前門の風邪、後門のネギ (斜志野九星)
しおりを挟む
前門の風邪、後門のネギ
迷いの竹林にある永遠亭。
ここでは、薬の販売の他にも新薬の開発が行われており、八意永琳が日夜研究を行っている。
「お師匠様、お呼びですか?」
「私も来たわよー」
鈴仙と彼女にくっついてきた因幡てゐが、永琳の部屋に入ってきた。
どうやら2人とも風邪を引いたようで、発言の合間に咳をしている。
「鈴仙……と、てゐも来たのね」
「まるで私は来ちゃいけなかったみたいな言い方ね」
永琳の冷たい態度に、てゐは気持ち良くない様子。
「そんなことないわ。むしろ、来てくれて嬉しいのよ」
「それで、私たちを呼んだ理由とは、いったい何なのでしょうか?」
鈴仙はさっさと永琳から本題を聞き出そうとした。
「あなたたち、風邪引いているわよね? 新しい薬の実験をしたいのだけど……」
「ギャー! また、毒を飲まされる~!!」
「待ちなさい」
てゐは逃げようとしたが、すぐに鈴仙がてゐの首を掴んで阻止した。
「また」と言うからには、前にも似たようなことがあったのだろう。
「安心して、今回のは自信作よ」
「余計安心できないんだけど……」
永琳の発言に、てゐが不安を募らせる。
「新しい薬とは、どんな……?」
鈴仙は未だ掴み続けているてゐのことは無視して、永琳に話を続けるように促した。
「もちろん、風邪薬よ」
永琳は新しい薬の説明をするでもなく、簡単に薬の正体を教えた。
「なーんだ。風邪薬だったら安心ね」
毒ではないと分かったてゐは、抵抗をやめた。
同時に、鈴仙はてゐの首から手を放す。
「でも、ただの風邪薬ではないわ」
だが、すぐに永琳は真剣な表情になる。
「風邪を治す薬よ」
「それって、普通の風邪薬じゃ……」
てゐの反論に、永琳はチッチッチッと人差し指を振る。
「今までの薬では、風邪を鎮めることはできても根本的に風邪を治すことはできなかったの」
永琳が説明を始めた。
それを見ててゐは、「うげぇー」と声を漏らした。
てゐは、専門的な話が嫌いらしい。
「そのせいで、薬で風邪は治せないだの、散々なことを言われてきたわ。薬を作っている者として、黙っていられなかった。というわけで、この八意永琳、作ってみました!」
「おお!」
突然、永琳のテンションが上がった。
それに釣られて、鈴仙が目を輝かる。
「これが今回開発した、全ての風邪そのものを治し、あまつさえ使った人は2度と風邪を引かなくなる薬です!」
そして、永琳はガサゴソとその辺を漁り、中から1つの薬を取り出した。
それは……
「ネギ?」
鈴仙は、それを見た途端に口をポカンと開けた。
それは、人間の背丈はあるほど長大なネギだった。
360度どこからどう見ても、ただのネギだった。
「形は気にしないで」
永琳はこう言っているが、新しい薬を初めて見た鈴仙とてゐはそういう訳にはいかなかった。
何しろ、新しい薬と言われて出されたのが、ネギだったのだ。
困惑する方が当然と言えよう。
「ちなみに名前は、
「草」
真剣な表情で永琳が言った。
それがあまりにも可笑しかったのか、てゐは床に転がってケタケタと笑い出した。
「あの、お師匠様……?」
鈴仙は永琳を心配そうに見つめた。
「何、鈴仙? まるで、私がおかしくなったとでも言いたげな顔ね」
「いえ、そこまでは……」
と、鈴仙は言っているが、実際のところは図星である。
無理もないが……
「安心して。私は真剣よ」
(ああ、これは止められないやつ……)
永琳の真剣な眼差しを見た鈴仙は、心の中でそう思った。
「ところで、お師匠様。その薬はどうやって飲むのでしょう? まさか、そのまま丸ごと飲め、というわけではありませんよね?」
「もちろんよ」
永琳の返答に、鈴仙は安堵した。
流石の鈴仙も人間サイズのネギを飲み込むことはできないからだ。
「これは飲む薬じゃなくて、挿す薬よ」
「え」
だが、すぐに鈴仙の期待は裏切られることとなった。
「この
「ええ」
鈴仙は冷や汗をかいた。
永琳の目がキランと光る。
「というわけで鈴仙。早速、私の薬を使ってみなさい!」
次の瞬間、永琳が物凄いスピードで鈴仙に襲い掛かった。
「嫌です!」
鈴仙は兎のように飛び跳ねて、これを回避した。
「大丈夫大丈夫! かつて弾幕を座薬と呼ばれた貴方なら大丈夫!」
「意味が分かりません!」
鈴仙と永琳の追いかけっこが始まった。
それを見たてゐは、目を輝かせて2人の後を追った。
しばらく追いかけっこは続いたが、2人が永遠亭を一周した辺りで終わりを迎えた。
「てい」
「わあっ!!?」
いい加減飽きてきたてゐが、鈴仙を転ばせたのだ。
当然、鈴仙は倒れる。
「鈴仙、覚悟ぉぉぉ!!!」
そして、このチャンスを待っていたとばかりに永琳が空高く飛び上がり、鈴仙目掛けて
「ぎゃああああああああああああ!!」
「鈴仙が死んだ! この人でなし!」
鈴仙の悲鳴とてゐの明るい声が、迷いの竹林中に響き渡った。
それから、鈴仙はピクリとも動かなくなった。
「あれ? 鈴仙?」
てゐは不安になったのか、鈴仙の頭をつついた。
だが、鈴仙は全く動かない。
「安心して。それは
「それって、ただの気絶じゃ……」
2人の目の前には、ネギの刺さった鈴仙が顔を青くして倒れているという光景が広がっていた。
「とりあえず、鈴仙を使った実験は成功ね」
永琳の発言を聞いたてゐは、恐る恐る永琳の方を向いた。
てゐの目と永琳のギラギラした目が合う。
「いやだああああああああああああああああああああ!!!!」
「てゐ、待ちなさい!!!!」
こうして、再び追いかけっこが始まった。
それから数日後……
実験は成功だったようで、鈴仙とてゐの風邪は治り、2度と風邪を引かなくなった。
しばらくして、幻想郷から風邪は根絶された。
目次 感想へのリンク しおりを挟む