憑依したらドズル以外が壊滅して居た件【完結】 (ノイラーテム)
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絶望の淵にて

●プロローグ

 目を覚ました時、控えめに言って地獄だった。

 

コロニーに浮かぶ死体、新鮮な空気を求めて穴の中に顔をつっこむ死体。

 

そして折り重なる死体の山が自分を押し潰して、ロクに手足を動かす事も出来ない。

 

 ああ、このまま自分も死ぬだろう。

 

サイド3も、ジオン共和国も終わりだ。

 

毒ガスが体に回るのが早いか、それとも圧殺されるのが早いか。

 

ただ、それだけの差でしか無い。

 

 死に掛けて朦朧とする意識の中で、ドズル・ザビは最後に精一杯の声を上げた。

 

「オレが何をした!」

 

「オレ達が何をした!」

 

「ここまでされる様な事をしたか!?」

 

「連邦に歯向かって、暁の蜂起なぞと浮かれた事がそんなに悪いか!!」

 

「居るならば答えろ。いや、応えろ神よ!」

 

 答が返る筈もなく、応えを待つ余裕もない。

 

かすれて行く意識の中で、ドズルは最後にこう呟こうとした。

 

 ジーク、ジオン。

 

残念ながら、その言葉を告げる余裕すらなく……。

 

 

●憑依転生

 

 コッチコッチと古めかしい置き時計(アンティーク)が音を立てる。

 

脇で医者らしき連中が囁き、軍人らしき連中が怒鳴り声を立てる。

 

煩いのでオチオチ死んでも居られない。

 

(いや、俺は死んだ筈じゃぁ……)

 

 男は意識が回復する中で死の直前を振り返った。

 

零細土建屋の息子に生まれ、傾いて行く家業を必死に支えて衰弱死した。

 

趣味はアニメや漫画鑑賞で、唯一の自慢できるコレクションだった歴代ガンダムのDVDはとっくに売り払った。

 

(憑依とか転生ってやつかな? ガンダムの世界に転生って、神様もなかなかに粋なことをしてくれるじゃないか……)

 

 ロクに頭が回らない中で、その時だけは嬉しく思えた。

 

状況的にはサスロが死んでドズルが生残ったテロの辺りだろうか?

 

まあ、これなら死の間際の夢としても理想的かな……と平然としていられた。

 

 だが意識が覚め、状況を把握する中で愕然とした。

 

サイド3の基部である1バンチ『ズムシティ』に毒が撒かれたというのだ。

 

大きなセレモニーの日であり、ザビ家はドズルを残して全滅。

 

いや、精神的に死んだから代わりに憑依したのだと思えば、文字通りの全滅だった。

 

 しかも主だった将兵もセレモニーに参加して死亡。

 

士官学校の学生も官僚たちも軒並み死亡リストに名前を連ねていた。

 

生き残っているのはドズルのように圧死し掛け、そのせいで空気を一定吸い込まなかった例外くらいだ。

 

あとは窓際に配属され、セレモニー当日は追い出されるように仕事をさせられて居た者くらいか?

 

「誰か。誰か生き残っている者は居らんのか? せめてガルマくらいは」

 

「学生達は必死に主席のガルマ様と次席の者を押し込めました。その甲斐あって数日前までは御存命だったのですが……」

 

 最悪の知らせだった。

 

せめてガルマが生きていれば政治を任せて居られた。

 

あるいは自分を使いこなす将軍に成ってくれると信じ、前線に専念できたのに。

 

何故、自分の様な素人がジオン一国の命運を担わねばならないのか。

 

しかも、ギレンやキシリアどころか、デラーズやマ・クベまで死んでいるこの状況で!?

 

嘘だと言って欲しいと、憑依者は神の悪戯を呪った。

 

 

(シャア)が来る

「次席。……確かシャアとか言ったな。その者は無事なのか?」

 

「危険水域にありますが、どうもガルマ様が助けようとしたらしく……」

 

 どうやら運命は二番底らしい。

 

この状況でザビ家に恨みを持つシャアが生き残って、しかも疑われないくらいに死に掛けで済んで居るのだ。

 

必死に国を立て直したとしても、シャアに生を狙われ続ける日々が待って居るのだ……。

 

「神よ。……それでも俺にジオンを救えというのか」

 

 かつて救えなかった事を、もっとスケールを大きくしてやれというのか。

 

ドズルに憑依した男は、かつてないほどの苦境の中に居た。

 

「一人残った、俺が。この状況で……」

 

 何が出来ると言うのか、地獄の様なこの状況で。

 

シャア!?

 

シャア、そうだシャア!

 

フラッシュバックするほどに輝く奴の功績、その才能、その憎悪!

 

「絶望なんぞして居る暇はないな。奴を呼べ……いや、奴の方が重傷か。ならば俺が出向こう」

 

「いけません! 閣下もまた重篤だったのです。それに中将ともあろう方が一介の学生に……」

 

 彼の事はもはや、ドズルと呼ぼう。

 

ドズルとして生き、死ぬ決断をした以上はそう呼ぶのが正しいだろう。

 

「体面なぞ捨てろ、ジオンには希望が必要だ。さもなければ流した涙は後で拭くことすらできん」

 

 何しろ、俺がターゲットなのだから。

 

ドズルはシャアの歌と呼ばれるテーマソングを思い出しながら、居直ることにした。

 

「ジオンが立ち直るならばプライドも何もかも捨てて、一人残った屍の俺がやらねばならん」

 

 この地獄のような日々で、せめて、もがき苦しんで生きて行く為には。

 

シャア!

 

そうだ、シャアを最大限利用すればいい。むしろ、押しつければいい。

 

(シゃアよ、お前もこの絶望の中に呼んでやる)

 

 ドズルは既に狙いをシャアに定めた。

 

そうときまれば、奴に恐怖など無い。

 

土台が、既に死んで憑依した屍なのだ。何を恐れることがあろう!

 

 

●そしてジオン公国へ

 

 ドズルはシャアが目覚めるのを待って病室へ。

 

そのころには体格の差もあって、ドズルの方は六割方、シャアはまだ朦朧とする事もあるという話だった。

 

(好都合だな。幾らかストーリーをでっちあげるとしよう)

 

 そう考えてドズルはお付きの軍人や医師を遠ざけた。

 

呼べば現れる程度に妥協させられたが、目の前でなければ殆ど話は通じまい。

 

中将が、ザビ家がやるべきではない行動を取った時、止められる方が困るのだ。

 

「以前のことは。覚えているか?」

 

「……薄ぼんやりとは。自分とガルマ様を浚う様にして、あの部屋に押し込められた様な気が」

 

 推論を聞かされるまま、そのまま覚えて繰り返しているようだ。

 

もしかしたら全て覚えていて、誤魔化して居るのかもしれないが、構うものか。

 

「ガルマもお前を助けようとしたらしい。……調べたら功績を幾つか譲ったそうじゃないか」

 

「……スジでも通そうとされたのかもしれません。潔い方でしたから」

 

 見ればシャアの顔色が精神的にも良くなさそうだった。

 

原作ではガルマを謀殺したものの、暫くショックを受け、考え方も少し変わって居た筈だ。

 

その事を思い出しながら、当然に殺害すべき復讐対象が消えたショックに陥っているのだろうと推測した。

 

「申し訳ありません。自分等が生き残ってしまい……。本来であればガルマ様が残るべきでした」

 

「馬鹿な奴だ。正々堂々と死ぬより、生きてジオンを良い国にして欲しかった。俺や兄貴は無理でも、あいつとお前ならばまともな国に出来たろうになぁ」

 

 ドズルはシャアの弁解を制しながら苦笑した。

 

心の底からガルマが生きていてくれればと思う。

 

そうすれば幾らか心労が安まり、地位も責任も押し付けれた物を。

 

ガルマの事を考えると、他人の記憶なのに、涙すら出て来るのが実に困る。

 

憑依した男もされた男も、どっちもセンチメンタルな男だった。

 

「買いかぶられては困ります。自分は政治など……」

 

「あまり舐めてくれるなよ。ガルマとてザビ家の男だ。俺と同じ様に気が付いて、お前だけは守らねばならんと思ったのだろうさ」

 

 泣き笑いとも言うべき表情をドズルは浮かべた。

 

戦場に出て生き死にを経験したり、政争の中で鎬を削られた訳ではない。

 

だからこんな顔に成っても仕方無いが、まあ、ドズルも情報を得たら同じ結論と同じ表情に成ったかもしれない。

 

「……なんのことでしょうか?」

 

「お前はジオンに戻って本来の役目を担うべきだと言う事だ。お前の才能を活かす為に、死んでいったガルマ達の為にもな」

 

 とぼけるシャアを無視して、ドズルは立ちあがった。

 

睨んでいるが、憎しみでは無い。

 

むしろ決意。自分を追い込み、相手を追い込む為に決意する瞬間である。

 

「キャスバル・レム・ダイクン! 頼む、ジオンの希望に成ってくれ! 頼む、いや、お願いする。この通りだ!」

 

「閣下!?」

 

 ドズルは土下座を敢行した。

 

頭を打ち付ける叩頭礼でもなく、日本人らしい靴を脱いでの土下座である。

 

これにはいきなり正体を言い当てられたシャアも、戸惑うほかはない。

 

正体を探られ命の危機かと思った次の瞬間に、このありさまなのだ。戸惑うなと言う方がおかしいだろう。

 

「……命からがら逃げ出す様な状況に追い込んでおいて、今更ソレですか」

 

「破廉恥な男と呼んでくれて構わん。ザビ家の権勢、いや俺の命も必要ならばくれてやる!」

 

 この期に及んでシャアはトボケはしなかった。

 

今更誤魔化し切れる筈も無し、むしろ、日ごろたまったうっぷんを晴らし、何より知りたかった。

 

ドズルが何を考えているのか、何を思って自分を立てようとするのか。

 

その真意は? いつまでなのか、ずっとなのか。

 

誠心誠意と思われる表情を、演技だと思いたがる自分を隅に追いやった。

 

「このままではジオンは終わる、いや終わった。地球との国力比は三十分の一らしいが、もはや五十分の一も残って居るか怪しい。それでもだっ!」

 

 必死の形相でドズルは顔を上げ、再び地面にこすりつけるように頭を下げる。

 

あまりにも勢いよく叩きつけたら、隣室に控えた兵士がやってくるだろう。それだけは避けるべく、必死で頭を下げ続けた。

 

「私に何が出来ると言うのか? ついこの間まで逃げ回って居た男に」

 

「見くびらないでいただこう。ダイクンの名前にはそれだけの価値がある。絶望に瀕した市民に希望を与えることが出来る。今は何より、生きて行く希望が必要なのだ!」

 

 ただ冷徹な銀行家と違って、シャアは話を聞いてくれる。

 

ここで引けば自分だけが絶望に沼へと嵌り込むが、納得させれれば苦労は半分だ。

 

絶対に引くわけにもいかない!

 

その思いが宇宙世紀を二分する土下座が、ここに誕生させたのであった。

 

「それで私が頷いたら貴方はどうします? 名目上の首相にでもしますか」

 

「俺はコロニーに行く。行ってザビ家の権勢を捨てる事を条件に譲歩を引き出して来る」

 

 それはシャアすら愕然とさせる言葉だった。

 

シャアが懸念したのが形ばかりの譲渡で、押し込め幽閉する事だった。

 

だが他のコロニーの有力者にソレを口にしてしまったら、空手形では居られなくなる。

 

「正気ですか? 戻れなくなりますよ?」

 

「今更! 元より死んだ身だ。ならば生残った市民達の為に使わねば何時使う?」

 

 確かに真実ではあった。

 

ザビ家は支持勢力ごと壊滅、更に言えばサイド3で起きた毒ガス事件を見逃してしまった。

 

前代未聞どころか、独裁者でなければ一族郎党処刑されるレベルの手落ちである。

 

ドズル一人生き残って意味はなく、更に言えばこの窮地と絶望は二番底なのだ。

 

「それに、今直ぐ立ち直れば連邦も介入できん! 併合などさせるものかよ、宇宙市民の独立を諦めてなるものかよ!」

 

「……最後にそれを口にしますか。ザビ家が口にするなど忌々しい」

 

 毒ガスが撒かれ死に体の独裁政権。

 

連邦政府が併合を目論むのは間違いが無いだろう。そして放置すれば間違いなくそうなる。

 

例え毒ガスを使ったのが連邦政府の回し者だとしても、知らぬ顔で申し出るのが政治家と言う者だ。

 

逆に言えば急速に立ち上がり、ここで連邦政府の起こした事件だと声を上げるには、今しかない。

 

「採算は? 沈みゆく船の舵だけ任されるのは真っ平御免です」

 

「ある。緒戦だけならば確実に暴れ回って見せる。……だがしかし、コロニーの援護なくしてはキリの良い所で終わらせることが出来ん」

 

 シャアが話に乗って来た事を理解して、ドズルは立ちあがった。

 

そして身振りを交えて説明を始める。

 

「連邦の元に成ったアメリカへ喧嘩を売った日本と言う島国を知ってるか? 彼らもまた序盤だけならば……と数倍の国力に立ち向かった。だが適当な所で和平を求めても、周囲がそれを斡旋しなかった」

 

「……他のコロニーが協力すればあり得ると? 夢物語にしか聞こえませんね」

 

 今の国力が地球の五十分の一だとするならば、他のコロニーが協力しても精々が十分の一だろう。

 

シャアの懸念にドズルはゆっくりと首を振る。

 

国力で言えばそうだろう。だがしかし、彼らの戦力を当てにする訳ではないのだから。

 

「言葉は借りるが戦力をあてにする訳じゃない。俺たちが前面に立って連邦に勝利する。全てのリスクと矢面に立つ代わりに、和平の仲介とその後の世界を任せるんだ」

 

「だからこそのザビ家。復讐をするなと言う訳ですな。いずれ他のコロニーから追及させる為に」

 

 戦って戦って、勝つ。

 

戦い続けることに切望しか無くとも、いずれ未来が斬り拓けるならば戦い抜くことが出来る。

 

そこで犠牲に成るのはサイド3であり、その功績は輝かしいかもしれない。

 

だがその犠牲を甘受し、危険を引き受ける。

 

功績は全て渡し、代わりに和平を仲介して欲しい。その為に戦争責任は全てドズルとザビ家が引き受ける。

 

「判りました。ただし条件があります」

 

「おぉ……。ありがたい、ありがたい。これでジオンは救われた。何でもするぞ、言ってくれ!」

 

●国葬

 カーン。

 

カーン、カーン。

 

 弔いの鐘が鳴る。

 

その時だけは残された人々が目を閉じ、心静かにしていた。

 

そこに老若男女が居て、遺族のうち、集まる事が出来る者たちだった。

 

 基部であるズムシティが解毒作業で使えない為、手近なバンチで一番大きな会場を使う。

 

そこで人々は一様に涙し、怒りすら凌駕する無気力の中で絶望に溺れていた。

 

「サイド3に住む全ての生き残りに謝罪する。諸君らの愛した人々を見殺しにした事を。今なお、絶望の中で暮らす日々をもたらした事を」

 

 ドズルはあまり上手くない演説を始めた。

 

ギレンの演説を思い出しながら、ガルマの国葬どころかサイド3の葬儀場だなと苦笑いする。

 

「だが、俺たちの無能は脇に置いて、改めて言いたい。俺たちのサイド3は、俺達の家族は死んだ。何故だ!」

 

 ドズルの声に老人が顔を上げた。

 

子・孫は全員ズムシティで働くエリートであることを何より自慢にして居たが、今ではその全てを無くした。

 

「俺達は絶望の海の中に居る。だが、それは何時までなのか。死んだ家族に何も出来ずにこのまま死ぬのか!?」

 

 つられる様に女たちが顔を上げた。

 

好きだった彼氏を、婚約したばかりの男を、長年連れ添った旦那を亡くした女たちだった。

 

「俺は嫌だ。何もできずにメソメソと死ぬのは嫌だ。せめて世界に咆えてから死にたい。『国民よ立て!』と怒りの声を上げたい」

 

 兄弟を無くした者が、姉妹を無くした者が、親を亡くした者が次々に顔を上げる。

 

物心もつかぬ幼児は何も分からずに泣き始め、それを止めてくれる者が誰も居ない事を知って、なおさら泣き続けた。

 

「だが無能を晒した俺にはその資格がない。せめて、みなに希望を託し、明日の為に終わる今日を伝えるまでは!」

 

 老人が拳を挙げた。

 

ドズルではなく、この自体を招いたサイド3にでもなく。

 

女が男が、老若男女の区別なく、逆境に立ち向かう為に拳を上げていた。

 

 

 繰り返すがドズルの演説は上手くない。

 

ギレンならば所作と立ち振るまいだけで沈め、綺麗にまとめただろうが無理だ。

 

しかし、そこには言魂が宿って居た。誰も彼もが共感する言葉が、心を一つにした。

 

ジーク・ジオンだとか、連邦を倒せだとか、口々にわめく混沌の中でドズルは鮮烈な言葉を投げつけた!

 

「軍籍にある者は聞いた事もあるだろう、暁の蜂起にて、弟ガルマと共に立った若者の名前を」

 

 シャア・アズナブル!!

 

ドズルがその大きな手を振るい、壇上へ若者を呼び寄せた。

 

その青年は仮面を付け、まだ毒の抜けて無い体をヨタヨタと歩く。

 

決して恰好良くも素晴らしくもないが、どこか惹かれるモノがあった。

 

「ご紹介に預かりましたシャア・アズナブルであります。しかし、私はここで皆さんに、もう一つの名前を告げねばなりません」

 

 シャアはなんとか壇上に辿りつくと、掠れそうになる声に力を入れ直した。

 

そして仮面を取り、その端正な表情を見せる。

 

 初めは美しい顔に興味をそそられた女性陣や、一部の男たちだった。

 

だが、その顔に見知った特徴を見付けて、首を傾げる者が出始めた。

 

「まさか……あれは……」

 

「戻って来たのか?」

 

 シャアはその才能振りを発揮し、顔を軽く動かして視線だけで近くの席に居た者たちを黙らせる。

 

流石に遠くはそうもいかないが、遠いだけに、あるいはモニター越しでは視認できないだろう。

 

「私の名前は、キャスバル・レム・ダイクン。みなさんの知る、ジオン・ズム・ダイクンの忘れ形見であります」

 

 彼がその言葉を告げた時、人々は幼児の様にわめき始めた。

 

訳も分からず、ただ拳を挙げて、ただジーク・ジオンとだけ叫ぶ!

 

●我らが思いを載せて

 

 人々がシャアの言葉に魅入り、演出に涙する中で、壇上から下がった男は小さく唸りを挙げた。

 

何事かと警備用のマイクを大きくした兵士は、ソレが歌であることに気が付いた。

 

「♪~」

 

 ソレは本来、この時代には無い歌であった。

 

いはまだ存在しない数年後に、自然と編み出された歌だ。

 

しかも、ところどころ記憶違いで歌詞が間違っており、仮にこの時代に原曲があったとしても、原作者は違うと断言しただろう。

 

「~♪」

 

 その間違った歌詞を兵士が録音し、ドズルの言葉だからと上司に届けた。

 

気を利かせたつもりでちっとも利いて無いそいつは、更なる上司に伝達ゲームを始める。

 

シャアに願いを託し、共に征こうという意味合いの歌が周囲に木霊する。

 

 気が付けば手直しされた歌詞が周囲を駆け巡る。

 

気が付けば全員で大合唱をして居た。

 

本来であれば赤面しているべきドズルは、不思議と涙を浮かべて合唱に加わってさえいた。

 

そうか、この時代に原曲はあったんだあ……と馬鹿馬鹿しいことを考えながら、雰囲気に呑まれて泣いて居た。

 

●宣戦布告

 

 やがて戸惑って居られる贅沢な時間が過ぎ、時間の針が動き出す。

 

世界は毒ガス事件から目を覚まし、コロニー間の協議、地球との探り合いが始まった。

 

「人口の傾よったバンチに工場を移せ。それで生産を再開するついでに、効率化も測れ」

 

「はっ!」

 

 更なる問題が発覚した。

 

使用された毒ガスは残留性質の強い物で、ズムシティが暫く使えそうに無かった。

 

そこで主要施設を他のバンチに移し、特に工場はバンチごと利用する事に成った。

 

「難問ですが成功すれば効果は大かと。連邦に負けぬスケールメリットを実現できます」

 

「兵士や働き手の都合がなったのは良いが……女子供でもなんとかなるようにするのが第一だ」

 

 あれから空前の志願兵ブームが巻き起こった。

 

手足の萎えた老人から、年端もいかぬ少年少女までが志願したのだ。

 

特に国葬に参加した者で、志願しなかった者を探す方が難しい。

 

「産業ロボットのアシスト、操縦の教育型コンピューター。そんなやつがいい。難しいことは頭の良い奴に任せるがな」

 

「そうですね。この際ですがやってみましょう。……問題はジオニックとツイマッドの技術者がどれほど生き残って居るかですが」

 

 ズムシティは基部だけに首都だと言えた。

 

ゆえに各会社も巻き込まれており、生き残りが多く居る会社は、単純に密閉空間で働いていたからだ。

 

 

「なんとかする他あるまい。軍事に関しては意思統一ができたと強弁もできる。喫緊の課題だが……」

 

 だがしかし、更なる問題が一同を待ち受けている。

 

ジオンに待ち受ける課題は、池田屋階段落ちなど比較にならない上げ底構造だった。

 

絶望の沼は、落ちれば更に下がある底なし沼だった。

 

「食料は? どれほど保つ?」

 

「……製造プラントは幸いにも外縁のバンチでしたので問題はありません。ですが備蓄がやられました」

 

「目下のところ他のコロニーからの支援を入れてギリギリです。プラントその他に何かあれば危険水域を下回ります」

 

 当然のことながら毒で汚染された食糧は食べる訳にも、飼料にも使えない。

 

他のコロニーにもそれほど余裕はなく、支援物資の他、地球向けの水耕栽培品を売ってくれるのが精々だ。

 

当然のように地球連邦政府は紐付きの支援を申し出ており、この期に首輪を着けようと必死である。

 

「……馬鹿らしい展開だが、これで戦争は避けられなくなったか」

 

「ご安心ください閣下。みな気炎を挙げて意気盛んです」

 

「地球のエリートどもに目に物見せてやると復讐心に燃えております」

 

 幸いにもというべきか、要塞付きの参謀たちは無事である。

 

彼らを呼び寄せ頭脳としてはなんとかなったが、残念なことに大局的な判断は難しい。

 

せいぜいが頭の良い事が保証されているだけで、その結果がどうなるかまでの想像が出来ているかは怪しい所だ。

 

「食い扶持を減らす為に宣戦布告とは情けない限りだ。しかし、それだけに負けられん。でなければ他のコロニーが協力してくれる事も、和平も……」

 

 そこまで言ってドズルは気が付いた。

 

有効な手段ではあるが、この情勢で使う訳にはいかない兵器のことである。

 

「言い忘れておったが毒ガス・生物兵器の類は固く禁じる。核兵器は連邦が使って来たら報復するに留めよ」

 

「何故ですか!? あのガスは連邦が使って来たに違いありません。父母の仇を取らせて下さい!」

 

「……みな似たような思いですが、閣下のおっしゃる事も判ります。せめて初手から禁止する理由をお聞かせください」

 

 直ぐ熱くなる奴も居れば、冷静な奴も居る。

 

もちろん参謀だからどこまで演技で、上の意志確認なのか判らないが。それでもドズルは先に釘を刺して置いて良かったと思った。

 

「今のジオン最大の武器は大儀だ。それが失われれば勝てるモノも勝てん。まかり間違っても連邦サイドについたとしても他のコロニーには使うなよ。あの事件すら自作自演と思われかねん」

 

「まさか!? あの事件を我ら自身が起こす筈がありません!」

 

 何故、あんなことが起き得たのか、背景そのものは理解出来る。

 

全ては偶然では無く、思枠の一致した策謀。

 

そしてあり得ないと過信した、実行犯の心情ではないかとドズルは思い始めていた。

 

「俺達は良い。身内は言わずとも判ってくれる。だが連邦の工作員は口にするだろうな。ギレンとキシリアが牽制し合った……と。他のコロニーはそれで様子見をする」

 

「なんと卑劣な!?」

 

「我軍にそのような者が居る筈はありませんが、肝に銘じておきます」

 

 実際にそうかは、この際関係ない。

 

ジオンが毒ガスを使ってしまったら、その強弁がまかり通る。

 

少なくともジオンが劣勢であれば、コロニーはその意見を信じたことにして、日和見を決め込むだろう。

 

だが、沈む船に付き合っては居られない。少なくとも指導者は、ジオンに同情して舵取りを誤る訳にはいかないのだ。

 

 同情心と、連邦への怒りと言う共感出来る部分は本物でもある。

 

もしジオンが毒ガスを使わずに、ルウムのように勝てば……今度こそ和平が成立するかもしれない。

 

それこそを唯一の希望とするドズルとしては、みすみす毒ガスや核弾頭を使う訳にはいかなかったのである。

 

「06の数が揃い次第に連邦に仕掛ける。それまでに教育システムだけでも頼んだぞ」

 

「はっ!」

 

 こうしてジオンは急ピッチで戦力を補充し、今にも併合せんとする地球連邦政府に対抗を始めた。

 

それが伝わらない筈もなく、連邦軍もまた戦力を拡充することで、戦いの気配は否が応でも高まって行ったのである。

 

●要塞 vs 要塞

 

 毒ガスや核弾頭を使わず、連邦を圧倒する。

 

その手段の一つとして、ドズルは要塞を動かした。核弾頭で戦う気が無い事から、核パルスエンジンの燃料には事欠かない。

 

宣戦布告と同時に初手でア・バオア・クーを密かに動かし、第二手を表向きの第一陣として月面へ。

 

要塞は地球を掠めるコースで、ルナ・ツーに向けたのである。

 

「連邦軍です! わが方の前面に展開しております」

 

「来たな……。要塞を盾にして戦え!」

 

 ドズルとしては地球に落とす気はないが、連邦軍としては対抗せざるを得ない。

 

万が一にでも気を変えて落とされたら核の冬が来るし、そもそもルナ・ツーを落とされては、宇宙における一大拠点を失ってしまう。

 

既にグラナダ攻略が終わっており、ルナ・ツーが落ちれば一気に情勢が傾く可能性があった。

 

「ミノフスキー粒子、戦闘散布を確認!」

 

「いくぞ! メガ粒子砲塔……全砲門開け! 砲撃戦よーうぃ!」

 

「砲撃戦用意!」

 

 対要塞戦は相当な準備が必要だが、それを強要した分だけ戦力に補いが付いている。

 

それでも五倍の艦艇数を揃えたのは流石は連邦と言うところだが、ミノフスキー粒子が全てを変えた。

 

「熱源、急速接近! 連邦のミサイルです!」

 

「よーし! 迎撃開始、打方始め! 撃って撃って撃ちまくれ!」

 

 連邦は要塞を破壊する為、火力の高いミサイルで先制。

 

レーダーが使えなくなったのを、相対位置が変わらない内に撃つというのだろう。

 

これに対しジオン軍は最初からメガ粒子砲で応戦。連邦軍の熱探査による視界を塞ぎに掛った。

 

「目を潰された連邦は総力戦で来るぞ! モビルスーツ隊が戦果を挙げるまで、直衛のガトルと対空砲座で可能な限り粘れ!」

 

「腕が鳴りますな!」

 

 本来であれば参謀たちはこんなに軽口を叩いたりはしない。

 

だが生き残った叩き上げを中心に引き上げたことと、迫る決戦への緊張から、武者震いを隠そうともせずに楽しげに笑って居た。

 

「グレートデギンとグワメルはそのままサイド3までの退路を守らせろ! いいか、本隊が窮地に陥ったとしても決して前に出すな!」

 

 グワジン級の数が本作戦に置いて、当初よりも相当数、上積みされていた。

 

ギレンやキシリアの座乗艦が宙に浮いた為に、編成されているのは当然として……。

 

総旗艦であり公王の持ち船であるグレートデギン、そして事故で行方不明扱いにしたグワメルを空母代わり後方待機させていたのだ。

 

この二隻は本来、サイド3への道を守り、新たな総帥であるキャスバルを守る為の船だ。戦場に居て良い訳が無い、戦力不足を悟られてしまうからだ。

 

「幽霊艦隊から発光信号! 目下のところ順調成り、我ら突撃を敢行す!」

 

「今だ! 手持ちのモビルスーツ隊も出せ! 正面攻勢と思わせ奇襲部隊に気が付かせるな!」

 

 ではグレートデギンらの代わりに、居なくなっている二隻は何処に居るのか?

 

場迂回進撃により後方に回り、連邦艦隊の退路を断ちつつ、前後から挟撃を行う為である。

 

「ア・バオア・クーを進軍させろ! もはや地球を狙わないことなど隠しておく必要はない! 総力戦だ!」

 

「核パルス・エンジン、再点火!」

 

 ここでドズルは総戦力を投入。

 

後方に残した二隻を除き、全ての力で連邦艦隊の撃滅を測る。

 

連邦がモビルスーツの力に気が付き、撤退を開始する前に全ての決着を着けるつもりである。

 

「要塞砲の生き残りが援護攻撃を開始しました!」

 

「ア・バオア・クーの被害甚大! ですが敵の攻撃は要塞が防いでくれています! 」

 

 ジオン軍は要塞を前面に立て、更に被害担当艦として戦艦や重巡を前に立てている。

 

お陰で要塞や戦艦のダメージは大きい物の、人的被害は最低限に収まって居た。

 

(このまま勝ち抜けるか? 願わくば、そうあって欲しいものだ)

 

 ドズルはそう願わざるを得ない。

 

地球に攻めて泥沼に突っ込む気はないので、できれば早めに妥協して欲しい物だと思った。

 

だが敵は想定した内、最も危険な道を取る。

 

コロニー駐屯軍を呼び集め、サイド3へ突撃したのである。

 

次回、『サイド3強襲!? 最終防衛線!』

 

 絶対防衛線であるア・バオア・クーを動かせば、連邦が攻め入るのは当然。

例え戦死者を減らす為であれ、そんな博打を、ただ打つべきでは無かった。

やるならば、更に一枚、もっと強力な切り札を切るべき。

 

 躊躇なく発射される核弾頭に、防衛部隊は壊滅必死。

高速艦だけを伴ったドズルたちを待ち受ける連邦艦隊。

要塞や鈍重な艦は置いて来ざるを得ず、絶対多数に囲まれて窮地を迎える。

 

 そんなピンチを救ったのは、母なるムンゾであった。

 

要塞を動かすと言う博打は、連邦を呼び寄せて打ち砕く為の布石だったのだ。

 

その名は最終決戦兵器『ムンゾ』

 

 勝っても負けても、食料と空気は若者たちの分だけしか残って居ない。

 

もはや、我らジオン将兵に帰るところ無し。

 

栄光の軌跡は消えるとも、我らただ、明日の為に終わる今日と成ろう。

 

最終話、『そして誰も居なくなった』




 ふと閃いた思い付きを書きあげて見ました。

 なのであまり見易い文章や、整合性とかなくてすみません。
というかモビルスーツとか全然出て無いですね。

コンセプトとしては、気がついたら憑依・転生系が書いてみたかった。
でも、指導者者は沢山出ている。
じゃあまりみんな書かないドズル憑依で、政治モノとかは極力避けよう。
と言う感じになります。


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そして誰も居なくなった

●サイド3強襲!? 最終防衛線!

 ジオン軍は緒戦を勝ち抜いた後、ルナ・ツー攻略に向けて艦隊を再編。

 

大きく傷ついた艦をグレートデギンらと共に後方に下げ、残りの艦隊を進発。

 

これに対して連邦軍はルナ・ツーで待ち構え、要塞に頼って疲弊した艦隊を迎え撃つものと……思われていた。

 

それが幻想に過ぎないと、中立の筈の各コロニーから伝えられたのは、せめてもの僥倖だっただろう。

 

 絶対防衛線であるア・バオア・クーを動かしたのに、連邦が反応しないわけはない。

 

もし使うならば、もっと手札を揃えてから連邦を躊躇させねばならばなかったのだ。ある種、自業自得と言えた。

 

「大尉。みな配置に付きました」

 

「そう畏まらずとも構いませんよ。正規の任官ではないのです。中尉、貴方の方が指揮官に相応しいでしょう」

 

 青白い顔をした中尉が年老いた大尉に報告を述べた。

 

親子以上に離れた歳の部下に、大尉は苦笑せざるを得ない。

 

「それでも大尉殿は大尉殿です。……それに、自分もあまり正規とは呼べませんから」

 

「ははっ。みな同じ様な物ですか」

 

 同じ志願兵であっても、経歴に寄って上下が振り分けられる。

 

老人は商船大学を出ており、船長経験も長かった。

 

正規兵だけの部隊ならまだしも、士官も含めて志願兵だらけな艦を任されるには、丁度良い折り合いだったろう。

 

 

 そんな時、不意に大尉が胸元のメダルを握り締めた。

 

時折、老人がそうする事と、中に孫娘らしき姿があるのを何人かは知って居た。

 

おそらくは留守部隊である彼らが、間も無く戦闘に突入することで不安を紛らわせようとするのだろう。

 

「お孫さんですか? 機会があればご紹介していただきたいものです」

 

「そう……ですね。そういえば中尉、貴方はなぜ前線を志願されたのです?」

 

 老人は顔に皺を増やした後、話しを打ち切るべく新しい話題を振った。

 

青白い顔の青年が、軍籍だけは登録してある後方勤務のお偉いさんだとくらいは察して居たからだ。

 

「自分は遺伝子病でそう長く生きられないのだそうです。ですのでせめて、仲間の為に知識なりと生かそうと思いまして」

 

「そうですか……。これは孫と再会した時に話す事が増えました。『その時』には丁度良い年齢差になっておるでしょう」

 

 孫娘と言う少女はとっくに死んでいた。

 

あの日、ズムシティに毒が撒かれた時の事だ。

 

いつか死ぬ時に、孫に対して胸を張って墓へ入る為に、老人は言い訳の様に志願したのである。

 

そして青年の方も、ソレに気が付いて、話しを合わせてくれたのだろう。

 

 よくよく考えればだが、生き残った名族の子弟たちは、悪く言えば疎開……。

 

良く言っても、人質として各コロニーに留学させられていた。

 

青年も名族の出だというならば、本来ならばどこかのコロニーで幽閉でもされていただろう。

 

いや、同じ様に毒で死んでいたかもしれないな……と不思議な縁を感じていた。

 

「大尉殿。前衛旗艦のグワメルより入電。間も無く戦闘が始まるとのことです」

 

「了解しました。中尉、よろしく頼みます」

 

 老人は気を引き締める為に帽子を被り直す。

 

離れた場所に居る者の中には、青年よりも更に年下、孫よりも若い兵士たちが居るのだ。

 

うろたえた姿を見せられないな……と思った時。

 

そんな恰好良いことができない、直ぐにうろたえる自分の情けなさに直面するのである。

 

●絶体絶命、赤い花の恐怖!

 

 前衛艦隊……と言っても、十隻にも満たない船の幾つかが、赤く照らし出された。

 

打ち放たれたミサイルをアンチ・ミサイル粒散弾で迎撃した時のことだ。

 

「まさか、あれは核か!?」

 

「馬鹿な。我軍でさえ使って居らんのだぞ!」

 

「ですが別に取り決めがある訳ではありません。……連中、なりふり構わず俺達を殺す気なんだ……」

 

 そんな会話を数少ない軍籍にある者たちがして居る間に、ムサイが一隻吹き飛んだ。

 

できあいの艦隊運動にしては対空防御の精度は高かったが、それでも完全とは言い難い。

 

いや、それほどまでに多くの核弾頭が撃ち込まれたのだろう。

 

 もちろん連邦の方にも事情はあった。

 

本来はここまで果断に攻撃を行う気はなかった。

 

だが、もしかしたらア・バアオ・クーが地球に向かうかもしれないと言う恐怖と怒りがそうさせた。

 

それに連邦軍はコロニー駐留部隊の寄せ集めでもある。

 

キエフやバクーと言ったロシア系の隣に、タイコンデロガやスプルーアンスと言ったアメリカを祖とする系統の船が並んでいる。

 

そして……何より、この弾頭はコロニーが一斉蜂起した時の為に備えられたモノだった。

 

コロニーの指導者に見つかった場合は面倒なことになるが、ここで使い切れば、悪いのは全てジオンと言う事に出来る。

 

「ザミエルならびにタンホイザー爆沈!」

 

「ムサイ改級では歯が立ちません! 通常弾頭だけでも数が……」

 

「黙れ! 喋って居る暇があったら手を動かせ! 一発でも多く撃ち落とせ!」

 

 中には洒落者が名付けたのか、オペラの名前が付けられたムサイの改良型もあった。

 

対空砲座の数も増設され、使い方を覚えたばかりながらも志願した砲手が驚異的なスコアで撃ち落としている。

 

しかしながら核の前には一瞬だ。それでなくとも無数のミサイルが迫って来る。

 

 それでも何とかしようと前衛旗艦のグワメルは突出。

 

メガ粒子砲が敵艦では無くミサイルの射線を薙ぎ払い、貴重な流散弾が射出されて行く。

 

だがその決断は、当然のように引き裂かれたのである。

 

「直撃、来ます!」

 

「戦隊旗艦を引き継がせろ。我に指揮能力なし、だ!」

 

「我、操舵不能。我、操舵不能」

 

 クルーは死に際して、恋人や親の名前を叫んだりはしなかった。

 

最後まで最善の指示を送り、残された仲間達の為に言葉を送る。

 

なにしろ逢いたい人々はみな死んでいる。この世が地獄だと言うならば、逢いに行くまでである。

 

もちろん最後の最後に情けなくも泣き叫んだ者もいるだろう。覚悟が完了して居る艦橋クルーで無い者は、特にそうだろう。

 

だが、誰がそれを咎めると言うのか。少なくともこの場には居なかった。

 

なにしろ控えめに言って死地、どこへ逃げてもあの様子であれば、連邦軍は生かして逃さないだろう。

 

「グワメルが、グワメルが真っ二つに!?」

 

「旗艦が沈みます。まだの筈ですが、もう数隻やられたら我が艦が戦隊旗艦です」

 

「覚悟しておけと言う事だね? 判った。その時は最後まで立派に戦おう」

 

 結論から言おう、その時は来なかった。

 

志願兵上がりの指揮官に旗艦は任せられないから? いいや違う。

 

ではでは連邦軍が急に紳士に目覚めたから? そんな筈はない。

 

そのつもりがあるならば最初の時点で降伏勧告と核の使用を忠告して居たはずだ。

 

では何故か? もっと最悪で、もっと悪辣な理由があるからである。

 

「何故だ!? なぜ連中はまだグワメルに撃ち込んで居る? それにタンホイザーにまで……」

 

「なぶり殺しにして居るんだ……」

 

「そこまで俺達が憎いか!? 俺達が何をしたっていうんだ!」

 

 メガ粒子砲が沈み行くグワメルに吸い込まれて行き、高性能だったとはいえ駆逐艦でしか無い船に追い討ちを掛けている。

 

老人は理解できず、青年将校は呆然とし、兵士たちは怒りの声を挙げた。

 

 もっとも連邦軍にも言い訳があるだろう。

 

レーダー連動射撃でもないのに脅威的なスコアでミサイルを落とし続け、そして驚くほどの精度で迎撃もやって来る。

 

もちろんこの時の為に、レーダーに頼らぬ方法で対空システムを組んで置いた事もあるだろう。

 

しかし、もしかしたらニュータイプなどという異常者が、生きて居る限り襲ってくると恐怖したのかもしれない。生き残った銃座が逃げもせずに最後まで戦った事も影響している。

 

 そんな兵士を宥め、しかりつけるのが士官や将官と言う者だが、彼らには彼らで予定があった。

 

早々に決着をつけるつもりが無い、いや、ついてもらっては困る理由があるのだ。

 

だからこそ、問題にはならない程度に兵士たちを見逃して居たのである。

 

 

 だからこそ、間にあってしまった。

 

戦場に大きな花火が打ち上げられ、ソレが特大の信号灯であったことに、誰もが気が付いた。

 

決して間に合ってはならない人物が、ジオン将兵が心待ちにしている人物が。

 

この絶望的な戦場に、間にあってしまったのだ。

 

「増援です! あれは……」

 

「あれはドズル閣下です! 間に合った、間にあってくれたんだ!」

 

「そんな事は言わんで判る。……しかし、これはしまった。そういうことか」

 

「どういうことですか大尉殿。これは朗報だと思うのですが」

 

 喜びに沸くクルーの中で、大尉だけが苦い顔をしている。

 

温厚な老人の急変に、青白い顔の青年将校はなお顔色を悪くした。

 

「判らんかね? 連中の目的は最初から、ドズル閣下だったのだよ」

 

●仕組まれた罠、我らに逃げ場なし!

 

 急報を受けた後、ドズルは高速仕様に改装した艦だけを伴った。

 

残りの艦には追撃する連邦軍を待ち構えるように指示して、自身はUターンしたのだ。

 

「艦隊指揮の委譲、来ました!」

 

「なんと、指揮系統が残っているのか……良く保たせてくれた!」

 

 残存艦は後衛を合わせても少なく、最上位がドズルであることは言うまでも無い。

 

だが、これほどまで無残に打ち崩された状態で、指揮系統が残っているのは奇跡に等しい。

 

ドズルはそれを褒めてやりたかった。そのことを、他のクルーにも知らせてやりたかった。

 

お前達は良くやったと言いたいのを我慢して、全軍に通達する。

 

「我に秘策あり! 別命あるまで各個に判断せよと伝えろ!」

 

「はっ! みな奮戦するでしょう!」

 

 そんな都合の良い作戦があるのか?

 

その疑問は後にして、戦場に居る誰もがこの言葉をありがたく感じた。

 

死地にあると覚悟しても、絶望に折れそうなことはある。

 

だからこそ指揮官は士気を挙げる為に、花も実もある嘘を吐かねばならない。

 

同時にその嘘を自分だけは信じてはならないのだ。

 

「グワリブを先頭、アサルムを後ろに付けて突入しろ。中央を突っ切って構わん!」

 

「はっ! 無傷のグワリブを前に出します!」

 

 高速仕様に改装したグワジン級の二隻は、先の迂回攻撃に使用した物だ。

 

アサルムの方が被弾が多く、戦力としてあてに成るから連れて行ったが、出来る限り前に出したくはない。

 

それと、彼は気が付かなかったが、指揮官の位置を誤魔化すことには意味がある。

 

敵は総指揮官であるドズルを捉え、ジオンの士気をへし折る為に時間を掛けていたのだ。

 

何処にドズルが居るか判らないことは、それなりに意味があった。

 

(無駄死にするなよ……と言ってどうなるものでもないか)

 

 味方は残存艦艇も含め二十隻にも満たない。

 

対する敵は殆ど減っておらず、この時の為に、むしろサイド3への攻撃を避けていた(ふし)すらある。

 

今もこちらを包囲しようと展開しており、前後左右何処にも逃げ場があると思われなかった。

 

「ふん。何処を向いても敵ばかりか。良いじゃないか、狙いをつける必要もなさそうだ」

 

「それは良いですな」

 

「ハハハ!」

 

 気の良い叩き上げの参謀たちは、ドズルの笑えないジョークに反応してくれる。

 

天頂方向、天底方向からも迫っており、三次元的に逃げ場がないのに良くも笑えるモノだ。

 

「敵艦載機の発進を確認。補給に戻って居た部隊と思われます」

 

「待ってください……未確認の機影アリ!」

 

「なぁにぃ? 望遠倍率を最大限にあげろ! モニターに映し出せ!」

 

 モニターに謎の機影が映し出される。

 

その姿を見た時、参謀たちは絶句し、なぜ無視しなかったのかとさえ思った。

 

それだけは絶対に、仲間達に見せてはならぬ姿であった。

 

「手足が……ある?」

 

「いや、この姿は……。色こそ違えど……」

 

 ザクじゃないか?

 

その結論に達した時、秀才の筈の参謀たちがポカーンと口を空けていた。

 

平然としていたのは、むしろ素人のドズルただ一人だ。

 

「まさか……裏切って……」

 

「誰だ、誰がそんな事を……」

 

「くそっ。連中、私達を追い込むのにそこまでやるのか。いや、それが戦争か……」

 

 参謀たちが唖然とするなか、ドズルだけが訳も分からずに落ち付いて居た。

 

正確には、そう思おうとしていた。

 

(ジオンで裏切りや情報を渡すなんざ、いつものことだろ。それに、ガンダムじゃねえんだな。安心した)

 

 アニメで知っているからこそ平然としているフリが出来た。

 

本当ならば素人の彼が、味方の裏切りを知って演技できる訳が無い。

 

今ばかりは劇中におけるザビ家の酷さと、ガンダムの恐ろしさに感謝する。

 

「閣下……いかがいたしましょう?」

 

「敵にまでモビスルーツがあるとなると、わが方の優勢が崩れ去ります」

 

「閣下」

 

「閣下!」

 

 さしもの出来ごとにうろたえる部下達に、ドズルは大きく息を吸い込んだ。

 

「うろたえるな! あの程度に何を慌てるか!」

 

 ドズルだってどれほど大変な事か判って居る。

 

平然と見せているだけで、対策なんて思いつけやしない。

 

後はもう、劇中のドズルっぽいことを言ってその場しのぎで誤魔化すしかない。

 

 

「敵は何機おるか? 数はおるまい。では錬度はどうだ?付け焼刃で我らに勝てるものかよ!」

 

「そ、そう言われてみれば確かに……」

 

「失礼しました、閣下!」

 

 本当に落ち付いたわけではないだろう。

 

だが参謀たちとしても、自分達の指揮官が平然としているのに慌てる訳は行かない。

 

「戦いは数だ! その意味に置いて乗った事も無い元エースなんぞよりも、セイバーフィッシュを指揮する百戦錬磨の部隊長の方が余程怖いわ!」

 

「その通りです!」

 

「さっそく、対策部隊を編成します!」

 

 しかし士気が回復したとしても現状はまるで変わって居ない。

 

士気が減らないだけで、……例え気力十分でも、精神論では二十と五十の差は覆らない。

 

だが絶対的な窮地に対して、奇跡的にジオンの士気は保たれたのである。

 

●敗北へのカウントダウン

 士気が瓦解しなかっただけで、苦戦は免れない。

 

一見、史実のルウムよりはマシに見える。

 

だがミノフスキー粒子で統制が出来ないと連邦は驚いては居ないし……。

 

何よりもエースパイロットどころか、熟練のパイロットすら居なかった。

 

「駄目です! 敵の数が多過ぎます」

 

「前衛、依然として突破・合流できません!」

 

 現在、なんとかなっているのは単純に敵が包囲網を築いて居るからに他ならない。

 

七割で厚く塞ぎ、残りの艦は補足する為に後ろへ回して居るからこそ、絶対的な火力で破られていないのだ。

 

「このまでは敵中に取り残され、包囲殲滅されます!」

 

 もしこのまま推移すれば、それこそ後ろから撃たれるだろう。

 

どうにかして戦力が増えない限り。敗北するのは変わらない。

 

そして城下の盟を誓わされるか、敗死するのみ。

 

いずれにせよ、遠くない未来に隷属させられる運命が待って居るだろう。

 

どうにかして、一時的にでも、戦力が増えない限りは……だ。

 

「やむを得ん。俺が直卒してこれに当たる。できる(・・・)奴を可能な限り集めろ」

 

「駄目です閣下!」

 

「それだけは、それだけはなりません!」

 

 可能な方法の中で、この状況を打破するには一つしか無い。

 

戦闘訓練を行う時間のあった……比較的初期からモビルスーツに注目してたメンバー。

 

その生き残りであるドズル他、なんとか精鋭と呼べるメンバーを集めて投入するしか無い。

 

「ここで閣下に何かあったら全軍が瓦解します!」

 

「それに総帥とのお約束をお忘れですか!?」

 

「ぐっ……。奴めそれを話したのか」

 

 他に方法が無いからこそドズルが出撃しようとした。

 

だが、それを止めたのはキャスバルとの約束だった。

 

キャスバル・レム・ダイクンに戻ることを決めたあの日、彼はドズルにこう約束したのだ。

 

『私は死にたくないので、始めた責任は全て取ってから死んでいただきましょう』

 

『それは……俺に死ぬな。ということか?』

 

『死んだフリをして逃げてもいけない。ということですよ』

 

『こやつめ。言いおるわ』

 

 それは売り言葉に買い言葉の様な物だった。

 

必要ならば己の生命すらさし出すと言う男に、そんなものは要らないと付き返したのだ。

 

あれはその場の流れであり、お互いの立場を確認しただけだと思っていたのだが……。

 

「そうか……みな知っておるのか」

 

「はい。どのようなおつもりかは知りませんが、少なくとも閣下の心配を総帥はなされています」

 

 真意はともかく、キャスバルが死ぬなと言ったのは確かだ。

 

まさかソレを参謀たちにまで知られているとは思わなかったが、これで出撃と言う方法は封じられてしまった。

 

「だが、どうする? 敵中を突破する判り易い方法……。……。あと1時間。いや、あと30分もあれば戦局が変えられると言うのに」

 

「それは……」

 

「しかし、アレを使う以上。何としてでも突破せねばなりません」

 

 ドズルは救援に戻って来た時、決して口から出まかせを言ったのでは無い。

 

非常手段として、前もって打ち合わせている最終手段がある。

 

だが、それも、味方と合流せねば使いたくても使えない。

 

今頃は『向こう』でも、策が動き出しているはずだった。

 

 是が非でも抜かねばならないのに……。

 

悲しいことに、現実はタイムリミットを突きつけて来たのだ。

 

「閣下! 敵が包囲網を完成しました!」

 

「……囲まれました。後方では既に砲撃が……」

 

「くそっ。あと少し、あと少しの余裕すらないのか! ジオンはここまでだと言うのか!?」

 

 もし出撃して風穴を開けるのであれば、先ほどが最後のタイミングだっただろう。

 

だが参謀たちの制止でその貴重な時間は失われた。

 

間断ない射撃とはいかないが、その分だけ統制された射撃で、ジオン軍は少しずつ敗北のカウントダウンを刻んで居たのである。

 

●過去と未来の呉越同舟

 

 高速仕様化というのは、決して良いだけの言葉ではない。

 

燃料を増やして加速し続けるだけだったとしても、その分だけ武装が失われる。

 

まして軽量化の為に、装甲などを犠牲にして居ればなおさらだろう。

 

「アサルム中破!」

 

「核弾頭は使われていませんが、物凄い弾幕です!」

 

「おのれえ!」

 

 マゼラン以上の大戦艦であるグワジン級があっという間に追い込まれる。

 

数の暴力とはそういう事であり、後ろを取られると言う事は為すすべなくやられるということだ。

 

かろうじて士気は保っているが、それも長くはないだろう。

 

やはり参謀を説得し、無理してでも突破すべきかと思った時のことである……。

 

「高速で飛行する機体を発見! さらに後方、大型巡洋艦が現われました!」

 

「どっちの所属だ! はやく艦影を照合しろ!」

 

 場が一瞬、騒然となる。

 

ただでさえ限界なのだ、これ以上の増援が敵に加わっては勝ち目など無くなってしまうだろう。

 

だがしかし、高速で飛行する戦闘機の類であれば、連邦の増援ではないかと思われた。

 

「ミノフスキー粒子が濃くてこの距離では判りません! ……あ、未確認機が発砲!この熱源はメガ粒子砲です!」

 

「高速移動する飛行物体にメガ粒子砲だと……? まさか敵の増援か!?」

 

 ましてや母艦が大型の巡洋艦である、こんな組み合わせは現在のところジオンには存在しない。

 

ホワイトベースを知るドズルが驚いても仕方あるまい。

 

だがしかし、その驚きは別の意味で裏切られたのだ。

 

「待ってください、発光信号! 味方です。識別はジオン軍……所属は……宇宙攻撃軍!?」

 

「敵の欺瞞工作じゃないか? モビルスーツをコピーできるんだ。識別だって……」

 

 人間は自分の知識と判断に縛られる物である。

 

高速宇宙戦闘機と大型母艦という組み合わせが無いことで、ドズルはホワイトベースだと判断してしまった。

 

宇宙攻撃軍にそんな組み合わせが存在しないからだ。

 

それならばまだ、敵が識別用の発光信号をスパイに盗ませたと思う方があり得る計算だった。

 

 そう……その組み合わせが単一の部隊であるならば、の話だ。

 

「更に発光信号! 母艦は別の所属……これは編成が途中で遁座した突撃機動軍……?」

 

「ようやく艦影が判別できる距離に入りました! あれは……ザンジバル級です!」

 

「高速飛行隊、我艦に並びます!」

 

 全てが見えた時、疑問は一瞬で解決された。

 

特徴のあるリフティングボディと翼のあるシルエットが確認され、グラナダ攻略に向かったザンジバルの一隻と判明。

 

更に横並びしたことで、高速で接近して来た飛行物の正体が判明した。

 

ヴァルヴァロ……いやビグロの試作型に良く似た形状であった。

 

「機影確認! あれはMIP社のX-1です!」

 

「302……ソロモンに配備した連中です!」

 

「まさか……。途中でザンジバルに乗り変えたと言うのか!?」

 

 それこそまさかの発想だった。

 

いや、言われてみれば理屈はわかるのだ。

 

他のコロニーが密かに、駐留軍出撃したと情報をくれたのだ。

 

そしてソロモンはサイド1や4を抑える位置にあった。

 

情報を受け取った、あるいは出撃を見たソロモンの部隊が戦力をこちらに送り……月で高速艦を捕まえたのかもしれない。

 

「ありえん……連中は派閥意識を乗り越えたと言うのか」

 

「ですが閣下も総帥との対立意識を乗り越えたではありませんか」

 

「ジオンの危機に立ちあがらぬ有志はおりません!」

 

 それはドズルが無意識に計算から外して居た事だった。

 

なにせ原作ではいがみ合ってばかり、宇宙軍と機動軍の仲は最悪だった。

 

正確にはギレンの親衛隊ともっと仲が悪かったのだが、その印象が強過ぎたのだろう。

 

「くそっ。あいつら……。持ち場を離れるのは重罪なんだぞ。……だがよくぞ、良くやってくれた」

 

「はい、これで間に合います! 間に合ってくれます!」

 

 ドズルは上を向いて怒鳴り、涙が見えない様に苦労した。

 

参謀たちはわざと明るい声を出し、周囲のクルーを励まして行った。

 

「もはや遠慮はいらん。総員突撃!! 囲みを破って合流を果たせ!」

 

「ザンジバルの支援砲撃が始まりました! 着弾にタイミングをあわせます!」

 

「しかし……これで勝てるのでしょうか?」

 

 ドズルはその厳つい顔を戻し、無理して笑いながら励ます行為に参加した。

 

どうみても鬼が笑ったようにしかみえないが、牙を向いたこの男がガハハと笑えばそれはそれで見ごたえがある。

 

「問題無い。時間を稼げば最終決戦兵器が俺達を助けてくれる」

 

「最終決戦兵器でありますか?」

 

「そうだ。最終決戦の為に用意された……兵器が、今立ち上がる」

 

 笑うドズルとは逆に、参謀たちは顔だけが笑って居た。

 

目は湿っぽくなり、声は低くなるのを何とかしてかくしている。

 

「最終決戦兵器……。そんな物がジオンに……」

 

「あるんだ。そう……あるんだよ」

 

 もう、それ以上は話せなかった。

 

心を鋼鉄で武装して居る筈の参謀団が啼いて居る。

 

それは絶対に、使ってはならない、本当の意味での最終兵器だったのだ。

 

 

 

 やがて、おびただしい光の列が彼方より飛来する。

 

ドズル達が囲みを破り、残存艦隊と合流したころに、ソレはやって来た。

 

「なあ。なんでこんなにサイド3が近いんだ?」

 

「そりゃあ、あそこを守る為だったんだし、知らずに後退してたんだろ?」

 

 兵士たちのうち、余裕ができた者からソレに気が付き始めた。

 

「違うぞ! 本当に、本当に近くに居るんだ。だって……あれって、コロニーからの砲撃じゃないか!?」

 

「砲撃だからじゃないのか? 対海賊用に長距離砲があるって……」

 

 みな、最初はソレを信じなかった。

 

おびただしい光の列が、コロニーに設置された超長距離メーザー砲だったと知って、なお。

 

だって、彼らはこの都市を守る為に奮起したのだ。

 

守るべきモノに守られるだなんて、悲し過ぎるじゃないか。

 

「待ってください。まさかまさか……最終兵器って」

 

「そうだ。お前の思っている通りだ」

 

 あれは……あれこそが……。

 

●その名は……最終決戦兵器『ムンゾ』

 

 サイド3の1バンチ、基部であるズムシティ。

 

もはやその名は過去のものであり、住民は既に死に耐えた。

 

首都機能や工場群は移築され、バンチ1つが丸ごと市庁舎や工場として機能して居た。

 

だからといって、コレはない。

 

誰もがそう思い、涙し、そして現実を受け入れた。

 

「オレ達の、オレ達の故郷が……」

 

「ズムシティが、ムンゾが動いて居ている……」

 

「見ろ! 遮蔽扉が開くぞ……あんなの爺さんだって見たこと無い筈だ」

 

 毒の混じった空気が取り除けないと、誰かが啼いて居た。

 

もう何十年かは住めないのだと嘆いて居た。

 

そのズムシティが、動いているだけでは無く、毒混じりの空気を捨てるべく底部の遮蔽扉を何十年振りかに開いて居た。

 

 そこに隠れていたのは大型の砲撃艦。

 

そして……内壁に張り付いた、無数のモビルワーカーや試作モビルスーツだった。

 

中には修理中であったり、新造される途中で引っ張って来られた物まである。

 

全ての機体はカノン砲やバズーカを持ち、あるいはその体で砲撃を支えていたのである。

 

 

「閣下。砲撃が始まります。もはやこれまでかと」

 

「そうか。今までよくぞ支えてくれた。ここがジオンの最終決戦だ」

 

「艦隊放送を掛けます。ホログラフ……間も無く」

 

 漢泣きに参謀たちが啼いている間、ドズルは静かに出番を待った。

 

そして精一杯、息を吸い込み、あまり上手くも無い演説に向きあう事にした。

 

「聞こえるか!? 聞こえるだろう。我がジオン軍の勇敢なる将兵たちよ!」

 

「奴らがここに来た時点で、俺達の勝利は決まった。地球連邦のモグラどもは残らず出て来た!」

 

「だが勝とうが負けようが、もはや我らに余った空気も食料も無い! 残った全ては明日を生きる若者達のものだ」

 

「一人一殺。血の畑を耕せ! 隣で戦友が役目を果たせぬ無念ならば、二人を倒して肩代わりしてやれ」

 

「この戦いを生き残った者はキャスバル総帥の作るネオ・ジオンを再建せよ! 死せる者は地獄への先駆けの誉れを担え! 全ての兵士の二階級特進を至当と認める」

 

 兵士たちが啼いて居た。

 

最早、過去に戻れぬと知って居ても。

 

まさか故郷がこんなことになろうとは、思いもしなかった。

 

確かにコロニーからの長距離砲撃があれば戦力は逆転する。要塞代わりに盾にもできるだろう。

 

だが、代わりにもはやサイド3の国民とは、ジオンの兵士だと胸を張って言えない。

 

最悪、ズムシティが核で砕け散れば、明日から難民である。

 

これから生まれて来る子や孫に、どう誇れば良いのだろうか。

 

だが、それだけにこの戦いは勝たねばならない。

 

ほぼ全員が血の涙を流し、涙をふきながら、明日へと向かう決意をした。

 

全ての攻撃手段を許可する(オール・ウェポンズ・フリー)

 

「その持ち得る全ての手段で地球連邦を倒せ! 銃火の祭りに参加しようではないか!」

 

「総員抜刀! 総員突撃!」

 

 堰を切ったかのようにみな動き出した。

 

もちろん演説の間も砲撃はして居た、モビルスーツでも戦っては居た。

 

だがしかし、全ての兵士達の心が一つに成ったのは、今この時だろう。

 

上はキャスバル・レム・ダイクンの指揮するプラズマ砲が敵艦を粉砕し、下は子供達の操るトラック・ボールが対空砲座を動かして行く。

 

灼熱のプラズマ雲が発生し、僅か一撃でマゼランを砕く。

 

一発ごとにモビルスーツが製造できる融合炉が消費され、一発ごとに敵戦艦が砕け散った。

 

コロニーから発射されるビームは次々と連邦軍に放たれ、近寄るセイバーフィッシュは次々と撃ち落とされて行ったのである。

 

 

 結果から見れば大勝であろう。

 

だが何とも苦い勝利ではないか。

 

もはやジオン軍と名乗る何者も居らず、誰も居なくなった。

 

新たにネオジオンが立つのかもしれないが、ジオン軍の栄光の軌跡は全て消え去る。

 

我らただ、明日の為に終わる今日と成ろう。




 後編を追加してみました。
前編で作戦とか最終決戦兵器があると書いて居たので、少し拍子抜けだったかも知れません。

本当は三部構成にして、もう少し増やそうとは思ったのですが……。
モビルスーツの他、ゼナ様とかシーマ様とかの話題書いても蛇足なので、いっそのこと全部省きました。


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