転生したらバーサーカーのマスターになりました。 (小狗丸)
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000

頼光さんのフィギュアをゲットした時に思いつき、勢いで書いてみました。


 交通事故に遭って死んだら「Fate」の世界の魔術師に転生して、聖杯戦争の参加することになった。

 

 俺、孔雀原(くじゃくばら)留人(りゅうと)に起こった出来事を簡潔に説明すると以上の一行で尽きた。

 

 前世の俺は歩きスマホで「Fate/Grand Order」をしながら近くのコンビニに行く途中、信号無視のトラックにはねられて即死、その後はネット小説らしく「Fate」の世界の魔術師の家に転生したのだ。

 

 しかし俺は生まれてすぐに前世の記憶を取り戻したわけではなく、前世の記憶を取り戻したのはつい最近のことだ。

 

 前世の記憶を忘れていてここが「Fate」の世界だと知らなかった俺は、実家の魔術を受け継ぐと時計塔の鉱石科で魔術の研鑽に明け暮れていた。今思えば前世の頃から「Fate」の魔術に憧れていた俺は、実家の魔術がマキリの魔術みたいな嫌悪感を抱くような代物ではなかったことが幸いして魔術の研鑽に励み、それなりの実力を手に入れることができた。

 

 そしてそんなある日、突然左手に鋭い痛みが走り、何事かと左手の甲を見ればそこには赤い奇妙な痣が浮かんでいて、それを見て俺は前世の記憶を取り戻して気づいたのだ。

 

 ここが「Fate」の、それも「Fate/Apocrypha」の世界であることを。

 

 この世界が「Fate/Apocrypha」の世界だと気づいた理由は左手の甲に浮かび上がった痣、サーヴァントのマスターの証である令呪のデザインに見覚えがあったからだ。

 

 「Fate/Apocrypha」では参加する魔術師達が赤の陣営と黒の陣営の二つに分かれて、それぞれの陣営が七騎ずつサーヴァントを召喚して競い合う「聖杯大戦」という大規模な聖杯戦争が行われる。そして黒の陣営のマスターはユグドミレニアという魔術師の一族に連なる、あるいは協力関係にある魔術師で、黒の陣営のマスターに宿る令呪は全て同じデザインをしているのだ。

 

 ここまで説明すればもう分かると思うが、俺の左手に宿ったのは黒の陣営の令呪であった。実は俺の家、孔雀原家はユグドミレニア一族と昔から協力関係にあるのだが、ユグドミレニア一族に数えていいのかも分からない末席中の末席である俺が黒の陣営のマスターに選ばれるとは正直夢にも思わなかった。

 

 前世の記憶を持つ者として、魔術師として聖杯大戦には非常に興味があるが、黒の陣営というかユグドミレニアって最終的には敗北して魔術協会に解体されるんだよな。

 

 その事を知っている身としては聖杯大戦に参加するかどうかは微妙な所で、この令呪一体どうしようかなと考えていると、どこで俺に令呪が宿ったのを知ったのかは分からないが、ユグドミレニアのトップであり黒の陣営でランサーのマスターとなるダーニックが俺の前に現れた。ダーニックは案の定、俺に黒の陣営のマスターの一人となって聖杯大戦に参加するように言ってきて、その時に向こうがすでにランサーとキャスターを召喚していること知った俺は下手な抵抗は無意味……どころか命の危険だと判断してこれを了解した。

 

 俺が黒の陣営に参加することを了承するとダーニックは、早速俺にサーヴァントを召喚するようにと命令を出してきた。ダーニックが言うには、他のマスター候補者を差し置いて完全なイレギュラーである俺がマスターになった事には何か特別な意味があるかもしれず、それを確かめるのと同時に万が一の時の戦力を得る為に早めにサーヴァントを召喚したほうがいいという理由からだ。

 

 ダーニックの命令を受けた俺は一時日本の実家に戻り、実家の工房で孔雀原家の家宝である正体は分からないが強い神秘の力を宿している金属の欠片を召喚の媒体としてサーヴァント召喚の儀式を実行した。そして召喚されたのは……。

 

 

「こんにちは、愛らしい魔術師さん。サーヴァント、セイバー……あら? あれ? わたくし、セイバーではなくて……まあ。あの……源頼光と申します。大将として、いまだ至らない身ではありますが、どうかよろしくお願いしますね?」

 

 

 「Fate/Grand Order」に登場するバーサーカーのサーヴァント、源頼光だった。

 

 俺に挨拶をしてくれる頼光さんを見て俺は、前世で交通事故に遭う直前、頼光さんを使って種火周回をしていた事をおぼろげだが思い出す。

 

 まあ、今はそんな事はどうでもいいとして。召喚したのが頼光さんって事は俺、バーサーカーのマスターってこと? 原作ではバーサーカーのマスターはカウレスだったけど、彼はどうなるの? 俺がマスターの一人になった時点で原作に「ズレ」が生じていたのは知っていたけど、これは流石にマズくないか? この手のネット小説だと転生者の主人公は原作知識を活用して上手く立ち回るらしいけど、なんだか最初から原作に大きなズレができてしまっているみたいなんだけど?

 

 ……この聖杯大戦、俺は生きのびることができるのか?




これは続かない。……多分。


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001

「面白い」という感想と評価9をもらったので、もう少しだけ書いてみました。


「あの……? どうかしましたか? どこか具合でも悪いのですか?」

 

 俺が予想外の出来事に固まっていると、目の前にいる頼光さんが心配そうな表情を浮かべて話しかけてきた。

 

「え? い、いや、何でもない。そういえば自己紹介がまだでしたね。俺は孔雀原留人。貴女を召喚したマスターだ。よろしくお願いします」

 

「孔雀原留人……いいお名前ですね」

 

 俺が自己紹介をすると頼光さんは心配そうな表情を笑顔に変えてそう言ってくれた。その声は前世で遊んだ「Fate/Grand Order」で何度でも聞いた頼光さんの声と全く同じだった。

 

 最初は俺がカウレスの立ち位置だったバーサーカーのマスターになった事に驚いたが、こうして考えてみると頼光さんを召喚できたのは幸運なのかもしれない。

 

 頼光さんは「Fate/Grand Order」でも屈指の戦闘系サーヴァントで、人格も一部不安なところはあるが、それでもクセが強いサーヴァント達の中では話が通じる部類だ。

 

 元々俺が黒の陣営のマスターに選ばれた時点で原作との「ズレ」が生じているんだ。それだったら頼光さんのような強力で協力的なサーヴァントがいてくれた方が不測の事態が起きたときに助かる確率が高いだろう。

 

 前世の記憶を取り戻した俺はこの世界が物語の世界だと気づいたが、だからといってゲーム感覚で楽しめるような呑気な性格はしていない。俺はこれから起こる聖杯大戦を生き残って、この世界で生きていく。そのためには彼女の、バーサーカーのサーヴァントである源頼光の協力が必要不可欠だ。

 

 そう結論を出した俺は早速頼光さんとコミュニケーションをとることにした。

 

 聖杯戦争で生き抜くのに大事なことは自分のサーヴァントと良好な関係を築くことだ。前世で見てきた「Fate/」シリーズでは、自分のサーヴァントと信頼関係を築けなかったマスターは必ずと言っていいほど何らかの形で自滅している。

 

 幸いというか頼光さんとコミュニケーションをとることは苦ではなかった。俺としては「Fate/Grand Order」でお気に入りのキャラクターであった頼光さんと話すことは苦になるどころかむしろ楽しかったし、頼光さんの方も俺との会話を楽しんでくれているみたいだった。

 

 それからしばらくの間、俺は頼光さんと談笑した後、いよいよ核心に迫る質問を彼女にすることにした。

 

「あの、頼光さん? 頼光さんは聖杯を手に入れたら一体何を願うのですか?」

 

「聖杯への願い、ですか。やはり、母と子の愛に満ちた、平穏な世が一番ですね」

 

「………」

 

 俺の質問に対する頼光さんの答えは「Fate/Grand Order」で聞いた聖杯に対する願いと全く同じもので、それを聞いた俺は自分の頬に冷や汗が流れたのを感じた。

 

 聖杯大戦に召喚されるサーヴァントの一体にアタランテというサーヴァントがいて、彼女の聖杯に対する願いは「子供が永遠に愛される世界」という、今さっき頼光さんが言った願いとよく似ているものであった。

 

 子供が愛され続ける世界。それだけを聞くと理想的な願いに思われるが、現実的に考えるとその願いは不可能だ。人の心程不確かなものはなく、世界の子供達が愛され続ける世界だなんて、それこそ聖杯の力で世界中の人達の意識を上書きするくらいの荒業を使わないと実現不可能だと言える。

 

 だからこそアタランテは最後まで聖杯を求め、最終的に彼女はこの物語の主人公とも言える者達と敵対することになったのだ。

 

 もし頼光さんの願いもアタランテと同じものだったら彼女も最後にはこの物語の敵となるだろう。そうなったら頼光さんのマスターである俺も危ない。そうなる前に……いや。

 

「マスター? どうしました?」

 

「いや、その……。頼光さん? 母と子の愛情に満ちた世界とはどういう意味ですか? 世界中の親子を聖杯の力で愛し合わせるという事ですか?」

 

 俺は早まった結論を出そうとする思考に待ったをかけて頼光さんに確認を取る。すると頼光さんは少し考えた後、少し悲しそうな表情を浮かべて首を横に振った。

 

「いいえ。聖杯の力で親子の間に愛情を抱かせてもそれは所詮まやかし。私は以前、愛に飢えた哀れな者が人の心を操る妖術を手に入れたところを見た事があります。その結果は実に悲しいものでした。やはり真実の愛とは自分自身で気づくもの。聖杯の力は親子が愛に気づく一助になればいいと思います」

 

「そ、そうですか……」

 

 頼光さんの言葉を聞いて俺は内心で胸をなでおろした。どうやら頼光さんはアタランテとは違い、現実的な願いの持ち主のようだ。

 

 これなら頼光さんと敵対する事はないだろうと安心していると、今度は彼女の方から俺に質問をしてきた。

 

「それでマスター? マスターは聖杯にどのような願いを願うのですか?」

 

「俺ですか? 聖杯の願いはまだないですけど、今のところの目標は『この世界で生き残ること』ですね」

 

「この世界?」

 

 俺は首を傾げる頼光さんに自分の秘密を明かす事にした。これから起こる聖杯大戦で生き残るには彼女の協力が必要不可欠である為、頼光さんにだけは俺の事を全て知ってもらおうと思ったからだ。

 

 俺が転生者で前世の記憶を持っていること。

 

 この世界が前世で読んだ物語の世界であること。

 

 そしてその前世で読んだ物語によれば、これから起こる聖杯大戦は非常に危険な上に最終的には世界の危機にまで発展すること。

 

 その全てを話し終えた頃には流石の頼光さんも驚いた表情となって口元を隠していた。

 

「そんな……まさかそのような事が起こるだなんて……」

 

「信じられないと思いますが事実です。俺はどんな事があっても生き残りたい。ですからそのためには頼光さんの協力が……うぷ?」

 

 言葉の途中で俺は頼光さんに抱きしめられて、顔を彼女の胸元に埋もれさせていた。突然のことに俺が混乱させていると頼光さんの声が聞こえてきた。

 

「なんと可哀想に……そんな重すぎる事実を今まで一人で抱えていただなんて……。でも大丈夫ですよ。これからはこの母がいますからね。もうマスター一人だけで悩まなくてもいいのですよ」

 

「………」

 

 頼光さんの言葉を聞いて俺は自分の心が少し軽くなった気がした。

 

 そう、今の俺には源頼光という心強い味方がいる。そして原作知識という未来の知識だって、多少の「ズレ」が生じてはいるがまだ有効に使えるはずだ。これを上手く使えばこの聖杯大戦も生き抜くことが……生き……抜く……。

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………。

 

「………!」

 

「どうしたのですか、マスター!? 心が折れたような顔となって床に手をつけて!?」

 

 これからの聖杯大戦、どのように生き抜こうかと考えた俺は、まずユグドミレニアが敗北した原因を見つめ直すことにしたのだが……ユグドミレニアが敗北した理由ってほとんど自滅じゃないか!? こんなのいくら原作知識と頼光さんの協力があってもどうしようもないぞ!

 

 ……この聖杯大戦、俺は生きのびることができるのか?




やっぱり続かない?


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002

何やら好評だったようで調子に乗って続きを書いてみたのですが、全然進んでいない上にネタバレ回になってしまい、申し訳ありません。


「マスター? 大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫です……。聖杯大戦で生き残って、それでいて自陣を勝たせる方法を考えると、あまりにもその道筋が困難だったもので……」

 

「聖杯、大戦? 自陣?」

 

 俺に気遣って声をかけてくれた頼光さんに答えると、それを聞いて彼女は首を傾げた。ああ、そうか、頼光さんは知らないのか。

 

「そういえば説明していませんでしたね。これから起こるのは七騎のサーヴァントが戦い合う聖杯戦争じゃなくて、『黒』と『赤』の二つの陣営がそれぞれ七騎のサーヴァントを召喚して計十四騎のサーヴァントが参加する聖杯大戦なんです。それで俺が所属しているのはユグドミレニアという一族の魔術師だけの『黒』の陣営。だけど俺が知っている物語では『黒』の陣営のサーヴァントとそのマスターは、その大半がロクな結末じゃないんですよ」

 

 そこまで説明して俺は、物語で「黒」の陣営のサーヴァントとマスターがどの様な結末を迎えるのかを話した。

 

 

 セイバー組。

 セイバーは知名度も実力も非常に高く「黒」の陣営の主戦力で、マスターも一流の魔術師。しかしマスターはサーヴァントを単なる使い魔としか見ておらず、セイバーが大人しく従ってくれているお陰で何とか、辛うじて主従の関係を保てている状態。

 最後は脱走した一人のホムンクルス(後の主人公)を捕縛する任務で、マスターがホムンクルスを殺しかけて、それを救おうとセイバーが自分の心臓をホムンクルスに捧げ、聖杯大戦最初の脱落者となる。

 

 アーチャー組。

 アーチャーは神話の時代の英霊でマスターは若いながらも一流の魔術師。その上、アーチャーもマスターも互いを理解して尊重し合う理想的な関係で、その事もあってアーチャー組は戦いの面でも事務的な面でも「黒」の陣営を支えてくれた。

 最後は「赤」の陣営が召喚した「赤」のライダーに敗北したが、アーチャーが遺してくれたものは大きく、アーチャー組がいなければユグドミレニアの一族は早々と敗北していただろう。

 

 ランサー組。

 ランサーのマスターは「黒」の陣営、ユグドミレニア一族のトップであるダーニック。ランサーは生前は王であった英霊であったため、ランサーが主でダーニックが従の関係であったが、それでも表面上は上手くいっており、最初はランサー組が「黒」の陣営をまとめていた。

 しかしダーニックは内心でランサーのことを使い魔と見下しており、聖杯大戦の途中で不利な戦況を覆す為にランサーが「決して使用しない」と言っていた宝具を令呪で無理矢理使用させる。それによって暴走したランサーはダーニックを殺して吸収してしまう。

 宝具を使ったランサーは確かに強力な力を得たが、敵側に宝具を使った状態のランサーにとって天敵と言える存在がいて、ランサーはその天敵によってあっさりと倒されるという最期を迎える。

 更に言えばダーニックが聖杯大戦で自滅してしまったせいで、最後の戦いの後に指導者を失ったユグドミレニア一族は魔術協会によって解体され、ユグドミレニアの歴史に幕を引いたのはダーニック自身であった。

 

 ライダー組。

 ライダーは自身の戦闘能力こそ低いが、その人格で周りのムードメーカーとなって、他にも複数の宝具を所有していることから不利な戦況を覆す可能性を持つ。実際、世界の危機を救う最後の戦いではライダーの宝具は大きな助けとなった。

 最後の戦いが終るとライダーは受肉して現世を気ままに旅をすることになり、結果から見ればライダーはこの物語で一番の勝ち組と思われる。

 しかしライダーは召喚した最初のマスターが、重度のサディスト……どころかサイコパスの殺人者とも言える人物で悪すぎた。ライダーのマスターは、ライダーを苦しめるためだけに聖杯大戦の最中にもかかわらず令呪で無茶な命令を出そうとして、その隙を突かれて「赤」のセイバーに首をはねられて死んでしまう。

 

 キャスター組。

 キャスターはゴーレムの製造に長けた魔術師の英霊で、多くのゴーレムを製造してユグドミレニアの戦力を揃えたりと、聖杯大戦が始まる前からユグドミレニアを支えてくれている。マスターもゴーレムの製造を得意とする魔術師で、キャスターとマスターの関係は主従では無く師弟関係と言った感じ。

 キャスターとそのマスターは、表向きは師弟として良い関係を築けているように見えたが、実際はお互いの事を見ておらず、その理解不足と信頼の歪みは最悪の形で表れる事に。

 キャスターの望みは自身の宝具である究極のゴーレムを製造することなのだが、その製造は困難を極めた。「黒」の陣営では究極のゴーレムを製造できないと判断したキャスターは敵に寝返り、更には自分のマスターを部品として使い、ついに究極のゴーレムを完成させるのだが、その直後にかつての仲間だった「黒」のサーヴァントに殺されてしまう。

 

 アサシン組。

 アサシンは怨念の集合体という反英霊で、マスターはユグドミレニアの魔術師がなるはずだったのだがアサシンの召喚直後、魔術師が召喚の生け贄用に儀式の場に捕らえていた一般人の女性にマスター権を奪われてしまう。

 その後、アサシンと新たなマスターとなった女性は「黒」でも「赤」でもない第三の勢力となり、自分達の思うままに聖杯大戦を荒らし、最終的には最後の戦いの前に倒されてしまう。

 また、アサシンは「黒」の陣営の本拠地にも攻撃を仕掛けたことがあって、その際に「黒」の陣営は決して少なくない被害に遭うことになる。

 

 バーサーカー組。

 今回は俺と頼光さんがバーサーカー組だが、本来の物語では別のサーヴァントとマスターだった。

 本来のバーサーカー組はサーヴァントもマスターもとても一流とは言えなかったが、それでもとても良い信頼関係を築いていて、安定した戦いぶりをみせていた。

 聖杯大戦時、「赤」のセイバーを倒すためにバーサーカーは最大出力の宝具を使い自爆してしまう。だがこの時の宝具の余波がその場にいた主人公に影響を与え、最後の戦いで大きな助けとなる。

 

 

「……それは、なんと言いますか……その……」

 

 俺が「黒」の陣営の結末を話すと頼光さんは何とも言えない表情となって言葉を濁す。

 

 うん。気持ちは分かる。だってこうして説明することで俺も「黒」の陣営の酷さが再認識できたから。

 

 頼光さんが、バーサーカーが呆れるくらい酷いサーヴァントとマスターの信頼関係なんてそう多くな……いや、結構あるかな? とにかく「黒」の陣営はもう少しだけ信頼とか慎重さとかがあったら、もう少しマシな結末があった気がする。

 

 特に酷いのがランサー組だ。ダーニックは生粋の魔術師だから内心でランサーを見下しているのも一応納得できるが、それにしても聖杯大戦ではもっとやり様があったんじゃないかと思う。前世の小説やアニメで知ったダーニックの戦いは焦りのあまりの失敗が目立って、もっと落ち着いて戦いに挑めばあんな自爆としかいえない結末にならなかったはずだ。

 

 というか「黒」の陣営で真面目に聖杯大戦をやっていたのってアーチャー組とバーサーカー組だけじゃない? しかもそのバーサーカー組は俺と頼光さんが乗っ取っちゃったし……。

 

 これ、本当に大丈夫? 俺ってば生き残れるの? 何だか他のサーヴァントかマスターの自滅巻き込まれて死んでしまうフラグ乱立している様に見えるんだけど?




今回の話を書いてみて、作者もユグドミレニアを勝たせるのは並大抵な苦労ではないと痛感しました。
……やっぱり続かない?


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003

「……頼光さん、逃げませんか? 聖杯大戦から」

 

 自陣の酷さを再確認した俺は、思わず頼光さんに半ば本気で聖杯大戦からの逃亡を提案した。前途が多難すぎる聖杯大戦なんか知ったことかと思う俺は決して悪くないと思うのだが、頼光さんは困惑した表情となって口を開く。

 

「逃げる……ですか? 逃げられるものなのですか?」

 

「逃げられる。今ならまだ」

 

 と、どこぞの魔術師殺しのようなことを言って、俺はポケットからスマートフォンを取り出す。そして人相は悪いが気の良いグラサンネクロマンサーか、女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男性教師のどちらに電話をしようか悩んだその時……。

 

《行け行け僕らのグレートビックベン☆ロンドンスター♩》

 

 スマートフォンが突然呼び出しの着メロを歌い出し、一体誰かと画面を見ると「カウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア」という、最近知り合った友人の名前が表示されていた。

 

「やあ、どうしたんだい『親友』? 君から電話をしてくれるなんて初めてだね?」

 

《……その親友というのはやめてくれないか?》

 

 俺が電話に出てフレンドリーに話しかけると、電話の向こうで親友ことカウレスが戸惑ったような声で返事をする。

 

《というか俺とお前って知り合ってまだ一ヶ月も経っていないよな? それなのに何で俺の事を親友って呼ぶんだ?》

 

 カウレスの言葉は尤もだがこれには事情がある。彼は俺と頼光さんが乗っ取ってしまったバーサーカー組の本来のマスターで、物語では聖杯大戦と最後の戦いを生き残り、最後の戦いが終わった後はユグドミレニアの代表となって聖杯大戦の後処理を担当する人物なのだ。

 

 つまりカウレスは物語の主要キャラの一人であり、運が良い人間はとことん幸運で運が悪い人間はとことん不運のこの「Fate/」世界のラッキーマン。だからこそ彼と一緒にいれば生存確率が上がると思った俺は、ユグドミレニアのマスターの一人として呼ばれてカウレスと知り合うとすぐに彼の友人となる事にしたのだ。……まぁ、全力で媚びを売っているとも言うが。

 

 という訳でどうか見捨てないでくださいカウレス様。貴方に見捨てられると俺の死亡確率が大幅に上がるんです。

 

「そんな寂しいことを言わないでくれよ親友? それで? 何の用なんだ?」

 

《……はぁ。まあいい。ダーニックさんがお前が無事にサーヴァントを召喚出来たのかを知りたがっている。お前、通信用の魔術を遮断しているから連絡が取れなくて、代わりに俺が電話をしたんだ》

 

「………」

 

 カウレスが溜め息を吐いてから言った言葉に俺は思わず無言になる。どうやら逃げ出すタイミングを完全に逃してしまったようだ。

 

《それで? サーヴァントは召喚出来たのか?》

 

「ウン。チャント召喚デキタヨ。心配シナイデクレヨ、親友」

 

 俺はカタコトでカウレスの質問に答えた。今の俺はスッゴイ渋い顔をしているのだろう。だって俺の方を見ている頼光さんが口元を隠して驚いた表情をしているのだから。

 

《そうか。安心したよ。じゃあ、ダーニックさんへの報告は俺からしておくから、お前も早くルーマニアに戻ってこいよ》

 

「分かった。じゃあ、また後でな親友。……はぁ」

 

 カウレスにそう返事をした俺は電話を切ってから深い溜め息を吐いた。これで頼光さんと一緒にダーニックの所へ行って、聖杯大戦に参加する事が決定してしまった。

 

「マスター……」

 

「大丈夫ですよ、頼光さん。まだやり様はありますよ」

 

 俺はこちらを気遣ってくれる頼光さんにそう答えた。

 

 そう、まだ大丈夫だ。まだ原作が開始されるまで正確な時間は分からないが猶予がある。その間に生き残る算段をつければいい。

 

 幸いダーニックは、俺をたまたま早目に令呪が宿っただけの数合わせにしか思っていないみたいだし、いくら召喚した頼光さんが強力なサーヴァントでも、それほど重要視されず自由に動けるはずだ。

 

 

 

 ……と、思っていた時期が俺にもありました。

 

 しかしルーマニアにある「黒」の陣営の本拠地にやって来た俺を、ダーニックは親愛の笑みで迎えてくれた。

 

 あれ、おかしいな? 初めて会った時のダーニックは、まるでそこらの石ころを見るような目で俺を見ていたはずなんだけど?

 

 頼光さんの素性とステータスを知ったダーニックと「黒」のランサーは最初は驚いて、その後すぐに「強力なサーヴァントとマスターを得られたのは嬉しい。これからの働きぶりに期待している」と笑顔で言ってくれた。だが俺には一つ分からない事があった。

 

 頼光さんが頼りになって期待するのは分かるし、そのマスターである俺もついでで期待するのも分かる。だけどダーニックは頼光さんのことを知る前から俺に期待するような目を向けていたのだが、それは何でだ?

 

「あの、ダーニックさん? 頼光さんはとにかく、俺はそれ程役に立つとは思えませんよ」

 

「フッ。謙遜する必要はない。孔雀原留人。君のことは調べさせてもらった。あの『剣の戦争』で勝ち抜いた君の実力を、私は高く評価している」

 

 ………!

 

 俺の言葉にダーニックは小さく笑って答え、それを聞いて俺は思い出した。

 

 そうだった。俺は過去に一度、ある亜種聖杯戦争に参加したことがあったんだった。

 

 前世の記憶を取り戻したショックですっかり忘れていた……。

 

 ☆

 

「ダーニック。『剣の戦争』とは一体何だ?」

 

 ユグドミレニアの居城の一室で、一組のサーヴァントとマスターが退室すると、「黒」のランサーが自分のマスターであり臣下であるダーニックに声をかける。

 

「はっ。剣の戦争とは『亜種聖杯戦争』の一つで、今まで確認されている亜種聖杯戦争の中でも特に激しく、そして特殊なものとされています」

 

 かつて日本の冬木の地で行われていた、過去の英霊を召喚して競い合わせ、そこから得た魔力から万能の願望機である「聖杯」を降臨させる儀式、聖杯戦争。

 

 六十年前の第三次聖杯戦争でダーニックが聖杯戦争の核である大聖杯を奪い取った際、聖杯戦争のシステムは世界中に知れ渡り、今では世界各地で聖杯戦争のシステムを真似た儀式が行われている。それが亜種聖杯戦争である。

 

 しかし亜種聖杯戦争のシステムは本来の聖杯戦争の劣化版に過ぎず、最大で五騎の英霊しか召喚できない上、降臨する聖杯も万能の願望機と程遠い物であった。ダーニックが口にした剣の戦争もそんな亜種聖杯戦争の一つで、今この部屋から退室したマスターは、その剣の戦争の優勝者であったのだ。

 

 ダーニックの言葉に「黒」のランサーは興味を持ったらしく、自らの臣下に質問をする。

 

「ほう? どのように激しく特殊だったのだ?」

 

「はい。剣の戦争で召喚されたサーヴァントの数は、亜種聖杯戦争で最大とされる五騎。そしてその全てが『セイバー』のクラスだったのです」

 

「なんと!?」

 

 ダーニックが説明すると「黒」のランサーは驚いた顔となる。

 

 普通、聖杯戦争で同じクラスのサーヴァントが複数召喚されることはない。それなのに剣の戦争で召喚されたサーヴァントは、全てが同じクラスで、しかもそれが全クラスで「最優」とされるセイバークラスであった。

 

 五騎の剣の英霊が競い合った亜種聖杯戦争、それ故に「剣の戦争」。

 

 剣の戦争の激しさと特殊さは、今まで確認されている多くの亜種聖杯戦争でも群を抜いており、ダーニックを初めとする多くの魔術師がその名を知り、五騎のセイバークラスが戦い合ったという事実に「黒」のランサーが驚くのも当然といえた。

 

「実は今まで剣の戦争の優勝者が誰か知られていませんでした。しかしあの男の身辺を調べている途中で……」

 

「彼がその優勝者である事が分かったという訳か」

 

 ダーニックの言葉を途中で「黒」のランサーが引き継ぎ、それにダーニックが無言で頷く。

 

 この事実をダーニックが知ったのは全くの偶然だった。剣の戦争はその激しさによって優勝者以外の参加者は全員死亡、優勝者も早々と姿を消して、剣の戦争は詳細の殆どが謎に包まれていた。

 

 しかし、今さっきまでいたマスターの身辺調査をしている途中で手に入った情報を照らし合わせた結果、彼こそが剣の戦争の唯一の生存者であり優勝者であることが分かったのだ。

 

「これは思わぬ拾い物だったな、ダーニック?」

 

「全くです。まさか我が一族にあの様な傑物がいたとは」

 

 口元に笑みを浮かべる「黒」のランサーに、ダーニックも同じく笑みを浮かべて答える。最初こそダーニックは、あのマスターをたまたま令呪が宿っただけの数合わせにしか思っていなかった。

 

 しかし調べてみれば、彼は過酷な亜種聖杯戦争に生き抜いた優秀な魔術師であり、それと契約したサーヴァントは一級品の英霊であった。これから起こる聖杯大戦に勝利するために強力な戦力を欲していたダーニックにとって、嬉しい誤算である。

 

 この時からダーニックの中で彼、孔雀原留人は有用な「駒」として認識されたのであった。



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004

 ユグドミレニアの本拠地にて頼光さんをダーニックと「黒」のランサーに紹介した後、俺と頼光さんは本拠地内の一室に案内されて、今日から聖杯大戦が終わるまでここが俺達の部屋だと言われた。

 

 案内された部屋は一流のホテルのように綺麗で調度品も揃えられており、更には使用人役のホムンクルスも数人つけてくれた。これだけでダーニックが頼光さん……あとついでの俺にどれだけ期待しているのか分かるのだが、俺はそれに素直に喜ぶことができなかった。

 

 使用人なんてつけられたらこっそり動くことなんてできないじゃないか。最悪、裏で「赤」のセイバーのマスターになる善人系死霊魔術師かプロフェッサーVとコンタクトをとろうと思っていたけど、いきなりその選択肢が潰されてしまった。

 

「あの、マスター? 一つお聞きしてもいいですか?」

 

 俺が内心で頭を抱えていると頼光さんが話しかけてきたが、彼女が何を聞きたいのかは大体予想できていた。

 

「剣の戦争のことですか?」

 

「はい。先程のマスターとダーニック殿との会話から聖杯戦争に関することだとは分かるのですが、剣の戦争とは一体どの様なものだったのですか?」

 

 予想通り、頼光さんの質問は剣の戦争のことで、俺の言葉に彼女は頷いて聞いてきた。

 

 そうだな。もう終わったことだし、頼光さんにだったら話しても大丈夫だろう。

 

「剣の戦争とは今から三年前、俺が十六歳の時に参加した亜種聖杯戦争の一つで、参加した五騎のサーヴァントが全てセイバークラスだったことから、剣の戦争なんて呼ばれるようになったんですよ」

 

「セイバークラス五騎の聖杯戦争? そんな戦いに十六歳のマスターが参加を?」

 

 俺が簡単に説明をすると頼光さんは驚いた顔となったが、俺はそれに肩をすくめてみせた。

 

「まあ、参加したと言っても自分の意志で参加した訳じゃなく、俺が参加したのはいくつもの偶然が重なった結果だったんですよ。

 偶然、一人で海外旅行をした先で亜種聖杯戦争が行われて、

 偶然、儀式のシステムが不具合を起こして、本来は四人のマスターでするはずがマスターの定員が五人になって、

 偶然、その五人目のマスターに俺が選ばれて、

 偶然、旅行先の露店商で買ったお土産用の珍しい石がサーヴァントを召喚するための聖遺物で、

 偶然、俺を含めたマスター達が用意した聖遺物が全て、セイバークラスになれる英霊に関するものばかりで、

 二重三重どころか五重の偶然が重なって、剣の戦争なんて言うセイバークラスだらけの亜種聖杯戦争に参加することになったんです」

 

「…………………………そんなことってあるのですね」

 

 頼光さんは俺が剣の戦争に参加した経緯を聞いてしばし絶句した後、そう呟いた。

 

 うん。気持ちは分かる。俺だって当事者じゃなかったら、こんな話絶対に信じない自信がある。

 

 でも事実だ。魔術師としては貴重な亜種聖杯戦争の特例に参加できて幸運だと思うべきかもしれないが、俺個人としては「俺って呪われているのか?」と思いたくなるくらいの不幸であった。

 

「それから先は本当に自分でもよく生きていられたな、と思うくらいの地獄でしたよ……。あの戦争に参加したサーヴァントはどいつもこいつもトンデモ英霊ばかりで……。

 剣からビームをブッパする奴こそいませんでしたけど、剣の刀身を光らせてビームサーベルみたいにしたり、刀身が刃どころかドリルの剣を叩きつけてきたり、自分の剣を何か別の光の武器に変えてぶん投げたりとか……。

 お前ら全員、セイバー……剣士って言葉の意味を検索するか辞書で調べろって言いたくなるくらいのトンデモ剣士大戦でしたね……」

 

 剣の戦争の事は本当に忘れられない出来事であった。こうして目を瞑るだけでも当時の記憶が鮮明に甦り、あまりの怖さに泣きそうになってくる。

 

 というか、今思い返してみれば剣の戦争に参加した五騎のサーヴァントって皆、「Fate/Grand Order」に出てくるセイバークラスばっかりだったんだよね。

 

 剣の戦争の時点で前世の記憶を取り戻せよ、俺。そうしたらもっと上手く立ち回って、十回以上も走馬灯を見なくてもすんだかもしれないのに。

 

「そうでしたか。それでその聖杯戦争でマスターが契約したのは一体どんな英霊だったのですか?」

 

「ああ、それは……」

 

 コン。コン。

 

 俺が頼光さんと話しているとドアがノックされる音が聞こえてきた。一体誰だろうとドアを開けると、そこには車椅子に座った一人の女性の姿があった。

 

「初めまして、孔雀原留人さん。私はフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアと言います」

 

 ドアを開けた先にいたのは俺の親友であるカウレスの姉であり、原作で「黒」のアーチャーを召喚するマスター候補の女性であった。



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005

ネットやFateの本を調べて、作者の地元と頼光さんの本拠地が同じ事から今回の話を書いてみました。


 お好み焼き。

 

 水に溶いた小麦粉の生地に野菜・肉・魚介類など好みの材料をいれて、鉄板の上で焼き上げてからソース・マヨネーズ・青のり等の調味料をつけて食べる日本の料理である。

 

 お好み焼きとは非常に奥深い料理だ。誰でも簡単に作れる料理だからこそ、作る人の腕前や材料によって味が大きく変わり、それ故に多くの日本人に慕われている料理の一つとなっている。

 

 つまり何が言いたいかというと、お好み焼きは聖杯にも劣らない良い文明。異論は認めない。

 

「いや、ちょっと待て! いきなり何を言い出すんだお前は!?」

 

 俺が自分の部屋で頼光さんが焼いてくれたお好み焼きを食べて持論を語っていると、食事に誘った親友のカウレスが突然大声を出してきた。

 

「いきなりどうしたんだ親友? いくら眼鏡キャラだからって、○っつぁんみたいなツッコミキャラにならなくてもいいんだぞ?」

 

「ぱっ○ぁんって誰だよ、ぱっつぁ○って!? そうじゃなくて何で俺はここでお前達と昼食をとっているんだ!?」

 

 俺の言葉に反射的に返事をするカウレス。こうしてみるとカウレスってやっぱりツッコミキャラの素質あるよな。

 

「俺はこれから予定があって、その準備に忙しいのに強引に連れてき「はい、カウレスさん。できましたよ」……」

 

 カウレスは若干興奮しながら俺に何かを言おうとするのだが、その直前に頼光さんが新しく焼けたお好み焼きを彼の前に置き、カウレスは笑みを浮かべて料理をすすめてくる頼光さんの顔をしばらく見た後、毒気が抜かれた様な顔となって自分の分のお好み焼きを一口食べる。

 

「どうだい、親友? 味の方は?」

 

「不味くはない……というか美味しい、と思う。生地が脆すぎるけど日本のピザみたいなものか?」

 

「良かった、気に入ってくれたようですね。私もマスターから作り方を聞いた時からこの料理を気に入っていて、美味しいと言ってもらえて嬉しいです」

 

 カウレスの言葉に頼光さんが嬉しそうに言う。やっぱり頼光さんも関西人だからね。例え作るのが初めてでもお好み焼きを気に入ってくれたようだ。

 

※頼光さんは生前、摂津国(現在の兵庫県)を拠点としていた。

 

「まあ、このオコノミヤキ? は美味しいんだけどさ。ここにあるライスは何なんだ?」

 

 そこまでカウレスはお好み焼きの横に置かれた白米を見る。

 

「正直、炭水化物と炭水化物を一緒に食べる意味が分からな「それ以上は駄目だ親友! 関西人、特に大阪と兵庫の人を敵に回すぞ!」うわぁ!? ご、ゴメン……? ってカンサイジン?」

 

 カウレスが危うく言いかけた暴論を俺は辛うじて止めた。全く、いくらお好み焼きを食べるのは初めてだからって、なんて事を言おうとするんだ、この親友は?

 

 関西ではお好み焼きはオカズ。そしてご飯とお好み焼きの組み合わせは最高だ。(暴論)

 

 その後、食事を終えるとカウレスは俺の方を見て口を開いた。

 

「それで? どうして俺を強引に昼食に呼んだんだ? 食事ならそこにいるサーヴァントと一緒にすればいいじゃないか?」

 

「そんな寂しいこと言わないでくれよ、親友。これからしばらく一緒に聖遺物を探すんだからさ」

 

「何? どういうことだ?」

 

「いや、実は親友のお姉さんのフィオレさんに聞いたんだよ。親友にも令呪が宿ったって」

 

 今から一時間くらい前、ここにフィオレさんが訪ねてきた。フィオレさんはカウレスに令呪が宿ったことを知らせてくれると、それと同時に彼がサーヴァントを召喚するための聖遺物を探す旅に出ることも教えてくれたのだ。カウレスが最初に言っていた予定とはこの聖遺物探しの旅のことである。

 

 そしてフィオレさんは俺と頼光さんにその手伝いをするように頼んできたのだ。ご丁寧にダーニックと「黒」のランサーの許可までとってまで。ちなみに当の本人は俺にカウレスの事を頼むと、すぐに自分もマスターに選ばれる為に聖遺物を探す旅に出てしまった。

 

「姉ちゃんめ……。余計なことをして……」

 

「まあ、そう言うなって。フィオレさんも親友のことが心配なんだって。それで親友はどんなサーヴァントを召喚するか希望と当てはあるのか?」

 

 フィオレさんの行動にカウレスは少し不満そうな表情を浮かべたが、俺はそれを宥めるとどんなサーヴァントを召喚する予定なのか聞いてみた。

 

 原作のカウレスは今のように他のマスター候補よりも先に令呪が宿って、不本意ながらも聖杯大戦に参加するが、本人の魔術師としての力量はお世辞にも高いとは言えなかった。だから彼は理性と引き換えに全てのステータスを向上することができるバーサーカーを召喚することを選んだのだが、ここでは俺がバーサーカーの頼光さんを召喚してしまったので、カウレスが聖杯大戦でバーサーカーを召喚することはない。

 

 俺が参加した剣の戦争は、サーヴァントの全てがセイバークラスだったがあれは特例中の特例で、普通同じクラスのサーヴァントが召喚されることはないのだ。

 

「……とりあえず目当ての英霊の当てはある。俺はアサシンのマスターになるつもりで、目的のサーヴァントはアサシンらしい逸話も持っているから 、多分アサシンとして召喚できるはずだ」

 

「アサシン?」

 

 俺が聞くと、カウレスは自分の右手に宿った令呪を見て頷いた。

 

「この令呪が宿ってすぐ、俺はダーニックさんに呼ばれて言われたんだ。姉ちゃんは俺と同じようにマスターに選ばれる。だから聖杯大戦では姉ちゃんのサポートに回れって。俺も姉ちゃんは必ず『黒』のマスターに選ばれると思うし、家族の助けになることは不満はないさ。……でも留人、俺はお前や姉ちゃんみたいに魔術師として優れているわけじゃないから、普通にサーヴァントを召喚しても満足なサポートはできない。だからアサシンのマスターになろうと思ったんだ」

 

 カウレスの考えを聞いて、俺だけでなく頼光さんも納得したように頷いた。

 

 確かにアサシンだったら戦術次第でステータスが上回っている相手を倒せる可能性もあるし、フィオレさんのサポートだけに専念するのだったら、原作のバーサーカーよりもアサシンの方がいいのかもしれない。

 

 だからカウレスのアサシンのマスターになるという考えは大いに納得できる。……できるのだが。

 

 これってどんどん原作からズレてきているよな。原作開始前から原作崩壊待った無しじゃないか。



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006

 俺が頼光さんと親友のカウレスと一緒に、サーヴァントを召喚するための聖遺物を探す旅に出てから、早いものでもう二ヶ月経った。

 

 剣の戦争ではたまたま露店商で買った石が聖遺物だった俺は、聖遺物の探索が具体的にどんな作業か知らず、てっきり地道な調査や持ち主との交渉だと思っていたのだが、それは大きな間違いであったとこの二ヶ月の旅で嫌というほど思い知らされた。

 

 何しろ聖遺物の情報を知っている情報屋を訪ねると、その情報屋を狙う魔術結社気取りのはぐれ魔術師の集団と鉢合わせになって戦闘になり、

 

 情報屋から聖遺物を所有している魔術師の住所を聞き出して、その魔術師がいる山奥の村へ向かうと、何故か幻想種の棲息地に迷いこんで幻想種の群れに追いかけ回されて、

 

 ようやく魔術師が住む村に辿り着いたと思ったら、魔術師の実験の失敗のせいで、魔術師を初めとする村の住民全てが死徒もどきとなっていて、死徒もどきの群れとの激戦を繰り広げることになったのだ。

 

 そして俺達は、何とか死徒もどきの群れを全て倒して村から脱出。今は村から少し離れた場所で休憩をとっていた。

 

 正直、聖遺物一つ手に入れるためだけに随分な大冒険になったと思う。途中で何回か、頼光さんがいなければ俺も親友のカウレスも仲良く死んでいた場面もあったし、この二ヶ月の旅の記録を文章にしたら、それだけでライトノベル一冊は確実に書けるだろう。

 

「なぁ、親友? 聖遺物を探すのって、こんなに大変なのかい?」

 

「そんなわけないだろ? 今回がたまたま例外だっただけだ」

 

 俺の質問にカウレスが疲れた顔となって答える。

 

「マジか。俺ってばつくづく例外とか偶然と言った事態に縁があるな。……こんな修羅場は去年、魔術結社同士の抗争に巻き込まれて、フリーランスの死霊魔術師と一緒に切り抜けた時以来だな」

 

 俺がその時知り合ってお世話になった、死霊魔術師のことを思い出しながら言うと、カウレスは疲れた顔から呆れた顔になってこちらを見てきた。

 

「魔術結社同士の抗争に巻き込まれたって……。お前、どれだけ運がないんだよ」

 

「言わないでくれ、親友。自分の運のなさに絶望して泣きたくなるから……」

 

「それにしても現代の世界も中々に物騒なのですね。それでも平安の京の夜に比べればまだ平和な方ですね」

 

「「………!?」」

 

 カウレスの言葉に俺が若干気分がへこませていると、それまで死徒もどきの生き残りがいないか周囲を警戒していた頼光さんが口を開き、そんな彼女の言葉に俺とカウレスは思わず頼光さんを見た。

 

 マジかよ? 平安時代の京都ってばどれだけ危険だったんだよ?

 

「そ、それより親友? 目的の聖遺物は見つかったのか?」

 

 このままだと怖い想像をしてしまいそうだったので、俺は強引に話題を変えることにした。村にいた時は死徒もどきとの戦いや村からの脱出に気をとられていたけど、これだけ苦労して目的の聖遺物が手に入っていなかったらマジで泣くぞ?

 

「ああ、それなら大丈夫だ」

 

 そう言ってカウレスが俺と頼光さんに見せたのは、一本の古びたナイフだった。原作では確か、完全な人間の設計図とかだったはずなのだが、やはりここでは違う聖遺物のようだった。

 

 しかしカウレスってば一体どんなサーヴァントを召喚するつもりなんだ? 今まで何度か聞いてみたけど、誤魔化すだけで特徴すらも教えてくれなかったし……。

 

 だが、まあいいか。とにかくこれでカウレスもマスターとして聖杯大戦に参加することが決まって一安心だ。

 

 その後、俺達は「黒」の陣営の本拠地であるミレニアム城塞へと戻り、フィオレさんを初めとする他のマスター候補達も、それぞれ自分の聖遺物を見つけてミレニアム城塞へ戻ってきた。そしてそれをきっかけに、ダーニックは聖杯大戦を開始することを俺達に告げ、魔術協会に宣戦布告をするのであった。

 

 ……いよいよ原作が始まる。



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007

いよいよカウレスのサーヴァントが登場しますが、最初に謝らせてください。
カウレスが召喚するサーヴァントはアサシンではありません。


 ダーニックが魔術協会へ宣戦布告をして数日後。今日、ミレニアム城砦では今だ召喚されていない四騎のサーヴァントが召喚されようとしていた。

 

 俺と頼光さんは「『黒』のサーヴァントが揃う瞬間を共にむかえよう」とダーニックに誘われて、召喚の儀式が行われる城塞の広間に来ていた。そして俺達の前には、聖遺物を手に入れて右手に令呪を宿し、正式にマスターと認められた四人の魔術師の姿があった。

 

 ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。

 

 セレニケ・アイスコル・ユグドミレニア。

 

 フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

 

 そしてカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。

 

 四人とも原作で「黒」のマスターとして選ばれた魔術師であり、これで「黒」の陣営の魔術師は俺以外は原作通りとなったわけだ。これを喜べばいいのか、落胆すればいいのかはまだ判断がつかないが。

 

「全員、準備は整ったな? では祭壇にそれぞれが用意した聖遺物を置き、儀式を開始せよ」

 

 ダーニックの言葉にカウレス達四人は祭壇に聖遺物を置いて、サーヴァントを召喚するための呪文を唱え始めた。

 

 

『『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。手向ける色は“黒”。

 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。

 告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!』』

 

 

 呪文が完成した瞬間、広間が凄まじい光と魔力に満たされて俺は思わず目を閉じ、光が収まって目を開くと……俺は自分の目を疑った。

 

 儀式は成功していて、広間には四騎のサーヴァントが召喚されていた。そしてゴルド、セレニケ、フィオレさんが召喚したサーヴァントは原作通りで、カウレスが召喚したサーヴァントだけは原作とは違っていた。

 

 ここまでは俺の予想通りだ。カウレスが原作と違う聖遺物を手に入れた以上、召喚されるサーヴァントも違うのは当然だ。だけど……。

 

「おいおい……。なんてサーヴァントを呼び出しているんだよ、親友?」

 

「マスター?」

 

 気づけば俺は、カウレスと彼が呼び出したサーヴァントを見ながらそう呟いており、それを聞いた頼光さんがこちらを見ていたが、この時の俺は彼女の視線と言葉に気づく余裕はなかった。それだけカウレスが召喚したサーヴァントが予想外すぎたからだ。

 

「はーい。皆、ちゅうもーく!」

 

 予想外の出来事に俺が固まっていると、新たに呼び出された四騎のサーヴァントの一人、「黒」のライダーが広間にいる全員に聞こえるように声を上げる。……ああ、これは原作でもあった自己紹介イベントか。

 

「ボク思ったんだけどさ。この聖杯大戦が終わるまでボク達は味方なんでしょ? だったらさ、だったらさ、この際皆の真名を交換し合わない? じゃあまずはボクからね。ボクはアストルフォ。シャルルマーニュ十二勇士の一人でクラスはライダー。よろしくね」

 

 周りの反応なんかお構いなしに真名の交換を提案して、更には自分の真名をあっさりと暴露してしまう「黒」のライダーことアストルフォ。

 

 聖杯戦争において真名とは、そのサーヴァントの正体に戦い方、弱点を知るための最大のヒントであるため、それをあっさりと話したアストルフォに、彼のマスターであるセレニケは絶句。他のマスターやサーヴァントも似たような反応を示していた。そして……。

 

「アストルフォ……いや、ライダーよ。悪いが俺はその提案には答えられぬな。何故ならば俺は真名、過去なぞとうに捨てた存在なのだからな」

 

 アストルフォの行動に対して最初に答えたのは、カウレスが召喚したサーヴァントであった。

 

「えー? じゃあ、クラスだけでも教えてくれない?」

 

 アストルフォが残念そうな表情を浮かべて聞くと、カウレスのサーヴァントは口元に獰猛な笑みを浮かべて答えた。

 

「ああ、それならば答えよう! 俺こそは復讐の化身! 俺こそは黒き怨念! すなわち、エクストラクラス『復讐者(アヴェンジャー)』である!」

 

 アストルフォの質問に声高に答えるカウレスのサーヴァント、アヴェンジャー。彼の真名を前世の記憶を持つ俺は知っていた。

 

 この世界で最も有名な復讐劇の主人公、エドモン・ダンテス。

 

 頼光さんだけでなくエドモン・ダンテスまで召喚されるだなんて……。本当にこの聖杯大戦どうなってしまうんだ?



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008

 時はカウレス達四人のマスターがそれぞれサーヴァントを召喚して、「黒」の陣営の戦力が揃った日から数日前に遡る。

 

 ユグドミレニア一族が魔術協会へ宣戦布告を行なってから数日後。ロンドンにある魔術協会の総本山、時計塔にある召喚科学部長ロッコ・ベルフェバンの部屋に一人の魔術師が呼ばれていた。

 

 魔術師の名前は獅子劫界離。フリーランスの死霊魔術師(ネクロマンサー)で、戦闘に特化した魔術を使うことから世界各地で傭兵のような仕事を受け、時計塔からも過去に何件か仕事を引き受けたことがある凄腕と知られる魔術師である。

 

 そして今日、獅子劫が呼ばれたのも仕事を依頼されたからなのだが、今回の依頼はこれまでのとは毛色が違うものであった。

 

「聖杯大戦に『赤』の陣営、ね……」

 

 ロッコから依頼の内容と、それに関する情報を聞いて獅子劫は小さく呟いた。

 

 時計塔に呼び出された獅子劫は、先日魔術協会から離反したユグドミレニア一族が、魔術師達が「赤」と「黒」の二つの陣営に別れてそれぞれ七騎のサーヴァントを召喚する前代未聞の聖杯戦争、聖杯大戦を行うことを聞かされた。そして依頼というのはその聖杯大戦にユグドミレニア一族、つまり「黒」の陣営に敵対する「赤」の陣営の一人として参加せよというものであった。

 

「それで? 俺以外で『赤』の陣営に参加する奴は決まっているのか?」

 

 獅子劫の質問にロッコは一つ頷いてから答えた。

 

「当然だ。他の者達もお前に負けず劣らず凄腕ばかりだ。

 まずは時計塔の一級講師フィーンド・ヴォル・センベルン。

銀蜥蜴(シルバーリザード)』ロットウェル・ベルジンスキー。

結合した双子(ガムブラザーズ)』デムライト・ペンテルとキャビィク・ペンテルのペンテル兄弟。

『疾風車輪』ジーン・ラム」

 

「なるほど」

 

 ロッコの言葉に獅子劫は納得したように頷く。今話に出た魔術師でフィーンド・ヴォル・センベルン以外は全員フリーランスで、獅子劫は過去にその全員と敵、あるいは味方として戦ったことがあり、その実力が本物であることを知っていたからだ。

 

「それで最後の一人は?」

 

「最後の一人は聖堂教会からの監督役だ。今回ばかりは教会も我々の味方というわけだ」

 

「そうか。……アイツは選ばれなかったのか?」

 

 獅子劫はロッコにそう返事をした後、一人の青年の顔を思い出して自分にしか聞こえない声で呟いた。

 

「? どうした?」

 

「いいや、何でもない。……分かった。依頼は引き受けよう。その代わり一つ頼みがある。時計塔の魔術師を一人、サポート役に貸してほしい」

 

「お前さんが助手だと? ……それは構わんが、今の時計塔には余分に動かせる人材は少ないぞ。さっきも言っただろ? ユグドミレニアが宣戦布告をしてすぐ懲罰部隊を編成して送り込んだが『半数はサーヴァントに殺され、半数は行方不明』。生き残ったのは大聖杯の緊急システムを起動させた一名のみだと」

 

 獅子劫に依頼をする時に話した情報をもう一度口にするロッコ。ちなみに懲罰部隊の唯一の生き残りが大聖杯の緊急システムを起動させたというのは、大聖杯を起動させて願いを叶えるには一定数のサーヴァントを倒す必要があるダーニックが流した偽情報なのだが、それにロッコを初めとする時計塔の人間は気づいていなかった。

 

「分かっているよ。だが安心してくれ。俺が貸してほしいのは一級講師とかじゃなくて、一人の学生だ。孔雀原留人って名前で、確か鉱石科に在籍をしているはずだ」

 

「鉱石科の学生? そんなのが役に立つのか?」

 

 眉をひそめて聞いてくるロッコだったが、それに対して獅子劫は口元に笑みを浮かべて頷いた。

 

「ああ、それは間違いない。アイツとは去年知り合ったんだが……ほら、あれだ? 田舎の魔術結社同士の抗争にケリをつけてこいって依頼を受けただろ?」

 

 獅子劫の言葉にロッコは頷く。

 

 確かに一年程前、とある地方で小さな魔術結社同士の抗争が起った。そしてその抗争が大きくなって人目につく前に、時計塔は獅子劫に、双方の魔術結社の指導者を始末するように依頼を出し、その時彼と交渉したのがロッコであった。

 

「アイツはその抗争の場に運悪く巻き込まれただけだったんだが、中々に場馴れしていた。……それに、あんたらは知っているかは知らんが、アイツはあの剣の戦争の優勝者なんだぜ?」

 

「何だと!?」

 

 獅子劫の口から剣の戦争の名前が出た瞬間、ロッコは驚愕の表情を浮かべ、それを見て死霊魔術師は悪戯が成功したような笑みを浮かべる。

 

「その様子だと知らなかったようだな?」

 

「……知っておったらどんな手を使ってでも、召喚科に引き抜いておったわ」

 

 獅子劫の言葉にロッコは疲れきった表情でそう答える。

 

 ロッコが専門とする召喚術は、術式の精密さや聖遺物や生贄といった触媒の質はもちろん大事だが、それと同等以上に「召喚者の霊や異界の者を呼び寄せる性質」を重要視している。

 

 この性質は「召喚者としての(マスター)適正」と呼ばれており、超一流のセイバークラスの英霊五騎が参加したという剣の戦争で生き残った留人は、まず間違いなく特A級のマスター適正の持ち主であり、召喚科の者から見ればダイヤモンドの原石とも言えたのだ。そんな才能に気付かずみすみす他の学科にとられてしまうなど、召喚科学部長ロッコにすれば痛恨の思いだろう。

 

 そしてそこまで考えたところでロッコは何かを思い出し、手元の資料を調べ始めた。

 

「どうしたんだ?」

 

「……残念だが、孔雀原留人を助手につけることは無理だ」

 

 首を傾げる獅子劫に、目当ての資料を見つけたロッコはその資料を流し読みした後でそう告げた。

 

「ダーニックは魔術協会に宣戦布告をすると、それと同時にユグドミレニアに所属することを決めた魔術師達のリストを送ってきた。そしてその中に例の孔雀原留人の名前があった」

 

「何だと!? ……ああ、クソ! これでアイツが『黒』のマスターにでもなったら最悪だぞ」

 

 ロッコの言葉に、今度は獅子劫が驚愕の表情を浮かべた後に呟いた。

 

「最悪、だと? 確かに剣の戦争で生き残った魔術師がマスターになったら確かに厄介だが……」

 

「それだけじゃねぇよ」

 

 獅子劫はロッコの言葉を一蹴すると右手の指を三つ立てた。

 

「アイツがマスターになったら厄介な理由はそれ以外に三つある。まず一つ目はアイツの家に伝わっている魔術で、あれは一種の『宝石魔術』だ」

 

 宝石や貴金属には特別な力が宿るというのは、古今東西に伝わる魔術の概念である。そしてその概念を利用した魔術が宝石魔術だ。

 

 宝石魔術には事前に魔術を封じ込めておくことで、必要な時に本来のよりもはるかに少ない魔力で封じていた魔術を発現させるという希少な特性がある。

 

 聖杯戦争では、マスターはサーヴァントに保有する魔力のほとんどを与えており、サーヴァントに満足な動きをさせながら魔術で援護できる魔術師なぞ数えるくらいしかいない。だが宝石魔術の使い手なら、サーヴァントに魔力を供給しながらの援護も比較的容易だろう。

 

「そして二つ目は……」

 

 続けて獅子劫は留人が「黒」のマスターになったら厄介な理由の二つ目と三つ目を言い、それを聞いたロッコは、長い時を生きた魔術師は顔色を青くして絶句する。

 

「そ、それ本当なのか……!?」

 

「ああ、本当だ。……はぁ、こうなったらアイツが『黒』のマスターに選ばれないことを祈るしかないな」

 

 獅子劫は大粒の汗を流しながら聞いてくるロッコにそう答えると、自分でも信じていない神に気休めの祈りを捧げる。

 

 ……しかしその願いは当然ながら届くことはなかった。




獅子劫が言おうとした留人がマスターになったら厄介な理由、その二と三は後日に語ります。
何故ならここで書いたらタグに「主人公はチート」をつけないといけなくなりますから。


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009

「それで一体どうやったんだ、親友?」

 

 サーヴァントを召喚する儀式が終わった後、俺はミレニア城塞の通路を歩きながらカウレスに話しかける。

 

「どうやったって、何のことだ?」

 

「彼の事だよ」

 

 俺はカウレスにそう言うと、彼の隣にいるサーヴァント、アヴェンジャーを見る。今この通路にいるのは俺と頼光さん、カウレスとアヴェンジャーの四人だけだった。

 

 結局あの後、アストルフォがしつこく聞いてきたのでアヴェンジャーは仕方なく「過去にこのように呼ばれていた」といった風に真名を口にして、アヴェンジャーがエドモン・ダンテスだと知ってほとんどのマスターとサーヴァントが驚いた。

 

「普通、エクストラクラスなんて呪文にアレンジを加えたり、特別な触媒とか用意しない限り召喚できないだろう? でも呪文は他の三人と同じだったし、考えられるのは触媒が特別だったってこと。親友が手に入れたあのナイフ、あれは一体何だったんだ?」

 

「ああ、これか」

 

 俺の質問に、カウレスは懐からアヴェンジャーを召喚するのに使用した聖遺物のナイフを取り出し、それを見てアヴェンジャーが目を細めた。

 

「留人はエドモン・ダンテスがどうやってシャトー・ディフから脱出できたか知っているか?」

 

「え? ああ……。確かシャトー・ディフに投獄されたエドモン・ダンテスは、そこでファリア神父と出会って、ファリア神父の死後にその死体に入れ替わって死体遺棄用の袋に入り、シャトー・ディフから脱獄したんだっけ?」

 

「そう。そしてこのナイフはその時……」

 

「シャトー・ディフから脱出した後、海の中で袋を破くのに使用したナイフだ」

 

 俺の言葉にカウレスが頷き説明をしようとすると、それを遮ってアヴェンジャーがカウレスのナイフを懐かしげに見ながら口を開く。

 

「そのナイフはシャトー・ディフでファリア神父からいただいたものだ。もしエドモン・ダンテスがファリア神父に出会うことがなければ、エドモン・ダンテスは無念のままシャトー・ディフで息絶え、復讐劇は行われずに俺という黒い怨念は世界に刻まれることはなかっただろう。……正直、俺には聖杯に託す願いなどなく、この聖杯大戦という催しには興味などなかったが、そのナイフを触媒とされれば召喚に応じないわけにもいくまい」

 

 なるほど。つまりカウレスが入手したあのナイフは、言ってみればアヴェンジャーにとって大恩があるファリア神父からの紹介状みたいなものなわけか。それはアヴェンジャーの性格から考えれば、まず召喚に応じるよな。

 

 それにしてもほぼ確実にアヴェンジャーを召喚できる聖遺物のナイフか……。前世の「Fate/Grand Order」で言えば、エドモン・ダンテスと交換できる英霊召喚チケットみたいなものだろ? 前世でもこの世界でも大金を積んででも欲しがりそうな奴が大勢いそうだな。

 

「まあ、アヴェンジャーとして召喚できたのは俺も意外で、本当はアサシンとして召喚するつもりだったんだよ。ほら、エドモン・ダンテスってハッシ(アサシンの語源となった麻薬)を混ぜこんだ丸薬を常備していたり、海賊とかいった密輸組織をまとめていたっていう逸話があったからな」

 

「そうなのですか? マスター?」

 

「ええ、そうですね。俺もその辺りはあまり詳しくないんですけど、確かそんな逸話があったはずですよ」

 

 カウレスの言葉に頼光さんが俺に質問をしてきて、俺が彼女に答えていると、それを聞いていたアヴェンジャーが納得したように頷く。

 

「なるほどな。確かに俺がもしアサシンとして召喚されたら、複数の部下を召喚する宝具なりスキルなり持っていただろうな」

 

 複数の部下を召喚する宝具、もしくはスキルか……。多分、百貌のハサンみたいな感じで実際に使えたら戦闘でもサポートでも有利になって、カウレスもそれが目当てだったのだろう。

 

 しかしステータスやスキルを確認してみた結果、やはりアヴェンジャーは「Fate/Grand Order」と同様に強いサーヴァントみたいだし、聖杯大戦で活躍してくれるはずだ。

 

 こうして考えると「黒」の陣営って、原作と比べて大分強化されているよな。原作では敗けフラグとなった原因に対する対策も俺なりやっておいたし、少しは生き残る可能性は上がってきたかな?

 

 ……まあ、まだまだ油断はできないんだけどね。



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010

「それよりお前、大丈夫なのか? ゴルドさん、お前のことを凄い目で見ていたぞ」

 

 通路を歩きながら話していると、カウレスが少し心配するような顔を俺に向けてきた。

 

「そうなのか? でも一体何で?」

 

「気づいていなかったのか? それに何でって……。そんなの、お前がゴルドさんが隠そうとしていたサーヴァントの真名を暴露したからに決まっているじゃないか」

 

 俺が聞くとカウレスは呆れた声となって教えてくれた。

 

 ……ああ、そういえば、アヴェンジャーが真名を教えた後、アストルフォが他のサーヴァントにも真名を聞いて、セイバーが答えようとするとマスターのゴルドが待ったをかけたんだけっけ。これは原作でもあったやりとりだから最初はあまり気にしていなかったんだけど、その時のゴルドの言い方に腹が立ったから真名を暴露したんだよな。

 

 そんなことを心の中で呟きながら俺はその時の事を思い出した。

 

 ☆

 

「そうなんだ。じゃあ君の真名はエドモン・ダンテスなんだね」

 

「その言い方は正確ではないな。俺の原型となった男が過去にそう呼ばれていた、というだけだ」

 

 アストルフォがそう言うと、アヴェンジャーは彼に視線を合わせる事なく冷静にそう返した。だがアストルフォはそれで満足したようで、別のサーヴァント、「黒」のセイバーの元へと歩み寄った。

 

「それじゃあ、君の真名は?」

 

「俺は……」

 

「待て」

 

 アストルフォの質問に「黒」のセイバーが答えようとした時、彼を召喚したマスターであるゴルドの声が遮った。

 

「セイバー、お前は黙っていろ。真名の公開もしてはならん」

 

「ちょっと、どういうつもり? サーヴァントの真名を公開する事は、事前に決め合っていたことでしょう?」

 

 ゴルドの言葉にセレニケが目を細めて彼を見る。アストルフォが勝手に言い出したサーヴァントの真名の公開だが、これは召喚の儀式を行う前から決められていた事で、アストルフォが言い出さなくても行われていた。

 

 本来の聖杯戦争ではサーヴァントの真名は最後まで隠し通すべき情報なのだが、これは聖杯大戦。同じ陣営のサーヴァント同士が協力し合って戦うのならば、サーヴァントの情報を共有し合ったほうが効率がいいという事で、「黒」の陣営のマスター達は己のサーヴァントの真名の公開を了解したはずだったのだ。

 

「悪いがそれは破棄させてくれ。情報が漏れる口は少ない方がいいからな」

 

「……!」

 

 悪いとは口で言っていながら全く悪いとは思っておらず、自分達を信用していないという態度を隠そうともしないゴルドを、セレニケは怒りの目で見る。セレニケは黒魔術で目標を呪殺することを生業としている魔術師で、その視線には人を呪い殺せそうな圧力があったのだが、ゴルドはそれに気づいているのかいないのか涼しい顔で受け流す。

 

「安心しろ。真名こそ言えないが儂が召喚したセイバーは最強だ。『赤』の陣営なぞ、儂とセイバーだけで全て倒してくれるわ」

 

 自慢気にそう言うゴルドの言葉からは、自分と自分のサーヴァントこそが最高だと信じて疑っておらず、他のマスターとサーヴァントを見下しているのが分かった。

 

 そんなゴルドの態度にセレニケだけでなく、他のマスター達も不愉快な気分となり、一人のマスターがゴルドに近づきながら声をかけた。

 

「そうですね。確かにサーヴァントの情報は他のマスターに知られたくないですよね」

 

 ゴルドに声をかけたのは「黒」のバーサーカーのマスターである孔雀原留人であった。

 

「留人?」

 

 留人は表面上は友好的な笑みを浮かべてはいるが目は笑っておらず、そのことに気づいたカウレスが彼に声をかけるが、留人はそれに答えずにゴルドへ話しかける。

 

「ゴルドさんが召喚したのは確かに最上級の英霊だ。だけどどんな英霊にだって弱点がある。……そう、いくら竜殺しの大英雄でも弱点の背中を突かれたら大変ですからね」

 

「なぁっ!?」

 

「っ!」

 

『『……………!』』

 

 留人の言葉にゴルドが驚いた声を上げてセイバーが目を見開き、彼の話を聞いていた他のマスターとサーヴァント達が驚いた顔となる。

 

 今留人が言った「竜殺しの大英雄」に「背中が弱点」という言葉。この二つの言葉を聞いてすぐに思い浮かぶのは一人の英霊。

 

 すなわち邪龍ファブニールを討ち倒した、ニーベルンゲンの歌の英雄ジークフリート。

 

 なるほど、確かに「黒」のセイバーの正体がジークフリートであるならば、ゴルドが自慢する訳も、明確な弱点を隠すために真名を秘匿しようとした気持ちも分かる。それに今さっき見せたゴルドの驚きぶりから留人の言葉は真実なのだろう。

 

「き、貴様……! 一体どうして……!?」

 

「その鍛えぬかれた鋼のような肉体から『黒』のセイバーは武勲から英霊になったのは明白。

 顔の作りや肌の色から、俺のようなアジアやインドの人間でもなく欧州の出身。

 だけどその服装……まあ、サーヴァントの服装は個人の希望によって大きく変わる事があるからあまり当てにはならないけど、とにかく中世ヨーロッパの騎士にも古代ギリシャの兵士のようにも見えない。そうなると消去法で、ヨーロッパで何らかの冒険や怪物の討伐を達成した英雄の可能性が思い浮かぶ。

 そして彼、セイバーは召喚されるとすぐに、この場にいる全員から背中が見えない位置へと移動した。この事からセイバーは、生前から、例え味方しかいない所でも背中への警戒を絶やさなかったことが分かる」

 

 一体どうしてジークフリートの正体に気づいたと言いたかったが、驚きのあまり上手く言葉が出てこないゴルドに、留人は猫が鼠をいたぶるような笑みを浮かべて、ジークフリートの特徴を次々と口にしていく。留人がジークフリートの正体に気づいたのは、前世に記憶によるものなのだが、彼はそれをジークフリートの外見や立ち振る舞いから気づいた風に語る。

 

「ゴルドさんが真名の公開を拒否したことから『黒』のセイバーに明確な弱点がある事は疑いようがない。今言った特徴と明確な弱点を持つ英雄なんて俺は一人しか知らないんですけど……ゴルドさん、どう思います?」

 

「……!」

 

 そして留人がジークフリートの特徴を全て口にしてそう締めくくると、ゴルドからは最初のような傲慢な態度が欠けらも見られず、顔を青くして恐れるような目を留人へと向けていた。

 

 ☆

 

 正直あれはちょっとやりすぎだったかな? いくら他のサーヴァント達と一緒に頼光さんを馬鹿にされて腹が立ったとはいえ、もうちょっとやりようがあったかもしれないな。

 

 いや、でもジークフリートの正体と弱点を教えた事で他のサーヴァントがフォローしてくれるかもしれないし、そこまで悪いことでは……ん?

 

 通路を歩きながら考えていた俺は、通路の先で誰かが倒れているのを見つけた。倒れている人物は下着一枚だけという格好で、その姿には見覚えが……って、ちょっと待て。

 

「あれは……ホムンクルス」

 

 俺と同じく通路の先で倒れている人物を見つけたカウレスが呟く。そう、今俺達の前で倒れているのはカウレスの言った通り、聖杯大戦で俺達マスターの魔力供給源として使用されるために大勢創造されたホムンクルスの一人であった。

 

 そして俺はあの倒れているホムンクルスのことをよく知っていた。

 

 ……何でお前がそこで倒れているんだよ「ジーク」?

 

 倒れているホムンクルスは後にジークと自ら名乗る、この物語の主人公であった。



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011

「それで? これからどうするんだ?」

 

 俺がミレニア城塞にある自室で椅子に座り床を見ていると、同じく椅子に座っていたカウレスが声をかけてきた。

 

「親友はどうしたらいいと思う?」

 

「俺に聞くなよ。俺だって分からないよ」

 

 俺が聞き返すとカウレスはお手上げとばかりに両手を上げた。するとそんな俺達の様子を見て、頼光さんとアヴェンジャーの二人が何故か笑みを浮かべてきた。

 

「あらあら。マスターもカウレスさんも仲がよろしいのですね」

 

「それにマスターとマスターの親友とやらも、中々のお人好しのようだ。魔術師とは本来冷酷な人種だと思っていたが、これは評価を改める必要があるようだな」

 

「アヴェンジャーもバーサーカーもからかわないでくれ。……それで? 本当にこれからどうするんだ、ソイツ」

 

 カウレスは疲れた顔となってアヴェンジャーと頼光さんにそう答えてから、俺のベッドの上で横になっている人物を見る。ベッドの上で横になっているのは、先程通路で倒れていたホムンクルス、ジークだった。

 

 通路でジークが倒れているのを発見した俺達は、結局見捨てることもできず、とりあえず一番近かった俺の部屋まで運んでベッドの上に寝かせることにした。しかしそれからどうするかまでは全然考えておらず、こうしてカウレスと一緒に頭を抱えていたのである。

 

 ジークはこの物語の主人公だ。彼がきっかけとなって「黒」の陣営は最優のセイバークラスであるジークフリートを失ってしまったが、最終的にジークが最後の戦いに勝利したお陰で人類は救われたのだ。

 

 だから近いうちに様子を見に行こうとは思っていたのだが、まさかこんなカタチで出会うとは思ってもいなかった。

 

 確かに原作でもジークは脱走するのだが、それはもう少し先のことだったし、彼を見つけるのはアストルフォの役割のはずなのだ。それがどうしてこのタイミングで逃げ出して、「黒」のマスターである俺やカウレスに見つかっているんだよ?

 

「……そうだな。ちなみに頼光さんとアヴェンジャーはどうしたらいいと思う?」

 

「私は助けたいと思います。必死に生きようとしている今の彼を見捨てるような事は、私はしたくありません」

 

「知らぬよ。俺は誰も導かぬ。ただマスターであるカウレスの行く様を見守るだけだ」

 

 頼光さんとアヴェンジャーに聞いてみたら、返ってきたのはある程度予想できた答えだった。アヴェンジャーはともかく、頼光さんはジークを助けたいみたいだし、原作を知る俺としても、彼をこのまま放置したりダーニックの所へ突き出す気もないので、ここは何とか助ける方向で……ん?

 

「おい、留人……」

 

「ああ、分かっている」

 

 そこまで考えていた時、ベッドで寝ているジークの様子に異変を感じた俺とカウレスは、魔術で彼の体を解析する。すると……。

 

「このホムンクルス……死にかけていないか?」

 

「みたいだな」

 

 魔術でジークの体を解析してみると、彼の体からは生命力が枯渇しかかっていて、今も生きているのが不思議なレベルであった。このままだと後一時間もしないうちに死んでしまうぞ!?

 

 確かにジークは元々ホムンクルスで、生命力を消費して魔力を作り出す、マスターとサーヴァント用の魔力供給源として創造されたホムンクルスだが、この最近のミレニア城塞で大きな魔術を使った形跡なんて……あっ。

 

 俺の脳裏に常に仮面を被っている「黒」のキャスターと、彼が創造した宝具のゴーレムの姿が浮かび上がった。

 

 そうだった。彼がいたんだった。彼のゴーレム創造にも魔力は使われていて、しかもそのゴーレムの創造は、俺がある助言をしたせいで原作以上に規模が大きくなり、使用される魔力も大きくなっている。だからジークは生命力が枯渇する寸前まで魔力を作らされ、自分が死んでしまう前に、最後の力を振り絞って脱走をしたんだ。

 

 ……あれ? じゃあジークが今死にかけているのって俺のせい?

 

「……………はぁ、仕方がないな」

 

 これから何が起こるか分からない以上、原作の主人公のジークには生きていてほしい。だから俺は自分のした責任を取り、あとついでに頼光さんを悲しませないために、懐からあるものを取り出した。

 

 ……正直、これを使うのは惜しいし、何が起こるのか分からないというリスクも大きい。でも俺もカウレスも治癒の魔術の腕前は並み程度しかなく、他の魔術師達に協力を求められない以上は仕方がないだろう。

 

「何だそれは……勾玉?」

 

 カウレスの言う通り、俺が懐から取り出したのは金属でできた勾玉で、勾玉は時折内部から光を放っていた。

 

「この勾玉の中に封じてあるものを使ってジー……ホムンクルスを助ける」

 

「ホムンクルスを助けるって本気か? というかその勾玉に封じてあるものって何だ?」

 

 カウレスに聞かれて俺は一瞬答えるべきか戸惑ったが、それでも使うと決めた以上、隠してもしょうがないので答えることにした。

 

「聖杯だよ」



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012

「聖杯って……聖杯っ!?」

 

 俺の言葉にカウレスが驚いた声を上げて、頼光さんとアヴェンジャーの二人も、カウレスほどではないけど驚いた顔となって俺を見てくる。……まあ、それはそうだろうな。

 

「留人、その勾玉の中に聖杯があるってどういうことだよ?」

 

「親友。親友には以前、俺の家、孔雀原家に伝わる魔術のことを教えたよな?」

 

「あ、ああ……。確か、勾玉を触媒にした一種の宝石魔術だよな?」

 

「そうだ」

 

 勾玉とは日本に伝わる金属や鉱物で作られた装身具で、その歴史は古く、単なる装身具だけではなく神を祀る祭事などにも使用されていた。

 

 その勾玉の神秘に目をつけ、勾玉に魔術や魔力を封じ込めて有事の際に解放させるのが孔雀原家の魔術で、その内容は宝石魔術と似ていた。そして触媒である金属や鉱物を勾玉の形に加工する必要があるが、その手間さえ惜しまなければ触媒にかかる費用は宝石魔術の半分以下、下手したら四分の一以下となる。

 

「つまり俺の魔術は、魔力や霊的な存在を封印する事を得意としている。そしてこの勾玉には聖杯……正確には俺が以前参加した亜種聖杯戦争、剣の戦争で現れた聖杯と呼ばれる魔力の一部と、一人のサーヴァントの霊基が封印されている」

 

「聖杯の一部と、一人のサーヴァントの霊基? どうしてそんなものを封じているんだ?」

 

「……剣の戦争に参加したマスターの一人は、剣の戦争の開催者だったんだ。そしてその開催者はかなりの完璧主義者な上に神経質な奴で、何年も時間をかけて自分の亜種聖杯戦争を成功させて、更には自分が勝利者になろうと準備をしていた。

 でもいざ亜種聖杯戦争を開催してみると予期せぬ事態が幾つも起こって、剣の戦争なんていうトンデモ剣士大戦になった上、せっかく超一流のサーヴァントを呼び出したのに、最後の最後でイレギュラーの参加者……つまり俺に負けそうになって……。

 そしてついにその開催者は『キレて』しまったんだ」

 

「キレた?」

 

 首を傾げるカウレスに俺は頷いて答えた。

 

「そう、キレた。土壇場でその開催者は、令呪を使って自分のサーヴァントに『狂化』の属性を与えた上に、聖杯の器に集まっていた魔力、その一部を注ぎ込んだんだ。……もう、俺を倒して勝ちさえすれば後はどうでもよかったんだろうな。

 まあ、結局その開催者は自分が狂化させたサーヴァントに斬り殺されて自滅したんだけど、大変だったのはその後なんだよ。

 狂化の属性を帯びた上に、聖杯の魔力を注ぎ込まれた開催者のサーヴァントは聖杯と魔力のラインが繋がっていて、その影響で聖杯が暴走を始めたんだ」

 

「聖杯が暴走!?」

 

 俺の言葉にカウレスは顔を青くしながら驚くが、仕方がないだろう。実際あの時は俺も死ぬのを覚悟したからな。

 

「あのままだったら、山の一つは軽く吹っ飛びそうな爆発が起こりそうだったからな。俺は持っていた勾玉に暴走の原因となったサーヴァントと、それと一体化した聖杯の魔力の一部を封印した。そして残った魔力は暴発する前に、俺と一緒に戦ってくれたサーヴァントの願いに使ったんだ。これで剣の戦争は無事……とは言えないけど終わったってわけだ」

 

「……それが剣の戦争の結末か。でも狂化の属性を帯びたサーヴァントの霊基とか、そんな危険なものを使って大丈夫なのか?」

 

「その点は大丈夫だ。剣の戦争が終わってから、俺は富士の霊峰などの清らかな『気』に満ちた力場を巡って、狂化の属性を少しずつ治めていって、つい最近ようやく安全に利用できるレベルになった。……まあ、これを受け入れるかどうかはお前が決めることだ。起きているんだろ?」

 

「………」

 

 カウレスの質問に答えてからベッドで横になっているジークに声をかけると、ジークは目を開いてこちらを見てきた。

 

「話を聞いていたと思うけど、もう一度説明するぞ。この勾玉を使えばお前は助かると思う。でも、勾玉の魔力に生命力が枯渇しかかっているお前の体が耐えきれず、死んでしまう確率も高いし、助かっても何らかの副作用が出るかもしれない。……それでもいいか?」

 

「………俺は」

 

 俺がジークに聞くと、彼は視線をさ迷わせながらしばし黙った後、ある種の覚悟を決めた目を俺に向けて口をひらいた。




番外編とかで剣の戦争を書いたら読んでくれる人っていますかね?


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013

剣の戦争は、もう少し本編が進んで設定が固まったら書くかもしれません。


「はぁ……。どうしてこうなったんだろう……」

 

 サーヴァントの召喚が終わり「黒」の陣営の戦力が全て揃った日から数日後。俺は車の中で小さく溜息を吐いた。

 

 この数日間は、聖杯大戦中だというのにとても平和でのんびりしたものだった。

 

 せっかくだから頼光さんに剣の稽古をつけてもらったら、張り切った頼光さんのバスターアタック一段目の衝撃波で吹き飛ばされたり、

 

 アーチャーにパンクラチオンを教えてほしいと頼んだら、アーチャーは意外とスパルタで「短期間でパンクラチオンをマスターするには実戦しかありません」と言い出してボコボコにされたり、

 

 キャスターと一緒に○ンダムを観たら、それに影響を受けたキャスターが魔術師搭乗型のゴーレムの試作品を造り、何故かその搭乗試験に付き合わされた結果、ゴーレムの暴走に巻き込まれたり、

 

 ライダーと近くの街で食べ歩きをしていると、どこからかライダーがマグマのように紅くて熱い麻婆豆腐を買ってきて、勇気を出してそれを一口食べたら丸一日気絶するはめになったり、

 

 アヴェンジャーとチェスをしてみたら一時間もしないうちに十連敗……それも見事なまでの完敗となって、それなら今度は聖杯チェス(アニメ版でダーニックとキャスターがやっていたサーヴァントの駒を使ったゲーム)で挑んだら、それでも十連敗して心が根本からへし折られたり、

 

 それなりに平和な日々を送っていたら突然、俺と頼光さんにダーニックとランサーから直々の命令が出されたのだ。そして現在、俺達はその仕事の現場に車で向かっている最中である。

 

「……マスター。マスターが経験したその数日間は、本当に平和と言えるものなのか?」

 

 どうやら途中から心の声が声になって出ていたようで、それを聞いていた車を運転している人物、ジークが質問をしてきた。

 

 勾玉に封じていた聖杯の魔力を与えたことで、ジークは無事に回復して、その後俺はダーニックとキャスターに直訴して、彼を自分専用の従者扱いにしてもらったのだ。そういった事情もあって、ジークは俺のことを「マスター」と呼んでいた。

 

 原作ではジークは、キャスターの宝具を完成させるための最も重要なパーツで、本来なら俺の直訴は通らなかっただろうが、この世界では違う。

 

 何故ならこの世界では「キャスターの宝具に必要な材料は全て揃っている」のだから。

 

 原作知識を持っている俺は、聖杯大戦が始まる前から「黒」の陣営が敗北する要因を一つでも減らそうと、色々と策を考えていた。

 

 その内の一つが、ダーニックの宣戦布告時に魔術協会が送ってきた懲罰部隊の対応だ。

 

 ユグドミレニア一族を滅ぼして、大聖杯を奪取するために魔術協会が送ってきた懲罰部隊。それがまさか全て二流三流の魔術師とは思えなかった俺は、ダーニックとランサーに「懲罰部隊全てをただ殺すのは勿体無い。何人か生きたまま捕らえたら、何かの役に立つのでは?」と進言し、それを聞いてくれたランサーは懲罰部隊の半数程を生きたまま捕らえてくれた。するとその中に一流と言える魔術師がいて、キャスターはその魔術師を、原作ではジークにするつもりだった自身の宝具のパーツに使い、残った魔術師は魔力の供給源として使うことになった。

 

 次にこのルーマニアに運び込まれている「赤」のアサシンの宝具の材料の奪取。

 

 原作では「赤」のアサシンの宝具である、空中要塞の持つ機能によって大聖杯が奪われ、それが「黒」の陣営の最大の敗けフラグとなったのだ。しかしその空中要塞は「赤」のアサシンの魔力ですぐできるものではなく、この世界で年代物の土や石、遺跡の残骸などの材料を集めて造るものであった。

 

 だから俺はダーニックの許可を取ってから、ユグドミレニアに協力している魔術師達に、この国に年代物の土や石、他に遺跡関係の物が運び込まれていないか調べて、もしあれば可能な限り奪取してほしいと依頼したのだ。その結果、この国に運び込まれるところだった「赤」のアサシンの宝具の材料は、ミレニア城塞へと届けられて、これらはこちらのキャスターの宝具の材料として有効活用させてもらった。

 

 こうして俺は、ジークを犠牲にすることなくキャスターの宝具の材料を揃え、「赤」のアサシンの宝具の完成を遅らせることに成功したのである。

 

「平和に決まっているだろ? 少なくともこれからする仕事に比べたら断然平和」

 

 ジークの言葉に俺は返事をした。

 

 これから俺と頼光さんが行う仕事とは、聖杯大戦の裁定のために聖杯が呼んだサーヴァント、ルーラーとの接触と、同じくルーラーに接触しようとする「赤」のサーヴァントの排除だ。

 

 そう、原作におけるジークフリートとカルナの一騎討ちイベントである。

 

 それなのに何故、ゴルドとジークフリートではなく俺と頼光さんがこれに参加するはめになったかと言うと、それは以前ジークフリートの真名を暴露したせいだった。原作知識を使ってジークフリートの真名を暴露した俺を、ダーニックとランサーは洞察力の優れたマスターだと勘違いしたらしく、少しでも「赤」のサーヴァントの情報を得るために俺を使うことに決めたらしい。

 

 ……まさかあの感情に任せた暴露がこんな結果になるとは夢にも思わなかった。

 

 本当に参ったよな……。「赤」のランサーことカルナっていったら、原作の最強格なんだよな。でもダーニックとランサーの命令を拒否することもできないし……。

 

 頼光さんだったらカルナにもダメージを与えられるし、一応俺もカルナに多少なりのダメージを与えたり意識をそらせたりできる切り札が二つあるけど、それもどこまで通用するか……。

 

 俺、本当に生き残ることができるのかな?



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014

 聖杯戦争は本来、参加したマスターである魔術師とサーヴァントだけで行われる。

 

 しかし聖杯戦争に何らかの異常事態が起きて、大勢の人々や世界に大きな影響が出ると聖杯が判断すると、聖杯は公正な裁定をするために、英霊の座より聖杯に託す願いを持たない英霊を、様々な特権を持ったクラス「ルーラー」のサーヴァントとして召喚する。

 

 ルーラーのサーヴァントは他のサーヴァントの真名を看破するだけでなく、全てのサーヴァントに適用される令呪を複数所持しており、対サーヴァント戦では大きなアドバンテージを持つ。だからもしルーラーが味方となれば大きな戦力となり、逆に敵となれば大きな障害となると考えるのは、聖杯に叶えてもらいたい願いを持つマスターやサーヴァントにしてみれば至極当然のことだろう。

 

 そして「黒」の陣営はルーラーを何とかこちらかに引き込めないかと考え、「赤」の陣営は早いうちにルーラーを排除しようと考えた。

 

 原作では「赤」のサーヴァントの一人であるカルナが、今回の聖杯大戦に呼ばれたルーラーことジャンヌ・ダルクに危害を与えようとしたところに、ゴルドとジークフリートがジャンヌを助ける形で登場し、そのままジークフリートとカルナの戦いになっていったのだ。

 

 だが、仕事の現場に到着してみればそこでは戦いなど起こっておらず、三人の男女が俺達の到着を待っていた。しかもその内の一人は俺がよく知る人物であった。

 

「おう、留人。久しぶりだな」

 

良心系死霊魔術師ゴーライオン(獅子劫さん)!? 一体どうしてここに?」

 

「おい、お前、心の声が漏れているぞ。というか俺の事をそんな風に思っていたのか?」

 

「「……っ!」」

 

 突然の出来事に思わず本音を出してしまうと獅子劫さんは呆れたように言い、一緒にいた二人の女性達が吹き出す。そして俺は吹き出した二人の女性にも見覚えがあった。

 

 あの二人の女性……やっぱりジャンヌとモードレッドか。獅子劫さんは原作通りモードレッドを召喚したみたいだけど何でここに? カルナはどこに行ったんだ?

 

「し、失礼しました。それで獅子劫さんはどうしてここに?」

 

「なに、俺達だけで単独行動を許してもらう代わりに、ウチの陣営の神父に一つお使いを頼まれてね。何でも向こうさんはお前のところ、ユグドミレニアの魔術師達に補給物資やらを奪われて忙しいみたいだからな。心当たりはあるだろ?」

 

 俺が気を取り直して質問すると、獅子劫も気を取り直して答えてくれたのだが……凄い心当たりがある。というか、俺がそれを指示した張本人だし。

 

「……そうですね。それで、もしよかったらその『お使い』の内容を聞いても?」

 

「お前と同じさ。そこのお嬢さんを何とかしろってよ」

 

 獅子劫さんは俺に答えると一緒にいた二人の女性の片方、つまりはジャンヌを見て、彼女は俺達の方に視線を向けて挨拶をしてくれた。

 

「初めまして。私はルーラー。此度の聖杯大戦の裁定をするために召喚されました」

 

「こちらこそ初めまして。俺は『黒』のマスターの一人、孔雀原留人。それでもってここにいるのは俺と契約をしたサーヴァントと、俺の従者です。よろしくお願いします」

 

「「……」」

 

 俺がルーラーに自己紹介をして頭を下げると、一緒にいた頼光さんとジークも無言で頭を下げてジャンヌに挨拶をした。

 

「でも獅子劫さん? ルーラーの対処を頼まれたのに、戦っていなかったみたいですけど?」

 

 ルーラーに挨拶をした俺は再び獅子劫さんに質問をした。俺達がここに来た時、獅子劫さん達とルーラーは戦っておらず、むしろ話をしていたみたいだけど?

 

「まぁな。俺達は元からこのお嬢さんをどうこうするつもりはなかったからな。俺の目的はお前だよ、留人」

 

「俺?」

 

「ああ、そうだ。ルーラーのお嬢さんと待っていれば『黒』のマスターが来るだろうから、そいつにお前がマスターになっているかどうか聞こうと思っていたんだが……やっぱり『黒』のマスターに選ばれていたか。……全く、最悪の予想が当たってしまったみたいだな」

 

 獅子劫さんは頭が痛いとばかりに額に手を当てるのだが、そのサングラスの奥にある目は鋭い視線を俺に向けているのが分かった。

 

 あれ? どうして獅子劫さんってば、俺をそこまで警戒しているの? 凄腕の武闘派魔術師である獅子劫さんにそんな目で見られると、怖くて仕方がないんですけど?

 

「ちょっといいか?」

 

 俺が獅子劫さんの視線に内心で怯えていると、彼の隣にいたモードレッドが話しかけてきた。

 

「……始めまして。貴方は?」

 

「俺か? 俺はこのゴーライオンと契約しているサーヴァントでクラスはセイバーだ。よろしくな。『黒』のセイバーのマスターさんよ?」

 

 一応原作知識では知っているのだが、こうして直で会うのは初めてなので、何も知らない風に挨拶をすると、モードレッドは好戦的な笑みを浮かべて答えてくれた。そしてゴーライオンと呼ばれた獅子劫さんが突っ込みをいれるより、俺が「セイバーではなくバーサーカーのマスターです」と訂正をするより先に、モードレッドは次の言葉を口にする。

 

「それで一つ聞きたいんだがお前、前に参加した聖杯戦争で本当にアイツを……?」

 

「うぐっ!?」

 

 モードレッドが俺に質問をしようとした時、突然俺の側にいたジークが胸を押さえて苦しみだした。

 

「ジーク君!? 一体どうしたのです……!?」

 

「あ、ああぁあーーー!」

 

 頼光さんがジークの様子を見ようと近づこうとするが、その前にジークの体から漆黒の霧が吹き出て彼の体を包み込んでしまった。

 

「おいおい……!?」

 

「一体何だよ、コレは!」

 

 ジークの身に起こった異変に獅子劫さんとモードレッドも驚きの声を上げる。

 

 こ、これはまさか、モードレッドの顔を見たせいでジークの中にある「あの英霊」の霊基が活性化したのか!?

 

「マジかよ……! よりにもよってここで出てくるのかよ!?」

 

 いくらモードレッドが「あの王様」と瓜二つとはいえ、顔を見たくらいで反応するか、普通?

 

 そして俺の言葉を合図にしたかのように漆黒の霧が晴れた。しかしそこにはジークの姿はなく、化わりにあったのは、漆黒の全身鎧を着た騎士だった。

 

「A……aaaaaaーーーーー!」

 

「……『ランスロット』」

 

 俺は、ジークだった騎士の姿を見て小さく呟いた。



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015

「ランスロット……だと? おい、テメェ! それはどういう事だ!? アイツは一体何なんだ!?」

 

 俺の呟きを聞いたモードレッドが怒鳴り声を上げる。その顔には、彼女の性格を考えればやはりというか、強い怒りの表情が浮かんでいた。

 

「ジーク……彼はユグドミレニアが創造したホムンクルスだ。だけど以前死にかけていて、俺は彼を助けるために、剣の戦争で手に入れたランスロットの霊基と聖杯の魔力の一部を与えたんだ。彼の変身はそれが原因だと思う」

 

「ホムンクルスにサーヴァントの霊基と聖杯の魔力を与えたぁ!? 無茶苦茶するなぁ、おい!」

 

 モードレッドの剣幕に思わず俺が事情を説明すると、それを聞いた獅子劫さんが呆れながら驚いた声で言い、モードレッドが苛立った声で吐き捨てるように言う。

 

「ッタク! 円卓の穀潰しがどうなろうと心底どうでもいいが、もうちょっとマシな使い方をしやがれ! 厄介なもんを作ってんじゃねぇ!」

 

「Arrrrーーー!」

 

 モードレッドの言葉に反応して、ジークだったランスロットは虚空から聖剣から転じた魔剣(アロンダイト)を取り出し、彼女に斬りかかる。

 

「ッチ!」

 

「Aーーーrrrr!」

 

 それに対してモードレッドも自身の剣を虚空から取り出し、ランスロットの剣を受け止める。その後もランスロットは何度もモードレッドに向けて剣を振るうが、彼女はそれを全て受け止め、弾き返すと獰猛な笑みを浮かべる。

 

「ハッ! 狂ってはいるが剣の使い方は忘れていないようだなぁ? ああ、間違いない! その太刀筋! 間違いなくお前はアイツだ! あのイケ好かない寝取り野郎だ! ……だったら俺も本気でヤらないとなぁ!?」

 

「ーーーーー!?」

 

 モードレッドはそう言うと、一瞬で全身鎧を身に纏った姿となり、それを見たランスロットの動きが止まった。しかし……。

 

「A……! Arrrrrrrrrr!」

 

 ランスロットの動きが止まったのは一瞬で、すぐにランスロットは先程以上に激しい動きでモードレッドに斬りかかった。これって全身鎧姿を見た事で相手がモードレッドだって分かり、昔の記憶が刺激されたからか?

 

「どうやら俺が憎いみたいだがそれは俺も同じだ! お前だけは絶対にブッ殺す!」

 

 互いに怒号を上げながら激しい斬り合いを行うランスロットとモードレッド。

 

 そんな二人の斬り合いは、正に英霊同士の戦いに相応しかった。そしてそれを見て俺と頼光さんは一つの結論に達した。

 

「これは良くない流れですね」

 

「そうですね」

 

 つまり「ランスロットが負ける」という結論に。

 

 今はランスロットもモードレッドも互角の戦いをしているが、それは今だけだ。いくらジークが所有魔力に優れたホムンクルスだと言っても、ランスロットの姿で戦うために消費される魔力は尋常ではない。そもそもあの変身は全く予想もしていなかった完全な暴走で、当然術式なんて安定しておらず、モードレッドと打ち合う度にランスロットの霊基がグラついているのが分かる。

 

 このままだともってあと二 、三分くらいでジークの変身が解け、彼はモードレッドに殺されてしまうだろう。

 

 ジークを殺させる気なんて最初からない俺が頼光さんを横目で見ると、彼女も同じ気持ちだったようで、こちらに視線を合わせて小さく頷いてくれた。

 

「援護、お願いします」

 

「承知!」

 

 俺の言葉に頼光さんは短く答えると、ランスロットと斬り合っているモードレッドへと向けて高速で駆け寄り、彼女に斬りかかった。

 

「っ!? 危ねっ!」

 

 ランスロットとの戦いに集中していたモードレッドだったが、頼光さんが刀を振り下ろそうとした直前に気付き、間一髪で頼光さんの斬撃を回避した。

 

「何の真似だ!? 邪魔をするんじゃねぇ!」

 

「そうはいきません。この子を死なせるわけにはいきません。よってここからは私も戦わせてもらいます」

 

 モードレッドが仮面の奥から苛立った声を出してくるが、頼光さんはそれに刀を構えて答える。ランスロットはモードレッドしか見ておらず、頼光さんに斬りかかる心配はなさそうだった。

 

 これでいい。頼光さんだったらモードレッドが相手でも遅れを取ることはないだろう。

 

 ……と、なると俺の相手はやっぱりあの人か。

 

「………」

 

 俺は頼光さんがランスロットの援護に入ったのを見届けると、先程からこちらを見ている獅子劫さんの方へ視線を向けた。




モードレッド対ランスロット。
この展開を書きたかったために、剣の戦争の設定を考えました。
正直、やり過ぎで強引すぎる気もしますが、反省も後悔もしておりません。


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016

「おいおい。一対一の戦いに横槍を入れるなんてルール違反じゃないのか?」

 

「これは聖杯大戦、つまりは殺し合いです。殺し合いにルール違反なんてないでしょう?」

 

「はははっ! それはもっともだ」

 

 白々しい笑みを浮かべながら言う獅子劫さんに俺が即答すると、彼は大声で笑う。この会話だけを聞くと平和なやり取りに思えるが、獅子劫さんの周りに漂う殺気は薄くなるどころか濃くなる一方だった。

 

「だがまあ、一対二で苦戦している「苦戦なんかしてねぇよ!」……とにかくセイバーのマスターとしては、援護の為にお前さんと戦わないといけないわけだ」

 

 台詞の途中で割り込んできたモードレッドの言葉に苦笑しながら獅子劫さんは、太股のホルスターに納めていた自身の魔術礼装……片手持ち用のショットガンを取り出して俺を見る。

 

 獅子劫さんが言っていることは正論だ。ランスロットはあと一、二分で使い物にならなくなるとはいえ、現在モードレッドが数で不利なのは確か。万が一の事態を防ぎたい獅子劫さんは、俺に手傷を負わせることで頼光さんの動揺を誘い、この場からの脱出を狙っているのだろう。

 

 ……そして獅子劫さんにとって一番最高なのは俺を殺すことで、殺しのプロである彼は、可能ならば迷うことなく俺を殺すはずた。

 

 正直、気が重い。獅子劫さんのことは前世でもこの世界でも好きで、できることなら殺し合いなんかしたくない。

 

 でもそれ以上に俺は死にたくない。だから獅子劫さんが俺を本気で殺す気な以上……。

 

 俺も、獅子劫さんを本気で殺すつもりで戦うしかないよな?

 

 

 

(目の色が変わったな……)

 

 獅子劫は目の前にいる留人の表情が変わり、自分に向けて明確な殺気を放ってきたのを感じた。

 

 魔術師は世界の裏側の住人だが、殺し合いの意味を理解して実行できる魔術師は、驚くほど少ないというのが獅子劫の持論だ。

 

 魔術師の世界では、命を懸けた決闘というのはそれほど珍しくはないのだが、そのほとんどは獅子劫から見れば、お互いの魔術を見せ合う自慢大会か、あきらかに格下の者を一方的に痛め付ける弱い者イジメでしかなかった。殺し合いをする以上は自分も殺される危険が常に付きまとうことを理解して、どんな手を使ってでも敵を殺して生き残ろうとする覚悟を持つ魔術師なんて、ほんの一握りしかいない。

 

 そして孔雀原留人はその「ほんの一握り」の魔術師であった。

 

 死の恐怖に怯え、自分が生き残る為に敵を確実に殺す心の弱さと強さを併せ持つ留人だからこそ、獅子劫は聖杯大戦に参加するように言われたとき助手にしようと考えたのだ。

 

 しかし今の留人は自分の敵。相手の実力をある程度知っている獅子劫は、慎重に攻撃の機会を伺う。

 

(さてと……。一年前、一緒に戦った頃からどれだけ強くなっているのかね? とりあえずあの『切り札』を使う前に決着を……!?)

 

「………」

 

 そこまで獅子劫が考えたところで留人が右腕を横に振り、それを見た獅子劫は即座に横に飛び退いた。

 

 直後、先程まで獅子劫がいた場所で大きな爆発が三度起こった。

 

「うおおっ!? いきなりかよ!」

 

 獅子劫がそう叫びながら自分がいた場所の地面を見ると、そこにはヒビがはいって割れた勾玉が転がっていた。先程留人は右腕を横に振った時に、爆発の魔術を封じ込めた勾玉を三つ、魔術で軌道を調整してから獅子劫に向けて放ったのだ。

 

 獅子劫は三度の爆撃を回避したからといって安心したりせず、ひたすらに走り続けた。そしてその背後では大きな爆発が次々と起り、爆炎と爆風が獅子劫を飲み込もうとする。

 

 見れば留人の袖から服の中に仕込んでいた勾玉が次々とこぼれ出て、魔術の効果で獅子劫の方へと飛んでいき、勾玉の爆撃に追われている当人は盛大に舌打ちをした。

 

「クソッ! 一体どれだけ仕込んでいるんだ……よ!」

 

 悪態をつきながら、獅子劫が手に持っていたショットガンを留人に向けて撃つ。しかしショットガンから放たれたのは鉛弾ではなく、人間の指であった。

 

 獅子劫が放った弾は魔術師の死体の指を加工したもので、魔術を込められた指の弾丸は自動で軌道を変えて目標……留人の心臓に飛んでいく。魔術の効果により、指の弾丸は厚さ数ミリの鉄板くらいなら容易く貫き、簡単に人の命を奪えるのだが、留人は逃げるそぶりも防御用の魔術を使う動きも見せなかった。

 

 そして獅子劫が放った弾がいよいよ留人の胸を貫こうとした時、彼が首にかけていた勾玉が薔薇色の光を放った。指の弾丸は全てその薔薇色の光に阻まれ、魔術の効果を失い地面に落ちてしまった。

 

「はぁっ!? 何だよそれ? そんなのアリかよ?」

 

 自分の必殺の魔弾をよく分からない手段であっさりと防がれたことに、獅子劫は抗議の声を上げるが、留人はそれに答えず、ただ無言で彼に視線を向けるだけであった。そして獅子劫には、その視線が「そんなことに気をとられていていいんですか?」と言っているように感じられた。

 

「? 何だ……って! しまった!」

 

 留人の視線の意味に少しの間をおいて気づく獅子劫だったが、気づいた時にはもう遅かった。留人の放った勾玉は、獅子劫を取り囲むように全方位から飛んできており、その数は二十から三十もあった。

 

「う、おおおおおっ!?」

 

 留人が放った二十から三十の勾玉は全くの同時に着弾し、一際大きな大爆発を起こした。



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017

タグに「主人公はチート」をつけることにしました。
あと、今回の話に留人が剣の戦争で契約したサーヴァントのヒントがあります。


「っ! マスター!?」

 

 俺が放った勾玉の爆発が獅子劫さんを飲み込んだのを見て、頼光さんとランスロットの二人と戦っていたモードレッドが声を上げる。

 

 安心してくれ、モードレッド。獅子劫さんは別に死んでいないよ。勿論無事でもないけれど、これでここから離脱するなり、獅子劫さんを捕まえてミレニア城塞へ連れていくなり、事を進めやすく……。

 

「……何?」

 

 爆撃が上手く決まって獅子劫さんを戦闘不能にできたと思っていた俺だったが、爆煙が風で晴れると、そこには獅子劫さんの姿はなかった。……どういうことだ? 獅子劫さんは一体どこに行ったんだ?

 

 

「やれやれ。どうやら間に合ったようだな」

 

 

 俺が獅子劫さんを探していると、少し離れた場所から女性の声が聞こえてきた。声が聞こえてきた方を見ると、そこには頭に獣の耳を生やした女性と、彼女に服を掴まれた獅子劫さんの姿があった。

 

 あれは……アタランテ? 状況から見て、彼女が獅子劫さんを助けたみたいだけど、何で彼女がここにいる?

 

「う、うう……。アンタは……?」

 

「私は『赤』のアーチャー。神父の命でお前達の様子を見に来たのだが、到着してみればお前が殺されそうだったのでな、こうして助けたわけだ」

 

「なるほどな……。それならもっと早く来てほしかったが……とにかく助かったぜ。ありがとうよ」

 

 獅子劫さんが質問をすると、アタランテは表情を変えることなく答えて掴んでいた彼の服を離し、獅子劫さんは苦笑をしながら礼を言う。

 

 しかしここでアタランテの登場か。これはいよいよまずいな。そろそろランスロットの方も限界のはず……?

 

「Aーーーrr………!」

 

 俺が視線を向けると案の定、ランスロットは限界に達してしまったらしく、漆黒の全身鎧は霧となって霧散し、元のジークの姿へと戻った。

 

 仕方がない……。もう「切り札」の一つを使うしかないな。本当はカルナやアキレウス用の切り札だったのだが、この状況では使うしかないだろう。

 

(頼光さん。今から『切り札』を使います。頼光さんはジークを守ってあげてください)

 

(分かりました)

 

 念話を頼光さんに飛ばすと、すぐに彼女からの返事が返ってきた。

 

 これで切り札を使う準備は整ったのだが、その前に一つ言っておきたいことがあった。……アタランテに。

 

「なぁ、『赤』のアーチャー。一つ言ってもいいか?」

 

「何だ、『黒』のマスターよ?」

 

「……お前さぁ、自分だけが被害者みたいな顔をしてルーラーに八つ当りするのはやめろよ」

 

「何? 八つ当り?」

 

「私に、ですか?」

 

 俺が前世からアタランテに言ってやりたかった言葉を言うと、アタランテと今まで黙って戦いを観戦していたジャンヌが揃って首を傾げた。

 

 原作では「黒」のアサシンとして召喚されたのは、ジャック・ザ・リッパーという生まれる前に死んでしまった子供の怨霊の集合体だった。そしてアタランテは聖杯大戦中にジャックのマスターを殺害してジャックにも手傷を追わせたのだが、それが原因となってジャックは完全な怨霊となって暴走してしまい、最後にはジャンヌの祈りの力で成仏させられた。

 

 子供の頃に愛された事がなかった経験から、子供を愛することに尽力していたアタランテは、ジャックという子供を成仏……殺したことからジャンヌを心底憎むようになってつけ狙うようになったのだ。

 

 俺はこの原作での、アタランテがジャンヌを狙う行動が納得できなかった。

 

 アタランテの願いや子供を大切にしようとする気持ちは嫌いではないのだが、ジャックが暴走した原因を作ったのは彼女だし、彼女も最初はジャックを殺そうとしたのも事実だ。それを棚に上げてジャンヌだけが悪いように責めるアタランテの言動がどうしても好きになれず、顔を会わせる機会があれば、今の言葉を言ってやろうと思っていたのだ。

 

「『黒』のマスターよ。八つ当りとはどういう意味だ」

 

「別に気にしないでください。俺のも単なる八つ当りで……ただちょっと言ってみたかっただけですから」

 

 さて、言いたいことも言ったし、そろそろ始めようか。

 

「っ!? マズイ! 留人を止めろ!」

 

 心の中でそう呟くと俺は切り札の一つ、大きめの勾玉をポケットから取り出し、それを見た獅子劫さんが血相を変えて叫ぶ。……だけどもう遅い。

 

「解放されろ、俺の世界」

 

 俺がそう呟くとポケットから取り出した勾玉が強い光を放ち……。

 

 

 次の瞬間、「世界が変わった」。

 

 

 先程まで周囲の景色は建物一つない夜の道路だったのに、今は上を見れば雲一つない晴天の中央に太陽が輝き、下を見れば宝石のように磨き抜かれた勾玉が数えるのも馬鹿らしいほど無数にあって、地面を覆い尽くしている。更に勾玉の地面には、様々な形状をした光輝く武器が数多く突き刺さっており、太陽と武器の光を勾玉が反射して、地面自体が光を放っているように見えた。

 

「な、何だこれは……!?」

 

「『固有結界』だ」

 

 突然周囲の景色が変わったことにアタランテが驚いていると、額に冷や汗を流した獅子劫さんが彼女の質問に答えた。

 

 固有結界。

 

 それは術者の心象風景を外界に再現させて、文字通り「世界を変える」大魔術。自身の心象風景である固有結界の中ならば、固有結界を作り出した術者はほぼ無敵に等しい。

 

 そして俺は、事前に固有結界の術式と展開に必要な魔力を勾玉に封じておくことで、戦闘時にノータイムノーコストで固有結界を展開することができるのだ。

 

 これが俺の二つある切り札の一つ。

 

 その名も固有結界「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」だ。



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018

最初に謝っておきます。
アタランテファンの皆さん、ごめんなさい。


 この世界で俺が生まれた家、孔雀原家の時計塔が定める魔術師としての歴史はせいぜい数十年くらいと非常に短い。

 

 しかし日本の呪術師としての歴史は非常に長く、どれくらい長いかと言うと極東の呪術大国「邪馬台国」が誕生する前から歴史が続いている。

 

 孔雀原家は元々勾玉作りの専門家で、古代日本での勾玉は豪族の装飾品であり、神を祀る儀式に使用される神秘を秘めた祭具でもあった。つまり古代の孔雀原家は今で言うと王族や高位の貴族、そして神官にのみ勾玉という商品を卸す専属の宝石職人であり魔術師みたいな感じだろう。

 

 だから古代の日本では孔雀原家が作る勾玉はとても価値がある宝物であるのだが、その原材料は貴重な宝石や貴金属だけではなく、道に落ちているそこらの石でもあった。そんな歴史からこの世界の俺の父親は、初めて勾玉の作り方を教えてくれた時にこう言った。

 

『いいか、留人? 孔雀原家の技法は道に落ちているただの石を、黄金よりも価値のある神秘を宿した宝物に変える技なんだ。お前が手間を惜しまず、自分の持つ最高の技で石を使い勾玉を作れば、道にある……いいや、世界中にある石全てがお前の力となり、お前に富をもたらす宝になるだろう』

 

 父親が言った言葉は正に二千年近く続く孔雀原家の歴史なのだろう。この言葉は自然と俺の心の奥に落ち着き、固有結界の風景の原型となった。

 

 そして俺が固有結界に目覚めたのは以前参戦した剣の戦争の時だ。

 

 剣の戦争で俺と契約したあの剣士の英霊が魅せてくれた戦いの技と様々な光輝く武器を見た時、そこから感じた圧倒的な力のイメージと憧れが俺の中にあった父親の言葉と噛み合って、俺の中の世界が完成した。そのお陰で俺は、剣の戦争での最後の戦いで固有結界を発現させる事に成功して、ランスロットとそのマスターに勝つ事ができたのだ。

 

 つまり何が言いたいのかというと、この固有結界「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」は俺が想像する、神や悪魔すらも倒す絶対的な力と孔雀原家の歴史が「世界」というカタチになったものだという事で、それが意味する事はただ一つ。

 

「この世界にいる間は俺は無敵だ」

 

「無敵か……。中々大きい口を叩くものだな」

 

 俺の言葉に最初は驚いた顔をしていたアタランテが冷静さを取り戻し、手に持っていた弓矢を俺に向けて構える。普通であれば、弓兵の英霊に弓矢を向けられた時点で俺の死は確定しているのだが、今この固有結界にいる時だけはアタランテの行動は全て「一手」遅かった。

 

「ではお前の力がどれほどのものか見せてもらお……!?」

 

 弓矢を構えるアタランテの言葉が途中で途切れた。何故かと言えば、アタランテが構えた弓矢が突然、彼女の両手ごと爆発したからだ。

 

「ーーーーー!? 貴様っ! 私に一体何をした!?」

 

「………」

 

 アタランテは弓矢ごと爆発して肌が黒く焦げた両手を見てから、痛みを堪えながら俺に向かって怒声を上げる。確かに今の爆発は俺の仕業だが、わざわざ敵に手の内を教えるつもりは毛頭もないので、俺は無言で彼女の目を見返した。

 

「………! くっ!」

 

 俺が無言でいるとアタランテは少しの間俺を睨みつけてから後ろへ飛び退いた。恐らくはどんな攻撃手段持っているか分からない相手から距離を取り、出方を観察するつもりなのだろう。

 

 なるほど。確かにアタランテが取った選択は一つの正解だ。……それでも彼女の行動は「一手」遅い。

 

「っ!? ぐわぁああっ!?」

 

 後ろへ飛び退いたアタランテが地面に着地した瞬間、今度は地面に接触した左足が爆発して、彼女は悲鳴を上げながら地面に倒れた。

 

「こ、これは……!? この奇妙な形の石……これが爆発したのか?」

 

 流石は英霊というべきか。アタランテは痛みに耐えながら自分の身に何が起こったのかを正確に把握して、俺の攻撃を見破ったようだ。彼女の言う通りこの地面を覆い尽くす無数の勾玉、その一つ一つが全て獅子劫さんにも使った爆発の魔術を封じた勾玉で、先程の二回の爆発は地面にある勾玉で行なったものだ。

 

 地面にある勾玉は俺の意思で操作する事ができるだけでなく、自動で俺に危害を加えようとする攻撃を撃ち落としてくれる。つまりこの固有結界に引きずり込まれた敵は、言わば地雷やロックオンが完了したミサイルの上で戦っているようなもので、俺はただ命じるだけで相手を確実に爆破する事が可能なのである。

 

「無駄ですよ。いくら貴女がどれだけ速く動けても、地面に足をつける以上、俺の攻撃からは逃れられない」

 

「ーーー! 舐める、なぁ!」

 

 俺の言葉にアタランテは怒りで表情を歪めた後、まだ無事な右足に全ての力を込めて、俺に向かってほぼ水平に跳躍した。その速度はまるで砲弾で、普通の魔術師なら防ぐ事も避ける事もできず、ただ彼女に体を喰い千切られて絶命してしまうだろう。

 

 だけど、やっぱりこの攻撃も「一手」遅かった。

 

「ガッ!?」

 

 俺に向かって高速で跳躍したアタランテだったが、彼女は突然「空中」で動きを止めて、驚愕の表情となって口から大量の血を吐き出した。

 

「な、何だ……? この、武器は?」

 

 そう言ってアタランテが見たのは、自分の体を貫く複数の光輝く武器。それは勾玉の地面に突き刺さっていた無数の武器の一部で、複数の光輝く武器は彼女の体ごと地面を貫き、アタランテの動きを止めたのだった。

 

 この固有結界で俺が操作できるのは地面の勾玉だけじゃない。当然地面に突き刺さっているこの光輝く武器の群れも操作可能で、今のはアタランテが勾玉の爆発に気を取られている隙に、武器を上空に用意したのだ。

 

「ぐ……! この、私が……こんな、簡単に……!」

 

「……」

 

 口から血を吐きながら苦しそうにもがくアタランテを見ていると胸が苦しくなってくる。さっきは前世の記憶の影響でつい八つ当たりをしてしまったが、基本的に俺はアタランテだけでなく「Fate/」シリーズのキャラクターのほとんどが好きで、本当は殺したくはない。

 

 ……でもそれ以上に俺は死ぬのが怖く、生き残るためなら敵が例え誰でも戦うつもりでいる。

 

 だから俺は今ここでアタランテを殺すのだ。

 

 アタランテは相手が子供以外なら人を殺すのに躊躇いを持たないし、敵を殺すためなら手段を選ばない非情さがある。もし俺が「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」を使っていなかったら、アタランテは獅子劫さんとモードレッドと協力して、まともに動けないジークを守りながら戦う俺と頼光さんを殺そうとしただろう。

 

 そしてもしここでアタランテや獅子劫さん達を見逃しても俺の命を狙い続けることに変わりはない上、それをしたら俺はユグドミレニアでの居場所を失ってしまう。

 

 つまりアタランテがこの戦いに途中参加した時点で、俺は彼女を殺すしか選択肢がなかったのだ。

 

「……すみません。そして、さようなら」

 

「ーーー!」

 

 俺は形だけの謝罪と別れの言葉を告げるとアタランテの周囲にある勾玉を爆発させて、爆発の直撃を受けた彼女はその体ごと霊基が完全に破壊された。

 

 こうしてこの夜、聖杯大戦で最初の脱落者が出たのであった。



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019

 アタランテの消滅を確認してから周りを見てみると、獅子劫さんやモードレッドだけでなく、頼光さんにジーク、そしてジャンヌとこの場にいる全員が驚いた顔となって俺を見ていた。まあ、俺みたいな若い魔術師がいきなり魔術師の奥義とも言える固有結界を使ってサーヴァントを倒したら驚きもするか。

 

(頼光さん。いつまでも驚いていないで、ジークを連れてこっちに来てください)

 

(……あっ! わ、分かりました)

 

 俺が念話で指示を飛ばすと、頼光さんは慌ててジークを背負ってこちらへ跳んできてくれた。そして彼女に背負われたジークはと言うと……うん、大丈夫だ。顔色は悪いが、魔力の流れも安定しつつあるし、これなら少し休めば元気になるだろう。

 

「マスター、無事か?」

 

「ああ、何とかな。……いや、それにしてもやっぱり凄いな、お前の切り札は」

 

 駆け寄ってきたモードレッドに獅子劫さんはそう答えると、次に俺に話しかけてきた。獅子劫さんには一年前、魔術結社同士の抗争に巻き込まれて共闘した時にこの「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」を見せたことがあった。

 

「一年前にこの固有結界見た時も『これは下手なサーヴァントくらいなら倒せるんじゃないか?』と思っていたが、まさかあれ程とはね……。これはもう『封印指定』されても可笑しくないんじゃないか?」

 

 封印指定。

 

 それは時計塔に属する魔術師にとって最大の名誉であり最悪の烙印。

 

 学問や研鑽だけでは決して修得できない一代限り、その術者限りの稀有な魔術を修得した魔術師が現れた場合、魔術協会はその才能を惜しんで永久に封印しようとするのが封印指定。永久に封印とは、具体的に言うとその術者の脳をホルマリン漬けにして時計塔の地下深くにある倉庫に保管するということで、実質処刑と変わらなかった。

 

 そしてこの封印指定が俺が今も「黒」のマスターとしてユグドミレニア一族に協力している最大の理由である。

 

 自分で言うのもどうかと思うが、俺はいつ封印指定に指名されても可笑しくないと思う。セイバークラスのサーヴァント五騎が参加した亜種聖杯戦争で優勝して、一騎のサーヴァントの霊基と聖杯の魔力の一部を封じて自分だけの魔術礼装にして、トドメに固有結界も修得していて……最初の一つはともかく後の二つは封印指定にされる要因となるだろう。

 

 だから俺は鉱石科の一生徒として振る舞い、いつ封印指定されても自分の身を守れるだけの実力と後ろ盾を得ようとしていた。そんな時に令呪が宿ってダーニックに「黒」のマスターにされたのだ。

 

 俺は「黒」のマスターとして聖杯大戦に参加する際、ダーニックにこの事を説明して、聖杯大戦に勝利した時にはユグドミレニア一族に後ろ盾になってもらう事を約束してある。……ダーニックがどこまで約束を守ってくれるかは分からないが、それでも時計塔にいるよりかはマシだろう。

 

「そうですね。でもダーニックさんはユグドミレニアなら悪いようにはしないと言ってくれましたから大丈夫ですよ」

 

「……なるほどね。それがユグドミレニアに肩入れした理由か」

 

 俺がそう答えると、獅子劫さんはそれだけで俺が「黒」のマスターになった理由を察してくれたようだ。

 

「さてと……。そろそろ時間じゃないか?」

 

 獅子劫さんが笑みを浮かべてそう言うと、周囲の景色が元の夜の道路へと戻っていった。なるほど。獅子劫さんが急に俺に話をふってきたのは、固有結界を展開できる時間制限を待っていたからか。相変わらずこういうところは抜け目ないな、この人。

 

「じゃあ、今日のところはここで帰らせてもらう……ぜ!」

 

 獅子劫さんは懐から閃光弾を取り出すとそれを地面に叩きつけ、次の瞬間強い光が生じて何も見えなくなってしまう。そして光が収まってようやく視界が戻ってきた時には、獅子劫さんとモードレッドの姿はどこにもなかった。

 

(マスター。あの二人、追わなくて良いのですか?)

 

(はい。今日はサーヴァントを一人倒せただけで良しとしましょう。獅子劫さん達は今日のところはほうっておきましょう)

 

 念話で話しかけてくる頼光さんに俺も念話で返事をする。

 

 原作でも獅子劫さんとモードレッドは最後の戦いで「黒」の陣営と協力関係にあった。だからこの世界でも獅子劫さん達と協力関係になれる目はある。……見た感じ「赤」のアサシンとそのマスターに洗脳されている様子もないしね。

 

(それに……これ以上手の内を晒したくありませんから)

 

 そう言って空を見上げると、そこには一体の鳥型のゴーレムがこちらを見下ろしていた。間違いなくこちらのキャスターが作ったゴーレムだ。俺が鳥型のゴーレムに気づいたのは「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」を展開した時なのだが、まず間違いなくあの鳥型のゴーレムを通じてダーニックを初めとする「黒」のマスターは俺達の戦いを最初から見ているのだろう。

 

 もし獅子劫さん達を追撃するのなら自然とそこから生じる戦いは更に過酷となり、俺はもう一つの切り札を使わざるを得ないだろう。聖杯大戦の序盤で、今は味方とはいえ「黒」のマスター達が見ている前で手札を全て見せる気にはなれなかった。

 

 だから今日の戦いはここまで。獅子劫さんとモードレッドも追わないというわけだ。

 

「それで? 俺達はミレニア城塞に戻りますけど、ルーラーはどうしますか?」

 

「え? 私、ですか?」

 

 俺がジャンヌに話しかけると彼女は自分を指差した。

 

「はい。ルーラーはこの聖杯大戦の裁定をするために来たんですよね? それだったら両方の陣営の意見も聞いてみてもいいんじゃないですか?」

 

「……そうですね。確かに貴方の言う通りです。……申し訳ありませんが、私もそのミレニア城塞に連れて行ってもらえませんか?」

 

 ジャンヌは俺の提案に頷く。良し、これで最初の命令も達成できたものだろう。

 

「分かりました。じゃあこちらにどうぞ。車があります」

 

 俺はそう言うと頼光さんとジークと一緒に、離れた場所に停めてある車までジャンヌを案内する。ちなみに行きはジークが車を運転していたのだが、今の彼はとても運転できる状態ではないので帰りは俺が運転した。

 

 後のジャンヌの説得はダーニックとランサーに任せるとしよう。……絶対に成功するとは思えないけど。



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020

何だか感想欄で主人公がサイコパスみたいに扱われていたので「017」の文章を一部変更しました。(6/24)


 ジャンヌを迎えに行った先で獅子劫さんとモードレッドのコンビと戦い、更には途中参戦してきたアタランテと戦った日から二日が経った。

 

 俺達がジャンヌを連れてミレニア城塞へ戻った後、ダーニックとランサーはジャンヌに「黒」の陣営に協力をしてほしいと頼んだのだが、やはりと言うかジャンヌは首を縦に振ることはなかった。その時にジャンヌの真名を知ったダーニックは、何とか彼女を捕らえてその力を利用しようと考えていたみたいだが、同じ神を信仰するランサーの前でそのような事はできなかったので、大人しくジャンヌを帰した。

 

 今頃ジャンヌは「赤」の陣営と話をするために「赤」の陣営の本拠地に向かっていることだろう。

 

 そして俺の二日前の戦いは案の定、「黒」のマスター全員に見られており、その反応は様々であった。

 

 ダーニックは固有結界を使いアタランテを単独で撃破した俺を、手放しで称賛してくれたのだが、他のマスター達には俺の事を畏怖の目で見てくる者が数人いた。……正直、ゴルドやセレニケに驚いた顔で見られるのはどうでも良かったが、俺の親友であるカウレスに「お前、また無茶な事をしたな」と言いたげな呆れた目で見られたのは地味にショックだった。

 

 まあ、それはともかく、今の俺はミレニア城塞の中庭に頼光さんとジークの三人でいた。

 

「一体どうしたんだ、ジーク? こんな所に呼び出して?」

 

 俺と頼光さんをここに呼び出したのはジークで、その時の彼は何かを考えた真剣な表情をしていた。

 

「マスター、バーサーカー。いきなり呼び出してすまない。ここに来てもらったのは特訓に付き合ってほしいからだ」

 

「特訓?」

 

「ああ……。俺の中にあるランスロットの力。それを使いこなすための特訓だ」

 

「何?」

 

「まあ……」

 

 俺の言葉にジークは真剣な表情で頷き、ランスロットの霊基と聖杯の魔力が埋め込まれた自分の胸に手を当てる。そんな彼の言葉に俺と頼光さんは思わず驚きの声を漏らした。

 

 ジャンヌの来訪や俺がアタランテを倒したことも大きな話題となったが、ジークのランスロットへの変身もそれらに負けず劣らず大きな話題になった。

 

 任務の報告の際に、ダーニックに質問されて、ジークがランスロットに変身した原因を「黒」のマスターとサーヴァント全員の前で説明すると、ゴルドがジークを解剖して徹底的に調べるべきたと言い出し、それに言葉には出さなかったがセレニケとキャスターも微妙に乗り気だったのには焦った。結局、ジークは以前のまま俺の専属の従者として扱われるようになったのだが、ダーニックがジークを戦力として計算に入れ始めたのは間違いないだろう。

 

 俺はてっきりジークが戦力として扱われることを嫌がる……というか戸惑っていると思っていたのだが、むしろ積極的に次の戦いに備えようとする彼の姿には、逆に俺と頼光さんの方が驚いた。

 

「ジーク? 何故特訓に付き合えなんて言い出したんだ?」

 

「……マスターは知っているはずだが、俺は元々マスター達に魔力を供給するために作られたホムンクルスだ。そしてこの城塞の地下には俺と同じ目的で作られた……俺の兄弟とも言えるホムンクルスが大勢いる」

 

「……そうだな」

 

「……」

 

 辛そうに言うジークの言葉に俺は短くそう答えることしかできず、頼光さんも無言で視線を逸らした。

 

「俺は、彼らをそのままにして自分だけ生き残ることに納得できなかった……。だから一時は力ずくでも助けてここから逃げようかと思った……。だけどそれをアヴェンジャーとライダーに止められた」

 

「アヴェンジャーとライダーに?」

 

 意外な組み合わせに俺が思わず声に出すと、それにジークは頷いて続きを話す。

 

「止めてくれたのは殆どアヴェンジャーだが、彼は俺にこう言ったんだ。

 お前が本当に兄弟を助けたいのなら、その手段をしっかりと考えろ。ただ闇雲に行動しても決して逃げ切れないし、万が一にも逃げ切れても、その先にあるのは無様に野垂れ死ぬ未来だけだ、と。

 ……そう言われて確かに俺は、彼らをどうやって助けるか、助けた後どうするか全く考えていないことに気づいた」

 

 まさかアヴェンジャーがジークにそんな忠告をしていたとは。やっぱり何だかんだといって面倒見がいいんだな。流石はサーヴァント界屈指のツンデレキャラ。

 

「それでどうやって助けたらいいか悩んでいるとライダーが、この戦いが早く終われば仲間達の犠牲も少なくなる。自分達が早く勝ってみせるから応援をしていてくれと励ましてくれたんだ」

 

 今度はアストルフォか。でも確かに的を射ている意見だな。

 

「だから俺は今までこの戦いが早く終わることを祈っていた。それしか俺にできることはないと思っていたから……。でも俺の中には、マスターがくれたランスロットの力がある。この力を上手く使えば、戦いを早く終わらせることができるんじゃないかと思ったんだ」

 

「ですから特訓を?」

 

 頼光さんの言葉にジークが頷く。

 

「……それに、この『黒』の陣営の長であるランサーは、公平で寛大な君主だと聞いた。もし俺がこの戦いで活躍することができれば、仲間のホムンクルス達の待遇を良くしてもらえるかもしれない」

 

 まさかジークがここまで考えていただなんて予想外だった。頼光さんなんか、「こんなに立派になって……」と言いたげな顔になって瞳を潤ませているんだけど。

 

「マスター……。俺のこの命とランスロットの力は貴方から与えられたものだ。しかし俺はこの命と力を仲間達のために使いたい。だから俺に特訓をつけてくれ。俺に、戦う力とチャンスをくれ」

 

 そこまで言って、ジークは俺に向けて深々と頭を下げた。

 

「マスター」

 

 そんなジークを見て、頼光さんも何かを言いたげな目を向けてくる。

 

 ……いや、ちょっと待って? これは卑怯じゃない? こんなの断れるはずがないだろ!?



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021

「分かった。とりあえずジークに『変身許可』を出せばいいんだな?」

 

 ジークがランスロットに変身できると知った「黒」の陣営は、すぐさま彼が確実かつ安全に変身できるように体を調整した。ホムンクルスの製造者であるゴルドだけでなく、医療知識が豊富なケイローン、ゴーレム関係で人型の魔術回路に精通しているアヴィケブロン、果てにはダーニックまで協力してジークの体を調整したお陰で、制限時間こそあるもののランスロットに変身できるようになったのだ。

 

 しかしそれでもやはりランスロットへの変身は体の負担が大きいので、変身するにはマスターである俺の許可が必要だという安全処置が施されている。

 

「ああ、頼む」

 

「では私も一肌脱ぎましょう。私なら変身したジーク君の特訓相手になれますからね」

 

 ジークが頷くと頼光さんが彼の特訓相手を買って出てくれた。確かに彼女ならランスロットに変身したジークの特訓相手だけでなく、完全に暴走した時に取り押さえる役もやってくれるだろうし適任だろう。

 

「となると後は場所か。サーヴァント同士の特訓をするにはここは狭すぎるし、ダーニックにどこか広くて人目につかない場所がないか聞かないと……」

 

「あら? 場所でしたらマスターがいるじゃないですか?」

 

 俺がどこで特訓をするか考えていると、突然頼光さんが俺の方を見てきた。え? 俺? どういうこと?

 

「ほら、マスターが以前見せてくれたあのゔぃ……びしゃもんてん・ぱーてぃー? でしたっけ? あそこなら私達が特訓しても大丈夫かと」

 

「毘沙門天パーティー? ……もしかして『偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)』のことですか?」

 

「そう、それです」

 

「あそこか。確かにあそこならサーヴァント同士が特訓しても大丈夫そうだな」

 

 頼光さんの提案にジークが納得したように頷くのだが、何言ってんのこの二人?

 

 固有結界「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」は俺の切り札よ? 魔術師にとって奥義とも言える大魔術よ? それを○ラゴンボールの精神と時の部屋みたいに使おうとするか、普通?

 

「はぁ……。分かりましたよ。確かに今から特訓場所を探すのも面倒ですしね。じゃあ頼光さん、これを」

 

 俺はそう言うとポケットから勾玉を二つ取り出して頼光さんに渡した。

 

「これは?」

 

「俺の魔力を封じた勾玉ですよ。固有結界を使っている間はそれの維持に手一杯で、頼光さんに魔力を回す余裕がないですからね。魔力が必要になったらそれを使ってください」

 

「分かりました」

 

「感謝する、マスター」

 

 俺の言葉に頼光さんが頷き、ジークが頭を下げて礼を言う。それを見てから俺は自身の心象風景を具現化し、周囲の景色がミレニア城塞の中庭から、地面が無数の勾玉に覆い尽くされて光輝く武器か突き刺さっている世界へと変わる。

 

「よし、ジーク。『変身を許可する』」

 

「っ! あ、ああ……Arrrrーーーーー!」

 

 俺から許可を受けてジークは己の魔力を高めて雄叫びを上げる。すると次の瞬間、彼の体から漆黒の霧が噴き出て全身を包み、霧が晴れるとジークはランスロットへと変身していた。

 

「くっ……! やっぱり辛いな。気を抜けば意識を持っていかれそうだ……!」

 

「別に我慢する必要はありませんよ」

 

 やはり変身すると狂化の影響を受けるのか、ランスロットに変身したジークが理性を保とうと必死な声を漏らすと、すでに刀を構えて真剣な表情となっている頼光さんが言う。

 

「内なる狂気を抑えきれないのならば、むしろそれを曝け出しなさい。さぁ、私を貴方の兄弟を殺す憎き怨敵と思って挑みかかりなさい」

 

「敵……!? 仲間達の……あ、Arrrrrrーーーーーーーーーー!!」

 

 頼光さんの言葉でランスロットの理性のリミッターが外れたか。結局は暴走してしまったが、今回の特訓はジークの体に変身を慣れさせることだと思えば……って、んん?

 

 そう言えばジークが変身したランスロット(狂)の宝具って、手に持った物を全て自分の宝具に変えるトンデモ技能だったような……?

 

「………」

 

 周りを見る(地面に突き刺さっている光輝く武器が多数)。

 

「………」

 

 地面を見る(俺の意思で爆発する地雷兼ミサイルの勾玉が無限大)。

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………。

 

 アレ? もしかしなくても、ここってランスロットにとってクッソ有利なフィールドじゃね?

 

「ランスロット! じゃなくてジーク! ちょっと待っ……!」

 

「Arrrrーーーーー!」

 

 俺が止めるより先に、ランスロットは地面にある勾玉を頼光さんに向けて蹴り飛ばし、蹴り飛ばされた勾玉は彼女の周囲で爆発して爆煙を生み出す。しかもランスロットはそれだけでなく、周囲にあった光輝く武器を手に取って、爆煙に包まれた頼光さん向けて投げつけた。

 

「っ!? 頼光さん!」

 

「大丈夫ですよ、マスター」

 

 俺が思わず叫ぶと煙の中から頼光さんの声が聞こえてきた。紫の雷を纏った刃が煙を切り裂くのと同時に、ランスロットが投げ放った光輝く武器を叩き落とした。

 

 煙の中から現れた頼光さんは傷一つ負っておらず、理性を失って完全に暴走しているジークだったランスロットを見て口元に妖しい笑みを浮かべる。

 

「ふふっ。これは中々……。どうやらジーク君の特訓だけでなく、私の特訓にもなりそうですね」

 

「Arrrr……!」

 

 武器を持って睨み合う頼光さんとランスロット。

 

 ……これって「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」保つのかな?



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番外編 剣の戦争

 一人で海外旅行に行ったら、見知らぬ魔術師に拉致されて、どこかにある屋敷の一室に監禁された。

 

 俺、孔雀原(くじゃくばら)留人(りゅうと)(現在十六歳。彼女募集中)に起こった出来事を簡潔に説明すると以上の一行で尽きた。

 

 ……一体どうして俺はこんな目に遭っているのだろうか?

 

 確かに俺は魔術師の家系に生まれた魔術師で、魔術師という人種は自覚のあるなしに他者からの怨みを買うことが多い。しかし俺は魔術師と言ってもまだまだ見習いで魔術師の知り合いなんてほとんどいないし、ここにはつい三日前に来たばかりで地元の魔術師に怨まれるような事をした覚えもない。

 

 本当に俺はこの街に旅行で来ただけなのだ。

 

 街を観光して、名物料理を食べて、露天商からこの辺りでは見ない珍しい石等をお土産物代わりに買って、泊まっているホテルに戻ると……「彼女」がいたのだ。

 

 俺と同じ日本人の、スーツを着た二十代後半くらいの女性。服装だけを見れば普通の会社員……いや、非常に整った容姿をしているのでモデルのように見えるのだが、容姿の美しさよりも何かに絶望したような暗く冷たい瞳が印象的な女性だった。

 

 彼女は鍵をかけていたはずのホテルの俺の部屋にいて、俺が部屋に帰るとすぐに襲いかかってきた。そして突然のことに反応できなかった俺は、そのまま彼女に魔術で眠らされて、気がつけば今いる部屋に監禁されていたのだ。

 

(もうどれくらい時間が経ったんだろ……)

 

 部屋の中で俺は、椅子に座らせられた状態で拘束されており、出来ることと言えば部屋の様子を眺めることだけで、すでに時間の感覚が失われていた。

 

 そして俺がこの部屋で意識を取り戻してからしばらくの時間が経った後、突然部屋のドアが開いて四人の男女が入ってきた。部屋に入ってきたのは男三人に女性一人で、その女性は俺を拉致したスーツ姿の魔術師であった。

 

「……フン! まさかこんな薄汚い子供が私が企画した聖杯戦争を狂わせたとはなっ!」

 

 俺は部屋にやって来た人達にこれは事情を聞こうとおもったのだが、それより先に三人の男達の一人が俺を見て吐き捨てるように言ってきた。

 

 俺を見て不満気な声を上げたのは、三十代くらいの外国人の男で、一目で高級品だと分かるスーツを着こなして四角い眼鏡をかけており、一見するとどこかの大学の教授のように見えた。しかしその表情はよほど苛立っているのか忌々しげに歪んでいて、かなり神経質な性格みたいだった。

 

 ……でも何で俺、初対面の人にいきなり薄汚いとか罵倒されないといけないわけ?

 

「あの……? 貴方は?」

 

「人に名を訪ねる時は先ずは自分から名乗るべきだろう? 日本人は礼儀正しいと聞いたがどうやらデマだったようだな」

 

 俺が眼鏡をかけた男に話しかけると、男は俺を見下すような目で見てそう言った。……いや、確かに言ってることはもっともなんだけど、何で話しかけただけでそこまで言われないといけないの?

 

「……失礼しました。俺は孔雀原……」

 

「まあいい、教えておいてやろう。私はこの地で代々研究を続けてきた、五百年にもわたる歴史を持つ錬金術の名門スクレット家の当主、ライドー・スクレットだ」

 

 答えるのかよ。

 

「さて……。仕方がなかったこととはいえ、『少しばかり』乱暴にここに連れてきたことは詫びよう。君もどうして自分がここ、我がスクレット家の屋敷に連れてこられたか理由を知りたいだろう? 今から説明してやるから静かに聞きたまえ」

 

 全く気持ちのこもってない謝罪を口にしてから眼鏡をかけた男、ライドー・スクレットは俺がここに拉致された理由を、愚痴とスクレット家の自慢話を大量に含めながら説明してくれた。

 

 何でもこの地では亜種聖杯戦争が行われる予定らしく、ライドーを初めとするこの部屋にいる全員はその亜種聖杯戦争の参加者らしい。しかもライドーは参加者であると同時に、亜種聖杯戦争の開催者でもあると言う。

 

 ライドー……いや、スクレット家は今回の亜種聖杯戦争を開催する為に五十年近い時間と多額の資金を使い、慎重に準備を重ねてきた。しかしようやく準備が整っていよいよ亜種聖杯戦争を始めようとした矢先に、突然聖杯のシステムに支障が生じて、本来は四人のはずのマスター枠が五人に変更されたのだ。

 

 用意した聖杯は最後の勝利者が決まってサーヴァントが残り一騎にならないと願望機として機能しない為、イレギュラーで現れた五人目のマスターも亜種聖杯戦争に参加させる必要がある。そしてその五人目のマスターというのが……。

 

「君、というわけだ。君も右手の『令呪』を見て薄々は自分がマスターに選ばれたことに気づいていたのだろう?」

 

 令呪。

 

 それはマスターの証であり、三回だけのサーヴァントへの絶対命令権。活動を開始した聖杯は、マスターの資格を持つ魔術師にこの令呪を与えるという。

 

 ライドーの言う通り、俺の右手の甲には孔雀原家の家紋と同じ、孔雀をデフォルメしたデザインの痣……令呪が刻まれていた。これはこの街に来てすぐに右手に宿ったもので、最初は何者かが送った呪か何かかと警戒していたのだが、少し調べてみれば特に害があるわけでもないと分かったので、本格的な解明は旅行が終わって実家の工房に帰ってからにしようとほうっておいたのだ。

 

 ……こんな事になると分かっていれば、右手に宿った時点でもっと徹底的に調べておくんだった。俺の馬鹿。

 

「まぁ、こうなった以上、君も至高の魔術儀式である亜種聖杯戦争に参加させてあげよう。ありがたく思いたまえ」

 

 思うわけないだろう。ふざけるなよ、このクソ外国人。

 

 俺はこちらを見下す視線で見てくるライドーに心の中で悪態をついた。

 

 ライドーは俺がこの亜種聖杯戦争を狂わせたとか言うけど、説明を聞くと原因がそっちが用意した聖杯が欠陥品で俺は巻き込まれただけの被害者じゃないか。椅子に拘束されていなかったら全力の右ストレートをこのクソ外国人の顔に叩き込んでいただろう。

 

 俺が必死で怒りを抑えて体を震わせていると、ライドーは俺が亜種聖杯戦争を恐れていると勘違いしたみたいで、心底ムカつく笑みを浮かべる。

 

「ハハッ。安心したまえ。君は英霊を召喚したらすぐに令呪で英霊を自害させたらいい。どうせ聖遺物を持たない君の英霊では、選び抜いた聖遺物で召喚した私達の英霊には太刀打ちできないのだから」

 

 ライドーの言い方には腹が立つが、言っている事は正論だ。強力なサーヴァントを召喚するにはその英霊に関係する聖遺物が必要で、当然俺はそんなものは持っていない。

 

 ここはライドーなんかの言葉に従うの癪だし、召喚したサーヴァントには悪いと思うけど、召喚してすぐに自害してもらうのが安全か……。

 

「そうすれば命までは取らないし、特等席で私達の決闘を見学させてあげよう。魔術師の見習いの君にとって良い勉強になるだろう」

 

「決闘……ですか?」

 

「そうだ。これから行われる聖杯戦争は我が屋敷の地下にある闘技場によって、厳選なる抽選で順番決め、最後のマスターとサーヴァントの一組が決まるまで、二組のマスターとサーヴァントによる正々堂々とした決闘を行う。……正しく魔術師に相応しい気品ある戦いというわけだ」

 

「………」

 

 自慢気に言うライドーだったが、俺はその亜種聖杯戦争のルールに違和感を感じた。

 

 確かに貴族らしく振る舞う魔術師は一対一の決闘を好むけど、これは聖杯戦争……戦争なんだぞ? そんな決闘なんてルール、例えマスターが守ってもサーヴァントが大人しく従うものなのか?

 

 ……まあ、すぐに戦線離脱する俺には関係ないけどさ。

 

 ☆

 

「……ごめんなさいね」

 

 その後。亜種聖杯戦争に参加することを了承した俺は、拘束を解いてもらいライドーの屋敷にある自分用の部屋に案内された。案内してくれたのは俺をここに拉致してきた女性で、彼女は部屋に着くなり俺に謝ってきた。

 

「え?」

 

「無関係だった貴方をこの戦いに巻き込んでしまって本当にごめんなさい。……でも、私はどうしてもこの亜種聖杯戦争で優勝して叶えたい願いがあるの。その為に貴方に参加してもらう必要があったの。……そういえばまだ自己紹介をしていなかったわね。私の名前は三造(みづくり)。三造椿よ」

 

 俺に小さく頭を下げて謝る女性、椿さんの表情は真剣そのもので、彼女がこの亜種聖杯戦争にかける意気込みが充分すぎるくらいに伝わってきた。

 

「孔雀原留人です。あの……そのことはもういいです。気にしてませんから」

 

「そう、ありがとう。……それでこれは貴方の物よね? 返しておくわね」

 

 そう言って椿さんが手渡してくれたのは、俺が露天商で買ったお土産物代わりの石だった。そういえば椿さんに拉致された時、ポケットの中にいれていたんだっけ。

 

「あっ、そうです。ありがとうございます」

 

「いいえ、気にしないで。それじゃあ、私はこれで。……貴方は戦わないと思うけどまた明日、聖杯戦争で」

 

 椿さんはそれだけ言うと去っていき、俺も手渡された石をポケットにしまうと、自分の部屋へと入っていった。

 

 

 用意された部屋は意外と広く、サーヴァントを召喚するための魔方陣もすでに準備されていた。

 

「さてと……。さっさと終わらせますか」

 

 サーヴァントを召喚して、すぐに令呪で自害させるなんて目覚めの悪いことなんて早く済ませてしまおう。

 

 そう考えた俺は、魔方陣の前に立つとサーヴァント召喚の呪文を唱え始めた。

 

 サーヴァント召喚の呪文は以前より暗記してある。自分でもよく分からないが、俺は聖杯戦争について強い興味を持っており、まるで「前世から聖杯戦争に憧れている」かのように、こうして呪文を唱えている今でも期待で胸が膨らんでいるのが分かる。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 この時の俺はライドーの言う通り、聖遺物を持っていない状態で召喚しても強い英霊を呼べるとは思っていなかった。

 

 だから気づかなかった。

 

 部屋に入る時、椿さんから手渡された露天商で買った石がまさかの聖遺物で、それがポケットの中で光を放っていることに。

 

 俺が露天商で買った石は「木化石」という土の中に埋もれた木が長い年月をかけて化石となったもの。そしてその木がまたとんでもない代物で何かと言うと……。

 

 

 とある王が最愛の妃を娶る際に破壊した弓の破片。

 

 

 もし魔術師のオークションに出せば、最低でも億の値段がつく聖遺物を、俺はどういう運命か露天商で日本円にして二千円で購入していたのだ。

 

「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷しく者。

汝、 三大の言霊を纏まとう七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 呪文が完成すると同時に魔方陣が強い光を放つ。そして光が収まると魔方陣の上に、俺と同い年くらいの少年が立っており、俺はその少年から感じられる圧倒的な存在感に言葉を失ってしまった。

 

 

「サーヴァント、セイバー。偉大なるコサラの王、ラーマだ。大丈夫だ、余に全て任せるがいい!」

 

 

 言葉を失っていた俺に、少年の姿をした英霊、ラーマはまだ若いながらも威厳を感じさせる声でそう言った。

 

 これがまだ前世の記憶を取り戻す前の俺が経験した亜種聖杯戦争、後に「剣の戦争」と呼ばれる戦いの始まりであった。



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番外編 転生したらバーサーカーのサーヴァントになりました。

リュウトの性能と本文の内容を一部変更しました。(7/14)


 俺、孔雀原留人の人生は一言で言うと波乱万丈という言葉に尽きるだろう。

 

 まあ、俺は生前魔術師で、魔術師なんてのは生きているだけで何らかのトラブルに出会う生き物なのだが、それでも俺は少し異常だと思う。大小様々なトラブルに巻き込まれたが、その中でも大きなトラブルは聖杯戦争だ。

 

 五騎のセイバークラスが戦い合う亜種聖杯戦争「剣の戦争」に合計十四騎の英霊が参加した「聖杯大戦」。この二つだけでも腹が一杯なのに、俺はこれ以外にも五回の聖杯戦争に巻き込まれた。

 

 そのお陰でセイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーと全てのサーヴァントとの契約をコンプリートした。ちなみにその全てのサーヴァントは出身地や伝承や逸話でインドに関係する英霊ばかりだった。

 

 俺ってば何でこんなにインドに縁があるのかな? 仏教徒(一応)であることとカレーが好物であること以外、インドと接点はないはずなんだけど、ここまでくると少し怖くなってくるんだけど?

 

 まあ、それはとにかくトラブルが多い生前だったわけだが、死んだ後もトラブルに巻き込まれるとは流石に思わなかった。

 

 今俺はサーヴァントとなって、辺り一面火の海となった街中に現界していた。

 

 ここってあれだよな? 「Fate/Grand Order」のプロローグの世界「炎上汚染都市冬木」だよな? しかも……。

 

「クラスは……バーサーカー? キャスター(魔術師)じゃないのか? 転生したらバーサーカーのサーヴァントになりましたって?」

 

 正直、何で俺がサーヴァントになったのかも、何でバーサーカーなのに理性を保っているのかも不明だが、とりあえず俺はまだ割れていないビルの窓ガラスで自分の姿を確認してみる。

 

 窓ガラスに映っているのは二十代前半くらいの俺の姿。着ている服は着物のような半袖の上着と袴のようなズボン。首と両腕には紐で繋ぎ合わせた無数の勾玉が巻きつけていて、俺の体の左右には六十センチ以上ある巨大な勾玉をそれぞれ一つずつ、どういう原理かは分からないが多分俺の魔力で浮かんでいた。

 

 ……うん。着ている服については突っ込まないようにしよう。

 

「それよりこれからどうしようかな? 確か原作では……アレ?」

 

 これかどうする考えていた時、俺はある違和感に気づいた。俺の中にあるはずの「Fate/Grand Order」の記憶がほとんど思い出せないのだ。

 

 一体これはどういうことだ? まさかバーサーカーになった影響なのか?

 

「これは参ったな……。でも俺がここに現界したってことは主人公達もこの街にいるってことだよな? とにかく今は彼らを探してみるか」

 

 辛うじてここが「Fate/Grand Order」の世界だという事だけは覚えていた俺は、この世界……いいや人理を救うべく行動しているであろう主人公達を探すべく街の中を探索することにした。

 

 人理が焼却されるのは俺にとっても都合が悪いし、もし主人公達の力になれるのだったら協力したいと思う。だけどここで不安事項が一件……。

 

「サーヴァントになったのはいいけど俺、マトモに戦えるのか? というか生前魔術師だった俺が何でバーサーカーなんだよ? ……この多重召喚とかいうスキルのせいか?」

 

 一応自分のステータスやスキル、宝具は直感で理解できて、その中に「多重召喚(弓魔狂)」とかいうよく分からないスキルがあったのを確認できた。多分、俺がバーサーカーとなったのも、このスキルが関係しているのだろう。

 

 とりあえずサーヴァントとなった自分の性能は把握した。しかしそれがこの世界でどこまで通用するのかはサーヴァント一年生である俺にはさっぱり分からない。

 

 主人公達と合流できてもサーヴァントとしての性能がポンコツで戦力外通知されたら流石に落ち込むぞ?

 

「まぁ、まずは主人公達を見つけないと始まらないか……」

 

 こうしてサーヴァントとなった俺の「Fate/Grand Order」が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウト(☆☆☆)

・クラス バーサーカー

・属性 中立・中庸

・真名 孔雀原留人

・時代 不明

・地域 日本

・ステータス

筋力:D

耐久:D

敏捷:C

魔力:B

幸運:A

宝具:A

HP:1549/9066(初期値/最大値)

ATK:1333/6744(初期値/最大値)

COST:

所有カード:Quick×1 Arts×2 Buster×2

・保有スキル

魔力供給(勾玉)[A]:味方単体のNPを増やす(20固定)&宝具威力アップ(1T)

解呪の奇蹟[B]:味方全体のNPを増やす(10~20)&味方全体の弱体状態を解除

光輝く無数の武器[B]:味方単体のスター集中度をアップ(1T)&味方単体のクリティカル威力をアップ(1T)&スターを獲得(20~30)

・クラススキル

狂化[E]:自身のバスターカードの性能をアップ

対魔力[B]:自身の弱体耐性をアップ

単独行動[D]:自身のクリティカル威力を少しアップ

道具作成(勾玉)[A]:自身のNP獲得量をアップ

多重召喚(弓魔狂)[E]:効果なし

・宝具

偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)

ランク:A

種類:Arts

種別:対軍宝具

効果

敵全体の強化状態を解除&敵全体に強力な攻撃[Lv.1~]〈オーバーチャージで効果UP〉



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022

 ジークが俺と頼光さんに特訓をつけてほしいと頼んできてから今日で三日目。今日ジークはミレニア城塞の中庭で剣の素振りをしており、頼光さんはそれを横で見ていて時折アドバイスをしている。

 

 そして俺はそんなジークと頼光さんを、中庭に備え付けられたベンチに座りながら疲れ切った顔で眺めていた。疲れている理由は単なる魔力の使いすぎ。

 

 今日までジークは三回ほどランスロットに変身して、頼光さんを相手に実戦そのものの模擬戦をして、その度に俺は模擬戦をする場所作りに「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」を展開したのだ。しかも変身の魔力は自分持ちのジークはともかく、頼光さんはジークの仲間達からの魔力供給を受けたくないみたいなので、彼女が使う魔力と固有結界を展開する魔力は全部俺持ち。……疲れもするって。

 

「だいぶお疲れのようだね」

 

 突然横から声が聞こえてきたのでそちらを見ると、いつの間にかアストルフォが俺の隣に座っていた。そして彼の方に顔を向けたことで、カウレスとアヴェンジャー、フィオレさんとケイローンが俺のところに近づいて来ていることに気づいた。

 

「固有結界は世界を塗り替える大魔術……当然消費される魔力の量も大きいので、連日で使用すれば疲労も溜まるでしょう」

 

「というか、たかが模擬戦の場所に固有結界なんか使うなよ。世の魔術師が聞いたら正気を疑うぞ? ……まあ、お前が今更何をしたって俺は驚きはしないけど」

 

 フィオレさんが座る車椅子を押しながらケイローンが苦笑して言うと、カウレスが呆れた声で言ってきた。確かに魔術師の奥義とも言える固有結界を、ドラゴンボー◯の精神と時の部屋代わりに使う馬鹿は、世界広しと言っても俺ぐらいなものだろう。だけど……。

 

「仕方がないだろう? 触れたモノを全て自分の宝具にしてしまう、ジークが変身したランスロットの能力。あれを最大限活かせるフィールドが、俺の『偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)』なんだから。頼光さんも、模擬戦をするなら相手に全力を出してもらいたいと言うんだし……。力を貸してくれるサーヴァントの要望に、出来る限り答えるのがマスターの仕事だろ?」

 

「「……!」」

 

「へぇ……。君ってば中々良い所あるじゃん?」

 

「そうですね。バーサーカーは良いマスターに巡り会えたようだ」

 

「フッ……」

 

 俺がカウレスにそう答えると、カウレスとフィオレさんが驚いた顔となり、アストルフォとケイローンとアヴェンジャーが笑みを浮かべた。あれ? その反応は一体何?

 

「それよりも皆、ジークのことが気になっているみたいだけど?」

 

「アハハッ。そりゃあね? 彼が戦いに参加した理由って僕達の言葉のせいみたいだからね。ね、アヴェンジャー?」

 

「アイツの背中を押したのは主にお前の言葉だと思うが……まぁ、そうだな」

 

 俺が聞くとアストルフォが笑いながら答えてジークを見て、アヴェンジャーもまたアストルフォに小さく言葉を返してから素振りをしているホムンクルスへと視線を向ける。だがそこにカウレスが眉をひそめながら口を開いてくる。

 

「……確かにジークが活躍して、他のマスターやサーヴァントが魔力を使わなければ、魔力供給用のホムンクルスの負担も少しは軽くなると思う。でもそんなものは微々たるもので……」

 

「それでも、ですよ。例え救える仲間の数が皆無に等しくても、彼は自分にできることを必死で考え、それを成そうとしている。……つまりはそういうことです」

 

 カウレスの言葉を遮ったケイローンは、そこまで言うと様々な感情が混じった顔でジーク見る。その顔は不治の病にかかりながらも、必死に生きようとしている患者を見守る医者のように見えた。

 

「やはりアーチャーも彼のことが気になるのですね?」

 

「……はい、マスター。正直に言って、もし出来るのであれば、私は彼に手を貸したいと思っています」

 

「「………」」

 

 自身のマスターであるフィオレさんにそう答えるケイローンに、アストルフォは隠すことなく笑顔を浮かべ、アヴェンジャーは無言で煙草を吸っていたが、その口元には僅かな笑みが浮かんでいたのを俺は見た。

 

 どうやらジークの存在は、「黒」の陣営に良い影響をもたらしてくれたようだ。

 

 原作の「黒」の陣営は「赤」の陣営にも負けないくらいのスペックを持っていたのに、他のサーヴァントどころか自分のマスターとの連携が取れていないせいで自滅したイメージが強いからな。このままサーヴァント同士の連帯感が強めれば、この聖杯大戦を「黒」の陣営の勝利で終わらせることも……。

 

「皆様! 至急報告したい事があります!」

 

 俺がそこまで考えたところで、誰かに強く殴られたのか右頬が赤く腫れている女性のホムンクルスが、珍しく慌てた様子でこちらに走ってきた。その様子に俺達だけでなく、素振りをしていたジークと頼光さんも彼女の方を見る。

 

「どうしましたか?」

 

「はい。実は先程『赤』のセイバーとそのマスターの本拠地が判明したのですが、それを知ったゴルド様がセイバー様を連れて、自分達だけで『赤』のセイバーの元に向かいました」

 

「「はぁっ!?」」

 

 フィオレさんが質問をしてホムンクルスの女性が報告をすると、それを聞いていた俺とカウレスが思わず声を上げる。他の皆も、声こそは上げていないが大なり小なり驚いている様子だった。

 

「申し訳ありません。止めようとしたのですが、ゴルド様は聞いてくれず私を殴り、気がついた時にはゴルド様とセイバー様はミレニア城塞を後にしていました」

 

 深々と頭を下げて謝罪をするホムンクルスの女性。なるほど、あの赤く腫れた右頬はゴルドに殴られた痕か。

 

 というか「赤」のセイバーとそのマスターって、モードレッドとマジカル傭兵ゴーライオ……じゃなくて獅子劫さんのことだよね!? 何を考えているんだよあの馬鹿(ゴルド)は!? 「黒」のサーヴァントが連帯感を持ってくれたことに安心した矢先に何スタンドプレーをしているんだよ!



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023

 ゴルドとジークフリートが勝手にミレニア城塞を出て、獅子劫さんとモードレッドの元へ向かった件はすぐにミレニア城塞中に広まり、俺を含めた全ての「黒」のマスターとサーヴァントは、玉座の間に集まって緊急会議を開いた。

 

「……さて、皆に集まってもらったのは他でもない。単独で『赤』のセイバーを討とうとここから飛び出して行ったあの小物についてだ」

 

 ゴルドのことを「小物」と呼ぶダーニックの表情は苦り切っていて、これだけで彼がどれだけゴルドの勝手な行動に腹を立てているのかよく分かった。

 

「全くあの人は……。一体どうしてこんなことをしたんだ?」

 

『『……………』』

 

 ゴルドが何故単独行動に出たのか、その理由が理解できずに俺が思わず呟くと、この場にいた俺以外の「黒」のマスターが全員こちらへ視線を向けてきた。……え? 何コレ? 俺、何か変なこと言った?

 

「孔雀原さん……?」

 

「留人。お前、本気でそれを言っているのか?」

 

「え? 本気でってどういうこと?」

 

 フィオレさんとカウレスの質問の意味が分からず、俺が首を傾げて聞き返すと、それまで黙って話を聞いていたセレニケが突然大声で笑いだした。

 

「アッハハハハハッ! ゴ、ゴルドの奴、孔雀原に全く相手にされていないなんて! あー、おっかしい!」

 

「……留人よ。あの小物が暴走した理由は、恐らくお前への対抗心によるものだ」

 

 急に笑いだしたセレニケに俺が戸惑っていると、ダーニックが心底呆れたという表情で言った。

 

「俺への対抗心? 何ですか、それ?」

 

「リュート、ちょっといい?」

 

 ダーニックの言葉の意味が分からずにいると、今度はロシェが苦笑を浮かべながら俺に声をかけてきた。

 

「僕達『黒』のマスターは、ユグドミレニアがこの聖杯大戦に勝利して組織として認められたら、その幹部とされる。そこまでは知っているよね?」

 

「それは当然知っているさ」

 

 封印指定を逃れる後ろ楯がほしい俺は、それが目当てで「黒」のマスターになったのだから。

 

「じゃあ聖杯大戦での活躍で、幹部としての地位が決まることも知っているよね? ゴルドはさ、聖杯大戦が始まる前までは、ダーニックやフィオレの次くらいに高い地位になると思われていたんだ。もちろん本人もそう思っていたみたいだよ」

 

「それは……そうかもしれないな」

 

 俺はロシェの言葉に少し考えてから頷く。

 

 ゴルドは性格こそアレでサーヴァントのマスターとしての才能はないが、錬金術師としては一流で、家の魔術師としての歴史もユグドミレニア一族の中で古い方だ。

 

 それに加えて、ゴルドはジークを初めとするホムンクルス達から魔力を抜き取り、サーヴァントとマスターへと供給するシステムを構築したり、ジークフリートという大英雄を最優のセイバークラスで召喚した。これらの事から考えれば、誰もがゴルドが聖杯大戦で活躍して、幹部となれば上位の地位となると思うだろう。

 

「でも実際に聖杯大戦が始まれば、ゴルドよりずっと活躍するマスターが現れた。それが貴方」

 

 そこでロシェの言葉を引き継いだセレニケが、俺を指差してきた。

 

「俺、ですか?」

 

「そう。聖杯に偶然選ばれただけのマスターかと思えば、あの有名な剣の戦争の優勝者で?

 ジークフリートにも負けず劣らずの優秀なサーヴァントを召喚して?

 ホムンクルスからの魔力供給が受けられないトゥリファス圏外での戦いでは、固有結界なんて大魔術を使って『赤』のアーチャーを一人で倒して?

 しかもそのジークとかいうホムンクルスを、擬似サーヴァントにして自分の手駒にして?

 それに対してゴルドは、私達にさんざん偉そうなことを言っておきながら何も功績を立てていない。……そりゃあ、焦るわよ」

 

 セレニケはそれはそれは楽しそうに、俺が最近やってきたこと、つまりはゴルドが焦る理由を右手の指を折りながら数える。この人、どれだけゴルドが嫌いなんだよ?

 

 でも原作やこの世界で見たゴルドの性格を考えると、焦った上に俺に対抗心を懐いても仕方ない……のか?

 

「……つまり今回のゴルドさんの単独行動の理由は、自分だけで『赤』のセイバーを倒して俺の鼻をあかそうと考えた……ということですか?」

 

『『……………』』

 

 俺の言葉に、俺以外の「黒」のマスター五人が同時に頷く。

 

「~~~~~! くっっっだらねぇ!」

 

 いくらなんでもあんまりなゴルドの動機に、俺は思わずしゃがみこんで頭を抱えた。

 

 ふざけんなよ! 何を考えているんだよあの馬鹿(ゴルド)は!?

 

 今俺達がやっているのは聖杯大戦なんだぞ! 正真正銘の戦争、殺し合いなんだぞ! 魔術師の世界でよくある足の引っ張り合いとか決闘なんかとは訳が違うんだぞ! どれだけ優秀な魔術師でも、くだらない理由で一人で何の考えもなく行動して生き残れるわけないだろうが!

 

 聖杯戦争中に一人でフラフラして生きていけるのは、誰とは言わないが青いセイバーを引き当てたブラウニーくらいなんだよ!

 

 というかどうするんだよコレ? ゴルド一人が痛い目に遭うだけならまだ自業自得ですませられるけど、ゴルドが死んだらジークフリートまで消えて「黒」の陣営の戦力、大幅に下がるぞ!? せっかく「黒」の陣営の勝率を少しでも上げようと頑張っていたのに、かなりデカイ負けフラグが立つじゃないか!

 

「『赤』のセイバー……。その真名は、あの名高き円卓の騎士モードレッドだったか……」

 

 俺が心の中で盛大に、ここにはいないゴルドに向かって怒声を上げていると、ランサーが重々しく口を開いた。

 

 ちなみに「赤」のセイバーがモードレッドであることは既に、適当な理由で真名が分かったことにして「黒」の陣営に報告済みである。

 

「留人よ。一度戦ったお前に聞くが、モードレッドとそのマスター。ジークフリートとゴルドで勝つことは可能か?」

 

「無理ですね」

 

 ランサーの質問に俺が即答すると、カウレスが呆れた顔となる。

 

「留人、お前……」

 

「いやいや、待ってくれ親友。これは冷静に戦力差を分析した結論なんだ」

 

 考えてみてほしい。ジークフリートとモードレッド、お互いに一流のサーヴァントなのだが、肝心のマスターの差が大きすぎるのだ。

 

 殺し合いに特化した歴戦の死霊魔術師の獅子劫さんと、腕は良いのだが聖杯大戦を甘く見すぎている錬金術師のゴルド。

 

 戦いになればどちらが勝つかなんて、火を見るより明らかだろう。

 

「はぁ……。やはりそうか。……留人、フィオレ、カウレス。すまないが急いで小物(ゴルド)の元へと向かってくれないか?」

 

 俺の言葉にダーニックは溜め息を吐くと、俺とフィオレさんとカウレスにゴルドの掩護を頼んできた。

 

 確かにこんなところで、ゴルドはともかくジークフリートを失うわけにはいかないので、ダーニックの命令は正しいのだが、この命令こそが地獄の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『黒』のマスター達よ。恨みはないがここで討たせてもらう」

 

「へぇ……。テメェが姐さんを殺したっていう魔術師か。会いたかったぜ……!」

 

 カウレス達と一緒に、ゴルドと獅子劫さんが戦っているであろう場所へ行くと、そこで俺は施しの英雄(カルナ)最速の英雄(アキレウス)と遭遇するはめになった。

 

 ……俺、そろそろ泣いてもいいかな?



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024

話が進まず申し訳ありません。


 時は少し遡る。

 

 ゴルドとジークフリートが向かった獅子劫さんとモードレッドの拠点は、原作通りトゥリファスから離れた街にある地下墓地(カタコンベ)だった。俺と頼光さんとジーク、カウレスとアヴェンジャー、フィオレさんとケイローン、そして従者のホムンクルス数名で街に着いた頃には既に戦っており、まるで爆弾が爆発したような衝撃と爆音が連続で聴こえてきた。

 

「ゴルドはまだ生きているみたいだな。下手をしたらもう殺されているかも、と思っていたんだけど、随分と粘るな」

 

 先程から聴こえてくる爆音は、まず間違いなくジークフリートとモードレッドが戦っている音で、まだサーヴァントの戦いが続いているということはゴルドもまだ生きているということだ。俺が素直に感心して呟くと、カウレスが目を細めて責めるような視線をこちらに向けてきた。

 

「留人。お前なぁ……」

 

「親友。これは別に単独行動に怒って言ったんじゃない。ゴルドは多少は腕が立つ魔術師かもしれないけど、所詮は『そこ』止まりだ。それに対して獅子劫さんはプロの傭兵で殺し屋で、ゴルド以上に腕が立つ魔術師を何人も殺してきた実績がある」

 

「………」

 

 俺に言葉を遮られたカウレスだったが、俺が言っている意味を正しく理解したようで、何かを言おうとしていた口を閉じた。

 

「そしてこれは聖杯大戦。大戦……つまりは戦争、何でもアリの殺し合いで、獅子劫さんの得意分野だ。なのにゴルドはそれを理解せず、魔術師の決闘か、それの延長上のものだと思い込んでいる」

 

 そうカウレスに説明をしている俺の脳裏には、獅子劫さんの拠点の前でノコノコと姿を現して、「正々堂々と勝負しろ!」と目を開けたまま寝言を叫ぶゴルドと、物陰からそのゴルドの無防備な背中に銃の照準を合わせている獅子劫さんの姿が鮮明に浮かび上がった。あのゴルドと獅子劫さんの性格を考えると、こんなシチュエーションになっても全くおかしくない。

 

「ミレニア城塞でも言ったけど、ゴルドが獅子劫さんに勝つ目はない。どれだけジークフリートが優秀でもな。……正直、すでにゴルドが殺されていて、この爆発が後から救援に来る俺達を釣る罠でも俺は驚かないよ。というか、むしろ納得する」

 

「それでも私達は行かなければなりません」

 

 俺がそこまで言ったところで、背中に巨大な四本の金属製の腕……魔術礼装ブロンズリンク・マニュピレーターを装着したフィオレさんがやって来た。

 

「孔雀原さん。貴方がゴルド叔父様に思うところがあるのは分かりますが、ゴルド叔父様とジークフリートは『黒』の陣営にとって必要な存在。どれだけ獅子劫界離が危険な存在だとしても、助けにいかない理由にはなりません」

 

「いやいや! ちょっと待ってくださいよ、フィオレさん。別に助けに行かないなんて言っていませんよ」

 

 足にある魔術回路の影響で自力では立てないフィオレさんは、ブロンズリンク・マニュピレーター装着時はその四本ある腕の二本を足代りにして、その結果、大抵の大人を見下ろせる視線の高さとなる。俺は真面目な顔でこちらを見下ろしてくるフィオレさんに、とっさに両手を上げて弁明をした。

 

「……そうですか。それならいいのです。では孔雀原さん。指揮はお願いしますね」

 

「え?」

 

 機嫌が治ったフィオレさんは俺に指揮を任せると言ってきたけど何で俺? ここはフィオレさんが指揮をとるところじゃないの?

 

「この中で一番実戦経験が豊富なのは孔雀原さんですから。よろしくお願いしますね」

 

「「………」」

 

 フィオレさんが笑顔でそう言うと、他の全員が頷いて俺の方を見てきた。……マジですか?

 

「はぁ、分かりましたよ。……とりあえず俺と親友はそれぞれのサーヴァントに担いでもらって、ジークとフィオレさんは自力でゴルド達がいる場所に急行。

 ケイローンは遠方から戦場の監視。そして戦闘になれば掩護を。

 ホムンクルス達はここで待機。何かあれば連絡するから、いつでも車を出せるようにしといてくれ」

 

 俺が指示を飛ばすと全員が頷いて行動に移る。

 

 ……さて、それじゃあ行きますか。

 

 

 

 頼光さんに担がれた俺と同じくアヴェンジャーに担がれたカウレスが、ゴルド達が戦っている現場に到着すると、やはりと言うべきか「黒」と「赤」のセイバー対決は「赤」側の勝利であった。

 

 俺達が到着した頃には、ゴルドは全身が血だるまとなって地面に倒れており、ジークフリートはそんなゴルドを守るように立って剣を構えているのだが、彼も全身ボロボロで、肩で息をしていた。そしてジークフリート達に向かい合っているモードレッドと獅子劫さんは全くの無傷。

 

 正直、ここまで差を見せつけられたら、もう笑うこともできなかった。

 

「ゴルド叔父さん!」

 

「セイバー!」

 

「……お前達か。すまない。マスターを敵の奇襲から守りきれなかった」

 

 カウレスと俺が声を上げると、ジークフリートが視線だけをこちらに向けて謝罪してた。

 

 ジークフリートがゴルドを守りきれなかった? ジークフリートの性格なら、マスターに迫る危機は絶対に見逃さないはずなのに?

 

「セイバー、どういうことだ?」

 

「ああ、その太っちょのことだったら、楽な仕事だったぜ。なぁ、マスター?」

 

「そうだな」

 

 俺がジークフリートにどういうことか聞こうとすると、彼より先にモードレッドが口を開き、その彼女の言葉に獅子劫さんが頷く。

 

「よぉ、久しぶりだな、留人」

 

「……お久しぶりです獅子劫さん。それで? どうやってゴルドを倒したのか、聞いてもいいですか?」

 

 右手に魔術礼装のショットガンを持ち、空いている左手を上げて挨拶をする獅子劫さんに挨拶を返してからゴルドを倒した経緯を聞くと、獅子劫さんは何でもないように答えてくれた。

 

「別に大したことはしてねぇよ? そこで倒れているオッサンは、俺達のねぐらの前に、そこにいるサーヴァントだけを連れてやって来たかと思えば、『魔術師の誇りをかけて正々堂々と戦え!』とか『この俺様が殺してやるぞ!』とか大声で言い出したんだ。

 だけど俺達にはそれに応えてやる義理も義務もないから、挨拶代わりに奇襲でも仕掛けてやろうと思ってオッサン達の背後に回り込んだわけだ。するとオッサンは待つのに飽きたのか、サーヴァントだけを俺達のねぐらの中に行かせたんだ。

 守ってくれるサーヴァントもいなくて油断しきっているマスターなんて、仕留めるしかないだろ? まるで『どうぞ襲ってください』と書いてあるような背中にコイツ(ショットガン)をぶちかましてやったのさ。

 で、まだ死んでないオッサンに止めをさしてやろうと思ったら、そこのサーヴァントがスッ飛んできて今に至るってわけさ」

 

 なるほど。つまりゴルドがジークフリートに馬鹿な命令を出した直後にあっさりと倒されたせいで、動けないマスターを庇いながら戦うジークフリートは、本来の力を発揮できずここまでボロボロになったと……。

 

 なんてこったい。俺の予想、ほとんど当たっているじゃないか。……だけどいくら予想通りとはいえ、これは酷い。「自爆」と言ってもいい酷すぎる敗因だ。

 

『『………』』

 

 攻撃の要であり守りの要でもあるサーヴァントを、自分から遠ざけるゴルドの行動に呆れているのは俺だけではなかった。頼光さんとアヴェンジャーは何を言ったらいいか分からないといった顔をしているし、カウレスは頭痛を堪えるかのように額に手を当てていた。

 

 獅子劫さんはそんな俺達を少し見てから、残念そうな顔をして肩をすくめる。

 

「……しかしお前達が来たのなら、これ以上戦うのはこっちが不利だ。残念だがここは退かせてもら……」

 

 

「おいおい。それはちょっと早くないか? 『赤』のセイバーのマスターさんよ?」

 

 

 獅子劫さんの言葉を若い男の声が遮った。

 

 ………っ!? こ、この声はまさか……!

 

 嫌な予感を感じた俺が、恐る恐る声がしてきた方を見ると、そこには二人の男……英霊、それも原作で上位の戦闘力を持つ英霊の姿があった。

 

 すなわち「赤」のランサー、施しの英霊カルナ。

 

 そして「赤」のライダー、最速の英雄アキレウス。

 

 ……何でこの二人がこんなところにいるの?

 

「お前達は……?」

 

「貴殿が『赤』のセイバーのマスターか。俺は『赤』のランサー。マスターとの約定に従い、貴殿らの援軍としてきた」

 

「俺は『赤』のライダーだ。俺もランサーと同じなんだが……実際に命令してきたのはアサシンのマスターなんだよな」

 

 カルナとアキレウスは獅子劫さんの言葉に答えると、次に俺達の方を見てきた。

 

「『黒』のマスター達よ。恨みはないがここで討たせてもらう」

 

「へぇ……。テメェが姐さんを殺したっていう魔術師か。会いたかったぜ……!」

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………。

 

 いきなりだけど俺ってさぁ……。生き残って「黒」の陣営を勝利させるために、色々と頑張ってきたんだよ……。

 

 それなのに一人の馬鹿(ゴルド)に足を引っ張られた挙げ句に、カルナとアキレウスのコンビといきなり戦う羽目になるだなんて……。運がないにも程があるだろ、俺?

 

 運命(Fate)の女神は俺のことが嫌いなのかな……?

 

 二人の英霊に睨み付けられた俺は、思わず遠い目となってそんなことを考えたのであった。




「運命の女神は俺のことが嫌いなのかな……?」(by孔雀原留人)

「いいえ。私は貴方のことを大切に思い、いつも見守っているわ」(by微笑みを浮かべる運命(Fate)の女神)


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025

「マスター。お気を確かに」

 

 突然のカルナとアキレウスの登場に俺が呆然としてると、頼光さんが俺を守るように前に進み出た。

 

「ら……バーサーカー?」

 

「大丈夫ですよ、マスター。敵がどれだけ強大であろうとも、マスターはこの母が守りますから」

 

 流石に敵の前で真名を言うわけにはいかないのでクラス名で頼光さんに声をかけると、彼女は首だけをこちらに向けて優しい笑みを浮かべた。そしてその笑みを見て俺もようやく正気を取り戻した。

 

 そうだ。しっかりしろ、俺。ここで呆けていても殺されるだけだ。ここで生き残るにはマスターとしての役目を果たして、頼光さん達とこの戦いを勝利するしかないんだ。

 

 大丈夫。何とかなるさ。サーヴァントとの戦闘なんて、剣の戦争の時のも含めたら、もう何度も経験している。

 

 ただ今回は敵のサーヴァントが三騎で、三騎ともワールドクラスの知名度を持つ超強力な英霊で、全員その気になればこの辺りを一瞬で吹っ飛ばせる対軍宝具を持っていて、三騎のうち二騎がスキルや宝具でほとんど不死身なだけだ。

 

 ……………やっぱりちょっと、いや、かなり怖いな。できるのなら、今すぐこの場から泣きながら逃げ出したい。

 

 俺がそんな事を考えていると、ジークとフィオレさんの二人も遅れてこの場にやって来た。

 

「ゴルド叔父様!?」

 

「マスター、無事か! ……うぐっ!?」

 

 フィオレさんは地面に倒れ気絶しているゴルドを見て悲鳴のような声を出し、ジークは向こうにいるモードレッドの顔を見た途端、胸を押さえて苦悶の声を漏らした。ジークのあの様子……また初めて変身をした時のように、アイツの中のランスロットが暴走し始めたのか?

 

「ジーク、大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫だ、マスター。もうあの時のように暴走したりしない……!」

 

 俺が聞くとジークは顔をしかめながらもそう答えた。……あれならしばらくは暴走することはないだろう。ケイローンは既に弓矢で俺達を援護できる場所にいるだろうし、これでこちらの戦力は全て揃った。

 

 さあ、考えろ。今回の戦闘の指揮者は俺だとフィオレさんも言ってくれただろ。前世の記憶が戻り、頼光さんを召喚した日から今日まで、一日も欠かさず続けてきた、「赤」だけでなく「黒」のサーヴァント全てと戦う事を想定した脳内シミュレーションを思い出せ。

 

 そう自分に言い聞かせると、思ったよりも早くどの様に戦うか作戦が決まり、俺はこの戦場にいる仲間達全員に指示を飛ばした。

 

「ジーク、親友、フィオレさんは、セイバーと協力して獅子劫さんとモードレッドの二人と応戦。あとついでにゴルドを守って! 『赤』のランサーは俺とバーサーカーが相手をする! 残りは『赤』のライダーを押さえてくれ!」

 

『『………!』』

 

「へぇ……」

 

「ほう……」

 

 俺が指示を出すとジーク達は頷いて即座に行動に移してくれて、それを見ていた獅子劫さんとカルナが感心した様な表情となる。しかし一人だけ、俺の言葉に苛立った表情となった者がいた。……アキレウスだ。

 

「おいおい……! 俺はお前と戦いに来たんだぜ? ……無視するんじゃねぇよ!」

 

「おっと」

 

「……!?」

 

 言葉と共に俺に向かって突撃しようとしたアキレウスだったが、それをアヴェンジャーが前に立ちはだかって止めてくれた。……やっぱりアキレウスの狙いはアタランテを殺した俺だったか。

 

「退けよ、テメェ!」

 

「クハハッ! それは出来んな。俺の役目はお前を押さえておくことなのでな」

 

「このっ! ………!?」

 

 行く手を妨害するアヴェンジャーに苛立ったアキレウスが手に持っていた槍を振るおうとした時、遠方より一本の矢がアキレウスを目掛けて飛んで来て、それをアキレウスは間一髪で回避する。さっきの矢はケイローンか。

 

「ちぃっ! 『黒』のアーチャーも来ているのかよ! 鬱陶しい!」

 

 よし。アキレウスは俺の指示通り、アヴェンジャーとケイローンが押さえてくれている。これで俺と頼光さんも、カルナの戦いに集中できるというものだ。

 

「『赤』のランサー。悪いけど場所を移さないか?」

 

「ああ、構わんよ」

 

 先程から攻撃もせずに、俺達の準備が整うまで待っていてくれたカルナにそう提案をすると、彼はやはりと言うかこちらの提案をあっさりと受け入れてくれて、俺と頼光さんとカルナは少し離れた場所へと移動した。……カルナと戦ったら余波が広すぎて、まず間違いなくジーク達を巻き込んでしまうからな。施しの英雄が提案を聞いてくれて助かったよ。

 

 

 

「ここならいいかな? 俺の頼みを聞いてくれて助かったよ。施しの英雄カルナ」

 

「……何?」

 

 場所移動の提案を聞いてくれた礼を言うのと同時に真名を告げると、カルナは僅かに目を見開いて俺を見てきた。いちいち「赤」のランサーと呼ぶのも面倒だからつい真名を口にしてみただけなのだが、いきなり自分の真名を言い当てられると流石のカルナでも驚くようだ。

 

「貴様、何故俺の真名を言い当てた?」

 

「俺は以前参加した亜種聖杯戦争で、インド出身のサーヴァントと一緒に戦ったことがあるんだよ。だから気配で分かる」

 

 嘘は言っていない。

 

 カルナの真名が分かったのは前世の原作知識のお陰だが、俺は「以前インドのサーヴァントと一緒に戦ったことがあって、その時感じた雰囲気からカルナがインドのサーヴァントだと改めて分かった」と言っただけだ。カルナの質問には全く答えていないが、彼はその事を気にしてはおらず、むしろ俺の言葉に興味を抱いたようで、次の質問を口にする。

 

「インドのサーヴァントか……。それは一体どんな英霊だ?」

 

「王様だよ。猿の勇者と一緒に魔王を倒した偉大な王様さ」

 

「………っ!?」

 

 この言葉だけでカルナは、俺が以前参加した亜種聖杯戦争、剣の戦争で契約したサーヴァントが誰だか分かったらしく、先程よりも大きく目を見開いて絶句した。

 

「……フ、フフフッ! まさかあの偉大なコサラの王と肩を並べた魔術師と、そのサーヴァントが俺の相手とは……! どうやら俺は良き戦いに恵まれたらしい!」

 

 絶句したかと思ったら一転して非常に嬉しそうな笑みを浮かべて槍を構えるカルナ。そういえばカルナって、こういう戦闘狂……と言うほどじゃないけど、強い相手との戦いを望むところがあったんだっけ?

 

「さあ、始めよう! 『黒』のマスターと『黒』のバーサーカーよ! お前達とならば熱き戦いが期待できよう!」

 

「来ます! マスター、指示を!」

 

「分かっています」

 

 マハーバーラタでは神の策略で弱体化させてようやく倒せたと言う、インド神話でも最強クラスの英霊、施しの英雄カルナ。一体どこまで俺と頼光さんの力が通用するのだろうか?



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026

「では……まずは小手調べだ」

 

「っ!」

 

 槍を水平に構えてこちらへ突撃してくるカルナを迎え撃つべく、頼光さんが前に飛び出る。二人が振るった刀と槍がぶつかり合って止り、次の瞬間に二人を中心に凄まじい衝撃波が発生した。

 

「うおおっ!?」

 

 俺はとっさに両腕を顔の前に構えて、衝撃波とそれによって吹き飛ばされた砂や石から目を守った。そしてそんな俺の前では、頼光さんとカルナによる戦闘が行われていた。

 

 カルナが黄金の槍を神速の速さで突き、時には縦に横にと振るい、それを頼光さんが刀で受けて弾くのと同時に切り返す。その度に爆弾が爆発したような衝撃波と爆音が、大気と地面を震わせる。

 

 頼光さんもカルナもまだ全然本気ではなく小手調べなのに、それでも音速の戦いとか頭がおかしいだろ? 強化魔術で身体能力を強化して踏み止まっていなかったら、今頃吹き飛ばされているぞ?

 

 ……でもこれこそが聖杯戦争だ。

 

 武芸、魔術、学問、芸術、冒険……。何らかの形で「人間の可能性」を極めて人類史に刻み込まれた英雄、偉人が「英雄とは人間を超えた存在である」という全人類が古代から積み上げ続けている幻想によって昇華された英霊。

 

 その英霊同士が戦い合う、尋常ならざる戦いこそが聖杯戦争。

 

 前の戦闘ではモードレッドは頼光さんに任せて、アタランテは不意打ちからの固有結界で行動を起こす前に倒したから自覚はなかったが、こうして目の前の頼光さんとカルナの戦いを見てようやく自覚できた。あの亜種聖杯戦争、剣の戦争からなんとか生き残ってから三年。俺は再びこの地獄のような聖杯戦争の戦場に帰ってきたのだ。

 

 ……正直、またこんな怖い思いをしない、もっと安全な解決策はないのかと今でも思う。だけど前世の記憶を取り戻してから今まで散々考えた結論が、こうして戦うことだったのだ。

 

 ここでカルナに俺が転生者である事、原作知識によるこの聖杯大戦の流れと結末、そして「赤」のマスターの状況を話せば、恐ろしいくらいの精度で嘘を見抜く彼は、高い確率で仲間になってくれるかもしれない。……しかしこの行動には、一つの最悪の可能性があった。

 

 現在、獅子劫さんを除く「赤」のマスターの全員は、この物語の最後の敵となる「赤」のアサシンのマスターに毒を盛られていて、彼の操り人形となっている。つまり「赤」のアサシンのマスターは、その気になればいつでも他の「赤」のマスター達からマスター権を奪う事ができて、しかも彼には厄介な能力がある。

 

 それは令呪。しかも他のマスターのように三画ではなく、最低でも十画はある大量の令呪。

 

「赤」のアサシンのマスターの正体は、ダーニックが冬木から大聖杯を奪った第三次聖杯戦争で召喚され、そのまま受肉して現世に残り続けた「ルーラー」のサーヴァント。その真名は天草四郎時貞。

 

 天草四郎は恐らく、何らかの手段でこの戦いを監視しているだろう。そんな中で俺が全てを話してカルナを仲間にすることに成功したら、天草四郎は強硬手段に出る可能性がある。

 

 強硬手段とはカルナとアキレウスのマスターからマスター権を奪い、その大量の令呪を使って二人を自分の操り人形にしてしまうという事。これがもし成功してしまったら、カルナとアキレウスは意志を持たない、天草四郎命令に逆らうことのない、これ以上なく強力な兵器と化すだろう。

 

 これが俺の考える最悪の可能性。カルナとアキレウス程の強い意志を持つ大英雄が、いくら令呪とはいえ、そう簡単に操られるとは思えないが、それでももし俺が考えた最悪の自体が起こってしまったら、その後はどうなるか考えるだけでも恐ろしい。

 

 だから戦う。どれだけ怖くて危険でも、これが一番自分が生き残って「黒」の陣営が勝利する確率が高いのだと、信じて戦うしかないのだ。

 

「はっ!」

 

 頼光さんがカルナの黄金の槍を弾くと同時に刀を振るい、彼女の刀がカルナの鎧で被われていない胸を斬る。しかし傷は浅く血は全く出ておらず、傷はすぐに塞がると痕も残さずに消えてしまった。

 

 スピードはカルナの方が上だけど、パワーは頼光さんの方が上。武器の扱いだって負けていない。

 

 だけどあの厄介な黄金の鎧のせいで、思うようにダメージを与えられない上に即座に回復してしまう。

 

 インドの二大叙事詩「マハーバーラタ」に登場するカルナは太陽神スーリヤの子供であり、父であるスーリヤから黄金の耳輪と鎧を身につけた姿で産まれたとされている。そしてその黄金の鎧は太陽の光そのものを形にしたもので、神々ですら破壊は困難な上に身に付けている者を不死身にする力もあり、黄金の鎧を身に付けているカルナは誰にも殺せないと言われていたそうだ。

 

 そんな伝説が防御宝具となったのがカルナの黄金の鎧だ。黄金の鎧を身に付けているカルナは、受けるダメージが十分の一以下になるだけでなく、不死身かと思うくらいの回復能力を得ている。

 

 だからカルナを倒すには、まずあの厄介な黄金の鎧をなんとかする必要があるのだ。

 

 一応、あの黄金の鎧を貫く策はある。……まぁ、オッズ(失敗率)が高い賭けみたいなものだけどな。やるしかないだろう。

 

 俺はポケットに入れていた勾玉と、首にかけていた首飾りの勾玉を手に取った。この二つの勾玉が俺の二つの切り札。

 

 ポケットから取り出した勾玉は、俺の固有結界「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」の術式と、展開する為の魔力を封じたもの。

 

 そして首飾りの勾玉は、以前の戦いで獅子劫さんの魔弾から俺を守ってくれたもので、その中に秘められた「力」は俺以外誰も知らない、正真正銘、俺の奥の手中の奥の手だ。

 

 切り札である二つの勾玉を見てから俺は、自分の左手の甲に刻まれた、ユグドミレニア一族の紋章と同じデザインをした令呪を見る。さて、これを使うにしても一体どのタイミングで使え……ば……?

 

「………」

 

「カルナさん? 貴方、どういうつもりですか?」

 

 俺がどのタイミングで切り札を使い、カルナの黄金の鎧を貫く策を実行しようかと考えていると、当の本人であるカルナはいつの間にか槍を下ろして俺の方に視線を向けており、そんなカルナを見て頼光さんが怪訝な顔をする。

 

「何か俺を倒す策があるのだろう? 早く使ったらどうだ?」

 

「な、何?」

 

 カルナの言葉に俺が思わず聞き返すと、施しの英雄は何でもないように言葉を続ける。

 

「俺とバーサーカーの戦いが始まっても、お前がここから離れようとしない時点で、お前には俺に対抗する策があるのは理解した。ならば試してみるがいい。それとも実行に時間が必要ならば待ってやろうか?」

 

「「………」」

 

 俺と頼光さんはカルナの言葉に、思わず何とも言えない微妙な表情となる。

 

 多分カルナは「俺は逃げも隠れもしない。お前達の必勝の策も力も全て受け止め、そして勝利する」みたいな感じで言ったのだろうが、この言い方はカルナがどんな人物か知っている俺でさえ、聞きようによっては嫌味に聞こえるぞ?

 

 ……だけどまぁ? 策を実行するチャンスと時間をくれると言うのなら、ありがたくそれを使わせてもらおうか。

 

「バーサーカー! 例の作戦、いきますよ!」

 

「はい!」

 

「くるか……」

 

 俺が叫ぶと頼光さんが頷き、カルナが興味深かそうに俺達を見てくる。

 

 そして俺は二つある勾玉の一つの力を解放させて、固有結界「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」を展開した。



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027

 とある教会の中に三人の男女がいた。彼らは全員同じ場所を見ており、視線の先にはスクリーンのようなモノが空中に浮かび上がっていて、スクリーンには「赤」のランサーと、「黒」のサーヴァントとマスターが戦っている姿が映し出されていた。

 

「固有結界……。まさかあのような大魔術まで使えるとはな」

 

 三人の男女の一人、黒いドレスを着た女性が、スクリーンを見ながら驚いた顔となって呟く。すると彼女の隣にいた人物が大きく頷く。

 

「ええ! ええ! これは素晴らしい! 固有結界! 自らの心証風景を具現化させて、文字通り『世界を塗り替える』魔術師の奥義の一つ! それを使える魔術師が、この聖杯大戦に参戦していようとは!」

 

 テンションを上げて大声を出しているのは、中世のヨーロッパらしきデザインの服を着た、作家風の男だった。彼はスクリーンにから目を離すことなく、それでいて右手に持った羽ペンで、左手に持った白紙の本に高速で文章を書いていく。

 

「強力な魔術を操り、すでに『赤』のアーチャーを倒してみせた魔術師! そしてそれに従うのは美しくも頼もしい剣士のご婦人! 少々使い回されている感はありますがそれがいい! さあ、彼らがこれからあの大英雄であるランサー殿に何をしてくれるのか、我輩ドキドキが止まりませんぞぉ!」

 

 興奮しながら執筆のスピードを更に早くする作家風の男を横目で見て、黒いドレスを着た女性がため息を吐く。

 

「たわけ。味方ではなく敵に期待をしてどうする? ……しかしあの魔術師の小僧が何をするのか、興味があるのは妾も同じだが。『マスター』もそうであろう?」

 

 黒いドレスを着た女性が最後の一人に話しかける。マスターと呼ばれたのは、神父の服を着た、白髪で肌が黒い青年であった。

 

「そうですね。彼は非常に危険な存在のようだ。彼のお陰で私達の計画も大きく遅れているみたいですし」

 

 そこまで言ったところで神父服の青年は、スクリーンに映る「黒」のマスターである青年を見る目を細める。

 

「この戦いの結果次第では、彼を最優先で排除する方針をとる必要がありそうですね……」

 

 ☆

 

 見られているな……。

 

 固有結界「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」を展開した俺は、空を飛ぶ一羽の鳩を見て舌打ちをしたい気分になっていた。

 

 あの鳩は十中八九間違いなく「赤」のアサシンの使い魔で、鳩が見ている光景は「赤」のアサシンとそのマスターである天草四郎も見ていることだろう。正直、この物語の最後の敵となる天草四郎が見ている前で、これ以上手の内を見せたくないのだが、ここまできた以上止めるわけにはいかない。天草四郎の対策は後で考えることにして、今はカルナとの戦いに集中しよう。

 

「ほう……。まさか己の世界を創造する魔術を使うとは思わなかった。……見事なものだ」

 

 カルナは俺の心象世界、無数の勾玉で覆い尽くされて、光り輝く数多くの武器が突き刺さっている大地を見回してから、感心したように言った。

 

「お前程の英雄にそう言ってもらえると光栄だ……ねっ!」

 

 俺はカルナの足元にある勾玉を一斉に爆発させた。しかし当然というかカルナは無傷で、爆発の爆風を利用して飛び、宙に浮かぶと納得したように頷いた。

 

「なるほど。この大地にある奇妙な形の石、その一つ一つがお前の意思で動き、爆発する魔弾なのか。そして……」

 

 そこまで言って、カルナはあらゆる方向から自分に向かって飛んでくる光り輝く武器の数々を、自分の持つ黄金の槍で打ち払っていく。

 

「この光り輝く武器もお前の意思で動かせるのか。……一目でヴィシュヌの武具の贋作だと分かるが、本物への敬意が感じられる良い武具だ」

 

 迫り来る光り輝く武器を、黄金の槍で打ち払いながら冷静に観察をするカルナ。分かっていた事だけど、切り札の一つをこうもあっさりと防がれると傷つくな。……だけど!

 

「バーサーカー!」

 

「はい!」

 

 俺が呼びかけると頼光さんは、俺が浮かび上がらせた勾玉を足場に跳躍し、空中に浮かぶカルナに迫る。そして今の彼女は刀を鞘に納めており、カルナが打ち払った光り輝く武器を手に取って振るう。

 

 光り輝く武器は放ったのはカルナの命が狙いではなく、最初から頼光さんが手に取りやすいように空中に配置するためだ。

 

「はぁああっ!」

 

「……! くっ!」

 

 頼光さんは槍を手に取って突くと、すぐにそれを捨て、次に棍棒を手に取って振るうとすぐにそれも捨てて、また別の武器を手に取り使う。当たり前のことだが、武器が異なれば武器の持つ威力や力の伝わり方や、射程距離といった全ての要素が大きく異なってくる。それらの差異がカルナの対応をほんの僅かに遅らせ、そして頼光さんは、その僅かな遅れを的確に突いて、カルナの体に攻撃を当てていく。

 

 無窮の武練:A+。

 

 頼光さんが持つスキルの一つで、このスキルを持つ彼女は武装を失うといった事態を初めとする、如何なる状況でも戦闘能力が低下することはない。それは自分が愛用している刀や弓矢以外の武器を使っても戦闘能力が低下しないという事で、裏を返せば頼光さんは、あらゆる武器も自在に操れるという事になる。

 

 以前この固有結界内で頼光さんとランスロットの模擬戦をした時、俺はここがランスロットにとって有利なフィールドだと思ったが、頼光さんにとっても有利なフィールドであったのだ。

 

 さあ、無駄話はここまで。頼光さんがカルナの気を引いているうちに、俺ももう一つの切り札を使うとするか。

 

 俺が切り札である勾玉を握りしめた右手を空高く掲げて、手の内にある勾玉に魔力を送り、勾玉に刻み込まれた情報を起動させる。

 

 魔力による問題はない。俺の服の下に仕込んである勾玉には、事前に魔力のみを封じた魔力タンク役の勾玉がいくつもあり、それが俺と頼光さんへ魔力を供給してくれる。……でもこれらの勾玉はもう二度と使い物にならないから、勿体無いと言えば勿体無いかな。

 

 俺の右手の中にある勾玉が光を放ち、光は俺の上で輪の形状となって高速で回転をする。

 

 以前参加した亜種聖杯戦争、剣の戦争で俺は、自分のサーヴァントから彼の宝具を模倣する許可をもらい、彼を召喚した聖遺物を加工して作った勾玉に、宝具の情報を刻み込んだ。それによって俺は勾玉に魔力を送ることで、剣の戦争で共に戦ったサーヴァントの宝具を再現することが出来るようになったのだ。

 

「あれは……!?」

 

 カルナが俺の作り出した光の輪を見て驚いた顔になるが、もう遅い。

 

「バーサーカー!」

 

「はいっ!」

 

「しまっ!? ……!」

 

 頼光さんが振るった光り輝く棍棒がカルナの脇腹に命中し、その衝撃によってカルナの体勢が崩れる。……今だ!

 

「これが俺の奥の手中の奥の手! 『不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)』!」

 

 俺は空中にいるカルナに向けて、高速で回転する光の輪を投げ放った。



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028

 英霊の象徴とも言える宝具を模倣して使用する……。我ながらとんでもない無茶をしていると思う。

 

 聖杯のバックアップ無しでサーヴァントを召喚したり、その力を使用するなんて、例え一瞬だけでも奇跡の領分だ。もし魔術協会が俺が「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」を放ったところを見ていたら、俺はまず間違いなく第一級の封印指定とされるだろう。

 

 俺がこんな奇跡の領分に足を踏み込むことができたのは、孔雀原家の魔術の特性と俺自身の「起源」が関係している。

 

 孔雀原家の魔術は勾玉を使用した一種の宝石魔術で、魔術や魔力を封印しておける珍しい特性があり、更には俺の起源は「蓄積」と「開放」で、それが孔雀原家の魔術に非常に相性が良く、これらの組み合わせにより、宝具の情報を保存できるようになったのだ。……だけど宝具の情報を保存できた最大の理由はやはり、宝具の持ち主である英霊が模倣の許可を出してくれたのと、保存に使った勾玉が、その英霊の召喚に使った聖遺物を加工した物であることだろう。

 

 だがそのお陰で俺は、カルナに通用する可能性がある作戦を考える事ができた。

 

 ……結論から言えば、カルナの最大の強みである黄金の鎧を破壊することは絶ッッッッッ対に不可能だ。

 

 カルナの黄金の鎧は、古代インド神話に登場する神々ですら破壊することは困難であると諦めたような代物で、原作の資料でも「完全に破壊するのは不可能」とハッキリと書かれていた。そんなものがいくら一流のサーヴァントである頼光さんや、今使っている「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」の力を借りても、ただの人間でしかない俺に破壊できるはずもない。

 

 だから俺は、どうにか黄金の鎧の防御力を無視してカルナを倒せないかと考えた。黄金の鎧を貫く……正確には黄金の鎧の加護を貫く作戦を考えた。

 

 ……まあ、散々考えた末に考えついたのは、作戦とも言えない賭けであったのだが。

 

 俺が考えた作戦というのは、カルナが神話通りの堅牢さと不死身さを再現しているのなら、こちらは神話で語られる「二つの最期」を再現するというものだ。

 

 二つの最期の一つは、マハーバーラタに記されたカルナの最期。

 

 そしてもう一つの最後は、マハーバーラタに並ぶ古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」に記された魔王ラーヴァナの最期だ。

 

 俺は「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」を投げ放つと即座に、左手に刻まれた令呪に魔力を送って発動させた。

 

「第三の『黒』が令呪を捧げて願う! 我が魔術『不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)』よ! 神話の如く、彼の者の『不死』を焼き払え!」

 

 俺が令呪の一画を使った次の瞬間、「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」の輝きと熱量が更に増し、その光に何らかの「力」が宿ったのを感じた。

 

 よし、成功だ! 原作のジークが令呪をサーヴァントではなく自分に使うのを見て、自分でもできないかと試行錯誤していたのだが、予想以上に上手くいった。

 

 ラーマーヤナに登場する魔王ラーヴァナは、千年にもわたる苦行により、神々を相手にしたら決して負けない特権と、不死の霊薬を飲んだことにより不死身となった恐ろしい魔王だ。

 

 ラーマーヤナの主人公であるラーマ王は、魔王ラーヴァナとの一対一の決戦で、神より与えられた武器のブラフマーストラを使った。そして、ブラフマーストラの放つ熱が魔王ラーヴァナの体内にある不死の霊薬を蒸発させ、不死身でなくなった魔王ラーヴァナはラーマ王に退治された。

 

 これが魔王ラーヴァナの最期で、この伝承からラーマ王が放つブラフマーストラには魔性に対して強い効果を発揮する特性の他に、不死を殺すという特性を持つ。

 

 ここまで説明すればもう分かっていると思うが、俺が投げ放った「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」は、ラーマ王が使っていたブラフマーストラを模倣したものである。それを令呪の力で不死殺しの特性を目覚めさせた上でカルナに放ち、黄金の鎧の回復能力を封じようというのが、俺の作戦の第一段階だ。

 

 そして令呪の力で輝きと熱量を増した光の輪は、頼光さんの一撃により空中で体勢を崩したカルナの胸に命中した。すると……。

 

「………っ!?」

 

 今までにない痛みを感じたのか、それとも体に異変が生じたのか、カルナは驚きで目を見開いて自分の胸を凝視する。その視線の先では俺が放った「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」がカルナの胸板を切り裂いており、その傷は癒える気配がなかった。

 

 よし! 第一段階成功! 続けて第二段階行くぞ!

 

 カルナの傷を確認した俺は、続けて左手の令呪に魔力を送って発動させる。

 

「第三の『黒』が令呪を捧げて願う! バーサーカー! 宝具『釈提桓因・金剛杵』を使い、カルナの首を貫け!」

 

「承知!」

 

 俺が令呪を使い頼光さんへ命令を出すと、それに頷いた彼女は天空より紫電を纏って先端が三つに別れている巨大な刃、金剛杵を召喚する。

 

 釈提桓因・金剛杵。

 

 インドラが聖仙を使って作り出した金剛杵を召喚し、それを高速で敵に投げ放つという、インドラの化身である頼光さんの宝具。本来はランサークラスで召喚された時の宝具なのだが、今回は令呪の力で無理矢理使用可能な状態にしたのだ。

 

 そしてこの宝具の発動こそが俺が考えた作戦の第二段階。

 

 マハーバーラタの最終決戦でカルナは、インドラの策略により黄金の鎧を奪われた上に、バラモンの呪いを受けて弱体化した状態で参戦した。そして最後はインドラの息子である宿敵、アルジュナに敗北して、彼が放った矢によって首をはねられて死んでしまう。

 

 これがマハーバーラタに記されたカルナの最期。

 

 サーヴァントには「生前の自分の死因に関する、もしくは類似している攻撃は通常の攻撃よりも効果がある」というルールがある。

 

 インドラの化身である頼光さんの飛び道具(宝具)による攻撃。これはカルナの生前の死因であるインドラの息子のアルジュナの矢と類似している攻撃で、黄金の鎧の防御力が健在なカルナにも充分通用するだろう。

 

「あれはインドラの……!?」

 

 驚いた顔したカルナがそう言葉を漏らした次の瞬間、頼光さんが投げ放った金剛杵は彼の喉元に命中した。



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029

「ーーーっ!?」

 

 頼光さんが放った宝具、釈提桓因・金剛杵がカルナの首に命中した瞬間、凄まじい光と衝撃が生じて俺は思わず目を閉じた。周りの様子は見えないが、それでもカルナの魔力が激しく揺らいで弱まっていくのを感じた。

 

 ……アレ? これってば俺の作戦成功したの? 聖杯大戦で最強の一角のカルナを倒すことができたの?

 

 もしそうだったらアレだ。俺、滅茶苦茶テンションが上がるよ? 思わず今ここで本場インドの人達が驚くくらい、キレッキレの喜びのインド風ダンスを踊る自身あるよ?

 

 サンキュー、ヴィシュヌ神! グラッチェ、インドラ神! 俺、今度から貴方達を心から感謝して祀るよ。俺、一応仏教徒だけど、仏教のルーツはインドにあるからセーフだよ……ね……?

 

 俺が内心で喜んでいたその時、先程まで激しく揺らいで弱まっていたカルナの魔力が突然、前以上に強くなっていくのを感じた。まさか、あれで倒せていないのか……?

 

 周囲の光も治ったようで、俺が恐る恐る目を開くとそこには、黄金の鎧は装備していないが、代わりに漆黒の刃を持つ長大な神殺しの槍を右手に宿したカルナが宙に浮かんでいた。

 

「………!」

 

「確かに命中したはずなのに……!」

 

 宙に浮かびカルナを見て俺が絶句して、頼光さんが信じられないといった表情となり、そんな俺達を見下ろしたカルナは笑みを浮かべる。

 

「フッ……。流石に今のは危なかった。まさか黄金の鎧の不死を焼き払い、更にはインドラの武器を持ち出してくるとは……。あの時とっさに黄金の鎧を外し、インドラより授かったこの槍を取り出して防がねば、俺は今頃敗北していただろう」

 

 つまり、あのままいけば、俺の狙い通りに頼光さんの宝具でカルナを倒せたのだけど、カルナはとっさの判断で、頼光さんのと同じインドラの武器の宝具を取り出して、それを防いだってこと? ……確か、自身の神話の関係で、一度神殺しの槍を取り出すと、もう二度と黄金の鎧を装着できないというデメリットがあったはずだよな? そんなデメリットがあれば普通、躊躇いが生じて判断が遅れるはずなのに、あの一瞬で最適の行動を判断して実行したってこと?

 

 …………………………うそーん?

 

 ちょっと待てよ、そんなのアリ? こっちは必死に作戦考えて、怖いのも我慢して頑張って、しかも貴重な令呪を二画も使ったのに、倒せないどころかほとんどダメージ無しってアリかよ?

 

 所詮、何の取り柄も才能もない一般人の俺が立てた作戦なんて、イケメンの超チート英霊には通用しないということですか!?

 

 俺が心の中でそう嘆いていると、制限時間を超えてしまったらしく「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」の効果が切れ、周囲の景色が元の夜の街へと戻った。

 

「どうやらそう長い時間、己の世界を保っていられないようだな。……しかし手加減はしないぞ。先程の見事な策から、俺はお前達をこの第二の生における最大の好敵手と認めた」

 

『『………!』』

 

 カルナに神殺しの槍の切っ先を向けられて、俺と頼光さんはとっさに身構えた。

 

 クソッ! 神殺しの槍を持って本気モードになったカルナと二回戦かよ!? こっちにはもう切り札なんて……いや、待てよ? そういえば「コレ」って使えるのか?

 

 俺はカルナを警戒しながら、自分の右手の甲に視線を向ける。右手にある「コレ」は記念のような感じで取っておいたものだが、もしかしたら……ん?

 

「………」

 

 俺が自分の右手を見ながら考えていると、急にカルナが虚空を見つめて、しばらくしてから俺と頼光さんに申し訳なさそうな視線を向けてきた。

 

「申し訳ないがマスターより帰還を命じられた。この戦いの続きは後にとっておこう。そして次に戦う時こそ、俺達の決着をつけよう」

 

 それだけ言うとカルナは、こちらに振り返ることなく空を飛んでこの場を去っていった。そしてそんなカルナの後ろ姿に向かって俺は……。

 

「もう二度と会いたくねぇよ……」

 

 と、呟くことしかできなかった。

 

 とりあえずカルナ(脅威)は去った。急いで親友達と合流を……と、その前にカルナとの戦いで投げ放った「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」の勾玉を回収しないとな。

 

「マスター……仕損じてしまい、申し訳ありません」

 

 幸い「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」の勾玉はそれほど離れた場所まで飛んでおらず、俺がそれを回収すると、頼光さんが頭を下げて謝罪してきた。多分カルナを倒せなかったことを言っているのだろう。

 

「別に頼光さんのせいじゃありませんよ。あれはカルナが一枚上手だっただけですよ」

 

 これは俺の本心の言葉だ。あの戦いで俺と頼光さんは、自分の持っている全ての力を出してカルナを追い詰めた。それでも土壇場でこちらの必殺の一撃を防ぐなんて、流石はインドの大英雄と言ったところか。

 

「カルナの対策はまた改めて考えましょう。それより今は親友達の所に行き……!?」

 

 俺がそこまで言った時、ここから離れた場所から赤い雷光が轟音を立てて天に昇っていった。




「何の取り柄も才能もない一般人の俺……」(by固有結界やら英霊の宝具の模倣やら色々としでかしている「黒」のマスター)

「……………!?」(by額に無数の青筋を浮かべて能面みたいな無表情となっている現代魔術科のカリスマ教師)


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030

 留人と頼光がカルナと戦闘していた頃、当然ながら別のところでも戦いが繰り広げられていた。

 

 夜の街の上空を二つの影が高速で移動し、何度もぶつかり合う。二つの影のうち片方は「赤」のライダー、アキレウスで、もう片方は「黒」のアヴェンジャーであった。

 

「ああ、クソッ! あの魔術師はどこに行きやがった!」

 

 戦闘の合間に留人の姿を探していたアキレウスは、いつの間にか留人と頼光の姿が消えていることに苛立った声を上げる。そして、今彼らがどこに行ったのか知っているアヴェンジャーは、口元に小さな笑みを浮かべる。

 

(留人達はどうやら、固有結界内で『赤』のランサーと戦っているようだな。見たところあの『赤』のランサーは強力な英霊のようだが、さて一体どこまでやりあえるものか……)

 

 そこまで考えてアヴェンジャーは頭を切り替えて、目の前にいる「赤」のライダーに意識を集中させる。確かに留人達が戦っているカルナは強敵であるが、アキレウスもまたも強力な英霊であることを、これまでの戦闘でアヴェンジャーは理解していた。

 

「クハハッ! この俺を前に余所見とは余裕だな? 『赤』のライダーよ!」

 

 アヴェンジャーは内心ではアキレウスを強敵と認めているが、それでも挑発の意味も兼ねて、笑いながら声をかけると、続けて右の掌から青黒い怨念の炎を放つ。

 

「ちいっ!」

 

 アキレウスは一つ舌打ちをすると、アヴェンジャーが放った怨念の炎を腕の一振りで防いだ。カルナと同じく不死の加護を得ているアキレウスの体には、傷一つ、火傷一つついていないが、それでもアキレウスの意識を、ここにはいない留人達からアヴェンジャーに移し変えるのには充分であった。

 

「ああ、ウザッてぇ! お前さっきから何なんだ!? この俺についてこれる俊足の持ち主かと思えば、その変な炎……キャスターか何かか?」

 

「クハハッ! 俺のクラスが知りたければ自分で探り当ててみよ! ……だがそうだな。一つだけ教えてやれるとすれば、俺はキャスターではないぞ!」

 

 アキレウスの言葉に答えながら、アヴェンジャーは二度三度と掌から怨念の炎を放ち、それを槍で薙ぎ払いながらアキレウスは、留人達を探す前にまずこのアヴェンジャーを倒すことに決めた。

 

「ああ、そうかよ。そんなに遊んでほしいのなら遊んでやるよ。……だがな!」

 

「っ!?」

 

 アキレウスは一瞬でアヴェンジャーとの距離を詰めると、彼に向けて槍で突き、それをアヴェンジャーは間一髪で避ける。

 

「認めてやるよ。確かにお前のスピードは中々のものだ。もちろん俺の方が速いがな? だがお前の攻撃では、俺に傷一つつけることはできない。この意味は分かるな? お前じゃ俺に勝つことはできないんだよ!」

 

 不死の加護を持つアキレウスの肉体は、神の加護を持った者による攻撃以外では決して傷つくことはない。その事を自慢気に言うアキレウスだが、それを聞いてもアヴェンジャーの表情には僅かな動揺もなかった。

 

「クハハッ! 何を言うのかと思えばそんなことか。当然知っているさ。『聞いている』からな」

 

「聞いている……だと? 一体誰から……ッ!?」

 

 アヴェンジャーの言葉にアキレウスが眉をひそめた瞬間、彼の体に衝撃が走った。見ればアキレウスの肩には一本の矢が生えており、矢の存在を確認すると、激しい痛みを感じた。

 

 それは遠方にいるケイローンが、アヴェンジャーの援護のために放った矢であった。

 

「なん、だと……? この俺が射たれた? ……クッ!」

 

 自らの肩に刺さった矢を信じられないといった顔で見ていたアキレウスだが、直感で危機を感じとると、遠方から自分に向けて飛んできた数本の矢を、手に持っていた槍で全て払い落としていく。

 

 そしてアキレウスは理解した。この遠方から飛んでくる矢は、全て自分に傷を追わせることができる……つまり、神の加護を受けた者が放った矢であることを。

 

「これは……『黒』のアーチャーの仕業か!?」

 

「クハハハハッ! いつまでも驚いている暇はないぞ?」

 

 自分の体を傷つけられ、未だに驚いているアキレウスにアヴェンジャーが襲い掛かる。

 

 そこからはしばらくの間、一方的な展開になった。アヴェンジャーが放つ青黒い怨念の炎がアキレウスの動きと視界を遮り、そうして動きを止まったアキレウスを遠方にいるケイローンが狙撃する。

 

 通常の攻撃では決して傷つかないアキレウスの体には次々と矢傷が増えていき、今までどこか余裕を残していたアキレウスの表情からは、焦りの色が濃くなってきた。

 

「……! 調子に、のるなぁ! ……!?」

 

 アキレウスは、ケイローンからの矢を薙ぎはらって吠えると、こちらに向かってくるアヴェンジャーを迎え撃とうとする。しかしその直前にアキレウスの表情が変わり、大きく後ろへと飛んでアヴェンジャーと距離を取った。

 

「どうした? 『赤』のライダー?」

 

「……マスターから戻って来いってよ」

 

 突然のアキレウスの行動にアヴェンジャーが質問すると、アキレウスは無念だと言いたげな表情となって答え、アヴェンジャーに槍の切っ先を向ける。

 

「今回はここまでだ。しかし姐さんを殺したあの魔術師もそうだが、お前と『黒』のアーチャーは必ずこの俺が殺してやる。それまで精々首を洗って待っているんだな」

 

 アキレウスはそれだけを言うと、自分の宝具である三頭の神馬名馬が引く戦車を呼び出し、それに乗って夜空を駆けて街から離脱していった。そのアキレウスを見送ったアヴェンジャーは、懐から一本の葉巻を取り出して火をつけ、葉巻の煙を胸一杯に吸って吐き出すと、今まで後方から矢を放っていたケイローンからの念話が届いてきた。

 

《お疲れ様です。アヴェンジャー》

 

 ケイローンからの念話を聞いてアヴェンジャーは、葉巻を吸いながら肩をすくめた。

 

《それはこちらの台詞だ、アーチャー。あの『赤』のライダー、アキレウスを追い詰めたのはお前の矢だ。……それで自分の弟子と戦った感想はどうだ? 向こうはまだお前の事に気づいていないようだがな》

 

《………正直、あまりいい気はしませんね。ですがこれは聖杯大戦。現代に蘇ってもなお、過去の知己が敵味方に分かれて殺しあうということは珍しくないでしょう。そして私には叶えたい願いがある》

 

 まるで相手を試すようなアヴェンジャーの言葉に、ケイローンは少し間を空けてから答える。そしてそれを聞いたアヴェンジャーは、とりあえず納得したように頷く。

 

《だったらいい。他者を犠牲にして自分の望むものを求める。それが聖杯大戦……いや、戦いというものだ。例えかつての弟子を殺めて自分の願いを叶えたとして、その時のお前が何を思うのかは分からぬが……今はこの言葉を送ろう。『待て、しかして希望せよ』》

 

 そしてアヴェンジャーが念話でケイローンに言葉を送った次の瞬間、彼から離れた場所から赤い雷光が発生して天に昇っていった。



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031

神ジュナが欲しくて課金してガチャを回したが結果は爆死。
傷心のまま残った聖昌石と聖昌片をかき集めて十連ガチャを回したら、一回で魔王信長が来てくれました。


 時は少し遡る。

 

 ジークとジークフリート、カウレスとフィオレの四人は、奇襲を受けて重傷を負い、気絶しているゴルドの前に立って、「赤」のセイバーであるモードレッドとそのマスターである獅子劫界離と対峙していた。

 

「よぉ、久しぶりだな? テメェとはもう一度会いたいと思っていたんだぜ?」

 

 モードレッドがジークに向けて獰猛な笑みを浮かべる。どうやらジークの中にランスロットの霊基があることに思うところがあるらしく、獅子劫はそんなモードレッドを横目で見てから肩をすくめてジークに声をかけた。

 

「何というかお前も大変だな? よりにもよってウチの王様に目をつけられるなんてよ」

 

「……いや、むしろ好都合だ」

 

「何?」

 

 獅子劫の言葉にジークは、モードレッドの姿を見たせいで、今にも暴走しそうな自分の中にあるランスロットの霊基を抑えるように、胸に手を当てながら答え、それを聞いた獅子劫とモードレッドが怪訝な顔となる。

 

「俺は仲間達の為に大きな手柄を必要としている。だから強い敵と戦える機会が訪れるのは、俺としては願ったりかなったりだ。……例え俺では到底敵わなくても、それでも戦いを挑むだけの価値はある」

 

「……仲間達の為に大きな手柄ねぇ? まるで一人前の騎士みたいなことを言うじゃねぇか? だが分かっているのか? この俺と戦うってことは、お前は手柄を上げることなく死ぬ、犬死に以外の未来はないんだぞ?」

 

 獰猛な笑みを浮かべていたモードレッドが若干不機嫌そうな表情となって、そして声に僅かな殺気をのせて言う。その殺気を感じて、ジークの後ろにいたカウレスとフィオレは気圧されて一歩下がるが、当の本人であるジークは殺気を浴びても気圧されることなく、強い決意を感じさせる顔で口を開いた。

 

「そんなことはやってみなければ分からない。さあ、かかって来い『赤』のセイバー! マジカル傭兵ゴーライオン!」

 

「いやちょっと待て!?」

 

 ジークフリートの横に立ち、戦う覚悟を決めたジークの言葉に獅子劫が待ったをかける。……何と言うか、今のジークの言葉のせいでこれまでのシリアスな空気が即死した。

 

「何だそのマジカル傭兵ゴーライオンってのは!?」

 

 獅子劫の言葉にジークは首を傾げて答える。

 

「何だ……って、マスターが貴方のことをそう呼んでいたが? 確か……『獅子劫さんは死霊魔術を高いレベルで戦闘に利用しているプロの傭兵だから、決して油断しては駄目だ。その実力は正にマジカル傭兵ゴーライオンといった感じで、むしろマジカル傭兵ゴーライオンこそが本当の名前だ』と言っていたが?」

 

「留人のヤロウ……!」

 

 留人がジークに言った忠告(?)は、獅子劫の実力を認めて敬意を表したものなのだが、内容が内容なだけに当の本人は全く喜ぶ気になれず、次に留人と会ったら必ずシメると固く心に誓う獅子劫であった。

 

「……全く。ジークに何を教えているんだよ、アイツは?」

 

「ねぇ、カウレス?」

 

 ジークと獅子劫の会話を聞いて思わず呆れた顔となるカウレスに、フィオレが話しかける。

 

「どうしたの、姉さん?」

 

「あの人の名前って獅子劫界離じゃなかったの? マジカル傭兵ゴーライオンが本当の名前だったの?」

 

「………姉ちゃん」

 

 首を傾げながら聞いてくるフィオレの天然な一面を見て、カウレスは全身から力が抜けた気がした。

 

 ここにはいない一人の「黒」のマスターのせいで、戦闘が始まる直前だった張り詰めた空気は、最早完全にぐだぐだになってしまっていた。



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032

「え~と……? それでマスター? 獅子劫とゴーライオン、本当の名前はどっちなんだ?」

 

「獅子劫界離に決まってるだろ!? てか、召喚した時にもそう自己紹介したろ!?」

 

 冗談ではなく本気で困惑した顔になって聞いてくるモードレッドに、獅子劫は思わず大声で答える。まさか「マジカル傭兵ゴーライオン」なんて面白ニックネームが本名だと思われたかと思うと、獅子劫は本気で落ち込みそうになった。

 

「あー、やっぱりそうか……。ちぇ、ゴーライオンの方がカッコいいのに……」

 

「おい? お前、今何て言った?」

 

 後半は小声で言ったモードレッドの発言を獅子劫は問い質そうとするが、モードレッドはそれを無視して持っていた剣の切っ先をジークに向ける。

 

「さぁて、楽しいお喋りの時間は終わりだ。さっさとあの穀潰し(ランスロット)に変身しな。それとも無抵抗のまま俺に殺されるか?」

 

「……いいだろう。セイバー、彼らを頼む」

 

「分かった」

 

 ジークはジークフリートにカウレスとフィオレ、そして気絶したままのゴルドの事を頼み、彼の返事を聞くとモードレッド達の前に進み出る。

 

「行くぞ! 我が内に眠る騎士よ! どうか力を与え給え!」

 

「来やがったか……て、何っ!?」

 

「こいつは……?」

 

 ジークが自らの内側にあるランスロットの霊基に命令を送った次の瞬間、彼の体に変化が起こった。しかしその変化は前回の変身とは異なっており、それを見たモードレッドと獅子劫は揃って驚きの声を上げた。

 

 前回の戦いで変身したジークは、体格が変わって漆黒の全身鎧を纏い、魔剣へと転じた聖剣を手に持つ「狂戦士のランスロット」となっていた。

 

 しかし今回の変身したジークは体格は変わっておらず、漆黒の全身鎧ではなく純白の全身鎧を纏い、魔剣に転じる前の聖剣アロンダイトを両手に構えた「騎士ランスロットの姿を借りたジーク」となっていたのだ。

 

 これにはモードレッドと獅子劫だけでなく、ジークフリートとカウレスとフィオレまでもが驚きを隠せないでいた。

 

「その姿は……! ジーク、お前、ランスロットの力を制御できるようになったのか!?」

 

「いいや。まだ完全じゃない」

 

 カウレスの質問に、ジークはモードレッドと獅子劫から視線を逸らすことなく首を横に振って答える。見ればジークの体から時折、黒い静電気のようなものが走り、黒い静電気が走る度にジークは自分の体の自由が奪われそうになって、体を僅かに震わせる。

 

「……どうやら俺の中にいるランスロットとモードレッドの因縁は、予想以上に深いみたいだ。こうしてモードレッドを見ているだけで、体が勝手に暴れだしてしまいそうだ」

 

「……」

 

 そう言うジークの視線の先では、最初こそ驚いていたが、今は完全にジークを自分が倒すべき「敵」と定めたモードレッドが無言で剣を構えていた。

 

「だから……。この体が暴走する前に……アイツを倒す!」

 

 そしてジークは、地面が爆発するような力強さで地面を蹴り、モードレッドへ向かって突撃した。



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033

「……この俺を倒すと言ったか? ランスロット擬きのホムンクルス風情が?」

 

「やあぁっ!」

 

「……!」

 

 小さく呟くモードレッドに、ランスロットの力を宿したジークがアロンダイトを振るうが、モードレッドはそれを手に持っていた自らの魔剣クラレントで受け止める。その次の瞬間、二人の周囲で激しい風が吹き荒れた。

 

「よく言ったな! その男の鎧を着て! その騎士の剣を持って! 俺を倒すとよく言ったな!」

 

「ぐぅうっ!」

 

 モードレッドはジークの剣を力ずくで振り払うと、そのまま怒声を上げると共に剣を振るい、合計四度の剣撃をジークが辛うじて剣で受け止める。しかしそれでモードレッドの怒りが治まるはずがなく、むしろモードレッドの怒りと剣は激しさを増していく。

 

「ホムンクルス! お前がそのランスロットの霊基を宿している限り、テメェは俺の敵だ! お前の身体ごと、未だに現世にへばりついているその男の全てをブッた切ってやる!」

 

「そんな事は……させない!」

 

 怒声と共に振るわれるモードレッドの剛剣を受け止めながら、ジークはモードレッドの目を見返しながら言葉を返す。そんなジークを見てモードレッドは内心で舌打ちをする。

 

(チッ! よくしのぎやがる。ただのホムンクルスや下手なサーヴァントだったら、とっくにブッ殺しているのに……。まさか、ランスロットの霊基がこのホムンクルスに力を貸していやがるのか?)

 

 内心で考えながらもモードレッドは剣を振るう手を休めず、更にはモードレッドの剣は持ち主の怒りに応えるように赤い雷を刀身に纏わせ、ジークの剣とぶつかり合う度に強風と雷が吹き荒れる。

 

「おいおい……! まるで台風だ「姉さん! ボサッとしていないで、早くアイツを!」……何っ!?」

 

 モードレッドとジークの戦いを見ながら冷や汗を流す獅子劫は、離れたところにいるカウレスの声を聞き、慌てて彼の方を見ると、そこにはカウレスと、ブロンズリンク・マニュピレーターの砲口をこちらに向けているフィオレの姿があった。

 

「マルス! 射撃命令!」

 

「うおおおおおっ!?」

 

 フィオレの言葉と同時にブロンズリンク・マニュピレーターの砲口から無数の弾丸が高速で発射され、それを獅子劫は物陰に隠れて辛うじて逃れる。

 

「お前ら! いきなり撃ってくるとか卑怯じゃないか! 魔術師ならもっと正々堂々戦え!」

 

「黙れ、この筋肉ダルマ! これは聖杯大戦! 魔術師同士の決闘ではなく、ルールなんてない殺し合いだ! 油断している方が悪い!」

 

「カウレス。貴方……」

 

 物陰に隠れた獅子劫は自分でも白々しいと思いながら叫ぶと、それにカウレスが即座に反論する。そんなカウレスにフィオレが驚いた顔となって弟を見て、獅子劫が盛大に舌打ちする。

 

「チィッ! まさか戦いを理解している魔術師が、留人以外にもいるとはな……!」

 

 獅子劫は舌打ちした後、現在の戦いの状況を頭の中でまとめる。現在、戦況は獅子劫にとって不利となっていた。

 

 獅子劫達の戦力は自分とモードレッドの二人だけ。それに対して向こうの戦力は、ランスロットの力を宿したジークにジークフリート、そしてカウレスとフィオレの四人。

 

 向こうが半死半生となって気絶しているゴルドを守っていることを差し引いても、戦力は向こうの方が上である。しかも増援で来たはずの「赤」のランサーとライダーは、別のところで戦っていて、こちらに戻ってくる気配はない。

 

(これは欲を出さず、さっさと逃げとけば良かったかね?)

 

(今更そんなことを言っても仕方ないだろうが!)

 

 獅子劫がモードレッドに念話を飛ばすと、苛立った調子でモードレッドが念話を返す。

 

(それで? これからどうするんだ、マスター?)

 

(どうするもなにも、このままだとジリ貧だ。最初の予定通りに逃げようと思うが……不服か?)

 

(別に不服じゃねぇが、ここからどうやって逃げるんだよ?)

 

(なぁに……。向こうさんは急所がモロだしだからな。そこを突かせてもらうだけさ)

 

 モードレッドと念話を交わしながら獅子劫は獰猛な笑みを浮かべ、自分の右手に刻まれた令呪を見た。

 

(それに向こうの若者も言っていただろ? これはルールなんてない殺し合いだってな?)

 

 

 

 

 

 そしてそれからしばらくした後、赤い雷が大地を震わせながら天へと昇った。



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034

 赤い雷が天に昇ったのを見て、俺と頼光さんは雷が昇った現場……ジーク達が戦っている場所へと向かっていた。本当なら頼光さんに俺を担いでもらった方が速いのだが、万が一に敵の伏兵がいた場合を考えて、二人で走って移動している。

 

「マスター。今の雷は……」

 

「ええ。まず間違いなくモードレッドの宝具です」

 

 走りながら聞いてくる頼光さんに、俺も走りながら答える。あの赤い雷がモードレッドの宝具であるのは間違いないが、確かモードレッドの宝具って……。

 

「まさかこんな人里が近い所で対軍宝具を使うなんて……。獅子劫さん、勝負に出たか逃げに出たか……。まぁ、多分逃げるために、モードレッドの宝具を使ったでしょうね」

 

「逃げるために?」

 

 走りながら視線だけをこちらに向けてくる頼光さんに、俺は獅子劫さんの行動パターンを予測しながら頷いてみせる。

 

「モードレッドの宝具は強力だけど、向こうにはジークフリートとデミ・サーヴァントになったジークがいます。確実に二人とも倒せる確証が無い以上、獅子劫さんはこれ以上戦うことはせず、ここから退くはずです」

 

 そこまで言ったところで、上空でアキレウスと戦っていたアヴェンジャーが俺と頼光さんの横に降りてきて、俺達の方を見て感心したような笑みを浮かべた。

 

「ほぅ……。あの『赤』のランサー、中々の大英雄と見たが、それとやりあっても無事とはな……」

 

「何回か死ぬかと思うような目に遭いましたけどね。……それよりアヴェンジャー? 親友は無事なんですか?」

 

「……マスターとの魔力の供給線は切れていない。マスターは無事だろうさ。だが、マスター以外は分からないがな」

 

「そうですか……」

 

 俺の質問にアヴェンジャーは、意識を集中させて自分とカウレスの繋がりを確認してから答え、それを聞いて頼光さんが皆を心配した表情となる。

 

 そして俺達がジーク達が戦っていた現場に到着すると、そこは雷が落ちた……というより爆弾が爆発したような惨状となっていた。地面には大きなクレーターのようなものが出来ていて、周辺の建物や土は黒焦げで、いたる所で未だに煙が立ち上っているのが見えた。

 

「これは……!? おい、親友! フィオレさん! ジークにセイバー! 何処だ!? いたら返事をしてくれ!」

 

「……一応、ゴルドおじさんのことも心配したらどうだ?」

 

 俺が周囲を見回しながら大声で呼び掛けると、物陰からゴルドを背負ったカウレスが苦笑しながら姿を現し、その後でフィオレさんも姿を現す。

 

「親友! フィオレさん! 無事だったのか」

 

 俺がカウレスとフィオレさんの姿を見て安心すると、背後で頼光さんとアヴェンジャーも安心した気配を感じた。しかし、カウレスとフィオレさんは苦い表情をしていた。

 

「……ああ、俺達は何とか無事だ。だけどアイツは……」

 

 そこまで言ってカウレスは、クレーターの近くで立ち上っている煙の方に視線を向ける。するとちょうど風が吹いて煙が晴れ、その向こうにいる人物達の姿が見えた。

 

『『………!?』』

 

 煙が晴れた瞬間、俺と頼光さんとアヴェンジャーは、その先の光景を見て思わず驚き息を飲んだ。

 

 煙の先にいたのは、変身が解けて全身がボロボロだが五体満足のジークと、右半身が吹き飛ばされて瀕死の状態のジークフリートだった。

 

「……留人達がいなくなった後、ジークはモードレッドと、俺とフィオレ姉さんは獅子劫と戦っていたんだ。すると途中で獅子劫の奴、モードレッドに令呪で威力を上げた宝具を使わせたんだ。しかも、その宝具の向け先が気絶しているゴルドおじさんで、それを守るためにセイバーが……」

 

 絶句する俺達にカウレスが言い辛そうな表情で説明をする。

 

 やっぱりあの赤い雷はモードレッドの宝具だったのか……。そしてなるほど。気絶して動けないゴルドを狙ったら、ジークフリートは間違いなく守ろうとするだろうし、令呪で威力を強化したモードレッドの宝具なら、あの傷も納得だ。

 

 ジークフリートの傷は誰が見ても致命傷で、当然ながら獅子劫さんとモードレッドは、すでにここから撤退している。

 

 今回の戦い、カルナの黄金の鎧を外すことはできたが、こちらは令呪を二画も使った上にセイバーの脱落を防げなかった。そして獅子劫さんの方は令呪を一画使用したが、実質獅子劫さんの一人勝ちみたいなものだ。

 

「うう、ぐ……!」

 

「しっかりしろ、セイバー! マスター! セイバーに治癒の魔術を……!」

 

「いや、いい……」

 

 苦しそうな表情を浮かべるジークフリートを支えるジークが、俺にジークフリートの治療をしてほしいと言うのだが、それは本人によって否定された。

 

「セイバー?」

 

「見れば分かるだろう? 俺はもう助からない。……それよりもジーク、お前に渡すものがある」

 

 ジークフリートは小さな笑みをジークに向けると、自分の胸に左手をめり込ませ、光の玉のようなモノを取り出した。そして、その光の玉が何であるか、いち早く気づいたフィオレさんが目を見開いて驚く。

 

「それは……まさかセイバーの霊核ですか!?」

 

『『……………!?』』

 

 フィオレさんの言葉にこの場にいる全員が驚くなか、ジークフリートは己の心臓とも言うべき霊核をジークに差し出そうとして、それに対してジークは戸惑った表情となる。

 

「何故、これを俺に?」

 

「お前が戦っている理由は俺も知っている。仲間の為に剣を取るお前の姿を、俺は正しいと思い、応援したかったが……。もはや俺にできる事はこれぐらいしかない……」

 

 ジークフリートの霊核は、言ってみれば高性能な魔力炉みたいなものだ。それを取り込んで上手く制御出来れば、ジークの変身出来る時間は延びて、変身後の戦闘能力も大きく上がるだろう。そしてそうなればジークの、武功をあげて仲間のホムンクルスの待遇を向上させるという目的も、実現しやすくなるはずだ。

 

 だからジークを応援しているジークフリートは、彼にもはや先が長くない自分の霊核を譲ろうとしているのだろう。

 

「……感謝する、ジークフリート。貴方の霊核、確かに受け取った」

 

 ジークがジークフリートの霊核を受け取ると、霊核は自分から吸い込まれるようにジークの胸の中へと入っていった。それを見届けたジークフリートは小さく笑い、彼の体の消滅が始まった。

 

「ここまでか……。最後に俺のマスターに謝罪しておいてくれ。俺は、結局最後までマスターの期待に応えることができなかった……」

 

 そう言い残してジークフリートは完全に消滅した。

 

 こうして「黒」の陣営のサーヴァントで初の脱落者が出た。

 

 最初に脱落した「黒」のサーヴァントは、原作通りセイバー、ジークフリート……。



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035

「ええっと……?」

 

 獅子劫さんとモードレッドとの戦闘により、ジークフリートが脱落してしまった夜から二日後。俺は目の前の光景に戸惑っていた。

 

 今、俺がいるのはミレニア城塞でサロンとして使われている大きめな部屋で、そこには俺と頼光さんとジークの他に、脱落したセイバー組とキャスター組を除く「黒」の陣営のサーヴァントとマスターが勢揃いしていて俺に注目しているのだ。

 

 何故このような状況になったかと言うと、話は昨日ミレニア城塞に帰還して、ダーニックとランサーに任務の報告をした時まで遡る。

 

 俺達も必死で戦ったのだが、結局ゴルドとジークフリートを援護しろという任務は失敗。ジークフリートが脱落してしまったと聞いたランサーは心から残念そうな表情を浮かべ、ダーニックは独断で行動した挙げ句に、最優のセイバークラスをろくに使いこなせず失ってしまったゴルドに対して強い憤りを見せていた。

 

 ゴルド? ゴルドだったら一応生きている。

 

 獅子劫さんから不意打ちで背後に魔弾を受けた時、とっさに体を金属にする魔術で身を守ったため、命だけは助かったようだ。しかし獅子劫さんの魔弾には強い呪詛が込められていて、そのせいでゴルドは未だに意識が戻らず治療中だ。

 

 まあ、もっともジークフリートを失ってマスターでなくなった上に、ダーニックの不興を買った以上、怪我が治って意識を取り戻しても、ゴルドに「黒」の陣営での居場所はないだろう。少なくともダーニックが健在であることから、原作以上に肩身の狭い思いをするのは間違いない。

 

 幸い、ダーニックとランサーは任務に失敗した俺達を罰するつもりはないようだが、それでもジークフリートを失った俺達の気分は重かった。しかしそんな俺達……というか俺に、相変わらず空気の読めないアストルフォが話しかけてきたのだ。

 

 やはりと言うか当然と言うか、俺と頼光さんがカルナと戦っている姿は、アストルフォを始めとするミレニア城塞に残っていた「黒」の陣営の全員が見ていたそうだ。……もちろん俺が「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」をカルナに目掛けてブン投げた姿も。

 

 それによって興味を覚えたアストルフォは、どうして俺がサーヴァントの宝具を再現した魔術「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」が使えるようになったのか、その過程……つまりは俺が以前参戦した亜種聖杯戦争、剣の戦争で起きた出来事を話してほしいと言ってきたのだ。「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」が使える理由ではなく剣の戦争の話を聞いてきた理由は、アストルフォ曰くそちらの方が面白そうだからだそうだ。

 

 剣の戦争についてはアストルフォ以外のサーヴァントとマスターも気になっているようだが、剣の戦争の出来事を一から話すとかなり長くなる。だから任務から帰ってきたばかりで疲れていた俺は、明日説明するから興味がある人だけ聞きに来てくれとアストルフォに言ったのだ。

 

 するとその次の日……つまり今日、この部屋に連れてこられた俺は、一部を除いた「黒」の陣営全員の前で、俺が剣の戦争で経験した出来事を話すことになったのである。

 

「まさか俺なんかの話を聞くために、こんなに集まるとは思わなかったな……」

 

「そんな事はない、孔雀原よ。お前が経験した戦いは、余も大いに興味がある」

 

「王の言う通りだ。その激しさだけは伝わっているが、詳細は今まで全く知られていなかった剣の戦争。それを唯一の生存者であり、優勝者の君から聞かせてもらえるなら、充分聞く価値がある」

 

 俺が苦笑しながら半分以上本気で言うと、部屋で一番いい席に座っているランサーと、その横の席に座っているダーニックが答え、その二人の言葉に同じ部屋にいる全員が頷いた。

 

「そうですか……。それじゃあ話させてもらいます。俺が剣の戦争に参加したのは今から三年前……」

 

 そして俺は、部屋に集まっている「黒」の陣営のサーヴァントとマスター達の前で、剣の戦争の出来事を一から話す事にした。

 

 まず最初に、俺が剣の戦争に参加したのは一人で海外旅行をしている最中に偶然令呪が宿ったのが原因で、俺は剣の戦争を開催する為の数合わせとして無理矢理巻き込まれたこと。

 

 次に、旅先で購入した珍しい石が偶然にも英霊を召喚する為の聖遺物で、それのお陰で俺は一流のサーヴァントを召喚して契約できたこと。

 

 召喚した英霊がインドの二大叙事詩の一つ「ラーマーヤナ」に登場するコサラの王、ラーマ王であること。

 

 そして、それから俺とラーマ王が剣の戦争でどの様な出来事を経験したのかを、休憩を挟んだり、途中での質問に答えたりしながら、俺は出来るだけ詳細に皆に話して聞かせた。

 

 剣の戦争の出来事を話し始めたのは昼より少し前。しかし話が終わる頃には、日は地に沈みかけていた。

 

「……そして俺はバーサーカーになったランスロットの霊基と、その影響を受けて暴走を始めた聖杯の霊力の一部を勾玉に封じ込め、残った聖杯の魔力を自分達の願いに使って消費して、聖杯の暴走を阻止したんだ」

 

「なるほど。それが剣の戦争の真相か」

 

「……ラーマーヤナに記されしコサラの王ラーマ。

 アーサー王に従いし円卓の騎士の一人、湖の騎士ランスロット。

 アルスターの王族である魔剣の使い手、フェルグス・マック・ロイ。

 フィオナ騎士団随一の騎士、『輝く貌』のディルムッド・オディナ。

 そしてかの大いなる王……。剣の戦争の名に恥じない英霊ばかりだ。そんな超一流のサーヴァントが競い合う亜種聖杯戦争があったとは……」

 

 俺が剣の戦争の出来事を話し終えるとランサーが心から感心したように頷き、ダーニックが表情を強張らせながら呟く。

 

「というか、そのライドーとかいう魔術師、悲惨すぎるだろ……」

 

「ああ、召喚されたサーヴァントの一騎が暴走したせいで、戦いの場ごと自分の屋敷を跡形もなく破壊されるとは……。クハハッ! そこまでいけば、悲劇と言うよりも喜劇だな!」

 

 気の毒そうな表情となって、剣の戦争の主催者である魔術師のことを思うカウレスの言葉に、アヴェンジャーが笑う。

 

 そうだな。確かにそんな事故とか不幸が一気に重なったせいで、ライドーは最後に暴走してあんな真似をしたのだろうな。

 

「それにしても孔雀原さん達、暴走したサーヴァントによく勝てましたね……」

 

「ええ。聞いた話だとその暴走したサーヴァント、他の四騎同時に相手をしても圧倒できる存在のはず……」

 

 フィオレさんとケイローンが驚いた顔で俺を見てくる。

 

 そう。サーヴァントの一騎が暴走した後、残った俺達は一時的な共同戦線をとって暴走したサーヴァントを倒したのだが、あれは本当にギリギリの勝利だった。

 

「それにしてもこのラーマって子、本当に美少年ねぇ。ああ……。実際に会ってみたかったわぁ」

 

 セレニケが俺が話しながら書いたラーマ王の似顔絵を見ながら、うっとりとした表情で呟く。

 

 ラーマ王の姿は俺の脳裏に焼き付いていて、何回も絵に描いているうちに、今では写真のような精度でラーマ王の姿を描けるようになっていた。……だけど何呼び捨てにしているんだよ? ラーマ「王」だろ? 王を付けろよ。って、俺が描いたラーマ王の似顔絵、懐にしまうなよセレニケ。

 

「ねぇねぇ! それで聖杯の魔力で願いを叶えたって言ったけど、君達はどんな願いを叶えたの?」

 

 俺が内心でセレニケに抗議していると、アストルフォが瞳を輝かせながら質問してきた。ああ、そうだな。剣の戦争の出来事を全て話すのだったら、これも言っておかないといけないよな。

 

「あの時はいつ聖杯が暴走するか分からなくて急いでいたからな。……俺はとっさに、以前から聞いていたラーマ王の願いを叶えるのに、聖杯の魔力を使ったんだ」

 

「ラーマ王の願い、ですか?」

 

 頼光さんの言葉に俺は一つ頷いて、ラーマ王の願いを口にする。

 

「ラーマ王の願いは、最愛の妻であるシータ王妃との再会。ラーマ王は魔猿バーリの妻から『離別の呪い』をかけられていて、その呪いのせいで魔王ラーヴァナからシータ王妃を取り戻しても、最終的には離れ離れになってしまった……。だから俺は、使用できる聖杯の魔力のほとんどを使って離別の呪いを解除して、残りの魔力でシータ王妃をラーマ王の前に召喚したんだ」

 

「だったらラーマ王とシータ王妃は再会できたんだな、マスター?」

 

「おおっ! じゃあハッピーエンドなんだね!? やったぁ!」

 

 俺が聖杯の魔力をどの様に使ったかを言うとジークが尋ねてきて、アストルフォが飛び上がって我が事の様に喜んでくれた。

 

「ああ、ラーマ王とシータ王妃が再会できた時間はほんの数分だけだったけど、二人とも涙を流して再会を喜んで抱き合っていた。そしてその事に喜んだラーマ王は俺に何か礼をしたいと言ってきて、それで俺は冗談半分でラーマ王の宝具を使ってみたいと言ったんだ。するとラーマ王は『何だ、そんな事か』と笑って、自分の宝具を模倣する許可をくれたってこと」

 

 俺がラーマの宝具の再現「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」が使える理由はつまりそういうこと。これはシータ王妃と再会させたことで、ラーマ王から直々に与えられた褒美なのだ。

 

 剣の戦争では何度も死にそうな酷い目に遭って、それは今でもたまに悪夢として見る。だけどあの時の再会を喜び合うラーマ王とシータ王妃の姿を思い出すと、死にそうな目に遭った甲斐があったと思う。

 

 

 

 

 

 ……そういえばラーマ王ってばこの世界から去る直前に、いつか俺をコサラ国の宮廷魔術師として雇ってくれるって言っていたけど、あの約束って今も有効なのかな?




本編の話に合わせて「番外編 転生したらバーサーカーのサーヴァントになりました。」のリュウトの性能と文章を一部変更しました。


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036

「……何だこれは?」

 

 剣の戦争の話を終えて、俺と頼光さんとジークが自分達の部屋に戻ると、部屋の前を武装した四人のホムンクルスが守っていた。

 

「お疲れ様です。孔雀原様。バーサーカー様。ジークさん」

 

 俺達に気づいたホムンクルスの一人が挨拶をしてきた。ちなみにジークは変身能力を手に入れた時点でホムンクルスの上位個体とされ、俺達マスターとサーヴァントの次に高い地位をダーニックに与えられており、最初は「ジーク様」と呼ばれていたのだが、同胞に特別扱いされることを本人が拒んだために、妥協案として今の呼び方になったのだ。

 

「ねぇ? 一体どうして俺達の部屋の前を守っているんだ?」

 

「はい。ダーニック様から皆様の部屋を守るように命じられたからです。皆様はこの『黒』の陣営に、なくてはならない方々ですから」

 

 俺の質問にホムンクルスの一人が答え、残りの三人のホムンクルスが頷く。

 

 どうやらこの前のカルナとの戦闘で、ダーニック達の俺達に対する評価は非常に高いものになったらしい。……だがそれは、これから起こる重要な、つまり危険な戦いに真っ先に送り込まれるという意味で、全く嬉しくない。

 

「……そうか。ご苦労様。あまり無理はしないでくれよ」

 

 俺は四人のホムンクルス達にそう言って部屋に入ると、そのまま部屋の奥にある大きめの水槽の元へ行き、水槽の中を覗き込む。水槽の中には様々な大きさの勾玉が水に沈んでいて、これらは俺がこの聖杯大戦の為に用意した、魔術や魔力を封じ込めたものだ。

 

「だいぶ減ったな……」

 

 この水槽は風水の「氣は水に留まり、風と共に散る」という概念を利用した、勾玉の魔術と魔力を保存できる期間を長引かせる為の魔術装置で、俺は水槽の中の勾玉の数を数えて呟いた。最初はこの倍以上の数の勾玉があったのだが、聖杯大戦が激しすぎたために予想以上に消費してしまったようだ。

 

 水槽の中にある勾玉の数は九十五。

 

 固有結界「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」を封じた勾玉が三。爆炎の魔術を封じた勾玉が五十六。補助用の魔術を封じた勾玉が十七。魔力タンク用に魔力のみを封じた勾玉が十九。これが今の俺の手札の全てだ。

 

 その上、俺は「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」という切り札を敵味方両方が見ている前で使ってしまい、その上令呪も二画使用してしまった。令呪の件は仕方なかったとして、切り札を全て晒してしまったのは痛い。こうなれば……。

 

「新しい切り札を仕込むしかないか」

 

「新しい切り札、ですか? そのようなものがあるのですか?」

 

 俺の呟きを聞いた頼光さんが首を傾げる。

 

「ええ。『偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)』や『不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)』ほどじゃないけど、アテはあります」

 

 そう頼光さんに答えて俺は、自分の右手の甲と、左手にある魔術も魔力を封じていない勾玉を見る。するとジークは驚いたような視線を俺に向けてくる。

 

「ん? どうした、ジーク?」

 

「いや……。マスターが使った二つの切り札、固有結界と英霊の宝具の再現は、世の魔術師の大半が一生をかけても実現出来ない大魔術だと聞いた。それに代わる新しい切り札を用意できるだなんて。マスターは非常に優秀な魔術師なのだな」

 

「……………………はっ! 何だよ、それ? 嫌味かよ? 俺は単に生まれた家や偶然出逢った出来事から強力なカード(魔力や魔術)をもらって、そのカードをありがたく使わせてもらっている三流、よくて二流の魔術師だよ。本当に優秀な魔術師っていうのは、例え元手がゼロでもあの手この手で人や世界を巧く騙して奇蹟を起こして、常に最良の結果を出すような人のことを言うんだよ」

 

 ジークの予想外の言葉に、俺は数秒呆けた後、思わず乱暴な言葉使いとなって答えた。

 

 確かに「偉大なる過去と宝の大地(ヴィシュヌ・パージュー)」と「不滅の刃の模倣(ブラフマーストラ)」の二つが使えることは自慢だし、誇りに思っている。

 

 だけどそれだけじゃ駄目なんだ。

 

 いつかコサラの宮廷魔術師となり、あのラーマ王の元で仕えるには、大魔術を使えるだけでは駄目だ。自分の知識や技能を使いこなし、最良の結果を出せるようにならなくては意味がないんだ。

 

「……そうか。マスターほどの使い手でようやく二流、三流というレベルなのか。……やはり魔術師というのは凄い存在なのだな」

 

 俺の言葉を聞いて、ジークが何かを考えるような表情となって呟く。

 

 アレ? 俺ってばジークに変な誤解でもさせちゃった?

 

「マスター……」

 

 どこか責めるような目で見てくる頼光さんから、俺はそっと目を逸らす。いや、違う。これは俺のせいじゃない。

 

 そして目を逸らした俺は偶然部屋にあるタンスを見て、そこに仕舞ってある物の事を思い出した。

 

(そうだ……。そういえば『アレ』も使えるかもしれないな)

 

 タンスの中には、あの剣の戦争の後で俺がこっそり回収した「ラーマ王以外の、剣の戦争に参加した四騎の英霊の聖遺物」が仕舞ってあるのだ。

 

 そしてタンスの中にある四つの聖遺物の一つに、魔術礼装としても使用出来る代物がある。その聖遺物は巧く使えば新たな切り札にもなり得るが、正直これは巧く使えるか分からないどころか、下手したら暴走してこちらを滅ぼす爆弾みたいなものだ。

 

 出来ることならあの聖遺物を使う事態が来ないことを祈りながら、俺は新しい切り札を仕込むことにした。




「はっ! 俺は三流、よくて二流の魔術師だよ!」(by施しの英雄に手傷を負わせた二千年近い歴史を持つ家の魔術師)

「…………………………ほう?」(by人を殺せそうな笑顔を浮かべている現代魔術科の君主)

「………!」(by現代魔術科の君主の笑顔に怯えて数歩後ずさる灰色ローブの弟子)


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037

「いい天気ですね」

 

「ええ、そうですね」

 

 いつものサーヴァントの格好ではなく、現代の服を着ている頼光さんの言葉に俺は返事をした。

 

 剣の戦争の出来事を「黒」の陣営の皆に話した日から三日後。俺と頼光さんの二人は、ミレニア城塞の近くにあるトゥリファスの街を歩いていた。

 

 俺がここにいるのは頼光さんに「たまには息抜きをしないと体に毒ですよ」と言われて強引に連れ出されたからだ。そしてジークは今、ミレニア城塞で新たに取り込んだジークフリートの霊核を体に同調させるための調整を受けている。

 

 昼間のトゥリファスは聖杯大戦の気配なんて感じさせないくらい平和で、こうして街並みを見ながら歩いているだけで自分がリラックスしていくのが分かる。どうやら俺は自分でも思っている以上に、精神を張り積めさせていたようだ。

 

「頼光さん。今日は街に誘ってくれてありがとうございます。……それと、これもありがとうございます」

 

 俺は頼光さんに礼を言うと、ポケットから金属製の勾玉を取り出して彼女に見せる。これは俺が新しく仕込んだ「切り札」の一つで、頼光さんの協力がなければこれを作ることはできなかった。

 

「いえ、気にしないでください、マスター。それでマスター? 少しは『目標』に近づけましたか?」

 

「……!」

 

 頼光さんは俺の言葉に笑顔でそう返してくれると、不意にこちらの目を覗きこんで尋ねてきて、俺は思わず言葉を失った。

 

「ふふっ。この間の剣の戦争の話を聞いたら誰でも分かりますよ。マスター、貴方は剣の戦争で出会ったラーマ王に憧れて、彼と並び立つに相応しい力を得ようとしている。召喚されたばかりの頃は、ただ死にたくないから生き残る策を考えているのこと思いましたが、実際は少しでも自らを鍛える時間がほしいから生きようとしているのですね」

 

 絶句する俺を見て笑う頼光さんの言葉は全て正しかった。別に隠していたわけではないのだが、こう正確に言葉にされると、どこか肩の荷が降りた気分になって俺は一つ息を吐いた。

 

「……はぁ。そうですよ。俺はあの方(ラーマ王)が立つ地平には全然遠い非力で未熟な魔術師だ。だからまだまだ鍛えて学ばなければならず、今死ぬわけにはいかないんです」

 

 

「……ほう? それはまた興味深い話だな?」

 

 

『『……っ!?』』

 

 俺が自らの決意を頼光さんに向けて言うと、背後から聞き覚えのある男の声が聞こえてきて、俺と頼光さんは同時に背後を振り返った。

 

 俺達の背後にいたのは見知った顔の三人の男女。一人目はルーラー、ジャンヌ・ダルク。二人目は「赤」のセイバー、モードレッド。そして三人目は……。

 

「『マジカル☆傭兵GO!ライオン(獅子劫さん)』!? って、アダダダッ!?」

 

「そのネタ、いつまで引っ張る気だお前は!? というか段々酷くなってきてねぇか!?」

 

 全く予想していなかった獅子劫さんとの再会に驚いて、ついて心の声を出してしまうと、獅子劫さんのアイアンクローが俺の頭を鷲掴みにした。ギブッ! ギブギブギブッ! 頭蓋骨がきしむ嫌な音が直接脳に響いてくるぅ……!?

 

「そこまでです、ごーらいおん殿! 私のマスターにそれ以上狼藉を働けば容赦はしませんよ!」

 

「………あー、頼むからその呼び名はもう止めてくれ。……ほらよ」

 

 刀を取り出して身構える頼光さんの言葉に、獅子劫さんは毒気を抜かれたような顔となって、俺の頭を離してくれた。あー、痛かった……。

 

「だが、まあいい。ここでお前達と出会えたのは好都合だ」

 

「好都合? 一体どういうことですか?」

 

 どうやら獅子劫さんはここへ戦いに来たわけではないらしい。俺が獅子劫さんの言葉に首を傾げて聞くと、彼は人懐っこい笑顔(ただし元が恐いため好感度上昇率ゼロ)を浮かべて、とんでもない爆弾発言をしてきた。

 

「ああ。俺達、『赤』の陣営を抜けてそっち(「黒」の陣営)につくから、ダーニックに口添えしてくれないか?」

 

「……………ハイィッ!?」



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038

 獅子劫さんとモードレッド、そしてジャンヌをミレニア城塞へと連れていくと、当然ながらミレニア城塞は大騒ぎとなった。そして伝令役のホムンクルスの指示に従い、獅子劫さん達を玉座の間に案内すると、そこにはすでに「黒」の陣営のサーヴァントとマスターが勢揃いしていた。

 

「……さて、それでは話を聞かせてもらおうか? 留人の話によれば『赤』の陣営を見限り、我ら『黒』の陣営につくという話だそうだが?」

 

 玉座に座るランサーの隣に控えるダーニックが、鋭い視線を向けながら獅子劫に声をかける。他のサーヴァントやマスターも、獅子劫さんにその一挙一動を見逃さんと視線を向けているのだが、本人はそれを全く気にしておらず、むしろふてぶてしい笑みを浮かべて頷いた。

 

「そうだ。今まで散々やりあって厚かましいと思うが、俺とモードレッド、『黒』の陣営に入れてくれないか?」

 

「本当に厚かましいな。しかしどういうつもりだ? お前を初めとする『赤』の陣営は、我々ユグドミレニア一族と戦うために魔術協会に雇われていたはずだ。何故それが今になって、魔術協会を裏切るような真似をする?」

 

「魔術協会を裏切ったわけじゃねぇよ。……何せ、俺だけじゃなく魔術協会は、最初から『赤』の陣営に騙されていたわけだしな」

 

「何?」

 

 ダーニックの質問に、獅子劫さんは肩をすくめて、先程までのふてぶてしい笑みを自嘲するような笑みに変えて答えた。

 

 ……そうか。獅子劫さんは「赤」の陣営の黒幕、天草四郎のことを知ったのか。

 

「どういうことだ?」

 

「どういうこともなにも、俺以外の『赤』の陣営のマスターは全員、『赤』のアサシンのマスターにマスター権を奪われていたのさ。つまり『赤』の陣営は七組の魔術師とサーヴァントじゃなくて、たった一人のマスターとそれが率いる数騎のサーヴァントだったってわけさ」

 

『『……………っ!?』』

 

 獅子劫さんの言葉に「黒」の陣営の全員が絶句する。

 

 まあ、それはそうだろうな。「赤」の陣営が聖杯大戦の最初の段階から一人のマスターに掌握されていて、本来の依頼人である魔術協会とは全く別の意思で動いていたなんて言われたら、驚くなという方が無茶だろう。

 

「……その話は、本当なのか……?」

 

 いつも冷静沈着であるダーニックが信じられないと言った表情で質問すると、獅子劫さんは視線を自分の横に立つジャンヌに視線を向けた。

 

「本当だ。詳しい話はこのお嬢ちゃんに聞いてくれ」

 

「はい。私は貴殿方『黒』の陣営からお話を聞いた後、『赤』の陣営とも話を聞こうと彼らの元へ向かいました」

 

 ジャンヌは獅子劫さんの言葉に頷き一歩前に進み出ると、これまでの自分の行動を話し始める。

 

「『赤』の陣営が拠点としていた教会は、私が行った時にはすでにもぬけの殻でした。僅かに残った魔力の残滓を辿りながら彼らの足取りを追うと、その先には巨大な要塞が建造されていました」

 

「巨大な要塞? サーヴァントが要塞を造ったっていうの?」

 

 ジャンヌの言葉にセレニケが驚いた表情で呟く。

 

 その巨大な要塞というのはまず間違いなく、「赤」のアサシンの宝具、虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)だろうな。もう完成していたのか。

 

「そして私はそこで『赤』のアサシンのマスターと出会いましたが……彼は人間ではなくサーヴァントでした」

 

「サーヴァントが『赤』のアサシンのマスター?」

 

「そんなことがあり得るのですか?」

 

「『黒』でも『赤』でもない、十六番目のサーヴァントがいたってことかよ?」

 

 ジャンヌの話にロシェとセレニケとカウレスが驚きを隠せないようだったが、ジャンヌはカウレスの言葉に対して首を横に振った。

 

「いいえ。『赤』のアサシンのマスターは、自分のことを『一番目』だと言っていました」

 

「一番目? ルーラー、それはどういう意味だ?」

 

 ダーニックがそう質問をすると、ジャンヌは彼の目を正面から見返して口を開いた。

 

「『赤』のアサシンのマスターから聞いた話だと、彼はこの聖杯大戦が起こる六十年前にあった、第三次聖杯戦争で召喚されたそうです。……その真名は天草四郎。私と同じルーラーのサーヴァントです」

 

『『…………………………!?』』

 

「馬鹿なっ!?」

 

 ジャンヌから告げられた「赤」の陣営を掌握している黒幕、「赤」のアサシンの正体に、ダーニックは悲鳴のような声を上げて、「黒」の陣営の全員は、今度こそ言葉を失い驚いた表情となる。

 

 皆が驚いた顔をしている中、俺と頼光さんとジークも驚いた顔をしている。……もっとも俺達のは「この場面で天草四郎の存在が知られるとは思わなかった」という、原作との違いに対する驚きなのだが。

 

 ここから先、聖杯大戦の監督役であるジャンヌが何を言い出すのかは、大体だが予想できる。しかしそれによって、これからどんな展開がやって来るのかは、もはや予想がつかなかった。



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039

「ルーラーよ。今、そなたは第三次聖杯戦争で天草四郎がルーラーとして召喚されたと言ったが、それはそなたのように、監督役として聖杯に召喚されたという意味か?」

 

「いいえ、王よ。第三次聖杯戦争の時、ルーラーのサーヴァント、天草四郎はアインツベルンのマスターによって召喚されていました」

 

 ランサーはジャンヌに質問するのだが、質問に答えたのは彼女ではなくダーニックで、その表情は第三次聖杯戦争の時のことを思い出しているのか非常に険しかった。

 

 まあ、他のサーヴァントの真名を看破したり、自らも十画以上の令呪を所有しているルーラーと契約したマスターなんて反則もいいところだから、それと戦った記憶なんて思い出したくもないだろう。

 

「ふむ……。ダーニックが言うのなら間違いないだろうが、それにしても、何故東洋の英霊であるはずの天草四郎を、ルーラーとして召喚することができたのだ?」

 

 ダーニックの言葉にランサーが口にする。その疑問はこの場にいる全員が思っていたことだ。

 

 基本、ルーラーに選ばれるのは聖杯に対する願いを持たず、聖杯を求めない英霊で、魔術師と契約をして聖杯戦争に参加することはない。だからこそルーラーは聖杯戦争の監督役となり、その為の令呪を与えられるのだ。

 

 更に言えば聖杯戦争のサーヴァント召喚のルールでは、東洋の英霊は召喚の対象外とされており、天草四郎は二重の意味で召喚されるのがありえない英霊なのである。

 

「これは私の推測なのですが……。アインツベルンは聖杯戦争を開催した御三家の一つで、聖杯のシステムを担当していました。そしてサーヴァントを召喚するのは聖杯の役割で、アインツベルンのマスターは聖杯のシステムに干渉することで、東洋の英霊である天草四郎をルーラーとして召喚したのでしょう」

 

 そこまで言うとダーニックは俺と頼光さんの方を見てきた。え? 一体何?

 

「留人。お前が天草四郎と同じく東洋の英霊であるバーサーカーを召喚することが出来たのも、きっとアインツベルンによる聖杯のシステム干渉によるものだろう」

 

 ああ、成る程。第三次聖杯戦争でアインツベルンが東洋の英霊も召喚できる様にしたから、俺は頼光さんを召喚出来たってことか。そう考えると、そのアインツベルンのマスターには感謝しなくちゃいけないのかな?

 

「天草四郎は、『黒』の陣営が所有している大聖杯を使って人類の救済を実行すると言っていました」

 

「人類の救済、か……。聖人らしい願いではあるが、随分と大きな願いを掲げたな。それでその人類の救済とは、一体どのような過程によるものなのだ?」

 

 ジャンヌの言葉にランサーは、彼女に天草四郎が一体どのような過程をもって人類を救済するつもりなのか質問する。聖杯とは自らに集束した膨大な魔力をもって因果律を歪め、過程を無視して所有者の願望を実現させる願望器であるため、所有者が考える願いを叶えるまでの過程によれば、世界に大きな影響を与える可能性があるのだ。

 

 しかし、ジャンヌはランサーの質問に首を横に振る。

 

「いいえ、私はそこまでは聞いていません。しかし私が見た限り、天草四郎は今を生きる人達に一切の期待を持っていないようで、彼が大聖杯を使用すれば、世界に大きな影響を与えるでしょう」

 

『『……………』』

 

 ジャンヌがそう言うと、この場にいた全員が緊張した表情になって沈黙するが、俺はそれも仕方がないと思う。今まで俺達が行っていた聖杯大戦は、規模は大きいが、それでも魔術師の世界によくある抗争の一つだ。それがいきなり世界の一大事と言われたら、驚くしかないだろう。

 

「天草四郎は、最初は私にも人類の救済に手を貸すように言ってきましたが、それに断ると、すぐさま私を排除しようとしてきました。そこをここにいる『赤』のセイバーと、そのマスターである獅子劫さんに助けられて、今に至ります」

 

 なるほど。それでジャンヌと獅子劫さん達が一緒にいたわけか。

 

「『黒』の陣営の皆さん。そして獅子劫さん。私は聖杯大戦の監督役として、皆さんに『赤』の陣営……いいえ、天草四郎と彼に従うサーヴァントを倒す協力を要請します」

 

「うむ。そういう理由であれば余としては断る理由はない。お前はどうだ、ダーニック?」

 

「私も同じ意見です、王よ。元より『赤』の陣営は、我ら『黒』の陣営の倒すべき敵。断る意見などございません」

 

 ジャンヌが口にしたのは、俺の予想通り天草四郎を倒すための協力要請で、それを「黒」の陣営のトップであるランサーとダーニックが了承する。

 

「……獅子劫界離とそのサーヴァントよ。今までお前達とは戦ってきたが、今回は事情が事情だ。同じ仲間として戦う以上、その力をあてにさせてもらうぞ」

 

「へいへい」

 

「……ふん」

 

 同じ敵と戦う仲間にしては、友好のかけらも感じさせない目で見ながらダーニックが言い、それに獅子劫さんが口元に笑みを浮かべて答え、モードレッドが兜の下で鼻を鳴らす。

 

 思わぬ形で新しい戦力がやって来て心強いのだが、「赤」の陣営にいるサーヴァントは、どいつもこいつも一癖も二癖もある油断のできない英霊ばかりだ。さて、最早原作なんて完全に崩壊したこれから先、一体どうなるのだろうか……?



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