新米ハンターちゃんと変態ハンターくん (あららどろ)
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第1章 アルコリス地方―森丘―
#1


「美しい!!」

 豊かな緑が広がる丘に、大きな声が響き渡った。

 その声は向かいに広がる丘に反響し、やまびこの要領であたりに響き渡る。その声の大きさは、下方を流れる川のそばで水を飲んでいたアプトノスが、首を上げてあたりを見回すほどだった。

 

「メタリックでつやつやとした鱗……! フフフ……自然の生み出す神秘……これはもはや芸術だな!」

 

 惚けるような視線を二足歩行の鳥竜種に向けているのは、バトルシリーズの装備に身を包んだ若い男だ。

 背に携えた双剣を抜こうともせず、獲物を前にしてだらだらとよだれを垂らすランポスの群れへあろうことか近寄っていく。

 

 そんな彼の襟を掴んで、必死に引っ張っているのは、レザーライトシリーズを装備した若い女だった。

 

 

「バッカなこと言ってないで逃げますよセンパイ!! マジで死にますよ!!」

 

 レザーライト装備のハンター、フィーナは、ぞろぞろと集まってくるランポスたちに焦りながらも、自分の世界に入り込んでしまったハンター、イウェンを何とかこちら側に呼び戻そうと必死に頬を叩く。

 

「こう並んでいると個体ごとの違いがよくわかる。あそこの個体を見ろ! 頭部がやや白みがかっている!! 傷が癒えてああなったのか、はたまた最初からああだったのか……」

「バカーーーッ!!」

 

 フィーナは、ハンターナイフの柄で後頭部を殴りつけた。

 

「な、なにをする!」

 

 このイウェンという男は、生物狂いの王立古生物書士隊の隊員だ。厳密には「元」だが。若干15歳で書士隊に入隊し、数々の発見を成し遂げて20歳という異例の若さで隊長という要職にまで上り詰めた天才だ。

 だが、危険を顧みぬ狂気じみた研究方法を行い続け、自信の管理する隊を危険に晒したという理由で書士隊をクビになってしまったというまさしくマッドサイエンティストだ。

 

 心機一転ハンターとしてモンスターと触れ合うという選択をした彼が、たまたまココット村に訪れたところで新米ハンターのフィーナと出会い、同じ新米ということで2人はペアを組むことになったのだが――

 

 

「状況考えてくださいって!」

 

 最近、フィーナは失敗だったかなと思うことが多々ある。

 簡単な採集クエストすら、イウェンはモンスターの尻を追いかけてばかりでまともに働かない。放っておくと彼は命を捨ててしまいかねないので目を離すこともできず、結局時間切れでクエスト失敗になってしまう。

 

 ペアを組んで半年。まともなクエストのクリア実績すらないありさまだ。

 

 何度ペア解消をしようと悩んだことか。だが、イウェンとペアを解消すれば彼は翌日にはモンスターの胃袋に収まってしまうだろう。そんなこんなで、フィーナはいまだにイウェンとペアを解消できずにいる。

 

 だが、今回ばかりは本気でペアを解消しようかと思った。

 納品用の特産キノコを集めている途中でランポスと出くわすところまではよかった。腐ってもハンターだ。数えるほどしかないとはいえ、ランポスの討伐経験くらいはある。

 

 だが、今回はランポスの数があまりに多かった。まだ経験も浅く、装備も未熟な私たちでは危険だと判断し、逃げようとしたのはいいが、イウェンは逆にランポス達に近付いていくありさまである。

 

 

 先頭の一頭が吠え、それを皮切りにランポスたちが一斉に襲い掛かってくる。

「ぎゃああああーーーっ! にげますよ、センパイ!!」

 フィーナはイウェンの手を取ると、ランポスたちに背を向けて走り出した。

 

 ランポスくらい何匹いようがハンターなら狩れるだろうと思うかもしれないが、それはモンスターというものをよくわかっていない一般人の意見だ。

 ランポスたちは狡猾で頭がいい。リオレウスを1人で狩るほどの凄腕のハンターが、物陰から飛び出してきたランポスに襲われて命を落とすという話だってあるくらいだ。

 

 一見目立つ黒い縞模様の入った青い鱗は、木陰や物陰に隠れると迷彩効果を発揮する。

 

「待て、フィーナ」

「マジで後にしてください! マジで! って、あっちからも……こっちです!」 

 

 イウェンが止めるのも無視して、フィーナは前方からくるランポスを避けて横の小道へと飛び込んだ。

 そこはのどかな丘と木々の生い茂る森を繋ぐ岩壁によって作られた細い道だった。アプトノスの荷車が何とか1台通れるかどうかという幅のその道は、左右にそれるような小道もなく、進むか戻るかしかできないような地形だった。

 

 ランポスたちの鳴き声はまだ追ってくる。ここには身を隠せそうな障害物は見当たらない。やり過ごすためにはもう少し奥へ行かなくては。

 フィーナが森側へ進もうとイウェンの手を引っ張る。が、イウェンは驚くほどの力でそれに抵抗した。

 

「どうしたんですか、先輩! 早くしないと追いつかれ――」

「そう、保護色だ」

「ハ? なんですか一体……先輩の頭がおかしいのはいつものことですけど、本当にマジで勘弁してくださいよ」

 

 この男が突拍子もなくわけのわからないことを言うのは珍しいことではないが、まさか命の危険の最中ですらそれが変わらないとは思わなかった。

 このままイウェンと一緒にいては、それこそこの男の部下と一緒でいつか命を落とすことになるだろう。イウェンには悪いが、ここから生きて戻れたらペアを解消しよう。

 

 フィーナがそう決心し、森の方へ行こうとすると、イウェンはいつになく真剣な顔でフィーナの肩を掴んで引き留めた。

 

「ハァ……マジで。なんなんですか一体。死ぬならセンパイ一人で死んでくださいよ」

「ランポスの黒と青のストライプは、一見目立つ色合いだが、木や草の影に隠れると保護色として立派に機能する」

「知ってますよ。それくらい。舐めてるんですか?」

「彼らの狩りは、姿勢を低くして草の陰などに隠れながらゆっくりと獲物に近付き、そして全員で一気に食らいつくという方法が一般的だ。隠れて近づかなければ保護色である意味がない」

「で、それがどうかしたんですか? うんちくなら後にしてくださいよ」

「だが今回、奴らは隠れる素振りも見せず、始めから我々に姿を見せていた。先回りして待ち伏せしていた連中もそうだ。物陰に隠れて俺たちが気付かず側を通ったところをガブリと行けばいいのにそれをせず……まるで道を塞ぐように叫んでいた」

「知りませんよ。そんなの……ていうか、普通でしょう。それが」

 

 そもそも、ランポスが姿を隠すところなど見たことがない。彼らは草原を疾走し、ハンターを見つけると集団で襲い掛かってくるだけの厄介者ではないのか。

 

「普段、我々がランポスの忍び寄る姿を見ないのは我々が「餌」ではなく「敵」だからだ。「敵」としてみなされていたなら、彼らは追ってこない。追い払うのが目的だからな」

「でも、今回はしつこいですよ」

「そうだ。それは奴らが我々を「敵」ではなく「餌」であると認識しているからだ。ではなぜ、餌である我々に姿を見せたのか……奴らは馬鹿ではない。鳥竜種は知能が高いのだ。特に、ランポスら走竜下目はイャンクックなどの鳥竜下目と違い「集団作戦」という概念がある」

「はぁ……」

 

 ソーリューだとかチョーリューだとか、聞きなれない言葉ばかりでフィーナは頭痛を覚えた。

 

「立派なハンターを目指すなら獲物の行動をよく観察しろ。それが命を救う」

「……で、何がいいたいんですか? 時間がないんですけど……」

「講義の時間はまだ終わってない。きっと彼らは我々がキノコを採っている時から作戦を考えていたのだろう。奴らは考えた。私たちは「獲物」だが「楽に狩れる相手」ではないと思ったのだろう。ではどうすれば被害が少なく狩れるか。奴らの導き出した答えはこうだ。追いかけ、追いたて、疲労させたところを強い者に狩ってもらう」

 

 はじめはまたいつものうんちくが始まったと話半分に聞いていたフィーナだったが、徐々にイウェンの言わんとすることがわかってくるうちに、その顔はみるみると青ざめていった。

 

 自分たちは逃げていたのではなく、追いたてられていたのか。来た道を振り向くと、まるで逃げ道をふさがんとするかのようにランポスたちがこちらの様子をうかがっている。

 ――襲ってくる様子はみられない。

 

 森の方から、草を踏みしめる音がする。その足音は1つや2つではない。そしてその足音の中に、1つだけ、他よりも重量感のある足音があった。

 

「我々は今、まさに袋の鼠だ」

 

 間違いであってほしいと願う。だが、モンスターの生態においてイウェンは絶対の精度を誇る。それこそ、王立古生物書士隊の発行するモンスターの生態書よりもはるかに高い信頼性を持つのだ。

 

 そのイウェンが言ったのだから間違うはずがない。

 

 それを裏付けするように、森側から、一際大きな体格を持つランポスの群れの長――ドスランポスが姿を現した。



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#2

「ドスランポス……!」

 

 ランポスの群れを束ねる長だ。危険度は最低だが、単体の狩猟クエストが張り出される程度には危険である中型モンスターだ。

 大量の仲間を率いたドスランポスは、場合によってはイャンクック以上の脅威にもなり得るという。

 森丘の位置するアルコリス地方では決して珍しいモンスターではないが、フィーナは実際に対面するのは初めてだった。

 

「や、やばいですよ、先輩!」

「フフフッ……やはりハンターはいい。自然の素晴らしさを身を以て知ることができる。ランポス達は私たちの何を見て「敵」ではなく「餌」であると判断したのか……どのような方法でここまで高度な作戦を伝達したのか。研究欲が刺激される!!」

 

 イウェンは変わらず「バカ」を発揮している。これでは期待できないだろう。ああ、自分の人生もここまでか。諦めに近い感情がフィーナを襲う。

 だが、イウェンはそんなフィーナの期待をいい意味で裏切るかのように、真剣な面持ちになった。

 

「だが、このままでは餌になるな。俺はモンスターに食われてもいいと思っているが、その相手はお前らではない」

 

 そういうとイウェンは、腰に下げたポーチから筒状のものを取り出した。この地域で見られるそれと比べるとやや奇妙な形状をしているが、おそらく閃光玉だろう。

 普通、閃光玉は光蟲の特性を利用したものが一般的だが、それはどうやら何かの鉱石を素材としているように見える。

 

「ランポスは目がいい。障害物の多い森の中で、障害物に邪魔されることなく全力で疾走できるのはその為だ」

 

 目を伏せろ。と、イウェンが手で合図をする。

 

 閃光玉は凄まじい光でモンスターの視界を奪い、混乱させる道具だ。当然、直視をするとこちらも視界を奪われてしまう。

 フィーナは軽く頷くと、腕で目を覆った。

 

 フィーナが目を隠すのを確認すると、イウェンは閃光玉を自分の足元へと投げつけた。地面にぶつかった衝撃で陽光石とニトロダケが反応し、強烈な閃光が発せられた。

 あたりを襲った光の衝撃が消えると、イウェンはフィーナの手を取って丘の方へ一目散に駆け出した。

 

「へっ!?」

 

 ランポスの群れの方へかけていくことに、フィーナは思わず叫び声をあげてしまった。だが、ランポスたちは閃光のショックでふらふらしており、こちらに気付く様子はない。

 

「ランポスは目が良すぎる。本来は頭部の目の前で炸裂させなければ大きな効果を得られないはずの閃光玉が、背後で光ったとしてもショックで目がくらみ、動きを封じられてしまうほどにな」

「うっ……」

 

 ランポスたちは一匹残らずみな視界を奪われ、まともに動けそうなものはいない。これなら、一網打尽にできるのではないか。思わず、腰のハンターナイフに手が伸びる。

 

「やめておけ。閃光玉の効果はそう長くない」

 

 まるでフィーナの心を読んだかのように、イウェンがそれを止める。

 ――確かに、あの数ではランポスたちを全て仕留める前に閃光玉の効果が切れ、同じような状況になってしまうだろう。

 

 走るイウェンの横顔を見ながら、フィーナは考えた。

 

 結果的にではあるが、この男に救われてしまった。

 初めて出会った時もそうだった。卵運搬のクエストでは、キャンプから出て数分でリオレウスが近くにいるということを教えてもらった。

 閃光玉とて、ハンター生活には必須のアイテムだが、自分らのような駆け出しのハンターにとっては決して安いものではない。調合素材自体は比較的安全な地域で揃えられるものばかりだが、その調合素材自体はどれも需要が高く、また、まとめて集めるには手間がかかるという理由もあってかそこそこの値段がする。

 

 回復薬すらまともに用意できず、支給品と薬草だけで済ませているのが現状の自分らにとってはかなりの高級品だが、彼はそれを惜しむことなく、そして最高のタイミングで使ってくれた。

 

(なんだか、ペアを解消し辛くなっちゃったな……)

 

 そもそも、この男の知識はハンターたちからしてみれば喉から手が出るほど欲しいものだ。彼の知識は熟練のハンターすら寄せ付けない。

 

 おそらく、この世界にある狩猟地域は全て頭の中に入っており、そこにどんなモンスターがおり、どんな素材がとれるのか。

 そのモンスターの性質や弱点など、とにかくあらゆることを知っているだろう。

 

 考えようによっては、何の取り柄もない駆け出しハンターの自分がこのような優秀な人間と組めたことは運のいいことなのだ。

 

「ハッハッハッハッ! ウンコがあるぞ! モンスターのフンだ!! なんのフンだ!?」

 

 ――アレさえなければ。

 

「っつーか! モンスターのフンを見つけるたびに漁るのやめてくださいって言ってるでしょ!! 草食竜のならともかく、肉食竜のフンだと臭くてたまんないんですよ!!」

「気にするな。それより、ランポスに目をつけられているのではキノコの採集も難しいだろう。危険だからここはクエストリタイアするぞ」

「は? ええええええええ!? あと5個じゃないですかあああ!!」

 

 イウェンは、有無を言わさずリタイアしてしまった。

 

 ――初めて出会った時もそうだった。

 雄火竜がいるとすぐにクエストをリタイアする。

 

 やっぱりコンビ解散かな……

 

 村へ戻る荷車の中で、フィーナは死んだ目で空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「あはは……また失敗ですか?」

「はい……」

 

 ギルドストアの店員とこの会話をするのは一体何回目だろうか。周りのハンターたちも、もはやヤジを飛ばすこともしてくれなくなった。小さな村の集会所ということで、元々専属ハンターの数は多くないが。

 

 ポーチの中から今回のクエストで採集した素材を取り出し、カウンターに並べていく。

 

 ハリの実、カラの実、ペイントの実、はじけクルミ、ツタの葉、ニトロダケ、鉄鉱石……

 

 クエストへ行くのだってただではない。契約金に加え、狩りに必要な道具もある程度は自分たちで用意しなくてはならないし、装備の手入れや、食事代などの生活費も稼がなくてはならないのだ。

 

 クエストのクリア報酬が無いフィーナは、こうしてクエストの最中に集めた素材を売却して、何とか食つないでいるのが現状だった。

 

 おかげで装備を強化するための資金どころか、素材すら満足にない。

 

 ギルドマネージャーからは「この村のギルドストアは仕入れいらず」とまで言われるありさまだ。

 

 ギルドストアの店員が、販売した素材の値段の計算している間、フィーナは失敗回数の増えた自分のギルドカードを見て大きなため息をついた。

 

 クエストの受注回数は34回。

 それに対して、クリア回数はたったの5回だ。

 

 聞いたところによると、ハンターになってからたった半年でクエストをこれだけの数受けることができるハンターはまずいないらしい。

 普通は怪我や疲労などでクエストに行けない期間が発生してしまうものなのだと。

 

 なので、成功回数だけをみるのなら、半年でクエストクリアが5回というのは、少ない方だとはいえ決して珍しい数字ではないらしい。

 

 確かに、イウェンと組んでから半年、大きな怪我をしたことは全くなかった。

 そりゃあ小さなひっかき傷や打撲などは多いが、数日で完治してしまうような小さな傷ばかりで、一生痕が残るような傷など1つとしてない。

 イウェンの方は一度、イャンクックに向かっていって火だるまにされたことがあったが、モンスターへの愛がそうさせたのか大した傷にはならなかった。

 きっと、彼の防具がそこそこ優秀なバトル装備だというのも大きいだろう。

 

「はい。全部で300ゼニーです」

 

 小さな巾着に入ったゼニー硬貨が差し出された。

 これだけでも、節約すれば1週間前後の食費にはなるだろうが――命を賭けたクエストの収入としては見合ったものではない。

 

 それこそ、強力な飛竜の討伐ともなればたった一度の狩りで一般人が働いて得る報酬の何倍もの金を得ることができるだろう。その時手に入れた素材も売れば、その収入はさらに何倍にも膨れ上がる。

 ハンターとは過酷な職業ではあるが、巨万の富を築くことも夢ではない。

 とはいえ、それは実力さえあればの話だ。身入りはいい。だが、安定した職業とはとてもいえないのだ。

 狩りの時に負った傷で何か月も休まなくてはいけなくなることもある。場合によっては命すら落とすこともあるのだ。

 

 それに、依頼をこなすという関係上、ハンターには信頼も大切になる。緊急性と確実性を要するクエストは、実力や成功率などに信頼のおけるハンターが任されるのだ。

 

 そう言う点では自分らの信頼は地の底まで落ちているといえるだろう。

 

 最初はランポスの討伐クエストなどを紹介されることもあったが、今となっては生肉やケルビの角、キノコの納品など、必要とされるが、緊急性の無いようなアイテムの納品クエストしか紹介されなくなってしまった。

 つまり、今の自分たちのハンターとしての信頼は、駆け出しの新米ハンター以下ということになる。

 

「フィーナ。先に食べてるぞ」

 

 アプトノスのステーキと銀シャリ草がこんもりと盛られた木皿を手にしたイウェンが、フィーナの肩を叩いてテーブルへと向かう。

 

 その後ろ姿を、フィーナは恨めしそうに睨みつけた。

 

 自分の信頼が地の底にまで落ちたのはあの男の所為だ。もし自分ひとりだったら、もっと難しいクエスト――それこそ、ドスランポスの討伐くらいは任されるようになっただろう。

 

 なのにあの男、悪びれもせずあんな高い食べ物を頼んでいやがる。アプトノスのステーキはまだわかるが、銀シャリ草なんて高級品、それこそ駆け出しハンターが食べられるような食材ではないはずだ。おそらくは今日、フィーナが手にしたゼニーは吹き飛ぶだろう。

 あの男、いくら持っているかは知らないが書士隊時代の給料がまだ少し残っているらしい。給料の大半は研究と希少な素材を手に入れるのに使ってしまい、少額しか残っていないと言っていたが、この様子だと実は結構持っていそうだ。

 自分は今日も安価なアオキノコのソテーと米虫あたりで済ませようとしているのに恨めしい。

 

 だが逆に――もし自分ひとりだったら生きてはいなかったかもしれない。今回のクエストでそれを実感させられた。

 あの贅沢具合も、その金に見合った人間だったということになる。

 そう考えると、怨みより感謝の方が大きいかもしれない。

 

(コンビ解消はまた今度にしようかな)

 

 フィーナはアオキノコのソテーと蒸した米虫の盛られた木皿を受け取ると、イウェンの席へと向かっていった。



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#3

「そういえば、先輩の使っていた閃光玉って私が知ってる閃光玉とちょっと形が違いましたよね」

 

 アオキノコのソテーをほおばりながら、フィーナはイウェンに尋ねた。

 

「ああ……俺は調合技術がさっぱりだからな。既製品をまとめて買ったんだ。ドンドルマやメゼポルタの方からきた行商人でな。光蟲の閃光玉は、蟲を生かしておかなければいかんからストックが面倒だ。その点、陽光石の閃光玉はストックがしやすいからな」

 

 口の中に銀シャリ草を詰め込んだまま話すので、話すたびにボロボロとシャリ粒が零れ落ちる。フィーナは呆れた顔でイウェンの口元についたシャリを紙ナプキンでぬぐい取ってやった。

 

「む、すまんな」

「恥ずかしいですからちゃんとしてくださいよ。で、いくつくらい買ったんですか?」

「さあな。あるだけ買って全部アイテムボックスに配達してもらったから詳しい個数は把握してない」

「あ、あるだけって……一体いくつ買ったんですか?」

 

 確かに、閃光玉はいくつあっても困らないが、遠方から来たとはいえ行商人が持っているだけ買うというなら1万ゼニーやそこらではないだろう。

 

 この男、書士隊時代の給料がまだ残っているとは聞いていたが具体的な額は一体いくらなのだろうか。実は、金銭感覚がぶっ飛んでいるのではないだろうか。

 

「数は知らん。20万ゼニーくらいだったが」

 そんなフィーナの予想を裏付けするかのように、イウェンの口からは目にしたことがないような額が飛び出してきた。

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや! センパイ、一体いくら持ってるんですか! そんな額、それこそ超一流ハンターでもなければポンと出せませんって!」

 

 ハンターたちの憧れの的であるG級ハンターですら、装備が整っていないうちはその額をポンと出すのは難しいだろう。それこそ、狩りの全てを知り尽くし、貴重なモンスターのG級素材をバンバン売りに出せるようになった超一流のみが、数十万の買い物を出来るようになるのだ。

 そこまで行けずに――それどころか、まともな飛竜を狩る前に挫折するハンターも多い中で、この男は新米の癖になんと金使いの荒いことか。

 

「こうやってクエストを受けてみると書士隊の金払いがいかによかったか身に染みるな。最も、俺は色々歴史級の発見をしてきたから報奨金がドカバコもらえたというのもあるが」

「じ、自慢ですか……? だからヘボハンターのくせにバトルシリーズなんて高級品持ってたんですね……」

 

 納得がいったと、フィーナは1人頷いた。

 

「俺はヘボじゃない。運動神経がないだけだ」

「でも一人じゃファンゴも倒せないじゃないですか」

「本気を出せば倒せる。だが、コスパに見合わないからやらないだけだ」

「ひょっとして、今日みたいに閃光玉を使って倒すとか?」

「大タル爆弾もな」

「うわ……ブルジョワハンターすぎません? ってか! そんだけお金持ってるならご飯くらい奢ってくださいよ!! 私だって米虫じゃなくて銀シャリ草食べたいですよ!!」

「ハンティングならともかく、プライベートで金を出すつもりはない」

「ケチ! 私ら一応コンビなのに!」

「むう……それを言われるとな……」

「ていうか色々繋がりましたよ!! センパイ、前にイャンクックの火炎液食らっても翌日ピンピンしてたの! あれ秘薬使ったでしょう!」

「よくわかったな」

「ああん! ずるいですよセンパイ! アイテムの使い方だけはG級ハンター並みですもん! ハンターランク1未満の癖して!」

 

 トントン、と、杖を打つ音がして、竜人族の老人――ギルドマネージャーが掲示板の前に立った。何か大事な連絡――緊急クエストが出る合図だ。

 その場にいた全員――といっても、小さな村の集会所故に、イウェンたちを含めて数人ではあるが――皆が固唾をのんでギルドマネージャーの言葉を待つ。

 

「シルクォーレの森とシルトン丘陵。通称「森丘」におけるランポスの異常発生……これに対して、正式な討伐依頼が出た。討伐対象はランポスの群れと、それを束ねるドスランポスの討伐じゃ。近辺の村の被害も危ぶまれる。早急に退治に向かってくれんか」

 

 なんだ、ドスランポスか。

 まるでそんな言葉が聞こえたようにすら思えた。

 ハンターたちは、ターゲットの名前を聞くや否や、興味をなくし酒を片手に会話に戻る。

 

 ――なんだか、冷たい人たちだな。

 

 人々が危険にあっているかもしれないのに、報酬が安いからだとか、討伐対象が大したことないから受けないとか――そりゃあ、ハンターは英雄ではないとこいうことは知っているけれど、やっぱり、誰かの為に戦うのが本当の意味で良いハンターだと思う。

 

「……やはり、誰も受けてくれませんね」

「わかってはおったがな……仕方がない。ミナガルデの方へ手配しておいてくれ」

 

 ギルドマネージャーの言葉に、受付嬢が頷きてきぱきと書類を纏めていく。

 それを見たフィーナは、大きな音を立てて勢いよく立ち上がった。

 

「ハイハイ! それ、自分が行きます!」

 

 腕を上げてアピールしつつ、ギルドマネージャーに向かって叫ぶ。先ほどまでの騒がしさはどこへ行ったのか。酒場は静寂に包まれた。

 

「お、お主がか……? 確かにこれはハンターランクによる受注制限を設けてはおらんが……」

 

 何とも言えない空気が流れる。この場にいる者は全員、フィーナのクエスト成功率を知っているのだ。キノコ探しすらまともにできない奴が、ドスランポスなんて狩れるわけがない。誰もが、馬鹿にした目でフィーナを見ていた。

 

 嘲り笑うような他のハンターたちの視線が、フィーナの羞恥心を刺激する。思わず涙が出てきそうになる。

 まさか、自分がここまで馬鹿にされているなんて思ってもみなかった。新人だからと、みんなが温かい目で見ていてくれるものだと思っていた。

 だが、現実は違う。ギルドマネージャーですら、目で「無理だ」と言っている。

 

 見返してやりたい。

 だけど同時に、みんなの言う通り無理かもしれないという思いもあった。

 

 自身が打ち砕かれ、フィーナの手が徐々に下がってくる。それを見て、ギルドマネージャーはほっと安心したように息を漏らした。

 

「いいだろう。お前がやりたいというならやろう」

 

 そんなフィーナを後押ししたのは、イウェンだった。

 この場にいる者でただ一人、彼だけがクエストの成功を信じている。そんな目をしていた。

 

「セ、センパイ……どこからそんな自信が出てくるんですか?」

「ドスランポスくらい何とでもなる」

「キノコの収穫すらまともにこなせないの、センパイの所為なんですよ?」

「なぜそうなる。フィーナ、手続きをすませておけ。俺は準備をしてくる」

 

 普段は頼りないどころか、足を引っ張る駄目な人。

 だというのに、何故か今回は頼りになると感じてしまう。

 ああ。きっと私のハンター生活は今から始まるんだ。

 

「まあ、仕方があるまい。一応、クエストを数回クリアした実績はあるしのう……」

 

 はじめは渋い顔をしていたギルドマネージャーだったが、しぶしぶそのクエストの受注を許可してくれた。なけなしのゼニーから契約金を支払うと、クエストの内容や報酬、場所などが記された受注書を渡してくれた。

 

 討伐対象:ドスランポス1頭の狩猟。ランポス20頭の討伐。

 目的地:森丘

 

 初めて討伐対象が中型モンスターとなっているクエストに挑戦する。受注書を見るだけで、ワクワクが止まらない。まさしく、モンスターハンターが今、始まるのだ。



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#4

 ドスランポスの討伐。

 今回のクエストはクエストクリア条件が複数存在するタイプのクエストで、いわゆるマストオーダー式という奴だ。

 どのような順番でオーダーをこなしていくかは、自分の自由。イウェンと話し合って、作戦を考えて――なんて考えただけでドキドキが止まらない。

 

 手続きを終えると、フィーナは村の出入り口に待機しているアプトノスの荷車へ手早く荷物を積み込んだ。

 

 アプトノスの荷車は、狩場へ向かう為の移動手段として、ギルドが毎回貸し出してくれる。それに加え、キャンプ用の毛布や飲み水、食糧。ハンターが狩りに集中するために生活用品もそろえてくれている。

 クエスト報酬のギルドの取り分が多すぎるだの、苦戦した際に報酬を3分の1も減額するのはおかしいだの言うハンターもいるが、依頼の仲介役でありながらハンターの為に様々な用意をしてくれるのだから、むしろ安いくらいだとフィーナは思う。

 

 

 フィーナは、用意した荷物を積み終わると、荷車に飛び乗って最終確認を行った。

 

 薬草の数は十分か。回復薬も今のフィーナには高級品だが、念のためアイテムボックスにある分は全て取り出した。砥石は決して忘れてはいけない。

 

「そうだ! ペイントボール!」

 

 中型サイズ以上のモンスターを狩猟するのは初めてだから、すっかり忘れていた。ドスランポスは傷を負ったら逃げて体制を立て直すという。ペイントボールもなしに広い広い森の中で逃げたドスランポスを見つけるのは至難の業だ。

 

「ちょっと待っててね!」

 

 荷車につながれたアプトノスを撫でると、フィーナは荷車から飛び降りてマイハウスへと走った。アイテムボックスを探せば、支給品に入っていて、使わずに持って帰ってきたペイントボールがあるはずだ。

 

 大急ぎでアイテムボックスを開き、頭をボックスの中に突っ込んでペイントボールを探す。日頃の整理整頓を怠ったため、なかなかペイントボールが見つからない。

 

 もう一度手を奥まで突っ込む。

 

「やった! あった!」

 

 3個しか見つからなかったが、ドスランポス相手なら十分な数だろう。

 目当てのものも見つかり、いよいよクエストへ迎える。

 フィーナが村の入り口へ向かうと、先ほどと少し景色が違うことに気が付いた。

 

 アプトノスの荷車が増えていた。

 

 普通、クエストへ向かう時の荷車は2人につき1台だ。それ以上は貸出に別料金がかかってしまう。

 そんなことをする金があるのは――案の定、イウェンだった。

 

 イウェンはやたら大きいタル爆弾をよっちらよっちらと危なっかしい足取りで荷車に積んでいる。見かねた受付嬢や雑貨屋のおばちゃんまで手伝いに来る始末だ。

 

 当然といえば当然だ。村のど真ん中であれほど巨大な爆弾を起爆させられたらたまったものではない。

 しかし、大タル爆弾にしてはあまりにも大きい。イウェンの事だ。大タル爆弾Gを用意していてもおかしくはないが――あまり本物に触れる機会がないので確信は無いが、心なしか大タル爆弾Gよりも少し大きい気がする。

 

 きっと閃光玉の時のように、遠くのアイテムを買い寄せたのだろう。

 

 一人で納得すると、フィーナはアプトノスの荷車に飛び乗った。

 

「先輩、準備は終わりましたか?」

「ああ。今ので最後だ」

「また随分と色々用意しましたね。荷車一つじゃ足りないなんて」

「失敗するわけにもいくまい。今回は俺も本気だ」

 

 イウェンの荷車には、本でしか見たことのないようなアイテムが山のように積んであった。

 磨かれたルビーのように美しく輝く赤い液体はおそらく鬼人薬Gだろう。その透き通るような深い紅色は、鬼人薬Gの中でもかなり質の良いものだろう。

 その隣には、活力剤とケルビの角が大量に積まれている。どちらも高級品だ。特にケルビの角は人気が高く手に入りづらい。見れば、隅には生命の粉塵までおいてあった。周囲に回復効果のある粉を拡散する貴重な回復アイテムだ。調合には手間と時間がかかる上に調合難度も高く、市場に出回ることはほとんどない高価なアイテムだ。

 

 まるで街にいる高価なアイテムばかり取り扱う行商人のような品々だ。G級ハンターですらここまでのアイテムを揃えるのは苦労するだろう。どれもが一級品ばかりであり、場所を選んで持っていけばたちまち人だかりができるだろう。

 

 それを簡単に用意できるのは驚くが――これだけ高価なアイテムを使ってしまってはクエストの報酬の割に合わないだろう。今から行くクエストは、確かに自分たちのような貧弱なハンターには大仕事だが、普通のハンターから見れば片手間でできるような簡単な仕事だ。

 

 だが、イウェンはそんなこと関係ないとばかりにタル爆弾が転がり落ちないように、荷車にしっかりと縛り付けている。

 

「セ、センパイ、これ全部使うんですか……?」

「流石にこれだけあれば失敗しないだろう」

「いやいやいやいや! そういう問題じゃないですって! なんかもう色々スゴイ目で見られてますよ! 事情が分かってない子供とかなんか物凄いモンスターを狩りに行くんじゃないかって憧れの眼差しを向けてますよ!」

「ま、どうせ持っていても使わなくては宝の持ち腐れだ。まだいっぱいあるし……少しくらい使っても問題ないだろう」

「いっぱいあるって! いっぱいあるって言ったよこの人! 私なんて全財産はたいても秘薬1個買えるかどうかですよ!」

「秘薬……そうだな。お前も万が一に備えて持っておけ。危ないからな」

「いや……あ、くれるんですか。秘薬……」

「心配だからな。お前に万が一のことがあったら俺は……」

「いや、いやいやいや……騙されませんよそんな。心配してくれることに関してはその……素直にうれしいというか……」

 

「いつまでもイチャイチャしてないでとっとと出ていきな!」

 

 しびれを切らした雑貨屋のおばちゃんが、アプトノスを叩いて荷車を発進させた。突然動き出したので、フィーナは大きくバランスを崩してしまった。

 

「おとと……それじゃ、行ってきます!」

 

「無事に戻ってきなよ。そしたら、いいもんあげるから」

「わかりました! じゃ、センパイ! 行きましょう!」

 

 フィーナは荷台から御者台へ移ると、手綱を振ってアプトノスを急かした。



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#5

 村から近いこともあって、狩場まではそう時間はかからなかった。キャンプにつくと、イウェンは荷車から荷物を下ろして整理していった。

 

 キャンプの準備は手慣れたものだ。クエストの成功回数は別として、クエストの受注回数自体はそれなりに多い。

 

 フィーナはアプトノスを木に繋ぐと、大きなタル爆弾を抱えてゆっくりと下におろした。

 

「これ、どうします?」

 

 タル爆弾は強力だ。だが、その分大きくて重い。抱えたまま戦うのはあまりにも危険なので、狩りが始まる前にポイントを決めておき、そこまでモンスターを誘導して使う――罠のような使い方が一般的だ。

 

 

「そうだな……とりあえず、このあたりまで運んで罠を仕掛けたいが……」

 

 マップを指さしながら言うと、イウェンはキャンプから顔をのぞかせてあたりをうかがった。

 シルトン丘陵のふもとに位置するこのキャンプの周辺は比較的穏やかで、大型モンスターもほとんど寄り付かない。

 大きな川の傍であるこの場所は、いつもならアプトノスの群れが水を飲みながら草を食んでいるはずだ。

 

 だが、今日は彼らの姿は無い。

 

 アプトノスは敵の気配に敏感だ。彼らは臆病故に周辺の異常に敏感に反応する。おそらくは敵の気配を感じ取り、この場所を離れたのだろう。

 

 となれば、すぐそばまでランポスたちが迫っている可能性は極めて高い。

 

「センパイ、手伝ってくださいよ」

 

 キャンプのベッドのシーツを替え終えたフィーナが、支給品の携帯食料をイウェンに投げつけた。

 イウェンはそれをキャッチすると、包み紙を剥がしてかじりつく。

 相変わらずひどい味だ。

 固形状のそれは、口に含むとボソボソと崩れて口の中の水分を急速に奪っていく。保存は効くし栄養価も高く、持ち運びにも便利なサイズだが好きにはなれない食べ物だ。

 

 最も、書士隊時代には随分と世話になったが。

 

「私コレ苦手なんですよねえ……」

 

 フィーナは、携帯食料を少しずつかじりながらちびちびと食べている。あの様子では食べ終わるのにどれだけかかるかわかったものではない。

 見かねたイウェンは水で口の中の携帯食料を流し込むと、水筒をフィーナに投げ渡した。

 

「一気に口に入れてほぐした後水で流し込め。時間をかけると辛くなる」

 

 フィーナは軽く頷くと、残った携帯食料を一気に頬張った。フィーナの顔が次々と変化し、その味のひどさを表現する。やがて口の中の携帯食料を水で流し込んだフィーナは大きく息を吐いた。

 

「コ、コレはコレでキツいじゃないですか!」

「そうか? それより準備ができたら行くぞ。まずはランポスの数を減らす」

 

 イウェンは鉄製の双剣、ツインダガーを背に携えると、大タル爆弾に紐を通して肩に担いだ。

 フィーナは慌てて支給品の中から使えそうな道具をポーチの中に押し込むと、シビレ罠を手にしてイウェンの後に続いた。

 

 

 キャンプを出て、丘を登る。

 

 イウェンは、自分の背よりも大きいタル爆弾を担いでいる為か、汗をダラダラ流してゼイゼイと荒い呼吸をしている。

 

「セ、センパイ……ちょっと大丈夫ですか?」

「こ、この爆弾は全部返品だ……もう二度と使わんぞ……」

 

 ハンターたるものがこれくらいで根を上げるのはどうかと思うが、自分でも同じことになりそうだったので口には出さなかった。

 途中で一度休憩をはさみ、ようやく丘の中腹あたりへとたどり着くと、ちらほらとランポスの姿を見かけるようになった。

 

 彼らは首を上げてキョロキョロとあたりを見回しながら、何かを探している。

 

「かなりの数がいるな。これ以上進むのは難しいか……」

 イウェンはそういうと、担いだタル爆弾を地面に置いて床に隠した。フィーナは、イウェンに指示された通りにシビレ罠の用意をする。

 

「そんなに多いんですか? せいぜい3匹くらいだと思いますけど」

「ランポス種は言葉でコミュニケーションをとることができる高度な知性を持っている。耳をすませてみろ。巡回中の奴らが仲間に状況を伝える声がそこかしこから聞こえてくる」

「ええ……それじゃ、私らってもうバレてます?」

「ああ。奴らは俺たちの存在に気付いている。早いとこ数を減らした方がいいな」

 言うが早く、イウェンはポーチから取り出した閃光玉をランポスたちへ向かって投げつけた。

「ちょっ!?」

 

 慌ててフィーナが顔を伏せると、激しい閃光があたりを白く染めた。

 

「その美しい肌を切り裂くのは心が痛むが、俺もハンターなのでな!」

 閃光玉のショックで混乱状態に陥っているランポスの喉へ、ツインダガーの刃を走らせる。

 鮮血が走り、ランポスが倒れる。イウェンはツインダガーを手に構えたまま、次のランポスへ向かって駆けていく。

 イウェンの双剣術はかなり個性的だった。

 ハンターズギルドの推奨する双剣術とは良くも悪くもかけ離れている。

 身体を回転させながら地を滑るように移動し、両手に持った双剣で斬りつける。

 回避と攻撃が一緒になったと言えば聞こえはいいが、実際のところはどちらも中途半端で動きはど素人そのものだ。

 モンスターの身体を知り尽くしている故に的確に急所を攻撃できているのが唯一の救いか。

 

 日頃からロクに武器もふるわずモンスター観察に明け暮れていた愚か者の成れの果てだ。

 その点、フィーナはキノコ集めでもアプトノスやファンゴ相手にしっかり武器を振るっていた。

 自分の片手剣術は着実に上がっている……はずだ。

 

 フィーナは腰のハンターナイフを抜くと、おたけびをあげてランポスへと駆けていった。



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