子安つばめは願いたい (PartyTime)
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子安つばめは願いたい

冒頭に出てくる秀知院のクリスマスイベントはオリジナルです。話の導入上作っただけですので、本筋には絡みません。


 十二月末、文化祭を乗り越えた後の生徒会室は、しかし未だ忙しさに包まれていた。無論、それは彼や彼女たちの変化という意味もあるが、今この場を支配している忙しさは実務的なものだった。つまり、

 

 

 

 

「クリスマスイベントの申請書類、これで最後です」

 

 

 

 

 部屋のあちらこちらに書類の束が乗る中で、四宮かぐやの声が響いた。

 クリスマスイベント。伝統ある秀知院学園では、例年クリスマスの日に祝祭イベントを開催している。と言っても、学園祭から一週間も経たずに行われるものであるから、あくまで小規模な、具体的には合唱部によるアドベントといくつかの団体のエキシビションが行われる程度である。そしてこのクリスマスイベントの運営は今まで学校側によって行われていたのだが、今年は生徒会にその業務が委託されてしまった。曰く、文化祭の二日間開催の条件の一つとか。

 

 

 

 

「了解。検査しよう。・・・・・石上、こっちの書類に載ってる使用する機械の規格、学校のに合ってるか確かめてくれ。」

 

 

「了解です。それと、さっきの使用予算の数値なんですが・・・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ボーン、ボーン、ボーン。

 

 

 

 

 

 

「お、もうこんな時間か。すまないみんな、俺これからバイトが・・・」

 

「えっ、会長バイトなんですかぁ!?私もペスを定期検診から引き取らなきゃいけなくて帰らなきゃなんですよー!」

 

「それは困りましたね。私も今日は家に客人が来る約束なので帰らなければいけなくて・・・」

 

 

 

 

 

 大時計のベルの音を合図に帰ろうとした白銀、藤原、四宮はそこで面食らってしまった。現在残っている仕事の量を考えれば、ここで3人とも帰ってしまうのは不味い。しかし、自分の用事を外すこともできない。せめて伊井野がいれば別かもしれないが、彼女は今、風紀委員の方でイベント当日に向けた仕事がある。仕方ない。ここは仕事を持ち帰って夜中にでも――――

 

 

 

そう言おうとしたとき、それまで黙っていた男子役員が口を開いた。

 

 

 

「じゃあ、ぼくが居残って仕上げますよ。」

 

 

 それは、いつもは帰りたがる石上にしては珍しい居残りの宣言だった。いや、思い返せばフランスの姉妹校との交流会の時も後始末をやってくれたのは彼だから、案外ふつうかもしれない。

 

 

 

「気持ちは嬉しいが石上、いくらお前でもこの量は・・」

 

「大丈夫ですよ。何も全部仕上げようってわけじゃなくて、明日先輩達が来たときから終わるくらいまで進めとこうってだけですよ。このあと予定がないのは僕だけみたいですし、そもそも僕の方は粗方終わりましたしね。」

 

 

 魅力的な提案。確かにそれなら自分たちはこのまま帰れるし、仕事によって夜更かししなくてもよくなる。後輩一人に任せて帰るのは心が重いが、石上の優秀さは今更語るまでもないことだし、あれでなかなか頑固な男だから、こちらが遠慮しても引かないかもしれない。先輩としての面目は丸つぶれ気がするが、それこそ今更だ。ここは石上の提案に乗るとしよう。

 

 

「わかった。じゃあ、残りの俺達の今日分の仕事を任せる。別にキツかったら帰っていいからな。」

「ありがとー石上くん!今度ペスのクッキーあげるね!」

「ごめんなさい石上くん、どこかで埋め合わせはするわ」

 

 

 そんな各々の言葉を残して、白銀たちは帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 師走とは、師も走り回るほどに忙しいからそう言うのだったか。そんなとりとめもない思考を、石上優は抱いていた。尊敬する先輩達が帰ってから早四十分。積み重なる書類の束は未だ終わりを見せず、果たして閉校時間までに終わるのか甚だ怪しい。そうは言っても終わらせるのが自分の仕事だ。聞けば、これは白銀が文化祭の二日開催をもぎ取るための条件であったという。自分を救ってくれた恩師のためにも精一杯働こうと、石上は誰もいなくなった生徒会室で再びパソコンに向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから更に三十分ほどして、石上は強烈な眠気を催していた。

 しまった、昨日ほとんど寝ずにゲームをしてしまったのが原因か。そう思い返し後悔の念を抱くが、時すでに遅し。頭はもやがかかったかのように曇って重くなっていた。

これは一眠りするべきか、いや、今寝てしまっては―――。そんな思考が浮かんできたその時、

 

 

 

ピロリン!

 

 

 

 

 突然思考の外でなった音に少し驚きつつ、音がした方向、自分のスマートフォンに目を向ける。見れば、白銀からラインが入っていた。

 

 

『帰り際に校長に会ったから、助っ人をお願いしておいた。部活を終えてもうすぐ着くはずだ』

 

 

 白銀からのメッセージを読み終えた石上は、予想外のヘルプの存在に少し驚いたが、同時に安心もした。

 良かった。誰か来るならその人が来るまでは寝てても大丈夫だろう。さすがに何もなしに作業に移れるような相手ではないだろうし、その人が来たら起こしてもらえば良い。机の上にお願いの紙でも置いておけば万全だろう。

 そう結論づけて、さらさらと着いたら起こしてくれるよう頼んだ文を紙に書くと、石上はソファに横になって寝てしまった。冷静に考えれば少々荒い計画ではあるのだが、大事な部分は優先的に自分がやったことでもう終わっていること。相手が自分を起こす必要があるだろうという推測と溜まった疲れから、石上は意識を手放してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン

 

 

 

 

 

「おじゃましまーす。生徒会の助っ人で来たんだけどー」

 

 

 

 

 石上が寝てから数分後、生徒会室に白銀が依頼した助っ人が―――、子安つばめが到着した。

 

 

 

 

 もともと、受験が控えている三年生はこの時期、学校に来ている人が多くはない。いくら附属大学があるとは言え勉強せずにいられるほど秀知院学園は甘くないし、そもそも秀知院以外の大学を目指す生徒からしてみれば一分一秒すら惜しい状況だ。そんな中で、秀知院大学への進学が決定して学力的にも安定しているために学校に来れている生徒、かつある程度の能力が要求される生徒会のタスクをこなせる人ということで、今回、子安つばめに白羽の矢が立ったのだった。

 

 

 

 

「・・・あれ、誰もいないの?確かまだ作業している人がいるからって―――」

 

 

 

 

 

 そこまで言って、子安つばめはソファで眠る影に気がついた。同時に、彼の前にあるおそらくは直筆であろう文言にも。

 

 

 

 

 

「ふんふんなるほど・・・つまり、ちょっと疲れて仮眠するから着いたら起こしてくれってことか。」

 

 

 

 

 

 この文章の言うことに従えば、生徒会室に到着した自分は彼を起こすべきなのだろう。しかし、どうにもそれをすることにためらいを覚える自分がいた。先に聞いた話では、彼は自分が来るまでずっと一人で作業していたらしい。見れば、目元にはうっすらと隈も認められる。なにより、眠れていることが嬉しいのか、とても顔が優しげだ。別に着いたらすぐに起こせとは言われていない、もう少し寝かせてあげてもいいだろう。

 

 そう判断して、子安つばめは石上優を放置することを決定した。幸い、眠ったばかりなのか、彼のパソコンはまだ休止状態に入っていない。これなら自分が作業を引き継ぐことが出来そうだ。

 そこからの子安つばめの行動は早かった。パソコンのファイル履歴から直近の使用ファイルを呼び出すと、周りにある書類を参考に作業を開始してしまった。石上は自分を起こさないと作業には取り掛かれないと踏んでいたが、流石は学年トップクラスの学力の持ち主か、そんな憶測は軽々超えてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく経って、パソコンと書類を見比べて作業を進めながら、子安つばめは目の前の後輩、石上優のことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石上優。その名を初めて聞いたのは、体育祭の応援団の集まりのときだったか。早乗りして先に会議の準備をしていた自分に、後輩の女子生徒二人組が憂鬱そうな顔をしながら話しかけてきた。曰く、石上優には気をつけろと。彼女たちの突然の警告に、自分は少々戸惑ってしまった。石上とやっていけないと嘆く彼女たちを慰め、自分が間を取り持つからと説得した。

 その後の会議では部屋の端に座る彼に目を配りつつ、終わったあとには親しみのある雰囲気でメルアドの交換にいった。もちろんそれは彼に言ったようにラインのグループではろくな情報共有が出来ないからというのもあるが、SNS経由で問題が起こらないようにする意味もあった。もしも石上優が彼女たちの言うようにストーカー気質の人間であるならば、複数の生徒のアカウントが入手出来てしまうグループラインは危険性が高い。その点メールなら、最悪自分だけで被害が収まる。そんな考えによるものだった。

 

 

 今思えば、彼女たちには大丈夫だと言っておきながら、石上優を一番警戒していたのは自分かもしれない。

 同時に、石上優はストーカーではないのではないのかという思いもあった。一般的に考えて、ストーカー行為を働く人間が応援団のようなワイワイ系の集まりに参加するとは思えなかったのだ。もっとも、それはあくまで個人的な感覚であって、やはり警戒しないとするほどではなかった。いずれにしても、その後は彼に応援団の集まりに関する通知を行いつつ、体育祭の本番の日がやってきた。時間とは不思議なもので、あるいは練習でのまがりなりの交流のおかげなのか、当日には石上優への警戒心はほとんど消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その警戒心が完全になくなり、別の感情が芽生え始めたのは、部活動対抗リレーのとき。怪我をした団長に代わって彼が走ることになって、前の走者からバトンが渡された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走っていた。石上優が、必死になって、悔しそうに、力を振り絞るように、走っていた。

 それは、およそ学校行事の種目の一つで浮かべる顔ではなかった。ただ単に他の部活に対抗意識を燃やしているというわけではない、それよりもっと、自分のそれまでの人生を懸けるような、生きることを生き抜くような、そんな顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを見た瞬間、自分の中から彼に対する警戒心が消えた。代わりに上がってきたのは、泣きたくなるような激情だった。どれほど悔しいのだろう、どれほど苦しいのだろう、どれほど―――頑張ってきたのだろう。決して広くはない校庭のレーンを走る彼の顔を見て、私は言いようもないほど胸が詰まり、張り裂けそうになった。

 彼がどうしてあんな顔を浮かべているのか、男女装イベントの時から今までの間に一体何があったのか、私にはわからない。あんなに辛そうで、あんなに必死な姿を見せるその理由を、私は知らない。でも、それでも、ひとつだけわかるのは、彼がこのリレーに勝ちたいと思っていること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パアァァァァァァァァァァァンッッッ

ゴールのテープが落ちると同時に、空砲の音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果は・・・二位。それがわかった瞬間、私は、彼のもとに駆け出していた。ゴールテープの近くで顔を下に向ける彼に、レースは終わったのに苦しそうな顔が晴れない彼に、私は―――抱きついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 苦しかった。一位になれなかった自分を責めるような彼の態度が、必死に必死に頑張って、苦しさで顔が歪むほどに走って勝てなかったことを後悔するような彼の顔を見るのが、苦しかった。

そんなことはないんだと!努力して、頑張って、足掻いて足掻いて足掻ききって勝ち得た結果が、無駄だなんてことは決してないんだと!

 

そう伝えたかった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今思い返せば、彼に抱きついた私はとにかく泣きじゃくって、つながりのない言葉をただ繰り返していただけのような気がする。私の想いは、自分を責めないであげてほしいという想いは、自分を認めてあげてほしいという想いは、あの時、彼にきちんと届いただろうか。

 あれから、体育祭の打ち上げに行ったときに見た彼の顔は少し元気そうな、嬉しそうな顔だった。それからのことは激動だ。先の文化祭では一緒にお店をまわって―――――――――――告白された。奇しくも、同じ生徒会役員のかぐやちゃんが数日前、リアリティに欠けるといって否定した奉心伝説に則っての告白だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直に言えば、異性からの告白を受けるのは初めてではなかった。だけどそれは、あんなに真剣なものじゃなくて、もっと軽い、友達の延長線上みたいなものだった。それが普通だと思っていたし、私自身が周りからどう見られているかの証左でもあると思ったのだ。別にそれに関しての後悔はない。こんな私だからこそ沢山の人と知り合えて、仲良くなって、ワイワイと騒いでいられるのだ。今の楽しさが、秀知院学園での楽しい思い出は、何物にも代えがたい私の宝物だと断言できる。

 

 だからこそ。彼の、石上優の告白は私にとって全く新しいものだった。新しすぎて、わからなくて、思わず断ろうとしてしまうほどに。本来なら、誰かに告白を受けた話はペラペラと他人に話すべきでなはい。それでも、そういう方面では経験豊富であり、石上優をよく知る彼女だからこそ、私は相談した。そこで得たアドバイスそのものは私にとってはちょっとハードルの高いものであったけど、必死に彼のことを語るあの子の様子を見ていたら、私は彼のことを全然理解していなかったんだと気づいた。

 考えてみれば彼に出会ったのは二学期に入ってだから、まだ四ヶ月くらいしか経ってない。しかも、クラスも学年も違う相手だ。体育祭以来、集中した交流のなかった私が知ってることなんて微々たるものだろう。そんな小さな内容だけで彼を判断して告白を断ってしまうところだった。最上級生になって少し大人になった気がしていたけど、私もまだまだだなと自分を戒めた。

 

 それから、劇の公演前に彼に会って、告白の返事の期限を延ばして欲しいと伝えた。個人的には延ばせて一ヶ月かと思っていたから、三月で良いという彼の言葉は意外だった。ひょっとしたら、私が残りの高校生活を気まずく過ごさないように気を使ってくれたのかもしれない。だとしたら、まったく頭の上がらない思いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの告白から数日、彼をクリスマス・イブのパーティーに招いた。誘うときの言い方が不味かったらしくて、伊井野ちゃんには誤解を与えちゃったけど、二人ともパーティーに誘うことが出来た。そして今、冬の空気で少し気温の下がった生徒会室の中で、私は彼の顔を横目に事務作業を続けている。―――いや、正直なところ、事務作業自体はもうほとんど終わっているから、今は純粋に彼の顔を見ながら物思いに耽ってるだけということになるのか。

 

 

 石上優への返事をどうするのか。それは、今の私の最重要事項だ。それは、悪い言い方をすれば悩みのタネだし、良い言い方をすれば贅沢な悩みかもしれない。いずれにしても、答えを出さなければいけない問いであることには間違いない。

 あの日。彼がとても苦しそうで見ていらなれなかったあの日から、彼はどれほど変わっただろう。あるいは、どれほど変わっていただろう。

 

 今、彼の周りには色々な人達がいる。かぐやちゃんを始めとする生徒会のみんなも、文化祭で楽しそうに話してた二年生の子たちも、体育祭や文化祭で君に協力的になってくれた一年生の子たちだっている。そんな人達に囲まれて、君はどこまで知れただろうか。君は一人ではないんだと。君の周りには頼りになる人達が沢山いて、苦しいときは、彼や彼女に助けを求めて良いんだと。君はどこまで知れただろうか。

 

 願わくば、あの日辛い顔をしていた君が、周りの人達の存在に気づき始めて、ただ続く日々を楽しいと思えてきた君が、それでも誰かに助けを求める時、その手を取れるのが私であったらと思う。これを恋愛感情と言うのか、今の私にはわからない。そうだと言われればそうであるような気がするし、違うと言われれば違うような気もする。

 それでも、今の私が、いつか答えを出す私が願うのは―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君が、幸せでありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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