

 

「そして重要なのが、ある世界に存在するものが別の世界へと移動すると、その世界の印が新たに刻まれるということ」

「……なるほど。それを利用しようっていうのね」

「そう。この世界から別の次元のどこかへと飛ばして、同じルートでこの世界に戻す。戻ってきた物に元の世界と同じ印が付いていれば帰れるということ」

 

 ここまで話すと、琴里はうんうんと1人で何かを考え始めた。

 

「その方法なんだけど、帰ってきた物に何か変なものが付いてるとかないわよね?」

「あ…………」

 

 琴里の指摘にステラは問題点を思い出す。

 

「その反応は何かあるのね……」

 

 琴里は呆れたような目でステラを見る。

 

「えーっと、あるかもしれない……」

「ちょっと、嫌よ。帰ってきたらここに毒素が充満してるとか」

「だ、大丈夫だよ! リアがいるから!」

 

 結局リアの力も必要であったことに今更気がついたステラ。帰って話をしたら何で最初から言わないのよ、とまた怒られるのだろうな、とそんな事を思いながら琴里を説得する。

 

「はぁ、まあ分かったわ。ちゃんと実験をする時は彼女も連れて来るのよ」

「……はい」

「ああ、それと、最初の実験の時はエネルギーの測定もさせてもらうから」

 

 琴里の言葉にステラは疑問符を浮かべる。

 

「あなたの力の大きさによってはこの部屋の調整をしないといけないかもしれないからよ」

「なるほど……」

「本当に分かってるのかしら……」

「わ、分かってるよ!」

 

 ステラは顔を赤くして琴里に反論する。それをはいはいと受け流して琴里はこれからのスケジュールを組み始める。

 

 結果、最初の実験は2日後の夕方に行われることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 ステラとリア、十香の3人はテーブルで並んで宿題を広げていた。そこそこ勉強の出来るステラとリアの2人があまり勉強の得意でない十香をサポートするといった形で宿題を進めている。

 

 ステラは先ほど実験にリアの力が必要だということを彼女に伝えた。ステラは怒られるものだと思っていたが、むしろ彼女に呆れられた。あなたらしいわね、と。

 

「それで、いつやるの?」

「今でしょ! ……嘘です。ごめんなさい。だからその掲げたシャーペンを下ろしてください!」

「まったく……」

 

 リアはシャーペンの先をノートへと戻すと再び問題を解き始める。

 

「2日後、その日の夕方に最初の実験を行うって」

「2日後ね……」

「何だかよく分からんが大変そうだな」

 

 うんうんとドリルと格闘していた十香が顔を上げる。

 

「まあ、自業自得だから仕方ないんだけどね……」

「あなたは心配しなくていいわ。とりあえずそのページを終わらせなさい」

「むう、だが難しくて解けないのだ」

「仕方ないわね、ほらまずここを見て──」

 

 リアは何だかんだ言いながらも世話を焼く。

 ステラはそんな光景を見て微笑んだ。やっぱりリアはお姉ちゃんっぽいな、と。



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第13話 帰り道を探して

 〈フラクシナス〉の一室。

 そこではすでに実験の準備が完了していた。

 

「本当に大丈夫?」

 

 不安になったのかリアがステラにそう問いかける。

 

「大丈夫! ……多分。何かあったらよろしくね」

「あなたね……」

 

 全然安心できないステラの言葉にリアはやれやれと頭を振る。

 

「それじゃ、実験を始めるわよ。顕現装置(リアライザ)を起動してちょうだい」

 

 琴里がクルーにそう呼びかけ、部屋の壁に埋め込まれている顕現装置(リアライザ)を起動させる。

 

「ふー……よし!」

 

 ステラは小石を握りしめると意識を集中させる。

 だがその時、艦内にけたたましいアラームが鳴り響いた。

 

「っ! 何事⁉︎」

 

 琴里がクルーに問う。

 

「司令っ! 空間震です! 精霊が来ます」

「この忙しい時に……リア! ここは頼んだわ!」

「任せて」

 

 琴里はリアにこの場を託すと部屋を飛び出して行った。

 

「リア?」

「あなたはこっちに集中しなさい!」

「……分かった!」

 

 ステラは目を瞑り、ここではない次元へと意識を集中。手を前に翳す。目指す先はここではないどこか。

 

「……っ、来たっ!」

 

 ステラがそう言ったかと思うと、彼女が手を翳す前方に青白い光が現れ、空間に穴が開く。

 

「よし、今っ!」

 

 彼女は小石を穴に放り込むと今度は更にその前方に異なる穴を開ける。

 

「リアっ!」

「任せて!」

 

 リアは二つ目の穴の前に立つと、何が出てきてもいいように構えを取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「映像を出してちょうだい」

「はっ!」

 

 琴里は艦長席に腰掛けるとモニターに映し出された映像を睨む。

 

「神無月、士道は?」

「士道君は現在こちらに向かっているとのことです。間も無く転移ポイントまで来るかと」

「そう。さて、何が来るか……」

 

 琴里は足を組みながら人の居なくなった街を見る。

 嵐の前の静寂とも言える光景。間も無くこの場所は戦場と化すであろう。

 

「琴里!」

「やっと来たわね。十香は?」

「彼女は家のシェルターに避難している筈だ」

 

 士道が令音と共に艦橋に入って来る。

 

「ちょうどいいわ。見ておきなさい」

「見るって何を……」

 

 士道がそう言いかけた時、モニターに映る映像に異変が起きた。

 突然何もない空間がグニャリと歪んだかと思うと巨大な爆発が起こり、画面が真っ白になったのだ。

 

「っ! ……これは」

「空間震。精霊がこちらの世界に現界する時に発生する災害。士道は初めてだったかしら?」

 

 琴里の言葉に士道は息を飲む。空間震についてはこれまで学校で何度も学んだ。教科書にその災害が残す爪痕の写真も載っている。

 だが今しがた目の前で起こったそれは想像の遥か上を行っていた。爆発が起こった場所には何も残っては居ない。

 先程までそこに街があったとは想像もつかない。

 

「あれは……」

 

 だがそんな何もないクレーターの中心に、ポツンと1人佇む少女がいた。

 

「今回は〈ハーミット〉ね。道理で規模が小さい訳だわ」

「あんな小さい子が、精霊?」

 

 士道は画面に映る少女を見て目を疑う。

 その時艦橋に再びアラームが鳴り響く。

 

「な、何だ?」

「精霊が現れたのだもの。当然出てくる部隊がいるでしょう」

 

 琴里は何でもないことのように言う。

 

「AST……」

 

 画面ではASTの部隊が精霊に攻撃を開始していた。逃げ回る精霊に次々と砲弾を浴びせ、追いかけ回す。

 

「あんな小さい子に……あの子、反撃しないのか?」

「ええ。〈ハーミット〉は精霊の中でも大人しい性格。いつもああやって逃げ回っているだけよ。それで士道、あなたはどうするの?」

 

 士道は初め、精霊は1人なのだと思い込んでいた。だがソーがあの雨の日にした話から、精霊が複数いるということを知った。

 当然士道は琴里に問い詰めた。返って来た答えはイエス。彼は悩んだ。精霊を救うということ。それ即ち力の封印。そしてそれをするたびに行う行為。

 

 だが目の前でミサイルから逃げ回る少女を見て決心が着いた。

 彼はぐっと拳を握りしめると琴里の目を見る。

 

「俺は精霊を、あの子を助けたい!」

 

 琴里はニッと笑みを浮かべた。

 

「ふっ、言うようになったわね。準備しなさい。全力でサポートしてあげる」

「ああ、助かる」

 

 2人の視線が交差した。

 

「さあ、私達の戦争(デート)を始めましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──来た!」

 

 リアは空間の穴から出て来たものを見て構えを取った。

 カランという音を立ててそれが台の上に転がる。

 

 リアは慎重にそれに近づくと棒でそれを突いた。

 

「……元の小石ね」

 

 ほうと息をついて彼女は額の汗を拭う。

 結果、今回は特に問題なく小石を転送出来たようだ。

 

「ステラ、大丈夫よ。見てちょうだい」

 

 リアは出て来た小石を摘むとステラの方に持っていく。

 

「どれどれ……」

 

 ステラは小石を受け取るとそれを回し、角度を変えたりしながら観察する。

 

「どう?」

「うーん……これは違うかな……」

 

 ステラは小石とソーの服を比較してそう呟く。

 

「そう簡単ではなさそうね」

「うん……」

 

 異なる次元の接続。そのパターンはおそらく無限に近いであろう。その中からたった一つの組み合わせを見つけ出す。地獄のような繰り返しだ。

 

「でも、ここでめげてはいられないよ。どんどん試していかないと」

「あんまり無理したらダメよ。あなたが倒れたら元も子もないんだから」

「それは分かってるけど……」

 

 ステラは不貞腐れたように頰を膨らませる。

 

「私には空間を繋ぐ力なんて無いから分からないけど、的を絞れるのならそうした方がいいわね」

「出来るだけここに来た時と同じような感覚で繋ぐようにはしてるんだ。でもそれは大まかなものでしか無いから、細かい調整が難しくて」

「慌てず慎重にやって行きましょう」

「うん」

 

 ひとまずほかの次元に接続することは出来た。ならばあとは目的地を見つけるのみ。

 

 2人は次の小石を用意すると、2回目の実験へと準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『士道、聞こえるかしら』

「ああ、大丈夫だ」

 

 ステラとリアが実験に励んでいる頃、士道は地上で精霊への接触を試みていた。

 

『そこから50メートルほど直進して左の建物よ』

「了解」

 

 彼は支持された通りに進み、見えてきた建物に入る。

 人の居なくなった街はひっそりと静まり返り、不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

 そんな静かな建物の中に動く気配がある。

 

「見つけた」

『少し待機して。選択肢が出るわ』

 

 士道は柱の陰に息を潜め、そこから先の空間の様子を伺う。

 そこでは緑のレインコートのようなものを羽織った少女がいた。左手にはパペットと思しきものが見える。

 

 その時、少女の左手に取り付けられたパペットが士道のいる方をくるりと向いたかと思うと喋り始めた。

 

『ねえねえ、さっきからそこにいるのは分かってるんだよ。いい加減出て来たらどうかなあー』

「っ!」

『士道、落ち着きなさい』

 

 インカムから琴里の声が聞こえる。

 

『ゆっくりよ。いいわね』

「ああ、分かってる」

 

 士道は両手を上げると柱の陰からゆっくりと姿を現した。

 

『あらー? さっきの怖いお嬢さんたちかと思えば、爽やかな少年じゃないのー』

 

 パペットは軽い調子で次々と喋っていく。

 

『それでそれで? お兄さんは何しに来たの? 可愛い四糸乃にイタズラしに来たのー?』

『士道、②よ。名前を名乗りなさい』

「分かった」

 

 

 

 

 

 その頃艦橋では神無月がワイワイと1人で騒いでいた。

 

「な、なぜですか司令! 今の所は、彼女に自分はあなたの下僕ですアピールをすることで思い切り踏みつけてもらう場面では……」

 

 神無月が言い終わる前に琴里が指を鳴らす。

 するとどこからともなく2人の大男が現れ、神無月の両肩をガッチリとホールドした。

 

「え? し、司令ぇ、お慈悲をー、お慈悲をー!」

 

 神無月、退場。

 アホが1人消え、琴里はまったく、と溜め息を吐く。

 

 モニターでは士道が精霊〈ハーミット〉と接触していた。

 

 

『へー、士道君は高校生なんだ』

「ああ、そうだな」

『それで? なんで士道君はこんな所にいるのかなぁ?』

『士道、①よ』

「わ、分かった。……俺は、君を助けにここへ来た」

 

 その言葉に少女がピクリと反応する。

 

『ヒュー、四糸乃、聞いた? カッコイイ王子様だよ!』

「よ、よしのん…………」

 

 パペットが囃し立て、少女は顔を赤くして俯く。

 

『でもごめんね士道君。そうは言っても簡単に信じられないんだよ』

 

 たしかに、このパペットの言うことはもっともだ。彼女はこれまでこの世界にやって来るたびに攻撃を受け、殺されかけていたのだ。

 

「君は、何で反撃しないんだ?」

 

 士道は少女にそう問いかける。すると話の矛先を向けられた少女はピクリと跳ねた後、ポツリポツリと言葉を押し出した。

 

「だって…………わた、し、……痛いのは、いや……です。…………みんな、も、……痛い……のは、嫌……だから」

「っ!」

 

 士道は彼女の言葉に驚愕する。

 相手は本気で自分を殺しに来ている。だと言うのに、彼女はそんなASTを傷つけたくなくて、攻撃をしないのだ。

 優しすぎる。彼女が世界から狙われるというのは、あまりにも不憫な話であった。

 

 士道は彼女に手を伸ばす。

 

「俺が、見せてやる。お前に、この世界の綺麗な所を。痛いのや怖いのは俺が振り払ってやる!」

 

 少女は驚いたように士道を見たまま硬直していたが、やがて手を伸ばしてきた。

 

 だがその時、耳のインカムに警報が流れる。

 

「っ! 何だ⁉︎」

『あー、士道。緊急事態よ。まずいことになったわ』

 

 士道は咄嗟に背後を振り返る。そこには不機嫌オーラ全開の十香が立っていた。

 

「人が心配して来てみれば…………、女とイチャコラしてるとは何事だあああぁぁ‼︎」

 

 十香がダン! と地面を踏むとコンクリートにヒビが入り、建物が大きく揺れる。

 

 それに驚いた少女は驚くほどの速さで逃げて行ってしまった。

 

「な、何で十香がここに?」

 

 士道は考えるが訳がわからない。十香は警報が鳴った時に家のシェルターに入った筈だ。

 

「もう知らん! シドーのバーカ! バーカ!」

「あ、おい!」

 

 十香はダッと駆け出すと、何処かへと行ってしまった。

 

「……参ったな」

『これは大変ね。何とかしなさいよ』

「ぐっ…………」

 

 十香を怒らせた上に先ほどの少女も逃げてしまった。状況としては最悪だろう。

 

 士道は十香を追いかけて建物を飛び出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………7回目終了」

「うーん、これも違うなぁ」

 

 ここまで7回の実験を行った2人。だが、どれも望んだ結果とはならなかった。

 

「まあ、まだ初日だし。気長にやり続けるしかないわね」

「うん」

「今日はこの辺にしておきましょう」

 

 リアはそう言って片付けを始める。まだ納得のいかない様子だったステラだが、リアに諭されて渋々と片付けを始めた。

 

「この調子だとどれくらいかかるか分からないよ……」

「それもそうだけど……、今日はもういい時間よ。そろそろ帰らないと」

「分かってる」

 

 ドアの前に立つと扉が開く。リアは実験室の電気を消すと廊下へと出た。

 

「琴里ちゃんの所へ報告に行ってくるね」

「そう。じゃあ、ここで待ってるわ」

 

 ステラは報告のため艦橋へと向かい、リアは1人実験室の前でノートを開く。今日の実験の内容をまとめたノート、これを見返して次回はどうしようかと考える。

 

「パターンはほぼ無限大か……。はぁ、嫌になるわね」

 

 リアは天井を見上げて肩を落とす。自分達がこれからやろうとしていることの無謀さに不安で頭がいっぱいになるが、やらない訳にはいかない。

 やらなければ帰れないのだ。

 

 そうやってあれこれ考えながらしばらく待っていると、報告に行っていたステラが戻ってきた。

 

「ごめん、お待たせ」

「このくらい何でもないわ。帰りましょう」

 

 リアはノートをしまうとステラに並んで歩く。

 

「これからは忙しいわよ」

「でも頑張らないと」

 

 2人は気合を入れ直し、明日の計画を立てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──だから次はこんな感じで……」

 

 2人で実験の計画を立てながら住宅街を歩く。陽は完全に沈み、辺りは住宅から溢れる光に照らされている。

 そんな中を歩く2人組。側から見たら仲良く会話している女子高生なのだが、会話の内容はファッションやスイーツなどとは比較にならないほどスケールが大きい。

 

「あれ、どこかに置いてきたのかしら……」

「どうしたの?」

 

 先程からバッグを漁っているリアをステラが気にかける。

 

「筆箱がないのよ。〈フラクシナス〉に忘れたみたい」

「取りに行くの?」

「そうするわ。ないと不便だしね。先に帰ってて頂戴」

「分かった」

 

 リアは携帯を取り出すと連絡をし始める。相手はおそらく琴里だろう。

 ステラはリアが来た道を戻っていくのを見送り、家へと再び歩き出した。

 

「はぁ、はぁ、……うう」

 

 リアと別れ、1人で歩き始めてしばらく経った。この時ステラは自分の調子がおかしいことを感じ取っていた。意識がぼんやりとし、足元がフラフラとおぼつかない。

 

「な、何だろ、これ」

 

 まともに歩くことが出来なくなったステラは塀に手をつく。ぐるぐると視界が回り、自分が真っ直ぐ立っているのかも分からない。

 肩で呼吸をしながら塀を辿っていく。だが、十歩と進まない内にその場に座り込んでしまった。

 

 塀に背中を預け自分の両手を見る。そこにはすでに異変が現れ始めていた。

 

「はぁ、はぁ、まさか……」

 

 両手から滲み出るように溢れている青白い光。コップから水が溢れ出すように、それは空気中に放出されている。よく見ると異変が起きているのは両手だけではない。

 両腕を伝って胴体、足からも同じように光が溢れ出している。

 

「困った、な、どう、しよ……」

 

 時間が時間なだけに、周囲を歩く人は誰もいない。

 全身を焼き尽くすような痛みと、周囲に現れた不気味な影が視界に入るのを最後に、ステラの意識は闇へと沈んでいった。



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第14話 彼女の行方

「ただいまー」

 

 家に帰ってきたリアは玄関の扉を開け、中へと入る。だが家の中はシンと静まり返っており、人がいる気配がない。

 

「ステラー、いるの?」

 

 あまりに静かすぎる家の空気に、リアはどことなく不安を覚える。

 

「ステラー?」

 

 二階に上がって誰かいないかと捜索をしていた時だった。

 ガチャリ、と1つの扉が開かれた。

 

「うわっ、……十香?」

 

 中から出てきたのは十香だった。だがいつものような元気はどこにもなく、どこか落ち込んでいるように見える。

 

「む、リアか」

「あんた、大丈夫なの? 具合でも悪い?」

「何でもない」

「そ、そう。ところで、ステラを見てない? 先に帰ってる筈なんだけど……」

 

 明らかにいつもと調子の違う十香に戸惑いつつも彼女にステラを見なかったと問う。

 

「私以外にこの家には居ないと思うぞ。誰かが入って来た気配もない」

「そう、ありがと。…………困ってることがあるんだったら言いなさいよ。今じゃなくてもいいから」

「……大丈夫だ」

 

 十香はそう答えると再び部屋の中へと戻って行った。

 この家に十香以外誰も居ないという事が分かった。リアがステラと別れてから既に30分くらいが経過している。一体何処へ寄り道しているのだろうか。

 

「士道はもうすぐ帰って来るだろうし、先にお風呂に入ってしまおうかしら」

 

 リアは階段を降りると、入浴の準備をしに部屋へと戻って行った。ステラが寄り道をしている訳ではないという事に、気づく事もなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 木々が生い茂る山。

 そんな山の中に煌々と明かりが漏れ出ていた。

 

「すまんなご老人。今晩は世話になる」

「気にするでねえさ。お前さん、困ってたんだろ? なら手を差し伸べるのが人間ださ」

 

 山の中の一軒家。そこに住む老夫婦に、ソーは世話になっていた。

 今日もいつものように捜索をしていたのだが、その途中でこの老夫婦に出会った。2人は山の麓に田んぼを持っており、そこで農作業をしているらしい。そこを通りかかったソーと仲良くなり、今晩はここで泊めてもらうことになったのだ。

 

 いつもテントを張って1人で夜を過ごしていた彼にとってはありがたい話だ。

 

「ここまで来るのも大変だっただろう? さあさ、お食べ」

 

 そう言って老婆が料理を勧めて来る。

 ソーは老婆の料理を一口食べて感動した。士道の作る料理とはまた違う美味しさ。どこが懐かしい、思い出がたくさん詰まっている気がした。これも毎日の積み重ねによって作られた一品なのだろう。

 

「うまい、優しい味がする」

 

 気がつけば彼は素直に感想を述べていた。

 

「口に合ったようなら何よりさぁ」

 

 2人ともソーがガツガツと食事に在り付く様子を微笑ましそうに見ている。

 

「お前さんはまだ若そうだけど、旅をしてるのかえ?」

「人を探している。どこにいるか分からんから苦労してるんだがな」

 

 老婆の問いにソーは答える。彼は1500年生きているため、人間と比べたら決して若いとは言えないのだが。周りから見たら若く見えるのだから、そういうことにしておこう。

 

「見たところ、お前さんは大分力がありそうだな」

「ははっ、これでも結構力には自信があるぞ」

「そりゃいい。羨ましい限りださ。田んぼも畑も力仕事だからなぁ」

 

 老人はソーの逞しい腕を見て褒め称える。

 ソーも力には自信がある。彼のレベルだと畑仕事どころか戦車を吹き飛ばしてしまう程だ。老人がそんなことを知るはずもない。

 

 そうやって老夫婦と会話を楽しみながら夜を過ごし、彼は久し振りに気分が明るくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後10時。

 リアは外へと出ていた。

 あれから2時間、お風呂に入り、夕食を食べたが、ステラが帰ってこない。流石に何かあったのではないかと思い始めていた。静まり返った街をただひたすら駆け抜ける。

 

 今日、自分が通ったルートを最初から最後まで。だがどこにも彼女の姿は見当たらない。

 日本には神隠しという言い伝えがある。迷信だと普通なら考えるが、今なら彼女はその言葉を信じる事ができそうだった。それほどにまで、彼女は焦っていた。

 

「最後に別れたのは、ここのはず……」

 

 そうしてやって来たのは〈フラクシナス〉から降り、最後に2人で歩いていた住宅街の道。忘れ物を取りに戻った際、彼女と別れた場所だ。だがそこにも彼女の姿はない。

 

「……………………なんで」

 

 リアはその場に座り込んだ。地面に体重を預けると同時に、全身に疲労感が一気に襲いかかる。

 彼女は家を飛び出してから1時間、休む事なく街を探し続け、走り抜けた。それでもステラは見つからない。精神的な負担も徐々に大きくなっていた。

 

「リアーっ!」

 

 遠くで誰かが自分のことを読んでいる。

 声がした方向を見るとそこにはこちらに向かって走って来る士道の姿があった。

 

「リアっ! はぁっ、はぁっ……」

 

 ここまでずっとダッシュで走って来たのだろう。肩で息をしながら士道は膝に手を付く。

 

「ちょっと、声のボリュームを下げなさい。近所迷惑よ」

 

 時刻は午後10時。

 早い人は既に床に着いている時間だ。それにここは住宅街。

 

「すまん。それで、ステラは見つからないのか?」

 

 注意された士道は声のボリュームを下げてリアに話しかける。

 

「今日寄ったところは全部行ったわ。でも全くの手がかりなし。はぁ、私があそこでステラを1人にしなければ……」

「リア、今はステラを見つけることが優先だ」

 

 自分を責め始めたリアを士道は止める。

 

「分かってる」

 

 士道が手を伸ばし、地面に座り込んでいたリアはその手を取って立ち上がる。

 

「次の場所へ行くわよ」

「ああ」

 

 2人は次の目的地を確認、二手に分かれて街を捜索することに。公園も、駅前も、住宅街も、あらゆる場所を手分けして探す。

 

 だが最後まで、ステラが見つかることは無かった。深夜になり捜索を断念。明日に持ち越されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、来禅高校の制服に身を包んだリアは1人、通学路を歩いていた。今日は朝から自分が先頭に立って捜索をするつもりだったが、琴里に止められた。

 流石に2人も学校から居なくなるのはまずいと。

 

 ステラの捜索は現在も〈ラタトスク〉の機関員達が行っているそうだ。リアも学校が終わり次第参加するつもりである。

 

 教室に入り席に着くが、ふと視界に入った空席がやけに目立つ。その後担任の先生がやって来て、ステラは病気の治療のためにしばらく学校を休むと伝えた。

 琴里が手を回したのだろう。

 

 リアは机に突っ伏して昨日の事を思い出し、自分を責め立てる。

 なぜ自分は昨日彼女を1人にしたのか。あそこで忘れ物など取りに行かず一緒に帰っていればこんな事にはならなかったのではないか。

 そんな思いが頭の中でずっと回っており、午前の授業は全く頭に入って来なかった。

 気がつけば昼のチャイムが鳴っている。どうやらもう昼休みになってしまったようだ。

 

「はぁ……」

 

 また、ため息をついていた。

 

 友達の誘いを断り、1人立ち入り禁止の屋上で弁当を食べ、寝転がる。

 自分の心とは対照的に、澄み渡る青空が視界に広がっている。その青空を自由に飛び回る鳥たち。

 

「自由ってやつはいいわね……」

 

 どこが遠くを見つめ、そう呟く。

 鳥たちは視界を横切り、その内の一羽がだんだん近づいて……。

 

「……え?」

 

 それはどんどん近づいて来る。シルエットが大きくなり、その姿が見え始める。

 よく見ると近づいて来るそれは鳥ではない。

 

「ソー?」

 

 突風とともに屋上に舞い降りたのは、他のストーンの捜索をしている筈のソーであった。

 

「なんでアンタがここに……。他の子を探してるんじゃ……」

 

 そんなリアの言葉を遮って彼は言った。

 

「探すべき奴がいるからな。ほら、何寝転がってる。行くぞ」

 

 彼はそう言ってリアの手を掴むと立ち上がらせる。そして彼女を抱えるとそのまま空へと飛び立った。

 

「ちょっと、どういうことよ」

 

 街の一角、建物の間の路地に降り立ったリアは彼女を連れ出した張本人に問い詰める。

 

「言っただろ。探さなければならない奴がいると」

「まさか、知ってるの?」

 

 彼は黙って頷いた。

 リアは彼の返事に顔を俯かせる。

 

 ステラが行方不明になったのは自分のせいだ。彼に他の子達の捜索を押し付けておきながら、更にその手間を増やしている。それが彼女に取って重圧となり、彼女の心に重くのしかかっていた。

 

「なぜお前がそんな顔をする?」

「だって私が……」

「お前は自分の意思で行動しただけ。それをここで悔いても仕方がない。まあ、とにかく、言いたいのはだな……」

 

 彼は一呼吸置いて口を開いた。

 

「ウジウジしてる暇があったら行動しろ」

「うっ…………分かってる……」

「ん? なんだ? 聞こえないぞ」

「分かってるわよおおおぉ‼︎」

 

 突然大きな声を上げたリアに街の通りを行く人が路地の方を見る。

 

「やってやるわよ! アンタなんかより先に見つけてやるんだから!」

「ほう、言ったな。なら負けた方は罰ゲームだぞ」

「そっちこそ、後で後悔するんじゃないわよ」

 

 事の重大さを忘れているような気もする2人。だが、リアの表情は先程までとは違う、瞳に力が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な空間が広がっている。それはどこまでも続き、終わりは見えない。

 そんな空間に1人の少女が佇んでいた。

 

 血に染められたように真っ赤なドレスに黒地の配色。カチカチと止まる事なく時を刻み続ける左目。

 

 時崎狂三は目の前に横たわる1人の少女を相手に、手を出すことが出来ずにいた。

 

「困りましたわね。まさかこれ程とは……」

 

 目の前で横たわる少女は自分の状況などまるで何も知らないかのように、安らかに眠っている。

 その体は全身が淡く光り輝き、真っ暗なこの空間で1つの灯りのようになっている。

 

 あの日の、あの夜、狂三は地面に倒れる彼女を偶然発見した。あのタイミングで遭遇したのはまさに奇跡と言ってもいいだろう。

 

 この世界に紛れ込んで来た異分子。

 時間をかけて調べてみれば、異分子達はどれもとてつもない力を持つ者達ばかりだった。

 

 力を求める狂三としては、何としても手に入れたいものだった。だが力があるだけにそう簡単に取り込むことは出来ない。だからずっとタイミングを計っていた。

 

 そして偶然、それは目の前で起こった。

 彼女は迷う事なく意識を失ったステラを自らの影に引きずり込んだ。これでまた、自分の目的に近付けると。

 

 だが相手はそう単純では無かった。

 

 カチャリ、と狂三は安らかに眠るその青い少女に向かって銃を向ける。そして何のためらいもなくその引き金を引いた。普通ならこれで全てが終わる。全ては狂三の糧となる。

 

 だが彼女の放った黒いその銃弾は横たわる少女、その頭に触れる直前で防がれ、跳ね返される。

 

「くっ……」

 

 跳ね返った銃弾は狂三の頰を掠めて真っ暗な空間の遥か彼方へと消えて行った。

 

 先程からこの動作を何回繰り返した事だろうか。

 狂三は一度もステラに触れる事が出来ていなかった。彼女の体の表面に、彼女を守るように展開されているそのバリアに、狂三の攻撃は全て防がれていた。

 

 ツー、と赤い液体が頰を伝う。

 

「なぜ、世界はこうもわたくしの邪魔をするのでしょうか」

 

 狂三は銃を持った腕をダランと下げ、虚空を見つめながらそう呟く。

 

「つくづく、物事は簡単には進まないものですわねえ、『わたくし』」

 

 真っ暗な空間のその闇の中から、這い出るように1人の少女が現れる。その姿は銃を持つ狂三と、どこを見ても何一つ違わない。

 

「今は気分が優れないので、ちょっと大人しくしていてくださいまし」

 

 狂三は現れた分身体を睨み付けると、纏わり付いてきた虫を払うように言葉を吐き捨てる。

 

「きひひひ、そんなに焦っても、何も変わらないでしょうに」

 

 そんな狂三をからかうように、分身体はクルクルと回りながら狂三の隣に立つ。

 

「しかし、このままではまずいのも事実。この方の力を取り込む事が出来ずにもたもたしていれば、やがて他の人達に気付かれてしまいますわよ」

 

 そう、それが大きな問題であった。この世界に紛れ込んで来た異分子は彼女だけではない。

 

 現段階で彼らと敵対するのはあまり好ましい状況とは言えなかった。

 

「それくらい分かっていますわ」

 

 狂三は苛立たしげにそう答える。

 早くこの少女の力を取り込んでしまわなければならない。だが少女の体に展開されているバリアに阻まれ、触れることすらかなわない。

 

 完全に行き詰まっていた。

 

「この段階で行き詰まるというのは少し癪ではありますが、計画を中止する訳にはいきません。ここは一旦保留にしておきましょう」

「あらあら、『わたくし』ともあろう者が途中で物事を投げ出すとは」

「うるさいですわよ」

 

 先程からからかってくる出来の悪い分身体に狂三は睨みを効かせる。

 

「あなた達も準備をなさい」

「ええ、ええ、分かっておりますわ」

 

 分身体は影の中に吸い込まれていくと、やがてその姿が見えなくなった。

 1人になった狂三は横たわるステラの方を見る。

 

「きひひひ、やっぱり諦められません、諦められませんわ! …………全ては、わたくしの悲願のために」

 

 最後に呟いたその言葉は彼女の悲しむような、慈しむような表情と共に、重く、深く、真っ暗な空間に響き渡った。



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第15話 合流

 五河家のリビングには士道、琴里、ソー、リアの4人が集まっていた。理由はもちろん行方不明になったステラの事について話し合うためだ。

 

「こっちはダメね。全く反応がないわ」

 

 これまで〈フラクシナス〉で捜索を続けていた琴里はそう報告する。

 ステラが行方不明になってからすでに5日が経っていた。その間、ソーと〈フラクシナス〉のクルーは常時、士道と琴里、リアと十香は放課後に捜索をしていたが見つかる気配はない。

 

「この街にはすでにいないとか?」

 

 士道がふと思った事を口にする。

 可能性としてあり得る話ではあった。5日間、あれだけ街の隅から隅へと探し回ったのだ。それでも見つからないとなればこの街にいないという事も考えられる。

 

「だとしたら、中々面倒な話だぞ」

 

 士道の考えにソーは渋面を作った。

 彼は以前から残りの4つのストーンを探している。1ヶ月、この国の中を探し続けているが、未だに1人も見つかっていない。

 この街にいなかった場合の、捜索の大変さを彼はよく分かっていた。

 

「でも、何のために街の外に出るの?」

「うーん……」

 

 琴里の疑問に士道は考え込んでしまう。

 

「一つ、ありそうな事を思い付いたんだけど……」

 

 先程から暗い顔をして1人思考に耽っていたリアが顔を上げる。

 

「どんなのだ?」

「あまり考えたくは無いんだけれど、誰かに襲われたっていう可能性はない?」

 

 彼女の言葉に場の一同が言葉を飲んだ。

 

「たしかに、あまり考えたくは無い事だな。だが、無いと断言することも出来ん」

 

 ソーはふと、この前出会った精霊の事を思い出す。

 明らかに何かを企んでいた精霊がいた。そういった存在がいる以上、ステラが何者かに襲われたという可能性を否定することは出来ない。

 

「とにかく、こっちはこのまま捜索を続けるけど、精霊が現れたらそちらを優先させてもらうわ」

「ああ、分かってる。出来る限り俺たちで何とかしよう」

 

 〈ラタトスク〉は元はと言えば士道のサポートをする機関。精霊が現れ、士道が動くとなれば当然そちらを優先しなければならない。

 

「悪いな」

「何、これはこっちの問題だ。お前にはお前のやるべき事があるだろう」

 

 謝ってくる士道をソーは手で制する。

 

「それに、お前にも探さなければならないものがあるのだろう?」

「ああ」

 

 士道が探しているのはウサギの形をしたパペット。以前現れた氷の精霊がこの世界に落としていったもの。

 

 士道は再びあの精霊と遭遇していた。だがその時の彼女の精神状態がかなり不安定であり、理由を聞いたところ、パペットを無くしてしまったという。

 

 どうやら前回この世界でASTに追いかけ回された時に落としてしまったようなのだ。

 士道は彼女──名前は四糸乃というらしい──に自分がパペットを探すのを手伝ってやると言って、一緒に街中を探し続けていた。

 

 その後、四糸乃は臨界へと消失(ロスト)して行ったが士道は〈ラタトスク〉と共にパペットの捜索を続け、ようやくその場所を特定したのであった。

 

 その場所というのが、

 

「取り敢えず、士道は鳶一折紙のアパートを訪ねてちょうだい」

 

 そう、あの完璧超人鳶一折紙の住むアパートである。

 四糸乃がASTに追いかけ回され、パペットを落としたあの日、折紙が地面に落ちるパペットを回収していた事が映像により確認された。

 

「不安しかねえ……」

 

 学校では十香と毎日火花を散らしている折紙。最近は特に士道へのアプローチが過激になっているような気もする。

 

「ま、やりたくないならそれでもいいけど」

「いや、俺はやるぞ」

 

 士道はこれも四糸乃のためだと、気合いを入れる。

 

「さて、俺たちはどうするか……」

 

 ソーとリア、現在ステラの捜索に当たれるのはこの2人だけである。だがステラが何者かに襲われた可能性がある以上、安全な捜索とは言えない状況である。

 

「でも、あの子がそんな簡単にやられる筈がないのよね」

 

 最近は大好きな彼を前に色々とポンコツっぷりを発揮している彼女だが、それでも宇宙の結晶。

 相手が誰であれそう簡単にやられるような子ではない。

 

「襲撃者も視野に入れて捜索か……。骨が折れるな」

 

 今回の捜索は中々ハードである。

 

「泣き言は言ってられないわよ。そうね、襲撃者がいるのなら、相応の覚悟をしてもらわないといけないわね。なんせ、私の可愛い妹に手を出してくれたんだから」

「見つけ次第叩き潰してやる」

 

 2人のそれぞれ違った愛の形が恐ろしい刃となって襲撃者へと向けられた。

 

「な、なあ琴里。何か凄いことになってないか?」

「やる気がある事はいいことじゃない?」

「は、ははっ、そうだな……」

 

 襲撃者が見つかった場合、一体どうなってしまうのだろうかと冷や汗を流す士道。

 

「それと士道、十香とはちゃんと仲直りしたの?」

「うっ……」

「はぁ、ほんと、どうしようもない愚兄ね。精霊のアフターケアをするのもあなたの仕事でしょう。私たちもサポートするから、早めに機嫌直しておきなさいよ」

「……分かった」

 

 それぞれの方針が決まる。

 明日からは精霊攻略部隊とステラ捜索部隊に分かれて行動することに。

 

「それじゃあ各自、やる事は分かったわね。ソー、そっちは頼んだわよ。手が空いている時は私たちも協力するから」

「ああ、助かる」

「今日はこれで解散。明日からそれぞれ行動開始よ」

 

 おう、という皆の気合の入った声がリビングに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピンポーン、と軽快な音が鳴ると同時に扉が開かれる。

 

「うおっ⁉︎」

 

 タイミングを見計らったかのように開いた扉に士道は驚いていた。開いた扉の前に立っていたのは肩で揃えられた銀髪の少女。

 ここはマンションの一室。鳶一折紙の住処である。

 

「士道、来てくれて嬉しい。さあ、入って」

 

 折紙はどこか嬉しそうな表情でそう言う。だが士道にはそれよりも折紙の格好の方が気になって仕方がなかった。

 

「なあ、鳶一」

「何?」

 

 彼女はどこがおかしいのか分からないといった様子で聞いてくる。

 

「その格好は……」

「メイド服。士道、好きなんでしょう?」

「え?」

 

 言われて士道は自分の記憶を掘り起こす。

 一つずつ過去を辿って行って、ようやく思い当たる節があることに気が付いた。先日の殿町との会話の中にそのような話題があったような、無かったような……。

 

「嫌い?」

「え、いや、その……」

 

 士道が言い淀んでいると、折紙は士道の腕を抱き寄せて接近してくる。

 

「嫌い?」

「す、好きです」

「そう、良かった」

 

 折紙の無言の迫力の前に士道はそう答えるしか無かった。第一、メイド服が好きだと言った自分が悪い。士道は何をされるか分からない不安と戦いながら、部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、住宅街ではステラ捜索部隊──と言っても2人だけだが──が捜索を進めていた。

 

「この辺りにはいなさそうだな」

 

 最後にステラがいた場所からもう一度同じルートを辿っているが、見つかる気配はない。

 ソーは普段捜索に使っているセンサーを手に持ちながら、あちこち歩き回っていた。

 

「あの子が1人で何処かへ行くとは考えにくいのよね」

「となると、やはり襲撃者説が濃厚か?」

「そうなっちゃうのよね。考えたく無かったんだけど」

 

 ステラを押さえつけることが出来るほどの襲撃者となれば、相当の実力者であろう。そいつと敵対するのだから、こちらも気を引き締めなければならない。

 

「何はともあれ、今は早く見つけることを優先だ。襲撃者がいたならその場で倒せばいい」

「そうね」

 

 こうして2人の捜索は続く。

 住宅街を抜け街の中心部へ。駅や広場、商店街、観光地など、大勢の人が集まる場所を探し、それから路地裏なども確認する。

 中心部を抜けたら今度は公園や学校、山林、高台と街の外周も周る。

 

 そうやって捜索を続けていた時だった。

 

 大きなサイレンが、街中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──道、士道! やっと繋がったわ』

「琴里か? パペットを手に入れた!」

『よし! 四糸乃の所へ急ぐわよ! まったく、鳶一折紙ったら、家にどんな細工をしてるのよ』

 

 部屋の中に仕掛けられた様々なトラップをようやく突破した士道は玄関の扉を開け放った。

 それと同時に耳のインカムから琴里の声が聞こえてくる。やはり部屋の中にはジャミングが掛けられていたようだ。

 

 士道はあの後、折紙の予想出来ない行動の数々に翻弄されながらも無事に生き延びていた。メイド服で現れたり、自分の上に跨ってきたり、いきなりシャワーを浴びに行ったかと思えばバスタオル一枚で密着してきたりと、何とも心臓に悪い時間であった。

 

 士道もあれ以上何かされていたら精神が持たなかっただろう。幸いなことに空間震警報が鳴り響いたことにより、折紙が飛び出して行ったため、あの空間からは解放された。

 

 もっとも、彼女が居なくなってからが大変だったのだが。

 部屋に仕掛けられた数々のトラップ。それらはまるで士道が部屋から出られないように待ち構えているかのようであった。それを何とか突破し、現在に至る。

 

 士道は折紙の話を思い出す。

 彼女が精霊を憎むようになった五年前の出来事。住宅街で発生した大火災。そしてそれを引き起こした炎の精霊。目の前で消えた両親。

 やはり、人間と精霊は共存出来ないのだろうか。わかり合うことは出来ないのだろうか。

 

 彼はパペットを手に街を駆ける。すでに戦闘は始まっている。遠くに爆発の煙が上がっているのが見えた。

 

「くっ……、四糸乃。今行くからな!」

 

 今は彼女を助ける事が優先だ。

 士道は煙の上がる方向を見る。あそこに、彼女がいる。容赦の無い攻撃に怯えながらも彼女は戦っているのだろう。

 士道は戦いの場所へと向かい、走り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高台の公園。

 ここで捜索をしていたソーとリアの2人は、突如鳴り響いた空間震警報にハッと街の方を見る。

 

「この音は確か……」

「精霊ね」

 

 警報が鳴ってからしばらくすると、街は先程までの喧騒が嘘であったかのように静まり返る。

 

「そろそろかしら」

 

 リアがそう言った直後、街で爆発が起きた。

 遠くから見ても分かる。空間が歪み、全てが吹き飛ばされるその様子が。

 そして最初の爆発が収まったかと思えば、今度は複数の爆発が。だがこれは最初のものに比べれば小さなものだ。あのASTとかいう部隊の攻撃だろう。

 

「始まったわね」

「ああ。どうする?」

「士道なら上手くやるでしょうけど、少し不安もあるのよね」

 

 リアはそう言いながら携帯を弄る。

 

「あ、もしもし。琴里?」

 

 相手は〈フラクシナス〉にいる琴里だ。

 

「向こうで戦闘が起こってるみたいだけど、私たちも行った方がいいかしら?」

『あなたね、警報が鳴ったら市民と一緒に避難して欲しいのだけれど』

「ま、私たちにはあまり関係ないしね」

『はぁ、分かったわ。士道が今四糸乃の所へ向かってるわ。そこに合流して頂戴』

「了解」

 

 リアは通話を切るとソーの方を向く。

 

「ん、話は終わったか?」

「ええ、あそこへ行くわよ」

「そうか。よし、捕まってろ」

 

 2人は轟音の上がる街を見る。そこでは巨大な怪物が街を蹂躙していた。

 ソーは飛んできたストームブレイカーを掴むと、リアを抱えて空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の居なくなった街をひたすら駆け抜ける。

 急げ、もっと速く、と心の中で叫びながら足を動かす。戦いはすでに始まっている。

 士道は煙の上がる方向を見た。先程から戦闘の音が響いてくる。

 

 街は突然冬にでもなったかの様に気温が下がり、降っていた雨は凍りついている。

 

 そしてついにそれは姿を現した。

 

「……っ! 四糸乃!」

 

 ウサギの様なシルエットの天使に乗る四糸乃。士道はその背中に声を掛ける。

 だが襲い来るASTの攻撃でパニックに陥っているのかその声は届かない。

 

 士道はもう一度大きく息を吸うと、それを一気に空に向かって吐き出した。

 

「四糸乃おおおおぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 

 その声に、小さな影がピクリと動いた。そしてゆっくりとこちらを向く。

 

「し、どう、さん?」

「おう! 四糸乃、お前に渡したい物があるんだ」

 

 士道はパペットを握り締めると、四糸乃へと一歩ずつ近づいていく。そして彼女の前まで来ると、パペットを彼女に渡そうとした。

 だがその時。

 

「っ⁉︎」

「あっ!」

 

 2人の間を光線が掠めていった。

 士道は咄嗟に光線が飛んできた方向を見る。そこには巨大な機械を担いだ折紙がいた。

 

「くっ、四糸乃!」

 

 士道は四糸乃が無事か確認する。

 だが、彼女の精神はもう限界であった。

 

「ああ、ああああああああああ」

「四糸乃、四糸乃!」

 

 懸命に叫ぶも、士道の声は届かない。

 天使〈氷結傀儡(ザドキエル)〉が咆哮を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凍り付いた街を眼下に戦場へと向かう。目的地はすぐそこだ。

 そんな真っ白な世界に、誰かがいるのをリアは見つけた。

 

「ソー、あれ!」

 

 彼女が指差す方向を見ると、見慣れた姿がある。

 

「あれは……十香か?」

 

 

 

 

「十香!」

 

 2人は十香の前に降り立つ。

 

「リアか! シドーがあそこに!」

「分かってる。急ぐわよ、あんたも向かってるんでしょ?」

「ああ」

 

 リアは先日、十香を街に連れ出し、彼女が最近落ち込んでいる理由を聞き、相談に乗っていた。

 十香はリアのアドバイスを受け、士道がどんな人であったかを思い出し何とか立ち直ったのである。

 そして士道を助けたいと思った十香は、こうして凍り付いた街を走っていたのだった。

 

 こうして3人が合流する。

 

 その時、戦場の方から大きな咆哮が聴こえて来た。

 咄嗟にその方向を見ると、巨大な傀儡が頭を反らせ、周囲の空気を吸い込んでいる。

 

「まずいな」

「シドー!」

「急がないと」

 

 十香には分かっていた。あの攻撃がどれほど恐ろしいものであるかを。そしてあの場所には士道がいる。それだけで不安が頭に立ち込めた。士道は自分を助けてくれた。そんな彼が今、危険に晒されている。自分が彼を助けに行かなくて、一体誰が彼の元へ駆け付けると言うのだ。

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!」

 

 気がつけば十香は踵で地面を蹴っていた。だが、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は現れない。

 

「何故だっ! 何故だっ!」

 

 十香は何度もその名を呼ぶ。だが応えるものは何も無い。

 

 周囲の空気を吸い込んでいた傀儡が顔をゆっくりと前に向ける。攻撃の準備が整ったのだろう。

 

「ああああああああああああああああっ‼︎」

 

 次の瞬間、彼女の周囲に光が走った。



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第16話 平穏な日々は無く

 〈氷結傀儡(ザドキエル)〉がその頭をゆっくりとこちらへ向ける。士道は死を覚悟した。この攻撃を受ければ、きっと無事では済まないだろう。

 

 口がゆっくりと開かれ、その隙間から冷気が漏れる。

 士道は目を瞑った。

 

 凄まじい音が鳴り、辺りが振動する。

 やがて振動は収まり、辺りは静寂に包まれた。だが体のどこにも異常は感じられない。攻撃はどうなったのだろうか。

 

 士道はゆっくりと瞼を開け、それを目にした。

 そこにあったのは巨大な玉座。それは怪物の攻撃から士道を守るように立ちはだかっていた。

 

「こ、れは……」

「シドー!」

 

 士道が目の前にそびえ立つ玉座に目を奪われていると、背後から声がした。

 

「十、香?」

「シドー! 無事か?」

 

 この玉座を呼び出した張本人、十香がこちらに駆け寄ってくる。その後ろにはソーとリアの姿も見えた。

 

「十香、その格好は一体?」

 

 十香は来禅高校の制服を着ているが、所々に薄い光のヴェールのようなものが見える。

 

「よく分からんが、気が付いたらこうなっていたのだ。それよりも、今はあれを」

 

 そう言って見るのは四糸乃がいる方向。そこには吹雪が発生し、雪と氷が巨大な渦を巻いていた。

 

『大した結界ね』

 

 嵐を解析したであろう琴里の声が耳に響く。

 

「あの中に四糸乃が?」

『ええ。それにあのASTの様子を見るに、あの結界は霊力に反応するわ』

 

 結界を破ろうと攻撃を仕掛けるASTの隊員が凍り付いていくのが目に入る。

 

「だったらどうすれば……」

 

 その時、バキバキという音が鳴り空中に巨大な影が浮かび上がった。

 

『鳶一折紙……強行手段に出たわね』

「あれは不味くないか?」

『ええ、最悪物量で結界がこじ開けられるかもしれないわね。でもそうなれば……』

「四糸乃がどうなるか分からない」

 

 これ以上四糸乃を刺激するのは危険だ。最悪この街が消滅する可能性もある。

 

「はあ、仕方ないわね」

 

 そう言って歩き出したのは赤い髪の少女、リア。

 

「士道、あんたは四糸乃って子の所に辿り着く方法を考えなさい。あいつらの相手は私たちがするわ。十香、いくわよ」

「リア……分かった」

「シドー、彼女を救ってやってくれ」

「十香……任せろ!」

 

 3人はASTの元へと走って行く。士道は渦巻く結界へと立ち向かった。

 

「サポートならするぞ」

 

 ソーが士道の隣に立つ。

 

「ああ、悪いな」

「それでどういう作戦だ?」

 

 2人で氷の結界を見る。その上にはビルの先端部が落下しようとしている。

 

「考えたんだが、これしか思い付かなかった」

 

 落下し始めたビルの先端が一瞬で粉末に変化し散っていく。恐らくリアが何かしたのだろう。ASTの隊員達は一斉に標的を変更し、攻撃を開始していた。

 

「あの中に入る」

『ちょっと、何言ってるの。やめなさい』

 

 琴里の声が聞こえてくるが、今は自分がやるしかない。

 

「……ふむ、いいだろう。あの中は氷の嵐だが、そこは大丈夫なのか?」

「多分な」

『士道、ダメよ。あの結界は霊力に反応する。氷漬けにされるわ』

「つまり、俺のこの不思議な力は霊力だったのか」

『っ⁉︎』

 

 士道はゆっくりと吹雪へと向かって歩き出す。

 

「道を開けよう。だがあの散弾を全ては防げん。覚悟は出来てるな?」

「ああ、頼む」

『士道、お願い戻ってきて!』

 

 いつもの司令官はどこへ行ったのか。ふっ、と笑みを浮かべながら士道は歩き続ける。

 

 ソーがストームブレイカーを天に掲げると、激しい雷鳴と共に光が集まり出した。それを吹雪に向かって一直線に放出すると、雷撃が氷を破壊し、一筋の道が開かれる。

 

「待ってろ、四糸乃!」

 

『いや! 待って! おにい──』

 

 琴里の声は届かず、ただ吹雪の音だけが後に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったか……」

 

 士道を結界の中へと送り出したソー。背後からの爆発音で振り向いてみれば、リアと十香がASTの隊員達と激闘を繰り広げていた。

 

「……加勢に行くか」

 

 あの2人なら負けることはないと分かっているが、自分もここにいるだけでは暇である。精霊に関することは自分には分からない。そこは先程士道に一任した。

 

 後は士道が解決するまで時間を稼げはいい。ソーはASTと戦っている2人の後を追って走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ白な街にミサイルや銃弾が飛び交う。どれもただの武器ではない。精霊を倒すための、顕現装置(リアライザ)によって強化された兵器。それらが雨のように降り注ぐ。

 

「はあっ!」

 

 十香は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を一閃させてそれらを弾き飛ばす。

 

「キリがないわね」

 

 やむことのない銃弾の雨はリアには届かない。全て彼女に触れる直前で砂塵に還っていた。

 

 そこへ突如リアに迫る一本の剣が。

 

「おっと」

 

 それをギリギリでかわし、リアは攻撃してきた相手を見る。

 

「鳶一折紙……」

「あなたは、一体何者」

 

 折紙はレイザーブレード〈ノーペイン〉を油断なく構え、リアの方を睨みつける。

 

「さあ、何者なんだろね」

「何故、精霊に肩入れする」

「あんたは、あの子達の気持ちを考えたことある?」

 

 そう言って他の隊員達と対峙する十香の方を見る。彼女の瞳には強い意志が込められていた。

 

「考える必要もない」

「何があんたをそうさせてるのか知らないけど、もっと余裕を持ったらどうなの?」

「あなたにとやかく言われる筋合いは、無いっ!」

 

 折紙は剣を握りしめると一気に距離を詰め、リアに斬りかかる。

 

「はあ、聞く耳も持たないか……ソー!」

「っ⁉︎」

 

 その時、剣を振り上げた折紙の側にソーが雷撃と共に着地した。折紙は爆風で吹き飛ばされ、瓦礫に突っ込む。

 

「そろそろ潮時だな」

「そうね」

 

 いつの間にか街を覆っていた冷気が消え去っている。そしてどんよりとしていた空が割れ、一筋の光が差し込んでいた。

 その光の先には2人の姿が。

 

「前も思ったんだけど、あれって犯罪じゃないかしら」

「言ってやるな」

 

 士道と、霊装が消え去り一糸纏わぬ姿となった四糸乃。四糸乃は恥ずかしそうに身を縮こまらせ、士道は大慌てしていた。

 そんな彼らを見て、リアはふっと笑みをこぼす。

 

「十香! そろそろ行くわよ!」

「分かった! だがこやつらが!」

 

 未だにASTと戦っている十香。そろそろ撤収したいのだがASTがしつこく、振り切れない様子。そこへソーが一歩前へ進み出る。

 

「要するにあいつらの足止めをすればいいのだろう?」

「やり過ぎないでよ」

 

 ソーがストームブレイカーを掲げ、それを一気に地面に向かって振り下ろす。すると十香に追撃を仕掛けようとしていた隊員達に巨大な落雷が直撃した。

 

 雷撃は周囲にも拡散し、周辺にいた他の隊員達も倒れていく。

 

「あー……少し強過ぎたか?」

「ばか、やり過ぎないでって言ったでしょ!」

「2人とも、すまぬ、助かった」

 

 そこへASTの追撃を免れた十香が合流。これでいつでも撤収できる。だがまだ諦めていない者がいた。

 

「くっ……、はぁっ、はぁっ、逃すわけには」

「ほんと、しつこいわね。でも、今日はここまでよ」

 

 先程の雷撃を喰らってもなお立ち上がる折紙。だがこれ以上は付き合っていられない。

 リアが手をかざすと3人の姿が消えていく。

 

「それじゃ、またね」

「くっ!」

 

 折紙はそこへ剣を振り抜くが、それはただ空を切るだけであった。敵が消え去った事により、集中が切れた折紙はその場に座り込む。

 

 また、何も出来なかった。精霊と対峙する度に、あの男達と対峙する度に、自分の無力さを思い知らされる。

 

「…………っ‼︎」

 

 怒り任せに隣にある建物の瓦礫を殴りつける。瓦礫はヒビが入り崩れ落ちるが、それで自分が得られることは何もない。

 光の差し始めた街で、心にぽっかりと穴が空いたような感覚と共に、ただ空を見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんの、アホ共がああああぁぁぁぁっ‼︎」

「クベェッ!」

「グハッ!」

 

 〈フラクシナス〉に回収されるや否や、男2人に見事な蹴りが入った。2人とも床をゴロゴロと転がっていく。

 

「勝手に話を進めて危険な行動までして! 私がどれだけ心配したと思ってるの!」

 

 何とか立ち上がった士道に琴里が抱き着く。

 

「悪いな。これしか方法が思い付かなくて」

 

 腕の中で泣き出した妹を士道は頭を撫でて落ち着かせる。いつもはしっかりとした司令官も、ここでは1人の少女であった。

 

「…………痛い」

 

 一方でソーの方は未だに床の上に転がったままであった。

 

「自業自得じゃない」

 

 そんな彼をバッサリと切り捨てるリア。そんな彼女をソーはムッと睨みつける。

 

「なんだその言いようは。俺は手伝っただけだ。結果オーライだった筈だぞ」

「たまたまでしょ。もっと頭を使いなさいよ。……あ、でもあんたには無理だったかしら」

「おい、バカにしてるのか。俺が頭を使えないとでも?」

「いつもそうでしょ。この筋肉バカ」

「なんだと!」

 

 いつのまにか喧嘩に発展しているソーとリアの間に神無月が割って入る。

 

「はいはい、2人共そこまでです。第一、司令にあの素晴らしい蹴りを頂いただけでも光栄なことですよ。私なら喜びのあまり今日からの仕事がどんどん捗ってしまいますね」

「…………なあ、こいつはちょっとヤバいんじゃないのか?」

「それに関しては同意するわ」

 

 1人恍惚な表情を浮かべて語り出した神無月を冷たい目で見る2人。

 

「無駄のない動きから繰り出される司令の軽やかな蹴り。ああ! 素晴らしい! さあ、司令! 次は私にその素晴らしい蹴りを……」

「うるさい!」

「ぐはぁっ! ありがとう、ござい、ます」

 

 神無月は歓喜の表情を浮かべながら、その場に崩れ落ちていった。そんな彼を無視して琴里は士道の方に向き直る。

 

「とにかく、今度からいああいう危険な行為は禁止よ。こっちだって心配なんだから」

「うっ……なるべく善処する」

「絶対よ! それから四糸乃のことなんだけど、家の隣にマンションが完成したから、これから精霊達にはそこに住んでもらうわ。もちろん、彼女達のアフターケアはあなたの仕事よ。この前みたいなことの無いようにね」

「わ、分かった」

 

 一先ず四糸乃の件については一件落着といったところだろうか。彼女も現在は落ち着いているという。どうも、人とのコミュニケーションに苦手意識を持っているようだが。

 

「さて、向こうは落ち着いたみたいだし、私たちも捜索を再開するわよ」

「そうだな」

 

 精霊の件が終わっても、こちらはまだ何も進展していない。この世界にいる4つのインフィニティ・ストーン達。そして行方不明になったステラ。やる事はまだ山積みである。

 まずはステラの捜索からであるが、今の所手がかりは何も無い。

 

「腹が減った」

 

 床に寝転がったままそんなことを呟くソーに、リアはやれやれと首を振る。

 

「はあ、今日は色々あったし、捜索は明日からにしましょうか」

「おう、明日からは忙しいぞ」

「今のあんたを見ても全然そうは思えないけれどね」

 

 こうして1日が終わりを迎える。精霊、四糸乃は少年、五河士道に救われ、人間達と共に生活することになった。五河家の隣には精霊達が生活するためのマンションが建てられ、〈ラタトスク〉のこれからの活動が活発になることを表しているかのようである。

 他の世界からの来訪者は、増えてしまった捜索対象を探して、再び行動を開始する。また一方で、自分の悲願を叶えるために膨大すぎる力を手に入れようと躍起になる者。

 

 同じ瞬間に、それぞれの人が、それぞれの思いを持って行動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、士道の前には、新たな精霊が姿を見せる。

 

「琴里、よく聞いてくれ。精霊が転校してきた」

『……悪い冗談じゃ無いわよね」

「こんな事で嘘なんかつけるかよ!」

『分かってるわそれくらい。ただちょっと頭の中が整理出来ていないだけよ』

 

 この日、士道のクラスに精霊を名乗る少女が転入してきた。彼女の名前は時崎狂三。妖艶な雰囲気を持った美少女である。

 

「それに何故か俺が学校を案内することになった」

『ふーん、丁度いい機会じゃない。向こうから接触してきてくれるならこれとなく好都合だわ』

「やってみる」

 

 新たなミッションが動き出す。まずは精霊を名乗る彼女と接触し、会話を試みる。話してみれば彼女のことが分かるかもしれない。今日の放課後に彼女を連れて学校の案内をする予定だ。そこがチャンスであろう。

 

『一応こちらでも観測を行ってみるわ』

「頼む。そろそろ切るぞ」

『ええ。健闘を』

 

 そうして琴里との通話は切れた。四糸乃を救ってから、まだそれほど日は経っていないというのに、早くも次の精霊が姿を現した。

 この世界には一体どれだけの精霊がいるのだろうか。士道は全くわからない未来に不安を抱きながら、教室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士道の隣のクラスでは、リアが1人机に両肘をついて、組んだ手の上に顎を乗せていた。彼女の視線はどこを捉えているわけでもなく、ただひたすら何かを考えている。

 

(……どういうこと? さっきから感じるこの感覚は確かに…………でもそんなことが……)

 

 彼女は自分だけが感じているその気配にずっと気を割いていたが、確証を得るには至っていなかった。

 

「ステラが…………いる?」

 

 居ても立っても居られなくなったリアは、机の上に置いてある携帯を掴むと、席を立って颯爽と教室から去って行った。



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第17話 複雑?な人間関係

 黒板にチョークが当たる音が教室中に響き渡る。士道は授業に集中しようと必死に努めていた。そうでもしないとこの空気に耐えられそうになかったからである。

 先程から両側から突き刺さる鋭い視線。十香と折紙が士道を挟んで睨み合っているため、その間にいる彼は必然的にその視線に晒されることになる。

 

(考えるな、考えるな、授業に集中しろ)

 

 それを誤魔化すために黒板を凝視してノートにペンを走らせる。これだけ真面目に授業を受けていれば次の定期テストの点数は少し期待できそうだ。

 そうやって必死に授業に集中していると、突然首筋を生暖かい風がなぞった。

 

「ひっ…………」

 

 恐る恐る後ろに視線をやるとそこには妖艶な笑みを浮かべた狂三がいた。

 

「く、狂三? 何してるんだ?」

「ふふっ、だってお2人共、睨み合いで忙しいようですし、わたくしも退屈でしたので、士道さんを独り占めしようかと」

「な、なにを……」

 

 士道が狂三と少し会話をした直後だった。両サイドの視線が一気に狂三の方へと集中した。

 

「貴様、なにをしているのだ」

「時崎狂三。一体どういうつもり?」

「あらあら、2人共怖いお顔ですわ。士道さん、助けてくださいまし」

「え、ええ……」

 

 十香と折紙は絶え間なく視線をぶつけ合い、時々狂三が士道にちょっかいを出して、それに2人が突っかかる。それを狂三が流しながら2人を弄ぶ。そんなトライアングルの真ん中に常にいる士道は精神的なダメージをくらい続けていた。

 

「一体どうすれば……」

 

 教室の後方で静かに繰り広げられる争いの中で、少年はポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五河家の隣には最近、精霊マンションという建物が建てられた。ここでは〈ラタトスク〉機関によって保護された精霊が生活している。現在は十香と四糸乃がここで生活している。

 今は平日の昼で、十香は学校へ行っているため、ここにいるのは四糸乃だけである。そんな彼女だが、昼は士道が作ってくれたご飯を食べるために五河家の方へとやって来る。

 

 四糸乃は家に入ると、リビングへと向かう。テーブルの上にはお昼ご飯が置いてあった。

 

『いやー、しっかし、士道君も大変だよねぇ。この家の家事を請け負ってるんだもの。四糸乃も何か手伝ってみたら? 2人で家事をするとか、夫婦みたいじゃない?』

「よ、よしのん……それは……」

 

 よしのんの軽い冗談に四糸乃は顔を真っ赤にして俯く。

 

『別にいいじゃなあい。学校では十香ちゃんに独り占めされちゃってるわけだしさ。四糸乃も頑張らないと!』

「う、うん」

 

 四糸乃は学校には通っていないため昼間は基本1人である。ご飯の時だけはもう1人やってくるのだが。

 四糸乃はテレビの電源を入れるとお昼の番組を見始める。これが彼女の1日の楽しみである。

 四糸乃がご飯を食べながらテレビを見ていると、外で大きな風の音がした。どうやらもう1人がやって来たようだ。

 

 ガチャリとリビングの扉が開き、ソーが中に入ってくる。彼もまた昼は士道の作ったご飯を食べに、家に帰ってくるのだ。

 

 彼は椅子にどっかりと座り込むとグデーンと背もたれに体を預ける。

 

「ふあ──、疲れた。飯はどこだ?」

「こ、ここに、あり……ます」

 

 四糸乃がビクビクと怯えながらもソーの方に用意してあった昼食を差し出す。彼はそれを受け取るとものすごい速さで食べ始めた。

 

『相変わらず、すっごい食べっぷりだねー』

「食わなきゃ行動出来んからな。飯は大事だぞ。それに士道の作る飯はうまい。最高だな」

 

 ソーは手を止めることなく食べ続ける。

 そんな彼を他所に、四糸乃はテレビの昼ドラに見入っていた。ここに来て初めて見た番組がこれだった。最初はただなんとなく見ていただけなのだが、いつしかこの作品の世界に魅入られていた。誰もいない昼間はこうして時間を潰している。

 

「あー、うまかった。よし、行ってくる」

『えぇー? もう行っちゃうの?』

 

 短時間で昼食を食べ終えたソーが席を立つが、それをよしのんが引き止めようとする。

 

「ああ、自分に出来ることはできるだけやっておきたいからな」

『その探してる子ってのはどんな子なの?」

 

 単純な興味から、よしのんはソーが探しているという少女のことを聞いた。ソーは少し遠くを見ながら説明を始める。

 

「名前はステラ、リアの姉妹にあたる奴だ。見た目はそうだな……お前と同じような髪の色をしている」

 

 ソーは四糸乃を指差してそう言う。

 

「性格は……少し子供っぽいところがある。でも普段はちゃんとした奴だ。何故かたまにおかしくなるが。そして俺に優しい。よく飯を作ってくれるしな。いい奴だ。まだあるぞ、あいつは──」

 

 彼はしばらくの間喋り続けた。いつの間にか四糸乃も昼食を食べ終えている。

 

『ねえ、ねえ、ソーはさ、そのステラちゃんって子のこと、好きなの?』

 

 彼の長話をウンウンと頷きながら聞いていたよしのんが単刀直入にそう問いかける。

 

「……そんなことを言った覚えは一つも無いが」

『またまたぁー。それだけ嬉しそうに話してくれれば嫌でも分かっちゃうよー。ねえ、四糸乃』

「あ、あうあう」

 

 楽しげに四糸乃へと話を振るよしのんだが、四糸乃は顔を真っ赤にしてショートしている。

 

「ふんっ……とにかく、あいつは急に行方不明になった。もし誰かに襲われてそうなったのならそいつを見つけ出して二度と立ち直れないようにしてやらなければいけない」

『ふーん、そっかあ。じゃあ、最後に恋愛マスターのよしのんから一つアドバイス!』

「何だ?」

『いつまでも意地を張らずに真っ直ぐ突き進んじゃえ!』

「……ふっ。そうか、覚えておく」

 

 彼はそう言い残すと斧を手にリビングを出て行った。その背中に行ってらっしゃーい、とよしのんが声をかけている。

 

「あうあう、…………はっ!」

 

 彼が出て行ってしばらくしてから、ようやく四糸乃が正気に戻った。

 

『もおー、四糸乃ったら、あれくらいでショートしてたら士道君にアタックできないよ? いいの? それでも』

「で、でも、……恥ずかしいよ」

 

 純情な少女に他人の恋話は刺激が強すぎたようである。

 

『これは訓練が必要だね!』

「訓練?」

『そう、訓練だよ! 今からよしのんが士道君になりきっちゃうからねぇ、四糸乃は思いっきりアタックしてちょうだい!』

 

 突然始まった訓練に四糸乃は困惑を隠しきれない。

 

「で、でも、アタックって、何すればいいのか……」

『だいじょーぶだよ! 四糸乃の素直な気持ちをぶつけてやれば、士道君も一撃でコロリよ! さあ、よしのんを士道君だと思って!』

「う、うう……」

 

 1人の精霊しかいない午後の五河家。だがこちらはこちらでとても賑やかな時間を過ごしているようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校では午後の授業が終わりを迎え、生徒たちは部活、遊び、帰宅などそれぞれが思い思いの行動を取り始めていた。士道も下校の準備を済ませ、教室を後にする。いつも通り、同じ道を通って自宅へと向かうが、その時路地の一本から1人の少女が出てきた。

 こんなところから少女が出てくるなんて、珍しいななどと考えていると、その少女は士道の姿を見て驚愕の表情を浮かべていた。

 

「に、兄様?」

「は?」

 

 突然の兄様発言に士道は思考がフリーズする。だが少女は感激に瞳を潤ませ、士道にものすごい勢いで抱きついてきた。

 

「兄様ぁぁぁぁぁっ‼︎」

「えっ⁉︎ はあぁぁぁぁっ⁉︎」

 

 最近は衝撃的な出来事が多い。今年は厄年なのだろうか、などと考えながら士道は家へと向かう。隣には士道より年下であろうポニーテールの少女。路地から出てきたところでバッタリと遭遇し、そのまま付いてきている。そうしているうちに自宅の影が見えてきた。

 

「ほうほう、こちらが今の兄様の家でいやがりますか」

 

 士道の妹を名乗る少女、崇宮真那は五河家の建物を興味深げに見上げながらそう言った。

 士道は玄関のドアに手をかけると、扉を開いて中に入る。

 

「ただいまー、うおっ⁉︎」

「お、か、え、り、おにいちゃん」

 

 扉を開けるとそこには仁王立ちで妹の琴里がいた。なぜかおにいちゃんの部分だけ強調されていたような気もするが、今は気にしないでおこう。

 

「それで、そちらの方はどなた?」

 

 琴里は〈フラクシナス〉から真那を観察していたので知ってはいるが知らないふりをする。

 

「おお、兄様のご家族の方でいやがりますか。私は兄様の妹をやっております、崇宮真那と申します。兄様がいつもお世話になっています」

「兄様?」

 

 先程から真那が言っている「兄様」という言葉に琴里が反応する。

 

「ええ! 真那は兄様の妹でいやがりますから」

「へえ、そう」

「こ、琴里?」

 

 琴里の雰囲気が変わったことに気づいた士道が声を掛けようとする。とその時、玄関の扉がガチャリという音を立てて開かれた。

 入ってきたのはたまたまそこで出会ったのであろうソーとリアの2人。2人とも玄関で立ち話をしている3人を見て不思議そうな顔をしている。

 

「あんたたち、玄関で何してるの? あら、そちらは?」

 

 リアが3人の中に見知らぬ顔がいることに気づく。後ろからソーが入ってこようとするが、玄関に3人もいるため入れない様子。

 

「取り敢えず、上がるか?」

「はい!」

 

 それを見た士道が真那にそう言うと、真那は元気よく返事をした。士道と真那に続き、リアとソーも家に入る。

 

「それで、あなたは士道の妹だと言っているけど、どうなの士道?」

 

 琴里は話の真偽を士道に問う。話を振られた士道は慌てて自分の記憶を掘り起こすが自分に琴里以外の妹がいたという記憶は無い。

 

「これを見てください」

 

 そう言って真那が取り出したのはロケットの首飾り。それを開くと、中に写真があることが分かった。

 

「これは……俺か?」

「どういうこと?」

 

 写真に写っていたのは小さい頃の士道らしき人物と真那。

 

「これは間違いなく兄様でいやがります」

「でもこのくらいの年の頃には士道はもうウチにいたはずよ」

「た、たしかに」

「他人の空似よ」

 

 琴里はありえないといった様子で手を振る。だが真那はそうは思っていないようで、ロケットをしまうと再び話し始めた。

 

「いえ、でも真那には分かります。先程兄様に会った時も、こう、運命のようなものを感じやがりましたから」

「何よそれ」

「これはもう、きっと運命なのでいやがります。まるで結ばれるはずのなかった2人が結ばれるように」

 

 真那は憧れるような表情で語り続ける。

 

「そ、そんなこと言ったって、ウチの士道はやらないわよ!」

「琴里⁉︎」

「分かってますよ」

「え?」

 

 今の今までまるで士道を貰っていくかのような勢いで話続けていた真那が、ここに来てそう答えたことでその場が一旦硬直する。

 

「真那は兄様が幸せに暮らせているのなら、それでいいのです。今はこんなに可愛い妹さんもいやがるようですし」

 

 素直に褒められた琴里は顔を赤くしてもじもじし始める。

 

「そ、そんなこと言っても、何も出ないわよ」

「まあ、実の妹には敵わないでいやがりますけど」

 

 その瞬間、リビングの空気が凍り付いた。妹合戦、ここに開幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やってるんだあいつらは……」

 

 妹合戦でギャーギャーと騒ぎ始めた2人をローテーブルの方から見ていたソーは呟く。

 

「さあ、あの子たちにとっては大切なことなんじゃない?」

「兄弟か……」

 

 向こうでどっちがより士道の妹に相応しいかを言い争っている2人を見てソーは自分の姉と弟を思い出す。

 

「ロクな奴が居なかったな……」

「私たちは、そもそも会うことが無かったわね」

 

 リアは今もどこにいるのか分からない他の5人を思い浮かべる。

 

「姉妹もロクなものじゃ無いわよ。特に私たちは」

「はあ、探すだけで手を焼いているというのに、まだ上があるとはな」

「悪いわね。それが私たちだから、諦めることね。それで、この後話がしたいんだけど、ちょっといいかしら?」

 

 ここでリアの纏う空気が変わる。それを感じ取ったソーは向こうの騒ぎから視線を外し、リアの方を見た。

 

「公園でいいか?」

「ええ、では9時に」

 

 リアはそう言うと未だに言い争っている妹2人組の仲裁へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局なんだったの?」

 

 あの後言い争いを繰り広げていた琴里と真那だが、士道のふとした一言でそれは終わりを告げた。

 士道が真那の住んでいる所を聞き、学校はどうしているのか、などと問いかけたのだ。するとそれを聞いた真那は様子がおかしくなり、明らかに挙動不審になった。そしてその場から逃げるように走り去って行ったのだ。

 

「また今度聞いてみないとな」

 

 そのうちどこかで会うだろうと士道はひとまずその件を置いておく。次に会うのが戦場とは、この時点ではとても想像できなかったであろう。

 

「さて、夕飯作らないとな。今日は十香にハンバーグ作るって言っちまったし。早く準備に取り掛かるか」

 

 士道は夕飯の準備をしにキッチンへと向かう。

 そして琴里は、自称士道の妹を名乗る崇宮真那の正体を探るべく、〈フラクシナス〉へと連絡を取るのだった。

 

 夕飯はハンバーグ──上に目玉焼き乗せ──だった。十香は目を輝かせてそれを頬張り、同じようにソーももの凄い速さでご飯を食べていく。そんな2人を士道がもっとゆっくり食べたらどうだと心配し、どうせ無駄よ、とリアが止めるのを諦めさせていた。そうして皆が食べ終え、十香と四糸乃は精霊マンションへ帰り、士道はキッチンで片付け、琴里は一番風呂へと突入。リビングにはカチャカチャと食器を洗う音だけが響く。ソーはしばらくソファに座ってくつろいでいたが、リアとの約束を思い出し、その場から立ち上がると士道に一声かけて外へと出た。

 

 夜の住宅街へと出る。すでに明かりの消えている家もあり、静かな街は独特の雰囲気を醸し出している。

 ソーは近場の公園へと足を踏み入れると、自動販売機で適当に飲み物を買ってベンチに腰掛けた。それを一口飲んで空を見上げる。明日は雨だろうか、とそんなことを思っていると、砂を踏みしめる音がした。振り返ると遅れてやって来たリアがいる。

 

「ごめん、待たせた?」

「いいや。それで、話というのはステラのことか?」

 

 夕方のリアの雰囲気からして話は大方この事だろうと予想はついていた。

 

「少し、気になることがあるの」

 

 リアは最近の出来事を一つずつ話し始めた。



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第18話 彼女は何者?

「先日ウチの学校に転入生が来たのは知ってる?」

「いいや、聞いてない」

 

 ソーが知らないのも無理はないだろう。彼は学校に通っているわけではない。昼間はステラを探して街中を移動し、もうこの街で探していない所はないと思われる。

 士道たちもソーたちの前ではあまり精霊のことを話さない。そういった話は〈ラタトスク〉の方で進めているのだろう。だからこそ、ソーの所には精霊に関する情報というのはあまり入って来ないのだ。だがリアは士道と同じ来禅高校に通っている。しかもクラスは士道の隣であるため、士道のクラスに転入生が来たということはすぐに耳に入って来た。

 そして彼女が違和感を感じたのもまた、それと同じ日であった。

 

「最初聞いた時は耳を疑ったわ。琴里が精霊に関することは一般には公開されていない秘匿事項だと言っていたのに、それを自分から堂々と明かすんだもの」

 

 リアはソーの隣に腰掛けると話を始める。

 

「でも彼女が精霊である確証なんてどこにも無かったし、どうせ士道が苦労することになるんだろうって、そう思ってたのよ」

「結局そいつは精霊だったのか?」

 

 ペットボトルの中身を飲み干したソーは容器をゴミ箱に向かって放り投げる。綺麗な放物線を描いた容器は、そのままスコンという音と共にゴミ箱の中に収まった。

 

「どうやらそうだったみたいね。〈ラタトスク〉が動いているわ」

「そうか」

「で、問題はここからなんだけど。私が最初に違和感を感じたのはその転入生がやって来た日だったわ。たまたま廊下ですれ違っただけだったんだけど、少し、本当に少しだけ、彼女のエネルギーを感じた」

 

 リアは一呼吸おいて口を開く。

 

「間違いない。あの時、近くにステラがいたわ」

 

 夜の公園に沈黙が流れる。聞こえてくるのは木々が風に揺れる音だけ。

 

「…………つまり、そいつが行方不明になっているステラと関わっているということか?」

 

 しばらく膝に腕を乗せて地面を見ていたソーが口を開く。

 

「分からないわ」

 

 リアの言葉にソーはリアの方を見た。だが彼女の表情が何も分からないということを表していると気づき、再び地面の方を向く。

 

「分からないの。確かにあの日、あの廊下ですれ違った時はステラの存在を感じ取った。これは間違いない。だから次の日も確かめようと思ったの。姿を消してこっそり後をつけてね。でも何も分からなかった。前の日は確かにあったはずのステラの気配が無くなっていたのよ」

 

 リアは前を向いたまま悔しそうな表情を浮かべる。

 

「そいつの名前は?」

「時崎狂三」

「……聞かないな。どんな姿かは分かるか?」

「そうね……」

 

 リアは立ち上がるとソーの前に立ち、その姿を変化させる。真っ赤な流体が消え去るとリアの姿は学校での狂三へと変貌していた。どこから見てもその姿は狂三と同じである。

 

「こいつは……いや、だが似てるだけの可能性も……」

「何か知ってるの?」

「確証は無いが、俺はこいつに会っている可能性がある」

 

 ソーは狂三の姿をしたリアの目を見ると、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、リアは改めて狂三を観察するため、昼休みにこっそりと士道の教室を覗いていた。だがそこに狂三の姿はない。教室では十香が一人寂しく椅子に座っていた。いつも十香と言い合っている折紙の姿も見られない。

 

(誰もいない? 士道はいつも教室で昼食を取っているはずなのに)

 

 しばらく教室から距離を取ったところで観察をしていたが戻ってくる気配はない。リアは仕方なく自分の教室に戻ろうとして誰かにぶつかった。

 

「いたっ。ごめんなさい、……って士道じゃない。どこに行ってたの?」

 

 ぶつかったのは士道だった。だが彼の表情はまるで何か酷いものを見た後かのように生気がない。

 

「士道? 顔色が良くないわね。何かあったの?」

「いや、大丈夫だ。すまん」

 

 そう言って士道はリアの脇を通り抜けようとするが、それをリアが腕を掴んで止める。

 

「待ちなさい。一体何があったの?」

「悪い……話せそうにない」

「……そう」

 

 リアは士道の腕を離す。士道は黙ったまま教室へと戻って行った。その背中をただ見送る。今日1日で一体何があったというのだろうか。

 自分の教室に戻り、机に頬をくっつけてボーっと廊下の方を見ていると、廊下を狂三が1人で歩いているのが見えた。

 リアは彼女に意識を集中してみるが、何も感じることは出来なかった。

 

(やっぱり何も感じない。気のせいだったのかしら?)

 

 ステラの捜索は、再び迷宮入りとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、リアは誰かと一緒に帰ることもなく1人路地を歩き続ける。すでに太陽は山に差し掛かり、綺麗な夕日が街を照らし出している。来週からはまた雨だと今朝の天気予報では言っていた。この時期に綺麗な夕焼けが見られたのはラッキーなのかもしれない。

 

 明日は休み。士道たちは何をするのだろうか。当然自分たちはステラの捜索に時間を使うつもりだ。しばらく歩くといつもの公園へと到着する。そこにはすでに先客がいた。

 

 公園のベンチにソーが寝ている。近づいても反応がない。完全に爆睡している。自分がステラの事についてあれこれ考えていたっていうのにこの男は……、と少しイラッと来たので足元に落ちていた石ころの先端を尖らさせて顔に打ち込む。彼はこれでもアスガルド人。ただの人間なら大怪我でも彼にとってはちょっとした痛み程度だろう。だが痛いものは痛い。

 

「グワッ⁉︎……敵襲か⁉︎」

 

 飛び起きて辺りをキョロキョロと見回しているソーの肩をリアはやれやれといった感じで叩く。

 

「ん? なんだ、リアか。遅かったな。待ちくたびれたぞ」

 

 彼は立ち上がって大きく伸びをすると肩を回して体をほぐし始めた。

 

「あんた、一体いつからここに居たのよ」

「30分くらい前からだ」

「はあ、恋人とのデートじゃないんだから……まあいいわ。行くわよ」

 

 2人は公園を後にし街を歩き始める。現在の2人の目標はステラを発見する事。本来なら残りのストーンを探しに行っているところなのだが、行方不明になった彼女の身が危うい可能性がある。そのため放課後もこうして捜索を行なっているのである。

 

「それで、どうだったんだ? その、狂三とかいう精霊は」

「ダメだったわ。やっぱり何も感じない。でもそんなはずが無いのよね」

「そんなにハッキリと分かったのか?」

「ステラの気配自体はそれほど強くはなかった。恐らく私しか気づかないでしょうね」

「気のせいという可能性もあるかもしれんぞ?」

「ふん、私があの子を間違える訳がないでしょう。絶対にあの日ステラはあそこに居たわ」

 

 そこだけは自信満々に答えられるというリア。

 

「じゃあ何故今は居ない?」

「私にも分からないわよ。その次に狂三に会った時にはその気配が綺麗さっぱり無くなっていたんだから」

「そもそも狂三で無いということは……」

「それじゃあ最初からやり直しじゃない!」

 

 ステラの気配を感じ取ったのがたまたま狂三が来た日であったというだけで、彼女が関係しているという証拠自体はまだどこにもない。ソーの言った可能性も否定は出来ないが、そうなるとまたスタートラインに戻らなければならないのだ。

 

「参ったな……。士道の方から情報は得られないのか?」

 

 相手がもし精霊なのならば士道に聞いた方が早いかもしれない。あちらは精霊の攻略を目標に活動しているのだから、精霊に関する情報については沢山持っているのだろう。

 

「そうね。ただ、今日は士道の様子がおかしかったから、また明日にした方がいいかもね。何なら琴里に聞いた方がいいかも」

「そうか」

 

 話しているうちに街の中央まで来てしまった。辺りは帰宅するサラリーマン達が行き交っている。そろそろ引き返して家に帰った方が良いだろう。

 

「今日はこの辺にするか。明日はまず情報収集だな。それから対策を練るぞ」

「分かった。明日も大変そうね」

 

 2人は今日の捜索を終えて家へと向かう。だが彼女達は知らない。明日の情報収集は、想像以上に大変だということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、狂三がステラの失踪に関係しているか知りたいってこと?」

「そうだ」

 

 ソーとリアはその夜、士道ではなく琴里に直接申し出をしていた。リアの言った通り、今日の士道は少しいつもとは調子が違ったため、琴里に相談しようと思ったのだ。

 

「そうね。……はっきり言うと、狂三は今までの中で一番謎の多い精霊よ。私たちもまだ彼女の事をほとんど知らないのよ。これは実際に起こった事なんだけれど、正直理解出来ないわ。…………昨日、狂三は死んでいるはずなの」

 

 琴里はそう言うと端末を操作して1つの映像をソ2人に見せる。

 

 そこにはとある路地が映っていた。

 

「これは……」

 

 リアはその映像に映っている人物を見て息を飲む。

 何しろその人に自分たちは会っている。そこにいたのは、霊装を纏った狂三をその手に持つ剣で形が無くなるほど切り刻んでいる真那だった。そして地面に横たわる狂三は…………

 

「ちょっと待って。狂三は確かに今日学校にいたわよ」

 

 リアは自分の頭がおかしくなったのかと思い、琴里に抗議する。

 

「分かってるわ。時崎狂三は昨日、確かに死んだはずだった。いや、殺されたと言った方が正しいわね。でも彼女は今日、まるで何事も無かったかのように学校に姿を現した」

「こいつ、真那とか言ったか、こいつは何者だ」

 

 琴里は少し複雑な表情で足を組む。

 

「真那は、DEM社の出向社員。ASTと同じ、精霊を武力によって殲滅しているわ」

「こいつは士道の妹なのだろう? 年齢もまだ若いはず。その割に、やけに動作が慣れているな」

 

 ソーは映像を見て思った。この少女は、「殺し」に慣れすぎていると。普通このくらいの年の少女が人を殺すなど考えられない。この星が地球であるならば尚更だ。それに殺すにしても何らかの動揺や抵抗はあるはず。だが真那にはそれらが一切見られない。言葉通り、既に事切れているであろう狂三にとどめを刺すその動作も、一切の躊躇が見られない。

 一体これまでにどれだけの「殺し」を行ってきたというのだろうか。

 

「この映像、士道にも見せたの?」

 

 今日の士道の様子が気になっていたリアは琴里にそう尋ねる。

 

「……ええ」

 

 琴里はどこか悲しそうな表情をして答えた。その顔は司令官としてではなく、彼の妹として、兄にあのような悲劇を伝えてしまったことの後悔が含まれているように見えた。

 

「士道は明日、狂三とデートするわ。もし狂三について何か知りたいのだったら、2人の邪魔をしない程度に観察してちょうだい」

「コソコソやるのは苦手なんだがな」

「そのための私でしょ」

 

 隠れながら事を進めることに抵抗のあるソーの肩をリアがポンと叩く。

 

「あ、言い忘れてたけど、明日のデートは狂三だけじゃないからその辺も気を付けて」

「「は?」」

 

 2人の声が、見事に被ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後10時。

 ソーは外の空気を吸おうとベランダへのドアを開けて、庭にリアがいることに気が付いた。

 彼女は地面に大の字になって寝転がり、星空を見上げている。

 

「何やってるんだ?」

「この世界と同調してるのよ」

「…………なんだって?」

 

 自分の耳が悪かったのか、はたまた彼女の言っていることがおかしかったのか、ソーは取り敢えずもう一度聞いてみる。

 

「世界と同調してるのよ。この世界と前の世界は素材が同じでも構成は異なるから。この世界を知ることで自由に力を使えるようにもなるし。大切なことよ」

「そうか…………てっきりお前の頭がついにおかしくなっ……痛い痛い、分かったから石を投げるな」

 

 ソーが何を考えていたのか分かったリアは自分の言葉が恥ずかしくなり、彼の脛に向かって石を投げつける。

 

「まったく、変なこと言ったつもりじゃ無かったのになぜか恥ずかしいじゃない」

「普通の人から見たら十分変なことだと思うが……」

「あんたは普通の人じゃないでしょ」

「そうだった」

 

 リアは体を起こすと欠伸を1つして立ち上がった。

 

「さて、明日は1日探偵ごっこだし、今日はもう寝るわ」

「だが相手はあの精霊だろう? 以前会った時もあいつは何かを企んでいた。危険な気配しかしない。バレたら大変なことになりそうだぞ」

「だから変装よ。私に任せなさい。見事な変装を披露してあげるから」

「嫌な予感がするぞ……」

 

 上機嫌でリビングへと上がっていくリアに不安を覚えながらもその後ろを追って家へと入るソー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日は世にも珍しいトリプルデート。そのスケジュールは見ただけで目眩が襲ってきそうなものである。そしてそれを実行しようとしているのが、精霊を救うために立ち上がった少年、五河士道。彼は狂三に、そして真那にこれ以上人を殺させないために狂三とデートをする。その合間に十香と折紙のデートが挟まっているのだが。

 

 そしてそのトリプルデートを後ろから追いかける探偵もどきがおよそ2名。彼らは行方不明の仲間のために狂三の謎に迫る。果たして、前代未聞のデートの行方は如何に。



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第19話 素人による尾行

 天宮駅東口改札前。

 そこから少し離れたところで、改札前に立つ狂三の様子を伺っている2つの影があった。

 

「だから嫌な予感しかしなかったんだ…………」

「あら、私はよくお似合いだと思うけれど?」

 

 その2人の格好だが、リアは普段の姿から髪の色を黒に変えているだけだが、もう1人、ソーの方はというともはや誰だか分からない。

 

「なんで俺は女なんだよ!」

 

 輝く金色の髪を肩まで伸ばし、身体の方も女性のものへと変貌したソーは今すぐ元に戻せとリアに詰め寄っていた。

 

「何よ。可愛いじゃない」

「お前、楽しんでるな? そんなに今の俺が惨めか?」

「静かにしなさい。狂三に気付かれるわ」

 

 隣で騒ぐソーをはいはいと抑えつけるリア。暴れるソーの頭を抑えながら狂三の方を見ると、ちょうど士道がやってきたところであった。

 全力で走ってきたのか、息が上がっているようにも見える。

 

「ほら、士道が来たわよ」

「くっ……今日1日の我慢だ」

 

 女性の身体に可愛らしい服を着せられ、羞恥で悶え死にそうだったソーは、無理矢理リアに引っ張り出されたため若干不機嫌である。そんなことはお構い無しとばかりにリアはソーの手を引っ張って次の地点へと移動していく。

 狭い路地に入ってその影から士道と狂三の様子を伺う。この繰り返しだ。

 

「特におかしい所なんて無いがな」

「まだ始まったばかりでしょ。その内なにかあるかもしれないじゃない」

 

 ものすごく帰りたいという意思表示をしてくるソーをリアは無理矢理引き止める。

 

「ステラが見つからなくてもいいの?」

「よし、張り切って行くぞ!」

「あんたね…………」

 

 そうしているうちに士道と狂三はビルの1つへと入って行った。少し間隔を空けてから2人もビルの中へと入る。

 中に入ってから2人の姿を探していると、男性には似つかわしくない店に士道がいた。

 

「何やってるんだあいつら」

「さあ? 士道がそこまでの変態だとは思わないけど」

 

 士道も店の前で非常に居心地が悪そうにしている。と、そこに狂三がやって来た。

 

「まさか、士道に自分の下着を選ばせようとしてるの?」

「変態はあっちの方だったか」

 

 狂三は士道の手を引いて店の中へと入って行った。

 

「……大丈夫なのか?」

「さあ? …………ってヤバっ」

 

 リアが後ろを振り返ったかと思うと急に慌ててソーの頭を飾りの植木の下に隠れさせた。

 

「うおっ⁉︎ 何だよいきなり」

「いいから、静かに!」

 

 リアはそーっと影から顔を出すと店の方の様子を伺う。先程後ろからやって来ていたのは士道のクラスメートの女子3人。亜衣、麻衣、美衣である。

 

「なんだ、あの3人がどうかしたのか?」

「隣のクラスの友人よ。変装してるとはいえ、見つかると面倒だし」

 

 ソーとリアは少し移動すると店の商品に隠れて士道たちの方を覗き見る。

 

 その3人組は士道を発見すると一斉に詰め寄っていた。それもそうだろう。十香の恋路を応援する3人は今日、十香に士道をデートに誘うよう仕向けさせたのだから。その相手が今ここにいるとなれば怪しみもする。

 3人が士道を問い詰めていると、その後ろにある試着室のカーテンが開かれ、早速試着をしていたであろう狂三が現れた。

 

「士道さん。いかがでして……」

「なっ⁉︎」

「「「はっ?」」」

 

 明らかに布面積の小さい下着を身に付けた狂三にその場にいる4人が固まる。そしてしばらくの沈黙の後、3人組が士道を一斉に睨み付けた。

 

「あんた、これはどういうこと⁉︎」

「十香ちゃんとは遊びだったの⁉︎」

 

 十香はいないが修羅場の発生である。

 

「あんたは見るなー!」

「いだだだだっ! 何するんだ!」

 

 一方でそれを覗いていた側では、リアがソーの頭を商品棚に突っ込んでいた。

 

「わ、悪い狂三。腹痛が酷いからちょっとトイレ行ってくる! ちなみに凄く可愛いぞ!」

「コラ待てー!」

「逃げんなこのヤロー!」

「処刑執行!」

 

 走り去る士道を3人組が追いかけていく。残された狂三は士道に褒められたからか少し頰を赤くしてしばらくその場に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、首が……もう少しで変な方向に曲がる所だった」

 

 商品棚から顔を出したソーは自分の首を触りながらブツブツと文句を言っている。

 

「士道は次の所へ行ったわね。このまま監視を続けるわよ」

 

 だがソーの返事はない。それを訝しんだリアが後ろを振り返ると、そこにはもじもじと落ち着かない様子のソーがいた。

 

「どうかしたの?」

「あー、その……トイレに行きたいんだが」

「行ってこればいいじゃない」

「…………本気で言ってるのか?」

「何よ。今のあなたは可愛い女の子なんだから、普通に入っても問題ないでしょ。別に他人のあれこれ見るわけじゃないでしょうし」

「無理だ」

「行きなさい」

「無理」

「行け」

「無……」

 

 この後彼はリアに引きずられ、また恥ずかしい思いをすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「覚えとけよ。いつか必ず思い知らせてやる」

「覚えてたらね」

 

 さっきからぐちぐちと文句を言ってくるソーを適当に受け流しながらリアは狂三を探す。彼女はまだ先程の店にいるようだった。レジで会計をしているところを見ると、士道に選んでもらった下着を購入したのだろう。

 

「ほんと、狂三の行動力には驚かされるわ」

「そこが恐ろしくもあるがな」

 

 彼女は会計を終えたがその場から離れる気配はない。特に行動は起こさずにトイレに行った士道を待っているのだろう。

 

 しばらく待っていると士道が戻って来た。ここにくる前は誰の所へ行っていたのだろうか。お腹を抑えていることから何か食べて来たのだろう。そこへ狂三が容赦ない一言を放つ。

 

「士道さん、そろそろお腹が空きませんこと?」

 

 

 

「うわぁ、士道は大変ね」

「そもそも何故あいつは3人と同時にデートをしてるんだ? この国にそのような風習は無かったと思うが」

「精霊が絡むと事情が複雑になるのよ」

「そういうものなのか」

 

 レストランへと向かう2人を後から追いかける。士道の顔は引きつっているが本当に大丈夫なのだろうか。

 

「私たちもお昼にしましょ」

「そうだな」

 

 ここでソーとリアの2人も昼食をとることに。士道と狂三の入ったレストランと同じ所へ入り、2人の様子がギリギリ見える席に座る。

 様子を伺っていると、案の定士道が苦しそうな表情をしながらパスタを食べていた。

 

 チラリと前を見やれば2人の観察などまるで忘れているかのようにハンバーグを食べているソーがいる。

 

「あんたね、今はいつもの姿じゃ無いんだから、もう少しお淑やかにしてなさい」

「うるさいな。料理が美味いんだから仕方ないだろう」

「はぁ…………」

 

 しばらく観察していると、再び士道がトイレと言って立ち上がった。狂三は走ってトイレに駆け込む士道を不思議そうな目で見ている。

 

「にしても、中々尻尾を掴ませてはくれないわね」

「本当にあいつは関係していないのかもしれんな」

「また振り出しか……。嫌になるわね」

 

 ガックリと肩を落とすリア。ここまで調べておいてまた振り出しとなればやる気も大幅ダウンするだろう。

 

「だがまだ決まったわけじゃない。これはまだ続けるのか?」

「もちろんよ」

 

 早く元の姿に戻りたいソーは今すぐにでも離脱したい気分だが、ステラの為ならば仕方がない。戻って来た士道と席を立つ狂三の後を追って2人は行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからも狂三の行動を観察し、不審な点やステラの発見に繋がることは無いかと色々探っていた2人だが、特に怪しい点などは見受けられずそろそろ退屈し始めていた。

 現在はビルの間の路地にて休憩を取っている。リアはそろそろ切り上げて休憩しようと言っているのだが、人前にあまり出たくないと言うソーが路地から出ようとしないのだ。

 

「別に元のあんたを知ってる人なんて居ないじゃない」

「それでも嫌なものは嫌だ。俺は絶対にあんな所行かないからな」

 

 そう言う視線の先にはオシャレなカフェがある。

 彼はそこに行くことに抵抗を感じていた。どうもあのような雰囲気の店には入りづらい。そしてこの姿で動き回りたくない。早く元に戻せと、そんな事ばかり考えて今日一日を過ごしてきた。

 

「はぁ、あんたも男ならこれくらいちゃっちゃと覚悟決めればいいのに」

「俺を男じゃなくしたのは何処のどいつだ?」

「屁理屈ばっかり」

 

 ふん、とそっぽを向いたソーはそのまま梃子でも動かないつもりだ。そんな彼にリアがどうしようかと考えていた時だった。

 背後から複数の影が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で士道と別れた十香は急に居なくなった士道を探して街を歩いていた。そして運の悪いことにあまり会いたくない相手と出会ってしまう。

 

「貴様、ここで何をしている!」

「貴女には関係のないこと」

「ふん、私は今忙しいのだ。貴様に構っている暇はない」

 

 今日士道とデートをしている2人が偶然にも街中で出会ってしまった。そうなれば今日の行いがバレてしまうのは時間の問題である。特にこの2人、士道に対しては特別な執着心を持っているこの2人が出会って問題が起こらない訳がない。

 

「私も、今は忙しい。なぜなら……」

「シドーを探しているからな!」

「士道を探しているから」

 

 見事に2人のセリフが被った。どちらも相手の言ったことに驚愕し目を見開いている。

 

「何? どういうことだ鳶一折紙!」

「それはこちらのセリフ」

「シドーは今日私とデートしているのだ!」

「それは幻覚。士道は私とデートしている。貴女の頭がおかしくなったのでは?」

「なんだと⁉︎」

 

 街中でいがみ合い始めた2人。そんな2人を街行く人達は不思議そうに見ている。

 

 そこで折紙は思案する。今日自分は士道を時崎狂三と遭遇させないようにする為に彼をデートに誘った。だが夜刀神十香も今日は士道とデートをしているという。精霊の分際で実に腹立たしい。彼は私のものなのに。

 そこまで考えて思考を切り替える。今はそんな事を考えている場合ではない。今日士道と会っているのが自分だけでは無いのだとしたら……。

 

「まさか……」

 

 折紙はそう思うや否や側にいた十香を置いて走り出した。

 

「なっ、貴様! 何処へ行くのだ!」

 

 後ろから声が聞こえるが振り向かない。今はただ、士道が無事であることだけを祈って走り続けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ君達、こんな所で何してるのかなあ?」

 

 複数の気配が現れたことに気づいたリアは周囲を見る。路地の両側にいつの間にか男達がおり、2人は挟まれる形になっていた。

 

「何よあんた達」

 

 リアは近付い来る男の1人を睨み付ける。

 

「そんな怖い顔しなくてもさー、俺たちと一緒に楽しいことしない?」

「残念だけどお断りするわ。汚い思考の持ち主とはもう関わりたくないの」

「ギャハハ、振られてやがる!」

「連れて行くぞ」

 

 男がリアの手を掴むと強引に連れて行こうとする。

 

「ちょっ、離しなさい!」

「いいねー、元気のある子は嫌いじゃないぜ」

 

 周りの男たちがふざけて騒ぎ出す。そしてその内の1人が木箱の上に座っているソーの方に近付いた。

 

「おい、こっちの子もすげぇ可愛いぞ!」

 

 そう言って肩に手を乗せた。これが自分の寿命を縮めることになるとは知りもせずに。

 

「離しなさいよ!」

 

 リアは複数の男たちに担がれ、身動きが取れなくなっている。

 

「こいつも連れて行け」

 

 男はソーの手を引っ張るとこちらも強引に連れて行こうとする。

 

 その時、男の手が弾かれた。

 

「なっ、ぐわっ!」

 

 ソーは男の襟首を掴むとそのまま横に放り投げる。

 一同はその光景に目を疑った。投げ飛ばされた男は有り得ない距離を飛んでいき、突き当たりの壁に激突してそのまま地面に崩れ落ちた。その場に動揺の空気が流れる。

 

「なんだお前は!」

「あ?」

 

 男たちは怖くなったのか逃げ出そうとするが、彼がそれを見逃すはずがない。彼の両手には青白い閃光がバチバチと迸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ、スッキリした」

 

 パンパンと手を叩いて埃を払いながらソーは地面に転がる男たちを見た。1人は遠くで崩れており、残りは全員丸焦げである。

 全員ということは当然……。

 

「……こんの、やってくれたわね」

「今日の分の仕返しだ」

 

 丸焦げで転がっている人間の中から起き上がる影が1つ。

 

「そっちがその気なら……ふんっ」

 

 さりげなく丸焦げにされたリアは両側の壁を変形させるとソーに襲い掛かる。彼はそれを器用に躱しながらリアから逃げる。

 

「この、待ちなさい」

「誰が襲って来る奴を待つか!」

 

 彼は走りながら手を出すと、路地をクネクネと曲がりながらリアの攻撃を躱す。

 しばらくすると彼の元にストームブレイカーが飛んでくる。

 

「あっ、コラ!」

 

 飛び立とうとしたソーの進路をリアが妨害、少しスピードが落ちた所にコンクリートの蔦がソーの足に絡みつく。

 

「ふふん、捕まえたわよ」

「しまっ……」

 

 リアは足を捉えた蔦を大きく振り回すとそのまま地面に向かって叩きつけた。

 

 大きな音が響き、ソーの体は地面に埋まる。またその衝撃で地面にはヒビが入り、亀裂は建物にまで広がっていた。

 

「ぬあっ!」

 

 リアが砂埃が立つ中へと足を踏み入れた瞬間、頭上から落雷が襲いかかる。

 

「うっ……」

 

 彼女が怯んだ隙にその場を離れようとするソーだが、リアがその背中に掴みかかり、2人で取っ組み合いながら路地の外へと飛び出した。

 

「このっ、離せ!」

「逃がすわけないでしょ!」

「うぐっ!」

 

 一撃を貰ってバランスを崩したソーは地面に墜落する。当然その背中に掴まっていたリアも一緒にだ。2人は飛んできた勢いのまま公園の中に突っ込んでいった。



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第20話 士道の覚悟

 突然の大きな音と共に何かが公園に飛び込んで来た。

 士道を安全な場所へと遠ざけ、ASTの隊員と共に狂三の後始末に取り掛かっていた真那は〈随意領域(テリトリー)〉を操作し、砂埃の中の様子を確認する。

 

「皆さんはここで待機しやがってください」

 

 真那は他の隊員達をその場に留まらせると、慎重にその影に近づく。確認できたのは何やら取っ組み合っている女2人。

 舞い上がっていた塵が収まり、視界が鮮明になっていく。そこには地面に倒れ、手足を地面から伸びる蔦のようなもので拘束されている金髪の少女と、その上に馬乗りになっている黒髪の少女がいた。

 

「おめーさん達、何してやがりますか? ここは立ち入り禁止の筈」

 

 真那は光を放つ剣を油断なく向けながら距離を詰めていく。

 

「はあっ、はあっ、……くそっ」

 

 手足を拘束され身動きが取れないソーはリアの肩越しに向こうにいるASTの隊員を発見する。

 

「げっ、AST!」

「ちょっ……」

 

 ソーはリアが真那に気を取られている隙に拘束から逃れると、立ち上がって一瞬で真那から距離を取った。

 今度は2人並んで真那の方を警戒する。

 

「なあ、これってマズくないか?」

「ええ、嫌な予感しかしないわ」

「こういう時は……」

「そうね……」

「もう一度聞きます。何者でいやがりますか。警告しておきますが、もし不審な行動を見せれば容赦なく……」

 

「「逃げる!」」

 

 2人で真那の忠告を無視して逃げ出した。

 ソーは足元のストームブレイカーを蹴り上げてキャッチするとそのまま空へ、リアはエネルギーを自分の身体能力に回すと人とは思えないスピードで走り出した。

 

「あ、逃がさねーですよ! 私は黒髪の方を追います! 皆さんは空に行った方をよろしく頼みます!」

 

 その言葉と共にASTの隊員達は一斉に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、これは一体どういう事なのかしら?」

 

 司令官の怒りがひしひしと伝わって来る。

 モニターに映っている映像では山の中でASTの隊員が全滅しており、また他方では街の一角が壊滅し、その中心にある大穴の中には1人の隊員が意識を失って転がっている。

 

「も、元はと言えばソーが余計なことを始めたのが原因だし……」

「お前が俺をあんな格好にしなければ始まらなかった事だ」

「ちょっとカフェでお茶しようとしただけじゃない!」

「俺は我慢の限界だった!」

「何よ! だいたい……っ⁉︎」

 

 その時2人の頭に容赦の無い鉄拳制裁が降りた。

 

「あんたら、いい加減にしなさああああああい‼︎」

 

 艦長席の前で正座をさせられている2人は頭を抱えてうずくまっている。

 

「あ、頭が、割れる……」

「普段からあれだけ問題を起こさないよう言ってるのに、下らない喧嘩でASTに見つかり街を壊したですって? 少し罰を与えないと理解出来ないのかしら?」

「いや、罰はもう充分……」

「なに? 文句でもあるの?」

「いえ、何も……」

 

 2人には反論の余地すら与えられていない。この後2人は2時間正座をさせられ、仲良く歩いて家まで帰らされた。

 

 

 

 

「それは大変だったな」

 

 2人の愚痴を聞かされていた士道は苦笑する。2人揃ってこういう所だけ一緒になって話して来るのだから、元々相性は良いのかもしれない。

 

「お前は大丈夫なのか?」

 

 今日、士道が何を見たのかを聞いた2人は士道の身を案じてそう聞くが、士道はそれに決意の込められた眼差しで答える。

 

「ああ、俺は決めた。狂三が何と言おうと俺はあいつを救う。そして真那にももう狂三を殺させない」

「……やるのね」

 

 リアの視線に士道は頷く。

 

「それと、真那の事なんだけど……」

 

 リアは申し訳なさそうに士道の方を見る。士道も状況は聞かされていたのだろう、リアの方を見て苦笑した。

 

「まあ、色々あったんだと思うけど、謝るなら本人に言ってやってくれ」

「……そうね、色々迷惑掛けたし。それじゃ、私はお風呂に入ってくるから」

 

 そう言ってリアはリビングを出て行った。

 残された2人は今後の事について話し合う。

 

「狂三はまた姿を現わすか?」

「あいつの狙いは俺だ。必ずまたやって来る。……でも、何でソーがそんな事聞くんだ?」

 

 士道には狂三がステラの失踪に関係しているかもしれないという事は話していない。疑問に思うのも最もだろう。だがソーが狂三の警戒に当たる理由はこれだけでは無い。

 

「今日の罰としてお前の護衛みたいなものをやらされることに」

「それは……何というか、悪いな」

「いや、別に構わん。むしろ丁度いい。ステラの手掛かりが見つかるかもしれんしな」

 

 その言葉に士道はピクリと反応した。

 

「狂三が、ステラと関わっているのか?」

 

 ソーはこれまでの経緯を全て士道に話した。リアが学校で狂三からステラの気配を感じ取ったこと。次の日にはそれが無くなっていたことなど。

 

「あくまで可能性の話だ。もしかしたら違っているかもしれん」

「それでもその可能性があるのなら、狂三を止めなきゃいけない」

「明後日から俺は学校の周囲で警戒に当たる。何かあったらすぐに駆け付けられるようにな」

「俺はもう一度、狂三と接触してみるよ」

「頼む」

 

 最悪の精霊は間もなく動き出す。これ以上狂三に人を殺させないためにも、士道は諦めない。戦いの準備は、着々と進められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、公園での惨劇があった日から最初の登校日。

 

「シドー、大丈夫か? 顔色が良く無いのではないか?」

 

 隣を歩く十香が心配そうに士道の顔を覗き込んでくる。考えすぎて彼女を不安にさせてしまったようだ。

 

「悪いな。大丈夫だ」

 

 この間も十香を不安にさせてしまったようだし、今度埋め合わせをしないとな、とそんな事を思いながら2人並んで学校への道を歩く。

 

 あの惨劇は自分にとって中々堪えるものがあった。狂三は、自分なんかが簡単に救うなんて言っていい相手じゃないのだと、そう感じて諦めかけたこともあった。

 でも、ここで諦めたら狂三はこれからもまた人を殺し続ける。そして狂三が人を殺せば、今度は真那が狂三を殺しに来る。連鎖は止まらない。これを終わらせるには、狂三を救うしかないのだ。では一体誰が彼女を救えるというのか。

 

「待ってろよ、狂三。お前が何と言おうと、俺はお前を救って見せる」

 

 

 

 学校に到着し、教室に入ると狂三はすでに席に着いていた。先日あのような事があったばかりだというのに、いつもと変わらず平然とした様子で前を向いている。

 

「おはようございます士道さん。先日はとても楽しかったですわ」

「おはよう狂三。楽しんでもらえたようで何よりだ」

 

 士道はこちらも平気な様子を相手に伝える。

 

「でも、正直驚きましたわ。今日は学校をお休みになるのかと」

「生憎、タフさに関してはここ最近でかなり鍛えられているものでね。……狂三、俺は決めたからな」

「?」

「俺は、お前を救って見せる。お前が何をしようと、誰が邪魔をしようともな」

「へえ、そうですの」

 

 瞬間、今まで柔らかい微笑を浮かべていた狂三の表情が凍り付く。

 

「そんな取って付けたような甘い考えがわたくしに通じるとでも思いまして?」

「言っただろ、何があろうともお前を救うと」

「ふっ、分かりましたわ。でしたら士道さん、今日の放課後、屋上に来て下さいまし」

 

 狂三は冷ややかな笑みを浮かべて言う。そこまで言うならやってみろと彼を試すかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カツンカツンと、コンクリートの地面に靴底の当たる音が響く。来禅高校の屋上には、今の時間は授業を受けている筈の人物の姿があった。

 

「さあ、甘っちょろい考えで動く愚かな方に、絶望という物を見せて差し上げようではありませんの」

 

 狂三は凄絶な笑みを浮かべて片足を屋上にカツンと叩き付ける。

 

 ゆっくりと、その足を中心に、不気味な影が広がっていった。まるでこの学校の校舎を、1つの孤立した空間として、切り取っていくかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャリと玄関の扉を開けて外に出る。外は今日もいい天気、最近は暑くなってきたように感じる。夏が徐々に本格化しているのだろう。

 

『今日もあっついねー』

「だが景色はいいだろう」

「はい…………」

 

 ソーはストームブレイカーを玄関の壁に立て掛けると見送りをしてくれている四糸乃とよしのんの方を向いた。

 

「よし、では行ってくる」

「行ってらっしゃい、です」

『気を付けてねー』

 

 可愛らしく手を振る四糸乃に見送られて、彼は学校へと向かった。

 

 今日は午前から学校での張り込みをしている。少し異変を感じたのが午前9時過ぎのこと。一応こちらで観察しては情報をリアと交換している。異変は感じたものの、特に目立った変化は無いため、動き出すことは出来ずにいる。

 

 

 

 

 

 

(結局、今日も何も無いままなのかしら……)

 

 ボンヤリと午後の授業を聞きながら外の風景を眺める。9時過ぎに少し異変があったとソーから連絡があった。でも狂三は隣の教室で授業を受けていた筈。そこにいる狂三が何かしようものなら周囲にいる士道や十香、折紙が気づく筈だ。

 授業にはほとんど集中出来ないまま、午後の授業はどんどん終わりへと向かっていく。

 

 本日最後の授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響き、生徒達は帰る支度を始めるか、或いは部活へと向かう準備を始める。

 

 士道はインカムを耳に装着すると、深呼吸をしてこれからの行動をイメージしていた。

 

『大丈夫かい、シン』

「はい」

 

 インカムから令音の声が聞こえてくる。〈フラクシナス〉ではこれから行う狂三攻略の準備が完了しているのだろう。

 

 16時半、士道は約束通り、屋上へと向かって歩き出した。

 

『充分に気をつけたまえ』

「分かってます」

 

 廊下を歩き、屋上へと続く階段の前に到着。そのまま階段に足を掛けようとして、士道は異変に気付いた。

 

「なっ⁉︎……これは」

『シン! 大丈夫かい?』

「はい……何とか」

 

 周囲が少し暗くなったかと思うと、空気が意思を持っているかのように身に纏わりつき、動きづらくなる。周囲を見渡して見れば、生徒達が意識を失ってばたばたと倒れていた。

 

「おい! 大丈夫か!」

 

 声を掛けて見るも反応はない。

 

「でも何で俺は……」

『シン、君の体には十香や四糸乃の力。精霊の力が封印されている。恐らくこれは狂三の仕業だろう。精霊の攻撃に対して君はある程度の耐性があると思えばいいだろう』

「霊力……十香!」

 

 士道は今通って来た道を戻ると、教室に駆け込んだ。

 

「ぬ……シドー?」

 

 そこには頭を抑え、怠そうにしている十香がいた。

 

「十香! 無事か?」

「ああ、だが、何だか頭が痛いのだ」

「待ってろ、すぐに助けてやるからな」

「シドー?」

 

 士道は教室を飛び出すと屋上へと全力で向かう。

 屋上の扉は鍵が壊され、簡単に開けることが出来た。その扉を開けると、外の景色が目に飛び込んで来る。そしてその中心には、目的の人物が立っていた。

 

「ようこそ、歓迎いたしますわ。──士道さん」

 

 狂三は華麗な挨拶をして見せると、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、士道」

 

 校舎の中では折紙が緊急装着用デバイスを使用。その際の頭痛がまだ残っているが、今は休んでいる暇はない。

 この学校を中心に広域結界が張られた。恐らくは時崎狂三の仕業だろうと判断した折紙はレイザーブレード〈ノーペイン〉を握りしめると反応のある屋上へと向かって歩き始めた。

 

 だがその前に影が広がり、狂三が姿を現わす。

 

「精霊と遭遇。交戦を開始する」

『待ちなさい! 折紙!』

 

 折紙は隊長の言葉を無視して狂三に斬りかかった。

 

 

 

 

 

「シドー、シドー! 何処にいるのだ!」

 

 教室に取り残された十香は士道を追って校舎を彷徨う。シドーはすぐに助けてやると言って何処かへ行ってしまった。彼の助けになりたい、そう強く願った直後、十香は力がみなぎってくるのを感じた。自分の姿を見れば、四糸乃の時と同じ限定的に力を扱えるあの姿になっている。

 

「シドー、今行くからな」

 

 だがその前には黒い影が。その中から現れたのは狂三。その狂三は嘲るような笑みを浮かべながら十香の方に近づいて来る。

 

「狂三、なぜこのようなことをする」

「これは『わたくし』の悲願のため、仕方のない犠牲ですわ」

「どけ、狂三。私はシドーの所へ向かわねばならん」

「わたくしの相手にはなってくれませんの?」

 

 狂三が十香に襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 また同じくして、教室にいたリアも異変を感じ取っていた。殆どの生徒はまだ学校に残っている。リアの教室にも放課後のお喋りを楽しんでいる生徒達がたくさん残っていた。

 だがその時、突如周囲が黒い影に覆われたかと思うと、生徒達が倒れ始めた。

 

「何がどうなってるの?」

 

 倒れた生徒達の容体を確認するも、全員気を失っているだけのようだ。その時、リアの携帯が振動する。恐らくソーだろう。

 

「もしもし」

『校舎全体を影のようなものが覆っている。これは何だ?』

「狂三の仕業ね。士道はさっき屋上へ向かったわ。先に行って援護してちょうだい。まずはこの生徒達を安全な場所へ移動させないと」

『分かった。俺は先に屋上へ向かう』

「ええ、よろしく」

 

 リアは電話を切ると床に転がる生徒達を見て溜め息を吐いた。

 

「はあ、少し大変だけどやるしか無いわよね」

 

 そしてパンと手を叩くと床を変形させ、生徒達をまとめて移動させ始めた。

 

 

 

 

 

 校舎では立ちはだかる者を倒し、屋上へと向かう者。倒れた者を避難させようと1人で行動する者。校門では影に包まれた校内へとゆっくり足を踏み入れる者。

 そして屋上で対峙するこの事件の当事者2人。最悪の精霊と、精霊を救うことを決意した男が立ち向かい、己の目的のために動き始めようとしていた。



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第21話 屋上の戦い

 来禅高校。

 影に包まれた校舎の屋上で2人は相対する。

 

「狂三、一体何のつもりだ」

「うふふ、美しいでしょう? わたくしの〈時喰みの城〉は」

 

 狂三はそう言って前髪で隠れた自分の左目を露わにする。

 

「なっ……」

 

 一言で言えばそれは異様だった。彼女の左目には、黄金の文字盤が描かれ、その中で時を刻むかのように針が回っていた。

 

「これはわたくしの時間。寿命と言ってもいいでしょう。わたくしの天使は唯一無二にして強大な力を持つのですが、その代償として膨大な時間を消費してしまいますの。ですから時々こうして外から補充しているのですわ」

「寿命……まさか!」

「ええ、このまま〈時喰みの城〉を展開し続けていれば、中にいる人達の寿命はどんどん吸い上げられていきますわ」

「くっ……」

「そうそう、それと士道さん。あなたは本気でわたくしを救うなどと考えていまして? 本気でそう思っていらっしゃるようでしたら、……非常に不愉快ですわ」

 

 狂三の声が鋭いトゲのように士道に突き刺さる。

 

「狂三、お前はどうしてそこまで救われることを嫌うんだ?」

「あなたに教える必要はありませんわ。……さて、わたくしを助けるなどという幻想は捨て去り、ここで大人しく投降することをお勧めしますが、いかがでして?」

 

 このままではまずい。この校舎には今動けない人が沢山いる。ここで狂三がこれ以上行動を起こせばその人達の命が危険に晒される。士道が行動を起こせば狂三の機嫌を損ねる可能性もある。だがここで狂三を見捨てる訳にもいかない。

 

「……それは、出来ない。俺は絶対にお前を救うと決めた。ここで諦める訳にはいかない」

「あら、そうですの……ではわたくしも対策を考えなければいけませんわね。知ってますか? 士道さん。 空間震は自分の意思でも引き起こす事が出来るんですわよ」

 

 狂三かニヤリと嫌な笑みを浮かべて士道に語りかけてくる。

 こんな場所で空間震なんて引き起こされたらこの校舎にいる人達はは全員……。

 

「さあ、どういたしますの? 士道さんが大人しく投降しなかったせいで、ここにいる生徒達は全員死んでしまいますわよ」

「これは俺とお前の問題だ。この学校の生徒が巻き込まれる道理は無いはずだ」

「面白い事をおっしゃいますのね。でも、そんなわがままが通じるとでも思いまして?」

 

 今は狂三が行動を起こさないよう時間を稼ぐしかない。この近くには恐らくソーが居るはずだ。自分1人では何も出来ないことに士道は苛立ちを感じるが、今それを思ってもどうしようもない。

 

「お前は、本当に人を殺しても何も思わないのか?」

「当たり前ですわ。わたくしの悲願の前には人間の命など儚い犠牲の1つに過ぎない。そこに躊躇いがあるとでも?」

 

 士道はくっと歯をくいしばる。

 

「お前の悲願が何かは知らないが、お前の心はそこまで壊れていないはずだ!」

「知ったようなことを仰らないでください。そういう所が非常に不愉快であると先程も申し上げたばかりだと言うのに。心配なさらずとも、わたくしの悲願はその内無事成就されますわ。あの、素晴らしい力と共に」

「……それでステラを攫ったのか?」

「どこでそれを……」

 

 今まで余裕の笑みを浮かべていた狂三の顔が固まる。

 

「気づいてないとでも思ってたのか? あいつは特殊な力の持ち主。同じような力を持つ者だけがそれに気付くことが出来る。お前はあいつらを甘く見過ぎたんじゃないか?」

「ふざけないでくださいまし。わたくしがいつ彼らを甘く見たと?」

「悪いことは言わない。ステラを解放しろ」

「お断りしますわ」

「違う。俺が心配してるのはお前だ」

「わた、くし?」

 

 狂三が何を言っているのか分からないといったような顔をしている。

 

「あいつらはもうお前がステラを攫った犯人だと目星を付けている。あいつらの怒りは凄まじい。恐らくお前を見つけたらすぐに殺しに掛かってくるだろう。そうなったらもう止められない」

「そ、そのような脅しがわたくしに通用するとでも?」

「頼む。俺はお前にこれ以上傷ついて欲しくない」

 

 狂三の瞳が動揺のためか揺れているのが分かる。士道はもうあと一押しだと、狂三を説得しにかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、リアは器用に地面を動かし、校舎に倒れていた生徒及び教員を近くの公民館に移動させていた。

 

「もう、全員さっさと帰ればこんなに増えなくて済んだのに」

 

 意外と多くの生徒が学校に残っていた為移動させなければならない人数も増え、彼女は文句たらたらである。

 

「よし、これで最後。……ちょっと休憩」

 

 それでも何とか全員を運び終え、後はどこかに通報するだけである。

 入口の所に腰掛け、一息ついているとソーから連絡が。

 

「もしもし、どうしたの?」

『この黒い結界だが、物凄く気分が悪い』

 

 どうやら結界の中を進んで行くことに苦しんでいるようだ。

 

「私は何ともなかったけど」

『それはお前がおかしいだけだ』

「どういう意味よ!」

『まあそれはいい。なるべく早く来てくれ』

「あっ、ちょっと!」

 

 もう少し休みたかったが、今は早く学校に戻らなければならない。リアは急いで靴を履き直すと学校へと向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上では狂三が士道の言葉に動揺を隠すことが出来なくなっていた。彼女はステラの存在はいずれソー達にバレるとは分かっていたが、まさかこんなに早い段階でバレるとは思っていなかった。初日に『わたくし』が直接士道を見たいとわがままを言い出し少しだけ行かせたのが仇となったのだろうか。

 狂三は指を鳴らして〈時喰みの城〉を解除すると、険しい表情をしながら士道の方を向く。

 

 ステラの存在の事に加え、士道の言葉の数々に狂三の心は大きく揺らいでいた。

 

「なあ、狂三。お前は命を狙い、狙われる日々を過ごして来たんだろうと思う。お前は、それらを感じずに毎日を過ごせる日常を知ってるか?」

「なに、を……」

「お前が毎日何を考えて生きているのかなんて俺には分からねえ。でも、何もかも1人で抱え込む必要は無いんじゃないのか⁉︎」

「そんな、わたくしは……」

 

 

 

「ダァメですわよぉ。そんな言葉に騙されては」

「ぃぎっ⁉︎」

「なっ⁉︎」

 

 士道は目の前の光景を疑った。狂三の、彼女の胸から、真っ白な手が生えていた。その正体は……。

 

「狂、三?」

「きっひひひひ。やはりこの頃のわたくしでは若過ぎたようですわね。あのような言葉で簡単に堕ちてしまうんですもの」

「わた、く、し、は……」

「もういいですわ。ゆっくりお休みなさい」

 

 そうして狂三は狂三から手を引き抜く。胸に穴の開いた狂三は小さく痙攣したかと思うと、それきり動かなくなり、影の中に吸い込まれていった。

 

「さあさあ、茶番は終わりですわ。ねえ、士道さぁん」

 

 士道は咄嗟に新たに現れた狂三から距離を取ろうとするが、足が動かない。恐る恐る自分の足元を見てみると、地面から生えた真っ白な手が自分の足をがっちりと掴んでいた。

 

「さあ、あなたの力、頂きますわよ」

 

 狂三の手が士道に迫る。

 士道は思わず目を瞑った。

 

「うっ……」

 

 だがその時、嫌な音と共に風が顔の横を通り過ぎた。

 ゆっくりと目を開けてみると、狂三が腕を抑えて距離を取っている。狂三の左腕が綺麗に切断されていた。

 

「またあぶねー所でしたね、兄様」

「真、那?」

 

 そこにはワイヤリングスーツを纏った真那が立っていた。

 

「今回は随分と派手にやってくれやがりましたね、〈ナイトメア〉」

「それだけわたくしの目的のために士道さんが重要だということですわ。さて、今まであなたには随分と沢山お世話になりましたが、今日はもう終わりにしましょう」

「そのうるさい口、すぐに閉じさせてやります」

「きひひひひ、あなたはもう用済みですわぁ」

 

 狂三はそう言うとある方の腕を高く掲げ、盛大にその名を呼んだ。

 

「さあさあ、おいでなさい──〈刻々帝(ザアアアァァァフキエエエェェェル)〉」

 

 すると、その呼びかけに応じるように、狂三の背後に巨大なそれは現れた。

 精霊の持つ究極の武器、天使。狂三の背後に現れた巨大な文字盤はまさに時計のそれであった。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉──【四の弾(ダレット)】」

 

 狂三がそう唱えると文字盤のⅣから影が動き、銃口に吸い込まれる。そして狂三はその銃口を自分の顎に突きつけると引き金を引いた。

 

「「なっ⁉︎」」

 

 その光景に士道と真那、2人の声が重なる。それもそうだろう。何しろ、狂三が引き金を引いた瞬間、地面に転がっていた腕がまるでその時間を巻き戻すかのように持ち主の元の場所へと戻っていったのだから。

 

「兄様は下がってて下さい。すぐに終わらせてやります」

「まぁだ分かりませんの。あなたがわたくしを殺すことなど、絶ぇぇぇ対に出来ないということを!」

「はあっ!」

 

 剣を構えた真那が狂三に突撃する。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉──【一の弾(アレフ)】」

 

 狂三がそう唱えると今度は文字盤のⅠから影が現れ銃口に吸い込まれる。そして真那が狂三に斬りかかる瞬間、狂三の姿が掻き消えた。

 

「どこへ……うぐっ⁉︎」

 

 狂三を見失った真那は辺りを見回す。がその直後、後頭部に衝撃が加わった。

 

「……このっ」

「あらあら、その程度でしたの? 真那さん」

「舐めんじゃねーです!」

 

 再び狂三の姿が掻き消えるが、真那は即座に対応し、狂三の攻撃を受け止める。そこから真那は反撃をしようとするが、狂三が再び銃口を構えていた。

 

「力の差というものを見せて差し上げましょう」

「はあああっ‼︎」

「〈刻々帝(ザフキエル)〉──【七の弾(ザイン)】」

「こんなもの……」

 

 狂三が放った銃弾は真っ直ぐに真那の方へと飛んで行く。真那はそれを剣で斬ろうとするが。

 

 真那の持つ剣がその銃弾に触れた瞬間、真那の時が止まった。

 

「は?」

 

 思わず士道は間抜けな声を出してしまう。だが目の前で、真那は不自然に止まっているのだ。

 

「きっひひひひ、傑作ですわね。さようなら、真那さん!」

 

 狂三が動かない真那に向かって引き金を引く。何発も、何発も。それらは寸分たがわず真那の体に直撃した。

 

「…………うあっ」

 

 しばらくして真那の時間が戻る。当然止まっている間に受けたダメージは蓄積されて。

 真那は身体中から血を流しながらも、懸命に立ち上がろうとしていた。

 

「あらあら、まぁだ生きておりましたの。しぶといですわね。まあでも、それも直ぐに終わりますわ」

 

 狂三は再び銃口を真那に向ける。そしてその引き金を引こうとして、咄嗟に後ろに飛んだ。

 

 その直後、狂三が立っていた場所に斧が突き刺さる。

 

「っ⁉︎ 誰ですの?」

「ふん、ようやくあの気味の悪い空間が消えたと思ったら今度はピンチか?」

 

 雷神、ここに降臨。

 

「あなたは……」

「久しぶりだな。性悪女」

 

 ソーは狂三の前に立つ。

 

「ソー!」

「どうやらお前の護衛に付いていて正解だったようだ」

 

 倒れる真那とその後ろにいる士道を見てソーは言う。

 

「琴里に感謝しておけよ」

「くっ、でもまだ狂三は……」

「諦めろ。これ以上は無理だ。取り敢えずお前を逃すことを……っ⁉︎」

 

 危険を感じ取ったソーは士道を掴んで横に飛び退く。狂三の銃弾がそこを通り過ぎて行った。

 

「させるとでも思っていますの?」

「悪いがやらせてもらう」

 

 その時バンという音が鳴り、今度は屋上の扉が開いてそこから同時に十香と折紙がやって来た。

 

「十香、折紙!」

「シドー! 無事か!」

「士道は私が守る」

 

 そうやって入ってきた2人を狂三は楽しそうに見つめる。

 

「随分と賑やかになって参りましたわね」

 

「狂三! ここにいたのか」

「時崎狂三。ここで仕留める」

 

 そこで十香と折紙は2人して顔を見合わせた。

 

「何? 狂三は私と戦っていたのだぞ!」

「おかしい。時崎狂三は私と戦っていた」

「どういうことだ⁉︎」

 

 訳の分からない現象に十香が絶叫していると、そこに大怪我を負った真那がゆっくりと近付いていた。

 

「鳶一一曹。ケホッ……無事でいやがりましたか」

「士道の妹二号! その姿は何だ⁉︎」

「今は精霊との交戦に集中するべき」

 

 真那、十香、折紙の3人は揃って狂三の方を見る。ソーは士道の側で文字通りの護衛に当たっていた。

 

「皆さん揃いも揃ってか弱いわたくしを虐めようと言うのですね」

「どの口がほざきやがりますか」

「では、そろそろ終わりに致しましょう」

 

 狂三がそう言い、両手を広げる。すると影が屋上に広がっていき、そこから真っ白な手が、足が、体が、頭が、それぞれが意思を持って現れる。それはまるで地獄絵図。

 その場にいる全員が目の前の光景に目を疑っていた。

 

「おいおい、ロキの真似ごとか? 気味が悪い」

「士道に手を出そうと言うのなら、容赦はしないぞ」

「士道だけは、絶対に守る」

「息の根を止めてやります」

 

 4人は大量の狂三にも怯むことなく立ち向かう。だが倒しても倒しても、次から次へと新しい狂三が現れる。万全な状態ではない十香や怪我を負った真那では押されるのも時間の問題であった。正に数の暴力。

 十香と折紙は士道を守るのだと懸命に戦っていたが、やがて狂三達に取り押さえられ、無数の攻撃が襲いかかる。

 

「真那! 十香! 折紙!」

 

 狂三に拘束されて動けない士道は倒れる3人を目にし、悲痛な叫びを上げる。

 そんな中、未だにくたばっていない男が1人。

 

「──うらっ!」

 

 雷撃が狂三達を吹き飛ばし、回転する斧がその身体を引き裂く。

 

「しつこいですわね。いい加減諦めては?」

「はあ、はあ、そういう訳にはいかん。コイツを守ることに特に大義は無いが、この任務、というより罰を放り出したら後が怖いからな」

「俺を守る理由それかよ⁉︎」

「仕方ないだろう! お前の妹が一番怖いんだよ!」

 

 こんな事態だというのに突っ込まずにはいられなかった士道。狂三は2人が騒いでいる間に次の弾を込める。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉──【七の弾(ザイン)】」

 

 そして狂三はその銃口をソーの方へと向けた。

 

「ちっ……」

「ダメだ! その弾を受けるな!」

 

 士道が叫ぶが一足遅い。真っ黒な銃弾が防御をしたストームブレイカーに当たる。その瞬間、時が止まった。

 

「ソー!」

「きっひひひ、終わりですわぁ!」

 

 影から現れた狂三の分身体2人がソーを蹴り飛ばした。

 その細い身体から放たれたとは思えない威力でソーの体は飛んでいき、屋上のフェンスを軽々と突き破って下へと落ちて行った。

 

「くっ……」

「さあ、士道さん。邪魔者はいなくなりましたわ」

 

 狂三は狂気的な笑みを浮かべると片手を空に掲げる。すると再び街に空間震警報が鳴り響く。

 

「っ! 何をする気だ!」

「ここにいる、動けない可哀想な人達を楽にして差し上げるだけですわ」

「なっ、やめろ!」

「ああ、ああ、いい顔ですわよ士道さん。これが終わったら、あなたも美味しくいただいて差し上げますわぁ」

「やめろおおおおぉぉぉ」

 

 士道が叫んだ時だった。

 突然狂三は何かを感じ取り、咄嗟に周囲を警戒し始めた。

 

「な、何ですの? この膨大なエネルギーは……」

 

 それはゆっくりとこちらに近づいて来る。狂三はその出所を探り、それがここへと続く階段であることに気付く。

 

 カツン、カツンと、階段を一段ずつ登る音がやけに大きく聞こえる。士道もその音がする方向を見る。徐々に、屋上の扉の隙間から赤い光が漏れ出し、やがて扉はキィ、という音を立ててゆっくりと開かれた。

 

「やっぱりあんただったのね……時崎狂三」

 

 真っ赤な髪の少女が、屋上に姿を現わす。全身に、途轍もないエネルギーを纏って。

 

「──無残に殺される覚悟は出来てるんでしょうね」

 

 凍り付くような、冷ややかな声が屋上に響き渡った。



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第22話 怒りの鉄槌

 彼女がそれを感じ取ったのは学校内を回り、屋上へと向かおうとした時だった。

 

 ソーから連絡を受けたリアはなるべく早く学校へと戻り、念の為校舎内に残っている人が居ないかをもう一度確認して屋上へと向かおうとしていた。

 

 一通り校舎内を見て回ったが残っている人は誰も居なかったため、そのままソーがいるであろう屋上へと足を向けた時だった。

 

「これはっ!」

 

 再び感じたのである。彼女の、ステラの気配を。

 それは以前とは比べ物にならない程はっきりとしたものだった。今この状況でステラの気配が現れたとなれば考えられるのは屋上にいる者のみ。

 公民館に運んだ者を考えていけば今屋上にいるのは士道と十香、折紙、ソー、そして狂三である。この中で誰が一番怪しいかと言われれば、それは当然……。

 

「へえ、そう。やっぱりそうだったのね」

 

 この時、彼女の身に纏う空気が一変した。周囲に真っ赤なオーラが溢れ出し、廊下のガラスにヒビが入る。彼女はそのまま屋上への階段に足を掛け、ゆっくりとその段を上って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上に凍り付いた空気が流れる。

 狂三も、狂三達も、たった1人のその強大すぎる力の前に呆然と立ち尽くしていた。

 そこへ先程下に落ちて行ったソーが戻って来る。狂三の攻撃を食らった際に怪我をしたようで額からは血が流れている。

 

「やっと来たか。随分と遅かったな。…………おい、聞いてるか?」

 

 話しかけても返事が無いので変に思ったソーはリアの顔を覗き見る。

 

「あいつよ。やっぱりそうだった。あいつがステラを……」

「ほう、ということは……」

「「骨も残さず殺す」」

「っ!」

 

 2人が口を揃えてそう言い、2人分の殺気を向けられた狂三は少し後ろに下がった。

 

「わたくしたちっ!」

 

 その言葉と共に狂三達がリアを囲い、襲いかかる。そして狂三は士道を連れてその場から離れようと試みるがその前にソーが立ちはだかる。

 

「行かせると思うか?」

「くっ……この様な所で……」

「やめろ! 2人共、待ってくれ!」

 

 士道は2人を何とか止めようとするが2人の耳には届いていない。

 

「鬱陶しい羽虫が沢山いるわね……目障りよ。消え去りなさい」

 

 リアの手にかかればこの星の全てが凶器と化す。近くの山も、周囲の建物も、全てが凶器になる。

 

 リアは山の木々を闇に還すと、それらを狂三達に向かって放つ。漆黒の槍が狂三達を一斉に貫き、無へと還していく。

 

 狂三達も彼女に攻撃を仕掛けてはいるが彼女のエネルギーバリアの前に全てが無効化されている。

 最早それは一方的な蹂躙であった。

 

 そして本体は……。

 

「あなたではわたくしに勝てませんわよ」

「だろうな。だが、それも時間の問題だろう?」

「くっ……」

 

 狂三はその力でソーを相手に優位に戦ってはいたが、リアに圧倒的な力を見せつけられ正直追い詰められていた。

 

 士道は未だに別の狂三に拘束されており動けない。

 

「それに、わざわざお前を倒す必要はない」

 

 ソーは空高く飛び上がると雷雲を発生させ、斧にその力を込めていく。そしてそれを狂三に向かって投げつけた。

 狂三は当然それを避けるが彼の目的はその後ろ。雷撃と共にストームブレイカーが〈刻々帝(ザフキエル)〉に突き刺さった。

 

「しまっ……」

 

 狂三が後ろに気を取られた隙にその体に蹴りを入れる。

 

「うっ……ケホッ、ケホッ……」

 

 体勢を崩した狂三はすぐに立ち上がろうと顔を上げるが、そこには狂三達の残骸を持ち、身体中血塗れのリアの姿が。

 

「ひっ……」

「さて、手加減は無しでいいわよね……」

 

 背後では士道が残った狂三達の拘束を逃れようと必死にもがいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上に轟音が響き渡り、そして静寂が訪れる。来禅高校の屋上はもう元の形を留めていない。その瓦礫の上には全身血塗れで、ある一点を見る少女、そして瓦礫の中には霊装が破け、身体中から血を流して倒れる少女の姿があった。

 

「さてと、そろそろかしら」

「うぐっ……うあああああっ」

 

 強制的に体を持ち上げられた狂三は身体中の傷が開き、苦痛の叫びを上げる。

 

「さあ、早く返しなさい。でないと、もっと苦しむ事になるわよ。まあ、最後はどうせ死ぬんだけどね」

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 

 リアが手をかざしただけで狂三の指が有り得ない方向へと曲がっていく。

 

「……かはっ……わた、くしは……」

「何? まだ何か? 次は腕がいいかしら?」

 

 そうしてリアが今度は狂三の腕を曲げようとした時だった。士道が狂三を庇うように、リアの前に立ちはだかった。

 

「ちょっと、邪魔しないでくれる?」

「もうやめてくれ! これ以上、狂三を傷つけないでくれ!」

「し、どう……さん……」

 

 士道の顔は、苦痛で歪んでいた。痛みを受けていたのは、決して狂三だけでは無かった。

 

「どきなさい。今その女を……」

「狂三は、優しい子なんだ! たしかに、こいつはステラを攫った。お前が怒るのもよく分かる。俺だって琴里を攫われたりしたら、物凄く怒ると思う。でも、こいつも何か目的があって行動してる筈なんだ! それこそ、自分1人だけになろうとも成し遂げようとする何かが。その為にこいつのしてきた行動が、決して許されるものではないとは思う。でも、それ以前に、狂三だって1人の女の子なんだ! ついつい子猫に目を奪われて遊んでしまうくらいに、狂三も可愛い女の子なんだ!」

「…………ぷっ、何よそれ。この悪魔にそんな心が?」

「今の状況を見ると一番の悪魔はお前だぞ」

 

 そこへ十香と折紙、真那の3人を担いだソーが戻って来る。彼は最初はリアと共に狂三を討伐する気満々であったが、途中からリアの攻撃が激しすぎて倒れている者達が巻き込まれかけている事に気付き、彼女達を避難させることに専念していた。

 

「何よ。あんたもそっち側って訳?」

「こっちはこっちで忙しかったんだぞ。誰かさんが周りを見ずに攻撃しまくったせいでな」

「私が悪いっていうの⁉︎」

 

 狂三を放ったらかしにして喧嘩を始めた2人。その隙に士道は狂三に駆け寄る。

 

「狂三、頼む。ステラを解放してくれ」

「く、う……」

 

 狂三は士道に抱えられながら、表情のない顔である一点を指差した。そこには僅かな影が広がり、青白い光が漏れ出している。

 

 それに気付いたソーがその場所に駆け寄り、広がる影に手を突っ込む。すると、徐々に青白い光を放つステラの姿が見え始めた。

 

「ぐぁっ!」

 

 今のステラの体には常時エネルギーバリアが展開されている。それに触れたソーは手に焼け付くような痛みを感じるが、それでも彼女を離すようなことはしない。

 

「リア、この通りだ。頼む、狂三を見逃してやってくれ」

 

 士道はリアに向かって頭を下げる。

 

「…………ふんっ、好きにしなさい」

 

 リアは拳を握りしめていたが、ソーの腕に抱えられているステラを見て、吐き捨てるようにそう言った。

 

「ありがとう」

 

 こうして、屋上での戦いは幕を閉じた。来禅高校の校舎が全壊するという被害はあったものの、狂三は助かり、ステラも無事戻って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステラを抱えていたソーはいつの間にか腕の焼け付くような痛みが引いていることに気付いた。不思議に思って下を見ると、こちらを見るステラとバッチリ目が合ってしまった。

 

「……へへっ」

「久しぶりだな」

 

 笑みを零すステラにソーも笑顔で応える。

 

「ありがとう」

「気にするな。まあ確かに、行方不明になってから見つけるまで相当苦労したがその辺は……」

 

 だがソーの言葉は最後まで紡がれることは無かった。

 彼の口は、首に腕を回して来たステラの唇によって塞がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せいぜい士道に感謝する事ね」

「すまないリア」

 

 リアは傷だらけになった狂三の身体を元通り綺麗に治すと瓦礫の上へと歩いて行く。

 狂三の怪我を治したのは士道の想いが余りにも強かったからだ。決してこの後琴里に怒られるのが嫌だからとかそういう訳ではない。

 

 

 

「士道さん」

「狂三、お前は1人じゃない。お前が何を望んでいるのかは分からない。でも、俺に協力できることがあるのなら、言って欲しい」

 

 狂三は怪我は元通りになったが、使った力は戻って来る訳ではない。しばらくは疲労で動かないだろう。

 狂三は士道に身体を預けながら口を開く。

 

「本当に、バカな人ですわね。こんなわたくしを、身体を張ってまで守ろうとして」

「悪いかよ」

「でも、まだわたくしの力を差し上げる訳にはいきませんわ。だから今日のお礼は……」

「なっ⁉︎」

 

 狂三は瞳を閉じると、そっと士道の頰に唇を乗せた。しばらくして顔を離すとニッコリと笑みを浮かべる。士道はそんな狂三の顔を直視するのが恥ずかしくて、頰をかいて苦笑するのだった。

 

 

 

 

 

 そんな様子を瓦礫の上から見ていたリア。今、彼女の不機嫌度は急激に上昇中であった。

 

「何よ、どいつもこいつもイチャイチャして。私への当て付けのつもりかしら。全員爆発しちゃえばいいのに」

 

 イライラが収まらずその辺に落ちている瓦礫を次々と蹴りで破壊していく。そしてそれにも飽きてしまい、今度は道端に生えている花に向かって愚痴を吐き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、あれだけ校舎を派手に破壊したため学校は休みとなった。久し振りの平穏な時間である。

 

「って事は、今度からは実験の回数についてもちゃんと考えて行かないといけないということよね」

「なんかごめんね」

 

 ステラが話したのは力の暴走。

 

「やっぱり慣れない事を連続でやるのはマズかったみたい」

 

 異次元との接続を短時間の間に連続して何度も行った為に肥大化したエネルギーを制御出来なくなったようである。

 

「今の状態だと1日に5回が限界かな。あ、でもちゃんと訓練すればもっと沢山出来るようにはなるよ」

「今は無理せずにやっていきましょう。第一、あと4人見つけないと帰り道が分かったところで帰れないのだし」

「それもそうだね」

「ここで俺の出番か」

 

 椅子に座っていたソーが会話に割り込んでくる。

 

「あんた、まだ南の方は探していないって言ってたわよね」

「ああ」

 

 ソーがこれまで探して来たのは中国地方まで。そこから南はまだ足を踏み入れていない地域である。

 

「あと2週間でこの島は終わりそうだな」

 

 そう言って指さすのは九州地方。

 

「一体どんな速さで歩いてるのよ」

「歩いてはいないぞ。たまに農家の手伝いをしてる事はあるが……」

「本当にちゃんと探してるの?」

「今更疑うのか? 安心しろ。ちゃんとこいつを見ながら飛んでるからな。いるならすぐに分かる」

 

 そう言って〈ラタトスク〉が用意した特殊センサーを手の上で転がすソー。

 

「まあまあ、ソーは頑張ってるんだし、私たちも頑張らないと」

「……そうね。ああそう、それで、来月私たちは修学旅行があるらしいのよ。行き先は沖縄みたいだし、そこに着いてくれば丁度南の方も見れるんじゃないかと思ってね」

「そういう事なら勝手に着いていこう」

 

 そう言うと地図を開いて場所を確認し始める。

 

 ここは〈フラクシナス〉の病室の一室。狂三の一件の後、念の為検査を受けたステラだが特に異常は認められなかった。だがもう少し休んでおきなさいという琴里の一言によってこうしてベッドの上で大人しくしているという訳である。

 

「修学旅行かぁ、楽しみだなあ」

「あんたはその前に勉強を何とかしないといけないでしょ」

「うっ……思い出したく無かった」

「もうすぐ期末試験もあるんだし、ちゃんと勉強しなさいよ」

「はあ、楽しみまではまだまだ遠いなあ」

 

 修学旅行があるのは期末試験が終わった後。夏休みに入る前である。ここまで勉強で一ヶ月近くの遅れを取っているステラにとっては今度の試験は地獄だろう。

 

「琴里とこれからの予定を相談してくるわ」

 

 リアは艦橋へと向かうため席を立つ。

 

「俺も行くか?」

「あんたが来てどうするのよ。今はここにいなさい」

「そうか」

 

 リアは出ていき、病室にはソーとステラの2人が残される。なんとも気まずい空気だ。それもこれも、昨日突然ステラがソーにキスをしたのが原因なのだが。

 

「……その、昨日はごめんね。突然あんなことしちゃって」

「あー、別に気にするな」

 

 そうして再び沈黙が流れる。

 

「なあ、ステラ。今度、一緒に出掛けないか?」

「え?」

「あー、いや、お前が以前言っていただろう。ファミレスに入ってみたいと。気分転換にでもどうかと思ってな」

 

 ソーは少し恥ずかしそうに話す。これにステラは満面の笑みを浮かべた。

 

「行く!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからステラは学校生活に復帰した。一ヶ月も休んでいたため初日は周りの生徒に注目されていたが、皆彼女を快く迎え入れてくれた。遅れた分の勉強に関しては先生やリアが協力してくれたため、徐々に遅れを取り戻しつつある。

 7月に入れば期末試験、そしてそれが終わればいよいよ修学旅行である。高校生活での一大イベント。楽しまなくては損であると皆心を弾ませている。それはステラ達も例外ではない。リアに至っては既に行き先の下調べを始めている程である。

 

 そこへ新たな影が忍び寄っている事に、彼女達はまだ気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 ガチャリと扉が開かれ、月光の差し込む薄暗い部屋に1人の女が入ってくる。

 

「やあ、エレン」

 

 それに応えるのはDEM社業務執行取締役、アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット。DEM社の実質的なトップである。

 

「〈プリンセス〉の件について、いかがいたしましょう」

 

 女の言葉に、ウェストコットは、ふっと笑みを浮かべた。見たものが皆凍り付くような、静かな笑みを。

 

「〈プリンセス〉に関しては予定通り、計画を実行してもらおう。もちろん、君にも参加してもらうつもりさ。最近精霊と接触していなくて、腕が鈍っているんじゃないのかい?」

「ふっ、どのような状況であれ、私が最強であることを知らしめて見せましょう」

「期待しているよ。──所でエレン、最近気になることがあるんだが」

 

 エレンと呼ばれた女は怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「精霊をも凌ぐ、とてつもない力を持つ者は、存在すると思うかい?」

 

 その事を話すウェストコットの表情に、エレンは久し振りに何かが起こる事を密かに感じ取るのであった。



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第23話 近づく期末試験

「それでそれで?」

「この写真は〜」

「一体どういうことで?」

「え、ええっと……」

 

 目をキラキラと輝かせて詰め寄ってくる3人に、ステラは困惑していた。

 先日、ようやく学校生活に復帰したステラ。勉強などはリアやクラスメイトに助けてもらい、何とか追い付こうと頑張っている状況である。

 そんな彼女だが、昨日は久し振りに外出をした。ソーに誘われたのだ。ステラがその誘いを断るはずもなく、その日はウキウキで出掛けていった。

 街を歩き、昼はファミレスに入り、夕方は景色を楽しみ、思えば今までの記憶の中でも最高の思い出だっただろう。だがいつもよりテンションが高くなっていたため、注意力が散漫になっていた。そのためステラは自分達が周りに見られているという事を忘れてしまっていたのだ。

 

 そして仲良く歩く2人をその時背後から観察していたのが隣のクラスの仲良し3人組。亜衣、麻衣、美衣である。

 ステラはこの3人とは十香繋がりで友達になった。これまでは十香の恋路を応援する3人の手助けなどもしてきたのだが、まさか自分がその対象になるとは……。

 

 目の前で表示されている写真は一体いつ撮ったのだろうか。場所から考えるとお昼を食べた後だろう、一番気分が高揚していた時だ。

 

「それで? この背の高いイケメンはどこの誰なの?」

「もしかしてステラちゃんの彼氏⁉︎」

「知らぬ間にいい男を引っ掛けてるとは」

 

 3人して食い入る様にステラに詰め寄ってくる。

 

「ううえぇ⁉︎ べ、別に彼氏とか、そんなんじゃ……」

 

 咄嗟に否定しようとするがだんだんと赤くなって声が萎んでいってしまう。

 

「ほほぉう」

「なるほどなるほど」

「つまりこれは……」

「「「恋ですな」」」

 

 3人の声が見事にピッタリと揃った。

 

「あうぅ……」

「こらこらあんた達、ステラを虐めないの」

 

 そこへその様子を見かねたリアがやって来る。

 

「おお、お姉様のご登場ですよ」

「お姉様から見たステラちゃんの様子はいかがでして?」

「この男の人との関係は?」

 

 すると今度はリアの方へと話を聞きに3人は詰め寄っていった。

 

「まったく、元気だよなあいつらも」

「シドー、ステラは誰かに恋をしているのか?」

「あー、それは俺からは言わない方がいいと思うから、本人に聞いてくれ」

「そうか! 今度聞いてみるぞ!」

「あ、あはは……」

 

 心の中でごめん、と謝る士道。

 彼女が自分の心の内を明かさない限り、あの様にして恋に興味津々な人たちにいつまでも詰め寄られるのだろう。

 

「もうすぐ修学旅行か……」

 

 すでに7月に入った今日この日。来週は期末試験があり、それが終わったら修学旅行を経て夏休みとなる。

 士道は初めて行く沖縄の事を色々と想像してみる。やはり海は綺麗なのだろうか。そんな事を考えていると誰かに背中を思い切り叩かれた。

 

「よう、セクシャルビースト五河。今日もやってるかい?」

「いっつつ、何すんだ!」

「何だよ、ちょっとした挨拶じゃないか。そんな事より、もうすぐ修学旅行だぜ。青い海、白い砂浜、そして輝く女子達の水着姿!」

「はいはい、分かったから落ち着け」

「くうっ! どうして五河の周りには十香ちゃんや鳶一さんの様な花がいるのだ。クソッ、クソッ! 砂浜に埋めてやりたい」

「本人の前で言うなよな」

 

 士道の前で涙を流しながら机を拳で叩く殿町に士道は苦笑する。しばらく泣いていたと思っていた殿町だが、すぐさま顔を上げると無駄にキリッとした表情になった。

 

「だがまだ隣のクラスがある!」

 

 先程とは一変して希望に満ちた雰囲気を纏った殿町はあれやこれやと修学旅行に対する決意を語り始め、それにウンザリした士道は1人熱く語る殿町を残して教室を出るのだった。

 

 

 

 

「それにしても、ステラちゃんが恋ねー」

「周りはみんな青春してるのね」

「マジ引くわー」

 

 3人に詰め寄られたリアにあっさりと自分の心情をバラされたステラは抗議の視線を向ける。

 

「ちょっと、リア!」

「別にいいじゃない、いい加減はっきりさせなさいよ」

「うう……」

 

 そんな時、亜衣がふとなにかを思い出したかのように呟いた。

 

「それにしても、この写真の男の人、どっかで見た気がするのよね」

「「え?」」

 

 亜衣の発言にステラとリアの声が重なる。

 

「どこかでって、街とかじゃなくて?」

「いや、そうじゃなくてさ……何処だったかなー」

 

 うんうんと唸りながら思い出そうとしている亜衣。しばらくして思い出したのか、ばっと顔を上げると高らかに叫んだ。

 

「そうだ! この前のテレビ番組よ!」

「テレビ番組?」

 

 なぜソーがテレビ番組に出ているのか、まったく見当が付かないステラとリアは2人揃って首をかしげる。

 

「確か、地方で高齢者の畑仕事を手伝ってる気前のいい男性って紹介されてたんだけど……みんなは見てないの?」

「私は……」

「見てないわね」

 

 ステラとリアは揃って否定し、麻衣と美衣は指でバツを作る。

 

「あいつがテレビ番組? 一体どう言うことかしら」

「力持ちで優しいから、地方では畑のヒーローって人気者らしいわよ」

 

 そんなテレビ番組がいつ入っていたのか知らないリアはスマホを取り出して調べ始める。

 そして検索をかけてみると本当に畑のヒーローというタイトルとともに何件もの情報がヒットした。

 

「げっ、本当にあるじゃない」

「見せて見せて!」

 

 ステラがスマホの画面を覗き込む。

 

「じゃあ、ステラちゃんの彼氏は畑のヒーローってこと?」

「何それ、有名人が恋人ってこと?」

「マジ引くわー」

「だ、だから、恋人とかそういうのじゃ……」

「あんなことまでしたのに?」

「「「あんなこと⁉︎」」」

 

 リアの一言に3人が一斉に反応した。

 

「ちょ、ちょっと、リア!」

「何よ、私の前でイチャイチャして。こっちの身にもなってみなさいって話よ」

「お姉様、その話、詳しく」

「ステラちゃんが大人に⁉︎」

「お姉様、ご愁傷様です」

 

 もうすぐ終わる昼休みは、まだまだ盛り上がりが止まることを知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、なんであなたがテレビに出てるのかしら?」

「ああ、それか。以前畑を手伝っていた時に変なやつらが集まって来てだな、取材が何とかと言っていたから答えてやっただけだ」

「ふんっ!」

「いっ⁉︎」

 

 呑気にそう返してきたソーに琴里は回し蹴りを容赦なく叩き込む。

 

「痛ってぇ! 何しやがる!」

「バカなの? ねぇ、あなた、本当にバカなの?」

「な、何がだ」

「あれだけ目立つなと言っていたのに、こんなテレビ番組に出てどうするのよ! お陰で全国に知れ渡っちゃったじゃない!」

「その脳筋に何を言っても無駄よ。諦めなさい」

 

 激昂する琴里をリアが宥める。

 

「まったく、これで変なやつらが嗅ぎつけて来てもおかしくない状況になったわね」

「別にただ質問に答えてやっ「黙りなさい」」

 

 もはや発言権すら与えられていないソー。

 

「ま、まあまあ、過ぎたことは直せないんだし、これからどうするか考えようよ」

 

 ステラは頼りないフォローを、リアはやれやれと呆れている。そこへその様子を見ていた士道が口を開く。

 

「なあ、要するに一番目立つとまずいのはこの2人なんだろ?」

 

 そう言ってステラとリアの方を見る。

 

「まあ、そうね。2人の力が誰かに知られれば、ロクでもない問題が舞い込んでくるからね」

「だったらソーの方に注目を集めておいて、こっちの2人を隠れさせるってのはどうなんだ?」

「それで簡単に目くらましができるのならそう苦労はしないのよね。何より、既に近づいて来ている厄介な連中もいるしね」

「厄介な連中?」

「いえ、こっちの話よ。あなたは十香達のケアに専念しなさい」

「あ、ああ」

 

 士道はその厄介な連中というのが気になる様子だったが、今は十香達の方を優先させようと大人しく頷くのだった。

 

「さて、今日はもう解散。ソーは明日から捜索よね。あまり悪目立ちしないように」

「そうか」

「これは絶対分かってないわよね」

「あはは」

 

 適当な返事を返したソーを見てリアはため息をつき、ステラは曖昧な笑みを浮かべる。

 

「じゃ、俺はそろそろ寝るかな。明日も学校あるしな」

「ステラはこれから勉強よ」

「うえぇ……」

「当たり前でしょ。もうすぐ試験なのよ? みっちり行くわよ」

「そんな……」

 

 嫌がるステラをズルズルと引きずって、リアはリビングから退場して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高速で風を切りながら、目的の場所へと一直線に向かう。今日から捜索するのは九州地方。あと2週間ほどで士道達は修学旅行らしく、それまでにこの地方の捜索は終わらせたいところである。

 

 突風と共に山中へと降り立つと落ちていた木の葉や枝が一斉に舞い上がった。

 

「さて、とっとと終わらせるかな」

 

 カバンからセンサーを取り出し、肩をグルリと回して斧を握り直すと簡単にこれから向かう方角を決める。そしていよいよ出発しようとした時、ソーは何かの気配を感じ取って周囲を警戒した。

 

「何処のどいつだ? 俺は今忙しいんだ。邪魔をするなら叩き潰すぞ」

「あらあら、随分とお怖いこと」

 

 視界の端。地面の一角に影が広がったかと思うと中から真っ赤なドレスを纏った狂三が姿を現した。

 

「何の用だ?」

 

 ソーは注意深く狂三を見据える。

 

「そんなに警戒しないでくださいまし。わたくしはただあなたのお手伝いに参っただけですわ」

「あんなことをしたお前をそう簡単に信じろと?」

「そこは士道さんの顔に免じて、保証致しますわ」

「…………ふん、好きにしろ」

「ありがとうございます」

 

 ソーは警戒を解くと山の中を歩き出す。

 

「それで、士道さん達の修学旅行までに、ここの捜索を終えたいのでしょう?」

「何故お前がそれを知ってる……」

「わたくしもそれなりに情報網は持っていますので」

「そうか、まあ、そうだな。それまでにここの捜索は終えたいと考えていたところだ」

「2週間、いえ、1週間も掛かりませんわ」

 

 どうやってそんなに短く? とソーは聞こうとして、以前の光景を思い出した。あの大量に湧き出て来た分身体のことを。

 

「便利な力だな」

「その分、代償は大きいのですけどね」

「お前は何故俺を手伝う? お前にメリットなど無いはずだ」

「これはちょっとした罪滅ぼしですわ。わたくしは士道さんに命を助けられてしまった以上、何も返さない訳にはいきませんもの」

「それなら士道を手伝えばいいじゃないか」

「もちろん士道さんにも、これから力となっていくつもりですわ。ですが、あなたにも多少はお力添えをしておかないと、後が怖いというのでしょうか……」

 

 そこまで言って狂三はだんだんとその顔が恐怖に染まっていく。

 

「ぷっ、はっははは!」

「ちょっ! 笑わないでくださいまし!」

「あれだけ威勢の良かったお前もこうなると可愛いもんだな!」

「あなたに言われても嬉しくありませんわ!」

 

 馬鹿にされているのが気にくわない狂三はそっぽを向いてしまう。

 

「にしても、そんなにあいつが怖いのか?」

「べ、別に恐れてなどいませんわ。リアさんだって、ただの女の子ではありませんの」

「宇宙を滅ぼすほどの力を持ったな」

「ああ、もう! やめてくださいまし! せっかく忘れようとしていたというのに!」

「悪い悪い。お前の目的が何なのかは知らないが、あいつらに手を出すのはやめておけ。ただじゃ済まんぞ」

「身にしみましたわ。でも、あなた達もお気をつけなさって。あなた達に近づく者は、他にもいますわよ」

「そんな話を琴里もしていたな。警戒を続けるに越したことはなさそうだ」

 

 そうやって2人で話しながら歩いているうちに木々の向こうに光が見え始めた。どうやら山を抜けたようだ。木の間からは建物が見えている。

 

「さて、ここからは手分けして探しましょうか。地図を貸してくださいまし」

「お前、探せるのか?」

「でなければステラさんを攫うことは出来ませんわよ」

「それもそうか。よっと、これだ」

 

 ソーは地図を取り出すと狂三の前に広げてみせる。

 

「ここから、ここまで、わたくしは6日ほどで出来ますけど、あなたはいかがでして?」

「問題ない。俺も6日で終わらせる。それで行こう」

「では、6日後にここで」

「ああ」

 

 そう言うと狂三は影の中へと潜って行った。

 

「さてと、行くか」

 

 ソーは深呼吸をしてから街の方を見据えると、空へと飛び立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁー、もう疲れたよー」

「そんな事言ってると、どうなっても知らないわよ」

「あー、ごめんなさい。真面目にやるから見捨てないでぇ」

「ぐぇっ、分かった! 分かったから引っ張らないで」

 

 五河家の居間ではステラが机に向かって格闘していた。側ではリアが自分のノートを持ちながら所々指摘を入れている。

 期末試験まで残り1週間を切っている。ようやく一ヶ月分の遅れを取り戻して来たステラは、既にくたばりそうであったが修学旅行の為にと試験勉強に奮発していた。

 

「うう、試験まで時間がないよー」

「喋ってる暇があったら手を動かしなさい」

「はい……」

 

 そして2時間後、切りの良い所まで進めて一旦休憩を挟むことにした。

 

「はぁー、疲れた……」

「教える側も疲労が凄いのよ。自分の勉強もしないといけないし」

 

 2人揃って畳に背中を預ける。

 

「修学旅行って何をするのかな」

「さあ、旅行って付いてるんだから、観光でもするんじゃないの? 調べてみたけど、綺麗な所よ」

「楽しみだなー」

「なら期末試験をきちんとクリアしないとね」

 

 その瞬間、ステラはバッと体を起こすとガッツポーズを決めた。

 

「よし! 修学旅行のためだったら、私は何だって出来るよ!」

「はぁ、なんか最近どこかのバカが感染してないかしら。妹の行先が不安だわ」

 

 リアは最近バカが目立つステラのことを心配しているが、当の本人は全く自覚していない。真面目に机に向かい始めたステラを見て、今は自分も勉強しようとそう思うのだった。



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第24話 始まる修学旅行

「終わったぁぁ」

 

 異様に長く感じたテストが全て終わり、ステラは大きく伸びをして机に向かって突っ伏した。

 1ヶ月の遅れを取りながらも何とか試験に間に合わせたこの数週間、家でも鬼のような家庭教師もとい姉のリアに扱かれて勉強をし続けていた。そのお陰か、今回の試験は手応えがかなりあったように思う。

 

 周りの生徒達も試験の出来や答え合わせなどを始め、一部では既に修学旅行ムードになっている。ざわざわと騒がしいテスト終わりの教室に担任の先生が入って来た。そう言えばテスト終わりに修学旅行の部屋割りなどを決めるとか言っていたような、言っていなかったような。

 

 そうして担任の先生が話し始めたのだが、ここで1つ問題が。

 

「修学旅行の行き先が変わった?」

 

 突然の行き先変更に教室には戸惑いの声が広がる。予定では沖縄に行く筈だったのだが、それが或美島という伊豆の方の島に変更になったらしい。ステラとしては楽しい思い出が作れれば行き先は何処でもいいのだが。だが隣のリアはどうやら納得いっていないようだった。

 

「このタイミングで行き先が変更?」

「リア、どうかしたの?」

 

 不思議に思ったステラが声をかける。

 

「なんか気になるわね。急な行き先変更の上に旅行会社が費用を全額負担、元の行き先の旅館が泊まれなくなったらしいけど、だからって行き先まで変えるかしら」

「うーん、たしかに言われてみればおかしい気も……」

 

 ざわざわとしていた教室も担任の制止によって静かになる。それからリアは納得していなかったものの、そのままみんなと部屋決めなどに参加していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざく、ざく、ざく。

 

 土を掘る音が山の中に響く。音の根源は畑にある4つの影である。

 

「こんな所まで来て手伝ってもらって、すまんのう」

「ははは、気にするな。こっちもいい気分転換だ」

「疲れたろう、今お茶を淹れてくるさ」

「なぜわたくしまでこのようなことを……」

 

 分担して残った地域の捜索を終えた2人は合流した後、たまたま見つけた老人の畑を手伝っていた。

 

「この作業を色々な所でやっているうちに気が付いたんだが、畑で汗を流した後に飲む茶は物凄くうまいな」

「知りませんわ、そんなこと」

「お前もその内分かる。あれはそこら辺の酒よりうまいぞ」

「生憎ですが、わたくしはお酒は飲みませんので」

「つまらん奴だな」

 

 その時、鞄の中にある携帯が音を立てる。

 

「誰だ?」

『あ、繋がったわね。今いいかしら?』

 

 どうやら電話をかけてきたのは琴里のようである。

 

「ああ、一応捜索は終わった。結局見つからなかったが」

『そう……。実は士道達の修学旅行について問題が出てて、同行して欲しいのだけれど。取り敢えず戻って来られるかしら?』

「ああ、問題ない。狂三も一緒だがな」

『何ですって⁉︎』

 

 琴里が叫んだことで耳がキーンと痛くなる。

 

「声が大きい! 事実だ、今隣にいるぞ」

『コホン、悪かったわね。ちょっと変わって貰える?』

「ああ」

 

 ソーは狂三の方を向くとクスクスと笑みを浮かべている彼女に電話を渡す。

 

「何がおかしい」

「いえ、随分と仲がよろしいのですね」

「仲がいいもんか、何かあればすぐ怒られるからな」

『聞こえてるわよ』

「げっ……」

「ほら、やっぱり仲がいいではありませんの」

『狂三、あなた今まで何してたの』

「わたくしは自分の目的のために行動していただけですわ。ですから、あなた達のお世話になる必要はなくてよ?」

『そう、こっちとしてはあなたを野放しにしておくことは出来ないけれど、縛るつもりもないしね。余程の事をやらかさない限りは自由にしててちょうだい』

「うふふ、それはどうも」

 

 狂三はそう言って電話を切ると、ソーに端末を返してくる。

 

「さて、俺は帰らないといけないが、お前はどうする?」

「わたくしはまだやらなければいけない事があるので、こちらで勝手に行動させて貰いますわ」

「そうか、それじゃあ俺はもう行くぞ。ここの爺さんによろしく言っておいてくれ。ああ、それと、今回は助かった。礼を言う」

 

 ソーはストームブレイカーを掴むと空へと飛び立って行った。

 

「本当に、仲のいい彼らは羨ましいですわ」

 

「おおい! そこで何してるんだぁ?」

 

 家に入っていったこの畑の持ち主の声が聞こえてくる。

 

「はあ、何だか押し付けられたような気もしますけど、流石に放って行くわけにはいきませんものね……」

 

 狂三はため息をつきながらも老人の元へと戻って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、俺はどうすればいい?」

 

 九州での捜索を終え、〈フラクシナス〉へと戻って来たソーは艦橋で琴里とこの先の予定を決めていた。

 

「取り敢えず士道達にはそのまま修学旅行に行ってもらうことになってるわ。一応令音も付いていくしね」

「問題というのは?」

「急に行き先が変更になったこと。それも、DEMの傘下組織の旅行会社の仕業でね」

「DEM?」

 

 琴里はタッチパネルを操作するとモニターに情報を表示していく。

 

「一応あなたにも相手の情報を伝えておくわ。理解できるかどうかはさて置いてね」

「馬鹿にしてるのか?」

「さあ、どうでしょうね。まあいいわ、デウス・エクス・マキナ・インダストリー。表は〈顕現装置(リアライザ)〉のシェアで世界一の巨大企業よ」

「つまり、そいつらには何かがあるということか」

「ええ。あそこには世界最強と謳われる魔術師(ウィザード)、エレン・メイザースがいる。そしてそのトップ、アイザック・ウェストコット」

「そいつも強いのか?」

「いえ、彼はただの人間の筈。物理的に強いということは無いわ。ただし、その頭の中はとても恐ろしいものよ。目的の為なら手段を問わない。そういう点では人間じゃないと思った方がいいわね」

「ふん、そうか」

 

 ソーは手頃な椅子に腰掛けると一息つく。

 

「そんなDEMがついに精霊に接触をして来た。目的が何かは分からないけれど、絶対にロクなことじゃないわ。そこであなたに警戒に当たって貰いたいの。ステラ達を狙われても困るしね」

「……いいだろう。ついでにそっちの方の捜索もしたいしな」

「助かるわ。……それにしても、あなたの方は全然見つからないわね。もう大分広い範囲で探したんじゃないの?」

 

 琴里の問いにソーは手を組んで頭を乗せる。琴里には彼が少し疲れているようにも見えた。

 

「そうだな……、この国の範囲で言えば大分探しただろうな。だがまるで音沙汰なしだ。だから今度の修学旅行とやらには少し期待したいのだがな」

「困ったものね。私たちも出来るだけ協力したいのだけれど」

 

 琴里も釣られて暗い表情になる。

 

「まあ、今は嘆いても仕方がない。まだ帰り道も見つかって無いんだ。地道に探すしかない」

 

 ソーはパンと手を叩くと椅子から立ち上がって歩き出す。

 

「お前たちも、敵が近づいているのなら気を付けろよ」

 

 彼はそう言って艦橋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへー、修学旅行だ」

 

 学校からの帰り道をステラが浮かれた表情で歩いている。そんな彼女の様子を見たリアは不注意でステラが何かやらかさないか常に不安であった。

 

「テストが終わって嬉しいのは分かるけど、そんなに浮かれてると今に事故にでも遭うわよ」

「ちょっと、そんなこと言うと本当に何か起こりそうじゃない」

「不安だわ」

 

 こういうふとした時に感じた不安というのはよく現実になるものである。長い間生きてきたリアはその感覚というのがよく分かる。間違いない。これは何かが起こる前兆である。これまでロクな目にしか遭っていない彼女はこの先の修学旅行が余計に不安になるのであった。

 

「ただいまー」

 

 家に帰ると玄関には既に士道のものと思しき靴があった。どうやら先に帰って来ていたようだ。隣に女物の靴もあるので十香もいるのだろう。

 リビングに入ると2人の姿が見えた。

 

「おう、お帰り」

「お帰りなのだ!」

 

 士道はソファでテレビを見ており、十香はいつものようにおやつを手に取って食べていた。

 

「十香も部屋割りは決めたのよね」

 

 リアが今日あった修学旅行での様々なグループ決めについて十香に話を振る。すると何故か十香は少し不機嫌な顔になった。

 

「聞いてくれ。私はシドーと同じ部屋になりたかったのだが、鳶一折紙が邪魔をするのだ」

「一緒な部屋?」

 

 ステラがその言葉を受けて士道の方を見ると彼は苦笑いである。

 

「そうだ! だから私が男になってシドーと同じ部屋に行こうとしたら鳶一折紙がシドーを女にしてしまったのだ!」

「は?」

 

 いまいち話についていけないステラとリア。

 

「シドーが女になってしまっては私がシドーと同じ部屋になれないではないか! 最後にはタマちゃん先生まで……おのれ鳶一折紙」

「というか普通男子と女子は同じ部屋にはなれないんじゃないの?」

「大変だったんだね」

「ま、まあ、色々とな。部屋を同じにするのは無理だから、自由時間に一緒に遊ぶということで何とか納得してもらった」

 

 士道の顔に疲労が見えるあたり、相当揉めたのであろう。移動の際の席決めなどで揉めるのはどの学校でもよくある事だろうし、今回もそうなのであろう。内容が少しあれではあるが。

 

「さて、私たちも準備しないとね」

「そうね、前日になって慌てるのも嫌だし、今日中には終わらせて置こうかしら」

 

 2人は修学旅行の準備をしに部屋へ。士道は夕飯の食材を買いに商店街へと十香と共に出かけて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして修学旅行当日。

 〈フラクシナス〉はDEMを警戒し、士道たちを守るために或美島の近海へと向かう予定だった。

 琴里は学校へ行かないといけないため、同行することは出来ない。令音が士道たちと共に島へと降り立つが、司令が居ないということはその間のトップはというと……。

 

「さあ、司令! 士道君のことは私に任せて、ぜひ学校生活の方を楽しんできてくださいませ」

 

 片膝をついて大仰に語る神無月を見て琴里は肩を落とす。

 

「あなたのせいで楽しむものも楽しめないのよ」

「私の心配をして下さるとは、やはり司令! 私はどこまでもあなたに付いていきます! ですからその綺麗な脚で私のことを……」

「うるさい!」

「フガッ! ……ありがとうございます」

 

 ペラペラと喋り出した神無月の指を折ると、彼は歓喜の表情で崩れ落ちて行った。

 

「まったく……」

「司令、彼の方はいかがでしょうか」

 

 クルーからの声で琴里は思い出したように携帯を取り出した。

 

「そうね、一応連絡を取ろうと思っていたのよ」

 

 数コールの後、彼は電話に出た。もう着いているのだろうか。カモメの声が聞こえる。

 

「もしもし、私だけど」

『おい琴里、士道の修学旅行はこんな所でやるのか?』

 

 どうやらこちらも問題発生のようである。

 

「どういうこと? 普通の観光地よ。空港もあるし、ホテルだってあるはずだけど」

 

 

 

 

 

 一方でソーはよく分からない島の上に立っていた。

 

「ホテル? そんなものがどこにある。あるのは海と岩と草だけだぞ」

『ちょっと、あなた行く島を間違えてるじゃない! もう2つ前の島よ。もう、地図も読めないほど馬鹿だったの⁉︎ それでよく今日までやって来れたわね』

「なんだと?」

『はいはい、もう分かったから2つ前の島よ。ちゃんと戻りなさいよ!』

「分かった分かった。戻ればいいんだろう」

 

 苛立たしげに電話を切るソー。元はといえば彼が島を間違えたのが原因なので琴里に当たるのも見当違いなのだが。

 ストームブレイカーをその辺の木に立てかけ、島の上を歩いていく。上から見た限りではそこそこの広さがあった。海岸は全て崖になっており、島の上は草原で所々に木が生えている。どうやらこの島に人は住んでいないようである。

 空は快晴、崖の上からは周辺の海を一望でき、最高の景色を目にすることが出来る。今日は修学旅行としては最高の日であろう。試しに草原の上に寝っ転がって見れば、頰を撫でるそよ風がとても気持ち良い。

 

「ふあぁー……」

 

 そんな最高の環境の中でしばらく寝っ転がっていると、だんだんと体が暖かくなり、瞼が自然と閉じ始めた。

 そのまま深い眠りにつこうとし──突然何かが太陽を遮った。

 

「んあ?」

 

 少し目を開けると先程まで眩しく輝いていた太陽の姿は既にない。慌てて起き上がってみると、その景色が一変していた。

 先程まで快晴だった空は分厚い雲に覆われ、海は静かに音を立てている。まるで嵐の前の静けさのような、不気味な空気である。

 

「これは琴里の言っていた敵の仕業か?」

 

 ソーは立ち上がって崖の方へと歩いて行くと、そこから遠くの海を見る。目を凝らして海の方を観察していると突如強い風が吹き始めた。それも日常の強風とは異なり、少しでも気を抜けば自分が飛ばされそうなくらい強い風である。

 

「ぐっ」

 

 彼は腕で顔を覆って飛んでくる砂や枝から顔を守る。別に枝が当たった所で大した怪我にはならないが砂が目に入るととても痛い。そうやって風をこらえながら島の外周を回っていると急に何かが上空に現れた。見えた影は2つ。何やら空中で何度も衝突しているようである。

 

 そして何度目かの衝突の後、その影のうちの1つが地面の方へと落下して来た。その後を追うようにもう1つの影も島へと降下し、ソーを挟むようにして反対側に降り立つ。

 

「なんだコレは……」

 

 徐々に風が弱まり、砂埃が地面に落ちて行く。そしてその中からついに2つの影がその姿を現わした。

 

「哬哬っ、この我を地面に落とすとは、中々にやるではないか」

「挑発、耶倶矢が弱いだけです」

「なんだとぉ⁉︎」

 

 何か、変な奴らが落ちて来た。



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第25話 中二病と生意気

 大きく吹き荒れていた風は2人が降り立つと同時に収まって行く。だが周囲は草木が大きく揺れている所を見ると、風が収まっているのはここだけのようだ。

 

「なんだ此奴は。我ら颶風の巫女たる八舞の神聖たる決闘に横槍を入れるつもりか?」

「懐疑。このような島に人間がいるとは思えません。あなたは一体何者ですか」

「一番聞きたいのはこっちなんだがな」

 

 2人の間に挟まれるようにして立っているソーは突如現れた2人に警戒の視線を向ける。どう見てもこの2人は普通ではない。今までこの島には彼1人しか居なかったはずだ。いつの間にここへやって来たと言うのか。そして2人の格好。ベルトのようなものを身に纏い、手や首には拘束具が見られる。肌のほとんどを露出しており、どう見ても怪しい。

 

「我らを前にして物怖じせぬか。肝が座っているのか、はたまた我の力の前に思考も出来ぬほど緊張しているのか」

 

 ソーは2人を見て、その顔がそっくりであることに気が付いた。だが体型には歴然とした差があり、2人のうちスレンダーな方が大仰な喋り方で話し始める。

 

「疑惑。その見た目から一寸も強そうなオーラを感じません。というより耶倶矢にそんな力はあったのですか」

 

 すると今度は反対側にいた半眼の方がそれに挑発するような態度で答える。

 

「なっ! ふ、ふふふ。言っているがいい。今に我の中に秘められし暗黒の力が解き放たれ貴様を地獄の底へと引きずり込むだろう」

「嘲笑。暗黒の力(笑)。耶倶矢の何処にそんな力が? 夕弦はそんなものを一度も見た事がありません」

 

 彼を挟んで妙な言い合いが始まったが、さっきから見ててイタイ方が半眼の方に馬鹿にされているようだ。

 

「ちゃんとあるし! それはもうめちゃめちゃ怖いんだかんね!」

「憐憫。夕弦はありもしない力をあると過信してやまない耶倶矢に憐れみの視線を送り……「そうだな、確かに暗黒の力は存在する」……何ですかあなたは」

 

 突然口を挟んで来たソーに2人は視線を向ける。だが2人の視線は異なる種類のもので、耶倶矢と呼ばれたスレンダーな方はキラキラとした眩しいものを見るような視線を。夕弦と自分のことを呼んでいる半眼の方は訝しげな視線を送っていた。

 

「何、お前が暗黒の力は存在しないかのような話をしていたからな。事実を言っただけだ」

「ほ、本当にあるの⁉︎」

 

 あっという間に距離を詰め、グイグイと顔を近づけて来る耶倶矢にソーは若干引きながらも肯定する。

 

「あ、ああ。全てを闇に変える強大な力を持った奴がいる」

「ど、どうだ夕弦! 暗黒の力は存在するではないか!」

「不審。その怪しい男の言う事が本当だとは思えません。もう一度聞きます。あなたは何者ですか。そして耶倶矢に触れないでください。もし触れたらすぐさまその首を締め上げます」

 

 夕弦は鎖の付いたペンデュラムを取り出すとそれを構える。

 

「なんだ、やる気か?」

「尋問。あなたは何者かと聞いているのです」

 

 直ぐにでも武器を振るって来そうな夕弦にソーはやれやれと答える。

 

「俺はソー。オーディンの息子にして、雷を司る神、そしてアスガルドの王だった男だ」

 

 返答したソーは聞いて来た夕弦の方を見て眉をピクリと吊り上げた。視線の先、質問をして来た奴はこちらを哀れむような目で見ていた。

 

「おい、なんだその目は」

「悲嘆。ここにも耶倶矢と同じ次元の人間がいましたか」

「どう言う意味だ」

 

 目の前の少女に馬鹿にされたと感じたソーに少しずつ怒りが湧き上がって来る。だが湧き上がって来た熱は隣にいた耶倶矢を見た瞬間に吹き飛ばされる。

 

「か、カッコイイ……」

 

 彼女の目は夢が叶った子供のように無邪気で希望に満ち溢れていた。

 

「ぜ、ぜひ師匠と呼ばせてほしい!」

「ちゅ、忠告。耶倶矢、いけません。そのような男に誑かされてはどんな目に合うか……」

 

 夕弦は慌ててソーの腕を取ってブンブンと握手をしている耶倶矢を止めようとする。だが目が輝いている耶倶矢にはその言葉が届いていない。夕弦は何とかしてソーから耶倶矢を引き離すと鋭い目付きで彼の方を睨んで来た。

 

「わっ、ちょっ、夕弦!」

「要求。あなたが雷神だと言う証拠を見せてください」

「証拠……こうか?」

 

 ソーは右手を広げるとそこに電気を発生させる。どうだ? と夕弦の方を見るが彼女は未だに不満そうだ。その一方で耶倶矢の方は感心して声を上げている。

 

「おお……」

「不満。何だか納得出来ません」

「もういいか? もういいなら俺は行くぞ」

 

 ソーは2人に背を向けると最初に降り立った場所へと歩いて戻っていく。

 

「あ、待って! 師匠、また会えるかな」

「さあな」

 

 耶倶矢が背中に声をかけるがソーは歩きながら適当に返事を返す。もう会うことなどないだろうと彼は思っていた。だが彼は何を思ったのかふと歩みを止めた。

 

「にしても、お前たちは仲がいいな。姉妹か何かか? 俺は兄弟仲があまり良くなかったから、お前たちを見ていると少し過去に戻ってやり直したくなる。まあ、そんな事は出来ないんだがな」

 

 今ではもう会えない義理の弟や父、母の姿。彼らと過ごせなかった日常を頭の中で思い浮かべながら彼はそう呟いた。

 だがこの言葉に2人は過剰に反応する。

 

「「はっ⁉︎」」

 

 2人同時に同じ反応をすると一瞬にして距離をとった。先程までの仲の良さは何処へやら。まるで宿敵を見るような目である。

 

「ははっ、危うく決闘の途中であることを忘れるところであったぞ」

「不覚。目的を見失う所でした」

「では師匠、また会おうぞ」

 

 2人が同時に構えを取ったかと思うと、一瞬にして2人の姿が掻き消えた。

 

「うおっ!」

 

 それと同時に巻き起こる突風にソーは危うく飛ばされかける。たまらず覆った腕をどかすとそこにはもう2人の姿は無く、残ったのは嵐の後の風と曇天の空だけであった。

 

 ソーは携帯を取り出すと通信を始める。

 

「あ、琴里か?」

『なーにー? どうしたのー?』

 

 電話の向こうから聞こえて来たのはいつもの司令官の声ではなく何処かの中学生の声。

 

「おい、気持ち悪いから今すぐ変われ」

『コホン、ええ、そうね。その言葉よく覚えておきなさいよ。後で締め上げるわ』

「げっ、やっぱり今のは無しだ。すごく良いと思うぞ」

『あからさまに態度を変えたわね。まあいいわ。何かあったの?』

 

 ソーは先程あった出来事を琴里に報告した。間違えて降り立った島で変な2人組に遭遇したこと、片方に物凄く慕われ、もう片方には敵意を向けられたこと、嵐のように過ぎ去って行ったこと。

 

『まさか、〈ベルセルク〉⁉︎』

「なんだそのよく分からん呼び方は」

『双子の精霊よ。嵐のように現れ、そして消えていく。引き止めるのは至難の業よ。ああ、もう。せっかくのチャンスだっていうのに……』

 

 電話の向こうからは琴里の悔しそうな声が聞こえて来る。先程会った2人がそんなに珍しいのだろうか。

 

「とにかく、俺はこの後士道たちの近くにいれば良いんだろう?」

『ええ、そうね。生徒達に危険がないかだけ監視しててちょうだい』

「分かった。……結局お前は来ないのか?」

『私は明日本部に召集が掛けられてるの。今日の学校が終わったら出発しなきゃいけないのよ』

「そうか。じゃあこっちの方は任せておけ」

『ええ、よろしく』

 

 電話をしまうと少しずつ雲が薄れ始めた空を見上げる。先程の嵐はやはりあの2人が起こしたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから目的地の或美島へとやってきたソー。旅館があると聞いて島を歩いているとそれらしき建物が見えてくる。ここに士道達も泊まるらしいが、鉢合わせしても大丈夫なのだろうか。と、初めはそんな心配をしていた彼だが細かいことは〈ラタトスク〉に任せておけばいいと半分リゾート気分になっていた。

 

 〈ラタトスク〉が部屋の予約をしてくれたようなので旅館に着くなり早速部屋へと向かう。館内には修学旅行と思われる生徒たちの姿が沢山あり、士道たちもあの人混みの中にいるのだろう。

 サングラス越しに人混みを観察したがその姿は見えなかった。というわけで部屋に到着である。鍵を開けて中に入るといい感じの和室が目の前に広がっていた。

 

「こういう雰囲気の場所は初めてだな」

 

 五河家の和室とはまた違った感じの印象を受ける。障子を開けば窓の外には広大な伊豆の海が広がっていた。

 

「ふう」

 

 とりあえず荷物を置いて座椅子に座ってみる。

 

「で、何をすればいいんだ?」

 

 監視と言っても旅館の中で動き回る訳にはいかない。あまり変なことをして琴里に怒られるのも嫌なので、取り敢えず部屋で大人しくしていることにした。

 だがそれにしても妙だ。出発前に確認した予定では時々〈フラクシナス〉と連絡を取ることになっていた。だが向こうと連絡を取ろうとしたのだが何故か通信が出来ない。まるで何者かに妨害されているかのようだ。

 ぼーっとしていても暇なのでテレビをつける。夕方のニュース番組ももう終盤だろうか。最後のまとめのようなものに入っている。地方で作られた新しいお酒が紹介されているのを見て美味そうだな、などと考えていると、コンコンと部屋のドアがノックされる音が聞こえた。一体誰だろうか。

 

「ちゃんと来ていたみたいだね。少し失礼するよ」

 

 ドアを開けると立っていたのは解析官の村雨令音であった。突然の訪問を不審に思いながらも部屋の中へと招き入れる。

 

「何の用だ。まだ何も起こっていないぞ」

「君は〈フラクシナス〉と通信を取ったかい?」

「確かに……向こうから連絡があると聞いていたが一度も繋がっていない」

「やはりか……」

 

 令音が少し深刻そうな顔をしているのを見てソーは事件の匂いを嗅ぎ取った。

 

「例のやつらがこれを?」

「ああ、あらゆる手段を用いて回復を試みてみたが全て失敗している。通常の故障や不具合ならこのような事にはならないだろう。そうなると考えられるのはDEMによる妨害だな」

 

 やはり出てきた名前はDEM。ソーはその組織がどういったものなのか詳しくは知らない。だがこういった妨害をしてくるのだ。どうせロクな組織ではない。

 

「士道たちの修学旅行の中にそいつらが混ざっている可能性は?」

「十分に考えられる。だが私は教師としての仕事もしなければならない。先程急に転入生が入ってきてね。少し忙しいのだよ。シンのサポートもしなければならないし、あまり敵の情報は集められそうにない。監視の方は君に頼めるだろうか」

「ああ。どうせ暇なんだ。ストーンを探すついでに怪しいやつも探しておこう。見つけたらどうすればいい?」

「取り敢えず私に報告してくれ。あまり勝手な行動をされると私も琴里に怒られるんだ。君なら分かるだろう」

 

 これまで好き勝手な行動をして散々締め上げられた彼である。今更自分から琴里の犠牲になるような行動をするつもりはない。

 

「ああ。じゃあ決まりだな。俺は明日遠くから士道たちの周囲を監視する。何か見つけたらお前に報告、これでいいだろう?」

「頼んだよ」

 

 令音は最後にもう一度目立つような行動はしないように、とソーに念を押してから部屋を出て行った。

 

「……そんなに俺は目立っているつもりは無いんだがな」

 

 自覚の無い彼にはどうやら無駄だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 それから彼はここの名物である温泉へと向かう。この旅館には大浴場があるらしい。今日は序盤から色々あって少し疲れたので、温泉で体を癒そう。

 大浴場がある場所へと到着。入り口は男湯と女湯がそれぞれ赤と青の暖簾で仕切られている。中が騒がしいのは修学旅行の生徒たちが沢山いるからだろう。

 

「あら、ソーじゃない」

 

 暖簾の前でそんな事を考えていると声を掛けられた。横を見ると浴衣に着替えたリアが立っている。

 

「なんだお前か」

「お前かって……、あんたも入りに来たの?」

「ああ、そうだ。島を間違えるわ、変な2人組に遭遇するわで、今日は少し疲れたぞ」

「島を間違えたのはあんたの自業自得でしょ。にしても、変な2人組ねえ。それって顔がそっくりな2人のこと?」

 

 リアがあの2人の事を言い当てるのでソーは少し驚く。

 

「知ってるのか? こんな感じで、髪がクルクルの2人だぞ?」

「今日突然現れたのよ。しかも私たちと同じクラス」

 

 そう言えば眠そうな女もそのような事を言っていた。となればリアのクラスに入って来たのはあの2人なのだろうか。

 

「あいつらはただの人間じゃないぞ」

「でしょうね。何せ、現れた時士道に引っ付いてたもの」

「ん? ちょっと待て。そいつらがお前たちと一緒に行動してるのなら、ここにいるということか?」

 

 赤い暖簾の方を指差してコクリと頷いたリア。つまり、例の2人は今この中にいるということである。

 

「ま、そっちは士道に任せておきなさい。それより、確認しておきたい事があるんだけど……」

「何だ?」

「今日は捜索はしたの?」

「いや、ずっと部屋で寛いでいたが?」

「だったら後からでいいわ。あんた、琴里から貰ったセンサー持ってたわよね。それを確認してみて」

「おいおい、まさか、いるのか?」

「私たちはこの島に入った瞬間に気づいたわ」

 

 リアは確信めいた表情で言う。もし彼女の言う事が本当なのだとしたら、ようやく3人目の発見である。

 

 2人はそのまま別々の暖簾をくぐって大浴場へ。そこで服を脱ぎながらソーはこの島にいるであろう3人目の事を考える。

 

「一体誰が来るか。面倒な奴で無ければいいが……」

 

 出来れば大人しく付いてきてほしい。そう切に願いながら扉を開けると、そこにはここに泊まっているであろう生徒たちが沢山いた。

 

「おい、お前ら! 準備はいいかぁ?」

「「「おおぉぉ‼︎」」」

 

 1人の呼びかけに応じるように気合のこもった返事が浴場内に響き渡る。そして先に声を掛けた1人を先頭に一部の集団が露天風呂の方へと威勢良く飛び込んで行った。

 

「全く、ガキどもは騒がしい」

 

 せめて風呂くらいは1人で静かに入りたかった。そんな願望を心の隅に置いて、彼はお湯に浸かる。

 取り敢えず部屋に戻ったら一度外へ出よう。この島自体はそれほど大きく無い。探せば今日中には見つかるかもしれない。彼はこの後の予定を考えていく。

 この修学旅行は二泊三日。その間に島の捜索は元々行うつもりだったがいると分かれば早いうちから行動した方が良いだろう。

 

 最初はそんな感じで甘い考えを持っていた。だがこの後思い知らされる。自分が3人目にどれだけ振り回されるのかを。



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第26話 マインドストーン

 陽は水平線の向こう側へと沈み、辺りは暗闇に包まれている。観光地として人気のこの島も、夜になればひっそりと静かな空間へと変貌する。

 

「──さてと、行くか」

 

 旅館の玄関前には軽く準備運動をする1人の影がある。ソーは温泉から上がると部屋に戻ってカバンの中にあったセンサーを確認した。結果は当たり。姉妹達の感覚は侮れないようである。

 インフィニティ・ストーン。個別の存在でも厄介。6つ集まっても厄介。その3つ目がこの島にいる。リアが彼らの前に姿を現してから既に3ヶ月が経っている。その間この国の半分以上を探していたが全く見つかる気配は無かった。これはまたと無いチャンスである。

 この島はそんなに広い訳でもない。運が良ければ朝までには見つかるだろう。そんな感じで彼の捜索が始まった。

 

 

 

 

 

 

「ええっ? ソーと会ったの?」

 

 夕食を終えて自由にしていたリアはそういえば、と先程の事をステラに話す。先にお風呂に入っていた彼女は当然その事を知らない。もう少し待てば良かった、と嘆いていた。

 

「ま、今は捜索にでも出てるんじゃない?」

「私も行こうかな……」

「やめておきなさい。みんなに見つかったら面倒な事になるわよ」

 

 そう。これは修学旅行だ。個人の旅行ではない。彼女達は他のクラスメイトと同じ部屋に泊まっている。もし誰かに見つかったら多くの人に迷惑をかけてしまうのだ。

 

「はあ、分かったよ」

 

 ガクッと肩を落としながら窓の方へと歩いていくステラ。そんな彼女にリアは一応のフォローを入れておく。

 

「同じ島にいるんだし、どこかで会えるかもしれないでしょ? あ、でもみんなの前で、とかはやめてよね」

「そ、それくらい分かってるよ!」

 

 以前彼と2人で出掛けた時は後をつけてきた亜衣、麻衣、美衣の3人に写真を撮られ、散々囃し立てられた。あれほど恥ずかしい状況は無い。流石にみんなの前で彼と接触する勇気はステラには無かった。

 

「明日は自由にして良いみたいだし、こっそり会いに行けば大丈夫だよね……」

 

 よし、そうしよう。と1人で納得するステラを横目にリアは明日の予定を見直す。

 明日は自由行動。この島を好きに散策するも良し、砂浜で海を楽しむのも良し、何をするかは自由である。みんなはせっかくだから海を楽しもうと海に行く予定を立てていた。

 彼女も一緒に楽しみたいところなのだが、この島に姉妹の誰かが居るとなればそれを放ったらかして遊んでいる訳にもいかない。どうやら明日は隣にいるこの子と一緒に過ごすしか無さそうだ。

 隣を見れば方針が決まったのか先程から惚気た笑みを浮かべているステラがいる。

 

「まったく、事態の大きさを分かってるのか分かってないのか……」

 

 リアは彼女の呑気さにため息を零すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃森の中では……。

 

「おかしい。反応は出ているのに姿が見えないだと?」

 

 ソーの捜索は難航していた。

 この島に3人目が居ると分かり、早速島の捜索を始めたソー。この島の広さからして、運が良ければすぐにでも見つかるだろうと思っていた彼は、中々姿の見えないその影を追い続けていた。

 センサーを見る限り、確かにこの島にいる。それは分かっているのだが、反応の強い場所に行ってもどこにもその姿が無いのだ。

 そうして島を彷徨い続けること3時間。すっかり深夜になってしまい、これ以上はラチがあかないと続きは明日にすることに決めるのだった。

 

 そうして彼が去っていった森の中。ガサガサと草が揺れたかと思うと、1人の小柄な少女が姿を現した。肩まで伸びる明るい金色の髪に輝く黄金の瞳。何故かギリースーツを着ている彼女はソーが旅館へと戻って行くのを確認すると勝ち誇ったような表情になった。

 

「ふっふっふっ、この勝負、私の勝ちである! ま、当然だよね。この私を見つけようだなんて1億年早いもん!」

 

 誰もいない森の中で1人勝利宣言をする少女。当然彼女に返事を返す者などありはしない。それでも彼女は1人で喋り続ける。

 

「さてと、今日はもう疲れたしここで寝ようかなあ。あ、明日の予定考えないと。クフフ、ステラ達にはどんなイタズラを仕掛けようかなあ」

 

 そう、彼女こそは六姉妹の中でも生粋の問題児。マインドストーンことマイである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 他の生徒達から引き離した方が耶倶矢と夕弦の攻略をしやすいと、士道と令音は或美島のプライベートビーチへと来ていた。

 

「それじゃあシン、こちらから2人には指示を出すから、対応は任せるよ」

 

 令音はそう言って何処かへと立ち去って行く。影から2人に行動の指示を出すのだろう。2人同時に封印しなければゲームオーバーという糞ゲーに挑戦しなければならない士道は現実の厳しさを思い知った。

 そうしているうちに耶倶矢と夕弦の2人が姿を見せる。

 

「クククッ、待たせたな審判者よ」

「宣言。今日でこの勝負にも決着を付けてみせます」

 

 2人とも令音に貰った水着を身に付けている。2人とも誰が見ても認めるほどの美人なので士道は2人を直視するのが恥ずかしくなってしまうが、昨日の夜にされたあれやこれやを思い出して何とか意識を保っていた。

 

「おう、耶倶矢、夕弦。昨日ぶりだな」

 

 何気なく挨拶をし、2人に近寄る。この2人、顔は瓜二つだが体型には見事な格差がある。だがそこに触れた瞬間士道の首は飛ばされるだろう。特にスレンダーな方。

 

「誘導。こちらへどうぞ」

 

 夕弦が士道の手を引いて砂浜に立つパラソルの下へと向かう。

 

「あっ、ちょっとズルイ!」

「無視。トロい耶倶矢を待つ道理はありません」

「と、トロくないし! そんな塊ぶら下げてる夕弦の方がトロいに決まってるし!」

「ま、まあまあ、こんな所まで喧嘩なんてするなよ。せっかくのビーチだぜ。もっと楽しまないとな!」

 

 昨日から何度目か分からないいがみ合いを始める2人を何とか制する士道。今日一日この調子だとだいぶ疲れそうだ。

 士道をパラソルに連れて来た2人はあるものを差し出す。

 

「え、ええっと……」

「お主に邪悪なる天の焔を打ち滅ぼす秘薬で我が身を清めることを命ずる」

「はい?」

 

 耶倶矢が彼女特有の大仰な喋り方で話してくるが士道に耶倶矢語は通じない。

 

「翻訳。日焼け止めを塗って欲しいと言っています」

「な、なるほど…………へ?」

「請願。夕弦もお願いします」

 

 そう言って夕弦は耶倶矢の横にうつ伏せになる。2人は水着の紐を解くとその美しい背中を士道に見せつける。日焼け止めクリームを渡された士道はいきなりのこの状況に、平常心を保つために素数を数え始める。2、3、5、7、11、13……。

 

「ねえ、まだー?」

「催促。早くお願いします」

 

 2人が少し頰を羞恥に染めてこちらを向いてくる。その少し潤んだ瞳に士道は覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ、行くよー」

「ぶわっ、ちょっ、ストップ!」

 

 快晴の空の下、少女達が海を駆ける。その光景を遠くから眺める男子達は揃って皆鼻の下を伸ばしていた。その集団の筆頭、殿町宏人は声高に叫ぶ。

 

「お前ら、遂にこの時が来た! 輝く海、弾ける女子達の笑顔! さあ、夢の舞台へ飛び込むぞー!」

 

 わー、とそれに続いて一部の集団が動き出す。それに気付いた女子達が逃げる。

 この後しばらく砂浜で鬼ごっこが繰り広げられていたそうだ。ちなみに首謀者は最後砂浜に埋められていた。旅行会社のカメラマンと共に。

 

 その光景を少し離れた森の中から観察していたソー。ステラ達の様子を見守ると共に怪しい人物が居ないかを探しているが、今の所学校関係者以外で見たのはカメラマンの女だけである。

 その女は先程生徒達にカメラを奪われ、抵抗する間もなく砂の中に埋められていった。特に問題は無さそうだ。

 ところで十香の姿が見えない。士道は別のビーチに連れて行くと今朝令音が言っていたが、確か十香はこちらに居るはずだ。そう言えば鳶一折紙とか言う奴の姿も見えない。2人は何処へ行ったのだろうか。

 疑問に思った彼は令音に聞いてみる事にした。この島での通信には問題は無い。〈フラクシナス〉との連絡が取れないままではあるが。

 

「あ、俺だぞ」

『その言い方だと詐欺を疑われるからね、そろそろ考えた方がいいと思うよ』

 

 電話の向こうから眠そうな声が聞こえてくる。

 

『それで、用件はなんだい? こっちも忙しくてね、あまり長話は出来そうにない』

「話はすぐ終わる。十香と鳶一の姿が見えないんだが?」

『ああ、彼女達か。心配することはない。2人ならたった今こちらに到着したようだ』

「それはつまり……」

『どうやらここまで泳いで来たようだね』

 

 あの2人のやりそうな事だ。どうせ士道の姿が見えなかったからと言って探し回った結果なのだろう。それにしても、どうやってその場所が分かったのか。この世界の精霊は不思議な存在だな、と勝手に感心するソーであった。

 

「居るならそれでいい」

『そっちも特に問題は無いかい?』

「ああ。カメラマンの女が1人埋められているだけだ」

『それは困ったね。生徒の行動を制するのも教師の仕事。あまりひどいイタズラをするようなら彼らに注意を入れて置いてくれたまえ』

「俺は教師じゃない」

『ん? ああ、そうだったね。失念していた』

 

 眠すぎて思考回路がおかしくなっていないか? と電話の向こうにいる人物が少し心配になるがあの鬼妹の親友だというし大丈夫だろうと結論づける。

 

「それじゃ、俺はこの後も好きにさせてもらうぞ。正直見てるだけだと暇だ」

『ああ、ただ目立つようなことはしないように』

「それはもう15回程聞いたぞ」

『分かってくれているならそれでいい』

「はあ……」

 

 どれだけ自分は信用されていないのだろうか。電話を切り、森の中を見渡す。

 昨日はあれだけ探したのに結局見つけることが出来なかった。反応はあれ程出ていたというのに何故だろうか。森を出るまで一応周囲を探しながら歩き続ける。だが誰かがいるような気配は無く、そのまま森の端まで出てきてしまった。

 

「こうなると本当に居るのかすら疑わしいな」

 

 リアもこの島に3人目が居ると言っていたのだからそこは間違いないのだろう。だがこの広さのこの島でここまで見つからないとそれすらも疑わしく思えて来てしまうのだ。

 しばらく森の端に沿って道路を歩き続けると、人影が見えてきた。

 

「あら、昨日ぶりね」

「あ、やっと会えたー!」

 

 自動販売機の前に立っていたのはステラとリアの2人である。

 

「ステラは久し振りだな。それと、その格好も中々決まってるぞ」

 

 と水着の彼女を褒め称える。すると彼女は照れ臭そうに顔を隠した。

 

「昨日は深夜まで探したが、結局見つからずだ。まだこの島にいるのか?」

 

 ソーは昨日の報告をリアにしておく。

 

「いえ、まだこの島に居るはずよ。ステラも感じるでしょ?」

「うーん、そうだね。まだこの島にいるよ。でもこの島はそこまで広い訳じゃないよね? 見つからないということは……」

「何か知ってるのか?」

 

 居るということは分かっているが見つからない3人目について心当たりがありそうな彼女に聞いてみる。

 

「認識操作ね。実際はあるのにあたかも存在しないかのように対象を錯覚させる。それが出来るのは私かあの子だけよ」

「俺が嵌められたと言うのか?」

「あんたは単純だから直ぐに引っかかりそうよね」

「なんだと?」

「あーもう、こんな所で喧嘩腰にならないの。リアも挑発するようなこと言わない!」

 

 ステラはこんな所で口喧嘩を始めようとする2人の間に割って入る。こうやって話は重要な部分から逸れていくのだ。

 

「悪かったから怒らないでよ」

「ちゃんと反省してる? いつもこんな調子なんだから。それで、この島に居る子の事なんだけど……」

「恐らくはマイの仕業ね」

 

 言われてソーは以前6石について3人で情報を共有した時の事を思い出す。

 

「お前がアホだとか何とか言っていた奴か?」

「そう、アホよ」

「もう少し別の言い方をしようよ……」

 

 人の事を随分と失礼な呼び方をしている2人。だがリアに至っては全くもって当然のような素振りを見せている。

 

「何故この状況でわざわざお前たちからも隠れるような真似をする」

 

 6石がこの世界に来て散ってから3ヶ月。普通なら自分の姉妹と久し振りに会ったのなら自分から会いに来る筈だ。彼女たちにとっての3ヶ月がどれほどの感覚なのかは普通の人間には全く想像も出来ない事なのだが。

 

「どうせまた下らないイタズラでしょ。次見つけたら少しお灸を据えてやればいいのよ」

「まあ、少しお説教は必要かな?」

「相当手を焼きそうだな。だがこのままではいつまで経っても見つからないぞ。相手がそう仕向けてるなら尚更だ」

 

 自分が見つけようと思っていても相手が逃げ回っているのではいつまで経っても見つからない。それに修学旅行は明日で終わりだ。

 

「昼間の間は放置しておきなさい。暫く間隔をあけて隙を突くのよ。捕まえたら私が何とかするわ」

 

 そう言うリアの顔は非常に楽しそうである。

 

「何をする気だ?」

「リア、性格悪くなってない?」

「それは最初からだろう?」

「あんたも潰すわよ」

 

 とにかく、方針は決まった。後は夜まで今も何処かに潜んでいるであろうマイの事を気に掛けていないフリをするだけである。

 

「そうなると、暇だな」

 

 ソーには修学旅行の生徒達の中に怪しい人物が居ないかを監視するという役割があるが、それも遠くから見ているだけなので実際暇なのである。

 

「じゃ、じゃあ一緒に遊ばない?」

「お、それいいわね」

 

 ステラの提案にリアが賛同する。

 

「だが、お前たちもクラスメイトがいるだろう? そっちはいいのか?」

「みんなはカメラマンと遊んでるから大丈夫よ」

「カメラマンで遊んでるの間違いじゃ……」

「細かいことは良いのよ」

 

 そうと決まれば早速行動とリアは先に歩き出す。ソーも自販機で適当にジュースを買うと後に続いた。その後ろをステラが追いかけて行く。

 

 士道は八舞姉妹の攻略へ、十香と折紙は自分の方が士道の隣に相応しいと証明するために睨み合う。そしてストーン捜索組は夜の計画へ向けて。

 修学旅行は続く。



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第27話 争う2人

 砂浜で熱い決戦が繰り広げられる。

 

「はあっ!」

 

 高く飛び上がった十香の強烈な一撃が地面に深く突き刺さる。

 

「夕弦、今のは我のボールだ。邪魔をするでない!」

「否定。今のは夕弦のテリトリーでした。邪魔をして来たのは耶倶矢の方です」

 

 泳いでプライベートビーチへとやって来た十香、折紙を加えて始まったビーチバレー。チーム分けは令音、十香、折紙。そして士道、耶倶矢、夕弦となったのだが、先ほどからいがみ合ってばかりで全く連携が取れていない。

 

「十香、折紙。ちょっといいかな」

 

 向こう側が騒がしい間に令音が2人を招き寄せる。

 

「このままでは試合にならない。少し相手を焚き付けてくれるかな」

「なるほど」

「焚き付ける? どうすれば良いのだ?」

「あの2人は恐らく自分に絶対の自信を持っている。だからそのプライドを利用してやれば直ぐにやる気になる筈だ。だから2人には相手を挑発してほしい」

「よし、分かったぞ!」

 

 早速2人はネットの方へと近寄って行くと、言い争う耶倶矢と夕弦に聞こえるように、わざと大きな声で話す。

 

「所詮はこの程度。相手にならない」

「貴様と意見が一致するのは不本意だが、その通りだな。耶倶矢も夕弦もへっぽこだ」

 

 すると令音の言っていた通りに、今まで言い争っていた2人の表情が変化した。

 

「颶風の巫女たるこの八舞に向かってへっぽことは、眷属の身分で随分と大きな口を叩いたな。十香」

「同調。夕弦たちの力を甘く見てると大怪我をしますよ」

「だったら証明して」

 

 揃ってやる気になった2人に折紙が最後の一押しをかける。

 

「良かろう。この我に逆らった事、地獄の果てまで後悔するがいい!」

 

 ビーチバレーの後半戦が始まった。

 

 

 

 

 

 暑い日差しが砂浜に照り付ける。クラスのみんなが騒いでいる所から少し離れた場所でソー、ステラ、リアの3人は夏の海を楽しんでいた。

 

 海でサーフィンをしたり、砂で作ったスイカでスイカ割りをしたり、ビーチでサッカーをしたりと、それなりに沢山遊んでいた。そして現在はソーとは別れ、浮き輪を使って海の上に寝転がっている。

 ぷかぷかと波に揺られ、遠くに聞こえるカモメの鳴き声を聞き流していると、だんだんと眠たくなってきた。

 

「ちょっと、こんな所で寝ないでよ」

「すぴー……」

「起きなさいバカ!」

 

 完全に寝ていたステラの浮き輪をひっくり返すリア。

 既に意識は夢の向こうへと旅立っていたステラは見事に海へと転落し、盛大な水しぶきを上げる。

 

「ケホッ、ケホッ、ひどいよ!」

 

 何とか浮き輪の上に這い上がったステラは猛抗議する。

 

「あっちを見なさい。そろそろ集合がかかりそうよ」

 

 寝ぼけ眼で向こうの方を見ると、たしかに遊んでいたクラスメイト達に一度集合がかけられていた。

 

「おーい、2人ともー! そろそろ集合だってさー!」

 

 近くに来ていた友達がこちらに向かって大きな声で叫んでいる。

 

「今行くよー!」

 

 それにステラが両手を振って答える。2日目ももうすぐ終了だ。

 その後旅館に戻るよう指示が出され、生徒達は片付けをして各自ゾロゾロと旅館への道を歩いていた。

 

「そう言えば十香と折紙はまだ戻って来てないのかしら」

「たしかに、何処かへ向かって泳いで行ったね」

 

 旅館へと向かう生徒達を一通り見てまだ2人の姿を見ていないことに気づく。

 

「ま、あの2人のことだし、また下らない争いでもしてるんでしょ」

「あの2人なら士道君が何とかしてくれるよ」

 

 今朝会ったきりの士道は何をしているのだろうか。大方また十香と折紙の2人に振り回されているのだろう。それに昨日突然現れた双子の姉妹も一緒に居たはずだ。彼女達は何なのだろうか。やけに士道に引っ付いていた様な気もする。

 

 夕日が水平線に輝き、美しい光景を生み出す。生徒の間からは歓声が上がり、写真を撮る者もいる。皆が夕日を楽しんでいる中、これから起きるであろう何かにリアは1人不安を抱えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 海岸にて士道は大きなため息を吐いた。

 今日1日で色々な出来事を体験した士道は少し1人になりたくて、海岸で打ち寄せる波を眺めていた。

 自分はこれからどうすれば良いのか。どの選択が正しい道筋なのか。士道は明日の審判に関して悩み続けていた。

 

『明日はさ、夕弦を選んでよ』

『請願。明日は耶倶矢を選んで下さい』

 

 争い続ける2人の意外な本心。そして……。

 

『もし違う選択をしたら、あんたの周りを滅茶苦茶にしてやるから』

『もし選択を違えた場合は、あなたの周りに不幸が訪れるでしょう』

 

 どちらを選んでも周囲に危険が及ぶ可能性がある。自分はどの選択をすべきなのか。

 

「楽しみにしていた修学旅行で命に関わる選択を迫られる。運命はそう甘くは無かったか?」

 

 突然背後から聞こえた声に士道はハッと顔を上げる。後ろを振り返ると、少し離れたところにソーがいた。

 

「聞いてたのか?」

「まあな。それで、お前はどうするつもりだ? このままだとどちらを選んでも周囲に被害が出るぞ」

「……分からない。俺はどうすればいいんだ?」

 

 士道は水面に映る自分の情けない顔に反吐が出そうになる。ただ悔しかった。精霊を救うと豪語しておきながら、何も出来ない自分の無力さが嫌で嫌で仕方が無かった。

 

「やれやれ、あの妹の兄がこのザマじゃ世話ないな。何をそんなに悩む必要がある」

「簡単に言ってくれるな」

「簡単な話だろ? 片方を選べば破滅なら両方選ぶか両方捨てるかだ」

「そんな事できる訳が……」

 

 いつまでも消極的な士道に向かってソーは歩いて行くと、その胸ぐらを掴みいとも簡単にその体を宙に浮かせる。

 

「うぐっ……」

「いい加減にしろよ若造。今この島にいる奴らの命はお前に掛かっている。そいつらを生かすも殺すもお前の選択次第だ。選択権はお前にしかない。だがその選択権を持った奴はどうだ? メソメソと海に向かって情けない言葉を吐くだけ。そんな覚悟で精霊を相手にしようとしていたのかお前は」

「ぐっ、そんな、訳ねぇだろ」

「ふっ、覚悟の程度が見て笑える。お前の選択で命を失う奴らは哀れだな。精霊を救う? 笑わせてくれる。それで周りの奴らが命を落とすのなら、俺はお前達の目標を喜んで無視する。お前の役目は精霊と対話をする事で人類への脅威を無くす事だったか? だったらお前はその任務を全うしろ。出来ないなら俺があの2人を殺す」

 

 そう言うとソーは士道を砂浜に投げ捨てた。

 

「明日の審判。俺は影から見ているとしよう。お前の選択肢は1つだけ。あいつら2人を選ぶ事だ」

 

 ソーはそのまま踵を返すと何処かへと立ち去って行く。海岸には士道1人が残された。未だに思考が追いつかない。明日の裁定で耶倶矢と夕弦の両方を選ぶ事。そんな簡単に上手くいくとは思えない。だが士道の選択肢はそれしかない。失敗すれば2人がソーに殺されてしまう。

 渦巻く思考を整理したくて、士道はしばらく砂浜に背を預けて空を見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 日はすっかり沈み、旅館の灯りだけが浮かび上がっている。

 そんな中、旅館から少し離れた森の前で、ステラとリアは着替えて集合していた。そこへ遅れてソーがやって来る。

 

「遅かったわね」

「時間ピッタリだ」

「さあて、さっさと見つけないとね」

 

 これから始まるのはマインドストーンの捕獲。この時のために今日は1日捜索を中断していた。この島の何処かにいる姉妹の1人を見つけるため、これから捜索を始める。

 

「今回のあの子の行動も恐らく下らないイタズラ。軽い調子に聞こえて結果がいつも悲惨だからタチが悪いのよね。とにかく、各自周囲に警戒すること。いいわね」

「了解」

 

 ここからは二手に分かれて行動する。島を2つに分割し、東側をソーが、西側をステラとリアの2人が捜索する。見つけ次第連絡するという手筈になっている。

 

「それじゃ、また後で」

「ああ、気を付けろよ」

「そっちこそ」

 

 そして3人は捕獲作戦へと動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸に波が打ち付ける音が周期的に繰り返される。あれから1度旅館に戻った士道だったが、十香に2人きりになりたいとせがまれ、再びこの場所へとやって来ていた。

 

「シドー、何かあったのか? なんだか元気がないぞ」

「はは、やっぱりバレちまうか」

「私はシドーの事は良く見ているからな!」

「ありがとな、十香」

 

 十香の頭を軽く撫でてやると嬉しそうに目を細める。

 

「それで、何があったのだ? 私で良かったら話して欲しい」

「実はな……」

 

 士道はこの修学旅行の裏で起こっていた耶倶矢と夕弦の話を十香にした。それを聞いた十香は驚きで目を見開く。

 

「なんと、耶倶矢と夕弦は精霊だったのか⁉︎」

「ああ。そして俺は明日、2人の勝負に決着をつけなきゃならない」

「それで悩んでいたのか」

 

 緩やかな風が2人の間を流れて行く。十香は輝く星空を眺めながら口を開いた。

 

「2人が思い合っているのか。素敵ではないか。それなら話は簡単だ。私は──」

 

 その時、2人の背後で砂を踏み締める足音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「こちら、コールサイン〈アデプタス2〉。応答を願います」

『こちら〈アルバデル〉、いかがいたしましょう』

「ターゲット夜刀神十香及びステラとリアが旅館から外に出たのを確認しました。そちらで確認してください」

『了解。……確認しました。対象は砂浜と島の西側に分かれていますが』

「優先は夜刀神十香です。後の2人はその後でもいいでしょう」

『分かりました。ターゲットを夜刀神十香に絞ります』

「旅館にはASTの鳶一一曹がいます。不審な動きを見せた場合は対応できるよう〈バンダースナッチ〉を配備しておいてください」

 

 通信を終えたエレンは乱れた呼吸を何とか整える。この修学旅行は確認されている精霊及びアイクに指示された対象の捕獲の為に参加したが、ここまでの内容は悲惨なものだった。

 初日の夜はターゲットに接近しようとしたものの突然の妨害に遭い枕を顔面にぶつけられた。そして今日は消えたターゲットを探しに行こうとしたがまたしても捕まり、砂の中に埋められて散々笑い者にされた。これもあの3人組の女子生徒のせいだ。先程も危うく捕まりかけた。だが今夜は失敗する訳にはいかない。エレンは自分は最強なのだと改めて気を引き締めると夜の島へと姿を眩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか静かだね」

「本当、嫌な予感しかしないわ」

 

 森の中。2人で歩くステラとリア。先程からこの島にいる3人目の気配を強く感じ取っているが、中々その姿を見せない。一切の油断も許されない状況であった。

 その様子を遠くから眺める影が1つ。

 

「さてさて、見つけちゃったよ。可愛いお顔がどうなっちゃうかなー。今日は1日無視してくれたんだから、それなりに強烈なのいっちゃうよ」

 

 金色の影は不穏な動きを見せる。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、士道。それ、本当? 夕弦が、私を選べって言ったこと」

 

 砂の上に佇む耶倶矢の表情は暗くてよく見えない。だがその雰囲気が、彼女の心中が穏やかでは無いことを表していた。

 

「聞いてくれ耶倶矢。これは──」

 

 だがその時反対側からまた足音が。咄嗟にその方向を振り返るとそこには暗いオーラを纏った夕弦の姿があった。

 

「確認。耶倶矢は本当にそのような事を言ったのですか? 明日の審判で私を選べと」

 

 2人はゆっくりと歩き出し、その距離を徐々に詰めて行く。

 

「2人とも、待ってくれ!」

 

 だが彼の声は2人を止められない。

 

「「ふざけるな!」」

 

 2つの嵐が衝突した。

 それに伴い海岸では猛烈な風が吹き荒れ、先ほどまで静かだった場所が一気に嵐に包まれる。

 

「〈颶風騎士(ラファエル)〉──【穿つ者(エル・レエム)】!」

 

 耶倶矢がそう叫ぶと漆黒の巨大な槍が現れる。

 

「呼応。〈颶風騎士(ラファエル)〉──【縛る者(エル・ナハシュ)】」

 

 続いて夕弦の手にも長く伸びる鎖のペンデュラムが握られる。

 

 2人はそれぞれの天使を構えて距離を取ると、互いを睨み合った。

 

「この期に及んで私を選べですって? あんたのバカさ加減にはウンザリさせられたわ」

「心外。それはこちらのセリフです。今更私を選ばせようとするなど、考えが甘いのではないでしょうか」

「あんたがそんなんだから、結局この手で決着をつけるしかないのよ」

「同意。やはりこうなりましたか」

 

 2人は同時に溜めを作ると、一気に地を蹴った。

 

「「地に伏せた方の負け!」」

 

 2つの天使が衝突する。その衝撃は凄まじく、近くにいた士道と十香はいとも簡単に吹き飛ばされてしまった。

 

「2人とも、待ってくれ! 待って……」

 

 飛ばされても尚2人を止めようとする士道。

 だが士道の声は2人に届くことは無く、ただ吹き荒れる風の中に掻き消されて行くだけであった。



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第28話 嵐の夜

 真っ暗な森の中を懐中電灯を持って歩く2人。ステラとリアは何処かに潜んでいる3人目、マイを探していた。だが先程まで静かだった森が急に嵐にでも遭遇したかのように荒れ始める。しかもその強さは立っていることすら困難な程だ。

 

「くっ……何なのよ急に!」

「いくらなんでも強すぎじゃない⁉︎」

 

 何とか地面に這いつくばって飛ばされないように堪える2人。

 

「ステラ!」

「ぐうぅ、分かった!」

 

 リアの合図と共にステラは自分達の周囲1メートル程の空間を確保する。そして確保した空間の中の状態をリアが操作し一定に保つ。

 

「ふう……」

 

 ようやく落ち着いた2人は改めて周囲の状況を確認する。外は相変わらずの嵐である。

 

「さっきまで晴れてたよね」

「誰かの仕業かしら? 流石にマイではこういったことは出来ないだろうし」

 

 外がこれだけ荒れると捜索も困難になってくる。2人は一旦捜索を中断して対策を考えることに。

 

「ソーに連絡しようよ」

「そうね。この嵐じゃあ、気付くかも分からないけど」

 

 リアは携帯を取り出して連絡を取り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃森の中では。

 

「もおー、何で急にこんな風が⁉︎」

 

 後ろからイタズラを仕掛けようとステラとリアの後をつけていた小柄な少女、マイは突然の嵐に遭遇し、突風で数十メートル程飛ばされていた。

 お陰で頭にタンコブができる始末である。

 

「誰よ、私の計画を邪魔しようとしてるのは! ただじゃおかないわよ!」

 

 髪の毛に葉っぱが付いたまま悪態をつく彼女。その様子をたまたま見つけたソーはどうしようか木の影に隠れて考えていた。

 とりあえず近付いて声をかけて見ることに。抵抗して来たら取り押さえればいいだろう。そして彼は1人でぶつぶつ言っているマイに近づいて行くと声をかけた。風の中でも聞こえるように大きな声で。

 

「おい、お前!」

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 彼が接近している事に全く気が付いていなかったマイは驚きの余り彼に向かって力を行使すると同時に藪にひっくり返った。金色の光が流れる。

 

「うわっぷ、もう、何?」

 

 何とか藪から這い上がった彼女は肩に付いた葉っぱや土を払い落としながら急に話しかけて来た人に向かって抗議する。が、何処を見ても誰もいない。

 

「あ、あれ? いない……」

 

 慌てて近くを探してみたがやはり誰もいなかった。

 

「もしかしてこれって……結構まずかったり?」

 

 自分は驚きの余り話しかけて来た人につい力を行使してしまった。相手の精神を支配する力を。そしてその対象が行方不明。

 

「や、やばいよ。どうしよう。このままリア達に見つかったりしたら……」

「私たちがどうかしたのかしら? ねえ、マイ。元気そうで何よりだわ」

「イヤアアアアアアアアアアアア! ゴメンなさあああああああぁぁぁぁい!」

 

 突然背後に現れたリアから逃げ出すマイ。

 

「あ、コラ、待ちなさい! ステラ、あんたはソーを探して。私がマイを追うから」

「分かった!」

 

 リアは森の中を逃げ回るマイを追い掛け、ステラは連絡の取れないソーを探し森を走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「副司令! 或美島にて風の渦が発生しています!」

 

 艦橋にクルーの緊迫した声が響く。

 

「おかしいですね。今までそんな気配はどこにも無かった筈ですが……。村雨解析官から連絡は?」

「依然、通信は途絶えたまま、ソー君との連絡も取れていません」

 

 空席の艦長席の隣に立つ神無月はしばし思考に耽る。

 

「やはり何者かの妨害が入っているとみていいでしょう。連絡員の準備をさせてください。直接島に降り立ちます」

 

 〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉を展開し、島内との通信を試みる。まずは島内の状況を確認しなければならない。

 

 

「レーダーに反応あり!」

「何? こんな所で一体誰だ!」

 

 DEMの空中艦〈アルバデル〉の船内では突如現れた船の反応にどよめきが広がっていた。

 

「あれは、空中艦です!」

 

 艦長、パディントンは画面に映る空中艦に眉を吊り上げた。今の今まで船の反応は無かった。だとすれば映像のこの船は不可視迷彩(インビジブル)を使用しているということになる。そんなはずは無い。あの技術はDEMでも最近実現したばかりの最新技術だ。

 

 そこまで考えて1つ、彼の中に心当たりのある組織が浮かび上がった。

 

「──〈ラタトスク機関〉」

 

 そうか、と納得が行った。精霊と対話を試みようなどという頭のおかしい目標を掲げる組織。奴らは敵、敵は沈めるに限る。

 

「全員、攻撃用意。合図で撃て」

 

 

 

 

 

 

 

「何だこいつら!」

「分からぬ。だが嫌な予感しかしない」

 

 暴風の中で衝突する耶倶矢と夕弦の戦いを見ていた士道。だが気が付くと自分達の周囲を妙な物体が取り囲んでいる。そしてそれらの間から1人の女が姿を現した。

 

「お前は……」

「カメラマンのエレンではないか。こんな所で何をしているのだ?」

「ようやく隙を見せてくれましたね、〈プリンセス〉」

 

 ただのカメラマンだと思っていた人物の口から出て来たのは精霊の識別名。十香の顔が警戒で染まる。

 

「何の真似だ!」

「邪魔な存在が一匹居ますが、まあ問題ないでしょう。捕獲作戦を実行します。さあ、〈プリンセス〉。私にあなたの力を見せて下さい」

 

 黄金の光が煌めき、その光が収まるとそこにはワイヤリングスーツとCR-ユニットを纏ったエレンがいた。その雰囲気は先ほどまでとは異なり、異様な強さを感じる。

 

「さて、あなたはどこまで通用しますかね」

「シドー、下がっていろ。あいつは危険だ。ものすごく嫌な感じがする」

 

 十香はその手に〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を顕現させるとエレンにその切っ先を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオン‼︎

 

 轟音と共に船体が揺れ、映像がぶれる。

 

「ら、落雷です! とても大きな落雷が直撃しました!」

「落雷? そんなものでこの船がここまで揺れる筈はありませんよ」

 

 〈フラクシナス〉には高性能な顕現装置(リアライザ)が搭載されており、落雷は愚か大抵の障害では全くダメージを受けない。だが今の揺れは落雷にしては明らかにおかしい。そう感じた神無月は船体上部のカメラを確認した。

 

「これは、まさか⁉︎」

 

 

 

「おい、誰が勝手に砲撃しろと言った!」

 

 敵空中艦を発見した〈アルバデル〉はしばらくその様子を伺い、攻撃のタイミングを推し量っていた。だが突然閃光が走ったかと思うと敵艦が大きく揺れている。

 

「ま、まだ何も行なっていません!」

「何だと⁉︎ では誰があんな攻撃をしたというのだ!」

「分かりません」

 

 よく見ると周囲の天候が激変している。先ほどまで静かだったこの空域が雷雲に覆われ、辺りにはひっきりなしに雷が落ちている。

 

「何が起こっている。……だがこれは好機。敵艦を堕とす。──総員、攻撃用意」

 

 

 2度目の轟音と共に再び船体が大きく揺れる。

 

「て、敵艦です! 左舷に被弾、随意領域(テリトリー)20%減少!」

「今度は敵艦ですか。不味いですねー。恐らくこの落雷の犯人も考えると対処しづらいですよ。箕輪さん、先程飛ばした世界樹の葉(ユグド・フォリウム)を経由してステラさんと通信を行なって下さい」

「ステラちゃんとですか?」

「なるべく早くお願いします。彼女ならすぐにやって来ますよ」

「り、了解!」

 

 箕輪に通信を任せると神無月は現れた敵艦に目を向けた。

 

「さて、久しぶりの実戦ですよ。司令の船を落とさせるわけにはいきませんからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「イヤアアアア! 来ないでええええ!」

「何で逃げるのよ! さてはあんた、またロクでもないこと考えてたわね!」

「何もしてないからあ!」

「だったら止まりなさいよ!」

 

 森の中をひたすら駆け回る2人の少女。こんな暴風の中で鬼ごっこを始めて早くも10分が経過しようとしている。

 

「はあ、はあ……これでも食らえ!」

「ちょっ、あぶなっ! やめなさい!」

 

 何とかリアから逃げようとエネルギー弾を投げつけてくるマイ。それを避けながら追いかけるリア。簡単に捕まる気はさらさら無さそうである。

 

 

「はい、ソーがそこに? わかりました。直ぐに行きます。どれくらい? 1秒で」

 

 そして視界が一瞬で森の中から島の上空へと移り変わる。そこは雷雲が立ち込め、雷があちこちに落ちている。そして〈フラクシナス〉と思われる空中艦にもう一つそこへ砲撃を仕掛けている空中艦が。ステラは〈フラクシナス〉の上に目的の人物を見つけた。

 

「いた! ソー!」

 

 だが彼の反応は無く、感情のない青い瞳でステラの方を見るだけである。そして次の瞬間、何の前触れもなく彼女の頭上に雷が落ちて来た。

 

「え? うわっ」

 

 慌ててそれを回避し、再びソーの方を見ると今度は回転する斧が飛んでくる。

 

「くっ、どうしてこんな事するの?」

 

 と彼に問うも返事が返ってくる気配はない。対話を諦めたリアは深呼吸をすると彼の方を睨んだ。

 

「先に謝っておくよ。手加減出来なかったらごめんね」

 

 ソーが斧を振り上げて襲い掛かる。ステラはサッと手を広げると目の前の空間を手の平で叩いた。

 次の瞬間、ソーの身体が吹き飛ばされる。広がる衝撃波は2つの空中艦の元まで届いていた。

 

「恐ろしい力ですね……」

「さあ、向こうは彼女に任せて、我々はあの船を何とかしますよ」

「は、はい!」

 

 神無月はその頭脳で顕現装置を完璧に制御していた。敵が砲撃をしてくる場所をピンポイントで当て、その場所に随意領域(テリトリー)を展開。そのお陰で〈フラクシナス〉は最初の一撃以降まだ一度も攻撃を貰っていなかった。

 

「クソ、なぜ当たらんのだ!」

「被弾する場所だけに随意領域(テリトリー)を展開しているようです」

「そんな馬鹿なことがあってたまるか!」

「そう言われましても……」

 

 〈アルバデル〉では当たらない攻撃にパディントンの苛立ちが増していた。何とかして攻撃を当てようと考えていると、何かが船体に向かって飛んでくる。飛んできた2つの影は船体後方を貫通してそのまま島の方へと飛んで行った。

 

「何事だ!」

「艦長、大変です! バンダースナッチの制御室に被弾、火災が発生しています!」

「何だと⁉︎ 直ぐに消火せんか!」

 

 

 

「この程度とは、残念です」

「十香!」

 

 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を砕かれた十香が地に伏せる。このままでは十香が連れ去られてしまう。士道は何か方法は無いかと考えるがどれもあの女の前では無力。

 

「くそっ、何かないのか、このままじゃあ十香が!」

「さっさと連れて行って下さい」

 

 機械の人形が十香に近寄る。

 守られるだけの存在なんて嫌だ。十香を守りたい。そう強く願った次の瞬間、彼の手に光が溢れる。十香を囲んでいた機械人形がばらばらと崩れ落ちた。

 

「な……その剣は先程私が砕いたはず。あなたは何者ですか」

 

 士道の手には光輝く剣が握られていた。

 

「人間さ。一応な」

「いいでしょう。あなたも連行します。捕らえなさい」

 

 エレンはバンダースナッチにそう指示を出すが機械人形からは反応がない。それどころか機械人形たちは奇妙な動きをし始めている。

 

「な、なんですか急に」

 

 そこへ〈アルバデル〉から通信が。

 

「制御室に被弾? 空中艦と交戦? そんな指示を出した覚えはありません。くっ、使えない!」

 

 エレンが通信をしている。これは好機だ。士道は十香を抱えて逃走を図る。

 

「っ、待ちなさい!」

 

 エレンは慌てて後を追おうとするが、何かに足を取られ顔面から地面に突っ伏した。

 

「何ですかこんな所でっ!これはまさか高速穴掘り術の……え?」

 

 落とし穴にはまった所へ壊れたバンダースナッチの身体が倒れ込む。

 背後に聞こえた悲鳴を無視して士道はひたすら走り続けた。目の前の空で無意味な争いを繰り広げる姉妹を止めるために。

 

 

 

 

 

 

「もお、しつこい!」

「くっ、こんの、いい加減にしなさい!」

 

 終わらない鬼ごっこに痺れを切らしたリアは右足を強く地面に踏み込む。すると森の木々が意思を持ったかのように動き出し、前を走るマイに絡みつく。

 

「うわっ、何これ、離してよ! うわあぁ⁉︎」

 

 全身を縛り上げられ、空中に吊るされたマイにゆっくりとリアは近づく。

 

「はあ、はあ、やっと捕まえた」

「うわわわ、こ、来ないでえ! ごめんなさい、私が悪かったですからあ!」

 

 彼女は今更謝ってくるがそんな事はお構い無しにリアはズンズンと進んで行く。そして彼女の目の前に立つと足元に落ちていた木の枝を拾い上げ、パシパシと手の平に打ち付ける。

 

「さあて、何をしてたのか洗いざらい話して貰おうかしら」

「ひっ⁉︎」

 

 リアは木の枝でマイの頬をなぞると悪いな笑みを浮かべる。だがマイの視線が自分の後ろを見ている事に気が付き、咄嗟にその方向を向いた次の瞬間、体に強烈な衝撃が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中での交戦は激しさを増していく。ソーの雷撃があちこちから降りかかり、それを避けると今度は直接の攻撃が襲い掛かる。ステラは何度か隙を見てソーに話しかけようとしたが、全く反応が返ってこなかった。まるで攻撃する事にしか意識が向いていないかのように。

 

「まさか、操られてる?」

 

 考えた末に1つの可能性にたどり着いた。もし彼が誰かに操られているのだとすれば、攻撃する事にしか意識がない事にも納得がいく。そして今この島でそんなことが出来る人物は1人。

 彼女は犯人にようやくたどり着いたが、戦闘中に相手から意識を外すことは禁物。気がついた時にはストームブレイカーが目の前に迫っていた。

 

「やばっ……」

 

 鈍い音と共に彼女の体はいとも簡単に吹き飛ぶ。体は地面を抉り、木をなぎ倒しながら守りを突っ切って行った。そして森の中にいた2人組に激突する。

 

「は? ……うぐっ」

「うきゃっ⁉︎」

 

 衝突した2人を巻き込んで森を抜け、ステラは海岸の砂浜に転がった。

 

「痛ったぁ……うう、意識が飛びそう」

 

 お腹にモロに強烈な一撃を貰ったステラは砂の上に血を吐き捨てるとヨロヨロと立ち上がる。と同時に自分の後ろに2つの影が転がっていることに気が付いた。

 

「……何なのよいきなり」

「今日は散々だよ……」

「2人とも、こんな所で何してるの?」

 

 荒れ狂う空を見上げたまま呟く2人にステラは話しかけるが反応がない。

 

「お、おーい、大丈夫?」

「あんたのせいでしょうが」

「ご、ごめんなさい」

 

 ステラも2人の視線につられてその方向を見ると、そこには物凄い速さでぶつかり合う2つの影があった。

 

「耶倶矢に夕弦……あの2人、精霊だったのね」

「士道君は?」

「分からない」

 

 戦う2人の表情は真剣そのもの。だが何故かリアにはそんな2人に違和感しか感じられなかった。そう、彼女たちには本気で相手を殺しに行くような雰囲気が欠けているのだ。

 そうやって八舞姉妹のことを考えていたが何かを忘れている。

 

「そう言えばステラは何で飛んできたの?」

 

 ようやく立ち上がったマイの一言でステラとリアは正気に戻る。

 

「やばっ!」

「どういうことよ!」

 

 そんな3人の元へ、雷撃を纏った斧が森の木を薙ぎ払いながら迫っていた。



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第29話 そして2人は

 新たに転入して来たクラスメイトの耶倶矢と夕弦は精霊であった。その事実に驚くあまり、現在自分の置かれている状況を忘れる所であった。何気ないマイの質問で正気に戻ったステラ。慌てて自分が飛んできた方向を見る。

 3人が通ったことで掻き分けられた森の草木。その奥にきらりと一瞬だけ煌く影を見つける。高速で回転する斧は一直線に3人の元へと向かっていた。荒れ狂う風を堪えながら右手をかざし、自分たちの前に青い穴を開ける。

 飛んできた斧は真っ直ぐに穴へと吸い込まれ、別の穴から飛び出し砂浜に突き刺さる。

 

「ちょっと、どうなってるのよ」

 

 マイと2人で飛ばされないよう体を支え合いながら立っているリアが聞いてくる。丁度彼が暴走している原因もここにいることだし確認しておいた方が良いだろう。

 

「マイ! あなた、ソーに何かした?」

「うえっ⁉︎ そ、それは……」

 

 心当たりがあるのか口ごもるマイ。その間に砂浜に突き刺さっていた斧が1人でに浮き上がり、森の方へと飛んで行く。

 

「いいから答えて!」

「う、うう、……突然声を掛けられたからびっくりしてこけた拍子に力を使いました。ちゃんと探したよ! でも起き上がったら居なくなってたんだよ。嘘じゃないからね!」

「分かった。信じる……でも後でお説教だから」

「はい……」

 

 森の中から斧を振りかぶったソーが姿を現す。

 

「あいつ操られてるってこと?」

 

 リアは砂浜に手を当てると砂を動かし、凝縮して壁を作り出す。だがソーの攻撃が当たった瞬間に衝撃で崩れ落ちていく。辺りの砂浜も酷い有様だ。

 

「マイが直接ソーに接触するか、私たちが意識を揺さぶるかしなきゃいけない」

「この子にやらせる?」

「え? ちょっ、私そんな戦闘向きじゃないから! あんな狂った奴の相手とか無理だからあ!」

「原因はあんたでしょうが!」

「それはそうだけどさ……」

 

 次々と襲い来る攻撃をステラとリアの2人で受け流していく。

 

「わ、私はサポートでお願いします!」

「サポートなら士道君の方に行ってあげて!」

「えっ、うわあ!」

 

 間抜けな声と共に士道と十香の前に落とされるマイ。砂塗れになった顔を上げると2人が目を見開いていた。

 

「ど、どうも。マイでーす」

「ええっと、君は……」

「はい、サポートします!」

「ええ⁉︎」

 

 

 

 

 

 

「あんたはいっつもそうだよね。何もかも1人で抱え込もうとしてさ!」

「不服。耶倶矢に言われたくはありません」

 

 空を舞う2人は何度もぶつかり、辺りにその衝撃を撒き散らしていく。だが何度ぶつかろうとも、双方共に一撃も入れることが出来ていなかった。百戦目の勝負。これで八舞を決める戦いにも決着をつけられると思っていた。だが結局はいつもの殺し合い。倒れた方が負け。今までの勝負など、この一戦の前では無意味なもの。

 2人ともそう考えていた。だが何故だろうか。ぶつかる度に出てくる隠して来たそれぞれの思い。互いに相手を生かそうと、生きてほしいと願う気持ち。そんな事実を知ってしまって、この戦いに意味などあるのだろうか。

 

「「次で決める!」」

 

 2人が同時に構えを取る。次の一撃で確実に相手を仕留める。自分の出せる最強の一撃をここで。その思いで2人は最後の衝突をしようとした。

 

 

 

 

 

 

 

「この〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は、私には扱えない」

「え……」

 

 十香の呟きに士道は言葉に詰まる。十香の力をその身に封印したとは言え、〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は元々十香の持つ天使である。その持ち主が扱えないとはどういうことか。

 

「つまりー、お兄さんの気持ち次第ってこと?」

「うむ。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉は願いを叶える天使だ。それはシドーの願いによって呼び出されたもの。私には扱えないのだ」

 

 士道は自分の手に収まっている光輝く剣を見る。剣は何も語りはしない。

 

「じゃあ、一体どうすれば……」

「大切なのはシドーの願いだ」

「ほらほら、お兄さんの剣なんでしょ? ちょっと願ってみなよ。今の気持ちをさ。その心の中にある強い思いをだよ」

 

 2人に言われるまま、士道は視線の先でそれぞれの武器を構える耶倶矢と夕弦を睨んだ。

 相手を生かすために戦う2人。何故生きるために、幸せを願う相手を殺さなければならないのか。こんな無意味な争いは、ここで終わらせる。

 

 

 

 

 

 

「そこまでだあああああああ‼︎」

 

 2人がぶつかろうとしたその間に、一筋の奔流が通り過ぎて行った。それは2人が生み出していた強力な嵐の壁をも打ち破り、分厚い雲を引き裂く。割れた雲の隙間から月明かりが差し込んだ。

 

「何っ⁉︎」

「驚愕。……何事ですか」

 

 突然の妨害に2人の動きが止まる。そして先程の攻撃の出処に1人の少年が立っていることを確認した。

 

「何のつもりだ士道」

「不満。邪魔をしないでください。これ以上夕弦達の邪魔をしようというのなら、あなたを傷付けることになりますよ」

「黙れ。俺はまだお前らの勝負の審判を降りたつもりはねえ」

 

 士道の言葉に2人は懐疑的な表情を見せる。

 

「俺はお前たちに今ここで、百戦目ののジャッジを下す」

 

 これまで2人が行って来た勝負は九十九戦。その結果は二十五勝二十五敗四十九分け。この百戦目にてどちらが真の八舞に相応しいのかが決まると、そう2人は言っていた。

 そして今、百戦目の結果が言い渡される。士道は大きく息を吸うと、夜空に向かって大きな声で叫んだ。

 

「俺が選ぶのは、お前たち2人だあああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 バチバチと、電撃が迸りリアの持つ石の棒切れを押しやっていく。

 

「くっ、こんの馬鹿力め。ちょっと、やばい……」

 

 ソーのパワーに押しやられそうになりながらも何とか堪えていたリアはふと先程まで吹き荒れていた風がすっかり止んでいることに気付く。

 

「この……、ステラ! 行ける⁉︎」

「これなら、行ける!」

 

 あの風のせいで立ちながらバランスを取るのもやっとであったが、それが収まった今なら自由に動くことが出来る。2人は合図を交わすと行動に出た。

 まずリアはソーの足元の地面を動かしバランスを崩す。そして相手が体制を崩して地面に仰向けに転んだところでその手から武器を奪い取った。その間にステラは海の方へと駆けていくと海面に向かって足を踏み込む。

 彼女が踏み込んだ場所から海が2つに割れた。海底に向かって壁のようにそそり立つ海水の塊。底は真っ暗で何も見えはしない。

 ソーが起き上がる前にリアは再び地面を操作。勢い良く隆起させることで彼の体を宙に吹き飛ばす。そして相手から奪ったストームブレイカーを両手で振りかぶるとソーの方へと飛び立った。

 

「ちょっと海の底で、頭冷やして来なさああい!」

 

 鈍い音と共にソーの体が投げ出される。野球ボールのように吹き飛んだ体は作り出された海の谷底へと落ちてゆく。彼の体が壁と壁の間に入ったことを確認したステラが力を掛けるのを止めた瞬間に、海の壁は崩れ落ち、大きな音と波をたてながら元の景色へと戻って行った。

 

「はあ、はあ、やっと終わった」

「何でこんなに疲れてるのかしら、私。これ修学旅行よね⁉︎」

「ま、まあまあ、いい思い出が出来たと思えば良いんじゃない?」

「あんたの超ポジティブ思考には毎度驚かされるわね。はぁ、何だか気が抜けたら眠くなって来たわ」

 

 力が抜けたのかヘタリと陥没した砂浜に座り込むリア。そしてそのまま寝っ転がってしまった。

 

「え、ここで寝るの?」

「何だか眠いのよ。後で起こ、して……」

「ちょっと? もしもーし、……本当に寝ちゃった」

 

 1人になってしまったステラは海岸に打ち寄せる波をただぼんやりと眺める。そう言えば、ソーを海の底に沈めたけれど、いつ回収すれば良いのだろうか。あれだけの衝撃を頭に加えれば流石に暗示は解けるだろうが、もし死んでいたらどうしようか。意識が残っていれば自力で浮かび上がってくるだろうが、無ければそのまま溺死である。

 

「……やっぱ回収しないとまずいよね」

 

 海水に手を付けエネルギーを送り込み、返ってくる波で海に沈んだ彼の位置を探っていく。通常海での捜索と言えば大分大掛かりなものであるが、彼女のスタイルは池の鯉に餌をやるようで側から見れば余りにもシュールであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなふざけた答えが通用するとでも思ってるの?」

「憤慨。夕弦達を馬鹿にしているのですか?」

 

 士道の答えを聞いた2人は見るからに怒っている。これまで命を掛けた決闘をして来たのだ。そんな簡単に問題を解決出来るのだったら最初から苦労はしない。2人にとって士道の答えは余りにも理想を述べたに過ぎないものであった。

 

「俺にはお前たちのどちらかが消えなきゃならないなんて受け入れられねえ。だから両方選ぶ」

 

 士道は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を使用したことによる反動で意識が飛びかけながらも言葉を紡いだ。

 

「それが出来ないから戦って来たんだよ! あんたに何が分かるの!」

「首肯。両方生き残る方法などある筈がありません」

「方法ならある。だが、やってみなけりゃ、分からねえ。だから、争うのは、もう、やめ……」

「シドー!」

 

 遂に耐え切れなくなった体はグラリと地面に崩れ落ちる。慌てて十香が士道の体を支え、宙に浮く2人の方を見た。

 2人は未だに思案している表情だった。彼女たちが何を思っているのかは十香には分からない。だが、彼女たちにも、士道の救いが届いて欲しいと、そう願っていた。

 その肩をポンポンと側にいたマイが叩く。彼女はどこか自信ありげな表情でこう言った。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。この子の想いはちゃんとあの2人に届いてる」

 

 彼女はそのまま向こうへと歩いて行く。十香は士道の努力を信じようと腹を括る。選ぶのはあの2人だ。

 士道を砂浜にある休憩所まで運ぶと膝枕をしてやった。その髪にそっと触れ、眠る顔に話しかける。

 

「いつもありがとうだ」

 

 

 

 

 

 2人はひたすら思考を巡らせる。もし、もしだ。この男の言うことが本当だとして、2人ともこの世界に生き残ることができるのなら、自分たちはどうするのだろうか。

 

「ねえ、夕弦。もしだよ、2人で生き残れたとしたら、あんたはどうする?」

「回答。夕弦はこの世界についてもっと知りたいです。夕弦の知らないこの世界の美しい所を、この目で見てみたいのです。耶倶矢はどうですか?」

「私はね、きな粉パンっていうのを食べてみたい。なんでも戦争が起きる程の美味らしいんだ」

「驚愕。きな粉パンを巡って戦争ですか……」

「でもね、それ以上に私は…………夕弦と一緒にいたい、だがら、2人で、うくっ、生き残りだいよお」

「っ……同調。夕弦もです。夕弦も、耶倶矢と、一緒に生きたい、です……」

 

 いつの間にか内側から零れ出した自分の思い。一度溢れ出したそれは、今までの辛さを吐き出させるように、止まることなく次から次へと零れていく。2人は宙で手を取り合い、互いの思いを全て吐き出した。

 

 しばらくしてようやく落ち着いた2人は改めて互いを見つめ合うとふっと同時に微笑んだ。

 

「夕弦、2人で生きよう」

「返答。2人で新たな人生を」

 

 その時だった。何処からか飛んできた砲撃が2人の脇を掠めて海岸に着弾した。盛大な音と共に砂が舞い上がる。

 砲撃が飛んできた方向を見ると、後部から煙を上げ、今にもぶつかって来そうな勢いで一隻の船がこちらに向かって接近していた。

 

「艦長! これ以上は危険です! 一般人に見つかる可能性も……」

「うるさい! いいからやれ!」

 

 無断で敵空中艦と交戦し、一方的に撤退させられた〈アルバデル〉の艦長、パディントンは目の前にある餌にしか目が向いていなかった。〈ベルセルク〉を討ち取ればこれまでの失態を帳消しにする事が出来る。彼の頭の中には最早それしか無かった。だからこそ気付かない。その〈ベルセルク〉の機嫌が、とてつもなく悪くなっている事に。

 

「……何あれ、せっかくいい雰囲気だったのに」

「肯定。空気を読めって感じです」

「ねえ夕弦」

「応答。なんでしょうか」

 

 耶倶矢はニッと口角を上げると夕弦に視線を送った。

 

「……やっちゃう?」

 

 それに夕弦も笑みを浮かべて答える。

 

「返答。やっちゃいましょう」

 

 〈アルバデル〉から次々と砲撃が飛んでくるが、神速の八舞には一切当たる気配は無い。耶倶矢と夕弦はそれぞれの天使を構え、攻撃の態勢に入った。

 漆黒の槍は強靭な矢へ。長い鎖はしなやかな弦へ。2人の手がその矢に添えられる。2人の視線の先には目障りな鉄の塊。

 

「「〈颶風騎士(ラファエル)〉──【天を駆ける者(エル・カナフ)】」」

 

 澄み渡る夜空に一筋の奔流が駆け抜ける。

 八舞の一体となった攻撃を受けた対象は、元の形を失ってバラバラと夜の伊豆の海に消えて行った。

 

「修学旅行も終わりか……」

 

 大きな飛行船のようなものが海に消えて行くのを見届けながら、ステラはポツリと呟く。彼女の腕には意識を失っているソーが抱えられていた。

 

「どうしよう、これ。や、やっぱり人工呼吸とかかな?」

 

 真っ暗な海岸で1人顔を赤くしながら救助活動をするべきか悩む彼女。その側では仰向けになって眠っているリア。

 修学旅行は間も無く終わりを迎える。



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第30話 嵐は過ぎ去って

 静かな森の中に立つ3人の影。聞こえてくるのは木の葉が風に揺れる音と、遠くから響く波の音だけである。

 目が覚めた士道は自分が休憩所に寝かされている事に気が付いたが、その直後、耶倶矢と夕弦に引っ張られてこの森の中へと足を踏み入れていた。

 

「その、ありがとね」

「感謝。夕弦たちは2人で生きることを決意しました」

 

 と、突然2人が恥ずかしそうに両手を前で組んでもじもじとしはじめる。

 

「その、お礼と言ってはなんだけどさ……これでも私達はあんたに助けられたわけだし?」

「贈呈。受け取ってください」

「え、ちょ……っ⁉︎」

 

 2人は同時に士道の両手をを取るとぐいと引き寄せた。そして目を瞑りそっと口づけをする。

 

「た、足りないとかは無しだからね! 私達のファーストキスなんだから」

「羞恥。やはり恥ずかしいものですね」

 

 2人は顔を真っ赤にして上目遣いで士道を見る。

 突然の出来事に思考が停止してしまう。それによって士道は2人の行動が何をもたらすのかという事まで考えることが出来なかった。気づいた時には既に遅し。2人の霊装は溶けるように消え去って行く。

 

「きゃああああああああああああああ!」

「シドー? こんな所で何をしているのだ?」

 

 それと同時に茂みの奥から士道を探していた十香が姿を現す。

 

「と、十香⁉︎ これは、違うんだ!」

 

 十香は最初士道の言っている意味を理解出来ていなかった。しかし彼の奥で両手で肩を抱えて崩れ落ちる耶倶矢と夕弦を見つけてしまう。

 

「ななな、何をしているのだシドー!」

「だから、違うっ……ぐほっ⁉︎」

 

 抵抗する間も無く士道の視界は暗転する。

 

 

 

 

 

 

 夜の海。静かな砂浜。そして目の前には眠る一国の王様が。私はその彼にそっと唇を寄せて……。

 

「何をしてるのかなー?」

「うわぁっ⁉︎」

 

 1人で最高のシチュエーションを実現しようとしていると、後ろから不意に声を掛けられた。ちょっといけない事をしようとしていただけに、思わず変な声が出てしまう。

 

「あれあれー? ステラちゃんはもしかしてー……わお、本当に惚れ込んでるんだ」

「ちょっと! 心を読まないで!」

 

 突然現れたマイに自分の心を読まれてしまった。ステラは慌ててマイを止めようとする。

 

「くふふふ、これは面白いものを発見してしまいましたねぇ。彼を愛するステラちゃんは寝込みを襲ってあんな事を……」

「ち、違うから! 変なことなんてしてないから!」

「どこが違うのかなぁ? さっきのあれはもう完全に……」

「いやああああ! 言わないでぇ!」

「あっははははは」

 

 マイは大笑いしながら砂浜を走り、その後ろをステラが涙目で追いかける。夜だと言うのに何とも元気なことだ。だがその状況を快く思わない者もまたその場にいた。

 

「あんたらねえ……」

「あ……」

「げっ……」

「さっきからドタバタうるさいのよ!」

 

 気持ちよく砂浜で寝ていたリアは近くで2人が暴れ回ったせいで目が覚めてしまった。それでもしばらくは我慢していたのだがどちらかの飛ばした砂が降り注いだことでついに限界が。

 

「ったく、夜なんだからもっと周りの事を考えなさい」

 

 騒ぎが収まった時には2人とも綺麗に砂浜に埋められていた。何故かマイは頭から地面に埋められ、足だけが地上に姿を見せていたが。

 そしてその頃、海底に沈められ意識を失っていた彼もまた目を覚ます。

 

「…………かはっ、ゴホッ、ゴホッ……何があった?」

 

 直近の記憶が曖昧だ。ステラ達と分かれて3人目を探していたのは覚えているのだが、その後の記憶が無い。自分は今まで何をしていたのだろうか。

 

 辺りを見ると自分は砂浜に寝ていたことがわかる。何故か全身水浸しで、息苦しくもあるが。

 まだはっきりとしない意識の中周囲の状況を確認すると、砂浜から顔と足が生えているという奇妙な光景が広がっていた。

 

「あら、起きたのね」

「何だこれは。何があった」

「安心さなさい。マイはちゃんと捕まえたから」

 

 そう言って砂浜から生える足を指差すリア。彼女の言うことが本当ならそこに生えている足はこの島にいた3人目なのだろう。ソーはその足を引っ掴むと上に引っ張り上げた。

 収穫されるじゃがいものように砂の中からその体が現れる。

 

「げっほ、げっほ、うえっ……ぺっ、なんで私だけ頭からなの⁉︎」

 

 口の中に入り込んだ砂を吐き出しながらマイは叫ぶ。そしてリアに仕返しをしようとして、自分を持ち上げている者と目があった。

 

「あ…………」

「お前が3人目か?」

「…………うわああああ! ごめんなさい、悪気は無かったんですう」

 

 突然謝り出した彼女だが、直前までの記憶が無いソーは彼女が何に謝っているのかすら理解していない。

 ソーは掴んでいた足を離してマイを立たせるとついでに顔だけ地面から突き出ているステラも掘り起こす。

 

「一体何があった? 俺はコイツを探して森の中を歩いていたはずだが」

「まあ、簡単に言うとあんたがその子に操られて私たちに襲い掛かって来たのよ」

「何だと?」

 

 ソーは咄嗟にマイの方を見る。すると彼女は肩を大きく跳ねさせて後退した。

 

「それであんたを正気に戻す為に一回海に沈めたのよ」

「…………それでこんなに頭が痛いのか」

「もう、本当に心配したんだからね」

 

 ようやく砂の中から這い上がったステラも彼の隣に立つ。ソーはビクビクと怯えているマイの方へと向かうとその前に立った。

 

「な、何をするつもり? まさか、私の体であんなことやこんなことを……ぎゃうん!」

 

 1人でよく分からないことを想像し始めた彼女にソーは強烈なデコピンを一発くらわせた。余りの痛さに彼女はその場に蹲って頭を押さえている。

 

「散々手間をかけさせた罰だ」

「ああうぅ、痛いよお」

「さて、これにて一件落着ね。私は寝たいから戻るわね」

 

 リアは欠伸をしながら先に宿へと戻って行く。この2時間ほどで本当に色々な事があった。まさか3人目を見つけるのにこんなに苦労するとは、この修学旅行が始まる時には誰も想像していなかっただろう。かくれんぼの末に操られて海に沈められる始末である。おまけに頭が痛い。本当に最悪な1日だ。

 そしてソーはこの島にいた精霊の事を思い出す。いつのまにか荒れていた空は鎮まり、島の上空には星空が輝いているが、向こうは上手く収まったのだろうか。

 

「そう言えば、士道の方はどうなったんだ?」

「何とかなったみたいだね。この綺麗な星空がその証拠だよ」

 

 この星空を見上げていると、先ほどまでのどたばたがまるで嘘であったかのようである。ステラは空に輝く星を見ながら、そっと彼の手を取った。

 

「結局2人は付き合ってるの?」

「うひゃあ!」

 

 その様子を後ろから見ていたマイがふと思い出したように言い、彼女の存在を完全に忘れていたステラは不意を突かれ変な声を上げる。

 

「マ、マイ、これはね、その、……」

「あ、言わなくても分かるから」

 

 さらりと全てを知られたステラは羞恥のあまりその場に崩れ落ちる。

 

「そうだ! こっちに聞けばいいんだ! えーっと、ソー? だっけ? 君はステラちゃんのこと、どう思ってるのかな?」

 

 改めて考えると自分とステラの関係は他人から見てどう写っているのだろうか。彼女にこの世界へと引きずり込まれてから早3ヶ月。共に生活して行く中で自然と彼女がいることが当たり前になっていた。

 彼女は魅力的だ。その明るい笑顔で周囲をいつも和ませてくれる。たまに抜けている所もあるがやる気になった時の表情は真剣でかっこいい。そして彼女と一緒にいると、何とも言えない気持ちになる。

 

「やはり気に入っているということなのか……」

「たっははー、ゲロ甘だね。甘い空気は苦手だから、私は退散しなくちゃね」

 

 マイは面白いものを見るような目2人を見ると、スタコラサッサとその場を離れて行った。

 

「何なんだあいつは」

「あの子は面白いものが好きだからね」

 

 砂浜を走って行くマイの後ろ姿を見送りながらステラの隣に座る。自然と2人の手は繋がれていた。

 

「ようやく3人だ」

「まだ3人だけどね。これからまた忙しくなるよ」

「俺はもうアレで充分だがな」

 

 チラリと今しがた走って行った奴に視線を送る。たった1人見つけるのに随分と時間がかかってしまった。まだこの世界の何処かに3人もいるというのに、この調子ではいつになったら全員揃うのか全く予想がつかない。

 

「みんな自由奔放だからね。見つけても素直について来てくれるか分からないんだよ」

「迷惑な話だ」

 

 この世界に全知全能の存在がいるのなら、そいつに今すぐ他の奴らの居場所を聞きたい。まあ、そう都合の良い存在などいるはずもないのだが。

 学校はこれから夏休みに入るため、ステラ達は毎日登校することが無くなる。今回のことで大分苦労したのだし、少しくらいは休息を挟んでもいいだろう。

 そう考えていると、先にステラの方が口を開いた。

 

「私たちはこれから夏休みだけど、ソーは毎日捜索に行くの? 宿題もあるけど、出来るだけ手伝うよ」

「まあ、大体は捜索になるだろうな。お前は帰り道を見つける方を優先すればいい。幸いな事に暇そうな奴が今日増えたからな。どうこき使ってやろうか、これからが楽しみだ」

 

 あれだけこちらを振り回してくれたんだ。まずは労働で償って貰わなければならない。

 

「むう、私じゃなくてマイの方に行くんだ」

「おいおい、何でそうなる。お互いやるべき事があるだろう? ……ああ、分かったからそんな目で見るな」

 

 こちらの世界に来てから毎日働いていたせいか、働き癖でも付いてしまったのだろうか。もしそうだとしたら〈ラタトスク〉に抗議しなければならない。自分の自由な時間はどこにあるんだと。まあそんな事を言えば琴里に蹴り飛ばされそうなのであまり言う勇気は無いのだが。

 ステラの悲しそうな目に彼はついつい押し負けてしまう。

 

「私は2人で何処かに出かけたりしたいけどなー」

「時間があったらな」

「言ったね? 約束だよ!」

 

 そう言うとステラは小指をすっと前に出してきた。ソーもその指に自分の指をかける。

 

「さっ、私たちも戻ろっか」

「そうだな。早く戻ってゆっくり寝たい」

 

 今日はもう何もやる気にはならない。さっさと休んで残りのことは明日にでもやればいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 修学旅行の一行は天宮市へと戻る準備をし、午前の最後の自由時間を楽しんでいた。

 

「それじゃあ、また後でね」

「ああ、お前たちも気を付けろよ」

「ふふん、この僅かな時間に私とこの人が良い仲になっちゃうかもよ? あいたっ!」

 

 ごつんとマイの頭に拳骨が落ち、彼女の頭には2つ目のタンコブか作られた。

 実は昨日の夜、ソーの部屋にマイが忍び込み、勝手に布団に潜り込んで一晩を過ごしていた。今朝それに気づいたソーは彼女の襟首を掴んで部屋の外に放り出したのが、タイミングの悪いことに丁度扉の前をリアが通過するところだった。その結果2人仲良く頭の上にタンコブを作る羽目に。

 昨日今日でマイの身勝手な行動による被害を受けている彼は正直彼女にあまり関わりたくは無いのだが、彼女を一緒に連れて帰らなければならない以上共に行動するしかない。

 

「覚えてろよ。今度たっぷりこき使ってやるからな」

「うう、悪かったからさー。朝ステラに殺されかけたんだよ私」

「そりゃそうでしょ」

「本当だよ。次やったら承知しないからね」

 

 マイの恐怖体験は置いておき、そろそろここを出た方がいいだろう。他の生徒たちに目撃されるのはあまりよろしくない。

 

「俺たちは一足先に帰るぞ」

「まったねー」

 

 ソーとマイを見送った2人はぼちぼちと集まり始めた生徒の集団に合流する。しばらくすると周りがざわざわとし始め、皆がある方向を見ていることに気がついた。

 

「あっちもあっちで大変そうね」

「うーん、でもその方が士道君らしいというか……」

 

 生徒たちの視線の先では、両腕を双子の姉妹に挟まれ、背中に十香を乗せた士道が男子からのブーイングを受けていた。

 

「ソーがああならないといいけど」

「私がそうはさせないから大丈夫だよ」

 

 そう言うステラの笑顔にリアは軽い戦慄を覚えた。一言で言えば、いい笑顔である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして3日間の修学旅行は幕を閉じた。

 これに参加するために、遅れを取った勉強を頑張りテストに挑んだステラ。なんだかんだで行き先変更となったが、それなりに楽しいものであった。途中マイのせいで大分振り回されたが、今朝きっちり絞ってきたので暫くは大人しくしているだろう。

 これからは夏休み。ソーと出かけたい気持ちが今にも溢れ出してしまいそうだが、まずは宿題を終わらせなければならない。そして帰り道を見つけるための研究。

 そう考えるとまだまだやるべき事は山積みだ。彼と出掛けるためにも、早めに宿題は終わらせておこう。

 

「夏休みも忙しくなりそうだね」

 

 ステラはそう呟き、帰りの飛行機へと乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、やってしまった。このままではいけないと分かってはいるのに。

 

(「手がかり? そんなものは無い。気力も、サノスの情報も、戦う術も無い。全くの、空っぽ。そして、君への信頼もだ」)

 

 そうやって分裂したからまともに戦うことすら出来なかった。ただの、一方的な蹂躙。そして大切なものを失った。手からこぼれ落ちる砂のように、それらは彼の前から姿を消して行った。

 ふと棚の上に置かれた写真立てが目に入る。親愛なる隣人として活躍する筈だった、1人の少年がそこには写っていた。

 

(「息子はあんたに殺されたの」)

 

 嫌な記憶が蘇る。かつて息子を亡くした母親に言われた一言。それが未だに胸に深く突き刺さっている。

 

『ボス、そろそろお休みになっては?』

「まだ72時間だ」

 

 スピーカーから助手の声が聞こえてくるが適当に返事をする。

 

「はぁ……」

 

 結局同じことを繰り返している。自分は何も成長出来ていないではないか。

 作業台の上に置かれた光輝く動力源。本当はあと3つ程作りたかったが、そんなやる気も起きない。何より彼女を心配させてしまう。

 そう、ここに戻って来た時の唯一救いは、彼女が生きていてくれたことだろうか。彼女だけは、失う訳にはいかない。

 だから、自分は何をすれば良いのだろうか。何をすべきなのだろうか。答えを見つけられないまま、毎日をただ暗い気持ちのまま過ごしている。

 

「やっぱり寝るか……」

『片付けはやっておきますので、今はゆっくり休んで下さい』

 

 耳に入る機械音声を最後に、彼はソファの上で眠りに付いた。



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第31話 新たな来訪者

 セミの声があちこちで鳴り響き、季節はすっかり夏へとなった。来禅高校は今日から夏休み。皆が楽しい思い出を作ろうとあちこちで立てた計画を実行していく中、ステラとリアの2人は五河家のリビングにて夏休みの宿題に取り掛かっていた。

 

「あー、もう疲れた……」

「そんなこと言ってるといつまでも終わらないわよ。手を動かしなさい」

 

 夏休みを楽しむためには先に宿題を終わらせるに限る。そう考えた2人は初日から早速ペンを走らせていた。夏休みというのは長いようでとても短いもの。まだあると言って宿題を放置していると、気がつけば翌日が登校日になっているのである。

 

「夏休みは絶対遊ぶんだから!」

「だったら手を動かしなさい」

「はい……」

 

 せっかく考えた予定も、この宿題が終わらなければ実行出来ない。リアに言われてステラは渋々と手を動かし始めた。

 

 それから3時間手を動かし続け、すっかり夕方になってしまった。2人はペンを置くと大きく伸びをしてそのまま床に大の字で倒れる。

 

「ふわぁー、疲れた」

「そう言えばマイは?」

「あの子はマンションの方の下見とか言って出て行ったわよ」

 

 先日マイが合流したことにより、彼女たち姉妹の半分が揃った。これから人数が増えることも考えると五河家の客間では場所が心許ないだろうということで、琴里が精霊マンションの方へと移動することを提案して来たのである。特に宿題などもなく暇であったマイは真っ先にそちらの方へとついて行った。そのまま帰ってこないのであるが。

 

「迷惑掛けてないといいけど」

「それをあの子に言っても無駄よ。いっつも思い付きで行動し始めるんだから」

「はは、そうじゃ無かったらマイじゃないよ」

 

 2人は机の上に広げてあった勉強道具を片付けると隣に立つ精霊マンションの方へと向かう。恐らく彼女はここにいる筈だ。マンションの中に入るとある部屋からワイワイと声が聞こえてくる。

 

「何を騒いでるのかしら」

「聞いてみればいいんじゃない?」

 

 声が聞こえて来る扉の前へと立つ。たしかこの部屋は先日から同じクラスになった八舞姉妹の部屋だ。インターホンを押すとドタドタと足音が聞こえ、扉が開かれる。

 

「あれ、ステラちゃんじゃん。何しに来たの?」

 

 中から出て来たのはマイだった。ここは八舞姉妹の部屋だった筈だが。

 

「何であんたがこの部屋にいるのよ」

「なんか楽しそうなことしてたからさー、つい? まあ、とりあえず上がったら?」

「マイの部屋じゃないよね……」

 

 そう言いながらもマイに続いて部屋に上がる2人。部屋のリビングにはテーブルが置かれ、そこに耶倶矢と夕弦、そして十香の3人が座っている。3人の手にはトランプが握られており、耶倶矢が夕弦の方にそれを向けて自分のカードを引かせようとしていた。ババ抜きをしているようだ。

 

「さあ、我の変幻自在なる仮面の前にひれ伏すがいい」

「選択。そいや……むっ」

「ふはははは、掛かったな夕弦!」

 

 どうやら夕弦は見事にババを引いたようである。

 

「挽回。最後に持っていなければいいだけの話です。さあ、十香」

「よし! 私の番だな!」

 

 今度は十香が夕弦の持つトランプをじっくりと眺めてどれを選ぼうか考える。

 

「むむむむ……」

「無心。マスター折紙のように、心を無にするのです」

 

 十香が指で1枚ずつカードを指差して行くがひたすら無表情で空を眺める夕弦。十香はしばらく悩んだ末、1番端のカードを引いた。結果はセーフ。ババは夕弦の手元に残ったままである。

 

「よし、次だ!」

「ふっ、眷属の身で我に敵うと思うな」

 

 

 5分後。

 

 

 

「くぅ、何故毎回負けてしまうのだ?」

 

 結局最後までババを持っていたのは十香であった。

 

「すぐ顔に出るからじゃないの?」

「十香らしいわね」

「だがマイはすごく強いのだぞ。6回やって全部一抜けだからな」

「ま、当然ってことよ!」

 

 十香に言われ、偉そうに胸を張っているマイをステラとリアは訝しげな目で見る。

 

「な、何かなその目は」

「いやー、マイのことだしねー」

「どうせズルでもしたんでしょ」

「ひどい言われようだね。こんなもの相手の頭の中見れば簡単に勝てるでしょ」

「それをズルって言うんだけど……」

「え? なんで?」

 

 どうやら最初からズルをしていたようである。当の本人は理解していないようだが。

 

「まったく、そんなことだろうとは思ってたけどね……あら?」

 

 リアの携帯が振動している。誰かが電話をかけて来たようだ。

 

「もしもし? ええ、そうよ。みんなでマンションにいるわ。ええ、分かった」

 

「何だったの?」

「士道がそろそろご飯だってさ」

 

 ここに来てババ抜きを観戦していただけだったのだがいつの間にか大分時間が経っていたようである。

 

「今日の夕餉は何なのか、楽しみだぞ」

「晩餐の席に1番に着くのはこの我である!」

「対抗。豚足の耶倶矢に負けるつもりはありません」

「んな異名いらんわぁ!」

 

 ワイワイと騒がしく部屋を出て行く一行。夏休みはまだまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから3日で夏休みの課題を全て終わらせたステラとリアは、テストや修学旅行でしばらく行っていなかった帰り道の探索を再開した。ソーの方は国内でまだ捜索を行なっていない地域の方へと出向いている。

 

「今日は何回くらい出来るかな?」

「あんたが1発で見つけてくれればそれで終わりなんだけど」

「私もそうしたいんだけどね。中々難しいというか、なんで繋がらないのか分からないというか……」

「本当に大丈夫なのかしらね?」

「面目ないです」

 

 最初の実験では異空間との接続を短時間に連続して7回行ったステラが倒れ、狂三に拐われるというハプニングがあったが、それからはきちんと間隔を決めてやっている。何度もやっているうちにステラも大分慣れたのか、間隔はだんだんと短くなってはいるが、それでもまだ発見には至っていない。

 

「でも大体の感覚は合わせてるの。そろそろ繋がってもいいと思うんだけど」

「昨日なんてヘドロみたいな生物が出てきたじゃない。もう本当に最悪だったわ」

「ご迷惑をお掛けします」

 

 基本的にステラが異空間との接続を行い、もしそこから出てきたものが有害な物だった場合はリアが即座に処理する、というスタイルをとっている。有害なものは大抵異臭を放っていたり見た目がグロテスクだったりするため、リアはいつも文句を言っている。

 

「それじゃあ、今日も始めるよ」

 

 部屋の中の顕現装置(リアライザ)を起動すると、2人は実験を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい眠っていただろうか。瞼の上から差し込む光で目を覚ましたが、まだ頭がぼんやりとしている。

 

『ボス、キャプテンがお見えになっています」

「はあ、今更何だって言うんだ?」

 

 頭を掻きながら体を起こし、身なりを整えるとモニターに写っている人物を確認する。

 

「何をしに来たんだ?」

『トニー、話がしたい』

「聞くだけだぞ」

 

 スティーブを通したこの家、もといラボの主人である彼、トニー・スタークはソファに腰かけると訪問してきた相手の目を見た。

 

「前にも言った筈だ。サノスも石も、ソーも行方不明。打つ手は何もない」

「だからって、ここで諦めるわけにはいかない」

「私にどうしろと?」

 

 ダメだ。またイライラしている。さっきからまともな会話になっていない。

 

「ネビュラがサノスの居場所を特定した。奴を捕まえて石を取り戻せるかもしれない」

 

 僅かな可能性。それで消滅した者が戻って来るのかは分からない。それに自分はようやく安定した生活を得ようとしている。自分が参加する意味は無い。

 どれだけそう思い込もうとしても、彼の頭の中から1人の少年の姿が消えることは無かった。

 

「…………リスクしかないぞ。こっちはたった1人に敗北してるんだ」

「分かってる。今回はダンヴァースが同行する。ここでやらなかったらもう何も出来ない」

「作戦はいつ決行するつもりだ?」

「2日後だ」

 

 トニーはしばらく悩んだ末に、覚悟を決めた。

 

 

 

 

「まったくもって、平穏に恵まれない人生だ」

『ボスらしいではありませんか』

「私は全然嬉しくないんだがな」

 

 トニーは作業台の上に置かれていたリアクターを胸に取り付ける。

 

「こいつの調子はどうだ?」

『大きな問題は確認されていません。これより最終テストを始めます』

 

 胸のリアクターに触れ、スーツを起動させると全身が自動的に包まれて行く。

 

『マーク51起動完了』

「サノスの前まで行って、不具合が生じましたってのは笑えない冗談だな」

『その時は私が看取ってあげますので』

「おいおい、助けようとは思わないのか?」

『私には何も出来ませんので』

「冷たい奴だ」

 

 一通り簡単なテストを済ませ、動作に不具合がないことを確認する。作戦は2日後。船で一緒に生活していたあの青い女──名前はネビュラと言った──がサノスの場所を特定したらしい。彼女は元々サノスの義理の娘らしいし、何か思い当たるところでもあったのだろう。

 何にせよ、2日後には再びサノスと相対することになる。前回は顔面に月を投げつけられた上にボコボコにされたのだ。あれは軽くトラウマになりつつある。だがこれも消えてしまった者達の為。救える命を見捨てることは、彼には出来なかった。

 

 ふと時計を見る。そろそろペッパーが帰って来る時間だ。ちゃんと出迎えてやらないと。

 そう思い、ラボを後にしようとした時だった。

 

 目の前の景色が青色に染まったかと思うと、景色が急激に変貌した。

 

『ボス! 緊急事態です。衛星通信の遮断を確認。座標が測定不能です』

「何が起きてる?」

 

 一瞬にして景色が変わる。気がつけば、彼は機械的な部屋の中に立っていた。後ろを振り向くと赤色の髪の少女がこちらに向かって何かをしようとしている。

 

「リア!」

「わかってる!」

 

 その声とともに、目の前で信じられない現象が起こった。

 部屋の床が意思を持ったかのように動き始めると、自分の方へと伸びてきたのである。

 

 咄嗟にそれを回避。そしてこの現象を起こしていると思われる赤い髪の少女を取り押さえる。

 

「うっ……」

 

 これで抑えられると、そう思っていた。

 

「何?」

 

 少女の力は凄まじかった。スーツを装着した自分の手が、少しずつ押し返される。ピピッという警戒音が、もう1人が攻撃を仕掛けていることを知らせる。

 襲って来るもう1人をリパルサーレイで弾き飛ばすと一旦赤い少女から離れ、彼は部屋の床に向かってミサイルを発射した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦橋にレッドランプが灯り、アラームが鳴り響く。

 

「何事⁉︎」

「艦内で爆発です! 火災が発生しています!」

 

 琴里は突然のアクシデントに慌ててモニターを確認した。爆発の発生場所を特定する。

 

「あそこは……あの2人は⁉︎」

「彼女たちの安否は不明です!」

「とりあえず消火作業に入って!」

「了解」

 

 クルーが現場へと向かおうとする。だが、クルーが現場へと到着するよりも先に、艦橋の扉が吹き飛ばされた。

 

「っ⁉︎」

 

 一同がそちらへと一斉に振り向く。

 

「全員手をあげろ」

 

 そこには、ロボットのようなものが立っていた。

 

 

 

 

 

 

「あなたは何者?」

「同じことを聞こうと思っていたところだ」

 

 緊張した空気が流れる。

 琴里が突然現れた侵入者に対して質問をすると、向こうも全く同じことを返してきた。

 

「あー、不審な動きは見せないほうがいいぞ」

「ひっ⁉︎」

 

 モゾモゾと視界の端の方で動いていた椎崎に腕を変形させ、砲口を向ける。

 この時点で琴里は反撃すべきなのか必死に頭を働かせていた。今、クルーの1人が砲口を向けられている。どんな武器なのかは分からないが、あの変形の仕方を見るに、ただの人間が受ければただでは済まないだろう。最悪即死である。ならばどうするか。

 琴里は腕をこっそりと後ろに回す。敵はたった1人。直ぐに終わらせればいい。

 

「神無月、船を海上に移動させなさい」

「はっ」

 

 琴里はそう指示を出すと後ろに回した手に炎を纏わせた。

 

 

 

 

 

 

 

「もう、何なのよ!」

「多分こっち!」

 

 ステラとリアの2人は廊下を全力で走っていた。

 突然現れた人型のロボットのようなもの。リアが取り押さえようとしたがそれを潜り抜けてこちらを襲って来た。そしてリアの助太刀に入ろうとしたステラを吹き飛ばし、部屋の中でミサイルを発射したのである。爆風で壁を突き抜けたリアは少し気絶していたがステラに起こされ今に至る。

 

「確かこっちに行った筈なんだけど」

「ちょっと待って。ここって艦橋の方じゃない?」

「あ……」

 

 琴里に怒られる。2人の頭にまず初めに浮かんだのはその一言である。だが今問題なのはそこではない。あそこには非戦闘員のクルー達もいるのだ。

 

「行くわよ!」

 

 2人は慌てて艦橋の方へと走り出した。廊下を直進し、突き当たりを左折。それで艦橋への扉が見えて来る筈。

 2人が角を曲がったその時だった。

 

「──〈灼爛殲鬼(カマエル)〉」

「え?」

「は? ……うぐっ⁉︎」

 

 2人まとめて飛んできた何かに押しつぶされ、反対側の壁へと叩きつけられた。

 

「ううっ、いったぁ……」

「ちょっと、タイム、モロに入ったわ……」

 

 2人は自分達を吹き飛ばしたものを見る。それは先程空間の穴から現れたあの人型のロボットだった。

 

「あれ? これってもしかして……」

 

 ステラはよく見るとこのロボットに見覚えがあるような気がしてどこで見たのか思い出そうとする。だがそれを考えるよりも先に、琴里がこちらに向かって攻撃しようとしていることに気が付いた。

 

「ちょっと⁉︎ 琴里ちゃん⁉︎」

 

 

 

 

『ボス! 意識を持ってください! 次の攻撃が来ます』

「うう……なんなんだいきなり」

 

 突然目の前に高熱反応が現れたかと思うと自分の体が吹き飛ばされていた。正直気持ち悪い。何とかフラフラする頭を叩き起こして次の攻撃に備える。

 いつの間にか隣にさっきの2人組がいた。あの爆発をくらってまだピンピンしているとは、彼女達は一体何者だろうか。

 

 と、考えている暇はないようだ。次の攻撃が飛んでくる。トニーは腕をサーベルへと変形させると先程の司令官らしき少女が持っている巨大な斧を何とか食い止めた。

 

「ぐうっ……」

 

 だがその熱と勢いに押され、簡単に弾き飛ばされてしまう。廊下を真っ直ぐに突っ切って壁に激突し、床に転がる。

 顔を上げると、そこにはすでに巨大な斧が迫っていた。



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第32話 過去

 視界には迫り来る巨大な斧が写っている。先程の一撃でよく分かった。あれはただの斧ではない。それを軽々と振り回すあの少女もただ者ではない。

 迫り来る斧の速度と自分が動ける速度。どう考えても向こうが上回っている。これは避けられない。トニーは自分の前に盾を展開すると衝撃に備え構えを取った。

 

「とりゃあああー!」

「っ⁉︎」

 

 だが琴里の一撃はトニーに当たることはなく、空を切る。横にいたステラがトニーに体当たりを喰らわせ、そのまま空間転移。屋外へと放り出したのである。

 

 一気に視界が開け、外の光景が視界に映り込んでくる。どうやらここは何処かの海の上のようだ。

 ジェットを吹かせてバランスを取り直していると、目の前を先程体当たりして来た少女が落下していった。

 

「フライデー、ここはどこだ?」

『衛星との通信は確認できません。ですが大気中の成分などは地球と良く似ています』

 

 その時、突然体に衝撃が走った。何事かと確認すると先程落下していったはずの少女が自分の腰にしがみついている。

 

「捕まえたー!」

「くっ……いつの間に」

 

 ここに重力が働いていることは確認されている。そしてこの少女は確かに落ちていった筈だ。何故上から降って来たのか。

 トニーは少女を振り解こうとするがこの少女、めちゃくちゃ力が強い。おまけに少女からは物凄いエネルギー反応が出ている。

 トニーはこの少女がただの人間ではないことを察した。

 

「だったら……」

 

 姿勢を変え、地上へと向かって一気に加速する。その速度はあっという間に音速を超え、雲を掻き分けていく。

 

「うわああああ⁉︎」

 

 だがそれでも、しっかりとしがみついた彼女は離れる気配がない。そうしている内に海面が見えて来た。遠くには陸地も確認できる。

 トニーは急激に減速、方向変換すると陸地へと向かって飛行した。

 

「フライデー、電気ショックだ」

『ボス、相手は女の子ですよ』

「その女の子に私は捕まりかけてるんだぞ。それにどう見てもただの女の子ではない。なんだこのエネルギー量は」

『はあ、仕方ないですね』

 

 トニーのサポートAIフライデーはため息を吐くとしがみついているステラに声をかけた。

 

『コホン、そこの貴女。今すぐ手を離すか痺れるか、選ばせてあげます。どちらか選んでください』

「だって離したら逃げるでしょ!」

 

 風の音がうるさすぎて、大声で叫んでもなかなか聞きづらい。

 

『そうですか。それでは……』

 

 フライデーは相手が手を離さないと判断したため、掴まっているステラの腕に電流を流し込んだ。

 

「あいたっ! って、うわああああああ⁉︎」

 

 バチッ、という音と共にステラの腕が離れる。そしてそれと同時に彼女の体は重力に従って真っ逆さまに落下していった。

 

「よし、今のうちだ」

 

 ステラが手を離した隙にトニーは一気に加速するとそのまま陸地へと向かって飛行。街の中へと着陸した。

 

 

 

 

 

「ここは地球なのか?」

 

 路地裏に着地したトニーはスーツを解除すると胸元のポケットからサングラスを取り出して装着した。

 

『大気の成分は地球と酷似しています。しかし一部解析不能な成分が。地球には存在しない成分です』

「おいおい、未知の世界に放り出されたってことか?」

『自分から1人になったのはボスではありませんか』

「あれは捕まったらやばいパターンだろ」

 

 小声でフライデーと会話をしながら街を歩く。大通りには人が行き交い、喧騒が広がっている。そしてトニーは人混みの先に見つけてはいけないものを見てしまう。

 視線の先には青い髪の少女。キョロキョロと見回しながら歩いている。

 

「くっ、何でもういるんだよ」

『面白い子ですね』

 

 少女に見つからないように顔を隠しながら、トニーはひっそりと街の人混みを後にしようとした。だが……。

 

「あ、見つけた!」

「げっ……」

 

 距離は離れていたはずの少女がこちらに気付いてしまった。顔も見せていないはずなのになぜ分かるのか。考える前にトニーはその場を走って逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「十香! あんまり走ると転ぶぞ!」

「私はお腹が空いたぞ! 早く帰って昼餉の時間だ!」

 

 この暑いのに、何とも元気なことである。

 士道は元気よく前を駆けていく十香を微笑ましく思いながら、その後を歩いていた。

 

「むふふん、本命は十香ちゃんってことかなあ?」

「うわっ⁉︎ いきなり何言い出すんだよ!」

 

 突然耳元で囁かれた言葉に士道は肩を大きく跳ねさせ、話しかけてきた者から距離を取る。

 

「だってさー、どう見てもカップルじゃん? まあ、私は聞かなくてもシドー君の考えてることなんて分かっちゃうんだけどね」

 

 慌てる士道にマイは悪びれる様子もなくさらさらと答える。

 今日は買い出しに十香とマイが付いてきた。最初は十香と2人で行く予定だったが、暇だからという理由でマイが付いてきたのだ。

 

「勝手に心を読むなよ。というか、そうやって力を使ってても良いのか?」

「ま、まあ、良くはないんだよね。バレたらコトリンに締め上げられるんだけど……」

「全然駄目じゃねえか……」

「あっはっは、細かいことは気にしない!」

「シドー! マイ! 遅いぞー!」

「今行く!」

 

 2人で駄弁っていると前方から声が響いてきた。いつのまにか十香との距離が開いてしまったようである。

 

「やれやれ……ほんと、十香ちゃんは元気だよね」

 

 2人は歩くペースを少し上げると、前でこちらを向いて立ち止まっている十香の元へと歩いていった。

 たがその途中、路地から飛び出してきた人と衝突してしまう。

 

「うおっ⁉︎」

「おっと! 悪い!」

 

 飛び出してきた人はサングラスをかけており、顔はよく窺えない。その人はぶつかった士道に軽く謝るとそのまま走って行ってしまう。

 

「うーん? なんだろ、あの人。ものすごく焦ってるけど」

「焦ってる?」

「こらー、待ちなさーい!」

 

 その時、同じ路地から今度はステラが飛び出してきた。

 

「ステラ、何でここにいるんだ?」

 

 彼女は今、〈フラクシナス〉にてリアと共に実験を行なっている筈である。

 

「あ、士道君! マイ! ちょうど良かった。あの人捕まえて!」

「何でまたそんな急に……」

「いいから!」

 

 ステラに急かされて、めんどくさそうな表情をしながらもマイは遠ざかって行く影を追って後ろを走り出した。

 

「あの人が何だって言うんだ⁉︎」

 

 走りながらステラに問いかける士道。

 現在士道とマイ、そして十香を加えてトニーの後を追っているステラ。彼女は真っ直ぐに前を見ながら先程起こったことを3人に話した。

 

「はあ、はあ、つまり、あの人はお前らと同じ世界から来た奴ってことか⁉︎」

「多分そう!」

 

 住宅街をくねくねと曲がり、鬼ごっこが繰り広げられる。

 

「2人はあっちへ回ってくれ! 十香! こっちだ!」

「ああ!」

 

 ここで二手に分かれ、対象を挟み撃ちにする。ステラとマイは先回りをし、士道と十香はこのまま直進だ。

 

『ボス、挟まれましたよ』

「まだ空という手があるけどな」

 

「待って!」

「はあ、はあ、と、十香、速すぎるぞ」

「昼餉のためだ! さあ、観念しろ! 逃走者!」

 

 十香がビシッとトニーの方を指差す。

 

「あっれえ? この人って確か……」

 

 どうやらマイもトニーのことに気が付いたようだ。彼女も彼に会ったことがある。

 

「スタークさん!」

「何のつもりだ? 何故私を知っている?」

 

 トニーは警戒の眼差しで両側を挟んでいる4人を睨む。

 

「まずは突然転移させたことを謝るね。驚いたよね、あれは私のせいなの」

「空間転移? 何処かで聞いたことがあるような……」

 

 空間転移、ニューヨーク、青白い光、宇宙を繋ぐ穴、4次元キューブ。

 トニーの頭の中にはその言葉に関連する事象が次々と浮かび上がった。だがあの石はサノスの手に渡りその後行方不明になっている筈。こんなわけの分からない所にあるはずがない。いや、決めつけるのは早計といったところか。もっと柔軟な思考をしなければ。あり得ない所から新しい発見はあったりするものだ。

 

『現在彼女の発している微弱なエネルギーはスペースストーンのものと非常によく似ています。ついでに言うと、その隣の子もです』

「どういうことだ? 石が意思を持ってるってのか?」

『夏なのにこんなに寒いのは一体何故でしょう?』

「そんなつもりはなかった」

『まあそれは置いておき、聞きたいのなら本人に聞くのが一番でしょう』

 

 聞きたいことは山ほどあるが、まずは彼女に確認しておきたいことがある。

 

「私は君を知っているのか?」

「ええ、あなたのビルの上でお世話になったからね」

 

 こう言われてはもう認めざるを得ない。

 

「スペースストーン……何故こんな所に?」

「詳しく話すと長くなるから、話せる場所に行きたいのだけど……」

 

 彼女が顔も見せていないのに自分を追ってこれたのは向こうが自分のことを既に知っていたからであった。では残りの3人は一体誰なのだろうか。青い髪の子の隣に立つ子も微弱ではあるが同じようなエネルギーが観測されている。

 そして向こうは自分たちについて来いという。まだはっきりとした確証がある訳でもない。ついて行って捕われました、では笑えない。

 

「ちなみに隣の子は?」

「彼女はマイ、あなたも会ってるはず」

「……マインドストーンか」

 

 ロキの杖、ヒドラ、双子、ヴィジョン、あの石には悪夢しか見せられていない。トニーはこれまでのことを思い出して思わず頭を抱えてしまった。

 

「はあ、嫌なことを思い出した。それで、こっちの2人は誰なんだ?」

 

 今度は反対側にいる2人の方を見る。こっちの2人はどうやらただの人間のようだ。1人は中性的な顔立ちの若い少年。もう1人は豊かな表情を見せている美しい少女だ。

 

「この2人はこの世界の人だよ。その辺も帰ってから話すよ」

「私は誰を信用すればいい?」

「それは君が思ったものを信じればいいんじゃない?」

 

 この短時間で信じられない体験をし、衝撃の事実を目の当たりにしたトニーは頭が若干混乱しており、一体何が本当で何が嘘なのかも分からない。迷子の子供のような精神状態になっていた。

 だがマイはキッパリと言い切った。その人の信じたものがその人の心であると。

 

「…………」

『ボス、どうされますか?』

「分かった。君たちについて行く。案内してくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、サノスから逃げるためにこの世界に来たのはいいが、帰り道が分からなくなってここにしばらく滞在していたと?」

「まあ、そういうことだね」

 

 その晩、五河家に案内されたトニーはリビングでこちらの世界について教えてもらっていた。

 

「いやーしかし、スタークがこちらに来ることになるとはな」

 

 ソファにどっかりと座るソーがビールを片手に喜んでいる。

 

「突然の異空間とは、とんでもない招待状が届いたもんだよ。というより君は何でここにいるんだ? 行方不明だからみんな探してたんだぞ」

「ああ、悪い。俺も突然この世界に引っ張り込まれてな」

「私がこっちの世界に来るときに一緒にね」

 

 それから今までどのような事があったのか、この世界にいる精霊という存在などについて多くの話を聞いた。中々信じられないような話が沢山あったが、トニーにはまだ一番気になっていることがあった。

 

「何故ストーンが肉体を持っているんだ?」

 

 少なくとも5ヶ月くらい前ではまだストーンはあくまで石であり、このように自分で喋って動いたりはしていなかったはずだ。一体何があったというのか。

 

「この話も、そろそろしておいた方がいいかもね」

 

 壁に寄りかかっていたリアが前に進み出る。

 

「あの日、宇宙の半分の生命が姿を消したあの日、私たちはあの男と共にある星へと移動したわ。目的を達成したあいつは体もボロボロ、それから何日かは大人しくしていた」

「でもある日、ある程度回復してきた彼は次の行動に出ようとしたの」

 

 リアの言葉を受け継いだステラは暗い表情を見せる。宇宙の半分の生命が消え去ったのだ。あまり気分の良い話ではない。

 

「あいつの計画にまだ先が?」

 

 実際に戦ったソーはあの時のあの男の顔を思い出す。斧で胸を抉ったがそれでも止められなかったあの日のことを。

 ぐしゃりと手に持っていた缶が潰れる。

 

「ソー?」

 

 その様子を見て異変に気付いた士道が声を掛けた。それを何でもないと簡単に誤魔化す。本当は今すぐにでもあの男を殺しに行きたいという衝動に駆られているというのに。

 

「私たちは基本的に不干渉。手にすることが出来るのはそれにふさわしい力を持つ者だけ。これまではそれだけで所有者を選別していた」

「ところがどっこい、それじゃあ全然ダメだってことに気付いちゃった訳」

「あの男は使い終わった私たちをどうしようとしたと思う?」

 

 宇宙の特異点から生まれた6つの石。それらは強大すぎる力を持ち、これまでも歴史の中に何度かその姿を見せてきた。単体でも厄介、6つ集まっても厄介。目的を達成したサノスが不要となった石にその後何をするのか。

 

「まさか……」

 

 士道は彼女たちの雰囲気とこれまでの話からそれを察してしまった。彼自身、この戦いに参加したという訳ではないのに。

 

「あいつは私たちを無に還そうとした。破壊しようとしたのよ。でも、それが何を呼ぶか分かる?」

 

 インフィニティ・ストーンはそれ1つで歴史の流れを生み出す。それほどまでに強大な力を持ったものなのである。それらが6つ、一気に消滅したとしたら、宇宙のバランスはどうなってしまうのか。

 

「ただでさえ、半分の生命が消滅してバランスが一気に傾いたこの宇宙から私たちが一斉に消え去ったら宇宙はそれこそ崩壊してしまう。だから私たちに防衛反応が出たの」

「それがこの結果というわけか」

 

 真相を知らされたソーは考える。

 サノスはあれだけ必死になって集めたストーンを、使い終わったらさっさと破壊しようとした。それは石を残しておくと彼にとって不都合なことがあるからだ。石は6つ揃えれば宇宙をやりたい放題にすることが出来る。ということは、失った半分の生命も戻すことが出来るのではないだろうか。

 だがその前に、あの男にはきっちりと復讐をしておかなければならない。親友や弟はもう2度と帰っては来ないのだ。

 

「奴だけはこの手できっちり殺す」

 

 彼はそう呟くと、先にリビングを後にするのだった。



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第33話 再来

「ここが、ソーの住んでいた世界なのか……」

 

 静寂に包まれたかつての街。立ち並ぶ静かな建物や荒れた公園、人の居ない通り。

 士道はそんな街の様子を見て息を飲んだ。

 

「こうなってもう4ヶ月だ。整備のされていない公園なんかはあっという間に荒れたね」

 

 先頭を歩いているのはトニー。その後ろにソー、ステラ、リア、マイと続き、最後に士道と四糸乃がいる。

 

「なんだか、薄暗くて、こわい、です……」

『四糸乃、あんまり無理しちゃダメだよー』

「四糸乃? 大丈夫か?」

「は、はい」

 

 士道が不安そうにしている四糸乃の手を取ってやると、彼女は明るい笑みを浮かべた。

 ここはニューヨーク。かつては世界でも有名な大都市だった。世界中から人が集まり、店が立ち並び、多くの人が行き交っていたこの街も、数ヶ月前のあの出来事が起こってからはその活気が嘘であったかのように静まり返っていた。

 

「本当に人が居ないんだな……」

「ここだけじゃ無いわ。この世界、この宇宙の半分の生命が消滅した。他の星でも同じようなことが起こってるはずよ」

 

 数ヶ月前までここには多くの人が居たのだろう。その痕跡はまだはっきりと残っている。だが今のこの景色は正直言ってとても不気味だ。人の気配はせず、街の明かりもない。風に吹かれた木の葉が道路の上を走っていく。

 

「他の奴らは今何を?」

「サノスを見つけたらしい。それで奴の居場所へと向かう予定だった。それがもう4日前の話だ」

「だとすると、今頃はもう帰っているか、そろそろ帰って来るのか」

 

 石を見つけるため、サノスの元へと向かったみんなは一体どうなったのだろうか。トニーは携帯を確認しながらそんなことを思った。こちらの世界に戻ってきてから一応連絡をしてみたが繋がらなかった。おそらくこの星には居ないのだろう。

 

「一旦施設に向かおう。その辺の車を拝借する」

「さらりと盗みをするんだな」

「今のこの世界じゃ、政府機関すらまともに動いちゃいない。使えるものは使っていくのさ」

 

 何とも思っていない様子のトニーに士道は苦笑するしかなかった。という訳で一行は近場にあったトラックに乗り込む。

 

「どこへ向かうの?」

「拠点だな」

 

 トニーがトラックを運転し、他のメンバーは荷台へ。しばらく揺られているとふと外の景色を眺めていたマイがそう聞いてきた。

 

「拠点? こんな外れにあったっけ」

「お前は知らないだろうな。こっちは後から出来たものだ」

「ふーん」

 

 ソーは寄りかかって眠るステラの肩を抱きながら答える。

 

「いつの間にそんな仲になったのさ?」

 

 そんな2人の様子を見たマイは交互に2人の顔を見る。ステラの顔はすっかり安心しきった子供のようである。

 

「さあな、自然とこうなった」

「おやおや、ステラちゃんも隅に置けませんなあ」

 

 ニヤニヤと笑いながら2人を囃し立てるマイ。だがソーは全く気にしていないようである。それが面白くなかったのか、マイは隣に座っていたリアの方に揶揄いの視線を向けた。

 

「何よ」

「いやあ、べっつにぃ? 私は何とも思ってませんよぉ?」

「はあ? 何が言いたいのよ」

「ステラちゃんにはこんなにイケメンな彼がいるのに、リアっちの方は音沙汰無しだなぁ、なんて思ってませんよ?」

「へぇ、それは自分がどうなるか分かってて言ってるのよね?」

「な、何の事かなぁ?」

 

 急激にリアの周囲の空気が凍り付いたことを感じ取ったマイはダラダラと額に嫌な汗をかいている。

 

「あ、でもそうやって手を出してくるあたり、自分にそういう事が向いてないって事が分かって──ぶぎゃっ⁉︎」

「ちょっとその口を縫い付ける必要がありそうね」

「いひゃい! いひゃいでふ!」

「ふんっ!」

「ぐぎゃっ⁉︎」

 

 荷台の壁に頭から叩きつけられたマイは一撃で撃沈。お尻を突き出したまま床に沈むという無様な姿を晒す事となった。

 

「あわわわわ」

『四糸乃、これが本当のNGワードってやつだね』

「しっ、よしのん。そういうことは言っちゃダメだよ」

 

 狂気の顔をしているリアと床に沈んだマイを見て四糸乃はすっかり縮こまってしまった。ここは立ち入ってはいけない領域だと、直感がそう告げている。余計なことを口走りそうなよしのんの口を塞ぎ隣の士道を見ると、士道は優しく頭を撫でてくれた。

 

「リア、あまり乱暴なことは控えてくれよ。四糸乃が怖がってる」

「わ、悪かったわよ。……私だっていつかは」

 

 ポツリとつぶやいた言葉は誰にも気づかれることなく、風と共に流れて行く。

 それからトラックは道を進み続け、やがてある場所で停止した。

 

「ここが……」

「ああ、私達の拠点だ」

 

 運転席から降りてきたトニーは入り口の扉の前へと進んでいく。そして扉の所で何やら認証のようなものを済ませると、入り口の扉が自動で開き始めた。

 

「ようこそ、アベンジャーズへ」

「アベンジャーズ?」

「あー、チーム名みたいなものだな」

 

 トニーを先頭に一行は中へと進む。一名トラックの中で気絶している者がいたがリアが叩き起こしていた。

 

「誰も居ないのか?」

「その可能性が高いな」

 

 ソーは久しぶりに帰って来た施設の中を確認するが人が居る様子がない。通常なら何人かは居るはずなのだが。

 

「適当にその辺に座っててくれ」

 

 後から来た士道たちにそう言うとトニーは奥の方へと姿を消していった。

 士道はソファに座り、部屋の中をぐるりと見てみる。落ち着いた雰囲気の家具が置かれており、何やらディスプレイのような物がいくつか設置されている。

 ソーがそのディスプレイの1つを起動させると宇宙のようなものが映し出された。

 

「これは……」

「どうやら宇宙旅行でここには居ないようだ」

 

 映し出された画像を見ていると奥に行っていたトニーが戻ってきた。どうやら人は居なかったようである。

 

「ここに向かったみたいだね」

 

 同じくディスプレイを見ていたステラが1つの星を指差す。その星はチェックがつけられどういった場所なのかという情報が簡潔に書かれていた。

 

「ここに行けばサノスが?」

「待て待て。今私達がここから離れたら彼らはどうするんだ?」

 

 直ぐにでも出発しそうな勢いのソーの肩を掴んで何とか止める。ここにはこの世界のことを何も知らない士道と四糸乃がいる。彼らを置いて自分たちだけで行動することは出来ない。そう伝えるとソーは渋々とソファに座り込んだ。

 

「今は皆が帰ってくるのを待つしかないか」

「そんなに遠くもないし、その内帰ってくるでしょ」

「帰って来たらこんなに人が増えてて驚くだろうけどね」

 

 今画面に写っているこの星に行っているメンバーはソーやトニーが帰って来たことを知らない。行方不明になっていた2人が帰って来た上に知らない人が増えていれば、驚かずにはいられないだろう。

 

「今は待つしかないな」

 

 トニーはそう言うとコーヒーを淹れるためにキッチンの方へと歩いて行くが、ふと携帯に着信が来ていることに気が付いた。

 

「……やばいな」

 

 その画面に表示されていた名前を見て彼の顔は硬直する。そこに書かれていたのはペッパーという名前。彼の妻であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはどういうこと?」

「ああ、なんだ……複雑な事象があったんだ」

「まだあれから半年も経ってないって言うのに、一体どれだけ心配を掛けさせれば気が済むの⁉︎」

「悪かった、本当に反省してるんだ」

 

 先程から1人の女性に一方的にお説教を食らっているトニー。その姿を遠巻きに眺めていた士道は女の人って怖いな、と少なからずそう思っていた。

 

「あれが、本物の夫婦喧嘩、でしょうか」

「四糸乃? そんなに感動する場面じゃ無いぞ?」

「す、すみません」

 

 テレビの向こう側だけの話だとそう思っていた四糸乃にとって、昼のドラマでよくやっているシーンと同じことが目の前で繰り広げられているというのは何とも新鮮な出来事であった。現にトニーがペッパーにお説教をくらっているのを見てキラキラと目を輝かせている。

 

『四糸乃も、士道くんのお嫁さんになったらああいう風に士道くんにお説教する日が来るんだよ?』

「ふえ⁉︎お、お嫁、さん……」

「よ、よしのん⁉︎ 急に何言い出すんだ⁉︎」

『士道くんも、四糸乃にお説教されて喜んじゃうような特殊な人間に……』

「俺は神無月さんとは違うからな⁉︎」

 

 中学生に踏みつけられて喜んでいるあの金髪の変態とは違うと士道はたまらず叫びを上げた。

 

「賑やかよね。あんた達さっさとくっついちゃったらどうなの?」

 

 仲良さげな士道と四糸乃の様子を見ていたリアがそこに横槍を入れる。

 

「ダメだよ。ヨッシーは天使なんだからさ」

「私が言ってるのはね、ここにいない他の子たちともさっさとくっ付いたらってことよ」

 

 マイが四糸乃を背後から抱きしめる。

 

「ただのだらしない男じゃえねえか」

「違ったかしら?」

「う……」

「さっさと全員貰っちゃいなさいよ」

 

 自分がきちんとした人間かと問われるとはっきり答えられない。言い淀んでいるとリアがさらに追い討ちをかけて来た。

 

「大体だな、結婚っていうのは1人としかできないんだぞ」

「そんなのあんたの星だけでしょ?」

「え?」

 

 思わぬ言葉に思考がフリーズする。もしそんなことがあるとしたら、俺は一体どうなってしまうんだ。

 琴里は精霊が1人では無いと言った。現にこれまで十香、四糸乃、狂三、耶倶矢、夕弦と5人もの精霊と出会って来た。もし、自分が彼女たちと未来を歩むことを選ぶのだとしたら、一体どうすればいいんだ? 

 

「こらこら、リアっち。自分が結ばれないからってシドー君をいじめちゃダメでしょ。困ってるじゃない」

「また沈められたいのかしら?」

「い、いや、別にそういう訳じゃ無いよ?」

 

 彼の心情を察したマイが咄嗟にフォローを入れてくれた。普段はふざけているが彼女はこういう所に敏感に反応する。感情に敏感なのだろう。

 リアは減らず口を変わらず叩き続けるマイと取っ組み合っている。だが士道は先程の問いに対する答えを見つけられずにいた。いずれは直面する問題。その時までに、自分なりの答えが出せるのだろうか。

 

 その時、外で空気が揺れる音がした。まるで飛行機が着陸した時のような、ものすごい音が鳴っている。

 音を聞いたトニーは立ち上がるとモニターの方を確認する。そこには一隻の大きな船が写っていた。

 

 

 

 

 

 

「トニー、どこに行ってたんだ? 突然消えるから逃げたのかと思ってたぞ」

 

 船から降りて来たメンバーの中で真っ先にトニーの所にやって来たのは何やらメカメカしいスーツを着た黒人の男性。彼の名はジェームズ・ローズ。トニーの親友である。

 

「こっちも面倒なことに巻き込まれたんだ。決して逃げた訳じゃ無いぞ?」

「ははっ、分かってる」

 

 続いてやって来たのはスティーブだ。

 

「スティーブ、すまない」

「事情があったんだろう?」

「ああ」

 

 スティーブはトニーの肩を叩くとそのまま屋内へと向かうが、そこで自分の目を疑う。

 

「ソー?」

 

 その言葉に船から降りて来たメンバーも視線を集めた。何しろ4ヶ月もの間行方不明になっていたのだ。突然姿を現した彼に皆は驚いていた。

 

「私は先に帰る準備を整えておくね」

 

 ステラは状況を察したのかソーに一言残すと中へと戻って行った。

 

「ソー、今までどこに?」

「その事について話しておきたいことがある」

 

 スティーブは彼の真剣な目を見て頷くと皆に集まるよう指示を出した。

 

 

「こいつが五河士道。隣が四糸乃だ。俺はこの4ヶ月、こいつらの所で世話になっていた」

「彼らは一体どこの人なの? 見た感じ、東洋系の人でしょう?」

 

 最初に質問して来たのはナターシャ・ロマノフ。スティーブと共にこのアベンジャーズを引っ張るエージェントである。

 

「1つ言っておくが、こいつらはこの世界の人間ではない」

 

 この世界の人間ではない。その事実に一同はざわざわと会話を始める。トニーがパンパンと手を叩いて場を静かにさせた。

 

「各々信じられないという気持ちはあるだろうが、これは事実だ」

「そんな映画のような話があるのか?」

 

 ローディがまるで信じられないとトニーに訴えかけて来る。

 

「証拠はある。フライデー」

『かしこまりました』

 

 モニターに映像が流れる。そこにはマーク51に記録されていた映像が残っていた。〈フラクシナス〉の艦内での戦闘から上空15000メートルに放り出されたところまで。その映像を見て皆はようやくこれが本当のことであると認識してくれた。

 

「ここで問題がある。スティーブ、君たちはサノスの所へ行ったんだよな。そこに石はあったか?」

 

 トニーはピッとスティーブの方を指差して問いかける。

 

「なぜそれを?」

「いいから答えてくれ」

「……奴は石を持っていなかった。無くなったと言っていた。そしてそれを再び集めようとしていることも」

「奴はどうなった?」

 

 ソーが宿敵の存在を気にしている。彼としては自分の手で仕留めたかったのだろう。

 

「ダンヴァースがボコしやがったよ」

 

 彼の質問に答えたのはロケット。アライグマのような見た目をした生物でかつてソーと共に戦った戦友である。

 

「そうか……、士道? どうした?」

 

 ソーはサノスが既に手を下されたと知り落胆するが、ふと視界に入った士道の様子がおかしい事に気づく。

 

「い、いや、何でもない」

「先に休んでても構わんぞ」

「ああ、大丈夫だ。心配かけて悪い。それで、みんなの紹介はしなくていいのか?」

 

 士道はなんでもないと言うとソーの方に話を託した。だがその表情は未だに晴れてはいない。

 

「そうだったな。ストーンについてだが、ここにある」

 

 ソーは向かいに座っているリアとマイを指差した。

 

「この少女がそうだって言うのか? それこそ信じられない」

 

 ローディが証拠を見せろと言わんばかりに疑いの眼差しを向けている。

 

「マイ」

「了解〜」

 

 リアが一言マイに声をかけるとマイはローディの前まで歩いて行き、軽くお辞儀をする。

 

「どうも、はじめまして。今からあなたの考えてることを当ててあげるから、何か思い浮かべてみて?」

 

 突然の事にしばし硬直したローディだが、言われたとおりに自分が今食べたいものを思い浮かべた。

 

「んーとね、今君が食べたいものはピザだね。それもチーズたっぷりのやつ」

「こりゃ凄い、完璧だ」

 

 ローディはたまげたとばかりにマイと握手をした。

 

「これで分かったか? ちなみにそいつらはマインドストーンとリアリティストーンの力を持つ」

「一体ストーンに何が起こったんだ?」

「その辺は追々話していく。バナー、協力して欲しいことがあるんだが、大丈夫か?」

 

 トニーは科学者仲間のバナー博士に声をかけると彼にヒソヒソと話しかけた。

 

「実は向こうの世界で面白い技術を見つけたんだ」

「今度は何をする気だ?」

「なに、ちょっとした解析だよ。向こうでは顕現装置(リアライザ)と呼ばれているものだ」

「僕にどうしろと?」

「解析に協力してほしい。恐らく未知の技術だ。頭脳は多いに越したことはない」

 

 バナー博士は考えさせてくれとだけ残すとその場を去って行った。そしてその様子を見ていたナターシャがトニーの所へとやって来る。

 

「今度は何を企んでいるの?」

「企むとは人聞きの悪い。ちょっとした趣味だよ」

「あなたの趣味は悪趣味だからあまり関わりたくは無いけれど、あまり面倒なことはしないでよ。これから大変な時期になるんだから」

「分かってるさ。ちょっとした戦力の増強だ」

 

 トニーはそう言いながら早速頭の中でこれからの予定を考えていた。〈フラクシナス〉で見かけたあの技術。あれをアイアンマン スーツに取り込むことが出来れば大幅な戦力の足しになる。まずはあの仕組みを解析して扱えるようにしなければ。そうなるとあの士道という少年の妹に交渉しなければならない。

 

 1人で考え始めたトニーを目にしたナターシャは、これはダメだと肩を竦めると皆の元へと戻って行った。

 

 

 

 

 帰る準備をしに行っていたステラが戻って来る。彼女が戻って来た時には皆が夜食と言って料理を準備していた。

 

「ソー、いつでも戻れるようにしておいたよ」

「ああ、悪いな。何やら晩餐が始まったようでな」

「賑やかでいいじゃん」

 

 テーブルを囲んで会話を楽しむ面々を見ていると穏やかな気持ちになる。こんな平和な時間がいつまでも続けばいいのに。だがそのためにも消えてしまった半分の生命を元に戻さなければならない。サノスは既にダンヴァースによって断罪されたため、これ以上奴の計画が進むことは無くなった。早く残りの姉妹たちを見つけなければいけない。

 そう考えていると隣に誰かが腰掛けた。顔を上げるとそこには金色の長髪を持った女性が座っている。

 

「あなたは……」

「キャロルよ。よろしく」

 

 彼女の名前はキャロル・ダンヴァース。キャプテン・マーベルの名を持つ女性のヒーローだ。サノスをボコしたのもこの女性である。そして彼女に力を与えた根源はステラ自身なのである。

 

「君はソーのガールフレンドかな? 親しそうにしていたから……」

「うん、まあね。……その、ありがとう」

 

 突然お礼を言われたキャロルは何のことかと首を傾げる。

 

「この宇宙をあちこちで守ってくれてるみたいだしさ。私たちは何も出来ていないから」

「ふふっ、やっぱりあなたがそうなのね」

「?」

「私のこの力はあなたのものなの。色々事情があってこうなったんだけど」

 

 確かに、キャロルからは自分と良く似た力を感じられる。そういえばそんなことがあったかもしれない。

 

「この世界に平和は訪れるのかな」

「それは私たちが自分で掴み取るものよ。だからこそ、何度でも立ち上がってみせる」

 

 そう言い切る彼女の表情はとても輝いて見えた。既に意思は決まっているという顔だ。皆が頑張っているというのに、こんな所で悩んでいる暇は無い。ステラも彼女のことを見習わなければ、と気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これからのことについて話しておきたい」

 

 スティーブの一言で騒ついていた皆が静かになる。

 

「ソー、説明を頼む」

 

 話のバトンは事の真相を知っているソーへと渡る。それからソーはこの4ヶ月の間に何があったのかを話した。この世界とは別の世界が存在しているということ。そこで出会った士道を始めとする人々。そしてストーンが同時にそちらの世界へと転移していたこと。

 

「残りの3つのストーンがあちらの世界のどこかに存在している。それを俺は探しているというわけだ」

「こちらからも人員を派遣した方がいい?」

 

 探し物をするのなら探す人は多い方がいい。ただ問題なのはその探し物をする場所が自分たちの知っている世界では無いということだ。向こうで既に何ヶ月か過ごしているソーはまだしも他のメンバーは全員初見だ。

 

「全員が行くわけにはいかない。万一こちらで何かが起こった時に対処できる人員は残しておかないと。それに向こうで生活するための手段も確立しなければいけない」

「そこは私が何とかしよう」

 

 スティーブの懸念にトニーが手を上げる。そこからはどのメンバーが捜索に加わり、仮に参加するとしてどのように行動するのかを具体的に話し合った。

 そして今日は解散ということで各々が自由な行動を取り始める。士道は外に出てみたいという四糸乃と一緒に夜の散歩に出掛けることにした。

 

「涼しいですね」

「あっちとは一月ほど時間がずれてるみたいだからな」

 

 太陽は既に水平線の向こう側へと姿を消し、空には星が散りばめられている。ここの皆の話を聞く限りこの空のどこかにも自分たちと同じように生活をしている種族がいるのだろう。

 

『それはそうと、士道くんさー。さっきは大丈夫だった? 何だか調子が悪そうだったけど』

「そうです。何かあったんですか?」

 

 やはり彼女達は気に掛かっていたようだ。黙っていても不安を募らせるだけなので大人しく白状する。

 

「何か、体から何かが抜けていくような感じがしてだな」

「それは……」

「ああ。まるで霊力が抜け落ちていくような、不思議な感覚だった」

「なにか、あったのでしょうか……」

 

 突然起きた霊力が吸い取られるような感覚。確証は無いが精霊の封印を行った際の感覚と良く似ていた。だが何故今それが起こるのか分からない。向こうの世界で何かあったというのだろうか。

 

「悪い四糸乃、ちょっとステラの所へ行ってくる!」

「わ、私も行きます!」

 

 士道は四糸乃の手を取ると駆け出した。嫌な予感がする。もし向こうの世界で何かが起こっていたとしたら……。そんな不安を持ちながら、士道は屋内へと飛び込んだ。

 ラウンジには談笑しているローディとロケット、そしてテーブルで今後の予定を話し合っているスティーブとナターシャがいる。

 

「やあ、異世界少年少女。そんなに慌ててどうしたんだ?」

 

 ローディが気さくに声を掛けてくる。

 

「ステラを知りませんか⁉︎」

「ステラ? ……ああ、ソーのガールフレンドか。それなら確かラボの方にいたな。案内してやるよ」

 

 二足歩行をするアライグマのロケットが台から飛び降りると、付いて来な、と言って前を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎に包まれる街。既にこの街の半分は破壊されてしまっただろうか。余りにも突然の出来事であったために、こうするしか市民を守る方法が無かった。

 

「く……、頭が、……」

 

 自分の精神を乗っ取ろうと襲い掛かってくる破壊衝動と戦いながら視線の先に立つ1人の影を鋭く睨みつける。

 

「大分苦しそうだな」

「何のつもり、よ……」

 

 このままではそう長くは持たない。そうなったらこの街は自分の手によって破壊されてしまう。そうなったらもう何もかもがお終いだ。

 

「愚かな地球人共に簡単な挨拶でもしておこうかと思ったが、不在のようだ。これだけ待っても出てこないのだからな」

 

 後ろには耶倶矢と夕弦がいるが、2人は今十全の力を発揮できない上に既に大怪我を負っている。ASTも一瞬で壊滅状態に追い込まれた。ここまでか。

 

「この惨状は置き土産としよう。奴らに伝えておけ。運命は変えられない、とな」

 

 最後に男は左手をこちらに向け、その手を閉じた。

 その瞬間に、何とか抑え込んでいたもう1人の自分が急激にその意思を広げ始める。

 

「うああああああああああっっ‼︎」

 

 その痛みにたまらず悲鳴を上げ、琴里はその場に倒れた。意識がどんどんと遠ざかって行く。

 

「貴様ああああああああああああ‼︎」

「十、香……だめ……」

 

 閉じ行く視界の中で、十香が紫色の光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ステラ!」

「士道君? どうしたの! 何かあった⁉︎」

 

 ラボに飛び込んできた士道があまりにも焦った表情をしていたため何かあったのかと緊張が走る。

 

「帰り道はどうなってる⁉︎」

「士道? どうした?」

 

 そこへトニーとバナーの研究の様子を見ていたソーがやって来る。

 

「嫌な予感がするんだ。先に戻ってもいいか」

「ふむ……」

 

 士道の焦り具合を見てソーはただ事ではないと判断した。

 

「分かった。俺も戻ろう。ここの奴らにはスタークから伝えておかせる」

「すまない」

「ステラ、リアとマイはどうする?」

「2人は多分今お風呂だから、悪いけど置いてくしか無いよ。2人には後から説明するしかないかな」

「そうか」

 

 ステラは3人を連れて先程準備した通路の場所へと向かう。これからはここに空間の穴を維持し続けることでいつでも行き来することができるようになる。どちらかの環境が破壊されると閉じざるを得なくなってしまうが、そうなることは現時点では無いだろう。

 

「さあ、ここに」

「みんな……」

 

 士道は収まらない不安と嫌な汗が背を伝うのを感じながら、青白い光の輪を潜った。

 

 視界が移り変わり、トンネルを抜けるといつもの〈フラクシナス〉のラボに辿り着いた。部屋はシンと静かで特に普段と違いは感じられない。士道は恐る恐る部屋の扉へと近づいた。機械音と共に扉が自動で開かれる。

 外の音が一気に室内へと入り込んできた。廊下に飛び出すと目の前を機関員達が忙しなく走って行く。

 

「本当に、何かあったのか?」

「わたしも、嫌な感じがします」

『四糸乃、大丈夫?』

「う、うん!」

 

 4人は慌ただしい艦内の雰囲気から何かを感じ取った。走って艦橋へと向かうが、何度か通った道のりがとても長く感じる。ようやく辿り着いた扉を開いて艦橋に駆け込むと、正面のメインモニターが目に入って来た。その映像に4人は言葉を失う。

 

「何だよ……これ……」

 

 それは、ここを発つ前とは一変して地獄絵図と化した、天宮市の光景だった。



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第34話 災厄の跡

 その光景を見た時から、頭の中にはこの世界にいた十香達のことでいっぱいだった。街が半壊し、燃え上がる中で彼女たちは無事だったのだろうか。あまりに衝撃的過ぎて、精神に余裕が無くなっていたため令音に抱きしめられるまで軽い錯乱状態に陥っていた。

 士道がようやく落ち着きを取り戻したことを確認した令音は皆を連れて〈フラクシナス〉の医務室へと向かう。

 

 医務室にはベッドが並んでおり、そこには怪我を負った耶倶矢と夕弦がいた。彼女たちはベッドに腰掛けて2人で会話をしていたようである。

 

「お、士道ではないか」

「歓迎。戻ってきたのですね」

「耶倶矢! 夕弦!」

 

 士道は2人が無事であることを認識すると安堵のあまり2人を抱きしめていた。

 

「ふにゃあっ⁉︎ ちょっ、士道⁉︎」

「謝罪。ご心配をお掛けしました」

 

 抱きしめていた腕を解くと2人は名残惜しそうに手を離してくれた。

 

「躊躇。士道、十香のことなのですが……」

「あの男、無類の強さだった。我が眷属十香は果敢にも挑んだが酷い仕打ちにあったのだ」

 

 2人の言葉に士道は最悪の事態を思い浮かべる。一体少しこの世界を離れていた間に何があったというのだろうか。

 

「令音さん」

「安心したまえ。十香も無事だ。今は別室で眠っている。その内目が覚めるだろう。それより、シン。君に伝えておかなければならないことがある」

 

 令音は士道の目を見るとそう言ってきた。ひとまず十香が無事であることを確認し安堵した士道であるが、令音の言葉に不安を覚える。彼にも心当たりはあった。

 そう、この緊急事態だというのに艦橋に司令官の姿が無かったのだ。彼女は、士道の最愛の妹である琴里は、どこへ行ったのだ? 

 

 

 

 

「琴里が、精霊……?」

 

 士道は目の前のモニターに映る画像が信じられ無かった。いや、信じたくなかった。そしてその中に写っていたのは、巨大な斧を持ち、和服のようなものを纏った精霊。それは間違いなく彼の妹、五河琴里であった。

 とてつもない虚脱感に襲われる士道。

 

「そんな……、今までそんな素振りは一度も……」

「シン、落ち着きたまえ。思うところはたくさんあるだろうが、今は先に話しておかなければならないことがある」

 

 ベッドに腰掛け頭を抱え出した士道を令音は諫める。

 

「士道さん……」

 

 心配そうな顔でこちらを見つめて来る四糸乃に軽く手をあげて大丈夫だと意思表示をし、令音の方を見る。

 

「すみません、令音さん。取り乱してしまいました。それで、琴里は今どこにいるんですか」

「これから君に見せるのは現実だ。それは分かってくれるかな」

 

 精霊であろうと妹であることに変わりはない。そして相手が精霊だというのなら自分がやることはただ1つ。

 

「お願いします。琴里に、会わせてください」

「そうか。では、付いてきたまえ」

 

 令音はそう言うと医務室の扉の方へと向かった。

 

「耶倶矢、夕弦、ちょっと行ってくる。四糸乃、2人と一緒に居てくれるか?」

「は、はい! ……士道さん。琴里さんを、よろしくお願いします」

「ああ、任せろ」

 

 四糸乃の願いに士道は強く頷くと、令音に続いて医務室を後にするのだった。

 

 

 

 廊下を歩き続け、何度か突き当たりを曲がってようやく1つの部屋の前へと辿り着いた。今まで一度も来たことが無い部屋だ。

 令音が扉の前で認証を済ませると鍵が開く音がし、やがて扉が音をたてて開いた。

 

「っ、これは……」

 

 目の前にあったのはいかにも頑強そうな金属の箱。まるで凶暴な猛獣を閉じ込めるかのような、そんな箱があった。

 令音はその箱の前にある操作板に腰掛けるとパネルを操作し始めた。すると箱の側面が透明になり、中の様子が窺えるようになる。

 

「なっ、琴里⁉︎」

 

 金属の箱の中にいたのは琴里だった。一見いつもと変わらないように見えるが何故このような所にいるのか。

 

「令音さん! 琴里は何でこんな所に……」

「これは彼女自身が望んだことだ。話は彼女から聞くといい」

 

 重い金属の扉が開かれる。士道は令音に促されて中へと足を踏み入れた。

 

 琴里は椅子に腰掛けてココアを飲んでいた。士道が入ってくるとチラと視線を向けたが直ぐに視線を戻してしまう。

 

「……失望したわよね」

 

 コト、とカップをテーブルに置くとテーブルの上に視線を下げる。いつものハキハキとした口調はどこかへ、完全に沈み込んでいる。

 

「琴里……」

 

 士道は何て声を掛ければ良いのか分からず、ただ彼女の姿を見ることしか出来ない。

 

「もう映像は見たのよね。そう、私は精霊よ」

「お前、いつから……」

「5年前のことよ──」

 

 それからの話はとても士道には信じられるものだはなかった。5年前の大火災。たしかにその出来事は資料にも残っている事件だ。しかし彼にはその時自分と琴里がどこで何をしていたのかが分からない。記憶が曖昧なのだ。

 

「悪い、思い出せねえ」

「ほんと、とんだ愚兄ね」

 

 琴里にそう言われても仕方がない。

 

「私たちが〈ファントム〉と呼ぶ存在。これが精霊に関する1つのキーワードよ」

「〈ファントム〉……。そいつが琴里を精霊に……。待てよ? じゃあ俺のこの再生の力は?」

「ええ、私のものよ」

 

 知らぬ間に自分の中に琴里の力が宿っていた。士道は以前或美島にて十香の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を顕現させている。それは彼の中に十香の力を封印したために出来たことであった。だが再生の力は十香と出会った時点で既に持っていたもの。

 

「俺は、琴里の力を封印した……?」

「うっ……、まあ、そうなるわね」

 

 琴里は顔を赤くして目を逸らす。

 士道がやっているのは精霊と会話をすることで相手の心を開き、その状態でキスをすることでその力を封印すると言うものだ。

 琴里の力が自分の中にあったということはつまり琴里とも知らないうちにそういうことをしていたということである。

 

「コホン、そこはいいのよ。とにかく5年前、私は精霊になった。そして今までそのことはあなたには話さなかった。本当はずっと隠して置きたかったんだけどね……そういう訳にもいかなかったのよ」

「一体何があったんだ?」

 

 琴里が精霊だったということも衝撃的だったが、今まで隠してきたそれを曝け出さなければならない程の事が起こったということを、士道は受け入れきれずにいた。

 

「そうね……、うっ⁉︎」

 

 琴里は数時間前に起こった事を話そうとした。だがその時、頭が割れんばかりの痛みが彼女を襲う。

 

「琴里⁉︎ 大丈夫か⁉︎」

「私は、はぁ、大丈夫、だから……。もう行きなさい」

『シン、少し琴里の調子が悪いようだ。すまないが一度退出してもらってもいいかな』

 

 スピーカーから令音の声が聞こえてくる。

 士道は苦しそうな顔をしている琴里が心配だったが、令音に促されて部屋を退出した。

 

 

 

「はぁ、はぁ、危なかった」

 

 何とか落ち着きを取り戻した琴里は、誰もいなくなった部屋でベッドに倒れ込む。急に襲ってきた痛みで意識が飛びかけていた。気が付けば士道は居なくなっており、手元のカップにはヒビが入っていた。

 最近衝動が襲ってくる周期が短くなっている。この先がもう長くはないことを、琴里は感じ取っていた。

 天井を眺めていると士道が部屋を出て行く直前の出来事が頭に蘇ってくる。

 士道は部屋を出る前、急に琴里の名前を呼んだかと思うとギュウと抱きしめてきた。

 

『困ったらちゃんと言うんだぞ』

 

 揺らぐ意識の中でもつい嬉しくなって抱きしめ返してしまったが、その事が今になって恥ずかしく思えてしまう。

 

「カッコつけてんじゃないわよ……」

 

 そう呟きながらも、枕を抱きしめる琴里の顔は赤く染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方で艦橋に残っていたソーとステラはこの世界で起こった事を映像を通して確認していた。

 

 突然現れた1人の男と騒ぎになる街。そして警察が動き出し男を取り囲んだが、次の瞬間にはその場が殺戮の現場と化していた。崩れ落ちるビルに吹き飛ぶ街路樹。宙を舞う自動車が逃げ惑う人々に襲い掛かった。

 

「あの野郎……」

 

 握りしめる拳に力が入る。映像に映る男は、もはや動くことなどできぬ程に叩きのめされたと、確かにそう聞いていた男だった。

 

「サノス……」

 

 ステラの呟いた言葉に艦橋にいる面々が興味を示した。

 

「あの男を知っているのですか?」

 

 空席の艦長席の隣に立つ神無月がステラに問う。

 

「知っているも何も、あいつが全ての根源だ。俺はあいつに全てを奪われた。いや、俺たちの世界の多くの者が全てを失った」

 

 画面の向こうでは逃げ遅れた市民を逃そうと八舞姉妹が走り回っていた。そんな2人にも容赦なく奴の攻撃が飛んで行く。

 ついに動けなくなった2人に、破壊のエネルギーが容赦なくぶつけられた。

 

 そして、動画の中で空間震警報が鳴り響く。

 

「琴里ちゃん……」

 

 燃え盛る炎を纏った琴里がサノスの前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

「結局奴は何処へ?」

「分かりません。こちらとしても、居場所を突き止めたかったのですが、余りにも一瞬の出来事であったため解析が追いつかず……」

 

 奴がこのまま大人しくしているとは思えない。去り際に残していった言葉。

 

『運命は変えられない』

 

 何故、あんな事を言ったのか。我々が失った命を戻そうとしていることがバレているとでも言うのか。一体何を見て、自分たちがここにいるという事が分かったと言うのか。

 いつ襲いくるかも分からない脅威に、その場の空気は固まってしまった。

 

「何はともあれ、ここまでの被害を出されてこちらも黙っている訳には行きません。もしまた彼がここにやってくると言うのなら、全力で叩き潰してやりましょう。司令の仇はこの神無月恭平が必ず取って見せますよ!」

 

 やたらと張り切っている神無月を無視してソーは考える。

 

「残りのストーンは3つだ。どれくらいで見つけられると思う?」

「うーん、この星にいるのなら私が協力すれば見つけるのは簡単だと思う。大人しく付いてきてくれるかは前も言ったように微妙なところなんだけど……」

「分かった。お前の力を借りられるよう琴里に頼んでみよう。後はアベンジャーズがこちらに来られるかどうかだな」

 

 その時、艦橋の扉が開かれ先程向こうの世界に置き去りにしてきたマイとリアが走ってやって来る。

 

「ちょっと、ちょっとー、私を置いて先に戻るとは酷いことしてくれるじゃないかー」

「静かにしなさい。また何か事情かあったんでしょ?」

 

 騒ぎ立てるマイを静かにさせ、何があったのかをリアは聞き出す。

 

「成る程、余り悠長なこともしてられ無さそうね」

「コトリンは大丈夫なの?」

 

 この世界で起きた惨状を知った2人の表情が暗くなる。

 

「だが何故奴が現れた? ダンヴァースとか言う女が潰したと聞いたぞ」

「もしあれが異なる時間を生きるサノスだったとしたら……」

「どういうことだ?」

 

 ステラの呟いた言葉にリアは思い当たる節があるのか、映像を再び見始めた。

 

「そこ! ストップ!」

 

 一時停止をかけた所は、丁度サノスが琴里に向かってストーンの力を行使した所である。彼の左腕には金色のガントレットが嵌められており、そこには5つの石が光輝いている。

 

「あいつ、もう5つも集めたってこと?」

 

 マイは光石を確認して驚いたような声を上げた。赤、青、黄、緑、紫。それぞれの石は彼の手中へと渡り、この世界に脅威をもたらした。

 

「どうやらソウルストーンだけは見つけていないようだな」

「でもこの調子だと時間の問題でしょうね」

 

 幸いなことにソウルストーンだけはまだ見つかっていないのか、奴の手に渡ったのは5つで済んでいる。もし6つの石が渡ってしまえば、この世界はとうに滅んでいただろう。

 

「奴がソウルストーンを見つける前に叩き潰す」

「でも何処にいるかも分からないよ?」

「こっちはこっちの準備を進めればいい。まずは残りの3つのストーンを見つける」

 

 ソーは立ち上がると艦橋を出ていった。後には三姉妹が残されている。

 

「マイ、後で十香ちゃんと琴里ちゃんを診てくれる? 大分酷くやられたみたいだからさ」

「まあ、初見であれはきついかもねー。アゴしわの大男だもん」

 

 ステラのお願いをマイは快く承諾すると早速様子を見に2人の元へと向かってくれた。

 

「それで、あんたはどうするの」

「私からも琴里ちゃんにお願いして他の3人の捜索にある程度協力出来る様にしてもらわないと」

「そう。私は……特に出来そうな事がないのよね」

 

 自分だけ何も出来ることがないと落胆するリア。これから忙しくなるというのに、自分だけのんのんと生きている訳にもいかない。こういう所で変に真面目なリアは少し落ち込んでいた。

 

「じゃあリアは一旦向こうへ戻ってスタークさんたちに報告してきたくれる?」

「分かったわ」

 

 各自、自分のやるべき事を見つけ行動を開始する。サノスがソウルストーンを見つける前に、対策を立てるため。

 

 

 

 

 

 真っ白なベッドの上で十香が寝息を立てている。彼女は突然現れた脅威にも、果敢に立ち向かってくれた。

 闇色の髪を撫でてやると気持ちが良いのか彼女の頬が緩む。

 

「ありがとな」

 

 そう言って、士道はベッドに上半身を預ける。

 今日は色々な事があり過ぎて、知らぬ間に疲れが溜まってしまったようだ。精霊はまだこの世界にいるのだろうし、何より自分の妹がそうであったことに驚きを禁じ得なかった。おまけに別の世界からの新たな脅威が現れた。

 もう何処にいようと安全な場所などありはしないのだろう。だが士道にはやるべき事がある。目の前で眠る十香もそうだし、不安定になっている琴里のことも考えてやらないといけない。

 

「何か眠いな……このまま寝るか。おやすみ」

 

 士道は十香のそばで眠りにつく。

 その様子を部屋の扉を開けて元気に入ろうとしていた所で目撃したマイはそっと部屋を後にした。

 

「邪魔しちゃ悪いしねー。先にコトリンの所行こっと」

 

 なんだかんだで気の利く彼女である。普段の余計な行動が無ければリアにしばかれることも無いのだろう。彼女は止める気配が一向に無いが。

 廊下をスキップしながら進み、琴里がいると言われた部屋へとやってくる。

 

「な、なんじゃこりゃ!」

 

 それもそうだろう。彼女の前には部屋というより危険物収容の巨大な金属の箱があるのだから。

 

「やあマイ。琴里に会いに来たのかい? だったらもう少し待って欲しいのだが」

「コトリンはどうかしたの? 何でこんな所に?」

「それは会ってみれば分かると思うよ。特に君ならね」

「?」

 

 令音の言っていることがイマイチ掴めない。だが少し待って欲しいと言われているということは、何か準備でもするのだろう。

 

 しばらくして入っても良いといわれたマイは重い金属の扉を開けて中に入った。

 

「何だ。中は案外普通、というか可愛らしい部屋じゃん。コトリンの趣味がよく分かっちゃったりして?」

「私の趣味で悪かったわね」

 

 声のした方を見ると、ベッドの上で枕を抱えて横になっている琴里がいた。

 

「デカブツに結構酷い目に遭わされたって聞いてたけど、案外元気そうじゃん。ん? ふむふむ、おー、そっかそっか、コトリンは禁断の愛とかそういう系なのね」

 

 何を読み取ったのか1人で納得し始めたマイに琴里は嫌な予感が止まらない。

 

「ちょっと! あなた今何をしたの⁉︎」

「い、いやー、コトリンはお兄ちゃん大好きっ娘なんだなぁって思って。しかもloveの方で。まさかここまでとは……」

「よし、潰す。その記憶、忘れさせてあげるわ」

 

 ガバッと勢いよくベッドから起き上がった琴里はマイに襲い掛かる。

 

「な、何でさ! 別にシドー君のことが大好きでも何も問題なんて無いじゃないか! 何だったら私が伝えてあげても……」

「絶対にさせないわ!」

「うぎゃっ⁉︎ い、痛い」

 

 頭に拳骨が降ってきたマイは涙目でその場に蹲る。

 

「はあ、はあ、全く、油断も隙もあったもんじゃ無いわ。……うっ⁉︎」

「コトリン?」

 

 急に苦しそうな表情になったかと思うと無表情で俯く琴里。先程までの勢いは感じられず、ただ無を醸し出している。

 そして呻き出したかと思うと全身が震え始めた。まるで何かに取り憑かれたかのような豹変ぶりにマイは戦慄する。

 その状態に危険を察したマイは右手に黄金の光を集めるとそれを琴里の頭に目掛けて打ち込んだ。

 

 その場で糸が切れたかのように崩れ落ちる琴里。

 マイはそれを受け止めるとそっとベッドの上まで運んでやった。精神に干渉すると一旦落ち着いたことが確認できる。

 

「今は辛いかもしれないけど。必ず、楽にさせてあげるから」

 

 せめて彼女の目が覚めるまではそばにいてやろうと、マイは椅子に腰掛けると、紙に情報を書き並べる作業を始めた。その内やってくる、琴里と、彼女の中にいる何かとの戦いにそなえて。



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