KAMEN EROSION (畑中拓海)
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プロローグ -1

時刻は丁度、夕飯時。

日はとっぷりと暮れ、街頭の明かりが家々から出る団欒の香りをチカチカと照らしている。

 

その日常を見つめる影が一人。

街の北部、稲火山にそびえる鉄塔にその人影は立っていた。

影は、中空に浮かぶ月を背に受け天を指す。

 

 

「おばあちゃんが言っていた……。人が歩むのは人の道、その道を拓くのは天の道。」

 

 

ただ一点を見つめ、そう呟く。

 

 

その言葉に呼応してか否か、異変はすぐさま姿を見せた。

視線の先、星空と月明かりが捻じれ、空間の中央に吸い込まれたかと思うとぽっかりと空いた穴から緑色の歪な生物が数体這い出してきたのだ。

 

それらは『ワーム』。()()()()()()()()()()()()()「渋谷隕石」によって地球へ襲来した地球外生命体。本来、この世界には存在しないはずの存在である。

 

 

天から湧き出した人に害なす虫たちは街に向かって落下していく。

影はワームを追い、駆け出した。

 

 

「クロックアップ」

 

 

残像も残さずに。

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 

 

 

それは大きな欠伸だった。

 

 

俺、木瀬晃(きせ あきら)は大学三年生。この「KIBOマート草間戸(くさまど)店」でアルバイト中である。

とはいえ時刻は21時。駅からほどほどの位置のこの店は、閉店一時間前にすでに蛍の光状態だ。彼以外の店員は皆、バックヤードに引っ込んで店仕舞いの真っ最中。

 

そんな中、一人レジに縛り付けられていれば、それは欠伸も出るというものだ。

ぼちぼちと締め作業でもしながら暇を潰そうか、とレジの方に向き直ると、ふと、呼ばれたように店の入り口方面の一面のガラス窓に目がいった。

こんなことは日頃絶対にあり得ないことだった。

 

 

 

俺は、訳合ってその窓をできる限り見ないようにしていた。

別に幽霊が映るとかそういうわけじゃない。

子供の頃の思い出というのは良くも悪くも大人が思っている以上に残るもので、なんてことのない一瞬が今の好き嫌いに繋がっている。

俺だってそうだ。

 

 

 

そんな古傷が現実となって、目の前に現れるとは思いもよらなかった。

思えるはずもない。

 

 

 

窓に目をやった、その時。

俺は、巨大な蜘蛛のような機械がこちらへと迫って来ることに気づいたのだった。

不安と恐怖がどっと押し寄せ、キンと耳鳴りが脳を揺らす。

 

 

一目見て分かった。それは間違いなく俺が『鏡』を嫌いになった原因だった。

「仮面ライダー龍騎」の敵、ミラーモンスター。幼少期に培った俺のトラウマだ。

 

 

驚く間もなく、店内の静寂を爆音が切り裂いた。

蜘蛛は勢いをそのままに、店内へと突っ込んできた。

 

 

「えぁっ!?はっ??ちょ...!!」

 

 

そこでようやく声が出る。巨体の進行方向に俺はいた。

 

商品が、陳列棚が空を舞いひしゃげた塊へ変わっていく。

思考が止まる。逃げなくてはいけないというのに、体がこのあり得ない状況に追い付かない。

 

 

視界が全て金属の塊に覆われた時、生きようとするかのように無意識に脚が動いていた。後の事なんて考えていない。カウンターを飛び越え、転がり落ちる。

 

轟音を背に受けて俺の意識は自分が助かったことを知った。

 

 

振り返ると、先ほどまで自分が居たレジカウンターは根こそぎ引き抜かれ青果コーナーに突き刺さっていた。

あそこにもし居たら、と息を吞む。

 

 

それも束の間、窮地は終わっていない。

 

 

先ほどまで猛進していた巨体は動きを停止していた。

いや、違う。狙いを定めたのだ。

 

蜘蛛はゆっくりとこちらへ振り返る。

その目は確実に俺を捉えていた。

 

 



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プロローグ  -2

俺は走り出した。

打開策なんて無いし、正直この、馬鹿にされてるのかと思うくらい現実離れした状況は全く呑み込めていない。

 

 

けれども、今ここで俺がこいつに殺されたらきっと次の誰かが標的になる。だったら、今、こいつに対して俺ができる唯一の反撃は逃げて、生きることだ。

 

 

レジから酒類コーナーを抜けて総菜コーナーへ。極力、死角になるように。

 

 

心臓はこれまでの人生に無いくらいに悲鳴を上げているが、心にはもう恐怖は無かった。

 

 

 

蜘蛛は定めた標的の捕獲を開始した。

獲物が視界から外れたが些細な問題だった。酒コーナーの冷蔵庫を引き裂き獲物を見据える。島棚も意味を為さない。

 

 

総菜コーナーから壁伝いに移動していく。

迫り来る危機に追い付かれるのは時間の問題だった。

こっちが島棚を縫って動く間に、やつは何事もないかのようにまっすぐ向かってくる。

 

 

なにか、何か策が必要だ……。

 

 

蜘蛛が倒した島棚を見る。

店を持ち上げてシェイクしたような有様だが、あった。生き残る道が。

 

 

そこに落ちている瓶を掴めるだけ掴み取り、壁伝いの終着点、店の角の鮮魚コーナーで立ち止まる。

 

 

いや、奴を待ち構える。

 

 

すぐそこまで迫っていた蜘蛛と目が合い。そして持っていた瓶を叩きつけた。

砕け散る音がひときわ大きく耳の中に響くように感じた。

 

 

蜘蛛は何事もなかったかのように突き進み、立ち止まった獲物を捕食しにかかろうと跳躍した。

 

その時だ。

蜘蛛は自分の状況に表情のない顔で驚きを表した。その巨体は大木を切り倒したようにぐらつき、地面に倒れこむ。

 

 

 

「……っしゃ!!」

 

狙い通りだった。

さっき叩きつけたのは食用オイルの瓶。

自重が重く、支点が小さいこいつならこれで少しは時間を稼げるはずだ。

 

 

ここからは店の外、駐車場での追いかけっこだ。店の中じゃもう手立ては無いし、バックヤードの人たちが危ない。もう外に出るしかない。

 

 

日用品コーナーを抜けて食玩コーナーへ。

その時だった。絶望が空から降ってきた。

轟音を響かせて着地したそれは、確実に俺を見据えている。

 

 

食玩コーナーの横、着地した衝撃で圧し潰したアイス用冷凍庫を放り投げ、俺へ死が迫る。

 

 

完全に誤算だった。

オイルが効かなかったわけじゃない。奴は地面に爪を食い込ませ歩いていた。

 

 

一歩一歩、床を抉り金属音を響かせながら、獲物の恐怖を楽しむようにそれは近づいて来る。

 

確実に捕食される距離。鈍く光る爪が迫るその瞬間、俺は自分の生への希望と意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

意識を手放す瞬間に見えた『紫の光』はいったい何だったのか、その時の俺は知る由もない。

 

 

 

 


 

 


 

 

目を覚ますと病院のベットの中だった。

どうやら俺は生きてるらしい。

 

 

 

すぐに警察官がやってきて事情聴取を受けた。監視カメラはどういうわけか役に立たなかったらしく、頼みの綱は俺の記憶なのだとか。

当然、本当の事は言わなかった。信じてもらえるわけがない、「フィクションの中の怪物に襲われた」なんて。

 

 

とりあえず「車が突っ込んできたことは覚えてるがそれ以外は覚えてない」とだけ伝えた。老人が突っ込んでくることが日常茶飯事な現代だ。

理屈は通るだろ、たぶん。

 

 

一応、と精密検査を受け全くの健康体だった俺はその日の内に退院することになった。

帰りにぐちゃぐちゃになった店の片づけに追われてるであろう店長に挨拶しとかなきゃな、と帰り支度を始めた時。

 

 

気付いた。

蜘蛛を目にした時と同じ、耳鳴りと不安感が周囲の雑音を飲み込んでいく。

俺のリュックの中、見知らぬ荷物が一つ。

  

 

 

龍の刻印が施されたカードケース。

 

 

それは間違いなく『仮面ライダー龍騎』の主人公、城戸真司のVバックルだった。

 

 



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Through the Looking mirror -1

病院からの帰路。

近場の病院だった事もあり、徒歩で帰路へついたが、頭の中はバッグの中の異物のことでいっぱいだった。

 

普通ならなんでこんなおもちゃが?と気になどしないところだが、昨日の怪物のことを思うととても関係がないとは思えなかった。

あれは間違いなく「仮面ライダー龍騎」に出ていた怪物だ。このカードケース(Vバックルだったか)が関係ある可能性は高い。

 

それにしてもなんで俺が持ってたんだ?なんて事を考えている内に目的地に着いていた。

自分が思っている以上に上の空だったらしい。

 

 

 

店内の有様は外からも見て取れた。

壁や床は抉れ、陳列棚は歪に轢き潰され、品物だったであろうものはあちこちに散乱しているといった状態で、自分の身に起きたことが現実ということをありありと見せつけてくる。

 

稼働していない自動ドアを押し開け中に入ると、店長が総菜だった何かを片付けている最中だった。店長は、こちらに気付くと小走りで駆け寄ってきた。

 

 

「木瀬君~!大丈夫かい?いやほんと心配したよぉ~……!」

 

 

くたびれた中年という説明の似合う53歳は、いつも通りの見た目にそぐわない間延びした声だ。

心配の言葉をシャワーのように頂戴するが、とりあえず遮り、本題について聞いてみることにした。

 

「すいません、ご心配おかけしまして。で、あの実際のところ、何が起こったんです?警察にも話したんですけど記憶がかなり曖昧で。」

「実はねぇ、僕もよく分からないんだよね。」

 

これは駄目かもしれない。

 

「裏で作業してたら突然凄い音がしたから、確認しに部屋出たらパートさんとかも皆倒れてて…。で、売り場まで行ったらこんな風になってて木瀬君がそこに倒れてたわけ。」

そう言って店長は一際壊れ方が激しい場所を指さした。

そこが食玩コーナーだったことを、依然天井にぶら下がる案内板は示していた。俺が覚えている最後の記憶と一致している。

しかし、その破壊痕は異常だった。床には黒く焦げ跡が残り、まっすぐ放射線状にクレーターができていた。

 

俺が意識を失った後に何かがあった……?

自分が知らない事の顛末に眉間の皴を作っていると、今度は唐突に店長から切り出してきた。

 

 

「そういえば、アレってやっぱ木瀬君のだったのかい?」

 

 

「アレってなんです?」

 

「龍騎のバックルだよ~、あの黒いヤツ。君が倒れてるのを見つけた時握ってたから君の荷物にまとめたんだけど、もしかして落とし物だった?」

 

 

驚いた。あれは俺が襲われた最中で持っていたものらしい。

 

「あぁ、あ、そうですそうです。あの~あれお守りなんですよ、昔からの。」

 

そう言って誤魔化す。「てかよく『龍騎の~』とか知ってましたね。」と世間話の流れに戻し、片づけを手伝いながら十数分話して店を後にした。

 

 

 

とりあえず店に寄って得た収穫は二つだった。

実生活としては「今後、当分の店でのバイトができる状態じゃないこと」。そして、今回の事件に関して、「あのバックルは怪物が現れたことと関係しており、異常な代物である可能性が強まった」ということだった。

 

俺が手に入れたこのバックルは、テレビの中の存在の力を手にできる代物かもしれないのだ。

信号待ち。丁度右を向くと、写真店のショーウィンドウが夕日に照らされ俺の姿を映し出されていた。

 

 

今ここでバックルを翳すと……、と考えたところで不安がフラッシュバックする。

今にも目の前に迫り来る鈍色の巨躯。鏡の奥からあの化け物が来ると思うと好奇心はたちどころに掻き消えてしまった。

 

バックルをバックに直すと帰路に向き直る。

できるだけ考えないようにしよう。

 

 

そう気持ちに整理をつけ、歩き出した時だった。

 

 

『君、糸屑がついてるぞ。』

 

 

その声は、先ほどまで覗いていたショーウィンドウからのものだった。

 

 



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Through the Looking mirror -2

「今の声……なんだ?」

 

魅かれるかのように鏡の前へと立ち戻る。

自身の行動の危険性を訴えるかのように5時のサイレンが鳴り響いた。

 

夕日に照らされ、映る自分の姿にこれといった違和感はない。

 

幻聴かな、昨日からいろいろありすぎたし…。

 

一度落ち着こうと目を閉じ、深く息を溢す。

あるわけがない、鏡の中の怪物なんて、ましてやフィクションの…。

 

目を開きと帰路へと向き直ろうとした。

その時だった。

 

「あ…」

 

肩にかかる圧。明らかに握られたとわかるそれに目をやる隙も無くそれは計画を実行した。

後には、夕空に呑まれた赤信号と薄っすらと登り始めた朧月だけが残っている。鏡面(ショーウィンドウ)は何事もなかったかのように凪いでいた。

 

 



 

狩人は燃えていた。

無論、感情の有無は定かではない。だが、昨日のミスを取り返す行動に熱が入るのは意思があるものならば当然だった。

リベンジマッチ(・・・・・・・)。仕損じた獲物を喰らわんと、捕食者は反転した大地を抉り、跳躍した。

 

 

 



 

 

声すら出なかった。

目の前には反転した世界が広がっている。変わらぬ風景の中で、文字というのは的確に世界の異質さを伝えてくれた。

もはやこの状況を夢や幻想で片付けられるほどの気力は残ってはいなかった。

しかし、なによりも気力を失わせたものはこの世界ではない。

 

 

「さて君、昨日ぶり。覚えてはいないだろうが。」

 

と、いきなりこう語りかけてきたこの存在だ。

俺をこの世界に引き摺り込んだ犯人。だが、それはすぐに些細な問題になった。

 

その姿が問題だったのだ。

 

 

最悪だ。

 

 

親戚集まりで出会った2,3年上の男の子から見せてもらったアドベントカード。

今でも覚えている。ライアのファイナルベントだ。

それがきっかけだった。

それがきっかけで龍騎を見始め、そして今、そこにいる奴が原因で見るのをやめたのだ。

 

正直なところ、ミラーモンスターだけならまだ問題なかったのだと思う。それは、昨日までは現実ではなかったのだから。

だが、そいつは人だった。

こんな人間が鏡から出てくることに恐怖したのだ。

 

 

それは語り続けている。

「おい、聞いてるかい…? まぁ、いいか。じゃあ単刀直入だが、変身しろ。やり方はわかるか?」

 

焦燥感で回りの音が届かない。考えがまとまらず、本能だけが身体を突き動かす。

 

このままだと俺も殺される。生きなくては。生きるには。

 

どうしたらいい?

 

神経が凝縮されて押し出されるように、バックの中のそれを俺は掴んでいた。

 

俺は生きる。戦わなければ生き残れないなら…。

 

デッキをかまえ、正常な世界映る窓へと突き出した。

 

戦うしかない!

 

ベルトが幻影のように現れ、そこにデッキを差し込んだ。

 

 

「変身!!」

 

 

「よし、お見事。」

 

ソイツはこちらを見ながら満足げに手を打ち鳴らした。

 

 

木瀬はソイツに背を向けたままベルトからカードを抜き出しドラグバイザーにセットした。

戦いへと背を押すのは紛れもなくに恐怖だが、すでに覚悟は決まっている。

そのせいか、不思議と変身というものへの違和感は全く感じなかった。むしろしっくりとくる、とすら言えるほどに。

 

『ソードベント』

 

「お、なかなか臨戦態勢じゃないか。関心な心掛け…」

 

ドラグレッダーから放たれた剣を掴み体を切り返すと、そのまま近寄ってきたソイツを切り付けにかかる。

 

「って危ねぇ!!?」

 

首元を狙ったが避けられた。

攻撃の手を休めはしない。今のミスが焦りを後押しする。

 

「おいおい!待て待て待て!さっきも言ったが今こんなことやってる場合じゃあ…。」

 

剣を振りかぶったその時。

上空だった。

全てを遮るように影が二人を飲み込む。

 

 

直後、世界が一周する。

首を捕まれ放り投げられたのだと気づいたのは、道路と目を合わせた時だった。

 

破壊音が元いた場所から響いてくる。

「だから『糸屑が付いてる』って言ったろ!こいつが昨日からお前を狙ってんだよ!」

 

巨大な蜘蛛。昨日と違うのは頭の部分から人の上半身のようなものが生えていることだろう。

対峙するのは、紫の蛇。杖で蜘蛛の一撃を受け止めている。

 

 

それはテレビの中の世界だった。



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