星見台での賑やかな日常 (葉隠 紅葉)
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よくある日常的な食堂風景

 カルデア召喚室に眩い光が降り注ぐ。その輝きを彼は受け止めた。まるで黄金のように光輝くその光線はマスター、藤丸立香にとってどれ程の衝撃だったのだろうか。瞬きすらしまい、してたまるかと。その光景を網膜に焼き付けんばかりに睨みつける立香。

 

 光が強烈に増大していく。ビッグバンのような衝撃がその室内に溢れんばかりに広がった。その光が消え去った後には、一人の女性が立っていた。

 

 大きな山高帽と漆黒のコート。それらによってその魅力的な肢体をこれでもかと飾り付ける女。不敵な笑みを浮かべる彼女の顔には大きな傷跡があった。そんな彼女は藤丸立香を見つけるとにっこりと微笑んだではないか。その姿その醸し出すオーラは、紛れもない大英雄その物であった。かの七つの海を制覇したというあの偉大なる女海賊…

 

 

 

「あんたが私の雇い主かい?」

 

 

 その瞬間、藤丸立香は駆けた。疾走する白色の制服、雄たけびをあげながらその男子はカルデア廊下を駆け抜けた。唖然とする後輩、呆然とするダヴィンチ、職員一同を差し置いて彼は一目散に室内を抜け出た。

 

空調が効いた近代的な空間

白く無機質な感触を与えるその廊下

 

 そんな場所を疾走するマスター。人類最後の希望は形用しがたい姿をしながら廊下を疾駆していた。腕を振り回しながら走る人類最後の希望をぎょっとした顔で見つめる女性職員。女性職員の手から、幾枚かのプリントがバラバラとぶちまけられた。そんな職員を差し置いてなおも立香は走り続けた。

 

 

「やぁマスターどうかしたのかい?」

 

 ビリーザキッドが陽気な声をかけてくる。その両手に大きな段ボールを抱えながらこちらをにこりと微笑む彼。素敵な笑顔を振りまくビリーに気づく様子も無い男子。両腕を振り上げながら彼は目当ての場所まで駆け抜けた。

 

 50mを8秒6で駆け抜けるというその驚くべき能力値。日本男子としてあまりにもな数値と筋肉が奏でる狂乱の行進曲。そうして彼は目当ての場所までたどり着いた。自動ドアを蹴破ると立香はその室内を見渡した。

 

 それは食堂だった。普段職員とスタッフが日常的に利用するカルデア施設。この閉鎖的な環境におかれた人々にとっては何よりも大切な憩いの場所だろう。白く、明るく統一された家具達が某マスターを迎えていた。にこやかに挨拶を交わす職員やサーヴァント達。ごはんでもどうだと朗らかに声をかけるタマモキャットの横を、彼は通り抜ける。

 

 ずんずんと駆け抜けるマスターの姿に、その場にいた一同が何事かと彼を見つめ続けた。周囲から突き刺さる視線。マグカップから立ち上るコーヒーの湯気。そんな視線に見向きもせず、マスターはその人物の元へと歩き続けた。そうして立香は目当ての人物の元へとたどり着く。

 

 

「デュフフフ♪…おやマスター?如何なされたでごじゃる?」

 

「………」

 

「そう言えばこの間やった美少女ゲーがまた堪らんくってですなぁ」

 

 にこやかに語る黒ひげ。テーブルの上に惜しげもなく広げたお宝を眺めてご満悦な様子である。淫らな服装をする美少女が淫らなポーズをとっているその美少女フィギュア。そんなお宝を下からのアングルでまじまじと眺めようとする黒ひげの胸倉を立香はつかんだ。彼の胸倉をつかむと立香は手のひらを振り上げ…勢いよく打ち付けた。そのあらわになっている大胸筋目掛けて、盛大に手のひらを振り下ろした。

 

バシィンッ!

 

 食堂に乾いた音が響き渡る。誰かの、息を飲む声がした。海賊らしく無駄に発達しているその大胸筋。もんわりと汗とにおいが立ち込めるその胸毛密集地帯を、立香はためらいもなくまた叩いた。

 

ナポリタンを食べるフォークの手が止まる職員

笑いをこらえきれないアマデウス

 

 誰かの驚愕する声を無視して立夏は黒ひげに抱き付いた。腹部に抱き付きその両腕でぎゅっと抱きしめる立夏。彼はその腕を惜しげもなく振り上げて…

 

 

その尻を 叩いた

 

 

 食堂に響く音。呆然とする職員を前にして、なおも立香は叩き続けた。まるでサンバを奏でる和太鼓のようにリズミカルに音頭を刻むその両腕。和洋どっちかにしろという声を無視して立香はその孤独なビートを刻み続けた。

 

バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!

バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!

 

バンッバンッ!バンッバンッ!バンバンババンッバンッ!!

 

無駄にリズミカルな音頭が

カルデア食堂全域に響き渡った

 

 極悪とまで呼ばれた大海賊のむっちりと膨らむ尻。以外にも引き締まったその臀部に人類最後の希望の手のひらが響き渡る。華麗な紅葉がその残虐な男の尻に真赤に咲いた事だろう。

 

 

 叩く都度、12度。それは時が止まったかと錯覚するほど凍り付いた時間だった。エミヤの驚愕する表情が立夏の瞼に移りこむ。それでもなお彼は悪魔に取りつかれたかのようにその尻を執拗に嬲り続けた。それはまるで外宇宙の神秘に囚われた哀れな人間のように虚ろで悲しい旋律だった。

 

マスターの狂行を止めようと立ち上がるサンソン

テーブルから転げ落ちそうになるほど爆笑しているアマデウス

 

 その黒ひげが対象の阿保を処分しようと動き出す。立夏の頭部を握りつぶさんばかりに強力に掴んだその時、その阿呆は黒ひげに懇願するかのように何かを告げた。必死過ぎる表情のまま、立香は告げた。

 

 

「おだがぼらばなびボレイブ!!!」

 

「なん…だと…」

 

「ボレ!イブッ!!」

 

「BBAが…来た…?」

 

 

なんという事だろう

なんという奇蹟だろう

 

 その阿呆の凡そ言語機能を消失したとしか思えない言葉。頭バーサーカー的な会話はかの著名な大海賊の胸と魂に響いたらしい。即座に立夏の意図した事を把握する黒ひげ。そのIQ200(自称)の頭脳を惜しげもなく使いだす。彼の脳内では難解な図式が男の脳内シナプスを根源にビュンビュンと飛び交い始めていた。

 

エウリュアレたんの脇

美少女フィギュア

戦争と平和

マタ・ハリのおっぱい

 

 終わりなき命題が彼の脳内と股間の中でぐるぐると駆け出していく。その焦燥は時間にしてわずか五秒の事であった。たっぷりと思考した後、気が付くとその黒ひげは駆けだしていた。食堂を飛び出していくそのむくつけき海賊。その後姿を追いかけるように走り出すマスター。食堂を走り抜ける一人の男と一つの阿呆。奇跡のような地獄の疾走がそこにはあった。

 

 

 

「なんだい?人の顔見るなり出ていくだなんて!失礼な奴だねまったく」

 

 呆れるドレイク船長が、そこにはいた。カルデア召喚室の椅子に腰かけながらこちらを軽い視線と共に睨みつける彼女。そんな彼女の怒った表情をみた立香はほっと溜息をついた。激務の果てに見た幻ではなかったのか、そう安堵するマスターの隣では一人のオタクが言葉を失っていた。

 

 彼女を見た瞬間、黒ひげは己の意識が消失していくのを感じた。まさかこの幸運Eの駄目マスターの元でこのような奇蹟に巡り合えるとは。彼はこの瞬間まで、かの人物に出会えるとは夢にも考えていなかったのだ。思えばこのカルデアに来てからは苦労ばかりの毎日だった。

 

宝物庫に駆り出され

プラモデルや漫画に奔走し

また宝物庫に駆り出され

美少女ゲームでにやにやとする

 

 そんな激務すぎる毎日であった。それがどうだ!いまこの目の前にはあの人物がいるではないかと。彼は生まれて初めて、天上の存在に感謝した。必ず後でマリー王妃のプロマイドを祭壇に捧げるとよく分からない覚悟を決意する男。男はその奇蹟を網膜に焼き付けようとした。そうして徐々に、黒ひげはその意識を手放していく。

 

 静かにその膝を崩す黒ひげ。その表情にはやり遂げた漢の安らかな笑みを浮かべていた。一人のオタクは今、欠片の信仰心と共に音もなく昇天していく。黒ひげの体を抱きかかえながらその名を叫ぶ藤丸立香。混沌としたカオスだけが、その場にはあった。

 

 

呆然とするダヴィンチ

唖然とするマシュ

なにがなにやらと周囲を見回すドレイク

 

 

そんなカルデア召喚室において

その場に居たフォウ君が静かに鳴き声をあげた

 



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ボードゲームとマリー王妃

「一緒にゲームをしましょう♪」

 

 王妃マリー・アントワネットの声が響く。その茶会に参加していたデオンはその美しい右腕でつかんだ紅茶のカップをぴたりと止めた。また、始まったかと。デオンはその表情に戸惑いの色を隠す事が出来なかった。

 

「ゲーム…ですか?」

 

 シュバリエ・デオンはその麗しき美貌を僅かの困惑と共に歪める。どうやらあまり乗り気でない様子だ。それもそうだろう、デオンにとってはこの現代は己の生きた時代とはあまりにもかけ離れていた。別段嫌いでないが、サーヴァントとして召喚されて早々でもある。あまりこの時代、ひいては現代日本の文化という物にいまいち慣れてはいなかったのだ。

 

例えば食文化である。

 

 サーヴァントと言えど娯楽の一環として食事を楽しむことができる。食糧は貴重とは言え最近ではレイシフトで運べる事やエミヤ・タマモキャットといった料理が上手なサーヴァントの存在もあってか食堂が賑やかな事が多い。

 

 マスターと一緒の際はその一環として食事を共にすることも多いが…なんというか和食とは独特の味であった。デオンからすれば朝とはパンと軽いスープで一日を始める物であった。故に、異国のコメとミソスープで迎える朝というものは何とも苦手なのであった。

 

 拒否すればと良いじゃないかと主張する者もいるかもしれない。しかし敬愛する王妃が率先して日本食を食べ、彼女の知人にもどうかしらと勧めてくるのだ。断れるわけがないだろう。

 

デオンこちらも食べてみて

 

 そういってナットウをこちらにあーんと渡してくるマリーを見たときは卒倒しそうになったりもした。あれ以来どうも異文化という物に引け目を感じるようになってしまった。閑話休題、ともあれサーヴァントとしてこの時代の娯楽を堪能したいと思うマリー。だから今回もその一環なのだろう。その可愛らしい顔をにっこりとほほえみながら彼女は紅茶を口に運ぶ。

 

「ゲームというと…テレビにつないで行うあのピコピコの事でしょうか?」

 

 黒ひげと立香がよく行っているのを見かけた事がある。なにやら難しそうな操作を手元の機械で行う彼らの様は食堂でも話題となっていた。それは裸体の男達が技をかけあうという野蛮なゲームだった。ツーディー格闘ゲーム、というらしい。ムキムキの男が手のひらからビームを発射したり口から火を噴く様を見た時、デオンはテレビゲームに理屈を求めることをやめた。

 

 なにやら鬼気とした表情で発狂せんばかりに遊戯に勤しむとは。そもそも遊戯とは楽しむために行うのであって睡眠やら気分やらを害しながら、ましてや悲鳴をあげながら行うとは何事か。そもそもそんなにあのピコピコは面白いのだろうか、そうは思えないのだが。溢れんばかりの疑問を頭に浮かべるデオン。デオンにはそのテレビゲームがお世辞にもマリーに向いているとは到底思えなかった。

 

「いいえ違うわ、ボードゲームというらしいの」

 

「ボードゲーム?」

 

「盤上で和気あいあいと行う遊戯らしいわ、立花に相談したらこれはどうかなって」

 

 なるほど、たしかにそれならば。紅茶の湯気を曇らせながらうなずくデオン。マリーのにっこりとした笑顔を見ながらデオンは静かに紅茶のカップに手を伸ばす。ボードゲームならば生前に何度も行った事がある。現代のボードゲームには詳しくはないがきっと王妃でも楽しめるほのぼのとしたゲームなのだろう。香り安らぐ茶葉の香りに身を委ねながら安堵したデオンはそのまま紅茶を口に運び…

 

「土地運用破滅人生ゲームというらしいわ」

 

「……」

 

 吹き出しそうになった。それは本当にボードゲームですか?そう問いたくなる気持ちをぐっと我慢するデオン。どう見ても穏やかなゲームとは思えない内容。ソレは一歩間違えなくても友情と信頼を破滅しかねない代物であった。

 

 その小さく美しい両手でボードゲームを掲げるマリーのなんと可愛らしい事か。彼女の両手に抱かれるそのゲームのパッケージを眺める。ゲーム性自体は簡素な双六を元にした、ある種モノ○リーに大変酷似したゲームであると分かる。猫によく似たキャラクターが『試される信頼!崩れゆく友情と資産のどちらを選ぶ!?』という看板を掲げてにっこりと微笑んでいた。

 

 微笑んでいる場合かと突っ込みたくなるようなキャラクター。何事かと言いたくなるのをデオンはまたもやぐっと我慢する。自分が彼女を止められるはずなどないのだ。ましてやこんなにも楽し気に微笑む彼女をどうして止められようか。サンソンとアマデウスも誘うのだと楽し気に語る彼女は生前と相変わらずに美しい笑顔のままであった。

 

 

 

 

「悪いねサンソン、その土地は頂きだ」

 

「……」

 

 感情が失せていく。その瞳から光沢をすっかりとなくすサンソン。俗に言うレ○プ目をしながらアマデウスに土地カードと現金を渡すサンソン。そんな彼らを眺めながらやはりこうなったかと頭を抱えたくなるデオンであった。

 

 友情破壊ゲームを友情を持ち合わせているか不明なメンバーで行うのだ。それはもう油田に放火をするようなものである。ましてやサンソンとアマデウスはその生前の関係からとても一口には説明できないような複雑な関係なのだから。感情を失うサンソン、ケラケラと腹を抱えて笑うアマデウス。頭を抱えて呪いカードの整理を行うデオン。そんな三人をマリー・アントワネットは楽し気に笑いながら見つめていた。

 

 えいっという可愛らしい掛け声。その白く美しい指でコロコロと二つのサイコロを転がすマリー。すると出た目によってそのボード上の駒を動かした。銀色の馬車をモチーフにした駒は『イベント』と書かれた場所まで移動する。そうして彼女はイベントカードをペラリと一枚めくった。

 

「あら♪『左隣のプレイヤーと結婚』ですって!」

 

 びたり、と三人の動きが硬直する。まるで時間が止まったかのように錯覚してしまう光景。茶菓子に手を伸ばした手を固めるアマデウス。ハッ息を飲むサンソンを前にしてマリーはくすくすと笑いをこぼした。

 

「それじゃあ貴方と結婚ねデオン♪」

 

「えぇ!?」

 

 驚きの声をあげるデオン。それは一種の不敬ではないのか、と困惑した頭脳が告げる。しかしそんな焦燥するデオンの手を握るとマリーはゆっくりとデオンを見つめた。慈愛と親愛に満ちた視線、その麗しい瞳に思わず吸い込まれてしまう。彼女の暖かな両手からは確かな愛情が感じられた。

 

「お、王妃…」

 

「うふふ、これで一時の夫婦関係ね」

 

「お、お戯れを…」

 

「まぁ!もう結婚したのだからどうぞマリーとお呼びになって」

 

「う…うぅ…」

 

 からかう様に告げる王妃。彼女もまたこれが遊戯と理解した上での行動であり、きっと戸惑うデオンをからかっているだけだろう。遊戯の上なのだから、何より本人の希望なのだからと己を納得させる。

 

 震える声でマリーと呼び捨てにすると王妃は嬉しそうにはしゃいだ。まるで少女のように喜びをあらわにする彼女。彼女のその太陽のような眩しい笑顔に目前のデオンは息をのんだ。なんて美しいのだろうか、呆然とする頭で感情を受け止める。

 

 彼女は生前からそうだった。まるで太陽のように誰からも愛され、そして誰よりも他人を愛した人間だった。だからこそ国民は彼女に引かれたのだろう。その美しい在り方はここカルデアにおいてもなんら変わりはなかった。その光景はその場にいた三人にはあまりに眩しかったのだ。

 

「……」

 

 驚愕したままマリーを見つめるサンソン。その瞳には彼女しか映ってはいなかった。あんな表情をするのかと、ぼんやりとつぶやいた一言にアマデウスはくすくすと笑った

 

「勿論するとも、彼女はよく笑う人だからね」

 

「えっ?」

 

「この間なんて…おっとこの話は秘密だったかな?」

 

 サンソンの心中で憎悪が増していく。そんな男の感情に、嫉妬はごめんだぜと言わんばかりににやにやと下卑た笑みを浮かべるアマデウス。その細く整った手で現金を数えながらサンソンに対して語りかける。偉大なる音楽家はウインクをしながらサンソンへと語りかけた。

 

「悔しかったら食事の一つでも誘って話題を持ちかけてあげなよ。きっと彼女なら笑って受け止めてくれるぜ」

 

「…うるさい」

 

 素直になれない男。それはどうしようもない生前からの葛藤であった。確かにここはカルデアであり現代である。しかし、そう簡単に変われるかと憤慨するサンソン。そんな男達に対してマリーはその太陽のような輝きで微笑んだ。

 

「まあサンソン!どうして貴方はもっと気軽に私を誘ってはくれないのかしら?」

 

「っ!そ、それは…貴方に対して…その…」

 

「私はもっと貴方とお話ししたいわ!」

 

 眩い笑顔で、マリーは男を見つめた。その屈託のない溢れんばかりの微笑みにサンソンは思わず見とれてしまった。ほんの少しの戸惑い。後に彼は消えるような声ではい、是非にと答えた。白く近代的なテーブルの上で土地カードをトントンとそろえる。その手はわずかに震えていた。

 

「見たかいサンソン?何とも麗しい笑顔だとは思わないか」

 

「…うるさいぞ、少し集中させてくれ」

 

「ところで君の現金はもうすっかり空っぽにみえるんだけど」

 

「黙れ、絶対に僕が勝つ」

 

「やれやれ短期なのは長生きできないぜ」

 

「……」

 

「おっと僕たちはもうとっくに死んでいたか!」

 

 自身のブラックジョークにもけらけらと笑うアマデウス。茶菓子に手を伸ばす彼をマリーは楽し気に見つめた。面白くてたまらないという表情を浮かべるアマデウス。それを眺めているだけでとてもマリーにとっては楽しかったのだろう。自身の土地カードをそろえ、つつと撫でながらマリーもまた弾むようなその声で言葉を投げかけた。

 

「まあ大変儲かっているのね」

 

「そうともマリー!ホテル経営と株で大儲けしたようだ」

 

「まあ凄いわアマデウス!貴方って経営でも天才なのね!」

 

「ははは!君からの賛辞はとても気持ちが良いね!もっと言ってくれてもいいんだぜ」

 

 談笑する二人。そんな二人を憮然とした態度で見つめるサンソン。どうやら今回のゲームは彼の一人負けらしい。すっかりと寂しくなった懐を眺めながらサンソンは溜息をついた。お茶菓子であるクッキーをつかもうとする。そんなサンソンに対して同情するかのようにマリーは優し気に彼を気遣った。

 

「まあサンソン、そう落ち込まないで」

 

「マリ…ア……えぇ、僕はまだ負けてはいないはずだ!」

 

「これはゲームなのよ、お遊戯なのだから楽しまなくっちゃ!」

 

「…っ!そうだとも!君の言う通りだ」

 

「だから貴方の土地をちょうだいね♪」

 

「…っ!?」

 

 にこやかに他人の土地を頂こうとする王妃。絶句するサンソンを見て思わずデオンは吹き出してしまった。あははと笑い続けるデオンを見てアマデウスもまたケラケラと腹を抱える。そんな周囲の空気につられてか二人もまた微笑んだ。

 

 それは楽しいひと時だった。前世ではこのような関係など考えられなかった。それを思えばこの一時は泡沫の夢のように優しい時間だった。

 

「とっても楽しかったわ♪またやりましょうね」

 

 マリーの笑い声が翌日の茶会に響いた。楽し気に昨日の出来事をマスターへと語るその少女の姿は今日もまた生前と変わらずに美しかった。



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