ふたつのホテル (くにむらせいじ)
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ふたつのホテル 前編
前編まえがき
このおはなしの設定は、アニメ1期・2期本編から得られる情報を膨らませて作っており、それ以外の情報(書籍で公開された情報等)はあまり盛り込んでいません(例外あり)。それなので、公式設定からのズレが生じている可能性があります。
このおはなしは、短編集「ジャパリ・フラグメンツ」に投稿する予定だったものですが、書いているうちに長くなったので、単品で投稿しました。
小説とは呼べないような、変な書き方をしています。好き勝手に書いています。
全体のあとがき(第4話扱い)に、ホテル関係の考察を書きました。
脚注に画像があります。マウスオーバーで読みづらい場合は、下の方をお読みください。
2019/10/13 歌詞引用楽曲の作品コードを付加しました。
「とどけこえ」から「ふたつのホテル」に改題しました。
「とどけこえ」は「アラウンドラウンド」の歌詞の引用でしたが、歌詞をタイトルに使うのは、「歌詞使用のガイドライン」の禁止事項であるためです。今まで違反(グレー)状態だったわけですごめんなさい。こういったルールがあると安心して書けます。
ジャパリホテルが沈んでから数日後。 ホテル跡近くの砂浜。
オオミミギツネとハブとブタが立っており、その向かいにプレーリードッグとアメリカビーバーが立って話をしていた。
オオミミ 「遠くから来ていただいて、ありがとうございます」*1
プレーリー 「おもしろそうな仕事があると聞いて、野越え山越えやってきたであります!」
ビーバー 「さっそくなんッスけど、新しいホテルの模型をいくつか……」
オオミミ 「ええ!? もう!?」
プレーリー 「ビーバーどの、その前にごあいさつであります!」
プレーリーが、オオミミギツネに顔を近づけていった。
ビーバー 「だめッスよ!」
ビーバーがプレーリーの肩をつかんで止めようとした。だがプレーリーの勢いの方が強かった。
ハ ブ 「やめろ!」
ハブがオオミミギツネとプレーリーの顔の間に手を入れて、ふたりの唇がくっつくのを遮った。ハブの手がふたりの唇に挟まれて、オオミミギツネの口をふさぐ形になった。オオミミギツネが目を見開いた。
プレーリーが唇を離して、振り返った。
プレーリー 「なぜとめるでありますか?」
ビーバー 「それは、その……なんども言わせないでほしいッス……」
ビーバーは、プレーリーを見て、少し恥ずかしそうに笑った。
ハブの手が、オオミミギツネの口から離れた。
オオミミ 「ぷはっ、な、なにするのよー!」
オオミミギツネは、顔が赤かった。
ハ ブ 「おう! わりい! 手が勝手に動いたんだ!」
オオミミ 「そんなわけないでしょう?」
ブ タ 「ふふっ、不器用な手ですねぇ」
ハ ブ 「へんな勘違いするなよ……」
ビーバーが、木製のキャリーカート*2 を開けて、中から建物の模型を取り出した。模型は四つあり、それらは、たくさんの部屋がある建物で、高さがあるものや平屋のものなど、形は様々だった。*3
ブ タ 「すごいですね。これが大きくなるんですか?」
ビーバー 「ええ。実物は、これの30倍くらいッスね」
オオミミ 「部屋数はいくつ?」
ビーバー 「これが一部屋で、5部屋くらい作れるッスよ」
ビーバーが、模型の一つを指差した。
ハ ブ 「普通じゃ物足んねーなー」
オオミミ 「そういうこと言わない!」
ビーバー 「あのホテルほどのものは、ちょっと無理ッスね……」*4
皆が遠くを見た。海上に、崩壊して半分沈んだホテルがあった。そこのヘリポートや瓦礫の上で数人のフレンズが作業しているのが見えた。*5
プレーリー 「あちらではなにをしているでありますか?」
ブ タ 「ペパプライブの準備をしてるんですけど、なんかおおごとになっちゃって……」
オオミミ 「あの傾いたヘリポート……たいらな屋根、傾いたままだとライブができないから、その上にステージを作ってるんです。瓦礫をどけるのと、下を固めるのと並行して」*6
プレーリー 「できることがあれば、手伝わせてほしいであります」
ビーバー 「あれ木を組んでるんスね。オレっちたち、ああいうの得意ッスよ」
オオミミ 「向こうを手伝うなら、確認したいんですけど、あなたたち、逃げ足は速いほうですか?」
ビーバー 「水に潜って逃げることはできるッス」
オオミミ 「しょっぱい水の中はどう?」
ビーバー 「ちょっと苦手かもッスね……」
プレーリー 「穴の中を走るのは得意であります」
オオミミ 「あの瓦礫の中に隠れられるかな?」
ビーバー 「あぶないッスよ! 崩れそうだし、重そうだし、硬そうだし……それに、とがってるものとかあったら怪我しちゃうかも……」
プレーリー 「厳しい環境でありますな……」
オオミミ 「もう一つ、変なこと訊きますが……あなたたち、死んだ動物って見たことあります? そういうの平気な方ですか?」
プレーリー 「仲間が死んだところは、何度も見たであります……この姿になる前は平気でありましたが、今は……」*7
ビーバー 「オレっちも見たことはあるッス。でもあんまり……慣れるものじゃないッスね……」
オオミミ 「……やめたほうがいいわね。むこうには行かないでください」
プレーリー 「なぜだめでありますか?」
オオミミ 「ちょっと厄介なのが、埋もれてるかもしれないから」
オオミミギツネは、崩れたホテルを見つめた。
プレーリー&ビーバー「?」
プレーリーとビーバーは首をかしげた。
ハ ブ 「あんたらは新しいホテル作りに専念してくれよ。作ってる間はジャパリまんいくらでもやるぜ? ペパプのライブも無料だ」*8
プレーリー 「おおー! 気前いいでありますな!」
オオミミ 「また勝手なことを……」
オオミミギツネがハブをにらみつけた。だが口調はそれほど強くはなかった。
ハ ブ 「んじゃ、オレは向こうを見てくるからー!」
ブ タ 「あ! 待ってくださいー!」
ハブとブタが走り去っていった。そちらには桟橋があり、ボートが係留されていた。*9
ビーバー 「そんなによくしてもらったら悪いッスよ……」
オオミミ 「いいえ。感謝してもしきれないくらいです」
オオミミギツネは、明るい声と表情だった。
プレーリー 「オオミミギツネどのは、なぜホテルを営みたいでありますか?」
オオミミ 「うーん……。なんでかなー……」
オオミミギツネは、走り去っていくハブとブタを見つめた。
ビーバー 「……あのふたりのためッスか?」*10
オオミミ 「ええ!? 違います! 趣味みたいなものです!」
二日後。高台の上、新ホテルの工事現場。*11
新ホテルの基礎部分の工事が行われていた。そこでは、プレーリーとビーバー他、数人のフレンズが作業していた。*12
ハブとブタが、工事現場へ歩いてきた。ふたりが工事現場を見ると、オオミミギツネが、真剣な表情で工事現場を見回っているのが目に入った。
ハ ブ 「趣味だねえ」
ブ タ 「あんなふうに、一つのことを極めちゃうくらい、夢中になれたらいいですね」
オオミミギツネは、見回るのをやめて、工事中のホテルを見つめた。
その背後から、ハブとブタが近づいていった。
ハ ブ 「従業員にやさしくしてくれるともっといいんだけどなー」
オオミミギツネは、工事中のホテルを見つめたままだった。
ハ ブ 「支配人? おーい……」
ハブが、オオミミギツネの肩を叩いた。
オオミミ 「え!? あ、はいっ!?」
オオミミギツネは、ビクッと驚いた。
ハ ブ 「なんだよ、どうしたんだ?」
オオミミギツネが、ハブとブタの方を向いた。そして、耳に片手をあてた。
オオミミ 「なんか、ピーって音がしてて、気持ち悪いのよ……」
ハブが、耳に片手をかざして、耳をすます仕草をした。
ハ ブ 「そんなの聞こえねーぞ?」
ブ タ 「だいじょうぶですか? 少し休まれたほうが……」
オオミミ 「え……えっと……」
オオミミギツネは、反応が鈍く、ぼんやりした様子だった。
ハ ブ 「ホテルのことばっか考えてないで、たまには遊べよ」
オオミミ 「え?」
ハ ブ 「休むか遊べって!」
オオミミ 「……遊びたいけれど、少しお預けね」
オオミミギツネが、少し寂しそうに微笑んだ。
オオミミ 「今しかできないことが、たくさんあるわ」
ハ ブ 「……あんた……」
ハブは、少し険しい目でオオミミギツネを見た。
オオミミ 「なに?」
ハ ブ 「いーや、なんでもねぇ」
さらに二日後。新ホテルの工事現場の前。
ハブとブタが海を見ていた。だがそこは木が多く、木々の隙間から海が見えていた。旧ホテル跡もかろうじて見えた。
ハ ブ 「結局、あいつは見つからなかったってさ」*13
ブ タ 「どこへ行ったんでしょうねぇ……」
ハ ブ 「さーな。あのあと、だれも見たやつはいないらしい」
ブ タ 「ハブさん、向こうばっかり見てますけど、売店のほうはいいんですか?」*14
ハ ブ 「売るものがねーんだよ。あんたのほうこそ、ホテルの掃除は?」
ブ タ 「ここは、そうじしてもすぐに汚れちゃうんです……」
ブタが振り返って、工事中の建物を見た。太く大きな柱が数本立っていて、まわりに足場が組まれていた。木造の割には高さがあった。そばでは、数人のフレンズが木材の加工をしていた。
しばしの沈黙。
ハ ブ 「……いつもなら、こういうはなしをしてたら現れるぞ」
ブ タ 「あのときのせい、でしょうか……」*15
ハ ブ 「しばらくは、ちゃんと聞こえてたんだけどな……」*16
翌日の朝。砂浜。
泣き出しそうな空模様だった。
オオミミ 「なに! どこへ連れて行く気!」
ハブがオオミミギツネの手を引いて歩いて行った。
ハ ブ 「いいから来てくれ!」
オオミミ 「わたしには仕事があるのよ!」
ブ タ 「支配人、ちょっと調子が悪いみたいですから、はかせたちのところへ……」
ブタも付き添って歩いて行った。
ハ ブ 「急がねーと降ってくるぞ!」
ホロリ、と雨粒がこぼれた。
午後。かばんの研究所。
冷たい雨が降り始めた。
研究所の大きな部屋には、オオミミギツネとかばんだけがいて、隣り合って座り、紅茶を飲んでいた。
オオミミ 「あそこ、木が多くて海がよく見えないんですけど、新しいホテルの上なら、きっと最高の眺めですよ!」
オオミミギツネは、楽しげにしゃべっていた。
かばん 「いいですね! わたしも泊まってみたいです!」
かばんは、オオミミギツネの耳に顔を近づけてしゃべった。
オオミミ 「あたらしい景色がきっと見えるはずです! それにライブステージも……」
研究室(ガレージ)では、ハブ、ブタ、はかせ、助手が、深刻な面持ちで会話していた。
はかせ 「……ヒトはそれを、音響外傷と呼んでいたのです」
助手 「ただ、かばんによれば、ヒトの音響外傷とは違うらしいのです」
ハ ブ 「なんだそりゃ」
はかせ 「耳のいいフレンズ特有のもの、なのです」
助手 「おそらく、物理的に損傷したのは、ヒトの耳なのです」
はかせ 「ヒトの耳とけものの耳は、つながっているのです。両方から音が入って、両方に影響が出るのです」*17
ブ タ 「戻らないんですか?」
助手 「食事療法や薬で、多少、回復するかもしれませんが……」
ハ ブ 「望みはうすいってことだな」
ブ タ 「そんな……」
中編へ続く
2期の設定的に、プレーリー&ビーバーをここに登場させるのは間違いなのでは? という問題もありますが……。ビーバーはダムを離れたくないようですし……。
↓解決策を考えて、図を描きました。ジャパリホテル関係の考察も入った図です。
A案:ヘリポートを水平に戻す。ヘリポート(ヘリパッド)を建物から切り離して、下から持ち上げて水平に戻し、出来た隙間に瓦礫を詰め込む。
B案:傾いたヘリポートの上に、ステージと客席を増設する(ステージの床は水平に作る。客席はヘリポートの傾斜を利用して階段状にする)。
A案B案共に、ヘリポートの下の瓦礫が崩れそうなので、下を固める工事も行います。固めると言っても、瓦礫の空洞に瓦礫や土を詰め込むだけですが。
☆ このおはなしはではB案を採用しました。
「瓦礫をどける」と言っていますが、完全に除去するのではなく、あの子の捜索と、観客の安全確保と通路を作るために一部分だけ除去しています。
加えて、ライブの機材(音響機器、照明等)への電源供給のために、旧ホテルへつながっていた電線をつなぎ直しています。
↓アニメ本編から得られる情報だけで地図を描きました。矛盾だらけですが……。
青で書かれている所が候補地で、そのうちのどれかは決めていません。東側が最有力です。
フレンズのけもの耳は、けものプラズムで出来ており、動物の耳とは違うものだと思われます。内耳が存在するのかも不明です(物理的な内耳があったら脳に食い込みます)。あれは、一種のブースターであり、ヒトの耳とリンクしていて、音の情報を、ヒトの耳(あるいはヒトの耳から脳につながる神経)を経由して脳に送っているのではないか、と筆者は考えています。第11話のあのシーンでは、オオミミギツネはヒトの耳をおさえており、同時にけもの耳が倒れています。
このおはなしでは、耳が良いフレンズの場合、耳に入ってくる音の情報が多いため、ヒトの耳にかかる負荷も大きくなる、という設定にしています。
前編あとがき
読んでいただきありがとうございます。
長いので、前・中・後の3話に分割しました。全体のあとがきと考察などは第4話扱いです。
今回も、無駄な苦労と空回りをしてる気がします。考察、地図、設定……。あんまりやっても意味ないですが、これが結構楽しかったりするから困ります。この前編は、本文よりも脚注のほうがメインみたいになってしまいました。
あとPPPの曲の歌詞を混ぜるとか、余計なことをやっていたら、投稿までに時間がかかってしまいました。
このおはなしに出てくる難聴は、現実にある難聴とは違います。あと建築関係の描写もいい加減です。筆者の知識不足です。“けもフレはファンタジーだから”で済ませています。
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ふたつのホテル 中編
まえがき
中編(第2話)です。
ヘリポートのステージ。
ステージと客席は完成していた。
オオミミ 「……きっと、どんなことがあっても、あきらめたりしないから……」
オオミミギツネが、ひとり、ステージ上で踊っていた。小声で歌を口ずさみながら。
曲は、“わたしたちのストーリー”で、2番のサビに入っていた。
ハブが歩いてきて、客席に座った。
オオミミ 「えがいた、夢へと 走りだせ……」
オオミミギツネが、クルリとターンを決めた。
オオミミ 「あ!」
そして、ハブがいることに気づき、驚いて動きを止めた。
ハ ブ 「つづけろよー!」
オオミミ 「…………」
オオミミギツネは、少し顔を赤くして、呆然としていた。
ハブが声を張り上げた。
ハ ブ 「つづけろよーっ!! って言ってんだっ!!」
オオミミ 「……そういつかきーみと、夢みてたそーらへ……」
オオミミギツネは、再び踊り始めた。歌声は先ほどより大きかった。
ハ ブ 「そんな未来を、わたしはまーってる……」
ハブが、つぶやくように歌い始めた。
ブ タ 「そして晴れわたった空は、七色に輝いてる……」
いつのまにか、ブタが客席に座っていて、小声で歌っていた。
3人の声が重なった。
オオミミ&ハブ&ブタ 「 わたしたちの、ストーリー 」
PPPライブ前日の昼前。ヘリポート前の砂浜。
ブ タ 「ホテルにはいませんでした」
ハ ブ 「ヘリポートにもいなかったぜ」
ブ タ 「へんですねぇ……いつもならどっちかにいるんですけど……」
ブタとハブが、オオミミギツネを探していた。
ハ ブ 「いなきゃ困る……。あしたは特別な日だってのに」
ブ タ 「ん? くんくん……こっちかも……」
ハ ブ 「ほんとかよ……」
ふたりは、砂浜近くの林の方へ歩いて行った。
ハ ブ 「いたぞ! あそこだ!」
ハブのピット器官の映像には、温度の高い部分が明るく人型に映し出されていた。*1
オオミミギツネは、林の中の木の陰に立っていた。
オオミミ 「わ、わわ……」
オオミミギツネは、驚いて動けない様子だった。
ハ ブ 「なんだそりゃ!?」
オオミミギツネは帽子をかぶっていた。それはホテルのベルガールが被るような帽子だった。少し丸みのあるソフトタイプで、色はグレーで、やや大きめだった。*2
オオミミ 「こ、こういうの、ホテルっぽくていいでしょ?」
オオミミギツネは、あせった様子で、帽子を両手でぽんぽんと叩いた。
ハブとブタが、オオミミギツネの左右に立ち、彼女のヒトの耳に顔を近づけた。
ブ タ 「かわいいですけど、支配人は、大きな、すてきな耳があるんですから、出したほうがいいんじゃないですかー?」
ブタは、大きめの声でしゃべった。
オオミミ 「…………」
オオミミギツネは、ばつが悪そうだった。
ハブが、鋭い目でオオミミギツネの帽子を見つめた。
ハ ブ 「……気づいてほしいんだろ? しはいにんっ!」
突然、ハブが素早くオオミミギツネの帽子を取った。
オオミミ 「なにするのっ!!」
オオミミギツネの声は、悲鳴のようだった。
ブ タ 「え……」
ブタは、驚いて絶句した。
オオミミギツネの頭には、けもの耳が無かった。ヒトの頭と同じだった。
ハブが、素早くフードを脱いだ。
ハ ブ 「まわりの目なんて気にしない!」
そして、いたずらっぽく笑いながら、自分の頭にかけていたオーバーヘッド型のヘッドホンを取って、それをオオミミギツネの頭にかけた。
オオミミギツネが、両手でヘッドホンを触った。呆然としていた。
オオミミ 「……なにこれ……」
ヘッドホンはグレーで、耳を覆うタイプだった。
ハ ブ 「“ほちょうき”っていうんだってさ。はかせたちに作ってもらったんだ」*3
オオミミ 「……聞こえる……ハブさんの声……」
ハ ブ 「ペパプみたいだぜ! おそろいだ!」
オオミミ 「う……」
オオミミギツネがうつむいた。
ブ タ 「もー! 乱暴ですよハブさん!」
オオミミ 「……う……ぐす……」
ブ タ 「ほらぁ! 泣いちゃったじゃないですか!」
ハ ブ 「すまねぇ! それはプレゼントで……」
オオミミ 「……受け取りのしるしはハグがいい?」
オオミミギツネは少し涙声だったが、その声は明るかった。
ハ ブ 「うええ! へんなこと言うな!」
オオミミ 「なんてね……ぐす……」
オオミミギツネは、ハブを見て少し笑って、目元をぬぐった。
ハ ブ 「……なんか、かわいくなったな、あんた」
ハブは、少し困惑したような、でも明るい感じで言った。
オオミミ 「……か、かわいくなんかない!
“耳がないオオミミギツネ”、なんて、冗談にもならないわ……」
オオミミギツネは、ハブから顔をそらして、再びうつむいた。
ハ ブ 「…………」
ハブは、少し顔をしかめただけで、何も言えなかった。
たったっ、と、ブタがハブの背後へまわった。
ブ タ 「ハブさん! ほら! こっちです!」
ブタが、ハブの肩をつかんで、横に引っ張った。
ハ ブ 「お、おい……」
ブ タ 「よそ見はしないで!」
少しの間。
ブ タ 「もうちょっと顔上げてください! 支配人!」
ブタの声は明るかった。
オオミミ 「え?」
オオミミギツネが顔を上げた。
すぐ目の前には、フードを脱いだハブがいた。
ふたりの顔はとても近く、すぐに目と目が合った。オオミミギツネは驚いて、頬を赤くしていった。ハブはすでに顔が赤かった。
オオミミ 「…………っ!」
オオミミギツネが、ハブから顔をそらして、がしっ! とハブに抱き着いた。
ハ ブ 「うおっ!」
オオミミギツネは、ハブの肩にあごを乗せる格好になった。
オオミミ 「もう、迷わない……」
オオミミギツネは、目をぎゅっと閉じて、ハブを抱きしめた。
オオミミ 「何が起きても、あなたとなら……」
ブ タ 「うーん……聞いてたのと違いますねぇ……。ちゅーってするんじゃないんですか?」
ハ ブ 「だれに聞いたんだそれ!」
ブ タ 「ひみつですぅー」
PPPライブ前日の夜。新ホテルの工事現場。
新ホテルの骨組みはほぼ完成していた。骨組みは全体的に太くがっちりとしていた。*4
オオミミ 「わたし高いところ苦手なのよ!」*5
ハブが、オオミミギツネの手を引いて、仮設の階段を上っていった。
ハ ブ 「ビビってちゃダメダメ!」
ふたりは、手と手をつないだまま、最上階の骨組みに立った。そこには、仮の床が一部だけしかなく、壁も無かった。上も下もまる見えだった。
オオミミギツネは、ハブに抱き着いた。少し震えていた。
ハ ブ 「目を凝らせ! あんたも夜行性だろ!」
ふたりは海を見た。海の上には、少し欠けた月があり、その光が海に反射して、波がキラキラと光っていた。
オオミミ 「あれ、ヘリポート?」
月の下には、旧ホテル跡があった。
ハ ブ 「下よりよく見えるだろー!」
オオミミ 「きれい……」
ハ ブ 「満月じゃないのがおしいけどな」
ふたりは、最上階からさらにはしごを登った。そして新ホテルの屋根の骨組み(梁)にとなり合って座り、一緒に星空を眺めた。オオミミギツネが左側、ハブが右側だった。
オオミミ 「なんでブタさんは呼ばなかったの?」
ハ ブ 「あいつ、怖いから嫌だとか、夜目が効かないとか言ってたぜ」
オオミミ 「ふーん……残念ね」
オオミミギツネが、ハブから顔をそらした。
オオミミ 「あ……」
キラリ、と星が流れた。
少し経って。
オオミミ 「もういいでしょ……さむいし……少し怖い……」
ハ ブ 「もうちょっとだ。月が沈む」
月が水平線へ沈んでいった。海面のキラキラが長くのびた。その先にはヘリポートがあった。
ハ ブ 「まばたきなんてする暇ないぜ?」
月が沈み切った。次の瞬間、ヘリポートが天に向かって強い光を放った。数秒遅れて、ホテル跡のまわりを一周するように、光の点が円形に並んだ。
オオミミギツネが目を見開いた。
水しぶきが、ステージの両端から吹き出し、光を受けて、サーチライトのような光の線になった。水しぶきはホテルのまわりからも噴き出し、光を受けて、ホテル跡のまわりを一周する巨大な光のカーテンになった。サーチライトのような光の線は三本に増えて、別々の方向に動いた。光のカーテンは波のようにゆらぎを見せた。その後、ライトが点滅したことで、光のカーテンがぐるぐるとホテル跡のまわりを回っているように見えた。その後も、光は複雑な動きを見せた。*6
ハ ブ 「すっげーだろ? あしたの予行だ!」
オオミミ 「……また、勝手なことして…………」
オオミミギツネが、ふらりと倒れかけて、ハブにもたれかかった。
ハ ブ 「おい! どうした!」
ハブが、前のめりに落ちそうになったオオミミギツネを支えた。
ハ ブ 「落ちるぞ!」
オオミミ 「……もっと! もっと大きな声で言って!」
オオミミギツネは、ハブを強く抱き返した。
ハ ブ 「落ちるぞ!!」
オオミミギツネは、呆然として、ヘッドホンを外し、自分の左耳をつんつんと触った。
ハ ブ 「おい! おーい!! 聞こえるかー!!」
オオミミギツネは、涙を浮かべた。
オオミミ 「……左耳、聞こえない……」
オオミミギツネは、左耳に手をあてて、目をぎゅっと閉じてうなだれた。涙が流れた。
ハ ブ 「なにい! うそだろ……」
オオミミ 「まだ、夢の途中なのに……」
オオミミギツネが旧ホテル跡を見た。ピカピカ瞬き動く光が、にじんで見えた。
ハブは、オオミミギツネの右耳に顔を近づけた。
ハ ブ 「まだ右がある! あしたが待ってる!」
少しの間。
オオミミギツネが顔を上げた。
オオミミ 「わたしをなぐさめようなんて、100日早いわ……」
ハ ブ 「みじかっ!」
オオミミ 「ふふっ」
オオミミギツネは、心から笑える、とまではいかないものの、たしかに笑った。
後編へ続く
このホテルは木造3階建て。見晴らしを重視して、高めの案を採用した。屋根裏部屋があるため、4階建てに近い。1階は眺めが悪い(木に遮られてしまう)ので、ロビーと事務室、土産物店だけがある。客室は2階と3階にあり、3部屋ずつ計6部屋ある。部屋は狭めで、ビジネスホテルよりは広い程度。全室から海が見える。
筆者がこの設定を作った時には、強度、防火、耐震などはあまり考えませんでした。フレンズが作ったものですから。ただ、ビーバーが設計したので、十分な強度があるはずです。フレンズは基本火を使わないので、火災の心配はあまり無いです。電気は引くかもしれませんが……。
中編あとがき
3人が歌うシーンは、歌詞引用の許諾(歌詞使用に関するガイドライン)があったから書けたものです。関係者の方々、感謝しています。ありがとうございます。
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ふたつのホテル 後編
まえがき
後編(第3話)です。
選択肢があります。リンクタグを使いました。携帯版など、環境によっては筆者の意図通りに表示されない場合があります。ページが長く字数が多いのは、選択肢があるためです。
PPPライブ当日の午後。ヘリポートを改修したライブ会場。
観客は満員だった。その中には、以前多数のフレンズ型セルリアンと戦ったメンバーもいた。
オオミミ 「直接、聞きたかったわ……」
オオミミギツネのヘッドホンから、ケーブルがのびていた。
客席の最前列、客席から見て左側、スピーカーのそばに、オオミミギツネとハブとブタがいた。
ハ ブ 「いーじゃねーか。特別待遇だぜ!」
夕方近く。PPPが登場し、歓声と共にライブが始まった。
光り輝くステージで、歌い踊るPPP。*1
最高の盛り上がりを見せる観客。
オオミミギツネが、片手を上げ、笑顔でジャンプした。
ライブは中盤を過ぎ、日が沈み、周囲は暗くなっていった。暗い分、照明が輝いて見えた。
ライトと水しぶきを使った演出が始まった。観客から歓声があがった。曲とシンクロして、光の線、光のカーテンが複雑な動きを見せた。観客は、興奮で倒れてしまいそうなほど盛り上がった。
曲が終わってMCへ。
プリンセス「……この最高のライブを企画してくれた方がそこにいるわ!」*2
コウテイ 「このホテルの支配人、オオミミギツネさんだ」
PPPのメンバーが、客席の最前列、ステージから見て右側を見た。
オオミミ 「え?」
ジェーン 「ホテル、残念なことになっちゃいましたけど……」
イワビー 「新しいホテル作ってるらしいぜ!」
マーゲイ 「オオミミギツネさん! 舞台へ! ほんとうの特別待遇ですよ!」
ステージのわきからマーゲイが現れた。
オオミミ 「え? え?」
オオミミギツネは、状況が理解できていない様子だった。
フルル 「またホテルでディナーショーやりたいよねー」
イワビー 「やったことないだろ!」*3
ハ ブ 「ほら! 飛び込め!」
オオミミ 「そ、そんな……あなたたちは?」
オオミミギツネが、ハブとブタを見た。
ハ ブ 「あんたが主役だぜ!」
ブ タ 「夢を掴まえてください!」
オオミミ 「……起きちゃうものなのね、こんなこと……」
オオミミギツネがステージへ上がった。そしてゆっくりとステージの中央へ歩いて行った。
彼女はみんなの視線を集め、観客から歓声があがった。
プリンセス「あなた、歌も踊りも完璧なんですって?」
プリンセスが、オオミミギツネにマイクを向けた。
オオミミ 「ええ!? だれがそんなことを!」
オオミミギツネは、客席の最前列、ステージから見て右側を見た。そこにはハブとブタいた。
オオミミギツネとハブの目が合った。
ハ ブ 「へっへー」
ハブが、オオミミギツネを見て笑った。
オオミミ 「ぁぃっぅ……」
フルル 「いっしょに踊ってみなーい?」
プリンセス「ええ! なに言いだすのこの子!」
ジェーン 「ステキですね! でも……」
コウテイ 「そんなことして大丈夫なのか?」
マーゲイ 「だめです! MCだけですよ!」
マーゲイがステージのわきから、両腕で×を作りながら声をかけた。
イワビー 「いーじゃねーか! 楽しまなきゃ損だせ!」
フルル 「つぎは、わたしたちのストーリーだっけー」
ジェーン 「ちがいますよフルルさん」
コウテイ 「それは次の次だぞ」
プリンセス「セットリストばらさないで!」
プリンセスが、オオミミギツネの手を引き、アイコンタクトで、一緒に踊るように促した。
イントロが始まった。アラウンドラウンドだった。
オオミミギツネが駆け足で、PPPの後方の“ポジション”についた。*4
踊り出そうとした次の瞬間、糸が切れたように、ぷっつりと音が消えた。
世界の色が鮮やかさを失い、視野が狭くなった。
オオミミ 「……え……」
オオミミギツネは、目をぎゅっと閉じて、悔しさをにじませた。
音の無い世界で、歌が始まった。
オオミミギツネが目を開けて、ヘッドホンを外した。ばさっと髪が揺れた。
客席のハブとブタが驚いた。
ブ タ 「ええ!」
ハ ブ 「なんで取った!?」
オオミミギツネが、軽やかに踊り出した。
ヘッドホンが床に落ちた。
オオミミギツネは、たどたどしいながらも、まわりに合わせて歌い踊った。少し遅れて、少し間違った振り付けだった。だが歌詞は完璧だった。
ハブとブタは、目を見開いて、オオミミギツネを見ていた。
ハ ブ 「すげぇ……」
ブ タ 「聞こえないはずなのに……」
マーゲイが、ヘッドホンのケーブルを引っ張って、ステージからヘッドホンを回収した。*5
音が無かった。自分と一緒に歌い踊るPPPの映像を、オオミミギツネは見ていた。音が無い分、映像が色あせて見え、左右や後方から来る情報が無い分、視野も狭く感じられた。
もうすぐ、歌は2番のサビのはずだった。
オオミミギツネが、目を閉じて、息を深く吸い込んだ。
そして、パッと顔を上げた。髪からサンドスターが飛び散り、キラキラと輝いた。
オオミミギツネの頭に、大きなけもの耳が戻った。
オオミミギツネが目を開けた。
一気に視野が広がり、世界に色が戻った。
オオミミギツネの脳に、四つの耳から膨大な音の情報が流れ込んできた。
音圧、周波数、波形、方向、距離、反響、残響……。音の洪水だった。
オオミミギツネの脳は、大量の音の情報を飲み込んだ。
そして、誰にも届かぬ速さで、音を、分解、解析、合成、認識、記憶していった。
リズム、メロディ、ハーモニー、歌詞……。
ドッドッドッドッ……と、速くて大きい、自分の心臓の音が聞こえた。
観客のざわつきや、PPPのメンバーの足音や、息づかい、彼女たちの心臓の音まで聞こえた。
音の形、音の色、音の感触、音のにおい、音の味まで感じられた。
オオミミギツネの脳では処理しきれない音が、あふれた。
オオミミ 「……う……うああっ……」
オオミミギツネが、目を見開いて、一瞬苦しげな顔になり、ふらついた。
音は音量を増し、立体感を増し、空気の振動や、はじける音の粒が、キラキラ、チカチカと、七色に輝いて見えるようだった。
オオミミギツネは、音で、自分のまわりの全てが見えた。
やがて音は“見える”を超えた。
オオミミギツネは、誰も未体験の景色を、聞いた。
オオミミギツネは、ふらつきながらも歌い踊り続けた。先ほどより大きな声で、まぶしい太陽みたいな笑顔で歌った。そして、息つく暇もなく押し寄せるしあわせに身を任せて、踊った。
やがて、ふらつきもなくなり、振り付けも歌も、完コピ以上の出来になった。
ハブとブタは、放心したように、オオミミギツネを見ていた。
曲が終わった。
オオミミギツネが、ふらりと倒れた。
それを、コウテイが抱きとめた。
コウテイ 「大丈夫か!」
ブ タ 「しはいにん!!」
ハ ブ 「どうした!!」
観客からどよめきが起きた。
イワビー 「なんだっ!」
プリンセス「救護を! 早く!」
イワビー 「ここは照明があつい!」
フルル 「あっちへ運んであげて」
マーゲイ 「貧血ですか!? 舞台わきへ!」
ジェーン 「手伝います! 顔色が……震えてますよ!」
マーゲイが観客にアナウンスした。
マーゲイ 「申し訳ございません。ライブは中断させていただきます。しばらくお待ちください」
ステージの照明が落ちた。観客はざわついていた。
コウテイがオオミミギツネのわきを、ジェーンが足をつかんで、舞台わきへ運んで行った。
観客からは見えない舞台わき。
マーゲイ 「わたし、はかせたちを呼んできます!」
マーゲイが走り去って行った。
オオミミ 「ごめんなさい……ライブ、止めちゃって……」
あおむけに倒れたオオミミギツネは、涙を流しながら力なく言った。目は焦点が合っておらず、泳いでいた。かすかに体が震えていた。そのまわりに、ハブとブタ、そしてPPPのメンバーがいた。
ハ ブ 「その耳、自分で作り出したのか……後先考えないで……」
ハブは、憐れむような表情になった。
オオミミ 「きこえた……聞こえたわ……まぶしい音……あたま、こわれちゃう、くらい……」
オオミミギツネは、涙を流しながら、ほんの少し笑ったように見えた。
オオミミ 「あれ? あれ? こえぇ、でない……」
ハ ブ 「聞こえてるぞ! 声は出てるだろ!」
オオミミ 「音のシャワー……受け止めきれなかった……こわれちゃった……」
ハ ブ 「おい! なにを言って!」
オオミミ 「まだ……夢の途中……けど……ペパプの歌で……死ねるなら……」
ブ タ 「ええ!?」
オオミミ 「なにも、いらない……」
ハ ブ 「ダメだっ!! 死ぬな!! ホテルはどうなる!!」
ブ タ 「いやです!! こんなの!!」
オオミミ 「たのしかったわ……」
オオミミギツネが、目を閉じて、無理やり微笑んだ。涙があふれた。
ハ ブ 「聞こえるか!! 聞こえてるのか!!」
オオミミギツネが、薄く目を開けた。
オオミミ 「もう……だらしないわね……しっかり、しなさい……」
オオミミギツネが目を閉じた。全身の力が抜け、震えが止まった。
ブ タ 「しはいにん!」
ハ ブ 「おい!! おきろ!! 悪い冗談だろ!」
待ってるのはどんな未来?
ライブから2年ほどが経った、ある日の午後。完成した新ホテルの最上階。その一室。
ハブが、ベランダの柵にもたれかかって、海に半分沈んだ旧ホテル跡を見ていた。部屋はきれいに掃除されており、きれいに整えられたベッドが客を待っていた。
ハ ブ 「何十回、否定しても、何百回、肯定するよ……」
ハブが、つぶやくように歌っていた。
ブ タ 「いい歌ですよねぇ」
ハ ブ 「うおっ!」
ブタが、ハブの後ろから現れた。
ハ ブ 「掃除終わったのか?」
ブ タ 「全室完了です!」
ブタは、明るい感じで言った。
ブ タ 「それより、ハブさんの持ち場はここじゃないですよ!」
ブタは、ちょっと叱るような口調になった。
ハ ブ 「あのひとのマネか?」
ブ タ 「そんなつもりじゃないんですけど……」
ブタが苦笑いした。
ハ ブ 「いっつも、突然現れたんだよなー」
ブ タ 「これも……突然現れたんですよ!」
ブタが、後ろ手に隠していたものを、ハブの前に笑顔で掲げた。
ハブの顔が、驚愕に変わった。
ハ ブ 「……うそだろ……」
それは、アナログレコード*6だった。その盤面には、「Japari Park」と書かれており、ディスクの3分の1ほどが大きく折れ曲がっていた。*7
ハ ブ 「音が出るやつだ!*8どこにあった!?」
ブ タ 「それが……」
回想。新ホテルのエントランス。
ブ タ 「下で、掃除をしていたら……」
ブタが、カウンター前の木の床をモップがけしていた。
ブタが何かの気配を感じて、ちらりと、出入り口のドアの窓*9を見ると、ビュン! という音とともに、オレンジ色のなにかが去って行った。それは他の窓からもちらりと見えた。*10
ブ タ 「なにかが玄関の前にいたんです。でもものすごい速さでいなくなってしまって」
ブタが、ドアを開けて外へ出た。そして足元に落ちているものに気づき、拾い上げた。
ブ タ 「それで、外を見たら、これが落ちていたんです」
ブタが拾い上げたものは、折れ曲がったレコードだった。
回想おわり。
ハブが、レコードを受け取った。
ハ ブ 「わけわかんねーな。これがあったのは下の階だ。深すぎて掘りだせねえだろ? それに、玄関にいたのはなんだ? フレンズか?」
ブ タ 「たぶん、フレンズです」
ハ ブ 「親切なやつがいたもんだ……ふんふん……」
ハブが、レコードのにおいをかいだ。
ハ ブ 「……わかんねぇ。あんた鼻がきくだろ? においしなかったか?」
ブ タ 「外ににおいは残ってたんですけど、かいだことがあるような、ないような……」
ハ ブ 「なんだよそれ……」
ブ タ 「たぶん、ネコ科の子だと思うんです。でもそれ以上はわかりません」
ハブが、レコードを見つめて、少し考え込んだあと、つぶやいた。
ハ ブ 「…………遅すぎだぜ……」
ハブがレコードの盤面を指でなでた。かすかに、キュッと音がした。
ブ タ 「あの箱がないのが残念ですねぇ……音が出ればいいのに……」
忍び寄ってくる、ちいさな影。
「聞こえてるわよ」
ふたりが振り返った。
少し開いたドアから入ってきたのは、大きな耳がある、茶色がかった灰色の、やや小柄なキツネだった。
ブ タ 「きつね?」
ハ ブ 「どうやって登ったんだ?」
ブ タ 「まさか!」
キツネは、トテトテ……と歩き、タタタッと速足になって、ふたりに近づいてきた。
そしてふたりを見上げ、ハッハッ、と荒い息をした。
ハブとブタがしゃがんだ。
ハ ブ 「……これが、ほしいのか?」
ハブが、床にレコードを置いた。
キツネは、レコードのにおいをかいだ。だが、すぐにかぐのをやめて、今度はハブの膝に鼻先をくっつけるようにしてにおいを嗅いだ。
ブ タ 「ハブさんの方が好きみたいですね」
キツネが、においをかぐのをやめて、ブタの方を見上げた。
ブタが、キツネの頭をなでた。
ブ タ 「なつかしい、においですぅ……」
ハ ブ 「このぬいぐるみはしゃべらねーのかー?」
ハブがキツネのあごをくすぐった。その声はやさしかった。
ガブっ! と突然、キツネがハブの手にかみつこうとした。
ハ ブ 「ひっ!」 ブ タ 「わっ!」
ハブはすぐに手を引いて逃れ、しりもちをついた。
ハ ブ 「何がダメなんだよっ!」
キツネは、タタタッとハブから数歩離れ、振り返った。
ハ ブ 「はっ……」
一瞬、ハブとキツネが止まった。
そして、キツネは前を向き、ドアの方へ、トテトテと歩いて行った。
ブ タ 「ハブさん! 行っちゃいますよ!」
ハ ブ 「まてっ!」
キツネが速足になり、少し開いたドアから部屋の外へ出て行った。
ハブが立ち上がり、ドアに駆け寄った。そして部屋のドアを開けた。
ハ ブ 「…………う……」
ハブの表情が崩れた。
ブ タ 「ハブさんどうしたんですか!?」
ハブは、ふらりと廊下へ出た。
ハ ブ 「……どうした、って……」
ハブは声を詰まらせた。
ブタも廊下へ出た。
ブ タ 「え……」
廊下に、キツネの姿は無かった。
ブ タ 「きえちゃった……」
ハブが、肩を震わせた。
ハ ブ 「やめようぜ……こんな、いたずら……うう……ぐす……」
ハブは、立ったままうなだれて、涙をぬぐった。
ブ タ 「追いかけましょう! まだ近くに……」
ハ ブ 「いや、いいんだ。……ぐす……ここは、帰る場所じゃねえんだよ……」
ブ タ 「そんなことないです! ……これ、音が鳴らせれば、また来てくれますよ」
ブタが、折れ曲がったレコードを掲げた。
ハ ブ 「……無理だ! 鳴らす箱がないし、こんなに曲がってたら……」
ブ タ 「じゃあ、叫んでください」
ブタは笑顔で、明るい声だった。
ハ ブ 「は?」
ハブは、気が抜けた様子だった。
ブ タ 「気合を入れて、海に向かって『支配人がいなきゃダメだー!』って」
ハ ブ 「なんだよそれ……。そんなんで来るなら、いくらでも、何度だって叫んでやるよ! 声が、枯れても……」
ブ タ 「だいじょうぶですよぅ。支配人は、遠くにいても、近くにいても、ちゃーんと聞いていますから」
おわり
ライブから数日後の夕方。未完成の新ホテルの最上階。
日が傾き、空がオレンジ色に変わり始めていた。
ハブが、ベランダの柵にもたれかかって、海に半分沈んだ旧ホテル跡を見ていた。最上階には床板が張られていた。天井もあったが、壁は一部が欠けていた。
ハ ブ 「ロッキン、ホッピン、ジャンピン……」
ハブが、つぶやくように歌っていた。
ブ タ 「みみに残りますよねぇ」
ハ ブ 「おわあっ!」
ブタが、ハブの後ろから現れた。
ハ ブ 「高いところ怖いんじゃなかったのか?」
ブ タ「床があるからだいじょうぶです。それより、ハブさんの持ち場はここじゃないですよ?」
ハ ブ 「支配人のマネか?」
ブ タ 「そんなつもりじゃないんですけど……」
ブタが苦笑いした。
ハ ブ 「いっつも、突然現れんだよなー」
ブ タ 「やっぱり、あのひとがいないと、ダメですね……」
ハ ブ 「聞こえるかー!! あんたがいないとダメだってさー!!」
ハブは、海に向かって叫んだ。
近づいてくる、誰かの足音。
オオミミ 「聞こえてるわよ」
オオミミギツネが、階段を上ってきた。
その頭には、けもの耳が無かった。ヘッドホンは付けていなかった。
回想、ライブの日。
プリンセス「……わたしたちのせいで……」
ハ ブ 「あんたらのせいじゃねえ!」
ハ ブ 「つづけてくれ!」
プリンセス「え?」
ハ ブ 「お願いだ! ライブを続けてくれ! 支配人ならだいじょうぶだ!」
ハブが、オオミミギツネを両腕で抱き上げた。
ブ タ 「ハブさん、なにを……」
ハ ブ 「ちょっと離れて見てる」
ハブは、オオミミギツネを抱いて、走り去って行った。
ブ タ 「待ってください! どこへ!」
ハブは、オオミミギツネを抱いて、暗い中、新ホテルの階段を上っていった。
回想おわり。
新ホテルの最上階のベランダ。
3人はベランダの柵にもたれて、夕焼けを眺めていた。
ブ タ 「あこがれちゃいますぅ。キラキラの絵本みたいで」
オオミミ 「なに? なんのはなし?」
ブ タ 「おひめさまは、おうじさまのキ……」
ハ ブ 「やめろ!」
ハブが顔をそらした。顔が赤かった。
オオミミ 「だからなんのはなしよ!」
ハ ブ 「あんたの地獄耳がなくなって助かったぜ……」*11
オオミミ 「…………」
オオミミギツネは、ちょっと驚いた顔をした。
ハ ブ 「わりい! 言い過ぎた!」
オオミミ 「いいのよ。ちゃんと聞こえるから。……あなたの毒舌には助けられたわ」
オオミミ 「はあ!? なんだよ気持ちわりい」
ブ タ 「ふふっ。ふたり、ぴったり相性抜群です」
オオミミ 「……なに勘違いしてるのよ……」
オオミミギツネがうつむいて、顔をそらした。
ハ ブ 「やっぱかわいくなったな!」
ハブが、オオミミギツネの頭をくしゃくしゃとなでた。
オオミミギツネが立ち上がり、近くに置いてあった小さな角材を拾って、木刀のようにハブに向けた。
ハ ブ 「ひいっ!」
オオミミ 「わたしをなぐさめようなんて、200キロ早いわ!」
ハ ブ 「単位がおかしいだろ! なぐさめてねーし!」
オオミミギツネの後ろから、ブタが素早く何かをオオミミギツネの頭に付けた。
ハ ブ 「ぷっ! ふはは! 似合ってる! 超かわいいぜ!」
オオミミ 「え? なにこれ?」
オオミミギツネが、片手で自分の頭をさわった。そこには大きな耳のようなものがあった。
オオミミ 「みみ?」
それは、暗いグレーの、大きな蝶結びが付いたヘアバンドで、頭の高い位置で結ばれていた。
ブ タ 「これ、ハブさんが……」
ハ ブ 「言うな!」
オオミミギツネが、持っていた角材を落とし、うつむいた。角材がカランと音を立てた。
オオミミ 「やめなさいよぅ…… またこんなのー……」
ハ ブ 「もう、泣くなよー!」
ハブが笑った。
オオミミ 「まいったわねえ……」
オオミミギツネが涙をぬぐった。
ブ タ 「ほら、笑ってください!」
ブタが、オオミミギツネの前に立った。オオミミギツネが顔を上げ、笑顔を作った。
オオミミ 「……ありがとう。これからも、よろしくね」
3人が眺めていた夕焼けに、スラリ、とあかね雲が伸びた。
おわり
このあたりは、アニメ版1期から気になっていたことです。
ライブ機材(音響機器、照明等)の操作は、マーゲイか、作中には登場していないフレンズがやっているのでしょう。口パクだったら嫌ですね……。
ガラスがはまっていない窓もあります。これらには木製の雨戸(観音開き)があり、風雨が強い時は雨戸を閉じます。
後編あとがき
あとがきが長いので、あとがきは別の話(第4話)として投稿しました。
そこに考察なども書きました。引用元の曲の一覧は、その最後に書いてあります。
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ふたつのホテル あとがき
あとがきと、設定・考察などです。異常に長いため、第4話扱いで投稿しました。
考察は、「ふたつのホテル」を書くにあたって筆者が考えた事です。ですが、「ふたつのホテル」と直接関係ないこともあります。これは、筆者が、書くうえで土台・背景を固めないと不安だったことと、考察が楽しくて、やりすぎてしまったためです。
読んでいただきありがとうございます。
第11話で、船型の巨大セルリアンの音波攻撃(ソナー?)を受けたオオミミギツネは、耳にダメージを受けたようでした。そこで私は、オオミミギツネの耳が聞こえなくなってしまう展開を予想したのですが、全然そんなことはありませんでした。
オオミミギツネの聴力が失われる、というアイデアは、私が2期を見終えた時点で思いついたものです。でも形にするのは結構大変で、時間がかかりました。シーンもセリフもなかなか出てこないかったんです。さらに、地図を描いたり歌詞を混ぜたり結末を二つ書いたりと余計なことをやっていしまいました。時間をかけすぎたことで、ネタの鮮度が落ちてしまった気もします。
選択肢は、良かったのか悪かったのか……。結末が複数あるだけで、物語が分岐する理由が全く無いんですよね……。結末を二つ思いついてしまって、どちらも捨てられなかったんです。
なお[ 夢は
正直に言うと、“第3の結末”のアイデアはあるんですが、書けなかったんです。これも、投稿までに時間がかかった理由です。
実は現状でもかなり不満があるので、直したいです。でも難しいです。
泣くシーンが多すぎます。筆者の好みでこうなったのですが、もうちょっと減らしたいところです。あと、ライブで聴覚が一旦失われ、その後戻るシーンも雑で不自然なので、もうちょっとなんとかしたいです。直さずに放置する可能性が高いですが……。
あちこちにPPPの曲の歌詞を入れています。歌詞を探す遊びができそうです。
でも無理をして入れたために不自然になってしまった個所が多いです。あと、歌詞を知っている方が読むと、歌詞が気になって物語に集中できなくなる(冷めてしまう)かもしれません。
直接引用せずに、歌詞を意識して書いた所もあります。単語1~2個とか、引用とは呼べないものもあります。曲中のセリフも引用しています。
歌詞引用元の曲の一覧を、このあとがきの最後に書きました。
改題について
「歌詞使用のガイドライン」にのっとり、「とどけこえ」から「ふたつのホテル」に改題しました。でも正直私は、旧タイトルの方が好きでした。というか、歌詞を引用したタイトルにしたかったんです。でもこれは私のわがままですね。
この作品の中心である、「音」「声」「耳」「聞」などを新タイトルに含めようとしましたが、いまいちなものしか思いつかなかったため、作品の背景である「ホテル」をタイトルにしました。
「ふたつのスピカ」を意識したわけではありません。タイトルが似ているのは偶然です。
他のタイトル候補としては、「夢みるしはいにん」(『夢みるプリンセス』のパロディ)がありました。これは“歌詞引用”ではなく“曲名アレンジ”ですが、「ガイドライン」に抵触する可能性があるのでやめました。
――― 設定・考察など ―――
↓【ジャパリホテル・ヘリポート考察図】
ホテル跡、第12話の崩壊後に、ブタが、「きれいになくなっちゃいましたね……」と言っているのに、アニメの背景画では、かなり海上に残っていますね。きれいになくなってないです。
まさかとは思うけど、こんなやり取りがあったんじゃ……。
「この背景、ヘリポート傾けちゃだめだろ! ライブができない! それに、脚本のイメージではもっと沈んでるはずじゃ……」
「発注通りですよ。 ライブやるなんて聞いてないです」
「納期までに修正を……」
「無理です」
あくまでも私の想像です。
「ジャパリ・フラグメンツ」の〈 こくはく 〉のあとがきや、感想欄で書いたように、2期のスタッフの間には意思疎通の問題があった気がするので、こういうことが起きた可能性はゼロではありません。そうすると背景画の細部なんかは信用できないんですよね……。
でも、屋上のベンチ(と隣の植え込み)の位置は、各カットで矛盾無く描かれています。
アムールトラ(ビースト)の上に瓦礫が降ってきたのも、崩壊したホテルが描かれた背景画の通りなら、ヘリポートがアムールトラの立っていた方に向かって傾いているので説明しやすいです。
崩壊後も、ヘリポート下の構造物が形を保っています。あれが丸ごと横すべりして、同時に屋上の床も崩れ、アムールトラがその(何1000トンもの瓦礫の)下敷きになったとしたら、フレンズの体は頑丈とはいえ、アムールトラは助からないと思います。でも、アニメで描かれたのは外壁が崩れた程度で、ホテルが本格的に崩壊する前にアムールトラが脱出できた可能性もあります。なんか瞬間移動っぽい能力もありますし。
ドカーンと何1000トンもの瓦礫を吹っ飛ばして、アムールトラが飛び出してくるのもありですが、いろいろと台無しです。
↓【ジャパリホテル周辺地図】
アニメ本編から得られる情報は断片的で、矛盾しているようにも見えるため、この地図は間違いだらけだと思います。
トラクターの画面に表示された地図は、海岸線が変わっていると思われるので信用できません。地図が回転しているので方角も分かりません。小さい湾になっているのは間違いなさそうです。研究所にある地図によると、南側が海のようです。あれは北が上の地図とは限らないのですが。
私が描いた地図の通りだと、「ホテル全景の俯瞰の絵」と、「キュルルが助けられた砂浜」で、ホテルの見える向きが逆になり矛盾します。第11話でフレンズ達がトラクターでホテル向かって行くシーンでも、ホテルの向きが逆です。
この矛盾は“この場所はもっと深くえぐれた湾になっていて、対岸側から見ているので、ホテルの見える向きが逆になる”と、辻褄合わせができます。それならば、私が描いた地図は間違っています。
でも、深くえぐれた湾になっているとしたら、ラストの夕日のシーンなどで対岸が見えないとおかしいので、やっぱり矛盾します。
シーンによって、ホテルの見える大きさや、海岸とホテルの距離がバラバラです。これは、海岸線はもっと複雑な形をしている、とか、第12話でホテルが沈んだ時に、同時に海岸も沈み、海岸線が変わった、などと解釈できます。そうすると私が描いた地図は間違っています。
崩壊したホテルの絵では、手前にヘリポートがあり“しっぽ”が右奥にあります。そしてさらに右奥に遊園地(?)があります。この点は、私が描いた地図で合っています。
太陽と方角については……。
パークは地球の北半球にある、と仮定します。
第10話ラストシーンは朝日で、影の方向から、飛行機型の遊具(?)の斜め横、海側から光が当たっていると分かります。第12話の夕日も海側です。ホテルと遊園地(?)が一緒に映っているカットは複数あります。これを頼りに地図を描いてみると、方角も少し無理があります。これは、ホテルの位置や海岸線の形などの捉え方によってかなり変わると思うので、何とも言えません。
ホテル屋上での戦いのシーンの、キャラクターの影を見ると、太陽はホテルの“しっぽ”の方にあったようです。これも無理があるんですが、海岸線の形や、ホテルの位置・向きをいじれば成立するかもしれません。
建物の影とか、時間の流れと影の長さ(太陽の高さ)とか、気にしだすときりがないので、太陽の話はここまでにします。
身も蓋もない話ですが、“背景画が間違っている”可能性も高いです。
フレンズ達がトラクターでホテルに向かって行くシーンでは、
ヒョウ 「どこがやねん。よう見てみ!」
クロヒョウ 「入り口なんか水浸しやでー」
よく見ても入り口なんか見えません。
ただこれは、“ホテルを映したカメラと、ヒョウ姉妹の目線(トラクターの位置)が違うから”と、無理やり説明できます。水浸しになった入り口(【ホテルの階について】参照)のカットをインサートすれば分かりやすかったと思うのですが、そこまで作る余裕が無かったのでしょう。
いろいろ妥協して、「こんなものかな?」と描いたのがこの地図です。
【オオミミギツネの口調について】
オオミミギツネの口調は、基本的には丁寧な感じで、ホテルの客に対しては敬語を使います。部下であるハブやブタに対してはくだけた感じです。でも第10話の登場時は、ハブやブタに対しても丁寧な感じで話しています。途中で口調が変わっている気がします。これは危機的状況になったからかもしれません。
筆者が、「ふたつのホテル」を書くにあたって、オオミミギツネの、プレーリー&ビーバーに対しての口調はどうなるのか? という疑問が浮かびました。このふたりはホテルの客ではありませんし、どちらかと言えば、依頼主であるオオミミギツネの方が目上です。そうすると、くだけた感じでしゃべりそうです。でも対等な関係の仕事仲間とも言えます。遠くから来た初対面の相手なので、敬語でしゃべるかもしれません。微妙です。
「ふたつのホテル」では、最初に投稿した際はくだけた感じでしゃべっていましたが、投稿後に、ちょっと丁寧な感じ(一部ですます調)に修正しており、中途半端な感じになっています。
『なのね』に関しては……コメントは差し控えさせていただきます。
【フレンズの持つ知識について】
オオミミギツネとハブは「ヘリポート」を知っていました。
これは、不自然に感じた方も多かったと思います。でも、“ホテルの屋上のあれは、ヘリポートという名前である”ということだけ知っていれば、この単語が出てもおかしくないです。ヘリポートの本来の使い方は知らなくても。
なんでそんな言葉を知っているの? というのはアニメ1期からありました。フレンズの持つ知識にはアンバランスなところがあるんです。当たり前ですが、フレンズは、サンドスター由来の知識がないと、ヒトの言葉で会話できないはずです。
そんな中でも「ヘリポート」という単語はちょっと高度です。ヘリポートが何なのかを理解するには、ヘリコプターを知っていなければなりません。でもアニメ2期の設定で、飛行可能なヘリコプターがあるとは思えません(別で投稿している「ひこうじょう」シリーズでも、飛行機を1機飛ばすだけで苦労しました)。おそらく大多数のフレンズは、空を飛ぶ乗り物があることを知らないし、そんなものがあるなんて信じられないでしょう。
そこで、“フレンズの持つ知識のアンバランスさ”を踏まえて考えてみると、オオミミギツネとハブは、“ホテルの屋上のあれは、ヘリポートという名前である”とだけ知っていたんじゃないかと思います。また、2期は、1期よりも、フレンズがヒトに近く描かれているため、知識の量も多いのではないかと思います。
考えてみれば、“ホテル”や“スイートルーム”などを知っているのも不思議ですし、ジュークボックスの操作ができる(?)のも、ライブの機材が扱えるのも不思議です。
原作には、こんなセリフもあります。
オオミミ 「ここだって元々は、すごく人気のあるホテルだった、らしいんだから!」
ハ ブ 「らしいってなんだ!」
これらの知識は、サンドスターに由来するのか、書物などから得たのか、ヒトと交流があったフレンズからの伝聞なのか、元の姿だった時に得たのか……。多分いろいろ混ざっているのでしょう。ひょっとしたら、前の世代の記憶が残っているのかも……。
はかせ&助手やツチノコのような博識なフレンズもいます。博識といっても知識が偏っており、無知な部分もあるのですが。
サーバルとカラカルは、ずっとサバンナで暮らしていたため、サンドスターに由来する知識と、親や他のフレンズから教わった知識(あと本能と経験)しか持っていなかったのでしょう。
【音楽の流通について】
アルマーが「アラウンドラウンド」を知っていたり、ホテルのジュークボックスに、「アラウンドラウンド」収録のアナログレコード(CD?)が入っていたのが不思議です。
これらは、“メタ的なもの”と捉えることができます。“作品の外にあるはずのものが、作品内に登場している”ということです。これは、“作品の外にいる作曲者が、作品の中にいるPPPに楽曲を提供している”というのと似ています。
もう一つの可能性としては、“CDなどの、製造・流通ルートがパークに存在する”ということです。研究所、図書館、ホテルなどには、パソコンがありそうなので、それでCD-R等を焼いて、陸路か鳥のフレンズに頼んで、パーク中に配布・販売している、と考えられます。ライブの機材が扱えるなら、フレンズの力でも可能なのではないかと思います。
ただ、この時代に、動作するパソコンがあるのかは疑問です。CD-R等のメディアが、劣化せずに大量に残っているのか? という疑問もあります。
それに、ホテルのジュークボックスに入っていたのはレコードっぽいです。レコードの方がCDよりも単純な仕組みなので、製造・再生しやすいかもしれません。でも製造には大掛かりな設備が必要なので、やはり無理があるのですが……。
“パークに音楽配信サービスが存在する”というのは考えにくいです。
【ホテルの階について】
筆者は、ジャパリホテルの、入り口・ロビー・フロントカウンターは、新旧の二つがあったのではないかと思っています。
旧入り口は、海に沈んでいたので、浸水を防ぐために閉鎖されていたはずです。海面より上に、新しい入り口を作ったか、ベランダなどを入り口にしていたのでしょう。非常階段に出るドア(第12話の避難時にボートをつけていた所)を利用していた可能性もあります。
旧入り口の近く、つまり海面下の階にロビーやフロントカウンターもあったはずです。でも、第10話でキュルル達がチェックインしたフロントカウンターは、海面より上です。入り口とフロントが離れているのは面倒ですから、上の階に新しくフロントカウンターを設置したのでしょう(元々あった設備を改修したのかも)。
第11話でオオミミギツネが踊っていた場所は、旧ロビーで、ハブがいたのは旧フロントカウンターではないかと思います。ここは海面下の下層階です。あまり使われていないので、従業員向けの場所として利用されていたのではないかと思います。それなので、暇ができたオオミミギツネが、ここで音楽を聴いて踊っていたのでしょう。
第10話の、ホテル従業員3人の初登場シーンも、旧ロビーと思われます。ただ、来客(ベルの音)に気付いたブタが戻って来るのは早すぎる気もしますが。
キュルル達が泊まったスイートルームも海面下ですが、キュルル達が階段を下りてきたことから、スイートルームは旧ロビー(?)よりも上であることが分かります。
整理すると、
新しいロビー・新しいフロントカウンター・土産物店 : 海面より少し上の階
新しい入り口 : 海面スレスレの階のベランダ、あるいは非常階段に出るドア
スイートルーム : 海面下の高い階
旧入り口・旧ロビー・旧フロントカウンター : 海面下の低い階(1階?)
となります。
ビリヤード場・プール・イベントホールなどは位置が分かりません。館内図があったら見てみたいです。アニメでキャラがホテル内をどう動いていたのかが謎です。特にキュルル。
ジュークボックスは、下層階にあったため、ホテルの崩壊時に大量の瓦礫の深い所に埋もれてしまったのでしょう。しかもそこは海の底で、浸水していると思われます。ジュークボックスを掘り出すのはほぼ不可能でしょう。
【ホテルのジュークボックスについて】
第11話に登場するジュークボックスについての疑問点です。
・フレンズにジュークボックスの操作ができるほどの知識があるのか?
ボタンの一つが光っているので、おそらくオオミミギツネがボタンを押して、「アラウンドラウンド」を再生したのでしょう。
これは、上の【フレンズの持つ知識について】で書いたこととつながります。ホテルの支配人だから知っていて当然、とも言えます。
・ジュークボックスに入っていたのは、アナログレコードなのか、CDなのか。
アナログレコードの可能性が高いですが、断言できません。
普通、ジュークボックスはシングル盤(LPが再生できるものもあるようです)のアナログレコードを使用します。ジュークボックスに入っていたディスクは、結構直径が大きいようで、回転が遅く、アームらしきものがあるので、アナログレコードのように思えます。
でも、CDの可能性もあります。見た目がドーナツ盤っぽくないですし、盤面に広く文字が書かれています(そういうレコードもありますが)。それに縦置き再生です(縦置き再生ができるレコードプレーヤーもありますが)。アームらしきものは、レコードっぽい雰囲気を出すためのダミーかもしれません。でもCDにしては回転が遅いし、中央の穴が小さいです。
けものフレンズの世界だけに存在する規格のメディア、という可能性もあります。
・新曲である「アラウンドラウンド」が、いつ、誰によって、ジュークボックスにセットされたのか?
これは【音楽の流通について】で書いたように、“メタ的なもの”なのかもしれません。
・ジュークボックスは、時代設定的に合わないのではないか?
けものフレンズは、未来的な要素が多いですが、レトロなものも混ざっています。こういうものがあってもそれほど違和感は無いと思います。
ただ、非常に古いもののはずなので、正常に動くのは奇跡に近いです。見た目がレトロなだけで、中身は新しいものなのかもしれません。レプリカや再生産品の可能性もあります。フレンズにとって、これを修理するのはかなりハードルが高いですが、修理した可能性もゼロではありません。
・なんでホテルのカウンター(?)の近くにジュークボックスがあったのか?
かつてはここに喫茶コーナー的なものがあったのかもしれません。そういうホテルもあります。ただ、ジュークボックスはあんまり置いていないと思います。
このジュークボックスは、“元々は別の場所にあり、フレンズが移動した”、という可能性もあります。このホテルには様々な施設があったので、そのどれかに置いてあった可能性もあります。
・このジュークボックスは有料なのか?
無料かもしれませんし、ジャパリコイン(ジャパリゴールド)で動くのかもしれません。ホテルなので、コインのストックもありそうです。どちらにせよ支配人は自由に使えるでしょう。
第11話のオオミミギツネが踊るシーンを見返したら、やっぱりすごくかわいかったです。
オオミミギツネの“PPP大好き感”は、なんていうかこう、目にしみるんですよね……。「ふたつのホテル」では、かわいそうなことをしてしまったので、ちょっと罪悪感が……。
【歌詞引用元の曲】
大空ドリーマー
純情フリッパー
夢みるプリンセス
Hello! アイドル
Rockin' Hoppin' Jumpin'
200キロの旅
やくそくのうた
ファーストペンギン
わたしたちのストーリー
大陸メッセンジャー
人にやさしく(カバー曲)
けものパレード ~ジャパリパークメモリアル~ (Japari Cafe)
THE WANTED CRIMINAL (Japari Cafe2)
ドレミファロンド(フレンズ Ver.) (カバー曲)
アラウンドラウンド
PPPのドレミのうた
乗ってけ!ジャパリビート
「ふたつのホテル」は、上の曲の、引用しなかった歌詞にも影響を受けています。
各話に、歌詞引用楽曲の作品コードを付加してあります。
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ふたつのホテル 歌詞引用個所 前編
歌詞引用個所 前編(第5話)まえがき
これ(第5話~第7話)は“答え合わせ”的なものです。“ネタばらし”版です。普通に読みたい方は、『ふたつのホテル 前編』からお読みください。
歌詞を引用した個所を赤色にしました。単語1~2個のような、引用とは呼べない言葉も赤色にしています。脚注タグを使って引用元の曲名を書きました。複数の曲に共通する言葉もあります。
元々あった脚注は削除しました。
ジャパリホテルが沈んでから数日後。 ホテル跡近くの砂浜。
オオミミギツネとハブとブタが立っており、その向かいにプレーリードッグとアメリカビーバーが立って話をしていた。
オオミミ 「遠くから来ていただいて、ありがとうございます」
プレーリー 「おもしろそうな仕事があると聞いて、野越え山越え*1やってきたであります!」
ビーバー 「さっそくなんッスけど、新しいホテルの模型をいくつか……」
オオミミ 「ええ!? もう!?」
プレーリー 「ビーバーどの、その前にごあいさつであります!」
プレーリーが、オオミミギツネに顔を近づけていった。
ビーバー 「だめッスよ!」
ビーバーがプレーリーの肩をつかんで止めようとした。だがプレーリーの勢いの方が強かった。
ハ ブ 「やめろ!」
ハブがオオミミギツネとプレーリーの顔の間に手を入れて、ふたりの唇がくっつくのを遮った。ハブの手がふたりの唇に挟まれて、オオミミギツネの口をふさぐ形になった。オオミミギツネが目を見開いた。
プレーリーが唇を離して、振り返った。
プレーリー 「なぜとめるでありますか?」
ビーバー 「それは、その……なんども言わせないでほしいッス……」
ビーバーは、プレーリーを見て、少し恥ずかしそうに笑った。
ハブの手が、オオミミギツネの口から離れた。
オオミミ 「ぷはっ、な、なにするのよー!」
オオミミギツネは、顔が赤かった。
ハ ブ 「おう! わりい! 手が勝手に動いたんだ!」
オオミミ 「そんなわけないでしょう?」
ブ タ 「ふふっ、不器用な*2手ですねぇ」
ハ ブ 「へんな勘違いするなよ……」
ビーバーが、木製のキャリーカートを開けて、中から建物の模型を取り出した。模型は四つあり、それらは、たくさんの部屋がある建物で、高さがあるものや平屋のものなど、形は様々だった。
ブ タ 「すごいですね。これが大きくなるんですか?」
ビーバー 「ええ。実物は、これの30倍くらいッスね」
オオミミ 「部屋数はいくつ?」
ビーバー 「これが一部屋で、5部屋くらい作れるッスよ」
ビーバーが、模型の一つを指差した。
ハ ブ 「普通じゃ物足ん*3ねーなー」
オオミミ 「そういうこと言わない!」
ビーバー 「あのホテルほどのものは、ちょっと無理ッスね……」
皆が遠くを見た。海上に、崩壊して半分沈んだホテルがあった。そこのヘリポートや瓦礫の上で数人のフレンズが作業しているのが見えた。
プレーリー 「あちらではなにをしているでありますか?」
ブ タ 「ペパプライブの準備をしてるんですけど、なんかおおごとになっちゃって……」
オオミミ 「あの傾いたヘリポート……たいらな屋根、傾いたままだとライブができないから、その上にステージを作ってるんです。瓦礫をどけるのと、下を固めるのと並行して」
プレーリー 「できることがあれば、手伝わせてほしいであります」
ビーバー 「あれ木を組んでるんスね。オレっちたち、ああいうの得意ッスよ」
オオミミ 「向こうを手伝うなら、確認したいんですけど、あなたたち、逃げ足は速いほうですか?」
ビーバー 「水に潜って逃げることはできるッス」
オオミミ 「しょっぱい水の中はどう?」
ビーバー 「ちょっと苦手かもッスね……」
プレーリー 「穴の中を走るのは得意であります」
オオミミ 「あの瓦礫の中に隠れられるかな?」
ビーバー 「あぶないッスよ! 崩れそうだし、重そうだし、硬そうだし……それに、とがってるものとかあったら怪我しちゃうかも……」
プレーリー 「厳しい環境*4でありますな……」
オオミミ 「もう一つ、変なこと訊きますが……あなたたち、死んだ動物って見たことあります? そういうの平気な方ですか?」
プレーリー 「仲間が死んだところは、何度も見たであります……この姿になる前は平気でありましたが、今は……」
ビーバー 「オレっちも見たことはあるッス。でもあんまり……慣れるものじゃないッスね……」
オオミミ 「……やめたほうがいいわね。むこうには行かないでください」
プレーリー 「なぜだめでありますか?」
オオミミ 「ちょっと厄介なのが、埋もれてるかもしれないから」
オオミミギツネは、崩れたホテルを見つめた。
プレーリー&ビーバー「?」
プレーリーとビーバーは首をかしげた。
ハ ブ 「あんたらは新しいホテル作りに専念してくれよ。作ってる間はジャパリまんいくらでもやるぜ? ペパプのライブも無料だ」
プレーリー 「おおー! 気前いいでありますな!」
オオミミ 「また勝手なことを……」
オオミミギツネがハブをにらみつけた。だが口調はそれほど強くはなかった。
ハ ブ 「んじゃ、オレは向こうを見てくるからー!」
ブ タ 「あ! 待ってくださいー!」
ハブとブタが走り去っていった。そちらには桟橋があり、ボートが係留されていた。
ビーバー 「そんなによくしてもらったら悪いッスよ……」
オオミミ 「いいえ。感謝してもしきれないくらいです」
オオミミギツネは、明るい声と表情だった。
プレーリー 「オオミミギツネどのは、なぜホテルを営みたいでありますか?」
オオミミ 「うーん……。なんでかなー……」
オオミミギツネは、走り去っていくハブとブタを見つめた。
ビーバー 「……あのふたりのためッスか?」
オオミミ 「ええ!? 違います! 趣味みたいなものです!」
二日後。高台の上、新ホテルの工事現場。
新ホテルの基礎部分の工事が行われていた。そこでは、プレーリーとビーバー他、数人のフレンズが作業していた。
ハブとブタが、工事現場へ歩いてきた。ふたりが工事現場を見ると、オオミミギツネが、真剣な表情で工事現場を見回っているのが目に入った。
ハ ブ 「趣味だねえ」
ブ タ 「あんなふうに、一つのことを極めちゃうくらい、夢中になれたら*5いいですね」
オオミミギツネは、見回るのをやめて、工事中のホテルを見つめた。
その背後から、ハブとブタが近づいていった。
ハ ブ 「従業員にやさしく*6してくれるともっといいんだけどなー」
オオミミギツネは、工事中のホテルを見つめたままだった。
ハ ブ 「支配人? おーい……」
ハブが、オオミミギツネの肩を叩いた。
オオミミ 「え!? あ、はいっ!?」
オオミミギツネは、ビクッと驚いた。
ハ ブ 「なんだよ、どうしたんだ?」
オオミミギツネが、ハブとブタの方を向いた。そして、耳に片手をあてた。
オオミミ 「なんか、ピーって音がしてて、気持ち悪いのよ……」
ハブが、耳に片手をかざして、耳をすます仕草をした。
ハ ブ 「そんなの聞こえねーぞ?」
ブ タ 「だいじょうぶですか? 少し休まれたほうが……」
オオミミ 「え……えっと……」
オオミミギツネは、反応が鈍く、ぼんやりした様子だった。
ハ ブ 「ホテルのことばっか考えてないで、たまには遊*7べよ」
オオミミ 「え?」
ハ ブ 「休むか遊べって!」
オオミミ 「……遊びたいけれど、少しお預けね*8
オオミミギツネが、少し寂しそうに微笑んだ。
オオミミ 「今しかできないことが、たくさんあるわ*9」
ハ ブ 「……あんた……」
ハブは、少し険しい目でオオミミギツネを見た。
オオミミ 「なに?」
ハ ブ 「いーや、なんでもねぇ」
さらに二日後。新ホテルの工事現場の前。
ハブとブタが海を見ていた。だがそこは木が多く、木々の隙間から海が見えていた。旧ホテル跡もかろうじて見えた。
ハ ブ 「結局、あいつは見つからなかったってさ」
ブ タ 「どこへ行ったんでしょうねぇ……」
ハ ブ 「さーな。あのあと、だれも見たやつはいないらしい」
ブ タ 「ハブさん、向こうばっかり見てますけど、売店のほうはいいんですか?」
ハ ブ 「売るものがねーんだよ。あんたのほうこそ、ホテルの掃除は?」
ブ タ 「ここは、そうじしてもすぐに汚れちゃうんです……」
ブタが振り返って、工事中の建物を見た。太く大きな柱が数本立っていて、まわりに足場が組まれていた。木造の割には高さがあった。そばでは、数人のフレンズが木材の加工をしていた。
しばしの沈黙。
ハ ブ 「……いつもなら、こういうはなしをしてたら現れるぞ」
ブ タ 「あのときのせい、でしょうか……」
ハ ブ 「しばらくは、ちゃんと聞こえてたんだけどな……」
翌日の朝。砂浜。
泣き出しそうな空模様*10だった。
オオミミ 「なに! どこへ連れて行く気!」
ハブがオオミミギツネの手を引いて歩いて行った。
ハ ブ 「いいから来てくれ!」
オオミミ 「わたしには仕事があるのよ!」
ブ タ 「支配人、ちょっと調子が悪いみたいですから、はかせたちのところへ……」
ブタも付き添って歩いて行った。
ハ ブ 「急がねーと降ってくるぞ!」
ホロリ、と雨粒がこぼれた*11。
午後。かばんの研究所。
冷たい雨*12が降り始めた。
研究所の大きな部屋には、オオミミギツネとかばんだけがいて、隣り合って座り、紅茶を飲んでいた。
オオミミ 「あそこ、木が多くて海がよく見えないんですけど、新しいホテルの上なら、きっと最高の眺めですよ!」
オオミミギツネは、楽しげにしゃべっていた。
かばん 「いいですね! わたしも泊まってみたいです!」
かばんは、オオミミギツネの耳に顔を近づけてしゃべった。
オオミミ 「あたらしい景色がきっと見えるはず*13です! それにライブステージも……」
研究室(ガレージ)では、ハブ、ブタ、はかせ、助手が、深刻な面持ちで会話していた。
はかせ 「……ヒトはそれを、音響外傷と呼んでいたのです」
助手 「ただ、かばんによれば、ヒトの音響外傷とは違うらしいのです」
ハ ブ 「なんだそりゃ」
はかせ 「耳のいいフレンズ特有のもの、なのです」
助手 「おそらく、物理的に損傷したのは、ヒトの耳なのです」
はかせ 「ヒトの耳とけものの耳は、つながっているのです。両方から音が入って、両方に影響が出るのです」
ブ タ 「戻らないんですか?」
助手 「食事療法や薬で、多少、回復するかもしれませんが……」
ハ ブ 「望みはうすいってことだな」
ブ タ 「そんな……」
中編へ続く
歌詞引用個所 前編 あとがき
読んでいただきありがとうございます。
前編は歌詞の引用個所が少なめでした。引用よりもストーリーを優先しているためです。これを書き始めた時は歌詞引用をあまり意識していなかったためでもあります。
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ふたつのホテル 歌詞引用個所 中編
まえがき
歌詞引用個所が赤くなっている(ネタばらし版)中編(第6話)です。
“曲名”を引用した個所は色を変えていません。
ヘリポートのステージ。
ステージと客席は完成していた。
オオミミ 「……きっと、どんなことがあっても、あきらめたりしないから*1……」
オオミミギツネが、ひとり、ステージ上で踊っていた。小声で歌を口ずさみながら。
曲は、“わたしたちのストーリー”で、2番のサビに入っていた。
ハブが歩いてきて、客席に座った。
オオミミ 「えがいた、夢へと 走りだせ……」
オオミミギツネが、クルリとターンを決め*2た。
オオミミ 「あ!」
そして、ハブがいることに気づき、驚いて動きを止めた。
ハ ブ 「つづけろよー!」
オオミミ 「…………」
オオミミギツネは、少し顔を赤くして、呆然としていた。
ハブが声を張り上げた。
ハ ブ 「つづけろよーっ!! って言ってんだっ!!」
オオミミ 「……そういつかきーみと、夢みてたそーらへ……」
オオミミギツネは、再び踊り始めた。歌声は先ほどより大きかった。
ハ ブ 「そんな未来を、わたしはまーってる……」
ハブが、つぶやくように歌い始めた。
ブ タ 「そして晴れわたった空は、七色に輝いてる……」
いつのまにか、ブタが客席に座っていて、小声で歌っていた。
3人の声が重なった。
オオミミ&ハブ&ブタ 「 わたしたちの、ストーリー 」
PPPライブ前日の昼前。ヘリポート前の砂浜。
ブ タ 「ホテルにはいませんでした」
ハ ブ 「ヘリポートにもいなかったぜ」
ブ タ 「へんですねぇ……いつもならどっちかにいるんですけど……」
ブタとハブが、オオミミギツネを探していた。
ハ ブ 「いなきゃ困る……。あしたは特別な日*3だってのに」
ブ タ 「ん? くんくん……こっちかも……」
ハ ブ 「ほんとかよ……」
ふたりは、砂浜近くの林の方へ歩いて行った。
ハ ブ 「いたぞ! あそこだ!」
ハブのピット器官の映像には、温度の高い部分が明るく人型に映し出されていた。
オオミミギツネは、林の中の木の陰に立っていた。
オオミミ 「わ、わわ……」
オオミミギツネは、驚いて動けない様子だった。
ハ ブ 「なんだそりゃ!?」
オオミミギツネは帽子をかぶっていた。それはホテルのベルガールが被るような帽子だった。少し丸みのあるソフトタイプで、色はグレーで、やや大きめだった。
オオミミ 「こ、こういうの、ホテルっぽくていいでしょ?」
オオミミギツネは、あせった様子で、帽子を両手でぽんぽんと叩いた。
ハブとブタが、オオミミギツネの左右に立ち、彼女のヒトの耳に顔を近づけた。
ブ タ 「かわいいですけど、支配人は、大きな、すてきな耳があるんですから、出したほうがいいんじゃないですかー?」
ブタは、大きめの声でしゃべった。
オオミミ 「…………」
オオミミギツネは、ばつが悪そうだった。
ハブが、鋭い目でオオミミギツネの帽子を見つめた。
ハ ブ 「……気づいてほしい*4んだろ? しはいにんっ!」
突然、ハブが素早くオオミミギツネの帽子を取った。
オオミミ 「なにするのっ!!」
オオミミギツネの声は、悲鳴のようだった。
ブ タ 「え……」
ブタは、驚いて絶句した。
オオミミギツネの頭には、けもの耳が無かった。ヒトの頭と同じだった。
ハブが、素早くフードを脱いだ。
ハ ブ 「まわりの目なんて気にしない*5!」
そして、いたずらっぽく笑いながら、自分の頭にかけていたオーバーヘッド型のヘッドホンを取って、それをオオミミギツネの頭にかけた。
オオミミギツネが、両手でヘッドホンを触った。呆然としていた。
オオミミ 「……なにこれ……」
ヘッドホンはグレーで、耳を覆うタイプだった。
ハ ブ 「“ほちょうき”っていうんだってさ。はかせたちに作ってもらったんだ」
オオミミ 「……聞こえる*6……ハブさんの声……」
ハ ブ 「ペパプみたいだぜ! おそろいだ!」
オオミミ 「う……」
オオミミギツネがうつむいた。
ブ タ 「もー! 乱暴ですよハブさん!」
オオミミ 「……う……ぐす……」
ブ タ 「ほらぁ! 泣いちゃったじゃないですか!」
ハ ブ 「すまねぇ! それはプレゼント*7で……」
オオミミ 「……受け取りのしるしはハグがいい*8?」
オオミミギツネは少し涙声だったが、その声は明るかった。
ハ ブ 「うええ! へんなこと言うな!」
オオミミ 「なんてね*9……ぐす……」
オオミミギツネは、ハブを見て少し笑って、目元をぬぐった。
ハ ブ 「……なんか、かわいくなったな、あんた」
ハブは、少し困惑したような、でも明るい感じで言った。
オオミミ 「……か、かわいくなんかない!
“耳がないオオミミギツネ”、なんて、冗談*10にもならないわ……」
オオミミギツネは、ハブから顔をそらして、再びうつむいた。
ハ ブ 「…………」
ハブは、少し顔をしかめただけで、何も言えなかった。*11
たったっ、と、ブタがハブの背後へまわった。
ブ タ 「ハブさん! ほら! こっちです!」
ブタが、ハブの肩をつかんで、横に引っ張った。
ハ ブ 「お、おい……」
ブ タ 「よそ見はしないで*12!」
少しの間。
ブ タ 「もうちょっと顔上げて*13ください! 支配人!」
ブタの声は明るかった。
オオミミ 「え?」
オオミミギツネが顔を上げた。
すぐ目の前には、フードを脱いだハブがいた。
ふたりの顔はとても近く、すぐに目と目*14が合った。オオミミギツネは驚いて、頬を赤くしていった。ハブはすでに顔が赤かった。
オオミミ 「…………っ!」
オオミミギツネが、ハブから顔をそらして、がしっ! とハブに抱き着いた。
ハ ブ 「うおっ!」
オオミミギツネは、ハブの肩にあごを乗せる格好になった。
オオミミ 「もう、迷わない*15……」
オオミミギツネは、目をぎゅっと閉じて、ハブを抱きしめた。
オオミミ 「何が起きても、あなたとなら*16……」
ブ タ 「うーん……聞いてたのと違いますねぇ……。ちゅーってするんじゃないんですか?」
ハ ブ 「だれに聞いたんだそれ!」
ブ タ 「ひみつですぅー」
PPPライブ前日の夜。新ホテルの工事現場。
新ホテルの骨組みはほぼ完成していた。骨組みは全体的に太くがっちりとしていた。
オオミミ 「わたし高いところ苦手なのよ!」
ハブが、オオミミギツネの手を引いて、仮設の階段を上っていった。
ハ ブ 「ビビってちゃダメダメ*17!」
ふたりは、手と手をつない*18だまま、最上階の骨組みに立った。そこには、仮の床が一部だけしかなく、壁も無かった。上も下もまる見えだった。
オオミミギツネは、ハブに抱き着いた。少し震えていた。
ハ ブ 「目を凝らせ!*19 あんたも夜行性だろ!」
ふたりは海を見た。海の上には、少し欠けた月があり、その光が海に反射して、波がキラキラ*20と光っていた。
オオミミ 「あれ、ヘリポート?」
月の下には、旧ホテル跡があった。
ハ ブ 「下よりよく見えるだろー!」
オオミミ 「きれい……」
ハ ブ 「満月じゃないのがおしいけどな」
ふたりは、最上階からさらにはしごを登った。そして新ホテルの屋根の骨組み(梁)にとなり*21合って座り、一緒に星空*22を眺めた。オオミミギツネが左側、ハブが右側だった。
オオミミ 「なんでブタさんは呼ばなかったの?」
ハ ブ 「あいつ、怖いから嫌だとか、夜目が効かないとか言ってたぜ」
オオミミ 「ふーん……残念ね」
オオミミギツネが、ハブから顔をそらした。
オオミミ 「あ……」
キラリ、と星が流れた。*23
少し経って。
オオミミ 「もういいでしょ……さむいし……少し怖い*24……」
ハ ブ 「もうちょっとだ。月が沈む」
月が水平線へ沈んでいった。海面のキラキラ*25が長くのびた。その先にはヘリポートがあった。
ハ ブ 「まばたきなんてする暇ない*26ぜ?」
月が沈み切った。次の瞬間、ヘリポートが天に向かって強い光を放った。数秒遅れて、ホテル跡のまわりを一周するように、光の点が円形に並んだ。
オオミミギツネが目を見開いた。
水しぶき*27が、ステージの両端から吹き出し、光を受けて、サーチライトのような光の線になった。水しぶきはホテルのまわりからも噴き出し、光を受けて、ホテル跡のまわりを一周する巨大な光のカーテンになった。サーチライトのような光の線は三本に増えて、別々の方向に動いた。光のカーテンは波のようにゆらぎを見せた。その後、ライトが点滅したことで、光のカーテンがぐるぐるとホテル跡のまわりを回っているように見えた。その後も、光は複雑な動きを見せた。
ハ ブ 「すっげーだろ? あしたの予行だ!」
オオミミ 「……また、勝手なことして…………」
オオミミギツネが、ふらりと倒れかけ*28て、ハブにもたれかかった。
ハ ブ 「おい! どうした!」
ハブが、前のめりに落ちそうになったオオミミギツネを支え*29た。
ハ ブ 「落ちるぞ!」
オオミミ 「……もっと! もっと大きな声で言って*30!」
オオミミギツネは、ハブを強く抱き返した。
ハ ブ 「落ちるぞ!!」
オオミミギツネは、呆然として、ヘッドホンを外し、自分の左耳をつんつんと触った。
ハ ブ 「おい! おーい!! 聞こえるか*31ー!!」
オオミミギツネは、涙を浮かべた*32。
オオミミ 「……左耳、聞こえない……」
オオミミギツネは、左耳に手をあてて、目をぎゅっと閉じてうなだれた。涙が流れた。
ハ ブ 「なにい! うそだろ……」
オオミミ 「まだ、夢の途中*33なのに……」
オオミミギツネが旧ホテル跡を見た。ピカピカ*34瞬き動く光が、にじんで見えた。
ハブは、オオミミギツネの右耳に顔を近づけた。
ハ ブ 「まだ右がある! あしたが待ってる*35!」
少しの間。
オオミミギツネが顔を上げた。
オオミミ 「わたしをなぐさめ*36ようなんて、100日*37早いわ……」
ハ ブ 「みじかっ!」
オオミミ 「ふふっ」
オオミミギツネは、心から笑える*38、とまではいかないものの、たしかに笑った。
後編へ続く
歌詞引用個所 中編 あとがき
中編は、前編よりも大幅に引用個所が増えました。「聞こえる」「プレゼント」「冗談」などは、“引用”とは呼べない気もしますが、歌詞から借りた言葉なのは間違いないです。一旦「霧状の水」と書いたものを「水しぶき」に置き換えるような、細かいこともやっています。
3人が「わたしたちのストーリー」を歌うシーンは、「ふたつのホテル」で最も多く(長く)歌詞を引用したシーンです。セリフや地の文に歌詞を挟むのではなく、キャラに歌わせているので、これも“引用”とは微妙に違う気がします。
補聴器をプレゼントするシーンとか、かなり無理をしているのが分かります。
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ふたつのホテル 歌詞引用個所 後編
歌詞引用個所 後編 まえがき
歌詞引用個所が赤くなっている(ネタばらし版)後編(第7話)です。
緑の字は、曲中のセリフを引用した所です。
“曲名”を引用した個所は色を変えていません。
PPPライブ当日の午後。ヘリポートを改修したライブ会場。
観客は満員だった。その中には、以前多数のフレンズ型セルリアンと戦ったメンバーもいた。
オオミミ 「直接、聞きたかったわ……」
オオミミギツネのヘッドホンから、ケーブルがのびていた。
客席の最前列、客席から見て左側、スピーカーのそばに、オオミミギツネとハブとブタがいた。
ハ ブ 「いーじゃねーか。特別待遇だぜ!」
夕方近く。PPPが登場し、歓声と共にライブが始まった。
光り輝*1くステージで、歌い踊るPPP。
最高の盛り上がりを見せる観客。
オオミミギツネが、片手を上げ、笑顔でジャンプした。
ライブは中盤を過ぎ、日が沈み、周囲は暗くなっていった。暗い分、照明が輝いて*2見えた。
ライトと水しぶき*3を使った演出が始まった。観客から歓声があがった。曲とシンクロして、光の線、光のカーテンが複雑な動きを見せた。観客は、興奮で倒れてしまいそうなほど盛り上がった。
曲が終わってMCへ。
プリンセス「……この最高のライブを企画してくれた方がそこにいるわ!」
コウテイ 「このホテルの支配人、オオミミギツネさんだ」
PPPのメンバーが、客席の最前列、ステージから見て右側を見た。
オオミミ 「え?」
ジェーン 「ホテル、残念なことになっちゃいましたけど……」
イワビー 「新しいホテル作ってるらしいぜ!」
マーゲイ 「オオミミギツネさん! 舞台へ! ほんとうの特別待遇ですよ!」
ステージのわきからマーゲイが現れた。
オオミミ 「え? え?」
オオミミギツネは、状況が理解できていない様子だった。
フルル 「またホテルでディナーショーやりたいよねー」
イワビー 「やったことないだろ!」
ハ ブ 「ほら! 飛び込め*4!」
オオミミ 「そ、そんな……あなたたちは?」
オオミミギツネが、ハブとブタを見た。
ハ ブ 「あんたが主役だぜ!」
ブ タ 「夢を掴まえて*5ください!」
オオミミ 「……起きちゃうも*6のなのね、こんなこと……」*7
オオミミギツネがステージへ上がった。そしてゆっくりとステージの中央へ歩いて行った。
彼女はみんなの視線を集め*8、観客から歓声があがった。
プリンセス「あなた、歌も踊りも完璧*9なんですって?」
プリンセスが、オオミミギツネにマイクを向けた。
オオミミ 「ええ!? だれがそんなことを!」
オオミミギツネは、客席の最前列、ステージから見て右側を見た。そこにはハブとブタいた。
オオミミギツネとハブの目が合った。
ハ ブ 「へっへー」
ハブが、オオミミギツネを見て笑った。
オオミミ 「ぁぃっぅ……」
フルル 「いっしょに踊ってみなーい?」
プリンセス「ええ! なに言いだすのこの子!」
ジェーン 「ステキですね!*10 でも……」
コウテイ 「そんなことして大丈夫なのか?」
マーゲイ 「だめです! MCだけですよ!」
マーゲイがステージのわきから、両腕で×を作りながら声をかけた。
イワビー 「いーじゃねーか! 楽しまなきゃ損*11だせ!」
フルル 「つぎは、わたしたちのストーリーだっけー」
ジェーン 「ちがいますよフルルさん」
コウテイ 「それは次の次だぞ」
プリンセス「セットリストばらさないで!」
プリンセスが、オオミミギツネの手を引*12き、アイコンタクトで、一緒に*13踊るように促した。
イントロが始まった。アラウンドラウンドだった。
オオミミギツネが駆け足で、PPPの後方の“ポジション”についた。
踊り出そう*14とした次の瞬間、糸が切れたように、ぷっつりと音が消えた。
世界の色が鮮やかさを失い、視野が狭くなった。
オオミミ 「……え……」
オオミミギツネは、目をぎゅっと閉じて、悔しさをにじ*15ませた。
音の無い世界で、歌が始まった。
オオミミギツネが目を開けて、ヘッドホンを外した。ばさっと髪が揺れた。
客席のハブとブタが驚いた。
ブ タ 「ええ!」
ハ ブ 「なんで取った!?」
オオミミギツネが、軽やかに踊り出*17した。
ヘッドホンが床に落ちた。
オオミミギツネは、たどたどしいながらも、まわりに合わせて歌い踊った。少し遅れて、少し間違った振り付けだった。だが歌詞は完璧だった。
ハブとブタは、目を見開いて、オオミミギツネを見ていた。
ハ ブ 「すげぇ……」
ブ タ 「聞こえないはずなのに……」
マーゲイが、ヘッドホンのケーブルを引っ張って、ステージからヘッドホンを回収した。
音が無かった。自分と一緒に歌い踊るPPPの映像を、オオミミギツネは見ていた。音が無い分、映像が色あせて見え、左右や後方から来る情報が無い分、視野も狭く感じられた。
もうすぐ、歌は2番のサビのはずだった。
オオミミギツネが、目を閉じて、息を深く吸い込ん*18だ。
そして、パッと顔を上げた。髪からサンドスターが飛び散り、キラキラ*19と輝い*20た。
オオミミギツネの頭に、大きなけもの耳が戻った。
オオミミギツネが目を開けた。
一気に視野が広がり、世界に色が戻った。
オオミミギツネの脳に、四つの耳から膨大な音の情報が流れ込んできた。
音圧、周波数、波形、方向、距離、反響、残響……。音の洪水だった。
オオミミギツネの脳は、大量の音の情報を飲み込んだ。
そして、誰にも届かぬ速さ*21で、音を、分解、解析、合成、認識、記憶していった。
リズム、メロディ、ハーモニー、歌詞……。
ドッドッドッドッ……と、速くて大きい、自分の心臓の音が聞こえた。
観客のざわつきや、PPPのメンバーの足音や、息づかい、彼女たちの心臓の音まで聞こえた。
音の形、音の色、音の感触、音のにおい、音の味まで感じられた。
オオミミギツネの脳では処理しきれない音が、あふれた。
オオミミ 「……う……うああっ……」
オオミミギツネが、目を見開いて、一瞬苦しげな顔になり、ふらついた。
音は音量を増し、立体感を増し、空気の振動や、はじける音の粒が、キラキラ、チカチカ*22と、七色に輝いて*23見えるようだった。
オオミミギツネは、音で、自分のまわりの全てが見えた。
やがて音は“見える”を超えた。
オオミミギツネは、誰も未体験の景色*24を、聞いた。
オオミミギツネは、ふらつきながらも歌い踊り続けた。先ほどより大きな声で、まぶしい太陽みたいな笑顔で歌*25った。そして、息つく暇もな*26く押し寄せるしあわせ*27に身を任せて、踊った。
やがて、ふらつきもなくなり、振り付けも歌も、完コピ*28以上の出来になった。
ハブとブタは、放心したように、オオミミギツネを見ていた。
曲が終わった。
オオミミギツネが、ふらりと倒れた。
それを、コウテイが抱きとめた。
コウテイ 「大丈夫か!」
ブ タ 「しはいにん!!」
ハ ブ 「どうした!!」
観客からどよめきが起きた。
イワビー 「なんだっ!」
プリンセス「救護を! 早く!」
イワビー 「ここは照明があつい!」
フルル 「あっちへ運んであげて」
マーゲイ 「貧血ですか!? 舞台わきへ!」
ジェーン 「手伝います! 顔色が……震えてますよ!」
マーゲイが観客にアナウンスした。
マーゲイ 「申し訳ございません。ライブは中断させていただきます。しばらくお待ちください」
ステージの照明が落ちた。観客はざわついていた。
コウテイがオオミミギツネのわきを、ジェーンが足をつかんで、舞台わきへ運んで行った。
観客からは見えない舞台わき。
マーゲイ 「わたし、はかせたちを呼んできます!」
マーゲイが走り去って行った。
オオミミ 「ごめんなさい……ライブ、止めちゃって……」
あおむけに倒れたオオミミギツネは、涙を流しながら力なく言った。目は焦点が合っておらず、泳いでいた。かすかに体が震えていた。そのまわりに、ハブとブタ、そしてPPPのメンバーがいた。
ハ ブ 「その耳、自分で作り出したのか……後先考えない*30で……」
ハブは、憐れむような表情になった。
オオミミ 「きこえた……聞こえたわ……まぶしい音……あたま、こわれちゃう、くらい……」
オオミミギツネは、涙を流しながら、ほんの少し笑ったように見えた。
オオミミ 「あれ? あれ? こえぇ、でない……」
ハ ブ 「聞こえてるぞ! 声は出てるだろ!」
オオミミ 「音のシャワー……受け止め*31きれなかった……こわれちゃった……」
ハ ブ 「おい! なにを言って!」
オオミミ 「まだ……夢の途中*32……けど……ペパプの歌で……死ねるなら……」
ブ タ 「ええ!?」
オオミミ 「なにも、いらない*33……」
ハ ブ 「ダメだっ!! 死ぬな!! ホテルはどうなる!!」
ブ タ 「いやです!! こんなの!!」
オオミミ 「たのしかった*34わ……」
オオミミギツネが、目を閉じて、無理やり微笑んだ。涙があふれた。
ハ ブ 「聞こえるか*35!! 聞こえてるのか!!」
オオミミギツネが、薄く目を開けた。
オオミミ 「もう……だらしないわね……しっかり、しなさい*36……」
オオミミギツネが目を閉じた。全身の力が抜け、震えが止まった。
ブ タ 「しはいにん!」
ハ ブ 「おい!! おきろ!! 悪い冗談*37だろ!」
待ってるのはどんな未来?*38。
ライブから2年ほどが経った、ある日の午後。完成した新ホテルの最上階。その一室。
ハブが、ベランダの柵にもたれかかって、海に半分沈んだ旧ホテル跡を見ていた。部屋はきれいに掃除されており、きれいに整えられたベッドが客を待っていた。
ハ ブ 「何十回、否定しても、何百回、肯定するよ*43……」
ハブが、つぶやくように歌っていた。
ブ タ 「いい歌ですよねぇ」
ハ ブ 「うおっ!」
ブタが、ハブの後ろから現れた。
ハ ブ 「掃除終わったのか?」
ブ タ 「全室完了です!」
ブタは、明るい感じで言った。
ブ タ 「それより、ハブさんの持ち場はここじゃないですよ!」
ブタは、ちょっと叱るような口調になった。
ハ ブ 「あのひとのマネか?」
ブ タ 「そんなつもりじゃないんですけど……」
ブタが苦笑いした。
ハ ブ 「いっつも、突然現れたんだよなー」
ブ タ 「これも……突然現れたんですよ!」
ブタが、後ろ手に隠していたものを、ハブの前に笑顔で掲げた。
ハブの顔が、驚愕に変わった。
ハ ブ 「……うそだろ……」
それは、アナログレコードだった。その盤面には、「Japari Park」と書かれており、ディスクの3分の1ほどが大きく折れ曲がっていた。
ハ ブ 「音が出るやつだ!どこにあった!?」
ブ タ 「それが……」
回想。新ホテルのエントランス。
ブ タ 「下で、掃除をしていたら……」
ブタが、カウンター前の木の床をモップがけしていた。
ブタが何かの気配を感じて、ちらりと、出入り口のドアの窓を見ると、ビュン! という音とともに、オレンジ色のなにかが去って行った。それは他の窓からもちらりと見えた。
ブ タ 「なにかが玄関の前にいたんです。でもものすごい速さでいなくなってしまって」
ブタが、ドアを開けて外へ出た。そして足元に落ちているものに気づき、拾い上げた。
ブ タ 「それで、外を見たら、これが落ちていたんです」
ブタが拾い上げたものは、折れ曲がったレコードだった。
回想おわり。
ハブが、レコードを受け取った。
ハ ブ 「わけわかんねーな。これがあったのは下の階だ。深すぎて掘りだせねえだろ? それに、玄関にいたのはなんだ? フレンズか?」
ブ タ 「たぶん、フレンズです」
ハ ブ 「親切なやつがいたもんだ……ふんふん……」
ハブが、レコードのにおいをかいだ。
ハ ブ 「……わかんねぇ。あんた鼻がきくだろ? においしなかったか?」
ブ タ 「外ににおいは残ってたんですけど、かいだことがあるような、ないような……」
ハ ブ 「なんだよそれ……」
ブ タ 「たぶん、ネコ科の子だと思うんです。でもそれ以上はわかりません」
ハブが、レコードを見つめて、少し考え込んだあと、つぶやいた。
ハ ブ 「…………遅すぎだぜ……」
ハブがレコードの盤面を指でなでた。かすかに、キュッと音がした。
ブ タ 「あの箱がないのが残念ですねぇ……音が出ればいいのに……」
忍び寄ってくる、ちいさな影*44。
「聞こえてるわよ」
ふたりが振り返った。
少し開いたドアから入ってきたのは、大きな耳がある、茶色がかった灰色の、やや小柄なキツネだった。
ブ タ 「きつね?」
ハ ブ 「どうやって登ったんだ?」
ブ タ 「まさか!」
キツネは、トテトテ……と歩き、タタタッと速足になって、ふたりに近づいてきた。
そしてふたりを見上げ、ハッハッ、と荒い息をした。
ハブとブタがしゃがんだ。
ハ ブ 「……これが、ほしいのか?」
ハブが、床にレコードを置いた。
キツネは、レコードのにおいをかいだ。だが、すぐにかぐのをやめて、今度はハブの膝に鼻先をくっつけるようにしてにおいを嗅いだ。
ブ タ 「ハブさんの方が好きみたいですね」
キツネが、においをかぐのをやめて、ブタの方を見上げた。
ブタが、キツネの頭をなでた。
ブ タ 「なつかしい、においですぅ……」
ハ ブ 「このぬいぐるみはしゃべらねーのかー?」
ハブがキツネのあごをくすぐった。その声はやさしかった。
ガブっ! と突然、キツネがハブの手にかみつこうとした。
ハ ブ 「ひっ!」 ブ タ 「わっ!」
ハブはすぐに手を引いて逃れ、しりもちをついた。
ハ ブ 「何がダメなんだ*45よっ!」
キツネは、タタタッとハブから数歩離れ、振り返った。
ハ ブ 「はっ……」
一瞬、ハブとキツネが止まった。
そして、キツネは前を向き、ドアの方へ、トテトテと歩いて行った。
ブ タ 「ハブさん! 行っちゃいますよ!」
ハ ブ 「まてっ!」
キツネが速足になり、少し開いたドアから部屋の外へ出て行った。
ハブが立ち上がり、ドアに駆け寄った。そして部屋のドアを開けた。
ハ ブ 「…………う……」
ハブの表情が崩れた。
ブ タ 「ハブさんどうしたんですか!?」
ハブは、ふらりと廊下へ出た。
ハ ブ 「……どうした、って……」
ハブは声を詰まらせた。
ブタも廊下へ出た。
ブ タ 「え……」
廊下に、キツネの姿は無かった。
ブ タ 「きえちゃった……」
ハブが、肩を震わせた。
ハ ブ 「やめようぜ……こんな*46、いたずら*47……うう……ぐす……」
ハブは、立ったままうなだれて、涙をぬぐった。
ブ タ 「追いかけましょう! まだ近くに……」
ハ ブ 「いや、いいんだ。……ぐす……ここは、帰る場所*48じゃねえんだよ……」
ブ タ 「そんなことないです! ……これ、音が鳴らせれば、また来てくれますよ」
ブタが、折れ曲がったレコードを掲げた。
ハ ブ 「……無理だ! 鳴らす箱がないし、こんなに曲がってたら……」
ブ タ 「じゃあ、叫んでください」
ブタは笑顔で、明るい声だった。
ハ ブ 「は?」
ハブは、気が抜けた様子だった。
ブ タ 「気合を入れて*49、海に向かって『支配人がいなきゃダメ*50だー!』って」
ハ ブ 「なんだよそれ……。そんなんで来るなら、いくらでも、何度だって*51叫んでやるよ! 声が、枯れ*52ても……」
ブ タ 「だいじょうぶですよぅ。支配人は、遠くにいても、近くにいても*53、ちゃーんと聞いていますから」
おわり
ライブから数日後の夕方。未完成の新ホテルの最上階。
日が傾き、空がオレンジ色に変わり始めていた。
ハブが、ベランダの柵にもたれかかって、海に半分沈んだ旧ホテル跡を見ていた。最上階には床板が張られていた。天井もあったが、壁は一部が欠けていた。
ハ ブ 「ロッキン、ホッピン、ジャンピン*55……」
ハブが、つぶやくように歌っていた。
ブ タ 「みみに残りますよねぇ」
ハ ブ 「おわあっ!」
ブタが、ハブの後ろから現れた。
ハ ブ 「高いところ怖いんじゃなかったのか?」
ブ タ「床があるからだいじょうぶです。それより、ハブさんの持ち場はここじゃないですよ?」
ハ ブ 「支配人のマネか?」
ブ タ 「そんなつもりじゃないんですけど……」
ブタが苦笑いした。
ハ ブ 「いっつも、突然現れんだよなー」
ブ タ 「やっぱり、あのひとがいないと、ダメ*56ですね……」
ハ ブ 「聞こえるか*57ー!! あんたがいないとダメ*58だってさー!!」
ハブは、海に向かって叫んだ。
近づいてくる、誰かの足音*59。
オオミミ 「聞こえてるわよ」
オオミミギツネが、階段を上ってきた。
その頭には、けもの耳が無かった。ヘッドホンは付けていなかった。
回想、ライブの日。
プリンセス「……わたしたちのせいで……」
ハ ブ 「あんたらのせいじゃねえ!」
ハ ブ 「つづけてくれ!」
プリンセス「え?」
ハ ブ 「お願いだ! ライブを続けてくれ! 支配人ならだいじょうぶだ!」
ハブが、オオミミギツネを両腕で抱き上げた。
ブ タ 「ハブさん、なにを……」
ハ ブ 「ちょっと離れて見てる」
ハブは、オオミミギツネを抱いて、走り去って行った。
ブ タ 「待ってください! どこへ!」
ハブは、オオミミギツネを抱いて、暗い中、新ホテルの階段を上っていった。
回想おわり。
新ホテルの最上階のベランダ。
3人はベランダの柵にもたれて、夕焼け*60を眺めていた。
ブ タ 「あこがれちゃいますぅ。キラキラの絵本*61みたいで」
オオミミ 「なに? なんのはなし?」
ブ タ 「おひめさまは、おうじさまのキ……」
ハ ブ 「やめろ!」
ハブが顔をそらした。顔が赤かった。
オオミミ 「だからなんのはなしよ!」
ハ ブ 「あんたの地獄耳がなくなって助かったぜ……」
オオミミ 「…………」
オオミミギツネは、ちょっと驚いた顔をした。
ハ ブ 「わりい! 言い過ぎた!」
オオミミ 「いいのよ。ちゃんと聞こえるから。……あなたの毒舌には助けられたわ」
オオミミ 「はあ!? なんだよ気持ちわりい」
ブ タ 「ふふっ。ふたり、ぴったり相性抜群*62です」
オオミミ 「……なに勘違いしてるのよ……」
オオミミギツネがうつむいて、顔をそらした。
ハ ブ 「やっぱかわいくなったな!」
ハブが、オオミミギツネの頭をくしゃくしゃとなでた。
オオミミギツネが立ち上がり、近くに置いてあった小さな角材を拾って、木刀のようにハブに向けた。
ハ ブ 「ひいっ!」
オオミミ 「わたしをなぐさめ*63ようなんて、200キロ*64早いわ!」
ハ ブ 「単位がおかしいだろ! なぐさめてねーし!」
オオミミギツネの後ろから、ブタが素早く何かをオオミミギツネの頭に付けた。
ハ ブ 「ぷっ! ふはは! 似合ってる! 超かわいい*65ぜ!」
オオミミ 「え? なにこれ?」
オオミミギツネが、片手で自分の頭をさわった。そこには大きな耳のようなものがあった。
オオミミ 「みみ?」
それは、暗いグレーの、大きな蝶結びが付いたヘアバンド*66で、頭の高い位置で結ばれていた。
ブ タ 「これ、ハブさんが……」
ハ ブ 「言うな!」
オオミミギツネが、持っていた角材を落とし、うつむいた。角材がカランと音を立てた。
オオミミ 「やめなさいよぅ…… またこんな*67のー……」
ハ ブ 「もう、泣くなよー*68!」
ハブが笑った。
オオミミ 「まいったわねえ……」
オオミミギツネが涙をぬぐった。
ブ タ 「ほら、笑って*69ください!」
ブタが、オオミミギツネの前に立った。オオミミギツネが顔を上げ、笑顔を作った。
オオミミ 「……ありがとう。これからも、よろしく*70ね」
3人が眺めていた夕焼けに、スラリ、とあかね雲が伸びた*71。
おわり
歌詞引用個所 あとがき
読んでいただきありがとうございます。
以上、答え合わせ的なものでした。
文字の色を変えて、引用元の曲名を脚注で表記する作業は結構大変でした。書いてから時間が経っているため、筆者自身が忘れている引用個所もあるかもしれません。
「また会いにいくよ」で、引用が無い部分が続くのは、物語重視で書いて、上手く歌詞を挟み込めなかったためです。
・ 実は、色変え版の追加投稿に合わせて、本編(色を変えていない方)も少し修正しています。
・ 「夢みるプリンセス」と「わたしたちのストーリー」は特に重要な曲です。筆者は、“「夢みるプリンセス」は、しはいにんにぴったりな歌詞だなー”と思っていて、これをかなり意識して書いています。本作のタイトル案の一つに、「夢みるしはいにん」というのがあったくらいです。
・ 「とびきりの私を見てね」で、オオミミギツネに「ヘアバンド」をプレゼントしていますが、これは当初は「カチューシャ(大きなリボン付き)」でした。「Hello! アイドル」に合わせて「ヘアバンド」に変更したんです。ですが私は、カチューシャの方が合っている(ヘアバンドだと、飾り結びが頭の上でなく、おでこ寄りになってしまう)かなとも思っていて、今だに迷っています。
・ 「輝いて(輝く)」「一緒に」は、いくつもの曲に出てくる言葉です。偶然かもしれませんが、PPPに似合う言葉、という気がします。
本作で行った、歌詞を入れた書き方は……
大まかな物語を考える(物語自体は自分で考えたものですが、歌詞の影響を受けています)。
↓
歌詞から、使えそうなフレーズを探して書き出す(ここで書き出したもの以外の歌詞を使うこともありました)。歌を聴いて、ある程度歌詞を頭に入れておく。
↓
そして、
A 歌詞を挟み込みながら文章にする。
B 文章の中の言葉を歌詞に置き換える。
C 歌詞が収まるように、物語と、引用した歌詞の前後の文章を修正する。
という感じです。
A~Cは順番に行うのではなく、歌詞を入れられそうな場所を探しながら、三つの方法を使って文章を書いて、いじっていく感じです。作業の半分くらいは、書かずに頭の中で行います。
“歌詞抜き版”を書くとしたら……
Bで言葉を置き換えた個所は、歌詞を抜いて元に戻せます。でもAで歌詞を入れた個所や、Cで前後の文章を大きくいじった個所は、歌詞を抜いて書き直すのが大変です。
他の曲、PPPの新しい曲を入れて書き直せば、もっと歌詞が入るのでは……と思ったりもしますが、正直めんどくさいのでこのままにしておきます。歌詞を混ぜるのは味付けであって、それがメインではありませんし、2期のホテル3人組の話とか、ネタの鮮度が低いですし……。
2019/10/25 記
※ どうでもいい疑問……「鮮度が高い・低い」と「鮮度が良い・悪い」ってどっちが正しいんでしょう?
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