パチモノ勇者の成り上がり (雨在新人)
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ネズミと盾の勇者編
勇者殺し


「俺がハーレム作るって言ってるのに邪魔なんだよ!エアストスロー!」

 眼前の男が突如として光の玉のようなものを投げ付ける

 

 「力の根源たる我が意に従い、軛を受けよ、眷属器!

 お返しだ、ストライクピアース!」

 だが、俺はそれを受け止め、投げ返す

 光はピックの形を取り、眼前の男の眉間に深々と突き刺さった

 

 「残念だったな。俺はすべての勇者の武器を扱うことが出来る選ばれた存在なんだ」

 眼前に転がった既に物言わぬ骸に向けて、小馬鹿にしたように一言。そのまま、脳天のピックを呼び寄せて……

 「な、何だ?何が発動した?」

 突如光を放ったピックに目が眩む

 

 そうして、俺は全てを思い出した

 俺の名はマルス。此処メルロマルクという国に産まれた亜人だ。このメルロマルクという国は亜人に対する当たりが非常に強い国であり、全体的に生活は辛いものがあった。だが、俺はそんな事全くもって気にしていなかった

 何故ならば、俺には前世の記憶というものがあったから。前世の俺はニホンという国で高校生というものをやっていた。まあ、便宜上であって実際に高校に行っていた訳ではなかったので、高校なんてネットでしか知らないが。そんな俺は女神様に出会い、この世界に転生してきたのだ。この世界の者達に奪われた神の武器……この世界では勇者武器とされる12個の武器を取り戻し、世界を救って欲しいと。だから辛くなんて無かった。自分は選ばれた存在なんだと、産まれながらにして知っていたんだから。何時か亜人を虐げている奴等も何もかもひれ伏せさせられると分かっていたんだ、多少の雌伏なんて何でもない

 そうして、全ての勇者武器を回収する力を得た俺は、亜人相手に何か女を差し出せとか何とかほざいている若い男が勇者の武器を隠し持っている事を与えられた直感で理解、女神の言う泥棒だと認識して使ってきた所を女神の力で取り戻したという訳だ

 そう、俺は全ての勇者武器を奪ったこの世界の者たちから取り戻す真の勇者なのだと今の今まで思っていた。だが……

 

 「盾の勇者……」

 ぼんやりと、そんな言葉を呟く

 「盾の勇者の世界じゃん此処ぉぉぉぉぉっ!」

 辺りには誰も居ない。だからこそそう叫ぶ

 盾の勇者。正式には盾の勇者の成り上がり。前世の俺が読んでいた竪藍阿寅によるネット連載の小説

 「まさかな……」

 なんて現実逃避しても、俺の眼前にふよふよと浮いている投げナイフ……投擲具は現実のもので消えたりしない

 「い、生きてたり……」

 男は完全に死んでいる。手遅れだ。脈も無いし心臓も動いていない。息なんてしてるはずもない

 「勇者殺し……

 大罪だこれ」

 頭を抱えても、ふよふよとした武器も、若い人間の死骸も消えたりするはずもない

 

 盾の勇者の世界において、とりあえず覚えておくべき事がある。それは、勇者武器に関してだ

 この世界は、勇者の武器によって守られた世界である。4つの聖なる武器と、8つの聖なる武器に従う武器の存在が世界の外から来ようとする侵略者を止めている、というのが基本だ。だが、勇者の武器は正式な持ち主の所に無ければ本来の力を発揮することはまず出来ない。だからこそ、侵略者は勇者の武器が見逃してしまう小さな力……即ち普通の人間をこの世界に送り込んでいるのだ。勇者の武器の力を削ぎ、この世界を侵略する為に

 そうして俺は今、元々勇者の武器の投擲具を持っていた男を自分を転生させた女神の言葉に従って殺し、武器を奪った

 

 間違いない。完全に世界の敵の動きだこれは。正しく勇者武器に選ばれた勇者を殺し、その武器を己の為に使う。文句無しの転生者としての動き。このまま女神がこの世界に侵略をすれば勲章とか貰えるかもしれない

 「なんで手遅れになってから全部思い出すかな……」

 溜め息を吐き、目障りにふよふよと浮かぶ投擲具に八つ当たり。デコピンかますが特に向こうにダメージなどあるはずもなく単純に指が痛い

 

 この先何をすればいいのか、そんなもの分かるわけがないだろう

 世界の敵転生者として他の勇者武器を集める道……は正直辿りたくない。何となく嫌な予感もするし、思い出してしまった以上、今までのように俺は選ばれた者だから当然だろと行動していけない

 じゃあ、勇者側に付く?それこそナンセンス過ぎるだろう。勇者殺して武器を奪っておいてどの面下げて勇者のフリをしろというのだ。更にはそもそも、女神がそういった事にたいして何ら対策してないとは思えない。下手な行動を取れば恐らく俺に与えた能力の安全装置か何かが作動して俺は死ぬだろう。監視すら出来ない場所に送り込んだ相手に何ら裏切り対策もしてないような存在では……きっと無い

 

 「面倒臭っ!」

 まあ良いや未来の事は未来に記憶を整理してから考えよう。とりあえず今は……久し振りに帰ってきたんだしリファナ達に会いたい




盾の勇者の成り上がりの作者名が違いますが、仕様です
彼の認識においては、盾の勇者の成り上がりはアネコユサギの小説ではなく竪藍阿寅の小説となります

メタ的に言えば、彼は決して作中世界外からのメタ存在ではなく作中世界内での転生者であり、彼の読んでいた盾の勇者の成り上がり自体作中世界で誰かが書いたものである為、著者名が本来と違います


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ぼったくり

でだ、これをまずはどうするかだよ

 と、ふよふよと未だに浮いている何時の間にやら投げナイフに姿を変えている半透明の武器を眺める。歩き出せば付いてくるし、触ることも当然出来る。俺がパクった勇者の武器なんだから当たり前か

 当然ながらこんなものをぶら下げて村に戻った日には投擲具の勇者をぶっ殺して武器を奪った事が一目瞭然。サディナに通報されてリファナは二度と口きいてくれないだろう。詰みである

 そもそも勇者殺しは大罪な訳で、誰にだろうがバレたら終わりだ

 

 ということで、とりあえずは証拠隠滅だ証拠隠滅。勇者の死骸なんて残してた日には見付けてくださいと言ってるようなもの。いや、そもそも勇者が生きてるか死んでるか確認出来るものとかあったような気がするからそれでバレるか?

 いや、確か盾の勇者原作に出てくる伝説の武器を俺と同じようにパクってた転生者も、勇者が生きてると誤認させることには成功していたしたぶん其処は心配ない。正規の持ち主でなくパクった状態でも持ち主が生きてれば良いのだろう

 

 とりあえず確か伝説の武器ってほぼ何でも吸えたよな、と浮いたままのナイフを操って近付け……

 全力で拒否されたぞオイ。触れるか触れないかの所で弾かれたように元の場所に戻るとか反抗的に過ぎる。正規の持ち主ではないからって自由すぎだろコイツ

 

 ということで完全犯罪は諦め、さっくりと穴でも掘って埋葬する事にする。又の名を埋めて隠すだけ

 『力の根源たる未来の英ゆ……』

 詠唱を始め、ふと引っ掛かる

 『力の根源たる鼠が命ずる。雷鳴の結びを今一度ほどき、彼の物を浮かばせよ』

 「ツヴァイト・レビテート」

 周囲の地面が浮かび上がり、土塊が浮かぶその下にぽっかりと穴が空く

 俺の魔法はプラズマ利用のものが多く、その一種である電磁浮遊魔法だ。物理法則的には完全に可笑しい気がしてならないが、魔法はイメージ出来れば割と使える。魔法法則は物理法則を無視するのはまあ当然か

 其所にせめてもの礼儀として、まあちょっとハーレムだ何だぶつぶつほざいていたのでキレつつ止めたら襲い掛かってきたので売り言葉に買い言葉しつつ武器奪って殺しておいて本来礼儀もなにもないのだが、ゆっくりとその遺体を横たえ電磁浮遊を解いて土塊で埋める。少しだけ盛り上がってはいるが、それもすぐに馴染んで大地の違和感も消えるだろう

 

 でもまあ今は違和感あるし少し慣らしておくか、と自前の剣を腰から引き抜き……

 バチンという軽い音と共に吐き気が走る

 同時、視界の端に映るのはひとつのメッセージ

 『伝説武器の規則事項、専用武器以外の所持に触れました』

 

 ……うるせぇぞ調子乗るなよ投擲具

 盾の勇者本編によると、勇者は視界の端にその武器のアイコンが浮かび上がるらしい。俺の視界にも一応確かにナイフっぽいもののアイコンはあるのだが半透明……というか常時点滅していてとてもうっとおしい。視界の隅にある癖に目立って仕方ない。やはりというかパクっただけ故に武器から抵抗されているようだ

 じゃあ手放せという話にしたくはなるが、考えてみれば俺と同じく勇者武器を手にする力を持った転生者は他にも居るだろう。原作にも出てきたし。選ばれた本来の勇者がもう既にこの世には居ない以上、俺が今更所有を放棄したところで他の転生者に取られるのは想像に難くない。というか、本編では俺ではない転生者に投擲具の七星勇者は殺されて武器を奪われていたのだし

 ならばあれも七星勇者ではなく、彼若しくは彼女を殺して武器を奪った同類……というのは些か虫が良すぎる考えだし、そもそもそれを知る唯一の存在はもう土の下だ。最悪の事態を考えるべきだろう

 

 閑話休題

 吐き気に耐えつつ適当に剣を振ってみる

 振れる

 つまりはかなり緩い縛りという事だろう。多少の吐き気に耐えさえすれば、伝説武器の規則事項をガン無視して他の武器を振り回せる。確か本編の主人公である盾の勇者の尚文は剣を振る事すら出来ずに弾かれていたはずだからそれに比べると大分縛りが薄い。今手元にあるのは剣だけだが、その気になればフォーブレイで銃調達してきて撃ったりも可能だろう

 「まっさか実はこの剣投擲具扱いだったから……って無いか」

 自己解決。本編ではウェポンコピーなる持った武器を伝説武器がコピーする性質が語られており、コピーしたから必要ないよねとばかりに対応した武器でも弾かれることは弾かれていたはずだ

 

 「ついでに基礎性能も確認しておくか」

 手元にナイフを呼び寄せる

 って呼んだときは素直に来るのか、遺体を見つかりようがない場所に隠せって時は抵抗したくせに

 とりあえず、スペックを見ると武器名はスモールダガー(伝説武器)。間違いなく七星武器の一つだ。伝説武器と付くのは勇者の武器の特徴である

 とりあえず色々と吸わせてみるか……と思うものの殆ど何もない。割と味が良いからと干し肉にして持ち帰った猪の魔物の肉やら魔物の皮程度しか持ち物がない。村に帰るに当たって稼ぎはほぼ全部金に変えたから仕方ないけれども、こうなるならば取っとくべきだったか

 なんて思いつつとりあえず金を入れる。全額叩き込んだ日には何のために村を出たのか分からなくなる為とりあえずは銀貨一枚だけ

 

 ってもっと寄越せとばかりにナイフが震えている。贅沢な奴だ

 ……と言ってもまあ仕方ない面はある。勇者の武器には特殊な成長方法があり、投擲具の成長方法は金を使うことで武器を限界を越えて拡張できるようになるというオーバーカスタム能力である

 仕方ないので持ち帰りの財産の1/3を入れてみる

 

 ダマスカスナイフが解放されました

 なんて視界テロップ

 今は別に良いが戦闘中辺りだと勝手に視界を埋めるからテロだぞ調子乗るな投擲具

 とりあえず変化させてみる

 

 ……とりあえずスモールダガーよりは強いな、間違いない。って初期段階以下の武器とか困るんだが

 えーと何々……宝探しに命を懸ける者達から神の如く崇められる事もある伝説のナイフ。持つ者は限界を越えて勘を研ぎ澄ますという。だそうだ

 トレジャーハントが付いてるな。使用するスキルだが。ドロップとか……あったな原作にも。使うことでドロップの品質を良くする辺りの効果か。伝説とかダマスカスとか名乗っておいて雑魚相手の稼ぎ用かよお前。金入れて解放するに相応しい能力だけどさ

 

 まあ良い。金は有って困るものではない。こいつは強化するに足りるだろう。伝説武器に能力画面を出させる

 ダマスカスナイフ 0/150 SR

 能力解放済み……装備ボーナス、スキル「トレジャーハント」 稀にオートトレジャーハント

 専用効果 トレジャーハント効果上限up

 熟練度0

 

 ……熟練度が0なのはまあ良いだろう使ったこともなし当たり前か

 とりあえず強化していく事にする

 強化すると言っても何をするか。投擲具の強化はオーバーカスタムと言ったように、そもそも他にも武器によって色々な強化方法がある。最初に見えているのがそれぞれ違うというだけで、実は勇者武器の強化方法は全ての勇者武器共通である。というか、他の武器の強化方法が使えなければ、強化方法を金を払って限界を越えて適用出来るようにするオーバーカスタムとか無意味過ぎるだろうそんなもの

 ということで、とりあえず記憶の中から引っ張りだした槍の強化方法の一つ、ステータスエンチャント。素材を使い武器にランダムなステータスボーナスを……

 

 『その強化方法はロックされています』

 ……おいそこのクソナイフ、調子乗ってんじゃねぇよホントクソナイフだなお前

 仕方ないのでロックされてる方法は無視して他の強化方法を……

 

 「全部ロックされてんじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 手にしたナイフをぶん投げる

 さくっと近くの岩に根元まで刺さって止まった。流石は勇者武器か

 だが強化方法がロックされていてはそれ以上は強くなれない。何か出来ないかと弄くり回し……

 初期武器ならば出来たりしないかと触れたところで遂に変化が起きる

 『オーバーカスタム!この強化方法を解放しますか?』

 表記された金額は入れたほぼ全額

 

 ……

 …

 

 「こんの、ぼったくりクソナイフがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



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村とイタチ

とりあえずぼったくりクソナイフは完全にぼったくりなので強化面は放置して

 恐らくは元の持ち主が育てていたのだろう、元々初期武器以外でも解放されている武器が存在したのでそれを漁り、小型の円盤……要は手裏剣みたいな形状へと投擲具を変化させて腰のポシェットに突っ込む

 不安定ではあるし呼べば飛び出してくるが一応の所伝説武器を隠すことには成功した。これが投擲具ではなく斧とかだったらロクに隠せるような形状の武器が無くて困っただろうが良く考えれば俺がパクってしまったのは投げて一時的にとはいえ手を離れることも多い投擲具。盾の勇者本編で主人公尚文は盾を外せずにどうやって自分の隠そうかと苦心していたが俺は隠そうと思えば幾らでも隠せたのだ。ポシェットに突っ込んでてもそのうち抑え込まないと勝手に飛び出してくるのが困りものだがまあ両親の居ない俺は家に一人だしそう長く誤魔化さなければいけない相手も悲しいことに居ない

 

 そうして、少し歩けば村が見えてくる。メルロマルクにしては珍しく亜人が集まった俺の故郷が

 金稼ぐと言って飛び出しておいてどの面下げて戻ってるんだと言う話だがレベルにして丁度40のこの面である。ハツカ種の名前に違わぬ灰色の髪にちょっぴり丸っこい耳。それだけならばまだ他の亜人にも見えるが揺れる毛が禿げたような細長い剥き出しの骨と皮ばかりの尻尾が俺の正体を思いきりばらしている。顔立ちは……ノーコメント。個人的には悪くないと思っているのだが出稼ぎで冒険者やってる頃にパーティ組んだ相手は胡散臭いとか泥棒してそうとか散々な言いようだった

 

 村に入ると子供達が小さなボールで遊んでいた。どうやらバルーンの破片を集めて作った鞠のような割と跳ねるもの。一年前くらいまでは俺も持ってた。あれは……そういえば俺は特別なんだよぉぉぉぉっ!と八つ当たり的に大きな木に向けて全力で蹴ったら割れてしまったのだったか

 

 遊んでいるのは長く茶色い髪の狸のような耳の幼い亜人と、白っぽい金のような何とも言えない短髪の幼い亜人

 ラフタリアとリファナだ。あの二人がボール遊びだなんてかなり珍しい。キール……犬亜人なんかの活発な子供達が蹴ってサッカーみたいな遊びをしているのは割と良く見掛けたし混じったことも割とあるんだが。ストライカーさせろと言ってもお前すばしっこさだけだからと繋ぎの位置にばかり配置されて、拗ねてあんまりやらなくなったっけ。俺は世界を救う英雄なんだから何時か見返してやるとか思ってた気がする。そもそも魔法自体、覚えようとした切欠はその蹴り合いでもってボールを魔法で操れないかと思ったのが始まりだ。結局村を出る日までは詠唱を短く一瞬で終わらせるには当時は実力が足りず、想定していた物理的に幻影魔法で姿が消えるシュートは未完成に終わったのだが、冷静になれば完全な不正である

 

 ……ん?ラフタリア?

 ふと記憶に引っ掛かる。トゲと言うにはあまりにもでかすぎるものが

 そうだ、ラフタリア。ぼったくりクソナイフがぼったくりクソナイフ過ぎてすっかり忘れていた

 槌の勇者ラフタリア。盾の奴隷ラフタリア

 何でも良いが、盾の勇者の成り上がりにおけるメインキャラだ。というかメインヒロインだ。何で忘れてたのかと言われれば……

 何でだろうな、お姉さんとラフタリアが暫く結び付かなかった

 

 ヤバイ。思い出したものを思い返せば思い返すほどラフタリアは盾の勇者メインキャラだ。この世界が盾の勇者の成り上がりの世界だとして、完全にメインストリーム近くに俺は居る事になる。意図せずとも四聖と遭遇しかねない

 

 なんて頭を脳内で抱えてるうちに、二人は此方に気が付いたようだ。ラフタリアが転がしたボールをリファナが取り損ね、此方にコロコロと転がってくる

 良し、キャッチ。キール相手ならば全力で蹴り返してたところだが、リファナ相手にそれをやったら軽蔑ものだ

 

 ……完全に警戒されている

 そんなに分からないだろうか、半年ほど前に村を出た亜人の事を

 思案していると、白い方の幼い子が少しだけ足を進める

 「……リファナ」

 「リファナちゃん!」

 「全く、酷いじゃないか、ラフタリア」

 言いつつボールを軽く投げる

 

 「ファスト・レビテート」

 宙に止まるボール

 「ファスト・ミスディレクション」

 そうして視界からボールが掻き消える。当時は即座には出来なかった消えるシュート

 

 とても軽く、姿を消したボールはリファナの少しだけ上がった掌に当たって姿を現す

 「……マルス、くん?」

 ピン、と尻尾が伸びるのを感じる

 「何だ、覚えてるじゃないかリファナ」

 「マルス……?」

 ラフタリアは納得がいってないようだ。一人でボール蹴ってる時、リファナと二人で近くで話してたりするのを良く見掛けたりしたし割と外見は覚えられてる筈なんだが。リファナに見える場所を特訓で選んでいたので間違いない。あの消えるシュートもわざとリファナ前で特訓していた。少しでも気を引こうとした……というのは間違いではない。半年前だとは?そ、そんなんじゃねーしと言ってただろうが。そ、そんなんじゃねーしと明らかに動揺してどもってるのが重要な点だ

 

 「このハゲ尻尾、思い出さない?」

 立った尻尾をわざとぐるぐる。端から見ればバカっぽいので尻尾を動かすのは意図的にはあまりやりたくはないのだが

 

 「……あっ」

 漸くかよラフタリア

 「マルスくん、背丈が」

 「亜人種の特徴かな。急激にレベルが上がると、レベルに合わせようと強引に大きくなる事があるってアレ」

 そういえば出てく前は背丈リファナとそう変わらなかったなー、と近づいてみれば俺の六割しか背丈無いだろう少女等を見て思い出す

 

 ……改めて言おうか

 俺の名前はマルス。メルロマルクに産まれたハツカ種の亜人にして投擲具の七星勇者殺し。今年11歳になったのだが、半年ほど冒険者をやってレベルを上げた結果、レベルに合わせて20歳ほどの体格に成長した。これならばリファナにも頼られそうで俺自身は割とこの成長を気に入っている。実は前世も実質中学で死んだから大人ってものには憧れがあるしな

 

 『称号解放 見た目は大人、中身は子供』

 称号って何だオイ

 ……ヘルプが開いた。何でも勇者武器から与えられるもので特に意味は無いらしい

 ぼったくりクソナイフめ持ち主選ぶくらいには意思ある訳だし絶対楽しんでるだろてめぇ

 

 他の称号は……とリファナ等と話して怪しいものじゃないと分かって貰いつつ横目で確認してみる

 勘違い片想い野郎 余計なお世話だクソナイフ

 畜生鼠 黙れクソナイフ

 勇者殺し ぐうの音も出ない正論である

 盾の神への反逆者 ……これは分からない。何だろう

 イタキチ転生鼠 誰がイタチキチだ

 『称号解放 痛くてキチガイの略』

 ……称号ポップアップで会話すんなクソナイフ

 

 と、思いつつ、盾の神と言えば、と村でシンボルとも言える旗へと目を向ける

 「あの旗は今日もはためいてるな

 帰ってきたって気がする

 

 まあ、また割とすぐに出てくんだけどさ」

 そもそも俺が帰ってきた理由は簡単だ。この世界においてレベル上限は基本は40である。龍刻の砂時計という巨大な赤い砂時計のある場所でクラスアップの儀式を行うと100まで上限が解放される。実は100以上へのクラスアップ条件って知らないんだよな。あることは知ってるし在処も分かってるんだが盾の勇者本編だと基本は竜帝が知ってたからそれを使わせてもらったという感じで具体的に何をすれば良いのかって書かれてなかったのだ覚えてる限りは

 そして、此処はメルロマルクだ。メルロマルクにも龍刻の砂時計は当然ながら存在する。だが、メルロマルクは亜人が生きるには苦しい国だ。亜人である俺がクラスアップなんて認めてもらえる筈がないだろ常識的に考えて

 

 だからである。一度メルロマルクを離れ傭兵の国ゼルトブルや亜人の国シルトヴェルト辺りまで足を伸ばしてクラスアップしてくるしかない。長い旅になるのは当然だ。久し振りにリファナの顔を見て、心機一転……でも無かったがゼルトブル目指すかと思っていたという訳だ

 

 ……ん?何だよ二人して怪訝そうな顔して

 「マルスくんが……勇者さまを悪く言わない……」

 何だ急に。そんな驚く事かよ尚文に恨みなんて無いぞ俺

 

 と、純粋に女神を信じていた頃の俺の言葉を思い出す

 ……ああー、盾のマークが付いた亜人が生きてて良い場所の証のあの旗を見て何時かあの旗のマーク俺のマークに変えてやるとか言ってたなー俺。ぶっちゃけ盾だって俺のものにそのうちなると思ってたし当時。カッコつけの一種なんだが、冷静になると酷いイキリだ。引いて冷たい態度にならなかった大天使リファナに感謝である

 

 『称号解放 イタチを敵にする男』

 うっせぇぞクソナイフ。女神が最後には倒すべき敵であり、天使とは本来神の使徒だからと言ってもリファナを転生者側認定とかしてないからな。それを言ったらフィーロやらフィロリアルを天使呼ばわりしていた槍の勇者も同類だろうが

 ……同類かもしれない

 

 『力の根源たる鼠が命ずる。天地を結ぶ雷鳴を繙き、雷火をもって輝かせよ』

 「ファスト・ラットライト」

 ……所謂ネズミ花火である。火を付けるとくるくると回るアレ

 

 実用性は欠片もない魅せ魔法。これそのものは特に意味はなく、重要なのは詠唱である

 「あっ、未来の英雄じゃない」

 そう、一度言いかけたが、今は何となく使えなくなった詠唱。力の根源たる未来の英雄が命ずる。この部分はぶっちゃけ自分の事を指していると明確に思えれば何でも良いのだ実は。事実である必要は欠片もない。例えば俺は盾の勇者ではないが、自分が侵略者である女神の駒であると気が付く前の俺ならば盾の勇者にもそのうちなると思い込んでいたから盾の勇者が命ずると大嘘ほざいても問題なく魔法を使えた

 「リファナ。俺だって外で思い知ったよ。俺だけが特別な存在じゃない。俺は世界を救うたった一人の英雄じゃないんだって」

 つまり、未来の英雄と言わなくなったというのは、そうじゃないと自分で思ったんだという意思表示。だから引くなよリファナというヤツだ

 

 『称号解放 諦めの悪さだけのこそ泥鼠』

 ……へし折るぞこのぼったくりクソナイフが



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初めての波

「……そういえば、サディナさんは?」

 

 ふと、ある意味この村の纏め役だった亜人の女性の事を聞いてみる

 怪しい奴が来たらさっと皆を護ろうと出てくると思うし、逆に怪しい者ではなく俺だと気が付いていたらそれはそれでお帰りーと出てくるはずだ

 それが姿を見せないというのが気になって

 

 「海だよ、マルスくん」

 「ああ、海か。なら来ないか」

 と、少し先に見える海岸線を見下ろして頷く

 あの人は鯱の亜人……何か特殊な種族だったような気がするけれども水棲系なのは間違いなかったはずだし水中に居るならば分からなくもない

 

 ……ポシェットの中でクソナイフが震えている事に気が付く

 何かを思い出せと言うのだろうか

 『称号解放 忘れん坊』

 五月蝿いぞ分かってるクソナイフ

 思い返す

 

 ラフタリアはメインヒロインだ。彼女は奴隷として盾の勇者である尚文と出会う。ならば、奴隷となるべき何かが起こったはずなのだ。村が無事ならばサディナさんが人さらいなど黙っていないだろう。セーアエット領のこの海沿いの地は盾のマークの旗に象徴されるように……盾の勇者は亜人の神とされるほどに亜人から信仰されている。リファナは何かとお伽噺の王子様を語るように夢見る少女の瞳で会ったこともない盾の勇者様を語る。そういえば尚文に恨みあったな、盾の勇者であるというその点だ。おのれ尚文ってか盾の勇者

 

 閑話休題、話がズレる

 この地は亜人が住んで良い土地だと認められているし、そもそも基本的にこの地以外では亜人に人権は無い為に亜人狩りが割と大手を振れるメルロマルクとはいえ、拐われた亜人側がそれを仕方ないと受け入れるかは別だ

 

 ……だから、多分村は滅びていたのだろう

 キールやサディナさんは本編にも村の生き残りとして出てきた覚えがある。リファナはそうではない

 

 思い出せ。何らかの理由でリファナが死に村が崩壊し、ラフタリアが心に消えない傷を負う

 何かが起こるはずなんだ

 

 「そういえばリファナ、好きな人とか出来たか?」

 「ずっと居るよ、盾の勇者様」

 ……おのれ尚文

 

 『称号解放 醜い鼠の子』

 アヒルじゃねぇのかクソナイフ。確かに俺は鼠だが

 ……だが、何か引っ掛かる。勇者関係で何か

 都合の良い所だけ忘れっぽいな。いや都合が悪いからか。リファナの死に繋がるだろうから思い出したくないのか

 いや思い出せよ俺このままだとリファナ死ぬぞ

 

 ……明滅うるせぇぞクソナイフ

 「勇者と言えば、投擲具の勇者様に近くで会ったよ」

 そして亜人をハーレムメンバーにとかぶつくさしてたので喧嘩売られたのを良いことにぶっ殺したよ……とは続けない

 「投擲具の勇者様?」

 首を傾げるリファナ。来てないのだろうか

 いや、あの男の挙げてる中にリファナらしき特徴(イタチ)があったしラフタリアも居た。多分会ってるか見られてるはずだ

 

 ……たまに名前挙げている犬亜人のキールも女なのだが挙げられてた中には無かった。本人は気にしてなさそうというか自分を女だと思ってなさそうだが不憫な奴である

 ……そう言えば俺もあいつ男だと思ってたな。盾の勇者の本編を思い出したせいでごっちゃになってるがそうだった覚えがある

 

 「投擲具の勇者様

 あまり話聞けなかったけど、リファナやラフタリアは会って何か聞いてないか?」

 「そんな人……」

 ラフタリアが首を傾げる

 

 ……これは勇者だと名のってないパターンか?

 「ラフタリア。若い男の人来なかったか?」

 「旅のユータって人が」

 ビンゴ。確か噂によると投擲具の七星勇者は召喚された異世界人だったし凄くそれっぽい

 ……それを殺すってやらかしてんなぁオイ。ハーレムだ何だも……俺と違って本当に世界を救う英雄になったとかそりゃ言いたくもなるかもしれない

 俺は御免だが。リファナ以外の女を侍らせて何が楽しいんだろうか。リファナとは……別にそこまで嫌われてない幼馴染ってレベルでしかないけれどもな悲しいことに。今までに幾つか小事件とかはあったが、ゲームや漫画のヒロインが主人公に惚れるような感じのは無かった。幽霊騒ぎとかその程度だ

 「どうだった?」

 「一晩泊めてって事で、空き屋を」

 ……この村に空き屋など

 

 俺の家かよ。死んだ両親の家だが

 「いや、そこは良い。空けてたのは確かだ」

 鍵?家の合鍵ならラフタリアの親父さんが持ってる。あの人サディナさんも認めるこの村の顔役みたいなものだからな

 

 「勇者ユータか……」

 勇者……波……

 

 そうか。波だ

 波とは俺を転生させた女神が起こす世界をくっ付けようとする事象。世界がくっつくことで女神が世界に降り立てるくらいに広がるという形

 ……いやそんな事は今は重要じゃないな。波とはそう、勇者がこうして視界の端の砂時計アイコンで……

 0:00

 

 瞬間、見上げた空は赤かった

 「……波」

 「……?」

 「マルスくん?」

 不安げに手を繋ぎ合わせるリファナとラフタリア。俺とは繋がないのが関係性だ。ラフタリアそこ代われるなら代わってくれ

 

 「波だよ、伝承の!

 リファナ、ラフタリア。家の地下へ!」

 魔物が押し寄せてもきっと地下ならば安全だ。魔物は何度か戦ったことはあるがそこまで知能は高くないはず。盾の勇者の本編でも割と簡単な作戦で押せるくらいには単純であった。まあ単純な脳ミソでもパワーがあれば強いのだが

 

 少女等が駆け出すのを見ながら、剣を抜く

 震えるな黙ってろクソナイフ。リファナの前で出せるわけがないだろう

 「マルスくん!?」

 「大丈夫リファナ、クラスアップの為にゼルトブル目指すから、その前にと思って一度帰ったんだ

 俺のレベルは40、安心しろって」

 ……最初の波、本編1月ほど前に起こったもの……と語られていただろうか。尚文が召喚される前のものなので当然ロクな描写はない。レベル40の俺がさくっと倒せるレベルの魔物が押し寄せるくらいなのか、それとももっと強いのか……それは分からない

 二つある切り札を片方でも使えばきっと楽勝なのだが、どちらも今は使えない。一つは条件を満たしてないしクソナイフはぼったくりだし

 ぼったくり止めてまともに強化出来れば多分勝てるのでとっととぼったくりを止めてほしいものだ。お前仮にも波に対抗する七星勇者の武器だろ波を前に意地張らず呉越同舟で良いだろうが

 

 リファナ等が家まで逃げ込めた事を確認して一安心。魔物もまだ来なかった

 割とギリギリの時間である。赤くなる空と共に割れた空間の亀裂から飛び出してきたアホみたいにデカイ蜂はもう割と近くまで来ている

 

 「せいやっ!」

 吐き気はあるが一閃

 ……硬い。斬れなくはないが鈍い

 一撃では無理で、背後から蜂の羽を切り落とす

 

 ……二撃か。割と強いな

 已に空には無数……とは言わないが数十匹の蜂の魔物

 「まあ、関係無いか!」

 

 

 それから、約30分

 「……サディナさん含めて誰も来ねぇ」

 ひたすらに一人魔物をばっさばっさと斬り殺すも、誰も来ない。いや、正確には数人来た。キール達だったのでレベル40の俺に任せろとリファナ達が隠れてる地下室に押し込んだ

 「レベル、上がらねぇな」

 レベルは40のまま。欠片も上がる気配を感じない

 クラスアップしなければ本来当たり前なのだが、勇者はクラスアップが無くレベルキャップが元々無い。勇者扱いならば上がっても当たり前なのだがやっぱりというかレベルキャップが外れたりという事は無かった

 

 「此方から打って出るか?」

 手にしたナイフに問い掛ける

 30分も使えばある程度コーティングされた剣だろうが当然ポキッと行く。いや行ったので仕方なくダマスカスナイフに変えた投擲具を引き抜いて振り回す

 当然だがトレジャーハントなんて撃ってる余裕はない。使えないスキルだ

 いやそもそもスキルは基本的に勇者武器のものだし使ったらバレるが

 「……いや、駄目だな」

 バレない程度に魔物の死骸を吸わせて投擲具を強化しながら戦っているからなんとかなっている感じ。俺が居なくなったら魔物達が村を荒らし回る。今は俺という更に優先する目標が居るから村を襲ってないだけ

 村を襲われるという事は、リファナが死にかねないということ。選べるかそんな手。次元の亀裂は遠く、リファナが襲われる前に未知数の亀裂のボス倒して帰ってくるとは言えない。だからといって、亀裂は何時までも放置して良い訳がない

 

 なあ、ぼったくりクソナイフ

 魔物を生きたまま三枚に卸して骨を吸わせつつ、頭のなかで語りかける

 ジリ貧なんだよ、良いから力を貸せよ投擲具。サディナさんが戻ってきたとしたらきっと何とかなる。騎士団が来てくれてもだ。けどそれは何時だ?そもそも亜人の村近くなんて場所に騎士団が来るのか?

 俺がやるんだ。俺しか居ないんだ

 このままだとリファナが死ぬんだよ、七星武器!

 

 瞬間

 『タイムセール オーバーカスタム費用が期間限定で最大80%off』

 「やってられるかこんなのぉぉっ!」

 叫びつつ、村から逃げる

 

 離れた所で、一呼吸。リファナ等の居る家はもう見えない

 逃げる?リファナとついでにラフタリアやキール達を見捨てる?

 はっ?ふざけるなそんなはずがあるか

 『力の根源たる鼠が命ずる。空を走る雷鳴の糸を繰り、彼の者の姿を変えよ』

 「ツヴァイト・ミラージュ!」

 埋めた勇者の皮を被る。まあ蜃気楼的にありもしない彼の姿を俺に被せているだけだが。亜人であると隠すために良く使った幻影魔法だ

 そうして、化け終えた俺は踵を返して村へと走り直す

 

 「あのなあ」

 オーバーカスタム!熟練度変換が解禁されました

 「80%offでも!」

 オーバーカスタム!アイテムエンチャントが解禁されました

 「元々タダであるべきで!」

 オーバーカスタム!覚醒!

 「結局、お前は!」

 オーバーカスタム!レアリティupが解禁されました!

 「ぼったくりクソナイフだろうが!」

 オーバーカスタム!スキル解放!

 

 「『投擲具の勇者、ユータ

 俺が来た以上、これで終わりだ!』」

 見付けていた中で最強の投擲具ードラゴントゥースダガー、恐らく名前通りユータがドラゴンの牙を予め吸わせていたから解放されていたのだろうダガーへと武器を変化させるや否や手持ちの金残り1/2も吸わせて盛大にオーバーカスタム。本来の12種強化からしてみれば半端な雑魚強化だが今出来る最大限の強化

 そして、強化により解放された目当てのスキルを裏声でもって使用する!

 

 「サイクロンストリーム!」



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勇者一人で手が余る

………………

 何も起きねぇじゃねぇかよ欠陥スキルかクソナイフ!

 

 と思いきや、視界にかなり長いポップアップ。どうやらスキル使用法らしい

 無駄に長いがまあ良い、やってみるか

 

 「フロートダガー」

 まずは虚空に短剣を呼び出す。それをコアに添える

 「エアストスロー、セカンドスロー」

 そして手にした投げナイフを虚空に浮かべた短剣周囲に向けてぶん投げる。当てないのがコツらしい

 「ドリットスロー、トルネードスロー!」

 それでは止まらず更に投げ、追加スキルでもって投げたナイフ等に渦を巻かせる。本来はここまで、嵐のように回転する3つの投げナイフでズタズタに叩き斬るスキルなのだが……それでは強敵一匹相手のスキルでしかないので更に続く

 「エターナルスロー!オーバースロー!」

 止まらず渦巻きに向けて手に呼び出したナイフを更に投げる

 「イグニション!

 サイクロンストリーム!」

 そして漸く起動。因みにイグニション!は単なる掛け声なのでスキルではない。いや大技って何かカッコつけたくなるだろアレだ

 

 そうして渦は巨大なものに膨れ上がる

 これで大丈夫だ。と思った瞬間に立ち眩み

 どうやらスキルを使いすぎたらしい。スキルに関してはSPなる勇者特有……でも無かった気がするが勇者以外は気の修業が要るリソースを使うっぽいが、それが底をついている。まあ撃てたので良しとしよう

 

 「はっ、雑魚が

 勇者に勝てると思ってんのかよ波がぁっ!」

 いかん、悪い癖が出たリファナに聞かれたら……いや勇者に化けてるし大丈夫か

 まるでトンボ取りのように空飛ぶ蜂等が地面に落ちていく。近付いた魔物は1匹残らず宙に浮かぶ渦巻きから迸る閃光(物理)、要は放たれる投げナイフに撃たれて墜落

 サイクロンストリーム。エターナルスロー絡めている事から割と分かりやすいが要はこれ、設置型のオートエアストスローである。渦巻くサイクロンが、近付いた敵に向けて暫くの間勝手にエアストスローを撃ってくれるという便利技。同時捕捉は20体近くもあり、連発もしてくれると中々に有り難い複数攻撃でもある。設置時のパワー使いきったら消えるので連射してるって事はすぐ消えるって話にもなるのでそこは困るが

 これでほっといても大丈夫だ。リファナに近づく悪い虫(物理)はこれで処理出来る。ボス格の魔物だと分からないがそれは今から倒しに行くんだし気にすることはきっとない。万一なんだろうとリファナが外に出てきても大丈夫だ敵にしか反応しないようになっている。ああキールは出てくるなよ、大丈夫だとは思うが実はキールを狙わない保証は無い。リファナについては間違いないんだが

 

 何て考えている間も惜しく、亀裂の根元に走る。更に幻影魔法を重ねて姿を魔物から隠し村を襲っていない魔物はガン無視。勇者ならば問題行動だが関係ない。このままだとリファナが死ぬ、それさえ止められれば良い。他など知ったことかどうせリファナをってか亜人を苛めるメルロマルクの奴等だ波鎮めた後で生きてたら助けるで良いだろう

 

 果たして、亀裂の根元に居た明らかにボスっぽいのは鎧のような甲殻の狼であった。視界の端に投擲具が表記した名前は……次元之鎧獣

 辺りにはその幼体というか不完全体というか部下というかが15匹ほど。狼の群れ長ってイメージだろうか

 

 ……とりあえず、硬そうだ。構えられても困るので先手必勝

 「フラッシュピアース!」

 なのでピック状の武器……次元蜂針を投げる。フラッシュの名に恥じない威力はともあれ光速(はや)さだけは何者にも負けない最速のスキルで対応される前にその目を貫く

 ……生きてるな、当たり前か威力は低いスキルだ

 

 だが、刺さった時点で終わりなんだよ害獣が、リファナの安全のためにとっとと死んで波を終わらせろ

 「チェンジダガー!」

 刺さったピックの形状をスキルで変化。大振りで全体が鉄製のクナイへ。元々クナイではいけなかったのかというと、ピアースと付くスキルはピックとか針とかそういった片手持ちの刺す武器でしか使えないし、クナイで撃てるものはスキルでの投擲速度が遅いはずだ。そこら辺はクソナイフが教えてくれる

 『力の根源たる投擲具の勇者ユータが命ずる』

 大嘘である。まあ化けているし誰かが見ていてもきっと今日はまだ投擲具の勇者は生きていたと思ってくれるだろう寧ろ誰か見ててくれ

 『天地満ちる雷鳴を束ね、聖光となりて我が敵を穿て』

 「ツヴァイト・プラズマバースト!」

 そして魔法。上空にプラズマを集めて槍状に変え、撃ち下ろす

 本来は割と拡散する魔法なのだが、今回は奴の目という絶好の場所に総鉄製のクナイという即席ながら中々の避雷針がある。そう、これが即席の単体最大火力、由緒正しき勇者戦法である

 単体の雷撃魔法ならばボルテクス等もあるのだが、総火力は俺が使えるなかではこれが最強

 

 避雷針に突き刺さった雷鳴に、狼は悲鳴とも咆哮ともつかない叫びをあげ

 そして、地面に倒れ伏す。同時、亀裂も閉じた

 ……一撃。どんなものかと思ったが案外弱いなこいつ。まあ、そもそもこの波は被害こそかなり大きかったものの勇者無しで鎮める事に成功し、勇者の必要性を痛感したというものだったはずだからパチモノとはいえ勇者が居ればあっさりと何とかなるのも当然っちゃ当然か

 

 尚も何か襲ってくる烏合の衆と化した狼どもは適当に解体し、波のボスである害獣ごとナイフに吸わせておく。素材などが勿体ない気がするがまあ良いだろうスピード重視といこう 

 サイクロンストリームが消える前に割とあっさりボスを倒せたのでまあ無事に決まってるだろうなと思いつつ、来るときは数分で駆け抜けた道を残党を掃除しながらゆっくりと戻る。多少のSP回復もあり、わざわざエアストスローを使って投擲具の勇者が生きてるぞと大嘘を演じながら

 

 ……遠くに村が見えてくる。村はほとんどダメージ無いしサイクロンストリーム置いていったからか既に近隣の魔物は全滅している。魔物の死骸から垂れた体液や死骸そのものによってかなり道や屋根等は汚くなってはいるが、逆に言えば汚いだけで無事である。洗えば落ちるだろう。被害らしい被害と言えば、目立ってた旗が折れて地面に落ちていることくらい

 

 ……あれやったのは魔物じゃなくてサイクロンストリームだな、折れ目というか完全にばっさりと斬られている。ナイフの刃より細い棒状のものに向けてエアストスローを使えば同じ切り口が再現出来そうだ。いやあの旗別に敵じゃないからな無意識にだろうとはいえ何で折ってるんだ

 

 なんて思って、更に一歩踏み出そうとしたその時

 「ぐっ!」

 突然の痛みに胸を抑えて膝をつく

 何だよ、いきなり何だってんだこんな毒みたいな……

 

 毒なんて貰ってないはずだろう何でこんな魂から消えるような……

 魂から、消える?まさかやり過ぎたか

 

 思い至るとすれば、転生者故のアレだ。一人で波を片付けるとか転生者としては大のやらかし、寧ろ勇者から武器を奪って波を手助けしてこその転生者だ。リファナの為にちょっとやり過ぎた結果、こいつ裏切り者じゃね?と裁きが発動したとかそういう事だろうか

 リファナが死ぬよりは何倍かマシだが、この痛み洒落になんないぞこれ……万一これで死んだら笑い種にすら出来やしない

 

 「……待て、よ

 信頼させて入り込むには、どうせ弱い波は便利、だろうが……」

 精一杯の言い訳をぼやきながら、地面を舐める

 脳内で何を思ってようが発動しないから油断していた、流石に言葉に出したり態度が怪しすぎたら食らうか……良いからとっとと言い訳受理してくれ……間違ってないだろう言い訳としてら……

 駄目だ、瞼が重くて仕方ない……



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波の爪痕

目が覚めた時、視界に映ったのは知らない天井であった(様式美)

 ……ってカビ臭、掃除されてないなこの謎の場所

 

 ……真っ暗である。いやまあ仮にもハツカ種の亜人である俺は習性上かなり夜目が利く方なので普通に見えてはいるのだが明かりが何もないくらいに暗い。多分普通の人間だと真っ暗闇で何にも見えないんじゃなかろうか。換気用の窓とか日光取り入れる為にも付けとけよこの部屋の主。いや、多分だが完全に地下だろうし窓がないのは当たり前なのだが愚痴る。カビ臭くて空気も澱んでいて環境が悪すぎる

 

 で、此処は何処だよ。何だか知らないが手錠でもって両腕拘束されて吊るされてる訳だが

 いや本気で何があった

 

 確か転生者の癖に勇者っぽい波を一人で鎮めるなんて事をやらかした結果産まれながらに仕込まれてたんだろう安全装置の心臓病か何かで死にかけた事は覚えている。あれで死ななかったのは運が良かったのか言い訳が通ったのかそもそも殺せるだけのパワーが無かったのか執行猶予なのか何なのか

 

 ……とりあえず、そういえばあったなという視界の端の砂時計のアイコンを注目する

 ……時間は微妙な表記だな

 確か波は始まってから基本的に一月毎に来るようになるのだったか。あの時起きたのが初めての波であったはずだから、盾の勇者本編が始まり主人公岩谷尚文達が初参加する事になる波は今俺の視界に出ているこの波であるという事なのだろう

 確かだが、勇者が召喚されてから尚文が冤罪にかけられるまでが二日、三日目に転生者と並ぶ女神の尖兵クソビッチに裏切られて本編が始まる。そこからひとりぼっち期間が2週間、ラフタリアを買ってから1週間ちょっとで波、というスケジュールだったか

 つまり、逆算すれば4週間前よりは後に勇者召喚はされるという訳だ。一月後に波がくる訳だから、波から数日で四聖勇者が召喚されると

 ……今の残り時間見るに、もう勇者召喚されてるんじゃないだろうかこれ。そもそも原作通りに進むのかこれ?確か最初の方で本編で尚文が要約していた事によると、波の伝承を舐めてたメルロマルクは波で多大な被害を受け、何とか騎士と冒険者達で波を鎮めた。だがこの先波が強大になれば抑えられない事を痛感し伝説の勇者の召喚に踏み切ったという話だったはずだ

 ……オイ杖の勇者。お前七星だろ何ほざいてるんだと言いたくなるが、まあ四聖召喚の方便だろうし仕方ないか。正規七星勇者の癖に四聖の一人を冤罪にかけて殺そうとする辺りは俺並に質が悪いが

 

 それはともあれだ。被害は出たには出たが、本来は波で滅ぶはずだった村、普通に俺が投擲具の勇者に化けて守りきってしまった訳だが。多少の犠牲は出たものの勇者一人が片付けてしまった、と勇者が来ず多大な犠牲を出して鎮めた、では完全に周囲から見た危険度が違いすぎる。七星の武器で所有者が見つかっていないのは小手だけ、という話になっていたはずであるし、七星勇者が居れば良いんじゃない?とそもそも四聖呼ばれず本編始まらない可能性があるぞオイ

 

 ……まあリファナが死ななかったんだ、それくらい仕方ない差か

 とりあえずは世界より俺の現状だよ

 ステータスを開いてみる

 

 『醜い鼠の子』マルス

 職業 奴隷 Lv1

 装備 奴隷の服

    仕込み吹き矢(伝説武器)

    奴隷紋

 スキル エアストスロー etc.

 魔法  ミスディレクション etc.

 

 ……職業奴隷にクラスアップしてレベルが1になっている

 寧ろクラスダウンか

 

 ……行き倒れネズ公拾ってとりあえずレベルが自分より高かったからか亜人への恨みからか龍刻の砂時計でレベル1に戻して奴隷紋刻みやがったな拾った奴

 ふざけるなオイ。と言いたいが死ななかっただけマシか

 

 と、言いたいんだが……ステータス下がってないな。寧ろレベル40だった頃よりも上がっている

 ん?ポップアップが出た。これは……履歴か?

 ……レベル下げられる前にオーバーカスタム、資質向上が発動している。レベルを40から1にして還元したレベル分の力をステータスに振っている。これも勇者の強化方法のひとつだ。本来はレベルを1にまでする必要はないが

 

 おいクソナイフ、この資金どっから出した、って村に入れるために残してた金勝手に吸いやがったな

 よくやった、この現状ではあの金もレベルもお前が吸わなかったらどうせ取り上げられてたものだ、素直に礼を言おう。でも下がってないのはどう言うことだ

 ……あれか、七星武器を持ってるパチモノ勇者な転生者のレベル1は七星武器無い奴のレベル40よりステータス普通に高いのか。割と理不尽だな勇者

 

 「フロートダガー」

 スキル名を呟く。普通に虚空にダガーが出た

 それでもって腕を縛る鎖を軽く切り落とす。この点ホント便利だクソナイフは。さらっと魔法封じるように造られた鎖も破壊できるんだから

 奴隷の服……という名の襤褸布に刺さっていた針を引き抜き、ダガーに姿を変える。……針って吹き矢カテゴリの投擲具だったのか。呪いのように付いてくる武器であり、針の姿になってたから取り上げる際に見付けられなかったな。小回りの利く奴だ

 

 とりあえず、ぐるっと見回せば牢獄だ。地下牢という奴だな間違いない。見張りは居ない

 当たり前か、本来レベルを1にするのは重い罰だ。ステータスが下がりすぎてまともに動けるはずがない。見張りなど居なくても逃げられるわけがないのだ

 此処に例外が居る訳だが

 

 とりあえず、クソナイフでもって探してみると腕に刻まれてた奴隷紋は壊しておく。本来勇者は奴隷紋を弾くので、七星武器で壊そうとすれば簡単に壊れた

 鉄格子もさっくり斬って、そのまま外へ

 幻影魔法も使ってこそこそと出る。残念ながらプラズマで強引に光を屈折させているだけなので触れられる事までは誤魔化せない。だから人が見てないことを確認しなければ扉を開けたり出来なかったのが難点ではあったがあっさりと出られた

 

 ……

 地方領主の館だな。冒険者として村出た後に遠目に眺めた事はある。一ヶ月ほどこの街拠点にしてたからな。村からはまあ歩きで1日かからないくらいだ

 ……帰るか、村

 腹いせに館に放火でもしてやろうかとは思ったが無益過ぎて止めておいた

 

 そうして、村に再び帰り着くと

 村は其処にはすでに無かった

 有るのは焼け野原だけ。魔物の死骸と共に、家であったものの残骸と乾ききって染みになった血糊が散乱している。だが、遺体は一つとして無い。あれだけの血が流れて無事な訳がないだろうという血溜まりも、引き摺った跡と共に死体は消えている

 ……少しだけ探し回り、旗が靡いていた村役場の残骸辺りに、こんもりとした山を見付ける

 地面を掘り返し、そして埋め直した痕だ。端がちょっと焦げた折れた旗が、その小山の頂点に横たえられている。そして小山の前には花束代わりだろうか、数本の珊瑚とビンの安酒が供えられていた。顔役の好きだった銘柄だ

 「……サディナさんか」

 恐らく、遺体が一個も無かったのは全員集めて此処に埋葬したからだろう。酒が添えられているという事は、顔役も此処に

 何も置くものを持っていないから手だけ合わせ、両親の遺した家へ

 

 見事に残骸だ。カチ割られた地下への扉とかが辺りに転がっている。この荒れよう、魔物の仕業っぽい乱雑さだが不自然だ。波の魔物は倒しきったはずだ

 リファナは無事なのか、この村に何が起こったのか、リファナは無事なのか、他の皆はどうなったのか、リファナは無事なのか、それらを確認するしかない

 波の時にリファナ達を押し込んだ家の地下に降り、とりあえずは襤褸布から焼け残ってた服に着替える。海難事故で死んだ父鼠の服、処分せずに取っておいて良かった。サイズ割とキツいが襤褸布よりはマシだろう

 そして、地下に仕込んでおいた映像水晶を起動。扉を鍵を使わず開ける、つまりは鍵外さず扉と枠が離れると起動して暫く辺りの映像を撮影するようにしてある魔法の水晶だ。盗難対策である

 

 ………………

 …………

 ……

 

 「……狸の、親父……」

 パキン、と軽い音と共に握りつぶしてしまった水晶が砕け散る

 其処に映っていたのは、一つの光景であった

 燃え盛る火の中、兵士に押さえ付けられるリファナ達子供の姿。そして、泣き叫ぶ幼い狸娘を庇うようにして背中から剣で胸を刺し貫かれる海難事故で両親を喪った俺に良くしてくれた狸男(ラフタリアの父)の姿

 自分を貫いた剣の切っ先が倒れた娘にまで届かぬように両の腕で体を支える姿が痛々しく……

 

 「や、や……

 やりやがったなメルロマァァァァルクぅっ!」

 全てを理解した

 

 波で厄介なセーアエット領が滅んでくれなかったからだ

 波に対して勇者が必要だという世論に持っていく為に、ついでに目障りな亜人の村を潰すために、騎士団を使って村を滅ぼしてそれを波のせいだという事にして波の被害を盛ったのだ。後はこれだけの被害が出たからやはり四聖勇者が必要だと世界会議で声高に叫ぶだけ。滅ぼしたのは目障りな亜人の村だから痛くも痒くもなく世論も誘導できるという一石二鳥……いや、亜人殺しを兵士が楽しめるから三鳥の策だ

 

 「ぶち殺すぞヒューマン!」

 「叡智の、賢おぉぉぉぉうっ!!」

 残骸のなか、吠える

 理性を保てていたのは、リファナは捕まっていて、つまりは殺される事は無かったというその一点があるからだ。リファナが殺されていれば、今すぐどうなろうが構わず杖の勇者を殺しに行っていただろうが、そんなことすれば良くて相討ち。捕まって俺と同じように奴隷にされているだろうリファナやついでにラフタリア等を助けられない

 それだけが、駆け出す足を止めていた

 

 カースシリーズ、憤怒の投槍の解禁条件を達成しました。英雄武器によってロックされています

 魂の異能、アヴェンジブーストを再修得しました



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安物の薬

それから、約1週間

 村を駆け出した俺は、ひたすらに村の生き残りを探した。恐らくは無事で、自分なりに皆を探しているのだろう鯱亜人(サディナ)、そして浚われた子供達。そのどちらでも良い、リファナでなくとも手掛かりが掴める

 

 ……だが、昼夜問わず探しても手掛かりひとつ無い。此方が捕まっている間に何があったのか、そもそも何時襲われたのか、それすらも分からないので探しにくいのだ。日付入りで手掛かりになりそうであった水晶はうっかり握り砕いてしまったし

 埋葬からそこそこ時間も経っていたのだろう、周囲を探しても既に遠くへ行ってしまったのかサディナとは合流できなかった

 

 収穫はあった。天木錬、北村元康、川澄樹、岩谷尚文。名前も本編と同じ四人の勇者が確かに召喚されていた事を確認した。それとなく絡みに行って話しかけてはみたのだがフィロリアルに興味無さげでクソビッチ含む女とばかりつるんでいたので恐らくあの元康は普通の元康だ。ですぞ元康ではない。槍の勇者のやり直しとかいうループ外伝の世界ではなく盾の勇者の成り上がり世界準拠だという事だろう

 ついでに翌日朝幻影張ってまっさか城に捕まってないよなしたらクソビッチに嵌められて冤罪にかけられる尚文も確認できた。波一人で鎮める事をやらかしてしまったが、メルロマルク的にはあの村は滅びてくれなければ困るので大きくルートを外れる事は無かったのだろう。見ていたんだからこっそり助ける?バカを言え、何で俺が今から尚文なんぞ助けなければいけないんだ

 放置して追い込まれてくれないとラフタリアを奴隷として買わないだろ

 

 ……残された時間は残り少ない。尚文の冤罪から2週間後には彼は奴隷としてラフタリアを購入する。その時には既にリファナは死んでいるという訳だ。俺が捕まってたあんなカビ臭い環境と似たような状況だとすればあっさり体調壊してそのままという事も有り得る。体調崩そうが何だろうが労られる事はないだろうから一度体調崩せば終わりだ、隔離すらされないから誰かがそうなれば感染も含めて病が蔓延し後は使えねぇ亜人だと捨て置かれて死ぬだけ

 だからこそ早めに見つけなければならない。早く、早く

 

 ストーカー染みた事をやるべきであっただろうか、とは思う

 街から街へ駆け抜ける中邪魔だとばかりに遭遇する魔物をぶった斬ってレベルを戻していく中、適当に鉱石吸っていたら磁針の針という投擲具が解放された。特定のものの方向を指すという特殊能力があり、それでリファナを探そうかと思ったが対象の一部が必要だったので無理だった。リファナの家は完全に焼けていたし、残念な事に引かれるだろうからこっそりその髪の毛をお守りに入れてたりしなかった。お守りに髪の毛でも入れてれば今頃磁針の針で見つけられていたろうに、何でバレた時のストーカー扱いを恐れたんだ当時の俺の大馬鹿者

 他にはとりあえず薬草だとか薬だとかにからむ投擲具は片っ端から解放を続けた。助けたとして、体調崩したリファナを治療せず放置したらそのまま悪化して死んでしまうかもしれない。薬の知識なんぞ無い俺よりはまだ仮にも七星武器なクソナイフによる薬のほうが何倍も信頼が出来る。悲しいことに

 

 ……そうして、今

 「お前は奴隷商に売り渡せとの事だ」

 「ねぇ、リファナちゃんは?」

 ビンゴ。漸く当たりか

 ……王都からほど近い貴族の館。俺が捕まってたのとは隣の地方だな。セーアエット領とはどちらも接している。恐らくはあの二つが共同して騎士を出し、あの村を波で滅んだことにしたのだろう

 ……遅すぎる、間に合ったとはいえギリギリに過ぎる

 「あいつはもう駄目だ」

 ……

 

 もうダメだまで追い詰めておいて、リファナを見捨てて死なせるのか

 その前に貴様が屍を晒せ

 「ヴェノムダガー」

 殺意のままに苦しんで死ねと毒スキルを放ち

 「チェンジヴェノム」

 ギリギリで毒を神経性の麻痺毒に差し替え

 「セカンドダガー、ワンモア!」

 更に撃ってラフタリア以外を麻痺らせる。兵士が倒れて馬車を走らされたら面倒だ。馬も暴れられても困るのでしっかりと麻痺らせておく

  危なかった。もう少しでクソ野郎ではあるが直接の下手人ではない人間すら殺してしまうところだった。殺人はいけないだろう

 

 ……直接リファナを傷付けた奴等?それは死んで良い奴だ俺が決めた他人が何を言おうが知るか文句があるなら止めてみろ。倫理は感情を超越しない

 

 そうして、またまた勇者ユータに化けてひらりと格子の填まった馬車の前に飛び降りる

 「……大丈夫か?」

 裏声でラフタリア、と続けそうになった、危ない危ない

 そもそも勇者ユータはリファナの名前もラフタリアの名前も知らなくても可笑しくない。下手に呼んだら化けてるだけなのがバレる。声は裏声で何とかするとして

 

 「あ、あの……」

 茫然とするラフタリア

 いやまあ、突然すぎるよな。タイミング逃したら堂々とリファナ助けに行けなくなるから迷ってる暇なんて無かった訳だが不自然すぎる

 「あの時名乗り忘れたか

 俺はユータ。投擲具の勇者だ」

 と、クソナイフを麻痺って倒れた御者や兵士から引き抜いてひとつに戻し、ひょいひょいと姿を変えさせる。アイスピック、チャクラム、短剣、投げ槍といった感じでぐるぐるとランダムに、種別すら変えて出来る限り派手に

 これが出来るのは勇者くらいなので、信じてくれるだろう

 

 「……勇者、さま?」

 「残念ながら、亜人の神(盾の勇者)ではないけれど」

 「……なん、で?」

 ……警戒の色が消えない。怪しすぎたか

 「村を訪ねたときから気になってた」

 うっわ、キザ

 俺が言ってて寒気がするけれども、ハーレム野郎ならば言いそうなので言ってみる

 『称号解放 キザ野郎』

 茶化すなクソナイフ

 

 「他の子は?犬の子とかイタチの子とか」

 「リファナちゃん!

 そうだ、リファナちゃんを助けて」

 「大丈夫だ、その子も助ける

 

 ……他は?」 

 「一緒に居るのは、リファナちゃんだけ」

 良し良し、リファラフを引き離さなかった事には感謝しよう。横に親友が居れば言葉で支え合えるだろうが、一人ぼっちだと未来に絶望して気力を無くし既に二人とも牢獄で病死していても可笑しくなかった。がこれで何とか間に合う。だがやらかした奴は死ね、いや殺す。目の前に出てきたら今度こそ麻痺毒になど変えずに致死性の毒を叩き込んでやる。遅効性だ、存分にのたうち回れ

 

 とりあえず、これで良い

 キールは別の場所なのかもしれないが、キールは本編で奴隷としてそのうち尚文に買われていた。つまりはまあ生きてるだろうきっと。死んでて気分が良い訳はないからそれは有り難い話だ

 

 リファナには死んで欲しくなく、良くしてくれた狸の親父の愛娘を死なせたら娘を守って死んだ狸の親父に申し訳なく、キールとも割と遊んだので死なれたら良い気はしない

 他は……殺されてしまった狸の親父とサディナさんくらいしかそこまで親しくないしな……一部に至っては顔を覚えてるかも怪しい。同種の中に混じられたら5割当てられるだろうか

 多分向こうも俺をハツカ種10人の中から当てろと言われたらほぼ間違いなく当てられるのは三人くらいだろう。サディナ、狸の親父、リファナだ

 キールは……どうだろうな、成長した俺は見分けられてたからか素直に家の地下に避難してくれていたがあれは緊急事態だったしな

 

 「なっ!」

 「邪魔だ」

 「お前」

 「黙れ」

 「侵入、しゃ……」

 「目障りだ」

 「者共」

 「全員寝てるよ、お前も仲間入りしろ」

 「貴様ぁぁぁ」

 「貴様じゃない、勇者様だ」

 鎧袖一触。立ちはだかるすべてを目線だけでパラライズ

 というのは大嘘で麻痺毒盛ったフロートダガーを睨んだ相手に放ってるだけだが、端から見ればそう見えただろう

 ラフタリアは付いてきている。おっかなびっくり、数歩離れてではあるが

 

 「早く会いたいなぁ、……会って……、お嫁さんにして貰うの……」

 ……ああ、こりゃもうダメだ。死にかけて幻覚見てる

 リファナの声ソムリエではないがある程度は聞き分けられる。確かにこれはもうダメだ。今日の夜を越えられないだろう

 

 ……よしこの館の奴全員殺そう

 と、言いたいが震えるクソナイフの猛抗議に折れる。冗談だ、リファナを助けるのが先に決まってる

 キィと音を立て、牢獄の扉を開く

 「誰……、勇者、さま……?」

 ああ、もう目が見えてないなこれ

 よし、これから即日館焼こうぜ

 『称号解放 これから毎日家を焼こうぜ』

 おいこらクソナイフ再建早すぎだろこの館

 

 「残念ながら別人だ」

 言いながら、粗末も粗末な石のベッドに横たわる体を見る

 ……酷い怪我だ。全身に残る痕は鞭だろうか。こんな不衛生な場所に生傷残ったまま押し込められていたらそれはもうダメだ。病気で死ねと言っているようなもの。やはりこの館焼くべきだろ

 「投擲具の勇者様だよ、リファナちゃん!」

 「……ラフタリア、ちゃん……?」

 「とりあえず、飲め

 安物の薬だが無いよりは良いだろう」

 と、とりあえずナイフから取り出したイグドラシル薬剤を焦点の合わない目のリファナに飲ませる

 因みに安物というのは嘘ではない。リファナの命が助かるならどんな薬だって安いだろう当たり前だ。逆に助からないなら相場の1/100で売られている薬だろうが何だろうがぼったくりだ。リファナが助かる銀貨4000枚の薬と助からない銀貨100枚の薬ならば後者の方が高いのは当たり前だ

 まあ、この薬を仕入れるために走り回る中ひたすら出会う魔物をダマスカスナイフでトレハン即斬してきたのだが、買った上で使いどころがあって良かった

 ついでにそれだけじゃあ不安なのでクソナイフに良いから出せとひたすら薬剤効果に関係する投擲具を表示させては素材を買い漁って解放しておいた。多少は意味があるだろう

 

 「勇者、さま……」

 それだけ呟いて、少女は目を閉じる

 その手から、小さな旗が溢れ落ちた

 「リファナちゃん!」

 「大丈夫だ、眠っただけだ」

 ……息はある。まあ薬も飲ませたし暫くは大丈夫だろう。記憶にある姿より痩せているし、栄養失調なんかも発症してるだろうから起きたら色々と栄養のあるものを食べさせないと不味いだろうが、最悪の一歩前で何とか間に合った

 

 ……旗を拾う。牢獄の襤褸布の切れ端で作られたものだ

 旗、村の旗、盾

 ……尚文ぃっ!結局お前か、盾の勇者か!

 

 ダメだ取り乱した。多分平和だった頃の村への想いを馳せて作ったものだろう。拾っておくべきだ置いていくのは悪い、とリファナを背負って旗はポケットへ



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アヴェンジブースト

軽すぎるリファナの体を背負い、館を出る

 合間にうだうだ言ってきた馬鹿丸出しの豚はピックで喉を貫いてやった。恐らくはあれが領主だったのだろう。鞭なんぞ持ち出して騒いでご苦労な事だったが、もうあいつは何も言えない。壊毒を先端に塗った小型ピック、今頃奴の声帯はボドボドに溶けているはずだ

 良い気味だ。リファナを傷付ける奴は死ねばいい

 

 勇者ユータの幻影は張ったまま、街を歩く

 ってラフタリアは数歩離れて付いてきてるな、はぐれるぞ。リファナを背負ってる以上意識して離れることは流石に無いかもしれないが。何か悪いことでもしただろうか、寄ってこない

 ……正直な話、本来の姿で近付いた時より遠いぞどうなってるんだ。謎の怪しい鼠亜人以下ってお前な……

 

 「……どうしたラフタリア」

 なので問い掛けてみる。ラフタリアともう呼んでも大丈夫だ、さっきリファナがそう呼んでいたのを聞いて名前を知ったで通る

 「離れるなよ、領主の館で無くてもこの辺りは亜人への当たりが強い」

 それで苦労したものだ。そういえば、あの店はまだあるのだろうか

 

 「……怖くて」

 「……怖い?」

 足を止めて、ラフタリアの眼を覗き込むように膝を折る

 時折咳き込むリファナの背を、幻影で姿を隠した禿尻尾でゆさぶりながら

 「その、眼……」

 「眼?」

 怯えるなよラフタリア。恐怖顔に出てるぞ

 「赤い……眼」

 「……赤、か」

 何だそんなことか

 

 というか、赤目発現してたのか俺。それはもう怖がられても仕方ないな

 『称号解放 厨厨鼠』

 厨二と鼠の鳴き声を組み合わせた画期的な称号、ってうるさいぞクソナイフ

 赤目は俺にとっては何でもない事だ。幻影貫通してるとは驚きであったが

 

 「勇者特有……って訳でもないけどさ、異世界から呼ばれた勇者の資質の発動、かな

 気にしなくて良いラフタリア。別に悪いものじゃない」

 そう、別に悪いものではない。俺にとっては普通のもの。そもそも、俺が女神に選ばれた理由である

 

 曰く、弓の勇者川澄樹は異能のある世界から来た。それに関して盾の勇者主人公の尚文は色々と言っていたが、俺の世界にも普通に異能はある。正直な話、しっかり探せば的中能力を持った川澄樹だって居たかもしれない。探す力なんて無かったが異世界転移モノと言えば元々持っていた異能を駆使して大活躍、がお約束の展開とされていた世界において、盾の勇者の成り上がりは異能持ちが敵だけの転移モノという点でネット掲示板の注目を集めていた。まあアングラな場所ではあるのだが

 そして、俺の異能はクソナイフが再発動をアナウンスしていたがアヴェンジブースト。セクシャルブーストやらダメージブーストやらドランクブーストやらスカッシュブーストやらのブースト系異能の極致。最強候補筆頭にして次元の違う最弱の異能。その発現の初期段階が充血して真っ赤になった瞳である、というだけ

 「髪は?どうだ?」

 「黒い、けど」

 「そうか。第一段階だから気が付かなかった、悪いなラフタリア」

 因みにだが、第一段階で目が充血して真っ赤になり、多少目が良くなるが寝れなくなる。第二段階はプラズマで髪が半端に逆立ち青白く光るようになる。この段階になると周囲の電子機器が壊れ出すのだがこの世界ではちょっと静電気でバチっとくるくらいだろう。電子機器は無いのだから

 ぶっちゃけた話、アヴェンジブーストは最強のブースト異能と言っても樹の的中なんかに比べて完全覚醒で無いとそう強くはないのだ。第三段階(完全覚醒)に行かなければちょっと目が赤くなり髪が青白く光って逆立ちつつ静電気がバチバチする程度の異能でしかない。セクシャルブーストで言えば頬どころか掌キスすればこれくらいのブーストは出来るな。当然それ以上ならばもっと強い

 正直、俺としては異能はブースト系ならば炭酸飲むと動きが速くなるスカッシュブースト辺りで良かったんだが

 

 閑話休題

 とりあえず、座れる場所に行こう。館の奴等は全員夢の世界だから追いかけられるのはまだ先だ。とりあえず腹ごしらえだ腹ごしらえ。リファナに何か栄養あるもの食べさせないと栄養失調で死んでしまうからな。ラフタリアもだが

 

 ということで、昔村を飛び出した時にお世話になった寂れた料理店に顔を出す。まだ残ってたのかこの店、何時潰れるんだというレベルで寂れてたんだが

 名前を、ドブネズミの残飯亭。自虐の強い名前だが、本当に小汚い店である

 「ラフタリア、入れ」

 「で、でも」

 「小綺麗な店に行きたいか?

 無理だ。亜人お断りの一言で片付く」

 まあ、そういう話である。何とか細々と生きていこうという亜人向けの店。この街のスラムとまともな通りの境界にある、両側から入れはする場所。とはいっても、まともな通り側の扉は、流れの冒険者なんてやれてる奇特な亜人と、未来を夢見てスラムを出ていく現実を知らない亜人と、運良く奴隷にも死体にもならずにスラムに逃げ帰れる現実を知った亜人くらいしか通らないのだが。今の俺は……亜人奴隷の少女を連れた謎のお客さまという珍種扱いか?

 

 軋む扉を空けて中へ

 水?出るわけ無いだろ金だ金。こんな場所の水なんて金払わなきゃ何入ってるか分かったものじゃない。まあ、金払おうが加熱消毒はしてある、くらいの差なんだが

 店員は一人。案内のウェイトレスなんて上品なものはない。なので適当に座り、適当に注文し、たまに間違えたものが出てくるのもご愛嬌。そんな店である

 「何でも良いぞラフタリア。どうせどれも美味しくないから好きなもの頼め」

 まあ、当たり前。選外品なり何なりの捨て値の食材でやってる店だ美味いはずもない。値段相応に飯の量はある、亜人でもぼったくられない、栄養はある、その三点があるので気にはしてないが

 

 なんて言いつつ、リファナの体を……

 相変わらず汚ねぇなこの店。リファナを下ろしたら病気になりそうだ。背負っておくか



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果実

「充分食べたか、ラフタリア」

 リファナは結局眼を覚まさず、なので特に何も食わせることはなくラフタリアを連れて店を出る

 特に何もなし。昔のように不味い飯を喉に押し込んだだけだ

 お子様ランチ?旗?そんなものは無いそんな高尚なメニューがあそこにあるものか。旗なんてそんなコストがかかる。そもそも俺は尚文の奴じゃない

 

 亜人を連れていては嫌な顔ばかりでロクに買い物も出来やしないのでそのまま街の外へ。外に出るからと最低限のものを食べさせただけである。まともな食料には限りがあるしリファナに食べさせてやるべき量はかなりを占める。不味かろうが何だろうが食える魔物よりはマシなのを最初に食わせてやるべきだろうというだけ

 魔物の肉やらって、ロクに栄養があるかも分からないしなアレ。村出てからたまに解体して食べてたけど。味は微妙、だが何もないよりはマシとして焼いたり煮たりして何とかやりくりをしていた。家の維持費とか何とか全部ほぼ全財産である船ごと海の藻屑と消えた両親の代わりに狸の親父が出してくれてたんだし金は貯められるだけ貯めるべきだったからあまり食料は買えなかった

 まあ、その金は結局クソナイフのぼったくりに消えたのだがそれは良いか、奪われるかぼったくられるかならばなにかが残る後者の方がよほどマシ

 

 「……此処だな

 ファスト・レビテート」

 ということで、門を出るや道を軽く外れ、林に近づくや魔法を唱える

 まあ、当たり前だ。突入するのに荷物を持ってはいけないだろう。誰かに預ければパクられるかもしれない。クソナイフにはアイテムストレージが付いてはいるがあれはドロップ品取り出し専用であり入れたものは武器に還元されてしまうので困ったことに食料品保存辺りには使えないのだ。ならば、どこかに隠しておくのが得策。誰かを介さない分見付けられさえしなければ無くならない。多少は安全だ

 そうして掘り出したのは布のバックパック。とはいえリファナを背負った今背負えないので手に持って

 

 そうして、当てもなく歩き出す

 マジで当てが何処にもない。村に帰っても廃墟、かといってメルロマルクには亜人の居場所はほぼ無い。俺一人ならば魔法で耳も尻尾も誤魔化せるし何とかなるのだが、リファナは無理だ

 ラフタリアも無口。何も言わずにただついてくるだけ。何か言えよ、と話題を振りたい気もあるが、じゃあ何を話せというのか。まだ村の一員のマルスとしてならば話せなくもないが、投擲具の勇者ユータのフリして何を言えと

 

 「……なん、で?」

 どうしたラフタリア、ふとした時にそんな

 「なんで、助けてくれたの?」

 ……おいまたか、前に言っただろう何が不安なんだ

 「だから言ったろ、直後に波があって、更にはいつの間にか村が焼けててさ、気になったって。これでも関わった訳だしさ

 ……放置するのも勇者として寝覚めが悪い」

 まっさか今更アイムマルス、あの村の亜人だし当たり前だろラフタリアなんて言えないので当たり障りなく

 うん苦しいな。というか、すまない投擲具の勇者、この言い訳だとお前そのうちどっかからこの事が噂になった頃にはロリコンでケモナーの謗りを受けることになる。死後に自分を騙る偽者のせいで謂れの無い……いやあるか、リファナに眼を付けてたかは兎も角あいつ村に可愛い娘居たし云々ぶつぶつ言ってたな。だからつい喧嘩吹っ掛けたんだった。言い直そう、謂れのあるロリコンケモナー扱いという辱しめを受けるとか災難だなと思うが大人しく受け入れてくれ、俺なんかに七星武器奪われて返り討ちにあったのが悪い。仕掛けたの俺からだけど

 

 そうして、日がそろそろ暮れる頃

 背中の少女が身動ぎした

 

 危ね

 とギリギリで軽く背中を擦る尻尾を垂らし、耳をぺたんと頭に付ける。その直後、目が覚めたのか動く少女の手が俺の頭に触れた

 ……あくまでも幻影。勇者ユータのように姿形を見せかけてはいるが、別に俺の尻尾も耳も無くなった訳ではない。実は本物はもうちょっと背が低いのだがそこはイメージでちょっと俺に合わせて頭身を伸ばして対応してるしどうでも良いなそれは

 鼠の耳が其所に無いように見えるのは視覚だけ。頭の上の虚空に見える場所にしっかりとある。しっかりと倒して頭につければまだ何とか昔の怪我で瘤がとか多少嘘吐きやすいが、立った所を触れられたら跳ねた髪だと凄く嘘臭く誤魔化せってのか?

 

 「……何だ、起きたか」

 歩みを止める

 ……良かった、イグドラシル薬剤の効能疑ってたんだが効いたならば可能な限りの素材を集めてきて素材下取りで安くしろと勇者面して無理に買い叩いた甲斐もあった

 「リファナちゃん!大丈夫!?」

 「起きたということは大丈夫だろう」

 とりあえず、開けた場所だ。危険は薄いだろう

 盗賊?知らん、返り討ちにすれば良い

 「……此処、は」

 「メルロマルクの中だよ、残念な事にな」

 メルロマルクはやはり危険だ、亜人の国シルトヴェルトにでも向かおうか。って駄目だな、盾の勇者大嫌いなメルロマルク軍が既に封鎖してるはずだ。本編では尚文はシルトヴェルトへ向かってなかったはずだが実はそんなことになってたと読んだ気がする。言うてそんなに強くないはずだし強引に突破出来なくはない気がするが止めとこう変にリファナ達が怪我してもいけないし突破の際に兵士を何人殺すことになるやら分かったものじゃない

 

 とりあえず、此処で良いかとリファナの体を下ろす。草の上、しっかりとした汚れにくい場所にしないとな

 「まあ、とりあえず食え、何か食わないと死ぬぞ」

 バックパックから出した果物を座らせたリファナへと投げる

 新鮮さは大丈夫だ今日買ったものだから。味は……まあ個人的には好きだ。前世的に言えば柑橘系の外見と食感だが味は梨っぽいだろうか

 「……っと、ラフタリアにもな」

 忘れかけてた。リファナばかりに与えても不自然だろう。平等に平等に

 ……ちょっと古いので良いか、自分で食べるかと昨日買ったものだ値段は半額だが別に目利き出来るわけでもあるまい。差はきっとバレない。昨日良いもの買ってないのか?いや古くなるから朝食ったに決まってる

 自分のなくなったな、まあ良いか。そもそもリファナ見つけたときにキールやラフタリアが一緒に居る可能性考えて多目に買っとくべきだったと反省するだけだ

 

 「……良いの?」

 「良いんだ」

 「……でも、あっ、えーっと……」

 言いにくそうだなリファナ、どうした

 「何て、呼べば」

 ……ああ、そういう

 

 「俺はユータ、投擲具の勇者ユータ

 って何度か言ったな」

 「勇者、さま?」

 「俺は尚文()じゃない。ユータとでも呼んでくれ。様は付けなくて良い」

 リファナに様付けで呼ばれるとゾクゾクする。二つの意味でだ

 『称号解放、変態ゾクゾクネズミ』

 黙れクソナイフ、というか増えてそうな称号だなおい、せめてゾワゾワネズミにしろよ

 嬉しい気持ちもあるし、距離があって寂しい気持ちもある。嬉しさが俺ではなく勇者ユータへの尊敬である事を思うと半減以下なのでこんなものゴミだゴミ

 

 「……えっと、じゃあ」

 何を考えてるんだかリファナ、気にせず食え。お前の為に店頭で良さげなもの目利きしてーまあ品質確認を果物ナイフをコピーした時に得たクソナイフのパッシブスキルでやっただけなのだがー良いもの選んできたんだから

 「ユータ、くん……さん?のが」

 「俺のはもう食べたから、気にせず」

 ……朝にな

 というかくんさんって何だリファナ、何で言い直した。というか何で最初にくん付けた

 まあ良いや

 「……ラフタリア、気にせず食べろよお前も

 栄養はあったがクソマズかったろ昼飯」

 不味い不味いと言いながら食べてたからな半年前の俺

 

 「で、でも」

 何を悩むラフタリア、おい、なに警戒してんだ

 「大丈夫だよ、ラフタリアちゃん」

 「でも、毒とか……」

 ……毒?酷い言い掛かりだなおい。ラフタリアに毒盛ってどうする、リファナに軽蔑されるだろうが。第一、ラフタリアだって村からの知り合いだ、リファナの次くらいには幸せを祈ってる。そんな相手に毒盛るとか何がやりたいんだ。アレか、自分へ向けての怒りでアヴェンジブースト発動でも狙うのか

 ……止めとけ、どうせその毒で苦しみながら死んでいく姿を見てすら第二段階発現がギリギリだ、覚醒段階になんて到底行かない

 

 「大丈夫だって、ラフタリアちゃん」

 言いつつ、外皮を剥いて、中身を一房はがすと少女は果実にかぶり付く

 「うん、美味しい」

 

 そんな親友の姿を見て、おずおずとラフタリアは果実に手を付けた



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アジテートクソネズミ

「ヒートダガー」

 適当に枝を集め、火属性を持ったナイフで一閃、それだけで火を点ける

 この辺りは便利なんだよなこのクソナイフ

 

 更にはフリスビーのような形状の盾ー盾だが投擲具扱いもされる便利なもの、但し投げられる事を重視したので性能は最低限な失敗作として投げ売られてたブツだーへと投擲具を変化、底は浅いがフライパンのような鍋として活用。そこに水を入れ、干した穀物と粉末状になった肉や茸類の出汁、買い置きの干し肉、そして同じく買い置きの根菜を軽く入れて火の上に置いて煮たたせる。普通のフライパンと違って仮にも勇者の武器、持ち手が水底に沈んでいるものしか無くても浮かせておけるので熱くない

 

 暫くすると完成だ。男飯だがまあ半分スープなので弱った胃でも食べられるだろう

 ……取り皿ねぇな

 

 「フロートダガー、トマホークスイング」

 仕方ないので鉄の投げ斧へと投擲具を変化、近くの木をスキルで伐採する

 「……凄い」

 「っと、ちょっと待ってろ今皿を作る」

 そうして斧では上手く削れないので皿にしようという部分だけ薄く切り落としてから

 「チェンジダガー」

 姿を大きな彫刻刀へと変えて強引に皿を削り出す。ついでにスプーン擬きも

 ……随分と粗っぽい出来だな、まあ良いか

 

 「セカンドダガー」

 そうして次に用意するのはカプセルボール。中身にガスを込めてぶん投げるとカプセルが弾けるという、所謂煙玉。投げて使うのだから当たり前の投擲具判定である。但し使うとなくなる武器なので普通に伝説武器をこの姿に変化は出来ず一々フロートダガーで呼び出すのが面倒

 だが今必要なのは外のカプセルだ。中身の煙は要らない

 

 煙を消し、カプセルを留め具を外して二つに割る。そしてそれをお玉に、作った皿にスープを分けた

 『称号解放、雑貨の偽勇者(笑)』

 よう七星の日用雑貨、お前も大変だな武器に混じって戦わされて

 ……あ、黙った。やはり後先考えないクソナイフか

 

 「ありがとう、ユータく……さん」

 リファナ、だからくんと言いかけてるのは何なんだ、お前にくん付けされるような年齢じゃないぞ勇者ユータは。俺?お前と一歳違いだよ

 「あ、ありが……とう」

 ラフタリアは相変わらずの警戒状態だ。助けてやったのに薄情狸な事で、と言いたいんだが寧ろ何で助けたのかも良く分からないし村に来たときはどうだったのかも分からない謎の勇者を全然警戒してないリファナが可笑しいのかこれ。まあ、リファナは盾の勇者への憧れあったしな、勇者ってものを信じやすいんだろうきっと

 おのれ尚文、よし趣味と実益を兼ねて尚文には……もう冤罪食らってたなあいつ、じゃあ良いか

 

 「……さて、飯は行き渡ったか」

 自分の分は取り皿なんて要らない。掬ったカプセルの半分でそのまま喉に流し込めば良い

 「……ということで、改めて聞こう

 ラフタリア、そして……リファナだったな

 お前らは、これからどうする?」

 そう、必要なのはこの先の展望

 ずっとリファナ達を連れていく訳にはいかない。そうすれば必然的に波に参加しなければならなくなる。それが勇者のフリをするものの使命だ。勇者の使命を放り出していては怪しすぎるのだから勇者っぽく振る舞うべし

 だが、それは諸刃の剣だ。やらかしすぎると前みたいに女神側の呪いが発動する。それでうっかり俺が死んだりしたら戦線は最大戦力を喪って総崩れ、そのままリファナは死ぬ。ラフタリアも死ぬ。駄目だろうそれは。何時発動するか分からない爆弾にリファナを縛り付けられるものか

 だとすれば、どうするか。答えはもう出ている

 ラフタリアにも幸せになって欲しい訳だし、リファナには可能な限り安全で居て欲しい。ならばこんなもの、亜人の神(岩谷尚文)に預けてしまうのが一番だ。リファナ的にも憧れの盾の勇者の所に居られて嬉しいだろう。お嫁さんにしてもらうって夢まで語ってたんだし。俺は別にリファナを悲しませてまでリファナが欲しいってほどじゃないしな

 第一、やはりというか世界を元々の流れ(盾の勇者の成り上がり)から歪めすぎるのも良くない。歪みが大きくなった結果、最終的に女神に勝てない道に行ってしまったら元も子も無い。世界は滅び、リファナは死ぬ。それは何がなんでも避けなければならない。それこそ、例え世界の為の盾となり転生者の呪いで俺が魂ごと消滅する事になろうとも、リファナの生きるこの世界を女神なんぞに蹂躙させるものか

 リファナが居るのがそもそもの歪み?知るかそんなもの、リファナが死んでる盾の勇者本編の方が歪んでるんだっての

 

 ……だから、だ。この先、尚文がぼっちに限界を感じ、暗い理由で奴隷を購入する頃になったら強引に尚文の買う奴隷枠にリファナとラフタリアを捩じ込む。それ以外の奴隷を買わないように金があれば尚文が買う可能性のある残り二体……確か雑種のリザードマンとラビット種だったかを買い占めても良い。勇者様へのリファナの信頼を裏切るのは衝動的に喉を……そう、こうして

 

 「勇者、さま?」

 っと、リファナが驚いた目で此方を見ている

 危ない危ない、ついセカンドダガーで自分の首掻き斬るところだった。実際にやらかす時までその事は考えないようにしよう

 「大丈夫だ、野生の魔物の気配がしたから構えただけだよ」

 まだナイフ首筋に当てる直前で助かった、誤魔化せる

 

 兎に角だ、尚文に託すまでまだ時間はある。尚文が奴隷を買う直前まではこうしてリファナ達の安全を俺が確保する。幾らいずれ奴隷として尚文の前に出さないと大きく世界が歪むとはいえ、奴隷商の管理下なんて魔境にリファナやラフタリアを一日もの間置いておけるものか。奴隷商に話を付けリファナを置いてきたその足で奴隷商に幻影で化けて尚文を誘導してくるくらいで丁度良い。勇者様に裏切られたショックできっと荒んだ尚文好みのハイライト消えた死んだ目をしていてくれるはずだ。よしそんな事する俺殺そ……

 危ない危ない、再発しかけた

 

 「どう?」

 「そうだ、ラフタリア

 お前らの家はもう無い。村は焼け野原だ」

 「な、なら建て直し……」

 「また、狙われるぞ?メルロマルク的には亜人の村なんて滅んでた方が心地良いんだ」

 ……確か、本編的にも波の生き残りが村を建て直してる所にメルロマルク軍がやって来て……というのがラフタリアが奴隷になった経緯だ。村が壊れているか、多くの人間が生き残っているかの差こそあれ、実は本来のストーリーラインとあんまり変わらない。その点は尚文が来る前のルートを大きく変えなかった杖の勇者(オルトクレイ)に感謝……出来るかボケ、リファナを苦しめてんじゃねぇよ七星勇者

 

 「村には帰れない。帰りたいってなら殺された奴等の弔いの為に一度帰してはやるが、留まるのは無理だ

 生き残りが戻ってきたならば、またメルロマルク軍が来る」

 どうせ、声帯潰されたりネズミが逃げたりで怒り心頭だろう実働した貴族共は。絶対にまた来る

 「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 って、落ち着けラフタリア

 「もう一発セカンドダガー!」

 『力の根源たるねz勇者ユータがって分かってんだろ天地真理以下省略!』

 「落ち着けラフタリア、ファスト・スタンクラウド!」

 とりあえず皿を落として汚れないように投擲具を宙に浮かせて皿を確保するや急に叫びだしたラフタリアへと軽く電気ショック。アヴェンジブースト第二段階以降ならば生体スタンガン出来なくもないのだが発動してないし危険なので魔法でバチっと

 「ラフタリアちゃん!」

 「ちょっと痺れさせただけだ、ダメージはない」

 アヴェンジブーストのスタンガンだと出力によっては心臓麻痺で人殺せるがスタンクラウドはそんな危険な魔法ではないので安心だ

 

 「で、ラフタリアは何で急に」

 「ラフタリアちゃん、お父さんが刺されてから……」

 ああ、言いにくそうだなリファナ。分かるぞリファナ、良く言ってくれた

 「……すまない、無神経だったな」

 メルロマルク兵士の話をしてはいけなかったか。いやまあ、狸の親父はあいつらに刺し殺された訳で、それを見上げるしかなかったラフタリアからすれば奴等がまた来ると聞けば半狂乱になっても仕方ないか。俺だって奴等が目の前に居たら反射で魔法詠唱しつつピック投げるかもしれない

 「でもだ、分かるだろう?帰る場所はもう無い」

 そのうち尚文の所が帰る場所になるし、尚文の土地が出来てからは村の再興も出来るが今は、の話だ。俺?そこまでやらかしたらまず間違いなく呪いで死ぬわそんなもの

 

 「だからだ、戦いたいというならば最低限は教えてやる

 戦いたくないならば別に良い。とりあえず暮らしていける場所は探してやる

 勇者というものも忙しくてそんなに長いことじゃないけどな。さあ、どうする、リファナ

 ラフタリアは……まあ、戦いたくなんてないだろうけどな。それでも、生きていくには最低限の力が必要だ

 力があれば、村だって守れたかもしれないだろ?」

 盾の勇者本編では追い詰められに追い詰められ、剣を取るしか無かったから剣を取ったのだ。本来のラフタリアは戦いになんて向かない。いやまあ、そんなこと言ってそのうち尚文に押し付ける気マンマンの俺が言うのかそれという話だが。どうせそのうち戦わざるを得ない環境に放り込む気の、リファナや狸の親父の村を守れなかったクソネズミがどの口で言うかそんなこと

 それでも、尚文のところで役立ち、尚文にも捨てられたりせず生きていって欲しいから最低限の事は教えておこう。まあ、あいつが奴隷捨てるとは思えないが万一だ

 そうして、ついでにラフタリアの事を言ってリファナも追い込む。力があれば守れたかもしれないと、優しいリファナを戦いに駆り立てる

 

 「……うん、ラフタリアちゃん

 私、頑張ってみる」

 『称号解放、アジテートクソネズミ』

 その通りだよクソナイフ、良くわかってるじゃないか



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命を奪わせるということ

……そうして、翌朝

 

 結局ラフタリアは半狂乱から戻らなかった。リファナが寝る前に言った事には、最近夜ずっとらしい。麻痺解けた後疲れて眠っては叫んで飛び起きる、それを繰り返していた

 ……何もしてやれることはない。本気で何をしろというのだ、狸の親父を守れなかったクソネズミに

 リファナがずっとついていて、横で手を握って眠っていた。それだけが救いか。親友が居れば安心するだろう、少しは

 特に煩いとか言わずその度に毛布をかけ直してやる、それだけを繰り返しつつ、目深にフードを被って眠った

 アラームダガーなる時計っぽい短剣に変えておいたので変なものが近付いてきたら分かるし、フードを被っておいたので顔は見えない、リファナが此方を見ても眠っている幻影の解けた俺を見ることは出来ないという訳だ

 リファナを見付けられた、遅くはあったが遅すぎなかった。キールはきっと大丈夫だ、それらの安堵から、今日はアヴェンジブーストによる眼の充血で30分の仮眠という形にはならなかった

 

 「食うもの食ったな、二人とも」

 朝食は果物と冷えた男飯。そんなに豪勢なものは作れやしない。馬車……というか鳥車とかあれば別だがそんなものはない

 

 そうして、クソナイフから適当にナイフを取り出す。フロートダガーだとかで俺がよくやってる伝説武器の一時的な増殖ではなく、リファナ探しの間にすれ違い様に斬ってた奴等のドロップ品をストーレジから出しただけだ

 そうして、それを投げ渡す……のは危険なのでリファナへと手渡し

 「今日は最低限の事を教える、良いなリファナ」

 「リファナ、ちゃん?」

 半狂乱だったからかきっと昨日の会話を聞いてなかったのだろう、ラフタリアが怪訝そうに俺を見る

 「リファナちゃんに危険なことさせないで」

 「じゃあ俺がずっと一人で危険な目に遭えと?」

 その通りだよクソネズミ、と自問自答は完結するがそれでは何時かリファナが死ぬのでグッと我慢

 「この娘はお前を守るために、生きていく為に、自ら戦うことを選んだ」

 まあ戦わないと言いにくいようにお前の話題を出して誘導したんだがなラフタリア何時か俺にキレて良いぞラフタリア

 「その覚悟を無駄にするなラフタリア」

 「で、でも怪我したり、し、死んじゃったり……」

 「巻き込まれても同じだ」

 「でも!」

 「波はもう始まった。この先各地で起こるだろう」

 本編で起こってたしまず間違いない

 「あの、災害が……」

 「否応なしに戦いに巻き込まれる可能性はあるんだよ、この世界に絶対に安全な場所なんてもう無いんだ

 それが波だ。勇者はそれと戦う。いや、この世界の誰しもが、それと戦わなくちゃいけないんだよ、本当は」

 「少しでも安全な場所で波に二度と巻き込まれない事を祈って慎ましく生きて万一波に巻き込まれたときに何も出来ずに苦しんで死ぬか、それとも万一の時に戦えるように今苦しむか

 リファナは後者をお前の為に選んだんだ、ラフタリア」

 

 ……悪いな、リファナ

 ラフタリアにも戦ってもらわなければいけない。盾の勇者(岩谷尚文)の横で盾を守る剣として彼女が居る、それが本来の世界であるのだから

 だから、お前の覚悟を踏みにじり、お前の決意を出汁にして戦禍の泥沼に引きずり込む

 「それでも不安だと言うならば、お前も戦うか?

 一人より二人の方が強い。安全に戦える。守られてばかりではなく、二人で守りあえる

 どうだ?やるか?それとも一人親友に守られるか?」

 卑怯だ

 親友の無事を人質にこんなことを言えば、きっとラフタリアは親友の為にやりたくもない戦いに身を投じる

 

 『称号解放、外道クソネズミ』

 その通りだよクソナイフ

 『システムメッセージ、外道クソネズミはカルマ値超過によりオーバーカスタム費用が倍となります』

 だからって調子乗んなクソナイフってかカルマ値って何だよクソナイフ

 

 「や、やります!」

 「言ったな?ラフタリア

 後で嫌だと言ってもやらせるぞ、分かってるな?」

 「り、リファナちゃんの、為なら」

 そんな震えながら言うなよラフタリア、罪悪感があるだろうが。元から感じてて然るべき外道行為なのは否定しない

 

 というか、リファナ何も言わないな。てっきりラフタリアちゃんを巻き込まないでとか言うと思ったんだが

 

 「良いのか、リファナ?」

 なのでつい聞いてみる。ダメだと言ってもやらせる気の俺が何聞いてるのかという話だが

 「うん。勇者さまが、戦って欲しいって言うなら」

 「お前の親友を巻き込むんだぞ?」

 「ラフタリアちゃんだって、強くなりたいと思う」

 「そんなものか?」

 「うん、怖い人達に、もう負けたくないと思うし

 それに、さっきの言葉は勇者さまも同じ」

 「一人で戦うよりも、か?

 そのうちお前たち二人で生きていかせるぞ?投擲具の勇者ってのはそんなに暇じゃないんだ」

 リファナが死ぬ可能性は少しでも減らす以上、そのうち俺が居てはいけなくなるのだから

 言いつつ、覚悟を決めた目のラフタリアにもナイフを渡す

 何というか、すぐにその目が曇らないと良いんだが

 

 そうして、狩りへと出掛ける

 といっても元が野宿なので直ぐに場所に着くのだが

 「よし、まずは二人でパーティを組むんだ」

 「勇者さまは?」

 「俺は別。お前らとパーティは組まないし、基本手は出さない

 本当に危なくなったら何時でも助けてはやる。けれども、お前たちは二人で強くならなきゃいけない。だから、俺が倒してパワーレベリングするんじゃ駄目だ。レベルとステータスは確かに絶対的な指標だが、どれだけのステータスがあろうとも、それが相手を完全に圧倒する馬鹿げた差で無い限り、力を使いこなせなければ格下にすら勝てやしない」

 因みに偉そうに言ってる俺はクソナイフ使って勇者の圧倒的なステータスとスキルによるごり押しで最初の波をボッコボコにしたクソネズミである。マジでどの口が言ってるんだろうなこの臭い台詞

 因みにこれは建前。本音?そもそもの話、パーティ組んだ場合俺の名前がユータではないとバレる。幻影で誤魔化せるのは起きてる間だけ、寝てる間にパーティメンバー見られたら終わりだ。だからパーティ組めないというだけの保身である

 

 そんなこんなで、初戦闘に良さげな魔物を探す

 あの青熊は……レベル1で相手するような奴じゃないな

 「エアストスロー」

 なのでさくっと片付けておく。レベル20代までは戻ったのだ、今ならば普通に一撃で落とせる。戦わせてる時に変に絡まれても困るしな

 「う、うん……ユータさん、強いんだ」

 って引くなリファナにラフタリア

 「当たり前だろ、波鎮めたんだからさ

 

 と、良いのが居たな」

 

 視界に捉えたのはウサピル。兎の魔物だ。そう強くはなく恐ろしそうでもない

 「ぴょ?」

 俺たちを見るや襲い掛かってくる。そこは魔物か、兎なんて基本臆病だろうに好戦的だ

 狙いはラフタリア、一番弱そうだからか?

 「構えろ、リファナ、ラフタリア!」

 叫ぶも二人ともナイフを構えず……

 「フラッシュピアース!」

 ラフタリアの胸を蹴る直前、光速のピックが近くの木にウサピルの茶色い体を縫い止めた。まあ俺がギリギリまで待ってから最速のスキルで投げたんだが

 「ち、血……」

 「怯えるなラフタリア、戦うってことは、無数にこんなことを繰り返すって事だ」

 「血が、出て……」

 「血が出たんだじゃない。出させるんだよ

 そうでなきゃ自分か大切な人が血を流す

 

 それが、戦いってものだ。誰しもを否応なしにそれに巻き込みかねないのが、波というものだ」

 やっぱりあの女神ってクソだわ、何時か尚文達四聖が殺しに行くから首を洗って神妙に待ってろ。そこに俺が居られるかは……無理があるかやっぱり

 

 「さて、残りの家族が敵討ちに来たようだな」

 二匹のウサピルが見える。襲ってくるだろう

 煽るために、だから家族かは知らないがそう告げる

 戦いの苦しさを最初に突きつけて、そうでなければきっとどこかで止まってしまう。いやそんな危険な目に遇わせる時点で可笑しい?ごもっとも俺が本物の勇者ならきっとこんなことはしない

 「今度こそやってみろ、リファナ、ラフタリア」

 「でも、」

 「やらなきゃ、父親のように皆死ぬぞ」

 「い、イヤ」

 ラフタリアの目に浮かぶ恐怖

 半狂乱になりかけている。まあ追い込んだクソネズミが此処に居るわけだが

 

 マキビシ、パラライズポイズン

 こっそりと麻痺マキビシを撒いておく。軽く跳躍したウサピルが落ちてくる場所にピンポイント。まあ、止めではなく動きを止めるだけのアシストだ、最初くらいは助けてやって良いだろう。何時かは尚文に守られながら積極的に倒しにいかなきゃいけない時が来るが今は

 

 「イヤぁっ!」

 半狂乱、まともに狙いもつけずにナイフを振り回す。本来、当たるわけもないぞラフタリア

 だが、二度目の跳躍しようとした瞬間にマキビシで麻痺したウサピルは動きを止めており、偶然ながらナイフがその首筋に食い込んだ

 ことり、とその首が落ちる

 

 「や、やらなきゃ、やらなきゃ!」

 その横で、麻痺ったもう一匹の胸を、リファナのナイフが貫いた

 

 「「あ……」」

 二人して蒼白な顔。マキビシの軽いダメージ(レベル20台パチモノ勇者基準)を受けて死にかけていたのか一撃でウサピルは事切れ、地に転がる

 それを目で追うリファナ達の顔は、やらせたことを後悔したくなるほどに血の気が無かった

 でも、止まるわけにはいかない。尚文に預けても、戦えなければきっと捨てられる。それが荒み尚文だ。だが、まあ、ある程度信じられればここまで安全な場所もあまりない

 

 「……これが、戦いだ

 よくやったな、二人とも」




因みに、この世界の狸はデバフが掛かっています
足長おじさんに気が付いた本家狸ならば化け鼠の正体にも気が付くかもしれませんが、今作では気が付いていません
足長元康ならぬ尾長鼠であのカース覚醒全員黒焦げルート辿りかねませんので


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ポータルジャベリン

あれから一週間近くが経った。とりあえず脅しすぎもいけないので大抵はバルーンなどの生物感の薄い敵を相手に戦わせてそれを観察していたのだが……

 

 リファナのレベルは20まで上がった。ラフタリアは18

 ……おいちょっと待て可笑しいだろ

 リファナ探しつつ叩き斬ってただけの俺が20越えにまで戻っているのもそもそもおかしく、第一半年間金稼ぎの為に遺跡調査の護衛やらなんやらのモンスターとあまり遭わない仕事をやりつつ40まで行った俺が有り得なかった訳だが、何でもう20行ってるんだよふざけてるだろこれ。普通の人間あれくらいの敵倒しても12もいかないはずだぞ

 モンスターを倒すと経験値が入る。経験値を得るとレベルが上がりステータスが延びる。まるでゲームだが、魔法なり何なりのエネルギーがあるこの世界、経験値という生命の力を増幅するエネルギーが存在するとすれば可笑しくはない。実際レベルをステータスに変換する能力が勇者の武器には一つの強化方法として存在するのだし、レベルや経験値はエネルギーみたいなものとすれば辻褄が合う

 それはおいておいてだ、レベルが上がれば上がるほど次にレベルが上がるまでの必要量が増える、これは当然。ならば可笑しいのだ、レベル12行かないくらいの経験値で20越えるとかレベルアップまでの経験値に個人差があるだろうとはいえ完全に狂ってるレベル差だ。経験値そのものに謎の超ブーストでもかかってなければまず無理。そして、そんなブースト能力はクソナイフにはない。確か本編では奴隷の盾なんかの成長補正系あったよな、と捕まってるうちに伸びてたリファナの髪の毛辺りを軽くナイフで切らせて貰って取り込ませたのだが、出たのはンテ・ジムナシリーズだけであった。アストラルシフトとかソウルストライクとか聞いただけでワクワクするスキル満載のシリーズだったが、解放必要素材に心臓があったのでシリーズ丸ごと見なかったことにした

 

 因みにラフタリアの髪の毛も貰ったがこれはこれで出たのはラクーン系のみかつラフタリアは亜種みたいなものらしく解放は出来なかった。俺のは血なんかも入れてみたがハツカシリーズと転生者シリーズだけ、特に良さげな補正はないしネズミだけあってンテ・ジムナシリーズとは異なりワクワクの欠片もないクソの塊な性能のものしか無かった

 というか転生者シリーズって何だよ真面目に初期武器以下の性能してたぞアレ。何とびっくりエアストスローなんかの基本的なスキルが全部取れるしチャクラムやら手裏剣やら色んな武器種が一シリーズとしてあるのは良いんだが他のスペックが低すぎる

 ……あれ?ひょっとして転生者がパクった場合って基本的に武器種に合わせたこのシリーズに変化してるのか伝説武器?だから勇者の紛い物やってる割に強くないとかそんな話か?そういえば盾の勇者本編でパクった伝説武器をある程度使いこなしてた奴タクトくらいしか居なかったような……

 

 閑話休題

 経験値が多すぎる。これは……奴か。やはり奴が絡んでいるのだろう。つまりは、このアホみたいなレベルの上がりやそれを裏付ける他とは違う経験値の入りっぷりから見て、転生者は基本的に奴に捕捉されているという訳か。そのうち奴の潜む砂漠に向かう必要があるかもしれない

 一つ裏が取れた。本編で出てくる転生者タクトの一味のレベルが確か最低250、あまりにも高すぎるとは思っていたが奴のお陰で転生者であるタクトと居れば経験値にバカみたいなブーストかかるようだしそのままパワーレベリングすれば250も行けるか。たぶんその気になれば俺でもいける。いっそリファナのレベルをタクトどもにも負けない400台目指させて何とかするか?いや無理があるしそもそも100越えるクラスアップ方法知らないから前提から無理だ

 

 そうして、やってきたのはメルロマルクのその中心。そろそろ尚文の奴が戻ってきそうな日になったので、尚文がリファナ達を奴隷として買うように仕込もうという奴だ

 金?……結局まともに貯まってねぇな、なんてオチには流石にならず、一応しっかりと用意してある。とはいえ、これは奴隷商に分かってるな?する為に握らせる金だしラビット種なんかを買えるかは怪しいな。レベルを上げさせるという事はリファナ達も俺と同じく無理矢理成長させるという訳で、そりゃもうお腹が空く、それら半年前俺も腹減らししていたから良く分かる。だが喉元過ぎればでその事を忘れていたので食費が予想の遥か上を行き、目標額よりは下回った額しかない

 狸の親父が殺されたあの時を思い出せ!で何とかかんとか第一段階には任意変身が現状可能なのでアヴェンジブースト任意変身でリファナが寝静まった夜中に一人で稼いだものだが、ラフタリアが何時飛び起きるか分かったものではなく遠くに離れられなかったのでどれだけやろうが稼ぎはたかが知れている。というか第一段階ってほぼ眠れなくなり目が良くなるだけだしな

 

 「……もう少し早く来るべきだったか」

 なんて、ぼやきたくもなるか

 ポータル取っておけば良かった。ポータルさえ使えれば遠くに離れても即座に戻れるしもう少し稼げたろうに

 「ユータさん?でも、まだクラスアップは」

 「知ってるよリファナ

 これは別件」

 「別件?クラスアップ以外にもあるの?」

 「あるある。メルロマルク以外にも波は起こるし、その国の砂時計で登録すれば勇者はそっちの砂時計範囲の波に介入できるようになる

 

 ……ってのはまあ今回の目的じゃなくて、まあ見てろリファナ」

 

 「あのー、クラスアップしたいんですが」

 「あ?亜人のクラスアップなんて禁止だ」

「いや彼女等は俺の奴隷みたいなもので

 やりたいのは俺です。まだレベルがちょっと足りませんが、下見しつつ何があれば許可されるのかを聞いておこうかと」

 なんて、管理者に話を振る

 あくまでも振るだけだ。振るだけ、そもそもクラスアップなんて40でやるものだろうし勇者にクラスアップは無い、勇者のフリしつつクラスアップは矛盾している

 

 「ほー、へー、それが必要なんですねー」

 ミラージュダガー

 「成程成程」

 わざとらしく頷きながら、素振り

 「おい何やってる」

 「いや、何時かクラスアップしたらどれだけ強くなれるのかと今の実力をちょっと確認して」

 いやー、酷い言い訳だな自分の事ながら

 だが知らん、やったもの勝ちだとっとと行けクソナイフ。そこの砂吸収してこい

 と、透明にしたクソナイフを素振りのフリしてぶん投げる

 

 『龍刻のサンドジャベリンの条件が解放されました』

 龍刻のサンドジャベリン C

 能力未解放……装備ボーナス スキル『ポータルジャベリン』

 熟練度 0

 

 ジャベリンか、目立つ形状してんなポータル用の武器。まあ砂時計にかけて時計の針っぽい姿でも取るのかと思えば投槍の姿はそれっぽいな

 「分かりました、紹介状か金かー」

 わざとらしく一礼して退散

 

 「何か成果があったの、あの会話」

 「会話じゃなくて素材にな」

 っと、龍刻のサンドジャベリン……長いので砂槍で良いやへとクソナイフを変えてみる

 俺にとっての始まりの地が最初に登録されているならば……とポータル起動

 転送

 転送先記録

 

 やっぱりか、登録はあの村だ

 とりあえずメルロマルク城下町をポータル取得、帰れないとそれはそれで困る明後日には遅くとも尚文がぼっちに限界を感じるはずだ、あの村から城下町までリファナ連れの歩きでは二日で戻れない

 「見てろリファナラフタリア、ポータルジャベリン!」

 一瞬、範囲が表示される。パーティではないがリファナラフタリア選択

 

 ……ってオーバーカスタムでスキルカスタムしないとパーティメンバー以外無理?は?ふざけんなクソナイフ入れておいた金払うからとっととやれ。あー金が勿体無い

 「っと、違うな、ポータルジャベリンⅢ!」

 因みにポータルスキルは叫ばなくても使える。叫んだ理由?Ⅲって付けたことを覚えるんだぞラフタリア、それを尚文に買われてから信頼を築いて、それから言えばスキルが強化出来るって事から強化方法が盾が表示してる一つでないと尚文が気が付くかもしれないからな、という取らぬラフの皮算用

 リファナは覚えなくていいからな。信頼を得て尚文と幸せになれよラフタリア

 

 視界がブレ、気が付いた時には俺は村の役場前に居た。横に居たリファナやラフタリアも目をぱちくりさせて其所に居る

 ……実演ポータルやる前に安酒買っとくべきだったか。狸の親父の共同墓地に備えるべき酒が……

 あったわ、そういや酒で煮ればこの辺りの臭い魔物だって食えると一昨日酒買い込んだな、全部封は空いてるのが微妙だがまだあったはずだ

 いやでも封空いた半分ほどの酒を供養に置くのってのはどうなんだ?今から買い直す為に城下町に飛びなお……

 ダメか、スキルのクールタイムが1時間もありやがる

 

 なあクソナイフ、スキルカスタムって強化方法にあるだろ?それでどこまでクールタイムを減らせる?

 ……何だ、全然減らないのか、オーバーカスタム却下。夜中に奴隷商との話を仕込むついでに買ってきて置いてくか

 「こ、ここ……」

 「元、お前らの村だな」

 そして俺の村だがそんなことは言わない。役場前、俺というかクソナイフが折った旗が添えられた墓がある場所

 ……って抗議すんな折ったのはオートのサイクロンストリームだからお前だろクソナイフ



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墓参り

墓の前には珊瑚が供え直されていた

 ……また帰ってきてたのか、サディナさん。村で待っていれば会えたのかもしれないな

 いや、止めておこう、待ってたならばどこかで合流することは出来て、でも間に合わずリファナが死んでいたかもしれない。だとすれば今の道は間違っていないはずだ

 

 「……この珊瑚は?」

 だが勇者ユータはそんなこと知るはずがない。なのでわざと聞く

 「あ、多分サディナさんが御供えしてるのかな」

 「サディナさん?保護者とかそんな感じか」

 ユータが村に居たときに会ってるのかが判別つかないな。ボロ出す前に会話は切り上げるに限る

 

 「……誰かが弔ってたならばメモがなにか残ってるかもな。手を合わせた後で見てくるか?」

 「うん、ラフタリアちゃんも行く?」

 ……って首を横に振るのかラフタリア

 ……まあ、村の残骸だしな此処。あまり見て回りたいものでもないよな。故郷はもうない、滅んだ、親も知り合いも大半が死ぬか奴隷として連れ去られた、その事を突き付けられるなんて嫌に決まってる。俺はリファナより一歳お兄さんだし平気だけどな

 

 『称号解放、サバ読み転生者』

 サバ読んでないからなクソナイフ。まあ転生前が確か16歳で行ったこともないけど便宜上高校二年生だったからそれを単純に加算すれば27とアラサーだけどこの俺は11だ

 『称号解放、イタキチペドケモフィリアアラサー転生アジテートフェイクヒーロークソネズミ』

 ……そのうち溶岩に向けてエアストスロー打ち込むぞてめぇ。長いからどれかに絞れ全部のせすんなそして転生だけ英訳諦めんな。というか増加装甲バリーゾゴーンを装備したフルアーマークソネズミなりパーフェクトクソネズミなりになれそうな称号の盛られっぷり……

 『称号解放、フルアーマークソネズミ』

 っていらねぇから

 ……あ、称号がイタキチロリコンネズミになった。イタキチは重要な扱いなんだなクソナイフにとって。あとロリコンは止めろ、一歳差だ。外見は……うん、アレだな、リファナは13~14くらいにしか成長してないけれども。自殺した転生前の妹と同じくらいだな背丈、中学生ってくらいか。ラフタリアに至っては前と全く変わってない。レベル上げても確実に成長するとは限らないようだ。そういや盾の勇者本編でもそんなこと言われてたような気がするな、成長するかしないか分かれる条件って何なんだろう。俺としてはリファナの為に少しでも強くなれたからこの20歳くらいの姿気に入ってるし良いんだが

 ……外見20の灰色の薄汚いネズミと13くらいの可愛いイタチ。端から見れば事案決定だな。折角転生して警察というか治安維持組織の御厄介から解放され領主の所は脱走してきたのにまた治安維持組織に捕まってしまう。まあこれは尚文(外見やさぐれ世紀末大学生)でも同じことだし知るか

 『称号解放、事案少年院卒ネズミ』

 少年院じゃない、人類史発展未来異能解明……忘れたわあそこの名前、無駄に長ったらしかったのは覚えてる。というか院卒してないからなクソナイフ

 ……あ、戻った

 

 適当に酒を供え、手を合わせる

 横でリファナもしっかり手を合わせてるな。……リファナだけかよ、ラフタリアは……目を反らしてる

 まあ、親が死んだと正直認めたくないってのは分かる。転生前の俺も母の葬儀はキレて家出して出席すらしなかった。葬儀って言って手を合わせたら本当に死んでしまう気がして、認めたくなくて。だからやらかした

 だから分かるぞラフタリア。でも気持ちの整理さえついたら手を合わせるんだぞラフタリア

 

 なんてやってから、この先の為にちょっとステータスを見てみる。明日以降砂漠を目指すとして、突破出来んのかこれという感じでちょいと

 

 『イタキチロリコンネズミ』マルス

 職業 日用雑貨の偽勇者 Lv28

 装備 どうせ日用雑貨なダマスカスナイフ(伝説武器)

    布の服(品質:普通)

    バックパック(品質:普通)

 スキル クソネズミなら知ってる以下略

 魔法  クソネズミなら知ってる以下略

 

 ……ダメだこのクソナイフ、前に七星の日用雑貨扱いした事を根にもってやがる。勝手にステータス表記改竄するな。称号なんて付け加えてる時点で改竄してるんだが

 ……まあ、割と行けるかこのスペックならば、と結論付ける

 

 そうして、夜

 結局メモは無く。まあサディナさん的にも誰かがまた戻ってくるとはそうは思えなかったのか。一応サディナさんが戻ってくる前に御供えしたのは俺だし、俺は一応冒険者として自立していたのだからもう戻ってこないと思われたのだろう。俺以外は……まあ基本捕まってるか死んでるかだしな。俺との合流を諦めたならばメモなんて置いてく道理もない

 

 「ラフタリア、今日の薬だ」

 ということで、クソナイフが煎じた薬を差し出す。俺に薬のまともな知識なんて無いのでナイフ頼み

 「い、イヤ!」

 「好き嫌いは禁止だぞラフタリア」

 「で、でも……凄く苦い」

 「だから今回は糖類と粉末で果物味付けてやった文句言わず大人しく飲め

 精神安定して悪夢に魘されなくなるぞ」 

 ……因みに確かに安定するが成分は半分麻薬である。自称薬だが過ぎればマジものの毒だ。一歩間違えば幼馴染を麻薬漬けにするクソネズミだなこれ

 ……中毒とかなってないよな?

 

 なんてやり取りを経て。村の残骸でもちょっと焦げただけで焼け残っていたリファナの家のリファナのベッドで二人が寝静まったのを確認。ヤクのお陰でラフタリアの寝顔も穏やかだが、リファナの眠りは浅い。安らかなとはとても言えない顔で心苦しいが辛抱しろよリファナ、横に親友が居るんだ。因みにサディナさんが残していった墓標によるとリファナの両親は死んでいた、今日から毎日クソビッチの城を焼こ……止めよう、うん

 

 「ポータルジャベリン」

 そうして、城下町に戻り

 『力の根源たる鼠が命ずる

 真理を繙き、我が身に眠る雷閃轟かせ、疾れ、何よりも光速(はや)く』

 「ドライファ・ライトニングオーラ」

 今まで使えていた魔法の上位(ドライファ)の練習がてら魔法を唱える。因みにオーラと付いてはいるが、尚文がいずれ覚えるオーラ魔法と異なり上がるのは速度だけである。生体電流を増幅させるっぽい理屈か何かで動きを早回しする事で結果的に速くなる魔法だ

 それでもって飛び出す。軽々と街の壁を飛び越え外へ、転生者の勘……ってか武器を奪うあの力を導線にして山籠りっぽいことしてる尚文の元へ。アヴェンジブーストも駆使して遠くから良くなった目で寝る前の彼を観察。随分と安くなったなアヴェンジブースト、いや転生前も第一段階は母が故意に轢き殺され妹が自殺して以降は自由に発現出来てたな、第二以降は無理だったが

 ……良し、やっぱり明日には一人ぼっちに限界を感じそうだ。安心しろぼっちやさぐれ尚文、明日お前にラフーな未来の嫁とその親友を紹介してやる、本来の世界のように大事にしろよ捨てたら殺すぞ

 

 ということで何か差し入れ……してもアレなので眠った尚文に襲い掛かろうとしたバカ犬魔物を狩るだけ狩って帰る。別に襲われててもダメージ無いだろうが今の尚文ではあの犬倒せないからな盾では火力無さすぎて

 

 もう一度ポータル、また城下町に出る

 その店は夜こそが稼ぎ時としてカーテンの裏に煌々と明かりを灯していた

 そこに無遠慮に入る

 

 「お困りのご様子……ではなさそうですな?」

 シルクハットに燕尾服、浮くようなこれ以上無いくらい相応しいような姿の男がそう口にする。奴隷商、本来の世界でラフタリアを使い捨ての奴隷として売り付けた男

 「人手が足りない

 魔物に勝てない

 そんなアナタにお話が」

 「……何の事で?」

 「明日辺り、お前が盾の勇者にかけるだろう言葉だ」

 「……」

 「知ってるぞ奴隷商

 ここの女王に頼まれて盾の勇者に仲間を奴隷として斡旋する気だろう?」

 全く、緊急事態ならばとっとと女王が戻ってくれば良いだろうに。下手にあの王配が杖の勇者としての名声から本来の王配の分を越えた権力持ってるから厳しいのか

 

 「おやおや、そんな話」

 「シルトヴェルトの奴等から聞いたぞ」

 大嘘である。盾の勇者の成り上がりを読んでた際の知識だ

 だが、盾の勇者を神と崇めるシルトヴェルト、掴んでいても可笑しくないのでハッタリとして通用する

 

 「……それで、アナタ様は変なことを仰って何がしたいので?」

 「フロートダガー、セカンドダガー、チェンジダガー、起爆」

 くるくると姿を変えさせ、ついでにパーティグッズに姿を変えて爆発させる。威力はないけど派手さはある

 ……パーティグッズにすらなれるってやっぱりこいつ日用雑貨の七星武器なのでは?

 

 「俺は投擲具の勇者ユータ

 シルトヴェルトに頼まれて盾の勇者様に奴隷を売り付けるならば彼女等をという話を仲介しに来た」

 「つまり、シルトヴェルトからの使者と、ハイ」

 「突然の無礼はお詫びする

 此方から彼女等を斡旋するように頼む以上、金はお支払いしよう

 受けてもらえないだろうか」

 「そういうことならば、ハイ

 信頼は」

 「勇者の名に誓って」

 ……ヤバイ、俺が言うと信用の欠片もない

 

 「ですがあまりにも良い奴隷であると怪しまれるかもしれませんです、ハイ」

 「その点は問題ない。下手に強すぎてもいけないとシルトヴェルトも分かっている

 送るのは、今はまだレベルが低く弱いが才能に溢れる者だ。元から強いものよりも成長には良いはずだ」

 資質向上はパーティさえ組めばリファナ達にも使える。それでレベルを下げれば見た目はレベル低い雑魚奴隷の完成だ。レベル1にしてはレベル20までの分の資質向上があるので妙に強いことにはなるし最低限教えているので戦いの面でも問題ないが尚文はそこまできっと分からないだろう

 更にはわざと勇者の力でレベルを奪ったと眼前で偽悪っておいせば、信頼を築いた後で資質向上についてラフタリアが尚文に教えてやれるので尚文が別の強化方法を知れて万々歳

 

 「……実は良い奴隷が集まらず、ハイ」

 「そうか。渡りに船か」

 ……ラビット種とリザードマンどこ行った。流れてこなかったのか?

 「明日朝連れて来る。残りの金もその時に

 言ったように口裏を合わせてくれ、尚文は澄んだ眼の奴隷は買ってくれないだろうからな」

 前金を渡し、俺はその場を去った



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早すぎた裏切り

「こっちだ、リファナ、ラフタリア」

 そうして翌日。ポータルで城下町に戻した俺は二人を路地裏に案内していた

 

 「ユータさん、こっちに何が?」

 「行けば分かるよ」

 「人気がなくて」

 「人気の多い場所ではやれない店もあるって話。魔物商とか」

 ……表向きは魔物商だしなあの奴隷商

 ということでラフタリアにはちょっと警戒されつつも奴隷商のところへと連れていく

 

 盾の勇者は人間不信に陥りかけている。同じく裏切られた感じの死んだ目でなければきっと買ってはくれないだろう。だから眼前でわざと裏切る演技をする、口裏を合わせてくれ。当人等は盾の勇者と会わせて貰えるくらいの認識だがこれしか道はない、シルトヴェルトからの正式な援助は断られてしまったから表立ってはもう動けないのだと盾の勇者本編知っているからこそ言える話と嘘とを織り混ぜて約束させている

 

 「おや、彼女等がそうですかな、ハイ」

 「その通りだ」

 言いつつ、パーティ加入通知を飛ばす

 スキップ、オーバーカスタム、良いなクソナイフ

 どうせずっと連れていくと巻き込まれて死ぬんだリファナたちを護るためにも必要だと分かるだろう、だからそんなぼったくり相場の更に三倍をふっかけんなクソナイフ。そうされると後払いの金が無くなる

 ……漸く普通のぼったくり価格に戻りやがったな。いや寧ろ何時もより安いな、これから何かあればリファナの為と言って値切るか

 ……抗議された。光るな玩具かお前は

 

 「……ステータス見てみろ」

 「ユータ、さん?」

 「り、リファナちゃん、レベルが」

 「レベル、1?」

 ……レベルが低ければ安い。安ければ尚文が買える。1にする必要はなかったのだがそういうことで1まで落としておいた

 

 「勇者特権って奴だ。お前らのレベルはリセットさせてもらったぞ、イタチ、タヌキ」

 バニシングスロー

 わざと悪ぶって、悪そうに幻影を操ってそうほざく。わざと名前を呼ばず人権を認めないエアストスロー感じに

 

 「そ、そんな!」

 「そんなこと出来るの?」

 ……ラフタリアは驚くだけか。リファナ、お前じゃなくてラフタリアが聞いてくれよお前に聞かれたら素直に答えるしかないだろ

 「出来る。人のレベルを下げて強くなる事がな」

 まあ、人には自分も含まれるから嘘ではない。真実の片鱗だが。素直に資質向上したと言ったら突然の裏切りにしては優しすぎるだろこんなクソネズミの癖にフロートダガー

 「約束通り二匹連れてきたぞ

 金も約束通りだよな?」

 

 

 大袈裟にタキシードは袋の中身を確かめ

 「ハイ、確かに前々からの約束通りです、ハイ」

 って大袈裟な動きすぎるぞこいつ。前々からってしっかりと昨日より前から裏切ってた感出してくれたのは有り難いが

 

 「勇者、さま」

 「はっ、俺はお前の慕う亜人の神(盾の勇者)なんかじゃないんだよ

 投擲具の勇者様だ。亜人の味方な訳がないだろ、信用する方が甘いんだ

 メルロマルク貴族さまからの依頼でな。お前らを売ればがっぽり金が入るんでな、大人しく売られろ」

 「裏切るの!」

 そうだぞラフタリア

 「はっ、裏切る?それは一度でも味方だった奴への言葉だよタヌキ」

 歪む幼い顔に向けて吐き捨てる

 

 よし、狸の親父の恩を仇で返すこいつ殺そ……ダメだ変なこと考えた落ち着けヴェノムピアース

 

 「じゃ、じゃあ最初から……」

 すがるような目。俺は、それを……

 「ああ、最初に村に来たときからな」

 「なら、なんで」

 「何でもなにも、ガリガリでは売れないだろう?更には直接買えば足が付く

 俺が奴隷商に売り、奴隷商から依頼主が買う。それが契約なんだよ

 

 良い見世物だったぞタヌキ。警戒してるフリだけしてて。本当に騙されてるってのによ」

 いやー、悪者演技って案外口動くものだなチェンジダガー

 

 ラフタリアの目から光が消える

 ……これで良い。いや良くはないが、目指した良い顔だ。ぼろっぼろで生気がなくて尚文好み。……大丈夫かよやさぐれ尚文の性癖

 

 「嘘つき!」

 っと、危ないなラフタリア、レベル1に下げたし筋力には資質向上してないからナイフ振り回すなおい、すっぽぬけるぞ

 実際にすっぽぬけたナイフを難なく受け止める

 「騙される側が悪い

 見付けられて良かったよ、依頼主は大口の客だからな。死なれていたら大金が得られない所だった」

 

 「嘘、つき……」

 「はっ、大人しく諦めな」

 「勇者、なのに……」

 違うんだなこれが。此処に居るのは単なる簒奪クソネズミだ、投擲具の勇者ではない

 「勇者が亜人の味方なら、そもそも杖の勇者が居るメルロマルクがこうな訳がないだろ?盾の勇者以外に亜人が期待する方が間抜けなんだよ」

 ……折れたな、と糸が切れたように膝から崩れ落ちる少女を前にそう思う

 すまない狸の親父、すまないラフタリア、すまないリファナ、すまない尚文。何時か俺を殺しに来たら、受け入れ……たらダメだな、だが刺されるくらいは覚悟しよう

 

 「……なにも言うことは無いのか、リ……イタチ」

 リファナと呼んだらダメだろうおい俺

 ずっと黙ってるなリファナ、どうした

 「何に、そんなに怒ってるの?」

 「怒ってない」

 いや、リファナを、ラフタリアを、裏切り傷付けるクソネズミにキレてはいるが

 

 「良いことを教えてやる

 お前の大好きな盾の勇者様は既に召喚されている。祈れば、願えば、奇跡が起これば助けに来てくれるかもな

 起こらないから奇跡と言うんだが」

 ……まあ、これから奴隷商が呼んでくるしな、奇跡では欠片もない

 「絶対来てくれるよ、盾の勇者さまは」

 すっと此方を見る目。全く死んでない、何故だリファナ、何でそんなに尚文を信じられる。盾の勇者だからか?

 「はっ、来るわけがない

 メルロマルクはクソッタレな国だ。亜人の神なんぞ出来ることならば死んで欲しい。そんな扱いを受け裏切られた盾の勇者が、もうまともに人間を信じるものかよ

 他人を助けになんぞ、来る筈がないんだよ」

 ……折れろ、折れてくれライトニングピアース

 

 「……勇者、さま……」

 ふっと、リファナが目を伏せる

 ……見てられるか、もうボロが出る

 

 「金も契約通りだな

 俺は帰る、連れていけ」

 踵を返し、奴隷商の元を去る

 

 どっと疲れた

 で、思ったんだがなクソナイフ。何でいつの間にかは知らないが俺はお前に滅多刺しされてるんだ?幻影のお陰で端からは見えないだろうが脇腹辺りに至ってはズタズタだ。毒まで入ってやがる

 

 『称号解放、奴隷商鼠

       最低最悪クソネズミ

       無自覚Mネズミ

       メンヘラ自傷ネズミ』

 多いわおい。ってかマゾヒストの毛は無い

 ……自傷ネズミ?何だこの傷クソナイフが勝手にやったんじゃなくて無意識にリファナを傷付ける俺に向けてスキル撃ってただけかじゃあ仕方ないな。これくらいの傷は当然か

 

 その日、オーバーカスタム費用は5倍になった

 ぼったくりクソナァァァイフ!



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迷いの砂漠

「……よしよし、良くやった尚文」

 遠くからその様子を眺め、頷く

 

 何だかんだ言って奴隷商はしっかりと尚文にリファナ達を売ってくれた。貴族に売ると大法螺っておいて盾の勇者に売る矛盾については、波で依頼した貴族が実は死んでいてもう契約は無かったことになっていたものの、前金は既に貴族から貰っていた為一応支払っただけ、という話で誤魔化したようだ。前金だけということにも気が付かず、あの勇者はバカだったのです、ハイだそうだ。好きに言っててくれ少しはラフタリアの心も……いや癒えないな別に

 遠くから見れるのかって?アヴェンジブースト舐めんな、と言いたいが普通に幻影魔法である。リファナがちらっと此方を見たときはバレたか?と思ったがそうでも無かったようだ。そもそも幻影突破できるならば俺が勇者のフリした幼馴染のネズ公だとバレてるか。最後まで勇者さまと呼んだことはあったし恐らくはバレてないだろう

 

 後は気にしなくても問題ないはず。尚文は味方には優しいはずだからな。心優しいかは……盾の勇者一読者としては割と微妙と返すしかないが少なくとも味方へはちょっと口が悪いだけだ

 

 ということで、リファナ達はこの世界で亜人が最も安全な場所に託せた、暫くは安全なはずだとして。俺は砂漠を目指す準備をしていた

 目指すのは迷いの砂漠、正式名称ドラクル砂漠。メルロマルクからフォーブレイを目指す際に迂回しなければ通ることになる砂漠だ。まあ基本は迂回されるろくなものの無い死の砂漠。だが……

 

 俺は知っている。盾の勇者本編を知っているからこそ、そう言える

 転生者陣営の本拠地、この世界における女神の最大拠点、それは此処であると

 

 ……で、何抗議して光ってるんだよどぼったくりクソナイフ。良いからあのぼったくり価格の更に15倍という足元見るとすら言えないぼったを止めろ

 『称号解放、裏切り転生クソネズミ』

 裏切ってないって。俺は最初から最期まで、リファナ(俺の女神)の為に動く、そう決めたんだよ

 

 っておい、クソナイフ、今更逃げようとすんな逃がさねぇからなお前と俺とはずっと一蓮托生だクソナイフ覚悟しておけ

 なんて震えて俺の支配から逃げようとしたクソナイフを捕まえ直す。まあそもそも女神由来の武器を奪う力から逃げ切れてはいなかったので捕まえ直すのもパフォーマンス以外の理由は無かったんだが

 

 っておい、腹を刺すなクソナイフ反抗的だなお前

 「エアストスロー!」

 と、床に突き刺して動きを止めさせる

 ……後ですみません床にナイフ落として傷つけてしまってと金払うしかないか

 

 落ち着けよクソナイフ、リファナと書いて俺の女神と読む、良いなクソナイフ。あの女神の事じゃない、リファナの事だ。転生者の事を認知できるあの奴の眼前に立つんだ、心の表面を覗けないとも限らない。全部読まれるなるば無理だが表面ならばこれで何とかなるんだ。だから奴と対峙を終えるまで俺はリファナを俺の女神と呼ぶ。それだけだ。リファナ(俺の女神)のためと言っているから俺は女神派の敬遠な転生者だと思ってくれるように。それには付け焼き刃過ぎる変換じゃあ無理だからな、今からそう呼んでおくんだ

 

 にしても、フォーブレイ近くか……タクト一派、特にタクト本人には会わないと良いんだが……

 なんて不安はかなぐり捨てて。きっと奴の事は俺しか知らない、だから俺がやる。奴と対峙し、滅びに抗うことを

 俺が伝説の武器の所有を何となく察知できるように、タクトの奴もわかるんじゃ無かろうな。それなら俺がクソナイフ隠し……いや堂々と持ってる事もバレるだろうし奪おうと襲ってくる可能性がある。ポータルで逃げる……というのも厳しいだろう。会わないことを祈るしかない。大丈夫だきっと、何でハーレム野郎のタクトが砂漠なんぞに来るだろうか、来ない来ない。女も居ないし女からは不評の極みだろうしな

 

 ……そういえばドラゴン育てないとな、竜帝的に

 なんて、今から向かう場所にも欠片があったなという事で思考は逸れる

 ……そのうち盾の勇者がガエリオンと出会うだろうしそいつで良いか。正直な話勇者側につくドラゴンが居れば良いんだ、俺が持ってる必要はない。そのうちさりげなく彼処で拾うだろう竜帝の欠片を入れてやればそれで終わりか。ドラゴンは金高いしな

 

 そんな事を考えているうちに準備は終わり。といってもポータルで飛んでは歩き、そのうちポータル取って帰るを繰り返すのだ、歩きやすい服と靴、そして水に食料くらいしか準備なんて無いが

 そうして、夜になると出発する

 

 ……ん?クソナイフ?何だポップアップなんて出して。何で夜なのかって?

 馬鹿かクソナイフ、昼はリファナが心配だから尚文見守りつつレベル上げだろう?それに俺の魔法は基本プラズマ、暖は取れても体を冷やせないんだよ。だから砂漠は夜に進む、簡単だろ?

 

 そんなこんなで一週間。昼に見守っているとラフタリア達のレベルは20を越えた。一応俺が最低限教えたからか、未だに多少忌避はあるのだろうが生き物っぽい魔物とも戦えている。尚文という盾がしっかりとパーティに居てくれるからか、俺が個人的な理由でパーティ組まなかったときよりも戦いやすそうだ。盾の勇者だけあってあいつ硬いからな、どんな攻撃も尚文に受けてもらえば今のところ問題ない。俺が近くに居ることであのバカ装置が経験値がっぽりフィールド張っているし、レベルはガンガン上がってる。まあ本編初めての波が来ても問題はないだろう。妙に強くなってなければ

 だが……

 

 ちょっと待てラフー、どうしたんだラフタリア。お前……尚文に育てられてるってのに成長しないじゃないかよラフー!盾の勇者本編では尚文の奴が目がバカになってるからか認識できて無かっただけで18くらいの姿になるはずだろ?何でレベル20越えて外見そのままなんだよ尚文がロリコンになってしまうぞ早く成長しろ

 ああリファナはそのままで良いぞ。実際13~14の姿でいて、レベルと共に成長する気配はないが

 

 アレか?俺が一時的にレベル上げさせたせいか?それで亜人のレベル成長フラグが潰れたとかか?ならすまない尚文、お前はフィーロとかも居るしロリコンの謗りを受けながら生きてってくれ

 

 なんてやっているうちに、波はもう間近にまで迫っていて

 波前夜。尚文が蛮族の鎧を誂えて貰っている頃。俺は漸く砂漠の目指す地点、滅びた国の幻にまでたどり着いていた

 魔法使って一週間かかったぞ遠いわ。でもあっさり踏破出来たな、何事も無さすぎた

 

 あくまでも滅びた国は蜃気楼。誰も辿り着けない魔力の残骸……と噂されているが、それは違う

 この国は遥か昔に魔力暴走で滅んだ、と言われているが嘘だ。一人の転生者が、意図して異次元に国を吹き飛ばした。転生者側の本拠地、女神をサポートする場所とする為に

 

 本編では……といっても盾の勇者外伝でしか出てこなかったが、勇者達がスペックを駆使して何とか突入していた。だが、そんなものはきっと必要ない

 「……なあ、入って良いか?」

 その一言だけで、砂漠の何もないはずの場所にゲートが開く

 やはりか。転生者の親玉が管理しているならば、きっと転生者ならば迎えられると思っていた

 

 良いなクソナイフ。これから向かう場所は下手を撃てば一発死だ。地獄の釜の上の綱渡り、大人しくしててくれよ投擲具。お前が少しでもぼったくりクソナイフしたら落ちてもろともに終わりだからな

 なんて思いながら、俺は用意して貰ったゲートを潜った

 

 いざ行かん、転生者の親玉のお膝元へ。クソネズミ一世一代の大法螺を吹きに



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滅びの都

これまでの砂漠横断の超絶雑なあらすじ
ネズ公「リファナを尚文に託して俺よりヤバイ転生者に会いに行く」
投擲具『悪手しか打てんのかこのネズゥ!』
ネズ公「じゃあ妙手って何だよクソナイフ」
投擲具『俺がリファナちゃんだけの正義の味方になる』
ネズ公「今のレベルでリファナを投擲具の勇者化したら転生者に狙われて殺されるぞクソナイフ」
投擲具『くっ、そもそも妙手考えるのはお前の仕事だろうがネズゥ!』


結界を抜け、段々と黒く染まっていく砂漠を歩く

 途中幾重にも張られた結界がまだまだあったものの、無視して突き進めてしまう。全部の結界が素通り出来る

 ……確か盾の勇者ってかその外伝の槍の勇者のやり直しだと散々に苦労しながらだったはずなのだが、苦労の苦の字もない。辺りは無数の悪魔ーこの外見は悪魔としか言いようがないだろう、蝙蝠の羽根と大きな山羊の角の魔人等々悪魔と聞いて人々が思い浮かべる姿のバケモノが砂漠に、空にうようよしている。だが、そんなもの敵ではない。正直な話蹴散らせと言われれば無理だ。たぶん大人しくしてろと言ったクソナイフを使っても尚勝てないだろう。ぼったくりを止めてもらって全部の強化を施せばワンチャンこの無数の悪魔の中の極一部は倒せるだろうか。まあ、クラスアップもしていない、資質向上も最低限、強化はぼったくりのせいで歯抜け、なレベル40未満パチモノ勇者ではこんなものだろう

 だが、悪魔は文字通り敵ではないのだ。此方を当の昔に認識しているはずなのに、彼等は全くそれを意に介さない。ただ、そこに待機するのがプログラムであるかのようにじっとその場に留まっている

 例えばこうして……猫みたいな外見の悪魔の眼前で手を振ってみても無反応。くるくるとクソナイフではなく持ち込みの剣でもってジャグリングしてみても目線一つ動かない

 

 本当にゲームの敵だなこいつら。流石は人工魔物か

 ……そう、この世界の悪魔とは普通の魔物ではない。転生者が作り出した女神の尖兵、人工のバケモノである。自由意思なんてものはなく、ただひたすらに奴の命令を遂行するロボット、それが悪魔だ。だからこそ、客人である俺を排除する命令はないだろうから完全無視。意思があれば目で追うくらいはするだろう事をやらかしても全く反応はない。流石に殴れば反撃がくるだろうが。プログラムされたことしかしない、正にゲームの敵AIそのものである

 

 って止めろ震えるなクソナイフ、リンクして全部襲ってきたらどうする

  なんてやっている間に砂はもう真っ黒で

 赤いぼんやりと光る輪郭をもった廃墟へとその足は辿り着く。確か……プラド城だったか

 当時の転生者が付けた名前だろうか、中々に安直である

 砂漠に埋もれるかつての王国の廃墟、普通ならワクワクするものだが……わざと滅ぼした拠点と分かってると中々に興奮も覚めるものである

 ……門に手を触れると鍵が外れ、轟音を立てて僅かに開く。人一人通れるな。流石は転生者の本拠地、自分も転生者だとストレスフリーにも程がある。やり直しでの尚文達の苦労って一体何だったのやら

 

 城の中へ。辺りはかなり風化が進んでおり白骨やら何やらも転がっている。ここら一体を吹き飛ばした時に巻き込まれ出られなかった者達の成れの果てだろうか。供養の意図を込めてクソナイフ、吸ってこい

 ……嫌か、なら仕方ない。と言いたいんだが、吸ってくれ。ってか支配されてる感出すために嫌々吸え。この辺りは風化が酷い。だというのにしっかりと分かる白骨が転がっているというのも何かありそうだろ?

 

 『ンテ・ジムナの剣が解放されました』

 ……そうか。ンテ・ジムナ種の骨か

 解放されたということは、魂でも尚残っていたのだろうか。兎に角有り難うな、名も知らない亜人の骨よ

 なんてやりつつ進むと中庭に出る

 ……悪魔多すぎて何とも言えないな本当。思いを馳せるとかやってられないくらいにどこを見ても悪魔だ。多すぎだろどれだけ作ってるんだお前らこんなに要らないだろ

 中庭には水が引かれ、近くにはかなり削られた石碑。そしてオブジェの残骸

 

 「見せろ、良いな?」

 わざと強く言うや、クソナイフに埋め込まれた宝石が輝き、石碑に碑文が光文字として浮かび上がる

 固定された疑似リベレイション……っておい、その先の魔法はどうしたクソナイフ文字化けしたものしか書かれてないぞ

 『称号解放、この先は有料会員(しんのゆうしゃ)のみとなります』

 おいこら遊ぶなクソナイフ

 

 ……まあ、仕方ないか。正規勇者じゃないから勇者専用魔法は覚えられないのも当たり前と言えば当たり前。まあ、リベレイションのやり方が書いてあるだけでも儲けものだな

 あ、文字化けの上に更に文字が出た。何々……疑似リベレイション・ホログラフィクプラズマか。って幻影魔法のリベレイションかよ何と言うか、どうなんだよこれ。今までのと何が違うんだバレにくいだけか?

 まあ良いや、リベレイションのやり方は実際問題知ってる訳で、ある程度お試し版で感覚を掴めれば辿り着ける気がする。お試し貰えただけで万々歳と言うしかないか

 

 とはいえリベレイションなんて勇者魔法、此処で使うと無視してる悪魔にどんな刺激があるやら分からないのでガン無視。後で使ってみようか

 とやりつつ、宝物庫を一旦無視して進んだ先の十字路は迷わず左。許可取ってから武器は持ち出すべきだろう。泥棒になったらたまらない

 ……ん?リベレイション覚えるのも変?それもそうか、これ以上刺激はよそう

 

 そして現れたのは吹き抜けの祭壇。其処には馬鹿デカイ玉座があり、巨大な竜が鎮座していた。なかなかにマッチョで二足歩行のタイプだ。デカブツ同士でやりあうならば兎も角、小型の人間相手にするには四足のどっしりしたドラゴンの方が良さげなんだがそこは好みだろうか

 汚染されし堕龍、経験値の悪魔ドラクル・クロウ・クルワッハ

 なんて名前が視界の端に。長いし意味被ってるぞオイ、汚染時に名前を単に言葉繋げて伸ばすな

 ……ってそういえばこいつ悪魔とドラゴンのキメラだったか。まあ良いや素通りしよう。竜帝の欠片持ってるはずだが、倒すのは無理だ。此方を見ても動かない辺り完全に悪魔化してるし、無視して進むだけならば無害だ

 

 ……って、時間が足りないなツヴァイト・ライトニングオーラ

 なんてやって、急いで駆け抜ける。間のものは無視だ無視

 

 そして祭壇から更に地下へ進んだ奥深く。植物園だったろう残骸に作られた実験場にそれは会った。それは、と会ったが合わない?いや、物体であり生命だから合っている

 実験場の入り口には煤けた字でシステムエクスペリエンスと書かれている。見てないけどそのはずだ

 

 幾重にも魔方陣が描かれた地面の真ん中に鎮座する大釜のような謎の装置。赤い光を塞き止めるように、それは置かれていた。奴がシステムエクスペリエンス、この世界の地上の経験値を集め、転生者以外のレベルアップを妨害しつつ転生者のレベルを跳ね上げる元凶であり、ついでに転生者の親玉の成れの果て

 

 「ハロー」

 「随分とフランクだな」

 「幾重にもカクサレタ扉をヌケ、ココマデ来るとは……」

 「いや、知ってれば全部素通りだし楽勝だったぞ」

 「ワレは経験値をアツメ、来るべき時にソナエル神のシト」

 「いや、お前じゃない。お前の中に居るんだろう、この事態を引き起こした際に移したろう転生者の意識が

 そちらと話がしたい」

 そうだ。悪魔はAIのようなもの。統括するにはそれなりの意思決定者が要るはずなのだ。そこまでもAIに任せて自分は居なくなるなんて、転生者なんて人種が出来るはずもない。隠れてこそこそやってた方が良いはずの転生者にして武器パクラーのタクトを見ろ、俺より堂々と鞭の勇者名乗ってドヤってるぞあいつ。基本自分が自分がで目立ちたがりなんだよ転生者なんて。(昔の)俺みたいに

 

 「アノ方の特別……

 

 良いだろう。話をしようじゃないか、あの方の特別ヨ」

 『称号解放、女神のシト』

 システム経験値に向けてぶん投げるぞクソナイフてめぇ

 いや、確かに俺の女神の使徒になれるならそれはそれで良いか

 

 「……一つ聞きたい、あの方の特別というのは?

 俺には、あの方から与えられた特別ななにかがあるのか?」

 「……狸は、居ないノカ?」

 「狸?ラフタリアか?

 連れてきてはいない。お前の元まで来るならば、通れるのはあの方による転生者である俺一人だと思ったからな。連れてきていたら途中で悪魔に襲われただろう?」

 「……少しは考えたカ」

 「当たり前だろう?」

 というか、此処で狸が出てくるとは。俺がわざわざあの村に転生者として送り込まれたのにはラフタリア関係で何か目的があったのか。考えたカという以上始末が目的ではなさそうだし……

 有り得ないとは思うが、ラフタリアを俺に惚れさせろとかそういうのか?はっはっはっ、まっさかな、あの方に恋愛とかそんな考え無さそうだし

 

 「何を望んで来た、投擲具を奪いし特別なシトヨ」

 「力を貸せ、システムエクスペリエンス、いや、転生者の頂点よ」

 「良いだろう、シトよ。何を望ム」

 「まず、此処を拠点として使わせてくれ。つまりは、お前だろ?ポータル拒絶してるの、それを解いてポータル使わせてくれ。一応奪った武器でもポータルは使えるからな

 後は、経験値集積を止めてくれ」

 「ナニ?」

 此処からは何も考えるな、一気に行け、俺の女神の為に俺の女神の為に俺の女神の為に俺の女神の為に

 

 Go!

 

 「お前、勇者が強くなれないように経験値集めてるだろ?

 あれを俺が勇者観察してる限り解除して欲しい。つまりは、俺やタクトや、その他転生者と同じだけの経験値を俺が勇者の近くに居る時には流してくれ」

 「何故ダ?」

 「お前は勇者システム、良く知らないだろ?

 俺はこの投擲具を奪って調べた。それで気が付いたんだよ

 

 勇者を殺しても意味がない。そもそも、何故波が段々と強くなると思う?」

 「あの方の干渉の力が段々と浸透して行くからダ」

 「それとは別に、もう一つ意味がある

 例えば、今この時、四聖勇者を波で全滅させれたとする。ならばあの方の勝ちか?そんな事はない。新たな四聖が呼ばれて終わりだ

 勇者と勇者武器は強く結び付いてからしか殺しても意味がないんだよ。本体は武器の方だ。人間の方は正直な話代わりが効く。だからこそ、武器の奴等が今更乗り換えられないほどに入れ込んで、結び付いて、それから倒すからこそあの方の勝ちになる」

 「それが、序盤の波の目的であるト」

 「そうだ。だからこそ、成長を早める。武器どもを油断させる。とっとと固めさせるのさ、勇者ってやつを。他を選べないくらいに。その判断は同じく武器を奪った俺がするさ

 あの方を早く迎えるために、確実に次なんてやらせない為に、やってみないか?」

 耳がピクピク動く。喉が乾き、尻尾が立つ

 「すべては、俺の女神の為に

 最後の勝利の為に。わざと油断のために塩を贈るのさ」

 

 暫く、装置は黙った

 「……良いだろう。お前に手を貸そう。俺の女神の為、心の奥底からの思い、嘘では無いようダ」

 「ああ、頼んだぞ、俺の女神の為に」

 「俺の女神……あの方をそう呼ぶか

 特別なシト、仕方の無いコト……」

 ……何か悩んでいらっしゃるようだ

 「……一つ、条件がある

 悪魔を、連れてイケ」

 「ああ、良いだろう。一匹連れていく

 宝物庫のもの、使わせてもらうぞ

 

 じゃあな、また来るよ、俺の女神の為に」

 ポータル取得。それだけやって踵を返し部屋を出る

 

 あ、危なかった……リファナを俺の女神と変換していて助かった。恐らく一瞬だけ俺の心を読んだのだろう、心の奥底からというのはきっとそうだ。常時読めるわけでも無いのだろうがたかを括らなくて、けれども読心が強すぎなくて助かった

 因みに勇者云々のあれは、このネズミ一世一代の大嘘である。勇者を、リファナを、尚文を強くし、何時の日か女神に勝つために。敵に塩を送り続けてくれエクスペリエンス、贈りすぎて手遅れだし、そもそも贈るべきという話そのものがネズ公の詐欺だと気が付くその日まで

 

 『称号解放、種族ネズミ講』

 誰が種族マルチ商法だ違うだろう

 『称号解放、詐欺ネズミ』



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悪魔娘

……ん?更に奥へ、システムエクスペリエンスが居た先へ進むべきとでもいうようにランプが矢印型に点灯してるな

 向かうべきか、これは罠かもと疑い無視するべきか……まあ、悪魔連れていく事をホイホイと了承した辺り今更拒否するほうが問題か。安請け合いしてんなー俺。まあ、あの間万一多少心読まれても問題ないようにずっと心の中でリファナ(俺の女神)リファナ(俺の女神)リファナ(俺の女神)リファナ(俺の女神)して砂漠に向かう間に覚えきった法螺(カンペ)吐いてただけだもんな、上の空な返答にもなるか

 いっそこの先の為に理譜竅大経典(リファナだいきょうてん)でも作ってずっと唱えるか、唱えつつ他の事が出来るくらいまで浸透すればまた奴と正面から対峙することになっても安心だしな

 『称号解放、根津未偽和上』

 偽言うな理譜竅教開祖だ、そして俺の名前はマルスだネズミじゃない

 『伝説武器の規則事項、新興宗教の創立に触れました』

 おいこらクソナイフ、今作っただろその規則良いからこの吐き気を止めろ波まであと……1時間、かなりヤバイぞ

 

 なんてコントはおいておいて、クソナイフも今はおいておいて

 ポータル試してみたところ奴の鎮座しているあそこ以外ではポータル制限は生きている、仮にも活性化地ということらしいので戻らない訳にもいかず、ならば突き進むかと誘導に従って走る

 

 ……10分ほど走ったろうか。誘導が切れたのは、地底も地底、奥底と言える場所であった

 というか隠されてんな此処。何してたんだ?と思う場所に鎮座するのは大釜のようなシステムエクスペリエンス

 ……走り回って結局戻ってきたのか?いや、よくみると形状違うし起動していないな。プロトタイプだろうか

 とりあえず、誘導されたからにはと触れてみる

 

 ……棺っぽいな、これ。中身に何かある。何て思った瞬間、装置は崩れ落ち、その中身が露出する

 ……女の子だ。いや、生身のはずはなく、頭にはちっこく角っぽいものが生え、背にはその背丈を越える大きさのハエっぽい半透明の四枚羽。この世界ではあまり見かけないミニスカートで更には羽を出すために背中がかなり空いてて防御面が寂しいエプロンドレスに、緩くウェーブがかかった髪の色が淡いためあまり似合わないが拘りなのだろうかホワイトプリムなメイド姿。ホワイトプリムに隠れて角はほぼ見えなくなっている。羽と角は悪魔っ娘と言われて思い浮かべる特徴そのまんまだしたぶんこいつも悪魔なのだろう。それもこんな大掛かりなもので産まれたプロトタイプ

 ……これを連れていけというのだろうか、この何となく創造主の性癖突っ込んだような外見のこいつを?外見は……リファナと同じくらいの年格好だろうか。無駄に胸だけは盛られている点に作り手の倒錯した変態性を感じさせる。システムエクスペリエンスに意識を移していた大天才と呼ばれた転生者は良い年してた頃にこの国を吹き飛ばしたんだろうし、経験値氏ロリコンか?にしても髪の色もリファナに似てるな。こいつ連れていってリファナに会ったら引かれるだろうか

 

 閑話休題、とりあえず頬をつついてみる

 ……柔らかいな。拘りの質感

 いや、悪魔の何処に拘ってるんだお前、少なくともサキュバス作ろうとしたならば羽は虫羽根じゃ無くて蝙蝠のだろうしこれサキュバス目的じゃないよな?なら拘んなそんなところ

 「おい、起きろ」

 ……何も起きない、か?

 いや、微かに瞼が動いた

 「認定するでち。音声認証、転生認証、コンプリートでち」

 綺麗というよりは可愛らしく、そして抑揚の欠片もない声。というかでちって何だでちって、また性癖か

 「起動でち。眼前の転生者をマスターとして認識、名前を教えてくださいでち」

 すっと開く幼さのある丸っこい大きめの目。それは綺麗な黄金色で此方の顔を覗き込む

 「マルス、だ。お前は悪魔か?」

 「記録でち。マルス、様。以降マスターとお呼びするでち」

 ……棒読みちゃんというわけではないのだが、もうちょっと感情出せお前。って悪魔に言うのも酷か

 「質問に肯定でち。記録より開示、ボクはソロモンハーレム計画第一の悪魔として記録されてるでち」

 ……ボク、か。マジで制作者の性癖を突っ込んだ感じだなこいつ。一人称ボクなのに幼い感じで胸だけは盛る辺り作者は変態だ間違いない

 「ソロモンハーレム計画とは?」

 「マスターの質問に回答するでち

 現在より遥か昔のプラド城の王による、ボクを初めとした72体の悪魔娘によるハーレム計画でちよ。ボク一人で国庫が傾いちゃって、盟友である転生者に実権を奪われ残り71体は計画のまま凍結されたでちよ」

 「一体で国庫傾けるとか馬鹿かよ

 いや、そもそも転生者に実権を握らせる為の計画だとしたら傾けたのが正しいのか?」

 「疑問に肯定でち。ボクの制作目的は理想の嫁の作成兼理想のメイドの作成兼盟友への実権譲渡と記録されているでち」

 ……今も昔も、転生者は馬鹿で目立ちたがりで変態である。にしても性癖歪んでるなー制作者、これが嫁で良いのか

 『称号解放、変態イタキチクソネズミ』

 変態を付けるなクソナイフ

 

 「まあ良いや、お前があの彼の言っていた悪魔か?」

 「……検索でち、ちょっと待って欲しいでち」

 そんなことをほざくでち公

 ……にしてもでちでちなのに無表情で気持ち悪いなこいつ、外見こうならばもっところころと表情が変わるべきだろうに真顔で違和感が酷い。本当にこんなので良かったのか

 

 「検索終わりでち

 ボクは確かにマスターの為に起動したようでち。今の目的はマスターに付いていく事でち」

 「成程な

 ……監視もそうか?」

 「監視でち?何の事でち?」

 わざわざ悪魔を付けるのだ、裏切りの監視もひとつの目的だろうと思ったのだが、まあ良いか

 

 「まあ良いか、その辺りは」

 戻らないと波が来てしまう。まあ尚文等の心配はあまりしていないのだが、見ておくに越したことはない。なので早めに行くべきだ

 「了解でち。では契約をするでちよ」

 「契約?」

 「そうでち。ボクは悪魔でち、悪魔は3つの願い事を叶える契約をするものだと記録されているでちよ」

 ……そういえば、この世界での悪魔は兎も角、日本という国での悪魔はそういうものだったか。それをモチーフに作られたからそうなるのか

 

 ……無茶ぶりしてやろう

 「俺を裏切るな、俺の言葉に従え、俺が目的を果たすまで近くに居ろ

 この3つだ」

 「了解するでち」

 ……良いのかよ、中々の無茶ぶりだぞ。まあ、悪魔なんてAIだからそんなものか

 

 視界の端にアイコンが浮かぶ。これが契約の証という奴か

 「それで、お前は何と呼べば良い?」

 「答えるでち。名前はまだ無いので好きにするでちよ」

 「成程」

 ソロモンの悪魔をモチーフにしたならば、こいつはバアル……いやまんま過ぎるな

 バアル、バアル・ゼブル……ベルゼブブ……

 ちょっと語感を合わせてベール・ゼファー

 良し、中々じゃないか

 「ベール・ゼファー

 中々に悪魔っぽく出来た名前だろう、ゼファー」

 

 ……ん?珍しく固まったなこいつ。AIだろうに

 「ベール、でち」

 「行くぞゼファー」

 「拒否でち、ベールでち、ゼファーは可愛く無いでち」

 何でそこに反応するんだこのクソAI。名前なんて何でも良いだろう、ちょっと嫌がらせ的にベールではなくゼファー呼びにしたことは否定しないが

 そうだ、それで良い。あまりにもAIっぽ過ぎるイエスマンじゃ連れていて楽しくない。どうにかして人間っぽい反応を出せないかと思っていたのだ。まさかこれに反応されるとは思わなかったが、予想外の収穫だ

 「良いじゃないかその反応

 少しは人っぽくて

 

 じゃあ、改めて行くぞゼファー」

 「ベールでち」



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第二の波

「分かってるなシステムエクスペリエンス!

 今からちょっと波に介入してくる、勇者共に信頼されるために

 

 だから裏切ったとか言わないでくれよ」

 元の部屋に飛び込むや言葉を紡ぎ

 

 「ポータルジャベリン!」

 目指すはリユート村近く。予め取っておいたポータルでもって、波が来るであろう場所の側へと飛ぶ

 

 00:00

 ビキン、と世界が割れる音が木霊した

 ……女神が引き起こす世界を砕く災厄、波の合図である

 ギリギリ間に合った。波の最中は波の範囲内ではポータルが使えないからな。あのエクスペリエンスの居場所も似たようなもので、あそこは管理者の権限で歪めて貰っているが波の核とも言えるボス相手に話は通せていないからこっちには飛べない。まあ、当たり前だろう、世界を護り管理する勇者武器の力で転移しているんだ、別世界からの侵攻が起きている間は上手く飛ばせなくて当然。波の開始と共に勇者が飛ばされるのも、世界というか勇者武器が世界が歪む影響で転移させられなくなる前にどうにかと勇者を送り込んでいるという感じだ。万一波に間に合わなかったら城下から走ってくる必要があったのでその点良かったと言えるだろう

 

 さて、どうするか

 なんて考えるまでもないな、とずっと張っていた幻影を解く。いやまあ、裏切った勇者の面下げてどうリファナに会えというのだ

 「抗議でち、マスター急ぎすぎでち」

 「煩いぞゼファー、急がなきゃ波に間に合わなかったところだから仕方ないだろう」

 転移には巻き込めたかこのでち悪魔

 「ベールでち

 疑問でち。マスターの外見がネズミなのは何でち?」

 「これが俺の本当の姿だよ、さっきまでのは俺が殺した投擲具の勇者の姿。いきなり持ち主が替わったら怪しまれるだろう?だから化けてるんだ

 それで、お前は化けられないのか?羽が目立つぞ」

 「回答でち。出来るでちよ

 でもボクは羽に触れる大気から魔力を吸収してるでち。羽を仕舞うと力が発揮できないでちが」

 「まともに戦う気は無い。精々盾の勇者に加勢して恩を売るだけだ、戦力としてはどうでも良い」

 農村部、それなりに人は住んでいるだろう。波が来るといっての避難?終わってるとでも思うのか、波が何処に起きるのかなんて、それこそ起こしてる本人くらいしか知らないぞ。俺は盾の勇者本編の知識で知っているが、それを伝えても狂人でしかない。だからこそ、全くもって何も終わっていない

 だからこそ、この村に恩がある盾の勇者は近くで戦うはずだ。前回の波での俺のように、村を守るために。近くを通りがかったラフタリアやリファナの幼馴染の冒険者ネズミとしてそれに加勢して恩を売ってやろうという魂胆である。残りの三勇者?ほっといても問題ないだろきっと、当時のあいつらはそれなりに強いはずだ。少なくとも自分の武器の強化方法すらまともに出来なかった時期の多い尚文の数倍は。ならば気にすることはない、勝てるはず

 

 「行くぞゼファー、暫く隠れて折を見て勇者に信頼されるために加勢する、良いな?」

 「了解でち、あとベールでち」

 

 村に辿り着くと、ちょうど防衛線が尚文一人になったところだった

 ……相変わらずだなメルロマルク。確か盾の勇者に自分が引き付けてる間に立て直せと言われたから全員前線を彼一人に任せて下がったんだったか

 盾の勇者一人に前線張らせる時点でおかし……いや可笑しくないか。でもそれは他の勇者が、主に弓or投擲具の勇者が居る前提。今は弓は波のボスを倒しに突き進んでおり、投擲具は諸事情でクソナイフ禁止中のネズ公である

 

 「うわぁぁぁぁっ!」

 「エアストシールド!早く逃げろ!」

 そんな中、尚文から離れたバケモノに村の住人らしき男が襲われかかり、間一髪、宙に浮かぶ盾がそれを防ぐ

 ……この辺りは盾の勇者そのまんまだな。つれている戦力を避難誘導に回し、一人で耐え忍ぶ

 ……やってられるか、とっとと行こう

 「ゼファー、避難誘導を手伝って来てくれ」

 「拒否でち。契約内容は離れるな、でち」

 「村の範囲内ならば離れてないだろうが、良いから行けゼファー!」

 「ベールでち」

 「避難誘導だ、ゼファー」

 「マスターはボク使いが荒そうでち」

 言いながら、メイド服のままの悪魔は俺の横を離れる

 ……ヤバい、メイド服のままってのが後で酷い言葉になりそうだ。ああクソナイフ、もう持ってる変態ネズミの称号を光らせるなポップアップさせるなお前は波の間中黙ってろ

 

 「きゃああああああああああああああああ!」

 「シールドプリズン!」

 尚文が逃げ遅れた女性をシールドプリズンで囲んで保護した瞬間

 「しゃぁぁああっ!」

 ドロップ品の剣を取り出して盾の牢獄に爪を立てようとする屍鬼に斬りかかる!

 『伝説武器の規則事項、専用武器以外の所持に触れました』

 って黙ってろクソナイフ、今お前を使うわけにはいかないんだよバレるだろうが!いや勇者武器的には全力で本物の勇者にこいつ泥棒のパチモノ勇者だとアピールしたいのは分かるが

 

 痺れる腕は無視、込み上げる吐き気もガン無視

 ただ、一閃

 「……お前」

 怪訝そうな視線

 ああ尚文、そりゃそうだな、何だこのネズミとなるよな

 「ったく、勇者って言うのに防戦一方か」

 「攻撃手段が無いんだ、当たり前だろう!」

 語気が強い

 まあ知ってる。だからリファナやラフタリアを買ったってこともな。でも、会ったこともないネズ公がそんなこと知ってたら可笑しいだろう?

 「だから、見てらんないんだよ勇者サマが!」

 いや、もっと友好的にやれ?却下だクソナイフ、何でリファナが憧れる盾の勇者サマにへりくだらなきゃいけないんだ。七星の本分?知るかそれをほざくならば全能力使わせろクソナイフ

 

 尚文に群がる敵を切り捨てる。最近クソナイフばっかりだったが勘はあまり鈍ってはいないようだ。叩き斬るというよりも速度で斬る感じ。最近投げてばっかりで鈍っていたらどうしようかと

 ……弱いな、なんて尚文を壁に思う

 何というか、やっぱりというか尚文にダメージなんて通せない程度。というか俺にも無理だなこれ、前回の蜂まで混じってるし。やっぱりこの辺りの波は弱すぎる。俺の法螺じゃないがこれは慢心しても仕方ないな

 

 「勇者様というならば手伝え!」

 「分かってる、盾の勇者!」

 どんどんと押し寄せる魔物は多くなっていく。クソナイフで吸えれば楽になるだろうが、足の踏み場が減っていくのが辛い

 「っ!」

 「エアストシールド!」

 思わず最近の癖で遠くの蜂にエアストスローを撃ちかけ、剣を投げてしまう

 そんな俺に向かう魔物との間に、浮かぶ盾が生じて奴を受け止める

 「何をやってる!」

 「すまない、今日は予備がないのを忘れてた!」

 って震えるなお前は出てくるなクソナイフ

 とりあえず取ろうとした所で、炎の雨が降り注いだ

 

 ああ、あったなこんなイベント

 バケモノの死骸の間から後ろを見ると騎士団が到着しており、その中の魔法が使える連中が集合して炎の矢の魔法を唱えていた

 「おい、こっちには味方が居るんだぞ!」

 「おい、此方には勇者だって居るんだぞ!」

 パチモノと盾だが。うん、向こうが止める理由が欠片もないな

 

 「ふん、盾の勇者に薄汚い亜人が、無駄に頑丈な」

 おいそこの騎士団長らしき奴。にしても多少怯えが見えるなお前

 

 瞬間、飛び出す閃光

 反応は間に合わず、男は喉元に剣を突き付けられる

 「なおふみ様に何てことを!」

 「リファナ!?」

 そこはラフーじゃないのかラフタリア!何やってるんだラフタリア!

 「マルスくん!?」

 リファナの突き付けた剣先がブレる。それを騎士団長らしき男が弾こうとして

 「そんな話をしてる場合じゃないだろ!」

 「それもそうだ!

 騎士団、下手なことすると巻き込んで斬るぞ」

 騎士団なんて無視だ無視、とりあえず波のバケモノを片付ける

 盾の勇者は兎も角、普通に炎の雨を耐えるネズミに怯えたのか、騎士団は大人しくなって

 「リファナ、大きく……なってないな

 大丈夫だ、あれからクラスアップしてきたんだ、任せろ!」

 「ちっ、亜人と犯罪者の勇者風情が」

 「その勇者が居なければ大きな被害を出していたのは誰だ?」

 良いぞ尚文、もっと言え

 「ぐっ」

 「リファナ、避難は?」

 「もう終わるからなおふみ様の加勢に」

 「……そうか。盾の勇者様に助けて貰ったんだな

 改めて名乗ろう盾の勇者

 俺はマルス、リファナの幼馴染で、冒険者だ」

 

 その後、避難誘導が終わったらしく合流したラフタリアと、ついでに付いてきたあの悪魔も合わせて波から来る化け物を抑えた。波の亀裂が消えたのは、それから2時間近くも経っての事であった

 楽勝ではあったが、時間だけはかかったな



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決闘寸前

「よくやった勇者諸君、今回の波を乗り越えた勇者一行に王様は宴の準備ができているとの事だ。報酬も与えるので来て欲しい」

 よし、逃げるか

 

 「じゃあ、波は終わったようだから」

 退散退散

 「ダメだよマルスくん」

 なんてやったら左腕をリファナに捕まった。振りほどけるがリファナが止めるんだ逃げるわけにもいかないだろう

 「何で俺が盾の勇者なんぞと一緒にメルロマルクのパーティなんて場所に行かなきゃいけないんだ」

 「一緒に波で頑張ったから」

 ぐうの音も出ない。正論である

 「嫌だ、俺は」

 「それに、色々教えて欲しい事もあるし」

 「仕方ないな」

 尚文のチョロいなこいつと軽蔑するような視線が痛い。まあ、リファナに言われると心を鬼にして無いと断れない意思薄弱ネズミなのは否定しないし

 だから割と嫌々っぽい尚文や誇らしげなリファナ等に付き添い、一緒に付いていく

 残りの三勇者は今回の波は楽勝だったなーとかそんな話を集団の先頭でしていた。普段というか本編通りというか

 

 「なんだ?」

 突然リユート村の人々らしき人間が数人尚文の前に飛び出す

「ありがとうございました。あなたが居なかったら、みんな助かっていなかったと思います」

 「なるようになっただろ」

 「いいえ」

 おいこらリファナ、その返答に頷かないでくれ。ああラフタリアはもっと頷け。尚文を上げろ、お前が尚文の剣になるんだよ

 別の奴が尚文の返答を拒む。

 「あなたが居たから、私たちはこうして生き残る事が出来たんです」

 「そう思うなら勝手に思っていろ」

 「「「はい!」」」

 ……いやー、その横で尚文が止めてる魔物を斬ってたネズミには何も無しか?

 無しか。あれか、ラフタリアやリファナは尚文の仲間ーいや奴隷なんだが端から見れば仲間で良いだろうーだし、俺もその枠扱いなのか?尚文一行ならば代表に礼を言えば礼儀的には問題ない

 

 「慰めるでち。落ち込むことはないでちよ」

 「要らんお世話だ、ゼファー」

 「これは盾の勇者と同じでちね。後ベールでち」

 「……マルスくん、その人は?」

 「ああ気になってたのかリファナ。こいつはゼファー」

 「ベールでち」

 「ベールって言ってるよマルスくん」

 「ゼファーで良いんだよ、ベールでも間違いではないけれども。まあ、あの杖の勇者をオルトクレイ王と呼ぶかメルロマルク王と呼ぶかとかそんな違い」

 怪訝そうにつり上がる尚文眉

 おーいラフタリア、尚文に七星の話とかしてないのか?

 

 「杖の勇者だと」

 「勇者は四聖だけじゃないだろ?」

 「何!?」

 露骨に目を見開く尚文。これは……言ってないな

 「世界には四聖の勇者の他に七星の勇者ってのが居る。四聖ほど特別じゃなく、この世界の人間でもなれる勇者がな」

 「うん

 前の波の時、村を助けてくれたのは、その中の投擲具の勇者さま」

 とラフタリアが続ける 

 

 「何で黙っていた」

 うわ、尚文の目がヤバい

 「四聖の武器を持ってるなら最初から知ってるのかなーと」

 あせるなリファナ、尚文が怖いのは分かるが

 「そもそも、俺達にとって四聖の勇者の存在も七星勇者の存在も知ってて当たり前だからさ。知らないって言われなきゃリファナだって言わないだろ」

 とフォロー。いやまあ、考えてみればこの世界で七星勇者を知らないってどんな箱入りだという話だしな。特にメルロマルクには最近杖持ってる姿を見ないとはいえ本物の七星が居るわけだしどんな子供でも寝物語なり何なりで知ってる

 

 「まあ良いかリファナ

 こいつはベール・ゼファー。変な名前だけど俺の仲間……かな」

 「彼はボクのマスターでち」

 「奴隷みたいなものか」

 氷点下の尚文の視線。それよりは生暖かいが冷たいリファナの視線に比べればそれが太陽光にも思える

 「いやいやいやいや、奴隷じゃない、向こうが趣味で勝手にメイドっぽい事やってるだけだからなリファナ!」

 「ふーん、そうなんだマルスくん」

 げふっ、止めてくれその人間のいやネズミの屑を見るような目を。そこまでキツくはないけど

 

 「っと、それは良いんだよそれは」

 「あっ、誤魔化した」

 「それよりリファナ、久し振りだな。俺が一人じゃ無理だって近くに居るらしい投擲具の勇者を呼びに逃げて以来か」

 「逃げたのか」

 「当時の俺一人じゃ波に勝てないのは当たり前だろ?」

 だから睨むな尚文

 ……敵視はされてないが、信頼関係は……キツそうだなこれ

 

 「あ、うん」

 で、何でちょっと言い澱むんだリファナ?

 「呼んでくれたの、マルスくんだったんだ」

 って、ラフタリアは素直だな

 「あの後勇者が居れば大丈夫だってそのままクラスアップ目指して旅立ったんだけど、戻ったら酷い事になってたな、村」

 「うん」

 「……皆、死んだんだな」

 「だから、なおふみ様と、波と戦うって」

 「そっか、強くなったんだな、リファナ」

 いやまあ、俺がそうなるようにってやったんだけど

 

 分かってる。だが一言良いか?

 おのれ尚文ぃっ!

 ふう

 

 「いやあ! さすが勇者だ。前回の被害とは雲泥の差にワシも驚きを隠せんぞ!」

 陽も落ち、夜になってから城で開かれた大規模な宴に杖の勇者の馬鹿が高らかに宣言した。

 

 ちなみに死傷者は前回どれ程という公式発表なのか知らないが、今回の死傷者は一桁に収まる程度だったらしい。前回とそう変わらないくらいか

 見回すと尚文ははしっこで飯を取っている。ラフタリアの奴がちょっと追加で持ってきてやっているな、微笑ましい

 「で、リファナ?お前は大切な尚文サマと居なくても良いのか?」

 「ラフタリアちゃんを、邪魔したくないし」

 「そうか」

 「御馳走ですね、ナオフミ様!」

 「食いたければ食って良いぞ」

 「はい!リファナちゃんも食べよう?」

 「って、ラフタリアが呼んでるだろ?

 俺は俺で、適当に摘まむよ」

 「美味しいでち」

 「ゼファー、お前は……

 好きに食ってろ、二度と食えるか分からないものだ」

 「何時か再現するでち」

 「食材費が馬鹿にならないぞそれ」

 

 なんてやっていると、そろそろメインイベントが始まるようだ

 遠くから見ときたかったんだがなこれ。巻き込まれたくはない

 

 「おい!尚文!」

 つかつかとやって来たのは槍の勇者北村元康。当時は女の尻ばっかり追いかけていた奴だったか

 怒りの形相で奴は手袋を片方脱ぎ、律儀に投げつける

 「……何だよ」

 「決闘だ!」

 「はあ?何言ってるんだお前」

 周囲がざわめく

 

 「聞いたぞ、お前と一緒に居るリファナちゃんやラフタリアちゃんは奴隷なんだってな!」

 その通りである

 因みに、一応対外的にはあの二人はシルトヴェルトが人間不信の尚文の為に奴隷という形で送り込んだ使徒扱いである。俺がそうした

 上には割と広まってて驚いたものだ。あの奴隷商やるな

 

 因みに、言われた本人達は二人で仲良く御馳走を食べている。二人で食べるとより美味しいねと実に平和そうだ、ここがメルロマルクでなければ

 

 「それがどうした」

 「『それがどうした』、だって?お前、本気で言っているのか!」

 「あいつ等は俺の奴隷だ。だからなんだ?」

 本人等は盾の勇者の役に立てるって割と喜んでるだろうよ。俺が手酷く裏切ったしな

 「人は……人を隷属させるもんじゃない! まして俺達異世界人である勇者はそんな真似は許されないんだ!」

 いや、異世界出身である転生者は良く奴隷買ってるぞ。少女限定で。さっくりと自分に惚れてくれるからだろうか、あの奴隷少女人気。後はハーレムメンバーもどうやってるのか知らないがタクトハーレムなんかは命懸けで尽くすほどの忠誠心を持ってる奴が多かったような。これも恋の奴隷、あんまり……いや変わるか

 

 「許されない?お前の中ではそうなんだろうよ」

 というかこの時の元康、お前転生者と思考同じだろ。奴隷解放してやれば惚れるっていう

 「き……さま!勝負だ尚文!俺が勝ったらリファナちゃんとラフタリアちゃんを解放しろ!」

 

 「強引でちね」

 横から眺めて、ゼファー

 「そりゃ強引だろ。そういうものだ。奴隷を解放させるまでが王のシナリオだろうからな」

 ギロリと兵から睨まれた。おお特に何ともない

 

 「勝負なんてして何になるんだ?俺が勝ったら?利益はあるのか?」

 「その時は今までみたいにリファナちゃんラフタリアちゃんを酷使するがいい!」

 血の涙流しそうな顔してんなこの元康。いや、尚文別に酷使してなかったぞこの一週間眺めたけど。うっかり発作かなり良くしてしまったしな、ラフタリアが大人しく良い子で尚文の出番が無かった

 

 

「モトヤス殿の話は聞かせてもらった」

 人込みがモーゼのように割れて漸く杖の勇者が現れる。いや杖の勇者お前な、シルトヴェルト側が送り込んだって話になってるんだぞ引き剥がしたらシルトヴェルトから猛抗議来るとか思わないのか

 「勇者ともあろう者が奴隷を使っているとは……噂でしか聞いていなかったが、モトヤス殿が不服と言うのならワシが命ずる。決闘せよ!」

 「知るか。さっさと波の報酬を寄越せ。そうすればこんな場所、俺の方から出てってやるよ!」

 だが、その頃にはリファナとラフタリアは兵士に囲まれている

 

 ……何リファナ怖がらせてんだ殺すぞ兵士ども

 って危ない危ない、うっかりアヴェンジブースト出かけた。いくら奴等が狸の親父の仇と同職とはいえ

 

 「いやぁぁぁぁぁぁっ!」

 「落ち着けラフタリア!」

 「ちっ、シールドプリズン!」

 俺が動くと共に尚文も動き、先んじてリファナとラフタリアを盾で囲む

 そうだな、父親の仇と同じ外見の集団に囲まれたら怖いよなラフタリア

 

 「突然叫び出す辺り、盾によって精神操作されている可能性がある」

 いや無いぞ

 「奴隷は黙らせて貰おう」

 「ふざけるな!」

 「この国ではワシの言うことは絶対

 逆らうというならばこのまま盾の勇者の奴隷を没収するまでだ」

 「ちっ、決闘には参加させられるんだよな?」

 「何故決闘の商品を片側陣営で参加させなければならない?」

 「なっ!」

 「で、奴隷じゃなくて尚文と共闘していた俺は?参加して良いか?」

 「良い訳無かろう!決闘は1vs1だ!」

 ちっ、やっぱりダメか。いやまあ、絆的には一回此処で奴隷紋解除があった方が良いだろうしリファナの為にも参加して尚文勝たせる気なんて無かったんだが

 おいこら詐欺ネズミの称号光らせるなクソナイフ



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矛盾の実践、を眺める鼠

決闘は結局1vs1となった

 

 まあ、盾の勇者本編でもそうだったしな。本編ではプライドの問題から仲間を使うことを槍の勇者が許さなかったという形だったが、今回はちょっと違う。槍の勇者が仲間を使うならば、それ即ち俺が盾の勇者側として参加する大義名分を作ること

 向こうの思惑としては盾の勇者を大々的に潰す演目としたい訳で、それを引っ掻き回す可能性のある薄汚いネズミなんぞ居てはいけないという訳だ。盾の勇者(岩谷尚文)に攻撃手段はない。それが勇者の武器の盾というもの

 いや正式には攻撃手段あるのだが、色々と使いにくい面が多すぎるしそもそもが基本オーバーキル専用だ。アイアンメイデンは実質拘束技なので置いておくとして、憤怒のカースの固有効果であるカースバーニングと、カースシリーズ特有の処刑具スキル

 確か盾はブルートオプファーだったか、トラバサミで真っ二つにするスキルだ。外見はエグいものの魔法感とか全く無いが、これは勇者の武器のスキル。勇者の武器、即ちこの世界の守護者が死ねといっているに等しい為、火力はもう語るのもアホらしい。ぶっちゃけた話、誰であろうが耐える方が可笑しい。耐えられるのはステータス差の大きな別の勇者か、或いは世界を侵略する神、そしてその力の多くを与えられた強大な転生者くらいだろう

 つまり、処刑具スキルは撃てば相手は死ぬので使えず、カースバーニングも、尚文のはセルフカースで攻撃反応型である為使いにくい。というか、そもそも今の尚文カースシリーズ解放されてないな確か、元から関係ないか

 

 因みにだが、クソナイフがクソナイフなので変化を禁じられているが、しっかりと投擲具にもカースシリーズはある

 というか、既に憤怒の投槍と高慢の投剣Ⅱとインヴィディア・チャクラムⅢはカースシリーズ専用ツリーに見えている。憤怒は兎も角、高慢と嫉妬って何で解放されてるんだこれ、しかも育ってるし。ついでに色欲が無いのが意外である、あれだけクソナイフがおちょくってきてるというのに。なので一応俺もクソナイフがカース封印解除してくれればカースバーニングやら処刑具スキルやらは撃てる。まあ、憤怒の投槍のスキル解説を見る限り俺のカースバーニングは視線誘導地点指定発火型。アヴェンジブースト第一段階で白目含めて真っ赤に染まっていては視線が無いので使えないという宝の持ち腐れっぽいんだが

 

 閑話休題。とりあえず、盾と槍では攻撃手段の無い尚文に勝ち目はない。リファナに言えば嫌な顔されるだろうが、本当に無いのだ。だが、此処にクソネズミが居たとしよう。王達からすれば戦力は未知数だ。ぶっちゃけクソナイフ使えば今の段階でならば此処に居る全勇者を同時に相手しても多分勝てるが、クソナイフは使ってはいけないのであくまでも仮定。だとしても、もしかしたら番狂わせ起こせるかもしれないと考えたら、100%の勝利を捨てる訳がないとなる訳だ

 

 なので、見守る

 ラフタリアはリファナが何とか落ち着かせてくれたようで、今はその腕のなかで眠っている。疲れもあったのだろうか

 リファナの目もちょっと疲れていそうなものだが、一人気丈に振る舞っていて。その辺りは兵士に取り囲まれていて幾らか殺さないと近づけない

 

 「おらぁっ!」

 決闘の開始と同時、尚文がマントを広げる。弱めのモンスター相手ではろくにダメージを受けない事を利用して、自分に噛み付かせていたのを解き放ったのだ

 ……そういや盾の勇者本編でもやってたなそんなこと

 

 ……だが

 「大風車!」

 解き放たれたバルーン達は元康が槍を振り回すだけで軽く弾けて倒れる

 いやまあ、寧ろあの時何で効いてるんだってなるくらいの雑魚だものなバルーン、ぶっちゃけ多分村に居た頃のラフタリアにナイフだけ持たせて放り出したとしてバルーン1体になら勝てるって程度のクソザコ。仮にも勇者相手には目眩ましにしかならない

 だが、その隙に尚文は走り接近する。槍の弱点はその長さ。射程が長い利点が、懐の相手を攻撃出来ない弱点にもなるという判断だろう

 ……おい尚文、何で相手が勇者だと分かっててそんな馬鹿思った

 

 構わず尚文は長槍の穂先を避けて全体重をかけて突進し……

 そして、直前で姿を変えた短槍に自ら突き刺さった

 「ぐあぁぁっ!」

 「なおふみ様!」 

 ……そりゃそうである。槍は懐に入ればその長さゆえに扱いが難しくなる。それが本来の弱点だ。だが、勇者武器はコピーなり解放なりした武器に姿を自由に変えられる。つまり長さだって何時でも変えられるのだ。さっきは先手必勝と特に長い槍にしてようが、接近されたら短い投槍に変えて対応とか普通にする。俺でもするいや俺の場合は長めの投槍で誘ってナイフでぐさりだけど。対勇者経験が足りなさすぎるぞ尚文

 なんて端から見てるだけかつかつて女神の言う通りに勇者武器を集めようと対勇者シミュレートしていたからこそ言えるネズミ的考察を脳内で垂れ流しつつ

 

 それでも諦めず尚文は何とか元康の体を押し倒す事に成功

 ……あ、普通に蹴り飛ばされた。だよなぁ、四聖勇者で最も筋力関連延びやすいのって槍だしレベル差もあって抑えておける訳がないわこれ

 それでも何とかギリギリ残してたらしいバルーンを股間に噛み付かせるも……

 ダメージ通ってないなあの元康。気にせず立ち上がって素手で破裂させた。流石バルーン、弱点の股間狙って尚ダメージ無しか。ステータス的には当然である

 

 ヤバイぞこれ。何の介入も無くても普通に尚文負けそうだわこれ。どうすんだこれ

 どうせ勝てないならば精一杯嫌がらせしてやるよとは原作での尚文の台詞だったか。嫌がらせどころかそれすら出来ずにボコられてるんだが。本来のステータス差を考えれば当たり前と言えば当たり前なんだがある程度有利になってくれないと俺が困る。あのクソビッチが魔法で援護して反則してくれないじゃないか。それを咎められないから向こうの非が作れないぞ

 

 「俺の、勝ちだ!

 リファナちゃん達を解放しろ!」

 2分後、元康は足で押さえ付けた地面に転がる尚文の首筋にその槍を突き付け、宣言した

 ……おーい、スペック的には当たり前だが普通に負けてんじゃねぇよ尚文ぃっ!

 「ふざけるな!」

 威勢だけは良く尚文が叫ぶ

 「しかし、これは誰の目にも勝敗は明らかじゃ。盾が認めずとも関係など無い!勝者は……」

 まあ、けれども地面に俯せに押さえ付けられていては負け犬の遠吠え。槍の勝利をあのクソ杖が宣言しようとして……

 

 クソナイフが震えている事に気が付いた

 どうしたクソナイフ、まさか此処から介入して尚文勝たせろと?いや違う?

 ならば……と思って、その震えが何なのかに気が付いた。共鳴するように、武器ツリーが反転しかけている。即ち……

 「リファナぁっ!

 ドライファ・ライトニングオーラ!ドライファ・プラズマフィールド!」

 「……のか

 全部、全部、奪うのか!」

 全速で兵士なんぞ気にせずリファナの前へ、そして自分に使える精一杯の防御魔法を展開。直後、周囲に黒い炎を撒き散らしながらゆらりと尚文が立ち上がった。その腕の盾は禍々しい姿に変化している

 ……憤怒の盾……?マジで発現させやがった

 ん?ポップアップ?何だ、憤怒の盾Ⅱか。って段階なんて関係ないだろクソナイフ

 って特に大きな炎弾が迫ってくる!プラズマフィールドでは……防げる訳があるか!おい尚文!リファナまで焼き殺す気かボケ!

 「ブレイズダガー!」

 爆発するダガーで迎撃、宙で爆発させて黒い炎を相殺する

 ……、ついクソナイフぶん投げてしまった。まあ良いか、リファナの為だ

 

 「ぐぅぅぅっ!」

 カースの炎は流石に堪えたのだろう、足を退けて踞る(元康)の首根っこをアイアンクローで掴み、喉を焼きながら黒い炎を纏う尚文が嗤う

 「俺の、勝ちだ」

 ……何だ、案外正気だなあいつ。じゃあ良いか

 そんな尚文に向けて、どこぞのクソビッチが魔法を唱え……

 一瞬だけ迷う。ぶっちゃけこれ、無視しても良くないか?と。多分セルフカースであの女神の尖兵なクソビッチは焼けるだろうし、明らかに可笑しいから止めようとしただけと言われれば大義名分として可笑しくない

 って迷うな!フラッシュスロー!

 閃光の早さで迎撃、炸裂

 

 その炸裂音に、ゆらりと尚文が振り返った。亡霊みたいな動きしてるぞ尚文大丈夫か尚文

 「バーストランス!」

 「なっ、ぐっ!」

 「ぐわぁぁっ!でも!」

 その隙に元康が爆発する槍で反撃、自分もまた黒い炎に焼かれつつも尚文の拘束を再び脱した

 

 「そこまで!」



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盾の悪魔、鼠の悪魔

「見よ!皆の者!勝利者の姿を

 悪魔に魂を売った黒き炎にも負けず悪魔を追い詰めた勇者の姿を」

 おいこらあのカースの炎は勇者なら世界を呪うほどにぶちギレれば誰でも撃てるぞ、カース禁止してない時点で反則でも何でもない

 ……と、言いたいんだが言ってもな。尚文には負けて貰わなきゃいけない訳で。そもそも何でそんなに伝説武器に詳しいんだと言われれば納得のいく解説が勇者の武器持ってるからしか出せないから通らない

 

 「誰にも文句など付けさせぬ、槍の勇者よ、そなたの勝利じゃ!」

 「いや横槍入ったぞ」

 大義名分こそあれ、あの腐れビッチ女神の尖兵が尚文へと魔法を撃ったのは確かな事である

 「黙れドブネズミ、そもそも見逃しておったが何故薄汚い亜人が此処に居る」

 ……仮にも亜人奴隷を解放しろと決闘をさせた王の言葉としてはあまりにもアレだ。もうちょっとオブラートにだな

 

 「一応波に参加した冒険者なもので」

 「見ておったならば分かるだろう、盾の悪魔の防御を止めるための義挙であったと」

 ……誰も、異を唱えないな。まあ尚文がカース暴走しかけてたのは間違いないしここは不利か。そもそもこの抗議自体リファナ相手に見限られない為に形だけだし、尚文が負ける分には文句はない

 ということでさらっと引き下がり

 

 尚文に向けて魔法を撃った赤髪のクソビッチ女神の尖兵は実はマルティというこの国の王女でーとかそんな茶番を眺めながら、ふと手を伸ばす

 あくまでも何処まで行っても俺は転生者。それを捨てることは出来ないし、だからこそ転生者として与えられた勇者武器を奪う力だって欠片も失われてはいない

 向ける先は当然ながら盾……な訳はなく。リファナが盾の勇者のお嫁さんを目指すならばと盾をパクりたい気持ちはぐっと堪えて、杖を狙う

 杖の持ち主は眼前の王、正確には王配オルトクレイ。尚文等が暫く勇者と知らなかった事から分かるように、他の勇者のように常に勇者武器を携えている訳ではないのだ。俺?小さくして仕込んでるだけで常に持ってはいる。その理由は簡単、杖が見限ってこそいないもののその手を離れているから

 奪えると思った訳ではない。どんな扱いなのか見てみるかと気軽に干渉したという話。外部から別の勇者の武器に干渉するには奪う力を軽くぶつけるのが一番手っ取り早いのだ

 

 ってやべっ!

 伸ばした力を即座に引っ込める

 ……おおーい!杖ーっ!やらかしてんじゃねぇよおい!何とかしろお前の勇者だろ!

 なんて現実逃避しかけた

 一応杖の現状は確認した。見限る気が無いことも理解した。そして、何故離れているのかもよーく分かった

 ラースロッドⅥ。それが今の杖の姿である。ラースと付くことからも分かる通り、尚文が黒い炎を撒き散らした憤怒の盾Ⅱや俺があの日解放だけ出来た憤怒の投槍の圧倒的な上位武器。カースシリーズは激情によってグロウアップ(進化)してゆき、例えば憤怒ならば憤怒の○○、Ⅱ、ラース△△Ⅲ、Ⅳ、Ⅴという形で進んでいく訳だ。つまりラースロッドⅥとは、憤怒の盾Ⅱがあと四回進化した際にたどり着く性能とほぼ同等のバケモノ武器である。そのラースロッドであるということは、今もあの王はそれだけの怒りに身を焦がしているという事で

 そりゃまあ、正気であるはずもない。彼の憤怒の根源にあるのが亜人種への怒りだとしたら、寧ろよくもまあ亜人の国を滅ぼしに行かないなというレベルである。いや、杖があったら滅ぼすから一時的に手元離れてるのかこれ

 

 「奪わないでち?」

 「カースの呪い強すぎて無理だこれ。俺はまだネズミのステーキ焼き加減炭には成りたくない」

 「炭焼きでは無いでちか」

 「炭になるまで焼くのは炭焼きじゃない」

 なんて、決闘中も飯を頬張っていた悪魔と会話し

 「って、決闘中何飯食ってたんだゼファー」

 「マスターが食べてろと言ったから食べてたでち

 あと、ベールでち」

 

 「さあ、モトヤス殿、盾の勇者が使役していた奴隷達が待っていますぞ」

 そんな茶番を外巻きにしている間に茶番は終わる。尚文はバーストランスでぶっ倒れたままだ。ダメージの大きさで立てないのだろう。クソナイフがうだうだ言わないから死にかけてはいなさそうだが

 

 「リファナちゃん!ラフタリアちゃん!」

 城の魔法使いによって奴隷紋を解かれた二人に元康が駆け寄る。って飛び付くなよそんな速度だけど

 それに対して、リファナは……怯えるように、一歩後ずさった

 

 「や、止めて!」

 「……え?」

 思わぬ言葉に足が絡まり……あ、元康が転けた。ざまあない

 

 「助けてなんて、頼んでない!」

 「リファナちゃん!?」

 倒れたまま唖然とする元康

 「リファナちゃん達はアイツに酷使されていたんだろう?」

 してたらまず俺がその場で尚文を殺してる。幾ら盾だろうがその性能は本来の1/12、半端とはいえレベル差もある上12/12な投擲具でならば苦しむ間すら与えず慈悲深い形で殺せる。いや、本当にやってたら苦しむ間だけはたっぷり与えてから殺すが

 「そんな事ありません!なおふみ様は私達に戦いを強要した事なんてありませんでした!」

 因みに尚文の奴が奴隷紋の呪いを使った回数は貫禄のゼロである。まあ、俺が戦わなきゃいけないと散々脅したものな、使う必要も無かったという話だ

 

 「そんな訳ないだろ!君達を戦わせて!」

 因みにこの俺もほぼ同年代である。元康には無視されてるけどな

 「なおふみ様は自分では魔物を倒せないんです!」

 「それに、私達を守ってくれました!」

 おっ、ラフタリアも参戦した。良いぞもっと尚文をフォローするんだぞラフタリア

 「君達がする必要なんて無い!アイツにボロボロになるまで使われるぞ!」

 「ナオフミ様は疲れたら休ませてくれます!」

 「それに、一度だって怪我を追う事になったりしてません!」

 「い、いや……話を聞くにはアイツはそんな奴じゃ……」

 「騙されてるんです!ナオフミ様は優しい人です!」

 リファナラフタリアに反抗され、元康の表情が鈍る。尚文の方は……ダメだこりゃ憎悪で何も聞いてない。起きたらまたカースバーニングばら蒔くぞこれ。やっぱり発現中は思考がその感情に汚染されるカースって危険だわ

 

 「モトヤス様、これが盾の呪いですわ

 どれだけ訴えたいと思っても、忌まわしきあの盾が擁護の言葉に変えさせるのです」

 ……出やがったなクソビッチ。今すぐ死ね本編のリファナの仇の一部だ

 ……と言いたいが流石に今ここでやらかすとヤバイので脇腹にクソナイフをぶっ刺してその痛みに集中して堪える

 

 「そうか!やっぱりそうなんだな!」

 ……ぱっと表情を明るくする元康

 見事に女神側に騙されてんぞオイ。転生者対策に異世界から直接勇者を選んでるってのにその勇者が騙されてちゃ世話無いじゃないか

 

 というかラフタリア、困ってないでもっと反論してくれ。原作のお前は小汚ない病を煩った奴隷に手を差しのべたりするかとか

 ……ん?

 小汚ない、病を煩った?

 病は?俺が麻薬で治したな。小汚ない?亜人蔑視の緩い街でリファナに服は買ったな、ラフタリアにも分けてなと10着ほど。奴隷商に押し付ける際にもこっそり置いてきたから尚文が買った際にオプションとして渡されてるはずだ

 ……俺のせいか、反論少ないの。まあ良いやもっと頑張れラフタリア、未来の婿の為だラフタリア

 

 「その通りじゃ。あの黒い炎こそが悪魔に魂を売った証。奴はもう勇者などではない、盾の悪魔じゃ

 あの二人は悪魔に魂を歪められてしまったのじゃろう」

 悪魔だとさ。悪魔ってのは横で眺めてるでち公の事を言うんだ。尚文じゃあない。というか杖の勇者、お前あの炎撃てるだろラースⅥなんて持っててどの口が言ってるんだ

 「そんな事……」

 流石に見てられない。これ以上リファナを困らせてはいけない

 

 「……リファナ」

 数歩前へ。元康とリファナの間に割り込むように前に出る

 「なんだお前!」

 「マルスくん」

 「槍の勇者様。君達がやる必要はないという事は、俺なんかが戦えと?」

 「そうだ!そんな事を聞きに来たのか!」

 「……なんだお前、に返答すると。俺はリファナの幼馴染だ

 そんな俺は戦えって言うならば、それは差別じゃないのか?」

 「関係ないだろ!」

 「……ああ、関係ない。男でも、女でも。勇者様が元々居た世界では女は護られるものだったかもしれない

 けれども、この世界ではステータスがものを言う。男だろうが女だろうが、子供だろうが

 

 異世界の関係ない常識で、俺の幼馴染(リファナ)の想いを貶めないで欲しい」

 ぎりっと、元康が槍を握り込む。余計な事をという感じだろうか。けれども攻撃する道理なんて無いので耐えた

 

 「……マルスくん」

 「何だ、リファナ?今の俺はお前達が自由になって凄く気分が良い。何だって聞いてやるぞ」

 いや、何時でも大半の事なら聞くけど

 

 「なおふみ様を……」

 チェンジダガー(幻)、フロートダガー、エアストスロー、セカンドスロー

 「皆の者、盾の悪魔を……」

 ドリットスロー、トルネードスロー

 何か馬鹿みたいな宣言をしようとしている中、こっそりと空中でスキルを撃つ。クソナイフ隠しなどどうでも良い。リファナの願いは決まっている。尚文に"様"がまだ付いているのだから

 

 「処刑せよ!」

 エターナルスロー、オーバースロー

 「お願い、助けて!」

 チェンジダガー(毒)

 「サイクロンストリーム!」



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鼠の考え逃げるに似たり

「サイクロンストリーム!」

 上空で姿を隠しながら作っておいた嵐を解放すると同時、更に叫ぶ

 「ドライファ・サンダーストーム!」

 

 毎度お馴染み大嘘である。サイクロンストリームは投擲具スキル、それは勇者以外が撃てるはずもないものだ。威力は必要ない為今回は勇者武器の強化によるⅡだとか付いていないがそれは無関係、そもそも撃てる時点で可笑しい

 なのでそそくさと魔法っぽい事を叫んで実はこれ魔法ですよーとやるのだ

 誤魔化せるかなんて知らない。ただ、リファナが助けてと言って、俺にはクソナイフというそれに応えられる力があって。クソナイフ無しでは無理ならば使う。後の事は後で考えれば良い

 チェンジダガー(毒)を組み込んだ麻痺針の嵐が閃光と共に周囲に突き刺さる。リファナの敵は俺の敵、設置型の嵐は威力を極限まで下げた仕込み麻痺針によるオートエアストスローをひたすらにリファナの敵(メルロマルク兵士)を狙い降り注ぐ

 

 って危ねっ!何か俺に向けて降ってきたぞ止めろクソナイフ

 当たれば俺も普通に麻痺するだろうが何狙って……って本気で止めろクソナイフ当たるまで狙うんじゃねぇよ俺をリファナの敵認定は……

 うん、仕方ないわ。でも今は俺を狙うなリファナに迷惑だろ

 

 「何だ、この魔法は」

 「範囲麻痺魔法?そんな馬鹿な」

 無事なのはそもそも原作ではいずれやらかす馬鹿ではあるものの現状敵ではない為攻撃対象外である剣の勇者と弓の勇者一行、そして……

 「何じゃこれは、本当に魔法か?」

 さっくりと風の防壁らしきもので降り注ぐ針雨を散らした王。更にはそれに守られた元康と女神の尖兵共くらい

 

 ……ちっ、雑魚は排除出来たってぐらいか

 「警告するでち。……まだまだでち、逃げるにしても逃走経路にも兵士は居るでち」

 「そうなのかゼファー」

 「自慢でち。ボクの機能を舐めてはいけないでちよ

 そしてベールでち」

 

 ……さて、どうするか

 なんて、決まっている。何も迷う事なんて無い

 まだ兵士は沢山居て、わざわざ出てこずに待ち構えている。ならば、待ち構えてはいられない事態を起こせば良い

 その一つの手段としては転生者全開で盾なり槍なりを奪ってみせる事。だがそれではいけない。剣、弓、盾、槍の四聖と杖の五人の勇者が此処に居るのだ。簒奪者になった瞬間に杖は一時的に王の手元に敵を倒すために戻るだろうし、残り四人から袋叩きはまず間違いなく、俺はまあ死ぬだろう。流石にラースロッドⅥに勝てる気はしない

 

 ……だが、俺は今日丁度良いものを覚えたじゃないか。それを今使わずに何時使う

 「ファスト・エレキシンガー!」

 唱えるのはネタ魔法

 自分の言葉を電子的なギター音に変えるというもの。この魔法の効果中、俺の言葉は全て謎のエレキギター曲に変換される

 ならば何がネタか?言葉を、心をプラズマ音にする魔法、歪んだ心が前提な転生者が使っても不協和音しか奏でられないのだこれ。自分で使ってて耳障りが酷くてすぐに耐えきれなくなる

 

 だが、これで杖の勇者という魔法のスペシャリスト相手にも多少は誤魔化しが聞く。今から使う魔法を誤解させられる

 「『我、転生者が天に請い、地に祈り、理を切除し、世界を繋ぎとめよう。龍脈の力よ。猛る激情の雷と勇者の力と共に形を成せ

 力の根源たる投擲具の偽勇者が命ずる。我が願う彼の者の姿を雷の光の中に現せ!』」

 ほぼ既製品の出来上がった魔法の型にふわふわした魔力パズルを押し込むイメージ。猛り狂う雷鳴でもってパズルをピースを削って完成させるような強引そのものの遣り方。まだ早いし型があるのでマシだが普通にやるには難易度が高すぎて実用化はまだまだ遠い

 だが、石碑で見たこの一つだけは一瞬で完成する。完成形は知っている!オーバーカスタム!

 「『アル・リベレイション・ホログラフィックプラズマⅡ!』」

 

 唱えた瞬間、魔力と活力がごっそりと持っていかれた

 「げふっ!」

 ついでに其所にパチモノとはいえリベレイションの魔法詠唱なんてものの不協和音が重なり、思わず軽く腹の中のものを吐く。電子音化も掻き消えた

 

 「何をしたのじゃ」

 「っらぁっ!ドライファ・ライジングイグニション!」

 フロートダガー!バーストシュート!

 虚空に呼び出したシンプルな投擲具をスキルで放つ。バーストシュートという燃えるナイフを投げるスキルで可能な限り派手に、魔法っぽく誤魔化すのも忘れない

 やり過ぎると即バレそうだな、これくらいにすべきだろう

 

 「ツヴァイト・シールド」

 「くっ、防がれたか」

 軽く魔法の盾に防がれる。腐っても相手は杖の勇者、魔法においては向こうに一日の長……ってかもっと差あるな絶対

 だが、投げたのはシンプルなナイフ、即ち初期武器

 別に此処で彼を殺す気は今はないのだ。あくまでも仕込みが発動するまで、仕込みから意識を逸らさせる事さえ出来れば……

 

 「シ、シルトヴェルトだぁぁっ!」

 ……来た。遠くからの怒号ににやりと笑う

 そう、シルトヴェルト。本当に来た訳ではない。彼らは原作によれば誰も信じなかった頃の尚文に近寄るなと言われてそのまま干渉を止めている

 ホログラフィックプラズマは幻影魔法。そのリベレイションクラスでもって、俺の思い描いた幻影を城の外に投影したのだ。それは……

 変身を遂げて空を舞う大亀と大鳥。ゲンム種とシュサク種の姿。ほぼ獣の姿と化したシルトヴェルト代表の種族の幻

 アオタツ?ハクコ?揃えたかったが寧ろその四種族が揃っていると嘘っぱち感が酷くなるので無し。あくまでもゲンムとシュサクに留める。どうせやるならばド派手にいきたいんだがそれよりもリファナの為に尚文を救う、手段の爽快感の為に目的を見失う鳥頭ネズミにはなりたくない

 『称号解放ナイフ使い鳥頭』

 うるせぇクソナイフ

 

 あくまでも彼らは幻、プラズマが描き出した見せ掛けだけの存在

 だが、盾の勇者を貶める為の場の外に突如として現れた盾の勇者を崇める国の代表の姿。無視など出来るはずがない!

 全員の意識が、尚文から逸れる

 

 今だ!

 「はぁっ!」

 全速力、駆け抜けて倒れた尚文を抱え上げる!

 「逃がすか!」

 「ぐぅっ、らぁっ!」

 くっ、肩口に槍が刺さったか

 知るかそんなもの!

 「ゼファー!リファナ達を誘導してくれ!」

 尻尾で背後から槍を突き出す元康の腹を殴って距離を取らせ、そのまま尚文を背負って駆け出す

 

 「やつらを殺せぇっ!」

 瞬間、立ちはだかる十数人の影

 ……影だ。大抵の国家には居る暗部、王族に直属の闇の部隊

 ……だが

 「出てきやがったら的に決まってるだろ」

 まだサイクロンストリームは残っている。影が姿を見せたということは、狙える対象になったということ

 「降り注げ、サンダーストーム!」

 叫ぶ直前から既に攻撃は始まっており、渦巻く竜巻から雷鳴のように閃光と化した針が降り出していた

 

 ……ちっ、やれたのは数人か、そろそろ込めた魔力的にサイクロンストリームの維持も限界で……

 中央突破、それしかない!

 そう覚悟を決めて前を見て……

 「ラフタリアちゃん!」

 そんなリファナの声に振り向いた

 

 ……小さな少女が倒れている。その足からは夥しい……ほどではないが血溜まりにはなる程度の流血。恐らくは影に逃がすかと足を投げナイフで刺されたのだろう。思わず駆け寄るリファナを、残った影の持つナイフの切っ先はまだ狙っていて

 

 …………

 ……

 …

 なにやってんだネズゥ!

 リファナを守る!ラフタリアも守る、そしてリファナの為に尚文を助け出す!全部やるのがお前の役目だろうが!

 真っ先に切り開く事だけ考えて、他が見えなくなってるんじゃねぇ!リファナを狙われてたらどうなってるか分かってんのか!杖の勇者に魔法を撃たれてたら、リファナが死んでても可笑しく無かったんだぞ!

 『憤怒の投槍への変化は英雄武器によりロックされています』

 

 「こんの、馬鹿野郎ぉぉぉぉっ!」

 視界の端が赤く染まり、プラズマが縁取る

 「ツヴァイト・ファイアボール!」

 「うるせぇ!」

 熱は気にせず、王の打ち出した魔法を食らいながら突っ切ってラフタリアに駆け寄る

 ……逃げ道は作れなかったか

 まあ良いや。シルトヴェルトの幻で外は大混乱。その間に押し通るだけだ

 

 ……なんて、俺の前に立つ二つの背中

 「……行け」

 「流石にこれは可笑しすぎます。まるで、最初から彼等を殺す気だったような

 第一、彼も貴方達が一緒に召喚しておいて扱いが違いすぎます」

 「……剣の勇者様、弓の勇者様……」

 二つの背中は残り二勇者のもの。流石に尚文苛めが酷いとして、王の眼前に立ってくれたのだろうか

 「見ただろう、あの黒い炎を!」

 って、元康はそれでも王側か、仕方ない!

 「それも含めて、作為的なものを感じるんです!」

 「尚文を追い込む気じゃないのか、と」

 「アイツは、マインを襲って!リファナちゃん達を酷使したんだぞ!」

 「そもそも、本当に襲われたのか怪しい」

 ……向こうは勇者達に任せておけば大丈夫だなこれ

 素直に助かる

 

 尚文の体を尻尾で巻いて固定。ラフタリアのぐったりした体を抱き上げる

 「マルスくん……大丈夫だよね、ラフタリアちゃん」

 「息はある、大丈夫だリファナ」

 ……というか、俺の心配は無いのかリファナ、いや大丈夫だけどさ

 「リファナ、お前は行けるのか?大丈夫か?」

 「うん、大丈夫」

 「……逃げるぞ、リファナ!」

 「ボクは無視でち!?」

 「勝手に付いてくるだろゼファーお前は!」

 

 「行かせるか!」

 「舐めるな!」

 蒼雷一撃。プラズマを纏った俺は生体スタンガンのようなもので

 リファナから付かず離れずの距離を保てば格下相手ならばどうとでもなる!影の一部と王や槍の勇者さえ二勇者が受けてくれたならば抜けられる!

 そのまま、大混乱の城を突っ切った



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カースバーニング

そうして、逃げ込む先は……

 

 奴隷商人のところであった

 うん、どうして此処なのかと言われても困るが、そういや原作ではラフタリアの奴隷紋が解かれた後わざわざ奴隷になり直すために行ってたなーという記憶からの行動である。その際に出向いた二人は今現在俺の背と腕の中で意識不明なんだが

 行く意味ねぇなホント!まあ良いや、他に行くアテもなし

 

 「一体なんなんですか、ハイ」

 「女王側だろ、暫く盾の勇者を匿え。ダメだあの王」

 「構いませんが、それなりの利は此方になければ」

 「売れずに不良在庫と化している奴隷を買い取ろう。この値段はと躊躇されている本来の金額でいい」

 「ならば構いませんです、ハイ」

 金で頬を叩く感じで交渉成立

 ……あれ?今金あったかな、いざとなればあのシステムエクスペリエンスの所から金目のものをガメるか

 「泥棒はいけないでちよ」

 「転生者の為のものだ俺が使って何が悪い」

 「体裁が悪いでちよ」

 「煩いぞゼファー」

 反論出来ないので切り上げ、ってか何で普通に会話に参加しているんだそこのでち悪魔

 「まあマスターの為に元々捨てるはずだったいらないものならば持ってくるでち」

 「同じじゃねぇか」

 「外様のマスターと違ってボクは偉いでちから」

 「そもそも金あるわ何とかなる程度は」

 

 なんて茶番は放置してちょっと離れていたリファナも連れて中へ

 混乱のなかを突っ切ってきたのだ、すぐに兵士が辺りを巡回するかとは思ったのだが、そんなこともなく

 流石に奴隷商の仕事場にロクなベッドはないがロクでもないベッドならばあるので運んできた尚文の体は寝かせて、上に布団風にラフタリアの体を置く。ラフーな布団略してラフトンである

 ……って止血してないな、止まってはいるけれども傷口はそのままだ、これじゃあ布団にならない

 

 そんな俺を、リファナは苦笑いしながら見ていた

 何か変なことやってしまったか……

 いやでもこれで尚文がラフタリアを意識してくれれば万歳だしな、やっぱり止血忘れがダメだったか

 着替えは波のバケモノの返り血というか体液まみれなのでちょっぴり魔法で焦げたパーティ出席の際に着替えた服の袖を引きちぎり、リファナに投げる

 「まだ綺麗な方だろ、止血してやってくれるか、リファナ

 俺が変にラフタリアの足に触れてもいけないだろ」

 「……なおふみ様の分も」

 「忘れてた」

 わざとである。盾の勇者の為に何で俺がリファナに頼まれもしてないのに身を切る必要があるというのか、リファナが頼んだらリファナの為だが頼まれてないならば尚文の為だ。リファナの為ならば多少身銭を切ろうがそんなものどうでもいいが尚文の為には一銭だって惜しい。そもそも盾の勇者なんて頑丈なものなんだから刺された脇腹も何もかも放置でいいだろどうせ盾の力で自然回復する

 「あはは、相変わらずだねマルスくん

 まだ、盾の勇者様は嫌い?」

 「リファナを助けてくれたんだろ?そこは感謝してる」

 「奴隷だったけど、ね」

 「他にも村の一員を見たよ。そいつも生きてる皆は奴隷として連れていかれたって言ってた

 だから、そこは良いよ。奴隷にされたリファナを買ったら奴隷だ。重要なのはその後だよ」

 そう、良くしておいて裏切るドブネズミみたいな奴はクソな訳だし、奴隷を酷使しないならばそれは良いわけだ

 

 「その人は?」

 ……どう答えたものか

 嘘だよと正直に言えば軽蔑は間違いない。俺が見つけられた奴隷になった村の一員はリファナラフタリアだけだ。キールは……そのうち奴隷商に聞いてそれとなく尚文に売り付けられないかなと思っていたが残りは真面目に見つかっていない

 「手遅れだった」

 だから、奥歯を噛んで誤魔化す

 「……そっか」

 「墓は立てたよ。村まで戻るには遠かったから微妙な位置だけど、野晒しよりは良い」

 

 

 「……起きたか、盾の勇者」

 そうして、尚文は目を覚ます。ラフタリアは……まだか。ダメージ的には足を刺されただけのラフタリアの方が大分マシなはずだが、やはりそこは盾か

 「此処は」

 「奴隷商のところだよ」

 「俺を売るのか!」

 熱っ!気軽にカースの炎を撃つな腹を焼くな尚文。火力は大分抑え目でそこまで痛くはないがカースバーニングってその名の通り呪い付きで治りが遅いんだぞリファナに当たったらどうすんだ

 意識を失った尚文の盾はラースシールドから普通のスモールシールドに戻っていたんだが即座に憤怒の盾Ⅱに変化してるじゃないかどうなってんだ

 「売るかよ

 第一、勇者は奴隷にならない。奴隷紋を弾くからな」

 「試したのか!」

 だから熱いわ尚文ぃっ!ネズミの丸焼きは別に美味しくないから止めろ

 『称号解放、○+焼きネズミ-』

 おいこらクソナァァイフ!バーベキュー串に刺すなというか記号で遊ぶな茶化すな

 

 「試すかよ、通説だ」

 「……」

 あ、炎消えた。じっくりコトコトなトロ火で助かった、大火傷とか負ってたら治療費が馬鹿にならなかったからな

 「なおふみ様。マルスくんがあの城から連れ出してくれたんです」

 と、リファナのフォロー

 

 ……ってラースシールドから戻ってねぇぞ尚文なんとかしろ尚文ラフタリアが怯えるぞ尚文



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異能解説

とりあえず何か食える物持ってくると言い訳をしてその場を離れる

 

 「難問でち、……難しそうでちね」

 「……そうか?」

 なんて、首を捻る

 「盾の勇者なんてあんなものだろう」

 「そんな気はしないでちよ」

 なんてことを、横をとてとてと付いてくる悪魔と話しながら

 

 「それにしても疑問でち。あの炎熱くないんでちか?」

 なんてことを、悪魔がほざいた

 「熱いよ、当たり前だろ」

 「火傷一つ無いのにでちか?」

 「そりゃ俺だからな。まあ焼きネズミにはなりにくいよ」

 「そんなものでち?それで耐えられるものには見えなかったでちが

 転生者って凄いでちね」

 無表情に、悪魔は告げる

 「いやいや、転生者補正はぶっちゃけるとカースバーニング弱点だぞ。受けるダメージ増えるだけだ」

 「何ででち?」

 「当たり前だろ、あれはカースの力。即ち勇者の激情の力だ。転生者にとっては毒そのもの、天敵だよ」

 ってつつくなクソナイフ

 

 「俺が耐えられるのは俺個人の資質だよ

 異能って奴」

 あっけらかんと、そう言う

 「異能、でち?」

 「女神に俺が特別と言われるのならば、その理由はきっとそれしかない。俺の異能、アヴェンジブースト」

 「……異能なんて持ってるでちか?」

 「そこからかよ!」

 首を捻る悪魔にずっこける

 

 「そもそもだ、この世界には無いんだろうけど、俺の世界……ああ、リファナの生きてる今じゃなくて、あくまでも転生前の方な

 その世界において人は基本的に異能を持ってる。その異能は……まあ持ってることすらロクに分からない程度のものから日常生活にちょっと役立つ便利能力から……魔法見たいなものまで色々と、な

 それは基本的に産まれながらのものなんだ」

 と、基本事項を告げる

 ふむふむでちと頷く悪魔を見て、続ける

 

 「俺が持っていた異能はアヴェンジブースト。ブースト系異能の頂点にして底辺」

 「矛盾の極みでちね」

 『称号解放、矛盾鼠』

 煽るなクソナイフ

 「はは、だろ?矛盾しまくっているようで別に矛盾の無い最強最弱のブースト異能、それがアヴェンジブーストだ

 女神に目を付けられても……いやそれはどうなんだろうな、たまたまかもしれないけど。ってかそもそもアヴェンジブースト自体は恐らく珍しい異能じゃない」

 「突然転生の特異性消えたでちね」

 あきれたように、悪魔は言う

 「異能として認識される域に非ず、とされている人間って割と居てさ。中学までの俺みたいに異能:無しって証明書に書く人種。その中にもかなりの割合で居たんだよ、ブースト異能持ち。力が弱くてブーストされることに本人が気が付いていなかった、発動の条件を満たしたことが無くて知らなかった、或いは実は異能の正体を知ってるけど何らかの理由で異能を隠したかったって感じで

 その気が付かれていなかった異能持ちの中に、きっとアヴェンジブースト持ちはそれなりの数居たんだろう」

 「そうでちか。それより異能の説明でち」

 「弓の勇者の異能は命中。とりあえず妨害は効くけれども捕捉されている限り常に避けなければ必ず当たる

 恐らくだが盾の勇者の異能は対酔。何があろうが酔わない」

 「そこは興味無いでち

 聞きたいのはブーストでちよ」

 「いや命中って必中ほどの意味不明性能してないけどなかなかに脅威だぞアレ。避けようとしなければ避けられないんだから

 

 っと、ブースト異能だったな

 ブースト系の異能はその名の通り、特定の条件でブーストがかかる。条件やブーストが何にかかるかによって異能の種類が細分化されてるって感じだな。そんな幅広い異能だけあってブースト系で一大系統築いてたし、企業にもブースト系異能派閥ってのもあったらしい。ブースト系持ちが就職しやすい企業とか

 ……って興味無いか。まあそんなだだっ広い範囲を指すブースト異能には当然使えるブースト、使えないブースト色々ある訳だ

 

 アヴェンジブーストは……使えないブースト系の頂点だな」

 「どんどんとマスターがショボくなっていくでち」

 ぼんやりと呟く悪魔

 いや、何期待してたんだ俺の異能アヴェンジブーストだぞ所詮

 「いや、現代社会では単なる災害だけどマジで強いんだぞアヴェンジブースト

 発動さえすれば、な」

 「発動しないんでち?」

 「『カウンターのブーストは幾つもある。陰キャ専用リベンジブースト、ドM専用ダメージブースト、そして手遅れ限定アヴェンジブーストだ』

 ってのが定説。少なくとも覚えてる限り俺も一度しか発現したことがないくらいには発動条件が厳しい」

 受け売りな言葉を呟く

 ネットでは有名だった。アヴェンジブースト持ちとしては貶されてるし何とも言えない感覚だったけど

 「そうなんでち?」

 「軽薄な笑みを浮かべてる男に目の前で母親が轢き殺された時には発現しなかった」

 「……」

 ……おい黙るなクソナイフ。茶化せよクソナイフ

 「母親の轢死体を見て車がトラウマになった引きこもりの妹が俺への謝罪だけをひたすら書きなぐった遺書を残して自殺した時にも発現しなかった」

 「予想外の答えでちね」

 「妹の葬儀の終わった夜に水に睡眠薬入れられてクソ親父に首括らされた時にも発現しなかった」

 「つ、使えねーでち……」

 「首を吊られて薄れ行く意識の中、母親を轢いたクソ野郎と親しげに家の遺産の分け方を相談してるのを見た時」

 「遂に発動したでちか」

 「縄が雑に結びすぎてたのか切れた。発現は特にしてない」

 「発動してないんでちか!?」

 「発現したのはその後、死にかけの俺を足蹴にしながら母さんの葬儀の後にのこのこ単身赴任から戻ってきたクソ親父が妹を強姦しててそれで妹が自殺したと知った時だな

 

 『ヤッてる最中ずっとお前の名前を呼んでてキモくてならなかったんで黙るまで殴ってやった。顔だけは可愛く育って何時かヤりたかったのによ、ガッカリだ

 良かったなぁ、そんなブラコンには寂しくないようにお兄ちゃんも今そっちに送ってやるよ』

 ……そう妹をバカにするように言われた時、何かが切れた

 

 後にも先にも、アヴェンジブーストが発現したのはその時だけだ」

 「……確かに使えねー異能でち

 それで?強さはどんなものでち?」

 「意識半分無くて良く覚えてないんだが、とりあえず家は親父と共犯者ごと塵一つ残さず消し飛んだよ

 ジャンルが現実ではなくバトル漫画と言われる程度には強い

 って、流石に良く強さの指標として存在する軍隊に匹敵する、レベルかは知らないけどさ」

 ははっ、と軽く笑う

 

 「他のブーストを比較に出すと、リベンジブーストは相手に自分が傷つけられていればいるほど身体能力が上がり続ける。別に頭の回転は変わらない

 実は精神的なダメージでも良いから、一番使いこなせるのはちょっとした事でテメーマウント取りやがってふざけんな!する卑屈で根暗でロクな生活してない奴という簡単で強いんだけどそれを持ってる事を誇るだけでアレな人認定される悲しい異能

 ダメージブーストはその名前の通り体にガタが来てるほどに肉体のリミッターが外れていく異能。徹夜なんかでボロボロになっても発動するから社畜用とかネットではバカにされてた

 ダメージブースト野郎は24時間働かせれば48時間働けますとか」

 「ひでー異能ばっかでち」

 「そりゃ、ダメな異能ばっかりあげてるからな

 カウンター異能なんて基本そんなものだよ

 

 使えるブーストだと、有名なのはライドブーストかな。ハンドル握ればとりあえず何であっても操縦出来る異能

 あれは持ってるだけでパイロットなり電車の運転手なりドライバーなりに特待で訓練して貰えるって就職有利で便利な異能だ」

 「操縦、でち?」

 「この世界的に言えば、乗れば飛竜だろうが馬だろうがフィロリアルだろうがフォーブレイで開発されたらしい戦闘機だろうが飛行船だろうが初めてでも確実に本業の人の下位くらいには乗りこなせる異能」

 

 「っと、そろそろ切り上げるぞ、尚文が疑う」

 「了解でち」




イキリネズ公「ブロリー(ドラゴンボール超)かなーやっぱりww
自分は思わないんだけど周りにブロリー(ドラゴンボール超)に似てるってよく言われるwww (訳:危険なパワー系池沼)
こないだペドフィリア親父に遺産目当てに一家全員殺されかけた時も気が付いたら意識無くて家が消し飛んでたしなwww
ちなみにペットもバアに似てる(聞いてないw)」


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聞きたくなかった言葉

戻ると茶番劇の真っ最中であった

 お前等はもう自由なんだ近づくなする尚文、捨てないでとすがり付くラフタリア、なんと言おうか悩んでそうなリファナ

 

 茶番だなー本当に。無視だ無視。終わったらさっと部屋入ろう

 というか尚文ぃっ!お前には何かを守る事に全てを懸けた力があるだろうが。全部を突き放すってなら俺に寄越せ。俺には手に入れられなかった力を持っておいてほざくな

 

 ……って、言っても仕方ないな

 「なおふみ様、私はどうしたらあなたに耳を貸して貰えるの?」

 「その手を離せ!」

 落ち着かせようと尚文の手をリファナが握るが、それを尚文は振り払う

 「俺はやってない!俺は悪魔じゃない!」

 「どうか聞いて下さいなおふみ様!」

 「そういって、どうせお前も騙す気なんだろう!」

 「違います!」

 「ナオフミ様!」

 「煩い!」

 ……っておい尚文ぃっ!お前の盾今も憤怒の盾Ⅱじゃねぇかなにやってんだおぉぉぉい!

 

 と、介入したい気持ちはぐっと堪えて、リファナが諦めず頑張る限り拳を握りこんで見守る

 「私は何があってもなおふみ様を信じています!」

 「黙れ!お前達だって俺に罪を被せるんだ!」

 「そんなことありません!」

 「ウワサみたいにナオフミ様が関係を強要したとか、そんなこと信じません!」

 おお良いぞラフタリアもっとやれラフタリア

 

 「世界中の全てがなおふみ様を責め立てようとも、私は違うと……何度だって、なおふみ様はそんな人じゃないと言います」

 ……尚文の表情は……

 ダメだ、変わらない

 「なおふみ様。どうしたら、貴方に信じてもらえますか?

 奴隷の言葉しか信じられませんか?なら、ちょうど良い場所ですから奴隷にだってなります」

 ……リファナを奴隷に?

 いや待て俺ステイ俺原作的に正しい流れだろ俺落ち着け俺

 

 「どうか、私とラフタリアちゃんを信じてください」

 そう言って、リファナは上半身を起こした尚文の頭をその胸で抱き締めようとして

 「そう言って、まだ俺を戦わせるのか」

 禍々しい盾を身に付けた腕に荒々しく押し退けられて、よろけた

 おいこら尚文ぃっ!

 

 「こんな盾を押し付けて!勇者の責務なんてものを強要して!

 死ぬかもしれない波なんてものに無理矢理参加させて!悪魔だと蔑んで!

 尚も信じろと!だから戦えと!お前達も俺に言うのか!」

 尚文の顔が歪む

 「……じゃあ、寄越せよその盾」

 「何?」

 きっと、尚文が扉の先、つまりは俺の方を睨む

 ……あ、ヤバイ。声に出てた

 

 「マルスくん、なんて事言うの」

 「リファナ、駄目だこの勇者は」

 「そんなこと無い!」

 リファナと意見が対立するのは好ましい事じゃない。だが、引いてはいけないと思う

 リファナの為に、世界の為に、そして俺の為に

 尚文の為じゃないのかって?そんな訳があるか、勇者として召喚されて女神による侵略に対するこの世界の防衛に巻き込まれた尚文にとって一番良い事は平穏無事に元の世界に帰ることだ。勇者個人の為だけを思うならば戦えというのかふざけんなという尚文の主張は全面的に正しい。今すぐにでも元の世界に帰して戦いに参加しなくて良くするべきだ

 だからこそ、その正しさを叩き潰す。尚文の中の優しさにつけこんで、どうにかして戦わせる方向に持っていく。その憎まれ役をリファナにやらせたくはない

 

 「お前……元から盾が目的で」

 更に盾が変化する。禍々しさが増す

 そして軽く俺への威嚇か震える。何かクソナイフも共振している

 ……ラースシールドⅢ。ってオイ!盾ぇっ!グロウアップしすぎだろうが盾ぇっ!煽ってんだろ盾ぇっ!お前もクソナイフの同類か盾ぇっ!

 ……あれか、俺の転生者能力による強奪対策か?ならばカースはラース以外にしてくれ。今さら言うがゼファーに言った事は大嘘だ。あくまでもあれは杖を奪わないことを選んだ名分である。というか、ラース耐性だけは高いと言っておいて、奪ったらラースの炎で炭になる訳がないだろラースだけは耐えるわ。ぶっちゃけその気になればラース抑え込んでラースロッドⅥのまま杖奪えたぞ。世界的に大問題だからやらないけど

 因みに俺が耐性があるのはラースだけなので他のカース耐性はない。だから俺の干渉防ぎたいならばせめてラストとかにしてくれ

 

 「盾が目的なんだろ!」

 カースの炎が飛んでくる。それを甘んじて受ける

 避けたら燃えるからな、迷惑だ。にしても熱いなやっぱり炎か

 「持っていけよ!」

 「取れるならば、とっくにそうしてるよ」

 いや、転生者の力を使えば取れるんだが、それはそれとして

 

 「おら!持ってけよ!そして俺を元の世界に返せよ!」

 尚文に盾で腹を殴られる

 って痛……くはないな

 「欲しかったんだろ!こんなもので良ければくれてやるよ!最初からお前が持ってろ!俺に押し付けるな!」

 ガン!ガン!ガン!と合計四発

 悲しいことに痛くも痒くもない

 

 「……出来ないんだよ」

 その腕を、盾を掴んで止める

 熱っ!カースバーニング効きすぎだおい

 全力抵抗の構えか、盾がブルブルと震えている。絶対に尚文から離れたくないで御座るとでも言いたげだ。いやお前が元凶だからな盾

 「四聖の勇者になれるものは異世界からの来訪者だけ。理論上どう足掻いても俺達は四聖勇者になれない」

 その点は魂の形とかがどうとか。この世界の住人の魂と結び付いても世界を守る結界を発生させられないとか、この世界の神である四聖武器に対して絶対的な上下関係が発生してしまってロクに干渉出来ないとかあった気がする

 ……その点転生者である俺は元々の異能なんて持ち越してる事からも分かる通り魂は異世界人寄りなので奪えるっちゃ奪えるのだが。というか、この世界の人間ではなく異世界人を転生させて送り込んでる理由が恐らくそれだ、魂がこの世界の人間ではないから四聖に干渉できる

 

 「だから、お前がやるしかないんだ、岩谷尚文(盾の勇者)

 お前が何と言おうと、望もうが望むまいが、四聖の盾を扱えるのは!この世界を守れるのはお前だけなんだよ!」

 「そんなもの、俺に押し付けるな!

 勝手に、死ぬかもしれない場所に放り込まないでくれ!

 帰してくれよ!俺には元の人生だってあるんだ」

 その怒りに染まった瞳の奥に揺れる怯えを見た気がして

 

 そりゃそうか。原作の尚文は召喚されてから暫くは盾の勇者としてロクに死の危険を味わったことが無かった。味わった時には既に戦う覚悟を決めていた

 だが、この尚文は違う。決闘の際に槍に貫かれ、意識を手放した。俺があのまま尚文を拾って逃げずに放置していたら、或いはそのまま首を落とされて晒されていたかもしれない。死んでいても可笑しくなかった。戦う覚悟を決める前に死にかけた事が、この現状を産んだ

 

 仕方の無い事かもしれない

 俺はそんなことはない。あの世界にリファナは居らず、瑠奈は二度と戻ってこず、仇はこの手で原子に打ち砕いた。リファナの居ない現在(せかい)に、瑠奈のもう居ない未来(せかい)に、復讐を果たした過去(せかい)に、二度と発動することはないだろう黄金の雷神に怯えられながらその残骸を研究されて過ごす研究室のマウス(じんせい)に正直な話未練はない。だが尚文は違う。読んだ際にちょっとアレじゃないか?とは思ったものの、割と真っ当な普通の人間としての人生がその先にあったはずだ。確か大学生だしな。未練は当然あるだろう。帰りたいとも思うだろう

 

 「どれだけ逃げても、状況は変わらない

 世界が滅んだ暁には、盾がお前だけは元の世界に帰してくれるかもな。帰せるだけの力が、逃がせるだけの余裕が、この世界に残っていれば、な」

 「マルスくん、なおふみ様に酷いこと言わないで

 なおふみ様は、戦いたくないって」

 「リファナ。それをどれだけ言おうが、盾の勇者は戦わなければいけない」

 ゆっくりと首を振る

 

 「やれるものならば、誰かがやってる。盾の勇者はお前だ。お前にしか出来ない

 お前が何を言おうが、逃げようが、放棄したいと泣き叫ぼうが!盾の勇者の役目は岩谷尚文にしか果たせない

 

 だから、リファナが何と言おうと、お前が逃げようと、俺は何度でも追いかけて言う

 お前しか世界を守れない。だから勇者として戦え、岩谷尚文(盾の勇者)

 静かに俺よりも歳上の勇者を見下ろして、精一杯上からそう言葉を発する

 ってずっとカースバーニングでチリチリ焼かれていい加減ヤバイんだけど。そろそろ耐性の上から火が通りそうだ

 

 「……」

 此方も静かに、尚文が睨み付ける

 ラースⅣには……流石にグロウアップしないか。したら笑うんだが。盾としても大好きな勇者に戦って貰わなきゃ困るからか

 「マルスくん……」

 「ナオフミ様……」

 そして、きっとラフタリアが此方を睨んだ

 尚文の真似かラフタリア、どうしたラフタリア

 

 「……なら、私がナオフミ様の剣として、ナオフミ様を守ります」

 ……よし、良く言ったラフタリア。その調子だラフタリア

 仮想敵が俺なのは……まあ良いか

 「私も、なおふみ様の剣として、貴方を守ります」

 いやリファナ、お前は良い。正直な話仕方ないがあんまり聞きたくない

 「ご免なさいなおふみ様」

 そして、くるっと尚文に向き直ったリファナが頭を下げる

 「勇者様だから、なおふみ様もマルスくんみたいに世界を守る事に意欲的なんだって思い込んでた

 でも、なおふみ様も私と同じように戦うのが怖かったんだ。それなのに、盾の勇者様だからって、勝手に期待して、ご免なさい」

 「あ、ああ」

 お、尚文が揺れた

 「けど、マルスくんの言う事もきっと正しい。なおふみ様が、盾の勇者様が戦ってくれないと、きっと世界は守れない。私の村みたいに、きっと滅茶苦茶にされちゃう

 

 だから……」

 そうして、リファナはもう一度、深く頭を下げる

 それに合わせて、ラフタリアも頭を下げた

 

 「お願いします、なおふみ様

 盾の勇者様として、世界を守ってください。本当は戦いたくないなおふみ様を、私と、マルスくんと、ラフタリアちゃんが剣としてきっと守りますから。だから、お願いします」

 「お願いします、ナオフミ様!」

 ………………

 …………

 ……

 ん?何か変な言葉が混じってたような

 

 あ、俺の名前が何か入ってたのか

 「なおふみ様を戦わせるって言うならば、当然付いてきてくれるよね?

 マルスくん」

 リファナが頭を上げ、俺へと顔を向けてにこりと笑う

 ……ぐうの音すらも出ない。完敗である

 参ったな、じゃあそろそろとそそくさと去ろうと思ってたんだが



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非ピックアップ一点狙い

何とか不機嫌そうながらリファナの言い分を認めた尚文と共に、リファナ達を奴隷に戻しに行く

 

 「紋様は破壊されてはいますが、割かし修復も可能なのですよ」

 「そんなものか」

 「ナオフミ様に信じて貰えるなら」

 ちらりと、正直楽しくないしなーと明後日の方向をみていた俺に、リファナが言葉を投げた

 「マルスくんも、私と同じなおふみ様の奴隷になる?」

 「絶対に願い下げだ」

 因みに当然ながらクソナイフを使おうとした瞬間に奴隷紋が破壊される状態は今も継続中だ。それが無くても尚文の奴隷とか嫌だが。何で倍ほど歳上の男の奴隷として働かなきゃいけないのかと

 「ボクも遠慮するでち。二重奴隷は良くないでち」

 うわぁ、とラフタリアと尚文がそろって此方を見る

 何嘘言ってるんだろうなこのでち公。只でさえ低い尚文からの好感度を更に下げるな

 

 「……さて」

 と、話を変えるように俺が見ていた明後日の方向を指差す

 「楽しい楽しい運ゲーの時間だ」

 「……何だ?」

 尚文がそちらを見る

 そこにあるのは、大量の卵の入った木箱である。大量の卵、というところから分かるだろう。皆大好きガチャだ

 

 「ああ、あれは私共の表の商売道具ですな」

 なんて、奴隷紋を復活させている奴隷商が頷く

 「お前等の表の仕事ってなんだよ」

 「魔物商ですよ」

 と、尚文が原作通りな説明を受けている

 そう、たまごガチャ。原作の尚文はこのたまごガチャから引き当てたフィロリアルにフィーロという名前を付けて育てていた。後の爪の勇者である

 

 「マルスくん、欲しいの?」

 「いや、そもそもメンバーが足りないだろ?」

 「足りないのか?」

 いや、足りないだろ聞くなよ尚文

 「盾の勇者、分かってるだろうがパーティは基本四人までだ」

 「俺、リファナ、ラフタリア、お前で四人居るだろうが」

 呆れたように言われる

 「それだとゼファー一人が余る。三人足りないじゃないか

 尚文、リファナ、ラフタリア、誰か

 俺、ゼファー、誰か、誰か

 で2パーティをつく」

 「マルスくんはなおふみ様とパーティを組んで

 そしたら逃げられないでしょ?」

 「…………

 なんで、ゼファー側に三人足りないのを手軽に埋めようかと」

 弱いな、と呆れたように見てくる尚文

 なんとでも言え。何か盾もラースから普通のブックシールドに戻っているし案外効いたのか?

 

 「で、あの卵のある木箱の上に立てかけてある看板は何だ?」

 なんて、尚文が聞いている。何だかんだ興味はあるのか。まあ、魔物だしな。元の世界では見られないだろう

 「銀貨100枚で一回挑戦、魔物の卵くじですよ!」

 「100枚とは高いな」

 「俺が出すぞ?」

 「当たり前だ」

 ……リファナー!尚文の奴がいじめるー!

 というのは冗談だが、中々に俺の扱いが雑である。いや、言い出しっぺだから普通なのか?

 

 尚文の奴が説明を聞いている間に、とりあえず思い出す

 このたまごガチャは一回銀貨100枚、卵は全部で250個。一番の当たりはワイバーンタイプの空を飛べる騎竜だ。価格にして金貨20枚相当

 とはいえ、まあ騎竜なんて目玉を狙う訳もなく。いや、どっかで竜帝的にドラゴン確保したい気持ちはあるがそれは今ここじゃあない。金は無くもないが予算的に買えて二十個。運ゲーに持ち込むにはあまりにも心許ない。いやまあシステムエクスペリエンスから集れば買い占められそうだがそんな愛の狩人いことしてどうする。第一これからフィーロ育成狙おうという時に、フィロリアルと仲の悪いドラゴンまで狙ってどうする。二兎を追って返り討ちにあうぞ。いや、それはウサピルみたいな弱めの魔物でも群れれば脅威というこっちの諺で今言うべきは二兎を追うものは一兎をも得ずか

 

 狙うものは大体成体まで育てば銀貨にして200枚以上の値がつく大体育成費考えると価値としてはトントンくらいの価値の魔物、フィロリアル。まあ言ってしまえばフィーロ狙いだ。フィロリアルのアリア種だったか。それを寄越せと言えれば早いが怪しまれる

 

 なんて思っていると、リファナが目を閉じて匂いを嗅いでいた

 くんくん、と。どこか犬っぽく

 ぱっと目を開けて、此方を見る

 「なおふみ様!この卵とか良さそうですよ!」

 そう言って指したのは、右端にある一つの卵

 「何とも言えないな。もう少し考える」

 「マルスくんはどう思う?」

 「どう、と言われてもな……」

 「魔法で分かったりしないの?」

 「ラフタリア、確かに正直な話俺の魔法ならきっと分かる」

 「やりましたねナオフミ様!ドラゴンが手に入りますよ」

 ぱっと目を輝かせるラフタリア

 分かってないなこのラフー、と溜め息を吐く

 「ラフタリア

 

 ……このガチャは魔法で重さ等を誤魔化している。それは、直感と勘による天賦に託す平等の為だ。魔法を使うのは出禁ものの反則だよ」

 「反則の相談、バッチリと聞こえてますです、ハイ」

 と言いつつ、魔法でない範囲で何となーく分からないかとやってみる。ネズミの勘、或いは大気に満ちる細かな電気を読み取ろうというもの

 

 「どう?分かりそう?」

 「いや、ダメだな

 何となく、魔法に大まかに二種類ありそうってくらい」

 暫くして、俺は肩を竦めた

 「二種類?」

 「七割ほどと三割ほどで別の魔法、な気がする

 三割の中にも色々ありそうなんだが、そこら辺の細かい所までは魔法まで使わないとちょっとな……」

 「微妙に使えないなお前」

 「微妙でち」

 「お前らな

 兎も角、リファナが良さそうと言ったのは三割の側だ

 トントン以上のものが多ければ目玉の価格を考えても大損だ。恐らく、トントン以上のものがその三割側なんだろう。画一的な残り七割が外れだ」

 「外れではないだろうと?」

 「ああ、どの程度の当たりかは知らないが外れではなさそうだ」

 「さっき反則はいけないと言った口でそれを言うでちか」

 「分かってないなゼファー。禁止なのは魔法で中身を読み取る事

 これはそんな気がする、だけだ。これが本当かどうかなんて全く保証はない。リファナの選んだ卵は外れじゃない気がするという根拠無いネズミの勘だ」

 「この卵だけ匂う気がする、イタチの勘ですなおふみ様」

 「リファナちゃんを信じたいって、タヌキの勘が言っていますナオフミ様」

 見事な亜人による根拠は無い三連発である。言われた方困るだろうなうん

 いや、そういえば原作で尚文は右の方から適当に一個卵を選んでいたっけ。それはひとつ根拠だな。俺の狙うべき当たり(フィーロ)は右の方にあるという

 まあ、50個以上あるんだけどな右の方にあると言える位置関係の卵。ぶっちゃけ何の足しにもならない

 

 「当てずっぽうに賭けるのか?」

 「盾の勇者様

 そもそも、天井以外で引ける根拠があるものはくじじゃない。確実に当たりが出ると保証されている回数引かない限り、何時でも今なら引けるこうすれば引けるオカルトと勘の当てずっぽうだ」

 「……おい

 仕方がない、その卵にしよう」

 お、リファナを信じるのか尚文、良い判断だな尚文

 

 孵化だ登録だあるんだろう?と俺が最初から銀貨110を払い、尚文はその卵を手に入れたのだった

 後はリファナの勘と尚文の運命力を信じるしかないか、フィーロが引けるって

 いや、最悪別のフィロリアルでも雌ならばそう世界は変わらないかもしれないが。雄フィロリアル?勘弁してくれフィロナーで色ボケならまだしも男色な愛の狩人、元康ならぬホモ康とかヤバイ。尚文が危険だ。いや、いっそ掘られろだしそれで良いのか?リファナが悲しむから無しだな




因みにですが、パーティが4人までというのはネズ公の嘘です
そうでも言わないと買おうとするか怪しかったからですね

世界的には上限は決まっているか怪しいですが基本6人まで、それを越えるとペナルティーがかかります
でも全然足りないと言っておかないと買ってくれるかどうか怪しいので


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盾の勇者とネズミたち

「改めて聞く、お前は何が出来る?」

 奴隷商のもとを離れた所で、尚文がそんなことを聞いてきた。卵を背負っているのでちょっと滑稽な姿である

 

 大丈夫だとは思うが、剣と弓の二勇者がどうなったのか気になるしな、出来ればさっと離れたくはあるんだがそうもいかない

 クソナイフが何もしないことを考えるにそんなに問題はないのだろうが、それでもだ

 実際問題弓の眷族であるのが投擲具だ。原作において、俺よりも恐らく力は上である転生者タクトの支配下から半分強引に抜け出してでも弓の勇者を救いにいった程には弓への忠誠は高い。弓の勇者に対して大きな危機が迫っている、それこそ杖の勇者である王に殺されかけるような事があれば即座に俺の制止を振りきってでも弓の勇者の仲間の誰かの所へ行くだろう。つまり無視で良いのは……確かではある

 「一度共に戦っただろう?それを見てて分からなかったのか盾の勇者様?」

 「リファナ、こいつは何時もそうなのか?」

 「マルスくん、なおふみ様じゃなくて伝説にある盾の勇者様の事嫌いだから」

 「全く……」

 不機嫌そうに息を吐く尚文に、流石に言わないというのもなと思い、口を開く

 

 どこまで語るか、何を隠すかを考えながら

 「見てて分かったとは思うが俺はほぼ前衛だ。武器としては」

 と、ずっと隠していたからか不満げにぼんやりと光りつつ熱を持っているクソナイフを引き抜いて見せる

 「こういった短剣、片手剣、後は槍なんかも多少の心得はあるな」

 熱いんだがクソナイフ?赤熱って程じゃないが割と効く。流石にバレるほどではないのが救いだ

 そしてクソナイフは戻して背負った剣を抜く。相変わらずの専用武器以外の所持がどうこうのポップアップだがやはり無視

 ……あ、ポップアップが無駄に歯がデカイ妙に凶悪な面構えのネズミっぽいデフォルメした生き物がカタナっぽいものを持ったイラストの上に赤い大きなバツが付いたアイコンに変わった。剣を離すと消え、持つと出てくる

 あれか、ポップアップ邪魔だって抗議が受け入れられたか。だからってオリジナルアイコンを出すなアイコンを

 

 「後は魔法も使えるよねマルスくん」

 「リファナ、あんまり得意じゃないぞ魔法についてはな

 火力は高いが周囲の環境に左右はれやすい等の欠点も多い」

 と、笑う。幻影なんかは語らず、あくまでも火力系に限って話す。何時どうなるかわからないからな、その際に誤魔化しの効く幻については隠しておいた方が得策だ

 「どういう事だ」

 「プラズマ主体なんだよ俺の魔法。水魔法で濡れ鼠になっていると自分も感電したりだとか金属武器持ってる仲間が避雷針になって味方だけが黒焦げるとかロクでもないオチが付く

 小手先のものならば兎も角、火力としてはソロじゃない限り取り回しが悪い。まあ、盾の勇者の防御ならば無傷で耐えられるとは思うが、だとしても不快だろ?

 

 後は回復面は壊滅してるからな、ヒールには期待するなよ?」

 「多芸だな」

 「ほぼ一人で半年冒険者なんてやってたら、な」

 まあ、転生者特有の万能感に任せて突き進んだという点、転生者故のレベルの上がりやすさ、最近のクソナイフブーストが全部合わさった結果ではあるのだが

 

 「因みにボクは料理や荷物持ち等担当でち。後ろから魔法や弓も多少は出来るから足手まといって程では無いと思うでちが……マスターに比べれば弱いでちね」

 お、そうなのかゼファー

 

 って何で俺がそんな反応になるんだ、とはなるが、このでち悪魔と会ったのは今日なのだから仕方ない

 

 「それで?リファナは盾の勇者の元でどれくらい強くなったんだ?」

 知ってる。毎日見てた

 だが、それを言ってはお仕舞いなのであくまでも聞いておく

 「えっと、多少剣は使えるかな

 マルスくんと違って、魔法はあんまり。ラフタリアちゃんも同じ感じ」

 「……バランスがゴミだな」

 「ゴミだな」

 「ゴミでち」

 皆してぼやく。前衛で剣な俺、リファナ、ラフタリア、前衛で盾な尚文。誰が見てもロクなパーティバランスじゃあない。本気の俺は中衛というか投擲具使いなのだがパチモノ勇者だし。というか取り回しには優れるがそう火力の高くない剣使いが複数並ぶとかふざけてるのかという。ゼファーについては見てないので良く分からないがどうだろうが今の時点でロクでもない事だけは間違いない。防御特化の勇者、戦士戦士戦士のパーティとかゲームだったらギャグの領域だろこれ

 

 「その辺りも兼ねてパーティを」

 「後ろから攻撃出来るその子達で組んで貰う?」

 「……そうだな」

 バランス悪いパーティ2つよりもバランスを調節した二つにすべきでは?と思うがリファナが言うならば仕方ない。そもそもパーティ機能ってある程度相手の能力を知れたり経験値を分配できたりするくらいであって、別パーティな事の弊害って少ないしな

 

 ここまでは、実は割と分かりきっていた事

 今から考えるべきは、この先

 これだけとりあえずの自身のスペックを語ったんだ、お前にも語って貰うぞ尚文。という話である

 ではその何を考えるのか。当たり前だが、どこまで伝えるかだ。何ならば信じて貰えると思うのか、どこまで伝えて尚文というか盾を強化させておくのか。どこまでならば裏切り者として転生者即死トラップが発生しないのか。手探りでやっていくには俺への尚文の信頼度は低すぎる

 「それで?盾の勇者サマは何が出来るんだ?魔法とか使えるのか?」

 まあ良いや。リファナを、そしてラフタリアを守って貰わなきゃいけない。ついでにカルミラ島くらいの時期にとっとと残りの四聖勇者の強化を学んで貰えるように、多少勇者の強化方法とか話しておこう。あくまでも冒険者の頃に少しだけ会ってーと断片的にするのが難しそうだな、その辺りはアドリブか

 出会ってても違和感無さそうなのはーツメか?杖はメルロマルク王だし籠手は居ないから論外、鞭はタクトだから死ね、斧や槌はそもそもどんな人間が元の勇者だったのかとか知らないし、投擲具はネズミだ。馬車はフィロリアルが持ってて歴史から抹消されてるから言えないし、やっぱり無理がないのは獣人が勇者やってる爪か。投擲具はリファナも勇者を見たことあるから俺が知ってることの裏付け兼彼に他の勇者のやってたことを聞かれたとか実践してたとかで強化方法って共有できるんじゃないか?という疑問をさりげなく投げるのにだけ使うとして

 さあ、尚文育成計画を始めよう



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ネズミと見るクソザコ

リーシアの潜在能力を常時解放にして復讐の異能くっつけて性格に転生者特有のクソさを足して外見を可愛い女の子で無くして樹への想いをリファナに向けさせると大体ネズ公になる(新発見)
うーんこのクソネズミ、リーシアの良さがかなり消えてますねコレ


二時間ほど各種用意があるといって離れ

 そうして、二時間の後にしっかりと戻る。待ち合わせ場所である街の外壁に備えられた門の前に

 

 その際に逃げられなくはないのだが、パーティ組んでしまったし何よりリファナの頼みだからな。最悪どうしようもなくなればポータルジャベリンで逃げられるしまあ良いか

 因にだが、パーティ編成はこうなった

 尚文、俺、ゼファー、卵

 リファナ、ラフタリア

 色々と突っ込みたいが仕方の無い話だ。ゼファーの野郎、契約でちから同じパーティに居るでちとパーティ組み直しの段になって突如言い出しやがったからな。結果俺、ゼファー、リファナの言葉に合わせて尚文が同一パーティ確定してしまいこうなったという訳だ

 

 というわけで。最低限ボロが出ないような装備を整えるために二時間貰ったのである

 場所?当然ながらシステムエクスペリエンスの所である。元々波越えたら向かう気だったしな。そこで幾らかブツをパチり、宝物庫から武器をコピーしてきたという訳だ。勇者の力がどんなものか見る名目で持ち出してフード被って仕掛け、弾かれたフリして悪魔に収集された伝説武器取り落としコピーさせて戦力増強する当初の展望は尚文同行により潰えたがそれならそれで尚文育成計画するだけだ

 ……にしてもあの宝物庫投擲具としても使える盾少ないな

 

 なんてのは置いておいて。とりあえず当面武器を変えなくても違和感無いレベルの武器をクソナイフにコピーさせた。まあこれでずっと同じ武器を使ってようが咎められないだろう。クソナイフ封印してた時に使っていたものは安物だしずっと戦うならば流石に警告出して吐き気に襲われながらという訳にもいくまい

 

 何て考えながら戻ってきたら、尚文が緑髪の少女と何やら話していた

 お、ナンパか?なんて有り得ない事でも言いながら戻ってやろうか

 

 ってあれリーシアじゃないか。もう居たのか

 リーシア。リーシア=アイヴィレッド。盾の勇者の成り上がりにおけるそこそこのメインキャラクターであり、恐らく無自覚な転生者であり、俺と似てはいるが決定的に違う異能持ちであり、弓の勇者に首ったけな後の投擲具の勇者である。通称はヤンデレ豚

 因にだが転生者であり異能持ちというのは俺の勝手な推測である。といっても、俺やタクトみたいにアレな性格してないんだよな。その辺りはどうなっているのか。異能はヒロイックブースト……だと思われる。ヒーロー気質だ何だと言われ卑劣な相手には潜在能力が解放され別人のように強くなると原作では言われていたが、それはそのまま異能ヒロイックブーストに当てはまるのだ

 いや待てヒロイックブーストって犯罪者とか相手ならば基本発動する条件割と緩く効果が高く便利で扱いやすい異能の一つな訳で俺にくれ。全てが手遅れになった後にしか発現しない人智を超越した力よりよほど使えるんだが

 

 「邪悪な事考えてるでち?」

 「唐突な批判かゼファー?」

 「そうじゃないでちが、悪い顔してるでちよ」

 「お前はずっと無表情だけどな」

 「しょうがないでちよ。ボクにはこの顔と笑顔と……後は快楽にトロけた顔しかインプットされてないでちから」

 「最後は今すぐ忘れてもっとマシな表情覚えろ容量の無駄極まる」

 なんて、ずっと憑いてくる悪魔と軽口を交わしながら眺めていると

 

 あ、尚文の横のリファナが此方に気が付いたな。尻尾を軽く回して合図してる

 ……見てて、か。まあ見てよう

 

 とりあえず、尚文との会話を要約するとこうだ

 緑髪のふぇぇはやはりリーシア。潜在能力はクソ高いがヒロイックブーストで使えてしまうせいか普段から発現する形での開花が遅くそこそこのスペックでしかない為なんかポンコツ扱いされている弓の勇者(川澄樹)の仲間の一人であり、弓の勇者および剣の勇者の使いとしてやって来た。まあ無事だろうと思ってはいたがしっかりと無事だったようで。ラースⅥなんて意味不明なカースに侵食されている王だが、怒りの対象は恐らく妹をなぶり殺したと思っている亜人及び彼等の崇める勇者である盾の勇者。それが居なくなれば冷静にもなるか

 結論として、波が終わる度に勇者に与えられると言われていた金は無し。請求しないだけ有り難いと思えだそうだ。後は二度と近付くなとか何とか。その辺りは手切れ金代わりに今回の分が貰えなくなった以外は原作通りだな。で、その辺りの決定を告げつつ流石にそれはどうなんだという事で自分達の褒賞金から幾らか剣の勇者と弓の勇者が金を用意してくれたから彼等の代表としてリーシアが渡しに来たということらしい。パシリーシアである

 

 にしてもクソナイフ。俺の読んでた物語によるとお前あいつに使われるようになるわけだが

 『称号解放、読者ネズミ』

 ……ん?確かに読んでたが称号にするほどか?

 お前リファナの為って言うとぼったくりがちょっとぼったくりになる辺りそれなりにリファナ気に入ってるよな?勇者の投擲具として勇者認定優先度どうなんだ?

 

 あ、アイコン出た。リファナの胸元辺りに金色の丸、リーシアの胸元に銀色の丸

 メダルだろうかこれ。つまり、どちらも勇者足り得るスペックにまでなったならばリファナ優先だけど二番目くらいにリーシアも考えてると。お前が選ぶの女ばっかじゃねぇかスケベクソナイフ!

 ……いや俺が殺してしまった勇者ユータは男だったな。で、俺は?

 なんて半ば答えは知っていて聞く

 『称号解放、表彰台立ち(そこ)ネズミ』

 圏外、知ってた、さすがは転生者

 

 なんて茶番ってる間にも話は進んでいく

 槍の勇者は現在尚文のカースバーニングで火傷して治療中、何か怨み言吐いてるらしいから早く逃げた方が良いですぅとはリーシア談だ

 剣の勇者はメルロマルクに疑問を持ってゼルトブル辺りに波が来るまで居るそうだ。尚文も国外に行くべきだろうが狩場が重なると問題が起きるから出来ればゼルトブルは止めて欲しいだとか

 弓は……イツキ様は隠れて世直ししてるんです!とリーシアが息巻いていた。尚文が興味ないとばっさりしたから良いもののほっといたら数時間イツキ様は~と話してても可笑しくなかったなあの目。俺もリファナについてならばそれくらい語れるが良くもまああのイツキについてそんなに熱心に語れるなこいつ。それはともあれとりあえず色んな場所を転々とするからという事らしい

 

 「……準備終わったぞ尚文」

 リーシアが去ったのを見計らって、俺は尚文の前に顔を出した



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ポータルシールド

「それで、何処に行くんだ?」

 とりあえず王都は出るべきだろうと街を出て

 尚文の奴がそんな事を言い出した。今更だなおい

 まあ今更で上等か。尚文はこの世界の事を良く知らない。もっと語れよラフーと言いたいがそれは酷過ぎる

 

 「……で、何処に行きたい?

 リファナ、意見は?」

 「シルトヴェルトでち」

 「ゼファーには聞いてないし却下だ」

 「マルスくん、シルトヴェルトが良いと思うけど」

 そんなことを言うリファナに、じゃあシルトヴェルトにと言いかけるも何とか堪える

 「シルトヴェルトは駄目だ」

 「何で?」

 「何でも何も……」

 ちらり、と尚文を見る

 不機嫌そうに腕を組んでいるな

 

 「盾の勇者様がまず向かうとしたらシルトヴェルトだ。そんな事は皆が思っている

 ならば、まず最初に封鎖されるのはシルトヴェルトへの国境だろ?尚文が一番通りそうで一番行かれたくはない場所だ」

 「シルトヴェルト?何だそれは」

 「盾の勇者が神の如くに崇められている国だよ

 この国の盾以外の三聖勇者への扱いに近いというかもっと狂信的」

 「そんな場所が」

 「後はシルドフリーデンも駄目だな。あそこは封鎖こそ緩いが今きな臭さが酷い」

 「そうなの?」

 「当初クラスアップはシルドフリーデン予定だった俺が駄目だこれはと逃げる程度と言えば分かるか?」

 と、首を傾げるリファナに告げる

 因にこれは原作知識によるものだ。実際に見たことはない

 「何でも代表であるアオタツ種が新興宗教にド嵌まりして従来の盾教徒と内乱しかけてるとか何とか」

 「し、新興宗教……」

 「ナオフミ様信仰、無くなっちゃうの?」

 「どこでも宗教対立はあるものなのか……」

 なんて尚文の奴遠い目をしていやがる。あとラフタリア、ナオフミ様信仰じゃなくて盾信仰な。意味合いは変わらないけど字面の微妙さには多大な差がある

 だが尚文、お前もその宗教の神として勝手に神輿にされてるぞ。主にタクト狂いになったアオタツを止めようとする穏健派のだけど。今のシルドフリーデンに行った暁には間違いなくアオタツ種の専横と妄言を止めるために神が降臨なされたのだ!と担がれるな

 

 尚、放っておいた場合シルドフリーデンでは新興宗教が勝つ。タクト様タクト様やってるバカタツがそのまま実権を自分に集めることに成功するのだ。何で盾信仰捨ててそんなアホに走れるのかは疑問だが

 俺が願うことなら全てが現実になるだろう 選ばれしものだーからー

 暴走を始めてる 世界をもとに戻すにはもう 俺しかないー

 してる昔の俺や今のタクトみたいな転生者ならともあれ、複数の勇者武器を所持するのは理論上本来あるわけがないしあってはいけないと分からないものなのかバカタツ種は。この世界の神とは勇者武器であり、勇者と勇者武器は一対一対応の魂の結びである以上複数の勇者武器は絶対に持つことが出来ないのだ。転生者が複数持てるのは魂の結びが無い強引に取っ捕まえて使役してるだけの状況だからでしかない。そして勇者と勇者武器の魂の結びが世界を守る鍵である前提からするとそれは世界のバランスこわれるという奴だ

 それくらい分かれよ、分からないから恋は盲目やってんのか。タクトの何処にそんな魅力があるんだ、やっぱり股間の鞭に調教されたか?

 なんて俺はリファナ相手に嫌いじゃない幼馴染の枠から外れられてないのにと何かハーレム作れてる他の転生者への怨み言や下世話な想像は振り払って

 

 「フォーブレイは?あの国、杖の勇者……さまみたいな感じじゃなくてしっかりとした勇者さまが居るんだよね?鞭の勇者さま

 その人に協力をお願いしたら?」

 なんて、良いこと思い付いたとばかりのリファナ。嬉しそうに耳立ててるが残念ながらそれは駄目だ

 鞭の勇者タクト・アルサホルン・フォブレイ。タクトの名前から分かる通り、俺がさっきから言ってるタクトという転生者である。完全に転生者にパクられて使われてんじゃねぇかしっかりしろ鞭。しかもタクトが明確に勇者として認定されているということはこれ普通に台座にある状態から引き抜かれてんぞ抵抗しろ鞭

 ……抗議は止めろクソナイフ脇腹はお前のストレス発散のために刺して良い場所じゃない、第一マントで隠してなければ見えるだろ止めろクソナイフ

 

 「駄目だ」

 だがタクトの本拠地だからって却下するにはタクトの対外的な評判は良すぎるしどうしたものか……と思っていると尚文側から助け船

 「勇者が近くに居ると反発が起きるらしい

 ゼルトブルとやらに居るからと錬が言っていたのはそれの警戒だと思う」

 あ、そういう勘違いがあるのか尚文には

 

 勇者同士の反発は聖武器同士、つまりは元々別々の世界の守り手であった武器同士でしか起きない。だが、尚文の奴は俺やリファナが言うまで七星の存在すら知らなかった箱入り勇者である。情報面で冷遇されてただけとも言う。そんな尚文は、七星と七星や七星と四聖では特にそんなことは無いということを知らないのだ。そもそも七星って四聖の眷族だしな、それで反発起きたらたまったものじゃない。それに、此処に投擲具があるからそれで反発起きてしまうならば隠し持ってることがバレる

 「ならばタクトに協力をっていうのも無しだな」

 よし、割と自然に却下出来たぞ

 ……いや、じゃあどうするんだよ何処行くんだよ

 

 ……あ、メルロマルク内か原作的には

 「そもそも、何処に行こうが波が起これば強制で召喚されるんじゃないか?」

 「ん?勇者ならポータルで戻れるんじゃないのか?」

 「ポータル?何だそれは

 隠すな」

 おぉーい!ラフタリアー!ポータルスキルについて実演しただろそれを告げるのはどうした

 

 なんて、想定済である。まあ、龍刻の砂時計に用事なんて無いなら言わないか

 「勇者ってのはポータルスキルで転移出来るんだろ?爪の勇者から聞いたぞ」

 と、まあ半年の間にシルトヴェルトにも行ってみたならば会っていても可笑しくないしとその名前を挙げてみる。名前は……うん、原作に確か出てこないから良く覚えてないがこの世界で生きてきた記憶を手繰るにヴォールフ=ヴァラオールだったか。20代くらいの狼亜人のはずだ。まあ、基本的に盾の勇者に出てくる際にはタクトに殺されているのだが

 

 「会ったことがあるのか」

 「遺跡調査の仕事で少しだけな

 何でも龍刻の砂時計の砂を勇者の武器に入れることでポータルって転移スキルが使えるようになるらしいぞ。明日の朝に遠く行かなきゃいけないから明日は居ないぞと言われて今から走ろうが間に合わないだろって返したら教えてくれた」

 無理なく物語を作って語ってみる

 

 「龍刻の砂時計か…」

 そんなことを呟く尚文の腕の中で盾が憤怒の盾へと変化。ってこの尚文大丈夫か何かとカースしてるんだが

 恐らく他の勇者どもはしっかりと貰ってるんだろうなとキレたんだろう。気持ちは分かるがラースがあまりにも出てきやすすぎる

 「因みに調査の果てにこの遺跡シルトヴェルトに併合された小国の跡だって事が分かってな

 機能停止した龍刻の砂時計見つけたんだ

 なので実はあるぞ、砂時計の砂」

 なんて言って、小袋に入れた赤い砂を振る

 砂より真っ赤な嘘である。実際には尚文の奴決闘の後ポータルで逃げなかったということはポータル無いんじゃないか?ってか取得しに行ってる様子無かったから間違いなく持ってないなと思って、滅びた国跡であるシステムエクスペリエンスのところの砕かれた砂時計からパクってきたものだ

 

 「やるよ、盾の勇者サマ」

 「いちいち言い方がイラつく」

 言いつつ、尚文の奴は盾に砂を吸わせ……

 スッと盾が変化する。上手く行ったようだ

 

 「……成程、これか」

 にまり、と尚文が笑う。少し邪悪だが、初めてか?尚文の奴の笑顔を見たの

 まあ、ワクワクするか、転移スキルだものな

 

 「……こう使うのか

 『ポータルシールド』!」

 少しして仕様を理解したのか、尚文はスキルを唱え

 リファナ達と共にその姿が掻き消えた

 

 ポータルの転移に巻き込まれなかったな、俺

 ……置いていかれたんだが。これはもう自由って事で良いのか?尚文直々の解雇なら仕方ないな、自由にやろう

 

 二時間後。解放感に浮かれつつ買い物をしていたところ、尚文のポータルで戻ってきたらしいリファナに捕まった。尚文とのパーティ解消忘れてたから居場所普通に分かるか。ミスった



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転生者の足音

漸く今作品のメインライバルの登場である

原作でこの辺りの時間軸のタクトって何してたんでしょうね、ハーレムで快楽に浸って遊んでたとかそんなんですかね?


「『ポータルジャベリン』!」

 唱えると共に、俺の見ている景色はリユート村のものから廃墟へと変わる

 尚文の奴のポータル何処へ繋がってるんだと思ったら、リユート村……ではなく、その近くの山であった。尚文が赤ビッチや元康を恨みつつ一人で籠っていたあそこである。俺にとっての原点があの村であるように、尚文にとってのこの世界での原点は召喚の間…ではなくあの即席の寝床であったようだ

 なんか悲しくなってくるな、尚文の事だけど

 

 ということで山を降りてリユート村へ来たところ感謝感激歓迎の雨霰。それを終えて一息ついた夜、こそっとポータルを使ったというのが現状である

 因みにちょっと村の外の空気吸ってくる、とメモは残してきた。パーティメンバーならば互いの居場所は分かるがそれも魔法で誤魔化した。リファナやラフタリアは幻影系の魔法に素養があるから軽い偽装はバレるかもしれないが、尚文はそんな素養無いので安心だ。パーティメンバーの居場所を探られても村から少し離れた場所に居るように見えることだろう。尚文が居るはずと偽装した場所に近付いてきたらポータルで飛び直せば良い。リユート村、システムエクスペリエンス、村の跡地、城下町の4つが現在のポータル地であるのだから。因みに跡地へのポータルを消したくなかったのでスキルカスタムして枠を増やしてある。かなりオーバーカスタム費用が高くて正にぼったくりクソナイフだったが仕方ない

 

 「相変わらず廃墟だな」

 なんて呟くものの、目には灯りが映る

 ……クソナイフがざわついている。空気がピリピリする。謎の焦りが胸の奥から湧いてくる

 「……『我、転生者が天に請い、地に祈り、理を切除し、世界を繋ぎとめよう。龍脈の力よ。猛る激情の雷と勇者の力と共に形を成せ』」

 口をついて出るのは俺の使える最強の魔法段階。疑似リベレイション

 そんなもの基本過剰過ぎるものだが、使わないといけないような気がして

 「『力の根源たる投擲具の偽勇者が命ずる。我が願う者の姿を雷光の歪曲の中に隠せ!』」

 「『アル・リベレイション・ホログラフィックプラズマⅡ』!」

 力を借りて、その姿を隠す。周囲に満ちる静電気。それでもって光を屈折させ……って魔法だからそんな理屈じゃないか。特にリベレイションだしなパチモノだけど

 

 姿を隠したまま近づいて……灯りの正体を確かめる

 うん、冒険者っぽいハーレムパーティだな。男一人に、女がいっぱい

 1、2、3、4、5……まだいやがる。なんだこのパーティふざけてるのか女しかいねぇな。男はどうした男はこいつ昔のってか今のですぞってない元康か何かか?

 まずはたった一人の男を見る。顔は整っていて線は細いな、しっかり女装したら美少女と見間違えられることもありそうなくらい。勇者で言えば樹系の顔だな。髪は緩くウェーブのかかった金のショートで目は青。男らしさでも出したいのか赤いバンダナを巻いているが本人の顔立ちが男の割には可愛い系なのであまり似合っていない

 服装はラフなジャケットにジーパンととても現代的だ。フォーブレイでは実用化されてタクト様ブランドとして若い男女の間で大流行してるらしいがメルロマルクでは珍しい外見

 ……怪しさ満点である。役満である

 うん、恐らくそうだよなクソナイフ?と脳内で問いかけるとクソナイフが震えるくらいにはビンゴである

 

 回りの女は十人十色。東洋の龍を擬人化したような満月を思わせる女、狐の尻尾を二本生やした幼女、ドラゴンそのものの尻尾と翼を生やした巨乳女、強い花の香りのする恐らくは花の擬人化っぽい生えてるのか付けてるのか分からない花飾りの女、メルロマルク外では愛玩奴隷として人気の猫耳猫尻尾女、どこかの国の姫のような気品をまだ残す女、白衣の幼女、そして……メイド服の女

 メイド服の女が一番近くに居るな。甲斐甲斐しく手に持った皿から料理を掬って差し出している

 ……よく荒れないなーこのハーレム、どうなってんだホント

 

 って待てよ?あの差し出してる料理の皿に載っている酒……安酒だな。ほぼ間違いなく、狸の親父の為に俺が置いていったもの。御供えモノを私物化した上に呑もうというのかてめぇ殺すぞ

 なんて気持ちはぐっと堪えて暫く様子を見続ける。料理を食べてふにゃっと少年の顔が緩んだ

 実に幸せそうで結構な事だなてめぇ俺は今そんな顔出来ないってのに良いご身分だ。何様だお前?

 鞭の勇者様である

 

 「美味しいよ、エリー」

 「タクト様、嬉しいです!」

 なんて金髪男がメイドの頭を撫でている。メイドの顔も蕩けてるな、これがリアルニコポか

 何という茶番か

 だがこれで確定。奴はタクト。タクト・アルサホルン・フォブレイ。少し前に話題に出した転生者御本人である

 何でもうメルロマルクに出向いてきてるんだこいつ……早いわ、まだ四聖勇者じゃこいつに対抗する準備整ってないぞ。ってか俺でも無理である。ぶっちゃけた話、アヴェンジブーストが完全に発動してすら勝てるか怪しい。タクト一人なら勝てそうな気はするんだが、ハーレムメンバーと同時に相手して勝てるかというときっと無理だ。俺が殺される前にタクトとあそこの狐幼女とドラゴンと白衣に止めをさせるかどうかって戦いになるな。タクト一人で良いんじゃないかって?この世界には魂がある。概念ではなく実際に。なのでタクト殺してもハーレムメンバーのうち魂云々に長けた奴も同時に始末しないと残った魂に器を作ったとかそんなんで復活されて終わりだ

 つまり、長々と語ったがまあまず勝てないという訳である

 「にしても、使えなかったよなあいつ

 俺にわざわざ投擲具の勇者がこの辺りに居たって話をしたのに居ないとか」

 「そうじゃ、タクトの手を煩わせるだけじゃったの」

 「タクト様の貴重な時間を奪うなんて」

 やんのやんの、口々にタクトに賛同する女共

 ……どうすんだこいつ。どうやってか追い払わないと詰むぞこれ。メルロマルク内に居る勇者は3人+α。盾、槍、杖、あとは弓も居るかもってくらい。投擲具居ないし他で良いかと誰が狙われても勝てない

 

 ……クソナイフ?お前斧とか槌とかのフリ出来るか?

 なんて問いに、クソナイフの姿が変わる。大きめの投げ斧の姿に、そしてトンカチの姿に、ところころと

 よし、投擲具だけど斧やハンマーっぽいな

 迷ってる暇はない。やるしかない

 

 フロートダガー、チェンジダガー、として合図と共に突撃してくれるナイフを予め出しておき、武器を投げ斧に変える

 更にはもう一度アル・リベレイション・ホログラフィックプラズマ。投げ斧に巨大な輝く斧の幻を被せる用意を調え……

 ぐえ、魔力尽きた。まあ良い生命力を振り絞れば魔法は使える。後で虚脱感にぐぇぇぇっ!するだけだ

 良いなクソナイフ、と更にポータルジャベリン発動待機。平行しすぎて頭が痛い。だが、それが割とやり易いのも投擲するので複数投げる事が割と当たり前の投擲具の利点。他の勇者武器に比べてスキルの連射性が高いのだ。火力はちょっと一発一発抑え目だが

 

 「……何だよ、折角お前から奪ってやろうとフォーブレイ行ってたってのに入れ違いかよ」

 最近板についてきた……と思いたい勇者ユータのフリをしつつ姿を見せる

 「な、何だお前」

 「お前の探してる、投擲具の勇者ユータ様だよっと!

 『力の根源たる我が意に従い、軛を受けよ、眷属器!』」

 勇者武器を奪う力を発動!

 

 瞬間、奪う力と奪う力の合間に挟まれて何とか逃げようとする力が二つ

 このまま数時間せめぎあい続ければこの二つの眷属器がタクトの軛から逃げられそうなのだが、そんな長時間やってたらタクトハーレムに襤褸雑巾にされることは確実なのであくまでも一瞬、此方に意識を向けさせるためだけのもの

 ……ん?二つ?槌と……爪?

 

 あれ?鞭の勇者なのに鞭持ってないのか?反応が……

 っておい鞭ぃぃぃぃっ!タクトを離れてこんなネズミのところ行くのやー!此処に居るのー!じゃねぇよ鞭ぃぃぃぃっ!此方の力だけに全力抵抗してたから暴れておらず感知できなかっただけかよ

 

 「そっちから来てくれるとはな!ヴァーンズィンクロー!」

 タクトの奴が漸く事態を理解したのか、禍々しい爪を取り出してスキルを撃つ!

 ……転生者シリーズじゃないかこの爪

 なんてことを考えられるほど余裕に、その一撃を避ける。原作からタクトの奴は閃光の早さを持つスキルヴァーンズィンクロー大好き過ぎる。どうせそれが飛んでくると分かっていれば避けるのは容易い

 「なっ!レベル330の俺の攻撃を避け……」

 「シャイニング・アクスバスター!」

 そんな呆けるタクトへ向けて巨大な幻の輝く斧を振り下ろす!

 まあ、幻なので実際には幻に隠して投げ斧をエアストスローしてるだけなのだが

 「ぐっ!」

 軽くよろける。ろくな……ってかダメージ入ってないな。3/12以下のパチモノ勇者と制限かかっているとはいえ12/12パチモノ勇者、後者である俺の方が基礎値はよほど高いはずなのだが流石のレベル差か。280近い差は流石に

 「はっ!レベル330にそんな攻撃!」

 「タクト!奴が使ったのは」

 「ああ、斧だ!

 好都合だ、お前の投擲具だけじゃなく斧も」

 「うるせぇ喋るな待ってるのかったるいんだよフラッシュピアース!チェンジダガー(援)!」

 これみよがしな投擲具スキルでもって、タクト……なんて狙ってもしょうがないのでその横のメイドを狙う

 撃ち込むのは同じく投擲具のスキル、ビーコンバッジ。良く映画なんかであるだろ?逃げる犯人を追跡するために主役が逃走する車両に発信器投げて貼り付けるっての。アレの魔力により動作する版だ

 タクトが動く前にヒット。流石はフラッシュ系スキル、速度だけはクソ速い

 「エリィィィィッ!

 てめぇ、エリーに何しやがる!」

 「ちっ、効かないか」

 視界の端に大体どこどこに居るというガイドが出るようになったこと、つまり撃ち込んだビーコンが動作を始めた事を確認してわざと聞かなかったかーと嘘をほざく

 「何だ」

 露骨にほっとしたようなタクト

 「はっ!レベル差を舐めたな、お前は負けるんだ」

 そんな一瞬蒼白になったのに直ぐに得意気になったころころ変わる面を見ながら

 「フォーブレイで続きは遊んでやるよ

 そこで奪ってやるから覚悟しておけ『ポータルジャベリン』!」

 「逃がすか!バインドウィ……」

 サンクチュアリなるポータル阻害を唱えられる前にそそくさとポータルで退散した

 

 おちょくったし……これでフォーブレイに戻ってくれると良いんだが

 にしても最後に見えた鞭、割と普通の鞭だったな。転生者シリーズじゃなさそうだ。鞭に関してだけは割と色々と使えてても可笑しくないな、警戒を怠ってはいけなさそうだ

 ……改めて思うがどうすんだコレ



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特別じゃ無い特別なもの

タクトとの邂逅から数十分後

 タクト一行……というかビーコン撃ち込んだタクトのメイドのエリーがゆっくりと移動を始めていた。向かう先はフォーブレイ側。上手く引っ掛かってくれたようだ

 

 まあ、タクトにダメージを通せないから確実にタクトが勝てると分かっていて、更には投擲具と斧を持っているらしいという美味しい獲物をわざと演じたのだ。来てくれなきゃ困る。そうでなければ何のためにこんなことしたのかとなるだろう。普通にプラズマバースト辺りの高火力魔法ぶちこんで多少のダメージ通してやりたかった気持ちを抑えて演技したってのに

 無理矢理にでも疑似リベレイションの枠にプラズマバースト辺りを当て嵌めれば多分殺せないまでもダメージは通ったろうしな。それで怪我させて帰らせるという不確実な手もあったのだがそれを選ばなかったのは少しでも成功率を上げたかったからだ

 

 なんて、魔力切れたのでごろりと村外れに寝転がり星空を眺めていたら、誰かが近付いてくる音がした

 ……誰かってか、尚文だなこれ。リファナの足音は聞き分けられるしラフタリアはリファナっぽいけどリファナじゃないで分かる。ってのは置いといて、そもそもパーティ組んだままだったからバレバレか

 

 「何をやってるんだ、MP切らせて」

 ……そういやMPとかある程度把握できたなパーティメンバーだと。魔力切れは流石にバレるか

 「魔法の練習だよ、使って練習してないと鈍るだろ?文句あるのか盾の勇者サマ?」

 「……別に」

 近くまで来た尚文は、そこで止まる

 そのまま踏みに来たりは流石に無いか

 

 「そんなに沢山の魔法を覚えるなんて、金掛かったんじゃないのか?」

 「金?」

 「魔法とはオーブで覚えるんだろう?」

 「……ああ、そういうこと」

 そういえば使えば魔法が覚えられるオーブなんて便利なようで便利じゃないものあったなそういえば。言ってしまえばひとつの型を強引にインプットする形だから入門以外で使っても正直使いにくいだけのシロモノだが、この頃の尚文は魔法はオーブで覚えるなんてそんな認識だった

 「俺の魔法は俺の独学だよ

 ってか、オーブで魔法を覚えるなんて今時流行らない」

 「今時だと?流行でもあるのか」

 「いや、単純にあれは初心者用に魔法を使う感覚を体に染み込ませるのが本来の主目的。画一的過ぎて使えたものじゃない

 本来の魔法ってものは、もっとパズルみたいなものだ」

 「……パズル?」

 「こういった効果を起こしたい、から始まってならば力を言葉にしてこう並べれば上手くこの場で発動できる、それが本来の魔法だ

 って異世界から来た勇者サマには実際にやってみないと分からないか」

 「イチイチ言い方が苛つくなお前」

 「許せ盾の勇者

 岩谷尚文個人に恨みはないが、癖だ」

 「最低な癖だな」

 「そう……かもな」

 「それを自覚してるなら治せ」

 「治るものか、微妙なところだな」

 「いや治せよ」

 半眼の尚文

 いや、ずっとおのれ盾の勇者してきたのはそう簡単には治らないというか

 

 「……ひとつ聞いて良いか?」

 「何だよ、盾の勇者サマ?」

 「お前、リファナの事好きだろ?」

 「当たり前だ。隠してもいないそんなことを聞きに来たのか?」

 あっけらかんと言う

 別にそれをどうこう言う気はないしな。多分リファナ当人も知ってるぞ

 だからこそ、少し迷った上に惚れた弱味で助けてくれるだろうからとあの時なおふみ様を助けてと言ったのだ。絶対に助けてくれると思ったから

 

 「いや、違う」

 頭を振る尚文に、そりゃそうかと思い

 「何でリファナを好きになった?」

 その言葉に。一瞬だけ口をつぐむ

 

 いや、別に誤魔化そうと思ったわけではない。単純に、これで良いのか?と思っただけだ

 「……特に理由はないよ」

 「おい!」

 「何だよ尚文サマ?物語のような劇的ななにかが無ければ人を好きになっちゃいけないのか?」

 「い、いや

 そうは流石に言わないが……」

 「冗談だ

 理由はないってのは本当だけど、何となく切欠のようなものはある。本当に、何でも無い事だったけどな」

 なんて、言ってみて

 「で、何でそれを聞く?」

 そう返す

 

 「……」

 無言で草原に寝転がる尚文。どうした空でも見たくなったか?満天の星空はまあこの世界ではありふれてるが街明かりの多い現代日本ではどんな世界でもそうは見えない貴重なものか

 「おまえが、リファナを裏切らない保証が欲しい」

 「何だそれ」

 「俺の奴隷になるというならば、別にそれでも良いぞ?」

 「逃げんぞ盾の勇者サマ」

 「良いから、二つに一つ選べ」

 「こんな俺を信じるのかよ?」

 「お前は味方だと言うリファナを信じるだけだ」

 「そうかよ」

 

 まあ、良いか。隠すことでもない

 ……で?お前は何で木陰で聞き耳立ててんだゼファー?気になるでちじゃない悪魔ならもっと悪魔らしくしろ実質AIだろお前

 

 「俺には両親が居ない

 正確には、海難事故で死んだ

 葬儀の日、口々に村の皆は御悔やみを言ったよ。当たり前の話だ。それを悪いと言う気はないし、実際悪い事じゃない

 正しいことだよ、それが」

 「関係あるのかそれ」

 ヤバい、尚文がイラだっていらっしゃる

 「……何で無いと?

 

 でもな。子供心に思うんだよ。死んだ両親より、両親を喪って独りぼっちの俺を誰か心配してくれよ、と

 バカなガキの思いだ。心配してない訳がない。単純に、御悔やみをまずは言うのが慣例ってだけの話

 だが、当時の俺にはそんなこと分からなかった

 

 そんな時、親に連れられて来たリファナが、純粋に俺を心配してくれた。『一人で大丈夫?』って。『寂しいなら、うちでごはん食べる?』ってな。リファナに言われて、キールやラフタリアもな

 リファナが特別だった訳じゃない。ただ、皆思ってた心配を最初に口にしてくれただけだ。そんなこと、後々よーくつきつけられた。狸の親父……ラフタリアの父親が心配してくれてなきゃ、そもそも両親の家に一人で住み続けるなんて無理だったしな

 そんなこと、分かってるさ。リファナは特別じゃない。でも、理屈じゃないんだよ

 ……切欠なんて、そんな程度の小さな事だ

 

 それで一つ下のンテ・ジムナの少女を眼で追いだして……気が付いたら好きだった。何一つドラマが無くて、面白味の無い話さ」

 静かに、尚文は眼を閉じる

 

 「信じられないな」

 「だろ?だから言いたくなかったんだよ」

 「どうとも判断しようが無い

 とりあえず、俺を裏切るな」

 なんて会話を交わし。もう良いやMP大分ましな域まで回復したし、と立ち上がった




尚文の信頼度が上がった!
ドラマチックな何かがあったと嘘ついた場合元々低かった尚文からの信頼は地に落ちたことでしょう


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命の洗礼

「あ、孵るみたいですよなおふみ様」

 翌日昼、一行でどうぞ!とリユート村の人々が貸してくれた家のリビング

 漸く起きてきた尚文とラフタリア相手に、リファナがそんなことを言う

 見ると、窓際に置いておいた卵に軽くヒビが入っていた

 

 二人して眠そうな顔してるな。いやまあ、特に何もないんだが

 尚文の奴はリユート村の薬屋が盾の勇者様は薬学を学び始めたようですね!とぐいぐいと色々と押し付けてきたそうなのでそれを俺と別れてから使って薬を作っていたら朝方だっただけ。ラフタリアの奴は魔法が使えればナオフミ様を守れるかもとやっぱりリユート村の魔法屋から貰った魔法書を読み込んでいたら朝方だっただけだ

 因みにリファナはぐっすり寝ていた。ゼファーの奴もでちでち寝息立ててた。それ寝息かよ。俺はその寝顔(当然リファナ側)を見てから外でリベレイション魔法を型に嵌まったアレ以外でも使えるようにと龍脈法の練習をしていた。つまり俺も朝方まで起きてたわけで……まあ、ハツカ種なんて要はそこらに居るどこでも見かけるネズミのような亜人だからな、割と夜更かし耐性は高いのだ。にしても独学だとロクに使えないな龍脈法。どこかで良さげなドラゴンから習わないと実用化は遠いか

 アヴェンジブースト第二段階くらいまでキレてれば良い感じに補正掛かって撃てるかもしれないが……そこはその時次第だ

 

 「当たりだと良いですねなおふみ様」

 「何でも良い」

 「やっぱりドラゴンだと良いですねナオフミ様」

 「外れでも良いぞ」

 「何でですかナオフミ様」

 「煩くないペットも悪くない、そう思っただけだ」

 もごもごもご

 尚文の奴の言葉に騒ぐラフタリアが口を自分で塞ぐ。そういえば何でも良いや魔物はあまり騒がないしの考えだったっけ尚文が魔物の卵を買ったのって。だから外れでも良いやウサピル辺りでもと

 ……残念ながらその原作尚文の考えは煩く喋る鳥が孵る事で御破算になったし、今回も狙って御破算にしに行っている訳なのだが

 

 ヒビの合間から羽毛のような柔らかそうな物体が見えている。色は……白いな。フィーロってこんな色だっけ。確か外伝ではサクラって名前つけられてたし桜色……でもないか。桜色と白の二色だったか

 ……何でそんな色合いのフィロリアルが人化すると金髪碧眼になるのかは謎だ。ってか金髪碧眼はタクトもそうだな、今は高速でフォーブレイに戻っていっている、恐らくは龍の姿になったドラゴン……確か名前はレールディアにでも乗っているのだろう。だが、昨日見掛けたばかりだから不吉な色でああ嫌だ嫌だ。まあ、人化までには数日あるからその頃にはマシか

 

 ピキピキと卵の亀裂は広がってゆき、パキンと上が割れてそこから結構小さな生き物が顔を出した

 「キュア!」

 羽毛は生えてるけど随分とトカゲっぽいなーこのフィーロ

 なんて、ふわふわの羽毛、小さな角に卵の殻の破片を引っ掻けた真っ白いトカゲのような生き物と眼があう

 

 「キュア!」

 ……あ、尚文の胸元へ飛んだ

 見事に白い。羽毛と鱗に覆われた体を持つ凄くトカゲな真っ白いフィロリアル

 

 現実逃避は止めよう

 リファナァァァァァァァァッ!違うぞリファナぁぁぁぁぁっ!どう見てもワイバーンの幼体だリファナぁぁぁっ!

 違う、違うんだリファナ……狙ってたのはこんな卵ガチャの大当たりじゃなくて原作どおりっぽく進めるためのフィロリアルのアリア種なんだ……

 大当たりじゃなくて、トントンな普通の当たりで良かったんだ……

 

 って、リファナは何も悪くないので言っても仕方がない

 そもそもだ、考えてみれば当たり前である。俺の適性は雷、特に静電気だプラズマだの細かいところが得意である。だがリファナの適性は確か火、陽炎だとかが特にという感じだ。つまり、リファナの魔法適性は火なのだ。そしてワイバーンだドラゴンだは火を吐くから火の適性があれば何となく親和性とか感じるかもしれない。逆にフィロリアルは火を基本吐かない。火適性で気になる筈がないのだ

 つまり、リファナが気になってるたった一個の時点で、そんなもの大当たりでしか無かった訳だ。その事に気が付かなかった俺が悪い。リファナは尚文の為に一生懸命大当たりを探り当てただけだってのに

 

 「これは……」

 「ナオフミ様!ワイバーンですよワイバーン!大当たりです!」

 「なおふみ様、やりました」

 自分が選んだ卵だからか、ぐっと拳を掲げるリファナ。可愛いが違うんだ

 うん、そうだな。リファナは悪くない、計画が狂ったって俺が一人馬鹿言ってるだけだ

 

 「勘は当たったな、リファナ」

 「まさか本当に当たるとは思ってなかったでち」

 なんてやっていると……

 ゆらゆら揺れる俺のハゲ尻尾に興味でも沸いたのか、尚文の胸の中から飛び出してワイバーンが俺の尻尾の先に取り付いた

 ……飛べてないな、流石に産まれたばかり。なので落とさないように尻尾は床につくくらいまでピンと下ろし、そこでじゃれさせる

 

 ……尚文の視線が怖い。あいつの主人は俺だろうそれすらも奪うのかとか言いたげだ。クソナイフも軽く震えてカース出てきそうだなーしてるしキレ易いなこの尚文

 「リファナ、パス」

 器用に尻尾で掬い上げて、リファナに渡す

 「あ、うん

 えーっと、こう?」

 リファナの尻尾に眼を移すワイバーン

 「ってことで、動く尻尾が気になるだけだろ尚文。産まれたばかりなんだ」

 俺だけじゃないから安心しろ尚文、奪わないからな尚文

 

 なんてやっているうちに、餌無いぞどうすんだこれということになり、外に出ることに

 原作ではこのヒヨコ何て魔物だ?だったのだが、ワイバーンだからな。分かりやすすぎた

 出る前にこっそり卵の殻を少しだけくすねておく。尚文が盾に吸わせた後の処分の時にだから問題はないはずだ

 解放は魔物使いの投棒。棒かよ、と思うがまあ棒も武器か。にしてもクソナイフ、これ投げて取ってこいさせる犬の玩具意識して無いか?

 ……変えてみるとそのものだった。おいこらクソナイフ

 

 「あ、盾の勇者さま」

 「盾の勇者さまー!上の何ー」

 村に出れば口々に村民が挨拶してくる

 それに尚文の奴は割と適当に返しながら、村を突っ切って牧場に向かっていた

 因みに、今はワイバーンの奴はリファナの頭の上におちついてそのイタチ耳とじゃれている。尚文は不満げだが、まあ尚文の耳は人間の耳だからな、じゃれるのには向かない

 

 なんてやっているうちに牧場に着いた

 何でも波で飼っていた魔物が2割ほど減ってしまったらしい。……2割で済んだと、盾の勇者様のお陰だと本人は言っていた

 「という訳で、買った卵からワイバーンが孵ったんだが、何を食べさせれば良いのか知らないか?」

 牧場主に尚文が聞くと頷きが返ってくる

 「ああ、基本的に雑食ですので何でも食べますよ。肉を好みますが果物でも豆でも何でも

 ただ、まだ幼いので柔らかいものが良いでしょう。幼いうちから堅いものを食べさせると歯が欠けることがあるとか」

 「何でも良いのか」

 「はい。村で売っている煮豆なんかでも大丈夫です」

 「なるほど、ありがとう」

 ……おお尚文、礼が素直に出るとか偉いな尚文

 

 「それで、名前は何にしましょう」

 とりあえず煮豆と昼飯を買って(因みにお前が買うべきだと言ったんだろと金は俺持ちである。なのでついでにリファナが好きな果物も俺の趣味だと買っておいた)、貸して貰った家に戻った所でラフタリアの奴が言った

 フィーロ。じゃないからな……。確かに名前は必要だ。任せた尚文

 「売るかもしれないのに名前が要るのか?」

 「売っちゃうんですかなおふみ様!?」

 リファナが果物から顔をあげて言う

 「ずっと雛とか呼ぶんですかナオフミ様?」

 ラフタリアも追撃

 「む……」

 それもそうか、と唸る尚文

 

 「じゃあお前が付けろ、お前が買えと言ったんだろ?」

 「却下でち。ボクをゼファーと呼んだりマスターは名付けのセンスが壊滅的でち」

 「尚文も似たようなもんだぞゼファー」

 何時もの無表情で俺をディスるでち公に半眼でツッコム。にしてもこいつ名前には執着強いな……

 

 「おい」

 名誉毀損だと言いたいのか尚文が抗議してくるがまあ、無視だ無視

 「尚文。お前もしもフィロリアルが孵っていたらなんて付ける?」

 「フィーロで良いだろう」

 「だろ?尚文も俺と同レベルだ」

 

 結局、名前はブランに決まった。意味は古代語で白。提案者はリファナである

 「よろしくね、ブランちゃん」

 「キュア!」




???「うぉぉぉぉっ!ドラゴンなんかにたん付けしてストーキングとか絶対に嫌ですぞぉぉぉぉっ!フィーロたんにお義父さん助けてですぞぉぉぉっ!
フレオンちゃんこの愛の狩人をドラゴンの魔の手から御守りくださいですぞぉぉぉぉぉっ!
うぉぉぉぉぉ!フィーロたぁぁぁぁぁん!ドラゴンなんかに負けないですぞぉぉぉぉぉ!」


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ネズ公の実力

「……なあリファナ

 何なんだコイツ」

 「私とラフタリアちゃんの幼馴染のマルスくんだよなおふみ様」

 「キュア!」

 背後でなんか失礼な会話が聞こえる

 

 時は夕方にさしかかろうという頃。ブラン、つまりはワイバーンの餌確保兼レベル上げとして適当に近くに出て狩りをする最中である

 ……といっても、やってるのは俺だけで、尚文等は後ろで見てるだけである

 理由?そりゃ簡単だ。こんな場所の魔物なんぞ俺一人で片がつく。かなりの雑魚扱いできた次元ノ~より数段弱い奴等だぞ?蹴り飛ばすだけでワンパン出来るわという話である。つまり、俺一人で殲滅出来るのだから別に良いやである

 危険も何もない

 

 なんてやってると、突然視界の端にリファナやラフタリアのステータスが浮かび……

 「おい!」

 カースの炎が飛んでくる

 あ、ついうっかり蹴り返してしまった。まあ、尚文等に当たる軌道じゃないから良いか

 って良くないわこんな所で火事とか起こしたくない

 

 「どうした尚文、俺は今消火に忙しいんだが」

 あ、消せた

 「パーティは4人までって、大嘘だろ!」

 あ、バレたか

 

 卵を買うときにパーティは4人までと言った。それはまあ、2パーティ組もうとするとメンバー足りないだろ?に持っていくためで、実際には4人制限なんて無い。6人までが普通で、それを越えると経験値にペナルティーがかかるというのが本当だ

 「ああ嘘だよ

 本当は6人までならペナルティー無しで組める」

 「何で言わなかった」

 なんて、尚文の奴憤怒の盾構えたままラフタリアに凄んでいる。怖がられるぞ未来の嫁に、もっと抑えろ

 「リファナちゃん以外とパーティ組んだの、ナオフミ様とが初めてで」

 あ、毒気抜かれたのか盾がキメラヴァイパーシールドに戻った

 

 「で?」

 「同一パーティ組めるぞと言ったら多分卵ガチャしようとか思わなかっただろ盾の勇者サマ?」

 「ああ」

 「だから嘘ついたんだよ。買いたかったからな」

 「自分で買えよ」

 最もである。だがそれではフィーロを尚文の魔物に出来なかったからこうしたのだ

 リファナの大健闘によりフィーロじゃなくてワイバーンになってしまったが

 

 「ちっ、まあいい」

 ブランの喉を指先で撫でながら尚文

 何だかんだドラゴンだものな、尚文も割と気に入ったから強く出れないのか

 「これからは全員1パーティで行くぞ、経験値的に非効率だ」

 「はいよ、っと」

 さっくり二枚に下ろしたGウサピル(Gはゴールドでグレートでガッツの意味……らしい。黄金のウサピルである、訳が分からないがそれが魔物だ)の死骸を尚文の髪で遊ぶ小さな大飯食らいに投げる

 おお、良い食べっぷり

 

 ここまでの狩りで、レベルはそこそこ上がった。因みに現在の表示レベルは

 尚文 Lv30

 リファナ Lv34

 ラフタリア Lv32

 ブラン Lv11

 俺 Lv53

 ゼファー Lv41

 という感じ。実際にはクラスアップは出来ていないので俺のレベルはこれより低いが魔法で誤魔化している。ゼファーの奴は実際はこれより高いが羽根出せてないからこんなものでちらしい。羽根の有無で別レベル扱いなのかお前。第一形態と第二形態みたいな扱いされてるのか?外見あんまり変わらないけど

 

 とりあえず、レベル上昇によってブランはそこそこ大きくなった。元は翼を広げても掌サイズだったのが、今やリファナの頭に乗ったら翼が思いきりはみ出すくらいの大きさである。まあドラゴンだし、そのうち逆にリファナを乗せられるくらいには大きくなるはずだからな、そんなものだろう。外見は順当に大きくなってる感じ。フィロリアルみたいに一旦饅頭型になるとかは無い。動く度に鱗が数枚パラパラと落ちて生え変わっていたりはするが真っ白い鱗と羽毛に綺麗なオレンジの瞳のままだ

 尚文に鱗投げるついでにクソナイフにも吸わせておく

 ドラゴンシリーズだな文句なしに。ついでに魔物使いのフリスビーⅢや魔物使いの投骨Ⅱも。完全に犬の玩具じゃねぇか真面目にやれクソナイフ

 

 因みにかなり強いものなのか尚文の奴も竜鱗の盾に変えていた。ドラゴンシリーズの盾を使う尚文……原作だと有り得ないな。フィトリアの馬鹿のせいで。何で野生最強魔物由来の盾シリーズなんて馬鹿みたいに強い武器シリーズをロックしてたんだろうなあの鳥頭(物理)

 

 「キュア!」

 「おい、まだ食うのか?」

 「成長期なんですなおふみ様」

 「お前らはそんなに食わなかっただろ」

 「ナオフミ様に迷惑がかかると思って……」

 「私達はあんまり成長しなかったからです。女の子として良く食べるというのも……だしね、ラフタリアちゃん」

 背後でわいわいやってるな。もっと尚文ポイント稼げラフタリア。お前が尚文の剣になるんだぞラフタリア

 なんてのは聞き流しながら、さくさくと魔物を狩っては尚文に投げる。ブランの奴がそれを貪り食う。新規魔物の場合は尚文が盾に吸わせる。その繰り返しだ。持ってきた餌である煮豆はとうに尽きている。育ちきればマシだろうがそれまでの食費(俺持ち)が大変だな

 

 なんてやっている中、感じる異様な気配

 「尚文、盾を構えろ!」

 瞬間、逆手持ちしたクソナイフ(姿はシステムエクスペリエンスの宝物庫で見つけた偽・フレイの剣)でもって背後から飛び掛かろうとする何者かを貫く。そのまま手首の回転でくるっとソレを前に持ってきて……

 「そらぁっ!」

 一瞬手放して順手に持ち変え、ソレー白い蛇の魔物を真っ二つ

 「エアストシールド!セカンドシールド!」

 って、尚文やリファナが白蛇2匹ほどに襲われている。とりあえず盾を突破する程ではないようだがこの辺りでは見かけない魔物、何があるか分かったものじゃない

 ……ん?クソナイフでぶった斬った際に変なもの吸ったな、確認してる暇は……

 無い!

 軽くバックステップ、着地時に二匹目の白蛇の腹(どこから腹かは知らないが全長の半分程の場所ならば腹で良いだろ)を踏みつけ、衝撃で浮かび上がった頭を跳ねる

 「まだっ!」

 そのままジャンプ、そんな俺を狙ってきたボケ蛇の頭を、ネズミ秘技空中回し蹴りで割り砕く

 「シャァァァッ!」

 四匹目!空中では制御が効かないだろうと背後から来るか!だが、そんなもの人間の理屈!

 「ていっ!」

 残念ながらネズ公には尻尾って空中でも割と自在に動かせる三本目の足があるんだ。しかも足より自由に動く、な

 ってことでその喉を尻尾で打ち上げ、着地と同時にまだ空中に居るそいつを両断

 『力の根源たるネズミが命ずる以下省略!』

 「ファスト・ボルテクス!」

 空中から唱えておいた雷撃魔法で尚文側に攻撃対象を変更しようというのかな五匹目を撃ち抜く。さすがにファスト級の魔法じゃ死なないので追撃……しようと思ったがその前にゼファーの奴がどっかから持ち出した弓でヘッドショット、そのまま蛇の奴動かなくなったので放置

 尚文の方を見ると、まだ二匹に集られていた。リファナもラフタリアも蛇結構苦手だからなー。俺も苦手だから速攻で殲滅した訳だが。一応二人がかりで尚文が止めている間に一匹は倒したらしいが……

 上出来だリファナ。後は任せろ

 

 白蛇どもは尚文の盾に食い付いているので隙だらけ、背後からその脳をぶち抜いて終わらせる

 

 「知らない魔物だな。弱かったが」

 なんて言いつつ、その蛇からクソナイフが吸った謎のものを……

 「「ホムンクルスシリーズ?」」

 盾に食い付いていた死骸を吸わせた尚文とハモる

 人工生命体?ってことは……

 

 「グルッシャァァァッ!」

 見ると、ぶちのめした蛇のうち6匹が合体して6つの頭を持つ大蛇が誕生していた!

 6又かよ!と言いたいが、多分尚文と俺がコア一つづつ勇者武器に吸わせた影響だなこれ。不完全合体復活。本来は八匹全部倒されたらヤマタノオロチとして復活する算段で作られた魔物だったのだろう。今回ロクマタオロチだけど

 「「「「「「ジャァァァァッ!」」」」」」

 六個の首が吠える

 うるせぇぇぇっ!不協和音過ぎるネズミの耳には毒だリファナの声で浄化しないと

 なんてやっている間に、まずは俺だとしたのか六つの首をもたげて蛇は襲いかかり……

 

 なんで俺なんて狙うかなー

 「ツヴァイト・プラズマフィスト」

 予め唱えておいたプラズマ鎧に俺の腕と首筋に食らい付こうとしたロクマタオロチが固まる。生体に流れる電流を狂わせた麻痺である

 「はいはい、ファスト・レビテート」

 そのまま空中に打ち上げ

 『力の根源たるネズミが命ずる!天地満ちる雷鳴を束ね、聖光となりて鼠が敵を魂まで灰と化せ!』

 「死に晒せ!ドライファ・プラズマバーストⅡ!」

 最大火力の魔法で灰にする

 ……あ、割と原型止めてる。火力不足か。所詮は俺の魔法だしな。でも止めは刺せたようだ

 「ふう、雑魚だったな

 無事だな、リファナ?」

 「あ、うん……」

 「ボク等は無視でちか!?」

 「一匹でも大変だったんだけどマルスくん!?」

 「うるせぇ盾の勇者サマのところに居てあの程度の雑魚相手に怪我するわけないだろゼファー!

 あとリファナもラフタリアは未クラスアップの中良く頑張ったな。クラスアップしてなきゃそこそこの敵か」

 うん、だが多分錬辺りならバラバラにして終わりって程度だろうしそう強くなかったぞこいつ。だから尚文狙ったのか、火力無さそうだし

 

 因みに、ロクマタオロチの死骸はブランの奴と尚文の盾が美味しく?戴きましたとさ。ヴェルダン越えた肉でも美味しく食うんだなドラゴンって



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後始末

某日某所

 ぶっちゃけた話ロクマタオロチをヴェルダンにした割とすぐ後すぐ近くの森の中

 一人の男がぶつくさ言っていた

 

 「そんな、必殺の召喚スキルがあんなに簡単に破られるなんて」

 「落ち込まないでくださいリュージさま、あんなのズルに決まってます」

 「だよなリーシャ、あんなの汚いチートに決まってる」

 近くの金髪の女の子に慰められ、男が顔を上げたところに

 「いや?お前らのと同質……という訳でもないな。お前らの敵の力だよ」

 ひょい、とそこに幻を解いて姿を現す俺。もうちょっと色々と食べられそうなもの探してくるわ、とリファナには言ってある

 

 「んなっ!白髪鼠!」

 「人を白髪ネギみたいに言うな」

 男は何か違和感のある顔立ちの……貴族っぽい服の若い少年だ

 「どういうことだ、俺の敵の力?俺に敵なんて」

 「勇者の力って事だよ転生者」

 「そうか!あれが盾の力……

 必殺のはずの召喚を倒すほどに味方を強化するチート……必ず手にいれてみせる!」

 ぐっと拳を握りこむバカ

 うーんこのバカ。頭大丈夫かバカ

 

 「その調子ですわリュージ様!」

 横の金髪は……何となく尚文に魔法うったあの女神に似てるな。こんなのしか女が居ないとか悲しい転生者だなこいつ。リファナみたいな大切に思える相手に会えなかったんだなこいつ

 何か憐れに思えてきた

 

 「何だその目は!」

 「いや、憐れだなこの転生者って」

 「煩い!俺をそんな眼で見るな!俺は選ばれた人間なんだ」

 「お前も俺も、選ばれてなんかいねーよ」

 行くぞクソナイフ。各々勝手に動かれても困るから、転生者狩りの時間だ

 今の時期に四聖に仕掛けるとか警戒されるだけだから殺したと経験値野郎にも大義は振りかざせるので問題ない

 

 「ふっざけんなぁぁぁぁっ!」

 叫びと共に魔方陣から湧いてくる八つの頭の白蛇

 今度は学習したのか最初から合体しているらしい

 無駄な学習を。というか、1vs8仕掛けた方がまだ勝率あるんじゃないのか?何で合体させてんだこいつ、1vs1とか負けるわけ無いだろ

 

 「はあ、見せてやるよ、お前ら転生者が最終的に対峙しなければならない存在を」

 手元にクソナイフを呼び寄せて、竜鱗の投剣に変える

 「んなっ、それは」

 「エアストスロー、セカンドスロー、ドリットスロー

 トルネードスロー」

 構わず基本コンボスキル。投げた3本のナイフが白蛇を取り囲み、竜巻を起こして数百個の肉片へと変えた

 うん、弱い。基本コンボだぞこれ。多少強い相手ならばこれで拘束して別の必殺スキルって感じのものだ。何でこんなんでズタズタにされてんだこいつの召喚したもの。いくらなんでも弱すぎる

 

 「そ、そんな」

 一瞬で片付けられ、男は眼を見開く

 いや、実際ロクマタオロチも俺がさくっと処理した訳で、何でヤマタノオロチで勝てると思ってたんだよお前。もっと別のもの呼べよ

 「う、嘘だ……盾の力は此処には……」

 「いや、別に最初からそんなものかかってないからな?

 お前の白蛇が弱いだけだ

 だから、投擲具の勇者に道端の石ころとして片付けられる」

 「うぉぉぉぉぉっ!」

 バカが叫ぶと共に、バチっとクソナイフがスパークする

 「かかった!お前が投擲具の勇者だって言うならばこれで武器を奪え……」

 もう良いや。勇者武器を奪う力まで使ったんだ。見逃す道理は何処にもない

 

 「……」

 無言で近付き、その喉を尻尾で締め上げる

 かひゅっという苦しげな息と共に力が解除され、クソナイフのスパークが止まる……ってこれ幸いと逃げるなクソナイフ。逃がさないからなお前だけは

 「もう良いや。勇者の恐ろしさを魂に刻みながら解体されろ、計画の邪魔だ

 ブレイズソーサー」

 竜鱗の投剣により解放されたスキルを放つ

 赤熱する投剣が丸ノコのように不吉な音を立てながら奴に近付き……

 

 「ぎ、ギャァァァァァッ!」

 その右手の指先から順にミンチに変えていく

 ……うん、リファナには見せられないグロさだな。このスキルは封印しよう

 「投擲具の勇者様!」

 と、突然金髪が叫ぶ

 何だ?命乞いか?リュージだか何だかを助けて?か?言われたらまあ、二度と顔を見せるなで助け……てもなぁ……

 「り、リーシャ」

 「助けてください!あの男に騙されていて」

 「リーシャ!?」

 悲鳴すら忘れてバカが信じられないものを見るように金髪の方を見る

 「大切な人だったなら最後まで守ろうとしろ、クソボケビッチがぁぁっ!

 ブレイズダガー!」

 裏切ろうとした金髪は処刑だ。胸糞悪い

 爆発するナイフを胸元に受け、えっ?と呆けた表情のまま金髪ビッチは爆発四散した

 

 「リーシャぁぁっ!」

 「よくもまあ、目の前で裏切ろうとしたビッチにそう叫べるものだな」

 憐れ過ぎる。本当にビッチしか近くに居なかったんだなこいつ。流石にこのままミンチは可哀想だ止めてやろう

 「フラッシュピアース」

 ということで、さくっと眉間にピックを撃ち込んで殺してやる。そのまま死骸は二人とも焼却した

 ……魂だけになって化けて来ないと良いが。って、所詮こんな雑魚転生者、タクトじゃあるまいし化けて出る力もないか

 なんて尚文狙いの転生者狩りは片手間で

 余談だがその日の夜ゼファーの奴に聞いたところによるとあの白蛇は女神に召喚能力を与えられた転生者がレベル30になると呼べるようになる低級悪魔だったらしい。レベル30台かよ、弱かった訳だ。そんなんでイキってた辺りあの転生者は本当に馬鹿だったらしい。って、馬鹿ばかりじゃないと勇者が生き残れないか。本当に見る目ねぇな女神の奴。力があるって鍛えることすらしない馬鹿すら選ぶとは

 

 「おや、何か御用ですか、ハイ」

 本題はこっち。ポータルジャベリンで飛んだ奴隷商の場所だ

 あれである。売れずに不良在庫と化している奴隷を買い取ろう。この値段はと躊躇されている本来の金額でいい、と俺言ってしまったからな。それを果たしに来たという訳だ

 忘れてると後が怖い

 

 「前に尚文を匿って貰う際に言っただろう?不良在庫を引き取ると、な

 それを買いに来た」

 「その事ですが、ハイ」

 ん?何か言いにくそうだな

 「元々その件でと渡そうとしていた奴隷なのですが、ついさっき買い戻されまして、ハイ」

 「……は?」

 「精神の壊れた猫亜人だったのですが……」

 「猫亜人?何でまた」

 「ルロロナ村の亜人で」

 「……ん?お前、リファナ等がルロロナ村の亜人だと知ってたのか?」

 ルロロナ村。ぶっちゃけ村民の大半は村の外ほぼ行かないから村の名前に興味なんか無いし、そのせいで俺も良く忘れるが確か俺の故郷、つまりはリファナの故郷そんな名前だったはずだ

 「あのラクーンの少女には見覚えがあります、ハイ」

 まあ、顔役の娘だしなラフタリア。だからか

 

 「つまり、何だかんだリファナやラフタリアの知り合いを斡旋してやろうと思っていたが、買い戻しが発生した、と」

 にしても猫亜人か……誰だ?まあ良いや、そんなに親しい奴は居ないし

 何故かって?だって俺ハツカ種だぞ?ネズ公が猫と親しくするかよ

 『称号解放 イタチ例外ネズミ』

 ……そういや、イタチもネズミ食うな。だがリファナは例外だ

 

 「その通りです、ハイ」

 「いや、盾の勇者関連だろ?断れよ」

 「それが……」

 「それが?」

 「買い戻しに来たのが、弓の勇者様でして」

 「……は?」

 今度こそフリーズ

 樹?何でまたあの弓の勇者がそんなことを

 

 「少し前に弓の勇者様が匿名で奴隷を解放しまして、ハイ

 国に任せようとした事で奴隷として再流通した訳で

 

 その事にあの国王を見て気が付かされたとか、あの時リーシアさんが言ってたことこそ正しかったとかぶつぶつ言ってましたです、ハイ」

 ……ああ、そういう

 

 原作でも似たようなエピソードあった気がする。助けたけど結局詰めが甘くて奴隷に戻った亜人の話

 ……あれ?でもじゃあこの世界では原作と違って樹の奴そのまま放置じゃないのか?

 ……今更言っても仕方ないな

 

 「他の奴隷でも良い

 結局盾を匿うのは女王側のお前としては当然の話だったのかもしれないが、言ったことは言ったことだ」

 「では、高いものでいきます、ハイ」

 「一つ聞くが、いくらだ?」

 「金貨40枚でどうでしょう?」

 「高っか

 ……いやまあ、足り……るな」

 「諸々はおまけしておきますです、ハイ」

 「……おまけってか、ここまで高いと銀貨数枚の登録料諸々は誤差だな」

 ……因みにだが、尚文が初見で見せられたlv75のちょっと粗悪品扱いな狼男で金貨15枚盾の勇者特別価格である。それの倍以上と言えばまあ、ヤバイ価格なのは間違いない

 果たしてどんなものが出てくるのやら……



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閑話 オリキャラ紹介及びアンケート

注釈:ネズ公紹介欄において、盾の勇者の成り上がり著者としてアネコユサギ氏ではない何者かの名前が出てきますが、『"御門讃の読んでいた"盾の勇者の成り上がりという作品』に限り、それで合っています
竪藍阿寅(たてあいあとら)、一体何者なんだ……(棒)


『イタキチ転生ネズミ』マルス

職業 投擲具の偽勇者 Lv40(34話時点、勇者ではないのでカンスト中)

 今作主人公。「投擲具」及び「雷霆」と『執着』及び『逆鱗』の偽勇者。後者は雷の異能によりそう呼ばれるだけでありこの世界にそんな勇者武器がある訳ではないので悪しからず。あったら5つ目の世界と融合済でこの世界終わってます。樹の世界において、最強最弱とネタにされる手遅れになってから人智を越える力を発揮するクソザコ異能アヴェンジブーストを持っていたからと女神に転生させられた転生者

 本来の役目は尚文の奴隷となる可能性のある三人のうち一人、つまりはラフタリアを尚文と会わせない為に女神に送り込まれたラフタリア攻略用の転生者。ではあるのだが、本人はそんなこと知らねぇとばかりにラフタリアの横のイタチことリファナしか見てない。残り二人の転生者(♀)は雑種のリザードマンとラビット種を上手く攻略して尚文との出会いを阻止しているのだが、彼だけこんなオチである。ラフタリアと尚文を会わせないどころか、リファナまで連れて尚文とラフタリアを合流させ、ラフタリアを応援する尚×ラフ派の総大将と化している。その背景には尚文とラフタリアがくっつけばリファナが自分を見てくれるかもしれないという浅ましい考えがあることは言うまでもない

 リファナ愛からか前世で読んだ物語、盾の勇者の成り上がり(著:竪藍阿寅(たてあいあとら))を思い出し、何も知らない転生者のままのフリをしながらリファナの生きるこの世界を女神の手から守りきる為に行動を始める

 スペックとしては、盾の勇者の成り上がりを読んでおり、魂に焼き付いた異能もあって完全なキチガイ。制限こそかかっているものの、リベレイションの真似事と12/12勇者武器とジャンルが現実じゃないとまで言われる異能を振り回すやり直し元康2号である。だが、やり過ぎると転生者に掛けられた呪いで死ぬため自重中

 

『雷霆の勇者』御門讃

 職業 国家の実験動物(こうこうせい) Lvそんなものこの世界に無いよ(生前)

 今作主人公(前世)。出身は樹の世界であり、生きていたのは樹の死んだ時期よりちょっと前。具体的に言うと樹の世界の日本首相が壱富士茂野になる直前ってくらいの時期。読み方はみかどさん。褒め称えられるような子になって欲しいという母親の思いから付けられたとか

 作中でマルスを名乗ってイタキチってるネズ公の前世の名前。妹の御門瑠奈に対して割と度を越したシスコン。元々は可愛いからというだけでちょっと妹に構いがちって程度であったのだが、目の前で母親を轢かれたトラウマで妹が引き籠って以来俺が瑠奈を護るんだ一生護るんだと病的なシスコンを発症した。お陰で中学は妹の側に居ると勝手にサボりがちで元々打ち込んでいたサッカー部も即時退部した為中学時代は浮きまくっていた……らしい

 雷霆の勇者とは、あくまでもアヴェンジブーストを発揮した際のぶっ飛んだ性能から勝手にネット上で皮肉も込めて付けられた渾名である

 ネズ公と化しても魂は彼のものそのままであり、故に彼の真の名前は未だに御門讃のままである。既にネズ公化しているので作中に登場することは恐らく無い

 

 因みにスペック的には、アヴェンジブースト無しではその気になれば自分で得点取りに行けるサッカー部のエースMF(FWもやれるが無駄に足回りが強いので中盤でMFやらせた方が間違いなく強い)であり、アヴェンジブースト中はほぼ『時は満ちたおお救世主(メシア)』。地球ごと消えてなくなれ!!にだああーーーっ!!!!!で対抗出来る程度の(完全体勇者とほぼ同等の)パワーを持つ。因みにこれは、彼の言う残り5つの超Sも同様

 

ベール=ゼファー

 職業 悪魔(愛玩用) レベル151(本来の値。翼を仕舞っているとこんなに強くない)

 でち公。今作のチョロインその一

 システムエクスペリエンスからネズ公に与えられた監視役の悪魔。元々国庫を傾ける事及び理想の嫁を作る事を目的として作られたぽんこつ悪魔。愛玩用の為悪魔の中では性能は低い

 完成直前で放棄されていたがシステムエクスペリエンスによって導かれたネズ公によって数千年の時を経て起動。名前を与えてくれたネズ公に同行する

 悪魔というものは名前によって契約に縛られ、名前によって契約に縛るものである。彼女のマスターは魂の名前(御門讃)を名乗っていない為縛られていないが、彼女は彼に与えられた名前を自身の名として認めている為、交わした約束に縛られる。裏切るな、従え、近くに居ろ、そんな無茶ぶりに、一方的に自分だけ縛られているが、彼女はそれで構わない

 ネズ公にとってリファナの為に動くことに特別な理由なんて要らないように、彼女にとっては未完成のまま朽ちるだけだった自分に名前をくれてどこか憧れでもあった人間のように扱ってくれた、それ以外に彼の為に動く理由など必要ないのである

 因みに、元々は嫌いなもの等無かったが最近イタチと勇者武器が嫌いになったらしい

 

ブラン

 職業 ドラゴン(アルマ種) Lv12(34話終了時点)

 リファナが探り当ててしまった卵ガチャから孵ったワイバーン(雌)。本来はフィーロが産まれるはずだった場所に居るドラゴン

 現状、特に尚文とリファナになついている。ネズ公はあまり好きではないらしく、尻尾に噛み付く事がある。のだが、無駄にステータスの高いネズ公はノーダメージで抑えてしまっているので気が付いていない

 この先どうなるか、そんなものネズ公も知らない




以下でこの世界における剣の勇者天木錬のメインヒロインを誰にするかのアンケートを行います
ネズ公、尚文、タクト、樹辺りは決まってるのですが、錬に関しては決めていない為、このアンケートの結果により錬のメインヒロインが決定します。あくまでもメインヒロインなので他ヒロインが出てこないとは限りません
エントリーは以下五人
親竜ガエリオンを殺された因縁は関わりの中愛に変わるか、谷子ことウィンディア
原作でも良く絡むし絵になる鉄板、エクレアやら女騎士ことエクレール
ガエリオンを殺した責任とるなの!雌の体で復活したせいで雌になってしまった最弱竜帝ガエリオン
ですぞぉぉっ!フィロリアル様が錬好きと言うならばしかたないですぞぉぉっ!厨二を発症した黒いフィロリアルのクロ
お前自身がヒロインになるんだよ!剣の勇者クールな一匹狼ぶった美少女天木錬ちゃん説


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不良在庫

何で何時見ても谷子人気最下位なんですかね……


「こちらです、ハイ

 親戚から送られてきたばかりで」

 そうして連れてこられた檻の中に居たのは……

 

 うん、亜人だな。当たり前か

 「何だよ!何しに来た!」

 なーんかキールっぽい感じの叫びだなーうん

 何だろう、凄く嫌な予感がする

 眼前に居るのは今のリファナより少しだけ年下っぽい亜人の少年。それだけだ

 いや、普通はそれが当たり前だ。何人もの奴隷を同じ檻に入れていたら結託したり逆に互いに傷付けあったりとロクな事になるはずもない。だからこそ、よほどでなければ奴隷を複数同じ檻に入れたりしない。リファナとラフタリア?助けなんぞ来るはずもないのに二人でささえあってよーという感じに下品た見世物か何かだったんじゃないのか?よしあいつら殺そう。いやもう半分死んでたな、声帯潰したし

 だが、ネズミの勘……じゃないが何かがこの檻の中から欠けていると思った。居るはずのものが、居なければならない誰かが其所に居ない

 居るのは、奴隷だってのに敵意を剥き出しにした元気な男の子だけ。その特徴的な白と黒の髪が目を惹いて……

 

 って待て待て待て待てぇぇぇぇっ!

 フォウルじゃねぇか!どう見てもフォウルじゃねぇかぁぁぁっ!どうなってんだ奴隷商ぉぉっ!

 瞳は青く、猫を思わせる黒い縦筋。猫にしては分厚い耳。白黒のしなやかなネズミと違って立派な尻尾。そして、カースに侵食されてる時の尚文のような、全てを憎む見据える顔立ち

 ……うん、フォウルだ。ほぼ間違いなく外見フォウルだ

 ……で?アトラは?

 

 フォウルとアトラ。盾の勇者原作におけるメインキャラだ

 ラフタリアと並ぶメインヒロインにして後の盾の精霊のような何かであるアトラと、その兄にして小手の勇者フォウル

 詳しいことは良いか。とりあえず、フォウルはシスコンだ。それはもう、瑠奈存命時の俺を思い出すくらいにはシスコンだ

 奴隷になってからも、遺伝性の病で目も見えなければ歩けもしない、皮膚も爛れて死ぬのは時間の問題というどうしようもない妹をずっと守っていたほどだ

 

 ここまで言えば分かるだろう。考えなくてもだ

 フォウルが此処に居るならば、アトラが近くに、つまりは同じ檻に居なければならないのだ。だというのに、此処に居るのは兄だけ。死にかけの妹何処行った

 

 「……奴隷商

 これが、不良在庫か?」

 「そうです、ハイ」

 「不良どころか、健康体のハクコ種とかいうバケモノみたいな高級品じゃないのか?」

 探るように、言葉を交わしてみる

 「買う気はありますかな、ハイ」

 「買わないと言う気は無いぞ」

 凄く嫌な予感がする

 ……アトラ、死んでないよなこれ……死んでたら大事だぞ。いやまあ、ラフタリアの最大のライバルが消えるのは良いことなのか?だが、転生前は俺にも可愛い妹が居たし、フォウルの事を思えば生きていて欲しい

 「アトラは無事なんだろうな!」

 あ、こいつフォウルだ。確定

 万が一別のハクコだったらという淡いネズ公の希望は潰えた

 

 「話を聞こう」

 フォウルの檻から離れ、そう告げる

 「どうもアトラという妹が居るらしいが、それ関係か?」

 「そうなのです、ハイ

 あのハクコには死ぬのを待つばかりという妹がおりましてです

 それでも妹だから大事に大事にしていて、買われるときは一緒だとしていた訳です」

 「で?妹がアレ過ぎて返品されたりしてたのか?」

 「お恥ずかしい話で、ハイ

 幾ら健康なハクコとはいえ、死にかけの妹同伴必須となるとどうにも……だったのですが」

 「ですが?」

 「数日前、鞭の勇者様が親戚の店にいらっしゃってですね、ハイ」

 嫌だなーもう

 タクトの時点で想像が付いた。聞きたくねぇなーホント

 

 これは間違いなく不良在庫だなフォウル。間違いない。もう誰も買わないわ

 「妹だけ買ってったと?」

 「男なんて要らないと、私どもが幾ら勧めても聞きませんでしたです、ハイ

 薬は画期的なものも持ってきてはいましたが、どうなったことやら」

 

 ……

 そう、そういうことである

 死にかけの妹を守ってた兄から、妹奪って女好きのハーレム勇者に売り飛ばしたというオチ。いや、奴隷商を責めるのは酷だ。勇者に言われて金まで積まれて断れというのは流石に此方にだけ虫が良すぎる

 死にかけの妹の為という枷で、何とかハクコ種なんて最強の亜人の一角、それはもうハツカ種の対極ってレベルのバケモノを制御出来てた訳だ。そこから、妹を奪ったらどうだろう。その妹は好色な勇者に買われて行方知れず

 答は簡単だ。言うことなんぞ聞くわけがない。ロクに動けないくらいに奴隷紋でガチガチに縛り付けでもしなければ、こいつは主人を殴り殺してでもアトラの元へ向かうだろう。それこそ勇者だろうがぶっ飛ばすために。誰も買いたくないわこんなもの。死亡フラグそのものだ

 それを金貨40枚で売り付ける辺り、ふてぇ奴である

 

 ……まあ、言ってしまった以上買うんだけどさ

 というかタクトぉぉぉっ!手が広いわタクトぉぉぉっ!お前はフォーブレイでハーレムしてろタクトぉぉぉっ!アトラ買ってるとか何なんだよこのハーレム転生者ぁぁぁぁぁっ!ふざけんなタクトぉっ!

 ふう、止めよう、不毛すぎる

 

 「そういえば幻の魔法等が使えるならば」

 「二度とその事を言うな

 妹のフリを誰かにさせろと?絶対に気付くぞ」

 俺なら、偽瑠奈に気が付かないなんて多分無い。なら、フォウルが偽アトラに気が付かないとか有り得ない。自殺行為そのものだ

 

 「……教えてやる

 誤魔化して使い潰そうという事が間違ってると、な」

 なんてカッコつけても、予定は未定である

 フォウルの説得(アトラ無し)。出来るものなのか、俺に……

 やるしかないんだけどさ。後の小手の勇者、どっかで俺が居なくなったとして、リファナとついでにラフタリア尚文夫婦(予定)を守ってくれる者としては申し分ない。何たって俺よりバカみたいに強い亜人かつ俺と違って正規勇者になる逸材だからな

 様々にかき集めたものを使って金を払いきり、奴隷紋を刻む。フォウルが俺の奴隷かー

 実感沸かない。どうせあいつが小手の勇者になるまでのものだが

 使う気は無い。使ったら負けだ。これからやるのは、妹を奪われた兄の説得であって、奴隷調教ではないのだから

 

 そうして、再び俺は檻の前に立った。二人にしてくれと言っておいて




この世界のタクトは精力的です
まあ、ネズ公が投擲具の勇者のフリして大々的にメルロマルクで動きすぎたから投擲具パクりに行くついでにハーレム広げるか、程度の話でしょうけどねタクトからすれば


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虎男

半分ネタ選択肢だった天木錬ちゃんが強いのは何となく知ってたけど何でこんなに弱いんだ谷子しっかりしろ谷子

100票越えて半数投票がありましたので、何となく予想してましたが錬は自分がヒロイン側にされる天木錬ちゃんルートに行くこととなります


「アトラは、アトラは居るんだろうな!」

 相変わらずの吠え方である

 ……確認したことによると、ゼルトブルの一族経営の奴隷商のところでアトラだけタクト一行が買ってゆき、余ったフォウルは妹が居ないと知れば絶対に死ぬまで暴れるだろうという事で、どうせならばハクコ種大嫌いなメルロマルクに送って叡知の賢王に媚でも売らないかという事でこの奴隷商の所へ輸送されてきたという話らしい。うん、下衆い

 まあ、あの杖の勇者ならば妹の仇だと思ってるハクコ種の奴隷とか嬉々として苦しめてぶち殺す気がするな。後にその事で苦しみそうだが

 ……これは今ほぼ関係ないんだが、このフォウルとアトラの母親はあの王の妹である。妹を殺されたという半分勘違いな恨み(それなりに愛はあったのだろうが、あの王からすればハクコに妹を奪われたことは間違いないので筋違いかというとだ)から妹の忘れ形見の片割れ殺してたとか、知ったらどうなっていた事やら。流石に妹に似てるらしいアトラなら兎も角フォウルじゃ妹の子な事に気が付かないだろうしなあの王。だが、折角のハクコ種だからと高い金で盾の勇者御一行に売り付けてしまおうという事でそれは現実にならず俺のところへ回ってきた訳だ

 因みに、今は妹は貴重な薬剤が手に入ったので治療中、暫くかかるからと引き離している事になっているらしい

 いや、数日かかってる時点で薄々気付かれてるだろ、アトラはもう居ないと。生きてるかは……知らん!タクトの奴に惚れたら間違いなく生きてるが、惚れなかった場合は……。確か原作では惚れなかったから追放された錬金術師とか居たな。それならまだ良いんだが、癇癪起こして殺されてる可能性とかある

 

 因にだが、奴隷商等には離れて貰っている

 このテントひとつ壊れるかもとも言ってある

 アレだ。俺が壊す気は無いが、フォウルの奴がどうするかは未知数だ

 

 「……」

 「お前……」

 睨むような目

 「フォウル、だったか

 出ろ」

 「何?」

 檻の鍵を開ける(鍵は貰った)と、怪訝そうな目で此方を見るフォウル

 流石ハクコ種。見てるだけでネズ公尻尾が怯えたようにピーンするわ。レベルは20台と俺の半分ちょいのはずなんだけどな

 「お前を奴隷として買った。これで分かるな?」

 「アトラもだろうな!」

 「いや、買ったのはお前だけだ」

 ギリッと奥歯を噛む音

 いや、何で聞こえるんだそんな音、デカ過ぎる

 

 「てめぇ!」

 っ!あぶねっ!

 ギリギリで身を屈めて飛んでくる拳を避ける

 何の遠慮もない一撃。跳ねっ返りが過ぎるぞフォウル。そんなんじゃ奴隷やってけないぞフォウル

 だからこんな優良なスペックの癖に性格で不良在庫なんだが。奴隷だろうが折れないからなーこいつ。原作でアトラが死んですら折れなかった筋金入りのバケモノメンタルだ。押さえ付けられるものじゃない

 「アトラを、見捨てるような奴!」

 「違うっ!」

 今度は左から襲う拳を両の掌で受け止める

 っ、ビリビリ来る。元々ネズ公(ハツカ種)、防御よりも避ける事を得意とする種族ではあるのだがそれでも仮にもパチモノとはいえレベル上の勇者補正込みの俺に両手で受け止めて尚腕が軽く痺れる威力の拳とかどうなってんだチートかよ。って世界から特別扱いされるチート種族だったわハクコ種

 

 「気が付いてるんだろうが、お前も!」

 言葉と共に殴りかえ……しちゃダメだろおい

 駄目だ。ヤンキーノリでやりかけた。自重自重

 「何を!」

 「お前の大事な妹は此処にもう居ない!

 いや、お前だけが邪魔だからこんなメルロマルク(最終処分場)に送られたんだよ!」

 「てめぇ!アトラを何処へやった!」

 怒りのあまりか獣人化。ちょっと待てこの時期から使えて良いのかそれ

 虎男化したフォウルに投げ飛ばされ、咄嗟に尻尾でフォウルの腕を掴んで共にアイキャンフライ、開いた檻どころかテントを突き破って外へ

 

 「俺が!知るか!

 と、言いたいが妹だけ買っていったらしいぞ?」

 「アトラァァァァッ!」

 うん、うるせぇ

 「アトラは目が見えないし歩けないんだ、そんなアトラだけを誰が」

 「鞭の勇者タクト・アルサホルン・フォブレイだな」 

 「フォブレイ……それに鞭の勇者……」

 少しだけ迷いが出たような表情の虎男に

 「因みにウン十人の愛人を侍らせるクズのハーレム野郎だ」 

 「アトラァァァァッ!?」

 容赦の無い追撃。まあ、事実だ諦めろフォウル

 「そんな、そんな奴にアトラは……」

 色を失った顔をしながらフラフラと歩みを進めるフォウル

 

 「おい、何処に行く気だ奴隷」

 「アトラを……助ける!」

 復活早っ!

 「クズのハーレム野郎なんかにアトラは渡さないからな!」

 「いやもう奴の手に渡ってるんだが」

 「ならば取り返す!」

 ぐるる、と唸る虎男

 ……うーんこの虎突猛進。さては自分が奴隷だって自覚とかねぇな?

 いや、ぶちのめせば良いやと思ってるだけか

 「おいおい、俺はお前を買った主人だぞ?放置か?」

 「持ち主を殺せば、奴隷紋の罰は発動しない!」

 「おい

 自動で発動するように禁則事項を」

 「決められる前に倒せば良い!」

 駄目だこりゃ。脳ミソまでアトラに染まってる

 

 「……そもそも、一人で行く気か?

 鞭の勇者に勝てる気か?」

 「それでも、アトラを」

 「そもそもだ、そのお前の妹はお前が守ってやらなきゃ直ぐに死ぬような無能なのか?」

 「アトラを馬鹿にするな!

 でも、あいつは……」

 「面食いだと噂される鞭の勇者が買っていくんだ。病だか何だかを治せる算段はあるんだろうよ

 治ったとして、お前の大切な妹はそんな無能だとお前は思ってるのか?」

 昔の自分が言われたくないように、言葉を選んで紡ぐ

 というか、転生前に妹くれよと同級生に言われた際に会わせる訳にはと断ったら俺が言われた言葉のアレンジである。俺は返答に詰まったが、瑠奈はわたしはそんな無能だから帰って、と部屋の中から言った。しょんぼりして奴は俺を一発殴ってから帰った。理不尽である

 

 「違う!アトラは……」

 「なら信じろ

 お前が強くなって助けに行くまで、その妹はタクトのところで無事だとな」

 「それで、どうしろと言うんだ」

 敵がい心はそのまま。けれども、煽った事もあり言葉だけは聞いてくれる

 ……煽りばっかりやってる気がするな俺

 ってクソナイフ、アジテートクソネズミの称号光らせるな目がチカチカする

 

 「言った通りだよ

 立派になってから助けに行け。今のままじゃ死ぬだけだ

 だからこそ、暫くは妹を信じてやれ」

 「強く、」

 「だから俺が来たんだよ

 盾の勇者の仲間スカウト隊の隊長がな」

 因みにメンバーは俺一人である。当然だな

 「正直な話、鞭の勇者の素行は大分アレだ

 どうせ、どこかで四聖と揉め事を起こす。その時までに強くなって、そこで妹を助けろ」

 

 「盾の……勇者……」

 複雑な表情で、虎男がぽつりと呟く

 元々シルトヴェルトのお偉いさんの家系だからなこいつ。盾信仰と他とで揺れてる感じか

 

 「待ってろよアトラ。お兄ちゃんとお前が物語で好きだった盾の勇者様が何時か助けてやるからな」

 よし、落ちた

 話さえ聞いてくれれば割と楽だったな



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勇者の噂

そんなこんなで、フォウルの奴を拾ってから約1週間が経とうとしていた

 

 「あ、そうだ尚文」

 今日も昼飯時起きな盾の勇者サマに、俺は声をかける

 ……此処はリユート村の貸して貰っている家。何だかんだで其処を拠点として未だに使わせて貰っていた

 「なんだネズ公」

 「今日あたり、仲間?が一人増える」

 「は?」

 寝起きの不機嫌そうな目を見開く尚文

 

 「いや、お前を匿って貰う際に不良在庫な奴隷買い取るから匿えという形で約束しててな」

 「そういえばやってたねマルスくん」

 「それが今日リユート村まで送られてくる」

 また勝手なことを……とばかりにじろりと尚文が睨んでくるが気にしない。気にしていたらもう付き合ってられるかしてるわ

 

 ということで、改めて尚文とフォウルを合流させるのが今日だ

 何で今まで合流させなかったか?そもそもフォウルを加えるとパーティが7人になってペナルティかかってしまうので、そうなる前に産まれたばかりの仔竜を一匹でもそこそこやれるくらいにはしておきたかったというのもある。が、何よりの理由はあそこでそのまま連れ帰ったらどうやったんだオイされるからな。奴隷商のところから一瞬で連れ帰るとかポータル必須だ、バレる

 ということで、暫く置いてから足で合流させることにしたのだ。これならしっかり日付の擦り合わせがなければ誤魔化せるからな時系列

 

 因みにだが、この一週間何してたかというと……

 尚文の奴は昼間は採取で夜はリファナに代わりに薬の中級レシピの本を朗読して貰って薬を作っていた。リファナは朗読役。ラフタリアは独学で魔法についての基礎の本を読み込んでいた

 ……なあラフタリア?目の前にほいほい魔法使ってる俺が居る訳だが、それでも独学で良いのか?良いのか

 それを俺に聞いてこないなーしながら龍脈法を練習していたのが俺である

 昼間は尚文とリファナとラフタリアが採取、俺がブランの飯調達こと狩りという分担だったこともあり、そこそこレベルは上がった。尚文が俺のおこぼれで40の大台(勇者に限りクラスアップによるレベル制限は存在しない為40を越えられる)を越え、リファナラフタリアも40まで行った。裏でこっそり資質向上を……と思ったがフォウル買ったせいでぼったくりクソナイフにぼったくられた価格を払えなかったので却下。そもそもレベル下がったらバレるしな、無理か

 俺のレベルは56まで上がった……と誤魔化してはいるが、実は俺もクラスアップ制限にかかったままだ。俺だけならと少ない残存資金を切り崩して資質向上をひたすらかけてレベルを下げては上げ直しを繰り返したが、そろそろレベル40ほどでの資質向上上限が見えてきた。あれも際限無く強くなれる訳じゃないものな。素ステは資質向上全くしてない時の倍くらいにはなったが40の壁を越えなければこの先はない。完成早いなと思うが、そこはシステム経験値野郎が獲得経験値爆増キャンペーンをやってるお陰だ。クソナイフ側はロクなものを吸えていないわ、別の武器を使っていては怪しまれるから一人の時しか他武器の解放進まないわで歩みは遅々としている。というか、偽・フレイの剣はなんなんだこいつ、システムエクスペリエンスんとこでコピーしてきたものだが未だに解放終わってないぞこれ

 でち公は知らん。ブランの奴は30まで来た。ドラゴンだからか、かなり上がりがゆるやかだ。だが、デカくなった。まだ生後一週間だというのに、もう家の中に居ない。そう、扉をくぐれないくらいの大きさになったのだ。もう小柄なリファナなら背に乗せて飛べる。アルマ種の……恐らくは純血種ではなく混血種。その特徴とされる長い尻尾と結構長い首はしっかりと自己主張するレベルになった。全体的なシルエットはかなり長い。だが、背の巨大な翼がそれを感じさせないのがアルマ種だ。純血種ともなれば人語喋るとか何とか言われてたが、流石にブランの奴はそうではなさそうだ。現状フィーロみたく突然人化して尚文のやつにごしゅじんさまー!する気配もない。って、あれはフィロリアルそのものが勇者がつくりあげた魔物だからそんな謎生態になってただけか。野生の最強魔物であるドラゴンは……タクトの連れてる竜帝を見るに一部は人になれなくもないのだろうが種族として人化する遺伝子が組み込まれてる訳ではないのだろう、フィロリアルと違って。寧ろフィロリアルが昔の勇者の変態性癖の塊というか可笑しいというかだ

 

 ……因みにだが、この一週間の間に色々と噂は耳にした。当たり前と言えば当たり前だが、波の被害のあったリユート村だ。メルロマルク各所からこれ幸い特別需要が出来たとばかりに波による被害を待ち構えていた行商人どもが押し寄せてくる訳だ

 というか、原作で波によるものではないが災害があった地域には食料や薬が売れるぞと尚文御一行も出向いていた。商売としては普通の事である。咎められる点が何もない。尚文の奴そろそろ行商でも始めるかーしているし本当に咎めようがない

 

 だがまあ、それで話は色々と聞けるわけだ。別に何も買わないが世間話はする。リユート村外ではまだまだ尚文の評価……ってか盾の勇者自体の評価低いしな

 

 一つ。槍の勇者についての噂を聞いた

 何でも、飢餓に苦しむ村を救ったとか何とか。太古の錬金術師によって封印されていた伝説の植物の種を手にし、それで飢餓を終わらせたんだとか。それが二週間ちょっと前。その後にその場を訪れた者曰く、飢餓どころか急速に緑化が進んでいたとか

 ……間違いない。そこは原作通りの進行である

 剣の勇者についても話を聞けた。何でも東の方で巨大なドラゴンと戦いそれを倒したのだとか。普通だな錬

 だが、弓については……あまり噂が流れていない。まあ、あの樹は隠し事が大好きだ。コロシアムに弓の勇者であることを隠して出場した際のリングネームがパーフェクトハイドジャスティスであったことから推して知るべし。貧乏旗本の三男坊ではないがそんな感じで弓の勇者であるということを隠しているのだろう。正直な話、勇者の武器を奪う力でもない限り、相手が勇者であるか否かは完全には分からないからな。ころころ姿を変える武器を持っていれば対応した武器の勇者なのでは?とはなるが、実はその気になれば変形する武器とか作れてしまうしアテにならない

 なので、弓を使う強い流れの人……くらいの認識しかされてなくて噂になってないとか有り得る

 盾の勇者についての噂?各地で暴れてるらしいぞ?同時に複数地域で荒らし回ってる噂が立ってて偽者が混じってるのでは?とその地域の民にすらも一部疑われているらしい。いやそりゃ自分で盾の悪魔と名乗る盾の勇者は居ないでしょう流石にと話してくれた当人も苦笑していた

 

 四聖に関してはこんなもの

 七星だが……やはりというか爪と槌に関しては全くない。そりゃタクトにもう殺されてるからな

 杖は……うん。聞くまでもない、メルロマルク王オルトクレイだ。今日も元気に亜人嫌い、以上

 斧に関しては目撃例が遠くであったよーってくらい。目立った話を聞いたことがない。どんな人物なのかも知らない

 小手は……波が本格化を始めているのに未だにうんともすんとも言わずに鎮座して……いない。流れの冒険者を勇者として選んだそうな。終わってんじゃねぇか。どうせそいつ転生者だろ?抵抗しろ小手。奪われてんじゃねぇぞ小手。フォウル来る前に転生者側に奪われててこの先フォウルどうすんだ小手

 投擲具?ロリコンケモナーの噂が立っていて、シルトヴェルトでは招待すべきか排斥すべきかの議論が持ち上がっているとかなんとか。ざまぁねぇな勇者ユータすまない勇者ユータ。俺のせいだ、甘んじてあの世で悶えててくれ

 鞭?タクトだ。他に何を言えと?と言いたいが一つ気になる噂があった。東から来た商人の話で、剣の勇者の噂を語ったのと同一人物からの話なのだが。何でも最近会ったらしい。俺が詐欺で追い返す2日前ぐらいに。四聖勇者の偉業を聞いてへー、と誉めていたのだが、何となく気になる笑みをしていたんだとか

 とりあえず、収穫はそんな感じだ



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焼き逃げ

フォウルの奴と合流し、リユート村を立つ

 そろそろクズの野郎、つまりは杖の勇者のこんちくしょうが襲ってきても可笑しくなかったからな。その対応も兼ねてだ。後は単純に尚文一行の金が尽きたし行商でもするかという話もある

 フォウルと一波乱あるかと思ったのだが、そんなことはなく。ってかフォウルの奴何でか妙に尚文相手には素直だった。何でだろうな、やっぱり亜人ってものは盾の勇者を本能的に好むものなのか?

 と、聞いてみたところ、アトラが幼い頃から盾の勇者様のお話が好きだったとか何とか。特に昔家にあったふっるい資料によると昔の盾の勇者にナオフミサマなる人物が居てアトラはその話が大好きだったらしい。著は良く分からない文字だったから読めなかったらしいが……多分昔の勇者が書いたんだな。名前だけはうっかり漢字で書いてたんだろう。だから尚文という名前の盾の勇者だとアトラの事を思い出して素直になるんだと。良くそれで尚文相手に素直な態度取れるものだ。俺なら逆に敵がい心剥き出しにしそうだ

 「ってかやってるよねマルスくん?」

 と、リファナに言われる気がしてならない。リファナの為にそんなままじゃ駄目だというのは分かってる、分かってるんだがどうにも上手くいかない。ってかラフタリアもっと頑張れよナオフミ様の為にって毎夜毎夜半徹夜で本を読む暇があったらリファナの代わりに尚文の横でレシピ解読してやれ。そっちの方が尚文受け良かったぞ。何で親友に任せてるんだラフーずっとそうだとお前のナオフミ様が親友に取られちゃうぞラフー。お前が尚文の剣だろしっかりしろ

 

  そんなリユート村を後にした道中、遭いたくない奴と遭遇してしまった。

 「ぶはっ! なんだアレ! はは、やべ、ツボにはまった。ぶわははははははっはは!」

 俺とフォウルを見て笑い転げるアレな生き物(槍の勇者)。いや、何が可笑しいんだよお前。ビッチ含む女共も笑って……ないな。ってかミニ女神クソ野郎(マルティ)の奴居ないわ

 「逃げられてホモに、ホモに、走ってやがる!ぶはっ!」

 ……ああ、そういう?と続く言葉に納得

 アレか。元康から見れば結局奴隷の女の子に逃げて男に走ったように見えるのか。確かにリファナラフタリアは今居ないからな。ちょっとブランと空飛んでる

 

 「いきなり何だ元康」

 包帯の取れてない奴に、不機嫌そうに尚文が言う

 「だ、だってよ

 結局リファナちゃん達に逃げられて男二匹買ったんだろ?」

 ……ん?俺はあの時のネズ公な訳だが、ひょっとして俺、顔覚えられてない?

 「女が怖いホモじゃん!しかも逃げられるってことはやっぱり酷いことしてたんだな!」

 我が意を得たりとばかりに突っ掛かってくるバカ

 ……いや、俺の横に居たでち公も居ないし、別行動とか疑わないのか?

 

 「ナオフミ。なんなんだこいつ?」

 フォウルの奴も困惑している

 「言っただろ

 槍の勇者だ」

 「こいつが!?ナオフミの言っていたあの?」

 尚文の事情聞いてから盾の勇者も……と言ってたからなフォウル。アトラをタクトに連れていかれたように、女好きの勇者に被害にあったという点で何となく共感でもあるのだろう

 

 うわぁ、フォウルの目が感情死んでる

 「ナオフミ。ぶっとばして良いか?」

 「やってしまえ」

 ってオイ!一応奴隷紋の制御は俺持ちなんだが、尚文に許可取るのかフォウル

 ……まあ良いや

 「待てフォウル」

 止める。一応こいつでも勇者、それも四聖だぞ

 「何だよ」

 明らかに不機嫌そうだ。って尚文、お前まで睨むな

 「……お前がわざわざ手を下すまでもない」

 空を見上げて、俺はそう言った

 

 「なおふみ様を馬鹿にしないで下さい!」

 「そうです!ナオフミ様はそんなんじゃありません!」

 「キュアァァッ!」

 空から降り注ぐ言葉の矢、とついでに炎の矢。元康が居ないと笑った二人の帰還である。まあ、この方向で良いのか空から先を見てただけだもの、すぐに戻ってくる

 「なっ、うわぁぁぁっ!」

 包帯巻いてる辺りまだまだ火傷が残っているのだろう、辺りを転げ回る元康

 

 「……誰が、ホモだって?」

 その元康の股間を、悪い笑みを浮かべた尚文が思いきり蹴飛ばした

 「キャァァァッ!モトヤス様ー!」

 

 ……坂道だからかゴロゴロと転がっていく。良い気味だなオイ

 

 「ナオフミ様!こんな人の所離れましょう!すぐに!」

 降下してきたブランの奴の上からラフタリアが叫ぶ。なんか過激化してきたなラフー。でも尚文愛ならもっとやれラフー

 そのまま白い竜は尻尾でくるっと尚文の腹に一周巻き付けて宙に浮かし、その背に乗せるとそのまま地を蹴って空に浮かび上がった!

 ……おい、流石に三人乗ったらすぐにバテるだろうしそもそも俺(とフォウル。ゼファーは優雅に馬なんて借りてるので宿取り兼ねて別行動だ。他に馬乗れる奴居ないからな)乗ってないんだが!?

 「って置いてくなよラフタリア!ファスト・スカイウォーク!」

 お前もだろ!と叫ぶフォウルの首根っこを掴んで魔法で俺も空へと飛んだ。まあ、ボール遊びでキールを確実にかわすために開発した時折空中に足裏を固定するってだけのリズム良く跳ね続けないと落ちるぽんこつ魔法なんだが。でも一瞬でも空を行ければボールに食らい付くキールを翻弄できたし反則じゃないので助かってた

 リズムを崩すと空中で突然足が固定されてがくっと転ける。或いはここで空中蹴ろうというところでスカって落ちる。魔力消費を考えての魔法だからその分安定感は無いのだ

 

 尚、フォウルが暴れて見事に5分持たずに空から落ちたのは言うまでもない。ブランの奴も疲れてもう地上に降りようという時だったから助かったが

 ……ドラゴンって凄いと思ってたが、こういう移動はフィロリアルの方が便利だな。ブランは馬車引かないからな、歩きになる

 「なので、こうして魔法で空をひょいと」

 「私達がそれ使えないから却下だよマルスくん」

 ブラァァン!全員乗せられるくらいに大きくなれ、なんて無茶ぶりが通る道理は流石になかった

 

 なんて数日やっている間にやって来たのは、かつて飢餓があったという村辺り つまりは、元康の奴がバイオプラントを解放して飢餓を終わらせたという其処だな

 

 何で来たのか?理由は簡単だ

 封印されているものには封印されるだけの理由がある。例えば今俺がクソナイフにコピーさせて振るっている偽・フレイの剣ならば破壊不可の伝説の武器であり正規勇者がコピーしたら波の尖兵としては困るから封印されていた。だが、バイオプラントは別に世界の敵による封印ではない。単純に失敗作だから封印されてただけだ

 そう、失敗作。どんな土地でも健康に育ちすぐに実をつける飢餓救済作物。そんなものを作ろうとしたら植物じゃ上手くいくわけがない。なので植物魔物を組み込んだ結果、どうしようもない増殖性を得てしまったのだ。って製作者バカかよ最初に気がつけよそれという話である

 だが勿体なかったのか、実力をつけてから更に改良したかったのか、滅ぼされずに封印されていたものを槍のバカが解放してそのまま植えた

 

 うん。そりゃ増殖するわな?制御効かないほどに。その地域付近に近付いただけでも全域緑。元々1月ちょっと前は飢餓に苦しんでたとか言われても此処森でしょ?となるくらいに緑。時折火が上がったり何だりで多分植物の侵略に人間が抵抗してる感はある。だが、だから何だの域。このままでは普通に侵略は広がってくだけだろう。いずれは国一つ、いや世界全土を……って流石にその前にはタクトが見かねてレベルの暴力で何とかするだろう。女の子関わらないから自分達に被害出るまでは放置だろうが

 ってことで、その前に何とかしなければという話。大丈夫だ此方には除草剤を最近リファナと薬レシピ解読の結果作れるようになった岩谷尚文って切り札がいる。存分に駆逐してやろう

 

 「な、何だこれは……」

 フォウルの奴が呆然としている

 「除草剤ってコレかネズ公」

 「ああ、急速に緑化が進んでる噂を聞いてな。進行が早すぎるだろと思った」

 言いつつ、ひょいと空から見たときに外周で火を放っていた奴等を探す

 近くに難民キャンプらしきものがあり、そこだな

 近付く際、延びてきた植物の蔓を叩ききる

 ……ん?経験値入らないな、倒せなかったか?

 「ったく、ファスト・セントエルモス」

 発火させて焼き払……燃えにくいな、水分多い

 

 ……だが一個は焼ききり……やっぱり経験値入らない。あれ?魔物扱いだから入るはずなんだが……

 なんてやってるうちに、難民キャンプで未だに植物に抵抗する人間が見えてくる。先頭の変な覆面男が弓から炎の鳥なんかをぶっぱなして、それだけ火力が数段違うな。奴がリーダーか

 

 って炎の鳥?弓?

 ……そりゃ経験値入らないわ。樹じゃんあの覆面




ジャスティスハイドマン一号「危機に陥る人々の前に現れる正義の覆面、その正体は……次の話で教えてあげます」
ネズ公「いや樹だろお前」


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ジャスティスハイドマン

そうして、樹ーいや、謎の覆面はくるりと此方を振り返る

 

 まあ、樹側も尚文の影響で経験値が入らなくなったろうからな。他の勇者が来たという事で振り返るか

 

 「元康さん!漸く……」

 あ、良い澱んだ。まあ、この事態の元凶である元康じゃないからな来たの。盾の勇者岩谷尚文である。因にだが、元康の奴と遭遇したとき向こうから来ていたので此方に向かってたなんて話はない。原作通りだがガン無視する気のようだ

 「元康じゃなくて悪かったな」

 不機嫌そうな尚文。これも相変わらず

 

 「あ、あれはいったいだれなんだー」

 そんないつ……謎の覆面を見ながら、俺はそう叫ぶ

 「棒読みだね」

 「リファナも言ってやってくれ」

 「えーっと……

 だ、誰ですかあの……えーっと……」

 「ヒーロー」

 「そう、あのヒーローさんは誰ですか!」

 あ、リファナ乗ってくれるんだ

 

 ラフタリアはあれ、弓の勇者さんですよね?してる。空気が読めないな

 「弓の勇者の頭は大丈夫でちか?」

 「ナオフミ、お前以外の勇者って……」

 そこのフォウルとゼファーも空気読んでくれ

 『称号解放、空気読めネズミ』

 ってうるせぇクソナイフ。樹に気持ち良く謎のヒーローさせてやれよ今回は多分味方だろ。だからここは樹が空気を読めてないんじゃなくて樹に合わせてやらない尚文が空気読めてないんだよ

 

 「よくぞ聞いてくれました!……えっと」 

 「マルスだ」

 「あ、私はリファナ」

 ひょいと右手を上げて自己紹介。合わせてリファナも上げる

 「よくぞ聞いてくれましたマルスにリファナ!」

 そして樹は、軽く右手で顔を隠すような構えからビシッと謎のポーズを取りつつ、こう言った

  

 「悪は絶対許さない、全てが謎に包まれた弓に導かれし正義の使徒

 ジャスティス……ハイドマン!」

 どーん、ぱらぱら。名乗りと共にいつ……ジャスティスハイドマンの背後で連鎖的に爆発が起き、リファナの耳がびくっとした

 あ、リーシアの奴が背後で必死に爆発起こす魔法唱えてる。裏方も大変だな

 「じゃ、ジャスティス……?」

 「ハイドマン……?」

 「そんなダサい名前は良い、樹」

 「ば、馬鹿にしないで下さい!一生懸命考えた名前です!」

 「やっぱり樹じゃないか」

 「あ、……こほん

 勿論僕は川澄樹なんて弓の勇者とは特に関係がありません、名前を馬鹿にされたから怒っただけです」

 「そうです、イツ……ジャスティスハイドマン様はイツキ様みたいに強くて弓を使うカッコいい正義の味方ですけど、決してイツキ様じゃない……ってことになってるんです!」

 あ、リーシア来た。でもフォローじゃないからなそれ

 めんどくせぇ、とシンクロしてフォウルと尚文が見てる。仲良いなお前ら

 「パーフェクト・ハイド・ジャスティスじゃないのか」

 『称号解放、【†パーフェクト・ハイド・ジャスティス†】』

 飾るなクソナイフ。パーフェクトハイドジャスティスってのは原作樹が名乗ってた名前だろうが

 ……本当にステータス欄に輝いてんだけど返品してくれその称号

 

 「ぱ、パーフェクトハイドジャスティスって」

 「何だその名前」

 「いっそ寒いギャグでち」

 って爆笑すんな尚文ぃっ!あとフォウルとゼファーも。樹がカッコいいと思って名乗ってた名前だぞ、馬鹿にしてやるなよ

 「残念ながら」

 そんな笑い勢はスルーして、ジャスティスハイド……長いから樹で良いや、樹は言葉を紡ぐ

 「仲間の中にはこの良さが分からない人が居て。まだパーフェクトではないのでそれは名乗れないのです」

 なんて、ドラゴンを模した覆面がフルフルと首を振る

 ……仲間全員失ってから名乗ってた気がするけど。そこらは知らん、心境変化か

 「ですがその名前。貴方にはセンスがあるようですね」

 「無いだろ」

 「心底要らないセンスだ」

 「良かった……のかな、マルスくん?」

 「……いや、良かった……んじゃないか?」

 「ネズ公、お前は今日からパーフェクトハイドジャスティスな」

 「その改名は長いから止めろ盾の勇者ァッ!」

 「パーフェクトハイドジャスティスくん!」

 「乗るんじゃねぇよラフタリアァッ!」

 「おいパーフェクトハイドジャスティス!」

 「いい加減にしろフォウル!」

 「いっその弓の勇者さんのところに行くとか

 パーフェクトハイドジャスティスくんも似合うと」

 「駄目だよラフタリアちゃん。マルスくんは、きっとなおふみ様を守ってくれるから

 あ、パーフェ」

 「リファナ、お前までその名前で呼ぶのは止めてくれ」

 

 なんてじゃれていると

 「弓の勇者様!」

 あ、燻製だ。実際に会ったのは初めてだけど分かるわ

 「ジャスティスハイドマンです」

 「中心部に向かった村民達が……」

 「そうですか

 やはり、うかうかはしてられませんね」

 踵を返し、漫才を終える樹

 

 「手伝ってもらいますよ尚文さん。攻撃手段の無い貴方でも皆を守る点では僕よりも上でしょう?」

 「というか、説明しろ樹」

 「ジャスティスハイドマンです

 ……動きながら話をしましょう。盾の勇者の仲間達、特にそこのネズミも良いですね」

 何かストレート飛んできたんだが 

 「ブラン……そこのワイバーンじゃないのか?」

 「パーティのメイン火力は貴方でしょう?知ってます」

 「そうでもないんだが、な

 レベルの問題だ」

 とは言いつつ、頼られて悪い気はしない

 

 さっくりと蔓を切り開きながら樹の誘導で突き進む

 「ふ、ふぇぇぇっ!」

 「全くリーシア、お前は……」

 「っと」

 リーシアに絡みつく蔦をひょいと斬る

 ちょっとはと思ったがリーシアのスペックあんまり高くないな。この辺りのリーシアのレベルってどれくらいなのだろう、カルミラ島で60過ぎだから……40ほどか?回りも同じくらいだとしたらほんの少しステータス低いってくらいか

 因みに、特に蔦に苦労してる感じもない燻製の奴が……つまり全身鎧を着た偉そうな樹の仲間がリーシアに愚痴を言っているが、この蔦どもリーシアを良く狙うから当然なのである。正確にはリーシア、リファナ、ラフタリアの女性陣。尚文や樹や俺やフォウルや燻製を狙う蔦よりも明らかに多い。まあ、リファナ狙いは蔦で隠れんだろと気楽に使ってるフロートダガーでリファナの目に止まる前に斬ってるんだが。因みにでち公は全く狙われない。俺等以下だ。悪魔の血は不味いのだろうか

 ってか燻製、お前リーシアと同数から狙われてれば多分今頃完全にぐるぐる巻きだぞ、全身鎧で動き遅いからな

 

 「……樹、何でお前が居る」

 「正式な名前で呼んで下さい」

 「弓の勇者」

 「尚文さん……

 はあ、まあ良いです

 貴方と同じですよ。この事態を解決しに来た。少しだけ、僕の方が早く着いたようですが」

 「お前が?」

 「何故尚文さんが疑うのかは分かりませんが、僕は正義の味方です

 これだけの事を放置する筈がないでしょう」

 まあ、その通りである

 

 因みに話ながらも、樹は時折スキルを放って遠くに見える特に大きな植物を撃ち抜いていた。ブランの奴は空から火を吐いてるが、水分多いのか延焼はしない。してくれれば駆除楽なんだが

 因みに、火力不足だし危ないからと途中からリーシア、リファナ、ラフタリアは尚文産の除草剤を撒く係りになった。ゼファーはブランの背に乗ってでちっている。フォウルと俺には無し。ネズ公差別だネズ公差別。まあ要らないけど

 リファナ、ちょっと貸してと借りたもののコピーは出来ず、他の武器持つなネズミな警告アイコンは出た。ところでクソナイフ、除草剤って投擲具じゃなければ何処の管轄の武器なんだよ

 ……弓?ってそれはスプレー式だけだろクソナイフ



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弓の勇者と作戦会議

「弓のゆ……ジャスティスハイドマン様!」

 そうして、村が見えてくる

 植物の中に沈んでるな。こんなにヤバかったっけバイオプラント?

 ……軽くこっそりクソナイフで吸ってるんだが、解放されるものがないな。どこか可笑しい。原作にくらべて侵攻力が高すぎる気がする。原作だと当時のラフタリアやフィーロで何とか出来たって程度の相手ではあったはずなのだが。所詮は魔物組み込んであるとはいえ植物だしな。だが、今はかなりヤバイ性能している。俺は気にしてないが……

 

 「っ、リファナ!」

 ふらり、とリファナの体が揺れ、地面に倒れかける

 「大丈夫か、リファナ?」

 「けほっ!リファナちゃん……けほけほっ!」

 心配そうにするラフタリアも咳き込んでいて

 「段々酷い臭いがしてきてる」

 フォウルの奴も顔をしかめている

 

 ……そうか?俺は別に気にならないんだが

 って何だよ尚文汚いものでも見るような目で

 「何だよ盾の勇者サマ?」

 「病気を運ぶネズミはその点強いのか、と思っただけだ」

 「酷い言い草だな」

 ……病気か。ああ、そういう。俺、アヴェンジブーストのせいか何時も静電気バチバチしてるからそこらは強いんだよな。多少の毒性の霧くらいならば吸い込むときに勝手に分解されてる

 だから気が付かなかったが、よーく目を凝らすとうっすらと靄がかかっている。それが毒性のもので、それを吸ってリファナが倒れたと。気が付くべきだろ俺、大丈夫か俺

 ってか大丈夫かリファナ?

 

 大丈夫そうだ。さっと背負ったが割と呼吸は安定してる

 あ、尚文の奴がラフタリアに薬渡してる。効くかは未知数だが良い気遣いだ。樹は……覆面がガードしてるのか平気そうだな。尚文?状態異常耐性低い盾とか使えないだろ、だからどうせこの中で最大耐性持ってるだろうし気にするだけ無意味だ

 

 そうして、村に辿り着く。まあもう見えてたからな

 とりあえずリファナは寝かせてや……リファナさん?

 「空気が、ちょっとだけ美味しい」

 「じゃあ背中に居ろリファナ」

 何か変なもの見る目で見るなよ尚文

 「俺の魔法はプラズマだからな。多分毒性を打ち消したりしてるんだろう。って、意図して使えるわけじゃ無いんだが」

 だからそういうことだぞ尚文

 「使えないな」

 「使えたら既に全体を保護するために魔法使ってる」

 

 「……それで?」

 リファナを背負ったまま作戦会議……と言う名前の諸々を聞く会の開催である

 因みにそんな中でもしっかりと樹は時折スキルで遠くを射っている。やっぱり遠距離攻撃は便利だ

 「元々、この村は飢餓に苦しんでいたようなのです。元康さん……槍の勇者の手によって、封印されていた奇跡の種なるものがもたらされ、一度は救われた、そうですが……」

 「弓の勇者様!彼等って」

 「ナディア、話の腰を折らないで下さい」

 ……ナディア?ああ、にゃあの奴か

 樹に近寄ってくる猫耳に、そう思う

 そういや樹の奴が村出身亜人買ったと聞いたな。ナディアだったのか

 4つ上の猫亜人だ。別に親しくはない。とりあえず顔と名前は一致するって程度だ

 ……余談だが、女性なのだがラフタリアに向ける目がちょっと危なかった。村で祭りがあった時とか、狸の親父に着飾らされたラフタリアに興奮してラフタリアちゃーんしてたのは覚えてる。俺はそんなことよりこの浴衣っぽい東方衣装はリファナ分も用意して着せてやってくれよ狸の親父してたんだが。結局その年は浴衣リファナは見れなかったのでがっくりである

 「ラフタリアちゃんにリファナちゃん、ですよね弓の勇者様?」

 「ジャスティスハイドマンですよ、ナディア

 ……ええ。知り合いでしたか

 

 こほん、話の腰を折らないように、向こうで再会を喜んでいてください」

 「やっぱり生きてたんだ、ラフタリアちゃーん!」

 ネズ公は無視である。まあ良いや。所詮親しくもない隣人だ。元々村でも仲良い方なのはリファナラフタリアキールくらい、後はその三人からの横の繋がりで遊ぶかなって感じだったしな

 

 「……こほん

 そうして、彼等は槍の勇者の奇跡の種によって飢餓から救われました」

 「イツ……ジャスティスハイドマン様!持ってきました!」

 リーシアが炊き出しの芋汁の鍋を持ってやって来る

 「奇跡の種は植えると成長が早くどこでも育ち、そうして実をつける上に根には芋と正に奇跡のような植物になりました

 ああ、尚文さん達。リーシアさんの持ってきたこれがその根の芋のスープです。割と味は美味しいですよ」

 「いや、遠慮する」

 「ですが、封印されるにはそれなりの理由があったのでしょう」

 「成長しすぎたと?いや、可笑しいだろ」

 「前の波の直前から、こんな事になったそうです」

 前の波の……直前?

 あ

 

 あのせいかよ!ってあの時点でそんな地雷知るかよ!ってか元々元康の馬鹿がしっかりしてれば防げてるはずだろ!原作でもやらかしてたけどさ!

 と頭を抱える

 あ、この異常増殖、俺のせいだわこれ。元々暴走はするものだったが、ここまで酷くはならない。では、なんでこんなに増殖が早くなったのか

 決まってる。システムエクスペリエンスの野郎が土壌から経験値を吸い上げてるせいで全世界的に痩せ細っている、それが本来のこの世界だ。バイオプラントはそんな世界の土壌で尚爆発的に増殖出来るだけのものとして作られている

 だが、俺が勇者を早く倒して意味があるくらいに育てるべきだと言った為、彼は吸い上げを抑えてしまった。つまり……あの時以降バイオプラントは本来の想定よりかなり豊かな土壌で育ってしまうのだ。原作に比べて健康に育ってしまったのだろう。そしてこんな広がったと。この尚文だけではどうすんだな過剰暴走は100%ネズ公の責任だ。いっそ経験値過剰接種で枯れれば良かったのに

 

 「それを聞き、僕は来た訳です

 本来は元康さんが責任をもって片をつけるべきでしょうが」

 覆面の下の表情は見えず、樹が言う

 ……で、この弓の勇者川澄樹って一体誰なんだ?俺の知ってる川澄樹と違うんだが。俺の読んだ盾の勇者の成り上がりにおける弓の勇者川澄樹はもっと独善的で自分の正義を疑わず対立すると世界が可笑しいとか言い出しそうな奴だった。少なくともこんなちょっぴりセンスがアレで仮面のヒーローやりたがってるけど割と真っ当に正義の味方っぽい奴じゃない。アレか、あくまでもあれは物語だから作者竪藍阿寅による脚色入りか。……作者樹嫌いだったんだろうか

 そこは知らない。ぶっちゃけ実は俺の生きてた世界に川澄樹って命中能力者居たかもしれないけど、有名人じゃないからな。命中って便利だけど持ってるだけで話題になるほどの化け物じゃないし

 

 「お前一人で片がつくんじゃないのか?」

 「いえ。そうだったら良かったのですが……

 尚文さん。貴殿方のドラゴンで空から見回して下さい。5つ、巨大な木のような個体が見えると思います」

 「リファナ、落ちるなよ

 ファスト・スカイウォーク」

 ふむふむ、確かに見えるな。巨大な木というか、横にデカイ。背は高くないが、幅広い。他の植物に紛れてはいるが言われてみればって感じだ

 

 「……で?」

 戻ってきて問う

 「あの5体が、大元です。それらを叩けば恐らくは事態は解決します」

 「じゃあやれよ」

 「やりました。ですが……

 他の木が残っていると復活するのです」

 「復活、だと」

 「ええ。近くの個体を倒して遠くの個体を弓の力で射抜く……出来なくはないのですが、どうしてもスキルを使わなければ届かない以上クールタイムの問題でそれで倒せるのは1体が限界です。仲間に任せたとして、複数個体をというのは不安が残ります。全員で1体ならば流石に問題ないのですが

 つまり、僕達だけでは倒せて3体、危険を犯し冒険して4体。最後の5体目を倒す前に、残された一体から復活してしまう」

 うわぁ、何かコア増えた上に厄介な性質得てやがる

 原作尚文は普通に再生力越える除草剤で倒しきってたんだが、今はそれじゃ無理だな。何でこうなった

 俺のせいである

 

 「ですから、あとせめて一人、出来れば二人、あの魔物を倒せる実力を持った誰かが必要でした

 そこのネズミさん、貴方ならば、一人で倒せますよね?」

 「やってはみる。この植物の親玉って程度の強さなら多分行けるな、やってみなければ分からないけどな」

 「後は尚文さん達で何とかなるでしょう」

 「リファナはこうしてけほけほしてるんだが?行かせる気か?」

 「尚文さんが居るから大丈夫です。それに、羨ましいことにドラゴンも居るのでしょう?」



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禍梅落地

「おらぁぁっ!フロートダガー!セカンドダガー!ブレイズソーサー!もう一個ブレイズソーサー!おまけだオーバーギガスロー!

 リファナに毒なんぞ盛ってんじゃねぇぞ腐れ植物がぁぁぁぁぁぁっ!」

 跡形もなく細切れにしたバイオプラントの親玉らしき巨大な木に生えた目玉に巨大な燃える槍をぶん投げて大穴を開ける。そうして、奴は動ける部分が無くなった。辺りのも枯れないまでも動きを止める

 ……ふう、雑魚だったな

 

 結局一人ぼっちで1体対処させられた。なので、久方振りにクソナイフのスキル全開で挑んでみたという訳である。このところ投擲具の勇者のフリとか出来る状況に無かったからな。ほぼスキル封印だったうさ晴らしと、単純にリファナを苦しめたこいつズタズタに殺そうぜという話である

 このバイオプラント共こともあろうにリファナやラフタリアに毒盛ってけほけほさせやがってるからな。悪即滅である

 ブレイズソーサーで豆腐ミンチにしてやる。……うん、不味そうだな。ってか多分食えたものじゃない

 ……あ、勿体ねぇなクソナイフ、とりあえず辺りのバイオプラント吸って新規武器を解放しとけ

 

 さて、他はどうなってるかなーっと

 ……ひょいと何時ものスカイウォークで空を跳び跳ねてみる

 尚文等は……大丈夫そうだな。村の人々を守る必要もありますからとでち公とブランが残らされてるが、それでも切り札の除草剤と尚文という現状無敵の盾とフォウルとかいうチート亜人が居るんだ、原作尚文より今のところ強いんだから勝てるに決まってる。5体居るのが面倒なだけで、多分1体1体は原作のとそう変わらない強さ……なんじゃなかろうか。何とか意識がはっきりしたリファナとラフタリアがフォウルの横で除草剤撒いてるだけでほぼ封殺だな。フォウルは素手でぶん殴って千切ってるが

 リーシア達弓の勇者の仲間達は……あ、苦戦してる。ってかリーシアの奴が最前線に立たされた結果両手両足蔦に絡まれてふぇぇぇ!してる。何か叫んでるけど多分ふぇぇぇ!イツキ様ー!だろうな。因みに、一番お前が前線張れよな鎧の燻製は後方で指示らしきものをやってた。その全身の鎧は飾りかてめー。多分飾りだな

 なんて見てると、遠くから燃え盛る火の鳥が飛んできてリーシアを掴んでいる蔦を焼き払った。当たり前だが、樹のスキルである。うん、仲間の危機を待ってたかのような狙撃だな

 ……待ってたのか、ふと見たら気が付いたのかは知らないが。原作で読んだ限りでは前者の筈なのだが、何かその印象と違うからなあの樹

 

 スキル撃った樹自身は、バイオプラント自身は動かない為ある程度の距離から撃てるとしてかなり一方的な戦いを繰り広げている。辺りの蔦が襲いかかるものの、矢で斬れるくらいのものっぽいな、スタイリッシュ矢斬りアクションして突破してる。本体からの蔦やら毒液は届かないので正に一方的、時間はかかるが二番目に安心だ。一番?尚文(盾の勇者)が居る方が安全だろ?

 

 ……と、暇だから樹担当のもう一体倒しておいてやろうか

 いや、樹がわざわざ自分が二体やると言ったんだ、手を出しちゃいけないな。多分自分だけ二体倒したとかそういった自尊心を満たしたいなーとかあるんだろう、とこそっと樹の近くに降りておく。いざという時のフォローだ

 

 なんてやっている間に、尚文、樹、弓の勇者の仲間達の順で倒したようだ

 残りは樹がスキルで遠距離から処理するらしいので、ほぼ終わりだな

 ……流石に最初にぶっ倒したあいつ復活してやり直し、とかは無いようだ。あったとして尚文は除草剤撒くだけだし辛いのはスキルぶっぱなす必要のある樹とその仲間達だけなんだがな

 

 と思っている間に、樹のスキルが残り一体を貫き、全てのバイオプラントが沈黙する

 

 はー、弱かった。面倒なだけだったな

 なんて思って。

 ふと、地鳴りのようなものに気がついた

 「シールドプリズン!」

 遠くで尚文がそう唱えたのが聞こえた気がして

 直後、その辺りがぱっくりと植物製のアギトに飲み込まれた

 

 そうして、巨大な何かが持ち上がる

 ……は?

 と、呆然と見上げるしかない

 ……巨大な……これは龍?いやバケモノだけど龍かというと微妙だな。四足なのかすら良く分からない。何というか、光の国からやって来た巨大ヒーローと戦いそうな巨大な怪物

 クソナイフの表示によると、大地の植物獣マガバイオロチだそうだ。なんだその謎の肩書き

 禍梅落地(マガバイオロチ)……ってやかましいわクソナイフ

 ……って、見てる場合か、これ?

 

 ……俺がずたずたにしたバイオプラントの目らしきものが各所に見える。あ、復活した。そう言うことか

 バイオプラント本体は5体に分裂したのではない。そもそもこのマガバイオロチだか何だかに進化していたのだ。奴は大地の下で眠りにつき、体の一部であるバイオプラント本体を5体地上に出して光合成だとかをやっていた。で、今全機関を一度に潰されてめんどくせぇが追い払うかと地上に出てきたのだ

 

 ……進化しすぎだろオイ

 尚文等をむしゃった顔以外にも何か顔あるし……中々に正面から見るとキモい

 尚文等は無事だ。特にHP減ってない。多分シールドプリズンのお陰だな

 プリズンを張り続けてる限り無事だろう。だが、プリズンを張れなくなった後は保証しない

 ……さて、片付けるか

 

 というところで、もう一人無事な人間の存在に気が付いた

 「……樹?

 いや、ジャスティスハイドマン?」



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弓の勇者とネズミさん

「……やはり。無事でしたかネズミさん」

 「やはりって何だやはりって」

 何だろうか、樹から俺の評価が妙に高い気がしてなら無い

 何でだ?そんなに変なことしたか俺?

 

 「ところでネズミさん。尚文さんたちは無事ですか?」

 という言葉に、首を振る

 「んまあ、HP減ってなさげだし、食われたけど消化されないってのが無事と言えるならば無事かな

 尚文のSPが尽きるまでの時間制限付きだけど」

 「どれくらい持ちそうですか?」

 「……シールドプリズン撃った時の減りが一応見えてるから……ちょいと計算すると……

 シールドプリズン4回分?」

 大体20分くらいである

 「その先は」

 「SPが尽きてそもそもの防御力的に盾の勇者だけは無事だろうな。後は段々消化される」

 「……僕の仲間達は、既にそれが始まっていそうですね」

 「俺、消化液出される前に倒したからそこらの計算は無理だぞ?」

 「構いません。そもそも、尚文さんのシールドプリズンが切れるまで持たせてはいけないはずです」

 「それも、そうだなっと!」

 偽・フレイの剣をぶん投げる

 

 「……投げて良いんですかネズミさん?」

 「ん?これは本来投げて使うものだ、よっと!」

 迫り来る蔦を、勝手に飛び回る剣が切り払った

 「尚文相手には使ってないけどさ

 この剣、本来は魔力込めて投げると勝手に相手を倒してくれるって便利武器なんだよ。便利すぎて何時もは頼らない事にしてんだ」

 と、言いつつフロートダガー。投げる武器である性質上何本でも用意できる投擲具の特性を利用して二本目の勇者武器を引き抜く。今回は竜鱗の投剣型だ

 「本当に、貴方は……」

 「弓の勇者様?どうかしたか?

 いや、謎のヒーロージャスティスハイドマンさんだったな」

 「いえ、何でも」

 言いつつ、バケモノに向き直る。あ、攻めてくる奴等はクソナイフが切り払ってたので特に問題ない。因みにだが、オートで切り払うのは偽・フレイの剣の固有能力だ。尚文がまだ持ってないけれどもいずれ手に入れるオートで研磨してくれる砥石の盾の砥石効果とかに近いものだな。他の投擲具に変えると使えない。まあ、元々神話のフレイの剣がそんな能力の剣だったしな、それを再現しようとして力だけは再現できたパチモノって感じだろうかあのコピー品は。宝物庫しっかりあさればオリジナルも収集されて転がってそうなんだが、それを漁る時間は流石に無かった。いくらだまくらかしているとはいえシステム経験値のクソヤロウ相手に動きすぎても不自然さが際立つからな。今はこれで良い

 

 「さーてと

 『力の根源たるネズミさんが命ずる

 世界に満ちる理の雷を今一度読み解き、彼の者を撃ち砕け』」

 「ドライファ・ボルテクス!」

 「エレメントスプラッシュ"炎"!」

 魔法の雷と、弓から放たれる炎の帯が巨大獣を撃つ

 が、特に変化はない。右前足辺りがちょっと焼け焦げて……あ、また新しい蔦が伸びてきて焼けた部分覆い隠された。自動修復持ちか。当たり前だけど元々バカみたいに成長する植物だからなあいつ

 

 「魔法でごり押し……はキツいか」

 「植物には炎、が定石のはずですが」

 「蔦や根で地下水脈から吸い上げた水分が多そうだ」

 「水は火で蒸発させられるものでは?」

 ……それはお前の世界の発火能力者の戯れ言だ。ってかあれは連続発火だからそう言えるだけで……

 「それはそうだが、水を蒸発させるのにも火力が要る。蒸発した瞬間にもう一度着火させるくらいじゃなければ火も消えてしまうだろう」

 「火力が足りないということですか

 流石にそれを解決するだけの火力では、リーシアさん達も蒸し焼きでしょうね」

 「じゃあどうするかだよな」

 うーん、デカイ。しっかり見ると100m級の巨体だなこのマガバイオロチなる植物のバケモン。禍々しいバイオプラントのオロチでこんな名前だが本気で止めて欲しい。あくまでも植物だから脆いっちゃ脆いんだがあまりにもでかすぎる

 

 「ジャスティスハイドマン

 正義の味方ならば巨人になれたり」

 「しませんよ流石に。僕は正体を隠して人のために戦う仮面のヒーローであり、光の巨人ではありません

 貴方こそ、何とかなるんじゃないですか?」

 「ん?ならないけど?」

 なるとしたら、尚文以外が全員死んだ後だな。って、リファナが例え死んでもアヴェンジブーストが覚醒段階行くかは怪しいんだが

 「おや

 隠すと為になりませんよ。貴方なら何とかなるでしょう。いや、なるはずです。そうでしょう?超S級異能力者、バトル漫画の住人……雷挺の勇者、御門讃」

 「だーれの事かなーそれは?

 俺は単なるこの世界に生きるマルスってハツカ種のネズミさんだよ。そんな太陽の子みたいな変な名前の人じゃない」

 ……成程、そういうことか

 

 樹が俺を妙に気にしていたのは、俺を御門讃扱いしてたからなのか。ってまあ、俺の人格の名前って確かに御門讃なんだけどさ。やっぱり、俺の生きてた世界に樹居たのな

 雷挺の勇者御門讃。ああ、勇者と言ってもこの世界の勇者とは違って単なる渾名だ。別に雷挺って勇者武器がある訳じゃない。アヴェンジブースト発現中の雷を纏う俺の姿から勝手にネットでそう呼ばれるようになっただけだ。つまりは俺の事である。ってか、何となく知ってたけどアヴェンジブーストの扱い超Sとかいうキチガイスペックに決まったのかよアレ、俺が生きてた頃はお伽噺ってか昔の人のフカシだろと思われてたせいかランク定まってなかったけど。ってか超Sって……何の役にも立たないぞあの異能。瑠奈が死んでからしか発現しないとかどれだけ強かろうが死人を生き返らせるような奇跡でもなければ無価値だろアレ。樹の命中の方が使い勝手良いし使いどころもはっきりしててよほど有り難いぞ

 ああ、異能はランク付けされる。基本はA~F、Aの中でも別格に強いと明確に政府に認められたものが特例でS(スペシャルのSらしい)。そして……お前人間じゃねぇよが超S。俺の勘では6種いなければ可笑しいが認定食らったのは(アヴェンジブースト)含めて4種4人しかいない。残り2種何処で寝てるんだろうな

 Sが特例であり人間の限界。超Sはこいつもう人間じゃねぇ単なる天災だという意味であり、超S認定された奴は法律上人権がない。国際条約の上でも人権を認めないという一文がある。ってか超Sは天変地異と同列として全員政府に厳重に保護というか管理されている。そんな扱い人間さまにはやったら人権侵害だからな、人権無いのだ。Sは人間の範囲内なので人権があるし、キレたらヤバイからか特典盛り沢山でズルいのだが

 因みにだが、樹の異能力である命中のランクはE。決して弱いものではないのだが、必中という名の上位互換があるのが厳しいか。って必中は必中で集中しないといけなかったりと完全上位互換じゃないんだが

 

 閑話休題

 

 「……御門讃」

 「御門さんじゃなくて、ネズミさんだジャスティスハイドマン」

 「……貴方は」

 「何に期待してるか知らないけれども、俺は単なるハツカ種のネズミさんだし、多分期待されてるような馬鹿な力は無いよ

 

 俺に出来るのは、精一杯あのマガバイオロチなるバケモノを倒す為に足掻くことだけ」

 「……あの、イタチの娘の為に、ですか?」

 「リファナ、って呼んでくれ

 俺は所詮はハツカ種だし、個人的に別にネズミでも良いんだけどさ。あの子達はあの子達だ。種族で呼ばないでやってくれ」

 「……」

 あ、黙った

 「では、リファナの為に」

 「違う。リファナの生きる、この世界の為に

 リファナが笑ってこの先も生きていける世界を、俺は守る。終わった世界じゃ、リファナに笑顔はない。そんなの悲しいだろう?それだけだ」

 「それが、貴方ですか」

 「なんで、さ

 期待してるよ。世界を守り救う四聖勇者には」

 「僕は……弓の勇者では」

 「知ってるよ、けれども勇者と同じく世界を救う志を持った、正義の味方なんだろ?」

 「弓の勇者……正義の味方……

 

 ええ、行きましょうか、ネズミさん」




ねずしっているか、ここではたいようはサンとよまない

あと御門讃は妹がルナだから太陽の子とネタで名乗ってたがそれを別世界のネズミであるネズ公は本来知ってちゃ可笑しい


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弓の勇者と見る御門讃

「ええ、行きましょうかネズミさん」

 彼に合わせるように、僕はそう呼ぶ

 にっ、と悪戯っぽく。そのネズミは頭の上の丸耳を揺らして笑った

 

 その眼は……完全に白目無く血色に染まり、耳に生えた短い毛とそれに合わせた頭髪は元々の白髪より青みを帯びて横まで逆立ち輝いている。超S級異能、アヴェンジブースト。近現代に誰一人所持者が居ない事から与太話とされ、幾つかの歴史資料にその名が残りながらも近年まで実在のものとして扱われなかったかつて血眼の雷神と呼ばれた異能。その力を……僕が欲しくても手に入れられない、人智を越えた異能を生まれながらにして所持していた者、御門讃。それが、今僕の目の前に居る

 「行くぞ、ジャスティスハイドマン様」

 「……ところでネズミさん、何か策は?」

 「あると思うか?パーティを組んでれば大体の居場所は分かるんだ、大体の当たりをつけて……切り離す!」

 「雑ですね」

 「ははっ!雑だろ?

 それしか無いんだよ!」

 そんな事しなくても良いでしょうに、彼はバカバカしくそれを語る

 

 けれども、僕は知っています。彼の本来の力を。映像に残された、アヴェンジブーストの真の発現を。あの力さえあれば、と眼前の化け物を見る

 あの力ならば、跡形も無く消し飛ばせる事でしょう。S級異能……或いはこの今の状況の勇者の弓ですら厳しい話ではありますが、超S級とされる彼等ならばきっと

 何故ならば彼は……悔しいことに僕よりも強い。僕が何とかあのバイオプラント1体を追い詰め回りを見回した時、彼は当たり前のように空から状況を見ていたのですから。たった一人で、レベルなんて見せてもらった限りでは僕よりも低い段階で、防御しか出来ない尚文さんでは無くこの僕という攻撃特化の勇者を遥かに越える速度で飄々と当たり前の事のように僕と同じ敵を葬る。そんなこと、普通のネズミに出来るはずもない

 彼が、御門讃本人でもない限り

 

 恐らく彼も僕らと同じようにこの世界に呼ばれたのでしょう。どうしてかは知りませんが、僕らのように死んだらしいその時のまま転移という訳ではなくこの世界の住人として転生したようですが

 ですが、感謝すべきでしょう。彼が…僕よりも強い異能を持った憎らしい存在がこの世界に居てくれた事で、僕はこの世界は本当にディメンションウェーブほぼそのままな世界なのか?について疑問を持てたのですから。僕だけが本当に選ばれた存在で、他の3勇者は他の世界から来たという設定のNPC。この世界はディメンションウェーブをリアルにしたもの

 そんな思考は、あの日尚文さんを庇い、僕でも耐えられない気がする炎を突っ切ったアヴェンジブーストの雷を迸らせる彼の姿を見たときに揺らいだ。だってこの世界が僕の為のディメンションウェーブならば、所詮は異能力を持たない尚文さん等ではなく僕より強い異能力を持った彼なんて出てきてはいけないはずですから

 

 「……何立ち止まってるんだ、ジャスティスハイドマン様?

 とっとと行くんじゃないのか?」

 そう、彼が言ってくる

 「すみません。少しだけ精神集中を」

 そして、向かう。思い返す時間は越えて、倒すべき敵の元へ

 

 「『我、ネズミさんが天に請い、地に祈り、理を切除し、世界を解き放とう。龍脈の力よ。猛る激情の雷と世界を護る力と共に形を成せ』」

 「おや、魔法ですかネズミさん

 それでは…

 メテオシューター!」

 「『力の根源たる世界で10番目くらいには有名な電気ネズミが命ずる!

 解き放て!雷撃よ!全ての結合を撃ち砕け!』」

 先を走りながら魔法を唱える彼を援護するように、空から炎の玉を撃ち下ろすスキルを空に向けて放ち

 「『プラズマブレェェェェドッ!肆式!』」

 炎弾に足を止めた怪物の右前足を、何事かを唱えた後にネズミさんの手に生じた20mはあろうかという巨大なビームサーベルが切り離した

 ……いや、なんなんですかねアレ。剣の勇者より剣の勇者のスキルっぽいんですがあれも魔法……というか異能ですか?

 「ジャスティスハイドマン様!弓の勇者様のように燃える一撃を!」

 更に青白く輝くビームサーベルを振り回してその首を叩き落としたネズミさんが叫ぶ

 「ええ、流星弓!」

 そうして、落とした首の先にある本物のコアらしき目を流れ星のような矢が貫き、植物の怪物はその動きを永遠に止めた

 

 ……あっさりでしたね。いや、あっさりし過ぎですね

 けれどもそれ以上の事を語る必要が無いほどに、彼は全てをさくっと片付けてしまった

 ……思い出しますね。噴き上がる黄金の光と共に消えていく豪邸の姿を。館一つを光の彼方に消し去った、アヴェンジブースト発動時の映像を。まあ、あんな力を持つ彼ならばこれくらいはやるのでしょう。万が一僕が居なくとも、彼一人で片を付けられた。僕では……きっと無理だったのに

 

 憎らしい。羨ましい。その力が

 けれども

 「流石だ、ジャスティスハイドマン様」

 彼はそんなこと気にせず、僕を褒める。僕を認める

 弓の勇者であるという事が、超S級からすれば取るにたりないE級異能力しか持てなかった僕を、特別視するに足りる存在にしてくれている

 「ネズミさんこそ、何ですかあれは」

 「ん?ネズミさんの企業秘密だ

 勇者っぽいものを目指そうとして昔の人が編み出した必殺技かな」

 「勇者を越えてそうなものでしたが」

 「いんや。伝承の勇者はもっともっと強い。お互いを信じあって、理解しあって、あんなものがパチモノになるくらい強くなったらしいぜ?ってまあ、遺跡の石碑にあっただけなんだけどさ」

 勇者様はもっともっと強くなれるぞ、と彼は悪気の無い笑みを浮かべる

 

 「ところでネズミさん。リーシアさん達は?」

 「だから前足と首を斬った。あの辺りに居るっぽかったからそろそろ出てくるんじゃないか?」




どうせ御門讃だとバレてるからと自重を忘れたネズ公の図
そういうところが墓穴だぞネズ公誤魔化すならしっかりやれネズ公


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弓の勇者の依頼

「ぶはぁっ!」

 と、大きな息を吐いて、尚文の奴が枯れた植物の間から顔を出す

 

 「おお、生きてた」

 「勝手に殺すな」

 「んまあ、知ってたんだけどな」

 ステータスはある程度までパーティメンバーならば見ることが出来る。死んでたら分かるわ当然という話。リファナ等も無事だとそれでわかる。って、逆に言えばパーティ組んでない奴の事は分からない……訳だが。今回は問題ない。ブランならば枯れたバイオプラントを炙って貪り食っている。特に大きく膨らんだ茎とかを選別して。グルメだなあのワイバーン、生後1月経ってないってのに

 「で、どう倒した」

 フォウルの奴も顔を出して聞いてくる

 ……あれか、リファナラフタリアは小さいから背が届かないのか

 

 「どうもこうも、向こうの人と共闘した。そんなに強くなかったぞ」

 真面目にいってんのかこいつ、という尚文の表情

 いや、お前らだって普通に除草剤撒いて倒してたじゃないか。所詮はそんな程度の奴等の親玉だぞ

 なんて言いつつ、偽・フレイの剣で尚文の顔を出した辺りを慎重にかっ捌く。尚文の近くにリファナは居るはずだからな、うっかり剣でもろともに斬ってしまったとか洒落じゃすまない

 と、捌いている間に抱き合ったまま眼を閉じる二人の姿が見えて……こないな。ラフタリア側が尚文にしがみつき、そのラフタリアにくっつくようにリファナが居る感じ。少しだけ離れたフォウルが何となく所在無さげ

 「……苦労してんな、フォウル」

 「お前が言うな」

 二人とも眼を閉じているが……と、少し触れてみる。酸欠かなこれは。シールドプリズンの中で助けが来るまで縮こまっていたんだ、酸素が足りなくなっても可笑しくはない。つまり外に出せばそれで良いな。大事無くて良かった良かった

 

 なんてやって、リファナ等は尚文に預ける

 それからバイオプラントを盾に吸わせたりしている一行をちょっと遠くからおーもっと頑張れラフタリアと気ぶりネズミしていたら、不意に声を掛けられた

 「御門讃」

 「ネズミさんだ、弓の勇者様こと川澄樹」

 既に被り物はその頭に無い。仲間と合流しきった以上誤魔化せないとかそんなんだろうか。なのでそのふわふわウェーブの同世界出身ながらそちらは正式に選ばれた勇者へと、気にせず返す

 「本当に、僕等と来る気はありませんか?

 尚文さん等のパーティでは、多少浮いているでしょう?遠くから聞いていましたが」

 「んまあ、そもそも入る気すら無かったからなー」

 「ならば、僕等と来ても」

 「いや」

 と、首を振る

 「それでもさ。俺はあっちに居るよ」

 「何故です?あのイタチの娘の為ですか?」

 「知ってんじゃないか。その通り

 弓の勇者様にはこのネズミさんが居なくても大丈夫、なんたって世界を救う勇者様なんだから

 でも、リファナはそうじゃない。だから、ネズミさんが居るのさ」

 カッコつけて尻尾を振り、歩み去る

 

 「待ってください!」

 ……捕まった。正確には眼前にリーシアが出てきて動けなかった

 「ふぇぇ、イツキ様の話を聞いて……

 あ、今はジャステ」

 「普通に川澄樹じゃないか?マスクも無いし」

 「あ、そうですね、イツキ様の話を聞いてあげてください」

 おのれ、さらっと対応させて足を止めるとは姑息な手を

 「貴方の目的は分かりました

 それは、あの娘が妹に似ているからですか?」

 ……おい、リーシアの前で言うなよそれを

 「んや?

 そもそも止めてくれないか、瑠奈はリファナじゃないし、リファナは瑠奈じゃない。リファナはリファナだし瑠奈は瑠奈。俺の大切な幼馴染を他人と一緒にして愚弄しないでくれって話だな、弓の勇者様。多分その御門讃って人もそう言うよ

 貴方だって、そこの少女が元の世界では上手く行かなかった後輩の代用品とか言われたら嫌だろ?」

 「……そうですね」

 ……こんな話の中で、一つ気が付く

 

 弓の勇者は、俺が誰なのか気がついている。俺は確かに御門讃だ

 だが、その上でこの態度は……ん?さてはこいつそもそも転生者なんて基本的に世界の敵だってこと知らないな?

 それならばそれで良い。利用するだけだ……ってダメだわこの考えじゃ。他の転生者のカモになる。でもこれでこの態度も納得だ

 

 俺は御門讃である。つまりは転生者、勇者の……そして世界の敵。それが分かっていればこんな態度なんて有り得ない。だが、知らなきゃこんなものだろう。自分達だってこの世界に来てるんだ、他にも何らかの理由で転生なり転移なりしてきている人間が居ても可笑しくはない。特に七星勇者の中にも転移者って居るしな

 ……その辺りどうなってんだよクソナイフ。転移者を勇者にするってことはステータス魔法の無い世界から呼ぶって事でレベル1スタートな訳だが、理論上こっちの世界の魂が受け止められない四聖は兎も角眷属器が召喚に頼るってよほど使える候補居なかった場合なのか?

 ……あ、ポップアップ出た。よっぽどこの娘欲しいになった場合有り得る、と。単なる好みかよおい。ってかそういやこの世界出身なら来るかどうかとかあるんだろうが召喚する勇者にも候補幾人も居るらしいが何でそうなるんだ、ってかそこからどう選ぶんだ、ガチャか?

 『称号解放、非ガチャ産ネズミ』

 はいはい、おれはガチャの排出対象に居ませんよっと。じゃあ何だ、配布か?

 ……フレンド枠限定ネズ公?プレイアブル未実装じゃねぇか。まあ俺の本質は転生者であり世界の敵なので当たり前か

 

 「おい、ネズミ!置いていくぞ」

 なんて樹と話している間に、尚文等のやることが終わる。尚文が時おり満足げに盾に眼を落としている辺り、そこそこ良い盾でも解放されたのだろうか

 「ああ、尚文さん。このネズミさんに話していたのですが……」

 ん?樹?何?尚文に直々に引き抜きかける気か?

 「一つ頼まれてはくれませんか」

 あ、違った

 「イツキ様も気になってる事なんですが、手が回らなくて……。お薬沢山持ってる盾の勇者……様ならきっと、と思うんです」

 「ええ。リーシアさんの言うように、薬が必要な案件で」

 「断る」

 「ナオフミ様が断るならお断りです」

 おお、ばっさり行くなラフタリアと尚文

 

 「何でですか!折角僕が言っているのに」

 「そこのネズミに除草剤が売れて儲かると聞いたから此処に来て、騙された」

 あ、そういや全く売れなかったな。自分達で使っただけで。助かった村人たちは……

 あ、ダメだ。ジャスティスハイドマン様!弓の勇者様!バンザーイ!してる。盾の勇者御一行とか全く気にもとめてないから報酬……無さそうだなこれ。だからといって要求すれば悪評が広がるし

 「その節は済まなかった、需要はあったはずなんだが」

 「おい!売り込みかたが下手だったとでも言いたいのか!」

 ……尚文?そうは言ってないから憤怒の盾に変えるのは止めような尚文?

 「ふ、ふぇぇぇっ!イツキ様ぁっ!これも同じ勇者なんですかぁっ!」

 あ、リーシアが怯えてる。まあ、カースシリーズ振り回す勇者は怖いわな

 「ええ。元康さんよりはマシです」

 「ふぇぇぇぇ……イツキ様以外の勇者様って……」

 原作通りならどいつもこいつもロクでもないぞ。そして今此処に居る原作外のネズミさんはとってもロクでもない

 「イツキ様、今は頼む事ですから……」

 「そうですね。声を荒げては正義ではありませんね

 尚文さんにも良い事はあります」

 「何だ」

 「良いから行こうぜ尚文。何か弓の勇者と仲のいいあのネズミはほっといて」

 「いや駄目だよフォウルさん。マルスくんって強いし勇者様だ……ってくらいに強いし」

 リファナ。買ってくれるのは嬉しいが俺は勇者じゃない

 「ドラゴンシリーズの武具が入手出来ると思います」

 あ、止まった。そりゃドラゴンだものな。戦わなきゃいけないなら欲しくなる。ブランの奴から抜け落ちる鱗なんかで解放できるものだけでもドラゴン素材の力は良く分かるものな

 「ドラゴンと戦えっていうなら帰るぞ」

 「いえ。違います

 暫く前に錬さん……剣の勇者がドラゴンを討伐したそうです」

 「それとナオフミ様に関係が?」

 「錬さんはそのドラゴンの死骸をそのまま置いていったそうなんですよ。その後ドラゴンの素材取りで近くの村は少しの間賑わっていたそうなのですが……

 最近その辺りに疫病だ何だが発生しているようなのです。ひょっとして、ドラゴンの死骸が腐って疫病の原因になっているのではと」

 ……原作であったなこの辺りの話。樹が知ってるのは予想外だがまあこの樹ならその辺りは耳聡いか

 「じゃあ錬にやらせろ」

 「連絡が取れたならばそうしていますよ。僕も忙しいので直ぐには向かえません。なので、尚文さんに頼むのが良いかと思い」

 

 「……仕方ない、行くぞ」

 少しだけ盾に眼を落として迷い、尚文はそう告げた

 「んじゃな、弓の勇者様

 

 ああ、最後に一つだけネズミさんからのアドバイスだ

 勇者様達以外にも別世界から来る人は居るのですかって話だけど、世界が異なる空から人を呼ぶのは世界を守る楔としてだけだよ」




ネズ公「異世界から呼ばれるのは本来勇者だけだぞ」
弓「つまりネズミさんは勇者……」
ネズ公「違うそうじゃない」


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第三の災厄

そうして、樹から依頼を受けて、城下町にポータルで戻ってから東を目指す

 尚文の奴は行商をしているが、成果はあまり無いらしい

 

 「リファナー、売れたか?」

 「ううん、あんまり」

 「ナオフミ様の作る薬は素晴らしいのに……」

 「やっぱり駄目か」

 今日もあまり売れなかったのか、耳が垂れ目になった二人が戻ってくる。尚文の薬の腕は盾の補正によって中々のものである。のだが…売れない

 理由は良くわからないが…

 

 ってそうか、目立つものが無いんだ。原作尚文はフィロリアルのクイーン形態であるフィーロに馬車を引かせ、神鳥の馬車として辺りに名前を轟かせていた。その結果として、神鳥の馬車に乗る彼ならばという意識が働いたのだろう

 それでは今はどうだ?馬車はない。人を怯えさせるといけないからワイバーンは街の外。売り子はラフタリアだけではなくリファナも増えた。目立つものが消えすぎだろう。これではちょっと…いやかなり可愛いリファナが売り子してる以外は明らか怪しい薬売りだ。奴隷だって実用化されているのだから売り子が可愛いことは自慢にならないしな。割と良く居るのだ、外見可愛い奴隷を買って売り子させる奴等は。ついでに愛玩用として夜は弄ぶまでやってる奴等も

 だからこそ、売り子の可愛さは買ってもらう理由にはならない。残念なことに。折角リファナが売ってくれるのに見る目無いなこいつらとは思うがだからといってどうなる話でもない

 日に日に尚文の奴は不機嫌になり、フォウルは一人で何時かアトラをと訓練するようになり、ラフタリアはナオフミ様のお役にたてないとしょぼくれ、俺とでち公はどうすんだこれするのである。ブランは気にせず飯をかっ食らうが

 

 そんなこんなで、言われた疫病の地の近くまで来たその日

 ……砂時計の砂が尽きた。つまりは、波までの時間が尽きた

 

 ……おい、早いぞ波。原作だとドラゴンゾンビ終えてからだろ何でもう来るんだあと数日待てよ

 と、言いたくはなるが……考えてみれば自業自得だなこれ。フィロリアルが居ないから全体的に移動が遅いのだ。だから間に合わなかったのだろう。ポータルで進められた距離よりフィロリアルの有無による差はかなり大きかったのだろう

 どっかでフィロリアル調達したくなるなこの速度。と言ってもドラゴンとフィロリアルって基本的に仲悪すぎるから同時って面倒だしな。リファナ。大当たり引いたのは良いが面倒増えたぞリファナ、どうしようリファナ

 なんて言っても始まらず

 

 00:00

 あまりにもあっさりと、俺にとっては第三の災厄は始まったのだった

 

 「此処は……」

 うん、分からないな。とりあえず空にワインレッドの亀裂が入っているから波が起こっている事は確かだ。考えるのは止めよう。近くに村がある事は見えるのだ。守るしかない

 ……原作尚文はそう言えば兵士を連れて飛んでたな。今回はそんな準備してないけど……ってどうなんだろうそれは。そんな話一個も出なかったし城下町でどうこうって余裕も無かったから無理なのは無理だが、主に被害面で。俺がクソナイフ使って良いならまず護りきれるけどそんな訳にもいかないし

 

 さて、残りの勇者どもは……居た

 此方を一瞥し、村へ向かおうとする尚文を確認するや剣を持った割と小柄なフードが波の中心へと一人駆け出す。あれは錬だろう。まあほっとけ、どうせ誰かが波の核を倒さなければ終わらないんだ、分業である

 「あ、おい!」

 なんて尚文は叫んでいるが全員で村を守ってても詰むぞ尚文

 「……リーシアさん、貴女は」

 「分かりましたイツキ様!」

 なんてやり取りの後、リーシアだけが此方に走ってくる。樹は残りのメンバーを連れてそのまま波の方へ

 「お前ら!俺達だけで村を守れって言うのかよ!」

 「ふぇぇっ!だから私も」

 「お前一人で何が出来るんだ!」

 って酷いなおい。折角手伝いに来てくれたリーシアに向かって。いやどれだけ助かるかと言われると微妙な事だけどあの樹が少しは回りの事を考えて一人送ってくれただけで凄いことだぞ

 なんて、二勇者が行くのは見送り

 

 「尚文ぃぃぃぃっ!」

 「はいはい、ファスト・スタンクラウド」

 「ぐぁぁぁっ!」

 何か殺意満天で襲ってくる槍を構えた不審者は魔法で麻痺させて地面に転がす

 ……殺気だってんなこの槍の勇者。まさか波より盾を優先するなんて

 まあ良いや、転がしとけ

 

 「マルスくん、勇者様にそんな事して良いの?」

 「まあ弓の勇者が居るんだし勝てるだろ波には」

 波には、な

 

 「なーんか悪い事考えてるでちね」

 「いーや、別に?」

 突っ込む悪魔にそう返す

 実際そうだ。勝てるだろう

 波には、だが

 問題は……今回の波は特別だということ。具体的に言えば、この世界と融合しかけている別の世界から、その世界を救うためにこの世界を潰そうという勇者がやって来る。扇の勇者グラス。奴を殺さず、誰も殺されず、更には尚文等は村が気になるようなのでグラス出現地点である波のボスの場所にも暫くは行かずに波を終える、それが勝利条件だ。めんどくせぇ!元々は尚文が撃退した……んだが、その際の尚文はドラゴンゾンビ関係を終えて装備をアップデートした後だったからな、今回はそうではないのでまた話が違う

 転生者的には勝手に潰しあって数名死ねば良いのにと言うべきなのだろうが、リファナに危害が及びかねないので却下だ

 

 「扇の勇者……どう追い返すべきか……」

 ゼファーの奴と二人外回りとして尚文等と離れ、呟く

 「殺せば良いでち」

 「それじゃ駄目だろ」

 「そもそも疑問でち。この世界の聖武器は剣盾弓槍、眷属器は投擲具、小手、斧、爪、鞭、杖、槌、そして馬車のはずでちが、何で扇なんて出てくるでち?」

 「ああ、それかゼファー。そもそも波ってのは世界を融合させる力だ。亀裂の向こうにあるのはもう1つの融合しかけてる世界。ならば向こうの世界には向こうの世界の勇者の武器がある、そうだろ?

 向こうにも聖武器4種に眷属器8種があるはずだぞ、俺も刀と扇と楽器くらいしか種類知らないけど」

 向こうの世界についてはロクに書いてなかったからな

 「じゃあ、マスターの居た世界にも12の武器があるでちか?」

 「いや、多分無いぞ。異能力があるとはいっても、それだけの世界だからな俺の世界

 もしかしたら波だ何だがほぼ起こらないからずっと海底かどっかで眠りに付いてて俺達が知らないだけで勇者武器があったのかもしれないが。ってもあの世界は亜人種とかも居ないわけで、4世界融合って程に元々別々の世界が1つになったようなカオスじゃあない。あったとして原初の世界郡のように聖武器1に……いや、もしもあったとしたら多分聖武器2の眷属器4で6つだろうな」

 不思議な直感。聖武器2に眷属器4という事に間違いはないだろうという謎の確信のままにそう言ってみる。何でそんな確信が出来るのか?知らん俺が知りたいわそんなこと

 『称号解放、あてずっぽう予言ネズミ』

 ……黙れクソナイフあてずっぽうだがそういうなよ

 

 なんてやっている間に殺到してくる化け物ども

 流石にもう蜂とかは少ないな。だってあいつら最初の波から居る雑魚だしそんなものが主体とかだと進歩が無さすぎる

 主なのは黒いコンドルみたいな鳥に、黒い狼、後はゴブリンにコボルトにオークにリザードマンの人間っぽい二足歩行獣人詰め合わせセット。だがどいつもこいつも構造が不安定でぐにゃぐにゃしている。スライム……というより適当に映した影だな。視界端に映る名前も次元ノダークコンドル、次元ノブラックウルフ、次元ノゴブリンアサルトシャドウ、次元ノコボルトスカウトシャドウ、次元ノオークアーチャーシャドウ、次元ノリザードナイトシャドウとある

 まあ、シャドウとあるがクソナイフなら気にせず叩き斬れるし、斬るとまるで幻であったかのように消えてくんだが

 

 と、尚文の奴等が避難誘導に苦労してるな

 「どうした尚文」

 「マルスくん、病気の人が居るから離れられないって」

 「そんなもん見捨て……たら駄目だな

 病気なら薬で何とかしろ尚文」

 「出来たらやってるぞネズミ!」

 「それもそうだ」

 さくっと波から来る化け物どもを片付ける。雑魚だな、うん。ぶっちゃけクソナイフ縛りでも勝てる、クソナイフを変化させた偽・フレイの剣なんてものを持っている今なら言わずもがな

 

 「マルスくん!リザードマンの中には変なのが……って、心配ないね」

 「変なの?」

 真っ向からやって来た妙にデカイリザードマンをさくっと構えた盾ごとバラしながら聞いてみる。何かこいつ盾持ってんな、まあ鱗より固い程度でぶち抜ける豆腐な事には変わり無いからどうでも良いが。次元ノリザードパラディンシャドウとある。まあ、どっちにしろ雑魚には変わりがない

 「う、うん、倒せるなら良いんだけど」

 なんてリファナとやってる横で、フォウルの奴は豪快に敵をぶっ飛ばしていた

 「見ててくれアトラ、兄ちゃんはやるぞ!」

 「見てないけどな」

 「居ないでち」

 「五月蝿い!というか、アトラを買っていったのが勇者なら波に参加するんじゃないのか!」

 「あいつはフォーブレイの勇者だからフォーブレイの波にしか出てこないぞ」

 というか、メルロマルクの波に来られたら詰む

 「くっ、アトラぁぁぁぁぁっ!」

 竜巻のようにゴブリンの群れの中に飛び込んだフォウルが空中に次々と跳ねあげては回り蹴りで首だけを地面に叩き落とす

 煩いが、まあ支障はないだろう。ってか資質向上すら無しでこの強さとかやっぱりハクコってチートだなチート、ネズミさん(ハツカ種)にも寄越せ

 「全員マスターに言われたくはないと思うでち」

 

 なんてやっている内に避難誘導はラフタリアとリファナが終え、結局避難しなかった老婆とその息子の家を拠点に各個撃破、というには波の範囲が大きいので人一人ならば乗せられるブランに乗ってフォウルが他の村へ遊撃。一人でスカイウォークするネズミさんこと俺も遊撃にたまに回され……

 

 「遅い!」

 約3時間。尚文の奴が叫ぶ

 確かに遅いな。樹が居るんだし、元康を転がしてるとは言えもう勝てても当然の時間だろうに

 ……ということは、そろそろか

 「い、イツキ様の事ですしそろそろ……」

 リーシアも不安げだ

 「はぁ、はぁ……マルスくん、まだ終わらないのかな?」

 「ナオフミ様、他の勇者は頼りになりませんね」

 リファナラフタリアの顔には疲労が色濃く出ている。俺はまあ所詮は雑魚だしとクソナイフのスキル一切使ってないので余裕、ゼファーも俺の後ろで頑張れでちしてるだけなので疲れなんて3時間立ってた事の消耗だけ、次元ノな奴等を豪華なとは言えない昼食にしてやがるのでブランもまだ行け、フォウルはスタミナの塊なのか軽く疲労の色が見えるだけ。とはいえ、幼い体の二人にはもうきついのだろう

 

 『……リーシアさん、リーシアさん、聞こえますか

 今、弓のスキルで貴女の居そうな方向に声を飛ばしています……』

 なんて、そんな事やってる中に、突如としてそんな樹の声が響いた

 いや、やるなら脳内に直接……しろよ樹



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扇と刀と

「イツキ様!」

 正直な話居ても居なくてもあんまり変わらなかったリーシアが叫ぶ。だって仮にもドラゴンなブランとチートなフォウルとパチモノ勇者な俺が居るんだ、次元ノ雑魚どもなんて本当に雑魚だろ

 

 『リーシアさん、ネズミさん達を……くっ!』

 その言葉だけを残し、飛んでくる台詞は途切れる

 「イ、イツキ様……」

 くるっと緑髪の少女は此方へと向き直り

 「お願いします!イツキ様達に何かが起こったみたいなんです!」

 「俺達が行ったら誰が避難先の人々を守るんだよ!」

 残酷だが正論を振りかざす尚文。原作では兵士が居たからそいつらに任せてだったが、今回は居ないしな。城下町からだと1日半ほどかかるっぽいこの場所(地理はリファナが避難誘導の時に聞いてた)に軍が来るにはまだ時間が……って可笑しいだろ

 原作尚文は間に合う訳がないと言ってたが、王都にしか軍が居ない訳もない。此処から一番近い駐屯地からならば馬かフィロリアルに乗って大体3時間ほど……まあ割と酷使ではあるのだが、今回の波はルロロナ村周辺という正直波で死んでくれれば良いとされる地域ではなく普通に人間の住む地だ。騎士団やら兵士やらだってあの辺り出身の者達も沢山居るだろう、特に近くの街の兵士なんてこの辺りから採られた奴がほとんどのはずだ。つまり、奴等は急ぐ。急がざるを得ないのだ、故郷の為に。まあ、逆に言えばルロロナ村なんて亜人の村は守る価値がメルロマルク兵からすれば絶無なのでほっとけされたのだろうが

 

 来た

 遠くに土煙を確認。方向も合っているし、軍だろう。流石に亀裂の中心とは逆方向である向こうから影の軍団が来るとは思えない

 「誰が?兵士だろ?

 メルロマルクの兵なんだ、メルロマルクを守らせろ

 

 ってことで、ネズミさんはいち早く行ってくるわ」

 言うや否や駆け出す

 地味に避難場所に転がしたままの元康が起きてこなかったからな、グラス相手に二人では荷が重い。リーシアが居ないのは兎も角として、元康一行が居ないのは戦力ダウンだ

 

 そうして、見たのは……

 「終わりだぁぁっ!絶刀凛之型・燕返し!」

 「っらぁぁぁぁっ!」

 クソナイフ全力投擲。自動でモーションに補正がかかる投擲具の力を全開にして、振り下ろされる片刃の刃に激突させる

 「ね、ネズミさん!」

 「ああ、電気ネズミさんだ」

 「で、電気ネズミ…?」

 「何者だ貴様!」

 「それはこっちの……ってなんだこれは」

 思わず呟く

 辺りには樹達が倒したのだろう半透明の魚の死骸が転がっている。ソウルイーターの死骸、それは良い。問題は……その周囲に転がる、かつては人間であったのだろう肉の塊達。血の海の中に彼ら彼女らは沈み、二度と口を開く事はないだろう

 ……その中に、燻製らしき鎧の姿を見つけて暗く嗤う。ざまあないと

 

 だが、笑っている場合ではない

 「尚文の…」

 片刃の剣に斬られかかっていた小柄なフードが呟く

 「剣の勇者様?」

 錬じゃないか、どうした

 何て思いつつ、尻尾を揺らしながら弾いた刃を持つ相手を睨み付けてみる

 ……片刃のってか、刀だなあれ。この辺りでは流通がない武器だ。ってか、此処に居るのは扇持った和服美人であるはずなんだがこいつは誰だ?刀を持っている癖に洋風な服を着た軽薄そうな男。髪は短く淡い青。顔立ちは整っていると言えるだろうが、その笑みが下衆そうで完全に台無し。手にした刀は……

 って待て待て待て、和刀[伝説武器]?勇者武器じゃねぇかあれ!?扇の勇者じゃなく刀の勇者が襲来して来たってのか!?

 なんて混乱は一瞬で振り払い

 「輪舞零ノ型・逆式雪月花!」

 昼間だというのにワインレッドに染まる空は赤く光を湛え、見上げた血の様に赤い月が敵対者の言葉にあたかも呼応したかの様に輝く

 「『力の根源以下省略!』

 ファスト・スカイウォーク!」

 尻尾で案外柔らかな剣の勇者の腹を一巻き、そのまま空へと飛び上がる

 その足の下を、円を描いた赤い閃光が突き抜けた

 

 「外しましたか」

 その声と共にすっと男の横に立つのは一人の女性

 グラス……じゃないな間違いなく。和装って感じじゃない。確かこの時のグラスの服装は黒に銀刺繍の和服だったはずだ。だが見えたのはギリシャ式のゆったりしたヒラヒラの服。髪はボブカットくらいで明るい金。顔立ちはやっぱり整っているが嬉しくはないな

 そんな女が、両の腕に巨大な……俺の腕くらいはある鉄扇を持っている

 

 「邪魔が入りましたね」

 「ああ、折角剣が手に入ると思ったのによ」

 向こう側の会話

「いえ、私たちは今の武器を手離さなきゃ手に入らない難儀な形でしょう」

 「剣の方が刀よりカッコいいからそこは良いんだけど、ズルいよな複数持てる奴等」

 ……転生者じゃねぇか。何やってんだ向こうの勇者達。刀に扇を奪われてるとか終わってんな向こう。まあ、此方もタクトに大半奪われるとかロクな事になってないんだが

 

 「大丈夫か、剣の勇者様?」

 「あ、ああ……」

 ちょっと引きぎみな錬

 「片刃の刃物を見ると、刺されたときの事を思い出して……」

 脇腹を抑える黒髪の少年。そういえば錬は刺された時に剣に選ばれたのだったか。このまま死ぬから後腐れないしな、と

 「了解、刀は受け持つ」

 「大丈夫なんですかネズミさん」

 と、左の腕に軽く怪我したっぽいふわふわヘアー。弓は片手では引けないのでクロスボウ形式のものへと変えて牽制の為か射っている。別の姿に変える度に矢が装填された状態になるのでそれを射っている感じだ。片手射ちによるブレは異能の命中で勝手に補正されるのか片手射ちでも精度が下がらないのは良いことだ。まあ、鉄扇で弾かれてるけど逆に言えば弾かなければいけないくらいには対処しなければ危険ということだ。逸れてるなら無視で良いしな

 

 「大丈夫だネズミさんを信じろ」

 「信じて……良いのか?」

 疑問げに首を倒す錬

 「育てた皆は……」

 目線を伏せる。まあ、苦しいながらも他の世界を犠牲に自分の世界を救おうとする正規勇者のグラスと違って、今来てるらしい転生者ズは容赦ってものが無いからな。相手を……他の世界を守る勇者達を殺す事なんて何とも思ってないから遠慮なくミンチにしたのだろう。素ステータスの高い勇者である樹と錬だけが何とか耐えたと。良かったなリーシア。村を守れされてなければお前も肉塊の仲間入りしてたぞ

 「大丈夫です。御か……ネズミさんを信じましょう」

 「ミネズミさんじゃないぞ。それじゃあ出っ歯だ」

 言いつつ、クソナイフを構える

 

 スキルを撃ちたい……が、それではいけない。あくまでも俺はネズミさん。クソナイフはこの偽・フレイの剣から変えず、スキルも無しで勇者武器持ちでないふりを続けなければならない。向こうに勇者武器奪った転生者が居て、俺も同類とかバレたら大事(おおごと)

 

 だが、用意はするしかない。行くぞクソナイフ…

 溜め込んだ素材をガンガンに使って強化。最近この武器一本であったため思いきり良く使いきる

 

 偽・フレイの剣(覚醒)+2 140/120(オーバーゲージ) SR+

 装備ボーナス、スキル「神撃の剣Ⅱ」 知力30+ 危機感知(小)

 専用効果 叡知の撃滅剣 破壊不能

 熟練度 120

 ヤマタノオロチスピリット 悪魔へのダメージが8%上昇

 ステータスエンチャント 速度20+

 アイテムエンチャント 知力2%アップ

 竜鱗 ○○

 までは来た。まあ、そこらの転生者には負けようがないだろう。そこらの転生者で無ければ……そのときはその時だ

 

 「話は、終わったかよ!」

 構えた刀は大上段。めぇぇぇん!という声が聞こえてきそうな感じに踏み込んできた相手を……

 「ていっ」

 ひょいと足払い

 あ、転けた。なにやってんだこいつ

 「貴様ぁっ!足なんぞ使って卑怯だとは」

 「黙れ!」

 「こいつ……剣道で鍛えた技が」

 「いや、実戦では刀一本以外何も使わないとか有り得ないからな?」

 一発で分かる。こいつ、生前剣道やってたから強いという奴だ。実際にはそんなことあんまり無い(剣道経験そのものが無駄とは言わないが、型に嵌まっていてはそう強くないだろう。実戦では足狙って傷をつけられれば機動力を潰せてとても有利になるが、剣道では足を真剣なら斬り落とすような力で撃っても一本にはならないので無意味だしな。足の骨折れば相手は棄権するかもしれないが自分も失格になりかねないし)のだが……

 「うるせぇぞドブネズミ!」

 空気を裂いて倒れかけた姿勢から振り回される刀を、その範囲外から……

 って危ねっ、真空波飛んできたわ。めんどくせぇ

 「勇者でもない癖に!俺達に何の得もないのにでしゃばるんじゃねぇ!」

 立ち上がり際の真空波を手にした剣で切り落とし

 「絶刀破之型・八岐龍閃撃!」

 「『ファスト・ライトニングオーラⅡ』」

 瞬間スキルでも使ったのか8つのエネルギーの槍衾と共に突いてくる刀の切っ先を残像を残しつつ雷の速度で斜め上にジャンプしてかわす。そのまま相手の全身全霊の突ききった無防備な背の側に着地し、袈裟懸けにとりあえず斬りつける。スキルぶっぱなせばたぶん此処で此処で終わ……

 ガキン!と固い音と共に刃は肩口に生えてきた扇に止められた。……フロートファン、いや和風に重浮扇とかだろうか。もう一人によるフォローか!

 

 「くっ、流星剣が通じないとは」

 「流星弓が完全に入ったと思ったのですが…」

 なんて、扇持ち転生者を止めきれてない二勇者がぼやくのが聞こえた

 「流行ってんの、流星スキル?」

 「消費、範囲、威力、速度のバランスが良くて使いやすいんですよネズミさん」

 「じゃあ最大火力をぶつけ」

 「絶刀破之型・雷刃抜刀/迸ぃっ!死ねぇぇぇぇっ!」

 一旦わざわざ鞘に刀を仕舞ってからの抜刀系スキルだろうか、短刀型に変化した刀を雷を纏ってぶん投げてくる転生者は半無視して。とりあえず話す際に用意しておいた俺の幻が貫かれて消えるのを横目に

 実は相手の背後にずっと居た俺が心臓を貫……けない!

 「流星扇!」

 また扇か!突如扇形に広がる盾に突きが剃らされ、手から剣が跳ね飛ぶ

 「今だぁぁっ!

 流!星!刃ぃぃんっ!」

 てめえらもかよ!流行ってんなおい!




流星槍ですぞぉぉぉぉっ!
因みにネズ公は流星投を覚えてませんし尚文は流星盾がないので流星スキル祭には不参加です

また、向こうの世界の流星○に当たるスキルはスターダスト系だった気がしますが、どうせこれ転生者が勝手に言ってるだけなので…


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扇と刀と、そして剣

弾かれた剣、流れ星を纏い迫り来る刀身

 それに対し、俺は……

 

 「残念だった、な!」

 焦らず騒がず、ただそう告げる

 がくん、と振り下ろそうという刀の軌道がズレた

 「ぐぎっ!」

 その男の足を横から貫き軌道をズラしたのは、さっき弾き飛ばされたはずの剣。それこそが、偽・フレイの剣なんて長剣が投擲具として使える最大の理由だ

 固有能力、叡知の撃滅剣。即ち、この剣元々投げれば勝手に一人で戦ってくれるソードビットなのである。オート戦闘の正確さは本人の思考レベルによるので、混乱していたりアホが投げると味方すらオートで斬るが賢ければこうして手を離したので勝手に敵を撃滅しだす。手に持って普通の剣として使ってる俺が可笑しいだけで、本来は投げて戦わせるもの。投げるのが使い方なのだから投擲具でない筈もない

 「残念無念また来世、ネズミさんの剣は自動迎撃機能付きなんだ」

 手元に呼び戻しながら、飄々と煽るように言っておく

 因みに何時も使わない理由は簡単だ。これはクソナイフなので大丈夫だが他の武器を持つと制限で吐き気がする。そしてフロートダガーなどでクソナイフ常時二本出しはSPを喰うので出来ず、かといって事あるごとにフロートダガーで虚空から取り出しては怪しすぎ。何より、普通の剣のように持っておくことでこうして奇襲に使える。実は勝手に飛び回るから手から弾き飛ばした方が危険とか普通思わないだろ

 

 「……コピーを」

 「残念ながら登録制なんで、貸すのは平和な時な」

 「分かった」

 便利そうな武器だなコピー出来ないかとする錬は断る。いや、本来貸しても良いしそっちの方が錬も強くなれるだろうが、残念ながらこれオリジナルじゃなくてクソナイフによるコピー品だ。オリジナルの偽・フレイの剣ならいくらでも貸すが勇者武器貸してもコピー出来ないどころか複数の勇者武器云々の警告文出るからな、バレる

 

 そもそも偽と付いているのにオリジナルがあるのか?本物のフレイの剣を模してこの世界の昔の人が心血注いで作った真に迫る(性能は低いがしっかり自動迎撃機能が再現できた)贋作がそれだ、もうオリジナルと呼んで良いだろう

 

 なんて場当たり対処

 刀持ちをぶっ殺すにはスキル無しでは火力が足りず、かといって扇側をどうこうするには勇者二人がかりでも苦しい。仲間が全員死んでるのも面倒だな。原作ではグラスの慈悲か生きてたから良かったんだが、この肉塊散乱現場には慈悲も何もない。自分も皆のように死ぬかもしれない。その恐怖が足をすくませ、肉を斬らせて魂を滅するなんて行動は取りにくくなるのだ。だからか、微妙に錬も樹も距離が遠い。扇なんて先端が広がっている武器相手にするならば根元まで接近した方が良いだろうに、長めの両手剣に変えて相手が踏み込まなければ届かない距離をとって戦っている

 死にたくないのだ、錬達だって。多分今までは勇者のステータスでろくに苦戦もしなかったし、ゲーム感覚であった。だからこそ、楽に戦えていた。自分を顧みず、本来危険だが最適解を取れていた。命惜しさを感じずに済んでいたから。寧ろ、仲間をひたすら守るべき盾の勇者以外の三勇者がそういったゲーム感覚野郎であったのは、ゲーム感覚で戦える人の方が強いから……だったのかもしれない。何時かこの世界がゲームではないと気がつく前に、ゲーム感覚で最適な戦闘スタイルを確立する。それを願って、真面目な者ではなくゲーム感覚な少年を聖武器の精霊は呼んだ

 だが、眼前で仲間が挽き肉にされ、その感覚は吹き飛んだ。だからこそ、攻めきれない。今までであればそこで一歩踏み込んで一撃出来たろう隙に、自分も隙を晒してでも止めの一撃という手が取れない

 どんな状況でも、もしも反撃されたら?若しもこのネズミさんが刀を止めきれず横から攻撃されたら?という自分が肉塊にされる恐怖がチラつき、踏み込む足が止まる

 俺は選ばれた者だと思ってたからそんな事無かったんだけどな。だって、選ばれた全部の武器を手にする勇者が途中で死ぬとかナイナイって転生者特有の……でもないな、ゲーム感覚のまま戦えていたし、真実に気が付いた時には正に今更って感じだった。今更自分が何だろうと、俺はリファナの生きる世界を守る。瑠奈の生きる世界は守れなかったが、今度こそ。リファナの大切な現実(せかい)こそは、転生者どもにも女神にもゲーム感覚な勇者にも世界の味方面したクソネズミにも無茶苦茶にさせないと心に決められていた

 けれども、勇者二人はそうではない。そもそも、俺なーんで死んだかも記憶に無いしな。自分が死んだことを死んだ状況含めて記憶しているが故に死を怖がるだろう勇者とはそこが違う。アヴェンジブーストを万一もう一度発現されたら死ぬからって、モルモットな割に自由あったしな、実験で死んだって気もしない。自殺しようにも、自分の力じゃ自殺は無理だしな。発現時に発見された俺はぶっ倒れるまでずっと蒸発した元々屋敷があった場所であの腐れ親父の血を(たや)してやるって自分にひたすら雷撃ち込んでたらしいからな……。それで死んでないのだから、そりゃ自殺なんて無理だ

 

 そんな状況を変えるのは……

 「シールドプリズン!」

 やはりというか、戦場外からの来訪者。岩谷尚文(盾の勇者)。そして……

 「とりゃぁっ!」

 ぶっ壊れ亜人のフォウル。スペック可笑しいからなあいつ。横殴りに殴りつけられ、軽く刀持ちが吹っ飛んでいく

 「尚文!」

 「尚文さん!」

 「盾かよ!要らねぇ!」

 口々に叫ぶ勇者(&転生者)。ってか盾要らないって酷いな。正直欲しいぞ俺。直接攻撃が出来ない(カースありでも出来ないとは言ってない)という制限と引き換えにそれ以外全てが最強レベルで両立しているとかいう壊れだぞあれ。ハイリスクハイリターンな攻撃技以外に攻撃手段が無い代わりに、他の追随を許さない最強の防御性能と準バッファーと比べても頭一つ抜けた最強のバッファー性能と最強のヒーラーに並ぶ回復性能を持つ職業とかネトゲにあったら即時ナーフものだろ。ソロ想定なら兎も角、仲間が居る想定ならば文句なしに四聖最強だぞ盾。それを要らないとかこいつら目先の火力しか見てないなさては

 「これで3……いえ、4vs2、大勢は決しましたね」

 「ああ、何者なのか吐いて貰うぞ」

 尚文という盾が到着した事でちょっと心に余裕でも出来たのか、錬と樹が調子の良いことを言い出す

 

 「ったく…」

 「甘いんですよ!」

 だが、それに動揺することなく、二人は武器を構え……

 「戴きいっ!」

 突如、バチバチとしたスパークと共に、錬の剣がその手から離れる

 そうして

 「こうか、流星剣!」

 「なっ!エアストシールド!セカンドシールド!」

 尚文背後から流れ星のようなオーラを纏った剣が襲い掛かる!

 咄嗟に出した盾で致命傷は避けたのだろうが…

 「ぐぁぁぁっ!」

 「なおふみ様!」

 「尚文っ!てめぇ!」

 背後では防ぎきれない。いや、そもそも初級スキルでは流星剣を多分正面からでも止められなかったろう。背を庇うように展開された盾はあっさりと砕け、星のオーラに尚文が吹き飛ばされる

 

 「くっくっくっ。4vs2?違いますねぇ」

 そうして、尚文の背後から姿を現すのは黒髪の……やっぱり軽薄そうな笑みの男

 「てめっリョウ!剣は俺の狙ってた……」

 「早い者勝ちですよレーゼ」

 「ふざけんな俺のだ寄越せ!」

 ……何やってんだこいつら

 リョウとか呼ばれたのも転生者だろう。三人目、しかも勇者武器奪ってない者が居たとは……

 「剣の勇者様、大丈夫か?」

 「んんっ

 そこの薄汚いネズミに心配されるような……」

 「お前じゃねぇ!」

 「け、剣が……消え……」

 「錬っ!」

 「未だ!旋風刃!」

 刀の奴が空気読まずスキルを放つ。遠距離か!

 「ちっ!」

 尚文、お前がメイン盾だろとっとと盾出せ……と言いたいが、尚文の奴前のめりに倒れたままだ。背後からスキルの一撃食らったのはデカイらしい。死んではいないだろうが……

 なので、仕方なく割り込む。呆然とした錬に避けろと言うのも酷だ。彼等は転生者の存在も、向こうの世界の実在も、勇者武器を奪う生態も知らないのだから。最初の一回は不意を撃たれて何も出来ないのも仕方ない。だから、この知ってるネズミさんが出張らなきゃいけないのだ

 

 「ぐぇっ!」

 強引に割り込んだせいでロクに防御体勢やら防御魔法やらは使えず。吹き荒れる細かい刃の風に左の腕はズタズタにされる。骨見えてら、リファナが見たら何て言うだろう。怖い、だろうか?汚いともしも言われたら沈むぞ俺

 「どういう……」

 「どういうもこう言うもねぇ!あいつらは世界の敵だ!勇者の武器を奪って強くなろうとする、『この世界がゲームだと俺達だけが知っている』って、な!」

 「では、僕の弓も……」

 「抵抗しなきゃそのうち奪われるぞ!」

 「くっ、ファイブシューター!」

 「効くものですかねぇ、そんなへなちょこが

 満月剣」

 焦った樹が五本の矢を撃つも、くるくると回転して盾っぽくした剣に弾かれる

 

 位置関係としては、尚文達は刀扇と剣に挟まれている。樹は少し離れていて、離脱しようと思えば出来るだろうか。錬は……挟まれてはないな、微妙に軸がズレている。だが、呆然とした状態でどうしろというのか。そして俺は……錬の前に立つ

リファナと離れているのが不安だが仕方ない。フォウル、何とかしろである。錬を……剣の勇者を喪うわけにはいかない。なんたって、俺がシステム経験値に語った事なんて真っ赤な嘘だからな!四聖の再召喚とか基本無い、全員死ねば終わりだ

 

 ……静かにクソナイフを構える

 さて、どうすべきか……

 なんて、悩んでる時間は無かった

 「取り戻されると面倒ですね

 閃光剣!」

 目眩ましから、剣を奪った黒髪の転生者が俺ってかその背後の錬に迫り。同時

 「よくも、よくもナオフミ様を!」

 怒りの形相でラフタリアが走り出す。

 やめろラフタリア、無謀だ

 

 ……だが、ラフタリアは止まらない。良く見ると、幻影を絡ませている。今見えてるラフタリアは幻で、本物はその横。だから何とかなると思っているのだろうか

 そんなラフタリアに近付くのは刀を持った青髪。その刀にスキルの光が淡く灯る。あれは……ダメだ、ラフタリア、戻れ

 

 ……ヤバイ、な

 なんて、一人ごちる。尚文を見ればフォウルに助け起こされて何とか意識はある、くらいか。今はスキルは撃てないだろう。樹は扇相手にスキルを撃っている。それは良い、扇を止めなきゃいけないのは確かだ

 そして俺は……錬の前。そこから退けば、ラフタリアを助けに行けるだろう。だが、それをするということは錬を見棄てること。間違いなく剣を奪った男に錬は斬られて死ぬだろう。勇者武器の無い異世界から呼ばれた勇者に抵抗の術なんて元々異能でもなければあるはずもない

 ……そして、離れなければラフタリアは死ぬ。刀のスキルには、幻ごと空間を斬れるスキルだってある。というか、俺がクソナイフ全力投擲で防いだ絶刀凛之型・燕返しがそもそもそれだ。あれを撃たれれば、ラフタリアは幻ごと両断されて死ぬ。それは幻で姿を隠してるから大丈夫しているラフタリアには回避不能の未来

 

 では、どうするか

 錬を死なせてラフタリアを守るか、錬を守ってラフタリアが狸肉に成り下がるのを見守るか。錬を失えばこの世界は詰むかもしれない。少なくとも、四聖の一人が欠けて苦しい立場に立つことは間違いない。ラフタリアを殺されれば、リファナは悲しむだろう。心を閉ざすかもしれない

 ……ならば、選ぶべきはどちらか

 スキルを全力で撃てば、或いは両方を守れるかもしれない。だが、偽・フレイの剣無しで俺だって剣のスキルを防げない。両腕が無事ならまだと思ったが、片腕で防御スキルやっても押し切られるだけだ。クソナイフを投げてラフタリアを救ってから俺が錬を守るには、俺が肉の盾になって死ぬか、別のクソナイフが必須。つまりは、スキルぶっぱなさなければいけない

 全てがバレるだろう。大体バレてるけど

 

 迷うな!

 両方を守る覚悟を決め……

 っ!

 全力投擲。だが、遅すぎる。ピアーススキルは速いがピック限定、偽・フレイの剣のままでは届かない。ならばフラッシュピアースからのチェンジダガーも……ダメだ、行きすぎる!迷わなければ……その一瞬の差で間に合ったろうに!

 そして……

 「絶刀凛之型・燕返し!」

 「超!重!けぇぇぇんっ!」

 「ラフタリアちゃん!危ない!」

 ぱっと、血の華が散った




ん?四聖って奪えるっけとなる人もいるかと思いますが、ネズ公やタクトのように特例であれば奪えます。これはリョウと呼ばれた転生者がタクトのように特別な転生者だっただけですね


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投擲具vs刀

「リファ……ナ」

 散った華はふたつ

 リファナも気が付いたのだろう、あのスキルこと燕返しが幻で誤魔化しても防げないことを。……だから、身を挺して、刃がラフタリアを捉える寸前にラフタリアを押した

 

 何故その事に……リファナも幻影魔法で必死にラフタリアを追っていたことに気が付かなかったのだろう。それだけ視野が狭まっていたか。それが、この結果か!

 

 「超!重!ざ」

 「邪魔だぁぁぁぁっ!」

 視界の縁が、プラズマに彩られる。普段の青白いものではなく、吹き上がる色は金。抑えきれぬ想いが発現した、本来の姿に更に一歩近い制御不能の雷挺

 「ドライファ・プラズマブレェェェェド!」

 吹き上がる雷撃を剣のように束ね、振り下ろされる剣と鍔迫り合い。物理法則ガン無視だが、磁場だか何だかの影響だろう

 「んなっ、これは……この力は!」

 ん?こいつも樹と同じ出身か?ならば、異能力もあるのか?

 知ったことか!

 

 「その力……」

 「くれてやる、よ!」

 爆裂。元々雷撃を束ねてるだけの剣の結合を解き、雷爆弾として炸裂させる。自分も巻き込まれるが、流石に自分の異能力で怪我するほどネズミさんの異能力は欠陥品じゃない。いや、欠陥品ならあの腐れ野郎(おやじ)に連なるもの……即ち奴の血を引くゴミ(御門讃自身)を細胞一つ残さず消せたので一長一短か。錬には俺の後ろなので俺が盾になって届かない

 

 「ぎぎぎぎっ!」

 麻痺したのか、リョウと呼ばれた転生者の足が止まる。プラズマが金でなければ多分出力が足りなかったろう。結果オーライとは、言いたくないが

 その隙に雑だが尻尾で錬の体を服に先端を引っ掻けて掬い上げ、背負う。……やけに軽いなこいつ。50kgあるのか?いや流石にあるだろうが60は間違いなく無い。そこまで痩せてるようには見えなかったが……ってどうでも良い

 そのまま追撃が不可能な合間に奴の横を駆け抜け……つつ、脇腹に恨みを込めて後ろ回し蹴り。倒れた亜人の少女に止めを刺そうと追撃をしかけようとする刀持った危険な青髪……レーゼがすんでの所で偽・フレイの剣に阻まれ振り払おうとしている最中へ飛び込む

 

 「な、なんだこの電気ネズミ!?」

 「知る前に、殺す!」

 戻ってくるクソナイフをキャッチ、雷撃を軽く纏わせて振り、危険だと思わせて飛び退かせる

 そのまま追撃……といった方が殺しやすいが、必要なのはリファナの無事だ。その場に留まり、倒れ伏した少女を見る

 

 ……生きて、いる

 だが、そこで息は吐けない。咄嗟にリファナが突き飛ばした事で、二人とも致命的な刃の軌道からギリギリ逸れていたのだろう。空間を超越した剣閃は確かに届き、背中にばっさりと斬り傷があるものの致命傷ではない。いや、とはいえ下手すれば背骨に傷くらい残ってるから無事とはとても言えないが

 放っておけば間違いなく死ぬ。では、このリファナを守りきれてないクソネズミに出来ることは何か

 魔法?俺の魔法は万能のように見えて回復に穴がある。撃てるのはあくまでも体力を使って自然治癒を活性化させるもの、今のリファナに使ったら衰弱死まっしぐらだ

 異能力?リファナが死んだ後ならばそこの転生者まとめて消し去る事くらいは出来るだろうがリファナの死が前提の時点でそんなものは血液と唾液を混ぜると弱めの麻酔となる絵面が汚くて使い道のほぼ無い異能力の方がマシなゴミ以下

 勇者パワー?クソナイフにそんな都合の良いスキルはない

 

 「マスター、マスター!

 お困りのマスターの救世主としてボクが来たでち」

 『ギャウ!』

 「い、イツキ様ぁぁぁぁっ!」

 と、そこに飛来する影

 ワインレッドの空にぽつんとした白点となる飛竜のブランと、そこに乗る二人の少女。でち公とリーシア

 「ドラゴン!?」

 「モンスターハンターの時間だぁぁっ!」

 そして、転生者どもの視線も逸れる

 ……いや、扇だけ逸れてない!この隙に刀を殺してってのは無謀か、ならば!

 

 足元のリファナを抱え上げ、クソナイフは浮かせて。フロートダガー!今更言ってられないのでクソナイフが出せるなかで一番柔らかくて大きな投擲具……小型の投網を呼び出して背中の錬を網漁。空いた背にラフタリアを尻尾で掬い上げ……

 「はぁっ!」

 全速力。プラズマによる加速も兼ねて一息に尚文の元へ

 「ネズミ!何がどうなってる!?」

 フォウルに背負われたまま叫ぶ尚文。アトラが見たらお兄様ずるいですするだろう中々に情けない姿。いや、転生者相手なら生きてるだけで上出来か!

 「説明の暇が、あると思うか?」

 降り立つ白竜

 四の五の言ってられないので、目線でフォウルにとっとと乗れと急かしつつ、クソナイフから二つの薬を取り出してその虎男に押し付ける

 「……これは?」

 「ネズミさん秘蔵のイグドラシル薬剤だ、リファナ達が助かるとすればこれしかない」

 「じゃあ今すぐ」

 「俺じゃ足りねぇんだよ!助けられるとしたら、盾の力で薬の効能が上げられるお前しかいないんだよ尚文!」

 そう。俺がやって助かるならその場で飲ませていた。投擲具(クソナイフ)に薬物効果上昇とか範囲上昇とかは無い。もっと攻撃的なスキル構成なので薬取り込んでも出てくるのは毒物作成とか毒物効果上昇とかなのだ

 「盾の勇者、岩谷尚文

 今すぐに逃げろ、そしてリファナ達を助けろ

 

 ……ついでに、剣の勇者を頼む」

 投網も竜の背に投げる。尻尾でキャッチしたな、器用だ

 「ネズミさん!」

 「リーシア、樹と共にどっかに逃げろ!」

 「ネズミさんは」

 

 クソナイフ(偽・フレイの剣)を手元に呼び戻し、まだ投網は消さず、一歩転生者側へ

 「……行け

 誰かが奴等を止めなきゃいけない」

 「幾らネズミさんでも」

 「とっとと行け!波のボスは倒れている。後はこいつらが消えるまで……つまりは終わり始めている波が終わりきるまでこいつらを止めとくだけだ!」

 『ギャウ!』

 「てめ、ネズミ!」

 「行きましょう、イツキ様」

 錬達怪我人三人と虎一匹と勇者一人を乗せて、竜が飛び立つ。ふらふらしてんな、重すぎてそこまで遠くまではいけないか。といっても、大丈夫だ近くの村まで持てば良い。後はゆっくり地上で良い

 そして、たまに此方を振り返りながら弓の勇者一行(二人)もこの場を離れる

 

 「逃がすと思うか?」

 「おいおい、このネズミさんが逃がすと思ってるのかよ」

 「まあ良いでしょうねぇ

 レーゼ、遊んでやりましょう」

 追おうとする男を止めたのは、麻痺は終わったろう黒髪

 「話が分かるな」

 「盾と弓には逃げられましたが……それは後で追えば良いもの

 その力と剣と。二つ取れれば上出来、ネズミ狩りを終えて更に取れれば120%の大勝利ですねぇ」

 「生憎と、ネズミさんの力は……」

 行くぞ、クソナイフ

 こっからは、一切の遠慮は無しだ。最優先はリョウなる黒髪。何があろうと奴は此処で仕留める。剣を錬に取り戻す。それが出来れば、まだ世界に未来はある!後レーゼは死ね!

 「フロートダガー!バーストジャベリン!」

 「んなっ、にっ!?」

 とりあえずどっか行きそうな刀(レーゼ)に向けて挨拶代わりに短槍をぶつけて爆発させて足止め

 ……扇に防がれてるがまあ良い。止める為だけだ

 

 ……グラス生きてるんだろうか。生きてるならば扇を優先、そうでなければ扇はまあ良いやだが。刀と扇の優先度が面倒だな。リョウはここで殺す。リファナを傷付けたレーゼも此処で殺したいが、心の中の理性がいや扇優先じゃないか?と叫んでいる

 「これは……投擲具!」

 「そう、その通り!

 だから大人しく屍を晒せ!スパイラルドリルⅡ!」

 剣先から回転する剣をぶん投げる。目標は扇。一転突破のスキルだ。固い相手にはドリルで風穴ぶち開ける。当たり前だな!

 ……何かプラズマ纏って強化されてる。強化されてる分には関係ねぇな!

 「その力……まさか

 仕掛けるとしましょうかねぇ、レーゼ」

 「指図すんな、リョウ!」

 クソナイフぶん投げた俺へと、男転生者二人が迫る

 ……投げたから、か?甘いってことを見せてやろうか

 

 「セカンドダガー!チェンジダガー(攻)!」

 正面から来る剣の一撃を、二本目のクソナイフで受け止め

 「貰ったぁぁぁっ!」

 その隙に背後に回り込んだ……と思ったのだろう、大上段から振り下ろされる刀を……

 「秘技、尻尾白羽」

 肩口を軽く裂かれつつ、根元に尻尾を絡めて強引に止める

 止まりきらずとも、触れれば良い

 「……軛を受けよ、眷属器!

 今だけで良い、俺に従い奪われろ、刀!」

 「……へ?」

 伝説の武器を奪う力を発動。直接触れていて、しかも相手は俺と同じパクラー。それはもう奪うのなんて簡単である

 即座に支配権を略奪。そのまま尻尾で刀を絡め取り……

 斬!

 剣との鍔迫り合いは勝手に戦える偽・フレイの剣に任せて両の腕を柄から離し、尻尾から刀の柄を受け取って逆袈裟掛けに振り上げる!

 「ぐ、ぎぃやぁぁぁぁぁっ!」

 ちっ、外したか!右腕一本しか持ってけてない!

 「お、俺の、腕がぁぁぁっ!」

 「五月蝿い!」

 そんな彼を庇うように扇が出現したので追撃は諦め、跳躍

 「……投擲具の時点で気が付くべきでした

 何故、裏切っているのです、転生者!」

 「はっ、ネズミさんは、最初から一度たりとも大切な人からの期待以外を裏切ったことはねぇよ!」

 扇の転生者へ向けて空を走る。プラズマ纏ってれば簡単な話

 「そもそもな!転生者としての話に則っても、てめぇ等別世界の転生者が、俺と味方同士な訳があるかよぉぉぉぉっ!」

 奪った刀の力を軽く確認。別次元だからか強化は完全に別ツリー。強化共有は不可能。だが、クソナイフとは別枠といってもステータス補正はどっちも俺にかかるものなので共有、スキルカスタムが出来るかとかその差だな、大体分かった!

 オーバーカスタム!武器合成!

 

 ……弾かれた。やっぱり駄目か、異世界の勇者の武器を武器合成で取り込むの

 『称号解放、世界の敵ネズミ』

 ……いや、これはまさか出来るわけないと思いつつついやってしまった出来心だすまなかったクソナイフ

 その間に、扇の眼前へ

 「無明・七天虹閃!」

 そして、刀のスキルを使用

 七天虹閃。三段突き……のようなスキル。駆け抜け様に、一撃で七回同時に突く。同時に突かれて相手は崩壊する。つまりは防御貫通である。変幻無双流、多層崩撃だったかこれのパチモンみたいな技あったな。いや、スキル無しでこれ再現するって何だそれ

 「芭蕉……きゃっ!」

 防ごうと、扇の少女もしたのだろう。だが無駄だ、多段で削りきる気のクソナイフのドリルと違ってこれは防御無視。構えた扇を通り抜け、少女の体も突き抜けて、七色の光がその背から吹き出す。ついでに折れたっぽい肋骨の破片や血も少々

 綺麗な羽根……とは言えないな

 「轟!竜!翔!」

 だがそこで止まってはいけない。走り抜けた後振り向き様に風を纏って斬り上げ

 扇を持った少女の手が、天へと登る上昇気流に取られ

 「ストライクダガー!」

 頭の上に上がったその手首を、俺の頭上から飛んで行くナイフが跳ねた

 「セカンドダガー!フラッシュピアース!」

 更にはピックで喉を潰す

 「っ!ゆ……」

 腕を抑えて踞るレーゼが何か言っているが気にせず、リョウはまだ偽・フレイの剣と格闘しているので無視。いや、スキルで吹き飛ばしたか。だが、もう遅い!

 「スターダスト・ブレイド!」

 流星のオーラの刃を振り下ろす。扇と喉を、つまりは武器と魔法を奪われた転生者に、それを防ぐ手だてはもう無く

 「ご……め、レー……」

 喉を潰されろくに言葉すら残せず、少女の姿は流れ星の先に消えた

 刀の刃先から落ちる数敵の赤い露だけが、そこにかつて人が居たことを示していて

 「霊刀・鬼滅」

 だが、それも亡霊として蘇られても困るからと魂を両断する為に振られた刃からふるい落とされて消える

 

 「ゆ……」

 「……次は、お前だ」

 「(ユエ)ェェェェェェェッ!」

 轟、と風が吹いた

 ばちばちとした感覚と共に、ずっと点いていたクソナイフのアイコンが点滅し……

 「許さん!よくも……よくも……

 うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

 俺は、怒ったぞぉぉぉぉぉっ!クソネズミぃぃっ!」

 ぱちっと、その光が消える

 いや、うっすらと残ってはいるのだが……

 そうして、踞っていた青髪がゆらりと幽鬼のように立ち上がる。それは、まるで揺らめく炎を纏っているかのようで……その腕には、炎を模した穂先の禍々しい短槍が握られていたのだった

 

 憤怒の投槍Ⅱ……っておい!どうなってんだクソナイフ!というか何で奪われてんだよあいつはもう1つ奪って……あ、俺が更に奪ってったせいか

 だからってさっくり捕まってんじゃねぇぇぇっ!このクソナイフがぁぁぁぁぁっ!




防御無視で防御を解かせ、崩し技でもう一度の防御を封じ、追撃で防御手段と抵抗手段を奪い、最後に高火力で無抵抗にした相手を消し飛ばして止めに復活手段を断つ
ひでぇ殺意のネズ公である


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転生者vs転生者

前二話において、転生者のレーゼを金髪と書いていたところがありましたが青髪の間違いです
申し訳ありません


仕方がないので刀を構える

 ……刀での長期戦は想定してなかったんだが……っておい!刀!逃げるなボケ!

 なんて、今だけで良いと言質はとってあるからじゃこれでとばかりに俺の支配下から出てこうとする刀をもう一度軛に繋ぎ直す。全く油断も隙もねぇな勇者武器

 今だけってのはこの波が終わるまでだクソ刀。……止めろ震えるな暴れるなクソナイフのノリのままクソ呼ばわりしたことはすまなかったから逃げるな勇者武器持ち二人に勇者武器無しで戦えってのか

 

 向こうがカースなら此方も……え?無理?憤怒の刀ⅢとかラースブレイドⅡとかくらい使え……ない?ラースのカースには問答無用でとある理由からロックかかってる?どうなってんだおい

 「……まあ、良い

 てめぇら全員、あの金髪の所へ埋葬(おく)ってやる」

 ばちばちとスパーク走らせる刀を右腕を伸ばして突き付け、宣言する

 このスパークは逃げようってものじゃないな、俺の纏うプラズマが移ってるだけだ。これでスペックが上がってるから有り難い、目の前の転生者をぶち殺しやすくなる

 「あの、金髪のところ……?」

 炎を物理的に立ち上らせながら、クソナイフを握り締めた青髪はほざく

 

 「(ユエ)の事か…

 (ユエ)の、事かぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 瞬間、更に投槍の姿は一段階変わり……ラースジャベリンⅢ!?

 『その愚かなる罪人への我が決めたる罰の名は神をも縛り吊るす受難也。憤怒すらも裁かれ、屍を晒し風に揺れるがいい!』

 ……処刑具スキル!?ヤバい!

 「月の、仇ぃぃぃぃっ!カルヴァリークロス!」

 瞬間、俺の背後に燃え盛る十字架が出現した……延びる茨が避けようとした俺の腕を絡めとって磔た

 ……熱っつ!この炎カースバーニングじゃねぇかこのままずっと焼かれてたんじゃネズミの丸焼きまっしぐらだ。そんな戦場の兵士か貧しい乞食の御馳走になるなんて御免だっての!

 「あ、ぐっ……」

 からん、と茨に締め上げられて柄から指が引き剥がされ、刀が手から落ちる。おい、刀!戻ってこ……ないわな、所詮は俺がパクっただけの武器だし

 

 と、落ちた刀は光となって飛び去って行く。ワインレッドの裂け目のその先へ。恐らくは本来の持ち主の所……或いは台座に帰ったのだろう。刀の勇者本人が生きてれば前者、そうでなければ後者……いや、ここまで危機的状態だとそんな事すらなく弱かろうが何だろうがまだ見込みのある候補に宿るか?

 いや、そんなことより今はこの転生者ズマイナス1を殺す手だ。怒れ。アヴェンジブーストを発現しろ。精神を怒りのままに自由に解放してやれ

 そんなことは分かっている。怒りでカッとなり自分の意志を越えとんでもない力でメチャクチャな戦いを始めてしまえばきっと勝てる。だが……それだけの怒りを理性で出せる筈もない。 母さんが轢かれた時や瑠奈が死んだときですら出せなかった力だぞ?使えるなら使ってる。このままじゃリファナが死ぬ。出せるものなら……応えろよ、俺の異能力なんだろ、アヴェンジブースト!

 

 だが、そんな言葉で使えたら苦労なんて無く

 「貴様だけは許さんぞ、ドブネズミ……

 (ユエ)は良い奴だった……。本当にいいヤツだった……同じ転生者で、前世の記憶があるからひとりぼっちだった俺の一番の理解者で、恋人だった……。お前なんかが!こ、こなごなにして良いような女の子じゃなかったんだ!

 た、魂までばらばらにしやがって……もう女神の奇跡でも生き返れない!お前が、大人しく武器を献上して滅ぼされるのが筋のNPC勇者ごときがぁぁぁぁぁぁっ!」

 怒りをぶつけるように、ジャベリンを突き付けて呟く青髪(レーゼ)。ってかおい、やっぱり魂ぶった切ってなければ女神の奇跡で生き返りやがるのかこいつら!タクトかよ面倒な!

 あと、俺は転生者だお前と同じく。お前の基準でもNPCじゃない

 

 「そんなてめぇの事情、知るかよ……

 俺に言わせりゃ、てめぇなんぞに、リファナを傷付ける権利なんぞ無い!同じこ……ぐっ」

 茨が喉を締め付け、言葉が途切れる

 「死ねぇぇぇぇっ!ジャッジメントレイ!」

 そうして、怒りに任せて俺目掛けて彼はクソナイフを投擲し……

 見付けた、1つだけある手!

 

 「がっ!」

 僅かに軌道は逸れ、槍は腹にぶっ刺さる。そのまま勢いをつけて十字架を砕き、俺を大きく吹き飛ばし……

 風を巻き上げて止まる

 ばちばちとスパークする腕

 「なっ、それは……」

 レーゼが目を見開く

 「炎舞・鳳凰双撃!」

 その瞬間、俺は手にした一対の鉄扇(・・)を振るって反撃を開始した

 

 ……そう、鉄扇。つまりは勇者武器の扇である。そういえばあいつ消し飛ばした後、刀は勝手に元の世界に戻ってったが扇は戻ってく姿を見てなかったな、という事で磔になりながらも探し、そして元の持ち主の元に戻らずにこの地に潜伏する扇を見付けたという訳だ

 ……手を貸してくれるのか、扇?……そうか、自分達の世界を助けてくれようとしてて本来の勇者の元へ自分を返してくれる勇者への恩返し、か、義理堅いな。分かった、この波が終わるまで、頼むぞ!俺は勇者じゃないけどな!

 「それは……月の……」

 「ころころと武器を変えるものですねぇ……」

 「あるものは使う、ネズミさんってのは……手癖が悪いものでな!」

 ……腹がすかすかする。穴空いてるな

 まあ良いや。スパークで感覚麻痺してきたからかあんまり痛くない。ってか痛覚神経やられてんな絶対。血はもうちょっと止まって欲しいが

 

 「返せ!月の武器はドブネズミが穢い手で触れて良いものじゃねぇ!月だけのもんで、形見だ!」

 カースバーニングを纏い、青髪(レーゼ)が吠える

 「違う!これは世界を護る力だ!

 俺も、てめえらも!本来触れて良い力じゃねぇんだよ!」

 ということで俺もスパークばちばちで対抗。いい加減本気出せアヴェンジブースト。ってリファナが殺されでもしないと無理か、なら一生目覚めないで良いぞ

 「今度こそ殺す!『その愚かなる」

 「二度も撃たせるかよ!」

 盾のように扇を、レーゼと重ねるように出す

 「ぐぇっぷ」

 良し、重なったせいで本来は自分を護るはずの盾に激突して言葉に詰まる。こういう点では便利だな防御系のスキル。クソナイフは攻撃一辺倒だからそこらの小回りが効かないってか俺から遠い場所に出せない。その点盾系列は遠くにも出せる。出したものに火力はないけどな!

 「なら!エアストスロー!セカンドスロー!ドリットスロー!トルネードスロー!」

 基本コンボか!でもな、元々使ってた相手に同じ勇者武器で挑むなら、対応くらい知り尽くされてると思え!

 「芭蕉風!」

 多分俺の一撃を防ごうとして月だか誰だかが使おうとしていたであろうスキルで迎撃。風で押し戻すスキルだ。飛んでくる魔法や矢やクソナイフには効果的で、人間大以上だと無理がある

 「ぐっ」

 「月輪砲華!」

 扇を二枚重ねて真円にし、そこからビーム

 撃てんのかよこんな火力スキル。狙うはそろそろとこちらを離れようとするリョウ

 「くっ、それとなく消えさせてくれませんかねぇ……レーゼさんと遊ばせてあげているのですから、必要」

 「あるに決まってるだろ逃がすかボケェ!」

 「ならば、片付けましょうねぇ!流星剣!」

 「スターダスト・ファン!」

 二つの流星が激突し、スパーク

 「そこだ、死ねぇぇぇっ!ブレイズ・ドリルゥゥッ!」

 其所にカースバーニング纏わせて回転するクソナイフで突っ込んでくる馬鹿(レーゼ)。それを、扇本体で受ける。あれは……ほぼブレイズソーサーだな、ノコのように回転するかドリルのように回転するかの差だ

 それを扇で受ける。ガリガリと削れていくが、受け止める。手に当たりそうでカースバーニングでちりちりするが気にせず……ってか鉄扇だから熱されてるしそっちのが辛い

 ……ああ、有り難う扇。もう良いぞ扇。助かった扇。とっととお前の勇者の元へ戻れ、生きてるんだろう?

 ……もう、十分だ

 

 「う、うおぉぉぉぉぉぉっ!」

 そのまま、青髪は回転するナイフを押し込もうとして……

 「馬鹿がぁぁっ!」

 間近で長時間回転するクソナイフ。ならば、転生者パワーで干渉して取り戻せる、元々俺が使ってたものだからな!スパークと共に、消えていたアイコンが復活。同時に一時的に横にあった扇のアイコンが消え

 二度目の斬

 「ぎぃやぁぁぁぁぁぉぉぁぁっ!」

 変な悲鳴と共に、今度は片目を喪って叫ぶレーゼ。流星剣のスキルも終了し、扇はクソナイフの戻った俺の手を離れて飛び去って行く

 

 「……返せ」

 「返してもらったぞ」

 「返せよ!月を……月の仇をとる力を!」

 もう一度奪いに来るか、だが、引き合い勝負なら……

 だが、そうではなく

 「……おまえはもう謝っても許さないぞ」

 ふっと、視界の端のスパークが消える。髪が青白いスパークを喪い、ネズ白髪に戻ってふわりと落ちる。そして……

 黄金の髪に変化し、スパークを纏い、白眼まで真っ赤に染まった元青髪が、此方を睨み付けた

 ……アヴェンジブースト、覚醒段階!?雷挺の勇者とかネタにされた昔の俺のアレと同じ姿!まさか、こいつも俺と同じ異能力持ちか!?元々あれは潜在的に持ってる人はどれだけ居るか分からないってか案外居そうだが覚醒するにはほぼ総てを喪って怒りに呑まれなければいけないが故に殆どの人間は恐らく持ってることにすら気が付かないままに一生を終えるのだろう異能力、確かに転生者の中にも樹の世界で元々異能力ほぼ無しとして蔑まれていた奴とか居て実は持ってたとか有り得なくもないってかありそうなシチュエーションだが、此処でか!?

 

 戻ったクソナイフを構える

 「だぁぁぁっ!」

 腕からの雷撃!ってかさっき撃ったビーム並みの極太雷撃砲じゃねぇか!

 ……って、思ったが何で俺のアヴェンジブースト側は解除されてるんだ?

 「お前……何者だ」

 とりあえず来るのは分かってたのでビームはスカイウォークして空に逃げておいて、聞いてみる。いやぁ、地面抉れてんな

 「てめぇなんぞに勿体無い怒りの力を本当に持つべき者。月の仇を取る……怒りの戦士だ!」

 は?本当に持つべき者?異能力も実は転生者が奪えるものに入ってたのかよ。まあ、樹の異能力って実は地味に強いけど地味な絶対音感と命中だし、尚文のも普段は使い物にならない対酔だしな。転生者がわざわざ奪いにいかないのも分かる。ぱっと見優秀な異能力持ちが原作に居たら実は異能力も奪えると御披露目してたのか?ありそうだ、読んだことのある異世界転生ものの作品にも他人のスキルを奪って強くなる主人公とか居たしな。レベルドレインも居たし、多分そういう転生者も居るのだろう。こいつは違うっぽいがな

 

 ……ふざけるな、奪っただけか

 「俺の、怒りは……俺の想いだ!総てだ!

 奪えるようなものじゃねぇ!」

 ばちっとスパークと共にアイコンのような雷撃が視界に一瞬浮かび、髪が青白くプラズマで逆立つ

 ……勇者武器は結び付き弱くても、前世からの付き合いだから異能力はそうそう手出しされないって感じか。軽く取り戻せた

 「……滅びろ」

 「そ、そん、な……

 ユ……エ……」

 金髪の解けたレーゼをクソナイフで横凪ぎ。右目を喪った青髪の上半身が、力無く大地に転がる

 

 「……レーゼ、馬鹿な人ですねぇ

 

 ですが、四聖は手にした。最低限の目的は達しましたねぇ。転送剣」

 ポータルスキルで、残った黒髪が去ろうとする

 「逃がすかよ!ずっと待ってたんだろ、ゼファー!」

 そう、あのでち公ずっと見てるだけであるが、此処に居たのだ。白竜と共に去っていったのは尚文とフォウルと、後はリファナラフタリア錬の動けない三人。ブランと乱入してきたあいつ自身は、そのまま去らずに隠れている!

 「任せるでちよ!デビルサンクチュアリでち!」

 「なっ!」

 転送を妨害され、あまり手出しされないよう一歩引きぎみであった彼に、初めて大きめの隙が出来る

 「そこだぁぁぁっ!」

 瞬間、伸ばすのはクソナイフ……ではなく、転生者パワー

 剣のアイコンが俺の視界に浮かび

 「神撃の剣!もう一発神撃の剣!」

 クソナイフを偽・フレイの剣にしてあるせいか俺の手に渡った剣の姿も同じに変化、これ幸いとスキルをぶっぱなす

 一対の……という訳ではない二本の同じ剣に切り裂かれ、黒髪の転生者は散った

 

 「……終わったな」

 「覚、えたぞ……クソネズミ……」

 呟く声。って青髪(レーゼ)生きてたのかよ

 だが、奴が何か今出来るわけでもない。ワインレッドの空と共に、上半身だけになった少年の姿は亀裂の向こうに消えていった

 後には、スキルぶっぱなしてやりあった結果抉れた大地と、かつて勇者の仲間だった肉塊、そしてソウルイーターらしき波のボスの死骸、後は夕暮れの明るいオレンジの空だけが残った

 

 って危ない危ない、忘れ物だ

 「神撃の剣」

 と、黒髪の魂を斬って処理しておく

 まあ腹に穴が空いたりもしたが、何とか転生者3人との戦いは終わったのだった

 

 そして、良かった良かったとばかりに光になって飛び去って行く二つの剣

 ああ、剣は錬のところに戻ってやれ。だがクソナイフ。逃がさん、お前だけは



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ネズミと剣の勇者編
誤魔化し


ふと、眼を覚ます

 

 全身が……ってか主に心臓がバチバチして痛む。腹は……うん、すかっすかだな。逆に何も感じない

 「起きたでちか?」

 「……ゼファー」

 寝転がったまま、顔だけ傾けて確認。此処は……洞窟か何処かか?

 「全く、終わったと思ったら突然倒れるでちから……ボク大変だったでちよ」

 「お前が運んだのか」

 「そうでち。ボクに感謝するでち」

 「ああ、有り難う」

 ……突然倒れた、か

 ……多分腹の穴のせい……じゃあなくて転生者プロテクトのせいだろうな。転生者vs転生者で勇者武器持ちを2人ぶっ殺す。いや、一人逃げたな、上半身だけで何が出来るかは知らないが、再生してパーフェクトになって戻ってくるとか全身機械化して戻ってくるとかより純粋な悪になって戻ってくるとか、脱皮して化け物になって戻ってくるとかどうせそんなんだろう。機械惑星と合体したら笑うが。そのまま死んでくれたらちょうど良いんだが

 ……なーんてやってたらそりゃ転生者プロテクト食らうわなという話である。大義名分はでっち上げられるのだが、それを告げる前に食らうのは仕方ない。死ななかったのは大義名分あるのかもという手心か何かか

 

 「で、此処は……」

 「近くの洞穴でちよ。流石に波のあった場所の根元にごろ寝は不味いでち」

 「……だよな」

 ……にしても、柔らかいな、頭の下だけ

 「ボクの膝枕は気に入ったでちか?製作者拘りの質感でち」

 「いや、そこらは全然感じないな」

 「酷い話でちね」

 「いや、そもそも腹の辺りとか感覚無いし、ろくにそこら感じないってだけだ」

 「……折角の好意が無駄だったでち」

 なんてやりつつ、特に話は進まない

 

 「……そういえばマスター」

 俺の頭をってか耳を弄りながら、でち公が聞く

 耳掃除のつもりだろうか、くすぐったい

 「まあマスターの事だから理由はあると思うでちが、何であそこで戦ったんでちか?転生者としては戦ったけど流石に1vs3はきつかったって名聞も立つでちから、二人くらいはあのまま追いかけさせても何も言われなかったと思うでちよ。生き残った勇者が居ても一人は止めたで多分疑われない上に三人とも来てたらお前も死んでたぞで恩もある程度売れるでち

 わざわざ倒すなんて、敵みたいでち」

 「ああ、あれか?あれは倒さなきゃいけない相手だった

 転生者として、な」

 多分眼をぱちくりさせている……のだろう。その顔は膝枕から見上げても無駄に盛られた胸に阻まれて見えない。本当に作者おっぱい星人だな、デカイ

 「そうでちか?」

 「あいつら、無自覚に負けに行ってたからな

 誰かが止めなきゃいけない。正規勇者に負けるってのが一番後腐れ無いんだが……」

 どう言い訳すべきか。頭をフル回転

 ぶっちゃけ、リファナを傷つけられてもう良いや死ねと半ば自棄っぱちで殺しただけである。後先あんまり考えてない行動であった

 なので、適当な理由をとっととでっち上げなきゃいけないのだ。このでちでち悪魔は悪魔だ。どうせ裏でシステムエクスペリエンスに情報送ってるんだろうからな、それっぽい事を言わなきゃいけない

 

 「負けに行く?向こうにも勇者武器があるのは前に聞いたでちが……それを持って此方に来たとして、それが何で負けになるでちか?」

 「向こうの勇者武器を持ってるからだよ」

 「勝ちかけなんじゃないでちか?」

 「いや、勝利だと思った瞬間に負ける」

 「訳が分からないでち」

 首をかしげる悪魔

 

 そろそろ行けるな、と上半身を起こす

 「ゼファー」

 「今でも言うでち。ベールでち」

 「波ってのは、女神が降臨する為の土壌を作るための世界融合の力だ」

 「前に聞いた気がするでちね」

 「じゃあ、俺は恐らく今回……ってさっき終わった波」

 「マスターは1日寝てたでち」

 「前日終わった波で恐らく向こうの勇者が出てくると言ったな

 ……何でだと思う?正規勇者は、世界を守るために行動している。なのに、転生者のように、波に乗じてやって来るなんて何かしら、勇者側の勝利を達成出来なきゃ可笑しいだろ?」

 「それもそうでち」

 「つまり、何らかの形で世界を救える

 それが、あの転生者どもがうっかり達成しかけた勇者の勝利条件

 いや、奴等がやりかけたのはこちらの世界の勇者の勝利条件なんだけどな

 

 二つの世界の融合が波の果てだ。ならば、片側の世界を滅ぼせば、融合先が無くなって波は終結する」

 「つまり?」

 「奴等は自分達が強くなれるしとうっかり勇者を追い詰めすぎてんだよ。あのまま他の勇者武器まで奪っていったら、融合の際に女神が降臨する土壌を作るどころか向こうが一方的に滅ぶだけで終わる。そして波は終わり、女神は来れず、再び波を発生させられるまでに長い時間を要する。勇者の勝ちだ」

 と、でっちあげる。いや、これ割と真実混じってるとは思うがな。確かグラスは自分達の世界を救うためにこの世界を犠牲にしようと波に乗じて攻めてきた。向こうは既に四聖が3人居なくなってるはずだからな、此方の四聖を消して何とかと思ったのだろう。逆に言おう、あっちの世界もう四聖が一人、眷属も幾つか奪われているとほぼ詰んでいる世界だ。更には何かグラスも生きてたっぽいが原作と違って扇を奪われていたりと更に侵攻は進んでいる

 つまり、だ。向こうの世界ほぼ終わってるというのが容易に推測できる

 

 「……じゃあ、波を支援して融合させれば良いんじゃないでちか?」

 「融合の際に向こうが勇者武器無さすぎて詰んでると此方が上書きして終わりかねない」

 因みにこれは嘘。ってか有り得るかもしれないが確信はないので現状は単なるホラである

 「なら、此方を弱体化させれば良いでち。きっと、弓とか倒してくれたでちよ」

 「……その上で多分どちらも詰みかけてるから普通に融合出来る、になるよりも向こうがやりすぎてうっかり滅ぼしちゃったてへっの方が多分早いと思った

 そもそもあいつ、考え無しに剣奪ってったからな」

 「剣だと駄目なんでち?」

 「そりゃダメだ。基本的に、俺が投擲具を眷属器と呼んでるように、あいつらは眷属だ。四聖の下だ

 ……そして、四聖の武器がこの世界の神のようなもの。向こうの世界には波による世界融合が完遂しなけりゃ持ち込める道理がないんだ

 つまり、あいつらは波が起きているから来れているだけなのに、向こうに持ち帰れないものをわざわざ選んで持ってったって事だ。波が終わったら抑えきれずに勝手に離れてくぞ。そんなもの持っても何の意味もない」

 ……因みにこれも嘘。転生者の力が本当に強ければ多分持ち帰れるし、そもそも強引に力を使えば俺は四聖の勇者だと大法螺吹いてこの世界に止まる手だってある。だから実際は意味はある

 

 「そんな馬鹿どもに賭けるよりは、向こうの勇者が何とかかんとか抵抗を続けていてくれる事に懸けた、それだけだよ」

 「……てっきりキレてうっかりだと思ってたでちが、考えあったんでちね……」

 表情が三種しか無いので真顔で、その悪魔はほざいた

 ……正解である。リファナを傷付けたから死ねでしかなかったのだが、誤魔化しは効いたようだ

 

 「ところでゼファー、飯は?」

 「食べたところでそのお腹の穴から出てくだけでちよ」

 「そりゃそうか」

 「ボクが作るものをそんな粗末にされると困るでち」

 「ってか作れるのかゼファーお前」

 そういえば、何かパーティで言ってたな

 「マスターはボクを何だと思ってるでちか……

 ボクは理想のお嫁さんとして作られたパーフェクト悪魔のベール=ゼファーでちよ?当然家事については万能でち」

 「ぽんこつでち公悪魔じゃ無かったのか」

 「いい加減怒るでち」



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盾を憎む

「ふーんふんふーんふーん

 ふふふふふーん」

 適当にへたっくそな鼻唄を歌いながら道を行く。割と調子っ外れなのは自覚があるが、やりたくて適当にやってるだけだし良いや

 「らっらっらー、でち」

 そんな鼻唄に合わせ、でち公が謎の合いの手を入れる

 ……なあゼファー、入れてみるのは良いがそこは拉麺6杯の箇所だからそんな合いの手を入れられても困るんだ。何か脳内で歌がズレる

 

 そんな俺達が何をしてるかと言うと……リユート村の魔物商のところに来ていた。うん、何やってんだこいつら(自分の事だが)

 因みに、尚文が何処に居るのかは知らない。パーティ組んでないからなもう。あれだ、気が付くと…ってか良く良く思い出してみるとアヴェンジブースト一瞬奪われて取り戻すってやった時に何でか視界やアイコンにブレが生じて、それでパーティ情報とか消えたんだよな。ゼファーともパーティ解消されてソロ化してたので気が付いた。向こうからすればああ、あのネズミ死んだなと思われてるんじゃなかろうか。パーティからふっと消えた訳だし

 なのであの辺りの村で情報を集めて貰い(薄汚い腹に穴の空いたネズミよりは胸以外は幼いでち公の方が余程快く話をしてくれるので任せた)、リファナ等は無事で、ある程度容態が落ち着いたらポータルで飛んでったということは聞いた。じゃあ何処に飛んだんだろうと東へ向かう道中のあの地点にクソナイフポータルで俺も向かったのだが、そこじゃ無いらしい。俺が抜けたから東の山へ行く道理が消えたか。何で利益の無い樹の依頼なんぞ俺がって事なんだろう。しゃあなしである

 樹とリーシアについては不明、多分メルロマルク国外にもうポータルで飛んでるからだろう。錬も知らん。元康は……波が終わった頃に起き出してふぉぉぉぉっ!して波の中心だった場所に突撃し、あの魚の死骸を一人で槍に全部修めて帰ってったとゼファーが言ってた。バレたらマスター死んでたでちよ感謝するでちだそうなので、頭を撫でたら満足した。それで良いのか悪魔

 そして元康め、波にもその後の襲撃戦にも不参加の癖して波のドロップだけは美味しいところを総取りとはちゃっかりしてやがるな俺にもヒレ一枚くらい寄越せクソナイフに吸わせるから

 

 なんて事はもう終わったことで

 「おお、やってるやってる」

 リファナに言われた通り尚文は守った。だからもう良いだろネズミさんは死んだって事で暫く気ままな転生者やるわ、という気分で魔物商から適当に生き物買いに来たのである

 具体的に言えばフィロリアル。誰か勇者がフィロリアル育ててないとと思うのだが、尚文の奴リファナがうっかり大当たり引き当てることに成功したからドラゴン連れてるしな、もう尚文には頼れない。じゃあ俺が代わりに育てるわ、足にもなるしという奴だ

 「すみませーん!盾の勇者様に守られた魔物商のお宅があると聞いたんですがー」

 「あ、はーい」

 呼んだら出てきた。普通の人だな

 「その盾の勇者様にあやかってその場所の魔物が欲しいんですけど、一匹売ってくれませんかー」

 耳ぴくぴくさせつつ尻尾はわざとらしくぶんぶんと。盾はメルロマルクではクソ扱いされてるがシルトヴェルトでは神。それを知っているはずだから亜人が言えば違和感無いはずとわざと亜人であることを強調

 

 「お金は?」

 「ふっふっふっ、無いでち」

 「いやあるだろゼファー」

 「ボクの手元には無いでち」

 「そこは言わんで良い、俺が払う」

 と、金貨を見せる。実際には金貨は単位がデカくて使いにくいんだけどな、逆に言えばそれなりに裕福でないと持ってすらいない。普通こんなの貧乏人には無用の長物だ

 「ん、じゃあ……何が良い?」

 「フィロリアル!」

 「フィロリアルかぁ、離れたところにあるフィロリアル牧場の方が良いのが」

 「盾の勇者様が守った場所の、フィロリアル」

 「あ、はい」

 …あ、出てきた

 

 卵だな

 「卵でちね」

 でち公と顔を見合わせる

 「……フィロリアルの?」

 「はい」

 「じゃあ良いか。成体より楽しそうだ」

 ついでに、一応確認も出来るな。フィロリアルってのは元々勇者が作った人工の魔物だ。普通の魔物じゃない。そのためか、勇者が育てた場合のみの特例進化形態があるのだ。それになるか否かでクソナイフを持ってる俺が勇者認定ある程度されてるのかどうかがわかる訳だ。碑文に関しては、この先は正規勇者のみで半端だったしな…なるかならないかの二択なフィロリアルはその点多分半端にはならないはずだ

 

 ということで、色をつけて銀貨300枚を支払い、フィロリアルの卵を買う。果たしてどんなフィロリアルが生まれてくるのやら

 

 ということで、晩飯を…

 「駄目でち」

 「何故だゼファー」

 適当に買うかと思ったら拒否られた

 「買うとか勿体無いにも程があるでちよ」

 「安くてそこそこ美味い、勿体無いとか言うのは祭りの時くらいだろ、あれは祭りの空気で高いが」

 因みに、ルロロナ村での祭りは…所詮外からの参加者とか居ない内輪だけのものなので無料だ。まあ出し物は有料だったり無料分に限界あったりするんだがある程度の量はな。大人は金を出しあって祭りをやる側だけど。そこらは……狸の親父のお陰だろうな、そうでなければ親無き鼠な俺とかろくに楽しめなかったろうし

 「勿体無いにも程があるでち

 マスターは全く分かってないでちね」

 ふふん、と無駄に豊かな胸を張る悪魔

 「何がだよ」

 ぽん、と悪魔の奴は胸を叩く。あ、揺れた。どうでも良いな

 「ボクを見て何にも思わないでち?」

 「ゼファーだな。実は入れ換わって俺を殺しに来たとかそういう冗談は要らないぞ」

 「ち、が、う、で、ち!」

 ……いい加減怒りの表情くらい覚えないだろうか。元々要らないからと表情3パターンしか無いにしても、真顔でキレるなでち公

 「怒りの表情練習するぞゼファー」

 「それは後でち

 マスター、ボクの服装は何でちか?」

 「何時ものメイド服。そろそろ洗え」

 「……これは3着目でち」

 「変えてたのかよ」

 「そうでち。悪魔宅配サービス舐めるなという話でちよ」

 考えてみれば、その気になればこっそりほとんどの場所から伝説の武器を盗み出してプラド城に保管できていたのが悪魔だ。洗って宅配くらい出来るのだろう。壮大なシステムの無駄遣いである。疑問は……持ったら悪魔(AI)越えてるか

 

 「ボクはメイドでち。しかも、理想のお嫁さんとして作られたスーパーヨメイド悪魔ゴッドでち」

 「悪魔に神は……居るか」

 「そんなボクが居るのに外食とかボクの無駄遣いにも程があるでち許されないでち」

 ……何いってんだこの悪魔

 

 「今まで言わなかっただろゼファー」

 「マスターと二人になることがほぼ無かったでちからね」

 ……そういやそうだな、と頷く。ずっと尚文一行に混じっていたからな

 「じゃあ見せてみろゼファー、お前の性能とやらを」

 「ふっふっふっ、任せるでちよ

 涙の用意は良いでちか」

 

 そんなこんなで、悪魔が作ってきた料理(串焼きだった。材料は買いたいでちしたら譲ってくれたものらしい。美少女外見は得だ)はというと……

 「美味いな」

 「当然最高に決まってるでちよ」

 「尚文の次に」

 あ、固まった

 「け、けなされたでち……」

 「いや、二番目って事だぞ」

 尚文は反則だからな。チートだチート。嫁を目指して作られたのは嘘じゃないようだ

 「だとしても全く誉められた気がしないでちよ

 ……ボクはこれまでこんなに勇者が憎いと思ったことは無いでち……

 尚文殺すべしでち……何ででちか……愛情なんて無さそうな料理に負けるのは納得いかないでちよ……」

 「そりゃ、あいつの盾料理に補正かけるスキル多いからな。旨さそのものを固形化した調味料を上から瓶ごとぶっかけてるようなものだ」

 「マスター、ボクに勇者武器を奪う力を教えてでち……」

 「ゼファー、お前には無理だ」

 ってか、そんなにショックかよ。本当にAIかお前。そういう奴の方が楽しくて良いんだけどな



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ネズミとでち公

食べるもの食べて、道に戻る

 気儘な転生者道中。さて何処に行こう、というのはある程度決まっていて。簡単だ、目指せ東の山である。一応義理立てとして樹の言ってたアレを見てこようかなという感じだ。向こうには見たことが無い魔物が……いや村出て半年の間に一応顔だしたな。クソナイフ手にしてからは初めての魔物、つまりは吸わせて強化可能な魔物が割と居る。安定強化も含めての形だ。実際素ステの高さって色んなところでものを言うからな。クソナイフの一個のスペックがどれだけ高かろうが、使う俺のスペックが低すぎると生かせずに終わる

 

 その他は……あれだな、剣は送り返したし、錬の奴が来てたりしないかなという話だ

 無いか。樹は俺が……御門讃が居たせいかゲーム気分さっくり抜けてたっぽいが錬はな……。元康?諦めた、駄目だあいつは

 ポータルでまた尚文と進んだ地点まで飛んで、そして尚文もう居ないなと暫く歩いて眠る

 

 ふと、眼が覚めた

 青白い月。満月……というにはちょっと欠けてる、綺麗な月

 あんまり月なんて眺めることも無かった。リファナ達も、あんまり空なんて見なかったからな。まずは生きていくこと、或いはサディナさんの影響か近くに海があったからか、空に関しては皆あまり興味がなかったのだ。その分海には昔から興味があったっぽいが、海難事故で両親死んだ俺が居たからか、ちょっと遠慮がちだったんだよな……。別に、あんまり気にしてないってところまで来てたんだけどな、そりゃ1ヶ月くらいは堪えてたけどさ

 

 閑話休題

 クソナイフで張っておいたトラップスキル、ワイヤーシュートⅣを解除し、立ち上がる。反応型のトラップだ。それが投擲具スキルに含まれるのは……誰かがワイヤーに引っ掛かると撃たれるだから分かりやすいな

 買った卵は未だに静か。そりゃ買った当日に孵ったりはしないだろう。ちょいと貰ってきた孵化容器のリングに尻尾を引っ掛けて……いや、持っていく必要ないなと下ろし、ちょっとだけ辺りに出る

 「ほいよ、ファスト・プラズマフィールド」

 とはいえ、放置している間にどっかの鳥の魔物とかに卵を狙われても面倒なので軽く魔法でトラップ仕掛けて。寝込みを襲うクソならまだしも、原生魔物に対してスキルは殺意が高すぎる。オーバーキルだ

 

 少しした石の上、妖精が踊っていた

 髪の色は明るい赤。そして背には透き通った六枚羽根。それが月の光の下、幻想的な光景を産み出している

 ……って何だ、ゼファーか

 「……マスター?」

 気が付いたのか、でち公も羽根をはためかせ、降りてくる

 デカイな、羽根

 「ああ、この羽根でちか?言ってたと思うでちよ、ボクはずっと羽根仕舞ってるだけでちって」

 「言ってたなそういえば」

 広げてるところ、最初に会った時以来無くて忘れてた

 「まあ、羽根から魔力を取り込むことでボクは本来の力を出すでちが、マスターと居て本気を出さなきゃいけない事が無かったでちからね

 何であんなに強かったんでちか……と、暫くは思ってたでちよ」

 「今は?」

 「あの雷挺があるなら強くて当然でちマスターが負けるはずないでちね

 

 ……あんなものあるなら早く言ってほしかったでちよ」

 はあ、とでち公は息を吐く。その背の透き通った羽根が震えた

 一気に幻想的な感じが無くなったな、おい

 「……そんなにか?」

 そこまでの力じゃないだろうアヴェンジブースト。少なくとも、覚醒前は

 「マスターの正体に関わる重要なものでち。有無で180度ボクの取るべき行動が変わるでちよ……」

 「で?今のお前は、ゼファー?」

 「決まってるでち。契約で縛られたボクはどんな思いを抱こうともマスターから逃げることは出来ないのでちよ

 つまりは付いていくでち」

 「……変わったのか、それ?」

 「変わってないでち。変えるべきは、マスターに対してじゃなくてボクの繋がってるシステムに対してでちから」

 システムに対して?まあ、どうせ悪魔なんだしシステムエクスペリエンスと繋がってる事は知ってたが

 「まあ良いや、任せる」

 「任されたでち

 ……って良いんでちか?」

 「お前は悪魔っぽさがあんまり無いからな、ゼファー

 そう悪い方には行かないだろ」

 俺の正体だ何だ言って、まさか裏切り者だって分かってる……程でもないだろ。裏切り者だと思ってるならば、あの口から出任せで納得するとも思えないしな

 

 「それはもう。ボクは高性能なお嫁さんとして作られたでちからね」

 「そうか

 まあ良いや。羽根を伸ばすのも程ほどにな」

 と、戻ろうとする俺に、背後から声がかけられる

 「疑問でちマスター

 マスターは何でボクをベールって呼ばないでちか?」

 「それは……」

 何でだっけ

 あ、思い出したわ。ずっとゼファーゼファー呼んでて忘れてたけど

 「最初に呼んだときだよ

 普通のAIならゼファーって呼んだらそのまま返すはずだ。その前に、自分の個体名をベール・ゼファーとして登録していたんだからな

 なのにお前はベールがいいと思った言った。それは悪魔は心の無いAIだろ?としてた俺からしたら面白くてな

 だから、ゼファーって呼んでる。そうすれば、お前は普通の悪魔じゃない返しをしてくれるから、な」

 「成程でち」

 と、笑顔になって

 「ってちょっと待つでち!」

 あ、真顔になった。ホント、怒り顔覚えろゼファー

 「それって今もずっとボクをゼファーって呼ぶのは単なる嫌がらせでち!?」

 「……そうだが?ってか今のその反応が面白くてやってる」

 「やーめーるーでーちーっ!

 ボクはベールの方が可愛くてボクにぴったりだと思うでちよ」

 「ゼファー」

 「……もう良いでち」

 あ、飛んでった。その羽根飾りとか魔力吸収用とかじゃなくて普通に使えたんだな

 

 まあ、すぐに帰ってきたんだけどなあいつ。家出は1時間持たなかった



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双子のフィロリアル

「痩せたでちね」

 「そう思うなら朝飯は?」

 「酷いこと言ったマスターはご飯抜きでち。ボクも抜くから一緒に反省するでちよ」

 「じゃ、俺は朝御飯としてストレージに入ってたウサピルの肉でも焼いて食うから。ゼファーも要るか?」

 「わ、ワイルドマスターネズミにはボクの抗議が効かないでち……」

 『称号解放、†ワイルド☆マスター☆ボケネズミ†』

 ……飾るなそこのクソナイフ

 

 腹の穴は、割と治った。ネズミさんの魔法を舐めるなという話。リファナに使えば体力削って死ぬ魔法だが、この俺は生命力には自信があるネズミだ。ネズミはイタチと違って生き汚いからな。亜人には無関係だが

 なので、魔法で治癒力を活性化して寝たらまあ痕はまだまだ残ってるけどとりあえず空気は通らなくなった。数日でシックスパックに戻……いや別にそんなに割れてなかったな腹筋。鍛えてはいてもネズミはムキムキではないのだ。機動要塞マッチョタイガーなフォウルと違って基本は非力なスピードタイプなんだよハツカ種ってのは。まあ、フォウルの奴も細いマッチョだが

 

 なんてのはおいておいて、旅を続ける

 とりあえず、勇者ユータのフリをするために幻影を張っておいて…

 日が昇りきる頃、一人の旅人と出会った。フードを目深に被っていて、逆方向からふらふらと近付いてくる

 ……水不足だな。恐らく。背の荷物がろくに無さそう。まあ、俺も端から見れば似たようなものなのだが、俺にはクソナイフがある。ドロップストレージは不可逆だが、逆に言えばストレージから取り出すだけならタダで出来る。ストレージ内には尚文達のレベリングの際に溜め込んだブツが沢山まだ眠ってるぞ。一部は強化に使ったし一部は売ったが流石に大量に売ると変だからな。リファナ達の前ではそんなに大量にもの持ってってないってのに

 此方を見掛けると、突然走り出した。お、おいどうした?

 

 そして駆け寄ってきて……

 はらり、とフードが取れる。いや、取ったな

 「水を…」

 ……身なりの良い女性だ。年のころは……10代後半ってほど。この辺りで一人旅するには何とも変というかミスマッチ。ゼファーが一人で歩いてたら違和感あるように、彼女も……他に誰か横に居るべき人材に見える

 「はいよ、水」

 と、放り投げる

 顔立ちは……中々だな。とはいえリファナ以下、なのは当たり前なので基準を変えよう。瑠奈以下。当然過ぎるな瑠奈以上とか居ない、リファナが同等ってくらいだ。ゼファー以下。うん、しっくり来る。ラフタリア以下、そうだな、そっちの方が良い

 「あ、有難う。私はリネル、えっと」

 少女が言い悩む

 「あ、俺は……」

 投擲具の勇者ユータと名乗るべきか一瞬言い淀み

 「ユータ・レールヴァッツ」

 「ファスト・プラズマフィスト」

 冷たく告げられた言葉に、思わず魔法をぶっぱなした

 

 「マスター!?」

 「ユータ・レールヴァッツ

 それが、投擲具の勇者の本名か」

 「……?」

 ゼファーが首を傾げてる

 「ゼファー、こいつは……勇者ユータの女、つまりは投擲具の元の持ち主の仲間だ」

 「ユータを何処へやったの!貴方はユータじゃない、どうして!」

 あ、プラズマフィスト解除しやがった。ファスト級とはいえ軽いスタンガンなんだけどなあれ。怒りの力は……いや愛かなこれは。愛は偉大だ

 「冷たい冷たい、二度と会えない地面の下だよ」

 これ見よがしに、くるくるとクソナイフを回してみる。何時もの偽・フレイの剣ではなく、弱めの姿を選んで次々ころころと変え続ける

 「ユータを、殺したの?」

 きっ、と少女が此方を睨む。あんまり怖くないな、勇者の敵討ちだってのに

 

 「返して!それはユータの力!」

 「……うぉい!」

 いや、突っ込むまい。ラフタリアだって、タクト辺りに盗んだ盾でイキりだす逝く結末(さき)も解らぬままされたらそれはナオフミ様の力ですって言うだろうし

 

 「いや、それ以前に……」

 「ユータを殺し、その力を奪い……許さない!」

 「あっそう」

 クソナイフ。勇者の敵討ちに燃えるあいつの所に行きたいか?なら行って良いぞ

 と、拘束を軽く緩める

 ……行く気配がないな。何となく知ってたけど

 

 「マスターマスター。そもそもマスターが各勇者の噂語ってくれたでちが、投擲具の勇者って召喚された者のはずでちよね?」

 「だな」

 「ならば、姓がレールヴァッツな筈が無いでちよ」

 「だよなー」

 ああ。薄々気が付いてはいたんだ。ただ、それを認めるとそもそも俺の行動の最初からズレてる事になるから、そんな筈無いさ終わったことだしと眼を逸らしてただけで

 ユータ・レールヴァッツ。勇者にあやかって日本風な名前が付けられるこの世界では有りがちな、日本ではハーフ辺りでたまーにという珍しい名前の付き方。そして勇者武器ではなく、個人の力とする仲間の思想。つまりは……そもそも俺が殺した投擲具の勇者ユータ、本名ユータ・レールヴァッツは転生者で正規勇者じゃない

 

 うん。正規勇者の敵討ちした上に勇者側に手貸してるとか端から見れば裏切り者過ぎるぞ俺

 「エアストスロー」

 さくっと、首を跳ねる

 「あ、ゆー」

 何か言いかけたな。その前に地面に首が転がって終わったが。リネルぅぅぅっ!とあの転生者が突然あの世から帰還してくる気配もない

 「はいはい、ファスト・レビテート」

 ということで、軽く穴掘ってその死骸を埋める。転生者じゃないし、跡形もなく消し去るほどの事もないだろう

 

 「……クソナイフ。お前の最初の勇者俺がパクる前にもう死んでたのかよ」

 抗議のようにつついてくるクソナイフ。全く痛くない

 「そうみたいでちね。マスターも転生者としては内輪揉めやってただけでち」

 「そうみたいだな」

 「マスター、そんな内輪揉めの原因なゴミカスクソウェポンどもなんてとっとと見捨てるでちよ」

 なんて、ゼファーがほざきだした

 ゴミカスクソウェポン。実に酷い名前だ。ぼったくりクソナイフの方が何倍かマシだぞ

 「確かにこいつはぼったくりクソナイフだが、ゴミカスクソウェポンは酷くないか?」

 「酷くないでち」

 「ってか、捨ててメリット無いだろ」

 「マスター、マスターが本当にあのイタチを守りたいならば、ゴミカスクソウェポンは見捨てるべきでち」

 「いや、転生者的にも奪っておくべき武器だからな?」

 どうしよう、ゼファーが壊れた

 「それは肯定でち。そもそも、ボクとしてはあのイタチは死んで良いイタチでちから」

 「リファナに手を出すなよ?」

 「出したらボクは殺されるでち。そんなこと分かっててやる訳無いでちよ

 マスターに殺されるのだけは嫌でち」

 と、背中の卵が揺れた

 

 ……ひょっとしてあれか。殺した人間の経験値で……

 うわぁ、嫌な孵り方してんな

 「っと、ゼファー

 そろそろ卵が」

 「……そうでちね。言い過ぎたでち」

 元に戻ったでちと共に、卵を降ろして見守る

 にしても、突然勇者武器を思いきりdisり出してどうしたんだろうなあの悪魔

 

 なんて思っている間に、卵にはヒビが入り……

 『ピィ!』

 『ピヨ!』

 二匹……いや、二羽の鳥が顔を出した。片方は黒い色を基調に、少しだけ銀の差し色。もう片方は逆だ。対のようで、実に双子っぽい。遺伝子的には変じゃないか?と思うがフィロリアルにそれを言っても無駄だ。フィロリアルだもの

 「ふた、ご?」

 「双子でちね。お得でち」

 「……食事量が普通のフィロリアルの二倍だな」

 「……そうでちね」

 真顔で、その悪魔は頷いた。今の真顔は割と似合うなゼファー

 『『ピヨピィ!』』




因みにでちが気が付いたこととは、以下になります。故にでち公は思ったわけですね、勇者武器ってクソでち、と。オリジナル設定の塊ですのでご注意を
また、シナリオ後半までネズ公が気がつかないネタバレ過ぎるので、透明化して書いておきます。今の時点で知っときたい人やひょっとしてという疑問に対する回答が欲しい人のみどうぞ
ネズミさんこと投擲具の偽勇者マルス。彼は本来転生者でも女神の尖兵でもない
盾の精霊アトラ(竪藍阿寅)により本来の辿るべき世界線を教えられた上で世界を救うために送り込まれた、勇者側の本来存在しない二週目限定のジョーカー
原作における女神と嘯く者が死ぬ間際に龍刻の長針のようなもので強くてニューゲーム出来てしまったらとするこの世界において今度こそ女神が尚文等に勝つために大量に集められ送り込まれた新規転生者の一人
勇者武器(盾と雷霆)によって本来の勇者武器を魂の奥底に封じ込められ、『単なる強い異能持ちの転生者に出来る不幸な出来事で死んだ魂』な女神側にちょうど良い餌のフリを無自覚なままさせられ女神に向けて精霊側から差し出された獅子身中の虫
彼ならきっと封印された状態からもう一度勇者として覚醒し直してくれるよねとそれらの事情を魂の奥底で眠っている本来の自身の勇者武器から一切告げられぬままの、川澄樹の出身世界における眷属器のひとつ『雷霆』の勇者こと御門讃である
因にだが彼が勇者武器を扱える理由はとても簡単である。本来の勇者武器が自分の意志で眠りについている彼の状態が、他の勇者武器からすれば盾を表面上タクトに奪われた尚文とほぼ同じものである為、彼に呼ばれればそれよりも優先すべき事が無い場合に特例として力を貸しているだけである。女神に与えられた力は勇者側によって既にそのように変質しており、彼は本来の勇者武器を奪う力を使えているわけではない。また、彼はどれだけ封印されていようとも、既に『雷霆』の勇者である為、『投擲具』の勇者には成り得ない


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伝説の竜神()

『ピィ!』

 『ピヨ!』

 鳴く二羽に、適当にストレージ産の肉を与えつつ観察

 

 ……というか孵ったばかりで肉を食うな肉を。食べてるから与えてる俺も俺だが

 殻を吸わせ、ついでに撫でつつ羽毛なんかも吸わせて確認

 魔物使い系が解放されてってるな。逆にフィロリアル系はロックされてる。竜鱗の投剣のせいか。まあ仕方ないと言えば仕方ない

 

 クソナイフの魔物鑑定スキルを使って確認したところ……銀に黒混じりの方が雌、黒に銀混じりの方が雄か。一対のようでいて雄雌別れる辺り本当に良く分からん生き物だ

 「ゼファー、一羽持っててくれ」

 と、放り投げ……たら危険だな、とうっかり首根っこ掴んで投げてしまってから気が付き

 「ファスト・レビテート」

 魔法で事なきを得る

 

 あ、受け取ったでちの胸に顔埋めてる。あいつは……黒地だから雄の方か、胸が好きなエロリアルだエロリアル。いや無いか

 『ピヨ!』

 あ、鳴いた。元気だなこいつら

 「で、どうするでち?」

 俺から貰った半生肉を裂きつつ、でち公が聞く。器用だな、俺なんて取り出したまま与えてんぞ丸ごと呑み込むから良いやって

 『ピィ!ピィ!』

 指を出すとじゃれてくる。頭を擦り付けて、中々に可愛らしい

 ……ネズミ的には鳥って敵なんだけどな、亜人なのでその辺りは気にしない。そもそも気にしてたらリファナなんてイタチじゃないか捕食者と被捕食者の関係で怯えることになっちまう

 

 「俺を親だとでも思ってんのかね」

 「ブランはそうでも無かったでちけどね」

 「腐っても竜だ。偉大なもんだろ

 こいつらはその点フィロリアルだ。基本的に……割と鳥頭だし、刷り込みとかあっても可笑しくない」

 「ボクと同じでちね」

 なんて、フィロリアルを頭に載せて真顔でほざくでち公

 「……そうだったのか」

 「何でボクがマスターについてってると思ってたでちか……

 最初の設定時に居た相手を旦那様として尽くすのがボクのプログラムでちからね」

 今度は笑顔。そこでそれに変えるのかお前、いくら表情の種類無いからって

 

 「まあ良いや。ゼファーはゼファー、お前である事は今更そんなこと知っても変わらないしな」

 「間違いを見付けたでち。ゼファーはベールでち」

 「ベール・ゼファーだからどっちでも同じだろ」

 「ならベールで良い筈でち!?」

 「おい、頭の上の落ちるぞ」

 「っとと」

 揺れるでちの頭から転げ落ちかけた黒い羽毛玉を、透き通った良く言えば妖精の、悪く言えば蠅の羽根が受け止める

 ピヨピヨとその上をとことこ歩いて胸元に戻っていくなあいつ。元気だしもう歩けるのかさすがは魔物。人類とか歩けるようになるまでに年かかるぞ

 

 「ということで、だ」

 街道脇でキャンプ。適当にストレージから棒出して、適当にストレージからドロップの毛皮を出して被せただけの適当極まる作のテントをはって、その前でクソナイフ投げて折った半分枯れた木での焚き火。無いよりは良いだろテント

 にしても、この辺り枯れ木増えてんな。そんなに樹の言ってた場所から遠くないし……ってここまで影響あったらヤバすぎる距離だな。尚文らと歩いてたらあと3日はかかるぞ

 「こいつらじゃ何時か問題が出るので名前を決めようと思う」

 『ピィ!』

 俺の耳で遊びながら、元気に雌の方が鳴いた

 因みに雄の方はでちの胸に頭埋めておねんねしている。やっぱりエロリアルだこいつ

 ってあ、おい、銀羽毛!耳を齧るなそれは食べ物じゃない。ふう、下手したらギザ耳電気ネズミさんとかいう取り残されそうな生き物になるところだった。未来の世界の青ざめたネズミ型転生者に……は無理だろうけど

 

 「マスター、マスターの名前のセンスは死んでるでちが、まずはマスターの意見から聞くでち」

 「disるなゼファー」

 「パーフェクトハイドジャスティスマスター」

 「止めろその称号は」

 そしてクソナイフ、またパーフェクトハイドジャスティスの称号を光らせるな。消せそんなもの

 

 さて、どうするか……

 と、掌にフィロリアルを移して考えてみる

 『ピ?』

 こてんと首をかしげて見返してくるフィロリアル(雌)。その眼は綺麗な蒼で

 ……ブルーアイズホワイトフィロリアル……

 ってだから何だよそんなの。違うだろ

 

 銀に……黒

 『ピピィ!』

 翼を広げてアピールっぽいことをする鳥

 「黒……銀の翼。えーっと何か居たな……

 バハムート」

 『ピィ!』

 名前候補を探すなかで適当に頭の中で呟いて……

 「マスター、センス疑うでちよ」

 「ん?」

 「バハムート」

 『ピィ!』

 悪魔のやつが真顔でバハムートと呼ぶと鳴き返すフィロリアル

 

 「……待て」

 流石に無いわなーと適当に無いの側に整理してた言葉を口にしてた……んだろうな

 でも、バハムート?反応しないでくれそんなのに

 「バハムート?」

 指を出し、呼んでみる

 『ピッピッ』

 喜んで指にすりすり。駄目だ、これは

 「……止めろ、考え直せ

 バハムートってあれだぞ、魚だぞ。なあ、お前雌なんだろ?魚の名前で良いのかよ」

 「作られなかったボクの妹にはフォルネウスって魚扱いされそうなのが生まれるはずだったでちよ」

 「お前は悪魔だからモチーフ的にそうだろうがゼファー!

 なあ、お前フィロリアルだぞ?魚じゃないんだぞ?

 ってか魚じゃなかったらドラゴンの名前だぞバハムートって。お前仇敵の名前で良いのかよ、考え直せ

 

 そうだ、安直だけどフィーロとか」

 シーンとして無言。ゼファーも、そしてフィロリアルも何も言わない

 「フィーロ」

 ぷいっと横を向く

 「バハムート」

 『ピィ!』

 「考え直せぇぇぇぇっ!」

 

 「じゃ、もう一羽は」

 『ピヨ?』

 あ、起きてる

 「リヴァイアサンでちね」

 「ゼファァァァァァッ!?」

 『ピヨ!』

 「止めろゼファー!こいつまでそっちに引き込むな!」

 「疑問でち、厨二なマスターに丁度良いでちよ」

 「厨二ってのは似合わない適当な名前付ける事じゃねぇからな!?」

 「ふっふっふっ。これでマスターのパーティーは神話縛りでち。リファナなんて名前の入る余地は無いでち」

 「そんな縛りねぇよ!ってかゼファー、根に持ってるだろお前!」

 「ボクはベール・ゼファーってバアルゼブルな名前に誇りを持ってるでち

 だから回りにも分けてあげるでち」

 「そこはボク以外にはやらないでちしてくれよ……」

 バハムート(フィロリアルの雌)とリヴァイアサン(フィロリアルの雄)

 何だこれ

 

 「バハムートとリヴァイアサン」

 『『ピヨピィ!』』

 ……気に入ってやがるし

 「……ムゥ」

 『ピ?』

 「良いか、お前はムゥだ。バハムゥト、略してムゥだ」

 『ピッ』

 すりすり。あ、聞こえてるか

 ……何とか軌道直せるか?

 「ムゥ」

 『ピィ!』

 「バハムート」

 『ピピィ!』

 ゼファーの声にも反応する。駄目だこいつ

 だが、最低限まともっぽい名前でも反応させられる。これで手打ちにするしかない

 「そしてお前はリヴァイな」

 『ピヨ!』



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手遅れな竜

『ピッピッピィー!』

 ご機嫌な鳴き声が響く

 

 ……あれから2日。適当に魔物を狩って食わせつつ、歩みを進めていた

 にしてもデカくなったなこいつら。もうでちと背丈あんまり変わらないぞこいつら。俺よりは背丈が無いがまあ、小柄なハツカ種とはいえ俺は外見成人だからな。前世の尺で言うならば160cmはあるぞ(頭の上のネズ耳含む)。胸以外は10代前半な作者の嗜好が知れるでち悪魔とは違うのだ

 ……全体的にちっこいな

 そろそろ馬車が引きたくなってくる頃だろうか。大分デブ……いや丸くなってきた。いや、馬車を引きたくなる鳥って本当に何でそんなもの作ったんだよ昔の勇者。普通に乗れよ変なオリジナリティを何で組み込んだんだ

 

 『ピヨ!』

 地毛が黒い方……リヴァイは何かゼファーの回りを回っている。ゼファーにはなつき、俺にはそうでもない。このエロリアルが。因みにムゥは逆……ってこともなく、俺にもゼファーにも割となついている。リヴァイの奴、俺が餌投げても無視するようになりやがったぞ、魔物紋は俺個人持ちだけど何やってだエロリアル。そして兄妹だからか、二羽の仲は良いようだ。喧嘩は見たこと無いな

 

 なんて特に見所も無い道中

 「ムゥ、取ってこーい!」

 手慰みに魔物使いのフリスビーⅢに変えたクソナイフを投げて取ってこさせる遊びなんてやりつつ。犬相手かよとなるが、楽しそうに取ってくるのだから仕方ない。クソナイフだけあって、速度とかある程度調節出来るからな。RCクソナイフリスビーだ。フリスビーなんぞを形として選んだ以上こうして遊ばれる為にやったんだろクソナイフ?

 と、投げたものはジャンプしたリヴァイに取られる。お前が取るのか

 『ピヨォォォッ!』

 勝ち誇るな羽根を広げるなおい。まあ良いや

 

 丸っこいが、今のところ成長はここまで。変な成長を遂げる兆しは無い。やはりというか、パチモノ勇者では正規勇者が育てた場合のクイーン化とか起きないのだろうか。まあ、リヴァイはキングだが。キングフォームとかあいつ喜びそう……だろうか。俺はカッコいい名前と思うが奴等リヴァイアサンなんて名前を喜ぶ鳥頭だからな。単なる王なリヴァイフィロリアルキングフォームとかじゃなくてリヴァイマジェスティとかの方が良いのかもしれない。って俺が考えることでもないな

 

 因みに二羽のレベルは10ちょっとだ。逆らわないのを良いことに思い切り極限育成をしている。レベル上げては1まで戻して資質向上という感じ。資質向上資金は道中狩りで賄う。まあ、ここは仕方ないな。他人に資質向上かけること自体がオーバーカスタムによる機能だしな

 

 村……が見えたが華麗にスルー。疫病の村なんぞわざわざ訪ねる意味あるか?薬もないし

 遠目に見ても尚文等が来た様子はない。疫病は蔓延したままだ

 

 知らねぇな。確かこの疫病の原因は錬の倒したドラゴンの死骸だ。とはいえ、あいつら錬が倒したドラゴンそのものには興味がない事を良いことにドラゴンの死骸から素材剥いで売り払い金を得ていた……はずだ。ついでに、ドラゴンの巣を襲撃して金目のものを取りつつ卵やら幼竜を叩き潰してもいた、と原作にはあった

 結果処分しきらなかったドラゴンの死骸が腐って疫病得たとか半分自業自得だろそんなもの。得たあぶく銭払って自分で治せ

 

 ということでそのまま山へ向かう

 「バチバチして気持ちいいでちね」

 「……これで良いのかよとは思うけどな」

 アヴェンジブースト第二段階。回りにスパーク纏う半端に逆立つ青白い雷撃の姿。とはいえ、別に金髪にはならないし超戦士にも覚醒していない。それでも回りの電子機器を狂わせる程度は出来るし、毒素も勝手に分解されてるっぽい生前から自在にここまでは変身出来た姿

 それに意識してなっておくことで、回りの空気は割と綺麗だ。気にせずともどんどん進める

 『ピヨ!』

 「って範囲から出るなよリヴァイ。お前生まれてからまだ二日くらいなんだから病気になったらどうすんだよ」

 と、魔物をぶっとばしつつのんびり語る

 毒持ちの変異種だらけだな。雑魚ばっかだが毒液がうざい。近付いて切り付けるとその血が毒なんだよな。まあ、クソナイフを投げてる分には無関係、でちもどっから取り出してるのか知らないが弓矢でほいほいと射抜いていくから良いんだが、フィロリアル二羽はな。足で蹴ると毒がついてピイピイ言うのだ。ネズミさんは洗い流す水の魔法とか使えないから止めてくれ

 ってのに、フィロリアル二羽は興味深そうにやって来る魔物を見て勝手に蹴りにいくから困りもの。置いてくるわけにも行かないけどな

 

 ってな感じて登って行き、数時間かけて漸く山頂近くに辿り着く。ドラゴンの死骸が漸く見えてくる

 

 ……だが

 「……」

 「……見事にばらばらでちね」

 「ああ」

 その死骸は、多分かつてはドラゴンのものだったんじゃないかなーって惨状であった。いや、ドラゴンのだな。腹部には大きな傷。恐らくはそれが致命傷だったのだろうというもの。内臓が零れおちていて、腐敗が酷い。虫の魔物の幼体が蠢いてるし、焼き払いてぇなこれ

 だが、それだけではない。液状化したドロドロの肉が翼等の骨を覆うように散乱していて。その胴は10mはあろうというこの巨体をも更に越える巨獣に襲われたように、巨大な爪痕を残して4つのパーツに引き裂かれていた

 「……爪」

 いや、どうだろう。まっさかねぇ……

 ……とりあえず、蘇ってくる気配はない。なので無視して、更に先へ

 

 そうして、巣であろう場まで辿り着く

 其処には、一人の少年が立っていた

 ……いや、少女か?中性的というか、胸がないというかでちょっと見分けが付かなかったが、スカート穿いてるし。体つきは……線の細い男ならあんなもんかなって感じ見分けがつきにくい

 その少女は、何かを表情の抜けた瞳で見下ろしていて

 何かな、と見てみる

 

 「……ああ」

 思わず生きを吐いた

 其所にあったのは、無惨にも惨殺されて転がるかつて少女であったもの。顔は傷付かずに残り、死んでから2~3日といった程度なのかあまり腐敗もしていない。傷は一つ、脇腹が抉れているくらい。それが致命傷だろう。そして回りに、あの竜の死骸を引き裂いたのと同じような三条の爪痕。脅しなのか、少女の死骸の近くを走っている

 淀んだ風が、少女の死骸の頭の犬っぽい耳を揺らした

 

 ん?犬っぽい……耳?

 何だろう、嫌な予感……ってかもう分かってる。谷子だこいつ

 ……なあ谷子?何でこんな所で死骸になって転がってんだ谷子?何となく予想が付くけどどうなってんだ谷子?

 ん?クソナイフが震えてるな、怒りに震えて……な訳無いな。特定の武器が呼んでる感じ

 その意図のままに任せ、姿を変えさせる。しなやかな流線形の投げナイフ、ンテ・ジムナの剣か

 それに、何かが吸い込まれたように見え……

 

 ふっと、眼前に場景が浮かぶ

 生前の犬耳少女ウィンディアが、人好きのする……と一般的には言うのだろうがどうにも俺から見ればクソッタレな本心を隠しきれてないと言わざるをえない笑みを浮かべた金髪の男に向かって啖呵切ってる場面だ。私は死んでもアンタなんか好きにならない、と

 それでも金髪……タクトは言い寄り、何のかんの連れてきたらしい狐耳やら龍やらがタクトがどんなに素晴らしい男か解き、父の死骸を傷付けるようなと尚も少女が突っぱねた所で閃光が走り、視界が元に戻る

 そして、俺のSPがさくっと半分減った。減りすぎだろどうなってんだ

 

 見ると、解放されたは良いが良く分からなかったンテ・ジムナの剣のスキルが一つ解放されてる。もう一個のスキルであるアストラルシフトはまだ黒く消灯してるが

 スキル、ソウルテスタメント。対象の最後の意志を見ることが出来るスキル、か。使いようは……あるのかこれ?

 とりあえず、事態は把握した。嫌な予感は当たっていたようだ。うん、蘇ってこないなーとは思ってたんだ。蘇って来る訳無いなあの死骸。ドラゴンゾンビ化した上でタクト一行に殺され、竜帝の欠片奪われてるわあいつ。何やられてんだ最弱の竜帝ガエリオン

 

 ……で?何でタクトの奴こんなところまで出向いて竜帝の欠片集めてんだよ、原作では此処にきて竜帝の欠片取ってくのは尚文達だったはずなんだが……

 因みに谷子は、竜帝の欠片を得て更に調子乗ったタクトが口説き、竜キチ義娘だった谷子がそれをつっぱねたから俺に惚れない女の子なんてと殺された訳だな。大丈夫かタクト?女の子が全員自分に惚れて当然で惚れないのは可笑しいとか本当に頭大丈夫かタクト?

 

 閑話休題

 今は黒髪のショートボブカットくらいの少女の方だ

 ぼんやりと、という訳ではなく痛々しそうに谷子の死骸を見下ろしている

 「……君は?」

 聞いてみる

 暫く無言で、程なくして漸く此方に気が付いたように、少女は呟いた

 「……レン」

 レン。恋、蓮、錬

 いや違うな。天木錬は男……のはずだ。うん、中性的な外見で黒髪だけどあいつは男でスカートなんて穿かないはずだし胸もない

 胸も……良く見るとちょっとあるな、詰め物でもしてなきゃこの子は女だろう

 

 だが、一応ちょいと転生者パワーを振ってみる。天木錬ならば剣が反応するはずだ。剣はリョウから取り戻して送り返したからな、錬のところに帰ってきているはずだ。まっさか帰る最中にタクトに遭遇してパクられたとかそんなギャグオチはあるまい

 

 反応は……無し。タクト相手に使ったときのように全力抵抗されればほぼ関知出来ないが、そういう訳でもない。ってか、一瞬だけ俺も使ったからな、剣のオーラってか気配は何となく分かる。そのネズミの勘が、間違いなくこの少女は勇者の剣を持ってないと告げている

 つまり、レンは錬とは関係ない単なる女の子だな。レンってのは恋とか書いて女の子の名前にもなるし、昔の勇者にそんなの居た気がするし、勇者にあやかって日本名っぽい名前の子供とか割と多いからそんな普通の子だろう

 

 「何でこんなところに」

 「……ここの、ドラゴンに」

 「ああ、なるほど。それ以上言わなくて良い」

 まあ、ガエリオンだしな。色ボケ竜だあいつは。ってか竜帝の欠片は基本色ボケ竜のはずだ。タクトにぞっこんな色ボケしかり、大量の子供を作ってたガエリオン然り。恐らくこの少女も、ガエリオンの奴が拐ってきたのだろう。谷子の母代わりにしようとしたのか、性欲を持て余しただけか、或いはあいつ谷子大事にしてたし谷子を人間の社会に連れて帰らせるために一旦浚っただけでドラゴンハーフのママにする気は無かったとか色々と考えられるが……

 今更だな。谷子もガエリオンももう居ないのだから真相なんて永久に地面の下に葬られた後だ




ネズ公よしっているか
剣側がわざと帰らなければ剣を持ってない天木錬が誕生する。そして天木錬は責任感が強すぎるからこそ責任を負いたがらないしそれを知ってる剣は一度離れたからと向こうから責任やっぱり果たすよと呼ばれるまで帰ってこない事を選んでも可笑しくないのである

はい。つまりはそういうことです。やったね錬。天木錬ちゃんだよ

また、ガエリオンだ谷子だについては次回解説するのでその辺りわからなければ死んでるドラゴンがガエリオンで、死んでる犬耳が谷子(ウィンディア)だとだけ分かってくれれば構いません


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イキリネズミ

ネズ公、イキるの図

いや、これくらいですぞ元康なら出来ますがこの時期に撃つなネズぅ

そしてすいませんガエリオン解説は次回以降です


「あ、俺はユータ。ユータ・レールヴァッツ。投擲具の勇者だ」

 「ボクはその仲間のベルゼで……す」

 でちりかけて強引にですに言い直したなこの悪魔。まあ有難いんだけどさよくやったゼファー。そしてベルゼだと短縮しただけだぞゼファー

 

 「投擲具の……勇者」

 ころころと姿を変えるクソナイフ。竜鱗の投剣やら魔物使いの投骨やら果ては鉄の投槍でジャベリン形状にまで。偽・フレイの剣にも変えかけたけど自重。あれは死んだはずのネズミさんこと俺が使ってた剣だし仮にもあれ珍しいってか神話に出てくるような武器だしな。俺はああ遺跡で拾ったして使ってたけどそう何本もあるはずがない

 「そしてこいつらはムゥとリヴァイだ」

 「バハ」

 「言わんで良い」

 バハムートとリヴァイアサン。言ったら引かれるぞ俺のせいじゃないが

 ってレン、ぴくりと反応しないでくれ

 「バハ、ムゥ……」

 「無関係だ」

 大いに関係があるがそう言い張る

 

 「……さて、こんなところでも何だな、帰るか」

 と、パーティ申請を飛ばす。さっくり受け入れられる

 ちょっとステータス見せてもら……

 

 ……ん?

 可笑しいな、見間違いか?ってそんな筈はない。流石にこのネズミの眼はまだ狂ってない

 レベル56。ステータスもかなり高め。ってかリファナ越えてるな普通に。クラスアップ結局してないからリファナのレベルは最終40。とはいえオーバーカスタムの資質向上はこっそり掛けていっての40だ。尚文の盾には奴隷の成長に補正をかけるものもあるし、それらを合わせた結果リファナのステータスってクラスアップしてない人物としてはかなりのハイスペックに仕上がっている。まあ、素で越えてくフォウルとか居るけどあれは例外だ例外。ハクコなんて基準にしてたら勇者以外総ポンコツになっちまう。それにしても訳わからんスペックしてるなこいつ。クラスアップしてることといい、ステータス高いことといい

 でもまあ、勇者じゃないな。それは確認できる

 

 って危ない危ない。死骸が原因なのに放置してったら何のために来たんだよ俺

 ってことで、さあてと、やるか

 

 ……全て吹き飛ばす。そのためのスキル、魔法、異能……

 行けなくもないな

 「『我、勇者ユータが天に請い、地に祈り、理を切除し、世界を繋ぎとめよう。猛る激情の雷よ、龍脈の力と世界の意志と共に形を成せ

 力の根源たる投擲具の勇者が命ずる!総てを浄化せよ、雷帝の咆哮!』」

 リベレイション……のパチモノを詠唱。勇者の力で魔法と龍脈法を合わせるのが本来のリベレイションだとしたら、異能の雷と魔法を勇者の力で組み合わせるのがこのパチモノリベレイション

 その力をクソナイフに纏わせる

 バチバチして近付くだけで感電しそうになるので、異能でジャンプ。魔法でやってる方が楽なのだが今はパチモノリベレイションの制御で手一杯、スカイウォークの要領で無理に空に登っていく

 

 さて、打ち込んでおいたビーコンが遠すぎ……ってこれはタクト観察用のメイドに打ち込んだ方だ。違う違う、近くの方、さくっと去る前に竜の死骸に入れといた方だ目標は

 よし、こっちか。届くな

 そうして放つ一撃、それは……

 「解放の一撃、アルゲスの矢」

 矢状になったクソナイフを投げ落とす

 閃光の尾を引いて、その弾ける矢は突き進み

 「あ、レン。耳と目塞いどけよ。酷いから

 ゼファー、リヴァイのは任せた」

 言い忘れかけた事を言っておいて、自分も降りてフィロリアルの耳……は良く分からないがここだろ多分ってのを抑え、ネズ耳をぱたり。まあ、眼は閉じなくても良い。閃光耐性はたっかいからな俺。その気になれば太陽眺めてても平気だ。まあ、太陽明るすぎて他が見えないってのは確かなんだがじっと見てても目がイカれたりはしない。音は微妙だけどさ。にしてもあの研究所こと人類史発展未来異能解明……何だっけ、今度樹に聞こう、の奴等は本当にアヴェンジブーストに閃光耐性あるのかっていきなり寝起きにフラッシュグレネード炸裂させたりとか食事中にスタングレネードとかやらかしやがって俺はモルモットかっての。いや、マウスだったわ

 

 炸裂。爆風が頬を撫でる

 流石に大気がプラズマ化したとはいえその影響はここまではほぼ無い。あくまでもその余波の爆風が届くって程度だな

 ……あ、村に警告忘れてた。いやまあ良いだろ、見上げるほどの元気ある奴多分居ないし

 アルゲスの矢。俺のアヴェンジブーストと魔法とスキルの合わせ技……って言っても覚醒段階で撃てるものの再現みたいなものなんだけどな。一応分類としてはスキルまたはリベレイション魔法……って事になるんだろうか

 要は、着弾点の周囲をプラズマ化して吹き飛ばすだけの単純明快な魔法。それで病の元凶であるドラゴンの体をプラズマに変えて処理したのだ

 欠点としては、物質がプラズマ化するので周囲が吹き飛ぶ。疫病の原因は浄化されたが、周囲は蒸発した訳だな。まあ、それで病系のモンスター共や淀んだ大気も一掃しようという魂胆だったのだが

 

 「せ、世界が終わったでちか……」

 「終わってないぞゼファー」

 ふらふらと立ち上がり、かつて竜の死骸があった辺りの更地を見る

 「……蒸発はやり過ぎでち

 何したんでちか……」

 ……ごもっとも

 「ちょっと処理すべきものを光に変えてきた。爆風で淀んだ空気も吹き飛ぶだろ。プラズマ混じってるから毒素分解もある程度されるしな」

 「普通物質は光にならないでちよ!?」

 「いや、俺実の父親を光にした事あるから。実はキレてて良く覚えてないけどさ」

 「お、親不孝でち……」

 ちなみに、レンとフィロリアルズは気絶してた。炸裂した閃光キツかったか

 

 「まあいいや、ポータルジャベリン」

 俺達は更地となった竜の住処を後にした



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ネズミの思索

「さて、と」

 村にポータルなんぞ取っていない。なので尚文道中のあそこに飛ぶ。王都にまで飛んでもな。レンの元々居たのは間違いなく王都辺りじゃないし。だってそうだろう?レベルもステータスもクソザコ竜帝には勝てなかったんだろうけれども高い謎の女の子なレンを撃退されかねないそんな遠くまで拐いに行くような気概があの最弱竜帝にあるものか

 

 「というかでちよ?何か色々と知ってるみたいなのは何ででちか?」

 「……?タクトだって色々と知ってそうだろ?」

 「タクトって誰でちか」

 「タクトはタクトだろ、この世界最強の転生者」

 ……そういやタクト追い払うのはソロでやったな。でちが知らなくても仕方の無いことなのか

 因みにだが、タクト……というかその幼馴染のエリーに撃ち込んでおいたビーコンはフォーブレイからろくに動いていない。多分幼馴染置いて単独行動しやがったなあのタクト。お前エリーが大切なんだろ放置すんな

 『称号解放、ブーメランの勇者』

 ……リファナを尚文に任せてる俺が言うことじゃ無かったなクソナイフ。すまなかった。で、ブーメランって投擲具だよな?つまりは俺は偽ネズミじゃなく投擲具の勇者だから全能力使わせろ

 ……あ、オーバーカスタム値上げしやがったこいつ

 

 「……薄々思ってたでちが、マスターって未来でも見えてるでちか?」

 「いや?見えてないぞ」

 「その割には色々と変なこと知ってるでち」

 原作こと、竪藍阿寅による連載小説『盾の勇者の成り上がり』基準でやってるからな……。あれが何なのかって言われると……何だったんだろうな。現状それっぽい進行はしてる訳だが。差?俺が居るせい……にしては転生者による侵攻度高すぎるんだよな。俺からすればはいはい雑魚雑魚って片付けた白蛇召喚の転生者だって、原作尚文があの時期に襲われていたらかなりの危機だったのではなかろうか。フィーロ買ったよってくらいの時期だろ?尚文が耐えられる……とは思うけどレベルは低く、産まれてすぐのフィーロとラフタリアしか味方が居ない。火力足りなくて倒せないんじゃなかろうか。つまり、彼はあの小説的にはそこに居るはずの無い転生者だ。更にはタクトの行動も早すぎる。転生者があの波でやって来て剣を奪っていったりと原作通りだろうと思っていたら俺が出張らないと詰んでたんじゃないか?な事態も起きている。その割に、転生者から殺してから奪い取るした扇はもうグラスの所に帰って良いの?と聞いてきてたりしたからな、扇の本来の持ち主はグラスだとか原作と符合する点も多い

 にしても、竪藍阿寅って誰だったんだろうな。この世界の辿る出来事を割としっかり書けてたけど。阿寅……アトラ……いやフォウルの妹は関係ないか。多分作者が連載前に書き貯めた時にアトラを気に入ってペンネームにその名前を使ったとかそんなんだろうな。本人な訳はないし本人だとしたらどうやって俺の世界にまで小説書きに来たんだという問題が生じる

 いや、盾の精霊みたいなものと化した原作アトラなら異世界でもその世界の勇者或いは今から呼ぼうとする盾の勇者候補になら四聖武器書を尚文に読ませたように干渉出来なくもないんだろうが、だとすると竪藍阿寅の連載どおりの事が既にあった事になってしまう。ならばリファナは死んでいるしラフタリアと尚文は神になっているはずだしアトラも死んでいる。ってかその有り得ないだろう仮定だとアトラが自分の死の場面をせっせと書くってシュールだな、いや尚文から想われてる場面だし案外筆がのるのか?

 四聖武器書みたいなシミュレートだとすると盾の勇者が俺ではなく尚文の時点で何で俺に読ませたんだ尚文に送りつけろで終わるしな。アトラが書いたとすると女神を倒した後に今更何で作品としては序盤の時期にネズミさんが介入するような事態になるんだその時期は当の昔に過ぎ去っただろで矛盾しまくる

 というか第一、だとすると俺が実は盾の勇者候補だとか向こうの勇者だとかってのも仮定の前提に組み込まれてしまうしあれ読めてたのは実は俺だけって事にもなる。それは有り得ない。ネットでの声はまあ俺が見る限りにおいて偽造出来なくもないんだろうが、俺ではないもう一人の超S級異能力持ち日本人と肉声で会話した時にあの作品の話通じたからな。他に知ってる人が居る以上この仮定は成り立たない

 じゃあ何なんだと言われたら……知るか、で終わらせよう

 

 「そもそも扇の勇者じゃなくて扇もちの転生者だったでちが知るはずの無い事知ってるでちからねマスター

 何でなのか、ボクにも教えて欲しいでち」

 ……でちが知りたいというか、システムエクスペリエンスからの探り、だろうかこれは。まあでちは悪魔だからな、あいつと繋がってる。その事は、一度たりとも忘れていない。どれだけ普通っぽかろう俺を手伝ってくれようが、こいつは何時か敵になる悪魔で、転生者側の存在だ

 

 言うべきか?どこまで誤魔化すべきか少し悩む

 「んまあ、俺は特別な転生者だからな」

 「知ってるでち」

 「だからさ。知ってる……というか勇者武器を使ってある程度見えるんだよ。俺達転生者が手を加えなかった場合にどんな事態になるのかってものが、さ」

 選んだのはある程度の誤魔化し。未来を見てるわけじゃないぞしつつ、でもある程度は知ってるぞという中庸。半端ともいう

 「マジでち?」

 「マジ。そりゃもう、この世界の元々の神は勇者武器だからな、ある程度の事は出来るんだろう」

 盾の精霊が勇者になる前の尚文に四聖武器書を送り付けたようにな

 「ホントでちか?」

 「尚文の奴に聞いたんだけどさ。残りの三人の勇者は大体こんな奴でこんなやらかしをして……って割と今の自分の境遇と合ってる物語、四聖武器書を読んでた時に召喚されたらしいぞあいつ

 つまりは、召喚するための器具にある程度合ってる未来を書ける程度には未来のシミュレートが出来るんだよ、勇者武器ってのは」

 「ふむふむ、だからそれに合わせてマスターはどう動くべきか決めてるんでちね」

 「そういうこと。別世界……といっても波で融合しかけてるあっちで扇が不穏な事言ってたから波に乗じて攻めてくるんじゃないかって未来予測があったのが前の波だな」

 「その不穏な事言った後に転生者の手に渡ったんでちね……」

 「恐らくな」

 「で、マスターが苦々しい表情してたって事はあの消し飛んだ犬耳とドラゴンについても何かあったんでち?」

 背が低いので見上げる形ででちが尋ねる

 「ああ、あいつらは……何も無かった場合の盾の勇者の仲間だ」

 言葉を探りながら、俺は話を始めた




女神『Re:ゼロから始める異世界侵略』
槍直しみたいな世界ならばアトラが盾の精霊だが序盤ってのはあり得るのである。ネズ公はそんなことは知らないが


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ネズミと四霊

「盾の勇者の仲間でちか?」

 「そのうちなる、ってだけだけどな

 竜帝の欠片とか持ってるし、確保しておきたかったんだけどな……」

 「竜帝……ああ、応竜でちか」 

 ふむふむと頷く少女

 

 「ゼファー、お前竜帝の正体知ってるのか」

 少し驚いて聞く

 「当然でちよ。そりゃ知ってるでち

 ボクは悪魔、そのデータベースには過去の波に関しての記録はしっかり残ってるでちよ

 というかマスター、マスターも応竜……というか四霊について知ってるなら分かるはずでち。誰が天才達を唆して四霊についての伝承やらを歯抜けにしたり嘘混ぜたりさせたと思ってたんでちか?

 四霊結界を貼られてむかーし昔にかつての波が失敗した後のボクじゃない悪魔達でちよ。当然その時の仇敵のデータが無いなんて有り得ないでち」

 「負けてんじゃねぇか」

 半眼で突っ込む。いや転生者ってか女神を名乗る側がこの世界に負けてないと今はないんだけどさ

 「当時の転生者は不甲斐なかったでちから……

 でもその時に世界の2/3の魂を捧げることで四霊結界を貼られる事は理解したでちよ。次は面倒だから勇者と四霊で同士討ち的に勇者に倒させて2/3行かせないと転生者達は意気込んでたでち。四霊は応竜以外基本喋らないし勇者にへりくだらないから同士討ちが可能でち。さらには素材が優秀だか何だかで煽れば勝手に倒しに行ってくれるでち

 

 まあ、応竜に最初に復活されると奴だけ喋るからバレるでちが、その対策の為に何とか悪魔竜に重要な記憶部分の欠片を取ってきて埋め込んで復活を遅くしてるでち

 プラド城に居るあいつでちが、マスターも会ったことあるでち?」

 「素通りしたな。欠片入りなのは知ってたが刺激して倒す自信が無かった」

 「欠片が欲しかったなら貰ってくるでちよ?」

 「それをくれとか怪しすぎる……」

 「そりゃそうでち。くれと此処で言ってたら裏切り者でちよ」

 「だよな」

 偉いでちと頭を撫でようとするでちは無視

 予め言っておいてくれるから罠は分かりやすいし引っ掛ける気も多分無いが、それでもたまーにこうして会話に即死トラップがあるのが心臓に……いや分かりやすすぎて悪くないな

 「ってかなら絶対に集めきれないように欠片を集めたら?」

 「うっかり集めすぎたら本拠地で復活されるでちよ。許容量知らないから危険は犯すべきでないというのが統括者の結論でち」

 「…………それもそうだな」

 確かにと頷く

 

 竜帝の欠片。そもそも、純粋なドラゴンというのはこの世界には1体しかいない。それ以外、つまりはブランとかの一般的なドラゴンは全て亜種だ。その純粋種こそが竜帝。或いは……応竜。勇者とは別の形で、世界を守る存在である四霊の一体である。因みに、残りは霊亀、鳳凰、麒麟だ。かつての勇者等によって普段は各地に封印されており、波が進行していくと霊亀から順に封印が解けていく。まあ、応竜だけは竜帝の欠片って名前で亜種の竜の中にそれはもうばらっばらに封印されてるのである程度欠片を一ヶ所に集めないと復活しないんだけどさ。逆に言えば、他の四霊とは違い欠片さえ集めれば何時でも復活するのが応竜だ。本来は最後の四霊なのだが麒麟より前にどころか、その気になって欠片さえ収集出来れば霊亀すら解放されてない今すぐにでも復活させられる。まあ、そんな量の欠片持ってないけど

 

 そして、彼等四霊の役目は波を防ぐ結界を貼ること。その結界の材料は人間や亜人の魂であり、目覚めた四霊は世界を守るために住民に牙を剥く。大体全人類の2/3の魂が波を……つまりは女神を名乗る者達の影響を防ぎきるのには必要であり、1/3だけでいいから生かすために2/3を捨てる多大な犠牲を強いるわけだな。まあ、犠牲は多いが勇者達が転生者の妨害を受けつつも最後の波まで防ぎきるとか、融合したとしても降り立った神を名乗るあんちくしょうをぶちのめすとかよりはまだ確実な波の終結方法だ。そちらの道を選ぶというのも、自分が生き残る1/3だと確信できるならば支持したいかもしれない

 まあ、そのやり方も確実じゃないんだけどな!そもそも結界でも永遠に守れる訳じゃないし(一度結界貼ったこの世界にまた波が起きてることから推して知るべし)、第一転生者どもは全力で四霊を倒しに行く。なので2/3の魂を集める前に四霊が全滅させられれば、四霊のやったことは世界の人類を大虐殺しただけという酷いオチになる。世界を守ると意気込んで世界の敵やっただけじゃねぇかそれだと。更に原作では……麒麟辺りは転生者のタクトにさっくり負けてるんだよなあいつ……マジで使えねぇ!

 なので、いっそ最初から四霊解放して2/3生け贄パターンで波を終わらせようぜというネズミ式最低最悪手段は却下した。復活した四霊は取り込んだ魂をシェアする為かリンクが発生するし、封印場所も知ってるから封印場所に予めポータル取って解放した瞬間に次の封印へ飛ぶ感じで霊亀鳳凰麒麟のほぼ同時解放をすればって話はあるが、タクトとかに万一全滅させられた瞬間に意味がなくなるし、応竜復活も無理だからな現状は。応竜さえとっとと解放できるなら全四霊同時解放で一考の余地はあったろうが

 

 まあいいや。復活しない応竜の事を考えても仕方ない。ってか死んでた竜ことガエリオンは竜帝の欠片持ちの竜だ。その欠片が無くなってたってことはタクトが回収したって事だけどあいつ何やってんだろうな応竜復活でもさせたいのかよ。いや、竜帝の欠片持ちの自分のハーレムメンバー(確かレールディアだっけ)強化しか考えてなさそうだけどさ、本来その果てに復活するのお前らの天敵だぞ。愛のパワーで応竜化して全てを知っても尚本来仇敵な尚タクトの味方で居続けるとかいうミラクルが無い限り応竜に戻った瞬間に転生者のタクトを殺しにかかっても可笑しくない

 「マスターマスター、あの死んでた犬耳から何か見てたでちが、あれは何でち?」

 「タクトのハーレム入りを毅然と拒否した女の子の成れの果て?」

 「惚れなきゃ殺されるんでちか……」

 「どうだろうな

 少なくとも、あいつは怨み言ぶつけたから殺されたっぽいが」

 「怨み言でち?」

 「あの犬耳、ウィンディアって言うんだけどさ。あいつも本来は盾の勇者の仲間にそのうちなる

 で、ドラゴンに育てられたからかドラゴン大好きで、盾の勇者と良く激突するって感じ。なんだけど、あの死んでたドラゴン育ての親で

 ……育ての親の死骸を凌辱されて竜帝の欠片奪われて、その上でその主犯のハーレム入りしろとか言われたらそりゃ噛み付くわなって感じ」

 「殺したのは違うんでち?」

 「ゼファー、思い出せ

 そもそも俺が此方を目指したのは、樹から錬が倒したドラゴンの死骸がという話を聞いたからだぞ?殺したのは錬だ」

 「仇は剣の勇者でちか」

 「なんで、タクトが介入しなかったらそのうち親殺しの剣の勇者を恨んでた訳だな。もっと恨めしいのが来ただけで」

 「酷い話でち」

 と、そこで近くに寝かせておいた(此処はポータルで飛んだ先の近くの村で貸してもらった宿の一室ことフィロリアル小屋である)黒髪の少女が身動ぎした




ねずこうよしっているか
槍直しで登場する応竜は基本タクトの為に勇者に牙剥いてるから普通に愛の力は偉大だ


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放浪(さまよ)える目

「……起きたか?」

 近付かずそう尋ねる

 

 あれだ。でちは兎も角、普通に女の子に近付くと下心ありとみられるからな。その対応だ。リファナなら多分気にしない、ラフタリアはちょっと気にする、キールは男だと思ってるから反応無し、サディナさんなら……からかうにはまだ子供よねされるな多分。だが、知らない相手には気を付けるべし。自分しか居ないならまだ良いが、他に任せられるでちでち言ってる悪魔が居るしな

 

 なんて、彼女を見ると服装をメイド服からラフな洋装に変えつつせっせと髪飾りしていた。それをどっから出したお前。悪魔ってかなり自由だなおい

 「元々は旦那様の気分に合わせるための機能でち」

 「要らんな。適当によさげな服になっとけ。ってかメイド服止められたならもっと前に止めてろ」

 「お気に入りでち」

 「……でも目立つから今後は控え目にな」

 

 なんてやっているうちに、フィロリアル枕にして寝かせていたレンが目を見開いた

 「あ、あの光は……」

 ぼんやりと、焦点のちょっと合わない眼で呟くレン。顔立ち可愛いけどちょっとアレだな。元康とかが嫌いそうだ、眼に光がなくて。いや、瑠奈もちょっと光薄かったから俺は気にならないけどさ

 ってか関係ないな、眼がちょっと眩んでるだけだろうし。流石に事前説明なしは不味かったか

 「勇者のスキル。ってか魔法だな」

 「まほ、う?」

 「リベレイションって言う勇者専用魔法だよ。勇者にしか使えないから気にしなくて良い」

 素直に答えておく。マスターは勇者じゃないでちとじとっとした目を……出来るはずもないので真顔で見てるでちは無視

 「勇者って……そんな強い……のか?」

 疑問げに聞くレン

 「ん?疑うのか?」

 「剣の……勇者は、あんなに強くなかった

 レベルだけで、あそこまでの差は」

 「つかないな。魔法とか併用してるし」

 「だ、だよな……」

 うーんボーイッシュ。あんまり喋りが女の子っぽくない。声は普通に少年声、つまりは女でも違和感無いんだが

 

 「ってか剣の勇者について良く知ってたな

 あれか?あのガエリオンを倒すのを見てたとかか」

 「あの、ドラゴン……」

 きゅっと体を抱くように防御反応。何と言うか、トラウマにでもなってそうだ

 「悪い、変なこと言ったな」

 「気を付けるべきでちね」

 「お前が言うなゼファー」

 

 「ってか、レン

 お前はどうしてあそこに居たんだ?言いたくないなら、いっそ言わなくて良いが」

 その上で一歩踏み込む

 「あのドラゴンに、『孕め!竜帝の仔を!』と言われて、それで……」

 少しずつ焦点の戻ってきた眼を閉じ、絞り出すように呟かれる声

 「ゼファー、後で見てやれ」

 「セクハラでちね」

 「煩い俺がどうこう出来る問題じゃないだろうそれは

 だから任せるぞゼファー」

 にしてもガエリオンは本当に……。いや、ドラゴンなんてそんなもの、それこそほとんどどんな相手でも異性なら襲うぞ特に雄はってえっちなゲームのオークみたいな奴等だが。亜人どころか獣そのものすら襲うので超オークと言っても良い。ってか村を出て放浪していた半年の間に、大きな魔猪を押さえ付けて致している地竜の一種を見たことがある。お盛んだなと後ろから首を狙うも当時の俺では火力が足りずにキレられて暴れられた上に逃げられたんだが。あの時は剣は折れるし散々だった。正に、二兎を追って返り討ちにあうだ。ウサピルでも複数いると脅威でありたかを括ると鎧やら武器やら命やらを落として損して帰ってくる堅実に行けという教訓的な諺のアレ

 

 「い、いや、襲われてはいない」

 「……なんだ、そうか

 悪い、気を遣わせたな

 

 それで、レン」

 「な、何だ?」

 きょどるレン。どうした不安か

 「これからお前はどうするんだ?」

 「どう、する……?」

 不安げに何もない虚空で手を握るレン。武器なんかも持ってなかったしな。それでも元々レベルがかなり高いし、かつては持ってたんだろうか

 「どう、しよう……」

 「おい!」

 ずっこけかけた

 

 「故郷に帰るなら送っていく。どこかに拠点なりがあるならそこまでか」

 「どちらも、行ける場所じゃない」

 行ける場所じゃない、か。無い、でも無くなった、でもないのか。いや、もう無いから行けないのかもしれないが

 「なら今まで何してたんだよ

 レベルは高いんだろ?」

 「あんまり追い詰めちゃ駄目でちよ」

 「冒険を、していた」

 「それは、終わったのか?」

 「終わった

 この手には、何も残っていない。だから。何をして良いのか、分からない」

 その眼は、とても静かで

 確かに色々なものを喪ってきたのだろうということを理解させた。この眼は見たことがある。瑠奈の葬式の朝、鏡から俺を睨んでいた目そのもので。ルロロナ村に戻った日に砕いてしまった映像水晶に反射していた目にも良く似ていて、けれども違うもの。それが良いのか悪いのかと言われれば微妙だが、やり場の無い想いを抱いた者の目。あの目はやろうと思って出来るものでもない。ならば、良いか、多少は信用したとしても

 

 少しだけ考えたのだ。何でこいつ此処にいるのだろう、と。タクトが襲撃したならばその時にどうこうならなかったのかと。或いはレン……いや剣の勇者の方の錬がガエリオンを倒した際にとも。タクトが置いていった罠では?と

 だが、あの目は違う。罠の出来る目でもないだろう。だから、信じてみるか

 「何をして良いのか分からない、か

 それでも、何かをしなければいけないと思うなら、俺と来るか?

 いや、何もしたくないって言われてもじゃあなと金だけ与えて放り出すくらいしかやること無いんだけどな」

 「僕の事は放って……」

 また僕、か。でちと被るなおい。まあ、あいつの場合は制作者の趣味か外見は完全に胸盛られたロリでボーイッシュさなんて髪が短めってくらいしかないから全く似合わないがレンはスカートじゃなければ男に……いや線細すぎるが見えなくもないのでそれなりに似合うな

 

 「……頼む」

 一度断りかけ。けれども瞳は揺れ。暫くして、少女は頭を下げた

 「おし、分かった

 後で武器でも買いに行くか、レン」

 「そこは服じゃ、無いのか?」

 「欲しいなら後で買うぞ?まずは自力で自分の身くらい守れるようなものだろ?」

 「マスターはそういう馬鹿でちよ

 お粥作ってきたでち」

 ゼファー、居ないと思ったら食事作ってたのか。気が利くな



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買い出しの算段

「さってと」

 ……外に出たは良いが、ロクな武器屋は無いんだよな此処。適当に見繕うにしても本当の意味でまあ有り合わせ、無いよりはマシな方の適当だ。レンに見繕うと言った以上何か用意しなきゃいけないんだが……

 

 「ストレージの中……駄目か」

 眺めてみるが良さげなものは無い。勇者武器が溜め込んだドロップ品は定期的に売り払ってるからな、良いものは残ってないか。更には波の前日にいざとなったときのカスタム代金として大量換金までやったものな。良い武器なんてあるはずもない

 「無い、のか?」

 「ああ、無い。ロクに残ってないな」

 ストレージの中身は素材だけだ。オーバーカスタムすれば強化出来るが金が勿体ないしそもそも切り替えるものだしどうするかな、という奴だな。所謂スピリットエンチャント、魂の欠片という素材を消費して○○スピリットという素材由来の特殊効果を付けられるという……確か槍由来の強化だ。魂の欠片は一応ろ過して回復アイテムに変えられはするしそれを売れば金にもなるのだが○○特攻系が付くので切り替えて使うためにとってあるのだ。別々の武器に付加しておけば特攻に合わせて切り替えられるし残しておく意味もと言いたいが、そもそも俺って強化してるのが(かね)武器のダマスカスナイフ、扱いやすい竜鱗の投剣、伝説の武器のレプリカな偽・フレイの剣の3つくらいだしな。残りは解放だけでカスタムは最低限。流石にカスタムしてある武器とは基本性能に差がありすぎて特攻ついた他武器よりこいつら使った方が強いが頻発する。ってかカスタム無しでカスタムしたダマスカスナイフに張り合えるのが仮にも危険な武器として悪魔によって闇という名のプラド城に葬られた偽・フレイの剣ただ一つだという時点でスペック差は推して知るべし。特攻の意味とは一体。特にクソナイフ……つまり投擲具は攻撃一辺倒なエンチャントだからな、盾みたいに○○軽減のスピリットは全くと言って良いほどに付かないので耐性の為に相手に合わせて受けるときだけ切り替えるという芸当すら無意味。ピックなどの一部スキルの前提になっている武器種は強化しなくても刺さるし刺してからチェンジダガーしても良いんだから本当に一部武器以外を使う意味がない

 なので置いてある素材はあるのだが、だから何だって話だな。どうせクソナイフをぶん回す以上持ってても仕方ないとしてドロップ武器は売り払ってた事に違いはない

 

 「ってかレン、良くストレージの事を知ってたな」

 「言っていた」

 「いや、だとしてもストレージの事を知らなきゃ、謎の単語言ってるなってだけだろ?」

 その言葉に、少女は少しだけ首を傾げる。しまったって表情は……してないな。ボロじゃないのか

 「剣の勇者が、開いていた。あのドラゴンを倒した後に、ドロップは、と

 そしてどこからか剣を取り出して、取り落としていた」

 弾かれたな勇者武器の制限によって

 なるほど。筋は通る

 

 「疑いすぎても、でちね」

 「だな」

 じゃあ、どうするか

 ポータルで飛んでも良いんだが……いや、飛ぶか

 「レン。ポータルでちょっと城下町に飛ぶぞ」

 まだフィロリアルは寝ている。置いていくのも微妙だろう。ってか、宿取ったんだよな結局。そもそも厩舎なんてフィロリアルのものってか馬用だけど宿くらいしか基本は解放してない。それを使わせて貰おうとすれば当然ながら宿代くらいは払うというものだ。なので、今日は泊まりが確定。この世界は日本ほど治安なんて良くないからな。後払いなんてレベルにものを言わせて逃げられる可能性のある不安定な支払いは流行らないのだ。先払い、それが大きな街ではない場所での店の基本だ。大きな街だと常駐している騎士団とかが駆け付けてくるからと少しは緩かったりするがな。ってか捕まえた場合に逃げられて全額損より良かっただろと一部代金を仕事代としてさっ引けるから騎士団側が後払い推奨していたりするが。うん酷い話だ

 

 「ポータル、か」

 「剣の勇者はその場で飛んでかなかったのか?まあ良いや」

 すっとクソナイフの姿を変える。まあ気分だ、変えなくても使えるが変えた方が気分が良い。今は切羽詰まってないしな

 「ゼファー、留守頼むぞ」

 「任されたでち。マスターのセンスは壊滅的だから服を買うならばボクを連れていく時にでちよ」

 「信用ねぇな俺!?」

 「マスターならば絶対に変な服になる信用があるでち」

 「それは信用じゃねぇよゼファー!ポータルジャベリン!」

 口煩いでちはフィロリアル二羽の為に置いておいて。俺はスキルを発動した

 

 メルロマルク城下町。正直言ってあまり良い思い出の無い場

 っても村の残骸に飛んでも無意味だし、行く場所は此処しかない。まあ、城下町だからって何らアテがあるわけでもないんだがな!

 「……」

 ぼんやりと、レンは辺りを眺めている。物珍しげに……って感じじゃないが

 「んま、此処なら流石に良さげなものがあんだろ」

 知らないけど。……行ってみるか、本来の尚文の御用達な武器屋

 

 ……あ、そもそも俺あの武器屋の位置知らないわ。当たり前だけど小説だと詳細な地図とか無いし、腕は確かのはずだが、そんな巨大な店を構えるような勢力もお偉方が御用達なほどの知名度も無かったはずだからな。ビッチは確か尚文に買わせる鎖帷子をあそこで選んでいたが別に王家御用達ではなかったはずだ。ってか地図見ても多分場所を書いてない。どうすべきかね……いっそ奴隷商人のところにでも顔出すか?今の俺は投擲具の勇者の幻被ってる訳だし顔は出せる。いや、レンを売ろうという感じに取られかねないか、却下だ

 さてとちょっと待てよ、ネズミ式リファナレーダーは……反応なし。多分尚文等は居ないな。いや居ても困るがこれ。ってかリファナレーダーってのも単なる勘なのだが。いわゆるビビっと来たってやつだな

 

 そんなこんなで、えーっと何処だったかなと言いつつレンを連れて歩く。レンの奴、離れていかないな

 一歩離れ、けれどもしっかり付いてくる。多少距離があるのが今の俺との心の間隔だろう。いや別に良いが、慕えと言う気もないし

 「……迷った、のか?」

 「いや迷ってない。そもそも噂で聞いただけで、この辺りということしか知らないんだ」

 実はこの辺りかどうかすら知らないけどな!威張ることでは無いが。城を出て10分ほどの場所にある大きな剣の看板を掲げた店、だったか。その辺りの文章は覚えてるもんだな。っても城から10分ってかなりの場所が当てはまるんだが

 「大丈夫、なのか?」

 「そのうち当たるだろ。最悪、見つからなければ他の店だ。あくまでも良さげな武器探してるだけだからな」

 なんてやってるうち。漸く見えてくる。うん、多分あれだなという看板

 

 「いらっしゃい!」

 店に入ると、いかにもな外見の店主に声をかけられた



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高い買い物

「お、お客さん初めてだね」

 「少し、知り合いから噂を聞いてたので」

 「ほうほう。それはお目が高い、目の付け所が違うねその人は」

 そりゃそうだ。原作主人公(原作版岩谷尚文)様だからな。リファナラフタリアフォウルを連れたネズミ介入ではなくラフタリアフィーロな方。駄目な店で粗悪品掴まされてれば死んでる……んじゃないか?武器のスペックが足りずにラフタリアが、だが

 

 「それで、用件は?」

 「こいつの武器を一本。いや、予備も要るかもしれないか」

 「そこのボロ服の彼氏は要らないのかい?」

 「「彼氏じゃない」」

 お、ハモった。どうでも良いな

 

 「良い物もってなければナメられるぜ」

 まじまじと腰に下げたみすぼらしい……と言えば語弊があるが簡素なナイフを見て言う。鑑定眼は割と確かなはずだが、その辺りは無理か

 「良い物なら、此処にあるから大丈夫さ」

 「いや、言いにくいんだがその……粗悪ひ……!?」

 店主が言葉を詰まらせる

 ……おいクソナイフ、勝手に変わるな。もうちょっと大げさに見せるものじゃないのか?

 今の今まで簡素な初期武器の姿をさせていたダマスカスナイフを引き抜いて、竜鱗の投剣に姿を変えさせる

 「これは勇者の武器だから。特に問題ないんだ」

 「と、投擲具の勇者……様」

 「様付けは良いよ。今は単なる客ユータ・レールヴァッツだ」

 あくまでも偽勇者ユータを名乗る。手は差し出さない。幻影だからなユータ姿。実態はハツカ種のマルスそのままだ。体格は似ているから誤魔化しはきくものの、手の感覚の違いとかバレないとも限らないからな、余計な事はしない

 「ユータ、ね

 お客様になってくれるってなら良い話だ」

 「最近のメルロマルクでの波が色々とって話が武器からあって、ちょっと見に来たついでに、そこで加えた仲間の武器を、ね」

 大嘘である。あくまでも寄っただけでメルロマルクからはすぐ出てくぞという風に言ってたように記憶させる為だ。実際は……いやレン連れてどうするか考えてないが暫くはメルロマルク国境突破はしないべきだろう。フィロリアル買った以上馬車の勇者とも邂逅を狙いたいし、何より……

 「ああ、盾の勇者様が偽物で、本当は悪魔だったんだってな」

 そう。これである

 盾の悪魔。三勇教の者と亜人大嫌いな杖の勇者による盾の勇者狩り。国境封鎖などもやっている段階だろうし、尚文の事を考えたら今メルロマルクを出るのは愚策だろう。近くに居ていざとなれば投擲具の勇者のフリして一応同じ勇者だろ勇者のよしみで助けただけだと救援対応すべきだ

 

 「……うーん、それはどうなんだろうな

 会ったこと無いし、同じ勇者としては何とも。ってか、七星勇者って本来は四聖の下だから、万一どんなゴミでも四聖勇者に対して毒吐くのって褒められた話じゃ無いんだ。理屈の上では言っちゃいけない、ほら、兵の前で王への文句垂れるみたいな感じでさ」

 「いやでも、善意で手伝おうとした王女様を強姦したって聞いたぜ?実はこの店に装備を買いに来てたんだが、やるはずがないって断言はしにくい人だった」

 「そうか、情報感謝する

 

 で、他の勇者の買い物を受けた事がある分かるだろう?俺も、このナイフ以外を持つと……」

 と、言いつつ近くにあった小振りなナイフを手に取る。ネズミ目利き的に、手の届く中で最も出来が良いものを狙って

 バチッ、とスパークが走り、視界の端に雷撃が一瞬浮かぶと共に出っ歯ネズミのアイコン。勇者っぽさを出すべきと思ったのか、クソナイフも何時もより大げさに禁止事項だと抵抗してきてくれる。『伝説武器の規則事項、武器の所持に触れました』ってな

 ……?おいクソナイフ、専用武器以外のが抜けてるぞクソナイフしっかりしろクソナイフ。それだとお前も当てはまることになるだろクソナイフ。って図星ネズミの称号要らないからなクソナイフ

 ウェポンコピー発動と共に、ナイフは手から弾かれて元の場所に戻る

 「そ、投擲具でもこうなるから、そもそも買っても意味無いんだ」

 「ああ、確かに盾の勇者も弾かれてたな」

 「ってことで、こっちの子の分だけ頼む」

 「防具は?」

 「仲間曰く、俺には服のセンスが無い、とさ。なので別の所で買うよ」

 と、会話を切り上げ、レンを見る

 

 「レン、何が使いたい?」

 剣……が扱いやすいのはあるが、剣の勇者を見てたらしいからな。憧れて剣を選ぶかもしれなければ、逆にそれは嫌だとするかもしれない。なので聞いてみる

 「……武器」

 「そう。此処にあるのは近接武器ばっかりだけど、弓とかの方が良かったか?」

 「い、いや。それは慣れてない」

 ……そうだな。そういえばこいつ普通にクラスアップするくらいには戦いを経験してきたはずだ。タクトのハーレムの大半のような養殖産なら話は別だが

 一応ステータスだけならパーティ組んでパワーレベリングだって出来るんだよな。ステータスだけ高くてそれに振り回されるゴミになるけど。ぶっちゃけた話、タクトのハーレムメンバーのレベルは竜帝の欠片のお陰で200越えてるはずだが、その上で1vs1ならレベル40な今の俺で殺せる。その程度にはゴミだ。いっそクソナイフ縛ってアヴェンジブースト禁止しても勝てるだろうな。あ、といってもあくまでもゴミ連中だけな、グリフォン(アシェル)だとか化け狐(トゥリナ)だとかアオタツ種(ネリシェン)だとかのタクトがレベリングするついでにレベル上がっただけではない奴等は無理だ。リベレイション魔法やクソナイフ、果ては異能込みなら倒せるだろうが1vs2から辛いだろうな。いや、まあ本来覚醒段階の異能力の再現をリベレイション魔法でやるアルゲスの矢とブロンテスの杖とステロペスの槍の3つを使用出来れば複数で来られた所で怖くもないが、あれらは覚醒段階になれなくなっている今の俺じゃあ戦闘中に使うのは無理だ。ってか、あの3つ何だろうな、奪えるようなものじゃねぇ!した瞬間に唐突に実は使えることを思い出したプラズマの発現方法なんだけど何故あのタイミングで覚醒段階での力があることを思い出すんだ。覚醒時限定だけあってあれを異能力混ぜてリベレイションの要領で力を借りて異能力増幅させるパズルを組もうとすると組んでる時間が長すぎる。下手したら分単位で止まって詠唱が要るぞあれ。試し撃ちして実戦では無理だと良く分かった

 

 閑話休題。今はタクトハーレムはどうでも良いんだよ。レンの武器だ

 「安全に行きたいなら槍とかか?」

 露骨に嫌そうにするなよレン。どうしたレン

 「い、いや。槍には正直良い思い出がない」

 「無いのか」

 「正確には……槍を持っているのが特徴的な人間に」

 元康?いや、無いな多分

 槍の勇者はアレな奴ではある。だがまあ、それでも女好きであることは確かだ。レン側から逃げたりしなければ、あいつは自分のハーレムにいれたりする方向で動くはずだ。それを追い出しそうな奴はビッチってのが居るが、そうして離れたパターンならば苦手なのはビッチであり元康じゃないだろうしな

 

 「そうか。別に強要する気はないから好きなので良い」

 「資金は?」

 「買ってやるって言ったんだ、俺が出すさ

 店主、大体……」

 脳内試算。使うべき金と残すべき金とを考えて……でも少なすぎるとろくでもない武器しか無いしな。ほいほい買い換えるのもアレだしブラッドクリーンコーティングも必須だろう。それ以上の特殊加工は何時までも使うわけでもなし額に見合わないだろうが血糊ですぐにダメになる未加工だと安物買いの銭喪いだ。砥石の盾なんかの自動研磨武器があれば自前で維持できるので別だが、残念ながら投擲具だと砥石吸わせても研ぐ効果のある武器は出なかった。砥石ブーメランはあるがあれは逆に相手の武器をかすめるように投げつけてとてつもなく意図した雑さで刃を研ぎ相手の武器のコーティング等を剥がす特殊武器だ。勇者武器の強化である○○エンチャントは流石に無理だが魔法剣なんかの一時エンチャント魔法ならば剥がせる。敵で使ってきた奴が居ないから使い所が現状無いが

 

 「銀貨250枚ちょい」

 ……言っててあれだが、初期尚文と同じだな。つまりは銀鉄までか。銀なんて混じってて強度は?と思うが、そこは魔法のある世界なので問題ない。実際俺の雷とか唯一面識あるもう一人の超Sの人の炎とかの伝導率凄かったからな銀。そういった特殊な何かに関する効果は高く、ゆえに思ったより強くなるのだ

 「なら……剣なら銀鉄まで、ナイフなら……」

 現物を並べるには種類がちょっと多いのだろう。大体その武器種での最高ランクだろうものを店主は並べてくれる。確かに銀鉄の2ランク上だしなナイフともなると

 また、素材に応じて加工も違う。刃が三角垂のように刃先にかけて絞られていっていたり、逆に刃先にかけて一度膨らんでいたりとまちまちで、単に高い方がいいとも限らない

 「レン、どうする?」

 なんて聞いてみると……

 黒髪の少女は、それを全て無視して一本の剣をじっと見つめめていた

 ……素材は魔物素材。割と珍しい種類か。グリフォン素材だが、それを剣に加工するのは割と面倒だ。杖なら楽なんだろうから魔法使いの為に売ってる杖なら割とグリフォン素材製はあるが、剣では見たことがない。柄には羽の意匠があしらわれ、全体的に細身で女の子でも扱いやすそうな重さだろうと感じさせる

 

 うん。確かに業物だろうな。だが……

 「……流石に、高すぎる、だろうか」

 「レン。ひょっとしてお前クテンロウだかの出身か?」

 とぼけた事を言うレンに突っ込む。いや、値札ついてるぞそれ。きちんとメルロマルクの文字で書いてる、値段は銀貨820枚と。高すぎるも何もさっきいった予算の三倍超だぞレン

 「……どうして?」

 「いや。値札読めてないから、さ」

 「す、すまない」

 「いや、読めなかったなら良いんだ。最近メルロマルクの方に出てきたとかなら、それも理解できるしさ。考えなかった俺が悪い」

 そういえば遠くって言ってたしな。メルロマルクから遠い場所出身だったとか考慮すべきだったか。どんな理由があるのかは……そのうち話してくれるだろうか

 

 「820枚か……」

 いや、買えなくはないぞ?予算を切り詰めれば。つまりは、レンにそれだけの金を使うことを良しとすれば。暫くオーバーカスタムはお預けだし防具も良さげなものは買えなくなるってのは……攻撃なんて当たらなければどうということは無いと言い切れば話は早いがそれ言って良いのか?

 「さ、三倍超か……」

 俺の言葉で値段に気が付いたのだろう、流石に無理だよなとばかりに、レンが目線を外す

 

 「レン。しっかり戦えよ」

 「……?」

 「店主、キリよく800でどうだ?」

 「勇者様、キリよく850で」

 「30高くなるのはぼったくりじゃないか?」

 「いきなり20下げろも中々」

 ちっ、効かないか。原作尚文は割と強引な値切りをしてたが、やりすぎて上手く行くかどうかってかなり難しい問題だからな。流石に俺には調整しきれない

 「まあ良いや。820な」

 

 高い買い物だと自分でも思う。持ち逃げとかされたら困ったもんだ。一応ビーコン仕込んでおくか



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ソロプレイヤー

「さてと。レン

 とりあえずまずはお前の力を見せてもらうぞ。防具に関してはそれからな」

 「それからでち。金属鎧が良いのかとか皮で良いのかとか分からないとファッションも決められないのでちよ。マスターは……もう勝手にするでち」

 『ピィ!』

 「お前らはまだ早い。まだ成長するだろ1日2日で使えなくなるものに払う金はないぞ」

 なんて、何か欲しげなフィロリアルどもに釘を刺して。ってまともに理解してるんだろうかこいつら。所詮は生まれたての鳥頭(物理)だしな。まあ、そんなことを言ったら俺もドブネズミ(物理)なんであまり言っても仕方ないが

 

 ポータルでもう一度飛んでゼファーと合流。そのまま向かうのは分かりやすい稼ぎ場所。といっても開けた野原ってだけなのだが。道が引かれていない未開の……と言うにはちょっと開けた原っぱ。では何故そのままかというと、この辺りではかなり強めの魔物が出るからだ。わざわざ他にもっと安全な場所があるのにここに馬車道を通そうとかそんな事にはならなかったという訳だな。なのでレンの実力を見るにはちょうど良いとここに来た。生息魔物的には此方のレベルとしては……30台ないと辛いな。囲まれればクラスアップ済のパーティでなければあっさり壊滅もあり得る。ってかそんな死骸見たぞ前に

 つまりは、俺なら勝てる相手である。何も言う必要はない

 

 「一人で、戦えば良いのか?」

 「いや?ゼファーの奴とムゥにリヴァイはまあ居ないものとして」

 「酷いでち」

 「いや、後衛だ何だまで考えたらろくに戦えないだろう。ってかお前弓持ってるならお前が寧ろ当てないように気を付けるのが基本だろ」

 抗議するでちはそうやって封殺しておいて

  

 「とりあえず俺の武器は勇者の投擲具。投擲具ってもナイフや投げ槍だからな、勇者の力であるスキル以外は近接も十分行ける。半前衛な中衛ってところだな。それを覚えて、ちょっと自分なりにやってみてくれ」

 「わ、分かった。やってみる」

 言って、黒髪の少女は剣を構える。細身のグリフォン製の剣……フェザーソードを

 自分で買っておいて何だが、オーバースペックだよなあの剣。グリフォン素材とかこの辺りの敵に向けて振るには強すぎる。力を見るも何もフォロー要らずに勝てるぞ多分

 

 何て思いつつ見守ってみる

 「はっ!そこっ!」

 うん。普通に強いわレン。当たり前か、レベルにして50以上あるんだものな。強くないと可笑しい。剣の軌道にも迷いはあまりない。時折……というか一息つく度に少しだけ気分悪そうに鞘に剣を戻して額を抑えるのだけが気掛かりだが、俺の出る幕はなかったな

 

 「……なるほど。良く分かった

 お前ソロだろ」

 暫くして、俺はそう結論付けた

 ソロ。ひとりぼっち。つまりはそういうことである

 「ソ……ロ?」

 「いや、お前は確かに強いよレン。俺が出る必要なんて何もなかった」

 「そ、それじゃあ駄目だった……のか?」

 「いや、別にピンチになって助けられろって話じゃない。でもな、俺が介入する間が無かったって事は、一人で全部片付けようとしたって事だ」

 背後に回ったダストフロッガー等の魔物を、スカート翻してそちらに向き直り早めに処理していた。だから出る必要はなかった訳だが

 「逆に言おう。俺が後ろに居るって事を覚えてたなら、あいつらを倒すために向き直る必要なんて無かった。だって、お前の背は仲間が守るはずだろ?

 だけど、レン。お前はそうしなかった。背後の敵は危険だから先に処分しようとした。それは、仲間なんて居なかった奴のやり方だ」

 昔の俺みたいに、な!

 自分を特別な存在だと思い込んでいつか全部の勇者武器を手にしてと思ってた頃、リファナは特別だけど他の人間とか仲間と呼ぶような対等の存在だと思うかと言うと……いや、キールとかはまだ幼馴染だしそこまで酷い感じじゃなかったぞ?でも仕事で組む相手とか基本無視してた。別れた日にはそいつが男だったか女だったかすら覚えてない程度には興味無かったな

 

 「だ、駄目だった……か?」

 しゅんと俯くレン

 「いや、別に?昔の俺もそうだったよ。一人で出来るってな」

 それは、サッカーやってるうちに一度なりを潜めたんだが……転生して調子乗ったのかまた出てしまっていたのは否定しない

 「でもさ。それじゃあパーティで戦う意味がない。もうちょっと、俺を信頼してくれ

 って言っても難しいか。そのうち、な」

 押しても駄目だろう、この少女には。押して意味がある奴と、押すと逃げる奴がいて、多分レンは後者だ。押し付けられるのは嫌いそう

 

 『ピヨ!』

 なんて思ってると、背後でフィロリアルが鳴いた。リヴァイの方だな

 「何だ?」

 『ピヨピヨピィ!』

 とてとてとレンに近づく饅頭鳥。割とデカイから威圧感はあるな

 レンは逃げず、寄られるに任せていてる

 「多分、パーティで戦うというなら自分をって事でちよ」

 「女相手には調子良いなお前。そのうちエロリアルになるんじゃないかこいつ」

 「どうでちかね」

 「い、いや。鳥だしそれは無いんじゃ……ないか?」

 レンも困惑気味だ。いやでもこいつら勇者が育てるとキングやクイーン化するしなぁ。その状態まで成長すると喋るし人間の姿にもなる。現状は俺が勇者としてはパチモノだからか兆候は無いけれども、万一の事を考えて服を買っとくべきだろうか

 原作尚文の育てたフィロリアルはフィーロで雌だから幼女の姿になったのだが……。突然そうなられると全裸の女児連れで絵面が不味い。それはそうだが、俺の場合はリヴァイって雄も居る。全裸の少年が突然まで追加とか絵面は更に悪化だ。人型が少年でなく成人の姿だとその絵面のヤバさはもう筆舌に尽くしがたいな。特にムゥと同時に人型になられた日には犯罪現場でしかない。どんな変態だこのパーティ

 

 「どうだろうな?

 そもそもこのフィロリアル、ひとつ不思議な伝承を聞いてたから育て始めたものだしな」

 「伝承?」

 こてん、と首を傾げるレン

 「四聖勇者が育てたフィロリアルは、特別な姿になるって話。まああくまでもお伽噺だとは思うけどさ

 折角聞いたし俺だって勇者なんだ。七星勇者でもそういうのがあるかやってみようかという感じだ」

 「四聖勇者が育てると……」

 「そうそう。七星でどうなるかってのは知らないし、そもそも昔の七星勇者だってフィロリアルくらい育てたりして確かめてそうなんだけどさ

 ってどうしたレン?」

 ちょっと遠い目してるぞ

 「い、いや

 なったら面白いなって」

 「そんな表情には見えなかったでち」

 「こらゼファー、疑うなよそんな害の無いところを」

 ぶっちゃけた話、無理だろと思ってても構わない。俺もパチモノに反応するってどうなんだフィロリアルどもって思う。勇者の武器の存在にのみ反応するなら仕方ないが、ならば勇者でなくとも武器が安置されてる辺りで育てば変異するのかってなるしな

 

 『ピヨ!』

 おお、リヴァイの奴燃えていらっしゃる

 「レン。何かこんなんだしリヴァイはお前に預ける」

 「い、いや。預けられても困るんだが」

 「適当に遊んでやってくれれば満足するだろ多分。生後二日にしてこいつ俺のことを無視しだしてるからな」

 『ピィ!』

 こっちの鳴き声はムゥの方だ。こいつは無視しないのでその主張だろうか

 

 そんなこんなで、とりあえず稼いでおいた。解放できるものは前に通りがかった時に一通り解放しておいたので俺の収穫はほぼゼロだけどな。いい加減クラスアップの道でも探るべきか。因みにだが、フィロリアル二羽のレベルは30まで行った。レベルに合わせて急成長し、ほぼ成体の大きさまで行った。大体の魔物や亜人は30越えでほぼ体が完成するしこれで成長はほぼ終わりだな。饅頭っぽさが薄れてきて、普通のフィロリアル体型にも近づいてきた。一晩たてばほぼ普通のフィロリアルになるだろう。それ以上変化するようなら特異種への変異だ

 尚文の時はもっと前に孵ってたしラフタリアしか居なかったからレベル上げにも変化にも時間かかってたが、俺の場合はさっくさくだな。フィーロが人型になるかどうかって暫く解らなかったがこっちは明後日くらいには分かるだろう



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ネズ公の勇者武器講座・初級

「……?

 どうした、レン」

 あれから2日後。ぎこちないレンに声をかけてみる。でちはフィロリアル二羽とお出掛けだ。って言ってもあいつらを走らせてる感じだけどな。この辺りの魔物撥ね飛ばして倒せるくらいには成長したからな。あいつらだけでレベル上げも出来る。レン?ダメだ馬とか乗ったことなさそうなので下手したら酔う。だからとりあえず走る調整とかを覚えてからだな。最終的には騎乗して戦えれば良し。って剣だとやりにくいか

 因みにダチョウっぽい成体のままだ、変にクイーン化とかは起きてない

 

 「い、いや。やっぱり慣れなくて」

 と、微妙な表情を浮かべるレン。困っているようなそうでもないような

 「そのうち慣れるだろ。波だって起こるんだ、一人で戦い抜こうなんて、勇者でも言わない言葉だよ」

 「勇者は……強い、ってのは」

 「強くてもだよ。一人では、勝てやしない。そんなこと、分かりきってる」

 例えばだ。俺がこの世界に今ちょっかいをかけている女神メディア・ピデス・マーキナーに一人で勝てるかと言われるとNoだ。試さなくても分かる。リファナを殺されて復讐の雷を解放し、その上で制限なしに手を貸してくれるようになるだろう投擲具と完全覚醒したアヴェンジブーストをもってしても一歩及ばない。そう確信できる

 まあ、尚文達は力を合わせてその女神に勝つ、って俺の読んでた小説ではなってた訳だからな。協力するというのはそれだけ大きな力になるのだ

 

 ……?いや、幾らジャンルが現実じゃない扱いされる超S級異能力でも何で女神相手にする時にナチュラルに切り札扱いしてるんだろうな俺。勇者の力でも神の力でも無いだろうに。いやでも、何故かは知らないがそういう風に思えるんだよな。瑠奈が死んでからしか覚醒しなかったしリファナが死ななきゃ覚醒し直さないだろうゴミカス異能の癖にな

 

 「あ、あの雷でも……なのか?

 ぼ……いや、見たことのある剣の勇者よりも明らかにレベルが違ったんだが」

 「ああ、あれ?そりゃ剣の勇者達って異世界から来てロクに武器の強化も魔法の修得もしてないだろ?そんな赤子みたいな勇者と比べれば、そりゃ格が違うよ」

 「あ、赤子……」

 呆れたように軽く口を開くレン。よし、ちょっと実演でもやってみるか

 

 「レン、ここにまあ弱いナイフがあるな?」

 取り出してみるのは初期武器のナイフ。簡素で持ってても怪しまれないからロクに振ってはいないが持ってる時間だけは長い。お陰で熟練度とかは中々に溜まってる

 それを軽く近くのモンスターに投げてみる。ヒット。だが、流石に素が弱すぎて倒せない

 まあ、それを見せたかったんで良いんだが。呼び戻して二度、三度と投げる。三度目でその熊っぽい魔物は地面に倒れ伏した

 「じゃ、これを熟練度変換して強化する」

 オーバーカスタム扱いで金がかかるのが面倒だが初期武器だけあって安い。同じ種類の魔物にナイフを投げる。今度は二度目で倒れ伏した

 「次にちょっと武器を鉱石で強化してみる」

 鉱石強化を終えてから三度目の正直、また熊に投げると今度こそ一撃で沈んだ

 おお、中々に上手くいった。上手く強化するごとに一発減ってくなんて本当にちょうど良いな

 

 「こうやって強化していけば、俺くらいに強くなるって感じだ。あと10種類は強化出来るぞ?」

 「……は?」

 「あの剣の勇者は……多分一回目の強化、熟練度変換くらいしかやってなかったんじゃないか?」

 「そ、そうなのか?」

 「多分な」

 「その熟練度変換?の他のが使えるってのは、本当なのか?」

 「そんな事気になるか?勇者にしか意味のない話だけど

 

 本当だよ。ってか当たり前も当たり前だろ。勇者武器は全て合わせてこの世界を護る12本の楔だ。昔は違ったかもしれないが、今はそうなった

 ならば、その勇者武器の間でこの強化は使える使えないなんてある訳がないんだよ。何でわざわざ自分達で自分達の力を制限する意味がある。一つしか見えていないとしたら、他の勇者を、仲間を信じる心が足りてないから全強化を解放した際に力に溺れないか不安がられてロックでもかかってるんだろうよ

 って、俺も投擲具の基本強化方法が"他の勇者武器の強化方法を金を支払うことで限界を越えて適用出来る"って言う他の強化方法が当然使える前提な方法だったからすぐに気が付いたってだけなんだけどな」

 へぇ、とばかりに頷くレン

 いやまあ、勇者関係ないと面白くもなんともない話だしな

 

 「んまあ、そんな事より今は波だ。そのうち……」

 ふと、視界の端にずっとある砂時計に目を止める

 ……いや、待て。何か見間違えたぞ

 

 「……は?」

 見間違いでは無かった。本物だった

 「正気で言ってるのかこれ……」

 「ど、どうしたんだ」

 不安げに聞いてくるレン

 「次の波は……明日だ

 ちょっと待てぇぇぇっ!前の波から一週間経ってないぞオイ!大体1ヶ月毎だろうが一週間って間隔狂ってるだろ真面目にどうなってんだぁぁぁっ!」

 『『『『グア!』』』』

 どこか遠くで、野生のフィロリアルの群れが鳴いていた



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フィロリアルの群れ

「マスターマスター、大変でち!」

 なんて、レンと話しているとダチョウ二羽……ではなくフィロリアル二羽を引き連れて悪魔が戻ってくる

 

 あいつ酔わないんだよな、酔う機能なんてないでちよだとか言って。なかなかにズルい。いや俺もあまり酔わない質だがそれは昔っから三半規管を酷使してたので慣れてるだけで酔うときは酔う。まあ、相手のロングパスをオーバーヘッドで前で待ってるFWに蹴り返したりしてたからな中学時代。でもフィーロに乗ったら多分酔うぞ流石に

 「どうしたゼファー」

 「大変でち大変でち!フィロリアルが攻めてくるでち!」

 『ピィ?』

 あ、ムゥが首を傾げてる

  

 「フィロリアルなこいつが攻めてくる?って首を傾げてるぞ」

 『ピィ!』

 帰ってきたその頭を軽く撫でてやる。機嫌取りだけどな

 「ホントかよゼファー」

 『ピィピィ』

 『グア!』

 あ、フィロリアル出てきた。こいつは野生だな

 

 フィロリアルはそりゃ魔物だ。危険なものかというとそうでもないが。雑食で肉も食べるが、だからといって野良フィロリアルが人を食ったという話はまあ聞かない。その辺りは流石は人と共に生きる魔物として昔の勇者が作った魔物ってだけはあるな。普通の雑食は弱い人間がうろちょろしてたら割と普通に食うんだがな。って言っても放し飼いにしてたペットが行方不明になり首輪がフィロリアルの巣から見つかったとかその程度のトラブルは野生フィロリアルの生息域近くの村とかでは時たまあるんだとか

 

 「フィロリアルが、沢山だな」

 『グア!』

 『グアァァァッ!』

 次々と顔を出すフィロリアル達。ダチョウが一杯だ

 いや、あえて言うならばチョ○ボの森か何かか。ダチョウって言うにはカラフルだしな。といっても、カラフルなだけでクイーンみたいなのは居ない

 「こんなに今日出てくるのは可笑しいでち!攻めてくるに違いないでち!」

 「いや落ち着けゼファー」

 

 『『『『『グアグアグア』』』』』

 「……歌?」

 「歌でちね」

 「確かに歌だな」

 『ピィ!』

 眺めていると口を揃えて歌うフィロリアル達。まあグアグア大合唱でしかないんだが

 「ムゥ、お前何いってるか分かるか?」

 『ピィ!』

 「そもそもそのフィロリアルの言葉だって分からないでちよ!?」

 「すまん取り乱した」

 フィーロじゃないんだからフィロリアルに通訳任せても無意味だったわ当たり前だが

 だが、まあ歌っているなら攻めてくるってのはでちの杞憂だろう。実はあの歌がフランス国歌みたいな好戦的な奴で戦いの前の士気上げでもない限り

 

 「まあ良い。何かは分からないが行くぞ皆」

 「放っておいて良いんでちか!?」

 「波が明日にも来るっていうのに構ってられるか!ムゥ、リヴァイ!走るぞ!」

 とりあえずでスカイウォークを詠唱。二人の少女はフィロリアルに乗せて駆け抜ける姿勢でも

 

 「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 だが、黒髪の少女がそれを止める

 「どうしたレン。酔うかもしれないが……」

 「違うんだ

 い、いや……今言うことじゃないのかもしれないけど、もう一つ変なことがあって……」

 「変なこと?」

 何だよレン勿体ぶるな

 「フィロリアル見かけるようになった少し前から、経験値が入らない」

 

 ……oh

 俺の経験値はレベル40上限のせいで一時カンストしてたからな。気がつかなかった。レンのレベルはカンストしてないからな、それで気が付いたのか

 クソナァァァァイフ!どうなってんたクソナァァァァイフ!

 

 ん?ちょっと待てよ。この辺りでは珍しいフィロリアルの群れ?そもそも経験値が入らない?

 ……経験値が入らないとなると勇者武器の干渉か転生者の神受スキルかシステムエクスペリエンスのどうこうだが、でちが何も言わないという事は最後の可能性はまあ無い。真ん中は……システムエクスペリエンスに確認したところ、確かにそういう女神メディア以下略から与えられる特別な力ってのはあるらしい。勇者がスキルを使うのと同じような特異能力(俺は勝手に神受スキルと呼んでいる)の中には発動中は周囲で発生する経験値を全て自身への経験値に変換する『息しているだけで(他人の努力で)レベルアップ』だってあるらしいからな。因みに俺は元々持ってる異能力が樹達と違って超S級と高い特例であり聖武器にも手出し出来複数持てるのが神受スキル扱いらしい。奪う力を与えたら勝手に進化した上に魂のキャパ埋まったからそれが神受スキルってことで、だそうだ。勝手に奪う力が進化するわ元々の異能力が強いわって端から聞けば正に勇者武器を奪うためにあるようなものだ女神から特別な転生者として言われるのもまあ当然か

 

 閑話休題。だがその息しているだけでレベルアップも0じゃあ怪しまれるから1:9くらいで元々の人にも入るらしい。近くに居るだけで9割上前跳ねてるとか可笑しいがそれが転生者だ。だから経験値0ならば恐らくは原因は1つめ。勇者武器の干渉だ

 だが待て。勇者武器の干渉は基本的に元々はそれそのものが一つの世界の神のようなものであった四聖におけるどうこうだ。七星……ってか眷属である投擲具にはあまり関係ない話のはず

 あ、ポップアップ出た。何々……他の正規七星が近くに居ると経験値送ることでSOSを送る?

 ……ホントかクソナイフ?嘘ついてないか?ヘルプじゃなくてポップアップな辺り怪しいぞクソナイフ?

 ……転生者が勇者ぶってる時のヘルプなんて用意してあるはずもない?ごもっとも。だが一応見せろ

 

 ふむふむ、眷属器に関しても一応制限があり、同時に3種以上だと干渉するのか。まあ、聖武器1に対して眷属器2が基本の世界だからな、3以上は流石に干渉発生するのか。まあ、関係ないな今居るのは投擲具(パチモノ)と恐らくは馬車。2しか居ないから無関係だ

 というか、他の眷属器が居るはずもないな。タクトに干渉が発生してなかったのを見るに転生者にパクられてるのは半端に使えてる俺を特例としてそれ以外は眷属器として扱われないので除外。とすると無事な眷属器が杖と馬車とあって斧。鞭爪と槌はタクトの元にあるし小手は推定タクトでない転生者の手元だしな。斧の勇者がメルロマルクにわざわざ出向いてきてなければあの亜人嫌いのクソ王が此処に居るわけもなし干渉があるはずない。別世界の眷属器?刀も扇も向こうに帰ったのを確認したし居残りは無いから考慮に値しない。他の向こうの眷属器が潜んでる?この世界終わってるな。いや波が明日って時点でかなり終わってるが

 

 まあそんなではクソナイフのポップアップを信じるしかない。さて、行くか

 

 「行くぞ、ムゥ、リヴァイ。走るぞ

 だけどさっきとは逆、フィロリアルに突っ込むように!」

 『ピィ!』

 『ピヨオォォッ!』

 おいごねるなリヴァイ!

 「信じて……良いのか?」

 「泥船にのった気でな!」

 「駄目じゃないか!」

 「船すら無しで当てもなく動くよりは泥船でも船があるだけマシだ!」

 『ピィ!』

 「って、うわっ!」

 迷っているうちに小柄な少女の体は生後1週間経ってないけど体は大人なフィロリアルに咥え上げられ

 「よし、ムゥ!突っ込むぞ!

 以下省略ファスト・ライトニングオーラ!」

 『ピィィッ!』

 素直な方のフィロリアルと共に、色とりどりのフィロリアルの群れに突っ込んだ!

 

 一瞬だけ視界の連続性が途切れ、次の瞬間には俺達の姿は深い深い森の中らしき場所にあった

 ……あの辺りに森はない。転移させられたなこれは

 と、辺りを見回すと大量のフィロリアル。40羽ほどか。そして、目をしばたかせて辺りを見回しているレンと、それを乗せたムゥ。そしてリヴァイ

 ……あ、でちの奴ついてきてない。一人だけ招待されずに弾かれたなさては。まあ、本来悪魔なんて世界の敵まんまだし此処に招待される方が可笑しいだろうから当たり前か。自棄になってフィロリアル狩りとか……やるような悪魔じゃないか。今のラフタリアなら尚文だけ此処に飛ばした日にはナオフミ様を何処にやったの!と辺りのフィロリアル締め上げるくらいはやりそうだがそんな感じにあのでちに惚れ込まれて無いだろうしな俺。あくまでも監視者と監視対象、それが悪魔と俺とだ

 

 「転移、したのか」

 「もっと驚けよレン。転移なんて勇者くらいしか出来ない芸当だぞ?」

 いや、悪魔や転移の神受スキル持ち転生者も出来るが。逆に言うとそれくらい特異な奴だけが出来る芸当だ

 「いや。ポータルで何度も飛ばされて……少しだけ慣れた」

 「慣れちゃったか」

 なんて遠巻きにフィロリアル達が見守ってるだけなので世間話をする中

 

 『ピィ!』

 警告のような鳴き声

 瞬時、迫る巨大な影。狙いは……

 「レン!」

 こういう時は!

 「満月扇!」

 扇を奪って使ってた時に扇から覚えたスキルを使用!本邦初披露、扇の中にも投げるものはありそれは投擲具扱いでクソナイフに引き継げる裏技である。いや、スキルだけだからそのスキルを覚えられる武器の解放すっ飛ばして未入手ながら使えるようになるってだけなんだけどさ。最終的にその武器手に入れて解放したら無意味に成り下がる

 円形に広がる扇が、突撃してくる何かを受け止め……

 

 デカイ!そして重い!このスキルじゃ無理か!

 「伏せてろ、レン!」

 投擲具を何時もの偽・フレイの剣に変化。出し惜しみしてられる圧じゃない

 「っらぁっ!」

 円形の扇を打ち砕いて突っ込んでくる重戦車。それを剣で受け止め、火花を散らす

 鍔迫り合い……ではないが、堅い鉄と噛み合う感触。漸く一応止められ、その何かの姿が見えてくる

 

 ……巨大な砲を積んだ馬車を引く巨大なフクロウだ。うん。そうとしか言えない

 ……フクロウ。正確にはフクロウみたいなもこもこフィロリアル。つまりそれが俺の言ってたフィロリアルクイーンの姿

 「何やってんだフィトリアァァァッ!」

 押し切られかけ、アヴェンジブースト!覚醒は当然不可能だが……第二段階は行ける!幻覚張ったままでも充血して真っ赤な目も半端にスパークで青白く逆立つ髪も幻覚貫通して見えてしまうらしいが知らん!後で言い訳でも考える!

 今は……突然レンを襲ったこのバカ鳥を止める事だけ考えろ!

 

 そして……

 砲頭に灯が点る

 「撃ってくっ!?」

 咄嗟に迎撃を考え

 「フロートダガー!チェンジダガー(攻)!ブレイズドリル!」

 とりあえず砲口にドリル突っ込めば止まるだろうの精神でぶっぱ

 だが、間に合わず

 砲口から溢れた風の奔流が、俺を貫いた

 

 ………

 ……

 …

 あ、無事だ。特に何もない

 そして、馬車引きフィロリアルも何時しか停止している

 

 「……ネズ、ミ?」

 ぽつりと、顔をあげたレンが呟いた

 

 ……フィトリア、てめぇ!幻覚剥がしかよさっきのあれ!はた迷惑な!



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詐欺ネズミ

『ピィ!ピィ!』

 俺のネズ耳を銀の嘴がたのしそうに引っ張る

 ……って何やってんだムゥ。緊張感削がれるな。産まれた直後は確かに俺の耳で遊んでたけどさ

 

 「ネズ……ミ、だよな」

 「ああ、ネズミさんだ」

 馬車を引くフクロウは大人しくしてる。会話は待ってくれるんだろうか。奇襲した割には律儀というか余裕というか。会話の最中にだってクソナイフのスキル撃つくらい訳はないぞ。リベレイションクラスの魔法とかはちょっとパズルやってられなくて無理だけどファスト級なら組めるしな

 

 「!??」

 レンが眼をぱちぱちとしばたかせている

 いや、困り顔割と可愛いんだけどさ、とっとと起き上がって構えろよレン。俺が味方のフリした敵だったら今頃無防備過ぎてそこそこ薄い胸をざっくり開かれて死んでるぞお前

 

 「改めて自己紹介しようか

 俺の名はマルス。投擲具の勇者だ

 さっきの姿はかつての投擲具の勇者ユータ・レールヴァッツ

 言ってしまえば、先代のフリしてたんだよ」

 「せ、先代のフリ……」

 「んまあ、とあるあこれ死んだわって状況で、突如知り合いの投擲具の勇者が持ってたはずの伝説の投擲具が俺の手に天からの救援のように現れた」

 嘘である。パクってその隙に殺しただけだ

 「現れるものなのか」

 「現れるものなんだ」

 フクロウが頷く

 俺が転生者でも何でもない単なるリファナの幼馴染のハツカ種で、単純に幼馴染等を守るために勝てるはずもなくともあそこで転生者等に挑んでいたとしたらきっとそうなってただろう。実際原作でも鳳凰戦でアトラが皆を庇って死んだ後、覚醒フォウルの前にお前のその覚悟を待ってたとばかりにずっと眠ってた小手が飛んできてたりする。本当に勇者足り得るか確かめたのだろうが性格クソだろお前。大切な相手を永遠に喪いそれでもと立ち上がれる心の強さをもって真に自身の勇者足ると認めるのは良い。英雄譚っぽさがある。良いがお前がそんな覚悟見てからじゃないとやーとか英雄譚っぽくとかの意地はらずに鳳凰前に小手に選ばれるか挑戦した時にとっととフォウルのところに行ってればあそこでアトラや他の皆死なせずに済んでるぞ多分。ってかフォウル以外に選択肢無かったんじゃないのかあの時何故渋ってんだ小手ェ!ぼったくりクソナイフ以外をあまり言いたくないが正直クソコテならぬクソ小手だろこいつ間違いなくクソナイフの同類だ

 「で、新しくこのネズミさんが投擲具の勇者ってものになった訳。勇者の力で何とかその絶体絶命の状況は解決できたんだけどさ、そこで問題が出る

 

 勇者ってのは一部からは神のように扱われる。メルロマルクで見ただろ、三勇教?あれと同じで、国によっては盾だったり投擲具だったり色々と神は違うけどあんな宗教多い訳。クテンロウとかでは勇者武器が自分の国に無いからちょっと馴染み薄いかもしれないけど、ここらはそういう国なんだ

 で、そんな国で元々の勇者がどこかで死んで新しく俺がなりましたって言って簡単にはいそうですかってなるものでもない

 神は死んだ。俺が新しい神だってそりゃ大混乱だろ?だから、向こうの管理者と話を通した結果、対外的には先代が死んでいないフリをしなければならなくなったって訳。ゴメンな、騙すような事をして。でも、そうそうバレるような行動をする訳にもいかなかったってのは分かってくれ」

 

 「そういう、事だったの」

 ゆっくり立ち上がり、頷くレン

 おい、物分かり良いな大丈夫か疑うことを知ってるか。いや疑われても困るの俺だけど

 

 「それで?話は終わったぞ馬車の勇者。仕掛けてくるならば、もう良いぞ」

 青白く逆立つ髪はそのまま。バチバチとスパークを走らせて一言

 ……金にはならないな。金雷はあくまでも怒りで自然発動した時だけか。まあ良いや別に。最悪死にかければ発現するだろう。ワンパンで殺される気はない

 だが、無言。寧ろ引いている馬車がショボくなっている。砲が無くなってるな

 

 「ば、馬車の勇者!?

 勇者は四聖だけじゃ……ない、のは知ってる。でも七星にそんなの……」

 うん。レン。お前が清涼剤だ、常識的な反応をしてくれて有り難う

 「俺が七星を眷属器って呼んでた事あるだろ?

 四聖の下だって。ならば四魔貴族や七英雄じゃあ無いんだ、四聖、つまり4つの武器のそれぞれの下が合計7ってのは有り得ない。四聖のうち一つだけ眷属が少なくなってしまう

 彼女は伝説の神鳥ことフィトリア。遥か昔の波以降伝説の馬車と共に人前から姿を消した結果、あまりに帰ってこないので何時しか人間の記録から完全に消えた8つめの眷属器、馬車の勇者だ」

 いや、昔の生き証人だからな。諸々喋られたらヤバいと本人がフィロリアルと引きこもってるのをいいことに他の勇者に探されないように悪魔やら転生者やらが記録消して回ってたんだがそれは言っても仕方がない

 

 「八人目の……七星勇者……」

 『ピヨ!』

 あ、リヴァイが反応してる。厨二感あるよな、五人目の四天王とかみたいで

 

 「それで?仕掛けてこないのか?」

 仕掛けてこないな。レンを奇襲しておいて何だが、敵意があまり感じられない

 そもそもあの奇襲、俺の幻覚剥がすだけが目的だったのか?レンを庇って俺が受け止めて足を止めると確信しての。いや、フィトリアにそこまでレンを守ると信頼されるような事してないぞ初対面だし

 『ピィ!ピィ!』

 必死にムゥが何かを伝えようとしてくれている。フィトリアは無言

 「ありがとうな、ムゥ

 でも俺、フィロリアル語分かんないんだわ」

 異世界言語理解とかで……いや無理だなあれはあくまでもこっちの文字を読めるようにするだけのもの。フィロリアル語は文字じゃないし

 

 クソナイフは流石に戦闘形態を解き、初期武器に戻して腰にマウント。それでも雷撃は消さず、血色の眼で9mはありそうな鳥を見上げる

 ……馬車の性能抑えた分こっちがデカくなってやがる。いや、18mとかまでいけるんだっけこいつ。まだ抑え目だな

 「で、デカっ」

 「もうちょっと小さい方が可愛いな。でかすぎて全体像が見えなくなるとパーツだけじゃ単なるデブでブッサイク」

 ……抗議はない。言葉もない。ムゥはそれでも通じない通訳を頑張る

 

 「フィトリア

 言いたいことがあって、俺達を此処に呼んだんだろう?ならばしっかり言ってくれ」

 じっ、と、巨大な鳥は俺を見下ろす。遠くからサイズ感無視したら……獲物のネズミを見つけてじっと隙を伺うフクロウだな間違いない、ってどうでも良い捕まる気もない

 「お前の勇者の言葉か?それで人前で話せないか?」

 『ピピィ!』

 ムゥがそうらしいとばかりに鳴く

 

 「そう、か

 分かる。もう居ないと知っていても、約束を破りたく無いんだな。それを破ってしまったら、残したものすらも自分の手から零れていってしまう気がして。完全に消えてしまう気がして、怖いんだろう?」

 ……瑠奈……。俺は、兄ちゃんはお前の遺書みたいにキラキラした世界で太陽になれているんだろうか

 と、遠くを想いかける意識を奥歯を噛んで取り戻す

 

 「分かるよ。死んだ、もう居ない。守っても守らなくても、咎められるはずもない。そんなこと知っている、それでもって

 ……それでもなフィトリア。言葉にしなければ伝わらない」

 きっ、と見上げ、言葉を続ける

 いや、睨んでるようにも見えるだろうか。完全に真っ赤だしな今の眼。逆に虹彩無くて分からないか

 「お前の勇者を大切に想う気持ちは分かる

 だけどな、お前が何も言わなければ何も伝わらない。なあフィトリア。伝わらなければ、世界だってきっと守れない。お前の勇者がお前に託したのは、この世界じゃないのか?自分が居なくなってからもこの世界を守ってほしい。そう願って、お前の勇者はお前に託したんじゃないのか、未来を」

 出任せだ、適当だ

 俺が勝手に思っているだけだ。瑠奈に託されたと勝手に信じた想いを置き換えて。合っている保証は、欠片もない

 

 「最低限で良い。無駄話なんて無くても良い

 それでも、必要な事は言ってくれないか、フィトリア。お前の勇者がお前に託したろう世界を、お前と守る為に」

 うん、本心からの言葉だがどう聞いても詐欺師の手口だ。間違いない

 だからって詐欺ネズミの称号を点滅させなくて良いからなクソナイフ?

 

 ずいっと、青い飾り羽根の白い巨鳥が一歩近づく。避けない。正に眼前、羽毛が触れかける距離

 もう、目は上過ぎて見えないが、じっと見詰めて

 「……フィトリア」

 「『ばちばちがそう言うなら』」

 不意に、そんな少女の声がしたかと想うと

 眼前の巨鳥の姿は消え、俺の唇には何かとても熱いものが触れていた




???「ボク以外にこんな男の趣味の悪い見る目無い奴が居るとは驚きでちね。そんな節穴に馬車なんて持たせててもきっとロクな事無いでちよとっとと新たな勇者選ぶべきでち」
と、でちが居たら言ったことでしょう。真顔ヤンデレ芸は面倒なので出禁だ

因みにとある意図があっての事で純好意からではありませんので悪しからず


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神滅輪アル・グレア

「んぐっ!」

 感じるのは熱い感触

 

 熱く、柔らかな未知の感覚。唇の感覚。いやまあ、御門讃時代から俺って恋人居たこと無いからなそりゃキスなんて知るはずもない。シスコン童貞の名は伊達じゃない、中3の時のクラスメイトからの渾名だが

 

 ファーストキスはレモン味……じゃないな。チキンスープ……でもない

 って混乱してるな俺落ち着け俺

 『ピィ!?』

 「な、なっ……」

 回りも混乱している

 そんな中、仕掛けた側の鳥は舌を絡め……

 

 いや、違う!舌に乗せて何か此方の喉に流し込んできてるのか、これは!

 それが目的か、無茶をする!

 ぐっ、顔をちっこい両の手で固定されていて逃げられない。逸らせない。強引に吐き出せず、それが何であろうが押し込まれた鳥の唾液と共に喉を通すしかない。ロマンチックさの欠片もないな実際のところ!

 

 ならば仕方ない、チェンジダガー(閃)!フラッシュピアース!

 と、逃げられないのは逃げられないとしてスキル使用。自分の喉の下に超小型ピックを突き刺す

 吸え、クソナイフ!素材として吸収しろ、出来るはずだろう毒だろうがインクだろうが素材にしてきたお前らならば!

 

 いよっし!吸えた!

 って一部だけか、仕方ない

 

 「ぐっ、がぁぁぁっ!」

 ピックを引き抜きながら、唸る

 毒か!?いや、これは何か違うような……

 体が熱い。実際に熱をもっているのだろう、軽く湯気が立っているのが物理的に見える……気がした。体温なんて60度越えてるなこれ!キスで逆上(のぼ)せたって言うには高すぎてダメだこりゃ

 「ぁぁぁあぁぁっ!がっ!」

 唇と手を離され、喉をかきむしる。ピックの穴から血は軽く吹き出し少女の姿に変わったフィロリアルの顔を赤く汚すが気にしてられるか!

 「ぐっ、ぎっ、がぁっ!」

 そんな中、止まらないものがある。雷だ

 アヴェンジブーストの雷、復讐の金雷。何時もとは違い覚醒状態と同じ金に近い色のスパークが、止まることなく俺の意思を無視して噴出する

 「ぎぎっ!」

 痺れる……痛い……苦しい……

 なにかがおかしい……俺の異能自体が俺の傷付けるのは本来無いはずだ。自分に向けて撃ち続けていた事すらあったはずなのだからこんな痛みと共に出るはずもない。何が、どうなって……

 

 「だ、大丈夫……なのか?」

 というレンの声も遠く聞こえ……

 「フィト……リアァァァアァァッ!」

 叫ぶ自分の声すらも遠く

 

 "Я"(リヴァース)アゾットの条件が解放されました!

 "Я"アゾットによる強制解放!0の円輪が解放されました!

 前提武器全解放により武器合成自動発動!"Я"アゾット、0の円輪が合成され真アルケミックファイナリーが解放されました!

 原典の水により強制解放!霊亀の円盾が解放されました!

 原典の水により強制解放!鳳凰の双飛刃が解放されました!

 原典の水により強制解放!麒麟の双角槍が解放されました!

 原典の水により強制解放!応竜の投剣が解放されました!

 前提武器全解放により武器合成強制発動!霊亀の円盾、鳳凰の双飛刃、麒麟の双角槍、応竜の投剣が合成され煌応の天輪が解放されました!

 前提武器全解放により武器合成強制発動!真アルケミックファイナリー、煌応の天輪が合成され神滅輪アル・グレアが解放されました!

 神滅輪アル・グレアによる強制解放!アゾットが解放されました!

 神滅輪アル・グレアによる強制解放!フィロリアルの投羽が解放されました!

 ………

 ……

 …

 神滅シリーズ、フィロリアルシリーズ、コンプリート!

 

 なんて視界の端に流れる良く分からん異様なものが解放されていくメッセージもぼんやりとしたゆだった頭でしか確認できず

 ってか厨二心をくすぐる武器に混じって0の武器とか四霊武器とかこんな時期に解放されちゃいけないだろう武器の名前が見えた気がしたんだが……。体を走る雷撃による痛みで、それ以上の思考は中断される

 この、痛み……この息苦しさ……どこかで……いや、初めて(そして今までで唯一)復讐の雷が覚醒段階までいったあの時、意識を喪う前に感じたものと同じ……

 

 「ぐっ、はぁ……」

 不意に、視界を縁取る雷が消え、息苦しさもふっと最初から無かったかのように終わりを告げる

 そのままふらり、と前に倒れかける。足に力が入らない

 「ばちばち、へーき?」

 「平気に、見えるのか……?」

 だが、倒れない。力の抜けた体を、小さな少女の生やした大きな翼が受け止める

 「ユー……いや、ネズミ

 大丈夫か?」

 「どう、だろうな……」

 萎えた足で何とか立ち、その元凶を怒りを込めて睨む

 

 ……?

 可笑しい。スパークが走らない。視界がそのまま。眼は充血しない。怒りを元に何時も噴き出すはずの力が、うんともすんとも言わない

 「何、飲ませた……」

 「フィトリアのだいじなものー!」

 なんだそりゃ

 

 「毒じゃないのか」

 「うん、だいじなどくー!」

 「ど、毒なのか……」

 「毒じゃねぇか!そんなもの飲ませ……げふっ!」

 いかん、血吐いた。でもこれ、強引に全部飲みきらない為に喉にクソナイフぶっ刺したせいだな。毒の影響じゃない

 「ばちばち、へーき?」

 「だから平気じゃねぇよ!」

 必死に脳内で覚えている原作を捲る

 

 「あれ、か?

 一口は永久の苦しみ、二口は永劫の孤独、三口飲んだら……な」

 「?」

 ……首を傾げる白いショートボブくらいの髪の幼げな少女。まあ、人の姿に変わったフィトリアなんだが

 

 「良くわからないけど、それとおなじようなものー!」

 「フィトリア、てめぇ!

 やべぇもの飲ませんなぁぁっ!」

 俺が言ったのはフィロリアルの聖域でフィトリアが管理している赤い液体だ

 エーテルとか賢者の石とか言われるアレ。毒みたいなもので、一口で不老、二口で不死、三口飲めば次元を越えて神化する。いや薄められてるから実際に神にまでたどり着くには5~6口、つまりはフィトリアが小瓶で管理しているあれを全部飲み干すくらいは要るかもしれないのだが。そこらは知らない。神と言っても次元を越えて別次元に干渉出来てしまう化け物、つまりは今この世界を手にしようとしている女神と同類になるってだけで四聖武器の精霊みたいになるって訳じゃないが

 因にだが、この鳥が遥か昔の波からずっと馬車の勇者として生きてる理由でもある。不死……かは流石に知らないが少なくとも彼女の慕う勇者に言われて飲んだ結果不老になり、結果まだ生きてるという訳だ

 

 「ってか、何故飲ませた……」

 俺を好き……な筈はない。好きだから自分と同じく永遠の存在にした、とかそんなに好かれている道理がない。初対面だしフィトリアはそもそも遥か昔の盾の勇者だかを未だにごしゅじんさまと深く深く慕っているってのに

 「世界をまもるため!」

 「それとこれと何の関係がある!俺の異能が消えたことと関係あるのか?」

 「消えてないよー?ちょっと眠ってるだけー!」

 「……」

 確かに。心の奥底に微かに鼓動を感じる……ような感じないような。かつての覚醒前、一切怒りで雷なんて出なかった時期とは歯車の噛み合いが違う気がしないでもない。だが、一度覚醒した後のように眼が充血したりスパーク走ったりの覚醒出来なくとも一部は使えるって感覚はもう無い。不意に使えることを思い出した3つの技も恐らくだが撃てなくなっている。異能の雷を混ぜてリベレイションしてる訳だしなあれ。素材が足りない

 

 「あれか?刹那の存在であればこその輝き、不老不死に近くなった俺だとそんな深い怒りを覚えるはずもなくなって眠りについたとか、か?」

 「フィトリアわかんない!でも、知ってる!」

 「何を」

 「ばちばちが言うように世界をまもるなら、あの毒でばちばちには寝てて貰わないとめっ!」

 ……ってか割と饒舌に喋るのなこいつ。勇者との約束はどうした

 

 「そ、そうか……」

 ふと、視界の端の砂時計を見る

 ……あと3週間近く。本来の波の周期に戻っている。明日ってのは無くなったようだ

 うん、嘘じゃないな。確かに俺のアヴェンジブーストのせいで歪んでたのか、波の周期

 って何で歪んでんだよ世界!しっかりしろ世界!超S級、人じゃねぇよお前らされてるとはいえ向こうの世界の異能力でしかないものの、しかも覚醒しきれない半端段階があるだけで波を近付けさせてしまうとかさぁ……どんだけ余裕無くなってるんだ。俺の知る残り3つの超S、アブソリュートロックとかブレイブバーニングソウルとかディメンションウェーブとか持ってる彼等を女神が万一転生させた日には毎日のように波くるんじゃねぇかこれ。崖っぷち過ぎる

 

 「ネズミ……えっと、何て呼べば」

 「マルスで良いよ、レン」

 「じゃあ、マルス。話について、いけないんだが……」

 「大丈夫だレン。俺もフィーリングでやってるだけでロクに理解してない」



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閑話 (実質)オリジナルキャラ及び名前だけのちょいキャラ紹介

レン(少女天木錬)やフィトリア(パチモノ勇者)等のキャラや、ネズミがたまに言っている生前の○○についての紹介です。つまりオリジナル設定の解説です

一応此処に置いておくというだけのおまけ資料ですので読む必要はあまりありません。また、54話等に反転しておかれているネタバレを踏まえた上での解説が反転しておいてありますのでご注意を。

盾の勇者の成り上がりweb連載版ラストまでのネタバレ設定を多分に含みます、アニメ勢でありweb版読んだこと無い方は読んでくるか反転部分を見ないようにお願いします


用語解説

超S級異能力

ネズ公の持つ川澄樹の世界における異能力の区分。アヴェンジブーストを含む4つ確認されているお前人間じゃねぇ!な異能力のこと。その4つとは、復讐の雷霆(アヴェンジブースト)勇気の業火(ブレイブバーニングソウル)決意の氷結(アブソリュートロック)慟哭の次震(ディメンションウェーブ)。因にだが、超S級異能力は元々ほぼ異能力を持たないとされていた人の中から特定の条件下で突如として発現するという形でのみ確認されており、基本的に現存する持ち主は一人。強い想いにより無能力より覚醒する為か、先天的に持っている人は無能力者の中に多数居るが発現出来ていないのか、それとも後天的に突如として得ただけで彼等は元々は無能力でしか無かったのかについては議論されているが結論は未だに出ていないという

ネズ公ら持ち主はあと2つあるはずと言っており、実際に数百年前の信憑性の多少微妙な資料には現代に発現者が居れば超S級に区分されそうな異能力が二つほど書かれていたりする

その正体は、川澄樹の世界における6つ(聖武器2に対して眷属器4)の勇者の武器。形あるものではなく、現象に近い姿をしており異能力っぽい姿で発現しているがれっきとしたその世界の勇者武器である

 

アヴェンジブースト

超S級異能力のひとつ。現代での持ち主は御門讃。総てを喪った激しい怒りと共に黄金の雷を纏い逆立った金髪と白目まで血で真っ赤に染まった瞳に変わって荒れ狂うという。一度発現後はその片鱗を見せられるようになるらしいが、本来の力は怒り狂わなければ発現しないらしく、超Sの中ではもう一度覚醒しなければあまり怖くないしと言われているとか何とか。けれども、覚醒中に周囲の物体をプラズマに相転移させて吹き飛ばす意味不明な事をやっている姿をカメラに納められており、やはり人智を越えた力であるとされてはいる

その正体は川澄樹の世界の勇者武器のひとつ、『雷霆』。『業火』の聖武器の眷属器である。発現条件である総てを喪った激しい怒りとは、単なる勇者武器の趣味。自身の存在に耐えきり必ず最後まで戦い抜いてくれるはずの存在を、「大切な者全てを喪い、それらを守れなかった自分への怒りが限界を越えた者」としている為、大切なものを総て喪わなければ『雷霆』の勇者にはなりえない。勇者武器である為、本来は覚醒する=『雷霆』の勇者になった後は自由に力を使えるはずなのだが、『盾』の精霊のSOSにより勇者ではないフリをする為あくまでも片鱗しか使えないように自らの意志で封印されている。また、自身への怒り故か能力はどこまでも自己に作用するものばかりであり他人を守るには致命的に向いておらず、更には発現中は全身を雷に焼かれていたり雷に変換されていたりで激痛及び視界や平衡感覚等が狂うなどの弊害がある……のだが、自分の選んだ勇者ならそれくらい耐えれるよね?の精神なので全く防護してくれなかったりする

 

ブレイブバーニングソウル

超S級異能力のひとつ。燃え盛る炎を操ると分かりやすいが強力な異能であり、やっていることは大抵熱操作。シンプルだがあまりにもファンタジーな強さをしているので超Sに認定された。持ち主は御門讃のネットでの知り合いである日本人

川澄樹の世界における聖武器の勇者の一人、『業火』の勇者の力。眷属である『雷霆』をあの世界に貸し出すことを元々この世界の勇者ってそんなだろ?と許可している

 

アブソリュートロック

超S級異能力のひとつ。川澄樹の持つ異能力である命中の遥か先。必中の上位互換。自分が放ったもの以外総てを分子すらも停止させて抵抗すら許さず命中させる意味不明の命中能力。持ち主はロシア人らしい

『業火』の眷属である『氷結』の勇者の力。空間を絶対零度で凍らせているとか。『雷霆』?どっか出掛けてったなあいつの認識

 

ディメンションウェーブ

川澄樹のプレイしていたゲーム、或いは超S級異能力のひとつ。異能力としては空間を震わせる空間震。局地的な地震も起こせるので必然の超S級である。持ち主はアメリカ人らしい

川澄樹世界のもう一人の聖武器の勇者、『次震』の持つ力。空間を震わせ『雷霆』の持ち主の魂を封印されている精霊ごと世界から弾き出してほらほら美味しい異能力持ちだぞ転生者にどうだ?と女神メディアに差し出したのは彼

 

川澄樹の世界(パチモノ勇者)

異能力等がある世界。異能が普通に人類に蔓延していて異能社会になってこそいるものの、基本的な歴史などはあまり尚文世界と変わらない

神殺しのアークが言っていた神を名乗る奴等を狩り異世界を守る事に血道をあげている世界を守る世界の一つ。神話の時代に2つの世界が融合し、6人の勇者によってその時の神を自称する奴を滅ぼした後、世界を守る意志を強く持てていると精霊に認められた勇者以外の人々が、自分達も攻めてきた奴等と同じ穴のムジナにならぬように自らの意志で永遠を捨ててやり直した世界。永遠を捨てたという過去がキリスト教の神話で知恵の林檎及び失楽園の逸話として残されているとか。かつて永遠にたどり着いた人類が持っていた力の名残こそが異能力である。そういう世界である為、この世界の勇者は概念の使い手であり、勇者となった時点で精霊により人が捨てた永遠を与えられ不老不死の神に等しい存在となる。その体でなければ概念と化した精霊と共に世界を渡って異世界を守り続けられないのだから

 

ばちばち

フィトリアによるネズミの呼称。電気ネズミなのでそう呼んでいるようだ

フィトリアにとっての『雷霆』の勇者のこと。ネズミさんは正確に言えば二代目ばちばち。初代はもう居ないので二代目をつけて呼ぶことはないが。ゼウスを名乗っていた2代ほど前の『雷霆』の勇者がかつていがみ合い四聖のうち3人が同じ四聖によって殺された世界終わりかけた波の際に、降臨したメディアほどはヤバくない自称神を此方の精霊に呼ばれたと現れてぶちのめし、すんでの所で世界を守って去っていったのをフィトリアは見ており、『雷霆』はこの世界を守りに来てくれている味方だと認識している

 

フィトリアの毒

フィトリアがネズ公に飲ませた毒の事。0のシリーズ等が解放されたことから恐らく賢者の石だろうとネズ公は推測している

実際はその真逆。賢者の石を造り出す事に成功した錬金術の真なる最終目標。即ち、嫌いな相手の永遠を破壊する力、反賢者の石。フィトリアのごしゅじんさまであるかつての盾の勇者が何時かフィトリアが自分の託した世界を永遠に守り続ける事の約束に疲れたときに自分を終わらせられるように置いていった、次元を越える不老不死の神の力を抑え込む薬である。因みにネズ公に飲ませたのは、『雷霆』の勇者=神でもある為。封印が解けかけてネズ公が神化しかけてているがまだ覚醒には早いとして、その薬で封印しなおす事を馬車の精霊を通して雷霆に要求されてはーいとフィトリアが飲ませたというのがあの毒事件の真相である。ちょっと容量間違えて片鱗が使えた封印初期状態よりも更に強固な封印が出来ちゃったけど量聞いてないしフィトリアしーらないっ!

 

キャラ紹介

レン(天木錬)

この世界の剣の勇者。女性

平行世界の天木錬。ちょっと召喚時に混線してしまって幼馴染と錬自身が女性な世界から召喚してしまったとか。のだが、性格含めて殆ど原作の天木錬と同じ。性別が女性で、学園祭で男装させられて喫茶店の接客させられる中、買い出しに行った時に刺されて死んだって点くらいしか差は無いしいっか、と剣の精霊は楽観視している

確かに尚文が女性ならば元康が味方するだろうし元康が女ならばビッチが取り入らないだろうと大きな差が出来る二人に比べれば女性である影響は薄い。のだがガエリオンが発情して襲い掛かり正当防衛で返り討ちにあった自業自得の色ボケ化してしまったりとそこそこ差異は出てきている

 

フィトリア(パチモノ勇者)

馬車の勇者フィトリア。かつての盾の勇者に育てられ、彼との約束の為に不老不死の薬を飲んでずっと一羽で無数の波と戦い続けた伝説の神鳥。アホ毛は三本。威厳のある話し方も出来、更には勇者に言われて基本的には人前で話さないのだが、素の性格は割と幼い。一人で気丈にカッコつけてるだけである

あくまでも味方というか上司である槍の勇者がループを起こしていたので精霊が無視していた槍の勇者のやり直しシリーズとは異なり、この作品において強くてニューゲームしているのは仇敵である女神である為、この世界が本来の世界から外れた二週目である事及び本来の世界線での出来事をある程度馬車の精霊から教えられている唯一の勇者。フィトリアだけそうなっている理由は、女神がやり直して転生者を送り込み出した地点(数十年前)の時点から既に勇者であったから。遥か長い波との戦いの中で、先々代『雷霆』の勇者に降り立たれてしまった神を倒して貰った事もあり、『雷霆』への信頼は割と厚い。ネズ公の認識は、かつて自分がごしゅじんさまの約束を守れないダメフィロリアルになるのを防いでくれた初代の想いを継ぎ、全部の力を封印して持ってない事にした上で解除出来るかも分からない相手の洗脳にわざと掛かってでも自分ならば勇者として世界を守る為に動けるはずと信じてあの時より厄介な神相手に内部からこの世界をもう一度守るためにやってきた『雷霆』、と完全に事情を理解している



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手抜きと武器

フィトリア視点で見たネズ公の今までの行動
転生者側に奪われた投擲具と邂逅して覚醒。転生者を撃破し正規勇者として選べるほどに候補が育っていない投擲具を勇者が育つまで保護。そのまま本来は多大な被害が出る最初の波を投擲具の勇者として単独で叩き潰し、多くの国々でやはり勇者こそが波を止めてくれる神であると勇者支援の機運に火を点ける
そのまま杖の勇者のせいで死にかけた未来の盾の嫁兼槌の勇者及び本来は死ぬはずの投擲具の勇者候補を生きたまま確保。最低限育てた上で盾の勇者に託して勇者足り得るように更なる成長を促し、空いた時間で敵の前線司令官をだまくらかし世界全体を活性化
第二の波の後、活発に動く波の尖兵のせいでより拗れたのか槍に殺されかけた盾を守って盾と共に脱出。そのまま盾に同行し所詮盾は攻撃してこないしと盾狙いで寄ってきた本来より多い転生者を排除しつつ活発になって早めにちょっかいかけにきたタクトをフォーブレイに嘘で追い返す
そのまま後の小手の勇者を早めに盾に引き合わせて盾の戦力を整えつつ、弓の勇者のゲーム気分を異能コンプレックス刺激して叩き潰して眼を覚まさせる
転生者が増えた影響で向こうの世界が終わりかけ第三の波に乗じて此方にまで転生者出張ってきた末期状態から一人で奪われた扇と刀を取り戻して転生者全員を撃破、そのまま一時的に剣を喪った結果ヘタレてどっかで野垂れ死にそうな剣の勇者を保護して今に至る

……なんというか、これを実はこれこうこうこういう理由で巡りめぐって女神様の為なんでちマスターはそこまで考えてての行動で決して裏切り者じゃないでちとシステム経験値に報告するでち公の胃が心配になってくるほどに清々しいまでの勇者側っぷりである。忘れるなネズ公お前一応転生者だぞしっかり波の尖兵しろ


「というかフィトリア」

 「んー?なにー?」

 と、首を傾げるフィトリア。ノリ軽いなおい!

 

 黙ってたとは思えないほどに饒舌だ。あれか?お前の勇者の為を思うなら普通に話せと言ったのがそんなに効いたのか?ってか効きすぎだろ大丈夫かおい

 

 「何で突然レンを襲ったんだ?そして、何故俺の幻影を剥がしたんだ?」

 「えっとね、幻影はお話しするのに邪魔!」

 「意味があってやってたんだけどな……」

 「んー?ばちばちはばちばちじゃなくて?」

 「……というか、ばちばち出来なくなったんだが……」 

 「フィトリアしらなーい!」

 お前のせいだろ!と言うのは止めておこう、今さら言っても何も始まらない。寧ろ折角ご機嫌なフィトリアが気を悪くするかもしれない。……アホ毛って、ひとりでに動くんだな……

 ちょっと集中してみるが俺の中の雷はうんともすんとも言わない。ってか、あれがある程度使える前提で魔法とか組み上げてきたからな、それらが使えないとなると……ヤバい、一からよく使う魔法とか組み直しだ。リベレイション・ホログラフィックプラズマどころかファスト・スカイウォークすら多分出来ないぞ今の俺

 改めて思えばどんだけアヴェンジブーストに頼ってたんだ俺。クソクソ言いつつこれとか情けねぇ

 

 「僕を、襲ったことについては?」

 あ、レン。それ自分から聞いていいのか?

 「ねぇねぇ、なんで?」

 「な、何が?」

 「何で本気出さないの?もっとつよいよね?」

 ねぇねぇ、とレンにずいっと近寄る白い少女

 

 何だろう。似た場面を読んだことがあるような。って樹相手じゃんそのシーン無関係にも程がある

 

 「い、いや、僕は……」

 「ねぇねぇ、なんでなんで?ばちばちに庇われなくても、一人でフィトリア止められたよね?」

 「む、無理……だよ」

 「ぶー!フィトリア知ってる、出来るって」

 『ピヨ!』

 レンを守るように一羽のフィロリアルが前に出る。女王で勇者相手とか勇気あんな……ってリヴァイじゃんあいつ

 

 「フィトリア、ストップ」

 あ、素直にそこは止まるのかお前

 「少し待ってくれ。色々と付いていけないが

 フィトリア、お前はレンが手を抜いているから襲ったって言うのか?」

 ……いや、レンが怠けてる様子はないぞ?俺が見てる限りあれで精一杯だ。いや、ちょっと動きは固いぞ?でもそれはレンが今まで一人で戦ってきたかのような感じだからでフォローを他人に任せる戦いに慣れてないからだろう。背中を預けて戦えといきなり言われてはいそうですかと出来る一匹狼はそうは居ないのだ。居たらそいつは仲間と喧嘩して一匹狼気取ってるかなんかのフカシでしかない。それがやれる奴は一匹狼なんてならないってのが本当か

 

 「そうだよー!ばちばちが庇うか、その娘が本気を出すなら受けられるように」

 「どちらも無かったら?」

 「ばちばちだからだいじょーぶ!」

 ……待て。何の信頼だおい

 「でも、万が一そうだったら、死んじゃうけどしかたないよねー」

 「うぉいっ!」

 びくっ、とレンが震える。死んでも仕方ないとか言われたらまあそりゃな?俺も言われたら怖いわ

 

 「……四聖にもそんなことしかけたりしないだろうな……?」

 ふと気になる。突然レンを襲ったように、突然尚文に襲いかかる可能性。それにラフタリアとかが巻き込まれて……ってのが最悪の事態で

 「フィトリアそんなことしなーい」

 あっさり否定される

 可笑しいな。俺の読んだ原作ではいざとなれば四聖を殺して再召喚も視野に入れてたりしてたらしい覚えがあるんだが。因みに恐らくだがうまくやらないとフィトリアが四聖殺した時点で再召喚出来ずに詰む。そうしてでもいがみ合うままの四聖が嫌か、と思ったような

 

 「ん?四聖がまとまらないなら手遅れになる前に殺すとか」

 「でも今回はだいじょーぶ!そのうちあのなおふみの元でまとまるってフィトリア知ってるー」

 ……うん、原作だとまとまるな。盾以外の三人が散々やらかした後に。今の時点ではその片鱗もないのに信じていいのかよ。ってか、何で原作だとそうやってまとまること知ってるんだお前。未来でも見えるのか

 

 「そ、そうなのか?」

 「俺が知ってるはず無いだろうレン」

 「そ、そう……だよな?」

 ってか、四聖の話だぞ名前が似てても別に四聖皆殺しがあってもレンに関係はないから……。いや、下手したら世界終わるから無関係じゃないが当事者じゃないからそんなに怯えるなって。ネズミさんの背丈はそう高くないから隠れるには向かないぞレン

 

 「……ひとつ聞いていいか、レン?

 お前、本当にフィトリアの言うような何かがあるのか?」

 「あるよー!」

 「……すまんフィトリア、今はレンの口から聞きたいんで少しだけ待っててくれ」

 いや、バカっぽいがこれでもフィトリアは勇者だ。しかも遥か昔の波から既に居る。恐らく何かレンにはあるのだろう。妙に強いし、その割には文字読めないし

 だが、だからといって何だ。俺なんて実は勇者じゃなくて勇者武器奪った波の尖兵だぞ。それに比べれば多少の隠し事がそんな重要なことかよ

 

 「無い、と言ったら?」

 揺れる黒い眼。嘘だな、よく分かる

 「信じるよ」

 「そう、か」

 静かに、黒髪の少女が眼を伏せる

 

 「んー?」

 『ピヨ?』

 おいこら、頭をつつこうとするな遊ぶなフィロリアルズ。ネズミの耳はそう楽しい遊び道具じゃない

 ……うん。気が散る。フィロリアルの周囲は実に真面目な話に向かないな。とっとと終わらせよう

 

 「……実は、ある」

 暫くして、黒髪の少女はそう切り出した

 「あるのかよ」

 いや、多分フィトリアが言うからあるとは思ってたぞ?言うとは思ってなかったが。あっても言いたくないなら気にしない、そういう意図で信じる、と言ったんだが通じなかったろうか

 「……今は、持っていない。けれども、手にすればきっとという力」

 なんだろうか、クテンロウ出身……じゃないかと疑ってるし家宝の刀とかだろうか。そんな気がする

 実はフィロリアルの聖域に三勇教の神具こと四聖武器のレプリカ(劣化勇者武器もどき)の試作品が転がってたりするし、勇者武器でなくともバカみたいに強い武器はたまーに現存しているのだ。まあ、大半のそういう武器は今や悪魔に回収されてプラド城で意図的に死蔵されてるんだがたまーに悪魔が持っていってないそれらのブツがあるのだ。そのうちあの死蔵されてる武器こそっと……いや名分つけて正面から一部パクってこないと

 

 「武器か?」

 「一……応は」

 「そうか。それを使う者として、自分はあれている気がしない?」

 「……使うのが、怖いんだ」

 ……怖い、か

 ネズミさんにはちょっと理解しがたい感情だな。昔からだ。使いたくても使えないこととかの方ならあったがそんな想いはついぞ抱いたことがない

 

 「与えられた力か」

 「願ってもないのに、勝手に託された」

 沈んだ声。本当に悩んでそうだな。茶化すのは止めようか

 

 「んまぁ、勝手にすればいいと思うぞ?

 背負い込むことはない。お前がそんな悩むなら、いっそ暫く忘れてしまえばいい」

 適当なアドバイス。真面目にやろうと言ったとたんにこれかとなるが、そもそも願ってもないのに得た力って俺には無いしな。もう適当なこと吹かすしかないのだ

 

 「んでもまあ、俺もどんなものかは気になったりするしな。それに、お前に託したってことは、お前に受け継いでほしかった想いがあって、それは自分でも分かってるんだろう、レン?

 自分の意思でその武器を手に取って受け継ぐ気にもしもなったらちょっと見せてくれ。それまで、俺はゆっくり知らんぷりでもしてるよ。その気にならなければ永遠に」

 「それで……良いのか?」

 「良いだろ。お前が納得して、自分から手に取るまで。嫌だと思いつつ持ってても無意味だ、ロクに使えないだろ?」

 

 「そう、か

 悩んでて、良いんだな」

 ちょっとだけ晴れた顔で、少女は呟いた

 

 「おわったー?」

 だが、雰囲気なんてものはない、だって此処はフィロリアルの巣だからな




尚文「俺の時と違うぞ男女差別だ」(聞きたくなかった言葉参照)
まあ、ネズ公が勇者の剣使いたくないしてるレン相手に優しいのはそうと知らないからです。知ってたら尚文相手と同じお前しか剣の勇者出来ないから戦えな態度取って立ちかけた信頼フラグをばっきばきに折ってたことでしょう

???「可笑しいですぞ、ネタ選択肢には票が集まるはずが大きなフィロリアル様が愛の狩人とラブラブになる未来に票が入らないですぞぉぉっ!」
うん。フィトリア尚文のヒロイン説には票数勝ってるだけマシな気がする


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閑話 冷泉一樹と鎌の○○

まーた閑話です。今回は向こうの世界とか逃げてった彼どうなってんの?的な補完です。本編とは現状絡みはないです


「ぎぃやぁぁぁぁぁっはっはっはっはっ!」

 薄暗い部屋に、そんな下品た嘲笑い(わらい)声だけが反響する

 

 此処は岩谷尚文の世界ではないが近い位置にあるとある世界。とある時

 軽薄そうな、けれども身なりだけは王公貴族であるかのように良い、服に着られているような男が、血まみれの肉塊を見て笑い転げていた

 

 「なに、笑っ……だよ、セオ……」

 「だってよ、レーゼ!お前さぁ、あーれだけ自信満々に向こうの勇者武器どれ持ってこよっかなーやっぱり王道は剣だしそれが取れると良いな刀の上位互換だろ強化フォームっぽくてちょうど良いとか言っといてよぉ!

 ぎぃやぁぁぁぁぁっはっはっはっはっ!ばぁぁっかみてぇ!これが笑わずにいられるかってんだ!あぁ、酒うめぇ!」

 ばんばんと、拳で頑丈で無駄にと言って良いほどに装飾の施された机が叩かれる。細長い瓶が一つ倒れ、琥珀色の液体が卓上に地図を描いた

 

 「ああ、もったいね。ったくよぉ、俺の魂は子持ちだってのに未成年に酒はとかうっせぇんだよあのクソジジィ。勝手だし魂は未成年じゃねぇっての、飲ませろよなぁ

 

 まーた泥棒避け抜けてかっぱらってこなきゃいけないとか、お前が笑かしたせいだぞレーゼ」

 清々しいまでの責任転嫁

 それに対し、右目をぱっくりと縦に開かれ、右腕を根元から切断され、腹から下を異世界に置いてきた赤黒と青のまだらの髪……いや、こびりついた血で赤黒い部分が出来てしまっている青髪の男は自分の体がほぼ肉塊と化しながらも自業自得を指摘する

 「笑い、ものじゃ……ねぇぞ、セオ」

 「んでよぉ、お前の大事な大事な恋人様はどうした?ん?死んだか?ざまぁねぇなぁリア充が。爆発してお前も死んでろよ」

 「ユエ……は」

 「知ってんよぉ。少し前になーんでか二度と立ち上がれないくらいにボコしたはずのグラスの奴が、(ユエ)が異世界に持っていったはずの扇どっかから奪ってこっから逃げ出してやがった

 殺されて向こうの勇者に扇を奪い取られたんだろ?調子のって波が始まってから呼ばれたひよっこ勇者ごときに返り討ちにあうとかクッソ受けるんだが、笑い殺す気かよ」

 「ユ……エ」

 「だから、このセオ・カイザーフィールド様が向こうの勇者を全部殺してやるって言ったのによぉ。(リョウ)のオキニだからって行ってこれかよ。逆に折角倒して良い女だからオナホにしようと生かしといた勇者(グラス)が復活しただけじゃねぇかよ使えねぇ」

 げしげしと、何故生きているのか逆に一般人であれば疑問に思うかもしれない喋る肉塊を足蹴にしつつ、男……セオ・カイザーフィールドは笑う

 「お前だって鎌に逃げられている……だろう」

 「冷泉一樹(レーゼ)よぉ!オレサマはあの鎌野郎を殺すには必死に抵抗するカワイコチャン達を手に入れた鎌でばっさばっさしなきゃいけないから、どーせオレサマから奪うなんて無理だし慈悲の心で見逃してやったの

 それに対してお前と恋人サマはさぁ!折角俺が鎌振るって助けてやったから手に入れられたグラスと扇を、今更にがしたんだっつの」

 つかつか、と男は椅子から立ち上がるや肉塊に近付き

 「どっちの方がより悪いか、そんな血と一緒に全部どこかに置いてきたような頭でも分かるよなぁ、レーゼぇ?」

 その髪をむんずと掴み、自分の目線の高さへと持ち上げる?

 「分かる?この罪の重さ。どぅーゆーあんだーすたぁん?」

 にやり、と唇を歪め、セオと呼ばれた少年は手にしたゴミを床に投げる

 

 「……セ……オ。頼む……」

 「アーハン?

 オレサマにものを頼む態度か、それ?」

 「頼む……お願い、します……」

 「どうしたよ、言ってみな冷泉」

 「月の仇を……ともに」

 「なーんでリア充見せつけたクソ野郎の為に働けと?見返りは何だよ」

 「あの……忌まわしき雷撃を、」

 「雷っ、撃?」

 ぎりっと、奥歯が鳴る

 

 「レーゼ、今何つったてめぇ?

 雷撃?オレサマが雷大っ嫌いな事知ってて言ったんだよなぁてめぇ!」

 転がした頭を、忌々しげに蹴る

 「雷撃を纏う……溝鼠を……」

 もう耳が聞こえなくなったのか抗議は無視し、肉塊は言葉を続ける

 「雷撃を、纏う……」

 嘲る少年の動きが、少しだけ止まった

 

 「まさか、まさかなぁ

 まさかたぁ思うが、てめぇなのか、讃。おとーさんを殺したあの親不孝ドラ息子がぁっ!」

 「頼む……御門星追(セオ・カイザーフィールド)……」

 「いぃや、有り得ねぇ。あの世界一親不孝ドラ息子だぞ?こんな世界に転生せず平和なあの世界でおとーさんを殺した罪なんぞ忘れてのうのうと生きてやがるはずだ

 ……だが、万が一讃ならば

 

 許さねぇ。父親の愛の鎌でじっくりたっぷり親不孝の報いを受けさせて殺してやる」

 「……セオ」

 「ああ、分かったぜレーゼ。このオレサマが手を貸してやる。その死に損ないをとっとと止めて、一度死んで甦ってこい」

 「……ああ、そう、だな……」

 ゆっくりと、肉塊は眼を閉じ

 その心臓に、禍々しい形の鎌が突き刺さった

 

 「バカレーゼが。てめぇを女神様の奇跡で生き返らせても何の得もねぇよ。大人しくオレサマの鎌のエネルギーになってろそっちの方がよっぽど讃を殺す役に立つ」

 

 それらの話を全て無視して、部屋の奥。少年の妹ルナ・カイザーフィールドは一人、せっせと煌めく裁縫具でマントを縫っていた



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番外編 太古の記憶:神と神・前編

オリジナル設定を描写する回が増えていく……

そしてこのままではフィトリアがネズミのヒロインになってしまうのですぞぉぉぉっ!ごしゅじんさまに負けるのならば仕方ないですがネズミに負けるのは嫌ですぞぉぉっ!うぉぉぉっ、大きなフィロリアル様ぁぁぁっ!(アンケートの愛の狩人のところだけ『である』ではなく『であって欲しい』である事からわかるように、元康が勝ってもフィトリア元康のヒロイン説は叶わぬ願いです)


「おはなし終わったー?」

 そう問い掛けてくる空気の読めないフィロリアルの少女の胸には、ふっるいリボン。さっきまであんなもの付けてたか?いや、今にも崩れそうにぼっろぼろで少なく見積もって数百年前のとかそんなレベルの古さだし付けてた筈がないな。ずっと付けてたら今頃空中分解してる。いや物持ち良いなフィロリアルなのに。百年ものの布とかとうに無くなってるものかと。いやでも魔力糸とかあるし、フィトリアも人化する時にそれを使ってるからしっかりフィロリアル状態では何も着てなくても人化時に全裸ってのを回避してるんだしな。割と物持ち良くないと魔力糸による服だって破れてなくなるしな……実際昔俺が編んだ魔力糸による服はプラズマ魔法を至近距離で撃ちすぎて大穴空いたので捨てた

 「ん?どうしたフィトリア、古いリボンなんてつけ……」

 ふと、クソナイフが震える。一つのスキルが使えるよと点滅している

 スキル、ソウルテスタメント。犬亜人(ウィンディア)の死骸からその死に際を読み取ったあのスキル。それが、その古いリボン相手に使えるぞと告げている

 「そういうことか。ソウルテスタメント!」

 スキルを使用した瞬間、一瞬だけ俺の視界は真っ黒になり……

 

 ワインレッドの空。どす黒い雲。亀裂の走った大地。波の最中特有の見てるだけで不安になる風景のなか、俺はファスト・スカイラインウォークも使わず空中に立っていた

 ……何だろうか、不謹慎だが映画でも見てる気分?確かに俺の体はフィロリアルの聖域の中にあって、その感覚はしっかりある。ってかふわふわの羽毛に埋もれている。だけれども視界だけはその世界にあって、それをちょっと引いたカメラ……というか俯瞰視点から眺めている感じ。いや、これ感覚としては映画と言うよりも人のプレイしているRPGの画面見てると言うのが正しいか。俯瞰視点だし

 きょろきょろと見回すことは出来るのだが、それ以外の動きは不可能。あくまでも記憶を見ているだけだ、介入は出来ないという事だろう

 見回した世界には、ちゃんとした風景な部分と、雑な部分がある。それっぽいだけというか何というか

 あれだ。オープンワールドのゲームで割とある、プレイヤーが近づくまでそれっぽい荒いポリゴンおいて処理を軽減しているようなアレ。記憶にもそんなものあるんだなーと思うが、逆に当たり前か。俯瞰視点の真ん中に居る馬車を引いた大きなフィロリアルが動くに合わせ俺の視点も動く。要はこれ、恐らく昔のフィトリアの記憶を俯瞰視点で見ているのだ。あの古いリボンに関係する頃のを。しっかりと見えている場所がフィトリアが見ている部分で、雑なのは多分こんな感じだったんだという推測による補完

 

 ワインレッドの空から湧き出て来るのは次元ノ魔物達……という訳ではない。あんな化け物化け物した者達ではなく人型。黒光りするボディ、響き渡る駆動音。厨二心をくすぐるようなポーンという音と共に地面に降り立つや否や灯る蒼いカメラアイ。そう、ロボットだ。大体は全長が人間の倍ほど。成体のフィロリアルと比べても尚大きいが人が乗り込んで動かすタイプにしては小さな恐らくはAI式とかそんな奴等

 そんなこの世界には似つかわしくない奴等が数百、ワインレッドの空の向こうからブースターを噴かせて降り立ってはその腕に持ったマシンガンの弾をばらまいている。フィトリア(確信)な大きな白いフィロリアルが馬車からビーム等を撃って応戦してはいるが、戦況はかなり悪そうだ。たまにマシンガンを受けて痛そうに飛び上がっているし、ビームで撃破は出来ていても次から次へとやってくるロボット兵は増える一方。撃破速度が増援速度に追い付いていない

 フィトリアの回りに居るフィロリアル達も応戦はしているが……そっちは更に駄目だな。数羽がかりで一機を蹴り壊し、近くの二機目のマシンガンで位置の悪かった何羽かがミンチにされていくというのを繰り返している。波の向こうから無尽蔵かどうか知らないが湧き出てくる敵に対し、限りある仲間が毎回のように犠牲を払いながら何とか各個撃破しているのは過酷が過ぎる。すぐに全滅してしまうだろう

 ……だが、見てるだけの過去なので何一つ出来ることはない。見守るだけしか出来ない

 

 ってか、波だろ他の勇者とか居ないのかよ、とフィトリアから視線を外して見回すと……居た

 「トォォォル、ハンマァァァッ!」

 と、巨大なハンマーを振り回す中年近い男と

 「ヒートロッド!」

 蛇腹剣、ガリアンソードというのだったろうか。蛇腹状になっており伸ばせば鞭になる剣でロボットの腕を絡めとっては破壊していくロン毛の男

 

 ……二人だけかよ。残りの勇者何処行った

 と見回してもこの波に応戦している勇者はその合計三人だけで。明らかに分が悪くて

 

 この過去の映像何時終わるんだろうな、と、思ったその時。映像時間かと思っていた視界左端の黄色い砂時計の砂が落ちきった

 世界が震え、どす黒い雲が消えていく

 そして……亀裂の先から、緑の残光を残して、ひとつの白い機神がこの地に降り立った

 ロボットの迎撃をやっていた、鞭の勇者らしき男を踏み潰して

 

 鞭が光となって飛んで行く。それは良い。俺に出来るのは見てることだけだ

 ロボット兵達が騎士の礼っぽい体勢を取ったまま動きを停止する。あの白騎士、さては利よりも派手な演出好きだな?

 「あいつが親玉か!馬車!もうあいつをぶちのめすしかない!一緒に仕掛けるぞ!」

 槌の勇者らしき男がフィトリアに近付き、叫ぶ

 

 そのまま、一人と一羽は全長15m級の白いロボットへと向かい

 「相転移砲、発射!」

 ロボットの胸のクリスタルから放たれた巨大なビームに撃たれ、消し飛んだ

 いや、フィトリアだけはとっさにフィロリアルの姿から小さな人間の姿になることで避けたようだが、槌らしき光が何処かへと飛んでいく

 「ビット!」

 けれども、反撃には至らず。見映え重視だろう半透明なクリスタル製の機体の明らかに過剰な大きさの翼の一部が自立稼働して、人化したフィトリアを地面に撃ち据える

 

 「……神には、勝てないよ」

 語る声は若い男のもの

 そんなロボットの無駄に精悍なフェイスに、砲弾が突き刺さる。フィトリアの抵抗

 だが、それも微かにツインアイを揺らすのみに止まる

 「おや、生きている。死の力を軽く付与した一撃だ、普通なら死んでいる一撃の筈だけど、神に少し近付いた存在だったのか

 ちょうど良い。鳥になる少女、この世界を手に入れた後で飼うのも良いかと、殺したことを後悔していたところ。生きていたならば都合が良い」

 ロボットが膝をつき、倒れ伏すフィトリアへと手を伸ばす

 

 ……勇者3人しかいなかった上に負けてんだけどフィトリア?この記憶本当にあってんのか?それとも自主制作ムービー(骨董無形な悪夢)でもまじってんのか?

 だが、その時

 「敵前逃亡2、内紛自滅6、裏切者1。真っ当な勇者が3人だけかつ聖武器の勇者が逃亡者1のいがみあって殺しあった自滅3。全く崖っぷちだな

 

 でも、今までよく頑張った」

 そんな声と共に、フィトリアと神を自称する機体を隔てるように、一条の雷撃が降ってきた

 

 雷撃が消えた時、其処には一人の若い男が立っていた。20……3、4ほどだろうか。明るい黄金の髪、輝く赤い目。服装は……トーガ、いやキトンというのだったか、御門讃時代に歴史の本で見た古代ギリシャの彫刻の男が着てたような右胸出すように白い布を巻いた感じ

 「何者だ!何故神の前に現れた!」

 「おれか?おれはゼウス。ゼウス・E・X(エクス)・マキナ

 お前が世界に降り立ったから、おれも精霊に呼ばれたのさ」

 にやり、とフィトリアの前に立ち、不敵な笑みを浮かべる男

 

 「ゼウスエクスマキナ?名前など聞いていない

 何者だ、貴様!」

 「まだ分からないか?じゃあ、見せてやるよ、はぁっ!」

 声と共に、周囲に5つの光が集まり、男の髪が赤く染まる。そして、揺らめく時折スパークの走る赤いオーラ

 いや、あれ周囲の空気が赤熱してるのか。それで髪が真っ赤に見えるようだ。俺のアヴェンジブーストも似たような原理でオーラ纏うな、色は赤くないが

 ……ってか、あの周囲を飛んでる5つの光、勇者武器だ。剣、槍、弓、槌、そして鞭。さっき勇者が死んだばかりの槌と鞭が居るということは、前の四聖持ってた三勇者もやっぱり死んでるのかよ、どうりでひでぇ戦いになってる訳だ。頑張れ盾、お前だけが頼りだこの時代の盾。何か敵前逃亡と聞いたけどならば終わるまで隠れて生きててくれ盾。お前に求められてるのは多分それだけだ

 

 「この姿なら、分かるだろう?」

 「こ、こ、コ……コード:ケラウノスゥゥゥッ!?」

 コード:ケラウノス?なんだそりゃ。勇者じゃなさそうだが。ってか神を名乗る今回の波を起こしたろう奴の前で余裕ぶっこけるようなならお前もメディア相手に戦ってろよ多分十分に戦力になるだろお前。原作では全く出てこなかったが

 「……誰?」

 これは、フィトリアの声

 「ああ、おれを呼んだのはキミとその精霊か、かわいこちゃん

 おれは、敢えて言うならば……」

 「第一級の危険神物(きけんじんぶつ)。我等同盟の記録にあるだけでも4桁の同胞を異世界を侵略したというだけで葬った悪魔。討伐者にはリゾートに良い世界の支配権を譲渡されるという同盟の賞金首!」

 「長文解説御苦労!

 んでももっと分かりやすく言うならば

 精霊に呼ばれて世界を侵略するバカを狩るのがお仕事な、神から世界を守る神なんてやってる一夜のロマンスを求める恋の旅人ってところさ」

 ……ああ、元康二号だったか




因みに元康二号はネズ公なのであえて言うならばゼウスを名乗る彼は元康三号です
更に正確に言えば彼が元康二号でネズ公が元康二号`ですがまあ過去の記憶にしか出てきませんからねそんな無意味な正確さはどうでも良いのです


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番外編 太古の記憶:神と神・後編

「こ、恋の旅人ぉ?」

 すっとんきょうな神の声

 

 いや、似たようなの……ぶっちゃけ原作後半の槍の勇者に関して読んだことがあるから俺はその辺りはああはいはいこういう奴ねってのは流せるんだが、神には無理だったか

 

 ってか、世界を守る神か。そういうのも居るとは言われてたな。女神メディア・ピデス・マーキナー相手にはそいつらが乗り込もうとしたら世界壊して逃げるだろうから介入は無理とあの世界放棄されてたけど。だから出てこなかったのだろうか自称ゼウス。やっぱりこいつらもクソ神なのでは?

 

 「そういうことだよ」

 「なんだそれは

 

 ……だが、ワームホールクロックシステムの稼働に成功した。これで世界は神のも……」

 勝ち誇る神に向け、すっ、とゼウスを名乗る赤髪と化した神は手を翳す

 

 「今、おまえと話をしてるんだ。勝手に事態を進めないでくれないか?」

 「んなっ、システムが強制的に止められて!」

 「ああ、ちょいと止めさせてもらった。おれが時を止めた……ってカッコつけても良かったんだぜ?」

 「恋の旅人だか何だか知らないが、お前だって世界を手にする力を得て好き勝手してる同じ穴のムジナでしょう!何故こんな!」

 「ん?おれが恋の旅人だからだけど?

 異世界ってのはたまーに精霊の許可を得て訪れて、自分の世界との差を楽しんで、ついでにそこの可愛い女の子と一夜のロマンスを過ごせれば120点。それで良いんだよ」

 「何を」

 「だから、お前らみたいに自分達の世界以外を侵略してそこの女の子達を不幸な目にあわせあまつさえ支配したり殺したり?そんなのおかしいってんだよ

 どっこの世界も大抵は元々の自分達の領分を越えてもっともっとと欲望に取り付かれた奴等が起こしてきた戦の連続が歴史だってのは同じだろ?お前らは本当にさあ、歴史や哲学の先生から歴史の授業受けてきたのかよ?

 ってお前らじゃ受けてても落第点か」

 

 「抜かせぇぇっ!」

 神が吠える

 うん。煽られて随分と余裕消えたなーあの神。やっぱり世界を侵略する神どもって総じて煽り耐性無いんだろうか。女神メディアも原作で煽られてプッツンしてたようなだしな

 「相転……」

 「アルゲスの矢」

 今一度、胸部クリスタルからビームを放ち今度は男を吹き飛ばそうとする神。だが、その動きが実る前に、狙われた男の手から小さな光が放たれ……

 「光になれ、ってな」

 炸裂。無駄に精悍なロボットの頭と、コクピットが存在しているだろう胸部上部が、光の中に溶けていった。……なーんか見たことあるんだけどな、何処だっけ。忘れた。覚えてたはずなんだが……まあ思い出せないものは仕方ない

 

 「んなっ!何を」

 コクピットの中身を剥き出しにされ、ロボットに乗っていたらしい男が露出する。黒髪のメガネ。中々に若々しいな、外見は高校生くらいか

 「お前の相転移砲と原理は同じだよ。その機体の上の方を構成している物質を固体からプラズマ体まで相転移させた、それだけさ」

 「ふざけるな!Gシステム、奴を……」

 「おっ、と」

 ふわり、と宙に浮かび上がる男。目線は数mの高さにある機体という殻から追い出された神よりも高く

 そんな赤オーラの男を撃ち抜くべく、騎士の礼で止まっていた周囲のロボット兵達から無数のマシンガンが撃ち込まれた

 

 ……だが

 「テロメア短縮弾か?そんなんでお前らと同じく不老不死になった神を殺せる訳無いだろ。ホント選ばれた存在である自分達と違って異世界には下等な定命生命しか居ないしと見下してんなぁお前らはさぁ

 そこの世界なりの種族の美少女とラブって良い思い出作るとか考えないわけ?」

 その体を銃弾は全て突き抜ける。あの体、固体じゃなくてプラズマ体なのか。

 「支配してからで良い!」

 「あっそう。お前らがそんなんだから忙しくて気のむくまま精霊に一時滞在許可を貰っての異世界旅すらロクに出来ないってのに

 スルトの冷血漢には世界を離れられない自分の代わりにもっと働けとどつかれるしさぁ。あいつ業火だろ冷静ぶらずにノリで生きてろよそっちは氷結の仕事だっての。ホント、いい加減歴史に学んで休みを寄越せ神様軍団」

 うーん。これ、一応は神と神の対話の筈なんだが、ちょっと出てくるアイテムや力が規格外なだけで言ってる事の内容そのものは人間社会と全然変わらないなオイ。もうちょっと神々しいのかと……

 いや、此処で言う神なんて結局、不老不死と次元を渡る力を得て調子乗って外国に戦争ふっかけるより軽いノリで異世界を侵略してるだけの元人間だしそんなもんか

 

 「……ふふっ

 貴方が長々と語ってくれているうちに……」

 「同盟に助けを求めた?

 来ないさ。あいつらは俺達神狩りから逃げつつ幾つもの世界を支配したい自己中の互助同盟っていう矛盾したものだってのに。まっさか本気で助けに来る訳ないだろ?お前なんぞ助けても、世界を手に入れられる訳じゃなし、わざわざ俺に降臨された不幸な神をロハで助けるメリットなんて無いんだから」

 「ならば、お前にはメリットがあるのですか、コード:ケラウノス!」

 「ん?異世界の可愛い娘がお前らによって曇らされないってだけで合格点だけど?

 ついでに……そうだな、今回で言えばそこの天使っぽい娘とかと一夜のロマンスを出来れば満点かな」

 「てめっ!ならばその娘を

 

 Gシステム!何故動かない!」

 そう叫ぶ神に向け、心底呆れたように赤き神は告げた

 

 「お前さぁ、電力をエネルギー源とする科学系世界の出身だろ?

 お前の永遠の根源にある雷の神に、勝てる道理があると思うか?全部ショートさせて潰した。相性ってものを考えな。だからおれが来たんだよ

 何があろうが、負けることも侵略されてる世界をどうこうされることも無いおれが、な」

 背を向け、やれやれと肩を竦める赤き神の背後。動きを止め鉄の……いや恐らくは色々と組み合わされ作られたのだろう特殊合金の塊に成り下がったロボットの上で項垂れる神の姿は、段々と砂になって崩れていった

 

 「こ、これは」

 「お前の体を構成しているナノマシンも止めた。異世界を弄ぼうとした事を後悔しながら朽ちていけ」

 「い、嫌、嫌だ!嫌ですよこんな!!ナノマシンによって漸く若さを取り戻したのに!永遠を手にしたのに!また明日が来ないかもしれない恐怖に怯えるのは」

 「そう言って、どれだけのこの世界の人間の来る筈だった明日を消し去ってきたんだ?」

 「い、嫌だ……死にたく、無い

 止めてくれ……もう、異世界を侵略したりしないから……だから」

 もはや腕は骨と皮しかないようなミイラで。顔もやせこけ晒された当初のようなハンサムな高校生顔は何処にもなくほぼガイコツ

 

 「ったく」

 心を動かされたのか、砂化が止まる。片腕、ナノマシンとやらが再起動したのかそこだけは若々しいまま残り

 

 「せめてこの世界も道連れに!」

 何時しか、その神の手には光線銃のようなものが握られていて。それは地面へ……フィトリアの方へ向けられていて

 「やっぱりな

 お前の墓標としては、お前が弄ぼうとしたこの世界は立派すぎるわ。世界の狭間にばら蒔かれろ」

 それが放たれる前に、降り注ぐ雷によって機体ごとその神は世界から消し飛んだ

 

 「んで、飛んで銃弾の向き上にそらしたから大丈夫だとは思うけど。無事か、かわいこちゃん?」

 神をさくっと片付け、空から赤き神は降りてくる

 「ってか、もう行って良いぞ精霊ズ。後はかわいこちゃんとお話しするだけだ、侵略兵器の残骸はちゃんと波と一緒に掃除されるからさ」

 と言うや、5つの武器は何処かへ飛び去り、赤いオーラも消えゼウスを名乗る神は元の金髪に戻る

 

 「……ロマンス?」

 「んまあ、それも良いけど……」

 不意に、彼は遠い目をする

 「あんな警戒心の欠片もないゴミみたいな神と違うここ最近ずっと追ってる大物の尻尾を仲間が掴めそうなんだよなぁ。メディア・ピデス・マーキナーってめんどくさいの

 なんで、そろそろバカ神様の起こした波も終わって精霊に呼ばれたとはいえ神様は退場の時間だし、帰って手伝わなきゃいけないんだ。世知辛い事にさ」

 ふわりと笑って、男は腕に巻いていた青い細長い布……何か見覚えあるそれをほどいて助け起こしたフィトリアに渡す

 「おれは恋の旅人。ごたごたが片付いて暇が出来て、旅でこの世界を訪れた時、キミがこのリボンに似合う素敵な女の子になってたらお願いしようか」

 そう言って、青年はフィトリアから一歩離れ

 

 「波は終わっても世界の傷はそれだけでは消えやしない。これからも色々あるだろうけど頑張れよ、この世界の勇者で、かわいこちゃん

 そんな復興した世界、ちょいと旅で来てみるの、楽しみにしてるから、さ」

 左手の人差し指と中指を額に当ててからぴっ、と少女に向ける謎の仕草と共に、雷となってかの神はこの世界から飛び去っていった

 そこで、リボンの記憶は途切れた




おまけ キャラ解説(ネタバレ反転)
コード:ケラウノス(ゼウス・E・X(エクス)・マキナ)
フィトリアの前に現れた金雷の神。この世界を神から守る神を自称しており、その実力は確か
女神メディアを追って世界を渡っていったのだが……?
その正体は先々代『雷霆』の勇者ゼウス。当代の『雷霆』である御門讃のある意味先祖に当たる存在である。あの後、女の子のピンチを救いロマンスをやりたいが為に、寧ろピンチ起きてくれないかなという思考に陥りかけている自身に気が付き、自らの手により『雷霆』の勇者である事を止めて消滅している。その想いと魂を引き継いだ者には、やっぱりそういった恋愛って溺れてクソ神に成り下がるから駄目だという認識がこびりついているとか居ないとか


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アホ毛

視界がフィロリアルの聖域に戻る

 

 「ばちばち、どうかしたー?」

 そう聞いてくる、外見は自分より幼い少女の胸元のリボン。ついさっき見たものと、大分ボロボロになって分かりにくくはなっているものの装飾はよく見ると同じもの。それを見つけて、俺は苦笑した

 あれか?あの人……ってか神は20代くらいで、俺の外見もまあ20前後。実年齢は16+11で27のはず。そして数百数千年の時間が経ったから恩神の事をばちばちスパークしてた20代くらいの男って事しか覚えてなくて、俺と彼を見間違えたのか?それならば、やけに素直なのも分からなくもない。俺の事を昔むかしに自分達を助けてくれた恩人と勘違いしているから割と好意的。襲ってきたのもレンを焚き付けつつ、あの時のゼウスを名乗る神=俺という認識ならば止められない道理はないから万一レンが本気を出さなくても死ぬことはないと思いつつ確かめたのか。別人なら死ぬかもしれないが、俺はアヴェンジブーストという持ち前の異能でばちばちしつつ止めてみせた。それで俺を彼と思い込んだと

 

 うん。勘違いだぞフィトリア。確かに俺も雷の異能力は持ってるが俺は世界を守る神どころか世界を侵略する神の側の尖兵だ。お前の思ってるのとは真逆。あの記憶でゼウスなる神が言ってたメディア・ピデス・マーキナーによる転生者だぞ

 というか、あの女神の野郎そんな昔から既に暗躍してたのかよ。まあ神だしそんなものか

 

 「いや、何でもない

 そのリボンは、もうボロボロだし付けてると破れちゃうと思うが良いのか?」

 何だそれじゃなく、知っているとも知っていないとも言わない曖昧な言葉

 明確に嘘はつかない。けれども、本当の事も言わない。向こうが俺をあの世界を守る神の関係者若しくは人間レベルに力を抑えてやってきた当人と勘違いしていてくれるならばそれは存分に利用させて貰う

 俺を彼と勘違いしているならばちょうど良い。恩人(勘違い)の為に馬車鳥の如くってか馬車鳥そのものだが働いて貰うぞ

 

 「んー?あたらしいのくれるの?」

 「……今は、持ち合わせがないな」

 ってか神の与えた布だぞ仮にも。俺には鑑定技能とか無いし下手に変な能力付加されててもそれが解らない。下手なものを渡して前のリボンにはあった○○が無いからニセモノーされても困るのだ

 「ぶー!」

 「此方にもお金の問題とかさぁ……」

 「なんというか、すまない」

 「お前が戦うのに必要だと思ったから俺が自分の意志でその剣を買ったんだ。そう気にするなよレン」

 すまなさそうに少しだけ目線を下げる少女にフォロー

 そもそも、金はあるぞ多少。まあクソナイフ強化しようとすると全部オーバーカスタム扱いだから軽くふっ飛ぶ金だが。そもそもリボンに出来る布がないのは俺がそんなにオシャレに金使ってないからだ。あの神みたいに腕にシルバーとか布とか巻いてないし

 

 「そういえばフィトリア、こいつらは」

 と、ついてきたフィロリアルズを見て聞いてみる

 「お前みたいにクイーンやキングにならないのか?ってか、お前の回りのフィロリアルも変化してないようだが」

 勇者が育てると変化するはずだからなフィロリアル。つまりは、良く良く考えてみればフィトリア旗下のフィロリアル達も馬車の勇者であるフィトリアに育てられたフィロリアルと言えるわけで。勇者に育てられればというのが『四聖』とか冠がつかなくても良いならば周囲のフィロリアルはほぼ全員がキングクイーン種の神鳥の群れでなければ可笑しいのだ。メルティやらですぞ元康が見たらトリップして卒倒ものだな。俺は……別にどっちでも良いが

 「えっとね、四聖が育てたらみんな変化するよ?」

 「七星なら違うのか?」

 「フィトリアだと100羽に1羽くらい?」

 「確率低いのか」

 「別の世界から召喚された七星だともうちょっと高いんだってー」

 へぇ。四聖は召喚限定だし、召喚された勇者の方が四聖っぽさあるからとかそんなんか?

 「それで、ムゥ達は?」

 「ねぇねぇ、そこのはなって欲しい?」

 「ぼ、僕か?」

 レンに話を振るのか?何でだろうな

 いや、転生者な俺に聞くよりは現地人なレンに聞いた方が良い気がするが、だとすると勘違いは?となるしどうなってんだ?

 「い、いや僕は勇者ではないし……」

 「なんでなんで?フィトリアに聞かせてー?」

 「な、なってくれるならば心強い味方……だと、思う」

 押されぎみに、レンは頷いた

 うん、引くの分かるぞレン

 

 「ばちばちはどう?フィトリアみたいになって欲しい?」

 「そもそもなるのか?」

 パチモノ勇者な転生者に育てられたんだがそれで変化するならタクトやユータやレーゼが育てても変化しうるんじゃないかってほどにガバガバ勇者判定だぞそれ

 「フィトリアがとめてるのー!

 ばちばちがなって欲しいっていうならやめるよ?」

 「お前のせいかよフィトリアァッ!

 いや、そこまで変化をするはずだと思っていた訳じゃないし、責める気は無いが」

 ウッソだろおい。フィトリアがフィロリアルだしと止めてただけかよ。実は勇者武器奪っただけの転生者でもクイーン化判定あったのか

 

 「うまくいかなかったら死んじゃうの」

 「失敗する事があるのか」

 「うん、だからとめてるのー」

 「そうか。俺の意見は……

 ムゥとリヴァイに任せる。あいつらが力が欲しい、クイーンになりたいっていうならばなれば良い。危険を犯してまでそんなんになりたくないならば、そのままで良い」

 『ピィ!』

 『ピヨ!』

 「うんわかったー!やっとくねー!」

 これで、もしかしたらこいつらは変化するのかもしれないのか

 ……服を買っておかないとな。変化時に最初から服を着ててくれるのはフィトリアくらいだ。俺は全裸のロリショタ奴隷を連れた(実際は魔物紋なのだが専門家でなければぱっと見人間に刻まれた魔物紋は奴隷紋にしか見えないだろう)犯罪ネズミにはなりたくない

 ってか今のパーティ女ばっかだな。ハーレムかよ。いや、ハーレムor逆ハーレム築いていて同姓居ないってのは凄く転生者みがあるけどさ。やっぱり俺も転生者なんだなってよーく分かる。誤魔化すためにフォウルには残ってもら……いや尚文の元にいてくれた方が安心だ、主にリファナの安全的に。リファナがフォウルに惚れたら?おのれフォウル!するだけだな、リファナが幸せなら仕方ない。リファナを不幸にしてまでリファナが欲しいかというと、なぁ……。俺の想いなんて鼬気違い自称しててもその程度なのだ、所詮

 閑話休題、ハーレムパーティっぽさの軽減の為に是非キングになってくれよリヴァイ。ムゥは……どっちでも良いや。騙されているのを良いことにほぼ上位互換なフィトリアが手を貸してくれそうだしな。どうせムゥだって人化したらフィーロみたいに煩いんだろ?ならフィトリアで良いじゃないか

 

 「フィトリア?何時くらいに変化するんだ?いや、キングになることを望んだら、だけどさ」

 「明日ー!」

 「波の来……いや、もう来ないのか明日には」

 何でか知らないが、俺の異能力のせいで周期が早まってたみたいだしな

 

 「うん、ばちばちが寝てるからだいじょーぶ!」

 「元の周期ってことは、錬も樹も尚文も無事か」

 勇者、特に四聖が欠けてたらバランス崩れてさっきまでみたいに波の周期が早まるらしいからな。まあ、世界を守る力である四聖勇者が欠けてるんだから世界を融合させて乗り込もうという神の起こす波に対して抵抗しにくくなるのは当然の話だ

 じゃあ、俺の異能力が寝てる……というか覚醒前に戻らないとなんで波が早まるんだ?って疑問は残るが……

 あれか?杖は勇者の手元を勇者の為に離れている。小手は転生者にパクられた。原作ではまだしも勇者側であった七星武器が転生者側に更に捕らわれたせいで歪んでいて……。いやならば俺の異能力関係なく早まってるな

 うん、ワケわからん!分からんものを考えても仕方ない、忘れよう

 

 「それで、フィトリア?お前は……

 これからどうするんだ?」

 ふと、聞いてみる

 「ばちばちはー?」

 「戻って敵に備えるさ」

 波に、とは言わない。いや、転生者にも備えないといけないし、レンやフィロリアルズの育成もあるしな

 「ばちばち、フィトリア付いていった方が良いー?」

 小首をかしげ、少女の姿の勇者は、そんな俺にそう問い掛けてきた

 

 ……ここでああ、一緒に来てくれと何も考えずに言えたらどんなに楽だろう

 だが、それはダメだ。何よりずっと行動していれば俺が本来は転生者だとバレるし、表面的にも大問題

 「いや、そもそもお前と居ると経験値が」

 「さっきそれなくなったよー?」

 「そうなのか」

 確かめるには近くのフィロリアルを惨殺しなければならないので聞き流す

 

 「いや、だとしても駄目だ」

 少しだけそれでも騙されているとも知らず恩人の縁者だと勘違いして俺の味方をしていてくれる間は心強いし、最悪の場合バレた瞬間馬車を奪って逃げるくらいのことは、と思ったのは確かだ。殺す?却下

 「確かに居てくれたら心強いよ。いっそ来てくれと言いたくもある

 でも。だからこそ、お前が居なかったら誰がこの世界を守るんだ、フィトリア。各地の細かい波は、お前とフィロリアル達が何とかしてくれているんだろう?」

 そういう設定だったはずだ、原作では。恐らくそれはこの世界でも変わっていない

 「お前が俺と居たら、それらの波に対抗できない。だから、来てくれと言える状況じゃないだろう?」

 「うん、わかったー!

 それじゃ、これあげるー!」

 そう言うや、何か恭しそうに数羽のフィロリアルが運んでくる

 

 ……うん。勇者武器のレプリカ、だな。三勇教の教皇が尚文等を殺すために持ち出すアレのプロトタイプ。いや、そんなもの貰ってどうしろと

 「いや、これは……」

 そうしてフィロリアル達は、それをレンの前に突き刺した

 「ど、どうしろと……」

 「あげるー!」

 「い、いや、使えないよ……僕には」

 「ぶー!」

 「そういうことなら、俺が預かっとくよ」

 と、手に取る

 うん、吐き気がする。やっぱりクソだな勇者武器の制限。でもまあ吐き気がするだけで持てるならば……

 「おぇっ」

 ヤバい。剣から盾に変えようとしたら恐気が酷すぎる。パチモノとはいえ勇者にロクに使えたものじゃないなこりゃ

 「……何だこれ」

 「ばちばちにはこれー」

 と、フィトリアが差し出してきたのは……鈴?

 「鈴?」

 「うん。鳴らすとー」

 「鳴らすと?」

 「フィトリアが来るよー」

 「なんだそりゃ!?」

 「ばちばちが言ってたみたいに忙しいとフィトリアの代わりにー、近くのフィロリアルが」

 「お前かどうかで戦力に差がありすぎる……」

 近所のフィロリアルて。

 

 「あとは、これもー!」

 と言うや、馬車から何か光が放たれ、俺を包んで消える

 馬車の特例によりコール・フィトリアを習得しました

 ……うん、何だそりゃ

 

 「コール・フィトリア?これを使えばお前を呼べるのか?」

 「ううん?鈴は鳴ったときに暇ならフィトリアがポータルつかうだけ」

 「ポータルで飛べるのかよ」

 「馬車だとごしゅじんさまとかばちばちでポータルとれるよ?」

 流石は移動道具である馬車の勇者。移動スキルの拡張性能が高い。投擲具には無理な芸だぞそれ

 「つまり波が近くなければポータルで飛んでくるだけなのか。じゃあこのコールは?」 

 「使うとおはなしできるよー」

 ああ、電話みたいなものなのか。それで行けるか聞いてからなら鈴を鳴らせばフィトリアが来るかどうか分かると。ん?鈴要らなくね?近くのフィロリアルが寄ってくるですぞ元康辺りが喜ぶ機能しか意味がない。テレパシー会話出来てポータルで飛んでくるだけならそれこそフィトリアの力を借りたいならコールでこういう状況だから来て?すりゃ良いじゃないか

 「通話料一きらきら」

 「料金取んのかよ」

 鈴にも意味あったわ。きらきらってどんな単位だ、ってか多分適当な光り物で良いんだろうけど基準が曖昧すぎる

 

 そうして、そんな締まらない話を終え、レンとフィロリアルズを連れて聖域を出る

 どうやら馬車の力で飛ばしていたようで、繁る木々の間を潜ったら聖域に来る前に居た林であった

 

 「マスター、やっと戻って……」

 無表情でずっとフィロリアルの間に立っていたらしい悪魔が言いかけ、口をつぐむ

 「……ゼファー?」

 「ネズ……マルス、ちょっと自分の顔を」

 「どうしたんだよレン。笑いを堪えるような顔して」

 「鏡見て言うでち」

 すっと差し出される手鏡

 

 覗き込んで……

 「フィトリアァァァァァッ!てめぇぇぇっ!

 男のアホ毛は可愛くないぞフィトリアァァァァァッ!」

 何度めかの叫び

 鏡に映った俺の頭の上には、ついさっきまでは無かったはずの三本の立派なアホ毛が揺れていた




愛の狩人と尚文とごしゅじんさまをマキシフュージョン!これでネズミに票で勝てますぞぉぉっ!そしてフュージョンにより俺はごしゅじんさまになるのですぞぉぉっ!30分だけ大きなフィロリアル様と蜜月ですぞぉぉっ!
100越えるくらいで締め切ろうと思ったのですが何でこんなにネズミ強いんですかね…ネタ選択肢でもないのに

そしてさらっと追加されるオリジナル設定。馬車の勇者ならポータルは特定の場所ではなく特定の人物の居る場所で取れる
つまり岩谷尚文の前でポータルを取れば何時でも何処でも尚文の前にポータルで来れるという訳だ。鍵かけられようがそれこそ出入り口のないバイオプラントの家の中に引きこもられようが。アトラさん、どうです?馬車の勇者……やりたくありません?


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弓の勇者と聞く御門讃

川澄樹視点からネズ公を掘り下げる弓の勇者と○○御門讃シリーズ第二回です
これからも多分続きます


「おや、お邪魔してしまいましたか。かまいませんよ、尚文さんの仲間達。僕の事は気にせず続けてください」

 「無理です弓の勇者様」

 僕が顔を出すと、面白そうな話をしていた三人の少女が、その口をつぐんでしまった

 

 何かいけなかったのでしょうか。少し気になる話をしていたので、ふと顔を出してしまったのですが

 

 「そ、そもそも、弓の勇者様偽物で、死んだって……」

 と、恐る恐る聞いてくるのは茶髪の少女、ラフタリア

 「ああ、貴女達もその噂を。そのような噂が流れているようですね。大丈夫ですよ、別に僕は幽霊ではありません

 僕や錬さんも尚文さんと同じく偽勇者。真の四聖なる勇者は元康さんだけで、残りの神を騙る偽勇者2人と盾の悪魔を三勇教は許しはしない……そしてまずは弓の悪魔を征伐した、だとか」

 「は、はい……」

 「確かに死にかけましたが、リーシアさんの幻影魔法で事なきを得ました。そう大したことが出来るわけでもありませんが、出来ることがとても広い。頼りすぎなければ頼りになります」

 「それ?誉めてるんですか?」

 そう聞いてくるのは金髪に近い少女、リファナさん……でしたね。あのネズミさんが珍しくご執心の

 

 「ええ、誉めてますよ。リーシアさんが居なければ、今僕は此処に居ません」

 悔しいですが、それが真実です。ネズミさん……御門讃ならば軽々とほい○○、で片を付けたであろう襲撃。襲ってきたのはあの三人の謎の集団に比べれば弱い人たちでしたから。きっと何らかの手段であの三人を追い返したのであろう彼ならば間違いなく。だというのに。なのに

 僕は……彼と違って死にかけてしまった。彼らの特別な異能力と同じ……それに負けない特別な力、弓の勇者の力を得たのに。それでも。それが、リーシアさんに助けられなければならなかったことが、たまらなく悔しい

 けれども、前を向きましょう川澄樹。生きていればきっと何時か御門讃すら越えられると。超超S……いえ、超SS級異能力弓の勇者になってみせましょう

 

 「と、そうじゃありません。そこらの真面目な話は尚文さんとやれば良いことです」

 「じゃあ、どうして出てきたんですか?」

 「良いですかリファナさん

 

 ……こほん。女の子達の恋愛話、それもネズミさんに関わる事だったので、気になりました」

 「……うわぁ」

 軽蔑するような目付きで見てきた青い髪の少女は……あれ?こんな人尚文さんの仲間に居ましたっけ

 

 「……失礼ですが、貴女は?」

 「私を知らないの!?

 ……弓の勇者様だもの、知らなくても当然ね」

 ちょっと高飛車っぽく、けれども僕が異世界人だからとすぐに間違いに気が付く、なるほど、割と聡明な女の子のようです

 「私は……メルティ」

 「メルティさん、ですか……。ああ、初めましてなので知っているようですが自己紹介を

 僕は川澄樹。弓の勇者をやっています」

 ……ああ、思い出しました。尚文さんがそんなことするはずないので根も葉もない噂と聞き流していた尚文さんが第二王女を拐って逃走中というあれの

 「マルティさんの妹さんでしたか」

 「あの人の妹と括られるのはちょっと」

 ……おや、姉妹仲は良くないようです。いや、普通ですか。明らかに性格悪そうですからねあの上の王女様は。錬さんとか嫌そうに距離を置いてましたし。尚文さんがそんなことしたはずない。明らかに向こうの女の嘘だ。けれどもどこか周りが可笑しい、抗議しても不利になるだけだから今は、と。そしてやはり、彼女は王女でとなりましたね

 

 いえ、今はその事は良いでしょう。錬さんは行方不明ですが、生きてはいるでしょうし。寧ろ行方不明でぱったりと剣の勇者の目撃情報が途絶えているのでどこかに潜伏しているのでしょう。今のこの国はあまりにも可笑しいですから。そう、僕が解決すべき悪の香りがしてなりません。ネズミさんには逃げろと言われましたが、ここで逃げては正義ではありませんから

 

 ……尚文さんと、共に行動すべきか或いは分かれてどうこうすべきかは後に話しましょう。今はちょっと、ここでのネズミさんが気になります

 

 「メルティちゃんは、なおふみ様の前で一緒に岩に潰されそうになっているところを、フォウルくんに助けられたんだ」

 「それは今関係ないわよね!?」

 「え?でも、弓の勇者様は恋愛話を……」

 「だ、誰がハクコなんか……なんか……」

 ……ああ、恐らく一目惚れという奴ですねきっと。ロミオとジュリエット

 

 「とっても失礼な目で見られてる気がする」

 「こほん

 ……リファナさん、ネズミさんがどうしたんですか?」

 

 「うん。ラフタリアちゃんが言う、マルスくんがわたしの事を好きなんじゃって事なんだけど」

 「死んでいない前提で話が進みますね」

 「うん。フォウルくんって、マルスくんの奴隷だよね?その奴隷紋って主が死んだら消えるタイプらしいんだけど、消えてない」

 「ああ、生きてますねそれは」

 まあ御門讃ですし生きているでしょう。雷霆の勇者とまでやっかみ込みで呼ばれたカッコ良くてバカみたいに強い異能の持ち主は伊達じゃありません。本人は……割と使えないと言っていたようですが、本当に世間から使えないと思われていたら超S認定も最強議論登場もありませんし

 「それで?ネズミさんがリファナさんを好きだと何が?」

 「何にも」

 「おや、何にも、ですか

 答える気とかは?いえ、まだ早いかもしれませんが……受けるにしろ、断るにしろ」

 ……きっと断りますが、ね

 「うん。何にもないよ

 マルスくんだって、わたしが答えることを望んでないし」

 「えっ、そうなの?」

 ラフタリアさんが意外な顔をしていますね。リファナさんは当然って顔してますが

 

 「うん。ラフタリアちゃん、昔のお祭り、覚えてる?」

 「何時の?」

 「えーっと、2年前

 みんなであのお祭りの日、恋人ごっこって二人で回ったよね?」

 「うん。私はキールくんと」

 「うん。でも、よく思い出してみて?

 あの日のお祭り、マルスくんって参加してないんだ」

 「……あ、見た覚えが無いよリファナちゃん」

 「うん。居ないなーって思って後で探したら、海辺で一人黄昏てたんだ。両親の事を思い出して、こんな気分じゃお祭りを楽しめないからって」

 「うわぁ……カッコつけ」

 と、メルティさん。確かにカッコつけですね。当時……何歳でしょう。似合わなそうです

 

 「可笑しいよね?わたしが二人組の振り分けやってて、最後の方まで残ったから、幾らでもじゃ一緒にって言えたのに」

 「確かに」

 「後は……お祭りじゃなくても、いろんなごっこ遊びをしたよね?」

 「うん」

 「盾の勇者さまごっこ、王様ごっこ、……色々あったけど、新婚さんごっこ結婚ごっことかの時だけ、マルスくんはいっつも御免外でおもいっきり体動かしたくなっちゃったって外にいっちゃってた」

 「盾の勇者さまごっこだと、何時も盾以外の勇者やってたね」

 「きっと、対抗心でしょう」

 ……話に聞く御門讃ならそうやりそうです

 

 「それに、聞いたことがあるんだ

 キールくん達みんなでサディナさんに近くの島に連れていって貰おうって日にマルスくんが寝坊助さんしちゃった時あったよね?わたしが起こしに行ったでしょ?『おれは二度と、恋をしちゃいけない』って。真っ赤な目で。うわ言のようにずっと言ってた。夢……だったらしいんだけど」

 あ、マルスくんには内緒ね、きっとその言葉聞いたって知ったら気に病んじゃうからと、苦笑するイタチの少女

 

 「うん。だからね。マルスくんのわたしへの好きはそういうものじゃないし、だからわたしもそういうことは考えてないよ

 マルスくんはお兄ちゃんみたいな人で、わたしは妹。きっと、それが良いんだよ、ラフタリアちゃん

 こんな話で良いの、弓の勇者様?」

 ……似たような話を、聞いたことがありますね

 御門讃の中学時代の同級生で、サッカー部のマネージャーだったって塾での大学生バイトの先生に。告白したら、今から瑠奈の側に居てやる時間を増やすために止めるところだった。俺のプレーに惚れたと言うならごめん俺なんかとつきあっても失望するだけだ、止めておいてくれ。君は絶対幸せになれないと、何時もの自信満々な調子が嘘のように弱気に断られたと

 

 やはり、ネズミさんは御門讃ですね

 面白い話が聞けました。それでは、尚文さんを探しましょうか




何かマルティ相手に真の愛に目覚めて盾の悪魔とネズミの悪鬼に挑む騎士キタムラを見たい人多いですね…
何でタクトあんまり人気ないん?


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クラスアップ

作者的には難易度:ノーマル(4/7の最強勇者)がイチオシである
うちの作品のタクトは第三形態まであるぞ出来るので。まあ他難易度でもそのうち二回変身しますが


「それでマスター、今日はどうするんでち?」

 あの翌日。無表情なゼファーはアホ毛が馬車の勇者から与えられたものだと知るや否や無言でアホ毛を引っこ抜いた

 

 そして、朝俺がちょっと朝日ののぼる前に走るかと起きると……そこには見事に三本アホ毛が。うん。何となく予想してたぞオイ。多分これ、抜くと翌朝復活するタイプだ。なんて厄介な。元々そこまでイケてる顔じゃないネズミさんの顔立ちが更に三枚目になってしまう。いや顔で売ってないし尚文だってそんなこと言えば目付きが悪すぎて台無しだしまあ良いんだが

 

 「経験値稼ぎだ。ゼファー」

 「突然何ででちか」

 疑問げに聞いてくる悪魔

 いや、昨日まで40でカンスト。しかも資質向上やれるだけやっての上でだしとあまり本気でやってなかったからな。疑問は最もだ

 簡単である。ステータスが半分以下になった。いや、可笑しいとは思ってたんだぞ?他のハツカ種って基本的に亜人の中でも別に強くない種だし。その割には俺の基礎ステータス高いなって

 どうやらそれはアヴェンジブーストの雷が微かに常時発動して俺の力を増幅していたかららしい。らしいというのは、ステータス下がった時期からの推測だが。謂わばゲーム風に言えばパッシブスキルで基礎ステータスに補正がかかり、そのステータスが俺の目には見えてた訳だな。それが消えた結果、ステータスが3割ちょいまで下がった

 下がりすぎだろオイ。クソナイフお前のステータス関係の能力群はどうしたと言いたい。いや、良く見ればしっかりステータス補正はかかってたぞ?今まで積み上げた武器の解放効果である○○+いくらの数値が……大体その3割

 いや、だから何で3割なんだと。いくら超S級異能力とはいえどうしてあんなリファナが死ななきゃ間違いなく覚醒し得ないクソ能力が全く使えなくなっただけでそこまで下がるのかと。おお、流石に同情したのかオーバーカスタム費用すら何時もより安いぞ……。その額、何時もの相場の3割

 クソナイフよ、てめぇもか

 『称号解放3/10のクソネズミ』

 うるせえぞ12/12クソナイフ

 

 「あれだ、そろそろ俺も本格的にもう一度鍛えないとなって話だ

 レンは分かるだろう?新しい武器を手に入れたらっての。俺は割と投擲具の勇者としては新しめだからな。使いなれなきゃいけない」

 そう。大嘘である。勇者武器の扱いならフィトリア以外の全勇者より知ってる。フィトリア?恐らくあいつの馬車はしっかりと12/12強化されてるっぽいし全強化を知っていてもカスタム費用だなんだで制限かかる俺では追い付けない

 

 ……オーバーカスタム!資質向上!

 ダメだ。完全にこの3割状態で資質向上かけきった扱いになっている。レベルは40、資質向上は100%、総合ステータスは……それでも勇者でなかったがばちばちしてた昔の俺のレベル40時代よりは大分高いな。勇者(偽物)のレベル1より低い40に勝ったから何だって話だが

 じゃあ、鍛えろと言う話ではあるのだが……鍛えるにはもうレベル上げるしかない。じゃあレベル上げようとすると、クラスアップが要る

 そしてクラスアップしようとすると、俺は亜人なのでメルロマルクじゃふざけんな亜人で追い返される訳だ。ってかもう無理ゲーだな。今日の朝、王都から数枚の紙が届いた。何でも、ハクコが盾の悪魔の尖兵として兵士を虐殺しかつての仇敵の娘である第二王女を誘拐したとか何とか。かの王の妹の事例の再現であり、これは盾の悪魔引いてはシルトヴェルトによる宣戦布告である!彼等を捕らえ、そしてシルトヴェルトを地図から抹消する!と随分な文字が踊っていた

 ……きなくささが酷すぎる。原作でも第二王女を誘拐した云々で盾の悪魔として指名手配されるネタはあった気がするが、ここまででは無かったし流石にシルトヴェルトに宣戦布告とかまで行ってはいなかった

 ……あ、俺がフォウルの奴を尚文につけたせいか。って幾らほっとく訳にはいかなかったとはいえ何やってんだ俺ぇぇぇぇぇぇっ!馬鹿かおぃぃぃぃぃぃぃぃっ!

 ってかアホだろ俺。三勇教云々でいざこざがある時に今は没落したらしいとはいえ王の仇敵(勘違い)にして元シルトヴェルト指導者の種族なんて尚文の元に置いておいたらさもありなん。無理矢理にでも俺の側で確保しておくべきだったのだ

 ……ヤバい。下手したら妹と娘の仇だハクコ!と三勇教教皇vs尚文with三勇者ズに教皇側で杖の勇者が増援に来るぞこれ。なんだこのハードモード。尚文がプルートオプファーっても事態が全く解決しない

 

 閑話休題。今はその際に尚文等を助けるためにもクラスアップ方法をどうにかして見つけ……ってあったわ

 「コール:フィトリア!聞こえてるなフィトリア!」

 『うん、なにー?』

 と、俺のアホ毛がぴょこぴょこと動いた

 ……男がやると自分の事ながら酷い絵面だ

 「お前のところに龍刻の砂時計あるだろ?それをクラスアップに使わせてくれ!」

 『おっけー!すぐに案内するねー!』

 これで良し。ってかフィトリア?お前フィロリアルの聖域に砂時計あったんだし原作でもフィーロにちょっかいかけたついでにクラスアップさせてやれば良かったのに。多分以降暫くかなり楽になったぞ?教皇戦とか

 

 ……教皇戦。考えないとな。一歩間違えれば仲間が死ぬ、そうでも可笑しくなかった原作最初の(元康戦は向こうがシナリオ書いてるから勝てないイベントのようなもの、グラス戦は手加減して殺さないようにしてくれていた)大きな戦いだ。真面目にこの世界でも似たような事は起こるだろうが、その時にうっかりしててリファナ死んだとか洒落にならない

 あれは波でも無いし、いざとなればフィトリア呼ぶことすらも視野にいれておこうか。とはいえ勇者ですら無い馬鹿とのいざこざにフィトリア巻き込むとか情けないしアレだしで出来れば俺と尚文等で片をつけたい。前の俺ならきっとやれると言えたが、3割じゃ心許ない。いや、多分それでも今の尚文よりは強いが、制限つき12/12勇者としてはクソザコ、四聖武器のコピーすらしきれていないパチモノ武器を扱い三勇教の神(すなわち勇者)気取りっぽい教皇相手に無双は無理だ。苦戦もやむなし。そんなんで良い訳がない

 

 「フィトリア、変に手を出すなよ?

 こいつらが選ぶべき道は、こいつらが一番良く知っている。それがもしもお前の眷属的なクラスアップだっていうならば、その時は手伝ってやってくれ」

 と、表向きはフィロリアルズのクラスアップ

 まあ、パチモノ勇者な俺もこっそりやるんだが

 

 さて、と

 「ちょっとだけ、クラスアップの儀式の間に触れてみても良いか?

 100越えの方法が分かるかもしれない。いや、分からない可能性は高いが」

 レベル100を越える竜帝以外が覚えていない特別な方法。だがクラスアップと似たようなものならばクラスアップ時に触れてみることで分かるかもしれないという言い訳

 それで触れさせてもらい、フィトリアにクラスアップの儀式をやって貰っている中で(フィトリアが辺りのフィロリアルのクラスアップやってたらしいからな、そこらはお手のものらしい)俺も意識を研ぎ澄ます

 幾多にも分岐する自分の可能性……選べるのはただ一つ。自分の行くべき未来を決める選択……

 

 っておい。選択肢一個しか無いんだが?

 俺の前に浮かび上がったのは、どこまでも真っ直ぐな……とは言えず何度も折れ曲がりながら全体を貫く一本線。稲妻の姿をした俺の可能性の道。完全な一本線であり、ただの一つたりとも分かれ道がない。ばちっと、頭のアホ毛が勝手に反応し、そして弾かれる。何やってんだフィトリア

 ってかフィトリアの干渉すらはね除けるのかよこれ。確かこれはフィロリアルの女王の祝福。フィロリアル側の存在になるが、ステータスは平均的に伸びる。超特化型には負けるが個々のステータスの延びがかなり良く、合計値では群を抜いて高いチートクラスアップなのだが……それすら禁止とか何なんだこの選択肢のなさ

 ……俺にはこの道しかないってことか。或いは、当の昔に俺が行く道は決めていたって事なのか。とにかく、その道を行く。いや、選択肢この世界から降りるかその道を行くかしか無いんだけどさ。やってやろうじゃないか!

 

 そうして、クラスアップを終えたとき……そこには!

 40のレベルキャップが外れた以外何一つステータスが変わっていない溝鼠の姿があった

 

 おいぃぃぃぃぃぃっ!ステータス全く上がらないんだが!?クラスアップってどんなクソ選んでも多少は上がるものじゃないのか!?フィトリア加護とかだと倍になるステータスすらあるるしいんだが……。ひっでぇ道だ。他に何も可能性がないのに選ぶ前後で全く変わらないのかよ




ステータスが下がった理由も、クラスアップで全く変わらない理由も【ネタバレ】を踏まえれば当然の話ですね

何時かこの道を進んだその果てに女神への裏切りとして消滅させられる(実は魂の奥底の勇者武器が女神の呪い弾くので普通に勘違い)としてもリファナの生きるこの世界を守る事を選んだ最初の波の時点で、彼は好き勝手なことをやる転生者ではなく、どれだけの苦しみが待っていようとももう一度逆鱗の果てに覚醒し直すこの世界を守りに来た雷霆の勇者であることを選択しています。つまり彼の可能性はその時点でただ二つ、即ち途中で折れて諦めるか折れないかのみに収束しきっています。その状態で自分の勇者武器の力が当初より封印されればそりゃ弱体化しますし、雷霆の勇者(武器封印)から雷霆の勇者(武器封印)にクラスアップしたところで全く同じなので何一つ変わるはずもないのです


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番外編 友の記憶:ルロロナネズミのハロウィーン

最初に言っておく!本編とは欠片も関係ない!以上!あとは任せたネズ公!


「ネズミネズミ!とりっくおあとりーとだぞ!」

 「甘いなキール!両親居ない俺ならお菓子が無いとでも思ったか!しっかり昨日のうちに狸の親父から確保しておいたっての!」

 「うん、マルスくん。でもそのお菓子ってお家の……リビングの上だよね?今居るのってマルスくんの部屋だよ」

 「はっ!用意したお菓子より甘いぞリファナ。どうせ朝一に窓からキール辺りがドンドン叩いて来るだろと枕元に一部置いておいたのさ!」

 「あ、じゃあ私もトリックオアトリート」

 「ら、ラフタリア!?お前遠くから見てるだけじゃ」

 「リファナちゃんに呼ばれて」

 「多分わたしとキールくんとで二人計算だよね?じゃあマルスくん、トリックオアトリック」

 「せめて選択肢を出せリファナぁっ!

 いや、その通り、二個しか用意してないけどさお菓子」

 しまったぁ!と大袈裟に寝ていた(実はキールを待っていたので起きてたんだがそれは良いや)ベッドから転げ落ちる。事前に掛け布団は床に落としておいたので痛くはない。でもこんな日の明け方に何時キールが来るかと布団を下に落として待ってるのはちょっと寒かったぞ

 

 「マルスくん、大丈夫?」 

 「知っての通り」

 「じゃ、さっきのがわたしへのトリッ……」

 「ごめんリファナ普通にお菓子くれtrick or treat!」

 言いつつ、ひょいと立ち上がって家の窓から三人の居る外へと飛び降り

 「はい、お菓子」

 見た瞬間、リファナから貰ったお菓子が爆発した。いや、正確には袋縛っていた紐の端をリファナが握っていて、俺が持ったのを見て離したので中身が吹き出したんだが

 「うぎゃっ!」

 避けよう、と思えば避けることだって出来たろう。いや、ある程度悪戯の種類は予測してたぞ?去年のパターンだし。去年はキールだけくる想定で一個お菓子を置いておいたらリファナも来て悪戯をくらい、今年は多分誰か連れて三人で来るだろうなって思ったから、リファナからの悪戯を受けるために2個だけお菓子を用意しておいたのだ

 今日はハロウィン。かつての勇者が広めた仮装パーティ……というには亜人だし端から見れば仮装だって事で普通のパーティだが、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞってのはしっかり文化としてあるのだ。trick or treatって言葉の意味は……多分半分くらい分かってないけど

 皆で楽しむ日として、それは此処メルロマルクのルロロナ村にもある。ならば、全員にはいお菓子、と返して悪戯を回避するとか最低の所業。しっかり1~2発悪戯を食らうのがハロウィンの礼儀と言うものである。いや。今年10歳のハツカ種な俺が礼儀なんぞ語って何になるのかは置いておいて

 避けずに食らったのは……黒インク?

 

 「白黒ネズミだ白黒ネズミ!」

 キールが何が楽しいのか大はしゃぎ

 いや、見てる分には楽しいのかもしれないが、残念ながら食らった当人はそのパンダのように白黒まだらの自分の姿を見れないのだ

 「あはは、拭く?」

 「いや、折角だから今日はこれで行く」

 「乾きすぎると髪にへばりついちゃうから気を付けてねマルスくん」

 「分かったリファナ

 

 で、本物のお菓子は?」

 なんてやっている横で、俺が出したお菓子を既に空けてるキール。良いのか朝ごはん前だろ?良いのかハロウィンだしそこら辺はキールの親も分かってる

 ということで、仕掛けさせてもらおう遠慮なく

 「美味しいかキール?」

 「美味しい!」

 「横のは別の味だな」

 言われ、手にした持ってきた袋を空けるキール。うん、しっかりひっかかってくれるのがキールだ。リファナだとひっかからない

 「こっちも美味しい!」

 「んじゃあキール、trick or treat」

 「そっちも甘いぞ!ここにネズミ用のお菓子が……」

 あれ?と首を傾げるキール。眼前の犬娘からしてみれば、持ってきたはずのお菓子が忽然と消えた……と一瞬思ったのだろう。いや、しっかりととある場所にあるぞキール

 「今お前の口の中だキール

 ということで、悪戯確定な」

 「うわぁぁぁぁぁぁっ!しまった!またネズミにだまされたぞ!」

 なんて、ここ3年で細部こそ違えどそこそこ確立したやりとりを、ラフタリアはちょっと遠くで苦笑しながら見ていた

 

 ……これは、前年の記憶。今年も続くとその時はまだ思っていた、二度と来ない日の……俺の思い出

 ハッピーハロウィン!trick or treat!




……10:31に投稿すべきだった(反省)
読んだ人は分かるように、本当に一切本編とは関係ないルロロナ村時代のネズ公補完です


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アストラルシフト

ネズ公ハードモード確定のお知らせ
キールのお墓を建てるウラ…


「……ブーツ、流石に新調すべきか……」

 森の中。ちょっと魔法の関係でな。巻き込むといけないからとレン達の事はでちに任せ、一人で入った、魔物の巣窟

 俺は今の自分の力を確認して、ついでに3割化したステータスでの体の重さに慣れる為、とりあえずで戦っていた。見られたくないということもあり、魔法で巻き込むとというのは当然ながら方便だ

 

 3割……と聞くとロクに動けないような気がしていたし、実際問題自分の動きが全てスローに見える。相手は特に変わらないが、今までなら遅すぎてハイハイギリギリでカウンターな終わりだった攻撃に当たるようになった。動体視力とかは落ちてないが、単純に自分の遅さに慣れてないのだこれ。本当は今までが本来より早かったのかもしれないが、ずっと倍速で見てたアニメがいきなり等速になったとしてそれが本来の等速だとしてもスローに思えない奴はまあ居ないだろう。居たとしたら倍速すら遅く思えてた化け物か、或いは倍速だろうが等速だろうが付いていけない速度ナメクジだ

 

 魔法は……うん、ダメだこりゃ。幼少期のネズミ花火すらまともに撃てない。いや?使えはするんだぞ?くるくるする青白いプラズマ程度のハロウィンでキールへの悪戯の為にお化けだぞーする人魂擬き(触れてもちょっとばちっとする程度で攻撃には欠片も使えない。ライトとしてすら光量足りてないから本当に人魂に見せかけて脅かす為にしか使えない)魔法すら詠唱に10秒かかるってだけで。ファスト・スカイウォーク?唱えるだけで20秒かかった上に10秒しか持続しないのの何がファストだ、スロー・スカイウォークに改名しろ

 当然ファスト級でこれなのだ、ツヴァイトやドライファに至っては言うまでもない。ドライファ・ボルテクス?数分かかるぞ詠唱。少し前に撃てると思ってた……あれ?名前なんだっけあの異能の力を混ぜたリベレイションって……アルなんとかの矢か。あれじゃあ無いんだからさ、単なるドライファ攻撃魔法で数分とか舐めてんのか覚えたてじゃあるまいし。因みにあいつを撃てるかと試してみたら……魔法とはパズルだ。ピースが足りないパズルは完成するはずもない。つまりは撃てる筈無かった

 

 そんなこんなで、レベルは40のまま。システム経験値に集約を止めろと言っているだけあって、それはもうサクサク上がる。勇者達が原作でレベル上げに苦労させられるのって基本あいつが経験値掠め取ってるからだしな。それがなければまあ100までは楽勝だ

 なので、少しでも取り戻すために全力で資質向上。キャップ外れてレベルが上がった分だけ資質向上。解放されていく新規武器の素材意外のドロップ全部注ぎ込んででもオーバーカスタムし続ける

 

 そんな中、ふと、解放されていった武器を使ってみようかと思い立った

 そう。神滅輪だとかそういったアレ。そう言えば解放以降、フィトリアだ過去の記憶だでロクに確認してなかった

 えーっとまずは神滅輪アル・グレアを……

 っておい、レベル800無いと変化不能って舐めてんのか設定レベル。アホかよ

 じゃあ四霊武器……あ、ダメだこりゃ一番低い霊亀すら制限レベル300ある。本当にいい加減にしろクソナイフ、霊亀甲とかレベル100いってないだろう尚文が原作で使ってたぞ制限を盛るな

 他にも確認していったが、レベル40そこそこで使えるものなんて無かった。ってかレベル300以上要求ばかりだった。神滅シリーズのツリーって本当に何だこれ。フィロリアルシリーズは普通だったが、あれらはそんなに強くないのが多いしな。フィロリアルクイーンの○○とかは制限80越えてたりしたがそれはまあ常識的な数値だし何も言うまい。気軽にレベル300要求してくる神滅シリーズは反省しろ

 

 一応スキルは解放されているので使えるようにはなったようだが……

 「0の」

 あ、ポップアップ。使用制限により発動出来ません、だそうだ。これもカースと同じで制限つきかよ

 ……クソナイフ?制限内容は?

 

 ……ん?解除条件書いてないんだけどどうなってんの?

 ……は?絶対に使えない?お前が0スキルなんて撃てる筈ないだろ?どういう事だよオイ。0の円輪とか使えないでどうやって女神に挑めというんだ。対神スキルだろうが今はレベルが足りなくても分かるが使用可能レベルとかあるだろ

 ……原理上不可能?だからさぁ……

 

 と、いうところで、神滅シリーズの中に変なものを見つけた

 00の円輪。0のに似ていて、けれども何か違う武器及びその武器の同名スキル

 ……いや、よーく見るとスキル側は名前が違うな。∞の円輪、だ。ゼロゼロではなく無限を意味する記号になっている。こっちの方は……制限でやっぱり使えない。ポップアップで警告文が出てきている。即ち、前提:永遠の戦士(エターナルチャンピオン)と。此方は条件さえ満たせば使用解禁出来るらしい。0と違って

 だからってどうしろと?前提が何なのかすら書いてあっても理解が出来ない。永遠の戦士?つまりは神にでもなれと?

 ……返答がない。沈黙ということはビンゴだ。違うならクソナイフはたぶん違うぞと的外れネズミとかの称号を寄越すはずだ。つまり逆に言えば沈黙は肯定

 ……おい

 

 と諸々見ているが、本当にスキル面でも使えそうなの無いな……あいも変わらずカースシリーズは解放されてはいるからか武器のツリーが見えてはいるんだが、変化は武器によるロックで出来ないし。大量の武器が追加されたことによる純粋なスペック上昇くらいしかあれだけ武器あって恩恵がないって本当にさぁ

 

 と、思っていたその時

 ふと、ンテ・ジムナの剣のもうひとつのスキルが点灯していることに気が付いた

 整理終えたその時、ふと目に止まったのだ。前までは使えなかったもう一つのスキル……アストラルシフトが

 

 「アストラルシフト」

 唱えた瞬間、SPが0になり、立ち眩みが俺を襲った

 「な、何だ?」

 バチバチとする慣れた感覚。不意にンテ・ジムナの剣に変えておいた投擲具のコアである宝石がふっと幽体離脱のように半透明の刃を付けて握りこんだ剣から離れ……

 コアを喪った実体の刃が砂のように崩れ落ちる。そして、コアと半透明の刃が水であるかのように形を喪って溶け……後には、宙に浮かぶスパークの塊だけが残った

 

 アストラルシフト発動。勇者武器の許可により、アストラルシフト体として特例武器の解放!

 神滅(じんめつ)神鳴(しんめい)の条件が解放されました

 

 ……何だこりゃ、ヘルプ出せヘルプだクソナイフ

 あ、出た

 神滅の神鳴(アストラルシフト)Lv0

 ……?レベル?後は熟練度とか諸々がないな。更には武器ステータスが全部0で、雷霆ポイントなる謎ステータスだけが数万ある

 ……このポイント割り振ってステータスでも作るのか?と、少し火力を上げようとする

 あ、上がった。ポイントが減り、0であった攻撃力が少し延びる。そして名前についていたLv0というのもLv1に変わった。いや、もう一個延びたな。消費SPの枠も0から1に。同時、視界の端に現れるゲージ

 そこから更に他のステータスにも振ってみるとやはりというか、ポイントが減ってはステータスとレベル枠が延びる。そしてレベルが10刻みで消費がどんどん延びていく。Lv11、21、31とどんどんと増えていき、それと同時に最初は見えすらせず、見えるようになってもほぼ微動だにしなかったはずのゲージが段々と減りだした。ってか、一定以上のステータスでアストラルシフト時のみのスキルとか取れるのか。取ると……あ、消費SPがあるのか。今の俺のSPはゼロだが……

 あ、このゲージ、何かと思えば俺があのときに消費したSPか。成程、アストラルシフトとは、その時に持っていた俺の勇者としてのスキルを使うパワーであるSPを全消費してアストラルシフト体とかいう良く分からん雷の武器を使えるようになるスキルか。で、元々のクソザコナメクジであればSPを消費しないが、強ければ強いほど維持にもスキルでの強力な効果の発動にも支払ったSPを消費してゆき……先払いしたSPが0で元の投擲具に戻る、と

 で?欲しいのは武器ステータスではなくてヘルプなんだが?

 あ、出た

 思った通りか。大抵推測通りであり、一つ思ってたのと違うのは……。この武器、魂に干渉する武器であり、物理的な火力はないらしい。アストラルシフトとは、対魂特化形態に姿を変えさせるスキルだったようだ。マジかよ、ソウルイーター的な武器だったのかこれ



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エロリアル

「我が魂の同胞よ……」

 戻ってみると、何か変なのが居た

 

 黒い髪、銀の瞳という不可思議な色合いの……うん、やけに顔が濃い。背丈は少年くらいなのに顔だけ青年越えてるぞ誰だこいつ

 ……その横に居るのはふわっふわに広がったボリュームの異様な銀の髪を跳ねさせる黒い目の幼げな少女。こちらは前者の黒いのと異なり顔立ちとの違和感は無い背丈

 銀と黒?つまりこいつら……

 「ん?お前ら……ムゥとリヴァイか?」

 「否!我が真名こそはリヴァイアサン!」

 「バハムート~」

 「それは忘れろてめぇらぁぁっ!」

 あ、こいつら本物だ

 本物でなければいくらなんでも俺の呼び名から本名を特定したりしないだろう。いや、寧ろ忘れてくれその名前

 ってレン!吹くなそこで!確かにアホかって名前だけど俺としてはこれは止める気だったんだぞ

 「とりあえず、突然こうなったからマスターが買い込んでたセンス無い服を渡したでちよ」

 「センスないは余計だゼファー」

 そうか。そういえばそうだな、クイーンorキング形態にこいつらがなるならば今日だと、フィトリアから聞いていた。そして二人……いや二羽で良いやどうせ人型と言ってもフィロリアルだし。二羽も変化することを選んだという訳だな。確率低いと聞いてたけど両方かよ、ってのはまあ、そもそも同じ卵から生まれたので気にするだけ無駄か

 

 「ど、どうなってるんだ……?」

 「レン、お前はフィトリアに会っただろ?」

 「あ、ああ。あのフィロリアルに化けられる女の子の勇者」

 「逆だ。あいつは、女の子の姿に化けられるフィロリアルの勇者なんだよ。本来の姿、本来の種族はフィロリアル

 そしてこいつらもフィロリアル。ならば、フィトリアのような成長を遂げればこうして人間の姿にもなれるって寸法。要は変異種だな。前に、勇者が育てると特別な成長するかもって言っただろ?

 特別な成長をした神鳥と呼ばれたフィロリアル、フィトリアがそうだったから、多分これが勇者の場合の特別な成長なんだよ」

 「そういう……ものなのか」

 「正に運命」

 と、黒いの、つまりはリヴァイだな。って前の発言ではちょっと気が付かなかったが声が……似合っていない……

 いや、俺くらいの背丈なら分かるぞ?お前の背丈子供じゃん。その背丈で目を瞑って声だけ聞けば老境の皇帝とかかと思わせるような声色ってなんだお前存在がギャグか。ってか、見る限り体型は割と子供だ、そりゃ生後1月経ってないものな。というのは置いておいても、フィトリアからして外見少女なのだからフィロリアルの人化は基本的に幼いものになりがちなのだろう

 それで声だけ老人で顔が青年を越えたくらいって、リヴァイ……お前矛盾塊でも目指してるのかよその姿

 

 「魂の同胞、運命の君……

 定めが力を目覚めさせた」

 一歩、レンへと足を進める黒いの

 「そう、なのか……」

 困ってるなレン。いや、俺も見ててどうすんだこれ感あるけどさ、ならば逆に俺にどうしろと?

 言ってることは多分こうだ、レンに運命を感じてキングになった、と。エロリアルかよてめぇ!

 

 「エロリアル……」

 「エロリアルでちか……」

 って、声に出てたのか 

 「いや、異性に発情してそいつと同種族に化けたようにしか聞こえなかったぞエロリアルじゃないか」

 「ぶー!発情期、まだなのー!」

 と、抗議するのはムゥの方

 「そうだ。あくまでも運命の騎士、姫を狙う下衆な盗賊に非ず」

 分かりにくいが、要はオレ紳士だからと言いたいのだろう

 男の俺紳士だからほど信用出来ない言葉は無い、というのも異世界共通である。男なんて基本性欲のゴミだ。俺?瑠奈の(たいよう)である事を優先すべきであったから抑えれてはいたが、あれは環境に問題があったと言えるだろう。昔友人だった奴は学祭で女の子とぐふふと考えてたぞ何時もは澄ました顔だったが。瑠奈紹介してと言われてキレて以来、縁はさっくり切れたので、本当に友人だったかは……もうどうでも良いか

 

 「そして騎士は助けた姫と結ばれました狙いかよ」

 「何と疑り深い魔王か」

 「ネズミの魔王とかショッボ。設定練り直せ、まず魔王止めろ」

 そもそも勇者は現実に居ても魔王はお伽噺の中にしか居ないぞ。多分昔の自称神と勇者の戦いの伝承が断片的に残っていて、その時の神が魔王を呼称していたとかそんなのだろう。活躍した中に剣の勇者、槍の勇者が居たから、リボンで見たあの過去とはまた別の波であることは言うまでもない。あの過去では四聖が欠片も役に立ってなかったっぽいからな

 では、魔王の概念はあるのか?浸透はしてるぞ、そうで無ければ盾の魔王とかいう言葉は出てこない。勇者には魔王、寝物語とかでは分かりやすくよく出てくるのだ。俺も両親……はよく海に出てたし死んだから全然そういったことは聞かなかったが、だからこそネズミの坊主今日家来るか?で狸の親父やリファナのお父さん達からそういうのを聞いた

 

 「魔王ネズミマスターでちか……」

 「合体しすぎだろ、フュージョンでも二つの力の融合だぞもっと削れゼファー」

 「どんどんと遠い人になっていくでち」

 「遠くしてんのはお前らだろ

 まあ良い。ムゥとリヴァイは特殊個体になることを選んだ訳だな」

 「騎士でなければネズミの魔王を倒せない」

 「殺す気か俺を」

 いや、流石に無いだろう。無いはずだ。どれだけ知るかと魔物紋の項目を削れるだけ削っているとはいえ(これはフォウルもだ)流石に此方を殺しに来たら作動する。そこすら外すのは紋が無意味過ぎるからな。俺の心境どうこうというよりも、奴隷や魔物の管理という点からそこを外すのは禁止されている。主人を殺そうとしても尚紋の効果が発揮しないような奴隷や魔物は、持ち主が管理をする気がないという話であり、その持ち主は暴れたら危険な彼等彼女らを意図的に手綱も着けずに放置しているという扱いな訳だな。そりゃ規制も入るだろう

 

 「とりあえず、レン

 このエロリアルはお前を気に入ってるようだ」

 「お、押し付けるのか?」

 「嫌なら止めるぞ。或いは……お前ら元の姿に戻れ」

 「はーい」

 ぽん、とフクロウのような……銀に黒だから刺し色が違うミニフィトリアのような姿にムゥが変わる。リヴァイ?指示無視だ

 

 「こっちの姿なら嫌悪感は薄くないか?」

 「……嫌悪感、か」

 「ん?やっぱり雄だとドラゴンに襲われかかったのとかを思い出してって話じゃないのか?」

 そんな気がしたからフォローしたんだが間違えたろうか

 

 「い、いや。大丈夫だ」

 ……逆に気遣われたな。ってかあのガエリオンに人化とか無いからドラゴン形態に迫られた訳で。フィロリアル姿のリヴァイだからって何の安心もないな良く良く考えると

 「そうか

 ……とりあえず、お前らの武器とか無いぞ。買うか、或いは元のまま普段はフィロリアル姿で戦うかの選択だ」



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武器調達

「ぶきー?」

 ということで、やって来たのは武器屋。ポータルで10秒、さくっとしたものである

 ……まあ、メルロマルク城下では俺がネズ公であり幻影魔法も弱体化している……というよりも第一にフィロリアルな二羽がそもそも背中に巨大羽根ついてるので亜人扱いされるのでまず武器なんてものは買えるはずもない。なので来たのはポータルをとりあえずで取っておいたあの村である。離れたと思ったらまたかよという状況だがそれも仕方のないことだろう。武器屋自体は周りがそこそこのモンスターとか出る関係から当たり前のようにあったしな。リユート村はその点では周りのモンスターが雑魚揃いで外に行くには武器必須とかそんな状況ではないからか良い武器屋とか無くて不便なんだよな

 

 「ああ、武器だ

 自分が使うものだから好きに選べよ」

 魔法糸で服を織るとかも考えたが、そんなもの後だ後。ぽんぽん姿を変えなければ今のマントやらで何とかなる。武器を持たせる理由の一つは、フィロリアル形態か人間形態か、どちらかに大半の時間固定させることで服の消費を抑える事だしな

 

 「あ、あのお客様」

 鍛冶師の娘……だろうか。店番の少女ーいや20歳前後だから少女と言えるかは兎も角ーに申し訳なさげに声をかけられる

 「亜人のばけも……方は」

 「……これでも駄目か?」

 差別はそこまでキツくない。なので、金貨を翳して黙らせる。金は偉大だ、リファナの心は掴めないが、クソナイフの心やそこらの人間の心は変えられる

 「払うものは払う。迷惑料として、少し高くな」

 「少しなんだな」

 「ケチでち」

 「数倍吹っ掛けられてたまるかよ、払って……相場の1.2倍だ」

 なんてやって、二羽……いや二人に選ばせる

 「本当に、好きなものを選べよ。自分が使うものだからな

 壊れなければ買い直さないからな。後で気に入らなーいとかはなしだ」

 「はーい!」

 そう言ってフィロリアル二人は物色をはじめる

 と、俺もウェポンコピーとかあるからな、とりあえず見てみるか

 

 ……うん。流石は原作主人公御用達の店。あのおっさんの作った剣より出来の良い武器が無い。レンに買ったあの剣とか、彼個人としては入魂の作という程ではなかったのだろうが、この店の鍛冶師が作ったとすれば魂の一作となるだろう。この辺りで商売するには不自由無いが、都会ではやっていけないだろうな

 なんて、失礼極まる感想

 

 そうして、割とすぐにフィロリアルズは戻ってくる。全然時間経ってないが良いのか

 「我の答えは決まっている」

 と、片目を抑えるポーズ

 止めろなかなかにポーズがイタい

 「騎士たるもの、剣を持つべし」

 「いや、この国の騎士割と槍持ってる奴多いぞ」

 「それでもだ」

 「はいはい。剣な、好きなの選べよ」

 「それも二本だ。魂の同胞と己の二人を守るためには、一本では足りない」

 「足らせろそれは

 ってのは冗談で、二本な」

 二刀流か。いや、本人がそうしたいなら良いんだ。使いこなせるなら

 『えっとね、フィトリアは』

 突然脳内に響く声。ってお前は馬車だろ

 『せいかーい!』

 それだけ言って、向こうからのコールは切れた。暇か

 「ムゥはぁ」

 ぽん、と少女は姿を変える。フィロリアルに

 当然、屋内でやられたら大惨事である

 

 「……正直すまなかった」

 ぺこり、と頭を下げて金を払う。1.2倍と言ったが、迷惑料込みで1.5倍。いやまあ、流石に突然巨大な鳥が出てきて羽毛撒き散らすとかやったら掃除も大変だし……

 結局あいつが選んだのは爪であった。足に嵌める付け爪。フィロリアルの中では割と使う奴が多い武器……らしいのだが、そんなもの人間の武器屋に置いてる道理はない。なので二本の剣だけを買い、羽毛撒き散らした非礼を詫びて外へ。ムゥはゼファーの奴が人間姿になった瞬間にマント羽織らせて外連れ出しておいてくれた

 

 「……んで、今日はお前らの為の狩りだ。とっとと使い慣れろよ」

 外でちょっとやらかしたばつの悪さを振りきるように叫ぶ。いや、やったのうちのフィロリアルだが

 結局、ムゥの爪は俺のドロップからそれらしいものを取り出して使わせる事にした。まあ、無いよりマシだ

 「……にしても、どうしたものか」

 「なにか、問題でもあるのか?」

 「いや、レン

 俺の武器は投擲具だ。っても割と手に持って剣として使ってる」

 「だな」

 「ボクは弓でちね。マスターが強くてあんまり出番はないでちが」

 「そしてレンも剣」

 「我は一対の剣」

 「単に二本なだけだがな」

 ……残念ながら対の剣はないので割と似通った大きさの剣を二本買った。本フィロリアルはちょっと不満そうだが双剣自体割とやる人間少ないしな

 「そしてムゥが爪」

 『フィトリアがばしゃー!』

 うん。聞かなかったことにしよう。ってかレンに聞こえてないし言及しても問題だ

 「大半接近して斬りに行くせいで割としっかり連携しないと互いを斬るな。と」

 「……確かに」

 「ボクはマスターには矢を当てることは無いでちよ」

 「出来れば敵にだけ当ててくれ」

 だが、練習する暇なんてものは無くて

 

 「ばちばちー」

 ひょい、と姿を現すのは一人の少女。ってかフィトリア

 「……フィトリア?どうかしたのか?」

 「なおふみ達がたいへんー!」

 「尚文達が……

 教皇か!」



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舞い降りる鼠

リファナ視点です
中々に酷い思考ですが幼馴染の座に潜り込んだネズミに毒され過ぎたんだ……


「いやぁ、流石は槍の勇者様

 良い足止めです」

 その言葉を聞くや、なおふみ様と競り合っていた男は急に距離を取った

 

 直後、巨大な魔法のプレッシャーが周囲に充満して

 それと同時に感じる、とても懐かしい魔力

 「なおふみ様、構えてください!」

 「ナオフミ様!」

 ラフタリアちゃんが叫ぶ。でも大丈夫。なおふみ様も、フォウルくんも、誰一人として死なないから

 「い、いきなり……」

 「前からの攻撃に対して!」

 「リ、リファナ!?」

 「早く!」

 ご免なさいなおふみ様。なおふみ様にはちょっと分からないかもしれない。何で前なのか、上じゃないのかって

 でも、信じてほしい。彼は……絶対にわたしを裏切ったりしないから

 

 「……分かった!エアストシールド!」

 なおふみ様が盾を展開したその瞬間、上空から光の柱がわたしたちに降り注いだ

 ラフタリアちゃんが、思わずといった感じで目を伏せるけど、わたしは気にしない

 ……だって

  

 「アストラルシフト!

 迸れ、アストラルッ!ゲイザァァァァァッⅣ!」

 聞き覚えのある声。ちょっと忘れられない人の声。わたしの……なおふみ様を守ると約束させた幼馴染の叫び声。どんな魔法だって関係ない。だって、わたしの知る彼が、そんなものに負けるはず無いから

 なおふみ様達を消し飛ばそうと降り注ぐ光の柱を、突然何処かから飛び出してきた白いネズミ耳の男が、その掌の間から溢れ出す更に大きな雷光の柱で押し返していた

 「は……?」

 「……え?」

 良い足止めと言い放った男も、それを聞いて光の柱が降ってくる前に逃げた勇者も、一様に口を開けてフリーズ

 ……あれ?ならなおふみ様に盾を出して貰う必要も無かったかも

 そんなわたしの疑問は他所に、降ってくる光の柱を雷光の奔流で跡形もなく粉砕し、彼はわたしの前に降り立つ

 投擲具の勇者、わたしの勇者、ハツカ種の幼馴染(マルスくん)

 

 「お、おやおや

 流石は盾の悪魔の仲間……といったところでしょうか。あの高等集団合成魔法『裁き』とまさか正面から撃ち合うなんて」

 呟くのは、薬作りの最中材料として聖水が必要になった時、ぼったくりに怒っていたなおふみ様にしっかりとした値段で譲ってくれた神父さん

 でも、あの時の微笑は無く、驚愕の顔が顔面に貼り付いている

 「……ったくよ、SP勿体無いから止めてくれよな」

 SP?なおふみ様も言ってる事があるけど、わたしには分からない概念

 「ごめんね、マルスくん」

 「リファナには言ってないよ」

 珍しく普通の目で、彼は笑う

 わたしに向けてフォローしてくれるのは何時もだけど、何時もならこの時眼は何かに怒ったときの充血しきって真っ赤……なはずなんだけど。最近どうかしたのかな

 けれども、それでも彼はわたしの良く知る幼馴染で

 

 「……で?各地で聞いた盾の悪魔だなんだって吹聴してるバカどもの親玉か、お前が」

 うん。相変わらず嫌いな人には言動が酷くて好き嫌いが激しい。嫌いな人相手なんて、話すらする気がない

 「ば、バカの親玉……

 こほん。自己紹介が遅れましたね。私は三勇教会の教皇です」

 「教皇……ね」

 自嘲ぎみに呟くなおふみ様

 そしてマルスくんは……

 「いや、バカなのってバカだから三勇教会なんてやってるに決まってるだろフィトリア」

 と、虚空に話していた。どうしちゃったんだろう

 「ってか今も話しかけてくるくらいなら協力してくれ」

 と、不意にマルスくんの前に一人の少女がふっと現れる。前触れもなく……っていうか、虚空に話してたのがそれかな

 銀の髪。割と可愛い顔で、年は……わたしとそんなに変わらないくらい?でも、マルスくんもわたしとひとつしか違わないけどわたしの倍近い年のなおふみ様とほぼ外見の年変わらないし、正しくは分からない

 「……マルスくん

 その娘は?」

 「協力者のフィトリア」

 「フィトリア……って、神鳥様と同じ名前だね」

 「背中に羽根が生えてたからな。居るだろ、勇者の名前付けられる子とか」

 因みにマルスくんもだ。勇者様の名前……じゃなくて昔の剣の勇者様が名乗ってた渾名らしいんだけど。意味としてはその時の勇者様の世界における戦いの神様の名前……なんだって

 

 「……なあリファナ。緊張感が無さすぎる」

 と、なおふみ様

 「そのうち、なおふみ様の名前をつけられる子供も出てくるかもしれませんね」

 「いや、だから集中しろよ」

 「ナオフミ様の息子のナオフミ様……」

 「ラフタリア、ごっちゃになるから孫か曾孫の代までナオフミと付けるのは取っておけ」

 うん、もう滅茶苦茶だ。緊張感なんて無い

 

 ……でも。だって

 幾ら槍の勇者様達と、教皇って人が敵でも

 負ける気なんてしないから。此処にはなおふみ様と、マルスくんなら本物連れてくるかも……って事でちょっと期待してるフィトリアさんと、そして何よりマルスくんが居る。たった一人……じゃなくて二人わたし達を逃がすために波の向こうから来た良く分からない人々を足止めし、そして何事も無かったように帰ってきた投擲具の勇者が

 だから、大丈夫。マルスくんとの再会を、やっぱりなおふみ様の為にも戻ってきてくれたって喜んでいても

 

 「ちょっと!どうなってるの」

 付いていけないのはメルティちゃん

 「……俺はマルス。リファナとラフタリアの幼馴染だよ

 ネズミの勘で助けに行くべきかと思ったら、めんどくさそうなところに間に合った……って感じだな」

 うん。怪しい返事。でもこれがマルスくん。本当にわたしが必要としているときは、何時だってふらっと現れる。あのルロロナ村の波の時も、あの後捕まってた時も、なおふみ様が謂れの無い罪で貶められてた時も、そして……それより前からもずっと

 「そして、俺に奴隷紋を刻んでご主人様をやっている」

 フォウルくんの補足で、メルティちゃんがきっ!とマルスくんを睨んだ

 あ。そういえば……ってくらいなんだけどね。フォウルくんを奴隷にしているって事実だけで、メルティちゃんからの評価が地面の下に埋まるには充分すぎた



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剣の偽物

「あんな魔法をこの国の王女が居る場所へ撃つとか……何を考えてるんだ?」

 と、空気を戻すようになおふみ様

 

 その魔法は、割とあっさりと打ち返されてたけど

 「あんな魔法をリファナ達に向けて撃つとは、喧嘩でも売りに来たのか?」

 というのは何時も通りのマルスくん

 「次期女王候補の方々は正義の為に、いえ、既に盾の悪魔によって殺されているのです。今、そこに居るのは生きる屍なので、気にする必要はありません」

 「生きる屍、ね」

 「ナオフミ様はそんなことしません!」

 「生きる屍ってのは精神の崩壊した奴の事で、ゾンビは動く屍じゃないのか?」

 「そこはどうでも良いだろ!?」

 思わず突っ込みに走るフォウルくん

 ……うん、何か幼馴染がごめん。マルスくん、ちょっとズレてるから

「神の慈悲に感謝をしなければいけないのに盾の悪魔は侵略行為をしました。ですから私が神の代弁者として浄化に来たのです」

 「凄い理屈だな」

 「バカの理屈なんてそんなものだろう」

 ふっ、と何時ものように纏っていた雷が消え、光と共に現れる剣を握り込み、マルスくんは呟く

 

 「全てはこの国、果ては世界の為の聖戦です。人々を誘惑し先導する盾の悪魔と人々の信仰を揺らがせる二人の偽勇者を我が教会が駆逐し、権威と威信を確固たる物にする為の戦いですよ」

 「偽勇者ね……」

 なおふみ様の呟きに何とか貼り付けた笑顔の仮面を若干歪ませて教皇は不愉快そうに答える

 「ええ……各地でそれぞれ問題を起こす偽勇者によってこの国の信仰が揺らいでいるのです。剣の偽勇者は疫病を蔓延させて生態系を狂わし、弓の偽勇者は権威を示さず我が教徒を苦しめる。真に遣わされた勇者は槍の勇者様ただ一人」

 「その槍の勇者だってバイオプラントを解き放って色々と問題を起こしただろうが」

 と、半眼になるなおふみ様

 「あれは……あんな化け物になるような植物じゃなかった筈なんだ!」

 言い訳のように叫ぶ槍の勇者

 それに応じるように、重々しく教皇も口を開く

 「ええ。あれはあの土地の異常活性が原因です。恐らくは槍の勇者様を貶める為に、盾の悪魔が仕込んだこと」

 調子の良いことを、彼らは言う

 「あぁ、そうなるのねそこ……」

 って、バツが悪そうにマルスくんが関係ないだろうに頬を掻くのが可笑しくて

 

 「そうだ……お前達がそんなだから……

 リファナちゃんやラフタリアちゃん、リーシアちゃん達を支配して好き勝手やるから……

 俺しか居ないんだ、マルティ達を、この国を、引いては世界を守れる勇者は」

 「ばちばちー、あの槍の人おばかー?」

 「止めてやれフィトリア、まだあいつはバカなんだ」

 悲壮な顔で決める槍の勇者だけど、何か締まらない

 

 「槍一人で世界を守る、か。大きく出たもんだな」

 「煩い!俺達勇者は異世界人だけど、異世界人だからこそ!奴隷なんて人の体と心を無理に縛る事なんてやっちゃいけないんだ!」

 「俺は普通にルロロナ村出身なんだけどな!」

 マルスくん、張り合うとこそこじゃないと思う

 「キャー元康様ー!」

 って、教皇の後ろから、カッコつけてる槍の勇者に向けて黄色い声援。こんなところにそんな事やりに来るなんてどうかしてる気がする

 「……そこのネズミ……

 リファナちゃんや……その翼の女の子」

 「フィトリアな」

 「フィトリアちゃんも多分縛っているだろう尚文に次ぐ悪魔!」

 「ばちばちー、槍が気持ち悪ーい!」

 「そのうち愛を囁きに……いや叫びに来るようになるから待ってろ」

 「それも、やー!」

 「聞いてるのか!」

 「聞く価値ねぇよ槍の勇者様!」

 「ん、んなっ!?」

 

 「ま、まあ良いでしょう

 要らぬ事を始めた弓の偽物は処分しましたし、剣の偽物は偽物らしくあの波で死んだのでしょう

 後は、盾の悪魔を祓うのみです」

 ……教皇さん。なおふみ様から聞いたけど、剣の勇者様はあの波生き残ってるし、弓の勇者様とは最近会ったからそれ上手く行ってないよ多分

 って、わざわざ敵に言う気にはならなくて

 

 「盾の悪魔には……ギリギリで通じなかったようですが、弓は指定の場所に信者に呼び出させ、『裁き』によって存在ごと消滅させました」

 あ、マルスくんが跡形も無いってのは逃げられてる事が多いんだよなぁ……やるならしっかり死体確認してから消し去れよってぼやいてる。向こうには聞こえない大きさだけど、敵にアドバイスしてどうするんだろう

 「死なせたのか!? この世界の為に戦って来た、皆を……錬を!」

 槍の勇者がすごい剣幕で捲し立てる

 って、樹さん……弓の勇者の方は良いの、それ?

 「殺すなんて滅相も無い事ですよ槍の勇者様。我々を騙した偽者の悪魔を浄化したと言ってもらいたいですね」

 「な……」

 と、絶句するフォウルくん。何だかんだ勇者様信仰あるから、その辺りは気持ちが追い付かない……のかな

 「そして王と女王にはこう言っておきましょう。偽者の勇者達によってこの国は支配されかかっていました、ですが私達が救いましたが、残念ながら姫は……とね」

 さりげなく、フォウルくんがメルティちゃんと教皇の間を塞ぐように立ち位置を変える

 

 「……はぁ、もう良いや。聞きあきた」

 と、マルスくんが漸く剣を構える

 「ふふふ、果たして勇者でもないネズミが、何らかの手段で一度『裁き』を防いだとはいえ勝てるとお思いかな」

 ……いや、ずっと勇者だよ。マルスくんって

 教皇が笑いながら、部下らしい神官になにかを持ってこさせる

 白銀で彩られた大きな儀礼用の剣みたいなもの。中心にはなおふみ様の盾に埋まってるものに似ていて、けれどもそれよりも大分濁った宝石が嵌まっている

 「ナオフミ、フォウル!気をつけて、あれは……」

 怯えたように、メルティちゃんが叫ぶ。あの武器の正体、知ってるのかな

 「……まずは盾の悪魔本体から行きましょうか」

 「……おい、無視すんな」

 と、言いつつマルスくんが手に持った剣の姿を変えさせる。鳥の羽根をあしらった短めの刀身の剣に。って今まで出してたのより弱体化してない?いくら簡単に勝てそうだからっていたぶるために手抜きするのはマルスくんの悪い癖だとわたし思う

 

 「……おや、剣の偽物。まさかこの世界の住人に受け継がれているとは」

 眼をしばたかせ、教皇が呟く

 ……剣じゃなくて投擲具だけど、マルスくんは言わない

 そもそも、剣ってこの世界の人には使えないから有り得ないはずじゃ。それを気が付かないって変。てんせいしゃ?って人達は使ってたけど、あれは何か変な感じがしてた。無理矢理にも見えて。でも、マルスくんとあの投擲具の間にはその違和感が無い

 「……さあ、どうかな」

 「ですが、関係はありません

 剣の偽物の残党が居るならそれも……共に神の裁きを受けるが良い!」

 そう言って、教皇は遠くから大上段に振り上げた剣を振り下ろす。普通なら絶対に届かないような距離から

 「一思いに炎で浄化してあげましょう、フェニックスブレイド!」

 直後、火の鳥がわたし達……というかなおふみ様目掛けて刀身から放たれ

 「さあどうです!受けきれますか!」

 それでも、マルスくんは静かに

 「フィトリア、ちょっと力借りるぞ」

 と、気軽に剣を構え……

 「フィロリアル・ストライクⅡ!」

 剣から巨大なフクロウみたいなオーラを放ち、飛び出してきた火の鳥を貫通させた

 「……は?」




タクトー!はやくきてくれー!
弱体化したとはいえネズ公パチモノ12/12
本来の1/4とほざく上に四聖の武器にしか姿を変えられないから恐らく真実は1/12な贋作が抗える存在ではないのである

因みにイージーモードだとタクトが来ずこのままネズ公が元康と教皇を蹂躙して終わります。まあそりゃしっかり強化してない1/12が集まってある程度戦えてた相手に対して12/12勇者が居たら普通に倒せちゃうよねという話ですね


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3/12の偽神 vs12/12の偽神

剣を振り下ろした教皇も、そしてなおふみ様もフリーズする

 そんな中、当たり前だろ?とばかりに軽くわたしの幼馴染は剣を振って

 「ねぇねぇ、なんで?なんで手を抜いたの?」

 そう、銀髪の女の子に問い詰められていた

 

 「手?抜いたか?」

 「ふぃろりあるすとらいくー」

 「一応きちんとスキルは強化段階で撃ったぞ」

 いや、手抜きだと思う。だって、今持ってる剣の姿より、俺が止めるってなおふみ様と別れる前に使ってた姿の方が強いし。武器の姿に応じて性能が違うのは、それが関係ないなら常に誤魔化せるようにブックシールドっていう本みたいな盾にしておけば良いのに戦闘になるとキメラシールドなんかになおふみ様が盾を変える事からも分かるよ

 「……ってあれか?

 いや、あんな奴程度にフィトリアルストライクとか単なるオーバーキルだろ」

 フィトリアルストライク

 うん。なんというか凄い名前だな、って。それしか言えない

 「いや、オーバーキルして槍の勇者を殺して良かったのか?駄目だろ?」

 

 「勝手に死ぬように言うな!」

 「じゃあ耐えてみせろよ槍の勇者

 言っとくが、俺は前の波でてめぇを床に転がした時よりは強いぞ?何たって、勇者になったからな」

 あ、あくまでもその設定で行くんだ。あの時……っていうか、なおふみ様に会う前、村に帰ってきた時からもう勇者だったよね?不審者な前の勇者様のフリしてたけど

 だからきっと、あの時とマルスくんの強さってあんまり変わってない。うん、多分大丈夫……だと思う。だって、彼がわたしになおふみ様と逃げろって言わないから

 3年前の肝試しの時だっけ。お化けの仮装じゃなくて、本物のお化けのモンスターが出たのって。あの時は、大人を呼んできてって形でわたしに逃げろって言ったっけ。でも今回は気楽そうで

 

 「試し撃ちはこれくらいにしましょう。本気で行かせて貰います」

 「そうかよ」

 相変わらず多分本気なんだろう偽・フレイの剣……だっけ、そんな名前の剣には変えず、構えすら自然体のまま、ネズミな幼馴染は言う

 「ってか俺がそっちを舐めてるうちに本気を出した方が良かったんじゃないか?」

 いや、今も舐めてるよね?

 教皇が剣を前に向けると、その姿が槍に変わった。なおふみ様と同じ盾じゃなくて良かった

 「槍に変えて意味でもあるのか?」

 「いや、そこは驚こうよ!」

 「フォウル、あれはね。伝説の勇者が持つ武器をどうにか複製しようとした過去の遺物なの」

 「複製品か?今の尚文の盾より強くないか?」

 「というかそんなものがあるなら量産しろよ。俺を巻き込まず」

 と、なおふみ様

 「量産したらしいぞ?大半昔の波でぶっ壊れたらしいが」

 「フィトリアもってるよー」

 ……緊張感が、無い

 

 「数百年前に行方不明になったらしいのだけど……え?持ってるの?」

 「あんまりつよくないよ?四聖武器だけで見ても、1/4くらいしかないよー?」

 「いや、明らかに今の元康の槍とか、俺の盾より強いだろ!」

 うん。でも……マルスくんの持ってる投擲具に比べたら雲泥の差ってほどに弱い。1/4というのも嘘じゃないのかも

 じゃあ、何でなおふみ様の盾より強いのかは……分かんない

 「マルスくん。なおふみ様も、マルスくんみたいに強くなる?」

 「なるに決まってるだろ?その状況を1として、四聖だけの更に1/4だから1/12相当の雑魚、それがあの武器だからな」

 勇者になったから軽々しくそう言えるんだと思うけど、わたしからすればマルスくんの1/12って凄く強いと思う

 「1/12?」

 「……ん?当たり前だとは思うが、勇者の武器の強化方法には互換性があるぞ?だから、勇者武器を手にした瞬間、端から見てたお前の強化方法試し、そして使えた

 つまりは、全ての勇者武器の強化方法を組み合わせた状態が、本来の力って事だな。単純計算で今の12倍、相乗効果もあるから実際はそれ以上。今の俺も全部知ってる訳じゃないが、半年の間に会った爪の勇者の強化方法とかも試した結果、今がある」

 「……は?」

 「最初は無かったけどな。正規勇者が目の前でその強化やってるのを見てきたんだ、やって出来ない筈がないと思ったら使えたぞ?」

 「何時まで無視してるんだ!」

 話に割り込むように、置いてけぼりにされた槍の勇者が吠え、スキルを放つ

 それに合わせて、教皇も

 槍にわざわざ姿を変えたのって、二人で合体技みたいにするから、だったのかな

 でも

 

 「ブリューナク!」

 「流星槍!」

 「……見せてやるよ尚文。これが勇者武器の強化のひとつ……その昔って数ヶ月前、小手に選ばれないかなーって行った先で見つけた資料にあった強化方法……

 満月扇Ⅶ!」

 彼の手から投げ放たれた円形に広がる扇が、三又の輝く槍と流星のように尾を引く槍のオーラを受け止め、そのまま対消滅する

 「Ⅶ!?」

 向こうで驚いたように叫ぶ槍の勇者

 でも、マルスくんって此処に飛び込んできた瞬間にも……というかフィロリアルストライクにも良く思い出すとその強化使ってたよね?そんなに驚くことかな

 「てめぇに出来るかな、槍の勇者」

 「いや、敵に塩を送ってどうするんだよ」

 「そうよ!それで強くなられたらどうするのよ」

 「バカが使えるとは思わないから良いかなと」

 って、フォウルくんとメルティちゃんに彼は返して

 

 「さて。まあ良いか。のんびり話すには邪魔だ。そろそろ皆追い付いてくる頃だしな」

 「やっぱり置いてきてたんだ……」

 いつの間にか連れてた女の子が今回は居なかったからあれ?って思ったけど

 

 「散々虚仮にしてくれたようですが……」

 「ネズミぃぃっ!」

 槍の勇者が、今のなおふみ様が構えている盾と良く似た禍々しい槍を構え、教皇もそれに合わせてもう一度槍を構える

 「フィトリア、上任せた」

 「やー!盾に働いてもらうのー!」

 「援軍に来た意味無いなそれ!」

 「盾が何にもしてなーい!」

 「やるべきこと全部盗っていったのはお前だろ!

 それだけ強くなったなら一人で戦えよ」

 あ、またなおふみ様が拗ねた

 「……いや、前に言ったがお前にしか盾の勇者は出来ない。だから盾の勇者として戦え

 その言葉は、今も変わらない」

 

 「……イナズマシュート」

 「イナズマシュート!」

 話してる間に、二人のスキルが完成して撃たれる

 そして……

 「合成魔法……『裁き』!」

 もう一度、光の柱まで降ってきて……

 それでも、それら全てを一人で何とか出来そうな唯一の人は動かない

 「尚文!お前に任せるしかない!」

 「そうよナオフミ!このネズミ頼りになりそうでならないんだから!」

 フォウルくん達はなおふみ様に丸投げし

 「がんばれー、盾ー!」

 フィトリアって子はマルスくんみたいに気楽で

 「ナオフミ様!信じてます」

 やっぱり、ラフタリアちゃんも結局はなおふみ様に投げて

 「盾の勇者

 お前がやらなきゃ!誰がやる!」

 って、マルスくんは煽って

 うん、なおふみ様怒ると思う。そういうとこだよマルスくん

 「お前がやれよネズミ!」

 なんて叫びながら、なおふみ様の構える禍々しい盾……ラースシールドっていうらしいそれが更に変貌し

 「このネズ畜生がぁぁぁっ!エアストシールド!」

 飄々と立ってる彼等に向けてカースの炎を撒き散らしながら、なおふみ様はスキルで周囲を守る

 

 「……尚文、熱いんだが」

 自業自得じゃないかな

 でも、そんなカースなんて撃ってる余裕はすぐにも無くなって

 「ぐぅぅぅぅぅっ!」

 何度も見たエアストシールド、セカンドシールドが弾け飛ぶ。なおふみ様の防御をこれだけ抜いてくる相手なんて始めて見た

 全体を覆うように出したシールドプリズンも割れ、なおふみ様の……勇者の盾の防御範囲が見える。わたし達が居る凄く近い範囲だけ……じゃなくて、フィトリアさんが普通に外に出てるくらいの狭さ。前から飛んでくる二条の雷槍は、その背中の翼と、マルスくんの剣に受け止められていて

 「電気ネズミさんに雷で挑むのかよ!挑戦者だなオイ!」

 「びりびりきもちわるーい!」

 あ、うん。平気そう

 「ナオフミ様!頑張ってください!」 

 ラフタリアちゃんの応援。いや、応援しかする事が無いし

 マルスくんはちょっと乱暴にとっても酷い方法でなおふみ様を鍛えようとしてて。わたしに出来ることは何もなくて

 

 「負けられないんだ!リファナちゃん達の為にも!」

 なんて、余計なお世話を言って槍の勇者は気合いを入れる

 「槍の勇者に助けて欲しいか、リファナ?」

 「なおふみ様との決闘の時にも言ったけど、要らないかな」

 「……だって、さ」

 「うぉぉぉぉぉぉっ!俺は負けない!」

 「尚文も限界か、もう良いや」

 すっ、と。白髪のネズミは遊ばせてた左の手を剣に添える

 「ひとつ教えてやる

 何故か剣を引き継いだ扱いしてたが……そもそも、俺の継いだ勇者武器は投擲具だ

 スプラッシュケージ」

 瞬間、スキルを発動して力んでいた二人の槍使いを、虚空から突如出現したダガーが切り刻んだ

 

 「ぎぃやぁぁぁぁぁっ!」

 両手両足、全身の筋から血を吹き出し、槍の勇者が地面に転がる

 「……地点指定したのが不味ったかな

 片腕だけか、持っていけたのは」 

 そして、マルスくんが言うように、ギリギリで避けようとしたのか、教皇は……左腕だけがボロ雑巾のようにメタメタにされ、他は五体満足の姿で此方を睨んでいた

 「「「教皇様!?」」」

 集中も途切れたのか、光の柱も消える

 何とか守りきって、なおふみ様が息を吐いた

 「と、投擲具?」

 「いやラフタリア、何で俺が残って足止めした俺が生きて帰ってきたと思ってんだよ

 そもそも剣を受け継ぐも何もあのタイミングでそんなこと起きるわけ無いだろ」



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現人神

此処から視点がネズ公に戻ります
漸くメイン○○○○の登場ですからね


「槍

 全くなっさけないわね本当」

 嘲るような声

 

 片腕をボロ雑巾にした教皇の背後。神官達に安全のために囲まれていた一人の赤毛のビッチが、とりあえず動けないように全身の筋を切って転がした元康を見下(みお)ろす。いや、見下(みくだ)

 

 「ま、マルティ!?」

 驚くような元康の声。いや、そいつビッチだから当たり前だろ。勝ち馬に乗る。その為なら何でもする。何たってあのクソみたいな女神メディア以下略の端末だぞそいつ。本人に自覚はないだろう。だが、女神の勝利のために、男をたぶらかし取っ替え引っ替えして事態をかき回したり勇者を妨害したり転生者をサポートしたり、女神の降臨の際に器となる。それが役目の存在だ

 つまり今回は、勝ち目が無いなと思って実は槍に洗脳されてたとか三勇教に脅されてたとかそんな感じ此方に取り入る気なのだろう。調子の良い女神だな

 

 ま、知らなかったということで処理するか。えっ?女神様の端末とは露知らず、トテモモウシワケナイコトヲシタナーという奴だ

 

 だが、俺の予想は外れ

 

 「貴方がやっぱりそんな程度だから、あの人を呼んでおいて助かったわ」

 ……あの人?

 瞬時、フィトリアが何かを感じて駆け出す……前に、地面に転がした元康の腹に閃光が突き刺さった

 「マル……ぐはぁっ!」

 同時、その体から飛び出す光

 

 ……殺された?いや、違う。何処かへ飛び去るのではなく……ビッチの背後へと直線的に移動する。この、挙動は!

 「へぇ、これが勇者の槍か」

 と、三勇教の神官達の壁が開き、一人の男が姿を現す

 

 「げ、タクト……」

 軽薄そうな笑みを浮かべる金髪の偉っそうな男の名はタクト。タクト・アルサホルン・フォブレイ。ご存知この世界最強の転生者である

 

 「……タクト?」

 と、リファナが首を傾げ

 「知り合いかよネズミ」

 と、尚文は刺々しく

 「……タクト?」

 フォウルが少しだけ悩む素振りを見せ

 ヤバいか、あまり使いたくはないが奴隷紋を発揮する時が来たようだ

 「タクト……タクト・フォブレイ……

 お前が!お前がアト……」

 言い切る前に、奴隷紋を発動。フォウルの動きを封じる

 「ちょ!何してるのよ!」

 メルティらしき青髪は無視。ってか拾ってたんだな原作通り。てっきりフィーロが居ないからニアミスでもしてるものかと思ってたのだが

 「敵はあっちよ!それとも、まさかアンタも向こうの仲間なの!?」

 「いや、自殺を止めただけだ」

 「自殺?」

 「フォウル落ち着け

 確かに俺が言った妹のアトラを買っていったクソこと鞭の勇者だあいつが」

 「ならば!」

 奴隷紋を解除した瞬間に此方に食って掛かる少年。食い殺す域だな

 「今のお前じゃ勝てない。一人で向かっていっても死ぬだけだ」

 「だとしても!」

 「お前は愛する妹に無謀なことして冷たくなった死骸の自分を見せたいのか?」

 少なくとも俺は瑠奈にそれをされてたら自殺してた自信がある。リファナにされたら……自爆で敵討ちだな

 「……ぐっ」

 止まってくれたようだ。アトラの名前出せばチョロいなこいつ

 

 「……誰ですかその人は!」

 と、そんなバカを他所にラフタリアが真面目に向こうと会話を進めている

 「誰、だ……よ」

 あ、元康も生きてるっぽいな。立ち上がれないようだが

 「よくぞおいでくださいました神よ」

 と、教皇の奴が足を折って礼を取る

 神……。なんだ、三勇教はタクト教にでも鞍替えしたのか。ドクソ宗教から超ド級クソ宗教へ。何一つ変わらねぇな!

 

 「ネズミ、知ってるなら答えろ

 あいつは何なんだ!」

 「そういきり立つものではありません、無礼ですよ悪魔共

 彼こそはこの世界に降り立った現人神。全ての勇者武器を束ねる神の化身

 総ての勇者タクト・アルサホルン・フォブレイ様であらせられます」

 総ての勇者かよ!大きく出たなオイ。持ってるの鞭と槌と爪と……後は槍だけだろうに

 「目障りだ!タイラントアックス!」

 斧スキル!?斧まで回収されてたか!原作から俺が持ってる投擲具が消えて代わりに元康が槍をパクられた形か!

 「食らうかよ!バーストゲイザーⅢ!」

 下手に剣を会わせると盗られる。それを分かっているから直接受け止めることはせず、炸裂するグレネードに姿を変えさせ吹き上がる爆風で落ちてくるオーラの斧を逸らす

 いや、俺も転生者だから盗られるかというと引き合って戻せるけどな。それをやると怪しいのだ。折角正規のフリしてるんだ、正規っぽいものを通そう

 ……Ⅲくらいあれば斧スキルなら逸らせるな。弱体化したからどうかと思ったが、戦えなくはない。寧ろフィトリアが居ると思えば楽勝……と、言えれば良いのだが

 

 「そして皆様も」

 「タクト!」

 「タクト様!」

 「たくとー!」

 更に背後からぞろぞろと。よーく見るとちょっと遠くに降り立っていたドラゴンから女共が降りてきては此方へ向かってくる。勘弁してくれって数。数十人居るぞオイハーレムメンバーをこんな連れてくるとかバカかよこいつ。トゥリナとかいう危険な狐女が居ないっぽいのが救いか。幻貼られたらヤバすぎる。同士討ちとかさせられかねない

 まあ、巨大なドラゴンって時点でタクト側の仲間の最大戦力であるレールディアとかいう名前の竜帝の欠片は此処に来てるんだけどな

 「ばちばち、いやなのがいるー!」

 「あのドラゴンか。殺ってくれるかフィトリア」

 「うん!がんばる!」

 やる気十分である。呼んできておいてよかった。いや、クソ竜帝居るんだけど倒して?と今からコールしても間に合ったか?

 

 「そういえばブランは?」

 と、竜帝で思い出したが尚文のところにワイバーン置いてったはずだ。どうしたんだあいつは

 「偵察に行って貰っている隙を狙われた」

 「つまり別行動中か」

 レールディア辺りに見つかってさくっとされてないと良いが

 「生きてるはずだ」

 まあ、魔物紋で状態分かるしな。特に問題はないのか。俺はやべぇなと思ったからフィトリアのポータルで近くまで飛んで(尚文に会いに行ったことがないフィトリアは流石に直接尚文のところ、でポータルを発揮できないので近くの森に運んでもらって)そこから全速力。幾らパチモノ劣化していようと、勇者の本気の足についてこれる生物はそうは居ないので仲間は置き去りだ。まあ、あのドラゴンの居る方向とは逆なので鉢合わせはしてないだろうが。にしても危なかったな、カッコつけの為にアストラルシフトぶっぱしたせいでSPがあまり回復していない。あれ全消費なの忘れてた

 

 「……尚文、教皇は任せた

 リファナ達を頼む」

 元康は無視。死にかけだしな

 レールディア達タクトの取り巻きはフィトリアに頼むしかない。俺なら恐らく戦える。だがそれではタクトを止める役目がフィトリアになってしまう。それは危険な気がして。やはり転生者の相手は転生者がやるべきだろう。ってか、タクト一人よりも取り巻き複数の方が強いからな。最大戦力はそちらに当てるべきだ。尚文等?あのハーレムの最低レベルは200あったはずだ、リファナを殺す気かその選択

 

 「全く、遅いわよタクト!」

 なんて、そんなヤバいものを呼んだらしいビッチは調子に乗っていて

 「ってちょっと待ちなさい、私はタクトの味方よ、敵はあっ……きぃやぁぁぁぁぁぁっ!」

 あ、何かタクトハーレムメンバー共から銃で撃たれてる

 「タクト様ではなく他に走った裏切り者!」

 「タクト様は総ての勇者!国教たる三勇教すらそれを認め神とした以上、今更王女なんて居なくてもメルロマルクはタクト様のものなのよ!」

 「正直ウザかったし、消えてくれる?」

 「タクトさま以外に愛を囁く人が何でこの世界に生きてるのよ」

 ……ボロックソに言われてんなあいつ!いや、まあ、タクトハーレムメンバーってタクト好き好きだらけだし、理由ありとはいえタクト以外に靡いたように見えるビッチは嫌いか

 「た、タク……ト」

 「俺以外に尻尾を振るビッチが!穢らわしいんだよ!」

 「そうじゃ!そこの元槍と懇ろにしておれ!」

 タクトに拒絶され、全身の服を大量の銃弾でズタズタにされたビッチは、穢らわしい雑巾でもゴミ箱に投げ入れるような顔で、ネリシェン……だったか、アオタツの女によって転がる元康の横に放り出された

 

 「タクト様の素晴らしさを知らないからそうなるんです」

 と、仲間がズタズタにされたのを当たり前と冷ややかに呟くタクトハーレムの一人

 ……ちょっと目に光が足りてないちょっと幼げな女の子。生ける屍とまでは言わないが、見てるだけで不安になる虎耳の……

 ってこの娘はまさか……

 「ア、アトラァァァァァァッ!」

 やっぱりかよぉぉっ!ふざけてんなこの世界!




おまけのようなスキル解説
フィトリアルストライク
フィロリアルストライクの上位スキル。フィロリアル型のエネルギーを放つという点は同じなのだが、違いとしてはオーラの色が人によらず青みがかった銀に固定されること、そしてバカデカい事。火力そのものは下位スキルとそこまで大きな差は無いのだが、オーラが普通のフィロリアルサイズ(2mちょい)ではなくクイーン形態フィトリアサイズ(18m)かつ翼を全開にした形状で飛ばす関係上横幅数十m近くを凪ぎ払う為に避けにくく多くの敵を巻き込めるという利点がある。乱戦で放つと大量に仲間を巻き込むクソスキルな事は言うまでもない
解放する為の武器は神鳥シリーズの一つ、神鳥の投輪。解放素材は神鳥の冠羽。要はフィトリアの頭のアホ毛取り込めば発現する武器に附属するスキルなので、同シリーズのスキルは他の勇者武器にもある。例えば盾の場合はフィトリアルウォールで、弓の場合はフィトリアルシュート


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ハーレムチート

「マスター!」

 そんな声と共に駆け寄ってくるでち公

 ……で?レン達はどうした

 

 「……一人かゼファー」

 「残りはあのドラゴンが神官に襲われてたから残ったでちよ!」

 「ドラゴンとフィロリアルを同じ場所に残すなオイ!」

 絶対に喧嘩するぞそれ

 だが、止めてる時間はない

 「そう言われると思ったから偉いボクはブランの方は連れてきたでち!」

 あ、そうだったのか……姿が見えないが

 

 「……文、漸く戻れましたわ」

 ……って何だそのちっこい角の生えた白ドレス女

 「お前、ブランか?」

 「見て分かりませんの?」

 人化出来るのかよこいつも。割と予想外だった。まあ、そんな話は後だ後!

 

 「皆!分かってるとは思うけれども、悪いのは盾の悪魔とあの投擲具を占有するネズミだけだ!女の子達はあの二人に操られているんだ!」

 「ハイ、タクト様!」

 「分かってます!」

 「タクト様の素晴らしさをまだ知らないから敵対出来るだけです」

 元康と同じこと言ってんなこいつ。ってか、フォウルも男なんだがあいつは操られてる側に入るのか。何か意外だ

 そして、それに追随して礼賛するハーレムメンバーwithアトラ。というか良いのかそれ。ハーレムメンバーが増えれば増えるほど自分の恋だ愛だ性欲だロマンスだのライバルが増えるって事だぞ自分との時間はその分だけ刻まれて細かくなっていく。そんなものをマジで良しとして良いのかよ

 お互いに仲が良くて、関係性を進めたいけれども今の関係を壊したくない……とかならまだしも、適当に際限無くハーレム拡大狙ってるだけだろこれ。そんなもの礼賛してどうすんだよ本当に、狂ってんなこいつら

 「ふざけたことを抜かすな!アトラ!そんな所に居るな!」

 礼賛に混じる虎娘に、その兄であるフォウルが吠える

 ハクコの特徴である黒が縞のようにメッシュではないが差し色として入った綺麗な白髪に、フォウルとほぼ同じで、光の無さから少し暗い瞳。うん。外見はアトラだなあいつ。竪藍阿寅氏直々の書き下ろし挿し絵で見た外見そのままだ。作者名に使うくらいにはアトラを気に入ってたからか挿し絵の枚数が無駄に多かったので容姿はよーく覚えている。その割に肌色さがある挿し絵が無くて、人気取りとしてはどうかと思ったが。いや、見たかった訳じゃないぞ?時折作品コメント欄で脱げと言われてたのに最後までそんな絵書かれなかったなって思い出しただけで

 

 「……誰ですか」

 「アトラ!分からないのか!」

 うわ、凄くつれない反応。心底興味ないって感じ。いや、何だかんだ尚文キチしてた原作アトラでも兄への愛情は……それより尚文優先とかでちょーっぴり歪んでたがしっかりあったと思うんだが。このアトラはそういうのが無い。本気で無い

 「タクト様、知らない人に馴れ馴れしく呼ばれました気持ち悪いです」

 心底嫌そうに身震いする虎娘

 「……あ、アト……ラ?」

 助けようと言っていた妹の変わり果てた姿に、茫然とフォウルが呟く

 「アトラ、知り合いかあのちょっとだけ似た虎」

 「タクト様。恐らく向こうが勝手に知っているだけですわ

 私はあんな人知りません。タクト様しか知りませんしそれで本望です」

 「うがぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 勝手に精神ダメージでも食らってるのかふらつくフォウル

 

 「あ、アトラ……何で……」

 「フォウル!しっかりしてよ!」

 メルティの奴に背をばしばしと叩かれて、それでも虚ろな目

 いや、まあ、俺も瑠奈に同じ事されたら虚ろな目をする自信がある。だからなにも言うまい

 

 「そうだよなアトラ!お前はマルティみたいに裏切らないよな」

 「当然ですわタクト様

 私の全てはずっとタクト様と共にあります」

 「手遅れじゃないか、ネズミ……」

 「……どうなってんだこれ」

 

 「今です、流星剣!」

 「うるせぇ邪魔すんな!」

 空気の読めない教皇が性懲りもなく撃ってきたスキルはもう面倒なので右足で蹴り返して

 

 「話してられるのも限界か!俺達はあのふざけた乱入者を止める!」

 「お、俺も」

 「腑抜けが治るまで寝てろフォウル!」

 言って、でち公と駆け出す

 「はっ!まずは弱そうな盾から槍の試しう」

 「良いこと教えてやるタクト!盾持ってる間は一切攻撃出来ないぞ!」

 「ちっ、使えないなら後で良いか」

 よし、盾から興味失せさせることには成功。強いんだけどな盾。特にタクトみたいなハーレム野郎……というか仲間が多い奴が使うと

 

 「フィトリア、頑張れるか?」

 「がんばる!」

 「マスター、ボクもハーレム止める側に行くでち」

 と、でちが意外な事を言い出した

 いきなりどうした?遠くからマスターを手助けするでちとか言うかと思ったが

 

 「どうした?」

 「どうしたもこうしたも無いでち

 マスター、ボクみたいな優良物件をタクトと戦わせちゃダメでちよ」

 優良物件?いや、そこは突っ込むまい

 「どういうことだ?」

 「マスター、ってとっとと行くでちそこのフィロリアル!」

 「ぶー!」

 と言いつつ、フィロリアルの姿化して駆け出していくフィトリア

 

 「マスター、神受スキルって知ってるでち?」

 「俺がそう呼んでる転生者に与えられたチートで良いのか?」

 「タクトに与えられたそれは、可愛い異性に対する絶対的なカリスマでち」

 「……は?」

 カリスマ?

 「本人の意思も想いも何にも関係ないでち

 あいつのスキルによって、どんな強い恋心も盲目的にタクトを愛するようにねじ曲げられてしまうでち」

 ……は?

 「アトラも、か?」

 「あの虎娘もそうでちよ」

 「強すぎんだろ!」

 ふざけてんのか!いや、ふざけてんのかって性能だからこそチートスキルなんだけどな!

 「神が転生者全員に与えている絶対に神を裏切らない呪いと本質は同じでち。それの劣化版でちから」

 ……ん?不穏な言葉が聞こえたような

 「だからマスター、もしもあのイタチが大切なら絶対に近寄らせちゃダメでちよ。もしもスキルをしっかりと受けてしまえば、マスターの大好きなあのイタチはタクトを愛することだけを考えるとんでもなくつまらないイタチに変えられてしまうでちから」

 「治す方法は?」

 「ハーレムを作る力でちからね

 マスターみたいに性格悪いとハーレムに要らないでちから割とあっさり解けるくらいの効力でち。ボクみたいな優良物件は……」

 「リファナとかだと?」

 「愛する対象をこの世から消し去るしか能動的な解除手段は無いでち」

 「簡潔だな!ってか俺もそれを食らったら不味いんじゃないのか?」

 「あ、マスターは性格悪いから症状軽いはずだし第一同性には一切効果が無いでちよ」

 「ホモは無し!安心安全だな!」

 マジでハーレム作るチートじゃねぇかよ。支配者を目指すためのチートだとすれば寧ろ同性相手に効かないとか欠陥過ぎるからな。同性との交遊こそ重要なんだし

 「ってことは、フィトリアにも近づけちゃいけないんだな!」

 「所詮女神による転生者への拘束と原理は同じでちから問題無いでちよ」

 ん?どういうことだ?

 「正しく精霊と結び付いた勇者には神の暗示への耐性があるから無意味でち」

 へぇ、そんなものが。つまりはフィトリアには効かないと。他?無理だな勇者じゃないし。クソナイフ?いっそリファナを今からでも投擲具の勇者に……

 レベル低いからまだ嫌か。仕方ないな

 というか、俺はパチモノ勇者で転生者だ。表面上だけ従ってるよと言い張ってるだけで……と、俺は思っているのだが、この思いすらも実は女神の掌の上なのだろうか。騙せてるも何も、こうしてリファナの生きる世界の為にって転生者に反旗をこっそり翻していると、女神の計画の上で俺は思い込んでいるだけなのだろうか

 んなこと考えてて勝てるか!と、舌の先を軽く噛みきって痛みで眼を覚ます

 「ってお前は効くのかよゼファー、悪魔だろお前」

 「向こうの力は特別なもの、ボクの上位でちから

 マスター、マスターと対をなすこの世界の特別な転生者のチートは伊達じゃないでち」

 「じゃあ俺の神受スキル……チートってなんだよ」

 「そんなものねーでち!

 神受スキルを与える隙間も必要もない異能力の強さ、その圧倒的初期完成度がマスターの特別性でちよ」

 知ってた

 

 「……話は終わったか?」

 「待っててくれるとは随分とお優しいな」

 「どうせ直ぐに死ぬんだ、心残りくらいは無くさせてやるよ」

 にやにやと笑みを浮かべ、タクトの奴は槍を撫でる

 「事情は分かった、離れてろゼファー!」

 「えっと……こうか、大風車!」

 ……タクトよ、そのスキルは防御スキルだ。知らずに使うな

 

 思わずずっ転けそうな珍事に先制攻撃も忘れ、離れてく悪魔の気配を背に感じながら、俺は金髪の転生者と漸くまともに対峙した




因みに竪藍先生がアトラの肌色挿し絵を書かなかった理由は簡単です
挿し絵という形でアトラのそういった姿を尚文様以外に見せるなんて事は竪藍氏にとってはアトラはそんなことしない!と我慢ならなかったのです
好きなキャラであればこそエロ探してる際にエロ絵を見つけてもこいつはこんなんじゃない!とあまり受け入れられないようなものですね


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神待ち

「にしても、随分と余裕だな」

 流石に出し惜しみなんぞしてられる相手じゃない。俺はクソナイフの姿を偽・フレイの剣に変えて前に構える

 基礎性能面で言えば神鳥の投剣とかフィトリアウィング・ジャベリンとかある程度拮抗した性能の武器は増えた。まあ、フィロリアルシリーズ全解放の恩恵だな。とはいえ、強化が足りてないのでこいつだ。タクト相手に自動迎撃効果は寧ろ自爆となるのであまり過信は出来ないが

 

 「だから、お前等は俺を強くする為に投擲具を持ってきてくれたんだろう?クソ相手にも死に際の慈悲くらいはするさ」

 「おいおい、その慈悲気取ってる時間で、お前の大事な大事な皆との別れは済ませたのかよ」

 「何を言っているんだ?」

 「タクト・アルサホルン・フォブレイ

 お前を此処で殺す、と言ったんだ」

 虚勢だ。ぶっちゃけ原作で尚文達がタクトに挑みかかったとき、タクトに対しての確実な勝算があった。だが俺にはそんなものはない

 勝てなくもない……んじゃないか?って思いはあるが、そこまでだ。不正な手段で捕縛している勇者武器を解き放つ眷族資格剥奪は四聖特権だからな。同じ眷属器かつ同じく不正やってる俺には無理な手段。タクトに不正にパクられてる槍を俺が又借りして使えないかな

 クソナイフに駄目だしされた。まあそりゃそうだな、それが出来るのは正規だけだ、盗んだ槍でイキりだしても無駄か

 

 「お前こそ此処で死ね!ヴァーンズィンクロー!」

 タクトが表に出している勇者武器を槍から爪に変え、閃光を放つ

 原作時代から何時もこれだなコイツ!スピード信者か何かかよ!直線的な攻撃だから対峙した状態から当たる訳もないだろうに!

 「避けた!?」

 「当たると思ってたのかよライトニングピアース!」

 意趣返しのように、雷光纏って閃光のように輝くピックで良く似た攻撃をやり返してやる。幾ら神鳥の骨針とはいえピックに姿を変えさせているからか火力全然出ない速度だけのスキルなので倒すことだけ考えれば良策とは言えないのだが

 「うげっ!」

 右目でも潰すかと投げたが、咄嗟に顔を庇った二の腕に突き刺さる……ってか浅いな、ほんの1cmくらいか、刺さったの

 ちっ、外したってか防がれたか。反応は悪くない!堅さも嫌な感じ!

 結論は一つ、火力高めのものでなければロクに通らなくてめんどくせぇ!

 「くそっ!みんな!」

 「来ねぇよタクトぉぉっ!」

 視界の端に映るタクトハーレムの戦い

 割と怪獣決戦の様相を呈していた。巨大竜の周囲を駆け回る二つの影、という感じで

 「忌々しいフィロリアルめ!竜帝の恐ろしさを知るが良い!」

 「空飛ぶフィロリアル……過去に先祖達が滅ぼしたはず!絶滅していなかったの!?」

 なんて、魔物姿で喋るハーレムメンバー二人。因みに知っているのだろうか

 お前等が対峙しているのが、その空飛ぶフィロリアルの長であり完全体であった竜帝をばらっばらにした当フィロリアルだって事を

 「レールディア!アシェン!みんな!

 その子はネズミ達に騙されているだけなんだ!殺さないように」

 「分かってる、けどしぶとそう!」

 「タクトが言うのならば仕方ないが……」

 因みにハーレムメンバーから煽られてもフィトリアは無視を決め込んでいる。あれか?俺相手には何か良いやとばかりに普通に話しだしてたが、自分は威厳とかごしゅじんさまとの約束とかで人前で話さないようにしてた事でも思い出したか?

 『そだよー』

 思考を読むな。いや、思考をコールで自分に横流しするなフィトリア

 『ごめんねー!ばちばちー、向こうはそんなできないこと言っちゃってるけど、フィトリアはころして良い?』

 随分と物騒な事をおっしゃるなこの馬車の勇者は

 いやまあ、本気出せば確かにさくっと殺せるんだろうなグリフィンくらいはさ!竜帝当人……いや当竜を引き裂いたのに欠片には勝てないってのもあまりなさそうだし

 だが……迷うことはない。返すべき答えなんて最初から一つしかないのだから

 『フィトリア、殺さずに頑張ってくれるか?』

 『うん、いいよー

 でも、どうして?』

 『どうせあいつチート転生者だからハーレムメンバーを殺したらリスクとか反動とかチートでガン無視してラースランスとかラースクローとかでカーススキルを乱射する発狂モードに入る!

 そんなあいつをカースの合間をぬって殺しきるのはとても面倒!よって発狂させずに倒す!それが理想形。だから、殺さなきゃ自分が危ないってならない限り、出来ればで良いから止めを刺さないように頑張ってくれないか』

 『うんわかったー!馬車使わないでてかげんするねー!』

 何とも酷い会話である

 ……いやでも、原作での力関係的に、資質向上だとかをしっかりしていないし仲間を強くする鞭の強化を一切知らない状態でレベルキャップが100だった頃の原作の皆が戦えてたレベルの性能だと思うと、まあフィトリアならほっといても良いだろう

 

 「なによそ見してんだぁぁぁああっ!」

 飛んでくる流星槍。またもや直線的なのでひょいと避ける。横に飛ぶだけで避けられるからなー、直線的なのは狭くもなく足が自由ならそう怖くない

 「お前もだろギガスロー」

 今度の意趣返しは投槍。槍には槍で返す。いや、向こうのと違って投げ槍なんで外見こっちの方が短くて貧相だが

 

 と

 「タクト様、加勢します」

 「大丈夫だアトラ

 鞭、斧、爪、槌の4つの七星武器に槍の聖武器を持った勇者にあんなネズミが勝てるものか!」

 「いやぁ、虚仮にされてるけどな」

 「タクト様は本気ではないだけです」

 ああ?

 いやそうだな。あいつの最初の勇者武器は鞭。仲間使いのってか魔物使いの勇者武器だ。一番結び付きが強くて、俺がおい俺に従えと転生者特有の勇者武器強奪使っても微動だにしないくらいには支配されてる。因みにだが、かるーく試しておいた結果だが、前の波で転がしておいた元康に使ったときにも、マガバイオロチだかなんだかを片付けた後に樹に使ったときも、強く干渉すれば不安定ながら奪えそうってくらいには強いんだよなあの強奪。まあ原作からして尚文キチな盾はタクトの鞭より更に強固に抵抗してきて殺さなきゃ奪えない段階だったが

 そこまで支配されているのだ、鞭の強化方法くらいは使えると見て良いだろう。他の武器?知らん!強化の中で後ろに数字がつくからされているかどうかが分かりやすいスキル強化や魔法強化はあいつの持ってない小手と杖由来だからな。小手も杖もあるのにヴァーンズィンクローがⅡにすらなってなければ鞭以外の強化知らねぇなこいつ!と判断できるのだが……不安要素として頭の端に置いておこう。実はこのタクトが鞭槌斧爪の4つの強化を完全にマスターしてるが手加減して遊んでいるとかいうヤベェオチも無くはないのだから。流石に今の俺のレベルは転生者特有の経験値ブーストあっても80無いくらい、パチモノ12/12から更に3/10くらいまで落ち込んで、そこから多少持ち直した形だ。謎の弱体化を加味して今の性能を語ると4/12くらいだな恐らく。正規勇者の1/3の強さが今の俺だ。1/12なのに他の武器のステータス補正だけを受けて勘違いイキリをやってるバカなら兎も角、4/12のレベル350のパチモノ勇者に勝てるかって言われると無理だ。何たって強化状況が似たようなモンってことになるからな!普通にレベル差で無理。極限まで資質向上だとかしててもレベルの4倍差は無理だ。強化段階に4倍差があればレベルの4倍差も割と行けるんだが。向こう神滅シリーズとかの要求レベル頭可笑しい武器を持ってなさげだしな

 

 「タクト様に万一の事があってはいけません」

 「ハクコの言葉を肯定するのは癪ですが

 タクト様、得体の知れない相手に一人は危険です」

 と、更に何かやってくる東洋風の女。ネリシェンとかいうアオタツだろうなこいつ

 ハクコにアオタツか。ついでにゲンム種の娘とかシュサク種の娘とかも来たら笑い転げるぞ

 「ハクコに良いカッコさせない!」

 「タクト、みんなでかつ」

 と、更にタクトの加勢にやって来るニンジャな格好をした幼そうな女と、派手な赤い服を着た女

 いや、ホントに来てんじゃねぇよ笑うわ

 『はーい!シュサクとゲンムー!』

 ってかフォウルそろそろ復帰しねぇかな。面倒になってきた。後フィトリア、案外弱いからって俺の思考を横流ししてゲンムとシュサクの娘を足止めるのをサボるんじゃありません

 「皆……

 皆の思いは嬉しい!一緒に投擲具を手に入れるぞ!

 でもアトラ、君のレベルは120しかないんだから無理せずに、あいつは何故かレベル350の俺の攻撃を避けられるチートを持ってるんだ」

 いや、お前が避けやすい攻撃してるだけだぞタクト

 あとフォウル?まだか?このままだと何か仲間が次々来るタクト相手にたった一人の最終決戦するハメになるぞこのままだと、いい加減立ち直れ



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四神とネズミ

「タクト、まもる」

 言葉と共に、背も低く胸もないニンジャ女から放たれるのは……

 いや、そこはニンジャやるならスリケンとかクナイとかだろ!拳銃ぶっぱなすな調子狂う!

 「ったく、投擲具の勇者に投擲具で……いやお前の外見なら挑んでこいよ!」

 因みに撃鉄を上げてからトリガーを引くリボルバータイプだったので面食らったがそれだけだ。取り出した瞬間に撃てるものでもないからな。暴発覚悟で撃鉄あげたまま持ち歩かれてたら当たったかもしれないが、悠長にワンアクション置いてくれればそりゃ避けられる。当たり前だろ

 残念ながら投擲具には斬鉄剣が無いので銃弾を斬りながら突進というのはやりたくない。刀や剣にならスキルとして存在するのも武器として存在するのも見たんだけどな!だが俺の武器はそいつらじゃないので仕方ない

 『力の根源たるタクトの翼が命ずる』

 『力の根源であるタクト様の盾が命ずる』

 と、俺が銃弾と戯れている間に響くのは二つの詠唱。アトラとシュサク種っぽい派手中華女だ

 にしてもタクトの○って自己認識ひでぇな!俺も似たようなモンなんだけどさ!

 「タクトの手を煩わせるまでも無い!」

 「まぐれ……つぎはない」

 ああもう面倒くせぇ!増えんなお前ら

 いっそ殺してくか?と言いたいのだがそれは止めとこう。フィトリアにああ言っておいて自分はさくさく殺してたら詐欺ネズミだ。あと、殺してくとしたら……

 一番弱いのハクコのアトラだからな!後でフォウルに殺されるわ

 

 さて、やるか

 『力の根源たる投擲具のネズミさんが命ずる』

 ある程度なら魔法も使えるように戻したぞ?ある程度であり、精々ファスト級がファスト級って呼べないでもない速度ってくらいなんだが

 と、向こうの魔法が完成し……

 「ドライファ・フェニックスブレイズ!」

 「ツヴァイト・アースブレイズ!」

 ブレイズ縛りか?

 いやどうでも良い。波のように迫ってくる土石流と、その上空を覆い上に飛び退けないようにと飛んでくる炎の鳥

 ドライファ級はある、面倒だな。だが

 こっちだって流石に間に合うんだよ!

 「ファスト・ブリッツクリークⅢ!」

 唱えるのは超短距離の移動魔法。プラズマと化して指定点(視界の中の……大体10m先くらいまで)を駆け抜けるぱっと見クソ魔法。何と言ってもクソさとしては、出現地点には速度0状態で出現するからブリッツの名に恥じる初速出しなおしなのだ

 だが。今はそれでも良い。プラズマと化す関係上、勇者のスキルくらいしか当たらない。移動中、放たれた物理的な隙間のある魔法くらい……雷はすり抜ける!

 終わった瞬間に全力で上にジャンプ!一瞬何を使うか迷うも、答えは刹那

 「スパイダーウェブ!」

 蜘蛛の魔物の素材により解放されたスキルを放つ。殺さないようにって言ったからな!クモの巣、その名の通り距離と共に広がるねばねばネットをぶん投げるスキルだ。強化は無し。解放したは良いが基本的に殺した方が早いせいでこちとら初使用だ、感覚掴めてないし練度も足りてない

 「大風車!」

 そんなネットは、タクトがぐるっぐる槍を回して全部絡め取られる。いやまあ、そりゃそうか。それならもっと殺意あるスキルでも良かった

 「俺以外にこの子達を白く汚させない!」

 いやお前は良いのか。って毎日やってるんだろうなお盛んなこった

 「タクト……」

 ってあいつらドン引きどころかキラキラお目々かよ!胸焼けがするな!

 「バカめ!翼もないのに跳ぶからだ

 お前は負けるんだよ!」

 と、勝ち誇ったようなタクト

 「フロストシュート!」

 氷の槍が俺目掛けて飛んでくる

 ……空中だ。自分で飛び出した。足場もなく、翼もなく、自由落下するのみで基本的には避けられないだろう

 基本的には、だけどな

 「ギガスロー(テン)!」

 飛んでくる槍を、投げ放つ槍で粉砕

 「ヴァーンズィンクロー!」 

 迎撃されても二の矢がある!とばかりにまたまた飛んでくる閃光も、無意味なほどに強化した事でわざと増させた反動で後ろに吹き飛ばされる俺には届かず空を切る!

 「タクトの為に!ツヴァイト・ボルテクス!」

 っと、アオタツ種の放つ俺の得意だった魔法と同じ雷撃は……

 「ファスト・スカイウォーク!」

 吹き飛ぶ先を狙われたので空中静止で回避、ついでに飛んでくる銃弾は……仕方なしに斬鉄剣。スキルではなく自力だから、完全オートなスキル斬鉄と違って斬った後の銃弾に当たらない角度とか振るスピードとか神経使う!避ける方が楽だなやっぱり!

 

 と、上から降ってくるものを剣で受け止め

 「掛かった!避けられると油断したな!」

 あ、これタクトの放った槌スキルか

 バチバチという光が、俺からタクトにゆっくりと飛んで行き

 「やりましたねタクト様」

 「フラッシュボム!」

 だが残念!そいつはネズミさん謹製の爆発する投げ爆弾!奪えてないんだよ、その程度の干渉じゃ!

 セカンドダガー、チェンジダガー(神)

 地面に降り立ち、炸裂する光に全員の眼が眩む中。漸く一撃を放つ

 眼が見えなければ、動けまい!食らっとけタクト

 「神撃のけ……」

 っ!危ねぇ!

 何で軌道が分かったんだアトラ!ちょうど良く射線に入ってくんな!

 「アトラ、俺の盾になるなんて」

 「タクト様に治していただいた目のお陰ですわ。元々見えなかった目、潰されてもタクト様を護ることは出来ます」

 ……ちっ!そうだった!あいつ元々病で眼が見えなくて、そういうこともあってフォウルが過保護化してたんだった。フラッシュボムの光で目を潰しても昔取った杵柄で何とかなるのか、厄介な

 

 ……手数が少ない

 いや、だとして誰が来るってこともないのだが

 ならばまずは四神どもを殺さない程度に大地に沈めるしかないな。各個撃破だ。そもそも最初っから殺すのはタクトだけで良いとか思ってタクト狙いしてたのが可笑しいんだ。将を射んとするならばまず範囲攻撃……ってそれはこの世界の常識の方か。まず馬を射よだ

 

 「ハツカごときがタクトのものを持っているというだけでも許せんのに」

 「にげあし、はやすぎ」

 「タクト様に何でこんなに逆らえるのよ」

 「タクト様は守ります」

 ……あーだこーだ

 ひどい言われようだなうん。素直に煩い




おまけのような神受スキル解説
息しているだけでレベルアップ リョウと呼ばれていた転生者なんかが持っていたスキル。周囲で発生した経験値の一部(9割)が自分が関わったかどうか一切無関係に自分に入るチート。凄く強いのは間違いないのだが、戦闘そのものには一切関係ないためそのままネズ公に殺られるのを止められなかった
永遠の少女 ユエと呼ばれていた転生者などが持つスキル。眠る前にあの時は良かったと思いながら眠りにつき日付をまたぐ事でその時に肉体を戻せるスキル。どんな怪我も眠れば治るし処女だった頃を思いながら寝れば子持ちからでも処女に戻る等凄い……のは凄いのだが寝て日を跨ぐ前に殺されては無意味であった
アクマゾン 冷泉一樹等のスキル。悪魔に頼んで色々と変なものを買って届けて貰えるスキル。生活は凄く便利になるだろうし実はある程度であれば異世界のものも持ち込めるが、注文したものも届く前に殺されては無意味であった
無制限の銃製 現状保持者未登場。外見を思い浮かべるだけで内部構造とか知らないけど何か作れてしまうスキル。タクトが変な銃とか量産して持ててるのはこのスキル持った転生者が昔作った銃なんかを現地人が解析して量産したからである


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非道な手

竪藍先生「これが……足長槍おじさんを見た時のラフタリアさんの気持ち……」


「……決める!」

 覚悟と共に目を見開く

 何時もならば此処で視界の端にスパーク走るんだが、今はそれは無い。そこが調子狂うからこそ気合いを入れ直す

 

 少し危険だが、仕掛けるならば……

 こいつを使う!

 「イグニション!

 サイクロンッ!ストリーム!」

 放つのは俺がクソナイフを手にして以来何かと放っている設置技。今回のエアストスロー用武器に選んだのは次元蛇牙片。俺が片を付けた波の敵の素材……ではなく、フィトリアが何とかしてた昔の波の魔物素材だ。次元と付いているのはまあ、魔物使って攻めてくるにしても機械使って攻めてくるにしても神どもが送ってくるのには大抵のものに冠として次元がつくというだけだ。性能的には……4回目の波ででてきたよーらしいので中々に高い。レベル差はある程度無視して毒を仕込めるだろう。選んだ理由は簡単、波のボスの牙ほぼそのままダガーにしたものなのだ、これ。当然のように牙に仕込まれていた神経毒が残っている

 致死性は実は低いが、神経を燃えるように熱く過敏にさせる変態毒。感度150倍だかそこらまで行くんだっけか。それとダガーそのものの傷とを合わせれば、大抵の人間は無力化出来る。小さな傷だとしても、感度150倍の前には異様な痛みだ。普段ならば無視できるような傷ですら、地面に転がってのたうち回るしかなくなる大怪我にも思えてくる卑劣な毒

 これで無力化を狙う!

 

 「食らうか!」

 「当たりません!」

 「見え見えなんだよバカが!」

 と、アオタツ(ネリシェン)ハクコ(アトラ)バカ(タクト)には避けられる。まあ、サイクロンストリームだから一回避けられてもこれからもオートで撃ってくれるんだけどなこれ

 そして……

 「あぶない!」

 避け損ねたのだろうシュサクを庇い、ニンジャな格好のゲンム娘に、空から降り注いだダガーが突き刺さる

 「ユー!」

 「タクト、ユー、じょうぶ」

 ゆっくりと奴は首を振る。大丈夫だと言いたげに

 確かに、胸元に当たった……のだが、ロクなダメージは無い。うっすい胸に朱色のラインが軽く入った程度。服は切れて胸元が露出し……

 「てめぇは見るな!」

 いや、見たくもないぞ別に。と、いきなりゲンムの娘と俺との間に割り込むタクトに白い目を向けて

 結構硬いのかあいつ。まあ、ゲンム種だしな。亜人の割にケモ度合いが低いが。ってこれはタクトのところに居る亜人共通だけど耳とか尻尾くらいしか獣要素がない人に近い亜人ばっかだ

 でも、だ

 

 だから適当に無効化出来る武器を選んだと言ったろうが!

 「……あ」

 とさっ、と軽い音と共に、タクトの向こうでゲンム娘が倒れ伏した

 ……そうとも。これが感度150倍。死にはしないが、胸で受けたってことは心臓辺りの感度すら上がっている。普通に心臓が鼓動しているってそれだけの当たり前が、今のあいつにとっては全力疾走した直後を遥かに越える異常な鼓動にも思えるだろう。当然、意志の力でそれを押さえ込めるバケモンでもなければ、立ってられる筈もない!

 「フラッシュピアース!」

 「きゃっ!」

 気を取られたシュサクを一撃。選んだ武器は次元蜂針。弱めの毒ピック

 そして……

 「チェンジダガー(援)!」

 そのまま翼に突き刺したピックを次元蛇牙片へと変化!チェンジシールドは受ける盾を途中で変えてもなぁとあまり利点が分からないスキルだが、チェンジ系のスキルの本領はこういった攻撃特化の勇者武器でこそ発揮される!ぶっ刺した後に好きな毒を叩き込めるって形でな!

 「マーシュ!」

 「タクト……こんな、もの!」

 「飛べるならば飛んでみせろよ

 羽ばたく激痛に耐えられればな!」

 「てめぇ!ユーとマーシュに何をした!」

 「感度を150倍にしただけだぞ?死にはしないさ」

 「てめぇに、そんなことをする権利は無い!」

 「お前に許される必要もない!」

 

 ……少しだけ、タクトのハーレムを殺さないように叩きのめしてからタクトを倒すと決めたときから考えていた事がある

 ひょっとして、もしもタクトのハーレムが、タクトのチート能力によって精神を弄くられているが故に形成されているものならば

 精神に対しての干渉さえ出来れば、チート能力の解除だって効くのではないかというもの。そして俺には……

 そういったことの為の技がある!流石に1vs5で使う気にはなれなかったが、数が減った今なら使う隙もあるだろう

 「アストラルシフト!」

 そう、これである。物理的な干渉力をほぼ失う代わりに魂に作用する神滅の神鳴なる状態へとクソナイフの姿を変えさせるスキル。魔法は半分くらい物理ではないので何とかなるが使用中は物理的なものに滅法弱くなる(そりゃそうだ、物理的な形が無くなるんだからな)からある程度自身の安全がなければ使いたくはなかった。だが、サイクロンストリームは発動してしまえば俺の制御下から離れるからアストラルシフトしても消えることはない。セカンドダガーとかで出してたものは消えるし効果中は新しくセカンドダガーとかを使うことも出来ないので、物理的に俺を守れる貴重な何かとしてサイクロンストリームは役立ってくれるだろう

 

 魂を穿つ雷鳴、それでタクトによる支配を砕けるならば

 「はあっ!」

 とりあえずといったように、フィールドのように雷を広げる

 「レベル350の俺にそんなものが!」

 「レベル120でも効きません」

 ちっ、反応無しかアトラ。いきなり正気に戻ったと裏切っても浅すぎて笑うが、少しくらい効いてる素振りがあるくらいの影響は欲しかったな。ってかクソナイフ、お前原作で樹の使ってる洗脳を解けたりしてなかったか?

 

 ……あれは勇者がかけたものだから解けただけ?転生者に掛けられている呪いと同種のアレを解けるのは女神くらいで、自分達にも魂で結び付いた正規勇者を影響から守るのが精一杯?おいおい、タクト・アルサホルン・フォブレイ様は立派な鞭の勇者とされてるだろ?つまり条件はおな……馬鹿言うな?流石に強引すぎて無理?ごもっとも

 ……ってかこいつら、原作と俺が呼んでいる竪藍阿寅氏の小説の内容知ってるのか?

 あ、誤魔化した

 

 ってそんな漫才やってる場合か!

 「アストラル!ノヴァァァッ!」

 と、とりあえずでスキルぶっぱ。放つのは大きなプラズマボール。それを炸裂させて精神に働きかけるって訳だな。多少は効くと良いんだが。因みに、アストラル的なプラズマを叩きつけている為当然のように精神的ショック効果もあるので、洗脳に効かなくても足止めにはなるはずだ。その止まってる隙に感度150倍を食らって貰おうか

 

 だがそれは、メキメキと音を立ててブランとかの西洋な方ではなく細長く神秘的さのある東洋竜に姿を変えたネリシェンに受け止められる

 ……ってか、あいつが自分の体を肉壁にして他の皆を守ったというべきか。受け止めるというよりは、炸裂したが巨大なアオタツに阻まれタクト近くまで届かなかったというべきだろう

 「ネリシェン!」

 「タクト……勝っ、て」

 ドサァァッと。土煙を巻き上げ軽く振動を俺の所まで伝えて、巨体が地面に倒れ伏す。死んでないけどな!単に意識飛んだだけだ。これから止めを刺すけ……って刺しちゃダメだろ

 ってか邪魔だなこいつ!障害物かよ

 とりあえず起きられても面倒だなーと思っていたら、死んでないからか続々とサイクロンストリームからナイフが飛んでってその青い鱗に突き刺さっていっていた。これはもう起きても全身感度150倍でのたうつだけだろう無力化完……いやこの巨体で苦しい苦しいと暴れられてるだけでも迷惑極まりなくないか?




????「感度150倍のなおふみ様……」
?????「好感度150倍のナオフミ様……」
???「尚文様への感度と好感度3000倍の私……」

パチモノ勇者の成り上がり外伝 対魔忍ナオフミ 決戦アリーナ(R18指定)
大不評連載開始(しません)


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ネズミ盗り

「……終わりだな」

 カッコつけながら、そう呟く

 同時、アストラルシフトが終了し、纏う雷が消えてクソナイフが手元に戻ってくる。まあ、そもそも魂に作用する雷霆ならばタクトのチートにも効くんじゃないかと試すために撃ったものだからな。それで勝負を決める気など無かったし、第一決めきれるだけのSPが残ってなかった。絞りカスのSP突っ込んで発現しただけの維持を欠片も考えていない一撃

 現に俺のSPは底をつき、カッコつけてはいるがこの先出来ることはない

 

 ……通常ならば

 「ふざけるな!

 ネリシェンを!マーシュを!ユーを!みんなを傷付けたお前を!」

 と、タクトは吠え、爪を構える

 ってホントこいつ爪だいっすきだなオイ。そこで四聖武器である槍ではなく爪をわざわざ選ぶのか

 「俺は絶対に許さない!」

 「その意気ですタクト様」

 「俺はお前を殺し!盾も手にし!救いだした女の子達も連れて!エリーのところに帰る!」

 「……返してやるよ

 てめぇの首を」

 ……なあタクト、知ってるか?

 「ヴァーンズィンクロー!しぃねぇぇぇぇぇっ!」

 タクトの一つ覚え

 てめぇは何時もそれだが、俺にはまだ見せてない奥の手ってものがある

 「……なあ、そうだろう、爪」

 そう。今までの戦い、俺は正規勇者のフリをして、自分を正規勇者であるかのように語ってきた。別の転生者との戦いでもやった事だが……己が転生者であるという致命的な事実を隠しとおしてきた

 ……だからよ!あまりにも持ってる勇者武器のガードが甘過ぎだ!自分が正しく持っていない事を理解して無い、自分は盗る側であり獲られる側ではないと思っているから、そんなにも無防備でいられる。ハーレムメンバーの壁に阻まれてそれが出来る転生者と出会わなかったか?魂と一つになった正規勇者以外の奴の持つ勇者武器など、軽く奪える程度には不安定極まりない状況だとも知らず!

 隙だらけだ!

 「軛を受けよ、爪!

 スクラッチレイドⅡ!」

 転生者能力で奪いにかかる。選んだのは爪。タクトが何かと使っていることもあり、精神的ダメージと対応ミスを狙ってのものだ。他には転生者からパクって正規勇者に返すべき優先度的には四聖の槍という選択肢もあったのだが、今回はレーゼだ何だの時とは違う。そりゃ四聖勇者に武器を返さなきゃ世界が面倒な事になるのは同じだがあの時のレンは真面目に波と戦っていた。だが今回の元康の奴は何かだまくらかされて尚文等を三勇教と共に襲撃してきた馬鹿だ。返したところで教皇と一緒になって教皇相手に戦ってるだろう尚文等を攻撃しに行くわけだろ?さっと返しても危険だ

 

 ……だが

 「させません」

 ばちっ!とスパークと共に俺のところで形成されかかっていた爪の形が崩れ去る

 ……妨害!?

 「んなっ」

 「危ないところでした」

 俺が軛として張った目に見えない導線。爪の精霊を俺の支配下に移すそれを断ち切ったのはタクトではなく……口許は綻ばせつつも瞳だけが空虚な虎娘

 「アトラ!」

 「タクト様、危機一髪でした」

 「良くやったなアトラ!」

 「はい、タクト様がネズミと呼んでいましたが、あのバケモノの魂にはネズミの要素が一切ありませんでしたから」

 ……。転生者の魂は転生前と特に変わることはない。例えばリファナの魂の形を見たとしても、尚文の魂の形を見たとしてもそれは肉体とそう変わることはない。ちょっと肉体より幼かったり老けていたり、或いは亜人の場合獣成分が少し濃い薄いあるらしいがそれくらいだ。同一人物の時代違いってくらいの差にとどまる。だが、転生者の魂を見た際、先の理由から肉体とは完全に乖離した姿を見せる事はとても多い。それこそ、TS転生だ何だということで10にも満たない少女の肉体なのに魂は40越えたオッサンとかそんなんすら有り得るのが転生者だ

 ……ってまあ、俺自身は魂なんて見れないし、だからこそ何とも言えないのだが……。その法則に則れば、俺の魂を見た場合、それはハツカ種の亜人の姿ではなく人間御門讃の姿をしていることだろう

 ってかアトラの奴魂なんて見れたのかよ誤算過ぎる!あの奇襲は相手が俺を転生者だと気付いていない事が大前提。魂の姿が体と別物だから転生者だ、とバレてればそりゃ奇襲にもならないわな!

 「ちぃっ!」

 奇襲失敗。勇者武器向こうから奪って混乱のうちにと思ったが……ってどうすんだよ俺の手の内見せてしまった訳だが

 

 更には 

 ふらふらとしながらも、ゲンム娘とシュサク娘まで立ち上がる

 「ユー、マーシュ!大丈夫なのか」

 「ネリシェンが、最後に治してくれましたわ」

 ……ちっ!俺もプラズマで毒素分解とかやるからな!水魔法やら雷魔法やらで毒を分解中和……出来ないこともない。感度150倍さえなくなれば傷は浅いからな、復帰は可能だろう。やってほしかったかというと正直勘弁してくれだが

 「……みんな」

 タクトの手にする武器が鞭に変わる

 ……正直、一番出して欲しくなかったものに。あれだけは長期間タクトの元に居続けたせいか、タクトにかなり染まってるっぽいんだよな。俺の干渉が効きにくい程に。だからこそ、実のところあいつは鞭を使ってる時だけ別格に強い。鞭そのものが直接自分が戦闘する事をあまり重視していない武器だからこそそんな感じはないが、もしもあの鞭が鞭ではなく投擲具だったら他の勇者武器をだしてる時より倍近く強くなるんじゃないか?

 「ああ、みんな!一緒に勝って、一緒にエリーの作った御馳走を食べよう!」

 「うん」

 「ええ」

 「はい」

 うわうぜぇ

 「喉から下が無くても食えるものなのかよタクト!」

 「死ぬのはお前だネズミ!転生者だと気が付かなかったがアトラがフォローしてくれた!俺はてめぇと違って一人じゃない!

 みんなと居れば、俺達は無敵だ!」

 「ええ、タクト様と私が一緒に居れば無敵です」

 「ちょっと、アンタ一人じゃ無敵じゃないでしょ!」

 ……殺していいかなこいつら

 なんて危険思考は振り払い

 

 っても、仕掛ける道を思い付かないんだよな。タクトと1vs1ならまあ勝てる。鞭は強いと言っても、ある程度力を使われてる以上回りが強くなる分他より強いってくらいだ。軽くやりあってみて分かった。1vs1でなら殺せる。だがネリシェンは無力化したとはいえゲンム娘(ユー)シュサク娘(マーシュ)ハクコ娘(アトラ)が残っている。1vs4はキツい

 転生者相手にする際の常套手段であるイキリの原因である勇者武器を此方がパクってイキリ返すって手段は封じられたし……

 何か無いだろうか、この事態を打破する何かは

 

 ふと、尚文達の方を見る。そろそろフォウルが立ち直って乱入くらいしてくれないかと

 あ、終わりそうだな。ナオフミ様は悪魔なんかじゃありません!とラフタリアが叫んでいる。わたしたちはなおふみ様を信じてます!とリファナも続けてる

 そして……リーシアが結構立派な剣持って参戦してるな。ってか強い。レベルが一定値を越えると一気に伸びるのが原作でのリーシアだったのだが、その閾値を越えたのだろうか。普通に教皇と斬りあってるし、接近していて3vs1で相手が片腕だってのもあるのだろうが、相手にスキルをほぼ使わせないで防戦一方ってほどには追い込んでいる。時おり使おうとするスキルは後ろから尚文が盾のスキルで止めているし、教皇を助けようとして飛んで来る魔法も防いでいる。危なげなさそうだな。とすれば、尚文達が合流……

 いや、してどうすんだよ。あいつに盾を狙わせない為に俺がタクト引き受けたってのに



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逆転!怒りの戦士

「……はぁっ!」

 気合い一発

 ってやっぱりここまでやっても雷出ねぇわ。復讐の雷霆は今の俺には応えてはくれないようだ。何で自分の異能に裏切られてんだろうな俺

 

 っ、まあいい、どうにかして尚文達が来る前に終わらせる!

 「ファスト・ライトニングオーラ!」

 っ!遅い!だが今の俺にはファスト級の魔法が限界、やれるもので殺るしかない!

 

 「っらぁっ!」

 雷光を纏い加速、そのまま……タクトの前に立ちはだかるゲンム娘に殴りかかる。女の子を殴るなんてサイテー?知るかボケ

 膝蹴り一発、腹に叩き込むや尻尾を背後から隙をつこうとしたシュサクの腕に引っ掛け、それを強引に軸にして反転、後ろを取った相手の更に背後に飛びつつその翼を蹴って離れる。SPの回復は追い付いてないが、身体能力だけで斬り結ぶのみ!追い付いてくる虎娘のひ弱な拳は偽・フレイの剣に変えたクソナイフの刀身で受け……

 「っはっ!」

 衝撃が貫通してきやがった!防御無視攻撃か!こいつ……やっぱり病を考えず才能だけならフォウルより上とか言われたスペック伊達じゃねぇな!

 だが!

 「負けねぇ!俺は……世界を救う転生者だからな!」

 仕方なく飛び去りながら自分を鼓舞するように叫ぶ。流石にあの状態からアトラの腹蹴れるほどの余裕はない

 「それは俺がやってやるから大人しく死ね!」

 っ、鞭が腕に絡む……ならば!

 「っ、らぁぁぁぁっ!ギガスロォォォォッ!」

 刺々しい二又の投槍に姿を変えさせ、絡み付く鞭を又の間を通すようにして背中方面に向けてスキル投擲、端を持っているタクトの体を、此方に引き摺るまで!綱引きしようぜ、お前重石な!

 当然俺の腕も引かれる訳で、割と痛いが気にしてはやってけない

 ってちっ!流石に武器を変えてくるか!鞭から変えられたら鞭が消えるから無意味になる。だが、それで良い!タクトの持つ勇者武器は5つ。そのうちで素の射程が最も長いものは鞭だ。他も投げ技とかで割と遠くまで届くといえば届くのだが、スキル無しでの射程には雲泥の差がある。特に鞭はよくしなるからな、適当に振り回された時の近寄りがたさでは随一だ。俺の投擲具の方が素射程は長いが素じゃ適当にしならせられる鞭に当たるだけで逸れるし利点かと言われても困る

 なんてやっている間に追い付いてきたゲンム娘の顔を尻尾で叩き

 「エボリューションスラスト!」

 投槍に投擲具を変えスキルを放つ

 

 「お、遅っそ」

 毒気を抜かれたようにタクトがぼやく

 そう。エボリューションスラストとはとても遅い投擲スキル。まるで亀のような……寧ろ何で浮かんでられるんだって速度。だが、エボリューションと名の付くスキル、それだけで終わる筈無いだろう?

 2……1っ!

 タイミングを合わせて、とても遅いその槍を掴む

 瞬間、俺の視界はブレ、タクトの眼前へ。そう、これがエボリューションスラストの真骨頂。進化の名を冠する通り、こいつは途中で超高速の槍に進化するスキルだ。その加速の瞬間に右手で槍を持つことで、俺も加速の流れに乗った訳だ

 眼前にあるのは憎たらしい顔。狙った奴の股間はしっかりとクロスした爪にガードされていて……

 「トルネード!アッパァァァァッ!」 

 因みにこれは叫んでるだけでスキルではない。単純に、御門讃時代強引に足の力で飛び上がってオーバーヘッドキック決めてた脚力にものを言わせて前傾姿勢から左腕で天空へと奴の顎をアッパーカットしただけの話だ

 「なっ、ぐっ!」

 顎から空へと飛ばされていく体。だが……

 「てめぇもだ!」

 悪足掻きのように振るわれる足。全力のアッパーカット直後では避けられず、俺もタクトに顎を蹴られて仰け反らざるを得ない

 いっそ向こう脳震盪でも起こしてくれないだろうか。って望みすぎか

 「タクト」

 と、宙に浮かんだ俺の体は薄い胸に抱き止められる。いや、人違……

 違う!これ羽交い締めだ!水蛇の魔法が俺の体に絡み付いて動きを止めに来てる!

 「いま」

 「ユー!でかした!」

 ……ちっ、元気そうだなタクトォ!

 「流星槍!」

 飛んで来るのは槍スキル。だが、羽交い締めを解けそうもなく、俺に手は……

 仕方ねぇ!やりたくない手だが切るしかないか!

 「キャスリング!」

 使うのは眷属器にのみ許された眷属器共通スキル。その名の通りのキャスリング、キング(四聖勇者)ルーク(七星勇者)の位置を入れ替えるスキルだ。因みに、全てを無視して入れ替わるだけの特異な力なだけあって、再使用には3日かかる。クールタイム長すぎだろオイ

 今回キングにしたのはぶっ倒れてる北村元康。槍がないので拒絶出来ないから選ばせて貰った。実に非道な理由ではあるが出来る手がこれしかなかったので許せ。因みに本来は七星側がどうしようもない攻撃から四聖を護るために自分と場所を入れ換えて代わりに犠牲になる為のスキルなので、今回の使い道は真逆である。というか、攻撃されてる時用のスキルなのにキャスリングとついてる理由?名前を決めた精霊に聞いてくれ

 「っ、きゃあっ!」

 因みに元康を選んだ理由は他にもある。そもそも尚文や近くに来てそうな樹を選ぶわけにもってのが一つ、そしてもう一つが、あいつぶっ倒れてるから入れ替わった後流星槍がその頭上を素通りして無事って点だ!愛する人の槍でも食らっとけゲンム!

 「ユー!」

 今更タクトが叫ぶがもう遅い!槍は放たれた後だ!てめぇが武器を変えるには少しの間がある、その間よりも早く、槍は届く!

 そして流れ星のような尾を引く槍は、しっかりと少女の薄い胸を貫いた

 

 「……ユー!」

 ったく。相討ちで死ぬ覚悟もなく羽交い締めなんぞ選ぶからこうなる。あれは捨て身の戦法、死ぬ覚悟殺す覚悟決めてからやるものだ

 ……って生きてるわ、さすがゲンム種。亀だけあって硬さには定評がある。呆れるしかねぇわその生命力

 とはいえ、まあ、致命傷だな間違いない。ほっとけば死ぬ。幾らなんでも胸に大穴空いたまま生きていける奴はそうは居ないのだから。ん?俺しばらく前に腹に大穴空いたな。まああれは所詮腹だしノーカンということで

 

 「許さない

 俺にユーを殺させたな、ネズミぃっ!」

 血の涙を流しながら叫ぶタクト。ってお前の涙腺どうなってんのそれ、真面目に涙が血なの初めて見たんだけど

 「いや勝手に罪押し付けるな

 ってか死んでねぇよまだ」

 「そうですタクト様。今すぐネズミを殺せば助けられるかもしれません」

 「っだぁぁぁぁっ!」

 熱っ!カースバーニングか!って自爆してカース覚醒してんじゃねぇよチートがぁっ!自業自得じゃねぇかよそんなものへの怒りでラースウィップ発現とか本当にチート転生者はさぁ!

 と、禍々しい鞭を手に此方をきっ!と睨むタクトを見たらぼやきたくもなる

 

 「てめぇはどんなに謝っても許さねぇ!

 絶望の中で惨たらしく殺してやる!エリーの親友を、俺のユーを俺に殺させようとしたてめぇだけは!」

 へぇ、あのゲンム種お前の幼馴染の友人なのか。って全く関係がねぇ!要るのかよその補足!

 

 そして、折悪く

 「マルスくん!」

 「来んじゃねぇリファナ!」

 尚文等が教皇との戦いの片をつけて此方来やがった!タイミングが悪すぎる

 

 『その愚かなる罪人への我が決めたる罰の名は神の粛清たる十三段!我が血肉を糧に産み出されし縄に絶命の血を垂らし悶え滅びろ!』

 ……この詠唱は!

 やらせてはいけない!だが、止めようが無い!縄である以上使われているのは鞭の眷属器、そいつだけは奪えないから止まらない!

 「ハンギングガロウズ!」

 ……やはり、処刑具スキル!

 「……リファナちゃん!」

 「リファナ!」

 「タクト、てめぇぇぇっ!」

 ……だが、狙いは俺ではなく

 突如として現れた巨木とそこから垂らされた荒縄は、駆け付けようとしたイタチの少女の幼い体を吊り上げて揺らしていた

 

 「……全部だ

 てめぇの大事なものを一つ一つ全部奪ってから、ミンチにして殺してやる!ユーの仇だ!」




やめて!ラースウィップⅣのカーススキルで、わたしの魂を焼き払われたら、親愛の情でわたしと繋がってる幼馴染の精神まで燃え尽きちゃう!

お願い、頑張ってマルスくん!マルスくんが今ここで折れたら、ラフタリアちゃんやわたしとのなおふみ様を護る約束はどうなっちゃうの? 切り札はまだ残ってる。ここを切り抜ければ、きっとタクトに勝てるんだから!

次回、「タクト 死す」。デュエルスタンバイ!


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高慢なる転生者

揺れる小柄な体

 ……あ、スカートの下覗けそう、ってアホか俺

 

 「形勢逆転だな」

 「ああ、そうだな」

 ……その通りだ。今から俺が何をするにしても、リファナを死なせることになる

 

 「あ……う」

 苦しげな声。当然だ。カーススキル。処刑具スキル。勇者武器による断罪の力が、今正に文字通りリファナの首に手を掛けているのだから。苦しくて当然。タクトが処刑の執行を告げた瞬間、その命は死神に刈り取られるだろう。リファナに出来ることは、死を待つことだけ

 

 「……」

 仕方ない、か

 どうにかする道を模索もする。だが、無理だ

 フィトリアを呼ぶ?呼べば来てくれるだろう。呼んだ時点でタクトに処刑されて終わりだ

 潜伏しているだろう樹に気を引いて貰う?確かにあいつ今此処に居るだろう。ふと見たときにリーシアが尚文と共に戦ってたのがその証拠だ。だが、樹の攻撃では少しの間だけ気を引くのが精一杯だ。その僅かな隙を付いてリファナをカーススキルの処刑台から救い出す二の矢が必要で、今の俺に二の矢は無い

 

 『フィトリアががんばる?』

 ……駄目だ。リスクが高すぎる

 樹が気を引いてる隙にフィトリアを呼んでカースの巨木を粉砕する。これが一番な気はする。だが、それではタクトを止められない。どうすれば良い

 何がある、考えろクソネズミ。リファナを助けるには何かあるだろう

 

 ……だが、結局のところ

 「シールドプリズン!」

 尚文が無駄な努力で盾の檻に閉じ込めて何とかならないか等をやってみるも無意味。何一つ出来ずに、囲うことすら終わらないうちに盾は粉々に砕け散る

 

 ……傲慢、だったのか?俺が……転生者なんぞがリファナを守ろうと、リファナの生きるこの世界を勇者のように救おうと

 所詮は俺は……

 『そんなことない

 ばちばちは、何で世界を守ろうと思ったの?』

 ……何でだっただろう

 高慢な驕りからだったはずだ

 

 ……そうだ。傲慢な思いから、だ

 一つの言葉を思い出す

 「……お兄ちゃんは、瑠奈の太陽(サン)だったから

 もう、瑠奈と曇らないで」

 俺への謝罪ばっかで。勝手に死んでご免なさいと言って。苦しいことも全部抱えて首を吊った一人の少女の遺書の一節

 ……俺は瑠奈の太陽だから。御門讃は太陽で在り続けよう。そうだ

 だからこそ、俺はリファナの未来を、この世界の未来を照らす勇者(太陽)を目指した。辿り着けぬ蝋の翼しかなかろうと、それでも、と

 それが傲慢と呼ぶなら呼べ

 俺はそんな存在だ。太陽になりたいネズミさん。それで……何ガ悪イ!

 

 「……!!!」

 足りない

 あと一つ、ピースが足りない。傲慢な思いに身を焦がして尚、まだ足りない

 カースにはカースを。憤怒には傲慢を

 プライドダガー。傲慢のカースを司るカースシリーズの一つ。それしか無い。タクトのようにいたぶるためにあえて止めを刺さずに首吊りのまま等しない。最初から殺しに行くカーススキルの発露。樹に時間を稼いで貰い、タクトがリファナを殺す前に俺がタクトを私刑する

 俺に見えた勝ち筋は、それだけだ

 それにはまだ、俺の想いが足りていない!

 

 「……頼む」

 「ああ?聞こえねぇよネズミぃ!そこの子殺すぞてめぇ!」

 調子に乗りまくったタクト

 まあ、逆転だものな、文句なしに

 「どうなってんだネズミ!」

 「ギリギリで俺が保ってた均衡が、向こうに崩れただけだよ

 俺のせいだ。俺が……お前たちが来る前に片を付けていれば」

 「ああ?」

 吊られたリファナの顔が歪む

 痛いよな、苦しいよな

 ……瑠奈もこうして、死んでいったのだろうか

 

 ……なあ、どうしてだ?どうしてお前は応えない?リファナが死ぬって時に、どうして雷霆の片鱗すらも見せない御門讃!

 復讐の雷霆(アヴェンジブースト)さえあれば、こうも良いようにされなかったろうに。此処からでも一人で終わらせられたろうに。覚醒した金雷ならば

 ……いや、何故持ってたのかすら不明な力を使えて当然、それも傲慢か

 「……リファナを殺さないでくれ、頼む」

 「誠意が、足りてねぇよ!」

 吐き捨てるように言うタクト

 「地面に頭擦り付けろ!その子マジで殺すぞ」

 「……頼む」

 言われたとおりに、膝を折る

 傲慢とは真逆?知るか!全てを救う為にならプライドなんぞ折れ。自分の下らないプライドよりも、それで実を全て取ろう

 

 「っはは!マジでやりやがるのかよ!」

 「……お前だって、エリーだかが人質に取られたら同じことをするだろう」

 「は!俺はエリーを他人に奪われたりしない。有り得ない仮定だな」

 ……うん。そのエリーっててめぇの幼馴染、原作だと尚文からお前庇って無駄死にするんだけどな。正に無駄死に、何一つ情勢に影響なく

 

 ……いや、リファナだって一歩間違えはそうなる。無駄にタクトに殺される可能性はかなりある。傲れ。そして冷静になれ

 そして猛れ。復讐の雷霆が使えない以上、俺に頼れるのは後はカースしかない!

 

 「っはっ!許すかよ!

 てめぇは殺す!てめぇがどれだけ許しを乞いてもな!」

 「リファナが無事ならば、それで良い」

 「はっ!御執心だなネズミ!安心しろよ、てめぇの洗脳を解けば、きっと分かってくれる」

 ……ああ、それで良い

 猛れ。傲れ。そもそも自分のものではないリファナを奪おうとする男に、片想い間男全開で!口先だけのおのれ尚文ではなく、心の奥底から!

 

 つかつかと歩み寄ってきたタクトに、背から槍を刺される

 平伏したままの俺には何もやりようなんて無く、大人しく貫かれるに任せる

 ……心臓は外れている。痛め付ける為だろう

 「はっ!なっさけねぇネズミ

 ……こんな、こんなやつのせいでユーは……」

 涙らしいものを流すタクト

 「タクト様……」

 「だけど!」

 光と共に、クソナイフが俺から飛んでいく

 ……ああ、分かってるだろクソナイフ。本体は行け、だけどお前は投擲具。少しで良い。スキル一発分、俺に残せ。投擲具であるお前だけは、それが出来る

 アイコンがスパークし、ほぼ消える。まあ、少しだけ光が残っているけどな。俺の手元のセカンドダガー分だけ。だがそれも直ぐに消えるだろう。この一撃で、決着を付けられなければ

 

 「……これが、投擲具」

 顔を上げると、ダガーを手にして染々と呟くバカの姿

 ……どうでも良いけど、もたもたしてると本当に死ぬぞそこのゲンム種。俺は奴が死のうがリファナが無事なら良いけど

 

 「……これだけで、サンドバッグかよ」

 俺の頬を鞭でぺちぺちしながらタクト

 割と痛い。ってかかなりアレだ

 それでも、リファナを生かすため、一瞬を掴むためだ

 傲慢になれ。全てを救うと

 「……くっだらねぇ

 ユーはてめぇなんぞのせいで死んじゃいけない娘だったのに」

 いや、だから致命傷なだけだって。別に俺、お前が戦闘放棄して治療に走ったら止める気なかったぞ?ってかそれを止める奴ならそもそも感度150倍にした後でトドメ刺してる

 ザシュッ!と。俺の目にピックが突き刺さる

 ……その痛みすら、もうほぼ消えてきていて。頭の中にあるのは傲慢な思いだけ。全てを救う。リファナを生かし、世界を守り……てめぇを殺す!全てをやらなきゃいけないのが、ネズミさんの辛いところだな!

 

 「……冷めた

 死ねよ、ネズミ」

 その、瞬間。リファナはまあ調教すれば良いしということで、俺を殺すことだけに思いを向けすぎ、リファナから注意が完全にそれたその瞬間に……

 「樹ぃっ!」

 叫ぶ

 

 「流星弓!」

 そして、ずっと華麗な登場を待っていた彼は、見事にそれに応えた

 「弓っ!?だが遅い!」

 タクトが投擲モーションを止めない。意識は逸れ、だけれども投げてから防げば良いと思っている。それから、人質を殺すことを思い出すだろう

 ……そう。それがあまりにも遅すぎる!リファナを殺すのに二手かかる!俺はそれを……待っていた!

 

 感情の発露によりグロウアップ!

 特例により制限解除!プライドダガーⅢが一時的に解放されました!

 特例により回帰!戻れクソナイフ!俺の手元に残したセカンドダガーを縁に、ただ一撃の間だけ!

 「ーーーーーーっ!」

 身を焦がす万能感。何でも出来る傲慢な思い

 それを止めるように、心の中で響く声からは耳を背けて

 『その愚かなる罪人への我が決めたる罰の名は法に裁かれぬ悪への制裁』

 ……私刑。法に裁かれぬから俺が裁く

 なんという傲慢。だが知らん、それが俺の必殺。俺の仕事

 『我が痛みの鋼線に魂すらも絡め取られ、隠された悪逆の報いを受けるが良い!』

 「ヘルッ!ストリンガァァァァァァァッ!」

 「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 そのスキル名を唱えた瞬間、左腕が針の詰められた風船にでもなったかのような痛みが脳天を貫いた

 ……これは、自殺でもしたいのか?と一瞬思うが違う。これこそが……ラースシールドにおけるブルートオプファー、ラースウィップにおけるハンギングガロウズに相当するプライドダガーの処刑具スキルの代価。ブルートオプファーが岩谷尚文の血肉を代価にトラバサミを呼び出すように、ヘルストリンガーは三味線糸……というか鋼糸を俺の腕の神経から編み上げる。痛覚神経等もろもろが形を変えて糸にされていくんだ、吐き気がするほど痛くて当然!

 まあ、タクトはチートだからか代価無しで使ってんだけどな!ふざけんな!

 

 そして……

 「タクト様!」

 アトラが庇いに入る

 だが、無駄だ!処刑具スキル相手にそんなもの通じない!俺の左手人差し指から投げ放たれた鋼糸は、時空を飛び越えてタクトの後頭部側から奴を吊り上げる!

 「ぐっ!」

 漸く気がつくタクト。だが、今更リファナを殺そうとしても遅い!

 一拍、俺の方が光速(はや)い!

 「聴け!地獄の轟きを!」

 耳近くまで指を持って行き、右手の二指をそこに重ねる。って痛ってぇぇぇぇぇっ!馬鹿か、馬鹿なのかこのスキル!自分の神経を剥き出しにして他人を縛り首にした上に電流と振動でトドメとかマジでさぁ!使う側の負担何も考えてねぇな!

 「ぎぃやぁぁぁああぅぁぁぁあぁぁっ!」

 だが、その分強さは折り紙付き!タクト!てめぇに何一つ抵抗などさせはしない!

 「タクトを離せ!」

 シュサク種が胸元から取り出した拳銃を放つ。だが、そんなもの

 「エアストシールド!」

 リファナへと向けられたそれは、盾の勇者の盾の前に何の意味も持たない

 

 俺の神経(鋼糸)を通して受けた揺れと電流にぐったりとなる男の姿を視界に捉え

 「未来(いずれ)は我が身……だとしても」

 南無阿弥陀仏

 そのまま、吊られた罪人の命脈を……糸を。人指し指を振るい、絶ち切った

 

 ここまでが、一連のスキル……ってこれ、自分の神経自分で切ってんだけど

 カーススキル、ヘルストリンガー。その力は確かだったが……その代価は、ちょっと大きかった




おっす?わたしリファナ!
そんな!タクト様に続いてアトラさんまでネズミの前にやられてしまうなんて
アトラさんには神様の力なんて無い
死んだらもう二度と生き返れないのに
絶対に許……あれ?そういばわたしどうしてあの人の味方みたいなこと言ってるんですかなおふみ様?
次回、パチモノ勇者の成り上がり 『さよならタクト様!アトラ捨て身の戦法』
「アストラル!ゲイザァァァァァァァァァッ!」


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無慈悲な追撃

とさっと、とても軽い音と共に、事切れた躯が地に落ちる

 手にしていたダガーがその掌から零れ落ち、光となって飛び去……っておい逃げんなクソナイフ。お前は俺の所に来いよクソナイフ転生者パワーで縛るぞクソナイフ

 

 「……タク、ト?」

 揺れる中で吊り糸を切られ、顔面から地面に突っ伏したというのに男は顔を上げない

 当たり前だ。死んでいるのだから

 「タクト様?」

 「タクト、今は冗談なんて……」

 その遺骸から、二つの光が更に飛び出し、一つは飛び去り、一つは此方に来る。これは……なんだ、槍か。元康んとこに戻りに来ただけかよ。飛んでったのは爪か。どうせならフォウルの手にでも収まれば良いのに

 クソナイフにダメ出しされた。今の腑抜け選んでどうする、と。その通りかもしれない

 

 拭いきれない違和感

 いや、気が付け俺。タクトが隠し持ってた武器は合計で4つ。追加で奪ったのが2つ。つまりあいつは俺が殺した時点で、6つの武器を持った転生者だった。そして、今奴が死んだことで解き放たれたのは3つの勇者武器。では、残り3つは?

 野郎!死んで尚魂だけで3つ捕まえてやがるな!

 流石は転生者、死んだ程度じゃ諦めない。クソみてぇな性質の煮込み料理かよ

 「アストラルシフト!」

 ならば追撃するまで。肉体が死んでも魂だけで復讐に来るならば、魂までも消し飛ばすのみ。幸い奴の肉体は死んだ。魂だけでは、逃げる以外何も出来るまい!

 

 っと、その前に……

 「フロートダ」

 「フロートシールド!」

 先手打たれた。発動者の死によってハンギングガロウズの縄から解放されたリファナの体が落ちてくるのを、クッションシールドだか何だかだろう柔らか素材の盾が受け止める。って俺がやるより良いなこれ。余計なお世話だったか。ってか、焦ってアストラルシフト撃ったせいでそもそも今普通のスキル打てないわ。アホだったか、俺

 

 何処だ、タクト!隠れても為にならないぞ!

 と、言いたいんだが俺には魂を見る手段がない。いや、正確には今は。アヴェンジブースト中はぼんやりとそれっぽいの見えるんだけどな。アブソリュートロックの奴なら当てると決めて撃てば見えてなくても当たるんだが俺にはそんなもの無いし。ってか、アストラルシフト時の外見が超S級異能力であるアヴェンジブーストに似てるし同じ超S級異能力であるあいつっぽい姿も選べたり……しないか

 『刻滅の氷戒への変化はロックされています』

 あんのかよ!そして結局使えないのかよ!意味が無さすぎる!

 って、仕方ない

 周囲一帯吹き飛ばすか。アレだ。居そうなところ全部を攻撃すれば多分当たる理論だ

 ……くっ!片腕だとチャージが上手くやれない。両手?いや、神経引っこ抜いて糸に変えた上に根元から切ったのに左腕が動くわけ無いだろ。全治何ヵ月だろこれ

 地点で爆裂するパターンよりも、一帯を薙ぐ方が良いだろうとアストラルゲイザーを、間欠泉のように吹き出すエネルギー波を選んだのだが……溜まりが遅い!

 「……三途の川を渡るのに必要なのは六文銭。勇者武器は持っていけない

 俺の仲間に渡して有効活用してやるからよ、置いて地獄へ行けよタクト」

 プライドダガーの傲慢さが抜けきってない言い種(いいぐさ)を呟きつつ、力を溜める。多少時間がかかっても構うものか、結果的に決めきれば良いのだ

 掌に集まって行く雷光。それを見て……

 

 「マーシュさん。タクト様を」

 アトラは、静かにそう告げた

 タクト様。その一言の時点で分かる。此処でタクトの魂を逃がしてはならないと。ゼファーの言葉が正しければ、タクトが消滅すればハーレムの影響は消える。原作を読む限りアトラがタクトに素で惚れ込む事は無さげだし、アトラがタクト様とあいつを呼んでいる限り、奴は死んでいても再起不能ではない。ってか、寧ろ魂だけでずっと潜伏されている方が調子のって攻めてくるよりも厄介まである。何たって、拡大こそされずとも既にハーレムに取り込まれた奴等はそれでも尚タクトの為に動くだろうし、それを止める為にはタクトを消滅させなきゃいけないのにそのタクトが出てこないんだからな。それこそ、キングの駒が盤上から隠されているチェスみたいなものだ。キングを取らなきゃ終わらないのに、取るべきキングが何らかの手段で引きずり出さなきゃそもそも盤上に無いクソゲーだ。勇者側は四聖ってキングが4つも盤面にあるのにな。因みに4つあるからといって、3つまでは取られて良いやと思ってると酷い目に遭うので本来一つたりとも取られてはならない。自分で例えててマジでクソゲーだわこのチェス

 「アトラ!?」

 「タクト様の体だけでも、エリーさんに返してあげて下さい」

 「ちょっとアンタは」

 「私が食い止めます」

 ……殿を立てて撤退の意思。それは立派だ

 だが、死にかけの仲間ですらなく既に事切れた主君の遺骸を優先する辺り、こいつら戦国時代日本の武将か何かかよ。そこは死にかけでそこに転がってるそろそろ死ぬゲンム娘を助けてやれよ、或いは麻痺って転がってるネリシェン……はでかすぎるか。人間体に戻れば運べそうだが

 「タクト様の体を、これ以上傷付けさせません」

 ……魂に死ねと言ってるだけで、その死骸は正直どうでも良いんだが。勇者武器に食わせても食あたり起こしそうだしそれ以外の活用法も無い。愛しのタクト様の遺骸を仇から取り戻すのは誰か!と晒しておけばタクトハーレムが入れ食いのように釣れ……ても笑うわ、ねぇよ。俺ならリファナにそんなことされたらせめてルロロナ村に葬ってやる為に取り戻しに行くけどさ、そんなアホが多数居てたまるか

 

 「止めろ!」

 俺の腕に絡み付く熱いもの

 ……フォウルだ。って腕を固めるな

 「逃げろ、アトラ!」

 ってタクトを殺せないだろ!もう死んでるけど

 おい!噛むな!歯形残るだろ!

 「……分かったわ」

 タクトの遺骸を抱え、シュサク娘が羽ばたく

 

 「アストラル!ゲイザァァァァァァァァァッ!」

 止めようとするフォウルを振り払い、片手で放つ

 ……思ってたのと軌道が違う!フォウルに邪魔されたのもそうだが……そもそも片目をダガーで潰されたのをすっかり忘れていた。駄目だわカースによる万能感。そういった重大なことすら脳ミソから消えちまう。お陰で何時もより視界が歪んでいることに気が付かない

 だがそれでも。視界を埋め尽くす太さの光の帯はある程度狙い通りの場所を貫く

 そして……

 「タクト様の為ならば、アトラは無敵です!」

 受け止めた!?あれは……恐らくは変幻無双流の技!って独学だろお前!何で使えてんだ!?

 「……はぁぁぁぁぁっ!」

 更に力を込める。円だか何だかを、強引に出力でぶち破る。光はアトラの姿を呑み込み、更に疾走る

 「あ、アトラぁぁぁっ!」

 首絞めんなフォウル!アストラルゲイザーは基本的に魂への作用、別に死なねぇから!

 そのまま光は遠くでやりあってくれてたフィトリア達のところまで届き

 「やらせん!」

 と、片翼を根元から喪った巨竜が立ちはだかる。あ、そして隙ありとばかりに巨大フィロリアルの蹴りを食らった

 えげつねぇ……首狙うとか絶対に今の一撃で首の骨逝ったぞアレ。ちょっと構造的にアレな方向に首曲がってるし

 

 そして、光が消えたとき、全く抉れていない大地にはハクコの少女が倒れ伏していて、二回目を食らったアオタツも人間体に戻っている

 ……武器は飛んでこない

 「クソがぁぁっ!」

 逃がしたか!

 

 ……だがまあ、追って追えるものではない

 変換SPをまたまた使いきり……使いきっては多少回復したものを使いきるループ何回したんだ今日……クソナイフが手元に戻ったのを見て、俺はリファナ達の方へと振り返った

 「……大丈夫ですか、尚文」

 ん?何か自分の言葉に違和感あるな、いや無いか




第一回ネズ公クイズ
今回の話でマスターが言った俺の仲間とは本来別の言葉に対するルビでち。では、本来は何と書くでち?マスターのことを知ってれば分かるはずでち(配点:5点)
正解 ネズ公「大義名分がなければ転生者として怪しまれるから言った」

フォウルの答え 「それよりアトラは無事なんだろうな!」
メルティの答え 「フォウル」
ラフタリアの答え「ナオフミ様と同じです」
尚文の答え   「知らん!」
樹の答え    「分かりません。答えられません」
リーシアの答え 「イツキ様が無理なら無理ですぅっ!」
リファナの答え 「タクト……様の敵のことな……あ、えっと、リファナ……じゃないかな、誰かって答えがあるなら」
でち公の答え  「口からでまかせでち」
フィトリアの答え「正規勇者って書いて、仲間ってよむんだよー」


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タクトの爪痕

今回は短めのギャグ回?です
重要度は薄いです


「……尚文、リファナは大丈夫ですか?」

 ……凄い奇異の目で見られた

 何故だろう

 

 「なあネズミ!」

 ぐわんぐわんと揺れる視界。首絞めから体を揺さぶられているのだ

 「アトラは!アトラはどうなった」

 「その点は……どうでしょう」

 「なっ!アトラァァァッ!」

 「本来肉体にほぼダメージは無いもの。肉体と結び付いた健全な精神ならば直撃してもほぼ無意味というものですが……」

 「じゃあアトラは……アトラ、は」

 「何らかの理由で気が触れた者に対してはどういう状況になるのか、初めての事なので何とも」

 「アトラをキチガイみたいに言……

 ……悪い」

 と、首筋は離される。流石に、自分を知らないと言い切りタクト様タクト様と言っていた彼女を正気とは言えなかったかフォウル

 

 「それで尚文、リファナはどうですか?」

 「とりあえず、気持ち悪いぞネズミ」

 ……突然罵倒された

 「いつも通り……のはずですが」

 「ううん、気持ち悪いよ」

 と、ラフタリアまで

 

 ……どうしてこうなった

 「ネズミさん。半端に敬語が混じっていますよ」

 と、樹が教えてくれる

 けれども、俺はいつも通りに思ったことを喋っているだけだ。こうして違和感も……

 ん?ちょっとあるような無いような

 「何時ものネズミさんならば、そんな敬語は使わないので」

 「こんなときにからかうなよ」

 ……?

 

 「マスター!殆どが逃げて片付いたでち!」

 と、でちの奴が戻ってくる。フィトリアに……あ、咥えられてる。いや乗せてやれよ

 『やー!くさーい!』

 ……まさかの乗車拒否である。ってかゼファーの奴水があると何かと体洗ってるっぽいのに臭いのか。確かにフローラルな香りは良く付いてるがそんな臭いか?

 『悪魔くさーい!』

 ……そっちか。ってか気付かれてるのかよそれ。良くそのまま付いてきてくれてるな

 

 「お疲れ様です、ゼファー、フィトリア」

 「だからベールでち!」

 「……そうですね、ベール」

 「へっ?」

 ……そういえば、何時もは悪魔なのに名前の呼び方一つに拘るのが可笑しくて、頑なにゼファーと無駄に言っているのだったか

 「お前誰でち!」

 ……は?

 「マスターは、マスターはボクをベールなんて呼ばないでち!ボクが何言ってもゼファーと」

 「……すいませんベール」

 「謝らなくて良いでち」

 

 「それで?このキモネズミどうなってるのよ」

 と、尚文に話を振るのはメルティ

 「……カースの影響でしょうメルティ姫

 傲慢のカースシリーズ、プライドダガー。その力を振るった反動で、普段の傲慢さが抜けているのでは、と」

 「素直に答えるんだそこ……」

 しみじみと呟くラフタリア

 割と酷くないか、扱い

 

 「……」

 と、倒れてる奴に適当にクソナイフから出したビン入りの薬でも投げておく。死なれても目覚めが悪いしな。タクト相手の人質には……どうだろう

 それだけやっておくと、ベール……ゼファーが意図を察したのか離れていく。おそらく飲ませてくれるのだろう

 そして、降りてくる盾の方へと向かった

 

 「リファナ!」

 「だ、誰ですか!」

 ぐはっ!

 …………

 ……

 …

 「り、リファナ?」

 「リファナ……ちゃん?」

 突然の事に、ラフタリアも困惑ぎみで……

 盾の上で目を覚ましたイタチの少女は、不安げにきょろきょろと辺りを見回して

 「ねぇリファナちゃん、大丈夫?」

 「……ひっ!」

 と、顔を近付けてくる親友から怯えて後ずさった

 おい、大丈夫かリファナどうしたリファナ

 と、ぱっとその顔が明るくなる

 「あ、なおふみ様!」

 尚文、てめぇ!……うん、仕方ないか

 「なおふみ様!知らない人たちが」

 「いや知ってるだろリファナ!」

 俺は100歩譲るとして、ラフタリアを知らない人と言っちゃ駄目だぞリファナ

 「あれ?なおふみ様、タクト様は?」

 「……タクト?

 ネズミ、あの男をタクトタクト呼んでたがあいつの事か?」

 「はい。その通りで、俺の敵です尚文」

 ……この感じ、ハンギングガロウズされている間にタクトのハーレムパワー食らっちゃったのかリファナ

 その割には尚文をなおふみ様と呼んでるし、どうなってるんだろう

 「ど、どうしちゃったのリファナちゃん!?」

 

 「リファナ」

 「こ、来ないで!」

 ……ぐぇぇぇぇぇっ!

 ちょっと、俺には聞き出すのは無理そうだ。任せた尚文頼むぞ尚文お前だけが頼りだ尚文

 ネズミさんは、ちょっと精神に来たので寝る

 「って、寝るなでち!」

 ……寝かせてくれなかった、横暴だ

 

 「リファナ、俺は分かるのか」

 「盾の勇者様で、なおふみ様」

 「タクトってのは?」

 「えっと、守ってくれる人で、守らなきゃって思う人で、大切な人で、幼馴……染?で……、とっても……す、すてき?な人で」

 段々と、言葉が怪しくなっていくリファナ

 ん?幼馴染?お前の幼馴染はラフタリアとキールと、あと俺だろ?原作だと前二人だが。何時の間に幼馴染になったんだタクト

 

 「あれ?でもタクト……様は幼馴染じゃなくて

 でも幼馴染のはずで」

 混乱している。凄く

 ……ひょっとして、アレなのか?元々リファナにとってラフタリアはとっても大事な親友だ。それこそ、原作では魂だけになってからラフタリアをずっと守ってたんじゃないかって言われるくらいには。それだけの想いと、植え付けるタクトへの想いが両立していては可笑しい。だからこそ、タクトハーレム化にあたって、ラフタリアへの想いと記憶をタクトへのものへと書き換えようとでもされたのか?

 尚文への想いは憧れ中心の好意。タクトハーレムは性格クソなビッチなんかの例外はあるが基本タクトに一途であるべき。だからこそチート能力の浸透が進めばタクトへの想いに塗り替えられるものだろうが……。大切な大切な親友への想いに比べれば後回しで良い両立しやすいものだから、尚文への認識は残ったのか?

 「……なんかもやもやする

 なおふみ様、わたし……この子の事、本当は知ってたりするのかな?」

 親友だぞリファナ、と一歩近づく

 「ひっ!」

 ぐはっ!

 一歩進んで、五歩下がる




ねずこうよしっているか
ラフタリアへの想いだけタクトに置き換わってたら守ってくれる人って言葉は出ない


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目覚める真の愛

なーんか途中で口調が変になっていきますが、仕様です
本当にこれ同一人物かとなるかもしれませんが、だんだんとですぞ化していくのでこうなりましたお許しください


腹に大穴が空き、俺は地面に倒れ伏していました

 どうしてこうなったのだろう、何処で間違えたのだろう

 俺は全ての女の子を幸せにしたくて、涙なんか見たくなくて、戦ってきたのに

 

 ああ、死ぬんだなと自分でも分かる。これは、一度だけ感じたことがある感覚だった。あの時……ちょっとだけ違うエメラルドオンラインの世界に来る前に、あの子達に刺されたときに

 

 だから今度こそと思っていたのに!幸いにも俺が選ばれた槍の勇者という特別な職業は本当にチートで、ゲームであれば選んで極一部だけしか覚えられないはずのスキルを片っ端から覚えることが出来たし、本来は失敗するとロストしてしまうので貴重な武器でやる場合は課金アイテムでのロスト対策が欲しかった精錬も失敗時のリスクが精錬度ロストだけで済むので気が済むまで試せた

 この力さえあれば世界を救える、女の子達の涙を見なくて済む。そう、思っていたのに

 こうして俺は今、地面に転がされていた

 勇者の槍も何故か奪われ、何一つなせずに

 

 どうしてなのです?何故、こんなことに……

 何がいけなかったのです、マルティ?と、閃光を放ったらしき者を呼んだ少女に問い掛けるも、言葉が口から出ません

 何故……ですか?正直な話、尚文がマルティを強姦したという言葉を信じていた訳ではありません。最初から、恐らくはその言葉は嘘だと分かっておりました。これでも、本当に強姦された女の子に何故だか好かれた事もある身、その言葉や涙に嘘が混じっているかどうかくらいの事はわかりますとも。ですが、それを俺は受け入れたはずです。きっとマルティにも何か考えがあるのでしょう、と。そして、あの波の後のパーティーでその理由は明らかとなりました

 マルティは人知れず自分が強姦されたという汚名をわざわざ被ってでも、あの盾の悪魔岩谷尚文をこれ以上の悪行を重ねる前に排除しようと思ったのでしょう。強姦されたとなれば、王女としてはかなりの汚名です。普通に考えて、傷物にされたと噂が広まるリスクが高すぎて嘘などついても王女である自分の名前の方が余程傷が付いてしまうはずです。だからこそ、皆はあの嘘を信じたのです。そんな捨て身の嘘までわざわざつく筈がない、だから本当にされたのだろう、と

 

 そう。そこまでしてでも、マルティはあの盾の悪魔を排除しなければ世界が大変なことになると気が付いたのでしょう。だから、ああしたのだとあの時理解しました。俺に近づいてきたのも、きっと俺が一番勇者の中で頼れると思ってくれたからなのだと。その想いに応えなければと

 

 ……なのに、何故なのです?何故俺はこうしてマルティにすら裏切られているのですかな?一度刺され、俺は死にました

 だからこそ、皆を本気で愛するべきなのだと、放置してしまったからああもあの子を追い詰めてしまったと反省したのに!

 女の子は等しく、信じてあげなきゃ……そうだ。二人が思う、俺への愛を信じてあげられなかったからなんだ。だからちゃんと言ってあげればよかったんだ。みんな俺を信じてくれるし、信じてる。だから君達も信じて楽しく生きて行こうって

 もしも、もしも次があるのだったら、信じよう。女の子は等しく天使なんだから、俺が信頼を得なかったのが悪いんだ

 そう、信じて動いていたのに!

 

 どす黒い感情に心が染まっていく。何故、誰も助けてくれない?何故、こうしてマルティの呼んだ男に撃たれ、こうして一人死んでいく?あのイタチの女の子には、突然現れて助けてくれるネズミが居たし、盾の悪魔にすら、洗脳されているけれども守ろうとしてくれる女の子が居たのに!

 

 ……見るな!そんな目で……興味の欠片もない目で俺を見るな!

 

 心が真っ黒に染まる。それは怒りからなのか、それとも何一つ考えられなくなっているだけなのか。それすらも分からなくなり始めて。もしもこの手に槍があれば、盾の悪魔(岩谷尚文)みたいにあの禍々しい姿の武器が出せた気がする。けれども、俺の手に槍はなく。何一つ、出来ることはなく

 

 そんな俺に、何かが覆い被さった

 ……マルティ?

 「俺以外に尻尾を振るビッチが!穢らわしいんだよ!」

 「そうじゃ!そこの元槍と懇ろにしておれ!」

 響いてくるそんな声

 

 ……ふっと、真っ暗闇であった意識に、光が差した気がしました

 マルティは、きっと裏切ってなんかいなかったのですぞ。奴が……タクトと呼ばれたあいつが、勝手にマルティの信頼を裏切ったのです

 マルティは、俺の為に増援として彼を呼び、そして裏切られた。そうでなければ説明が付きません

 

 馬鹿ですかな俺は。あの時、女の子は天使だから信じると言ったその心をしっかりと持っていれば裏切られたなんて疑心暗鬼から変なことを考える必要も無かったはずなのに

 そうだ。信じるんだ……彼女の言葉を。全てを

 

 「どうしてよ」

 どうしてなんだ

 「私は特別な存在のはずなの!」

 息も絶え絶えに、マルティは呟きます

 そうです。すべての女の子は特別な存在

 「そんなものの、何処が特別よ」

 ……駄目出しされてしまいました

 というか、俺の声が届くのですかマルティ

 俺は全ての女の子を特別に

 「全員が特別だなんて……誰一人特別じゃないのと同じ

 バカじゃないの」

 ですが……

 「全員に特別なものをあげていたらそんなの特別なものではなく当然のもの」

 ……確かに、そういう子はおりました。ですが、俺は皆と仲良くしたくて

 

 ……いえ。間違っていたのかもしれませんな。そもそもが。第一、女の子はみんな天使だからと言っても、まず前提として昔の俺だって女の子達の事は信じていたはずです。流石に全て信じきってはいませんでしたが、みんなの事が好きで信じていたことは間違いありません。ならば俺があんな覚悟を決めたところで、同じ失敗をしない程に変わるものでは無かった、と言っても間違いではない。かもしれないのです

 

 ……ならば、あの時本当に俺が誓うべきであった事は……

 血と共に涙を流すマルティを、霞んだ目で見ます

 ……そう、ですな

 あの時の俺に本当に必要であった事は、前の続きをやる事ではなくて。みんなと仲良くしたいという思いを捨ててでも、誰かの為にあることを決める事だったのでしょう。一度死んだ事で、心機一転して

 で、あれば。あの時の思いは……俺が、本当に信じるべきであったのは……

 

 ……ですが、全てはもう遅いのです。俺も、マルティも。もう死を待つばかり

 あの時もこう思い……そして、それは叶えられました。ならばもう一度、思ったところでバチは当たらないはず

 もしも、もしも次があるのだったら……今度こそ

 俺は、君の涙を止められる特別な……

 そんな俺に、何者が語りかけてきた、そんな気がして

 

 気が付くと俺の目の前には、光輝く槍が浮かんでいたのですぞ

 これは、また何処かに呼ばれたのですかな?

 いえ、違いました。俺に語りかけてきた優しい声のこの世界の女神の言うように、此処はさっきの場所のようですぞ

 ですがもう間違えません。俺は北村元康。マルティ・メルロマルクの騎士なのですぞ!

 だから……俺と共に在れ、槍!

その瞬間、倒れたままの俺の手には煌めく光と共に槍がしっかりと握られていて

 

 神の加護によりカースシリーズ。ラーススピア、ブレッシング!

 真愛の槍"レオンハート"が強制解放されました!

 『ブレスシリーズ』

 ブレスシリーズはカースを乗り越えし者にのみ授けられる強力な武器のシリーズです。デフォルトの槍として存在し、変化する武器の力を付与させます。装備ボーナスは変化させた槍に依存します

 

 真愛の槍"レオンハート"

 能力解放……装備ボーナス、スキル「ハートブレイズ」「王の槍」「チェンジブレス」

 専用効果 獅子の纏い エンチャント 祝福 オールレジスト スペルサポート、受け継がれし力:獅子

 かつての勇者の魂と共に……誓いが受け継ぐ、愛の槍のひとつの形




君を守るため そのために生まれてきたんだ
あきれるほどに そうさ そばにいてあげる

ですぞーっ!


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槍の祝福

女神「何かネズミが色々知ってるけど勝手な事してて本当に味方なのか怪しいと報告受けてたら
ネズミの行動によってガチのマジで四聖の一人此方側に付けられた。ネズミの先見の明凄い。拾ってよかったー」


リファナに近付くと怯えられるのでどうしようか、と思ったその時

 

 異様な焦燥感な駆られ

 「尚文!」

 「うわっ!」

 尻尾で盾の勇者の体を弾き飛ばす

 刹那、直前まで尚文の体があった辺りを、閃光が駆け抜けていった

 ……タクト?もう生き返ってきたとはふてぶてしい奴だな!?

 

 ……違った。閃光にも見えたのは一人の男。だが、金髪の軽薄そうな男ではない。確かに金髪ではある。だがロン毛で、それをポニーテールにしたオシャレ男、北村元康

 そんな、何時の間にやら獅子の鬣のような立派なファー付のマントを羽織り、嫌ーな予感のする豪奢な槍を持った槍の勇者が、女好き特有のちょっと下品な笑みを……浮かべてねぇっ!?異様に真面目な据わった目だ

 「……外しましたか」

 そう告げる声も、異様に冷たくて

 

 「も、元康さん!?」

 「槍の勇者様?」

 そのあまりにも異質な感覚に、リファナや樹が疑問を呈する

 「離れているのですぞ。俺が殺さなきゃいけないのは、そこのネズミと盾の二悪魔のみ。お前達まで無駄に死ぬことはないのです」

 ……うわぁ、なんだこいつ

 「……えっと、だれ?」

 と、呟くのはメルティ

 「槍の勇者、北村も」

 「モトヤス・メルロマルク」

 いやちげぇよ!?勝手に王家乗っ取んな!

 「えっ……?」

 怯えたように、メルティが自分の体を抱き締める。まあ、あいつもメルロマルク姓だしな。寒気でも感じたのか

 「違いますぞ」

 「な、なんだ……」

 ほっと息を吐くメルティ

 因みにフォウルの奴はアトラを背負うのに忙しくて聞いてなかったっぽいな。まあ良いや放っておいてあげよう折角の兄妹再会なんだから。まあ、妹は無事か怪しいけれども

 「俺はマルティ王女の真の騎士

 お前なんぞ知ったことではないですぞマルティの妹」

 た、態度が……態度が違いすぎる……

 何時もの元康ならここまで女の子に冷たくないぞあいつ

 「ですが妹が死んだとなれば優しいマルティがきっと嘆くでしょう。ですから、邪魔をしなければ殺しませんぞ」

 ……いや、たぶんあいつ妹が死んだと聞いたら笑い転げつつこれで次の王は私確定ね!と喜ぶと思う。性格ゴミカスだし

 

 「王女様の名前をその騎士が名乗っちゃいけないんじゃ」

 「煩いですぞタヌキ

 お前はロマンスは読まないつまらないタヌキですかな?苦難を乗り越えた果てに騎士と結ばれる王女はロマンスの王道ですぞ」

 ……いや、誰だこいつ

 「いや、まだ結ばれてはいな……」

 「ネズミは殺処分ですぞ!」

 ……口を挟ませてすらもらえない

 ってか危ねっ!さっきの一撃普通にタクトより速かったんだが!?どうなってんだよ戦闘力さっきの何倍だお前

 ……一旦引くか?

 

 「尚文、樹」

 「逃がしませんぞ」

 『我、真なる愛の勇者が天に命じ、地に命じ、理を切除し、繋げ、膿みを吐き出させよう。龍脈の力よ。我が魔力と勇者の力と共に力を成せ、力の根源足る槍の勇者が獅子の名のもとに命ずる。森羅万象を今一度読み解き、王の狩場に彼の者等を捕らえよ!』

 ……は、リベレイション!?

 どうなってんだ一体!?

 「ポータルシールド!」

 「転送弓!」

 「ポータルジャベリン!」

 「リベレイション・レオ・テリトリーⅣ!」

 とてつもない嫌な予感に飛ぶのを緊急停止。ガキン!と固い音と共に眼前で牙が噛み合わされる

 ……恐らく、ポータルで飛ぼうとしていたら噛み砕かれていた。そう……

 「イツキ様!?」

 眼前で左足を何かに噛みちぎられた弓の勇者のように

 って大丈夫だろうか

 「……樹。お前を殺す必要はありませんぞ。一緒に波を越え世界とマルティを救うべき勇者のはずですからな。大人しく見ていることですな、俺が盾の悪魔とネズミの悪魔を滅ぼすところを」

 大丈夫……なのか?とりあえず追撃する気は無さげだが

 

 「何なんだその魔法は!」

 「……ハートブレイズ。俺の中のかつての勇者の魂が手を貸してくれることで発動出来るスキルですぞ」

 ……は?

 「流石に常に十全とはいきませんが、今の俺では使えない勇者の真の力……貴様の言う12/12。そして勇者の魔法リベレイション。使えるのは貴様だけだと思うなですぞ、ネズミ!」

 ……りありぃ?正気で?

 あ、うん。そりゃ強いわ。言うなれば俺とほぼ同格じゃんそれ。ってかリベレイションがまともに使えない今の俺より上、十全じゃないのはパチモノな俺も同じだし

 ってどうすんだよこれ!

 

 いや、簡単だな

 とても分かりやすい解決法がある。奴の心をへし折る事。奴がマルティの騎士だというならば、消してやろうじゃないか、その守るべきものを

 それくらいしか、俺に考え付く手段はない。激昂して更に怒り狂うかもしれないが、そのまま燃え尽きるかもしれない。ってかそれに掛けるしかない

 

 『ばちばちー?フィトリアがいこうかー?』

 殺さずに止められるか?

 『むりー!』

 却下

 そう、何か言動狂ってるとはいえ、奴は正規の槍の勇者。殺すわけにはいかない

 『大丈夫ー?』

 だいじょばない。当たり前の答えだが

 ってか、フィロリアルなお前ならサンクチュアリで謎の転送妨害のあれ壊せないか?

 『さんくちゅありなら壊しながら移動できるよー?

 でも、これはりべれいしょんだからむりー』

 無理か。無茶いって悪かった

 

 じゃあ、やるしかねぇな!

 「セカン……」

 「悪いことするのはこのナイフですかな?」

 と、生成した瞬間に、その刃は元康の手にあり……そのまま握り砕かれた

 「マルティは殺させませんぞ、ネズミ」

 「アストラルシフト!

 アストラル……フラッシュ!」

 苦し紛れの精神干渉雷。強化すら出来ないし発動するスキルも弱め。搾りカスなSPでの本当の意味での悪あがき

 「……俺は、正気ですぞ」

 カウンターの槍を避けられずに受ける。尚文も盾を出して援護してくれはしたのだが、紙切れみたいにくしゃっと潰されて終わった

 当たりどころが良かったな。左腕は元々神経無くなってるので吹き飛んでも痛みもない。いや、将来的には大問題なんだが

 

 ……参ったな

 タクト相手なら勝ち筋は見えたんだが……ちょっと、何すれば良いのか検討もつかない

 「……フラッシュアロー!」

 そんな中、片足の無くなった樹は、それでも諦めずにスキルを放つ。リーシアに支えられてだが

 選んだスキルは速度重視、狙いは……俺と同じくビッチ

 

 「……樹、お前もですかな?」

 悲しげに、元康の奴は呟く

 まあ、顔は全く悲しそうじゃないが

 「……悔しいですな。こんな奴等を勇者と思っていたなんて

 マルティを傷つけようとするような、勇者失格どもを仲間などと…俺と昔の俺の見る目の無さには呆れ果てますな」

 確かに矢は倒れたままの……恐らくは気絶しているビッチに突き刺さった。だが、傷一つつかない

 「……マルティの体は基本俺とリンクしていますぞ。この世界の女神様からの祝福ですな

 マルティへの攻撃は俺への攻撃。俺を殺さない限り、何者もマルティを傷つけられませんぞ」

 ……ディフェンスリンクのパチモンまであんのかよ!ふざけんな!

 ディフェンスリンク。盾の勇者である岩谷尚文が、盾の精霊と共に神になった後に覚えた全てを守るためのスキルだ。効果としては範囲内の味方全ての攻撃を世界の理をねじ曲げて……って自分達の世界の理だからまあねじ曲げてってか正規の手段で干渉してだが、自分が受けたことにする。劣化版みたいなものとはいえ、槍が使えて良いものではない

 

 いや、本気でどうする?

 もうフィトリアに頼んで殺してもらうっていう世界がヤバい最終手段くらいしか……

 やるしかねぇ!と、鈴を鳴らし……

 

 「……天使

 君すらも、俺の邪魔をするのですかな?」

 鈴の音の前に待ってましたとばかりに現れたフィトリアの蹴りすらも、槍は受け止めていた

 ……あ、流石に耐えきれず吹っ飛んだ。でもダメージあんまり無さそうだな

 

 「……そう、ですか

 天使の姿をした君すらも殺さなければならないとは、辛いですな」

 と、立ち上がった元康は手を槍に当て……

 ん?何をする気だあいつ

 「槍の勇者が命ずる」

 ……ん?この詠唱は……

 「聖武器よ、眷属器よ

 神に祝福されし我が呼び声に応じ、愚かなる契約を解き、目覚めよ!」

 ……いや、俺が原作で知ってる言葉と違うんだがこれ

 「マルティを傷付ける悪魔ども……貴様等は勇者ではないのですぞ!

 ー汝から勇者の資格を剥奪する!」

 ……いや待てアホかこいつ。流石に聞く訳が……

 と、同時にする胸騒ぎ。この感覚は受けたことがある。ってかついさっき受けた

 そう。タクトの使った奪う力である

 

 ……クソ女神!てめぇ!そういや女神云々言ってたな元康!聞き流していたが、こんな形で仕掛けてくるのかよ!ってかどうやってこの世界に干渉したんだよホント!

 

 「あっ……ぐっ!」

 転生者の力でクソナイフを押さえ付けようとはするものの、上手くはいかない。元々対転生者の奪取用だからなあの力。変な干渉なしでも対俺の最終兵器、耐えきれるかというと……

 だが、まあ、怪しまれはしないだろう

 「ぐっ!」

 「返してください、それは……僕の……それがないと僕は……」

 「それはフィトリアのなのー!」

 口々に叫ぶ正規三人(うち四聖二人)。本来であれば転生者の束縛を破るその技では干渉され得ない者達からすら、光となって武器が浮き上がる

 マジで干渉しやがった。チートもいい加減にしてくれ

 「……があっ!」

 ……駄目だ、どうすれば良い!

 「まずは……」

 「ナオフミ様!やらせません!」

 「待て、ラフ……タリア」

 勝てる相手じゃない

 何時もは庇いに入るリファナもタクトの影響か尚文の後ろから出てこず

 「邪魔ですぞ」

 構えた剣を振ることすら出来ず、狸の少女は地面に沈む

 「……わざわざ地獄で盾と会わせてやる義理もありません。会いたければ自殺でもする事ですな」

 ……生きて、いるのか?

 だが、そんなものは無意味で。何かしようにも、クソナイフは既にほぼ俺の制御を離れて元康の所にあり

 ……応えろ!応えろよ、復讐の雷霆(アヴェンジブースト)!向こうにあんなかくし球があって、リファナを救えるとしたら……お前しかもう無いんだよ!

 あの時、瑠奈を助ける事には欠片も使えなかった……それで良いだろう!復讐の心としては十分じゃないのか!だから、片鱗だけでも見せててくれた

 応えろ!応えてくれ!お前が俺の異能力だというならば!今度こそ、大切なものを守れる力になってくれ!勝てるか分からない。それでも、せめて!明日への未来を……繋いでくれ!お願いだ!

 

 ……だが、無言

 俺の中に眠る最強最弱の異能力は、何一つ反応を返さない。いや、寧ろ……

 「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 全身を貫く痛みに、情けなく悲鳴を挙げる。全身をくまなく走る雷撃に、全身が挙げる苦痛の叫びに、押さえることすら全く出来ず

 か、体が内側から焦げていくようだ。な、なんだ……これは

 転生者がやらかした時の安全装置か!?少なくとも、俺の異能力は俺を傷付けはしないから違う

 バチが……当たったのか?此処で……終わりなのか?

 

 「ばちばち……うん、わかった」

 フィトリアが、フィロリアル姿に戻る

 大きくなったその体に、二人の勇者が跳ねられて宙を舞う

 ……お、おい。フィトリア……

 なに、やってんだ……

 

 それすらも、口には出来ず

 体の内から裁かれるように、全身から雷を垂れ流し

 ……それ、でも……

 おれ、は……ルナの、太陽で……なけ……れ

 リファ……ナ




勝ったッ!パチモノ勇者の成り上がり完!ですぞ

ほう?それで次回から誰が尚文とネズ公の代わりを勤めるんだ?

それはもちろん、マルティとイチャイチャしながら世界を救う、真・愛の勇者の成り上がりの始まりですぞ!って、お前は誰ですかな?

……オレはケラウノスの遺産、ヘリオス・V・C・(バシ)レウス
来るが良い槍の勇者。希望は……明日の光は奪わせやしない

次回、真・愛の勇者の成り上がり(パチモノ勇者の成り上がり)、『(あか)き竜陽、バシレウス』
貴様が誰だろうと、マルティの為に!俺は、勝つ!
ヘリオスとは太陽神、バシレウスとは皇帝を意味する言葉です。隠す気ねぇだろこいつ……イッタイナニモノナンダ……
因みにですが、下のアンケートで別に良いが勝った場合、世界はネズ公がはっ!此処は……するところまでキングクリムゾンされます。まあ、勇者キタムラが謎の人物バシレウスに挑むも最後には負けるだけの話で次回予告以上の新規情報無いですからね上の予告の回


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羽毛布団

【緊急】朱き竜陽
村★5 討伐クエスト 目的地:荒野の決戦場
報酬:銀貨15000枚 契約金:銀貨1200枚 条件:なし
メインターゲット:バシレウス1体の討伐 サブターゲット:盾の悪魔1体の討伐
優しそうな顔の女神
大変よ。かつてこの世界に現れたという邪悪な神の遺産を名乗る全世界の脅威が現れたの
奴を倒し私の世界を救えるのは貴方だけ。全ては貴方に託されたわ、槍の勇者
生態も不明、正体も不明。分かっているのは赤いオーラを纏って強化されることだけよ。気を付けて


ふっ、と

 浮上するように、意識が覚醒する

 

 「リファナ!」

 ……

 で、何処だ此処。と、暖かい何かにくるまれる感触と共に、天井を見上げる。そこそこに豪華で、けれども豪華すぎない天井。薄暗く、灯りも……あるにはあるがそう煌々と照らされる形ではない

 流石に天国やら地獄という感じではないだろう。天国にしては暗すぎる上にそもそも俺が天国になんぞ行ける方が可笑しい。地獄ならばこんないっそ熱いほどの柔らかな何かに沈んでないわ針山とか煮えたぎる血の池とかだろ周囲

 

 そうだ、リファナ!リファナは……

 と、その右腕が(因みに左腕は二の腕の中程から消し飛んでた。って傷口……の焼け跡そのままじゃん誰か包帯でも巻いててくれ)しっかりと抱き締めているものに気が付いた

 ……リファナ?良かった、無事か……

 きゅっと抱き締めて、その体の熱を確かめる。胸元に手なり耳なり当てて心臓の鼓動を聞けば一発で分かるのだが、それはセクハラだろう

 ん?きつく抱き締めている時点でセクハラ?その通りだよ程度の問題だ

 

 ……って、どうしたクソナイフ、何時もならそんな感じの事言って(正確には喋る訳ではなくポップ出して)くるだろう?何で今は……

 と、視界の端の虚空を眺め

 「逃げやがったなクソナァァァァァイフ!」

 そこにあったのは赤い砂時計のアイコンのみ。勇者武器を保持していることを意味するナイフのアイコンは、其処から痕跡すら残さず消え去っていた

 いや、寧ろ良く良く考えれば当たり前の話すぎるんだけどな!元康によってパチモノ勇者である俺は投擲具を縛る不正な力を砕かれた。その後わざっわざ投擲具が……この世界を護る勇者の力の一つがそれを邪魔する不倶戴天の敵(転生者)の手元に戻ってくる意味も必要もありはしない。あの場で元康を止め、改めて投擲具を縛り直す……それが出来なかった時点で、俺の手元に勇者武器がある方が可笑しいんだから

 それでも、何だかんだ残ってくれたりしなかったのかなー、なんて、変なことを思う。意識を喪ってた事は今までもあった訳で。その時は目が覚めたとしてもクソナイフは残ってくれていた。何だかんだ、転生者ではあるが俺の事を多少認めて残ってくれていたんじゃないかって、虫が良すぎる話だが

 だが、今回はそんなことは全くない。クソナイフは飛び去り、俺の手元には痕跡すらも無い

 「エアストスロー!」

 ……うん、やっぱり無いな。唯一名残があるとすれば、SPというゲージが可視化されたままという点だろう。満タンだなと思ったらクソみてぇな量がMaxだったとかいうオチはありそうだが、一応未だに俺はSPを保有している。本来は勇者特有のスキルを撃つためのリソースを、だ。まあ、勇者武器自体は持ってないのでそのSPを消費してなにかを起こす手段は……ってあるわ。そもそもリベレイション魔法がそれだ。勇者ではなくなっても(元々パクってるだけで勇者ではないというのは置いておいて)、リベレイションだけは撃てるのかこれ。置き土産として悪くは……いや悪いわ

 

 「ってか、そもそも何で生きてるんだよ俺」

 と、最もな疑問。俺の覚えてる最後は転生者への罰か何かで雷に撃たれたその光景だ。北村元康を全く止められず……

 そうして、何故か此処に居る。ああ、これが原作の三勇者が感じた事か。二度目(世界的にはメルロマルクで三度目だが四聖勇者が参加したのとして二度目)の波で干渉してきたグラスに負け、そしてベッドの上で覚醒する。確かにこれは……ゲーム的だ。負けても死なない、あれは敵の幹部か何かの顔見せ負けイベントだった、俺達は勇者で此処はゲームの世界だからこうして負けてもペナルティがあるだけでリスタート出来るから大丈夫。そう思ってしまっても、この世界の真実を知らなければ無理もない

 だが、それは有り得ない。此処はそんな優しいゲームの世界なんてものではない。ならば、誰かがあの後元康を止めたんだ

 ……でも、誰が?誰なら止められる?

 フィトリアなら止められたはずだ。だが、それはあくまでも馬車の勇者である、と冠が付く。あの時のフィトリアでは無理だ。馬車を取り戻しでもしない限り

 「……フィトリア?お前だったりするのか?」

 「ちがうよー?」

 その声は、下から聞こえた

 

 ってこの謎のふかふか!お前かよフィトリア!

 「そだよー!」

 つまり俺は、フィトリアの背中に寝かされていた事になる。ベッドですらねぇ!どうりで柔らかいが無駄に深く沈んでると思った

 「ばちばちー、フィトリアの上、いや?」

 「いや、そういうことじゃないが」

 ……ってか、フィトリアは今更俺と居て良いのかそれ

 「?馬車のスキルだからおはなしはSPフィトリア持ちだよ?」

 「いや俺にも残ってるけどさ」

 ……ってかフィトリア、馬車は?あと、聞きたいのはそこじゃない

 「あるよー?」

 ……だからほいほい思考を横流しするなと。ってか馬車は残ったのか

 「うん。盾と弓もだいじょーぶ」

 「他は?」

 「剣はどこでサボってるのかなー」

 辛辣な言葉。原作的には錬より元康嫌いそうなんだが……何でだろうなこれ

 いや、錬何処行ったってのはある。実際死んでなさそうだけど姿を結局見せなかったしな。原作では樹と共に救援に来て……あんまり役に立たなくて何しに来たんだお前らと言われてたんだが

 「いや、他の七星武器だよ」

 「けんぞくきー?」

 「そう。四聖はまだ分かるからな、死んでたら波が頻度ヤバいだろ」

 「えっとね、ばちばちのナイフが何処か行っちゃって、爪は持ち主が居なくなったってー」

 ……つまり、アレか。世界的には爪の勇者のみが不在という扱いになっているのか今は。ってことは、突如目覚めた爪の勇者が不意討ちで倒してくれたって話でも無さげだ

 「……?投擲具は?」

 「フィトリアしらなーい!あのヘンな人みたいな誰かがもってっちゃったのかなー?」

 転生者にパクられたと。抵抗しろクソナイフ。と、言ったら俺の場合も抵抗しろという事になるから何とも

 

 ……そもそも、何で俺は生きてる?

 「えっとねー

 けらうのすのいさん?」

 「は?」

 「ヘリオス・V・C・(バシ)レウスって人?が、突然助けに来てくれたんです」

 その声は、腕の中から聞こえた

 

 「……リファナ?」

 「ひっ……

 は、離れて……」

 ぐはぁっ!

 「……ご、ごめん

 まだ……タクト様って言うのが抜けてなくて……

 えっと、確か……多分……マルスくん、だよ、ね?」

 おっかなびっくり聞いてくる少女

 ……合ってる。合ってるんだが……今の体の状況にアレは、ダメージキツ……い




おまけ
ヘリオス・V・C・レウスとは誰なのか

彼はケラウノスの遺産(自称)である。ケラウノスとは恐らくコード:ケラウノス(ゼウス・E・X・マキナ)の事であると思われるし、その証拠として命名法則(神名+英字2文字ミドルネーム+ラストの全てでその存在が何者なのかを示す言葉となる)が一致している

で、あるならば、彼の命名規則に則ればヘリオス・バシレウスという言葉こそが彼が何者なのかを現しているはず
名前を分解するとヘリオスとは太陽神の名前、バシレウスとはギリシャ語で皇帝を意味する言葉という二つの単語から成り立っている。よってその名前は合わせた場合、太陽神たる皇帝、即ちオレはエジプトのファラオだと言っているのである
因みに言葉遊びするとサン・ミカドとなる
我が名は遊戯王とか我が名はオジマンディアスとか我こそジュリアスシーザーとか言いたいのだろうか
エセファラオ……一体何者なんだ……
当然だが正解は上の言葉遊びである


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ケラウノスの遺産

「ヘリオス……」

 で、誰?

 

 と、そういう反応しかしようがない

 「V・C・(バシ)レウスか……」

 そういえば、フィトリアの記憶の中で見た彼、ゼウスを名乗る神も似たような名乗りをしていたのだったか。ゼウス・E・X(エクス)・マキナと

 「何か、ドラゴンみたいな名前だなそれ」

 実際はドラゴン全く関係ない言葉なんだけどさバシレウスって。意味としては君主とか皇帝とかそういったものなギリシャ語だったはずだ。ギリシャの神の名を名乗っているからギリシャ語なのは違和感はないか

 何でそんなの知ってるかって?昔の……御門讃の話だ。サッカー部の皆で渾名付けようぜ!企画でカッコつけて聞き齧ったそんな言葉を渾名に使ったんだ。フィールドの皇帝(バシレウス)、と。まあ、瑠奈に笑われたんでその名前すぐに使わなくなったんだけど

 

 「ドラゴン、やー!」

 「別に名前の響きが似てるなってだけだよフィトリア

 まあ良いや、リファナ、頭は大丈夫か?」

 「ちょっと酷くない?」

 「いや、俺の名前が出てくるってことは、そこそこ思い出したかってこと」

 ……すまんリファナ、頭大丈夫か?って酷い言い方だわな

 「う、うん」

 「よし、試してみようか」

 どんな質問が……って最初は決まってるな

 「リファナ、お前の親友は?」

 「えーっと」

 と、小首を傾げる幼馴染。本当にすぐには出てこないんだな、ぶっ殺すぞタクト。いや、違うな。一回ぶっ殺したがもう一度だ

 「ラフタリアちゃん」

 「正解。じゃあ、婚約者の俺のことは?覚えてるか?」

 因みにこれは嘘。当たり前だけどな

 「えっ!?そ、そうなの?

 ご、ごめん」

 少女は、耳をぺたっとして申し訳無さげに謝……ろうとして、不意にじとっとした目になる

 「覚えてな……ってマルスくん

 それ、嘘だよね?」

 「ああ嘘だよ。そもそも無かったことになったし、第一事実だったとして、相手は多分ラフタリアだ」

 一人ぼっちの俺に、いっそお前女の子の友達居るし、婚約という形でいっそ実質家族にでもなるか?と狸の親父(ラフタリア父)に半分冗談で聞かれた事はある。友達だからこそ、未来を今の俺が可哀想で決めさせるのは嫌だ、と断ったんだけど……今思えばそこでいっそリファナの婚約者の地位でも確保すれば良かったか?いや駄目だな。そもそも、婚約は冗談だが養子にでもなる?という感じだったしな後の流れ

 

 「あはは」

 「あれが嘘だって分かるってことはそれなりに調子取り戻してきたなリファナ」

 「……マルスくん

 わたしがその言葉に騙されてたらどうしたの?」

 「真っ赤な嘘だよ。記憶まだ混乱してるなゆっくり休めよリファナ、って返してた」

 「ホントに?わたしが混乱してるのを良いことに勝手に恋人だったことにしたりしない?」

 ……それはそれで……ってダメだろ。一瞬考えてんじゃねぇよ俺アホか

 「やらないさ」

 「だよね

 でも、わたしの記憶の中でタクト様ならやるかもっていうのがあって……」

 「よくそんなのに惚れるな」

 相手の記憶が曖昧なのを理由にあることないこと吹き込む……とくにそれが一生に関わる約束だとか割とガチめのクズだと思う

 タクトならやりそう。ってか今正にリファナが苦しんでるのがそれだが。この場合は記憶を混乱させてる原因もタクトなのでタチが悪すぎる

 

 「あはは、だよね。普通のわたしなら、きっとそう思う」

 「違うのか?」

 「えっと……そうやって強引にでもわたしを欲しがってくれるなんて嬉しい、ってヘンなわたしがちょっと居るかな」

 「……影響は消えきってない、か」

 まあ、特別な存在であるタクトにそれだけ求められてる……って思考になるのか?分からなくもないようなアホかと切り捨てたくなるような

 「後で絶対に悲しむと思うんだがなそれ……」

 「まあ、タクトさ……じゃなくて、タクトなら兎も角マルスくんならそう言うよね」

 何か納得されたんだが。どうしたんだリファナ

 

 「それで、フィトリア

 いい加減降りるか」

 ぐはぁ!した時にリファナは離していて

 その言葉に従ってはーいとフィトリアは小さくなる。まあ、下手なフィロリアルと違って全裸とかそんなことはないので安心だが

 「……って、ちょっと端が焦げて解れてるけど大丈夫か?」

 「気にしなくてだいじょーぶ!」

 ……良いのか。折角の可愛らしい服なのに

 と、地面に着いて辺りを見回す

 ……あ、ここフィロリアル厩舎だな。今はフィロリアル居ないけど

 「そだよー

 フィトリアみたらね、みんなでてっちゃったの」

 ……気の毒に。突然女王が押し掛けてきてすやすやと眠りだしたらそりゃその場には居たくないわな……

 ってだから心を横流しするなフィトリア

 

 ……バレるだろ、俺が何者か

 

 「んで、フィトリア

 話を戻そう。バシレウスなる謎の存在に、俺達は助けられた……で、良いのか?」

 「うん」

 素直に頷くリファナ

 「覚えてるのかリファナ」

 「あの後、そこのフィトリアさん?に、なおふみ様も弓の勇者さまも吹き飛ばされて気を失っちゃって」

 「よく戻ってきたな武器達」

 まあ、クソナイフはこれ幸いと逃げたようだが

 「フィトリアさん自体も倒れたマルスくん達を守ってて動けないって状態で」

 そりゃそうか

 「そしたら、フィトリアの為にきてくれたんだよー」

 ?

 「あそこのネズミは絶望の果てに殺してやるって、まずは槍の勇者……様は」

 「アレに様付けとかもう良いだろリファナ」

 「それでも、四聖の勇者様だよ?

 怖いし変な人だし迷惑だけど」

 「それでね、わたしが逃げられないって思ったとき、突然あの人が来てくれたんだ

 輝いて見えた」

 「惚れた?」

 「ううん。物理的に髪がキラキラしてた」

 「ぴっかぴかだったよー」

 物理発光すんなよ。髪はそういう物体じゃないだろ

 いや、俺も復讐の雷霆で似たような事出来るけどさ

 

 「外見は……剣の勇者様くらい?もうちょっとだけ大人かな?」

 高校生くらいか

 「キラキラした金色の髪で、偉い人みたいな黒い服を着てた。腰に三本の棒みたいなものを下げてたのが印象に残ったかな」

 「へぇ……」

 そのヘリオスを語るリファナの目はちょっと興奮ぎみで。何となく面白くない

 「その人が、左手で槍を止めて……

 わたしが覚えてるのは、その髪が金色から真っ赤に染まっていくところまで」

 「そうなのか」

 「安心したら、ふらっときちゃって

 お休み、リファナって……聞き覚えがあるような無いような声で言われて、そのまま倒れちゃったんだ」

 ……とりあえず、良かった。バシレウスなる謎の男、リファナを助けてくれて有り難う。いや本気で

 「フィトリアは?後の事見てないのか?」

 「フィトリアね、ばちばちと盾とって守るのに忙しかったから」

 しゃーないな!あと、当然だが俺じゃないという言質は取った。いや、左手の時点で別人なのは当然なのだが、ほんの少しだけ輝く髪ってことは俺の無意識がやったのかとか思ったのだ。違ったけど。ってか俺にはそもそもアヴェンジブーストが万一あそこで使えてても赤い髪になる術がない。どうしろと

 

 「ってかフィトリア、お前あれが誰だか知ってるのか?

 遺産とか言ってたが」

 その言葉に、銀の少女は軽く頷いた

 マジかよ

 

 「うん。あれはねー、フィトリアの為に来てくれた神様の残したものー」

 「もう少し分かりやすく」

 「ばちばち、こーどけらうのすって知ってる?」

 「ああ」

 「むかーしフィトリアを助けてくれたかみさまなんだけど

 そのかみさまが残しておいてくれた力なのー」

 ……そういえば、記憶ではまた来ると言いながら飛んでったなあいつ

 って

 「そんなものあるなら波と戦って貰え!」

 記憶をみるに今回この世界を狙ってるのより数段上雑魚らしいが波の果てに出てくる神を一方的にぼっこぼこにしてたぞあのクソ神(ゼウス)。その力の一部とか波に対してはかなりのオーバーキル出来るだろう、一人で

 「それがねー

 勇者がたっくさん居なくなってないとだめなんだってー」

 ……おい使えねぇな!

 「だから、なおふみ様を?」

 「そだよー

 盾も弓もいないってー、だからおねがい、したんだ」

 ……そうか、大体わかった

 

 なにひとつ分からん!って事がな




(今後多分出てくる)キャラ紹介(反転ネタバレ)
ヘリオス・V・C・(バシ)レウス(朱き竜陽)
ネズ公がフィトリアのリボンの記憶から垣間見た神ゼウス・E・X(エクス)・マキナに似た高校生くらいの少年。突如として現れリファナ達を助けてくれたらしい。多くの勇者が居なくなっている時にのみ現れるというが……
その正体は名前からして意味がサン・ミカドな事から分かるが当然ネズ公。正確には、女神メディアに気付かれずにいるために魂の奥底に封じ込められた『雷霆』の勇者としての御門讃である。ヘリオス・バシレウスとはそれっぽい神名を名乗ってみただけのもの
朱き竜陽とは、記憶のゼウスがやっていたのと同じ"勇者を失った聖武器2以上を含む5つ以上の勇者武器の精霊が志を同じくする異次元から来た勇者武器に力を注ぎ込む事で一時的に覚醒する本来の神々に認められたこの世界の神"としての姿。あえて言うならば超勇者人ゴッド。本来は世界の中に居る限り勇者武器の精霊により問答無用で制限されるはずの神としての力を世界の狭間に居るときのように全力で振るえるように世界がバックアップしてくれる神と化した勇者特有の特殊変身形態である。リファナを……引いてはリファナの生きるこの世界を守るため、聖武器や別次元の眷属器の正規勇者の資格すら剥奪しようという女神チート込みの槍に対し、魂の奥底から引き剥がされた彼が同じく引き剥がされた5つの勇者武器(投擲具、爪、馬車、弓、盾)の力を借りて魂だけの姿で一時的に降臨した……というのがネズ公が寝てる間に起きたことの真相である


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未来予告

主に体調やら2部5章やらそれに伴う別作品の考え直しやら何やらで時間がどんどんと…

ということで、生存報告兼ここまで書けよお前と自分を追い込む為のこの先の未来どこかで後書きに書かれるはずの次回予告集となります
未来の次回予告の為、壮大なネタバレ案件です。一部キャラの生死やなんやが出てきますので、正直読まなくても構いません。寧ろ読むとこの先の展開を知ることになり、茶番感が増えるかもしれません
空白だらけですが今回は特に反転などはありませんので、見たい方のみお願いします














これを見ているということは、覚悟はありますね?


皆さん、ついにタクト・セブン・フォブレイは倒されました

 ですがそのために妹・瑠奈とフィロリアル達二羽をこの手にかけなくてはならなかったマスター

その心境は如何ばかりのものでちか……

……ぐすっ

ですが非情にも決戦はまだまだ続くでち

――そう

転生者であることが露呈したマスターと正しい勇者達の正真正銘の決戦として

……それではぁっ!勇者vs転生者最終決戦!レディィィィ・ゴォォォォウ!!

『さらばマスター!悪魔、暁に死す』

 

おっす?わたしリファナ!

 マルスくん……やっぱり、来てくれたんだ

 良いから喋るな、リファナ!今、麒麟とやりあっている尚文の所へ連れていくから

 ううん。そうしたら、また……

 今は良いんだよ、転生者な俺が敵かどうかだなんて!

 ううん。最後に言わせて。わたしの……とってもずるいお願い

 次回、パチモノ勇者の成り上がり 『投剣になった少女』

 ……ああ、ゆっくりお休み、リファナ

 

おっす?わたしリファナ!

 マルスくん、もう良いよ。マルスくんの中に居る、貴方も

 抑え込まなくて良いんだよ。どれだけ傷付いても世界のため、未来のためって

 だから。全てを怒りのままに解放してあげて。きっとそれは、わたしの信じたキミの怒りは……間違ってなんかいないんだから!

 次回、パチモノ勇者の成り上がり『ついに変身!雷霆の勇者 御門讃!』

 我が心、明鏡止水 故にこの身は紫電の如く

 もう許さないぞ、応竜っ!

 

おっす?わたしリファナ!

 無意味。四聖は滅びた。私の勝ちよ

 そうかな?やってみなけりゃ、わかんねぇ!

 剣の勇者は俺だ。槍の勇者は此処に居る。俺が…盾の勇者。そして、弓の勇者は…

 次回、パチモノ勇者の成り上がり 『たった一人の最終決戦!究極の四聖勇者、御門讃』

 ……女神メディア。複数の勇者であり続ける奪う力は、お前がくれたものだろう?

 

おっす!俺、マルス!

 全く、とんでもない事を考えるなタクト!持つのかよ

 でたらめな力を持つ女神には、同じくでたらめな力で対抗するしかない

 ふん、出来るはずも……

 教えてやる、究極の四聖勇者たりえるのは、此処にも居たという事を!

 次回!パチモノ勇者の成り上がり! 『アドベント!!極限のスーパーヘリオス!』

 俺はマルスでも御門讃でもない。オレは貴様を倒す……悪の敵だ!

 

おっす!わたしリファナ!

 ラフタリアちゃん、なおふみ様、マルスくん。最後の決戦だよ

 はっ!竜の姿の第二形態か!

 生き汚い!大人しくしろよ!

 だけど、自分で唯一四聖を倒せた世界を無かったことにしたお前に!

 今更勝ち目なんてありません!

 ここで全てを終わらせますぞ!マルティの仇よ!

 うん、行こう、リファナちゃん!最後まで一緒に!

 次回、パチモノ勇者の成り上がり 『トリプルゼロ』

 無限(アイン)!(ソフ)ッ!!(オウル)ゥゥゥッ!!!




予告にのみ居る謎の人物のキャラ紹介
タクト・ナナ・フォブレイ
今作の本来のメインヒロイン。或いはタクト・アルサホルン・フォブレイ第三形態。第二形態(タクト・セブン・フォブレイ)を撃破されたあと、実妹のナナ・フォブレイの肉体に魂を宿らせることで復活したタクトの姿
だが、妹の体で復活したのは女神一派に取り込まれた白衣による、神受スキルを無力化するための策(あのスキルは異性に対してのみ発動する肉体依存のスキルである為、肉体を女にすれば同性判定によりハーレムメンバー全員への影響が消滅する)であり、多くの仲間とチートスキルを一挙に失ってしまう
そんな中、それでもタクトを信じると言い張った幼馴染のエリーの首と、犯人はネズミだという言葉のみを告げられ…

そうして、ネズ公とのお互いに大切なものをほとんど喪わされた上での奪い取った勇者武器同士での殴り合いのなか、遂に(かのじょ)はそれでも自分に着いてきてくれた鞭と共鳴
正しき鞭の勇者にしてアウトローな元転生者としてネズ公と共に波に挑む。すべては、大切な幼馴染が大好きだったこの世界を、形見として護るために


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ルージュとビッチ

「……起きたのか」

 「リファナちゃん、大丈夫?」

 と、そこにやって来るのは盾の勇者とその未来の嫁、って違うか

 

 「尚文、此処は?」

 割と真面目にどこだろう此処って感じだ。フィトリア的に危険な場所ではないのだろうが……

 

 「此処か?メルロマルクの城だ」

 「帰ろうリファナ」

 「おい、逃げんな」

 止められた。いや、メルロマルクとかネズミが居て良い場所では無さすぎる

 「いや、メルロマルクと亜人とか天敵も良いところだろう俺は帰る」

 帰る場所もないが

 「リファナちゃんは?」

 「……盾の勇者のところが一番マシだろう」

 俺が連れていってもどうせろくなことにならない、だからあの時、俺はリファナ達に投擲具の勇者のフリして酷いことをしたのだから

 「そう、かな?」

 「そうだろ、きっと」

 流石に今更ずっと居ても仕方がない。俺はリファナから離れ、ひょいとフィトリアから飛び降りる

 

 

 ……さて、どうするか

 「とりあえずだが尚文、敵はどうなった?」

 「敵?」

 「槍の勇者様だよ、勿論な」

 良くわからない覚醒を遂げた彼。そんな彼がどうなっているのかは良く分からない。そうとしか言えないだろう、流石にな

 「元康か……」

 っておい、露骨に嫌そうにするなよ尚文

 

 「それは僕から話しましょうネズミさん」

 と、やって来るのは……リーシアだな。と、目線を下げると……車椅子っぽいものに乗せられた樹の姿が

 「樹」

 「彼ならば捕縛されましたよ」

 「捕縛?」

 ヘリオスなる奴によって止められたってのは聞いたが

 「ええ。この国の女王達が駆けつけたとき、大きなクレーターの中には……そこの少女を抱き締めたネズミさんと、マルテ……ビッチを守るように抱き締めた元康さんが倒れていたそうです」

 ほへー、そんな……ん?ビッチ?

 聞き覚えのある罵倒に耳をぴくりと

 「ああ、ビッチさんについてですが」

 「盾の勇者様の一言で、そんな名前に……」

 と、リーシア

 

 そういえばそんな事件も原作にあったな。帰還した女王により、やらかしにやらかした二人が裁かれるイベント。見に行きたかったんだが、この感じでは既に終わってしまったのか

 

 「杖の勇者は?」

 原作ではクズ・メルロマルクへと改名させられていたがどうなのだろうか。因みにオルトクレイ・メルロマルクというクズになる前の名前からして実は本名から変わったもの。元々はルージュ・ランサーズ・フォブレイだったかな。ランサーズ……ランス……槍。いやーな名前だな、忘れよう

 「彼はそのままです

 確かに問題行動はありましたが、勇者を下手にどうこうすると煩いので申し訳ありません。と、この国の女王が謝っていました」

 仕方ないな、うん。寧ろ杖の勇者であり、メルロマルクという国を支えているのは……血筋や権力的にはこの国女系なのだが、そんな女王達ではなく叡智の賢王と呼ばれ杖を所有する彼のはずだ。杖の勇者が居るからこそ、メルロマルクという国は他国とある程度の均衡を保てていた。一例として亜人蔑視なんてやってるのにシルトヴェルトがメルロマルクを滅ぼしに来なかったのは彼を恐れていたからだしな

 そんな彼をクズだなんだと貶めれば世界は動く。ってか七星勇者とは本来それだけの特別な存在なのだ

 まあ、異世界から召喚されたばかりだったりするとその限りではないのだが、長期に渡って武器を所有し名を轟かせた七星は存在そのものが国際的な影響の塊だ。そんな存在、下手にクズだなんだと貶められないに決まってる

 そんな話が耳に入れば多分シルトヴェルトが攻めてくるぞ。叡智の賢王をメルロマルクは捨てた。最大の敵なき今メルロマルクは脅威にあらず!とかそんな感じで

 いや、シルトヴェルトの過激派も割と大打撃受けてたんだっけか。ならばやるとは限らないか。タイミングさえあればやりそうだが

 

 「成程ね」

 言いつつ外へ

 ってかでちやレンは何処いった

 ……あ、居たわ




視界を貫く血色の光の前に、一人の少女が飛び出してきて……
 「エリィィィィィィィッ!」
 
 「……こ、ここは」
 声に違和感を感じる
 何故、こんなに高い!?
 そ、そうだ……エリーは……マーシュは、皆は……
 「タクト様?」
 ……居た
 「タクト様、良かったです」
 涙ぐむメイドの幼馴染に、ボクは……タクト・アルサホルン・フォブレイは
 「ちょっと触れていいか?」
 と、そう聞いていた
 
 ボクの記憶の最後。悪夢にも見たその光景は……
 魂だけで逃げるボクをカルヴァリークロスだか何だか言う謎の十字架で捕らえ、今正にトドメを刺そうとしてくる朱きクソ男の前に、不意に飛び出した彼女の姿だったのだから。触って無事を確かめないと
 「はい、どうぞ」
 ……なのに。何時もの感覚ならば届くはずの手は空を切る
 何故だ!?どうしてこんな…… 
 
 ふと、手の違和感に気が付く
 やけに小さい。そして細い
 「エリー、鏡を」
 「はい、タクト様」
 そうして、ボクは鏡を見て……
 
 「……は?」
 絶句
 そこに居たのは何時ものボク、タクト・アルサホルン・フォブレイの姿ではなく……
 「リトォォォォォっ!」
 思わず、ホムンクルス研究をしていた女の子の名前を叫んでしまう
 そこに映っていたのは、7歳くらいの頃のボク。白衣を着た彼女が個人的な趣味だと培養液の中で弄くり回していたことを覚えている、タクト・フォブレイ7歳の体。確かNo.7と呼ばれるホムンクルス体だった
 「どうなってるんだ!何でボクが」
 「お、落ち着いてタクト様!」
 エリーに抱き締められ、ぽかぽかと空を殴ろうとする拳を止める
 「こ、これは……」
 「タクト様。他のホムンクルス体にタクト様の魂をいれると、突然首筋に赤い線が浮かんで……」
 「ネズミぃぃぃぃぃぃっ!」
 「その呪いが発動しなかったのは、その体だけで……」
 ポロポロと、少女は涙を溢す
 「良かったです……どんな姿でも無事なタクト様を見れて……
 あのまま、全部のホムンクルスが呪われて死んでしまっていたら……」
 ……大丈夫、と幼馴染の頭を撫で……られない。腕が短すぎる
 ネズミ、後で覚えてろよ!エリーを泣かせて!


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捕虜のはなし

「ゼファー、そしてレン」

 「ベールと呼んだあの時のマスターは何処へ消えてしまったでちか!?」

 くらくらとわざとらしく倒れるフリをする悪魔

 どうでも良いが表情が変わらないのでシュールだ

 「そんなもんクs……投擲具と共にどっかに飛んでいったわ!」

 何いってんだこの悪魔。カースの影響なんてカースの根源である勇者武器そのものを手放せば消えるに決まってるだろ

 因にだが、転生者であればまあタクトみたいなそもそも代価も呪いも必要としないドチートは別にしても、一時的に所有権をわざと放棄して捕らえ直すという手で強引に即座にカースの呪いを解除することが可能だ。あれはスキルにより自身に付加される呪いではなくあくまでも勇者武器が処刑具スキルを軽い気持ちで多用しないようリスクとして発生させているものだから当然だな。まあ、あのタイミングで一時的にでもクソナイフ手放してたら怪しすぎてダメだし、あくまでも小ネタに過ぎないのだが

 その点他の転生者であればバレたところでと割り切れるので容赦なくその小技で連発してくる……とも限らないか。あくまでも呪いを解除出来るだけで代価は先払いだからな。例えばヘルストリンガーの呪いを消せるとして、スキルの発動時点で片腕の神経を糸にした上で切り離す事には変わりがない。二回も撃てば両腕の神経が無くなって腕が麻痺して何も持てなくなったボケの完成だ

 

 「それで?連れ帰った奴等は?」

 ふと聞いてみる。タクトハーレムの彼女等。目線と仕草でもってあの時フィトリアとでちに安全圏まで運んで貰った(だから元康の謎フィールド以降をあの悪魔は見てないんだが)捕虜達について

 「無事でちよ。ボクに感謝ちゅると」

 ……あ、噛んだ

 「こほん。ボクを誉めると良いでちょう」

 ……また噛んだ。ごり押す気だなこいつ

 それにしても無事か。ってことはあの戦いでどうこうなったのって結局……数人タクトハーレムが死んだのとタクト本人ぶっ殺されたのと……

 「教皇が……」

 「死んだのかリファナ」

 「う、うん」

 まだちょっと引きぎみに、イタチの少女は頷く

 まあ当然か。トラバサミ……ブルートオプファー無しで倒せたのかって話にはなるが。ってリーシアもラフタリアも居るし勝てなくはないのか

 

 「わ、わたしの手……」

 「汚れてないよ、リファナ

 誰だって生きるために他の命を犠牲にしてる。教皇を止めなければ自分達が生きられなかった。それを汚れと言うならば、綺麗な人なんて何処にも居ない。みんな汚れてるなら、そんなもの当たり前のものだ。わざわざ汚れとして言うほどじゃないよ」

 っと、ってことはリファナ等が止めを刺したのか。人を殺すのは初めて……のはずだ。やっぱりキツいものなのだろうか

 いや、俺の初殺人ってクソみたいな親父とその共犯者を跡形もなく光に変えた時だからその辺り実感無かったというか麻痺してたというか……。死体を見ないと相手が死んだって認識出来ないものだな案外。まあ、転生者の死骸を見ても後悔とかあまりない辺り、俺は大分他人に冷たいゴミクズな人格なのだろう。優しい瑠奈とかならまた違うんだろうけど

 

 「で、皆生きてるのか」

 捕らえたのはネリシェンなるアオタツ、ユーなるゲンム、そしてアトラだが

 「はい。アトラさん……でしたか、彼女は眼を覚まし、残り二人も命に別状は無い状況だそうです」

 「よく生きてたなそいつら」

 まあアトラは兎も角、残り二人とかどさくさに紛れて誰かに亜人め!と処理されてても可笑しくなかったと思うのだが

 「殺して……何か良いことあるの?」

 「亜人だから、それだけでルロロナ村は波の被害を盛る生け贄にされたんだぞラフタリア

 更には亜人へのどうこうならば最近どこでも聞く。買い物すら幻影で人間に化けないと出来ないことがあったぞ」

 「……えっ」

 眼をぱちくりさせるラフタリア。いや、お前波で滅んだ訳じゃない事は知ってるだろ

 

 ふと、思った

 亜人排斥の気運はかなり高まっていた訳で。既に人に買われていた亜人奴隷等は兎も角……買い手のつかない上に高く売れそうもない奴隷等はどうなったのだろうか、と

 どうせ売れないならばと二束三文で人々の亜人への怒りをぶつけるためのサンドバッグになどなってないかと

 と、不吉な悪寒は振り払って

 

 「フォウルは?」

 「アトラさんに付いています」

 「精神面は?」

 「それが……中々に辛いそうで」

 「やっぱりか」

 頷く。リファナは何とかなったのだが、アトラは無理だったか。完全に掛かったとしたら早々その洗脳の影響は取れるものではない。そんな程度ならば、何かゼファーが俺と対をなすとまで言ったタクトの能力としては弱すぎる。ジャンルが現実ではなくバトル漫画とか言われる規格外(超S級)異能力、その一つである復讐の雷霆(アヴェンジブースト)。元々それ持ってるってのが俺の特別性であるならば、それと対とまで言われる能力だって規格外の性能のはずなのだ。だからこそ同じ規格外で解除出来ないかと思ったこともあったが、それが不可能であったならば……まあ、あのアトラはどこまで行ってもタクトを殺さない限りタクトハーレムのままだろう。最期までタクトに殉じ処刑されていった原作のハーレムメンバー等のように

 

 「面倒だな……」

 「面倒といえばマスターでち

 勇者武器は何処へやったんでちか?」

 「どっか飛んでった。まあ持ってからそんなに時間経ってないからな……」

 嘘である

 「そもそも俺の前に現れたのだって他の勇者を守るための特例だったのかもな」

 いやまあ、その前から持ってたんでこれも嘘だ

 「ま、これからはやっぱり勇者武器の無いネズミさんってことで。そのうち縁があればまた俺の元に戻ってくるさあいつは」



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推察

ネズ公……ビッキィになれ……外見と脳内cvと喋り方だけで良いから(色々と台無し)


なーんか言いたげな奴等は放置して、ゼファーに呼ばれて移動

 ……したいんだけど、勇者武器がないとポータルが使えないんだよな……

 「フィトリア、砂漠に飛ばしてくれないか?

 馬車なら飛べるだろ?」

 「おっけー!」

 あ、解決した。それで良いのか神鳥よ

 

 そんなこんなで、俺とでちの二人は……プラド砂漠に再訪していた

 因にだが、フィトリアは居ない。俺の使ってた偽・フレイの剣なる武器ってこの砂漠に埋まってたものなんだ。ちょいと武器がないと不安でさ、まだ眠ってそうな気がするからちょっと探させてくれ。あ、フィトリアは機動力あるし他を探してみてくれ、何かあるかも。なーんて口から出任せ言ったら探してくるねーと去っていった

 

 「ってことで、勇者武器を謎の人物にパクられた訳だが

 代わりに宝物庫から適当に伝説の武器持ってって良いか?」

 そうして入りかたなんて知ってるしな、と蜃気楼を突き抜けてプラド城へと入るやどうせもう見てるだろお前とシステム経験値の野郎に声をかける。ポータル取ってたんだけど今は使えないから歩きだ。出来ることならまーたあの長い道を行きたくはない

 

 「……構わヌ」

 その声は、近くの悪魔から聞こえた。あ、でちじゃなくて量産型の雑魚悪魔だ

 「何だ、悪魔を通して会話出来るのか

 どれくらいなら良いんだ?」

 「好きにセヨ」

 ……マジかよ。全解禁とかどうなってんだオイ

 逆に怪しすぎるぞ

 

 「あの方の特別なシトよ

 お前は真に我らの盟友タルと信じよウ」

 うわぁ……いきなり過ぎて怪しさの塊だろこれ

 「マスターマスター

 マスターはボク等を裏切ったりしてないでち。とても怪しくて、けれども最後には何とか上手くしてくれるという信頼を得たのでちよ」

 「いきなりすぎないか?」

 「マスター……自分のやった偉業を思い出すでち」

 と、軽くでちに左腕をつつかれる。ってなーんか治ってんな左腕。吹き飛んだと思ったのに

 まあ、神経はぶちっと千切ったままなのか感覚は無いんだが

 

 「偉業?俺はやるべきだと思ったことをやっただけだぞ?」

 「それであの槍を味方につけ」

 「忌々しキ馬車を騙シ」

 「真に警戒すべき敵の姿を浮き彫りにしたのでち」

 二人して繋げて言葉を紡ぐ悪魔ズ

 

 ……あ、そういうことになってるのか

 あの元康の謎の覚醒、あれを俺が元から狙っていたという扱い。マルティ・メルロマルクの騎士キタムラ。あのクソビッチを女神の写し身として見れば、確かにその騎士となったというのは味方に引き入れたという見方も出来るだろう

 ……いやあれ全くもって狙ってなかったというか寧ろどうしてあんなんなったと絶望してたんだが……怪我の功名という奴だろうか。その分悪魔側からは信頼を得てしまったと

 

 「まあ、元康の事は今は良いや」

 「良いのカ」

 聞いてくるシステム経験値。どうでも良いがでち公は外見は凝った女の子だがこっちは適当に量産型をスピーカーにしてるだけだから全く可愛くない

 「良いんだよ。今は捕縛されてるらしいが、どんなになっても彼は四聖勇者だ。四聖でなくなってはいない以上、何時までも捕らえてはおけない。なるようになるさ」

 寧ろ一生二人で牢獄生活しててくれ元康

 「なるのでちか」

 「そりゃそうだろ。四聖は登録した砂時計区域で起きる波で強制召喚だ。それを止める方法は人間側には無い

 あの召喚そのものはサンクチュアリ張ってても無視して発動するからな。何らかの手段で武器そのものを引き剥がすか、或いは勇者当人に何があっても行くものかと拒否させるかしかない」

 「……成程」

 「だからそのうちあいつは勝手に出てくる」

 そう。だから困るんだよなーあれ。勇者だから捕らえておけないとかさ

 槍さえ奪えばって話だが、それはそれでどうやってだよとなる。更には俺がパクっても使えないしな。フィトリアにバレる。あいつが俺に心を開いているように見えるのは、俺を勘違いしているからだ。って、その辺りも謎なんだけどな。ヘリオスとかいう本物のあの自称コード:ケラウノスの遺産が居て、その事を知ってて何でちょっとばちばち出来るだけの俺なんぞに寄ってくるのやら。ヘリオスのとこなら兎も角

 

 「ま、後で武器は漁るとして」

 「真の敵の事でちね」

 「エセファラオ……」

 と、呟く悪魔

 「ファラオ?エジプトのか?」

 何でそんなものが、と眼をしばたかせる

 「ケラウノスの遺産」

 「ヘリオス・V・C・(バシ)レウスか

 昔この世界に現れたと馬車の勇者が言ってた神、ゼウス・E・X・(エクス)マキナと同種の存在……だろうか」

 俺は見てないからなんとも言えないのが困りものだが

 

 「然リ

 あの方が恐れるモノの一柱、コード:ケラウノスに連なル偽神」

 って、女神メディアの奴、あのゼウスの事を恐れてたのかよ。なーんか笑えるな

 「ボク達悪魔を作る神々からすれば恐ろしいものらしいでちよ、執念の塊な神殺しは」

 それもそうだな、と頷く。何年前からか知らないが、とりあえず数百年くらいは追われてるんだものな。俺なら多分精神イカれるだろう。どんな気分だろうな、自分を殺そうとするバケモノから逃げ続ける日々って。施設に居た時代も俺に超S級異能力があるからってモルモットでこそあれ、殺意を向けられる事は無かった俺にはちょっと分からない。万が一俺がもう一度復讐の雷霆の覚醒段階を発現してしまったとしたら、そしてその際に彼等に殺意を向けたならば、その時は施設ごと自分達は光になると分かっていたのだろう。だからまあ、所詮は束縛もそれなりだったのだ。外出るなよとは言われてたけど

 

 「で、それが何故ファラオなんだ?」

 耳を震わせて聞いてみる

 「マスター、マスターは転生してきたなら、機械仕掛けの神という言葉は知ってるでちね?」

 「デウス・エクス・マキナだろ?知ってる」

 「その意味は?」

 「舞台を終わらせるもの。事態が縺れた糸のように絡まりどうしようもなくなった時に突如現れ全てを解決する絶対的な力を持つ存在、だったよな」

 それが……って、ちょっと待てよ?

 「あのゼウスの野郎の名前ってそれの捩りか」

 「否や

 奴は心の底から自身をそうだと思っているのだろう」

 「ああ、神が降臨して本来その世界の精霊等ではもうどうしようもなくなった時に現れて、強引にハッピーエンドにしていく存在ってか?」

 「その通りでちよ」

 んまあ、言いたいことは分からんでもない

 

 「じゃあ、何でヘリオスがそうなる?」

 「マスター、マスターの世界ではヘリオスって何でち?」

 「ギリシャの太陽の神だな」

 「では、バシレウスとハ?」

 「ギリシャの皇帝」

 「つまり、太陽神であり皇帝という意味でち

 ボクはファラオなんて知らないけど自称太陽神の化身な王か何かでちか」

 「ああ、だからファラオか」

 太陽……皇帝……

 いや、まさか、ね。ってか、言い換えるとサン・ミカドなんだが

 俺……なはずはない。覚醒段階アヴェンジブーストは確かに金髪になるが、そこから赤くなる手がない。正確には赤い光を纏うことは不可能じゃないが、全くもってやる意味がない。赤光を発したからって何が変わるんだよそんなもの。無駄に気力使うだけだろ

 だから俺じゃない。そもそも俺ではないってのは俺自身が一番よく分かってるはずだが、能力的にもな

 

 「ん?だとしたら……ひょっとして」

 「正体わかったでちか!?」

 「いや、可能性だ。合ってるとは……保証はないな」

 一つ思い付く可能性。ファラオではなくサン・ミカドを名乗ってるという俺の推測はこの仮説ならば正しい

 だが、彼は俺ではない。御門讃本人ではなく、けれども雷を纏うケラウノスの力を自身の知る言葉に置き換えた結果そうなりうる存在。即ち、復讐の雷霆を持つ御門讃を知る人間。その仮説が正しければ、俺の記憶にはたった一人、あの場に実は居てその条件を満たす存在が居る

 樹。ひょっとして、ヘリオスとはお前なのか?




(ヘリオスとは)お前じゃい!まあネズ公が何でヘリオスでなく俺にとか変な事言ってますがヘリオス=本来のネズ公であり今一人称やってるのが最後に勝つために自分を転生者だと思い込んでいるネズ公なのでそりゃフィトリアはついてきます
川澄樹神様の後継者説
でっち上げてみてなんですが珍説ですね


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宝物漁り

「……

 さて、これが良いかな……」

 

 場所は宝物庫

 言った通りに俺は適当に悪魔どもの集めた武器を漁っていた。幾ら持ち出し許可を得たとはいえ、変に大量に持ち出したら怪しまれるだろう。なんたって俺はこのまま騙した馬車の勇者(フィトリア)と共に勇者達のところに戻るんだからな

 向こうでの俺の扱いは投擲具と槍の力によって引き離されている投擲具の勇者、だ。仮にも正規勇者、今は武器がないから特例で他の武器が使えるだけ。そんな奴が大量の武器を持ち帰るとか、勇者強化の狙いを疑われても仕方ない

 まあ、本当に狙いはそれなんだが。なので、それっぽくあいつらに託すべき武器を選ばなきゃいけない

 

 ぱっ、と目についたのは……巨大な塊であった

 「これは……戦車か」

 戦車といっても古代のアレだ。馬に引かせる奴。エンジン駆動で鉄の砲撃をやってくるキャタピラのあいつじゃないぞ流石に

 「伝説の戦車でちね」

 「伝説?ああ、それって疾風どと(トロイa)……」

 って三頭くらいで引くっぽいしマジで似てるなおい。ネタで言ってただけなのに

 「持ってくでちか?」

 「却下。誰が引くんだよこんなバケモノ戦車」

 「馬車の勇者なら一羽で引くのでは?」

 「何で勇者を強化してんだ」

 「正解でちよ。持ってっちゃダメでち」

 「んなこと知ってるわ」

 転がってるコインをでちに向けて指で弾いて捜索に戻る

 

 この盾は……割とよさげなものだが持っていく理由に欠けるな。そもそも俺自身が盾なんてほぼ使わない前のめりスタイルだからな。持っていくと言い出しても尚文にあげる以外のそれらしい理由が見つからない

 攻撃なんて避けるか押し返すかすれば良いんだよ上等だろってスタイル……間違ってたんだろうか。って今更だな。何時かここからパクる事を考えてたなら盾も使うべきだった、と

 「……持ってくんでちか?あの拾った女の為に」

 「あ、レンか」

 そういえば、となるがダメだな、と首を振る

 レンも剣だけスタイルだ。盾を欲しいと言い出さない辺り剣と盾ってスタイルは好まないんだろう。持ち出す理由としては薄い

 更に見つけたのは槍……却下だ却下。何でこんなもの使わなきゃいけないんだ

 

 なんてやっている中で、一つ、良さげなものを見付けた

 短く、ゴツい柄の片手槌。鍛冶屋が持ってるアレくらいの大きさのハンマーだな。本来の武器種としては槌の勇者の区分になるのだろうが……

 軽く手に持ってみる。うん、良く馴染む

 「マスターマスター、手が焼けてるでちよ!」

 あ、確かにちょっと赤熱してるなこれ

 「大丈夫だ。雷槌の時点で俺が使えないはずもない」

 まあ、フカシなんだが

 改めて見てみると、軽く電流が走っており、それで金属製である槌そのものが熱を持っているらしい

 いや、復讐の雷霆による雷撃耐性がどんなものか、で軽く切れた電線の両端を握らされた事もある俺だぞ?熱いなとはなるがそれだけだ

 

 「……ミョルニル

 こんなものまであるのかこの世界……」

 元の世界で伝わってる神話に出てくる武器によーく似た武器が原作でも転がってた事から何となく分かってたが、すげぇなこの世界。神話に出てくるような武器まで波を越えるために完成させてるのかよ。まあ、悪魔によってこんなところに死蔵され、本来の役目は果たせないようになってたんだがな!

 

 「良い武器だ、貰っていこう」

 「マスター……絶対にボクに投げないで欲しいでちよ

 それは数人の悪魔が持ち運ぶだけで焼け死んだ曰く付きのハンマーでちから」

 「まあ、ネズミさんには関係無いがな」

 「それでこそマスターでち。でもハンマーなんて使えるんでちか?」

 「ああ、これ投擲具でもあるから」

 ミョルニル。或いはトールハンマー。北欧の雷神の武器として俺のところでは神話になってたかな

 

 あとは……と、探していると風情の欠片もないものを見かけた

 「台座ごとかよ」

 「台座ごとでち」

 岩に突き刺さった細身の両刃剣。周囲の岩がしっかり切り揃えられているところを見るに、神殿か何かに突き刺され祀られていたものを石の祭壇ごと切り取って持ってきたんだろうな

 神秘的で、竜の翼のようなものが閉じた意匠のある紫みがかった青い鍔が中々に綺麗だ

 「場所取りすぎだろ」

 「森の中の神殿に安置されてたのでちゅが、悪魔には抜けない剣を死蔵するにはこれしか」

 「それもそうか」

 なんて言いつつ、かるーい気持ちで石の上に飛び乗り、しっかりと固定されているはずの柄を小突く

 カラン、と軽い音と共に剣が地面に転がる

 案外固定浅かったんだなー、剣先だけが刺さってた感じ?もっとしっかり差し込めよ前の持ち主

 って、そうじゃなくて

 「抜けたわ」

 「マジでちか……何やったら抜けるんでちかそれ……」

 「ちょっと、な」

 手に持つと凄く軽い。が、ぶんぶんと振り回しても風は発生しないな。風を纏う剣……神話ってか伝説でカリバーンとかエクスカリバーとか言われてたアレかと思ったんだがそうではなかったようだ。って、王の剣なら俺に抜けるはずもないわな。原作錬でも確か抜けなかったはずだし

 あ、もう一本、今度は自然の岩に突き刺さった剣がある。アレか、カリバーンっぽいものの方は

 うん。こっちは抜けない。当然か、俺には勇者の資格も王の資格もないのだから

 

 ふと背中の重みを感じて触れてみると、鞘だった。なんだこの剣、鞘プレゼントかよ

 いや、要らねぇからと外してぶん投げ……って気が付くとまた鞘湧いてるし、リポップすんのかよ呪いの装備か何かか

 と、これは……と、漸く見付けた小型の銃をしげしげと眺める

 これを探すのがまず一つの目的だったんだよな、うん。色々と持ってけないものに目移りしてたんだが

 「エクスペリエンス!」

 「何用カ」

 呼ぶと近くの悪魔が反応して声を返してくる。こんな監視も居るし、やっぱり持ってく武器は選ぶべきなのだ

 「お前の本体の下にももう一個宝物庫あるだろ?そこにこの銃に良く似たモンが転がってると思うんだ、それを持ってきてくれ」

 「構わヌが、何故」

 「確かこいつ一対の武器なんだ

 片割れだけじゃ俺が使うにはちょっと弱くてさ。いざという時に本気を出せるように対で持っておきたい。特に俺、基本が近接だから遠距離武器の扱いは弱いのよ

 だからこそ、いざ勇者達と戦うとき、苦手分野こそ武器の性能でカバーしたいんだ。普段は片割れだけ使ってれば、油断も誘えるしな」

 出任せである。俺は自分でこの武器を使う気なんぞさらさら無い。銃は苦手だ

 第一、油断も何もこの武器が対ってのは原作では樹が語ってたこと。この世界でも樹がその事を知らないとは思えない以上片割れちらつかせた時点で万が一対があればってのはバレる。油断も隙もあるはずがない。敵対した後にこいつを取り出した時点でやっぱり対で持ってて隠してたんだと思われるだろう

 「良かろウ

 だが一つ問おウカ。それほどの力、真に必要カ?」

 ずっこける

 「いや、ついさっきあるだけの力が必要だって話したばっかだろ?

 ヘリオス・バシレウスの野郎が何時何処から襲ってくるか分からないんだから、さ」

 「それも、道理……カ

 持ってユケ」

 

 と、届けてもらう間に更に暫く武器を漁るも良いものは……

 あ、有ったわ。ってかこれは……

 「かつての波の残骸か……」

 フィトリアの記憶で見た機械の残骸。つまりはあの時の波で勇者に撃破された波から出てきたロボットだな。壊れてるけど割としっかり形が残っている

 「無人機……」

 「昔別の神が残した遺産でちね」

 「有人に改造して乗り回せないかな……」

 「考えてオク」

 「行けるのかよオイ!」

 至れり尽くせりである。何というか、本当に良いのかよ悪魔ども

 「乗り手が居るならば、面白イ」

 「ああ、悪魔ってわざわざそういうの乗らなさそうだものな

 でもロマンだろ?」

 「然リ」

 と、そこへ別の悪魔が短銃を持ってきて……

 固まった

 

 「ん?どうした?」

 「ソノ……剣は」

 「ああ、これ?」

 鞘が呪われているので鞘に直しておいた剣を引き抜く

 別に強い剣でも無さそうなんだよなこれ。岩に刺さってるから伝説の剣か何かかと思ったんだが、破壊不能がついてるようだがそれだけだ。恐らく剣の質としてはレンに買ったあっちのが良いレベル

 と、悪魔が距離を取り……

 おい、発砲すんな!危ないだろ!

 その瞬間、ジャキンという音がしそうな感じで、鍔の翼が開き、同時に刀身が輝きを放つ

 ……これは!?

 突然力が増した感覚。淡く光る今ならば、大抵のものはバター感覚でさくさくスライス出来そうな気がしてくる

 「これは……」

 「マスターマスター、絶対にボクに近付けちゃダメでち!?」

 「知っているのかゼファー!」

 「やーめーるーでーちーっ!」

 一歩近付くと、悪魔は立ちくらみを起こしたように倒れ伏した

 あ、何か楽しそうだな

 「マスター、ボクはあの世……があったらそこからマスターを見守ってるでち……」

 「そんなレベルかよ!?」

 なんだこの剣。まあ、悪魔が死蔵してる時点でヤバいブツだってのは確かなはずだったんだが

 

 「女神乃剣」

 「めがみの……けん?」

 「かつて、そう、呼ばれた剣……」

 悪魔達が寄ってくる。俺を囲むように

 ここで攻撃したら敵確定だ。それはあまりやりたくはない

 勇者武器があれば一考の余地はあったが、今の俺持ってないしな、わざわざこいつらを此処で敵に回すのは得策ではない

 「嘗て、最強の剣を神に与えられた転生者が居た」

 「へぇ」

 まあ、居るか。チートスキルならぬチート武器持ち転生者。この世界だとチート武器の頂点に勇者武器があるからそんなもの嬉しいか?と思うんだが、世界は広いしな

 「だが、奴は……

 事もあろうに幼馴染であった槌の勇者に首ったけになり、彼の死を機にあろうことか神に反旗を翻した」

 ああ、俺みたいにか。いや、俺は表立ってはいないけどさ

 

 「そうして、一時的にあやつに力を与えた槌により、神により創られシ力でありながら、神を滅ぼすモノとして鍛え直された……退神の剣

 ソレこそが、その剣」

 「あ、成程

 だから、勇者武器を奪う力を振るえば強引に持てる、と」

 「ナニ?」

 あ、悪魔達が固まった

 

 いや、実はそんなもの使ってないけど抜けたんだがな。それを言ったら敵確定だわこれ。何もしてないけど抜けたとかでちに言わなくて良かった

 あ、光が消えた

 つまりあれか。俺への敵意を持った転生者や悪魔やら神やらが近くに居ると勝手に覚醒すんのかこの剣。でちは近くにずっと居たのに覚醒反応してない辺り、あいつ俺への敵意は本当に欠片も無かったんだな……ってのは置いといて、転生者サーチャーとして便利だなオイ

 

 「……済まヌ」

 さーっと悪魔の波が引いていく

 「いや、そんな武器気が付いたら持ってたら驚くわな

 ってことで、とりあえず連れてきてないけど信頼出来る仲間も居ないし、今回はこいつら貰ってくよ

 必要だったり相談があればまた来る」

 ということで、今回の戦利品は……

 ミョルニル、短銃モイラと短銃ルドガ、そして謎の転生者サーチャーか。割と大漁じゃないか。未知数ながらロボットも出来上がるかもしれないしな

 

 あまりに長居してるとヤバいからな、とそそくさと転生者の根城を出て、フィトリアと合流

 ポータルで飛ぶと、そこは船の上だった

 

 間一髪。カルミラ島に着いてからじゃ遅かったしな。主に、活性化地にはポータル出来ないって制限のせいで即座に合流出来ないという点で



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合流

「うわぁっ!」

 「きゃぁぁぁっ!イツキ様ぁぁっ!」

 船の上に着地した瞬間……いや船の甲板だから着地ってのも変か。とりあえずフィトリアのポータルで移動し終わった瞬間、船がぐらりと揺れた

 

 「フィトリア、重い」

 「えっへん!」

 「威張るな!」

 「おもいとおっきくてすごい馬車をひけるんだよー!」

 いや、今はそれは関係ない

 重要なのは片足の弓の勇者が船から落ちかけたって事実だ。ってかぐらっぐらしてんなこの船!波にさらわれかけのボートか!人によっては酔うだろこれ

 俺?この程度で酔うならスカイウォークしてたら吐くに決まってる。慣れだな、慣れ

 「ん?フィトリアおよげるよ?」

 「泳いで助けられるからって人を海に落とすのがダメじゃない訳はないからな?」

 「はーい!」

 全くこの勇者は……

 

 で、と辺りを見回すと、荷物の影で一人の少女がグロッキーな顔で踞っていた。まあ、レンなんだが

 酔ったな、さては。女の子として堂々とゲロりたくはないからこんなところで耐えようとしていたのか。刺激しちゃ悪いな

 後は……フィロリアルズは何か泳いでるし……尚文は揺れを気にせず壁にもたれて本読んでるし、それを見てラフタリアは凄い凄いしてて、リファナは……あれ、居ない

 「尚文、リファナは?」

 「ネズミ……いつの間に」

 「ついさっき」

 「どうやってだよ」

 「ん?フィトリアの奴も勇者だからな。ポータルで飛んできた」

 「初耳だ……」

 「そりゃ今初めて言ったからな。んで、リファナは?」

 「お前はもうちょっとそういう重大な事を……

 もう良い。上だ」

 「上?」

 空を見上げると、そこには白いドラゴンの姿。目を凝らすと、その背の上に見覚えのあるイタチの姿が

 「ぶー!」

 ドラゴンの姿が気に入らないのか、フィトリアの奴がフィロリアル姿のまま海に飛び込んでいった

 いや、尚文の仲間だぞあいつ。仲良く……は無理か。フィロリアルとドラゴンだしな

 読書に戻る尚文に更に言葉をかける訳にもいかないか、と思い、ふわふわ髪の勇者の方へ

 

 「よう、樹」

 「ああ、ネズミさんですか。相変わらすですね

 本当に追い付いてくるとは」

 「知り合いの神鳥がちょっと、な」

 「流石ネズミさんです」

 持ち上げるな気持ち悪い

 

 「それで、今向かってるのがカルミラ島か」

 世間話のように、俺がぶっ倒れていた間に……そして武器調達に向かった間にも決まった話を聞こうと話題を振る

 「はい。活性化で勇者の皆様のレベルアップを、という事で

 特に尚文さん達は国王達によりクラスアップを禁止されていたらしいですからね。此処で追い付いて貰わなければいけません

 後は……」

 「ん?何かあるのか?」

 「僕の新しい仲間のスカウトを、と」

 あ、横で片足のイツキ様を支えるんです!と車椅子の取っ手を持ってた少女が愕然とした表情を浮かべている

 

 「リーシアさん一人に任せきりでは大変でしょうからね」

 ほっと息を吐く少女

 いや、捨てられる訳無いだろとツッコミたくはなるがまあ良いや放置で。人の恋路をジャマするネズミは疑似餌のチーズに向かうが如しだ

 「一人でも大丈夫ですイツキ様!」

 「いや何らかの理由で倒れたら誰が樹を助けるんだよ」

 「そ、それは……」

 「ネズミさんです」

 当然でしょう?とばかりに言い放つ弓の勇者

 「樹ぃっ!今そう言う言葉言うシチュエーションじゃないだろ!

 あと、絶対にやりたくない。リファナが言うから尚文の御守りやってるのに、何で好き好んで他に更に男の面倒を見なきゃいけないんだよ」

 って熱いぞ尚文。誰が誰の御守りだってセルフカースバーニングは止めろ

 「つまり、やってくれるんですね」

 「何でそうなった」

 「やりたくない、であってやらない、ではなかったので」

 ……正解だ

 やる気がないならやらないと言ってる。実際にリーシアが過労で倒れたら樹の安全な生活は俺が何とかするしかないだろう

 うん。だからリーシアが倒れないように誰かスカウトしろ樹。任せたぞ樹

 

 「と、話題を戻すぞ」

 「はい。そうしましょうか

 今から僕達が向かっているのはカルミラ島。正確にはカルミラ諸島という島の集まりのようですが。そこが活性化……つまりはゲームでのレベル上げイベントのように魔物が多く出てきてレベルを一気に上げられるチャンスの時期なのですよ」

 「だからこの機に一気に尚文達を追い付かせようという訳だな」

 「あとは、其々の勇者の仲間と別の勇者が行動を共にしてみることで、新たな発見が……」

 「人員交換?やんの、それ?」

 意味あるのだろうか

 「ですよね!」

 「リーシアについてなら多少知ってる。リファナ達に関しては良く知ってる

 そもそも、俺が投擲具持ってた時に何で強いかって隠さず言ってるから謎も何もないぞ」

 「まあ、気分ですね、気分」

 良いのかそれで

 「後は……フィトリアさん、ですか

 彼女も妙に強いので」

 「あいつ勝手に自分から俺に手を貸してくれてるだけだから制御効かないぞ?」

 「……」

 おい、がっかりすんな

 

 「んで、イツキ

 そっちの足はそのうち治りそうか?」

 この世界でならまあ多少の欠損なら治せる。魔法の世界ってのは伊達じゃない。いやまあ、機械文明世界でも義足だとかナノマシン再生だとかで欠損を補えなくもないんだろうけどさ

 ただまあ、時間がかかるし金も要るのは確かだ。庶民に手が出るものではない

 「ええ。直ぐに……とはいかないようですが

 フォーブレイのような大国であれば……とも言っていましたが」

 「ご存知、俺達を襲ってきたあのタクトって奴はそこの王族だ。飛んで火に入る夏の虫だな」

 「はい、ですから時間はかかるようです

 僕が弓の勇者だから影響はまだ少ないものの、剣の勇者であった場合は大変な事になってましたね」

 「そん時は投げて戦え」

 「む、無茶苦茶ですぅっ!」

 「無茶でもやれ

 それが勇者だ」

 「あはは……」

 と、仮定の話に弓の勇者は乾いた笑いを浮かべ

 

 「そういえばネズミさんは武器を調達しに行ったんでしたよね

 その辺りは……」

 視線が俺の背のサーチャーに移る

 「問題無さげですね」

 「ま、悪くない剣だなこれ。あとは……」

 と、腰に仕込んでおいた銃を取り出し、ほいと投げる

 「樹、受け取れ」

 「ネズミさん?これは……」

 受け取った瞬間、コピーが発動し、そして勇者武器の制限によって手元から弾かれる

 って危ないな、海に落ちるぞ下手したら。と、トリガー部分に尻尾の先を引っ掻けて回収

 「こ、これは……」

 しげしげと少年が銃を眺め……

 「た、たたたたたたたた」

 あ、壊れた 

 「たたた短銃モイラぁぁぁぁぁっ!?」

 愕然として、片足でこっちに身を乗り出した瞬間、ぐらりと船が揺れて少年の体が車イスから投げ出される

 「っと、逃げないから落ち着けよジャスティスハイドマン」

 軽く手で抱え、ほいっとリーシアに投げ渡す

 「……今は川澄樹です」

 「座っとけ樹。逃げやしないからさ」

 「そうですよイツキ様

 そもそも、その銃?ってそんなに凄いものなんですか?」

 「いや?銃自体はフォーブレイでなら流通してるぞ?ステータスってよりレベルで火力が上がるらしくてな。高レベルに連れられてレベルだけ上がったけど戦ったことはロクにないってレベルだけが取り柄の貴族等からすれば他の武器より都合が良くて良く売れてる」

 「そ、そうなんですか?」

 「そうらしいぞ?フォーブレイ自体は行ったこと無いけど組んだ冒険者が銃持ってたんで聞いた事がある」

 「それで、このモイラは何処に……」

 「昔爪の勇者と共に行動してた時期が少しだけあってな。まあ冒険者っぽいことやってた時期の依頼でなんだけどさ

 そこで昔に滅びた国の遺跡調査したのよ。そん時は勇者の前だし盗掘とかさぁと何か武器らしきものが墓の中にあるなと思いつつ無視してたんだが今は緊急事態だ

 ってんで改めて盗掘したらその中にあった。この剣と一緒にな」

 あ、間違えた。この剣と一緒にあったのはルドガの方だ。モイラは別の宝物庫にあった方。いやどうでもいいかそんなこと

 「も、もう一個は……?」

 「?あったのはそいつだけだぞ?」

 嘘である。対だってことは知ってるし、何なら今ルドガも持ってる

 だが、今原作で樹が散々チートだ何だ言ってた対の銃を両方渡してしまうのはあまりにも、だ。露骨すぎるしまだまだ早すぎる

 だから、まだ渡さない。これを解禁しなければ終わるというレベルの、本当に力が必要な時に託す。頼りきられても困るし、どれだけルドガ&モイラが強くても結局のところ単なる武器だ。樹の体自身は強くはならない。だからこそ、今渡してヤベェからあいつから殺せ盾とか全て無視してどんな犠牲を払ってもまず殺せあいつを殺さない限りこっちが全滅だと全力で狙われたら死ぬだろこれって話だ

 片方なら良いのか?片方ならまあそんな強くないしけれども勇者から信頼得られるから良いだろ?揃わさなきゃ問題ないって大義名分がたつしな

 「もう一個?俺は銃だし弓の勇者が喜ぶかなと持ってきただけだが、何か秘密があるのか?」

 「……ネズミさん、ディメンションウェーブというゲームは分かりますか?」

 と、樹がそんなことを聞いてきた



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ゲームと弓の勇者

「次元の波?

 あいつは向こうからしてみりゃゲームかもしれないが、当事者からすればゲームじゃないだろ?変なこと言うな樹」

 「波の事をゲームみたいに言うんですねネズミさん

あと、異能力については言わないんですね」

 「そりゃ、仕掛けてる側からすればゲームだろ?超S級異能力のはそもそもゲームじゃない」

 「……」

 ん?突然黙ったな

 

 あ、そういうことか

 と、思い出す

 そういえば、だ。すっかり忘れていたのだが、川澄樹はこの世界を元々はディメンションウェーブという名前のコンシューマーゲームだと思っていたんだった。そのゲームの事を知ってるかって話だったのかこれ。波についてかと思って普通に答えてしまったが

 

 「まるで、波の正体を知っているように……」

 「んまあ、あの転生者ら相手に残ったときにある程度は、な

 とりあえず、四聖勇者達が別の世界から勇者として召喚されて、また別な世界から転生者ってのが送り込まれてる。ってことは、別の世界から干渉出来る奴等は勇者の武器以外にも居て、そいつが転生者を送り込んできてるって訳だ。ならば、そいつが最終的な敵、波ってのもそいつが世界に干渉してるから起きてるらしいぞ?」

 尻尾をふりふり。無意識のうちに出るその癖を抑えつつ、そろそろ良いか、とモイラを尻尾から外して腰に仕込み直す

 「詳しいんですねネズミさん」

 「ま、あのフィトリアって昔の波から居るらしいからな。その辺りも聞いた」

 「って、今の話はそうではなくてですね

 ネズミさん、僕の世界にあったディメンションウェーブという名前のゲームについては知りませんか?」

 「おいおい、この耳と尻尾を見ての通り、ネズミさんはあそこのタヌキやイタチと同じ現地民、勇者様の世界の事なんて」

 「言い方を変えましょうか

 ネズミさん。ネズミさんに良く似た御門讃という人が居るのですが」

 ああ、此処に居るな

 「彼はディメンションウェーブについて知っていたと思いますか?」

 「そいつ、施設に居たんだろ?じゃあそんなもの何処で手に入れるんだ?

 ってことで、知らないと思うぞ」

 実際、俺はディメンションウェーブってコンシューマーゲームについて知らないからな

 そういえばどっかで発売予定のそんなゲームの名前聞いたかなーってくらいだ。そもそも施設は色々と機密情報多かったからな……。不正間にアクセスを防ぐためか大容量データ……といっても5メガバイトかそこらのデータを一時間の間に外部とやり取りしようとすると自動でロックかかる仕組みになってて動画すらロクに見れないと愚痴ってたのを覚えてる。研究施設だからPCは幾らでも置いてたがとてもゲームなんぞDL出来る仕組みじゃ無かった。ってか、だから竪藍氏による盾の勇者の成り上がをweb小説だからある程度の量一気に読み込んでもロックされないしって気に入って読んでた訳だしな

 

 「そういうものですか……」

 「そういうものだ。それで、弓の勇者様の世界のゲームと、何か関係が?」

 にしてもディメンションウェーブか。他の勇者に比べてまた随分と直接的なネーミングだな。いや、尚文の読んだ四聖武器書ってのも大概だし俺が読んでたのなんて『盾の勇者の成り上がり』って尚文主人公なタイトルなんだけどさ。槍のアホんとこは確かエメラルドオンラインってので錬のところはブレイブスターオンラインってまあ普通のゲームって感じだったのにな

 俺の読んでたアレが何なのかは置いておいて、勇者武器が勇者を異世界から召喚出来るって事は、この世界の勇者武器は俺や尚文の世界にある程度干渉できるのだろう。だから、ある程度この世界のシミュレーションをゲームにして誰かに作ってもらうというのも不可能な話でもない。それで勇者を選定して居た?いや、その辺りはどうなのだろう

 クソナイフさえ居れば、確認できたのかもしれないが……

 

 「この短銃モイラなんですが、ゲームの中では最上位レアリティなんですよ」

 うん。原作で言われてた

 「短銃ルドガと短銃モイラ。二つ揃うとひとつになってどんなボスも瞬殺出来ると言われていたんです」

 熱っぽく言ってくる勇者

 正直ゲームという事なら言って良いだろうか。そんなアホな武器実装すんな。ゲームバランス調整どうなってんだ

 「ネズミさん?釈然としてない顔ですね」

 「いや、バランスどうなってんだってな

 どんなボスも瞬殺とか、実装しちゃいけないレベルだろ」

 ……?樹?何でじとっとした目でこっちを見る?

 「ネズミさん、御門讃の渾名を知っていますか?」

 「フィールドの皇帝(バシレウス)?」

 「そっちではなく、バトル漫画の敵だとかお前ら人間じゃねぇとか言われてたのはご存じですか?」

 「最強最弱の異能力とか、親しい人が全員死のうが人外過ぎてお釣りが来るとか色々と言われてたんだっけ?」

 「はい。ではネズミさん

 それって、ネズミさんの言うクソゲーなのでは?」

 「クソゲーだよ。何を当たり前の事を

 現実なんて、今の波を含めて基本クソゲーだ。だから足掻くんだよ、もう大切なものを喪わない為に」

 空を見上げる

 其処には、今度こそ守り抜くべき相手が居るから。瑠奈への想いを何となく重ねているのは分かっている。似てるようで似ていない、リファナはリファナだと知っていても、尚。だから、この想いは普通じゃない、本来は瑠奈にもリファナにも失礼な、消すべき家族愛(ねがい)

 それでも、俺は……

 

 「ということでですね、ネズミさん

 もしも短銃ルドガを見付けたらその時はお願いします」

 「対になってる武器、ね。分かった分かった」

 まあ、持ってるけどな

 

 と、ふと見ると尚文の奴がどことなく海賊風の風の服の女に話しかけられていた。女ってか、女の子だなこの年齢。顔立ちはそれなりに良い。昔の元康なら声をかけてたろうレベルだ

 にしても、何でそんな幼いのがそんな服で尚文に声をかけてるんだろうな?あと、ラフタリア、結構むっとしてるがステイだ

 

 「尚文ー!何かあったのか?」

 「船長から聞いた、嵐が来る」

 あ、そういえばこの船の船長ちびっこだっけ。挨拶もせずポータルで乗り込んだんで忘れてたわ

 「あ、嵐……」

 「イツキ様、しっかり抑えてますから」

 「いえ、リーシアさんが酔うでしょうし、大人しくベッドに入っています」

 とそんな後のカップル……いや既にか?は置いといて

 

 「フィトリア、嵐が来るらしいぞー?」

 「しってるよー」

 っておい

 「フィトリアはねー、嵐で変なお魚が船をぱくーってしちゃわないように見てるよー」

 おお、それは助かる。って良いのかそれ

 無事なんだろうな、だってフィトリアだし

 「そんな魚出るのかよ?」

 「えっとね、何度かみたよ?」

 「じゃ、任せた」

 「えっへん!フィトリア、えらい?」

 「ああ、偉いよ」

 原作では無事に着いたんだがな。それでも、この世界ではそうとは限らない。見ててくれるのは助かる限りだ。魔法やらクソナイフやら万全なら俺が外で見てるって言えたんだが、流石に今のスペックだとうっかり海に落ちたら面倒だ

 

 レンも部屋に戻り(フィロリアルズも一緒の部屋だ)、リファナとブランも帰ってきて部屋に籠る。俺の部屋とか無いんだけどな!まあ、船に勇者一行が乗ったときには居なかったからな。カルミラ島は今やレベル上げの為に大人気スポット、来るかもしれない程度の奴の為に乗りたがる人を排して空き部屋なんて用意してられなかったのだろう

 なので俺は一人、廊下でごろ寝だ。レンのとこは女の子の部屋だから入れないしな。ん?リヴァイ?あのエロリアルめが、フィロリアルだからって女部屋に紛れてやがるなさては

 「マルスくん、大丈夫?部屋来る?」

 「幼馴染でも、男女で一緒は不味いだろリファナ?それに、ラフタリアが嫌だろ?」

 ということで、ちょっと惜しいがリファナの誘いも断って、廊下でごろごろしていた

 

 まあ、そもそも酔うようならば復讐の雷霆で空を駆けたりしてられないので船酔いとかは何事もなく。船が上下左右七転八倒してた時はこんな嵐の中良く選んだなと思ったがまあ無事に、カルミラ島に船は翌日朝に到着したのであった

 

 因みに、巨大イカ……なのだが触手が無駄に多くてぬめぬめしていてイボが無くて尖端に謎の液の発射口があるとてつもなくアレな謎生物の死骸を笑顔でフィトリアが持ってきたのは余談である。多分これどっかのアホの呼んだヤマタノオロチの同類、転生者が与えられたチートパワーで召喚して使役出来る悪魔の一種だな。船を沈めに……いや、沈めるならこんな卑猥な触手要らなくないか?細かな触手の為に本来の触腕減ってて弱そうだしさぁ……製作者アホなのではこれ

 とりあえず、フィトリアが居なければ海の藻屑になってた可能性はあったが、無事に船はカルミラ島に到着したのだ

 

 ん?そういえばゼファー何処行った。船に乗ってから見かけてないぞ

 『悪魔くさーいからポータルの時においてきたー』

 好き嫌いはいけません、連れてきなさい




???「あの鳥何時か唐揚げにしてやるでち……」


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閑話 生存しているオリジナル系転生者まとめ

またまたおまけです
主にどっかの閑話で出た人々の紹介……とついでに主人公の補完ですので読む必要はそう無いです


マルス 11歳(男)

転生前:御門讃

種族:亜人(ハツカ種)

レベル:85

職業:転生者

転生者能力:勇者武器超特殊所持(/復讐の雷霆(アヴェンジブースト))

魔法適性:雷/幻影(ホログラフィー)

愛称、別称:ネズミさん、ばちばち、ネズ公

保有勇者武器:100話時点では無し/『雷霆』(正規勇者)

本作の主人公にして転生者。心の奥底で反旗を翻してこそいるものの呪いは正規勇者になる以外の方法では消えないため……

まるっこいネズ耳とハゲた細長い尻尾が特徴の白髪ネズミ男。亜人の特徴としてレベルアップに合わせて大人になる事があるというものがあり、その影響によりリファナを守るために20前後の外見にまで成長しているが、年齢自体はリファナやラフタリアの一つ上。元々16程度で突然の異能力の暴発による心臓麻痺で死んでいるので外見的には生前より更に上……なのだが外見年齢に相応しい落ち着きはないので外見より幼く見えることも

やることなすこと大抵がプラスなりマイナスなりに振り切れる難儀な運命の持ち主。元々持っていた異能力、復讐の雷霆及び持ち前の精神力で何故かかなり不安定になっている世界を駆け抜ける

基本の戦闘スタイルは基本的に武器は適当に使い適宜雷撃で仕留めるというもの。異能力由来の雷撃を扱えるという特殊性に依存しまくっており、素の技能はそんなに無い。そのため、純粋に自分より強い格上に対してはロクな搦め手が使えない為滅法弱いという欠点を持つ

性格は控え目に言ってクソ野郎。超自己中であり自尊心の塊である俺様系。大切なものとした者はその自尊心故に全力で護るが、それ以外に対してはかなり無頓着かつ粗雑な反社会性パーソナリティー障害者(サイコパス)。嫌いな相手には積極的に妨害しにいく陰湿さも併せ持ち、彼に対してとてつもなく好意的な解釈をしてくれるリファナですら正直性格にはちょっと難があるけど、と言うほど。そのせいか、生来の口の悪さともあり交遊関係は狭く、仲良くなれる相手も少ない。好かれにくく嫌われやすいが、良い面を積極的に見てくれる相手からはとっつき難いけどしっかり付き合えれば割と良いやつだよ、という感じの扱いである。因みに、ハツカ種の亜人としての転生後の意志を完全に排除した純御門讃としての別人格を同時に有しているという形で解離性同一性障害も発症しているのだが本人はその事に気が付いていない

転生者にしては何処か異様……ではあるのだが、やってることがやってることだけに何だかんだまああいつだしと見逃されている

端から見ると大抵自信満々に見え結果は凄いことが多いため抜け目なく賢いように見えたりもするが、実のところ行き当たりばったり。転生して尚転生前の妹の遺書の文言を引きずっていたり、すべての勇者武器を集めれば世界を救えるという女神の大嘘を全てを思い出すまで信じていたりと本当はかなりのアホである

異能力、復讐の雷霆の存在からかかつて世界を守りに来てくれた神、ゼウス・E・X・マキナ或いはその遺産とされるヘリオス・V・C・レウスなる存在に近いものと勘違いされて馬車の勇者フィトリアになつかれており、その点や彼の行動が女神の映し身のようなマルティ・メルロマルクの騎士としての槍の勇者の覚醒をもたらしたことにより転生者側としてかなり信頼されていたりする

のだが、彼は気が付いていない。独白にすら介入できる会話スキル、コール・フィトリア。それがある以上、そもそも転生者である彼に騙されていると認識されている事を、フィトリアは理解している。それでも尚なつかれているということは本質は転生者側ではなく……

御門讃 11歳(男)

転生前:御門讃

種族:亜人(ハツカ種)

レベル:85/∞

職業:転生者/雷霆の勇者

転生者能力:勇者武器超特殊所持(/復讐の雷霆(アヴェンジブースト))

魔法適性:雷/幻影(ホログラフィー)/拡散/無限

愛称、別称:ネズミさん、ばちばち、ヘリオス・V・C・レウス、コード:ケラウノス

保有勇者武器:101話時点では無し/『雷霆』(正規勇者)

投擲具のパチモノの解離性同一性障害(多重人格)により生じている純御門讃の方の人格。実は本来こっちが主人格であり、此方はネズ公の記憶と意識を共有できるが、ネズ公は此方の人格が表に出ている間の事を認識出来ない。とはいえ、基本的に此方の人格が出てこれるのはネズ公が意識を手放している間のみである

結局のところ、この人格は自身の異能力により脳ミソを雷撃に焼かれてネズ公から欠落してしまった自分が死んだ時の記憶等を保持している完全なネズ公でしかなく、多重人格ではあるものの、差異はネズ公が忘れている記憶を持っている事くらい。つまり、無自覚な記憶喪失でないネズ公が彼である。そのため、おれはあのネズミじゃないとほざいてて興味ないフリしててもイタキチ発症していたり、死んだ妹の遺言引き摺ってたりと人格入れ替わっていても端から見たらそうと認識出来ない事も

因みに此方は自分がこの世界を守って欲しいと盾の精霊に言われ記憶を喪い転生者になりきって守りに来た『雷霆』の勇者である事を理解している。まあその事こそがネズ公の記憶の欠落である為当たり前なのだが

 

セオ・カイザーフィールド 16歳

転生前:御門星追

レベル:162

職業:転生者

転生者能力:マナホーダイ(一日に消費するMPに上限が定められる。上限を越えた分は消費が0になる)

魔法適性:闇

愛称、別称:特に無し

保有勇者武器:鎌

絆の世界側に居る転生者の一人。貴族生まれの少年

かなりの下衆であり、自己中心的。貴族であるが故に若くして世話役に手を出したりと色々とやっているザ・転生者。一度目は息子にぐちゃぐちゃにされたからこそ二度目の人生こそ好き勝手やらせてもらう、が信条

元々は川澄樹の世界出身の中年であり、保有異能力はA級の運命命中。正式名としては運命の一矢(フォーチュンダーツ)。強く願えば対人関係すら狙い通りに行くという軽い洗脳を含んだ凶悪な命中系の異能力。ではあったのだが、その異能力で世間知らずのお嬢様のハートを射止めて妻の金での豪遊に成功したものの、煩わしくなったし若くもなくなった妻を処分し娘を強姦して自殺に追い込み息子を妹の後追い自殺に見せ掛けて殺し遺産をせしめようとしたところ、超S級異能力に覚醒した息子に共犯ごと細胞一つ残さず消し飛ばされてしまい、命を落とした

その際、息子が雷を纏っていたことから、雷が大嫌い

その辺りから分かる通り、ネズ公の前世の父である。この父にしてあの息子あり

余談だが、勝てないまでも負けないエンド条件を無意識に潰し、女神メディアが負けうる条件をうっかり整えてしまった転生者側の超絶特大戦犯なのだが、本人も女神も女神の負けない条件を満たされかかったアホ息子もそれに未だに気が付いていなかったりする

 

ルナ・カイザーフィールド 14歳

転生前:御門瑠奈

レベル:123

職業:転生者

転生者能力:月を照らす限陽(特定個人に対して加護を与える。加護を受けた者はルナの太陽(みかどさん)となり彼女を守る意志とその為の力を与えられる)

魔法適性:光

愛称、別称:特に無し

保有勇者武器:裁縫具

絆の世界側の転生者の一人。セオ・カイザーフィールドの妹

大人しく目立たない美少女。なのだが、実のところかなりのメンヘラ。転生者能力は、死後一人ぼっちになった彼女が最愛の兄が彼女の側に居ないという事実に耐えられないが故に産み出された相手を実質(みかどさん)にする能力である

何かイタキチネズ公として世界をエンジョイしている兄と異なり女神の力に完全に染まっており、彼の知る瑠奈とは面影だけは残っているもののなかなかに別人。自分の転生したこの世界を女神を降臨させて破壊すれば居るべき世界を喪った自分は世界の枠を越えて兄のいる元の世界に帰れると思っており、転生者とはこの世界を滅ぼす女神の尖兵であると知りつつそれを良しとしている



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伝承の魔法

「リファナ、大丈夫か?」

 「だ、だいじょ……ぶ、かな……」

 「あ、あいかわら、ず……」

 「んまぁ、乗り物で酔ってちゃネズミさんは務まらないし」

 嵐の中で酔ったのかふらつく少女を気遣いながら、離れてもないところでされている説明を右から左へと聞き流す

 

 此処はカルミラ島。正確にはその本島。カルミラ島と呼ばれるのは諸島なので沢山の島からなるが、その中でも特に大きく、一般的に観光地としてはこの島という場所だ。いや、他の島って魔物が居るくらいであんまり見所が無いしな、この島には色々と観光スポットがあるんだけどさ

 例えば、今まさにはぁ面倒臭いなといった面持ちで尚文が説明を聞いている謎の像だとか、な

 「お? 盾の勇者様はお目が高い。あれはこの島を開拓した伝説の先住民であるペックル、ウサウニー、リスーカ、イヌルトです」

 と、案内を買って出たカルミラ諸島の貴族であるハーベンブルグ伯爵がおべっかを使っているのが耳に入る。因みに前から、釣り竿を持つペンギン、クワを持つウサギ、ノコギリを持ったリス、ロープを持った犬だ。オプションとして全員サンタっぽい帽子。まんま過ぎて名付け親のセンスを疑う

 んまぁ、俺の名前のセンスもお世辞にも良いとは言えないんだが。……にしても、何時もならクソナイフが同類相憐れむとかからかってくるんだが、それが無いと少しだけ寂しいなおい

 

 「あれはなんだ?」

 と、尚文の奴がそんな謎生物像の横の碑文に目を止めた

 おお、お目が高い。いや、気づかない奴が節穴なだけか

 「四聖勇者が遺した碑文だそうです」

 「そうなのですか!?リーシアさん、お願いします」

 「はい、イツキ様!」

 何か割と元気な弓の勇者カップルがそれに反応し、我先にと碑文に近づき……

 あ、こけた。さては嵐で車イスの車輪をどっかにぶつけて歪めてたな?

 「い、いてて……」

 「イツキ様、大丈夫ですか?」

 「え、ええ」

 いや、夫婦漫才は良いから早く読んでくれないか?読めないはずだが

 

 「……おや、日本語ではありませんね」

 と、イツキが首を傾げる

 ああ、そういう反応なのか……やっぱり原作樹とは少し違うんだな、と一人で納得。原作の三勇者は日本語ではないと分かるやニセモノだニセモノと騒いでいたのだが、騒がないようだ。……いや、錬も元康も此処には居ないからな、騒ぐ相手が居ないだけなのかもしれないが

 

 「この世界の魔法文字で書かれているようですね」

 魔法文字。面倒なものだ

 決まった解答がない文字、それが魔法文字だ。読み解こうとする人間によって意味が変わるというか……正確には恐らくだが、無数の言葉が一つの地点に重なりあっているというのが答えなのだろう。例えて言うならば五十音すべてを同じ場所に重ね書きしたようなものからなる文って訳だ

 本来そんなものぐっちゃぐちゃの塊でしかないのだが、その文章に込められた力に適性のある者はその中から特定の文字列を意味ある文章として浮かび上がらせられる。だからこそ、適性に応じて重なった中から拾える文字は違い、同じ場所から違う文章が浮かび上がる

 例えば、幻を使う魔法書を適性の無い尚文が読んだ場合、でたらめな文字列しか浮かび上がらないので解読できない。訳すとおかしな言葉になる。だけどラフタリアやリファナはしっかり読み解いて、魔法として発言できるといった感じ

 

 「ネズミさんは読めますか?」

 「読めるけど俺が読んでも意味無いぞ?勿論リーシアやリファナが読んでもな」

 「そうなんですか?」

 「イツキ様、魔法文字は読む人によって意味が変わるんですよ」

 と、こけた車イスを立て直しつつリーシアがアドバイスしているのをスルーして、碑文を読む

 意味なんて無いってことを分からせる為に

 

 「『これは世界を守るために新たな力を得たい勇者のための碑文だ

 もう不要だろう冷やかしなら帰れ』」

 「……は?」

 「いや、俺が読んだ場合、こう書いてある」

 おちょくってんのかてめぇ!対応勇者によって魔法が変わるというが、さてはこの文用意したのクソナイフだな?

 「えっと……ふぇぇ!『勇者に目覚めることがあればまた来てね』って書いてありますぅっ!」

 「わたしはちょっと意味のある文にならないかな……」

 「ナオフミ様、勇者ってどうやったらなれるんでしょう……」

 「フィトリアはねー!」

 と、非勇者勢が口々に報告していく。あとフィトリア、お前は読んだことあるだろ座ってろ

 

 「ん?レン、お前は……」

 「魔法文字が、読めない……」

 「……あ、ああ……」

 うん。何となく分かってはいたんだが、何と返せというのだ

 「今日から学ぶか?ちょうど弓の勇者も始めるようだし」

 「い、いや……。あの二人の間はちょっと」

 「そりゃそうか」

 と、フィロリアルズを見る。ブラン?あいつ読む気すら無さげに優雅にくつろいでやがる。あんな性格だったのかお前

 「くっ!真なる光はこの漆黒の翼を選ばぬというのか……」

 「むぅ!」

 どちらも読めないらしい。いや、お前ら産まれながらに読めたりするチートなのか?そうでないなら魔法文字を読めるはずないだろ

 

 『力の根源たる……盾の勇者が命ずる。伝承を今一度読み解き、彼の者の全てを支えよ』

 「ツヴァイト・オーラ……」

 そんな中、尚文が解読に成功する

 いや、知ってたとしか言いようがないのだが。魔法文字が読めれば樹にも出来る

 

 「わ、ナオフミ様凄いです!」

 と、目をキラキラさせるラフタリア

 「ラフタリアちゃんと毎日魔法文字を読む練習していた成果ですねなおふみ様!」

 ……少し、むかついた

 『力の根源たる中略!伝承の以下略!』

 「ファスト・レイスフォーム!」

 なので、心のままに別の碑文から読めていた魔法をぶっぱ。無意味?知らぬ存ぜぬその通りだ

 

 「……ふぅ」

 何やってんだろうな、俺。そもそもあの碑文ってルロロナ村飛び出してから半年の間に見つけた朽ち果てたものだしな。勇者の碑文なんかじゃない説が濃厚だ。そもそも当時の俺は勇者ではない(勇者であった時期があるとも言えないが)し、転生者向けに昔の転生者が書き残したものだったのだろう

 「あはは……張り合わなくて良いから、マルスくん」

 リファナの乾いた笑いが耳に痛い

 「と、俺の碑文の魔法はこのレイスフォーム。体をプラズマに変換して一時的に実体を無くす魔法だな

 幽霊みたいなもんになるので物理的な干渉がスキルでしか出来なくなるし魔法を維持しつつ別の魔法ってのも杖の勇者くらいしか出来ない芸当だしであんまり意味がない。潜入には便利なんだけどな、物理的な障害なら全部抜けられるから」

 そう。奪った勇者武器でスキルを撃てるしそれならば物理的なダメージが通るのだ。暗殺向け過ぎてとても世界を守る勇者の魔法と言えないだろう。勇者を殺すための転生者魔法といった方がまだしっくりくる

 「そ、そういえばそんな伝承が……あれ?あったかな……」

 因みにリファナ、伝承には無いぞ多分

 「ま、盾の勇者が全員オーラな訳でも無いだろうし、人によるってことで」

 誤魔化してみよう

 「そだねー」

 って乗ってくるのかフィトリア。お前はそれが本当か否か分かってる側だろ?

 「そうなの?」

 「えっとね?

 わかんない!」

 「……分からないのに同意するな」

 と、冷たい尚文

 「何でだ?何回か四聖勇者を見てきただろう?」

 「でもね

 まほーもじが読めるくらいにぶんか?を習った勇者って少なかったよ?」

 さてはドアホだろその四聖

 

 「読めなかったアホをサンプルに入れるな」

 「アホ……仮にも昔の勇者様のことを、容赦なくアホ……」

 リファナが苦笑し

 「アホでどうもすみませんねネズミさん」

 樹には嫌みを言われ

 「ナオフミ様はアホではないんですね!」

 ラフタリアは何か違うこと言っていて

 ……レン?お前は勇者じゃないんだから変な表情すんなよな




おまけ、魔法解説
○○・レイスフォーム
ネズ公の使う魔法のひとつ。自分の肉体をプラズマへと変え、一時的に実体を無くす魔法。固体である肉体を気体どころではなくプラズマにまで変えている為殆どあらゆるものをすり抜ける。ただし実体を持たない為使用中は自身からも攻撃は基本的に不可能。と言いたいところではあるが、遠隔で使用可能な勇者のスキル(フロート系など)に限ればこの状態でも特に変化無く使用可能であるため、使用者が投擲具の勇者である場合はそこまでデメリットではない(投擲具のスキルは投擲の関係上ほぼ全てが遠隔使用可能である)
……万能という訳ではなく、あくまでもプラズマ化しているだけである為魔法はものによっては食らう。また、投擲具スキル『アストラルシフト』といった魂に対して強く作用するものに関しては特攻を食らうといった欠点も持つ
ネズ公は転生者魔法と言っていたが、れっきとした勇者側の力である。というか魔法という形でこの世界ナイズして性能を抑える形で使用可能にした『雷霆』の力の一端(自身を雷に変えて戦う力)である。そのため、この魔法はオーラ等の碑文の魔法と異なり雷霆の勇者の完全な専用魔法であり、他人が万一強引に使えたとして、プラズマから元に戻れずに死ぬだけである。また本来の雷霆と同じく自身を雷に変えている間全身を自分の体がミンチになったかのような痛みと常に世界が乱雑に回転しているかのような感覚のズレが襲うがそんなもの耐えれば良いよね?ということでネズ公は気にしていない


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思い出話

碑文でがやがやは終わり、宿へ

 宿と言っても普通の宿ではない。最上級のものだ。流石は国家がバックアップについた状態の勇者待遇だな

 「凄いですねナオフミ様」

 「お城みたいですねなおふみ様」

 「何時かこんな城を財宝で作りたいわね、(ふみ)

 と、リファナ達プラスアルファが言っている。語彙力が大分無いが、それはもう仕方がない。大理石のような高価な光沢のある石で作られた壁や永遠にも等しい時間水が涌き出る特殊な魔法の込められた石像による噴水、どこからどう見てもルロロナ村の田舎ネズミには縁がなかったものだ。そんなもの、すげぇなオイ以外の気の利いた感想とかやってられないだろう

 いや、実際のところ御門家ってのは旧名家だったりするし、御門讃時代は結構な豪邸に住んではいたんだ。いたんだが……。シスコンな俺は可愛い妹をあんまり知り合いに会わせたくなくて家に同年代の友人とかほぼ呼んだことがない。そのせいか、あのバカデカイ家も自室と瑠奈の部屋と玄関とリビングと……って狭い範囲しかロクに知らなかったのだ。そんなものよりサッカーとかアウトドアばっかだったので探索もあんまりしなかったしな。なので一応お坊っちゃまだった割に高級品への造形は深くないんだ、これが

 

 「では、これからの日程を説明するでごじゃる」

 と、暫く待っているとどっかの王女に変身した影がやってくる

 あ、影ってのは国の諜報機関だ。何度かやりあったな。一言で言えば中世日本の忍者みたいなもんだな。異能力(いやこの世界では魔法だが)を駆使してやるべきときは割と派手に戦う辺りも正に

 ……樹?何だよそんなじとっとした目をして

 「ネズミさん。尚文さんの世界では現実の忍者は人目を忍ぶそうで派手な忍術バトルは漫画の中だけだったそうですよ?」

 ……は?異能力バトルとかしなかったら相手の異能力持ちの殿の暗殺とかどうすんだよ……って、そうか。そもそもそんなことしないのか。夢がないな、その世界の忍者

 「……そんな夢の無いって顔しないで下さいよネズミさん」

 「ん?分かりやすいか?」

 「うん。分かりやすいよ」

 と、リファナにまで言われ、頬を掻く

 少しは腹芸も要練習か。良く口から出任せやってるんだし

 

 「こほん。それでは日程を説明するでごじゃる」

 「そういえばメルティは?」

 「メルティとフォウルは城に残った」

 「誰か残ったアホハクコを呼んでこい」

 思わずずっこけかける

 いや、お前が強くならなくてどうすんだよフォウル。ハクコのお前が一番伸びるんだぞ分かってんのか

 「残らせてあげようよマルスくん」

 「折角妹さんと会えたらしいのに酷いですぅっ!」

 「話の腰を折るなネズミ!」

 散々な言われようである。いや、俺がフォウル買ったのはあいつに尚文側の主戦力となってリファナ達の代わりに危険な前衛やってもらう為だってのに。間違ってるか、俺

 うん。間違ってるな俺。自分が若しも漸く瑠奈と再会できたとして直ぐに良いから来いされたと考えろ

 

 「こほん

 全体で12日。最初の日は下見で明日から4日を人員交換の日とするでごじゃる」

 「はい、質問」

 と、手を挙げる

 「なんでごじゃる?」

 「そもそも、この場に居るのって盾の勇者御一行と弓の勇者カップルだけなのに交換とか要るのか?」

 「「か、カップル……」」

 目をしばたかせる二人は無視して

 「おい、お前

 お前の仲間が居るだろう」

 と、尚文に半眼で突っ込まれる

 

 いや、そういう話なのは知ってるぞ?その上で言ってるだけだ

 人員交換なんかはメルロマルクの女王等のセッティングだ。メルロマルク側から真意を聞きたいというだけ

 「……そちらは別の……投擲具の勇者一行という形でごじゃるよ?」

 「今の俺は投擲具を持ってないし、そもそも俺はリファナの幼馴染なんだからリファナ一行の一員だろ?」

 「沢山一ヶ所に居すぎても迷惑でごじゃるよ

 今のカルミラ島は貸切ではなく多くの人が訪れる人気スポットなのでごじゃるから」

 なるほど、一理ある

 って丸め込まれてどうすんだ

 

 ということで話を聞くと、人員丸ごと交換らしい。俺は樹のところ……というかリーシアと二人、そしてリファナ達尚文一行の順。でちやフィトリアは逆に尚文のところ、樹のところの順らしい

 

 「んじゃ、明日までどこらで狩りをするかとか悩みつつ自由行動か」

 「そうみたいだね」

 ふと思ったんだが、フィトリアが気が付くと姿を消している。どこ行ったんだあいつ

 と、思ったらコールが飛んできた

 えっとね、ばちばちが言うからくさーいメイドを迎えに行ってくるねー

 ……律儀だなオイ

 

 とまあ、そんなこんなは置いておいて

 「……何が売ってるんだ?」

 と、尚文が怪しげな露店を覗きこむ

 此処はカルミラ本島のメインストリート。港から続いており、磯の香りがここまでする島への観光客を迎える場所。一度は城のような宿へ向かうために素通りしたそこへ、俺と尚文一行は戻ってきていた。所謂明日以降の為の買い物だな。因みに資金は4日過ごすには多すぎる額が天井から降ってきた。影が寄越したのだろう

 

 「これは護身用の毒でー」

 「毒物なんて売って良いのか?」

 「許可証が必要でして」

 なんてやってるので尚文は無視で、横の店を覗いてみる

 

 「マルスくん、面白いものでもあった?」

 「どうだろうなー」

 と、見てみた結果、そこはアクセサリーの店だった。あ、ちょいと遠くに去っていく車椅子が見える。その背を押す少女の頭の上に、この露店のリボンアクセサリーの色ちがいらしきものが揺れていて中々に微笑ましいな

 「適当に覗きこんだだけなんだけど、何かアクセサリーの店だな」

 「店だね」

 「ちょうど良い、リファナ、何か要るか?」

 まあ、所詮貰い物の金だし、それで買い込むとして昼の食料くらい。朝晩は宿に戻ればついてるしな。余りに余る額だから無駄遣いしても良いだろうこんなん

 

 「え?」

 「いや、使いきるには多い資金だし、何か思い出に……」

 と、言いかけ、思い直す

 「ってそうか、どうせ買って貰うなら尚文の方が良い、か」

 好きな人から貰った方が、こういうアクセサリーって嬉しいだろうしな。と、ちらりとまた去っていく車椅子を見る

 ちっ、もう居ない、角でも曲がったか

 

 「……うーん、わたしは、なおふみ様からじゃなくても良いかな」

 「良いのかよ」

 「ラフタリアちゃん、ラフタリアちゃんはなおふみ様から買って欲しいよね?」

 「う、うん」

 と、横で聞いてただけの狸耳娘が遠慮がちに頷く

 「だからわたしは良いよ」

 「……何の話だ」

 と、毒瓶片手に尚文がやってくる

 毒は……そのうち盾にでも入れるんだろうか。俺も買って……いや、クソナイフ無いから要らないか

 

 「尚文、アクセサリーでも買おうぜという話」

 「要るのか?」

 「こういうところで、どうせ貰い物だろ?要るか?って二の次で良くないか、とリファナと話してたところ」

 「なんだこれ!」

 と、ちらりと店を見て尚文が叫ぶ

 

 「おい」

 「はいはい」

 「幾らなんでもこれは高すぎないか?」

 あ、尚文が噛みついた

 実際問題、ここのアクセサリーはクソ高い。綺麗な石は使ってるんだが、作りは割と粗悪。その癖に多少それっぽく隠蔽して、隠蔽した結果割と良く見える出来ならこれくらいという相場の倍はある。観光地価格ってのは高いものだが、隠蔽して出来を偽るってのは流石にどうかって話はあるな。騙されるアホにはちょうど良いのかもしれないが

 「何分、ここは大陸から離れた諸島ですからねぇ。少しは高くなります」

 「少し? この隠蔽までして粗悪品を売りつけておきながらか?」

 「尚文

 騙されるアホにはそれなりにお似合いの装備だろ?ってか、確かに高いが魔力も掛かっているし気休めレベルだが効果はある。詐欺と言うには弱いだろう」

 「あ、マルスくんもやっぱり気付いてたんだ」

 と、リファナが呟く

 「知ってて買おうとしてたのかよ」

 「そりゃな、思い出ってのは質じゃないだろ?」

 と、右手を尚文の眼前に晒す

 そこには、俺にとっては大切な……そして他人にとってはガラクタそのものな……形の歪んだ青い指輪がある

 

 「……それは?」

 「昔の村祭で取った射的の景品

 あ、リファナ」

 不完全な指輪じゃ、なと思い、横の幼馴染に声をかける

 「リファナ、お前、まだ持ってるかこいつ?」

 「…………ごめん」

 「……いや、良いよ」

 「メルロマルクの兵士に、波で死んでなきゃって言われたときに、割れちゃった」

 耳も元気なく、少女は呟く

 「悪い、変なこと聞いた

 ラフタリアは……」

 いや、地雷だろ、と言いかけて思い直し

 「キールくんのも割れちゃって

 だから、キールくんが連れていかれる時に」

 「あげちゃったか」

 「いや、だから何の話だ」

 ルロロナ村の亜人話についていけない尚文が話を遮る

 

 「尚文、こいつの適正価格は幾らだ?」

 「安物だな」

 「そりゃな。子供向けに村の大人が作ったものよ。しかも元々青と赤なんだけど青い部分と赤い部分と二つの指輪に分離するって子供心はくすぐるけど良く良く考えるとワケわからん機能つき」

 「言って良いか?」

 「いや、安物だって分かれば良い

 

 こいつ皆で小遣い出しあって射的して、4人分、しかもちょっと皆より多いラフタリアの小遣い泣きの一回で注ぎ込んで、漸く二個取れたんだ

 適正価格からすれば、5倍くらいの額かな。4つ取れなかったんで、謎の分離機能で2つの指輪を4つに分けて、皆で半分……リファナとラフタリアが赤い方で、俺とキールが青い方を持つことにしたから、この青だけだと更に価格は半分、10倍だな

 

 それでも、俺はそれで良いと思ってる。思い出だからな

 ってことで、確かにここで売ってるのは適正価格からすればぼったくりの粗悪品だが、カルミラ島に来た思い出だし別に良いだろ。どうせ、俺の金じゃないしな」

 「いや、それでも隠蔽は詐欺だろ」

 ……あれ、どう言い返そう

 ってか、言い返す意味あるか、これ?

 

 「お客様」

 と、店員に声をかけられる

 「粗悪品だと広めるのは営業妨害です」

 …………

 追い出された



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勇者の布

「……という事ですよ、錬さん

 それがネズミさんです」

 追い出されたのでちょいと見てくるとリファナ達と別れ、一人行動を始める

 

 と、何か必要なら買っとけよと金を渡しておいたレンと、杖をついた樹が立ち話しているところに出くわした。車椅子は側に無く、リーシアも居ない。食われた片足は無いままに、両手の杖で体を支えている形。手放せない弓は、短銃の姿で腰からぶら下がっている。ってことは、たぶんリーシアの奴、車椅子を直して貰いにどこかへ行ったんだな、と推測が出来るが……レンと話している理由は良く分からないな

 

 「よっ、何だよ二人して」

 ネズミと聞こえたので、合間にひょいと割り込む

 「ね、ネズミさん!?」

 「よう樹、何だ、秘密の逢瀬でも見られたような顔して」

 因みに、単純に驚いてる顔だ。そんなアホ面はしてない

 

 「い、いや違いますよ!?リーシアさんに聞かれたらどうするんですか」

 「いや、冗談だから聞かれても問題ないだろ?本当にそうだと思ってたなら、直接言いに行く」

 「で、ですよね」

 「それで?結局二人して何を話してたんだ?」

 軽くジャブを挟んで本題へ

 

 「いえ、これから錬さん達とも人員交換で共に行動する時が出てくるのでしょう?」

 「出てくるな」

 「ネズミさんのパーティの中で、唯一しっかりと会話が成り立つのは錬さんだと思いまして、最初に相談していたのです」

 「相談されていたんだ。別に僕はリーダーでも副リーダーでも無いが」

 「……ゼファー……」

 あいつ、まともに話が出来る認定から外されてるのか……

 と、ちょっと哀れに思いつつ、話は続ける

 

 「で、ネズミさんと聞こえたがそれは?」

 レン、のイントネーションが少し俺と違うのはまあ良いや、個人差だ

 「そういえばですねネズミさん。実はネズミさんがあの転生者?と戦った場所でおかしなものを見つけていたのですよ」

 露骨に誤魔化したなおい

 まあ良いや、少しそれも気になるから後で問い詰めようか

 「ん?どっちのだ?」

 「どっち、とは?」

 首を傾げるふわふわ髪の勇者

 ……さてはこれは、本当に知らないのか

 「いや、タクト・アルサホルン・フォブレイ

 俺がぶっ殺した三勇教の新たなる御神体にして鞭の勇者、あいつも転生者だ」

 「そしてネズミさんも、ですね」

 ……まあ、薄々勘づいてはいたんだ。この川澄樹は、俺が元々御門讃だってことを確信している、とな

 それをレンの前でわざわざ宣言するのは予想外だったが……

 

 「て、転生者?」

 きゅっと自分の体を庇うように、レンの体が強張る。ドラゴンだけでなく転生者にもトラウマとか何が過去にあったんだろうな

 「……樹?」

 「そうですよね、ネズミさん

 いえ、御門讃」

 「…………何のことかな

 俺は単なるハツカ種のネズミさんだよ」

 「……いえ、分かっていますよ

 皆の太陽である為に、ですよね」

 「瑠奈の太陽だ。皆のじゃない」

 「ええ。そうですね

 では、何でそれを知っているのですかネズミさん?」

 ……何だろう

 どうせ知ってるんだろ?と思うと警戒が薄くなるというか……

 「で、それは後で良いだろ

 何を見つけたんだ?」

 「これです」

 と、樹が広げて見せたのは……ん、なんだこれ

 「布切れか?」

 「ええ、服の切れ端です。あの三人とネズミさんの戦ったあの場所で見付けました

 そのときはちょっと不思議なものだなとしか思わなかったのですが……」

 見れば見るほど不思議だ。何となく、特別な……それこそ、今背負ってる剣にも近い空気がある

 「……これは、勇者の武器の力か」

 「そうなんですか?」

 「知らなかったのか?」

 「ええ。ネズミさんのその背の剣は……」

 「槌の勇者が作ったものだ。だから、勇者の力を感じるんだろうな」

 いやでも、勇者武器のなかに布切れを作れるような武器あったかな……

 と、疑問が湧いてくる。少なくともこの世界の勇者武器には無い。波で融合しようとしているもうひとつの世界を考えても、あまり思い浮かばないんだが……

 

 「でも、この布を作るとなると裁縫具か何かか

 そんな勇者武器あったかな……」

 「いや、無いでしょう……とも言いきれません、か」

 「そりゃな。あいつらが持ってた扇だって、別の世界の勇者の武器な訳で

 どっかの世界になら裁縫具とかあっても可笑しくないっちゃ可笑しくないんだ。だとしても、そんなイロモノ勇者武器が都合良くあの転生者等の側にあるのかというと……正直疑わしいな」

 樹の手から受け取り布切れを見渡してみながら呟く

 こういうときこそソウルテスタメントの出番だろ記憶を覗かせろよ居ないとかホント使えねーなクソナイフ

 

 「これは!」

 「何か分かったのか?」

 と、横から覗きつつレンが呟く

 「いや、刺繍がある。ブランドマークか?」

 「……重要な事じゃないのか」

 いや、がっかりするなよレン。手掛かりになるかもしれないだろ?

 

 「ネズミさん。ネズミさんからは何に見えますか?」

 と、樹に聞かれる

 いや、分かりやすくないか?一発だ

 「マフラーを巻いたイタチ」

 瑠奈の書いてた絵に妙に良く似てるから良く分かる。母を殺した車が走り回る家の外の世界が怖くて、けれども外に想いを馳せていた引きこもりの妹が毎日書いてた単色の動物絵にそっくりなんだ。これは、妹の書いてたイタチ。他にはキツネとかタヌキとかネコとか居たけれども、それらとは違う細長いシルエットの刺繍だから間違いはないだろう

 

 「マフラー、ですか……僕には首を締められた虎?にも見えるのですが……」

 「虎か?これ」

 「ネズミさん。ピューマってブランドを知りませんか?スポーツグッズのブランドなのですが、そこのロゴは虎です

 そしてこれ、その虎が首を締められてるようにも見えるんですよ」

 「ああ、そういえばそんなブランドあったな

 

 でもこれ、虎じゃなくて多分イタチだぞ。だから違うだろう。わざわざ首を締めるロゴなんて、元ロゴに恨みでもなければわざわざ作らないし、さ」

 まさかピューマブランドの靴とかに深すぎる恨みがあるあの世界の奴が裁縫具の勇者なんてあるかも分からないものに選ばれてわざわざそのロゴを貶めるようなロゴ作らないだろうに

 

 「……そう、なのか?」

 あ、レンが置いていかれている

 「本当に、いつ、いや弓の勇者と同じ世界の出身なんだな……」

 と、少しだけ距離を取るように、黒髪の少女は呟く

 バレてるんなら、と言いたいが、あくまでも俺は単なるネズミさんだよというスタイルは崩さない。ってか樹の奴、俺が投擲具を持ってたのは正規だからだとか勘違いしてないだろうか。どんな勘違いから俺が転生者だけど味方だと思っているのか知らないが、それと矛盾する言葉を言ってしまうと不味いだろう。だからこそ掘り下げない。勘違いはそのままに、ふわっとした言葉でごまかしを続ける

 「なーんの事かな?俺はちょーっとみかどさんってのに近いらしいからそれっぽいこと言ってるだけの、ルロロナ村の田舎ハツカネズミさんだよ」

 

 「……なら、ひとつだけ聞かせて欲しい」

 やけに真剣な顔で、やっぱり離れたまま、不意に少女が呟く

 「ん、何だ?この剣の事か?」

 「い、いや……

 キミが、本当に弓の勇者と同じく異世界から来た人間なら」

 「今は亜人(ネズミ)だけどな」

 「この世界と関係なかった人間なら

 何で、ああも命懸けで戦える?」

 そう呟く少女の体は、少し震えていて

 「自分は戦えないのに、何で?って話か?」

 こくり、と首肯

 「あの時、盾の勇者達も、弓の勇者も教皇と命懸けで戦った」

 「俺はのんびり現人神と戯れてたけどな」

 「僕達だけは、神官と……言いたくはないが、正直な話まず殺されることはない安全な敵とだけ戦っていれば良かった。召喚されただけの他の勇者が命懸けなのに」

 いや、何でそんな事で悩んでるんだよレン

 と、ため息ひとつ、口を開く

 「レン

 俺は戦う意味があるから戦ってるだけだ。命を懸けても、守りたいものがある。総てを賭しても、祓わなきゃいけない雲がある

 俺は、世界の雲を取り払う!瑠奈の太陽だから。そうでなければいけないんだよ

 

 でもさ?レンは違うだろう?命を懸けなきゃいけない程のものはない。ならさ、死ぬかもしれない戦いに、それでもやらなきゃいけない誰かが立ち向かってるのに自分は安全だなんて、そんなもの悩むな。それで良いんだよ」

 「でも!」

 「そうですよネズミさん!それに、尚文さんたちは」

 「世界は、勇者にしか守れない。そういうものだ

 だから俺は勇者であろうとしたし、尚文には強引に戦ってもらう。そうでなければ、俺の守りたいものは守れない

 だけどな、これは最低の選択だ。戦いなんて本当は嫌いな奴に、おめぇにしか出来ねぇんだ、おめぇの出番だぞ、尚文!と世界の命運を押し付けているだけ

 そんなものに付き合えなかったからって、気に病むなよ。お前の心のままに、自由にすれば良いんだ。俺はお前を、命がけの戦いを強制させる為に拾ったんじゃない」




ねずこうよしっているか
転生者達の服を縫った当人はイタチが大嫌いだ。でち公のイタチ嫌いとかのような半冗談ではなく、純度95%の殺意的な意味で


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弓の勇者の仲間達(一人)(後の嫁)

「ってことで、今日から二日間だけお前の愛しの樹様に変わって同行することになる、一応投擲具の勇者って扱いなネズミさんだ

 ぶっちゃけ知ってるだろうが宜しく頼む」

 翌朝、軽く部屋の扉を開けて挨拶すると、しっかりと椅子に座って待っている明るい緑髪の少女が軽く会釈した

 

 「って、堅苦しくやってもしょうがないな。樹から何か伝言とかあるか?」

 「ありませんよぅ」

 「んじゃ、今回は俺の勝手にスケジュール組んで良いって事だな」

 「イツキ様……大丈夫でしょうか……」

 俺の眼前で他の勇者の心配をするとは随分と

 ……いや、カップルカップルはやしたててる以上お熱いことで以外言うことないな

 

 「そこは心配ないだろう。樹は尚文の仲間んところ行ったんだから、あそこにはリファナが居る」

 「イタチの()への信頼が厚いです」

 「当たり前だろ。お前も樹を信じろ、お前の勇者だろ?」

 「わ、私のじゃ……」

 「照れんなって

 

 んで、リーシア。お前一人って事は昨日一日でスカウトは出来なかったで良いんだよな?」

 頬を赤らめる少女をからかいつつ、話を進める

 「は、はい

 昨日はイツキ様の車椅子を直す事を優先したので……」

 「明日ってか今日から外だからな。それが正しいんだろう。直ってなきゃ杖だからな

 で、これから俺達もカルミラ諸島の魔物の楽園みたいなところに行く訳だが……

 リーシア、お前のレベルは?因みに俺は現状で85だ」

 これは本当。勇者ではないのでレベルは100で止まる。100以上もあるんだが、そこに行くにはステータス魔法というこの世界のルール上特定条件を満たさなければならず、条件を俺は知らないので無理

 同じく、リーシアも100で止まるはずだ。尚文達正規勇者はステータス魔法ってのがそもそもこの世界の神とも言える四聖の武器の精霊がこの世界に敷いた理であるという関係上その縛りが解除されるんだが……。因み昔にそれならレベルキャップ解除出来るお前は解除方法知ってるだろクソナイフと聞いたら、勇者武器パワーで勝手に解けるだけだから他の人間は無理と返された。相変わらずのクソナイフである

 「81です」

 81?割と高いな、と内心で驚く。確か原作ではカルミラ島での話を一通り終えた辺りであまりにも初期からステータスの上がりがしょっぱすぎて樹から解雇され、それを苦にして海に身投げしたタイミングで65だった……い、68だっけ?そこらは記憶が曖昧だが確か60台だったってのは合ってるはずだ。つまり、そこから既に10以上高い。しかも、活性化中のカルミラ島というレベリングに最適な時期の前と後だというのに、だ

 

 「80台もあるのか、中々だな」

 「はい、最近はステータスの伸びが良いってイツキ様からも誉めてもらえるんです!」

 ……そういやこいつのステータスって60後半からバカ上がりするタイプだったな。成長期入ったということか

 これで樹に捨てられることもないな。いや、現状仲間がリーシア一人な樹がそんな事するはずもないが、原作通りになることはないという話で

 

 というか、原作樹って随分と尚文に都合の良いタイミングでリーシア捨てたよなーとちょっと思う。60後半、ちょうど上がり出す直前に育てても無駄だと言い出すとかさ。しかも、基本的には自分の正義を信じて付いてきてくれる上に、あの初期値だろ?レベルによるステータスの上昇がどれだけこのステータスがものを言う理の世界において重大か分かっていたならば、逆にリーシア捨てるとか有り得なさすぎる選択だったんだが

 60後半までいっても全然ステータス上がらず足手まといになったから捨てた。だがクラスアップもあるこの世界、本当に一人だけレベル1から全然ステータスが上がらなかったのなら40くらいで全身全霊で攻撃されればワンパン余裕だ。120とかまで行くとかすっただけで死ねる。60台の奴等相手に足手まとい扱いされつつも一撃死せずある程度戦えるとか伸びてないのにレベル40近くのステータスはあるって事だぞ。明らかに初期値が狂った高さだ、間違いなく何かあるだろそんなん

 因みに俺のステータスだが、初期値については完全に狂った高さしてたりする。リファナの18倍くらいはあったな確か。転生者パワーって奴はやべーわやっぱり。まあ、伸びは普通だったんだけど

 って、そこは今は良くてだ

 

 「でだリーシア

 カルミラ島は活性化中だ。その気になれば、明日の夜にはレベル100になって愛しの樹のところに戻ることも出来るだろう。即座にもっと役にたてるぞ」

 「ふ、ふぇぇぇぇっ!?」

 「だが、それだと資質向上でも何とか使えるようにならない限りその先カルミラ島でやるべきことが観光とかしかなくなるって欠点もある。その先がない」

 「そ、それも困りますぅっ!」

 「だから聞こう

 レベルを上げるか、或いは隠されているかもしれないカルミラ島の秘密とかそんなものを探索してついでに軽く狩りをするか

 

 俺はどちらでも構わない、お前に任せる

 さあ、どうする?」

 「……」

 少しだけ、少女は悩む素振りを見せる

 だが、すぐに結論は出たようだ

 「カルミラ島の秘密を見つけたら、樹様は喜んでくれるでしょうか」

 「見つけてみなきゃ分からないな

 何があるか知ってたら、そんなもの探索じゃない、検証だ」

 「そ、そうですよね?

 探索してみます」

 そっちか。良し

 まあ、俺としてもクソナイフが無い以上資質向上とか出来ないから100まで上げてもなーってところだったんだよな。ひょっとしてタクトとやりあった時にレールディアだけでも殺しとくべきだったか。いや、一人でも殺したらあいつ変なカース覚醒してても可笑しくないしな、どっかのレーゼみたく、突然俺の復讐の雷霆(アヴェンジブースト)を奪って使い出すとかいうどうしようもないオチがあったかもしれないし。あの時は奪えるようなものじゃねぇ!で戻ってきたから何とも無かったが、もしも取り戻せずあのまま暴れられてたらどうなってた事かってレベルの異能力だからなアレ

 

 「よし、そうと決まれば支度して出発だな

 探索ってことで、今日は宿に戻らない。野営するから着替えとか持ってけよ。食料はこっちで買っとくから」

 「ふ、ふぇぇぇぇっ!?野宿ですか!?」

 「樹と一緒に野宿とか無かったのかよ?」

 「お、襲われたり……」

 少しだけ、少女は此方を見て

 「大丈夫そう?」

 なら言わんで良い

 「そういえば、昨日頭の上で揺れてたリボンは?」

 ふと、そういや今日はリボン無いなと思い聞いてみる

 「ふぇっ!?み、見られてたんですか!?」

 「ああ、見てた」

 軽く頷く。すると、少女は顔を真っ赤にして……

 「ふぇぇぇぇっ!?」

 あ、椅子から転げ落ちた。何もそんなに反応しなくても

 

 あとで聞いたが、あれは粗悪品ですし練習に使いやすいでしょうと買って貰ったものらしい。アクセサリーへの魔法の付与なんかを今のリーシアはやろうとしていて、その材料だった訳だな。だが勿体なくて仕舞い込んだんだとか

 というか、この島に来た勇者のうち2/3に粗悪品だと言われてるとか、大丈夫かあそこのアクセサリー屋。勇者に粗悪品詐欺と呼ばれた店として悪評で潰れないか?

 少なくともフィトリアあの場に居たら大声で詐欺広めて終わってたろうな、あいつの人生

 『ばちばち、いまからやるー?』

 やりません。あと、今何処だフィトリア

 『えっとね、あのくさーい悪魔を咥えて泳いでるとこー

 あしたにはつくよー』

 ……早いなオイ。船より早いんじゃないか

 『?フィトリアふね出せるよ?』

 馬車の中に船を含めるのかよ!?何でもありだな勇者武器……船の勇者が泣くぞオイ

 ってか船を出せるなら咥えてじゃなく乗せてやれよ

 『やー!』

 ゼファー、哀れなり……

 『でもね、ばちばちの世界にあるみたいなおっきなのはむりかなー

 フィロリアルや海のいきものが引いてうごかせる大きさだったりホントに引いてるものだけならできるよ?』

 無理なのは現代戦艦とかか?出せたら本格的にどっかの世界に居るだろう船の勇者が哀れ過ぎるからな

 ……どっかに居るんだろうか、勇者武器(形態:戦艦大和)とかいう馬鹿勇者

 空母なら運用できるぞあくまでもおまけだがとかほざく航空機の勇者なら居そうだ

 

 ということで、用意を終えて出てきたリーシアと二人、港へ

 本島はそんな調べるものも無さげだしな。開拓ほぼやりきられてるし

 と、そこで俺達を乗せてきた船がまだ停泊しているのを見かけた

 珍しいな、本来は定期便だろうに何でまだ出てってないんだろう

 「……あ、」

 俺を見つけ、船の前に立ってた少し幼げな顔の女が、手を挙げる

 誰だ?って船長か、あの船の

 「……見つけた」

 「ん、何か用か?」

 「盾の勇者の、仲間」

 「何だ、尚文への用なら尚文に言え」

 「……会えなかった」

 「さいですか」

 すれ違いか、その辺りは

 「ま、伝言なら聞くよ

 ってか、良いのかよ船を出さなくて」

 「……特例。特別便が出るから、おやすみ」

 ……特別便ねぇ

 嫌な予感がするんだが。まあ、良いや、話を聞こうか



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ゾンビの島

「あ、あの時はお世話になりました」

 と、横のリーシアがぺこりと頭を下げる

 律儀だな。まあ良いんだが

 

 「……それが、仕事」

 と言いつつも、船長をやっている少女は少しだけ頬を緩めていて

 「フォーブレイのお偉い人が来る」

 と、静かに告げた

 「フォーブレイ……

 嫌だなマジで」

 「……そう?」

 「メルロマルクの次に嫌いだ、フォーブレイって国は」

 ああ嫌だ嫌だとばかりに、ちょっとばかし大袈裟に肩を竦めてみせる。本気は5割ほどだな

 なんたってタクトの国だからなフォーブレイ。原作ではドン引きされまくってた豚王とか呼ばれる現国王の男だが、まあ彼は嫌いじゃない。好きにすれば良いと思う。だが、タクトが居る時点でフォーブレイ、てめぇそのものはアウトだ

 「んで、フォーブレイのお偉いさんを接待する為に普通の便は欠航と」

 「これ以上、カルミラ島に来る人を増やさないって事ですか?」

 お、リーシア鋭い

 このカルミラ島を人でごったがえさせない為の措置だろうな。そのお偉いさんが来るってことはレベル上げのための狩り目的だろうし、人が多いと面倒ではある。実際、今居る港からメインストリートを見れば人の波だ。休日の人気テーマパークかって量の人。狩りにもルールとか制限とか掛けられていて、張り紙が諸島の別の島への船便の船室には必ず貼ってあるレベルだ。お偉いさん的にはそれが嫌で人払いしたいんだろうな

 「多分なリーシア

 つまり、来るのは他国にすら影響を及ぼせる地位の実に高いクソ野郎確定だ」

 「……クソ野郎?」

 おい、首を傾げるなそこの船長

 「そりゃそうだろ?活性化地はレベル上げのメッ……聖地だ」

 ヤバい。メッカと言いかけた。この世界にメッカは無い。いや、実はメッキャーとかいうパチモノシティなら勇者が作った街としてあるにはある。だがそれはフォーブレイの街のひとつに過ぎないし、聖地って意味はない。だからこの世界だと通じないんだよな○○のメッカ

 「つまり、偉い自分達がそこを独占したいってのはクソ野郎の発想だろ」

 「……勇者、達は?」

 「誰が帰るか

 多分王族だろうが何様のつもりだと居座るくらいやるべきだろう」

 「ふぇっ!?良いんですかそれ?」

 「寧ろ活性化中に他人を追い出す方が悪い。メルロマルクの女王はその辺りは弁えてたようだがな」

 あまり迷惑をかけぬように、と言われてるらしいからな。俺は直接会ってないから又聞きだが

 

 「……粗雑」

 「粗雑もなにもな

 この世界は勇者にしか護れない。だからこそ、関係ない異世界人を勇者として召喚して命懸けで戦わせるしかない。この世界の人間は、四聖にはなり得ないからな

 

 だけど、それと同時に勇者に護れるのは世界までだ。そこに生きる人間を、どれだけ護れるってんだ」

 「勇者がそれ言っちゃうんですか!?」

 驚愕するリーシア

 いやお前が驚くなよ

 「まあ、別次元から自分の世界を放り出して純粋にこの世界を守りに来てくれる別次元の勇者でも大量に居れば話は別だぞ?

 そんな見返りの無いボランティア基本居ないし次元を渡るのもそう軽々しく出来ないだろうから机上の空論だがな。だからこそ、勇者は最大で12人しか居ない」

 「……勇者?」

 「そっちかよ!?」

 ぽつりと呟く船長にずっこける

 そういえばそんな感じの挨拶してなかったな。途中から乗ったし

 

 「俺はマルス。盾の勇者の仲間?って扱いではある

 四聖の盾と弓等の認識では、投擲具の勇者ってところだ。まあ、諸事情で投擲具を今持ってないがな」

 嘘ではない。持ってた時期はあり、今は無い。正規所持ではなかったがそれを言わないだけだ

 

 「……投擲具。なら、異世界人?」

 「いや、俺はセーアエット領の出だ。亜人の召喚勇者とかも居るのかもしれないが、少なくとも俺はそうじゃない」

 勇者武器が俺達や尚文の世界に干渉して勇者としてそこの人間を呼べたということは、この世界と日本とかがあるあれらの世界は平行して存在する世界であると言えるだろう。当然、今波によって融合しようとしている世界やこの世界と似た日本風に言えばファンタジーな世界だって他に幾つも存在する。ならば、だ。今回の四聖勇者は全員現代日本とでも括れる世界群からの召喚であったが、必ずしもそんな場所から召喚する必要はないのだ。それこそ、この世界に近いファンタジーな世界から人間の姿になれる古代龍を勇者として召喚する……って事すら理論上は可能なはずなんだからな。ステータス魔法という同じようなルールを敷いた世界の古代龍とかならば最初からレベルもスペックも高く即戦力として申し分がないだろうし

 ま、あれか。そんな優秀な戦力なら貸し出してやるのは勿体ないとかそんなんか。その例に挙げた古代龍の世界にだって当然勇者武器はあるだろうし、眷属器の勇者にならば出来るはずだからな。自前の世界の勇者として置いておきたいわな

 

 閑話休題。今回の波ではそんなもの呼ばれてないから関係無いな。あるとしたら、勇者無しで沈黙している爪が突然亜人勇者なんかを召喚する場合だけだが……台座に帰ってきてないらしい、と悪魔の噂で聞いた。システムエクスペリエンス的には帰ってきたら転生者をけしかけて手にしようと思っていたらしいが……

 因みにだが、彼等的には複数の勇者武器を保持しているタクトはクソ、らしいな。一応転生者側なことは間違いないから呪いで殺すに殺せないんだが、勇者武器を幾つ奪おうが使えるのは一つだから死蔵し過ぎ勝手すぎという認識だとか。って、俺は良いのか俺も複数持てるが

 いや、そう長い間複数持ってないからか

 って、今はそれも無関係か

 

 「んで、だ

 だからこそ、自分の身は自分達で守るしかない

 勇者にしか波の元凶は倒せない。だから、勇者にしかこの世界を護れない」

 ま、正確には波を起こしてる神と同じく神の域に行った奴等なら勇者でなくても勝てるんだがな。来てくれてたら原作で尚文等があんな苦労する事も無かったし多分基本使えねーと無視して良いだろう

 「だが、最大で12人しか居ない勇者では世界を護れても其処に生きる人々を護りきれない。波を起こし無数の怪異を送り込む敵の手数に対して致命的に数が足りない

 だからこそ、だからこそだ!

 皆が力を合わせれば何とか自分達を護れるようにならなきゃいけない。全員が各々せめて己を護れるように強くならなきゃいけないんだ」

 だからこそ、辛くて苦しいだろうにリファナとラフタリアを戦いに巻き込んでいるのだから

 

 それをさ、自分達のレベルの為に他人を稼ぎ場から追い出すとかゴミだろ?と軽く笑ってみせる

 「……確かに」

 「イツキ様、イツキ様の迷惑にならないように強くなります!」

 リーシア(恋する乙女)は盲目なので置いておいて

 「んで、話は戻るが。尚文に伝えたいのはそれか?」

 こくり、と頷く船長

 「……変なのが来る」

 「確かに、言っておいた方が良いな」

 どうせ死んでないしなタクト。下手したら奴って可能性があるしやはり警告すべきだろう。いや、タクトハーレムならタクト乗せて飛べるグリフィンとかドラゴンとか居るだろ別人だと希望的観測したいが……

 

 「で、今暇か?」

 「……暇」

 「じゃ、投擲具の……

 いや、盾の勇者の仲間として一つ頼み事して良いか?」

 「……何?」

 「俺は実はカルミラ諸島についてそんなに詳しくないんだ。カルミラ諸島航路の船長なら割と良く知ってるだろ?

 穴場……ってか、人が基本近寄らない未開の島って無いか?」

 「……ある」

 「なら、そこに連れてってくれないか?」

 「……活性化の恩恵が無い」

 「別に良いよ

 どうせ、全日狩りをしたらオーバーラン、レベル100になって手持ち無沙汰な時間が出来るから。探索って奴だ」

 「……あそこは、臭い」

 「なんだそりゃ」

 首を傾げる

 臭い島?変な島だな

 

 「……ゴミ捨ての島。だから捨てる人しか近付かない」

 「そういえばそんな島の話を聞いたことがありますよ」

 と、リーシアが補足

 「ゴミ捨てか

 探索には割と良くないか?」

 「良くないですぅっ!」

 「……オススメしない」

 ……女の子は嫌かやっぱり

 「ってか、ゴミって何なんだ?」

 「……」

 おい、黙るな二人とも

 

 「……葬る義理はない」

 「肥料にしたりしたら、不買運動が……」

 ……オブラートに包んだ言い方で分かる

 「……行くぞ、リーシア」

 「ふぇっ!?ふぇぇぇぇぇぇっ!?」

 「乗せてってくれ

 無理なら、こいつの首根っこひっつかんで自力で行くから場所を教えてくれるだけで良い」

 目を白黒させる期間限定の仲間の意見はガン無視してそう告げる

 「……そこまで言うなら」

 

 そうして。数時間で島が見えてくる

 この辺りまで嫌な淀んだ空気が漂ってくる辺り只物じゃないな

 肥料にすら出来ない異臭を発する腐り物。ちょうど良く海流の流れか近くの海岸から捨てるとその島に流れ着くらしいその生ゴミ扱いされるものの名は、とても簡単だ

 

 亜人の死骸、と言う

 

 当たり前ではある。メルロマルクにおいて、亜人とはゴミだ。人権は基本無い。死体ってのは肥料になりはするが、亜人のそれなんて使ってた日には亜人混じりの野菜なぞ食えるか!運動が起きるくらいには一般的に嫌われている

 だから奴隷として買った亜人等を死ぬまで酷使して、死んだら海に捨てる。それが流れ着いたりして、何時しか亜人の死体捨てのメッカとなったのがその島らしい。死骸だらけで基本は誰も近寄らない。魔物すら出なくなったとか

 いや、魔物は居るな。腐りかけのゾンビだけが。カルミラ諸島の魔物ではないから活性化の影響を受けないがな

 

 「……既に臭いな」

 「だ、だから言ったんですよぅ!」

 「……ここまでしやがって」

 拳を握りこむ。軽くぬるぬるするが、滑っている気すらする空気よりは掌に今出来た傷から流れる血の方がまだ感触が良い

 

 「っ!」

 不意に、光のようなものを、その島で見た気がした

 光を発するようなものは死骸の島では基本無いはすだ。つまり……

 誰かが、火を点けようとしている

 

 「てめぇぇぇっ!」

 ファスト・スカイウォーク!ファスト・レイスフォーム!ファスト・ボルトステップ!ファスト・ブリッツクリーク!

 詠唱無視して何とか撃てるようになってきたファスト級の移動に使える魔法を連打して、船を離陸。島までの1kmほどの海を一秒足らずで走破し、光の見えた場所に斬り込む!

 「此処で火を点けて!何をして……して……」

 そこに居たのは、あまりにも暗い顔をしたとても見覚えのある女性であった

 「サディナさん!?」




ネズ公よ、これが貴様の罪(絶望)だ。絶望を伏せてターンエンド
腐って顔が分からなくなったキールの死体の見分け方講座(ラフタリアの指輪)は受けたな?じゃ実践編やろうか


まあ、すぐリバースしますが


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幼馴染の見分け方、実践編

「サディナさん!?」

 サディナ。俺やリファナやラフタリアやキール、つまりはルロロナ村の子供達にとっては姉のような存在。サカマタ種……というのだったろうか、割と珍しい水棲系の鯱のような亜人だ。この辺りではほぼ見ないが、クテンロウなんかには居るのだったか。お陰で別の種族に見られがちなのよーと、子供向けにそれぞれ自分の種族について語ってくれた時に言ってたのを覚えている。因みに俺はハツカ種に関してあまり良い話が無かったので聞き流していた。かび臭いとかすばしこく生き汚いとか正直なぁ……。聞きたくない種族特徴というか、さ。霊的な存在に近いリファナのンテ・ジムナ種だとかの特別感ある種に比べたら良く居るクソ鼠亜人種というか。まあ、キールもワーヌイ種ってそこらの犬亜人種なんでそこは止めよう、不毛だ

 

 「……その髪」

 記憶とは全く違うやつれた髪。疲れきった光のほぼ無い目

 覚えている彼女とは正直な話別人だが、それでも恐らくはそうだろうと思わせるだけは似た姿のその女は、少しだけ顔を上げた

 

 「……マルちゃん?」

 「………………その呼び方は止めてくれと言った筈です」

 そう。ちゃん付けするのがサディナさんだ。妙に可愛げのあるような無いような名前にされてしまうので、俺は止めてくれと言っていたのだが、聞き入れて貰ったことはない

 

 「何をしているんですか、サディナさん」

 その手には軽く起こされた火があり……俺が見た光とは、彼女の起こした火であると理解できる

 「みんなを焼いてあげるのよ」

 生気の無い目で、その女性は呟く

 いったいどうしてしまったというのやら。覚えてるサディナさんらしくないし、原作の彼女らしさもない。こんな弱々しさを見せるような人ではなかったはずなのだが……

 

 「……死ぬ気ですか!」

 死体を焼こうというのは解った。腐りかけの死骸がそんなに普通の火で燃えるのかって話はあるのだが、そいつは今は置いておく

 「……マルちゃんは、やっぱり生きてたのね

 お供え物もマルちゃんの?」

 「はい

 それよりも、答えてください」

 口調も、そして目線もちょっと強すぎるだろうか。それでも、キッと睨み付けるようになりつつも、その女性を問い質す

 「マルちゃんは強いから、一人で生きていけるわよ」

 「そんなもの、関係ない!」

 いやそうだろう!?俺は一人で生きていけるさ。だが、ラフタリアやリファナは?まだ原作では会う時じゃないから見付けてないけどキールは?生きているかもしれない皆は?

 「もう疲れたのよお姉さん

 みんなと一緒に眠らせてくれる?」 

 ……誰だ、これは

 「ふざけるな!」

 「ふざけてなんかないわ」

 「一人逃げるのか!」

 思わず敬語が崩れているのを自覚し、修正

 「皆を置いて!一人、狸の親父のところへ逃げるんですか!

 リファナを、ラフタリアを!キールも!みんなを置いて!」

 思わず首を掴みそうになる手を抑え、叫ぶ

 

 「……マルちゃん」

 静かに告げられる声は諭すようで

 「生きてるって信じたいのはお姉さんも分かるわ

 でも」

 ……だからか。だから、こんなに噛み合わない

 「ラフタリアちゃんも、リファナちゃんも、キールちゃんも、誰ももう居ないのよ」

 皆が、此処に捨てられている死体の中に混じっていると勘違いしている

 「……ならば!

 俺の知っているリファナ達は、既に死んだ幽霊達だって言うんですか!?」

 「……え?」

 「今日の朝、俺はリファナと朝の挨拶をしました

 ラフタリアにナオフミ様の為に果物のジャム取ってとも言われました。それらすべてが俺の勘違いか幽霊との対話だったとでも言うんですか」

 「……嘘よ

 マルちゃん、お姉さんに変な希望を持たせなくて良いわ」

 「そんな風に、逃げるんですか」

 そう呟き、今にも殴りかかりそうにも見えるネズミの姿が映りこむ瞳を睨み返し

 

 「……本当に?」

 折れた、と息を吐く

 「本当です。リファナも、ラフタリアも。盾の勇者に保護されて、その仲間として波と戦っています」

 まあ、俺が投擲具の勇者ユータのふりして巻き込んだと知ったら殺されそうなのでそこは言わず

 「……ホン、トに?

 マルちゃん、お姉さんに嘘言ってない?」

 「俺がサディナさんに嘘をわざとついたことがありましたか?」

 「3回もあったわねー」

 ……ちっ、回数まであってやがる。言い返しようがない

 「盾の勇者様の好意も三度まで。四度目はありませんよ」

 仏の顔じゃないのか言いにくいぞと思ったが、亜人にとって基本的には盾の勇者ってものは神様仏様なのでこんな言葉が広まったのだろう

 「その言葉嫌いじゃなかったかしらー?」

 「……まあ、嫌いですが

 それでも、俺がリファナについて嘘を言うと思いますか?」

 「それもそうね

 マルちゃん、リファナちゃんのことが大好きだもの、そこで本当に死んでたら生きてると嘘ついて放置なんてしないわよね」

 ……そんな認識だったのか俺……

 いやバレバレってかキールにすらたまにからかわれてたんだが

 

 「……だから、行きましょう

 盾の勇者の元へ。ラフタリア達の所へ」

 「そう、ね

 お姉さん、ラフタリアちゃん達が生きているならば……まだ、頑張らないと」

 「ええ」

 記憶を巡り、生きているかもしれない残りを思い出す

 無事を確認したナディアは……そうか。樹が亜人蔑視を知り買い戻した結果逆にレーゼ達に殺されてしまったのか。次に会ったらぶっ殺す

 他は……あれ?ヤバい。生きてるのが後はキールくらいじゃないか?原作ではキール以外に割と見つかってた気がするんだが……ちょっと死亡してなさそうなの少なくない?病弱なあいつは奴隷にすらされずに餓死してたし……あれ?

 「きっと、ラフタリア達も喜びます

 俺の知る限り、村の住人の多くは死んでしまいましたけれども。それでも、生きて波に立ち向かう人々はまだ居る」

 「そうねー」

 「あとは、キールを……」

 

 ぽん、と

 軽く、肩に手を置かれた

 「マルちゃん」

 優しく、諭すような声

 「キールちゃんは、盾の勇者の仲間じゃないのね?」

 「はい

 仲間なのはリファナとラフタリア、あと俺ですね。俺は一応ですが」

 「マルちゃん。これを見て」

 鯱の亜人がズレた先にあったのは、折り重なって捨てられた5~6人の亜人の死骸

 ラクーン種っぽいの、金髪っぽいの、黒猫っぽいのが居る。それらをラフタリア、リファナ、後はナディア辺りと思ったのだろうか

 「……彼女等は違うでしょう」

 「マルちゃんが本当のことを言ってるならこの娘達は違うのかしらねー

 でも、一番上を見て?」

 一番上は……ワーヌイ種だろうか。死後一月くらいは経っているのだろう、腐乱が始まっており顔の判別はもう付かない。耳らしき腐肉からそうなのかなと思うだけだ

 それにしてもひっどい死体だな。腐りはじめて頭蓋が軽く露出しているが、そこに深いひび割れが見える。強く頭を殴られた証だ

 それに、うつ伏せに倒れているのに背の上にはあらぬ方向にねじ曲げられたのだろう右腕だったろうパーツが腐敗によって腕から外れて落ちているし、近くに投げ出された左腕は二の腕半ばから折れた骨が見えている。細かな打撲痕などは最早腐敗によって消えているだろうにここまでの惨状。どれだけの事をされて死んでいったのか想像に難くない

 死因としては、恐らくは斬殺。肋骨に深い斬り傷があるしこれが致命傷なのだろう。骨にまで届き数本斬り落とされてすらいるのだから、この傷が死後につけられたものでなければそのはずだ。とすればだ、頭蓋にヒビを入れられて、右腕は可笑しな方向に曲げられて、左腕は完全に折られて。左足には金属製の鎖が残っているし、まともに歩くことも出来なかったに違いない。どれだけ苦しんで死んでいったのだろう。最近メルロマルクでは対亜人運動が盛んになり亜人奴隷を虐殺するなんて事もあったらしいが、ここまでするかと言いたくもなる

 「見せたかったのは、こんな事ですか」

 「気が付かないのかしらー?」

 「何をですか」

 「その手」

 「……手?」

 確かに、違和感がある。ねじ曲げられて。痛いだろうにその右手はしっかりと閉じられている。自然にしていたら開いているはずなのに、握られている。ということは、何かあるのだ

 サディナの持つ松明に照らされて赤い何かが光ったように見えて。強く握りしめられたその拳を取り上げる

 腐りかけた腕からあっさりと拳は離れ、耐えきれなかったように拳は崩れ落ちる。腐肉は手から滑り落ち、ばらばらになりながら骨だけが手に残る

 そうして、大事そうに最期まで握り締めていたろう何かが、骨の隙間から顔を出した。これは……赤い、指輪?

 

 ……嘘だ

 

 嘘だと言え

 

 ……冗談なんだろう?

 

 いい加減にしろよクソナイフ!

 

 ……だが、投擲具なんて今は居なくて

 幻で冗談をかませるような者はこの場に居るはずもない。純然たる事実として、それは其処にある

 「……はは」

 最早手の形には戻らない骨を握り込みながら、左手で指輪をつまみ上げて太陽光に翳す。あって欲しくはない拙い文字の彫り物が裏に見える

 ああ、間違いない。認めよう。これならば、サディナさんが絶望してもしょうがない

 「……キール」

 これは、ラフタリアの指輪だ。昨日、ラフタリアからキールにあげちゃったと聞いた、俺の手持ちの青いものと合体して一つに出来る、その指輪だ

 ぱきっと軽すぎる音と共に、手の中の骨が握り潰されて粉になる。本来はダメなことなのに、その粉が地面に零れるのを止めることすら忘れて

 

 「何を、やっている」

 「マルちゃん、そんな言い方無いじゃない?

 お姉さんだって必死に」

 「こんの、クソボケドアホドブネズミがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



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番外編 友の記憶:ルロロナネズミのバレンタイン

時系列としては107話(勇者の布)と108話(弓の勇者の仲間達(後の嫁))の間となります
つまりこの時点でキールが自分のせいで死んでいることをネズ公はまだ知りません。その旨は御理解下さい


「ネズミネズミ!ハッピーバレンタインだぞ!」

 朝、家を出るとそこには尻尾をぶんぶん振ってそうな犬が居た

 失礼、ワーヌイ種の少女が、だ

 

 「ああ、そうだなキール」

 軽く声を掛ける。あくまでも軽く

 いや、キールの事だしな。少女とはいえ俺に対してチョコレートとか用意してる筈がないだろう常識的に考えて

 「ハッピーバレンタイン、キール

 で?俺へのチョコは?」

 「そんなものないぞ?」

 知ってた

 「ネズミネズミ、バレンタインってのは女の子が男の子にチョコをくれる日なんだぞ?」

 それも知ってる。いやまあ、友チョコだとか色々な文化が御門讃時代にはあったから女性が気になる男性にあげるばかりでは無くなってはいたんだが……。この世界ではそうでもないらしい。去年知った事だけどな

 俺?俺はあんまり沢山は貰わなかったな。基本的に学校側も放任ぎみでこそあったのだが流石に教師に見付かると没収。その為チョコのどうこうは見て見ぬふりをして貰える放課後にってのが鉄則。クラブ活動もチョコで浮わつくから基本的にはお休み。そんな中、今日は早く帰ろう兄さんと瑠奈に毎回毎回授業が終わるや否や引きずられていったからな……。瑠奈は可愛い外見をしてるから義理で良いからくれって迫られたり、下手に贈ると本命かと質問攻めにあったりであんまり好きじゃなかったらしい。なので、変な噂の立たない実兄である俺の出番という訳だ。その分俺はシスコン兄貴と呼ばれる上に放課後のチョコ大会にはほぼ不参加になってしまっていたのだが……そこはまあ、瑠奈の為だしな。一応そんな中こそっと本当は明日ですがとサッカー部のマネージャーが13日にくれたり、毎年瑠奈がくれたりしてたからゼロではなかったんだが……

 ゼロではないが故にホワイトデーは中々に頭を悩ませたのは良い思い出だ。御門家の家訓だからな、恩も仇も10倍返しってのが。10倍のお返しって何をしろと?と毎年思ったのも懐かしい

 

 「基本はそうらしいな」

 「なら俺は男なんだしネズミにあげる訳ないじゃん」

 ……いやお前女だろ知ってるぞ

 ってのは置いておこう。きっと言っても信じられないはずだ

 「知ってるかキール

 義理チョコっていう好きな子以外に贈るチョコや、友チョコっていう女から女へのチョコなんかもあるらしいぞ?」

 「そ、そうなのか!?」

 嘘である。ごくごく一部では存在する……らしいが、そこはチョコレートそのものが木に実るこの世界、流通量が少なめなのでそう広まっているものでもない

 ってか、チョコレートそのものが木に実るって何だよ……と思うのだが、リファナ達にとっては特に気になるものでも無いらしい。アレか、材料から作るものを知らず最初から出来たものしか知らなければそんなものかと思うのだろうか。でも、チョコレートボンボンの木とかホワイトチョコの木とかオレンジピールチョコの木とかは流石にどうなってんだと言いたい。ミルクだとか酒だとか柑橘だとかすらも混じってるじゃないか

 「困ったぞ……」

 しゅんと耳を垂らし、キールが悩む

 「ラフタリアちゃん達のぶん用意してないぞ……」

 「……なあキール、俺は?」

 「ないぞ!」

 笑顔で言うなそこのワーヌイ種

 

 「ちょっと傷付くぞキール」

 「しってるぞ、ネズミはリファナちゃんから貰えればそれで満足するって」

 「いやそりゃするけどな?それとこれとは別じゃないのか」

 ってか、キールからすらそんな認識かよ!?

 

 「別じゃないぞ?」

 「別じゃないのか、友達枠は」

 「突然言い出したネズミはダメだぞ」

 「そういうものか

 んじゃキール、ほい」

 と、用意してきたものを投げ……たら崩れるので普通に差し出す

 「ん?何か甘い臭いがするぞ」

 「ああ、だから言っただろ、友達にあげるチョコもあるってな

 これがその友チョコって奴だ。まあ、クレープなんだけどな」

 去年残ったチョコを冷蔵しておいたのを溶かして作ったチョコクレープである。ちょっと焦げたのは内緒だ。中に巻き込んであるからきっとバレないだろう

 「クレープ?クレープって何だ?」

 キールってクレープ好きだったよなと思って作ったんだが、あれ、そういえばそう思ったのは何でだ?クレープなんてこの世界ではあまり馴染みがない食べ物だ。いや、俺自身生前だってそんな食べたことはないんだけどさ。部の知り合いが彼女と休日に二人で食べたとか言ってるのを聞いたくらいで

 いや、瑠奈と買い物に行ったときには良くねだられたけど、自分は食べる気しなかったんだよな……

 「食べてみれば分かる

 特別なチョコの食べ方だ」

 「んー、わかったぞ」

 と、その犬耳の少女は少しだけ悩むも、今日の朝俺が家で作ったそれを口へと運ぶ

 「おいしいぞ!ネズミって料理できたんだな!」

 ……料理出来る奴はクレープを焦がさないと思うので無言

 「うん、これなら来年はネズミにもともちょこ?あげるぞ!」

 ……餌付けなのでは、これ

 まあいいや

 

 「それにしても、最近結構キナ臭いよな」

 「そうなのか?」

 「いや、確かラフタリアが頼んでたチョコって結局届かなかったんだろ?」

 そんな話を昨日聞いた。本来はもう届いてるはずなのに、魔物に襲われたんじゃ、と

 「あの後別の人が持ってきてたぞ?」

 「マジか

 ……でも、元の人は……」

 「でも、俺達は安心だぞ」

 「そうか?」

 自信満々なキールに首を傾げる

 「ネズミは強いから大丈夫だぞ」

 ……信頼されてんなおい

 「そうか?」

 「リファナちゃんから聞いたぞ

 あの肝試しの時に幽霊の魔物を一人で倒したって」

 「ああ、そんなこともあったな」

 ……あの事があったから、俺はああ決めたんだ

 キールには言うべきだろうな

 「でもな、あのときの俺は、一人では勝てなかったよ」

 どこかから降り注ぐ雷、それが無ければ普通にリファナを逃がしたは良いものの死んでいた。力の無さを痛感した

 「俺はネズミはすごいと思うぞ」

 「……なあキール

 俺、そろそろ村を出ようと思うんだ

 散々イキってもさ、結局俺一人じゃ勝てなかったものもある。だから、村を出て……強くなる」

 「なんか、いきなりだな」

 「いきなりだろ?ずっと考えたんだ

 

 でもさ、そろそろ決めないとって」

 「リファナちゃん達には?」

 「まだ言ってない。心を決める前に言ったら、やっぱり駄目だって折れる気がしてさ

 でも、キール。お前には言っておかないとと思ったんだ。だって、友達だろ?」

 「そ、それはそうだけど」

 「だから、俺が村を出てから……何かあるかもしれない

 その時は、リファナとラフタリアを頼む。あいつらの友達で、俺の友達で、(おとこ)だろ、キール」

 「確かに、俺は男だぞ」

 男じゃなくて漢だ。男は性別、漢は心の持ちよう

 いや、まあ良いか

 

 

 …………

 ってバレンタインから、もうじき一年は経つのか

 「……ネズミさん?どうしたんですかクレープをじっと見て」

 と、樹の奴が声をかけてくる

 「いや、クレープで少し思い出すことがあっただけだよ」

 と、呟きを返す

 

 結局、旅に出たのはホワイトデー直後。あれだ、お返しせずに出てったりしないよねとリファナに言われたらそりゃ残るしかなかったって話だ

 ……来年はチョコくれると言ったなキール、待ってるぞ。ってまだ年も明けてないから一月以上あるけどな

 原作的に、キールと尚文達が出会うのはあと少し後。カルミラ島でのレベル上げを終えた三勇者は、彼らの知るゲームでは弱かった四霊、霊亀を解き放つ。だが仮にも世界を守る結界を貼る獣の一体、その力は三勇者の知るものより強く……

 それを止めた後だな。この世界では樹は何か勝手に霊亀復活なんてやらなさそうだし、錬は行方不明。原作どおりに霊亀が復活するのかは怪しい所なんだが……そこは元康がやらかすのか?良く分からんがとりあえず余裕が出来た尚文がラフタリア達の村の仲間たちを買おうとしてくれさえすれば良いんだ

 

 「……ってか樹、お前今日からリファナ達との人員交換だろ?」

 「ええ、だから呼びに来たんですよ

 面白いネズミさんが見れて儲けものでしたね」



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朱に染まる瞳

フィトリア→ネズ公への好感度が何か勝手に上がっていく……これはバグに違いないでち
そもそも何でこんな本来シリアスなところで好感度稼いでるんでちょうねマスターは……


「……何でだよ」

 可笑しい。こんなことは有り得ない

 

 原作を考えろ、キールはラフタリアやリファナと違って五体満足だ。多少やつれてこそいたものの、原作で出てきた時にも警戒心こそあったものの普通に動けるし喋れる程度には元気だった。一歩間違えれば死んでたのだろうラフタリアや、原作ではそもそも死んでいるリファナとは訳が違う

 だからこそ、キールは無事だ、無事に決まってる、そうでなければ可笑しいのだと、俺はある種意図的にキールのことを考えないようにしていた。どうせ、俺が死なずにいればそのうち尚文が買うんだからな、と。探すべきかもと思ったこともあったが、それよりも未来を優先した。それは全て、キールとは原作では生きてこの先出会うことになるから、だ

 

 だが、これは何だ?俺は何をしている?

 友達を……いっそラフタリアよりも仲が良かったかもしれない実質同性のコイツを!たった一人で!こんなに苦しませて!何も出来ずに死なせて!

 一体全体何を慢心していた、このクソネズミ!

 

 「……どうして、こんな」

 ああ、クソナイフ

 どうしてお前はこんな時に居ない。俺は神じゃない。お前のスキルがなければ、キールがどんな想いで死んでいったのか、それすらも解ってやれないじゃないか、精霊畜生めが

 いや、違うな。ネズ畜生か

 

 「お姉さんも探したんだけど」

 「……何でだよ

 何で、キール……お前が死ななきゃいけないんだ」

 「メルロマルクのせいよ、マルちゃん」

 「んなことは知ってんだ!」

 メルロマルクに殺された、そんなもの大前提にも程がある。そうじゃない。俺が知るべきなのは……俺がぶち殺すべき仇は誰なのか、それだけだ

 

 ……ああ、もしも杖の勇者だったらどうするかな。この世界を守るという観点から見れば、現状フィトリアと並ぶ唯二の正規七星勇者、それを私怨で殺すなどゴミカスのやることだ。世界を守り抜くため、その怒りは捨てるべきなのだろう

 知るかボケが。そんな理屈どうでも良い、お前のせいならばぶっ殺すぞ叡智の賢王

 

 「……」

 静かにかつて幼馴染だったものを見下ろす

 なあキール、お前は復讐なんて望んでるのか分からない。いや、お前は結構優しいからな、ラフタリア達が無事なら普通に生きてってくれた方が良いのかもしれない

 でもさ、俺は……ちょっと、そうやってお前の願い通りにはいけそうにないや。だって俺は……瑠奈が太陽で居て欲しいって最期に願ったにも関わらず、雷を纏う復讐者になっちまったようなバカだから

 

 「……でも、何でですか」

 「マルちゃん。メルロマルクはもう、亜人の暮らせる世界じゃないのよ」

 「そんなものセーアエット領以外では元から!」

 『ばちばちー』

 と、フィトリアからのコール

 

 なんだよフィトリア

 『えっとね、おしろのみんな言ってたよ

 ごしゅじんさまが言ってた、殺さなきゃ俺達は絶滅させられちまうって』

 ……何だよそれ

 『しるとうぇると?が攻めてきてみんな殺されちゃうんだって』

 「シルトヴェルトとの戦争の為らしいわねー」

 「シルトヴェルトと?

 それはまあ、亜人の神である盾の勇者をメルロマルクが呼んだから仲は元々険悪なのが悪化してても可笑しくは無いけれども……」

 だが、原作ではシルトヴェルト側はやさぐれ尚文に関わるなと言われてそのまま本当に何も関わらなかった程度には盾教徒だ。この世界でもそれは同じはず

 尚文が死ぬかメルロマルク滅びろしない限りシルトヴェルト側からメルロマルクに攻めこむとかまず無いはずなのだが

 

 『でもねー、何時しるとうぇると?に殺されても可笑しくないってなってたよ?

 女王さま?が戻らなかったら今頃逆に攻め込んでたってくらいにはじゅんびしてた』

 何だよそれ。俺の知るメルロマルクより更に好戦的過ぎる。そこまで亜人が嫌いか叡智の賢王。真面目にどうしてなんだ

 「マルちゃん、盾の勇者様を知ってるのよねー?

 なら、ハクコの仲間は居るのかしらー?」

 と、サディナさん

 「ああ、フォウルの事ですか」

 「マルちゃん、ハクコってどんな種族だったかしらー?」

 「叡智の賢王にとっての仇敵、叡智の賢王の妹を奪うも奴に基盤ぼろぼろにされて没落した旧シルトヴェルト四大種族です」

 「……そんなのが亜人の神のところに都合良く合流したらどう思うかしらー?

 お姉さんがメルロマルクだったら、怖くて仕方ないわねー」

 フォウルゥゥゥッ!てめぇのせ……いや、俺のせいなのか、そこは

 「しかもそのハクコ、王女を誘拐して人質に取ったって聞いたわよー」

 そこはてめぇのせいだフォウル!いや、でも原作でも盾の勇者に罪を着せるためにメルティは使われた訳だし、そこを言っても仕方がない。助けなければメルティはそこで死んでいて、王女殺しと言われた訳だしな。殺人犯よりは愛ゆえに逃避行的誘拐犯の方が何倍かマシだ

 

 「……だから、なんですか」

 『ちがうよー?』

 違うのかよフィトリア!ならフォウルの話は何だったんだ

 『ハクコはおまけー』

 ……おまけ扱いかよフォウル。何だよハクコをおまけに出来るバケモンって

 

 『もうこの国のなかに、しるとうぇると?の影の中でもおそらくさいきょーのバケモノが来てるって、うわさらしいよー』

 誰だそんなバケモン

 『……ばちばち、ききたい?』

 聞かせてくれ、フィトリア

 『しろくてー』

 白いのか

 『盾を何かと裏から助けててー』

 シルトヴェルトがそんなことしてたとは気が付かなかった。実は暗躍してたんだな、尚文に拒否られて不貞腐れてると思ってた

 『ばけものそのものなつよさでー』

 そりゃそうだろうな。強くなければ影なんてつとまらない

 『こくおーに正面からけんかうった?』

 スゲエなその影

 『しるとうぇると?のはつかねずみー』

 ………………ハツカネズミ?ハツカ種の亜人?

 ……俺じゃねぇかそいつ!

 ……そういえば、だ。リファナ達を尚文に売って貰う際に、嘘も方便と勇者のフリをしながらこれはシルトヴェルト側の思惑だと話したはずだ。だとすれば、だ。シルトヴェルトの思惑で盾の勇者に売られた亜人と幼馴染なネズミはシルトヴェルト側の影、と思われても仕方がないのかもしれない

 

 『ごしゅじんさま、ネズミに殺されちゃうの?ってみんなこわがってたよー

 ばちばちがそんなのするはずないのにー』

 ……そう、か

 あの時城のフィロリアル小屋のフィロリアル達が近付いてこなかったのは

 女王であるフィトリアに畏れを抱いていたのではなく。自分の主人を殺しかねないメルロマルクで盾を支援し荒らし回るシルトヴェルトの影と目される俺を警戒していたから、なのか……

 

 『そだよー』

 何で言わなかったんだ、フィトリア!

 と、切れても仕方がないものに八つ当たり。意味もなく、寧ろ悪い意味しかないけれども

 「俺、なのか」

 ……俺が居たから、亜人迫害は強まった

 俺が調子に乗っていたから!

 

 「俺が、俺が!

 キールを殺したのか!」

 『ちがうよー?殺したのは、メルロマルク』

 「マルちゃん、そんな事を言ったらお姉さんも」

 「違う!」

 甘い言葉を振り払う

 

 畜生が!

 何をやっていた!と、軽く思い出す

 前兆はあった。幾らでもあった。何度でもだ

 でも、俺はそれを無視した。行けるとした。キールは原作で生きているから

 その結末がこれだ。バカが!

 

 『……ごめんね、ばちばち』

 何を謝る、フィトリア

 『フィトリアね、亜人が殺されてるってしってたの

 でも、ごしゅじんさまは人間同士の争いに手出しはいけないって言ってたから』

 何を謝ることがあるフィトリア

 ……お前は、亜人が……キール達が人間だと思ったから、手出し出来なかったんだろう?有り難う、メルロマルクのゴミどもと違って、俺達(亜人)を人間だと思ってくれて。それだけでも……少し、救われる

 

 目尻に、軽く熱

 涙だろうか。馬鹿馬鹿しい。お前にそんな資格があるものか

 キールを殺したのは俺だ。何であの時、キールは大丈夫だなんて思った

 それが、キールを見殺しにすることに繋がると、何故気が付かなかったんだ、このバカネズミ!

 

 「マルちゃん……」

 さっきまで立場が逆だったというのに

 サディナさんに、優しく抱き締められる。その瞳に映るネズミは、軽く涙を溜めていて

 「畜生!畜生っ!」

 その手を振り払い、動かない左手ではなく右手の爪でその目を掻き切る

 「マルちゃん!?」

 『ばちばち?』

 「……せめて

 せめて、怒れよ!友人だろ……」

 自分で目を潰し、滲みぼやける視界のなか、ぽつりと呟く

 ……復讐の雷霆。その力は怒りの力。怒り狂っているのならば……その目は、赤く染まっているはずだ

 

 ああ、だから……今、俺の目は血で真っ赤に染まってなきゃ、可笑しいんだ。そうでなければ……俺にとって、キールは……

 どうでも良い奴だったって、そんな話、あるかよ、畜生が

 

 『ごめんね、ばちばち』

 だから、謝るなよ、フィトリアは何も悪くない。お前はただ、勇者としての役目を果たしてただけだ

 ……怒れよ、応えろよ、復讐の雷霆。俺の異能力なんだろう?せめて、友人の仇くらい取らせろよ!

 

 ……所詮、自業自得か。何一つ、発現する気配はない

 

 「……せめて、キールを葬ってやらなきゃな」

 こんな俺に、葬られたくなんて無いかもしれないが

 と、不意にサディナさんが動かないことに気が付いた

 血塗れの瞳すら貫通する光。これは……

 「マルちゃん、これ……」

 飛び込んでくるのは半透明の光。原作ではリーシアが持っていたのとおそらくは同じであろう不完全な光。目の裏側に点灯するのはやっぱり不完全な投擲具のアイコン。どっかの転生者にでも捕まったのだろう。それでも

かつてのよしみか来てくれた。それでも、言わせてくれ

 ったく、遅いんだよクソナイフ

 もう、大抵の事が……取り返しのつかない事なのに

 

 せめて、この場所には葬りたくなくて、クソナイフを翳す。滲んだままでは分かりにくいが、キールの体は光となって、剣の中に消えていった

 ……御免な、キール。俺のせいだ。俺がお前を死なせたようなものだ。そんななのに都合が良すぎる、それは解っている

 でも、せめて……転生者やゴミ(メルロマルク)の跋扈するこの世界ではなく、神の元で。安らかに眠ってくれ

 

 ……俺、最期まで泣かなかったぞ、ネズミ!だから、最期まで諦めんなよな!友達だろ?

 ……不意に、そんな声が聞こえた気がして……

 

 ……静かに目を閉じる

 ああ、解ってるよキール。最初から、わかっていた事なんだ

 女神メディア・ピデス・マーキナー。俺は、お前を殺す。何があろうと

 この世界を守るとかそんなんじゃない。そんな高尚なものじゃない。そんなの勇者に任せれば良い。ただ、俺がお前を許せない、それだけの私怨。これは俺の……『雷霆』の、復讐だ。転生者の呪いがあろうが、何だろうが。そんなものは知ったことか

 リファナを、キールを、ラフタリアを……皆を傷付けた波の元凶である、貴様を

 欠片一つ遺さずぶっ殺す!それが、俺の……御門讃の怒りだ!

 微かにだが掌に迸る雷撃を握り締め、誓う

 

 『カースシリーズ、激怒の■の解放条件が達成されました』




ネズ公的に、怒っている自分は赤い目をしているはずです。ネズ公にとって復讐の雷霆は前提ですので
逆に言えば、自分が赤目をしてないという事は怒っていないという認識になってしまうわけですね。友人が死んだのに赤目ではない、それがネズ公的には許せなかったので自分で自分の目を切って血涙流すことで無理矢理赤くしましたとさ

大分精神イカれてますねこのネズミ
まあ自業自得なんですが


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付録 伝説の雷神

えっとねー、これはむかーしフィトリアの前に来てくれたこーどけらうのすって神様がどんな神様なのかなーっておまけだよー
だから本編には特に関係ないしネタバレ全開だけどフィトリアしーらないっ!


ゼウス・E・X(エクス)・マキナ 11256歳

種族:人間(神話系地球系列世界)(勇者)

レベル:∞

職業:神狩りの神/勇者

魔法適性:雷/幻影/拡散/無限

愛称、別称:恋の旅人、コード:ケラウノス

保有勇者武器:『雷霆』

特殊能力:勇者の神(四聖2を含む合計5種類の勇者武器の力を借りることで、一時的に赤き勇者の神へと変身する。勇者の神である状態である限り、神である限り本来避けられぬ世界の抵抗による能力制限を受けず、自動で世界から元気を借りて回復し続ける。因みに固有能力ではなく、普通に他の同列の勇者も使用可能である。この作品の設定であれば、原作尚文&ラフタリアも当然使用可能)

その昔フィトリアを助けた恋の旅人こと神を狩る神。ゼウスの名前の通り、川澄樹の世界において、ギリシャ神話に残されている天空の神ゼウスその人。因にだが、ティタノマキアとはその世界に侵食してきた神vs6人の勇者+その勇者の仲間による最終決戦を面白おかしく脚色して後世に残したものなのだとか

その正体はまあ上にある通り、川澄樹の世界の眷属器の一つたる『雷霆』の勇者。ティタノマキアだとかラグナロクだとかでの攻めてくる神々との戦いの中、此方側も勇者武器と共に神にまで成り上がり、以降は他の眷属器と共に『雷霆』の力を振るって世界を渡り、侵略してくる神々に悩む世界を助けに行っているのだとか

スペックは『雷霆』全振り。完全に概念である勇者武器と融合しており、雷撃を操り、自らや周囲を雷へと変えて戦う。その為、種族こそ人間のはずなのだが、既にその体は幾度も雷に変換されて戻っているが故に最早人のものではない。体を雷に変え、或いは雷をその姿に纏い、雷撃と共にすべてを吹き飛ばす超火力。細かな作戦も何もない、圧倒的な力による圧殺、それこそが彼の戦いである。因にだがその為、純粋な格上にたいしては一人ではあまり有効打を持たない。或いは火力があまりにも規格外過ぎて手加減には向かず相手が弱いと確実にオーバーキルしてしまい生きて捕縛が出来ないというのが欠点なのだが、本人そのものが異様な素性能を持つため、前者は大抵欠点の体をなしていない。本人曰く、あのクソメディア相手なら逃げられても敗けとするなら勝率は大体4割ほど、ボロボロにして逃げられても勝ちなら7割だとか。つまり、バケモンである

性格としては神話のゼウスそのもの。女好きでロマンス好きでバッドエンドが嫌い。世界を渡り神に苦しむ世界を助けているのも、『雷霆』が無限、拡散といった方面に強く簡単に世界を飛び越えて移動できる性質であるというのもそうだが、単純に俺が異世界の女の子達が不幸になるのを止められるのに止めないってのが気に入らないだけ、と自称している。基本的に自信家で自尊心の塊だが、それ故に助けられる力があるのに助けに行かない自分が何よりも許せず、だからこそ『雷霆』の力を振るい無関係の世界に降り立つ。総ては、かつて勇者となる前の最初の波での戦いで友も家族も恋人も故郷も何もかもを喪って何一つ護れなかったあの時の絶望を、もう二度と誰かに味合わせない為に。あの時救えなかった自分を、この先自分と同じ思いをしそうな誰かを救わない自分を、彼は絶対に許せないのだから。だからこそ、自身への怒りの雷で常に自身を焼きつつ戦う彼の力は復讐の雷霆と呼ばれた。復讐は果たせば基本的に終わる。終わらぬ復讐があるとすればそれは……護るべき者を護れなかった弱かった自分への復讐であるのだから

……のは良かったのだが、数千年を越えた戦いの中、何となく異世界の女の子のピンチを助けた後のロマンスを願いだしている自分に気が付いた彼は、このままでは何時しか自分も女の子のピンチを助ける為に異世界に自演で被害をもたらす自分達が倒してきたクソ神に堕ちるかもしれないという事を恐れ、自ら勇者武器を手放し自害している

 

……だが、『雷霆』はやはり彼こそが一番勇者に相応しいと思っており、当神に無断でその魂を転生させたとか。その魂には見返りを求める恋をすることが、上記の自演クソ神への道になりうる、だから恋をするな見返りを求めるな、無償の愛のみを持てという後悔が呪いのようにこびりついている……らしい

 

と、長々と解説してきたが、要はネズ公の前世である。フィトリアはネズ公はほぼコード:ケラウノスと=と認識していたが、それで正解である。というか、元々そんな魂であるからこそ、勇者武器を封印したまま転生などという荒業が出来たのである

 

勇者武器『雷霆』

種族:眷属器の精霊

レベル:なし

職業:『雷霆』の精霊

愛称、別称:メンヘラクソボルト(『氷結』談)

契約勇者:御門讃

性格:女性的

御門讃に憑いている、そして嘗てはゼウス・E・X・マキナに憑いていた精霊。今は彼の魂の奥底で眠っている

とてつもなく強い力を持つ精霊……ではあるのだが、性格は中々にアレ



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怒りの咆哮

盾の勇者の成り上がり第三法則
うぉぉぉぉぉっ!と叫ぶ奴は誰であれロクな目に逢わない


「うぎぃっ!がっ!ぉぉおおおおおぉぉぉぉおおおぉっ!」

 魂を込めた咆哮

 

 カースシリーズ?可笑しい、そもそも半透明の勇者武器は俺を所有者と認めていない。勇者としては、俺は存在していない。あくまでも、他に持ち主は居るのだ。その上で、何らかの聖武器が手を貸す事で、一時的にその力を分割し、片鱗のみを本来の所有者から離し他人が振るう事が出来るというもの。タクトに投擲具本体を奪われた時に、スキル一発分俺に残せとやったのと原理はほぼ変わらない

 呪いに掛かっている気はしない。そもそも、激怒?ラースに類するカースシリーズは何故か俺には使えなかったはずであるし、名称は激怒ではなく憤怒のはずだ。第一、俺は投擲具のラースを見たことがある。憤怒の投槍、グロウアップ先はラースジャベリンだ。決して激怒のなんとやらではない

 

 だが、そんなもの知るか!関係ない!

 「うぉおぉぉおぉぉぉっ!」

 魂から絞り出すような叫び

 心の奥底に消え果てようとする光を、掌に走った雷光を、この世界に顕そうとするかのように、息と血と共に吐き出す

 

 「や、やっと追い付きましたぁ」

 「……早すぎ」

 ……置いてきたリーシア達が漸くやって来たようだ

 滲む視界、それを捉え……メルロマルク!

 「っ!」

 「えっ!?」

 今、俺は何をしようとした?メルロマルクの貴族だ、とリーシアを認識して……

 ……消し飛ばそうとしたのか、俺は?

 

 何をやっているのか、自分でも良く分からない。でも、良いじゃないか。どうせ、メルロマルクの貴族(キールの仇)

 「ぎっ!違う!」

 奥歯を噛みしめ、怒りの矛先をずらす

 どういうことだろう。リーシアは弓の勇者の大事な仲間(恋人?)で、キールの死とは欠片も関係ない。寧ろ俺の方がキールを殺した。直接的に殺したのはメルロマルクのカスどもだが、俺がそこまで追い詰めた。そんなこと、分かっている、分かっているのに!

 

 「ぎっ、がぁぁぁっ!」

 迸る雷。いや、迸るという程ではない。漏れ出すといったレベルか

 「ど、どうしたんですか!?」

 「リー、シア

 ……一旦、逃げろ……」

 目線を合わせかけ、逸らす

 目線を合わせるな、合わせたら……きっと、俺はリーシアを殺すだろう

 リーシアは何も悪くない。理解していて、尚それをやらかすだろう。俺は冷静だ

 ただ、その冷静さを発揮する前の一瞬に、俺の理不尽な怒りがリーシアを殺すのだろう。理解していて、それても抑えきれぬ怒りが天を貫く

 「ね、ネズミさん!?髪が変ですよ!?」

 「逃げろと、言ってるだろうが!」

 リーシア右横の死骸の小山が、雷撃の元に灰と変わる。人に当たればそう、塵しか残らないだろう

 「ひっ!ふぇぇっ!?」

 バキッと音を立てて、大地がひび割れる。軽く風が渦巻き、灰となったそれを巻き上げる

 

 「ばちばちー!」

 「よ、酔うでち……」

 空から降ってくる大きな鳥と咥えられた少女

 ……フィト、リア

 「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 全身を貫き続ける痛みと共に、その腕を振り上げる

 何故だ!何故見捨てた!お前だって、助けられたはずだ!俺と同じように

 そして、俺と同じように、キール達を見殺しにした!

 だから!

 「ぎぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 フィトリアが悪い訳はない。冷静な部分でその腕を何とかゆっくり下ろす。肩口が焼けるように痛いが、それを無視して

 

 「世界の境界が突然歪んだから来てみたら

 これどういう事ですかー!」

 「ラフタリアァァァァァァァッ!」

 突然姿を現した茶髪の綺麗な女性に向けて吠え

 あれ?なにもしないな

 いや、それもそうか。俺の怒り、ラフタリアに対して向ける理由が何もないからな

 ってラフタリア?

 「ら、ラフタリアちゃん!?

 お、おおきくなったわねー」

 ……可笑しい

 絶対に可笑しい。ラフタリアは少女だ。原作では尚文の剣である為に成長したようだが、この世界では尚文の剣である事よりも、リファナと共にという面がメンタルの中で大きな位置を占めているらしく、外見はリファナ合わせでそう大きくなっていない。だからこんな、原作でのラフタリアみたいな女性であるはずもない。なのに、何で俺は突然来たこいつをラフタリアと呼んだんだ?

 「あ、ラフのお姉ちゃん」

 「フィトリア?どうなってるんですかこれ!?

 というか、この世界のナオフミ様は大丈夫なんでしょうね!」

 「槍以外はだいじょーぶだよー?」

 ……何だろう。変な会話をしているなそこの二人

 混ざりたい。だが、駄目だ。抑えきれない怒りと、何とか表出出来ている雷鳴は一体だ。消えようとする雷光を維持し続けようとすると、八つ当たりだなんて分かりきってるのに、リーシアとフィトリアを無意識に攻撃しようとしてしまう

 

 「それで、彼が」

 ちらりと此方を見るラクーン種に似た女性

 「そだよー、ばちばちー」

 「では、この歪みは彼が……」

 すちゃっと構えられる槌

 「ラフタリア……」

 「はい、ラフタリアです」

 「お前も、俺を……」

 駄目だ。構えられると、それが俺への敵対の意思かは関係なく……

 「ぐっ!ぎがぁぁぁぁっ!」

 雷撃は荒れ狂う!

 「ちょっと!?問答無用ですか!?」

 「うる、せぇ!」

 抑えきれない。心は冷静で。されど魂が怒り狂っている

 乖離していて、それでも一つの俺として

 

 これが、カースシリーズ、激怒

 「がぁぁぁぁぁぁっ!」

 「ちょっ!こんなの本当に役に立つんですか!」

 持っている槌を振るい、落ちてくる雷を弾きながら、ラフタリアっぽい女性は聞く

 俺にそんなもの分かるか

 「うん、ばちばちはすごいんだよー!」

 「超暴走してるじゃないですか!?」

 「……ぐえーでち」

 ……いきなり自分で頭打って気絶しだしたぞゼファーの奴。何やってんだあいつ

 

 「世界がばちばちにひどいことしたから」

 「それでこんなになるって、本当に信頼出来るんですかこの人?

 というか、私が入れるってこの世界の私はどうなってるんですか!?」

 ……てめぇ、クソナイフ!逃げんな!

 と、何かを言いたそうなクソナイフをぶん殴って止める

 

 「キールくんが、死んでる?」

 すっと女性の目が細くなる

 クソナイフ、告げ口か?

 「じゃあ、私やリファナちゃんも……」

 「勝手に、殺すな!」

 周囲の死骸が降り注ぐ雷撃によって分解されて消えていく

 「いきてるよー?」

 「そ、そうですか……良かった……」

 

 抑え、こむな!

 怒りを……解き放て!応えろ、応えろよ!復讐の雷霆(アヴェンジブースト)

 「ぐるぅぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 そのままに、俺は……

 「仕方ありませんね、ていっ!」

 振り下ろされたピコピコハンマーによって、意識を失ったのだった




そろそろこの世界が何なのかを話さなければならないだろう
ということでラフタリア(原作web版)さん、宜しくお願いします
だがネズ公、てめーは駄目だ


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ラフでないラフ

『ばちばち

 ばちばちは、本当は何に怒ってるの?』

 決まっている、自分にだ

 

 意識の落ちた暗い世界。光一つ無い……いや、自分だけが輝いていて、けれども周囲に何もないが故に自分しか分からず、光を信じられないそんな場所

 そんな意識の奥底に響く声に、当たり前の答えを返す

 俺自身がキールを直接手にかけた訳ではない

 それでも、だ。救えたはずだ。救える道はあったのだ。死にかけたリファナを見付けたあの後、キールも心配だと探していれば。ネズミの悪魔の噂を聞いた後、早めに尚文に他にも奴隷にされてる幼馴染が居るんだ、買ってくれと言っていれば。フォウルを買ったあの時、無理矢理にでもキール達を探してくれるように頼み込んでいれば。レーゼ達とやりあった後、きな臭いなと思ったときになりふり構わず探していれば。キールの死からそう時間は経っていなかった。どれか一つでもやっていれば、キールは死ななかった

 だというのに!その大切なあいつの死に怒ることすら出来なかった俺が!俺は、許せなかった

 

 『ほんとに?』

 本当だ。全ては俺に責任がある。俺が背負わなければならない罪だ

 『世界は、憎くないの?』

 憎いさ!けれども

 何よりも、救えたはずなのに、俺は……

 

 『そんな事ないよ

 ばちばちはなんだかんだで、全力で頑張ってたもん』

 違う!辛くない範囲で、だ。無理をすればもっと出来た!そんな手抜きで!

 

 俺は、瑠奈の太陽で!もう二度と、瑠奈のように、大切なものを光の届かない場所にいかせないようにって

 ……そうでなきゃ、いけなかったのに!

 『ちょっとおもすぎるって、フィトリアおもうよ?』

 それでも、これは俺の背負わなきゃいけないもので

 『そんなことないとおもうよ?

 それにばちばちが怒れないのは、フィトリアのどくのせいだもん』

 ……そんなことはない

 慰めはいいんだ

 

 『だからね、ばちばちのその怒り、フィトリアの馬車に乗せてくね』

 

 不意に、辺りが明るくなり

 その一瞬、暖かく、そして赤い誰かが見えた気がして……

 「フィトリア、これがコード:ケラウノスの……」

 「そだよー

 あ、にげたー」

 「瑠奈っ!」

 飛び起きる

 ……何か変な言葉聞こえたけど、何だったんだろう

 

 眼前には、何かよく知らんが勝手に気絶した悪魔と、ピコピコハンマーを構え、口を軽く開けて空を見上げているラフタリア(大人)。そして、俺を覗き込む銀髪の少女の顔が広がっていた

 

 「気が付いた?ばちばち」

 「……ここは」

 「フィトリアのひざ?」

 そういう話じゃない

 思考はクリアだ。もう怒りはなく……。カースシリーズ、激怒の■を発現していた際に感じていた不可思議な何かは消えている

 ……だが、体に違和感があるな。あと、視界の端にアイコンが増えている。これは、車輪か?

 「えっとね、馬車がちょっとだけばちばちに手を貸してあげるって」

 ……ひょっとしてあれだったのだろうか。激怒のとつくアレは、馬車の……

 いや、そこら辺はちょっと不明だな

 

 「……」

 いや、せめて無言を止めてくれラフタリア(大人)

 いや、ラフタリア(原作)か?或いはハンマーってことはラフタリア(勇者)か?ラフタリア(神)か?

 大人リア……原作リア……神リア……勇者リア……

 いや、そもそもリアつけるのが違うかもしれない。俺の中ではそうだな、こいつが何か俺の読んだ盾の勇者の成り上がりに出てきた方のラフタリアならば……(ゴッド)ラフーで良いや。ラフタリアだと俺の幼馴染と混同するからな

 「とても失礼な事を考えられてる気がします」

 「神ラフー?」

 「何ですか神ラフーって!?」

 「えっとね、ばちばちの考えたラフーのお姉ちゃんの呼び方ー」

 フィトリア?それは言わなくて良いからな?というか人の思考を読むな

 ……良かった、(スーパー)ラフー(ゴッド)とか呼ばなくて

 「ちょーラフーしん?」

 「それは没だから止めろフィトリア。あとスーパーラフーゴッドだ」

 「す、凄く失礼ですナオフミ様

 こんなの本当に信じていいのか不安になってきました……」

 と、失礼でもないことをぽつりと呟くラフタリアに良く似た女性。いやもう神ラフーで良いや

 

 うん、見れば見るほどラフタリアが成長したらこんなだろうなーって感じ。横に並べて姉妹若しくは母娘と言ったら信じるレベル

 「……で、俺が起きる前に何を話してたんだ?」

 「えっとね、けらうのすのいさん?とちょっと」

 「ヘリオス・V・C・(バシ)レウス!?

 今どこに」

 「飛んでっちゃったよ?」

 ちっ!逃がしたか。聞きたいことは色々とあったんだが

 って何だよ神ラフー、困ったような笑いを浮かべて

 

 「……えっと、この世界の私とは知り合い……で良かった?」

 言いにくそうに聞いてくる神ラフー

 「そういうお前は別世界のラフタリアって事で良いのか?」

 「はい。私の名前はラフタリアです

 此処とは別の時間軸の、と付きますが」

 「ん?ラフ種じゃないのか?」

 原作では……あれ?読んだっけ

 確か原作外伝で勇者の前に現れた神ラフーはこの世界に干渉するのに面倒な手順が必要で、やむなくこの世界に居ないラフ種という尚文原産の魔物の姿で現れたとかだった気がしたんだが

 

 「……今回は歪みが凄すぎたので

 早くも最後の波が起こったのかと思いました……」

 「そんな歪みが?何で起きたんだそんなの」

 「……」

 じとっとした目は止めてくれ神ラフー

 

 「それで?」

 「えっと……この世界については理解しています……よね?」

 「いや全然」

 「そこからですか!?この世界が……というか、盾の勇者の成り上がりという作品を読んだことはありますよね?覚えてると言ってください」

 「いやそれは知ってるし読んだ

 この世界がその作品に出てきた世界と酷似しているってのも理解している。だが、だから何なのかは……」

 「槍の勇者のやり直しで説明されてましたよね!?」

 「覚えてないわ

 可能性の世界だっけ?」

 基本的に平行世界への移動というものはない。同じ地球という星の日本という国のある世界であっても、樹や俺の世界と尚文の世界は別物だ。だからこそ、あの作品と酷似しているからこそこの世界が何なのかって良く分からなかったんだよな。元康がですぞで愛の狩人ならばあいつのループしてる世界の一つって言えたんだがループしてなさげだし

 

 「はい。その通りです

 世界の裏側、可能性の模索。それがこの世界です」

 「だが、それは槍の勇者が起こしたものじゃないんだろう?」

 「そだよー。だいいち、槍がループしててもフィトリアわかんないもん」

 「今回は分かるから別物だと」

 フィトリアの補足は……分かりやすくなったのか、これ?

 「はい。今回可能性を模索しているのは、このループを……といってもこれが最初で最後の一回ですが、これを起こしているのは勇者ではありません

 私達がどのような状況で、どんな相手と戦っていたかは……理解していますか?」

 「女神メディア・ピデス・マーキナー、世界を融合させて乗り込もうとしてきた女神と戦うために同じ土俵に上がった」

 「正解です」

 「フィトリアも、近いステージ?にはいるよー」

 そこの補足は良い

 いや、寧ろ重要なのかこれ

 「なあフィトリア、あの毒のせいで俺も同じステージとか言わないよな」

 「フィトリアとはちょっと違うよ?」

 「似たようなステージじゃねぇか!」

 思ってたが、本気で不老不死化してんじゃん俺!

 フィトリアァァァァァァァッ!何やってんだ真面目に!

 

 「こほん。話を戻しますね」

 「すまなかった神ラフー」

 「それじゃ謝られてる気がしませんよ!?

 ま、まあ良いです。私が此処に居るという事は、貴方の知っている話は本当に起きたことだ……という事は理解できます?」

 「そりゃそうだろ?だが、女神メディアを倒したってエンディング部分は嘘だ」

 「いえ、嘘ではありません。確かに倒しましたし、世界は平和になりました

 本来の世界では」

 「……なるほど。そういうことか」

 漸く納得が行った。これだけこの世界で転生者が読んだあの原作より多い理由

 「そこで死ぬはずの女神が、最後の力を振り絞って始めたお前たちに勝つ世界の模索、それがこの世界だと?」

 「それだけではありません

 やっていることは龍刻の長針と同じ……

 やりようによっては、女神に勝った最初の世界を上塗りして女神が復活しこの世界も本来の世界も終わります」

 ……ま、勝てたかもしれないって分かってもそれで満足して死ねないわな

 

 「世界の敵がやってるから、フィトリアそのことわかるんだよー」

 「そういえば、それが成功した場合お前らはどうなるんだ?」

 まあ、俺は残るとして

 「既に私はその輪から外れた存在……ナオフミ様も含めて変化はありませんし、その新たな世界で我が物顔で君臨する神を僭称する敵と戦うだけです。私達が必ず倒します

 ……航空機の勇者辺りなら手を貸してくれるそうですし」

 ……マジで居たのか、航空機の勇者って

 

 「じゃあ逆にだ

 もしもこの世界でもまた原因である女神が倒されたとしたら、この世界はどうなる?」

 「消えます。可能性は可能性のまま。起こらなかったこととして完全に消滅するでしょう」

 ……参ったな

 女神を倒すということは、リファナを消すこと、か。本来の世界では、リファナはもう死んでいるのだから

 

 「リファナちゃんとも知り合いなら」

 「……いや、違う

 俺の覚悟が足りなかっただけだ。言うべき答えは、最初から知っていたのに」

 ここは……夢の世界みたいな物なんだから、夢と現実を一緒にしてはダメ。その俺の読んだ原作でのリファナの台詞だ。槍の勇者のループのなか、自分が生きてられる世界で、きっぱりとリファナはそう言った。俺の知っているリファナだって、きっとそう言うだろう

 ならば、答えなんて決まっている

 リファナを殺す。キールを死なせたように。いや、違う。それが何を意味するか分かった上で……

 俺は、女神メディアを倒しに行く。それだけだ。その、罪。背負えと言うんだろう神ラフー?

 分かってる。背負ってやるよ

 

 「俺に、メディアを倒す手伝いをしろというんだろう?」

 「……断るかと思ってました」

 「断りたいよ

 でも、リファナならどんな幸せな夢でも、夢のために現実を捨てちゃダメって言うだろう?

 俺は、リファナの願いを無視してまでリファナが欲しくはない。その程度の想いのネズミさんだから、さ」



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ラフーの神の依頼

「……それが覚悟ですか」

 「そうだよ」

 

 ……視界の端の車輪が回る

 懐かしい感覚。視界の端が車輪の辺りから赤く染まり、そしてスパークを走らせる

 復讐の雷霆。何だよ、今更いきなりか?

 『えっとね、フィトリアのおくすりのせいだから、別のおくすり飲ませたよー』

 ……本気であの薬の影響だったのか

 それでも、本当に必要だったときに使えなかったことには変わりがない。消えたわけでは無かったのだ、激怒のカースシリーズに汚染されていた時強引に絞り出せていたように、使おうと心の底から思えば使えたはず。だから、言い訳はすまい、俺のせいだ

 『ばちばちー

 フィトリアが抑えてるだけだから、つかいすぎたらダメだよー』

 なんだそりゃ

 と、銀髪の少女の方を見ると、微かに電気がその右手辺りに走っている

 「痛いのか、それ」

 「だいじょーぶ!まだまだたえれるよー」

 痛いんじゃないか。ったく、情けない!

 

 半透明なクソナイフを構え、性能を確認

 ステータスの大半が砂嵐だな。しかもタイムリミットまである。更にはかなり短い。もうあと数分だな

 使える機能や強化まで制限されていて、素材を吸って新規武器を解禁する基本性能以外は使えなくなっている。ちっ、こそっと資質向上したかったが無理か

 『フィトリアがやる?』

 ……あ、その手があったのか。完全に忘れていたなそれ

 それは後にして、だ

 本気でお前……まさかとは思うがキールをこのくそったれな場所に眠らせない為だけに飛んできたのか?今の所有者の元から

 ……っておい、大昔の称号である『見た目は大人、頭脳は子供』を今更出してくんな。違うなら違うと……

 『称号解放 その名は、名?探偵ネズミ』

 一連の流れかよ!?俺の世界のサブカルチャー(もじ)るとか幅広いなお前のネタ!?というかその認識合ってたのかよ!?

 

 ……何か疲れた。とりあえず、お前は間違いなくクソナイフだが、キールを葬ってくれて有り難う。こんな世界で眠らされるよりは、きっと安らかに居られるだろうから

 「……来いよ、神ラフー

 確かめてみる気は、あるんだろう?」

 「良いでしょう

 フィトリアがそれだけかっているのです。確かめてみなければ」

 「本気……ではないか」

 「気付かれないギリギリの強さで相手をしてあげましょう」

 「良いだろう

 フィトリア、一瞬だけ痛いぞ」

 逆に今は行ける。復讐の雷霆、覚醒とはいかないまでも、ある程度の段階までは発現可能だ。それはフィトリアのおかげらしいから一言告げて

 

 「……では」

 「行ー」

 っ!危なっ!

 一息ついた神ラフーが右手にピコピコハンマーを持ち、左手で指を鳴らした

 俺にまともに認識できたのは、そこまでだった

 

 「∞ボルテクス・ガン・ショッ……

 いや、無理か」

 1.7秒後、7度の攻撃を終えてさも動いてませんよとばかりに狸耳を揺らす神に向けて、そうクソナイフを突き付けつつ息を吐く

 「こっからボルテクス・ガン・ショットを撃って届くより、8撃目を食らう方が速い

 完敗だ」

 一拍遅れて、漸く自分が無意識に何をしていたのか理解する

 反射的に本能で何とかしてたからな、思考が追い付いてない。ただ、今の俺では無理だって事は良く良く分かった。ってか、何とか追い付いて捌けたと思ってたんだが……捌ききれてないじゃねぇか。7回の攻撃かと思ってたが1回の攻撃に6~7発重なっている。そのうち1~2発は捌けてなかったのだろう、今更衝撃が来たぞおい

 「うぇっぷ」

 見ると神ラフーは既にハンマーを腰に戻していた

 「今のは手加減に手加減をして手抜きまでした段階です。どうでしたか?」

 「……やべぇな」

 「それしか言うことは無いんですか」

 「俺の世界の超S級異能力も人智を越えたとかバトル漫画とか言われてたが、そんなレベルじゃないな

 覚醒段階が使えてたとして、相手になったかどうか……」

 「どれだけ自分の能力を上に見てるんですか……」

 何だろう、視線が生温い

 

 「まあ良いです

 一秒耐えられたのはちょっと想定外でした」

 「どんだけ弱い想定だったんだよ俺。10秒くらい持たせる気でいたぞ俺」

 まあ、実際はその2割も持たなかったんだが

 行けると思ったんだけどな、ボルテクス・ガン・ショット。フラッシュピアースを越える今の俺の最速。それはあまりにも、まだ、遅すぎるか

 

 「合格か?」

 「ギリギリなんとか端には?」

 「ほぼ不合格じゃないか

 はぁ……」

 「それで、ですが」

 「女神相手に勝てと?」

 「勝てませんよ、基本

 入ってこられないようにするのが大前提……の、筈なんですけれども」

 「……そもそもループの原因が女神であるならば、入ってこられないってのはそもそも有り得ない、のか」

 「はい。既にこの世界に奴は来ています。というか、この世界が始まった……ループ開始時点で既にこの世界の何処かに潜み、自分が動き出せる時を待っているのです」

 「8つの世界が融合するまで、か」

 「はい。今の段階で既に自由に動けたら完全に詰みでしたが、自分が降り立つには土壌が足りていない今のこの世界の段階では、向こうも自由には動けないのでしょう」

 「……そんなもんなのな」

 「でも神様が居ることには変わりがないから世界の壁は脆くなっちゃってるんだってー」

 と、フィトリアの補足

 「だから神ラフーも来れたし、ヘリオスとかいうのも暗躍できたと」

 「そして、本来は世界に押し返されてしまう程の数の転生者も来れてしまう訳です」

 ……だからか。やけに俺含めて転生者多いと思った

 「あと、神ラフーは止めてください」

 「じゃあ超ラフーゴッド?」

 「もっと悪いですよそれ!?もっと普通にラフタリアさんとか……」

 「俺にとってのラフタリアって……ナオフミ様ナオフミ様してる幼馴染の方だから何か印象違うのをラフタリアと呼びたくない」

 「この世界の私って……」

 「尚文信者?」

 「しっかりしてくださいこの世界の私!

 せ、せめて相手がナオフミ様なのが……」

 「因みにアトラはタクトんところに居たんだが、アレどうにか出来ないだろうか」

 「ア、アトラさぁぁん!?」

 何だろう、無駄話楽しい

 

 「兎に角、貴方にやって貰いたいのは……

 最後の最後、女神の足止めです」

 「何だそりゃ」

 「神の存在は世界の抵抗を弱めます。今私が此処に居られるように、世界が歪んで簡単に入れるようになります。本来はそうぽんぽん入れるようなものでは無いんですよ?多くの手続きや許可を得て……」

 「コード:ケラウノスとかいう神はピンチに急にほいと現れてたけどな」

 「……何で知ってるんですか」

 「昔の映像?」

 「あれは……能力の性質が広がり行く力という関係上干渉力が半端じゃなくて土壌も抵抗も関係なしにほいと異世界に降り立てる意味分かんない神なので……

 速さは力というか、次元を越える速度ならば次元を引き裂けるからそれで相手は死ぬというか……」

 何だそりゃ。とりあえず

 「もしも世界を侵略する側だったら終わってんな」

 「なにかを守ることには致命的に向いてないらしいのですが……。万一世界を侵略してきたら、それこそ時間すら凍らせるらしいので相手の足を止められそうな『氷結』の勇者とかそういった相手を呼んできて上手く何処かで遭遇できるのを祈るとかそんなレベルになりかねません」

 「女神メディアよりタチ悪くない?」

 「悪いですよ!そんな彼が手を貸してくれればあの神を詐称する厄介な相手を逃がさないのも少しは楽になるのですが……」

 「言われてんぞヘリオス」

 「……まあ、本体が来た日には神を詐称するアレがなりふり構わず世界を壊して逃げてしまったというオチになる可能性があるから本体は来れないそうですが」

 「はぁ、使えねぇ」

 「そ、そだねー……」

 微妙な表情の二人に首を傾げ

 

 「まあ、それは良いです

 やって欲しいのは……足止めです。そこまで事態が進めば、私やナオフミ様が入れます。少しだけ時間は掛かりますが……。私達が来れればまだ勝ち目はあります。ですから、媚びを売るなり話をするなり相手の嗜虐心を擽るなり何でも良いんで私達が入れるまで四聖……いえ、そのタイミングでは八聖ですがそのうち誰かを守りきってください」

 ……ああ、こいつラフタリアだな、と思う

 

 嘘つきラフーの悪い癖が出てるぞ、神ラフー

 さて、何が嘘なのやら



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ラフ種

「そのうち誰か、か

 尚文でなくて良いのか?」

 ひとつ聞いてみる。それが嘘なのかもしれないと思って

 

 「……構いません」

 少しだけ時間を置いて、その女性はそう告げた

 本当はそう言いたくないのだろう。原作で読んだことが本当に起こった事であるならば、彼女は盾の勇者の剣であり続ける事をもって神となったような存在であるはずだ。ならば、それとは別世界とはいえ同一人物を見捨てても良いとはとても言えないだろう

 だが、言ってのけた。唇を歪めながら、もだ。それは純粋に凄いなと思う。俺にはちょっとキツイ話だ

 「もしもの話ではあります。ありますが……ナオフミ様、いえこの世界の彼はナオフミさんとでもお呼びしましょう。ナオフミさんを守らなくても構いません」

 「……本当に良いのかよ」

 俺にリファナを見殺しにしろと言わせてるようなものだと思うんだが、本当に良いのか?

 「構いません

 全員を守れないならば、仕方の無い事です。何を置いてもナオフミさんを守れ……とは、流石に強要出来ません。ですが」

 「ですが?」

 「ナオフミさんが居なくなればこの世界にナオフミ様が入りやすくなるからといって意図的に見捨てたりしたら後で私が殺します」

 「おお、怖い話だなそれは」

 ……まあ、そもそもだ。後でがあるのは、女神に勝った場合だけだ。女神に勝ったならば、殺されずとも俺は消えるだろう。当たり前の話だ。俺はこの世界に追加で呼ばれた転生者。恐らく神ラフーが言ったのとは真逆、自分を負かした者達の物語を告げてそれを妨害しろと呼ばれた女神側。ならば女神が消えこの世界が無かったことになるならば当然俺の存在も消える。ネズミさんは御門讃として、あそこで終わっていたで完結する。神による転生2周目なんて延長はない、その本来の形で終わる。それは良いか。自殺は俺の背負うべきものからの逃げだが、だからといって、生きていたいからといって、世界の人々を俺以上の不幸に叩き落としてまで得るものではない。その時は死人は死人らしく消えるだけだ

 

 ……だが、そうか。いざとなれば神尚文を呼び込むためにこの世界の尚文を消すという最後の手段があるのか。この世界は神によるやり直しだというならば、槍の勇者のやり直しのように、四聖が誰か欠けたらループという事も無いはずだ。四聖がどうなろうが可能性の模索は続き、女神の勝利が確定した時点で倒された本来の世界を上書きし女神メディアはこの世界を支配し君臨したとして蘇る。ならば、それを止めるためにどうせ消える世界の尚文には生贄という手も……

 「ばちばち?それやったらだめだよー?」

 フィトリアにすらダメ出しされた。止められそうだな。真面目に最後の手段か

 「……本当にやったら」

 腰にマウントしたはずのハンマーをもう一度振り上げ、目が笑ってない感じで神ラフーが脅す

 いや、最後の手段だからな。それしかどうしようもなくならなければやらない

 

 ……というか、何が嘘なんだろうな

 分からない。まあ、良いか

 

 「こほん。私がこの世界に入ってられる時間ももう長くはないです」

 「短いな、ヘリオスってのも同じか?」

 「ええ。限られた時間しか出てこれないそうですよ、彼も」

 つまり、転生者として戦うことになったら持久戦、或いは逃げ回るのが有効か。敵として出会わないことを祈ろう

 

 「なので、ですね」

 「ラフー!」

 ぽん、と白煙と共に神ラフーの肩に一匹の動物が現れる。どことなくタヌキな一匹の……うん、可愛いなこいつ。基本はタヌキなんだがアライグマっぽさが混じっていて少しだけデフォルメが入っている感じ。うん、見てるだけで可愛い

 「ラフー?こいつラフ種か?」

 「ら、らふぅ……」

 ……俺を見ての鳴き声に違和感が残る。何となくぎこちない

 ラフ種に何かしたろうか。いや、見たこと無いしな……

 「ん?こいつラフちゃんか?」

 ふと気が付いてそう問い掛けてみる。ラフちゃんならそりゃ可愛いはずだ

 「はい、そうです」

 ラフちゃん。原作尚文原産な目指せラフタリアな魔物であるラフ種の完成体とでも言うべき生き物だ。因みに恐らくだが他に完成体は産まれ得ないだろう。ラフ種がその尚文の知るラフタリアを目指していた限り、2体目は無理だ

 「成程、ラフちゃんか。ならそりゃ可愛いわな」

 ……あ、逃げて神ラフーの後ろに隠れた。かなりへこむわこれ

 

 「ということで、私自身は長くは居られません。ですから代わりに連絡用にこの子を置いていきます」

 そう言って、背後に居るその魔物を抱えあげて……

 うん、こいつはあまり可愛くないな

 「チェンジで」

 「何でですか!?」

 「ばちばちー、きにいらないのー?」

 いや、だってチェンジだろうこれは

 「いや、それさっきのと別人、いや別ラフだろ?」

 「え?ラフちゃん……ですよ?」

 「ラフちゃんってリファナの魂混じってるはずだろ?ネズミさんのリファナセンサーに反応がないから別ラフだ」

 明言はされてはいなかった。だがまあ間違いはないのだろう。ラフちゃんとリファナは同一の存在ではなくとも似たものではある。だから、ラフちゃんは可愛く見えるし他のラフ種はブサイクに見えると

 「な、何なんですかこの人……」

 ドン引かれた。心外である。リファナかどうかは勘で分かるからそう言っただけなんだが

 「リファナとお前の幼馴染だよ」

 この世界の、と付くけどな

 

 「……まあ良いでしょう

 この子はラフテル」

 ラフ種の電話(テル)。そこの神ラフーと繋がるからそんな名前か。安直にも程がある

 「……こほん。この子の事を任せます」

 「ああ、分かったよ」



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金色の獣

「それでは……」

 「そうだばちばち!」

 と、フィトリアの奴が急に話に割り込んでくる

 「どうした?」

 

 「危険なのがくるよー」

 「知ってる。タクトだろどうせ」

 フォーブレイのお偉いさんと言われたらやはりあいつだ。原作ではやってくるなんて事は無かったのだが、今回は違う

 所詮カルミラ島は活性化しているとはいえ、レベル100を越える手段が失伝しているにも関わらずそれをそう問題視されない程度には低いレベルの者達がこぞってやってくる程度の場所だ。言い方は悪いが低レベルの稼ぎ場であり、レベル350だかのタクトにとっては特に美味しいものでもなかった。故に、原作タクトはカルミラ島に現れる事は無かったのだろう

 ……だが、ここに原作との齟齬が生じる。タクト・アルサホルン・フォブレイは死んだ。正確には俺に殺された。まあ、それは別の肉体だかなんだかで復活したのだろうが……別の肉体による復活という点において、ひとつ問題が生じるのだ

 この世界におけるステータス魔法やレベルという概念は……"魂ではなく肉体に依存する"という点だ。つまりは、俺にレベル350の肉体をぶち殺されて復活したタクトは既にレベル350ではない。その新たな肉体の元々のレベルが幾つか知らないが、あって30くらいだろうそのレベルからの再スタートになるのだ。ならば、だ。活性化によりレベルを一挙に上げられるカルミラ島なんてもの、見逃す手はなくなるに決まっている

 

 『ばちばちー、なんでわかるの?』

 あ、その辺りか

 余談だが、ステータス魔法やレベルが肉体依存だという理由は簡単だ。生まれたばかりや龍刻の砂時計によるリセット直後であれば兎も角、普通に過ごしてきた人間のレベルが1ということは有り得ない。つまりだ、魂にレベルが依存しているならば、肉体はこの世界向けに再構築されているとはいえ魂が完全に連続している転生者や、何より四聖勇者がレベル1スタートになる筈がない。幾らなんでも微妙と本人は言っているがゴミではない異能を持ち、上を見たが故にコンプレックスを持った……逆に言えば上を見れる程度の位置には居た川澄樹の魂がレベル1とかそんな道理はないだろう。真面目に有り得ない

 ならば、レベルは肉体に依存する。まあ、そもそも異世界から来た人間の魂はこの世界にとっては異物にも近い、だからこそ四聖を扱えたりするのだから前提からしてこの世界のルールであるステータス魔法の枠外にあるものじゃないかって身も蓋もない事も言えるが

 

 「タクト……ですか」

 「一度ぶっ殺したんだけどな。やっぱり魂ごと消し飛ばさないとあいつ駄目だわ」

 原作……つまり本来の歴史ではなかなかに苦労させられたらしいしな。思うところがあるのだろう

 「……ちがうよー?」

 「って違うのかよ!?」

 てっきりタクトだと思ったんだが

 「来てるけど、あれはよわいしー」

 神の鳥のおことばに、諸行無常の響きあり。扱い雑だなタクト……

 「危険なのってならば何だよ」

 というかタクトは放置しても良い雑魚じゃないぞ流石に

 「えっとね……」

 

 瞬間、世界が、割れた

 ……いや、違う。そう思うほどに異質なナニカが、この地に現れただけだ

 「……なんだ、こいつは……」

 「ばちばちー、たおせるかな、これ」

 「分からない。けれども」

 眼前に広がる海。リゾートとしても使われているカルミラ諸島の割と穏やかな入り江に、居るはずのない魚影が浮かび上がっている。いや、巨影か

 

 金色の、鯨。全長にして300mは下回っていないだろうバカみたいにデカい巨体は、むしろ眩しいほどに光を反射して輝いている。だが、何よりも特徴的なのはその色でも、そこはかとなく犬っぽい顔でも三対ある目でも無いだろう。普通の鯨のような一般的な大きな一対の前ヒレ。その前後、顔近くから体の半分を過ぎる辺りまでびっしりと横一列にそれよりは小さな前ヒレが生え、昔の手漕ぎの船かのように蠢いている

 「……売ったら金に」

 「ふぇぇぇぇっ!なりませんよぉ!」

 あ、リーシア戻ってきてたのか。でも、今回は流石に役に立ちそうもない

 「空を漕ぐ船鯨……亜人の守護獣……」

 「知っているのかライフゥ!?」

 「ラフタリアです。ライ……なんですかそれ」

 「知っているんだな神ラフー」

 「金色真鯨ケートス……何故、神獣が此処に……」

 「神獣?」

 ちらり、と横を見る

 「フィトリアは神鳥だよ?」

 「無関係です」

 「じゃあリファナと……」

 「どこに関係があるんですか!?」

 「俺の信仰する宗教の御本尊、つまり神」

 「バカですか!?バカですよね!?」

 ……ああ、分かってる。全部冗談だ

 女神の剣が反応している。あれは敵だと。転生者に連なるモノであると

 

 「……それで、だ

 冗談の間にある程度は分かった」

 ……勝てないな、これは

 真面目に無理だ。俺にあいつは倒せない。一人では、決して

 復讐の雷霆があればどうだろうか。いや、それでも厳しいかもしれない。それくらいにヤバイものだ、あれは

 「それで、神獣とは何なんだ?フィトリアとは無関係らしいが」

 「あれは……四霊のようなものです」

 「四霊の?そんなものがこの世界に他に居たとは」

 「居ませんよ、そんなもの」

 「ならば……」

 「ええ、あれは……。既に滅びた世界の守護獣。曾て、己の世界の亜人を守っていた偉大な鯨の……亡骸です」

 『ルォォォォォォ!』

 突如響き渡る音。これは……嘆き?

 「あうっ!来るわねー」

 頭を抑えるサディナさんと

 「えっ?何か聞こえるんですか?」

 リーシアには聞こえていないのか、この音が

 ということは、亜人にしか届かないのか、この想いは

 

 「あの鯨は、嘆いている……のか」

 「ええ、彼女は護るべき世界ごと殺され……そして、操られてる」

 「女神、メディ……」

 「いえ違います」

 ……だんだん、神ラフーの視線が冷たくなって……行ってないな!割と最初から氷点下だ

 「アレの僕なら驚くには値しません

 貴方に分かりやすく言うなら……ケモナーのネクロフィリアな神にです」

 ……最低だなそいつ!



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黄色い砂時計

ふと、疑問に思う

 「神ラフー

 この世界には奴が……女神メディア・ピデス・マーキナーが既に居るんだよな?」

 「ええ、そうです」

 「ならば、何故あんなものが居る?別に女神の僕ではないんだろう?」

 原作……本来の歴史では現れる事の無かった巨獣。普通に考えて可笑しい

 「そうそう、ラフのお姉ちゃんはしってるのー?」

 と、横でフィトリアも首を傾げている

 

 ……何で呆れたような目でこっちを見るんだ神ラフー

 「分かりませんかフィトリア?」

 「フィトリアわかんないよ?」

 「貴女ですよ貴女!」

 「?」

 はあ、と息を吐く神

 「簡単に説明しましょう。アレは……確か通称神獣神パラストラ・D・ミルギアは世界を滅ぼしてその世界を守る獣を殺し、その亡骸を自前の死霊術で操って悦に入る変態です」

 「……リファナが危ないのか!?」

 「危なくありませんよ!?きちんと話を聞いてください!」

 ……うん、まあ。リファナは世界を守るとかそんなんじゃないしな

 

 「彼の狙いは恐らく四霊。或いは……それとはまた別にこの世界を世界を守る特異な獣、即ち神鳥フィロリアルクイーンです」

 「フィトリア、ねらわれてるの?」

 「ええ。貴女や四霊をあの巨鯨と同じように従える、それが奴の目的なのでしょう。理解したくもありませんが」

 「神ラフー、お前は?」

 「アレは完全な獣の姿を取り得てその姿を主とする者にしか興味がないらしいので、私は範囲外かと」

 「難儀な変態だな!?

 ……いや、それとメディアが既に居るのにあのケートスってのが現れた事に関連性あるのかよ?」

 「大有りです

 女神メディア・ピデス・マーキナーは本来とてつもなく強大な神です。神々でもそうそう手は出せない程に。ですから、彼女が狙っているこの世界に、奴は手を出せなかった。あの女神の不興を買い、真っ向から潰しに来られればひとたまりも無いでしょう。あの変態神はそういうものです。死霊術で操る獣達……神獣と称される彼女等を無視すれば、そう戦闘力は高くありません。それこそ、私達が神にならなかったとしても……いえ、貴方なら理解できると思って言いますが、本体だけならばリファナちゃんを生かした歴史の槍達なら現実的な確率で勝てる可能性はあります」

 「だから本来の歴史では手を出してこなかったと」

 確か神ラフーの言う歴史……外伝・槍の勇者のやり直しとして俺は読んだ世界ーこの世界に近い形で繰り返された歴史の中の槍の勇者達は確かに強かった。が、それでも眼前のラフタリア(神)に手も足も出なかったはずだ。それで勝てるというのは……弱すぎないか?

 「ええ。ですが……その本来の歴史で、あの女神はナオフミ様達によって倒された

 最後の力でもってこの世界を産み出し潜伏したようですが……大きく力を弱めた事は間違いありません。ならば、その時アレはこう思ったのでしょう」

 「『バッキャロウ生まれたての神どもにボコられた後の女神なんざ怖くねぇ。今まで怯えすぎてたのがバカらしいわ』と?」

 ……何で黙るんだ二人とも

 

 「い、言い方がですね……

 ですがとりあえず、そういうことです。女神の怒りに触れて殺される恐怖故にこの世界から手を引いていた他の神が、私達に負けた女神は恐れる事もないとちょっかいをかけ出した……。その先鋒が、あの神獣なのでしょう」 

 「……ならば今更怖くねぇとお前らも来いよ神狩りの神共ぉっ!」

 ……その言葉は空しく響いた

 

 「ってか神獣だか何だかが入ってこれるなら来れるだろコード:ケラウノスの野郎ぉぉぉぉぉっ!」

 何処に要るかもしれない俺が記憶で見た限り最強のボケ神に向けて吐き捨てて

 「そだねー」

 ……何だろう、心なしかフィトリアの目すら生暖かい気がする

 

 「とりあえず、ですが……」

 『コォォォォォォ!』

 再び、鯨が吠える

 その音は大気を震わせ……

 「っ!サディナさん!」

 視界の端で車輪が回る

 雷撃が俺の眼前に降り注ぎ、轟音と共にまだ残っていた亜人の死体が残らず灰に還る

 

 「っあっぶね!」

 なんて呟く俺の目に軽く頭のネズ耳から垂れてくる赤いもの。まあ、当然ながら血である

 「掻き消さなきゃ鼓膜吹っ飛んでたなこりゃ」

 「そうねー」

 話に付いていけてなかった鯱の女性が肯定する

 「ふぇぇぇぇぇぇっ」

 あ、リーシアの奴雷の方にビックリして腰抜かしてやがる。頑張れリーシア

 

 「……あの神獣は、私がなんとかします。幸い、ケートスは移動能力に長けてこそいるもののあの変態神が特に気に入っている5体の神獣の中では戦闘力は高くない個体です。今の手加減に手加減した私でも世界から共に弾き出されるくらいの事は出来ます」

 「……あいつ以外にも居るのか。ってか、吠えただけで鼓膜破られかけたんだが」

 「ええ、全部で100体を越えるほど」

 ……鼓膜の件は無視か。まあ、防げたしな

 「魑魅魍魎の百鬼夜行かよ」

 獣ハーレムってか?嫌だな本当に。ってか、女神メディアだけでもどうすんだなのに来るんじゃねぇよホント

 

 「……兎に角、気を付けるべきは……残り4体のあの神のお気に入りです」

 「それは?大体の外見だけで良い」

 「……天轟虹竜ヴェルムート、白星空蛇ケツアルカトル、黒霧死王ベルゼビュート、そして……傾界仙狐タマモ」

 「なるほど、大体分かった」

 ドラゴン、空飛ぶ蛇、恐らく巨大な蝿、狐か。どいつもこいつも獣だな。話を聞くに人間に化けてくるとかは無く、もしも来るとしたら真っ正面から世界を割って降臨するだろうことが救いか。人に紛れて接触して不意を撃つとかしてこなさそうだし

 ってか、ベルゼビュートって世界を守る獣って感じが全くしないんだが……死者の世界でも守ってたんだろうか。直接対峙しなければ正直何も分からないし分かりたくもないが

 

 「……兎に角、任せましたよ」

 言うや、神である狸娘はピコピコハンマーではなくなった槌を構え……

 「ってか、あんなの出てきて女神にもうダメだこの世界される可能性は無いのか!?」

 その背に疑問を投げ掛ける

 「大丈夫です

 所詮自分を恐れて来なかった者達。復活すれば逃げてく雑魚……と見逃されると思います」

 ……それで良いのか女神メディアよ……

 

 そうして、茶色の髪の女性はハンマーを振りかぶり

 そして、金色の巨鯨と共に姿を消した。本人の言葉どおり、世界から弾き出されたのだろう。巨鯨が消え、大きく空いた空間に水が戻ろうとする流れに巻き込まれ俺たちを連れてきてくれた船が海岸を離れていくが、世界は平穏を取り戻し……

 「マルちゃん、お姉さん何がなんだか分からな」

 0:00

 ビキッと音と共に、クソナイフを持っていた時には見えてた砂時計の辺りにアイコンが現れる

 ……だが、異例。開幕から時間がゼロ、砂も落ちきった砂時計アイコンであり……。そして、砂の色が赤でも青でもなく黄色

 「フィトリア!」

 「フィトリアにはないよ?」

 だが、返ってきたのは何一つ分からないという答え。そうこうする間にも、砂時計は……

 逆戻し!?

 砂時計ってのは砂が落ちきってからひっくり返せばまた1から数え始められるもの。だが、俺の視界に映るそれはひっくり返るのではなく、ゆっくりと逆再生されているかのように砂が浮き上がり上へと溜まっていくような挙動を見せる。0:20、1:40、3:00……それに合わせて変わっていく表示。タイムオーバーであった時間が元々の数字にでも戻るようになってゆき……

 「がぁっ!」

 「あうっ!」

 逆の端で車輪が回る。勝手に発現した雷が俺を撃ち……

 10:00:00

 急速に歪んで行く視界。体が引き離されていく感覚

 それに、俺はなす術無く呑まれ……

 

 不意に、視界が戻る

 って、何処だよ此処。とりあえず空気悪いな……

 俺は気が付くと、燃え盛る森の中に立っていて

 『キュリシャァァァァァァッ!』

 空から降ってくる怒号。空はやけに暗く……

 見上げた先の空には、あの巨鯨より更にデカイ……というか長い体躯を空にくねらせ、口から炎を撒き散らして森を焼く白い体躯に赤い巨大な一角のある白蛇の姿があった

 

 「白星空蛇、ケツアルカトル……」

 教えられたその名を、呆然と俺は呟き……

 「って何でいきなりこんなもんが眼前に居るんだよラフゥゥゥゥゥゥッ!」

 その責任転嫁は、誰にも聞き届けられる事はなかった



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サボり

「……どうしろってんだよ、あんなもん……」

 悠々と空にその体躯をくねらせる白蛇に向け、ぼやく

 

 届かない……程ではない。一応は。その気になれば俺だって空は駆けられるし、攻撃だって可能だ。だが、それで?アレを殺せるかと言われると無理だなで終わってしまう。俺の手には女神の剣があり、その剣は光輝いている。アレをやはりというか神側のモノだと認めているのだろう。だが、それでも、一歩足りない。というか、武器がどれだけ強かろうが俺のパワーが足りてない。持ち主が弱すぎて話にならない

 尚文達が原作でならば対峙した四霊……あれらに比べてもかなり強い方であろう。原作では麒麟戦は無く、麒麟のスペックは良く分からないが……少なくとも恐らく霊亀よりは数段強い。というか、元々本来霊亀、鳳凰、麒麟、応竜の四霊は世界を護るために人々の魂を、エネルギーを集めて結界を貼る存在だ。あの世界の勇者達という方向は違えど同じく世界を守ろうとする者……というか自分達の上に存在するあの世界の神とも言える四聖相手に本気で戦いとか無理極まるだろう。どこの世界に世界を護るために世界を護ろうとする自分達の神を全力で殺しに行く守護獣がいるというのだ

 だが、こいつは……眼前のケツアルカトルは違う。奴の守るべきものは、救いたかった世界はすでに無い。神によって滅ぼされた。ならば使ってくるだろう。原作で尚文達が対峙した守護獣達が絶対に使えなかった……敵に対する撃滅モードとでも言うべき本気を。だからこそ、言える。眼前の神獣は間違いなく原作四霊より遥かに強い。本来の四霊並みのバケモノだ、と

 

 冗談じゃない。あんなものと戦っていられるかよ

 そう言えたらどんなに楽だろう。だが……そう言うわけにもいくまい。そもそも此処がどこなのか分からない。とりあえずわかることは……視界端には黄色い砂時計だけが存在し、それは妙にカウントが減っていっているということだけだ。9:23:51。と

 ……見てる俺の前で、カウントが変わる。9:23:48。すぐには次に変わらない。つまりこれは……元々が10日であり、3分ごとにカウントが変わっていく……いや待て減りが可笑しくないか?そう思って注視すると……しっかりと秒までが表記される。それは良いが……

 やはり、か。体感1秒。その間にもカウントが3進んでいる。つまり、1秒で3秒減る訳だ。10日かと思ったが、これならば3日と8時間しかカウントがない。さて、そもそもこのカウントは何なのか、それも分からないが

 

 ……兎に角だ。焼きネズミも蒸しネズミも御免だし、此処で荒れ狂う神獣とやりあう愚など犯す必要はない。というかこんなときにこそ四霊ども封印されてないで何とかしろと言いたいのだが……

 『キュリシャァァァァァッ!』

 空から響く咆哮は遠退くことはなく

 ……ならばと飛び立とうとして、不意に気が付く

 コール・フィトリアの存在に。そう、馬車の眷属器の力であいつはほいほいと俺に話しかけてこれるはずだ。なのに、いまだに声が無い

 「まあ、何かあった……っていうには強いだろうし、なっ!」

 地を蹴り、割と昔みたいに使えるようになった復讐の雷霆でもって……

 灰の積もりだした地面の味を確認する

 跳べなかったのだ。視界端に車輪はまだある。だが、回転が鈍い。フィトリアの手を借りて前みたいに使えるようになった雷が、また微妙な出力に戻っている

 

 またかよ、って話だがどうなっているんだ?

 「????????」

 ……地面を舐める俺に、近くに居たのだろうか、誰かが声をかけてくる

 ……が、何を言っているのか、俺にはてんで分からない。どこの言葉だ、これは?

 ……いや待て、分かるはずだ。勇者に異世界言語理解があるように、転生者にだってそれはある。耳を澄ませ、聞こえるだろう?

 

 「……大丈夫か?」

 男の声。ああ、理解できる。少しチャンネルを変えればな。いやだが、何故チャンネルを変えなきゃ聞こえないんだ?

 「……ああ」

 駆け寄り、手を差し伸べてきた誰かの手を借りて立ち上がる

 なんというか……和服美男だなこいつ。どこか不思議な美形ってやつ。だが、時折透けて背後の火が見える。こんな奴等この世界に居たかな……何となく、挿し絵で見たグラスに似ているというか……

 ってか、まさかな

 「魂人(スピリット)?」

 聞いてみる

 「獣人?」

 向こうも、俺の頭のネズ耳を見て返してきた

 「あはは……

 少しだけ頭打って記憶が混乱しててさ

 この世界の四聖勇者様って……」

 「魔竜討伐のために呼ばれた風山絆様以外話を聞かない」

 ビンゴ!風山絆。四聖武器のひとつ、狩猟具の勇者だ。当然ながら俺達の知る四聖……聖武器は剣槍弓盾の4つ。狩猟具などではない。つまり、今居る場所は……異世界。それも、俺がビンゴと言えるのはたった一つの世界だ

 即ち……グラス達の世界。波により俺達の世界と融合しかけているもう一つの……波の向こうの世界だ。いや、どうしてそうなった

 

 「絆様か

 他の勇者が……」

 そんな俺の前に、何かが降ってきた

 頭を砕く軌道で

 「ファスト・レイスフォーム!」

 っあぶねぇなオイ!?とっさに実体無くさなかったら頭ザクロみたいになってたぞ

 

 「………………」

 「え?まさか……」

 何かを避けるだけ避けて、長く体をプラズマ化してると乱視が酷くなるので魔法を解いた俺を見つめ、そう魂人の少年は呟く

 「貴方も、勇者様?」

 「は?」

 何いってんだこいつ。今の俺はクソナイフ持ってないし、そもそもクソナイフ(投擲具)はこの世界の眷属器ではない。俺を勇者と誤認する理由が……

 と、落ちてきたものをマジマジと見つめる

 

 ヤバい。凄く見覚えがあるものが俺の目の前でふよふよと浮いている

 抜き身の一本の刀。とてもシンプルな造形で、けれども秘めた何かを思わせる光輝く一振り。二度と見ることはないと思っていたソレ……この世界の眷属器の一つ、刀が其所に在った

 「何やってんだお前……」

 思わず半眼でツッコむ。いや、お前どっかのレーゼの手を離れて飛んでっただろ、レーゼの手に渡る前の勇者は死んでたとして、そっから新勇者くらい探すか呼ぶかしてろよ本当に。だってのに今こんなところに居るとか俺の手元から逃げてって遊んでただけかお前?

 それともあれか?この眼前の少年を勇者にでもしようと……

 「刀の勇者様?」

 「俺じゃない。お前じゃないのか?」

 って何しやがる刀。俺の頭を峰で叩くな

 

 ……ん?とっととまた奪え?何?は?

 不意に峰打ちと共に流れ込んでくるそんな意思表示に首を傾げ

 「……いや、俺で良いのか。理解し難いが」

 勇者武器を奪う力を伸ばす。持ち主の居ない浮いているその武器はさくっと制御下に入り……視界に刀のアイコンが浮かぶ

 同時、アイコンとその横の黄色の砂時計のアイコンが結ばれ……カウントの減りが1秒1へと変化する。そして同時、クエストとかいう謎ポップアップがアイコン横に出現。何々……メインクエスト:神獣ケツアルカトルの撃退

 って待て待て待て待て

 何?ちょっと聞かせろよ刀!?お前に呼ばれたのか俺!?自分達の世界終わりかけ過ぎてて神獣倒せる勇者戦力足りないからって一時的にとはいえお前を扱った縁でも辿って召喚した……って感じか?

 応、とばかりに手の中で震える勇者武器

 

 「やはり、勇者様!」

 「っざけんなぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 拝啓、俺の女神リファナ大明神様

 何か、原作では自分達の世界を護るために侵略しかけてきた側の勇者武器から神獣撃退を押し付けられました

 やはりクソナイフの同族だろお前!?いや、同族なんだが



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弓の勇者と釣りバカ

「……ネズミさん達はどうしているでしょうか

 ネズミさんの事ですしあまりリーシアさんに無茶は……」

 釣糸を垂らしながら、僕は呟きます

 

 「やってそうですよ、弓の勇者様」

 横で釣糸を垂らしていた金に近い髪の少女が、そう突っ込みを入れてきました

 「リファナさんはそう思うのですか?」

 「うん。マルスくんって、自分が凄いから基準ズレてるなーってこと多いんです

 自分なら出来るからって、普通の人の出来ることを上に見すぎてるっていうか……」

 「あはは、ステータス魔法もありますし、ステータスを遥かに越えた事は言わないんじゃありませんかね、流石に」

 「そうかな

 頭1つ……じゃなくて4つ5つ抜けてるくらいなのに、自分は頭1つ抜けてる……くらいの認識でちょっと無理は言いそうなような……」

 釣れない糸から眼を離し、その少女ーリファナは遠い目をします

 「ハロウィーンのお祭りで仮装じゃない本物のお化けが出たときだって、わたしに大人の人に伝えてくれって言ってたけど、あれも結構な無茶だし……」

 「そうなんですか?」

 「だってお化けですよお化け、レベルも何も分からない魔物ですよ!?」

 「……そう、ですね」

 ゾンビや……ちょっと前に波で対峙したソウルイーター等も似たようなものですか。確かに怖くはありますね

 「マルスくんはわたしを安全なところに……って思ったんだろうなーってことは分かるんです

 けど、一人で暗くてお化けの出るかもしれない道を帰るのってちょっと怖くて……」

 身を震わせる少女

 それに合わせて釣竿は大きく揺れて

 「……魚、逃げられましたね」

 「……そうですね」

 「今夜の晩御飯どうしましょうかリファナさん」

 「もうちょっと頑張ります」

 「ええ。そうしましょう」

 ……此処はカルミラ諸島の島の一つ。夕暮れになったので僕達は晩御飯の確保を。一応日持ちのするものは持ってきましたが、どうせならば新鮮な食材を付けたいのでドロップしていた釣竿をアイテムストレージから取り出して釣りをするという形で行っていました

 此処に居るのはリファナさんだけ。ドラゴンであるらしいブランさんやラフタリアさんは薪を集めに行っています。時折勇者の弓の力も使い遠くから危機になっていないか見てはいますが、残念な……いえ喜ばしい事に魔物に襲われてピンチとかそういう事は起きないようです

 いえ、分かってはいましたが。今日1日人材交換として彼女等の戦いを見せてもらいましたが、流石はネズミさんの幼馴染というか僕達四聖勇者の中では苦労してきた尚文さんの仲間というか、車椅子の僕が手助けする必要もほぼないほどに上手くやれていましたから。尚文さんという絶対的な盾役が居る前提で戦っていたからか少しだけ危なっかしいところはありましたが、それも僕が一度弓を射って助けたら問題を自覚してすぐに是正してしまいましたし。順風満帆、逆に面白味がない程でした。ですので、リファナさんが此方に居てもこの島の魔物相手では危険はほとんどありません

 「あれですね

 リーシアさんに不満があるわけではありませんが、やはり仲間が多いとやり易いことも多いです」

 特に今の僕は誰かが車椅子を押してくれないとしっかり動けませんからね。いえ、自分で車輪を動かせはしますが、うっかり転倒したりしたら立ち上がれないのでやはり一人では不安が残ります。動かしながらでは弓も射れませんし

 「なら、仲間を増やしたらどうですか?」

 「ということで、ネズミさんをスカウトしようとしたんですが」

 「マルスくん、わたしが言わなかったらなおふみ様のところに留まる気もなかったぐらいなので……」

 「ええ、あっさりフラれましたね」

 まあ、知っていましたが

 彼は……御門讃はそういう人ですからね

 

 「……あ」

 なんて話していると、釣竿が僅かに引いている事に気が付きます

 けれども、引き上げるのは会話に気を取られ過ぎていた為かあまりにも遅く……

 「逃げられましたね」

 餌の無くなった針を引き上げ、呟きます

 「……こういうとき、絆の異能力が羨ましくなりますね」

 釣り……で思い出した友人の事を、ぽつりと僕は口にしました

 「きずな?」

 「ええ。僕の……元々の世界での友達です。凄そうで何にも凄くない、もっと凄い異能の影に隠れる日陰者……同士でした」

 「あ、あはは……」

 「いえ、大丈夫です。自虐するほどではありませんから

 彼……風山絆は妙に釣りが好きで、それでふと思い出したんですよ」

 「えっと……異能力っていうのは?」

 「彼の異能力は未来予知系の……」

 「み、未来予知!?凄いですねそれは」

 「まあ、何時相手が針にかかるか、が少し前に直感的に分かる、ただそれだけの異能だったんですが、本人は喜んでいました」

 ……確実に釣るに近い異能なんかもあり、その下位互換って感じの扱いではありましたが。そう、僕の命中が必中の下位互換であるように。けれども……彼は気にしてませんでしたね。釣りは魚との真剣勝負だから面白い。真剣勝負のタイミングが分かるだけの方が楽しくて良いって

 

 「……へぇー。勇者様の世界ってそんなものがあるんですね」

 「ええ。他にもありますよ。例えば僕の異能は命中と言って、狙えば基本当たります」

 「狙えば普通当たるんじゃ無いんですか?」

 「いえ。例えばですが、風が吹いたら?或いは……相手が横に歩き続けていたら?そういった要素を計算に入れて的確に命中させるっていうのは難しいと思いませんかリファナさん」

 「あ、確かに」

 と、獣耳の少女は目を軽く見開いて頷きます

 「僕の命中の異能はそういったものを何一つ考えなくとも勝手に最適化してくれるというものです」

 「凄いです!」

 「……けれど」

 「けど?」

 「意識して避けられたら当たらないんですよね。上位の異能である必中ならば、避けられても追いかけるのですけれど。あとは……超S級異能力、決意の氷結(アブソリュートロック)であればそもそも狙った瞬間に相手の動きを止めて回避すら許しませんし」

 「あぶそるぅ、あぶ、あ……えーっと、なんですかそれ?超S?」

 「決意の氷結(アブソリュートロック)ですリファナさん。復讐の雷霆(アヴェンジブースト)等と並び、僕の知る限り格が違う化け物級の異能力の一つですよ。正直な話、この世界みたいにステータス魔法などは無い世界ではありましたが、彼らであればそのままこの世界に放り込まれても即座に波と戦えるんじゃないかってくらいには規格外でしたね」

 まあ、そもそもそのうち一人がネズミさんなので、じゃないか、ではなく実際に戦えている訳なんですが、それを言っても多分混乱するだけなので言わないでおきましょう

 「あぶそなんとかとあべなんとか……分かりにくい名前ですね」

 「まあ、そうかもしれませんね。政府機関が気取った名前付けた結果、上位の異能は結構分かりにくい名前も多かったですし。僕の異能のようにランクの低いものは持ち主も多く簡単な名前なんですけどね」

 

 「まあ、今の僕はネズミさんにも負けない特別な存在に……きっと、なれているでしょうが」

 「弓の勇者様だから?」

 「ええ、そうですね。もう、低ランクの異能力しか持ってないって思わなくて良いんです」

 「元々そんなこと考えなくても良いんじゃって思いますけど……。ちょっと、わたしはマルスくんにはなれないって感じみたいに

 ……なんて言ったら良いのかなこれ」

 「自分は自分でしかない。それでも、やはり規格外を見てしまうと、自分もああなれたらと思わずにはいられないものです。特に、異能力については持って産まれた才能ですから。努力ではどうしようもない、単純に持ってるか持っていないか、それだけで総てが決まってしまう理不尽。だからこそ、あの時の僕は目指すことすら出来ない頂点に、思うところがあったんですよ」

 特に、S級異能力について、ですが。超Sの4人はちょっと規格外も規格外で、逆に諦めがついたというか。絆と探し当てて見てみた動画も中々に衝撃的で、あまり羨ましくなかったというか

 

 そういえば、絆は今どうしているのでしょう。少し前に家出?とか聞いたような気はしますが……

 なんて考えながら、僕は彼と見たあの時のネズミさん……いえ、御門讃の映像を思い出していました




風山絆(男)
この世界の風山絆は絆ちゃんではありません、絆くんです
また、彼のプレイしていたゲームはヒーリングMMOとかいう良くわからないディメンションウェーブではなく、樹と同じものです


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四月馬鹿 もしもネズ公が本当にばちばちだったら

四月馬鹿です。投稿が4/3?知らんな


「俺がハーレム作るって言ってるのに邪魔なんだよ!エアストスロー!」

 眼前の男が突如として光の玉のようなものを投げ付ける

 

 「力の根源たる我が意に従い、軛を受けよ、眷属器!

 お返しだ、ストライクピアース!」

 だが、俺はそれを受け止め、投げ返す

 光はピックの形を取り、眼前の男の眉間に深々と突き刺さった

 

 「残念だったな。俺はすべての勇者の武器を扱うことが出来る選ばれた存在なんだ」

 眼前に転がった既に物言わぬ骸に向けて、小馬鹿にしたように一言。そのまま、脳天のピックを呼び寄せて……

 「な、何だ?何が発動した?」

 突如光を放ったピックに目が眩む 

  

 そうして、俺は全てを思い出した

 俺の名は……俺の、名……は

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 溢れ出す力。膨れ上がる雷。心の奥底に眠る、その力!

 「俺は、俺はっ!」

 瞬間、世界にヒビが入る

 風景が割れてゆく。いや、世界そのものが、壊れてゆく。無へと。その隙間から顔を覗かせるのは世界の狭間の暗闇。一つの世界は此処に、消えて行こうとしていた

 一瞬前の俺ならば、この事態に訳が解らず戸惑っていたのだろう。そして、手遅れになるまで呆然としていた。また、何一つ守れなかった。だが、今の俺はそんな事理解できる。だから、動くことが出来る!

 「なあ、そうだろう?俺の憤怒(アヴェンジブースト)?」

 その言葉と共に、世界崩壊の根源を探る。流石に崩壊の最中、隠れている訳でもないので一瞬だ

 少しずつ剥がれていく風景の中、俺は文字通り雷と化し、ルロロナ村を一瞥してからその場へと翔んだ

 

 「……嘘、嘘よ」

 呟きながら、その場をよろよろと去ろうとする赤髪の少女。名前は何と言ったかな……いや、知らない。盾の精霊に教えられたこの世界の辿るべき歴史においても、特に語られていなかったろう相手だ。少なくとも、マルティ・メルロマルクではない。深く盾の勇者達この世界の四聖に関わるものではないが確かに女神の写し身の一つであろうその女の中に眠るソレを見付け、眼前に降り立つ

 「……よう、そんなに満身創痍で外に出る気か?」

 「誰よアンタ。この私にどんな口を……

 というか、こんな緊急事態に」

 「大人しく寝てた方が良かったんじゃないのか?」

 「空が割れてるのよ!?」

 「お前だろ、女神……メディア・ピデス・マーキナー!」

 「ッ!?」

 瞬間、飛び退く気配、加速する世界崩壊

 完全に世界は……眼前の女神が満身創痍の傷を癒し、自身が負けたという歴史を塗り替える為に作り出した女神の揺りかごは砕け散り……同時、本来のー女神メディアを倒した世界すらもひび割れ、少しずつ壊れて行く。これが、女神の目覚め。一つの世界の終わり

 

 それを止めるだけの速度は俺には無く、何時しか眼前には赤髪の少女の肉体を脱ぎ捨てた女神が浮いていた

 「……どう?特別にこの姿を見せてあげたわ。神の力をアナタも持っているようだけど、その差に絶望なさい」

 感想はない

 「どこのバカ神か知らないけれども、そんな力で私が傷付いていれば勝てるなんて……」

 「はぁっ!」

 気合一発。俺の中に眠る『雷霆』を呼び覚ます

 膨れ上がる怒りと共に、視界が赤く染まり、スパークが迸る

 

 「深紅の瞳に、金に染まる髪……

 そ、その姿……その、雷は!まさか!?」

 「……何だ、知ってんのか

 でも、改めて名乗ろうか

 

 オレの名はヘリオス。ヘリオス・V・C・(バシ)レウス。神名を……コード:ケラウノス

 お前がやり直す世界を作ったから、盾の精霊の願いがオレを呼んだのさ」

 「神狩りの……神。コード:ケラウノス!」

 「数千年ぶりだな。いや、その時の俺は先代だが……。ゼウス・E・X・マキナに代わって、決着を付けに来た」

 

 

 

 

 ってな感じになるんだろうか

 そう、何故か其処に居る神ラフーに聞いてみた

 「……さあ?そうかもしれませんね」 

 いやまあ、実際の俺は単に雷の異能力持ってるだけの転生者だし、こんな事は無いんだがな!




四月馬鹿ですので嘘です。こんな未来はありません
投稿が4/3なので本当です。雷霆覚醒するとこうなるから女神が自分で起きてくるまで目覚めないようネズ公は自分を転生者だと思い込んで居るわけですね


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弓と狩猟具と見る雷霆の覚醒(前編)

「絆さん」

 水滴が教室の窓を叩く放課後。雨の日であるが故に手持ち無沙汰そうに外を眺めている友人に、僕はそう声をかけました。元々は今日の放課後から週末を使って釣りに行くという事でしたが、流石にこの大雨では釣りなど行けるはずもなく。最大の趣味を潰されて時間を得た友人に向けて、少しは慰めの意味も込めて

 「……イツキ」

 「絆さん、お時間ありますか?」

 

 「あるけど。イツキはゲームは良いのか?」

 少しだけ時間を置いて、その少年はそう返してきました

 「ああ、ディメンションウェーブですか?あれの体験版はやり尽くしました。後は製品版の発売を待つだけです」

 「相変わらず早いな」

 「ゲームは、生まれもった異能力で差別がありませんからね」

 現実はこの通り、異能力の強さで割と差が出てしまいますが

 「それで、ですが……実は、見付けたんですよ!」

 「なにを?」

 首を傾げる彼に、僕は興奮ぎみにスマホを見せます

 

 「……持ってるじゃん」

 「?」

 「いや、朝電話した時に繋がらなかったから何かあったのかーって」

 「すみません、今日一日ずっとデータ通信を切っていたので」

 「切るような事なの?」

 「ええ、そうですよ

 僕がうっかりネットに繋いでしまったら総てがおじゃんだったかもしれません」

 その言葉に、眼前の中性的な少年は目の色を変えます

 「ということは、まさか!?」

 「ええ、そうです

 人類史発展異能究明悠久工匠極東支部……極東ルクスが検閲しているあの動画データを拾ってくることに成功したんですよ」

 「凄いなそれ」

 「ええ、たまにネットの海に出てはきますが、検閲削除も激しい特殊な異能力についての動画検証……オフラインへの保存に持ち込めたのは幸いでした」

 まあ、その結果昨日の夜以降そのデータを保存したスマホはネットから切り離さざるを得なかったのですが。異能力研究の世界的施設である彼等に動画データを見付けられてしまえば、僕達のランクだと動画を削除されてしまいますからね。そういった点では、異能力のランクが低いというのは辛いものです。S級……いえ、せめてA級の異能力さえあれば特例的に許されるはずなのに。異能力の弱い人間には強い異能力に関する動画を見る権限すら無いって事ですか、と言いたくもなります。機密にすべきという意見も理解は出来ますが……。特に未来を預言する異能力等であれば持ち主と悪用方法が出回った暁には大変ですし

 

 「それで、どんなS級なんだ?」

 「聞いて驚いて下さい。なんとSじゃありません」

 「……A級?その中にも凄いのは居ると思うけど」

 「逆です。超S。ドイツのルクス本部によって新しく……4番目にそう定義されたという伝説の異能力

 未だ詳細データが全然出てこない事から都市伝説的に広まっているアレ、ですよ」

 「ああ、運良く発現動画が残っててっていう?

 アレ凄いよなー、どんなものなのか名称だけじゃ良く分からない上にブーストなのに超S扱いなんだろ?」

 「絆さん……。そもそもこの国に居る超S級異能力、勇気の業火(ブレイブバーニングソウル)だって分類としてはブースト系異能ですよ?」

 「あ、そっか

 それにしても、復讐の雷霆(アヴェンジブースト)、って物騒な異能名だよなー」

 「全くです。的中、命中、そういっとシンプルな名前とは違いますね」

 「ん?キザな名前の異能力ほしかったの?」

 「その名前でなくても良いですが。いえ、寧ろ能力だけは同じで名前はシンプルな方が……」

 

 等と言いつつ、スマホを起動。しっかりとSIMカードは抜いていますのでネットに繋がることはありません。そのまま、動画アプリを開き、ダウンロードを終えた動画のオフライン再生を選びました

 

 「お、始まった」

 二人して、スマホの画面を覗きこみます

 ……ですが、あまりよく見えませんね。動画の部屋が薄暗いです。どこかの監視カメラの映像でしょうか

 「……シャンデリアがあるよ」

 「ええ、ありますね。どうせなら点けててくれれば良かったのに」

 動画に映っているのは豪華な部屋でした。シャンデリアが天井から吊り下がり、床一面に敷かれたカーペットにも刺繍があります。置かれたのも横になって寝たら気持ち良さそうなサイズのソファーですし

 「お金ってある場所にはあるものだね」

 「新しい釣竿の為に貯めてるんでしたっけ」

 「なかなか目標金額に行かなくて」

 なんて会話していると、動画が明るくなります

 どうやら、部屋の電気が付けられたようですね。シャンデリアが輝いています。ああいうのも、今の時代は電気式なんですね

 『おい、気を付けろよ。隠しカメラはさっき切ったはずだが』

 と、部屋の中に居た男のうち一人が横のもう一人の男に対してそう言っているのがきこえました

 ……あれ?ならば何故この動画が残っているのでしょうね

 「雷霆っていう名前だし、超Sの人が動かしたのかな」

 絆も同じ疑問を抱いたのでしょう、そんなことを聞いてきます

 「どうなんでしょう。動画を見れば分かるかもしれません」

 

 と、明るくなったところで、シャンデリアとは別に吊るされたものが漸く僕達にも理解できるようになります

 「あ、あわわわ」

 横で絆が口を押さえてるのが気配で分かりました。けれど、僕は画面から目を離せませんでした

 高めの天井から吊り下がっているのは太い縄。端はしっかりと円になるように結ばれ、一人の少年の首にかけられています。ぱっと見自殺……

 なのですが、違和感があります。首の縄が固結びなのです。普通、自殺する場合は椅子の上などに乗ったあと結び目を広げた輪の中に首を通して、椅子を蹴って宙に吊られることで体重で首を締めるものだと思います。ですが……

 「最初から首を締めて縄を結んでますね、あれ」

 「そ、そうなの?」

 「可笑しいですね。最初から首を締めて縄を縛れたなら、その後わざわざ吊っても意味無いでしょうに」

 手元のハンカチで軽く首を絞め、すぐにほどけるように端を結んでみます

 「ほら、この時点で絞まってるのにわざわざ吊らなくても良いじゃないですか。それに、こうして結んでしまったらこれ以上絞まりません」

 「って危ないって」

 慌てて、絆さんの細い指がハンカチにかかり、首から取り払われます

 「……すみません、絆さん」

 「いや、たまーに釣り人の中に、子供が釣糸で遊んでて首に絡まってーとか聞くから、つい」

 「ええ、そうですね軽率でした」

 一息おいて、また切り出します

 「では、動画に戻りましょうか」

 「そうしようか」



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弓と狩猟具と見る雷霆の覚醒(後編)

動画に戻り、再生ボタンを再び押します

 

 『良し良し、大人しく妹の後を追ってくれよな』

 「……妹の後、ですか」

 「妹さんが死んで、それでって感じ……じゃ、ないよね」

 「ええ。普通に自殺しようというなら、それを見付けた彼等がこんなに冷静なはずがありません」

 あまり見たいものではありませんが……揺れる少年の顔に見覚えがある気がして、まじまじと画面を見つめます

 『長かったなー星追(せお)

 『ああ。でも、お前が居なくなってくれればこれで全部が終わる。だからとっととくたばってくれよ讃』

 「……讃、ですか」

 どこかで聞いたことがある名前ですね。確か……

 「あっ」

 「知っているのかイツキ」

 「思い出しました。彼……讃、御門讃(みかどさん)ですよ」

 「御門さん……えっと、誰?」

 首を傾げる絆さん。そういえば、彼は知らないんでしたっけ。僕も絆さんと会う前にビデオで見た事があるだけで、直接会ったことはありませんし知らなくても無理はありません

 「昔のことですが、僕がサッカーやってた時期があるのは話しましたっけ?」

 「あー、聞いたことある。命中の異能力でパスとシュートの精度が高いからって」

 「ええ。中学生以上の大会では異能力込みと禁止で明確にレギュレーション分けがありますし、僕は異能力レギュで活躍できる程では無かったのでついていけないからと止めたのですが……。その頃に、動画で見た事があるんですよ、彼」

 「中学生サッカー選手なの?」

 「ええ。異能力無しレギュレーションで。大きな東日本大会で念願の初優勝を狙う僕達の中学校を……容赦なく叩き潰したとある学校のサッカー部エースの片割れ、最強FWの呼び声高い天笠零路(てんりゅうれいじ)と並ぶあの大会最強のMFともされるフィールドの皇帝(バシレウス)、御門讃です。いや、あの二人同学校って可笑しいのでは?」

 「凄い人なんだ……」

 「前半ベンチにすら居なくて、勝てそうだがエースが片方不在で優勝しても箔つかないよなーと思っていたら身内の葬式を抜けて後半から参戦というバカ丸出しの行為を晒されて2点差から逆転されたって当時1年だったらしい先輩から聞きました」

 「えぇ……?葬式抜けてきたの彼。大丈夫?」

 「当時のインタビューでは、『母は半端で止めることを嫌う人だったから。この大会だけは最後までグラウンドに立って皆と戦わないと。最後の最後に放り出したって、決勝を欠席して葬儀の場に居たらあの人に怒られる気がした』って葬式抜けてきた事について語ってたそうです」

 話を聞いたとき、バカなのかなって思いましたね。それで記憶に残っていたんです。異能力禁止大会なのに素の身体能力と思われる力で普通届かないだろう高さのロングパスをオーバーヘッドで正確にエースFWに繋ぎハットトリックをサポートしたその姿に嫉妬したのもそうですが……

 

 「幾らなんでもお母さんの葬式抜けてサッカーの大会って頭可笑しくない……?」

 「しかも交通事故な上、本人も巻き込まれて怪我してたそうですからね。訳が分かりません

 ……でも、だからこそ言えます。この首吊ってるのが彼なら、自殺は多分しません。母の意志はその筈だって葬儀よりサッカー優先したバカですよ?自殺するようなキャラじゃないでしょう彼」

 「……えっと、動画内でオッサン二人が睡眠薬盛って吊ったって話してるから考察の必要は無いとオレ思うんだけど」

 「……それもそうですね」

 正義と真実を暴く名探偵イツキをやってみたかったのですが、謎としては御粗末に過ぎましたか

 

 『……いやぁ、長かった。本当に長かった』

 画面の中では彼に……あんまり似てませんね、この人。そんな男が、グローブをした手で軽く少年の体を揺らします

 『ああ全くだよセオ。お前あっさり財産得られるって言ってたじゃないかよ』

 『その筈だったんだよ!なのにあのアマ……俺じゃなくてガキどもに遺産分配しやがってよぉ!』

 『親の権利で管理って言えば良かったじゃないか』

 『それがよぉ、あいつ遺産を勝手に使えないようにしてやんの。全くふざけんなよな。何のために世間知らずのお嬢様と結婚してやったのか』

 ぺらっぺらと今回の計画を語る二人組。いや、糞ですね彼等

 「このどちらかが、超S級なのかな」

 「いえ。復讐……。ということは、恐らく」

 「御門讃って人?でも、首吊ってるよ?」

 「そうなんですよね……」

 画面内の少年はぴくりとも動きません。もう死んでいても可笑しくない。幾ら異能力とはいえ、ここからどんな逆転があるというのでしょう

 

 『んでよ、セオ。取り分けは4:6で良いか?』

 『は?お前何いってんの?理解してる?あれオレの遺産なの。妻を事故で喪い絶望した娘と息子に自殺されひとりぼっちになった可哀想な御門星追に遺されたものなの

 お前に4割もやるわけねーだろ』

 『あ?俺がお前の妻とかをしっかりお前の頼みで捕まらないように轢いてやったから全額転がり込むんだろうが

 半々と言わないだけマシだろ4割くらい寄越せよ』

 『んぁ?ライドブースト使えば誰でも狙った人間轢き殺せんだろうが』

 『っあ?誰でもじゃねぇよ躊躇したらブースト切れて自分がクラッシュしても可笑しくねぇんだぞぶさけてんのかよ

 うっかり操作ミスに見せ掛けて歩道の人間轢き殺すのがどんだけ難しいことか分かってんのか?』

 「……うわぁ……」

 と、横で絆さんがドン引きするのが分かります。いえ、正直僕自身そこに居たら正義感のままに突撃してたでしょう。彼等……人類のゴミですね

 

 と、画面で動きがあります

 とさっ、と絨毯の床に少年の体が落ちます

 「絆さん、ちょっと巻き戻しても?」

 「あのクズ発言はあんまり見たくないかな……」

 「大丈夫、ほんの一瞬前です」

 「じゃ、良いよ」

 と言われ、再生を少しだけ巻き戻します

 また、画面内で少年の体が落ちました

 「……やっぱり」

 「ん?どうかした?」

 「縄が切れる寸前、一瞬だけですが縄が光を放っていたんです」

 「光?ってことは、異能力なのかな」

 「そのようです。遂に異能力が見れそうですよ」

 

 『んだよ、縄腐ってんのか』

 『新品……じゃねぇな。家にあったモンだから腐ってたんだろ』

 『……親、父』

 と、少年が声を発します。その声は首絞められているままなので、かすれ声ですが

 『起きんなよバカ息子、死んでろ』

 ……親の言葉じゃありませんね

 『……なん、でだ』

 『あ、何で?何でって……どれだ?

 お前の母を轢いた事か?瑠奈の奴をレイプした事か?』

 『っ!』

 『ああ、あと……あいつなんつったっけ。お前が強姦したあいつ』

 『てん……誰だっけなー、忘れたわ、ぴーぴー煩くて』

 『天笠(てんりゅう)(はじめ)……』

 『あ?あいつそんな名前だったの?ま、知らなくて良いや』

 『あ、後はそいつの兄の足轢いたよなお前。んで、お前が理由聞きたいのって、どれ?』

 『っ!全部!全部に、決まってんだろ!』

 ……そういえば、どこかの紙面で読んだ気がします。天笠零路が通学の途中で朝帰り酔っぱらい運転に当たり二度と歩けないレベルの怪我を負ったとか何とか

 

 『全部ぅ?っても、理由ふたつあってな』

 『話せ、よ……』

 『え?バカ息子に話して意味あんの?ってかお前が死ななきゃいけないんだからとっとと死ねよ』

 『……答えろ!』

 『ったくしょーがねぇなぁ。じゃあ、聞いたらおとなしく死ねよ?冥土の土産だからなこれ

 

 最初の妻はなぁ、お前らガキが出来たら俺一筋止めてガキ優先になりやがったからだ。何のために俺が的中能力で射止めたと思ってんだよ金蔓のくせに』

 『……かあ、さん……

 瑠奈、もか』

 『ああ、あいつがお前らガキどもに財産多く遺したから死んでもらわなきゃ困りものだったんでな』

 『瑠奈を襲った……暴漢も、お前か、クソ親父』

 『お父様への敬意がなってないぞ親不孝ドラ息子

 妹みたいに自殺孝行しろ』

 『……瑠奈を、追い込んだのも!』

 『小学生の頃からヤりたくなってよ。死んでもらう前にちょいと……だったんだが、それで自分から自殺してくれてホント助かったよ』

 『じゃあ、零路は!祝ちゃんは!関係ないだろう!

 何でだ!』

 『お前だよ、クソ息子』

 その声は、冷たく響いた

 

 『穏便に財産受け取るには、息子も娘も自殺してくれなきゃ困るの、どぅーゆーあんだーすたぁん?』

 ニヤニヤしながら、画面内の男は立つことすら出来ない少年に語りかけます

 『だってのによぉ、お前のせいだ

 お前さぁ、大切な大切なおかーさんの葬式、ふけただろ。んで、サッカーなんぞの試合に出てインタビューまで残しやがった

 そんな奴がそうそう自殺するはずねぇ。何か変だ。そう疑われちゃあ困るんだよ、この俺が』

 『そんな、事!祝ちゃんに……零路に!関係なんて、ない!』

 『は?あんだろ?

 てめぇの友人、てめぇが瑠奈の為って色々付き合い悪い今でも来んだろ?そいつらがお前らと同じ目にあってよぉ、こいつの呪いだって怨詛吐いたら、まあ自殺の理由になっても可笑しかぁねぇ。そこまで考えた俺の深謀遠慮を誉めてほしいところだ』

 『…………俺の、せいなのか』

 ……そこの御門讃。全く貴方のせいじゃないと思いますよこれ

 

 『……母さんは、無理だ

 でも、瑠奈は……零路は!祝ちゃんだって……』

 『ああ、全部お前のせいだ。責任とって死ねよ』

 『……気が付けた、はずだ

 何で単身赴任から戻ってきた?分かったはずだ、止められたはずだ。護れたはずだ!』

 『は?何いってんの?お前バカ?』

 動けない少年に近付き、男は彼の顔を蹴飛ばします

 ……ごろごろと横に転がる少年の体。その黒髪が、黒い目が。一瞬だけ変な色になった気もして

 

 『……守らなきゃ、いけなかった

 護れた、はずだ!何が……何がフィールドの皇帝(バシレウス)だ!何が俺凄いから、だ!

 何一つ、護れてないじゃないか!』

 『うっせぇ!大人しく死ねよ!』

 横の男が、ナイフを投げます

 そのナイフは少年の眉間に、しっかりと刺さります。流石に致命傷でしょう

 『おい、ヤベーぞ流石に自殺が無理筋になる』

 『ぐだぐだ言ってきたんだ、お前も自分傷付けて錯乱した息子に殺されかけた正当防衛言えよ星追!』

 『ったくよぉ……』

 

 『……ごめ、はじ……ちゃ……

 ごめ、……れぃ、じ……

 る、な……

 おれ。が……俺が……』

 つかつかと、男は譫言を言う虚ろな目の少年に近付きます

 『お前の妹だが……ヤッてる最中ずっとお前の名前を呼んでてキモくてならなかったんで黙るまで殴ってやった。顔だけは可愛く育って何時かヤりたかったのによ、ガッカリだ

 良かったなぁ、そんなブラコンには寂しくないようにお兄ちゃんも今そっちに送ってやるよ』

 そして、眉間のナイフを抜き、振りかぶって……

 『護れなかった、俺が!』

 

 そのナイフが、光となって消滅した

 『っってぇぇぇぇぇっ!?熱っつ!これ熱っつ!』

 突然ナイフの消えた手をぶんぶんと振る男の掌に、大火傷が見えます。炭になったのでは?と思うほど真っ黒な掌が。グローブは焦げて、その役目を果たせなくなっています

 『許せねぇ……赦さねぇ!

 何があろうと……何だろうと!よくも、よくも!』

 吹き上がる風。僕はそれを画面越しなので感じることはありませんが、それでも、きっとそれは吹き荒れたのでしょうと思えるほどの、威圧感

 目で追えませんでした。何時しか、御門讃は……少年は立ち上がっていて

 

 「ちょっとコマ送りで見てみて良いですか絆さん」

 「今すぐは無粋だと思うよそれ。見終わってからにしようよ」

 

 『セオ!?

 これはもう、正当防衛に決まってる……よなぁ!』

 懐から拳銃(当たり前ですが法律違反です)を抜き出し、もう一人の男が銃弾を放ちますが……

 『……』

 一睨み。それだけで銃弾は……そして、その先の拳銃そのものすらも消し飛びます。光となって

 『うぎゃぁぁぁぁっ!なんだよこれ!何なんだよこれは!?

 星追!お前の息子は無能力だろ!?』

 『その筈だ!こいつ、讃じゃねぇ!

 な、ナニモンだ、てめぇ!』

 ……いえ、知られざる異能力が発現しただけで同一人物なのでは?というか、これが……超S級異能力、復讐の雷霆(アヴェンジブースト)!流石に意味分かりませんねこの能力。見ただけで物質を光に変える……つまりは、恐らくは固体である物体をプラズマ化しているのでしょう。訳が分かりませんこれ本当に現実に存在する異能力なんですよね?特撮のバトルものCGとかじゃなく

 『最初から御存知のはずだろう、クソ親父』

 『知らねぇよこんなキチガイ!』

 『お前の……そして母さんの息子

 護れたはずの大切な人を、瑠奈も、零路も、祝ちゃんも!何一つ護れなかった自称最強の……大大大大大馬鹿者

 されど、二度と……二度と!こんなことを起こさない誓いを!怒りを!』

 瞬時、彼の髪が逆立ち、黄金の……雷の色に変わります

 『此処に抱く!』

 どん、と少年は胸を叩きます。その胸元まで垂れていた首絞めの縄は、少しずつほどけては光と消えていっており……

 『「"雷霆"の勇者」、御門讃だ!』

 虹彩どころか全体が真っ赤な瞳で、スパーク迸らせながら彼はそう叫んだのでした



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勘違い

空に浮かぶ白蛇を眺める

 

 果たして、どうすべきか……

 「ってんな場合か!ファスト・スカイ……違う!ファスト・レイスフォーム!」

 魔法を起動。この世界でも問題なく魔法は撃てるようだ。……いや、MP回復しないのか?暫く何もしてなかったはずなのに最初からMPが減ってる。魔法の乱用にはご注意か。回復アイテム持ってきてたかな……

 俺の体は電気に分解され、俺を狙った円は空を切る。チャクラム……じゃ、ないな。投擲具を持ち出してきた転生者を一瞬疑ったが、それよりは鉢合わせしやすい相手だ

 

 「避けられましたか。ということは、あなたがリーダーのようですね」

 「リーダー?なんだそりゃ」

 眼前に降り立った一人の和服の女性を睨み……つけてたら話なんて出来ないので眼をわざとぱちくりさせ、呆けたように聞いてみる

 「……呆ける気ですか」

 「呆ける気だよ、グラス」

 そう。グラス。この世界の勇者の一人、扇の勇者である。この世界がグラス達の世界であるとすれば、会う可能性は当然有った。いや、寧ろ出会いは必然とでも言うべきだろうか。空を悠然と占領する白蛇、今正に現れたのではなければ、勇者が出向かないはずもない!……実はあいつの周囲別にポータル阻害とかないっぽいからな、波ではなく、普通に降臨しているだけ。ならば飛んでこれるはずだ

 

 「というか、何の事だよ」

 「なんと白々しい。貴殿方でしょう、上の……」

 「神獣ケツアルカトル」

 「やはり、貴殿方の世界の守護獣」

 「いや違ぇよ!?」

 そういう勘違いか!いやまあ、向こうの世界の守護獣ってどんな姿してるかなんて分からない訳だし、勘違いも仕方ないといえば仕方ないがああもう面倒な!

 「しらばっくれる気ですか。此方の計画を知り、先手を打とうとした事は分かっています」

 「いや聞けよ!?ってか計画って何だよ」

 「……この世界を守るため、背に腹は変えられません。非道な手ですが、キョウを信じるしか……と、話しすぎました」

 「どうせなら、全部喋って欲しかったが、それは望みすぎか」

 背に背負った女神の剣を抜こうとして……バチッという音と共に柄から手を話す

 同時、視界端に浮かぶ懐かしい文言。伝説武器の規則事項、専用武器以外の所持に触れました、と。最近クソナイフが手元に無いからすっかり忘れてたわその制限。脳ミソ大分溶けてきてるな俺も。あのカタナ持ってる間、折角拾ってきた武器系列何一つ使えないじゃないか。まあ良いや、ならこの主張の激しいカタナ使うしかない

 「しょうがない、抵抗ぐらいはさせてもらうぞ」

 っておい!逃げんな刀!

 伝説武器の規則事項、正規勇者との対峙に触れましたってうるせぇよお前!大人しくしろ!転生者がそんな制限守るとかそっちが可笑しいだろうが!?第一お前ら転生者に仲間もお前自身も奪われて残った勇者ボッコボコにされてたんじゃねぇのかよ!?そんな制限で逃げられるなら逃げろよホント!

 え?俺相手しかその制限付けられない?もういいよお前クソナイフの同族ってことだけは良く分かったもう黙れ

 

 ……本当に完全な沈黙。ヤバい、刀という勇者武器の事が何一つ分からない。緊急事態だった三人の転生者戦で一時だけ手にした時に理解した事しか分からないし使えない。強化ってこいつどうやるんだとか、スキルどんなのがあるんだとか、そもそもその初期武器の状態から……か、変えられねぇ……。マジで黙りやがったあいつ

 「守護獣を支配し、私達の武器を……奪っている、のですよね?」

 少しだけ毒気を抜かれたように、グラスが疑問を呈する。いや、まあ、何か他の転生者に奪われてるパターンとは違う反応だけど

 「ああ、奪ってるよ」

 「……やはり、何とも白々しい」

 それに応えるように、頭上の白蛇が吠えた

 いや、タイミング良いな……

 「貴殿方がキズナを!」

 「絆?しらねぇな!」

 「ですが、何をしたかったのかは理解しました」

 「こっちは理解が追い付かない!」

 「せめて、貴殿方の仲間を二人、捕らえられたのは不幸中の幸い」

 ……仲間?誰だ?リファナか

 「守護獣を元の世界に返しなさい。さもなければ、仕方がありません。貴殿の仲間の首を落とします」

 「いやだから誰だよ!?」

 「ボーイッシュな黒髪の少女と金髪の子供……どちらも白蛇をこの世界に呼び出すために世界を渡った飛んできた貴殿の仲間でしょう」

 淡々と告げるグラス

 ……黒髪のってことは、レンか?で、金髪は……リファナなら少女だろうしリファナではない。で、誰?

 

 「いや、本気で誰だよ……」

 レンらしき少女の話で、多分やっぱり金鯨ケートスが現れた時にあの辺りに居た俺達の仲間の誰かがケツアルカトルをこの世界に呼び込んだと濡れ衣着せられてるんだろうが……

 「タクト、と彼は名乗りました

 仲間でしょう?」

 と、げんなりする俺に、グラスは告げたのだった

 いや、仇敵です。ってか誰かと思えばタクトかよ!まだ仲間かと思って損した。仲間レンだけじゃん

 いや、戦力それだけであの白蛇を何とかしろってのかよマジでさぁ!?せめて完全覚醒復讐の雷霆でも無いとちょっと無理ゲー感あるというかなんというか

 「どうですか、取り下げる気に……」

 視界の端、揺れる炎

 

 「グラス!と、そこの魂人!」

 鎌首をもたげ、襲い掛かる炎で出来た蛇を叩き斬りながら、叫ぶ

 「死にたくなければ構えろ!来るぞ!」

 『キュリシィィィィッ!』

 空の神獣が吐く炎が無数の蛇となり、俺達へと降り注ぐ……

 「これは……」

 「グラス、そこの人お前なら……護れるよな!?」

 同時、俺は全身全霊で大地を蹴り、空へ。車輪を回し、雷霆を迸らせというには少ないが、とにかくスパークと共に蛇の合間を駆け抜けて空へ。一応負担軽減として数匹斬ってはおくが気休めレベル。そのまま空へと躍り出て……

 「無明・七天虹閃」

 そのまま、突然飛び込んできた俺の前にアホ面を晒す蛇の顔面に刀のスキルを、叩き込む!



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番外編 世界の外で

何処とも知れない時、何処でもない場

 此処は世界の狭間の星空。満天の星一つ一つが別の時間を刻む世界な、此処は神ならざる者が触れ得ぬ領域

 その輝く星の一つ……いや、強大な神にとってはまだ小さな今正に融合を果たそうとしている2つ星を、遠巻きに眺める一団が居た。三人と二匹。三人とされる人型よりも数段巨大な二匹が、その空間を占領している

 巨大な翼を拡げた七色の七本角を掲げた二足の巨龍。天轟虹竜ヴェルムートと神々から呼ばれる、かつて世界を護ろうとしその世界に召喚された聖武器の……『闇属性魔法』の勇者パラストラによって討ち滅ぼされた伝説の守護の獣。三人の両側を固めるように聳え立つもう一体は蝿の翼、蜘蛛の下半身を携え体を霧で覆う石の巨人。黒霧死王ベルゼビュートーかつて死者のみで構成される世界の守護獣であった存在である。その二柱の神獣に挟まれた三人は、とても小さく見え……て、など居なかった。この場を見る者が居たならばーそれが可能なのは神の域にまで辿り着いた者以外まず居ないはずだがー聳え立つ巨獣よりも、間の矮小な人間大の存在をこそ、その瞳に焼き付けるだろう。それだけの異様なオーラを、彼等は纏っていた

 

 いや、正確にはそのうちの2人についてを、である

 その喉を男に撫でられてにゃんついた声で甘えている崩れまくった和装の女性については、目に止めることもないだろう。傾界仙狐タマモ。人の姿と化す手を持つ彼女もとある地球系列世界の守護の獣であり、今は男の手によって悦ぶ単なる獣である。だが、残された二人の男はそうではない。魔術か、科学か、或いは系統だてる事の不可能な未知の力か……何れにしても力の探求の果てに永遠を得、己の世界を飛び出した元人類。即ち……神

 ベルゼビュートの腕、数人が腰かけるどころか寝転んでも余裕しかない広く平面なそこに腰かけた男が、2つ星を見て呟く

 「なあ、女神メディア、どっち側に居ると思う?」

 と、あまりにも気楽に

 「知らねぇよバーカ」

 返すのはフードを目深に被った、金の翼をマントのように背中から垂らす男とも女とも見分けのつかない人物。そのフードそのものも翼の一部であり、顔は見えない。だが一つ特徴的なものがあるとすれば、フードの奥に無数の光が見えるという事。髪があるはずの其処から、無数のというほどではないが、鋭い眼光が殺気を覗かせている

 

 「全く、つれないなーゴルゴーは」

 男……『闇属性魔法』の勇者にして神獣神、パラストラ・D・ミルギアは横の存在に語りかける

 「どっちに居るか分かればさ、居ない方の世界でなら割とやりたい放題じゃん?

 どっちの世界にもドラゴンな守護獣居るらしいしさ、ちょーっとコレクション増やしたいんだよねー」

 「知るか

 そもそも、雄らしいぞ両方」

 「……じゃ要らねぇわ。でも霊亀とか見所あるしなー。それにあの娘、欲しいんだよねーホント」

 「勝手に言ってろよパラストラ」

 足の蹄を不満げに鳴らし、詰まらなさそうにフードはなにかを咀嚼する

 「……まっず」

 そして、ぺっ!と虚空へと吐き出した

 「ん?何食ってたの?」

 虚空に転がる灰色と黄ばんだ白のナニカ

 「人の手。何食べて育ってたんだろうな、クッソ臭くて石にしても食べれたモンじゃない」

 「うわ不味そう

 焼いてからの方が良いよ絶対」

 「は?肉は生だろ常識的に考えて

 お前何処出身よ」

 「剣と魔法の世界」

 「聞いてねぇよ何処の田舎だってんの。折角の肉を焼いて何になるんだよ生の方が血が滴って旨いに決まってる」

 「でも食ってたの石じゃん」

 「あ?石化は血も何もかも丸ごと永遠に固めるから良いの。焼いたら逃げるだろ血と旨味がさぁ」

 やれやれ、味音痴はこれだからとばかりに顔を逸らすフードの何者か

 

 「んでさゴルゴー

 どっちだと思う?オレとしては挨拶代わりにケツアルカトル送った側だと良いなーって思うんだけど」

 「だから知らねぇよ勝手に言ってろよそれを知りたくて両世界にお前のペット送ってんだろ帰ってくるの待てよ焦りすぎだろ

 というかなんでそっちなんだよどっちでも良いだろどうせ今の手負いの女神なんぞ最後まで寝ててもらう訳だしよ」

 「そうはいかない。霊亀にあの娘にって欲しいのが片側に固まってる」

 「そのあの娘って何だよ」

 「鳥の娘だよ鳥の娘。あのモフモフ感、顔立ち、たまらないな本当!」

 「あぁ~馬車の

 ロリコンかよてめぇ、何千歳年下に手ぇ出す気だ」

 きっも、と蹄を鳴らして距離を取るフード

 「実は神獣名ももう決めてあるんだ」

 「いや聞けよキモいって言ってんの」

 「陽光神鳥ラー、どうかな?」

 「どうかなじゃねぇよ何度も言わせんなキモい。あとキモいから近寄んな」

 「ゴルゴーもフード取って魔獣形態になってくれたらなぁー」

 「たらなぁじゃねぇよお前」

 「いや、だって乗り込めるようになるまで暇じゃん。ヤろうぜ、オレ等ブラーフマナの親睦を深めるって形で」

 「ヤらねぇよウチは男だ!」

 「またまたー、両性具有なくせにぃー」

 「ホントきめぇよ石にすんぞ」

 「生えていても問題ない。其処に神秘の双子山と秘密の花園さえあれば」

 「キリッとした顔してもやらねぇし何だよその例え。詩人気取っても言ってること最低だろ取り繕ってんじゃねぇ

 というか、千年前から言ってるだろ、ダセェから同盟名変えろって」

 「えー、良いじゃんブラーフマナ」

 

 そんな風にじゃれあう神々の前に、龍と同じくらいの……いや、それ以上の巨体が現れる

 幾多のヒレ持つ金色の鯨、金色真鯨ケートスである

 「お、お早い事で」

 『ルォォォォォ!』

 飼い主の言葉に、鯨は吠える。その声は空気のない次元の狭間では音となる事は無いのだが、問題なく通る

 

 「……そうか、やはりそちらの世界に……」

 「なんだ?お前の目論見が外れたのか?はっ!馬鹿馬鹿しかったからな」

 「くそっ!女神メディアめ、どうせなら向こうの世界で眠ってて欲しかったものを……」

 「お前の為に眠ってる訳じゃねぇもんなパラストラ」

 「んで、何でそんなに早く帰ってきたんだよケートス?オレに愛されたかったのか?ならもっと……え?違う?」

 「遠くで勝手にヤってろよお前」

 フードがぼやく中、不意に男は目を閉じる

 

 「……そう、か。本当に……」

 「どうしたよ」

 「ゴルゴー、やっぱりお前に声を掛けておいて良かった」

 「何だよ急に

 煽ててもヤれないぞ?」

 「そんなんじゃない。外から見てていたら気がついてしまった危機。アイツが……本当にあの世界に潜伏してるらしい」

 「アイツ?」

 「あいつだよアイツ!『雷霆』の勇者!コード:ケラウノス!」

 「マジ、かよ」

 翼のフードが、はらりと剥がれる

 覗くのは、男にも女にも見える端正な顔。だが、その右側はあまりにも醜い傷に覆われ、髪がそれを隠している

 

 「あいつに負けて生きてる、手の内知ってるヤツ、お前しか知らないしさ」

 「負けてねぇ!ヤツを含めて全員殺した、はずだったんだ。確かにあいつも石にした。オリュンポスの十二勇士だかアルゴーだか何だか知らないが、ぶっ殺した筈だった!

 なのに!なのにだ!」

 傷だらけの右目を抑え、髪の先が8体の蛇を模し蠢くその神は吠える。翼が拡げられ、翼で隠されていた大きなものが二つぶら下がる胸も、同じく大きくそそりたつものが鎮座する股間もさらけ出し、揺れるのも構わず

 「何が『雷霆』だ!全身石になって砕けたはずのアイツが雷に変化しやがった!

 だけどな!てめぇがそんな事が出来るってのはわかってんだよ。今度はそんな不意なんて撃たれねぇ

。そっちの世界で仲間が出来たってなら、それごと今度こそ石にしてやるよ!永遠にな!」

 と、その神は自身の座るベルゼビュートの頭を……正確には、その頭に埋め込まれた一人の少女を見上げる

 「『光波』、お前の横に埋め込んでやるよ、ウチに一万年前こんな傷を負わせたアイツを……ゼウス・E・X・マキナを!」




ということで、ネズ公視点の本編以外の補足では明言しておきましょうか
ネズ公はバカかと言ってますが、フィトリアの認識で正解です。ネズ公は転生者などではありません。女神に正体バレないように自分の記憶ぶっ飛ばして転生者だと強引に思い込んでいる川澄樹の世界の正規勇者にして神狩りの神、『雷霆』の勇者コード:ケラウノス、ゼウス・E・X・マキナの転生体である御門讃です
だから尚文みたいな特例で勇者武器だって使えますし、絶対に投擲具等この世界の武器の正規勇者にはなりません。何故ならば、彼は本来の勇者武器をとある理由(本格的に使いだしたらバレる)で封印しているだけで既に川澄樹の世界の正規勇者なのですから


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雨降らす刃

『キィィィィィィッ!』

 響き渡るのは蛇の音色

 蛇が咆哮するというのは本来可笑しいのだが、そんなものは気にしても無駄だろう

 

 刀を振るい、というか構えて突貫

 されども、白いその鱗に阻まれてロクに通らずに刃は逸れる

 「まだだ!」

 諦めずに滑る刀身を握り直して次のスキルへ

 行かず、そのまま刀を手放す。同時、転生者の力による勇者武器の捕獲を解除、刀を本当の意味で手離すや、女神乃剣と呼ばれるあの対転生者剣を引き抜き、溢れ出す対神の光を纏って……叩き斬る!

 

 『キュィィッ!?』

 白蛇に走る動揺。今度こそ鱗の一枚を下ろす事に成功した俺に、いや、その剣に対してだろうか

 関係ない!

 「っ!らぁぁぁぁっ!

 トォォル!ハンマァァァッ!」

 そのまま別の拾い物であるハンマーを巨大化、ぶん殴る!

 分かったことがあるが、何一つ知らないというかスキルが使えるだけのほぼ初期な刀なんぞより、普通の武器の方が基礎火力が高いのだ。前回は……ひとつになりかけている世界の勇者武器を別に俺がついさっきまで持ってた関係からか変な共鳴でも起きていたのだろうか

 

 『クァァァッ!?』

 動揺と……恐らくは痛みと共に口を開く大蛇

 だが神獣たるソレは流石に止まることはなく……俺を呑み込もうとその巨大な口を迫らせ

 「ファスト・レイスフォーム!」

 その牙の間を雷鳴としてすり抜け……

 

 「っ!?」

 その体はだが、牙の間に閉じ込められる

 ちっ!こういう霊体化に近いものへの対策もあるか!無いとは限らなかったが、迂闊!

 ……だが!

 口内に飛び込み、叫ぶ

 

 「……分かってんだろ!来い!刀!

 お前が……俺に、こいつを倒せと叫んだならば!応えてみせろ!」

 ついさっき引き剥がした鱗の方向を当たりつけて、手を伸ばす

 同時、穴を空けて飛び込んでくる光。それは俺の手に来るや否やさっき手離したばかりの勇者武器の姿を取り……

 「はぁぁっ!」

 空けた穴が塞がる前に刀を突き立て、落とした鱗を勝手に取り込んでいたのだろう解放された武器の姿へと変化させる

 巨獣刀・白。その名に違わぬ、この白蛇に合わせたサイズ感のバカデカい刀。下顎にひとつある鱗の無い隙間から、周囲の鱗すら歪ませる巨刀が顕現し

 「らぁぁぁっ!」

 当然その柄は俺よりも大きい。無理やり抱えるようにして両の手を広げて何とか抱え、数本の牙ごとその顎を切り落とす!

 「っ!完全省略!ファスト・ブリッツクリーク!」

 血と恐らくは毒によるカーテンを抜け、空けた傷口から飛び出し……

 「どうせそっちも基礎性能は同じだろ!持ってけグラス!」

 切り落とした歯茎を切断、二本ある牙を二つに分け、そのうち片方を自分が飛んできた……そして、今も炎の蛇に群がられているこの世界の勇者の方へと蹴り飛ばす

 当然、もう片割れには刀を押し付け……即座に変化

 神奉の太刀・白と名を付けられた全体的に白くシンプルな刀へと変化したそれを握り込む

 『キィィッ!』

 白蛇の神獣の叫びと共に、鱗の隙間から漏れる炎

 それらが蛇の姿となって襲いかかるも

 

 「……抜けば恵みぞ降る水神の理」

 同時、俺はその手に現れていた鞘に刀を仕舞い

 「巫・水天」

 刀を抜き放ちつつ、スキルを放つ

 瞬時、空が曇り、雨を降らす。本来、彼は……いや彼女かもしれないが、眼前の神獣は焔吐くものではなく、水神の類いであったのだろう。故に、その本来の姿をしたスキルが、刀に存在する

 突然の豪雨が俺の視界を埋め、焔の蛇を消していく

 刹那、不可思議な視線に射抜かれた気がして……

 

 その雨が晴れた時、白き神獣の姿は空には無かった

 「……逃げられたか」

 ふう、と息を吐き、手の力を緩める

 「お前はあいつを止めに来たんだろう?とっとと本来の持ち主の所に帰れ、帰らないとネズミの奴隷にしてこき使うぞ」

 刀を手放し、そう語りかける

 だが、しかし……

 「まだ終わってない?絆を助けろ?

 ったく、パチモノ勇者使いが荒いこった。だが、ぶっちゃけた話、今そいつが死んだら終わりだ、今居る此処が潰れて全部ぐちゃぐちゃだ

 手伝ってやるよ、世界を守る精霊。その代わり、時折一旦手離すが終わるまで今度こそ逃げんじゃねぇぞ」

 使ってみて分かった。女神乃剣の特攻は正直な話火力に限れば、神や転生者にたいしては勇者武器である刀を上回る。だが、あれはあくまでも剣、勇者武器のように魂と合一して存在そのものを書き換えるものではないので、火力しか無い。武器ステータスだけは特攻込みで伝説の武器を上回るものの武器が解放されていく事によるステータス補正とかそういったものは何一つ無いわけだな。素材を吸い込み、その世界の神に近い存在として能力を解放し続ける事であらゆる能力を上げていく勇者武器は総合力ではやはりぶっ飛んでいるというのが良く分かる。まあ、ぶっ壊れてないようでは実質世界の神である精霊として困るんだが

 

 「……終わったぞ、グラス」

 「返しましたか」

 「まだ言うか。俺はあいつらとは関係ない」

 いけしゃあしゃあと嘘を吐く

 いや、嘘じゃないか?あくまでも俺は女神メディアによる別口の転生者だからな。神獣だ何だを送り込んできてる神パラストラとは無関係……だろうきっと。徒党を組んでたら?知らんそんなこと

 

 「……そうとは限りません。貴方は、その刀に選ばれたようには見えませんので」

 ちっ、鋭い。尚文とかは元々優しい点があるからだまくらかされてくれたんだが。いや、リファナが太鼓判押してくれてたからか?

 「俺が転生者だとでも疑ってるのか?

 転生者が、こうやってころころ武器変えるかよ」

 神奉の太刀であった刀をほいっと初期の刀に変え、そのまま斬馬刀へも変えて……ってわりと重いな斬馬刀。流石刃渡り3m越えの現実的な長さのバカデカブレード。巨獣刀の50mくらいに比べればまだマシだが、現実味がある分普通に持つからなこれ

 それでも疑いの目を向けてくる女性に、はあと息をつき

 「半分正解だ。俺は向こうのルロロナ村のネズミさんだからな、この世界の勇者の武器に選ばれる道理がない

 今俺がこの刀を持っているのも特例、正規の手順で持ってるという話じゃあ無い」

 「やはり!」

 「勘違いすんな。お前たちがこの世界を護るために俺達の世界を滅ぼそうとしているように、私利私欲からこの世界を滅ぼそうとしている奴等が居る」

 「それが、貴方がた向こうの勇者でしょう!」

 「ったく、俺は転生者なのか勇者なのかどっちかにしろよ主張」

 なおも敵愾心を向けてくる女性に苦笑して、それだけ今危機にある絆という勇者は彼女にとって重要なのだろうと勝手に共感し

 「だから、刀が俺を呼んだんだよ

 特例として、俺に手を貸せと、な。この世界を、いや、二つの世界両方を、私利私欲により襲い来る者達から護り抜く為に

 だから、俺なんだ。かつての波で、自身と扇を捕えていた転生者を滅ぼした、元投擲具の勇者である、一番手を貸してくれそうな縁のある者。それが、刀にとっては俺だったんだろう」

 そうだそうだとばかりに、扇と刀が勝手に光を放つ

 

 「……本当に?」

 「本当じゃなかったら扇が頷いたりしないだろ。お前の疑いが真実だったとして、扇にまで手出しは出来ない、嘘は貫き通せないよ」

 少しだけの間、誰もなにも言わない

 

 「……というか、だ

 この世界を滅ぼす気なら、わざわざ神獣なんて要らないんだよ。この世界でまともに動ける勇者って何人だ?」

 「私、キョウ、そして……少し前までは、キズナの三人です

 鎌を取り戻せれば、や刀が新たな勇者を選べればまだ増えますが」

 「こちらの世界は四聖3人、周期的に恐らく残り一人の天木錬も生きている

 そして、眷属も投擲具と馬車と杖の3人が残っている」

 さらっと自分を加えて大嘘を吐き

 「ついでに言えば、馬車の勇者はかつての波から生き残っている古株だ

 わざわざこっちを攻める意味なんてものはない。というか、だ。刀と扇がパクられていたのを確認したら、後はそのまんま返されないようにするだけで良い

 生き残っている勇者の数があまりにも違いすぎる、ほっとくだけでこの世界終わるだろ」

 「それは……そうですが」

 「ってことで分かるだろ?

 俺は、あの神獣やらを扱って二つの世界をどうこうしようというアホをぶん殴りに刀に呼ばれた者だ。お前の言う仲間も……いや一人別物居るけど一応黒髪の方は俺の仲間だ」

 「……分かりました

 そこまで言うのならば、キズナを助けるために手を貸してくれますね?」

 そこか、と俺は苦笑して

 「ああ、良いぜ」

 と返したのだった



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おまけ カースシリーズ解説ver1.0

書けてしまったから置いておく、この世界での出てきたカースシリーズの解説です
読む必要はないです


【激怒の雷】

シリーズ:カースシリーズ(憤怒)

対応武器:雷霆

武器ツリー:激怒の雷→激怒の稲妻→激昂の稲妻→激昂の迅雷→心火の迅雷→心火の霹靂→超・心火の霹靂→心火の霹靂・煌→天・心火の霹靂・煌→煌天心火

カーススキル:ボルテックネメシス

ナゲキニトドロク、イカリノ雷……

 

『雷霆』のカースシリーズ。因みにだが、『雷霆』自体の性質上憤怒のカース以外のカースシリーズは存在しない。よって唯一のカースシリーズ

また、極限を越えた怒り(具体的に言えば、心火の霹靂へのグロウアップが果たされる程の大切なものを護れなかった自身への怒り)によって『雷霆』の勇者は選定されるため、恐ろしいことにカースシリーズでありながらデフォルトの武器として存在する。ラースシールドⅥ相当であり更にグロウアップしにくい雷霆のカースである心火の霹靂をして、盾で言えばスモールシールドと同じ初期武器である。勇者を神と成す存在へと怒りをもって至った勇者武器だけあってその辺りは頭可笑しい基準

カースシリーズでこそあるものの、ブレスシリーズのようにそのスペックは基礎ステータスにそのまま加算される他、『憤怒』のカースによる呪いを無効化する。ネズ公が尚文のカースバーニングを熱いんだけどで済ませているのはこのせい。何なら今は封印状態の為多少効くが本来はアイアンメイデンだろうがブルートオプファーだろうが問答無用で無効化する。但し憤怒以外のカースには特に耐性はない

逆に欠点としては、一切の例外無く常時憤怒のカースシリーズを使っている扱いになる点。対カース特攻系は何をしようが問答無用で食らう。また、何らかの状況で他の勇者武器を扱うことになったとしても憤怒のカースシリーズは使えない。元から使ってる扱いなのでツリーそのものが出現しないのである。但し、カーススキルだけは使用可能。かつ常時カース纏ってるので呪いも弾く。例えば、盾を持っている場合完全ノーリスクでブルートオプファーをクールタイムとか知らんとばかりに乱射出来る

また、最大の欠点としてそもそも憤怒のカースを無効化するのは最初から自分が魂の底の底まで憤怒のカースにどっぷり浸かっているからである為、その上で正気を保って当然のように日常を送るキチガイにしか使えないという点が本来あるのだが、転生者が奪わない限り耐えきれるキチガイしか勇者に選ばれない為欠点として成り立っていない

余談だが、今作では恐らく出てくることはないが、残りの5つの同一世界の勇者武器も同様の仕様であり、所有者は常時カースシリーズ発現している

 

『その愚かなる罪人への我が決めたる天罰の名は裁き

地へ堕ちよ、(こうべ)を垂れ冥府へ渡れ

怒りは既に、汝を赦さぬ

ボルテックネメシス』

カーススキルはボルテックネメシス。叫ばず静かに神託のように語るのがポイント。使用条件は心火の迅雷以降。代償は上記のため無し。アイアンメイデンに当たる弱めの方はそもそもこっちが解禁されてからしか勇者になれない為無し。対応する処刑具は、天罰。最早処刑具と呼べるブツではない。神話で時折ある神が人類を裁き殺すアレである。因みに本編では恐らく使うことはない

 

 

【憤怒の盾】

シリーズ:カースシリーズ(憤怒)

対応武器:盾

武器ツリー:憤怒の盾→憤怒の盾Ⅱ→ラースシールドⅢ→

カーススキル:アイアンメイデン、プルートオプファー

ココロガウミダス、サツイノ盾……

 

御存じ原作主人公の最も頼るカースシリーズ。怒りによって目覚めた憤怒のカース

これでもそんな火力が無い辺り盾である。基本は原作通り

 

『その愚かなる罪人への我が決めたる罰の名は鉄の処女の抱擁による全身を貫かれる一撃也。叫びすらも抱かれ、苦痛に悶絶するがいい!

アイアンメイデン!』

弱めのカーススキルはアイアンメイデン。皆知ってる鉄の処女。盾では珍しい攻撃スキル。代価は無くSP消費のみで撃てる為お手軽処刑具である

 

『その愚かなる罪人への我が決めたる罰の名は神の生贄たる絶叫! 我が血肉を糧に生み出されし虎挟みにより激痛に絶命しながら生贄と化せ!

ブルートオプファー!』

真のカーススキルはブルートオプファー。尚文大好きトラバサミ。使用条件はラースシールドⅢ以降。代価は自分の血肉及びステータス低下

 

 

【憤怒の投槍】

シリーズ:カースシリーズ(憤怒)

対応武器:投擲具

武器ツリー:憤怒の投槍→憤怒の投槍Ⅱ→ラースジャベリンⅢ→

カーススキル:カルヴァリークロス、ゴルゴダンメテオ

ギセイガキザム、飛ビ交ウサツイ……

 

ネズ公には使えない投擲具の憤怒のカースシリーズ。基本事項は盾と同じ

というか、複合カースでもなく基本仕様が同じなのでラースウィップ等も特に語るような特殊仕様はない。別次元の勇者武器であればまたカースシリーズの仕様も異なるが……

 

『その愚かなる罪人への我が決めたる罰の名は神をも縛り吊るす受難也。憤怒すらも裁かれ、屍を晒し風に揺れるがいい!

カルヴァリークロス!』

弱カーススキルはカルヴァリークロス。対応処刑具は磔用の十字架。代価は骨と血。骨の十字架に磔て焼き払う。火力はカーススキルの中では低めだが、継続火力でありかつ相手の動きを封じた上で晒せるのが強み

 

『その愚かなる罪人への我が決め足る罰の名は罪を購う投石

打ち据える石は汝への怒り、犯した罪の重さ多さを命を奪う無限の傷をもって知るが良い!

ゴルゴダンメテオ!』

カーススキルはゴルゴダンメテオ。対応する処刑具は石。代価は金と実はお安いもの。自分にダメージは来ない

対象が多くの者から恨まれていればいるほど多くの石が対象を打ち据える。怨恨比例ダメージ攻撃。マジで聖人で誰からも慕われているような相手には傷ひとつ付けられないが大きな被害を出させ多くの人を悲しみの渦に巻き込んだ仇(例:原作の霊亀や鳳凰)等には無数の隕石が降り注いで確実に消し飛ばす火力を出す

 

 

【憤怒の鞭】

シリーズ:カースシリーズ(憤怒)

対応武器:鞭

武器ツリー:憤怒の鞭→憤怒の鞭Ⅱ→ラースウィップⅢ→

カーススキル:ハンギングガロウズ

ココロヲツルス、サツイノ鞭……

 

タクトが使う憤怒のカース。因みにタクトの大好きなヴァーンズィンクローもカースシリーズだが憤怒ではない

 

『その愚かなる罪人への我が決めたる罰の名は神の粛清たる十三段!我が血肉を糧に産み出されし縄に絶命の血を垂らし悶え滅びろ!

ハンギングガロウズ!』

カーススキルはハンギングガロウズ。対応する処刑具は絞首台。本来の代価は血管と肉なのだが、タクトは代価無しに撃てる

肉の巨木を産み出し、血管が編み上がった荒縄で対象を首吊りにして吊るす。概念的に絞首されている為首がなかろうが皮膚呼吸で首絞められても問題なかろうが吊るされてると死ぬ

 

 

【憤怒の槍】

シリーズ:カースシリーズ(憤怒)→ブレスシリーズ(純潔)

対応武器:槍

武器ツリー:憤怒の槍→憤怒の槍Ⅱ→ラーススピアⅢ→ラーススピアⅣ→真愛の槍

カーススキル:無し

かつての勇者の魂と共に……誓いが受け継ぐ、愛の槍

 

元康の持つ槍。アトラにより強制解放された原作尚文の慈悲の盾とは異なり、純潔のブレスに……本当に愛するべきたったひとつのナニカに辿り着き自力で浄化したブレスシリーズのひとつ

 

ネズ公の激怒の雷と同様にデフォルトの武器としてそのスペックが基礎ステータスにそのまま加算される他、武器を切り替えることでかつての槍の勇者の力を借りることが可能

欠点としては浄化されてしまった事でカーススキルが撃てなくなること。アトラがズルしている慈悲の盾とは異なり、完全に自力で浄化してしまったので最早カースとは縁がないのである

 

 

【傲慢の投剣】

シリーズ:カースシリーズ(傲慢)

対応武器:投擲具

武器ツリー:傲慢の投剣→傲慢の投剣Ⅱ→プライドダガーⅢ→

カーススキル:ヘルストリンガー、エンドオブリバース

バンノウナリト、オモイコミノ刃……

 

ネズ公がぶんぶん振り回したりしてる投擲具のカースシリーズ。傲慢のカースの姿

 

持ってるだけで何でも出来る気がしてくるとか。そして偉そうになるが、出来ると思い込みが激しい分無謀な事も何故か成功させてみせる

 

『その愚かなる罪人への我が決めたる罰の名は法に裁かれぬ悪への制裁

我が痛みの鋼線に魂すらも絡め取られ、隠された悪逆の報いを受けるが良い!

ヘルッ!ストリンガァァァァァァァッ!』

弱カーススキルはヘルストリンガー。対応する処刑具は鋼線による私刑。必殺仕事人である。代価は神経と一時的にプライドが欠片もなくなること

神経から編み上げた鋼線を次元を飛ばして首に括り、吊るして振動でトドメを刺す

 

『その愚かなる罪人への我が決めたる罰の名は法に裁かれぬ悪への制裁

刃の煌めきは汝を返さぬ、終焉の覚悟!月明かりの下魂から血飛沫け!世界が知らずとも、俺が貴様の罪を見ている!

エンドッ!オブ!リバース!』

カーススキルはエンドオブリバース。対応する処刑具はポン刀による私刑。次元を飛び越えて自分自身を一刀とひとつになった投擲具として幾方向からも輝く刃で対象を切り刻み、大振りの一撃でトドメ。見栄っぽい一連の動きだが、カッコつけてこその傲慢のカースである為

その為、詠唱もカッコつけたものになっている。代価はSP、そして返さないという事を果たした結果、感覚が狂い暫く方向音痴になり自分もうまく帰れなくなる



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雑魚との再会

「……ネズミ

 良かった、他に誰も居なくて」

 「レン、お前だけか」

 所在無さげに座っていた、黒髪の少女が顔を上げる

 

 此処はグラスが今使わせてもらっているという魂人の村の地下。そこに作られたカビ臭く薄暗い牢獄

 其処に大人しく囚われていた黒髪の少女を、一応グラスと和解したということで迎えに来たのである。武器は……無いな

 

 「レン、剣はどうした」

 「此処に飛ばされてから、取り上げられた」

 「そうか

 というか、良く俺は居るってわかったな?」

 「……パーティ、僕と組んだままだったから」

 あ、そっか

 そういえばパーティ機能とかあったな。元が6人までだがフィトリアはパーティ組むことは無いし枠余ってるからな……。お陰でレンとのパーティを解散していなかったから俺が居ると分かったのか

 良く良く考えたら、見てる暇無かっただけで俺からも確認できたなこれ

 ということでパーティメンバーを見てみるが……

 あ、レン以外消えてる。世界が違うからか名前までノイズ化してて注目すると世界が違いますで削除されてくな

 

 「とりあえず、合流できて良かった」

 「……世界が違うって、どういう事なんだ?」

 「その名の通り世界が違うって事だ

 レンは知らないかもしれないけど、波は二つの世界が融合しようとしててな。その関係

 実は俺たちの世界と波の向こうって行き来出来なくは無いんだ。実際、俺は一回今居る波の向こう側から来た三人組とやりあったこともあるしな」

 あの戦い以降、剣の勇者が行方不明なんだよな。死んでたら波が早まるから死んではないのだけは分かるんだが何処に居ることやら

 

 「ッと。それだけじゃなくて」

 付いてきている和服の魂人に問い掛ける

 いつの間にやら細身の剣を手にしてるな。何だ、レンに返してくれるのか律儀な奴だ

 「もう一人はどうした。来てるんだろうタクトとかいうクソ野郎」

 「ええ。彼は別のところに捕らえていたはず、なのですが……」

 あれま。ってかタクトって仮にもレベル350転生者だったはずなんだが、良く捕らえられたな。レベルが肉体依存だから、あの体を殺せば弱体化するって推測は正しかったのか?

 

 「可笑しいですね。横の牢の見張りが居ません」

 「というか、あのタクトってパクる力持ってるんだが、その辺り対処出来たのか」

 「はい。残された武器を奪われぬよう、力への対策はしてあります」

 羨ましいな。尚文等にも寄越せその対策方法を

 「なら何で奪われてんだよ」

 「極最近漸く実用化出来たのです。しかし、最早キョウとキズナ以外の勇者は全て武器を奪われた後。全ては少し遅すぎました」

 ……ホント詰みゲーしてんなこいつら!

 

 「それにしても、何故あの金髪の子供も見張りも居ないのでしょう」

 疑問を口にする女性

 「なあ、ちょっと聞きたいんだが……見張りって女?」

 「はい。まさか、女性差別でもする気ですか?」

 怪訝そうににらみかえしてくるが、それどころでは無い

 あっ(察し)という奴である。タクトの神受スキルでたらしこまれて、嬉々として牢から出したなさては

 

 「レン。捕まってからどれくらいだ?」

 「……そんなに、時間は経ってないはず」

 ということは、近くに……

 

 不意に感じる殺気

 だよなタクト!お前なら、居ると思った!

 俺の腕に絡み付く蛇のようにしなる鞭

 「パラライズウィップ!死ねぇ!」

 ……あ、そこタクトの一つ覚えヴァーンズィンクローじゃ無いのか、構えて損した

 

 電気が走る鞭は効くかよそんなんとガン無視して、右手で鞭を掴んで引き寄せる。死角に隠れていた小憎たらしい顔立ちの金髪の子供を引きずり出し

 「ていっ!」

 腹に一発叩き込んでおく

 「ぐふっ!」

 ちょうど良い機会だ、と転生者の力で干渉。勇者武器までも引き摺り出す!

 腹から内蔵を引き抜くように、って結局何とか取り出せたのは一個だけか

 今タクトが持ってるはずの勇者武器は3つ。俺から離れてったクソナイフは回収出来てないようなので、槌と斧と鞭だ。鞭に抵抗されて槌も盗れなかったが、斧だけは引き剥がせた

 

 このまま持っているって手も無くはないんだが……

 「ぐっ!返せ!それは僕の力だ!」

 「いやお前のじゃねぇよ!?」

 「クソッ!殺してやるぞネズミがぁぁっ!」

 ……弱っ!タクト弱っ!?

 適当に後ろ手に捕らえて置くだけで何も出来なくなってるとかマジで弱っ!?

 「……タクト、今のお前のレベル幾つだ?」

 「貴様に殺されたせいで37だ!今度は殺す!殺してやる!」

 ……あ、クラスアップすらしてない。弱いのも納得の数値だ

 「レベル300越えの最強勇者様

 全部無くなった気分はどうだ?」

 「ネズミぃぃぃっ!」

 叫んでも何も出来ないぞタクト。ってか一回さくっと殺すだけでこんなか弱くなるんだなコイツ……

 

 「ってオイ!」

 横にふわふわしてる光に突っ込む

 何やってんだ斧。タクトから解き放ったってのに

 

 「……個性的な勇者たちですね……」

 あ、グラスが遠い目してる

 「ま、転生者の癖にぱっと見勇者っぽいことやってるからなーこいつ」

 あくまでもぱっと見だが

 

 「で、何時までぼーっとしてんだこの勇者武器は」

 半眼ツッコミ。寝てるのかよこいつ

 「……世界を渡って帰れない、って言ってる気がする」

 とレン。良く分かるなお前

 「じゃいっそレンが持ってるか?」

 なんて、良い提案だと思ったんだがその辺りは斧がガン無視してるので恐らくダメなのだろう。贅沢な奴だ

 

 「……なら、話は早いな」

 「おや、どうする気ですか」

 「とっとと斧を返せ泥棒!」

 「とっとと残りも離せ強盗が

 

 斧。まあ武器としては近い類いだろう。ってことで、今俺に手を貸してくれてる刀と交換だ

 お前、自分の世界に戻れなくて困るっていうなら、此方の武器でありながらお前らの世界出身な俺に手を貸してる刀の代わりに、此方の世界の勇者に手を貸してやれ」

 グラスの話から、生きてそうな勇者を見繕って……

 「何だっけ。ラルクベルクだったか?元鎌の勇者

 生きてるっぽいから鎌が戻ってくるまで特例でそいつの武器でもやってろ」

 と言うや、よしとばかりに光は何処かへと飛び去っていった

 

 良し。これで此方の世界も四聖である絆さえ何とかすれば暫く持つだろ




レベルも集めた武器もネズ公に搾取される哀れな最強転生者の図
頑張れ負けるなタクト様。一応ライバル枠はお前なんだ


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謎迷宮のネズミ

「ここです」

 グラスによって案内された先、風山絆が居るとされる場所はすぐ近くであった。いや、マジで近いなオイ。大体……時間にして徒歩数時間。何時しか……というよりもレンやタクトと合流して以来時間の減りが体感時間と(絶対的な時間とは違うかもしれないのであくまでも体感と言っておこう。今向こうの世界に帰ったら一ヶ月後とか有り得るからな)同じになった砂時計によれば2時間12分ほど

 え?十分遠いように見える?なに言ってんだ刀の精霊。タクトの首根っこ掴んだまま移動してんだぞ。歩みなんて牛歩だ。普通に歩けば一時間かからないくらいなんてご近所だろ。ルロロナ村から割と大人間の交流があった隣村より近いぞ

 なんて事を脳内でやりながら、その場所を見上げる

 

 「洞窟だな」

 「見事に洞窟だ」

 「おい!良いから離せよ!」

 なんて暴れるタクトはとりあえず無視。逃げられても困るしな

 「で?本当に此処なのか?普通の洞窟に見えるんだが」

 いや本気で。四聖勇者を捕えているとか言われたからどんな魔窟かと思ったら天然に出来た洞窟としか思えない。しかも出入り口が狭い。白蛇……あのケツアルカトル野郎が空で暴れていた森から地続きくらいのなだらかな山の中腹って感じだなこれは。特に特別な事は見当たらない。この高さの山だと、実は中がクッソ広くてとか、本当は山頂に火口のように大穴空いてて巨大龍が巣くっているとかそんな感じもない

 

 「そう見えますか?」

 おい、呆れた目をすんなグラス

 「見える」

 「……この洞窟は、キズナを捕えるその時まで無かったものなのです」

 「しょっぱいものに見えるのにな」

 ぽいっとタクトを空に放り投げ、いつの間にか定位置は此処だぞとばかりに鞘ごと左腰にマウントされるようになった勇者の刀を引き抜く。腰(背面)にはハンマー、背には女神乃剣、そして左腰に勇者の刀。重装備だなオイ。まあ、刀とそれ以外って併用できないこけおどしなんだが

 「……何を?」

 「ちょっと、おためしの……」

 よさげなスキルをツリーから探す。この辺り咄嗟に最適っぽいスキルを撃てる極限状態とは違うな。ああいった場合このスキルを使えとばかりに武器側がスキルを提示してくれるんだが、何も出ない。ま、仕方ないので俺が使える中で良さげなものを適当に見繕って……って良いのあるな、投擲具っぽいものだけど

 「抜刀・(はしり)

 鞘から抜き放ってぶん投げるスキルを選択。とりあえずで投げた刀は入り口横の土肌を抉って突貫し直ぐに柄すら見えなくなって……

 あ、手元に戻ってきた

 「……何がしたかったんだ?」

 「レン、軌道を良く見ろ」

 首を傾げる少女に一言

 「軌道?何か……あれ?」

 よし、気がついたようだな

 

 「っておい!説明しろよ」

 あ、タクト落ちてきた。邪魔なんで投げたがそんな滞空しないな。と、タクトを捕まえながら言葉を紡ぐ

 「入り口の左から、右斜め向けて土肌を抉った。当然本来なら刀はすぐに洞窟になってる部分に到達し切っ先が洞窟の壁を突き破って露出するはずだ。そうでなきゃ可笑しい

 なのに、柄が見えなくなる程まで掘り進んでもすぐそこにあるはずの洞窟の壁に到達しなかった。ということは」

 「「時空が歪んでいる」」

 黒髪二人がハモる。ってか、グラス絶対知ってただろとっとと言えば良いのに

 

 「それしかないな」 

 頷く。入り口だけショボくて中身は別次元、蜃気楼に閉ざされたプラド城を思い出すヤバいもののすくつっぷりを感じさせるな

 「こんなしょっぱい入り口作るくらいなら壁と同化しときゃ良いのに」

 「いえ。これは恐らくキズナを助けに来る残りの勇者を捕えるための罠。見つけられなければ困るのでしょう」

 静かに呟くグラス

 「殺せば……良いんじゃない、のか?」

 そうだなレン。普通そう思う

 ……それをしない辺り、マジで今絆死んでもこっちが滅ぶだけで俺達の世界無事なんだろうな。生存してる勇者の数が違いすぎて片方が押し潰されて波が終わる、グラスが本来尚文等二回目の波でやろうとした現象が起きるんだろう。いや、今それ言っても怪しまれ……手遅れか?

 

 「それが出来ない理由がきっとあるのでしょう」

 「何でも良い。どうせ俺に武器を献上するだ」

 「……」

 あ、睨むだけでタクトの言葉が止まった。面白いなこれ

 「……ちっ。この場所じゃなにもしないからいい加減離せよ」

 「と、言われてるがどうするんだ、こっちの勇者?」

 「そちらの世界の問題を投げないで下さい」

 うん、冷たい

 「……やらかしたらもう一度吊るぞ」

 「その前にてめぇを吊るしてやる」

 「最速の爪を喪ったお前が追い付けるほど遅くはないつもりだ」

 まあ良いか、ずっとタクト捕まえてると誘拐犯に見えるしなコレ。とタクトを離す

 

 「っ、あばよ!」

 地面につくや否や即座に駆け出す年齢一桁の金髪少年。いや、元気だなコイツ

 「一つだけ言っておこうか」

 「誰が聞くかネズミ!」

 「俺から離れると恐らく二度とお前のハーレムに会えないぞ」

 嘘である。視界端のアイコンは勇者がそんな長く別世界に止まる事が出来ないという証のようなものだろう。つまり、時間が来たら強制的にこっちの世界から弾かれて元の世界に戻るはずだ。いや、確証はないけどな

 つまり、あいつは此処から逃げてもそのうち元の世界に帰れる。転生者の勢力がアホほど強いっぽいからタイムアップまでにおっ向こうの勇者武器持ってる雑魚じゃーんおやつ乙と狩られなければ、の話だがな。生きてればまた会える。だが、タクト多分その事に気がついて無いんじゃなかろうかという事に懸ける。そんな事までしてタクトを近くに置いておく意味?

 何だろうね、俺にも良く分からん。勘という奴だろう

 

 ……何だろう。刀から凄く呆れられたんだが。お前もクソナイフの親戚かよ。いや親戚だわ

 「エリーに何かしたら許さないぞネズミ!」

 「いや、お前が帰れずに未来永劫魂が滅ぶまで此処に居るだけだ」

 「い」

 「そうだろう、グラス?」

 否定しかけたんで先手打ってグラスへ振る。頼む空気読んでくれという奴だ。普通に本当にそうなのか訪ねてると思われたら終わりだ。タクトはタイムアップまでこっちの世界の正規勇者から武器をパクることを狙いつつ俺から逃げるだろう

 「その可能性は高いでしょう。このネズミ勇者を中心として呼ばれたようですし」

 人選間違ってんぞ勇者武器どもとしか言いようがないがな

 いや、マジで裏切った元康とか呼んでた日には何が起こるか分からないし、そもそも四聖は呼べないとなると

 …………メルロマルクのリファナに酷いこと命じたゴミ王(杖の勇者)かパチモンな俺かフィトリアの三択か。せめてフォウルが勇者になってればなー段階だな。フィトリアが聞き分け良ければ良いんだが、あいつ自分の世界なら兎も角融合しかけてるとはいえ現状縁もゆかりも無い此方の世界護る気とか多分欠片も起き無いからな。恐らくケツアルカトル他全放置されて詰む。マジで特例でもなんでも呼べれば尚文が正解じゃないのか?

 

 閑話休題。グラスが援護してくれて助かった

 苦々しい顔で、タクトの奴が戻ってくる

 「んじゃ、行くか。ところでグラス?お前の言う絆を捕えたのってどんな奴なんだ?」

 一応聞いておこう。ある程度対策とか分かるかも知れないからな。どんな奴……って恐らく女神側の何かなんだろうが

 「……奴は、タマモと名乗りました」

 ……タマモ、玉藻……何か聞いたことあるな

 そうだ、傾界仙狐タマモ。って普通に神獣じゃねぇか!ネクロケモ野郎側かよ!?面倒くせぇ!ってかかなり早めから干渉されてんじゃねぇかよ神ラフー、もうちょっと戦力連れてきてくれ




因みに小説版原作では転生者によって怠惰のカース発動させられて石にされたりしてましたが、この世界では別の神の干渉もあってこうなったという事でお願いします


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クソ迷路

一歩、足を踏み入れる

 「……オイ、ネズミ!」

 「ここ、は」

 って熱っ!ファスト・スカイウォーク!

 

 思わず飛び上がり、そのまま足を空中固定。レンの体を引っ張りあげて背負い、尻尾でタクトを吊る。いや、掴んでるの右手なんで絞まらないが

 

 「熱っ!何だここ」

 周囲を見回すも、今さっき入ってきたはずの入り口らしきものは何もなく、床だけが明るい。そして吹き付ける風はやけに暖かく、いや熱すぎるほどの熱風。ってかオイ、靴底溶けてんじゃねぇか何だこれ。というか、光が入らず真っ暗なのに何で床だけ明るいんだ

 

 ……眼前でマグマが噴出した。いや待て、どこぞの狩りゲーの火山か何かか此処。当たり前のようにマグマが地表に噴出するような場所、人間もネズミさんも居るべき場所じゃねぇぞ本気で

 とりあえず移動だ移動。ワケわからんのはまだ良いが此処では直ぐに焼きネズミだ

 「ネズミ、あの女の人は……」

 レンに言われて気が付くが、そういや居ないなグラス。まさかこんがり焼けてはいないだろうが。何たって今のタクトで耐えられるんだからな。いやでも、魂人ってレベルとか無くて溜め込んだエネルギーによってスペック変わるんだっけ?スリップダメージ特攻で超速で削られて死んだ?いや無いか

 「……はぐれた!」

 とりあえずマグマには注意して空を蹴って移動。これ空中移動出来なかったら尚文並の堅さ無いと死ぬぞオイ、即死トラップかよ。ずいぶんなお出迎えだな

 

 そうして軽く進むと……寒っ!いきなり空気凍ったぞオイ

 何か文句言おうとしたんだろうタクトが口を空けた瞬間に切り替わったせいか喉を抑えて悶絶してる。さては気道辺り凍ったな

 

 ……ってマジで凍るわこれ

 「………ふざけんじゃねぇ!」

 視界の端で車輪が回る。うっすらと見えるプラズマのフィールドが……あ、飛んでると尻尾の先入らない。タクトと尻尾が凍死するわこれ

 仕方ないので地面へ。流石に雪崩とかは来ないようだが、滑る。凄く滑る

 さては地面完全に凍ってんな?摩擦が無さすぎる。まあ、この俺は当たり前のように摩擦どころか固体がない場所を歩く魔法使ってるんでセーフだが、それなしに普通の靴で着地するとつるっつる滑って何処かへ一直線だ。何か傾いてるし

 ……マジで何とかしてフィトリアに多少は異能力使えるように戻して貰ってて良かったわ。無かったら即死してる

 

 「……な、何だよ此処……」

 息も絶え絶えなタクト。因みに、物がプラズマ化する際には爆発的な熱が……って奴のお陰で俺の回りの極狭い区域だけは普通の温度だ。自分の異能力なんで俺は耐性があるが、周囲は熱で燃えてたりするらしいぞ?ってかそれで空気燃やして攻撃するとかやれるしな、本来の覚醒状態なら。……そんな長くは持たないが、話くらいは出来るだろう。下手に移動したらまた突然環境が激変するだろうし、それに対応できる保証はない。話せる場所で話は終えるべきだ。まあジリ貧になりかねないが

 「知らんのか?俺も知らん」

 「じゃあ言うなよ!」 

 もっとも……ではない。分かるか分からないかの共有は……いや全員知らんだろうし意味ないな

 

 「……ゲームみたいだ」

 「レン?」

 ゲームか。俺みたいな思考するなレン。いや、TVゲーム系は流石に無いけど、ゲーム自体はこの世界にも色々あるので、それが変だとまで言う気は無いが。ってか、何だっけな……

 「ああ、あれか。勇者将棋」

 思い出した。似たゲームあったわ。将棋と付いてるけど全く将棋じゃないボードゲーム。軍人将棋にはちょっと似てたろうか。勇者側と波の魔物に分かれてフィールドに駒置いて対戦するんだよな確かアレ。3セットやって11ある勇者駒を6つ倒すか拠点を取れば波の勝ち。波の駒はどんだけ倒されても良いし次セットでもう一回規定個数まで使える。勇者駒は倒されたら終わり。基本勇者側が強くて、代わりに波側がセットが進む毎に2セット目から、3セット目から追加の強駒とかあって……。ついでに盤上に火山だの凍土だのデバフ入るクソ地形がランダムピースで置かれてたりするんだっけか。それでも1セット目で勇者駒を減らさなきゃ勝ち目が薄い不平等ゲームだった。何度かリファナやラフタリアと(キールは外で遊ぶ奴なんで見向きもしなかった)やって、基本俺は盾憎しで波選んで盾だけは倒す!と戦力固めたんで良く負けたっけ

 よし、無関係だな!いや、何で思い出したんだよ俺

 「おれがエリーと作ったボドゲが」

 お前製作かよタクト!

 「そこそこ楽しかったが多分今は無関係だ」

 「じゃあ話題に出すなよ」

 今回はもっともである

 

 「……いや、マップチップを跨ぐと激変する辺り、現実味が無い」

 「だからといって……」

 いや、此処がゲームならば確実にクリアは出来る。いや確実は言い過ぎたな、バグでクリア不能ゲーとかあるわ。とはいえ、開発の想定としてはクリア出来るように作られてるはずだ。例えば、こんなクソ地形のマップでも休息出来るBC(ベースキャンプ)とかの安全地帯が

 だがこれは現実だ。あるとは思えない

 ん?だが、待てよ? 

 「全部こんな場所じゃ、囚われてる?きずなって人もとっくに……」

 言われてみればそうだ。どんな姿か状態か知らんが、この環境下では勇者風山絆が生き抜くのは無理だ。原作によるとあいつの武器何だっけ?釣竿?いや狩猟具だったか。サバイバルには向いてそうだが、流石にゲームチックなものもある程度まで対応してたとしても流石に生き物が住めないだろう環境に適応する道具は狩猟具ではないだろう 

 例えば宇宙空間で作業する為の服なら此処の寒さに耐えられるだろうが、宇宙服は狩猟具とは呼べない。そんな感じで、この環境は無理がある

 それでもこっちの世界が終ってないということは、絆の辺りは生存できるだけの環境であるだろう。完全に石にされて此処の下に埋められてたりしたら流石に知らんが、それ普通に死んだと判断されるだろうし考えなくて良いだろう

 

 いや、その前に……

 「って、刀何処行きやがったてめぇ」

 気が付くと刀が無かった。何で逃げてんだお前

 いや、違うな

 「無くなったのか!?」

 「いや、刀を所持してる扱いにはなってるみたいだ」

 普通に視界の端に刀アイコン出てるわ。横の歯車がスパークして回転してるせいで見えなかっただけか

 「勇者の武器を集める力か!」

 「それだタクト!」

 そういうことか。グラスとはぐれたと思ったが、多分グラスと刀だけが勇者隔離用の場所に飛ばされ、残ったものを多分死ぬだろって環境に振り落としたんだなこれは。やっぱりクソ迷宮じゃねぇか完全に!刀だけなのは、俺が正規じゃないせいだろうか

 これ、振り落とされた俺達側に絆のところに辿り着く道も生き残る安全地帯も無い可能性が高いな?

 

 ……知りたくなかった事実過ぎる。どうすんだ

 「……終わるのか、ここで……」

 あ、タクトが膝付いた。同じ結論に達したっぽいな

 「エリィィィィィィッ!」

 「戦場で恋人や女房の名前ってのは、瀕死の兵隊が甘ったれて言う言葉だ」

 「……リファナリファナ煩かったネズミが!」

 ……否定が、否定が出来ない……

 って漫才してる場合か俺!

 

 「……どうすれば……」

 レンが悩んでいるな。いや、あの剣は移動の最中にグラスから返されてたが、剣で何とかなるものでもなし

 

 「タクト、お前のパクった武器今何があった?」

 ……転生者にすら頼る、マジで終わってんなこの選択

 「ってか、鞭については良く分からんが何とかならないか?」

 「なるならお前を殺している」

 ま、だわなって答えしか帰ってこない。レンとか指先握って必死に暖めてるし、プラズマでバリアも限界が近いな……

 

 ってか、刀さえ呼び戻せれば何とかなる道はまだ……と思うも、正規勇者でない俺にはまず無理。……どうする?

 いや真面目に。駆け抜けて推測が間違ってるか探すか?

 ……そうだな。迷っていても……仕方ない!

 レンとタクトをひっつかみ、全力で地を蹴る!



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神獣の社

「何一つねぇ!」

 雷撃が降り注ぐ空の中、叫ぶ

 

 巡った。それはもう全力で巡ったとも。5種類の場所を

 この迷宮……いやクソフィールド?には5つのエリアがあった。最初に居た灼熱の大地、次に辿り着いた魂凍の大地、そこから突き進んだ先にあった今の場所、地面の無い雷の空、その真下に広がる大渦と嵐が吹き荒れる海域、そして……謎の神殿。あの辺りは一見安全そうに見えたのだが……いや、ヤバいと勘が呟いていた。あそこは本気で世界が違う、と。いやこんなファッキンフィールドで何をと言いたいが、あそこ冥界とかそういう場所だと思う。居るだけで魂抜けるようなアレ

 つまり、何一つ安全地帯が無い。ついでに一応所有はしてるからか刀の在処は大体分かるのだが…どう飛び回ろうが一切近付くことは無かった。乱雑に切り替わる刀のある方向と距離に途中で考えるのをやめかけた。例えば、今は左側にあるはずだが、此処から一歩踏み出すと右側に存在すると認識するようになる。多分存在している世界が違うんだろう。真面目に空間切り裂くくらい出来ないと脱出方法が見当たらないぞどうすんだ

 

 「……どうすんだよこれ!」

 「まあ、俺雷には強いからとりあえず此処にいるとして……」

 落雷だらけの空があって助かった。一息付ける。いやおかしいようにも聞こえるが、俺にとってはそういうものだ。いや、俺でなければ真面目に安全地帯無いな此処

 「どうすんだこれ」

 いやどうしろと?覚醒した復讐の雷霆があったとして、それですら……いや、どうだろう。次元すら越えられるかもしれない。ならば距離を飛び越えて絆の居る隔離空間まで行ける可能性はある。だが、今の俺にそんなものはなくて

 

 『グルゥゥギィァァァァ!』

 突如響くのは咆哮。雷鳴に掻き消されない圧倒的な音量が耳を叩く

 それは……何度か、といっても全部割と最近聞いたもの。そう、あの化け物の……

 空間が歪む。空であったはずの空間が、足を踏み出さずとも当初の床だけが輝く灼熱の洞に切り替わる。そして、その巨大空洞に……新たに輝くソレ。白銀の巨体を雄大にくゆらせる白蛇。白星空蛇ケツアルカトル。角持つ巨獣

 「……ケツアル、カトル」

 呆然と呟く。正直な話、此処で遭遇するとは思わなかった。いやだがしかし、考えてみれば他の神獣によって作られた場所ならば、神獣であるこいつが現れても可笑しくないといえば可笑しくない。だから何だと言われたら……何だろう。現実逃避か

 そして、その巨蛇は……

 俺たちには目もくれず、体を丸めてマグマの噴出する大地に横たわった。そして、目が閉じられる

 

 「……って寝るだけかよ!?」

 警戒して損した

 だが、とりあえず此処が本来どういう場所なのかは想像が付いた。どうしてこんなクソ環境のオンパレードなのかも

 「神獣どもの寝床なのか、この洞窟の中のフィールド」

 そう。そう言うことなのだろう。そうでなければ、あの白蛇がこんな動きをするとは思えない

 

 「ったく!良い趣味してんな!」

 神獣の寝床。5種類ほどあったということは、それぞれの区画が別々の神獣の座なのであろう。言われてみれば、一つだけ海と空と別々に存在していたしな。あそこが恐らくは見たことだけはある神獣ケートスが悠然と泳ぐ場所であったのだろう

 「……な、何なんだあのバケモノ……」

 白蛇を見てぼやくレン。口をつぐむタクト。いやまあ、初見だと真面目にそうなるわなーとしか言いようがない。突然牙すら自分よりデカイ蛇が出てくるとかマジでビビるわ

 「……俺達の敵だ」

 「……勝てるのか、これ……」

 「しらん!」

 せめて勇者武器があれば多少は……いやでもロクに攻撃とか通ってた気がしないなあれ

 

 「多少ダメージは与えたはずなんだが……」

 ふと見ると、ある程度地上の温度が下がっている。歩け……なくもないな、ということで降り立つ。大半の熱量が白蛇に吸い上げられている感じだろうか。吹き上がるマグマなんかも無くなっていて

 そのまま、目を瞑り眠りこけたっぽい白蛇の頭を見上げる。ちょっと前の戦闘で牙は切り落とせたはず。その傷がどれくらい修復されているかでどのくらい殺せば死ぬのかが見当付くだろう。傷がそのままなら治りは遅い、普通の狩りゲーでも有名なヒットアンドアウェイ戦法が有効と言えるだろう。此処で仕掛けるのも良いかもしれない。いや駄目だわ、この洞窟の高さ200mくらいしか無いのにこんなデカブツが暴れたらタクトもレンも死ぬ。かなりの上空でやりあえた外とは勝手が違う

 逆にもう治りだしてるようならば、一気に火力を集中して殺しきるしかない。火力が確保できるまで逃げの一手だ。仕掛けても良いことは……

 「……ネズミ!死ねぇ!千条鞭!」

 っ!このタクトがぁぁぁっ!

 いきなり無数に枝分かれした鞭を振るい此方へ向かってくる金髪少年を、引き抜いた女神乃剣の腹でいなし……

 

 眼が、合った

 

 タクトと、ではない。そちらなど向いていない。白蛇とでもない。目はしっかりと閉じられ、良く見ると傷はまだ残っている。歯茎辺りは再生してるが牙が欠けたまま、そこから炎が漏れている

 その炎が形作り、此方を見下ろす炎蛇……外でこぜりあった時にも多久さん居たそれの一匹、この中では親玉クラスに大きいソレと、である

 

 「……っ!レン!全力で飛べ!」

 音無き咆哮。炎蛇が何かを叫ぶように口を開き……何かが起こる前に地面を蹴る。そのまま同じく地面を蹴ったレンを尻尾で掴み、宙を蹴って空へ。因みにタクトは鞭が剣に絡まっているのでそのまま引きずっていく

 ったく!疲れからか注意散漫過ぎる!タクトに大声で襲い掛かられるまで気が付かないとは!

 正直な話、タクトに攻撃されてちょっと助かった面があって困るが、そのまま空へ。MPがそろそろ心許ないんだがどうするか……

 

 白蛇の眼が見開かれる

 「うっ!」

 「おいレン!大丈夫か!」

 「き、気分が……」

 胸を抑えるレン。あ、ついでにタクトの奴気絶してるわ。睨まれただけでダメージ来るのかよ。まあ俺には効いてないみたいだし弱い奴にしか効かないって感じだろうか。ケートスも亜人限定で吠えただけで鼓膜破りかけててたしな、似たようなものか

 

 「うわっ!」

 床からマグマの姿で飛び出してきた炎蛇にレンが当たりかけ、握った剣で何とか切り払う。ってちょっと歪みだして無いかその剣。やっぱり破壊不能じゃない武器は駄目だな、マグマ斬っただけで熱で歪む。って流石に当然だろ文句つけてどうする

 

 「……さて、逃げるか」

 「逃げられるのか!?」

 「さて、な!」

 神獣の寝床だということは、別領域まで行けば多分追ってこないのだろうが……問題はそこではない。例えば海と空の場所に行ったとしよう。ケートスの奴が此処に帰ってきてたらあの300m級の金色鯨と鉢合わせだ。ついでに雷バチバチしている空はヴェルムートだったかのドラゴンの神獣の場所だろうが見たことの無いそいつまで降りてくる可能性がある。そうなれば真面目に終わりだ。勝てるかそんなもん

 

 俺が進退を悩むなか、白蛇はゆっくりと鎌首をもたげ……その鱗の合間から炎らしき赤い光が淡く漏れ始める。戦闘態勢だ

 

 そして……寝起きの咆哮。物理的な圧力を持ったそれに、俺の体はぶち当たり、吹き飛ばされる

 

 「ってぇ……」

 そのまま壁に穴空けて五体で着地。いやこれ着地じゃないな

 体が衝撃で麻痺し、眼前で宙に浮かび上がり、光と共に治っていく牙を見ていることしか出来ない。だが、そんな俺の前に……治り行く牙と同じ光を共に一振の刀が現れる

 神奉の太刀・白(伝説武器)。俺が勇者武器に眼前の神獣の牙を吸わせた結果解禁された多分原作で言えば霊亀甲の盾とかそこらに当たるのだろう刀。同じ神獣の力に惹かれたのであろうか、別次元に飛ばされていたはずの……特例で使えるようになっている刀が戻ってきていた

 「レン!埋まったままで居ろ!どんだけ効くのか知らんが反撃開始してくる!」

 その鞘を握り、俺は叫んだ



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白蛇に睨まれたネズミ

勇者武器を握り込み、静かに眼前の神獣を見据える

 咆哮で満足したのか、或いは傷を癒すために力を溜めていたのか、向こうからのアプローチは無い

 

 不可思議な違和感。奴の牙を吸った結果の刀が、微かに共鳴するように震えている。それが俺の手元に戻ってくる現象を起こした、それは確かだ。分からなくもない。だが……何故だ?正直な話女神乃剣は火力こそ高いが、形状が変化しない欠点がある。どれだけ強力でも、あくまでも人間の持つ剣サイズなのだ。ゲームでは山のような巨体の蛇龍を片手剣てひたすら斬ってたら殺せるが、現実はそうではないだろう。恐らくどれだけ斬りつけても傷は付けられても致命傷にはならない。体内に飛び込んで心臓を傷付け……でもどうだろう。神たるラフタリアはケートスを骸と呼んでいた。既に死んだ守護の獣だと。ならばこいつも下手したら心臓動いてない形骸なのではなかろうか。だとすれば、神獣として成立しないぐらいにバラバラにするか、或いは骸を動かしているナニカを破壊しなければならない。それだけの大規模火力を、俺は出せなかった

 だが、今は違う。巨獣に見合う刃渡りの刀に姿を変えさせた勇者武器でスキルを放てば、刃が通ればその首を切り落とすくらいの規模の事は出来る。まあ上手く行くかは兎も角として、傷を俺の眼前で治さなければ共鳴して刀が飛んでくることも無かっただろう。唯一の負け筋を向こうが勝手に作ってくれた訳だ

 ってか、咆哮した時点でぽこぽこ湧いてきた炎蛇に襲わせれば良かったのにそれもしなかった。俺を排除するにしても殺すにしても、それが楽だろうに

 今も眼前の巨体は此方を睨みこそすれども襲ってこない。産み出した炎もそのまま。レンなりタクトなりに向かわせれば……いやまあタクトは生きたきゃ自分で何とかしろと見捨てるとして、レンに向かってくるそいつらを対処しないってことは出来ないのだが、それをしない

 何かをただ待っているようにも見えて

 

 「……そういう、事かよ」

 ただ、静かに睨み返す。車輪が回り、微かに眼が赤くなったそれで、不可思議に青くも見えるその瞳を見返す

 やることは決まった

 「……レン、話が変わった」

 鞘に刀を納めて帯刀、半分くらい瓦礫に埋まったままの同行者の元へ戻り、背に掴まるように指示

 「どうしたんだいきなり」

 「だから、作戦変更だ」

 ついでに伸びてるタクトを回収。放置してて死んでくれても良い程度には義理はないんだが、死んだらそれで死にっぱなしってほどにタクトが殊勝な気もしない。せめて監視できる手元にまだ置いておこうってだけだ。時折まあさっきみたいに襲われそうだけどな、そこは躾れば良いや

 

 そして、準備を終え、静かに力を溜めて待つ白蛇に向き直る。口の正面、ブレスとか吐かれたら直撃コースど真ん中。普段なら選ばないが、賭ける

 これでアテが外れたら即死だが、信じてみようじゃないか、俺の推測を

 「い、いや、危なすぎないか?」

 「今からもっと危ないぞ?掴まってろよ?離したら消し飛ぶ」

 視界端の車輪は更に回る。フィトリアへの負担はどんなものだろうか。分からないが全力で使えるだけ使う

 「何を、するんだ?」

 もっともな疑問だろう。だが愚問だ 

 「必殺技食らって受けきろうって……だけだ!」

 柄に手をかけ、(くう)を蹴って踏み込みながら抜刀。抜刀術の真似事だ

 だが、これは攻撃ではない。神獣の一撃への誘い。俺の推測が正しければ……

 

 『キュゥゥゥゥ』

 踏み込みに合わせ、白蛇が頭を引く。その頭の角が激しく輝き、口から青く輝く温度にまでなった炎が漏れはじめる。恐らくはブレスの前兆。本来避けるべきそれを俺は逆に誘い、そのままの軌道で突っ込む。魔法とか使えば多少の距離は飛び越えられるがそれもせず、避けようもなく……

 『シュゥゥゥゥァァアァッ!』

 そして、細長い蛇身を砲身に見立てたように頭からピンと伸びた白き神蛇から放たれるのは、青く輝くドラゴンブレス。それを俺は……正面から、受け止める!

 「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 あくまでも攻撃のフリであった刀は即座に前に構え

 「サイクロンブレード!」

 刀をぐるぐる回して盾にするスキルを使用、雷の障壁も貼って食らいに行く

 ……当然、そのまま空中に留まれる訳もなく、直撃こそしないものの一瞬にして俺の体は洞窟の焼けた岩肌まで押し込まれ、そのままめり込み……

 「いっ!」

 ……あ、ミスった。俺とくっついていなければいけないし邪魔になりにくいしとレンにはおぶさってもらったが、ちょっと考えれば分かることじゃねぇか。押し込まれたら壁には背中から激突するって。すまんレン、お前のが痛いわこれ、耐えてくれ。本気で忘れてた

 

 なんて脳内で謝罪する間にも障壁だけは保つが、咆哮だけで壁に叩きつけられるのにブレス直撃でそれで済むわけもなく。そのまま壁の中に押し込まれる。いしのなかにいる状態で、そのまま耐え……

不意に、背中が軽くなった

 レンが擦りきれたとか……ではない。薄い胸は背中に当たっている。単純に、壁をくり貫ききっただけだ

 

 そして……

 「……いきなり何ですか」

 「……到着、だな」

 地面に倒れながら、怪訝そうな顔をするグラスに、俺はそう告げた

 

 ああ、やはり……か

 「……?」

 首を傾げるレン

 「ここ、は?」

 花畑のなか、黒髪の少女は俺の背中で眼をぱちくちさせる。ま、次元が違うのでさっきレンと俺というスコップで掘った洞窟の壁穴は何処にもない

 「目的地だ。次元をわたる獣の一撃を食らって次元を超えて吹っ飛ばされた訳だな。まさか上手く行くとは……」

 節々の痛みを無視して、花畑に立ち上がる。空気も綺麗で、此処は生存に問題ない場だろう

 

 そして、流石に疲れでブレる眼で、来た筈の方向を見る

 ああ、これで確信した。俺の推測は正しかったのだろう。だから、あの白き神獣は他の4体が出払っていたらしく遭遇する事がなかったあの場所に突然戻ってきたし、わざわざ準備した俺の攻撃を待ってブレスで迎撃した

 「……待っていろ、ケツアルカトル。恩も仇も10倍返し、必ず……お前を殺してやる」

 その声は、平和な花畑の微かな風に乗って、消えていった

 

 「神獣を殺す?普通の事では?」

 そして、グラスに突っ込まれた

 「……いや、殺さなきゃいけない理由が出来た、その決意だ

 絶対に、恩を返さないとな」

 「……怨?」

 「そうそう、ネズミの怨返し……じゃねぇよレン。恩だ」



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謎の一撃

「あれ、君は……」

 そんなふうに呟かれる言葉

 ふと見ると、グラスの横には一人の少年が座っていて、まだ腕で抱えられるくらいの大きさの竜をあやしていた

 

 ……何で?

 いやマジで何でだよ

 「……こっちの勇者に頼まれて、助けに来たぞ

 お前が風山絆……で、良いんだよな?」

 おれの言葉に頷く少年。うん、日本人顔だ。平凡な顔してる。やけに美形でもなく、ちょっぴりのぺっとしたはっきりしない日本的な顔がこいつ多分転移者だろうなと思わせる

 

 「……そっちは?」

 「良く分からない向こうの……」

 おいグラス、言い澱むな澱むな

 

 「……今だ!」

 「今だじゃねぇよタクト、寝てろ」

 背後で飛び起きたタクトの足を尻尾でひっかけて転倒を誘う

 「うげっ!」

 「めんどくさいから黙っとけタクト」

 その上に足を置いて抑え込み、改めて向き直る

 ……で、何て言えば良いんだろうな俺 

 「俺は……レン、どう言おう?」

 「い、いや振られても……元投擲具の勇者とか……」

 「いやでもなぁ……半分くらいバレてるし、誤魔化すのもどうかと」

 「何をですか」

 半眼でグラスに言われる

 

 「まあ良いや、俺はマルス、今はこの刀の所有者やってる」

 と、刀を振って答えることにした。因みに此処に嘘は何一つ無い

 「ボクはレン。この人の仲間?をやっている」

 「そしてこいつはタクト、巻き込まれた転生者」

 「て、転生者!?」

 「って構えんなよえーっと、風山

 こいつが何かしたらぶっ飛ばすから」

 「いやいやいやいやいやいやいや!?

 転生者ってアレでしょ?色々と武器を奪おうと襲ってくる」

 「今持ってんのは二つだな」

 「危険すぎじゃん!?何で連れてきたの君!?」

 ……もっともすぎて言葉に詰まる

 「か、考えてなかったのか……」

 「なんとなく、今殺してもなと思っただけだぞレン。殺して素直に死ぬなら勇者武器を複数持つ転生者なんてやってない。ってか一回殺したの知ってるだろレン

 だから大丈夫だ、こいつはまた生き返るかもしれないが殺せる。最悪の場合殺すさ」

 ……でも何だろうな、殺しちゃいけない気がする。いや、この世界に来るまではそんな感覚全く無かったんだが。何故だろうか、こいつを此処で殺しちゃいけないような……で、殺す一撃が上手く撃てないのだ。ま、しばくだけなら全く問題ないんで遠慮無くぶっ飛ばすが

 

 「……とまあ、タクトは五月蝿いだけのおまけなんで置いておいてくれ。置物みたいなもんだ」

 「というか、所持者?ってことは、新しい刀の勇者ってこと?」

 「いや、こいつは俺が持ってるだけで、別に刀の勇者でも何でもないぞ俺

 何なら……ほら」

 ぽいっと所有権ごと一旦刀を放り投げ、背中の女神乃剣を抜いてみせる

 「……えっ」

 「いや、単純に持ってるだけなんで別の武器だって持てるぞ」

 「……グラス、これ、何?」

 これとは失礼な勇者だなオイ。助けに来てやったってのに

 

 「……何でしょう。扇はとりあえず味方と言っている……気はするのですが」

 「まあ、扇持った転生者をぶっ殺したら何か懐かれた感じだろうな」

 「な、懐くものなのか……」

 口をあんぐりと空けてレンが呟くのが、妙に耳に残った

 いやなつくぞ?そうでなければ何でクソナイフが暫く俺の所に居たんだよ、本気で逃げようとしたら逃げられたぞアレ

 

 「ってか、転生者なんですよね?」

 「そうだが?」

 「なら!」

 お、絆の奴がドラゴンを頭に乗せて釣竿を取り出した

 まあ別に良いので放っておこう。止める気もない

 「狩猟具の勇者が命ずる!眷属器よ!繋がる次元の眷属器よ!我が呼び声に応じ、愚かなる力の束縛を解き、目覚めよ!」

 ま、来るわな。どうせ使われるだほうと思ったから最初から明かしてった訳で、許容範囲内

 俺の手の刀を手放してやると光となって離れ、タクトからも一個浮き上がる……って一個かよしぶといなおい

 

 「おい、隠し持つな、吐き出せよタクト」

 タクトの腹を蹴りあげて一発

 「ぐはぁっ!」

 その体から微かにもう1つ光が浮き上がる。マジでしぶといなおい。どんだけ強い力で捕らえてるんだよこれ

 「汝等から眷属の資格を……」

 だが、その言葉は……

 

 「うっ!」

 胸元に走る一閃、服を切り裂かれ、微かに走る朱に唸り

 「ぐっ!」

 何かに絞められたように苦しげに喉元をおさえ

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 なんだと思わず俺が睨んだ瞬間に体内から迸る電流によって中断された

 

 『ギィ!?』

 「な、何が……」

 頭上のドラゴンが五月蝿く鳴く中、よろよろと身を起こす絆

 「……マジで何だろうな」

 正直俺にも全く分からん

 「キズナ!」

 グラスが支えるが、大分ダメージいってるみたいだな。いや、何が起こったんだ本気で

 

 何時しか、視界の端の車輪は勝手に回っていて。静かに向こうの勇者を見下ろす

 「……こ、これは……まさか……」

 「知っているのですかキズナ!」

 「……信じるよ、君達を」

 その質問には答えず、少年勇者は静かにそう告げた

 

 ……いや、何で?




因みに絆を襲ったのは、正規勇者相手に眷属の資格を剥奪しに行った事によるふざけんな俺の/私の/我が勇者がニセモノな訳ねーだろボケェ!という勇者武器によるカウンターです。殺す気はありませんが痛い目にあいたくなければ二度と資格剥奪なんて言うんじゃねえぞ、ぺっ、って奴ですね


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虐められっ子

「……いきなりだな」

 ってか、今何が起こったんだ?突然絆の奴が吹っ飛んだようにも見えたが

 

 「ってか良いのかよ、突然攻撃されたってのに」

 車輪を回し、力を巡らす。世界に満ちる微弱な雷……所謂静電気って奴を反応させる訳だ。それが何者であれ、基本的にはこの場の何処かに隠れていれば其処に微かな電気の流れがあるはずなのだ。だから、その反応を見れば突然絆を襲った何者かの居場所は……

 居場所は……

 

 だ、誰も居ねぇなオイ!?

 いや可笑しくないか?ならば誰が攻撃したってんだ?

 突然絆にダメージが行った。それは確かだ。つまり、誰かが絆を攻撃したのも確か。誰かが攻撃しなければ、あんな事にはならない……はずだ

 

 だから居なければ可笑しい。不可視かもしれないが、何かが居なければ……

 そうして、辺りを見回して

 「今だ!」

 意識が逸れたのを待っていたのだろう。タクトの手の中にある鞭が振るわれ、更に絆を襲う

 受けた絆の体から光が放たれ、タクトの手に収まった。その姿は……

 弓矢だな。確かに狩りと言えば古来は弓矢によるものだし、狩猟具ってそんなものなのかもしれない。何かあいつが持ってるとき釣竿の姿してたけど

 「ってタクトォ!やりやがっ」

 「罠抜け!」

 ちっ!拘束解除スキルか!

 突然足が空を切る。踏みつけていたタクトの姿が掻き消えたのだ

 その姿は一瞬にして少し離れた場所にあって

 

 いや、花畑だから緊張感薄れるなこれ。弓を此方に構える幼い少年を見ても、回りが流石に牧歌的過ぎる

 「死ぃぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇっ!」

 憤怒の形相でちっさな腕で不釣り合いに大きい弓を必死に引き、構えるタクト。本来勇者武器が不釣り合いな大きさになることはないはずなんだが、パクっただけなせいでサイズが絆基準なんだろうな。マジで引きにくそう

 「……ネズミ!」

 「良いよ、レン。なにもしなくて」

 咄嗟に手にした剣を振るって対抗しようとするレンを手で制する

 タクトとは転生者同士、俺が何とかするべき問題だからな。教えてやらなきゃな、現実って奴を

 

 だからだ。一歩も動かず、タクトを見る

 って暇だなオイ。オイタクト、もっと発動の早いスキルを選べよ、お前がスキル撃ってくるの待つの暇なんだが

 絆は少しだけ困ったように、グラスは……って何で呆れ顔してんだ。あと扇スキルの支援は要らないから仕舞っててくれ

 そして、体感1分くらい(たぶん実際は数秒)の後、漸く弓弦を引ききったタクトが勝ち誇ったように唇を動かす

 「うぉぉぉぉぉっ!」

 うわ、凄く腕がぷるぷるしてる。力足りないんだろうな

 「心臓貫(しんぞうぬき)!」

 そして放たれるのはスキルの矢

 それを俺は何もせず右肩で受ける

 ってタクト?大丈夫かお前、心臓だ何だ言ってた癖にノーコンじゃねぇか。もっと良く狙えよ

 

 「勝った!驕ったなネズミ!」

 喜色満面、顔を輝かせて言うタクト

 「……は?」

 「狩猟具の毒矢……即死スキルを撃った。貴様は死ぬんだよ

 驕りから避けもせず致死の矢を受けたその行為でなぁ!」

 あ、そういうことか。ってかあのスキル即死技だったのか知らなかった

 

 で、もうそろそろ茶番劇は終わりで良いか?

 「なあタクト、最後に一つ良いか?」

 大丈夫なのかと見てくるレンに気にすんなと尻尾で答え、一歩タクトに近寄る

 ってか本来の持ち主が慌ててない時点で何となく分かると思ったんだけどな、そこらはやはり転生者か。だから勇者武器を複数持ってた方が強いとか勘違い甚だしい事も思って収集しだすんだろう。正直複数持ってても良いこと殆ど無いのにな

 

 「命乞いか?最期の台詞くらい……」

 「盾に攻撃能力はない」

 「いきなり盾を言い出して、狂ったか?」

 「盾で殴る、ブーメランとして投げる、鎖を付けて振り回す。幾らでも本来盾で敵を殺す手段はある

 だというのに、勇者の盾に基本的に攻撃性能はない。それは、盾が他人を守る力の概念であるからだ。だからこそ、守るものであり他人を傷付けるものではないという概念を持つ勇者の盾は攻撃能力を持たない。何れだけ硬かろうが、普通殴れば死ぬ硬度と重量だろうが。同質量の盾で一般人が殴れば殺せるバルーンすらも、盾の勇者は殺せない」

 「せめて何か分かることを言って死ね!」

 「つまりだな

 それと全く同じことだ。人でないものを狩る武器の概念である狩猟具は……」

 一息に距離を詰める

 その行動だけで、途中で矢は抜け落ちる。ってかそもそも刺さってすらいなかったからなアレ。触れてただけ

 「そもそも人に対してはどんな攻撃も意味を為さない」

 「ゑ!?」

 「……だからな

 その狩猟具では、生まれたての赤子一人殺せないって言ってんだよ」

 弓を手に呆然と立ち尽くすタクトの右手を掴んで締め上げる

 「あいだだだだだだっ!」

 小型化……ってか肉体が子供のホムンクルスっぽいので持ち上げると簡単に足が地面に付かなくなる

 ということで手首を掴んで持ち上げて、縄を投げる前のようにくるくると回す

 「お、わっ!うぇっぷ!」

 うん、案外楽し……って汚っ!吐くなよお前さぁきったねぇなぁ。もうちょっとでかかる所だったじゃないか

 

 「……で、タクト?お前本当にその狩猟具、要るか?

 因にだが……その気になれば、俺はお前の持ってる中から鞭以外になら強引に変えさせられるぞ?

 果たして、何時か俺を殺すだ要ってるが、狩猟具で俺に勝てると思ってんのか?」

 回すのをやめてグロッキーな転生者様に聞いてみる

 「薄汚い獣人が、人なも」

 「そう心から信じれば狩猟具は俺に効くかもしれないが……」

 どうなんだろうな。少なくともメルロマルクのゴミどもは亜人を人間だと認めてないし、そういう人間が狩猟具を万が一持てば亜人にも効く可能性はあるが……

 ってタクトには無理だろ

 「で?お前それお前を慕う……」

 あ、とっさに名前でてこない。原作でも割と沢山名前出てきたし、完全には誰が誰か覚えてられなかったんだよなー

 「トゥリナ相手に言えんのか?

 てめぇは人じゃない、ゴミだってな」

 とりあえず覚えてた狐の名前出しておこう。ってか、いっそアトラでも良かったな。ネリシェンとかのアオタツも考えてみれば亜人だ。龍になって俺に惨敗した印象が強すぎてドラゴン枠に入れてたけど人だわあいつ

 「……ぐっ」

 完全論破。タクトの手から弓が離れ、釣りざおの姿に戻りながら絆の元へ戻る

 

 「……はい、とりあえず調教一段落付いたし、話に戻るか」

 「……何と言うか、凄い性格してるね……」

 何だよ絆、遠い目して

 「控え目に言って酷い性格してますね。これが勇者とは……」

 「いや転生者だが?」

 間違えるなグラス。俺は勇者なんかじゃねぇよ

 

 「……ところで」

 少ししたところで、絆の奴がそう言葉を振ってくる

 「君は転生者なんだよね?」

 「このタクトもな」

 「なら、力って正義だと思う?」

 何だよいきなり

 力が正義か?そんなもの、俺が俺だった頃から答えは決まっている

 「力が正義な訳はないが、正義とは力だ」

 「つまり?」

 「強ければ正しい訳がない。ならば、俺は……かつて世界の殆ど全てよりも正しかった事になる。ついでに、神が世界を侵略するのも正しいことにな。そんなもの正義だって言うなら勇者の真似事なんぞやってない。だが……

 力の無いものは正義足り得ない。俺達が最後に挑むべき存在は力があるから正義だと嘯く神だ。どんな正論も届きはしない。ペンは剣を止められない。ならば、どんな正しくとも正義ではない。ただ、それを間違いだと咎める力あってこそどんなものも正義足り得る」

 「不思議な答えだね」

 「そんなものか?」

 「転生者はみんな、力があるから自分は正義だって言うよ」

 何だそりゃ

 「……うん。だから変なんだよ」

 「元から俺はそうだぞ?」

 ……ちょっと全能感強すぎた気はするけどな、昔は

 

 「……そんな君は、何で神と戦うの?転生者なのに」

 「俺は転生者だ。御門讃だ

 ……でもな、俺は同時にあの世界で生きてきたネズミさんでもあるんだよ。そのネズミさんとしての心が叫ぶんだ。リファナを……リファナの生きる世界を俺は守りたい、ってな。そりゃ生きてるんだ、大切な相手くらい出来る。それだけだろ」

 凡百の転生者と差があるとしたらそこ……じゃねぇな普通に考えて。女神がロクなものじゃないと読んだあの小説で知ってるからこんな行動が取れるだけだ

 「……タクト?お前は何だ?何故そんなに力を求める?」

 じゃあ同じ転生者のタクトはどうなんだろう。ふと思ってそう聞いてみる

 「力があれば、皆が俺を認めてくれる!蔑んだり、傷付けたりしてこない」

 ……これが、最強の転生者の本音か

 生来あんな俺様じゃなかったんだろう。ってか、前世は虐められっことかだったのかもしれない。あの軽薄なものは、弱い自分を覆い隠す鎧みたいなもので

 よし、なら俺のやりかたは合ってるな。トラウマ刺激して俺には勝てないと怯えさせとこう

 

 「……なら、一個で良いんじゃない?」

 「……強くならないと、全部奪われる。エリーみたいに」

 何か素直に答えるな今のタクト

 「ん?俺はお前の幼馴染にはなにもしてないぞ?」

 「……昔飼ってた……犬」

 あ、前世でエリーって犬飼ってたのか。そっちか

 「……泳げないのに、川に投げ込まれて……止められなかった

 ……力がないから、何も、出来なかった……」

 ……こいつにも色々あるんだろうな

 

 だがリファナの敵になるなら死ね

 

 「……だから、強くならなきゃいけないんだ。全ての勇者武器を手に入れ、誰にも負けなくなって!

 もう何も奪われないために。だから、だから……

 お前は、お前はっ!皆を傷付け、殺し、苦しめるお前はっ!死ぃぃぃっ!ね……」

 「……これ以上言ったら魂まで殺すぞ、てめぇ」

 睨み付ける俺に、その幼い少年は拳を下ろして黙りこくった

 まるで、虐めの主犯に出会った虐められっこのように

 そんな光景を、生暖かい目で残り三人が見ていた




注意:原作タクトに前世は虐められっ子だったとかそんな設定はありません、オリジナルです
まあ、この作品では仮にもライバル枠でメインヒロインなので…


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藤季柘兎(ふじいたくと)鼠考 1の章

タクト様視点です
まあこれでもライバル枠なんでね…


「……こほん」

 それから数分後

 白髪のネズミが、絆と呼ばれるその勇者と話している

 

 それを 

 「ん?なに?」

 「まあ、俺については割と話した訳だが」

 「うん。波を起こしているのとは別の神様の送り込んできた怪物を倒すため、刀が君を呼んだって感じだよね」

 「ったく、尚文でも送れば良いのに……」

 僕……タクト・セブン・フォブレイは静かに眺めていた

 抵抗する気は起きない。だってそうだろう

 勝てない。奴には勝てない。絶対に、何があろうとも無理だ。アレは天災のようなもの、あのネズミは例え女神の力を得ている選ばれし転生者(タクト・アルサホルン・フォブレイ)ですら勝てるようなものじゃない。万全で、あのネズミに奪われた勇者武器が全部この地にあったとしても、勝てない。その事を、僕は、知ってしまったから。理解してしまったのだから

 

 あの眼だ。僕を睨み付けた、あの真紅の眼。血そのものの色で染まりきったあの眼。恐ろしく、鋭く、怒りに満ちていて

 だというのに、良く良く見れば何処か泣き腫らしたようにも見える不思議な表情の眼

 

 それを、僕は知っている。タクト・アルサホルン・フォブレイとしても。そして……藤季柘兎(ふじいたくと)としても。これまでにたった三度だけ、あの眼を見たことがあるから

 一度目は、僕がまだ普通の……いや、大きな背丈の同級生の男に眼を付けられて嫌がらせをされていた普通以下の生活を送っていた中学生だった頃。一晩開けて下流の岸に流れ着くもすっかり冷たくなってしまった仔犬……エリーの体を抱き上げた時、水面に映った自分は確かにそんな眼をしていた

 二度目は、タクト・フォブレイになってから。オレの首を吊るその一瞬、あのネズミは確かにその眼を見せ付けた

 そして三度目はその直後。魂だけで何とか逃げ切ったと思った刹那、フォーブレイの首都近くで強襲してきた赤き神。あの化け物……ヘリオス・バシレウスはずっとあの眼をしていた。あの時、もしもたった二人、魂だけで帰ってきた僕に気が付いてくれたエリーとトゥリナが全力で即座に駆け付けてくれなければ……

 いや、それを見て、あの赤き神が姿を消さなければ。今、僕は僕として……7歳だった頃の姿を模したホムンクルス、タクト・セブン・フォブレイとして此処に居ないだろう。魂やエリーとトゥリナごと跡形もなくあの雷の露と消えていたはずだ。抵抗一つ出来ず。いや、抵抗すらも無意味として

 あの赤き雷神は「醜いからタクトの前では晒したくない」と言って使いたがらなかった化け狐の姿を見せたトゥリナを纏う赤い雷のオーラだけで地面に叩き伏せ、魂なんて見えないのに勘だけで僕の魂の前に体を張って盾になろうとしたエリーへと迫り……

 それでも何とか攻撃して意識を逸らそうともがくトゥリナと絶対に引かないというエリーを見て攻撃を止め、デコピンでエリーの意識だけを刈ると次はないと言い残して飛び去っていったんだ

 ……助かった。いや、見逃された。後で聞いたことによると、僕を助けに行こうとしたその瞬間。ポータルスキルを解析し、遂に完成に漕ぎ着けた近距離転移装置を僕が襲われていると気付き使おうとしたまさにその時、集まった皆は攻撃を受けたらしいのだ。死なない程度に。だが、わざと急所を逸らした事が分かる程度には、死の実感を伴う形で。「数秒後にお前らがタクトを助けに飛んできたから、飛んできてから飛んでくる前のお前らに攻撃しただけだ。オレはタクトのところで待っている。死にたければ来い」って解説まで添えて

 それで皆恐れをなして。諦めようというムードが出来て。でも来てくれたのがエリーとトゥリナだった

 だから、ならば一度だけチャンスをやる、とアレは姿を消してくれて

 

 そして今、僕を睨み付けたあのネズミも、同じ眼をしている

 それは、本当は可笑しいのだ。許せない想い、やるせない思い。多くの思いが入り雑じった怒り。元凶への怒り、そして何より……それを止められなかった自分への行き場の無い激昂

 目の前で溺れる大切な仔犬(エリー)を見て。なのに、溺れるから、泳げないから、自分も死んでしまうかもしれないのが怖いから。仕方ないと自分にひたすら言い訳して、何も出来なかった。勇気を出せば、必死になれば何とかなったのかもしれないのに何もしなかった藤季柘兎への怒りが何よりも大きく出たあの……何よりも弱い自分が許せなかった眼

 その眼を、あのネズミは見せた。何事もない、自分への怒りなど無いはずのあの時に

 前に見せた時は気が付かなかった。最初に会ったときは男の眼なんて見る気すら起きなかった。男の眼なんて、虐めてきたあいつらを思い出すだけだったから

 でも、良く見れば気が付く。今も……穏やかそうなこの時すらも、取り繕っているだけだ。彼の表情は全て、あの眼の上に被せた皮のよう。どんなに笑っていても、どんなに気を抜いているように見えても、薄皮一枚剥がした下には、ずっとあの眼がある。だから、今ならば分かる

 

 あのネズミが本当は何者なのか

 普通は有り得ないんだ。ずっとあの眼をしているはずもない。それが成り立つとすれば、その答えはたった一つ

 あのネズミは、常に自分に対して怒りを持っている。それこそ、憤怒のカースに呑まれたように。常に彼の怒りは奥底に迸る

 ……そして、タクト・フォブレイはそんな存在を、それが成立する存在を、他にたった一人だけ知っている

 

 ヘリオス。赤き神ヘリオス・バシレウス

 マルスと名乗るこの転生ネズミの正体は……赤き神、ヘリオス。次はないというのは嘘ではない。実際に、こうして奴は本気を出さずに此処に居る。次があった時、このネズミは赤き神としての本性を顕して僕を消し去るのだろう。エリーが居なければあの時そうなっていたように

 ならば、勝てるわけがないだろう!あいつは、追い込んだはずの所からギリギリで逆転したと思った。次に対峙する時があったら、油断はしない。ならば次は殺せると

 だが、そうじゃない。赤き神としての力を欠片も使わず、その上で勝って見せただけだったのだ。あのヘリオスとしての力を振るえば、簡単に勝てたろうに。魂だけの時に放ったカーススキル、ハンギングガロウズは首を吊られながら余裕綽々、首を捻るだけで解いてみせたのだし

 そういった態度すらも、狩猟具を受けたネズミと同じ。効かないものは最初から無効化出来るのにわざと外面だけ食らってみせて無意味だと見せ付ける。そういった態度も同じで、奴等は同じ存在だと教えてくれる

 

 じゃあ、どうやって勝てっていうんだ。あの赤き神に。トゥリナですら、手も足も出なかった。いや、戦いにすらなっていなかった

 エリーの持ってきた銃弾は、設置式で自動発射のものを含めて全て防がれた。いや、不意打ちで撃ったはずの設置式は当たったのにダメージなく体を突き抜けた。防いでみせたのすら単なる防ぐ必要もないのに防げると見せ付けたデモンストレーションに過ぎなかった

 

 勝ち目なんて無い。藤季柘兎にとって、同級生のあの男がそうであったように。タクト・フォブレイにとって、あのネズミは……ヘリオス・バシレウスは

 去るのを待つしかない暴風となっていた




まあ読者の皆様ご存知の通り、ネズ公=御門讃=ヘリオス・V・C・(バシ)レウス=コード:ケラウノスなのでタクト様の認識は正解です
まあ端から見れば実はネズ公には自分=ヘリオス≒ゼウス・E・X・マキナである自覚が無いとか思いませんからね……勝手にヘリオスが見てると怯えていきます


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おまけ 藤季柘兎(ふじいたくと)と愉快なハーレムたち

タクト様御一行の簡易紹介となります
ネタバレは多少含みますしぶっちゃけあんま読まなくて良いです。タクトハーレムメンバーの名前が列挙されて誰が誰だっけってなったときにでもお使いください
因に反転部分にある末路は予定です。変わるかもしれません


偉大なる全ての勇者様(笑)

タクト・アルサホルン・フォブレイ

髪の色:金髪 性別:男性 年齢:18くらい

レベル:330 所有武器:鞭とその他

職業:鞭の勇者

神受スキル:異性に絶対に一途に好かれる

 偉大なるタクト様。全部の勇者武器を持てる特殊なパワーと神から与えられた異性から一途に好かれまくるスキルを駆使してやらかすスーパー転生者

 あの世界の転生者の中では最強。その結果ぶっちゃけ多くの転生者を殺して勇者武器を溜め込んでおり、女神からはこいつ何がしたいの?と呆れられていたとか。もう一人の最強転生者ことネズ公と比べても言い訳のしようがなく、転生者キルスコアに至ってはダブルスコアやトリプルどころでなくハンドレッドスコア単位。こいつひょっとして転生者内の裏切り者じゃなかろうか。本当の裏切り者であるがそれっぽい言い訳は出来てるし転生者側の利になることもやってるネズ公の代わりに疑われてる可哀想な奴

 というのは仮の姿。職業がしっかり鞭の勇者扱いになっていることから分かるように、鞭だけは正規所有である。鞭はタクトが何時かネズ公のように女神を裏切り勇者側に付いてくれると信じており、タクトから離れない!とネズ公の干渉とか剥奪能力とかをはね除けている。散々やらかしてるタクトが女神から転生者に仕込んだ安全装置で殺されないのも、鞭によるレジストの賜物

 結果、こいつガチで裏切り者だ!獅子身中の虫だ!殺せ!と転生者陣営からは目の敵にされている

 最後はネズ公に喧嘩を売り、カーススキル『ヘルストリンガー』に吊られて死亡。魂だけで逃げるも、魂に刻み付けられたタクト・アルサホルン・フォブレイを吊り殺すヘルストリンガーの呪いは解けておらず、(今のタクト認定されないくらいの)幼少の姿のホムンクルス以外に魂を入れると即死する

 因にだが、彼をぶっ殺した事でネズ公の転生者側からの評価は更に鰻登りである

 

タクト・セブン・フォブレイ

髪の色:金髪 性別:男性 年齢:7歳

レベル:35くらい 所有武器:鞭/槌

職業:鞭の勇者

 白衣ロリの趣味で作られていたタクト・フォブレイ7歳の頃の姿のホムンクルスに魂を入れて復活したタクト様。タクト様第二形態。だが、レベルは肉体依存のためクソザコ化している。ぶっちゃけ今ならリファナとラフタリアがコンビで掛かれば何とか勝てるレベル

 こんな姿になっても神受スキルの力かハーレムは一切瓦解していない。とはいえ、スキル効果が弱まったのか、アトラはある程度回復していたり、リファナには効果を解除されていたりする

 相変わらず鞭の勇者(正規)。なのだが、本人はまだまだ勇者武器は沢山あった方が強いとか思って転生者に勤しんでおり、自分が鞭にだけはしっかり勇者として認められているという事に気が付いていない

 外見が幼少期化したことで前世である藤季柘兎の面が強く出るようになっており、苛められっ娘であった柘兎の性格から、ネズ公に怯えるようになる

 

 

 

タクトハーレム主要陣

エリー

 メイド豚。ちょっと性格がヤバくなったリーシア。タクトの幼馴染であり、タクトの初めての相手。今のタクトにとって誰よりも大事な人である。ぶっちゃけ、ネズ公にとってのリファナ枠であり、エリーへの想いからふとした切欠があれば、タクトはしっかりとした鞭の勇者として覚醒しうる為、鍵とも言える存在

 結構なヤンデレであり、独占欲はかなりのもの。タクトのスキルは見境なく魅了する為沢山寄ってくるが、それは正直イライラするらしい。タクトに本当に必要な人材以外いっそ殺したいと思っていたり。マルティは隙があれば殺していた

 とはいえ、タクトガチ勢な面々(タクトハーレム主要陣に記載される者達)とはそれなりに良い関係だとか

原作ではタクトを庇って無駄死にしたり、タクトと一緒に殺されたり、自分がゾンビに襲われてるのにタクトが襲われた事に気を取られて死んだり色々だが、一貫してタクト本人を裏切ることはない。今作では……タクト第二形態が死んでいる間にネズ公によるものと偽装されマルティによって殺される。それにより、ネズ公と二度蘇ったタクトは最後の戦いを繰り広げ……

トゥリナ

 狐豚。その昔ラクーン種によって封印されていたという伝説の化け狐ロリババア。タクトによって封印を解かれ、タクトに惚れて仲間入りしたらしい。タクトハーレムの中では超古参。幼少期に鞭に選ばれたタクトと割と直ぐに出会っている

 タクトハーレムの中では頭が回る方。恋は盲目であり、タクトに言われればスキル効果もあって割と何でもやるが、昔の者達が殺せなかった程の化け狐というのは伊達ではなく、案外タクトの立ち位置や行動の不味さとて理解している。鞭の勇者であることも、それに気が付かず転生者としてすらアホやらかしてる事も。ってかそもそも魅了スキルに自分が掛かってることすら理解している。それを何時か気が付くじゃろ、と何もせず見守っているのは……やはり、惚れた弱みなのかもしれない

原作ではビーストスピア他で良く出落ち的に死ぬが、今作では……最終メンバーの一人、槌の勇者トゥリナ。エリーを殺され、ネズ公と殴りあった果てに鞭の勇者として覚醒したタクトを支えて勇者側に付く

アシェル

 空飛ぶ豚。グリフィンの王女。空飛ぶフィロリアルを絶滅させた魔物の末裔らしいが……

 レベル上げしていたタクトに負け、仲間入り。タクトが初めて鞭の勇者としての力を使った相手であり割と古参。あんまり魅了の影響はないが……

原作ではフィーロと対峙したりして、大体酷い死に様を晒す。今作では……

 

 

 

 

ナナ・フォブレイ

 妹豚。タクトの妹。流石のタクトも実妹にまでは手を出していない

 兄の性格がアレなので、割とアレ……かと思いきや、この世界ではそこそこまともな性格。だがタクトを絶対正義とする行きすぎたブラコン

 原作では改心せず暴言はいたりしてアレな殺され方をするが、ちょっとましになった今作では……ホムンクルスの体でルナ・カイザーフィールドに殺され、普通には生き返れなくなった兄を蘇らせるため、自分の体をタクトの器にする形で魂は消滅。タクトはタクト・ナナ・フォブレイとして妹の体で復活するが……

 

タクトハーレムの皆様(主要陣以外)

レールディア

 ドラゴン豚。竜帝の欠片のうち特にデカイ部分を持つタクトが育てたドラゴン女

 本来はタクトハーレムの中では特に強く、発言権も高い。はずなのだが、四聖勇者を狩るだけの戦いのはずの場所で妙にデカイフィロリアルに手も足も出ずに一方的にボコボコにされ、片方の翼や角等多くのものをむしりとられた結果、ハーレム内での地位は地に落ちたとか何とか

 産まれたときからずっとタクトのスキルの影響を受けており、性格は中々のクソ。何ならスキルの影響が強すぎて、タクト本人よりも女神側の意図を無意識に優先してしまう癖があり、エリーからは疎まれている

 原作では大抵ガエリオンに食われて消し去られるが、今作では……

 

ネリシェン

 シルドフリーデンの長のアオタツ種。ドラゴン同士レールディアと仲が良い……フリしているが、本心では敵同士。エリーからは勝手にやって共倒れしてろと思われている

 原作ではドラゴン化してイキるも大抵いやなる必要ないが?とボコボコにされる哀れな噛ませとして死ぬが、今作では……

 

シャテ

 魚っぽい亜人。良く雷でこんがり焼ける

 

 

 

ユー

 シルトヴェルトの纏め役の孫娘なゲンム種の亜人。原作には居ないパチモノ勇者オリキャラ。亀っぽい亜人の癖に影やってる変な奴

 エリーとは幼馴染であり、仲は良い。物静かで、主張が弱い

 原作に出てこないため、原作での死に様は特にないが、今作では……ルナ・カイザーフィールドにより人羽織にされ、死亡。タクトが転生者カイザーフィールド家と袂を別つ切欠となる。最後までタクトには忠実

マーシュ

 シルトヴェルトの纏め役の娘なシュサク種。同じくパチモノ勇者オリキャラ。チャイナな鳥

 本来ネズ公からしてみれば鳥は天敵なはずだが、あまり気にされていない。結構煩いらしい

 原作に出てこないため、原作での死に様は特にないが……

 

アシェン

 犬亜人の少女。パチモノ勇者オリキャラ。教皇に乗せられてタクトがホイホイ出てきた戦いで一行だけ登場。一応アシェルとは別人だが……。以降出番は無いモブなので忘れて良い

 

裏切り者の皆様

白衣ロリ

 白衣豚。名前不明。そのうちでっち上げるかもしれない。タクトの能力を改造したり色々とやらかすラトのライバル。タクトに惚れている……

 ように見えるが、転生者側の尖兵であり、女神の使徒寄りの存在。であったが、女神を裏切り一度はタクト側に付く。のだが、女神の欠片のマルティに睨まれ、女神側に鞍替えした蝙蝠幼女

原作では色々実験に突っ込まれて死ぬが、今作では……妹をだまくらかしてタクトの魂を自分に入れさせ、異性から好かれるタクトのスキルを無効化(タクトが女判定になる為女への影響が消える)。スキル影響下の皆のタクトへ向いてた魅了を女神の端末たるマルティに移し、色々と更にやらかそうとするものの、エリーによって殺されて死亡。そのままマルティによりエリーは殺される

 

マルティ・メルロマルク

 ヴィッチ。それ以上の説明が要るだろうか

 

おまけ

藤季柘兎(ふじいたくと)

 タクト・フォブレイ様の前世。元康と同世界出身の"少女"。当たり前だが、兎なんて字が当てられる奴が女の子でないはずもない。自意識過剰な正義の味方じゃあるまいし

 元康の世界はエロゲっぽいと言われていたが、彼女の環境もほぼ同じ。苛められ、強姦され、助けを求めた親からすら襲われて心を閉ざした暗い雰囲気のエロゲヒロインな女の子。けれども、彼女は主人公たるべき相手の選んだ運命のヒロインではなく。誰にも救われず、一人自殺し……その魂は女神メディアの眼に止まり、そんなに男が怖いならと男の姿で転生させられることとなる



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前世の因縁

「……ん?何これ」

 ふと気が付く。タクトの奴がじっと此方を見ていることに

 

 あ、眼逸らした

 面白いなこいつ。此方から見るだけで逃げるが、見てないと此方をずっと見てる

 変な奴。まるで恋する乙女……って気持ち悪いな、自分の事ながらその発想はどうなんだ。そもそもタクトに好かれるはずもなく、万が一こいつが実は全部引き剥がされてズタボロにされたいが故にあんな事していた救いようの無いド変態であってボコボコにしたから気に入られたとしたら……こっちから願い下げだそんなもん

 ってか、リファナ以外正直ノーサンキューで

 

 ってかそもそもタクトは男……か?ん?

 いや、何か違和感があるんだよなタクト。ハーレム築くような奴が男じゃない訳がないだろ!と言われれば当然その通り、その通りなはずなんだが……何だろうこの違和感は

 ってか、こいつどうなんだ?って思うような所がいくつかある。ちょっと男に対して頑なな所とかな。いや、普通に考えてさ?周囲に女の子しか居ないってマジで精神疲れないか?少なくとも俺は嫌だ

 ルロロナ村時代の俺も幼馴染が三人とも女なんだが、キールはぶっちゃけ同性の友人枠だというか……。一番気楽で、何でも話せたのはキールだ。ぶっちゃけ、キールが居なければロクに二人と仲良くなれなかっただろうなと思う。いや、リファナを好きにならないとか、キールのが好きとかそんなんじゃないが、キールとが一番気負わなくて済んだから、キール通して話せるようにって話

 

 ……俺のせいで、もうあいつは何も話せないんだが

 

 閑話休題。それは絶対に片時も忘れてはいけない事だが、今の考察には少なくとも無関係だ

 そうだろう。正直な話、ハーレムだ何だ言っても男を徹底的に排除するのは違うと思う。自分の女に他の男の影があって欲しくない?そんな信用されてないのかよあいつらって話だ

 御門讃時代にだってそんなにハーレムものの小説なんて読んだことはないんだが、それでもだ。男友達の一人すら居ないハーレム主人公は作品の世界観的に男が極端に少ないとかそんな作品でもなければ居なかったと言いきれる。いや、ほぼ出てこない作品はあったが、ヒロインの一人が男のフリしてた時妙に積極的という感じで多分同性の友達が本気で居て欲しかったんだろうなって感じだったからそこは良い。要る要らないで言えば要る側なんだしな。それに何より、原作の尚文だってそうだろう。女に囲まれまくっていて、それでもそれを良しとしてはいなかった

 ってか、元康の例のが正しいな。原作(本来の世界)、或いはこの世界の序盤の彼は正にハーレム系主人公って感じだった。だが、自分以外NPCか何かかと思ってるようなその時期ですら、尚文は兎も角残り二人の勇者とはそんな悪い関係ではなかったはずだ。寧ろ、仲間意識とか色々とあったはず

 だのに、タクトは違う。男というだけで、最初から敵対心を剥き出しにしている。女には何か最初は甘そうなのにな。ってか、恐らくタクトハーレムの中にだってクソ転生者とか混じってるはずだが見逃している。けれども男は友達になれるかもしれない、仲間になれるかもしれない。そんな全てを通り越して、最初から敵視している

 それはハーレムの夢に取り憑かれたというより……寧ろ、男性恐怖症とでも言うべきではなかろうか

 

 それが引っ掛かるのだ。いや、男でも男性恐怖症は居ないとは言わないが……。ゲイのおっさん数人に囲まれて一昼夜尻を滅茶苦茶にされたら男だって大半は男性恐怖症になるだろ普通。いや、人間不信まで行くかもな

 あとは、ふと変な記述を思い出したのだ。ですぞ元康の話、『槍の勇者のやり直し』……有り得た可能性の世界において。タクトの顔だけ良く分からないとか

 あの元康、案外人の顔しっかり分かっている。ですぞフィーロたんですぞフィロリアル様フィーロたんですぞフィーロたんですぞで狂いきってるように見えて、案外冷静

 そんな奴が、たった一人だけ上手く認識できないという。それは変じゃないか?

 いや、此処に他にもロクに認識出来ない奴等……女が居るじゃないか。だとすれば、タクトが実は女だとすれば辻褄があう

 何か豚っぽい。いや、()だ。だが、タクトは男のはず。だが豚だ。そんな筈がない。なのに豚に見える。その視覚と脳内の齟齬がタクトの顔を認識できないという事態を産み出していたんじゃないのか?

 あとは、盾の勇者の成り上がりにおいて。盾かよ要らねぇとか散々言いながら、タクトは実質初登場のあの時、まずは尚文から狙った

 それがそもそも絶対に可笑しい。尚文に個人的な何かが無いならば、タクトの性格上まともに使えないし使えるとも思っていない盾から狙うなんてあり得ない。盾に攻撃力ねぇぞと言うだけで他の狙いに行ったこの世界での行動からそれは分かる。ぶっちゃけ、あいつ防御軽視してるから盾欲しがらない

 盾を脅威と思っていた……はずもない。俺が最初に遭遇した時と同じで、レベル差があって沢山の勇者武器がある自分が負けるはずがない、そう思っていたはずだ

 盾?防御?無意味に決まってる。そんな認識で、まず盾を狙うとか普通のタクトらしさが欠片もない。では、何故盾からなんだ?

 尚文を恐れていたからじゃないのか?あの中で、強姦したとかそういった女の敵みたいな噂が流れていたのは尚文だけだ。だからタクトは最初に女の敵を無力化したくてわざわざ本人的には要りもしない盾から狙った……ってのは考えすぎだろうか

 

 ってマジでどうでも良いな!タクトが万が一実は女で強姦被害者か何かで男性恐怖症から女しか寄せ付けなかったとして、だから何だよ。それが俺のやることに何か関係あんのか

 俺はタクトでもですぞになる前の元康でも何でもない。女だろうが、リファナの……ひいてはこの世界の敵となるなら死ね。それだけだ。世界の太陽であることを、俺は瑠奈と約束したのだから

 男女も種族も地位も無関係。女神様だろうがタクト様だろうが神獣神様だろうが尚文様だろうがネズミ様だろうが敵なら死ね。マジで無駄な考察した、とっとと忘れよ

 

 「何か、考え事?」

 「いや?レンが同名の剣の勇者だったらなーって方がまだ建設的な無駄な事」

 聞いてくるレンに頭を切り替え、改めて眼前の勇者に向き直る

 

 「で、何でこんなところでドラゴンをのんびり育ててるんだお前」

 「えっと、話すとこっちもちょっと長くなるんだけど……」

 「いえキズナ、話してください」

 グラスに言われ、素直に此方の世界唯一の四聖勇者は口を開いた

 

 その内容は……要約すると、世界を救うにはドラゴンが必要なんです!と請われてドラゴンを育成し出した、という事だった

 「いや怪しめよ」

 「転生者から安全な場所となると……って事を言われてね」

 あはは、と楽観的に笑う狩猟具の勇者

 「んなもの全部返り討ちだ!って……言えたら苦労しないわな」

 狩猟具に攻撃性能が無さすぎる

 「っていうか、それを苦もなく言えるほど、相手は甘くないよ」

 「……こっちの世界の最強転生者様なら今此処で借りてきた猫ってかネズミに睨まれたタクトやってるけどな」

 「それは…向こうの戦力の問題かな

 こっちには、3人しか勇者が残ってないのに対して、そちらの世界は……」

 「四聖で4、馬車が過去の波からの継続で1、杖が半分見放されてて0.5、残りが転生者二人に持ち主無し4なんで合計5.5だな。いや、タクトのパクってた奴を一個、元の武器取られてるらしいこっちの勇者に送ったんでそれを含めて良いなら6.5。そっちに含めるなら5.5だ」

 「つまり、8.5と3。差が大きすぎるよ。いや、7.5と4って言っても良いかもだけど」

 オイこら。俺と恐らくタクトを含めるんじゃあない。いや、何でか味方扱いしてくれる分には良いんだが

 

 「それに、そっちはそれだけ勇者が多いから、転生者達だってそんな怖くないでしょ?」

 「パクってくるくらいだな。それもタクトの奴が集めた上でボコボコにされてくれたんでそんな隠し持たれてないし」

 「ええ。そこは危険です。それが一人に集めてくれていれば楽なのですが」

 実際取られた事がある勇者が言ってらっしゃる。やっぱり説得力が違うな

 

 「でも、この世界の転生者はとても危険で」

 「そ、そんなに危険なのか」

 少しの怯えを含め、レンが聞く

 「勇者……様の武器を奪うよりも?」

 「うん。危険だよ

 彼等は……カイザーフィールドは」 

 「カイザーフィールドぉ?」

 嫌な名前だなーオイ

 

 因にだが、転生者って何か妙な符合がある事が多い。例えば俺がぶっ殺した投擲具持ち転生者のユータ・レールヴァッツだが、あいつの転生前の名前は小野寺裕太か何かだったと思う。眼前でちらちらしているタクトも、転生前の名前はなんちゃらタクトのはずだ。柘兎なのか拓人なのか巧斗なのか知らんが、って最初だけは無いな。自意識過剰な正義の味方でもあるまいし、男に兎って名前を付ける毒親そうは居ないだろ。それだけで兎野郎って苛めになりえるぞ

 つまり、転生者は、何人もの転移者によってそれっぽい名前が割とありふれたこの世界において、元々の名前に縁ある名前の子供として転生することが多いのだ。その割に俺はミカドでもサンでもカイザーフィールドでも無かった訳だが

 

 「なあ、グラスに風山

 一つ聞きたいんだが……その厄介な奴って……」

 「うん。奪った勇者武器を振り回す危険そのもので」

 「んな当たり前のことを聞きたいんじゃなくて

 そいつ、セーオとか何とかいう名前じゃないのか?」

 「……何故、それを」

 ぽつり、とグラスが呟く

 「え?何で知ってるの」

 「……マジ、か」

 「ええ、冷酷兄妹の兄の方。ラルクベルクに二度と治らない傷を追わせた最悪の転生者」

 「リョウって司令塔のもと、刀の勇者さんとかを殺した悪魔。その名前が」

 「「セオ・カイザーフィールド」」

 「セオ、星追

 御門星追(セオ・カイザーフィールド)

 そうだとも。俺が女神によって転生したならば。俺すらも女神に眼をつけられるならば。普通に性能の高い異能力を持ち、俺を更に煮込んだようなクソ煮込みな性格をしたあいつが……親父が転生者として眼を付けられてない筈がない

 こっちの世界に居やがったか、瑠奈の仇。クソ親父が!

 

 「……知り合い、なのか?」

 「知り合いというか、恐らく、父親だ

 前世の、だけどな」

 そんな俺の言葉を、うわぁという表情で知り合いらしき二人の勇者が見ていた



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脱線と転生者プロテクト判定

「前世の……」

 「転生者全開ですね」

 向こうの勇者ズが何か言ってる

 

 誤魔化されてどうこうとかあるのかもなと思ったんだが、レンは静かに頷いてるな。何か思うところでもあるんだろうか

 そしてタクトのアホは……何か考え込んでるわ、無視だ無視

 「あのクソボケ親父が、居るのか、此処に」

 危険だろう

 彼、御門星追の異能力は決して弱いものではない。川澄樹の異能力である命中の上位版。完全上位互換ではないが、上位には違いないチート能力。A級に分類される異能力の一つ、運命の一矢(フォーチュンダーツ)。狙いは外さないという点では樹の命中と似たようなものだが、狙えるものの範囲については遥か上位互換だ。何たって、人間すら狙えるからな。いや命中でも物理的に狙うことは出来るし意識して避けられなければ必ず当たるんだが、そっちの意味ではない。攻略する、落とす、そういう精神的な意味だ

 つまり、余程ヤバい異能力で無効化するか相手がそれを持っていることを理解して最初から対処していなければ、好かれようと狙われた相手は対象を好きになる。後は……これは物理的な話しになるが、能力の影響下で放ったものは壁とかそういった障害物を透過する。服とか盾とかも貫通する為、防御は不可能。ま、避ければ当たらないのは結局命中系異能力の限界なのだが、射線が通って射程内ならビルの隙間を通してどころか間にビルを挟んだ向かいからすら狙撃出来るからな。気を抜いてる相手なら回避すらさせない。そういう運命、因果にすら干渉する程の異能力だ

 どれくらい凄いかと言うと、米兵一人が停泊中の戦艦大和のエンジンを船外から運命の一矢を込めた爆弾矢一本で狙い射って轟沈させた逸話は余りにも有名、って感じ。ぶっちゃけ回避がほぼ出来ない船とかそういった巨大なものを破壊するには凶悪だけど、戦争とか無い現代ではあんまり使えない異能力だ。逆に言えば、波という戦争やってる今なら普通に強い。どっからでも特定の相手を回避可能だが防御も迎撃も不能で狙えるんだからな。まあ、火力は使うものと本人次第だが

 そんなヤバい代物だが、一応クラスはA級。S扱いされないのは、知ってて対処すれば対処が出来るかもしれない(ただ咄嗟に移動(うご)かせないような停止中のエンジンとか狙われると割とお手上げ)点と、そもそも乱用出来ない点が欠点として差っ引かれてるからだな。命中の最強版こと超Sの決意の氷結とか、何時でも何度でも時間を止めて無限に当ててくるとか言われてるからな。使用は1ヵ月に1回、人間とかを仕留めるならそれを数度使わなければいけないという回数制限は、幾ら効果がヤバいとはいえ流石に優遇するんで頼むから大人しくしててくれというS級クラスには分類されなかったとか

 

 閑話休題

 俺に復讐の雷霆があるように、恐らくだが、転生した奴にもソレがある。因果をねじ曲げ、当て落とす力が

 「俺と同じで異能力をそのまま持ってるとすると……

 運命の一矢、厄介だな……」

 「運命の一矢……あのA級の!?」

 ん?絆さん?

 

 「なあ絆?決意の氷結(アブソリュートロック)って何級?」

 「超S級」

 「龍牙の絶炎(ドラゴニアフレア)は?」

 「それはS級だったよね」

 「川澄樹の異能力は?」

 「知り合いと同じ人ならE級、命中」

 「このネズミさんの異能力は?」

 「……推測が正しければ、その紅の眼は

 超S級、復讐の雷霆(アヴェンジブースト)

 「…………全部正解だよどうなってんだ風山ァ!」

 お前樹と知り合いかよぉ!?

 

 「というか、樹ってこの世界に居るの、御門讃さん?」

 「御門讃じゃない、ネズミさんだ」

 まあ、御門讃なんだが。いやー、俺もアマテラス・カイザーフィールドとか変なもの名乗ってなくて本当に良かった。ってか、親子でも転生先って違うことがあるんだな、と

 いや当然か。タクトの阿呆は何か沢山転生者ぶち転がして折角他の転生者が正規から奪った勇者武器を一ヶ所に収集していた(因みにだが転生者も複数持てる奴が少ないのは、複数持っていることが本来特に利点ではない事に由来する。ってか、あくまでも方向性の違いだからな。聖武器と眷属器では主に上下関係の差こそあれ、同一世界の勇者武器のスペックは基本全部同列だ。そして自身の魂と合一することで共鳴し力を発揮する以上、使い分けられるってのはそれだけ結び付きが緩いって事な訳で、そんなもの複数持つよりたった1つと深く結び付いた方が強いに決まってる

 転生者としても、より深く奪うことさえ出来れば……って感じだな。しっかり制御して魂と結び付かせれば転生者にだって強化方法とか使えるわけで。沢山持つということは、結び付くことを拒絶してるんだ、強い道理がない)が、それは転生者同士でも気に入らないなら殺し合えるって事を示す

 そこから分かる通り、勝手に数減らすな味方同士だという感じの女神による転生者同士の殺しあいを止めるリミッターなんて無いのだ。ならば、御門讃と御門星追が同じ家系に転生しててみろ、絶対にどちらかが死ぬまで殴り合うと決まってる

 

 「御門讃」

 「ミカドさん」

 「だーかーらー!ネズミさんだって言ってんだろうが」

 「ところで、樹は?話題に出たってことは居るの?」

 「こっちで四聖やってる。後は分かれ」

 「互いの世界に分かれちゃったんだ」

 「別に世界同士で殺し合う訳でも無し、良いだろ」

 「……良く喋りますね」

 静かに告げるのは、和装の勇者

 「転生者には、プロテクトがあったのでは?」

 「……そうだ

 何でお前には無いんだよネズミ!」

 あ、タクト復活した

 

 「なあ、タクト?お前検証したこととかあるの?」

 「捕らえた身の程知らずのゴミで、三度くらい」

 うわぁ、こいつもゴミじゃん

 まあ良いや知ってたし

 

 「で?割と雑だなって思わなかったか?女神、殺すとかでも反応しないし」

 「……そうだったのか」

 おーい、タクトさぁーん?

 ある程度の条件とか最初に調べておくものじゃないのか?

 

 「ってことで、俺割と調べたし、転生者の親玉みたいなもんとも出会って来たのよ

 結果的に分かったんだが、判定はクッソガバい。しかも、脳内を関知できない

 あくまでも言葉に出した、或いは出そうと発声しようとしたもの。しかも言い訳が効く

 これはこういう意味だぞ!と心にもない言い訳をしてたらペナルティ消えたりするんだよ」

 「へ、へぇ……」

 「ということで、一つの結論に達したわけだ。この発動判定、誰かが遠隔でやってるわ、とな。それは女神本体なのか、その腹心なのかまでは分からないが、少なくとも判定役が居る事は確かだ

 ってことは、話は早い。俺達の管轄はあくまでも向こう、盾だ弓だの世界であって此方じゃない。てことは……」

 「圏外だから、何を言っても処罰されない?」

 「そういうことっぽいぞ?」

 「女神の、女神の、クソ野郎ー!」

 あ、タクトの奴が早速叫んでる

 ボケかな?俺が嘘付いてて、魂に巣くってる奴の独自判定なら死んでるぞそれ

 ってか、まあ、独自判定ならこの時点で俺が死んでない筈もないし、エイプリルフールネタとして出てきたタクトに転生しちまった!シリーズ主人公も脳内が女神クソ食らえの為即死するはずなんで、独自判定では無さげなんだけどな

 

 「…………本当だ」

 「死んだら騙されてやんのって嗤おうと思ったが、マジでそうだったのか……」

 「確証無かったのかよクソネズミ!」

 「あると思ったのかよ、俺はネズミさんだぞ?

 こずるい事をさせたら尚文の次くらいだ」




なお、ネズ公もタクトも転生者の安全装置効かないのでそんなネズ公の推測は無意味です


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魔竜と絆

「っ……」

 絶句する金髪ショタ……じゃないな、顔立ちだけは良いんだが、中身が腐ってるから金髪クソガキのタクトは置いておいて、話を進める

 

 「風山絆。俺は確かに御門讃だ。だがネズミさんという事で頼む

 でだ。話を戻すが、何でドラゴンなんて育てなきゃいけないって説得されたんだよ」

 「そうですキズナ。貴方はドラゴンがそんなに好きではないでしょうに」

 「うんまあ、そうなんだけど」

 ん?どうしてだろうな。男の子って大抵好きだろ、ドラゴン

 

 「ん?何で嫌いな訳?」 

 「まあ、昔は良かったんだけど……

 実は、波の前から召喚されていたんだ。魔竜を、倒すために」

 魔竜、ね

 「ああ、成程。家の世界における竜帝みたいなアレか。似かよってるなー、ま、融合するには似てなきゃ無理か」

 地球系世界とこの世界……仮に盾系列としよう。そんな異物二つを融合させようとしてもまあ無理だろ、常識的に考えて。だが、ファンタジーな世界同士なら案外簡単に融合出来るんだろう、知らんけど

 「うん。凄く大変で、そこからあんまりドラゴンは見たくない……って、グラスには言っていたんだけど」

 「けど?」

 「魔竜の力が必要になった」

 ……ほう

 

 「残りの守護獣は全部倒されちゃったんだよね?」

 「キョウが向こうの守護獣を何とかして奪えないか、それで結界を張れないかと向かいましたが……」

 「オイ」

 半眼で突っ込む

 

 「何度かスルーしてきたが、いい加減言わせろ

 それは、俺達の世界の守護獣解き放って操り大虐殺するって意味じゃないのか?」

 「……そう、なります」

 「最後の手段に近いんだけど、ね……」

 バツの悪そうな二人

 「よし風山、一発殴らせろ

 

 安心しろ。痛みは無い。感じるような時間は与えないから、大人しく消し飛べ」

 「いや、殺しは駄目だろ」

 レンに手を握られて止められる

 

 「気にするな、本気じゃない。ネズミさんジョークって奴だ

 どうせ、いざとなればフィトリアが止める」

 にしても、武器握ったこと無いとかじゃなかろうに、結構柔らかいなこいつの手

 いやどうでも良いや

 

 「でだ。恐らく失敗するその計画はまあ置いておくとしよう。フィトリアの存在を知らなければガチギレしてたと思うが、あいつが居るからきっと大丈夫だろうし」

 大丈夫だよなフィトリア?

 世界が違うのでノイズの酷いコール・フィトリアだが、まっかせてー!と聞こえた気がするので信じよう

 天木錬が行方不明、樹は多分原作通り霊亀を倒して一気に教化!なんて思わないだろうし、元康は牢屋だ。原作通りに三勇者が霊亀を解放する事は恐らく無い。錬?お前は全然見かけてなかったけど大丈夫だよな?お前原作ゲームでは弱かったからって解放しに行ったりしないよな?この世界はゲームじゃないぞ?

 

 「で、魔竜が必要になった……てのは、最後の切り札として、か」

 「最後の守護の獣。不滅の魔竜。暴れまわったがゆえに勇者によって滅っせられ、眠りについた伝説の巨竜」

 「……最近まで生きてたなら何とかなるか

 ちなみに、こっちのは復活不能だぞ」

 「おや」

 「太古の昔にバラバラにされてな。今は大きな欠片の一つを転生者の親玉が死蔵してて、残りの大きな欠片がこのタクトのドラゴンが食ってる。どう足掻いても現状守護獣としての正規降臨は不可能だ」

 ……有り得た世界では降臨して結界を張ったこともあるらしいけれども、あれ結果的に守護獣としての役目を果たしただけであって、守護獣として出てきた訳ではない。狂乱してタクトの居ない世界滅ぶべし!と滅ぼす気で向かってきた結果、世界の2/3を殺して条件達成し、それでも止まらず討伐された後、2/3が守護獣によって殺されたから結界が完成したぞと後付けで丸く収まっただけ。この世界でもそれは同じだ

 原作霊亀も、原作鳳凰も、人を殺しに行ったのは守護獣としての役目を果たすため。人々を殺し、その魂でもって神を遮断する結界を張るためだ。だからあいつらは、世界の2/3を殺した時点で止まる。その時点で生き残った者に対して何もしてこないし、その後でならば何なら自分を殺して素材を得ようとする者達に大人しく体をむしられるだろう

 だが、応竜……竜帝は違う。止めを刺さない限り、世界が滅びるまできっと止まることはないだろう。本来解けないはずの応竜の封印を強引に解くとは、それだけの止まらない激情が必要なのだ

 

 「バラバラに……」

 「何でも、フィロリアルっていう馬車を引く鳥の女王が、応竜としての存在を保てない程に引き裂いたらしい」

 「そ、そうなんだ……」

 あ、絆が引いていらっしゃる

 「そちらの守護獣にはそんな存在が」

 「いや、勇者」

 「勇者が守護獣を……いや、止めようか」

 遠い目をして言う絆。グラスの奴も頷いている

 

 「……良く分からないが、その勇者の味方であるはずの守護獣?を殺してしまったのか?」

 と、ぽつりと聞くレン

 おい、空気を読んでくれ

 

 「魔竜はそのうち復活するし、散々好き勝手してて被害も大きいし、他の守護の獣が居るからって事でまだ良かったんだけど……」

 「ええ。二体は転生者によって葬られましたが……」

 「まさかあれが、守護の獣の一体だったなんてね……」

 ああ、ついうっかり

 

 原作尚文達も失伝からか守護の獣を霊亀、鳳凰とぶっ倒してるからな……。まあ、あいつらが本来世界を守る側だという伝承を削り取って人を殺す脅威の部分の話だけ後世に残した悪魔と転生者が一枚上手だと誉めるしかない

 

 「いやでも仕方ないよね!靴の勇者も居たんだし!」

 「此方の伝承が消失してたのが悪いとはいえ、まさかあの忌まわしき大妖怪が守護の獣だったとは」

 「妖怪かぁ……」

 此方の守護の獣って方角の守護獣って感じで日本でも語られる奴らに近い姿だからまだ分かりやすいが、化け狐とかなら敵かと思うわなそりゃ……。人化して狐耳美少女になるならば味方認定ワンチャンあるかってところか

 ま、神たるラフタリアに言われたことによると神獣ってのも滅んだ世界の守護獣だったらしいし、白蛇姿の守護獣やら鯨姿の守護獣が居るなら妖怪姿も居るわなそりゃ

 

 「で?その靴の勇者ってのは?」

 「皆を、逃がすために転生者達に向かっていって……」

 妙に申し訳なさそうに頭を下げて言ってくる狩猟具の勇者

 いや、別に俺に謝られても……

 

 「レイジの喪失は痛手ですが、キズナが謝る必要は何も」

 ……レイジ?零路?

 「風山?靴の勇者って天笠零路って名前か?」

 こくり、と頷かれる

 

 「……御免。聖武器の勇者が死んじゃいけない。元の世界では死んでるようなものな俺が引き受けるって、一人で……」

 「……あいつ、らしいよ」

 お前なんだな、零路。クソ親父達に俺が自殺しても可笑しくないようにというお膳立ての為だけに足を轢かれた、俺の親友

 何だよ、二度と走れない怪我して、折角勇者に選ばれた事で多分また走れるようになってさ

 

 それなのに、見ず知らずの世界の皆の為に命を懸けられるなんて……俺よりよっぽどイケメンでモテたお前らしいよ

 ああ。分かってるよ零路。最初から分かってるんだ。補強されただけ

 

 (御門讃)だって、お前の友達なんだから

 

 「で、守護の獣が他全滅しちゃったから、慌てて魔竜をとっとと蘇らせないと!って話に」

 「うん。タマモって、あの妖怪の守護獣を管理してた一族の末裔の女の子に言われて」

 「騙りを疑わなかったのか」

 「昔あの獣が封印されていた場所です。ここなら転生者も手が出せません。波にも向かえませんけど、これしか手は無いんです!って言われたら……ね」

 「ですね」

 頷くなよグラス

 

 「で、魔竜の為にドラゴンを一から育てだした……」

 不意に、脳裏に響く警鐘

 音ではない。光でもない

 ただ、直感だ。来る、という。それは、雷の如く……

 

 「レン!避けろ!」

 言いつつ、自身は空へ

 

 何事かと思いながらも、咄嗟に皆が散る

 その囲みの中、花畑のド真ん中に隕石が落ちる

 

 ケツアルカトルに吹き飛ばされてきた俺達を遥かに越える威力で、花だけでなく辺りの土すらも大きく巻き上げてカーテンとして、巨大な何かが撃ち込まれた

 

 「……やーっと見つけたぜぇ、きーずなくぅーん?」

 軽薄そうな笑みを顔に張り付けた一人の少年

 身なりは異様に良い。流れる水のようにはためくマントに目が行くが、それ以外も白を基調とし、金の刺繍が目に眩しい高級品。そしてそれに相応しい深く整った顔立ち

 だが、似合わない意地悪い薄ら笑いが全てを台無しにし、服が浮いているようにも思わせる

 その手には、巨大な鎌。足先の靴は、竜の甲殻か何かで出来ているのか貴族らしい服とは裏腹の、魔物鎧の冒険者っぽいもの

 

 だが、そんな全てがどうでも良い

 この声音だ。忘れるはずもない

 忘れたくとも、忘れられない

 「狙ったものを射抜く力。それは、障害すら越える

 世界すら、越えるか」

 「ったく、使いきってから30日、長かったぜぇ、よーやく会えたんだ。玩具になって死んでってくれよぉ、きーずなくん

 お前の顔立ちなら、ワンチャン男色行けるかもって言っておいたが、尻はしっかり洗って待ってたよなぁ?」

 くつくつと嗤う、その少年

 今の俺より年上で。でも外見は年下なその男……セオ・カイザーフィールドは、ただ、其処に立っていた



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セオ・カイザーフィールド

「……セオ・カイザーフィールド!」

 「そんな、此処にまで来るなんて!」

 因縁のあるらしき此方の勇者二人が戦闘体勢を取る。武器を構え、目線を一直線に鎌へ

 それを尻目に、レンは少しだけ離れ、やはり剣を構える。因みにタクトの奴はやる気無さげだな。立ち上がり、けれども奪った鞭を構えない。少し焦点のズレた眼で此方を見ていて

 

 奴の持つ鎌は……やはり、勇者武器だ。鎌持ち転生者って所だろうか

 だが、何だこの違和感。奴の持ってる鎌以外にも、威圧感を感じるような……

 「とりあえず、先手必勝ってな!」 

 まあ分からんが、とりあえず鎌を持たせ続ける訳にはいかない!

 開幕俺の方ではなく絆へ向いていたのでそのまま転生者パワーを起動。所有権を……

 何だ?

 

 可笑しい。奴が鎌を転生者の力で縛り付けて使っているのは分かる。だが、奴の持つ武器はそれ一つであるはずなのに、他の力の気配がする。何だ、何なんだこいつは……

 

 「っ!はぁっ!」

 瞬時、奴の姿がかき消える。そのまま、伸ばした力は虚空へ消え

 っ!

 「ぐっ!」

 間一髪、女神乃剣を引き抜いて横凪に背後から迫る蹴りを受け止める

 

 硬い!異様な硬度。カウンター気味に振った剣で切り裂くのは無理があると思える

 だが!女神乃剣は対転生者の力!神の与えたチートを勇者が鍛え直した力が、そう簡単に……負けるか、

 

 「っ!かはっ!」

 足を振り抜かれ、為す術もなく地面に叩き付けられる

 ……可笑しい。やはり、変だ

 女神乃剣が光を点滅させている。光が消えた瞬間、抑えきれなくなって吹き飛ばされたのだ。そしてまた光を灯し、消える事を繰り返す。柄にある翼の意匠が、開いては閉じる

 だが、何故だ?眼前に居るのは転生者、御門星追のはず。本領を発揮する覚醒が発動しては消える点滅など、本来するはずがない。覚醒しっぱなしでなければ可笑しいのだ

 それに、何だあの蹴りは……

 

 まるで

 「スターダスト・キック!」

 そう。奴が今放ってきたスキルと同じく、靴の……

 「ネズミ!」

 「っ!はぁっ!」

 危ねぇ!これ俺狙いか!

 すんでの所で、オーバーヘッドキックから放たれた流れ星のようなボールを避ける

 

 「っ!風山!どうなってる」 

 抉れた地面は見ないようにして、明らかにスキルの爪痕を蹴り、距離を図る

 「どう、って?」 

 「奴はどう見ても……複数の勇者武器を同時に使っている!」

 「なーんででしょう?

 ま、バカには理解できないんで、大人しく死んどけや。無駄骨ごくろーさん」

 軽薄そうな笑みは変わらず、手にした鎌を、足に履いた靴を振るい、スキルが飛ぶ

 

 「『閃光十字斬』、ついでに『真空波動脚Δ(デルタ)』」

 ……何を、見ている!

 奴は……瑠奈の、妹の、あいつの……仇だろうが!

 「っ!らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 視界の端、車輪が回る。最早見えないほどに、スパークを迸らせて回転する

 復讐の雷霆。それでも本来の姿とまではいかずとも。初めて覚醒した時の相手を前にして、制限かかったとフィトリアが言っていたはずの力が溢れ出す

 「……はぁぁっ!」

 気合一喝。飛んでくるスキルを……

 消せねぇ!消えたのは十字の方だけか!

 「力の根源以下省略!」

 「『ファスト・ブリッツクリーク』!」

 空間を飛び越える魔法で、空気を裂く足からの斬撃を、飛び越える!

 

 「っ!」

 すんでの所で女神乃剣を構えてガード

 弾かれた剣が吹き飛ぶものの、何とか切り裂かれるのを防ぐ

 危ねぇ、あの真空の刃、空間を歪めて斬ってくるタイプか。すり抜けるのはちょっと無理がある

 

 「……」

 キッ!と睨み付けられる感覚

 彼が。軽薄な金の少年が、俺の方を睨み

 「……てめぇ。そこの溝鼠が」

 「久し振りだな。相変わらず、てめぇは何も変わってないようだ」

 手元に刀を呼び戻しつつ、そう嘯く

 「逢いたかった、逢いたかったぜぇ、讃

 おとーさんを殺した、親不孝者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 鎌を構え、大上段

 その敵の動きに合わせ、刀の所有権を得て、同じく大上段に構える。同時、纏う雷を足へと溜め始め……

 「死んで償え、『ソウル・スラッシュ』!」

 「『剛断兜割』!」

 互いに放つのは、大上段から振り下ろすスキル。かち合う軌道。本来鎌と刀ならば、柄の先にしか刃がない鎌が今の射程では若干不利だが、勇者武器同士にそんな相性は無意味

 だが、俺には……てめぇを殺す、この(怒り)がある!

 翔び迸れ、雷轟!

 

 力に任せて、打ち合う軌道を避け、振り下ろしながらも敵の右側面に回りこ……

 「『フラッシュステップΒ(ベータ)』」

 だが、雷鳴の速度で回り込んだ瞬間、奴の姿はブレ、一瞬後にはついさっきまで立っていた場所から少し後ろ、90°傾いて空中に立っており、その鎌の軌道は俺を横凪ぎに捉えるもので……

 「っ!『瞬迅・風歩』!」

 咄嗟の判断

 刀スキルでもって、一気に前に踏み込むとこで鎌が通る前に攻撃範囲を駆け抜ける

 その背後を、空間を切り裂いてスキルが通り抜け……

 

 「っらぁ!『我、瑠奈の兄が天に請い、地に祈り、理を切除し、世界を解き放とう。龍脈の力よ。猛る激情の雷と共に形を成せ

 力の根源たる御門讃が命ずる!ウチ抜け、雷轟!』」

 「リベレイション・イグニション・フルバスターⅡ!」

 刀を手放し、即座に呪文を詠唱。そのまま腰に下げてある短銃を引き抜ききつつ背後を向き、魔法をぶっ放す!

 「吹き飛べぇぇぇっ!」

 短銃から放たれるは雷撃の帯。俺自身すら超える太さのエネルギー波。それは過たず奴を貫く……

 はずはない!奴の姿は、俺の背後へ出る

 

 だけどな、そんなもの承知の上だ!お前は人で、俺はネズミで。その差が、此処にある!

 「甘ちゃんがぁっ!」

 「そっちがな!『天封・鳳凰斬』!」

 俺の背後へ出現した彼へ向けて、尻尾で絡めとることで再び所有した刀スキルを振るう

 残念無念また来世、ネズミさんにとって、背後は来ると分かってれば三本目の手こと尻尾の範囲内!何も怖くはない!

 燃え盛る炎の刃が

 「だから甘いんだよさぁぁぁぁん!」 

 その首を断つ。だというのに、それを意にも介せず、奴は鎌を振るう

 首を貫かれ、切り離され。その筈の傷は何処にもなく

 

 「『落とし穴』!」

 足元が、抜けた

 風山絆のスキルだろう。突然消えた地面に為す術ないかのように落ちる体が、ギリギリで鎌の軌道を逸れて

 「サンキュー風山!『昇竜閃』!」

 空へと切り上げるスキルでもって、穴を抜けつつ更に追撃をかます

 

 可笑しい

 刀は確かに奴を斬った。斬っているのに、斬った感覚が変だ。肋骨を切り落としながら、肉を断っている筈なのに、何を斬っているのか分からない感覚

 「……っ!」

 雷が膨れ上がる

 なぜかは分からないが、何か俺の中で、致命的な何かがキレた気がして

 「ったく、ひでー奴だなドラ息子ォ!」

 羽織ったマントから赤い飛沫を上げ、金髪の男は嗤う

 けたけたと、避けることもせず

 本当は受けてやっても良いんだぜ?とばかりに

 

 だが、何故だろうか。マントには誰も攻撃などしていなくて

 「……何故、そう嗤える」

 思わず俺は、そう呟いていた

 グラスも居るので実質1vs2。自分を殺した相手()が此処に居て。いくら自信家でも、そこまで嗤えないだろう

 そういえば、レンは切り込むタイミングが無いようだが、グラスが動いていないのが気になる

 

 「全くさぁ、お前ってば本当に酷い奴だよなぁ、讃

 友達をこんなにしてさぁ!」

 これみよがしに、大きく傷ついたマントを振る男

 「知るか!問答、無用!『無明・七天虹閃』!」

 更に一撃、叩き込む!

 

 だが、その一撃は……

 「いけません!『スターダスト・ファン』!」

 「ひどいよ、おにーさん『衣包み』」

 謎の布と扇、二つによって止められていた

 

 「グラス、てめ……」

 文句を言いかけて、止まる

 眼前に、何時しか一人の少女が居たから

 

 ぱっちりと大きい、満月のような印象も受ける金眼。対照的に、淡く青く色付いた月光を思わせるような柔らかく流れる銀の髪

 全体的に全てが細く、纏っているのがともすれば透けそうな薄いレースを編んだような布だけである事も相まって、この世のものではない天女のような、触れてしまえば消えてしまう妖精のような、この世のものとは思えぬ印象を受ける

 顔立ちは可愛らしい。どこか、リファナに似ている

 

 そんな、13~4くらいであろう女の子が、花畑に不意に現れていた

 奴が、タマモか

 いや、その割には狐耳がない

 では、誰だ

 

 困惑する俺の前で、少女は毒気無くふわりと笑い、手に持った糸と針を振って

 「やっとまた会えたね、おにーさん」

 と、告げたのであった



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サンとルナ

「ルナ、ルナ・カイザーフィールド!」

 グラスが吠える

 

 そのまま、扇を手の前で重ね

 「良いの?扇のお姉さん?」

 そして、静かに腕を下ろした

 

 「……君は」

 「君なんてよそよそしく無くて良いよ?

 ルナはルナ」

 「ル、ナ」

 妹と同じ名前だ

 妹と、同じ髪の色だ。そして、俺へ向けた悪意の欠片もない顔も

 

 だが

 「……カイザーフィールド」

 ならば、その手にあるものは、何だ

 ルナだというならば、有り得ない。あいつは、転生者として好き勝手やるような性格をしていない。それに、だ

 あんな輝く糸と針……どこからどう見ても勇者武器の一種なんて、その手に持っている筈はない

 

 なのに

 「だめだよ、おにーさん

 おにーさんの大事な人を、そんなに傷付けたら」

 敵意はなく。悪意もなく

 ただ、昔のように少女は笑う。その手の武器を、裁縫具を弄びながら

 

 「そいつ、は」

 「だめだよ、お兄様も

 おにーさんの大事なものなんだから、こんなに粗末にしたら」

 「ったく、勝手だろルナ」

 「っていうか、おにーさんにあげちゃった方が良いんじゃないかな?」

 気軽に裁縫具でマントを繕いながら、少女は事も無げに言う

 

 「敵に塩贈ってどうすんだルナ」

 「え?おにーさんはおにーさんだよ?」

 「敵だろうが、どう見ても!」

 「お兄様、おにーさんは、敵じゃないよ?」

 ……攻撃するべきだったのだろう

 隙だらけで

 

 それでも、グラスは動かず。だから仕方ないと言い訳して。俺もそのまま其処に突っ立っていた。攻撃すること無く

 「……瑠奈」

 「うん、おにーさん」

 やはり、昔の調子で

 敵意無く、白い少女は言葉を返してくる

 「そのマントは、何なんだ」

 「おにーさん、ジンバオリだよ」

 「陣羽織?」

 「……ううん。人と書いて人羽織(じんばおり)

 そう、絆がフォローする

 

 「うん、裁縫具の力なんだけど、すごいんだよ」

 ニコニコと、昔書いた絵を見せてきたときの顔で、少女は語る

 「着てるだけで、服に応じてすっごい強くなれるんだ

 それにね、ルナへの傷とか、全部代わりに受けてくれるんだ」

 「へ、へえー、便利だな」

 話を聞くために合わせる

 「便利なんてものではありません。服にされた本人の全てを、勝手に使えます」

 「魔法も、積み上げてきた技術も、特殊な能力も、全部」

 そんな勇者二人の言葉に、ルナってすごいよねーと、少女は無邪気に返す

 やはり、良く似ていて。けれどもルナと呼ばれたこいつは、瑠奈じゃない

 だってそうだろう?聞かなくても分かる。人と書いて人羽織。そして、それを治す裁縫具と、何故か複数の勇者武器を持つクソ親父

 そして、今までの言動。それだけで、正体は大体分かる

 

 「便利だな」

 「うん。だからお兄様、おにーさんに渡してあげよう?」

 「ったく、こいつが無いと靴使えないの分かってるのかよ」

 「ルナ、おにーさんになら靴を渡して良いよ?」

 「俺は駄目だって言ってる訳」

 

 そんな会話の中、構えるも攻撃しない勇者に言葉を振る

 「グラス、お前が攻撃しないのは……」

 「はい。人羽織のせいです」

 こくり、と頷く黒髪勇者

 

 「なあルナ、聞かせてくれ」

 それでも、俺は問う

 「そんな凄い人羽織、どうやって作るんだ?」

 「ルナがね、裁縫具で人を服に編むと出来るんだ」

 ……その返答は、予想したものそのもので

 「人を殺してか」

 「死んでないよ?死んじゃったら、服が無くなっちゃう」

 誉めて誉めてとばかりに、俺に近付いて

 ルナは瑠奈のように、屈託の無い笑顔でそう返す

 

 「つまり、そのマントは」

 「そう!こっちの世界にまで呼ばれて、靴の勇者だとか言ってこの俺に歯向かった讃の友人のクソ野郎、天笠零路って、訳だ!」

 「ルナ!お前は」

 「顔が怖いよ、おにーさん?」

 

 お前は、本当に

 目の前で、吼える俺の前で。ただ、瑠奈のように首を傾げる少女

 ああ、こいつはルナだ。瑠奈じゃない

 あいつは……。零路を知っているあいつは。正直母の事故、いや眼前のクソ親父による計画殺人が無ければ何時か付き合って、いつか結婚してたかもしれないくらいには親しかったあいつは

 自分が生きたまま零路を服に編んだなんて事を、悪意無い笑顔で言えるような図太い奴じゃない!

 

 「……戻せるんだよな、ルナ?」

 「え?ルナ、服は編めても服から人なんて編めないよ?どうしたのおにーさん?」

 返ってくる言葉は不可逆

 つまりそれは、服にされた人間は、二度と戻らないということであって

 

 「お前は人一人殺して、その全部を自分の都合良く使ったんだ」

 「おにーさん?ルナとおにーさんが安全に生きていく為には、それくらい必要だよ?」

 「ルナァッ!」

 

 刀を振るおうとする

 人羽織について、話は分かった。生きたまま服にされ、その肉体の全てを力に、そして盾にされた肉の服

 だが、死ねば終わりだ。不可逆的に服にされた彼等彼女等を殺し、その上でルナを斬れば殺せる。相手の残機が1増えてるだけのようなもの。二回殺せばそれで殺せる

 そして、眼前の少女は構えることすらしていない。俺から攻撃されるなんて、夢にも思っていないんだ

 だから、殺せる。故に、殺す

 

 そう、思ったのに

 

 「冷たいよ、おにーさん」

 首筋に刀を突き付けられて、それでもルナは微笑(わら)

 ……出来ない

 ルナは瑠奈じゃない。性格が違いすぎる

 そんなこと、分かっていて。それでも、刀を振れない。首に当ててすらなにもしてこない眼前の転生者ならば、軽く振るだけで首を落とせるのに、それが出来ない

 だって俺は、ネズミさんであり、それ以前に瑠奈の兄(みかどさん)なのだから

 

 奥歯を噛んで、苦々しく笑う

 「……だから、こいつは」

 「おにーさん」

 ゆっくりと、白い少女が語る

 「ひとつ、人世の生き血を啜り」

 その言葉は、時代劇のもの

 何か、妙に瑠奈が気に入っていた、侍の名乗り

 「二つ、不埒な悪行三昧」

 だから、つい言葉が口をついて出る

 「みっつ、醜い浮世のみんな」

 だが、少女の返しはどこかズレていて

 「退治てくれるよね、おにーさん?」

 その笑顔は、どこまでも眩しくて

 「だっておにーさんは、どんなときもルナの太陽だから」

 その言葉は、確かに俺と瑠奈しか知らないだろう言葉だった




スキル解説
人羽織
対応勇者武器:裁縫具 種別:通常スキル 対象:至近/一人 効果時間:永続
人をほどき、服へと変えるスキル。このスキルを受けた者は、生きたまま服へと変えられる
また、その服を着た者に、服にされた者の全能力を加え、服を着た者へのダメージを全て服が肩代わりする
服にされても相手は生きており、服の耐久性能はその人間の元々のレベルや耐久により変動する。魂が囚われている為、勇者を服に変えた場合などは、勇者武器はまだ当人が生きていると判定する為離れず、結果的に服側で正規判定を受け、元々の勇者が使えた範囲内で好きに武器を扱える。但し、あくまでも服が使っているだけなので、強化不可。意識はあれども、二度と服にされた人間は元に戻らず、結果的に成長することもない。よって、服の能力が強化されることはない

本来は勇者を守るために肉の盾とでもなろうと言う者の献身の為のスキルなのだが、実は同意がなくても使えてしまう。単純に、正規勇者がそんなスキル多用する訳もないので今までは悪用されなかったが…


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完全なおまけ ネズ公等をDMのクリーチャーにしてみた

何故か思い付いて書いてしまったから置いておくだけの完全なおまけです
読む必要も読む意味もありませんが、設定パワー等から大体の力関係は分かるかもしれません
随時更新


《終世の覚醒者 ヘリオス・ザ・ファイナル》 VIC(ビクトリー・カード) 火/自然/水文明 (66)

進化サイキック・クリーチャー:ボルテクス・コマンド/クリエイター/ルロロナ村 22500

超無限進化:自分のコマンド、ドラゴン、ルロロナ村、勇者、超次元ゾーンからバトルゾーンに出ているカードのコストが合計で66以上になるように重ねた上に置く

革命0トリガー:相手クリーチャーの攻撃時、自分のシールドが1枚も無ければ、デッキの一番上のカードを表向きにして表向きのまま手札に加えても良い。そうした場合、表向きにした手札を含むように手札、バトルゾーン、墓地のクリーチャーをコストの合計が66以上になるように選び、このクリーチャーに超無限進化する。この効果で超無限進化出来なかった時、あなたはデュエルに敗北する

スピードアタッカー(このクリーチャーはバトルゾーンに出たターンにも攻撃できる)

ナッシング・ブレイカー(このクリーチャーはシールドをブレイクしない)

このクリーチャーが革命0トリガー以外によってバトルゾーンに出た時、このクリーチャーを超次元ゾーンに戻す

覚醒:相手バトルゾーンにクリエイターが存在する時、あるいは相手が自身を攻撃する時、あるいはこのクリーチャーの攻撃時、このクリーチャーの進化元を全て手札に戻しても良い。そうした場合、このクリーチャーをコストの大きい方に裏返しアンタップする

 

《終世の覚醒者 ヘリオス・ザ・ファイナル》⇒《咎哭覚醒 ラスト・ボルテックス ∞Z》

 

咎哭(きゅうきょく)覚醒 ラスト・ボルテックス ∞Z(クライマックス ゼウス)》 VIC 火/光/自然/水/闇文明 (∞)

サイキック・クリーチャー:ボルテクス・コマンド・ドラゴン/クリエイター/革命軍 ∞

このクリーチャーが覚醒した時、相手バトルゾーンのカードのバトルゾーンを離れない効果を次の自分のターンの終わりまで無視し、相手バトルゾーン、マナゾーンのカードを全てタップする。その後、相手クリーチャーを1体選び、このクリーチャーとバトルさせても良い

このクリーチャーはクリエイターとのバトルに勝つ

スピードアタッカー

(インフィニティ)ブレイカー(このクリーチャーは好きな枚数シールドをブレイクする)

M・∞(マスター・オーバードライブ・ゼロ)Q(クアトロ)ブレイカー(このクリーチャーの攻撃時、相手バトルゾーンのカードを4枚まで相手のシールドであるかのように扱い、ブレイクしても良い)

<本気MAX(クライマックス)マジボンバー>∞(このクリーチャーの攻撃時、お互いのシールド枚数の合計枚数以下になるようにデッキの上からカードを公開しても良い。公開したカードか手札か超次元ゾーンからコスト∞以下のクリーチャーを合計で8体まで選び、バトルゾーンに出す)

このクリーチャーがバトルゾーンに存在する限り、革命軍は封印されず、革命と名の付く能力を使用する際の制限は全て無くなり、革命チェンジした時~とある能力をバトルゾーンに出した時に使っても良い

相手バトルゾーンにクリーチャーが5体以上存在する場合、このクリーチャーはバトルゾーンを離れる代わりに相手クリーチャーを1体選び破壊する

自身の《咎哭覚醒 ラスト・ボルテックス ∞Z》と名の付くクリーチャーがバトルゾーンを離れた時、自身はマッチに敗北する

 

 

 

《時空の禁断 メガヴィッチ》 禁断レジェンドカード 火/光/闇文明 (3)

禁断サイキック・クリーチャー:クリエイター 99999

スピードアタッカー

ワールド・ブレイカー

自身のバトルゾーンに存在するこのクリーチャー以外のクリーチャーは全てブロッカーとセイバー:クリエイターを得る

このクリーチャーがバトルゾーンに存在する限り、相手はシールドをブレイクされた時、シールド・トリガーの付いているカードを全て手札に加える代わりに墓地に送る

覚醒:自分のターンの始めに相手のバトルゾーン、手札のカードを4枚選んで破壊しても良い。そうした場合、このカードをコストの大きい方に裏返す

 

《時空の禁断 メガヴィッチ》⇒《女神の覚醒者 メディア・ピデス・マーキナー》

 

《女神の覚醒者 メディア・ピデス・マーキナー》 禁断レジェンドカード ゼロ文明 (∞)

禁断サイキック・クリーチャー:クリエイター ∞

禁断覚醒:このクリーチャーが覚醒した時、このクリーチャーに封印を4つ付ける。この封印は1ターンに一度、自身が転生者を召喚するか相手墓地に勇者クリーチャーが置かれた時に外すことが出来る

このクリーチャーの封印が全て無くなった時、GR召喚を12回行う。その後、相手の超GRの所有権を得て、GR召喚を12回行う。超GRの所有権が移ることによって発生するコストは全て相手が支払う

このクリーチャーがバトルゾーンに存在する限り、自分のカードの効果は無視されず、自分の他のクリーチャーは全てスピードアタッカーとブロッカーとパワード・ブレイカーとセイバー:クリエイターを得る

このクリーチャーがバトルゾーンに存在する限り、相手のシールドはブレイクされた時相手の手札に加わる代わりにあなたの手札に加わる(あなたはそのカードの所有権を得、そのシールド・トリガーを使っても良い。そのカードの所有権が移る事によって発生するコストは全て相手が支払う)

ワールド・ブレイカー

あなたのカードはバトルゾーン、マナゾーン、シールドゾーンを離れず、相手は所有権を得られない

相手が勇者呪文以外の呪文をを唱えるコストは+∞され、勇者クリーチャー以外のクリーチャーを召喚するコストは+∞される

あなたがゲームに負ける時、ガチンコ・ジャッジ(お互いに山札の一番上のカードを公開し、そのカードのコストを比較する)を行っても良い。あなたが勝った場合、あなたはゲームに負ける代わりに相手のバトルゾーンのカードを全て手札に戻し、山札、手札、マナゾーン、墓地のカード全ての所有権を得てゲームに勝つ。カードの所有権が移ることによって発生するコストは全て相手が支払う。ガチンコ・ジャッジに負けた時、このターンあなたはゲームに負けず、このクリーチャーに封印を1つ付ける

解除(このクリーチャーがバトルゾーンを離れる時、代わりにコストの小さい方に裏返す)

 

 

 

《時空の盾 岩谷尚文》 禁断レジェンドカード 自然文明 (6)

禁断クリーチャー:勇者 20000

このクリーチャーはデュエル開始時、自身の超次元ゾーンに《慈悲の盾》と《世界と尚文の剣 ラフタリア》が存在していることを相手に見せ、バトルゾーンに置く。相手はゲーム開始時1ドローし、手札を1枚マナゾーンかシールドゾーンに置いても良い

ブロッカー(相手のクリーチャーの攻撃時、このクリーチャーをタップしてその攻撃先をこのクリーチャーに変更しても良い)

このクリーチャーは相手の攻撃時、可能であればブロックする

☆このクリーチャーは攻撃できず、このクリーチャーとのバトルに負けたクリーチャーは破壊されない

ターン開始時にこのクリーチャーがバトルゾーン以外の場所にある場合、(6)を支払っても良い。そうした場合、このクリーチャーをバトルゾーンに置く

革命1ー自身のシールドが1枚以下である場合、このクリーチャーの☆の能力を無視する

 

《世界と尚文の剣 ラフタリア》 MAS 光/闇文明 (10)

サイキック・クリーチャー:ルロロナ村/勇者 8000

スピードアタッカー

W・ブレイカー(このクリーチャーはシールドを2枚ブレイクする)

自分のバトルゾーンに《世界の盾 岩谷尚文》が存在する場合、このクリーチャーは攻撃もブロックもされない

革命0ー自分のシールドが1枚も無い場合、このクリーチャーは☆の能力を得る

V覚醒(ビクトリーサイキック)リンクー自分のバトルゾーンに《世界の盾 岩谷尚文》と《盾の精霊 アトラ》がある時、そのクリーチャーとこのクリーチャーを裏返しリンクさせる

 

《慈悲の盾》 VIC 自然文明 (3)

ドラグハート・ウェポン

このドラグハートが岩谷尚文以外に装備されている場合、このドラグハートを超次元ゾーンに戻す

龍解ー自身のバトルゾーンに岩谷尚文と名の付くカードがある時、このドラグハートをフォートレス側に裏返す

 

《盾の精霊 アトラ》 VIC 自然文明 (6)

ドラグハート・フォートレス:勇者

自身の勇者カード全てはパワー20000以下のクリーチャーとのバトルでは破壊されず、相手呪文で選ばれない

このフォートレスがバトルゾーンに存在する限り、尚文と名の付くクリーチャーはバトルに勝ったときアンタップする

 

《時空の盾 岩谷尚文》/《慈悲の盾》⇒《盾の精霊 アトラ》/《世界と尚文の剣 ラフタリア》⇒《矛盾双神 尚文&ラフタリア》

 

矛盾双神(ツインパクト) 尚文(ナオフミ)&ラフタリア》 禁断レジェンドカード 光/自然/闇文明 (81)

ドラグハート・サイキック・スーパー・クリーチャー:ゴッド/革命軍/ロックバレー 999999

ブロッカー

ワールド・ブレイカー(このクリーチャーは相手シールドを全てブレイクする)

このクリーチャーがバトルゾーンに存在する限り、自分のクリーチャーは破壊されず、コスト20以下のカードの効果で選ばれず、パワーを999999として扱う

このクリーチャーは全てのバトルに勝つ

相手は攻撃する時、このクリーチャーを攻撃しなければならない

革命0ー自分のシールドが0枚であれば、このクリーチャーがバトルゾーンに存在する限り、相手が相手カードの効果でデュエルに勝つ時、代わりに敗北する

各ターンの初めに、自分のデッキの一番上のカードを公開しても良い。それが進化ではない勇者、ルロロナ村、ロックバレークリーチャーであればバトルゾーンに出す。それ以外であれば手札に加える

リンク解除

 

 

 

 

《零酷のG・R・(グラン)ギニョルZ(ゼウス)》 WVC(ダブルビクトリー・カード) ゼロ文明 マナコスト無し

零龍(ゼーロン)の儀

ゲーム開始時、シールド展開後異なる4種類の零龍呪文を相手に見せてデッキに加えてシャッフルし、このカードをバトルゾーンに置く。相手はゲーム開始時1ドローし、その後手札を1枚マナゾーンかシールドゾーンに置いても良い

零龍カードはバトルゾーンを離れない

神話零結:バトルゾーンに4種類目の異なる零龍呪文が置かれたとき、このカードをクリーチャー側に裏返しクリーチャー面が同じ名称である異なる4種類のツインパクト零龍呪文とリンクして1体のクリーチャーとする

 

《『オレは恋の旅人、貴様を倒す者だ』/神話零結 ガイアール・ゼウス・ドラゴン》 WVC 火/光文明 (8/∞)【ツインパクトカード】

零龍呪文:勇者

G(グラビティ)ゼロー自分の墓地に8枚以上カードが存在する場合、コストを支払わずこの呪文を唱えても良い

デュアル・チャンスー勇者(自分の勇者クリーチャーが攻撃するときあるいは攻撃されるとき、この呪文を唱えても良い)

自分のクリーチャーを1体選び、相手のクリーチャーを一体選ぶ。選んだクリーチャー同士をバトルさせる。このターンの終わりまで選んだ自分のクリーチャーのパワーは+54110され、「相手は攻撃する時可能ならばこのクリーチャーを攻撃する」と<マジボンバー>8(このクリーチャーが攻撃する時、山札の一番上のカードを公開しても良い。その後、山札の一番上か手札からコスト8以下のクリーチャーを1体まで選びバトルゾーンに出しても良い)を得る

 

《『♪最強の降臨』/神話零結 ガイアール・ゼウス・ドラゴン》 WVC 光/自然文明 (8/∞)【ツインパクトカード】

零龍呪文:勇者

あなたはこの呪文のコストを(4)であるとして唱えても良い

以下の効果から2回まで選ぶ。あなたがこの呪文を唱える時に支払ったコストが4以下である場合、かわりに1回まで選ぶ

・手札のクリーチャーを1体相手に見せ、そのパワー未満のクリーチャーを全て破壊する

・あなたは自分の手札からコストが合計で6以下になるようにクリーチャーを2体まで召喚する

・GR召喚を2回行う。バトルゾーンに存在するGRクリーチャーの効果はターン終了時まで無視される

あなたは手札を全て捨て、1枚ドローする

 

《神話零結 ガイアール・ゼウス・ドラゴン/『精霊ども、仇は取ってやる!』》 WVC 火/自然文明  (∞/∞)【ツインパクトカード】

零龍呪文:勇者/革命軍

<ムゲンクライム>5(この呪文を自身のバトルゾーンのクリーチャー5体をタップし、火/自然(5)を支払って手札か墓地から唱えても良い)

森羅(ファイナル)極限(ファイナル)革命0トリガー(相手クリーチャーが攻撃する時、あなたがこのデュエル中に革命を使っておらず、あなたのシールドが0枚ならば、手札、マナゾーンからコストを支払わずにこの呪文を唱えても良い)

あなたの墓地に存在するカードの枚数までデッキからカードを表向きにする。表向きにしたカードの中から、墓地に存在するカードの枚数よりコストの低いクリーチャーを1体コストを支払った事にして召喚するか、墓地に存在するカードの枚数よりもコストの低い呪文を1つコストを支払った事にして唱え、残りを好きな順番で山札の下に置く。この効果で山札の下に送ったカードの枚数以下のコストを持つ相手のクリーチャーの攻撃は無効化され、次の自分のターン終了時まで攻撃もブロックも出来ない

 

《神話零結 ガイアール・ゼウス・ドラゴン/『見せてやるよ……こいつが(スーパー)ゼウス!』》 WVC 火/光/自然文明 (∞/15)【ツインパクトカード】

零龍呪文:勇者

この呪文を唱えるコストは自分のバトルゾーンの零龍呪文1枚につき3下がる。ただしコストは3以下にはならない。また、この呪文の<ムゲンクライム>を自分のバトルゾーンの零龍呪文1枚につきマイナス1してもよい

<ムゲンクライム>5

以下の効果から1つ選ぶ

・自分のバトルゾーンに存在するサイキック・クリーチャー1体を選び、コストの大きい方に裏返す。選んだクリーチャーがガイアール・サイキック・スーパー・クリーチャーであるならば、超次元ゾーンに存在するカードとリンクさせても良い。但しそのターン、選んだクリーチャーは相手を攻撃できない

・自分の超次元ゾーンからコスト21以下のサイキック・クリーチャーを1体選んでバトルゾーンに出す

 

《零酷のG・R・ギニョルZ》 / 《『オレは恋の旅人、貴様を倒す者だ』》 / 《『♪最強の降臨』》 / 《『精霊ども、仇は取ってやる!』》 / 《『見せてやるよ……こいつが超ゼウス!』》⇒《神話零結 ガイアール・ゼウス・ドラゴン》

 

神話零結(エクスマキナ) ガイアール・ゼウス・ドラゴン》 WVC 火/光/自然文明 (∞)

零龍クリーチャー:革命軍/ボルテクス・コマンド・ドラゴンZ/ゴッド ∞

このクリーチャーが神話零結した時、次の自分のターンの終わりまで、相手クリーチャー、オーラ、フィールド、呪文の効果を全て無視する

M・∞(マスター・オーバードライブ・ゼロ)(インフィニティ)ブレイカー(このクリーチャーの攻撃時、相手バトルゾーンのカードを∞枚まで相手のシールドであるかのように扱い、ブレイクしても良い)

(インフィニティ)ブレイカー

相手がクリエイターをバトルゾーンに出す、裏返す、封印を剥がすコストは全て<ムゲンクライム>∞になる

超∞(ムゲンダイ)革命ーこのクリーチャーがアタックする時、自分のシールドが0枚であり相手のシールドカードが15枚以上であるならば、このクリーチャーとリンクしている零龍呪文を好きな数選び、唱えても良い

このクリーチャーは相手のコスト20以下のカードの効果を受けずコスト20以下のクリーチャーから攻撃もブロックもされない

このクリーチャーがバトルゾーン以外のゾーンにあれば、ツインパクトの零龍呪文を全てデッキに戻してシャッフルし、あなたはマッチに負ける



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ルナのおにーさん

「……ルナ、俺は……」

 「うん、ルナはちゃんと分かってるよ、おにーさん」

 どこまでも、眼前の転生者(いもうと)は優しく笑って

 

 「馬鹿な事言ってないで帰るぞ、ルナ!」

 何時でも殺せた。何度だって殺す機会はあった。タクトよりも、何倍も容易くその命を奪うことが出来た

 魂さえも、斬り払う事だって

 

 それでも、やはりネズミさん(御門讃)最愛の妹(御門瑠奈)は殺せなくて

 刀を鞘に収め、踵を返してそう返す

 「うん、そうだよおにーさん」

 その声に、嬉しそうに儚い少女は頷いて

 「だから、もう馬鹿な事は止めよう?」

 「かはっ……」

 眼前で、事態を見守っていた少年が……風山絆が、血飛沫をあげた

 

 「……え」

 俺の手には、しっかりと勇者武器たる刀が握られていて。その刃は、主君たるべき狩猟具の勇者の血を湛え、赤く煌めいていて

 「だっておにーさんは、ルナの大事なおにーさんだから

 そんな危険な人達、早く片付けてね」

 表情も、口調も、何一つ変えず

 何時も通りのペースで、ルナは言う

 「いきなり、何……を」

 その声を聞いたと思った時、俺の手は刀を振るい、グラスの扇と競り合っていた

 

 「ルナぁっ!」

 「そんなに怒らないで、こわいよおにーさん

 ルナはただ、おにーさんに護って貰ってるだけ。昔みたいに」

 「っ!」

 地面を蹴って飛び下がり、グラスと距離を取る

 絆は気になるが、今それをどうこうしている余裕はない。寧ろ、恐らくだが……今の俺は、近づいちゃいけない 

  

 「ルナ、お前……」

 「うん。それがルナの力。神様から与えて貰った奇跡

 おにーさんが、ルナをまもってくれるの」

 事も無げに、いや、寧ろ嬉しそうに、少女は残酷な言葉を呟く

 

 「俺限定の、操作能力……」

 「俺じゃないよ、御門讚(おにーさん)限定

 あと、ルナおにーさんを操作なんてしてないよ。ルナは、おにーさんにまもってって言ってるだけ

 その醜い勇者さんを殺そうとしたのは、ルナを護ろうとしたおにーさんの意志」

 「ネズミ、アナタは!」

 自由意思と聞き、グラスが吠える

 

 そういうことか!

 ルナの転生者能力は、瑠奈を護りたかった俺の想いの増幅。父親を殺してでも、仇を討ちたかったあの日の想いの再現。瑠奈を傷付け、殺しうる奴等へ、我を忘れた怒りを呼び覚まして攻撃して貰う力

 「ったく、ふざけた力だ」

 「それが、そうでも無いんだよ、さぁぁぁん!」

 随分と空気に徹していた星追が迫る

 だが、流石にそんなもの、避けられない道理はな

 「何っ!?」

 突如、その軽薄な姿が加速した

 雷鳴を纏い、瞬時に俺の横へと現れて……

 「ファスト・ブリッツクリークⅦ!」

 「『セブンリーグ』!」

 魔法による瞬間転移

 だが、それに追い付ける足は奴の靴にもあって

 「くふっ!」

 脇腹に一発

 

 「その、力は……」

 俺と同じく髪が蒼白く輝き、元々跳ねたそれが逆立ちかけた血色の眼を前に、呟く

 「ルナの力は本来お前に作用するものじゃねぇのさゴミ息子

 御門讃に護って貰う力?そんなもの女神様の力にあるかよ。限定的に過ぎるし無意味だったはずだ。護ってくれる人を、御門讃(おにーさん)にする。それがこの力だ

 つまり……オレはあの時てめぇに殺されたおとーさんであり、あの時オレを殺したあの雷を纏うおにーさん」

 唇を吊り上げ、雷を纏い、男は告げる

 

 「だからそれは、お前じゃなくて御門讃のものだろう?」

 「ぐがっ!」

 抵抗など無意味。持っていた勇者の刀が弾かれ、奴へと飛んでいく

 

 「そう。これで良いんだ」

 飛んできた刀を左の手に握り、うんうんと奴は頷く

 「ルナぁっ!」

 「ダメだよおにーさん。混乱が治るまで危険だよ?」

 悪意無く、敵意無く。ただただ、少女はそれを良しとして

 

 「これでオレは、御門讃(刀の担い手)で、御門星追(鎌の転生者)で、天笠零路(靴の勇者)な訳だ

 

 単なる御門讃が、勝てるわけねぇだろうがよぉ!どぅーゆーあんだーすたん?」

 怒りに染まった血色の眼で。けれども、その身に怒りは無く

 嘲りの表情(セオ・カイザーフィールド)であり、怒りの姿(みかどさん)。その矛盾を孕んだまま、男は俺に刀を突き付け……

 

 「おらぁっ!『真空波』」

 「っ!風山!」

 振るわれる刀、吹き荒れる風

 空間を薙ぐスキルの発動に、咄嗟に狙われたこの世界唯一の四聖を庇い

 「『キャスリング』」

 俺が使ったこともあるスキル、四聖と入れ替わるソレをもって、庇いに入ったその位置に、奴の姿が現れ

 

 「『残念だったな間抜けぇっ!』」

 「トォォォル・ハンマァァァァッ!」

 持ち出してきた最後の一本、稲妻を放つ手鎚を引き抜いて放る

 「効かねぇんだよ馬鹿がぁぁっ!」

 だが、そもそも俺自身持って雷が来ても普通に耐えれるし、という事で持ち出してきた武器。同じく雷鳴を……俺と同じ復讐の雷霆を纏うクソ親父には通らない

 「んなこと、知ってるんだよ!」

 だが、奴は御門讃であって、俺じゃない。あの雷があるが故に効かないなんて、頭では分かっていても思わず迎撃の構えを取る。俺ならば効かないと切り捨てて突き進む場所で立ち止まる

 欲しかったのは、ただその一瞬

 

 「っらぁっ!」

 駆け抜け、尻尾でまだまだ使うはずの撥ね飛ばされた女神乃剣を回収。どうしていいか分からず、敵でも味方でもない転生者の眼前にまで走り

 「悪いな、借りるぞ。永遠にな」

 奪えない鞭はもう放っておいて、一回死んだタクトが手放さなかった三つの勇者武器のうち、まだ残る一つへと手を伸ばす

 

 捕った!

 「何をするか知らねぇが、無駄なんだよぉ!単なる親不孝がぁっ!」

 「無駄じゃねぇよ、クソ親父」

 最後の一つ、鎚を手に

 っておい、逃げんな。いや分かっちゃいたんだが暴れんなお前!

 「ふん。別の武器を奪おうが、この俺が御門讃なんだよぉ!此方(こっち)来いよぉっ!」

 刀を奪った……いや、一時的に(御門讃)に手を貸していたが故に、セオ(御門讃扱い)の手に戻した力

 だが、俺の手を逃れようとする鎚に変化はない

 当たり前だ。こいつは俺を勇者として欠片も認めていない。原作で言えば、槍の勇者のやり直しって呼ばれていたループ世界において、明らかな転生者が抜けた!やってた時の状態そのもの。逃げ出せないが抵抗している状態

 御門讃のものではない(寧ろ刀が俺のもの判定受けてたのがマジかよ感ある)勇者武器に、御門讃のものを返せと言おうが何一つ意味はない! 

 

 抵抗が激しく強化は不能

 だがスキルは撃てる!充分すぎる!

 「『大震撃』!」

 大地を鎚で叩き、揺らす

 局所的な地震を起こすスキル。大地を揺らし

 「うわっ!」

 バランスを崩すのはタクトくらい。レンとグラスは、あ、レン側はギリギリバランス取れてるくらいか。ルナの奴は……恐らく、魔法だろう。地面から数cm浮かんでいて無効化していて

 「効くわけねぇんだよ!」

 雷を纏い、空を駆ける奴に効果はやはり無い。実際俺にもそうやって無効化されるだろう

 だが、それが目的。てめぇは必ず、空に居る!

 「リベレイション・ボルテック・コイルⅡ!」

 放つのは一つの魔法

 地面の下に雷を放ち、磁力を纏わせる!

 そうだ。だから空を飛ばせた。この瞬間に地上に居なかったもの全ては……磁力を持つ大地という巨大な磁石に引かれ、墜落する!てめぇが勇者武器を持つならば、それは鋼。逃れられると思うな!

 「だから甘いんだよこのクソがぁ!」

 だが、そんなもの普通の理屈

 奴は地面へと転移してそれを無効化し、俺へと迫る

 「『バスターホォォムラン』!」

 だが、そこまでは想定内

 もう一発、スキルで迎え……

 「成程、てめぇの使う魔法はこうか!

 リベレイション・ブリッツクリーク!」

 「がっ!」

 電撃戦。その名のままに俺の手首が切り裂かれ、背後に奴が出現する

 

 「リベレイション・スカイウォーク!」

 「リベレイション・スカイウォーク?」

 空へと足を踏み出すも、完全に動きは同じ。いや、ステータスの分向こうが速いか!向こうの方が詠唱遅かったくせに良くやる!

 「らぁっ!」

 「っ!」

 抵抗はしない。飛び起きるためにわざと蹴りを食らい、地面へと落とされて

 

 「おらおらおら!てめぇまだ何かあんだろ?

 見せてくれよぉ!オレが最新最強の御門讃である為によぉ!」

 何かが、キレた



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迸る金雷

「「……てめぇぇぇっ!」」

 吠える俺の叫びと奴の声が重なる

 

 「死に晒せよ、クソ息子ぉぉぉぉっ!」

 「ぐっ!」

 雷撃を纏った蹴り。槌で受け止めようとも、それは受けきれずに

 「おわっ」

 どうするか決めかねとりあえずといったようにルナを動かさないように剣を構えて威嚇していたレンを巻き込み、地面に転がる

 

 「ったく、なっさけねぇなぁ、さぁん?

 それでもおとーさんを殺したゴミかよぉ?弱くなったんじゃねぇの?」

 ……煩い

 その通りだ

 ああ、俺は弱い。てめぇを殺せないほどに

 

 蒼白い稲妻の走る髪を輝かせ、その男は悠然と歩みを進める

 「『スターダス……』」

 「黙れオナホール」

 雷鳴一閃。睨み付けただけで迸る稲妻に撃たれ、扇の勇者はその場に立っていられずに崩れ落ちる

 

 ってか、俺よりも覚醒段階高くないか?あの時、眼前のクソ親父の前世を消し飛ばした時ならばまだしも、今の俺って睨んだだけで雷撃とか撃てないぞ?ルナ?ちょっとお兄ちゃんの能力盛ってないか?

 「ダメだよ、おにーさん

 自分の体は労らないと、ルナも怒るよ?」

 「うる、せぇ……」

 視界が歪むなか、レンに手を借りつつ立ち上がる

 

 「なあ、本当に大丈夫なのか」

 「……大丈夫に見えるか?」

 少しだけ、余裕ぶって

 本当はそんなもの、欠片もなくて

 

 眼前の敵はタクトではない。恐らくだが、レベルとしてはタクトより二回りは低いだろう。あって150といったところか

 だが、奴は別の意味でもタクトではない。実質持っている中から1つしか使えていない癖に6つ持っているから6倍強いと思い込んでいたバカじゃあない

 確かに奴は3つの勇者武器そして一つの異能力を同時に扱う存在だ。ついでに言えば、刀は良く分からんが、靴に関しては間違いなく向こうの武器の強化方法がある程度実践されていると見て間違いない。実質正規一人、パチモノ二人+復讐の雷霆のフュージョン体と言って良い

 言ってみれば、原作でタクトと対峙した時の尚文三人分……は言いすぎだろうが、それくらいと見て良い

 勝てるか?バカ言うな、勝てるなら神獣の巣にわざわざ戻り俺に殺されに来た神獣ケツアルカトルに対して防戦一方、吹き飛ばされて絆のところに送ってもらうだけとかそんな情けないネズミ面を晒してるはずないだろ

 現状奴の強さは神獣と同程度。初見のケツアルカトル、或いは神ラフの前に現れたケートスくらいと言って良い。自分達の世界の神であるが故に加減して襲ってくる霊亀や鳳凰、或いは俺に殺されに来ていた巣での白蛇より上

 

 ったく、情けねぇ……

 「なぁ、そろそろ殺して良いだろ、ルナ?

 こいつ」

 靴によって音もなく、気配すらまともに感じる前に俺の前に来ていたクソ親父に蹴り飛ばされ、地面に転がる

 「っ!ネズミを……」

 「っせぇ!犯すぞ、そこの

 いや、貧相な体してるが、悪くねぇじゃねぇか」

 抵抗にレンは剣を振るが、意味なんてない。向こうは勇者3人分だ。抵抗なんて無駄で

 「あぐっ!」

 振った剣は、圧倒的なステータス差によって、首筋に当たったままその首の皮一枚に止められていて

 雷撃によって痺れた手がその軽い剣を取り落としたところを抱き締められ、苦しげな声をあげる

 

 その姿が、怯えた顔が。世界を、人を、全てを恐れたような、その瞳が

 ……何時の日か、引きこもった瑠奈を思い出させ

 

 「情けねぇ……」

 あの日誓った思いが、暴れだす

 「おにーさん?」

 不思議そうな目で、どこまでも俺に敵意を向けない、それゆえに残酷な転生者の白い少女が俺を見上げる

 「俺が……俺が!」

 「ったく、邪魔だっての!」

 レンの体を抱きすくめながら、鬱陶しげに刀を振るって衝撃波を飛ばしてくる

 だが、それは流石に避けられない事はなくて

 

 「貴様を、倒す!!倒さなきゃ、なんねぇんだ!」

 視界の端の車輪が歪む

 未だあの日に至らず、けれども、キールの未来を奪ったと知ったあの時、確かに届いた金雷が、俺を焼く

 

 「ったくよぉ!無駄だってのが、何時までも分からねぇ奴だなぁ、バカ息子ぉ!」

 自分を焼かない雷を纏い、奴は吠える。それは、如何なるリスクも追わず、そこに現出する力。ただ御門讃であると保証されること

 狡いとは思う。チートだとも

 だが!

 

 そんな復讐(なげき)の無い雷が、赦せない心無き怒りが!胸を、体を、己の総てを!焦がさないような誓いが!

 覚醒(しんじつ)に、届くわけがねぇだろうがぁぁぁっ!

 「……な、に」

 手にした槌が弾かれるように手元から離れ、何処かへ消える

 視界の端に走る稲妻の縁。懐かしい、身を焼く後悔と怒りの血の味

 「……返せ」

 奴の眼前に立ち、その腕を締め上げる

 「てめぇのものではない全てを吐き出して、0に還れ」

 まずは抱きすくめたレン。そして……

 「『セブンリーグ』!」

 瞬時、掴んだ腕は消え、靴のちからでもって奴は遠くに姿を現す

 だが、構わない。良いさ、別に

 「ちっ、何だよバカ息子ぉ!

 まだまだ隠し事あるんじゃねぇか!全部吐き出せよぉ!」

 「……レン、無事か」

 掛けられる荒い声をガン無視

 

 「ってか、まだまだ先があるなんてよぉ!」

 金雷。覚醒に近い雷撃すらも、それが御門讃の力であると言うならばコピーする。何故ならば、奴こそ御門讃。ルナがそう言っているのだから

 ……だが、コピーしているのはあくまでも力のみ

 クソ親父の姿が黄金の雷を纏ったものへと変わり

 「ぐがぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 そして、膝から崩れ落ちた

 

 「て、てめぇ……」

 よろよろと立ち上がろうとする奴の手から、ふっと刀、そして鎌が飛び上がる

 「……何を、しやがった」

 「……何一つ」

 「おにーさんは何にもしてないよ、お兄様?」

 「なん……だと……」

 初めて走る動揺

 その隙を見逃さず、手を伸ばす

 刀を確保しなおし、即座に所有権を手離す

 「野郎、返せ!」

 「悪いな、こいつは御門讃のものじゃない。御門讃のものでないものは、盗れないだろう?」

 「親不孝の、クソがぁぁぁっ!」

 そして、金雷と化し、再び地面に倒れ伏す

 ひょっとして転生してもバカは治らなかったのか、この親父

 

 「てめぇぇぇっ」

 「何をやっている、とっとと総て吐き出せ、クソ親父」

 頬から、腕から、奴に傷つけられた総てから金雷を発しながら、静かに呟く

 

 「復讐の雷霆。それは己を焼く雷。それだけだ。単なる自滅なんだよ、クソ親父」

 「……がはっ」

 金雷を纏ったまま、動けなくなった男が血を吐き出す

 「……どんなズル、してやがる!讃!」

 「……ズル?そんなものはない

 怒りの雷は常に俺を焼いている。赦すものか、と」

 「……ネズ、ミ」

 「ああ、そうだ。許さねぇ。赦す訳がねぇ

 瑠奈を護れなかったゴミを!リファナを護れないかもしれないアホを!

 零路を、(はじめ)ちゃんを!大切な皆を苦しめるモノに気がつかなかった……救えたはずだ!気が付けたはずだ!

 だのに!!救えなかった、御門讃(おれ)を!俺は!赦した事なんてたった一瞬もねぇんだよ!」

 「……てめぇ!?気でも狂ってんのか!」

 「狂ってねぇよ

 俺を焼く雷は俺への怒り。そんなもの、常にこの全身を焼いている。そんなものが、皆の受けた苦しみの1割も痛いものか

 だが、てめぇは御門讃であって、俺じゃない。心を、体を、己への怒りで焼かれ慣れてない。それだけの話だ」

 ……流石に金雷は結構辛いな。血液が全部針にでもなったかのように血管が痛み、体の各所の血管が皮膚ごと破裂し、血を吹き出しては雷に変わって行く

 だがそんなもの、痛くはあっても痛みじゃない

 

 「やっぱり狂ってるんだよ、おかしいんだよ、お前はぁぁっ!」

 「……だから、俺は」

 迸る黄金の雷轟、大地を砕き光へと還す光柱

 「リファナを、リファナが大好きな世界を、皆を!」

 思うまま、言葉が溢れる

 知らないこと。知っていること。だがそれは総て、俺を焼く絶望

 「また護れないかもしれない弱さを!また何時の日か、危機にあれば、それを救えばロマンスもと願うエゴを!助けてという声に伸ばした手が届かない光速(おそ)さを!護りきれないようなマルス()を、赦さねぇ!」

 地面がひび割れ、安全で何もないはずの世界が崩れ行く

 「それが、俺だ!

 御門星追!ルナ・カイザーフィールド!メディア・ピデス・マーキナー!パラストラ・D・ミルギア!

 俺は、お前らを……」

 ……だが、言えたのは其処までで

 

 「ぐっ、がぁぁっ!」

 割れるように痛む頭

 ……別世界では神による転生プロテクトは無意味って言ったの、間違ってた……のか?

 いや、違う

 「……ダメだよ、おにーさん

 おにーさんは、ルナを捨てられないよ?ルナ以外は、言ってもいいけど」

 ……っ、と自嘲する

 

 簡単な話、か

 瑠奈を護りたい御門讃の思いと、ルナを倒さなきゃいけない決意をしようとした俺の乖離が、復讐の雷を呼び覚まし、瑠奈の敵を焼いた。つまり、自滅

 

 「……なっさけねぇ……」

 揺らいだのは一瞬

 だが、その合間に奴は立ち直っていて

 金の光はなく。蒼白い雷に戻れば、小狡いことに奴にはダメージがない。まあ、俺はあの段階でもダメージ入ってるんだが。ってか、そも第一段階で眼が血色に染まる事自体、眼の辺りで雷が走って血管切れて充血してるだけというな……

 怒りで真っ赤に染まる眼は割とかっこ良くてお気に入りだったりするが、原理としては夢も何もない単なるダメージなのだ、あれ

 

 お茶らけた心境でもって、乖離をリセット。金雷を一度消し、身を焼く稲妻を何時もくらいの出力、ぶっちゃけダメージはあるが自然回復で完全無視してる辺り(傷が焼けて火傷になるお陰で早く治って有難いくらいのノリ)まで一度戻し……

 

 「ったく、調子狂わせやがってよぉ」

 俺は女神乃剣を抜き、眼前の刀だけは取り戻したが未だ二つの武器を抱く悪夢と、改めて対峙した



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覚醒の剣

「……はぁぁぁぁぁぁぁっ!」 

 腕を構え、奴は吠える

 スパークが迸り、マントがその人体から発せられる力を持つオーラによってはためく

 

 だが、奴はそれを使わないだろう。此方が黄金の雷を纏う以上、同じ復讐の雷霆では勝負を仕掛けてこないはずだ

 ならば、放つは靴か鎌か……

 意識を二つに集中し、剣を正眼に構え

 

 「我が裁きにてその愚かなる罪人は行く

 その地の名は阿鼻。あらゆる罪総てより重き父母・阿羅漢(聖者)殺害。罪を犯せし者よ。中劫のこの世総ての責め苦をもって、汝が犯した罪の重さを悔いよ

 鉄の海で我が嘆きをもって産まれし鉤に魂を抉られ、貫く棘に子に殺された父の地獄の底より深く重い悲しみを思い知るが良い!」

 故に、反応が遅れた

 ……カーススキル!?

 いや、だが聞き覚えがない

 だからこそ、何をもって対処すれば良いか分からず

 「ただその前にぶっ殺す!」

 「……ダメだよ、おにーさん。死にたくないよね?」

 それは、敵である、敵だと思わなければならない妹からの忠告。聞く道理はなく

 けれども、ただ、奴のカースの完成を待つ

 「『八獄・無間!無彼岸常受苦悩処(むひがんじょうじゅくのうしょ)』」

 

 ……ん?

 ちょっと待て!俺関係なく無いか!?

 「ふざけてんじゃねぇぇぇっ!」

 赤黒い泥が塗られたように視界が赤黒く染まっていく。これが地獄、良く分からないカーススキルの効果か!

 だが待て!本気で待て!てめぇが言った地獄ってマザーファッカーが落ちる地獄じゃねぇか!愛娘レイパーのてめぇが落ちろクソ親父ぃぃぃぃっ!

 

 煮えたぎる鉄の中に、その体は放り込まれる

 ただひたすらに眼を閉じて、周囲の熱さに焼ける自身を感じとる。鉄の海に煮込まれ、溶けていくだろう己を

 熱い。だが、そもそもだ!雷の方が、余程熱い!精々1500度だか何だかの鉄の海、父にすら裏切られ、一人総てに絶望して命を絶ったあの日の瑠奈の感じた世界の方が、何倍も苦しかったはずだ!

 嘆きは要らない、叫びも無用、迫る俺のヘソから魂を狙う鉤爪など、何するものか!俺は瑠奈の太陽(サン)!俺を焼くならば、6000度(太陽温度)くらい越えてから言え!

 「……あの日、母の人生を凌辱した車を、俺は止められなかった。止められたはずの雷は、この身に眠っていた筈なのに」

 ああ、だからかと思う。母の人生の凌辱を止めなかった。それは母の凌辱に手を貸したも同じ。故に俺はこの地獄に落ちる。母を犯した者が落ちるというカースの地獄に

 

 考えてみれば、当然かもしれない

 

 ……だが

 「……ならば、てめぇも落ちろ、クソ親父!」

 雷轟一喝

 黄金の雷が迸り、世界そのものを打ち砕く。俺のヘソを抉ろうとしていた鉤爪も、周囲の液状の鉄の海も、そして空間そのものすらも雷にひび割れ、色を喪って砕け散る

 

 「……地獄に落ちるのは、てめぇだ」

 「バカな……カースだぞ、カース……

 こんな、簡単に!」

 特に代価を支払ったとも見えぬ男が、呆然と呟く

 にしても相変わらず、非正規勇者……という名の転生者ってクソだな。本来は勇者による裁きだからか、多少性能は落ちる代わりにあいつらカースの代償を何一つ払いやがらねぇ!俺はしっかり……いや割と踏み倒してるが払ってもいるってのにな!

 だけどな!

 「てめぇのカースには何もない

 怒りも!傲慢な独占欲も!欠片もねぇ!

 そんな見せかけの激情に!この怒りが!負けるわけねぇだろうが!」

 「っざけんなよこのクソボケチート野郎がぁぁぁぁぁぁっ!」

 「神のチートに手を出したボケが、ほざくな!」

 「おにーさんも、同じだよね?」

 ……うんまあ、俺も同じく転生者なんで、止めてくれないかなルナ

 

 「……次は何だ」

 花畑はもうない

 あるのは、凸凹の荒野。迸る雷が砕いた、かつて楽園とも呼べたろう大地の残骸

 その地を踏み締め、細かな段差に相手が躓かないかなどの皮算用をしつつ、剣を構える

 

 勇者武器は使えない。所有権を得れば、御門讃のものだからと盗られるのもそうだが、何となく思うのだ

 金雷と併用できない、と

 いや何でだよと言われたら……真面目に何でだろうな?黄金の雷霆だろうと、勇者武器と相反するものではないだろうに

 ……万が一、俺とヘリオスが同一であったりすれば、金雷=神の力であり、勇者とは敵……って考えも成り立たなくはないが、だとしても何か可笑しい

 

 いや、考えても……無意味か!

 

 覚醒しない女神乃剣を振りかぶり

 「はい、そこまでだよ、おにーさん」

 ……総てが止まる

 「ったく、遊びが過ぎるんだよルナ!」

 護るべきものに止まれと云われた体は動かず

 意識すらも、連続性が無く

 気が付いたときには、その首に回し蹴りが当たっていて

 「かふっ……!」

 「ネズミ!」

 防御は不能

 ただ、吹き飛ぶ

 

 「……手も足も出ないか?出せないよなぁ」

 ……その通りだ

 何処まで行っても、俺は御門讃なのだ。ネズミさんであっても

 御門讃は御門瑠奈を護るもの。瑠奈に止まれと言われれば、黄金の雷も鳴りを潜めるしかない。復讐の『雷霆』(アヴェンジブースト)、迸る護れぬ自身を赦せぬ黄金の轟きは、しかし護るべき者へ向けるものではない

 御門讃に、俺に、御門瑠奈は殺せない

 ただそのたった一つの事実を、どれだけ敵だと思おうが、覆せない真実を突きつけられるだけで、何一つ動けない

 

 「……っと、抵抗すんじゃねぇぞ、さぁん」

 「ルナの前で無茶しちゃダメだよ、おにーさん」

 「ぁ、がぐっ!」

 口すらも、金縛りにあったかのように重い

 魔法など、唱えるべくもなく

 遊ばれていたと理解する。当たり前だ。御門瑠奈に、御門讃が勝てる道理なんて最初から無いのだから。戦う相手じゃない、護る相手だ。あの日護れなかった光だ。殺せるわけ、無いだろう

 

 「……さぁて、さんざんおとーさんを苦しめてくれたじゃねぇか。さっきので切り札は終わりか?」

 首筋に当たる冷たい鎌の感触

 普段ならば逃げるだろう。だが、動けない。瑠奈が楽しそうに笑うだけで、足が止められる

 「お兄様、おにーさんは殺しちゃダメだよ」

 「る、なぁぁっ」

 声すらも、上手く形にならず

 総てを吹き飛ばし立て直そうとする雷鳴は動かず。力をある程度制御してあげると付けられた視界の端の車輪は沈黙する

 「ったくよぉ」

 銅像となった俺から離れ、軽薄な男は別へ向かう

 何とか支えあって立ち上がった、この世界の勇者達のもとへ

 てか、何でそんな煤けてる訳?

 あ、雷が噴出して出来た地割れに巻き込まれた……って俺のせいかよ!道理でロクに絡んでこないと思った

 

 「……っ!」

 動け、ねぇ……

 「ネズミ!大丈夫か!」

 そんな声をあげ、剣を地面から拾い上げてレンが駆けて……いや、地面デコボコ過ぎて歩いて来るが

 「戦士さん、ルナを護ってね」

 なんて、転生者の少女が声をかけるや、何処かから取り出した服が……ロングコートが独りでに浮かび上がり、袖に同じく何処かから取り出した剣(ネズ目利き的にみて普通の剣だ。レンが今持ってるのよりは下の、一般的な戦士が持つような)の柄を巻き付け、勝手に戦いだすと対応を余儀なくされる

 ってか、ちょいキツいな。足場が悪くとも、空飛んでるロングコートには関係がないが、レンは体重の掛け方が難しいのか、避けるも受けるもキツそうだ

 

 「ぐふっ!」 

 「キズナ!」

 向こうは、もう終わる

 鎌で扇を止めている間に、勇者の靴が、本来共に戦うべき四聖を蹴り抜く

 勇者の数では2vs1に見えるが、狩猟具は人間に何一つ意味はなく、奴は勇者武器を複数扱っている

 「終わりだな」

 足蹴にした少年勇者の頭に、その輝く靴を乗せて、男は言う

 けれども、ルナに笑かけられた俺は、動けなくて

 

 「武器を差し出せば、命だけは助けてやろうか?」

 「……断る!」

 「ま、要らねぇし許す気なんてなかったがよ」

 その足が、狩猟具の勇者の頭を床に落ちた潰れトマトに変えようと下ろされる、その刹那

 

 「……縁も所縁も無くて

 それでも、戦う。命をかけて……」

 ぽつり、と。レンが呟く

 「多くの勇者が、そうしてきたんだな。ただ、選ばれたから」

 「……護りたい、ものが……あった、から……」

 掠れた声で、何とか言葉を返す

 

 「アーハン?何イッてんの、こいつ」

 興味を引かれたのか、動きが止まる

 「……優しくしてくれた人達がいた。勇者様だからと、何も言わないでくれた人達がいた」

 「……レン?」

 「ネズミ。僕も同じだった。多くのものを喪って。また喪うのが怖くて、ずっと逃げていた」

 すっと、目を臥せる

 そしてまた、レンは目を見開き、手にしていた剣を、ゆっくりと地面に突き刺して

 

 「でも、分かったんだ

 一人だけ、逃げ続けてなんていられない。多くの人が、逃げていないのに!」

 「……なんだぁ?決意だけか」

 「……僕はもう逃げない!だから、来い!」

 そして少女は、空へと手を伸ばす

 

 その瞬間

 空間を切り裂いて、一本の剣が、偽・フレイの剣の姿をした輝きを放つ剣が、レンの手へと飛び込んできて……

 パキン、と音を立て、まだまだ時間があったはずの黄色い砂時計が、バグったように割れて消える

 同時、歪む世界

 視界の端に乱舞する、『四聖勇者の別世界への渡航は禁止されています。介入を強制終了します』の条文

 

 「……信じるよ、ネズミ!

 『神撃の剣Ⅲ』!『セカンドブレード』!『神撃の剣Ⅱ』!」

 「っ!なにぃっ!?」

 レン……お前錬だったのか……っておい待て!?お前剣の勇者天木錬なの!?マジで!?女だったのあいつ!?



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見たくもない槍

「……天木(あまき)(れん)……」

 「……そう、だ

 ずっと黙っていた。剣が戻ってこなければ、僕は勇者ではなく居られる、そう思ったから」

 呟く声に、静かに少女は頷く

 

 「あの地で、自分が倒したドラゴンを見返そうとして……お前に再会してからも、ずっと」

 ああ、そういえば

 最初に見たのは城の中庭で、尚文と元康の決闘(という名の尚文公開処刑)の時、次に会ったのはレーゼ等の三人の転生者との戦闘時だから再会になるのか。知り合っていなかった気がするんだが

 

 というか、レーゼ等は何処だ?この世界に突っ込んでくるのには運命の一矢(フォーチュンダーツ)が必要で、自身が手にしていた勇者武器を喪った彼は付いてこれなかったとかそんな感じの話か?ルナが来たのも、恐らくは纏っている服の糸を手繰ったとかそういう裁縫具のスキルだろうし

 「だが」

 「迷わない。あの世界を護るために、勇者という責任を一人負うことが怖かった。そんな自分とは……お別れをした!」

 飛来する剣が思わず絆から足を下ろしたクソ親父の鎌と競り合い、もう一本がぼーっと立っているルナへと向かう

 けれども、流石に本気で何も見ていないという訳ではないのだろう。少女は一歩歩いて剣を避け

 「動けるだろう、ネズミ!」

 「応!」

 俺を縛る金縛りは、ルナによるもの!あいつがダメだよおにーさんと言うから、それに仕方ないと従ってしまうもの

 ルナの意識が俺に無ければ、何も問題はない!

 「駆け抜けろ、雷電!」

 とはいえ、結局ルナに攻撃する訳にはいかない。俺はその時、やはりその手を無意識に止めてしまうだろう

 

 だが!

 その腰に留まる刀に手を伸ばす

 消えた雷霆を呼び覚ますのにそう時間は掛からないが、ルナを前にして金雷の維持は難しい。少しの溜めがあって変身する以上、遅すぎる

 だからこそ……お前の手を借りるぞ、刀

 「『霹靂……一閃!」

 文字通り青天の霹靂。刀最大最速、俺の雷も混ざりあう、神速の居合

 轟く雷の音すら置き去りにする、光の速度で踏み込んで……斬る!

 「十五連』!」

 ルナの意識が此方へ向くまでに打てる回数を試算し、少し少なめに放つ

 「ぬがぁぁぁぁっ!」

 吹き上がる黄金の雷

 金の雷を纏い、盾とする男

 雷撃の如き……というか実際半分雷撃の刀は、一振に重なる3度の斬撃でそれを貫き

 靴の力で別の場所に逃げたものを、振り抜いた刹那の先には既に構え直している居合二閃で追う

 

 ……っ!すばしっこい!当てられたのは15連のうち4回か!

 十分!あくまでもやるべきは、絆等の安全の確保!

 「ダメだよ、おにーさ」

 「今!『スターダスト・ファン』!」

 声をかけ、俺を止めようとするルナ

 その視界を、グラスの放ったスキルの巨大な扇が遮る

 「無駄だよ、お兄様のおなほ?のおねーさん

 ルナ、たとえおにーさんが見えなくても」

 「『音響・獣避け』!」

 響く音色

 大きな獣を避け、或いは追い立てる狩猟具の音色が、その声を掻き消す

 

 分かってるじゃないか、こっちの勇者等!

 ルナの視界と声と。その二つが無ければ、俺はルナを無視できる。居ないと思い込める

 ならば俺は……止まらない!

 「っ!だがよぉ!てめぇがその刀を手にしたってことは!

 御門讃のものってこと……」

 「ルナが知っていれば、な!」

 「っ!てめぇら!」

 そうだ。だからグラス達はその知覚を塞いだ

 だってあの親父が言っただろう?まだ隠してやがったか、と。本当に俺そのもの力がコピー出来るならば、そんなもの自分が一番よく分かるだろう

 だからこそ、彼等は俺そのものの力のコピーなどしていない。俺に使われてからしか、その力が無い。それは即ち、奴の存在は確かにルナによって御門讃になっているかもしれないが……。あくまでも、ルナ・カイザーフィールドによって見た御門讃に過ぎない。ルナ本人がその存在を見て知らなければ、奪えはしない!

 

 「『霹靂」

 「バカの一つ覚えが!」

 腰の刀に手を添える

 基本横凪ぎ。奴はそれを止めるべく、鎌を構えて

 「閃伝』!」

 俺の足から地面を伝う雷光に、ぐらりとその身を揺らがせる

 バカの一つ覚え?バカ言うな!スキル名すら言い切ってないだろうが!

 

 「レン!」

 「分かった!」

 「『スターダスト・ブレイドΔ』!」

 「『流星剣Ⅴ』!」

 痺れたところに、レンと協力して剣撃を叩き込む

 ってかレン、しっかり話聞いてたんだな……とスキルの後ろに付くⅤの数字に思いを馳せ

 「ぐがぁっ!」

 「ついでだ!『霹靂一閃 十二連』!」

 更に乱撃

 

 「『首狩り』!『死神の鎌』!『聖戦士の靴』!」

 だが、痺れを痛みで乗り越えた……訳ではなさげな奴のスキルによって、逃げきられる

 やっぱり12じゃダメだな、もうちょい溜めて30連くらい行っとくべきだったか

 

 「ってぇじゃねぇか」

 その首を跳ねたはずなのに、奴には傷ひとつ無く

 だが、その背中のマントには細かな傷が増える

 「なぁ、そこのメスガキぃっ!」

 「高校生だ!」

 マントへの傷もあまり深くはなく。靴で空間を飛び越え、その手の鎌をレンへと大きく振り下ろす

 「『断絶の鎌』」

 「『満月剣』!」

 回転する剣、俺が一回使った気がする防御スキルでもって、鎌を止め

 「あめぇんだよ!」

 「自供してるぞ、ネズミ!」

 「分かってるって、の!」

 刀を大上段に構え、青白い髪を振り

 

 「オーバーフレア・パニッシャー!」

 巨獣刀へと変化。そのバカデカい刀に炎を灯し、振り下ろす。ギリッギリでレンに当たらぬくらいに

 避けるか、反撃か

 どちらにしても、レンへの攻撃を中断せざるを得ない。そして……

 「ちっ!ドライファ・ブリッツクリーク!」

 奴が選んだのは、振り下ろした瞬間の俺への反撃

 鎌を振るう隙は晒さず、転移してきた速度そのままの膝蹴り

 

 ……待ってたぜ、バカ親父!

 「っ!らぁっ!」

 「『バスターボルト・フィンガァァッ!』」

 何故、わざわざ巨大刀にしたと思っている

 パニッシャーを撃ったその瞬間に、既に俺は刀の所有権を手離している。それでも自重と俺の最初にかけた力だけで、10mを越える刀は大地へ向けて振り下ろされるからだ

 そしてその後ろに隠れて……見えなかったようだな、この一撃は!

 金雷への一瞬の変化と共に、纏う雷の全てを右手に集約。奴が転移して飛び膝を放った瞬間、その顔めがけて、駆け出しながら手を伸ばす

 「ぐぎぃっ!」

 その頭蓋を軋ませめり込むその指に、青白い髪の転生者は声になら無い声をあげ……

 だが、逃がさない。てめぇが今切れるのは、雷霆の力だけ。ならば、同じ雷霆で押さえ込んでいる今、動けやしない

 「『ボルテック・エンド』」

 頭部内部、脳味噌へと雷霆を送り、体内で炸裂させる

 脳そのものが沸騰し、爆発的な温度に晒されて気体と化す

 頭蓋を、そして肉体の全てを風船として、内部のかつて脳であった気体は膨れ上がり……

 異様な凸凹風船になったその体が破裂する

 

 「……悪い、レン」

 飛び散る血肉。べちゃっと剣の勇者である少女の右目の辺りに肉片が辺り、赤く醜い汚れを作ったのを見て、自分に飛んでくるものは雷撃のオーラで消し飛ばしながら俺は呟いて

 

 「終わってないぞ、ネズミ!」

 「ふざけてんのかこのクソ親父!」

 破裂したその地点に、確かに奴は傷ひとつ無く立っていた

 何で傷ひとつ無いと分かるかって?

 裸だからだ。上半身の服が無くなっていて、シックスパック……と言うには残念ながら筋肉が欠片も浮き出ていない白い腹を晒し、ズボンはズタズタ。ってか、ヤベェな

 ギンギンに勃った見たくもない赤黒い使い込んだろうブツがチラリとボロ布になったズボンの隙間から見え隠れしている訳だが、猥褻物陳列は女の子の前で止めろこいつ

 うわ、妙に出っ張ってるし真珠か何か埋め込んでやがる。見せ付けるな、とっとと仕舞え、それか死んで仕舞え

 「……ったくよぉ、可哀想な人間が一人死んだぞお前」

 その恥ずかしい肉体を恥ずかしげもなく晒し、生きていた転生者は嘲笑(わら)

 「あーあ、可哀想になぁ、ネズミに爆散させられて。痛かったろうなぁ……」

 「……ちっ、一人じゃなかったか」

 何処まで耐えるのだろう。そう思ったが……あの高そうな奴の上着も、服に編まれてしまった誰かだったようだ

 その名も知らぬ誰かが死ぬ代わりに、奴は無傷

 

 「重ね着出来るとか、クソゲーかよ」

 「同じ服は重ねられないがな」

 ボロボロのズボンもそうなのだろうか

 いや、違うだろう。奴の性格的に、かつて人間であった服を、自分の股間とかに触れる下半身に身につけなど出来るだろうか

 いや、元々女性だったなら有り得るか?

 「心配いりませんよネズミ!」

 「グラス!?」

 「あとはマントだけです!女性を服に変えて羽織る場合、それは女性用の服かマントやコートといった共用のものにしか変えられません」

 「……良いこと聞いた」

 成程。奴が女向けのズボン履いてるようには見えないし、チラチラ見える下着も男性用。女性用のフリルつきを履いている等の見る地獄にはなっていない 

 

 「ならば、あと2回殺すだけか!」

 「舐めるんじゃ、ねぇぇっ!」



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白蛇降臨

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 猛る叫びと共に、空気が変わる

 

 「……ぐっ!」

 圧力に、微かに横に立つ少女は顔を歪め

 「みえたよ、おにーさん」

 迸る雷鳴が大地を、ルナを止める扇の盾を砕き、何処まで行っても敵意を見せない残酷な転生者(いもうと)が一歩踏み出す

 

 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 それに対して刀を手離し、意識を集中

 黄金の雷が溢れだし、感じたのと同じ圧力をもって大地を砕く

 そうして俺は、同じく黄金の雷を纏う親父と対峙する

 大丈夫だ。なんたって此方には勇者が二人も居る。すぐに、またルナの姿は隠れる

 

 「ああ、痛いなぁ……」

 「ならば、のたうち回れ」

 そう呟くも、攻撃は無し。分かっている。向こうにはまだ、勇者の靴がある

 故に、下手に踏み込むことは出来ない。ただ、勝手に金雷になってくれたので自滅を待つのみ

 

 「ふん、何でこの姿を保てるんだって顔してるなぁ、さぁん?」

 だが、金の光は消えず

 嘲るように、男は言う

 「女神様が教えてくれた、てめぇの異能力、超S級、復讐の雷霆(アヴェンジブースト)

 それが復讐の雷ならよぉ!二度も息子に殺されたおとーさんの復讐が、果たせないわけねぇよなぁ!」

 雷速の右ストレート。勇者武器を使わないそれを甘んじて受け入れ、吹き飛ばされる

 「二度も息子に殺されたこの痛みが俺を強くする……黄金の雷へ、貴様のその先へ……」

 隆起した地面に埋め込まれ、軽く息を吐きながら、カッコつけて片目を隠しなどして余裕綽々にポーズを取る男の姿を見る

 ああ、やはり…… 

 

 何一つ、分かってなど居ない

 

 復讐の雷霆(アヴェンジブースト)。超S級異能力。御門讃が発現し、そして御門讃であるとルナに認められたセオ・カイザーフィールドが扱う復讐のブースト

 そんな言葉が出てくる時点で、何処まで行っても、こいつはニセモノなのだ

 

 俺を殺した相手が許せない?違うだろう。何故そんな言葉が出る。俺が何より許せないのは……この力の根源は……

 弱い自分への怒りだろう!

 そう、大切な者を奪われて、その復讐に轟く光ではない。奪われた自分を、護れなかった自分を、許せない怒号の雷轟。それがこの異能力の真実だ。復讐の雷霆というあの世界での表面上を見て付けられた名前をそのまま信じている辺り、女神メディアも、ルナもこれが何であるかは知らないようだ

 

 ならば彼は……彼の金雷は、どれだけぱっと見俺と違いがなくとも、全部単なるハリボテだ

 復讐心に燃えればダメージがない?ふざけているのか。復讐心を抱くほどに、憎む相手が居るならば、その憎しみを持たねばならないような大切なものをむざむざ奪われた己はもっと憎い。許せない。そうじゃないのか

 馬鹿馬鹿しい。ダメージが消えている時点で、あんな形だけのパチモノに……『雷霆』の勇者武器が

 俺が、負けるか!

 

 埋め込まれた大地を砕き、空へ

 「てめぇ!」

 鎌を振るう男の眼前で消え、その背後へ

 「残像だ」

 「こっちも、なぁっ!」

 それくらいは対応してくるだろう。仮にもパチモノ勇者の金雷の更なるパチモノだ

 だが

 「『神撃の剣』」

 「がはっ!」

 プラズマを纏い転移したその動きは、俺の背後に先置きされた勇者の剣を飲み込んで構成された事で止まる。いしのなかにいる状態ではないが、肉体を再構成するタイプの転移技の弊害、その地点に攻撃を置かれていると体内で食らうという欠点を露呈させられ、その技を使い慣れていない転生者は苦悶に喘ぐ

 口から溢れる血を浴びつつ、その首へと手刀を振るう

 「て、めぇ……」

 逃げるように奴は更に靴で転移。数十mも離れたので追撃は断念、その場に止まる

 俺一人であれば追撃は可能だ。だが、今は錬と共に戦うべきで、剣の射程は届かない

 「余裕ぶりやがって!」

 「はあっ!」

 一息付いて、今度は錬を狙うのであろう、姿がブレた鎌の男は、一瞬後には黒髪の少女の横に立っていて

 ああ、対策ご苦労。ちゃんと背後は危険と分かったんだな

 じゃあ死ね

 雷撃の分身と共に3方向から同時に蹴りこんだ俺の脛が、奴の頭を捉えた

 「はっ!効かねぇなぁ!」

 「残念ながら、効くんだよ!」

 ダメージは無いからと、蹴られた男は笑い

 気にせず、雷撃による加速で遥か遠くへと蹴り飛ばす

 ダメージなんて要らない、ただ吹き飛ばしは効くから意味はある

 「ふんっ!」

 飛ばされる最中、奴の姿が掻き消えて

 「だからあめぇんだよぉぉぉっ!」

 再び、錬の横へ姿を現す

 だがな!仮にも勇者を、舐めてるのはそっちだろうが!

 「力の根源たる剣の勇者が命ずる

 ツヴァイト・シャイニング!」

 「んなっ!」

 突然放たれた光に眼が眩んだのか、鎌を振り上げて男が停止する

 「『蒼竜剣』!」

 振り上げられる蒼い竜のアギトのような剣が男を襲い

 「っ!」

 転移によりなんとかそれを逃げきった男の顎を

 「ボルテック・ナックル!」

 適当なこと言った俺の拳が打ち砕いた

 「ふぎっ!」

 

 ああ、行ける

 十分だ

 ルナが居らず、錬が居る。今ならこの敵は絶望的な相手ではない。十分に対抗できる

 二つの勇者武器、そしてパチモノ金雷。その全てを持っていても……正しき勇者に勝てるものではない!

 

 ふらつくセオ・カイザーフィールド。その無駄に綺麗だがイケメンとはとても呼べない軽薄な顔には傷ひとつ無い。ダメージはやはり0。全てはマントが肩代わりしている

 だが、衝撃は受けているのだろう。脳震盪でも起こしたか?

 そのくらいのダメージ、本来ずっと受けているから慣れているだろうに、パチモノがぁっ!

 

 「て、め、え……ら」

 「終わらせよう、親父

 いや、セオ・カイザーフィールド!」

 「だから、舐めるなぁぁぁぁぁぁっ!」

 迸る魔力

 「っ!」

 錬が横で剣を構えるなか、奴は爆発的な魔力を繰り、叫ぶ

 

 「教えてやるよさぁん!最後の切り札って奴は、最後まで取っとくものなんだよぉ!」

 「はっ!笑わせる

 今更何があるってんだ?」

 俺のを気にせず、奴は呪文を紡ぐ

 

 これは……あれか!

 脳裏に響く答え。転生者であれば誰でも使える技だ

 ランダム召喚。何が来るか文字通りランダム。そこらの犬や猫、バルーンのような雑魚から化け物のようなドラゴンまで、本気で何が出るか分からない。悪魔が因子を埋め込んでいるものをランダムで呼ぶ魔法でち。強者のみを呼べるように強者のみに因子を埋めてたらあまりにも消費がデカ過ぎて、雑魚に大量に因子を埋めて負担を抑えた本末転倒でちよとゼファーが言っていた、あまりにも分の悪い賭け

 

 「は!そんなものに賭けるとか、とうとう投げ……」

 同時、気がつく

 いや、違う。これは賭けじゃない

 奴の異能力は運命の一矢(フォーチュンダーツ)。その力は……ソシャゲのガチャで特定の非PUキャラを単発で引くくらいの事は出来る。運命命中の名は伊達じゃない

 その異能力があれば、そこらの動物から巨大な力を持つ怪物までランダムな召喚ガチャでも、特定の化け物を確実に狙えるはずだ

 

 だが

 「運命の一矢……

 だが、ついさっき使っただろうが!」

 「ふははっ

 女神様から与えられた力が俺を強くした

 教えてやるよ讃。今の俺のあの力は、リキャスト1ヶ月

 だけどよぉ、一発打ちきりじゃ、ねぇんだよ」

 呪文は完成し、奴は最後の言葉を紡ぐ

 

 「UR確定って奴だ

 来いよぉ!死せる守護獣、白虎ォ!」

 「ルグォォォォォッ!」

 大地を裂く咆哮と共に、大地を割って巨体が出現する

 10mを越えるだろう虎。だが、白虎という割には、その毛は黒ずみ、異臭を放つ。肉体の一部が崩れ、骨すらも見える

 白虎というよりも、白虎ゾンビだろう

 だが、それでも。厄介な敵であることには変わりがない

 タイムリミットも近く、今から撃破は……っ!無理か!

 

 「ふっ!はぁっはっはっ!苦い顔になっちまったなぁ、さぁん?」

 嘲る声を無視し視界の端のタイムリミットを見る

 残り……約、50秒。やはりというか、四聖勇者たる錬……天木錬が戻ってきた瞬間から、別世界の神たる四聖が此方に居るバグを修正すべく、とてつもない速度でリミットが進んでいる

 ならば、やることは一つ!

 

 「風山!グラス!」

 「何ですか」

 「……生き残れるな」

 「……当然、と言いたいけど……」

 「いえ、絆と生き残ってみせます」

 力強く応える勇者に、良し!と頷いて

 

 「ならば、後は、任せた」

 言葉を紡ぐや、力を一手に集中

 「はっ!溜め技かよぉ!そんな、ものが!」

 転移してきた奴の一撃は甘んじて食らう

 腕に鎌が突き刺さり、血を吹き出す……事はなく、代わりに雷撃が傷口から迸る

 それを無視し、ただ、力を合わせ……

 「『神撃の剣Ⅱ』!」

 「どるぅぅぅぅぁああああっ!!」

 剣の勇者の攻撃は、毛を針にして飛ばす死狼に阻まれ、ついでに俺は無数の針でハリネズミになるが、それを構わないとして、力を集め

 

 「はっ!御大層な技で、白虎を倒そうってのか?それとも、一度に二回殺せるとでも、思ってんのかよ、バカ息子ぉっ!」

 「……『ワールドブレイカー』」

 全てを無視し、俺は言葉を紡ぐ

 ワールドブレイカー。世界を割る一撃

 

 風山絆を捕えていた花園は完全に崩れ落ち、その存在を失う

 結果、現出するのは焼けた洞窟。俺達が無理矢理飛ばされる前に居た、白き蛇の社

 00:15

 残り15秒。この世界から俺達が消えるその刹那に、当初の目的の一つ、風山絆の救出は果たし

 

 「どるるぅぅっ」

 「きりゅりゅぅぅっ!」

 ゾンビと化した白虎。彼の言葉を信じるのであれば、悪魔によってゾンビにされて転生者の戦力とされた、かつての守護の獣。異なる神の作り出した自分と同じような存在を眼にし、洞窟の主たる白蛇ケツアルカトルが襲来する

 「白虎!?」

 「どうやら奴さん、別の守護獣で手一杯らしいぜ」

 決して、アレは俺の仲間ではない。何時か、倒してやるべきものだ

 幾度か刃を合わせて分かった嘆き。あいつは神から世界を護ろうとして、力及ばず死して尚、その難き神に神獣にされて戦わされている

 だからこそ、殺さなければならない。自分を殺せそうな俺に、あくまでも俺を排除する為の攻撃という体で絆のところに送り込んだり、神の意図に反しない中で偶然を装って手助けはしてくれたが、それすらも恐らくはギリギリの事なのだろう

 だから俺が、あいつの恩に報いて何時か殺す。神にもう支配されぬように、滅ぼす

 だが、今は……別の神によって造られた元守護獣の化け物とか、勇者とかよりも優先排除だよなぁ!?

 

 「だが、いっそ此処で、此方の勇者を殺せば、全てが終わっ!?」

 靴でもって俺の意図を汲み下がろうとする絆達を追おうとし、奴は地面に倒れ伏した

 

 その足は素足、靴は何処にもなく

 「てめぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 輝く靴は、ずっと空気に徹していたタクトの足にあって

 00:00

 タイムリミット

 世界が歪みきり、向こうから来た三人の者達は、世界から弾き出される……

 

 「絶対に許さねぇぞ!貴様等ぁっ!世界を越えて、殺してやる!」



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七裂魔王事件 プロローグ

「……ここ、は」

 見上げた天井は見覚えがなく、体の節々が痛みをあげる

 「タクト様!」

 胸に飛び込んでくる青い髪のメイド……幼馴染のエリーの姿に、タクト=セブン=フォブレイは、漸く此処が元の世界であると言うことに気が付いた

 

 そうして、改めて見てみれば、此処はカルミラ諸島に存在する島の一つ。フォーブレイの王が買い上げて個人所有としていた別荘地に存在する大きな屋敷の一室。王を「勇者に逆らうのか?」と脅して譲って貰った、皆と楽しく過ごすための場所。カルミラ諸島を目指して船を走らせた当初の目的地であった

 本当は、教皇に請われて四聖勇者を倒し、4つの四聖武器を揃えて(教皇は槍だけはしっかりとした勇者様であり、神々として共に君臨する事を願いますと言っていたが、そんなのタクトにとっては知ったことではなかった。いや、寧ろ、軽薄で女の尻を追いかけている彼は第一目標であった)ゆっくりと祝勝会をあげる筈であった場所。しかしその願いは一匹のネズミ男によって潰え、レベル上げをやり直すために此処を目指していた。活性化を駆使し、一気にこの体のレベルを100越えに戻すべく、船を走らせ……

 

 そしてタクトは、異なる世界へと放り込まれたのだ

 だが、今、あの世界から戻ってこれた。また、エリーに会えた

 その事だけで、胸が一杯で。タクトはただ、幼馴染の体を抱き締め返す

 

 とまあ、こんな感じか。御苦労な事だな

 脳内アテレコを切り上げて、タクトと幼馴染とのイチャコラ劇場を見ていた俺は、一つ息を吐く

 「……何者だ!」

 「……俺に聞くのか」

 おっと、見つかったか。まあ良いかとばかり、隠していた姿を明かす

 

 「……ネズミ!」

 きっ!と此方を睨むタクト

 ……ん?でも、何だか敵意が薄いな。前は絶対殺す!とばかりの、怯えを含んだ殺意が耳にぴくりとしたんだが、今はそれがない

 形式的にキレてるだけっぽいというか……俺、何かタクトの態度が軟化するような事したか?

 

 あ、一回殺したな。それで二度と殺されたくないから下手(したで)に出ることにしたのか?

 わかんねぇなタクトの気持ちなんて

 

 「おっと。今お前を殺してもどうせ別の肉体で生き返るんだろタクト?

 だから、お前を殺す気とかねぇよ。あと、そこの青メイドもな」

 出来る限り気さくにそう声をかける。いやまあ、気さくってどうなんだろうなと自分でも思うが

 「……ヘリオス・V・C・レウス!」

 「おわっ!」

 だが、その青髪メイドは突然そんな言葉と共に発狂し、俺にむけて何かを振り掛けた!

 避けようとするも、何時もなら問題ない視覚障害が邪魔となり、青メイドの居る方向を見誤り、多少その謎の粉をひっかぶる

 何時もなら分裂して見えてても本体の方向とか分かるんだけどな。まさか4分裂した視界から方向を間違えるとは……

 疲れすぎたか、と何時ものように分割して狂った視界の中で呟く

 

 「……タクト様を殺そうとする神!」

 「……っと」

 ヤバいな。回避すらミスってんじゃねぇか。幾ら復讐の雷霆は自分を焼く雷鳴であるが故に常に自身の目にダメージ行ってて視界が90度歪んだり万華鏡のように分裂して見えたりピントがズレたり眼球裏返ったりが頻発するとはいえ、そんなもの生まれつきだから慣れたもの。何時もなら問題なくそんな視界の中でも普段通り生活出来る筈なんだが……

 

 「……レベル200越えの一撃です。やりましたよタクト様!」

 「エリー!離れるんだ!」

 「いや、別にだからさ、今の俺はお前等を殺しても仕方ない訳」

 右肩に突き刺されたナイフを引き抜いてぽいっと捨てつつ、そう語る

 ナイフ自体はそう良いものじゃないな。レベル100くらいの魔物の毒が塗りたくられた魔法銀製のナイフ。常時血管の中に雷撃通ってるが故に勝手に毒素は分解される。ダメージなんて無に等しい

 まあ、無視で良いだろう。普通の人間には毒だが、所詮は普通の人間用だ

 

 「元の世界に戻ったと思ったら、大嵐に取っ捕まってこの場に居た。いや正確には近くの海の上なんだが

 元の島に戻ってれば楽だったんだがな」

 言いつつ、この世界に戻った瞬間にその手の中にまだあった勇者武器……即ち刀を抜いて軽く振る

 「ポータルについては武器ではなく俺依存なんで問題なく機能する……と思ったんだが、嵐で邪魔されて飛べない

 そんなこんなで、しゃーなしに近くにあったこの島にお邪魔した」

 「帰れよお前!?」

 タクトのツッコミが頭に炸裂する。いや、なかなかの手練れだな、火力はともかくツッコミが冴えている

 「なんでよ、仲良くしようぜ、最強の勇者サマ?」

 「勇者武器をタクト様に返してお帰り下さい」

 いやー、なかなか酷い反応だな

 いや当然なんだがな

 

 因みに、今言ったことは本当だ。気が付くと嵐の最中に居て、外に向けて駆けようとすると妨害がキツかったので、近くの島に訪れた。するとそこは、タクト達の隠れ家だったので、ひょいと入り込んでみたらタクトがラブコメしてたのでアテレコしたという経緯だ

 金雷さえ使えば嵐を突き抜けることは造作もないんだが、使おうとした瞬間にコール・フィトリアで止められたので金雷は封印中

 ってか、実際に目線狂ってたりする訳だしな。ダメージ割と大きいのだろう

 

 「タクト様を殺させはしません、ヘリオス」

 にしても、なんでこの馬鹿メイドは俺をそう呼んでくるんだろうな?

 「俺はマルス。ルロロナ村のネズミさんだ

 だーれと勘違いしてるか知らないが、俺は単なるネズミさんであり御門讃。神様なんかじゃねぇよ」

 「何処を見ているのですか!」

 うわキレられた

 ……ああ、左上に見えてるのが本物だと思ってたけど、あらぬ方向見てたのか

 ……いやでも、向こうに気配は感じるし……

 「いや、俺と同じ……ネズミ野郎をな」

 あ、何かそこから落ちてきた

 ああ、天井裏に隠れてた影か。何時もご苦労様だな、今タクトを殺す気はないから天井に帰って良いぞ

 

 「タクトさま、お茶が……」

 と、トレーにいくつかのカップを乗せ、エリーではないメイドが部屋へと入ってくる

 

 「ああ、ありがとう」

 と、タクトの奴はあっさりカップを受けとる

 ん?何か見覚えが……

 って

 「なにやってるんだゼファー」

 「申し訳ないでちが、ボクはゼファーじゃないでちよ」

 俺に付いてきている悪魔のベール・ゼファー(命名俺)だった。なにやってんだあいつ

 

 ブーッ!と、タクトの奴が口をつけた茶を盛大に吹く

 「勿体ないだろ粗末にするなよ」

 「……ヘリオスの、仲間!」

 「なあ聞いてた?俺はヘリオス・V・C・レウスとかいう変なのと無関係だ!」

 ナイフを構える青っぽい髪のタクトのメイドに対して、思わず抜きかけた刀からそそくさと手を離して弁明

 キレまくったら逆に無関係のヘリオスと同一視されてしまう

 

 「……別に毒は入れるはずないでち」

 「まあ、だよな」

 大丈夫だろとばかり、タクトが放った茶をそのまま口を付けて飲む

 うん。普通のお茶だ。特に毒とか入ってないな 

 「いや何でマスターが飲んでるんでちかね……」

 「この館のお客様だからな」

 「呼んでねぇ!?」

 「ネズミさんは呼ばれなくても館に住み着くものだからな

 チーズさえあれば文句は言わないぜ?」

 別にチーズなんて好きじゃないが、おどけてそう言ってみせる

 

 「頼むから帰ってくれ……」

 げっそりとした顔で呟くタクト。いや、この顔見に来たんだから帰ってもなぁ……ってのはある

 

 「いや、何らかの力でこの島に拘束されてるしな

 調査させて貰うぞ

 んで、何かこの島に逸話とかあるのか?」

 「七裂魔王ってのが」

 「よし、じゃあそれだな」

 「頼むから消えてくれよぉぉぉぉぉっ!」

 館の天井に、タクトの悲痛な叫びが響き渡った

 

 まあ、帰る気無いんだが。騒いでると一回殺すぞタクト



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