疾風に想いを乗せて (イベリ)
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番外
グランド・デイ『イブ』


祝!お気に入り登録1000人記念!

本当にありがとうございます…正直なところここまで早く1000人超えると思ってなかったので驚きの連続です。評価も高くしてもらっていますし…本当に感謝でいっぱいです。これからも、この作品をよろしくお願いします…!

ということで、アンケートで取りましたグランドデイをお話として展開していこうかな、と思います。イブはそれほど長くやりません。このお話で終わって、グランドデイ本編に入ります。

では、どうぞ

本編はこの話の投稿後に59階層編に話が行きます。


────それは少し昔の物語。

 

 

それは、最も新しい、偉大な伝説。

 

 

────古の時代、地の底より現れし獣が、この地を滅ぼした。その体躯、夜のごとく。その叫び、嵐のごとく。大地は割れ、海は哭き、空は壊れゆく

 

漆黒の風を引き連れし、絶望よ。なんと恐ろしい、禍々しき巨獣よ。訪るはとこしえの闇。救いを求める声も、星無き夜に溺れてきえる

 

そして、約束の地よりも、二つの柱が立ち上がる。光輝の腕輪をはめし雄々しき男神。白き衣をまといし美しき女神

 

雷霆(ひかり)(とき)が満ち、女王の歌が響く。立ち向かうは、導かれし神の軍勢。見るがいい。光輝の腕輪()が闇を弾き、白き衣が夜を洗う

 

眷属の(つるぎ)が突き立った時、黒き巨獣は灰へと朽ちた。

 

漆黒は払われ、世界は光を取り戻す。

 

嗚呼、オラリオ。約束の地よ。星を育みし英雄の都よ。我らの剣が悲願のひとつを打ち砕いた。

 

 

嗚呼、神々よ。忘れまい、永久に刻もう。その二柱の名を────

 

 

 

「────動きにくい…」

 

「我慢してくれよ、ベル。面倒だろうけど、これもいずれ必ずすることになる仕事さ。今のうちになれてくれ。」

 

「…フィンが言うなら…」

 

コロシアムの控え室。ベルは、いつもの装備ではなく、堅苦しくて小綺麗な鎧を身に纏っていた。

 

今日はなんだかとてつもない大きなお祭りの前夜祭があるらしい。前日、ダンジョンに久々に行こうと思ったら、人でごったがえす道を見て回れ右。行く気を完全になくした。

 

そうしていつも通り、中庭で日向ぼっこをしていると、少し困った顔をしたフィンに声をかけられた次の日、言われるがまま着いてきたら、こんな装備までさせられて、挙句の果てに芝居まがいの戦闘劇をさせられるという。なんとも運のない展開になった。

 

しかし、悪い事ばかりではない。

 

前日にたまたまリューに遭遇。この事を伝えると、横から入ってきたシルが絶対に見に行かせると約束をしてくれた。まぁつまり、リューにいい所を見せる機会(チャンス)なのだ。

 

すると、控え室にいた全員に声がかかった。その声の主を見て、ベルはギョッとした。このオラリオに来て、恐らく初めてギョッとした。

 

「いいか!台本は厳守だからな!くれぐれも本気で戦うんじゃないぞ!大使の連中も来ている。」

 

ダプダプの顎肉とダルダルの腹の脂肪を揺らす、オークのような小さな男。耳が尖っている事で、辛うじてエルフであることが分かる。思わず、隣のアスフィに尋ねてしまった。

 

「…エルフって、あんなに太れるの…?」

 

「ぶふっ…!で、出来るみたいですね…クラネルさん、貴方は素直過ぎて辛辣なんですね。あれはギルド長のロイマンです。エルフ界隈では、とても嫌われ者らしいですが…」

 

「そこ!話を聞いているのか!?熱くなるなよ!特にベル・クラネル!貴様は前科があるんだからな!!」

 

「は〜い」なんて、間の抜けた返事をするくらいには、ベルは驚いていた。自分の周りにいるエルフは男女問わずスレンダーと言うかスリムだから、エルフはそういうものだと思いこんでいた。

 

世界は広いんだなぁ、なんて思ったベルは、尚も注意し続けるロイマンを驚愕の目で見ていた。

 

「…んー、僕らは台本通りで構わないけど…他の面子がねぇ…?」

 

「えぇ…問題なのは私達よりも…」

 

そんな時に、背後にいた銀狼────ベートの殺気が膨れ上がった。その殺気は、この場にいる最高戦力に向けられている。

 

「………今日こそ、ぶっ殺してやるからな…猪野郎…!」

 

「まだ…青い。」

 

立ちはだかる猪人(ボアズ)の武人。名をオッタル。あのこともあり、世俗に疎いベルでも、ただ強い男である事だけを知っている。因みに、名前なんか知らない。呼び方はあの時からずっと【決闘おじさん】だ。

 

しかし、ベートをしてさえ青いと言ってのけるこの男に、少しだけ興味があった。

 

「てめぇはそれしか言えねぇのか。前の借りは…絶対に返してやる。それとジジィ!てめぇもここで蹴り潰してやる!」

 

「あぁ?…まったく…誰彼構わず喧嘩を売りおって。仕方の無いやつじゃ。」

 

「何を笑っている!仲良くせんか!」

 

噛み付くように吠えるベートは、ガレスにすらその牙を向けるつもりらしい。ガレスは変わらず好戦的な笑みを浮かべるのみである。

 

なんてコントを見ていると、べルは異様に静かなアイズを見つけた。

 

「…アイズ…なにしてるの?」

 

「…戦闘前の…精神統一。」

 

「…ねぇ、これお芝居…だよね?精神統一なんて…いるかな?」

 

「戦う時は、いつだって真剣に…だよ?」

 

「…そっか…なら、僕もやる。」

 

「おい、ベル…真似しなくていい。真似しなくていいから…」

 

この場に存在する数少ない常識人のシャクティが呆れながらベルを引っ付かみ、ちょっとした小言を言い始める。

 

「まったく…嫌に静かだと思ったら…嵐の前の静けさ…と言うやつか。」

 

「いや、アイズはいつもあんな感じだと思うけど。」

 

「…そうだな、もうアイツらはいいから…お前は本気を出すなよ?」

 

「彼女の言うとおり…あの魔法は使わないでくれよ、ベル。下手したら演者を殺しかねない。」

 

「…わかってるよ。流石に危ないのは知ってる…」

 

自分の事をなんだと思っているんだ。と、少しむくれながら、そっぽを向いた。

 

 

 

薄緑の髪を揺らし、着慣れない女性らしい服を着て、これまたなれないヒールを履いて、エルフは運良く空いていた1番前の席に着いた。

 

「…なぜ、このような格好を…しかし、シルに言われては…ベルにも来ると言ってしまいましたし…」

 

未だにウンウンと悩むエルフは、ただその時が来るのを待っているしか無かった。

 

リューは、ベルに見に来て欲しいと言われ、最初は仕事があるからと断ろうとした。が、横から入ってきたシルに絶対に行かせる。と言われてしまい、行かない訳には行かなくなった。いや、本当は行きたいし、無理を押してでも見に行く気ではあった。ただ、シルがこんなにもノリノリに着飾らせるのが予想外と言うだけで。

 

なぜ、直接会えるでも無しの今日に、こんな着飾らなければならないのか。

 

(…これでは会える日ならば着飾る気満々のようでは無いですか…)

 

少し紅潮する頬を押さえつけて、咳払いを1つ。

 

溜まった息を吐いた時に、選手入場のアナウンスが流れ、次々と著名な冒険者が門から出てきた。

 

「あっ…ベル…」

 

入場した選手の中に、一際目立つ真っ白な影が現れる。相変わらず仏頂面だが、どこか愛嬌のある顔立ちで、周りをキョロキョロ、客席をキョロキョロと見回し、リューと目が合う。すると、ベルは無表情のまま、パッ!と雰囲気だけが明るくなり、遠慮がちに、恥ずかしそうに手を振った。

 

そんな珍しい様子に、リューはクスッと笑ってから、微笑みと共に少しぎこちなく手を振った。

 

数秒手を振り合っていると、ベートがドスドスと歩いてきてベルの首根っこを掴み、ズルズルと引き摺って行った。

しょぼんとした顔が遠ざかって、最後には少し微笑んだ。

 

そして、芝居が始まった。

 

実際の力を知っている身としては、やはり手を抜いている────いや、手を抜かされている印象が強かった。しかし、やはり恩恵も持たない、また、恩恵を持ったばかりや、下級の冒険者にとっては凄いものなのだろう。

 

そうして、退屈そうにアスフィと斬り結ぶベルを見て、クスリと笑いを零した。しかし、笑っていたのも本当に最初だけだった。

 

「…やはり、貴方は戦闘に特化していますね、24階層を思い出します。同じレベルでは、もう勝ち目がありません。この間の件もあって…巷では『オラリオ最速』とまで言われていますが…実際のところはどうなのですか?」

 

「んー…魔法使えば…かな?魔法使ったアイズより速かったから。」

 

ベルと軽く組手をするアスフィは、手加減されている事実に、ホッと安心した。真っ先にベルに相手を頼んでよかったと。優しいベルは、自分よりも弱いものに手を上げることは無いのだ。プライドなんかは傷つかない。アスフィにとっては、疲れ無いということが最優先であるから。

 

「…でも、そっちはいっぱい武器あって面白そう。何があるの?」

 

「興味がおありですか?では────すこし見せてあげます!」

 

アスフィは懐から、赤い液体が入った瓶を取り出し、ベルに投げつける。ベルは、それを避けることもせずに斬りつける。すると、大爆発が巻き起こり、爆煙がベルを取り巻いた。

 

「────どうです?奇襲にはもってこいでしょう。」

 

爆煙に向かって声をかけると、立ち上っていた爆煙が切り裂かれ、一気に晴れる。中からは傷一つないベルが驚いた様子で立っていた。

 

「本当、おどろいた。リューが言う『万能者(ペルセウス)』っていう意味がわかった気がする。」

 

「そうでしょう。もっと褒めてください。最近純粋に褒められることなんてなかったので結構嬉しいですよ。」

 

「本当に凄い…僕なんて、斬る、撃つ、纏うしか出来ないし…それ欲しい。」

 

「それが強すぎるから貴方には必要ないでしょうに…」

 

「芸術は、爆発なんだって。」

 

「恐らくそれは間違っています…」

 

目を輝かせるベルに、少し呆れながら、アスフィは今までにないくらい楽な仕事をこなし、この行事が初めて楽しいと思えた。

 

 

 

が、その楽しさはすぐに崩れることになった。

 

 

 

「────ッ!アスフィ、これ…本当にお芝居なんだよね?」

 

「へっ?……ま、まさか!!」

 

アスフィが背後を振り返る。

 

「うおぉぉぉぉっ!!!」

 

「…甘い」

 

ベートとオッタルが全力で戦っていた。アスフィはその様子を見て一気に沸騰。フィンにズカズカと近づいて文句を言いに行った。

 

「『勇者(ブレイバー)』…これはどういうことですか…!」

 

「ベートが煽ってオッタルがそれを買って、そこにアイズが乱入…結局、いつも通りというわけだ。」

 

「それを止めるために貴方が居るのでしょう…!あぁ…猛者が本気になっています…誰が止めるのですか…!」

 

なんだか少し苛つき気味のアスフィをよそに、ベルはその隣でその戦いを見ていた。

 

「うーん…ベル。」

 

「なに?僕たちであれ止めるの?」

 

「あぁ、だがオッタルは君単独で(・・・・)止めてくれ。」

 

「流石にそれはキツすぎやせんか?」

 

「逆に、単騎戦闘で本気のオッタルと張れるのはこの場にはベルしかいないんだよねぇ…」

 

フィンはがその指令はガレスでさえも顔をしかめるもので、ベルも非常に嫌そうな顔をする。

 

「…流石に全力じゃなきゃ無理だけど。会場壊れるよ、確実に。」

 

「構わない、君の全力を他の派閥に見せるいい機会だ。僕が責任を持とう。」

 

それを聞いて、一拍置いたベルは溜まった息を吐き出して背中の黒刀の柄を掴んだ。

 

「…了解、アイズとベートはそっちに任せる。」

 

「任せてくれ。」

 

「…手は、出さないほうが良いと思う。アスフィ、近寄らないでね。」

 

「わかっています。好き好んであんな激戦区に行きたくはありませんし。」

 

「ん」

 

その言葉を置き去りに、ベルの姿が掻き消える。

直後。中心で戦っていた三人がバラバラの位置に吹き飛ばされ、オッタルのみが大剣を地面に突き立てその衝撃を逃し、体勢を立て直す。壁に激突したベートとアイズも、すぐに体勢を整え、ベルの元に向かった。

 

「…ベル・クラネルか…」

 

「不意打ちたァいい度胸じゃねぇか…!これだから辞められねぇ…!なぁ!!ベルッッ!」

 

「…速いね…やっぱり私よりも速い…でも、負けない…!」

 

3人に囲まれたベルは、しかして視線をオッタルに釘付けた。その様に気づき、ベートは激昴。襲いかかるもそれは金色の槍撃によって遮られた。

 

「…てめぇが相手になってくれんのか?フィンよォ!?」

 

「その通りさ。君たちは少し頭を冷やしてもらうよっ!」

 

槍で高速の蹴りを捌き続ける金色の貴公子。堕ちた種族の希望になるべく立ち上がった、たった1人の『勇者』。

 

フィン・ディムナ

 

甘いマスクにいつもの余裕を浮かべて、親指をペロリと舐める。

 

「…ガレス…」

 

「ガッハッハッ!まぁ今の所は儂で我慢せい。その代わり、儂も────大人は捨てるとするかのぉ。」

 

「…っ!」

 

アイズに対峙するのは、ロキ・ファミリア幹部。ドワーフの男。無精髭を蓄えた、無骨、しかして陽気に、戦闘を愛する男が憧れる漢。筋骨隆々な体に力を込めて、更に隆起させる。

 

ガレス・ランドロック。

 

ゾクゾクっと背筋に走る鳥肌。震える体。しかしてそれは、恐怖から来るものでは無い。

 

強者との逢瀬(戦闘)に期待する『武者震い』。

 

ヤレヤレと首を振ったガレスは、自身の戦斧を肩にかついだ。

 

 

「…貴様も、力を試したくなったか。」

 

「僕をあんな戦闘狂達と一緒にしないで。やりたきゃ勝手にやってればいい。ただ、見に来てる人にも被害を出すのはダメだ。一般の人もいる。大人なら、わかると思うけど。おじさん。」

 

この2人を囲む空間だけが、死んでいた。

 

ただ2人は向き合っているだけ。それだけなのに、異常な緊張を孕んだ雰囲気に、観客は呼吸すら忘れるほどに押さえつけられていた。

 

「くだらん詭弁だ。」

 

「子供みたいな我儘言わないで。」

 

同時に、激突した。両者の大剣が激しい悲鳴を嘶かせ、突風を巻き起こす。

 

「フッ!」

 

「フンッ!」

 

黒刀から火花が弾け、剣が放つ鈍い光が交わされる。

 

「貴様は、戦いに高揚することは無いのか。」

 

鍔迫り合いのさなかに掛けられる言葉は、武人としての純粋な疑問。冒険者としての、素朴な疑問。

 

「…僕にとって、戦いはただの作業だ。目的を達成するための過程でしかない。」

 

「……」

 

出された答えはNO。

ベルの中にある戦いとは、ただ目的を達成するための過程でしかない。そこで得た経験や心構えは勿論の事、強くなろうと言う意欲も、遠征前に再び燃え上がった。しかし、そこにあった強者、所謂敵との衝突自体に高揚を感じた事など微塵もない。戦いなど、無い方がいいのだ。

 

繰り返される剣戟。ベルの瞳が紅く輝く。

 

「────でも、何かを守るためなら…何も失わないためなら、僕は戦いを厭わない。」

 

「…」

 

「僕は…もう、何も手離したくない…誰も、失いたくないから。」

 

振り下ろしからの横回転斬りを、オッタルは当たり前のように交し、この男には珍しく口元を歪め、笑った。

 

「面白い…ならば、貴様の闘志に理由()をつけてやろう。」

 

「…なに…?」

 

大剣を地面に突き刺したオッタルは、ベルの目を射抜く。

 

 

 

 

 

「貴様が強くなるきっかけを…ここで本気を出さねば、あそこのエルフを吹き飛ばす。」

 

 

オッタルが剣を向けた先には、リューがいた。

 

 

「────」

 

 

瞬間、空気が沸騰した。否、大気が燃えた。

 

「ッ!」

 

先程迄の雰囲気は焼け焦げ、目の前からかき消えたベルが放った一撃が、オッタルを後退させる。

 

「…安い挑発だ…けど、乗ってやる────ぶっ飛ばす。」

 

会場全体を震わせるほどの闘気。ベルの攻撃を防いだオッタルは、未だ少し痺れる両の手を握りしめ、好戦的な笑みを小さく零した。

 

「ククッ…あの時以来だ…貴様の痺れるような闘気…内に秘められた潜在的な本能…不完全燃焼で終わった戦いの再演だ…!」

 

「【迅雷(ブロンテ)】」

 

黒い雷が迸り、響く歌。それを耳にして、フィンが頭を抱えた。

 

「…オッタルめ、やってくれたな…」

 

「ハッ!おいフィン!てめぇはいつまで仮面なんざ被ってやがる!」

 

今も尚続く蹴りの土砂降りの中に、ベートは諭すように叫ぶ。それは、強さを最も重んじるベートだからこその言葉。

 

「ここはもう戦場だ、ベル達(アイツら)の方が遥かに正しいぜ!俺もてめぇも────『冒険者』だろうが!」

 

訪れる沈黙を皮切りに、フィンは大きな溜息を零す。

 

「…やれやれ。好き勝手言ってくれるね。同じ派閥幹部として、失望してしまうよ。…でも、最もに失望するのは、君に乗せられてしまう僕自身にかな?」

 

「────ハッ!」

 

全力の突きがベートを襲い、尽くを破壊せんと空気を突き破る。

そして、左手の親指を額に突きつける。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て────】」

 

「本気で来やがれッッ!フィン!!!」

 

「【ヘル・フィネガス】!!!」

 

大人を捨て、冒険者として、荒れ狂う激情を発露する。

フィンの切札。その効果は戦闘意欲の高揚。そして、能力の大幅アップ。その代償として、正常な思考を失う。しかし、この場に理性など必要は無い。ただ、力と技を駆使し、敵を殲滅するのみだ。

 

「ウオォォォォォォォッッ!!!」

 

「オォォォラァァァァア!!!!」

 

「………」

 

激突する銀狼と狂戦士を他所に、未だに難しい顔をした少女が1人。アイズは、ガレス相手に全力を出せずにいた。

 

「…アイズ。お主、儂を舐めとるのか。」

 

「っ!?」

 

巨大な戦斧がアイズを襲い、数メートル吹き飛ばされる。壁に激突するギリギリのところで体勢を整え、再び突撃。しかし、ガレスはその刃にすら怒りで返した。

 

「何を迷っとるか小娘風情が!!」

 

「ぐうっ!?」

 

「お主程度の攻撃で、儂が傷つくとでも思っておるのか!?だったらそれ以上の侮辱はないわッ!────アイズ・ヴァレンシュタイン!!お前の(想い)はその程度かッッッ!!」

 

その怒りが、その叫びが、アイズの闘志に火を灯した。

 

 

 

 

 

「────ッ【目覚めよ(テンペスト)】ッッ!!」

 

 

 

 

 

ガレスなりの叱咤激励は、アイズの心を動かした。

 

傷つけるから全力を出さない?

 

否、それは侮辱。それは傲慢。

目の前に立つ(おとこ)は、都市最強の一角。己よりも精錬された武を持っているのだ。なればこそ、全力で行かずしてどうするのだ。

 

風を纏ったアイズは、剣を構える。向き合う2人は、いつかの対峙を思い出した。

 

「…行くよ、ガレス。」

 

「童が…一丁前になったもんじゃ…これだから熱き戦いは止められん!!」

 

 

激しい戦いが巻き起こる中、一際激しく、観客が盛り上がっているのが、やはりベルとオッタルの戦いであった。

 

恩恵を持たない一般人や、下級の冒険者では至る所で衝撃波が巻き起こるだけで、何が何だか分からない状況になっている。

 

身の丈程もある大剣を自在に扱い、観客にはほとんど見えていないであろう高速移動で無尽に動き回るベル。しかし、それはオッタルに尽く届かない。素の脚力だけで【都市最速】と謳われるようになったベルでも、越えられない壁は存在する。

 

「…おかしな奴だ。迷いが強くなればなる程に、貴様は強くなる。普通の人間とは真逆の男だ。初めに見た時の激しい炎は未だに燃え上がっているというのに…どこか静謐さを秘めている。つくづく、貴様という男は面白い。」

 

「…わかった風に言うな…!」

 

「わかった風に言っているつもりは無いが、刃を交えれば自ずと感情やその者の起源は読み取れる。────悲しみ…いや、これは『復讐』か。」

 

「…… 」

 

黙ったまま、ベルは更にスピードを上げ、大剣を衝突させる。

 

「しかし、やはり迷いが大き過ぎる。」

 

「…まだ分からない…自分がどうしたいのか…どうすべきなのか。でも…僕は、一緒がいい…そう、思った。」

 

オッタルの縦振りを最低限の動きで躱し、小さい体でオッタルの懐に潜り込み、蹴りの連打を放つ。しかし、それもオッタルの空いた手で足を捕まれ、そのまま投げ飛ばされる。が、瞬時に雷の翼を具現化させ飛翔。そのまま空中からオッタルに斬りかかり、魔法を連射しながら果敢に攻める。

 

「若いな。────だが、それでいい。」

 

「え…?」

 

意外な言葉に、ベルは向き合ったままポカンとする。

 

「お前は些か考えすぎだ。冒険者ならば…人であるなら(・・・・・・)ば、心のままに、自由に選べ。お前にはその資格がある。」

 

その言葉は、重かった。現時点での【最強】はこの男で間違いはない。自分も、その領域に片足を突っ込んでいることは理解しているが、まだ届かない。しかし、だからこそこの男の言葉はベルに響いた。現時点でのアルケイデス(英雄)には、間違いなくこの男の方が近い。そんな男が、【人ならば自由であれ】と言った。ならば、少しだけ自由にしたって構わない筈だ。

 

ベルは、心配そうに観客席から眺めているリューを視界に収めて、静かに笑みを浮かべた。

 

「…そう言うなら、その言葉に甘えるとするよ。」

 

「…来い。」

 

 

 

 

 

「──────【英雄よ(テンペスト)】」

 

 

 

 

 

ベルの纏っていた黒雷に、純白の稲妻が混じり、ベルの毛髪が電気によって逆立つ。

 

「【人へと至れ(ハキュリス)】」

 

その雷、雷霆の如く。その雷霆(ひかり)、雷神が如く。空気を焼き、大気を揺らす程の轟音が響き、闘技場を、地を揺らし、観客の耳朶を叩く。

 

「────リュー!!」

 

「…ベル…?」

 

叫び、また再び視線が交わる。

 

それだけで良かった。

 

そして、紡がれる英雄の格言。人である故に、何にも縛られない。彼のように、英雄の様に。身勝手に、自分勝手に、傲慢に。戦いに没頭するのも、悪くは無い。そう思えた。

 

 

 

 

 

何故なら────

 

 

 

 

 

 

「────僕は、冒険者だ。」

 

 

 

 

 

 

白雷と黒雷を握ったベルは、笑っていた。

 

 

 

「リュー…!」

 

「ベル、お疲れ様です。」

 

闘技場の外にスラリと立っていたリューを見て、ベルはあたふたとしながら謝罪する。

 

「ご、ごめんね…こんな時間まで…その…つい夢中になって…」

 

「いえ、構いません。貴方が楽しそうで、私も嬉しかった。」

 

そう微笑んだリューを見て、ベルは顔を赤くして俯いた。

 

彼女は、たまにこういう顔をするから狡い。

 

「しかし…貴方の魔法はやはり出鱈目だ。強力すぎます。」

 

「…そうかな…?」

 

「最後の猛者への一撃だけで会場の至ることろにヒビ入れておいてよく言えますね…」

 

「あのおじさんの方が強かったけど…」

 

「お、おじ…貴方はやはり、大物になるのでしょうね…」

 

「…そうかな?」

 

そんな他愛ない会話を終えて、ベルはリューを送る為に隣に立ち並んで歩く。その間も、ずっとチラチラとリューを見ながら。

 

「どうしたました、ベル?…あぁ、この服ですか。」

 

「えっ…あ、うん…珍しいなって…お化粧も…してる?」

 

「シルに着ていけと無理やり…それもまた無理やり施されたものです。まったく、私のような女には似合わないというのに…」

 

「そ、そんなこと…ない…」

 

「…お世辞だとしても…嬉しいです…」

 

「お世辞じゃない…!ホントに…女の子らしくて…か、可愛いと思う…服も、似合ってる。」

 

「あ、貴方は何を…!?……あ、ありがとう…ございます…」

 

「……うん…」

 

2人の間にあった、ぎこちない距離が、ゆっくり、ゆっくりと縮まっていく。

最後には、二人の間に見えた夕焼けが消えた。その距離が、肩から伝う温もりが、どうにもくすぐったかった。

 

そして、豊饒の女主人に到着する直前の噴水前で、縁に腰を掛けながらほんの少し、名残惜しそうに雑談を交わしていた。

 

「…名残惜しいですが、そろそろ戻らないと…ミア母さんにドヤされてしまう。」

 

「あっ…うん、そうだよね…」

 

「それと…祭りの間は店に近寄らない方がいい…シルの提案でベヒーモス料理をしているのですが…その…じ、滋養強壮に良いだけの料理を無理やり食べさせられるかもしれない。」

 

「…滋養強壮にいいのは…いい事だよね?」

 

「あ…いえ、その…お腹の滋養強壮が良くなるといいますか…逆流すると言いますか…」

 

「…それ、本当にお店で売ってるもの…?と言うか、食べていいもの?」

 

「少なくとも、私は貴方に食べて欲しくはありません。」

 

珍しく顔を引き攣らせるリューを見て、余計に訳が分からなくなったベルは、そのまま豊饒の女主人の目の前に到着した。リューはベルに笑顔をみせて、ベルに別れを告げた。店の中に入ると何やらミアとアーニャ達が何やら言い争っていた。

 

「なんでニャ!なんでリューだけが明日もお休みなんだニャ!?ずるいニャ!えこひいきニャ!!」

 

「そーにゃそーにゃ!なんであのポンコツだけ休みなんだニャ!」

 

「クロエ、何がポンコツですか。」

 

「ニョワァァ!?リ、リュー!?いつ帰って来たニャ!?」

 

「今しがた帰った来ました…そんなことよりも…どういうことですか、ミア母さん…?」

 

なぜ自分に休みが連続で与えられたのか理解ができなかった。普通の飲食店であれば理解できる範囲の休みだが、なにせこの豊穣の女主人では、こんなことは許されたことが無い。しかしミアは、いつもの通りに暴君が如くその事実のみを伝える。

 

「どうしたもこうしたも、明日、あんたに休みを与えてやるだけさ。」

 

「それは…しかし…なぜ…?」

 

「何だい、アタシの決定に文句でもあんのかい?」

 

「い、いえ…ありません…」

 

この一言だけで、店員の全員が黙らされた。

リューは突如渡された休日の使いみちに悩んでいると、シルとルノアが後ろから耳元で囁いてきた。

 

「どうせだから…明日のお祭りはベルさんを誘ってみたらどう…?」

 

「そーそー…冒険者くんだってリューと一緒に居たいって言ってたじゃない?」

 

「シル、ルノア!?一体何を…」

 

否定しようとしたリューだったが、ベルと過ごす時間は好ましいものだし、いや逆に好きではあるし、さっき別れた時も、どこか寂しさを感じたのは確かだった。

 

…そう、これはベルが望んだことであり、自分自身も望んでいることだ。

 

そう言い聞かせたリューは、ミアに一礼してから、別れたベルを追った。

 

「手のかかるエルフだねぇ…」

 

「そんなこと言って、嬉しそうじゃないですか?ミアお母さん?」

 

ボヤくミアの横から、シルが誂うように口を出すが、いつも通りにミアは鼻で笑って一蹴した。

 

「ふん…坊主の母親に恩があるだけさ。さぁ、何ぼさっとしてんだい!明日が本番さ、さっさと準備をおし!」

 

そう零したミアは、店員の仕事を急かすように話をそらした。

 

「…貴女に似て…随分と不器用な子になっちまったようだよ…」

 

 

 

「ベルっ…!」

 

「…え、リュー?どうしたの…?」

 

カツカツとなれないヒールでベルの後を追いかけてきたリューに、少し嬉しそうな雰囲気を出したベル。

 

さぁ、彼を誘わなければ。

 

「あ、あの…私は…明日、休みを貰いました。貴方は、明日…その…何をしていますか…?」

 

「…そうなの?良かったね…えっと…なんもしてないかな…別に明日はフィンに呼び出されたりしてる訳でもないし…」

 

「で、では…あ、明日も…私と会って、くれませんか…?」

 

そう遠慮がちに言って、やはり恥ずかしかったから、ベルから目を逸らした。チラッとベルを見やると、ポカンとしている。

 

やはり、自分のような女が誘うのは烏滸がましかったか…そう思った時に、ベルが再起動した。

 

「────ハッ…!え、あ、えっと…ほんと…?」

 

「え?あ、はい…?」

 

ベルは事態を次第に飲み込み始めたのか、徐々に顔をだらしなく緩めた。

 

「…うん、うん…!絶対に行く!僕も、君に会いたい…」

 

ベルの返答にホッとしたリューは、待ち合わせ場所を決めながら、明日は何があるのかを思い出していた。

 

「えっと…じゃあ、明日は中央広場の噴水前に…10時…だね。」

 

「はい…そ、それでは私はこれで…」

 

そう言って踵を返した時

 

また明日(・・・・)…バイバイ…」

 

そのベルの言葉は、何だかずっと聞きたかった言葉だった気がして、リューは振り返って、いつもの様に…いや、いつも以上の笑顔をベルに送った。

 

 

 

 

「────はい…また明日(・・)

 

 

 

これは、2人が初めて交わした、明日の約束だった。

 

 

 

 

 

その夜、店では…

 

「────彼が『君に会いたい』と言ってくれたのです…ですから、その…明日もシルに…服や、化粧をお願いしたく…」

 

「うんうん、わかってるよー?でもさリュー。このお話もう6回目なんだけど?」

 

シルが、いつもとは違うリューの態度に、少し戸惑っていた。

 




ちょっとぶった切った感強かったですけど終わりです。

あと、気になっていた事なのでアンケートとりますね。それによって進行具合を変えていこうかなと思います。

では、また…


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NEW番外:違う世界

これは、もしものお話。

決して交わることの無い人間が。

何かの間違いで、次元を超えて出会ったら。

罪、思い出、全てを殺し、1人の少女の未来を救った英雄と。

少女の今までの軌跡を全てを拾い上げ、過去を救った、英雄の邂逅。

そんな、お話。



 

「ねぇ、リュー…気づいてる?」

 

「はい…なんだか、見られている…?」

 

2人仲良く手を繋ぎ、買い出しに出かけた今日。いつも散歩がてらこの道は通る。

 

いつもの町並み、知らぬはずは無いこの風景。けれどどこか、見慣れない。

 

いや、そう言うよりも自分たちが浮いているという方が正しいかもしれない。

 

向けられる好奇の視線は、信じられないものを見るようなそれで、いつも食材を買っている商店では「いつの間に…」なんて言葉も聞こえてきた。

 

「ねぇ、おじさん…なにか、あったの?」

 

「な、何かあったって…そりゃ、お前さんがよぉ…」

 

「…僕が、何?」

 

どこか言い淀むいつもの商店の親父さんは、本当に困惑したような顔でベルを見ていた。更に疑問符が浮かぶ中、ベルの鼻が見知った匂いを嗅ぎ分けた。

 

「…ベル、君?」

 

後ろから声をかけられれば、お節介なギルドの受付嬢。エイナ・チュールがそこにいた。彼女も、なんだか混乱した様子で、ベルに話しかけていた。

 

「エイナ…!久しぶり⋯元気だった?」

 

「ひ、久しぶり…?昨日もあった気がするけど…と、というか…そ、その、と、隣のエルフの方、は…?」

 

その言葉に、ベルはああ、と納得がいった。困惑した視線も、彼女にとってはそうだろう。なにせ、遠征以来ギルドには行っていないし、彼女にリューを紹介する機会なんてなかったのだから。

 

リューの手を握ったまま、ベルは微笑みながら紹介する。

 

「…紹介してなかったね。彼女は僕の妻、リューだ。リュー、彼女は…冒険者になった時から気にかけてくれてた人。」

 

「なるほど…私はリュー・クラネル。当時の彼は御しにくかったでしょう。貴方はとても根気のある方だ。」

 

そう付け加えて、リューは微笑む。エイナは、リューの左薬指に輝く指輪を見て、目眩がした。

 

「ちょっと、リュー…どういう事?」

 

「そのままの意味です。少し前まで貴方は擦れまくっていましたから。」

 

「…否定はしないけどさ。」

 

2人のやり取りに目をぱちくりさせたあとに、エイナは無意識に自己紹介をしていた。

 

「あ、これはご、御丁寧に…エイナ・チュールですクラネルさん……え?クラネル…つま?ツマ?妻!?け、けけけ、結婚してるってこと!?」

 

急に発狂したエイナに、ベルは少し後退りながら答える。

 

「な、なに?確かに少し早いかもしれないけど…」

 

「は、早いとかそれどころじゃないよ!?この間深層から担ぎ込まれてたから心配したと思ったらお嫁さんを見つけたって!?急すぎるでしょ!?」

 

「担ぎ込まれた…?」

 

「どういう事でしょうか…?」

 

「昨日まで…あんなに初心で女の人と目が合っただけでも顔を赤くするようなベル君が…嘘だ…嘘よぉ…」

 

昨日まで、少し手を触れただけで顔を真っ赤にするようなウブで可愛かったあの白兎が、知らぬ間に大人の階段を三段跳びで飛んで行った。しかも、妻まで連れて白昼堂々のショッピングときた。

 

ガックシ、という単語が似合う感じのエイナに、ベルとリューは再び首を傾げた。

 

「ベル…彼女の言葉…どこかおかしい。目が合った程度で貴方が照れますか?」

 

「なんでそれだけで照れるの?」

 

「…そうですね、貴方が照れているところは、とても珍しいだろう。私も、数回しか記憶にない。」

 

「…知らない…」

 

「ふふっ、許してください。普段貴方を揶揄う事などありませんから、興が乗ってしまいました。」

 

微笑むリューと、少し頬を染めるベル。このふたりが愛し合っていること。夫婦である事実を思い知らされたエイナ。

 

しかし、そこではたと気づいた。

 

「……あれ?いつものナイフは?その剣も…新しい武装?」

 

目に付いたベルの装備。それは、いつもの服ではなく、どこか大人びたカジュアルな服に、使い古されたような年季を感じる革のコート、腰に提げた見慣れない素人目でも分かる出来のいい剣。

どこか野性的な中に、男らしさを感じる。いつもの地味目なコーデとは、全く違った。

 

「ナイフ?武装にナイフなんて…使った事はあるけど…エイナが知ってるのは、大剣だと思うけど…?」

 

「た、大剣…ベル君が…?いっつも大事そうに持ってた黒いナイフだよ?」

 

「…いや、知らない。黒い大剣ではあったけど、ナイフは持ったことないよ。」

 

そこで、エイナは何かがおかしいと気づいた。

 

(今日のベル君…なんだか無気力?)

 

いつもは表情がコロコロ変わる彼の顔色は、今は凪いだ水面のように変化が少ない。それに、身長もなんだかいつもより高く感じるし、体格も知っているベルよりも随分とガッシリしている。それに目は片方閉じていて、この間の遠征での怪我かと思ったが、あまりにも自然だ。

 

「…ねぇ、ベル君。その右目はどうしたの?」

 

「ん…こっちは、開くと疲れるんだ。」

 

そう言って数秒開いて見せた翡翠の瞳。エイナのそれよりも鮮やかで、どこか神秘的な光を感じた。産まれ持った祝福(ギフト)であり、何かを証明するような鮮やかさを持っていた。

そこで漸く気づいた。

 

(この子…ベル君じゃない。)

 

ベルであるのに、知っているベルではない。直感的に感じ取ったエイナは、すぐさま現状を理解するために行動に移す。

 

「ごめんなさい。お2人とも、私についてきていただけますか?」

 

どうにも噛み合わない現状を、2人も気にしていたところだ。彼女について行けば、何かわかるかもしれない。

 

了承した2人は、エイナの後を辿った。

 

 

 

「────ここは…?」

 

しばらく歩いた後、ベル達は豪邸の前に立っていた。

 

「ここは、ヘスティア・ファミリアの拠点がある場所です。」

 

「ヘスティア様の…?いや、違うよ。ヘスティア様はもっと西の孤児院に居て…」

 

「直ぐに、わかると思います。」

 

玄関のチャイムを鳴らすと、パタパタと足音を鳴らし、金色の影が顔を出した。

 

「どちら様でしょうか?」

 

「突然すみません。私、クラネル氏のアドバイザーを務めています、エイナ・チュールです。」

 

「貴方がエイナ様ですか、私サンジョウノ・春姫と申します。」

 

「これはご丁寧に…それで、本題なのですが…クラネル氏はご在宅ですか?」

 

「いえ…そろそろ帰ってくると思うのですが…あぁ、ベル様!お客様が来ておりますよ。あっ、リュー様もいらっしゃったのですね。」

 

いたってフレンドリーに、知り合いであるように話しかけてくる狐人の少女。名を春姫というらしいが、ベルにもリューにも覚えはなかった。

 

「……確かに僕はベル・クラネルだ。けど……ごめん、君に見覚えが無いんだ。」

 

「私も…いや、確か…リリルカの戦争遊戯が終わってしばらくした後に…孤児院で何度か見かけたような…」

 

「────」

 

さっきのエイナのように絶句した少女は、うっすらと涙を浮かべながらプルプルと震え出した。まるで小動物のような挙動は、ベルの周囲に存在する誰にも当てはまらず、ベルもその場で困惑し始めた。

 

「ど、どうしようリュー…!ぼ、僕どうすれば…!」

 

「………私が言えたことではありませんが…他人とのコミュニケーションをもう少し、取らせるべきでしょうか。リヴェリア様と叔母様に少し相談しましょう…」

 

「クラネルさん、冷静に分析してないで助けてあげてください。」

 

ベルの周りにいる女子は、殆どが強者と分類される女傑ばかり。戦い続ける(アイズ)恋に狂ってる(ティオネ)全く関心がない(ティオナ)かもう自分に女としての価値は無いとやさぐれている(レフィーヤ)か、鉄の女(リヴェリア)のどれか。強いてあげるならエルフィやアリシア、リーネがまとも部門だが、幹部たちよりも関わりは薄い。逆にこれでまともなコミュニケーションを取れと言うのが無理な相談だ。

 

どこかのピンク髪のアドバイザーは、あれはあれでおかしいから割愛する。

 

「おいおい、なんだ玄関先で!客なら早くあげちまえ⋯あん?」

 

「ヴェルフ!」

 

「おぉ、ベル。帰ってきたか…っと、お前さん達もいたのか。まぁいい、茶でも飲んでけよ。」

 

入れるのは俺じゃねぇけどな、と快活に笑った後、少し固まってからヴェルフが口を開いた。

 

「……お前、ベル…だよな?」

 

「え、うん…そうだよ。」

 

そういったベルを無視するように、ヴェルフはベルの体にぺたぺたと触れてから、確信を持ったように尋ねた。

 

「……いや、違ぇ。お前…誰だ…?」

 

ヴェルフはベルの専属鍛冶師として、防具から武器全ての装備を整備している。そのため、ベルの足の大きさ、身長、肩幅など全ての数値を頭に入れている。

 

しかし、目の前のベルは知っているものよりも目測りでも身長が3センチは高い。それに、筋肉の付き方も大きく違う。しなやかで発展途上の印象だった彼の体は、無駄な筋肉を全て削ぎ落とした完璧な体をしている。

 

まるで、戦う為だけの体だ。

 

ヴェルフの言葉に、エイナはやはりと口を開く。

 

「やっぱり……彼は…別人という事ですか…?」

 

「いや、ベルだ。ベルってことは間違いねぇ。ただ…俺達が知ってるベルじゃねぇ…偽物…にしちゃ、変だ…だからいつまでも泣いてんじゃねぇぞ春姫。」

 

「うぅ…ベル様が…べるさまがぁ…」

 

「全然状況が飲み込めない…」

 

状況が未だに混沌とする中、運命は示し合わせたように邂逅の時をもたらした。

 

「ただいまー!リューさんを連れてきたんだ、お茶を────え?僕が、目の前に…え?」

 

「……どう、言うことですか…これは…!?」

 

目の前にいるベルよりも幾分か未熟な印象を受けるベルは、心底訳が分からないという具合にポカンとしている。それはリューも同様だった。

 

「……うそ、でしょ…僕が…!」

 

「ぼ、ぼぼぼ、僕が!?」

 

「わ、私が……」

 

「もう1人…!?」

 

 

ここに、違う道を進んだ4人が出会う。

 

 



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第一章
第1話:探す者


足音が反響する。

 

次の瞬間に、ズドンと重い音と、ビチャリと粘り気のある音が響いた。

 

「────99…」

 

地面にめり込んだ大剣を引き抜き、血を振り払って背中に納める。

ふぅ、と息弱々しくを吐いたのは、白髪赤目の、兎ような少年だった。

 

身の丈程の大剣を背に預けながら、洞窟の奥へと進む。

 

ここは、ダンジョン。地下深くに繋がる、道に溢れた未だ謎の多い場所。そこに、今日も潜り続ける少年がいた。

 

少年が今いる場所は6階層。苦手なアドバイザーに言われてここまで来ては行けないとされていたが、それを無視してこの場所に来ていた。

 

「…足りない…物足りない…────何だ…?」

 

洞窟の暗闇のその向こう、そこから何か重い物がこちらに近づいてくる音が聞こえる。地面が揺れるような音と共に、少年の目の前に現れた。

 

『────────ッ!!!』

 

「…うるさっ…でも、漸くまともに戦えそうだ。」

 

少年は、眼の前の角の生えた怪物に対しても無表情を貫き、淡々と大剣を引き抜く。

大剣を片手で遊ばせ、一気に怪物に突貫する。

 

「シッ!!!!」

 

怪物は何の事もなさそうに大剣を受け止め、弾き返し、余裕そうな笑みを浮かべてから、少年に大斧を振りかざし、少年に振り下ろす。

 

この少年と怪物では、数メドル程も差がある。普通、少年に受け止められる余地など無い。だが、少年は大剣を下から掬うように振り上げ、怪物の斧を弾く。その衝撃は、身体的な有利の有る怪物を仰け反らせる程のもの。

 

怪物は負けじと踏ん張り、再度大剣と斧を激突させる。少年はその威力に浮かされ、数メドル吹き飛ばされる。そんな少年を仕留めようと、腰を沈めて突進する。

少年は突進をひらりとかわした後に、軽いステップを踏みながら背後に周り、怪物の広い背中を深く二回切り刻む。

 

「──────────ッ!?」

 

背中に激痛が走り、怪物は喧ましい絶叫を響かせる。

 

困惑する怪物に追い打ちのように少年は接近。大剣を振るっているとは思えない程のスピードで、足の腱、手首の腱を大剣で絶ち、怪物の動きを止める。怪物は四肢の腱を断たれた事により、膝から崩れ落ち両手をダランと垂らしながら、荒い鼻息を漏らしていた。

 

「…君も…結局、この程度か。」

 

肉厚の片刃のクレイモアを突きつけながら、少年はつまらなそうに呟いた。

少年は、大剣を横に構え憐憫の眼差しと共に、謝罪する。

 

「─────ごめんね」

 

その言葉を境に、少年は怪物の胴体に大剣を突き刺し、胴体を切り進み顔を突き抜け、勢いのままに自身の背後に大剣を叩き落とす。

怪物は上半身を両断され、勢いよく血を吹き出し、少年に雨のように降りかかる。

 

血塗れた少年は、大剣についた血を振り払い、息を整えながら背中に大剣を収める。

 

「─────100…まだ、足りない。」

 

足りない、まだ足りない。そのココロとは裏腹に、少年の体力は既に限界。それもそのはずで、少年は既に15時間もダンジョンに潜っているのだ。

 

クラリと蹌踉めいた少年は、そのまま地面に倒れる─────ところを、何者かによって、支えられる。

 

「大丈夫…?」

 

「─────だれ…?」

 

「…アイズ…アイズ・ヴァレンシュタイン。君は…?」

 

少年は、疲れすぎてわからなかったが、恐らくは女であろう声を聞いて、反射的に答えようとする。

 

「僕は…─────」

 

しかし、疲れすぎた少年は、そのまま気絶した。

残された少女─────アイズは、その少年を背負ったまま自分の仲間たちのもとに帰っていく。

 

少年の名は知らない。しかし、装備からして、駆け出しなのは間違いない。なのに、Lv2にカテゴライズされる牛型のモンスター。ミノタウロスを切り伏せた。その事実は変わらない。

 

ただ、訪ねたかった。

 

 

どうして、君はそんなに強いの?

 

 

アイズは、ほんの少しだけ頬を緩ませながら、仲間のもとに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「で、あの子を拾ってきたのかい?」

 

「…うん、そう。」

 

「まったく…いや、でもあの子が死んでなくてよかった。どこのファミリアの子か、わからない…死んでしまっていたら、いくら自己責任と言えど、流石に寝覚めが悪い。良い判断だったよ、アイズ。」

 

眼の前にいるのは、金髪の子供。いや、小人族(パルゥム)の青年は、安心したように口を開いた。

 

その青年は、このファミリア───ロキ・ファミリアの団長、フィン・ディムナ。Lv6 のベテラン冒険者。

 

アイズは、地上に帰ってくるまで少年を離すことなく、空き部屋まで運んでいった。そのことについて、なにか言いたげな団員は数人居たが、自ファミリアの問題に巻き込んだことに若干の罪悪感もあったのか、何も言うことはなかった。

 

「彼は…目覚めなかったのかい?リヴェリア。」

 

「あぁ…どうやら相当に疲労が溜まっていた様だ。風呂にも入っていなかったし、生傷も到るところにあった。相当無茶をしたのだろう。」

 

そう語ったのは、エルフの王族(ハイエルフ)。リヴェリア・リヨス・アールヴ。Lv6の高位の魔法使い(マジックユーザー)

 

そのリヴェリアが、少年の様態を診察して、経過を報告していた。

 

「…ちょっと、会いに行ってくる。」

 

「おい、待て…行ってしまったか…しかし、珍しいことも有るのだな。あの子が他人に興味を示すなんて…」

 

「…運ばれた彼、なんでも駆け出しらしくてね…それも、装備を見た感じに過ぎないけれど…ミノタウロスを単独で撃破したらしい。」

 

「まさか…しかし、あの子が嘘を付くはずもないか…」

 

二人は、まさに娘を見守る親のような感覚でアイズのことを思った。

 

 

 

 

 

「……よし。戻ろう…」

 

部屋にて気がついた少年は、目を覚ましたと同時に装備を再びつけ直し、大剣を背負い部屋を出ようとしたところ。そんな時に、アイズが部屋に入ってきた。

 

ベルは、少しアイズに視線を送った後に気にせずに準備を始める。

アイズは、そんな少年をなんとも言えない表情で見つめ続ける。

 

「……なに?」

 

「…聞きたいことがあって…」

 

少年は耐えられなくなったのか、アイズに声をかけた。

少年は、アイズの問に無言で首を縦に振り、促す。

 

「…君は、どうしてそんなに強いの…?」

 

「…貴女にいわれたくない。僕より…いや、このオラリオでも一握りしか居ない化物だ。アイズ・ヴァレンシュタイン。戦闘狂いのサイコ女ってギルドで聞いた。そんな化物に、どうやって強さなんて教えるんだ。」

 

 

少年はそれだけ言うと、部屋から立ち去ろうとする。アイズが答えに不満を持って、少年を止めようとしたとき。

 

来訪者が現れる。

 

「おーう!運び込まれたんやってなぁ!調子はどうや?……っと、取り込み中だったんか?」

 

エセ関西弁の赤髪の女神、ロキ。このファミリアの主神だ。

その主神に、少年はぶっきらぼうに返す。

 

「別に、もう出るところだった。何か用?」

 

「いや、最近できた眷属が運び込まれた言うたら誰でも心配するわ!」

 

「…ごめん。迷惑かけた(・・・・・)。」

 

「……気にせんとき。大丈夫や。でもな?これから出ていくのは感心せんで?周りに迷惑かかる(・・・・・)んと違うか?」

 

ロキがそう言うと、少年は直ぐ様大剣と装備を外し、ソファーに座った。

 

「よし、ええ子やで。」

 

頭をおとなしく撫でられる、そうすると、二人の幹部が入ってくる。

 

「何だ、目を覚ましていたのかい?」

 

「おい、ロキ。他所の眷属にちょっかいを出すな。」

 

二人は、少年への行為を止めさせようとするが、ロキは『あっ』という顔をして、少年を紹介する。

 

「そう言えば…みんなが遠征行ってる時に拾ったんや。新しい眷属やで!ホレ、自己紹介や!」

 

そう言われて、少年は面倒臭そうに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロキ・ファミリア所属。ベル…ベル・クラネル。早速で悪いけど…強いエルフの冒険者を知らないか?」

 

 

 

 






感想よろしくおねがいします。


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第2話:探される者

「僕を貴女のファミリアに入れて欲しい。迷惑はかけない。」

 

突然、目の前に少年が現れた。

若干面食らいながらも、神威を隠して街をふらついていたロキを神と見抜いた事に感心した。

 

「ウチが神ってようわかったな。なんでわかったん?」

 

「不自然だった。」

 

「不自然?なにがや。」

 

「佇まい。その場の空気が張り詰めてるみたいに…なんだか普通の人じゃないと思った。あとは勘。」

 

この時、ロキは面白いと思った。こんな見抜き方をして、神でなかった時どうするつもりだったのか。そう訪ねると少年は

 

「神っぽい人に声をかけ続けるつもりだった。」

 

と、中々に面白いことを言う。ロキは既にこの少年を気に入っていた。さて、しかしこれだけの事では幾ら主神と言えど入団を勝手に決められる訳では無い。

 

「動機はなんや?ウチのファミリアに入りたい動機は?」

 

「ある、人物を探してる。それを探すにあたって、貴女のファミリアは情報を集められると思った。」

 

「ほぉ、なるほどなぁ。それでウチにな…」

 

嘘をついてる訳では無い。それはわかる。正直、この少年を入れてもいいと思えた。理由はわからないが、この少年は面白い何かを引き起こしてくれる予感があった。

 

「んで、目的としては何なん?」

 

少年は何も答えない。これを教えてもらわなければ、入れるに入れられない。

しかし、少年は何も語らずに、沈黙を貫いた。

 

「何や、やましい理由なんか?」

 

「…考え方による。」

 

「まぁ、考え方なんて人それぞれや。でも、何となくわかったで。復讐(・・)やな?」

 

ロキの眼は正確に射抜いていた。身近にそんな人物がいるからすぐにわかった。

ロキは一般論の様な考えをしてはいない。しかし、なぜ復讐する事になったのか。誰にするのか。

 

ロキは興味本位で訪ねる。

 

「誰に、なんで復讐するんや。」

 

「…ありがちなやつ。家族の仇討ち。誰にするのかは…知らない。でも、エルフなのは分かってる。」

 

なるほどなぁ…とロキは予想の斜め上を行く重さだった復讐に、若干顔をひきつらせる。だが、その瞳には優しさがあった。

 

 

迷惑はかけない(・・・・・・・)。それは約束する。寝る場所と…恩恵をくれれば、あとは勝手にやるし、貴女達のファミリアに迷惑はかけない。」

 

半ば、突き放して見放してくれと言わんばかりの言葉に、ロキは呆れのため息をこぼす。

しかし、恐らくヤケになるような子ではないと判断したロキは、少年の入団をこの時既に決心していた。

 

「わかった。恩恵刻んだる。でもや、条件付きで…な?」

 

それが、一週間前のこと。

 

 

「よっしゃあ!ダンジョン遠征ご苦労さん!それと、ベルの入団祝や!!今日は宴や!飲めぇ!!」

 

「「「「「乾っ杯ーーーー!」」」」」

 

ここは【豊穣の女主人】冒険者に人気の酒場。

 

ロキの合図でみんなが一斉にジョッキをガシャンっと叩き合う。

ベルは、そこの端の席にちょこんと座っていた。

 

正直なところ、早々に明日の準備をして眠りたかったのだが、ロキに行かないと迷惑がかかる(・・・・・・)と言われ、ただでご飯も食べれると言うので、お腹も減っていたベルはフラフラとついてきた。

 

だが、仲のいい団員がいるわけでもないベルは、淡々と食事をしながら、ボウっと団員たちを眺めていた。

 

「団長つぎます、どうぞ」

 

そう言って、ジョッキに酒を注ぐのはティオネ・ヒリュテ。アマゾネスで豊満な胸を持つ彼女もLv5の第一級冒険者。ベルが聞いたイメージは、暴走馬車。ギルドでお喋りなもうひとりのアドバイザーが語ったことだ。

 

「さっきから僕は尋常じゃないペースで酒を飲まされてるんだけど…酔い潰した後にどうするつもりだい?」

 

酒を延々と注がれるフィンは、顔をひきつらせながら苦い顔を続ける。

 

それを見ながら、ベルが肉に手をつけた時、目の前に影が落ちる。

 

「君がベル?私ティオナ!よろしくね!」

 

「改めて…よろしく…アイズ、だよ。」

 

「…よろしく。ティオナ…英雄譚が好きって聞いた。」

 

「おっ!君も好きなの?誰が好き?」

 

「昔、読んでた…アルケイデス。」

 

「おー!結構ハードなのが好きだね!」

 

「彼は最強だ。竜の力を御し、精霊の力をも己のものとした。正しく、彼は原書を名乗るにふさわしい英雄。」

 

「おー!読み込んでるね!」

 

元気な挨拶をしながらベルの隣に来たのは、ティオネの妹。ティオナ、そして、ベルからサイコ認定されたアイズの二人だ。ティオナは姉とは違い、活発な印象があり特に害のない人物という感想を、ベルは心の中で呟いた。

 

「ところでさー、なんでこんな端っこにいるの?半分主役なんだからもっと皆と一緒に居なよ!」

 

ご尤もだ。ベルもそう思ってはいる。しかし、あの円の中にはいるのだ。ベルの唯一恐怖する者達が。

 

「…あれ。あれがいるから嫌だ。」

 

ベルの指さした方向を見て、2人は首をかしげる。

 

「リヴェリア…?」

 

「…リヴェリア達?え?エルフ?エルフが嫌いなの?ウッソなんで!男の子には人気なはずなのに!」

 

「この世で一番嫌いで、一番怖いもの。」

 

「それって…どうして?」

 

その疑問が浮かんでくるのは当然のことで、ティオナが聞いたこともさして変ではない。

が聞いたこともさして変ではない。

だが、それが地雷であることを、二人はすぐに知った。

 

 

 

 

 

「──────村の皆を殺した種族を、どうして好きになるの?」

 

 

 

 

 

その一言で、さすがのティオナも察した。これは聞いてはいけない事だったのだ、と。

ベルの瞳は、憎悪と恐怖が混じったような感情が渦巻いていて、とてもティオナより年下の少年がする瞳ではなかった。

 

「あ、そ、そうなんだ…ごめんね…」

 

反射的に謝った。初めて会った時のアイズよりも明確な殺意が籠もっていて、荒んでいた頃のティオネよりも修羅に落ちていた。このままでは、この子は死ぬまでこのままだ。そう考えて、落ち込んだ。しかし、そんな二人を見て、ベルは意外にも少しだけ微笑んだ。

 

「…でも、無条件で嫌いなわけじゃない。いい人がいるのも知ってる。リヴェリアとかはその筆頭。ただ怖いだけ。他の種族は平気だから…仲良くしてくれると、嬉しいかな…ロキにも友達作れって言われたし…」

 

その言葉で、ティオナは表情をパッと明るくさせて、ベルの手を握りブンブンと縦に振りまくる。

 

「うん!仲良くしようね!!」

 

何だ、意外といい子じゃないか。そんなことをティオナが思っていると、ベルの前にズンズンと進んでくるエルフを視界に捉えた。

 

「そこの貴方!」

 

「……なに、エルフ。」

 

ほんの少し表情の柔らかかったベルの表情筋が急速に固くなり、無表情に固定される。何時もならこんな事思はないが、その時だけは『しまった』と思った。

 

ベルの目の前にいるエルフは、レフィーヤ・ウィリディス,Lv3の冒険者。リヴェリアの愛弟子と言う立ち位置のエルフである。という事を、ベルは聞いていた。しかし、ベルは全く興味が無さそうに目の前のエルフを…いや、それがいる空間を眺める。

 

「貴方、昨日アイズさんに担がれていた人ですよね。」

 

「…それが、なに。」

 

あまりにも表情の無いベルに、レフィーヤはほんの少しだけ恐怖を覚える。だが、負けじと子犬のように吠えた。

 

「ちょ、調子に乗らないでください!アイズさんとティオナさんは、私達みたいな下の人間が触れちゃいけないような人なんです!」

 

レフィーヤのその発言に、ベルはロキをほんの少し睨むが、ロキが首を横に振ったことで、ただこのエルフが騒いでいるだけだと気づく。

 

「…エルフ。お前の勝手な考えを僕に押し付けるな。それに、ここは身分差がないと聞いていたが?」

 

「なっ!?どういう意味ですか!!それに、私にはレフィーヤという名前があります!そ、それは暗黙の了解というやつです!」

 

「煩い。だからお前達はいろんな所から嫌われるんだ、閉鎖主義者共。お前のような偏った考えのエルフがいるから、嫌いになる。」

 

「貴方…!こうなったら「みっともねぇぞ。」

 

そこに、待ったをかけた人物が居た。それは、誰が予想しただろうか。

 

「ベートさん…?」

 

ウェアウルフの男。

ベート・ローガ。アイズやティオナと同じ第一級冒険者。棘のある言葉が目立ち、疎まれることもあるが実力者には違い無い。そんな彼が、口論を止めていた。普段ならどうでもいいと放置しているはずなのだが、この日だけは何故かベートは止めた。

 

「おい、兎野郎。」

 

「…何、ベート・ローガ。」

 

「テメェの目的は何だ。」

 

単純な疑問だったのか。尋ねるベートに、ベルは淡々と口にする。

 

「────────奴を殺す。命なんて惜しくない。それに、終わればどうせ死ぬ(・・・・・)。奴を殺せるくらいに、強くなる。僕の復讐は、それで────漸く終わる。」

 

狂気、憎悪、負の感情の全てが混じった様な瞳でベートの眼を見つめ返した。

そのベルを見て、ベートは口端を釣り上げるようにして笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────テメェは、それで良い。」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言ったベートは、ベルに背を向けて店を出ていった。

 

その場の全員が驚いた。

完全実力主義のベートが、他人を激励したのだ。そんな事は、今までアイズにしたくらいだろう。

 

全員が『あのベートが…』と思ったのは言うまでもない。

 

「僕は…間違ってないんだ…」

 

ベルは、ほんの少しだけ嬉しそうな顔をしてから、ロキに顔を向けた。

 

「…ロキ、もう帰っていい? 」

 

「なんや、もうお腹いっぱいになったんか?」

 

「美味しかったから、1人でまた来る。明日ダンジョンだから、帰る。」

 

「ちょい待ち、行くのはええけど1人は厳禁や!迷惑かかる(・・・・・)からな。誰か…」

 

「はいはーい!私行くよ!」

 

「OK!よろしくなぁ!」

 

「ありがと、ティオナ。」

 

また柔らかい表情になったベルに、ティオナは笑顔で返した。

 

ベルは、傍にあったクレイモアを片手で掴み背中に収め、店を出た。

 

 

その背中を見つめる1人の女がいた事に、ベルが気づくはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

これは、ある少女の過去。

家族を奪われ、復讐に燃え、正義を捨てた1人の冒険者の話だ。

 

復讐を執行した少女の唯一の罪。情報に踊らされ、無辜の民を手にかけたこと。その中にいた、白い少年の瞳を、5年経った今も、未だに覚えていた。

 

なぜ?どうしてこんな事をするの?なんで皆を殺したの?

 

少女は、自身が誤った情報に踊らされたことに気づき、酷く後悔し、懺悔した。

 

だが、

 

少女は縋るように手を伸ばす少年から逃げた。

自身の罪から逃れるように。

 

 

その罪が、5年を越して少女に重くのしかかった。

 

 

まさか、あの少年は。

 

 

最初はまさかと言う疑いがあった。給仕の際に、アマゾネスと少年の話を盗み聞き確信した。

 

あの少年だ。

 

彼は己の様に復讐に燃えている。

自分が、彼の人生を狂わしてしまった。

 

嗚呼なんと愚かなことをしてしまったのだろうか。事前調査もせずに、感情に任せて殺戮の限りを尽くした自分が、なんとも浅ましく思えた。

 

ギュッと握る掌からは、既に血が滴り、地面は血に濡れていた。

 

「ねぇ?ちょっといい……どうしたの!?その血!」

 

「……シル…」

 

このオラリオで、今は唯一気の許せる少女。シル・フローヴァがその光景を見て駆け寄ってくる。

 

女は、その場で涙を流して崩れ落ちる。

 

彼女に言われた。

助かった人もいるのだと。

 

だから、女は見ない振りをした。意味もなく、理不尽に殺された無実の人、疑わしきは全て罰していた己の行為が、どれほど愚かだったか。

 

見て見ぬ振りをしていた。

 

だが、現実が女の顔を鷲掴み、現実へ強制的に目を向かせる。

 

────あれが、お前が奪ったものだ。

 

現実が女の耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

「──────私はっ…何も、正しくなどなかった…ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

これが、女の────嘗て『疾風』と呼ばれた冒険者。

 

 

リュー・リオンの、拭えぬ罪だ。

 

 

 

 

 

今日も朝が来た。ベルはいつものように窓の外の太陽を眩しげに仰ぎ、呟く。

 

 

「……おはよう、じいちゃん…」

 

 

共同の洗面台で顔を洗い、強制的に目を覚ます。

部屋に戻り、装備を付けて直ぐ様部屋を出て集合場所に向かう。

 

「ベル!ゴメンね、遅れた!」

 

「集合時間ぴったりだから、平気。」

 

手をブンブンと振りながらベルのもとに走るのは、ティオナ。

決して無茶はしないだろうという評価はもらっているが、念の為のお目付け役だ。

 

「じゃ、行こー!」

 

「……おー。」

 

元気なティオナと、テンションの低いベルの凸凹コンビが誕生した。

 

 

 

 

「───132…」

 

モンスターと共に地面を砕いた大剣をすぐさま引き抜き、三匹のダンジョンリザードを横薙ぎに払い、絶命させた瞬間に、壁から生まれたキラーアントを叩き潰し、距離のある所にいる五匹のコボルトの群れに大剣を投擲。三匹をすり潰し、驚き固まった残りの二匹の内1匹は首の骨を蹴り砕かれ、もう一匹を取り戻した大剣で一刀両断。それを数秒のうちに行った

 

「────141…」

 

ティオナの感想としては、上手い。この一言に尽きた。

 

長所である大剣のリーチ、重さ、硬さ。逆に短所でもある取り回しにくさをよく理解しているし、それを良く活かせている。正直なところ、大剣の扱いならばティオナよりも上手い。それに、この膂力は目を見張る物があった。

 

「ねぇ、ベルってさ誰かに戦い方とか教わってた?素人の動きじゃないよ!扱いとかなら私より上手いんじゃないかな?」

 

ティオナがそう言うと、ベルは特に間も置かずに答える。

 

「これは、この大剣を作ってくれた鍛冶師に特性を教わって、それを活かせるように立ち回ってるだけ。」

 

餅は餅屋、ということなのだろうか。鍛冶師に戦い方を聞くというのは斬新で新しいかもしれない。そんなことを思いながら、ティオナは素直に称賛する。

 

「それってすごくない?きっとすごいことだよ!」

 

「…ありがとう。」

 

ふわりとベルが一瞬笑う。ベルは、エルフが居なければ結構笑う。それは無意識なものなのかは知らないが、少なくともティオナ以外は見たことがない筈である。普段は兎のごとく無表情だ。

 

新しくできた後輩に、ティオナは気分が良かった。他の冒険者のように下心は見えないし、言葉も粗暴ではない。なんと言っても見た目が可愛いのがポイントが高い理由でもある。

 

何よりも、笑顔を自分以外にあまり見せないのは少し嬉しかった。可愛い兎が自分にだけ懐いているような。そんな感じだ。

 

「ティオナ?」

 

「ううん!なんでも!それより…その大剣ってさ、ベルのなんだよね?すごく良いやつに見るんだけど…なんでそんなの持ってるの?」

 

ティオナは会ったときから気になっていた。

漆黒に染まった、片刃のクレイモア。それの切れ味と、重さは並の素材ではないことがわかる。

この大剣、上等にすぎる。Lv1が持つにはしっかりした物だし、言ってしまえば自分たち(第一級)が使っていても何ら不思議ではない。しかし、ベルが武器に頼った戦いをしているかと言えば、答えはNOだ。だから、さして気にすることでもないのだが、どこで手に入れたのかは気になった。

 

「これ…僕の村にあった…僕よりも大きな黒い龍のウロコ。それでここに来てから…作ってもらった。」

 

「黒い…龍…?」

 

「何だっけ…あの…むかし強かった…ぜうす?ファミリアが失敗したクエストのなんちゃらって…」

 

「ちょっと待った!!も、もしかしてそれって…『隻眼の黒竜』?」

 

「あ、それ。」

 

ティオナは仰天した。まさかこんな所で伝説級の武器をお目にかかれるとは思はなかったからというのもあるし、何よりまったく興味なさげなベルにも驚いていた。

 

『隻眼の黒竜』といえば、ほとんどの人間が知っているはずなのだが、ベルは興味がなかった。ただ、昔から復讐することだけを考えていたから、年相応の知識は少なかったりする。

 

「ちょっとさ…持たせてもらっても良い?」

 

「良いけど…これ、人を選んでる。」

 

「どういう事…?」

 

「体験したほうが早い。」

 

そう言われて、差し出された大剣をもたせてもらう。しかし、ティオナには持ち上げることすらできなかった。

重いなんてレベルではなく、まるで地面と綱引きをしている気分だった。

 

「おッッも!?なんでっ、ベルは持てるの!?」

 

「…作った人が言うには、意志に反応しているらしい。その意志が強ければ強いほど…もっと言えばそれが負の感情…恨みとかならより強くなる。持つ資格があるのは、強い魂と意志を持つ者…らしい。」

 

「へぇー…じゃあ、これに名前とかあるの?私のウルガみたいに!」

 

ベルは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「…ないけど、つけるなら…僕の『報復』そのものだ。」

 

 

 

そう呟くベルの背中を、ティオナは見ていた。自身に背を向ける少年のその後ろ姿、それが、狂気に染った英雄の背に、少しだけ重なった。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

リューは、ずっと考えていた。どうすれば償える?どうすれば少年に謝れるのだろうか。

 

いいや、謝るなど烏滸がましい。きっと問答無用で殺される。

 

「嗚呼…私は…なんと愚かしい…」

 

その呟きは、自室に反響しただけ。朝からこんなにも沈んだのは…正直なところあの事件以来だ。

 

(誰かの為と…そう志していた頃が懐かしい…私はもう────善良な少年にすら恨まれる存在となってしまったのに…何たる皮肉か…)

 

過去の栄光と語るには、余りにも血濡れていて、愚かだった己の所業。

幸せを享受するだけだった自分が、どうやって償うのか。

 

(彼はきっと…私を自分の手で殺す事を望んでいる。当然だ、私が奪った平凡は、彼にとって余りに大きく、尊い物なのだから…)

 

死んで償う。その結論は揺るがない。誰になんと言われようと、自分が死んで…いや、殺されて償わなければならない。

 

「…今考えても仕方が無い。仕事をしなくては…」

 

そう呟いて、休憩の時間を終えてホールに戻る。

すると、そこには

 

「へぇー!ベルさん冒険者なんですね!」

 

「…恰好でわかる。普通。」

 

シルと談笑するあの少年の姿があった。

瞬間、リューの体が硬直し、思考すらも止まった。

 

なぜ彼が、シルと談笑しているのだ。

隠れなければならない。

 

しかし、現実はリューを逃さなかった。

 

「あっ、リュー!この方ね、昨日仲良くなったの!ベル・クラネルさん!」

 

「…仲良くなった、は間違い…」

 

ベルはエルフが傍に来たことで、若干警戒の色を強め、声色が低くなる。

リューは落ち込むが、態度には出さないように対応する。

 

「…はじめましてクラネルさん。リュー・リオンです。」

 

「ベル。…リオン、突然だけど、一つ聞かせて。」

 

質問。リューには既にその内容がわかっていた。

 

「強い、エルフの冒険者を探している。知らないか。」

 

その瞬間、リューは自身のやるべき償いを思いついた。

それは、殺されてやることではない。死んでやることでもない。

 

リューを、自身を殺せる…その段階まで引きあげ、己の手で鍛え上げる。自身を殺す復讐者を作り上げること。

 

リューは、漸く思いついた。

 

「…私は昨日。貴方とティオナ・ヒリュテの話を少し聞いてしまいました。まずはそのことに謝罪を。しかし、その事で思い当たる人物が、1人います。」

 

 

「本当かっ!?」

 

 

「あっ!待って!ベルさ────!」

 

ベルが久々に声を張り上げて、席を立ちリューに詰め寄り、リューの肩を掴む(・・・・)

それを見て、シルは顔を青ざめさせる。

リューは、他人に触れられる事を良しとしない典型的なエルフだ。男女関係なく触れたものは、にべもなく投げ飛ばされてきた。だから、今回もそうなってしまう。そう思って、目を瞑った。

 

「はい、恐らくその人物だと思われます。」

 

「────あ、あれ?」

 

しかし、シルの心配は杞憂に終わった。

リューは、触れたベルを投げ飛ばすことは無かった。

 

「誰だ!誰なんだ!みんなを殺った奴は!」

 

「教えましょう。しかし、今の貴方には教えられない。」

 

「なんで────!」

 

「今の貴方では勝てない。無謀な挑戦をさせるほど、私も愚かでは無い。復讐が果たせなくても構わないと?」

 

「…っ!……────どうすればいい。」

乗った。これで、この子を鍛え上げる口実ができた。

 

「…幸いにも、私は元冒険者…今も恩恵は持っています。レベルは4です。貴方が探す相手も、私と同じレベルです。私も…奴の所業には思うところがあります。」

 

恰も他人の事を語るように話すのは、自分のこと。謀が苦手なリューではあるが、この時ばかりは、表情を殺して話し続けた。

 

「私が貴方を鍛えましょう。私も少なからず、義理を通さねばならない理由(ワケ)がある。なに、貴方にとって不足となるような条件は提示しない。これは交渉です。ブランクのある私よりも、現役の貴方の方が勝算はまだある。それに、あの凶狼(ヴァナルガンド)に認められる程だ。スグにその域に届く可能性もある。」

 

「………」

 

ベルは、リューの瞳をジッと見つめた。

この女は、果たして本当の事を言っているのか?なぜ、自分で殺らない?おかしい所は山程あるし、疑うなという方が無理な相談だ。だが、話としては美味しいものだった。あまりロキ・ファミリアに迷惑をかけたくない(・・・・・・・・・)ベルとしては、渡りに船だった。

 

ベルは、目を伏せてから深く頷いた。

 

「……いいだろう。その話に乗ろう。」

 

「交渉は成立…ですね。では、いつ何時でもここに来なさい。貴方の準備が整い次第、始められるようにしておきます。」

 

「わかった。よろしく頼む、リュー・リオン。」

 

「私の代わりに…頼みますよ、ベル・クラネル。」

 

 

ここに、壮大なリューの自殺計画が開始した。

ベルに背を向け、厨房に戻るとこの店の主であるミア・グランドが、リューに声をかけた。

 

「…リュー。アンタ、自殺でもするつもりかい?」

 

「半分そのようなものです。」

 

そういうと、ミアはフンっと不機嫌そうにした後に、背を向けながらリューに告げた。

 

「あの坊主に…アンタと同じ道を歩ませるつもりかい?」

 

その言葉は、リューに深く突き刺さる。だが、リューにはそれを止める資格もなければ、権利もない。

 

「…私に、彼を止める権利はありません。今でこそ後悔はしています…だが、それは無辜の民も手にかけたと知っていたから。けど、彼は違う。明確な敵がいて、明確な復讐がある。私とは違う……」

 

ただ、リューとの決定的な差は、悪いのが全部リューという事だ。派閥や人間の争いに関係なく巻き込まれたことによる恨み。復讐心は、真っ当なもので、正当な物だ。だからこそ、リューはベルの手助けをすることを決めた。

 

リューの顔は、シルと約束したあの頃の表情を消し、5年前────嘗ての復讐者としての顔を彷彿とさせるものだった。

 

「…勝手におし、バカ娘…」

 

「…ごめんなさい、ミア母さん。」

 

リューは、生への未練を完全にここで捨て去る。

 

ここが、私の最後の幸せの場所。

 

これでいい、これで…漸く皆の元に、行ける。

 

 

探す者は、ここに復讐を誓い

 

探される者は、ここに墓場を決めた

 

 

 

しかし、まだ気づかない。

 

 

 

 

これが、2人の運命を左右する出会いだと気づくのは

 

 

 

 

 

 

 

もう少し先の話。

 



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第3話:薪

「シッ!!」

 

「やはりLv1にして速い。ですが、奴を相手にするにはまだ遅い。」

 

リューは、容赦なくベルに木刀を振り、アドバイスを送る。何とかリューの木刀を防いだベルは、衝撃で痺れた手を振ってから、愚痴をこぼす。

 

「────化け物め…」

 

「貴方のファミリアには私以上…そして、奴以上の化け物が勢揃いです。」

 

「これより強いのか…ますます人間じゃないな。」

 

新参者(ルーキー)としては、貴方も十分化け物だ。」

 

「……そりゃどうもッ!」

 

「今の不意打ちは良かった。」

 

2週間前から始まったこの鍛錬は、リューによる人との戦い方を叩き込むものだ。

人と怪物(モンスター)とでは、戦い方がだいぶ変わってくる。モンスターには必要ない技術が人間相手には必要になってくる。

 

こと駆け引きや奇襲。搦手を良しとするならば、リュー程適任の教師はいなかった。

 

(よくやる…いや、復讐の炎が、彼をそうさせているのか…)

 

リューは手加減が下手だ。鍛錬となると、手加減を忘れて相手を吹き飛ばしてしまう程に。そんなリューと、早朝から昼、多い時は夕方までダンジョンの広い場所で打ち合う。しかし、ベルはボロボロになりながらもしっかりと喰らい付いてくる。単純に耐久がステータスとして高いのか。それとも、彼の意思力がそうさせているのか…リューには分からなかったが、ベルは日毎に強くなっていた。それだけは実感ができていた。

 

「今日はこれで終わりです。お疲れ様でした、クラネルさん。」

 

「……うん、ありがとう。」

 

嫌いな種族にも、なんだかんだ言ってぶっきらぼうでも挨拶するところは、若干可愛かったりする訳だが、リューにそれを愛でる権利はない。

 

ベルはそう言うと、早々にそのままダンジョン探索に向かう。

 

リューは、フゥと息を吐く。

その時に思い出したのは、数日前にシルにだけはこの特訓の詳細を話した時だ。

 

「ねぇ!どういう事!?リュー!ねぇってば!」

 

「…ごめんなさい、シル。私はもう、決めてしまった。」

 

あの夜、シルは烈火の如く怒った。それもそうだろう。大切な友人がいきなり、なんの相談もなしにベルが自分を殺せるまでに鍛え上げる事を決めていたのだ。

 

「なんで私に相談してくれないの!ベルさんなら、話せばわかってくれるかもしれないじゃない!」

 

まず話してみる。それは確かに有効なことだ。リューはベルと仲がいいわけでもなければ、勝手知ったる仲でもない。だから、まず話してみることは考えた。しかし、リューにはある確信があった。

 

「…いいえ、彼は…彼だけは話してもわからない。わかるはずがない。彼は…私と同じだから(・・・・・・・)

 

「で、でも!話す前から決めるなんて!」

 

「いいえ…これは貴女は知らなくていいことではあります。ですが、私にはわかってしまう。理不尽に家族を奪われた苦しみが。…まぁ、私になどわかって欲しくはないでしょうが。」

 

リューの眼は、既に覚悟を決めていた。生への未練が吹き飛び、深い後悔と悲しみが見て取れた。

 

「でも、でもっ…!リューは頑張ったんだよ…!?」

 

「彼にそんな事は知ったことでは無い。ただ、私が彼の平和を…家族を、彼の未来を奪ってしまった事実だけしかない…私は、彼に裁かれる義務がある。」

 

「そんな…!こんなの、酷いよ…!酷すぎるよ…!!」

 

「…シル、私は貴女には感謝しているのです。私に、償いのタイミングを作ってくれた。…本当に、貴女には感謝しかない。」

 

「嫌だよ!私っ、償いをさせる為にリューといた訳じゃない!」

 

涙を流しながら止める恩人の姿に、リューは心が痛む。だが、この痛みは、あの少年に比べたら────月とすっぽん程の差がある。と、自分を抑える。

 

だから、リューは冷酷に、淡々とシルに事実を告げたのだ。それが、彼女を泣かすことになったとしても、これはリュー自身の手で終わらせなければならない。

 

リューは、涙を流すシルに背を向けて、ベルとの約束の場所に赴く。

 

 

「…ごめんなさい…シル────」

 

 

────これがきっと、最後の我儘だから。

 

 

 

 

 

「…今なんて言ったの?」

 

「今日は一人で12階層まで足を伸ばした。結構余裕だった。」

 

「ほら!やっぱりこの子凄いんだってば!」

 

「ありがと。」

 

「ありがと。じゃないの!」

 

現在、ベルはギルドにて担当のアドバイザーと話していた。ベルの担当のアドバイザーは、ミィシャ・フロット。ピンク色の特徴的な髪型の小柄な人種(ヒューマン)だ。

 

ミィシャには、初めて会った時からこうしたフレンドリーな対応を取られている。見た目でいえばミィシャの方が小さいのに。

 

「ふっふっーん!ベル君に振られたからって妬んでるなぁ?」

 

「なっ!振られてません〜!と言うか!ベル君は単にエルフが嫌いなだけじゃない!」

 

「エイナは、うるさい…」

 

「なぁに、ベル君。」

 

「……なんでも。」

 

ベルは、目の前の少女が苦手なのだ。

エイナ・チュール。敏腕の職員ではあるが、どうにも冒険者の男を勘違いさせるような行動が目立つ。ベルが観察しているだけでも6人は惚れている。本当に、男とは何なのだろうかと、心の中で呆れた。

 

閑話休題

 

そう、ベルがこの少女を苦手な理由は、ただただ煩いのだ。やれ、ここにはまだ行くな、やれ冒険者は冒険するなと、矛盾したことばかりを言っている。全く持って理解に苦しむ。

 

「いい?ベル君。君は危機感が圧倒的に足りないの。それがまったくわかってない!」

 

「はぁ…うるさっ……」

 

ボソッと呟いたことも、すぐに聞き取られゲンコツを落とされる。

痛い。まだLv1とは言え、冒険者に痛みを与えるゲンコツとはなんだ。この女、もしや高位の冒険者なのか?

そんな疑問がベルに浮かんだ。

 

「…痛い………エイナは僕の担当アドバイザーじゃない…!」

 

「何かな?」

 

「…うるさいババア(エルフ)「な・に・か・な?」………僕の担当はミィシャだ…」

 

「ふっふーん!あたしとベル君は仲良しだから!ねー!」

 

「………ねー」

 

「間が凄い」

 

「ベル君いつもこんな感じじゃん。」

 

この3人は、ギルドでは仲良し認定されている。しかし、エイナは無理やりここに入っているだけであって、別にベルに好かれている訳では無い。

しかし、それを抜いてもベルのことが心配なのだ。なんだか弟のような感じがして、つい世話を焼いてしまう。

 

「…ベル君。私たちは君の目的はわからないし、詳しく聞くこともないよ。でも、穏やかじゃないことだけはわかるよ?」

 

「…………」

 

「私達ギルドは冒険者に対価を求める。そのかわりに、サポートやら何やらをこっちでやるの。ここまで言えばわかるでしょ?死んでもらわれると、ギルドにも、ファミリアにも迷惑がかかる(・・・・・・)んだよ?」

 

ベルは、この言葉に弱い。

だが、ベルにもここだけは譲れなかった。

 

「……僕の目的のためにも、僕は冒険しないといけない。命なんて惜しくない。終わればどうせ死ぬ(・・・・・)。」

 

ベルは、逃げるようにその場を後にする。

 

優しさから、逃げるように。

 

「あっ、ベル君!…行っちゃった…エイナ、なんだか必死だね。何かあったの?」

 

ミィシャの質問に、エイナは言葉を濁す。

 

「…ううん。ただ、あんな瞳をした子を、放って置けないだけかな…」

 

悲しそうに笑ったエイナは、ミィシャに背中を見せて仕事に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

ベルは、ホームにて一人で夕食をとっていた。昼間のリューとの訓練を頭の中で思い出し、何度も再生させてイメージトレーニングを繰り返す。どうすればリューに勝てるのか。どう動くべきか。その記憶の反芻が着実にベルを強くしていた。

 

そんなベルの隣に、ある人物が腰を下ろした。

 

「隣、空いてるか?」

 

「……空いてる。」

 

「座っても?」

 

「……好きにして。」

 

ぶっきらぼうにも答えるベルに、やれやれと首を振りながら席についたのは、副団長であるリヴェリアだった。

リヴェリアは、ついこの前から、毎日ベルの隣の席で食事をとっている。それは、新しく入った少年を気にかけた行動であり、唯一ベルと会話ができるエルフとして、ベルの世話を見ることをロキに言われたからだ。

 

「今日は何をしていた?また無茶をしていないだろうな?」

 

「…今日は12階層まで行って、お金と経験値稼ぎしてた。」

 

「入って3週間足らずでもうそこまで行っているのか…12階層のモンスターは覚えたか?地形は?」

 

「ハードアーマード、シルバーバック、インファントドラゴン。平原地帯で霧が立ち込めてる。」

 

「よく勉強しているな。偉いぞ。」

 

「……ん…」

 

困った顔をしながらも、ベルはリヴェリアの手を受け入れ、大人しく撫でられる。

このファミリアのエルフは、リヴェリア以外ベルによりつかない。というよりも、話しかけてもベルが無視する。ベルがこのファミリアで喋るのは、ティオナを筆頭にアイズやベートなどの幹部ばかり。周囲は当然それを面白く思うはずもなく、ベルは半ば省かれている、しかし、ベルは好都合と取り、団員とは距離をおいている。

 

「ベル…友達はできたか?」

 

「…ティオナとは、定期的にダンジョンに行ってる。アイズは許可もなく頭をなでてくるけど、仲は悪くない。シルは…最近よそよそしい。ミィシャは相変わらず。」

 

「そうか、なら良かった。」

 

リヴェリアは、優しく微笑む。ベルには、その微笑みが本当の優しさだとわかっているのに、偽りの仮面に見えて仕方がなかった。そんな自分を嫌悪した。感情の起伏がほぼないベルとて、優しさを忘れたわけではない。でも、割り切れないのだ。

 

その微笑み方が、忌々しくて仕方が無かった。

 

「リヴェリア、やめて。」

 

「……何をだ?」

 

「その、顔。僕に、向ける、優しさなんていらない…」

 

だから、拒絶する。優しさを向けてくれる人物にこんな事を言いたい訳では無い。エルフにだっていい人がいるのはわかっている。だが、村の皆を切り刻み、祖父を殺したエルフのせいで、エルフその物が憎い。

 

それに、どうせ居なくなる自分なんかを気にしても時間の無駄にしかならない。

 

だから、その優しい瞳(祖父と同じ瞳)をやめろ

 

ベルは、顔を伏せた。

 

「…僕は…1人で平気だから…無理、しなくていい…」

 

「別に、無理をしてお前とこうしているわけじゃない。私は単に、お前といたいだけだ。」

 

「…そっか…」

 

また、ベルの頭を撫でる。

 

だいぶ警戒しなくなってくれた。リヴェリアは、心の中でそう感想を漏らす。本当に当初は借りてきた兎のように殆どのエルフの団員を警戒して、いつでも反撃出来るようにしていた。だが、今ではだいぶ表情も柔らかくなって、寝坊する日もある程気が抜けている。

 

「ご馳走様。」

 

「…ご馳走様。」

 

無愛想に言っても、リヴェリアが食べ終わるまで待ってると言うのも、なんだかんだ言って可愛らしくて。

独りは寂しいはずなのに、無理に独りになろうとする飼いたての兎のような。そんな可愛さがあった。

 

「ベル」

 

「…なに?」

 

「────いや、おやすみ。」

 

少し話さないか。そう言おうとしたリヴェリアだが、ただ困らせてしまうだろうと、切り上げた。

ベルは、少し困惑した様子を見せてから、ボソッと返す。

 

「…おやすみ…」

 

ベルは食器を片付けて自室に戻って行った。

リヴェリアは、長い溜息の後に頭を抱える。

 

「……アイズよりも難しいな。」

 

それは、単純に種族的な問題だ。ベルはエルフ嫌いなだけあって、どれ程の美貌を持っていようとも、エルフと言うだけで、武器に手をかける程に警戒する。逆に、他の種族であれば、さして苦労もせずにベルの警戒を解ける。ティオナがその最たる例だ。しかし、リヴェリアはそこまで警戒されていない。ほんの数日で本質を見抜いたベルは、このエルフは平気だと思ったのかはたまた興味が無いのか。リヴェリアにはどちらかは分からなかったが、とにかく進展はしている。

 

リヴェリアは、ただ悩むのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!ベルベル!」

 

「…ティオナ。どうしたの?」

 

完全装備を整えて、玄関を出ようとしたベルをティオナが呼び止める。

 

「ベルさ、今日暇?」

 

「…いまから、ダンジョン。」

 

「じゃあさじゃあさ!今日は探索お休みにして、私達と怪物祭行こうよ!」

 

「……怪物祭?」

 

ティオナが言ったそれは、数年前から開催された、ガネーシャ・ファミリア主導で行われるモンスターの調教を催し物にした祭りだ。

しかし、ベルは全く知らなかった。そして、興味もなかった。

 

「…僕が行っても邪魔だよ。行かない。」

 

「えぇー!邪魔じゃないよ!行こうよ!」

 

「いい…僕、別にティオナ以外とあんまり仲良くないし…」

 

「じゃあ、今日仲良くなっちゃおう!」

 

「でも────」

 

「良いから良いから!行こう!」

 

そう言うと、ほぼ無理矢理に手を引っ張ってベルを拉致していった。

相変わらずベルは無表情に近い表情のまま、集合場所に引っ張られていった。

 

 

 

 

 

ベルの目の前には、腕を組み不満を顕にするエルフが睨みを効かせていた。

 

「ティオナ…僕、だから行きたくなかったんだけど。」

 

「…あ、あはは~…ごめんごめん!」

 

「はぁ…ごめんなさいね、ベル。無理やり連れてこられたんでしょ?」

 

「…怒ってはいない。」

 

「そう?それならいいんだけど。」

 

ティオネが呆れながら、ティオナにゲンコツを落とし、反省させる。

若干顔を渋らせたベルは、そのままレフィーヤに顔を移す。

 

「心配するなエルフ。すぐにここから居なくなる。」

 

「ですから!私にはレフィーヤという名前がちゃんとあります!!いい加減覚えなさい!まったく…なんでこんな子にリヴェリア様は…!」

 

レフィーヤは、ブチブチと文句を垂れながら、ベルを睨み続ける。そんなレフィーヤを気にもとめず、その場を去ろうとしたベルを止めるために、ティオナはロキに教わった魔法の言葉を口にする。

 

「あー、折角ベルのチケットがあるのに、一つ余っちゃうなぁ!これ、私のお金だから私に迷惑かかっちゃう(・・・・・・・・)なぁ!」

 

「………」

 

ベルは、その言葉に敏感に反応した。

ロキとの恩恵を貰う際に自身で誓い立てたこと。

 

これは、ベルが家族と言う概念を永遠に刻み込む為の言葉。

 

『他人』に迷惑をかけない。

 

ベルの中にある復讐心に火をともし続けるための言葉。

だからベルは、この言葉を無視できなかった。

 

「……分かった。チケットが余ってるなら、行く。」

 

「やった!行こ行こ!」

 

「なっ、どういう事ですか!?」

 

「行こうティオナ。あれがもっとうるさくなる前に早く用を済ませる。」

 

「あれってなんですか!!待ちなさい!私の方が1歳上なんですからね!」

 

「────」

 

「なに、え?って顔してるんですか?」

 

「エルフだからもっとババアだと思ってた。」

 

「あったまに来ました!蒸発させてやります!」

 

「はーい、レフィーヤは落ち着きなさいねぇー」

 

そんなことをしながら、4人はわちゃわちゃと人混みに消えていった。

 

 

 

 

「クラネルさん。少しよろしいですか?」

 

4人が大通りを歩いていると、ベルはリューに声を掛けられた。

 

「…なに?リュー。」

 

「突然すみません。これをシルに届けては貰えませんか?」

 

そう言うと、リューは小銭入れを取り出してベルに差し出す。

 

「…シルの忘れ物?怪物祭に行ってるの?」

 

「はい。シルに会ったら届けて欲しい。チケットだけ持って出ていってしまったので、恐らくは会場で困っているかと。」

 

「わかった。届ける。」

 

「えぇ、頼みました────クラネルさん。肩にゴミがついています。」

 

リューは自身の肩に指を当て、ベルに指摘する。

しかし、ベルは反対の肩をパサパサと叩いた。リューは仕方ないと、ベルの肩に手を置き、少し高いベルの肩に背伸びをして、反対の肩にあるゴミを指で摘んだ。

 

「────こっちです」

 

「…ありがとう。」

 

「はい。では、また。」

 

コクリと頷いたベルを見送り、リューもくるりと回って店の中に入っていく。

ベルは、それを見ることも無く3人と合流すると、何故かティオナとティオネがやけに上機嫌で、レフィーヤの不機嫌度合いが上がっていた。

 

「…なに?」

 

「いやいやぁ〜!ベルにもエルフで仲良い人いたんだなぁーって!」

 

「なによ!結構いい感じの雰囲気じゃない?」

 

「なんであの人は名前で呼んでるんですか!?私は!?」

 

「リューは無害だし…お前は最初の印象が最悪だった。」

 

それを言われるとなんとも言えないが、やはり納得がいかなかった。しかし、一概にエルフだから。と判断している訳では無いことを知れた。

 

この子は、決して外面だけで判断している訳では無いのだ。

 

少し可愛いところもあるではないか。そんな風に思ったレフィーヤだった。

 

「おい、エルフ。早くしろ。2人とも先行ってる。」

 

ほら、ぶっきらぼうにも、気にかけているのだ。

 

「────だから!私はレフィーヤです!」

 

口は悪いが、優しい子ではあるようだ。

レフィーヤは、心の中で『絶対仲良くなってやります!』と意気込んでから、3人の元に走った。

 

 

 

 

シルを探すために、一時的に別れたベルは、闘技場の外で小腹を満たすためにクレープを食べていた時に、薄鈍色がベルの視界の端に映った。

 

「お財布忘れちゃった…どうしよう…!」

 

「おいおい、嬢ちゃん!早くしてくれ!後ろがつっかえてるぞ!」

 

「す、すいません!すぐ────」

 

「おじさん。これで足りる?」

 

ベルが横から入り、自分の財布から金を取り出して屋台のおじさんに渡す。

 

「ベルさん!」

 

「おぉ!坊主の連れか?その年でやるなぁ!」

 

「別に。お金使う機会ないし。」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

 

シルはいつもの様にニッコリと笑ってから、ベルの後ろをトコトコと着いてきた。

 

「これ、リューから届けてって。」

 

「あっ!わざわざありがとうございます!」

 

「いや、別にいい。じゃあ、約束があるから。」

 

「あっ!ベルさん!」

 

去ろうとするベルを呼び止め、シルが手を掴んで上目遣いであるお願いをする。

 

「あの…少し、お話しませんか?時間は取らせません。」

 

「…なら、構わない。」

 

ベルは、シルの必殺技すらも華麗にスルーして無表情のままシルについて行き、ベンチに腰かけた。

 

「ねぇ、ベルさん。貴方のお話はロキ様に聞かせてもらいました。」

 

「…そう。」

 

「もし、その人に出会ったらどうしますか?」

 

「殺す。どんな手を使ってでも、奴は殺す。」

 

ベルは、シルの質問に一切の躊躇も無く答える。それ程までに、ベルは自身の平穏を奪ったエルフを憎んでいた。

 

「…でも、もし…!その人が苦しんでいたら!その人と話しをしようとは、思いませんか?」

 

「思わない。」

 

「どうして、ですか?」

 

「僕がそうされたから。」

 

「────」

 

シルは、絶句した。

最近昼食のほとんどを店で食べてくれている、新しく出来た、可愛いけど無愛想な常連さん。位の認識しかなかったシルは、初めて恐怖した。

 

 

 

 

「苦しんでいるから、何?話したから、何?村の皆が戻ってくるの?今苦しんでる僕の気持ちはどうなるの?おじいちゃんが戻ってくるの?それが出来るなら、幾らでも話し合ってやる。復讐なんて辞めてやる。でも、そんな事はありえない。確かに、復讐なんてただの自己満足だよ。おじいちゃんはきっと望まない。でも、僕の気が済まない。皆と同じ苦しみを与えてやる。それで、僕は────漸くみんなのところに行ける。」

 

 

 

 

 

 

こんなにも、人は人を憎めるのか。

 

 

シルは、人の心を読むのが得意だ。ベルは比較的わかりやすい。パターンさえ掴めば、大抵の事が理解出来る。無表情の中にも、普段は優しさや気遣い等を感じ取れる。しかし、今この少年の瞳にある感情は、ドス黒い復讐心に染まっていた。

 

シルは言葉を失って、漸くリューの言っていたことに気づいた。

 

この少年の世界は、無くなってしまった家族だけなのだ。この少年には今も先も無い。だから、こんなにも復讐に燃えられる────燃えてしまっている。

 

なんて、残酷なのだろうか。なんて、過酷なのだろうか。世界はこの少年に何を見いだし、何を背負わせたのか。

 

シルは、胸の痛みを抑えながら、ベルの手を柔らかく握る。

 

この少年を止めることは、もう無理だ。ならば、せめて2人の幸せくらい願わせて欲しい。

 

 

「ベルさん…でも、知って欲しいんです。貴方を思う人がいる事を。今の貴方は…復讐の炎に、命という薪を焚べ続けていて、燃え続けられます。でも、その炎はいずれなくなってしまう…その時に、貴方の周りにいる人を…どうか、頼ってください。私だって構わないんですよ?」

 

 

シルの、どうか叶って欲しい願い。ベルの復讐が遂げられようと遂げられまいと、彼の周りには、彼を思う人物が必ずいる。それを知って欲しかった。

 

「………じゃあ、頼る。」

 

ベルは、困惑しながらも、シルの瞳を見つめたまま、コクりと頷いた。

シルは、その瞳に嘘が無いことを確かめて、ニッコリと笑った。

 

「じゃあ、行きましょうか!」

 

「……うん…────シルッ!」

 

「え?キャァッ!?」

 

急に、ベルが珍しく叫んだと思えば、シルの視界が急にブレた。

 

「「オォォォォォォォ────ッ!」」

 

「…シルバーバック、オーク…なんでこんな所に。平気?」

 

シルの背後から、モンスターが手を伸ばしていた。

 

横抱きにしたシルを離さないようにギュッと抱きしめる。シルは、意外にも筋肉質なベルの体に包まれて、ほんの少しだけ頬を染めるが、目の前のモンスターを見て、顔を青ざめさせた。

 

「え、えぇ…平気です…じゃなくて!早く逃げないと!あれって確か、結構下のモンスターですよ!」

 

「平気、いつも狩ってる。そこに居て。」

 

「え!?ちょっと、ベルさん!」

 

シルを下ろして、ベルは大剣を引き抜き、地面に振り下ろす。

 

「…ティオナ達のところに遅れたくないんだ。だから、一瞬で終わらせる。」

 

ベルは、大剣を後ろに構えながら駆け出す。

先頭のシルバーバックが、手に付けられている鎖を振りまわし、ベルを襲う。しかし、このモンスターの狩り方は心得ている。

 

壁を蹴ってシルバーバックの頭上に飛び上がり、大剣を下に思い切り蹴り落とす。

大剣はその自重と蹴りの勢いも相まって、シルバーバックの頭をするりと貫通して絶命させる。

次に、未だ上空にいるベルを掴もうと、オークが手を伸ばす。それと同時に、ベルが大剣に向かって手を伸ばした。

 

「────来い!」

 

ベルが声を上げると、大剣が紅黒く輝き、ベルの手に向かって回転しながら吸い込まれるように戻る。

 

「────ウラァッ!!」

 

その向かってきた勢いを利用して、横に高速で回転しながらオークを切り刻む。

 

着地したベルに向かって、切り刻まれ倒れ込むオークに、ベルは無慈悲に剣を突き刺し、灰に帰す。

 

「────997…」

 

シルは、その戦いに見惚れた。

ガネーシャ・ファミリアの催し物で何度か見たことがある、冒険者の戦い。しかし、ベルの戦いはそのどれとも違った。駆け抜け、躱し、流れ、急激な変化。

 

 

それは、ベルも実感していた。

 

確実に強くなっている。

 

リューとの鍛錬は無駄ではなかった。

そして、リューとの訓練に明け暮れていたせいか、自然とリューの戦い方に似てきている。

 

シルは、リューが戦っているところを見たことはない。しかし、シルは感じた。

 

ベルが、一陣の疾風(リオン)になったことを。

 

惚けているシルに、ベルは無感情に告げる。

 

「…残念だけど、今日はもう帰ったほうが良い。送る────必要はないみたい。念のために…気をつけて。」

 

「えッ、ベルさん!?…行っちゃった…」

 

シルは、礼を言う前に去ってしまったベルの背中を見ながら、しばらくその場に立ち尽くしてしまった。

 

ベルは、壁を蹴って屋根に登り、辺りを見回す。すると、それほど離れていない場所から、土煙が上がっているのを見つけて、そこに一直線に走る。そのスピードは、既にLv1を逸脱した物で、Lv2の上位と言われてもおかしくはなかった。

 

ベルは、ただ目の前の敵を叩き潰す為に、疾風の如く走り続ける。

 

 

 

 

 

その日は、別段厄日でもなかった。

ただ、憧れのあの人と出かけられないのが少し寂しかっただけ。そこに、無愛想な後輩が来たのだって、別に嫌では無かったし、彼のことを少しだけ知れた気がした。だから、むしろちょっといい日になった気がしていた。

 

しかし、少女────レフィーヤは血を吐き、涙を流す。

 

「レフィーヤ!!起きて!」

 

「起きなさい!レフィーヤッ!」

 

自身の名を叫ぶ先達の声が、やけに遠く聞こえた。脇腹を貫かれ、妙に寒くなって来た。目の前の新種のモンスターが、その姿を露わにして大口を開く。

 

「────ッア"ァ"ァァァァァァァ!!!」

 

死にたくない。まだ、誰にも追いついていないのに。まだ、みんなの役に立っていないのに。

レフィーヤは、ゆっくりと近づく花のようなモンスターから逃げる様に、地面を這いながら吠える。

その頭には、ただ生への渇望があっただけ。

 

「レフィーヤ!」

 

「レフィーヤ!!」

 

2人の声が聞こえた。

とうとう、自分が死ぬ。死神の足音が聞こえた。

 

目の前には、モンスターの口。

終わった。

 

ギュゥッと、目を瞑った時。確かに聞こえたのだ。あの、無愛想な後輩の声が

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ィーヤ…フィ────────────レフィーヤ(・・・・・)ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声と同時に、激しい衝撃音が響いた。土煙が巻き上がる。

 

 

数秒すると、土煙が晴れ始めて顕になる。

モンスターは、口を真上から黒い大剣に貫かれ地面に縫い付けられている。

 

その人物は、荒くなった息を整えながら、大剣を引き抜き肩に担ぎ、焦った様にレフィーヤに走っていく。

 

「レフィーヤ!これ飲んで!早く!」

 

「────べ、る…?」

 

ベルはレフィーヤを優しく抱き上げ、一つだけ持っていた、上級回復薬をレフィーヤの口に流し込む。

 

余りにも普段とは違う様子に、驚くレフィーヤだったが、半分無理矢理に流された回復薬が効いたのか、痛みが引いていく。

 

表情が楽そうになったレフィーヤに、ベルは優しく微笑む。

 

 

「────よかった…」

 

 

「────」

 

 

ベルはそれだけ言うと、また大剣を手にモンスターに向かっていく。

 

「ティオナ、ティオネ。そいつは僕がやる。」

 

「はぁ!?」

 

「待ちなさい!Lv1のあんたが相手にできるモンスターじゃないのよ!」

 

「やらせたりぃ。」

 

2人がベルを止める。しかし、その静止はある人物の声で意味がなくなった。

 

「ロキ!?何言ってんの!ベルまだLv1だよ!止めないと「ええんや。」

 

ティオナの静止を遮り、ロキは続ける。

 

「ベル、そろそろステータスも頭打ちや。ここでドカンと1発偉業打ち立てなアカンで?」

 

「…コイツを倒せば、奴も殺せる様になる?」

 

「直ぐには無理や。でも、確実に、1歩近づく。」

 

「────上等。」

 

「あと、魔石1個残せるか?」

 

「わかった。」

 

ロキは、ベルの肩に手を乗せて、背中をポンと押す。

 

「ヨシっ!ぶっ飛ばしたり!」

 

「────うん…!」

 

ベルは剣を担ぎ、モンスターに向かって弾けるように駆け出す。

 

「ロキ!ベルを殺すつもり!?確かに、Lv1の中では飛び抜けて強いよ!でも、あのモンスターは絶対Lv2の上位だよ!?」

 

「ティオナ。見ててみぃ。ベルの初めての冒険。それに、ベルは負けん。あのスキルもあるしなぁ。」

 

ロキがボソッと呟いた瞬間に、ベルが動く。

 

駆けるベルに向かって、花形のモンスター────食人花は容赦無く食いついてくる。

 

ベルはそれを大剣で弾き、上手く威力を殺し、また駆け出す。それが、都度3度。三体の食人花が襲いかかってくる。

 

リューの教えを思い出す。

 

『対人を想定するのなら、常に考えながら戦いなさい。相手を見て、対処を考え、実行する。その思考スピードに慣れなさい。貴方は感覚で動く癖がある。それを止めて、考える事を強制しなさい。』

 

横からの薙ぎ払い、上空から2つの刺突。順に見て、考え、実行する。

 

横薙ぎに払われた鞭のような体を、渾身の力で上に弾き飛ばし、2つの口に衝突させて軌道を逸らす。

 

地面に激突したモンスターの一体を縦に両断。

 

「────998…」

 

しかし、それと同時に地面から6本の触手がベルを襲う。

 

ベルは、咄嗟に4本を軽業で躱すが、2本がベルの脇腹と腕に突き刺さる。

 

「────ッ!」

 

しかし、痛みを怒りに変えて、触手を力のみで引きちぎり、暴風の様に駆け出す。

 

その様子を見て、ティオナ達はその異常性を理解すると同時に、ロキの言葉を理解した。

 

「なにあれ…!Lv1の動きじゃないよ!」

 

「ベルのLvって1ですよね…?」

 

「…確かに、洗練されすぎてるわ。でも、それにしても…」

 

「基礎能力がおかしい…やろ?」

 

ロキの言葉に、3人が頷く。

Lv5のティオナ達が、素手とはいえ攻撃してもビクともしなかったあのモンスターを、いとも容易く引きちぎり、切り裂いている。

 

おかしい。何故なのか?

 

それは、ベルのスキルにあった。

 

「このメンツやから言うけどなぁ…ベルのスキルに関係しとる。ティオナなら知っとるやろ?ベルが強くなる理由。」

 

「え…うん。復讐って聞いたよ。」

 

「それが、ベルの運命を決めてもうた。」

 

家族の仇をとる。

 

ただ復讐に燃える少年に、恩恵を刻んだ時。その時既に、そのスキル達は発現していた。

 

「余りにも強い復讐心。余りにも強い怨念が、ベルの背中に刻まれてもうた。」

 

ロキは、後悔した。

 

なんて物を刻んでしまったのか。

この幼い少年に、最後(・・)を押し付けてしまった。

 

だから、ロキはベルの無茶や要求を黙認し、自由にさせている。その中で楽しんでいるならばいい。その程度────いや、それだけしか願えないから。

 

「ベルのスキルは…ベルそのものなんや。」

 

ダメージのチャージ。それによる、力、俊敏、身体能力諸々のブースト。それに加え、ダメージを倍にして返す。それはまさに、ベル(復讐者)を象徴するスキル。

 

リィン、リィン、と鈴の音が響いた。

よく見ると、ベルの体と大剣には、黒い雷が迸っていた。それが、徐々に大剣に集まっていき、小さな鈴の音が、徐々に大鐘(おおがね)の音に変わる。

 

「────起きろ、黒竜(ラース)…報復の時だ。」

 

大鐘の音が、うるさい程に鳴り響き、辺り一帯に反響する。

 

2体の食人花が、ベルに飛びかかる。

ベルは焦らず、大剣を下に構え、モンスターがもうベルに触れる瞬間。

 

 

 

 

剣を、振り上げる。

 

 

 

 

これは、ベルのベル自身の、復讐のためのスキル。

 

名を

 

 

「────無慈悲な復讐(グリム・リベンジ)────」

 

 

瞬間。

 

紅黒い雷が、黒竜を彷彿(ほうふつ)とさせる咆哮を轟かせながら、モンスターごと、天を穿(うが)つ。

 

 

ベル・クラネルのスキル達。

 

その両方が、復讐の為のスキルであり、ベルの唯一無二の強力な力。

 

 

 

 

ベルの最後は、決まっていた。

 

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力  :SS1200

 

耐久 :SSS1680

 

器用 :B700

 

俊敏 :SSS1698

 

魔力 :I0

 

《魔法》

 

【】

 

《スキル》

 

無慈悲な復讐(グリム・リベンジ)

 

・能動的なダメージ・チャージorマジック・チャージ実行権

・溜め込んだダメージを魔力に転換し、身体能力を向上させる

・ダメージを倍にして任意の方向に跳ね返す

 

復讐者(クリフトー)

 

・パッシブスキル

・早熟する

・復讐心を持ち続ける限り効果持続

・復讐心を無くした時点で効果を失う

・復讐を遂げると死亡する

 

 

ベルは、上を向いて青い空を仰ぐ。

 

 

 

 

「──────1000…嗚呼…まだ、まだ足りない…」

 

 

 

どうしてか、過去の情景が頭をよぎった。祖父が誇らしげに語った、偉人達。こと更に憧れた、大英雄と呼ばれる男の話。

 

けれど、今のベルはもう、昔には戻ることは出来ない。

 

 

「必要…ない…もう僕に、憧憬はいらない。」

 

 

少年は復讐の炎に────過去の夢すら、薪として焚べ続ける。

 

 

 

 




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第4話:残酷な明日

館の一室、ロキがベルの背中に自身の(イコル)を塗りつけ、ステータスの更新を行っていた。

 

「…ほいっと、おし、おめっとさん!これでベルもLv2の仲間入りや!いやぁ、早かったなぁ!」

 

「…当然。成長促進スキルもあるんだし。早くなくちゃ困る。」

 

「かぁ〜!淡白やなぁ、もちっと喜び!アイズですら、こんなに早くなかったんやし、注目を一心に集められるな!」

 

「別に興味無い。」

 

ぶっきらぼうな返事を他所に、ほんの少しだけソワソワしているのが、ロキには伝わっていた。

 

「なんや、どっか行きたいところでもあるんか?」

 

「…うん。報告しに行く。」

 

「誰にや?」

 

「………内緒。」

 

なんでやー!と、ロキがベルに抱きつくが、ベルはそのまま無表情で抱き着かれる。

ロキは、だいぶ変わった新しい眷族を嬉しく思っていた。

 

本質は変わらないが、少しだが、確かに優しさを表に出すようになった。

ロキは、柔らかく笑って、ベルに告げた。

 

「…レフィーヤを助けてくれて、ありがとうな。」

 

「別に、見境なしに死んで欲しいわけじゃない。」

 

「つまり~、ベルはレフィーヤに死んで欲しないってことやな!」

 

「…別に、違うし。」

 

「照れなくて、えぇって!」

 

バシバシと背中をたたきながら、ロキはベルを思った。

このまま、この子がこのまま楽しく終われれば、どれほど幸せなのか。

 

ロキは、願わずにはいられなかった。

 

 

 

「Lv2になった。」

 

「………はい?」

 

ベルは、リューに報告も兼ねて食事を取りに来ていた。カウンターの隣に座るリューは、何を言っているのか分からないという顔をしていた。

 

(まさか…ここまで成長が早いとは…末恐ろしい。もし、私が…彼の家族を奪わなければ…彼は…英雄クラスに名を連ねていたかもしれない…)

 

ここまでの才能を腐らせてしまった。きっと、彼はもっと、自分などとは関係もない光溢れる道を歩んでいたかもしれない。

 

そんな、たらればを考えてしまう。考えずには居られないのだ。

 

「…リュー?どうかしたの?」

 

「────ッ!い、いえ!なんでもありません。」

 

暗い顔をしていると、ベルが下から覗き込むようにしてリューの顔色を伺った。

顔が、くっついてしまいそうな程の距離に、リューはたじろいで、一瞬1歩下がろうとしたが、師として冷静さを欠くわけには行かないと、すぐ様顔色を整えて、ベルの目を見ながら言葉を返す。

 

目の前にあったベルの顔を、少しだけ可愛いと思ったのは内緒だ。

 

「…そう。なら、いい。…これから、出来る?」

 

「えぇ、構いません。」

 

「じゃあ、昇華してからまだまともに打ち合ってないから、体を慣らしたい。」

 

「わかりました。準備してきますので、少々お待ちを。」

 

立ち去るリューを見送った後に、ベルはジョッキの果実水を飲み干す。

 

「これで…やっと近づいたのかな…」

 

その呟きが、何を意味するのかは本人しか知る由はないが。ベルの顔は穏やかに微笑んでいた。

 

「坊主」

 

そんな時に、不意にこの店の店主のミアに声をかけられる。

 

「…なに?」

 

「うちの娘は高くつくよ?」

 

「────は?」

 

ベルは呆気に取られた。この女は何を言っているのだ。高い?何がだ?訳が分からない。

 

ベルは高速でその言葉を頭の中で処理するが、該当する言葉がなかった。

ミアは、困惑するベルに若干呆れながら、後ろを指さすと、そこにはリューが立っていた。

 

「行きましょう、クラネルさん。」

 

白いシャツ、ショートパンツにロングブーツ。いつもの鍛錬をする時の格好をしたリューが。ベルはそれを視認すると、立て掛けていた大剣を肩に担ぎ、金を置いて店を出た。

 

「坊主!」

 

そうすると、また後ろからミアが声をかけた。

 

「…なに?」

 

「使いな。きっと、お前さんを強くする。」

 

投げられたのは、ある本だった。古ぼけた本は、なんだか不思議な魅力があった。

 

「…わかった…ありがとう。」

 

ベルは本を受け取って、リューと共にダンジョンに向かった。

 

 

 

 

「シッ!!」

 

「レベルが上ったと言うのは本当のようですね。基礎能力が段違いだ。」

 

「…嘘だと思ってたの?」

 

「……流石に三週間は早すぎますからね…」

 

「…そんなに弱くない…」

 

「えぇ、それは私が一番わかっているかと。」

 

大剣を振りかざし、ベルはスピードを上げた脚でリューに接近。器用にリューの懐で下から上に突き上げる。しかし、リューは涼しい顔のままベルの攻撃を弾き返していく。

 

「良い攻撃です。しっかりと人との戦いに慣れてきていますね。」

 

「こんなに毎日やってたら、嫌でも慣れる…ッ!」

 

「いい傾向です…ッ!?…今のは、驚きました。駆け引きも上達している。」

 

「…まだまだ…っ!」

 

「しかし、まだ甘い。」

 

「アグッ…!!」

 

ベルが大剣を振り抜いた僅かな隙きをついて、ベルを弾き飛ばす。ごろごろと転がりながら吹き飛ぶベルに、リューは木刀を突きつける。

 

「まだ振り終わりが甘い。大剣を使ったことはありませんが、武器に通ずる真髄は最小の動きで強力な攻撃を放つことです。まだ力で扱っている癖がある。無駄な力は抜きなさい。」

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!なる、ほど…ハァ…ふぅ…まだ、遠いね…」

 

「……いえ、見違える程の進歩です。」

 

(いや…既に進歩の域を超えている。最早存在進化としか言えない。)

 

ベルの進歩は飛躍的だった。同じLv2であったとしても、完全と言っていいほどに突き放している。実力だけならば、既にLv3下位と言ったところだ。格上殺し(ジャイアントキリング)も夢ではない。

 

(この調子で行けば…あと1ヶ月…いや、もう少し欲しいが、その程度で彼は、復讐を達成できる。)

 

ベルの目的────リューの殺害は、着々と近づいていた。

そんな思考を回していた時に、ベルがリューに尋ねた。

 

「ねぇ、リュー。」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「…シルに、言われたんだ。これが終わったら、誰かを頼ってくださいって…」

 

「そう、なのですか…」

 

シルがそんな事を言ったことが意外だったが、粗方の予想ができた。恐らく、止めようとしたのだろう。しかし、それが無理だとわかって静観する事に決めたようだ。

そんな考えを巡らせる次の瞬間に、ベルは予想外なことを口にした。

 

 

「リュー…頼みがあるんだ。」

 

「…私でよければ。」

 

リューは、安請け合いした事を、少しだけ後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君に、僕の終わりを見届けて欲しい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

 

なんて、残酷なのだろうか。

 

「僕は…君に、見ていて欲しい。」

 

なんて、悲しいのだろうか。

ベルの目的が叶った時。それは、即ちリューの死を意味する。なのに、リューは断れなかった。

 

「…はい、わかりました。」

 

「────ありがとう。」

 

ベルが、微笑んだ。

意識的に、初めてエルフに向けた笑顔は、綺麗で、澄んでいた。

 

リューも、笑ってみせる。

 

2人は寄り添いながら、それと同時に、何かが2人を交わらせまいとしている。

 

確実に、ゆっくりと、終わりの時間が近づく。

 

 

 

 

 

「────リュー、どこ行くの?」

 

「…すぐに分かります。私の、とっておきの場所です。」

 

リューとベルは、2人寂れた街道を歩いていた。周りには、余り綺麗とは言えない様な建物から、廃墟のような教会まであった。そんな道を、かれこれ10分程歩いていると、小高い場所にある教会にたどり着いた。

 

その場所からは、オラリオの広域を見渡せた。

 

「────凄い…」

 

「…えぇ。私が始めてきた時も、同じ様な感想を持ちました。」

 

「こんな場所があったなんて…」

 

「…コレ以上高くても、低くても駄目。街にいる人々の息遣いが感じられるたった一つの場所だと、シルが言っていました。」

 

シルに連れてこられ、荒れていたあの頃のリューを諭した。リューはそこで生きる希望を見出した。しかし、今はベルに対しての罪悪感のほうが強くなっていた。

 

(私は…彼に殺されるために生きてきた。もう、私に未練はない…)

 

リューは、身辺整理も既に済ませていた。酒場の二階にあるリューの部屋にあるものは既に纏められ、いつでもすてるだけになっている。

 

それほどの覚悟が、リューは決まっていた。

 

「少しだけ、貴方の敵について触れましょう…」

 

「…!」

 

リューは、ポツリポツリと語りだす。

 

「私は、ある神の元で冒険者をしていました。正義を司る神の名のもとに、オラリオの治安を守っていました。当時は、闇派閥と呼ばれる悪神の眷属に属する集団が跋扈していました。私達は、それを取り締まるのが主な仕事でした。順調に軌道に乗っていた私達でしたが…悲劇が起きました。」

 

5年前に起こった悲劇。闇派閥による嵌め殺しで、リューのファミリアは壊滅した。彼女だけを残して。

 

「その事件で、私と彼女だけが残りました。彼女は、復讐に燃えてあらゆる手段を使って、疑わしい人物の全てを殺しました。私は…止められなかった。」

 

「…その過程で、僕の村が…皆が襲われたのか…」

 

「…はい、その通りです。」

 

ベルは、手すりに肘をかけながら、過去を思い出すように目を細める。

 

「そいつは、今どうしてるの…」

 

「このオラリオに居ます。」

 

「…そう…そいつも、リューも…僕と同じなんだ…」

 

「…クラネルさん…?」

 

少し、様子の変わったベルにリューは首を傾げながら問いかける。

ベルは、街を眺めながらポツリと呟いた。

 

「…泣いてたんだ。」

 

「…え?」

 

「僕の村を襲ったそいつは…僕を見て泣いてた。」

 

リューは目を見開いた。

ベルは覚えていた。あの日の惨劇の最中、目が合ったあの瞬間を。

 

「今でも覚えてる。炎に包まれた村、血を流して倒れる…みんな。それを見る僕と、涙を流す奴…忘れない。忘れられない。」

 

「………」

 

やはり、彼は変わることなく復讐に真っ直ぐに突き進む。愚直なまでに殺意を漲らせる。

 

ほんの少しだけ…その勢いを弱めていた、黒い復讐の焚き火に、また()が焚べられる。

 

「同じ苦しみを知っている癖に。お爺ちゃんを、お兄ちゃんを、おじさんを、おばさんを…皆を殺した。僕からしたら…闇派閥と同じだ…っ!」

 

「……っ…えぇ…許されることではない…」

 

苦しい。なぜそんな事を。いいや、当たり前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の世界(日常)を奪った自分への罰。

 

 

 

 

 

 

 

「リュー。僕は、君の仲間を殺す。手を引くなら、今だ。関わらない事も出来る。」

 

真っ直ぐに、ベルはリューを見つめる。それは、リューに送ったせめてもの気遣い。しかし、リューは首を横に振った。

 

「────いいえ…約束は違えません。それが、私にとってもケジメになる。」

 

リューの覚悟。ベルのために死ぬ。今彼女は、そのためだけに生きていた。

 

 

 

 

ベルは食堂の隅っこで1人、ある本と睨めっこをしていた。

ミアに手渡された本で、よく分からない不思議な本だった。

 

手に取って、中を見る。

 

瞬間、グニャリと視界が曲がった。しかし、ベルはパニックにすらならずに、ボーッと空間を眺める。すると、頭の中に何者かの声が流れてくる。

 

『汝、力を欲し、炎を燃やすならば答えよ。』

 

ここで、ベルはあの本について思い当たった。

あれは、魔導書だったのだと。

 

『汝にとって、力とは?』

 

────目的を成し遂げる為に、必要な物

 

『汝、力に何を欲する?』

 

────雷の様な衝撃を

 

『汝、力に何を求める?』

 

────あの人の様な、疾風が如き速さを

 

夢想するのは、自身に戦いを叩き込んだ、あの疾風の様な女。ああなれたなら────ベルは、思い続けた。

 

『汝を突き動かすものは?』

 

────苛烈な迄の復讐心

 

『死ぬとしても、果たしたいか?』

 

ベルは、そこで初めて言葉に詰まった。

あの日から5年。復讐の為だけに生きてきたベルだったが、初めてこのオラリオに来て、楽しいと思える時間が出来たのだ。

 

このファミリアのアマゾネスの少女、酒場にいる2人の少女、ギルドにいるお節介なハーフエルフと気さくなヒューマン。全部、全部を失ってしまっても、本当にいいのか?

 

ベルは、一瞬の逡巡を見せたが、答えは変わらなかった。

 

────構わない

 

『ほぉ?全てを失っても構わないと?』

 

 

 

 

 

────僕の命が輝く時が刹那だったとしても、構わない。猛々しく吹き荒れる疾風に、苛烈に轟く雷霆に…!復讐が叶うのなら…もう何もいらない(全部捨ててやる)!!!

 

 

 

 

 

 

僅かな沈黙、しかしすぐに返答が来た。

 

 

 

『美しい迄に純粋な復讐心────流石、僕だ。』

 

 

 

瞬間、バチンと言う弾けるような音と共に、ベルは覚醒した。辺りを見回すと、皆がこっちを見ていた。不思議に首を傾げると、焦げ臭い匂いが鼻をついた。何かと手元を見ると、魔導書が焦げていた。

 

ベルの手に迸る、漆黒の雷を残して。

 

ベルはすぐさま武器を手に取り、自身の主神の部屋に駆け込んだ。

その駆け足の速さは、その場にいた3級冒険者達に残像だけを残して、消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ベル!今日一緒に……あれ?」

 

翌日の早朝。

ベルが寝泊まりをしている部屋を、ティオナが突撃すると、既にそこはもぬけの殻。武器や装備もいつもの場所にはなかった。

 

なぜ、ティオナが装備の配置を知っているかと言うと、だいぶ前からベルの部屋に入り浸っていたからだ。ベルの部屋には結構な数の本がある。文庫本から図鑑、ダンジョンについての事や、医学本まで様々ではあるが、1番多いのがティオナが大好きな英雄譚だった。

 

本人は大して興味はなさそうにしている。だが、なんでも死んでしまった祖父が読んでいた本を全て買い揃えたのだそうだ。形見の様に大切に扱っている事から、余程のおじいちゃん子であったことがわかった。

 

「ベル、いないの?」

 

「いないみたーい。もう行っちゃったのかな?」

 

後ろからひょこっと顔を出すアイズは、ほんの少しだけ残念そうな顔をしていた。

 

「折角18階層に誘おうと思ってたのに〜。」

 

「…もしかしたら、ダンジョンで会えるかも…」

 

「確かに!それもそうだね!フィン達も誘ったし、早速出発だ!」

 

 

 

 

 

 

 

「…だいぶ調子がいい。」

 

ベルは、ダンジョンの15階層にて、ステータスアップの感触を確かめていた。

ベルは、絶好調のまま下へ下へと降りていく。

 

丁度18階層に差し掛かった辺りで、ベルは背後にある複数の足音を捉えた。

敵かと、油断なく大剣に手を掛けて、暗闇をジッと見つめる。

 

「あっ!ベルいたぁーー!」

 

「ぶぎゅ」

 

とんでもないスピードで突っ込んできたのは、鉄骨の様な武器を持ったティオナだった。熱烈なハグは別にいい、別にティオナだから構わない。しかし、重い。ティオナではなく、武器が。

 

ティオナの下でじたばたしていると、ヒョイとティオナが持ち上げられる。

 

「お馬鹿!アンタは別として、ウルガなんて凶悪な重さの武器をベルに押し付けるんじゃないの。死ぬじゃない。」

 

「…さすがに、死んじゃう。」

 

「…ケホッ…ありがとう、ティオネ。アイズ。」

 

「ううん、気にしないで。」

 

「いいわよ、別に。それにしても、よくここまで無傷で来れたわね?」

 

「…?みんなだって無傷。」

 

「あんたねぇ…私達と一緒で考えるんじゃないの!」

 

無表情のベルに、ティオネは若干呆れる。そんな時に、後ろからまた誰かが歩いてくる。

 

「やぁ、ベル。久々だね。よもやこんなところで会うなんて。」

 

「もうこんな所にいるのか…」

 

「ベル!ようやく捕まえました!」

 

「…フィン…団長、…リヴェリア……レ…エルフ。」

 

「前から言っているけれど、フィンで構わないよ。」

 

「ん…わかった。」

 

ロキ・ファミリアの団長であるフィンと、副団長であるリヴェリア、そしてその弟子であり、最近何故かやたらと絡んで来るレフィーヤが現れた。

 

「ほら、ベル。レフィーヤです!あの時みたいに呼んでください!」

 

「…うるさい、喧しい…呼んでないし…」

 

「え〜?呼んでたじゃん!すっごい焦った顔してさ、レフィーヤァ!って。」

 

ティオナがベルの脇腹をつんつんと突っつきからかう。ベルは無表情のままそっぽを向くが、もう意味は無い。

 

「耳真っ赤〜!」

 

「うるさい…!」

 

「照れなくていいんだぞ〜?ホレホレ〜!」

 

「バカにして…っ!」

 

「お!珍しくベルが掴みかかってきた!可愛い〜!」

 

いくら強いと言ってもLv2。そのベルが掴みかかるのはオラリオでも最高峰のLv5のティオナ。いいようにあしらわれ、結局ハグをする形で押し倒される。

 

「……メスシルバーバック……」

 

「言ったなぁ!このぉ!」

 

「ぐぎぎぎ」

 

ベルがボソリと呟いた言葉に、ティオナがヘッドロックを掛けて、ベルがじたばたと藻掻く。

そんな様子は、元気溌剌な姉と、無愛想に見えて、実は優しい弟の触れ合いのようで、どうにも微笑ましかった。

 

リヴェリアは、その様子を眺めながらも、やはりベルの成長に目を見張った。

 

「ベル…無理はしていないか?」

 

「…してない。魔法も使えるようになったし。」

 

「え!?嘘!聞いてないよ!」

 

「昨日の夜にステータス更新したら、あった。」

 

「どんな魔法なの?教えて!」

 

そうやって詰め寄るティオナだったが、フィンによって止められる。

 

「それは気になるけれど、とりあえずは街に入ろう。折角だ、ベル。僕達と一緒に行ってみるかい?」

 

「…わかった。」

 

ベルは、無表情でフィンの言う事に頷くと、ティオナの横に立ってトコトコと歩いて行く。なんだかんだ言って、1番懐いているのである。

 

そのまま7人は、ワイワイと街に進んでいく。

 

 

 

ベルは、その先に待ち受ける、圧倒的な迄の闇を

 

 

 

 

 

まだ知らなかった。

 

 




感想、待ってます。



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第5話:目覚めよ【前】

現在、7人は18階層に存在する冒険者の無法街。リヴィラの街に居た。しかし、いつもと違い冒険者の喧騒が少ない。フィンが感じた異質さは、決して気の迷いなどではなかった。

 

「…殺人事件か…」

 

街の中で(・・・・)は珍しいな。」

 

リヴェリアは、チラリとベルを見る。

いつも通り無表情のまま、ティオナの隣でウトウトしながら欠伸を1つしていた。

 

大した胆力だ。純粋にそう思ったが、ベルの挙動にリヴェリアは目を見張った。

 

(…この状況下で、どんなときも油断はしていない…常に防御の考えを頭に置いている…)

 

歴戦の戦士ですら、仲間がいれば油断も少しするというのに、ベルは油断の欠片もなかった。

 

関心と共に、リヴェリアはため息をつく。

 

(アイズと違って、手がかからないのはいいが…まったく、可愛げが無い…)

 

ほんの少しだけ苦笑してから、リヴェリアは進言する。

 

「フィン、あの子達も現場に連れていこう。」

 

「珍しいね?少なくともベルは遠ざけると思っていたけれど?」

 

いつもならばそうしただろう。しかし、リヴェリアはこの先を見ていた。

 

「…確かに、そうだな。いつもの私なら参加すらさせなかった。もしかしたら、常に傍に置いて守っていたかもしれない。だが、変わる時なのかもな…」

 

「…なるほど、君なりに考えがあるわけだ。よし、ベルは今後の幹部候補だ。経験をさせておくに越したことはない。」

 

そうして、2人は5人を連れて現場へと向かった。

 

 

 

 

 

「ベル…平気?」

 

「血の匂いには慣れてる。それに、新しい装備もあるから、油断はしてない。」

 

左手をグッと握り、新しい篭手を2人に見せつける。

 

「そうじゃなくてさ、ベル?今日隈酷いよ?」

 

「…寝れなかった。夢見て。」

 

本当に、今日のベルの目の下には、濃い隈が出来上がっていた。

 

そっかー、と軽く流すティオナだったが、ベルが一瞬黙る仕草を見せたことで、聞いて欲しくないことだと悟り、それ以上の追求を止める。

 

確かに、今日のベルは酷い隈をしていた。アイズが心配したのは、現場が平気かではなく、体調のことを気にしていたのだ。

 

「…ベル、余り無理はするな。」

 

「…問題ない。逆に調子いい方。」

 

「それならいいんだが…」

 

心配するリヴェリアをよそに、ベルはヅカヅカと現場に進んでいく。

 

「────なるほど、中々に酷い具合だ。」

 

「……ッ」

 

ベルは、室内に飛び散る血を見て、頭を押さえる。フラッシュバックの様に、思い出すのだ。

 

(まただ…また…!)

 

金髪と碧眼。その瞳からは涙を流し、ただ吠えていた。見た事が無いくらい、瞳が怒りに染っていた。

そして、ベルを見た瞬間に、その女は顔を青ざめさせて────逃げ出した。

 

許せなかった。間違いだったと気づいたのに、皆を殺した事を悔いもせず、ただ逃げ出したあの女を見ていた、あの時を。

 

どうしても、思い出してしまった。

 

「────ベル、ベル!」

 

「……リヴェリア…?」

 

リヴェリアが、目の前にいた。いや、肩を掴んで揺さぶっていたのだ。暫くの間、ベルは思考が纏まらなくなって、混乱していたが、漸く状況が掴めた。

 

「…大丈夫か?無理はするな。」

 

「…いや、昔を思い出しただけ。平気。」

 

ベルは、そっとリヴェリアから離れて、部屋を探索する。リヴェリアは、自身の手を悲しそうに見てから、死体に目を移す。

 

「…頭を潰されて即死か…」

 

「いや、ここの首。へし折られてる。圧迫痕もかなりの強さ…これは、難しい。」

 

男の死体は、無残の一言に尽きた。

 

フィンとリヴェリアが検死していると、後方からドスドスと足音が響く。

 

「おいコラ!誰だ、勝手に入りやがって…ゲッ!?ろ、ロキ・ファミリア!?なんでこんなとこに…」

 

左眼に眼帯をした筋骨隆々のいかにもな体躯をした男────ボールス────はこの街を仕切るLv3の上位冒険者。

 

ボールスは忌々しそうにファミリアのメンバーを見た後に、ベルを視界に収めてニヤリと笑う。

 

「なんだぁ?天下のロキ・ファミリアはいつから本職を子守りしやがった?」

 

「ボールス、その子に近寄るな。」

 

「そーだそーだー。あんたみたいに粗暴な冒険者になったらどうしてくれんの?ねー、アイズー?」

 

「…それは、嫌、かな…」

 

「私も…そんなベルは見たくありませんね…」

 

「…ボールスみたいになられるのはごめんね。」

 

「んだとテメェら!」

 

「「「なに?」」」

 

「なんでもありませーん!」

 

3人にひと睨みされるだけで、ボールスは萎縮する。それもそのはず、Lv差が圧倒的なのだ。

ベルは、そんな様子を見て、ボールスが自分よりも下なのではないかと思い始めた。

 

「清々しい迄の小物。」

 

「んだとガキィ!?────いや、まて、テメェは…レコードホルダーか?」

 

ベルは、その言葉に聞き覚えがなく、首を傾げてリヴェリアを見る。すると、全く仕方がない…と言う目を向けられ、リヴェリアが代わりに答える。

 

「そうだ。ボールス、この子はベル。本物のレコードホルダーだ。」

 

「おー、嫌だ嫌だ…ロキ・ファミリアには化け物しかいねぇ…おい、餓鬼。気をつけろよ?お前の所の女所帯は化け物揃いだ。とって食われねぇようにな。」

 

「…皆はそんな事しない…」

 

ベルは、ムッとした顔でボールスを睨む。ボールスは、おー怖、と肩を竦めて死体に目を写した。

 

「…そいつは、昨日の夜に女と入ってきたらしい。貸切だとよ。」

 

「あぁ…そういう事か。」

 

「…なるほど。」

 

リヴェリアとフィン、そしてアマゾネス2人と妖精、ベルは察したが、アイズだけピンと来ていない。

 

「どういうこと…?」

 

「…この2人はセッ「ちょっとベル!何言おうとしてるんですか!?」…うるさい…耳元で叫ぶな…」

 

これだからエルフは潔癖で困る。そんな事を愚痴りながら、ベルはあることに気づいた。いや、思い出したということの方が正しいだろうか。

 

「…ボールス、男の特徴は?」

 

「あぁ?なんでも、全身鎧姿だったらしいぜ?」

 

「それは銀鎧(シルバープレート)?」

 

「あぁ。それがなんだよ?」

 

ベルは、予想が当たってしまった事に、唇を噛み締めた。

 

「心当たりがあるのかい?」

 

「…1人だけ。つい一週間前も街で会った。」

 

思い出すのは、ほんの少し前の事。ベルがオラリオに来た日のこと。検問にて、彼と出会った。

ベルは、死体の手を握る。そうして、確信に至った。この節くれだった…漢の手を。

 

「手の甲にある傷…それに、この手の大きさ…この男の身元がわかった…」

 

「ベルと親交があった人物か…それで、誰なんだ?」

 

ベルは唇を噛み締めて、溜めながら口を開いた。

 

「…ハシャーナ────ハシャーナ・ドルリア。ガネーシャ・ファミリアの団員。」

 

ベルは、死体の手を見ていた時に、既に頭に嫌な予想が過っていた。しかし、いつも会う度に自分の頭を撫でていた、大きな掌を見て確信に変わった。

 

「待て!Lv4じゃねぇか!?巫山戯んな!そんな奴がこのフロアにいるってのか!?ステイタスシーフで確認する!……最悪だ、クソっ!」

 

ベルの予想は当たっていた。この死体はハシャーナその人だった。

 

「少なくとも、それだけの力は持ってると考えていいね。…ベルの予想が当たっていなかったとしても、この階層までこれる冒険者を殺すのは、なかなかに骨が折れる。僕ら程でなければ…ね?」

 

「そ、そうだ!お前達も容疑者に「それは無い」

 

ベルが、ボールスの言葉をかき消す様に呟く。

 

「このメンバーは僕と身長は同じか少し高いか。でも、証言にあった女の背格好はもう少し高いと聞いた。それだけでも充分。当てはまるとするならば、リヴェリア位。」

 

「じ、じゃあ!お前か!?」

 

リヴェリアを指さしたボールスに、ベルが素早く反論する。

 

「それもない。忘れているのかは知らないが、リヴェリアはエルフだ。潔癖なコイツら(エルフ)…しかも、その女王が、娼婦まがいのことをすると思うか?例え犯人がリヴェリアだったとしたら、もっと上手い。証拠も死体も残す筈がない。たぶん、その女は正体がバレても問題ないような、無名の強者だろう。」

 

リヴェリアは、少し複雑な気持ちになったが、なるほどその通りだと頷いた。

 

「じ、じゃあ!ほかの連中はどうなんだ!?」

 

「ティオネは特徴にあってはいるけれど、フィン大好き人間だからありえない。レフィーヤもリヴェリア同様。アイズはさっきの会話もわかってすらいないお子ちゃまだから除外。…ティオナは…その、違う。」

 

「…まぁ、そうだな」

 

ある1部を見て、ベルは目を伏せた。その行動に、せめてもの気遣いが見えたが、それが余計にティオナは辛かった。

 

「…ベル、その気遣いが痛いよ…」

 

「ご、ごめん…」

 

珍しくオロオロしながら、ティオナに擦り寄るベル。まぁ、可愛いから許そうかな。そんな気持ちにはなったティオナだったが。

 

「大丈夫。胸なんてただの脂肪の塊。たとえ貧乳でも、ティオナは魅力的だから。」

 

「ベル、後でちょっとお話しようか!」

 

「……うん…」

 

フォローしたつもりが、逆に怒らせてしまったらしい事を、ティオナの目を見て知ったベル。

 

そんな二人を見て苦笑するフィンは、真剣な表情に変えて、ボールスに告げる。

 

「…まぁ、概ね彼の言う通り…彼女達に男を惑わすスキルはないかな。」

 

「…あ、あぁ…取り敢えずこの街にいる冒険者を集めるか。」

 

「了解だ。」

 

そう言って、ベル以外の人間が出ていった。ベルは、ハシャーナの死体に寄り添い、そっと告げる。

 

「…貴方の亡骸は必ず、僕が神ガネーシャの元に送り届ける。そして、貴方の無念も…僕が晴らそう。だから、どうか…安らかに…叶うのなら、もう一度貴方の大きな手で、頭を撫でて欲しかった。」

 

手を優しく握り、ベルは最後の別れを告げる。

 

壁に立てかけていた大剣を背中にかけて、ハシャーナに背を向ける。

 

その瞳に、確かな復讐の炎を宿らせて────

 

 

 

 

「────なにこれ。」

 

もう一度言おう

 

「なにこれ」

 

目の前には女体の酒池肉林に囲まれた我らが団長フィン。そして、その女体を殲滅していくティオネ。

 

カオスだ。

外に出たら既にこの状況だ。

 

「…ひとえに、フィンの人気が高すぎるんだろう…」

 

「…有名なのも、大変なんだね。」

 

「そういうことだ。」

 

「…リヴェリアも、街でドナドナされかけたの、知ってる。」

 

「どなど…?まぁ、あんな状況になったことは…あるな。」

 

まるで、全てに諦観した様な眼差しで、遠くの方を眺めるリヴェリアに、少しだけ同情した。

そうこうしていると、突然。本当に、突然だった。

 

ベルが、詠唱を始めた。

 

 

「【轟け、雷鳴(我が名)雷鳴(我が怒り)】」

 

 

リヴェリアは、その行動に呆気に取られ、声をかけることに数秒遅れる。しかし、ベルは周囲の注目を無視して、スキルのマジック・チャージで自身の魔力を肩に担いだ大剣に込める。リィン、リィン、と鈴がなり、白い光が大剣に纏われる。

 

 

「【曇天に雷霆を宿し、吹き荒べ】」

 

 

鈴の音が、ゴーン、ゴーン、と大鐘の音に変わった時、純白の光は、稲妻を帯び黒く燻む。

 

チャージ完了

 

ベルの全身から、黒い稲妻が迸った。

 

群衆の間を縫うように駆けて、一直線にある者の目前まで辿り着き、詠唱を完結させる。

 

 

 

迅雷(ブロンテ)

 

 

 

ベルの魔法、それは純粋な付与(エンチャント)

 

Lv2と侮るなかれ、彼のエンチャントはLv5相当の敵に不意打ちをすることだって可能とする程に強力。

 

『勝てない相手と真正面からやり合うなど愚の骨頂。意表を狙い、不意をつきなさい。それが、確実な勝利に繋がる。それに、貴方は戦士や騎士ではない、復讐者(・・・)だ』

 

師の言葉を思い出し、ベルは自嘲するように笑った。

 

(────あぁ、その通りだ…!)

 

音もなく、無音で、ただ全身銀鎧(フルシルバー)の男に、全力の一撃を叩き込む。

 

大剣が、黒い稲妻を帯びた鉄槌に変わる。

 

その衝撃に、地面が陥没し、稲妻がその場に落ちたような音が轟く。

 

しかし、全身銀鎧(フルシルバー)の男は、ベルの接近に寸でのところで気づき、回避行動を取り、全力の一撃を逃れる。が、その衝撃は凄まじく、まるでボールを蹴飛ばしたように吹き飛んだ。

 

そこに、ベルは追撃をかける

 

ベルの魔法は付与。しかし、これは正解であり、間違いでもある。

ベルが先程使った効果は、ベルの魔法の副産物に過ぎない。

 

ベル本来の魔法ならば、名を叫ぶだけで効果を発揮する。しかし、ダメ押しとばかりにベルは紡ぐ

 

【其は、(カラ)の境界を穿つ断罪の雷霆(ヒカリ)。鳴り響く雷鳴の賛歌、天の勝鬨、即ち王の証明。霊王たる我が名は【天雷霊(アルクメネ)】、 我が制裁こそ天の意思!─────墜ちろッ!】

 

強化詠唱

 

それは、ベルの魔法威力を強化する特殊詠唱。

 

速攻魔法にして電光石火の如く敵に舞い降りる災害。

 

その名は────

 

 

 

雷霆(ケラウノス)ッ!!!】

 

 

 

ベルが天に向けた指先を、男に向けて振り下ろす。その瞬間。男の頭上から突如、一筋の極光が舞い落ちる。バチバチッと雷電が迸る男に、ベルは間髪入れず胴のど真ん中にチャージした拳を叩きつければ、男はそのまま壁にぶち当たり瓦礫に埋もれ、土煙が舞いあがる。

 

「─────ッ!!」

 

目を見開いたベルは、左腕に意識を向ける。

 

瞬間、男が土煙から飛び出し、剣を振りかざしてベルに襲いかかる。

 

ベルは左腕を前に出し、篭手に魔力を流す。

すると、一瞬で篭手から赤と黄金の円盾が展開され、攻撃を防ぐ。

 

ベルの新武装《運命の車輪(イクシオン)》。ベルの専属鍛冶師がもたらした、ベル専用の武装だ。

 

「アァァァッ!!」

 

空いた右手の大剣を薙ぎ払い、もう一度距離をあける。

男はさっきの攻撃など効いていないと、余裕を持った動きでそれを躱し、距離をとると、口を開いた。

 

「────なぜ、わかった?」

 

女の声が響く。

 

「…その鎧を見間違えるはずがない。何よりも────お前の被っている皮(・・・・・・)の持ち主を忘れるわけがない…ッ!」

 

確かな怒りを燃やすベルに、女は心底興味無さそうに口を開く。見た目はボロボロなはずなのに、余裕のある声音で続ける。

 

「…誤算だ。知人が居たとはな。まぁ、私の知ったことではない。お前も殺すだけだ。」

 

確かな殺気が、ベルを襲った。それは、まるでフィンを前にした時のような圧迫感。初めて手合わせをしてもらった時の事を思い出した。

 

「────来いっ…!」

 

ハシャーナの皮を被った女は、消えた。

いや、ベルの目には見えないスピードで動いただけ。しかし、ベルにとってそんな事は日常茶飯事だ。

 

一瞬のうちに、背後に気配を感じたベルは、瞬時に転身、盾を展開して防御に徹する。

 

瞬間、ガギンッ!と激しい激鉄の音を響かせながら、ベルが吹き飛んだ。咄嗟に地面に大剣を刺して威力を殺し、体勢を立て直す。そこに、女の追撃が加えられるが、ベルは盾を素早く構えてどっしりと防ぐ。

 

「────クッ…!」

 

「Lv3…それも上位と言ったところか。」

 

女はさらにベルに追撃を加える。

再度ベルは【迅雷】を唱え、身体強化を施し、更に女に与えられるダメージをチャージ、全て身体強化に注いでいた。これで、漸くまともに殺り合える。

 

女の上段斬りが、ベルに迫る。しかし、ベルは焦ること無く、盾を女の剣に叩き付けるように振り抜く。

 

この盾の本来の利用法。攻撃を受け流し、弾く(パリィ)

 

剣は勢いに耐えきれず、パリィによって弾かれ、女の上体が仰け反る。

 

「ッ!?」

 

「───────ォォォッ!!!」

 

右手の大剣を、全力で振るう。【迅雷】の付与もあり、黒い稲妻が付与された大剣が、女に襲いかかる。

 

「舐めるなッ!」

 

仰け反った状態から無理やり踏み込み、大剣に拳を叩き込む。

 

 

「グゥっ…!」

 

「化け物め…!」

 

 

ベルの大剣を迸る稲妻は、災害のそれと変わりない。しかし、女はそれに拳を叩き込んだ。しかも、刃と激突したというのに、拳が傷つかずとんでもない衝撃がベルの手を伝わってくる。

 

「────ベルっ!」

 

「アイズ…!」

 

「雷が落ちたのが見えて…分からなかったけど急いで来て良かった。」

 

肩を揺らしながら、ベルはアイズを見上げる。

 

「…手伝って…」

 

「…わかった。」

 

「チッ、面倒な…仲間か。」

 

女は面倒くさそうに指笛を吹く。そうすると、18階層の至る所から食人花がせり上がり、冒険者を襲っていく。

 

「これって…!」

 

アイズが驚くと同時に、女が鎧をガシャりと外した。

 

「あぁっ…動きにくくてかなわん…!」

 

兜のみを残し、その恵体を露にした女は、忌々しげにこちらに歩みよる。

 

アイズは、すぐ様剣を抜き構える。

 

もうその瞬間には、激戦が始まっていた。

剣をなぎ、蹴りを見舞い、見切り、躱し。それが猛スピードで繰り広げられる。

 

しかしその中で、アイズは焦っていた。

 

(…強い…Lv4じゃ勝てないのも、頷ける…いや、もしかすると、私よりも強い…!)

 

ハシャーナが抵抗もできずに殺された。納得の強さだった。何よりも、膂力だろうか。それともこれは、慣れから来るものなのかはわからないが、確実にLv5以上。

 

修羅場をくぐりぬけて得た経験。それが、アイズの中で弾ける。人に使うまいとした己の魔法を、ベルの危機に反応してほぼ条件反射で行使した。

 

目覚めよ(テンペスト)!】

 

「────この風はっ…!?」

 

アイズを風の鎧が包み込む。その風が起爆剤となり、アイズの神速の刺突を、災害に変えて突き抜けた。

 

女がクリスタルを割りながら吹き飛び、壁にまた激突。

ハシャーナの兜が、女の頭からポロリと落ちた。

 

現れるのは、ハシャーナの顔の皮を被った女。しかし、もう隠す必要も無いと感じたのか、女はビリビリと被っていた皮を破き、その顔を露わにする。

 

翡翠色よりも濁った瞳、燃えるような赤髪。

そんな女が、唐突に無表情のまま口を開く。

 

「…探し物が、2つも見つかるとは…そうか、お前が

 

 

 

 

 

『アリア』か

 

 

 

 

その言葉は、ベルではなくアイズに向けられた物。

 

アイズの時間が、止まった。

 

「な、なん、で…その名前を…」

 

「…アイズ…?」

 

動揺するアイズに、ベルも動揺しながら、あることを思い出す。

 

(『アリア』…どこかで…おじいちゃんが書いていた本…?いや、今は…!)

 

「こちらに来てもらうぞ。」

 

ベルは決心を決めた。

女から、震えるアイズを守るように立ち塞がる。

 

そして、アイズを叱咤する様に語りかける。

 

「…しっかりしてくれ、アイズ。『アリア』…精霊の名前が君とどう関わっているかなんて…興味はない。誰にも言わない。だから、どうか今だけでいいから、立ってくれ。君が頼りなんだ。僕だけじゃ、アレは殺せない。」

 

「……ベル…」

 

ベルは、状況を理解している訳では無い。しかし、今倒すべき敵は分かっていた。

アイズは、ベルの言葉に、少しだけ落ち着きを取り戻し武器を手に取り、構える。

 

「…貴女がどうして私をそう呼ぶのか、知らない…でも、私は《アリア》じゃない…!」

 

「そんな事は些細なことだ。貴様がその風を使っていると言う事実だけでいい。」

 

女は淡々とアイズだけを視界に収めた。ベルは眼中に無いようだ。

 

そして、戦闘が始まると言った矢先。3人を囲む岩壁地帯の上から、声がひとつ落とされた。

 

「────何を遊んでいる、レヴィス。」

 

「っ!」

 

ベルがその方向を見ると、男が立っていた。

 

白い腰巻き、白い髪、モンスターの頭蓋の面を被った、如何にもと言った男が、そこにいた。いつからか見慣れた、山吹色の何かを引き摺ったままに。

 

「…貴様こそ、何をしている?種は手に入れたんだろうな?」

 

「あぁ、勿論。ここにあるとも。」

 

男は、革鞄から何かを取り出す。

アイズが、それを見た瞬間に、顔を再び…いや、先程よりも青ざめさせた。

 

「あ…、そ、れ…うそっ…だって、それ…!」

 

「…アイズ、どうし────」

 

ベルの頭に、口喧しいエルフの少女の顔が過った。

 

 

 

────彼女は、どこに行った?

 

 

 

「────剣姫…ほぉ?ならば、これはとてもいいプレゼントになる!サプライズプレゼントだ、剣姫。有難く受け取るがいい!!」

 

男は、自身の足元に手を伸ばし、何かを掴み、放り投げた。

 

天井の逆光で、ベルは正確にその物体を見ることは叶わなくて、気づいたのはそれが落ちてからだった。

 

どちゃっ

 

そんな音が2人の鼓膜を叩いた。

 

美しい山吹色が所々赤く染まり、美しい肌色は生気を失い、青白く変色している。

両手はひしゃげ、片方の手は千切れかけている。

ベルを見つめていた青い瞳は、今は虚ろに天を向き、首があらぬ方向へと向いている。

 

ベルは、自身の予想が、これ程までにハズレていろと思ったことはないだろう。

 

「いや…!待って…どう、してっ…!あ、あぁ、あぁ…!!」

 

アイズが、崩れ落ちる。

 

「────レフィー、ヤ…?」

 

ベルの頭は、真っ白になった。

この光景を、ベルは見た事がある。それは、嗚呼、なんだったか。

 

レフィーヤに、フラフラとした足取りで近寄る。

バックパックから、リヴェリアに持たされていたエリクサーを取り出し、レフィーヤの首を戻し、急いで振りかける。

 

「こ、これで…!」

 

レフィーヤの、傷が癒えていく。千切れかけた腕は元に戻り、血が出ていた箇所も止血され、いつものレフィーヤに戻る。しかし、左腕はそのまま雑に切られたような跡が残っていた。ベルは、レフィーヤを抱き寄せながら、呼びかける。

 

「レフィーヤ…レフィーヤ…!ほら、僕、君の名前を呼んだよ…?だから、目を覚まして…っ?」

 

答えない、ただ目を瞑ったまま、呼吸すらしていない。

 

「ふ、ふざけてないでよ…!らしくないよ!レフィーヤ…わかった…!僕の負けだよ!いい子にする…っ、ちゃんと、レフィーヤ、の名前呼ぶから…っ、お願いっ…目を、覚ましてっ…!」

 

「残念だったなぁ、小僧!その娘はなぁ、最後まで助けを求めていたぞぉ?ハハハハハハハハハハハハハ!!!!いい死に様(・・・)だったよ!クハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

ボロボロと涙をレフィーヤに垂らしながら、ベルは懇願する。

 

 

男がベルに現実を突きつけた。

 

 

ピシッ

 

 

何かが、割れる音が聞こえた。

 

 

 

「────────あああああああああああああああああああああアアアアアアァァァァァァァアアァアアァァァ⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸!!!!!!!」

 

 

 

叫びが、咆哮に変わった。

 

いつも、いつもそうだ。大切な物を、いつも失ってしまう。レフィーヤは自分に歩み寄ってくれていたのに、頑なに拒んで、自分は何をしていた?

 

叫ぶ、ひたすらに叫んだ。この悲しみ(怒り)が、消えないように、心に刻みつけるために。

 

ベルの目の前に、男が立っていた。

 

「…うるさい小僧だ…この小娘、千の妖精(サンザントエルフ)か…恋慕の情でもあったか?────安心しろ、貴様も直ぐに送ってやる。」

 

そして、ベルは現実を知ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

レフィーヤ・ウィリディスは、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

ベルは、無気力なまま、首を掴まれ、そのまま持ち上げられるが、抵抗する気力すらない。

徐々に、徐々に首に力を入れられる。

 

「さぁ─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────逝け」

 

 

 

アイズが、手を伸ばしている。時間が、一瞬が、無限に感じられる。

 

(あぁ…ティオナ、アイズ…リヴェリア、リュー…ロキごめん…────────レフィーヤ、おじいちゃん────今、そっちに…)

 

「ベルっっっっっ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「………アイズ────逃げ」

 

 

 

 

 

 

ボギャッ

 

 

 

湿った何かが、へし折れる音がアイズに届いた。ベルの体から、力が抜けて、ブランっ、と手足が垂さがる。

 

ベルの体を、男が投げ捨てる。ドシャっ、レフィーヤと同じように、地面にたたきつけられる音がした。

 

「…そん、な…ベル……レフィーヤ……」

 

アイズの心が、完璧にへし折れた。

 

「…丁度いい、《アリア》も回収するとしよう。」

 

男が、アイズに手を伸ばした。

 

 

 

 

「────ぁ──ぃ────」

 

ベルは、その様子を倒れたまま見ていた。視界が暗くなる。最後の力で、手を伸ばすのは、自身の半身でもある大剣。

 

 

剣から、熱を感じた

 

 

嗚呼────なんて呆気ないのか。

 

これ程までに、悲しい(憎い)のか。

 

ベルは、失いかけた意識の中。思うのは走馬灯でもなんでもなく、純粋な憎しみだった。

 

 

嗚呼、レフィーヤを殺したあの男が憎い。アイツさえいなければ、レフィーヤは生きていて、きっと楽しく過ごしていたに違いない。

 

嗚呼、憎い。レフィーヤ(みんな)を奪った───

 

 

────────お前が憎い

 

 

 

 

 

 

────────許さない

 

 

 

 

 

 

バチッ、何かが弾ける音がする

 

 

────許さない

 

 

バチッ、悲しみが弾けた

 

 

────ゆるさない…

 

 

バチッ、憎しみが弾けた

 

 

────許さない…!

 

 

バチッ、怒りが弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

────ユルサナイッ!!!!!!!!

 

 

 

大剣が、ベルの心に共鳴する様に震えた。

ベルの白目が黒く染まり、瞳孔が縦に伸び、黄金の色に染った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────殺してやるッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、18階層のどこからでも見える程に大きな稲妻が、爆心地に降り注いだ。

 

 




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第6話:目覚めよ【後】






数多の稲妻が18階層に降り注いだ。

 

その衝撃は、Lv5相当の実力を持つ3人が吹き飛ばされる程の衝撃だった。

 

「グッ!?なんだ!!」

 

「なんだと言うのだ!?」

 

「くぅ…!?」

 

大きなクレーターが、黒い稲妻が落ちた場所にできていた。

 

土煙が、晴れる。

 

クレーターの中心、そこには─────ベルがいた。

 

いいや、その表現は正しくはない。

 

ベルだった者がいた。

 

「なに…アレ…」

 

クレーターの中心、そこにはベルがいた筈なのだ。しかし、姿がどう見ても違う。

 

アルビノ特有の白い肌は、首から頬にかけて黒い鱗に覆われ、脚は完全に人外と化していた。そして、背中には稲妻を集め具現化させた、翼のような物が2つ。そして、何よりの変化は、ベルの目だ。

 

白目の部分が完全に黒くなり、赤い瞳は黄金の色に、瞳孔は縦に伸び────まるで、龍のような。そんな姿へと変貌していた。

 

その姿を見ていたアイズは、あることに気づいた。

 

自然と、自分の体が震えている。

 

なんだ、この震えは、止まらない、止まらない。

 

あれはベルだ、ベルな筈なんだ。なのに、なのに────

 

 

どうしてアイツ(・・・)の気配を感じるのか

 

 

 

驚愕しているアイズをよそに、ベルは無言のまま頭を人差し指でポリポリと掻いた後に、首を傾げて周囲をキョロキョロと見回している。そして、ある者に目が向いた。

 

レフィーヤだ。

 

ゆっくりと近づいて、レフィーヤを抱き寄せる。まるで、壊れ物でも扱うかのように。

 

そして、哭いた

 

 

「⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸──────ッ!!!!!!!」

 

 

咆哮だけで、衝撃がまた訪れる。

 

その咆哮に同調する様に、ベルに稲妻が降り注いだ。悲しみの咆哮。動物が仲間の死を弔う様に、自身を戒めるように。距離があるアイズでもわかる程に、ベルは悲しんで激怒していた。

 

ベルが哭き止んだあとに、クレーターの中心にある自身の大剣に手を伸ばすと、大剣が紅く輝き、ベルに一直線に吸い込まれていく。

 

向かってきた大剣を片手で掴むと、ベルはレフィーヤの亡骸の背後に大剣を突き刺す。

 

そして、その大剣にレフィーヤを寄りかからせる。

 

ここで見ていて

 

そういう様に。

 

次にベルは地面にへたり込むアイズを見ていた。そう、見ていたのだ。なのに、アイズが瞬きをした瞬間、ベルが目の前にいた。目の前に立っていた。

 

 

呆然としているアイズを横抱きにして、ベルはレフィーヤの元に戻る。

 

「べ、ベル…?」

 

「────」

 

ベルは、目で反応はした。しかし、何も喋らない。そのままレフィーヤの隣にアイズを下ろして、ベルは後方を睨んだ。

 

「フンっ…スキルかなにかで生き返ったか…まぁいい、もう一度殺すだけだ。」

 

男は、油断していた。しかし、赤髪の女────レヴィス────だけは、油断の欠片もなかった。

 

「…構えろ、アレ(・・)は私たちでかからねばならん…!」

 

「…らしくないな、レヴィス。貴様はそんな質だったか?」

 

「黙れッ…その油断は────」

 

そこで、レヴィスの言葉は途切れた。

 

 

ベルが、殴り飛ばしたのだ。

 

 

呆然とする男、その男をギッ!と睨みつけ、ベルは男の頭を鷲掴み、地面に叩き付けた。

 

「────グギッ!?」

 

男が呻いた瞬間に、また咆哮を上げ雷をその男に落とす。痺れながら、男が呻いた瞬間、吹き飛ばされた方向からレヴィスが高速でベルに近づき、その拳を放った。

 

しかし、ベルは首を前に傾け、その拳を避ける。そして、目一杯に遠心力を使った裏拳をレヴィスの顔面に叩き込んで吹き飛ばして、また男を踏みつけ、手で頭を掴み上に持ち上げ、下からのアッパーカットで男を打ち上げる。

 

ベルがそれを見届けると、屈みこんだ。瞬間、背中の雷の翼で飛び上がり、飛翔しながら男を嬲り、地面にまた叩き落とす。

 

「グゴォッ!?き、貴様────」

 

ベルは、男に喋らせることは無い、叩き落とした上空から急降下、異形の脚で突き刺す様に胴体に落下する。

 

男は、血反吐を泡と共に口から逆流させ、痙攣を起こし失神した。

 

ベルが、無言でその男の頭をつかみ、地面に叩き付けて、思い切り拳を腹に叩き込み、男を強制的に目覚めさせる。

 

そして、意味不明な言葉…いいや、言葉と言って良いのかすらわからないものを発した。

 

『⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴』

 

「なに、を────」

 

 

男が苦しそうに呟いた瞬間。

 

ブチ、ブチィ

 

ベルが、男の両手を持ちながら男の胴を踏み付け、腕を引きちぎる。

 

「ああああああああぁぁぁあブグァッ────!」

 

『⿴⿻⿸⿴』

 

まるで、黙れとでも言うように、叫ぶ男の頭を踏み抜き、強制的に叫び声を停止させる。

 

ベルの瞳は、もはや喜哀楽を無くし、ただ怒りだけが存在していた。

 

「mあd⿴⿻⿸⿴ま⿴⿻⿸レ⿴⿻⿸⿴』

 

ベルの声と同時に、低い声が重なる。

 

ベルが、怒りを燃やす。ベルの頬を覆っていた鱗が、徐々に徐々に広がって行く。

 

腕に、胴体に、広がっていく。まるで、ベルの怒りと同調する様に体が異形の姿に変化していく。

 

「ぐァ…き、さまぁ…!」

 

その言葉にもまったくの興味を見せずに、ベルは淡々と男を嬲る。頭を蹴り抜き、胴に拳を沈め、脚を持ち自身の怪力でもって地面に叩きつけながら振り回す。

 

苛烈なまでの暴力が男を襲うが、男も黙ってはいなかった。

 

「な、めるナァァァァァッッッッッッ!!!!!!」

 

 

男が体を回転させ、ベルの手から逃れ、その瞬間にベルの顔面に蹴りを入れる。人の首を片手で折れるような膂力を持った男の蹴りだ。威力は想像に難くない。しかし、ベルは顔色一つ変えずに男を睨み返した。

 

距離をあけた男は、肩を揺らし息を荒らげながら、腕に力を入れる。すると、腕が泡立ち蒸気を発しながら再生していく。ほかの切り傷や骨折も、ボキボキと音を立てながら修復していく。まるで、深層のモンスターのように。

 

「クッ…!なんなのだ貴様は…!なんなのだその姿は!?」

 

男がベルを指さし、声を荒らげる中。服がボロボロになって、こちらも傷を自動的に回復させるレヴィスが、男の隣に立つ。

 

「だから言ったのだ…アイツは、2人でやらねばならないと。あの男は…本物だ…何をするかわからんぞ…」

 

男は悔しそうに口元を歪めた後に、ボロボロになり、ほとんどが破壊された骨仮面を脱ぎ捨てた。

 

男の顔は、頬が痩せこけ、目の下には濃い隈が。ボサボサの白髪は乱雑に伸ばされている。

 

ベルの、怒りが再び燃え上がる。

 

この男が、レフィーヤを殺したのだ。腕を千切れるまでボロボロにし、彼女の尊厳を全て奪い、挙句殺したのだ。そうだ、忘れまい、忘れない。

 

ベルの体が、更に変化。尾骶骨から地面にかけて黒い尻尾がビキビキと不快な音をたてながら生えてくる。そして、腕が完全に竜のそれに変わり、三本の指に鋭い爪が輝く。ベルが吼える口元には、人の歯ではなく鋭い牙が生え揃っていた。

 

ベルはグッと身を屈め、2人に向かって駆け出す。

 

「来るぞッ!!」

 

「わかっている…!」

 

レヴィスと男が、同時にベルに向かって駆け出す。

 

蹴りと拳、蹴りと刃が、ベルに迫る。しかし、その尽くを避け、雷の翼で蜻蛉のように飛び回る。

 

レヴィスの嵐のような猛攻の間を縫って、男のみにターゲットを絞る。

 

ドリルの様に回転しながら、両爪を前に出し、男の胴体に突っ込む。

 

「グボガァあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!?!?」

 

肉を掘削するように、男の胴体を抉り、削る。

 

男はダメージに身を捩り、動くことすら叶わない。

 

そこに、レヴィスが攻撃を加えようとするが、ベルの尻尾がレヴィスに刺突。ギリギリで避けたレヴィスは、追撃が叶わず、ベルが男と共に上空に飛ぶ様を見届けるしかなかった。

 

「⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸────────────────ッ!!!!」

 

吼える、怒る。この男を嬲り殺すことしか、今のベルの頭にはない。

 

ボロボロになった男を上空から地面に叩き付ける。

 

空中に浮かぶベルが、何かを呟き始める。

 

『────⿴⿻遠き⿴空。無窮の⿴⿻に鏤む⿴⿻⿸ 愚かな我が声に応じ 今一度⿴⿻⿸⿴⿻⿸ 我を⿴⿻⿸者に暗闇の抱擁を』

 

ベルの周囲に、黒い風が纒わり付く。

 

それは、詠唱。

 

言葉にならない、何語なのかもわからない言葉と低い声が、ベルの声変わり前の若干高い声に混じって響く。

 

この魔法は、ベルが発現させたもう1つの魔法。

 

従来ならば、魔導書は魔法を1つ発現させる効果がある。しかし、ベルは2つの感情が強く入り交じっていたために、イレギュラー的に2つ、発現してしまった。

 

『 来れ、⿴⿻嵐、⿴⿻⿸の使徒。空を渡り 死地を駆け 何物よりも疾く走れ ⿴⿻の雷霆を⿴⿻⿸、敵を討て────!!!!』

 

ベルの身体に纒わり付いた黒い風が、複数の嵐の塊に変わり、周囲に展開される。

 

そして、ベルが詠唱を完結させる。

 

『ル⿴⿻⿸・ウィンドッッッ!!!!!』

 

瞬間、黒い風が嵐を巻き起こしながら、地面にいる男に向かって放たれる。

 

「がアァァァァァァァァァァァァァァっぁッ────────!?」

 

男の断末魔にも取れる叫び声を上げながら、その嵐に巻き込まれ、絶叫も掻き消される。

 

その嵐の威力は、ダンジョンが揺れ動き、まるで悲鳴を上げているような地響きを鳴らす。

 

舞い上がる

 

爆煙の中、2つの影が揺れ動いた。

 

「ガヒュっ…」

 

「…分が悪いか…」

 

土煙から飛び出したのは、四肢が欠損した男を抱えた、ボロボロのレヴィスだった。

 

ベルは、二人を視認するとゆっくりと地表に降り立つ。

 

その姿は、まるで黒竜の再臨の様に写った。

 

「…逃してはくれないか…」

 

レヴィスがそう呟いたと同時に、ベルがゆっくりと二人に歩み寄る。

 

もう、追う必要はない。既に手負いの獲物を追い詰める肉食獣の様に、ゆっくりと。

 

動けなかったアイズですらも、この戦いの終わりを予期していた。

 

 

 

────しかし、運命は残酷にも、レヴィス達に微笑んだ。

 

 

 

「────────っ!?」

 

 

ベルが膝から崩れ落ち、全身を覆っていた鱗が、サーッと消えていく。

 

「っ!今だ!」

 

「───────ど、こにいぐ…?』

 

今しかないと言わんばかりに、レヴィスと男は逃げていく。ベルが、執念深くしがみ付くように立ち上がるが、膝から下の力が抜けて、一切立てない。

 

「ベル…!」

 

アイズが苦しむベルの傍に寄るが、ベルは心配するアイズを押しのけて、手を伸ばす。

 

「待、てぇぇぇぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇっ!!!!!!!!!!!』

 

瞳の半分が龍のようになった状態のまま、ベルは叫ぶ。

 

今逃げられれば、もう見つけられないかもしれない。今殺さねければ、レフィーヤの仇が取れない。その一心で、ベルは力の入らない体にムチを打って、体を動かす。

 

しかし、無情にもベルの体には力が入らず、追うことは叶わない。

 

「…小僧…!」

 

そんな時に、男が叫んだ。

 

「────貴様は必ず殺してやる!!!!もう一生、貴様に安息の時など無い!!!寝るときも、食事の時も、入浴のときも、貴様が心安らぐ時間など与えない、死の恐怖に震えながら、私に殺されるのを待っていろ!!!」

 

 

最後っ屁、そんな言葉が似合う捨て台詞を吐いてから、男はレヴィスに連れられたまま、下層に繋がる崖を飛び降りた。

 

ベルの体から、ふっと力が抜けた。逃げられた。

 

なんて情けないのか、なんてみっともないのだろうか。

 

結局は、自分はいつまで経っても弱いまま。強くなったと思えば、すぐに仲間を失った。

 

レフィーヤの亡骸に、ベルは手を伸ばした。

 

(ごめん、なさい…れふぃ、ーや…ごめ、ん…なさい…)

 

その謝罪は、何に対しての物だったのか。気を失っていくベルにすら、それはわからなかった。

 

そして、ベルは思い出したのだ。

 

呆気ない、壮絶とか、華々しいとか、そんな物が一切ない。

 

 

 

これこそが、『死』なのだと。

 

 

 

そうして、たった数分の激戦は、呆気なく終わった。

 

 

 

 

 

 

 

「───────ここ、は…」

 

ロキが言っていた、てんぷれとか言う目覚め方をしたベルは、全身に巻かれている包帯を見て、事の次第を察した。

 

右隣を見ると、自分のベッドに寄り掛かり寝ている、アイズとティオナが目に入った。

 

看病をしてくれていたであろう2人を、起こさないようにベッドに寝かせて、ボロボロの体を引き摺り、フラフラと歩きながら、一抹の希望を想像して、部屋を出る。

 

 

すると

 

 

「…どこに行くつもりだ?」

 

「────リヴェリア…」

 

そこには、まるで分かっていた。そういう様に立っている、リヴェリアがいた。ベルは、ただリヴェリアの目の前で止まり、尋ねた。

 

「レフィーヤ、は……?」

 

「………………」

 

恐る恐ると言った様子で、ベルはリヴェリアに尋ねる。しかし、リヴェリアは何も語らず、ベルを優しく、涙を堪えながら見つめるだけだった。

 

 

 

「…なにか、言ってよ…ッ」

 

 

 

先程と変わらず、リヴェリアの表情が崩れることは無かった。

 

ベルは、あれが夢では無いことを、リヴェリアの表情から読み取った。

 

 

 

読み取ってしまったのだ

 

 

 

「夢、だって、言ってよ…!レフィーヤは生きてるって言ってくれよッ!」

 

 

 

「………ベル…」

 

 

 

リヴェリアはそっと、本当にそっと。ベルを抱き寄せる。その母の様な温もりは、初めてベルが体験した物。

 

無意識に、ボロボロと涙と謝罪が零れ落ちる。

 

「ごめん、なさい…!ごめ、んなさい…ごめんなさいっ…!」

 

「…お前のせいじゃない…」

 

「僕が、いたから…!僕が…っいる、から…!」

 

「違う…違うんだベル…お前は悪くない…悪くないんだっ…!」

 

その言葉を言うリヴェリアのベルを抱きしめる力が、ギュッと強まる。

 

(レフィーヤ…ベルが、お前の為に泣いたぞ…お前だけの為に…)

 

そのままベルは、縋るようにリヴェリアに抱き着いて、子供の様にわんわんと泣いた。

 

その日初めて、ベルは嫌いな種族エルフのために涙を流した。

 

 

 

それから2週間。

 

 

 

「ベル…Lv3や…」

 

「…………」

 

ロキが重々しく口を開き、ランクアップの宣言をした。

 

しかし、ベルは全く反応せず、ロキに頭を下げるだけで部屋から出ていった。

 

異例のランクアップを果たし、今ではLv3に昇華した。レフィーヤと同じレベルになった。

 

だが、ベルは今までよりも更に人を寄せつけなくなり、全てに対して無気力になった。

 

初めて仲間を知り、そして失った。幼いベルの精神は、容赦無く叩き壊された。

 

 

 

そばに居る人間は決まっていて、ティオナ、アイズ、リヴェリア。そして、偶にベートだった。

 

そして、ベルは無気力に街や館を徘徊する日が続いた。なんの目的もなく、レフィーヤが良く行っていたという店に行ってみたり、館中を探し回ったりしていたり。

 

 

 

信じたくなかった、レフィーヤが死んだという事を。

 

 

 

日に日に窶れていくベルに対して、会う人会う人が心配した。食事や睡眠は極限まで短く、少なくなった。リヴェリアが、無理やり寝かせようとした時には、赤子のようにぐずって泣き、結局その晩を寝ないなどはしょっちゅうだった。

 

 

 

しかし、今日その日。限界が来た。

 

 

 

フラフラと昼下がりの街を歩いていると、気づけばしばらく行っていなかった【豊穣の女主人】の前にいた。

 

(そう言えば、ここで初めて…レフィーヤに会ったっけ…)

 

もしかしたら、ここにいるかもしれない。

 

何かに導かられる様に、ベルが中に入ると、目の前にはいつからか見慣れたエルフがいた。

 

「いらっしゃ────クラネル、さん…?」

 

「…あぁ……リュー…」

 

リューは、ベルの変わり様に驚いていた。目の下には濃い隈、痩せこけた頬、虚ろな瞳、髪もボサボサ。2週間前に会った日とは、別人だった。

 

「何があったのです!」

 

「レフィーヤを、探してて…」

 

「────っ」

 

リューは、言葉に詰まった。2週間前に、オラリオに走った衝撃のニュース【千の妖精(サウザンド・エルフ)の死亡】と言う、ロキ・ファミリアにとって大打撃になるニュースだった。しかしリューは、特にそのニュースに関しては気にしていなかった。特に仲がよかったわけでもなければ、彼女は冒険者だったのだから、死ぬ覚悟くらいは出来ているだろう。それに、ベルもエルフと言う事から特に気にはしていないだろう。そう思っていた。しかし、現実は全くの逆。聞けば、目の前で死体を見せつけられ、漸く彼女が大切な仲間だったことを理解したと。

 

リューは、力なく倒れかけるベルに、既視感を覚える。それは、過去の自分。仲間を失い、失意に暮れたあの日の事を、思い出した。

 

「…レフィーヤは…本当に、死んじゃったの…?」

 

「クラネルさん…」

 

「なんで…僕の周りで、人が死ぬの…?」

 

「────っ、それは…」

 

ベルに、その意識はない。しかし、無意識にリューの心を殴りつける。どうして殺したの?なんで逃げたの?そう問い詰める様に聞き取った。

 

しかし、リューはその考えを振り切って、ベルの手を取る。

 

「ミア母さん…」

 

「…今日は混んでもいない、あがりな。」

 

「…ありがとうございます。」

 

許可を貰ってから、リューはフラフラのベルに肩を貸して、階段を上がり備え付けの部屋────リューの自室────にベルを入れて、丁寧に寝かせる。

 

グスグスと泣きじゃくるベルの手を、ただ握ることしか出来ない。いいや、それ以上をやる資格が、リューには無かった。

 

リューが、ベルの手を握ると、ベルが手を握り返した。

 

「……リュー……どこにも…行かないで……」

 

トクッ、と。胸が鳴った。

 

その言葉は、ただそこにいて欲しい。いつも通りの彼ならば、そういう意味で言うだろう。だが、今のベルの発言は、違って聞こえた。

 

「────はい…私は、ずっといます。」

 

リューは自然とこの言葉をベルに告げた。キュッと手を握り、久々の眠りに落ちるベルを見て、リューは今までに無い優しさを孕んだ表情で、微笑んだ。

 

 

 

その夜、冷たい夜風に揺られて、ベルは覚醒した。

 

瞬間、その場から飛び退き、窓辺に攻撃的な視線を向ける。

 

現在、3月の初頭。まだ、時期的に寒い。なのに窓が開いているのだ。

 

そう、ベルが寝た時には窓など開いていなかった。

 

窓辺には、月明かりで本を読む黒ローブの人物が窓枠に腰かけていた。

 

ベルが起きた事を感知したのか、パタンと本を閉じてベルに見えない顔を向けた。

 

「────ベル・クラネルだな?」

 

男か女かもわからない、少しエコーのかかった声がベルの鼓膜に届いた。

 

「…だったらなんだ。」

 

「あぁ、なに。私は敵ではない。」

 

「…怪しいやつは、みんなそう言うって、おじいちゃんが言ってた…」

 

「ムッ…いや、確かにその通りかもしれん。」

 

怪しいやつは皆そういうのだ。ベルが祖父に教わった事の一つ。ベルは油断なく構える。唯一惜しむべきは武器が手元にないことか。

 

「君には正直に話そう。まず、私はフェルズ…しがない魔法使い(マジックユーザー)だ。今はギルドでウラヌスの私兵をしている。傭兵のような者さ。」

 

そう言って、フェルズと名乗った人物は、正規のギルドの紋様を見せつける。ベルは、それに見覚えがあった。いつだったか、ベルが受付で指導を受けていた時に、太ったエルフがミィシャに文句を言いに来た。その胸元に、これと同じ紋様があった。

 

ベルは警戒を緩めず、話を聞くことにした。

 

「…そのギルドの私兵が、僕に何の用だ。」

 

「何、ギルドが君に指名で依頼を出したいのだよ。瞬く間にLvを上げ、今やたったの一月半でレベル3に上り詰めた超新星。君とは、私個人も仲良くして起きたいのさ。」

 

「…僕が…今それを受けるとでも?」

 

確かにそうだ、今、ベルは失意の中全てに対して無気力になっている。自身の復讐のことすら、まともに手が付けられない。

 

しかし、フェルズは断言した。

 

「────あぁ、君は絶対にこの依頼を受けるだろう。」

 

「……何故?」

 

フェルズは、内容を語り出す。

 

「最近、下層の状況が芳しくなくてね。ちょうど1週間前からだ。…あぁ、君はギルドにすら行っていなから知らなかったね。悪く思わないでくれ、前から君とはお近付きになりたかったのさ。」

 

「別に、いい…それで?」

 

「あぁ、モンスターが大量発生していてね。それの調査に赴いてもらいたい。」

 

ベルは、話を聞いて拍子抜けした。こんな内容、他の冒険者に任せてしまえばいい。自分が行く必要は無いのだから。

 

断ろうと手を振った瞬間に、フェルズは、あぁそうだ、と呟いた。

 

「24階層に赤髪の女と白髪の男(・・・・)が目撃されてね。」

 

ベルの髪が、逆立った。感情を昂らせ、黒雷を迸らせる。

 

「…興味を持っていただけたかな?」

 

「…受けよう。」

 

「罠かもしれないぞ?」

 

「叩き潰すだけだ。」

 

「私の言う事を信じるのか?」

 

ベルは、なんでも良かった。あの男を殺せるならば、嘘の情報だろうと踊らされてもよかった。

 

「嘘でも構わない。藁にもすがるってやつだ。────レフィーヤの仇を取れるなら、それで構わない。それに、罠だとしたら僕が寝てる間に僕を殺せた筈。それをしなかった時点で、お前は敵じゃない。」

 

「そうか…」

 

フェルズは、憐れんだような視線を向けて、ベルに向かい3つ指を立てた。

 

「明日から三日後…18階層のある場所に向かって欲しい。そこに協力者がいる。」

 

「わかった。」

 

ベルは踵を返し、準備のために部屋を出ようとした時、フェルズがベルにあることを教えた。

 

「そうだ、君が殺すべき相手の名を教えておこう────称号を【白髪鬼(ヴェンデッタ)】名を、オリヴァス・アクトだ。」

 

その言葉を、ベルはしっかりと噛み締め、忘れまいと頭で何度も繰り返す。

 

「………オリヴァス・アクト────覚えたぞ」

 

(ごめん…おじいちゃん…もう、忘れさせて欲しい。)

 

ただ、あの男を殺す為に。

 

ベルは、自身の復讐を捨て、他者のために復讐を決意する。

 

 

パチッ、パチッ

 

 

 

炎が、また燃え始めた。

 

 

尽きかけていたベルの焚き火に、ベルはまた、()を焚べる。

 

 




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第7話:終点へ

ベルが依頼を受けた次の日。

 

レフィーヤは、リヴェリアの魔法で腐敗しない様に氷に包まれていた。

 

ベルは、今日こうして安置されている事をリヴェリアに教わった。

 

そっと氷に触れる。

 

「ごめん…レフィーヤ…もっと君と話したかった…だから…必ずアイツを殺して…君に謝らせて欲しい…」

 

 

それだけ言って、ベルは部屋を出て行く。

 

ベルが出ていったその部屋で、ユラリ

 

黒い影が揺れた。

 

 

 

 

「────さて、始めるとするか。」

 

 

 

 

 

 

「相変わらず…どうやったらここまで劣化させられんだ?」

 

「…ごめん。」

 

「いいや、それを治すのが俺の仕事だからよ。どんなに劣化させても、俺が治してやるさ。お前の専属鍛冶師としてなっ!」

 

ベルは、ある場所に来ていた。そこは、ベルの装備を作っている鍛冶師の作業場。

 

「それで…ヴェルフ、ついてきてくれる?」

 

ベルと話している人物は、ヴェルフ・クロッゾ。17歳のヒューマン。Lv4の戦う鍛冶師、称号を【赤匠】。

赤髪を持つ兄貴分という言葉がピッタリの基質をした快活な青年。ベルがこのオラリオに来たとき…まだファミリアすら見つけられていない時に、いろいろと世話を焼いてくれた、オラリオのお兄ちゃんのような存在だ。

 

「…いいぜ、お前だけだと色々と無茶しそうだからな。それに、こいつの使いっぷりも見てみたいしな?」

 

そう言って、ベルの大剣を傾けながら、ニヤリと笑った。ベル以外に、唯一この剣を持てるのが、作者であるヴェルフだった。

 

「ありがとう。…でも、多分ヴェルフだけだと、相当きついと思うから…」

 

少し不本意ではあったが、何があったのか聞いたヴェルフは、身震いをした。

 

あの剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインですら遊ばれていた節があったと、ベルが語っていた。それだけで、自分一人では明らかに力不足だ。

 

「なんだ?アテでもあるのか?」

 

「…一人だけ…僕の戦闘の師匠が…多分手伝ってくれる…ハズ。」

 

「何だよ、頼りねぇな…てかよ?なんでファミリアの連中に頼まねぇんだ?」

 

「………」

 

ベルは、押し黙る。しかし、ヴェルフには理解出来た。拒絶と優しさ。ベルの心には、そのふたつが同時に存在している。

 

ヴェルフは、酷く歪だと思った。しかし、それと同時に美しさを感じた。ヴェルフ自身どうかしていると思うが、美しいと思わずにはいられなかった。こんなにも仲間の為に怒り、憎しみを爆発させられる。その純粋さが、ヴェルフには愛しく、美しく見えた。

 

「────そうかよ…おしっ、んじゃ、そのアテとやらの所に行くか!」

 

「うん。」

 

ヴェルフは念の為の保険として、自身の傑作の短剣を3本程カバンに詰め込み、ベルの横に並んだ。

 

 

 

 

「ごめん、リュー。こんな事に巻き込んで…」

 

「いいえ、構いません。私も…無関係という訳では無い。」

 

ベルが頼った人物は、リューだった。

レフィーヤを失って傷心中のファミリアの女性陣や、上位レベルの人間には頼めない。あれは、自分が弱かったが故に起きてしまった事だ。だから、ベルは自身の手でケリをつけたかった。

 

対して、リューは他の上位者では無く、自分を頼ってくれたことを、ほんの少し嬉しく思っていた。そして、あの名前を聞いた瞬間に、断ると言う道が無くなった。

 

「しかし…オリヴァス・アクト…まさか生きていたなんて…27階層で死んだものとばかり思っていました…いいえ、それよりも、彼の者はそれ程に強くは無いはずです。レベルは4。恐らく上がってもいないでしょう。直接会ったことは有りませんが…傷を癒すというのも不自然です。」

 

「やっぱり…そっか…」

 

「………」

 

2人が話す中、ヴェルフは黙っていた。それは、話の邪魔をしないように、では無く。ヴェルフも、エルフが苦手なのだ。

 

「おい、お前さん。リュー・リオンだったよな?」

 

「えぇ、それがどうした?クロッゾの末裔よ。」

 

相変わらず陰湿な種族だ。そんな感想を漏らしながら、ヴェルフはつくづく嫌な顔をする。それは、ヴェルフの血に関係しているのだ。ヴェルフはエルフに嫌われている。人柄や在り方では無く、存在を(・・・)嫌われている。ベルとは別のベクトルでエルフが嫌いなのだ。

このエルフも面倒なタイプか、そんな憂鬱な気分になりかけた。

 

しかし、これは勘違いに終わる。

 

「…あぁ、気分を害したなら謝りましょう【赤匠】。私は貴方自身を恨んでもいなければ、クロッゾの血も恨んではいない。」

 

「…意外だな?エルフらしくもねぇ。」

 

「私は元々、エルフの高慢な態度が気に食わなくなり故郷を飛び出してきました。何百年も前の事…それを知らぬ子孫に当り散らすのは、無駄な行為だ。それに、直接の被害に遭ったわけでもない。」

 

そう言って、リューはサラッと言い切った。

ヴェルフは、感心した様に息を漏らしてから、納得したように唸った。

 

「なるほど?エルフ嫌いのベルが懐いたのもわかったぜ。」

 

「…ペットみたいに言わないで、ヴェルフ。」

 

「悪かった、機嫌直せ。だが、それにしてもアンタは変わったエルフだ。気に入ったぜ。」

 

快活に笑ったヴェルフは、その雰囲気を柔らかくさせた。

 

「ヴェルフ・クロッゾ。急ごしらえのパーティー限りだろうが、よろしくな。あぁ、ヴェルフで構わねぇよ?」

 

「リュー・リオンです。こちらこそ、頼みました。ヴェルフ。」

 

ヴェルフは、手を差し出す。しかし、リューはそれを間が悪そうに見つめるだけで、握り返そうとしない。

 

「おい、握手だ。」

 

「…すみません、それはちょっと。」

 

「おし、1発ぶん殴らせろ。」

 

「お断りします」

 

「……仲良いね。」

 

「「良くない」」

 

息ピッタリな二人を見て、仲良しじゃないか。と、そんな風に少しだけ苛立ちが湧いた。

その不思議な苛立ちに、疑問を覚えたが、胸がざわつく程度のこと。と、ベルはそのざわつきを放置する。

 

「そろそろ…目的の場所。」

 

「そうですね。協力者とやらは…誰なのでしょうか?」

 

「わからない…でも、強いんだと思う。」

 

それすらも言われなかった。ただ、ベルは誰でもよかった。

場所は《黄金の穴蔵亭》。18階層のアンダーリゾートに存在する酒場。その店主に、ベルは手筈道理に合言葉を言う。

 

「…注文は?」

 

「えっと…じゃが丸くん、抹茶クリーム味。」

 

「…あの扉の奥に行きな。」

 

そう言われて指さされた方向にある扉を目指し、開ける。そこには────

 

「貴女は…!」

 

 

 

 

 

「…やっぱり、ベルのステータスにはそんなもんは無い…諸事情で3人には見せられんけど、変身するスキルも魔法も無いわ。」

 

「そう…」

 

「アイズの気のせい…とか?」

 

「そんな…」

 

「あんたじゃないんだから、それは無いわよ。」

 

「は?なにその言い方。もっと言い方があるんじゃないの?」

 

「あぁもう、やめや…ティオナ。最近荒れすぎやで?今のベルじゃ怖がってまうわ。」

 

「………」

 

普段快活なティオナが睨みを効かせる。しかし、イラつくのも当然だろう。仲間が1人殺され、1人は心が折れてしまったのだ。それも、ティオナの弟的な存在が。だから、余計に苛立ちが先行している。

 

「ベルは…?」

 

「三日前くらいから部屋から出て来てへん。部屋の前に置いといた食事も食べられてなかったわ…」

 

現在、ベルが外からフラフラと帰ってくるのを見てから、3日が経っていた。

 

「……ベル…」

 

「あの子…そんなにレフィーヤの事…」

 

3人は知っていた。目覚めたベルが、どんな顔と目で世界を見ていたのか。まるで、色を失ったまま全てをただ眺めているだけの様な。言ってしまえば、人形のようだった。それに反して、夜部屋に行くと、泣きながら誰かにしがみつく様にして、漸く眠る。そんな生活を2週間も繰り返していた。大体がティオナかリヴェリア、ロキ、アイズがベルと寝ていたのだが、ここ数日。そんなことも無くなり、ベルを見ていないし、4人は声すら聞いていなかった。

 

「…まさか…自殺とかないわよね?」

 

「縁起でもないこと言わないでよティオネ!!」

 

「悪かったわよ!でも…もう、あの子の声何日も聞いてないわよ?」

 

また、暗い雰囲気が漂ってしまった。

 

「ベル…」

 

ティオナは、静かに呟く。確かにレフィーヤが殺されたことは、悲しい。だが、ティオナは泣かなかった。ベルが泣き叫ぶ中、姉の立場にある自分までもが泣いてしまっては、彼が頼れなくなると思った。

 

ティオナは、彼の姉であろうとしたのだ。

 

 

ちょうど同刻。

リヴェリアは、ベルの部屋の前まで来ていた。

流石に3日も音沙汰どころか、身動ぎする音すら聞こえないとなれば、心配も限界を迎えた。

 

扉を、コンコンっとノックする。

 

「…ベル?少し、いいか?」

 

返事はない。それどころか、音が全く聞こえない。不審に思ったリヴェリアは、ドアノブに手を掛ける。すると、なんの抵抗もなく、ガチャりとドアが開いた。

 

「────っ!」

 

嫌な予感が、リヴェリアの頭を過ぎった。

バッ、と扉を開ける。

 

そこは、もぬけの殻。リヴェリアが考えた最悪は存在しなかった。しかし、ベルの部屋は酷く片付けられていた。嫌なほどに、物がない。今までは、本棚や何やらで埋まっていた部屋が、スッカラカンと言ってもよかった。

 

「なんだ…なぜ、ベルがいない…?」

 

部屋を見廻す。あるのは、備え付けのベッド、机と椅子のみ。その机に、一枚の紙とペンが文鎮代わりに置かれていた。

 

リヴェリアは、恐る恐るその紙を手に取る。

 

その内容を見たリヴェリアは、全身から血を抜かれたような気分だった。

 

『みんなへ

 

レフィーヤの仇を取ってきます。そして、最後の我儘を言わせてください。僕の体は、レフィーヤの近くに埋めて欲しい。まだ、彼女に謝れていないから。みんなはきっと、僕の事を嫌いだっただろうけど、僕は────────』

 

それから先が、ぐしゃぐしゃになり読めなかった。リヴェリアは、狂ったように部屋中を探し回った。

 

「どこか…!何処かに手掛かりは…!!」

 

部屋をひっくり返す様に、手掛かりを探した。

 

しかし、何も無い。ベルが整理していた本を1冊1冊隙間にもないか探す。本をバラバラと捲っていると、ハラリと、一枚の紙が落ちた。

 

「…?────────なんだ、これは?」

 

落ちたのは、ベルのステイタスシート。

リヴェリアは、よく良く考えればベルのステイタスを初めて見る。そのステータスは、圧倒的に高い数値を誇り、既にLv4間近と言ったところだった。しかし、しかしだ。

 

 

あるスキルに目が止まった瞬間、リヴェリアはロキの部屋に向かって、ベルの置き手紙とそのシートを持って、全力で駆け出した。

 

 

復讐者(クリフトー)

 

・パッシブスキル

 

・超早熟する

 

・復讐心を持ち続ける限り効果持続

 

・復讐心を無くした時点で効果を失う

 

 

ここはいい。ある程度は予想出来ていた。ベルの目的や成長速度を考えると、促進スキルがあるのは明らかだったから。だが、リヴェリアはこの超がつくほどのデメリットを予想できなかった。

 

 

 

 

 

 

・復讐を遂げると死亡する

 

・復讐の対象が複数ある場合、その対象の1つに復讐を遂げた場合も死亡する

 

 

リヴェリアは、漸く理解した。ベルが、寂しい筈なのに、誰も寄せつけない理由を。

 

 

リヴェリアは、駆けた。普段彼女は落ち着き払い、常に冷静に戦局や状況を見る。しかし、この時ばかりは焦っていた。

 

(このままだとベルは確実に死ぬっ…!)

 

こんな別れがあってたまるか。レフィーヤだって浮かばれない。全力疾走のリヴェリアが辿り着いたロキの部屋を、蹴破るように荒々しく開ける。中には驚いた顔をしたアイズ、ティオナ、ティオネ、ロキがいる。

 

「り、リヴェリア!?どうしちゃっ────」

 

ティオナの言葉も無視して、リヴェリアはロキに一直線に向かい詰め寄り、肩を揺さぶり激昴する。

 

「どういう了見だロキッ!!なぜ私に、いいや!私達にベルのスキルを伝えなかった!?」

 

珍しく頭に血が上ったリヴェリアを見て、呆然とする3人。リヴェリアが、手紙とステイタスシートを3人に投げて、叫ぶ様に指示を出した。

 

「ティオナ、ティオネ、アイズ!!ステイタスシートと手紙を見たら、すぐにダンジョンに行ける準備をしろ!今すぐだッ!」

 

言われるがまま、手紙とステイタスシートを見た3人は、顔を青くした後に、飛び出す様に部屋を出ていった。

 

ロキは、諦めたように口を開いた。

 

「…見てもうたんやな。」

 

「あぁ、バッチリとな…ッ!何故隠した!何故言わなかったッ!」

 

「あの子の願いや。」

 

「それでもッ…いいや、この事は帰ってからだ。ベルも交えてじっくりと話してもらうぞ…!」

 

それだけ吐き捨てて、リヴェリアは急ぎダンジョンに向かう。しかし、手がかりがなかった。

 

合流した4人は、すぐ様バベルに向かう。

 

「ベルを探さないと…!」

 

「でも、どこに行ったかがわからないよ!?」

 

「アンタがパニクってどうするの!落ち着きなさい!」

 

(…どこに行った…?仇を取る…ダンジョンなのは間違いがない…なにか、何かないか!?)

 

手掛かりはほぼ皆無。ただダンジョンに行くという確信だけはあった。リヴェリアは、決心する。

 

「────急げ!途中にある18階層で情報を収集してから直ちに向かうぞ!」

 

「わ、わかった!すぐ行こう!」

 

ティオナの返事だけを聞いて、リヴェリアは走り出した。戦力は十分。昇華したアイズもいる。問題は無い。あとは────

 

 

(ベル…!早まらないでくれっ…!)

 

 

リヴェリアは、見たくもない終わりを、この先に見てしまった。

 

 

 

 

 

アイズたちが出発する数時間前。

 

フェルズは通信魔具で、通信をとっていた。

 

「────あぁ何とか左腕は用意できてよかった。…何、左腕だけで助かったさ。…そう、18階層に後発隊がいる。先発隊に合流してくれ。…そうだ、合流したら即座に24階層のパントリーに…なに?……それは、純粋にすまないと思っている。────あぁ。いるはずだ。では、頼むぞ。」

 

スゥっと切れる通信。フェルズはため息をつく。

 

「こんなに仕事をしたのはいつぶりだろうか…いや…これからだな…」

 

フェルズは、あらゆる手を尽くしてでも知るつもりだった。

 

「…怪人(クリーチャー)…必ず、奴らの目的を暴いてやる…」

 

 

 

フェルズが見据える先には、闇だけが広がっていた。

 

 



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第8話:少数精鋭部隊

「急げ!あの馬鹿者を探せッ!」

 

「あぁ!もう!どうしてウチには馬鹿ばっかなの!?」

 

4人は、破竹の勢いで下層へ進む。

その強行軍の中、リヴェリアは考え続ける。

 

(どこへ向かった…!?一体どこに!下層なのは確か!18階層で情報収集を行った後にすぐ様行動に移すしかない…!)

 

リヴェリアは、奥歯を噛み締める。

ベルが他人と距離を置き続けたあの意味が、覚悟の上だった事、アイズとそれほど変わらぬ少年が、背負っている運命を呪った。

 

「どけぇぇえぇぇ!!!!!」

 

荒れるティオナは、ベルの手紙の最後の文が、許せなかった

 

「誰が誰を嫌いだって!?絶対許さない!!私の気も知らないで!勝手に思いこんで!一発殴ってやる!」

 

「やめなさい!あの子死ぬわよ!?」

 

「…でも、皆怒ってるのは事実!お説教はする!無茶したら…リヴェリアも…私も」

 

「やけに実感籠もってるわね…その発言…!」

 

三人もリヴェリア同様、キレていた。

 

「あぁ!私も同感だ!このまま18階層に強行する!全員急げよッ!」

 

「「「了解!!!」」」

 

四人は、ダンジョンを駆け抜ける。

 

 

 

 

 

「まさか、貴女が来てくれるとは…しかし、頼もしい限りだ。」

 

「私も、お前が来るとは思っていなかったよ『疾風(リオン)』。私もお前がいるならば頼もしい。」

 

「シャクティ、リューと知り合いなの?」

 

24階層の入口、そこでベルは協力者に尋ねた。それに答えるのは、ハシャーナと同ファミリア、そしてその団長。

 

シャクティ・ヴァルマ。Lv5の第1級冒険者。称号を【象神の杖(アンクーシャ)】、ベルが知る中で恐らくは五本の指に入るレベルで強い人物だ。

 

「…あぁ、まぁな。付き合いは6年を超えている。あと…ハシャーナの件だが…ありがとう。アイツは…いつもお前を気にかけていた。」

 

「シャクティ…ううん。僕こそ、ごめんなさい。結局、ハシャーナの遺品しか持っていけなかった…」

 

「十分だ。冒険者はなにも残らないことだってある。」

 

「仇だって…まだ取れてない…」

 

「……」

 

シャクティは、この少年の事が前から気にかかっていた。出会ったのは、偶然検問にいたベルを対応した事だ。初めは、どこにでもいる少年だと思った。少し内気で、何かを秘めているのはわかっていたが、それだけ。しかし、悪い子ではない。それが最初の印象。しかし、蓋を開けてみれば、見る見るうちにLv3まで上り詰め、超新星として話題を攫った。

 

そのベルに、シャクティは危うさを感じていた。歪な程に復讐に燃え、恐怖を覚えるほどに執着している。

 

この少年は、どこに向かっているのだろうか?

 

シャクティは、そんなことを考えるが、頭を振って思考を切り替える。

 

「…24階層のパントリーか…」

 

「シャクティ。貴女は今回の事件どう見ますか…?」

 

リューに問われたシャクティは、顎に手を当てて考え始める。

 

まず、このモンスターの大量発生は偶発的に起きた事なのか、という事だ。しかし、それは有り得ない。偶発的にこんなことがか起きているとしたら、ダンジョンは今頃誰も入れていない。

 

「…まず、偶発的に起きたと言うことは有り得ない。何かが起きているのは確かだ。」

 

「えぇ、私も同感です。…それの正体が、パントリーにある…そういう事でしょう。」

 

2人が考察をしていると、先頭のベルが立ち止まる。

 

「クラネルさん…?どうしました。」

 

「…すごい数…」

 

24階層、渓谷が広がるその階層。ベルが覗くその渓谷に広がっていたのは、無数のモンスター達の大行進(パレード)

 

「これは…問題になるのは確かですね…しかし、邪魔ですので、片付けるしかありません。」

 

リューが立ち上がり、木刀に手をかける。しかし、それをベルがリューの手首を掴む。

 

「僕に、やらせてくれ。」

 

リューが目を見開き、ベルに聞き返す。

 

「…一人でやると?さすがに無茶です!」

 

「平気…新しいスキルも試したい。」

 

そう言って、ベルは崖下に飛び降りる。

 

「待ちなさいっ!クラネルさんッ!!」

 

「やらせてやれよ。」

 

すぐ様飛び降りようとするリューを、ヴェルフが止める。キツく睨むリューに、ヴェルフはおどけたように肩を竦める。

 

「…何故止める【赤匠】…!」

 

「いいから、見てろよ。」

 

「一体何を言って────」

 

そう言って、ベルの方向を見やる。そこで、リューは驚愕した。

大剣を最小限の動きで振り抜き、三体同時にモンスターを仕留め、速攻魔法で複数を仕留め続けるベルがいた。

 

その動き、判断力は以前とは断然に違い、既に()()()()()()()()

 

ベルがモンスターを仕留める。

 

モンスターに振るわれる自然武器ですら、無造作に腕で受け止め、握り潰す。

 

「なるほど…中々に上がる。」

 

昇華したステータス。そして、新たなスキル。

それは、今の状況で使うにはうってつけ。試しの機会には丁度よかった。

 

ただ1人、ベルは戦った。あの男────オリヴァス・アクト、レヴィスとの戦闘でも。ただ一人、ベルはあの二人を本気で殺しに行っていた。

 

ベルは、失った。だから、孤独に戦い、死ぬ道を選んだ。もう、悲しまないように。

 

その姿、正に孤高にして孤独。

 

その偉業に、その未知に、運命が与えたスキルは、強力にして残酷なものだった。

 

【孤軍奮闘】

・単独での戦闘時、ステータスを昇華、及び自身のスキル効果を上昇

・味方の戦闘介入時、1段階強化が解除され、味方の人数により強化制限

・自身よりも強力な敵との戦闘時、その力量に応じてステータス、スキル効果を上昇

・スキル使用時、被ダメージ増

 

このスキルを用いて、モンスター共を蹂躙する。

そんな蹂躙劇のさなか。あるものが目に入る。

 

「……」

 

それは、下半身・上半身を失った冒険者達の亡骸。モンスターの大群から逃げ遅れたのだろう。ベルは、亡骸に貪りつくモンスターを叩き殺し、2つの死体をそのままに詠唱を始める。

 

「【轟け、雷鳴(我が名)雷鳴(我が怒り)】」

 

それは、その冒険者たちに対する、せめてもの弔い。

ベルの右手に黒い光が溜まり、チリン、チリン、と鈴の音を鳴らす。

 

「【其は、(カラ)の境界を穿つ断罪の雷霆(ヒカリ)。】」

 

約20秒のチャージ。ベルのスキル【無慈悲な復讐(グリム・リベンジ)】のチャージ能力の効果は、昇華したステータスとスキルにより、短く、素早くなった。

 

「【雷鳴の賛歌、天の勝鬨、即ち王の証明。霊王たる我が名は【天雷霊(アルクメネ)】、 我が制裁こそ天の意思─────墜ちろ。】」

 

このまま魔法を放ち、雷を落とすのは簡単な事だ。しかし、ベルは考えた。

 

雷の落ちる方向を決めることは出来ないのか?

 

指定した場所に落ちるのなら、指定した方向にだって出来るはず。

 

ベルは、渓谷に挟まれた崖を進むモンスターの大群に向けて、その指先を向ける。

 

 

 

「【雷霆(ケラウノス)】」

 

 

 

瞬間、ベルの指先から、極光が一閃した。音の壁を突き破り、ただ光の線を残し、渦巻く雷霆が全てを飲み込む。冒険者の死体すらも灰に変え、モンスターを、地形を瞬く間にその熱量で溶かし、一瞬の合間に消し飛ばしていく。

 

その雷霆が過ぎ去った後には、もはや生物は存在せず、広がっていた渓谷地帯も漏れなく吹き飛び、ベルの目の前にはドロドロに溶けた更地が広がっていて、ただベル1人が立っていた。

 

「……死体は持って帰れない…モンスターの餌になるよりも…いいや、言い訳だ。ごめんなさい…恨むのなら……」

 

ベルは、目を閉じて祈祷を捧げた。

 

その様子を見ていたリューは、違和感を感じる。

 

彼は、あそこまで他人の死に興味があっただろうか?ダンジョンに共に潜った時、死体を見た時の憐憫の感情はあった。しかし、あんなにも慈しむように祈った事があっただろうか?

 

何かが、違った。ベルの目が、ベルの瞳に宿る光が

 

あれは────あの目は、まるで…

 

「強いだろ。アイツ。」

 

そこまで考えていたところに、ヴェルフが言葉を差し込む。

 

「…えぇ、見違える程だ。少し見ていない間に…しかし、あれでは…!」

 

 

 

 

「壊れに行っている────だろ?」

 

 

 

 

そこまで分かっているのに、何故…!

 

リューの口からでかかった言葉は、ヴェルフの次の言葉で掻き消された。

 

「俺はなぁ、鍛冶師だ。特に、魔剣に関しちゃその辺の鍛冶師にゃ負けねぇ。」

 

「…えぇ、そうでしょう。貴方はクロッゾの血を持っている。」

 

何を言っているんだ。当たり前の事を。

目の前のヴェルフを睨む。しかし、ヴェルフはそれも気にせずに続けた。

 

「アイツはな────魔剣なんだ。」

 

「…は?」

 

「もちろん、あいつ自身が魔剣って意味じゃねぇぞ?存在が似てるって事さ。アイツは、このまま行けば必ず死ぬ。誰の忠告も聞かず、ただ砕け散る。」

 

ヴェルフが見ていたベルの在り方。それは、正に魔剣そのもの。使えば使う程摩耗していき、いつかは砕けてしまう。

 

「そう…俺は鍛冶師だ、誇りがある。武器を治すことは出来る。どんなに消耗していても、元があればまた輝かせてやれる。だが、魔剣(アイツ)は違うんだ。いくら折れない魔剣を打てても…そんな俺でも、アイツと言う1本の()は、どうやっても…折れない魔剣には出来なかった…」

 

ヴェルフは、諦観したその目をベルに向けてから、リューに視線を移した。

 

「だから、って訳じゃねぇが…俺は、お前みたいなエルフが居ることが嬉しかった。アイツが心を許せて、側にいて、こんな頼みまでするほど信用したエルフ…ちょっぴり、悔しいが…お前さんはベルの特別なんだろう。」

 

「それは…どういう…?」

 

リューの言葉に返事をせずに、ヴェルフはベルの元に行った。一体なんだったのだろうか。

 

近くに寄ってきたベルが、リューに質問を投げかけた。

 

「リュー、僕は…強くなった?」

 

「…え、えぇ…もしかしたら、もう私よりも強いかもしれない。」

 

「…本当?」

 

そして、ベルの感情のない真顔が、まるで最後の、死ぬ間際に見せる様な顔で、悲しくて、辛かった。

 

「…これで…僕は、1人でも────」

 

その言葉が、心に刺さった。

 

リューは、思わずベルの手を取った。その事に、シャクティもヴェルフも一様に目を丸くした。

 

「貴方は、決して1人ではない。もし…1人になったのなら、思い出しなさい。貴方には、私がいる(・・・・)。だから、どうか…無茶だけは、しないで…」

 

リューの懇願に、ベルはただ無感情に頷いた。

 

「……わかった…なるべく…君の事を考えるよ、リュー。」

 

「えぇ、約束です。」

 

そう言って、リューも微笑んだ。

その笑顔を見て、ベルは鼓動が跳ねた事を感じた。

 

「…リューは、もっと笑った方がいいね。」

 

「え…?」

 

 

 

 

「────君の笑顔は、綺麗だから。」

 

 

 

 

そう言って、今日初めて微笑んだベルの顔は、優しくて、暖かい微笑みだった。

 

リューは、自身の顔に熱が篭もることを感じた。

普段、仏頂面のリューの口元が、ほんの少しだけだらしなく歪む。それをフードとマスクで隠して。どうしてか、必死に少年から目を逸らしてしまう。鼓動が速かった。

 

「…リュー、なんで顔隠すの?」

 

「な、なんでもありません。えぇ、なんでも。」

 

「……?」

 

わからなそうに首を傾けたベル。その後ろで、口元を押えて肩をヒクヒクと揺らす、ヴェルフとシャクティの姿。リューは、また頭に血が上ったが、やはりやめた。

 

こんなに赤い顔を、この少年に見せないように。

 

 

 

 

「ボールス!ボールスはいるかッ!!」

 

リヴェリアが、18階層の大衆酒場に入り、怒鳴るように声を上げながらボールスを呼び出したのは、ベルが18階層を発ってから、数時間後。

 

「おぉおぉ、なんだよ…って、またおめぇらかよ!?今度はなんだってんだ!」

 

「ベルだ。」

 

「は?」

 

「ベルを見たかと聞いているんだ!」

 

その鬼気迫る表情に、何か違和感を感じたが、ボールスは思い浮かべた。

 

「な、なんだよ…ベル…【迅雷】の事か?」

 

【迅雷】それは、ベルの称号。ロキが前回の神の集会で勝ち取った称号。

 

突如舞落ちた雷の様に衝撃を与え、神々の未知を刺激したベルに対して、面白みをもって付けられた称号。

 

しかし、今そんな事はリヴェリア達にはどうでも良くて、ベルの足取りだけが気掛かりだった。

 

ボールスがこの街を仕切っているからと言って、全てを知っている訳では無い。

 

「…わからねぇなぁ…見ちゃいねぇぜ。」

 

「くっ…そうか…」

 

「ほんっとにこういう時に使えない男ねッ!」

 

「んだとコノヤロウ!────あ、でも変な連中は見たぜ?フード付けた集団でよ…1人は義手なんか付けてやがっ!?」

 

その言葉をボールスが言った瞬間に、リヴェリアがボールスの胸倉を掴み、睨みながら淡々と語った。

 

「言え」

 

「ひ、ヒィ!?」

 

「言えと、言っている。」

 

ボールスは、Lv6の殺気とも取れる威圧を受けて、完全に腰を抜かしていた。

 

「あ、アッチだ!リヴィラの街外れだ!た、多分あの方向は…そうだ!【黄金の穴蔵亭】がある!多分そこなら何か知っているかもしれない!」

 

ご苦労。そう言わんばかりに、リヴェリアは雑にボールスを放り投げると、すぐ様ボールスが指した方向に向かって走り出す。3人もそれに続き、酒場を目指した。

 

 

 

 

「────もう契約外だから構わんか…あぁ、来たぜ。」

 

「本当!?」

 

【黄金の穴蔵亭】の寡黙な店主は答えた。ティオナが乗り上げるように前のめりに店主に迫る。それを鬱陶しそうに見た店主は、ティオナから避けるように酒棚の整理を始める。

 

「いつここを出た?」

 

「……4時間くらい前だな。」

 

「1人か?」

 

「いいや?エルフの女が1人、あとは赤髪の…ありゃ【赤匠】だな。後は【象神の杖】と24階層に向かうと言っていた。」

 

「…24階層…まさか、パントリーか?」

 

リヴェリアは、最近起きていたモンスターの大移動についての情報を思い浮かべた。

 

(あの赤髪の女に、レフィーヤを殺した男…偶然では片付けられないか…)

 

リヴェリアは、粗方を頭の中で整理して、行動に移す。

 

「24階層のパントリーに向かう!恐らくそこに、ベルがいる。私達なら、急げば2時間────いいや、場所を絞れれば1時間で着く!急ぐぞ!」

 

「「「わかった!」」」

 

4人が急ぐ中、店主がリヴェリアを止めた。

 

「おい。お前さんは、あの坊主と親しいのか?」

 

「…ある程度はな。それがなんだ?」

 

「んじゃあ、義手を付けた小娘(・・・・・・・・)を知ってるか?」

 

「義手をつけた娘…?」

 

ベルとは、親交関係の話を度々していた。しかし、その中で「義手を付けている」人間の話は出て来なかった。

 

「『その少年がどこに行ったかわかるか?』そう聞かれた。」

 

「種族は?」

 

「さぁな。フードを深く被っていたんでわからん。しかし、だいぶ若く感じたな。…それに、どうも気にかかってな…」

 

名前で呼んでいることから、ある程度の親しさが窺えるが、そんな人物は1人も聞いたことがなかったリヴェリアは、思案を停止させる。

 

「…とにかく、頭の隅に置いておく。協力感謝する。」

 

それだけ言って、リヴェリアは急ぎ店を発った。

 

 

 

「なんだこれ…シャクティ、この先にパントリーがあるんだよね?」

 

「ああ…だが、こんなものは無かった…」

 

いま、ベル達の目の前にある通路を塞ぐように、肉の壁の様な物が聳えていた。ベルは、それに手を当てると、ドクンッと言う、鼓動にも似た脈動を感じ取る。そして、確信した。

 

「……この先に…奴がいる。」

 

確かに、感じ取っていた。奴が────オリヴァス・アクトがいる。憎き怨敵が、すぐ向こうにいる。

 

ベルの体に、稲妻がパチッと迸った。

 

そんなベルに、リューが背中に手を当てて。優しく語りかける。

 

「落ち着きなさい…クラネルさん。逸ってはなりません。冷静に、貴方の怒りの手綱を握りなさい。」

 

「怒りの、手綱を…?」

 

「えぇ、貴方にとって怒りとは原動力だ。その怒りは正しい。だから、正しく使いなさい。決して飲まれてはいけません。」

 

リューの言葉に、ベルは肺いっぱいに息を吸った。

 

「………わかった。」

 

迸る雷を奥の奥にしまい込み、ベルは懐から緑色の結晶を取り出し、それに声をなげる。

 

「フェルズ、聞こえる?」

 

『────あぁ、ベル・クラネルか。聞こえている。現在の状況を報告してくれ。』

 

(この声は…)

 

リューは、結晶から流れる音声を聞いて、ある人物を思い浮かべた。過去、自身が復讐を行っていた最中。あの災害(・・・・)を口止めした人物の声。

 

「パントリーに向かう正規ルート上に、シャクティですら見覚えのない障壁がある。」

 

『了解した。後発隊にも伝えておく。先に突入してくれ。』

 

「了解、これより突入する。」

 

通信を切り、ベルが障壁の目の前に立つ。

 

ダンジョンに突如現れた巨壁。この中の誰もが息を殺し、この先に潜む闇に、固唾を飲んだ。

 

ベルの手から伝わる鼓動。ただそれだけが、やけに大きくベルの耳朶を叩き、煩わしさを加速させる。

 

その心さえ、命取りになりかねない。この先は、きっとそういう場所。

 

ゆっくりと、ベルの中で燃え上がる黒い炎が、火の粉を巻き上げ薪を欲する。

 

 

────あぁ、すぐに焚べてやる。

 

 

復讐を達成すること。ベルが生きる意味は、最早それのみ。

自身の復讐を捨て、誰かの為に剣を振るう。

 

 

 

────僕の命で、奴を殺す。

 

 

 

その決意だけで、ベルはこの場に立っている。

 

いいや、立たなければならなかった。

 

 

「準備は?」

 

「平気だ…いつでも構わない。」

 

「問題ありません。私が背中を守ります。」

 

「遊撃は任せとけ!とっておきもあるしな。」

 

全員が全員、何かに特化している。

 

このパーティーなら…もしかしたら…

 

ベルはそっと微笑んだ。

 

 

 

 

「…行こう」

 

 

 

 

ベルが、その巨壁に指先を向けた。

 

 

「────【雷霆(ケラウノス)】」

 



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第9話:疾風迅雷①

「…変な感覚だ。柔らかい床…どうも気持ち悪い…」

 

ベル達が進むその通路は、今までのダンジョンとは打って変わって雰囲気や、空気がガラッと変わった。

赤い肉壁に淡い光。ブニブニとしたその感触が、どうにも気持ち悪かった。

 

「なぁ…なんだかモンスターの腹の中を進んでるみたいに感じないか?」

 

「やめろ【赤匠】…そうにしか見えなくなってきたじゃないか…」

 

気味が悪そうに、顔をしかめるシャクティは周りを警戒しながらベルの隣を歩く。

 

「しかし…気味が悪いのは確か…異様なまでの静けさも…不気味だ…正規のマップが意味を成さない。」

 

そんな魔窟を進む一行、マッパーと警戒を同時にこなすリューは、変わり果てたダンジョンに限りない胸騒ぎを抱えていた。

ベル、リューを含めたこのパーティーは、冒険者であれど『完全な未知』に挑んだことなど、殆ど無い。地図があり、モンスターを知り、対策を練ることができる。しかし、今この状況は『その完全なる未知に挑む』事に他ならない。役に立たない地図、どんなモンスターが出るかもわからない。ほんの少し判断を誤れば、その先はすでに断崖絶壁。ちょっとした事で、理不尽な死など溢れかえっている。

 

四人は、その意味を理解し、気を引き締めた。

 

「…止まって。」

 

ベルの合図で、全員が周囲の警戒度を最大限まで上げる。

目線の先にあったのは、灰の山。何者かがここを通り、モンスターを片付けた痕跡。

 

「…灰溜まり?ドロップアイテム…魔石はどこだろ…?」

 

そう言って、灰溜をまさぐったと同時だった。

 

 

 

 

 

「────上です!クラネルさん!」

 

 

 

 

 

その声を聞いた瞬間、ベルの行動は速かった。

 

自身の上を見ることもなく、ただ上に飛び、剣を振るう。それは、信頼の証であり、その信頼の深さを伺わせる。彼は、わかっていた。己が信頼を寄せるエルフは、どこまでも実直で、誠実で、真面目で、何よりも、正しい事を。

 

一薙で数体の食人花を斬り払ったベルは、残りの個体を壁を蹴り、縦横無尽に空中を飛び回り、次々に斬り伏せる。しかし、次から次に肉壁からあふれるように出現する。

 

そこに、シャクティが叫んだ。

 

「ベル!ここは私と【赤匠】に任せて先に進め!」

 

「シャクティ…!でも!」

 

「コイツらが相手ならば、何体来ようが敵ではない!クエストの目的────お前の目的を忘れるな!」

 

「…!」

 

ベルは、奥歯をグッと噛んだ。ここで、何をすべきなのか。

ここで消耗することではないことは確かだった。

 

ベルは、決断する。

 

「ここは任せる!ヴェルフ!魔剣を2本くれ!」

 

「おうよ!持ってけ!そいつも壊れねぇが、俺が使わねぇとただのクロッゾの魔剣だ!気をつけろよ!」

 

「十分!リュー!これを!」

 

「はい。…まさか、私がこの魔剣を持つことになるとは…!」

 

ヴェルフが投げたナイフ型の魔剣と直剣型の魔剣をしっかりと懐に括りつけ、駆け出す。

だが、ベルはそれで納得するような男ではない。

 

「置き土産だ…!」

 

先程の戦闘中に溜めていたチャージを行使し、ヴェルフ達の後方に指先を向ける。

 

「【雷霆(ケラウノス)】!」

 

約五秒のチャージによって強化された雷霆が、無数の食人花を焼き尽くす。

置き土産を置いていったベルの背を見ながら、ヴェルフは快活に笑う。

 

「ハッハッハッハッ!景気が良いな!んじゃあ、こっちも行くかねぇ!」

 

「脚を引っ張るなよ、【赤匠】!」

 

「誰に言ってやがる!」

 

そう言って、ヴェルフは自身が創作した最高の一振りを振り回す。

 

「こちとら、あのベルに武器の使い方を教えたんだぜ?あいつにばっかりいい格好させられねぇよなぁ!!」

 

「そう来なくてはな!」

 

二人が、互いの背後に迫った食人花を斬り伏せる。

 

「オラ、喰らえ!煌月(かづき)ぃいいいいいいいい!」

 

ヴェルフが振るう大剣から、濁流のように吐き出される紅蓮。その大炎流をもってして半数を削る。

 

魔剣、それは必ず折れる。しかし、この男。ヴェルフ・クロッゾが打ち鍛えた魔剣は折れない(・・・・)。そして、何よりも恐ろしいのが、その威力。正にそれは、精霊の奇跡。正にそれは、神の一撃が如く敵を撃滅する。本職の魔道士が卒倒するレベルの大砲撃を弓矢の様に撃ち放つ。

そんなヴェルフのことを、神々は口を揃えてこう叫んだ。

 

 

 

《公式チート》

 

 

 

振り回した大剣を、肩に担ぎながら、ヴェルフはグッと拳を握った。

 

「おっしゃあ!マジックポーションもタンマリもってきた!移動砲台として存分に使え!」

 

「あぁ、使わせてもらおう!────焼き払え!」

 

「任せろォォ!!!」

 

炎が、空間を飲み込む。

 

 

 

 

駆けるベルとリューは、何も敵襲がないことに違和感を感じるも、ただまっすぐ進む。

ベルは、結晶に向かって叫んだ。

 

「フェルズ!後発隊は今どこだ!」

 

『先程君たちが見ていた肉壁の近くだ。何かあったか?』

 

「敵と交戦。協力者の二人を置いて来た!至急そっちに応援に行って貰いたい!」

 

『わかった、報告しておく。気をつけてくれ。』

 

そのままベルは、乱暴に通信を切って、また我武者羅に走り抜ける。

 

しかし、嫌な予感が収まらない。

 

(なんだ…、この嫌な予感は…!拭えない、拭いきれない…!)

 

隣を走るリューにチラリと目線を向ける。

 

リューは強い、レフィーヤよりも近接と言う点において、圧倒的に。あの男相手でも、自分も合わせれば恐らくは圧倒できる筈だ。なのに、不安が拭いきれない。

 

あの光景がまた頭を過る。レフィーヤの顔が。すっかりと固まり、冷たくなってしまったあの感触が、はっきりと蘇る。その顔が、リューと入れ替わった。

 

その瞬間に、吐き出しそうになる。逆流してくる胃酸を堪えるように飲み込んだ。

 

「…クラネルさん、止まりなさい。」

 

リューの声に、機械的に止まったベルは、逸る気持ちを抑えながら、流れる血に気付かずに唇を噛みちぎっていた。

 

垂れる雫に気づき、ベルを落ち着かせる為に止まりベルに近寄る。

 

「ハァッ…ハァッ…ッ…!」

 

「クラネルさん…クラネルさん。私を見なさい。」

 

目の前にある、リューの顔に驚いたように荒らげていた息を止めたベル。

 

緊張、恐怖、後悔。全てが綯い交ぜになってゴチャゴチャの心は、ついひと月前まで戦いを知らなかったベルには、知らない物で、人生で初めて経験する事だった

 

「────あ…なに、リュー…?」

 

リューが、今まで以上にベルの懐に近寄り、頬に両手を当て、少し高い位置にあるベルの瞳を自身の瞳に合わせるように寄せて、額を合わせた。

 

「怖いですか?」

 

「…」

 

「逃げても構いません。不用意な冒険はただの無駄死にです。」

 

「でも、それじゃあ…!」

 

「それは貴方の心か。」

 

その言葉が、妙にベルの耳を叩いた。

 

「貴方は無知だ。無垢、純粋と言ってもいい。貴方は色々な事を知らな過ぎる…しかし、一つだけ知っている感情がある。それが復讐心だ。貴方は知らない感情や情報を、憎しみに無理やり変換しているに過ぎない。」

 

「────」

 

図星、だった。

 

ベルは、ロキ・ファミリアに入って、オラリオに来て知らない事を知った。いいや、思い出してしまった。

 

 

誰かと笑い、誰かと生きる喜びを。共に歩み、共に悲しみ、誰かと日々を生きる嬉しさを。

その感情は、ベルには不要なものであり。古く忘れ去った物であり。懐かしい感情で、酷く困惑した。

 

知っている物(憎しみ)だと思いたかった。

 

この暖かい感情が、黒い物(憎しみ)であるはずは無いのに。

 

ベルはそう自覚した途端に、怖くなった。

 

次はなにを奪われる?次は何を犠牲にして自身の炎を燃やせばいい?死にたくない。死んで欲しくない。

 

怖い、怖い、怖い

 

本当に2人で勝てるのか?

 

不安が頭を駆け抜けた。しかし、それと同時に心の中に存在する、黒い自分が語りかけるのだ。

 

仇をとれ。

 

お前が今までレフィーヤにしてきた冷たい態度。彼女は傷ついただろう。最後まで彼女のことを見なかった。後悔はないのか?憎しみは無いのか?ほんの少しでもあるのなら、彼女の仇を取れ。それが彼女に対する、最大の弔いなのだから。

 

耳元で囁かれるように、聞こえてくる幻聴。

 

その瞬間、ピタッと震えが消えた。

何事も無かったかのように、怖かったことが嘘のように、全て消えた。

 

ベルは、虚ろになった瞳をリューに向けてから。肩にあるリューの手に自身の手を翳す。

ベルの様子に、リューは違和感を抱く。

 

「クラネルさん…?」

 

「……行こう。」

 

「…はっ?」

 

リューは、素っ頓狂な声を上げる。先程まで震えていた少年が、急に覚悟を決めた様に震えが止まり、目の光が消えたのだ。

 

「まっ、待ちなさいクラネルさんっ」

 

「リュー」

 

ピクっと、リューが肩を揺らす。

 

「頼む」

 

それだけを呟いて、ベルは歩を進めていく。

呆気に取られたように目を見開くリューは、困惑した。

 

なにを言えばいいのか、自分でもわからない。でも、なにを言えるかも分からない。自身の貧弱な語彙力が憎らしかった。だから、心にある物を、そのまま口に出す。

 

「…っベル(・・)!」

 

「…リュー…?」

 

急な名前呼びに驚き、ベルは振り返る。すると、リューが微笑んだ。何よりも、綺麗に。

 

「何度だって…私は、言います。貴方は一人ではない…私がいます…それを、忘れないでください。」

 

「……」

 

俯いたベルは、小さく笑ってまた歩き出す。

リューはそれを見届けてから、満足げにベルの背中を追った。

 

 

 

キュポッと栓を抜き、無造作に飲み干して、硝子を握り潰す。それを都度4回。完璧に体力と魔力を回復させて、ベルは歩みを進める。

 

「…」

 

その後ろ姿を、背後に気を配りながら歩くリュー。

 

「…リュー、注意して…複数の息遣いが聞こえる。」

 

「えぇ、私も聞こえています。数的に数百…それ以上でしょうか…」

 

二人は、パントリーに繋がる通路の前で、息を顰めて様子を伺っていた。二人の高いステータスにより、僅かな息遣いですら聞こえる。

目を合わせ、頷いた二人は一気にパントリー内に突入する。

 

そこで二人が見たものは、異様な光景だった。

 

「何だ…あれは…」

 

パントリーの大主柱。そこに絡みつく2つの巨大な宿り木のような物。

 

「まさか、柱から出る養分を…!?」

 

(っ、肉壁から食人花が…!やはりここが巣穴…っ、あれは、檻?)

 

リューの眼下に広がっていた景色は、異質。謎の檻に、無尽蔵に生まれる食人花の群れ。その時、ベルが何かを見て目を見開いた。

 

「あれは…あのときの宝玉…?」

 

ベルが見つめるものをよく見ると、確かに何か宝玉のようなものがあった。

しかし、ベルはあるものを視界に収めると、一瞬でそれのみに集中した。

 

 

「オリヴァス・アクト…!」

 

 

その奥に、腕を組み貫くようにベルを睨みつける男がいた。

 

「…来たか…ベル・クラネル…!」

 

視線が交わる。

 

「同士よ!我らが悲願のため!刃を抜き放て!愚かな侵入者共に死を!!」

 

「「「「「死を!死を!死を!」」」」」

 

集団が叫ぶ。その姿は歪さと、狂気を孕んでいる。

リューがその男の下に居る集団を一瞥した。白装束の覆面の集団。リューは、瞬時に奴らが何者かを悟る。

 

「闇派閥…その残党か…」

 

リューが、木刀を抜き片手に魔剣を持ち、二刀の構えを取る。

 

「クラネルさん、雑魚は私が。貴方は、自身の目的を果たしなさい。」

 

「…ありがとう。」

 

「私もあらかた片付けたらすぐに向かいます。」

 

ベルは、前を見据えながら頷く。

 

 

 

瞬間、ベルが崖から飛び降りる。

 

 

「【轟け、雷鳴(我が名)雷鳴(我が怒り)。曇天に雷霆を宿し、吹き荒べ】」

 

いつもの詠唱よりも素早く、無駄なく、飛び降りる時間を使う。ベルの体に、黒い雷が迸る。

 

心に、雷が迸る。

 

 

 

 

 

 

 

怒りが、迸る

 

 

 

 

 

 

 

 

「【迅雷(ブロンテ)】」

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、ベルは文字通り迅雷と化す。

黒い光の轍を残しながら、一直線にオリヴァスの元に駆け抜ける。

 

「来たぞ!なんとしても仕留めろ!」

 

その声に呼応するように、ベルの前に立ちふさがる。しかし、それはまったく意味をなさない。

 

「────蹴散らしなさい、【雷入道(らいにゅうどう)】!」

 

魔剣開放のその一言と共に、上空から稲妻を伴った嵐が闇派閥の残党たちを飲み込んだ。

瞬間にして、大規模な爆発を起こす。それは階層全体が揺れてしまう程の威力。

 

「コレがクロッゾの魔剣ですか…いや、流石に違うでしょう…奴らのことだ、自決用の火炎石でも仕込んでいたか…」

 

闇派閥の習性を理解しているリューは、見事に正解を言い当てた。

殆どがその爆発に殺られ、塵も残らず死滅する。残りは数少ないボロボロの者たちだけだ。

その様子を、上から見ていたオリヴァスは舌打ちをしてから、侮辱するような目を向けた。

 

「役立たずの愚者共が…」

 

眼の前に立ち上る爆煙。オリヴァスは興味無さげに視線を逸らす。あの爆発では、その渦中にいたベルでさえも無事では済まないと考えた。愚かなものだ、仲間ごと薙ぎ払うとは…そう考えた。

 

しかしその瞬間

 

 

煙の一部が、揺れた

 

 

 

 

 

 

 

────死ねッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

ボロボロの状態のベルが煙から飛び出し、オリヴァスに突貫。すでに目の前にいた。

コレも、ベルの策。自身のスキル【無慈悲な復讐(グリム・リベンジ)】の効果を十全に発揮し、全力を確実に叩き込むため。

 

目を見開いたオリヴァスに、全力で振り下ろす。

 

しかし、オリヴァスは反応してみせた。

 

「舐めるなっ!!!!!」

 

自身の足元に即座に腕を突き刺し、天然武器を引きずり出す。

そして、向かってくるベルの大剣に激突させる。その衝突音が階層に響き渡る。一瞬の拮抗を見せるが、スキルの力を十全に発揮したベルの渾身の振り下ろしは、天然武器を叩き折り、神速の連撃をオリヴァスに叩き込む。

 

「オオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

「グオォォォォォォォォォォ!!!!???」

 

そのベルのスピードに、オリヴァスは反応の限界を迎え、体中を切り刻まれる。しかし、黙って殺られるほど、オリヴァスは弱くない

 

「この小僧がァァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

ベルを圧倒的に上回る膂力で負傷覚悟でベルの大剣に拳を叩き込み、その衝撃でベルを吹き飛ばす。ベルは痺れる腕に気を回すこと無く、空中でクルリと回り着地する。そして、二人が睨み合う。

 

(想像よりもタフだな…面倒な…!!)

 

(速い…!とにかく速い。何故あんな大剣であれ程まで…私では目で追うのがやっと…しかし、膂力では私が上!あの変身をされなければ…勝機は十分にある!)

 

ベルとオリヴァスが思い思いの事を感じているその時。オリヴァスの背後から、何かがベルに投じられた。

それを見る間もなく、ベルが跳ぶ。

 

オリヴァスの目に写ったのは、白い塊。その固まりを、ベルが蹴飛ばしてくる。

無意識に、無造作に、他愛ない攻撃だと片手で受け止める。すると、ゴロゴロっと布からその全てが落ちた。そして、オリヴァスはゾッとした。

それは、闇派閥の残党が使っていた火炎石。それが数十の単位で布に包まれ、オリヴァスの手に渡った。

咄嗟に逃げようとするが、もう遅い。

 

ベルが、人差し指を向ける。

 

 

 

 

「【雷霆(ケラウノス)】」

 

 

 

 

またも、爆発がベルの鼓膜を揺らす。

 

オリヴァスが吹き飛び、壁に叩きつけられ、瓦礫に押し潰される。ベルの隣に、リューが舞い降りた。

 

「ナイス、リュー。」

 

「えぇ、クラネルさんこそ。よく咄嗟に理解してくれました。」

 

「当然、もうアイコンタクトで大抵のことはわかる。」

 

「それは好ましい。しかし、油断はなさらないように。」

 

「わかってる。リューより…あいつには少し詳しい。」

 

ベルが目を細めながら、オリヴァスが吹き飛んだ方向に視線を向ける。その数秒後に瓦礫が弾き飛び、雑にオリヴァスが飛び出してきた。

 

「くっ…貴様ら…!」

 

オリヴァスの傷が蒸気を上げながら塞がったと同時に、ベルの体の傷が塞がる。

 

「クラネルさん…それは…」

 

「コレはスキルの応用。ダメージを魔力に変えて、身体機能…つまり、自然治癒力を底上げしてる。あいつも似たようなスキルだと思う。」

 

「なるほど…しかし、あまり多用しないように。ポーションならまだあります、積極的に使っていきます。それに後続部隊もまだいます。シャクティ達が居るので、そっちの物資は私達に回せるはずです。」

 

「……わかった。」

 

「さて…向こうも終わったようです。いけますね?」

 

「あぁ。」

 

ベルとリューが背中を合わせ、大剣と魔剣を向ける。

 

「貴様らは…四肢を引き裂いて惨めに殺してやる…!!」

 

そのオリヴァスの言葉にも、二人は動じずに構える。

 

 

 

 

「やってみるといい、外道。私達についてこれるのならな。」

 

 

 

 

リューは油断なく構え、軽く挑発する

ベルは、オリヴァスの姿を目に焼き付ける。怒りが、ベルの心を支配する。しかし、リューの言葉を思い出し、その場で怒りを開放する。

 

 

「────ここがお前の墓場だ…オリヴァス・アクト!!!!」

 

 

「抜かせ!!人間風情が!!!!」

 

 

三人は、弾けるように駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……な、んだ…これは…?」

 

「階層の地形が…吹き飛ばされてる?」

 

「うっそ…殆ど更地じゃん…!」

 

「…」

 

ベルを追う4人は、目の前に広がる景色に唖然としていた。渓谷地帯がドロドロに熔け、崖や壁面が抉れ、まるで噴火が起きた後の森の様に更地にされた景色が続いている。

 

「…!リヴェリア、これ!」

 

アイズが周囲の痕跡を探っていると、ある痕跡を見つけた。

 

「これは…戦闘の痕だ…」

 

壁に深く刻まれた、戦闘の痕跡。その痕跡は、付けた者の膂力を象徴するように、壁ごと破壊されたようにも見える。

そして、リヴェリアは気づく。

 

「…これは……この魔力の残滓……感じたことがある」

 

「じゃあ!ベルがここに居たってこと!?」

 

「可能性が高い。」

 

リヴェリアは淡々と告げながら、ベルの能力の高さに驚きを隠せないでいた。

あの爆撃の様な跡も、ベルがやったであろうことは予想がついている。

 

(この短期間で…いくら何でも成長しすぎだ…筋力だけで言えば、Lv4の域に到達しているというのか?)

 

そんなことを考えるが、今考えることではないと頭を振って、考えをはじき飛ばす。

 

「…この先のパントリーに居るということは確実だ…急ぐぞ。」

 

ティオナは、その場で目を瞑る。

弟の様な彼を、それほどに変えてしまったレフィーヤの笑顔も思い浮かべた。

きっと彼女も、ベルには死んで欲しくないはずだ。

 

(…レフィーヤ…まだ、ベルはそっちに行かせないから。)

 

決意を込めて、壁の傷に触れる。深い傷に指を這わせる。

 

「私、馬鹿だけど……ずっと、君の成長を見てきた…もう、こんな所まで来ちゃって…私の事も置いていっちゃうの…?」

 

悲しさを含んだその言葉が、ベルに届くことは無い。

そんなティオナを三人は見ていた。その瞬間

 

「っ何だ!?」

 

「この揺れ…普通じゃないわよ!!」

 

階層全体が揺れるほどの地震が起きた。リヴェリアは顔を歪める。

 

「まさか…もう戦闘が…!」

 

「リヴェリア!早く行こう!」

 

「もしかすると、ベル達の協力者に接触できるかもしれん!そこで、敵を一気に叩くぞ!」

 

「わかった!行こう!」

 

駆けるティオナに追従するように、三人が駆け出す。

 



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第10話:疾風迅雷②

ベルがいなくなり、リヴェリア達が出発した数時間後。『黄昏の館』の一室。今はレフィーヤが眠っているその場所に、ロキは憂いを感じながら向かっていた。その憂いの正体は、はたしてベルの結末を諦めたことなのか。それとも、リヴェリアを含めた全団員に伝えなかったことに対するものなのか。自分ですらわからなかったが、何かを求めるようにレフィーヤのもとに向かった。

 

目の前に行くと、妙に気分が重くなる。それもそうだろう。なんの見届けもなく、あっけなく死んでしまったのだから。それも、死に行く姿を誰にも見られず、それこそ遊ばれるように殺されたらしい(・・・)我が子の亡骸。

 

そのことが悔しくて、情けなかった。そして、再度実感したのだ。

 

 

 

地上に居る、神の無力さを。

 

 

 

ため息混じりに、ロキは扉に手を伸ばしかけて、やめた。

 

 

思い出すのは、2日前に自身を訪れてきたベルのことだった。

 

「あん時…ウチが止めとったら…何か変わってたんか…?」

 

ポソッと零したそれを最後に、ロキは踵を返して館を後に街へ足を運ぶ。

 

「────上手いこと、首輪はめられたっちゅー感じやわ…」

 

嫌だ嫌だと頭を振り、歩いていると、ロキはあるものを視界に入れた。

 

それはロキの嫌い…とまでは行かないが、気に食わない神物。黒い髪を2つに分けて、自分よりも小さなシルエットを、ジャガ丸くんの売店でせっせか動かしていた。思わず、ロキは声を出し、その人物も気づいて同じ様に声を上げた。

 

「げっ…ロキ…」

 

「うへ~…なんでこんな時にドチビと顔合わせなあかんねん…」

 

その神の名は、ヘスティア。ツインテールの幼神。そして、ロキにはない凶悪な胸部装甲(おっぱい)。それが、ロキは気に食わなかった。

 

「なんで朝っぱらからこんなところに…あーあ、そうやったそうやった…お前は貧乏の残念女神やもんなぁー?まだ家族(ファミリア)一人の弱小やもんなぁ?」

 

「なんだと!?僕の家族を馬鹿にするなよ!なんてったって、改宗してすぐにレベルアップ間近なんだぞ!!」

 

「…あぁ〜…やめ、やめや…今はそんな気分やないねん…」

 

ガルルルル!とヘスティアが喉を鳴らしながら、威嚇。しかし、ロキの態度に首を傾げると、ヘスティアが思い出したような顔をする。

 

「そう言えば…君のところのベル君は、元気かい?」

 

「…なんでドチビがベルを知っとるんや…?」

 

その疑問も最もで、ロキの知るベルは、殆どをダンジョンに行き、食事をリューの所で取り、そしてホームで寝る。そんな感じの生活だったから、この神と親交があることに驚いた。

目を見開くロキに、ヘスティアは驚きながら訝しげに返した。

 

「…聞いてないのかい?彼、本当は僕の眷属になる筈だったんだぜ?それに、今の僕の眷属を連れてきたのも、彼だったし…」

 

「なんやと!?」

 

ロキの驚くさまに、ヘスティアは呆れたように語りだす。

 

「はぁ…彼、寡黙というか、抜けてるというか…ともかく、彼はオラリオに来て、初めて声をかけた神が、僕だったんだ。」

 

「…んじゃあ、なんでベルを眷属にしなかったんや?」

 

ロキは疑問だった。確かに、ベルは問題児ではあるがエルフのことでなければ基本的に無害で、どこにでも居る可愛い少年。言うことも聞くし、常識も…抜けている所はあるが、優しい子なのだ。そして、ロキにとって癪ではあるが、この女神があの孤児の少年を放っておくとは思えなかった。この神が司るものを考えれば尚更に。

 

ヘスティアは、顔色を暗くさせながら手をギュッと握った。

 

「…それこそ、恩恵を授ける寸前までことは進んでいたんだ。でも、念の為にと…彼にここに来た目的を聞いた…君も、知っているんだろう?」

 

ロキは、ドキリと肩を揺らした。

 

「…その反応は、知ってるんだね。」

 

「あ、あぁ…」

 

「それで…彼の話を聞いた。…なんて、寂しい子なんだろうと思った。」

 

ほんの少し狼狽えるロキを無視して、ヘスティアは続ける。

 

「…そこで、彼の奥を見た…見てしまったんだ。」

 

ヘスティア曰く、そのベルの奥はドス黒い何かで染まり、それ以外の色が見えなかったこと。

 

「…そこで、僕は…無責任だとわかってる…!わかってるけど…彼の背中に、恩恵を刻むことを戸惑ってしまった…聞けば、スキルや魔法は本人の感情や想いに左右されるそうだし……僕は、逃げてしまった。彼に恩恵を刻むことを恐れて…」

 

「……」

 

この女神は、直感的に見抜いていた。恩恵を刻むことで、あの少年の最後を決定してしまう事に。

 

「だから、僕は…神がよく集う店や場所を教えた。僕には、彼の命を背負える"権力"が無かったから。正直…君のところにいるって聞いて、安心したんだ。君の所なら…誰かに寄り添ってもらえるんじゃないかって。」

 

この女神は、様々な所でグータラ女神や、駄女神などと言われがちではあるが、本来の天界での地位はロキよりも上であり、自身の父親よりも地位は上。神格も比べるまでもなくヘスティアが上なのだ。ロキも入ることが叶わなかった【12神】にも名を連ねたことがある。言わば、神の中の神である。

 

その神性の高さ故に、ロキよりも明確に悟ったのだろう。

 

今まさに、その差を再認識したロキは、やはりと思いながら、口を開いた。

 

「なぁ、ドチビ…いや、ヘスティア。」

 

「な、なんだい?君に名前を呼ばれるのは気味が悪いんだけど…」

 

「…いや…もしかしたら、近いうちにお前ん所を頼るかもしれん…ウチに貸し1つって事にしてええ…だから、そん時は…どうか頼むわ。」

 

「き、君が僕を?一体何を言って…」

 

「頼む……はぁ……最初から、ウチや無かったんかなぁ……」

 

そのロキの言葉に、ヘスティアは首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗く、赤い光が三人を照らす。

 

1人は迅雷の如く、雷が地を駆け。1人は疾風の如く。吹き荒れる嵐を存分に振るう。

 

「くぅっ!?小癪なぁっ!!」

 

「─────っらァッ!!!」

 

ベルは、大剣をオリヴァスに向かって投げる。それは、オリヴァスに飛んで躱され、大剣はオリヴァスの背後に飛んでいく。

 

運命の車輪(イクシオン)】を展開。身を隠すように突進するベルの背後に、リューは隠れる様にして追従。

オリヴァスは折れた天然武器の代わりに、もう一度腕を肉壁に突っ込んで、グロテスクな大剣を引き摺り出す。

 

盾を構えたまま突っ込んでくるベルに、その大剣を全力で叩き付ける。しかし、それは迂闊だった。

 

盾と大剣が触れた瞬間のコンマ0.数秒。そこで、ベルは盾を少し斜めに傾かせ、大剣の軌道をずらし地面に激突させる。それでも、その圧倒的な膂力に膝を着くが、何とか耐え抜き、素早くその大剣の刀身を踏みつけ更に深く地面に突き刺す。それだけならば、オリヴァスはベルに反撃が出来た。しかし、この戦場にはもう1人いる。

 

「!?」

 

ベルの影から、飛び出るリューが見えた。

 

リューが懐から2本の小太刀を瞬時に抜刀。オリヴァスの脇腹を切りつける。しかし、オリヴァスはギリギリのところで避け、横のリューに拳を放たんと、腕を振り上げた。しかし、次の瞬間には雷が降り注ぎ、体が強制的に硬直させられる。リューはオリヴァスに一瞥も向けず、すぐ様体を反転。オリヴァスの首元を一閃。

 

この戦闘で初めて血を流す。そして、リューがベルの横を通り過ぎた時、ベルが叫んだ。

 

「来いッッ!!!!!」

 

その声と共に、リューが地面に何かを投げると、ボフンッと広がる煙。リューが煙玉を投げ、視界を塞ぐ。

 

オリヴァスは、未だに痺れてまともに動けない体で、何かを察知していた。耳が、何かの音を捉える。風を切る様な────何かが飛んでくるような。そんな音が背後から聞こえる。

 

「────お、オオオオオオオオオ!!!!!!」

 

バチバチと雷が走る体を、無理矢理反転させて無造作に抜き取った剣を振り抜く。煙から飛び出して来る大剣が見えた。

 

ガキンッ!!!

 

鉄を叩く音が響いた。そのままオリヴァスは、ベルの身体があるであろう場所を、無造作に切り刻む。

 

「────」

 

しかし、ハズレ。目の前にあるのは、ベルの大剣のみ。オリヴァスの攻撃は文字通り空を斬った。

 

行動全てが、罠。

 

全ての挙動に次の手が有り、全てが即興で行われる。

 

 

 

 

瞬間、オリヴァスの左右が揺れる

 

 

 

 

ベルの踵が目の前に、リューの木刀が胴に

 

深く叩き込まれる。

 

しかし、オリヴァスはその人ならざる膂力と耐久力で、2人を弾き返さんと暴れ回る。

 

「クソどもォォがァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

めり込んだ踵と木刀が、鋼のような肉体に跳ね返され、2人の目の前に凶拳が迫る。

 

2人の視線が交わる

 

「手を!」

 

「はい!」

 

ベルが手を伸ばし、リューが自身の手を重ねる。そのままリューは身体を小さくしてベルの懐に入り込み、ベルが力強く抱き寄せた次の瞬間

 

「【迅雷(ブロンテ)】!!」

 

オリヴァスが振り回す拳の軌道を見切り、拳を足場として利用し、轍を残し抱き寄せたリューごと退避する。

 

「平気?」

 

「えぇ。問題ありません。しかし、回避が貴方頼みになってしまっている…これは、どうにかしなければなりませんか…」

 

「別にいい。回避のタイミングは君が合図してくれれば、いつでも構わない。」

 

今度こそ大剣を回収したベルは、目の前に意識を向ける。

煙が横に一閃。一気に煙が吹き飛び、オリヴァスが現れる。

 

「…ちょこまかと鬱陶しい…!食人花(ヴィオラス)!!」

 

オリヴァスの一声で、大量の花がパントリーに咲く。

 

「リュー!」

 

「わかっています!」

 

2人は、魔剣を構えそれぞれが力を解放する。

 

 

 

「【雷入道】!!」

 

「【終炎(しゅうえん)】!!」

 

 

 

翡翠の直剣から流れる暴風が、紅蓮の短剣から溢れ出す猛火を舞い上がらせ、その勢いを更に増し、向かい来る食人花を焼き尽くす。

 

燃え上がる業火に肌を焼かれながら、ベルは目を細めてその様を眺める。

 

そこで、ベルは気づいた。

 

 

 

 

「────っリュー!!!」

 

 

 

 

ベルが、リューを突き飛ばす。

 

視線が、交わる。

 

瞬間、とてつもない拳打音と共にベルが後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

猛火から、所々を焦がして飛び出して来た凶拳からリューを庇い、代わりにベルが叩き飛ばされた。

 

「…こうしてしまえば、他愛ない。」

 

一瞬。本当に一瞬の出来事で、リューでさえ理解する時間が必要だった。

 

「認めよう…貴様らの連携は目を見張るものだ。行動全ての先に、次の一手が張り巡らされている。…あぁ、認めよう。お前達2人は、強い。」

 

知っている。リューも実感していた。ベルとリューのコンビは相当に強い。ジャイアントキリングだって夢ではない。しかし、それはコンビであるからこそ。

 

絶対的な"1"に、0.5は勝てない

 

今現在、リューとベルの力はほぼ互角。駆け引きや思考スピードは経験の勝るリューが勝利する。手数や必殺の重さを感えるとベルが。そうして、様々な要因が重なり、2人はコンビとなって初めて"1"になる。

 

その0.5が欠けた。引かれてしまった。もう、足し算ができない。

 

「しかしだ!分断してしまえば、貴様らは取るに足らない今までの冒険者と何ら変わりはない!」

 

「────っ」

 

図星だ。

 

ベルとリューが分断された今。ただ為す術もなく殺されるのみ。それは誰もが思うこと。そして、誰もが考える結末。なんと残酷なことだろうか。二人は、ここでなんの目的も果たせぬまま死に絶える。

 

オリヴァスは自身の勝利を確信する。

リューに、天然武器が迫る。唇を弓形に曲げながら、オリヴァスは下劣な笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

しかし、リューは覆面越しに、薄っすらと笑った。

 

 

 

 

 

 

「────お前は彼を…いいや、私達をなめ過ぎている。」

 

 

 

 

 

 

その数瞬。たった瞬き一回分の刹那の時間。

オリヴァスの体感時間が引き伸ばされる。

 

(っ…この感覚は…!)

 

ビリビリと毛髪が逆立ち、肌が泡立つ。オリヴァスは、この感覚を既に知っている。

 

それは、飛来の前兆。

 

 

「【雷霆(ケラウノス)】」

 

 

まただ、この雷霆に邪魔される。

オリヴァスはイラつきを隠せないでいた。が、そのイラつきも吹き飛ばすように、全身に衝撃が奔る。

 

雷霆をその身に受け、強制的に停止させられるオリヴァスに、一瞬でリューが急接近。二本の小太刀を逆手に構え、縦横無尽に駆けながらオリヴァスを切り刻む。

 

吹き荒れる斬撃の暴風の中、オリヴァスは気づいたのだ。

 

斬撃が徐々に重く、鋭く、そして加速していることに。その速度に驚愕したと同時に、オリヴァスは疾風の叫びを耳にした

 

「────ベルッッ!」

 

その瞬間、遠い鐘の音と共に、駆ける足音が増える。

 

視線の隅、そこには確かに殴り飛ばしたベルがこちらに接近している。その様はすでに瀕死、受け止めたであろう右腕は、ひしゃげたように変な方向に曲がり、全身から血をボタボタと流している。

 

だが、その瞳に宿る"怒り"は、決して消えてなどいなかった。

 

黒い稲妻に包み込まれ、左手で大剣を引きずり火花を散らしながら、ベルが迅雷の如く駆ける。

そして【疾風奮迅(エアロ・マナ)】の効果により、リューの風裂は加速させればさせるほど、その強さを増していく。

 

リューがオリヴァスの脇腹を斬りつけて、そのまま正面に滑るように退避、リューが最高速度に至った瞬間、その隣に、迅雷は舞い降りる。

 

 

 

 

「「ハアァァァァァァァァァアッッッッッ!!!!!」」

 

 

 

 

そして、2人は最高速度で、雷の如き一閃を放ち、オリヴァスの胸を深く斬りつけた。

 

「────グボァッッッ!???!」

 

この戦闘で、初めてオリヴァスは深手を負った。

 

血を胸から噴き出しながら、斬りつけられた勢いに押され、靴底を摺りながら後退する。

 

しかし、鐘の音は鳴り響く。強く、強く。

まだ、受けたダメージのチャージは、使用されていない。

 

ベルが掌に魔力を込め、未だ後退し続けるオリヴァスに左手を向ける。しかし、ダメージをチャージに全て注ぎ込んだベルは、未だ瀕死状態。ギリギリの状態で立っている。

 

視界が、ブレる。狙いが定まらない。

 

必死に手を伸ばす中、ベルは確かに感じた。あの温もりを。見えない視界の中、風が知らせてくれる。

 

殺伐とした血の匂いと土煙を退けるように香る、ふわりとした風の香り。その香りが、ベルの胸を暖かくする。グッと左手を支えられ、全身に力が篭もる。

 

それは、1つの絶対的な信頼であった

 

 

 

 

 

 

彼女が、傍に居てくれる。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫です、ベル」

 

「ありがとう、リュー」

 

 

 

 

 

 

彼が、笑った気がした。

 

 

 

【轟け、雷鳴(我が名)雷鳴(我が怒り) 。其は、(カラ)の境界を穿つ断罪の雷霆(ヒカリ)!】

 

ベル自身の唄を、大鐘(グラウンド・ベル)が曲を奏でるように鳴り響く。

 

背中が燃えた様に熱を持ち、手から迸る雷撃に体が耐えられず、ベルとそれを支えるリューの皮膚を焼く。その痛みを無視して、詠唱を続ける。

 

【鳴り響く雷鳴の賛歌、天の勝鬨、即ち王の証明。霊王たる我が名は【天雷霊(アルクメネ)】、 我が制裁こそ天の意思──────

 

 

 

 

 

 

 

─────焼き尽くせ(墜ちろ)ッッ!!!】

 

 

 

 

 

 

 

約50秒のチャージ。全ダメージとマインドを全て投げ入れたそれは、渦巻く極光。

 

 

 

 

 

【────雷霆(ケラウノス)!!!!!!】

 

 

 

 

 

その光の渦が、カラァン、カラァンと大鐘楼の音を伴って2人の目の前を白く染めあげる。

 

「くっ!!────図に、乗るなァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

それを、正面に両手を出して受け止めるオリヴァス。触れた一瞬で肌が熱を上げて焼けるが、超速的な治癒力と拮抗して、修復と崩壊を繰り返す。

 

 

「グゥゥッッッ!??」

 

 

その熱は、術者であるはずのベルでさえも悶える程の電圧。左手の皮膚が焼け、爛れ落ちる。その痛みに耐えながら、魔力の圧を上げる。

 

「────ッベル!」

 

(これ程の熱量…!?もはや前衛の魔法ではない…!まさか…彼の女王の一撃さえも凌いで…!?)

 

リューが想起したものは、自身の種族が誇る最強の女王。ベルが所属するファミリアの副団長である女傑だった。

そしてその余波は、必然的にピッタリと支えるリューにも、微弱ながらも流れている。極光が2人の肌を焼き、樹状の紋様を肌に刻み込む。

 

しかし、それでも決めきれない。ベルは、自身の魔力を絞るように吐き出し、叫んだ。

 

 

 

 

 

「────力を、貸してくれッ!!レフィーヤァァァァァァ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

ベルが吼えたその刹那

 

 

「────な、ナニィィィィィィッッッ!?」

 

 

オリヴァスの腕が、螺旋を描く雷撃に打ち負け、上に弾き飛ぶ。

 

 

 

 

『────貫けえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!』

 

 

 

 

雷霆は、二人の叫びに応えるように、その身を更に前に進ませた。

 

そのまま、雷霆は渦を巻きながらオリヴァスの体を、断末魔のような叫びと共に己の内に飲み込んだ。瞬間的に弾け飛ぶ極光は、二人の鼓膜を震わせ、ダンジョンの壁に大穴を開けて、爆風を残して消え去った。

倒れ込むベルを、リューは自身の胸で庇うように抱き寄せて、爆風から必死に庇う。

 

「くぅっ…!?」

 

力尽きたようにモソモソと動くベルを庇うリューは、思わず苦痛の呻きを漏らした。ベルは、そんなリューを見てもピクリとも動かせない体に歯噛みするだけだった。

 

「早く…これを…!」

 

爆風が収まった後、リューは急いでバックパックに手を伸ばし、その中から無造作にエリクサーを取り出し、栓を開け、振りかける。

 

見る見るうちに傷が治り、体力が体に満ちる。しかし、マインドを多く消費したベルは、膝を付きながら肩で息をしていた。二人は、警戒を解くこと無く、崩落する場所を射抜くように見ていた。

 

「…殺りましたか…?」

 

「…わからないけど…消し飛ばすつもりで、やったことは確か…」

 

そう呟いたが、ベルは確信していた。

 

まだ、終わっていない。

 

ヒタヒタと、足音が聞こえる。それを聞くと同時に、ベルは煽るように三本のマジックポーションを飲み込む。

 

「惜しかったな…いや…それすらも侮辱となる…あと、本当にあと一歩だった。」

 

爆煙から出でる影が、2人に語りかける。

 

炭化した片腕。顔の大半が溶け落ち、足取りもおぼつかない。その相貌はお伽噺に出てくる屍人(グール)のようであった。

 

「…何という、生命力…しかし…これではまるで…」

 

「あぁ…コイツは、本当に人なのか…?」

 

ベルの疑問も最もである。冒険者は、たしかに体の作りが普通の人よりも圧倒的に強くなる。レベルを上げればより強固なものに変わる。しかし、オリヴァスのそれは明らかに異常なのだ。

 

「そこです」

 

「え?」

 

リューは、端から疑問であった。この目の前の男という存在に。

 

「私は、たしかに聞きました。六年前、あの男は死んでいるはずなのです。」

 

「死んでいる…?じゃあ、僕らは幽霊とでも戦ってたの?」

 

「だから…ずっと疑問だった…貴様は、何者だ…?いいや…何だ(・・)?」

 

問いかけるリューを尻目に、ベルはあるところに目が釘付けになっていた。

それは、オリヴァスの足。それはすでに人のものではない。

 

オリヴァスは、クククと笑った後に、ニヤリと笑った。

 

「私は2つ目の命を授かった…他ならない『彼女』に!」

 

手を広げ、最大の敬意を払うように、壮大に語るオリヴァス。そして、晒される胸元。その中心には、極彩色の魔石が埋まっていた。

 

「…魔石…モンスター…?」

 

「その通り…」

 

オリヴァスは手をモンスターの残骸に向け、すぐにベルたちを指した。

 

「人と、モンスター…2つの力を兼ね備えた史上の存在だ。」

 

「【異種混成(ハイブリッド)】…馬鹿げてるが…なるほど、辻褄は合う。」

 

リューの言葉に、ベルは納得したように頷き、剣を振った。

 

「…目的は…聞くまでもないが…一応聞いておこう。」

 

ベルが冷酷に告げる中、オリヴァスはクツクツと笑った。まるで、その質問を待っていたかのように答えた。

 

「オラリオを、滅ぼす。」

 

ベルはその言葉を呆れたように聞き流した。

 

「…物語の噛ませのようなありきたりな野望を教えてくれて有難う…さて、もう動けないゴミにかける情けなんざ、僕にはないし、回復の時間稼ぎなんてさせない。せめて、最後に有益な情報の1つでも落としていけばよかったけど…お前が生きていることが不快だ。さっさと死ね。」

 

ベルは見抜いていた。オリヴァスのあれほどに速かった回復が、すでに機能していないことに。もう、決着が見えていることに。

 

「見抜かれていたか…流石だ…確かに、今の私はろくに動けん…

 

 

 

 

 

今はな(・・・)。」

 

 

 

 

 

 

その瞬間、二人の肌が一斉に泡立った。

 

「────寄越せ、巨大花(ヴィスクム)。」

 

その瞬間に、大主柱に巻き付いていた一体の巨大花が口を開き、何かをオリヴァスに射出。それと同時に、リューが駆け出す。ベルも後に続こうとするが、先程のダメージが抜けず膝をつく。

 

「リュー!待ってくれ!」

 

リューが思い描く最悪。モンスターは戦い続けた所で、冒険者のように強くなるわけではない。しかし、その身を強化する方法が、1つだけ存在する。

 

それが、魔石の摂取。

 

先程、射出された物

小さくて見えなかったが、巨大花が一匹灰に還ったことから、魔石であると予想する。それならば、男が魔石を摂取した場合。起きうることが、予想できた。

 

「させるか!!」

 

リューは、木剣を投げて射出されたものを阻止すべく動いた。しかし、それも一歩遅くオリヴァスの手にそれが収まる。

 

「遅い…」

 

口に、魔石が投じられると同時に、リューの二振りの小太刀がオリヴァスの首を捕らえた。

しかし、先程のようにその刃は肉に届くこと無く、弾かれる。

 

「…なっ!?」

 

「避けろッッ!!リュー!!!!」

 

ベルが叫ぶがもう遅い。瞬間的にオリヴァスの腕が再生、リューの腹に拳を叩きつけた。

 

「カァっ…!?」

 

肺の中の空気をすべて外に出し、内臓が傷つけられたのか、血が逆流する。

そのまま拳は振り抜かれ、貫くことはなかったものの、その威力を殺すこと無く弾き飛ばす。

 

吹き飛ばされたリューを、受け止めたベルは青ざめた。

 

「ぐっ…リュー!ゆっくり息を吸うんだ!」

 

「コヒュっ、ァァッ…ぁ…!?」

 

苦しそうに胸を抑え、必死に息を吸おうとするが、衝撃に体が絶叫を上げて、言うことを聞かない。

ベルに助けを求めるように手を伸ばし、血走った眼をベルに向けてる。

 

「ゆっくり、息を吸うんだ…!リュー!」

 

そうすると、数秒の間ビクビクと震えた後に、なんとか息を吹き返す。そのままなんとかポーションを口に含ませ、回復させる。しかし、痛みが引くわけではない。余りの痛みに気絶したリューを、腕の中でギュッと抱きしめる。

 

 

良かった、生きている。

 

 

ベルは安堵すると同時に、これ以上ないくらいに1つの感情の渦に呑まれた。

安堵、嬉しさ。渦巻いていたベルの感情を、黒く塗り潰すものがあった。

 

 

純然たる【怒り】

 

 

ベルの感情を飲み込む。

 

「そうだ…貴様は、私が殺す…その女も、共に葬ってやる。」

 

ベルは18階層の出来事を思い出す。

首を折られてからの記憶はほとんど無い。覚えているのは、逃げる2人の男女に手を伸ばす自分と、変わり果てた自身の手。そして、何よりも激しい怒り。憎悪に、怨念とも言える黒い感情。

 

僕から、また大切なものを奪うのか。

 

させない、させない。絶対に…今度は、彼女だけは(・・・・・)

 

剣の柄を、握る。ベルの瞳が縦に伸びる。

 

「…来たか…」

 

ベルの眦が吊り上がる。純白の毛髪が逆立ち、全身に黒い雷が迸る。

剣から漆黒がベルの体に乗り移り、人の体を根本から作り替えていく。

 

奴は強化された────足りない

 

奴の皮膚を貫く────足りない

 

奴からリューを守る────足りない

 

 

 

ベル・クラネルでは、足りない。

 

 

 

ベルが吼える。

漆黒の鱗が全身に纏わり付き、骨が折れるような不快な音をたてて、黒い翼と鱗に覆われた尻尾を創り出す。そして、こめかみ付近に2本のねじ曲がった黒い角。

 

理性が、知性が、思考が、怒りに呑み込まれる。

しかし、ソレでは駄目なのだ。この男を殺すには、怪物(・・)ではいけない。人である、ベル・クラネルでなければならない。

 

この男には、知恵を持って、奇策を用いなければ、絶対に勝てない。今まで戦ってきた中で、一番の強者であるこの男は、ベル・クラネルが殺さなければいけない。

 

「ア”ア”ア”ア”ァァァァァァァァァ────!!!!!!」

 

故に、抵抗する。濁流のように流れ込んでくる負の感情を、なけなしの理性で必死に抑える。頭を掻き毟り、身を捩る。ガリガリと精神が削られる。持たない、でも、持たせなきゃ。必死の抵抗すら、黒竜は許さない。

 

────従え、力を貸せ

 

ベルが持っていた短剣で、手の平を突き刺し、痛みで理性を無理矢理現実世界に引き戻す。黒い鱗が、這い上がるようにベルの体を包んで行く

 

────頼む、この一時で良い…これで、終わってもいいから…!

 

リューを守ることだけを考えて、必死に理性を自身の内に留まらせる。

 

 

しかし、ベルの理性は、暗闇に呑まれた。

 

完全に身体中を黒い鱗が支配し、もはや人と言える外見ではなくなった。

 

怒りのままに、ベルは尻尾を地面に叩きつける。

 

その瞳には最早、ただ怒りだけが染み込んでいた。

オリヴァスは、武器を構えた。

 

「来い…!ベル・クラネルッ!!!ケリをつけてやるッッ!!!!」

 

その言葉に、ベルは反応を見せることなく。ただ大剣を肩に担ぎ、翼を広げた。

 

その刹那。

 

 

 

 

 

 

「⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴⿻⿸⿴ッッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

怒りの咆哮を合図として、2人は同時に飛び出す。

 

剣戟の音が、響く。

 

 

 

 

 

 

「オラァッ!…終わりか…なかなかに時間を取られちまったな…」

 

「…あぁ、すぐに行くぞ。」

 

響く衝撃音と振動が、シャクティの耳を叩き身を震わせる。

その音は、二人を不安にかる。隕石でも降ってきたかのような衝撃が階層を揺らし、自身もまともに立っていられない程の衝撃を経験して居るのだ。不安にならない筈がない。

 

そうして、ベル達が進んだ道をなぞろうとした矢先。背後に複数の気配を感じたシャクティは、剣を構え警戒する。闇から出るのは、フードを被った怪しい集団。ヴェルフも、それに習い、剣を構える。

 

「…【象神の杖(アンクーシャ)】…?」

 

しかし、返ってきた声はよく知る物だった。その人物は、目深に被っていたフードを脱ぎ去り、その水色を顕にした。

 

「【万能者(ペルセウス)】…?」

 

「へぇ…ヘルメス・ファミリアか…もしかして、ベルの言ってた後続部隊か…?」

 

ヴェルフは、物珍しそうに眺めた後にそう呟いた。

 

ヘルメス・ファミリア団長、アスフィ・アル・アンドロメダ。レベルは決して高くはないが、彼女が生み出すマジックアイテムは、強力無比にして万能。故に、レベルよりも能力を買われることが多い。そして、何かと苦労人である。

 

「まさか、後続部隊がお前たちとはな。」

 

「私も先行部隊に貴方が居ることを初めて知りました。貴方がいるならば心強い。情報を共有しましょう」

 

「それは移動しながらでいいな?先発した二人が気がかりだ。」

 

「たった二人を先に行かせたのですか…!?」

 

一通りの確認を終えて、パントリーに向かう道をなぞろうとしたときだった。

 

 

 

「────シャクティ!避けなさい!!」

 

 

 

シャクティの頭上から、食人花が突如出現する。

一直線に向かう食人花は、シャクティを噛み砕かんとその大口を広げる。

 

避けることを断念して、シャクティは多少の怪我を覚悟して、真正面から受ける構えを取る。しかし食人花は、突然シャクティの目の前で跡形もなく弾け飛んだ。全員が、何もなかったように感じた。しかし、ヴェルフだけはしっかりと感じ取っていた。

 

(高密度の魔力の固まりを砲弾代わりに…)

 

ヴェルフが眺める先には、ヘルメス・ファミリアの全員がフードを脱ぎ去って居るにも関わらず、未だに深く被ったフードに、身を隠すようなローブから、銀腕を伸ばしている、人物だった。

その衝撃は強力で、あたりに風が巻き起こり、フードが揺れる。

 

(…なんて、魔力馬鹿(・・・・)だ…)

 

食人花の頭部を吹き飛ばす程の密度の魔力を放出したにも関わらず、至って普通の様子を見せるその人物に下した評価だった。

 

その人物は、杖を持つ魔道士であり、後衛職にも関わらず一番前を進み、振り返ってその場に零した。

 

 

 

「…早くしてください…ベルが、この先に居るんですよね?」

 

 

 

その言葉をその人物が、鈴の鳴るような声を零した瞬間。

 

パントリーから轟く咆哮と、一際大きな剣戟の音が響いてきた。

フードの人物────少女がその方向を見つめる。

 

 

その刹那で、山吹色が咲き乱れた。

 

 

 

「……ベル…いま、行きますから…」

 

 

 

銀腕を撫でながら、無いはずの腕の痛みを振り払うように、少女は足を進めた。




感想、よろしくお願いします。


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第11話:集結

今現在のベルの詳細なステータスを貼っておきます。

スキルを1個載せ忘れてました。

ベル・クラネル
ヒューマン

Lv3

力 :S1058
耐久:SSS1300
器用:C620
俊敏:SS1280
魔力:SS1200

【狩人:A】【憤怒:EX】

《スキル》

無慈悲な復讐(グリム・リベンジ)
・能動的なダメージ・チャージorマジック・チャージ実行権
・溜め込んだダメージを魔力に転換し、身体能力を向上させる
・ダメージを倍にして任意の方向に跳ね返す

復讐者(クリフトー)
・超早熟する
・復讐心を持ち続ける限り効果持続
・復讐心を無くした時点で効果を失う
・復讐を遂げると死亡する
・復讐の対象が複数ある場合、その対象一つに復讐を遂げた場合も死亡する。

【孤軍奮闘】
・単独での戦闘時ステータス上昇
・敵の能力が自身よりも上である場合、上長値を能力差分上昇。
・スキル使用後、1人の味方の介入によりステータス上昇値を1段階解除、3人の介入により完全解除。次回使用時まで8時間のインターバル。
・人型を保つ敵性存在に対してのダメージ上昇。


《魔法》

雷霆(ケラウノス)
・雷撃魔法
・追加詠唱・強化詠唱により能力開放


現在の能力
迅雷(ブロンテ)
迅雷によるリミッター解除率:20%


【ルミノス・ウィンド】
・攻撃魔法
・風・闇属性
・通常精神状態での使用不可
・怒りの丈によって威力増大






研ぎ澄まされた感覚の中、燻んだ光の轍を残す黒龍の爪撃を、怪人は避け続ける。

身体中を傷に蝕まれている。いつもならば瞬時に治る傷が、どうしてか治りが遅い。まるで、呪いでもかけられたかのように。

 

「ガルアアアァァァァァァァァァッッッ!!!!」

 

獣の如き咆哮を放ちながら、黒龍は怒りのままに攻め続ける。

 

「クッ…!?」

 

防戦一方の男は、ついには黒龍に肩を噛み砕かれる。

 

喉を鳴らし、口許から滴り落ちる血潮が、肉片が、怪物を逸らせる。

 

「⿴⿻⿸⿴⿻⿸?」

 

「くっ…訳の分からんことを…!食人花!」

 

男の指示を聞き、また花が咲きほこる。しかし、その花は美しさなど欠片も感じさせない、食人花。それが一斉に黒龍に向かって飛びかかる。

 

しかし、黒龍はその場を一切動かず、大群に飲み込まれる。ギチギチと鳴る歯軋りの音が男の耳を蝕んだ。

 

黒龍は、何事もないようにただ前進する。数多くの食人花に全身を噛まれながらも、ただ前進する。その身には傷一つ無く、食人花の歯は黒鱗に阻まれ、意味をなさない。花弁を握り潰され、斬り殺され、その数を徐々に減らされていく。

 

「…ふんっ…」

 

男は、忌々しそうに顔を歪める。

前から迫りくる、絶対強者。規格外の力を持ったオリヴァスの肉体を、いともたやすく噛み砕き、捻り潰す。しかし、それはオリヴァスとて同じ。

 

転身したベルは、ただ目の前の男に怒りをぶつける。

 

食人花を右手で握り潰し、グッと身を屈める。その構えを見て、オリヴァスは身構えた。

 

「ガアアァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

疾駆。

いいや、その翼で飛翔しながら、牙を剥き出し、五本の爪を光らせ、特攻する。

 

「獣がぁッ!!!」

 

ぶつかり合う、両者の拳と爪。そして、変転したベルのデタラメな殴打に剣戟。オリヴァスの強靭な肉体に、次々に傷を付けていく。デタラメ故に、駆け引きなど微塵も含まれない純粋なスピードとパワー。どれも、オリヴァスの上を行く。しかし、オリヴァスは気づいていた。自身の行動に見せる、過剰なまでの反応。それは、予想や直感からくるものではなく、目で見ているからこその反応。オリヴァスは、そこに目をつける。

 

ピクリと、肩の筋肉を揺らすと、ベルはそれに気づき、攻撃を停止。即座に離脱。殆どない理性の間に、危険だと察知したベルが、逃げ出す。しかし、オリヴァスはベルの次の行動を読んでいた。

 

「!」

 

「死ね、獣め…!」

 

その拳は、タイミング、スピード。すべてが完璧な拳打。

しかしその瞬間、ベルが感情のない瞳に喜色を映し、醜悪に笑ってみせる。

 

その翼で飛び上がり、一瞬でオリヴァスの背後に移動。彼は失念していた。人間には決して不可能なその動き。自身の真上を通り抜けて、容易くオリヴァスの隙きをついた。

 

「なっ────ブっ!?」

 

瞬時に反転したオリヴァスを襲ったのは、頬に走る強烈な衝撃と、鋭い痛み。

そのまま吐血しながら、吹き飛ぶ。それで離脱を考えたオリヴァスだったが、ベルは逃さなかった。

 

長く禍々しい尻尾を腰に巻きつけ、吹き飛ぶはずだったオリヴァスの体を、その場に固定。

その後は、嵐のような殴打。確実にオリヴァスの体を壊していく。必死の抵抗を見せるオリヴァスだが、反撃も抵抗も虚しく、ただ竜の爪を受け入れるしかない。

 

「グブッ、ゴァッ!?喰らえェェェ!!!ヴィオラスゥゥゥゥゥ!!!」

 

ベルの真下から出現した食人花に飲まれ、そのままオリヴァスを離す。離脱したオリヴァスはすぐさま回復に専念するが、そんな時間を与えるはずもない。

 

ベルを飲み込んだ食人花が、ボコボコと膨れ上がり、遂には中から喰い破られたように炸裂する。

 

「ガルアァァァァァッ!!!」

 

黒竜は頭から食い破ってその姿を現す。鋭い牙を光らせる口元には、極彩色の魔石。それを、噛み砕く。ただ怒りを、憎しみを、殺気を叩きつけ、瞳を燃やす。

 

「化け物め…!」

 

奥歯を噛み締めたオリヴァスを嘲笑うように、ベルはゆっくりと向かっていく。

 

確かに、オリヴァスの強さは果てしないものになった。しかし、スピードに関しては、ベル、リューのコンビのほうが上。ましてや、この状態のベルのスピードは第一級冒険者にも引けを取らない。故に、当たらなければどうということはないのだ。

 

しかし、此の二人には決定的に違うところが一つあった。

 

「ヴィオラス!喰らえ!!」

 

ベルに殺到する花と同時に、オリヴァスは動いた。

異形の大剣を振るい、ベルに肉薄する。鍔迫合う二人、しかし食人花はベルに殺到することはなかった。

 

「!?」

 

「今更気づいたか!?だがもう遅いッ!!」

 

食人花が殺到するその直線上に存在する、今のベルにある、唯一の弱点。

 

リューだ。

 

「喰らえッ、ヴィオラス!!」

 

鍔迫合うベルに、それを守る手段はない。

未だ眠るリューを瞳に写し、初めて瞳に焦りを移す。その隙きを、格好のタイミングを、敵は見逃さない。

 

 

「隙を見せたな!貰ったぞ!!」

 

 

異形の剣が、ベルの胴体を袈裟懸けに切り裂く。しかし、今のベルには、リューしか映らない。その痛みさえも、苦しみさえも、熱さえも、怒りも、全てすべて

 

理性に変わる。

 

「────リューッッッ!!!』

 

ナニカの声と、ベルの声が混ざりあった。

 

瞬間、ベルは無意識の内に【迅雷】を発動、通常時以上の電流を脳に流し、脳にかかっているリミッター(安全装置)を完全に吹き飛ばす。地面を蹴り飛ばし、普段気を使っている体への損傷なんて度外視に、彼女を守るためだけに、電流をマックスで流し続ける。それと同時に、ベルの脳が爆発する。

 

一瞬、ほんの瞬き程度の刹那でリューのもとにたどり着く。リューを抱きかかえ、その場を退避。ゴロゴロと転がりながらも、ベルはリューを離すことなく、抱きかかえ続ける。なんとか、最悪の結末だけは回避した。

 

「……っ…私、は……────べ、ル…?」

 

衝撃で目を覚ましたリューは、漸く目を覚まし状況を理解する。

 

「───ベルッッ!!!起きなさい!!!」

 

少年は、すでに死に体。全身から血を吹き出し、血管という血管が鬱血。目からは血の涙を流して放心状態。ベルの体は、その電圧に耐えることは出来なかった。

 

「エリクサーを…!────クソッッ!!!」

 

バックを探るが、全て使えない。戦闘の衝撃に負けて、すべての瓶が割れている。エルフの矜持も忘れ、乱暴な言葉を吐き散らす。

 

「【今は遠き森の歌ッ、懐かしき生命(いのち)の調べっ。汝を求めし者に、どうか癒しの慈悲をっ!】」

 

自分は何をやっていた。

 

「【ノア・ヒール】!!」

 

彼がこんなになってまで守ってくれている間、自分は油断した末にのんきに寝ていたのだ。

 

自分が嫌になる。ただでさえ、彼には隠し事をしている負い目があるというのに。

 

嗚呼…なんて間抜けなんだろう。

 

「…ついに、貴様独り…過去の亡霊、アストレアの生き残り…直接相見えるのは初だったな。」

 

「貴様ッ!!」

 

どうしようもない罪悪感と、負の感情が入り交じる中、リューは忌々しい男の声に眦を釣り上げた。

 

「吠えるな。貴様程度、私が相手にするまでもない。ヴィオラス、辱めて殺してやれ。」

 

リューは、ゾッとした。その男の冷酷な言葉にとか、その内容ではなく。その数に(・・)

壁一面から、花が咲く。遠目で見れば、一面の花畑。しかし、現実は広がる地獄。もうすでに退路はない。

 

(此処が…墓場…)

 

膝から、崩れ落ちた。無理だ、此の数はたとえ魔剣を使ったとしても、意味はない。

脱力したリューは、向かい来る花を無視して床にペタリと座り、膝にベルの頭を乗せてその血に染まった頭を撫でる。

 

「嗚呼…こんなところにまで傷が…貴方は、無茶がすぎる。貴方の目的は…果たさせてあげられなくなってしまった。」

 

鱗に包まれた手を、頬を、慈しみ、労るように撫でる。変わり果てたこの姿には驚いたが、ベルだとわかれば、愛おしくも感じる。

 

それはまるで、最後の逢瀬。

 

「貴方を騙していた事を謝罪させてほしい。私が、貴方の探す、仇なのです。ごめんなさい…こんな言葉で片付けてはならないのはわかっています。でも、私には、これ以外にやれることがわからなかった。許してなど言いません。何も、私には言う権利などないのです。」

 

涙をこらえたリューの告白に、ベルは反応することもない。

 

「貴方が、エルフを毛嫌いしている理由は、真っ当なものだ。私が貴方の立場なら、エルフなど滅んでしまえと想っていただろう。でも、貴方は違った。こうして私の同胞のために、仇を取りに来た。そんな、優しい貴方は…ベルは────」

 

最後の微笑みをたたえながら、儚げに、満足げに呟いた

 

 

 

 

 

「────本当に、尊敬に値するヒューマンだ。」

 

 

 

 

 

ベルの額に、影が落ちた。

 

せめて…そんな貴方を、先に死なせるわけには行かない。

 

リューは、ゆっくりとベルの体を壁にもたれ掛けさせ、魔剣と木刀を構え、ベルの前に立つ。

最後に、誇りあるエルフの姿を、ベルに見せたかった。

 

「…神アストレアが眷属。リュー・リオン…参る。」

 

その言葉を皮切りに、リューがいた地面が爆ぜる。迫りくる大量の食人花に向かい、魔剣を振るう。

 

「【雷入道】!!」

 

目の前に殺到した花を、暴風が薙ぎ払うが、花は次々に襲いくる。それはリューの体を、徐々に徐々に傷つけていく。しかし、諦めない。リューは足掻く。無様でも良い、格好悪くたって構わない。ただ、リューは戦う。今度は、私の番だと。叫ぶように。

 

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々、愚かな我が声に応じ、今一度聖火の加護をっ】!!」

 

精一杯、力いっぱいに歌う。生き汚く足掻き続ける、誇り高きその魂から、妖精の賛歌を。

 

横薙に払われる触手を、避ける。槍の様に突き出される触手が、肩を貫く。撓る触手が、リューの胴を払い抜く。

 

「【汝を見捨てし者に光の慈悲を。来たれ、さすらう風、流浪の旅人っ】!アァっ…!?」

 

三本の触手が、リューの胴体を貫いた。途絶える詠唱。編み上げた魔力が霧散する寸前。リューは腰から小太刀を引き抜き、自身に突き刺さっている触手を切断。更に詠唱を重ねる。速度を上げて、疾走する。

 

「【空を渡り、荒野を駆け、何物よりもっ…疾く走れっ】!────ヵ、ァ…」

 

しかし、接近を許すことはなかった。リューは迫りくる刺突を避けきれず、弾かれるように吹き飛び、ベルの眠るその真隣に激突する。

その衝撃で消えかけた意識を、たたらを踏んで保ち、最後の一節を紡ぎ出す。

 

「【────星、屑の…光を宿しっ…敵をっ、討てぇぇぇッッッ】!!!」

 

妖精が叫んだ。それは、誰かに捧ぐ星屑の奇蹟。妖精が紡ぐ、決死の讃歌。

 

この讃歌を…貴方に…捧げます…

 

最後に想ったものは、自身が想像していた人物達ではなく。ただ一人の少年の姿だった。

 

「───【ルミノス・ウィンドッッ】!!」

 

放たれる爆撃。風を巻き込む大光弾。それが47。なんの前触れもなく、風を生み、巻き込み、炸裂する。

生み出される爆風。殲滅される食人花。しかし、その風の輝きは瞬く間に消えゆき、その光を切り裂くように、畝る触手が肉薄する。

 

リューの体は、リューは悟った。

 

(此処が…私の…私達の…)

 

薄れる意識。保たれていた戦意が、粉々に砕け散った。かつて無いほどの強敵だった男を前に、あの災厄以外に湧き出ることはなかった諦観。それが、ゴポリと湧き出た。

 

最後に、少年の顔を見る。その横顔が、余りにも安らかで、拍子抜けしてしまった。

 

「────ふふっ…貴方のそんな顔を…最後に見ることになるなんて…」

 

思えば、彼の顔はいつも仏頂面で、笑顔なんて…本当に数える程しか見たことがなかった。偶に街で出会っても、いつだって戦士の気迫を纏っていた。でも…本当に最近は笑顔をみせてくれるようになった。

 

私に、彼の笑顔を穏やかに見る権利など無いだろう。しかし、せめて…せめて最後くらいは、彼の穏やかな顔を、年相応な彼の顔を見たかったのかもしれない。

 

「ありがとう、ベル…私は、貴方に…会えて…漸く、生きる…意味を────」

 

途絶えたリューの声を最後に、花の唸りが酷く大きく聞こえる。

目を閉じたリューは、微笑む。彼と死ねるのならば、それでいいか、と。

 

(来世という物に…興味はなかったが…どうか…次は、こんな出会い方は…)

 

願わくば、彼の来世が幸せでありますように。さようなら、私の触れられる人。

 

完全に目を閉じて、安らかな顔を浮かべる。無意識に浮かんだベルの笑顔を思い出して、釣られて笑顔になった。

 

しかし、彼は許さない。そんな最後を、許さない。

 

 

 

 

「────────【雷霆(ケラウノス)】」 

 

 

 

 

 

次の瞬間、リューは信じられない声を聞いた。

 

「……やっぱり…君は、笑っている方が良い。」

 

いつかの言葉を、繰り返すように語った。閉じかけた意識を強制的に引き戻された。

まさかそんな。言葉が喉をつきそうになるが、嗚咽が先に回った。

 

「…ごめん、遅くなって。流石に、電流を流しすぎた。スキルが発動しなかったら…やばかったかな。」

 

その背中は、ボロボロだった。なのに、自分を守ろうと、必死にいつもの通りを装っているようで。頼りないのに、尽きたリューの心に、再び希望の火が灯らされた。

 

「とにかく、ありがとう…ここからは…僕が君を守るよ。」

 

感謝するよ、白髪のお姉さん。そう呟いたベルは、剣を構えた。

 

その言葉が妙に嬉しかった。しかし、現実的に見て状況は絶望的。最悪の状況だ。リューは腹に穴が空き、すでに立てる状態ではない。ベルはベルで、傷は塞がっているが、魔力を使いすぎたために、マインドが空っぽ。

 

「まだ立つか…ベル・クラネル…」

 

「あぁ…何度だって、立ち上がってやるさ。お前を、殺すまで…!」

 

精一杯の威嚇も、最早虚勢。膝は笑っている。

 

「…よく吠えるものだ…すでに、立っているのがやっとだろうに…しかし、貴様は油断ならん…私が手を下しに行けば、また殺られかねん。ヴィオラス、殺れ。」

 

淡々と、その言葉を命じた。ベルは、柄を握り締めて、構える。せめて…リューだけでも逃がせる時間を稼ぐ。決心とともに、駆け出そうとした、

その時だった。

 

ベルの目の前を覆っていた食人花の群れを、二人の絶望を、一条の光が掻き消した。そして、その光と共に聞こえた声に、ベルは聞き覚えがありすぎた。

 

「────まったく…本当に貴方は手がかかりますね…リヴェリア様が目を離さなかった理由がよくわかりました。」

 

「………あ、え…?」

 

ベルが困惑する中、外套を脱ぎ去った少女は、山吹色を咲かせて華やかに笑ってみせた。ベルは、わなわなと視線を泳がせ、目尻に涙を溜めてその少女の名を零した。

 

「ど、どう、して?…レフィー、ヤ…?」

 

ベルがここに立つ原因にして、守れなかったはずの、大切な人。

 

今まではなかった銀腕を輝かせ、高火力の魔法を放つその姿、妖精に愛された妖精。千の魔法を操る様から、誰かが呼んだ。【千の妖精(サウザンド・エルフ)】レフィーヤ・ウィリディス。

 

レフィーヤは、嬉しそうに微笑んだ。

 

「でも…私のためにここにいてくれることは…正直言って嬉しいです。それに…やっと、名前を読んでくれましたね…ベル?」

 

「き、貴様…!?何故生きている!?確かに、こ、この手で殺したはずだ!?」

 

オリヴァスは、幽霊でも見たかの様に狼狽えて、指を指した。

 

「…えぇ…確かに私は、貴方に殺されました。でも…私は蘇りました。貴方に、復讐するために。それに…可愛い後輩だけに任せるわけには行かないんです。」

 

ベルの隣に降り立ったレフィーヤは、不敵に笑ってみせた。

ベルは、レフィーヤに言いたいことが山ほどあった。でも、それが喉に支えた様に出ない。

 

「レフィーヤ…!ぼ、僕は…その…」

 

「ベル。わかってます。貴方が、どれほど私の死を悲しんでくれたか…色々な人に聞きました。言いたいことがあるのもわかってます…でも、今は…私と一緒に戦ってください。」

 

「で、でも…僕は君を…僕の、せいで…」

 

「貴方のせいなんかじゃありません。…負い目があるなら…今度は、私を守ってください(・・・・・・・・・)!」

 

ベルは、その言葉に目を見開いた後に、涙を拭って大きく頷いた。

 

「────うんっ!!」

 

素直なベルに微笑んだレフィーヤは、リューに目を向けた。

 

「同胞の方…ベルがお世話になりました。」

 

「…いいえ、我が同胞。彼には…何度も救われました。私の助力など、微々たるものです。」

 

「…違う。」

 

ベルが、しっかりと言葉にした。

 

「リューがいたから、僕は立ち上がれた。…僕は、独りじゃないと君が言ってくれたから…僕は狂気の手綱を握れた。」

 

その言葉一つ一つが、リューの胸を締め付ける。 真剣な表情が、リューの頬を紅潮させた。

 

「…おっほん…とにかく、これを。マジックポーションとエリクサーです。」

 

二人は、渡された薬を一気に煽り、傷と魔力を回復させる。

再び、二人に闘志の炎が灯る。

 

苦々しそうに眺めるオリヴァス。手を、振りかざし、花たちに特攻を命じる。

 

「くっ…!小賢しい奴らめ…!ヴィオラ────」

 

その瞬間、オリヴァスの真横に、緋色の軌跡が迸った。

 

「させるかよ…!」

 

「何ぃ!?」

 

予想外の真横からの斬撃。リューと同等のレベルだが、力の面においては遥かに桁違いの能力で振り抜かれる緋色の直剣。それが、オリヴァスの腕を切り裂く。

 

不可視の状態から、兜を豪快に脱ぎ去り姿を顕す、ベルの自慢の兄貴分。剛力の魔剣鍛冶師、ヴェルフ・クロッゾ。

 

「ヴェルフ!」

 

「おうベル!イメチェンか?中々イカすじゃねぇか!俺も、弟分にばっかり良いとこ持ってかれるのは癪なんでな。兄貴分の威厳てやつを、見せてやらねぇとなぁ!!!」

 

「グゥッ!?」

 

豪快な直剣の片手の振り下ろし。それだけで、オリヴァスに膝をつかせる程の衝撃を与える。その剣の重さは、今のベルにも匹敵するほどの重さを孕んでいた。

 

「まだまだぁ!!」

 

背中から抜き放った大剣型の魔剣を瞬時に振り下ろし、それを繰り返す。

 

「オラァっ!!」

 

「…っ!図に乗るなっ!人間風情が!!」

 

「その人間風情に追い詰められているのだがな、貴様は。」

 

ヴェルフの連撃を弾き、追撃せんと立ち上がったオリヴァスを、横から強烈な掌打の一撃をもって吹き飛ばすさらなる強者。シャクティ・ヴァルマ。

 

「アンドロメダ!今だ!!」

 

「まったく…!シャクティ、貴女は意外に人使いが荒いですね!!」

 

吹き飛んだオリヴァスを襲う、大爆撃。空を舞う、水色の美姫が放り投げる、集中砲火。

稀代の魔道具製作者。アスフィ・アル・アンドロメダ。

 

「リオン!無事か!」

 

「えぇ…彼のおかげでなんとか…しかしこれで…」

 

「あぁ…形勢逆転だ。」

 

完全な形勢逆転。集結した傑物達が、揃って構える。

もう、オリヴァスに勝ち目は無い。崩れる断崖から、弾けるように飛び出したオリヴァスは、傷を治しながら、こちらを一瞥した。

 

「これで、終わりだ…」

 

ベルの宣言に、オリヴァスが浮かべたものは────醜悪なまでの笑みだった。

 

「貴様らは、未だに勝利を夢見るか…愚かな…!実に愚か!見せてやろう、『彼女』の力を!」

 

片腕を上げて、勅命を下すように振り下ろす。

 

「嬲り殺せ、ヴィスクム!!」

 

大主柱に巻き付いていたもう一体の巨大な宿り木が、蠢いた。

 

「あれが…動くのか…!?」

 

「おいおい…ありゃ、デカすぎて俺のでもどうなるかわかんねぇぞ!」

 

「僕が、殺るよ。」

 

全員が動揺する中、ベルが前に出た。

 

「待て、ベル!いくらお前でも────リオン…?」

 

シャクティが止めようとした時に、リューが手を前に出してシャクティを止めた。リューの耳は、確かに鈴の音を捉えていた。

 

「できるのですね…ベル。」

 

「できる。」

 

「────わかりました。全員、ベルの攻撃の直後に注意しなさい。」

 

「なっ!?リオン!彼にすべてを委ねるのですか!?何を考えて…!」

 

「わかりました。」

 

「頼んだぜ、ベル。」

 

「ふ、二人も何をっ…あぁ~もう!わかりました、信じれば良いんでしょうっ!全員、聞きましたね!?」

 

なんだかんだと苦労しているアスフィは、嫌々ながらも仕事をこなす。

 

「【轟け、雷鳴(我が名)雷鳴(我が怒り)。其は、(カラ)の境界を穿つ断罪の雷霆(ヒカリ)。】」

 

ベルの詠唱とともに、チャイムの音が徐々に、徐々に大きく響く。

 

「【鳴り響く雷鳴の賛歌、天の勝鬨、即ち王の証明。霊王たる我が名は【天雷霊(アルクメネ)】、 我が制裁こそ天の意思】────借りるよ、ヴェルフ。」

 

「おう、存分に使え!」

 

腰にあるナイフ形の魔剣を引き抜き、順手で構え、巨大樹に向ける自身の手のひらに沿わせるように、切っ先を向ける。

 

「【墜ちろ】」

 

詠唱を締めくくった瞬間、鐘の音が、大鐘楼の音に変化する。カラァン、カラァン、と響く音が、全員の肌を泡立たせた。

 

背中に宿る恩恵が熱を持ち、在りし日の祖父の言葉を思い出す。

 

『仲間を守れ、女を救え、己を賭けろ。英雄とは、己を賭した者である。』

 

もう、ずっと前に思い描いていた憧憬が、顔を出した。

 

(…英雄…か…)

 

直線的に、突進してくるような形で、巨大樹が猛威を振るう。

 

その中で、ただ一人。リューだけがベルの手を支え、ベルを見つめた。

ベルは、ただ頷く。此の二人に、最早言葉はいらない。

 

微笑み、見つめ、そして─────撃つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────【雷霆(ケラウノス)炎雷(ファイア・ボルト)】」

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、ベルの左手から放たれる雷撃が、右手に持つ短剣からは爆炎が巻き起こる。

それは螺旋を描き、混ざり合い、一直線に巨大樹に向かう炎を帯びた光の柱へと変わる。

 

それは誰もが目を瞑るほどの眩い極光。神が天に送還されるその時にも似た、極大の稲妻。光のうちに飲み込んだ巨大樹を、紅蓮を以て瞬く間に焼き尽くし、とてつもない爆発音とともに、ダンジョンに大穴を空ける。

 

「─────うそぉ…」

 

アスフィの情けない声と共に、ダンジョンの天井に空く大穴を、全員が眺め、全員が思った。

 

(ベル)の魔法は、異常であると。

 

「ちょっと…やり過ぎたかな。」

 

自身が尊敬する人物の口癖を真似て、ベルが涼しい顔でのたまった。

その呆然と見上げる中には、オリヴァスも含まれていた。

 

「ば、馬鹿な…なんだそれは…!なんなんだ貴様はぁ!?」

 

ベルは、オリヴァスを睨みつけ、剣を構える。

 

「これが…お前が散々バカにした、人間の力だ。」

 

「人間…人間だと?貴様が人間だと!?その醜悪な姿が見えていないのか!?貴様は既に、人を超えている!お前は、私と同じだ!!」

 

「それは違う。」

 

リューはベルの隣に立ち、キッパリと否定する。

 

「彼は…1度は狂気に飲まれたのだろう。この異形の姿も…だけど…」

 

ベルの頬に手を当てて、確かな温度をリューは掌で感じる。

 

「─────ほら、こんなにも暖かい。」

 

「…リュー…」

 

ベルは、恐る恐る、自身の異形の手をリューの頬にそっと、触れさせる。感じるはずがない、感じる訳が無い。なのに、その手には確かな温もりを感じた。

 

ベルは、果たして決意する。

 

「…もう誰も、失わない…もう誰も、傷つけさせはしない。もう誰も…涙を流さないように…お前をここで殺す…!」

 

「来い、人間共…決着を付けてやる…ッ!」

 

周囲に、大量の食人花が出現する。しかし、誰も狼狽えない。やる事はもう、決まっているのだから。

 

「シャクティ!『赤匠』!アンドロメダ!雑魚は任せます!」

 

「あぁ、承った。」

 

シャクティの言葉に、リューは頷き隣の2人に視線を移す。

 

「ベル、『サウザンド』…行けますね?」

 

「うん…行けるよ。」

 

「勿論…!」

 

「…良い返事です。…では、行きます!」

 

彼らは聲高に謳う。人間の讃歌を。生き汚い、冒険者の讃歌を。

 

 

 

 

 

 

三人は、偉業に挑む。

 

 

 

 

 

 




感想よろしくおねがいします


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第12話︰英雄よ、人であれ(アルケイデス)

今回は長いです。

次でパントリーが完全に終わります。

そして、お気に入り1000人突破!ありがとうございます!これからもよろしくお願いします!


戦闘の開始は、響く雄叫びによって開かれる。

 

「オオオオォォォォォォォォォォッッ!!!」

 

オリヴァスの前進と共に、周囲に咲き誇る食人花。一歩前に進む一番の脅威であるベルを目指し突進する。

 

「邪魔だァァァァァッッッ!!!!」

 

「『サウザンド』!」

 

「はい!」

 

雄叫びを上げる黒竜に続く一陣の風。そして紡がれる、妖精の歌。

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ】!」

 

レフィーヤが編み込む魔力に反応して、食人花がレフィーヤに標的を変える。

 

「放っておけ!目の前の男を狙え!!」

 

「っ!【同胞の声に応え、矢を番えよ。帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】!」

 

だが、此の一言で一斉にレフィーヤに向かっていた食人花が、突進するベルとリューに向かう。警告をしようか一瞬迷うが、すぐさま詠唱に移り自身の役割に集中する。

並行詠唱が出来ない今、一人で戦うことは最早諦めた。この戦いが終わったら考えればいい。今はできることだけを、やるしか無い。

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払えっっ】!」

 

詠唱が完結する一瞬、ベルと瞳が交わる。それ付だけでベルは全てを察して、頷いた。

レフィーヤは、不敵に笑いながら杖を天高く掲げ、叫ぶ。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

放たれる無数の閃光。撃ち放たれる射手隊の一斉射撃。それが、ベル達の前方に咲き乱れる花に雨の如く降り注ぐ。そして、休むことなく新たな歌を唄う。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹(ゆがら)。汝、弓の名手なり】!」

 

炎の雨は、花を尽く焼き尽くし、殲滅する。未だ続く爆撃の中、ベルはその爆撃地帯に突っ込む。

 

ベルが先行、上空から降り注ぎ、殲滅の限りを尽くす土砂降りの炎雨を、黒い翼を羽ばたかせヒラリヒラリと躱していく。そんな最中、ほんの一瞬だけ、リューとベルの視線が交わる。しかし、コンマ一秒も経たずに、両者の視線はすでに自身の成すべきことに向いていた。

 

「ハァァッ!!」

 

未だ残る食人花の大群に向かい、魔剣の一振りを浴びせる。背後に迫る極大の魔力を感じながら、ベルは未だ土砂降りの雨の中を飛び続け、ついにはオリヴァスの元にたどり着き、大刀でもって斬り結ぶ。

 

「ガルゥゥアアアアアアアアアッッッ!!!!!」

 

「ウオォォォォォォォォォォッッッッ!!!!」

 

両者一歩も譲らぬ剣戟。速度、重さ、手数。共に優れたベルと。速度や重さはベルに劣るものの、耐久という面において人外の域にあるオリヴァス。傷をつけることは叶えども、その生命までは取ること能わず。

 

浅い。

 

ベルが斬り結ぶ中で零す愚痴の一つ。まるで鉄でも斬っているかのような感触。ビリビリと衝撃を纏う左手を無視して、ただリューの教えを思い出し、只管に斬り続ける。

 

「【雷霆(ケラウノス)ッ】!!」

 

牽制の魔法からの、急離脱。ベルは、その状態で、右手に隠し持つようにヴェルフ謹製の短剣型の魔剣を逆手に持つ。

今さっき思いついたに過ぎない奇策。しかし、やって見る価値はあった。リューの教えにも確かにあったのだ。『正攻法で攻める必要はない』と。

 

そう…だって僕は…

 

 

────復讐者なのだから。

 

 

顔を振り上げ、オリヴァスに急接近。姿勢を屈めて猛スピードで駆け抜け、オリヴァスの目の前で────急降下。地を這う蛇が如く、地面スレスレを駆け抜け、大剣を引き摺り火花を散らし、右手の短剣を地面に突き刺し、支点としてぐるりと回転。一瞬の内に背後に廻る。

剣を横に振ったオリヴァスは空振り、唖然とする。遠心力を付け、スピードが更に増した状態で、隙だらけの背中に黒雷を纏った深い一撃を刻み込む。

 

「────ッ!?」

 

「オオオォォォォォォォォッッッッ!!!!」

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

痛みに仰け反るオリヴァスの背中に、次々と刻まれていく刃の熱。その熱の軌跡が10を超えた時、ベルが叫んだ。

 

「レフィーヤァァッ!!!」

 

レフィーヤは、迷う。仲間に魔法を撃つのか。しかし、数瞬だけ交わったその瞳が、何よりも雄弁に物語っていた。

 

『信じてる』と。果たして、レフィーヤは決心する。

 

「─────っ【アルクス・レイ】!」

 

ベルがオリヴァスの背中を蹴り飛ばし、吹き飛ばす。悶絶するオリヴァスだが、持ち前の耐久性を発揮。吹き飛ぶ空中で回転、ベルと横から向かってくる閃光を見て、ニヤリと笑った。

 

「馬鹿めッ!貴様の魔法なぞたかが知れている!」

 

あのエルフの魔法ならば、受け止められる。目に見える速度。ベルの魔法は発動から着弾が早すぎるために、避けようも受け止めようもなかったが、このエルフの攻撃ならば受け止められる。弾き返すことが出来る。そうして、片腕を突き出す。

 

しかし、その慢心を、その油断を、ベルは見逃さない。

 

「─────何ッ!?」

 

レフィーヤが放った閃光は、オリヴァスの手前で急上昇。いつの間にか真上に移動していた、ベルの目前に迫った。照準は、ハナからオリヴァスになど向いていない。

 

そんな中、ベルは考えていた。それは、自身のスキル【無慈悲な復讐(グリム・リベンジ)】の内容について。

それは、言わば『損傷吸収(ダメージ・ドレイン)』。しかし、ベルはステータス更新時のロキの一言が引っかかっていた。

 

『なんや、【損傷吸収】なのに変な文やな。普通、【損傷吸収】ならこう書いてあんで?受けた(・・・)ダメージを吸収する。とかな。』

 

引っかかっていた、ずっと。そして、本当にこのパントリーに来る寸前で気がついた。良く考えれば、最初からいつもそうだった。剣で受けた攻撃…所謂ただの衝撃でさえも吸収していた(・・・・・・)。そこで、ベルはある仮説を立てたのだ。

 

【無慈悲な復讐】(このスキル)は、ダメージという概念(・・・・・・・・・)そのものを指しているのではないか?その証拠に、『受けた』の様な言葉がスキルの説明欄には無い。試してみる、価値はある。

 

ベルは、一種の博打に打って出る。

 

(…リューに、怒られるな…)

 

無駄な賭けをするな、と教えられたベルにとって、この様な賭けをすれば怒られる事はわかっていた。だが、ベルはニヤリと笑いその閃光に向かって、まっすぐ大剣を振り下ろし、スキルの名(その力)を口にした

 

 

「─────【無慈悲な復讐(グリム・リベンジ)】」

 

 

閃光と大剣が接触した瞬間。閃光は、弾けるように直進する方向を真逆に変え、輝きの強さを更に強くして、オリヴァスに突進する

 

「な、なんだとッ!?」

 

「─────…まったく…帰ったら言いたいことは山程ありますよ、ベル…!」

 

オリヴァスはその顔に焦燥を貼り付け、リューは言葉とは裏腹に覆面の下に薄く笑みを浮かべた。

向かい来る極大の閃光に、オリヴァスは両手を突き出す。

 

「グゥッ、オオォォォォォォォォォォ!!!??」

 

予想外の威力、レフィーヤが放ったときの凡そ倍の出力(・・・・)。オリヴァスが着地と同時に、ギリギリの所で受け止める。蹈鞴を踏み、両手で閃光と拮抗し必死の形相で受け止める。だから、背後に迫る影に気づかなかった。

 

 

「ガラ空きだ、外道。」

 

 

膝裏に走る衝撃。それはオリヴァスにとってダメージにはならない。しかし、つっかえ棒を外された身体は、力を失う。

 

「─────貴ッ様アァァァァァァァ!!!??」

 

その叫びとともに、オリヴァスは閃光に押され、後方に弾き飛び、壁に叩きつけられる。

ベル、リューがレフィーヤの元に集まり、肩を寄せ合う。

 

「今度こそ…いいえ、そんなはずがありませんね。ベルの最大出力を食らっても生きていた男だ。」

 

「え…ベルの魔法ってあの大穴開けたやつですよね?あれで死なないなんて…本物の化け物なんじゃ…」

 

「その通り。胸に魔石は埋まってるし、勝手に回復するし…決め手が今ひとつ無い…」

 

「ま、魔石?…人ですか、それ?」

 

「…僕も、微妙なラインだけど…」

 

「ベル、怒りますよ。」

 

「ゲンコツが欲しいなら早く言いなさい。」

 

「……ご、ごめんなさい…」

 

全く感情の籠もっていない目をリューとレフィーヤに向けられ、ふいっ、と顔を背けたベルだが、すぐさま吹き飛ばされたオリヴァスに目を向けた。

 

「…まさか…ここまでとは…考えも及ばなかった…」

 

ガラガラと崩れ落ちる壁面から、声が響く。その声は、確かな称賛と、敬意が込められた言葉だった。その言葉に、ベルはただ構えて、返答する。

 

「…隠していたものが…功を奏するとはな…ヴィスクム。」

 

男の声の後に、響く地鳴り。徐々に近づいてくるそれは、姿を表す。リュー達は驚愕に目を見開いた。

 

「……もう一体…いたのか…!?」

 

驚愕する全員を無視して、オリヴァスは叫ぶ。

 

「ヴィスクム!生み続けろ(・・・・・)ッッ!!」

 

その瞬間、ベル、リュー、レフィーヤ。そして、シャクティ、アスフィ、ヴェルフ。全員の肌を、鳥肌が覆った。

 

見上げる天井。そこに垂れ下がる、動かなかった食人花の群れが、一斉に落ちてくる。

 

まず、ひとつ。

 

ドシャっ

 

伝播する様に、音は増えて、増えて、増えて、増える。

 

鳴り続ける落下音。止まらない、止まらない、止まらない。

 

「おいおい…此の数は拙くねぇか!?」

 

「なんとかしてください!その魔剣で焼き払えるでしょう!?」

 

「やったとしても!此の数だ!俺の魔力だって無尽蔵じゃねぇんだぞ!?」

 

圧倒的な数の暴力。それは、いくら上級冒険者が揃っていようと、全員に絶望を与えるには充分に過ぎた。

言い合いになっているヴェルフとアスフィ。

ベルは、いち早くこの状況の突破口を見出す。

 

「────殺るしか無い…!」

 

早急なオリヴァスの討伐。最悪、自分が死んだとしても、リューがいてくれる。レフィーヤも居る。此の男さえ殺せば、この状況はどうとでもなる。

 

その思考の直後、ベルが弾けるように飛び出した。それと同時に、爆音と共にダンジョンの壁が砕ける。

全員が、その方向を見た。立ち上る爆煙、そこから一つの影が飛び出す。

 

「……あの女は……!!」

 

それは、大切な人(レフィーヤ)を失った時に、此の男の隣に立っていた、燃えるような髪をした女。

 

レヴィスだった

 

「レヴィス!?」

 

突然の乱入に驚愕するオリヴァスだったが、すぐに顔色を変える。その姿が、あまりにもボロボロで、惨めな姿であったから。

何故、壁を突き破ってきたのか?疑問が湧き上がった瞬間に、その回答が現れた。

 

 

 

 

 

「────ベル!!!」

 

 

 

 

 

その声に、ベルは言葉を失った。その声が、あまりにも、大切な姉(ティオナ)に聞こえて。幻聴かと疑った。しかし、自分に向かってくる姿を見て、現実なのだと認識した。尚も、固まったままではあるが。

 

「……ティオ、ナ…?」

 

駆け寄ってきたティオナは、一もなくベルに抱きついて言いたいことを一気に吐き出した。

 

「バカァァァァ!!なんで勝手に居なくなるの!?なんで勝手に行っちゃうの!?なんで私に一言言ってくれないの!?う、ぅっ────ば、バァァァカァァァァ!!?」

 

言いたいことがありすぎて、元々無い語彙力が決壊。泣き叫ぶティオナに、ベルは戦闘中ということも忘れ、困惑した。

 

「ど、どうしてここに…?」

 

「追ってきたに決まってるじゃん!!私だけじゃない!ティオネも、アイズも、リヴェリアも!皆カンカンに怒ってるんだから!!!」

 

「あの、わがったか、ちょ、やめ」

 

「ティオナさん!ベルが死にます!」

 

ブンブンとゆすりまくるティオナをレフィーヤが止める。

 

「あっ、ごめんベル!ありがとう、レフィー………えええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」

 

「あー…ですよねぇ…」

 

落ち着いたと想ったら、今度はレフィーヤの生存に驚く。もう、ティオナは何がなんだかわからなかった。結果

 

「リヴェリアーーー!ティオネーーー!!アイズーーー!!!ベルいたーー!!!」

 

「やっと追いついたぞ此の馬鹿者め!!…なっ!?レフィーヤ!?」

 

「手間かけさせんじゃないわよベル!…って、レフィーヤ!?」

 

「ベル!その格好…れ、レフィーヤ…?」

 

三人に丸投げした。三人も勿論、レフィーヤの生存に驚き、今度はベルの格好に驚くが、流石は歴戦の冒険者と言ったところか。状況の飲み込みだけは速かった。

 

「えぇい…!ベルのその姿に…レフィーヤ!お前のことも後でタップリと話してもらうぞ!わかったな!?」

 

「「は、はい!」」

 

ベルは初めて見るリヴェリアの迫力に圧され、思わず普段使わない敬語を口にする。

しかし、ベルには譲れない思いがあった。

 

「リヴェリア…あの男は、僕が殺る。」

 

「…この期に及んでわがままを言うな、あれは私達が殺る。お前は下がれ。」

 

「嫌だ。あれは、僕の獲物だ。」

 

リヴェリアは、その発言に堪忍袋の緒が切れた。ベルの胸ぐらを掴み、怒鳴る。

 

「いい加減にしろッ!!お前が死ぬのを黙って見ていろとでも言うのか!?お前のスキルを知って、放っておくとでも思っていたのか!?巫山戯るな!!」

 

(スキル…?死ぬとは…一体…?)

 

「……どうして、それを…いや、ロキか…」

 

ベルは、リヴェリアの口から出た自身のスキルの内容に、ばらした人物を察した。リューがその発言を不審に思う中、リヴェリアはそのまま続ける。悲しみを吐き出すように、至らなかった自分を叱りつけるように。

 

ロキ・ファミリア(私たち)は、見捨てない、見捨ててなんぞやるものかッ!簡単に死ねると思うなよ…!死の淵に立っても、絶望が覆っていたとしても、何もかもをひっくり返して、お前を救う!!何度だって!何時だって!!」

 

「リヴェリア…」

 

「不甲斐ないことに、ここに来る途中で気がついた!お前の口癖の意味に!」

 

リヴェリアは、気づいていた。他人に迷惑はかけない。つまりは、ベルはリヴェリアたちを他人としてみていた。それが、悔しかった、腹立たしかった。

 

「いいか、覚えておけッ!私たちに血の繋がりはない、種族だって違う!思想や価値観の違いなどゴロゴロころがっている!だがな!お前がどう思っていようが、私達は家族(・・)だ!!これだけは変わらない、どんな時でも、絶対に変わらない…!」

 

家族。この言葉が、妙にベルの頭に響く。

 

それは、今までずっと避けてきたもの、欲しかったはずなのに、諦めていたものが、本当はすぐ目の前にあったのに、気づかなかった。

 

ベルは漸く理解した。彼女たちが来た意味を。今、自分がここに立っている意味を。自分が、何者であるのかを。

 

「リヴェリア…ありがとう。」

 

「…ベル?」

 

「もう…大丈夫。」

 

リヴェリアが見詰めるベルの瞳には、いつもの復讐に燃える色はなかった。その瞳に映る色はまるで────

 

「僕は、冒険をするよ…生まれて始めて…僕自身の、冒険を。」

 

「────」

 

嗚呼それは、在りし日の自分を想起させるような。それは、冒険者の尊き瞳。

リヴェリアはグッと拳を握り、ベルに顔を寄せた。

 

「…信じて、良いんだな。」

 

「うん。」

 

「帰って、くるんだな?」

 

「必ず。」

 

間を置かずに答えたベルの瞳をジッと見詰める。そうして、わかった。此の少年は、意外にも頑固であることが。リヴェリアは、漏れ出るため息を最早隠そうともしなかった。ベルに向けていた視線を、リューとレフィーヤに向ける。

 

「…済まない、我が同胞達よ。この頑固者に、力を貸してやってはくれないだろうか。」

 

自分たちの女王の願いを断るエルフなど、ここには居ない。

 

「…元より、此の戦いが始まった時に、この命…彼に預けたも同然です。しかし、その勅命…しかと聞き届けました。必ずや、彼の力になってご覧に入れましょう。」

 

「お任せください、リヴェリア様。必ず、ベルの力になってみせます!」

 

同胞の頷きに、軽い微笑みを浮かべ、二人を称えた。

 

「頼んだぞ、誇り高き我が同胞たちよ!」

 

リヴェリアは、それ以上語ることなく、今も苦戦する後続部隊に向かい走っていく。その後ろで、オロオロと不安そうな表情でベルを見つめていたティオナに、ベルは微笑む。それだけで、通じ合えた気がした。

ティオナは決心したように、ティオネを連れて戦場に駆けた。

 

「君も…冒険するんだね…」

 

「…うん…」

 

「帰ったら、お説教…だね…」

 

「…うん…!」

 

微笑んだアイズは、レヴィスと相対した。

 

ベルは、アイズの後ろ姿を見送ってから、オリヴァスに視線を向けた。傷は、完全に塞がっている。体力も、恐らく回復したのだろう。

 

 

だが、それで良い。

 

 

瀕死の男を嬲り殺しにした所で、意味はない。冒険に、ならない。

 

そうだ…僕は、冒険者だ。なら─────

 

 

冒険を、しよう。

 

 

竜は吠えることも無く、ただ短剣を逆手に、大剣を突き出し、騎士の如き構えを見せる。

 

「…背中は、任せなさい。貴方は、ただあの男に。『サウザンド』耳を貸しなさい。」

 

竜に寄り添う妖精は、木刀と魔剣を携え、二刀の構えを。

 

「…わかりました。やってやります…!」

 

未熟な妖精は、杖を掲げる。

 

「…行こう」

 

三人の瞳が、順に交わる。

まず、ベルとレフィーヤが、ベルとリューが、レフィーヤとリューが。

 

その視線が交わった刹那で、何よりも速く、ベルが飛び出した。その直後に、リューが叫ぶ。

 

「『サウザンド』!タイミングは任せます!詠唱は私に続きなさい!!」

 

「っ────【ウィーシェの名のもとに願う。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ】!」

 

レフィーヤは、返事を歌で返し、自身の魔法を紡ぐ。

ベルとオリヴァスが一騎打ち。斬り、斬られ、殴り、殴られ。僅かにベルが優勢を保つ中、レフィーヤはその戦闘を見て、感情が爆発しそうになるのを、必死で抑えていた。

 

こうしている間も、ベルが、同胞(リュー)が戦っている。傷ついている。しかし、自分ができるのは、歌うことだけ。ならば、一刻も早く、この歌を紡いでみせよう。

 

斬り結ぶ剣戟の音を確かに聞きながら、レフィーヤは紡ぐ。

 

「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ。】」

 

「ハァァァァァッッッ!!!!」

 

魔力に反応してレフィーヤに殺到する食人花を切り払いながら、魔剣を振るい、応戦するリュー。そして、隙きあらば、ベルと共に共闘し、まるで互いが次に何をするのかわかっているような、まさに阿吽の呼吸で共闘する。

 

「【至れ、妖精の輪。どうか────力を貸し与えてほしい】」

 

レフィーヤは高らかに歌う。

 

「【エルフ・リング】!!」

 

その魔法は、未熟である自身が誇る。唯一無二の武器。

 

召喚魔法(サモン・バースト)

効果、詠唱の2つを知ることで、エルフの魔法であるならば、あらゆる魔法を行使出来る、彼女が千の妖精(サウザンド・エルフ)と呼ばれる所以。

 

「っ…この動き…まさか…!」

 

オリヴァスもその動きに気づくが、三人は同時に歌う。

 

『【今は遠き森の空、無窮の夜天に鏤む無限の星々。愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。】』

 

「【今は遠き朱の空、無窮の夜天に鏤む数多の生命(いのち)。愚かな我が声に応じ、今一度生命(いのち)の加護を。】」

 

リューとレフィーヤの詠唱に続く、似通った詠唱。しかし、ベルの魔力は極限までに黒く燻み、淀んでいる。

 

『【汝を見捨てし者に光の慈悲を。来れ、さすらう風、流浪の旅人。】』

 

「【我を虐げし者に闇の抱擁を。来れ、終末の嵐、滅びの使徒。】」

 

ベルの思考に、何かが混じりこんでくる。それは純粋な怒り。狂気にも似た、ナニカへの怒り。

呑まれそうになる意識。

だが、自分の背を守り、舞い踊る妖精の言葉が、存在が、ベルの意識を縛り付ける楔となる。

 

『【空を渡り、荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。】』

 

「【空を渡り、死地を駆け、何物よりも疾く走れ。】」

 

「させるかッ!!」

 

リューに背後から襲いかかるオリヴァスの斬撃を、ベルが防ぎ、共に歌う。

 

攻撃・回避・詠唱・防御。状況に応じてこれ以上の行動を求められる高等技術である、並行詠唱。

涼しげに歌うリューとは裏腹に、ベルは玉のような汗を掻きながら、必死に歌う。

 

ベルが受け止め、隙きをついてリューがオリヴァスを吹き飛ばす。

 

そして、詠唱は完結する。

 

『【星屑の光を宿し────敵を討てっっっ】!!!』

 

「【雷霆の光を宿し────怨敵()を討てッッッ】!!!」

 

三人が集結し、肩を寄せ、叫ぶ。必殺の一撃を。荒れ狂う、嵐の名を。

 

 

『【ルミノス・ウィンドッッッ】!!!!』

 

 

二人のありったけの魔力をつぎ込んだ、緑風を纏う、大量の大光弾。そして、闇を纏った、燻みを孕んだ大嵐。それを凝縮した、僅か12発の風弾。しかしてその魔力量は、リューの魔力を軽く凌ぐ。

それが、一斉に放たれる。

 

「ヴィオラスゥゥゥゥゥゥ!!!私を守れぇぇぇぇぇぇぇぇえッッッッ!!!!」

 

大量に生み出された食人花が、一斉にオリヴァスの目の前に集合。壁のように重なり合って、オリヴァスを守る。

 

しかし、爆風と衝撃波は容赦なく壁を貫通。オリヴァスに直撃する。

 

「グゥォォォォォォォッッッッ!!??」

 

その階層に居る、誰もが見入った。

 

瞬間的に階層中が閃光に飲み込まれ、耳を劈く様な大爆音を伴い、オリヴァスを飲み込んだ。

其の光弾が爆裂する中も、見えている。ボロボロの食人花の壁が。あの奥に、奴がいる。

ベルは、レフィーヤに視線を送る。その視線が交わったとき、二人は頷いた。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹(ゆがら)っ。汝、弓の名手なりっ】!」

 

「【轟け、雷鳴(我が名)雷鳴(我が怒り)。其は、(カラ)の境界を穿つ断罪の雷霆(ヒカリ)。】」

 

重なる詠唱、繋がる心。二人が願うのは、ここからの全員での生還。そして、抑えきれない、此の胸に滾る、熱き想い(憧憬)

 

「【鳴り響く雷鳴の賛歌、天の勝鬨、即ち王の証明!霊王たる我が名は【天雷霊(アルクメネ)】、 我が制裁こそ天の意思!────墜ちろッッ】!」

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢っ】!」

 

肩を合わせ、ベルが左手を突き出し、レフィーヤが杖を握りしめた右手を突き出す。

 

「【アルクス・レイ】!!!」

「【雷霆(ケラウノス)】!!!」

 

2人の魔法が同時に放たれ、食人花の壁に激突する。拮抗する壁と極光。ベルとレフィーヤが眦を吊り上げ、叫ぶ。

 

 

 

『─────行っけぇぇぇぇぇぇ!!!!』

 

 

 

2人が魔力を絞り出し、雷と閃光にありったけを送り出す。螺旋を描く極光が、容赦なくボロボロになった食人花の壁に、穴を開ける。

 

 

「なっ!?─────あぁっああああああああぁぁぁ!!!??!?」

 

 

極太の熱戦と、災害級の稲妻が、オリヴァスの身体を貫いた。

 

殺った。確実に殺った。

 

レフィーヤは、そう思った途端に、フッと力が抜けた。

 

魔力を絞り出し、倒れ込むレフィーヤとリュー。辛うじて膝を着いて剣に縋るベルだが、息も絶え絶え。今にも意識を失いそうだ。しかし、倒れない。万が一、奴が生きていた場合、自分が戦わねばならない。

 

黒竜の翼が、崩れ落ちる。連鎖的に身体中に蔓延っていた鱗が崩れ落ち、瞳も元の朱に戻り、いつものベルに戻る。

崩れ落ちた翼が、灰に還った時。同時に爆煙が晴れる。

 

「─────ッ…グッ…!」

 

片腕が炭化。回復する気配を見せない、ボロボロの姿で膝をつく、オリヴァスの姿。ベルはそれを視界に収め、口元に薄く笑みを浮かべる。笑う膝に喝を入れ、立ち上がる。

 

「…………」

 

「…………」

 

なにも語らず、2人は立ち上がる。最後の、決戦の為に、武器を取り。

 

どちらからともなく、歩み出す。

 

コツ、コツ、コツ、コツ

 

混じり合う視線。目の前に立ち、睨み合う両者。

 

 

「────勝負だ…オリヴァス・アクト…!」

 

「────受けて立つ…ベル・クラネル…!」

 

 

棒立ちのまま、固まる2人。睨み合う視線。突き刺さる殺気。どちらかが死ぬ。

明確なまでに示されたその未来が、ベルの瞳に炎を宿させた。

 

 

 

 

瞬間

 

 

 

 

どちらからともなく、大剣を振るった。

 

『─────ッ!?』

 

大剣の激突した衝撃波が、辺りを揺らす。

衝撃によって、お互いが仰け反る。

 

言葉に出来ぬ咆哮を上げながら、斬りかかる。

 

しかし、黒竜の鱗を纏わぬベルはオリヴァスと漸く互角。

 

斬られ、斬り。殴られ、殴る。しかし、喰らいつく。

 

至近距離で繰り広げられる剣戟の最中。斬り刻まれ、殴られる間も、ずっと思い起こされる過去の思い出。祖父の言葉。いつも語っていた、自慢の息子の話。

 

『ベルよ、英雄って…なにかわかるか?』

 

もう、思い出せない返答。だけど、きっとこう答えただろう。

 

かっこよく誰かを救う、完璧な人。

 

当たり前だ。誰もが思う、英雄の像。それは、きっと陳腐な言い方だが、こんなものだろう。

 

祖父は、笑ってこう答えた。

 

『そうじゃろうそうじゃろう。そう見えるじゃろうな。確かに、彼奴らはカッコイイ。人を救い、戦いにおいては完璧じゃ。』

 

だがな、と祖父は続けた。

 

『やはり、どこまで行っても奴らは人じゃ。くっだらない事で、悩んで、挫折して、落ち込むんじゃ。普段は化け物を相手にして大立ち回りしとるってのに…変なとこで弱いんじゃ…─────なぁ、ベルよ。お前は、人であり続けるんじゃ。』

 

当時のベルは齢8歳。当然、こんな言葉の意味なんかわからなかった。しかし、今ならばわかる。

あっ、でも女は救えよ?と茶化したように語った祖父を、よく覚えていた。

 

『ベル、お前は儂の息子によく似ておる。お主もきっと、いつかはアイツのように、英雄と呼ばれる日が来るはずじゃ。じゃから、よーく覚えておけ。』

 

それは、先に逝ってしまった息子が、最後に残した言葉だという。

 

 

 

 

 

『─────英雄よ、人であれ』

 

 

 

 

 

その祖父の横顔を、今でも覚えている。

 

『大いに羨め、嫉妬しろ。憎しみを持つのも良い。だが、その中にある人らしさまで、失っちゃ行かん。大丈夫じゃ!お前は、充分英雄()の器じゃ!』

その幻視する背中が、懐かしく、大きく感じた。

 

 

 

バチッ、と弾ける白雷が、剣を覆った。

 

 

───嗚呼、お爺ちゃん…僕は…

 

 

ベルは思考をそのままに、剣戟のスピードを更に上げる。

 

 

憧れは、復讐で燃やした

 

 

───また、輝かせればいい

 

 

過去は、消え去った

大切な人は、みんな死んだ

 

 

───今を見て。僕には、大切な人がいる

 

 

意味の無い様な自問自答。しかしそれは、確かな意味を持つ。

 

「───オオォォォォッッッッッ!!!!!」

 

力が、湧いてくる。

 

─────さぁ、立ち上がれ。

 

身体に、白雷が迸る。

 

─────さぁ、勇気を振り絞れ。

 

さらに速度が上がる。捨て身ではない、リューとの修行によって培われた、確かな技と駆け引きで、果敢に攻めかかる。

 

「なぁッ!?」

 

オリヴァスの大剣が、宙を舞う。青白い顔に驚愕を貼り付けた。

 

祖父が語った、大英雄。数多の逸話を残す1人の英雄(おとこ)の名前。

決して神意に従わず、名を轟かせても尚、異端と呼ばれ続けたその英雄。

 

────あぁ、そうだ…僕は…貴方に憧れた。尊敬する祖父が、どこか哀愁を漂わせ、悲しみを孕んだ瞳をする。でも、それ以上に、誇らしそうに語られる貴方に、僕は憧れた。

 

柔らかく微笑んだベルは、そっと呟いた。

 

 

 

 

 

「─────【英雄よ(テンペスト)】」

 

 

 

 

 

無意識下で呟いたその言葉をスイッチに、ベルの大剣に雷が宿った。それは、今までの憎しみに身を焦がす様な黒い雷ではなく。ベルの過去を、憧憬を象徴する、純白の稲妻。

 

誰かが自分の頭を撫でてくれている。そんな錯覚に陥る程に、その稲妻に既視感があった。温もりがあった。それは、まるで────

 

 

 

「─────うん…僕は、もう…大丈夫だから…」

 

 

 

─────そうか。

 

 

 

返事が、聞こえた気がした。

 

─────お前が、憧れた物はなんだ!

 

ベルは、その白雷の柄を握りしめる。

 

「─────ッ!!」

 

一息で飛び上がったベルは、稲妻の残像を残したまま飛翔。さらに、白雷に食らったダメージ分のチャージを上乗せ。体全身から放電される大量の電気が、ベルの髪を逆立たせる。

 

 

「やっと…やっとわかった…っ!」

 

 

ベルは超特大の雷撃を纏った剣を、振り上げる

 

「─────これで、勝負を決めるッ!!!」

 

自身の体を一筋の稲妻に変え、蜿蜒(えんえん)たる軌跡を描き、超高速移動による強襲を仕掛けた。

 

─────さぁ、叫べ!お前の憧憬(英雄)の名を!!

 

祖父が語った"真の英雄"の名は、女神の栄光を無視した、彼だけの名前。

 

僕は貴方に憧れた、貴方の言葉に。だから、借りよう。

 

 

この一撃に、貴方の言葉を乗せて!!!

 

 

 

 

 

 

 

「─────【英雄よ、人であれ(アルケイデス)】!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ベルの斬撃は、音を置き去りにした。

 

ベルの突撃(ペネトレイション)がオリヴァスを穿(つらぬ)いたと同時。雷鳴はベルに漸く追いつき、轟いた。

 

「──────────ッッ!!!!」

 

ベルの咆哮を雷鳴がかき消して、そのまま地面に衝突。その威力は留まるところを知らず、床を突き破り、3階層下の27階層までの床を貫いた。

 

 

着地と同時に、威力を殺しきれず吹き飛ばされ、ゴロゴロと床を転がるベルとオリヴァス。

 

ベルはマインドを消費しきった、ボロボロの状態のまま、地面に伏していた。

 

オリヴァスは異形の下半身を失い、指先から徐々に灰に還っていく。

 

「─────っ、あぁ…っ…こんな、はず、では…!?」

 

貫いた雷撃の痛みに震え、無い下半身を見て、漸く己の敗北を悟った。しかし、血走った瞳をベルに向け、呪詛を吐き続ける。

 

「ベル…クラネル……!!彼女の、寵愛を、授け、られた、私が…!せめて、貴様だけでも道、連れに…─────」

 

その言葉を最後に、オリヴァスは体を灰に変えて、完全に消滅した。

 

 

 

「──────────勝った…」

 

 

 

その様を見届けたベルは、暗い洞窟の天井を眺めて、呟いた。

傍らに横たわる大剣を撫で、手のひらを眺めて、グッと拳を作る。

 

ベルは、思い出した。全部、全部。

 

「…そうだ、僕は─────」

 

 

 

 

 

 

英雄に、なりたかったんだ。

 

 

 

 

 

 

目頭に涙を溜めて、勝利の咆哮を上げるベル

 

しかし、次にベルが聞いたものは

 

 

 

 

ダンジョンの悲鳴だった




1000人突破ということで、なにかコラボかダンメモの話を書こうかなと思っています。

アンケート載せるのでよろしくお願いします。

感想、よろしくお願いします。


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第13話:知らない感情()

こんにちは。
今回でパントリー編[完]です。

1000人記念はダンメモになります。




ダンジョンは生きている。

 

これは、全ての冒険者の共通認識であり、冒険者でなくとも耳にすることはある。そういうレベルの話であり、もはや常識となりつつある事実だ。

 

モンスターは、そのダンジョンと言う体に入ってくる人間(病原菌)を排除するために産み落とされる、強力な白血球。

 

しかし、それだけでは足りない程の損害を受けたダンジョンは、悲鳴を上げて助けを乞う。自身が生み出す、我が子に。

 

「なんですか此の地鳴りは…!?」

 

「この…地鳴りは…まさか!?」

 

「ちょ、どこに行くんですか!?」

 

ベルが轟音を響かせ、オリヴァスを討ったその直後、24階層では、マインドダウンで数秒気絶していたリューとレフィーヤが目を覚まし、この状況に瞠目していた。そして、初めてであろう程の地鳴り。しかし、リューだけは知っていた。この災厄の予兆(・・・・・)を。

 

 

「あ…ぁぁ…駄目だ…そんな…そんな…!」

 

「同胞の方…?って、待ってください!その体でベルを追う気ですか!?」

 

「ベル…ベル…!駄目だ、速くっ、彼を…っ!!離せっっ!!!」

 

「離しませんっ、貴方も、私だって、ぼろぼろなんです!ティオナさん達に任せるべきです!」

 

酷く動揺するリューは、必死にポッカリと開いた大穴に飛び込もうとするが、自分よりもレベルが下のレフィーヤにすら押さえつけられるほどに消耗していた。

 

「くっ…!せめてこれだけでも!」

 

回復薬の詰まったカバンに自身のローブを詰め込んで、緩衝材代わりにして、それを投げ入れる。

何が起こるのかはわからない、しかし、腕の中で項垂れ、今も震え続けるリューを見て、ただベルの無事を祈るしかなかった。

 

 

 

 

「─────なんだ、この、地鳴り…?」

 

今までに、こんなことはなかった。此の地鳴りが、この肌を刺すような殺気が。何に向けられているのかさえもわからない。そんな中、バサッと音が鳴る。何かと目を向ければ、カバンが振ってきた。

 

ただ一人、暗い洞窟の中に取り残されたベルは、上から降ってきたカバンに、最後の力を振り絞り、這って行くと、中にはエリクサーとマジック・ポーションが入っている。恐らく、誰かが投げてくれたのだろうと、ベルは感謝しながら回復薬を飲み干す。

 

「…よし、動ける…」

 

動くようになった体を再確認しながら、上に戻る道を探そうとした時。

 

 

「─────負けたか…役立たずめ…まぁ、私も人の事は言えんがな。」

 

「ッ!?」

 

 

そこには、オリヴァスの灰溜まりから、極彩色の魔石を取り出す、ボロボロのレヴィスがいた。

 

「…アイズをどうした…!」

 

何故かここにいる敵に、ベルは睨みを効かせ武器を構えるが、自嘲したように笑うだけ。

 

「負けたよ。完膚なきまでにな。こうして無様に逃げてきたわけだ。ルームを破壊する真似までしてな。種は、ギリギリで回収できたがな。エニュオも奴も、ないよりはマシだろう」

 

「くっ…!」

 

嫌な気配を放つ宝玉を持ったまま、目だけをベルに向けた。

警戒するベルに対して、別段気にする様子もなく、その極彩色の魔石を口に運ぶ。

喉を通る音が響いたと同時に、レヴィスの傷が修復していく。警戒心を更に増幅させるベルだったが、次のレヴィスの言葉に体を固めた。

 

「お前…ベル・クラネルだったな。」

 

「……っ!?」

 

近づいてくるレヴィスに斬りかかるが、簡単に止められ、顔を覗き込まれるようにして、レヴィスはベルの耳元で囁いた。

 

「力が欲しいんだろう?」

 

「─────っ」

 

「わかるぞ。貴様の瞳は、力を欲し、渇望する瞳…嗚呼…私と同じだ(・・・・・)。」

 

覗き込まれる瞳、翡翠に濁りが混じるどこかいびつな発色の瞳は、ベルの奥底を覗き込む。

 

「私と共に来い。力を与えてやる。こっちの目的が果たされれば、お前はお前自身の目的を果たせばいい。」

 

ベルの心が、揺れた。奥底にある、黒い炎が、燃え上がる。

 

誰かも知らない囁きが、ベルの頭に響く。

お前の目的はなんだ。お前がここ(オラリオ)に来た本当の目的はなんだ。

 

そうだ、復讐だ。皆を殺した、あの冒険者を、殺すこと。

 

憎しみが、湧き上がる。レヴィスの言葉が、酷く甘く聞こえる。

正常な判断が出来ない。冷静さを欠く程に、動揺しているのがわかる。

 

其の手に、その言葉に、その力に、手を伸ばそうとして─────

 

 

「……違う…」

 

「…何だと?」

 

 

やめた。

 

「確かに…僕は、力が欲しい。欲しい。憎い。」

 

ベルは、力を欲している。しかし、頭を過ぎった。

 

彼女達の顔が。

 

一人にはしないと言った、少女が。

 

帰ってきてくれた、少女が。

 

家族だと言ってくれた、女が。

 

必死になって探しに来てくれた、姉達の顔が。

 

「でも、お前についていくのは…違う。それだけは、違う。」

 

「…………」

 

レヴィスは、真っ直ぐと見詰めるベルを見て、ゆっくりと離れていく。

 

「…残念だ。」

 

「……」

 

警戒し、睨みつけるベルを見て、ニヤリと笑った。

 

「安心しろ、私は手を出さん。─────私はな。」

 

「なに…?」

 

其の不穏な発言の後に、ベルは、確かに聞いた。

 

パラパラと降り注ぐ小石の音。そして、今までに聞いたことの無い、死の足音。

 

「─────ッッ!?」

 

自身の頭上から聞こえた、死の足音。顔を振り上げ、柄に手を掛ける。が、遅い。

 

バゴッ、と天井が爆ぜたかと思えば、すでにベルの視界は奪われていた。

視線に走る一直線の紅い線。次に、目の前が闇に包まれた。

 

自身の瞳が斬られたと気づいたのは、数秒後だった。

 

「あがッッ─────!?」

 

真横から聞こえる風を切る音を敏感に察知し、ベルは我武者羅に剣を振るう。

しかし、一度弾いただけで、それからベルの体はズタズタに切り裂かれる。

 

「生きていたなら…次は、殺す。」

 

レヴィスの言葉を消えかける意識と共に聞き流し、壁に激突。気配からして、レヴィスは消えた。

 

しかし、絶体絶命。

 

襲い来るナニカ。

 

回復した体力はすぐさま削られ、あっと言う間にさっきよりも酷い怪我を負う。スキルを使用する暇もない。魔法を使う暇すら無い。どこから何が来るかもわからない。

 

(このままじゃ…死ぬ…)

 

ベルが、立ち上がった時。死の足音が、目の前で鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

─────右に避けなさい。

 

 

 

「ッッッッッ!!!!」

 

 

右に転身。自分の頭の上を、何かがとてつもないスピードで過ぎていく。

 

感じ取った。いいや、教えてもらった(・・・・・・・)

 

感じた強烈な視線。それは、オラリオに来たときから(・・・・・・・・・・・)感じていた。どこにいても感じていた、ただ自分を眺める視線。しかし、今までにこれ程に強いものは感じたことがなかった。

 

(誰かが…助けてくれた…?)

 

ギリギリ保っていた意識を覚醒させ、壁を背にして前からの攻撃に備える。

地面に突き刺した大剣を、果てしない衝撃が襲う。それは、徐々にベルの体力を削り、生への欲求すらも奪っていく。

 

「─────ッッ……ヵ、ぁ…」

 

支えていた大剣が吹き飛ばされ、何かが腹を貫く。同時に、ベチャッと崩れ落ちる。

 

もう…無理だ…死ぬ…

 

ベルが諦め、死の足音が一際大きくなった瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

『オオオオオオオオオオッッッッ!!!!!』 

 

 

 

 

 

 

特大の咆哮とともに、死の足音が吹き飛ばされる。

 

目の前を突風が過ぎ去り、骨が砕けるような音が数度響き、消え去った。

 

「……だ、誰か…いる、の?」

 

沈黙が流れる虚空に話しかけると、何かがこちらに向かってくる。

重い足音を響かせながら、ベルに向かう足音は、目の前で止まり、語りかけてくる。

 

『無事か、少年。』

 

その声は、体の大きさを象徴する様な低音の男の声。声だけで、大きさが想像出来る。

 

見えないベルは、掠れた声で差し出された手に縋る。

 

「あ…う…だ、れ…?」

 

『…目をやられたか…腹に穴も…喋らない方がいい。仲間はいるのか?』

 

質問に、震える指を上にさす。

 

「…はし、ら…の…とこ…」

 

『柱…あぁ…食事処か。上に送る。と言っても、25階層から仲間の元に投げるしかないか…』

 

「…?」

 

男の発言に疑問を覚えるが、とにかく喋る事が億劫なベルは、その太い腕に大人しく抱き抱えられ、運ばれる。

次に来たのは、浮遊感。

階層を飛んでいる事が分かり、自分を救ったこの男の規格外の行動に驚愕した。

 

そうすると、瞬く間に階層を飛び上がり、25階層に到達した事がわかった。

 

「…あ…の…」

 

『む?なんだ、あまり無理はするな。』

 

「…ど、して……」

 

『む?』

 

「ど、して…助けて…くれ、た…の…?」

 

そう言うと、納得したのか、男は武骨な手をベルの頭に置いた。

 

『…そうだな。君が、私の会いたい男に似ていたから…だろうか。』

 

「…あい、た、い…?」

 

ベルが疑問を返すと、男は嬉しそうに笑う。

 

『…まぁ、これはまた今度にしよう。』

 

男は、話を伏せるように口を噤んだ。

 

『…ただ…私は、ある者と、友になりたいのだ。』

 

「…そっ、か…」

 

ベルは、痛みを我慢してクシャリと笑った。男も、フッと笑った。

 

『さて…そろそろ君も辛いだろう。この振動…上は破壊されているか…よし、君の仲間はいるようだ。体を丸めて、じっとしているんだ。このまま上の階に投げる。』

 

ベルは頷き、痛みを押さえ込みながら丸まった。そして、最後に男に尋ねる。

 

「な…まえ…おし、えて…?」

 

男は、スゥッと息を吸った。雰囲気を悟るに、どこか驚いている様な。そんな感じがしたが、男は笑って続けた。

 

『ハハハハッッ!!名前か、そうだな…雷…雷光……うむ、これにしよう。いいや、これがいい。」

 

男は考え込むように納得して、自身の名前を口にした。

 

『アステリオス…うむ【アステリオス】と呼んでくれ。君の名は、なんと言うのだ?』

 

「僕、は…ベル…ベル・クラネル…ありがとう…アス、テリオス…必ず…おれ、い…するね…」

 

男は、笑ったベルの頭をまた撫でた。

 

『そうか…ベル…ベルか…覚えた。では、ベル。礼がしたいというのなら…1人で、20階層の大樹の元に行ってくれ。そこに、私の知り合いがいる。その者に聞けば、私の元まで案内してくれる。私は、そこで君とまた話をしたい。』

 

出来れば、私にあったことも内緒にして欲しいと付け加えて。

 

「はは…変、なの…う、ん…わかっ、た…あり、がとう…また、ね…」

 

そこで途切れた会話に、男は満足した様に笑い、ベルを投げ飛ばした。

 

『…そうか、君は、そんな名前だったのだな…ベル…ベルか…嗚呼、いい響きだ…』

 

男はベルを眺めながら、異形の口端を釣り上げた。

 

『また…会おう。』

 

男は、地を揺らしながら、約束の場所に向かう。ベルとまた、言葉を交わすために。

 

 

 

 

「ダメです!早く避難しないと、私たちまで死んでしまいます!!」

 

「黙れ!離せぇっ!!ベル!ベル!!」

 

最後っ屁の様に、パントリーの主柱を破壊して、最後の抵抗を見せたレヴィスにより、パントリーは、崩壊の一途を辿る。崩壊する中、リヴェリア達は急ぎ撤退する。

 

「急げ!怪我人には手を貸して、優先的に非難させろ!」

 

「リヴェリア!ベルが!ベルが!!」

 

「────ッッ!アイズ!私と共に下に向かう!別ルートから帰還するぞ!ティオナ、ティオネ!レフィーヤ!フィンに報告して応援を頼む!急げよ!」

 

リヴェリアの指示に全員が動く中、リューだけが見ていた。

 

「────っっベル!!!」

 

下から飛んでくるベルの姿が。

リューは、レフィーヤの拘束を振りほどき、無い体力を振り絞ってベルを追いかけ、飛びついてキャッチする。

 

自分が緩衝材となり、地面と擦れ、背中が削れるが、そんな事は気にならない。

ただ、腕の中でか細く息を震わせるベルを抱きしめた。

 

「ベル…よかったっ…ベル…」

 

「あ…りゅー…?」

 

「はい…私は、ここです…ここにいます…」

 

弱々しく上げられたベルの手を、リューはギュッと握って応える。

 

「嗚呼…無事…なんだね…よか、った…」

 

「はい…!私は無事です!」

 

「……────」

 

「寝てはダメです!すぐに回復します!────ベル!起きなさい!ベ────」

 

 

 

 

 

 

「────知らない、天井…」

 

次にベルが目覚めたのは、自分の知らない場所。薬品の匂いが少し強いことから、医療系のファミリアにいることがわかる。よく見ると、隣のベッドにリューが寝ている。

点滴に繋がれて、体は包帯でぐるぐる巻きにされて。自身の方が酷い有様ではあるのだが。

暫くぼーっとしていると、外から足音が聞こえてきた。

 

ガチャりとドアが開く。

 

「────ベル!目が覚めたんですね!」

 

レフィーヤが入って来て、ベルが硬直する。

 

「全く…もう3日も寝てたんですよ?リヴェリア様も、アイズさん達も毎日来てくれてたんですから。帰ったらお説教は────」

 

レフィーヤの言葉は、そこで途切れる。ベルが、ベッド脇まで来たレフィーヤに、抱きついたから。

 

「────ベル?」

 

「ごめっ…ごめん、なさっ…ごめん、なさい…っ!」

 

その謝罪は、嗚咽混じりに繰り返される。

レフィーヤは、首元に感じる涙の熱を確かに感じながら、ベルの頭を抱えるように、抱き返した。

 

「…いいんです…貴方とこうして触れ合えて、名前を呼んで貰えるなら…片腕くらい安いもんです…」

 

そのまま、レフィーヤの腕の中で静かに泣いたベルは、泣き疲れてそのまま眠ってしまった。

 

レフィーヤは、抱きつく力の弱まったベルをそっとベッドに寝かせ、頭を撫でた。

 

「…ちょっとだけ…あの男に感謝しなきゃいけませんね…なんて…そんなこと絶対しませんけど。」

 

冗談めかして笑ったレフィーヤは、眠るベルの手を握る。白磁のような手と、輝く銀腕で。

 

 

それから、ベルは回復の一途を辿る。

 

そして、今ベルは────

 

 

 

 

 

「ベル〜、お仕置は…うわっ、すっごい虚無の顔してる〜…」

 

リヴェリアにしこたま怒られ、丸1日近くリヴェリアの部屋の前で正座している。

しかもご丁寧に、首には【僕は、勝手に下層に行って死にかけた大馬鹿者です】とボードが下げられている。

そして、捨てられた子犬のような瞳で、ティオナに助けを求めた。

 

「ティオナ…」

 

「うっ…そ、そんな顔してもダメだよ!自分がどんだけ危ないことしてたか分かってる!?」

 

「……リヴェリアに、8回くらいゲンコツされた……」

 

ガクガク震えるベルを見て、あちゃー…とティオナは唸った。完全にトラウマになっている。

 

リヴェリア曰く

 

『この馬鹿に付ける薬は無い。体でわからせる以外意味はないだろう。下手に力を持った分、アイズよりタチが悪い。』

 

との事。

母は強し…いや、強すぎである。

この発言で、関係ない1名までも恐怖に震えた。

 

「反省したか、ベル。」

 

扉を少し開けて顔だけ見せるリヴェリアは、鬼の形相でベルに問いかけた。頼りの綱だったティオナは、「あ、あはは〜!」と言ってどこかに行ってしまった。

 

「りっ、リヴェリア…し、した!しました…!」

 

すっかり怯え切ったベルは、もう平伏するしかなかった。

そして、この正座もそろそろ辛い。リヴェリアはその様子を見て溜息をこぼした。

 

「着いてこい。ロキの部屋に行くぞ。」

 

そうして、立ち上がる間もなく、ベルはリヴェリアに首根っこを掴まれ、子うさぎの如く運ばれた。

 

ロキの部屋に放り投げられると、そこには首脳陣…つまり、ファミリアの幹部全員がいた。

 

また説教が始まるのかと震えたベルは、必死に頭の中で言い訳をぐるぐる回す。そんな雰囲気を察したのか、フィンとガレスが笑いながら口を開いた。

 

「安心してくれ、ベル。別にお説教なわけじゃない。」

 

「若い時に経験は積んでおくもんじゃ!儂個人としては褒めてやりたい所だ!」

 

「あ…えっと…」

 

「ホッとしたか?今?」

 

ホッとしたのもつかの間、後ろに立つリヴェリアの圧にまた体を固める。

 

「まぁまぁ!ええやないか、生きて帰ってきとるんやから。」

 

ロキが「なぁ!ベル!」と語りかけるが、ベルは反応しない。下手に頷けばゲンコツが飛んでくるのがお約束だ。

 

「さって、話っちゅうんは…まぁ…せやな…」

 

「…オリヴァスの事?」

 

「あー、ちゃうちゃう。あそこであったことは、リューちゃんが事細かに語ってくれたからええんや。」

 

「…?」

 

イマイチ話が掴めないでいるベルに、ロキは変化球は余計分かりにくいとして、ストレートに告げる。

 

「すまんかった。ベル。ウチは…なーんもベルのこと理解してへんかった。こんなんじゃ、主神失格や…」

 

「そんな事…!」

 

拙い言葉で必死に違うと訴えるが、ロキは笑った。

 

「ええんや…実際、ベルの為と思ってた事が、逆にベルも苦しめとったんや。」

 

「…そんなこと…ない…僕は、確かにあそこで…死ぬつもりだった…それで、満足だった…!」

 

息が詰まるような時間だった。誰もが怒っていることがわかった。居心地が悪かった。次はゲンコツか、平手が飛んでくると思ったベルは、ギュッと目を瞑る。しかし、ベルを襲った次の感覚は、柔らかな抱擁だった。

 

「────あ…」

 

「ホンマに…ごめんな…そこまで、追い詰めてもうてたなんて…全然わからんかったわ…」

 

涙を浮かべながらのロキの告白は、どこか母を連想させるものであり、暖かかった。

 

「頼って欲しい、相談して欲しいんや…ウチらを…ベルの家族(・・)にして欲しい…」

 

懇願じみたその願いは、ベルが言わなければいけないはずなのに、言いづらいことをわかっていて、ロキは自分から歩み寄った。

 

嗚呼、狡い。

 

そんなことを言われて、首を横に振れるわけがない。ベルはコクコクと首を連続で縦に振って、湧き出る何かを堪えながら、ロキにしがみつくように抱きついた。

 

ベルは、暖かな気持ちを持ったまま、ロキに抱き締められる。母の抱擁を、受け入れた。

 

その後、ロキの提案でせっかくだから、ステータスの更新をしようと提案され、それを受諾。

 

「さーて…多分レベル上がってるで?期待してええと思うわ!」

 

「うん…よろしく…」

 

ロキがイコルを指につけて、ベルの背中をなぞる。

 

ベル・クラネル

ヒューマン

 

Lv4

 

力 :I0

耐久:I0

器用:I0

俊敏:I0

魔力:I0

 

【狩人:A】

【憤怒:EX】

【連射:C】

 

《スキル》

 

無慈悲な復讐(グリム・リベンジ)

・能動的なダメージ・チャージorマジック・チャージ実行権

・溜め込んだダメージを魔力に転換し、身体能力を向上させる

・ダメージを倍にして任意の方向に跳ね返す

 

復讐者(クリフトー)

・ケ譫懊

・復讐心を辟。縺上☆縺ィ蜉ケ譫懊r螟ア縺

・復隶舌r驕ゅ£繧九→

 

【孤軍奮闘】

・単独での戦闘時ステータス昇華

・敵の能力が自身よりも上である場合、上昇値を能力差分上昇。

・スキル使用後、1人の味方の介入によりステータス上昇値を1段階解除、3人の介入により完全解除。次使用時まで8時間のインターバル。

・人型を保つ敵性存在に対してのダメージ上昇。

 

破邪の竜王(ジャヴァウォック)

・竜の因子を引き出す

・【俊敏・力・魔力】のステータス昇華

・精神汚染耐性上昇

・生物に対する威圧

・竜種に対し特攻・特防付与

・竜種を確率で従属(テイム)する

 

妖精縁由(エルフ・リンク)

・エルフとの共闘時、共闘状態のエルフと自身の魔法威力上昇

・1人以上のエルフとの共闘で発動

・繋がりの強さにより効果上昇

 

《魔法》

 

雷霆(ケラウノス)

・雷撃魔法

・追加詠唱・強化詠唱により能力開放

 

【ルミノス・ウィンド】

・攻撃魔法

・風・闇属性

・通常精神状態での使用不可

・怒りの丈によって威力増大

 

【アルケイデス】

・付加魔法

・雷属性付与

・詠唱式【英雄よ(テンペスト)

・強化詠唱式【人へと至れ(ハキュリス)

 

 

この日を境に、ベルはよく笑うようになった。顔の表情が、無気力な真顔ではなく、ちゃんとした歳相応の表情や反応を見せるようになった。

 

そして、あの日からパッタリと剣を握ることはなくなり、無気力に中庭で昼寝をして、ボーッとしている事が多くなった。反面、人間関係は良好な物になり、ファミリアのエルフともモジモジしながら話しているのをよく見かけられた。

 

しかし、ベルの心の穴は、ぽっかりと開いたまま。

 

大きな虚脱感。命を失ってもいいと思っていた事も助長して、その虚脱感は計り知れない。

 

「燃え尽き症候群…まさか、本当にあるとはね…」

 

「仕方無いだろう…あれ程の事があったのだ…しかも、悪い事ばかりではない。あの子には、今まで休みがなかった。」

 

フィンとリヴェリアは団長室で雑務をこなしながら、ベルについて話していた。

 

「彼のステータス…見たかい?」

 

「あぁ、成長促進スキル…完全になくなってはいないが…何かに迷っているのか…まだ…相談はしてくれていないがな。」

 

「きっと、色々と困惑しているんだろう…そう言えば、今日は中庭にいなかったね?どこに行ったんだい?」

 

「あぁ…なんでも、彼女に会いに行くそうだぞ?」

 

「彼女?…あぁ、なる程ね。」

 

 

 

「いらっしゃいませ────やはり、ベルでしたか。今日も来てくれたのですね。」

 

「あ、うん。お、おはよう…リュー…」

 

微笑むリューと、どこかオドオドするベル。

 

「えぇ、おはようございます。席は…いつもの所に。」

 

「う、うん…」

 

そそくさとカウンターに座り、頻りにリューをチラ見する。そんなベルに、シルが声をかけた。

 

「ベ〜ルさん?」

 

「ひょっ」

 

物理的に跳ねたベルは、顔を赤くして振り返って、シルをちょっと睨んだ。

 

「お、脅かさないで…シル…ラウルよりも気配消すの上手いんだから…」

 

「あははっ、すみません。でも、ベルさんがリューにあつーい視線を送ってるのが気になっちゃって。」

 

「熱い…視線…?」

 

首を傾げ、何を言っているんだこの女?と言う顔でシルを見る。

シルは、笑顔のまま固まる。

 

「えっと…気づいていないんですか?」

 

「…何が?」

 

思わずシルは溜息をこぼす。ベルは、それを不思議そうに眺める。

 

「すみません、ベル。遅くなりました…シル、居ましたか。では私は…」

 

小走りで来たリューは、シルを見て、ほんの少しだけ残念そうな顔をした。シルは見抜いている、それが無意識の反応であることに。

 

「あー!あっちで注文取らなきゃ!というわけで、リュー、後はお願いね!」

 

「えっ?あ、はい…わかりました…?」

 

故に、シルは2人っきりにするために、離れて接客をしているフリまでして、2人を眺める。

 

「…変なシルですね…それで、今日は何を食べますか?」

 

「えっと…んっと…野菜、食べたい。」

 

「わかりました、サラダですね。」

 

注文をとったリューは、ミアにそれを出してから、水を出してベルの隣に座る。

 

「…レベルが、上がったそうですね。おめでとうございます。」

 

「あっ、ありがとう…僕も…君のおかげで、今も生きてる…」

 

少しの沈黙の後に、リューが切り出した。

 

「…恐らく…もう私では、貴方に敵いませんね。とうとう…お役御免というわけだ。」

 

「そっ、そんな事ないっ!」

 

立ち上がり、珍しく声を上げるベルに、全員が目を見開く。

 

「ちょ、なんニャなんニャ!少年とリューは、いつからあんな関係になったのニャ!?」

 

「ちょっとちょっと!嘘でしょ!あのリューに春が?」

 

「2人ともアホだニャ〜…ミャーは最初からわかってたのにゃ。…で、何を見ているのニャ?」

 

「アホはちょっと黙っててくれない?今いいところだから。」

 

シルが辛辣だにゃ!?と言うアーニャの言葉を無視して、シル、ルノア、クロエは2人の動向を見守る。

 

「…ベル?」

 

「も、もっと…一緒が、いい…」

 

ベルは俯き気味に、弱々しく呟いた。

 

「もっと、話したい…一緒にいたい…!ひ、ひとりに、しないで…欲しい…」

 

尻すぼみに小さくなる声に、誰もが聞き入っていた。邪魔をしないように、ミアでさえも配慮したくらいだ。

頬を赤く染め、しかし真っ直ぐと見つめてくる少年に、リューは目を瞑ったままに口を開く。

 

「…ベル、私は言ったはずです。」

 

「あっ…」

 

リューが徐にベルの手を取り、目の前で手を握った。そして、誰もが見蕩れるほどの微笑みを返す。

 

 

リューの熱が、ベルの体に移る。

 

 

「────貴方は、1人ではない。私がいます。それを、忘れないでください。貴方が必要とするのなら…いつでも話し相手に、鍛錬の相手にもなりましょう。貴方の傍に居なくとも…私の心は…常に貴方に寄り添っています。」

 

 

「───────」

 

 

移った熱が、雷のように伝播して、ベルの全身に、その熱を巡らせる。

 

その熱が、その柔らかさが、その瞳が、その微笑みが、全て、全てベルの体温を上げる。

 

その時、トクンッ、と胸が鳴る。その音が、やけに大きく聞こえた。

 

────知らない。

 

「ベル?」

 

顔の熱が、消えない。リューを、直視できない。

 

鼓動が、早い。

 

────こんな感情(こころ)、知らない。

 

言葉が、上手く紡げない。

なんだろう、湧き上がってくる、この感情は。

 

握られる自身の手を、少し握り、リューの体温を感じる。

 

それを感じたのか、リューはまた微笑んだ。

 

なにかを、失った。でも、得た物も多くて、尊くて。昔から、ずっと欲しかった物で。

 

でも、この女性(リュー)に感じる胸の高鳴りは、誰にも感じた事がない。

 

心にずっと燻っていた、黒い炎が、消えかけている事に、ベルはまだ気づかない。

 

これは、偶然?いいや、運命だ。

 

いま、この瞬間に──────いいや、もう、ずっと前から植えられていた種が

 

 

 

 

 

 

今、芽を出した。

 

 

 

 

 

ただ、それだけの事。

 

いいや

 

それだけじゃない、彼の芽生えなのだ。

 




はい、これにてパントリー編完結です。

アンケート取ります。投票よろしくお願いします。

そして、感想もよろしくお願いします。


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第14話︰不完全者(ベル・クラネル)

こんにちは。イベリです。

メモフレのお話はグランド・デイに決まりました。

正直クソきついです。でも、何とか本編と並行して、終わらせます。

あと、暫しこの作品を離れます。
他の作品も書きたいのと、書き溜めをしようかなと。




青い空、白い雲、早朝の少し涼しい大気。

 

頬を撫でる風が、気持ちいい。

 

木陰の下に腰を下ろし、空を見つめて頭を空っぽにする。少年の中で、あらゆることが起こりすぎた。其の中で起きた少年の心境は、理解できないものばかり。何もやる気が起きない。ここのところ、毎日をこの樹の下で寝たり、空を眺めて雲の形が犬に似ている、とか考えている日々。やらなければならないことは絶対的に多いはずなのに。何も手につかない。剣を握っても、以前のように苛烈なまでの炎がどうしてか燃え上がらない。

自分の雑事も、なぜか他の団員がやってくれるし、レフィーヤなんて「貴方は十分すぎる働きをしたんです。今はただ休みましょう。」なんて言って、ベルの昼寝や空を眺めることを一緒にしていたりする。偶にリヴェリアがやって来て、起きたら膝枕をされていたり…なんだか、ペットの様な扱いになっていた。

 

しかし、今日は『他の神様』が来ているらしく、其のお供にレフィーヤがロキについているらしい。リヴェリアは、忙しそうにしている。

 

だから、今は一人で空を眺めている。ティオナ達も、なんだか最近忙しそうにナニカの準備をしている。

自分は、こんなことをしていて良いのだろうか。そんなことを思いながら、ベルは立ち上がり、ある場所を目指した。

 

 

 

「あぁ、それは遠征ですね。」

 

「遠征…?」

 

目の前で足を組み、小さい体とつぶらな瞳を目の前の料理にぶつける少女。ベルが以前から世話…もとい。稽古をしている人物。

 

小人族(パルゥム)の少女。リリルカ・アーデ。ヘスティア・ファミリア唯一の団員。表向きではLv1の冒険者。大派閥の団員であるベルに対しても、リリは口調を変えることはない。それは、二人の親しさを象徴している。

 

「えぇ、ファミリアは、一定のランクに到達すると、ギルドからある義務を課せられます。それが、『遠征』です。目的は到達階層の更新。そして、派閥の力を上げて、都市に貢献させること。言ってみれば、ギルドの犬になれってことです。」

 

「犬…それは、僕も行かなきゃいけないのかな…?」

 

「…さぁ?それは派閥の方針によります。…もっとも、私は面倒なのでレベルが上っても報告なんて絶対しませんけどね。」

 

「…派閥のランクが上がると、税金も増えるんだっけ…?」

 

「えぇ…これ以上ヘスティア様の負担を増やすのも嫌ですしね…でも、ベルには感謝してますよ。モブもいいとこのリリに、こんな一級の武器を譲ってくれましたし、戦いの指導も…ホント、感謝してもしきれません。」

 

そう言って、リリは自身の腰から長剣を抜き放ち、柔らかく笑う。それは、ベルの大剣『報復』と瓜二つの見た目。

 

そう、これも黒竜の鱗から作られた物。ベルがヴェルフに教えた黒竜の鱗は、非常に大きかった。ベルの背丈をゆうに超え、ヴェルフですらも運べず、落ちていたその場で急遽武器を制作することになった。そして、それから武器を作り出したのだが、其の素材は当然のごとく余った。もったいないからとヴェルフがついでに余った素材を使って色々なものを作っていたのだ。ちょうど其の頃、サポーターであったリリと知り合っていたベルは、リリが自身の剣を持てることに気が付き、リリをヴェルフのもとに引っ張っていき、剣を譲ったのだ。

 

「…でも、そこからは君の頑張りだよ…」

 

「イチかバチかでステイタス更新してよかったです。それまでは、ベルが守ってくれましたし。でも、最後のあの男達の泣きっ面にはホントに涙が出るほど笑いました!」

 

そう言って、リリはニヤリと笑い、クックックッ…と悪い笑みを浮かべる。そんなリリを見て、ベルはフフっと笑う。

 

「…僕も、見てみたかったな。リリを虐めてた人たちの泣きっ面。」

 

微笑むベルに、リリはやはり動揺していた。

 

リリは、下手をすればロキ・ファミリアの面々よりもベルとの付き合いは長い。オラリオに来て、おそらく一番関わりが続いている人間だろう。だから、出会った当時のことを誰よりも知っている。

 

(あんなに笑わなかったのに…)

 

リリは、ベルの変化に動揺を隠せないでいた。出会った頃は…こう、なんというか。世界を恨んでいるような感じだったが、今はどこか穏やかな雰囲気を放ち、優しげな表情を浮かべ、よく微笑む。まぁ、顔が幼いこともあり、庇護欲に訴えかけてくるというか。とにかく、顔がいい。

 

「ベル、変わりましたね。」

 

「え?」

 

「よく笑うようになったなーって。」

 

「…僕、笑ってるの…?」

 

ベルは不思議そうに顔をペタペタと触った後に、嬉しそうに頬を緩めた。

 

「…気づいてなかったんですか?」

 

「うん…でも…そっか…僕、笑えてるんだね…」

 

リリは、この変化を嬉しく思っている。自身を救ってくれた少年だ。流石に恋心までは無いが、尊敬しているし、できることならば、楽しく過ごしていて欲しい。

 

リリは、ベルに合わせるように微笑んだ。

 

「…えぇ…とっても綺麗に笑ってます。」

 

楽しそうだから、なんでもいっか…なんて、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

「最近は、ダンジョン探索はかどってる?」

 

「えぇ…最近はヘスティア様の紹介で、他派閥と潜ってます…あとは、個人的に仲良くなったお二人と…ベルが最近一緒に潜ってくれないから結構苦労してますよ〜?」

 

「ご、ごめん…なんだか…最近動く気になれなくて…」

 

「あー…冗談なのでそんなに落ち込まないでください…」

 

「…そう、なの?」

 

「はぁ…私は心配です…この純粋さが…」

 

「…?」

 

二人は、店を出て街を歩いていた。時折ベルの戦闘の指南が入ったり、最近何をしているのか。なんて、他愛のない話をしていた。

そうしていると、ベルは複数の視線(・・)を感じ取った。それは、薄くではあったが、殺気を混じらせるもの。瞬時に理解したベルは、あの視線ではないことに気づく。

 

「…!」

 

「どうしまし…っ!」

 

どうやら、リリも感じ取ったらしく、ベルとリリは周囲に気を配りながら、なんでも無い風を装い、ただ歩く。

 

「…落ち着いて…前を見て歩いて…念の為に魔法をお願い。」

 

「……了解…【貴方の刻印は私のもの。私の刻印は私のもの】」

 

「【シンダー・エラ】」

 

小声で短い歌を歌ったと同時に、リリの体に変化が訪れる。フード内の栗色の毛髪の頭頂部に、ピョコッと獣の耳が生える。これは、リリが持つ魔法の一つである、変身魔法。体の一部を、恩恵を除いた身体的特徴や能力を自身に投影する魔法。リリに与えられた、1つ目の武器である。

 

リリは常に長剣に手を掛け、耳を済ませる。ベルは念の為に持ってきていた、『終炎』をいつでも抜けるよう、握りしめる。

 

「…右…屋根の上…三人」

 

「背後に二人…ですね。どれも、音が少ない…プロですが、敵わない相手じゃありません…殺りますか(・・・・・)?」

 

「……」

 

暗い殺気を燻ぶらせるリリに、押し黙ったベルは、周囲に目線だけを向けて街を歩く市民を見渡す。

まだ昼時、人は多い。流石にここで叩くわけにも行かない。ソレに何より、感じ取っている。相当な手練の気配。ベルは、リリに視線を渡すことなく告げる。

 

「…ごめんリリ、僕のせいかも…」

 

「いえ、残念ながら数日前からこの視線は感じています。正直、大した相手でもなさそうだったので、無視していましたが…いますよね、二人ほど。ベルクラス(・・・・・)が。」

 

「うん…しかも、レベルだけなら、僕より上だと思う。」

 

それを聞いたリリは、苦い顔をした。そこでリリは、「ゲッ…」と声を上げる。まるで、なんて間が悪いんだ此の駄女神。とでも言わんばかりの声で。

 

「…ん?おぉ!可愛い愛娘にベル君じゃないか!」

 

「こんにちは、ヘスティア様。」

 

「あぁ、こんにちはベル君。」

 

「ヘスティア様…なんでこんな時に…いや、バイト帰りですね?」

 

目の前には、リリの主神であるヘスティアがバイト終わりに帰路に着いている最中だった。

ベルの中で、戦闘という選択肢が消えた。恩神を巻き込むわけには行かないだけでなく、リリも危険に晒される可能性がある以上、行動に移ることは諦めるほかない。しかも、自身の武器はない。呼べば来るとは言え、ホームを壊しかねないから。

 

ベルは、行動に移ることにした。

 

「…リリ…合図したら、ヘスティア様を頼む。」

 

「…わかりました。任せます。」

 

「んお?何の話だい?」

 

「おバカを司る神様は黙ってればいいんですよ〜?」

 

「なんだとぉ!?」

 

そんな漫才で誤魔化した瞬間。

 

「リリッ!」

 

「はいっ!」

 

「おっ!?ちょっ、何して────」

 

「【英雄よ(テンペスト)ッ】!」

 

ベルが紡ぐ英雄賛歌。そして、全力の魔力放出、大量の雷を放電しながら、リリがヘスティアを抱え、それをベルが抱えてロキ・ファミリアのホームに向かって雷が如く駆け抜ける。

 

「──────ッ!?」

 

「ええっ!?なんですって?!聞こえません!それより口閉じてください!!舌噛んで送還とか笑い話にもなりません!!」

 

瞬く間に移り変わる景色に、ヘスティアが驚愕する中、リリも同様の感想を抱いていた。いくら自身よりも上のレベルを持っているからと言って、2人を抱えながら、走るだけで突風を巻き起こすのは反則すぎる。ベル本来の能力か、それとも魔法が破格に過ぎるのか。まぁ、どっちでもいいか。リリは、考えることをやめ、主神をこの突風から守護する事に専念した。

 

本当に、ものの数秒で視線は消え、辺りの気配も消えた。撒けた様ではあるが、このままリリ達をホームに返すべきではないと判断したベルは、二人をホームに避難させる選択を選んだ。

 

 

 

 

 

「ロキ、話しがあるんだけど。」

 

ファミリアの会談中に、ベルが突如乱入する。

 

「おや、ベル?…と、お客さんかい?」

 

「なんや、ベル。話なんて珍し…こりゃ…ちっさいお客さん連れて来よったな…」

 

「ちっさい言うな!無乳め!」

 

「ロキ、フィン…そっか…お話してるよね…後でいいや。」

 

そう言って、ベルは自身の部屋に2人を案内しようとする。が、それをロキが止める。

 

「ちょちょちょ!何してんのや!」

 

「…?ロキ達の話が終わるまで、部屋で2人に待ってもらおうかなって…」

 

「あー…これは、私が説明した方がいいですね…ロキ様、フィン様。はじめまして。前からパーティを組ませてもらっている、リリルカ・アーデという者です。見ての通り、ヘスティア様の眷族です。」

 

「おぉ、よろしゅうな。ウチはロキや。そんで、こっちがウチの団長のフィン。」

 

「ベルが世話になっているね、同族の少女。そう固くならなくて構わないよ。」

 

「こちらこそ、英雄様にお会い出来て光栄です。」

 

リリはニッコリと笑って、握手を交わす。

フィンはリリの仮面に気付き、内心で苦笑した。

 

(ここまで僕に興味が無いと言うのは…少し傷つくね。)

 

そんなことを考えながらも、フィンはリリに切り出した。

 

「それで…主神そろってここに来たというのは…ベルが何かしたのかい?」

 

その言葉で、リリの纏う雰囲気が変化する。

 

「ベルが、何か問題を起こすと思っているんですか?」

 

鋭い視線を向け、少しの怒気を隠そうともせずにさらけ出す。フィンは小さく笑い、両手を上げた。

 

「…失礼した、ベルが問題を起こす心配はしていないよ。となると…何かに巻き込まれたかな?」

 

リリは、フィンの言葉に、内心で舌打ちをする。

 

 

それをわかっていて、ベルとの関係性が良好なのを測り、自分の人柄を見抜きに来やがった。リリは目を細め、言葉の節々に注意する様に自身を戒める。

 

これだから、高位の冒険者は。

 

再度舌打ちを心の中でしたリリは、少し睨みながら、続けた。

 

「…はい、今日は彼と食事をしていました。そして、店を出た時に複数の視線をベルだけが(・・・・・)感じ取り、それを警戒して、一緒にいた私とヘスティア様を抱えて、ここに避難させてくれたのです。」

 

「なるほど…」

 

事実9割、そして、ちょっとの嘘。

 

ロキは混じる嘘に気付きはしたものの、大したことではないと感じ、それを無視。フィンは嘘が混じることには気づいたが、大半が事実である事を理解し、些末な事だと捨ておいた。

 

「ベル、心当たりは?」

 

「…フィンも知ってると思うけど、最近はご飯を食べに行く以外に、外に出てないし…あると言えばある、ないと言えばない。」

 

「…まぁ、君はアレを倒したんだし、あちら側に狙われていてもおかしくはないか…」

 

フィンは数瞬考えた後に、ヘスティアとリリに向かって微笑んだ。

 

「…もしかすると、こちら側の問題に巻き込んでしまったかもしれない。暫く様子を見たいから、ウチに泊まっていって欲しい。団員達には僕から伝えておく。困った事があったら、ベルに聞いてくれ。部屋もベルと同じで構わないかい?」

 

「えぇ、構いません。何から何までありがとうございます。」

 

「いやいや。同胞に何も無くて良かった。」

 

 

 

 

団長室を出たあと、リリはどっと息を吐き出した。

 

「ふぅ…全く、取り敢えずの誤魔化しは出来たみたいで安心しました…」

 

「そんな、隠す必要あるの?」

 

「言っておきますが…私は、例外を除いて冒険者が嫌いです。なるべく私の事は知って欲しくないんです。」

 

「…ときに、ベル君。君は派閥のしきたりとかわかってるのかい?本来、ここまで大派閥の団員と、新興派閥が仲良いのは異例なんだよ?」

 

「…なんで?」

 

ベルには、ヘスティアの言っていることが全く理解できなかった。仲良くするのが悪いことの様に聞こえる。

 

「…仲良くちゃ、いけないの?」

 

「いけないわけじゃないんだけど…ほら、君は大派閥の子だろう?しかも、Lvもそれなりに高い。それが、新興に関わっているとしたら。どう思う?」

 

「……なにが?」

 

ヘスティアは、ベルの返答にガクッと転けた。

うがー!と唸ったヘスティアは、ベルに指を突き付けて言い放つ。

 

「だーかーらー!利用されることだってあるんだ!」

 

「…リリは、僕を利用しようとしてるの?」

 

「いえ、今は微塵も考えてません。」

 

「だって。」

 

「ちっがーう!!そうじゃないんだ!」

 

むむむ…と唸るヘスティアを無視して、ベルはリリに質問を投げかけた。

 

「…リリは、フィンが好きじゃない?」

 

「……いいえ、これと言って好き嫌いの感情はありません。でも、一族の復興と言う、途方も無い夢物語を語れるだけで…あの方には尊敬を抱かざるを得ません。」

 

やっぱりそうなんだ〜、なんて間延びしたベルの声を聞いてリリは、ですが…と続ける。

 

「私は、あの人を【英雄】とは思っていません。」

 

「え?」

 

リリは、前を見たまま続ける。

 

「あの人は、ただ【捨てられる】だけです。目的のために、その他全てを【捨てられる】。【人工の英雄】であろうとする程、【英雄】から離れて行く。」

 

だってそうでしょう?と、ベルに向いたリリは、優しく微笑んでいた。

 

「【英雄(貴方)】は、全部…全部救ってくれました。見捨てない、見限らない、全部救う。それが、【英雄(貴方)】です。────そう、私のような女でさえ、救ってみせます。種族なんて、関係なく…何よりも────」

 

その後に、リリが悪戯っぽく笑って言った一言が、誰かの姿とダブった。

 

 

「────【完全な英雄】なんて…つまらないでしょう?」

 

 

リリは、目をぱちくりさせるベルの顔を見て、可笑しそうに笑ってから、ベルの前を進んだ。

 

「ベルの部屋ってなんかありますか?」

 

「…あっ、えっと…UNOあるよ。」

 

「やりましょうか。」

 

「よーし!僕もやろうかな!天界じゃその手の遊びで負けたことはないんだ!」

 

「…絶対、嘘。」

 

「ですね。」

 

「ちょおっ!?2人とも辛辣すぎるぞぉ!?」

 

 

 

あれから、3日。リリは今日も他派閥とダンジョンに。ベルはと言えば、いつもの様に晴天を仰ぎ、ぼーっとしていた。

 

すると、ベルの耳が小さな足音を捉え、嗅覚がよく知る匂いを嗅ぎ分けた。前回のレベルアップから、五感が異常なまでの進化をした。レベルアップの恩恵なのか…竜の因子とやらが関係しているのかはわからなかったが、ベルは特に気にしていなかった。

 

「…リヴェリア…だよね?」

 

「む…起きてたのか…というか足音でわかるのか…?」

 

ゆっくりと近づいたリヴェリアが、気づかれたことに少し驚く。

 

「地面から伝わる振動と、歩幅の間隔、後は…匂いかな…?」

 

「に、匂い…か…」

 

「…うん。レフィーヤとか、アリシアとか、似た匂い…ちなみに今日のリヴェリアの朝ごはんは、ハムエッグ。バターとはちみつのトースト。」

 

「なんで分かるんだ…」

 

「服に匂いが付いてる。」

 

「…洗濯するか」という呟きを放ってから、リヴェリアはベルの隣に腰を下ろした。二人揃って空を仰ぐ。

 

ただ流れる雲を眺め、ベルはいつだったかの言葉を思い出して、口元を緩める。

 

「ん?どうかしたのか?」

 

「ううん…あの、さ…あの時言ってくれたこと…嬉しかった、んだ…」

 

リヴェリアは、少し足りないそのたどたどしい言葉からその意味を探り、悟った。

 

「家族って…言ってくれて…嬉しかった…」

 

「そうか…」

 

そうやって、もじもじとしながら俯きがちにボソッと零した。

 

「私達は家族だ…お前にばかり、責任を押し付けるわけには行かないからな。」

 

「それでも…嬉しかった。リヴェリアは、怖いけど、怒るときは…その、僕のために怒ってくれてるから…」

 

気恥ずかしくなったリヴェリアは、ベルの頭をクシャッと撫でる。そうすると、撫でられた兎のように、ベルはニヘラッと笑った。

 

「お爺ちゃんが言ってたとおりだった…」

 

「何がだ?」

 

「エルフは、仲良くなると、良くしてくれるって…リューとかもそうだし…リヴェリアも…」

 

「ふふっ、エルフの知り合いがいたのか?」

 

「んっと…『かこい』って言ってた。」

 

その瞬間に、ピシッと時間が止まり、リヴェリアは微笑みのまま、固まる。ベルの言葉が、彼女の聡明な頭脳を持ってしても、理解が及ばなかった。

 

「………ん?すまない、もう一回言ってくれ。」

 

「…?えっと、『かこい』ってお爺ちゃんは呼んでたかな。」

 

リヴェリアは、眉間を抑えて難しい顔をする。ソレもそのはず。ベルの言っていることは、所謂『愛人』のことだ。リヴェリアは、頭が痛くなった。この少年の祖父は、一体どんな教育をしていたのか。

 

その後も、ベルは思い出したかのように辿々しく語りだす。それがなんと不純なものだったか。極めつけには

 

「英雄を目指すなら『はーれむ』っていうのを作れって言ってた。『男のろまん』だって。」

 

「ベル」

 

「んえ…?リヴェリア…?」

 

リヴェリアは、風に揺蕩う新緑を眺めながら、天を仰いだ。

 

見ず知らずのベルの祖父よ…この純粋な子になんて事を教えているんだ。もし、生きているのなら殴っていただろう。遠慮なく、グーで。

 

その瞬間、リヴェリアの脳内に『それはそれで…』と言う謎の言葉が入り込んできたが、脳内を魔法(レア・ラーヴァテイン)で焼き払った。

 

煩悩死すべし慈悲はない。

もう疲れた。少し休みたい。

 

「…今日は、私も寝ようかな…」

 

「ホント?じゃあ、ここの草が丁度いいんだよ…特別に、使わせてあげる。」

 

「そうなのか?じゃあ、ありがたく使わせてもらうとしよう。」

 

「これ、タオルケット。」

 

「用意がいいな…」

 

「元々…今日は寝るつもりだったし…いつも持ってきてはいる。」

 

そっかー。とリヴェリアにしては間の抜けた返事を零してから。ベルの偏った知識の矯正は、絶対にしなければならない。と、リヴェリアは固く誓った。

 

 

「随分と、心は開いてくれるようになった。」

 

「本当に随分と仲良くなったじゃないか。気持ち良さそうに2人でお昼寝までしていたしね?」

 

「あの歳であそこまで退廃的に過ごせるのはある意味では悟りじゃけどな。」

 

「…娯楽なのだろうが…ベルには、ちょっとそれが少な過ぎる。だれか、人並みの娯楽を教えてやれる奴がいなければ…いつか押しつぶされてしまうぞ。」

 

フィンとリヴェリア、ガレスはベルのことについて話すのが日課になっていた。

 

「いっそカジノにでも放り込んでみるか?ハマるかもしれんぞ?」

 

「ガレス…お前…」

 

「じょ、冗談じゃ…わかっておるわ。」

 

そんな事を言うガレスを、キツく睨んだ後に、リヴェリアは頭を抱える。

 

「ベルの偏った知識は、もうレフィーヤに丸投げした。今頃顔を赤くしながら怒っているだろう…ベルの事になると、少し過保護になるからな。あの子は。それに…悩みを打ち明けるのは、きっと私では駄目なんだろう。あの子に近い目線を持てるような者でなければ届かないんだろう。」

 

「ちょっと前まで、あれだったこと考えると…感慨深いね。」

 

「そうじゃのう…儂らとは普通に話しとったが、エルフとはどうしても話さんかったからな。十分な進歩じゃろう。」

 

「まぁ…そうだな…」

 

今頃おどおどしながら、レフィーヤの話を聞いているだろうベルに、静かな黙祷を捧げた三人だった。

 

 

 

「だーかーらー!『ハーレム』なんて作らなくていいんです!一体どんな教育をしたんですか貴方のお爺さんは!?」

 

「…こんな教育?」

 

ベルの天然に振り回されるレフィーヤは、安請け合いした己を恨んだ。

 

「ここまでベルの天然が酷いなんて思いもしませんでしたぁ!リヴェリア様はなんて仕事を押し付けてくれたんですかぁ!!?ベルの倫理観はもう限界です!もう手遅れなんです!!」

 

「…レフィーヤ、今日はいい天気だから、寝よ?」

 

「…もうねるぅ…」

 

結局、いじけにいじけたレフィーヤは、ベルの隣で地面に寝っ転がっていつものように晴天を眺める。

 

「あー…疲れましたぁ…」

 

「おつかれ。」

 

「元を正せば、ベルの…やめです、これ以上は不毛過ぎます。」

 

「…そっか…?」

 

何を言っても無駄なので、また今度ということにした。ベルが純粋すぎるのがいけない。途中で自分が悪いみたいな空気になったし、もうこのままでいいかな。なんて思っていたりもした。

そんな時に、ベルが突然切り出した。

 

「…ねぇ、レフィーヤ。」

 

「なんですか~?」

 

「あの、さ…あの時から…わかんないんだ。」

 

「…ソレは、どういう意味、ですか?」

 

レフィーヤは、なんとなく真剣な空気を感じ取り、佇まいを直した。

 

「その…僕が、オラリオに来た目的は、知ってる?」

 

「詳しく知ってるわけじゃありませんけど…復讐ですよね。」

 

「うん、そう。お爺ちゃん達を殺した、冒険者を探しに来た。憎くて、憎くて…たまらない。今でも、そうなんだ。」

 

自分の手のひらを眺め、ベルはポツリポツリと心の内を零していく。

 

「今も…憎い…でも、わかんないんだ…そうして憎いのに、殺したいのか、わからない…剣を握っても、前みたいな感情が湧き出ない…戦う意志が…出てこなくって…」

 

悩み続けるベル。初めての憎しみ意外の感情、それに困惑し、戸惑い、迷っていた。

 

ここで、その場しのぎの言葉なんて簡単に出るだろう。だけど、レフィーヤはそれではいけないと、偽りの言葉を封じ込めた。

 

「いいじゃないですか、わからなくって。戦わなくっても、いいじゃないですか。」

 

「…え…いいの…?」

 

呆気に取られ、ポカンとするベルに、レフィーヤは続けた。

 

「良いと思いますよ、結局はそれも、貴方が選んだ道ですから。…私は、勿論貴方に死んでほしくありません。だから、復讐なんてやめて欲しいです。でも、貴方が選んだ道を、否定する権利は私にはありません。結局は、自分で決めるしか無いんです。きっと、前までの私なら、止めてたと思いますけどね。」

 

自分に呆れたように笑ったレフィーヤは、そのままベルの手を握った。

 

冷たい感触と、柔らかな温もりが、ふわりと覆った。

 

「今まで、貴方が抱えていた何かを、私は知りませんでした。何だこの子って、思ってましたから。でも、貴方のことを知って…死んで…なんだか、考えが変わったんです。」

 

死という絶対に経験しない体験が、レフィーヤの中にある、固定観念を大きく変えた。

ベルの胸に指先を当て、レフィーヤは微笑んだ。

 

「人って、とっても不完全なんです。ベルみたいに、矛盾した気持ちを抱いたり、小さなことで悩んで、押し潰されそうになったり。でも、それはきっと…とても尊いことなんです。」

 

「不完全なのに…?」

 

「そうです。ベルみたいに、大きな悩みを持っていなくたって、私は押しつぶされそうですもん。」

 

たまに情けない自分が嫌になりますから。と、舌をペロッと出して、戯けてみせた。

 

「不完全を、尊ぶ…」

 

「そうです。完璧であるならば、それはもう、人じゃありません。神様です。」

 

ベルは、その言葉に、酷く聞き覚えがあった。

 

「不完全でいいんです、人を頼ってください。決定を委ねるのもいいと思います。不完全を恐れてはいけません。不完全のままで良いんです。」

 

大英雄が残した言葉のその意味が、重なった気がした。

 

「人が人である条件が、きっと不完全であることなんです。私達は、人であるからこそ、神様たちですら届き得ない、『未知』に到達できるんだと思います。」

 

ベルは、目の前の少女の言葉に、静かに動揺して、何故か安心した。

 

僕が、どんな道を選ぶのか…全然わからないし、予想もできない。

 

でも、それで良い。それが良いんだ。

 

ベルは、小さくつぶやいた。

 

 

 

英雄よ、人であれ(アルケイデス)…か。」

 

 

 

その言葉が、一番にピッタリと来る。

きっと、リヴェリアが言っても、ベルには届かない言葉だった。フィンでも、ガレスでも、アイズでも。アマゾネスの姉妹でさえ、きっと駄目だったろう。同じ不完全者(・・・・)である、レフィーヤにしか、ベルに届けることは出来なかった言葉。

 

ベルは、微笑みを称えて、立ち上がった。見上げる空が、青い。

 

嗚呼…こんなに、広かったっけ…

 

そんな感想が漏れた。別に、悩みが消えたとか、そんなことはない。心に広がった曇りは、未だ晴れない。でも、ベルはレフィーヤに声を投げた。

 

 

「…きっと、僕は、これからもずっと迷ったままなんだと思う。」

 

「はい。」

 

「誰かに、支えてもらわないと、きっと倒れてしまう。」

 

「それが人です。」

 

「このまま、ずっと…何かに脅えたままかもしれない。」

 

「それもいいと思います。」

 

 

 

 

「でも…頑張って…いつになるか分からないけど、ちゃんと…向き合いたい…できるかな、僕に…」

 

「…えぇ、出来ます。絶対に。」

 

 

微笑んだレフィーヤの回答に、振り返り木陰に座るレフィーヤに向かって、ベルは笑顔を見せた。

 

 

「────一個だけ、やりたいことが出来た。」

 

「なんですか?」

 

「次の遠征、僕も行く。それで…君を、皆を守る。」

 

憎悪に濡れていたベルの心が、ほんの少しだけ、違う色を見せた。酷く脆くて、不完全な色だったけど、それで良い。目の前の少女が、大英雄が、お爺ちゃんが言っているのだ。

 

 

 

 

なら。少し、それを信じてみたって、きっと損はない筈だ。




感想、よろしくお願いします。


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第15話:異端

年明けギリギリ滑り込みで投稿します。

遅くなってごめんなさい。
どうぞ。

今回は異端児が早々に出てきます。


緑溢れるダンジョン20階層。そこに、黒い大剣を担いだ白い影が、黒い外套を靡かせキョロキョロと辺りを見回す。

 

「…大樹…地図通りなら、この辺りなはず…」

 

ベルは、遠征に行く決意の翌日。早速幹部にその旨を伝えると、フィンとガレスは了承。リヴェリアは渋々といった具合ではあったが、なんとか了承を取り付けた。遠征は一週間後。準備を怠るなとのことだったが、ベルには行く前にやらなければならないことがあった。

 

「アステリオス…本当にこんなところに案内役が居るの…?」

 

いつかの恩人に会うべく、ベルは約束の場所に来た。あの屈強な戦士の眼を見て、お礼を言いたい。ベルはファミリアに内緒でこの場に来ている。彼のお願いであった『一人で来る』という約束を反故にするべきではないと考えてのことだ。一日くらい居なくても、きっと誰も心配しないだろう。という浅い考えが、既にリヴェリア激怒案件なのだが

 

しかし、ベルが大樹に到着したというのに、辺りには誰も居ない。それどころか、モンスターすら居ない始末だ。その中で、ベルは大樹の下に腰掛ける。

 

「…暇だな…」

 

その案内人が来るのか、それとも彼が直接ここに来るのかは知らないが、ボウっとしていると、いつもの癖で眠くなってくる。周りにモンスターは居ないし、丁度いい。昼寝と洒落込むことにした。

 

そして瞼が落ちる寸前、手元に何かがひらりひらりと落ちてきた。

 

「…羽…?」

 

ベルの手元に落ちてきたものは色鮮やかな羽。暖色を基調とした鮮やかな羽毛だった。それを手に持つと手触りがよく、地上の高級なものと大差ないように感じた。

こんな羽を持つモンスターなんて居るんだなぁ。なんて思っていると、何かの音が耳に入った。

 

「ん…え、これって…歌?」

 

微かに聞こえる歌声。ランクアップと共に異常な進化を見せた五感が、敏感に捉えた。そして、はたと思い出す。ギルドに掲示されていたあるクエストを。

 

【ダンジョンに響く歌の調査】

 

偶然目に入ったそのクエストはどこかの冒険者が依頼を出していたが、正直なところ信憑性が無いし、興味もなかった。しかし、実際にこの歌を聞いて、その冒険者に謝罪する。

 

「…本当に聞こえる…」

 

段々と気になりだしたベルは、その声の正体を突き止めることにし、歌声を辿る。

 

モンスターがベルに寄り付くことはなく、戦闘もないままに、足場に張り巡らされた根を越え、坂をのぼり、鬱蒼とした植物を掻き分ける。やがて、ベルは長方形の広間(ルーム)に出る。幅は数十メドル以上。天井の高さも同様である。これまで通りに樹皮で形作られており、壁や天井は発光する青光苔(ヒカリゴケ)に覆われているためか、日中くらいの明るさを感じ取れる。

 

またも幻想的な風景を見せつけるダンジョンだが、それよりも眼を引くものがあった。

 

「石英…」

 

数週間前に死闘を繰り広げたあの食料庫。それがここは近いのだ。うっすらとした淡い光は、ベルに思い出したくも無い顔を浮かばせる。

振り払うように頭を振ったベルは、徐々に大きく聞こえる歌声に意識を向けた。

 

通路口の前に立ち、なにもないルームを見渡した。そして、ベルの目線はある一点に釘付けになった。

 

それは出入り口とは真逆にある、階層の奥を瞑目する。

 

「あっち…もしかして、呼んでるの…?」

 

偶然見つけた石英に隠された奥の空間を発見。見つかるわけがないその場所を見つけることが出来たのは、明らかに歌のおかげであることから、歌声の主の目的を悟る。その石英を破壊し奥を通ると、みるみるうちにダンジョンは修復を開始して、来た道はすぐさま見えなくなった。

 

奥に進めば進むほどに、大きくなっていく歌声が。透き通るような旋律が、今まで一度も耳にしたことがない歌が、どうにもベルの好奇心をくすぐった。それは、子供が未知の物に手を伸ばしたくなるような稚拙な好奇心。

荒々しい歌では断じてなく、穏やかな水面を思わせる程に洗礼されていた。

 

ベルは歌に従いずんずんと奥に進む。こんな死が蔓延するようなダンジョンで歌の練習なんぞをやっている酔狂な人物の顔を拝みたくなった。

しかし、ベルが通路を進むと、その歌声はパッと途絶えてしまう。まるで、この先が目的地であることを告げるように。

 

ベルが出た先は、ただのルーム。しかし、その中央部分には泉があった。見たところ透明度が高いため水深を測れたが、さほど深くはない。池と呼んでも良い小ささだ。ベルは、そこに顔を突っ込み、水中を見る。

 

(…!あれは…横穴…探検してみよう。)

 

水中の横穴は男の子のロマンなのだ。探検せずには居られない。ベルは装備もそのままに、水に飛び込んだ。ベルの水中での視力は陸の状態とさして変わらない。それは、竜の因子(スキル)とやらの影響なのかは知らないが、夜目も効くようになった。電灯いらずである。

 

横穴に入り奥に続く道を進んだ。10メドルほど進むと、柔らかい光が差し込む真上を仰いだ。

 

「…ビチョビチョ…」

 

服やカバンがビショビショになったことに、少し嫌な顔をするベルはあることを思い出す。

 

「【英雄よ(テンペスト)】」

 

全身に迸る雷撃が、水を一瞬で分解。全身の水気を吹き飛ばす。祖父がいつか言っていた。水は電気を流すとなくなるのだと。原理なんぞは知るところではないが、ベルはとりあえず成功したことに機嫌を良くした。

 

魔法を解いたベルは、ファミリアで持っている地図を照らし合わせた。すると、あることに気づく。

 

「…ここは、未開拓領域ってやつ…?」

 

辺りを見回すと、暗闇の中にもしっかりと美しい外観が保たれている。人の手が1度も入っていないことを理解させる。帰ったらみんなに教えてあげよう。なんて思っていた。

 

そこは特大のルーム。夜目が爬虫類並に効くようになったベルでさえ、目の届かない場所がある程に広大だった。どこかリヴィラを彷彿とさせる外観を有しているようで、それよりも自然に近いように感じる。そして、ルームに入った時から感じる複数の視線(・・・・・)

 

(…人の匂い…?いや、薄すぎる…鉄臭い匂いが混じってるから…装備…?)

 

ベルが背の大剣を地面に突き刺し、敵意が無いことを両手を上げて示したその瞬間。

 

 

視線に混じる『殺意』が膨れ上がった。

 

 

「────見えてるよ」

 

「っ!?」

 

背後から疾駆した影が、ベルに刃を振るう。何かがいることを知っていたベルは、油断なく腰から『終炎』を引き抜き、剣を弾く。そこそこの速さを持った奇襲を、いとも簡単に振り払い、距離をとる。そして、ベルは奇襲を仕掛けた下手人を目にした。

 

蜥蜴人(リザードマン)…?」

 

正体はモンスター、人ではない。しかし、そのモンスターは武装していた。冒険者の鎧を纏い、剣を振りかざしている。微かに香った人の匂いは、装備に残った冒険者の匂いだった事に気づき、ベルは目を細める。

 

「19階層にいたリザードマンとは全然違うね。君は、強化種なのかな…?」

 

「────ルオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

その咆哮を皮切りに、周囲にあった匂い全てが動いた。闇の中に見える全てのモンスターが武装している。

 

地にはゴブリン、アルミラージにフォモール、ラミア。頭上には見覚えのある羽をしたハーピーにガーゴイル間でもが勢揃い。

 

上層、中層、下層、深層。全ての階層のモンスターが集結している。完全に囲まれた。

 

「君達の家だったのか…不用意に入るのはやめた方が良かったかな…」

 

「グルギャギャギャギャ!!!!」

 

リザードマンの歓声に反応して、モンスターが総出でベルに襲いかかった。

 

四方八方から襲い来る凶刃を、ベルは短刀1つで凌ぐ。その技術は疾風を思い起こさせるほどに速く、より速く、加速する。それは、同時に降りかかる刃すらも弾き、仰け反らせる。

同時に襲いかかった武器が全て弾かれ、怪物たちは血走った瞳に一瞬の理性を宿した。

 

瞬間、ベルは雷撃を纏った蹴りを高速で放ち、吹き飛ばす。

蹴りの理想形は、ファミリアにいる銀狼なのだが、見様見真似の部分が多く、納得が行くような蹴りではなかった。

 

「…やっぱり、今度ベートに教えてもらおう。」

 

あの烈火の如き蹴りは、物にしておいて損は無いはずだ。鍛錬の間に盗むとすることにした。

そんなことを考えていると、頭上から凶弾が舞い落ちる。

 

強靭なモンスターの革で作られたロングコートを靡かせ、巻き取り、威力を殺し、久々にスキルを発動する。

 

 

 

「飛べるのは、君だけじゃないよ。」

 

「────キャッ!?」

 

「えっ…?」

 

飛び上がったベルは、背に雷で形作られた翼を生み出し飛翔。凶弾を撃ったハーピーに高速で肉薄。頭上を支配するはずであったハーピーは、予想外の攻撃に体を固め、空中で羽交い締めにされる。その時に漏れた声を聞いて、ベルは反射的に手を離してしまう。

 

「いま…キャって…」

 

「…しゃ、シャー!!」

 

なんだか焦りながら、眼の前の美しいセイレーンはいかにもモンスターらしい鳴き声を出した。

 

「…何だ、気のせいか。」

 

「……」

 

ぽかんとしているセイレーンを放って、再び地上に降り立つと、モンスターがベルを囲む。

 

「困ったな…別に、殺したいわけじゃないんだけど…仕方ない…」

 

すると、ベルの体に変化が現れる。頬に夜のような鱗が登り、瞳が縦に引き伸ばされる。その小さな変化故に、モンスターたちはその変化には気づかない。だが、ベルの纏う気配の変化を敏感に感じ取り、本能的な恐怖から後ずさる。その時

 

ズン、ズン

 

なにか、重い足音が聞こた。ベルがそちらに振り向くと、一気にベルは緊張に体を凍らせた。

 

「黒い…ミノタウロス…」

 

本来の個体よりも体表が黒く、真っ暗な夜空の様に汚れがない。そして、目につくのが体表とは対に映える純白の鬣。そして、ベルの黒刀と似通った黒刀。

ベルは一目見て、このモンスターが自分を囲んでいる者たちとは格が違うことを悟った。

 

「…なるほど、君が…」

 

ベルは漸く、地面に突き立てた黒刀を引き抜き構える。今までは殺さぬ様に加減をする為に、終炎と体術で応戦していたが、この者に手加減が必要の無いことを理解する。

 

「────おいで」

 

「ヴオォォォォォォォォォォオオ!!!!!」

 

ベルの言葉に返す様に開戦の咆哮を轟かせ、ミノタウロスはベルに突進。スピード、威圧、全てがこの場のモンスターを越えている。突出した強さなのは明らかである。

 

「ハァッ!!!」

 

「オォォォォッッ!!!」

 

突進の推進力をそのまま乗せた振り下ろしの一撃、ベルの下から掬う様に繰り出される振り上げと激突。

衝撃波は大気を突き破り、けたたましい唸りを響かせる。たったの一撃で嵐とも形容出来る風が巻き起こり、周囲にいたわりと小さめのモンスターは吹き飛びそうになっていた。

 

「…やっぱり、君だけは桁違いだね。」

 

涼しい顔をしたままのベルは、土砂降りの様に降り注ぐ刃の雨を掻い潜り距離をとり、当たり前の様に話しかけた(・・・・・・・・・・・・)

 

「────満足した…?アステリオス(・・・・・・)。」

 

剣を鞘に収め、戦闘モードを解いた瞬間に、ミノタウロスも溜息をつくように息を吐き、大剣を肩に担いでベルに歩み寄った。

 

「…まったく、こんなに早く気づかれるとはな…」

 

「恩人の声だもん、朧気でも覚えてる。」

 

「これは、芝居を打った意味がなかったか。」

 

ふふっと笑ったミノタウロスは、右手を差し出した。

 

「改めてこの里の…長を任されてしまった。アステリオスだ。」

 

「君に助けられたベル。ベルって呼んで欲しい。あの時はありがとう、アステリオス。」

 

「────なに、気にする事はないさ。ベル。」

 

迷うこと無く、ベルは差し出された手を握り微笑んだ。その瞬間に、ワッ!と割れんばかりの歓声に包まれた。さっきまで囲んでいたモンスターがワラワラとベルに群がり、次々に握手を求められる。地上では絶対にない経験に目を白黒させながら握手していると、一番最初に奇襲をしかけてきたリザードマンが声をかけてきた。

 

「あんなに迷いなく、モンスターの手を握ったベルっちが珍しいんだ。あ、オレっちはリドだ。これからベルっちって呼ばせてもらうぜ!よろしくな!」

 

「ベルっち…?よろしくね…でもみんな強くてびっくりした。普通の強化種よりも全然強いや。」

 

リドの呼び方に疑問符を浮かべたが、ベルは気にせずに会話をすることにした。

 

「そりゃ、そうでもしなきゃ生きていけないからなぁ。それにしても、よく案内もなしにここに来れたな?言われてたんだが、来れるか不安だったんだぜ?」

 

「えっと…この羽根と、歌が聞こえて…」

 

「私がアステリオスに頼まレ、貴方ヲ案内させて頂きましタ。」

 

ばさっ、と降り立った金色の羽根をもつセイレーンの女性は、端麗な容姿を持ち、足と羽を隠せば人の中でも美しい部類に入る程だった。

 

「私は歌人鳥(セイレーン)のレイです。よろしくお願いしまス。」

 

「…あの綺麗な歌は、君だったんだね。よろしく、レイ。今度は、ちゃんと歌を聞かせて欲しいな…」

 

「お気に召しましたカ?では、後で歌いますので聞いて言ってくだサイ!」

 

「うん。わかった、後で行くね。」

 

 

「よし!お前ら!宴の準備だ!魔石灯をつけろ!」

 

リドの音頭でパァッと周囲が明るくなり、ベルでもあまり見えなかった部分が顕になり、ベルは瞠目した。

 

「────」

 

目の前に現れたのは、木竜(グリーンドラゴン)。それは正に老竜が故か、静謐で優しげな瞳を細め、ベルを見ていた。その姿は、どこかベルに懐かしさを過ぎらせた。

 

「ベル…?」

 

「どうした、ベルっち?」

 

走り出すベルを追いかけて、モンスターの殆どが奥に鎮座する木龍の目の前に移動した。

ベルはググッと首を下げ、目の前に来る大きな顔に、震える手を翳した。

 

深い緑の鱗で覆われたその体表は、硬く鋭い。人肌を感じることはない。しかし、何故か、祖父の手を思い出した。ゴツゴツして、節くれだった、あの男らしい手を。今思えば、ハシャーナに懐いたのだって、きっとその手が祖父に似ていたからなのだろう。

 

「…君の…名前はなんて言うの?」

 

『────』

 

「…そう…君はグリューって言うんだね…とっても、いい名前…」

 

優しく鳴くように喉を鳴らした木竜の言葉を、ベルは心の中に留めて、ゆっくりと吐き出した。

リドは、まるで会話でもするかのようなふたりを見て、目を剥いて驚いていた。

 

「ベルっち…言ってることがわかるのか!?」

 

「うん…なんとなくだけど…きっと、スキルのお陰かな…」

 

そう言ってベルは、何度か顔を撫でた後に、額をつけて名残惜しそうに離れる。

 

「ごめんね、急に…」

 

「────」

 

「そう言ってくれると、ちょっとは気が楽かな…」

 

笑うベルと、硬い表情をギチッと歪めて笑ってみせるギオスの顔に、ベルは頬擦りをするようにしてから、微笑んだ。

 

「…もしかして、こいつらが何言ってるかもわかるのか?」

 

「キュー!」

 

そう言ってリドが抱えたのは、真っ白なアルミラージのアルル。しかし、ベルは首を横に振った。

 

「…ううん、全然わかんない。多分、竜種だけだと思う。それも、君たちのような…言語が分かるんじゃなくて…その、何となくわかるって言うか…」

 

「なるほど…心を読み取っているに近いという事か?」

 

「そう、多分、だけど…ごめんね、アルル。」

 

「キュー…」と残念そうに鳴いたアルミラージをリドから受け取り、代わりとばかりに肩に乗せ、彼らの歓待を受けた。

 

 

 

「よっしゃあ!久々の客人だ!飯でも酒でもどんどん持ってこい!」

 

リドの音頭で更にボルテージを上げる彼らを見て、ベルはいつかのファミリアでの宴を思い出した。差し出された大きな葉に乗せられた果実に、安酒ではあるがコップに注がれたそれを見て、やはりこのモンスター達を怪物には思えなかった。仕草ひとつをとっても、人臭すぎるのだ。

 

「これは肉果実(ミルーツ)と言うものらしい。味は相当に美味い。ベルも食べるといい。」

 

「ありがとう、アステリオス。あっ、美味しい…」

 

齧るととてもジューシー。鶏肉、豚肉、牛肉のいい所を詰め込んだような味をしている。ベルは微笑みながら噛み締めた。

 

「いや〜!それにしてもベルっち強いなぁ!アステリオスが手を抜いてたとは言え、片手でコイツの斬撃と張っちまうんだもんなぁ!」

 

「いや、手は抜いていない。あれは私の全力だ。」

 

「…は?」

 

「じゃあ、アステリオスはアイズ達より強いかも。」

 

「…達?」

 

リドは語られる事実から驚愕を禁じえなかった。この中で恐らく最強のアステリオスが、ベルの言葉から察するに手を抜かれていたのだ。しかも、アステリオスレベルが地上には数多くいることを知り、更に目を回す。

 

そして、ベルは思い出したかのようにこぼした。

 

「そう言えば…なんで喋れるの?」

 

そう言うと、全員がコテっとコケた。

 

「べ、ベルっち今更かよ!?」

 

「まさか…こんなにもベルが天然だとは…迂闊だったか…」

 

「こ、これ程変わって…お、おおらかでなければ私達のことを受け入れられないでしょうし…」

 

何だかバカにされている気がしたが、なんだか自分が悪いらしいので黙った。

 

何だか言いにくそうに、アステリオスは口を開いた。

 

「私達は────『異端児(ゼノス)』理知を備え、人と対話を…ある日の憧憬を夢見る…正真正銘、迷宮の異端児だ。」

 

「人と…対話?それに、憧憬?」

 

疑問符を浮かばせるベルに、それぞれが苦笑し、簡単な説明を挟んだ。

 

曰く、ゼノスに安住の地は無いのだと。

 

曰く、誰も抱き締められぬ自分の()の代わりに、誰かに強く抱きしめて欲しいのだと。

 

曰く、夢を見るらしい。大きな炎が、岩山に沈んでいく様を。

曰く、何故産まれてしまったのか、分からないのだと。

 

それぞれが地上に、人に憧憬を抱き、夢を見るのだと。その過程で仲間を失い、人を嫌悪する者もいるのだと。

 

先程から、少ないながらにも敵意を飛ばしながら、自分を遠巻きに眺めていたガーゴイルに、アラクネ。その他にも数名は、厳しい目線を向けていた。

 

「アイツらも…色々あったんだ…」

 

「…っ……」

 

ベルは、言えなかった。人は素晴らしいなんて無責任な事を。その言葉を発するに、ベルはあまりにも人を知らな過ぎたし、何よりも、人の汚い部分を見過ぎた。

 

美しい部分は勿論知っている。どんな困難にも打ち勝ってみせる可能性を。その勇気を。そして、愛を知っている。でも、そんな陳腐な言葉はきっと彼らには届かない。

 

少し、前の自分を思い出した。

 

「いいんだ…ベルっち。そう思ってくれるのは、素直に嬉しいんだ。人間にも、俺らに嫌な顔一つしない、そんな奴がいるってことが、俺っち達は嬉しいんだ。」

 

ベルの心情を汲み取ったのか、リドは口端をギチッと鳴らして、弓形に曲げた。

ベルは、それに笑顔を見せるしかなかった。

 

 

「もう行ってしまうのか?もう一日位いても…」

 

「…流石に帰る。もっと皆と話したいけど、これからもっと下に潜る為に遠征をしなくちゃいけなくて…」

 

一日が経ち、遠征が3日後に迫ったベルは、流石にホームに戻らなければと、その日の夕方に漸くゼノスの村を発つ事にした。

 

「ここから魔法を全開で飛ばせば3時間で着くから…夜にはホームに帰れる…」

 

「むぅ…それならば仕方が無い…」

 

「行けませんヨ、アステリオス。ベルさんにも予定ガあるのですかラ。」

 

「そーだぜ、アステリオス。どーせまた会えるんだし…だ、よな?」

 

「うん、勿論…あ、そうだ…これあげる。」

 

ベルが差し出したのはここまで来る時に集めた魔石。彼らゼノスはモンスターという所は変わらない。モンスターは稀に、魔石を摂取することで強化される。冒険者のレベルアップのような物で、強くなる方法はこれしかない。

 

「いいのか!ベルっち!」

 

「うん、これじゃ大した金額にならないし…まだ強化できてない子達…アルルとかに食べさせてあげて。これで、生き残って…またみんなに会いたいから。」

 

どっさりと溜まった魔石袋をリドに渡し、ベルは微笑んだ。

ゼノス達は、その微笑みに笑顔を零す。およそ初めて人間の優しさに触れるアステリオスは、不思議な温かさを感じていた。

 

「ベル…感謝する、我が友よ。」

 

「うん。友達なら、当然。」

 

互いに軽く微笑み、固く握手を交わした。

順に握手を求めるゼノス達と握手をして、名残惜しそうにその場を去った。

 

 

 

 

夕方。ベルはホームに帰ってきて、守衛に挨拶。いつもの様に扉を開ける。

 

「ただい──── 」

 

「べ、ベル!?」

 

「えっ、ラウル…?」

 

そこには、焦った様に立っているラウル・ノールドが、帰ってきたベルを見て驚愕の表情を浮かべる。そして、ベルに飛んできて肩を掴んで揺さぶった。

 

「い、今までどこいってたっすか!?」

 

「えっ、ダンジョンに行くってロキに言った…1日くらい開けるって…」

 

「じゃあそれ全然伝わってないっす!リヴェリア様がカンカンっすよ!?」

 

「ぇ…」

 

その瞬間に、血の気が引いた。全身から温度が消えた。そして、思い出されるお説教(拷問)。ベルが選んだ選択は、たったひとつ。

 

「────ラウル、僕はここには帰ってきてない。」

 

「…え?」

 

「…きっと、ロキが思い出す。あと、ロキに伝えて。『覚えてろ』って。」

 

「ちょっ、ベル!?」

 

「退散…!」

 

どこかで聞いた事がある。

 

三十六計逃げるに如かず。逃げるが勝ち。なんて言葉があるそうだ。情報元(ソース)はリリである。

 

逃げに逃げたベルは、結局『豊饒の女主人』に行き着いた。今日はあまり客がいないらしく、リュー達もそれほど忙しそうにはしていなかった。そのため、今現在ベルの隣にはリューがいる。

 

「それで逃げてきたと…リヴェリア様ならば、聞き入れてくれるでしょうに…」

 

「…今思えばそうだった…逃げたから余計怒られる気がする…」

 

しょぼくれるベルに呆れながら、リューは肩に手を置いてドンマイの意を示した。

 

「それ程に行きにくいならば…私も一緒に頭を下げましょう。」

 

「…あ、ありがと…」

 

机に突っ伏したまま、目だけをリューに流して恥ずかしそうに呟いた。

 

「貴方は、変な所で手がかかりますね。」

 

そう微笑むリューの顔から、プイッと視線をそらし、耳を赤くするベル。

 

「…ベル、最近私と目を合わせてくれませんが、何か…あったのですか?」

 

「ち、違う…なんでもない…うん…僕、平気。」

 

「…ベルさん、完全に堕ちたね。」

 

「堕ちたニャ」

 

「堕ちたねぇ…あの冒険者くんがなぁ…」

 

「何の話にゃ?」

 

『アホは黙ってて。』

 

「みんな揃ってなんなのニャ〜!?」

 

「ぶつくさ言ってないで働くんだよッ!!バカ娘共!」

 

ベルに詰め寄るリューを、面白そうに眺めているシルたちを怒鳴りつけ、ベルとリューを眺めてため息を吐く。

 

「リュー!買い出しに行ってきな。で?毎回リューの働く時間を奪ってる坊主も、もちろん手伝ってくれるんだろうね?」

 

「えっ、あ、はい…行きます…行くからそのゲンコツ下ろして…」

 

「み、ミア母さん…ベルは何故かゲンコツに対して異常な恐怖心を持っています。あまり脅さないであげてください…」

 

後ろにビクビクしながら隠れるベルを庇うように、リューは焦りながらミアに進言する。

 

顔は幾らかマシになった。

 

あの頃の様な緊張した表情は再び消え、どこか安らぎを感じているような。変わった。いいや、この少年に変わらされた。と言ったところか。

 

フンっ、と手を払いながら、さっさと行くように促し、そそくさと出て行こうとするベルの背中に、いつかの言葉を叩きつけた。

 

「坊主!言っただろう…うちの娘は、高くつくよ?」

 

「────ッ!?」

 

暫く惚けたベルは、漸くこの言葉の意味を悟り、茹で上がった。

 

「ベル?」

 

「────な、なんでも無い!!」

 

「えっ?あっ、ちょっと、引っ張らないでください!」

 

そんな様子を酒場の面々は眺め、ニヤニヤしていた。

 

 

 

「すみません、ベル…付き合わせてしまって…」

 

「ううん。良いんだ…女の子の、荷物を持ちは男の甲斐性だって…おじ……フィンが言ってたから…」

 

「…そうですか…?」

 

リューは、罪悪感に押しつぶされそうになるのを、必死に堪えていた。

ベルを孤独にしてしまった自分が、傍に居て良いのか。いや、いて良い訳がない。

 

リューは、改めて確かめることにした。

 

「…ベル…貴方は…貴方の家族を殺した人に対して、どう思っていますか…?」

 

「どう…?」

 

「はい、貴方は変わりました。仲間を持ち、家族を知り、貴方は笑顔をよく見せてくれるようになりました。でも…貴方の目的は変わっていないはずだ。」

 

「……」

 

押し黙るベルに、リューは続けた。

 

「…貴方の瞳には依然暗い感情が渦巻いています…もう一度問います。貴方は、復讐を遂げたいですか。」

 

ベルのベルベットの瞳を射抜くように見つめる。真剣な眼差しに、ベルは意外にも微笑んだ。

 

「…確かに、僕はまだ憎しみを持ってる…捨てきれない、多分、一生。その人を、殺したい。」

 

「……」

 

「でも、君が言うように、変われたんだ…君のおかげで変わることができた。」

 

「私の…」

 

苦しげな顔をするリューに近づいて、そっとリューの手を取った。

 

「わからない…が正解かな…ただ、僕は君と一緒に居たいだけだから…」

 

「…ベル…私は…!」

 

声を上げたリューの手をしっかりと握り、言葉を遮る。

 

「君の温もりが、人の温かさを誰よりも教えてくれた。君の言葉が、孤独にいた僕に手を差し伸べてくれた…この温かさが、君を…君という人を教えてくれた。」

 

「…っ…私、は…」

 

いっそ、その手に縋ってしまえれば楽だったのに、でも振り払うことなんてできなくて、ジッと次の言葉を待つだけだった。

真剣な眼差しのベルに、釘付けになった。甘美で、尊く、愛おしい。何か、魅了されているような。しかし、この愛しい熱に溺れたかった。ベルに抱き寄せられる。駄目だとわかっているのに、そんな資格が自分にはないと頭では理解しているのに。どうしても彼の熱を求めてしまう。彼の熱だけが愛おしい。リューは、自身の腕を、ベルの背中に回した。

 

胸に納まったリューを、ベルはさらに強く抱き締めた。

 

 

 

「リュー…僕は、君のことが…

 

 

 

 

 

 

────ッ!!」

 

 

 

 

そこまでベルが言った瞬間、ベルの直感が、危険信号を鳴らした。

瞬時に剣をリューの目の前で両断。銀線を弾く。

 

「シッ!!」

 

ベルの瞳に宿った朱い光が轍を残し、残像となって宙を舞う。

 

「なっ…!?」

 

そこからの剣戟は、リューの視界に捉えられるものではなかった。

目の前で鉄の悲鳴が聞こえたと思えば、次には自身の真上で、真横で、ベルの姿すら希薄に、残像が消えては現れる。

 

ただの衝撃だけで、暴風が巻き起こる。

 

ベルは、ただ目の前の男が放つ槍撃を捌き、弾き、斬り結ぶ。

 

壁を蹴り、縦横無尽に駆け巡り、リューを付け狙う目の前の戦車を弾き返す。

くるりと回転しながら、身軽に着地した男は、舌打ちを一つして、漸く口を開く。

 

「────化け物が…本当にLv4か…?」

 

猫耳に、灰色の尻尾。黒い軽装に、黒いバイザー。顔を隠した男。いいや────黒い戦車は、忌々しそうに口を開き、乱暴な口調を吐き出す。

其の姿を漸く視界に収め、リューは瞠目した。

 

「…っ【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】!?」

 

「……」

 

ベルは、その名を聞いても顔色一つ変えずに、リューの前に立ち、剣を構えて男を睨む。

 

「…何度も、リューを狙いやがって…この人は恩恵を受けてはいるけど、今は一般人だ…何故手を出す…主神の命令か…!」

 

「…フン…わざわざお荷物のお守りしてるテメェの責任だろう。嫌なら見捨てるんだな。」

 

「……」

 

その言葉の後に、戦車が前進。ベルに向かって不可視の槍をまた突き出す。しかし、韋駄竜は事も無げに、刀身で槍の切っ先を受け止め、当たり前のように弾き返す。

 

「…大丈夫、リュー。君は、守るから。」

 

「っ…ベル!」

 

瞬間、火花が弾き飛び、鉄身が悲鳴を上げリューの鼓膜が揺れる。

 

横薙ぎを防ぎ、そのまま槍の柄に体を当て、剣を槍に沿うように擦り合わせ前進、間合いに滑り込んだ瞬間に、剣を投げつける。スレスレで避けられた剣の影から、ベルが肉薄。バイザーごと顔面を拳が撃ち抜く。

 

「────ッ!?」

 

深く突き刺さった拳を避けるように、無意識のうちに背後に飛び威力を逃がすが、ベルは逃がさなかった。

 

「逃がすかッ!!【雷霆(ケラウノス)】!!」

 

「────ア"ア"ッ!?」

 

苦悶の声を上げ、後方に弾き飛び壁に激突。しかし、瞬時に立て直し、猛スピードで接近。槍をベルに突き出し、そこから猛撃が繰り出され、其のうちの一発が、ベルの頬肉を抉った。

 

(素のスピードだとまだ少し僕が遅いか…!)

 

「ベル!」

 

「大丈夫!」

 

飛び散る鮮血に、リューが叫ぶ。リューは今、動けずにいた。自身が行った所で、足手まとい。良くて肉壁。しかし、この高速の戦闘を目で追うことが限界のリューには、壁になるどころか、余波で肉片になってもおかしくはなかった。

 

(速すぎる…!!どちらが速いのかすら、分からない…!?)

守られている

 

ここまで、無力を痛感したのは、いつ以来か。あの災害の時を連想する。前も、今も、守られる。拳を、ぐっと握った。

 

繰り広げられる超高速の戦闘。切り払われた槍を遠心力とともに振るい、鍔迫り合いに持ち込む。顔を寄せた瞬間に、戦車は舌打ちをした。

 

「ヘドが出る…」

 

「……」

 

「わかってるくせになぁ…?」

 

「…」

 

「あぁ……くっだらねぇ…テメェのその眼が…!気に食わねぇんだよ!!」

 

更に、加速する。それは怒りを伴った一撃に変わり、ベルを襲う。しかし、ベルも負けじとスピードを上げる。ある種、互角の『追いかけっこ』が続く。

 

全部知ってる(・・・・・・)くせになぁ?」

 

「────」

 

ベルの様子が、変化する。

 

「…反吐が出んだよ。テメェの迷いが…剣に乗って伝わる。」

 

吐き捨てる様に、銀猫は槍を振るう。

 

「うざってぇ。鬱陶しいったらありゃしねぇ…テメェにイラつく、この俺にも…!」

 

「────るさい」

 

「どっちつかず。拮抗するその心に、心底イラつく。」

 

次の瞬間、ベルの感情が許容限界(キャパオーバー)に達した。

 

 

 

 

「────テメェの目的は、何だ?」

 

 

 

 

ピタッと、感情が消える。

 

その瞬間に、空気が死んだ。あらゆる音が消え、戦車の言葉だけが劈く悲鳴のように、ベルの耳に届いた。それが、限界への合図。

 

有り余る膂力で猫を弾き飛ばし、燻る暗い感情を発露させる。

 

止まったベルは、小さく、リューの目の前で呟いた。

 

「────いい…」

 

「え…?」

 

「もう、いい…なるべく、人には使いたくなかった…けど」

 

ベルは、俯いたまま大剣を構える。

 

「お前は…いい…もう、消えろ。死んでくれ。────死ね。」

 

その宣告は、竜の逆鱗に触れたことを意味した。たった一言に、極大の殺意を込めて、投げた。

 

気づきたく、なかった。

 

黒い柄を砕かんばかりに握った。

 

知らないふりをしていれば、幸せだった。

 

踏みしめた石畳は、クラッカーのように容易に砕けた。

 

知りたくなかったよ────僕だって。

 

唇から、血が滴った。

 

でも、お前は、お前が

 

「────【英雄よ(テンペスト)】」

 

悪いんだ。

 

迸る白雷。リューの視界を白く染めたソレは、更に勢いを増す。

 

「【人へと至れ(ハキュリス)】」

 

瞬間、ベルの立っていた地面が抉れ飛び、リューは突風に吹き飛ばされる。

 

「グッ…!?一体、何が…!?」

 

そして、リューが顔を振り上げ、最初に目に入った光景は

 

 

 

 

戦車の胴から弾け飛ぶ鮮血と、折れた銀槍。そして

 

 

 

 

戦車の背後で、白雷を纏ったベルが、剣を振り上げていた。

 



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第16話:言いたい事

お久しぶりです。世間ではゴタゴタしてて大変ですね。自分も生活費を稼ぐためにせっせか働いていたので遅れました。ちょこちょこ書いてたんですけど正直きついものがありました。

どうぞ


たった一瞬の瞬きの後。三本の光の轍を、リューは目撃した。その三本の轍が、一斉に戦車を叩き斬る。

 

待って、と声をあげようとしたリューの真上に、小さな影が4つ落ちた。

 

「【炎金の四戦士(ブリンガル)】!?」

 

上空の存在に気づき、リューが迎撃しようと小太刀を抜く間もなく戦鎚に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。

 

「グッ…!」

 

「大人しくしていろ。餌が暴れるな。」

 

「っ…餌…?」

 

自身を踏みつける小人に、苦しげに聞き返すが、すぐにその意味に思い至った。

 

「お前達…何、してんだ…!」

 

振り上げていた剣を、ベルは握り締めた。

 

瀕死の銀猫を踏みつける少年に向かって、見せつけるようにリューの頭を踏み付け、小人はニヤリと笑みを浮かべた。

 

ベルの額に、青筋が走る。

 

「…離せよ…リューを離せッ!!」

 

纏う稲妻が、徐々に強く、激しくなっていく。

 

「待ってっ!…ベルッ!」

 

「黙れ。」

 

「───あああああああああっ!?」

 

焦った声で叫んだリューだったが、槍を肩と太腿に突き刺され、苦痛の絶叫が響く。圧倒的な力に抵抗することも出来ず、叫びを残して朦朧とした意識のまま、痛みから逃れるように体を捩るが、無情にも頭を踏みつけられ、意識を飛ばす。

 

 

「このクズ野郎ッッ!!!!」

 

 

ベルの瞳が怒りに燃え上がり、絶叫する。

一気に放出された稲妻が、ガリガリと石造りの壁を削り、蛇が這ったような跡を残して、ベルの姿を掻き消した。

 

「「「「なにっ!?」」」」

 

まず初めに、リューを突き刺した小人────【炎金の四戦士(ブリンガル)】ガリバー兄弟長兄、アルフリッグを蹴り飛ばし、リューを確保。不意を突かれた他三人がそれぞれの武器を振り上げた頃には、もうすでにベルはリューを抱きかかえ、離脱。着ていたコートを丸め、枕のようにして血を流すリューを寝かし、慰め程度のポーションをかける。血の勢いが止まった事を確認して、ポーチから包帯を取り出し、傷口をぎゅっと縛り止血する。

 

「……ベ、ル…」

 

「……」

 

リューの譫言のような呼びかけにもただ視線を返すだけで、立ち上がる。

 

そして、漸く。目の前の敵と対峙する。

 

「…なんで、リューに手を出した。」

 

爛々と殺意が燃える真っ赤な瞳が、小人達を射貫く。意味のない問答、この後に起こる事は決まっている。ただ、最後の理性が無意識に出させたものだった。少年は、この男たちを殺す理由が欲しかった。

 

「…その女はただ貴様を本気にさせる為の起爆剤に過ぎん。俺がそうした方が効果的だと判断しただけだ。」

 

吹き飛ばされたアルフリッグが、なんでもないように首を鳴らしながら、淡々と答える。ベルの蹴りを喰らう寸前、ギリギリでガードが間に合ったらしい。リューに余波が向かぬようにと慣れない足技を使った事が裏目に出た。

 

激昂しているはずなのに、どうにも冷静であった。

スゥッと息を吸って、ゆっくりと吐き出す。煮えたぎる怒りの矛先は、ただ目の前の小さな巨人達。心の奥深く、眠る竜は怒りの鎖を引き千切り、ただ構える。

 

「……僕は、ただ……もう、いい…いなくなれ…僕の…僕達の前からッ!!」

 

冷静に、静かに、滾る殺意を深い息と共に吐き出した。瞬間、大気が焼け焦げる。小さな巨人達は、敏感にその空気を察した。

 

「来るか」

 

「来るな」

 

「なるほど強い」

 

「ならばどうする?」

 

「「「「決まっている、全力だ。」」」」

 

同時に構えた彼等は、猛進する暴竜と激突した。

真横から来る片手で振るわれる薙ぎ払いに、四人同時に武器を振り下ろす。ぶち当たった瞬間、両雄が衝撃に仰け反った。しかし、ベルだけが地面を粉砕する程の踏み込みをもって、真正面から4人の防御を突破。大剣の一撃をもってして4人全員を吹き飛ばす。

 

小さな巨人4人が同時に攻撃を加えたにも関わらず、弾き飛ばされ、追撃まで加えられた。初めて、この4人の小さな巨人は『崩せない』と言われる連携を崩された。

 

「ガルアアアァァァァァッッッ!!!!!」

 

吹き飛ばされ空中で身動きが取れない所を、ベルが近場の小人の足を掴み、そのまま振り回して残り三人へと棍棒の様に振り回す。そして投げ飛ばしたあと、目標の人物の頭を正確に鷲掴み、地面に叩きつける。

 

「ゴァッ!?」

 

アルフリッグだ。

地面に叩きつけられたアルフリッグは、拳の雨が降り注ぐ中、ただ身を丸めて防御に徹するしか無かった。Lv5の彼が、防御に徹しなければ死を予感する程の力で振るう拳打で、ベルは我武者羅に叩きつけた。彼女に教わった通り、一撃一撃に、ありったけの殺意を込めて。

 

(な、んだっ…この威力…っ!?)

 

数秒で繰り返される数百発の爆撃の雨に、防御を破られ 意識を刈り取られる寸前。へし折れた血塗れの銀槍がベルに向けられる。

 

完全な不意打ちだった。興奮状態の怪物の不意を突いた一撃だった。

 

しかし

 

特攻した戦車(アレン)の矛を、文字通りベルは噛み砕く。技とも言えない、本能から来る反射的な行動。

赤い瞳が戦車を射抜いたと同時、ベルの拳が戦車の顎を砕き、錐揉みに回転しながら吹き飛んでいく。

 

「「「調子にのるなっ!」」」

 

後方から来る3つの強襲。しかし、ベルは流れる様に大剣の一撃で一つ、腰から抜いた短剣で攻撃を流し蹴り潰し一つ、鋭い拳打で一つをそれぞれ叩き潰した。

 

一瞬だった。百戦錬磨の戦士達が、竜に噛み砕かれた。

 

そして、踏みつけていた小人の腹に拳を振り下ろす。

 

深く突き刺さった拳を引き戻して、また振り下ろす。それを、2度、3度と繰り返す。肉を叩き、骨が砕ける音が響き、一撃が地面にも伝わり石畳が崩壊する。

 

ベルが内に秘める、狂気的な怒り。色彩を得たばかりの少年の感情は、それを抑える術を知らない。ただ、怒りのままに振り下ろす。

 

そして、6度目の殴打の時。

 

 

 

「────そこまでにしてもらおう。」

 

 

 

背後に立つ巨漢に気づいた。

 

「────ッ!」

 

瞬時に反転、魔法を駆使しその場を離れリューの元に降り立った。気をやっていたとは言え、自分が背後に立たれて気がつけなかった。この男の事は知らない。しかし、目の前の巨漢が如何に脅威になるのかを直感的に理解した。

 

男はボロボロの戦士たちを見ても、大して顔色を変えなかった。傍に倒れるアレン達を見下ろす。

 

「己が力を過信し、挙げ句歯牙にも掛けられず斬り捨てられたか…意識がなかったのがせめてもの救いか。」

 

それから、男は興味を失ったようにアレンから視線を移し、ベルを真っ直ぐに見据えた。深紅の瞳と錆色の視線が交わった。

 

男をも無視して、ベルはリューの脅威となり得る不穏分子を消す為に、ただ前に進む。しかし、巨漢は目の前に立ち塞がった。

 

「…それ以上進むのならば、派閥同士の抗争になると知れ。」

 

立ちはだかる偉丈夫。しかしてベルは、全力の殺気を解き放つ。

 

「…なら…お前もこの場で喰い殺す…ッ!!!」

 

「獣…いや、感情の手綱を握る術さえ知らぬ子供か…」

 

両者が見据え、先ずベルが動く。

 

高速で男に肉薄したベルは、短剣を振るう。しかし、男はガントレットで弾き返し、平然と仁王立ちをしている。その姿を確認する間もなく、眼前に迫る拳を体を捻りすれすれで回避し、空中で蹴りを見舞う。しかし、やはりそれも防がれた。

 

距離を取ったベルは、確信する。この男の動き一つ一つの練度の高さ、そして自身の教師(リュー)よりも完成された圧倒的な技。転がっている木っ端など足元にも及ばない。

 

この男の隔絶された『武』に、ベルはフィンを幻視した。大剣の柄を握り、雷を迸らせる。この男は、危険であると本能が訴えかけた。

 

対して男は、未だ蹴りを弾いた左手を見つめていた。そこに残る確かな衝撃と痺れ、目に焼き付いたベルの技と駆け引きに、一人納得したように呟いた。

 

「…既に、届くか。」

 

痺れを潰すように拳を握り締め、口元に薄く笑みを浮かべた。自身に届き得るその牙に、男の血が騒ぐ。名誉ある事とはいえ、側仕えとして過ごす日々は幸せで退屈だった。男が眺める灰色の世界を、ベルが色付けた。

 

強者との邂逅に、両者の肌が泡立つ。

 

「死合え、ベル・クラネル。抗って見せろ。でなければその女諸共斬り殺すまでだ。」

 

初めて男が構える。押し潰す様な威圧を、ベルは睨み返すだけで跳ね除ける。

しかし、その戦いの火蓋が切られることはなかった。

 

 

 

 

 

「───それは、流石に困るかな?遠征前の大事な時期なんだ。ちょっかいを出さないで欲しいね。」

 

 

 

 

 

突如背後から投げられる言葉に、2人が一様に路地の奥を見た。

 

 

「フィンっ!?」

 

「貴様が来るとはな…フィン。」

 

「やぁ、ベル。そして…久々だね、オッタル。」

 

軽く手を振りながら現れたフィンは、余裕のある微笑みを浮かべながら、どこか油断なく構える。構えを解いた男───オッタルは表情を変えずに、ただフィンを見据えた。

 

「さて…困るね、さっきも言ったが大事な時期なんだ。」

 

「フィン…っ!こいつらが!」

 

「わかっているよベル…それよりも、君は他に気にすべきことがあるんじゃないかい?」

 

「────っありがとう…」

 

「だけど、後で部屋に来ること。いいね?」

 

「…うん」

 

そうして、脇目も振らずリューに駆け寄ったベルは、リューを横抱きにして、走り去っていく。その後ろ姿を見届けたフィンは、「さて…」とオッタルに向き直った。

 

「なぜ、彼に構う?」

 

「あの御方の目に止まり、あの御方が欲しがっている。それだけだ。」

 

「彼はただの子供だ。確かに強すぎる程に力をつけているが、それだけだ。」

 

「英雄の素質はあるということだ。その者に試練を与え、育てるのがあの方の生き甲斐なのだ。」

 

ふぅ、と息を吐き出したフィンは、相変わらず話の通じないこのファミリアが苦手であることを再認識する。遥か過去に己の信ずる神が唯一絶対として殺し合いをしていたという時代もあったと聞くが、まさにこれの事なのだろうと、呆れ半分、そして怒り半分のフィンは、笑わなかった。

 

「ふざけるなよ…オッタル。君たち程度に与えられた試練が、英雄への壁だって?君は…君達は彼を過小評価している。そこに倒れている君たちの団員が何よりの証拠だ。」

 

ベルを、団員を舐め腐っている上からの態度。家族を知り、色彩を得て、幸せをつかもうとしていたベルを利己的な理由で邪魔する女神とその眷属達に、心底腹が立っていた。

 

数秒続いた睨み合いの後、それだけを残し、フィンは踵を返し吐き捨てる様に言った。

 

「彼は、確かに英雄の資格ある黄金の卵だ。強敵を打倒し、神に認められる偉業を3度成した。これは己に打ち勝った数でもある。だが、それと同時に悩み、苦悶し、悲しみ、今日の彼はいる。試練を与えるのは神々でも君たちでも無い。彼自身だ。」

 

そう、フィンは理解している。自分では成り得ない形の英雄の影、それをベルに見ているのだ。

まるで自分のことのように体の温度が上がっていく。それを冷ますように、夜風を浴びて空を仰ぐ。

 

「…英雄、か。」

 

 

 

「いらっしゃいま───リュー!?」

 

「…シル、リューの部屋は?」

 

「こ、こっちです!」

 

【豊穣の女主人】に到着したベルは、包帯だらけのリューを部屋に連れて行く。傷はすでに塞がっているが、未だに目は覚めない。レベル一つ上の化け物に頭を踏みつけられれば、すぐに目を覚ますことはないのは道理だ。ベルは、頭を優しく撫で手を握って部屋を出る。

 

部屋を出ると、目の前を大きな影が覆った。

ベルの体が硬直する。ミアだ。

 

「で?なんで買い物に行くだけでこんなに遅くなって、リューが怪我までしてんだい?」

 

「襲われた、変な男たちに…それで…リューがやられて…」

 

「…どんな連中だい?」

 

「…小人族4人と猫人族が一人…全員半殺しにしたから…しばらく来ないと、思う…かも…」

 

「…はぁ…あの女神(おんな)…」

 

どこか呆れと怒りが混じったような声音に、ベルは背筋を伸ばすが、ミアはベルの頭を乱暴に撫でて気にするなと笑った。

 

「あの五人を半殺しで、ほぼ無傷。リューもあの程度の怪我だ…たいしたもんだよ、誇りな。あと、このことはうちの娘たちに言うんじゃないよ。」

 

「うん…」

 

「なに湿気た面してんだい…あんたはしっかりあの子を守ったよ。」

 

尚も暗い顔をするベルに、許すように告げた。

 

少しの気まずさと、心残りを抱えながら下に降りていく。すると、従業員であるルノアとクロエがちょうど片付けが終わり、休んでいた。

 

「おっ、冒険者君。リューはどう?」

 

「お疲れニャ、少年。肩でも揉むかニャ?」

 

「あ、二人共…」

 

実は、この二人とは結構親しい。ベルに拳での戦い方を教えたルノアに、短剣の扱いを教えたクロエ。どうしてもリューの手が離せない時に白羽の矢がたっただけだったので、二人との模擬戦の時間はリューほど長くないが、それなりに親しい部類に入る。面白いように技術を吸収するベルに、つい調子こいて色々教えたのは内緒だ。

 

「…二人共お疲れ様…今日はごめん…迷惑かけて…」

 

「あー、いいよいいよ。襲われたんでしょ?君は悪くないって。」

 

「あんまり気負わなくていいニャ。それにしても…リューを張っ倒せるなんて、どんなやつだったんだニャ?」

 

「えっと…ミアに言うなって言われて…全員半殺しにしたけど…みんな気をつけて。後…今日は、2人のおかげで何とかなった…ありがとう。」

 

それじゃ。と淡白に別れを告げたベルを見て、彼らしいと2人は笑った。

 

 

 

 

 

ホームに戻ったベルは、団長室に直行する。そこでは説教とまでは行かないが、注意をされた。

 

「ベル、君は強くなった。それ故に、ファミリアに与える影響は大きい。それはわかるね?」

 

「…うん。」

 

「確かに、一般人に手を上げた彼らが悪い。それも、君の大切な友人に。しかし、君もやり過ぎた。それは自覚してくれるね?」

 

「…うん」

 

「それがわかれば、もう充分だ。」

 

しょんぼりとした空気を流すベルに、フィンは少し呆れ気味に笑う。本当に、器用じゃないと。

 

「…ベル、彼女は大切かい?」

 

「えっと…リュー…の、事?」

 

「あぁ、随分と彼女に入れ込んでると思ってね。あそこまで激怒する君は、レフィーヤの時以来だからね。」

 

「えっと…リューが傷つけられたと思ったら、抑え、られなくて…」

 

「…まぁ、大切な人が傷つけられたと考えれば…これから直していけばいい。」

 

感情のコントロール。それがベルの今後の課題だろう。それは大人になるにつれて上手くなるものだが、ベルの場合まだ子供。それに関してはいくらでも矯正できる。アイズ程聞き分けが悪くないことに、少し安堵してもいるのだ。

 

「…ベル、君は────」

 

「なに?」

 

尋ねようとして、止めた。これ以上は野暮だろうと。詰まらせたフィンは話題を変える。

 

「────いや、そう言えば、君宛てに手紙が届いていたと思ってね。」

 

「あっ、叔母さんかな…?」

 

「叔母さん?」

 

「うん。僕を引き取ってくれた人。優しいけど、怒ると、怖い。」

 

「そうかい…君の家族ってわけだ。」

 

「そう、かな…うん…僕の、家族。」

 

そう言ったベルは、手紙を受け取ると丁寧に封筒を剥がして手紙をまじまじと読み始める。嬉しそうにしたり、驚いたり。雰囲気がコロコロと微妙に変わる。

 

改めてフィンは実感する。彼はまだ子供なのだと。ここまで雰囲気を変えて、何かをするベルを見ることがまず新鮮だった。

 

(本当に変わった…少し前からじゃ考えられない変化だ。いや、僕達が知らないだけで、彼は元々こういう子だったのかもしれない。)

 

この短期間で強者を無傷で薙ぎ倒すほどに成長したベルだが、心は年相応か、それ以下。しかし、彼に対する疑問は未だに残っている。

 

(ステータスに見合わない強さ、スキルである竜の因子…そして、アイズと同じ詠唱式の魔法、その威力…彼は孤児…まさか、血族に精霊種と何か関連があると見て間違いない…)

 

フィンは、ベルの異常な戦闘力について、一つの仮説を立てた。幹部3名、そして主神であるロキのみが知っているファミリアの秘め事。

 

アイズ・ヴァレンシュタインの出生。

大精霊の血族、その魔法の継承。

 

その大精霊の魔法すら意に介さない、圧倒的な威力、効果の魔法。

 

ベルが遠征に行く決意をした当日。アイズがベルと調整の為にと手合わせをする事になった。最初こそ抜き気味だったアイズの力は、徐々に上がっていき、とうとう魔法を使用。自身の必殺技まで出し、あわや大惨事────と、なる筈だった。

 

その時、魔法を解放したベルが、片手でその攻撃を阻止。大惨事は免れたが、アイズを吹き飛ばし結局建物は半壊。止めたはずなのに理不尽に一緒に怒られたベルだった。

 

その後、ベルはこう言葉を残していた。

 

『この魔法、まだ加減に慣れてないから仕方ないじゃないか…』

 

いじけ気味に発したこの言葉には、リヴェリアも呆れた。

 

しかし、しかしだ。この言葉が本当ならば彼は慣れていない魔法で出来得る限りに手を抜いていたのだ。

 

あのアイズと魔法で勝負し、圧勝し、あまつさえ手加減をしていた(・・・・・・・・)という事になる。

 

(アイズの魔法は強力だ。それこそ、接近戦ならば恐らくファミリア最強…それが、ベルによって覆った。未熟なところはまだあるが、パワーとスピードなら間違いなくこのファミリア最強はベルに渡った。)

 

しかもそれが、まだレベル4と言うのがフィンの疑問を深めていた。そんな事を考えていた時

 

「あっ」

 

「ん?どうしたんだい、ベル。」

 

「叔母さんが、オラリオに来たらフィン達と会ってみたいって。いい?」

 

この提案は願ったりだ。若しかすると、ベルのことをよく知れる機会かもしれない。ベルと過ごした期間は明らかにそちらの方が長いのだから。打算あり、興味ありで断る理由はなかった。

 

「へぇ、それはいい。君の家族同然の人だ。手厚くもてなそう、僕も楽しみだ。」

 

「うん…!」

 

「おっと、聞き忘れていた。君の叔母さんの名前を聞いておかないとね。尋ねて来た時に門前払いになってしまうかもだ。」

 

「そっか…名前はユノ。ユノおばさん」

 

「ユノ…ね。分かった、守衛に伝えておこう。」

 

この出会いが、何かの切っ掛けを、何かを呼び起こすのか。思考に耽るフィンの親指が、僅かに疼いた。

 

 

 

 

ギルドの奥深くに存在する、祈祷の間。ダンジョンに祈祷を捧げる神が鎮座する、神であろうとも踏み入ることができない、絶対不可侵領域。

 

ボボッと揺れるロウソクの火が、暗闇を照らして影を浮き彫りにした。

 

「────ロキ・ファミリアはやはり仕掛けるか。」

 

ゆらりと動く漆黒のローブが、大理石の神座に座す男神を向いた。

 

「ああ、ロキも1連の騒動の情報を欲している。」

 

暗がりから語りかけるフェルズに一瞥もせず、大神ウラノスは淡々と語った。

 

「ダンジョン深層…59階層に事件の鍵があると思うか?」

 

「確証はない。だが確信はある。」

 

「神の勘と言うやつか?」

 

「ああ。」

 

老神のあまりにも簡潔な返答に「わかった」と頷いた。

 

「ロキ・ファミリアには既に目をつけているよ。『千の妖精』は契約上私と協力関係にある。我々が深層の状況を知るには、格好の人物だ。心苦しいが、彼女にはファミリアの情報を横流ししてもらう。」

 

「頼む。」

 

「1度情報を整理しよう。」

 

そうして、1つずつ現在でわかっている情報を列挙していく。

24階層での真実、怪人の存在、極彩色の魔石を移植することで死者の蘇生を可能にすること。そして、『彼女』なる存在。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインが強く反応を示したらしい『宝玉の胎児』関係も不明なまま…エニュオと言う謎の人物…神なのか人なのか…それすらも分からない。」

 

「……」

 

18階層での接触の際、アイズは過剰なまでの拒絶反応を見せたと報告が上がっている。胎児自身もアイズの魔法に反応していることも確認済みである。フェルズの言葉に、ウラノスは僅かに目を伏せ、なにか心当たりを探るようにしばし口を噤んだ。

 

「エニュオ…少なくとも神の名ではない」

 

だが、と告げて言葉を続けた。

 

「神々の言葉でエニュオが意味するところは────」

 

ウラノスは蒼色の瞳を見開いたまま口を動かす。

 

「────都市の破壊者」

 

静寂が訪れ、ただあかりの松明が燃え盛る音だけが耳にあった。

黙りこくるウラノスの反応を待たずに、フェルズは話を進めた。

 

「…闇派閥の残党。こちらについてもさっぱりだ。過去の亡霊であるのかも、組織の統率者もわからない。24階層から食人花を運搬しようとしていた姿が確認されている。」

 

過去、ギルド、ガネーシャ、ロキ、そして正義のファミリアが結託して壊滅させたはずの過激派組織。

過去には『邪神』を自称する神が人々を唆し、オラリオの秩序崩壊を目論んでいた。

 

「地上の勢力と、そして『彼女』からなる地下の勢力とが手を組み、オラリオの転覆を図っている…か…さて、本格的に参ってきた。」

 

結局の帰結がお手上げ。ロキ・ファミリアの遠征が終わらなければ何も情報はないのだ。

ため息を吐いて柱に背を預けたフェルズに、ウラノスが手紙を差し出した。

 

「…これは…?」

 

「ヘルメスに渡せ。」

 

「…神ヘルメスに…まさか、例の約定か…!」

 

驚くように声を上げたフェルズに、ウラノスは表情を変えることなく告げた。

 

「敵が不明な以上、最優先は彼の大神との約定。あれを反故にする訳には行かない…どちらにしろ、最下層に眠るアレを抑えるには、あの兵器は必須だ。」

 

「大神の派閥が残した兵器…しかし、本当に兵器なのか?私から見れば、ただ内気な子供だ。とても、あるべくして生み出された物には…」

 

「アレで間違いはない。お前も『宝玉』()を通して見たはずだ、『想い』が生み出す、あの力を。」

 

「…承った。」

 

少し間をおいて手紙を受け取ったフェルズは、また闇に溶けるように消えた。それを見届けたウラノスは、瞼を下ろし祈祷を続ける。秒針が動き、約束の時計が動き出すその時まで。

 

 

 

 

「────ここは…私の部屋…?」

 

顔に当たる陽の光が煩わしくて、目が覚めた。ぼうっと天井を眺め、起き上がろうと力を入れると、肩と腿に鈍い痛みが走り、脂汗が吹き出して、全てを思い出した。

 

「ベルっ!!────あぐっ… !?」

 

「リュー、大丈夫!?」

 

ベッドから飛び起きようとして、痛みに悶て床に倒れ込む。音を聞きつけて駆け寄ったシルが肩を貸し、漸く立ち上がる。自分の体を見下ろすと、清潔な包帯が丁寧に巻かれている。どこか既視感を覚えるあたり、これをやったのはシルであろうことが伺えた。

リューは痛みに悶える中で、譫言のようにベルの名を呟いた。

 

「ベル……べ、ルは?」

 

「お、落ち着いて!動いちゃだめだよ!」

 

ベッドに押し込まれたリューは、押し返すように立ち上がり、足を引きずりながら外に出る。

 

「ミア母、さん…」

 

「ようやく起きたかい、3日も起きやしないでこの寝坊助。」

 

「そ、そんなに寝ていたのですか私は…」

 

扉横に寄りかかっていたミアに呆気に取られたが、すぐさまリューは佇まいをただし、真剣な顔つきに変える。

 

「ミア母さん…お願いします、私は───」

 

「坊主を見送りに行くんだろう?早く行きな。今頃中央広場にいるよ。」

 

願いだそうとしたことを、あっさりと許されキョトンとする。そうしていると、痺れを切らしたミアが怒鳴った。

 

「いいからとっとと行っちまいな!拳骨が欲しいのかい!?」

 

「いっ、行ってきます!!!」

 

相変わらず怖いその怒鳴り声に、リューはぶるりと体を震わせて、びっこを引きながら急ぎ中央広場へと向かった。

 

 

 

 

革靴の靴紐をギュッと締めて、サイドポーチに入るポーション類を確認する。新調してもらった鞘のベルトをきつく締める。

 

「…よし」

 

深く息を吸って、頷いて。傍らに寄り掛かる黒刀を掴み、勢いよく立ち上がる

 

「……」

 

心にあったモヤは未だ晴れない。心残りだってある。しかし、それを振り払うように、背に剣を固定する。

 

玄関には赤髪の主神であるロキが団員を見送り、手を振っている。階段から降りる途中で、目が合った。ロキはいつもの調子で笑う。ベルも微笑み、ただ横切る。

 

「ベル。みんなを頼むわ。」

 

横切った時、耳打ちされる様に言われた一言に、ベルは言葉は返さない。

後ろを向いたままにグッ、と親指を立てて見せる。そうして、ロキはカラカラと笑って、ベルを見送った。

 

外に出て、集合場所に向かう。今日は快晴、暖かな日差しが街を行き交う人を等しく照す。見慣れた光景が、ただ過ぎていく。見覚えのある屋台に、世話になった花屋。昔は大した感慨もなく眺めていたその光景が、やけに鮮明に見えた。

 

「あっ!ベルー!こっちこっちー!」

 

「おはよう、ティオナ。」

 

集合場所である中央広場(セントラルパーク)には既に道化師の意匠が施された旗が掲げられ、多くの団員が集結していた。団員たちの顔色は緊張に強ばった様な顔をうかべるものから、自然体である者等様々だ。

 

「ティオナ、気合い入ってるね。」

 

「うん!今回の遠征で、アイズに追いつかないと!頑張ろうね!」

 

「うん、僕もレベル5目指して頑張るよ。」

 

手をパチンと打ち合わせた2人は、健やかに笑う。

 

「よっ、ベル!俺も混ぜてくれよ!」

 

「おっとと…ヴェルフ、おはよう。」

 

「あーっ!『赤匠』!」

 

「おう、『大切断(アマゾン)』も元気そうだな。」

 

後ろからベルの肩に飛びつくように、ヴェルフが快活に声をかけた。その背には、大量の武器と思われる荷物が籠と一緒に背負われていた。今回の遠征に、彼も着いてくるようだ。

 

「ヴェルフも来てくれるんだよね?」

 

「あぁ!お前の活躍を直接見てやろうと思ってな?他にもウチのファミリアの上級鍛冶師も行くぜ?」

 

「そんなに来てくれるの?」

 

「ああ!なんでも武器を溶かすモンスターが居るとかなんとか…」

 

「ちょっとー!なんでベルとは専属契約結んだのに私とは結ばなかったのさ!えこひいきだ!」

 

「おまっ、自覚してねぇのか!?あんだけ装備をポンポコ壊されて専属結ぶやつがいるか!?」

 

「ベルだって壊したじゃん!」

 

「ベルはお前と違ってダンジョン終わりに毎回整備に来んだよ!それにこの間は敵が敵だ!アレは特殊!」

 

「うぐ…!」

 

「それにお前、覚えてないとは言わせねぇぞ!1年前、仮契約期間の一ヶ月間!剣姫と一緒になって渡した装備を一人ずつ丁寧に毎回木端微塵にしやがって!対してベルが壊したのは防具だけだ!文句あるか!?」

 

「うぐぅ…!」

 

なんて、ティオナが詰め寄られる場面が、新鮮で面白かった。そうしていると、ヴェルフが思い出したように背中の籠を弄り始めた。

 

「そうだベル、遠征前に新装備だ。今回は材料にも拘ったし、時間もかけた。前回のものよりも動きを阻害しない分重くなっちまったが、今のお前なら問題ないだろう。上手くできたぜ。」

 

そう説明しながら手渡されたのは、ベルの防具一式。黒と金色の腰鎧と左の肩当に臙脂色のロングコート。

 

「ヴァルガングドラゴンの甲殻を加工して作ったもんだ。重くなったのはこいつのせいだな。だが防御力はピカイチだ。椿…あぁ、うちの団長の一撃も跳ね返した。それとコートの方はカドモスの皮膜を重ねて加工した。耐衝撃、耐熱が精霊の護符並に高い!最高の逸品に仕上がった、役立ててくれ。今のコートは…誰かにやるでもいいし、そのままとっとくでもいい。」

 

「ありがとうヴェルフ、大切に使う。」

 

「おう!まぁ、とっておきもあるが…それはまた後でだな。」

 

豪快にウィンクをしたヴェルフに、ふふっと笑いかけて、早速装備する。腰鎧のベルトを締めて、コートを羽織る。軽くステップを踏んで、異常がない事を確認する。

 

「…うん、重量は変わったけどこれなら問題ないかな。コートも可動域が増えてる。これなら複数戦も前より行ける。」

 

「おう!そりゃよかったぜ。」

 

そうして3人で談笑していると、 ベルの後頭部に何か柔らかいものが押し付けられ、後ろに引っ張られる。

 

「ほぉ!こやつがベル・クラネルか!随分とまぁ、兎のような見た目をしている…が、作り込まれたいい体をしている。」

 

「は、離して…!」

 

「か、形が…変形してる…!?」

 

「おぉ、すまんすまん!」とこぼした後に、快活に女は笑う。火に焼けた浅黒い肌はアマゾネスを連想させるが、アマゾネスにしては露出が無い。極東の装束のような服を纏った眼帯の女も、ヴェルフと同じように大籠を背負っていて、中から鉄臭い匂いが漂ってくる事から、鍛冶師であることは理解出来た。

 

「…アマゾネス?」

 

「ハズレだ。まぁたしかに、見た目はアマゾネスなのは否定せんがな。手前はハーフドワーフ…あいや、すまぬ。あの堅物副団長が初めて専属の契約を結んだと聞いて興味が湧いてな!手前は椿・コルブランド。こやつのファミリア…つまり、ヘファイストス・ファミリアの団長だ。」

 

「ヴェルフ、副団長だったの…?」

 

「今更かよ!?…あぁ、不本意ながらこいつが団長だ。」

 

「そうなんだ…えっと…椿…さん?」

 

「椿で十分だぞベル。」

 

ヴェルフが心底嫌そうに椿を見ると、椿は鼻で笑った。

 

「な~にが不本意だヴェル吉!少し前まで手前がいなければダンジョンに行くパーティーもいなくて困り果てていたくせに…」

 

「そ、それには感謝してる…」

 

「何だ、やけに素直だな…気持ち悪いぞ。」

 

「お前…構えろ、叩き切ってやる…!!」

 

ベルの兄貴分を自称するだけあって、世間を知らないベルの見本になろうと努力するヴェルフだったが、そのあんまりにもな態度に溜め込んだものが爆発した。

 

そんなヴェルフを無視して、椿はベルの顔を覗き込んだ。

 

「…復讐に取り憑かれた小僧と聞いていたが…どうやら、良い人に出会ったようだな。」

 

瞳を覗き込まれ、聞き伝えられていたベルの情報とは違うことに椿は興味を示したのだろう。少し驚いたベルだったが、素直に返した。

 

「…わからない。今も…僕は───」

 

「…良い良い。悩み、それだけを考えていれば良い。お主はまだ若い、他のことを考えるのは周りに任せろ。それこそフィンにでも投げておけ。あの男なら勝手に考えて最適の答えを勝手に導き出す。」

 

頭をワシワシと撫でられ、彼女は嵐のように去っていった。彼女の言葉が、やけに印象深く感じたのは何だったのか。ベルは彼女の言葉に引きずられながら、何かに打ちひしがれているティオナを起こして皆が集まり始めている場所に向かった。

 

フィンが白亜の巨塔の前に立つ。集まった全員がそこに注視し静寂が訪れる。

 

「総員、これより遠征を開始する!」

 

まもなく、部隊の正面でフィンが声を張り上げた。幹部の二人を左右に伴い、威厳あるその風格を周囲に見せつける。

 

「今回の遠征も二部隊構成で攻略。僕とリヴェリアが率いる第一部隊と、ガレスが指揮する第二部隊。18階層で合流後そこから一気に50層へ移動、僕らの目標は他でもない、未到達領域───59階層だ!!」

 

団長の宣言がこの場にいる団員全ての耳朶を震わせた。誰もが未知の領域に手を伸ばす偉業に、思いを馳せる

 

「君達は『古代』の英雄たちにも劣らない勇敢な戦士であり、冒険者だ!大いなる『未知』に挑戦し、富と名声を持ち帰る!!」

 

熱がこもる演説に、それを見守る観衆すらも固唾を飲んだ。静寂を切り裂く一人の英雄の雄叫びが、戦士たちを鼓舞する。

 

「犠牲の上に成り立つ偽りの栄誉は要らない!全員、この地上の光に誓ってもらう───必ず生きて帰ると!!」

 

団員が拳を作る中、ベルは初めて見るフィンの『勇者』たる一面に瞠目しながら、物語の英雄を想起した。

 

「遠征隊、出発だ!!」

 

その号令を合図に、戦士の雄叫び(ウォークライ)が蒼空に響いた。

 

ベルは、第一部隊。先に出発する。頭に浮かぶ顔は決まっていた。

 

(会えなかったけど…帰ってきたら…必ず…)

 

握り締めた拳から顔を上げると、なぜかフィンが微笑みながら後ろを指差していた。振り返るベルが見留たのは、頭に浮かんだばかりの人物だった。

 

 

 

「───ベル!!」

 

 

 

もう来ないのではないかと思っていた人物が現れ、呆然とする。しかし、脚を引きずるリューが痛みに顔を歪め、倒れる瞬間。反射の域でベルの体が動き、リューを抱き支える。

 

「リュー、大丈夫!?」

 

「っ…!へ、平気です…」

 

寝癖が跳ねている様子を見ると、今日目が覚めてすぐに来たことがわかり、少し嬉しさを感じるが、頭を振って浮ついた思考を飛ばして、薄着のリューにコートを羽織らせる。

 

「これは…ベルのでは…」

 

「新しいの貰ったの。作った人もあげていいって言ってたから。そ、それに…そんな薄着でいると、風邪引いちゃう…」

 

「!!?」

 

今更自分の格好に気づいたのか、コートで隠すように体を抱きしめ、少し顔を赤くするベルから目を反らした。

 

「も、もう大丈夫です…ありがとうございます、ベル…っ!」

 

「リュー!…ごめん…僕が、もっと速く気づいてれば…」

 

離れようとして、痛みに悶てベルの腕に支えられる。肩の包帯に恐る恐る触れるベルに、リューは首を振った。

 

「あなたのせいではありません。だから、どうか自分を責めないでください。」

 

「でも…」

 

「大丈夫です、最悪の事態にはならなかった。」

 

「……」

 

リューの言葉を飲み込むが、複雑な気持ちでしかない。ベルは、少し考えてからポーチを開き、ポーションを取り出した。

 

「飲んで」

 

「え…でもこれは…」

 

「飲んで…!」

 

渡されたポーションとベルを交互に見て、意志の硬さを感じ取り諦めてポーションを口に含んだ。

喉を通った瞬間に、体中の痛みが引き、体が自由に動く。そして、リューはこのポーションが万能薬であることを察した。

 

「べっ、ベル…こ、これはえ、エリ…」

 

「うん、エリクサー。」

 

「な、何をしているのですか!?これはもっと大事な場面で…!」

 

「だから、今使った。」

 

「っ…あ、あなたは…!」

 

真顔だ。本気でこれを言っているのだ。痛くなる頭と上がる体温を確認して、ベルはこういう子なのだと再認識する。

 

「…ありがとうございます、ベル。貴方にはいつも助けられてしまう。」

 

「ううん、気にしないで。僕も、君に支えられてる。」

 

少し見つめ合った二人は、周りが自分たちを注目していることに気づいた。いつもなら離れるところだろうが、今回のベルは離れなかった。ただあのときに言いそびれた言葉を伝えるために。

 

「リュー、帰ってきたら…キミに伝えたいことがある。この前は邪魔が入って言えなかったけど…」

 

「…」

 

「だから…待っていて欲しい。」

 

リューも鈍感ではあるが、馬鹿ではない。ベルが言わんとしていたことはわかっている。そして理解した。彼が帰ってきたときが、年貢の納め時であるのだと。この幸せに、彼の復讐劇(リベンジプレイ)を終わらせて、彼を自分という幻から解き放つ時なのだと。

 

「はい…ベル…私からも、伝えなければならないことがあります。だから、生きて帰ってください。」

 

終着点が、決まった。

 

覚悟の色を宿すリューの瞳に、ベルはただ悲しげな感情を宿した笑顔を向けて、頷いた。

そして、リューを強く抱きしめる。その抱擁に、リューも応えるようにベルの首に手を回した。

 

「行ってきます。」

 

「行ってらっしゃい。」

 

命がけの遠征であることには変わらない。しかし、これを最後の触れ合いにするつもりはない。

踵を返したベルの背中を見つめるリューは、ただ胸に手を当てて、走馬灯のようにベルとの日々を思い出して、苦笑した。

 

「…ほとんど鍛錬のことばかり思い浮かびますね…ですが、私らしい…」

 

色気の欠片もない思い出に、諦めたように苦笑した。

 

「ごめん、待たせた。」

 

フィンのもとに戻ったベルは、温かい視線にどこかむず痒そうに先頭を歩く。

 

「もういいのかい?」

 

「うん。」

 

「顔つきが変わったね…いい顔だ。」

 

後ろにいるフィンに、ファミリアの仲間に、誓うように告げる。

 

「僕は、これから…もう誰も、死なせない。全部、全部守る。」

 

「そうかい。これは頼もしいね。」

 

「考えるのは任せる。ただ、敵を指差して。僕は、それを滅ぼす雷霆になろう。」

 

「これは責任重大だ…いや、君が所属するファミリアの団長だ。それくらい、任せてもらわなきゃね。」

 

差し出された黄金の槍に、黒刀を打ち付ける。

雷霆の誓に、勇者が応える。

 

握った拳に雷を走らせ、確かにそこにある想いを握る。

フィン、リヴェリア、ガレス、レフィーヤ、ティオナにティオネ、アイズにベート。皆の想いを、確かに感じて、落とさないように、しっかりと抱きしめる。

 

「───行こう。」

 

勇者に続く戦士の一団を、疾風が見送った。

 

 




この作品のベル君が怒り狂ってトんじゃうのは、史実のヘラクレスを元にしているからです。無理やり詰め込みすぎたかな…まぁ、久々の投稿なので許してください。


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第17話:竜の滝壷

「ベルぅ〜!いつの間にあんな美人捕まえたっすか!?」

 

「べ、別に捕まえてない!ただ、彼女とは縁があっただけ、で…」

 

「ここでも格差見せつけられたっす!あの反応は脈アリに決まってるっす!!そうじゃなきゃエルフがハグなんてするはずないっす!?」

 

「ラウル…貴方ね…」

 

現在16階層。第1部隊は既に合流地点である18階層の目前まで到達していた。

先程のベルとリューのやり取りで、ベルは絶賛イジられていた。レベルが同じということでこの2人、ラウル・ノールドとアナキティ・オータムとは関わりが多かった。

 

「ベルはラウルと違って遠征のお金ちょろまかして娼婦に現を抜かしてないからじゃない?」

 

「ちょっ!?アキ!その話はダメっす!ベルにはまだ知られてなかったのに!」

 

「うわぁ…」

 

「ほらぁ!!ゴミを見る目でこっちみてるじゃないっすかぁ!先輩としての威厳がぁ!」

 

「自業自得…あと先輩の威厳なんて、もとから無いから…」

 

呆れ気味にため息を吐いたアナキティも、ベルの変わり様には驚いていた。

 

「それにしても、本当に変わったわね…ベル。あの人のおかげ?」

 

「…リューのおかげもある、けど…皆のおかげ…だから、ありがとう。」

 

少し耳を赤くしながら、ベルは微笑んだ。

 

可愛い、何だこの生物は。

よく見なくとも顔良し、性格は一物抱えてはいるものの総合的に見れば可愛いものだ。頻度は少ないが綺麗に笑うし、人のことを思いやれる。冒険者らしくない少年。まだ子供ではあるが将来性はこのファミリアの中でダントツだろう。今考えればなぜ人気が出ないのか疑問でしかない。

 

「いいのよ、頑張ったのはあなただし…ね?」

 

「…撫でないで。」

 

「ふふっ、ごめんごめん。」

 

入り始めから幹部に目を掛けられ、それを気にもしない態度が周囲の風当たりを強くしたし、なまじ強すぎた彼に対する僻みも多かった。それを気の毒に思った者が気にかけ始め、アナキティもその頃からベルに関わり始めた口だ。

 

(私の場合は逆効果になるって反対してたけど…まぁ、本人が感謝してるならいいかな…)

 

ベルの姉貴分であるティオナに無理やり連れられ、気がつけばこうして普通に話す関係になっていた。それは、ラウルも同じ。ベルは、人を惹きつける魅力を持っていた。それはフィンやアイズ達とはまた別物。冒険という非日常に過ごす冒険者にとって、ベルは普通すぎた。その非日常を過ごす冒険者にとって、ベルという日常が、暖かく見えたのだ。

 

囲まれたベルは、リューとの関係性などをしつこく聞かれた。別に、誰もが期待するような恋物語(ラブストーリー)は別にない。ただ、共に過ごす日々で互いに惹かれ合っていただけ。ベルも純粋ではあるが、向こうの好意に気が付かないほど鈍感ではない。ベルの話を聞いていた女性陣はキャッキャしていた。ベルは居辛そうに囲まれていて、なかなか逃げ出せない。その場に熱心に話を聞くティオネがいるのはそっと見なかったことにした。ベルは、空気も読める様になった。

 

「何だありゃ…」

 

「さっきのエルフさんの話聞いてるんだってさ~。」

 

「ありゃ地獄だな…」

 

「…想像以上にくだらねぇ…」

 

後方で中衛の塊を見て、ベートとティオナ、ヴェルフが眺めていた。何度か救いの眼差しで見つめられたが、ベートは無視を決め込み、ティオナに関してはただこっちを見ているだけと思って手を振る始末。ヴェルフに至っては、巻き込まれたら溜まったものではない。ベルと同じ末路を辿ることは必至だ。

 

そうして、自分の恋路を語らされる地獄は17階層目前に着くまで続いた。見かねたフィンが、ベルに救いの手を差し伸べる。

 

「さて…そろそろベルを開放してくれないかい?彼も困ってるし、何よりそろそろゴライアスだ。」

 

「…助かった、フィン…」

 

「さっきまでの顔が嘘のように疲れ切ってるね…」

 

「地獄だった…」

 

死んだ目をするベルに、フィンは乾いた笑いを零した後に咳払いをする。

 

「ラウル」

 

「はいっす!どうも街の連中もウチらに倒してもらおうと放置しているみたいで…」

 

「はぁ…流石にゴライアスは無視できない…包囲網を敷いて一気に叩く───と、言いたいところだけど…ベル、いけるかい?」

 

『はぁ!?』

 

「ん、わかった。」

 

『えぇ!?』

 

ラウル一同がフィンの言葉に驚き、次に即答してみせたベルに驚いた。ゴライアスの等級はレベル4、つまりはベルのレベルと変わらない。普通ならば同じレベルといえど一人はかなりきつい。しかし、ベルはなんのこともなく答えてみせた。

 

「ベル、さっきの誓いを果たしてくれ───僕を、失望させないでくれよ?」

 

「了解。」

 

17階層、そこは巨人の住処。ダンジョンの最初の試練。

 

佇む巨人に視線を向けながら、ベルは大剣を抜き、その場に突き刺す。

 

「…まだ、使うまでもない。」

 

ベルに気づいたゴライアスの瞳が、白き竜を収める。強大な咆哮(ハウル)が響き、突風にコートが靡く。

 

そこで、一つ思い出した祖父に聞いた話。巨人と神々の戦争。何処かに幽閉された、女神と不死の巨人の話。

 

まぁ、しかし。目の前の巨人には、そんな不死性はないわけで。ベルは少し苦笑して、巨人を見つめた。

 

 

「そんなやつよりは楽、だね。」

 

 

巨人が、手を伸ばす。

 

 

 

 

「─────」

 

 

 

 

瞬間、弾けるような音と共に、巨人の首が吹き飛ぶ。黒混じりの瞳が最後に見たものは、脚を振り抜く純白の竜。

錐揉みに回転する首が壁に突き刺さったと同時、フィンの隣に竜は舞い降りた。

 

「これでいい?」

 

「流石だ、ベル。」

 

その言葉と共に、フィンは口元に笑みを浮かべた。

 

「ベート、何点?」

 

「80だな…角度が甘ぇ。」

 

「むぅ…」

 

ベートに教わった蹴りの点数に不満げにするベルを見て、各団員はやはりベルという少年が異常であることを理解した。

 

 

 

「第二陣が来るまで待機。各自自由に行動してくれ。集合し次第狼煙を上げる。それを合図に19階層入り口に集合だ。」

 

18階層。第二陣が来るまで待機とのこと。ティオナは、暇つぶしにベルから英雄譚を聞こうと思って探していたが、どこにもいない、何かに打ちひしがれているラウルに聞いたところ、ついさっきふらりとどこかに行ってしまったらしい。

 

少しの恐怖が、ティオナを覆った。

 

また、いなくなってしまったのではないか。

 

ティオナにとってもベルにとっても、ここは敗北の場所。仲間を失い、無力を痛感し、悲しみだけが生まれた場所なのだ。

 

ティオナは、あの場所に走った。

 

 

ベルがこの階層に来て、先ず訪れた場所。そこは岩場地帯。切り立った崖に囲まれた場所。ダンジョンの修復能力によって、あの惨状は既にない。

 

そこに立ち尽くすベルは、剣を地面に突き刺し拳を握りしめる。

 

「……」

 

あの時とは違う。自分にそう言い聞かせる。だがこの場所が、鮮明にあの場面をフラッシュバックさせる。

 

いいや、彼女は生きているのだ。正確には、"生き返った"なのだが。とにかく。彼女は生きて、誰かとともにいることが出来るようになったのだ。

でも、まだある恐怖。

 

守ると決めたのに…彼女も…なのに、どうして────

 

「…あれ、ベル?」

 

「えっ…リリ?」

 

そんな時、たまたまその場を通ったリリルカが、立ち尽くす後ろ姿に見覚えを感じ声をかければ、やはり自身の恩人であるベルだった。リリルカは、パーティーを組んでいる少女2人に断りを入れて、ベルの隣に立つ。

 

「…もう、ここまで来たんだね。」

 

「えぇ、公にはレベル1ですけど、実際はLv2ですし。この辺までなら余裕です。不測の事態でもなければ、と言う条件付きですけどね。」

 

「今の人達は、君のパーティー?」

 

「えぇ…この私が、どうしてかあの二人は、信じることが出来たんです。境遇が似てるからでしょうかね?」

 

少し前まで、彼女は自分のサポーターだった。どこか、寂しさを感じる声音が特徴的で、諦観と疑惑が入り混じる瞳で世界を『眺めていた』。でも、今はしっかりとその顔が笑っている。笑ってくれている。

 

「…変わったね。前は、そんな風に笑ってくれなかった。」

 

「はい…ベルが変えてくれました。無価値な私に、価値をつけてくれました。」

 

「君の努力した結果…僕は、特に何もしてない。」

 

「ふふっ…貴方がそれを言いますかねぇ?…いえ、それもベルのいい所、という事ですか。」

 

暫く、無言が包み込む。この沈黙も、彼女といる時は苦ではない。元々、会話が多いパーティーではなかったから。

 

「────僕は、ここで、色んな物を無くして…捨てたつもりだった。」

 

「……」

 

「仲間も、信念も…今まで歩いて来た、道も…自分の、命も。」

 

「……そう」

 

「でも、違くて…みんなちゃんとこの手にあって…全部、ちゃんと持ってた…でも…決心した筈なのに…何も無くさないって…全部守るって…でも…ここに来ると…自信が、無くなっていく…覚悟が…揺らいでしまう…」

 

俯きながらの独白は、敗北の経験から来る『(トラウマ)』だった。その傷は深く、固く誓った事でさえ、覆い隠してしまう程の深い傷。

 

彼女の中で最強の英雄である少年の弱った姿を初めて見て苦笑したリリは、偽りの無い瞳で、ベルの瞳を下から覗き込んだ。

彼女は手を取らない。その役目は、自分ではない。この迷子の少年の手を取るのは、私では無いのだ。

だから、ほんの少し、背中を押すだけ。

 

「私は、ここで貴方が何を失ったのか、今のその迷いも…私にはどうすることも出来ないのでしょう。だから…悔しいけれど、それを聞く気はありません。でも────私は貴方に救われました。他ならない、ベル・クラネルに。」

 

驚くベルを他所に、リリはイタズラが成功した子供のように、にひひっと笑って、ベルの額を指で突いた。

 

「胸を張りなさい。その選択を、自分を信じてあげなさい。貴方には何かを想い、慈しむ心があります。大丈夫、自分を誇りなさい。ベル・クラネル…貴方の迷いを、決意を知る人が、取り敢えず1人は、ここにいますから。」

 

彼女は気付いていた。前々から、彼の中にある悩み、葛藤も。しつこいくらいの自責の念。それは、彼らしいといえば彼らしい。全てを背負ってしまった少年は、きっとこう考えているだろうと。

 

少し前までの彼女であれば、こんな言葉は出てこなかった。それを変えたのは、確かにベルなのだ。

それだけ言って、リリはパーティーの元に帰っていく。

 

「私も、すぐ、そこに行きます。」

 

そう言って、彼女は走って行ってしまった

なんとも言い表せない感情を抱いたベルの胴体を、とてつもない衝撃が貫いた。

 

「ベルぅぅぅぅぅぅぅうう!!!!?」

 

「ぎゅぶっ…ティ、ティオナ?どうしたの?」

 

「ぎゅうにどっがいくがらぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

「い、え?何言ってるの?」

 

涙と鼻水でくしゃくしゃの顔を、優しく撫でて、ゆっくりと話を聞く。すると、この場所に来て、ティオナも怖くなったらしい。

 

「ごめんね、心配かけて。」

 

「…ううん、勝手に私がもーそーしただけだから…」

 

「そっか…さぁ、そろそろ来る頃だと思うから、皆のところに戻ろう。」

 

「うん…あっ、さっき誰と話してたの?邪魔しちゃった?」

 

ベルは、リリが去った方向を眺めながら、少し微笑んだ。

 

「…誰より弱くて、誰より強い人と話してた。」

 

「弱いのに、強いの?」

 

「うん。きっとすぐ…ここまで来る。」

 

含みが有るベルの言葉に、頸を傾げるだけのティオナは、すぐに切り替えていつもの笑顔でベルをファミリアの元に引っ張った。

 

すると、ちょうど第二陣が到着していたようで、レフィーヤがベルに駆け寄った。

 

「ベル!」

 

「レフィーヤ。何も無かったみたいだね。」

 

「Lv4の私たちが居て何かあったらとんでもないことじゃないですか。」

 

「言われればそうかも。」

 

レフィーヤはあの一件の後に、魔力の値が上限に達したことで器を昇華させた。彼女も、この遠征に向けて仕上げてきたのだ。

クスッと笑ったベルは、レフィーヤの輝く左手を握る。

 

「…今度は、ちゃんと守るから。」

 

「…頼みます。代わりに、背中は任せてください!」

 

含みのある言い方に、レフィーヤは儚げに笑う。彼女も、この階層に思うところがあるのだろう。しかし、花のように笑い合った2人は、団の列に続く。

 

ベルにとって、話にしか聞いたことのない未知。その未知に、ベルは拍動すら変えずに、頑然と立ち向かう。仲間がいる。それだけでいい。

 

リリの激励を無駄にしないためにも。自分は前に進まねばならない。何も零すことなく一歩ずつ。

 

 

 

 

 

「良い暴れっぷりだったな。技も前とは比較にならねぇ程冴えてる。」

 

「…ありがと」

 

「おいおい、まぁだ拗ねてんのか?言っただろ、この遠征でここぞっ!てときに渡してやるって。」

 

「むぅ…」

 

現在50層。予定の時間よりも随分と早く到着した。それも、ベルが初めてとは思えないほどの活躍を見せたことと、それに感化された幹部たちが暴れまわったことも大きく起因している。

今現在は、最後のミーティングが終わり、ベルは最後の整備と武器をヴェルフに出していた。拗ねているのは、幹部にヴェルフと椿の合作である武器を配っておいて、専属である自分に武器をくれなかったからだ。まぁ、驚く程に拗ねていることに、ヴェルフが若干の嬉しさを感じないといえば、それは嘘になる。

 

刃を研ぎながら、ヴェルフは「変わらないか」。そう零した。

 

「ベル、俺は前に言ったよな。この剣は持ち主の負の感情を感じ取り、宿主を選んでるって。」

 

「うん」

 

「…捨てきれて無いんだな。」

 

「うん。」

 

いつも傍にあった。言えば何より身近にあった感情。それは未だ燻っている。なのに、ベルは微笑んだ。

 

「この感情は、きっと死ぬまで消えない。でもね…それ以上に…愛しさを感じるんだ。」

 

ヴェルフには、全て話していた。自身の復讐のことも、全て、全てを。

 

それだと言うのに、少し頬を赤らめるものだから、ヴェルフは拍子抜けしてしまった。

 

「おーおー、惚気けてくれるぜ全くよ。」

 

「いつも顔すら見たこと無い主神の話しされるこっちの身にもなってほしい。」

 

本当に、言うようになった。ヴェルフは小生意気になった弟分に嬉しさ半分、少しの寂しさを覚えた。

 

「…俺はなぁ、ベル。魔剣鍛冶師だ。壊れて行く魔剣を腐るほど見てきた。それが嫌で嫌で…仕方なかった。だけどなぁ、いつからかそれがあるべき姿だと受け入れるようになった。」

 

いつからだろうか、その様が美しいと感じ始めたのは。その美しさが、人と似通っていると感じるようになったのは。

 

「俺は、唯一壊れない魔剣を打てる。だから、お前の事も…俺が不壊の剣にしてやらなきゃって思ったんだがなぁ…俺じゃあ、力不足だったわけだ。全く、滑稽だぜ。」

 

「そんなこと、ない!」

 

ずいっと迫ったベルは、いつになく興奮した様子で、ふんすっ、と息巻いた。

 

「確かに…彼女と出会った事は、大きかった。でも、その…オラリオで、初めて会ったのが、ヴェルフで良かったって思ってる。死ぬだけだった僕に…武器と言う力をくれた…僕は…それだけで、どこか支えられた気がしたんだ…」

 

本当に、嘘じゃないんだと。ベルは締めくくる。

 

思わぬベルの言葉に、ヴェルフはキョトンとしてしまう。まさか、口下手のベルが、ここまで言うとは思わなかったのだ。ヴェルフは、どこか弟の成長を見た兄の心境で、ツンとする鼻を擦って、ヘヘッと兄御の様に笑う。

 

「…ほんっと言ってくれるぜ、ったくよォ!」

 

「へぶっ」

 

思い切り背中を叩き、照れくさい気持ちを誤魔化す。咳き込むベルの頭を乱暴に撫でて、また豪快に笑った。

 

「ベル。武器は任せろ、ついでに背中も預けろ!きっちり守ってやる。お前は目の前の敵をぶっ飛ばせ!」

 

「────うん、任せた。」

 

突き出されたヴェルフの拳に、ベルがコツンと拳をぶつける。

 

男の友情は、これだけで十分に証明ができるのだ。

 

 

 

 

 

翌日、50層からポッカリと口を開ける幽谷への入り口。その入口に、勇者の一団は立ち向かう。怪物の慟哭にも似た叫びが反響する。

 

「ここからは無駄口は厳禁。戦闘準備だ、ベル。」

 

この階層まで素手を貫いてきたベルが、初めて柄を握り、重心を前に傾ける。

 

「行けッ、ベル!!!」

 

何よりも疾く飛び出したベルは、生まれ出たモンスターが顔を出した瞬間に頭を叩き潰し、殲滅する。

 

「予定通り正規ルートを進む!新種の接近には警戒しろ!モンスターはすべてベルが殺す!何があっても前に進め!!」

 

「ベル!前方進路と左通路から生まれるぞ!」

 

一番に先行するベルは、リヴェリアの声を聞き、前と左通路から生まれるモンスターを確認。それと同時に、前方に剣を投げて立ちふさがった怪物を尽く貫く。それを見届けることもなく、稲妻を伴ってリヴェリアの隣に舞い降り、真横まで迫っていた怪物に手を翳す。

 

「【雷霆(ケラウノス)】」

 

十匹はいたであろう集団のモンスターを飲み込み、雷霆が爆ぜる。大地を更地にする程の威力を持った稲妻は、瞬く間に怪物を灰に変えた。

 

リヴェリアと視線を交叉させたベルは、何も言うことなく其の場から分隊の先頭に一気に駆け抜け、未だ流星の如く速さで突き進んでいた剣に追いつき、その柄を捕まえる。

 

「ハァァァッ!!!」

 

剣を握った瞬間、迫った怪物を両断し、また駆け出す。ここまでの動きが、ほんの数秒の内に行われる。未だ団員はモンスターと戦闘することなく、ただ走っているだけ。そのことに、フィンは複雑な顔をする。

 

「うーん…遠征ってこんなに楽だったかなぁ。」

 

「あぁ…ベルとの格差が開いていくっす…」

 

「いや、アレと比べるのはお主が馬鹿だろう。Lv5の手前で影も見えんとか、どんな速度だ。」

 

「ハッハッ!!景気が良いなぁベル!」

 

「ほんと、絶好調です!」

 

「ベルはやーい!!」

 

弟分の活躍にはしゃぐレフィーヤ、ヴェルフとティオナに、呆れが孕んだ視線が向けられるが、3人は気にしない。

しかし、突き進む分隊の眼前に極彩色が広がった。フィンが周囲の音を掻き消すように叫ぶ。

 

「新種だ!ベル!!」

 

その言葉に、ベルは剣を肩に担ぎ右手を突き出す。リンッ、リンッ、と鳴り響く鈴の音すら置き去りに、ベルは迫るヴィルガと激突する。

 

雷霆(ケラウノス)ッッッ!!!」

 

激突した瞬間。空気が爆ぜる程の爆音が響き、白い閃光が弾ける。

 

 

 

「────みんな、52階層の入口だよ。」

 

 

 

その場には、何も残らなかった。怪物達の灰すらも消し飛ばし、ベルは道を切り開いた。

 

「いやはや凄まじい…この威力の魔法が魔剣で出せれば…」

 

「アホ抜かせ。俺の魔剣2本使って勝負にならなかったんだぞ。ありゃ別物だ。」

 

「おい、まて。アレは精霊の力を真っ向から捩じ伏せるという事か?」

 

「まぁ、そーゆーことだ。」

 

驚く椿を他所に、隣でその話に耳を傾けていたフィンは1人納得した。

 

ヴェルフの魔剣は、ただの魔剣ではない。詳細は省くが、クロッゾの魔剣と呼ばれる精霊の加護を授かった伝説的な魔剣である。それは今のところヴェルフにしか鍛つ事は出来ない。そしてその威力は、都市最強の魔法使いである、リヴェリアとも匹敵するのだ。その魔剣2本とぶつかっても尚勝負にならないと言うでは無いか。ベルの魔法がどれほど巫山戯た威力か伺える。

 

(明らかに精霊…それも、最上位の精霊アリアより上位の存在からの恩恵を受けている…か。いやはや、つくづく精霊とは縁がある…)

 

苦笑したフィンは、頭を振って余計な思考を排除する。

ここからは、ベルがいるとはいえ、その思考すら邪魔になる。

 

「さて…ここからは補給はできないと思ってくれ。」

 

無言でフィンの言葉を聞きいれた全員は、緊張の面持ちを浮かべる。天真爛漫を擬人化したようなティオナでさえ、汗を流している。その様子を見て、ベルも気を引き締める。

 

「行くぞ!」

 

その掛け声と共に、全員が駆け出す。

 

「モンスターは弾き返すだけでいい!決して狙撃(・・)されるな!」

 

ラウルは、50階層で皆に語った『52階層からは地獄であると。』

 

「もっと急ぐっすよ!」

 

追従する椿に、ラウルが焦るように急かす。

 

「手前はここまで深い階層に降りたことはないのだが!本当なのか!狙撃(・・)とは────」

 

そこまで声を上げて、竜の咆哮に掻き消された。

 

「来るっ!」

 

ベルの声に、フィンが指示を出した。

 

「ベート!転身しろ!」

 

ベートがその場から転身する寸前、地面が爆ぜる。ギリギリで避けたベートは、苦い表情のまま体勢を整え、無理矢理に進む。

 

続けざまに複数の熱線が階層を無視して地面から生えるように貫いてくる。

レフィーヤは聞いていた以上の状況に歯噛みをするも、なにくそ!と気合を入れて、キッ!と眉を吊り上げる。だからだろうか。目の前を走るラウルに迫る、攻撃に気づいたのは。

 

「ラウルさん!」

 

「ッレフィーヤ!!!」

 

ラウルを突き飛ばし、デフォルメススパイダーの糸を体で阻止。ものすごい力で引き寄せられ、ラウルの代わりに、その毒牙が向けられる。

しかし、レフィーヤは瞬時に体を捻り反転。銀腕を突き出し魔力の塊をぶち当てる。殺すまでは行かないものの、吹き飛ばすことには成功した。しかし、まだ終わらない。

 

「────」

 

レフィーヤに毒牙を剥いたモンスターは無差別に放たれる砲撃に晒され、溶けるように絶命する。そして、未だ宙を漂うレフィーヤは、砲撃によってポッカリと口を開けた大穴に吸い込まれるように落ちて行く。

 

「クソッ…!!レフィーヤッッ!!」

 

救出に入ろうとしたベルだったが、邪魔をするように襲い来るモンスターを、怒りのままに粉砕する。しかし、その一瞬の足止めが、ベルの判断を早めた。

 

「フィン!先に59階層でレフィーヤとこの砲撃を潰す!援軍はいらない!」

 

「───わかった!」

 

フィンの言葉を聞き届けるよりも先に、ベルはレフィーヤが落ちる大穴に飛び込み、レフィーヤの元に翼を生やし、一直線に飛ぶ。

先の見えない大穴に放り込まれたレフィーヤは、迫り来る大砲撃を前に、覚悟を決めていた。

 

しかし、バサッ、と翔く音が響くと同時。自身の真横を漆黒の竜が横切った。

 

「────お返しだッ!」

 

迫る熱線の大砲撃に、黒剣を振り下ろしたベルは一瞬の拮抗の後、背に生えた竜の翼を強く羽ばたかせ、競り合うその砲撃を押し出す様に弾き返す。

 

ベクトルを反転させた砲撃は、はるか下へと消えて行き、竜の断末魔と共に完全に消え去った。

 

「レフィーヤ!」

 

「ベル!」

 

文字通り飛びながら、ベルはレフィーヤを抱き寄せ、迫る翼竜の攻撃をヒラリヒラリと躱し、成すべきことを告げる。

 

「レフィーヤ!このまま下に降りて、この砲撃を止める!僕達2人で(・・・)!!」

 

「!」

 

ベルは、強い。誰にも頼ること無く、自分を守りながらでも、きっとこの場を乗り切れるだろう。だが、彼は自分を信じて、力を貸してくれと言っている。

 

ならば、その期待に応えたい。その一心で、彼女は杖を握り締める。

 

「────任せなさい!」

 

いつになく勝気なレフィーヤは好戦的な笑みを浮かべ、声を張り上げた。

 

「ベルより強い竜なんて居るもんですか!」

 

「当然!行こう、レフィーヤ!」

 

「ぶちかましてやります!」

 

白き竜と千の妖精は、竜の滝壺に挑む。

 

 




感想お待ちしておりますー。

区切るところがめっちゃ難しい。


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第18話:月桂樹に誓って

えー、まずお伝えすることがあります。

話の展開上、こちらの作品で番外ではなく、正史としてオリオンの矢を書こうか迷ってるんですけど…まぁとりあえずこの遠征が終わってから考えます。

すみません、今回もちょっと長くなりました。


龍の滝壺を落下する二人は、追いすがる翼竜(ワイバーン)の追撃を回避しながら、アイコンタクトの後、二人は攻勢に転じる。

 

「【解き放つ一条の光 聖木の弓幹 汝、弓の名手なり】!」

 

杖を突き出し、攻撃の回避をベルに任せ、詠唱を始める。ベルに抱えられ、空を飛んでいる不思議な感覚に楽しささえ覚えながら、レフィーヤは魔力を集結させる。

 

「【狙撃せよ妖精の射手。穿て、必中の矢】ッ!」

 

「レフィーヤ!あの速い個体を仕留めて!」

 

花のような魔法陣が足元に広がり、ベルが指示した強化種であろう個体を補足する。

 

「【アルクス・レイ】ッッ!!」

 

放つ直後、一気に膨れ上がった極太の自動追尾弾が、翼竜を補足。逃げる翼竜を追いかけ回し、爆音とともに撃ち落とす。

その威力は、レフィーヤでさえも呆気に取られるほどに威力が異常に跳ね上がっていた。

 

「───えっ?」

 

「あっ、多分僕のスキル。ほら、【妖精縁由(エルフ・リンク)】仲良しの証。」

 

「…やっぱり、ベルってちょっと幼いですよね。」

 

こんな状況でも、可愛らしく微笑むベルにちょっと和んだレフィーヤは、慌てて佇まいを直す。

 

「ほ、ほら!次きますよ!」

 

「わかってる。」

 

その会話が終わったと同時に、真下から大口を開けた複数の翼竜が襲い来る。それを余裕を見せて、ベルはレフィーヤを抱え、翼竜の鼻先を踏みつけ、時に強力な蹴りを巧みに繰り出し翼竜を軽々と交わす。

 

そして、全ての翼竜を追い抜かした時。ベルはレフィーヤを壁に向かって投げる。それを承知していたレフィーヤは、目標を自身に変えた翼竜を引き連れ、壁を強く蹴って駆け下りて行く。

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ】ッ!」

 

レフィーヤが取った行動は詠唱、そして回避。放たれる火球を跳んで避け、左右に振って逃げ続ける。それを見た翼竜は、苛ついたかのように、火球の弾幕を張り、レフィーヤを攻め立てる。しかし、その火球の弾幕をも、盾を広げたベルがレフィーヤの背後に立ちふさがり、受け止める。

 

合図もなく紡がれる連携に、レフィーヤは尚も歌う。

 

「【同胞の声に応え、矢を番えよ。帯びよ炎、森の灯火】」

 

それは、拙いながらも完成させた並行詠唱。傍から見れば、逃げているように見えるだろう。だが、それでも良い。ただこの詩を歌い切れれば、どれほど惨めだろうが構わない。

 

(ベルに頼ってばっかじゃいけないんです…!私が…ッ…私だってッッ…!!!)

 

守られる事は、恥ではない。けれど───それだけではいけないと、レフィーヤは己に喝を入れる。

 

「【撃ち放て妖精の火矢。雨の如く降り注ぎ、蛮族共を焼き払え】ッ!!」

 

詠唱が完結したその瞬間。レフィーヤは、後ろを振り返り、強く壁を蹴って、空中に躍り出る。

 

振り返ったレフィーヤは、自身に迫る翼竜の大群を見ても尚不敵に笑った。

 

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】ッ!!!!」

 

 

天高く突き出した杖の先端に集結する、極大の魔力の玉。その玉は、ベルのスキルの効果により無数の極大の火矢に弾け飛び、殲滅の滝を降らす。それは、レフィーヤの真後ろにまで迫っていた飛竜も、距離を問わず蒸発させていく。

 

空中を落ちて行くレフィーヤは、ただ満足したように笑った。

瞬時に聞き分ける、翼竜よりも強く、澄んだ翼の音。

 

「────ナイスキャッチです、ベル!」

 

「ヒヤヒヤした…」

 

示し合わせたように、ベルがレフィーヤを抱え、深くため息をついた。それでもレフィーヤは、してやったりと笑う。

 

「でも、間に合ったでしょう?」

 

「むぅ…そろそろ、下に着くから。しっかり掴まってて。」

 

得意げに笑ったレフィーヤに、若干納得がいかないベルは、見えてきた地面スレスレでホバリング。軽やかな着地と同時に放たれた複数の大熱線を全て盾を展開して弾き返す。

 

「ここが取り敢えずの終点…みたいだね。」

 

「えぇ…私もここまで来るのは初めてですけど…早速歓迎されてるみたいです。」

 

58階層にて、咆哮をあげる巨竜を前に、2人は一切と言っていいほどに恐怖の感情を見せなかった。

 

「まぁ、僕達なら…余裕。」

 

「あったりまえです!」

 

「強いのお願い。それまで、僕が守る。」

 

「えぇ、頼みますよ。ベル!」

 

それは、強い信頼。オリヴァスとの戦闘を経験してきたベルとレフィーヤの間に繋がる確かな絆。

ファミリアの中で、最も強い連携力を持つ2人は、ただ役割を分ける。

 

「想像より、小さい。」

 

対峙する巨龍に手を翳し、薄く笑って、握り潰す。

 

背に固定された大剣抜き放ち、刃を地面に叩きつけ、ユラリと構える。

 

「ここから先には、通さない。」

 

「詠唱、開始します!」

 

並行詠唱はできるに越したことはない。しかしだ、ベルの自論ではあるが、後衛に並行詠唱をさせる(・・・)前衛ではいけないのだ。

 

状況と戦況を見極め、並行詠唱をするのはいい。だが、大魔法を放つ魔術師に、回避を選択させてはならない。

 

並行詠唱を頻繁にさせてしまう(・・・・・・)パーティーは、前衛の質が悪い。

 

自分はそんなお粗末な事はしない。

 

ベルが髪を掻き上げると、瞳孔が縦に伸びる。

 

スキル【破邪の竜王(ジャバウォック)】の効果は、力、敏捷、耐久の3つのステータスを昇華させる。幾度も使い続けた事で、その能力はより洗礼され、鱗の硬度は増している。そして、何よりもこの場で重要な効果は、竜種に、特攻を持つということ。

 

次の瞬間、ベルを襲う太く、硬い甲殻に覆われた尻尾。

とてつもない爆音と共に巻き上げる土煙、普通のものがくらえば、その威力で即死は免れないだろう。

 

しかし、ベルは埒外(イレギュラー)中の埒外。通常の冒険者には当て嵌らない。

 

土煙が晴れたその場には、片手でその尻尾を止めるベルが仁王立ちをしていた。

重厚な光を反射する鱗に覆われた右腕で、尾部の甲殻を握り潰し、筋肉を隆起させる。

 

「クッ───オオオオオオオオオオッ!!」

 

飛び上がり思い切り腕を振り上げ、片手でその巨竜の巨体を引っ張り上げ、棍棒のように振り回し竜の大群に叩きつける。

 

「────────らァッ!!!」

 

肉と甲殻が弾ける音が何度も響き、群がる巨竜が吹き飛んでいく。最後の仕上げと言うように、振り回していた巨竜を上に投げ、空中を舞う巨竜の頭を飛んで掴み、地面に叩きつけ押し潰す。

 

砕けた竜の頭を確認し、続け様に翼を羽ばたかせレフィーヤの背後に着地。迫る大量の芋虫に、手を翳す。

 

「【雷霆(ケラウノス)】!!」

 

レフィーヤの背中が、三本の極光で塗りつぶされる。チラリと振り返れば、背後にいたはずの巨大芋虫は跡形もなく消し飛ばされていた。ベルの新たな発展スキル、連射による発動するだけで、連続で詠唱を省いての連射。

 

その様に、レフィーヤは乾いた笑いを漏らした。

 

「は、はは…これで、前衛の魔法で…無詠唱とか…ホントふざけてます…違うファミリアだったら、絶対ベルのこと嫌いでした…」

 

「…褒めてる?」

 

「魔法使おうとしたら全部片付けられた人の気持ち考えたことあります?褒めてはいますけど。」

 

若干不機嫌になったレフィーヤに、不思議そうな顔を向けたあと、うんざりとしたように背後に剣を構える。

その鋒の向かう先には、既に生れ出るモンスターと、階段からワラワラと降りてくる大芋虫。

 

「次から次へと…」

 

「こ、今度こそ魔法でやりますから!」

 

「なら、さっさと詠唱するんだね。」

 

「むぅ~…!」

 

バキッ、と頸を鳴らしたベルは、大剣を肩に担いだ。

 

「さぁ、来るよ。」

 

「わかってますよっ!」

 

 

 

 

 

「隊列を変更!アイズ、ベート、ティオナ、ティオネを前衛に!ガレス、リヴェリア!そのまま後衛についてくれ!このまま一気にベル達に追いつくぞ!」

 

「前方、敵9!」

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

「オラァッ!!!」

 

一番に飛び込んだベートとアイズが、道を切り開く。

レフィーヤとベルが58階層にたどり着いた頃。フィン達分隊は55階層に進軍する。

 

「前よりずっと早いっす…!」

 

「全員の気がたってるからかしら。ベルのおかげね。」

 

「砲撃が止んだ…あの二人が抑えているのか?」

 

「多分な。ベルなら、全滅させて俺らのこと待ってるだろ。」

 

「うーむ、否めんなぁ。」

 

椿とヴェルフが呑気なことにそんな話を続けていると、更にモンスターが湧き上がる。

 

「ヴェルフ!魔剣を頼む!」

 

「おうよ!」

 

フィンの一声で中衛から一気に躍り出たヴェルフが、紅蓮の魔剣を抜き放ち、火花を散らす。

 

「【炎獄】!!」

 

吐き出される大炎流は、通路ごとモンスターを熔解する。振り抜いた魔剣を肩に担いだヴェルフは、その真価を発揮した。

 

「…こ、これがクロッゾの魔剣っすか…!?」

 

「私の魔法にも引けを取らない…森を焼き払ったという話も、あながち嘘では無さそうだ。」

 

「おいおい、嫌味か女王サマよ?」

 

「…すまない、配慮が足りなかった。」

 

「…構わねぇよ…事実だ。」

 

ヴェルフとエルフの間には、ある確執が存在する。しかし、リヴェリア自身さして気にしてもいないし、先祖の罪を彼に押し付けるのはあまりにも理不尽である。今こうして自分達を手助けしている事実だけで、リヴェリアは十分だった。

若干皮肉ったヴェルフ自身も、反省の色をみせて頭を掻いた。

 

確執があれど、この2人はしっかりと互いを尊重出来る大人であるのだ。

 

「『赤匠』!右方向に新種だ!」

 

「あいよ女王様ッ!!」

 

再び大爆炎を巻き起こし、芋虫の大群を焼き払う。

 

「さて…僕も、仕事をしなきゃね。」

 

各々の活躍に、フィンも己を奮い立たせ、最前衛に躍り出る。

 

「ティオネ!僕に続け!」

 

「はいっ!団長っ!」

 

槍を構えたフィンは、世にも珍しき【魔槍】の穂先を怪物に向ける。槍の形をした魔剣。という認識がヴェルフの見解であり、フィンのためだけに作られた一品である。

 

「さて、性能は如何ほどかな?」

 

フィンが振るう、黄金の魔槍が淡い光を帯び、徐々にその色を強くしていく。

 

「ハァッ!!」

 

「オラァッ!!」

 

フィンとティオネの特攻により、前方に集中していたモンスターを吹き飛ばす。

 

「フィン!まだ来るぞ!」

 

「わかってるさ…それに、来たようだ。」

 

迫る追加の巨蟲(ヴィルガ)の群れ。その先頭に鎮座する、黒いローブを纏った人影。新手の怪人で間違いないだろう。襲ってくる事は、ある程度の予想はしていた。そのための準備も、万全に整えた、抜かりはない。

 

「正面突破だ!リヴェリア、詠唱開始!」

 

『殺レ』

 

黒衣の人物の合図で、ヴィルガは示し合わせたように一斉に腐食液を吐き出す。その様子を見て、やはりテイマーだったか、とフィンは納得し、速攻を仕掛けた。

 

フィンは、その槍の真価を発揮させる。白金の輝きが螺旋を成し、槍に帯びる。フィンの魔槍、その効果は至極単純。光属性付与による、怪物に対する特攻。そして────

 

「吹き飛べッ────!!!」

 

狙いを付けた状態から、鋭い刺突と共に放たれる、黄金の極光。たった数秒の魔力蓄積により、武器内で魔力を反響・増幅させ、その穂先から一気に吐き出す。

 

降り注ぐ腐食液を蒸発させ、分厚い肉の壁を容易く貫通。

その熱線の威力は、さながらベルの雷霆を想起させ、フィンですらもその威力に一瞬気を取られた。

 

「ハハっ…これは、さすがに予想外だ…」

 

『馬鹿ナッ…!?』

 

「───ほれ、がら空きじゃ。」

 

「貰ったー!!」

 

「くたばれ、クソッタレ!」

 

食人(ヴィオラ)───グアアアアアアッ!?』

 

その極光を目くらましに突貫したガレス、ティオナ、ベートは見事に背後を取り、それぞれの獲物で殴り飛ばす。苦し紛れに地面から迫り出させた食人花に道を阻まれるが、3人の狙いは追撃ではない。

仮面の怪人が吹き飛んだその先には、我らが最強の魔道士リヴェリアと、都市史上ベルと並ぶバグキャラと言われるヴェルフが待ち構える。

 

「一発ブチかましてやらァッ!!」

 

「【吹雪け、三度の厳冬───我が名はアルーヴ】!」

 

深い空色の直剣を振り上げたヴェルフと、詠唱を完結させたリヴェリア。もはや、この直線の通路で逃げ道はない。

 

 

「【氷雅(ひょうが)】ッッ!!!」

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 

ヴェルフがその魔剣を振り下ろし、リヴェリアが杖を掲げる。瞬間、全員の視界が白一色に包まれ、吹き荒れる吹雪に目をそらした。

 

「…やったか…?」

 

ヴェルフが呟くと、氷漬けになった通路を確認するフィンが、首を横に振った。

 

「逃げられた…とてつもない早業…いや、逃げ足だね。」

 

「追うか、フィン。」

 

「…いや、今はベル達との合流を優先する。アイズ、前衛を頼む。」

 

「うん」

 

ここで無闇に追撃を仕掛けるのは無意味であると判断したフィンは、アイズに指示を出し、隊列を再編成する。

その様子を見守っていたサポーター組───ラウル、アリシア、ナルヴィが驚嘆を見せる。

 

「…俺たち、いる必要あるんスかね…」

 

『うん、無いかもしれない』

 

「そんな揃って言わなくてもいいじゃないっすか!?」

 

ラウルの弱気のつぶやきに、全員が揃って笑顔で肯定。だけど、とナルヴィが続けた。

 

「うん、でもさ。できることをやらないと。ベルだって言ってたんだよ?『サポーターは戦うよりもやることあって、すごいと思う』って。一応、我らが最高戦力にお墨付き貰ってるんだからさ…できることやらないと。ねっ、アリシア。」

 

「えぇ…少し前ならいざしらず。今の彼が、そう言ってくれたんです。少しでも力を尽くさないと。彼に失礼ですしね?」

 

そう言われたラウルは、少し驚いたようにポカンとしたあとに、グッと拳を握った。

 

「…金魚のフンの意地…見せてやるっす!!」

 

ラウルは、今までの恐怖を押し込め、立ち上がる。

1番身近にいる、白い英雄の言葉を自身への鼓舞にして。

 

 

 

 

「暑くて死にそう。」

 

「暑いですね。水飲みます?」

 

「飲む。」

 

レフィーヤに投げ渡されたボトルの水をちびちび飲んで、喉を潤す。

二人は、積み上がる砲竜の灰の山をバックに、地面に腰を下ろし、モンスターが湧かないように近場の壁や地面を破壊して、のんびりと休みを挟んでいた。それも、ベルとレフィーヤが圧倒的な火力で攻めきり、58階層のモンスターを全滅させたのだ。

 

「まだかなぁ。早く帰りたいのに…叔母さんも来るし…」

 

「…叔母さんですか?」

 

「うん、皆が殺されて…その後に、僕を14まで育ててくれた人。」

 

「…そう、なんですね。じゃあ、貴方の家族ってことですか。」

 

「うん、多分。僕は、お爺ちゃんと叔母さんしか、そう呼べるものを知らないし。」

 

他愛ない会話で、その場を繋ぐ。それから、色々と話した。ベルがオラリオに来た経緯。ロキ・ファミリアに入るまではどうしていたのか。身の上話を、ベルは辿々しく語った。

 

「それで、お爺ちゃんが『ハァァ〜レムを築くのじゃぁァァ』って。」

 

「でた!ベルの超破廉恥お爺様!ベルの倫理観を歪めた張本人!!」

 

「…否定できない。」

 

最近、漸くまともな倫理観を身につけたベルは、祖父が言っていたことが、どうやら途轍もなくおかしなことであることに気がついた。

 

それはそれとして、とレフィーヤは一つ質問をこぼした。

 

「ベルは…両親を全く知らないんですか?」

 

「うん、欠片も。顔も知らないし。2歳まで一緒にいたらしいけど…物心ついた頃には、お爺ちゃんだけだったから…それが当たり前だと思ってた。」

 

デリケートな内容では有るが、どうしても気になった。

 

ベルの出生について。これだけ強いベルの両親が気になったし、アイズと同じ詠唱の魔法を使う。もしや、二人は姉弟なのでは無いかと疑っている。

 

「うーん…名前も知らないんですか?」

 

「母親の名前は知ってるよ。叔母さんが教えてくれたから。」

 

「それって…聞いてもいいですか?」

 

遠慮がちに聞くレフィーヤに、ベルは可笑しそうに笑った。

 

「良いよ、そんなに気まずそうにしなくても───アルクメネっていうらしいよ。僕の名前も、その人がつけてくれたものらしいよ。」

 

「…いいお名前を、貰いましたね。」

 

「あり、がとう…?」

 

なんて返せばいいかわからないベルは、とりあえずお礼を言って、顔を少し赤くした。その様子を微笑ましく思ったレフィーヤは、あることに引っかかりを覚えた。

 

(…アルクメネ…?…なんか、どっかで聞いたことが…)

 

そんな疑問を浮かべている内に、入り口から爆音が響く。それは、フィン達がこの階層に到達した合図になった。

 

「あっ、来た。」

 

「ベル!後方に魔法をたのむ!」

 

「了解。」

 

フィンの指示にすぐさま飛び出し、ベルは一番後方に着地。魔法と魔剣を連射。速攻で殲滅するのも、手慣れたものだ。

 

合流したベル達は、ある程度の補給を行って、小休止を挟む。その頃には、アリシアがレフィーヤとベルに55階層での事を共有していた。

 

「黒い仮面の人物…」

 

「3人目の怪人ですか。」

 

「あぁ、数で圧倒して早々に片付けたのですが、生きています。不自然な迄に逃げ足が早かったですので、注意してください。」

 

そう語ったアリシアは、ガレスに呼ばれその場を後にする。なにやら考え込んでしまったレフィーヤをその場に残し、部隊から少し離れる。ベルはレフィーヤとの会話を思い出して、黄昏れる。

 

「お母、さん…か…」

 

実際には、初めからいなかった訳ではなかったらしい。と言うのも、少なくとも2歳までは共に暮らしていたのだそうだ。しかし、ベルが経験した強烈な記憶が、障害となってその記憶を埋めてしまった。

 

捨てられたのか、それとも死んでしまったのかもわからない。ただ、ベル・クラネルと言う名を少年に刻み込んで、どこかに行ってしまった。

 

この姓も、両親のどちらのものでもないらしい。ベルの過去を知る義理の祖父に叔母も、父親の存在は知らぬ存ぜぬを貫いていた。きっと、妾の子だったのだろうと、いつからか思うようになっていた。

 

それでも、別に良かった。愛されていなくとも、両親が居なくとも。ただ、1度だけでいいから────母に会ってみたかった。

 

 

「どうしたんだい、ベル────ベル…?」

 

「……えっ、あ…いや、なんでもない。」

 

 

黄昏れていたベルの隣には、いつの間にかフィンが立っていた。その様子を見て、部隊に半刻の休憩を呼び掛けて、ベルを離れたところに連れていく。

 

「さて…本当にどうしたんだい、ベル?」

 

「本当に…なんでもないんだ。」

 

「ベル、いくらなんでもそれは無理がある。君、泣いていることに気づいていないのかい?」

 

「うっ…」

 

さっきから、気づいていた。頬を伝う生暖かい涙。本当に、悲しいとかそういう感情はなかったのに。どうしてか、流れていた。

 

「話してくれ、ベル。少しでも団員のストレスを抱えたまま、未開拓領域に進みたくないんだ。わかってくれるね?」

 

「…うん。」

 

そうして、俯きがちに語る自分の出生。母の事に、名前の事。思った事を、ポツポツと語っていった。

話し終えたベルに、フィンはなるほどと苦笑した。

 

誰かに送る愛情を知ったベルは、急に怖くなった。知ったからこそその存在を強く感じ、よりベルの中の恐怖を煽ったのだ。

 

彼は、まだまだ子供なんだ。そう改めて実感した。

 

「ふむ…まぁ、直接あったこともない親のこと、ましてや事情が事情だ…そう悩むのも無理はない。でも、僕の感じたことは少し違うかな?」

 

「どういうこと…?」

 

「君の姓である『クラネル』この意味がわかるかい?」

 

ベルに優しく尋ねると、首を傾げてから横に振った。

 

「これは神々の言葉で『月桂樹』を意味するんだ。そして、花言葉は『勝利・栄光』だ。こんな名誉有る姓を付けたのに…愛していないわけがないだろう?君だったら、愛してもいない子供にこんな意味のある名をつけるかい?」

 

「それ、は…つけない…と、思う…」

 

「だろう?この【勇者(ブレイバー)】が保証しよう。ベル、君はちゃんと愛されている。きっと今も、君を思っているさ。まっ、なんの関係もない僕が言うのも何だけどね?」

 

「そう…なのかな…そうだと、いいな…」

 

いつもの余裕のある笑みを浮かべたフィンは、幾らか顔色が晴れたベルを見て、頭に手を置いた。

 

「さぁ、ベル。僕の親指も疼いてるんだ。君の力はまだまだ必要だ、力を貸してくれよ。」

 

「うん…!」

 

「よし、じゃあ行こうか。」

 

背中をパンッと叩くと、ベルは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「過去に、ゼウス・ファミリアが残した記録によれば、この先は氷河地帯…のはずなんだが…」

 

「逆に、蒸し暑い…」

 

アイズは、フィンの言葉に耳を傾けると同時に、パントリーでレヴィスに言われたことを思い出していた。

 

(「お前の知りたいものが有る」…何が…言いたかったの…?)

 

しかし、あの女の言うことは正直当てにならないと、アイズは目の前のことに集中するように、階段の出口に目を向ける。

 

「此処から先は、誰もが目撃したことのない、完全な───『未知』だ。」

 

59階層に続く連絡路の出口を抜ける、そこには

 

「密林…?」

 

階層一帯に、密林が広がっていた。天井を見上げれば、パントリーで見た食人花が開花を待つ蕾のように生えている。

 

「前進…」

 

それは、未だに眠るように静寂を保っているが、いつ暴れだすかわからない。フィンは、警戒を怠ることなく、部隊に前進を指示した。

 

奥に進むと、何かを咀嚼するような音が近づく。そして、地面の砂漠化が目立ち始める。そして、一団が密林を抜ける、その奥に鎮座するのは、51階層で見た、いつかの女型のモンスターに似通ったものだった。

 

「何だあの変形したモンスターは…死体の王花(タイタンアルム)か!?」

 

そして、フィンは異変を知る。この砂漠化したような砂の山。いいや、この灰の山の意味を悟る。

 

「魔石を差し出している!?───そうか、これはすべてモンスターの灰!?」

 

「不味いっ…!強化種じゃっ!!」

 

「……なんだ…この感じ…?」

 

知っている。ベルが何度か感じたこの空気を、どこかで知っている。隣を見やれば、同じ状態で佇むアイズが目に入った。

 

そして、次の瞬間にベルとアイズはその空気の正体を無意識の内に知った。

 

 

 

『………ア─────アアアァァァァァァァアアア!!!!!!!!』

 

 

 

劈くような絶叫に、殆どの団員が耳を塞いだ。ベルとアイズを除いて、その正体を知るものがいなかったから。

 

その叫びを皮切りに、タイタン・アルムは、溶け落ちるように変形。泡を立てるように不快な音を鳴らしながら、蛹の殻を破った。

 

 

「う、嘘…」

 

「なんで…こんなところに…!」

 

 

蛹から生まれ出た花のような少女。ソレは、こちらを振り返り、可憐に笑ってみせた。

 

 

「…アリア!アリア!!」

 

 

そしてその笑みは、名を呼ぶ毎に醜悪に歪んでいく。

 

 

そして、甲高い嗤い声が響く中。小さな声で、されど全員の耳に届いた。

 

 

 

「精霊だ…」

 

 

 

ベルの一言が、全員の驚愕を誘う。そして、フィンは報告にあった宝玉の役割に至った。

 

「そうか…あれは精霊に反応していた…!新種は触手に過ぎなかった、女型をあの状態に昇華させるための…謂わば『種』だった!!」

 

「アリア、アリア!会イタカッタ、会イタカッタ!!貴方もモ一緒ニナリマショウ?───貴方ヲ、食ベサセテ?」

 

 

ゾクッと全身の肌が泡立つ。それは本能による生体反応。目の前の生物が、如何に危険かを全員が悟る。

 

ただ一人、その恐怖を勇気を持って抑え込んだ勇者は、鼓舞するように叫ぶ。

 

 

「総員、戦闘準備!!」

 

その声に、反射的に全員が反応する。

 

「フィン、儂も前衛に上がるぞ!!」

 

「どうせやることは変わらねぇ!!ぶっ殺す!!」

 

「レフィーヤ!狙いはあの精霊!詠唱開始!ラウルたちは「魔剣」でアイズを援護しろ。」

 

「はい!」

 

「はいっす!!」

 

その間に、前衛に飛び出たヒリュテ姉妹は、このモンスターの強さを体感していた。

襲い来る触手を弾くと、想像の数倍もある威力に、押し戻される。更に女体型を守るように進軍するヴィルガにも手を焼いていた。

 

戦況を見極めるフィンは、親指の痛みを抑え、嫌な予感に冷や汗を流す。

 

「…リヴェリア、詠唱は待て。」

 

「…っフィン?」

 

「親指の疼きが止まらない…何かが…来る。」

 

その言葉を発した瞬間、その予感は的中する。

 

 

「【火ヨ、来タレ──】」

 

 

予想外の、詠唱。

 

 

「詠唱!?モンスターがじゃと!?」

 

「フィン!!」

 

「いいや!手は打ってある!」

 

 

響く恐怖の調べ。驚愕と予感に、全員が支配される。しかし、フィンはその恐怖を退けた。

 

その中で、ニ人、その詠唱を止めようと動くものがいた。

 

「ベルッ!」

 

「うん!!」

 

ヴェルフとベルが、動いた。ヴェルフは腕を突き出す。それは、ヴェルフの持つ唯一の魔法。効果は、アンチ・マジック・ファイヤ。魔道士に対して、絶対的な優位に立つ事のできる、切り札である。

 

「【燃えつきろ、外法の業】!!!」

 

ヴェルフが詠唱をしたと同時に、ベルが深く構える。

そして、ヴェルフと視線を交え、地を蹴った。

 

 

「【ウィルオ─────………は…?」

 

しかし、ヴェルフの声はそこで途切れる。誰も、ヴェルフですら反応ができなかった。

 

ヴェルフの腹を貫く、三本の触手。ソレは、地面を伝い、ヴェルフを正確に貫き、宙ぶらりんにしたヴェルフを投げ飛ばした。

 

 

それを目にして、一番に混乱に陥ったのは

 

 

 

「────ヴェルフッッッ!!!!??」

 

 

 

ベルだった。

 

空気を蹴り飛ばし、一直線にヴェルフのもとに向かう。それから、戦線が崩れる。

 

「リヴェリア!結界を張れ!!総員砲撃!!敵の詠唱を止めろォォォ!!!」

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

「斉射ッ!!」

 

キャハッ、と笑った精霊は、翼のような前腕を盾に、強大な火力すらも防御してみせた。

 

「ハハッ…あれが効かないというのか…!?」

 

椿ですら、やったと思った砲撃を、いとも簡単に防がれた。

もう、この魔法を止める術は無い。

 

「【舞い踊れ大気の精よ、光の主よ】」

 

「【紅蓮ノ壁ヨ、業火ノ咆哮ヨ、突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ】」

 

そして、二小節目を紡ぐその瞬間、リヴェリアは異常に気づく。

 

「【燃エル空燃エル大地燃エル海燃エル泉燃エル山燃エル命全テヲ焦土ト変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ我ガ愛セシ英雄ノ命ノ代償ヲ──】」

 

「【森の守り手と契を結び───!?」

 

超長文の詠唱に加え、高速詠唱。魔法を扱う者としての、格の違いを見せつけられた。

 

「【大地の歌を持って我らを包め。我らを囲え】!」

 

「【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊炎ノ化身炎ノ女王──】」

 

「【大いなる森光の障壁となって我らを守れ───】!!!」

 

ギリギリ、本当にコンマ数秒の単位で、詠唱が完結する。しかし、リヴェリアには確信があった。

 

(…防げない!!!)

 

「総員、リヴェリアの結界に下がれ!!!ベル!!」

 

「【我が名はアールヴ】!!」

 

全員が結界まで撤退を余儀なくされ、一塊になる。

 

「【ヴィア・シルヘイム】!!」

 

「【ファイア・ストーム】」

 

両の手から、優しく吹き出された火種は、急激な魔力暴走を起こし、周囲一帯を焦土にせんと焼き尽くす。それは、リヴェリアの森光の障壁すらも焼き払う。

 

ひび割れる障壁、傷ついた仲間。混乱に陥ったベルは、迫る大爆煙を前に、ただ恐怖に苛まれる。

 

この攻撃は、強すぎる。一撃で死に至らずとも、瀕死にさせられる。だめだ、駄目だ。嫌だイヤだッッ!

 

その想いを孕んだまま、ベルは走った。

 

「リヴェリアッ!!!」

 

叫んだベルは、スキルを全力で行使。【破邪の竜王(ジャバウォック)】で自分の起こせる最大の硬さで全身に鱗を纏う。そして、みんなを守る想いだけを体に乗せて、突撃する。

 

「ガレス!!アイズ達を──!!?」

 

守れ、そう発する前に、体が宙に浮く。前を見れば、ベルが罅割れた障壁の前に、剣を構えていた。ベルが、リヴェリアを後ろに投げたのだ。

 

「ベルっ!待っ────」

 

その瞬間、結界が完全に破壊され、大爆流がベルに殺到する。

 

ベルは、ただ静かに、振り上げた剣を振り上げ、魔法を打ち返さんと真正面から対峙した。

 

 

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ァァァァァァァァァ───ッッッッッッ!!!!!!」

 

 

拮抗する爆炎とベル。しかし、その爆炎はベルの全身を焼き、鱗の色を変色させる。激痛がベルを襲い、気絶しかける。しかし、ベルは踏みとどまった。

 

後ろにいる、守りたい人たちがいるから。

 

「ベルッ!?」

 

叫ぶリヴェリアに、反応を返す余裕すらない。強くなったと自負していたベルでさえも、この魔法を完全に無傷で弾き返すことはできなかった。

 

それによる代償は、ベルの力を奪っていく。

 

爆風の音で気づくことができなかった。その威力に耐えられず、剣の半ば程に罅が入っていた。

 

「────」

 

ついに半ばからへし折れた剣は、爆風に飛ばされ、ベルは両の手でその炎を受け止める。

 

 

「ギィッッ!?ク、オアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」

 

 

そして、力を振り絞り、気力だけで炎の嵐を上に跳ね上げるも、ベルはその威力に踏ん張りが効かず、吹き飛ばされる。それを間一髪で受け止めたラウルは、あまりの怪我の具合に言葉を失った。

 

 

所々失われた指先、爛れた皮膚。全身から血を吹き出し、荒い息と痛みに耐える呻き声だけを漏らしながら、ベルは動けずにいた。

 

しかし、それを嘲笑うかのように、精霊は絶望を送った。

 

「アハッ、デモ、オシマイ──【地ヨ、唸レ──来タレ来タレ来タレ大地ノ殻ヨ黒鉄ノ宝閃ヨ星ノ鉄槌ヨ開闢ノ契約ヲモッテ反転セヨ空ヲ焼ケ地ヲ砕ケ橋ヲ架ケ天地ト為レ降リソソグ天空ノ斧破壊ノ厄災──】」

 

「───ベルを守れぇぇ!!!!!」

 

「【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ地精霊大地ノ化身大地ノ女王──】」

 

フィンが叫ぶ中、ベルは確信していた。この攻撃を防げるのは、自分しかいないことに。自分を抱え、絶望に染まるラウルに掴みかかる。

 

「ラ、ウル…!剣、を…手に、巻いて…!」

 

「なッ、何言ってるっすか!?無茶っす!さっきのを防いだだけで満身創痍なのに、次も防ぐなんて無茶っす!!!」

 

「僕しか!!できないんだ…ッ!!頼む、ラウ、ル!!」

 

「俺に!ベルを殺させるきっすか!?絶対にイヤだ!!!死なせはしない!」

 

拒否し続けるラウルに、ベルは懇願するように叫んだ。

 

 

 

「僕に、皆を守らせてくれッッッ!!!」

 

「────────ッッ!!!!!」

 

 

 

その言葉に、ラウルは覚悟を決めた。彼が、まだ戦いたいと願ったのだ。ラウルは、無力感に打ち拉がれながら、声を張り上げた。

 

「ナルヴィ!革のベルトを寄越すっす!疾く!!!」

 

「待って、ラウル!?やらせるつもりなの!?いくらなんでも…!!!」

 

「うるさいッ!良いから寄越せッッ!」

 

いつもは見せないラウルの剣幕に、ナルヴィはぎょっとしたが、泣きそうな顔をしながら革のベルトを渡した。

 

「ごめん…ラウル…僕の、ワガママに付き合わせて…」

 

「俺には…此のくらいしかできないから…!悔しい…悔しいっす…!!!」

 

涙を流すラウルの頭に、ベルは手を置いた。

 

 

「違うよ、ラウル…君は、自分が思ってるよりも、ずっと凄い。自信を、持って…君は、最善の判断ができる人だから…」

 

「…ベル…っ!」

 

「ありがとう、ラウル────後は、任せる。」

 

そう残したベルは、立ち上がり、精霊を見据えた。ボロボロのベルを侮辱したような目で見た精霊は、その引き金を引いた。

 

「【メテオ・スウォーム】」

 

ベルたちの上空に咲き乱れる巨大な魔法陣の群れ。その魔法陣から放たれる、超巨大な岩山の雨が降り注いだ。

 

(この魔法に、僕の想いのすべてを乗せろッ!)

 

深く息を吸って、空を睨んで、ベルは、英雄の片鱗を見せた。

 

 

 

「【英雄よ(テンペスト)】ッッッ!!!」

 

 

 

爆発する雷霆を、ベルはまだ足りないとばかりに魔力を注ぎ、更に爆発させる。

 

 

「【人へと至れ(ハキュリス)】!!」

 

 

眩い光を放ち、自身を唯一つの雷霆に変えたベルは、飛び上がった。

 

無数に降り注ぐ岩山を、貫き、斬り裂き、魔法を使っては破壊する。

 

純白の轍を残し、落下する全ての岩山を破壊し尽くし、ベルは力尽きるように落ち、それと同調するように、折れた大剣は、跡形もなく砕け散り、その体は本当に死んでしまう程に疲弊し、ボロ雑巾の様になった。

 

落ちるベルの着地点にフィンが走り、なんとかキャッチする。

 

「ベルッ!!しっかりしろ!!」

 

「ふぃ、ん…?」

 

「そうだ…よく、やってくれた…誰も、傷一つつかなかった…」

 

「そ、う…よかっ、た…」

 

その間にも、精霊は放出された魔力を吸い上げ、再度の砲撃準備に入っている。

 

為す術はなかった。誰もが信頼を置いていた最大戦力が、敗れ去った。自分たちを守って。もはや、言葉はなく、フィンですら絶望を予感していた。

 

此の場にいる全員が悟る。

 

 

死を

 

 

しかし、たった一人の少年は、仲間を、何よりも目の前の【勇者】が、必ず立ち上がると信じていた。

 

自分を信じる英雄を、ただ愚直に信じていた。

 

 

「…信じ、てる、僕の…英雄、達…」

 

「……ッ!」

 

 

眠るように気絶したベルに、エリクサーを振りかけ、そっと地面に寝かせる。優しく頭を撫でたフィンは、絶望を顔に貼り付ける団員を前に、ただ呟いた。

 

 

 

「────あのモンスターを、討つ。」

 

 

 

フィンは、折れなかった。いいや、ただ一人の少年の言葉が、【勇者】たるフィンを奮い立たせた。

 

「君たちに勇気を問おう。その瞳には何が見えている?恐怖か?絶望か?破滅か?」

 

静かに、されど熱く、フィンの闘志は燃え上がる。今まで、一族を導くために目指していた、曖昧な英雄という像雅、ハッキリと形を持った。

 

強く、強く憧れた。明確な憧憬が、目の前にいる。

 

 

白い英雄に、酷く憧れた。

 

 

「僕の目には、倒すべき敵、そして勝利しか見えていない。退路など、もとより不要だ。此の槍を持って、あの怪物を討ち滅ぼす。女神(フィアナ)の名に誓って────いいや、【白き英雄(ベル・クラネル)】に誓って、君たちに勝利を約束しよう。」

 

 

今は、一族の為でなく。身命を賭して、自分たちを守った少年の名に誓って。

そして、フィンは静かに命ずる

 

 

「ついて来い。」

 

 

その呟きに、恐怖に震えていた誰もが、拳を握った。

 

「それとも…ベルの真似事は、君たちには荷が重いかッ!」

 

叫ぶフィンの言葉に、全員の心に一斉に火が灯る。激しく燃え滾る闘志が、伝播する。

 

「己よりも強大な力の波に、彼はたった一人で立ち向かったぞ、ベート!」

 

震える銀狼に問いかける。

 

「彼は全てを出し切って、生と死の境に身を投じたぞ、ティオナ!ティオネ!」

 

地を這い、大地を裂く姉妹に問いかける。

 

「彼は誰よりも前に出て仲間を守ったぞ、ガレス!」

 

重傑の戦士に問いかける。

 

「彼は恐怖に打ち勝ち成し遂げてみせた、彼との絆はその程度のものか、レフィーヤ!リヴェリア!」

 

妖精の師弟に問いかける。

 

「ベルは…限界を、絶望をひっくり返して見せたぞ、アイズ!」

 

風の精に問いかける。

 

誰もが、武器を握り、立ち上がった。絶望から、たった一人の少年が、彼らを叩き起こした。

 

「聞くまでもねーだろうが!!蹴り潰すだけだッ!!」

 

銀狼は月に吠えるように、野蛮に地面を踏み抜いた。

 

「まだ…全っ然です団長!!」

 

「だね!!あたしも、負けてられない!!」

 

姉妹は不敵に笑い、己の武器の柄を握った。

 

「舐めるなッ!!儂は、ドワーフの戦士!英雄の真似事なんぞ、容易くこなしてみせるわッ!!」

 

戦士は大戦斧を担ぎ、大地を踏みしめた。

 

「いつも、私を、守ってくれてるから…!今度は、私がベルを守るッ!」

 

「言ってくれる…エルフの誇りを見せてやるッ!!最大砲撃に移る!お前達、私を守れッ!!!」

 

エルフの師弟は、杖を振りかざした。

 

「……うん。今度は、私の番。」

 

風の精は、敵を見据え、ただ滅ぼさんと剣を取った。

 

一人の英雄が、全員の心に眠る、真の勇気を呼び覚まし、勇者を英雄へと押し上げた。

 

そして、椿は未だ眠るヴェルフに語りかける。

 

「ヴェル吉…お前は寝ているだけか。守られ、ただ眠り、英雄の勝利を待つだけの者か!」

 

ヴェルフは、反応しない。

 

「ならば寝ていろ腰抜けめ。手前は、此の英雄たちの一助となるぞ!」

 

前衛に上がる椿が走り去る。

 

聞こえている。聞こえているのだ、その言葉が。悔しくて堪らない。自分がもっと強ければ、ベルはあんなにボロボロにならずに済んだのに。

 

(アイツを1人になんてしたくないんだッ!アイツの期待に応えたいんだ!)

 

グッと、ヴェルフの手が動く。瀕死のヴェルフは、その意志だけで再び立ち上がる。

 

「ふっ、ざけろ…!!」

 

笑う膝に喝を入れ、剣を支えに、血を吐きながら立ち上がる。

 

「守られっぱなしでいられるか!俺は、ベルの専属鍛冶師だ!腑抜けた真似なんざできねぇ!!」

 

焔を宿す熱血の鍛冶師は、魔剣を構え立ち上がった。

 

役者は揃った。後は、道を示すだけだ。

 

「たった今!此の突撃をもって奴を貫く!!月桂樹(クラネル)に誓って、勝利と栄光をその手に掴めッ!!」

 

鋒を突きつけ、英雄たちの灯火にならんと道を指し示す。

 

「ロキ・ファミリア団長、フィン・ディムナが各団員に命ずる!!道を切り開けッ!!」

 

魔槍を構えたフィンは、魔槍に魔力を込めて黄金の螺旋を生み出し、石突を地面に叩きつける。

 

 

 

 

 

「あのモンスターは、僕が討つッッ!!!」

 

 

 

 

 

英雄達の、進軍が始まる




滅茶苦茶長くなった…読んでくれてありがとうございます。

原作との相違点。
ヴェルフが居る。戦闘時にみんなが無傷。精霊の魔法が強くなっている。


遠征編佳境に入りました。次回もお楽しみに。


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第20話:英雄の灯火(フィン・ディムナ)

いつからだろうか。

 

【勇者】と謳われながら、胸中ではただ己を【人工の英雄】と、無意識のうちに卑下するようになったのは。

 

きっと、一族の復興を目指した瞬間に、人造の英雄として完成していたのかもしれない。

 

それから、その道を歩んで行き、とうとうLv6にまで上り詰めた。それからは、ただ英雄を演じた。皆が望む【英雄】を演じ続けた。それでいいと、己に言い聞かせていた。間違いじゃない、間違っていない。こんなにも名声が集まった。自分を慕う仲間も集まった。ここから、更に英雄の階段を上ってやる。そう、思っていた矢先。

 

フィンは、ベルに出会った。

 

初めて会った時、既視感を覚え、その正体が過去のアイズである事がわかった。

 

復讐に燃え、誰も寄せ付けない。貪欲に強さを求めるが、反対に限界を理解していて、過去のアイズよりは聞き分けが良かった。強かったが故に、団員に疎まれることもあった。そんな彼と親しくする者もいなかった訳では無い。1部の派閥幹部や、二軍のメンバーとは特に親しく見えた。彼には彼なりの人を惹きつける魅力があるのだろうと思っていた。子供のように柔らかく微笑むところを見て、まだまだ子供だと。そう思っていた。

 

そう、彼を侮っていたのだ。そして、いつしか思い知らされた。なるべくして生まれた存在との、圧倒的な迄の差を。

 

その片鱗を見せたベルは、新種のモンスターを討伐しレベルアップ。犠牲を出しながら、アイズが敵わなかった敵を撃退しレベルアップ。折れてしまったと思われた彼は、単身で弔い合戦に向かい、見事仇を撃破。3度目のレベルアップを成し遂げた。

 

これが、たったの数ヶ月の間に起こった。

 

そう、ベルはフィンの様に全てが作られた【人工の英雄】では無い。

 

彼は、【英雄】なのだ。

 

レフィーヤを殺され、絶望を目の当たりにしても、立ち上がった。心を、想いを燃やして、見事成し遂げた。

 

そして今も、ベルは自分達を信じ、想いを託してくれた。絶望から全員を引き上げてくれた。

 

暗い絶望の中に、一筋の稲妻を舞落としたのだ。

 

(ベル…認めよう…僕は────)

 

槍を薙ぐように振り抜き、目の前の敵をただ見据える。その様が、ベルのように見えて、ティオナ達は思わず2度見した。それほどまでに、フィンの背中にベルを感じた。

 

フィンは、ベルが羨ましかった。

 

まるで物語を直接見ている様な壮絶なまでの強さ。既に、オラリオに敵う者は居ないだろう。オッタルでさえ、あれ程早く、そして強く無い。

 

フィンは、ベルという英雄に、憧れたのだ。

 

彼は、全てを救える訳では無い。多くを失った。家族を、友人を。

 

悲しみに暮れ涙を流し、進むべき道を見失った。彼は、栄華を飾る英雄ではない。

 

苦しみ、悩み、時に折れそうになってしまう。

 

けれど、最後に想いを燃やし、誰かを守るために己を賭すことが出来る。不可能だと思われたことを成し遂げたのだ。

 

フィンは、胸に灯る闘志にも似た憧憬の炎を、しっかりと握りしめる。

 

「…腐っても、現代の英雄の端くれだ。此のくらい…成し遂げなきゃね…ベル。」

 

そうして、勇者は踏み出す。ただ勇ましく前に進む者ではなく、不可能を実現する、英雄への道を。

 

 

 

「総員、突撃ッ!!!」

 

 

『────ッッ!!!!』

 

 

その号令に、雄叫びで応える英雄達は、道を切り拓く為だけに、戦火に身を投じる。

 

「アイズ!全力の一撃で道を開け!他の者はアイズを守れ!レフィーヤ、リヴェリア!並行詠唱を開始!魔法の選択は任せる!ラウル、アリシア、ナルヴィ、椿!後ろは任せる!!」

 

目覚めよ(テンペスト)!」

 

「わかりました!」

 

「任せろ!!」

 

『了解!!』

 

その指示をもって、もはや指揮は不要と判断した。

 

再度出現した新種のモンスターを確認し、アイズが蹂躙する。

 

フィンはただ、魔力を槍に全て込めて、全力の砲撃で終わらせる。魔力を全て注ぎ込むため、魔法は使えない。だから、道を切り開いてくれる全員に全てが賭けられている。

 

フィンはこの場の全員に信頼以上のものを預けている。期待以上の働きをしてくれる。それが、彼らだから。

 

しかし、その進軍を嘲笑うかの様に、精霊は再び詠唱を開始した。

 

「【火ヨ、来タレ。紅蓮ノ壁ヨ、業火ノ咆哮ヨ、突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ】」

 

『ッ!?』

 

全員が、再び顔を青ざめさせた。あの砲撃が、また来る。

だが、止まれない。止まれば終わりだ。しかし、全員が理解しているからこそ、僅かな迷いが生じた。

 

「【───全テヲ焦土ト変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ我ガ愛セシ英雄ノ命ノ代償ヲ──】」

 

詠唱が残り数節になった時、全員の背後から、緋色の焔が飛び出した。

 

 

 

「迷うんじゃねぇ───ッ!!!」

 

 

『────!?』

 

 

 

ヴェルフだ。

 

穴だらけになった着流しを引き千切り、血だらけのままに駆け出した。

 

ヴェルフは唇を噛み締め、痛みと戦った。それは、強い無念の現れ。

本来は自分の役割である魔法潰し。しかし、それすら出来ず、地に伏した。悔しい。ベルはその身を賭けて自分を守ってくれたのに。

 

強く握った左手は、唐紅(からくれない)の柄を握った。

 

本来なら使う筈のなかった、奥の手。

自身の魔剣と並び、最強を誇るスキル。

 

瀕死状態に陥る事でのみ発動するという、極めて危険な条件をもつ、特殊スキルでありながら、その効果故に使わぬ事が出来ずにいる。

 

Lv3の時、わざとこのスキルを発動させてゴライアスを一撃で屠り、自身の器を昇華させた。

 

その時から、彼の主神であるヘファイストスには、使うな。と厳命される程に危険。しかし、その危険に見合った効果は確かにあるのだ。

 

左腕の手首には、光る腕輪が連なるように揺れる。

 

【ヴェルンド】

・重傷状態により、全ステータスに対する大幅な強化。

・魔剣威力の昇華。

・自信が制作した武器装備時筋力の大幅な上昇。

・魔法に対する耐性。

・【ウィルオ・ウィスプ】の発動不可。

 

此のスキルをもって、勇者の道を切り開く。

 

「退けぇぇぇ────ッッ!!!!」

 

迫り来るヴィルガと触手の尽くを焼き払い、誰よりも前を進み、ヴェルフは目の前に焼け焦げた道を作り出す。

 

「うっそ!?アイツあんなに強かったっけ!?」

 

「なんだっていい!彼に続けッ!遅れをとるな!!」

 

フィン達は、ヴェルフの発破に負けじと彼の作り出す道を辿る。

 

「【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊炎ノ化身炎ノ女王──】」

 

未だ紡がれる詠唱に、皆が焦りを見せる中。ヴェルフは、己の血が騒ぐ感覚を覚えた。わかっている、此のスキルだけでは、足りない。

 

この精霊を見た時、己の血が反応した感覚。

 

アイズと初めて対面した時、この感覚を僅かに感じた。

 

ベルと出会った時にも感じた。

 

しかし、ベルに感じたそれは、上の二つとは比べ物にならないものだった。ゾクリと体が震え、血が跪いている感覚。

圧倒的な上位者に、無意識に血が跪いたのだ。

 

この感覚に共通があるとするのなら、きっとそう(・・)なのだろう。

ならば引鉄(トリガー)は、これでいい。

 

先祖返り(・・・・)程度の自分では、直系の濃い血には及ばない。そんなことは分かっている。

 

でも、それでも良い。守りたい、戦いたい、だから頼む。起きてくれ。

 

恨んでいた此の血筋に、敬愛する主神(ヘファイストス)が気づかせてくれた、この血筋の意味を。ヴェルフは噛みしめる

 

(都合がいいなんてのは百も承知だ…!だけど、一回…此の一回きりで構わねぇ…!だから───!!)

 

血が騒ぐ、燃えるように背中が熱い。願う、起きてくれ、と。恩恵が燃えているのがわかる。

 

「──スト─!」

 

守らせてくれ、(ベル)が信じた英雄達を。

 

 

「───ペスト…!」

 

 

その魂から、想いを叫べ。此の燃え滾る情熱の炎を、心の炉に灯せ。

 

 

「頼む…!俺に、力を寄越せッ!!!」

 

 

「【ファイア・ストーム】」

 

穢れた精霊の詠唱が完結した瞬間。ヴェルフの(想い)は、爆発する

 

 

 

 

「───【炎よ(テンペスト)】ッッ!!!」

 

 

 

 

迫る大瀑布に立ち向かうヴェルフに、紅蓮の炎が寄り添った。ヴェルフを爆心地にして炸裂した焔は、ゆっくりとヴェルフを包み込む。その魔力に、力に、ヴェルフは拳を握り、不敵に笑った。

 

「この魔力…アイズよりも…!?」

 

「二人と同じ詠唱!?」

 

魔力を感じ取ったエルフの師弟は、その強大さに驚き、その優しき焔に見入ってしまう。

 

「…これならっ…!」

 

止められる。その確信をもって、ヴェルフは己を一筋の炎弾に変え、大瀑布に挑む。

 

手に握る最初(始まり)と同じ名を持つ魔剣。己に血を託した精霊の焔。そして背中には、守るべき弟分。

 

なにを恐れることがあろうか。あの精霊よりも、(コイツ)の扱いは慣れている。

魂から叫ぶ。その咆哮が、彼に英雄の階段を登らせた。

 

「俺はっ、英雄(おまえ)と共に歩む者!!なぁ!そうだろ!ベルッ!!!」

 

大瀑布がヴェルフを焦がす中、ヴェルフは尚不敵に笑うのだ。此の程度の熱で音を上げる等、笑止千万。英雄と共に歩む覚悟を刻み込んだヴェルフには、此の熱は生温い。

 

振り上げた紅蓮を、焔が抱きしめる。それは、消滅を約束された、ただ一度きりの奇跡の魔剣。

 

 

 

 

「始高─【炎帝・煌月】ィィィィ───!!!」

 

 

 

 

ヴェルフが放ったその豪火は、大瀑布との一瞬の拮抗を見せる。

その数瞬後、爆音にかき消されるヴェルフの雄叫びに、炎が共鳴するように燃え上がった。

 

横薙ぎに振ったその軌跡が、日輪となって瀑布を、絶望を覆す。

その日輪が大瀑布を弾き返し、上書きするように紅蓮で染め上げた。

 

「───っイヤぁァァァあぁ!?!」

 

その日輪は精霊の半身を炭化したようにボロボロに焼き切った。同時に、ヴェルフの体も限界を迎え、威力に押し出されるように、進軍するフィンたちとは反対の方向に崩れ落ちた。

 

誰も、そのヴェルフを支えることはない。この進軍を、意味有るものにしなければならないから。彼の一撃を、無駄にしてはいけない。

 

ただ敵を見据えるフィンが、大の字に倒れるヴェルフの横を通り過ぎた時、確かに聞こえた。彼の、精一杯の声援が。

 

 

 

「止まるんじゃねぇぞ…英雄共(ロキ・ファミリア)…」

 

「────あぁ。」

 

 

 

ヴェルフはその言葉を聞いて、兄御の様に笑って見せた。

 

「なぁ…ベル…一矢報いてやったぜ…」

 

ヴェルフに宿った精霊の焔。それは、火種ほどに弱々しくなっても尚、強く、燃え盛るようにヴェルフの手に残っていた。

 

「すまねぇ…」

 

その謝罪は、過去に己の祖先に血を分けた精霊に向けて。初めて、此の血に感謝した。抱きしめるように胸に添えた焔は、微笑むように燃え尽きた。それはまるで、精霊が齎した、たった一度の奇跡のように、魔剣のように、儚く花のように散っていった。

 

「ウルス─────!!邪魔ヲ…!!」

 

穢れた精霊はヴェルフの倒れる姿をみて、忌々しげに睨んだ後、炭化した半身を急速に修復。

新たな魔法を紡ぎ出す。

 

「【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル我ガ名ハ雷精霊雷ノ化身雷ノ女王──】」

 

その魔法は速攻魔法。たった一節の詠唱をもって、魔法を打ち出す。

 

しかし、ヴェルフが稼いだ時間は、決して無駄ではない。

このオラリオにおける、最強の魔道士、リヴェリアとその弟子、レフィーヤの詠唱の時間を稼いでみせたのだ。

 

「【円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか――力を貸し与えてほしい】!!」

 

「【吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ】!!」

 

並行詠唱を完結させ、飛び出したリヴェリアは、最前列で杖を振るう。

 

「レフィーヤ!合わせろ!!」

 

「分かってますッ!!」

 

いつになく不遜に叫んだレフィーヤは、リヴェリアに続く。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

「【サンダー・レイ】!」

 

迸る稲妻を、目の前に放った猛吹雪によって壁を作り出し、稲妻の槍を一瞬防ぎ切る。

 

「ぐっ…!?──オオオォォォォォッッ!!!」

 

規格外の威力に、リヴェリアは奥歯を噛み締め、外聞なんぞもかなぐり捨てて、ベルのように吠えた。

自分の物よりも強力で、詠唱は短文、極め付きに高速詠唱までついているのに、この威力。生み出した氷の壁は、壊されては生み出しを繰り返している。

 

魔法使いとして、圧倒的な格差を叩きつけられた。しかし、リヴェリアは屈しない。自分を信じた英雄の期待に応えるために、なにくそと踏ん張った。

 

「この感じ…ベル…!」

 

通常よりも強く、より猛烈に吹雪いたリヴェリアの魔法を見て、レフィーヤは確信した。

 

 

ベルが、まだ一緒に戦ってくれている。

 

 

ボロボロになったベルを思い浮かべ、レフィーヤはどこからか、ブチッ、と何かがキレる音を聞いた。

 

きっと、痛かっただろう。苦しかっただろう。酷い火傷、白く燃え尽きたように煤けた、漆黒だったはずの鱗。優しい弟を傷つけた、あの精霊に心の底からムカついている。

 

「燃やし尽くしてやりますッ!!このクソ精霊ッ!!」

 

レフィーヤは、ぶちキレた。

プッツン行ってしまったのだ。可愛い弟分を傷つけられて、今までにないほどにキレている。

 

その怒りの炎は、レフィーヤの新たなスキルを発動させる。

 

妖精激怒(ネライダ・シィモス)

・怒り状態により発動。

・発動時魔力値の超上昇。

・怒りの丈により魔法威力増幅。

・マインド消費を倍にし、【アルクス・レイ】【ヒュゼレイド・ファラーリカ】の詠唱破棄。

・【エルフ・リング】発動後の魔法詠唱破棄、【エルフ・リング】のマインド消費破棄。

 

家族を傷つけた敵への、弱い己への怒りが、彼女にこの反則レベルのスキルを発現させた。

 

「【エルフ・リング】───【レア・ラーヴァテイン】ッ!!」

 

ノータイムで放たれる全方位の殲滅魔法は、レフィーヤ達の背後に迫るヴィルガの群れを、稲妻の槍を、氷の障壁諸共焼き尽くす。己が知る最強の広範囲魔法、魔法において最強のエルフ。リヴェリア・リヨス・アールヴのみに許された、権能。それを本人以外で唯一振るうことのできるレフィーヤは、自身の成長とともに、ベルの暖かな温もりを隣に感じた気がした。

 

「──アアアアアアッ!?」

 

その爆撃は、精霊を守る触手すらも焼き払い、完全な無防備の状態を作り出す。レフィーヤは、此の瞬間を待っていた。

 

杖を突き出せば、花のような魔法陣が咲き誇り、一瞬のうちに魔法が放たれる。

 

「【アルクス・レイ】!!」

 

「っ…【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル我ガ名ハ雷精霊雷ノ化身雷ノ女王─【サンダー・レイ】!」

 

しかし、その隙きも、高速詠唱で埋められる。

 

だからなんだ。こっちは、最強の雷霆を知っている。最強の雷を知っている。その程度の雷が、いきがるな。

激突した炎の極光と稲妻の槍は、果たして拮抗する。

 

「ぐッ…!ぬぁ、アアアアアア!!!こんな物…!!ベルの魔法にくら、べたら…!!」

 

ギリッと食いしばったレフィーヤは、蹈鞴(たたら)を踏んでその脚を前に進めた。

弟が頑張ったのだ。自分も、彼と同じ場所に上がらねばならない。

 

私も、英雄の舞台に。止まれない、進むって決めたから。止まりたくないと、この心が叫んでいる。

 

だから、叫ぼう。道を作ろう。

 

レフィーヤは、心のままに叫んだ。

 

「こんな、物ぉぉぉぉぉぉ───!!」

 

稲妻と極光は混ざり合い、大爆発を巻き起こす。

 

しかし、相殺。

 

それが限界だった。ベルと自身のスキルで強化されていても、尚届かなかった。

 

(でも…)

 

それで良い。皆が前に進めれば。それで良い。もう、あの精霊に魔法を唱える時間はない。接敵は数瞬後。決着は、もうすぐそこに見えている。

 

魔法の爆発に吹き飛ばされたレフィーヤを、リヴェリアが抱きとめる。

 

「よくやった…レフィーヤ…」

 

「へ、えへへ…やって、やりました…」

 

そうして拳を握ったレフィーヤは、マインドを全て無くし、気絶するように眠りについた。

その様子を見遂げたリヴェリアは、フィンの背中に小さく投げかけた。

 

「…後は、任せるぞ。」

 

巻き上がる爆煙を目隠しに、フィンたちは進む。もう、目標は目の前にいる。

煙幕からまず飛び出したのは、ベートだった。

 

「アイズ!風寄越せ!」

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

アイズの風を特殊武装フロスヴィルトに纏ったベートは、獣の如き咆哮を上げながら、未だ怯む精霊の首元に、噛み付かんと肉薄した。

 

ベートの気迫は、正に餓狼が如く苛烈なもの。初めて感じる、身の危険に、精霊は体を硬直させた。

好機と見たベートは、続くアイズと共に風に押され、襲いかかった。

 

しかし、ここで予想外が起きた。

 

唐突に真下から出現した、厚い触手の壁。その壁は、ベートとアイズの一撃をもってしても、びくともしなかった。

 

(突撃が…!)

 

止まってしまった。

 

アイズは、奥歯を噛み締めた。

皆が作ってくれた唯一のチャンスが、ベルが命がけで守ってくれたのに、自分は、何もできていない。その悔しさに滲ませる表情を、ベートは見ていた。

 

そして、吠える。

 

「───諦めてんじゃねぇぞッ!!」

 

「っ!?」

 

ベートは、ベルに守られた事実が、気に食わなかった。ベルを仲間だと、本物だとベートは認めていたのに。自分が守られる対象であったことが、ベートに怒りの感情を湧き上がらせた。

 

仲間だろう?背中を預け合う筈だろう?

 

なぜ、お前(ベート)はベルに守られている?

 

雑魚と同じ真似を晒し、何故吠えずにいられる?

 

食いしばった口から、血が滴った。

脚を振り抜き、未だ動かぬ壁を蹴り続ける。脚に激痛が走り、足の骨に罅が入ったことを知覚するが、どれも無視。

 

ただひたすらに、自分への怒りを触手の壁に叩きつける。俺が、守られてどうするんだ。そう叫ぶように。

 

「いいかアイズ!テメェが諦めてんじゃねぇ!アイツの想いを無駄にするつもりかッ!?」

 

「っ!」

 

「雑魚と同じ真似してんじゃねぇ!!お前は、雑魚じゃねぇだろッ!!」

 

アイズは、その言葉に目を見開きながら、確かに敵を見据えた。

その瞬間、槍のように飛び出した触手群がベートを貫いた。突然の出来事に、停止したアイズだったが、ベートは尚も止まらない。

 

「───っ舐めんじゃねぇぇぇッッ!!」

 

硬い触手を引きちぎり、また壁に立ち向かった。

その突撃に、三人の戦士が追従する。

 

『オォォォラアァァァッッ!!』

 

ティオナ、ティオネ、ガレスが雄叫びを上げながら、壁を殴りつける。

 

「なろぉぉぉぉぉ!!」

 

「ジジイ!もっと力上げやがれ!!」

 

「黙れ小娘が!やっとるわぁ!!」

 

斧で、ハルバートで、大剣で殴りかかった3人は、ひたすらに壁を壊す為に、止まることなく殴り続ける。

 

「ベルが守ってくれたから!私、頑張るよ!難しい事わかんないけど、ベルが私達に託してくれた!私たちを、英雄って言ってくれた!だから、戦う!」

 

ティオナは、ただベルの期待に応えたかった。姉のように慕ってくれる弟が、どこか自分の憧憬(アルゴノゥト)に重なって見えたから。

 

「こいつを倒して、私は笑う!皆も、ベルも!私は、私のなりたい英雄になるから!」

 

ティオナは、自分ではない誰かの笑顔のために、ベルの為に剣を振るう。

 

「口より手ぇ動かせ!バカティオナァ!んなのったり前だろうがァッ!!」

 

「ガハハハハ!!その通り!英雄に挑むも、戦士の誉れよなぁッ!!」

 

「行っくぞー!ガレス!ティオネ!せーっのっ!」

 

『どりゃァァァァァァッッ!!!』

 

重なる攻撃が、壁に綻びを作った。ガレスは、その瞬間を見逃さず、剛力無双の怪力をもって、道をこじ開ける。

 

そこに再度殺到する触手の槍をまともに受け止めて、身体中を穿たれる。ティオナ、ティオネは吹き飛ばされ、一撃で再起不能に陥った。

 

「────温いわァァァァッ!!!」

 

しかし、ガレスは怯まぬ。自身が一瞬でも恐怖した大瀑布に、立ち向かった英雄の背を見ていたから。

 

(ベル)に出来て、儂にできんと思ったかぁッ!?」

 

全ての触手を鷲掴み、引き千切る。

 

「行けェッ!アイズ!フィン!」

 

全ては、この瞬間の為に。全員が命を賭けた。

 

壁を抜けた先、もう目標は目の前にいる。

 

しかし、まだそこには槍の雨が殺到する。2人を貫かんが為に、主を守るように。

 

その時、開いた穴から、ベートが飛び上がった。

 

「やれッ!アイズ!!!」

 

「ッ!【吹き荒れろ(テンペスト)】ッ!!」

 

ただ一言、その一言だけで、アイズは理解した。自身の最強を持って、槍の雨を振り払えと。

 

振り抜かれたベートの足、そこを足場にして、アイズはいつかの必殺を思い浮かべた。

 

アイズの魔法【エアリアル】最大出力。

 

その風は嵐の如く、全てを飲み込み引き潰す。

主神(ロキ)に言われた【技に名をつければ強くなる】という言葉を真に受けて、名をつけた必殺の嵐。

 

 

「【リル・ラファーガ】────ッ!!」

 

 

ベートの足が、反動で砕け、空中を錐揉み回転しながら地面に叩きつけられる。

 

それすらも、今は見ない。目の前の障害を、フィンのために排除する。

 

死の雨と嵐は激突する。

突き進む嵐を必死に止める死の雨は、徐々に嵐の強さを削ぎとっていく。切り裂かれる体に鞭を打って、ただひたすらに前に突き進む。

 

「────ああああぁぁぁ!!!!!!」

 

叫ぶ、想いを乗せて。穿(つらぬ)けと。

 

「【穿ち抜け(テンペスト)】────ッ!」

 

嵐は雨に飲み込まれ、嘘のように静寂を残し消えていく。

 

黄金の風が揺れ、死の雨が晴れる。そこにあるのは、勇者との邂逅。

 

アイズは、死の雨を払って見せた。

 

「…行って、フィン…」

 

脱力したアイズは、地面に向けて落下していく。

 

ギュッと握り締められた槍は、稲妻の如き輝きを放つ。

 

勇者の螺旋が煌めいた。フィンは、辿り着いたのだ。

 

「終わりだ────ッ!?」

 

その時、誰もが勝利を確信した。

しかし、誰よりも臆病で、英雄から程遠かった筈の凡兵だけが見ていた。臆病が故に、最後までその目に焼き付けていたが故に。

 

見ていたのだ、フィンの目の前に出現した、氷の槍に。

 

「────ッ!?」

 

「ラウル!?」

 

「ナルヴィ、アリシア!そのまま椿さんと後方で支援!俺は────行くっす!」

 

ラウルは簡素な銀の槍を掴み、駆け出していた。

 

ロキ・ファミリアにおける二軍のリーダー。臆病で、ひたすらに平凡。故に与えられた2つ名は【ハイ・ノービス】。それ程に平凡であった。

 

いくら努力しても、フィンやベルの様に戦えるビジョンが浮かばない。誰かを引っ張って行く英雄になんて、なれっこない。わかっている。彼は身の程と言うものを、嫌という程にわかっているのだ。

 

金魚のフン。

 

今の自分を表すのに、最も適した言葉だと。彼はそう卑下する。

 

それでも、彼は言われたのだ。誰よりも英雄に見えた少年に。

 

ほんのちょっぴりでも、勇気を貰ったのだ。その言葉に。

 

(この場の最善…!団長の邪魔をせず、アレを止める!導き出した答えに自信を持て!ベルだって言ってくれただろ…っ!震えるんじゃないッ…震えるな!)

 

怖い、もし通じなかったら?殺されたら?負の感情が巻き起こって、支配される。走りながら、駆け抜けながら、震えが止まらない。恐怖を支配できない。

 

『後は、任せる。』

 

「────ッ!」

 

それでも、ラウルを動かしたのは、白い光だった。

 

フィンでも、リヴェリアでも、ガレスでも、他の英雄候補でもなく、端役の自分に、任せると言ったのだ。その期待と信頼を、少しでも返したかった。

 

物語の英雄。それは、ベルのような、フィンのような人のことを言うのだろう。自分は所詮端役。英雄と共に歩み、その影でひっそりと死んで行く。それが定められたものだと思っていた。

 

それでも、子どもの頃に描いた、淡い夢に、白い少年はたった一言で、また火を灯したのだ。

 

(俺だって…俺だって────ッ!!)

 

泥だらけになって、擦りむいて、みっともなく涙を流して。追いつけない夢に縋る自分が、情けなかった。でも、それでも、心に灯ったその炎は、強く揺らいだのだ。

 

臆病で、平凡だった青年は、英雄の舞台に飛び乗った。

 

 

 

 

「俺だって────英雄にッ…なりたいんだぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

一直線に投げられた銀槍は、フィンの横スレスレを通り抜け、精霊の額に突き刺さり。魔力暴走を起こす。

 

「アアァァァァァッッッ!?」

 

意識の埒外。彼が弱者であり、精霊の意識の外にいたからこその不意打ち。弱者の一撃は、英雄の道を最後に切り開いた。

 

「でかしたっ!ラウルッ!!」

 

フィンですら想定していなかったラウルの介入に、改めてラウルの価値を認識した。彼は、最後にやってくれる男なのだと。

 

「イヤァァァッ!!?」

 

グチャグチャに爆発した半身を再生させながら、精霊は最後の抵抗と言わんばかりに、フィンを上空に打ち上げる。

 

意識を飛ばされかねない衝撃の攻撃に、フィンは歯を食いしばって耐える。叩き付けられた天井を踏み締め、輝く槍を握りしめた。

 

(ずっと昔に……置いてきてしまった…)

 

いつしか忘れていた情熱。一族の象徴になれれば、それでいい。そんな風に、諦観をしていた。

作られ、作ったこの身なれど、白い雷霆に触発されて、いつしか燃え尽きたはずの火が、心に灯った。

 

もう、手離したくないのだ。この想いを。

 

「この灯火を…僕はもう、生涯絶やすことは無い!君がくれた、この想い()をッ!」

 

握る槍の光が、さらに輝きを増す。

 

フィンのこの槍に、銘はない。ヴェルフが、お前がつけてやれと、そう言っていた。譲り受けてから今まで、名前など考えてもいなかった。だが、1つ、つけたい名ができた。

 

「…名乗らせてくれ、君の雷霆を…!」

 

槍に纏う光の螺旋は稲妻に変化し、憧憬が熱を孕む。

 

「【閃光ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ切リ裂ケ代行者タル我ガ名ハ光精霊光ノ化身光ノ女王──】!」

 

「───ッ!!」

 

天井を蹴ったフィンは、一直線に精霊に向かう。迸る稲妻に、最後を見届ける全ての者が想起したのは、雷霆を掲げる、一人の英雄だった。

 

「フィン…」

 

「やれぃ」

 

『いけぇ──!!』

 

「ぶちかませ」

 

「フィン!」

 

奔る雷光は、真なる英雄の胎動を祝福する。

 

「【ライト・バースト】!」

 

最後の抵抗。精霊の放つ閃光がフィンに伸び、握りつぶすように迫る。

フィンは、その閃光を見て微笑んだ。

 

嗚呼、きっと。もう無くすことはない。この想いが、心地いい。誰よりも憧れた筈の本物に、今からなろう。

 

「ベル、君は言った…【英雄よ、人であれ】と。あぁ…僕は、存外(英雄)に憧れていたみたいだ…君のように…誇り高く、一途に、無邪気に…目指してみるのも、悪くない…」

 

想い起こすは、過去の憧憬。山を穿ち、地を割いた光の螺旋。勇猛を誇ったケルト(故郷)の王、その螺旋の槍。そして、ベル(今の憧憬)を冠する雷霆の名。

 

全ての魔力を込めた、最大最高の一撃。それは、地をも穿つ虹の螺旋。稲妻を意味する、光の楔。

 

 

 

 

 

 

「───【カラド・ボルグ】ッッ!!!!」

 

 

 

 

 

集約した鋒から放ったれた雷霆()は、瞬く間に精霊の閃光を呑み込み、光柱を地下世界(ダンジョン)に穿つ。

 

眩い光の中、フィンが見たものは、精霊の最後。涙を浮かべ、その表情に交じる悲しみを、確かに見ていた。

 

(君も…そうなのか…)

 

求めていた物は、同じだったのかもしれない。精霊も、誰もが求める物に、フィンは手を伸ばした。

 

着地したフィンは、槍を支えに、勝利を掲げたと同時に、込み上がる想いを、無意識に零した。

 

 

「…共になろう…英雄に…」

 

 

歩む道に、共に並ぶものがいる。遅れてしまったが、必ずすぐに追いついてみせる。

なりたい、とは言わない。この憧憬を思い出させてくれた少年と共になるために。並んで、彼の道を行くために。

 

「フィーン!!」

 

駆け寄る仲間達を見て、苦笑する。さぁ、凱旋だ。そう思った時に、フィンの脳裏を違和感が掠めた。

 

 

報告にあった精霊の胎児。それは、いくつあった?

 

 

一つは、18階層で回収されたもの。そして、もう一つは、24階層で回収されたもの。考えて、その結果に、親指が疼いた。

 

もし、もしも。もしかして。

 

そんな、言葉と共に、聡いが故に、フィンは気がついた。

 

 

(あの精霊は…どっちだ…!?)

 

 

疼く親指が、痛みを伴い、フィンの思考を鈍らせる。破れた手袋から覗く親指は、紫色に変色し、迫る危機を静かにフィンに警告した。

 

そして、聞いた。【死】の足音を。

 

その元は、未知の領域である60階層から。

 

僅かに響くその音は、一定の間隔で響く。足音の様なその音は、余計に恐怖を煽る。

 

そして、その【死】が姿を現す。

 

「────嘘だ…まさかっ…!?」

 

『ソレ』は、まるで獅子を髣髴とさせる、偉丈夫。3m近い長身、黄金の長髪に、巌のような屈強な四肢。吐き出される息吹は、蒸気のように熱を孕んでいる。

 

アイズでも、ヴェルフでも無く。真っ先にフィンが理解し、全員が戦慄する。

 

「────総員撤退ッ!!この場から直ちに撤退しろッ!!」

 

「────っ!?」

 

勝てない。

 

アレはダメだ、桁が違う。今の自分達では勝負にもならない。

 

フィンの心が、初めて屈した。

 

アレは、あの精霊よりも『完成されている』。

 

しかし、危機はフィン達を逃さない。

 

 

 

『オオォォォォォォ────ッ!!』

 

 

 

(つんざ)く雄叫びに、大地が答えるように胎動し、58階層に続く連絡路が、落石により封じられる。

 

「なっ…!?」

 

「入口が…!そんな!」

 

先行していたリヴェリアとアリシアが絶望に顔を歪めた。

 

「…退路は…もう無い…!」

 

もう、やるしかない。回復薬はポーチに1本。今この場で、誰が戦うべきか。

 

決まっている。

 

「…リヴェリア、ガレス。そこで、全員を守れ。」

 

「待て…どうするつもりだ…!」

 

「やるなら儂らも…!」

 

「そんな状態の君たちが、なんの役に立つ?僕の方が、まだ勝算がある。」

 

リヴェリアは、完全に魔力を回復しきれず、ガレスは瀕死1歩手前。回復薬は底を尽きている。アイズ、ベート、ティオナ、ティオネは半死半生。レフィーヤとベルは目を覚まさない。

 

やれるのは、己である。

 

手元にあるマジックポーションを煽り、悠然と立ち向かう。

 

「さぁ…第2ラウンドだ…」

 

『………』

 

槍を薙いだフィンは、親指を額に突きつける。理性はいらない、必要なのは狂者。そして、獣の衝動。

 

フィンは、理を捨てる。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】────【ヘル・フィネガス】ッ!」

 

そこに現れる男は、勇者ではない。

 

荒れ狂う、狂戦士(バーサーカー)

凶暴に構えたフィンは、獅子に突貫した。

 

 

 

 

 

 

精霊は血を呼び起こし、白竜は微睡みから覚醒する。

 

その時は、すぐ傍まで迫っている。

 



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第21話:英雄よ黄昏(こうこん)に果てろ

これを見る前に、ダンまちザルフィアのエクストラストーリー見るといいです。まぁ、見なくても問題はありませんが、ネタバレが嫌な人はそれを見てから見てください。


「────んぅ……ぅ…?」

 

ふんわりとしたシーツを抱きしめて、ベルは煩わしげに黄昏の光を右手で遮った。

 

『起きて、ベル。』

 

そして、確かに聞こえた自分を呼ぶ声に、目を覚ます。

 

寝ぼけ眼を擦りながら、体を起こす。ゆったりとしたシャツの下に手を突っ込み、体と頭をコリコリと掻く。

周りを見渡すと、見慣れぬ寝室を視界に収めて、首を傾げた。

 

「……どこだ、ここ…?僕…確か…」

 

目覚める直前の記憶を思い出し、体を確認しても、傷一つない。夢だったのかと思ったが、それはありえない。

 

初めて見る部屋なのに、何故か温かさを感じる。そして、どこか懐かしさを感じる間取りに、ベルは首を傾げる。

 

『こっちに来て』

 

「……!」

 

その自分を呼ぶ声に、やけに聞き慣れた感覚を覚える。暖かくて、心が舞い上がる様な気がして、ベルの頬が少し赤くなる。

 

どこかの妖精に向ける感情に似ているようで、それとは対極の位置にある様に感じた。

 

声に従って部屋を出ると、暖炉にキッチン。そして、壁に飾られている絵画。そこには、意外な人物が描かれていた。

 

「叔母さん…?」

 

数ヶ月見ていない、自分を5年間育ててくれた親のような人。そして、その横には、赤ん坊を抱えた真っ白な女性と、その女性にそっくりな銀髪の女性。何故かこの絵画に既視感を覚え、頭に鈍痛が走った。

 

「い、った…なんで…僕…────!」

 

その時、窓の外を影が通った。視界の端に映ったのは、白く長い髪。ここがどこか知っているかもしれないと後を追う。謎の既知感に、ベルは頭をひねった。なにか、やらねばならないことがあるのに、あの人影が気になって仕方ない。

 

 

(今の…どこかで…)

 

 

小屋を出ると、辺り一面の草原。周りには何もなく、ただ地平線が伸びているだけ。その地平の端に、大きな月桂樹の大木が一本、寂しく佇んでいる。そしてその元にある人影を見て、ベルは目を見開く。

 

気づけば、走り出していた。

 

頭の中に、見知らぬ記憶が駆け抜ける。

 

自分を抱き上げる誰か。その優しい温もりと、心から安心できる空の香り。

 

直感が叫んだ。風が運ぶ香りが、知らぬ記憶を蘇らせた。

 

本能が理解した。あそこに、誰がいるのか。

 

息を切らし、汗を流して、縋るようにそびえ立つ月桂樹の大木に走る。

 

いつもより足が重い気がする。こんなにも、自分の足は遅かったか。こんなにも自分は体力がなかっただろうか。

 

そんな疑問も吹き飛ばして、想いに押されるように走った。

 

そして、その目の前に辿り着く。荒れる息を整えながら、目の前の女性に目を向ける。

 

身長は自分よりも、少し低いだろうか。髪は自分のように真っ白で長い。風に吹かれて靡く姿は絵画の様だ。そして、懐かしい匂い。安心する、母の香り(・・・・)

 

「────あっ、あの…!」

 

何をいえばいいのだろうか。わかっている、目の前の人物は己の願望が作り出した幻影なんかの類じゃない。けれど、記憶にある限り初めて接する類の人に、ベルは困惑する。

 

声が上擦って、うまく話せない。

 

言葉を選んでいると、女性がクルリと振り返った。

 

「─────ぁっ…」

 

その顔は、ずっと待っていたと言うような喜びの微笑み。眦に薄らと涙を溜めて、精一杯に微笑んでいた。

 

灰と翡翠の瞳が特徴的なオッドアイ。顔つきは、ベルによくにているけれど、目付きや顔の輪郭は、幾分か柔らかい印象を受けた。そこまで年も離れていないように見えるし、どこか幼さが残っている。

 

そうして観察していると、目の前の女性は柔らかく、雲のような儚い微笑みを浮かべた。

 

「……会うのは二度目…ううん、こう言わせて……大きく、なったのね。」

 

「────っ…」

 

ザァッと吹き抜ける風に揺られ、顔にかかった髪の毛を彼女が慣れた手つきで丁寧に掻き分ける。

 

なんと声を掛ければいいのか。喉に声がつっかえるように、言いたい言葉が出ない。ただ、一言。確信できるその言葉を、優しく零した。

 

「────お母、さん…」

 

「はい……貴方のお母さん────メーテリア・アルクメネです。」

 

無意識に出た言葉に、なんでもないように肯定を示されて。果たしてベルの心に、母の名が深く、深く刻まれた。

 

────メーテリア・アルクメネ

 

全部、大切な気がしている約束も全部吹き飛んで、ただ目の前の大きな温もりに縋り付いた。

 

「っ────ぁっ、おかっ…お母、さん…っ!お、母さんっ…!」

 

飛びついたベルを、痛いくらいに抱き締めて、メーテリアも同じように泣いた。

 

「ごめんね…ごめんねぇ…1人にしてっ、ごめんね…ベルっ…」

 

ずっと、探していた。ずっと求めていた当たり前が、手を伸ばせばすぐそこにあった。

どこにも行かないように強く抱きしめて、子供のように大泣きした。そのベルを受け止め、背中を撫でながら、メーテリアも、静かに泣いた。

 

ああ、この優しい旋律の様な、安心する声だ。

 

危機にある時、自分を優しく連れ戻してくれた、母の声。

 

撫でられる温もりが、抱き締められる感触が、メーテリアがもたらす全てが、知らぬ母を思い出させた。

この唐突な再会を、誰も邪魔せず、黄昏(こうこん)の平原だけが、静かに見届けた。

 

 

 

 

 

「あの時、僕を引っ張りあげてくれたのは、お母さんなんだよね…?」

 

「あの時は本当にまずい状態だったから…出る気はなかったのだけれど、つい…ね。」

 

しばらく抱き合った2人は、冷静になってからは月桂樹の大樹に背中を預け、色々なことを話した。ベルのこれまでの事を中心に。メーテリアがあまりのベルの人生の悲惨さに号泣したことを除けば、ありふれた母子の日常の1幕に過ぎない。

 

「アルクメネって、お母さんのファミリーネームだったんだ。名前だと思って、友達に教えちゃった…」

 

「あっ、んー…ちょっと特殊な事情で私しかこの名前を名乗ってないんだけど、概ねその通りよ!」

 

そして、ベルは気になっていた事を尋ねた。

 

「……ねぇ、どうして僕に、その名前をくれなかったの?」

 

別に、その事について責めている訳では無い。純粋な疑問。普通、子にはそのファミリーネームを継がせるのが普通だ。

それをしなかったのには、何かしら意味があるのか。それとも、事情があったのか。

 

愛されていなくて、この名を継がせたくなかった。などと言う思考は、既に無かった。

会って数時間だがこの母親。とんでもなく猫可愛がりしてくるのだ。今も、頭を撫でられてるし、隙あらば抱き着いてくる。どこか、ティオナを連想させる奔放さがある。きっと、彼女のように誰からも愛されるような人だったのだろうと、容易に想像ができた。

 

だからこそ、疑問だった。この母が、自分に名を送らない理由がわからなかった。

 

メーテリアは一瞬、表情を暗くしたあと、真っ直ぐにベルを見据えた。

 

「それを話すには、まず私の話……ううん、私達の話をしなきゃね…」

 

「私達……?」

 

「そう……私にはね、双子の姉がいたの。」

 

「もしかして…それってあの絵画の……?」

 

「そうよ、貴方の叔母…あっ、間違っても「オバサン」なんて呼んじゃダメよ?拳骨が飛んでくるだろうから。お姉ちゃんLv7だし、とっても痛いわよ?」

 

「7!?フィンより、高い…?」

 

「私は1止まりだったけど…お姉ちゃんなら…本当ならもっと上だって行けたわ、絶対に……私が、血を奪わなければ……ね。」

 

「血を……?」

 

そう零すと、メーテリアは酷く、苦しそうな表情を見せる。その表情を、ベルは見たことがあった。

 

初めて出会った頃の、リューと同じ表情だった。

 

懺悔するような、罪を認めているような。しかし、メーテリアは笑った。

 

「……貴方にも関係があることだもの、話さなくちゃね。姉の事を……私達の血のことを。」

 

佇まいを正したメーテリアに習うように、ベルは彼女の正面に向き合った。

深呼吸をしたメーテリアは、どこから話したものかと、両の人差し指で、こめかみをグリグリと抑えて、うんうんと唸る。

 

「そうね……まずは、私のお姉ちゃんの話をしましょう。」

 

そこから語られたのは、メーテリアの姉の話だった。

 

生まれつき身体が弱く、いつも死にかけだったこと。藁にもすがる思いで刻んだ神の恩恵ですら、姉妹に呪いを刻んでしまったこと。それでも、姉が女傑として名を残していたこと。

 

ベルは、母の言葉を聞き逃さないように真剣に聞いていた。

 

「────才能に愛された女。そんな風に呼ばれていたし、本人もそれを認めていたわ。あぁ、私はなんっにも出来なかったのよ?私ってぽやっとしてるし、お姉ちゃんより体が弱かったからね。」

 

「そんなに、強かったんだ。」

 

「そうよ?『私は腹の中にいるお前の才能まで奪ってしまった。お前は私の絞りカスだ』なんて…あぁもぉ、ほら怒らないで?事実だし、私は気にしてないし…ね?こんなこと言ってたけど、お姉ちゃんも、私には優しかったし。お母さんは、貴方が笑ってる顔が見たいのよ?」

 

「でも……わかった…。」

 

言葉にムッとしたベルの頭を撫でて宥め、上品に笑う。

 

「でもね、ベル。お姉ちゃんの体を苦しめていたのは、私なの。」

 

「…それ、おかしい。だって、病気だったんでしょ?」

 

「そう…けれどね?私とベルの体に流れている血が、お姉ちゃんにも分け与えられていたなら…きっと、お姉ちゃんだけはどうにか…」

 

「僕の、血?」

 

要領を得ない言葉に、ベルは首を傾げる。そんなベルの頭を撫でたメーテリアは、遠くの空を眺めた。

 

「遠い、遠い祖先。神がこの地に降臨するよりも、ずうっと昔。人類史全ての英雄含めて、最強の英雄。その血を、私達は受け継いでいる。人類は英雄の血を受け継いでいるけれど、私達は全くの別物。神に造られ、人類に畏れられ、祀り上げられた……神造の英雄。その直系の血筋───それが、私達【英雄の子孫(アルケイダイ)】。その最後の末裔が貴方なの。」

 

「アル、ケイダイ…それって…!」

 

人類史上の三大英雄に数えられるアルケイデス。その物語は三大英雄と言われているものの、誰もが知る英雄譚というわけではない。元々は実在すら疑われていたが、世界の各地にその痕跡を残していることから、事実であると最近証明された。しかし、一般にはその曖昧さから、未だに疑問視する声が多く、すべての人々に伝わるような英雄ではない。人気さや、知名度で言えば三大英雄の1人【アルバート】の方がよく知られている。英雄譚好き(ベルやティオナ)や、知識人(リヴェリア)は知っているが、一般には名前程度しか知られていない。

 

天空の神に造られた、神造の英雄。

 

メーテリアが語ったのは、本来ベルが知るはずのなかった事実。知ってしまった。荒唐無稽に過ぎて、信じられない自分がいる反面。妙に納得してしまった自分もいたのだ。

 

「その身は天の精霊に祝福され、無双の力を振るう器となる。貴方の体にはその血が流れているの。勿論、私の体にもね。」

 

「僕が、アルケイデスの……じゃあ、なんでお母さんと…叔母さんは病弱だったの?」

 

実際、ベルには当てはまるこの話も、聞く限りではメーテリアには当て嵌まらず、病弱に過ぎる。その疑問に、メーテリアは思い出して?と促すように続ける。

 

「貴方が聞いたアルケイデスの、試練の最後の敵は何だったかしら?」

 

アルケイデスの成した偉業は数あるが、特に有名なのは【6つの試練】。天空の貴婦人に言い渡された6つの無理難題。あらゆる怪物を薙ぎ倒し、困難を打ち砕いたアルケイデスでも、最も苦戦した6つ目の試練。

 

「試練の最後の敵…?確か…九頭の毒竜(ヒュドラ)、だよね?」

 

精霊をも殺す毒を持つ九頭の毒竜は、アルケイデスを最も苦しめた。討伐に成功したものの、共に戦った幽谷の精霊もヒュドラの毒によって死に至った。初めて、アルケイデスが悲しみに暮れ、自身の無力を嘆いた、あの物語で描かれる、唯一の悲劇。

 

「それで…確か、幽谷の精霊が残した最後の言葉に従って、竜の心臓を口にして…それで永遠の命と竜の力を得て…天空の貴婦人に認められたアルケイデスは天の聖女と結ばれた…」

 

「そうね。けれど、これには続きがある。」

 

「続き…?」

 

ベルが知らない後日譚。後世に語られることのなかった、英雄の血と共に受け継がれてきた、呪いの言い伝え。

 

「そう…それは全てが終わったあとのこと…彼の子に、竜の呪いが現れた。彼自身はその竜の呪いをものともせずに、逆に乗っ取るくらい強かったからよかったのだけど…彼の子達は、そうはいかなかった。」

 

「呪い……そんなの聞いたことない…!」

 

倒した竜の怨念が呪いを生み、アルケイデスの血脈を穢した。天の聖女が身籠った最初の子は、死んだ。毒に溶かされたように、ドロドロに溶けて跡形もなくなくなった。それに悲しんだアルケイデスは、自分の永遠の命と引換えに、大神に呪いの解呪を願った。それでも、圧倒的な強さの怨念は解かれること無く、子々孫々に渡り、呪いは続いている。

 

「──これが、あの物語の真実。そして、あの英雄の成した最後の偉業【自己犠牲】による怨嗟の解呪。それでも、大神の力をもってしても、完全な解呪は出来なかった。その呪いが、後世に巡って、病という形で子孫を苦しめ続けた。」

 

「…じゃあ、お母さんの病気って…」

 

「…姉は、私を絞りカスと言ったけれど…本当は私が英雄の血を全て奪ってしまった。それ故に、呪いも、力も色濃く受け継いでしまった。私は呪いが強すぎて、魔法なんて1回も使えなかったけれど。」

 

数千年以上子孫を縛り続けてきた毒竜の怨嗟の鎖。それが近代の母の代まで続いていたのだ。しかし、ここでベルに疑問が生じる。

 

「…じゃあ、僕は…?別に、病弱じゃないし…」

 

当然、この疑問が出てくる。メーテリアはその質問に目を瞑った。

 

「サッパリわからないわ!」

 

「……へ?」

 

堂々と発言したメーテリアに、ベルはポカンと口を開けて目をパチクリ。焦ったメーテリアは、若干早口に続ける。

 

「いや、私も最初は病弱に産んじゃってごめんねって泣いて謝ったのだけど…呪いも病気もな〜んにもなく育ったから…嬉しいのだけれど、困惑もしたのよ!?とっ、とにかく!言えることは…貴方が選ばれたという事よ。」

 

「選ばれた…僕が…?」

 

「他に挙げるなら…例えば…強い意志が、呪いを弾いた。とかね?」

 

「強い、意志…」

 

そう言われて思い当たるものは、たった一つ。

ずっと心にあった、深い憎しみ。そしてそれを覆っていた悲しみ。

 

思えば自分の傍には、いつも悲しみがあった。けれど、それ以上に、誰かの温かさがあった事を思い出す。そうして、ベルはリューの顔を思い浮かべ、そっと胸元に手を置いて───やはり微笑んだ。

 

そうして笑うベルを見て、メーテリアは同じように柔らかく微笑んだ。

 

「……貴方に、そんな顔をさせる人がいるのね…ふふふ…初恋かしら?」

 

「えっ…い、いや…ちがく、ない、けど…」

 

「貴方が強くなろうとした理由も、その人にあるのね? 」

 

「えっと、それは……複雑な事情があるというか……そんな感じ。」

 

「ベルはおませさんなのねぇ…どんな子なの?お母さんに教えて?」

 

「えっと…言わなきゃ、ダメ?」

 

「そんな可愛く聞いてもダメよ?言ってくれるまで離さないんだから!」

 

「むぎゅ」

 

予想外にグイグイ来るメーテリアに、ベルは根負けして、恥ずかしげに零し始める。

 

自分にとって、彼女がどういう存在なのか。

 

「…真面目で、潔癖で…死ぬ程憎い……今でも、殺してやりたいと思ってる。」

 

恨みは、憎しみは消えない。けれど、それ以上にある愛しさは、決して喪わない。喪いたくは無いのだ。

 

 

 

「でもね、でも……誠実で、優しくて…愛を教えてくれて────夢を、思い出させてくれた人なんだ……英雄に、なりたい……って────」

 

 

 

そう、ベルが零した瞬間。今まで柔らかく微笑んでいたメーテリアの空気が凍り付き、大きな瞳は再び閉じられた。

 

「おかあ、さん…?」

 

不安から溢れ出たその言葉は、メーテリアの笑顔に掻き消された。

 

「────さっ、そろそろお腹が減ったでしょう?ご飯にしましょう、ベル。」

 

差し出された手。当たり前のように握ろうとして、ベルは大きく仰け反り、母親から距離を取った。最早反射的に動いた体に、本能が後から告げる。

 

────戻れなくなると。

 

「どうしたの、ベル?さぁ、お母さんの手を取って────」

 

「嫌だ…」

 

「……何が、嫌なの?」

 

「今の、お母さんは……怖い…!」

 

悪意があるわけじゃない。敵意とか、そういう感覚は一切ない。ただ、漠然とここからどこにも行けなくなる感覚があった。メーテリアから離れるのが嫌というわけじゃない。でも、不思議な恐怖が、ベルを襲った。

 

「────雑音が…」

 

「…え…?」

 

聞いた事もないほどの低い声音に、ベルは背筋を凍らせる。

 

「ベル。貴方の夢は、何かしら?」

 

「えっ…」

 

「貴方は、何になりたいのかしら。」

 

本能が悟った。ここで選択を間違えれば、確実に地雷を踏む。

 

嘘でもいい。思い浮かべている物と違うものを言え。そう本能が囁く。それでも、ベルは自分に、何よりもメーテリアに嘘をつきたく無かった。

 

「…えい、ゆうに…英雄に、なりたい…!」

 

自分の嘘偽りの無い想いを零した。何が母の琴線に触れるのかわからない。だからせめて、誠実にあろうとした。

 

その返答に、凍り付いた母の顔は柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「いい子ね、ベル…私に嘘をつきたく無かったのね…本当に、貴方は真っ白で…とってもいい子よ。」

 

あぁ、良かった。母の地雷を踏まずに済んだ。これであってたんだ。そう、思った矢先。また、声の温度が一気に落ちた。

 

「────だからこそ。私は貴方をこの世界から出すわけには行かなくなった。」

 

「……え?」

 

わけがわからないと言うように疑問の言葉が出たベルを他所に、メーテリアは独白のように続けた。

 

「ここは黄昏の平原。全てを貴方に渡しきった私の、終わりかけの世界。私達の血に由来する大神の胎内にいるからこそ、貴方をここに呼ぶことが出来た。えぇ、奇跡も奇跡だったわ。けれど、運が良かった…貴方の本心を聞くことが出来たのだから。」

 

「何を言って…」

 

「真実を知った貴方は、更に強くなる。血が英雄の…彼の記憶を呼び覚まし、その能力は留まるところを知らずに上がり続ける。貴方は確実に、英雄になる────なってしまう。」

 

悲しげに、涙を堪えるように、ふつふつと湧き上がる想いを吐き出すメーテリアは、強く拳を握った。

 

「雑音…雑音雑音雑音っ!貴方以外、全てがどうでもいい!滅び行く世界の命運も!死に絶える人々も!最後の英雄(ラストヒーロー)…?勝手な事言わせない…ベルは…ベルは兵器なんかじゃないッ!優しい優しい…私の坊や…!」

 

「お、お母さん…!」

 

「貴方は私が守る…!今まで出来なかった分、ずっと!私が、守るのッ…!」

 

ヒステリックに叫ぶメーテリアは、ただベルだけを見ていた。

 

「英雄は悲しみを産む!優しい貴方は、きっと苦しんでしまう…!だからッ!貴方の想いを踏み躙ってでも、私は貴方を英雄になんてしない!最後の兵器になんてさせない!」

 

我が子に降かかる呪いとも言える宿命を、悲しみを背負わせないために。

 

母は、雷を振り翳す。心を鬼へと変えて、真なる愛を示すのだ。

 

「貴方がそんな物に憧れを持た無くなるまで…私はあなたを殺し続ける。心が折れて、そんな物を夢みなくなるまで!」

 

「なっ、なんで…!」

 

「ごめんなさい…許してなんて言わないわ…本当なら応援してあげるのが母親として正しい物なのでしょう…けれど、私は知っている。英雄がどれほど孤独か!どれだけ惨めに死んで、その最後の時まで孤高であったか!ただの子供の貴方には耐えられない…っ!そんな貴方を見ることが!私には耐えられないっ!」

 

メーテリアの体に、白銀の稲妻が落ちた。

 

知らぬ誰かに願われた。小さな少年が、英雄なんてものにならぬ事を。数多の英雄が、少年の前に立ちはだかることを。

 

けれど、英雄はいなかった。だって、この世界で、誰よりも英雄だったのは、この少年だったのだから。

 

ならば、この英雄の前に立ちはだかる、最高の壁になろう。母として、人としてベルを生かすために、英雄であるベルを殺す。

 

「……それでも、貴方が想いを貫くのなら──────私を殺して、進みなさい。」

 

「ッ!?」

 

「【黄昏よ(テンペスト)】」

 

銀雷は、その歌に応えるように迸り、穏やかな平原を一瞬にして焼け原に変貌させた。

 

(この威力…ッ!僕と同等…いや、それ以上!?)

 

同じ言葉を紡ぐ魔法。脈々と受け継がれて来た血の奇跡とも言える魔法を、メーテリアが使えぬ道理などありはしない。

 

初めて、ベルの前に愛する人が立ちはだかった。そこにいるのは英雄なんかじゃない。ただの、我が子の幸せを願う、ありきたりで、どこにでもいる、愛しき母であった。

 

 

 

「だから、貴方の為に……お願いよ……ここで果てなさい、英雄(ベル)。」

 

 

 

黄昏の空を渦雲が閉じ込め、雷霆が2人の想いに哭いた。




当初の構想ではベルくんの母親は赤髪の設定で書いてました。いつかの時点で少しだけ出ているのですが、変更を余儀なくされました。探してみるとわかります。

ベル君の母親が判明したからねじ込んだとかではなく、当初の構想からここで母親は出す予定だったのです…信じてください…

ベル君がステータスを更新せずに魔法発現させて使ってたり、謎の竜の力の大元のお話でした。




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第22話:英雄になりたい(なりたかった)



誰かの想いは、いつも誰かの中に刻まれる。






狂った咆哮すら置き去りに、精霊に突貫したフィンは、沸騰した狂気の衝動に身を任せてなお、常にギリギリを渡っていた。

 

精霊に傷をつけることは叶わず。対するフィンは常に自身の身長程もある拳スレスレを避けねばならない、人体の急所という急所を突いても意味はなし。

 

 

 

「ウオオォォォォォォォッッ!!」

 

 

 

一向に自身の攻撃が当たらぬ事を煩わしく思ったのか、精霊は腕をフィンに向かって振り下ろす。

 

その攻撃を、股下を通って背後に回り、一気に飛び上がる。小柄なフィンだからこそできる戦法で、果敢に攻めるしかない。

 

背後をとったフィンは魔槍による高速の連撃を見舞い、精霊の裏拳に合わせ、穂先で薙ぎ払いながら距離を取る。

 

「…あのタイミングでも、完全に回避は出来ないか。」

 

頬に掠った拳が肌を焦がし、僅かながらに出血させる。

 

この修羅場、フィンは確かに狂っていた。このフィンの魔法。【ヘル・フィネガス】は能力の超域強化を代償に、フィンの最大の武器である、理性を犠牲にしている。

 

いつも狂気に苛まれ、怒りの炎に身を焦がし、理性を手放していた。しかし、それが覆った時が、2度あった。

 

それはどちらも、怒りが突き抜けた時(・・・・・・・・・)

 

「真なる狂気は静寂の中に潜んでいる、か…。」

 

暖炉で燃え盛る火のように、静かに、しかして轟々と熱を上げる、フィンの中にある荒れ狂う狂気。

 

それを、完全に制御した。

 

それでも、握り締めた拳からは、血が滴る。

 

あの日、あの時から、この魔法のトリガーは全て同じだった。

 

「なぁ……誰かに憧れた僕なんて……君は笑うかい……?」

 

色んな人を、物を、想いを見捨ててきた。

 

手に入れて来た物ばかりを見つめすぎた。

 

だから、この魔法を使うと、いつも亡くした者ばかりが脳裏にチラついた。

 

一度目は、多く仲間を失ったその時、初めて怒りが突き抜けた。闇派閥が、あの女(・・・)が息をしていることすらも許せなかった。

 

高ぶる狂気を抑え込み、荒れる息遣いを正し、目の前の巨漢を仰ぐ。

 

二度目は、自らの無力さに。救えなかった───いいや、救わなかった。それをしてしまえば、全て変わってしまうから。得るものだけを見て、亡くしたものに、蓋をした。

 

予感があった。いなくなってしまう予感が。あの時だって、親指が疼いた。報せを聞いて、嗚呼この事だったのかと、淡々と頭に情報を落とし込んだ。

 

そうしなければ、邪神を殺しそうだったから。

 

得た名声。亡くした君。大切なものは、いつも取りこぼしてきた。勇者なんて仰々しい二つ名を掲げた、滑稽な道化でしかない。無様にも程がある。

 

けれど、それでも

 

「それでも、憧れたのさ……生き汚く、狡く生きてきた僕達とは、違った……真っ直ぐ、本当に真っ直ぐなんだよ、彼は……だから、俺は憧れた────あの英雄に。」

 

そして、今は、暴れる憤怒をも上回る、強き想いで、理性を取り戻した。

 

代わりに湧き出る、過日に手放した理想。その思い出に振り返る。

 

そうして、苦笑する。この土壇場で思い出すのが、母でも父でもなく、ただの同族であったことを。

 

「ここで思い出すのが君とはね…本当に───愛していたよ。」

 

ただ憧憬と愛を。あの日から見て見ぬ振りをしていた想いに、今向き合おう。

 

フィンは、矛先を向けて、らしく笑った。

 

生き汚くとも、狡くとも、これが己の正道であると。歩んで来た道に、失った物に、守るべき者達を、全て取りこぼさぬ様に、熱き想いで包んで抱き締めた。

 

 

 

「────────勝負だッ!」

 

 

 

俺は、英雄になりたかった。

君を救える様な────君の英雄に、なりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

雷鳴が、母の懇願と共に響く。

 

「お願いよ、ベル。ここで果てなさい。」

 

「────グゥッ!?」

 

白銀の雷によって右腕が消し飛んだ。

 

今まで、怪物よりも人と戦う為に鍛錬を積んできたベルにとって、母の攻撃は直線的でわかりやすい。言ってしまえば、素人の攻撃。だからこそ、右腕だけで済んだ。

 

しかし、わかっていても、体が反応できる速度をあまりにも超えている雷は、避ける術をベルに与えなかった。

 

(早すぎるッ!?────いや、僕が……遅くなった…!?)

 

体に感じる違和感。それは、あまりにも大きなものだった。メーテリアと出会ったことによって、忘れていた身体能力の低下(・・・・・・・)

 

悲愴の眼差しで母を見つめれば、母は涙を静かに流していた。

 

「…そう、貴方はそんな怪我をしても立ち上がってしまうまで……強くなってしまったのね……尚更、貴方を外に出す気は無くなった。」

 

「お母さん…っ!」

 

「本当に…あの狒々爺は余計なことしかしない。貴方に、英雄(あんなもの)を刷り込ませて…最初から叔母様に預けていれば…貴方はあんな物に……いいえ、貴方のそれは血が呼び起こすもの…どうしようもなかったのね……」

 

「なんで…!僕が嫌いなの!?僕、悪いことしてないのに…!いい子にしてたのにっ!なんでっ!」

 

「いいえ、誰よりも愛しているわ。この世界のことなんかよりずっと……貴方は何も悪くない…悪いのは…貴方のその血……私も辛いわ…けれど、これが貴方のためのなよ…英雄なんて忘れてしまいなさい。そうして、私とずっと一緒にいましょう?世界の終末もすべて忘れて…仲間のことも全部忘れて。」

 

「嫌だッッ!!みんなのことだけは、忘れたくない!夢も、この想いだって……!捨てたくない!」

 

「なら……私を殺して行きなさい。」

 

その言葉に、その理不尽に、ベルはいい加減頭にきた。

 

「このっ…!【英雄よ(テンペスト)】っ!!───な、なんで…?」

 

「……そう…貴方は、こうまでされても……」

 

魔法が、自身の最強が使えない。一番に動揺するベルをよそに、メーテリアはさもわかっていた風に零した。

 

「なんで…!なんでっ…!!」

 

「貴方が、拒んでいるのよ。無意識のうちに。私を傷つけないように…本当に愚かで…優しい子…その程度の想いでは…私を止めることはできない。」

 

ゆっくりと歩み寄ってくるメーテリアに、ベルは疑問しかなかった。

 

痛い、怖い。なんで、なんで、なんで。

 

「来ないで…!来るなっ!来るなぁッ!」

 

「いいえ。私の覚悟は……想いはもう決まっている。」

 

そうしてまた、銀雷はベルを襲う。今度は右足が吹き飛んで、次に左腕、左足が消し炭になった。痛みに意識が飛びそうになるその瞬間、そこをメーテリアが抱きしめた。

 

彼女は、ただ謝り続けた。

 

ごめんなさい、ごめんなさい。貴方を救うには、これしかないの。

 

どうか、この地獄が早く終わりますように、心を完璧にへし折って。英雄なんてものを夢みなくなるまで。だって、この子を守れるのは、自分にしかできない。だから、この子をずっと閉じ込めて守る。この子だって、この子の意思さえあれば、2人はずっと一緒にいられる。この子を甘やかすことが出来なかった分、目一杯甘やかして、抱き締めて、失った親子の時間を取り戻したい。これが最後のチャンス。これが、きっと最後になるから。

 

今はわかってくれなくても、時間をかければ、優しいこの子なら理解してくれる。

 

そうして自分を納得させる。この兇行に、意味があると信じている。誰よりも、ベルを愛しているのは自分であると、狂った微笑みを浮かべた。

 

メーテリアは、英雄の末路を知っている。何よりも残酷で、凄惨だった。怪物に恐怖する事も、怪物から逃げることも許されない。背を向けた途端に、英雄は堕ちる。だから、逃げれない。

 

メーテリアは、そんな事を想像して、ゾッとした。

 

優しい我が子は、誰かの為に命を賭けることが出来る。できてしまう。

 

「…私と…あの人の子だもの…貴方はきっと、危険な場面で誰かの為に命を投げ出すことができてしまう…だから、逃げられない恐怖を知れば(・・・・・・・・・・・・)、きっとわかってくれる…そうよね、ベル…」

 

「────ぁっ…おかっ……さ……」

 

そうして、四肢を失ったベルを抱き締めて、メーテリアはまた血に濡れた笑顔を浮かべた。

 

なくなりかける意識に、また死を知覚した。

 

狂ってる、こんな事、なんで僕が。

 

そう思っていても、ベルは抵抗が出来なかった。

 

母を、嫌いになれない。母を傷つけたくなかった。だって、そこには自分を思った愛があるから。

 

そして、時が戻った。

 

既にこの感覚も7度目。逃げたくても逃げられない。この恐怖に、ベルはもう心が折れかけている。

 

感じる四肢の感覚に、遠のいた死の気配。安堵も束の間、ベルを抱き締めるメーテリアから、もう幾度も問われた言葉が繰り返された。

 

「ベル…お母さんと、一緒にいましょう?英雄なんて…苦しい事なんて、貴方が背負う必要は無いの…お願いよ…辛くて、苦しい現実なんて見なくていいの…」

 

その言葉に、思わずベルは頷きそうになった。

 

現実は辛い。いつも誰かが死ぬかもしれない恐怖と戦って、誰もが命懸けの日々を過ごしている。ベル自身も、不幸自慢をする気は無いが、この齢で相当に過酷な人生を歩んでいる。

 

祖父が死んだ。隣人たちが死んだ。レフィーヤが殺された。自分には、誰もいなくって、1人きりだった。

 

なら、そんな辛い物から逃げて、何が悪いのだろうか?自分を待つ人は、本当にいるのだろうか?

 

元々内向的だったベルは、この状況に後押しされ、ネガティブな方向に思考を変えていく。待つ人がいる。約束をしたのに、その約束すらも朧気になるほど、母の言葉は大きかった。

 

 

けれど、誰かの言葉が、ベルを引き止めた。

 

 

 

 

『貴方は、1人ではない────私がいます』

 

 

 

 

ノイズ混じりに、遠くの方で聞こえた声。初めて家族でもない誰かを愛しく思い、共にいたいと切に願った。

 

だから

 

ベルは、母を優しく引き離した。

 

 

「────ベル…!」

 

「…お爺ちゃんが死んで、仲間が、殺されて…辛いことがいっぱいあった…でも…それでも…!」

 

母の気持ちはわからない。ベル自身、英雄というものがどういうものか、漠然としたものしか見えていない。けれど、けれども。確かに、自分の世界はいつだって大切な人達との日々(未来)を見ている。

 

けれど、初めに手を伸ばした憧憬は、尊く、どこまでも透き通っていた。それだけは、忘れていない。

 

母は自分をずっとこの場所で待ち続けていた。何年も、何年も。そして、ベルよりも英雄の、その末路を知っていた。

 

正解がわからない。ずっと、母と一緒にいたい。

 

それと同時に、夢も約束も、全部取りこぼしたくなかった。

 

想い(雷霆)が、体に迸る

 

「…辛くても、苦しくても…それでも、僕は夢を取り戻したから…!」

 

だけど、やらねばならない事だけは、理解出来た。

優しいが故に狂ったこの人を、どうしても助けたい。

 

この優しい人を狂わせたのは、この現世に残った自分自身。この人をこの黄昏に縛り付けたのは、他でもない自分。

 

ならば

 

「僕は……貴方をその狂気から解放する…貴女を縫い付けるこの黄昏から…ッ!貴女を解き放つッ!!」

 

正解を見つけるのは、その後でいい。

だから今、英雄の様に、この人を救いたいと思った。

 

母を永劫の狂気(黄昏)から解き放ち、巡る朝日を見せる為に。

 

「だから……貴女を殺す(救う)。」

 

体に奔る稲妻は、想いにつられて、産声をあげるように嘶いた。

 

 

 

僕は、英雄になりたい。

貴女を救う、英雄になりたい。

 




男が救いたかった者は過去に。
少年が救いたい者は今に。

誰かを救いたいと願う、2人の男の魂の叫び。

理想を追って未来を見る子供であるベルと、現実を追って過去を振り返る大人であるフィンの対比みたいな、こんな感じになりました。

今回短くてごめんなさい。

感想、待ってます。


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第23話:英雄証明

少年が初めて救いたいと心から願ったのは、誰よりも少年を愛した母だった。





白と銀の稲妻が激突し、草原が激しく揺れる。

ベルの白雷は正確にメーテリアの銀雷を撃ち落とし、反撃を許さなかった。

 

先ほどとは形勢が逆転した今も、メーテリアは強き想いのままに稲妻を振るう。

 

「どうして…っ!どうしてわかってくれないの!貴方は、神に……運命に利用されるだけなのよ!?」

 

「英雄ならそのくらい乗り越える!アルケイデスが運命を乗り越えたように、どんな苦難だって、僕達は乗り越える!!それが人の可能性だ!」

 

「貴方は何もわかっていない!英雄がどれほど残酷なものなのか!どれほど辛いものなのか!」

 

「わからないよ!だって僕はまだ子供だ!未だ至らぬ英雄だ、何も救えない!何も守れない!けど…だけどっ、だから想いを貫くんだ!強く!誰よりも輝く夢を!英雄に、英雄(ヒト)になるために!!」

 

「この世界には、もう貴方の隣に立つ人がいない!隣で肩を並べて、背中を預けられる仲間がいない!」

 

「いいや!僕には強い仲間がいる!」

 

「駄目よ!!その仲間は貴方より劣る!真の英雄の器ではないの!わかっているはずよ!既に仲間の中に並ぶ者が居ないことくらい!貴方は、絶対に1人になってしまう!」

 

「……っ」

 

気づいている。知っている。

 

Lv4を超えたあたりから、ベルは素の速さで、既にアイズと同等。魔法の威力は全力であればリヴェリアを超え、膂力は既にガレスと同等かそれを超える。

 

フィンも同様に、模擬戦すらしたことは無いが、恐らく負ける事は絶対に無い。

 

唯一。今までで1番強いと感じたあの猪人の大男ですら、邂逅の時には、周囲への被害を一切無視した全力であれば、負けることはなかった。

 

例え、あの男が切り札を使ったとしても。

 

恐らく、この世界に本気になったベルと並ぶことが出来る人物は、数えるほどもいない。

 

その事に、ベルは何となく気づいていた。

 

「…孤独は、毒よ。知らぬ内に、貴方はボロボロになっていく。癒しは無く、ただ人々の羨望と畏怖を一心に受けて…!ただ心が摩耗していく…!そんな貴方を、見たくないのよ…ッ!」

 

母の痛哭は、あまりにも身に覚えがあった。孤独は、確かに毒だ。孤独に愛されれば、徐々に生への欲求がなくなり、死への渇望だけが湧いてくる。

 

 

 

どうしようもなく、死にたくなる。

 

 

 

その孤独()の味は、嫌というほど知っている。祖父が居なくなってから、ベルを侵し続けたその毒は、今も尚ベルの内側を燻っている。

 

煤だらけで、ボロボロの状態のベルを抱き締めた義理の叔母がいてくれた。放任主義で、祖父の愚痴が絶えず、お義姉様に会いたい、が口癖の人ではあったが、しっかりとベルに愛を向けてくれた人であった。それでも、ベルは孤独に沈んでいた。

 

それは、あまりに孤独がベルを愛していたから。

 

押し付けられたその愛は、誰が隣にいようとも、関係なくベルを蝕んでいった。

 

でも、その孤独の中に落ちていくベルの手を、握った者が確かにいるのだ。

 

共に真っ暗な孤独の中に落ちていってくれる。生真面目な女性()が。

 

「────いいや、違う。」

 

だから、母の言葉を否定する。

 

「僕は…確かに孤独に愛された。ずっと、深い水底に沈んでいくような、空気が徐々に無くなるように、孤独は僕の心を、ずっと蝕んできた。でも、でもね……その孤独の癒し方は、共に戦うだけじゃない。」

 

手段はひとつでは無い。今は、大切に想う人がいる。その孤独は、もうありはしない。

 

「リューが、皆が…大切な人が心に寄り添ってくれるから。僕は…もう、孤独じゃない。」

 

大切な人が隣に、後ろにいてくれるだけで、不思議と孤独が癒えていた。

 

1人ではないと、家族だと言ってくれた人達がいる。

 

そのベルの射抜くような視線に、メーテリアは黙りこくった。

 

そうして、ゆっくりと首を横に振った。

 

「違う、違うのよベル…」

 

脈絡の無い言葉に、ベルは首を傾げた。

 

しかし、メーテリアは続ける。その瞳に、狂気では無い光を宿しながら。

 

「貴方達は、根本から間違ってる…!私達は、大神が始めた戦いに巻き込まれているだけなのよ…!」

 

「大神の、戦い…?何を言って……」

 

「嗚呼……駄目よ。許さない。結局貴方は運命の時に、1人になる。旧人類(・・・)はまだ残っている!始まりの怪物すら倒せなかった人類に、先は無い…!」

 

知らぬ言葉の後、メーテリアの瞳に宿る色が変わる瞬間を、確かに見た。

ベルは、これから自身に降りかかる何かを危惧する母の悲愴な想いを感じ取った。

 

「駄目よ、駄目……全ての運命を貴方に背負わせる人類は、いらない。滅ぶべきなのよ。」

 

「…それだけは、させない。」

 

しかし、その母の言葉を受け入れる訳には行かなかった。その母の言葉は、仲間の死。そして、愛しい人(リュー)の死に繋がる。

それだけは、絶対にさせない。

 

「お母さん……僕は頑固なんだ。説得はもう、諦めて。」

 

「……いいえ、諦めないわ。貴方が英雄を諦めるまで、私の想いは変わらない!」

 

「それなら、僕の想いも変わらない。英雄として、貴方を救うまで!」

 

そうしてまた2人が同時に構え、同じ詠唱を叫ぶ。

 

 

 

 

『【テンペスト】ッ!!』

 

 

 

 

一気に爆発する魔力をブーストに、ベルが最初に飛び出した。

 

待ち受けるメーテリアは、次のベルの行動を予測しつつ稲妻を放つ。

目前に迫った稲妻を、直撃する寸前のコンマ1秒で体を捻って回避、着地と同時にまたメーテリアに一直線に手を伸ばした。

 

(……ベル、貴方はどこまで…っ!)

 

ベルには、まだメーテリアを傷つける意思がない。

 

それを読み取っても、優しき我が子を傷つけているこの現状に心が悲鳴を上げても、止まるつもりはもうなかった。

 

世界が、神が、運命が、過去の家族が、誰が英雄を求めていようと、メーテリアだけは、ベルの健やかな平穏を願っている。

 

「────踏み躙らせるものかっ!」

 

もう目と鼻の先にあるベルの手を弾き、数え切れぬ程の稲妻を落とした。

 

「バカにしないで…!」

 

癇癪を起こしたように叫んだメーテリアは、ベルがいた場所に次々と理不尽な怒りを叩き落とす。

 

草原は稲妻の衝撃で吹き飛び、風が巻き起こる。そこには、深く抉れたクレーターが無数に出来上がっていた。しかし、ベルはその中心に立ちながら、尚無傷のまま。ただ真剣に母の想いを受け止めていた。

 

「ッ!……侮ってるのかしら…?」

 

「侮ってなんかいない。お母さんは……今まで戦ってきた誰より強い。そして…戦いにくい。」

 

母が背負う何かの重さは、果てしない。自分が何を背負おうとしているのか。自分が何者なのかさえわからない。母の言葉の断片から理解しようとしても、学のあまりないベルに、その言葉の真意を理解することは出来ない。

 

だけど、この優しい母を傷つける事だけは違うと思った。

 

「…それでも、僕はお母さんを傷付けない。だから、殺すよ……貴女のその想いを、殺す。」

 

不殺。されどその果てしない想いを殺す。

 

その決意の瞳を射抜いたメーテリアは、変わらずに胸に手を翳し、銀雷を纏った。

 

 

 

「…やれるものなら、やってみなさいッ!」

 

 

 

メーテリアが腕を払えば、再度稲妻がベルに叩き落とされる。その雷のエネルギーはベルの魔法を軽く超える。しかし、片や魔法の使い方、極短期間で戦闘のプロに変貌したベルは、視線や筋肉の動きなどの僅かな情報から攻撃地点を予測。降り注ぐ稲妻の雨を被弾することなく、徐々に距離を詰める。

 

「そこよ!」

 

そしてまた、目前まで迫った時。メーテリアは、待っていたと言うように、稲妻を束ねて一条の雷霆に変え、一面を閃光で包み込む。

 

劈くような雷鳴と、音の壁を突き破る程の速さで打ち出された熱線にすら立ち向かうベルを目に収めて、メーテリアはその光景から目を逸らすように瞼を閉じた。

 

「どうして、貴方はそこまで…私は────いいえ、決めたはずよ…私は、揺るがない。」

 

この終末の世界で、ベルをいくら殺そうとも意味は無い。ただ苦しみがあるだけ。どれだけ苦しんで死のうとも、どれだけ一瞬で消し炭になろうとも、私が抱き締めれば、元通り。

 

完全にベルが死んだ事を確認して、また虚空を抱き締める。そこにある温もりを逃がさないように。魂にまで刻まれた英雄(呪い)が洗い流れていますようにと願いながら。

 

 

 

 

 

───そして、メーテリアの視界が反転した。

 

 

 

 

 

「やっぱり……抱き締めてくれた(・・・・・・・・)。」

 

「────────っ!?」

 

気づけば、ベルはメーテリアの背後をとって押し倒し、左腕を捻りあげて地面に押さえ付けて拘束していた。

 

ベルは、こうなるとわかっていた。この小さくも暖かい母の腕の中で、また生まれる(・・・・)ことを。

 

「────まさかっ、死を…!?」

 

「そう。ここで僕が死んでも貴方の手によって蘇る。意識の覚醒のタイミングは覚えてる。その瞬間は、僕が貴方に最も接近出来る唯一のタイミングだ。」

 

信じられなかった。

 

「擬似的とは言え、死には変わらないのよ!?貴方は、それすら…!?」

 

この場所で死ぬ事は、擬似的とは言え、確かな死。肉体に直接干渉せずとも、心には深いダメージを負う。メーテリアは、ベルの精神が壊れるまで殺す覚悟があったとは言え、ベルの常軌を逸した行動に、怒鳴りつけ、ベルの拘束を解かんと暴れる。

 

しかし、それを押さえつけて、ベルは続けた。

 

「…確かに、これが死なんだろうね。深い深い、水底に落ちて行く感覚がまだある。けど……お母さんなら、掬いあげてくれると思ったから。僕は、何も怖くなかった。」

 

絶句したメーテリアは、自身の認識が甘かったことを知った。殺すだけでは、ベルは折れない。

 

痛みでも、恐怖でも、もう戻れない所まで、ベルは英雄だった。

 

だが、諦めはしない。ここで自分が折れてしまったら、我が子は絶対に苦しむことになる。それだけは避けなければならない。

 

英雄になんて、絶対にさせてはならない。

 

「……させるか…!させるものか…っ!」

 

「っ!…動かないで、お母さん。お母さんの傷は、治らないんでしょ?」

 

自身の魔法の余波で傷ついた美しい白い肌には、未だ薄っすらと血が流れている。つまりは、ここでは母の傷は治らない、何事も万能な世界ではないことはベルも把握していた。

 

しかし、メーテリアは全身の力を総動員して、拘束を解こうと力を込めた。

 

「あの狒々爺は!体の良い厄介払いを見つけたと嬉々としてその運命を押し付けただけっ!」

 

「っ!?動かないで!無理に動けば骨も折れるし、関節も千切れる!すごく痛いんだ!」

 

「あの男はっ、貴方を人柱に、世界を取った…っ!私の子を!貴方をっ!都合のいい兵器に造り変えた!!この怒りに比べればっ、この悲しみに比べればッ!痛みなんて────ッ!」

 

「母さんッッ!!」

 

「うああっ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」

 

ブチッ、ブチブチッ、ミシミシッ

 

そんな不快な音が鼓膜を突き刺し、メーテリアの苦悶の声が一際大きくなった瞬間。

 

「────」

 

ベルは、拘束の手を離す。ベルの考えこそが甘かったのだ。この母は自分の為ならどんな痛みだろうと背負う覚悟があった。

 

手を離されたメーテリアは、どこまでも優しいベルの瞳に、未だ強い意志が宿っていることを感じ取って、ゆっくりと息を吸った。

 

「…ベル、貴方はまだ…諦めないのね。」

 

「うん。」

 

「……そう。」

 

悲しげに俯いたメーテリアは、そっとベルに手を向けた。警戒と共に構えたベルに、違うと、そっと微笑みを向けた。

 

「これから、貴方に全力の魔法を放つ。貴方がこれを打ち破れば、貴方の想いの勝ち。貴方を認めるわ。けれど、負ければ貴方は二度とこの世界から出ることは叶わない。」

 

初めて出された、メーテリアからの勝利条件。しかし、ベルに受けないという選択肢は既に無い。故に

 

「────わかった。」

 

きっと、こうでもしなきゃ認められないのだろう。そして、メーテリアから感じる絶対的な自信。彼女は、この魔法に賭けた。

 

姉と喧嘩した時、とある傲慢だった貴婦人を屈服させた時。決め手は、いつもこれだった。

 

誰をも愛する彼女だからこそ扱えるそれは、彼女が行使する故に、行使したほとんどの対象に刺さった(・・・・)

 

優しすぎる、白すぎる。それが姉の、家族(ファミリア)の中で最弱だったメーテリアの評価。故に、最強だった。

 

ある貴婦人は言った。今まで生まれてきた末裔の中で、最もアルケイデスに似ていると。その優しさが、白さが、その心根が似通っていると。

 

 

故に、何よりも己を恨み、愛という運命を尊んだ。

 

 

 

「【祝福の禍根、生誕の呪い。半身喰らいし我が身の原罪。】」

 

これより奏でるは、愛の調べ。母の証明。

 

そして、一生を賭しても拭いきれなかった、原罪(ツミ)の証明。

 

「【禊はなく、浄化はなく、救いはなく。この身に巡る天の血潮こそ私の罪。】」

 

優し過ぎた彼女は、生まれすら憎んだ。凡そ、運が悪かったと済ませられる事を、優し過ぎた彼女はどうしようもなく憎んだ。

 

この血を分け与えられたなら、どれ程良かったか。なんど出来もしない妄想を繰り返したか。

 

「【母の鼓動、精霊の調。愛の旋律、すなわち人の証明。】」

 

一気に高まる魔力。それは臨界を越えようとも構わず、世界を揺るがすように膨れ上がった。

 

その魔力の高まりは、ベルに否応無く全力を出さざるを得ない状況を作り出した。

 

「【英雄よ(テンペスト)】」

 

白雷は、想いを伴って迸り、火花を散らせて燃え上がる様にベルを抱きしめる。

 

この魔法で、この想いで、母を救う為に。

 

「【人へと至れ(ハキュリス)】ッ!!」

 

この言葉で、今抱く想いで、魔力の臨界点を超える。

そして、魔力を代償に行うチャージをもって、メーテリアと同じ土俵に立つ。

 

鳴り響く2つの大鐘(グランド・ベル)。それは2人の想いの力を糧にして、強く、互いを包むように優しく鳴り響く。

 

「【運命(さだめ)に愛されし我が血族よ────祝福しよう。】」

 

運命(英雄)に愛された我が子に、せめてもの祝福を。最高の、誰よりも深い愛を。

 

「【───私は、あなたを愛している。】」

 

その言葉は、誰よりも深い愛を表すものだった。

 

姉にも勝るその力は、愛が深ければ深いほどに、対象に刺さる。

 

故に、この世界の顛末とベルを天秤にかけ、世界をもかなぐり捨てられる程の愛を持つメーテリアは、この世で最も強い。

 

対象が違えば、黒竜すら滅ぼせたと姉に言わしめた程の一撃を、ベルに放つ。

 

「【代償をここに。愛の(あかし)をもって理想を滅す】」

 

呪いなどなく、ただ平穏に、健康に、笑いながら生きて欲しい。苦しいのは、私だけでいいから。

 

そう生まれて来る我が子に願ったのだ。

寂れた教会の、くたびれた小さな鐘楼に、願ったのだ。

 

 

「【響け────聖鐘楼】ッ!!」

 

 

反響する鐘の音が、どこか慟哭の様に聞こえた。眩い閃光が迸る黄昏に、子を思う母の涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

「【マリア・アンジェラス】」

 

 

 

 

聖母は健やかな受胎を願い、英雄の誕生を憂う。

 

世界は英雄を欲していると、誰かが言った。

 

そんな事は知ったことでは無い。神々でどうにかしろ。

 

最後の英雄はあの子だと、神が定めた。

 

知るか、知るか、絶対にそんな事はさせない。

 

助けたい。貴女を救いたいと、子が願った。

 

貴方まで苦しむ必要は無い、苦しいのは、他人だけでいいの。

 

けれど、その眼差しは残酷な程に美しくて、どこまでも白い願いだった。

世界が、運命が、神が願う。

 

 

英雄(イケニエ)を、捧げよと。

 

 

見てきた、傍観してきた。血の記憶が、叫ぶのだ。英雄とは、なんと残酷なものか。

 

それは、それだけはあってはならない。貴方だけが苦しむのは、見たくない、なら、なら、なら────

 

 

 

 

 

「────ここで、折れなさい…ベル・クラネル(英雄)ッ!」

 

 

 

 

 

猛る声と共に、メーテリアは己の最強の稲妻を放った。愛に乗せて、想いを乗せて。自身を救わんと願う、確かな英雄の存在を否定する。

 

迫る稲妻を肌で感じながら、ベルは深く息を吸った。

 

「…僕は、英雄になりたい。これは、誰の意思でもない、運命なんかでもない。僕が誓い、僕が運命(さだめ)た願いだ。」

 

それは、それだけは間違いなんかじゃない。誰かを、大切な人を、貴女を助けたいと願ったこの想いが、偽りであるはずなんてないんだから。

 

だから、貴女を超える。貴女を救う。

 

「貴方が愛を証明するのなら、僕は証明する…!」

 

孤独は無く、悲しみはなく、ただ未来を願い、想う人がいると。

 

 

己が、真の英雄であると証明しなければならない。

 

 

そうして深く沈んだベルは、一気に飛び出した。肌を焼く稲妻は、その強さを如実に示し、恐ろしい程に死の予感を感じさせた。だが、それがどうした。今の己を上回るのなら、更に上回れ。

 

 

速く、速く、疾く

 

 

その速さは、空気を突き破り、音を置き去りに、ベルの背中を蹴飛ばした。

 

そして、メーテリアの稲妻とぶつかる瞬間。

叫ぶ、想いの限り。強く、願う。

 

「────【天霆よ(アルクメネ)】!!」

 

目の前に舞い降りた一閃の霹靂を、ベルは掴んだ(・・・)

 

掴み取った稲妻は、黄昏を貫くような白で、優しく、眩かった。

 

風を巻き込み、疾風(かぜ)を伴って、隣に寄り添う誰かを想った。

 

その雷を握り、ベルは純白の大稲妻に激突し、その雷を振り抜いた。

 

 

「────嗚呼…貴方は、そこまで…」

 

 

空気を揺らす轟音と共に、純白の稲妻が縦に裂けた。

 

稲妻の波動は拮抗することも無く消し飛び、ただ目の前に最愛の人の顔だけが映った。

 

圧倒的なまでに呆気なく、その証明は決着した。

 

 

 

「強く……なったのね…」

 

 

 

無力の涙と、我が子の成長に微笑むメーテリアは、わかっていたように倒れ込んだ。そのメーテリアを、優しく抱きとめベルは微笑んだ。

 

「僕の、勝ちだ。」

 

「────えぇ、私の負け…ね…」

 

2人は、心地よく笑った。空の黄昏はすっかり暗くなって、星空と月光が2人を包み込んだ。

 

「この世界は…貴方の枷…私が作り出した、貴方を英雄にしないための、結界。それももう…夜、ね。」

 

力なく呟くメーテリアを強く抱き締めて、ベルは悟った。この世界の時間が回り始めた。

 

母の消滅が、近づいている。

 

「ごめんなさい…お母さん…僕には、こうすることでしか……」

 

「いいの…貴方を止めることはできなかったけれど…確かに、貴方に救われた…」

 

俯くベルの頬に手を添えて、メーテリアは優しく微笑んだ。

 

その手の温もりを、離さない様に、ベルはメーテリアの手を包み込んだ。

 

「貴女を、孕んだ時から予感はあったの。貴方が、英雄になってしまう予感が…ごめんね、ごめんなさい…」

 

「お母さんは悪くないっ……大丈夫、乗り越えるよ。僕はお母さんの子だもん、もっと、強くなるから…!」

 

そうして、笑うベルの強き瞳を見て、やはりメーテリアは後悔の色を強く残した。

 

「貴方を止められなかった私を許して……無力な私を…傍で、見守れない私を…」

 

「お母さんっ…!」

 

「────いい、ベル?良く、聞きなさい。」

 

「…っ……うん…!」

 

きっと、これが最後になる。最後の言葉になる。だから、耳を傾けよう。悲しみを振り切って、最高の笑顔で母を見送ろう。

 

「ご飯を、食べなさい。いっぱい、好き嫌い、しちゃダメよ?野菜も、食べるの…いっぱい寝て、遊びなさい…」

 

「うん、好き嫌い…しないよ。寝るの好きだ。友達と遊んだり、してみる。」

 

「好きな子を、大切にしなさい…ハーレムなんて…作っちゃ、ダメ…」

 

「うん……叔母さんが怖いから、しないよ。リューだって、誰より大切にする…!」

 

「自分をっ…蔑ろに、してはダメ。辛かったら、逃げても、いいの。誰かを、頼って、助けてもらうのも、いいの……人は、そうして生きていくのだから。」

 

「…わかったよ…」

 

「それから…お姉ちゃんを、どうかお願い…おばさん、なんて…呼んじゃ、っだめよ…」

 

「わかった…っわかったよ…!」

 

「それから………っそれから────────私を、忘れないで欲しい。貴女を、愛した母がいることを、どうか覚えておいて。身勝手な願い、だけれど…」

 

その言葉で、ベルの心は決壊して、想いをただ叫んだ。

 

「忘れるわけないッ!ずっと覚えてる!ずっと!死ぬまで……っお母さん…!ぉ、母さん…っ!」

 

降り注ぐ悲しみの涙を感じて、メーテリアは柔く微笑んだ。これ程までに愛してくれる、優しい子を持てた。それだけで、幸せだった。

 

「僕っ、この先辛いことがあっても、きっと…きっと!最後は必ず笑ってるから!だから…だから、もう、眠っていいんだ…僕の、大好きな、お母さん。」

 

笑ったベルを見て、メーテリアは美しいオッドアイの瞳を閉じた。その愛しい笑顔を、忘れないように、記憶に刻みつけて。

 

「────嗚呼、ベル…愛しい、坊や……私は、いつまでも……あなたを、見守って────────」

 

ベルの頬に添えた手が、力なく落ちた。その手を落ち切る前に握り、体ごと抱き寄せる。

 

最後の言葉を、最後の母の愛を言葉ごと、想いごと抱き締めるように、強く、強く抱きしめた。

 

「おやすみなさい……お母さん…」

 

天の精霊の血を殊更濃く受け継いでいたメーテリアの魂の死は、この世界の消滅。つまりは、ベルの封じられていた力の枷が無くなったことを意味する。

 

メーテリアの体は、脚先から徐々に崩れ、光の粒子となり、ベルに統合される。

 

光になっていくメーテリアの亡骸を、最後の時まで抱き締めた。

消えゆく光の1粒が、最後にベルの目元から涙を掬い、優しく胸に沈んだ。

 

泣かないでと、慰めるように。

 

「────…っ、ぁっ…おかぁ、さん……かぁ、さっ……っ!」

 

堪えきれなかった涙が、草原に零れ落ちる。ずっと、ずっと泣いた。

 

初めて自分の意思で救いたいと、そう願った人は、愛の証を押し付けて、満足気に逝ってしまった。

 

流れ落ちる涙は、逝ってしまった者の為に。それよりも、残された者の為に。尊く、静かに、悲しみを吐き出す。

 

母は、想いを最後まで貫いた。

 

だから、ベルは止まらない。止まる訳には行かない。歩まねば、自分を最後まで愛し抜いた、強き母の面影を背負って、待ち受ける困難に、苦境に立ち向かう。

 

何があっても、怖くない。

 

だって、ずっとお母さんが見守ってくれているのだから。

 

 

「───────行こう。皆を、護りたい人達を、守る為に。」

 

もう、黄昏は無い。

 

 

夜が巡り、また、黎明を告げる。

 




メーテリアの魔法

【マリア・アンジェラス】

彼女が生まれ持った天性の魔法。愛が深ければ深い程に、対象に効果を発揮する。愛する対象が道を間違えた時、この魔法は強く輝く。

この魔法は、まさに、誰かへの愛の証明であった。

最後にみせた黄昏の輝きは、英雄に放たれた。

英雄の前に立ちはだかったのは、英雄にあらず。ただ子を愛する、1人の母親だった。

母の愛とは、押し付けるものなのだ。


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第24話:撤退戦線

「まだかリヴェリアッ!儂はもう我慢ならんぞ!」

 

「待てガレス!内臓まで貫かれているんだ!あと少しで魔力が回復する!アリシア!何としてもレフィーヤを叩き起こせ!即席だが妖精部隊を編成する!」

 

「はっ、はい!」

 

檄を飛ばしたリヴェリアは、急ぎ呼吸を整え、マインドの回復に勤しむ。しかし、その回復すらもままならず、リヴェリアはただ震えていた。

 

目の前で、自分達を守るように戦うフィンの背中を見つめながら、尚も震える手を押さえつけた。

 

(嗚呼っ…怖い!逃げ出してしまいたい!あんな化け物に立ち向かわなければならないなんて…!さっきの精霊など赤子同然じゃないか…!ダメだ、ダメだっ…!震えが止まらない…!)

 

副団長としての責務、先達としての威厳。しかし、精霊を身近に感じる事が多いハイエルフであるが故に、誰よりも強く感じる恐怖。その感情に板挟みになったリヴェリアの体は、恐怖に打ち負けそうになっていた。

 

久しく感じなくなっていた、死の恐怖。今のリヴェリアの態度は、虚勢に過ぎなかった。

 

何故、あれ程強大な敵に迎えるのか。リヴェリアには理解できなかった。そして、リヴェリアの傍らに眠る、ボロボロのベルに視線を送った。

 

「ベル…お前なら…お前だったなら…」

 

家族を守り抜き、たった一言で折れた戦士たちを再起させた、英雄の背中が脳裏に焼き付いていた。

 

庇われた。守るべきは私の方だったのに。再生するとは言え、指を失い一部を炭化させる程の威力だった。自分には、到底真似ができると思えなかった。

 

「お前は凄いやつだ…それに比べて、私は…私は…」

 

「リヴェリア…」

 

それは、ガレスとて同じだった。

凡そ初めての経験だった。敵を前に、逃走の2文字が最初に浮かんだのは。

巌のような身体は最早神に近しい程に完成され、その膂力は想像を遥かに超えていた。

 

万全の状態であったとしても、ガレスの取れる選択肢は逃走のみだろう。

 

主戦力は満身創痍。ベート、ティオナにティオネ、レフィーヤも最早戦える状態ではなかった。

 

指揮を執る精神的余裕も皆無。部隊の生存は、絶望的。

 

そんな時だった。

 

「────リヴェリアさん、回復は待って欲しいっす。」

 

「ラウ、ル?」

 

ラウルが、不意に声を上げた。

 

第一位階(ウィン・フィンブルヴェトル)を使用後、スキルで回収した魔素で回復魔法は使えますか。」

 

「…できる…2分あれば。」

 

「分かりました。全員、今から言う事を聞いて欲しいっす。」

 

冷静に、状況を俯瞰するラウルは、ただ静かに告げた。

 

「今、俺たちが取る選択はひとつ。撤退です。」

 

人差し指を1本、ピンと立てて語る。普段の軟弱とも言える彼の人格は、何処かに消えた様に凛々しさを纏い、変わった。

 

果てしなく似合わないのは、わかっている。ラウル自身、苦笑してしまう程に似合わないと思ってしまった。

 

けれど、今この場には選択する者こそが必要であると判断した。

 

だから、似合わぬとわかっている真似までして、自分を鼓舞したのだ。己が憧れた、傍で見続けたいと願った勇者の姿を模倣した。

 

震えが止まらない。今だけは、食い縛って耐えろ。

 

自分がこんな事を言って、みんなが従ってくれるのだろうか。いいや、納得させてみせる。

 

知っているだろう、あのフィン・ディムナがなんの思惑もなく、1人殿をするはずがない。

 

フィンは、既に託していたのだ。

 

己の意図を汲み取り、ファミリアを立ち上がらせるのは、リヴェリアでもガレスでも、他の幹部でもなく、平凡である己と似通った、ラウルだけだと。

 

ラウルの頭の中では、ベルの言葉が響き続けていた。

 

「今の状況で、あの怪物に勝つ事は不可能。補給もなく、物資も尽きかけてる。けど、第2部隊を残してきた50階層に到達すれば、全員の治療、マインドの回復も可能です。俺達がしなければならないことは、何としても九階層分を迅速に駆け上がる事。」

 

「だが、58階層の入口は岩盤で塞がれているのに、どうやって…!」

 

「椿さん、魔剣は何本ですか。」

 

「5本だ!全てウチの副団長が鍛えた物、魔力さえあれば特大の威力を吐き出してくれる。あの岩盤くらいなら吹き飛ばせるであろう。」

 

「上等!魔剣を使って岩盤を吹き飛ばし、団長と合流後、迅速にこの階層を離脱。そのタイミングでリヴェリアさんの魔法と魔剣で道を塞ぎながら、セーフルームである50階層に向かって撤退…これしかない。」

 

ラウルの策は、間違ってはいない。実際それ以外の行動はできないし、フィンですらそれを考えていた。

 

しかし

 

「…ラウル、お前の言う事は、正しい。この状況の解決策としては満点だろう。だが…アレからは、逃げられない…上手く行ったとしても…どこで全滅するかの差でしかない…!」

 

「リヴェリア!やめんか!」

 

「ッ…すまない、取り乱した…」

 

そう、相手が悪過ぎる。

あの精霊は、完成され過ぎている。恐らくその力は、過去に存在したLv8に匹敵する程に。実際にそのレベルがいた時代を見てきたリヴェリアとガレスは、肌でその事実を感じていた。

 

リヴェリアのその弱音は、部隊の士気を著しく下げてしまった。

 

しかし、ラウルは苦笑しながら首を縦に振った。

 

「その通りっす。俺が言ったのは、ただの時間稼ぎ。アレから逃げたとして、行けるのはせいぜい5階層程度だと思います。」

 

それを肯定したラウルに、リヴェリアが叫んだ。

 

「…ならば…ならばどうするというのだ!?」

 

「団長がいつまで戦えるのか分からない現状…逃げの一手しかない俺たちには……俺は、賭けます、ベルに。」

 

ラウルは、この絶望の中で、希望を見いだしていた。

 

ベルが起き上がり、再び戦うことを。

 

「こんなにもボロボロのベルを動かすというのか!?」

 

「そうです。その可能性も、0じゃない。ベルの体は、数分前を境にして一気に回復しました。」

 

確かに、その通りだ。数分前を境に、ベルの傷は塞がりつつある。心拍も安定し、血色も良くなった。

 

ラウルは、ベルに希望を見出した。

 

「ベルはジャイアントキリングの専門と言っても過言じゃない。彼が相手にしてきた敵は全て格上だった。アレだって例外じゃないはずです…それに……ベルはアレで、抑えてるんですよ。」

 

思考を止めてはならない。それは、即ち死に直結する。駆け引きだってしなければならない。

 

けれど、その全てが無駄になる状況下で、ラウルは賭けに出たのだ。

 

「俺は、ベルが帰ってくると、信じています。」

 

ラウルは賭けた。己の期待に、信頼に答えてくれるのが、ベル・クラネルと言う男なのだと。

 

「……っしかし…!」

 

「────手なら…っあります…!」

 

「レフィーヤ…!?」

 

リヴェリアが待ったをかける寸前。杖を支えに、フラフラとレフィーヤが声を上げた。

 

「皆さんが、58階層に来る前…ベルは試したいことがあるって、ワイバーンを4匹テイムしているはずです…!私の言うことだって聞いてくれました…!」

 

先刻、ベルとレフィーヤが59階層にて隊を待っている際に、ベルは自身のスキルの効果を試すと言って、本当にワイバーンを4匹テイムしていたのだ。これを見越してのことではないが、帰り楽になる。なんて思っていたことが功を奏した。

 

「本当っすか、レフィーヤ!」

 

「はい!」

 

「しかし、それだけでは…」

 

そう、確かにソレだけであの怪物から逃げることは不可能だ。結局の結末は同じでしかない。だが、レフィーヤは強く語った。

 

「開けます…52階層までとは言わずとも…55、54階層までの穴を、私がっ、開けます!」

 

レフィーヤの瞳は確かな熱を孕み、確信と共に、絶対の自信を見せた。弟子とも言えるレフィーヤのその瞳に、リヴェリアは心を震わせた。

 

「───っ…ラウル、指示を!」

 

生き汚くていい。だから、少しでも可能性のある行動を。考えを止めるな、少しでも状況を見極めろ。

 

ラウルは、指揮官として最高の上司を、穴が開くほどに見てきたのだ。やるしかないのだ。

 

「…ベル、俺たちの英雄…!今度は、俺達が助ける番っす!」

 

ラウルの背中は、もはや頼りない青年の姿を失い、ただ1人の漢としての背中に変わっていた。それは、自身を守った英雄に対する敬意の表れ。

 

「全員、俺の指揮下に!撤退準備開始ッ!」

 

『了解ッ!』

 

英雄候補は、英雄の背中に追い縋る。

 

 

 

 

降り注ぐ拳を全て躱し、鉄より固い皮膚に幾度も刃を滑らせる。けれども、どれも効果はなく、唯一傷つけることが出来た傷すらも、一瞬で治ってしまった。

 

イラつきを感じ始めた精霊は、幾度も腕を振るって小さな小人を叩き潰さんと暴れ回る。

 

(ほとんどの攻撃が有効打にならない…魔法で上がったステータスですら通用しない、か。)

 

全てが緩やかに流れる様に見える。

 

状況は最悪。しかし、思った程焦りも諦めの感情も湧いてこなかった。あるのはただ英雄的な戦いへの高揚感。

 

(隊は恐らくラウルが指揮を執る。リヴェリアはダメだ。真っ先にこの精霊への恐怖心を植え付けられてしまった。)

 

あの場において、フィンが求める答えを導き出せるのは、あの青年ただ1人しかいない。だから、その答えが出るまではと思っていたが、どうやらその考えも急に終わりそうだ。

 

背後に控える隊の士気が上がった。おそらくは、ラウルが撤退を指示したのだろう。これで、考えを捨てて、この精霊の相手をできる。

 

幸いなことに、未だ肉体のみの攻撃しかない。あの人語を喋った精霊よりも、この精霊は知能が低いのか話す素振りも、知性を感じさせる行動もない。つまり、動きを見ていれば、攻撃に当たることはほぼ無い。

 

「ならば、攻撃に転じる…!」

 

この精霊の体に傷がつくことはない、ならばあからさまな弱点を狙うほかない。

 

そう考え、一気に駆け出したフィンは、巨大な腕の振り下ろしを回避すると一気に飛び上がり、宙に躍り出た。次々繰り出される拳の連撃を体を捻り躱し、腰のナイフを抜き放ち、精霊の髪を毟るように掴み、頭に張り付いたと同時に、黃昏のような瞳をナイフで突き刺した。

 

「──ガアァァアァアアアアアアッッ!!?」

 

響く絶叫。それだけで大地が揺れる程の大きさ。

フィンの思惑通り、ダメージを通すことが出来た。しかしその痛みに驚いたのか、精霊はのたうち回るように暴れ、回避に徹していたフィンに向かって、音速の域に達した拳を見舞う。

 

「くっ…!ガッ!?」

 

スレスレで避けたフィンだが、避けた拳が地面に炸裂。散弾のように砕けた石礫が、フィンの体を捉え大きく吹き飛ばした。

 

それに追撃を加えるように、精霊は力任せな拳で、フィンを捉えた。

 

(しまっ────!?)

 

しかし、直撃の寸前。横から来る衝撃にフィンは救われた。

 

「────団長っ!」

 

「ラウル!?」

 

爆撃の中をラウルが決死の飛びつきで回避。かろうじて受け身をとったが、次の行動は一歩精霊が早かった。

 

「ラウル!逃げ──」

 

「ヴェルフさん!今っす!!」

 

「任せろォォォッ!!」

 

フィンの叫びをかき消すように、雪崩のような冷気が精霊を襲い、一瞬にしてその場を銀世界に変えてみせた。

 

雪崩の先を見れば、赤い髪を掻き上げた漢が、純白の大剣を肩に担いでいた。

 

「よう、大将!間一髪だぜ!」

 

「何でもいいっす!団長、今のうちに!」

 

「…あぁ!!」

 

ラウルの手をとったフィンは、彼の成長にゾクリと鳥肌が立った。今まで彼の臆病さは目に余るときがあった。しかし、ソレが今はどうだ。命がけの行動、タイミング。魔剣の範囲ギリギリまで逃げて、敵をひきつける。全てヴェルフを信頼していなければ、あそこ迄上手く行きやしない。ラウルはそれをやってみせたのだ。

 

何が彼をそうさせたのか、嫌でもわかる。彼の背に宿る勇気が。

 

思わず、フィンの中に熱いものが滾った。

 

「へっ!精霊の奇跡に届く俺の魔剣は効くだろ!?」

 

「推測通りならあと数十秒も持ちません!抱えるっすよヴェルフさん!」

 

「…っ…すまねぇ…」

 

悔しそうに顔を歪めたヴェルフの腕には、未だ連なる光の輪が輝いていた。敢えてヴェルフを回復させず、スキルを発動させたまま移動砲台として運用することで、最大威力の魔剣砲撃を実現している。これもラウルの指示だ。

 

フィンは、その状況を俯瞰する姿勢に口角を上げた

 

「お手柄だラウル!これで君が遠征費をちょろまかしたことはチャラだ!」

 

「今その話するんすか!?」

 

「ああするさ!帰ったら、いい娼館を教えてくれよ!」

 

「ティオネさんに殺されるから絶対にしないっす!」

 

「ハハッ!それは確かに怖い!俺もやめておこう!」

 

らしくない言葉を口にするが、こうまで団員の成長を間近で見て、高揚しない団長はいないだろう。今くらいは、皮肉交じりの戯言(ジョーク)も言いたくなるという物だ。

 

「皆は?」

 

「意識も全員戻ってます。今は58階層でベルがテイムしたワイバーンと一緒に待機してる筈です!」

 

「なるほど、完全な撤退を選んだか…ここは…いや…」

 

ラウルの指示に修正を入れようとしたフィンだったが、実質あの精霊と戦いながらの撤退戦になる。さっきの言いようからして、殿は必須。現状戦えるのは己だけ。となれば、フィンは決断した。

 

「ラウル、君に指揮の全権を委ねる。」

 

「なっ!?団長!俺には…!」

 

「君も、彼に触発された一人だろう?なら、やるんだ。俺を、使ってみせろ。」

 

その言葉に、ラウルは一瞬の怯えを見せた後、不格好に笑った。

 

「上等っす!!」

 

「よし、行くぞ!」

 

58階層につながる連絡路を登る途中、フィン達は背後から響く轟音を耳にした。

 

「チッ…ふざけろ!もう抜け出しやがった…どいつもこいつも…!」

 

「相手が悪すぎる。推定Lv8の化け物だ、もう常識は通用しない。用心に重ねた用心はした方がいいだろう。」

 

「58階層、目視!総員、撤退開始!ヴェルフさん、魔道士部隊!抜けたタイミングで蓋をしてください!」

 

その指令の後、背後に迫る爆音に向かって先程の比にならない雪崩が現れた。

 

『【ウィン・フィンブルヴェトル】!』

 

「オラァッ!!こっち来んじゃねぇ!!」

 

エルフの師弟、リヴェリアとレフィーヤによる魔法とヴェルフによる魔剣の威力は、瞬時にその場を氷河に変えて迫る精霊と通路を氷の壁で塞ぐ。その直後、その氷の蓋を途轍もない力で叩く轟音が響いた。

 

脅威は、すぐそこに迫っている。

 

「総員撤退!魔道士部隊…それとアイズさんは後方に!58階層中央にて、レフィーヤの砲撃で穴を開けて即時撤退っす!」

 

ラウルの指示通りに全員が動き周囲の警戒を行うが、58階層は不気味な程に静かだった。それこそ、モンスターはベルのテイムしたワイバーンのみ。本来もうリポップしている筈である他のモンスターの姿は、かけらもなかった。

 

「ダンジョンの、異常…それにしてもこんなこと…」

 

「逆のことは良くあるが、こうまで静かなのは…何かの意志を感じるな…」

 

「ダンジョンは生きている…か…」

 

フィンはそう呟いて、まるでお膳立てされたようなこの静寂に、以前の報告を思い出していた。

 

24階層パントリーでの出来事。ベルが階層をぶち抜いて起きた『ダンジョンの悲鳴』。ソレは、止められない圧倒的な力を持っていたという。アストレア・ファミリア最後の生き残り、リュー・リオンが語ったその厄災は、階層崩壊の原因であったベルを執着に狙っていたそうだ。

 

その話をしている間、リューはガタガタと震えながら必死に体を押さえつけて語っていた。実際、特定条件下でだが、第一級並の戦闘力を持っていたベルですら不意を突かれ死にかけていた。それほどの相手ということだ。

 

しかし、今回の事象は全く当てはまらない。フィンのカラド・ボルグは確実に階層を貫いた。なのに、ダンジョンの悲鳴どころか、その厄災は現れるどころか、ダンジョンの悲鳴すら聞こえなかった。あの程度では足りない可能性もあるが、現状判断することはできない。

 

聞けば、ダンジョンに大きな損傷を与えると起きる現象らしいが、その前兆すら見えない。

 

それは、ダンジョンすらどうすることもできなかったイレギュラーが起きたのか。はたまた、ダンジョンが過剰戦力である(・・・・・・・)と判断して、厄災を放たなかったのか。

 

思考が巡る中、迫る怒号を耳にしてフィンは頭を振って考えを吹き飛ばした。

 

「レフィーヤ、ここで!砲撃を頼みます!団長、殿を!」

 

「はい!」

 

「了解!」

 

その返事と共にワイバーンから飛び降りたレフィーヤは、大きく息を吸って思考の海に飛び込んだ。

 

己の、最大の力を引き出すには、想いがいる。激しい怒りがいるのだ。

 

『レフィーヤ…それは、大きな力になる…けど、感情に任せてその力を使おうとすれば、きっと本当の力を発揮できない。だから、握るんだ。怒りの手綱を…って、これも受け売りなんだけどね。でも、怒りに呑まれた人は、多くの場合戻ってこれない。だから…気をつけて。』

 

「僕は上手くできないんだけどね」と自嘲気味に語ったベルは、自身の二の舞になって欲しくなかったからか、普段よりも饒舌に話してくれた。

 

「怒りの手綱を…握る。」

 

思えば、このスキルの元はあの男だった。けれど、今の引き金は違う。

 

『───君を、皆を守る。』

 

守られた。何度、彼に守られただろうか。彼はいつも自分が傷ついて、誰かを守っている。命がけで、仲間を守った。宣言の通り、自分を守ってボロボロになった。

 

(私は…何も…っ!)

 

何もできなかった。ただベルに守られ傷ついていく彼の背中を見ているだけだった。

 

倒れたベルを見ているだけだった。同じレベルなのに彼はずっと、自分なんかよりも凄かった。

 

本当に、英雄を幻視してしまう程に、格好良かったのだ。

 

だからこそ、悔しかった。

 

一瞬でも諦めてしまった自分が。一瞬でも、恐怖に屈した自分が。悔しかった。情けなかった。

 

熱が湧き上がる。体が熱くなる。

 

後一歩が、いつも足りない。

 

そうだ、私は───────弱い。

 

その瞬間、レフィーヤの中で、ブチッと何かが切れた。

 

「───来た。」

 

レフィーヤの内から溢れる弱い己への激しい怒り。この土壇場で、彼女は制御の難しい『妖精激怒』(感情起因型のスキル)を、故意に発動した。

 

体に流れる魔力が一気に膨れ上がる感覚。杖を握った右腕を天に掲げ、左手を添えるように右腕を掴んだ。

 

溢れる魔力の中にあった、見知った影が背中を押した。

 

「ベル…力を貸してっ!」

 

体内に存在する魔力すべてを、この一撃に注ぐ。穿け、彼の雷霆のように。穿け、この想いを。

 

 

 

「『アルクス・レイ』ッッ!!!」

 

 

 

咲き誇る一輪の円環。溢れる魔力の奔流は、容易にダンジョンの天井を貫いた。

 

「よしッ!」

 

「いいや、ここからだ!」

 

沸くラウルにリヴェリアは、まだだと厳しい顔をした。問題は、どこまで行くことができるか。それが、彼らの命運を握っている。この場にいる全員の命が、レフィーヤの背に重くのしかかっているのだ。

 

だが、そのプレッシャーすらも跳ね除け、彼女はひたすらに魔力を絞り出す。

 

今まで培ってきた経験、知識を総動員する。

 

「ぐぅっ…!負けない…負けない…っ!」

 

レフィーヤは魔法の威力に押され、屈しそうになる膝に、心に鞭を打って食い縛る。

 

「貫け…っ…貫け────ッ!」

 

言葉と共に、想いと共に強くなる威力は、レフィーヤを地面に沈め、罅を入れる程に強くなる。

 

階層を破壊する音が響き、遂に魔法は威力を弱め、消えていった。

 

 

「────」

 

 

静寂の中、荒れた息をそのままにフラフラと杖に縋ったレフィーヤは、皆に見えるように、力強くグッと親指を立てた。

 

それは、階層を完全に貫き、52階層までの道を拓いた合図だった。

 

レフィーヤは無理だと思われた階層の破壊。しかも6階層分を貫いた。それは、彼女自身への弱さの怒りがもたらした一撃であった。

 

その偉業に、部隊が湧き上がる瞬間、レフィーヤの真隣で爆音が響いた。

 

「っ!」

 

誰にも止められることが出来ぬ脅威。フィンが、レフィーヤの真横に派手に着地した。

 

フィンは既に疲労の色を隠すことができていなかった。集中力が限界を迎えたのか、鼻血がどろりととめどなく流れている。

 

「くっ…!」

 

疲労した思考が、真っ白に染まった。しかし、体が無意識のうちに動いていた。

 

背後に迫っていた精霊に向かい、杖を向ける。

 

「『アルクス────」

 

レフィーヤの詠唱はそこで止まった。ぐにゃりと曲がる視界。レフィーヤの魔力は、既に底を尽きていた。

 

歪んだ視界から、フィンが守ろうと前に入ったが、きっと意味は無い。閉じていく視界の中、レフィーヤは2度目の走馬灯を見た。

 

あらゆる思い出が駆け巡り、死を予感した。ただ、最後に考えたのは、どちらも同じ。もっと己に力があればと言う後悔だけだった。

 

そんな諦めを宿したレフィーヤの目の前を、紅蓮が覆い尽くした。

 

レフィーヤは、忘れていただけなのだ。この場にいる誰もが、あの英雄に感化されている事を。この場にいる誰もが、諦めの悪い冒険者であることを。

 

「やっちまえぇぇぇッ!」

 

ヴェルフの掛け声と共に、紅蓮から2つの影が飛び出した。それは、朱い蒸気を纏った狂戦士(バーサーカー)

 

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

「汚ぇ手で団長に触ってんじゃねぇ!」

 

衣服の端々を燃やし爆炎の中を突っ込んで、突き出される巨拳に2つの拳を叩きつけた。

 

ティオナとティオネは、スキルの効果を出すために敢えて魔剣の爆炎の中を突き進んだ。それは、二人に共通する、起死回生のスキル。

 

片方は痛みを、片方は怒りをその拳に乗せて。

 

皆を守った彼の痛みを、家族の痛みは分かち合うものだと言うように、自らを傷つけて、その痛みを分かち合う。それがティオナの原動力。

 

守られた。己が弱いから、一瞬でも恐怖を覚えて動けなくなってしまった己が恥ずかしい。その弱い己への怒りが、ティオネの原動力。

 

『ぐっ…アァァァあァァァッッ!!』

 

ぶつかった拳は二人分でようやく止められる程度。雄叫びを上げて踏ん張るが、圧倒的な力の前に二人の力など意味をなさない。初めこそ拮抗していたが、徐々に押される形になる。

 

もう、押し潰される。その時

 

「ベートさん!ガレスさん!」

 

ラウルの叫びが、微かに聞こえた。

 

「ジジイッ!」

 

「ブチかまして来い!!ベートォッ!!」

 

空中に躍り出たガレスは、ハンマー投げのようにベートを振り回し、そのまま精霊目掛けて射出。猛スピードで回転したベートは、負傷した左脚を無視して体勢を整え、右脚を突き出した。その右脚には、彼の特殊武装に宿ったアイズの風。更に加速したベートは、そのまま精霊に突撃した。

 

「力入れろバカゾネス共ッッ!!!」

 

ベートの罵倒に触発され、ティオネは怒りに燃えながら拳を振り上げた。

 

「───バカ犬が…ッ…吠えてんじゃねェェェッ!!」

 

そのまま、拳を幾度も叩きつける。

 

耐えきれず破れる皮膚も無視。今まで経験したこともない硬さに骨が軋む、それも無視。ただ怒りのままに、拳を叩きつける。

 

「っ、言ったなぁァァァッ!!!」

 

ティオナも負けじと拳を叩き込み、二人の一撃が重なったとき。巨拳が僅かに押された。その瞬間、二人は一気に精霊に肉薄。完璧に懐に入り込み、渾身の拳を叩き込んだ。

 

チャンスを掴んだ三人は一気に力を開放し、雄叫びを上げた。

 

 

『ブッ飛べぇぇぇぇぇぇッ!!!』

 

 

重なった一撃は精霊を大きく吹き飛ばし、千載一遇のチャンスの切っ掛けを生み出した。

 

「総員、負傷者を回収後直ちにワイバーンに騎乗!このまま穴を通って50階層を目指す!総員、撤退っす!」

 

ラウルの叫びとともに、全員が騎乗し飛び立つ。拭えぬ不安を振り払いながら、ラウルは遠くに見える精霊を見つめる。

 

「────」

 

「…っ…今…?」

 

ただ見上げる精霊の口元が、意味のある言葉を呟いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 




遅くなりました。ごめんなさい。
感想、評価よろしくお願いします。


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第25話:冒険者の回帰

翼が空を叩く音と、時折疲れたように聞こえるワイバーンの声が大きく響いた。一行は、レフィーヤが作り出した大穴の中を撤退していた。

 

「ナルヴィ!今は何回層っすか!」

 

「こんな直通するの初めてだけど…感覚的に多分54階層くらいだと思う!」

 

それだけ聞けば、順調そのもの。しかし、ラウルは不安を拭いきれない。あの精霊が相手ということもある、その強さが未だ嘗て見たことがないLv8の領域であることも相まってなのか、不安の出どころが判断ができなかった。

 

四匹のワイバーンの最後方に位置するラウルは、団員の状態を見ながら、どこか落ち着かない様子のリヴェリアに声をかけた

 

「…大丈夫っすか、リヴェリアさん。」

 

「…大丈夫、とは言い難い…緊張感も、恐怖も何も拭えていない…私に比べれば、お前やレフィーヤの方が余程…」

 

「な、何言ってるっすか!リヴェリアさんがいなきゃ、誰も守れてないっす!…それに、自分も…レフィーヤだってきっと、恐怖なんか拭えてないっす。」

 

「……そうだな、皆同じように不安を、恐怖を抱えている…」

 

その事実だけが共通していた。いや、それだけが全員の支えになっていた。誰もが不安を抱えているからこそ、全員の心が重なる、酷く歪な状況を生み出していた。

 

ここからは、もう本格的に手はない。後は、神のみぞ知るというやつだ。彼らの命は、そんな薄氷のような物に委ねられてしまっている。

 

ラウルが考えを巡らせたとき、リヴェリアが同乗しているアイズの様子に気がついた。

 

「平気か、アイズ……?」

 

「────空の、香り。なら、あの精霊は───」

 

「アイズ…?」

 

俯いたまま、ブツブツと何かしらを呟いているアイズに、リヴェリアはどこか奇妙な感覚を覚えた。

 

何かを感じ取っているような。

 

その時

 

「ラウル、皆を壁際から離して。」

 

「アイズ…さん?」

 

「早く!」

 

「……っわかりました!皆、壁際から離れてください!」

 

突如声を上げたと思えば、皆を壁際から離し切羽詰まったように指示を出した。

 

鋭い視線を下に向けたまま、アイズは抜刀した。

 

「来る。」

 

その一言の数秒後、何かが激しく壁を叩くような音と、怒号が鳴り響いた。

 

死神の足音、いいや。死神そのものがすぐそこまで来ている。その事実が、全員の心を折りに掛かった。

 

「嘘だ…まさか…!」

 

「今は、54階層だぞ…!?58階層からは軽くバベルの高さを超えているのに…!?」

 

「…ここまで、常識が通用しないか…!」

 

下から響く音は徐々に大きくなり、遂にその正体を晒した。

 

『オオオォォォォォォォ───ッッ!!!』

 

怒れる精霊は、強靭な手足を四足獣の様に使って壁を駆け上ってきた。突然の襲来に隊の動揺は激しくなる。

 

「魔剣は!?」

 

「ダメだ!ワイバーンが耐えられない!」

 

「ラウル!もう無理!53階層に退避するしかない!」

 

「ダメっす!この状況で狭い道に退避したらそれこそ終わりだ!」

 

「じゃあどうするんだ!?」

 

「今考えてるっ!」

 

此処で戦闘を仕掛けることも考えた。しかし、戦闘力の差を理解できないラウルではない。此処で戦っても、逃げても。どちらにしても、負ける。

 

最高戦力は未だ目覚めない。

 

だが、確実にベルの目覚めは近い。ラウルには、不思議な確信があった。

 

(ベル…っ…しっかりしろ俺!託されただろう!それまで、俺が…俺がなんとしてでも…!)

 

そう焦ったとき、不意にアイズが呟いた。

 

「このまま…52階層まで逃げる。その間、私がアレを相手する。」

 

「アイズさん!?」

 

「お願い、ラウル。任せた。」

 

そう言って、アイズはワイバーンから飛び降りた。後ろから聞こえるリヴェリアの叫びを無視して、ただ目の前の同族に視線を投げた。

 

「…酷い。貴方の尊厳も無視して、目覚めさせられて…でも、ごめん────斬るね。」

 

フィンとの戦闘も見ていた。ある程度のパターンや癖、精霊の本来の在り方に近いその行動に、アイズは無意識のうちに胸を痛めていた。

 

けれど、アレは斬らなければならない。この世界にいてはいけないのだ。

 

生半可な攻撃ではダメ、今までよりも更に強く、ベルの魔法のように鮮烈なまでに強力でなければ、この精霊を穿(つらぬ)くことはできない。

 

丁度一週間前。ベルとの手合わせでつい本気を出してしまったあのとき。初めて魔法を使って、押し負けた。その後の慣れていないという言葉から、アレが本気の半分も出していないことは容易に想像できた。

 

汗だくのアイズに対し涼しい顔をしていたベルの間には、すぐには埋められない差があった。自信のあった剣技ですら、すでに同じか少し上をいかれている。都市最強の男と比べても、どちらか判断に迷うレベルの誤差。それほどに、強かった。

 

なぜ、そんなに強くなれたのか、ベルに聞いたときのことを思い出していた。

 

『多分、アイズと僕の魔法は…同じルーツなんだと思う。けどアイズは、この魔法を使うことを…いや、自分の血を避けてるように感じる。』

 

ベルの言葉は当たっていた。母と同じ血を持つことを嬉しく思う反面、人の血が流れていない自分の正体を隠している。誰かに怪物のように見られるのが怖いのだ。

 

きっと、皆受け入れてくれるだろう。いつもと変わらぬ態度で接してくれるだろう。けれど、それでもほんの少しの不安が残っているのだ。

 

そんなアイズに、ベルは苦笑して言った。

 

『僕も、少し考えた…特に僕なんて変身しちゃうからさ…でも、皆変わらない。見た目じゃないんだ、生まれじゃないんだ。想いだよ。僕と君の差は、本当にそれだけ。怖がらなくていい、なんか言われるときは僕も一緒だからさ。』

 

その言葉で、どれほど安堵しただろうか。己の出自を知っても恐れない者がいるのはリヴェリアたちで知ってはいるが、同じ境遇を共有できる者は、今まで誰一人としていなかった。強いてあげるならば、ヴェルフであったが、彼は成り立ちからも全くの別物になる。

 

それほど親しいわけでもないしファミリアも違うから、そうした感情を放出できる存在は、アイズにとっては救いでもあった。

 

「今度は、私が守るから。」

 

だから、今だけは───いいや、これからは。この血を恐れたくない。母が残した贈り物に、誇りを抱けるように。

 

だから、今出せるありったけを。この瞬間に吐き出す。

 

(それでも…足りない、もっと。もっと力がいる。)

 

これだけでは足りない。ベルの稲妻はこんなものではない。だから、久しく使うことのなかったスキルのトリガーに、指をかけた。

 

「もう、貴方は精霊じゃない……誰かを傷つける怪物(モンスター)。」

 

グニャリと曲がる像。目の前の人形を保った精霊の姿が異形に変わる。これは、怪物だと言うように、本能が叫ぶ。

 

 

 

起動(テンペスト)───『復讐姫(アヴェンジャー)』」

 

 

 

己の最強の『力』と、精霊の『魔法』を接続する一度は封じた禁断の祝詞。

 

瞬間、アイズの纏う風が黒に染まり、黄金の瞳に黒い光片が散った。虹彩が漆黒の真円に縁取られる。

 

美しい風の旋律は、猛る憎しみの嵐に飲み込まれた。

 

けれど、今この時だけは憎しみではなく、運命に踊らされたこの精霊に哀れみを。

 

その一瞬。狂気に呑まれたアイズと同じ色を持つ瞳が、僅かにソレ以外の感情を宿した。

 

「アレは…!」

 

「な、なんて威力…!?」

 

強風に煽られ、制御の効かなくなったワイバーンを上手くコントロールしながら、ラウルは驚愕したと同時に、ベルの物に似たその威力に、僅かに希望を見出した。

 

「行けッ!この期を逃すな!52階層まで突っ切れ!!」

 

「待て!アイズを見捨てる気か!?」

 

「いいや!もう手は打ってる!団長が(・・・)!」

 

リヴェリアの言葉を吐き捨てるように、ラウルはただ叫んだ。

 

その声が全員に届いたかは定かではないが、信じるしかない。この一瞬の隙間を、針の穴を通す様な運命に賭けるしかない。

 

「『暴れ吼えろ(ニゼル)』」

 

それと同時に、アイズの嵐は更に苛烈さを増した。

 

その嵐の勢いで空中に固定されていたアイズは、体をグッと屈め、真下に鋒を向けた。

あとのことは、もう構いやしない。

 

此処でありったけを。

 

脚を吹き飛ばす様に、アイズは空中を蹴り飛ばした。

 

「───っ!!」

 

その速度は音速に迫る程に疾く。その、一撃は今までのどの攻撃よりも鋭かった。

 

本能的に受け止める体勢に入った精霊は、その巨拳を構わずに激突させた。

 

響くのは風の轟音と、それと混じる様に聞こえる精霊の咆哮だけ。

 

アイズは、これでもダメかと負荷に耐えきれず、血を吐きながら歯を食いしばった。ここで止めねば、確実に全員嬲り殺されて終わる。それだけは許容できない。したくない。

 

この憎しみが、この哀れみが。無駄なものではないと信じるために。ここで、少しでも時間を稼ぐ。

 

 

「アアアアアアアッッッ!!!!!」

 

 

皆と共に帰りたい。それだけがアイズの想いだった。

 

黒い嵐に耐えきれず、アイズのデスペレートに罅が入った瞬間。精霊が四肢を食い込ませて体勢を保っていた壁が、根こそぎ崩れる。その瞬間を見逃さなかった。

 

限界、出力

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】ッ!!」

 

瞬間、嵐が剣に収束、光を曲げる程の密度を持った嵐が、精霊を押し返した。

 

そのとき、精霊の拳に血が迸った。

 

アイズの咆哮を纏った風は、アイズの主武装であるデスペレートの破壊という代償をもって時間を稼いでみせた。

アイズの手足はボロボロ、風の威力に体がまだ耐えることができない。けれど、あの風でも精霊に傷を負わせることはできなかった。ただ、押し返しただけ。あんなもの傷とも呼べやしない。

 

「……まだ、強くならなきゃ…」

 

君に、追いつくために。私が、皆を信じれるくらい強くなりたい。

そう心で呟いたら、体の力がふっと抜けた。

 

ようやく自由落下を開始したアイズの体は、グンっと引っ張られた。

 

「【リスト・イオルム】──よっしゃぁ!!成功しました!団長!!」

 

「よくやったティオネ!帰ったらハグだ!」

 

「うおっしゃぁぁあ!!!」

 

さっきまでのシリアスはどこに行ったのか、ベルの時は皆して顔色を変えてたくせに。

 

どうやら、自分の命がけの特攻はお笑い草で締めくくられるようだ。なんだか、納得の行かないアイズは宙ぶらりんの中、不満顔で頬を膨れさせていた。

 

 

 

「……みんな、戦闘態勢。」

 

50階層、テントの見張りをしていたアナキティは、51階層から響く振動を感じ取り、臨戦態勢を取る。全員を叩き起こし、できる限りの準備をしていた。

響くのは竜の声、そして聞き慣れない人の雄叫び。

 

まさか、異常か。

 

二軍の半分もいないこのメンバーで、まして以前の51階層のようなモンスターが出てきたときのことを考えていたところ、空を切る音がアナキティの耳に届いた。

 

「───アキ!?」

 

「ラウル!?」

 

51階層の連絡路から現れたのは、ワイバーンに騎乗したラウル達1軍のメンバーだった。予想外の展開にアキは目を回したが、ラウルたちの満身創痍の状態を即座に判断して、回復の指示を出そうとした瞬間。

 

「総員今すぐにここから撤退しろ!50階層中央に固まれ!ヴェルフさん、蓋を!」

 

「任せろ!」

 

50階層に残っていた全員がラウルの指示に固まるが、その気迫に押されて各々が即座に行動を始める。

 

「何があったのラウル!?」

 

「話は後っす!とにかく、エリクサーとマジックポーションをありったけ!」

 

「あぁ、もう!後で説明しなさい!」

 

話ができる状況ではないと判断したアキは、とにかくポーションを集め中央に向かった。そこで見たのは、信じられないほどにボロボロになった一軍のメンバー。思わず絶句したが、アキはポーションを配り回った。

 

「一体何があったのラウル!ベルもボロボロだし…何と戦ってたの?」

 

「精霊に追われてる。それも、Lv8級の化け物っす。回復が尽きた俺達はここまで撤退してきた。ここで、そいつを迎え撃つ。」

 

「なっ、そんな……勝てるの?」

 

「…勝つっす。」

 

ただ、アキの不安を一蹴するように、ラウルは鋭い視線を向けた。アキには、下で何があったのかわからなかったが、ラウルが冒険者として成長した姿に、少し微笑んだ。

 

「私、貴方のこと情けないなんて思ったことないのよ?」

 

「な、なんっすか、急に?」

 

「ふふ、ううん。なんでも、ただ随分と変わったなぁって。」

 

「…諦めることは、簡単っす…でも、諦めたくなくなった。ベルのせいっすけどね。」

 

自分に呆れたように笑ったラウルに、アキも柔らかく笑った。

 

全員に回復薬が回った時、51階層の蓋が大きく叩かれる音が響いた。

 

「…来るか。」

 

「団長…ベルは…」

 

「…まだだ。」

 

「…やるしか、ないっすね…」

 

覚悟を決めた二人は、ただその方向だけを見つめた。

 

よく見れば、フィンの片手には、見慣れぬ直剣が握られていた。

 

「その剣は?」

 

「あぁ…『赤匠』に託されてね…なんでも、今まで作った中で最強の魔剣らしい。彼は血を失いすぎた。今は寝てるが、すぐに起きると伝えられたよ。」

 

「はは、そりゃ頼もしいっすね……皆さんは…」

 

「…ダメだ、体力を消耗しすぎている。全員気絶した。動けるのは首脳陣と…君かな。」

 

「…そうっすか…来ますね。」

 

「あぁ、頼りにしてるよラウル。」

 

そうして、ヴェルフの作った氷の蓋が破壊され、精霊は姿を表す。その威容、体躯、放つ魔力。すべてが本能的に危険を上げさせるほどに強大だった。

 

第2軍のメンバーは既に邂逅していた者たちを除いて、殆どが戦意を喪失してしまった。

 

けれど、ラウルに不思議と恐怖はなかった。それはフィンも同様のようで、背後に控えるメンバーに、軽く笑いかけた。

 

「さて…リヴェリア、ガレス。君たちはそこで見ているだけかな?」

 

『────っ!!』

 

その一言は、明確な挑発だった。お前たちは、そこで見ている腰抜けになるかと。言外に、フィンの瞳はそう語っていた。

 

「…言ってくれるわ、この小人族め…!」

 

完全に回復したドワーフの戦士は、大斧と大盾を担いだ。熱き戦いを求めて、戦士は快活に、好戦的に笑う。

 

「なに…振り回されるのはいつものことだろう!」

 

エルフの女王は、マジックポーションを飲み干して、野蛮に、冒険者の如く雑に口元を拭って、いつもの上品さと恐怖をかなぐり捨てた。

 

「おや、休憩はもういいのかい?なんなら終わるまで休憩していても構わないよ?」

 

『ほざけ、生意気な小人族(パルゥム)め!』

 

いつかのように、互いを鼓舞するように。ただ好戦的に、冒険者は笑うのだ。

 

「それだけ大口を叩けるなら上等!ラウル、君は完全に補給に回れ。団員を殴ってでも動かして物資を集めろ。」

 

「はい!」

 

「久しぶりじゃな!こうして三人揃ってというのは!」

 

「何を言う、昔のほうがこうすることは少なかったろうに。」

 

「それもそうだ…昔はこんなに冷静に話せた記憶が無い。」

 

空気を揺らす咆哮を合図に、3人は構えた。

 

「…今更な気がするけど、精霊に挑むなんて、まるで英雄譚だ。」

 

「ガハハッ!なに、それも戦士の誉よ!滾ってきたわ!」

 

「誰もがお前のように単純ならどれほど良かったか……だが、少しでも共感してしまう私も、相当に毒されているようだ。」

 

嘗てない脅威を前に、首脳陣は懐かしむように笑った。

 

守られるように背後に位置したラウルはどこか誇らしげに前線に立った3人の後ろ姿に、確かに英雄を幻視した。

 

「景気付けだ、やっておこう。」

 

徐に、フィンは槍を突き出し2人に笑いかけた。意図が伝わった2人は、呆れながらにフィンに倣う。

 

槍を、杖を、斧を合わせた3人は過去ロキに言われたように、各々の夢を、想いを口にした。

 

「一族の再興を。」

 

「まだ見ぬ世界を。」

 

「熱き戦いを。」

 

この誓を、忘れぬようにしっかりと胸に仕舞い込んだ。

 

ここに、英雄譚を刻もう。

 

強く、想いを貫こう。

 

それがきっと、力になると信じて。

 

ここに冒険者の回帰を。

 

 

 

冒険を、しよう。

 

 

 

「───さて、やろうか。」

 

 

 

 

 

 

 



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第26話:英雄の回帰

開戦の合図は、重傑の戦士が放つ咆哮だった。

 

大斧を振りかぶり、後の事など考えず今出せる全力の一撃を。もはや災害とも形容できるその一撃すらも頼りないと思えた。

 

現都市最強と対峙したときですらこの威圧はなかった。あるとすれば七年前の『礎になった漢』か、或いは『静寂を愛した女』だったろうか。目の前の出来事がやけに鮮明にスローに流れた。

 

走馬灯であるのかと考える余裕を投げ捨て、迫る巨拳に大斧を叩きつけた。

 

激しい鉄の悲鳴に、ガレスの苦悶の声がかき消された

 

(なんと重いッ…ただの殴打が最早魔法と遜色ないのか!?)

 

ガレスのステータスは、力と耐久に特化している。ほぼカンストしたステータスは、何なら都市で一番堅い自身があるし、力もオッタルに劣っているとは微塵も思っていない。

 

蓄積されてきた武はこのファミリアでも随一とも言える。だが、それを嘲笑うように圧倒的な力でねじ伏せられた。ただの無造作に振るった拳が、ガレスの人生を軽く凌駕した。

 

「グヌゥッ…カアアァァァァァアッッ!!!」

 

それでも、意地と根性だけで跳ね返す。たった一発を跳ね返すのに、殆どの体力を持って行かれた。

スキルもすべてが発動状態。およそ万全であった状態が、一気に削られた。

 

「なんの…ッ!!」

 

しかし、続けざまに振るわれる拳に大斧を叩きつける。一度、二度。繰り返すたびに挫けそうになる膝を、狂喜でかき消す。

 

平和に過ごし、およそ好敵手と呼べるものがいなくなったガレスは、本来求めていた闘争の喜びを思い出した。

 

(これだ…これだ…!!儂が求めた闘争は!儂が求めた冒険は!!)

 

嗚呼、こんなに楽しいのは何時ぶりだ。これだ、これが欲しかったのだ!血沸き肉踊る生死を賭けた闘争が!

 

「ヌウゥオアァァァァァァッッ!!!」

 

盾で逸らし、斧で弾き、時には躱し、また盾で逸らす。

 

真正面からのぶつかり合いは、決して誰にでも真似できるものではない。

このガレスという男だからこそ、成立する殴り合い(タイマン)

 

しかし、その勢いも徐々に失われていく。それもそうだ、リヴェリアの魔法と同程度の威力をもった拳をもう数分間一人で捌き、現状を維持し続けている。

 

「【吹雪け、三度の厳冬、我が名はアールヴ】───ガレス!!」

 

「構うなァッ!撃てぇ!!」

 

背後で詠唱を完結させたリヴェリアが、災害級の吹雪をガレス諸共凍らせる。

 

その瞬間、ガレスは精霊の拳打を真正面から盾で受け止め、吹っ飛ばされることで吹雪から逃れ、リヴェリアの真隣に着地する。

 

「無茶をする…!」

 

「今はいいっこなしじゃ。しかし…クソッ、ここまでか。たった一撃正面から受けただけでお釈迦じゃ…」

 

「ガレスさん、盾とポーションっす。」

 

ラウルから2つを受け取り、ガレスは己の力の限界を垣間見た。

 

「フィン、まだか?」

 

「…少なくとも、あと10分は欲しい。」

 

「フン、簡単に言ってくれるわ…」

 

そう語るフィンの右手には、光を纏う魔槍が握られていた。三人の見解として、アレにはどうやっても傷を付けることは難しい。そこで、階層をも貫いたフィンの魔槍の限界を超えたチャージの威力に賭けた。

 

そのため、フィンは戦闘に参加することなく後方に控えてチャージに専念していた。

 

「ガレス、無理はするな。最悪私も前線に上がる。回避程度なら問題ない。」

 

「抜かせ、必要ないわい。」

 

そう肩を回したガレスは、何度目かの力任せに氷を砕く精霊の前に立ち塞がった。

 

「ここから一歩でも進めると思うなッ、儂は誇り高きドワーフの戦士!誓いは違えん、仲間も守る、貴様も倒す!」

 

斧を向けたガレスは、尚不敵に笑う。

 

「来い、化け物め。冒険者の意地を見せてくれる。」

 

そして、再びの激突。

 

咆哮すらも掻き消す轟音が響く中、経験したこともない威力の拳をまた弾く。

 

しかしその中で、ガレスは違和感を感じた。

 

(なんだ…何が……?)

 

感じる違和感、何一つ変わってはいない。この圧倒的な暴力を全霊を持って弾くだけ。斧を拳の側面に滑らせ、力の方向を最小限の力で変えてやる。怒りによるものなのか、理性を感じさせない直線的で力任せな攻撃は、ガレスにとってもわかりやすいものだった。

 

弾き、流し、また弾く。

 

それだけでこの攻撃は凌げる。

 

そのはずなのに。気味の悪い感覚、すぐ先に何かが待っているかのような。潜在的な恐怖。

 

そして、その攻防を数回繰り返した時、変化が訪れた。

それは本当に些細な変化だった。

 

「───っ!?」

 

それは、神経を限界まで研ぎ澄ませ、直接対峙していたガレスだけが理解できた。

 

ほんの少しの、力の変化。

 

本当に些細な変化だった。

 

初めに、速度に緩急がついた。

 

次に、力の緩急が着いた。

 

インパクトの瞬間に急激に攻撃が重くなった

 

攻撃のバリエーションが、1種、2種と増えていく。

 

急激に感じ取った嫌な予感。

 

「────ッ!?」

 

次の瞬間、ガレスの弾いた拳が意志を持って、技を持って曲がり、横っ腹に激突した。

 

「ガレスッ!!」

 

小石が水面を跳ねる様に弾け飛んだガレスは、たったそれだけで死に体に陥った。

 

数十回バウンドを繰り返して壁に激突。ピクリとも動くこと無く項垂れた。

 

たったの一撃で血だらけになったガレスは、既に動けまいと、精霊は視線をリヴェリアに向けた。

 

「っ『焼きつくせ、スルトの剣────我が名はアールヴ』」

 

「『レア・ラーヴァテイン』ッ!!」

 

やるしかないと力んだリヴェリアは詠唱を完結。最大火力を叩き込む。

 

しかし、その一撃は

 

 

 

 

「────────────はっ?」

 

 

 

 

拳を払う突風に掻き消された。

 

あまりにも信じられない光景に、リヴェリアは素っ頓狂な声を上げて、呆然と立ち尽くした。

 

長い冒険者人生の中で、魔法を打ち消された事など、あの女がいた時だけだ。

 

しかし、リヴェリアも歴戦の冒険者。すぐに迎撃の体勢をとって襲い来る拳を回避する。

 

その回避も、散弾のように飛んでくる石礫は避けきれず、体の至ところに激突し、苦悶の表情を浮かべる。

 

(速いッ…とにかく速い!アイズよりも、ベートよりもずっと…!こんな速度の拳を、ガレスは受けていたのか…!)

 

ほんの少し気を抜いただけで、恐らくリヴェリアは拳にあたり、全身の骨を砕かれるだろう。その予想が過大ではないと理解しているからこそ、集中力は極限を超えていた。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】!!」

 

「あの回避をしながら、並行詠唱!?どんな集中力っすか!?」

 

上位の冒険者は比較的習得している技術である並行詠唱だが、高度な魔力操作と集中力が要求される。非公式ではあるが、最高位の魔法使いであるリヴェリアは、この都市で3番目に並行詠唱が上手いと自負している。

 

しかし、大局を左右するこの状況で、リヴェリアは所謂ゾーンに突入していた。

 

その練度は、己が1番だろうと思っていた人物を越え、他の追随を許さぬ程に洗礼された。

 

もう、恐怖はない。守らなければ、ここで死力を尽くさなければ。

 

(────ベルに合わせる顔が無いだろうッ!!!)

 

ベルが死力を尽くして防いだあの魔法は、まともに受けていたら確実に全滅していた。

それを防ぎ、仲間を信じたベルの想いを無下にするようなことは、できなかった。

 

時速数百キロで体に激突する礫は、着実にリヴェリアの体に傷を残していく。

 

知ったことか。ただ歌え。それしか能がないのだから、それだけは全うしなければならない。

 

「【閉ざされざる光り、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬】!」

 

大ぶりの一撃をスレスレで避け、精霊の真上で詠唱を完結させる。

 

「【我が名はアールヴ───ウィン・フィンブルヴェトル】ッ!!!」

 

真上から襲いかかる猛吹雪は、一瞬で精霊を凍らせ、凍土に閉じ込める。反動をモロに食らったリヴェリアは大きく吹き飛び、地面に叩きつけられた。

 

「リヴェリアさん!」

 

「…フィン…!」

 

そう呟いた視線の先で、光の螺旋が現れた。

 

「…君達の稼いだ時間は、無駄にはしない。」

 

光の螺旋を握ったフィンは、ヴェルフに手渡された、純白の直剣を添えた。

 

『これは…ベルの魔法を封じ込めた魔剣だ…一撃でぶっ壊れる…外すなよ…ッ!』

 

ヴェルフの独自技術である、他者の魔力を封じ込め剣にする技術によって造られた、世界最強の魔剣。それを握り締め、精霊に対峙する。

 

駆け出したフィンは一息に飛び上がり、その2つを大きく振りかぶった。

 

氷を突き破りフィンに目を向けた精霊は、何かを感じたのか、目を見開いた。

 

その顔は、今までの怒りに染まり本能に飲まれた物ではなく、何かを思い出したような表情だった。

 

(────迷うな。ここで殺さなければ、確実に誰かが死ぬ。この精霊は生きていてはいけないんだ。)

 

ガレスとリヴェリアが稼いだたった数秒は、勝敗を左右するものだった。

 

言い聞かせるように迷いを振り切って、螺旋に重ねた雷霆を解き放つ。

 

「────」

 

瞬間、階層を閃光が包み込む。先の一撃とは比べ物にならない魔力の柱は59階層をも貫き、50階層に爆風が巻き起こる。

 

「ぐぁっ…!?アキ、皆を!」

 

「っわかってる!」

 

後方に未だ気絶しているアイズ達にも余波は当然のように襲いかかる。団員総出でアイズ達を抑えながら、突風が消えるのを待つ。

 

数分の突風を凌ぎ、漸く顔を上げれば汗だくのフィンが片膝をつき純白の剣を眺めていた。

 

「…ははっ…なんて威力…流石だ…」

 

極光は消えたにも関わらず、交わらせていた槍に稲妻が居座っている。

塵のように砕け散った白磁の剣に、圧倒的な差を自覚したフィンは、やはり追い縋らねばならないと、苦笑した。

 

舞う土煙が漸く晴れ、精霊が姿を現した。

 

 

「…その状態で、まだ生きているのか…」

 

 

そこには、半身を吹き飛ばされ膝を着く精霊が。大量の出血からもう立ち上がることは無いだろうと予想できるが、その威圧は死の淵で尚健在であった。

 

(…この様子なら、もうこちらに手を出すことは不可能だろう。)

 

半身から突き出たように見える極彩色の魔石が頼りなく欠け落ちていく。それを合図にしたように四肢の先から崩壊が始まる。精霊は俯いたままに己の崩壊を待っていた。

 

勝敗は決した。

 

しかし、フィンの中に残る不安が緊張を保っていた。

 

(止めを…刺すべきか…?)

 

このまま見ていれば崩壊は止まることなく消え去るだろう。しかし、疼く。フィンの第六感が警告する。

 

 

止めを、今刺すのだと。

 

 

数秒の黙考、フィンは槍を手に近寄った。

 

「…悪く、思わないでくれ。名もなき精霊よ。」

 

魔力はスッカラカン、力だって一滴分すら残っちゃいない。けれど、フィンは槍を振り上げて、魔石に振り下ろした。

 

パキンっ、と乾いた音と同時に稲妻が迸り、魔石が砕け散る。

 

その瞬間、フィンは己の行動が間違っていた事を悟った。

 

 

「────」

 

 

一瞬で再生する半身。何事もなかったかのように精霊は仁王立ちした。

 

フィンは、何もすべきでなかった。そのまま崩壊を見届けるべきだったのだ。

 

フィンの槍に居座っていた稲妻は、もとを辿ればベルのもの。その稲妻が、精霊の奥底に眠る後悔と怒りの記憶を呼び覚ましてしまった。

 

 

固まる体に即座に命令して、体を反転。どうしようもない未来を視た。

 

 

「──【天に座する15の軌跡。その名は獅子、その身は獅子、その心は獅子。】」

 

初めて耳にする明瞭な言葉。そうして思い知ったこの精霊の規格外さ。

 

「何だこの魔力は…!何なんだこれは…!?」

 

「リヴェリアさん…?」

 

「は、ハハハハッ…済まない…お前たちを…守れそうに、ない…」

 

高位の魔法使いであるからこそ、リヴェリアはわかってしまった。あの魔法を止めることは出来やしないし、発動すれば確実に全滅する。

 

異質な魔力には、どこか神力を彷彿とさせる透明さがあった。混じりっけなく、人の魔力とは大きく違う。

 

「【賜う権能、果を射抜き、宇宙(ハテ)を貫く必中の楔。】」

 

「逃げろっっ───!!!」

 

フィンの絶叫が響くも、この魔力の威圧に体は縫い付けられ動けるものは誰一人としていなかった。

 

「【神の月光に、我が願いは踏み躙られたのだ。友を救えぬこの無力、我を謀った月女神───この恨み、忘れはしない。】」

 

「【貴様は獅子の尾を踏み抜いた!小さき王よ、我が心臓を捧げよう!】」

 

淡く光る精霊の右腕に、形を作り出していく。それは、友との戦いの記憶。友への懺悔。

 

「【我は天の精霊に非ず。月に牙向く獅子(ネメア)なりッ!!】」

 

「───【カタストロフ・ルナ】」

 

そうして、完全に完結したその場には、月光と、精霊の声だけが残っていた。

精霊の右手には、3メドルを超える、淡く月光のように透ける大弓が握られていた。

 

その大弓に矢を番えることもなく精霊──ネメア──は、ただ弦を引き絞った。

 

キリキリと限界まで撓らせれば、月光が意思を持ったように群がり、矢を形作った。

 

その弓が狙う先には、フィンが立っていた。

 

逃げることも出来ない、躱すことも出来ない。受けることはもってのほか。もう、差し出すしかなかった。

 

「お手上げだ…僕の物語も…此処でおしまいかな…」

 

そう言い切った眼前の戦士に、ネメアは感傷もなく矢を放った。

 

光の速さで放たれた矢は、フィンに過去を思い出させる隙きもなく目の前に迫った。しかし、気づけばフィンの視界から矢が消え去り、体がふわりと浮いていた。

 

何事か、これが死の感覚なのかと考えたが目に写った光景が、フィンの導いた答えを否定した。

 

 

───ラウルだった。

 

 

いま、死んでいいのはフィンではない。皆を導き、この窮地を脱するのは、フィンしかいないと確信していた。

 

だから、死ぬなんて怖くなかった。

 

清々しく笑うラウルに手を伸ばしても、もう届きやしない。

 

ラウル。そう名を呼ぶこともなく、フィンはラウルに突き飛ばされていた。

 

 

 

後は、任せたっす。

 

 

 

彼はそう笑って、月光に飲み込まれた。

 

 

 

 

けれど、フィンは、フィンだけは見ていた。その月光に飲み込まれる瞬間。ラウルの前に、白い光が飛び降りたのを。

 

月光は先程の威力が嘘だったかのように霧散。呆然と座り込むラウルと、フィンが白い光を見上げていた。

 

 

 

 

「───君の怒りは、僕にはわからない。わかるつもりもない。怒りは、君だけのものだから。」

 

 

 

 

突き刺さった純白の大剣を引き抜いて、淀みなくネメアに向けた。

 

「────アル、ケイ…デス……」

 

目を見開く精霊は、重なったその姿に涙を流す。

 

「…君も、神の被害者…同情するよ。」

 

コートが、風に靡き音をたてて揺れる。それは、物語に描かれる英雄の凱旋のようで、二人の胸を熱くさせた。

 

「でも…君が僕の仲間を傷つけるなら。僕は君を殺さなければならない。」

 

ただその言葉をもって、純白の雷を全身から迸らせた。

 

信じていた。きっと、彼は立ち上がると。そう信じて待った甲斐があったのだ。

ラウルは、涙を流しながら泥臭く笑って見せた。

 

 

 

 

「遅いんすよッ…────ベルッ!!」

 

 

 

 

そう叫べば、ベルは笑顔で振り返る。

 

フィンと目を合わせれば、頷く。フィンとベルの間に、言葉はもういらない。

 

「ありがとう、僕の英雄たち───後は、任せて。」

 

そう力強く宣言して、ベルは因縁に向かい合う。

 

「アルケイデス…アルケイデスッ…アルケイデスッッ!!!!」

 

嘆くように、ずっと求めていたものに手を伸ばすように、ネメアは歓喜したのだ。この手で彼を解放できる。己がかけてしまった不治の呪いの精算ができると。

 

彼の血筋を消さなければ。苦しみ続ける彼を、彼らを解放しなければ。

 

ネメアは、そうして矢を番えるのだ。

 

そのネメアを見て、ベルは静かに闘志を滾らせる。

 

「…先祖から続く怒りの楔…君の嘆きと絶望はこの僕が断ち切る…!」

 

 

 

英雄は、ここに回帰する。

 

 

 




何とかでけた。
感想、評価。お待ちしてます。


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第27話:ネメアの獅子

月光の怒りは異常なまでに魔力を膨れ上がらせ、つがえた矢を絶やすことなく撃ち続ける。

 

空気の層を容易く突き破る音速の矢を、片腕で弾き、ベルは当たり前のようにネメアに向かって歩き出す。

 

徐々に距離を詰めていくベルには、絶えることなく矢の弾幕が張られているが尚も不動。

 

ベルの目醒とともに握られていた白金の剣は、傍らを浮遊していた。

 

その光景を見ていたフィンは、その剣に不思議な安心感を覚えた。

 

(あの大剣は、まさか…精霊の奇跡…精遺物(テクノルギマ)か?)

 

もう驚きはしない。

 

過去、英雄神話時代。選ばれし英雄にのみ授けられた、伝説の武具。精霊に、使い手に応じてその形を変え、英雄の力となった力。

 

精遺物(テクノルギマ)

 

彼の大英雄『アルケイデス』は、天の権能を授かったという。その形は文献により様々であり、剣であったとするものもあれば、弓、または雷そのものであったという文献まである。

 

それは英雄だけの特権ではなく、精霊自身も用いる武器としても有名だ。しかし、それは高位の精霊にしか扱えず、名も持たない下位の精霊が行使している場面は描かれることが無い。

 

フィンの予想通りに、ベルは神霊級の血を受け継いでいる。

 

先のネメアが発言した事で、ベルの血筋に大まかな検討がついたフィンは、乾いた笑いを零した。

 

なによりベル自身、それを否定しなかったのが大きかったが。

 

「大英雄の血筋…となると、天の精霊かな?アイズより強い訳だ…」

 

天空の精霊、アルクメネ。

 

その力は、後世に渡るまで語られている。全ての精霊の女王にして、大英雄アルケイデスの伴侶として名を得た。その精霊は天の事象全てを司り、時に罪人に怒りの楔を叩き落とす。

 

その在り方は、まさに天の裁定者

 

やれやれと頭を振って、フィンはベルに手を伸ばした。

 

「…必ず、追いついてみせるさ。血など超えて、並び立ってみせる。」

 

そう宣言すれば、フィンの方向に振り向いて、ベルは笑った。

 

彼の余裕に若干の呆れを見せて、フィンは全身の力を抜いた。後は、全てを任せるのみだと。

 

ベルは、本格的にネメアと対峙する。

 

もう手を伸ばせば届く距離に来ているというのに、ネメアはその場から動かずにただ射続ける。至近距離から放たれる矢を次々に握り潰して、ベルはとうとう歩みを止める。

 

数瞬の間を作り、閃光がネメアの剛腕を切り飛ばし、顎を蹴り抜いたその直後。都度10発の拳打を見舞う。それが、人間の反射を超える時間で起きた。

 

フィン達にはただネメアが吹き飛んだシーンしか映らなかったが、実際にはこれほどの攻撃が一瞬のうちに叩き込まれた。

 

1度のバウンドも無く、数百メートル先の壁に叩きつけられたネメアを眺めたベルは、すぐに行動を始めた。

 

ベルのいた場所を稲妻が迸ったかと思えば、ベルは既にガレスが倒れる場所に移動していた。

 

「ガレス…」

 

「ふ…なんじゃ、その目は…まだピンピン…しとるわ…!」

 

「…ふふっ、それでこそ。」

 

死にかけのガレスに、肩を貸したかと思えば、既にフィンとラウルの隣に降り立っていた。

 

「…べ、ベル!?どうやってここに…!」

 

「ガレスをお願い。」

 

「わ、わかったっす…」

 

パチッと静電気が走ったような音がしたかと思えば、ベルはリヴェリアの元に。

 

呆然と見上げるリヴェリアは、ベルが纏う魔力の変化に驚きを隠せなかった。

 

「…ベル…なのか?」

 

「うん、そうだよ…ありがとう、リヴェリア。」

 

そう感謝しても、リヴェリアの表情は晴れずに俯くだけ。

誰よりも先に折れてしまった事が負い目になっていた。

 

「私は…何も、できやしなかった…」

 

「ううん。リヴェリアは、みんなを守った。僕を守った。怖くても、立ち向かってくれた。」

 

「違うっ…私は、臆病者だ…!」

 

「いいや。見てない僕でもわかる。君は、尊敬に値する魔道士だ。」

 

ベルの真っ直ぐな瞳に、リヴェリアは毒気を抜かれ、柔く微笑む。

 

「…っベル…すまない…」

 

「いいんだ、立てる?」

 

「すこし…無理そうだ。」

 

「分かった、抱えるね…よっ。」

 

優しく横抱きにされたリヴェリアは、なんだか情けないような恥ずかしいような感情で、少し頬を染めたが、それは一瞬のこと。運ばれた自分すらも移動したことに気づかない程に速く、その速さには確実に同居できない繊細さをベルは見せた。

 

「おや、お姫様は初体験かな?」

 

「だろうな。ここまでの扱い、もう一生ないだろうさ。男としてどうなんだ、2人とも?」

 

「なんじゃ、ワシに抱えてもらいたいのか?冗談も程々にしておくんじゃな!」

 

「僕達じゃ役不足だろう?それに、ベルならやってくれるさ。」

 

「言ってくれれば、いつでもやるよ。」

 

「……検討しておくよ。」

 

冗談を真に受けたベルに、また調子を崩されたリヴェリア達は、先程の空気が嘘だったかのように笑った。

 

「…顔つきが変わったね、覚悟が見える。」

 

「うん。お母さんに…誓ったから。」

 

ベルの言葉にフィンは目を見開いたが、すぐに柔らかく笑った。

 

「…会ったのかい?」

 

「うん…夢なんかじゃないよ。確かに、会ったんだ。」

 

「…あぁ、そうなんだろうね。信じるよ。」

 

ベルの瞳はただ真っ直ぐで、嘘偽りがなかった。だから、フィンは自然とその荒唐無稽な話を信じた。

 

「…みんな、下がってて。」

 

ベルが背中を向ければ、既に目前に鋭い月光が音もなく迫っていた。

 

「───効かないよ。」

 

ベルが呟けば、浮かんでいた大剣が嘶き、白い稲妻を解き放つ。

剣から枝分かれした稲妻が矢を尽く撃ち落とした。

 

ふわりとベルに寄り添ったそのさまは、3人には聖母が子を慈しむように映る。

 

数百メートル先に見えるネメアは、完全に傷を再生させ、ベルを射殺さんと矢を射続ける。

 

「みんなをお願い。」

 

大剣を皆のもとに残し、ベルは地面を蹴った。その間もベルに迫る矢は絶えることはなく、その後ろにいるフィン達へと襲いかかるが、それを稲妻が焼き尽くす。

 

ネメアに超スピードで向かうベルは、矢を躱すことなく身に纏う電撃で焼き払う。皆に負担を掛けまいと、竜の翼を顕現させてそのまま空中を飛び回る。

 

その瞬間、ネメアの魔力が一気に跳ね上がり番えられた矢に大量の魔力が収束する。

 

「【満月(レグルス)】ッッ!!」

 

膨大な魔力が臨界点を超え爆発、飛翔するベルに向かって極大の奔流が襲いかかる。

 

それを目の当たりにしたベルは、拳を握り締める。その瞬間、ベルの腕を竜の甲殻が現れ鋭い輝きを放った。

 

そのまま、ベルはネメアに向かって飛翔。迫る幾本もの奔流を躱しながら、ネメアに到達したベルは丸太のような足から繰り出される蹴りを躱し、懐に潜り込んだ。

 

「【欠月(アルギエバ)ッ────!?」

 

瞬間、衝撃がネメアの体を突き抜けた。

 

その拳打は、ネメアの反射すら認識できず、音を超え、光を超え。拳が土手っ腹に叩き付けられた。

 

「グォアァッッ!!?」

 

1歩、2歩と下がりながら悶絶。血やら胃液を吐き出しても尚、ネメアは敗北の意志は見せなかった。

 

「【新月(デネボラ)】ァァッッ!」

 

その詠唱を鍵に、ベルの周囲の空間が一気に軋み、その重さはベルの体重を数十倍にした。足が地に沈み、そこに引き寄せられる様に先程ベルが躱した光線が殺到。ベルを月光が包み込む。

 

しかし、ベルはその全てを油断なく一瞥して、天に手を掲げた。

 

「────【迅雷(ブロンテ)】。」

 

そう口にすれば、黒雷が火花を散らし一瞬の間に重力場から逃れ、余裕の笑みを浮かべる。

 

小細工など、欠片も通じない。常人であったなら押し潰されている重力すらも捩じ伏せた。

 

ベルは指を鳴らし、拳を構えた。

 

数秒向き合った後、ネメアは大弓を投げ捨て、上半身を包んでいた布切れを引き裂いて脱ぎ捨てる。

 

ベルの数倍はあるだろう筋肉を更に肥大させ、ネメアは胸に手を当てた。

 

伝承によれば、ネメアは獅子の爪牙を持ってヒュドラに立ち向かったとある。アルケイデスの右腕と呼ばれた彼の本領。

 

それは、獅子への変転。

 

 

「【獣性よ(テンペスト)】」

 

 

そのトリガーは、漢を百獣の王へと変貌させる。美しい金髪は雄々しい鬣に、獲物を噛み砕く牙は白く鋭く輝いた。太く硬いその腕には、敵を切り裂く爪を。その身には月女神に授かった無敵の獣皮。

 

ここに、ネメアの獅子が顕現する。

 

 

「オオォォォォォォッッッ!!!」

 

 

吠えたネメアは、四足獣の様に地に手足を付いてベルに突進。その速さは今までの比にならないほどに速く、瞬時に構えたベルは迫る2つの爪をその小さな手で受け止め、思い切り組み合った。

 

拮抗する二人の力。ベルの筋肉が筋を浮き上がらせ、隆起した。

 

吠えるネメアに、徐々に押されるベルは遂に足が浮き上がり、その瞬間に壁に叩きつけられる。

 

「ベルッ!?」

 

リヴェリアが叫ぶと同時に、ネメアが連撃を叩き込む。

 

深い爪の跡を無数に残す連撃は、今までに無いほどの衝撃を齎し、このダンジョンを揺らしていた。しかし、次の瞬間にはネメアの体に電撃と拳が叩き込まれ吹き飛んだ。

 

吹き飛ばされたネメアは、空中でバランスを整え何事も無かったように着地。またベルに視線を向けた。

 

ガラリと崩れた瓦礫の山からベルが起き上がり、血に濡れた前髪をかきあげた。

 

「…ふぅ、ふふっ…それが君の本気、文字通り全身全霊か。」

 

地に拳を放ったような感触に、右手が僅かに震える。口元に垂れた血を舐めて、体に流れる魔力を滾らせた。

 

「なら…僕も出さなきゃね────【英雄よ(テンペスト)】」

 

その瞬間、この広大な50階層全域に光が飛び散った。

 

たったそれだけの詠唱で出力された魔法が、何よりも苛烈に弾け飛ぶ。今までベルが扱っていたこの魔法は、最大の出力ではなかった。それは、メーテリアが枷としての機構を果たしていこともあるが、ベルが意識的に出力を下げていた。

 

ベル自身、この魔法を制御しきれていなかった。あまりにも強力なこの雷はじゃじゃ馬もじゃじゃ馬。扱いを間違えたらベルの体ごと吹き飛んでしまう爆弾のようなものだった。

 

しかし、今のベルにその心配はない。

 

自然に出せた全力。それは、母のお陰であり、その力を出させてくれた、目の前の強敵に感謝する。

 

ベルも知りたかったのだ。己の全力を、今の自分がどのくらい戦えるのか。

 

逆立つ髪を揺らし、ベルは好戦的に笑った。

 

 

「────じゃあ、行くよ?」

 

 




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幕間:【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

理想の憧憬。

それを見つけた者と、見つけられなかった者の差はなんなのだろうか。


「…ここに来るのは、何年ぶりでしょうか…ミア母さんも…これを見越して…」

 

幾らか感慨深い気持ちが湧き出る中、今朝のミアの発言に思考を傾けた。

 

リューに突如言い渡された『借金返済』。正確には、行くべき場所に行けと、半ば追い出される様に出てきた。

 

そして、リューがその言葉を聞いて最初に訪れた場所は、己の過去そのものと言える場所。

 

『星屑の庭』

 

未だ残っているその場所は、過去───アストレア・ファミリアがまだ活動していた時の残り滓。リューの心残りの1つというところだろう。

 

7年経った今も残っているのは、撤去しようとしたギルドに、周辺住民が反対行動をしたからなのだが────リューにとっては、ありがたい話であった。

 

「本当に…私は…」

 

懐かしくも感じるドアノブを撫でる。

 

すっかりと(さび)れてしまっているが、館は未だ帰らぬ主を待つように、その場にひっそりと残っていた。

 

「少し前までは、管理も行き届いてたんだが…市民の間での募金が底をついてよ…悪ぃな…」

 

「いえ、残してくれただけで、私は救われています…もう、どこにも寄る辺のない私にとって…最後の居場所です…感謝します、ボウガンさん。」

 

リューの背後に立っている中年の男性────ボウガンは、やるせないような顔をして、鍵を放り投げた。

 

「やるよ…元々は、アンタがいるべき場所だろ。」

 

「……私の居場所など…もう、どこにだって……」

 

無言で受け取ったリューは、その鍵をジッと見つめ、やはり気力なく呟いた。

その横顔を視界に収めたボウガンは、苦虫を噛み潰したように吐き捨てる。

 

「あの時の気高さはどこに行きやがった…平和を掴んだはずなのに…これじゃ、あの嬢ちゃんだって…報われねぇぜ。」

 

「……」

 

道半ばにして、終ぞ平和を見ることは叶わなかったかつての友。その友が繋げてくれた、ボウガンとの縁は、未だに続いている。

 

『────正義は、巡るよ。』

 

彼女を殺した優しさは、彼女の美徳だった。

 

懐にある、二振りの小太刀を撫でて、自嘲するように呟いた。

 

「私は…やはり弱い…あなたの言う通りだ、輝夜…」

 

その言葉に耐えきれなくなったボウガンは、叫び詰め寄った。

 

「お前の翼と剣はどこに行きやがった…!お前の『正義』はどこに行った!?」

 

「──正義など、今の私が持ちえるはずがないだろうっ!?無辜の民を滅ぼし、罪もない少年を修羅に堕とした罪人の手に、正義などあるものかッ!!」

 

ありもしない正義になど、もう縋りはしない。

 

────もう、己が信じた正義すら、わからないのだから。

 

その諦めるような瞳に、ボウガンは掴みかかろうとして、辞めた。

 

「…お前さん…死ぬ気かい…」

 

「……えぇ…」

 

「…この館は、残しておいてやる。」

 

「…ふふっ…止めないのですね…」

 

「…死にに行くアホの止め方なんざ、俺は知らねぇよ…」

 

過去の輝かしく、気高く、希望であったリューを知るボウガンは、今の彼女を見ていられなかった。

 

もとよりボウガンは、己が人の選択を止められるほど高尚な人間ではないとわかっている。

その気遣いとも言えない投げやりさが、今のリューには心地よかった。

 

「…ボウガンさん…ひとつ、頼みがあります。」

 

「…ついでだ、聞いてやる。」

 

思い残すことは、たったひとつ。

 

ベルの事だ。

 

随分と、仲を深めてしまった。1人にしないと言ってしまった。

 

けれど、その約束は守れない。だから、せめて。この想いだけは伝えては行けない。

 

優しい彼は、今の彼は、きっとリューを殺せないだろうから。

 

「もし、【迅雷】…ベル・クラネルが、ここを訪れ、何か聞いてきたら…その鍵を渡してほしい。」

 

「ベル・クラネルっていやぁ、ロキ・ファミリアの超新星じゃねぇか。一体なんの関係が────」

 

そこまで言って、ボウガンは見た。諦観に、覚悟と恐怖。そして、熱を持った女の微笑み。

 

リューの顔を見て、二人の関係を悟ったボウガンは、尚更に顔を歪ませる。

 

「まさか…お前…」

 

「…えぇ。私は、許されてはならない。それが、彼がこの都市に来た目的ですから。」

 

その突きつけられた事実に、ボウガンは失望も呆れも見せず、ただ無言で頷いて、去って行く。

 

「────さようなら、優しい人。」

 

リューは、昔から変わらぬぶっきらぼうなようで、優しい彼の中に、まだ友が息づいていることを嬉しく思いながら、その背中に聞こえないように呟いた。

 

彼の背中が見えなくなると、リューはもう一度館の全貌をまじまじと目に焼き付けて、目を閉じる。

 

思い出される日々の数々、辛くもあったが、何より楽しかった。

 

友が言っていた言葉を思い返し、また、自嘲の笑みを浮かべた。

 

 

「────アーディ…私に、正義は…巡っては来なかった…」

 

 

なにも成せなかった。意味を見失った過去。後悔の連続に、重くのしかかる罪。

 

それでも、降り積もったベルとの記憶だけが、やけに鮮明に通り抜けた。

 

「────」

 

途端に間欠泉の様に湧き上がる、熱を持った想いと、失いたくないと縋る恐怖に囚われた。

 

気がつけば、涙を流していた。

 

 

 

「───ごめん、なさいっ…ベルっ、ごめんなさいっ…みんな…私っ…私は…っ!」

 

 

 

リューは、泣き崩れた。幸い、周囲に人影は無く、誰にも見られることは無かったが、それはリューが知ることではない。ただ、ずっと泣いた。

 

着ていたベルのコートを掻き抱いて、あの時の抱擁を思い出す。そうして罪の意識に押し潰される事が、己の枷であると言うように、より一層に強く抱いた。

 

それから、どれ程泣いただろうか。

寂れた扉に背を預けて静かに泣いていると、誰かが目の前に立っていることに気がついた。

 

「エルフがこんなところで泣いてたら、悪い冒険者に連れてかれますよ。」

 

「……どうでも、いい…穢れきった私がどうなろうと、関係ないでしょう。小人族(パルゥム)の少女。」

 

「うわ~…めんどくさいタイプ…」

 

栗色のふわっとした髪を揺らしながら、心底ウンザリしたように視線を横に流した小人族の少女は、言い淀んでからとりあえずと言った具合に隣に腰を下ろした。

 

「…めんどくさいのでしょう。私など無視して行ってしまえばいい。」

 

「自分から声をかけた手前、はいそうですかじゃ気分が悪いんです。」

 

ぶっきらぼうなその言葉と共に、少女はブー垂れた様に唇を尖らせた。それに、とどうにもいたたまれないような目を向けて、それに、と小さく零した。

 

「恩人のコートを着た女が泣いてたら、いやでも気になります。」

 

そう言って彼女は、自身の剣を見せつけた。

 

「…ベルの…剣…?」

 

やはりと、ため息を吐き出して少女は視線を流す。

 

「…やっぱりベルの……酒場のエルフの話、聞いてました…リュー・リオン。この場所にも納得…『正義の残り滓』…死んだと思っていたのに、名前すら変えてないなんて、不用心にも程がある。」

 

己の名を知っている。

それだけでリューは腰に差した小太刀に手を伸ばした。しかし、その手は剛力によって止められる。

 

「────やめてください。ベルの友人を傷つけるつもりはありません。あと、私は貴方の事なんて狙ってませんので。」

 

「…っ?!」

 

有り得ないほどの力で手首を捕まれ、行動全てが止まる。ピクリとも動かない、圧倒的な力。

腐ってもレベル4の己が、為す術もなく止められた。見たことも無い目の前の少女に、リューは警戒心をグンと引き上げた。

 

しかし、とうの少女はダルそうに溜息をこぼすだけ。

 

「…敵対するつもりはありません。だから、その物騒なものをしまってください。」

 

「……何者だ…私は、貴方のような小人族を知らない…!」

 

「そりゃそうです。未だ眷属1人の貧乏神派閥ですから。」

 

「貴方ほどの実力者が、そんなわけっ!」

 

「ヘスティア・ファミリア。聞いたことないでしょう?」

 

確かに、リューには聞き覚えのないファミリアだった。

漸く警戒を少し解いたリューは、小太刀を収め目の前の少女の話を聞くことにした。

 

「私はリリルカ・アーデ。ただの小人族の冒険者。彼に救われた…ただの冒険者です。とりあえず、ここじゃなんです。うちに来ませんか?」

 

そう言って彼女、リリはニヒルに笑ってリューに手を差し出した。

 

リューは、いい意味でも悪い意味でもエルフらしいエルフだ。潔癖で非道を嫌う、それ故に他者との物理的な接触を拒んでしまう欠点があり、彼女自身その性質を忌み嫌っていた。

 

いままでの人生の中で、彼女に触れる、触れられる事が出来た人物は数少ない。過去所属していたファミリアの団長に、シル。そして、初めて触れることが出来た異性である、ベルだけ。リリの差し出してくれる手と瞳には優しい暖かさが見える。

 

けれど、それを払ってしまうのが己だった。

 

「…身も知らぬ私に、そうしてくれるのはとても嬉しい…けれど、私は……救われてはいけない…」

 

「……」

 

「私は…彼の優しさを利用して…彼の優しさに甘え続け、告げるべきことすらも告げられない…穢れたエルフだ…貴女に救われる資格は…私には無い…貴女の恩人を利用する女を、救ってはいけない。」

 

誰の目から見ても、リューは生きる事をやめたがっているように見えた。リリからみたって、それは変わらない。けれど彼女は、それでも手を伸ばし続けた。

 

「勘違いしないでください。私は、貴女に手を差し伸べるだけ。何かのキッカケになるだけ。救うつもりもありません。貴女を救うのは、私では出来ません。私は、英雄ではないから。」

 

突き放すように告げたリリは、それから思い出したように笑って、続けた。

 

「それに…あんなに嬉しそうに貴女の話をするベルを見たら、貴女を放って置けません。」

 

「────っ…ベルが……」

 

「償うのも、後悔するのも勝手です。でも今、貴女を見過ごせるほど、私はもうクズじゃない。クズになれない。私が憧れたベルは、絶対に見過ごさないから。」

 

そう言ったリリが、どうにも眩しく見えた。その瞳に、面影が重なる。希望があり、過去があり、いつの日か追い求めた物の光があった。

 

 

そこには──────理想があった。

 

 

「────行きましょう…リオン。」

 

リューはその差し出される手を、縋るように握った。

 

 




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第28話:君に会いたい

アストレアレコードとのクロス書くかぁ…。


迸る魔力を纏い、空気を爆発させたベルはネメアに肉薄。それに反応したネメアがその爪をもって拳を受ける。

 

殴り、受けて、躱し、また殴る。

 

超高速の攻防は、フィンの瞳にしか捉えることは出来ず、フィンの処理能力を越えて目眩がするほどの戦いであった。

 

魔法【アルケイデス】を発現してから、恐らく2度目の全身全霊全開の出力。その出力すらもネメアは軽く受け止めて、ベルとの攻防を続ける。

 

(…悲しい…この感覚…アルケイデスの気持ちなのかな…)

 

戦いの中で生じるはずのない悲しみ。それは、この精霊の逸話に関係するものなのだろうか。

 

その感情を振り払い、グッと握った拳をネメアの腹に、瞬時に飛び上がり脳天に鉄槌をたたき落とす。その衝撃は凄まじく、ネメアの首は地面にめり込んでしまう程。

 

しかし、その攻撃すら意に介さない。我武者羅に暴れ抜け出し、危険を感じたベルはその場を飛び退き、火花が迸る拳を二度三度と開いた。

 

「硬いな…埒が明かないか。」

 

ビキッと異音が響けば、硬く白い甲殻がベルの両腕を覆った。その白い甲殻は、ベルの心を表すように真っ白で、透き通るような白だった。

 

「ルノアも言ってた……真っすぐ行って、ぶっ飛ばす!」

 

拳を打ち鳴らしたベルは、更にスピードを一段回引き上げ、ネメアに迫った。

 

そこからは、ベルの独壇場の出来上がり。速度に物を言わせたラッシュは、ベルの残像が空中に残り、着実にネメアに竜の拳を叩き込む。

 

「───ッオオオォォォォォォッッ!!」

 

しかし、ネメアも黙って攻撃を受ける訳では無い。

咆哮と同時に、ネメアの制空権に爪の軌跡が刻まれる。

その軌跡の隙間をベルは飛んで避け、大きく距離をとる。頬に走った紅い線を拭えば、既にそこに傷はなかった。

 

「…ダメ。まだ、母さん程扱えてない…まだ、あれは使えない…」

 

拳だけで互角の戦いをしているベルだが、未だに母メーテリアの雷には遠く及ばない。扱うにしても慣れが必要だ。権能をすべて受けっとたベルは十全にその力を引き出せるはずなのだが、未だ残る不安に一歩を踏み出すことが出来なかった。

 

「まだ、慣れが必要…かな。」

 

そう呟いて、ベルは掌を天に掲げる。

 

「来て────メーテリア。」

 

その掲げられた掌に優しく、苛烈に一条の雷が舞い降りる。

 

母の名を冠したその剣は、優しく道を指し示した。

 

精遺物【霊雷・メーテリア】

母であるメーテリアが、ベルに最後に送ったこの雷は彼女の権能とも言えるその力そのもの。形なき稲妻そのものであり、形を自在に変える。

 

それは正に【枷無き神の力(アルカナム)】と形容しても過言ではない。

 

その剣が帯びる母の温もりもまた、ベルの力となるのだ。

 

母の温もりを背に、ベルは幽谷の獅子に立ち向かう。

 

 

 

 

響く稲妻が、疲労で失神したように寝ていたティオナを叩き起こした。

 

「なっ、なになに!?雷!?」

 

そうして飛び起きれば、状況を思い出す。

 

「精霊…戦わなきゃ────」

 

「待つんだティオナ。」

 

「あっ…フィン!」

 

おはよう。と呑気に手を振るフィンを見て、戦いが終わってしまったのかと思ったティオナだが、全身を叩きつける爆風と、もう聞き慣れた雷が響き現状を理解した。

 

「ベル…?ベルが戦ってるの!?」

 

「あぁ。」

 

フィンの指さす方向に視線を向ければ、ほぼ見えない程の速さで大剣を軽々と振り回し、巨大な獅子と戦うベルがいた。

 

その瞬間、反射の域で武器を掴んだティオナだったが、それをフィンに止められる。

 

「あの中に飛び込めば、足でまといになる。」

 

「でも!」

 

「わかってくれ。あの戦いは、僕らの力を大きく超えている。」

 

その言葉に黙り込む。確かに、あの戦いは高度に過ぎる。技術とか、小細工とか駆け引きなんてなまっちょろいものでは無く、器としての格が違う。

 

フィンや都市最強なんて足元にも及ばないだろうその速さと膂力。オラリオに来てたった2ヶ月の少年とは思えない力。技や駆け引きはフィンに及ばないが、そんな物は関係ないと言わんばかりの速さと力で捩じ伏せる、それがベルの戦い方だった。

 

しかし、今彼の戦い方は変化しつつある。この階層までその駆け引きや技を考えずとも問題はなかったが、この精霊には必要だと考えたのだろう。視線、僅かな筋肉の動き、殺気やフェイント、そして攻防の駆け引き。全てが発展途上であった物が、今この瞬間も上達している。

 

ベルのそれは、最早進歩や成長という言葉では表せない。しかし、進化というのも違う。ぎこちなかったものが、ズレを修正されている。まるで思い出すように(・・・・・・・)、彼は動いていた。

 

「凄い…」

 

自然と口に出たそれは、偽らざる本心だ。ここまでベルが強くなっていくのが、どうにも嬉しい。胸が熱く、体が闘争を求め疼く。けれどそれと同時に、 この現状に悔しさを覚えるのも必定だった。

 

「……悔しいね…こうも差をまざまざと見せ付けるれるのは。」

 

「…っ…うん。」

 

ティオナとて、ベルよりも遥かに長い時間を戦いに投じてきた。ベルのように明確な目的があった訳じゃないが、生きるためには必要だった術だった。

 

けれど、時間や経験だけでは説明できない、自身を凌駕する才能を持った者が、全てを懸けて手に入れた力とでは、決定的な差があった。

 

けれど、ティオナが悔しいのはそんなことでは無い。そんなことはどうでもいいのだ。

 

今、彼の隣に立っていない自分に腹が立つ。

 

「気持ちは痛いほどわかる…悔しい、本当に。彼に任せるしかない自分に落胆している。」

 

しかし、フィンは折れなかった。あの頂きが見えたのだから、目標が定まっただけだ。

 

「でも、必ず追い付こう。彼が孤独の英雄と呼ばれてはいけない。彼と共に、道化の英雄達と呼ばれなければならない。」

 

「────うん…私、もっともっと強くなる。」

 

ぐっと拳を握ったティオナを見て、フィンはただ柔らかく微笑んだ。

 

今は、この戦いを見守るしかない。

 

そうしていると、不意にティオナが呟いた。感慨深そうに、過去を思い出すように。

 

「なんだか、アルケイデスの英雄譚に、こんなシーンがあったなぁ…」

 

「────ふふっ、そうだね。」

 

英雄神話【アルケイデス】に綴られている物語。その中にある【12の章】には、彼が成し遂げた12の偉業が物語として描かれていた。

 

その中の第1の偉業である精霊ネメアとの戦い。土地を荒らした賊に怒り狂って天変地異を起こしていたネメアを鎮めるため、英雄アルケイデスは真っ向からネメアに勝負を挑んだ。

 

正に今、その直系の子孫が目の前で神話の戦いを繰り広げているのだが。

 

勘が鋭いんだか、鈍いんだかわからないティオナに、こういうところも皆から好感を持たれる所以なのだろうと、フィンは苦笑し戦いの行方を見守る事にした。

 

 

 

「ガアァァァァァ────ッ!!!」

 

1歩、ただ1歩地を踏み抜けば、重力に逆らうように大岩が宙に浮き上がる。ネメアはそれを鷲掴み、砲弾代わりにベルに投げつける。その速度は本物の大砲が裸足で逃げ出す程に速く、鋭く迫った。

 

「────シャァッ!!」

 

この短い距離で断熱圧縮を起こし発火する。その砲撃を前に、ただベルは一刀、続く砲弾を稲妻で砕き、ボールのように蹴り飛ばす。

 

最後、一際大きな岩山をグッとかがみ込んでから大剣を振り上げれば、賽の目状に粉々に砕け落ちる。それを影に迫っていたネメアは、崩れ落ちる瓦礫を切り裂き、鋭い爪を叩き込む。

 

その爪に霊剣を滑らせて攻撃を横に逸らすが、その斬撃の威力は衝撃波となって、ベルの背後にいたティオナ達に迫る。

 

「ヤバっ!?」

 

咄嗟に剣を構えたティオナだったが、それは杞憂に終わる。

 

目の前に舞い降りたベルが大剣を横に薙ぐ。それだけで衝撃波は消え失せ、静寂をもたらした。

 

「ベル!」

 

その嬉しそうな声に、笑顔で振り返る。そうして何も言わず、獅子に目を向けた。

 

「場所を変えよう。」

 

そう言ったベルはその場から一気に肉薄。獅子を押し、階層を砕いてその場を離れる。

 

「ベル!」

 

この戦いを見届けたい。心の底からそう思った。その時、目の前にワイバーンが降り立つ。

 

「───この戦いを見届けたいやつは、乗れ!」

 

「ティオナさん!団長!」

 

「【赤匠】にレフィーヤ!?」

 

ニッと快活に笑うヴェルフと、笑顔で手招きをするレフィーヤに、フィンは苦笑しながら立ち上がった。

 

「全く…行くに決まってるじゃないか!」

 

「行くよ!もちろん!」

 

そうしてワイバーンに飛び乗った事を見届けたヴェルフは、ワイバーンを一気に加速させる。片方の手に握りしめた直剣を見つめて、ベルと精霊が消えた51階層の入り口に飛び込む。

 

「これは…お前に、今のお前に渡さなきゃなんねぇ…!待ってろ、ベル!!」

 

 

 

 

 

激しい地鳴りを起こしながら、52階層にネメアを叩き付けてその場から飛び退いてメーテリアを構え直す。そうすれば、土煙を切り裂きネメアがユラリと現れる。

 

現状、優勢は変わらずベルが握っている。しかし、変転をしてからというもの、ネメアに手傷らしいものを与えられていないことも事実。この拮抗状態がいつまで続くのか、それを考えたがすぐさま目の前のことだけに集中する。ロキ・ファミリアが命がけで討伐した精霊の幼体。あの程度(・・・・)ならば、手を抜いたって問題はなかった。しかし、このネメア相手にそれは悪手にすぎる。しかし、全力の一撃だとしても今のままでは届かない。だから、全力で叩き続けるだけだ。

 

数秒の沈黙。互いが睨み合い相手の出方を伺いながら、一挙手一投足にまで神経を研ぎ澄ませる。

 

動いたのは、ネメアだった。

 

「───なッ!?」

 

ベルに手を翳せば、ベルは強大な引力に引き寄せられ、爪撃を叩き付けられる。なんとか防ぐベルだが、その直後にまた体が引き寄せられる。

 

(抜け出せない…!この引力っ…権能!)

 

神から精霊に授けられる、仮の権能。しかしてそれは戦況を一気に傾けるだけの力を持つ。月の力を持つネメアの権能。この星の海の満ち引き、重力に関わるまで月の最も重要である引力。その権能の力は、ベルの膂力を持ってしても逆らえぬ程のもの。

 

それは、星に直接引っ張られるイメージを強制的に引き出させた。

 

「クッ…!───ハアァァァァァッッッ!!!」

 

英雄譚でアルケイデスが苦しめられたネメアが持つ複数の権能。それを間近で見れた嬉しさと、アルケイデスが如何にこの戦いに苦労したのかを理解した。

 

魔力を迸らせ、ダメージをそのまま叩き返したことで攻撃を相殺。なんとか引力から抜け出し、間髪入れずにネメアに攻撃を叩き込む。その後急上昇、天の一撃を叩き込む。

 

「【雷霆(ケラウノス)】!!」

 

その一撃は階層を容易く破壊し、59階層までの竜の滝壺を再現した。大穴に落とされたネメアは、瓦礫降る空中でも、その轍を見逃さなかった。

 

「ハアァァッッ!!」

 

「ガルアァァァッッッ!!」

 

獅子の爪と、天の剣が激突。しかし、空を飛ぶことができるベルがこの状況では有利。そのまま速度を上げ、瓦礫の上を滑るように鍔迫り合い、斬り結ぶ。

 

瓦礫を都度移動しながら続く戦闘。ケラウノスを連射するが、空中の瓦礫を移動することで回避され、時折ネメアの引力で操作された礫を砕き、また切り結ぶ。基本的なヒットアンドアウェイを取るベルに苛ついたのか、ネメアは一気にベルに接近。

 

無数に繰り出される攻撃を、すべて剣で受け隙きを見つけ真上に飛び、大きく振りかぶって下に見えていた59階層に叩きつけるように振り抜いた。

 

そして、叩き付けた勢いのまま、今までのダメージをすべてチャージ。辺りには鐘の音が響く。この音は、レフィーヤもヴェルフもティオナも聞いたことがあるだろう。

 

「こいつは…!」

 

「これって…!」

 

「ベルの【英雄よ人であれ(アルケイデス)】!!」

 

ベルが勝負を決めに行っている事を予感した三人は、歓喜に盛り上がる。しかし、ただ一人フィンだけは過去の記憶を強制的に引っ張り出された。

 

「…まさか…この鐘の音は…!」

 

そして、その思考すらも真っ白にする程の閃光が迸り、収束する魔力が臨界を越え、一気に解放される。

 

「【英雄よ人であれ(アルケイデス)】ッッッ!!!!」

 

真上から突撃したベルの一振は、確実にネメアを捉えた。

 

閃光が駆け抜けた階層は、ベルの一撃を爆心地として広大な面積の半分程を瓦礫の山へと変えていた。爆心地は爆煙が立ち込め、そのすぐ側で剣に寄り掛かるように、肩で息をするベルがいた。

 

誰が見ても、ベルの勝利が決まった瞬間。そう思ったであろう。

 

しかし、玉のような汗を流すベルだけは、苦い顔をしていた。

 

 

「────相変わらず、君は硬いね…」

 

 

その呟きだけが、傍観者たちの耳にやけに響いた。

 

その瞬間、爆煙から血塗れの獅子がベルに爪を振り下ろす。

 

ベルの左肩から腰辺りまでを大きく斬り裂いた勢いのまま、固く握った拳をベルに見舞った。

 

弾丸の様に後方に吹き飛び、数百メートルはあろうかという距離を吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ瓦礫に埋もれる。

 

そこから数秒もせずに瓦礫の山から飛び出し、逆流してきた血をベッと吐き出す。

 

ネメアも似たように血を吐き出し、爆煙に隠れていたその全貌を見せた。

血塗れた左半身はほとんど機能を残さずに、吹き飛んでいた。しかし、アレだけの威力の攻撃をまともに喰らって、この程度で済んでいる。それはひとえに彼のもうひとつの権能である、【打撃、斬撃を無効化する】と言う巫山戯た反則レベルの権能のせいでもあった。

 

さて、次はどうするかと考えながら、やる事は決まっていた。

 

「体が……いや…心が(・・)もつかな。」

 

本来精霊を由来とする魔法は、人の身で扱えるものでは無い。逆に、人が扱う魔法を精霊は使うことが出来ない。それは、性質によっているために過ぎないが、この法則は絶対の物だ。

 

ベルのこの魔法は、出力をあげていくにつれて人の身でありながら精霊の性質に無理やり近づけているのだ。精霊に近づくという事は、人から離れる事でもあり、精霊としての性質も強くなる。力を得る代わりに、今ある人として大切な物を失う(・・・・・・・・・・・)かもしれない。

 

そんな疑問を零したが、ベルは躊躇なく魔法の引鉄に手をかけた。

 

 

その寸前

 

 

「ベルッ!!受け取れぇぇぇッ!!!」

 

「────ヴェルフ!?」

 

空から降り注ぐ兄御の声に顔を上げれば、白い光がベルの手に吸い込まれるように投げられた。

 

「…これは…!」

 

それは、純白の直剣。簡素な作りでありながら、凝った意匠が彫り込まれてもいる。

 

この剣は、ヴェルフが遠征前に請け負った特級の魔剣。鍛冶師人生の中で最も力を注ぎ、最も出来のいい剣。しかし、ただヴェルフが打った魔剣では無い。

 

『彼に…残せる物を残したい。私ではもう、彼に残せる物は、これくらいしかありませんから。』

 

不器用で真面目で、潔癖で曲がった事が嫌いで。ベルを心から想っている女が、彼に最後に(・・・)残せる物だった。

 

「わかるはずだっ…!お前なら、お前だからッ!」

 

清々しい程に笑顔で、綺麗に笑って頭を下げた。

 

そんな女の願いと、このまま変わらぬ未来を願ったヴェルフは、ただ打ち込んだ。その想いと共に、鉄を打ち、鍛え、鍛え、ひたすらに鍛えた。

 

「────やっちまえ、ベル!今が!今こそが!ここぞって時だっ!」

 

それは、男同士の約束。この遠征、ここぞと言う時に渡すと約束した、ベル専用の特殊武装(スペリオルズ)

 

その言葉を思い出し、ベルは苦笑する。嗚呼、彼らしいと。

 

そうして、剣を抜けば彼の言わんとしていることがハッキリとわかった。

 

「────本当に…君は、僕を1人にしないんだね…」

 

この魔剣が放つ魔力が、いったい誰の物なのか。誰が、どんな願いでこの剣の製作を申し出たのか、ハッキリと理解出来た。

 

刀身に額を当てて、よりハッキリと感じる、彼女の気配。

 

剣から溢れ出る風の魔力は、どこまでも清廉で潔癖。そして、どこまでも愛に満ちていた。

 

「あぁ……君に、会いたい。」

 

そうしてベルは、二刀を握り前を見据えた。

 

「君のお陰で、僕は、僕でいれる。」

 

体を巡る魔力を加速。魔法の枷を完全に外しチャージ無しで先の必殺を超える魔力量を溢れさせた。

 

 

 

 

「…僕は………人だ。」

 

 

 

 

 




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第29話:さようなら、友よ

こちらの都合により1部設定を変更します。

霊剣メーテリア→霊雷メーテリア
以下設定です。

霊雷 メーテリア
天の精霊、アルクメネの化身であったメーテリアがベルに最後に残した精遺物。
その雷は、純白を裂くように輝き、形を変える。それは無限の形を持つ稲妻そのものであり、剣であり、槍であり、盾であり、矢である。
神の力に最も近いと言われた、最高位精霊のもたらす権能。
この雷は、幾多の白き英雄の最後を傍観して来た。どこまでも白く、想いを貫いた英雄たちを。

それは、母が故なのか。けれどもう、何も語ることの無い剣には、愛の証明すらもできやしない。


「魔剣を作って欲しい?エルフのお前が?」

 

「はい。ベルの特殊武装として、私から彼に贈りたい。」

 

ベルが遠征に行く決意をしたその日、その訪問は突然だった。朝方、ヴェルフが槌を持ったと同時に扉が2度叩かれた。

 

開けてみれば、パントリーの1件で急造のパーティーを組んだエルフ、リューが立っていた。

 

「つっても、それは元から造るつもりではあったからな。もう原型はできちまってるし、防具とかのがいいんじゃねぇか。」

 

「いいえ、魔剣でなければ意味が無いのです。」

 

「…エルフのお前さんがねぇ…よりにもよって俺を頼りにするか。」

 

「えぇ、私はクロッゾに特に悪い印象もありませんので。」

 

そうキッパリと言い切るリューに苦笑して、ため息をひとつ。困ったように頭を搔く。しかし、リューの次の言葉でヴェルフの目付きが変わった。

 

「【赤匠】貴方は他人の魔法を複製し、魔剣として鍛えることが出来ると聞きました。」

 

「────誰に聞きやがっ……言わなくていい、ベルか……」

 

その言葉を聞いた瞬間に、敵意を向けたヴェルフだったが、直ぐにその犯人にたどり着き大きなため息を吐き出した。

 

「はい。もちろん、他言はしません。」

 

「ったりまえだ!たくっ、ベルの奴…いくらコイツだからって普通言うか!?」

 

「……恐らく、私にしか言っていないので問題ないかと。私から漏れたのなら、どうぞお好きに使っていただいて構いません。」

 

「いらねぇよ。お前自分を蔑ろにしすぎだろ。」

 

やはりこのエルフは普通のエルフではないんだなぁと考えながら、仕方ないと重い腰を上げ、倉庫の片隅からひとつの素材を取り出した。

 

重い低音を響かせて、地面に置かれた大きな黒岩のような物に、リューは目を瞬かせた。

 

「…これは?」

 

「黒龍の鱗だ。」

 

「黒竜…!?三大クエストの、あの隻眼の黒竜ですか!?」

 

「いいや、もっと昔の(・・・・・)物だ。」

 

「もっと…昔…?」

 

一瞬の驚愕を見せたが、ヴェルフの言葉に疑問符が出たリューはとりあえずの興奮をしまい込み、ヴェルフの話に耳を傾けた。

 

「隻眼の黒竜。そりゃまぁデカいやつだったそうだ。天を衝く巨体とまで言われてっからな。だが、ありゃまだ子供らしい。」

 

「最強派閥を滅ぼしたアレが…子供…?」

 

「ベルの剣、防具には黒竜の鱗が使われてるんだが、コイツだけは別物だ。」

 

黒岩のようなそれを叩きながら、ヴェルフは語った。

 

「ベルの武器、ありゃ2代目でな。1代目は隻眼の黒竜の鱗を使った。だがベルのスキルの全開に耐えきれなくて砕けた、粉々に。今は不甲斐ないことだが、セーブしながら使ってもらってるのが現状。そんなときに、ベルからこいつの存在を聞かされたのさ。」

 

素材を聞いたあとでその話を聞けば、有り得ないと斬り捨てるところだが、あのベルがやったことだと言われれば、特におかしいことではない気がしていた。

 

「同一の物では、無いと?」

 

「あぁ、同一の物であり全く別のものだ。」

 

「…どういうことですか?」

 

困り気味だったヴェルフは、ニッと笑った。

 

「こいつはな、あの隻眼の黒竜の大元…ヒュドラの鱗だ。」

 

「ヒュドラ…!?アルケイデスが精霊と協力して倒したと言うあの邪竜…実在していたのですか…!それよりも、アレが黒竜の大元…?」

 

「ヘファイストス様にも見て頂いたからな。間違いねぇ────あぁ、違う、言いたかったのはこんな事じゃねぇ。すまん、俺も少なからずコレに興奮しててな…」

 

「…いえ、構いません。押しかけたのはこちらです。」

 

話が逸れたと、先程まで目を輝かせていたヴェルフが、全然どうでも良くない事を流した事に呆れたが、リューは気にしないことにした。

 

「自分の魔法を魔剣に複製って言ったよな?まず、お前は勘違いをしてる。」

 

「勘違い?」

 

「お前が言う俺の魔法は、魔法を複製しているわけじゃない。ただ単に恩恵を剣に写すだけだ。この意味がわかるか?」

 

「……まさか…!」

 

ヴェルフの言葉から、リューはある結論に辿り着いた。

 

「その通りだ、利点は確かに大きい。魔力がある限り無詠唱で魔法を連発できるし、威力も跳ね上がる……が、だ。」

 

「……魔法が、永遠に使えなくなると…そういうのですね。」

 

「そうだ。実際、これはデメリットでもなんでもねぇ。だが、お前の場合は違う。」

 

本来、この方法で作られる魔剣は自分が携帯するものであるため、より強力な特殊武装として完成されるのだが、リューの場合は贈り物として。こうなると話は変わってくる。

 

「魔法ってのは言わばその個人の人生だったり、心象…願望そのものだったりするわけだ。お前の魔法は…そういう類のものだろ。言っとくが逆はできない。正真正銘二度と使えなくなる。」

 

リューは、Lv4の中では未だに上位の存在だ。ラウルやアキ、アリシアとは比べるまでもなく強い。Lv5の時であったなら素の状態のアイズと並ぶことすら出来るだろう。しかし、その力の中には魔法が含まれる。彼女の魔法はまさに窮地を引っくり返す程の切り札、ヴェルフはそれを手放す覚悟があるのかと、そう問い質した。

 

俯いたリューは、口を開く。

 

「…2つ、聞きたいことがある。」

 

「なんだ。」

 

「1つ、その魔剣は魔法を込めた者が死んだ場合、使えなくなりますか。」

 

「問題ない。」

 

「2つ、神が送還された場合…その魔剣は使えなくなりますか。」

 

「…問題なく使える。原理は知らんがそういう物だと思ってくれればいい。」

 

「────嗚呼、ならよかった。」

 

そう呟いたリューは、柔らかく笑っていた。その笑顔は、ヴェルフから見ても美しいと思う程に、ベルへの想いが溢れていた。

 

「もはや私には無用の長物…この魔法が私の人生であったなら、その歩みはすでに止まっている。だから、いいのです。」

 

ゆっくりと語ったリューに、ヴェルフはどこか美しいものを見た。それは、初めてベルに出会った時のようで。壊れ行く儚さと、願いが込められていた。

 

「…この魔法は、焼入れの時に刀身を恩恵に押し付けることで恩恵を引き剥がす。傷跡も酷ぇし、一生残る。女のお前が、それでいいのか。」

 

「ふふっ…こんな貧相な体など、いくら傷ついていようとも関係はないでしょう。誰に抱かれるわけでもありませんから。」

 

「……そうかよ。」

 

暫くの沈黙が支配したあと、ふぅ、と大きくため息を零したヴェルフは、棚から薬品を取り出した。

 

「いいか、もう一度聞くぞ。この魔法は言わば魂に貼り付けた物を無理やり剥がして剣に張りつけてるだけだ。エリクサーを使おうがあの聖女の魔法でも傷跡は消えない。それに、副作用で滅茶苦茶痛いらしい。」

 

ほとんどが目の前で泡吹いて倒れたぞ。

 

そうやって脅しをかけても、リューの目に宿る意思は変わることは無かった。

 

ふぅっ、と強くため息を吐いたヴェルフは、準備に取り掛かった。

 

「この魔法は、お前の体の1部が必要だ。だから、血を抜く。この瓶いっぱいまで入れろ。」

 

「分かりました。」

 

持ち込んでいたナイフを使い、リューは手首を切りつけて血を小瓶へと注ぐ。

 

小瓶がいっぱいになった時。ヴェルフが鍛冶場に火を灯した。

 

ヒュドラの鱗は未だ見ぬ特殊合金のような素材であり、ただひたすらに耐久性に優れている。熱の伝導率、ひいては魔力の伝導性にも優れた、鍛治師にとっては垂涎物の逸品。

 

何度も叩き形を変えて行かなければならない。そうして数時間が経過した時。今まで止まることのなかったヴェルフの手が止まった。

 

「……始めるぞ。」

 

「分かりました。」

 

今までの会話から、服を脱がねば出来ないことがわかっていたリューは、ヴェルフの前で背中を晒す。

自己評価は低いが、リューの肌はキメ細かく美しい。女性としての魅力が少ない訳では無い。が、ヴェルフの視線にそのような邪な感情は一切なかった。ただ仕事をこなす、職人としての誇りと、友を想う純粋な心だけが宿っていて、その瞳に、彼の2つ名が表されているように感じた。

 

既にステイタスシーフで解除されたステイタスの魔法記載部分に、視線が注がれる。

 

噛んどけと渡された布を口に咥え、その時を待った。

火口にいるような温度の工房に、槌の音が響いた。

 

「────行くぞ。」

 

その言葉のすぐ後、ヴェルフは炉のそばに置いていたリューの血液を金床に置き、そのまま小瓶ごと槌で叩き割る。金床に広がり、中を飛び散ったはずの血液が時を戻したように逆流、槌に一滴残らず纏わりつき、炉から漏れ出た火の粉がヴェルフに群がるように収束した。

 

その槌でヒュドラの鱗を叩けば、背中の恩恵が燃えるように熱を帯びた。

 

甘く見ていたリューだったが、背中の熱は勢いを増していく。その熱はやがて痛みになり、皮膚を引き剥がされている様な痛みが流れ続ける。

 

「────っ、ぐぅ…!?は、ぐっ…ぁ…っ!?」

 

痛みに蹲り、タオルを力の限り噛み締める。それでも紛れることはなく、握り締める二の腕が裂け、血が滴った。

 

しかし、これ程に苦痛を伴っているのに、まだ本番ではない。準備段階ですでに常人ならば気絶している。

 

けれど、リューは体を裂きながら気絶だけはしまいと耐えていた。

 

ジュウ、という燃える音に、背中が激しく燃え上がったのがわかった。その炎はリューの背に刻まれた罪の烙印は、深く、深くリューに刻まれた。

 

叫びすらなく、涙もなく。リューはただその人生の軌跡とも言える魔法を捧げた。

 

そして、皮膚から剥がしたその刀身には、聖なる風が、既に宿っていた。

 

そうして、その完成を見届けることなく、リューは激痛に意識を明滅させるリューの体を支えた。しかし、彼女は最後まで痛みに喘ぐことこそすれど、意識を飛ばすことはしなかった。

 

そんなことを思い出したヴェルフは、正に彼女の半身とも言える剣を握るベルを眺め、感慨深いものを思い出し天を仰いだ。

 

「────あの作業で、最後まで意識を飛ばさなかったのはお前が初めてだ。誇っていいぜ、リュー・リオン。」

 

ここにはいない、けれど確かに彼を思う女に最大の敬意を。そうして、この戦いは終局に差し掛かる。

 

「…銘は風剣【リオン】。正真正銘、やつの半身だ。」

 

その半身の名を口にしたヴェルフは柔く笑った。

 

「嗚呼…俺は、この景色を見たかったのかもしれねぇ…」

 

リオンを握り締め、揺るぎない意志を瞳に宿し、ベルはネメアに切先を向けた。

 

「……もう、終わりにしよう。君の苦しみも、因縁も、憎しみも…僕が、この手で断ち切らなければならない。」

 

アルケイデスの名を叫ぶネメアは、苦しげに呻き既に感覚もないであろう半身を抑え片膝を着いた。

 

既に勝敗は見えている。今のベルが負けることは無いし、ネメアには万に1つも勝機はない。

 

先の攻撃が最後の足掻きだった。

 

だが、ネメアはここで止まる訳には行かないと言わんばかりに、全身の毛を逆立たせ魔力を膨れ上がらせた。

 

それでも、今のベルには遠く及ばない。

 

グッと屈んだベルは、一気に接近。ネメアも反応できない速度で掻き消える。ネメアの背後に現れたベルが現れたと同時に、無数の斬撃がネメアの体を斬り裂いた。

 

「重さも、硬さも前の奴とは比べ物にならない…それに、なんだろう…体の一部みたいな感覚…」

 

不思議な感覚に首を傾げながら、ベルは尚立ち上がるネメアに視線を移した。

 

「アル、ケイ…デ、ス……」

 

「僕は、彼じゃない。全てを知っても、僕達は君の事を恨んじゃいない。アルケイデスも、君を恨んだことなんてないんだ…だから、もう…!」

 

苦しまなくていい。その言葉は、ネメアの咆哮に掻き消され、迫る獅子の爪をリオンが食い止めた。

 

「…最後まで、気高く散るのか……」

 

「アルケイ、デス…!」

 

血が、騒ぐ。

 

「…2度も、私の為に戦い散るのか!我が友(・・・)よッ!!」

 

「────────ッ!!!」

 

血が、叫んだ。

 

「お前が、気高き幽谷の孤王だと言うのなら!証明してみせろッ!」

 

ネメアを弾き飛ばし、メーテリアを召喚。

 

聖なる風を宿すその剣を、メーテリアに重ねれば、溶け合うようにメーテリアは稲妻に変わり、精霊の力全てがリオンに収束する。

 

メーテリアに回されていた魔力全てをこの直剣に注ぎ込む。

 

大剣に変えて、この直剣と併用するよりもベルのスピードを押し付けるスタイルに変える為に、白雷を纏わせる。

 

「…この一撃で、全てを終わらせる!」

 

それは、ベルが1度封じた物。1度目は剣と共に左腕が弾けた。故にヴェルフに止められ、知ることができた体とスキルの限界。

 

ベルのスキル【無慈悲な復讐】に存在するダメージ、マジックチャージには、そもそも時間による制限というものが存在しない。つまりは、瞬間的にフルチャージにする事が本来ならばできるのだ。

 

しかし、その時にかかる負荷は尋常ではないものであり、Lv2であった当時のベルの全力でさえ、黒竜の鱗で作られた剣が粉々になったほど。

 

今、精霊の力をほぼ自身のものとしたベルのその力は今までとは比べるべくもない。

 

「【英雄よ(テンペスト)】」

 

しかし、あの時のような魔力の暴発は起きなかった。それは、この天の雷を完全に掌握した事による魔力制御の上達。そして、アルケイデスの血に完全に順応したことで、人としての器が昇華したことにも起因している。

 

そして、ここからがベルの本領。

 

 

 

「────【天霆(アルクメネ)】」

 

 

 

その文言は、新たな力を引き出すトリガー。白い稲妻は黄昏に染まり、母の雷を顕現させる。

 

ベルの性質が一気に精霊に傾き、体に変化が訪れる。

 

白い前髪から覗くベルベットの右眼が、鮮やかなエメラルドに変化し、母の面影を見せた。

 

「────勝負だ、ネメア。」

 

その言葉に、ネメアは沈黙をもって応えた。

 

左手に握った直剣が、一瞬の内に純白の輝きを宿し、大鐘の音が響き渡ると同時に、刀身に宿されたヒエログリフが共鳴するように輝いた。

 

解放された風弾は膨大な魔力により形を変え、稲妻を纏った風の刃となる。

 

「……」

 

深く息を吐いたベルは、いつかリューが見せた剣技を思い出す。

 

『直接見ていた私ですら、習得率は五分と言ったところですが…或いはベル、貴方ならば自身の物にするかもしれない。』

 

ベルの戦技はリューの戦い方に偏っている。そしてその技術の中の一部は、元を辿ればある極東の剣客に行き着く。

 

「ふぅぅぅ……───」

 

黄昏に輝く剣を鞘に納め、重心を真下に落とし、ドシリと構えた。背筋を伸ばし脱力。

 

「オオォォォォォォォ────ッ!!!」

 

最後の力を絞り、一気にこちらに駆け出すネメアを前にして、ベルは平時よりも落ち着いていた。木の下で陽の光を浴びて昼寝をする時のような、そんな緩やかで優しい魔力だけが、ベルを包んでいた。

 

 

 

 

「……もし、次が…次があるのなら…また、君と────」

 

 

 

 

 

 

そして、ネメアの爪がベルに触れる瞬間、鞘から垣間見た刃が閃光を放ち、鍔鳴りだけが響いた。ベルの目前で止められたネメアの爪は、終ぞ動くことは無かった。

 

放たれた聖なる風雷は、権能すら捩じ伏せ、鋭い斬撃と共にネメアの霊核を両断。

 

振り上げられた軌跡には、風雷の轍が階層を貫通し、天井にまで刻まれていた。

 

鞘に剣が収められた時、ネメアの体が足先から灰になって崩壊していく。

 

 

すぅっと伸ばされた手は、ベルの頬に優しく触れ、その獅子の哀しみに暮れていた表情は、慈愛の篭った頬笑みに変わった。

 

 

 

「────友よ。」

 

 

 

その言葉を残し、ネメアは灰に還った。

 

因縁は断ち切られた、友の手によって。

 

そこに罪はなかった、そこに後悔はなかった。

 

ただ愛があり、想いだけが受け継がれていた。

 

 

 

「君は、最後の最後まで気高き獅子だった────さようなら、友よ。」

 

これにて、神話の時代から続く因縁は終わりを迎える。

 

ただ、一言の別れの言葉を手向けとして。

 

崩れ去った灰を掬いあげて、そのひと握りを麻袋にしまい込んだ。

 

死後、せめて彼が優しい月の光に照らされるように。

 

そうして、背後に降り立った仲間に振り返った。

 

 

 

「帰ろう、みんなの所に。」

 

「────うん、帰ろう。みんなで。」

 

 

ティオナに、レフィーヤに、ヴェルフに抱えられたベルは、年相応の笑顔を見せていた。

 

ただ1人、フィンは英雄の顔を眺めながら、過去を思い出していた。




遠征編、これにて終了。

感想、高評価モチベーション上がります。
いいと思ったらよろしくお願いします。

以下、新武器リオンの設定です。


【風剣リオン】
リューの魔法、ルミノス・ウィンドが込められたヴェルフ謹製の魔剣。しかし、通常の魔剣とは大きく違い、ヴェルフの魔法により、リューの恩恵を引き剥がし、剣に埋め込んだ特別製。
片刃の刀に近い形をしているが、厚く重く、兎に角頑丈。ベルの全力を耐える程には丈夫でありリューがベルに贈る最後の想い。その結晶。

一際強い想いがこの剣に宿る時、この剣は星となる。


最後の時は、近い。


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第30話:休息

独自解釈、設定があるので注意。


精霊ネメアとの決着後、ロキ・ファミリアは18階層にてとどまらざるを得ない状況に置かれていた。

 

「…ポイズンウェルミスの大量発生。全く、下じゃモンスターなんて出ない時間の方が多かったのに…その反動かな?」

 

「ご、ごめん。」

 

「あぁ、いや。ベルのせいじゃないさ。というか、なんの問題もないのかい?」

 

「んー…たまに咳が出るくらい?」

 

まさかのイレギュラー、そして先頭を行っていたベルが団員を庇って大量の毒液をもろに浴びてしまったこと。

 

正直、あの量は致死量を超えていたが、流石というべきなのか、ベルはケロッとした顔で体のベトベトを払っていた。現在ベートが地上に特効薬を取りに行っているのだが、ベルに関しては杞憂に終わりそうだ。

 

「うぅ…まだ臭いが……」

 

「んー、そんな感じなら平気ってことかなぁ…」

 

「それなら、男衆から先に水浴びでもして来てくれ。幸い私たちは被害にあったものが少なかったからな。」

 

「なら、お言葉に甘えさせてもらうよ。行こうかベル。」

 

「うん…けほっ…」

 

「ベル…本当に大丈夫かい?」

 

「…なんだろう、急に…帰ったらアミッドに見てもらおうかな…」

 

「特効薬を飲んでも続くようなら、そうした方がいい。費用はこっちで持つから。」

 

「ありがとう。」

 

「なんてことはないさ。さぁ、皆王女様たちを待たせては事だ。早く済ませよう。」

 

そんな言葉を交わして、男衆は湖に向かった。

 

 

 

「ぬぁ〜…つかれたぁ…」

 

「しっかし、ベルもいい体になったっすねぇ…俺より全然じゃないっすか」

 

「これも精霊の力…常に全盛を維持するってやつ。」

 

「ズルくないっすか?」

 

数日前まで深層をさまよっていたとは思えない程に気が抜けた声と共に、ベルは水面にプカプカ浮かびながら、疲れを癒していた。

 

「………」

 

「ん、なんすか?ベル。」

 

「…ふっ、勝った…」

 

「え?なんの────って!こっちでも俺負けてるんすか!?14すよね!?」

 

「僕は、夜も、大英雄…」

 

「だっはっはっ!!いいぞベル言ってやれ!」

 

「ヴェルフも女神様をひーひーいわせてるって聞いた。」

 

「おまっ、誰に聞いたんだ!?」

 

「椿。割とみんなに言いふらしてた。」

 

「あんの女ァァァ!!!!」

 

「ベル下ネタとか言うんだな。」

 

「まぁ、男の子っすからねぇ。女性陣の前で絶対に辞めるべきっすけど。」

 

「クルスと僕はロングソード。ラウルはショートソード。」

 

「ラウルは引っ込み思案だからなぁ、ここにも影響でてんだよ!」

 

「クッソ、言い返せないくらい差があるっす…」

 

「コラコラ、ベル。身体的特徴で人を弄ってはダメだよ?」

 

「ガッハッハッ!男なんぞ、いくつになっても話す事は変わらんなぁ!」

 

『──────ク、クレイモア……』

 

なんて、男ならではの会話もしつつ、下で起きた事の整理も進めた。

 

「成程、50階層の入口まで地面が裂けたから何かと思ったら、ベルの攻撃だったんすね。納得っす。クルス滅茶苦茶ビビってたっすよね。」

 

「もう俺は、驚くのも疲れた。」

 

「しかし…まさか、彼の大英雄直系の血筋がこんな近くにいるとはね。」

 

「僕も知らなかったし。と言うか、予想もしてなかった。」

 

「まぁ、予想はできんじゃろ。」

 

全員ではないが、ベルの血筋やネメアとの関係は1部の団員に共有された。そしてその事実を裏づけるベルのスキルやデタラメな力で、信憑性は確実なモノとなった。というか、誰一人その言葉を疑うことがなかった。

 

そして、ベルの右眼についても確認が必要であったフィンは、意を決した。

 

「…ベル、ここに来るまでほぼ片目で移動していたわけだけど、そっちの目は見えないのかい?」

 

「見えるよ。すごくよく見えるようになった…けど、お母さんと同じ色になってから、疲れるって言うか…けほっ…もしかしたら、なにか変化があるのかも。」

 

「…見せてもらっても?」

 

「いいよ。」

 

そう言って開けられたベルベットの瞳だった右眼は、やはりエメラルドに変わっている。母の面影であると本人は喜んでいるからいいのだろうか。

 

「…君の両親の名前を聞いてもいいかな?」

 

「お母さんは、メーテリア・アルクメネ。僕と同じ白い髪で、オッドアイだけど左目は灰色。お父さんは…ごめん、お母さんもあの人の事は残念過ぎて知らない方がいい事が多すぎて言えないって言われて…でも、この赤い眼はお父さんと同じなんだって。」

 

「ふむ、そうか……ありがとう。」

 

そうして考え込んで、やはりそうかと1人納得した。この中で彼女を知るのは恐らくガレスだけ。オラリオ単位で言えばリヴェリアとロキ、あとはフレイヤとオッタルだけだろう。

 

大鐘楼の音色に、エメラルドとグレーのオッドアイに戦闘の才能。

 

そして、この瞳の色も彼女たちとの血縁を確信させるものであった。

 

「おい、フィン…」

 

「…やめておこう。彼には関係ないし、知らなくていい…だが、彼女の才能も、病も…そういうことだったか…」

 

「ああ…じゃが、ベルは発症しとらんのう。」

 

「病ではなく、呪い…それを克服できたのがベルだった…最後のネメアの言葉からして、ベルとアルケイデスは瓜二つだったのかもね。それが原因だったり?」

 

「…お主らしくないことを言うな。勘か?」

 

「勘だ。この話はもういい。もう、終わったことだ。」

 

おそらく、この話はもう二度としないだろうと、会話を切って男衆の会話にまた混ざる。聞くにも明かすにも、今ではない。今彼に告げる必要など、どこにもないのだ。

 

それから、数分。

 

「僕達は出るけど、ベルはまだ入ってるかい?」

 

「はいってる〜…まだヌメヌメの感触もあるし、服も乾いてないし〜…」

 

「まぁそうだね。でも少ししたら別の場所に移動するといい。女性陣が耐えかねて入ってくるよ?」

 

「僕いるからそれはないと思うけど〜」

 

「君だから別に見られて構わない人達はいるんだけどね?」

 

「んー、そんな人いなくない?」

 

こいつ、ファミリアでの立ち位置を未だに理解してやがらねぇのか。と男性陣は呆れ顔を見せたが、ベルはそんな事は気にしないとばかりに、竜の尻尾を出して泳ぎ始めた。

 

そんなベルに仕方ないと笑ったフィン達は、あと少ししたら上がるように言って、その場を去った。

 

そうして、足音が無くなったのを確認した。

 

「……みんな、行ったかな────けホッ、ごホッ……」

 

水に浮かび、手を天井に翳す。その手には、赤黒い血がこびりついていた。

 

この吐血は、毒なんかじゃない。メーテリアの言っていた症状によく似ている。

 

乾いた咳、赤黒い吐血。母が命を落とした原因である病。血がこびりついた手を洗い流して、ベルはまた水面を覗き込んだ。

 

(僕だからこれ程に弱く発症している…?お母さんは、もっと苦しかったのかな…)

 

だが、原因はハッキリとしている。この眼の変化。この眼、仮に精霊の瞳と呼ぶが、電気の流れを見る事が出来る。生物は、脳からの電気信号で動いているため、それを見ることが出来るのは、とてつもないアドバンテージとなる。しかし、この能力は酷く疲労が溜まる。常に目を開けていると目眩がして、立って居られなくなるほどだ。

 

この眼が、ベルを人の道から大きく外れさせている。今、ベルの属性は人から精霊に大きく傾いている。もし、次本気で魔法を行使すれば、人に戻れるかは分からない。

 

「……お母さん…」

 

水面に映るエメラルドの瞳は、母を思い出させるには十分で、この瞳の変化が嫌だなんてことはなかった。だから、その事に嫌悪も何も無い。

 

「…上がろう。」

 

ヒタヒタと滴る水を、雷で一気に蒸発させ、ヴェルフに借りた着流しを纏い、懐に隠し持っていた肉果実に齧り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

「────ってわけで、精霊について少し教えて欲しいの。」

 

「…まぁ、気になるよね、そりゃ…」

 

立て続けに精霊との戦闘を経験し、様々な情報が飛び込んできたティオナやティオネ、アリシアなどあの場にいた者は色々と気になることも多いだろう。

 

アリアに、アルケイデス。精霊の口から出た名は、どちらも伝説の登場人物。その真偽については気になるところなのだろう。

 

「それで、何が聞きたいの?」

 

「…アリアについて。」

 

「それなら、ティオナだって知ってると思うよ。ダンジョンオラトリアに登場する、風の大精霊。英雄アルバートに最後まで寄り添った精霊。」

 

「聞き方を変えるわ。ベルから見て、アイズはどう見える?」

 

「……」

 

その言葉に、ベルは数秒黙りこくって、虚空に手を翳す。そうすれば、雷の短刀が弾ける音と共にベルの手に握られていた。

 

「それは…」

 

「これは、精霊の権能と呼ばれるもので、名のある精霊が行使する自然属性的な力…精遺物とか、呼び方は色々。例えば、ネメアなら【月】の権能…重力とか、必中の弓をも行使できるって認識でいい。」

 

「アタシは見てないけど…アリシアとアキは見たんでしょ?」

 

「…一応、ね……」

 

「えぇ…アレは、たったの1射にリヴェリア様の魔法一撃分程の魔力が込められていました…アレが本当に月精霊ネメアなら…納得ではありますが。」

 

自身を抱くように、あの光景を思い出したアリシアとアキはすっかりと萎縮してしまっていたが、それ程まで心の傷は無さそうだ。それも、ネメアがベル以外に本気ではなかったからなのだろう。

 

もし、彼が最初から本気であったなら。考えたくもない想像を振り払って、ベルは続けた。

 

「この権能は…精霊1人に対して1つの権能が決められる。決して同じ権能を持った精霊が生まれることは無い。力の弱い精霊の【魔法】は別としてね。」

 

「へぇ…どうしてそれを知ることが出来たの?」

 

「お母さんが教えてくれた。」

 

「お母さんは?」

 

「もう居ない。」

 

「そう…悪かったわ。」

 

「いいよアキ、気にしないで。最後は、安らかだったから。」

 

そうして、微笑むベルにアキは撫でりとベルの真っ白な頭を撫でた。やはり、なんだか弟やなんかと思われていることに少し不服顔をしたベルだが、その顔が余計にアキの庇護欲を刺激したらしく、撫でる力は強くなるだけだった。

 

諦めたように、ベルは大人しく撫でられながら続けた。

 

「けホッ…それで、僕は知ってる様にアルクメネの権能を受け継いだ。なんだと思う?」

 

「え?雷じゃないの〜?バリバリ〜ってやつ!」

 

「そう。僕の権能は雷、正確には【天】らしい。」

 

「【天】…ですか?」

 

「うん、天。アルカナムに最も近い精霊の権能なんだって。」

 

「ん〜…滅茶苦茶凄いってこと?」

 

「うん、その認識でいいよ。」

 

ティオナはふわっと理解したようだが、アリシアやアキ、ナルヴィやティオネはその力の恐ろしさをティオナよりも理解したらしい。

 

「…で、これがアイズの話とどう関係あるのよ?」

 

「天、それは空が起こす現象全てを言う。雷に雨、嵐…そして────風も。」

 

全員の思考が固まり、先のベルの言葉が反芻された。

 

 

同じ権能を持つ精霊は存在しない。

 

 

「風っていうのは、全ての大元。つまりは…天は風であり、風は天である。その中で、天の権能を持つ僕がいる。けど、彼女は風の魔法を使う…アレは使いこなせていないのか使えないのかはわからないけど、権能に近い物だよ。」

 

「待って…じゃあ、アリアって…」

 

「あぁ、本来存在しないはずなんだ。」

 

「じゃあ、アルバートの英雄譚は…創作物って事?」

 

「それは、違う。彼はアルケイデスの末裔だ。彼がいた痕跡も存在するから、間違いない。」

 

「え!?そんな話聞いたことないんだけど!?」

 

「え?…あーごめん、勘違いかなーって……」

 

白々し過ぎる嘘。全員が彼の嘘のつけなさに微笑んだ。

 

しかし、ベルの衝撃発言。誰もが読んだことがあるであろう英雄譚の、知られざる真実。そしてまさかの血縁がここにいた。

 

ティオナはその発言から思い当たる節があった。

 

「確かに……アルバートが成した偉業とか、行動って少しアルケイデスに似てるかも…?ベルの本って原典だったのかな?」

 

「その本は今は?」

 

「もう燃えたと思う。僕が住んでた村はもう無いし。」

 

「そう……」

 

「ていうか!ベルの御先祖ってアルバートもそうだったの!?」

 

「…わかんない。正直それが本当かも分からないし…」

 

「そっか〜…」

 

うーむと考え込んだティオナを無視して各々が考察を重ねる。ベルの知識に間違いはほぼ無いとみて、アリアが本来は存在しない精霊であると仮定した場合。アイズとは、どんな存在なのか。

 

「…アルバートの子孫とか、アリアが血を分け与えた存在とか、知ってる?」

 

「アリアが血を分け与えたって話は聞かなかったけど、アルバートには子供がいたって聞いてる。その子供も、最後の戦いで行方不明…」

 

「…結局、ベルでもわかんないのね。」

 

「うん、精霊の血が流れてるってことくらいならわかるけど…血の気配が弱すぎて分からないんだ。」

 

またうーむと皆が悩む。その中で、ベルだけが気がついた事。アイズの姓についても言及すべきかと考えたが、根拠も薄く、英雄の名をつけるのは割と験担ぎ的な意味合いもあるために、言葉を避けた。

 

(それに…もし彼女が本当にアルバートの子孫だとして…それを彼女たちに語っていないとしたら、余計な情報を与えてアイズの望まない方向に話が進むかもしれない。それだけは、やめておこう。)

 

ヒントは与えた。もうこれ以上は、自分が語ることではないと判断したベルは、口を噤んだ。

 

「じゃあ、僕ヴェルフの所にいるから。何かあったら呼んで。じゃ、おやすみ。」

 

乾いた咳をひとつして、テントを出る。天井の水晶を眺めて大きく欠伸をひとつ。

 

「────ベル。」

 

「…リヴェリア。」

 

初めの方からテントの外に待機していたリヴェリアは、呆れ顔を見せていた。

 

「全く、冒険者の好奇心には困った物だな。」

 

「世界を見たくて地位を捨てたリヴェリアが言う?」

 

「ははは、それもそうか…それと────ありがとう、ベル。」

 

「……」

 

「お前は気がついているんだろう?アイズのためにその口を噤んだ。」

 

「…別に、僕は彼女と血が繋がってたら、今よりも構ってきそうで困るから言わなかっただけ。それ以外に理由はないよ。お姉ちゃんの言うことを聞きなさいとか言ってきそう。」

 

「ふふっ、それくらい許してやってくれ。」

 

「…少し位なら、許してあげなくもないかな。」

 

さて、と話を切ったベルの頭をリヴェリアは優しく撫でた。

 

「ありがとう、それだけだ。おやすみ、ベル。」

 

「…おやすみ、リヴェリア。」

 

「ああそれと、人肌が恋しくなったら私のテントに来るといい。抱き枕にして添い寝してやろう。」

 

「…………やめとく、アリシアたちに袋叩きにされそう。」

 

そうか、といつもよりも悪戯っぽく笑ったリヴェリアに、ベルは呆れながらヴェルフがイビキをかくテントにのそのそ入っていった。




感想、高評価よろしくお願いいたします。
あ、してねぇなって思ったら評価だけでもしてくれるととんでもなく喜びます。

よろしくお願いします。


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幕間Ⅱ:探す者(リュー・リオン)

夏休み入ったから余裕が生まれた。


朝霧が立ち込め若干冷える早朝。

 

オラリオの片隅にある、真新しい大きな教会。そこの主は、不滅の聖火を担っている善神。

 

炎を宿したステンドグラスが、朝日に照らされ、ゴウゴウと燃えるように光を内陣に届けた。

 

その中央、祭壇には神像の代わりに優しく揺らめく聖火が祀られている。なんでも主神の意向だそうだ。畏れられてはいけない、崇められてもいけない。ボクは全ての子の母であるのだから。

 

そう言って、神像はやめにしたそうだ。

 

そんな聖火の目の前に跪き、ただ祈りを捧げるシスターがいた。

 

着慣れない*1トゥニカに悪戦苦闘していたが、4日もすればもう慣れた。

 

「……」

 

無言の祈りの中行うのは、罪の告白。なんの罪もなかった彼の家族を皆殺しにし、あまつさえその罪から逃げた事。のうのうと幸せを享受し、その甘さにつけ込み意地汚く生きようとしていること。

 

上げていけばキリがないが、概ねこんなものだ。

 

誰にも知られることのなかった告白は、物言わぬその聖火が薪と共に燃やしていく。

 

それで罪は消えやしない。けれど、ほんの少しずつ、覚悟が出来上がる。

 

ここに来て1週間と少し。リリルカに連れられてこの場に来たリューは、ファミリアの拠点兼孤児院として作られたこの【竈火の家】でシスターとして居着かせてもらっている。

 

洗濯や掃除は割とできるようになったが、料理はやはりダメだ。暗黒物質を作らなくなっただけマシになったが、いつも微妙な仕上がりになってしまう。子供達からも評判は良くない。

 

もう日課になった罪の告白は、いつもこの時間に1時間程行う。今この環境はリューにとって随分と暖かい。その暖かさに溺れ、己の罪を忘れぬように。

 

「敬虔なのですね、シスターリュー。」

 

「…マリアさん。」

 

リリルカがこの孤児院を作ると決めた理由であった、スラム孤児院の院長であったマリア。妙齢の女性だが、抱擁力があり孤児達の母代わりの存在。

 

そんな彼女に、リューは頭が上がらない。シスターとしての仕事も全て彼女に教わったものだ。邪険になどできるわけが無い。

 

「私は…ただ、シスターらしい事もできませんから。」

 

「ふふ、そうはいっても…そんな敬虔な方は今の通りに貴女くらいでしょう?」

 

この教会は、ダイダロスにあった孤児院を移転。ここにいるシスターも全員がその孤児院で活動していたものだ。

 

「敬虔な訳ではありません…私は、私の罪を忘れぬようにしているだけだ。」

 

「…リューさん…貴女の罪は…」

 

「…忘れてください。貴女には関係のない話だった…私の過去など、聞くに絶えない話だ。」

 

「…待っています…私達は、いくらでも。」

 

その言葉に、リューはつくづくこの女性の善性が伺えた。

 

苦笑したリューは、前々から気になっていた、この教会の所々にある稲妻の彫刻を見渡す。

 

「神ヘスティアは、聖火の他に雷も司っているのですか?」

 

四方を守るように刻まれたそのエンブレムは、魔除のような意味でもあるのだろうかと、そう尋ねればマリアは少し微笑んでから思い出す様に語った。

 

「あれは、この教会を建てるにあたって多くの出資をしてくださった、ある方の象徴…のようなものです。これがあれば、そうそう誰かが手を出すことはないだろうと。」

 

「そのような方が…立派な方ですね。」

 

「はい…その方もまだ子供と言える年齢なのですが…今はもう時の人になってしまいました。」

 

「有名、なのですか?」

 

「えぇ、それはもう────」

 

「君もよく知る、ベル君だよ。」

 

欠伸をしながら2人の会話に割り込んだのは、この場を仕切る主神。神ヘスティアだった。

 

「ベル…が…?」

 

「あぁ、リリ君がこの話をしたら少しだけ出資してあげるって、この教会と孤児院の建築費ほとんど一括で払っちゃったんだぜ?やっぱり大派閥期待のルーキーは違うよねぇ。」

 

やれやれと首を振ったヘスティアは、リューの隣まで移動して、ポンと肩に手を置いて力を抜くようにへにゃりと笑った。

 

「…君とベル君のことは、何となくわかる。だけどね、そう常に張ってる必用はないんじゃないかな。勿論君の罪は許されるものじゃないし、彼に裁かれるべきだとは思う。けど、僕に懺悔されても困っちゃうからさ。」

 

そう困ったように笑ったヘスティアに、リューはまた、繰り返すように告げた。

 

「……私のコレは…懺悔ではありません。罪を忘れぬ為…私には、赦しも情けも向けられてはいけない……ただ、逃げぬように見ていて欲しいのです…」

 

仕事を、始めます。そう言ってリューは2人から離れた。どうせすぐにいなくなる自分に、心を砕かせる訳にはいかない

 

「────とか思ってるんだろうなぁ。」

 

「…さすがは神、なのでしょうか?」

 

「何言ってんだい、君だってそう思ってるだろう?マリア君。」

 

「ふふっ、えぇ。そうですね…」

 

ヘスティアは、ベルに聞いていただけあって、察するのが早かった。二人の関係は酷く歪で、どうして成り立っているのか分からないほどに不安定だ。

 

「…けどま、これも下界の醍醐味って奴なのかな。こうやって不完全なのが、子供たちの可愛いとこでもあるんだけどね。」

 

「……ヘスティア様は、もう少し完全になってもよろしいのですよ?」

 

「君結構言うな!?」

 

 

 

 

昼頃、リューとその他に働いているシスター数人が洗濯物を取り込んでいると、呼び鈴が鳴り響いた。それに気がついたのはリューのみ。それもそのはず、ここから玄関は相当な距離がある。

 

仕方あるまいと、少し外れると伝えて、玄関に小走りで向かう。

 

扉を開けると、大箱を抱えた少女がたっていた。

 

「あっ!こんにちは、注文のお花を届けに来ました!」

 

「…あぁ、子供たちが頼んだ物ですね。ありがとうございます。」

 

重そうに抱える箱を片手で受け取り、リューは注文書にサインを書く。

 

「わっ、新しく入ったシスターさんは力持ちなんですね!」

 

「えっ、あ…えぇ、少し居座らせてもらっているだけですが。」

 

「そうなんですか。私は、ここのお庭の花選びとその売買を行ってます。アンナ・リーゼです。」

 

「……これはご丁寧に、私はリュー…ただのリューです。」

 

よろしくと元気に挨拶をしたアンナに、少し見とれる。豊饒の女主人にいると感覚がおかしくなるが、これ程の美少女を見るのは久々だと思った。

 

そう言えば、酒場で彼女の噂を耳にしたことがあった。なんでも相当な美少女で、器量良し愛想よしと嫁にしたい町娘ナンバーワンとか何とか。裏表というか、見透かすような所を悪く捉えるならば、シルよりも良質町娘という言葉が似合う少女だった。

 

そう考えていると、アンナが聞きにくそうに尋ねた。

 

「…あの〜、ベルちゃんいます?」

 

「…べ、ベルですか?」

 

この娘の口からベルの名が出ると思わなかったリューは、若干狼狽えるがすぐにいつもの調子を取り戻し咳払いをひとつ。

 

「…ベルは、今ファミリアの遠征に同行しています。つい1週間前に…」

 

「あ〜、そっかぁ…この間会った時少し悩んでたみたいだから…たまにここのお庭でお昼寝してるんです。」

 

そうすると、彼女は残念そうに肩を落とした。

リューは、一市民の彼女が、今は時の人であるベルとどうやって知り合ったのか、知りたくなった。

 

「…彼とは、長いのですか…?」

 

「ベルちゃんと?」

 

「いっ、いえ…その…」

 

「…ふふ、そうですね…少しお話しませんか?」

 

ワタワタ慌てるリューがおかしかったのか、アンナは笑ってから、優しく誘った。

 

すぐ様リューは自信に宛てがわれた部屋に案内して、お茶を出す。

何故かずっとニコニコしているアンナは、リューの顔をみてニマニマと笑顔の質を変えた。

 

なんだか、どこか下世話な勘ぐりをされている気がする。

 

そんなことを思っていると、アンナが切り出した。

 

「私とベルちゃんの関係が気になりますか?」

 

「…その、貴女とベルは接点がないように思う…どこで、知り合ったのだろうか…と…」

 

「そうですね。ロキ・ファミリアに入るまで、彼は私の家に下宿してたんです。行き倒れていたところを私が拾って、お店を手伝ってもらいながら、所属先を探していたんです。」

 

「…そうなのですか。」

 

「えぇ…その時からなんて言うんでしょう…あの子、弟力?が物凄い強いものだからすっかり新しい弟ができた気分になっちゃって。」

 

「ふふ…えぇ、確かにそういうところはあるかもしれません。」

 

「それから────」

 

それからは、アンナの話が続いた。ファミリアに所属してからは全然会えない。一時期幽鬼のような格好で街を歩いていたとか。病気は治ったのかとか。エルフの恋人がいるらしいとか。

 

 

最近は、よく笑ってくれるようになったとか。

 

 

彼の知らない話が、それはもう沢山出てきた。

そうやって話す彼女の顔は、どうにも乙女のそれで、経験のないリューから見ればそう見えてしまうのは当然だった。

 

「────リーゼさんは…ベルを、好いているのですか。」

 

「…えっ?」

 

どうしてか、胸がチクチクする。この質問はしたくて、したくない。どんな答えが返ってくるのだろうか。彼女のような人に思われているのなら、私はいらないだろうかとか。負の感情が、少しばかり漏れだした。

 

その感情を見破ったのか、それともまた別物なのか。アンナはクスッと笑った。

 

「ベルちゃんは勿論好きですよ?けど、それは弟と言うか、なんと言うか…見てられないようなそんな感情…恋とは、きっと違うんです。」

 

「…そう、ですか…」

 

ほんの少し、ほっとしたように感じて嫌悪感が体を駆け巡った。けれど、けれど。そうしてウジウジしてしまう自分にどうにも言えない感覚を感じていると、アンナは察した様に笑った。

 

「だから、安心してください。私は取りませんよ?」

 

「なっ、何を…わ、私は…」

 

「やっぱり、貴女なんですね。ベルちゃんが言ってた酒場のエルフさん。」

 

「えっ…?」

 

そうして呆けて、彼女の話を聞けば随分前から自分の事を話していたらしい。

 

「エルフ嫌いのベルちゃんが、お世話になってるエルフがいる。なんて言うからびっくりしちゃいました…笑えるようになったのも、貴女のお陰だって、あの子は言ってましたから。」

 

「ベル…が…」

 

胸の痛みがスっと消えて、ほんの少しだけ暖かい物がリューを包む。

そうやって胸を抑えると、アンナは顔色を変えて真剣な物にした。

 

「けどね、リューさん。ベルちゃんは真剣に貴女と向き合っているはずです。だから、どうか貴女も彼に真剣であって欲しいんです。」

 

「……」

 

「貴女があの子にどんな負い目があるのかは、わかりませんし聞きません。けど、けれど…どうか、ちゃんと自分自身と、あの子に向き合ってあげてください。」

 

そうやって、最初の少女然とした彼女はもう居なかった。弟を想う姉のような彼女は、柔くしっかりと言って、出て行った。

 

その場に取り残されたリューは、今一度己の気持ちに向き合わねばならなかった。

 

与えられるものは全て与えた。技も、知識も、魔法さえも彼に渡した。もう出涸らしの自分に差し出せるものは無い。精々が己の体くらいだ。

 

そもそも、彼に会って何を語る?

 

己の生い立ちを語り、彼に許しを乞う?ありえない。それだけは、絶対に。

 

胸に芽生えた甘い感情を叫ぶか、愛していますと?ありえない。そんな身勝手が許されるものか。

 

彼がその場で死ねと言うのなら、首を掻っ切ったって。それも受け入れられる。

 

結局彼女は、まだ答えが得られないでいる。

 

「貴女は、どうしたいんですか。」

 

「────リリルカ…」

 

そんな彼女に、いつの間にか目の前に座っていたリリルカが紅茶を入れながら声を掛けた。

 

「私は、貴女の道を決めるつもりはありません。彼の前で自刃するも勝手、彼に許しを乞うならどうぞご自由に。それも1つの結末だと思います。」

 

「…貴女は、それで納得できるのですか。」

 

「彼が、貴女が納得して選んだ道ならば。」

 

つくづく淡白な少女ではあるが、言っていることは間違ってはいない。けれど、正解でもない。いつかの問答を思い出す、正解のない正解。

 

正義とは、悪とは。己が選ぶべき道とはなんなのだろうか。

 

背中に刻まれた罪の烙印がズキリと傷んだ。

その表情の歪みに気がついたのか、リリルカが尋ねた。

 

「…難儀ですね。死ぬつもりなのに、愛してしまうなんて。」

 

「……ここまで、自分が器用に生きられないとは、思ってもいませんでした。」

 

「なぁに言ってんですか。正義なんて理想を掲げていた人間が器用なわけないでしょう?」

 

「…ふふっ、違いない。」

 

よっこいしょ、と席を立ったリリルカはそろそろですね。と呟いた。

 

「いい加減、貴方は答えを出さなければ行けません。」

 

「……はい。」

 

「探しなさい、彼に会って。探しなさい、貴方達だけの答えを。アンナが言ったように、貴方も、彼も…向き合う時です。今に、過去に…未来に。」

 

「…はい。」

 

リューのその瞳に嘘の色はなかった。未だに心の葛藤はあるのだろう。しかし、その瞳にはベルと向き合う勇気が宿っていた。

 

「…行かねば、なりません。」

 

「どこに?」

 

「18階層……そこに、彼がいる気がする…いいや、そこに、彼がいる。」

 

その確信を持ったような言葉に、リリルカはニッと笑った。

 

「勘ですか?」

 

「えぇ、勘です。」

 

「乗りかかった船からは降りない主義でして…ついて行きますよ。」

 

「…私の勘は良くハズレる…それでも来ますか?」

 

「…えぇ、私は貴方と彼の行く末が見たい。どんな悲劇であろうと、どんな喜劇になろうとも。私は見届けます。」

 

ふっ、と笑ったリューは豪快にトゥニカを脱ぎ捨て、ダンジョン用の装備に着替え、部屋の奥にしまい込んでいた木刀と小太刀を腰に刺した。

 

「私の物語に…終止符を。」

 

答えなんて、まだわからない。ずぅっと、探し続けることになるだろう。それこそ、彼女が息絶えるまで。

 

けれど、今向き合うべき事だけは理解出来ている。

 

そうして、正義を追い求めたエルフ。リュー・リオンは終わりを探し、歩き出した。

 

*1
修道女が身に纏うワンピース




感想・高評価、よろしくお願いいたします。
あ、面白いのに評価忘れてるな。って思った方。どうかよろしくお願いいたします。


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第31話:予感

久方振りにダンジョンに潜るリュー。しかし、その力に衰えは無くせいぜいが魔法を使えなくなった程度だ。

 

「ここまで潜るのは、久方振りですが問題ありませんね。」

 

「そりゃこの辺で問題あったらそれこそイレギュラーでしょう。」

 

リリルカとリューはコンビでグングン下に降りていく。その速度は流石と言うべきか、未だにリリルカのレベルを聞かされていないリューとしては、リリルカの実力は自身と同じか、ステイタスによっては上だと考えている。

 

「ゴライアスもベルが行きがけに蹴り一発で殺したそうですし、楽に行けそうですね。」

 

「……一撃ですか。やはり、彼は強過ぎる。」

 

「まぁ、私じゃ無理ですからねぇ…」

 

「Lv4に出来る芸当では無い事だけは確かです。」

 

「彼の強さは、天性のものでしょう。努力や経験もあるでしょうけど、それだけじゃ説明がつきませんしね。」

 

ベルの強さに対する考察を口にしながら、雑談をまじえる。

 

「そういえば、聞きました?オラリオの外、セオロの森付近で雷が地を割いたって話。」

 

「あぁ、買い物途中で噂程度ですが…」

 

なんでもセオロの森を超えた先、アルル山脈付近。オラリオから数百キロ離れた場所で、突如稲妻が地を切り裂くように飛び出たと言う。地域住民によると、下を覗けば遥か下まで続いていたらしく、現地調査に乗り出したギルドの見解では、砲竜の変異種、または強化種が放った攻撃だろう。と言う結論が出た。

 

しかし、2人の見解は全く違う。

 

 

『絶対ベルです』

 

 

2人の意見が一致する。

 

「…そもそも、モンスターが自発的にダンジョンを破壊するなんて聞いたことありません。」

 

「えぇ、それに…ベルならやりかねないと考えられてしまう所も…あれです。」

 

「ベルって本気で戦ったらどれくらいなんですかね…?」

 

「ぼんやりとしか覚えてませんが、以前フレイヤ・ファミリアに襲われたときに、女神の戦車とガリバー兄弟を1人で半殺しにしていました。ほぼ無傷だったはずなのでLv7は硬いでしょう。」

 

「どこかの英雄の末裔とか言われれば納得できるんですけどねぇ〜。」

 

「純粋な前衛職に、一声でリヴェリア様の魔法に匹敵する稲妻…過去にLv7の才禍の怪物と呼ばれる人物と戦いましたが…感覚ですが彼女よりも上手でしょう。」

 

「あ、それって【静寂】のアルフィアですか?アストレア・ファミリア全員で倒したって言う。」

 

「小細工を弄し、彼女の弱点をつき、運が味方をしなければ…勝てなかった。正直なんで勝てたのか未だに…」

 

「どんな人だったんです?」

 

「美しい白に近い銀髪、翡翠と灰のオッドアイ。魔法を打ち消し、広範囲まで押し潰す魔法を超短文詠唱で放っていました。」

 

「はえ〜…なんか、ベルみたいですね。髪色も似てますし。」

 

「………言われてみれば…顔も似てる気が…」

 

「……やめましょう、薮蛇です。」

 

「…そ、そうですね。彼女に関しては、倒さなければならなかった。」

 

昔話を混じえる、2人は気がつけば17階層に到達。思ったよりも順調だったこの旅も、もう終わりだ。

 

「そろそろ稼いでこなきゃなーとは思ってるんですけどね。」

 

「ならば、下のパントリーで大暴れするといいでしょう。貴方の魔法を使えば一網打尽にできます。」

 

「あー…ベルに会えたら、私は1人でそっちに行きます。」

 

「分かりました。」

 

そうして、17階層を通り過ぎた時。背後から轟音が響いた。

 

「…え、ゴライアス?」

 

「そんな…まだインターバルまで時間は十分にあるはずです!」

 

壁を突き破るように出現したゴライアスをのんきに眺めていると、不意にリリルカが考え込んだ。

 

「ゴライアスっていくらですかね?」

 

「普通一人で倒すものではないので、なんとも言えませんが…一千万と言ったところでしょう。」

 

「よし、狩ります。で、ベルに持ってかせます。」

 

「…強かですね。あなたは。」

 

「やってけませんからね、このくらいがめつくして漸くもとが取れるってもんです。」

 

そう言って、襲いかかるゴライアスの豪腕を弾き返す。何度も見たことがあるリューとしては、このスキルはやはり反則だと思う。

 

罅割れた復讐(グリム・リベンジ)

 

ベルのスキルと同じ名を冠するこのスキルは、ともすればベルの物よりも使い勝手はいい。

 

「ハッハー!いいざまですねぇ!そのままミンチにしてやります!」

 

戦闘時、リリルカはとにかく口が悪い。普段の反動なのか何なのか、冒険者に対するそれと同じような感じもある。きっと、溜まりに溜まった鬱憤をここで吐き出しているのだろう。

 

「馬鹿ですねぇほんと!何度攻撃したって───同じなんですよッ!」

 

豪腕を弾かれたゴライアスは、仰け反り大きな隙を見せた。リリルカはそのまま飛び上がり、黒い直剣でその豪腕を切り飛ばす。

 

ベルのものと違い、チャージの効果は無いが、攻撃を制限なくそのまま返すことができる彼女のこのスキルは、ちょっとムキになったベルの攻撃すら弾く。

 

ベルに「これじゃ決着つかない」と言わせたのは、世界広しと言えどリリルカただ一人だろう。

 

リリのスキルには更に効果があるため、使い勝手で言えばリリルカに軍配が上がるのだ。

 

「さっさと終わらせましょう。」

 

もはや、リリルカの独壇場。そのままリリルカは必殺の一撃を叩き込まんと目の前に手を翳した。

 

 

 

 

 

テントにてぼーっとしていたベルをフィンが引っ張り出し、現在は本営の中で寛いでいた。

 

「ふあ~…んん…」

 

「まだ眠いのかい?」

 

「眠いかな…話があるなら、なるべく早くお願い。」

 

やれやれと首を振って、フィン、リヴェリア、ガレスは仕方ないと切り出した。

 

「まず、ベル。君の咳は毒によるものじゃない。わかっているだろうが、血筋のものだ。」

 

その言葉に、あちゃーと言わんばかりに頭を掻いて、居心地悪そうに呟いた。

 

「…フィンたちには、ばれたか…」

 

「他にもアキは薄々気づいているぞ。」

 

「儂らは他の要因で気がついたがな。」

 

「他の要因?」

 

「僕ら古株…ほかのファミリアを含めて、その症状に思い当たる節がある。」

 

「お母さんを…知ってるってこと…?」

 

「正確に知ってる訳では無いが、彼女の症状を治そうと、主神は躍起になっていたらしい。」

 

「そう、そのため情報はこちらまで共有されていたのさ。」

 

「…そう、なんだ…」

 

彼女メーテリアの主神は躍起になっていた。その情報も共有されていて、もちろん緩和法も隠すこと無く公開していた。どんな奴に恩を作ろうとも、彼女を救いたかったと言う意思が、最強の女神からは伝わった。

 

「大聖樹の枝を煎じた聖水は、その症状を僅かだが緩和させることが出来たそうだ。これが特効薬だった。」

 

「大聖樹の枝……リューの木刀?」

 

「あぁ…そういえば、あの同胞は幾らか枝を保有していたはず…今はわからんが、交渉してみよう。神ガネーシャのところにも幾つかあったはずだが…」

 

「上に帰ってからは、この枝集めに精を出さなきゃならない。ブラックマーケットや現地に行っての調達…違法・合法に関わらず、扱っている所は数多く存在する。そこから、押収や報酬として受け取るなど、流通しているものから、聖樹の里を巡りあらゆる手段で回収する。」

 

「………え?」

 

これからの方針を淡々と話すフィンは、どこか当たり前のことのように言っているが、そんなことは無い。

 

「ま、待って!そんな迷惑…!」

 

「今更だ馬鹿者。お前にかけられる迷惑なんぞ、アイズに比べたらなんてことは無い。」

 

「儂も構うものか。カジノにも裏の景品として出しとる噂じゃ。ロキにでも聞いておいてやるわい。」

 

「と、言うわけで…僕達は君を見捨てる選択肢もないし、君一人だけに押し付けることもない。勿論、君にも動いてもらう。君の速度でリヴェリアを運べば一日で数個の聖樹の村を巡れるだろう。」

 

「…う、うん…わかった…」

 

3人のなんとも言えない圧に気圧されたと言うか、自分よりもよっぽど自分のことを考えていたことに情けなさと言うか。そういうものをひしひしと感じる事になった。

 

「ひぃん……」

 

「…どうした、その情けない声は。」

 

「…本当に、僕情けなく感じて…」

 

「まぁ仕方が無いさ。これは知識の差、君も知っていたらこの考えに至るさ。」

 

「う、うーん…?そう、かな?」

 

「まぁ、それよりも…これから君はどうするつもりだい?さしあたって…君の大きな目的も解決の兆しを見せている。君の目的は復讐だった。それがなくなろうとしている今…君は、未来に何を見る?」

 

「…未来…に?」

 

「簡単にでいい 。この先君は、何がしたい?僕達に英雄とは何たるかを見せた君にこそ、未来を見てほしい。君は上に帰って何がしたい?思ったことでいい、僕らに教えて欲しい。」

 

考えたこともなかった、目的を果たした後の未来。復讐しかなかったベルにとって、目的の達成は死であったから。けれど、何がしたいか、という明確な目的はない。

 

けれど、たった一つ交わした約束が頭を掠めた。

 

「…彼女と…話をしたい。僕の気持ちも、彼女の気持ちも…僕達が辿ってきた今までの悲しみも…吐き出して、支えて、抱き締めたい。」

 

ただ、彼女の気持ちを知りたかった。彼女の苦しみを知りたかった。シルがいつか言った、相手の事情や悲しみを知る事。それが、今更大事だってことに気がついた。

 

「…この憎しみは、消えない。復讐は何も生まないなんて嘘だ。けど、けど…もう僕は…復讐よりも、彼女との未来が欲しい…!」

 

「…ベル……」

 

「僕は、愚かな人だ。誓った想いも貫けなかった!誠実なんて嘘だ…!僕は…僕は、大馬鹿者だ…今更になって、当たり前の欲求が出てくる…!お爺ちゃんの、おばさんの、おじさんの、お兄ちゃんの無念を晴らせない僕が…!」

 

ずぅっと隠していた。どこかで死んでもいいと思っていた。けれど、数多の戦いを経て、ベルの心境はゆっくりと変化していく。

 

「…それでも…彼女と生きたい…!共に在りたい!」

 

母との決別も。

 

愛する人と交わした約束も。

 

友の感謝も。

 

全て、彼が生きたいと思うには十分なものだったのだ。

 

この短い期間であらゆることが起きたベルの心は限界だった。母を殺した負い目。血による因縁の決着。目的の喪失。そして、死の恐怖。

 

あらゆることが、彼の負担になっていた。それを見抜いたフィンが、無理にでもここでガス抜きをすべきだと判断し、このような機会を儲けたのだ。

 

思いの外吐き出してくれたことに喜ぶべきか、仕方ないとため息を吐いたフィンは、切り出した。

 

「そうか…君のやりたいことを聞けてよかった。ところでベル、君が眠っている間にお客さんが来てね。」

 

「…僕に?一体────」

 

クンッ、と鼻を鳴らせばとても嗅ぎなれた香りが鼻腔を刺激した。

 

「今は外に────やれやれ、よく効く鼻だ。」

 

フィンの言葉も置いてけぼりに、ベルは走っていた。胸の辺りに込上げる息苦しさも忘れて、ただその香りの元まで。

 

湖のほとり。その人は、その場所で彼を待つように木に背中を預けていた。

 

目の前まで行くと、彼女はゆっくりとベルに視線をくれて、ベルに向かって歩き出した。

 

ああ、何を言えばいい?会いたかった?好きだ?

 

いいや、違う。違うとも。

 

その言葉は、妖精の抱擁と共に、自然に発していた。

 

 

 

 

 

 

「──────ただいま、リュー…」

 

「おかえりなさい、ベル。」

 

 

 

 

 

 

ギュッと強いハグに答えるように、ベルも強く抱き返す。壊さないように、優しく包むように。されども強く、熱く。愛の抱擁とは、正しくこのことを指すのだろう。

 

どうしてここにとか、君に言いたいことがあるとか。色々と言いたいことがあったが、口が上手く喋ってくれなかった。

 

それを察したのか、リューは優しく微笑んでベルの手を握った。

 

「場所を変えましょう。貴方に、伝えなければならないことがあります。貴方も、そうでしょう?」

 

「…うん。」

 

リューの瞳からは、真っ直ぐな意思だけが読み取れた。

 

さぁ、ここに決着をつけよう。

 

僕らの物語に、終止符を打とう。

 

 

きっとこれが、最後だから。




次回、疾風に想いを乗せて第1部、残り2話続きますが次回が最終回です。

残り2話が終わりましたら、番外編を更新開始します。

よろしくお願いします。


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第32話:間違いなんかじゃない

「ここが、相応しいでしょう。」

 

そう言って、ベルの手を引きながらリューが連れ出したのは、大きな剣塚だった。

 

「ここは…」

 

「私の、仲間たちが眠っている場所です。遺体はありませんが…これが彼女達の遺品です。」

 

「リューの、仲間が…」

 

剣塚に柔く触れたリューは、目尻に涙を浮かべながら呟いた。

 

「…みんな、私の、大切な人です…」

 

そんな、初めて見るリューに、ベルは何も言えずにそのさまを眺めていた。水晶の光に照らされる彼女の横顔はベルが今まで見た物の中で、1番美しかった。

 

「…私が野営地に居なかったこと、ダンジョンに赴く時顔を隠していること…私を知っている者が少ないとは言え、遠くない内に知る事になる…その前に、貴方には…ベルには、私の口で言えなかったことを後悔したくない。」

 

どくん、どくん、心拍がやけに早く、大きい。柄にもなく緊張しているのだろうか。けど、もう覚悟は決めた。彼の選択に委ねる。

 

「……わたし、は……ある派閥で治安維持の活動を行っていた…その時期は、あまりに酷く、敵が多い派閥だった。」

 

「…知ってる、暗黒期ってやつ…ラウルに聞いた。毎日が地獄みたいだったって…」

 

「えぇ、その通り。本当に、絶望に満ちていた。けれど、希望もあったのです。『正義』私たちの派閥が掲げていた理想であり、希望…しかし、5年前その全てが崩壊した。」

 

淡々と、時々大きく息を吸って、リューは続けた。あの惨劇を。

 

「貴方も対峙したあのモンスター…『ジャガーノート』に遭遇し、私は…たった1人、生き残ってしまった……そこからは…貴方と同じでした。」

 

「……」

 

「主神を外に逃がし、ただ只管にあの事件の関係者、疑わしきを殺した。ギルド、ファミリア、神を問わず…そして────その手はオラリオの外にも伸びた。」

 

ベルは、黙ったままその話を聞き続けた。その悲しそうな瞳を射抜くように見つめて。

 

「…情報に踊らされたと言えれば、どれほど良かったか…けれど、違う。私は、あの時考える事を放棄していた。ただ、殺戮の限りを尽くし、老若男女問わず殺した。」

 

「……」

 

「復讐を果たし…路地裏で死にかけていたところをシルに救われ…そして、貴方と出会った。」

 

「…うん。」

 

そのまま、瞳を閉じたベルは、未だに鮮明に思い出せるあの記憶を引っ張り出した。

 

燃える家々、暗雲が空を支配していた、その真下には、復讐に燃えた血塗れた妖精の姿。

 

「────わたし、なのです…!私が、貴方の家族を殺した…!」

 

罪の告白。

 

懺悔の時だと冷酷に雰囲気が告げていた。

 

両の瞳を開いたベルは、冷たい翡翠でリューを射抜いた。

 

「……リューは、後悔してるの?」

 

「……。」

 

「苦しい?」

 

「…貴方の苦しみに比べれば…私のこんなものなど、比較に、なりはしない…」

 

「違う、違うよリュー。」

 

そっと、リューの肩に手を置いた。

 

「苦しみも悲しみも、怒りも喜びも…全て君だけのものだ。何かと比べられるものじゃない。仲間を失った悲しみを、怒りを…こんなものなんて言ってはダメだ。」

 

それは、実感として篭もっているもので、ベルも経験したからこその言葉だった。

 

そっと頬に触れて、柔く微笑む。子供を諭す様に語りかけるベルは、どこか今までの子供らしさが抜けきっていた。

 

「…君と約束を交わして、遠征をして…本当に色々なことが起きた。悲しいことが沢山あった。不安も増えた。けど、それ以上に僕は君に逢いたかった。君は、違う?」

 

「…っ……」

 

そうして苦しげな顔をしたリューに、ベルは柔く笑いかけた。

 

「君って、結構顔に出るよね。照れたら可愛いし、ただの女の子だ。」

 

「…っ、何故!何故笑っていられるのですか!貴方の目的が、貴方の仇が目の前にいるのにっ…!」

 

「知ってたから。だから、驚きも特に無いよ。」

 

「────」

 

さらりと言ってのけたベルに、リューは声が出なかった。

 

いつからなのか、なぜ知っているのか。

 

グルグルと考えが回るなか、ベルは思い出してと指をこめかみあたりに添えた。

 

「君が教えてくれたんだよ?あの、オリヴァスとの戦闘の時に、ね。」

 

「………あの、時…」

 

確かに、言った。最後だと思っていたあの瞬間に、告白したのだ。

 

「耳は、最後まで残ってるらしくてね。死にかけてたけど、君の声だけは聞こえてたんだ。」

 

「……なら、どうして私を殺さなかったのですか…幾らでもチャンスはあったはずだ…あの後のベル、貴方ならいつだって私を殺せたはずだ!」

 

「無理に決まってるだろう。気がついたのは、少し後だけど……その時には、僕はもう君を愛していた。」

 

その言葉に、一気に顔に熱が篭もる。

 

「……っ、なぜ…私を…私なんかを…」

 

「君だからだ。君だからこそ、僕は好きになった。君だって、そうだろう?」

 

「……貴方は、意地悪だ…」

 

見透かすようなその言葉が、また鼓動を早めた。

 

すこし変わった彼に、微笑みを零して、彼女なりの答えを口にした。

 

「…貴方が遠征に行ってから、考えた。色々なことを、貴方にどう告白しようか…どう…この罪を償うか…。」

 

「……」

 

「けれど、私は死なねばならない。そうして罪を…精算しなければならない。私の罰は、貴方に殺されること。」

 

「それは逃げだ…罰なんかじゃない。」

 

「えぇ…そうでしょう。卑怯者でしょう。私は、罪から逃れる為に貴方に殺される。あぁ…それは、どれ程楽な事だろう…」

 

うっとりした声音とは裏腹に、リューは唇を噛みちぎる程に苦い顔をしていた。その顔をみて、ベルは一瞬目を伏せた。まるで、そんな顔見たくないと言外に表す。

 

「する訳ない、今更君を殺すなんて。」

 

「そう…優しい貴方は、無抵抗の私を殺せない。だから────剣を抜きなさい、ベル。」

 

リューの答えは、再び彼に憎しみを抱かせること。再び彼が自身を殺したくなれば、そうすれば、彼の呪縛を解き放てるような気がして。

 

この罪から、逃げたい。許して欲しい。けれど、己の矜持がそれを許さない。我ながら身勝手だとわかっている。だから、彼女は、結局死を選んだ。

 

彼の中で、永遠の悪でいよう。私は、悪でいい。彼にとっての悪にしかなれない。

 

これが、最善の道だと信じて。

 

「…剣をぬけぇッ!!ベル・クラネル!」

 

その慟哭にも似た叫びが響き、一瞬の静寂が訪れた。

 

両目を開けたベルはくつくつと笑って、口を開いた。

 

「本当に、君らしい…実直で融通が効かなくて、誠実であろうとする…さっきも言ったけど、君は案外顔に出る。だから魂胆も見え見え…けど、君がそれ程の覚悟をした。だから────」

 

このエルフらしい振る舞いに、ベルは抑えきれずに笑った後、間髪入れずにリオンを抜いた。

 

「いいだろう、リュー。君の怒りも悲しみも、君が抱える理不尽すら捩じ伏せて……君を殺す(生かす)。来るといい、全て、この僕が受け止めよう。」

 

「────ッ舐めるなぁ!!」

 

甲高い音が響き、周囲の低レベルのモンスターが顔を出し、次に来た衝撃によって、一斉に逃げ出す。

 

一気に飛び出したリューの小太刀を余裕の表情で受け止め、そのまま高速の連撃を弾き返す。スキルが発動しても尚、ベルには遠く及ばない。

 

(やはり速い…!私の斬撃など、微風程度ということか…!)

 

「どうしたの、リュー…手が止まってるよ。」

 

「ッ…!」

 

その場を1歩も動いていないのに、ベルからものすごい圧力が襲いかかる。それは、スキルの威圧。その血に流れるヒュドラの系譜が、人間の本能を刺激する。

 

しかし、その恐怖にも似た感情を押さえ込み、リューは駆ける。

 

「────やるね、ステイタスは更新してないはずだけど。」

 

「伊達に貴方に戦い方を教えていたわけではないということです。」

 

「そうだね…少しギアをあげよう。」

 

その一瞬、リューの小太刀の軌跡を完全に見切り、インパクトに重ねるように峰で叩きリューの手に強い痺れを起こさせた。

 

その時、リューの手からポトリと小太刀がこぼれ落ちた。

 

落とされた小太刀を、ベルはバキリと踏み砕いた。

 

「続けよう。」

 

冷酷に告げられたその言葉で、幸か不幸か意識を再び集中させたリューは、残り1本を携え駆けた。

 

空中で体勢を変え、いつかベルに教えた居合の構えを取る。

 

それを見たベルは、同じように腰を据えて目を瞑った。

 

「ハアァァァァッ!!!」

 

リューの渾身の一撃。身体をひねり、遠心力と力を小太刀に乗せた。しかし、空振りに終わった。気がつけば背後にいたベルに振り向いた瞬間。小太刀が根元からへし折れた。

 

『大切に使ってくれるなよ。』

 

「────輝夜っ……」

 

再生される最後の瞬間。彼女は、そう言い残してこの小太刀をリューに託した。

 

過去のライバル、そう言える彼女の形見が、無惨にも砕け散った。

 

「────アァァァァァァッ!!!」

 

「それでいい。来い、リュー。」

 

怒りか、悲しみか。もう感情がぐちゃぐちゃだった。ただ獣のように吼えてベルに木刀を叩きつけていた。

 

仲間の形見を砕かれて尚も、彼女の心にはベルへの想いが燻っていた。

 

嗚呼、怒りじゃない。憎しみなんかじゃない。これは、もっと、もっと────

 

「私は…私は!こんな気持ち────知りたくなかった!!」

 

「…!」

 

叩きつけられた木刀は、今までよりもずっと重くて、複数の感情が入り交じっていた。

 

「間違いだった!あの時、私が死んでいれば!!貴方がこんな思いをすることもなかった!!」

 

「巫山戯るなリュー!それは、命懸けで君を助けた仲間への侮辱だ!君が辛くなるだけだ!」

 

「やめろぉッ!優しい言葉をかけないで!お願い…私を裁いて…ベル……っ私を、殺せぇッ!!」

 

「するものかッ!!()は既に────君を救うと決めていたッ!!」

 

その言葉が、どれ程嬉しいか。リューは泣きながら木刀を叩きつけ、行き場のない感情諸共ぶつけた。

 

「貴方と、出逢わなければ…!アリーゼ…貴方は、生かす人間を間違えたっ!私は、私は…っ!」

 

「僕と君の出会いは間違いなんかじゃない!神だろうと精霊だろうと、誰だろうと間違いだなんて言わせない!言わせるものか!!」

 

そのまま鍔迫り合いの形のまま2人は睨み合った。

 

「君じゃなきゃダメなんだ!」

 

「そんな事ない!貴方の周りには、あなたを想う人が沢山いる!気づいていないだけだ!」

 

「誰が決めた!誰が言った!!隣にいて欲しい人を決めるのは僕だッ!僕は君に隣にいて欲しい!!」

 

真っ直ぐな瞳でリューを見つめるベル。リューに正面から向き合って、全てを救う目をしている。それは、あの時の自分を見ているようだった。

 

「────何故!何故だ!どうしてわかってくれないのです!私は、貴方の傍にいてはいけないんだ!」

 

そう叫ぶリューの想いを理解しながらも、ベルは己の意志を曲げなかった。

 

「君が、僕に夢を思い出させてくれた。」

 

「それは────」

 

「そうだ。君じゃなくても良かった。何かが違ったら、レフィーヤとかアイズだったのかもしれない。けど、そんなもしもに興味はない。」

 

鍔迫り合った剣を押し込み、リューを後退させる。弾けるように飛んだリューは、確かに見たのだ。

 

英雄の姿を。

 

「確かに君は…君が、僕を英雄にした。君じゃなきゃ、僕は英雄になれなかった。」

 

「……そんな事は、ない…貴方は、元からその器だっただけだ…」

 

「確かに、それはある。僕の体に流れる血は、僕を英雄たらしめるものだ。けど、英雄とは血によるものじゃない。」

 

確かに、ベルの体に流れる血は、ベルを英雄にするために必要な力を与えてくれた。しかし、ただそれだけ。英雄になりたいと、過去の憧憬を思い出させたリューの存在が、大きな支えとなっていたのだ。

 

けれど、リューはわかっていても否定する。否定するしかないのだ。

 

「違う…違うっ…違うっ、違うッ!貴方のその気持ちは間違いだ!気の迷いだ!私などさっさと殺して忘れるべきだった!」

 

「間違いなんかじゃない!君を想うこの気持ちは!間違いなんかじゃない!!」

 

苛烈になるリューの攻撃をいなしながら、木刀を下から掬うように蹴り上げ、木刀ごとリューを弾きあげる。

 

「君の仲間は、最後に言ったはずだッ!君に、生きろとっ!!」

 

「──────っ」

 

防御の姿勢のまま、落下するリューはその攻撃を躱せるはずも無く、風の刃がリューの頬を掠り、木刀を切り裂いた。その刃はダンジョンの天井に大きな傷跡を残し、消えた。

 

『正義は、巡るよ。』

 

「────アーディ…私には、遂に…」

 

思い出される、地獄を生き延びれなかった友の声。それは、戒めのようにリューの脳裏に響き、最後は消えていった。

 

落下するリューを抱き留めたベルは、すこしバランスを崩したように倒れ込んだ。

 

数分か、あるいは数十分か、そのまま2人は抱き、抱かれたまま互いの温もりを感じて、沈黙を貫いていた。この時間が心地よすぎて、動く気になれなかったのだ。

 

しかし、決着をつけねばならないと、ベルが口を開く。

 

「……約束を、して欲しい。」

 

「…………はい。」

 

ベルは、リューに約束という楔を付けた。

 

「二度と、剣を握るな。」

 

「……はい」

 

「二度と、死にたいなんて言うな。」

 

「…っ、は、い…」

 

「僕の傍から、離れるな。」

 

「…それではっ、罰に…ならない…っ…」

 

「いいさ、ただ僕が君の顔をみたいだけだから。」

 

「…はい、はいっ…」

 

「そして…君に……罰を与える」

 

「……はい。」

 

次の言葉で、リューを全てから解放する。

 

憎しみは、消えやしない。けれど、それ以上に彼女が愛おしかった。

 

だから、彼女を救う。理由なんて、それでいい。これくらいの身勝手さが僕らしい。

 

「────全て、捨てろ。」

 

それは、彼女へ与える最大の(救い)

 

「名も、過去も、信念も…過去の友も。全て捨てろ。それが、君に与える罰だ。」

 

「……はい、ベル。」

 

過去と切り離せない罪。友を殺した後悔。全てを背負い、押し潰されていた妖精の全てを、英雄は簡単に切り捨てた。それは愛ゆえに、それは彼女を思うが故に。

 

ベルは、全てを救う英雄ではない。救いたいと、心から思ったものだけを救う。だから、過去が彼女を縛り苦しめているのなら、どんな手段を使っても、過去を切り捨てさせる。

 

それが、どれほど残酷でも、救いであるのなら。

 

「あぁ……みんな……」

 

思い出す友の顔、声音に、熱。そして、彼女たちの最後。

 

『お前は……生きるんだぞ!』

 

「ライラ…」

 

『どうか、強くあらんことを。私の初めての好敵手。』

 

「輝夜…っ」

 

『じゃあね、リオン。』

 

「アリーゼ……っぁ…ぁぁっ…」

 

私は、最後の最後まで間違いしか選ぶことができなかった。やはり、アリーゼが生きるべきだった。

 

「…泣くがいいさ……女の涙を受け止めてやるのも、男の仕事らしいから。」

 

抱きしめられるこの熱が、離れがたく愛おしい。

 

ただ、アリーゼが言っていた言葉を、今更になって理解した。

 

 

 

 

『離しちゃだめよ───リュー。』

 

 

 

 

妖精を長年捕らえていた千の闇は、星々が道を指し示すのではなく、星の光も霞む稲妻によって切り裂かれ、未来を示した。

 

断罪がほしい

 

贖罪がほしい

 

仲間のもとに行きたかった

 

過去を越えるのが怖かった

 

過去を忘れるのが怖かった

 

忘れたら己の罪まで忘れてしまいそうで。

 

けれど、残酷な忘却が彼女を救う道の一つだった。

 

未来がほしい、今はその想いだけでいい。これが正しいだなんて思わない。けれど、これが罰なら、これが贖罪なら、これでいい。

 

 

 

「さようなら、私のすべて…さようなら…我が友よ…」

 

 

 

無くなっても、追いかけ続けた3つの背中は、一人の英雄の背に変わる。

 

あの三人なら、あの世で存分に笑ってくれることだろう。7つも下の少年に堕とされた、糞雑魚エルフと。

 

「人は、過去を忘れ道を歩む。どれほど親しかった人間でも、いつかは忘却が訪れる。残酷だろう、哀れだろう…けれど、人はそうやって己の道を歩む。君も、ただその時が来ただけなんだ。僕のせいにしていい。だからすべてを忘れろ。」

 

嗚呼、なんと泥臭く残酷な生き物だ。

 

けれど、それが人だ。

 

この不器用さがいいんじゃないか。

 

「リュー・リオンは死んだ…ここにいるのは、ただのリューだ。」

 

「……不思議な、感覚ですね。」

 

完璧とは程遠く、全能なんて以ての外。

 

それでいい、それが人なのだから。

 

「これから、なんと名乗りましょうか…」

 

「僕の名を使えばいい。どうせ変わるんだ。」

 

「それも、そうですね…で、では今日から…クラネルと…リュー・クラネルと…」

 

「赤くなってる。」

 

「か、誂わないでください…!」

 

「ふふ、ごめん。」

 

そうやって笑ったベルの胸に擦り寄って、また離さないように腕を回して抱きしめた。

 

 

「───ありがとう、ベル…私を、救って(殺して)くれて。」

 

「……あぁ、やっぱり君は、笑っている方がいい。」

 

 

笑ったリューは、やはり美しかった。

 

 

 

木陰からその様子を見つめていたリリルカは、やれやれと首を振って、呆れたように笑った。

 

 

「……最初から決めていたくせに…彼もつくづく不器用ですね。」

 

 

その終わりを見届けたリリルカは、その場からそっと離れる。

 

いい女とは、空気が読めるものなのだ。

 

自分の役目も終わったと、リリルカはパントリーに向かって歩き出した。

 

少年の復讐は、少女の罪は、これにて閉幕。

 

少年は、過去を殺し、未来を救った。

 

少女は、過去を殺され、未来に生きる。

 

 

「私が見届けました。貴方たちの軌跡を、物語を────どうか、貴方たちの行く末に、幸が多からんことを。」

 

 

こんな、喜劇にも取れる最後が、この二人には、人らしい二人には丁度いいのだろう。

 

「あーあ、どっかにいい男いませんかねぇ…」

 

らしくないことを呟いてから、リリルカは唇を尖らせた。

 

 




第一章、最終回になりました。

とりあえず、この回でベル君とリューさんの関係を巡る話は終わりになります。

あと1話、2章に続くエピローグを投稿後、番外:アストレアレコードに突入します。


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第二章
第33話:指名依頼


第二部始動


そよそよと風が吹き、窓から外を眺める。

ベッドに座り、儚げに外を眺める処女雪のような少年は、乾いた咳を数回して、また布団に潜り込む。隣で眠る妖精の寝顔を眺めて、二度寝を決行。

 

ベルとリューの問題が解決したあと、ベルの容態が急変。急遽、リヴェリアがリューの木刀を煎じて薬を作り出した。どうにか安定したところを見計らって、ラウルに全指揮権を投げ、首脳陣3人がディアンケヒト・ファミリアに所属する最高位の回復職であるアミッド・テアサナーレの元に急行。緊急入院となり、精密検査が行われた。

 

『…原因が分かりません。なぜ、このような症状が出ているのか…体は健康そのものなのに…呪いのような、血に刻まれたもの…そう考えなければ説明ができません。』

 

この世に存在する回復職のトップに立つアミッドですら原因すらわからなかった。しかし、最後の最後には『必ず癒します』と強い意志を持って語った。

 

とにかく、今は大聖樹の枝を集めるしかない。ということになり、首脳陣のコネや使えるもの全て使って、枝を20本確保した。

 

容態が回復したベルも枝回収に付き合い、リヴェリアと共にエルフの里を周り、リヴェリアの権力を使って恙無く回収を終えた。

 

今は、聖樹の樹皮を使った魔法薬瓶をアスフィに依頼し、それを待っている段階だ。

 

ベルとしては、3日で各地の聖樹を保有する里を廻った疲れを癒しているところだ。時間的にはベルが送迎することで数分で移動できる為、特に時間がかかった訳では無いが、やはり症状の影響で上手く魔力が出せないのだ。

 

「寒い…」

 

体温を求めるようにリューを湯たんぽ代わりにして、腕の中に収める。リューは寝心地悪そうに眉を顰めるが、段々と安らかなものに変わっていく。

 

今、この時間が最も幸せな時間だ。

 

「……ベル…寒い、のですか…?」

 

「……このまま、お昼まで寝ちゃおう…リュー、体温高いから…」

 

「……貴方がそういうのなら…付き合います…」

 

物欲がなく、装備と食事にしか金をかけなかったベルの貯蓄はそれはもうすんごい事になっていた。そのため、こんなに自堕落な生活を送っても特に問題はなかった。

 

しかし、他に問題は存在した。ベル程の戦力がずっと入院している理由にも行かず、かと言ってホームではゆっくり休めないだろう。という事で、ディアンケヒト・ファミリアに近くゆっくりとできる場所を、リューが提供した。

 

今は、元アストレア・ファミリアのホームであった家に2人で住んでいる。少し引越しが大変だったが、何とか昨日終了。今日は2人でダラダラ過ごす事に決めたのだ。

 

そうして、二人共が同じ姿勢のまま目を覚ましたのが昼前、いい加減お腹がすいた2人は、眠い目をこすりながら、キッチンまで向かった。

 

「ハムエッグでいいよね。」

 

「えぇ、楽に済むものにしましょう。」

 

サッサと朝食兼昼食を作り、2人で食べ始める。

 

「今日は何をしましょう?」

 

「んー、なんかアスフィが今週中に作り終えるから家に居てくれって言われてるからなぁ…アミッドも怖いから、ダンジョン行けないし…」

 

「なにか欲しいアイテムでも?」

 

「いや、友達に会いに行きたいんだけど…でもまずは、この症状をどうにかしないと。」

 

「そのとおりですね。幸いアンドロメダがやってくれています。彼女に任せれば大概の事は安心して平気でしょう。」

 

ベルは仕方ないとソファーに座り込んだ。その隣に座ったリューは、彼の肩に頭を預け、置いてあった手にゆっくりと重ねる。

 

「…しかし、貴方が彼の大英雄の直系の血筋とは…いえ、色々規格外な所を考えれば納得できますか…」

 

「ずっと驚いてるね。そんなに?」

 

「そんなに、です。」

 

「まぁ、そっか。御伽噺みたいだもんね。」

 

「ふふっ、貴方が御伽噺のようなものなのですが。」

 

どこ吹く風と他人事の様に語るベルに、リューはクスクスと笑った。

 

ココ最近、リューはよく笑うようになった。

 

ベルがリヴェリアとの里巡りを終えて帰ってくると、玄関までパタパタ走ってきて

 

「おかえりなさい、ベル。」

 

と、笑顔で出迎えてくれる。

新妻が板に付いてきたようなリューの仕草に、ベルは笑顔でハグを返すのが1番いいらしい。

 

「それにしても、ロキ・ファミリアは大躍進ですね。」

 

「うん、3人がLv7になって、きっかけがなかったみんなもLv6に上がったしね。ついでにラウルも。」

 

「今回の遠征で確実にフレイヤ派閥を越えましたね。まぁ、ベルが1人いるだけで勝負になるかどうか…」

 

「あの程度なら今でも余裕かな。」

 

「あの大派閥の主戦力5人を相手にしてそう言えるのは恐らくベルだけです……」

 

あの時も、今もLv4のベルだが、実力は詐欺そのもの。下ではLv8上位に相当する精霊を1人で討伐したそうだ。その証拠もクローゼットに収納されているため、嘘とも思えないし、思わなかった。

 

「…ベル、やはりレベルをあげる気にはなりませんか?」

 

地上に帰ってきて、さあ恩恵を更新しようとした時、ベルが直前で待ったをかけた。

 

恩恵を更新すれば確実にこの症状は抑えられる。だが、ベルには確信めいたものがあった。

 

「…そう、だね…なにか、人として大切な物が無くなる気がする…そんな、予感がある。」

 

「…無理に上げる必要はありません。ゆっくりと、歩んでいきましょう。私は、隣にいますから。」

 

「……あぁ、リュー…」

 

そっと両の手を重ねたリューは、微笑みのままベルを急かすことは無かった。

 

その時、玄関に設置されていた鐘が鳴り響いた。

 

 

 

 

「────と、遠征の報告は終了…枝集めも、存外早く終わった。」

 

「ガネーシャ・ファミリアはやけに協力的じゃったが、特に恩を売っている様子もなかったからのう。あそこから10程枝を確保出来たのは幸運だったわい。」

 

「おう、帰還早々お疲れやったなぁ。んで、ベルはどうなん?」

 

「今は、安定している。薬が効いているらしく、今朝も様子を見に行ったのだが、疲れて寝ているらしくて、彼女が出てきた。」

 

「おぉ、なんやアツアツやなぁ!フィン達も負けてられんへんで!」

 

その言葉に乾いた笑みを浮かべるフィンは、そんな相手がいれば苦労はしないと雑に流した。

 

フィン達幹部は、全員がLv7に至った。それもそのはずで、精霊の幼体との戦闘に加え、ネメアとの戦闘でその器を昇華させるに至ったのだ。ギルドは一気に3人もLv7に至ったことで大混乱。そして、ついでと言わんばかりにLv6が3人、Lv5が1人とランクアップし、今ギルドはてんやわんやだ。

 

小人族の希望であるフィンはことある事に同族に握手を求められ誇らしい思いをしている。

 

ガレスもガレスで酒を浴びるように飲み、ファミリアを大いに沸かせ、気が良く屈強なドワーフの英雄の誕生に冒険者は刺激を受けた。

 

1番大変だったのはリヴェリアだろう。ただでさえ王族と言うだけで畏まらせてしまうのに、Lv7に至ったと報告がオラリオに流れた時は、町中のエルフがお祭り騒ぎ、セルディア様の生まれ変わりだの、新たなる英雄の誕生だと、4日経った今でも騒がれている。

 

しかし、3人の気持ちは真逆。今までの明確なLv7という目標を達成した事によって、新たに生まれた目指すべき場所。それが、ベルのいる場所だった。

 

そのため、3人は嬉しい気持ちよりも、強くならなければと、より強く決意するようになった。

 

「ベルとは、ただでさえ差があるのに、こんな所でも差がつくとは思わなかった。ねぇ、リヴェリア?」

 

「…なぜ、私に振る。喧嘩か?喧嘩なのか?」

 

「やめんかフィン、ホームが消し飛ぶわい。」

 

一瞬魔力が迸り、その場が凍り付くように冷えたが、それをさらりと流してフィンは続けた。

 

「さてロキ、本題に戻ろう。さしあたっての僕らのやるべき事は2つ。もう1つの出入口の発見と、闇派閥の壊滅だ。ダンジョン攻略は後回しだ。」

 

「兎にも角にも、前者が見つからねばどうしようもできんからのう。」

 

「前者が片付けば後は秒読みだろう。なんと言っても、ベルがいる。闇派閥の生死に関わらないと言うなら、その拠点ごとベルに吹き飛ばしてもらう方法もある。」

 

「リヴェリアえっぐぅ…楽かもしれへんけど…」

 

そうして話を進める中で、フィンが1つ提言した。

 

「うん、これから闇派閥の作戦にベルは参加させる気は無い。それだけは共有しておきたい。」

 

「ほう…何故だ?」

 

「理由は2つ。これは、彼の病について。薬で調子がいいとはいえ、酷く不安定だ。戦闘中に発作が起きて彼が再起不能にでもなれば、ファミリア全体の士気が落ちる。それに、なにより彼女に申し訳が立たない。」

 

「…それもそうか。ベルの病がどうにかならない限りは不安要素があるのは確かだ。」

 

「そして、2つ目。安定するようになった…と言うよりも確固たるものになったと言うべきだが、アルフィアの事はまだ知らない方がいい。未だベルの心は不安定だ、そこに闇派閥との邂逅で余計な知識でも与えられたら…過保護かもしれないが、Lv7が3人にLv8~10がいるのは、過剰戦力だ。」

 

「なるほどなぁ…よし、わかったわ。これはウチから話しといたる。集中して治せ!っちゅう主神命令にしとくわ!」

 

「頼むよ。」

 

フィンのこの提案には、他に思惑があった。心配なのはもちろんではあるのだが、もし自分たちが死んだ場合。誰がオラリオを守るのか。

 

フレイヤの派閥には期待できないし、自分たちが勝てない相手ならばオッタルでも不可能。ならば、保険としてベルを残しておきたかったのだ。

 

「くれぐれも、頼むよロキ。あと、メレンの件もね。」

 

「おう!任せときぃ!」

 

 

 

 

「────アンドロメダ!」

 

「久しぶり…でもないですね、リオン…あぁ……今は、クラネルでしたね。お邪魔します、クラネル。」

 

「ふふっ…えぇ、どうぞアンドロメダ。流石は耳が早い。私が名を変えたのも既に知っていましたか。」

 

「…あ、貴女そんな風に笑う人でした?」

 

「こちらにベルがいます、着いてきてください。」

 

呆然とした様子でリューの後をついて行くアスフィだが、その変わりように驚きを隠せなかった。

 

女性としての魅力がなかった訳では無い。寧ろ綺麗どころの中でもトップレベルだったリュー。しかし、それにしても少女らしくなっている。と言うよりも、『女』になったというのだろうか。

 

もしやコイツら…と邪推したアスフィだが、いやいやと考えを振った。

 

「ベル、アンドロメダが来ました。」

 

「ん、アスフィだったか。タイミングバッチリだね。ありがと、リュー。」

 

「いいえ、気にしないでください」

 

「…クラネル、貴女本当に笑うようになりましたね…」

 

愛とは、凄いのです。と残したリューに、どこかもう異常な物を見る目をしているアスフィ。まぁ、それも仕方あるまい。異性は愚か、同性ですら肌を許すことのなかったリューが、ベルの手を握りフワフワの笑顔でこちらを見ているのだ。

 

異常だ。なんなら怖い。

 

しかし、そこは流石はアスフィと言うべきか。すぐさま頭を切り替えて話を再開する。

 

「先日ぶりですね、ベル・クラネル……いえ、こう呼んだ方がよろしいですか────【黎明(アルクメネ)】?」

 

「どっちでもいいよ。出来れば、2つ名で呼んで欲しいかな。」

 

数日前の神会でつけられたベルの新たな2つ名。

 

母メーテリアと最後に見た夜明けを忘れたくないと願ったベルが、この母の名を名乗りたいとロキと考えて強請った名。

 

ロキの提案であったことと、理由により誰も反対できなかった。ただ1人フレイヤのみが不満顔をしていたが、特に何かを言う事は無かったらしい。

 

「…良い2つ名だと思います。」

 

「ありがとう、アスフィ。」

 

ビジネスライク、という訳では無いが、ベルには幾許か恩があるアスフィとしては、この無害な少年に嫌悪の念などありはしない。

 

「さて、早速要件を済ましてしまいましょう。こちらが、頼まれていたマジックアイテムです。」

 

差し出されたものは、木製の水筒だった。

 

「【世界樹の涙(ティアー・オブ・ユグドラシル)】。注文通り、この中に清潔な水を入れてもらえれば、自動的に薬ができるようにしています。」

 

「凄い…流石です、アンドロメダ。」

 

「いえ、これも打算ありということをお忘れなく。」

 

「────それは、アスフィの後ろにいる神様に関係あるの?」

 

翡翠の右眼で睨みを利かせ、アスフィの後ろに威圧を飛ばすベル。それを見て、アスフィはだから言ったのにと頭を抱えた。リューはベルの指す方向を見つめるが、特に何かが見えるわけではなかった。

 

「────いやぁ、まさかコレが見破られるとはなぁ…流石、と言ったところかな?」

 

「随分と礼儀がなってないね、人の家に無断で入るなんて。」

 

「そこは謝らせてくれ。決して君たちに害意があるわけじゃないんだ。」

 

「だから言ったのです、余計なことは不信を買うだけだと。」

 

何も無かった空間が突如歪み、神が現れる。

 

軽薄な声音に、橙黄色の髪にハットを着こなした旅人風の神は、2人に頭を下げながら笑みを浮かべた。

 

「ここは、敢えて初めましてと言っておこう。ベル君に、クラネル夫人。オレはヘルメス、アスフィの主神をやってる。試す様な真似をして済まない。君の力を少し見て見たくてね?」

 

「……なんなら今少し見せてあげようか?」

 

「おっと、やめておくよ。」

 

手を挙げて降参の意を示したヘルメスを見て、ベルも張合いが無くなったのか、敵意らしい反応を示すことはなくなった。

 

「神ヘルメス。用があるなら、手短にしてください。ベルは少し疲れている。アンドロメダは別ですが、貴方は以前から面倒事を持ち込む神だ。」

 

「おいおい、酷いぜリューちゃん!まぁ、今日は手短にするつもりだった。用件は、これだ。」

 

差し出されたのは、1枚の依頼書であった。

 

2人して覗き込めば、内容は至極単純であった。

 

「…オラリオ外の遺跡調査の補助と、都市外モンスターの駆除…?」

 

「そうだ。これは、君への指名依頼ということになる。」

 

「……とは言っても、都市外のモンスターなら僕が出る必要ないんじゃ?アスフィとか、ファミリアでどうにかなると思うけど。」

 

「それが、そうもいかない。君じゃなきゃダメなんだ。」

 

どこか、確信めいたその言葉に、ベルは少しだけ目を細めた。

 

「…どこのモンスターだ。遠方にあるっていう竜の谷の飛龍とか?」

 

「いいや、そんなものならどれほど良かったか。俺たちが調査している遺跡に封印されていたモンスターなんだが…数ヶ月前に、何者かがその封印の一角を破った。今は、別のファミリアが監視しているが、時間が無い。共に来て欲しい。」

 

「だいたい、場所も書いてない。それもなきゃ、どうしようもない。」

 

少し溜めたヘルメスは、ベルに手を差し出した。

 

 

「力を貸してくれ英雄よ。約束の地の名は────エルソス。かつて、月精霊ネメアがあるモンスターを封じた場所だ。」

 

 

 




感想、高評価よろしくお願いいたします。モチベーションが上がります。


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第34話:約束の地(エルソス)

『君にしかできない。アレは、君じゃなければどうにもできないんだ。』

 

昼頃に訪れたヘルメスの言葉を、ずっと頭の中で響かせていた。

 

今の自分に、果たして何が出来るのだろうか。全力の半分も力が出ない今、薬があるとはいえ、安易に力を使えばそのしっぺ返しを食らうことになるだろう。

 

しかし、ヘルメスの最後の言葉がずっと引っかかっていた

 

『ネメアの事はアルテミスが感じたらしい。けど、彼は…自ら望んでそこにいたんじゃない。何者かに移されたと言っていた…────4日後の明朝…市壁の上で君を待っている』

 

精霊を利用する、ましてやあのネメアをだ。そんな命知らずベルが考えつく限りは闇派閥くらいしかないのだが、戦力比がどうにも釣り合わない。

 

(ネメアを封じ込める程のやつがいた…いやありえない、それならとっくにオラリオは陥落してるはず…なにか、特別な力が…?)

 

考えてもキリがないと、深くため息を吐く。やはり、行かねばならないか。そう考えた時、一気に咳が込み上げて、少なくない血を吐き膝を着く。

 

「ごホッ…ぐっ…」

 

「────っベル!?」

 

お茶を入れていたリューがその音に気づき、傍によってベルの背中を懸命に摩る。

 

「…ごめん、リュー…床、汚しちゃった…」

 

「そんなことどうだっていい!薬を持ってきます!」

 

急ぎ薬を持ってきて、リューはゆっくりと薬を飲ませ、肩を抱えてベッドまで運ぶ。

 

「…ありがとう、だいぶ良くなったよ。」

 

「いえ…」

 

やはり、薬を飲めばだいぶ苦しみが緩和されるようだ。これも、大英雄の血の濃さ故なのだろうか。

 

「…ベル。今回の依頼は、見送りましょう。」

 

「………」

 

「わかっているはずです…貴方のコンデションは最悪だ、その時ではないのです……今は、治すことに専念しなければ…」

 

「でも…」

 

「貴方が、ネメアの名を聞いてから穏やかでないのはわかっています。貴方の血筋を考えれば、彼の精霊と浅からぬ関係があることも。けれど、貴方は今全力の半分も力を出せないでいる。神ヘルメスの話が本当であったなら、ネメア以上の存在が敵としているという事です…今の貴方に何が出来る。」

 

厳しく、諭すように語るリューの言葉は、酷く正論だった。今、ベルがそんな敵と相対したとして、ネメア戦のように全力を出せるかは分からない。

 

だから、リューの言葉は誰から見ても正しい物なのだ。

 

けれど、ベルとしてはそうもいかない。

 

「…今、僕の体は精霊と人の境にいる。体は人だけど、もっと中身…魂の根底は精霊により近い。もしかしたら僕はもう…人から逸脱している存在なのかもしれない。」

 

「…ベル!」

 

「だから!…だから、知らなきゃいけないんだ。探さなきゃいけないんだ!人と、精霊の境界を!人とは、なんなのか…見つけなきゃいけないんだ!だからこそ、精霊と縁深いあの地に行きたい!確かめなきゃいけないんだ!僕が、人であるのかどうか!」

 

ベルのその言葉は、リューには理解できないものだった。ベルの口から語られる精霊と、リューの知っている精霊には決定的な違いがあった。

 

『精霊は、人が思うほど優しくないよ。寧ろ、ずっと残酷に映ると思う。』

 

ベル曰く、最高位・上位の精霊は、英雄候補を生かす機構であるという。自我、感情が薄く、取捨選択において英雄を捨てることが無い。つまり、選択に迫られた時、何よりも英雄を取るということ。

 

それは、リューの知るものとは大きく違い、衝撃を受けたものだ。

 

最高位となれば感情は薄い程度で、ベルの母曰く、大切な何かが圧倒的に足りない人。という認識らしい。

 

リューから見て、ベルは確実に人だ。愛を知り、笑い、悩む。人臭いほどに人だ。

 

元々、感情の機微が薄いベルだが、もしやそれが原因では。とフィンは語っていた。

 

「…もう、嫌なんだ。何も失いたくない…この心が、想いが無くなるなんて…考えたくもない…!」

 

この時にして、確かな感情を得たベルはそれを失うのが怖かった。

 

人は、1度手にしたものを手放すという事に恐怖を覚える。権力、栄光、それは心も同じ。

 

ベルの何かを失う予感は間違っていないのだろう。けれど、それが何を失うのかが分からない。

 

怒りか?悲しみか?それとも全て?

 

もしかすると、今ある愛と呼ばれるものかもしれない。

 

ベルは、それは、それだけは失いたくなかった。

 

「君を想うこの感情も、もしかすると消えるかもしれない!!君といて嬉しい感情も、2人で苦しみを分かち合うことも、できなくなるかもしれない…!」

 

悲痛なその叫びは、紛れもない英雄の苦悩だった。力を得る代わりに、何かを失う。ありがちな零落物の英雄譚。しかし、これは物語ではない、ベルの人生なのだ。

 

ならば、自分はどうするべきだろう。最強を誇る強さを持つとは言え、まだベルは14歳だ。少し前まで戦闘とは無縁で、本来自分の命を勘定に何かを考える年齢ではない。自分の時が少々特殊だっただけだ。今、急ぐ必要は無い。

 

だからこそ、ベルよりも長く生きてきた物の後押しが必要なのだろう。

 

そう結論付けたリューは、ベルの頭を抱きしめて、ゆっくりと撫でる。

 

「……ベル、行きましょう。私もついて行きます。どこまでも…貴方の傍に。」

 

「……ごめん、また勝手に……」

 

「いいえ、貴方の苦悩は誰にも理解できないもの…貴方を1人で悩ませてしまった…」

 

「ごめん…ごめんよ…心配、させる…」

 

「えぇ、良く言葉を選べました。『迷惑をかける』など口にしたら、1週間は口を聞かなかったでしょう。」

 

「…ふふっ…それは、嫌だな…」

 

「ならばこれから気をつけなさい。そして、私を頼ってください。貴方とは、これからの人生を歩む。どうしようもなくても、話すだけで、人は気が楽になるものです。だから、話しましょう…色んな事を。」

 

ベルよりも長く生きる者としての使命に思い至ったリュー。しかし、この役割はベルが全幅の信頼と愛情を注ぐリューであったからできるものであり、彼女にしかできない役割と言える。

 

抱かれるだけであったベルも、リューの背に手を回し、体いっぱいに甘えるように抱きついた。

 

「…うん。大好き、リュー…」

 

「そっ、その、私も…貴方が好きだ、ベル…」

 

ベルのストレートな言葉は、リューにとってあまり得意なものでは無い。けれど、その想いに応えないのは、やはり違う。

 

ひとしきり済んだ後は、2日後の準備をしなければならない。都市外への出向申請はヘルメス側でやってくれるとの事なので、ポーション類もいつでも出られるようにベルが整理していたものがある。

 

となると、と、さしあたっての課題をリューは整理した。

 

「────何よりも先に、【戦場の聖女(デア・セイント)】を説得しなければ…骨が折れます。」

 

「……それ1番難しくない?」

 

「…2人で頭を下げる…では確実に無理なので…彼女を納得させる理由が必要です。」

 

「んー…最後に行きたい…とか?」

 

「……貴方は彼女の神経を逆撫ですることだけに関しては第1級です…私が彼女と話すので、ベルは黙っていてください。」

 

「うぐっ…で、でも」

 

「いいですね?」

 

「あっ、はい。」

 

リューの圧力に負けたベルは、思わず敬語が飛び出した。

 

 

 

 

 

「────許しません。許されません。その状態で都市外への遠征?いつ帰ってくるか分からない?そんなことを仰って、許されるとでも思っていたのですか?それに…最後に行きたい?貴方の最後を決めるのは貴方ではなく私です諦めたような発言は今後一切許しません次そのような口をきけばこの治療院に縛り付けて二度とそんな口を利けないように教育を施しますのでわ か り ま し た ね ?」

 

銀髪の聖女、アミッド・テアサナーレは激怒した。

 

次の日、ディアンケト・ファミリアを訪ねアミッドの許可を得ようとした2人を待っていたのは怒り狂う聖女だった。

 

「……り、リュー…タッチ……」

 

「はぁ…やはりこうなりましたか…」

 

先日の出来事で、どうしてもやると言い出したベルがアミッド説得に乗り出し、まぁこれも経験だろうと、リューはやらせては見たが、余りにもあんまりな結果になった。

 

(わかってはいましたが…一言二言…いや、全て足りないし余計だ…)

 

ベルの性格的に、若干内向的でコミュニケーションがボディーランゲージや、足りない言葉から相手に読み取って貰う事が多い、と言うよりも察しが良すぎる人間がベルの周りには多いため、喋るのがそれ程得意ではなくなった。

 

しかし、決める所は決める、と言う【勇者】(フィン)も認める天性の英雄気質(主人公属性)のせいで、周囲はあまりその印象を抱かないのだ。

 

リューとの決着と、日常のギャップがその証拠だ。

 

気づいているのは、主神ロキに三幹部。そしてレフィーヤ、アナキティにアリシアくらいだろう。同じ気質をもつティオナはそんな事はわかるはずがないし気にもしていない。

 

仕方ないとバトンタッチ。リューが話すことに。とぼとぼとその場から離れ、扉の前で体育座りをし始めた。

 

リューの前では男であろうとしているベルだが、所々ボロが出て年相応の姿が顔を出す。

 

「【戦場の聖女】少しだけ話を聞いていただきたい。彼は、少し…言葉が足りない。」

 

「……クラネル夫人、貴方も彼を止める立場だと認識していましたが?」

 

「えぇ、本来ならば家でゆっくりしてもらいたい。治るまで無駄な戦闘も、移動もさせたくはありません。けれど、彼の精神は今非常に弱っている。貴方も知るように、彼の血は精霊と人の混血。治療時に精神状態が体にどのような影響を及ぼすかは、貴方も知るところでしょう。」

 

主治医であるアミッドにのみ共有された、ベルの血筋と、その呪詛の深刻さ。その悩みは常人に図り知ることが出来ないの通り。それは、全てを癒すヒーラーであるアミッドでもそればかりはどうしようもない。だから、それが出来るリューに一任している。

 

「…えぇ、ですので彼の精神的・身体的療養の為、貴方と2人で暮らしていると聞き及んでいます。私も、ロキ・ファミリアのホームよりも近所にあるため、あの場所での生活を許可しました。ですが、都市外への遠征を許可した覚えはありません。」

 

「今、彼は揺れています。人と精霊の狭間で…自分は人なのか、それとも人という枠組みから外れたナニカなのか。今回の遠征は、それを知るチャンスかもしれない。あの場所は、精霊に縁が深い、そしてベルと関係のある精霊の逸話も存在する場所です。」

 

「…彼の治療に繋がると?」

 

「はい、その通りです。」

 

ふむ、と考え込んだアミッドに、リューはやったか?と半ば確信めいたものを感じた。

 

「……分かりました、許可しましょう。」

 

「では…!」

 

「しかし、条件付きです。」

 

流石リュー!と後ろから猛烈な視線が注がれているが、今はそれを無視して条件を飲む事にした。

 

「それで、条件とは。」

 

「私の護衛です。」

 

 

 

 

「まさか、【戦場の聖女】まで同行してもらえるとは。これは吉兆だなぁ〜!」

 

「【黎明】は私の患者ですので…それに、既にロキ・ファミリアから依頼されていますから。」

 

(無茶したら殺される…)

 

「…どうして【黎明】はあんなにビクついているのですか?」

 

「以前……その、とんでもなく怒られたことがありまして…治療院でお菓子を食べたとか…」

 

「…あぁ……彼、まだ子供ですから…ね…」

 

市壁の上で内心ビクつくベルは、すっかりこの少女が苦手だった。

 

治療院に運び込まれた時、ティオナがお見舞いとして持ち込んだ菓子がバレて、2人揃って滅茶滅茶に怒られた。

 

彼女の怒りは、リヴェリアと同じくらいに怖かった。思わず、2人から敬語が飛び出るくらいには。

 

「そういえば、なぜ市壁の上で?」

 

「ま、それは待ってれば分かるさ────おっ、来たな!」

 

すると、上空に影が現れ上機嫌な高笑いが響いた。

 

「ハーッハッハッハッ!トウッ!!」

 

シュタッ!と降り立った男は、奇声をあげて半裸に象の仮面を被っている。初めて見る部類の人間に、ベルは慄いた。

 

「へ、変態…!?」

 

「変態ではない!ガネーシャだッッ!!」

 

「ガネーシャ…シャクティの主神…!?」

 

なんで!?という表情でリューを見れば、やはり彼女も呆れたように苦笑い。善神ではあるのだが、癖が些か強すぎる。

 

冷静で優しく、時に微笑みながら頭を撫でてくれたシャクティのお姉さんというイメージからかけ離れた主神に、辟易した。

 

「俺がっ、ガネーシャだッ!」

 

「嫌だっ…凄く知りたくなかった…!」

 

『気持ちは痛い程わかります。』

 

「ガネーシャ、超ショック〜!!」

 

美女3人の声の揃った肯定にも、わははは!と笑いながら上機嫌に飛竜を手懐けている。

 

すると、突然ベルの傍に近寄り目線に合わせるように屈んだ。

 

「少年、君がベル・クラネルか。成程、成程…」

 

「な、なに…?」

 

「うむ…シャクティやハシャーナが言った通りに、お前はどこか、あの子に似ている。」

 

「あの、子?」

 

「…正義を疑わず、その優しさ故に、この世を去った。私の愛しい眷属だ。」

 

「……僕は、正義なんて持ち合わせてない。」

 

「そこではないよ、少年。その英雄を疑わぬ眼は、きっとあの子が願った未来を呼び寄せる。頑張れ少年、幼きその身に宿命を宿す英雄よ。迷え、悩め、葛藤しろ。人とは、英雄とは、そういうものだ。」

 

「────!」

 

突然、ガネーシャはベルの瞳を見て、さっきの様子からは想像もできない程にまともな事を言った。

それも、今正にベルが悩みを抱えている問題を的確に。

 

すこし、この神への認識を改めた。

 

「…シャクティが、貴方を主神と仰ぐ理由が、少しわかった気がする。」

 

「俺はガネーシャだからなっ!!」

 

さっきまでの威厳ある姿はどこへ行ったのやら、呆れたように苦笑して、ベルは飛竜に目をやった。

 

「ん…エルソスまで、よろしくね。」

 

その後も、飛竜の鳴き声に答えるように、微笑んだり、困ったりするベルを見て、リュー以外が目を剥いた。

 

「ベル君…喋れるのかい?」

 

「うん。喋るって言うか、思ってる事を直接読み取ってるみたいな。ほら、僕のスキルにある竜の因子とか。」

 

ベルの体に流れる全ての竜の始祖とも言える血脈は、そんな事も可能にさせるのかと、一同は驚きながらも、ベルなら喋れそうだな。と思い、3匹の飛竜を見て足りなく無い?とガネーシャを見た。

 

「ぶっちゃけ揃えられなかったから、2人乗りで行ってくれ!」

 

「1人あぶれるのかぁ…仕方ないここは────」

 

「【戦場の聖女】共に乗りましょう。」

 

「えぇ、お願いします。」

 

「リュー、手を。」

「ありがとう、ベル。」

 

「俺でいいよ〜…ははは…最初から決まってたかぁ…」

 

ガックシと項垂れるヘルメスをよそに、4人はさっさと飛び乗った。

 

ベルの後ろに乗ったリューだけが、少し震えるベルの手を見ていた。

 

「…行こう、エルソスに。」

 

上り始めた朝日に向かって、3匹の飛竜は飛び立った。

 

少年は、己を知る為に、約束の地へと旅立つ。



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第35話:月女神の眷属(アルテミス・ファミリア)

「かれこれ1週間…天気も崩れませんし、飛んでいる分には心地いいですね。」

 

「ベル、疲れていませんか?」

 

「平気だよ、リュー。君も、落ちないようにしっかり掴まっててね。」

 

「えぇ、しっかりと。」

 

「……そして、この2人の距離感にももう慣れました。」

 

向こう側では、ふわふわ、甘々な空間が出来上がっていることに対し、もう何も言うことは無いとアスフィがため息を零す。

 

「…事実婚とは言え、ご夫婦ならば健全ではないかと。」

 

「いやまぁそうなんですけどね?その、昔を知っていると…と言いますか…」

 

「それは、何となく分かります。」

 

お互い、既に居ない『リュー・リオン』を知っている身としては、どうにも納得がいかないのだ。

 

沈む夕暮れを眺めて、ベルが全員にハンドシグナルで、この下で野営することを告げて、一向は広場に降りて野営を始める。

 

テントを建てて落ち着いた頃、アミッドがベルの体温を測り、採血を行う。

 

「オラリオを出てから、体調の変化は?」

 

「少し寒いけど…上空だからかな?」

 

「それは、ご自分で対策してください。くれぐれも、体調を崩す真似はなさらぬ様に。」

 

「わ、わかった…」

 

すっかりと立場が決定されたベルは、ただアミッドの言うことを聞くしか無かった。

 

小瓶に入ったベルの血液成分を確認し、やはりか。と小さく零した。

 

(やはり、彼の血は精霊にほど近い…この少量の血液に含まれた膨大な魔力は、彼が精霊の血を色濃く受け継いでいることの証左…彼の症状を見るに、拒絶反応に近いもの…やはり器の問題、でしょうか。)

 

未だ器が至っていないというのが、彼の見解だがあながち間違いでも無いのだろう。

 

医者としては、早急に器を昇華させたいが、本人が懸念することもある。それに、自信が信頼を置く医者神が、ベルと同じ事を言っていたことが大きいだろう。

 

アミッドとベルは、そのまま何も言うことなく火の傍に寄る。

 

「そう言えば…神アルテミスとはどのような人物なのでしょう。」

 

「それは私も気になります。なんでも貞淑で厳格だとか…」

 

「ああ〜…処女神だね。みんなが知ってるのは……性質は、星乙女に近い。」

 

「星乙女……誰?」

 

「えっ、ベル君知らないのかい?リューちゃんからは何も聞いてないの?」

 

「何も。」

 

「私には、もう関係ありませんので。彼には、何も語っていません。」

 

毅然とした態度で語る彼女に、ヘルメスすら茶化すことなく、帽子のつばを摘み、そうかと呟くだけ。

 

「確か、ベル君はアルテミスには会ったことがあるんだろう?」

 

「…けど、よく知ってるわけじゃない。」

 

「その時の印象を教えてあげればいいさ。」

 

ヘルメスの言葉に、数秒悩んだベルはある言葉を思い出した。

 

「おばさんの受け売りだけど……拗らせ過ぎて鉄みたいな女。」

 

「て、鉄みたい…」

 

「う、うーん…あながち間違ってない…」

 

「善神であることは間違いないけど、ヘスティア様と違って融通があんまり効かないし、正義感と責任感が強すぎて面倒臭い。おばさんは『どうしてあの下半神(ゼウス)からあの子が産まれたのか理解に苦しむ』ってよく言ってた。」

 

「ベルのおば様は、神々と関係が?」

 

「知らない。あんまり何かを教えてくれる人じゃなかったし。でも、アルテミスとは割と仲良さげだったと思う。」

 

「謎の人物…ですね。」

 

話がアルテミスではなくベルのおばさんとやらに脱線したが、話を戻す。

 

「でも、アルテミスは悪い神じゃないから、みんな平気。昔沐浴を覗いたヘルメス以外は。」

 

「いや〜…あったなぁそんなことも。」

 

「ヘルメス様…」

 

「『沐浴を覗くような男になるな。ヘルメスの豚の言うことは大抵間違いだ。』彼女がよく言ってたからさすがに覚えてる。」

 

「…あの、クラネルさん。」

 

「なに?」「なんでしょう。」

 

「あ、ああ、ベルさんの方です…沐浴の時は、監視をお願いします。」

 

「りょ。」

 

「【黎明】その時はついでにヘルメス様への折檻もお願いします。いっそ天に返してやってください。」

 

「りょ。」

 

「待ってベル君!?そんな殺害予告を簡単に請け負わないでくれ!?」

 

「覗くことは確定事項なのですか…」

 

そう叫ぶヘルメスに向かって、ベルは一層冷めた瞳で一言放った。

 

「皆のは別にいいけど、リューのを見たら神核すら分解して消滅させるから────覚えておけ。」

 

「あっ、はい。」

 

神ゆえに、嘘を見抜けるが故に、ヘルメスは敬語を使った。

 

「愛されてますね、クラネル。」

 

「……茶化さないでください、アンドロメダ…」

 

満更でもないように顔を伏せたリューを、アスフィとアミッドは苦笑で締めくくった。

 

 

 

そして、3日後。到着予定日時には、既にエルソス遺跡が見えていた。

 

「ん、見えた……あれが、エルソスの遺跡…」

 

「…あれが…しかし、精霊が関わっている場にしては、どこか物々しい気が…」

 

「まぁ、とりあえずこの空の旅もあと数分でおしまいだ。先遣隊の野営地に行こう。」

 

ヘルメスの先導で先遣隊の野営地に降り立ち、漸くあの窮屈な空の旅から開放されると、4人は大地に足を下ろした。

 

「やっと着きました…【戦場の聖女】手を。」

 

「ありがとうございます【万能者】。」

 

「……ぁ………」

 

スタイルがよく、長身であるアスフィが小柄なアミッドに手を差し出すその様は、聖女と騎士のワンシーンの様な清廉さがあった。

 

その光景に、少し憧れを抱いたリュー。

 

この妖精、全てが終わったあとから自身の少女趣味を割とさらけ出すようになった。愛読書も恋愛ものが増え、少なからず影響を受けるように。物語のような恋愛をリアルでしているため、感覚が多少麻痺しているのだ。

 

けれど、そんな事をこの歳で求めるのも……と、その考えを振り払った。

 

しかし、ベルはその望みを見透かしたように下で手を広げる。

 

「リュー、おいで。」

 

「はい……ベル…?な、何をしているのですか?」

 

「何って…ほら、おいで、リュー。」

 

察した様に微笑んだベルが両手を広げ、正にリューが望んだシチュエーションを再現しようとしている。もしや、顔に出ていたかとも思ったが、ベルの顔にからかい等の感情が見えないことから、素でやっている。

 

最近、二人でいる時に良く読んでいる本が恋愛ものであることをベルは見ていた。その内容は大体が白馬の王子様や、身分違いの恋のようなものだった。

 

きっと、リューはこうしたら喜ぶだろう。という、100%の善意と好きな子の前ではカッコつけたい男の子の性がこの状況を生み出した。

 

周りを見渡したリューはアスフィ、アミッド、ヘルメス、アルテミス・ファミリアを含め全ての団員がこちらを見ている。そんな中で、「Lv4だから私には不要です」なんて空気の読めない発言は出来なかった。

 

「あ、あの…いいえ…行きます。」

 

「うん、おいで。」

 

どうにでもなれとベルに飛び込めば、しっかりと抱くように受け止められる。それを見た先遣隊の女性陣の黄色の歓声と、男性陣の怨嗟の声が聞こえたが、そんなものは気にもとめず、ベルは微笑んだ。

 

「お疲れ様、リュー。」

 

「い、いえ…その…そろそろ…」

 

「寒いんだ…もう少しこうさせて。」

 

「……なら、仕方ありませんね。」

 

一瞬で端の方に移動したベルとリューは、隠れることも無く温もりを分け合った。

 

元々本営では何もしなくていいと言われていたこともあり、ベルはそれまで体力を温存する事にした。今回の戦闘の要は、確実にベルだ。今体力を温存しなければならない。

 

そうして休んでいると、前方から数人の足音が聞こえ、その足音に聞きなれたものを感じた。

 

「…わっ、ホントに…ベル?」

 

「…見違えた…まさか嫁まで連れての再会になるなんてな。」

 

「ランテに、レトゥーサ…3年ぶり、かな。変わらないね。」

 

淡い緑髪と碧眼の少女に、錆色の目と同色の髪の女性、ランテとレトゥーサはベルにとって久々の相手だ。

 

「ああ……お前は、変わったな。それも、いい方向に。」

 

「……色々、あったんだ。」

 

「……そうか。」

 

昔のベルを知っているレトゥーサにとって、ここまで年相応に顔を弛める所を見て、安心した心もあるのだ。

 

復讐1色に染った彼は、正しく修羅だったのだから。

 

「うわー!ベルだぁ!いやーもういい男になっちゃって!お姉さん一瞬わからなかったよ!」

 

「…ランテも相変わらずみたいだね。」

 

バシバシ背中を叩くランテに、呆れながらベルは呟いた。

 

「他のみんなは?」

 

「いま、調査予定地の遺跡までの整地を行っている。調査も撤退も、道が整っていた方が利便性は高いからな。」

 

「そう。こう言う調査系のクエストは初めてだから、そっちのやり方に任せる。戦闘になったら…まぁ、僕に任せてくれればいいよ。」

 

「ふっ、言うでは無いか。お手並み拝見するとしよう。」

 

どこか懐かしい風を感じながら、ベルは奥の遺跡を見遣った。

 

「依頼内容は…遺跡調査時のモンスターの討伐…だよね。」

 

「あぁ…元々この遺跡はアルテミス様が関連している精霊が、あるモンスターを封印したそうなのだが…どうやら私達だけではどうにもならないらしく、オラリオに救援を送ったのだ。」

 

「…なるほどね。」

 

「後でアルテミス様から詳しい説明があるだろう。それまでは休んでいてくれ。」

 

「わかった。」

 

離れていく2人の背中を見ながら、苦い記憶のある女神を思い浮かべて、顔を顰めながらただその時を待った。

 

 

 

 

しばらくして、整地が終わったのか呼び出しがかかり、本営のテントに呼び出されたベルとリューは、どうにも居心地が悪かった。それもそのはず。アルテミス・ファミリアでは全面的に恋愛禁止という事と、顔見知りのベルの恋人という事でジロジロ見られるのだ。

 

「…ごめん、リュー。」

 

「い、いえ……それに、もう慣れました。随分と、古風な考えをお持ちなんですね彼女達は。」

 

「あー、いや…アルテミスが恋愛禁止にしてるんだ。」

 

「……貴方の鉄のようと言う比喩が、少しわかった気がします。」

 

正直なにか言われるだろうなーと内心面倒くさがってるベルは、億劫になってきた感情を抑えて、テントに入った。

 

そこには、水色髪の麗人が中央に座していた。

 

「……本当に、お前が来るとはな……ベル。」

 

「僕が何者なのかを探すため…そして、友の弔いの為ここに参上した。ネメアの墓は……ここがいいだろう。」

 

腰に下げられたネメアの遺灰と、纏うロングコートがネメアとの出会いを顕著に示していた。

 

ベルが纏う獅子革のコートは、ネメアのドロップアイテムである革から作り出されたコート。ヴェルフは素材をそのまま使う装備を嫌うが、ベルの頼みとあらば断るわけにはいかないと旅の前に急ごしらえで作り上げてくれた。

 

「…お前が、彼を止めてくれたのだな…これも、血の運命か。」

 

「友として、苦しむ彼を解放させられた。それだけで、離別は悲しむものじゃない。」

 

そう言い切ったベルに、アルテミスは悲しげな眼をしてお前もか、と呟いた。

 

暫くの静寂のあと、アルテミスが切り出す。

 

「…では、今回の依頼について詳しく話そう。発端は1か月前。エルソスの遺跡周辺で未確認のモンスターが確認された事にある。私と縁深いこの地は常に気にかけていたが、いつの間にかあの遺跡に施された封印の一部が破壊されていた。」

 

「犯人は?」

 

「わからない。だが、ネメアがダンジョンにて穢されていた事から、闇派閥に属する何かだと推測している。」

 

「また、アイツらか…!」

 

『────っ!?』

 

ヘルメスの言葉に怒りを滲ませるベルは、殺意を抑えることなく溢れさせる。それは、神やその周囲にいた者を容易に竦ませることが出来るほどの威圧だった。

 

しかし、隣で話を聞いていたリューだけが、臆すること無くベルの手を取った。

 

「落ち着いてください。最高戦力である貴方が心を乱せば、士気に関わる。言ったはずです、感情の手網を握りなさいと。」

 

ピシャリと言ったリューの言葉は、ベルを落ち着かせるには十分な効果を発揮した。

 

先程までこの一帯を支配していた威圧が消え去り、先程の静寂が訪れた。

 

「……ごめん、みんな。落ち着いた。」

 

「…いや、お前の怒りもわかる。私も、あの子を穢された恨みは忘れていない。この報いはいずれ受けさせる。」

 

「あぁ、わかってる。」

 

落ち着いた所を見計らったアルテミスは、話を続ける。

 

「未確認のモンスターに関してだが、これらはあそこに封印されたモンスターの触手のような物だと判断している。」

 

「…その、封印されたモンスターって?」

 

瞼を閉じたアルテミスは、意を決したように語る。

 

「過去、お前の祖先が3人の精霊と手を取っても尚、封印することしか出来なかった。」

 

「…そう、やっぱり…」

 

「破壊の先触れ、地を喰らう大蠍。名をアンタレス。アルケイデスが成した偉業の中で、唯一彼が、自ら失敗したと語る太古の怪物だ。」



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第36話:尻拭い

『遺跡攻略は3日後だ。それまではこの自然で英気を養ってくれ。ここは穢れなき精霊の地、お前のその症状にも緩和が期待できるだろう。』

 

アルテミスのその言葉で解散したベルとリューは、自由に過ごす事に。

 

アスフィは遺跡に向かい、闇派閥の痕跡が無いかを調査に。ヘルメスの我儘を聞くよりも余程建設的だと早々に逃げていた。

 

ベルは湖畔で精神統一を行い、体内の魔力を循環させ体の機能を活性させる。これは、リヴェリアに教わった整体術。これをやるとやらないでは体の調子が違うのだ。

 

そして、この地に満ちている精霊の気配は、ベルの体によく馴染み、幾らか体調は良くなりつつある。

 

前で釣りをしているリューを眺めながら、ベルはこうしてゆったりとした時間を過ごすのも悪くないと思っていた。もし、少し時間が貰えるのなら、外で何事も無く過ごしたい。

 

「────わっ、わっ…!つ、釣れました…!」

 

「ふふっ…やったね、リュー。」

 

目の前で魚に悪戦苦闘していたリューも、早朝から4時間の苦戦の末に、どうにか1匹目を釣り上げた。

 

どうも彼女は力加減が阿呆みたいに下手くそなため、繊細な行為が苦手だ。几帳面な性格をしているため、料理も材料や調味料を間違えることは無いのだが、如何せん火力が豪快すぎる。それを直せば、いい線行くと思うのだが。

 

そんな事を考えながら二人の時間を過ごしていると、背後から1人分の足音が聞こえてきた。

 

「…なんの用、アルテミス。」

 

「あれ程世話をしてやったのに、随分な対応ではないか。」

 

「あれが世話?僕をイラつかせてただけだろう。」

 

「ひねくれ小僧め。彼とは似ても似つかないな。」

 

「当たり前。僕は、僕だから。」

 

どこか刺々しいやり取りは、慣れた関係であることをリューに想像させ、やりづらそうにベルを眺めた。

 

それに気がついたのは、ベルではなくアルテミス。苦笑した彼女は、改めてと胸に手を当てた。

 

「改めて自己紹介を。私はアルテミス。彼とは…そうだな、先祖から続く腐れ縁だ。」

 

「そんなの会った時は知らなかった。」

 

「…リュー・クラネルです。まだ正式に契りを結んだ訳ではありませんが。彼の姓を頂きました。」

 

「……そうか、あぁ……そうか。」

 

アルテミスは、どこか感慨深そうに微笑んだ。その微笑みは、どこか母の顔のような安堵に満ちたもの。

 

それは、事前に聞いていたアルテミスの印象とは大きく違うものを感じ、リューはどこか不思議な感覚を覚えた。

 

「憎しみに溺れていたお前が、よもや数ヶ月でここまで変わるか。」

 

「…人は、変わる。神と違って、前にしか進むことができない。変わることが、人の唯一の権利だ。」

 

「ふっ…それを謳うお前が、己が何者かを探しに来たのか?」

 

「境界線は…どこにある?神と人の境界は?精霊と人は?怪物と人は?誰にも、わかりやしない。僕が、僕自身が決めるしかない。」

 

「……そういう所は、彼によく似ている。」

 

「見ていただけのくせに。」

 

少し睨むようなベルの視線を、さらりと流してアルテミスは笑う。

 

「見ていたからこそ…アルケイデス…オリオンの事は、よく知っているさ。」

 

「どうだか。」

 

「…べ、ベル?どうしたのです…?」

 

珍しくイラつきを隠すこと無く、拗ねたようにリューを抱きしめたベルは、アルテミスに向かってシッシと手を払った。その様子に両手を上げて苦笑したアルテミスは、踵を返して去っていった。

 

「なんだか、聞いていた印象とは随分と違いますね。」

 

「……彼女も、責任を感じてるんだと思うよ。」

 

「責任…」

 

「守れなかったこと。彼を、結果的に裏切ってしまったこと。」

 

「裏切った…あの誠実そうな神が?」

 

「…リューは、知らなくていいよ。きっと、僕も知るべきじゃないんだ。」

 

メーテリアによれば、ネメアは神託によって、アルケイデスに心臓を食わせたらしい。

 

何があって、アルテミスがネメアを通じてアルケイデスに竜の心臓を食わせたのか。あれは、アルケイデスの死因に直結する。

 

神の如き力を持っていたアルケイデスを何かが恐れたのか、それともアルテミス自身が恐れたのか。それとも、それとも────

 

 

神になってしまう前に、アルケイデス自身が望んだのか。

 

 

それは、もういない先祖に聞くことはできないし、アルテミスも口を割らないだろう。ベルの言葉を甘んじて受けている事から、何らかの関わりがあるのは間違いない。だけど、それがどんな理由なのかは、聞く必要は無いだろう。数千年前の話を蒸し返し、一方的に関係を悪化させるのも良くないだろう。

 

そうして、またリューを抱き寄せる。ベルの言葉に、追求すべきではないと悟ったリューは、そのままベルに体を委ね、胸に頭を預ける。

 

「…きっと、見つけてみせるから。」

 

「…私も、傍に…」

 

昼下がりの湖畔、静かで平穏な時間。この時間がいつまで続くのか、漠然とした不安が二人を包んだ。

 

 

 

 

そのまま、何事もなくアタックの日。遺跡攻略隊が編成。その中には、当然ベルとリューが編成された。

 

「【黎明】準備はよろしいですか?」

 

「問題ない。発作もないし、コンディションは最高だから。」

 

「ベルさん、くれぐれも───」

 

「わかってる。無茶はしない。」

 

アミッドの言葉を遮り、言葉を続けた。

 

ベルの集中力は、今最高の値を叩き出している。

 

この扉の向こうに感じる歪に混ざりあった精霊の気配。

 

ベルは既に、この中で何が起きているのかを誰よりも理解していた。

 

「わかってるさ…君の友は、必ず…」

 

腰に下げた麻袋に手を翳し、優しくつぶやいた。

 

「……開門する!」

 

アルテミスの号令とともに、重い扉が開き中に充満していたカビ臭い匂いと、ある種の瘴気とも言える魔力が溢れ出た。

 

そして、その暗闇から激しい地鳴りの音と共に、破壊の触手が現れる。

 

「やはり…来たぞ!アンタレスの触手だ!」

 

「弓を構えろ!!」

 

「待って、僕がやるから。」

 

「ベル…わかった。」

 

遺跡の奥から雪崩のように迫る、大きなサソリ型のモンスター。確かに、見たことがないモンスターだ。リューも同じような顔で初見のモンスターを見極めようとした。

 

しかし次の瞬間には、大群が爆ぜた。

 

 

「────フンッ!!」

 

 

サソリを鷲掴み握り潰し、その死骸を投げ飛ばせば他の蠍が吹き飛ぶ。殴り、潰し。蹴って潰し、叩きつけて潰し、また握り潰す。

 

その様子を眺めているリューには、戦う姿にどこか既視感があった。

 

「…ルノアですね…この荒々しい戦い方は…」

 

まったく、性格まで荒々しくなったらどうする。と愚痴をこぼしている。そんなリューを見てレトゥーサはより驚愕した。

 

「…これ程が当たり前、なのか…オラリオのLv4は…!?あの硬い殻をいとも容易く握り潰すなど…」

 

「いえ、彼が特別なだけです。同じレベルですが、逆立ちしても不可能ですから。」

 

レトゥーサ達アルテミス・ファミリアのメンバーの驚愕にアスフィが付け足す。

 

目の前にいた大群は尽くが灰に還り、全員の思考が停止した。

 

「……この感じ…もう…」

 

コートを靡かせ、何も無かったように拳に付いた灰を払うベルが呟いた。

 

ベルの本当の力を知っているリューとアスフィ以外の全員が、驚愕を顔に張りつけた。

 

本来であれば、ダンジョンの深層で出現するモンスター程度の力を持っているアンタレスの触手は、レベル3や4の冒険者では大群で来られると手に余る。

 

しかしベルは剣を抜くことすらなく、拳1つでその大軍を文字通り殴り潰した。

 

それ即ち、一騎当千。質より量。量より質、質と量を併せ持ってもなお、根本からひっくり返す圧倒的な個。

 

呆然とする周囲を無視して、アミッドが声を上げる寸前、リューが呟いた。

 

「……相当抑えてますね…それとも、出せないのか…1割も出ていない。」

 

ベルの全力を知る数少ないファミリア外の人間であるリューは、自分との戦いを思い出し、ベルの力はこんなもんじゃないと強調した。

 

「ま、待つんだリューちゃん!?こ、これで1割もでてない…?冗談きついぜ!彼はLv4だろ?あれが普通全力じゃあ…」

 

「あれがベルの全力など、片腹痛い。魔法も使っていなければ、スキルも使っていない。なにより、まだギリギリ目で追える。」

 

「…これで、1割。抗争の噂はほとんど誇張なしという事ですか。」

 

「あぁ、アレですか…ベルは今でも余裕と言っていましたから…相当差があるのでしょう。オラリオ最強…いいえ、人類最強は間違いなくベルです。」

 

自信満々に語るリューの顔に嘘はなく、誇張の類は一切ないことが見れた。事実、ベルも余裕を持っているようで激しい戦闘の後も汗一つかいていない。

 

ヘルメスは、乾いた笑いとともに悲願の終焉を見た。

 

「は、ハハハッ!これが…これが現代の最強…!これなら…彼なら…!」

 

一人異様なまでに喜びを顕にするヘルメスに、リューは一段この神に対する警戒心を引き上げた。この依頼然り、ベルが悩んでいるところに完璧なタイミングでこの話を滑り込ませてきた。確実に、この神はベルをマークしている。

 

(……神を、信用すべきではありませんね。)

 

アルテミスに関してもそうだが、いまいち信用ができない。善神ではあるのだろうが、ベルの血筋について詳しく知っているようだ。それに、アルケイデスとの関係も気になる。今一度、文献を漁ってみるべきか。

 

思案するリューの隣に戻ってきたベルは、最悪の事態を予感していた。

 

「ここから先は僕とリュー、アミッドだけで行く。」

 

「どういう事だベル!?」

 

「想像通りなら、みんなを守りながらなんて戦えない。」

 

「いくらなんでもそれは…!」

 

「わかった、言う通りにしよう。」

 

レトゥーサが異を唱える寸前、アルテミスがベルの言葉を飲んだ。

 

「悪いな、レトゥーサ。すぐにここを離れるんだ。彼が言うのなら…もう手遅れなのだろう。だが、私は連れていってもらう。」

 

「アルテミス様!?」

 

「…守らないよ。そこまで余裕があるか分からない。」

 

「構わない。何かがあれば見捨てろ。もとより私には、お前に助けを乞う資格はないからな。」

 

「……なら、いい。」

 

不満気にその提案を飲んだベルは、アルテミスから視線を外す。

 

「ランテ、まだ君が1番脚は早いの?」

 

「えっ?うーん、さっきのベルみたいと言われると自信なくすけど…直線距離ならファミリア最速だよ!」

 

「そう、なら来て。最悪の時はアルテミスを抱えて逃げてもらうから。」

 

「えっ、あわ、うん!わかった!」

 

最悪の予想は、往々にして外れない。ある種のジンクスのようなものは、フィンに教わった。最悪を想定し、次の策とその次くらいは用意しておくべきだと。

 

もちろん、ベルにフィンのような策をいくつも用意できるわけがない。力はあっても、経験が圧倒的に足りないベルには、最悪を想定はしてもそれを回避する方法しか思い浮かばない。

 

「最悪は、避けるべき……」

 

フィンが居れば、なんて無い物ねだりも意味をなさない。ならば、できることをするしかないのだ。

 

「アスフィ、俺は──」

 

「わかっています。行くのでしょう?貴方に振り回されるのは慣れてますから。」

 

「愛してるぜ、アスフィ。」

 

「ほんと、調子いいですね…」

 

どうやらヘルメスも来るようだが、アスフィが居れば十分だろう。問題ないとして、最小の人数でのアタックとなる。

 

奥に行くに連れ、触手の攻勢が激しさを増すが、ベルは事も無げにそれをあしらう。

 

「…ここには精霊…精遺物が安置されているそうですが、どういったものなのですか?」

 

「パンディアの鏡とヘルセの瓶、そしてネメアの鏃だったが…ネメアのものはもうない。」

 

「それは、ベルが戦った精霊と関係が?」

 

「あぁ…精遺物は精霊そのものと言ってもいい。ネメアがダンジョンに居たのなら…何者かが持ち去ったのだろう。この三人の力によってアンタレスを封じていた。しかし、触手が遺跡外にまで出現しているのは、封印が解けかけていることに他ならない。」

 

「これから戦うのは、古の怪物。先祖から続く因縁が、こんなところにも転がってた。」

 

失敗したっていうのは間違っているけど。と付け加えたベルは、自嘲気味に呟いた。

 

「さて…そろそろ最奥…でいいんだよね、アルテミス。」

 

「あぁ、間違いない。この奥にアンタレスが封印されている。」

 

緊張が一同を支配する中、ベルはその扉を手を置いて、剣に手をかけた。この中だ、この中が一番精霊の気配が濃い。それを示すように右目が疼き、鼓動が早まった瞬間。

 

「────避けろッッ!!」

 

ベルのその言葉の直後扉が吹き飛び、黒く穢れた巨大なサソリの鋏が顔を出した。

 

全員が突然の強襲に体を固めたが、そこは歴戦の冒険者たち。直様神を抱えて回避、大鋏を回避する。

 

獲物を仕留められなかったのを理解したのか、一同を招くようにズルリと鋏が扉の奥に消えた。

 

「クソ…!」

 

苛ついたようにベルが突入、続くように入った一同はその空間の異質さに言葉を失った。

 

赤黒く脈打つ血管のような管が、その土地の精気を吸い上げ、本体をより完成された個体に仕上げる。遺跡の壁にビッシリと張り付く触手の卵は孵化を今か今かと待っている。

 

その管を辿れば見える、漆黒の巨大な蠍。その大きさはゴライアスを優に超え、リューですら見たことのない大きさと威圧感を孕んでいた。

 

「これが…!?こんなものを、恩恵もなしに相手にしていたというのか!?」

 

「この瘴気は…ッ呪いと言われても大差ない…!?」

 

「くッ…!?これが、物語に名を連ねる怪物…!ここまで、化け物じみてるものですか!?」

 

「こんなの…勝てるわけない…!!?」

 

この中では最も強いリューですら、ここまでの威圧を感じることは初めての経験だった。リューにとってトラウマになっているあの怪物が可愛く見えるほど。

 

アミッドはその瘴気に当てられ膝を付き、アスフィは慄き、ランテは戦意を喪失。もはやベルの手助けを考える余裕はなかった。

 

しかし、問題はそこではない。

 

「そんな…こんな…!パンディア…ヘルセ…!?」

 

「こんなことが…本当に現実なのか…!?」

 

「……これか、この混ざりあった気配は…」

 

精霊の気配を感知できるベルと、神であるアルテミスとヘルメスは理解できた。してしまった。

 

外からでも感じ取れた混ざりあった歪な気配。

 

 

 

二人の精霊が、食われている。

 

 

 

目の前の事実にアルテミスは膝を付き、絶望の涙を流す。

 

けれど、ベルはただ真っ直ぐその事実を受け止める。

 

ただ、脈々と続くその血筋に刻まれた、古の約束を果たす為に。

 

「『膝を付くな、涙を流すな、足を止めるな。汝、絶望の刻は今に非ず。』」

 

その姿は、アルテミスが天上から見下ろした、英雄の背中。

 

「───オリ、オン…?」

 

「君は…まさか…!?」

 

「『約束を果たそう、友よ。』」

 

初めて剣を抜いたベルは、その鋒をアンタレスに向ける。

 

「こっちを見ろ、宿敵よ。私は、ここにいる。」

 

黒く澱んだ眼球をベルに向けたアンタレスは、狂ったように嘶いた。

 

────お前は、お前は、お前は!あの時、あの日、この場所で!私を封じたあの男!その魔力、その気配!忘れるものか、忘れるはずが無い!

 

ひと目でわかる、彼の気配。アンタレスに刻み込まれた屈辱は、数千年経ったこの時まで熟成されていたのだ。

 

その嘶きは、怨敵との再会を喜ぶ様な響きを齎し、全ての敵意をベルに集中させた。

 

「先祖の尻拭いだ────ケリをつけてやる。」




感想、高評価よろしくお願いします。作者のモチベーションが上がり、更新速度が上がります。


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第37話︰残留思念(恐怖)

白い轍が宙を舞い、嘶く雷霆と怪物が激突する。

 

このシーンを切り取れば、神話の物語に匹敵する戦いだろう。

 

実物を上からとはいえ、実際に見ていたアルテミスは、ベルがアルケイデスの子孫であることを思い知らされた。英雄然としたその背中は、かつての英雄(初恋)の面影を感じた。

 

その感情を知らなかったあの時を思い出して、苦笑したアルテミスは、隣で騒ぎ散らす自身の眷属に目を向けた。

 

「う、嘘でしょ!?べ、ベルってこんな異次元レベルで強かったの!?」

 

「さすがは彼の英雄直系の…いいえ、これは侮辱ですね…」

 

「……」

 

そんな中、リューだけは浮かない顔でその闘いを見つめていた。

 

彼は、闘いが好きではない。己がその道に引きずり込んだだけで、本来は温厚で闘いを望まない、穏やかな少年だ。

 

もし、何も関係がなければデメテル・ファミリアで畑仕事をしているのが似合う少年だったろう。

 

ましてや、今は病魔に侵されているのが現状だ。そんなベルを、事実上の妻であるリューはより戦わせたくないのだ。

 

彼があれ程に望むことだから尊重したが、やはり不安は残る。

 

胸の前でギュッと両手を握ったリューは、ただ祈ることしかできなかった。

 

その瞬間、激しい轟音と共にアンタレスが吹き飛び壁に衝突。同時にリューの頭にポン、と彼の手が置かれていた。

 

「大丈夫、君が心配することは何も無い。」

 

いつの間にか目の前に降り立っていたベルが、リューの頭をフワリと撫でて、大丈夫と微笑んだ。

 

「ベル……」

 

「確かに強い。というか、しぶとい。けど、勝てない相手じゃない。君はただ僕の勝利を見届ければいい。」

 

真っ直ぐとリューを射抜く瞳が、絶対の勝利を確信していた。

 

「……はい、待っています。」

 

その温もりを抱き締めるように、リューは手を取って頬を染めた。これが、夫の帰りを待つ妻の気持ちか、と、呑気なことを考える程度には余裕が出来た。

 

そんなリューに微笑んで、ベルは怒りを隠さないアンタレスを一瞥。

 

「そろそろかな…」

 

アンタレスは、普通の怪物とは大きく違う。知性があり、記憶があり、憎しみがある。

 

ふと、アステリオス達異端児を思い出した。

 

(彼らとは…全くの別物…でも、ダンジョンのモンスターにそんな知性はない…殺す意志だけが詰め込まれたただの器…いや、前提が違う…?なら本来は…異端児のように作られるはずだった…?)

 

人類の永劫の敵とされる怪物たち。しかし、その中には融和を求めこの地上にて生活したいと願う者たちが存在する。

 

しかし、今考えることではないと考えを振り払い、目の前の現実を直視した。

 

「ともあれ、お前は彼らとは違う。精霊を喰らった貴様を放置するつもりもない。」

 

この少しの時間でも戦闘による体への負荷は無視できるものではない。故に、ベルはここらで決着をつけたいのだ。

 

いくら切り札を用意しているとはいえ、迷惑をかけるのは良くない。きっと彼女はこう言ったら呆れるのだろうが。

 

とにかく、ベルも余裕があるわけではない。だから、枷を外す。

 

閉ざされた遺跡に英雄の雷槌が目を覚まし、怪物がそのさまを眺めていた。

 

逆立つ白髪、迸る稲妻、纏う竜の気配。すべてがアンタレスにあの敗北を思い出させた。

 

「───今度こそ、お前に真の敗北を。」

 

切っ先を向けたベルは、予備動作もなく飛び立ち、アンタレスの大鋏を切り落とし、細切れに吹き飛ばす。続けて拳を大きな目玉に突き刺し、握りつぶす。

 

絶叫し暴れるアンタレスから飛び退いて、一つ呼吸を落ち着かせた。

 

「今、楽にしてやる。」

 

そして、ゆったりと剣を地面に突き刺し、手を翳した。

 

きっと、この怪物もこの一撃で沈むだろう。

 

その確信と落胆を吐き出して、終わりを告げた。

 

「【雷霆(ケラウノス)】」

 

その場にいる全員の髪の毛が静電気で浮き上がった瞬間。閃光がアンタレスを引き裂いた。ヘルセの再生の権能をも無視して、ベルの雷槌は数千年の因縁と共に魂ごと消滅させた。

 

その威力はもう、リューの知るものではなく明らかに人智を超えたものだった。

 

衝撃と音が知覚の壁を超え、全員が認識した時には、既にアンタレスの残骸とその威力を物語るクレーターだけが残っていた。

 

「……やはり、あの力は…父様の…」

 

そして、小さく零されたアルテミスの言葉を、リューだけが聞いていた。

 

「…っ…!」

 

しかし、それよりも先に、胸を抑え膝を着いたベルの元に駆けていた。

 

「ベル!!」

 

「リュー…」

 

「クラネルさん、こちらを。試作ですが濃縮した薬水です。今までのものよりも効果は見込めるでしょう。」

 

「ありがとうございます…!さぁ、ベルこれを…!」

 

息を切らしながら、何とか特性の薬水を飲みきったベルは、何とか発作を起こさずに済ませた。

 

「にっがい…けど…だいぶ、マシになったよ…流石だね、アミッド。」

 

「いえ…それでも、完全に苦しみを無くすことは出来ていません。」

 

「厳しいね…自分に。」

 

「命を救う事は、生易しいものではありませんから。」

 

その聖女然とした態度は、彼女の2つ名を象徴するものなのだろう。そう考えて苦笑したベルは、未だ心配そうに見つめるリューの額にキスをして笑った。

 

「終わったよ。」

 

「……心配、しました…」

 

「もう、平気。」

 

そうして抱き合う2人を微笑ましげに眺めた一行は、灰と化していくアンタレスを一瞥した。

 

「あんなにも…呆気なく……」

 

「…今のベルは、あの時のオリオンを超えたという事だろう。善し悪しは別としても、今の彼は、間違いなく英雄と呼ばれるに値する力がある。」

 

「成程。俺たちは今、新たな英雄譚の誕生を目にしたと…いやぁ、こんな偉業にお目にかかれるなんて、運が回ってきたなぁ!」

 

賞賛するヘルメスを他所に、アルテミスだけは複雑な表情を浮かべていた。

 

「ネメア……約束は、果たせそうにない…また、お前を裏切ってしまった。」

 

「アルテミス様…?」

 

その言葉を聞いていたランテは、今までにない悲しい表情の主神に、どう反応するべきなのか分からなかった。

 

そんなアルテミスを見ていたリューは、やはり疑いだけが強く残った。

 

(ベルの魔法が父様の…?父様とは誰だ…月神の父親…いや、聞いたことがない…やはり、神ヘスティアに聞くのが手っ取り早いか…神アルテミスとも旧友といっていたはず…)

 

「リュー、どうしたの?」

 

「い、いえ…少し考え事を…それよりも、体の方は?」

 

「問題ないよ…アミッドの薬が効いてるのかな。」

 

「一安心なのでしょうか…とにかく、休みましょう。」

 

ベルに寄り添ったリュー達は一行に合流する。ヘルメスは嬉しそうにベルを眺めているが何かを言うこともなく撤退の準備に取り掛かった。

 

「あ、アルテミス様…」

 

「どうした、ランテ?」

 

「その…さっきの言葉は…?」

 

「…聞かれていたか…なに…私はつくづく愚かだと思ってな…血を分けた子供との約束さえ守れない…愚かな神だ。」

 

そうやって月を見上げ自嘲するアルテミスの横顔は、今まで見たことのないもので。それに異を唱えようとする自分と、何を言っても意味がないと確信する自分が居た。

 

何も言えないでいると、苦笑したようにアルテミスが続けた。

 

「…すまない。感傷的になってしまった…忘れてくれ、ランテ。」

 

けれど、アルテミスに笑顔で居て欲しい為に道化を演じるランテは、その悲しそうな横顔に耐えられなかった。

 

「そっ、そんなことないです!アルテミス様はすっごい綺麗で…私達を導いてくれる立派なお母さんなんです!愚かなんてことっ、ありえません!!」

 

「…ランテ……そうか…私はお前たちの母として…立派にできているか…」

 

「はい!断言します!」

 

そのどこから来るかも分からない自信満々の断言に、アルテミス口角を上げた。

 

「ふふっ…ハハハ!そうか…悪くない。うん…この気分は…悪くないな…ありがとう、我が子(ランテ)。」

 

そうして、初めて笑ったアルテミスを見たランテは、この世の何よりも美しいものをこの日初めて知った。

きっと生涯、ランテはこの主神の笑顔を忘れることはないだろう。そう思うほどに鮮烈に脳裏に焼き付いた。

 

その二人を見ながら、やはりリューは怪訝にアルテミスを睨みつけていた。

 

「…リュー?」

 

「…いえ、すぐに帰りましょう。私はやはり…あの神が信用できない。」

 

「…わかった。すぐに帰ろう。君が其処まで言う理由はわからないけど、きっと何かあるんだろう。」

 

「すみません…貴方の知り合いだというのに…」

 

「いいさ、どちらにしろアルテミスが何かを隠しているのは事実だろう。僕は、腹芸ができるわけじゃないから…その点君は聡い。こんな状態だし、君が不信感を抱いてるのなら、何かあるって考えておくべきだ。」

 

「…私を信じてくれるのは嬉しいですが…いいんでしょうか。」

 

寄せられた全幅の信頼は、リューには少し重いものではあったが、少しでも戦いの場に居させたくない気持ちが働いたリューは、その信頼に甘えることにした。

 

足早にその場を去ろうとしたとき、僅かな、本当に僅かな予感がベルの体を動かした。

 

「────リューッ!!」

 

隣りにいたリューを突き飛ばし、飛来した影に剣を叩きつけた。

 

(重いッ!?)

 

響いた剣戟と共に、ベルの体が徐々に沈む。それが新たな刺客の強さを示唆していた。

 

「っ…!ぐ、あああぁァァァァァッッ!!!」

 

沈んだ足に力を入れ、思い切り踏み込み剣を振り抜き、影を吹き飛ばす。

 

誰も、ベルでさえも、予期していなかった。確実に殺したはず。アンタレスの命の奔流とも言える核は、絶った筈だった。

 

「野郎ッ!!─────え…?」

 

それは、アルテミスだけが知っている権能。ヘルセでも、ネメアでもない。誰よりも臆病で、英雄譚にもその名を残すものは少ない、彼女の特異な権能。

 

「あれ、は……!」

 

「なぜ今になって!?アンタレスは倒したはずだろう!?」

 

アンタレスの消滅後。それは残留思念とも言えるものだろう。数千年に渡る怨念が、憎しみが、怒りが具現化されたとでも言うのか。

 

いいや違う。この数千年。恐怖など、恐れなどなかったアンタレスに初めて宿った恐怖に、臆病だった彼女の権能が息を吹き返したのだ。

 

彼女が持つ、最大最強の防衛機能が死後に発動したのだ。

 

「………ベル?」

 

アンタレスの傍らに存在したのは、紛れもないベルだった。

 

その気配も、佇まいも、すべてがベルそのものだった。

 

ただ決定的に違う所は、無機質にこちらを眺めている瞳だけ。それだけが、異質さを漂わせていた。

 

誰もがベルと疑わなかった目の前の敵に、アルテミスだけが否定した。

 

「違う…あれは…っ…ベルじゃない…」

 

「どういうことですか、神アルテミス。あれは紛れもなく…!」

 

「違う!あんなものが…あんな、システム(・・・・)がっ、ベルなわけ無いだろう!?」

 

アルテミスだけが、その存在に思い至った。

 

パンディアの権能は虚像。しかしその実態はただ虚像を生み出すにとどまらない。

 

それは、擬似的な魂の創造に程近い。

 

故に、虚像のモデルとなる者の魂に刻み込んだ神の恩恵すらも模倣する。

 

今、目の前にいるのはどんなモンスターよりも恐ろしい、現代最強の英雄。

 

しかし、そんな現状を無視するように、ベルは構えた。

 

「…リュー、みんなを連れてできるだけこの地域から離れるんだ。」

 

「ベル…!」

 

「君を死なせたくない。速く、行け。」

 

「────全員、直ちに撤退します。荷物も全て捨てて、この遺跡…いいえ、この森から離れます。」

 

悔しそうに拳を握ったリューから視線を外し、こちらの様子を伺うように佇む己の虚像に目を向けた。

 

その姿は、余りにも精霊に偏った彼の姿を暗示するようだったのだ。

 

無機質に目の前の物質を見るような目は、ともすれば虫のような冷徹さを孕んでいた。

 

ベルには確信があるのだ。

 

今、ベルは力を2割ほどに抑えている。その状態でアンタレスを屠れる程にはベルは人間を辞めている。

 

だが、目の前の虚像は自身のように病に苦しむ素振りは見えない。そして、放たれる圧は自身のものと遜色ない。

 

つまり、目の前にいる虚像は、ベル自身出したことの無い全力を出せるという事だ。

 

「…皮肉だな。僕自身が最大の敵って事か。」

 

なんの感情も抱いていない、無表情の虚像に向かって呟いても、返事は当然ない。

 

皮肉ったように苦笑して、ベルは閉じていた瞳を開いた。

 

「やるしかない…か。」

 

体に巡る魔力全てを放出。それに倣うように、虚像のベルも魔力を放出した。

 

そして、互いに己の枷を取り払った。

 

 

『【英雄よ(テンペスト)】』

 

 

剣を握り、同じ構えで相対する。

 

今宵、最強と最強が激突する。

 

 




次話、バトル回。すっごい激しくしたい。

良ければ感想、評価宜しくお願いします。


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NEW第38話:女神の涙

魔法の詠唱がかっこよくないなと思ったので思い切って全部変えました。

どうぞ。


ベルを置いて全力で駆ける一行。アスフィはこの判断に戸惑っていた。

 

「いいのですか!?リオン!彼を置いていって!」

 

「ではあの場に残れと?戦いの余波で挽肉になりたいのなら話は別ですが…彼の邪魔になるだけだ。あと、私はクラネルです。」

 

「今それはいいでしょう!?」

 

アスフィが本当に良かったのかと声を上げても、遺跡からの脱出を第1に考えるリューはその意見をバッサリと斬り捨てた

 

信頼、そう言えるものなのかはわからないが、リューには絶対の自信があった。彼が負けることは無いだろうと。

 

そして、リュー達が遺跡を脱出する寸前。

 

「────ぇ」

 

リューの目の前に、剣を振り上げたベルが突如現れた。

 

その襲来は誰も予期することなく、余りにも早く訪れた。

 

剣が振り下ろされ頭から真っ二つになる未来が頭に流れ込んだと同時に、真横からとてつもない衝撃でベルの虚像が吹き飛ばされ、遺跡の奥に逆戻り。

 

稲妻を纏い降り立ったベルは、いつもよりも冷たい視線を一同に向けた。

 

「まだこんな所に…早く逃げるんだ。」

 

「────はい!」

 

「ベル……」

 

「…早く行って。話があるなら後だ、アルテミス。」

 

リュー達を見送ったベルは、遺跡の奥から高速で接近していた虚像の攻撃を受け止め、目を細めた。

 

(何故リューを狙った…?いや、そうか…こいつの原動力は…僕が1番知ってる。)

 

鍔迫り合う虚像の目は爛々と燃えている。それは、ただ憎しみを原動力にしていた過去の自分のモノ。

 

ベルの心の内にある、未だ消えないモヤが、リューを率先して狙った理由と考えていいだろう。

 

「…無い、なんて言えない。けど、僕はもうそれ以上の気持ちを知っている。だからお前は、僕じゃない。」

 

何も語ることない虚像に語りかけて、苦笑する。答えるはずがないと。

 

剣を弾き上げ、腹に思い切り蹴りを入れてリュー達から遠ざける。

 

「まだまだ本気なんて出しちゃいない。僕なんだから、僕を本気にさせるくらい、できるでしょ。」

 

冷たい眼光を向けた先には、竜の鱗を纏ったベルの虚像が黒い稲妻を奔らせた。

 

「……僕も、区切りを付けなきゃ…ね。」

 

白い甲殻を纏ったベルは、白い稲妻で相対する。それは、ベルなりの過去との決別の意思。もう憎しみに飲み込まれないように。もう、失った物ばかりを追うことを辞めるために。

 

黒い大剣と白い直剣が激突し、一気に場の空気が弾けた。

 

神速で振るわれる2つの稲妻が、幾度となく激突する。力量は五分かベルが数段上。しかしタイムリミットを考えれば、虚像のベルに分があることは確か。

 

戦いの最中、皮肉にもベルは虚像の力に自身の人外さを改めて認識した。

 

「僕って、やっぱり強いんだな…」

 

自身のレベルだけならば数秒とたたずに殺されているだろう。だが、ベルの強さはそのステイタスだけではない。彼の血に流れる竜の血が、素の身体能力を大幅に上げている。故にベルの肉体は人智を超えた強靭さと圧倒的なパワーを兼ねている。

 

しかし、ベル自身が力に振り回される戦い方をしているわけではない。

 

力任せに振るわれる大剣に、剣先を沿わせるように受け流し、次に振るわれる前に攻撃の起点を潰し、容赦ない蹴りの連撃で吹き飛ばし、一気に攻勢に出る。

 

弾ける稲妻の音を響かせながら、ベルは高速の二連撃を叩き込んだと同時に、地面を蹴り上げ頭上に飛び上がって背後に回り込み、虚像の鱗を剥がすように全身を斬り刻んでいく。

 

『グルルァァァッッ!!』

 

「ッ!」

 

しかし、やられっぱなしのはずもなく、獣の如き動きで暴れまわり、技もへったくれもない身体能力と諸々のスペックに頼りきった攻撃。全身から稲妻を放電し、至るところを突き破り遺跡を崩壊させる。稲妻はそのまま天を貫くように一直線に登っていき、雲を裂いた。

 

その光景に、ベルは冷や汗を流す。

 

(まずい…!これじゃ流れ弾でリューたちが蒸発する!)

 

パンディアの権能の恐ろしいところは、魂レベルで虚像を生み出すこと。そしてそれは、神時代に尖った能力。

 

彼女の権能は恐怖の具現化。それは、アンタレスが最後に見た畏怖の象徴であり、パンディアが最後まで畏れた英雄の成れ果て。

 

虚像とは言えベルの魔法だ。しかも手加減もなにもない高密度の魔力の塊、当たれば魂すら残さず消し飛ぶだろう。

 

危惧したベルは、一気に勝負をつけるように魔法を開放した。

 

「【天霆(アルクメネ)】」

 

黄昏を閉じ込めた母の雷霆をもって、この過去を捨てる。

 

『【人へと至れ(ハキュリス)】』

 

その気配に反応したのか、虚像であるベルも己の力を開放した。

 

次の瞬間に一気に爆発した遺跡は、跡形もなく吹き飛んだ。

 

「なっ、なんだ!?」

 

「遺跡が……跡形もなく…!!」

 

突如起きた爆発に、その場にいた全員の行動が止まる中。リューとアルテミスは始まりを理解した。

 

「……始まったのですね。」

 

「…すぐに撤退を始めるんだ。走ってでも、ワイバーンで逃げるでも構わない。即座にこの地域から離れろ!」

 

アルテミスの指示に全員が撤退を再開する。

その中で、リューだけはただベルの無事を祈るばかりだった。

 

『ガァァァァァッッ!!!』

 

「フッ!!」

 

激突した衝撃波は容易く周囲を砕き、森を破壊していく。周囲の状況を見ながら歯噛みするベルは、怒り狂ったように破壊を繰り返す自分自身の姿に、過去が少し重なる。

 

これほどまでに荒れていたとは思いたくないが、過去、レフィーヤの死体を見せつけられたときの自分の暴走は、こんな感じだったのだろうか。

 

ともかく、この破壊装置と化した虚像を消す為に、ベルは再度攻撃に転じる。

 

振り回す大剣に直剣をぶつけ、鍔迫り合いに入った瞬間に力を抜き、下からすくい上げるように剣を振り上げ、虚像の持つ大剣を打ち上げる。

 

「力だけじゃ、何も救えない。何も変えられない。何も得られない。僕はそれを身をもって知った。何の想いもない空っぽの力は、怪物と何も変わらない!」

 

その言葉は、まるで自分に言い聞かせているように。憎しみを、悲しみを精算しなければならない。もう、今を、未来を見るベルにとって、この虚像を打ち破ることこそが、過去を乗り越えることと同義。

 

「僕は、乗り越えなければならない。お前を…僕自身を。」

 

『アアアアアアッッ!!!』

 

虚像が吠えると同時に、ベルは直剣を鞘に収め、拳を構える。こうすることが、被害を減らすにはうってつけなのだ。

 

竜爪を腕の甲殻で防ぎ、睨み合った。

 

「お互い武器は拳だけ。僕は僕自身の手で決着をつける。」

 

剣に宿されたリュー・リオンの想いを、決別に使いたくはなかった。

 

「これは、僕が…僕の手でケリをつけたい。」

 

獰猛に犬歯を剥き出しにした、鏡写しの顔を殴りつけ、連撃を見舞う。

 

虚像はその全てを喰らいながら、スキルでチャージされた拳を放つが、力任せのフルスイングは見え見え。首を少し傾けるだけで避けて、再度拳の連打。

 

顔面、脇腹、鳩尾、首。全ての急所に叩き込んでも、しぶとく食らいついてくる様は、まさに復讐者というものだろうか。

 

(このしぶとさ…さすが僕。ダメージを身体機能に寄せて回復し続けてる。)

 

常人ならば既に数回死んでいる程攻撃を食らわせても、傷は塞がりより強固な鱗が虚像を覆った。

 

どれだけの攻撃もものともしない自分自身に嫌気がさした時、ベルの視界が一瞬狭まり、鼻の奥からブツっ、と音が響いた

 

ベルの足元に、じんわりと広がる赤い染みが、点々と出来た。

 

(────予想よりも、ずっと早い…!早く…早く決着をつけないと…!!)

 

戦闘を開始してまだたった数十分。しかし、この持久力の差は、戦士として致命的だ。

 

想定以上の早さで悪化する症状。既にベルに残された時間は少ない。

 

流れ続ける血を拭って、早々の決着に打って出た。

 

一気に接近するベルの体には、今までの比ではない強力な稲妻が嘶き、虚像に襲いかかった。

 

再び激突する両雄は、先程とは違い苛烈なもの。特大の嵐と嵐が激突するような衝撃が辺り一帯を吹き飛ばし、森林地帯を更地に変える。

 

もはや、ベルも周囲に気を使う余裕がなかった。

 

「ハァァァァァァッッ!!!」

 

怒涛の連撃、稲妻のような拳が虚像に突き刺さる。しかしそれに対してダメージすら厭わず、痛みを無視するような自身の虚像は憎しみを拳に乗せて、一撃一撃に殺意を宿していた。

 

その気が抜けない戦闘のさなか、徐々に徐々にベルが劣勢に陥っていく。

 

掠りもしなかった攻撃が、肌を裂くようになった。

 

焦りだすベルに好機と判断したのか、はたまた本能なのかはわからないが、虚像の攻勢が爆発する。

 

「────づッッ!?」

 

『ガアァァァァァァッ!!!』

 

頬に突き刺さった竜の拳は、止まることなく振り抜かれベルを容赦なく吹き飛ばす。咆哮を上げた虚像は、お返しだとばかりに攻撃に転じて、ベルに爪を、拳を叩きつける。

 

「くぅっ…こんのッ…!」

 

振るわれる両拳を掴み、膝を顎に叩きつける。跳ね上がった首を掴み、そのまま2度、3度と顔面に膝を叩きつける。

 

『────ガ、アァァァァァァッ!!!!』

 

白目を向きながら、虚像は尚も食らいつく。

 

感情の赴くままに力を解放し、全身から放電。掴み合うベルにも黒い雷が襲うが、それから守るように黄昏色の稲妻が全身に奔る。

 

「僕はひとりじゃない…っひとりじゃなかった…!」

 

青筋が浮き出る程に力むベルに押し潰されるように、虚像は体を地に沈めていく。

 

それに抗い、ベルの顔面に再び虚像の拳が叩きつけられる。

 

「ッ…憎しみはなくなりなんかしなかった…!それでも、憎しみしか詰まっていない拳にッ…重さは伴わない!」

 

叩きつけられた拳を押し返し、自分自身に言葉を投げる。

 

「今だから…ッ、リューと出会ったから!母さんがそばにいてくれるから!僕はもう、過去は見ない!」

 

荒々しいラッシュを防ぎ、カウンターのボディーブローから肘を胸に叩き込み、その場で横回転の捻りを加えた蹴りで吹き飛ばし、追撃に走った。

 

「────フッ!!!」

 

吹き飛んだ方向に先回りし、飛んできた虚像を容赦なく上空に蹴り上げれば、雲を裂くまで飛んでいく。

 

それを追うように、稲妻が蒼空に軌跡を刻み、天に駆けた。

 

「【雷霆(ケラウノス)】」

 

膨れ上がる魔力の奔流が、虚像と共に地に叩き落とされる。

 

母さん(メーテリア)!!」

 

顕現した母の雷霆がベルの指先に従うように狙いを定めれば、空気が焼ける音を響かせながら魔力が臨界を超える。

 

「【轟け、雷鳴(我が名)雷鳴(我が怒り)。其は、(カラ)の境界を穿つ断罪の雷霆(ヒカリ)

 

九頭竜(ヒュドラ)を討ったアルケイデスの必殺。それが今、再現される。

 

「【天空の賛歌、雷霆の勝鬨、即ち王の証明!霊王たる我が名は【天雷霊(アルクメネ)】、天の裁定者の名において、判決を下す───堕ちろ(吹き飛べ)っ!!】!!」

 

完結した詠唱は、空気を震わせ地に叩き落される。

 

「【雷霆(ケラウノス)】!!」

 

自然界の雷の出力を大きく超えているベルの魔法は、落ちるだけでその森の半分を吹き飛ばした。

 

それは、ベルの魔法のでたらめさを示すと共に、ベルの余裕のなさを顕著に表してしまっている。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…!」

 

肩で息をしながら、落ちるように着地したベルは、胸を押さえながら、苦虫を嚙み潰したように表情を歪めた。

 

「まさか…自分自身の強さを呪う日が来るなんて…」

 

出来上がった巨大なクレーターの中心には、ぼろ雑巾のように虚像が転がっていた。

 

ベル自身、今の一撃でこの戦いを終わらせるつもりであった。しかし、自分の耐久力は自身の予想も覆したらしい。

 

感じる、ゆっくりと回復し、立ち上がる虚像は未だに憎しみの炎をその瞳に燃やしているだろう。しかし、先のそれとは何かが違う。乱れる魔力が、リューへの憎しみではなく、もっと別のものに対するものに見えた。

 

だが、そんなものは関係ない。

 

「……初めて、本気を出せる相手が…自分か…皮肉だな。」

 

もはや力を出したくないベルであったが、その顔は言葉とは正反対に、笑っていた。

 

そう、ベルはここに来て初めて、己の本当の全力を出せる相手を見つけたのだ。

 

ベルにとって戦いは手段でしかない。戦いは決して目的になり得ない物だった。

 

しかし、今。真の意味で対等の者を手に入れたベルは、自分の力を試したくてうずうずしていた。

 

今まで、感じることのなかった、戦いの愉悦。

 

ベルの体に流れる、戦士の血がそうさせたのか。はたまた、冒険者としての自覚の芽生えなのか。

 

(どっちだっていい───。)

 

今はただ、この戦いに没頭したい。

 

自然と上がる口角、剝き出しの犬歯をギラつかせながら、獰猛に嗤った。

 

呪いの苦しさも、周囲への被害も、今だけは愛すらも───

 

 

 

 

 

『───ベル!』

 

 

そんな時に、リューの声が頭に響く。

 

頭が一気に冴えたベルは、頭を抱えながら一歩、ふらついた。

 

(今…何を考えた……?)

 

そこまで考えて、ベルは己の思考に青ざめた。

 

生きてきた中で、最も失いたくないと思ったモノを、忘れようとしていた。

 

血と剣の循環に吞まれ、ベルは狂戦士に成り下がろうとしていた。

 

違う、あの感情を忘れるのだけは、絶対に違う。

 

ぐらりとふらついた体を何とか気力で支えながら、未だ消えない憎しみと殺意の気配を敏感に感じ、拳を構えた。

 

ゆらりと爆炎が揺れ、怪物と睨み合った。

 

その姿は、酷く醜悪なものだった。

 

右肩を突き破るようにして生えるサソリの大鋏。

 

顔の左半分がサソリの物に変わり、ギチギチと不気味な音を奏でている。

 

そこで、ベルは漸く理解した。

 

(…そうか、取り込んだ能力を上手く使えていないから、形が保てないのか…!パンディアの、最後の抵抗!)

 

勝機があるとすれば、ここしかない。あと数分戦えば限界を迎えるであろう肉体は、お互いにフェアだった。

 

次の激突で、すべてが決まる。

 

両者が魔力を高めた次の瞬間。

 

 

「───これも、月の導きか。」

 

 

そんな二人の間に、女神が降り立った。

 

「…アルテミス…?」

 

両者が予想外の人物の乱入に困惑していると、アルテミスは前触れなく神威を開放する。

 

ベルが初めて経験する、神威。それは、下界の住人には耐えがたいものだった。

 

アルテミスに近づくことができない。本能、あるいはそう設計されているのかもしれないと思えるほどに、逆らうことができない。

 

その事実が、どうしようもなくベルを(神の子)であると認識させる。

 

「っ…!?アルテミス、何のつもりだ!!」

 

ベルが圧倒されるほどの神威、それは下界のルールを逸脱している。

 

「これはお前の戦いではないんだ、ベル(・・)。父が始め、神々(私たち)が終わらせるべきものなんだ。」

 

儚く、崩れる去るように光に包まれ、笑ったアルテミス。

 

二年と少し、彼女と生活してきたベルだったが、こんなことは初めてだった。

 

ベルは、初めて、アルテミスの涙を見た気がした。

 

 

 




感想、高評価、お気に入り登録、励みになります。いいな、と思ったらぜひお願いします。次回次々回はアストレアレコードです。

NEWの記載が番外にもありますが、本編と番外で分けていますのでお気になさらず。


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番外英雄譚:アストレアレコード
第1話:ハロー、ストレンジャー①


悪とは、正義とは。

いつか、過去にあったその問答。

その日々は絶望。その日々は血に彩られ、涙を流す人々が空に叫ぶ事が日常だった。

正義と、悪が対立していたその時代。絶望の時代。その時代に、英雄は存在しなかった。


人々は、願う。

人々は、想う。

英雄を、あの絶望の日々に救いを。

その願いが、その想いが、何も知らぬ英雄を呼び覚ました。



その日、別に何か変わった事があった訳ではなかった。体調が久々にいい日が続き、小遣い稼ぎと、ちょっと体を動かさないとマズいと考えたベルは、散歩気分で18階層に赴いていた。

 

その帰り、数分でバベルまで登ったベルは、欠伸をひとつして、久々に子供たちに会おうとリリルカのいるホームに向かった。そして、子供と遊んで、ご飯を食べて…そのまま子供達と寝たはずだ。

 

 

ここまでははっきりしている。はっきりしているのだ。

 

 

「────ここ、どこ…?」

 

 

しかし、気づけば見知らぬ路地裏に倒れていた。

 

急いで飛び起きて装備を確認する。ヴェルフが作ったコートも、軽装も、装備していたが、リオンだけがない。バックパックには、ちゃんとアスフィ謹製の薬が入った水筒もあるのに。

 

普段なら焦るところだが、どうしてかその焦りはなく、ないのが当然と、そんな風な感情が湧き上がってきた。

 

不思議なことに、体の調子も悪くない。今なら、全力とは行かないが半分くらいは常に力を出せるだろう。

 

そう当たりをつけて、屋根に上り辺りを見渡す。

 

その光景は、見慣れたようだけどそうでなくて、どこか汚いと言うか、寂れている雰囲気を出している。

 

間違いないのは、ここがオラリオであると言うこと。

 

「…とにかく、ファミリアに行こう。フィンに何があったか聞いてみないと…」

 

 

 

 

 

 

結果は、惨敗だった。

 

「……なんで、入れないの…なんで僕のこと知らないの…」

 

ホームに行けば、見慣れない門番とやけに厳重な警備。門番に、ファミリアの証であるコインを見せたのに、何故か入れて貰えなかった。名前を言っても、知らないと追い出され、挙句拘束されそうになった。

 

やむ無く逃げ帰ったのだが、どこに行こうにも居場所がない。リリのホームに行けば、何故か廃墟に逆戻りしてるし、何が何だかわかりゃしない。

 

街もいつもの活気がなく、どこか暗鬱としている。見た事ない店や、人に、見たことも無い静けさの中、空腹を我慢して街道をキョロキョロ歩いていると、ようやく見慣れた通りに出た。

 

「豊穣の女主人…!」

 

懐の財布を確認すると、800ヴァリス。昨日子供たちと遊んでお菓子を買ってみんなで食べた時の金額そのまま。どうしてこれだけは引き継がれてんだ。

 

若干のイラつきを感じたが、やっと見慣れた店に辿り着いたと、泣きそうになりながら店の扉を開けると、相も変わらずデカいミアが、仁王立ちしていた。

 

「いらっしゃい、見ない顔だね。」

 

その言葉で、心の中にあった、もしかしたらリューがいるかもしれないという希望は泡のように消え去った。

 

「…ミア、まで…僕のこと知らないの?」

 

「あん?見た事ないねぇ。あたしの知り合いにいたら、アンタみたいなオッドアイの坊主を忘れるわけないね。」

 

「…そう。」

 

現状が理解できない。なぜ、みんな知らないフリをするのだろう。自分がなにか悪い事をしただろうか?

 

塞ぎ込みそうになるが、ベルはいいや、と首を振った。

 

自分の周囲にいる人間は、意味もなくそんなことをする人達ではない。それに、何だかみんなベル・クラネルと言う存在を知らない様な言い草をする。

 

何かそういう効果を持った呪詛を考えたが、自分にそんなものは効きやしない。その考えを排除して、取り敢えず腹が減ったと激しく訴える腹の虫を沈めるため、席についた。

 

「…これで、食べられるやつ。」

 

「ステーキとサラダでいいかい?」

 

「それで。」

 

兎に角、今のこの現状を整理しなければならない。

 

・何故か皆が自分を知らない。

 

・街の雰囲気が全然違う。

 

・知ってる人物が居ない。

 

大まかに纏めてこのくらい。考えられる自体は、街全体が何かの呪詛にかかっているか。それとも、ロキに聞いた神フレイヤの魅了だかなんだかの力。

 

「ねぇ……フレイヤ・ファミリアは、今何してる?」

 

「ああん?坊主、あんなところに入りたいのかい?やめときな。まともな奴なら一日で違うファミリアに行きたくなるのが関の山だ。」

 

「……そ、そう。」

 

なんだか、ここまでボロクソに言われるのも、なんだかなぁ。と思い、美神の線はない。となると、呪詛な訳だが…さすがにそれに気が付かないほどアホではない。

 

「むむむ…」

 

「はい、お待ち!ステーキとサラダ大盛りだよ!」

 

「あっ…ありがと…」

 

そんな風に、早朝から昼過ぎまで走り回っていたベルの空きっ腹に、野菜の旨みが染み渡った。速攻でサラダを食べ終えて、ホクホク顔でステーキに手を出した瞬間。背後で突如魔力が炸裂した。

 

「───────あっ」

 

別に、そんなもので驚きゃしないし、ダメージもない。しかし、吹っ飛んできた扉がステーキに直撃。無惨にも壁にぶち当たり、時間を置いて地面にベチャリと落下した。

 

『大人しく投降しなさい!!』

 

『我が邪神に忠誠を!我らが悲願を!』

 

恐る恐る懐に入った財布を見れば、5ヴァリスが寂しそうに1枚入っていた。ここに来て、久々に経験する金欠。レベルが上がってからは、忘れていた物だった。

 

外から聞こえる叫び声に、やけに聞きなれたものがある。つまりは、またあの闇派閥(集団)という訳だ。

 

つぐづく、奴らは僕を怒らせるのが好きらしい。

 

 

 

「ふ、ふふふふふ……────ぶっ飛ばすッ!!」

 

 

 

 

一気に店から躍り出れば、外には白いローブを纏った10人程の集団と、見慣れない少女2人が対峙していた。

 

しかし、そんな事はお構い無しに、ベルは集団に突撃。

 

「僕の、ご飯中に、騒ぐなッッ!!!」

 

『ちょっ!?』

 

『はぇ!?』

 

稲妻を纏った拳骨がローブの集団の頭を貫き、全員の頭を地面にめり込ませた。

全員が意識を飛ばしている。恐らく、痛みすら感じる間もなく気絶しただろう。もれなく綺麗に地面から特大のたんこぶが突き出しているが、そんな事はお構い無しにベルは纏った雷を振り払った。

 

「これは、ステーキの分だ……二度と僕のご飯を邪魔するな。」

 

どこか清々しい表情で、ベルは集団を鎮圧させた。周囲が沈黙を貫く中、自然な動きでベルは集団の手荷物を物色。

 

「…1ヴァリスも持ってないこいつら…使えな…」

 

ゲシッと男を蹴ってから店の中に戻って、無惨な姿と化したステーキの元に歩み寄った。

 

「うぅ…洗えば食べれるか…」

 

「…んなみっともないことするんじゃないよ。金はいいから、食ってきな。」

 

「ほ、ほんと!ありがとう、ミア!」

 

「まったく…さっきの雰囲気から随分とまぁ。」

 

そう呟いてから、ミアは厨房にエプロンを結びながら入っていった。

ミアもあの集団を潰そうと考えていたようだが、ベルの様子に怒りが霧散したようだ。

 

自分より怒ってる人がいると、逆に冷静になるアレだ。

 

とにかく、特急で焼いてくれたステーキを切り分けて、空腹に流し込む。

 

すると、両隣に同時に人が座った。

左に着物を着た極東の少女、右に赤髪の少女だった。

 

「こんにちは!さっきの凄かったわね!何か、とてつもない怒りを感じたわ!」

 

「ん……食べ物の恨みを思い知っただろう。」

 

「とんでもない速度でございましたからねぇ。」

 

「僕、オラリオでも1番速いんだ。」

 

フフン、とステーキを頬張りながら胸を張ればあははっと赤髪の少女が笑った。

 

「貴方面白いわね!私は、アリーゼ・ローヴェル!新進気鋭のアストレア・ファミリア団長よ!」

 

「僕はベル。ベル・クラネル。」

 

「私は、ゴジョウノ・輝夜。どうぞよろしゅうお願いします。クラネル殿?」

 

「ベルでいい。歳変わらないでしょ。」

 

「じゃあ、ベル!さっきは助かったわ!とんでもない力技だったけれど早期解決に繋がったもの!」

 

「気にしないで。」

 

んー、と間延びした返事をして、そのままベルは食事を続けた。このご飯を食べたら取り敢えずどうにか考えなければならない。

 

先程ポッケをまさぐったところ、家の鍵があった。とにかく家に帰って、リューと話し合わなければ。

 

ご馳走様ー、と店を出て1つ体を伸ばす。

 

さて、リューは今何をしているだろうか。

 

そんなことを考えた矢先に、アリーゼがベルに再び語り掛けた。

 

「とんでもなく速かったけど、貴方のこと聞いたことないわ?今日来た都市外の高レベルホルダー?」

 

「いや、違う。オラリオに来たのは…3ヶ月くらい前で恩恵も同じ時期。Lv4なのに、なんでかみんな僕のこと知らないし。昨日まで知ってた人からも知らないって言われるし…こんな街中で暴れ回る人も初めて見た。」

 

「3ヶ月前ね………え?今なんて言ったかしら? 」

 

「え?街中で暴れ回る人も初めて見た…?」

 

「もっと前よ!来た時期の話!」

 

「え、えっと…3ヶ月前に来て、ちょうどその時期に恩恵をもらった?」

 

何故か付いてくる2人は、ヒソヒソと話を始めた。

 

『どう考えてもおかしくない?早すぎでしょ!?』

 

『だがあの速度は…それに、嘘をついている感じもない。敵ではないだろうが…』

 

(聞こえてるんだよなぁ…)

 

しかし、特に言うことはなく、ベルは家への道を辿る。どこか違う街並みもここまで来ればもう安心だ。

 

「……ねぇ、ベルはどこに向かってるの?」

 

「え?家だけど…?」

 

「あら、お家を持ってらしたんどすねぇ。」

 

「うん、妻もいる。」

 

『はぁ!?』

 

「…さっきから何さ?」

 

「はっ、つ、妻がいるの!?14よね!?」

 

何に驚いてるんだこいつと思いながら、ベルは我が家の目の前に立った。

 

「ここ、僕の家…というか、妻が持ってたって言ってたかな?」

 

「……ねぇ、ベル…貴方ここ…」

 

アリーゼがそういう前に、ベルは自分の鍵でガチャりと扉を開ける。その状況に、背後ではまた驚きが聞こえた。

 

家に入ると、なんだか知らない匂いが複数混じっている。しかし、その中に確実にリューのものがあり、ベルはそれを正しく辿り、リビングにいたリューを背後から抱きしめた。

 

「ただいま、リュー。」

 

「────はぇ?」

 

間の抜けた声を上げて硬直するリューと、それを取り巻く少女たち。そして、驚いたように固まる見知らぬ女神がいた。

 

「えっ、誰君たち?」

 

『お前がだよ!!』

 

 



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第2話:ハロー、ストレンジャー②

「おい!誰だこの白兎!?誰が入れやがった!?」

 

「名はベル・クラネル。この少年なんでか分からんが家の鍵をもっていた。」

 

「なんでなんも情報ないやつ入れたんだよ!?しかもこの時期に!!」

 

「不味いわ!リオンが失神してる!全く動かないままブツブツ言ってるわ!」

 

「てかなんでお前今回はぶっ飛ばさなかったんだよ!?マジでこいつ恋人なのか!?」

 

「いや、だからそう言ってるんだけど…リューの項と左膝の裏に、縦に2つ並んだホクロがあるはずだ。深い関係じゃなきゃ知らないだろう?」

 

「……ホントだ、あるわ。私も初めて知ったわ!貴方鉄壁のリオンを射抜いたのね!凄いわ!」

 

「でしょ?」

 

『でしょ?じゃねぇぇぇ!!!!』

 

場は大混乱。なんなら武器を向けられて拘束までされた。見た感じLv3が最高と言った感じだったので、いつでも逃げられるなと思いながら取り敢えず捕まるベル。

 

荒れに荒れる現場の中、パンっと音が響き全員が其方を見やる。

 

「落ち着きなさいみんな。とりあえず、その子を離してあげなさい。」

 

「アストレア様!?だけど…」

 

「大丈夫よ。この子は多分…そんなことはしないわ。」

 

その言葉で、団員(と思われる人物達)はベルを離し取り敢えず話ができる体制になった。

 

「……とりあえず、初めまして。私はアストレア。この派閥の主神をしているわ。」

 

栗色の髪を持った麗人は、アストレアと名乗った。

 

その名前に聞き覚えがあったが、ベルはとりあえず自己紹介をする。

 

「…僕はベル・クラネル、Lv4。」

 

「…聞いた事がないわ。」

 

「そんなはずない。僕3ヶ月しないでLv4になったから、割と有名…な、はず。」

 

「────嘘、じゃない…?」

 

そのアストレアの声で、またその場がザワつく。

 

「アストレア・ファミリア…逆に僕は君たちのことを聞いたことがない。」

 

「…私達を聞いた事がないのは、別におかしなことではないわ。とても力のある派閥ではないから。」

 

目の前の少年、ベル・クラネルを眺めるアストレアはその人となりを、瞬時に見抜く。

 

嘘はなく、純朴で勇敢。こんな子、しかもLv4ならば誰かが自慢していてもおかしくは無い。なのに、そんなことは聞いた事がない。

 

(…見るだけでわかる。悪い子じゃない…どこかの隠し玉?3ヶ月と無くLv4に上り詰めた逸材…ダメね、本人に聞いてみるしかない…わね…)

 

ため息を吐き出したアストレアは、目の前の少年に視線をやる。すると、いつの間にか固まったリューの目の前で、顔をのぞきこんでいた。

 

「……リュー?」

 

「………は、はい…?」

 

「…うん…髪は少し長いけど…やっぱりリューだ。」

 

「ふぉっ、へ?は、はいぃ……」

 

耳まで赤くした妖精が、少年に頬を撫でられ、嘘偽りのない愛の眼差しで愛でられている。

 

その光景に、団員はまた黄色い歓声を上げた。

 

いつもなら、異性同性問わずリューに触れられる者は数少ない。しかし、この少年は当たり前のように触れている。

 

そして、どうもこの少年とは会話が噛み合わない。3ヶ月はいると言っていたのに、まるでこの暗黒期を知らないような(・・・・・・・・・・・・・)言い方をする。

 

そして、次のつぶやきでアストレアは確信を得た。

 

「…そういえば、アリーゼとか、輝夜ってリューの仲間だった人に、そんな名前の人がいたような…?」

 

「……!」

 

(仲間だった…?嘘、まさか…そんな…でも、それなら説明が…!)

 

ベルの言葉にあった、知っていた人が、いきなり知らない素振りをした。見知らぬ街並みも変な事が起きてるに違いないと。

 

あぁ、それもそうだろう。この少年は────

 

 

「みんな…すこし、この子と2人きりで話したいの。」

 

「アストレア様!?」

 

「危険です!リオンに触れられるとは言え!得体がしれません!」

 

「大丈夫。彼は、本気でリューを愛している。こんな深い愛を注げる人が、私をどうこうする事はないわ。」

 

「あっ、アストレア様!?」

 

リューが叫ぶが、軽く「だから、ね?」とウインクをして、全員を退出させた。外からは、一気にリューに詰め寄る声が聞こえた。

 

『リオン!いつの間にかあんな可愛い彼氏引っ掛けたの!?』

 

『てめぇ!なにあたしより先にゴールインしようと来てんだ!?』

 

『ごごご、誤解ですっ!!?私は彼と初めて会いましたし肌を許したことも今日が初めてです!?』

 

『り、リオン!?いつの間に純潔まで捧げちゃったの!?』

 

『ネーゼ!?違う!?』

 

なんて叫び声が聞こえてきた。

 

「ごめんなさいね、騒がしくしちゃって。」

 

「……いや、今は僕の方が…勝手に上がり込んだ形になるのかな。」

 

「いいえ、鍵まで持ってるんだもの。それも、リューから?」

 

「うん、そう。」

 

どこまでも、やはり嘘がない。鍵も、リューを恋人だと言うことも、全てに嘘がなかった。

 

あの慈愛に嘘は、絶対に無い。

 

「……質問があるのだけど。いいかしら?」

 

「いいよ、こっちもあるけど…先に答える。」

 

「ありがとう。そうね…貴方は、今の現状を知ってる?」

 

「現状?…それは、この…寂れたオラリオのこと?もっと活気があったはずなのに…」

 

「そう。この【暗黒期】の事よ。」

 

「【暗黒期】…確かラウルが言ってた、僕が来るずっと前にあったて言ってたやつ…?7年前だっけ……ん、待って…今、それなの?」

 

「……やっぱり、貴方は…」

 

ベルは、ここで理解した。

 

なぜ、誰も自分のことを知らないのか。なぜ、見知らぬ街並みなのか。それも当然。

 

「……ここは、7年前のオラリオ……?」

 

そこから、すぐに思いついたのは亡き祖父達、家族の事だった。

 

会いに行きたい。会いたい。

 

自然と体が動いて、ふっと、思い至りピタリと止まる。

 

もし、今が本当に7年前であったなら、そこには、幼き日の自分がいる。もしその場に行って、全てを変えてしまった時。

 

 

今の自分はどうなる?

 

 

無かったことになるのか、今までの日々が?彼女との語らいも、思い出も、背を預けた記憶も、全てを受け入れた日も?

 

それは、それだけはできない。

 

あったはずのことを変えることで、要らぬ歪を生み出し、それがどれだけの障害になるのか。ベルには、わからなかった。

 

それに、もう自分には無くなった物だ。今更、手に入れたところで何が変わる?有るのは、ただ虚しさだけだろう。

 

「……失った物は、戻らない…」

 

数分考え込んで、整理して。やはり、辞めた。

レフィーヤのケースが稀だっただけ。普通は、戻らないのだ。

 

迷いを振り払ったベルの瞳は、ただ前を見つめていた。その瞳に映る感情を読み取り、アストレアは微笑んだ。

 

「……強い子ね貴方は。絶望があったのに、貴方はしっかりと前を向けている。」

 

「始まりは絶望だった。けど、悲劇ではなくなった。それでいい…それくらいが丁度良かった。」

 

ベルは、この先に起こるリュー・リオンの末路を語らない。運命が己の道を辿るなら、それもまた避けられないものなのだろう。いずれどこかで、祖父は自分の前から姿を消していたのだろう。それが、ずっと早いか遅いだけ。

 

ベルの様子を見て、察したアストレアは神妙な顔つきで問いかける。

 

「……貴方の質問は…良さそうね…」

 

「うん……アストレアの質問で答えが得られた。だからかぁ…ロキ・ファミリアで追い出されたの…」

 

「…貴方、ロキの眷属()なのね……1週間後、ロキに会うのだけれど、来る?」

 

「……いい。家族であるはずの人に、本当に知らないって言われるのは…意外と来るんだ。なるべく会いたくない…」

 

「…そう。それまでは、どうするの?」

 

「……18階層にでも宿をとってしばらくそこにいる。」

 

「ここにいてもいいのよ?」

 

「……いや、アストレアが良くても、他の人達は嫌でしょう?それに…どれくらいの敵がいるのか分からないけど、役立たずを入れるほど余裕があるようには見えない。」

 

「あら、随分な言い草ね?」

 

ごめん、違うんだ。と苦笑するベルと笑いあったアストレアは、ベルの言葉にどこか引っかかった。Lv4は消して低いレベルでは無い。それはきっと7年後も変わらない事実だろう。けれど、己を役立たずと語った。

 

わからないが、とにかく手を差し出す。

 

「別にいいわ。1人増えたところで、彼女たちも貴方なら構わないでしょうし。」

 

「…見知らぬ僕(ストレンジャー)を?未来から来たとか言ってる異常者かもしれないのに?」

 

「それにしては、貴方はリューを知りすぎているし、ロキ・ファミリアのことも知りすぎている。ここまで出されれば信じるに値するわ。貴方予知系のスキルもないのでしょう?」

 

「ない。」

 

「なら、私はあなたを信じるわ。会ってすぐに分かるもの。貴方、嘘下手だから、それだけいい子なのね。」

 

「……アストレア、意外とカジノとか好き?」

 

「あら、これは賭けじゃなくて、確信よ?」

 

そんなことを笑顔で言ってのけるアストレアに呆れ、ベルはとりあえず投げた。

 

「説得はそっちでやって。それが出来なきゃ勝手にする。割と強いから、宿代くらいの足しには出来ると思う。」

 

「Lv4で割とって…あなた贅沢ね?」

 

とにかく、みんなに紹介してからだな、と思いながらアストレアは思案した。

 

 

 

 



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第3話:アストレア・ファミリア

「────いいと思うわ!Lv4がいてくれるのはとても助かるもの!」

 

「…まぁ、Lv4なら使えなくねぇからなぁ。」

 

「悪い少年でない事はわかっておりますが…懸念は残りますねぇ。」

 

「わ、私は……私は…反対は、しません。」

 

賛成、懸念が残るが反対はしないが多数。特に心配することもなかったかと、アストレアはホッと溜息をこぼした。

 

すると、アリーゼが声を上げた。

 

「はいはーい!ならとりあえずは自己紹介をしましょう!私はアリーゼ・ローヴェル!2つ名は────」

 

「輝夜とアリーゼは聞いたから、平気。」

 

「ちょっとぉ!?」

 

「こうもスッパリ言われると、ムカつく物がございますねぇ。」

 

淡々と2人を切ったベルは、後ろで騒ぐアリーゼから視線を切って、早々に桃色髪の小人族に目を向けた。

 

「あん?あぁ、アタシはライラ。ただのライラだ。」

 

「そう、僕はベル…短い間かもしれないけど、少し世話になる、よろしく。」

 

「おう、新人。バンバンこき使ってやるからな!」

 

彼女の、どこか見た事のある現金な雰囲気に、ベルはリリルカを思い出して苦笑する。

 

「さて…あとは君かな、リュー。」

 

「……貴方は、なぜ、私を…」

 

その疑問は、この場にいる全員が考えただろう。しかし、ベルの前にアストレアが出た。

 

「リュー、みんな。今は言えないけれど、必ず私からあなた達に話すわ。だから、今は彼の事は、都市外から来たLv4ということにしておいて欲しいの。」

 

「……わかり、ました。」

 

アストレアの言葉を飲み込んだリュー達は、とりあえずそれで納得をしたようで、黙り込んだ。

 

「はいはーい!提案よ!」

 

そんな中、その沈黙を切り裂くアリーゼは、やはりと言うべきか空気は読まなかった。いや、ここは敢えて読まなかったのだろう。

 

本人の名誉のために、そういうことにしておく。

 

「輝夜たちに不安が残るなら、私達と1戦やりましょう!戦ってみればだいたいの人柄は掴めるはずだから!」

 

「…なんで勝手に決めているんでしょうかねえ、この団長様は。」

 

「あら、なら輝夜がやる?さっきからずぅっと刀に手をかけてたものね!」

 

「あらあら、なんのことでございましょうか?ほほほ。」

 

(白々しい…)

 

その殺気とも闘気とも呼べる物に当てられ続けていたベルは苦笑して、仕方ないと立ち上がった。

 

「2人同時でいいよ。なんなら、このファミリア全員でかかってきてもいい。」

 

その一言に、場が一気に凍りついた。

 

「おいおい、んな事言っちまっていいのか?ウチのお姫様共は猛犬だぜ?」

 

「本気でやってもらわないと、僕も退屈だからね。」

 

その一言で、負けん気の強い少女2人に火がついた。

 

「面白いわ!輝夜!私達の全力ぶつけるわよ!!」

 

「珍しく意見が合ったな団長。叩き潰してやる…!」

 

輝夜とアリーゼはベルに、着いてこいとジェスチャーをした。

 

広場に出たベルたちは、すぐに始めようと距離を取る。

 

「敗北条件は?」

 

「武器を取上げて無力化か、参ったと言わせること!」

 

「わかった。」

 

「武器はいいの?」

 

「いらないし、必要ない。」

 

「…ふふん!自信満々ね!益々燃えてきたわ!バーニングってね!」

 

「合図はなくてよろしおすな?」

 

「いいよ。先手は、あげるよ。」

 

余裕の表情で微笑んだ。その余裕から、自分を格下に見ていると、輝夜は持ち前の負けん気で、額に青筋を浮かべた。

 

「その伸びた鼻っ柱、へし折ってやる…!」

 

腰を深く落とし、構えを取った。

 

その構えは、ベルも使ったことのある居合。

 

「……それは…」

 

「ほう、知っているか。」

 

それは、輝夜の必殺。忌むべき場所で得たその技術が、彼女の力となっている。

 

重なった姿に、ベルは一瞬リューを見やった。

 

「…君は、彼女から教わったのか。」

 

そう微笑んで、ベルは1歩ずつ前に進む。アリーゼは背後に周り、挟み撃ちの形でベルを挟む。そうして、輝夜の間合いに自分から入り込んだ瞬間。

 

一閃。横凪に繰り出された輝夜の一撃と、背後から迫ったアリーゼの刺突は

 

「────うん、一個上くらいなら、正面切ってでも勝てそうだね。」

 

『────っ!?』

 

2人の剣の刀身を指で掴みその場を移動するでも、避けるでもなくベルに掴んで止められた。

 

繊細な技術に動体視力。そして自身の力に対する絶対の自信。それが無ければ、こんな事はできやしない。

 

(っ!なんて膂力…!両手と指先よ!?なんでビクともしないの!)

 

振りほどこうともがいても、ピクリとも動かない。笑ったベルが手を離せば、2人はベルから距離をとって冷や汗を流した。

 

「僕の想像以上には、強いね。2人とも。」

 

「……言ってくれる…!本当にLv4か!?」

 

「少なくとも、私たちのレベルが上がってあれができるようになるとは思えないけど…とにかく!挑むのみよ!」

 

「────いいね、その眼。そういう人は、割と好きだよ。」

 

「あら!リューから乗り換えちゃう?」

 

「それはないかな。」

 

「即答!?ちょっとくらい悩んでも良くない!?」

 

「いや、無いかな────せっかちだね、輝夜。」

 

「────はっ?」

 

輝夜は、ベルから目を離したつもりはなかった。ほんの一瞬も目を離さなかった。けれど気が付けば、地面が目の前にあった。ベルは目の前まで来ていた攻撃を躱し、輝夜の背後に周り、腕を捻りながら倒れた輝夜に座っていた。

 

それが、目にも止まらぬ速さで起こった。

 

予想外の速さ。いや、もはや人智を超えた速さは、ファミリアの誰も認識することすら出来なかった。もがこうにも、完全に固められ指先すら動かせない。

 

「……降参、する。」

 

「ん、少しこのままでね。」

 

「あんな、一瞬で…輝夜が…?」

 

驚愕するアリーゼに、ベルが目を向ける。

 

「来るかい、アリーゼ?」

 

「────!」

 

放たれるベルの威圧は、正に巨竜のような威圧を孕み、アリーゼの足をその場に縫いつけた。

 

戦わずして判らされた、絶対の強者。格が違いすぎる。

 

「……こ、降参…降参よ…」

 

カランっ、と武器を落とし腰から崩れ落ちたアリーゼは、震える声で降参を宣言した。

 

「…僕の勝ちだね。」

 

そんな2人に手を差し出して、彼女達を立ち上がらせる。なんだか安心したアリーゼと輝夜は、泣きそうなのを堪えて、ベルの強さを実感した。

 

「…まったく、何をどうやっても敵う気がしないわ。」

 

「これでも……手加減されている…そう考えると、恐ろしい。最後の気迫は…やばかった。」

 

輝夜の言う通り、最後にアリーゼに向けた気迫は、周囲でその様子を見ていた団員すら腰を抜かすほどのもので、輝夜の普段の態度すらなりを潜めていた。

 

「格下と手合わせすることなんて無かったから、僕もいい刺激になった。」

 

そうして、両者とも今の手合わせを振り返る中、アストレアが2人にタオルを投げた。

 

「お疲れ様。どうかしら、ベルは。」

 

「見ていた通り…Lv4にして、強すぎる。だからこそ、この派閥に入れるのは不安になってきた。私達では、1秒も抵抗できずにやられる。」

 

男子禁制という訳では無いが、女所帯のファミリアである。ベルも一応男だし、溜まるものもあるだろう。そんな輝夜の懸念を、ベルは

 

「…あぁ、それか。安心していいよ、君たちに興味はないから。」

 

グッと親指を立てて、安心して!と微笑むベルに、アストレアは目を伏せながら呟く。

 

「……嘘は、ついてないわ。」

 

「……それはそれでむかつきますねぇ?」

 

ベルには、悪意はない。ただ本心を語っているだけだ。

 

「問題はリューだけど…無理矢理はダメよ?」

 

「無理矢理は趣味じゃない。」

 

「まぁ、そんなことが出来る子では無さそうだし…」

 

取り敢えずという感じで、全員をリビングに集め、ベルが取り敢えずここに厄介になることを告げた。

 

「少しの間、彼をここに置くことになったから。みんな宜しくね?」

 

「宜しく、アルクメネって呼んで欲しい。本名は、少し隠したい。」

 

「アルクメネって、大英雄の傍に寄り添った精霊よね。好きなわけ?」

 

「母さんの姓なんだ。」

 

「へぇ〜。お前の親御さんも英雄好きだったのか?」

 

「先祖代々の名前だから。」

 

「ほう、代々続いてる名か。」

 

「アルケイデスの話が確か…6000年前だから、そこから続いてるみたい。」

 

「6000年!?………ん?なんか今のおかしくね?」

 

ライラのみ、なんか今のおかしくない?と1人気がついたが、他は別に気付くことなくそのまま続ける。

 

ひとしきり話が終わり、ベルはこの派閥に居るに当たって必要なことを確認する。

 

「そういえば、この派閥の方針は?ダンジョン探索と…さっきみたいに憲兵みたいなことしてるの?」

 

「そういえば話してなかったわね。その通り、私達は秩序維持を目的に警邏をしてるわ。後は、探索系のファミリアと変わらないわね。」

 

「そう…とりあえず、現状を確認したいから外に出てくる。」

 

「わかったわ!リュー!ついて行ってあげて!」

 

「わ、私がですか!?」

 

「他に誰がいるのよ!ほら、行ってらっしゃい2人とも!」

 

「────ベル。」

 

出ていく寸前。追いかけてきたアストレアがベルを呼び止める。

 

「なに?」

 

「……皆を……いいえ…リューを、お願い。」

 

その言葉には、ある種の重みがあった。ベルはその中に含まれていた想いを受け取り、微笑んだ。

 

外に放り出された2人は、仕方ないとばかりに互いに目を合わせる。

 

「…行こうか、リュー。」

 

「あ…は、はい…」

 

何となく先導される形で、ベルの後ろを歩くリューは、この形がどうにもしっくり来ていた。彼の背中を、少し後ろを歩くだけで、どこか温もりがあった。

 

(私は…前もこうして…彼と……?)

 

不思議な、あるはずのない既視感を抱いたリューは、その幻想を振り払った。

 

だって、そこにはリューとベル。たった2人しか、いなかったのだから。

 



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第4話:(ソラ)の香り

「終わったね。後はガネーシャ・ファミリアに任せればいいのかな。」

 

「え、えぇ…本当に…人質を取られていたのに…一瞬で鎮圧…被害もゼロ…私がいる意味が…」

 

「ちゃんと戦ってくれてるし、背中は任せてる。」

 

あれから1週間が経った。警邏にも、ベルも慣れてきた頃。近くでまた信者が暴れていた所を、ベルが上空から強襲。一瞬で制圧。手腕は見事の一言だが、やはり少々手荒だ。死ぬ1歩手前の半死半生、放っておけば死に至るだろう。そのギリギリのラインに、敵を敢えて叩き落としている。

 

(……彼は、本当に何者なんだ?)

 

強さもそうだが、彼ほど特徴的であれば有名にならないはずがない。美しい白髪に、閉じられた翡翠と朱のオッドアイ。ひと目見れば忘れない容姿に、冒険者らしくない少年らしさ。

 

それに、自分との関係も全く覚えがない。

 

リューは、ベルが少し苦手だ。嫌悪の類ではなく、好意を真っ直ぐに向けてくる事が、と言った方がいいだろう。他の誰にも向けないその優しい愛を孕んだ眼差しが、嫌でも自分を特別に思っていることが分かる。そんなこんなで、今彼女の心の中はぐちゃぐちゃだった。満更でもないと思ってしまうのが、また彼女の心を揺らがせた。

ここまで純粋な好意、というか愛は、親にだって向けられたことがない。どうしていいかわからず、ただ流されるしかなかった。

 

当初心配していた彼の行動も杞憂だった。接する距離は異様に近いが、誰に対しても似たようなもので不埒なものでは無いし、リューにはとても紳士的だ。些か常識のズレを感じるが、問題になるほどでは無い。

 

というか、枯れているのかと思う程に他の異性に対して興味が薄い。

 

証拠に、先日の事。輝夜がほぼ全裸で歩き回っていたことがあった。

 

『ん、ベルか。』

 

『輝夜、おはよう。朝風呂?』

 

『……貴様不能か?』

 

『失礼な。ちゃんと機能する。』

 

『…女として魅力がないということでございますか?悲しゅうございます…よよよ…』

 

『そうは言わないけど、単純に好みじゃない。』

 

『…あのクソ雑魚妖精に劣ると?割といい体だと思うんだがな。』

 

『わかってないね。あの恥じらいがいいんだ。君はあけすけ過ぎ。発育の問題じゃない。』

 

『なんだ、ただの処女厨か。』

 

『…品性の問題だって言ってるんだけど、わからない?』

 

という会話をファミリア全員の前でして、余計団員に問い詰められるようになった。

 

こんな事があり、嫌でも特別視されていることを理解してしまっているのだ。

 

しかし、反面で少しベルが怖くもあった。

敵には、本当に容赦がない。女でも、子供でも、老人でも、敵であるなら完膚無きまでに潰す。彼のスタンスとして、悪は許さない。と言うよりも、敵と認めた者を叩き潰すに近い。高位の冒険者であったなら、殺すことを気に病むタイプでは無い。

 

戦闘を行う時の彼は、なんの感情も持たず、機械的に敵を潰す。

 

そこには、怒りも悲しみも、憎しみすらない。どこか人らしからぬその姿とは裏腹に、戦闘が終わればそんな事は無かったかのように、少年らしい言動をする。

 

その日常とのギャップが、より歪に見えてしまった。

 

「…クラネルさ────っ!?」

 

「シー…リュー、アルクメネ。そう呼んで?」

 

人差し指を唇に添えて、シーっと微笑んだ。どこか、少年らしからぬ色気にリューはまた顔を赤くして、コクコクと頷いた。

 

「アルクメネ……その、輝夜とアリーゼは…強かったですか?」

 

「…うん、強いよ。」

 

そこで、気になってしまうのが人の性なのか。ベルの本気、と言うものを聞いてみたくなった。

 

「…もし、貴方が本気で私たちを下すとしたら…」

 

「1秒もいらない。そんな事は起きないけど。君が居て、僕の仲間である限りは、ね。」

 

ゾッとしたリューは、本能とは裏腹にその言葉に希望を見いだした。

 

ベルの戦闘とも言えない、もはや蹂躙とも呼べるそれを見て、確信がある。ベルの本気はこんなものでは無いこと。

 

けれど、その力を今後起こるであろう掃討作戦で発揮してくれたなら。

 

そんな淡い希望は、ベルの微笑みで消え去った。

 

「…ごめんね、リュー。君が期待するようなことは…今の僕には出来ない。いや…それでいいのかって、思っちゃうんだ。」

 

「…っな、何故…!貴方の力があれば平和を取り戻せる!」

 

「できるだろうね。いとも容易く、今日中にでも、やろうと思えばね。」

 

「では!」

 

「けど、僕は余所者だ。いま、僕は戦うべきなのかすら迷ってるんだ…それに…どこまで持つか分からない…まだその時じゃない。」

 

儚く、申し訳なさそうに微笑むベルに、思わず黙り込んでしまった。

 

そんな、困らせたかったわけじゃなかった。

 

会った時からだが、彼には悪意という物が存在しない。初めて自分に触れられる少年は、まっさらな印象を抱かせた。だから、彼が力を出さない理由も、何かしらのしがらみがあるのだろうと、反省した。

 

「申し訳ありません…無神経な、事を…」

 

「気にしないで……でも、そうやって謝るの、凄く君らしい。」

 

「私、らしい…ですか…」

 

心底嬉しそうに、知らぬ筈の自身の性質をらしいと言って笑う。

 

彼には、本当に自分の全てを知られている。

 

事実、おかしな程にベルと共に戦うと連携が取れる。実際にはベルがそう動いているのだが、それにしても派閥の面々と比べても、初めて背を合わせたリューとの連携は、異様なまでに研ぎ澄まされていた。

 

けれど、戦えば戦うほど、ベルの顔には、剣には迷いが生まれていた。

 

「少し…休んでもいいかな。」

 

「はい…っアルクメネ…?顔色が…!」

 

「…平気。」

 

そう言って、俯いたベルは青ざめた顔で、バックパックの水筒を取り出してチビチビ飲みはじめた。苦いのか顔を顰めている。

 

すこしだけ、ベルの顔色に血色が戻った。

 

飲み干したのか、1つため息を吐いたと同時に、ベルが立ち上がる。

 

「少し…付き合ってくれないか。」

 

「へっ!?」

 

「あ、まだ警邏する?少し、行きたい場所があって…君と行きたい場所なんだ。」

 

「あ、あぁ…いえ、行きましょう。」

 

何に勘違いしたのか、リューは声を上げて顔を朱に染めて、ベルの提案を承諾。

 

 

 

 

「ここは……?」

 

ベルの背中に従って路地を抜ければ、町外れの廃教会に辿り着く。

 

「ここ、お気に入りの場所なんだ。」

 

「そうなのですか…それにしては…随分と…」

 

オンボロ。というよりも崩れかけの教会だ。思い入れがあるようには思えないが、愛着とはそういうものなのだろう。

 

「ここが…私を連れてきたかった場所ですか…?」

 

「うん…君のことを、聞かせて欲しい。どうしてオラリオに来たのか、どうして今のファミリアにいるのか。とかね。」

 

「……私の、こと…ですがあなたは…」

 

「…君のことを深く知っているわけじゃないんだ。」

 

「そう、ですか。」

 

なにか訳ありだろう。彼はあまり話したがらずに俯いて、教会の大扉に手を掛けた。

 

「話せるところだけでいい。だから───」

 

「………アルクメネ…?」

 

また、人差し指でリューの言葉を止めた。

 

「…微かだけど、血の匂いがする…武器を構えて。」

 

「…!わかりました。」

 

ゆっくりと扉を開けば、最近良く見る白装束が数人倒れている。死んではないが失神しているようだ。

 

「───また来訪者…この場所では、静寂に微睡むこともできないか…嘆かわしい。」

 

教会の最奥、ステンドグラスの光を受けながら、黒いドレスを身に纏うフードを深く被った女が、こちらに背を向けたまま、煙たそうに零した。

 

一歩前に出ようとしたリューを手で制して、ベルはいつものように目の前の女を見ていた。

 

ベルの行動に感心したように女が呟く。

 

「…ほう、良い判断だ。その小娘が一歩前に出ていたら…いや、この場所を汚すわけにはいかない…だが、お前は有象無象とは違うようだ。」

 

「僕の後ろから絶対に出ないで。怪我はさせたくない。」

 

そういったベルを見れば、日常生活、戦闘中ですら開けることを見るのは稀な右眼を開き、警戒している。

 

そこでようやく、目の前の人物がただ者では無いことを理解したリューは、大人しくベルの背中に身を寄せた。

 

「少年、派閥はどこだ?」

 

「…ワケあって言えない。けど、今はアストレアという神の元にいる。」

 

「……そうか。」

 

「…今度は、僕が聞く番だ。これは、君がやったのか。」

 

「そうだ。ここは妹が気に入っていた場所でな。穢されるのは耐えられん。」

 

当たり前のように語った女は、さながら女王のような風格と威厳のようなものがあった。

 

「地下にある物資も好きにするといい。あとはお前たちで片付けろ。」

 

「リュー…ガネーシャ・ファミリアに連絡して来て。」

 

「アルクメネ、しかし…!」

 

「───アルクメネ?」

 

リューの声に、女がピクリと反応し、ようやくこちらに目を向けて、一歩一歩ベルに近づいた。

 

「何故…君がその名を名乗っている。」

 

「……言う必要が?」

 

「教えなさい。」

 

どこか、子供を叱り付けるように語った女の威圧感は、どこかで感じたことのある物で。ベルは戸惑いつつも、リューを離れさせる。

 

「……リュー、早く行くんだ。この人とは、僕だけのほうが都合がいい。わかるね?」

 

「……はい、すぐに戻ります。」

 

しっかりとリューが離れた事を確認して、ゆっくりと前の女を見た。

 

「…この名は、母の名だ。僕が名を使っても、誰に咎められるいわれはない。」

 

「……嘘、では無いか…名を、教えてくれないか。」

 

「…アルクメネ。」

 

「違う、お前自身の名だ。」

 

どうやら、この女、とてつもなく勘が効くようだ。

 

観念したベルは、渋々と言ったふうに口を開く。

 

「…ベル・クラネル。母メーテリアが名付けた、僕だけの名だ。」

 

「────────そうか、ベル・クラネル…ベル、か。」

 

「……?」

 

そうして、反芻するように口にする己の名が、いやに愛おし気に聞こえる。いや、違う。この感覚は、ずっと前に1度だけ────

 

そこで己も気付かぬうちにその女は目の前に迫って、ベルの頬に手を添えていた。油断していた、とか、目の前の女が自分よりも強者であるなんて理由ではなく。

 

女には、全くの敵意がなかった。

 

むしろ、その手には慈愛のような物が込められていた。

 

「目を、よく見せておくれ。」

 

「…なに、を…」

 

「…あぁ…その右眼…真っ白なお前は本当にそっくりだ…だが、この赤い目だけはくり抜いてやりたくなる。」

 

「!?」

 

なんの恨みがあるんだと驚愕するベルに、女はふわりと口元だけ微笑んだ。

 

「…嗚呼…後悔は残すまいとしていたんだが…いや、これも…罰か。」

 

こうして、手を頬に添えて、慈しむように笑う。こんな最後を迎えた、最愛の人を知っている。余りにも、今この瞬間に重なった。

 

「────嘘だ……全然違う、のに。」

 

「……すぐに、この街は絶望に包まれるだろう。今なら、まだ間に合う。逃げなさい。」

 

「嘘だ、嘘だっ…!だって、だって…っ!」

 

ここが7年前のオラリオであったとして、もう居ないはずなのだ。

 

その香りが、その温もりが、あるはずがないのに。

 

「……愛しい子。お前が、戦わずにすむ未来を…私達が礎となろう────さらばだ。」

 

そうして背中を向けた、貴女から。

 

「────かあ、さん……?」

 

母と、同じ香りがした。

 

呆然としたまま、ベルはただ徐に手を伸ばす。

 

「まって…待って…待って!母さん…いや、違う…貴女は、母さんの────ぁ……」

 

そこまで言ったところで、ベルは自身が血を吐き出していることに気がついた。

 

(マズイ…動き、過ぎた…薬が…)

 

急いでバックの水筒を取り出すも、霞む視界のせいで、水筒を取り落とし、そのまま力なく倒れ込む。

 

(……ぁ…空っ、ぽ…)

 

もう動くこともないだろうと、水を汲む事も忘れていた。空っぽの水筒が、虚しく転がった。

 

「────ヵ…ぁさ……」

 

手を伸ばしても届かないその背中。ブラックアウトする視界の後、優しく抱き上げられる感覚と、優しい声が聞こえた。

 

『ゆっくりと息を吸え…1、2…そうだ……ベル、どうか、逃げ延びてくれ。』

 

ふわりと掛けられた布から香る、懐かしい香り。そして、薄らと見える銀の髪と、いつか見た灰と翡翠のオッドアイ。

 

その声を最後に、ベルの意識が途絶えた。

 

その後、教会にガネーシャ・ファミリアとアストレア・ファミリアのメンバー連れてきたリュー達が見たものは、血濡れになったベルと、気遣うように掛けられた、(ソラ)の香りを遺した黒いローブだけだった。

 

 

 




時系列は輝夜とライラ、リューが揃ってエレボスに出会った時期より少し後です。

ごめんなさい。ミスがありました。
ライラとリュー、輝夜が揃ってエレボスに出会う少し前です。



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第5話:正義の形

「現状、目立った外傷はありませんが、反面内側…彼の体は、ボロボロです。薬で騙し騙し戦ってきたのでしょう」

 

「そんな…では、彼はもう…」

 

「ですが、これは普通の人であれば、という条件付きです。」

 

ここはディアンケヒト・ファミリアの薬舗。倒れていたベルをリューが担ぎこんだ。今は主治医がベルのカルテを見ながら、リューとアストレアに説明をしていた。

 

「どういうことですか…?」

 

「 このレベルの崩壊が体で起これば、数時間と経たずに死に至るはずです。」

 

「…!では…薬が強力な物なのですか?」

 

「確かにそれはあります。これは、大聖樹の枝を削り特殊な薬水を作り出すマジックアイテム。この薬水自体がとても強力なもので依存性も低い万病の薬。出来れば喉から手が出るほど欲しいものです。」

 

「けれど、それでも彼の…アルクメネの病は…」

 

「治っていない…これ程の薬水を常備しなければならない大病でありながら、戦闘をしていた精神力には脱帽します。」

 

未だ眠るベルの顔を思い浮かべながら、リューは前日の会話を思い出していた。

 

(彼のあの言葉は…それなのに…私は…)

 

ベルが戦うことに迷いを感じていた理由は、きっと体がもつかどうかなのだろう。オラリオで一二を争う医療派閥のドクターが下した診断がそう告げていた。

 

彼は、既に戦える体ではないかもしれない。

 

「リュー…」

 

「……アストレア様。」

 

病室の前で暗い顔をしていたリューに、アストレアが寄り添った。

 

「なにか…あったの?」

 

「…彼に、戦えと言ってしまいました…こんな状態の彼を…」

 

「そうね…彼が貴方達に隠していたのか、言わなかっただけなのかはわからないけれど…私にも責任の一端はあるわ。彼に、話だけは聞いていたから。」

 

ここまで酷いとは思っていなかったけれど、と付け加え苦笑した。

 

ベルは、彼女たちが優しいことをこの一週間で身にしみて感じていた。正義を掲げるファミリアであるからこその、暖かさというものがあるのだ。

 

そんな彼女たちに病人であることを言えば、確実に気を使わせるだろう。

 

そう考えたベルが、この話をアストレアで止めていたのだ。

 

「…今日はもう面会の時間も終わってるわ。今は、明後日の炊き出しに備えましょう。このことは、彼が起きたら困るまで聞いてあげるといいわ。」

 

「…はい。アストレア様。」

 

少し、表情の明るくなったリューを見て、ベルはいい影響を与えてくれていると微笑んだ。

 

 

 

 

 

「さぁ!炊き出しよ!!」

 

ベルが入院して2日。今日はデメテル・ファミリアの協力のもとに市民に炊き出しを行う日になっている。各ファミリアが協力体制を敷いて警備を行う。その中に、アストレア・ファミリアも組み込まれた。

 

「なんでお前がそんな偉そうなんだよ。」

 

「さて、無視して私は調理の方に入らせてもらいます。」

 

「アタシもそうすっか…」

 

「リオンはアタシと一緒に配給よ!」

 

「あ、アリーゼ!引っ張らないでください!」

 

偉そうにふんぞり返るアリーゼを無視して、各々が散る。アリーゼに引っ張られたリューは、アリーゼの横顔に違和感を覚えた。

 

「…アリーゼ…?何かあったのですか?」

 

「…貴女って、いつも鈍いのに、こういう時だけは鋭いのね…」

 

「こ、こういうときだけは余計です!」

 

若干否定しきれないが、リューは気を取り直して聞き直す。

 

「…それで、なにかあったのですか。」

 

「…リュー、ベルが倒れてたった2日だけど…事件の被害が増えているのは、わかってるわよね。」

 

「…はい、先週までのいっときの平穏は、彼が居てこそ成り立つものだった。」

 

「そうなのよねー…ベルが強すぎるのよ!それに比較して、私達は全然追いつけない。あの子が先週解決した件数知ってる?40件よ!40件!しかも全部被害ゼロ!私達全員の倍以上だし!ほんと、自信なくすわ…」

 

そのアリーゼの弱音とも言える言葉に、リューは驚きつつも静かに同じ気持ちを持ってしまっていた。

 

ベルの力は敵から畏怖の対象にもなっているようで、彼という存在そのものが大きな抑止力になっているのだ。

 

「それに、あんな重い病気を患ってる状態であの強さよ?病気じゃなかったら…そう考えると、本当に恐ろしい。何よりも敵に回したくないわ。」

 

敵に勇者がいるより厄介よ!と吐き捨てるようにブー垂れた。

 

確かに、フィンの知略は敵からすれば厄介だろう。だが、その策すら意味を成さないレベルの圧倒的な力は、知恵なんかよりも余程恐ろしいものだ。

 

そんな事実を、アストレア・ファミリアの面々は残酷に叩きつけられた。彼が居なければ、守れないものが多すぎる。

 

「…強く、なりましょう…アリーゼ。彼だけに背負わせるのでは無く、私達も…一緒に背負えるように。」

 

「リュー…」

 

そう語ったリューの真面目な雰囲気をぶっ壊すように、アリーゼは頬を突っつく。

 

「はぁ〜!あのリオンが、たった1週間と少しの男の子にそこまで言うなんてね!流石はベルって感じね!」

 

「茶化さないでください…!」

 

一気に華やいだ雰囲気に、周りも微笑ましげにその様子を見ていた。

 

「相変わらず騒がしいな。」

 

「ああー!ガレスのおじ様!」

 

「お、おじさま…?!」

 

その騒がしい声を聞き付けたのか、重装備を纏ったドワーフの戦士、ガレス・ランドロックが豪快に笑った。

 

「し、知り合いだったのですか?」

 

「え?全然?私が会う度にはしゃいでるだけ。そして、私が騒がしくし過ぎておじさまも無視できなくなってるの!」

 

「だいたいその通りじゃが、わかっとるなら慎みを覚えんか馬鹿娘め。」

 

「…アリーゼ…貴方のその胆力はいったいどこから出てくるのです…」

 

第1級の冒険者にすら臆することなくフレンドリーに接するアリーゼに呆れていると、そうじゃ、とガレスが顎髭を撫でた。

 

「お前達のところに活きのいい新人が入ったそうじゃな。確か…アルクメネだったか?」

 

「あぁ、彼ね!とんでもなく強いわよ!」

 

「噂は聞いとる。何でも雷の様に現れ、嵐のように敵を殲滅し去っていく。この一週間で都市最速がどちらか議論が持ち上がる程じゃ。」

 

「そんなになってるのね彼。、いつも全く力出してない状態でアレだし、自分でもこの都市で1番速いって言ってたから、間違いないと思うわよ。」

 

「ほう……天の審判者(アルクメネ)を冠する実力はあるということか。」

 

あの子に会ってもフレイヤ・ファミリアの話だけはしないでね?やけに不機嫌になるから。

 

そう付け加えると、ガレスは少し考え込むように訪ねる。

 

「白髪に赤眼…顔も話題になるくらい整っとるようじゃし、性格にそれ程難がある訳でもなさそうか…しかし、聞いたこともないのう…」

 

「やっぱり、ガレスのおじ様も知らない?」

 

「知らんなぁ、そのアルクメネ…少しきな臭いが、お主らの所にいるのなら、敵の線は消えたか。」

 

「えぇ…でも、もう彼は───なにッ!?」

 

そうした井戸端会議もそこそこに別れようとしたとき、すぐ近くで爆発が起きた。オラリオの日常は、平穏とはいかない。

 

 

 

 

 

(────…ここ…ディアンケヒト・ファミリアの…)

 

時を同じくして、見覚えがありすぎる病室で目を覚ましたベルは、薄っすらと残っていた記憶を思い出し、あの人を探さなければとベッドから降りようと体を起き上がらせる。すると、小さな銀色の少女が忙しそうに掃除をしているのが見えた。

 

「……きみ、は…?」

 

「ッ!?」

 

声を出したことに驚いたのか、こちらを振り返った少女は、ほうきも雑巾も放り出して、部屋から出ていく。そうしてすぐに医者らしい人とアストレアを引っ張って来た。

 

「アルクメネ!目が覚めたのね…」

 

「アストレア…迷惑掛けた、すぐに出る。」

 

「何を言っているの、迷惑なんて事ないわ。」

 

ベルが着替えようとすると、アストレアが優しく止める。

 

少しの検査後、医者の反対を押し切りベルは退院。着替えを済ませ、アストレアと向き合う。

 

ややあって、気を取り直したベルは続けた。

 

「やる事ができた。」

 

「どういうこと?」

 

「やることが…いや、やらなきゃいけないことが出来た。」

 

「…それは、なに?あなたの体は平気なの?」

 

「確信がないから言えないけど…これくらいなら平気。けど、今後君たちに常に協力できる確約ができない。こんな状態だしね。」

 

その言葉を聞いて、アストレアは一安心といった表情を浮かべる。

 

「どうしても、今の貴方がやらなきゃならないの?」

 

止めあぐねたアストレアが声をかけるが、ベルはそれを肯定する。

 

「どうしてもやらなきゃいけない事。」

 

「命を賭ける価値があると?」

 

その言葉に、思い浮かぶ母の最後の言葉。

 

 

『お姉ちゃんを…どうかお願い。』

 

 

嗚呼、こういう事だったのか。

 

(お母さん…約束は、必ず果たすから。)

 

彼の目に宿った光は、決して揺るがない。

 

「あるさ。僕自身が決めた事だから。」

 

その真っ直ぐな眼差しに、アストレアはゆっくりと微笑んだ。

 

「…なら、何としても成し遂げなさい。」

 

「当然。」

 

そのまま窓を開けると、遠い場所で爆発音が響いてきた。

 

「!この方角…もしかしてあの子達の…!ベル!」

 

「わかった!こっちは任せて、アストレアはこのままディアンケヒト・ファミリアを引っ張って来て!血の匂いがする!!」

 

「わかったわ!」

 

そのまま窓から身を乗り出したベルは、一気に飛び上がり屋根の上を駆ける。

 

道中で敵を屠りながら、約5キロの道のりを数秒で走破したベルは、見慣れた赤と金の後ろ姿を捉える。その目前で剣を交える桃髪の女───ヴァレッタを、敵と判断する。

 

「ばーかがぁ!Lv3のテメェらが、Lv5のアタシに、敵うと思ってんのかぁ!」

 

「ぐぅッ!?」

 

「やっぱり、私たちじゃ…!!」

 

「そぉら!!死ねぇッ!!」

 

苦戦する2人の目の前に、影が舞い降りた。

 

一撃でグチャグチャに、挽き肉になってもおかしくないその斬撃を、割って入った白い影が受け止めた。

 

「───テメェ…なにもんだ?」

 

「べ…アルクメネ!!」

 

ヴァレッタの言葉に耳を貸すことはなく、ベルは素手でヴァレッタを弾き返した。

 

「ってぇなぁッ…テメェか。こっちの勢力をぶっ潰しまくってるってガキは…!」

 

「立って、リュー。」

 

「あ、貴方…病気っ、体は…!」

 

「問題ない。あの程度なら、割とよくある。」

 

「なんてタイミングで現れるの貴方は!!流石私たちの騎士ね!」

 

「アリーゼ、耳元で叫ばないでうるさい。」

 

バシバシ背中を叩くアリーゼを無視しながら、目の前の敵に目を向けた。

 

「あれ、敵でいいんだよね。」

 

「えぇ…油断しないで。腐ってもLv5よ。」

 

「そう。アリーゼ、リュー。君たちはすぐに民間人の救護に回るんだ。」

 

「わかったわ!行くわよ!リュー!」

 

「っ…くれぐれも!気をつけてください!」

 

「ありがとう、リュー。」

 

遠のくリューに、軽く微笑んで手を振る。

 

そのベルの歯牙にもかけない態度に、ヴァレッタは声を荒げ───

 

「随分と舐めてくれるじゃ───」

 

ようとして。気づけば、顔面を思い切り地面に叩きつけられていた。

 

「が、ぇ、ぁ…?」

 

「あれ、まだ意識あるんだ。丁度いい、聞きたいことがある。」

 

初めてベルがヴァレッタに掛けた声は、なんの感情もない冷たい一言。バキッ、と頭蓋がひび割れる音が頭で響き、徐々にその力が強まっていく。

 

そして、人間を見ている目ではないその絶対零度の瞳が、ヴァレッタを射抜いた。

 

「銀の髪をした女を探してる。お前らと繋がってることはわかってるんだ。言えば、命だけは助けてやる。」

 

「が、ぁ…だず、げ、たす…け…」

 

「クズが。泣き叫ぶ民衆に、お前は耳を貸さなかった。だから、僕もお前の命乞いには耳を貸さない。」

 

その言葉の後、バチンッ!と稲妻が弾け、ヴァレッタを焼いた。

 

そのまま失神したヴァレッタを放り投げたベルが聞きつけたのは、愛しい女の声だった。

 

『────取り消してくださいっ!!』

 

「…リュー?」

 

瞬時に方向を割り出し、リューの後を辿れば怒鳴り声が聞こえる。

 

「たった今貴方が吐いた侮辱を!私たちは自尊心のために【正義】を利用しているのではない!」

 

ただならないような声を聞き駆けつければ、どうやら男神──エレンと口論になっているようだ。

 

「リュー!何してるの!」

 

「アルクメネ…!止めないでください!この神は!私たちの【正義】を侮辱した!!」

 

「アルクメネ…?へぇ…君が、そうなんだ。」

 

どこか含みのある言い方と、見定めるような視線。値踏みされるような感覚は、ベルが最も嫌うものだ。

 

故に、嫌悪感を隠すこと無く吐き捨てた。

 

「…何の用。こんな状況で呑気に散歩?頭イカれてんじゃないの。」

 

「おっと、初対面で随分な物言いだ。気をつけた方がいいとお兄さん思うなぁ。」

 

軽い物言いに、言われたことをなんとも思ってないような言葉。どこかヘルメスを思わせる雰囲気は胡散臭さは満点。言葉を聞くだけ無駄な類の神だ。

 

もはや名前を聞く気すら起きない。

 

「話してる暇はない。リュー、こういう手合いは相手にしちゃダメだ。逆撫でされようと無視するのが賢明だよ。」

 

「しかし!」

 

「待って待ってぇ〜!そういうことは見えないところで言うもんだぞ~?あと、さいご!最後だから!ねっ、2人とも。」

 

うざったく弱々しく絡んでくるこの名も知らぬ神をぶん殴ってやろうかと思ったが、今後絡まれても面倒だと考え、振り返った。

 

「自尊心の為に戦ってないんだとしたら、君たちはなんのために戦ってるの?」

 

「くどい!都市の平和のため!目の前のこの光景を撲滅せんが為だ!」

 

「それが、独り善がりなんじゃないの?君たちお金も貰えない、パンもスープだって。何がもらえるの?」

 

「黙りなさい…!」

 

「富と名誉だけじゃなくて、一時の感謝さえ求めていないなら、君たちの言う正義…真実、ただの孤独じゃないか?」

 

「黙れ!!」

 

「怒らないでくれよ、エルフの子供。ただの神の酔狂さ。だから、心して問うて、答えてくれよ。」

 

リューを追い詰めるエレンは、面白そうに、おもちゃを見つけた子供のように、無邪気にリューを追い詰める。

 

「君たちの正義とは、一体何だ?もし答えられないのなら…君たちが正義と呼んでいるものは…とても歪で…醜悪なものだ。」

 

その一言に、リューの堪忍袋の緒が切れた。

 

「貴方はあぁァァァァァァ!!!!」

 

「リュー!!」

 

掴みかかるリューを止めて、ベルが神に割と本気の殺気を飛ばす。

 

「見たかったものは見れたか、悪趣味な変態め。」

 

しかしベルの殺気すらも、飄々と躱してエレンは嗤った。

 

「ククク…神は往々にして変態なものだ少年。では、君にも問おう。」

 

予想外の流れ弾に、ベルは目を見開いた。

 

「……正義がなにか、ってやつ?」

 

「そう、君も正義の派閥。なら、君はなぜ戦う?君達が掲げる正義って、何?」

 

標的が自分に変わったのだと気づき、未だ興奮状態のリューを抑えながら、ベルは口を開いた。

 

「自分が住む場所の治安は良いほうが良いに決まってるし、その地域で泣いてる人が多いのも、不幸な人が多いのも、なんか気分が悪いだろう。でも、僕にはそれを解決する力がある。目の前で死なれれば気分も悪くなる。」

 

「うんうん…それで?」

 

「だから戦う。」

 

ベルのあまりにも単純な言葉に、エレンは目を丸くした。

 

「…え、それだけ?」

 

「それだけじゃ、駄目なの?」

 

随分と単純な理由に、エレンはやはり目を丸くしていた。

 

「戦う理由なんて、それで十分だ。そもそも…正義…いや、主義主張や思想の行き場は理想。やりたいからやる、助けたいから助ける。こうしたい、こうなって欲しい、だからやる。誰かにその在り方を否定されるものじゃないし、その想いを否定する権利なんて誰もが持ち合わせていない。その理想(想い)を、ほんとうの意味で貫けるのなら、それはなんだって『正義』と呼ばれるだろう。」

 

「……それが殺戮であったとしても、お前は正義と呼ぶのか?」

 

「殺戮をもって正義を成した偉人は多くいる。僕は肯定しよう。けれど、理想が数多くあるように、それと相対する形の理想は存在する。」

 

「闇派閥とオラリオのように…か。」

 

「闇派閥がどんな思想を掲げてるか知らないけど、死にかけたくらいで惨めったらしく命乞いをする女が幹部な時点で、たかが知れてる。」

 

「貴方、ヴァレッタを仕留めたのですか!?」

 

「うん、その辺に捨ててきちゃったけど。」

 

「す、捨ててきちゃった!?」

 

ま、悪に【正義】がないとは言わないけどね。そう言葉を切るベルに、エレンはニンマリと嗤った。

 

「なるほど、ありがとう…君達は面白いね。」

 

「別に、お前を楽しませる気はない。あと僕はお前が嫌いだ。」

 

「残念、声が似てるから仲良くなれると思ったのに。」

 

「ふん…行くよ、リュー。時間を無駄にした。早く救助に入ろう、アストレアが治療派閥を呼んでおいてるはずだから。」

 

「ッ!……わかり、ました…」

 

「全く…趣味の悪い神もいたもんだ。しかもこんな時に…」

 

浮かない顔をするリューを引っ張って、吐き捨てるように呟いたベルに、リューは力なく尋ねた。彼を偽名で呼ぶ事すらも忘れて。

 

「クラネルさん…私たちは…間違っているのですか…?私たちの掲げる正義は、醜いものなのですか…?」

 

「さぁ?視点の違いでしかない物だし、僕が正解を出せるものじゃない。君が、見つけるしかないんだ。君達の、君だけの正義(想い)を。」

 

「私…自身の…」

 

「……迷うんだリュー、悩むんだ、大いに葛藤するといい…それが、人というものだ。先はまだ長い、思う存分悩むといい。それで、自分の答えを見つければいい。」

 

消え入りそうな声で問いかけると、ベルは優しく微笑んだ。今の君には、それが必要だろう。そう呟いた。

 

 

 

『殺戮』をも正義だと言える彼の言葉は、リューには酷く冷酷に、酷く強いものに聞こえた。

 

彼は間違いなく善人だし、彼の思想には1本筋の通ったものがある。弱者を守る意志も力もある彼が、正義の体現者だと言われても疑わないのに。彼は己が正義ではないと語った。

 

それは、その醜さを理解していたから?

 

掲げてきたはずの崇高な正義は、視点を変えれば酷く醜いものに見える。リューはその言葉を否定しながら、同時に理解してしまっていた。

 

だからこそリューには、己の考えが正解と言えるのか、わからなかった。

 

縋るように握り返した手を、ベルは強く、確かに握った。

 




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第6話:汝、強き者

コツンコツンとリズム良く、上機嫌な靴音が反響し、遅れて鼻歌が混じった。

 

闇に似合わぬその男神は、協力者の前に腰を下ろすと、話を聞いて欲しそうに目線を向けた。

 

「嫌に機嫌がいいな…今は、エレンと名乗っているのだったか。何かあったか。」

 

「んー、そう見えるか?」

 

優男の様に笑ったエレンは、無骨な鎧を纏う戦士の協力者に機嫌よく返事を返す。

 

「…なんだ、気持ち悪いぞ。」

 

「えー、酷くね?俺一応神なんだけど。」

 

「貴様の道楽を思えば確かに神らしいんだろうな。だが、そこに畏敬があるかは話が別だ。現にあのジジイを尊敬していた団員など、誰一人としていなかった。」

 

「ごもっとも。」

 

苦笑するエレンに、戦士は再度問うた。

 

「で?何をそんなに嬉しそうにしていた。お眼鏡に適うやつでも見つけたか。」

 

「そうでもあるし、そうでもない。」

 

その言葉に、深い溜息を吐き出す戦士はいつもの面倒なこの神の性分に呆れた。

 

「まあ聞けって。ヴァレッタが捕まった。この場所もバレるだろうし戦況は割とまずい。オラリオ側に想定外の戦力がいる。」

 

「あの女か…生きるためなら漏らすだろうな。それに…想定外?あのクソガキ共、俺達の領域に至っていたのか?」

 

「いいや、そうじゃない…お前たちは馴染みがあるかもな。」

 

最強の派閥(ゼウス・ヘラ)の生き残りか?」

 

「────アルクメネ。あの少年はそう名乗っていた。」

 

戦士はその目を見張り、ある眷属を思い出した。

 

「メーテリア……まさか…いや、ありえん…!」

 

「いいや、お前の想像通りだ。あの子の子供が、この街にいる。」

 

戦士の背後、暗がりの壁に佇んでいた、灰髪の麗人は儚げにため息を吐く。

 

「…言いつけを守らないか…全く、誰に似たんだ。」

 

「おい…お前まで…冗談にしては訳がわからんぞ。そもそも、数え年でまだ7歳って話だったはずだ。」

 

「私がこんなつまらん冗談を言うと思うか?これも下界の未知と言うやつなのだろう。某かの魔法か何かで未来から来ていてもおかしくはない。」

 

「時間遡行か?クロノスくらいしか聞いたことないが…しかし、へぇ…つまりあの少年。アルクメネは正真正銘お前の血縁という訳だ…まだ、降りられるぞ?」

 

「抜かせ、約束は違えない。私たちの運命は、既に貴様の手の中にある。」

 

エレンの言葉に、女は毅然とした態度で即答した。

 

「…そうか、で?最後の血縁を見た感想は?」

「…あの子に似ていた。あの翡翠の瞳も、白さも、誰かを思うその優しき心根まで。」

 

「お前とは正反対じゃないか。」

 

「あの子の性格を引いてくれて一安心だ。というよりも、父親の性格だったらその場で矯正していただろうな。」

 

「少年の父親ってそんなやばかったのか?」

 

「ゼウスの派閥の一番下っ端。サポーターのくせに一番最初に逃げ出して…そのくせ女湯を除く度胸だけはいっちょ前だ。」

 

「あの男があの子を孕ませたと聞いたときは本気で殺すつもりだったが…」

 

「メーテリアがなんとか塞き止めてくれたな…ホント、ヘラの派閥…よりによってメーテリアって…」

 

「……だが、あの喧騒も今は懐かしく思える。」

 

両の瞼を閉じたまま、女は静かにベルの先を憂う。

 

「あの子は…至るだろうな。いや、既に至っているのかもしれない。私達の、真の人外(英雄)の域に。」

 

「…ほう…?お前がそこまで言うか。」

 

「言うさ、私の…あの子の血を引く子だ。弱いわけが無い。」

 

「そりゃそうか…なにせ、大英雄アルケイデスの直系、唯一にして最後の末裔だもんなぁ。」

 

「真の末裔はあの子だがな。私は、ただの絞りカスだ。」

 

「お前で絞りカスって…冗談も言えるんだな。」

 

クククと笑ったエレンを他所に、戦士が鎧を鳴らしながら立ち上がった。

 

「…興味が湧いた。お前がそこまで言う子供の顔でも、見てくる。」

 

「おいおい、下手なちょっかいはやめてくれよ?万が一負けでもしたら…」

 

「なに、とって食いやしない。本当に…顔を見に行くだけだ。」

 

そう言った男の背中を眺めるエレンは、少し驚いたように呟いた。

 

「あーあ…らしくないなぁ…。」

 

その顔が、あまりにも優しそうだったから。エレンは、彼らを誘ったことを、ほんの少し後悔した。

 

 

 

 

 

「────なんでぼくもいかなきゃいけないの。」

 

「そりゃあベルのお陰でヴァレッタも捕まえられたわけだし?その立役者を連れてかない訳には行かないのよ。だからそんな嫌そうな顔で嫌そうに言うのやめなさい!」

 

「ベル、もう少しやる気のある顔をしろ。これから行く場所にはフレイヤ派とロキ派もいる…ええい!だから背筋を伸ばせ!この戯け!!」

 

あの事件の翌日。ベルはヴァレッタを捉えた功労者としてギルドより招集が掛けられていた。

 

正直この時代に来た事をアリーゼ達にすら語っていないベルとしては、知っている顔に会うのは本当に嫌なのだ。

 

「功績を讃えるなら休ませて。」

 

「その言葉ももっともだし!貴方の身体を思えばこれ以上戦わせられないのはそうなのだけど!だからこそ健在な事をアピールしなきゃなのよ!」

 

ベルの力と畏怖は、闇派閥側にも既に知れている。故に、彼が病に伏せていることを知られるよりも、健在をアピールする事で敵側に圧をかけていくのが現実的なのだ。

 

だからしゃんと来なさい!とベルを引っ張るアリーゼと輝夜は、さながら兎のリードを引っ張る散歩中のような光景だ。

 

どうしても行きたくないベルは、2人の手を振り払った。いつも何かを拒否するときには、ここまで拒絶することは無いのだが、今日の嫌がり方は異常だった。アリーゼは、ベルに尋ねる。

 

「ベル…どうしてそこまで拒絶するの?なにか理由があるの?」

 

「…言えない。」

 

「それは、お前の秘密に関係するのか。」

 

「…うん。」

 

そうして俯くベルに、アリーゼと輝夜は頭をかいて大きくため息を吐き出した。

 

「…わかったわ。あなたの言葉は正しいし、連れて来れなかったってことにするわ。」

 

「ごめん……フィンに、伝言を…灰髪の女性がいたら、僕に教えて欲しい。と。彼なら…きっと約束してくれる。」

 

「…わかったわ、ほら。さっさとお家で寝てなさい!」

 

ニンマリと笑ったアリーゼに、微笑みを返して、ベルは背中を向ける。あーあ、とこぼすアリーゼに、輝夜はため息混じりに苦言した。

 

「…私は知らんぞ。あのオークエルフが特にうるさそうだ…」

 

「ま、こういう時のために、アストレア様に彼の設定は聞き及んでるわ。」

 

ふふーん!とドヤ顔をさらしたアリーゼに、イラッとした輝夜は、いつも通り無視を貫いた。

 

 

 

 

芝生に寝転がり、天井を覆うクリスタルを眺め、18階層の森にある広場で昼寝をしていた。

アリーゼに休めとは言われたがどうにもこの場所に来たくなった。あの人を探さなければならないが、情報の無いうちに動き回ってしまえば、余計な混乱を招くかもしれない。

 

それに、近くまた会える予感があった。

 

あの人が置いていったローブを胸に抱いて、眠気に目を擦った。

 

 

「…もう、懐かしく感じる。」

 

ここは、アストレア・ファミリアと、ベルしか知らない場所。ベルはただ一人、今はない剣塚を思いながら、あの日の記憶を引っ張り出した。

 

彼女に捨てさせた過去を思いも寄らない形で知って、彼女の軌跡をほんの少しだけ知ることができた。過去の彼女は随分と未熟で、同時にとんでもない頑固者であることに苦笑する。

 

この間までのベルが知るリューとは随分と違う、青い果実という印象。

 

けれど、その潔白で誠実であろうとする彼女は、いつまでも変わらないものであると理解できた。

 

「ふぁぁぁ……ここ、いい場所でしょ。」

 

大きな欠伸の後。ベルは背後に現れた気配に声をかけた。

 

「……邪魔をしたか?」

 

「別に、ここは僕だけの場所じゃない。ダンジョンだしね。」

 

「違いない。」

 

木陰から現れた男は大柄で、ベルの倍近く身長がある。鎧の上からでもわかる鍛え上げられた肉体と顔の大きな傷は、歴戦のそれを醸し出している。

 

「いい鎧に大剣だね。僕も重装作ってもらおうかな。顔の傷も…僕は腕に雷痕があるけど、普段見えないし…」

 

「やめておけ、どっちも似合わんぞ?綺麗な今の方が余程いい。それにそのコート、ただの布じゃないだろう?」

 

「お目が高い。これは、ある精霊の力を持っていてね。魔法、対物理耐性にとんでもなく優れてる。攻撃されても痛くないんだ。」

 

「なんだその反則みたいな装備は…しかし、よくこんな場所を見つけたな?」

 

「大切な場所なんだ。僕だけは、絶対に忘れちゃいけない場所。」

 

誰かが来るのは予想外だったけど。と零したベルは、隣の芝生をポンポンと叩く。

 

「いいのか…俺とお前は会ったこともないが?」

 

「目を見ればわかる。おじさんに、僕を害する気はないよ。」

 

あまりにも真剣に言われたその言葉に、男は破顔する。

 

「ハハハハッ!!そうか…お前、面白いな?」

 

「それ、あんまり言われたことない。手がかかるって、よく言われるけど…」

 

よっこらせ、と腰を下ろした男は、ベルに向かって手を差し出した。

 

「ザルドだ。」

 

「アルクメネ。宜しく、おじさん。」

 

そこからは、他愛ない話が繰り返された。

 

「この場所は、なぜ大切なんだ?」

 

「ここはね…僕の妻と、結ばれた場所なんだ。」

 

「────は、お、お前…どう見ても14やそこらだろう!?ま、まさか孕ませたのか!?」

 

「え?は、孕ませた?いや…全然。ただの恋愛結婚…かな?式は挙げてないけど…」

 

「そ、そうか…よかった…2代渡って女孕ませてたら笑い話にもならんぞ…」

 

「??」

 

まさか、という嫌な予感も外れ、ホッと安堵の息を吐き出したザルドに、ベルは首を傾げ。

 

「珍しいな、オッドアイか。」

 

「この色はね、母さんの色なんだ。僕が母さんに貰った…大切な色。1番好きな色。」

 

「……そうか。いい物を貰ったな。」

 

「うん……ん、おじさん頭撫でるの上手いね。満点。」

 

「はははっ、そりゃよかった。剣しか握れないふしくれだった手だが、他にも使い道はあったか。」

 

「神様も、僕たちを子供たちとか言うなら、もっと優しくてもいいと思う。」

 

「何かあったのか?」

 

「ちょっと前に、変態の神に会って────」

 

自身の頭を撫でる大きな手に、ベルは祖父とハシャーナを思い出した。近所のおじさんという感じのザルドに、ベルは少し親近感を覚える。

 

どこか自分のことを知るような慈しみの手は、優しく暖かい。

 

「おじさん、これ。」

 

ベルは、自身の常備している水筒を差し出す。

 

「ん、なんだこれは?」

 

「万病、あらゆる毒に効くエルフ秘伝の薬水。」

 

「…気づいていたのか?」

 

初めて会うザルドの匂い。それは、毒に犯され腐り落ちる寸前のような。直感で、このザルドという男の人柄の良さに懐いたベルは、彼に少しでも苦しくないように、と薬を分けようとする。

 

「酷い匂い。もう、殆どそれ以外感じないくらいに、毒に犯されてる。どうして、立っていられるのか、わからないくらい…きっと、もう…」

 

俯くベルの態度は、ザルドの未来を悟っていた。

 

身も知らぬ、会って数分の男の未来にそう暗い顔をできるのは、やはり彼女の血縁であることを示唆している。

 

ザルドは微笑ましく思った。

 

「……なぁ、アルクメネ。お前、戦いは好きか?」

 

「ううん…好きじゃない。できるなら、妻とのんびり過ごしたい。」

 

「だろうな。何かが違えばお前は、畑仕事をして、剣と血から縁遠い生活をしていただろう。」

 

「…うん。」

 

「だが、お前には力がある。世界の命運さえもひっくり返しちまう位の、とびきりの力だ。その力が、世界がお前に戦えと運命てしまった。」

 

自身の実力を見抜かれ、ほんの少し驚いたベルに、ザルドは笑った。

 

「俺は戦いが好きだ!いや、俺にはそれしか無かっただけかもしれん。だが!この腐りきった体は、誇りを、使命をもって戦った戦士の末路だ。仲間を守り、世界の盾となった証だ!!だから、そう憐れんでくれるな。俺は、こうなってしまっても、最後まで戦士でいたいのさ。俺が戦う理由なんざ、それくらいしか残ってないんだ。」

 

ハッとしたベルに、ザルドは続ける。

 

「お前は神に言ったな。誰かの想いを否定する権利など、誰もがもちあわせていないと。ならば、俺が誰かを想い、陸の王者を喰らった事を、誇ってくれ。」

 

「…陸の王…!…いや…ううん、ごめんなさい。貴方に送るのは憐れみではなく、戦士としての栄誉が相応しい。」

 

目の前の男が英雄譚に語り継がれる英雄に比肩する程の人物である事を知る。あぁ、こんな人間が、男が居たのだと。ベルは誇らしく思った。

 

「アルクメネ!お前が戦う理由はなんだ!」

 

男に問われ、ベルはもう一度己の想いと向き合った。

 

「────彼女を守る。彼女の笑顔と、平穏を。命を懸けて守る。」

 

その曲がらない意志を宿した瞳に、ザルドは一端の男だと認めるように叫ぶ。

 

「男が命をかけて戦う理由なんざ【好きな女を守りたい】それだけで十分だ!違うか、アルクメネ!」

 

「……ううん、ザルド。その通りだ。」

 

ニッと豪快に笑ったザルドは、傍らに突き刺していた大剣の柄に手をかける。

 

「時に…アルクメネ。俺は戦いが好きだと言ったな?」

 

「うん…言ったね。」

 

「過去、俺に挑む奴はごまんといた。己の力を証明するため、俺を超えるため。理由は様々だが、そんなヤツらを俺は喰ってきた。」

 

突然始まる過去の話、意図が掴めないベルを置いて、ザルドは続ける。過去に思いを馳せ、英傑共が跋扈したあの時代を懐かしむように。

 

「そうして戦いに明けくれた俺だが……己から戦いたいと心底願った相手はたったの3人だけだ。俺のファミリアの団長、競合していたファミリアの団長で2人。」

 

指折りながら数え、2本の指が立った。

 

「…あと、1人は?」

 

「お前だ、アルクメネ。」

 

「────!!」

 

大剣を引き抜いたザルドは、豪快に担ぎ戦意を溢れ出させた。それは、およそ死にかけの男の出せる気迫ではなかった。ネメアにも負けずとも劣らない圧迫感は、彼本来の意志の強さと実力を如実に表している。

 

「…僕には、戦う理由がない。」

 

「無くていい。俺は、お前と戦いたい。理由が無くば剣は取れないか?ならば、過去の英傑が抱いた最後の願いだと思ってくれ。」

 

その言葉に、ベルは目を細める。

 

「蛮勇と、勇猛さは大きく違う。僕は、そうして戦いたいと思った事は数える程もない。」

 

「この俺に、蛮勇と言う奴はお前が初めてだよ、楽しみだ。」

 

「僕の脚なら、貴方から逃げる事が出来る。」

 

「いいや、逃げないさ。誰よりもその誇りを理解しているから。誰よりも他人の誇りを理解できるから。お前は、絶対に逃げない。」

 

見透かされる己の答えに、ベルは大きくため息を吐いた。その口元が僅かに笑っている事を、呆れながら認める。

 

「…今まで戦いに誇りを持ったことは1度だけだ。ある精霊との約束を果たす為…その1度だけ」

 

「……そうか。」

 

そっと立ち上がったベルの体に、稲妻が弾けた。この時代、この場所に来て初めて使う己の権能。

 

戦ってみたい。この気持ちだけが、今ベルの体を動かしていた。

 

「そして、今日この日、目の前にいる相手が。その2人目になる。」

 

薄く笑ったベルの瞳は、闘志を燃やす。目の前にいる過去の英傑と誇りある戦いを望むように、爛々と燃える。

 

稲妻は呼応する様に収束し、大剣を象った。稲妻の大剣を握り、ベルは宣言した。

 

「我が名は、アルクメネ────いいや、ベル・クラネル。いつか、全てを終わらせる最後の英雄。誇り高き我が母と共に、汝の想いに応えよう。来るといい、偉大な戦士。」

 

ベルのその背後に、あの優しい白い稲妻が見えた気がした。

 

懐かしさと、彼の中に息づく母親の影に、ザルドは思わず柔らかな笑みが漏れた。

 

「────ならば胸を貸してもらうぞ英雄よ!俺に名乗る口上など不要。この身は戦いにしか誇りを抱けない戦餓鬼!!」

 

「いらない。語らいは剣でいい。」

 

「よく言った!!」

 

獣のように牙を剥き出したザルドは、そのままベルに突貫。迎えるように、ベルも大剣を構えた。

 

「行くぞッ!!ベル・クラネル!!!」

 

「来い、ザルドッ!!!」

 

2本の大剣が轟速で激突し、凄まじい衝撃をもたらす。地が抉れ、木々が吹き飛ぶ。剣戟の音に混じり、男と少年の笑い声だけが、小さく響く。

 

その日、18階層の森林地帯全域を吹き飛ばす程の衝撃が、1時間続いた。

 

 




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第7話:誰にとって

荒れた町並み、配給の直前までの平穏は【悪】によって崩された。

 

ベルが敵の主力を捕らえた事で、被害は最小のものになったものの、犠牲者が出た事は間違いなかった。

 

その町並みの中で、今も忙しく動く人々を眺めながら、リューは先日のことを考えていた。

 

『もし答えられないのなら…君たちの言う正義は…悪よりも…醜悪なものだ。』

 

「…違う…違うはずなのに…」

 

『殺戮をもって正義を成した偉人は多くいる。僕は肯定しよう。』

 

「貴方が…どうして…そんな…」

 

身近に存在していた、正義の体現者だと勝手に期待していた人物は、リューの思想の正反対を是とした。

 

彼だけに背負わせるのではなく、自分たちも背負おうとしていたものは、彼が背負っているものは、こんなにも血に濡れているのだろうか。

 

「正義とは…私の…私だけの、答え…」

 

あの日、彼に手を引かれながら言われた言葉が、頭を悩ませていた。彼はどんな思想も否定しない。きっと、輝夜が言っていた、【大義名分の正義】も肯定するのだろう。

 

(そうだ…善悪は視点の違いに過ぎない…彼の言葉は、間違い、ではない…けれど、それでも…!)

 

認められなかった。いいや、認めたくなかった。

 

今まで掲げてきたものが、彼と全く違うものであったのが。

 

自分をよく知る彼。

 

自分に触れることができる彼。

 

自分とは真逆の正義を語る彼の背中に、初めて誰かのその背中に、本物の正義の翼を見た気がした。

 

それは、彼が自身の理想(想い)を貫く覚悟があったからなのだろうか。

 

神の言葉にすら動じず、己が正義だと疑わない彼は、誰よりも正義を体現しているように見えた。

 

リューには、その覚悟が足りないのだろうか。

 

「リオーン!!やっと見つけた!!」

 

そう考え俯くリューの背中に、優しく遠慮のない突進をかまして、てへっとあざとく笑う銀髪の少女。

 

「───アーディ!?いきなり抱きつかないでください、危険だ…!」

 

「ごめんごめん!つい抱きつきたくなっちゃって!」

 

アーディ・ヴァルマ、レベル3。ガネーシャ・ファミリアに所属しているリューの知人だ。

 

「今は一人?」

 

「ええ…作戦を気取られないように、いつも通りにしようと…」

 

「そうなんだ…そうだ!リューとアルクメネ君が見つけたダークマーケットの仕分けやっと終わったよー!その中に君の里の大聖樹が……なにか、あったの?」

 

そんな彼女は嬉しそうに報告しようとして、リューの様子が沈んでいることに気がついた。

 

「いいえ…特に何も…少し、考え事をしていただけで…」

 

「そーいうのはいいから!リオンは嘘つくのも下手なんだからさ!」

 

「ア、アーディ…」

 

「話してみて。それで、一緒に悩もう?」

 

そう手を握られれば、リューの中に話さないという選択肢は消え去った。

 

神エレンとの問答。ベルの答えも、今の自分の心境も。彼女にはどうしてか語ることができた。話を聞き終えたアーディは、う~んと悩みながら腕を組んだ。

 

「炊き出しがあった日に…そんなことが…被害もそれほどだったしアルクメネ君が幹部を捕らえてくれたからそんな事があったなんて思わなかった…ごめんね、手伝えなくて…」

 

「いえ…勇者の指示で別拠点を叩いていたのでしょう…仕方ありません。それに、結局は彼が場を収めてくれました。」

 

「うーん、アルクメネ君ね。初めて会ったとき彼は倒れてたけど…聞いてたとおり!リオンのナイトだね!」

 

「ち、違う!か、彼と私はそんなでは…!」

 

「でも、触れられても嫌じゃないんでしょう?ホームでは愛でられてるって聞いたし。」

 

「どど、どこでそれを…!?」

 

「本当なんだぁ!良いと思うよ!彼結構可愛い顔してるけど、リューはああいう子がタイプなの?」

 

「あ、アーディ…!!」

 

顔を赤く染めながら、嘘が下手なリューはアーディにからかわれている。そうしていると、アーディはまた腕を組んだ。

 

「でも、彼は強者の考えなんだね…なんだか、見た目と人物像が全然違うなぁ。」

 

「それは…けれど、彼はこうも言っていた。『君だけの答えを見つけろ』と。」

 

「ふんふん…なるほど…アルクメネ君には彼なりの正義がもうあるのかな。」

 

「あれは…彼の物は確固たるもので…正義とはまた違って…すみません、私には…分からない。」

 

「実際とんでもない強者だし…彼がその理論を語ってもおかしくないと思う。正義は、背負ってもいけない、押し付けてもいけない。秘めているだけでも、意味はない。難しいし、彼の言ったように答えのないものだと思うんだけど…」

 

「結局私は…彼に正義を押し付けてしまっていた…私の理想を彼に押し付けて…」

 

「別に、そう感じたことはなかったけど。」

 

「って、本人は言ってるけど?」

 

「───アルクメネ!?い、いつからそこに!?」

 

「さっき。僕はアルクメネ、初めましてだね。」

 

「うんよろしく、私はアーディ!アルクメネって、天の精霊だよね?英雄譚が好きなの?」

 

「うん、前はよく読んでた。この名前は、代々続くものなんだ。」

 

いつの間にかリューの真後ろで腕を組んで離しを聞いていたらしい。リューの返答がてらにアーディと握手を交わして、言葉を続けた。

 

「君の理想を重ねられてるなんて思わなかった…僕、割と手荒だし。元々君は、僕の事を少し…怖がってるでしょう?」

 

「こ、怖がってはいません!本当です!けれど…どうして、貴方が敵にあそこまで冷酷であれるのか…私には、わからない…」

 

「君を否定するわけじゃないし助かってる。けど、君のやり方は被害は出ない分、余りにも強引すぎる。恩恵なしの信者にも、君は容赦がない。私にも、どうしてか教えて欲しいな。」

 

リューは、冷酷なベルと普段のベルの温度差について行くことが出来なかった。それは、輝夜やアリーゼよりも未熟なリューにとっては当たり前の事で、優しい彼を知っている分困惑が勝っていた。

 

そんなリューとアーディに、ベルは真剣に返す。

 

「もう何も失わない為に、失ったものを、無駄にしないために。」

 

「それは、どういう…?」

 

「少し前に、僕は仲間を目の前で殺された。大切な人を、僕の甘さで殺しかけた。」

 

「…!」

 

「僕は、戦いが嫌いだ。けど、大切なものを失うのなら、僕は立ち塞がる敵の全てを滅ぼす。そこに優しさは…甘さはただの命取りにしかならない。戦場に立った時点で、その者は否応なく戦士だ。」

 

「でも、それは強者の理論。私たちが強いから言える事。それは、正義なのかな?」

 

アーディの正義という単語に、反応したベルはあまり変わらない表情を変えて、口をへの字にした。

 

「……またそれ…?」

 

「うわ、すっごい嫌そうな顔。」

 

「そ、そう言わずに…アルクメネ、貴方が思う物でいい…私の答えを出す手がかりにしたい。」

 

露骨に嫌そうな顔をしたベルだったが、リューの言葉に仕方ないと口を開く。

 

そんなベルに対して、リオンに甘いなぁ。とアーディは呟いた。

 

「……そうなんじゃない?正義なんてもの、人の形だけ存在するものだ。それが、愛から生まれたものであれ、憎しみであれ、殺戮であったとしても、僕はその全てを肯定する。そこに、揺るがぬ想いがあるのならね。」

 

「なるほど…意志の力が君の重要なポイントって事?」

 

「そうだね。」

 

「そうなっても、結局は君のような力があることが前提だ。力ない者たちは君のように強くなれない。そうしたら?」

 

「それは前提が間違ってる。この神時代、強くなろうとする意志があれば、誰でも等しく恩恵を授かり、強くなることができる。身体的に恵まれずとも、【勇者】は立ち上がり、知恵と勇気で成り上がった。ただ守られるだけで、力を持とうともせず、諦め、挙げ句戦う者に噛み付く。意志のない言葉に力は宿らないように、意志のない行動にも、力は宿らない。」

 

「それは…」

 

「現状を変えたいと叫びながら、ただ守られるだけの民衆…ほら、戦うものが孤独を強いられる。それが今のオラリオだ。」

 

惰弱、脆弱。それが今のオラリオの現状。希望を見出すことができなくなっていることを加味しても、明らかに弱い。あの神が言っていたことも間違いではないのだ。

 

「…リュー、あの神が言っていたのはこういうことだ。性格はどうあれ、言っていたことは間違いじゃない。ただ闇雲に動くだけじゃ、ほんとうの意味で孤独になってしまう。だからこそ、自分の中で確立させる必要がある。」

 

「自分の、中で…」

 

「誰に何を言われたって、君の想いは君だけのものだ。誰がどう理解したかじゃない、君がどう理解しているかだ。揺るぎない想いを心に刻め、その思いを貫け。思想とか正義って、そういうものでしょう?」

 

彼の言葉は、何者にも変えられない強さを秘めていた。誰よりも強く、残酷で、そして寛容だった。

 

ベルの言葉は、路頭に迷うリューにより正義というものが孤独であることを思い知らされた。

 

「結局は…正義というものは孤独なのですね…」

 

「矛盾するようだけど、それは違う。」

 

リューの結論に、即座にベルは否と答えた。

 

「え…?ですが、貴方の言葉では…」

 

「確かに、想いだけならね。アーディ、君が想う正義は?」

 

「へっ、私?もう、急だなぁ…」

 

仕方ないなぁと、腕を組んだアーディは誰かのように語り始めた。

 

「【巡るもの】」

 

「その心は?」

 

「たとえ、真の答えじゃなくても、間違っていたとしても、姿形を変えて…それでも、私達が伝えた正義はきっと違う花になって咲く。私達が助けた誰かが、他の誰かを助けてくれる。今日の優しさが、明日の笑顔をもたらしてくれる。私はそう信じてる!だから、私は何度だって言える。【正義は巡る】!」

 

「アーディ…」

 

アーディの正義はベルのものとは違い、人が脈々と繋いできた軌跡そのものと言っても良いもの。

 

託し、信じること。

 

間違えても良い、笑われたって構わない。けれど、ベルと変わらない思いだけは、そこにあった。

 

「人は忘れゆく生き物だ。残酷なようで、忘却が救いになることもある。君の正義を忘れ去られるかもしれない。」

 

「それが人だよ。形は常に変わる、人の思いはすぐに変わる。でも、それで良い、それが良い!私が掲げる正義は、きっと誰もが笑顔になることだから!だから、忘れ去られて風化したとしても、きっとまた誰かがその正義を受け継いでくれる!」

 

「馬鹿にされるかもしれない。夢物語だと笑われるかもしれない……それでも?」

 

「それでも───それでも、『私』は笑うよ。」

 

彼女の正義は巡り巡る誰かの笑顔。それは、どこかの道化の英雄を思い出す。どこまでも滑稽で、どこまでも優しい英雄。

 

微笑んだアーディの背中には、いつか始まりと言われた英雄の影があった。泥臭く、騙され、罵られ、嘲られ、それでも笑った英雄の意志が、彼女には受け継がれていた。

 

「そうか…昔日の英雄が織り成した物語は、君のような【語り部()】によって受け継がれるのかもしれない。」

 

「どうかな、私の正義は?」

 

「勿論、それも立派な正義だ。君が貫く想いに他ならない。」

 

「ふふん、ありがとう!それで?これがリオンの話とどう関係するの?」

 

もうすでに、アーディは答えを得ているのだろう。ニンマリとした笑みで、ベルの言葉を急かした。悟ったのか、ベルは呆れながらリューに視線を移した。

 

「大きくは違わないけど、君たちの正義は異なるものだ。過程も結果も、また違う。」

 

「はい…そう、ですね。」

 

「アリーゼや輝夜とも全く違うものだろう。だが、君たちは道を共にする仲間だ…この意味が、わかる?」

 

そのベルの問いかけに、ようやくリューは合点がいったらしい。

 

「…なるほど、違う想い、違う正義であっても共存ができる…そう言いたいのですね。」

 

「そういうこと。すべての人と同じものを共有するのは不可能だ。だが、道を同じくする者たちなら、孤独を、傷を分け合うことができる。だから、本当に迷ってしまったら、頼ればいい。きっと、みんな力になってくれる。」

 

「そう…でしょうか…」

 

「もちろん。でも、もし本当に…自分が孤独になってしまったと感じたときは、この言葉を思い出して欲しい。」

 

そう言ったベルは、リューの両手を包みこんだ。あの日あの場所で、自分を救った君の言葉。

 

これは、いつかの恩返し。

 

彼女がベルを見捨てなかったように、ベルもリューに返すのだ。

 

「それでも、君は決してひとりじゃない、僕がいる。君のそばにいなくとも、僕の心は、君にずっと寄り添っている。今度は(・・・)僕が、君を一人にはしない。」

 

「────」

 

まるで、告白のようなそれは、リューにとって初めての経験だった。メイン街道のど真ん中で、衆目に晒されたそれは、その場にいたすべての人が見入る程の盛大な告白。

 

公開プロポーズに等しかった。

 

「わぁお、凄いね君。」

 

「……なにが?」

 

「うーん、全くの無自覚!リオンに触れられる理由が少しわかった気がする。」

 

あまりにも堂々と話すベルに、アーディはもはや呆れも何もなく尊敬の念を送っていた。

 

そんな中、リューはそれどころではなかった。

 

これほどまでに異性に、誰かに寄り添われたことはない。

 

早まる鼓動を抑える術を知らなかった。熱に赤くなる顔を冷ます方法を知らなかった。

 

完全にフリーズしたリューをみて、ベルは仕方ないとアーディにすべてを丸投げした。

 

「……治ったら、すぐに帰ってくるように言ってね。」

 

「ちょっとっ、私に丸投げ!?さっきの言葉は!?」

 

「確かに、僕は彼女に寄り添おう。だけど、今は君が寄り添うべきだ。リューがこの調子だし…それに、君もまだ話し足りないんだろう?」

 

「まぁ、それはそうだけど…はぁ…たしかに君じゃ余計な混乱起こしそう。もういいや、任せて!」

 

「じゃあ、またね、アーディ。」

 

やけくそ気味に胸を張ったアーディに微笑みを返して、ベルは最後に立ち止まった。

 

感じる予感。この少女は、きっと近いうちに死んでしまう。

 

余計な忠告かもしれない、お節介だったかもしれない。けれど、ベルはしなかった事の後悔は、もうしたくなかった。

 

「アーディ、君の心情を無視して言わせてもらう。優しさと、甘さを履き違えないで。きっと…その選択が君を殺すし、生かす。」

 

「……どういう意味?」

 

アーディのような人間は、きっとこれからの時代に必要な人物だ。けれど、だからこそ、アーディ優しすぎる。それが、戦場では命取りであることを、ベルは理解していた。

 

「どうか、リューを悲しませないでほしい。」

 

「……うん、わかった。」

 

「シャクティに…よろしく。」

 

本来シャクティとは、オラリオに来た時からの知り合いだし、顔を合わせれば世間話くらいはする。しかし、妹がいるという話は聞いたことがなかった。彼女がベルを撫でるときに感じた後悔のようなモノは、彼女への気持ちだったのかもしれない。

 

ここは過去の世界。確実にどこかで死んでしまう彼女の運命は、どこで尽きるのだろうか。次の作戦か、それとも案外未来の話なのかもしれない。けれどきっと、運命は彼女から何かを奪うのだろうか。

 

恩恵を貰った時。ロキに、話された事を思い出す。

 

『過去を変えたとして、未来は変わらへん。そーゆーもん(スキル)を望んどったみたいやけど。変わった所は何処かでしわ寄せが来る…もし過去へ飛んで変えたとしても…ただの延命に過ぎひんかもしれん。』

 

過去を変えることは出来ない。だから、前に進め。

 

あれはきっと、現実的に見た、ロキなりの厳しさに包んだ優しさだったのだろうと、今になって思う。

 

今だからこそ、そう受け入れられるものの、当時はただなんの感情もなくその言葉を聞き流していた。

 

けれどまさか、こんな状況に自分がなるなんて思いもしなかった。

 

どちらを、選ぶ?

 

母との約束か?愛する女の笑顔か?

 

囁くように浮かび上がった選択肢を握り潰して、ベルは大きく息を吸った。

 

「……馬鹿野郎…どっちもだ。」

 

考えることはまだある。決定機は明日。先の事は分からない。なら、今だけでも幸せな明日が欲しい。

 

「どっちも捨てない。約束は、必ず守るから。」

 

今は亡き母との最後の約束を果たし、リューの願いも叶える。

 

手の内に黄昏を閉じ込めて、ベルは変わらぬ決意を漲らせる。

 

 




感想、高評価。よければしてやってください。


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第8話:分岐点

ベルは1人夜中の市壁に登り、月を眺めながら考えを巡らせていた。

 

これからの事、目的もそうだが、行動方針に迷いを感じ始めている。

 

「母さん……」

 

あの日、叔母が残したローブを纏えば、僅かに香る天の香りが、母を思い出させた。

 

冷えた風が頭を冷やし、思考に集中するにはもってこいだった。

 

未来にアーディがいなかったこと。アリーゼ達やアストレアがオラリオにいなかった理由はわからないが、リュー・リオンが最後に選んだあの場所が全てを物語っているのだろう。

 

(あの剣塚は…君たちのなのか…だとしたら惜しい、本当に惜しい。)

 

きっと、自分がいた7年後に彼女たちが存在したなら、第1級冒険者として名を馳せていただろう。 才能や胆力は十分だし、ベルにはない想いを持っている彼女たちならば、もしかしたらロキ・ファミリアと肩を並べていたかもしれない。

 

違う未来があったなら、彼女達と共に正義の旗を掲げていたかもしれない。

 

(今みんなはLv3…この先でLv4に上がるとしたら…明日か、その先くらい…なら、僕は…。)

 

彼女たちの成長に、自分という不純物は不要なのだろう。それに、過去を改変したことの皺寄せの事も気になる。

 

アストレア曰く、未来という不定形の事象はいくらでも変えることが出来るが、既に決まった事象を防ぐ、又は変えてしまうことは、因果に矛盾を生み出し、大きな皺寄せを産む可能性があるという。

 

事実、ホームに帰った途端にベルが捕らえたヴァレッタが逃げ出した報告が入った。牢を破り見張りの冒険者たちを殺して逃げたそうだ。ベルは間違いなくあの場でヴァレッタを殺すつもりだったが、死ぬはずの出力でもあの女は死ななかった。

 

因果の力を侮っていたベルは、反省とともに、あるべき今の自分の立ち位置を見直した。

 

傍観し、行く末を見届けること。

 

それが、ベルに取れる最善の選択である事は間違いが無かった。

 

全てを救うために、あらゆる事をするつもりだった。自分でなくとも誰かに働き掛ける事も考えた。だが、それは自分のすべきことなのか、足が止まってしまった。

 

1つため息を吐き出して、ベルはあの教会に向かう事にした。ヘスティアとリリが将来住む場所である、それもあってかベルはあの場所が気に入っていた。

 

相も変わらず寂れたその佇まいに、よくあの神は住めたものだと改めて感心する。

 

扉を開けて中に入ると、暗がりに2つの影が待ち構えるようにこちらを見ていた。

 

「─────これは驚いた…いや、運命のイタズラか…だが、面白いことに変わりはない。」

 

「誰かと思えば、お前だったか。エレボス、これも予想通りか?」

 

「ザルドに、変態…!?なんでここに…?」

 

予想外の2人に驚くベルと、ベルの呼称に呆れたエレボス。

 

「変態って…少年、俺にはちゃんとエレボスって名前があってだな…」

 

「アイツが言ってた変態神ってお前の事か…余計なことしかしないなほんとに…」

 

「なに、ちょっとエルフの少女に手を出しただけだ。」

 

「手を出したの?彼女に?消すね。」

 

「おいこいつ過激過ぎんだろ!?嘘じゃないしマジで消される!?」

 

「────煩いぞエレボス。何事、だ……」

 

敵意を剥き出しにするベルの視線は、地下から上がってきた女の姿を見て霧散した。

 

「…貴女は…!」

 

「君か…いや、ベル。お前は私の忠告なんぞ気にもせず、まだこの都市に居座る気らしいな。」

 

「……お母さんに貴女を頼まれた。だから、僕は貴女を死なせたくない。」

 

「ふん… 余計な事を……あの子の最後は…苦しんでいたか?そこに居なかった私を恨んでいたか?」

 

「いいや。最後は安らかだった。最後まで…貴女を、僕を愛していた。」

 

「…あの子らしい。」

 

悔いるような、呆れるような彼女の声音は、力が抜け、どこにでもいる妹を思う姉の表情をしていた。

 

「…貴女も十分だと思う。」

 

「何か言ったか?」

 

「…なんでもない。」

 

「……ああ、くそ…全く、決意が鈍る…」

 

「決意…?あの、えっと…おば…じゃなくて…」

 

その言葉に首を傾げ、問いただそうとするも、彼女の名前を母から聞いていないことを思い出し、言葉に詰まっていると、彼女は呆れたように続けた。

 

「…あの子に聞いていないのか?全く…どうにかしろと言った姉の名前を言い忘れるか普通…」

 

「それは、その…お母さんふわふわしてるから…思考とか…」

 

「はぁ…知っているさ。私はアルフィア、叔母さん意外なら、好きに呼んで構わん。」

 

「じゃあ…姉さん…?いや、でも…」

 

「いいさ…実際、歳もそこまで変わるまい。私はまだ24だからな。」

 

「そうなんだ。じゃあ…姉さんって呼ぶ…でも、まさかこんな形で会えるなんて思わなかった。」

 

「あぁ…そうだな、ベル。私としても予想外だ。」

 

少し場が和み、ベルは再度問いかける。

 

「ねぇ、さっきの決心って…何?」

 

「それは……」

 

「いいだろ、言っても。」

 

「エレボス…だが、この子は…」

 

闇派閥の計画の根幹にも関わる内容を、あっけらかんとした様子でベルに伝えて構わないと、エレンこと、エレボスは言った。

 

「いいや?俺達と敵対する事は、絶対にありえない。なぁ、少年。お前もうこの戦いを傍観する気でいるだろ?」

 

「────な、なんで…知ってるの…?」

 

エレボスの言葉に、ベルは驚き目を見開く。

 

「本来のお前はまだ7歳…しかし、目の前にいるお前は14かそこらだ。下界は面白い可能性に満ちている、時間遡行者が居ても不思議じゃない。となれば、過去の改変による皺寄せに気がつく時が必ず来る。それが、今だったんだろう?お前は何もしない事で悲劇を回避しようとしている。賢明な判断だ。」

 

自分の現状から考えまで全部当てられたベルは、嫌そうな顔でエレボスを見た。

 

「おいおい、そんな顔するなって…俺はお前に素晴らしい提案をしてやろうってのに。」

 

「素晴らしい提案…?」

 

「そうだ。お前、俺達と来い。そうすれば、お前の願いは叶うぜ?」

 

そう語るエレボスは、どうも嘘を言ってるようには聞こえなかった。この現状を少しでも変えられるのなら、聞く価値があるのではないかと考えた。元々、ベル自身頭が回る方ではない。ならばこの神の話を聞いてからでも、どうにかできるだろうと結論付けた。

 

「……聞こう。」

 

「よし、話が出来るやつは好きだぜ?」

 

「僕はお前、嫌い。」

 

「ははは、お前の血族ほんとに可愛くないな。」

 

呆れ気味に笑ったエレボスは、ベルに計画を語り出す。

 

「まぁ、俺たちの目的は闇派閥とはまた少し違う。オラリオの崩壊までは共通だが、その先が違う。」

 

「その先…?」

 

「そう…俺達の目的はお前たちの祖先のような英雄を作ること。英雄時代を、もう一度この下界に齎す事だ。」

 

「は…?」

 

非現実的な計画に、ベルは自分でもこんな馬鹿げた計画は立てないと考えたが、そこで例外的な2人の存在が浮かび上がった。

 

「……まさか、姉さんとザルドを使ってオラリオを滅ぼして…ダンジョンを解放するってこと?」

 

「御明答。お前を除いて、オラリオにはこの2人に対抗出来る駒はない。もしお前が初めからその気なら、俺達の計画は3日前に既に頓挫している。それに、お前もこのオラリオに失望しかけている…違うか?」

 

否────そう強く否定することができなかった。

 

未来においては、ベルという存在に押され、英雄候補達が次々に階段を駆け上がっている。だが、過去のオラリオは、ここまで弱かったのかと、失望を隠す余裕がなくなっていた。

 

「……万が一計画が阻止されれば、未来に期待…遂行されれば…英雄時代を祈る…そういう事?」

 

「そうだ。だが、未来においてお前という絶対英雄が誕生しても、絶望の先延ばしくらいにしかならないだろう。」

 

「…僕が所属するロキ・ファミリア幹部は、全員Lv7になる。」

 

「7か…あの糞ガキ共がな…因みにお前は?」

 

「理由あってLv4で止めてる。」

 

「…なるほど、血が濃すぎるのか。」

 

「どういう事だ?」

 

ただ1人、理由を悟ったアルフィアは忌々しそうに語る。

 

「我々アルクメネ家は、代々双子を産む。片方に精霊の血、もう片方に英雄の血を引き継いでな。片方は病弱に、片方は呪いを引き継ぐ。だが、ベルはあの子が産んだ、ただ1人の子だ。器が完璧に育っていなければ、人外の色が濃いその血に呑まれることになる。」

 

「なるほど…つまりその引き継ぐはずのリソースが全部少年に入ってるわけだ。」

 

「…まさか、『原初の怪物(テュポーン)』の性質まで引き継いでいるとは思わなかったがな。才禍の怪物と呼ばれ、『戦士の系譜(アルケイダイ)』を引き継いだ私ですら、ここまで力を引き出せなかった…才能だけではどうにかならない…確実な経験と蓄積だろう」

 

「…わかるんだ、そういうの。」

 

「わかるさ、血が騒ぐからな。」

 

まだこちらに来て誰にも見せていない、竜の因子すらも感じ取られているらしいことに、ベルは驚きながら、この人物が本当に自分の血族なのだと、心底安心もした。

 

「まぁ、とにかくそういう事でこの計画を遂行させるのが俺たちの役目だ。」

 

「…それが僕にとってどう素晴らしいのか分からない。確かに、みんなが強くなるのはいい事だけど…」

 

「まぁ聞けよ。お前がこっちにつくなら、アルフィアを手放そう。」

 

「なに?」

 

「…本当に?」

 

その発言に眉をひそめたアルフィアは、少しエレボスに怒気を飛ばす。それすらも躱して、エレボスは続けた。

 

「少年、お前はアルフィアを生かしたい。だが、アルフィアがいなければ計画を遂行できん。だから代わりにお前が働け。なに…民間人を殺せとかそんな指示はしないさ、アルフィアに殺されかねん。露払い程度で構わん。」

 

「……彼女達を…裏切れと?」

 

「そうだ。だが、お前にとってはメリットの方が大きい筈だ。彼女達を守る意味でもな。」

 

「どういう事?」

 

更に聞き出そうとするベルに、エレボスは話を切りあげる。

 

「これ以上は、お前がこちらに来ると確約しなければ、言えないな。少年、これは契約だ…なにもお前にとって悪いばかりの話じゃないぜ?それにお前も焦っているんだろう?アルフィアの体の事を。」

 

「…っ」

 

「余計な事を…」

 

ベルも、アルフィアから漂う呪われた血の匂いに焦っていた。彼女の体は治療が遅れれば、もう数週間ももたない。なんならこの場で暴れてアルフィアを攫うまで考えていた。

 

「今すぐに治療をすれば生きることは出来るだろう。だが、伸ばせば伸ばすほどに手遅れになる色々な意味でな……さぁ、少年…選べ。」

 

「……この場で、決めろと?」

 

「もちろん。この場で決めるんだ。」

 

震える声で尋ねれば、予想通りの答えが返ってきた。

 

ベルの頭をあらゆる考えが巡る。

 

リューとの約束。未来への願いも、全てがベルに対して押し寄せてきた。

 

だが、ベルはもう諦めることをやめた。

 

このオラリオが、自分を、絶望を乗り越えてくれると信じる。

 

それが、唯一今の自分に出来ることなのだろうと。

 

どうせ自分にはもう何も出来ないと考えていたベルにとって、なにか手があると言うだけでも、縋るべきではあったのだ。

 

「────1時間後に戻ってくる。」

 

「それは、いい返事だと思っていいのかな?」

 

「……姉さんと皺寄せの件…嘘だったらその神核ごと消し飛ばすからな。」

 

「ああ、契約だ。皺寄せも裏技があってな…任せろ。」

 

「姉さん…」

 

「分かっているさ…お前の、あの子の願いを無駄にはしない…もう私は何もしない…だから、行ってこい。」

 

睨みつけるベルに、エレボスは飄々と返す。その態度に気に食わないと鼻を鳴らし、ベルは風のように掻き消えた。

 

 

 

 

草木も寝静まる深夜。コンコンっという控えめなノックに、リューは目を覚ます。

 

「────…ん……誰、でしょうか…?」

 

『僕だ、リュー。起こしてごめんね。少し話がしたい。いいかな?』

 

「…クラネルさん…?ど、どうぞ…」

 

聞き返せば、どうもそれはベルだった。夕方に、あんな事があったから、少しドギマギしてしまうが、それを押し殺して部屋に入れる。

 

「どうしたのですか?貴方がこんな時間に、珍しいですね。」

 

「少し、話したいことがあって。すぐ終わるから。」

 

「話したいこと…?」

 

「そう…もう君達に協力はできない。理由も言わないし、言えない。」

 

突然、協力ができないと突きつけられたリューは、慌てながら自身達の落ち度を疑わなかった。

 

「え…な、何故ですか…?な、何か私達が…!」

 

「いや、そうじゃない。君達にはなんの落ち度もない。」

 

「では、なぜ!」

 

「…僕は、僕が成すべきことを成す。その為には、ここにいるわけには行かない。」

 

「そんな…では…」

 

「…今は…さよならを言いに来た。君には、どうしても直接伝えておきたかったから。」

 

沈黙が重くのしかかり、リューは言葉が出なかった。カラカラに乾いた喉からは、ただ浅く呼吸をする音だけが木霊する。

 

彼の瞳に嘘は微塵もない。もう彼は何をしても動かないだろう。

 

そうして俯くリューに、ベルは優しく微笑み、包むように抱き締めた。

 

身近に感じる彼の体温と、優しく包むような天の香りが、リューの鼓動を早める。

 

「……これからきっと、君たちを絶望が覆うだろう。だけど挫けないで。正義を謳う君達が折れてはいけない。がむしゃらでいい、盲目でもいい。だから、想いを掲げ続けるんだ。それはきっと、本当に綺麗な想いになるから。」

 

そう語って、力がいっそう強くなったそれは、ゆっくりと離れた。名残惜しむように、温もりを忘れぬ様に。それはまるで、贖罪のようでもあった。

 

「────あ…や、ま、待って…待ってください…行かないでくださいっ…!」

 

そうして、リューはベルの手を掴む。普段ならば突き飛ばしている、抱かれた事すらも忘れて。この手を離してしまえば、もうきっと彼は戻れないと、本能が叫んでいた。

 

「……ぁっ…ダメ、です…貴方が何を考えているのか…わからない…でも…っ目を見れば、分かります…あなたが選んだ道は戻って来れない…!だから、私の…私たちの傍で…!」

 

そう声を上げても、ベルは困ったように頭を掻いて苦笑しただけだった。

 

「困ったな…決心が鈍る……でも、もうこれしかないんだ。」

 

柔く頬を撫でたベルはリューの項に手を当てて、彼女の意識を弱い電気を流し刈り取る。

 

「─────クラ、ね、る…さ……」

 

止められなかった。その後悔と共に、意識を明滅させるリューは柔らかな温もりに包まれ、最後の言葉を聞いた。

 

『君たちの…君の正義を知っても尚、僕は言うよ…仲間を救いたいなら…戸惑うな。考えるな、迷うな。運命に抗い、友を救いたいと、その傲慢な迄の願いを抱くなら…強くなれ。』

 

その言葉を最後に、温もりと、彼の気配が消えて、リューの意識も暗闇に落とされた。

 

 

 

 

約束通り、1時間で教会に戻ると、ザルドだけがそこにいた。

 

戦う動機を問うたザルドは、ベルのことが気掛かりだったのだ。

 

「いいのか、ベル。守りたい女がいるんだろう。」

 

「いい。きっとこれが最善…なに、悪役もやってみたかったところだしね。」

 

「…そうかよ…そら、さっさと姿を変えろ。」

 

そう言って、変装用の髪染め剤を手渡す。

 

血のように真っ赤な液体を桶に注いで、手を浸し染液を手に馴染ませて、髪を梳く様に髪に馴染ませる。

 

ベル・クラネルと言う個人を殺し、少年は悪に染まり、可能性と願いに全てを賭けた。

 

この英雄すらも乗り越えてみせる、オラリオはこんなものじゃないと、力を見せてくれると。

 

髪を総髪(オールバック)に固めて、瞳も竜のものに変えれば、誰もベルだとは考えまい。

 

「…似合うじゃないか、これでこの時代のお前には迷惑をかけなくて済むか。」

 

「うん…今から僕は─────いや、私はアルケイデス。下界の行く末を見定める全ての英雄の祖。」

 

赤いその髪は、伝説の通りの英雄の威容を示す。血塗れた戦士は、英雄を待望する。己の隣に立つ英雄を待っている。

 

「私の期待に答えてくれ…オラリオ。」

 

懇願のようなそれは、ただ虚空に消えた。

 

後日、昨晩の事を思い出し、リビングに駆けたリューを待っていたのは、困惑したファミリアのメンバーと、1枚の紙切れだった。

 

 

『強くなり、強くあれ。この英雄すらも砕く程に。』

 

 

置き手紙を残し、ベルの痕跡は全て消えていた。

 




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第9話:真意

作戦当日。都市全体が、ピリついた空気を纏っている。それもそうだろう。今日この暗黒期と呼ばれる時代を終わらそうとしてるのだ。

 

「アリーゼ、全員配置についた」

 

「輝夜、敵に動きは?」

 

「全くといっていいほどない。静か過ぎて、何かあると勘ぐってしまう。」

 

「……そう、でもいくしかないわ。今日何としても…闇派閥の拠点を落とす。それと…リオンは?」

 

「…まだ、整理出来ていないらしい。青二才…と、今回ばかりは余り責められん。」

 

目の前でベルが消えた事実。止められなかった己の無力さ。殊更に彼と接触していたリューには、酷なことだった。

 

リューの顔色は、いつもの雰囲気よりもずっと暗い。傍目から見てもあからさまな変化で、アーディは気を使うように声をかけた。

 

「ねぇ輝夜…何かあったの?これから作戦だし…大丈夫?」

 

「アーディか…あぁ、問題ない。ただ少しな…あの男が行方をくらました。」

 

「あの男……もしかして、アルクメネ君?なんで?」

 

「さぁな…ただ、あのポンコツとは夜中に会っていたらしいが…クソっ…やはりあちら側だったと考えるべきか…」

 

唯一普通そうに振舞っていた輝夜に声をかけたのだが、相当の動揺がみてとれる。彼の存在、いや、彼の力はそれ程までに強かったということだろう。

 

アーディがリューを見遣れば、ほかのメンバーよりも酷い顔色をしていた。

 

(リオンにとっては…多分それだけじゃなかったんだろうけど…)

 

初めて特別な感情を向けてくる人間。初めて自分の手を取れる異性。彼は、リューに残せるだけの爪痕を残してしまった。

 

「んー…どう転んでも、敵になる…は無いと思うんだけどなぁ……」

 

「ふん、どうだかな……いや…そんなことはわかっている。わかりきっている…あの男は天然の英雄だ。見たことも無い程に純粋な英雄だ。救いたいものを全て救い、手を差し伸べたいと思ったものに手を差し出す権利と力がある。アレはどうあったとしても、悪に堕ちることは無い。」

 

「ならどうして…?」

 

「最後に言ったらしい奴の言葉だ。『これから君たちを絶望が覆うだろう。だが決して折れるな』…まるで、自分でその絶望を齎すように聞こえる。」

 

「…確かに…そう聞こえなくはないかも…」

 

「奴が残した置き手紙にも…まるで己の屍を乗り越えろ、のような言葉もあった…十中八九、敵方に回ったと考えるべきだろう…!」

 

「……じゃあ、彼は…何を思って向こうにつくんだろう。」

 

「それが全くわからんからこうなっている…」

 

そうなれば、彼が敵に回ったと考える事が妥当だろう。ならばなぜ?先日話しただけだが、彼は英雄と呼ばれる部類だろう。そんな彼がリューたちを見限るとは思えなかったし、彼の中にある心情は限りなく善に寄ったものだ。名のとおりに、彼の中にはある英雄が息づいている。

 

それを感じ取ったのは、アーディだけだったのかもしれない。

 

「リオン!」

 

「……ぁぁ…アーディ…」

 

この落ち込みようは、予想外にキているようだ。これを正すのは、きっとアーディ(道化)にしか出来ない。

 

彼女の正義は、笑顔なのだから。

 

「リオン、彼は何て言ってた?」

 

「……友を救いたいと願うなら…強く、なれと…」

 

「ならさ、強くなろう!彼が驚くくらいに強くなろう。それで、彼をまたここに連れてこよう!」

 

「でも…彼は…もう……」

 

「リオン?不透明な未来に絶望しないで。正義を掲げる私達が、希望を忘れてはいけない。折れてはならない。君の覚悟は、その程度のものだったの?彼はそれを望んだ?」

 

「……違う…違う、はずです。」

 

「なら、君は彼の望むようにならなくちゃ。力が必要って言うのは、間違いないんだから。」

 

そう告げれば、彼女の目にほんの少しの力が宿る。正義の翼を幻視するほどの憧れに近い背中が、リューにほんの少し力を分け与えた。

 

「…アーディ。私たちは…彼の正義はいったい何が違うのでしょうか…」

 

「…それはわからないけれど…彼にはなにか目的があった。それも明確で、私達よりずっと具体的な。」

 

「目的…私達には平和をもたらす目的がある。それは、不透明だというのでしょうか。」

 

「それは違うと思うんだけど…彼の手段が私達の手段と重ならなかっただけ…そう考えるしかないかな。直接彼に聞いたわけじゃないから。」

 

この問答には明確な答えがない。正義の形がそれぞれであるように、目的を成しとげるためには相応しい手段があり、それは枝分かれするように多岐に存在する。

 

だから、ベルの手段とリュー達の手段が合わないことは不思議なことではないということだ。

 

しかし、アーディはそれにしても不満げに頬をふくらませた。

 

「まったく…アレだけの事を公衆の面前で言っておいて、リオンを放ったらかしにするなんて!酷い男だ!」

 

「え?なになに?あの子リオンに何言ったの?」

 

「あ、アーディ!!それはアリーゼ達には絶対言わないでください!よ、夜だって、彼は、私を…………」

 

「…え?なに?なんでそこで止めるの?凄く気になるんだけど!?彼何してったの!?」

 

頑なに夜のことを語らないリューに、更にベルが何をしたのかを気にして質問攻めにされるも、リューは無言を貫いた。

 

(い、言える訳ありません…!だ、だだっ、抱かれたなどと…!見えます…言った途端にからかい始めるみんなの姿が…!だっ、ダメです!動揺してはいけません…作戦直前…落ち着かなければ…!)

 

今更になって夜の出来事を思い返して、耳の先まで赤くするリューだったが、今は気を張るべきと頭を振って夜の出来事を吹っ飛ばした。

 

「…アーディ。」

 

「なに、リオン?」

 

「勝ちましょう、生き残りましょう。」

 

「うん!」

 

そう誓った少女達は正義を掲げ、巨悪に立ち向かう。

 

絶望の気配がゆっくりと、その手を伸ばす。

 

そして、時は来る。

 

 

さぁ、開幕だ、オラリオ。

 

 

「突入ッ!!各自標的を無力化し捕縛しろ!!!」

 

シャクティの合図と共に、敵施設に雪崩込む。

 

「本体は速攻で奥まで行く!みんなは露払いをお願い!!」

 

『了解!』

 

「通路奥!あと上!来るぞ!」

 

「任せて!」

 

「青二才!右をやれ!逆は私が仕留める!」

 

「言われなくとも…!」

 

アリーゼが、輝夜が、ライラが、アーディが、そしてリューが八面六臂の大暴れをしながら、敵を無力化する。

 

「────【ルミノス・ウィンド】ッ!!」

 

敵の断末魔を掻き消す風の爆弾が、敵を殲滅する。

 

「ったく、本職でもねぇのに、ホント馬鹿げた砲撃!こりゃ楽勝だな───と、言いてぇとこだが…」

 

「あぁ…うまく行きすぎている。」

 

「何かある…そう考えて動くべきだろう。」

 

各ファミリアの頭脳とも言える三人が、この進み具合に疑問を持ち始めていた。あまりにも順調すぎる、現状とは裏腹に、あまりにも胸騒ぎがする。どうしようもないほどの、不安と焦燥に駆られながらも、本体は最深部へと到達した。

 

そこには、一人の女が立っていた。

 

「フィンがいねぇ…ハズレか…にしても、ここまで来んのが速すぎんだろうが。電光石火どこじゃねぇだろ。」

 

そこにいたのは、先日の早朝に逃げ出したヴァレッタだった。

 

「表情と顔が一致してねぇぞ。せめてその気味の悪い笑みくらい消せよな…何を企んでいやがる。」

 

「さぁなぁ?お前たちをぶち殺すための算段じゃねぇか?」

 

下卑た笑みを浮かべながら、到着を心待ちにしていたとでも言うような、そんな余裕の含まれた笑みに、ライラがきな臭い何かを感じ取る。

 

「出ろぉ、テメェ達!!」

 

「っ、伏兵!」

 

その声を合図にして、伏兵が続々と出てくる。その数は、一気に部隊の人数を超えるほど。しかし、誰の思考でもここまでは予想ができる。あの余裕なら、伏兵くらいはあるだろうと踏んでいた。だが、それを加味しても余裕にすぎる。

 

そこからは乱戦に持ち込まれた。しかし、質はこちらが圧倒的に上。よく観察すれば恩恵を持たない信者も混じっている。

 

(臭ぇ。超臭ぇ…!あたしはフィンじゃねぇが…どうしようもなく臭う!)

 

一挙手一投足を見逃さないように、ライラは気を張らせていた。

 

そんな中、運命の刻。

 

次々と湧いてくる闇派閥を、リューは荒々しく切り払い、変わらない状況に歯噛みした。

 

「ハァっ!!これではキリが───アーディ…?」

 

リューが見つめる先には、アーディと信者の子供が写った。

 

「ぁ、あぁぁぁぁっ!!」

 

「こ、子供…!?こんな幼い子まで巻き込んで…っ!」

 

ナイフを振り回す子供に、アーディが声をかける。優しく、落ち着かせるように。その姿を見て、彼女らしいと苦笑して、リューは再び敵に目を向けようとした瞬間。

 

『仲間を救いたいのなら…戸惑うな。迷うな。』

 

昨夜のベルの言葉がフラッシュバックした。

 

(なぜ…今、あの言葉を…?)

 

そう考えた時、呻きながら身を捩らせた信者のローブの隙間から、あるものが見えた。

 

(……導線でつながった火炎石…?─────まさか……ッ!?)

 

リューの中で、全てがつながった。

 

今まで闇派閥が襲っていた場所、被害時の爆発の原因。そして、この異様な数の信者の存在。

 

すべて繋がったリューの頭の中で、また彼の言葉が流れた。

 

『運命に抗い、友を救いたいと、その傲慢な迄の願いを抱くのなら…強くなれ。』

 

彼は、この結末を暗に教えてくれていたのだ。彼は、最後にリューに残してくれていた。この絶望的な未来を覆す覚悟を。

 

「ッッ!!!」

 

迷うことなく、駆けた。アーディのもとに。

 

「私は、君を傷つけたりしない…だから、武器を置こう?君のような幼い子に、武器を持たせる大人の言いなりになっちゃダメだ!」

 

「…………か……かみ、さま…」

 

「ほら、おいで?」

 

アーディの言葉に従うように、武器を捨てた少女に、アーディは微笑みながら、わかってくれたと近寄った。

 

その少女の瞳が、虚ろに濁った事も知らずに。

 

「アーディッッ!!」

 

「リオン?────ぇ……?」

 

背後から飛ばされる叫びに振り返れば、鬼気迫った表情で、こちらに向かっていた。

 

そんな中でも、アーディの傍に立ち尽くす少女は、ただ指示通りに撃鉄装置に指を掛ける。

 

家族を失った少女の世界は、灰色に染っていた。闇派閥の神とも知らず、悪とも知らず、ソレに従うしか無かった。

 

「ぉ、とう、さんと…おかぁ、さんに…会わせて、ください……」

 

「────ひゃはっ…!」

 

その光景を眺めていた女は、嗤った。

 

彼女の心はただ、家族だけを求めていたのだから。

 

撃鉄装置が、火花を散らす寸前。

 

リューの思考が加速した。間に合わない、運命は彼女という、未来の英雄を逃さないのか。

 

咄嗟だった。もう、これ以外に手が存在しなかった。

 

リューは、剣の鞘を槍のようにして、少女目掛けて投げつけた。

 

アーディの目の前で、少女の体に高速でぶつかる鉄の鞘は、恩恵も何も無い身からすれば馬車と正面衝突した事と何ら変わりはない。

 

そのまま吹き飛んだ少女に手を伸ばし、アーディから少し離れた瞬間に、爆ぜた。

 

「────ッ!?」

 

「ッ!?なんの音だ!!?」

 

「ぐぅっ!?アーディ、無事で……!」

 

真横で起きた爆発に吹き飛ばされ、アーディはリューを目掛けて吹き飛んできた。それを受け止めて、アーディの状態を確認して、言葉を失った。

 

左半身の火傷が酷く、皮膚は黒く炭化し、それ以外にも身体中に瓦礫が突き刺さっていたが、幸いと言えばいいのか、爆発の熱風によって傷口が溶けて塞がっていた。

 

「アーディッ、アーディ…っ!」

 

だが、生きていた。

 

彼は知っていたのだ、この未来を。ともすれば救えなかった彼女の命。スキルだったのか、それともまた別の理由なのか。それは分からなかったが、彼はリューにこの事を教えてくれていたのだ。

 

「リオンっ、無事か?!アー、ディ……全員ッ、信者たちから離れろ!!自爆するぞッ!!」

 

「チッ…運がいい女だ…だが、花火は…上がったぜ?」

 

だが、地獄はここからだ。絶望はまだ序章に過ぎない。

 

その少女の爆発を合図に、空気が変わった。

 

「この身をもって…罪の、清算をっ…!!」

 

「何をするつもりだ!?」

 

まず、ひとりが爆発。

 

ひとつ、2つ、3つと爆発が重なる。

 

(全敵兵一斉起爆!?建物ごと私たちを押し潰すつもり!?)

 

「一発目が合図だ。もう、止まらねぇ!!じゃあな、冒険者共……くたばりやがれ。」

 

増えて、それが倍になった。

 

「リオン!輝夜!脱出っっ!」

 

「くっ…!!シャクティ!アーディを!!」

 

「わかった!総員撤退!!撤退!!」

 

シャクティの言葉で、ガネーシャ・ファミリアが撤退を始め、全ての人員が爆発に巻き込まれかけがらも、施設から逃れる。

 

撤退するしか無かった状況でも、輝夜は悔しさに奥歯を噛み締めた。

 

未だ爆発音が鳴り止まぬ中、全員が周囲を警戒しつつ生存者の確認を急いだ。

 

「くそっ!逃がした!あの女……!」

 

「悔いても仕方ないわ。今は、生きている事を喜びましょう。被害は?」

 

「ウチの被害はほぼねぇよ。ちょっと火傷したくらいだ。ガネーシャの方は、割と食らっちまった。」

 

「……ぁ、あぁ…6名の死者…7名の重傷者…あ、アーディも…リオンがいなければ…」

 

声が震えているシャクティだが、何とか普段通りに振舞っている。それもそうだろう、唯一と言っていい肉親が死にかけたのだ、こうもなるだろう。

 

「…シャクティ…それにしても、リオン。よく気づいたわね。お手柄よ!」

 

「…いえ……私では…ありません…」

 

「え?」

 

「彼、です…彼が、この危機を教えてくれていた…」

 

「彼……もしかして、アルクメネ…?爆弾のことを知ってたってこと?」

 

その言葉に、リューは首を横に振った。

 

「どういう意味だ…やはり、奴は向こう側と繋がっていたということか?」

 

「…本人に、聞かなければ…問いたださねば…!彼を、探しましょう…!」

 

「そうね────待って…どうして、まだ爆発音が聞こえるの?」

 

リューの言葉に頷いたアリーゼは、おかしな感覚を覚えた。

 

アリーゼの言葉に全員が耳を澄まして、音の発生源を辿った。初めは、まだ施設内の爆弾が爆発しているのだろうと考えていた。

 

しかし、違う。

 

四方八方から響く爆発音が、微かに聞こえる悲鳴が、その予想を否定する。

 

「この…爆発音…どうして、町中から…!?」

 

「メインストリートに急げ!至急本隊と合流する!道中市民を保護しながら進め!敵の生死は問わん!遠距離から石でも瓦礫でもいい、投げて無力化しろ!」

 

『了解!』

 

(嫌な…予感がする。)

 

本調子を無理やり取り繕ったシャクティは、檄を飛ばして志気を上げる。

 

しかし、絶望は雪崩込む。

 

「────伝令っ、伝令ですッ!!」

 

「次から次へと!!今度は何だ!?」

 

煩わしげに聞き返した輝夜。アリーゼは、その伝令の顔を見て嫌な予感が過った。

 

奇しくも彼女の勘は、フィン程とは言わない迄も、よく当ってしまう。

 

 

 

 

「ロキ・ファミリアがっ……アルケイデスを名乗る赤髪の少年にっ、殲滅されました…!!」

 

 

 

 

 




最近、ダンまち2次の方で凄い方が現れた影響か、そのお零れで私まで少し伸びてて嬉しい。

感想、高評価良ければしてやってください。


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第10話:絶対悪(英雄)顕現

アストレア・ファミリアが施設を脱出する数分前。

 

ロキ・ファミリア幹部、リヴェリアとガレスは、導かれるようにその場所に足を運んでいた。

 

「これは…」

 

「…酷い有様じゃな。」

 

死屍累々

 

その言葉しか浮かばない現場には、鏖殺の痕跡だけが残っていて、まったく荒れていないその場の状況から、戦闘が極わずかの時間で行われたことがわかった。

 

(辛うじて、生きている…のか…なぜ、闇派閥の者まで…?)

 

地面に倒れる冒険者達をよくみれば、手足があらぬ方向に曲がっている者もいるが、倒れている者全て、息はあった。そして、無差別に攻撃されたのか、倒れているものの中には、闇派閥の信者と思われるものまで倒れていた。

 

「リヴェリア…」

 

「あぁ……いるな。」

 

揺らめく焔の先、屍と化す冒険者達を見下ろし、悠然と立っている影。

 

ローブを纏う影、身長と体格からして恐らく青年。いや、ギリギリ少年と言ったところだろう人物は、ただその場に立っていた。

 

その人物に、リヴェリアは声をかけた。

 

「……何を、している。」

 

「強き者を待っている。私は、この都市が約定を果たせるのか…それを見極めねばならない。コレ(・・)は、蛮勇の成れ果てだ。」

 

地面に転がる人々を見ながら、青年は淡々と語った。

 

「わからんな…お前はこちら側の人間だ、行いが物語っている。」

 

「ただ、君たちと方針が合わなかったに過ぎない。」

 

「…冒険者を生かしている理由は、それか?」

 

「勇敢か、蛮勇か…はたまた実力差すらも分からないほどの愚図かは分からないが、私に剣を向けたことへの賞賛。その報酬故の生だ。」

 

ビリッと肌を焼くような威圧。何もしていないはずの少年から感じるソレは、階層主に匹敵するだろう。

 

自然と握りしめる杖が軋み、緊張の汗が吹き出す。

 

「ふーむ…闇派閥の信者達を生かす道理は無いはずじゃが?」

 

「気分。餌に群がる蟻を眺めているだけだ…いうなら、酔狂だ。」

 

その言葉は、いつでも殺せる物に対する興味を失ったそれ。あまりにも機械的で、人から逸脱した言葉に、ガレスは拳に力を込めた。

 

「なるほど…理解したわい。お前は、敵じゃ。」

 

1歩前に出たガレスは、拳を鳴らし斧を豪快に担いだ。

 

「そうだ戦士よ、来るんだ。その剛力をもってして私を打ち砕いて見せろ。」

 

武器すら持たない少年は、いっそ慈愛の篭もる声音で、ゆったりと受け入れるように、ガレスをフード越しに射抜いた。

 

「指名とあらば受けん訳には行かんなぁッ!」

 

「おいガレス!相手は得体の知れない者だぞ!?無策で相対するのは…!」

 

「止めてくれるなリヴェリア……儂がこのオラリオに来た理由を忘れたか?それに、この道から逃げて来た住民を先導したのも、恐らくこやつじゃ。紛れもなく高潔な戦士…それだけで十分じゃ。」

 

「…それは…!」

 

そう、リヴェリアとガレスは指示があってこの場に来たのではない。

 

市民の避難誘導の際、市民が口々に「少年が戦っているから援護に行ってあげてくれ。」「彼が拳を振るっただけで瓦礫と炎を吹き飛ばしてくれた。」「赤髪の少年がここまで逃がしてくれた。」と証言した。

 

覚えのなかった2人は独断でここまで様子を見に来たのだ。

 

「もう御託はいいじゃろう!さぁ、やろうか坊主…儂はガレス。ガレス・ランドロック!誇り高きドワーフの戦士!!」

 

名乗りをあげるガレスを前に、少年がローブに手をかけた。

 

「ふむ名乗られたのならば…偽りと言えど、名乗ろう。それこそ無作法という物だ。」

 

ローブを脱ぎ捨てれば、少年の姿が顕になった。

 

燃えるような赤髪、美しいほどに無駄のない上体を晒し、獅子革のコートを羽織っていた。

 

何よりも特徴的なのは、その瞳。

 

赤い瞳に包まれた黄金の瞳孔は縦に伸び、竜を思わせる鋭さを持っていた。

 

「アルクメネ。今は、そう名乗っている。」

 

「アルクメネ…まさか、アストレア派閥にいた少年か…っ!」

 

「ほぅ…活きのいい小童か…この一週間で、オラリオ最速を欲しいままにした、都市外の埒外(イレギュラー)!」

 

「さぁ、来い。」

 

その言葉を言い切る寸前、ガレスが突貫。斧を振り下ろす。その剛力は、現オラリオでも随一の力。

 

「ふむ、良い。英傑に至らんとする武人…しかし、いささか弱い。」

 

「────」

 

生まれる沈黙、そして驚愕。

 

オラリオ最高峰の力が、オラリオきっての武人の一撃が、ピンっと立てられた少年の指先に、受け止められていた。

 

(なんという力ッ!?これ以上、斧がミリも進まん!?)

 

「ガレスッ!?何をしている!本気を出せ!!」

 

「生意気なエルフめ…好き勝手言ってくれるわい…!」

 

「そら、お返しだ。」

 

トンッ、と軽く押しのけるように斧を押し、刃を握り直すと、そのまま斧を握りつぶした。

 

「なッ…!?」

 

「さぁ、男同士だ。拳でやろう。」

 

拳を構えたアルクメネに、ガレスはニィッと、無理やりに笑った。

 

「オォォォォォォォォッッ!!!」

 

「さぁ、どうした。本気で来るんだ。」

 

組み合ったガレスとアルクメネはそのまま力比べに入る。

 

「ぬ、オォッ…!!?ふんッ、ガアァァァ!!!!」

 

「そらどうした。私はまだまだ力をだしきっていないぞ────…そうか、これが今の限界か。」

 

(動かん…!!ステータスをフルに使ってこれか!?)

 

組み合ったまま、青筋を浮かべ力むガレスに比べ、アルクメネは涼しい顔のまま。

 

ただ淡々と力の差を見せつけられた。当たり前のように、それが当然であるかのように、少年は勝ち誇る事もなく、ガレスの積み上げてきた自信を砕いた。

 

「そろそろ、次に行こう。」

 

均衡を保っていた状況が、紙を握り潰すように、いとも容易く崩れた。

 

「よっと。」

 

「────っ!?」

 

軽く零された言葉の後、ガレスの視界は一瞬で切り替わり、瓦礫に埋もれた。

 

殴られたと認識することも無く、ガレスは沈んだのだ。

 

「………ガレス?」

 

「さぁ、リヴェ………魔道士、魔法を撃ってこい。」

 

チョイチョイっと、指先で煽るように魔法を催促する。

 

吹き飛ばされたガレスの安否を確認する間もなく、リヴェリアは戦闘に入らざるを得なかった。

 

「────っ貴様…後悔するなよ…!」

 

余裕か、はたまた侮っているのか。しかし、その言葉は確かにリヴェリアの琴線に触れた。

 

「【終末の前触れよ────】」

 

「……」

 

(…本当に、魔法を撃たせるつもりか…!?)

 

ただリヴェリアの詠唱を待つ少年は腕を組み、目を瞑りながら詠唱に耳を傾けていた。

 

「【吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ】!!」

 

遂に完結した詠唱。しかし、少年の様子は変わらず腕を組み、目を瞑るだけだった。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

魔法陣から襲いかかる氷の濁流を眺め、少年はただ拳を構えた。

 

リヴェリアには、その動きがスローモーションの様に見えていた。

 

ゆったりとした姿勢から構え、拳を溜めてただ正面に突き出す。

 

それだけで、リヴェリアまでも吹き飛ばす程の衝撃が氷を砕いた。

 

「───────」

 

「…底は、見えたな。」

 

驚愕のまま少年を見ていたリヴェリアだった。過去、リヴェリアの魔法を耐える者はいた。魔法によって掻き消す者もいた。

 

しかし、単純な力のみで自身の魔法を吹き飛ばした者など、いた事がない。

 

アストレア・ファミリア団員曰く、Lv4にして滅茶苦茶なスピードとパワー。極秘情報だったが、重い病を抱えていてこれだ。

 

その片鱗を垣間見た。

 

そう呆然としていると、遠くの方角から、爆発の比にならぬ轟音が響いた。

 

「なんだ…?」

 

「…向こうはもう終わったのか。こちらも時間はかけていられないか。」

 

「なにを…」

 

「…時間もそうない…僕は、フィンのところに行かなきゃだから。」

 

彼の言葉を聞いたリヴェリアの全身に、脂汗が浮き出た。嫌な予感、いや、既にそれは確定事項となる。

 

ぶれたアルクメネの姿にピクリと体が反応した瞬間に、リヴェリアは意識を飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「───リヴェリア達がやられた…?」

 

「赤髪の青年にやられたと報告が…!!」

 

その報告を受けたフィンは、広場で逃げてきた市民を受け入れながら、思考する。

 

(赤髪の青年…まさか、件のアルクメネか…?)

 

聞いていた情報と特徴は一致しないが、最近突如として現れた正体不明の少年、アルクメネ。彼で間違いないだろうと推測する中で、二人の安否を確保することと、混沌としたこの戦況をひっくり返す策を考えなければならない。勇者の腕の見せ所なのだが、骨が折れることに変わりはない。

 

苦笑したフィンはそれでも、これこそが勇者たろうとする自分の試練だと、気を引き締めた。

 

「二人を直ちに回収────」

 

「その必要は無い。」

 

そんなおり、突如真上から響く声に、誰もが上を見上げた。

 

そこには、絶望があった(・・)

 

悠然と、立つように浮遊する少年は不遜なまでにすべてを見下ろし、深紅の髪を風に揺らしていた。両脇に抱える影が、リヴェリアとガレスと気が付いたのは、フィンだけだろう。

 

「土産だ。」

 

「リヴェリア…ガレス!?」

 

二人を上空から投げ、必死に救うさまを眺めている。その眼には興味も何も無く、ただ目の前の風景を眺めているだけで、自分たちとは次元の違う生物の視点を感じた。

 

それこそ、神の視点に近い。

 

「…なるほど、二人がやられたと聞いていたが…君がそうか、アルクメネ。」

 

「流石…わかってしまうか。一度も会っていないのに。」

 

そんな会話がされる中でも、フィンはわからなかった。彼の真意が。

 

彼に殺気はなく、殺すつもりがないこともわかる。チラホラと聞こえる民衆の声から、逃げてきた民主を助けたのがこの少年だということも理解できた。

 

故に、理解できなかった。彼に、フィン達(オラリオ)と敵対する理由を探すことができなかった。

 

「さて…目的を果たすとしよう。」

 

地上に降り立った瞬間、アルクメネから放たれた威圧は広場を容易に飲み込み、未熟な冒険者はその恐怖にあてられ、意識を飛ばした。

 

(なんて威圧…!本能が理解してしまった────勝てない…!)

 

ビリビリと肌を焼く様な、けれど殺意など暗い感情を見せない、純粋な闘争意欲は、本来人が感じることの無い威圧を感じさせ、敗北を確信させた。

 

存在の格が違う。

 

虫と恐竜。アリと人間。

 

それほどの力の差を、フィンは聡いが故に見破ってしまった。撤退の二文字が過ったフィンを知ってか、アルクメネはフィンの逃げ道を吹き飛ばした。

 

「【勇者(ブレイバー)】…他ならない君に、勇気を問おう。」

 

「……っ…!」

 

「フィン・ディムナ。君に決闘を申し込む。」

 

絶望が問うは、絶望に立ち向かう『勇気』。

 

「この場で、もし私にかすり傷1つでもつけられたのなら…君の偉業を認め、直ちに闇派閥の半分を壊滅させよう。」

 

「……聞いていた性格と随分違う。舐めた条件…侮り、傲慢とも取れる。」

 

「当然のこと。君と、私の間にはそれだけの差がある。この2人では私にかすり傷ひとつつけることは叶わなかった…だから君には、期待してるんだ。」

 

このアルクメネには傲慢など無い。侮りなどない。

 

事実として、それだけの自力の差が存在する。戦う前であり、しっかりとアルクメネの実力を確かめたわけでもないが、歴戦のフィンの経験が、そしてフィンを今まで助けていた、(親指)が目の前の男の実力を告げていた。

 

しかし、この場で逃げればファミリアも救えず、今までの名声すらも捨ててしまう。

 

故に

 

「────受けよう。」

 

フィンは、利を取る。

 

ニィッ、と笑った少年の顔は分かりきっていたような、何度も見た事があるような感情が宿っていた。

 

まるで、フィンならば必ず応じる。という自信があるようだった。

 

「嬉しいよ…さぁ、始めようか。」

 

「……総員衝撃に備え、市民を守れ。」

 

「団長!?何言ってるんすか!?」

 

背後で自分を止めるラウルに視線を送り、またアルクメネに集中させる。

 

「本気で来るんだ。魔法、騙し討ち、魔剣…なんだろうが、全てを使って僕に傷をつけてみろ、勇者。」

 

「言われずとも……【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】

 

【ヘル・フィネガス】!!」

 

フィンの扱う最強の魔法。フィンの最強の武器である理性、知性を代償に、ステータスの高補正。狂気と本能のみが同居するフィンの頭は一気に沸騰。

 

「────ッッ!!!!」

 

激上した感情とステータスを振り回し、フィンはアルクメネへと突貫。二槍を本能の赴くままに振りかざし、ステータスの暴力で責め立てる。並の冒険者、これがヴァレッタであったのなら、勝負は数分後にフィンの勝利で終わっていた。

 

しかし、僅かに残った理性がこの戦いの結末を予知していた。

 

「その程度か、君の最大の武器を代償にして、私に勝てるとでも思っているのか。」

 

攻撃のさなか、かする事すら叶わぬ事が本能でわかった。

 

呼吸をする余裕もないほどに降り注ぐ槍の雨を悠々と躱し、尚も失望を口にした。

 

「……あの二人も弱かった。君も、その程度か。小人族(パルゥム)の希望と呼ばれる君が…弱い、弱すぎる。君が……君たちがこの程度か。」

 

「───────」

 

今までの期待を含むようなその声音は、失望に変わった。彼の真意を理解することはできないが、今までの言葉に、期待があったのは間違いなかった。

 

彼は、自分たち(ロキ・ファミリア)に、期待をしていた。

 

野性的な勘でアルクメネの攻撃を避けていたフィンも、次の瞬間には敗北を悟った。

 

なんの詠唱もなく吹き上がる、リヴェリアを優に超える圧倒的な魔力。フィンは、過去の英傑(ゼウス・ヘラ)を思い起こした。

 

「────ならば、夢を抱いたまま寝ていろ。その程度の君が、誰かの希望になどなれるものか。」

 

耳元でアルクメネの言葉が聞こえた次の瞬間には、フィンは数百メートル離れた場所の家屋に叩きつけられていた。

 

「弱者に、理想を語る権利などありはしない。」

 

叩きつけられてから遅れてくる痛みは、容易にフィンの意識を刈り取った。

 

そのさまを見届けて、アルクメネはフィンを担ぎ、ロキ・ファミリアの元に下ろした。

 

自身達の絶対。負けることがないと、そう思っていた、フィンが敗北した。それも、あんなにも容易に。

 

その衝撃と絶望が、団員の戦意を根こそぎ削り、そして更なる絶望に叩き落とす。

 

「聞け、冒険者共。その弱さは罪だ、その脆弱さは悪だ。私は、期待し過ぎた。人に期待し、時を経た。だが、変わらず人は弱いまま……もはや、我慢の限界だ。」

 

人類に対する宣戦布告。しかしその宣戦布告が、絶望を加速させる。

 

「もしこの言葉に、腹を立て…或いは奮起する者がいるのなら…立ち上がり、我が前に立つといい。」

 

どうか、彼らがこの言葉を聞いて、立ち上がる事を願う。

 

「────我が名は、アルケイデス。抗え、人よ。」

 

ザワつく広場には、疑念や驚愕が浮かび上がるが、誰もがこの言葉を疑う事をやめた。

 

目の前で見せつけられた強さ、伝承通りの容姿。

 

誰もが、本物であることを疑わなかった。

 

それだけ言ったアルケイデスは、冒険者を一瞥して、背を向けた。

 

その中に、見知った顔を見た気がしたが、『ベル』は見ない振りをして、その場から離れた。

 

「派手にやったな、アルクメネ────いや…アルケイデス。」

 

「………」

 

「おや、ククっ…見事素敵最高(コングラッチュレーションズ)アストレア…君自身の献身と眷属に感謝しろ。」

 

町中を散歩するように歩いていたエレボスと合流したベルは、視線の先にいたアストレア達を何となく眺めた。

 

そこには、リュー、アリーゼ、アストレアが居た。

 

自然と彼女に視線を寄越す。

 

すると、彼女からは見えていないはずなのに、目が合った。

 

「クラネル…さん…?」

 

「──────」

 

リューがつぶやいた。

 

姿も変えた、髪色も正反対の真っ赤。目の色も変わっている。

 

雰囲気だって数週間一緒にいたくらいではわかるはずがない。

 

それなのに、彼女ははっきりと、その名前を口にした。

 

縋るような眼をしていた彼女は、思っていたほどに絶望していない。きっと、何かを防げたのだろう。

 

それだけで今は十分だ。

 

何も言わず、ベルはエレボスの後を追った。

 

「さぁ…始まるぞ…覚悟はいいな、ベル。」

 

「愚問。」

 

「それでこそ。」

 

背後から追ってくるアストレアたちの足音をかき消すように、光の柱が打ちあがった。

 

一つ、二つ、三つ。徐々に増える光の柱。絶望に染まる声が、都市から徐々に溢れ出した。

 

スキルを常に発動しているベルの良すぎる耳は、都市中の断末魔を、醜い嗤い声を拾う。発狂しそうな感情を殺すつもりだったが、ベルはやめた。

 

己の感情に蓋をして、この罪から逃れるのは、卑怯だと思った。自分から手を掛けたわけではないが、間接的に罪のない人を殺している。

 

故に、彼は冷酷に、冷淡に、その事実を受け入れることにした。

 

彼女たちが、人々を救うことが正義だというのなら、血と罪をもって、英雄を証明しなければならない。

 

悪に徹する事こそが、このオラリオを引き上げるキッカケになると信じて。

 

「……壮観だな。」

 

「景色だけは、な。」

 

失望と諦観を孕んだ二人の言葉を聞きながら、アルケイデスはただその景色を眺めていた。

 

再起する、冒険者達への期待をひた隠しながら、アルケイデス(ベル)は、その景色から目も、耳も背けることはなかった。

 

「────聞け、オラリオ。」

 

そして、悪が執行される。

 

「聞け、創設神(ウラヌス)。時代が名乗りし暗黒の元、下界の希望の芽を摘みに来た。」

 

誰もが聞いた、誰もが見上げた。天上にいる神を見上げるが如く、誰もが悪を見上げた。

 

「『約定』は待たず、『誓い』は果たされず。この大地が結びし契約は、我が一存で握りつぶす。」

 

もう、十分に待っただろう。

 

「すべては神さえ見通せぬ最高の『未知』…純然たる混沌へ導くため。」

 

不遜、傲慢、身勝手。期待と失望の同居の末に出した結論。

 

「諸君らの憎悪と怨嗟、大いに結構。それこそ邪悪にとっての至福。多いに怒り、大いに泣き、大いに我が惨禍を受け入れろ。」

 

その、悪の根源は語る。

 

「我が名はエレボス。原初の幽冥にして、地下世界の神なり。」

 

誰もが、その名を聞いた。誰もがその名を覚えた。名も知らぬ神から、最も邪悪な神に名乗りを上げたエレボスは、すべてを見下した。

 

「冒険者は蹂躙された、より強大な(英雄)によって!神々は多くが還った!」

 

冒険者が、市民が、神が。膝をつく。

 

「貴様らが巨正をもって混沌を退けるのなら……我らもまた、血と殺戮をもって巨悪を証明しよう!」

 

誰か、誰かこの絶望を覆す英雄はいないのか。

 

もし、白き英雄がすべてを救うと決めていたなら。

 

「英雄は堕ちた!!貴様らに希望はない。原初の英雄は、人類(貴様ら)を見限った。」

 

もし、あの時に彼が未来を顧みず、混沌を退ける決断をしたのなら。

 

もし、そこに英雄(ベル・クラネル)がいたのなら。

 

 

 

「英雄は!もう、いない。」

 

 

 

きっと、そんな希望は食い尽くされた。

 

「告げてやろう、今の貴様らに相応しき言葉を。」

 

だって彼は、救うのではなく、「押し上げる」ことを決めてしまったのだ。

 

「───脆き者よ…汝の名は、『正義』なり。」

 

絶望に屈した者たちに願う。

 

 

 

 

 

「我らこそが、『絶対悪』!!」

 

 

 

 

 

どうか、再起を。

 

 

 

どうか、奮闘を。

 

 

 

どうか、私を殺して見せてくれ。

 

 

 

英雄は、ただそれだけを願っている。

 

 

フィン、リヴェリア、ガレス…どうか、僕を超えてくれ。

 

 

正義の使徒よ、折れてくれるな。

 

 

地獄はまだ、始まったばかりなのだから。

 

 

 




10月から12月までの三か月間。アストレアレコードが3巻連続で書籍化されて発売します。
冬には本編も発売。直近ではアニメも始まります。みんなで見ましょう。

感想、高評価、良ければよろしくお願いします。モチベーションにつながります。


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第11話:はじめ

誰か(正義)は嘆いた

黒く、厚い雲に覆われ、星の輝きなど見えないと



誰か()は嗤った

まるで、邪悪に呑み込まれたようだと。








そして、誰か(英雄)は願った。


どうかこの私に、その輝きを見せてくれと。



最悪の侵攻から6時間、オラリオ史上最も被害の多かった夜が空ける。

 

アストレア・ファミリアは、寝ずの被害鎮圧に向けて、都市中を駆け回っていた。

 

そして、日も登り、惨状が露わになった時間。ようやく一息付けるタイミングが訪れた。

 

「……これで、終わりか…?けが人の救護は?」

 

「そう思いたい…もういない、いたとしても…すでに物言わぬ屍だ。」

 

ライラと輝夜はいつものような軽口も鳴りを潜め、濃い隈を作るほどに憔悴していた。

 

「疫病の対策は?」

 

「腕っこきの聖女がいるから問題ないとさ。」

 

「聖女…あぁ、あの銀髪のお人形みたいな娘ね…なら平気かしら。引き上げるわ。」

 

「あー…シャワー浴びてぇ、スープ飲みてぇ、寝てぇ…」

 

「最後のは叶わん。補給がすんだら、すぐに巡回展都市のあちこちで闇派閥の掃討だ。」

 

そんな輝夜の現実を突きつけるような言葉に、ライラはうへぇーと力が抜けるように肩を落とした。

 

しかし、その中でもリューだけは、俯き何も語らなかった。ベルの裏切り、親友の安否は未だにわからない。

 

そして、神の一斉送還。

 

善であるはずの彼が、この事件の一翼を担っていたとは考えにくい。しかし、現に彼はベル・クラネルは───アルケイデスは、人を見限った。

 

絶望的な現実は、正義の派閥の中で最も青かったリュー・リオンは、爆発寸前であった。

 

「リオン。下を向いちゃだめよ。何かしゃべらないと…あれからずっと塞ぎ込んでる。ため込むと、いつか爆発するわ。仮設のキャンプで話を───」

 

そう、アリーゼが声をかけている最中。

 

 

 

 

民衆が、前に立ちふさがった。

 

 

 

 

「な、なんだよ、お前ら…」

 

この時、リューは思い出した。

 

神エレン───邪神エレボスが語った正義の脆さを。

 

アルケイデスが語った、己の正義の在り方を。

 

 

「───アストレア・ファミリアは正義の派閥じゃなかったのかよ!!」

 

「みんなを、助けてくれるんじゃなかったの?守ってくれるんじゃなかったの…?」

 

その民衆の言葉を聞き、爆発した。

 

「嘘つき!!」

 

お前たちのせいだ。何が正義だ。何とかしろ。

 

これが、戦った者に対する返礼だった。

 

残酷で、身勝手に、力なき愚者はただ不満を叫ぶだけだった。

 

「貴様ら…!団長…!今前に出ては!」

 

輝夜がキレる寸前。アリーゼが前に出た。石を投げる民衆の前に立てば、どうなるかは目に見えていたのに。

 

「…っ……」

 

アリーゼの額から血が流れる。それを見て、一瞬民衆の動きが止まったように見えたが、それも束の間。続けざまに罵倒が投げられる。

 

それを聞いて尚、アリーゼは頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい。」

 

 

それだけ、そう言うしかなかった。

 

守れなくてごめんなさい。

 

頭を地面につけるほどに頭を下げた。それでも、民衆の言葉は、石は止まらなかった。堰を切るように、止まることはなかった。

 

アリーゼは、わかっていた。彼らの不満を。彼らの悲しみを。だから、己がそれを塞き止めなければならないと、組織の長として最良の選択を選んだ。

 

何度も、何度も石を投げられ、言葉が突き刺さった。それが数秒続き、突然。罵倒も、投げられる石も止まった。

 

 

不思議に思ったアリーゼが顔を上げれば、その沈黙の理由を知った。

 

 

「…ベル…?」

 

 

「無駄な傷を増やすな、アリーゼ。」

 

そこには、真っ白だった頭髪は真紅に染まり、瞳も竜のように鋭くなってはいたが、同じ空間で過ごした少年が立っていた。

 

前の様に、彼女たちを庇うように。

 

投げられた石を掴み、それをゆっくりと握りつぶす。

 

「…本当に…どこまでも救いようのないクズどもが…」

 

数時間前の、恐怖の象徴がそこにいた。

 

それに気が付いた民主は、恐怖を張り付けた。

 

「あ、アルケイデスだ…!?」

 

「こ、殺されるっ、逃げろ!!」

 

「───『動くな』。」

 

その一言。たった一言で、彼はその場を支配する。

 

「動いたものから殺す。冒険者はいざ知らず…愚鈍な民衆に掛ける情けはない。」

 

その言葉に偽りがないことは、その場にいる誰もが理解した。彼は動いたものから容赦なく殺すだろう。

 

咄嗟に民衆を守ろうとしたアストレア・ファミリアの団員すらも、その場に縫い付けられた。

 

「安心するといい、正義の派閥。私は君たちと戦うつもりは無いとも。」

 

「っ…!舐めやがって…!」

 

「まて輝夜!!折角なんもしねぇって言ってんだ!刺激すんじゃねぇ!」

 

「…猛獣みたいな言い方は辞めてくれライラ。」

 

「はっ、存在そのものが暴力みたいなやつに言われたかねぇぜ…しっかし、本当に…いや、本物のアルケイデスだったなんてな。英雄サマは神すら騙せるってか?」

 

「馬鹿だなぁ…少し考えればわかるだろう?人質が居た…それだけの事だ。」

 

歪んだ笑みを浮かべるアルケイデスの言葉に、輝夜の感情が最も早く沸騰した。

 

「貴様ッ!!あの方をどうするつもりだ!」

 

「そう熱くなるなよ、輝夜。もう用はない…ただこれからの逸材を見る必要があった…それだけだ。」

 

その言葉に、嘘はないように思えた。つまりは、全て嘘だったのだろう。あの優しげな彼も、リューを偽りなく愛していたあの仕草すらも。

 

「……クラネル、さん…っ!」

 

「…いいや、リュー。私はもうあのベル(少年)では無い。」

 

「っ……!」

 

あの少年は、自分を守ると、君の正義を見つけるのだと、強く語った少年は、もうこの場にいない。

 

私が、止められなかったから……?

 

思考が沈む彼女を、アルケイデスは見透かした上で、問いかけた。

 

「アリーゼ、輝夜、ライラ……そして、リュー。今一度、君たち…【正義】に問いかける。」

 

その審問は残酷であり、彼女達の命題でもある。

 

「君達が守りたかった者は、『こんなモノ』だったのか?」

 

『────』

 

緊張したように体を強ばらせた彼女たちに、アルケイデスはさらに続ける。

 

「この愚図共は、今こうしてアリーゼに石を投げ、君たちに文句を垂れていられるのが、君たちのおかげだとすら考えられないシアワセ者だ。」

 

「それは…俺たちに戦う力がないから…っ!」

 

勇気ある民衆は声を上げる。その言葉に、そうだそうだと続くが、アルケイデスは一瞥の後ため息を吐き出した。

 

「この神時代において、恩恵という絶対平等の力を与えられる上でよくその発言ができる。才能の差はあれど、恩恵を得れば守りたい物も守れたかもしれない。お前たちの怠惰を彼女たち冒険者に押し付けるか、恥を知れよ。」

 

静まり返るその場を無視して、アルケイデスは冷酷に続ける。

 

「お前たちを見捨てる選択肢を取れば、もう少し事は有利に運んだ。私を討つのは無理だったにせよ、彼は…ザルドは討てていただろう。その時点で闇派閥は壊滅。あとは時間の問題だった。」

 

苛ついたように口調が強い。あまり感情を出すことがない彼には珍しい。たった数週間の間ではあったが、共に過ごしていた彼女たち全員が抱いた感想だった。

 

そこで、少し間を開けて、アルケイデスはいいことを思いついたと呟く。

 

「……あぁ、そうか。お前たちがいなければ、彼らも遺憾無く力を発揮するか。」

 

そうして手を民衆の群れに翳すと、膨大な魔力の波がその場を濁流のように飲み込んだ。

 

「魔法!?詠唱もなしに!?」

 

「エルフじゃねぇが私でも分かる…!これ、やべぇ!!」

 

彼の本気の殺意。それは容易に民衆を消し炭に変え、その場を更地に変えることができるだろう。

 

彼は、本気でこの場で民衆を殺す。

 

そう考えたとき、全員の体は勝手に動いた。

 

「……っやめてください…あなたは…そんな、人ではないはずだ…!」

 

「させないわ。あなたに、それだけはさせない!」

 

「ちっくしょう…!動いちまった!これ絶対死ぬ!」

 

「…柄にも無いことを…!」

 

「どけ、アストレア・ファミリア。君達は殺すには惜しい。」

 

「アルケイデスっ…!なぜ、何故こんなことを!」

 

動機を問うリューに、アルケイデスは間髪入れず、澱みなく答えた。

 

「淘汰。それだけだ。弱さは罪だ、弱さは悪だ。何もそれは肉体的な話じゃない。君達は見たはずだ、守られた者が、君たちにどのような返礼をしたのか、その矮小さを知ったはずだ。その弱さを間近でみたはずだ。」

 

「っ…それは…!」

 

「守られるだけのゴミ共ならば、大人しくしていれば痛い目に遭わずに済んだものを…私の逆鱗に触れたのが運の尽きだった。」

 

無機質なその言葉と、冷酷な目は、守ろうと考えたリュー達の決意を叩き壊す程に恐ろしかった。

 

まだ、戻れると。また、手を取り合えると。そんなリューの甘い考えは、泡沫のように破裂した。

 

自分を抱きしめ、手を握ってくれた彼はもう存在しない。

 

「君が知る少年は…もう、死んだ。」

 

「──────」

 

「リオン!?」

 

彼のその言葉が、リューにとどめを刺した。

 

絶望に膝をついたリューを抜かし、アルケイデスが再び民衆の前に立った瞬間。

 

確かに、アルケイデスは笑った。

 

「……来たか…!」

 

「ぬぅりゃぁぁぁあっ!!!!」

 

上空から強襲したガレスの一撃を、アルケイデスは薄い笑みを浮かべながら受け止める。

 

「ガレスの叔父様…!」

 

とてつもない衝撃で民衆を吹き飛ばしたことも気にする余裕はないガレスとは違い、アルケイデスはガレスの斧を腕一本で受け止め、弾き返した。

 

「元気そうで何よりだ、ガレス・ランドロック。割と強めに叩いたんだけど。」

 

「ふんっ、老骨には随分と厳しい一撃じゃが、それも戦士の意地、戦場に舞い戻ったわ!」

 

「重畳。それに、お前だけではないようだしな。」

 

そう呟いて、首を傾けるだけで不意打ちを躱し、回し蹴りで下手人を弾き飛ばす。

 

「ぐぅっ!?…っ完璧に気配を消したはずなんだけどね。」

 

「甘いな【勇者】、私にそれだけで通じるとでも?自分で言うのもなんだが、人類史上最強の英雄だぞ?だが、安心した。まだその心までは折れていないようだ。」

 

「あぁ…覚悟を決めた小人族(パルゥム)はしつこい。覚えておくといい、大英雄。」

 

「ステータスも随分上がったようだな。」

 

「ふむ、今の1合でバレるか。たったの数分にも満たない戦闘であれほど経験値を溜められたのは初めてだ。」

 

「その点においては感謝しておくよ……アルケイデス。」

 

にやりと笑ったアルケイデスは猛った。

 

「剣を、槍を、盾を、正義を掲げ立ち上がれ冒険者共っ!さもなくばこの場の───いいや、この下界を蹂躙し尽くしてやるッ!!!」

 

アルケイデスは荒々しい宣言と共に、その場の冒険者に戦えと叫んだ。

 

ビリビリと、崩れかけの民家すらも揺らすほどの強者の覇気は、先まで恐怖で立ち竦んでいた民衆を失神させる。

 

穏やかに笑い、民を助け、子供を抱き上げたベル・クラネルはもういないのだ。悲壮に落ちたリューの感情は、幼子のように、その言葉を吐き出した。

 

「───つき……嘘つきっ!!」

 

「─────────」

 

その叫びは貫くようにアルケイデスの耳に届いた。一瞬曇るように彼の顔が無表情になったのも束の間。

 

「リュー、君だけだ。」

 

「なにをっ…!」

 

「君だけが、覚悟がなかった。」

 

ギリッと奥歯を噛み締めたリューに、残酷に叩きつける。

 

「君だけだ。私が裏切る覚悟も、救えない者がいる事の覚悟も、罵声を浴びせられる覚悟も足りなかった。この中の誰よりも、君は未熟だ。」

 

「だから…だからなんだッ!」

 

「君が唾棄すべき言葉をもう一度告げてやる、誰よりも純粋な正義の使徒よ。覚悟無き正義はとても脆い……そして、覚悟無き正義はともすれば、悪よりも醜い。」

 

「────────っ貴様ァッ!!!」

 

激情に任せるように、リューは飛び出した。認めたくなかった、自分が信じる正義が、悪よりも醜いなんてこと。

 

リューの攻撃を受け止めたアルケイデスに、唾を飛ばす勢いで噛み付いた。

 

「私の正義は私だけの物だ!あなたにだって否定できない!そう言ったのはあなただ!!」

 

「正義の本質を見据え、昇華したものであれば私も肯定しよう。しかし、君のソレは想いと呼ぶには未熟にすぎる。子供の夢を見ているようだ。外面は綺麗だが、それが崩れれば子供のように喚くしか手がない────今の、君のようにな。」

 

「────っ!!」

 

「それじゃ君は強くなれない。言ったはずだぞ、自分だけの正義を見つけろと。」

 

「ガァッ!?」

 

「リオンっ!!」

 

怒りにより大きく振りかぶったリューの攻撃を、剣も使わずにアルケイデスは受け流し、リューの腹に一撃を加えて吹き飛ばす。

 

壁に叩きつけられたリューは、明滅する意識の中、膝をつき武器を握った。

 

「リオン…!立てる!?」

 

「とめ、なくては……彼を、止め……て……」

 

「……っリオン…」

 

傍によったアリーゼは、ほとんど気を失いながら、うわ言のように繰り返すリューを、見ていられないと言うように視線を逸らした。

 

「ほんとに…罪深いわね、ベル…貴方、この子にこんなに深い傷をつけたのよ…!」

 

燃え上がった拳を握り、剣を抜いた。

 

「絶対頭下げて謝らせてやるわ!!」

 

足に溜めた爆炎を解き放ち、駆けた。

 

「【アガリス・アルヴェンシス】!!」

 

「アリーゼ…魔法なんてあったのか。」

 

アリーゼの二つ名の由来ともいえるその魔法は、生中なものではない。通常ならば鍔迫り合いをすることすらも難しい程の熱量に、炎の爆発により速度も増している。第一級冒険者といえど、それは効果を示すはずだ。

 

しかし

 

「随分涼しい顔ね…っ!ほんとに規格外!!」

 

「そうでなければ英雄は名乗れない。」

 

「ぐぅっ、ああぁぁぁっ!?」

 

それでも、アリーゼの剣は届かなかった。片手で燃える剣を掴まれ、思い切り建物に投げつけられ、瓦礫に埋もれる。

 

「団長っ!?くそっ!!」

 

「あー、くそ!こうなりゃ自棄だ!!」

 

「遅れるなガレス!」

 

「小娘共に一番槍を取られるとはな!しかし、本当に威勢のいい娘っ子共よ!!」

 

「四人か…来い!」

 

ほぼ同時に繰り出される四方からの攻撃。常人ならば躱しようはない。Lv7の身であったとしても、優しくはない。戦力的にはLv6間近の二人と、Lv4とLv3がいるようなものだ。

 

『取った!!』

 

四人が抱いた確信にも近いそれは、ただ彼が一歩踏み出しただけで越えられた。

 

輝夜の剣の刀身を叩き、ライラの攻撃の軌道に強引に割り込ませ二人の攻撃を防ぎ、ガレスの拳とフィンの槍は脅威と判断し、槍を、拳を掴み、防ぐ。

 

『?!』

 

「何を驚いている?言っただろう。この程度もできなければ、英雄は名乗れんと。」

 

「ば、化け物め…!!」

 

「何よりむかつくのが…あたし達の攻撃が歯牙にもかけられてねぇって事だ…だが…!」

 

「防いだね?」

 

「あぁ、しっかりとな…つまり、儂達の攻撃は通用するということじゃ!」

 

そう、二人の攻撃にのみ注意を配ったが故に、二人の攻撃ならば通用するという事実を露呈してしまった。

しかし、尚もアルケイデスは不遜に笑う。

 

「それがどうした?当たらなければ意味はない。そおら、飛んでけ小人族(パルゥム)!!」

 

「なぁぁぁぁぁぁ────!?」

 

「フィン!!」

 

「人を気にする余裕があるのか、ガレス?」

 

「っ!!」

 

飛ばされたフィンに視線を移す寸前。アルケイデスの言葉にハッとしたガレスは、空いていた拳を突き出す。

 

「────ッ」

 

ガレスにとって最高の射程で繰り出された拳すらも、アルケイデスは難なく掴み防いだ。

 

(まさか…儂の射程を見切り、ワザとこの間合いに…!?)

 

「どうした、青ざめているぞ?」

 

その言葉の数秒後、複数の衝撃がほぼ同時に顔面と胴に襲いかかる。

 

殴られたと知覚するまでに数秒。ほぼ本能で踏ん張り、両手の拘束を振り払い、拳の連打を浴びせる。

 

「ラッシュの速さ比べ?いいね、受けて立つよ!」

 

「ぬぉァァァァァァッ!!!!」

 

雄叫びと共に繰り出される拳は、岩を砕き鉄を割く。しかし、そんな威力の拳打を目の前の英雄はわざとぶつけてきやがる。

 

全ての軌道を見切り、ワザと拳を合わせるアルケイデスは、にやりと嗤った。

 

「ぐむぅっっ!!?」

 

「また、お前は敗北の泥を舐める。」

 

クロスカウンターのような形で一撃を入れあった両者だったが、余裕そうなアルケイデスに反し、ガレスの顔面に深く突き刺さった拳は、容易に頬骨を砕いた。

 

虚ろに落ちかける意識の中、ガレスは確かに見たのだ。

 

「─────────」

 

どこか、期待を宿す金の竜眼を。

 

知っている、その眼を。

 

知っている、その感情を。

 

知っている

 

知っている

 

 

誰よりも屈強で、誰よりも戦いに誇りを求めた、巌のような戦士を。

 

その金瞳の奥底に隠されたモノが、ガレスの感情を爆発させる。

 

 

ドワーフの戦士は、吼えた。

 

 

「ぬ、オォッォォォォォォォ!!!!!」

 

「────流石だ、ガレス。」

 

突き刺さった拳を押し返すように、ガレスは意地を見せた。

 

アルケイデスの拳を押し返す。

 

へし折れた拳を硬く握り、1歩踏み込んで、全体重を乗せた一撃。

 

破裂するような拳打音を響かせながら吹き飛んだアルケイデスは、倒壊しかけた家屋に激突し、完全に瓦礫にした。

 

拳を突き出したまま半分気絶しているガレスは、たたらを踏んで何とか持ちこたえていた。

 

「────はぁ……はぁ…っ!どうじゃあ、大英雄!!」

 

ガレスの声に反応するように、崩れた瓦礫が吹き飛び、パチ、パチ、パチという音が土煙に紛れ反響した。

 

「見事流石。この私に一撃を当て、少ないとは言えダメージを与えるなんて…正直、期待以上だ。」

 

ゆっくりと歩むアルケイデスは、ダメージの欠片も受けたようには見せず、まだまだ余裕そうだ。

 

もう笑うしか無かったガレスは、力なく後ろに倒れながら、呟いた。

 

「くははッ…化け物め……────」

 

「……おめでとう、ガレス。君が最初だ。」

 

苦笑するように笑ったガレスは、白目を向いて気絶した。

 

既に気絶したガレスは何も聞こえないだろうと、ベルは相変わらずのドワーフに微笑む。

 

そして、ベルは真横から飛来した光の槍を右手で弾き、口角を上げた。

 

「次は…どっちかな。」

 

そうして1人微笑んだベルは、スイッチを切りかえ、英雄として声を上げた。

 

「…戯れにしては上出来だった。今日、この場では答えを得ることが出来なかったが…暇つぶし程度にはなったよ。では、また会おう冒険者諸君。」

 

「まっ、て…待ちな、さい…!」

 

ふらつきながらアルケイデスの前に立ったリューに、視線をよこした。

 

「リュー、君は…まだその時じゃない。 」

 

「なに、を……」

 

「自分を見つけて。仲間に頼ってもいい、誰を支えにしたっていい。だから…いいや、忘れて…僕が言うべきことじゃない。」

 

「…っ…貴方は……」

 

倒れこむリューの体を支え、そっと壁に寄りかからせた。

 

安らかとは言い難い寝顔のリューの頬を撫でたベルは、誰にも見えないように、満足気に笑ってその場を去った。

 

 

 

 

 

数時間後、ガレス・ランドロックのランクアップが報告された。

 

 

 

 

 

 




感想、高評価よろしくお願いします。

これこのペースで行くと番外だけでで20話超えるな…


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第12話:静寂の女王(オウ)

すまん。遅くなった。


アルケイデスの襲撃の後日、リューは、ただ一人アーディの病室にいた。

 

「……アーディ…」

 

彼女の焼け爛れ包帯に包まれた左手を柔く握り、包帯で包み隠せていない顔の火傷跡から目を背けるように目を閉じた。

 

彼女は自身の甘さゆえにこの状況を生み出してしまった。人間爆弾など予想もできないことではあったし、優しい彼女は子供が兵器として使われることをよしとする人ではない、それは彼女の美徳だ。

 

ただ、それは戦場でなければ。という前提のもとに成り立つものでしかない。

 

アルケイデス─────あの時のベルが残した言葉は忠告であり、予言でもあった。

 

「醜い、正義…」

 

エレボスの言葉を、アルケイデスの言葉をまた頭の中で反芻する。

 

己の信じた正義は、醜悪なものであるかもしれない。民衆を命がけで守り、戦い、疲弊した結果が、あの不満の爆発だ。

 

アルケイデスがいなければ、もっと酷い状況になっていたかもしれない。

 

彼の思惑はわからないが、結果的に民衆の不満を一時的にでも鎮圧させた。

 

アーディは、彼の言葉を『強者の理論』と口にしていたが、今もあの場でも、彼の言葉を否定できる材料は誰もが持ち合わせていなかった。

 

「強さ…何なのでしょうか…私は…何のために力を使うべきなのでしょう」

 

リューでさえ、あの民衆の言葉を聞いて、誰のために戦うことが正しいのかわからなくなっていた。

 

あの日、あの場にアーディがいれば。もっと違う今日があったのだろうか。

 

(私達に…なんと声をかけただろう。)

 

ありもしないもしもを想像しても、痼は消えなかった。

 

けれど、リューの脳裏には彼の去り際に見せた少年(ベル)としての顔が、どうしても離れなかった。

 

「……リ、ォン…?」

 

そんな折に、彼女が目を覚ました。

 

「アーディ!?目が覚めたのですね!今、医者を────」

 

「……………あの、女の子、は…?」

 

しかしその虚ろな瞳は、リューを写していた訳ではなかった。

 

救えなかった少女の影を追っていた。

 

「……そ、れは…」

 

言い淀むリューの顔色から、全てを悟ったのだろう。

 

「…いい、もう…救え、なかったんだね…」

 

ギュウッと、シーツを握る音が静かな空間に響き、やけに耳に残った。

 

数秒してから、ぽとっ、ぽとっ、と白いシーツを濡らし、彼女は静かに泣いていた。

 

「……救え、ながった…っ、小さな、女の子一人すらっ…!」

 

「違います!殺したのは─────」

 

「違うっ!私だ…っ、早く気絶でもさせてれば……()の言う通りだ…私の正義は、ただの甘さだった…!誰も救えない、誰も守れない私の想いなんて…っ、ただの自己満足だったっ!!」

 

動かすだけで激痛を齎すだろうことも気にせず、アーディは左腕を握り締めた。

 

「バカみたいだよ…っ!あんな小さい子も救えなくて…っ…何が…何が英雄の船になるだぁ…っ!」

 

そこで、リューは悟った。あれほどに眩しく、輝いていた彼女は、折れた(沈没した)のだと。

 

「…違う、あなたは船だ。」

 

けれど、リューは迷わずに言えた。

 

「貴方が生きてくれているから…私は折れなかった。今、あなたが目覚めてくれたから、私は……まだ、戦える。」

 

「…………」

 

「…今は…休んでください…また時間を見つけて見舞いに来ます。」

 

総言葉を残して、リューは病室を去った。

 

『……強いね…リオンは……私は…もう……』

 

扉越しに聞こえた言葉は、ずっと心の深くにまで刻まれた。

 

 

正義の答えは、まだわからない

 

 

 

 

 

 

 

「失格」

 

荒廃した街並みをバックに、悪が正義に問答する。あくまで暴力の免罪符に名前をつけたに過ぎない正義を掲げる輝夜を、エレボスは失格を叩きつける。

 

「なっ!」

 

「何を達観した振りをしている、それは自分を偽るための鎧か?いや、未練か。どうしても振り払いきれない理想の風化…悲しいな、お前をそうしてしまった環境が。」

 

「────っ」

 

「そして、何も話さないお前…少しでも会話を引き伸ばし俺から情報を得ようとしているな?お前の『正義』は毒…と見せかけた『知恵』。あるいは、劣等感を隠す為の隠れ蓑か?」

 

「これだから神は嫌いなんだ…!何でもかんでも見抜きやがって…!」

 

図星。2人の掲げていた正義の奥底────もっと根底を覗かれた輝夜とライラは、心の底から身震いした。

 

「……こうなると…お前達の団長…あとは、リオンの正義が気にかかるな?」

 

2人に手を伸ばそうとしている事を理解したライラと輝夜は、武器を握った。その数瞬後に、怒気など生易しい程の殺意が降り注いだ。

 

「契約違反だと言ったはずだぞ、エレボス。1回目だ。」

 

その声が響いた瞬間、雷鳴と共に遠くの位置で爆音が都市を揺らした。

 

『────っ!?』

 

降り注いだ声は、威厳と共に怒りを孕んだ、少年のものだった。

 

「アルケイデス…!?」

 

「マジかよ…ッ!あたし達だけで遭遇するなんて…!」

 

突然の遭遇(エンカウント)に、2人は狼狽えながら武器を構える。しかし、絶対強者は二人を一瞥することもなく、ただエレボスを睨みつけた。

 

「…おいおい、お前なぁ…これくらいただの戯れだ。今、消した……いや、拠点吹き飛ばしたな?」

 

「契約だ。お前が違えば計画諸共貴様ら闇派閥を消し飛ばすと言ったな?カオナシ、お前もだ。彼女たちに手を出すのならば消す。」

 

「これは怖い…数多いる英雄の中から、あなたを敵に回す程の愚を犯す訳には行きませんからねぇ。」

 

「……はいはい。ほんと、お気に入りだなお前は。」

 

「貴様はただふんぞり返っていればいい。遊びも、戯れも、許した覚えは無い。」

 

「くくっ…だが、俺が問わねば誰が問う?」

 

「この下界を守り、進まねばならないのは人だ。故に、私が問わねばならない。後にも先にも進めぬ貴様ら神如きが、絶対を語るな。」

 

頑として譲らぬアルケイデスの瞳は、何よりも固い意思を見せていた。冷たい瞳からは想像も出来ぬほどに熱い希望を宿すその眼差しは、エレボスをもってしても揺るがない。

 

エレボスは、清々しく笑った

 

「くっ、ハハハハハッ!!そうだな、お前のようなヤツがいる…ならば俺たちが手を出すのも野暮、というものか。既に俺はお前から答え(・・)を得ている。計画を進めるのが俺の仕事、束の間のお遊びもおしまいか。」

 

行くぞ、ヴィトー。と踵を返したエレボスを追いかけようとした輝夜達は、だよなぁと愚痴った。

 

「行かせないよ。」

 

「どけ、アルケイデス。先の会話からも読めた。お前は、望んでこの状況になっている訳では無いのだろう。やつを捕えれば、闇派閥の中枢が崩れる。契約とやらも反故となるはずだ」

 

「そうなりゃ、お前がそっちにいる必要もねぇ…そうだろ?」

 

2人の言葉に、アルケイデスは表情も変えることなくただ2人の言葉を聞いていた。

 

「……ベル、頼む。どいてくれ。」

 

「リオンにも話をつけてやる、謝りゃ許してくれる…だから、そこをどけ。」

 

2人は、今まで過ごしてきた、ベルとして声をかけた。ここでベルを落とせれば、後は消化試合。契約の内容をこちらで解決してしまえば、ベルの戦力があればものの数分で片がつく。

 

そう、思っていた。

 

 

 

「────────ダメだね」

 

 

 

見えた未来は、死

 

『………ッ!?』

 

とてつもない威圧感(プレッシャー)が2人を襲い、思わず膝を着いた。

 

「それじゃ、解決しない。根本から……君たちはわかっていない!」

 

「…っ!お前は、何がしたいんだ!」

 

「……まだ、その時じゃない。それに、増援も来たようだしね。」

 

上を向くでもなく、アルケイデスは1歩下がると同時に、その場を銀の線が横切った。

 

「……っ!?」

 

「殺気を殺せない奇襲は、ただ相対している攻防と変わらない。」

 

「アイズ!」

 

アルケイデスの視線を受けて、止まっていた金髪の幼女は、親のような人の声で正気を取り戻し、一気に距離をとった。

 

「……いい判断だ。もし、次攻撃に動いていたのなら…腕を吹き飛ばしていた。」

 

金髪の幼女【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインは、初めて人間に心の底から恐怖した。

 

こんなにも強く、抗いがたい。もはや、自然と相対しているような感覚。

 

それはアイズの【血】によるものなのかはわからないが、アイズはすぐさま自分の心の枷を弾き飛ばした。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

瞬間、荒れ狂う暴風が少女を中心に巻き起こり、風が鎧のように纏った。

 

それにすら、目の前のアルケイデスはただ目を細めるだけだった。

 

 

「ああああああああぁぁぁ!!!!」

 

 

恐怖と怒りを叫びで誤魔化して、爆発的な突進と共に、アイズは剣を振るった。

 

この風に耐えられた者はいままでで限られている。だから、これで倒せる。

 

そのような慢心が、彼女を驚愕に突き落とした。

 

「────この程度か?風の娘。」

 

アイズの魔法は触れるだけで物を破壊しかねない、破壊の風だ。

 

けれどその風を、表情も変えず剣を掴みながらのうのうと喋りかけてくる。

 

「ふむ……その黒い炎、なぜ使わない?宝の持ち腐れ…いや、止められているのか。」

 

「────なんで、知ってるの…!?」

 

「その目……私はよく知っている。相手はヒトか?それとも怪物……後者か。」

 

つらつらとアイズの根源に触れるアルケイデスに、アイズにヒヤリと汗が流れる。

 

少女と共に援軍に来たリヴェリアは、あの日の傷跡と相対した。

 

「貴様!余計な真似を…!」

 

「静かにしてくれよ、魔道士。この距離からでもお前を殺せる事はよくわかっているだろう?今は、この娘と話しているんだ。」

 

「…っ……!」

 

ギリッ、と音が鳴るほどに奥歯を噛んだリヴェリアは、それでも動けずにいた。

 

相手の速さを、規格外さを身をもって経験しているが故に。

 

だからこそ、今は可能性にかけるしか無かった。

 

(あの時……私達は死んでいた。いや、今この時でさえ、私たちの命は奴の気分次第……だからこそ、フィンの仮説に……賭けるしかない…!)

 

「さぁ、解放しろ。心を解き放て⋯でなければ、後ろの魔導師を殺す。」

 

「っ!?イヤっ!」

 

「ならば解放しろ、お前の風は、そんなもんじゃないだろう!恐れるな!」

 

「っ!!!もう、知らない⋯!」

 

追い詰められたアイズは、スキルを魔法と接続。纏っていた風は漆黒に染まり、金の瞳に黒い欠片が飛ぶ。

 

バチッ!とアルケイデスの手から逃れたアイズは、そのまま暴風を振りかざした。

 

「っ!!」

 

「なるほど、初めて見た。怪物の血に反応するタイプのスキルか⋯感情に起因して能力の幅が増減するのかな⋯⋯なら────これで、どう?」

 

その瞬間。アイズの視界に映ったのは、あの日あの時母と父を奪った、暴竜の面影。

 

有り得るはずがない、人の手足が竜の甲殻を纏い、背中にはあるはずの無い竜の翼。そして、その瞳は、あの日見た竜のソレだった。

 

ブツッ、と何かが切れたアイズの風は、建物を飲み込むハリケーンとなり、彼女の心の荒れ具合を表した。

 

「アイズっ!やめろ!?お前が壊れてしまう!!アイズっ!!!」

 

叫ぶリヴェリアの声などもはや届かない。今は、目の前の仇だけがアイズの全てだった。

 

「ああああああああぁぁぁっ!!!」

 

「⋯⋯なるほど、Lv3でこれ程か。期待はできる⋯だが、ただ剣を振り回しているだけでは意味が無い。」

 

「ガッ!?」

 

甲殻でその暴風を防ぎ、片手を掴めば、ミシミシとアイズの細腕が軋む。

 

「使い方がなっちゃいない。激情に呑まれたその力は怪物のソレと何も変わらない。思いも何も無いその剣に、重さがあるとでも?今のお前は、災害と変わらない怪物だ。」

 

「違う!私は怪物なんかじゃない!!」

 

「じゃあ、この周囲の惨状を起こしたのは誰だ?目をそらすな、自分の力だろう。」

 

「っ!」

 

「この黒い力すら、己のものとしろ。そうしなければ、お前はこの力で、いつか仲間を殺す。」

 

「いや、だ⋯⋯嫌っ!」

 

嫌だと駄々をこねるアイズに、アルケイデスは見ろと仲間の方を向ける。

 

「お前は、まずあの女を殺す。」

 

「嫌だっ、リヴェリアを殺すわけない!」

 

「いいや、お前は殺すよ。お前のせいであの女は死ぬ。」

 

「死なない!リヴェリアは、私が守る⋯!」

 

「⋯⋯そうか、なら────守ってみろ。」

 

そういったアルケイデスは、リヴェリアに指を向けると、とてつもない怖気が襲った。

 

「────────危ないッ⋯!?」

 

リヴェリアが即座に反応し、輝夜とライラを抱えて転身。何とか回避したが、余波で吹き飛ばされて壁に激突。なんとか起き上がった

 

「くぅ⋯っ!?なにが⋯起きた!?」

 

「ってぇ⋯!今の、なんなんだ!!」

 

「⋯⋯⋯見ろ。」

 

「あん?何が────────は?」

 

リヴェリアが指さした方向を見れば、ライラと輝夜は絶句した。

 

そこには、どこまで続くかも分からない奈落が広がっていた。

 

とてつもない爆音は感知できた。だが、何が起こってこうなったのかは誰にも理解できなかった。

 

「なんだ…この穴は…!?」

 

「あの一瞬……とんでもない魔力の放出が起きた…それなのだろう。奴の魔法だ…!!」

 

「おいおい…いつ詠唱してた…こんなバカげた威力の魔法を…!」

 

「何を悠長に話している…?今のは挨拶だ、次は外さない。」

 

「やめてぇぇッっ!!!」

 

叫ぶアイズの顔を見ながら、再度魔力の放出を感じたリヴェリアは、ここまでかと眼を瞑った。

 

 

 

 

 

 

「──────魂の平穏(アタラクシア)

 

 

 

 

 

 

瞬間、降り注ぐはずだったとてつもない魔力は消え失せ、代わりにヒールが地面を叩く音が響いた。

 

「噂を聞きつけ遠路遥々ここまで来てみたら……何たる無様を晒しているんだ、年増エルフ。」

 

「………まさか…そんなはず…!生きていたのかッ!?【最凶の眷属(ヘラ・ファミリア)】!?」

 

「ヘラ…!?過去の英傑か!!」

 

「なんにせよ…助かったってことでいいのか…?」

 

リヴェリアの言葉に、二人は目を見開いたが、とりあえずの命の猶予ができたことに安堵の息を漏らした。

 

目の前まで来た黒いドレスの女は、アイズを掴んだままのアルケイデスを一心に見ていた。

 

「随分と趣味が悪いな。同族に手を出すのか?私の血族にそんな変態先祖はいらんぞ。」

 

「………そうか、君は、私の血を引いているのか。」

 

「ハァ!?アルケイデスの血を引いてる!?」

 

驚愕するライラに、妙に納得した様子のリヴェリアは、乾いた笑いを漏らした。

 

傲慢、不遜、美貌、力。この4つを凝縮し擬人化したような眼の前の女は、白銀の長髪を揺らし、英雄の前に堂々と立ちふさがった。英雄と同じ、翡翠色の瞳を鋭く細め、己も英雄と呼ばれたものとして、過去の英雄を見上げた。

 

「なるほど…合点がいった……お前のその出鱈目さ、英雄の血筋だったか。最強に最も近かった、才能に愛された女──────【静寂】のアルフィア。」

 

リヴェリア、ひいてはロキ・ファミリアのトラウマといっても過言ではない、化け物だ。訳のわからない強さの原因を知ればなんてことはなかったのだ。

 

目の前の大英雄の強さを見てから考えれば、アルフィアの強さには、なおさらに筋が通る。

 

掴んでいたアイズをリヴェリアに放り投げ、アルケイデスは笑った。

 

「……随分と好き勝手暴れてくれたらしい。先祖のしりぬぐいをするのも、子孫の務めか。」

 

「……血族とやるのは、これで二度目か⋯いい気はしないな、やっぱり。」

 

大英雄が、静寂とぶつかる。

 



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第14話:君の目で

遅くなりました。


『────それで、私にそのような茶番をしろと?』

 

『そう。姉さんには、オラリオを救う英雄たちの一人になってもらう。』

 

イラつきを隠すこともなく、アルフィアはベルを無言で睨みつけた。けれどベルはそんなことを気にする様子もなく、話をつづけた。

 

『必要なことか?それは……』

 

『正直、今のオラリオに勝ち目はない。手を抜けばいいんだけど……まぁ、少しは助けがないとダメかなって。』

 

『その言い草……私がいても少しの戦力向上にしかならないと言いたげだな?』

 

『うん。だって姉さんが入っても、言わなきゃ絶対単独で動くから意味ないもん。だから、作戦の時だけでいいから彼らと行動して欲しい。』

 

馬鹿にしているわけではないのだろうが、一言足りないし多い甥っ子に苦笑して、仕方がないとその役を受けたのが、昨日のことだった。

 

そして、今その甥っ子と相対している。

 

(しっかりやってお願いだから。)

 

そう言ってくるような目線に、アルフィアはわかったわかったと呆れた。

 

「言葉は必要ないな、アルケイデス。」

 

無言で構えたベルは、アルフィアと話せば役がばれる気がして内心ビクビクだ。それを知っているアルフィアは、周りのシリアスな空気との乖離に、少し笑いそうだった。

 

嘘が苦手なベルにとって、今までの悪役は本当に花丸をあげたいくらいには満点の演技。逆になぜそこまで悪役が堂に入っているのかわからないが、ベルの計画は今のところ順調のようだ。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

たったの一言で、ベルを除く周囲の建物が吹き飛び、地区一帯が更地になる。

 

「これで周囲を気にする必要はあるまい……どこかの誰かが、熱心に避難誘導をしたおかげで、周囲に人の気配もないしな。」

 

「………」

 

「やるぞ。」

 

消えるほどの速度で飛び出したアルフィアの姿を目端で追って、ベルは周囲に注意を向けていた。

 

アルフィアの手刀とベルの腕が激突し、突風が巻き起こる。

 

その姿に、リヴェリアはありえないと口を開いた。

 

「なぜ……あいつはあれ程までに動ける…?」

 

「どういうことだ?静寂と言えば、有名なLv7だろ?あんだけ動けても不思議じゃねぇはずだ。」

 

「いや……確かに、ポテンシャルの話だけをすればそうなのだが…奴には、不治の病があるはずなんだ。こんなに動けば…もう立ってはいられないはずだ。」

 

そう、リヴェリアがおかしいと言ったのは何も彼女の能力についてでは無い。彼女の体には、圧倒的なステイタスを制限してしまうほどの病が巣食っているはず。自分たちを蹴散らす程度なんら造作もないだろうが、アルケイデスとの戦闘はありえないものだった。

 

「ハハハッ!ここまで体が軽いのはいつぶりだ!もしかすると人生で初めてかもしれん!」

 

「そう……何よりだ。この地を守る英雄がまだ居たか。」

 

「なに、あまりにも情けない小娘共に喝を入れてくれと……さる人物に頼まれたのでな?」

 

そうおどけてみせるアルフィアをジトッと睨んで、わざとらしく咳払いをするアルケイデス。

 

「オホン……私の血族は存外お喋りなようだ。」

 

「私も驚いている。もう居ないと思っていた血縁の前では、この私すらも饒舌になるらしい。」

 

ふんっ、と鼻を鳴らしたアルフィアは再度ベルに手を翳す。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

「─────ッ!!!!!」

 

容赦のない破壊の音がアルケイデスを襲う。しかし、アルケイデスはそれを余裕で腕を組み強い風を感じた時のような反応だけを見せた。

 

「やっぱり耳がキンキンするな……」

 

「……やはり、鎧越しの魔法では騒音程度か。」

 

全く応えていない様子に、その手を下ろしてため息をこぼした。

 

「……まともに戦う気のないお前相手に馬鹿馬鹿しい。どうせ本気を出してもかき消されるか弾かれるのが落ちだ。」

 

「そうでも無い。ダメージとは言えないが私に響く攻撃だ、誇っていいとも。」

 

彼女特有の(魔法)があるとは言え。結果はよろけさせることも出来ずほぼ無反応。今までこの魔法であらゆる敵を屠ってきた彼女にとっては屈辱的だった。

 

そんな余裕の相手と、今戦おうとする事が既に馬鹿馬鹿しい。

 

「この私が、片腕で遊ばれているか…クククッ……あのファミリアにいた当時ですら、ここまで手を抜かれたことはなかったか。」

 

「当然だろう?赤子相手に本気で喧嘩する大人がどこにいる?」

 

「私が赤子か……もしかすると、お前は既にこの世界の理の外にいる存在なのかもしれんな。それこそ、神に近しい物か。」

 

「……フフッ…それで、随分悩んだ。」

 

「これは驚いた…英雄にも悩みなどあるのだな。」

 

「私とて人だ。悩みくらいはあった。けれどその悩みを、世界は待ってくれない。否応無しに、この下界は力を求めている。迷う暇など、なかったんだ。」

 

目を閉じたアルケイデスは会話を切り上げて背を向け、ふわりと浮かび上がっていく。

 

「私の本来の役目も果たされた。ここらで撤退しよう。無駄な争いは嫌いなんだ。」

 

せいぜい励んでくれ、と言葉を残してアルケイデスは掻き消えた。

 

その姿を見届けて、アルフィアは未だ息を荒らす小娘共を見やる。

 

警戒の眼差しを向けるリヴェリアは、意を決して問いかけた。

 

「……味方と、思っていいのか。」

 

「少なくとも、狂信者共とは反りが合わないことくらいわかるだろう?とは言え、貴様のその目で見極めろ。もっとも、その耄碌した審美眼ではたかが知れているがな。」

 

「なっ!?この……っ…!!」

 

「!?」

 

ぐぬぬっ、と顔を歪ませるリヴェリアに、抱きかかえられていたアイズはギョッとした。ガチでキレてた。

 

「そら、さっさとあの小人族(パルゥム)の元に連れて行け────この私が、貴様らに手を貸してやると言ってるんだ。」

 

失望させるな、とつけ加えたアルフィアの顔は、いつものように凪いだ水面のような無表情だった。

 

その時、僅かに大地が揺れた。

 

気がついた者は極わずかだっただろう。けれど、その地震が何を意味するのかを、その場にいる人間が理解することは無い。

 

アルフィアただひとりを除いて。

 

 

 

 

 

深い微睡みから目を覚まし、自室の天井を眺める。これを、もう数日繰り返している。

 

アーディは折れてしまった。

 

義務である警邏も、大好きだった英雄譚にだって、手をつける気力が湧かなかった。

 

その原因が、ただひとりの少女による、アーディの全否定だったのか、それとも救えなかった後悔なのか。もう彼女にはわからないが、ほとんど完治した今ですら、なんら動く気が起きない。

 

毎日来てくれていた姉のシャクティの面会すらも断り、既に戦う意思すらも折られていた。

 

そんな彼女でも、腹は減る。恐る恐る開けた扉の前にある夜ご飯のプレートを音をたてずに取って、部屋の机でご飯を食べる。

 

「………」

 

とても、虚しい時間だけが過ぎていく。

 

今日も凄い戦闘があったようで地区一帯が吹き飛んだりしたみたいだけど、負傷者はいなかったらしい。

 

その事実にホッとしつつ、不思議なこともあるものだと首を捻った。

 

それと同時に、このままでいいのかという疑問も浮かんでくるのは、当然の事ではあった。

 

けれど、救えなかったあの小さな手を思い出すと、自分の正義が分からなくなってしまった。

 

未だひりつく火傷の痕を撫で、何度目かわからない溜息をする。

 

そんな彼女は、突然入り込んだ夜風に目を瞑った。

 

「─────こんばんは、アーディ。」

 

何事かと窓を見遣れば、白髪だった彼がその窓辺に腰掛け、こちらを見ていた。

 

人相は鋭く、人を食ってしまいそうな圧迫感はあるが、その奥にある優しさを隠しきれないその気配は、間違いなくあの日会った彼だった。

 

「………アルクメネ…君…だよね?」

 

「……アルケイデス、そう呼ぶといい。」

 

「アルケイデスって……本物…?」

 

「それは、君が判断することだ。」

 

聞いていた。敵方に、全てをひっくり返してしまう英雄が現れたと。それが、彼なのだろうか。

 

赤髪に、竜のような瞳に、最強の名を当たり前に振りかざして、全てを薙ぎ払ったと。

 

いなくなった彼が敵になったと言われても、それほど不思議はないが、どうしても完璧な敵と思える材料がなかった。

 

「……君は、私達の敵なの?」

 

「そうだ。」

 

嘘だ。

 

「彼女に……リューに言った言葉は、全部嘘なの?」

 

「……そうだ。」

 

嘘だ。

 

「君は…本当に、闇派閥の仲間なの?」

 

「……世間から見れば、そう見えるだろう。」

 

濁した様な回答、隠すつもりもないのか、不満が見える。つまり、彼は闇派閥に与した訳では無いという事だ。

 

数度繰り返された問答は、彼の僅かな嘘を見抜くアーディの直感に看破される。

 

そしてもう一度、彼に問いかける。

 

「……君は……本当に、アルケイデスなの?」

 

「…君に隠す必要も無いか……限りなく近い存在。そう言っておく。」

 

驚く事に、真実。

 

アルケイデスを騙る輩かと思えば、本当に近しい存在らしい。つまりは、直系の血族か何かだろう。

 

「どうして……アルケイデスを名乗ってるの?」

 

「わかりやすいだろう?敵にアルケイデスがいるという絶望は。」

 

確かに、と納得ができた。

 

直接見たのは1度だけだが、彼の強さは異常だ。アルケイデスと言われても、正直疑問は無い。

 

「……こんな問答をしたくて来たわけじゃないんだけど?」

 

「あ、そっか……えっと…何か、用があったんだよね?」

 

どうぞ?という言葉と共に出された椅子に、アルケイデスは呆れたように溜息をして座った。

 

「どうしたの?」

 

「なんか、緊張感がないと思って。この都市に住む民は、全て僕を畏怖の対象として目を向けるのに。」

 

「だって……君は私を殺すために来たわけじゃないんでしょ?いつでもこの都市を滅ぼせる〜なんて人が、私程度を気にするとは思えないし……」

 

その言葉に、へぇ…と少し苦笑したようなアルケイデスは話を続ける。

 

「まぁ、それはいい。警邏の部隊をみてて、君を見なかった。死んだかと思えば、こんな所に閉じこもってるときた。」

 

「………!」

 

何してるの?と純粋な疑問を投げ掛けられ、少し返答に困ってしまった。けれど、彼は指を突きつけ、彼女を詰める。

 

「君に怠惰は許されない。このオラリオの若年層の中で、君は成熟している。その心は、アストレアの派閥の誰よりもだ。そんな君が、彼女たちを導かずにこうしている暇は無い筈だ。」

 

彼の言っていることは、何も間違っていない。自分の思想がまだ確立していないリューやアリーゼたちとは違うことも。それを導くこともまた義務として考えてはいた。

 

しかし、その正義を目の前で否定され、アーディは己の正義を見失ってしまった。

 

巡る正義など、ありはしないと。

 

元々確立してなかったリューたちよりも、既に土台の出来上がっていたアーディのショックは大きなものだった。

 

 

少し詰めすぎたか、と冷静になったベルは、彼女の返答を待つことにした。

 

一分、二分と過ぎていく中、彼女は漸く口を開く。

 

「……わかっては、いるんだ。私がやらなきゃいけないことも……私が、折れちゃいけないことも。」

 

けど、とアーディは震える唇を嚙みながら、怯え切った目を見せた。

 

瞼を下したアルケイデスは、ようやくアーディという人間を理解した。

 

「怖いんだ……また、否定されることが……!また、目の前で失うことが…っ!」

 

彼女も、未だ確立などできていない。その手前に立つ人間だった。彼女の正義は、疑問と希望という薄氷の上に成り立っていたのだ。

 

それでも、アーディが最も成熟していることは間違いない。今は、何かによって疑問が割合の多くを占めているだけ。背中を押してやれば、きっとすぐにでも本当の意味で確立できるだろう。

 

少し考えこんで、アルケイデスは何が彼女に必要かを考える。

 

叱咤激励?違うだろう。きっと既に、嫌という程聞いたはずだ。

 

慰めか?これも違う。言葉を尽くしても、意味はない。

 

 

 

 

 

 

簡単だ。今彼女に必要なものは、あの程度の否定を吹き飛ばす、彼女の原点(巡る正義)の健在。

 

 

 

 

 

 

先日の冒険者に対する仕打ちを見ても絶望的ではあるが、博打も悪くないだろうと自嘲する。それに、悪すぎる賭けという訳でもない。

 

しばらくして、アルケイデスはその手を彼女に差し出した。

 

「なら、今を見にいこう。正義の側でも、悪の側でもなく。あくまで、君の視点で。この都市が否定に満ち、導くにも値しない物かの判断は、君自身がするべきだ。」

 

「………私の、視点で……今を……」

 

慰めは聞き飽きた。 叱咤激励なんて、聞きたくもない。けれど、彼はそんな言葉ではなく、今を見に行こうと手を差し出してくれた。

 

誰とも違うアプローチに、アーディは迷いを見せる碧銀の瞳で、アルケイデスを見つめた。

 

「今は……どうなってるの?」

 

「ダメだ。僕の視点が入れば、それは余計なフィルターにしかならない。」

 

あくまで、自分の目で見て感じろという彼のスタンスに、どこか優しさが見える。

 

絶望を突きつける訳でも無く、希望を見出させる訳でもない。

 

寄り添う訳でも無く、突き放す訳でもない。

 

きっと、リュー()でも、シャクティ(肉親)でも、きっとダメだった。

 

完全な敵とは言えないけれど、そんな曖昧な立場の彼だからだ。

 

ある意味で中立的な立場からの言葉は、今のアーディにとって心地よいものだった。

 

今を、これからを見てみたいと。そう思えた。

 

だから、その手を取った。

 

「─────怖いけど、行くよ……私の、視点で……見なきゃ行けないのは、わかってたから…私の正義を否定した……今を、ちゃんと見る。」

 

「………いい返事だ。」

 

最初よりもずっとマシになった目を見て、アルケイデス(ベル)は笑う。

 




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第15話:運命証明

遅くなりました


「───────アーディがいなくなった!?」

 

「あぁ……『今を私の目で見てくる』という書き置きを残して…装備と共に部屋から消えていた…!出来れば、その…警邏のついでで構わない…だから…」

 

「当たり前です…!私達も捜索を手伝いますシャクティ。」

 

輝夜達がアルケイデスと遭遇した2日後。焦った様子でアストレア・ファミリアの元に来たシャクティが、頭を下げていた。

 

「お前たちも、大変な事は重々承知している…!だが、どうか頼む…!」

 

「いいのよ、私達もアーディとは友達だもの。力を貸すわ!」

 

「恩に着る…!!」

 

そうして、足早に去っていったシャクティを見送り、リューとアリーゼはホームのリビングに戻る。

 

「平気かしら、アーディは……」

 

「そう、ですね……装備も持たないと言うのが心配ですが……」

 

「あの子、心がやられてたんでしょう?ならどうしてこんな行動に…なーんか、唆された様な気がするのよねぇ……」

 

「……そんなのだれが、何のために………あっ」

 

「多分私、あなたと同じこと考えたわ。」

 

呆れたように笑った2人の会話に割り込むように扉が開き、静寂が流れ込んだ。

 

「─────十中八九、アルケイデスだろうな」

 

それはアルフィア。ここに来てまだ2日なのに既に実家の様に我が物顔でホームを闊歩している。

 

「アルフィア!どうかしら、たのしいの?妖精イジメ。」

 

「人聞きの悪いことを言うな。向こうから頭を下げてきたんだ。それに、もう終わった。」

 

まったく、自分たちがいなくなった数年で随分とサボっていた物だと、溜息を吐き出して、ソファーに涅槃仏のようにどっかりと寝転がった。

 

「……態度でっかいわね、寝てるのに聳え立ってるわ!バベルのように!!」

 

「一応ほぼ初対面のホームでよくもそこまで……」

 

「もはや私も貴様ら派閥の一員だ。現に、主神には自由に使えと言われている。」

 

そう、アルフィアは猫の手も借りたいギルドの計らいで事実上移籍という扱いになった。

 

本来は追放されている扱いなのだが、今この状況下で敵を増やすのは愚行にすぎると、フィンが見なかったことにすると静観を決め込んだ。

 

そして、唯一アルフィアが「お前なら仕えてもいい」と言ったアストレアの元に半移籍という形になった。

 

「だからといって、それほどまでくつろげるのは……」

 

呆れに近い諦めの言葉に、アルフィアはさして反応することも無く寛ぐ。

 

少し脱線した話を元に戻すように、リューがアルフィアに訊ねる。

 

「────しかし、なぜ彼女を……」

 

「さぁな。なにか思うところがあるのか……はたまた、その小娘の正義を完全に否定してやる魂胆かもしれんな。」

 

そうアルフィアが言っても、アリーゼはやはり首を捻った。

 

「……んー、というか無理があるのよね〜。」

 

「……無理がある?」

 

よく考えてみて?と、アリーゼは思い返すように指を立てた。

 

「いや、あなたの事を知ってる感じに語ってたし……もしあれが全部演技と仮定したって、リオンの事を知りすぎだと思わない?」

 

「だから無理があると…確かにそう、ですね……調べていたにしても、おかしいほど知っていた。わ、私の…ほ、ホクロの位置まで……」

 

「おい、待て。なんだその話は。寝たのか貴様。」

 

「寝っ!?寝てませんッ!!」

 

怒気を発するアルフィアに、首をブンブン左右に振るリューを無視して、アリーゼは続ける。

 

「だから彼…本当はこんなことになるはずじゃなかったんじゃない?あの夜…彼が消えた夜に、何らかの理由で私たちと敵対する事になったと考えるのが自然じゃないかしら。」

 

二人の会話を聞いていたアルフィアは全部当たってるな。と心の中で呟く。

 

とはいえ、ベル自身こんなめちゃくちゃな筋書きを辿るつもりはなかった。裏切り者アルクメネとして行動するつもりだったものを、エレボスが直前になって

 

『どうせだからさ、お前の正体アルケイデスってことにしない?絶対その方が面白……いいと、俺は思う』

 

『…………え……いや……いくら僕が頭良くないとはいえ、それが滅茶苦茶な事だけはわかる。』

 

と巫山戯半分で口にした事から始まってしまった。しかし、ベルを置いてシナリオは順調に作られた。確かに、演じることが出来れば性格や口調は隠せるし、この時代のベルに迷惑をかけることなく終わらせることが出来る。とか、なんとか言っていたが茶番でしかない。

 

まぁ、この場で真相をアルフィア以外知る由はなく、様々な憶測が飛び交った。

 

しかし、あれはベルもベルだ。口が上手くないのか、あれよあれよと丸め込まれこんな演技をする羽目になったのだ。

 

よくあれで今まで無事でいられたものだと過保護になりかけた。どうやら、腕っ節に振り切った分言語能力に重大な問題があるようだ。周りの保護者、先達が苦労するさまが目に浮かぶようだった。

 

だからほんの少し、ほんの少しだけ、指導を優しくしてやった。丁寧に、手とり足とり教えてやったのだ。

 

「──────煩い。貴様らもだべっていないで強くなる意欲位は見せてみろ。」

 

『ギャンっ!?』

 

盛り上がる議論をBGMにしていたアルフィアも、いい加減やかましい、とゴスペルパンチ(ゲンコツ)を落とし、小娘共を纏めて外の演習場に放り投げる。

 

「いったいわね!?私、一応あなたの団長になるのよ?!」

 

「あっ、頭がっ…!!アリーゼっ、頭が無くなりましたっ!!」

 

「落ち着きなさいリオン!ちゃんと頭はついてるわ!!」

 

コントを披露する2人に、呆れることもせず、アルフィアは続ける。

 

「もう時間は残されていないだろう。あと数日であの大英雄と最低限渡り合えるだけの戦力にならなくてはならん───────それも乗り越えられなくば、友など救えまい。」

 

事実上の死刑宣告に、2人は顔面を蒼白にしながら、けれど武器を構える。友を救わんとするその覚悟だけは一端だと、アルフィアは冷たい表情に、若干の柔らかさを見せた。

 

木製の水筒を煽り、アルフィアは不遜に鼻を鳴らす。

 

「さぁ、覚悟しろ。地獄開始(修行開始)だ。」

 

 

 

「っくぅ……アルフィアめ、手加減してこれか…っ…」

 

「……………死んだと、思った。」

 

黄昏の館、そのホームの会議室で既に死に体のリヴェリアとアイズを眺め、フィンとガレスは大いに同情の眼差しを向けた。

 

「ははは……おつかれ、2人とも。」

 

「良くぞあの地獄を乗り越えたもんじゃ…まだ、一日だけじゃがな!」

 

「それは、言わないでくれ……もう、魔力を練れんのだ…自分で頼んでおいて情けないがな…」

 

ぐったりとソファーに倒れるリヴェリアは、アルフィアとの訓練でボロボロ、アイズに至っては普段よりも無気力そうにだらけている。

 

「……だが、足りないところはわかった。やはり…実りはある。」

 

「前よりも、ずっと強くなってる…」

 

しかし、確かなステイタスと実力の向上に、二人の目は死んではいなかった。

 

「小競り合いのことは気にせず、君達は特訓に専念してくれ。」

 

「……しかし、本当にいいのか?私達主力がそこまで自由にしていて。」

 

「ワシのレベルアップを忘れたか?この身一つで都市中を駆け回ろうと汗ひとつかかんわ。」

 

「それほどまでに、アルケイデスの戦いは意味のあるものだったということだね。僕も……チャンスがあれば、また彼に挑む。」

 

グッと握り拳を作ったフィンに、リヴェリアは、以前から感じていた印象を吐露する。

 

「……やはり、彼は……敵、なのだろうか。」

 

「……アルケイデスのことか。」

 

赤毛の英雄。未だ目的がハッキリとしない彼は自由に動き回り、気ままに冒険者を叩きのめして去っていくを繰り返している。

 

しかし、リヴェリアにはそれが余計に不自然に思えた。

 

「彼の眼差しに、闇派閥にある悪意や殺意といった感情はない。言葉こそ鋭いが、全てが我々の糧になる助言だった。」

 

リヴェリアの言葉に無言を貫くガレスは、その意見にどこか理解を示すように顔を伏せた。

 

「……彼の目的は未だ不明だ。僕たちを強くして、その先に破滅をもたらす企みも否定はできない……その逆もまた然りね。」

 

あくまで、あの少年は敵であり悪の一員である。この事実は変わらない。

 

しかし、フィンとしても判断に迷っていた。

 

未だ、彼が直接的に殺した人間はほぼ居ない。区画ひとつが吹き飛ぶなど、街への被害は半端ではないが、人命は未だに取られていない。確認できていないだけかもしれないが、多分いない(・・・・・)

 

勘と言われればそれまでだが、それでもフィンには確信めいたものがあった。

 

「とにかく、今君たちは強くなってもらわなきゃならない。特に、アイズ。」

 

「えっ……私…?」

 

「あぁ、明日から深層へのアタックも許可する。そろそろ、君も時期だろう。明日、ランクアップしろ。」

 

「なっ、フィン!!?」

 

フィンからの無茶な要求に声を上げるが、フィンは冷たく制した。

 

「リヴェリア、今後重要なのは突出した戦力だ。加えて僕ら以外の、という条件付きでね。それにもう、アイズは守られるほど弱くは無い。」

 

「だとしても────!」

 

「リヴェリア、いいの。」

 

「それに、アイズを温存したとして……アルケイデスには当てるつもりは無い。」

 

フィンに強く反発するリヴェリアを、アイズが抑える。そして、フィンをじっと見つめた。

 

「……明日、アンフィスバエナを倒す。まだ、誰も狩っていないはず。」

 

「わかった。」

 

「ランクアップ……してくる。」

 

当然だと言わんばかりの強い瞳に、フィンはアイズの成長を感じた。

 

「アイズにはノアール達をつける。余程のことが無ければ大事には至らない。」

 

「…………わかった。」

 

渋々、といった様子で受け入れたリヴェリアからひとまず視線を外し、意識を思考に集中させる。

 

「……ところで、リヴェリア。先日のアルケイデスとの遭遇戦、何故あの場所にいたんだい?君の管轄は確かに近かったが…よくわかったね?」

 

「先日…あぁ、アレか。確かラウルがロキからの指令であの場所に行った筈だ。」

 

リヴェリアの言葉に少し考え込んだフィンは、より目を細める。

 

「ふむ…そうか…。」

 

「…?どうした、フィン。」

 

「いいや……少し、ね。」

 

思えば不自然だ。アルケイデスは、フィン達の前とあの少女達(アストレア・ファミリア)の前以外には、不自然なほど現れない。

 

思えば初遭遇時もそうだ。彼は、自分達の前にしか現れていない。他に遭遇したファミリアは報告されていない。

 

彼との問答の時も、初めから彼はそこで何かを待っていた(・・・・・)

 

それが仮に自分達であったとしたら────情報が漏れている?このファミリアに、信者が紛れ込んでいるのか?

 

(ありえない……僕やロキを騙しながら情報を流すなんて……いや…だが、まさか………)

 

自然であり、的確な指示。それが、逆に不自然さを形作る。まるで引き合わせているような意図が、フィンをより思考の海に引きずり込んでいく。

 

遠ざかる軽い足音が、道化のように笑った気がした。

 

 

 

 

 

アルケイデスと行動を始めてから3日。アーディは、今のこの都市を、人を眺めてきた。

 

けれどその光景は、彼女の望む巡る正義などありはしない、酷く独善的な世界だった。

 

助けられたはずの民衆は、いつしか冒険者を責めるようになり、一部は石を投げた。

 

いつ、この波が伝播して、大きな濁流となるのか。もはや時間の問題だろう。

 

これが、本当に守るべき自分の正義なのだろうか。

 

けれど、一番に失望したのは何も出来ない自分自身。

 

そう俯いていたアーディに、確認したいことがある。そう告げられ、アルケイデスに街の端にある廃工場まで連れられたアーディは今、生きた心地がしなかった。

 

そこは、ある闇派閥の巣。特に危険視されていた二大ファミリアの拠点のひとつだったのだ。

 

そんな場所のど真ん中で、彼は突然近くにいた団員を殴り飛ばした。

 

『少し付き合え、ゴミ共。』

 

そう言って始まったのは数による蹂躙─────ではなく、圧倒的な強者による鏖殺だった。

 

文字通りちぎっては投げ、ちぎっては投げ。と言うよりもぶん殴ってぶっ飛ばし、ぶん殴ってぶっ飛ばし、という表現が正しいだろう。

 

すっかりと静まってしまったその場で、アルケイデスの靴音だけが響く。

 

血塗れた拳を振り払って、転がる人の上に立つ赤い影は、己の拳を見つめながらやはりかと呟く。

 

その後ろで、戦々恐々と震えるアーディは、目の前の少年の強さに震えた。

 

「が…っ………ぁ……─────」

 

「な………ぁっ………っ!?」

 

「…………ころ…して、や………っ…」

 

「……ここまでやっても、生きてるんだ…やっぱり。」

 

最後まで食らいついていたこの中では割ともった方のエルフの少女2人と男を蹴り飛ばして、その3人が気絶するまで、呆然と立ち尽くしていた。

 

転がっているのは闇派閥、しかもその中でも上位のアパテー・アレクトーの構成員なはずだ。倒れている中には、首に懸賞金がかけられている者も見える。

 

全員が第1級並の実力者。それが10枚以上に、アーディを守りながらと言う制限付きの中で、本人申告ではあるが、利き腕では無い右腕1本での鏖殺。

 

「貴様っ!なんのつもりだアルケイデス!!裏切るつもりか!?」

 

「……裏切り?もとより貴様らの軍門に下ったつもりは無い。契約上あくまでオラリオと敵対しているだけ……手を組んだ覚えも無い。利用できるから利用する、お前たちもそうだろう。」

 

吠える残っていた下っ端を冷たく一瞥し、いくよ、とアーディの手を引いて歩く。

 

「貴様…っ!団長達に手を出しておいて、タダで済むとでも…っ」

 

「力の差も、理解できなかった?」

 

「───────っクソッ!」

 

一瞬でアルケイデスの殺気に気圧され、尻もちを着いた男をつまらなそうに眺めた後、アルケイデスはズンズンと進む。

 

「あ、アルケイデス…!君は、何がしたかったの!敵だったとしても、あんなになるまでやらなくても…!」

 

そんな彼を非難するように声を上げるアーディになんでもなさそうに視線を向けて、アルケイデスは尋ねた。

 

「……君から見て、Lv5の冒険者が僕の攻撃を食らって…生きていられると思う?あの中にはLv3もいた。」

 

「…そんなの、生きていられるわけが無い!君の攻撃なんて、ほとんど一撃で…───────あ、れ?」

 

そんなもの、見ていればわかる。と口にしようとして、違和感に気付く。あの中の1人でも、死んでいた人間がいただろうか?

 

「そうなんだ。今、このオラリオにいる冒険者なんて。僕が少しその気になれば一撃で殺せる。さっき、僕はその気だった。」

 

「……でも、誰も死んでなかったはず……」

 

そう、先程の戦闘。ベルは闇派閥を殺す気でいた。一撃一撃しっかりと。

 

「それでも、死ななかった。これで確信した……僕は、この時代の人間(・・・・・・・)を殺せない。間違いなくどこかで、正しい流れに戻されてる。」

 

ヴァレッタに魔法を使った時、既に予感はあったのだが、まさかここまで強力な修正力だとは思いもしなかった。

 

「……この、時代の人間……正しい流れ…?君は、一体…」

 

アルケイデスの頭の中で流れるのは、大抗争の最中、救ったはずの住人たちの亡骸。きっと、ずっと前に死ぬはずだった運命を、幸運が遠回しにしたに過ぎなかったのだ。

 

虚しいものだ。救える筈なのに、どうやっても救えないと言うのは。

 

そう考えて、アルケイデス─────ベルはいいやと頭を振った。

 

もとより、あの契約を結んだ時から人を手にかける覚悟はできていた筈だ。なるべく避けようとはしたが、自分が動いた反動により手痛いしわ寄せが来るよりは、ずっとマシだったのだろう。

 

けれど、いくらかセンチな気持ちになってしまう事は、避けられなかった。

 

そんな彼を導くように、自然と足が向かっていた場所は、(メーテリア)が大切にした教会だった。

 

「ここ……初めて会った時、君が倒れてた…」

 

「…その時僕は寝てたけどね………っ!…ふふっ…お見通し、か。」

 

教会に入って暫く、ベルは祭壇に置かれた紙切れを手に取って、年相応に笑った。彼がそうまで優しく笑うところを見たのは、リューと一緒にいたところを見た時以来だ。

 

紙を雷で燃やして、アルケイデスはボロボロの長椅子に腰掛けた。それに倣うように、アーディも端に腰掛ける。

 

「………この3日間。僕たちはこの都市を見て回った。」

 

「………うん。」

 

正直、成果は無いに等しい。けれど、最後の段階まではもう時間が無い。

 

賭けるなら今日。

 

闇派閥の一部は我慢の限界、騒ぎがあるだろうと報告も受けている。けれどどれも不確定の物だ、しかしベルには予感があるのだ。間違いなく、今日が彼女の分岐点になると。

 

「───────さぁ、君の答えを聞こう。」

 

きっと、彼女の決断で、運命が動き出す。

 



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NEW第16話:許してあげなよ

カツカツとホームを足早に去ろうとする輝夜を追って、リューが声を上げる。

 

「───────輝夜!貴女は普段の冷静さを失っている!」

 

どう見ても冷静では無い輝夜の様子に、リューは当然のように外へ行くのを止めようと前に割って入る。

 

「……リオン、私は冷静だ。」

 

「それは嘘だ!今、自棄になってはいけない!私たちがぶれてはいけない!」

 

リューのその一言で、輝夜の頭は一気に沸騰した。

 

「黙れ青二才ッ!奴の言葉がそれ程心に響いたか?貴様、まさか未だやつを敵だと思えていないのか!?」

 

「っ…わ、私は…!」

 

煮え切らないリューの態度、アーディの失踪も。全て輝夜をイラつかせる起爆剤にしかならなかった。

 

「アーディもアーディだ!!折れてしまったのなら折れたままでいればいいものを、余計な手間をかけて、シャクティの足しか引っ張らん!」

 

アーディの行方不明が判明してから、既に数日が経っていた。

 

現実主義な輝夜のもっともな言葉ではある。しかし、アーディを正義の一翼として立ち直ることを信じるリューに火をつけるには、その一言で充分だった。

 

「輝夜、アーディはまだ折れてはいない。訂正しなさいッ!!」

 

「するものか馬鹿め!私は事実を言っているだけだ!」

 

「輝夜ッ!!」

 

「落ち着きなさい、リオン。輝夜、貴女も言い過ぎよ…らしくないわ。」

 

「っ……団長…」

 

「アリーゼ……」

 

ヒートアップする2人をアリーゼが仲裁する。

 

シンっと静まり返るその場で、頭の冷えた輝夜は冷静になってようやく気がついた。

 

「……滑稽だな………正義を名乗る時点で…批判、中傷、犠牲…全部、覚悟していた……したつもりでいた……本当に…みっともないものだ…なぁ、リオン…」

 

「輝夜……」

 

決定的なあの日から、輝夜は自分の正義を見失っていた。

 

「民衆に責められ…奴が裏切って…最もダメージを受けたのは…お前に最も青いだのとご高説を垂れていた私だったわけだ……」

 

「輝夜……あなた…」

 

「団長……私は、私を信じていいのか……?」

 

「……っ…それ、は……」

 

輝夜の問に、アリーゼは言葉を詰まらせる。答えられるわけが無い。ただ1人、彼女の負い目を感じているアリーゼが、身勝手に彼女にかける言葉など、たかが知れている。

 

1の犠牲の上に成り立つ100の命。犠牲を良しとした輝夜のそれ(正義)は、あの時の神の問答で、ベルの強さと言葉に、いつの日か捨て去ったと思い込んでいた物が顔を出した。

 

輝夜が過去、本当に願った理想(正義)

 

自らの意志を、貫く人間の強さを見てしまった。一瞬でも、少しの時間でも、あの眩しいまでの輝きに憧れてしまった。

 

あの神の言う通り、輝夜()は未練がましく引きずっている。

 

自嘲したように儚く薄笑いを浮かべ、誰に視線をよこすでもなくリューの真横を通り過ぎた。

 

「………少し、出る。」

 

「輝夜…!」

 

「安心しろ…自棄になったわけではない。」

 

「あー……ここにいて正解だったぜ。アタシが行くよ、2人はそのまま警邏頼むわ。」

 

静寂の空気の中、ライラが輝夜を追いかける。アリーゼもリューも、2人が輝夜を追うべきでは無い。追っては行けないと、思ってしまった。

 

彼女が求める答えも、道筋も、2人には示すことは出来なかった。

 

「私、輝夜が求める正義に、答えられなかった……」

 

「………それは……誰だって、正義の答えなど…」

 

「───────ベルだったら…なんて言ったかしら。」

 

そう零したアリーゼの言葉は、今までに無いほどに弱々しく、縋るようだった。

 

「ダメね……いつも通りにしないといけないって分かってるのに…輝夜に、嘘をつきたくなかった。」

 

彼女達の探す正義、暗闇の砂漠で埋もれたダイヤを探すに等しい、答えのない問。

 

普段おちゃらけているアリーゼだが、賢いが故によく悩む。しかし、それを表に出さない。数人の団員とアストレアにはバレているが、彼女は根が真面目なのだ。

 

このまま考え続けても、きっと無駄だ。輝夜への答えなんて出せるはずがない。

 

笑顔の裏に隠れる苦悩、冷静であれたからこそ見えたアリーゼの二面性。

 

そんな彼女に、なにかできることは無いのだろうかと、リューは頭を悩ませた。

 

『───────正義とか思想って、そういうものでしょう?』

 

そして、ハッと思い出す。

 

思考の泥沼にハマりそうなアリーゼに、リューは祈るように彼の言葉を零した。

 

「……『誰がどう理解したかじゃない、貴方がどう理解しているか』」

 

「…リオン……?」

 

「彼が言っていたのです。結局は自分自身の心だと。正義や、思想なんてそんなものだろうと。」

 

確かに、リューは未だベルを完全な敵として見れていない。それもそうだ、彼の行動には不自然な点も多いし、なによりリューに送られたこの言葉は、紛れもない彼の本心だった。彼の、暖かさのひとつだった。

 

「だけど、こうも言っていた。私たちは、支え合うことが出来ると。正義と悪の明確な違いは、そこにあると。」

 

だから、リューは信じたかった。

 

「輝夜は心配しなくてもいい。癪ですが、私よりもずっと聡い輝夜の事だ。彼女は自分で自分の答えに辿り着く……私はそう信じている。」

 

そう強く語ったリュー。

 

ファミリアで最も青く未熟だと、輝夜もアリーゼすらそう思っていた。

 

しかし、どうだ。ファミリア1の末っ子だったリューが最も早く、確立しつつあった。彼の残した言葉は、それ程にリューを奮い立たせるものだった。

 

「リオン、貴女……ううん…そうね、信じましょう。全く…言うだけ言って、ベルったら勝手すぎるわ!」

 

「はい……私もそう思う。」

 

「でも……おかげで、わかった気がするの……さぁ!気を取り直して、警邏いくわよ!」

 

「えぇ、アリーゼ。」

 

そうしていつものように出て行った眷属たちを扉越しに見守っていた天秤の女神は、柔く微笑む。

 

子供の成長とは、こんなにも嬉しいのかと、らしくない程に感傷的になってしまった。

 

大変な時期だ、誰もが希望を、正義を信じられなくなっているこんな時だ。けれど、彼女たちはアストレアが思っていた以上に、完成しつつあった。

 

余計なお世話だったな、と笑ったアストレアは、彼女たちの温もりが残るその空間に、そっと呟く。

 

「─────行きなさい、貴女たちの思うままに。」

 

それに、あなた達の計画通りなんでしょう?と続けたアストレアは、何も返さぬ静寂に、また笑みを浮かべた。

 

 

 

 

強い靴音を響かせ、苛立ちと無力感に支配された彼女は、大きな舌打ちをした。その後ろを、気だるげな小さな足音が追いかける。

 

「………機嫌が悪ぃのは結構だがよ、輝夜……」

 

「自覚はある。だが、こうも自分の未熟さにガッカリする日が来るなどとは思うまい……それだけでは無いがな。」

 

ある程度察しがついたライラは、呆れるように続ける。

 

「はぁ……まぁ確かによ…アルケイデス……ベルにはこれで何度守られたかわかんねぇよなぁ。」

 

「味方をするなら味方をしろと言うんだ。」

 

「それが出来ねぇから向こう方についてんだろ…」

 

そう、輝夜がもっとも頭に来ていたのは、ベルに守られっぱなしである自分自身に対して。

 

色々と聡い輝夜は、既にベルの離反の経緯についてある程度察していた。

 

民衆との軋轢はあれ以上広がることはなく、どこか気まずそうにしている民衆は、冷静になったのか居心地悪そうにしている。

 

エレボスとの問答の際には、心が揺れぬように会話を遮り守られた。

 

彼は、どこにいても彼女たちを守る。

 

みっともない、情けない。

 

輝夜は、誰よりも爆発寸前だっただけだ。

 

荒れる輝夜は、流れるようにリューに諭され、売り言葉に買い言葉でいつもの状態に持って行かれ、喧嘩別れのような有り様で無理やり警邏に出てきた。

 

本当に、らしくない。

 

酷く焦っているのは理解している。

 

アーディも行方不明、こっちの士気はボロボロ。正直、絶望的な状況に焦るなという方が難しい。

 

心強いというか、最凶の味方がこちらに付いたとは言え、それすらも大して効いていなそうだった。

 

民衆に石を投げられた時だって、ベルが来ていなければ、早々にアストレア・ファミリア全体の支柱(正義)が瓦解していてもおかしくなかった。なにより、リューは未だに彼の存在と言葉に支えられている部分が多い。

 

まぁ、それは自分自身もか、と自嘲する。

 

「………過去の清算……くだらないと、唾棄するのは早計か。」

 

繰り返された彼の言葉。過去を捨て、今を生きる選択を取ったことが、彼を強くしたのだろう。

 

少し前に話した、彼に言われた言葉を思い出した輝夜は、自分の過去を見つめ直す。

 

 

 

 

 

「───────言ったね、君だけの正義を見つけろって。」

 

「ほう…自分だけの、か。」

 

1週間前の深夜、割と派閥の中では話していた2人は、こうして茶を飲み交わすことも珍しくなかった。

 

いつものように、茶を飲みながらその心情について話し合っていた。

 

というのも、この前日に遭遇した神、エレンと名乗っていたエレボスに、リューが酷く振り回されたという。

 

正義とはなにか?

 

正義を名乗る派閥として、決して無視できないその問答。恐らく、この歳で無類の実力を持つこの少年がどう考えるのか、輝夜は興味があった。

 

「それで、お前はその問答になんと答えた?」

 

「住んでる場所が治安悪かったら対処するでしょ。戦う理由なんて、僕にはそれくらいしか無かった。」

 

「……せめてもっとマシなことを言って欲しかったものだ。」

 

「僕は居候だ。正義なんて、掲げるつもりもない。」

 

「それにしてもだ、戯け。」

 

聞いた私が馬鹿だったと、頭を抱えるくらいには動機もクソもあったものでは無かった。

 

「やろうと思えば、いくらでも賞賛を得られるだろうに……もったいないとは思わんのか?」

 

「僕は誰かの英雄であって、大衆の英雄になるつもりは無い。」

 

「はははっ!自分を英雄と名乗るか、本当に傲慢な奴だ。」

 

「資格があるとは自分でも思うから。」

 

なるほど、と呟いた輝夜は緑茶を啜り、ほうっと熱を持った息を吐き出す。

 

事実、彼に正義という概念がないのも本当なのだろう。エレンの言葉に迷うこと無く言い切った彼は、真の意味で誰にも、何にも縛られない強さがあった。

 

思想も、力も、権力も、羨望も、嫉妬も、賞賛すらも等しく彼には興味のない些末な事であるようだ。

 

ああ、そう考えれば納得だ。彼は正義ではなく正しく英雄なのだろうと、輝夜は納得した。

 

少し間を開けたベルは、いつものようになんでもないように零した。

 

「結局、1番正しいのは自分の心に従った人間だけだ。それが善なる物であれ、たとえ悪と呼ばれるものであれ、自分自身を裏切る人間に、正しさは見つけられない。」

 

どこまでも強いその言葉は、輝夜の心の奥底に眠っていた、本来の彼女の願いをほんの少しの未練を繋ぎ止めるには、十分だった。

 

「……私も、お前のように強ければ…ここまで拗らせずに済んだのかもな。」

 

「あ、自分が拗らせてるのわかってたんだ。気がついてないのかと思ってた。」

 

「……お前は何でもかんでも口に出し過ぎだ。災いの元だぞ。」

 

「その災いすら打ち砕く。」

 

「脳筋め。」

 

「知は力って言うじゃん?」

 

「あの言葉はそういう意味ではないわ戯け!」

 

お巫山戯にもちゃんと反応するし、なんなら冗談で返してくる。感性は少し独特だが、逸脱している訳では無い。

 

戦いの冷酷な1面からはあまり想像ができない程に、彼は普通の少年だった。

 

きっと、理由がなければこんな殺伐とした場所には来なかっただろう。

 

その理由が、気になった。

 

「お前は、どうしてこのオラリオに来た?」

 

輝夜の言葉に少し固まったベルは、少し間を置いてから口を開いた。

 

「……村が、あるエルフの冒険者に襲われたんだ。僕以外、全員皆殺し。」

 

「……っ…なに?」

 

興味本位で聞いていいことではなかったその内容に、地雷を踏んだと思った輝夜だったが想定とは違う爆弾がぶち込まれた。

 

穏やかに語る彼の様子とは裏腹に、想像以上に暗い過去。その冒険者を殺しに来た、と顔色を変えずこれまた穏やかに喋る彼は、遠い場所を見ているようだった。

 

「──────ってかんじ、まぁ……この世界には、よくある不幸だよ。」

 

「よくあってたまるかっ、そんな不幸が!」

 

確かに、と笑った彼に、んっ、と続きを促す。

 

「……それで?貴様は、目的を達成したのか?」

 

「してない。そのエルフも見つけたし、話したけど……殺せなかった。」

 

「なに?意外だな、お前は容赦なく殺すと思っていたぞ。」

 

意趣返しのつもりで言ってやれば、なんのこともないように笑われた。

 

「ははっ、僕も……まだ驚いてるんだ。僕の心にある、塗り尽くせないと思っていた真っ黒い憎しみが、あっという間に違う色になったんだ。」

 

「後悔、していないのか?」

 

「してない。あの時の選択は、確かに僕の心に従った物だ。誰にだって、間違いだったなんて言わせない。」

 

本当に、たったの数ヶ月でこんなにも人は変わるんだと、本人すら驚いていたようだった。

 

それ以上に輝夜が驚いたのが、こんな話をする彼が、どこか愛おしそうに目を細める事だ。

 

(こいつの感性は本当によくわからんな……)

 

この時点で、既に2週間以上共にすごしていたが、彼を真に理解していたのは、アストレアだけだっただろう。

 

ひとつ区切りをつけたベルは、ほんの少しだけ言いにくそうに輝夜を見た。

 

「輝夜はさ、多分大変だったんだと思う。僕なんかより、ずっと劣悪な環境。」

 

「……なに?」

 

突然切り出されたその言葉に、輝夜はピクリと反応する。

 

「なぜ、そう思う?」

 

「だって輝夜、初めて会った時からずっと血の匂いがする。」

 

「…っ!!」

 

「アリーゼとか、リュー、ライラ、ネーゼとか、他の団員からはしない死臭だ。代々そういう仕事だったんだろう、これはそういう死臭(モノ)だ。」

 

「お前…!」

 

「それに『ゴジョウノ』とか言う家名。確か、極東の朝廷の一派だったよね。」

 

まさか、ここまで知られているとは。そう驚いたのも無理は無い。極東の文化や政治体系については、オラリオにですらあまり伝わっていない。あまり勉強が好きでは無いと言っていたこの少年が知っていることが、少し驚きだった。

 

「………そこまで、知っていたのか。なぜ、指摘して来なかった?」

 

「まぁ、少し物知りの家族がいてね。興味もなかったし……なんなら、今思い出したくらいだ。」

 

はぁ、と本気で呆れながら頭を抱える輝夜だが、ベルはなんでもないように続ける。

 

「少し前、僕もそうだったから分かる。憎しみとか、孤独とか……そういう感情は、静かに僕らを蝕む。呑み込まれたら…もう戻れないところにいて……本当に、心に触れてくれる誰かが引っ張り上げてくれないと、元には戻れない。」

 

「……」

 

「僕の場合は仲間と、妻だった。君は、アストレア…かな?とにかく、僕らは運が良かった。」

 

「……あぁ。」

 

「それでも、それを負い目に感じる必要は無い。君は、割り切れてるように見えて、案外引き摺ってるみたいだから。」

 

ある種、このファミリアの全員に感じていた負い目のような何か。それは拭いきったと思っていても、無意識のうちにあった。

 

翡翠の瞳を薄く開いて、ベルは見透かしたように続く。

 

「君は、リュー達とは違ってもう自分のモノを見つけている。けど、君の過去がそれを苛む。君がすべきは、正義の追求ではなく、過去の精算。」

 

「できるものか……っ私は……!!」

 

「それでも、人は前にしか進めない。振り返ったところで、死んだ人は生き返らない。僕らはどうやっても、殺した過去(殺した人)を捨てて生きる以外の選択肢は無いんだ。」

 

強く、白い光。手を伸ばしたくても、負い目から伸ばせなかったその光に、それでも手を伸ばせと、こんなにも強い人間に言われてしまった。

 

黙り込んだ輝夜を見て、ベルはお茶を飲み干してから湯呑みを持って席を立つ。

 

輝夜の横を通り過ぎる時、輝夜の肩に優しく手を置いた。

 

「君が責めるのも、理解出来ないわけじゃない。けどさ、許してやる事も、結構大事なことだよ。」

 

おやすみ、と人好きのする微笑みを見せた彼の言葉が、少しだけ記憶に残っていた。

 

 

 

「………許す、か…今更何を…」

 

「どーしたよ、輝夜。」

 

ジッとこちらをやる気無さそうに見ていたライラに、輝夜は少しだけ毒気が抜かれた。

 

そこで少し冷静になった頭で、ようやく理解した。

 

結局、自分は過去から逃げていただけだった。

 

逃げて逃げて逃げて…そんな日々を繰り返しているうちに

 

許す、思えばそんな事したことがなかったかもしれない。

 

少しだけ、自分を許してやるのも、大事なのかもしれない。

 

口元に僅かに笑みを浮かべた輝夜は、誤魔化すように口を開く。

 

「………なに、あの馬鹿のアホ面を思い出していただけだ。」

 

「どっちのアホ面だ?」

 

「白い方だ」

 

あ〜、と間延びした返事をしてから、ライラはイタズラを思いついた子供のような顔で笑った。

 

「……何を笑う?」

 

「いんや〜?なんだかんだ、リオンの次にアイツと仲良しだったよなお前。ほぼ毎日夜に二人で話してたしなぁ?」

 

そうしてニヤニヤと笑うライラに、心底嫌そうな顔をした輝夜は吐き捨てるように言った。

 

「妻帯者に興味は無い。例え、現時点でその契りが無かったとしてもな。あれはただやつの正体と思想が知りたかっただけだ。」

 

へ〜、ほ〜ん、とまだ無粋に勘ぐってくるライラに、輝夜は女がしてはいけないような顔をしてから前を歩いた。

 

「おい輝夜、悪かったって。つーか、どこ行くんだよ!」

 

「この先の廃教会で、ここ数日不審な出入りがあるらしい。」

 

「へぇ?なんだよ、ちゃんと警邏すんのな。」

 

「そりゃあな。私だけ怠けてもいられん。」

 

ふーん、と空返事をしたライラは、輝夜の些細な違いに気がついた。

 

先程までの輝夜とは、少し違う。どこか、吹っ切れたと言うか、そんな雰囲気だ。

 

「お前とリオンって、案外好み似てんだな。」

 

「どういう意味でございましょうか、桃鼠?」

 

「おー怖、くわばらくわばら。」

 

茶化すように手をヒラヒラとさせたライラを睨んでから、足早に目的地に向かう。

 

件の教会に辿り着けば、扉の前で輝夜がピタリと止まる。

 

その動きに、ライラも体を止めて、腰に納めていた武器に手をかける。

 

「何人だ?」

 

「……2人、男と女。どちらも手練だ。」

 

マジかーと口をついてでたライラは、これで住む場所に困った市民では無いことが分かりガックリと首を落とした。

 

しかし、それもつかの間。

 

『いるんでしょう?入りなよ、輝夜とライラ。』

 

「この声っ!」

 

「ベル……!!」

 

先程まで思い出していた少年の声。思い切り扉を蹴破れば、こちらを見る鈍色の少女が驚いたように口を開けていた。

 



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