覚悟の幽波紋 (魔女っ子アルト姫)
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覚悟の始まり

新しいパソコンの購入の目星がついて、うれしくなって思わずスマホで書いちゃいました。


―――ある時、一人の少年が高熱を出して倒れこんだ。友人と遊んでいる時に突如として苦しむ間もなく倒れこみ、意識を喪失した。幸いともいえるのが友人というべき少女が幼いながらに英才教育を施されていた影響か、幼い子供とは思えないほどに落ち着いて救急車を呼んだ事により、早急に病院に搬送された。それでも少年は41℃という高熱に入り、命の危険すらあった状況にあった。そして1週間という時間を苦しみぬいた少年の高熱は漸く引き始め、彼は意識を取り戻した。だがこの時からこの少年の性格が明らかに変化したと、皆思うようになった。何故ならば―――

 

「病院食って味薄いな……」

 

彼は高熱にうなされている間に自身が知らないはずの記憶が一気に流れ込み、彼の精神を大きく作り変えてしまったのだから。元あった色は新しく入った色にあっさりと飲み込まれて一つになってしまった。元あったそれは多少なりとも新しい色に変化を付けただろうがあまりにも量が桁違いなためにほんの僅かに変化した程度だった。これはそんな少年の物語である。

 

「それじゃあ私たちは行ってくるけど……本当に大丈夫なのよね?ねぇ貴方やっぱり私は家にいた方が……」

「大丈夫だよお母さん。もうこの通り元気になってるんだからさ」

「そうだよ病院の先生たちだって大丈夫だって言ってたじゃないか。それにこの子なら大丈夫だよ」

 

退院して一月ほど経った頃の事、両親は彼が緊急入院したことで休みを取っていた。共働きであるが、会社が理解ある会社であった為に休みを取りやすくしてくれたり早く帰れるように手を回してくれたおかげでこの一か月はやってこれた。しかし何時までもそれに甘えている訳にも行かずに今日から通常通りに出勤するつもりなのだが、やはり心配なところがあるのか仕事に行くことに抵抗があった。

 

「俺なら大丈夫だよ。お母さん、それにいい加減にいかないと遅刻するよ」

「はっはっはっそうだな。大丈夫だよ、この子だってなんだか大人っぽくなってるんだから」

「そ、そうよね……そうよね、それじゃあ行くけど何かあったらすぐに電話するのよ!?」

「はいはい分かってるよ」

 

後ろ髪を引かれるようにしてた母も漸く納得したような表情を作りながらも父と一緒に仕事へと出かけて行った。残された少年は自室へと戻りながらベットに座り込むと過保護な母に溜息を漏らしながらも、虚空を見つめるかのように顔を上げる。

 

「さてと……漸く一人の時間だな」

 

少年はどこか安心したかのような表情を作りながら一人きりの自室の状態を楽しんでいた。あの高熱の一件以来自分が一人だけの時間というのはほとんどなかったので久しい孤独の時間というのが何処か嬉しくあった。

 

傍立(おかだち) 進志(しんじ)……それが今の俺の名前か。なんともあれだな」

 

今の名前、以前にも名前を持っていた時とははるかにかけ離れている名前に慣れるのに苦労するなと溢す。高熱を出した際に彼は前世だと思われる記憶を手にした。平凡に生きて結婚して子供をもって死んだ自分、それが輪廻転生しまた新しい命となったのが今の自分。それが何故以前の記憶を思い出したのかは全く分からないが、彼には今生きているこの世界を知っていた。

 

 

世界総人口の八割が"個性"と呼ばれる不思議な特殊能力である力を持つ超人社会。ある時、中国で光り輝く赤ん坊が生まれ、世界は新しい流れに呑まれていく。不可思議な能力、のちに個性と改められる力を持った人間たち。『超常黎明期』とも呼ばれたその時代の中で徐々に個性という力は超常というカテゴリーから常識というカテゴリーに変化していった歴史を持つこの世界を。そんな彼は自分にもそんな個性があるのかと病室で思っていると自らの個性が姿を現した。

 

「母さんの個性はイメージした物を形にする"形成"。父さんの個性は精神力をエネルギーに変える"精神波"。俺にはこの二つの個性が混ざり合って生まれた個性が誕生した……それがこいつか」

 

そう、彼にも特殊能力ともいうべき個性が宿っていた。それまでは個性はあるものの出し方が分からず落ち込んでいたのが高熱がキーとなったのか出現した。それは……まるで幽霊のように突然、出現しこちらを見つめていた。人間のような形をしているそれの正体を自分は知っていた。

 

「"幽波紋(スタンド)"……これが、俺の個性か」

 

彼の目に見えているもう一人と形容していい存在は進志がその言葉を口にするのと同時により明確な姿となった。所々に防具のようなプロテクターを装備している青い存在に思わず進志はこう呟いた。

 

「スティッキィ・フィンガーズ……」

 

見た目が違う部分などはあるが、目の前の存在は確かにどんな困難に対しても強い覚悟をもって立ち向かう男のと同じスタンドが、スティッキィ・フィンガーズがこちらをずっと見つめ続けていた。最も自分が憧れていた男のスタンドが自分のスタンドとして自分を見据えている現状にわずかな戸惑いを受けつつも、このスタンドが自らの力であると把握するのは容易かった。

 

 

 

これは自らの志を曲げない覚悟を誓った一人の男の物語。



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幽波紋の調査

「スティッキィ・フィンガーズ!!」

 

たった一人きりの家の中、ようやく生まれた自分だけの時間を自室で過ごしている少年は自分に芽生えた力を試そうと様々な実験を始めようとしていた。自らの個性である"幽波紋(スタンド)"である存在の『スティッキィ・フィンガーズ』の研究である。自らの生命エネルギーが生み出すパワーあるヴィジョン、それこそがスタンド。自分の生命力から生み出されているからか、本来のスタンドとは見た目が異なっているだけではなく力も異なっている。

 

「スタンドの出し方は大丈夫だな。さてと次は……」

 

進志は中身が入っていないペットボトルを数メートル間隔で置き、スタンドが何処までの距離のペットボトルを掴めるかを確かめる。スタンドはゆっくりと部屋の中を進んでいくが僅か2メートル足らずの所で動きを止めてしまい、そこにあったペットボトルを持って戻ってきた。

 

「射程距離は約2メートル……よし次だ」

 

一旦ペットボトルを片付け、母から買って貰ったトップヒーローのジグソーパズルを広げてみる。そしてそれを自分の器用さと比較する為にスタンドと共に並べてみる。

 

「ムッ……中々こういうのやらなかったけど、結構むずいな……」

『……』

 

既にそのようにすると決めているからか、スタンドは進志が大してこうやって操作しようと思う必要もなく自らもパズルを摘まんで並べていく。そして15分が経過した頃にどれ程の差が生まれているかを比較してみる。すると自分とほぼ全く同じ数のパズルを並べているのが分かった。

 

「成程な……よし、それじゃあ最後はっと……」

 

パズルの結果に満足すると部屋を抜け出して父親が使っている自主練の器具がそろっている部屋へと向かう。そこにはベンチプレスやジョギングマシン、アブドミナルやエアロマシンなどが並んでいる中にあるサンドバッグへと向かっていく。父が使っているバンテージを丁寧に手に巻くと勢いよくパンチの連打を放っていく。

 

「オオォォッッ!!」

 

未だ小さい子供ながらに腰を入れて体重を乗せたラッシュでサンドバックは大きく揺れている。それをしばらく続けたのち、満足したように一歩後ろに引きながら『スティッキィ・フィンガーズ』を出現させる。そして荒れている息を整えるように息を深く吸い、叫んだ。

 

「行けぇっスティッキィ・フィンガーズ!!」

『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリィ!!!』

 

言葉と共にスタンドは凄まじい速度でパンチのラッシュをサンドバッグへとぶつけていく。それと共に自分が行ったのとは桁違いに大きくサンドバッグがのけぞりながらも更に拳が撃ち込まれていく光景が広がる。そして最後に渾身の一撃の一振りをサンドバッグへとぶつけた。揺れるサンドバッグを見つめながらそれによって進志が知りたかった事を把握する事が出来た。いったん部屋へと戻った進志はノートにペンを走らせていき、書いたことを確認するように頷いた。

 

「こんな、所か」

 

『スティッキィ・フィンガーズ:破壊力:D / スピード:B寄りのC / 射程距離:E / 持続力:E / 精密動作性:D寄りのC / 成長性:B or A』

 

進志が行っていたのは自らのスタンドのパラメータの調査。スタンドの基本的な能力はスタンドの性質によっては例外も存在するがA(超スゴイ)E(超ニガテ)の5段階となる。評価項目は「破壊力(攻撃力)」「スピード」「射程距離」「持続力」「精密動作性」「成長性」の6つ。

 

「こうしてみると……やっぱり、ブチャラティより相当低いな……」

 

本来の『スティッキィ・フィンガーズ』と比べるとやはり自身のスタンド能力は酷く弱い。

 

【破壊力:A / スピード:A / 射程距離:C / 持続力:D / 精密動作性:C / 成長性:D】

 

本来はこれだけの能力を発揮するスタンドだが、使い手である自分が未熟であるがゆえにその能力をフルに発揮出来ない。本来は近距離パワー型として凄まじいほどのパワーとスピードを発揮し、相手をそのラッシュでぼこぼこにする事が出来るスタンド。だがしかし、自分はまだまだ発展していくだろう事から今後伸びていく事も期待できる。それに賭けて自分も努力を重ねていくしかないと、何故かスタンドが肩を優しく叩いて自分を励ます。

 

「アハハッ……まあうん頑張るしかないか……。にしても俺の成長性ってBとかAで良いのかな……康一君の『エコーズ ACT1』とか承太郎の『スタープラチナ』も確かAだった気がするけど……俺を彼らと一緒にしていいのか?というか、俺を承太郎さんと同列にしちゃいけねぇだろ。流石に無茶だ」

 

スタンドを出現させたばかりの例を挙げて自分のこれからを考えてみると恐らく期待は出来る事だろうが何処か不安もある。一部の例外はあるだろうが最初は誰だって成長性は高い筈、最初から強いスタンドは存在するがそれだって戦いを重ねてどんどん強くなるのだ。きっとそうなのだと言い聞かせる。そんな事をしていると家のチャイムが鳴り響いた。

 

「あれ、誰だろ」

 

首を傾げつつも玄関へと向かうが、能力の練習の為に扉を開けずにスタンドで扉に触れる。すると扉にジッパーが出現しゆっくりと扉の向こう側の廊下が見えてきた。これがスタンドである『スティッキィ・フィンガーズ』の能力である"ジッパー"。あらゆるものにジッパーを取り付ける事が出来るという能力、様々な事に応用が利くこのジッパー。今のうちに色々と考えておこうと進志は思考を巡らせながら扉にあけたジッパーをくぐり、それを閉めて玄関へと駆けだして行った。

 

「は~いどちら様で~?」

「私ですわ。お身体の方はもう大丈夫でしょうか進志さん?」

「あっ百だったのか」

 

扉を開けた先にいたのは自分が高熱を出した際に救急車を呼んでくれた恩人でもあり、両親が友人である夫婦の子である八百万 百が笑顔で立っていた。元々友人同士ではあったが、あの一件以来彼女は妙に自分を気に掛けるようになっている。目の前で倒れてしまったからだろうか。

 

「ああ身体は別に問題ないさ」

「それは何よりですわ♪実はおば様から進志さんの様子を見てほしいとお願いされましたの」

「ったく母さんってば心配症なんだから……なんか悪いな百、取り敢えず上がってくれよ。何かゲームとかして遊ぼう」

「はいっ♪」



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友人との一時

「やはり進志さんは物知りですわ。私も様々な授業を受けておりますがそれよりもずっと物事を知っておりますわ」

「百だって色んな事を知ってるじゃないか、これから色んな事を知っていけば自ずと俺よりもずっと物知りになるさ。ぶっちゃけ俺よりずっと優秀だし」

 

母からの言葉を受けて家へと遊びに来た八百万 百。彼女は自分が記憶を取り戻す前からの友人でかなり仲良くしていたらしい。それも両親が仲良しだったのが理由だが、どちらにしろ彼女が救急車を呼んでくれなければ自分はこの世にいなかったのかもしれないことを考えると恐ろしくてしょうがない。彼女には感謝してもしきれない。しかも記憶を取り戻してからも別段気味悪がることもなく対等な関係として付き合いを続けてくれているのは有難い。

 

「進志さん、個性の方はいかがですか。まだ、その使えませんか……?」

 

百は突如として聞きづらそうにしながらも不安そうに聞いてくる。そう、今までの傍立 進志は個性を使う事が出来なかった。個性は持っていたのだが使い方が分からずに如何にも使えなかったのである。両親のどちらの個性が受け継がれているのかもわからないが、どちらも強くイメージを必要とするものだったらしく個性を発動できていなかったらしい。結果として自分には"幽波紋"という個性があったのだが。

 

「ああっ遂に使えるようになったよ」

「ほ、本当なのですか!?おめでとうございます!!」

 

先程までの不安そうな表情から一転して花が咲いたかのような明るい笑みへとなった百はまるで我が事のように喜びながら祝福をしてくれる。

 

「あれほどに努力なさっておりましたものね、遂にその努力は実を結んだのですね!!」

「ああっやっとね。さっさと使えるようになっていれば百に色々と心配かけなかったんだけどな」

「兎に角良かったですわ!あ、あのどのような個性なのですか!?」

「ああっ今見せるよ」

 

目を煌めかせながらこちらに熱い視線を投げかけてくる百に少し笑いながら肩を竦め、軽く息を吐きながら意識を集中しながら自らの背後のスティッキィ・フィンガーズを出現させる……が如何にも百の反応が悪いというか、全く反応を見せない。スタンドはやはりスタンド使いではないと見る事が出来ないのだろうか。

 

「う~ん何がいいかな……なんか厚みがあるものってあったかな」

「何か必要なのですか?それなら私がお創りしますわ」

 

そういうと百はある程度の厚みがある木の板のようなものを服の下から取り出した。彼女は"創造"という個性を持っている。体内の脂質を変換して生物以外であれば有機物、無機物問わず、何でも生み出せる個性でそれを利用して木の板を生み出したのである。

 

「うし、それじゃあ行くぞ」

「はいっ!」

 

ワクワクドキドキしている百の視線を受けながらその板へと触れる進志。同時にスティッキィ・フィンガーズもそれに触れて能力を発動しジッパーを設置する。それが開いていき板は真っ二つに分離した。それを見た百は興奮したように声を上げながら二つになった板を手に持った。

 

「凄いですわっ板が二つに分かれましたわ!!ジッパーのようなものを設置する事が出来る個性なのですね!!」

「簡単に言うとそういう事になるな」

「実は中にはチタン合金を入れていたのですが、それを全く無視するように二つに分かれていますわね!!」

「んなもん入れてたのかよ……」

 

予想外な事に驚きつつも彼自身もしっかりと能力が発動させ、問題なくジッパーが動き板を分けたことに安心感を抱いていた。そして分かれた板はジッパーで接続も出来る事が出来た。

 

「このジッパーは設置した物の硬さなどを完全に無視するのですか?」

「色々試してるけど現状そんな感じだな。扉とか壁にもやってみたけどジッパーが付けば開くし多分、硬さとか厚さとかは関係ないんじゃないかな」

「それは本当にすごい個性ですわね!!簡単に考えるだけでも本当に色々な使い方が思いつきますわ!」

 

それには進志も同様だった。スティッキィ・フィンガーズの強みはこのジッパーの汎用性によるものだと思っている。ジッパーは他にもジッパー先の物体内部に空間を作り出すという事も出来る。ジッパーで物体を切断、ジッパー内部に物を隠す、行き止まりに道を作るなどなど簡単に様々な使い方が思い浮かんでくる。

 

「本当にいい個性ですわね、良かったですね進志さん!」

「ああ全くだな」

「あっそういえば私、ある物をお渡ししようと思っておりました事をすっかり忘れておりました!!」

 

百は持ってきていたバックから封筒のようなものを取り出すとそれを進志へと差し出した。手触りの良い封筒には何やらパーティの招待状のような文章が書かれている。

 

「実はご親戚のパーティの招待状が来たのです。ぜひご友人も一緒にとの事でしたので、進志さんいかがでしょうか?」

「パーティねぇ……俺なんか行って大丈夫かな……マナーとかあんまり分かんないぞ俺」

「大丈夫です、ご親戚とその友人が集まるホームパーティーのようなだから無礼講だとお父様が言っておりました」

「それなら……行ってみよう、かな?」

 

この時、進志は思いもしなかった。これが、彼の運命を大きく捻じ曲げてしまう出来事が起こるなど。



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したくはなかった経験

「よし、これで準備はいい」

 

静かな部屋の中で扉に背を預けるように立ちながら進志は窓際に並べているペットボトルを見つめている。もはやそれは日常の一ページ同然となっている行為の姿、その手に持っているパチンコなどで使われる玉。それを手の中に仕込むかのように握りこみながらも静かに集中しながら標的(ペットボトル)へと視線を向け続ける。鎌首をもたげるかのように静かに手を上げながら玉へと力を籠める。

 

『アリィ!!』

 

同時にスタンド、スティッキィ・フィンガーズが指を弾いて玉を弾く。彼の手にあるのはスタンドの手の中にあるのと同じ。弾かれた球は次々とペットボトルに当たりはしたが目標の中心には程遠く、キャップ近くに当たって大きくそれを揺らして窓際から叩き落してしまう。

 

「……やっぱり難しいな」

 

スタンドを消しながら床に散らばってしまった玉とペットボトルを拾いながら愚痴る。彼が行っているのはスタンドの訓練、スタンドの操作性と精密さを身に着けようと行っている物。スタンドを生み出す矢によって生まれたネズミ、それを討ち取るために承太郎と仗助が用いた遠隔攻撃法を訓練として用いている。スター・プラチナに比べてクレイジー・ダイヤモンドは狙いをやや外していたが、自分はそれ以上に外している。

 

「流石に精密さがCじゃ中々に難しいな……まだまだ練習は必要だな」

 

そう思いながら拾ったものを専用の箱の中へと入れていきながらも命中したペットボトルの状態を確認する。命中した玉の跡、この部分を確認すればスタンドのパワーが上昇しているかのどうかの確認もできるようにもなっている。流石にまだまだ変化がない事を確認した進志は部屋にある鏡を見ながら自分の身なりを見た。

 

「本当に私服で大丈夫、なんだよな……?」

 

 

 

「全然大丈夫じゃないだろこれ……」

「大丈夫ですよ進志さん、皆さま私服ですわ」

「明らかに俺の常識にある私服と違う」

 

隣にいる百が自分の服装について大丈夫だと言葉を漏らしているが、進志は全く大丈夫ではなかった。一応今着ている服は両親が新しく買ってくれた物だが、それでもこの場には似つかわしくない。黒いジーンズに青いシャツに黒いジャケット、個人的には気に入っている組み合わせだが周囲は煌びやかなドレスやスーツなどで固められている大人たちばかりであった。どう見ても私服には見えない、パーティ用に拵えられたドレスコードにしか見えない。

 

傍立 進志は今、恩人であり友人である八百万 百の招待を受けて彼女の親戚が主催しているパーティへと参加しようとしていた。その会場へと向かう最中の列車内で彼は自分の場違いさを感じていた。冷静に考えれば解る事であった、百はかなり裕福な家の出でそんな彼女が招待されるパーティなのだから私服で行っていいようなものではない。そもそもパーティに私服で行く時点であれな気もしてきた。唯一の救いは、彼の服装が見ようによってはスーツ的なファッションに見えないこともないというところであった。

 

「というか百のそれも明らかに私服じゃありませんよね」

「そ、そうでしょうか?私はお母様とお買い物に行く時はこのような服装なのですが……」

「ドレス着て行く買い物とか明らかに高級店ですよね」

 

何処か遠い目で隣に立っている百へと視線を送る進志。そんな彼の視線を受けてこれは私服じゃないのだろうかと首をかしげているドレスを纏っている百に思わずため息が漏れる。

 

「でも進志さんの服もスーツ姿に見えますわよ?」

「かなり苦しいフォローな気もするけど礼を言っておくよ。というかこれ本当に会場に行く為の交通手段だよな、それなのになんで列車の中でもパーティが起きてるんですかね」

 

どうやら百のご親戚というのはとんでもない大富豪らしい。この超豪華列車も所有物であるらしい、もう本気で頭が痛くなってきた。今自分と百がいるこの個室の豪華さもとんでもなく、フカフカ過ぎるソファに気が休まらない。

 

「なんか、これから向かう親戚の豪邸でのパーティもとんでもない規模な気がしてきた……」

「そうご心配なさならなくても大丈夫ですわ。叔父様がお開きになられるパーティは小さい物ですから」

「それ、比較的って意味じゃないよな……?」

 

言い方は悪いが、百の言葉は真に受けずに自分の中にある常識で咀嚼しなおして理解して覚悟を決めていた方がいいのかもしれない。所用で遅れるので後で合流すると言っていた両親がここまで憎いと思った日もない。取り敢えず合流したら一言二言、何かを言っても許されることだろうから今の内に言う事を決めておこう。それは一旦置いて、進志は手の届かない位置にあったジュースをスタンドで手に収める。百からすればいきなりジュースが宙を舞って進志の手に収まったように見えた。

 

「なあ百、本当にこいつ見えないのか?」

「はい私には何も……ただジュースがいきなり宙を舞っているようにしか……。進志さんの言うもう一人の存在(ステッキィ・フィンガーズ)は全く……」

「そっか……まあ見えないならしょうがないか」

 

矢張りスタンドは見えない。両親の個性が遺伝した結果として生まれたスタンド、だがそれは自分以外の目に見えない。ではこれは個性ではないのだろうか、疑問は尽きないが考えても分からないことは考えても無駄なので進志は思考を放棄することにした。

 

「ちょっと手洗い行ってくるわ」

「それでしたら隣の車両に行くと直ぐにありますわ」

 

場所を教わりながらも隣の車両へと移ってトイレに入る。豪華列車らしくトイレも豪華な装飾品などが沢山あって何処か居心地の悪さを感じてしまいため息が漏れる。

 

「欠席すりゃ良かったかねぇ……でも百の誘いを断れる訳がないしなぁ……これも恩による弱みか……」

 

もう諦めていっそのこと貴重な体験になると思って、経験の為に頑張るかと思おうとした時だった。不意にこの車両にはどんな人たちがいるんだと気になって、ドアにある窓からそっと車両の中を覗き込んだ時の事だった。自分の目を疑った。

 

「お、おいおいなんだこりゃ……!?」

 

―――そこに見えていたのは何やら軍服のようなものを着用し、アサルトライフルと思われるものを向けている集団とそれによって車両の中央に集められている身綺麗な人達。そしてそこに一人だけ、タキシードを纏っている男が集団から離れた位置で軍服の者たちを従えるようにしながら葉巻に火を点けているのが見えた。そっと、耳を澄ませてみると男の声が聞こえてきた。

 

「黙れっつってんだよ!!一々大声出さねぇと理解出来ねぇほどに俺の親戚たちは能無しだったか!?いいか、てめぇらの生死はこの俺が握ってるのを忘れんなぁ!!既に俺の兵隊たちが前と後ろから列車を制圧してんだからなぁ!!」

「―――ッ……!!百っ……!!」

 

その時には、進志はそっと扉から離れながらも百の元へと向かっていた。この列車は、ヴィランによって制圧されかかっている……!!



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覚悟の初陣

「し、進志さん!?どうしたのですかそんなに慌てて……」

「しっ静かにするんだ百……」

 

トイレから戻ってきた進志が血相を変えてあわてて戻ってきたのを見て驚きを隠せない百、そんな彼女に静かにするように言うと進志は百に対して今の状況を説明することにした。

 

「百、落ち着いて聞いてくれ。隣の車両にいる人達がヴィランだと思われる奴に拘束されてる。しかもそのヴィランは凄い数の部下を連れている、かなり計画的な犯行だ」

「そ、そんなっ……!?では他の皆様は人質に!?」

「ああっ。前と後ろの車両から順々に制圧しているって言っていた」

 

今いる自分たちがいる車両は丁度真ん中に位置する車両、それが幸いしているのか恐らくヴィランたちがやってくるのは一番最後だと推測出来る。だが主犯格だと思われるヴィランは隣の車両にいる、もうじきここにもやって来てしまう。一体どんな目的があるのかわからないが、何とかしなければならない。

 

「百、ヒーローに対する救難要請を出したとしてヒーローがここに来るまでどのぐらいかかると思う」

「この列車は走り続けておりますし、近場のヒーローがいたとしてもかなり時間がかかると思います……」

「なんとかそれまで凌ぐしかないのか……」

「と、ともかく要請を出しますわね!」

 

百は持っていた携帯から手早くヒーローへの救難要請を発信する。八百万家と親交があるヒーローに対する救難要請なので恐らく確実に来てくれるという確信はあるが、問題はそれまでの時間をどうやって凌ぐかという事だった。

 

「いかがしましょう……どこかに隠れるといってもこの部屋に隠れられる場所なんて……」

 

この部屋は豪華な装飾やソファなどなどはあるが、子供二人が隠れられるスペースというものはあいにく存在しない。ソファの影などに隠れたとしてもあれらは確実に徹底的に捜索を行うだろうし、隠れる事なんて無意味。いや隠れるという選択は取れる。自分のスタンドはそれが出来る。

 

「大丈夫だ、俺が何とかする」

「な、なんとかと言われましても……」

「開けっジッパー!!」

 

スティッキィ・フィンガーズが壁を殴りつけた。それによって生み出されるジッパー、少し開かれているジッパーの口の先にあったのは隣の個室などではなく全く別の不思議な空間が広がっている。これもスタンドの能力、只ジッパーを取り付けるだけではない。

 

「こ、これは……!?」

「俺のジッパーの開閉は2種類に分けられるんだ。単純にジッパーで開閉(切断or接続)が出来るようにしたものとジッパー先の物体内部に空間を作り出す。これなら何とか隠れる事が出来る」

 

驚く百だったが同時に希望も持つ事が出来た。これならば確かに隠れる事が出来るしこんな力があるなんて相手は思う事はないだろう。余りにも特殊過ぎる個性故に想像すら出来ない。

 

「さあ百、少し狭いだろうがこの中に入るんだ」

「はいっ……!」

 

これなら隠れ続ける事が出来る、ヒーローが来るまでなんとかなると思いながらジッパー内の空間へと身を入れていく。空間は少し肌寒いがそれだけで全く問題はない。そしてすっぽりと身体を収める事が出来ると振り向いて今度は進志だと手を伸ばすが、進志はそっとジッパーを閉め始めた。

 

「悪いな百。俺の能力は一度にまだ一人分が入るジッパーしか開けられないんだ。だから俺は一旦ジッパーを閉めて、新しくつけたジッパーの先にいる。一人になるだろうけど我慢してくれるか」

「し、進志さん……。だ、大丈夫です、私は大丈夫ですわ!!だから、あとでお会いしましょうね」

「ああっ。一応言っておくけど、ジッパーは中からも開ける事は出来るが、絶対に開けようとするなよ。それと声も上げちゃだめだ、外に聞こえる恐れがある。お口にチャックだ、ジッパーなだけにな」

 

軽くウィンクをすると百は少し吹き出しながらも微笑んで頷いた。それを見つめると進志はそっとジッパーを閉めるとその前にソファを移動させた。そして―――小さく、彼女に嘘を吐いた事を謝った。

 

「大丈夫だ百。お前は俺が守るから、そこにいてくれ」

 

聞こえないように静かに呟いた言葉は彼女に対する謝罪と誓いの言葉。覚悟を固めた言葉、彼のスタンドであるスティッキィ・フィンガーズには限界が存在している。それはジッパーを一定量設置してしまうとそれ以上使えなくなってしまうという物。その限界量は人間一人が入れる大きさのジッパー、つまり百を隠れさせた時点で彼はジッパーを新たに設置出来なくなってしまっている。その直後、部屋の扉の前に影のようなものが見えてきた。同時に進志は立ち上がりながら震えている腕を胸に当てながら深呼吸をする。同時にスティッキィ・フィンガーズがこちらを見つめてくる。何かを問いかけているかのように、それに対する答えは決まっている。

 

「―――覚悟を決めた」

 

勢いよく開け放たれる扉、中へと入ってくる軍服を纏った仮面を付けているかのような者たちが数名入ってくる。アサルトライフルを向けながら床に伏せろと言いたげなようにサインを送ってくるが、進志は全く動じない。何時までも伏せない進志にライフルの銃口を押し付ける、がその時―――

 

『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリィ!!!』

 

スティッキィ・フィンガーズが唸りを上げた。常人よりも優れたスピードで軍服の連中の顔面や首などを重点的に狙ったラッシュが奔った。たとえ人並みの正確性だとしても相手の頭部や首を狙ってパンチを打つぐらい造作もない。そしてラッシュを受けたそれらは壁へと叩きつけられると、煙のような物を身体から放出して消えていった。

 

「こいつら……個性によるものか。成程、ならば俺の兵隊たちってのはそういう事か……」

 

更に矢張りスタンドは見えていない、見えないものから攻撃。これはかなりのアドバンテージに成り得る、胸に灯った希望を更に大きく燃え上がらせる為に一歩前に出た進志、覚悟をもって立ち向かう。

 

「―――おいおいおい、4体消えたと思ったらこんな餓鬼が俺のアーミーを倒したのか」

 

開いている扉からこちらを覗き込むかのようにしている男、先程見たタキシードの男は葉巻を咥えたまま不敵な笑みを浮かべたまま進志を睨みつける。

 

「おい餓鬼、てめぇ何者だ。俺の親戚にてめぇなんざぁいなかった筈だが」

「奇遇だな。俺もてめぇみたいな奴を親戚に持った覚えなんざねぇよ」



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中隊運用

「ふむっ……悪くない顔つきだな、喧嘩慣れしてるって感じの餓鬼か」

 

葉巻を吸いながらこちらを舐めるように見つめて、品定めを行ってくる主犯だと思われる男。改めて前にした進志はその男をじっと見た。精悍な顔付きをしつつも目つきはとても鋭くて凶悪そう。それでも何処か落ち着きと百と同じような富豪のような雰囲気を感じる、親戚と言っていたことから八百万家に関係あるのだろうか。じっと見つめていると男は新たに葉巻を一本取りだすと、吸い口を噛み切ると手に持ったライターでじっくりと炙りながら言葉を紡ぐ。

 

「俺のアーミーズは並の大人よりも力がある。それを倒すって事は……個性を使う事に躊躇がない、だが普通に喧嘩慣れしている訳でもない。面白い餓鬼だ」

「アーミーズ……その名の通りなように軍人並みに強いってか」

「分かりやすいだろ。シンプルイズベストって奴だ」

 

奇妙な男というのが第一印象だった。目の前の男は自分の部下が倒されたというのに全く焦っていなかった。寧ろ部下を倒した自分という存在に興味を抱いていると言ってもいいような言葉遣い、そして自分の力を誇り見せびらかしたい子供のように自分の力を語っている。

 

「兵隊を作り出す、それがアンタの個性か……」

「ああそうだ、面白いだろう。約75人の兵を自由に生み出し、それらの状況をある程度把握した上で操作できる。それが俺の個性"中隊運用(アーミーズ)"だ」

 

中隊運用、それがこの男の個性でありながらこの列車を制圧した仕組み。75名の兵隊を生み出し、それらが置かれている状況を把握した上で操作する。途轍もなく厄介な能力だ。自分が操れる複数の存在を生み出すというだけで十分すぎる脅威だというのに先程の兵隊を見る限り、それも武装を行っている。武装を持った存在を生み出すのか、それとも持たせているのかは分からないがこの列車には70以上の武装した兵がいるという事になる。

 

「やれやれ残り67体になっちまったじゃねえかよ」

「……何人か、倒されてるのか」

「まあな。この列車に乗ってるのは知っての通り金持ち連中だ、当然護身術をやってる連中もいる。中には護身だけじゃすまない奴もいるって訳だ。制圧したけどな」

 

忌々しげだがどこか満足な笑みを浮かべている。改善できる点を見つけた、まだ自分は弱いと理解できる部分がまるで嬉しいと思っているかのような表情に進志は相手の考え方が分からなくなってきている。葉巻の香りが自分の鼻につく中で男は仰々しい礼をしながら挨拶をした。

 

「改めて自己紹介をしようか、これでも紳士なもんでね。礼儀は確りと守らせていただくよ。お察しの通り、俺は八百万家の血縁者だ。本名は名乗るつもりはなかったんだが俺の兵隊を倒した事に敬意を表してそちらを名乗らせていただこう―――京兆だ、苗字はない。勘当されてるんでね」

「わざわざご丁寧にどうも……進志だ」

「ほうっ進志君か……」

 

何やらしげしげと名乗った自分を見つめる京兆、何処か不気味なものを感じつつも進志はそっと足を引くようにしながら体勢を変えながら問いかけた。

 

「京兆、アンタは何でこんなことをする……如何してこの列車に乗り込んだ!?狙いは身代金か何かか……」

 

全くビビることもなく問いかけてくる進志に対して京兆は本気で敬意を感じているのか、言葉を整えて最初の時のような荒々しい言葉遣いを使わずに丁寧な口調で語りだした。

 

「威勢がいいな進志君、さすがは俺の兵隊を倒すだけの事はある。単純な理由だ、俺は一族から追放されてな。その仕返しに態々この列車に乗ってやったのさ、金なんて考えてなかったな……仕返しだけを考えてたからな」

「その為に列車を占拠したってのか……!?その為だけに」

「ああそうだ」

 

当たり前のことを聞くなよ野暮だな、と言いたげなようにあっけからんと答えて見せた京兆に進志は固まってしまった。彼には到底辿り着けないような純粋で単純すぎる回路、やられたのだからやり返す。余りにもシンプル過ぎる目的に言葉を失った。

 

「その為にだけに……許せない、その為にこんな事をしただとぉ!!?ふざけるなぁああ!!!」

 

進志の思考の尺度からは考えられない結論に怒りを覚え、その感情のままに咆哮した。彼にとっては大切な恩人の親戚を危険に晒したという以上に、百に危険な目に合わせているという事が何よりも許せなかった。そして今決めた、彼女を守るために自分はこの京兆と戦うッ!!その途端、瞳を鋭くした京兆は葉巻を足元に落とすとグリグリと力任せに血を踏み消した。

 

「今君は俺に敵意を、怒りを向けたな。理解しているんだろうな、敵意(それ)を向けるという事は俺もお前に同じ物を向けるという事だ。進志君は俺の親族じゃない、何もせずに投降してくれるのならば兵隊を倒した事も不問して危害を加えないつもりだ。それを聞いたうえでも俺にそれを向けるか」

 

鋭くも荒々しい瞳が心臓を射抜くのように突き刺さる。それでも進志は瞳に怒りを込めて向け続けていた、今彼の中に怒りしかない。燃え滾る炎しか存在していない。

 

「ああっ向けるな……それよりもお前は俺と戦う覚悟は出来てるか、俺はお前の兵隊を4体倒してるんだぜ」

 

改めて敵意がある事、自分はお前を倒す事が出来るだという事を宣告する。すると京兆は大きく笑うと邪悪な笑みを浮かべながら言った、そして同時に京兆の周囲を7人の兵が守護するかのようにライフルを構えていた。

 

「なら―――単純に数を増やして対応してみようじゃないか」

 

京兆が指を鳴らす。同時に兵が持ったアサルトライフルが火を噴いた。至近距離からのライフルの連射、それだけで人間はあっさり死ぬだろう。だがライフルから放たれてくる弾丸を怒涛のラッシュを放ちながら防いでいる存在が進志を守っていた。彼のスタンドであるスティッキィ・フィンガーズが京兆のライフルの銃撃を防いでいた。京兆からすれば放たれる弾丸が進志の目の前でそれで弾かれているかのような光景が広がっているが、見えない何かを操作する能力なのかと推測する。

 

「やるな……俺の弾丸は本物の弾丸に比べたら威力はないしそこまで速くはない。それを差し引いても凄まじいな」

「こんなもんかぁっ京兆ォ!!この程度だっていうんならよぉ、紅海を渡ったモーゼみたいにお前に近寄るぞォ!!」

「それも可能だろうな―――本当に出来る物ならな」

「なッ―――!?」

 

瞬間、突如として弾丸の威力が跳ね上がった。先程まで弾く事が出来ていた弾丸が急に威力と速度が跳ね上がり、防御しきれなくなった。弾丸は次々とラッシュを潜り抜けていき、脇、肩、太ももなどを貫いていく。更にラッシュで弾ききれなかった弾丸が顔などを掠って血を滲み出させる。

 

「ぐっがぁぁっ……!!!ぁぁぁぁっっっ……!!!」

「生憎、実弾もあるんだよなぁ。こっちはリアルな金が掛かるから使いたくないんだけど、君はこれでないと止められないだろうからな」

「がっ……ぐぅぅううああああ!!!!」

 

体験した事もないかのような痛み、熱く鋭く苦しく辛い。それらを凝縮されたゼリーが体内に複数出来たかのような苦痛が身体に複数出来ている。声が迸る、痛みが突き抜けていく、それが精神を一気に支配しようと駆け巡ってくる。

 

「ここで降参してくれるなら、攻撃はしない。手当もする、どうかな進志君。俺は君を心底気に入った。気に入った奴は傷つけたくない」

 

蹲って痛みに耐えている自分に目線を合わせるようにしながら言う京兆。自分を気遣っているようにも見えるが明らかに自分を煽っている、見下している、馬鹿にしている。自分のような子供には倒されないと暗に言われているような気がした。

 

「これでも子供に実弾使っちまったって心配してるんだ。なあ降参しろ」

「嘘つけ……心配してん、なら……銃向けんな……」

「それは無理だ。君が降参しない限りな」

 

合理的だ、相手に戦力差を明確にさせながら状況を認識させ降参を勧めている。嫌な奴だと思いながらも進志は言う。痛みが降参を勧める中で言った。

 

「誰がするか……アホがぁぁ!!!」

 

力を振り絞って、スティッキィ・フィンガーズに京兆の頭部を狙わせたパンチを走らせる。命中して相手の意識が薄れれば勝ち目はあると思った逆転の一手―――だが所詮は子供の浅知恵だと言わんばかりに、それよりも早くに兵隊が所持していたナイフで自分の顔を切りつけていた。同時に、視界が血に染まる。

 

「残念だ進志君。君の事は気に入っていたのにな」

「―――ッ……」



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燃え上がる覚悟

「(進志、さん……!!!)」

 

暗く肌寒い空間の中、彼女は大粒の涙を流しながらも必死に声を押し殺し今すぐにもジッパーから飛び出して進志の元に行きたい衝動を抑え込んでいた。ジッパーの中でも音は聞こえてくる、大きな音ならば聞こえてくる。それに必死に耳を澄ませ、彼女は外で起きている出来事を把握していた。同時に進志が自分を守る為に戦ってくれている事、そして自分がここから出たら彼の思いを無駄にするという事を理解してしまっていた。

 

「私の、ために……そんなぁっ……」

 

聞こえて来るのは京兆という八百万家から追放された男が報復の為にこの列車を制圧したこと、それに対して進志が怒ったこと、そして直後に戦いが始まった事だった。だがすぐに戦いは終わった、耳を劈くかのような激しい銃声の直後に聞こえてきた進志の苦痛に歪んだ声に声が出そうになり必死に手で口を押える。

 

『―――ここで降参してくれるなら、攻撃はしない。手当もする、どうかな進志君。俺は君を心底気に入った。気に入った奴は傷つけたくない』

 

それが聞こえた時、思わず必死になって祈ってしまった。お願いだからもう戦わないでほしい、もう傷つかないで。もう傷ついて苦しむ声を聴きたくない、お願いだから降参してほしいと素直に思った。大切な友人である進志が苦しんでほしくはないという思いが胸いっぱいに広がっている。聞こえてくる進志の息遣いはとても苦しく、歯を食い縛って痛みを耐えているかのような物だった。だが―――

 

『誰がするか……アホがぁぁ!!!』

「(進志さん……!?)」

 

彼は足を止めようとしなかった。尚も立ち上がって戦う意思を見せる彼に驚きを隠せなかった直後、先程まで聞こえていた進志の声がしなくなり何かが崩れ落ちるかのような音が聞こえてくる。

 

『残念だ進志君。君の事は気に入っていたのにな』

『―――ッ……』

 

「―――私のせい……私が誘いなんてしなければ……」

 

 

 

「君が悪いんだよ進志君、素直に降参していれば何もしなかった。最後にナイフでの攻撃もなかった」

 

進志の血が付いたサバイバルナイフをしまう兵を見ながら目の前で倒れこんだ進志へと視線を向ける。頭からそして身体の各部から流れ出す血の中に沈むかのように倒れこんでいる。最後の反抗の意思を見せたときに反射的に行った兵のナイフはかなり深くまで入っていた為に多量の出血が起こっている。ドクドクと流れ出す血が床を染めていく。

 

「アーミーズ、最低限の手当てをしろ」

 

このまま死なれても困る、そう思いながらも衛生兵を呼び出して彼の治療を行わせる。元々進志は自分の親戚ではなかったので報復の対象外であった。自らの行為に巻き込み、その中で自分に戦う意思を見せてきたと言ってもこのぐらいの治療はしてやるのが筋だと思い、最低限の治療を施そうとする。衛生兵が進志の様子を確認しようと手を伸ばした時―――

 

『アリィッ!!!!』

「何ッ!?」

 

いきなり衛生兵が天井へと吹き飛ばされた、腹部を思いっきり殴りつけられたかのようにくの字になりながらも激突した。そして一瞬でダメージの限界を超えたのか消えていった。一体何が起こっているのか一瞬志向が混乱する中でそこに何かが立った。まるで進志を守るかのように不透明の守護霊が存在していた、それが自らの兵を殴り飛ばしていた。

 

「こ、こいつは……!!そうか、こいつが進志君の個性。そして見えない攻撃の正体か……!!」

 

残っている兵を進志から距離を取らせながらも実弾を装填し射撃体勢を整える。まだ進志に戦う意思があるというのか、子供だと侮っていたと思いながらもトリガーを引かせようとするが京兆は命令を取りやめた。不透明な守護霊は全くこちらに仕掛けてこようとはしていない。拳を構えてはいるが此方に殴りかかろうとは全くしていない。

 

「こいつは……まさか一定距離にある奴を攻撃するのか……?」

 

試しにマガジンから弾丸を一発抜き出して進志へと向けて投げてみる。弧を描いて進志へと向かっていく弾丸は先程衛生兵がいた距離ほどに入ると……

 

『アリィッ!!!』

「やはりか」

 

凄まじいパンチを繰り出し、弾丸を拳で真っ二つに圧し折ってしまった。あれほどのパワーで殴られたら一溜りもないがあれならば実弾の射撃もラッシュで十二分に対応する事が出来た筈。それなのに実弾の射撃を対応し切れずに進志は何発もの弾丸を身体に受けている。一体どういうことなのか、理解できない。

 

「何が起きている……?」

 

一先ず目の前のこれはただただ純粋に進志を守ろうとしている事、そして進志に近づこうとするもの全てに対して攻撃を及ぼす存在となっている事、何故か先程よりも力が強いという事。残念だが治療は出来ない、このまま放置するしかない―――。

 

 

 

 

―――……痛い、辛い……。

 

激しい痛みの中で倒れこんだ進志は血の中に居る。その中で朦朧とする意識の中で熱病のような凄まじい痛みを味わっている。全身に染み渡っている痛み、そして徐々に身体が冷えてきているのが分かる自分がいる。あふれ出している血の池の中、肌に触れているそれが酷く暖かく、まるで風呂に入っているかのように思えてきた。

 

―――……俺、死ぬのかな……。

 

ぼんやりと茹で上がってきた頭が示した死というもの、不思議と恐怖はなくあったのはこの苦しみから逃れられるのではないかという思考だった。全身に走る痛みをこれ以上味わいたくないそんな思いがある、もう痛みの中に居たくはないという思いから瞳を閉じようとした時、不意にソファが気になった。なぜ今と思ったが理解した。ソファの影からほんの僅か、意識しないと分からない程度に見えているジッパーがあったからだ。

 

―――も、も……。

 

今自分が死んだら百はどうなるのだろうか、京兆に見つかってしまうのではないか、それともジッパーが無くなり空間ごと消滅してしまうのか、様々な憶測が飛び交う中で思った。このまま死ぬのは……いやだ。そう思うと同時に―――スティッキィ・フィンガーズが出現する。自分を見つめているかのようにしながら立っている。

 

「―――覚悟は、決まってる。ならば俺はどうすればいい……スティッキィ・フィンガーズ、お前が教えてくれた……」

 

同時に力が漲ってくる、火事場のバカ力という奴だろうか。それでもかまわない、例えこの力が蝋燭が消える際に一際大きく炎のようなものだとしてもいい。その炎であいつを焼き付せばいいだけの事だ。

 

「俺がすべきことは……百を守る。その覚悟を見せ付ける、奴の報復を……打ち砕く……!!」

 

血だまりに沈んだ四肢に力を籠める、同時に弾丸に当たった部位が凄まじい熱と共に痛みを走らせるがそんな物は気にならなかった。決めた事をやる為に覚悟で身体を動かす。真っ赤に染まった視界の中にいる京兆を捉える、もう絶対に逃がさない……奴を打ち砕く。

 

「……何故立つ……?」

「単純な事だ……俺は決めていた、それに報いる為そして―――俺が決めた事を守る為に俺は立つ……俺は……覚悟を決めたぜ」

 

血に染まった身体を持ち上げた進志はこちらを見つめる京兆へ威嚇の意味を込めて、スティッキィ・フィンガーズで壁を殴りつけた。その一撃は壁に罅を走らせながら大きく砕けていった、先程とは明らかに違う力の大きさに進志は気付けていなかったが彼は―――拳を彼に向けた。



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覚悟の闘志

京兆は素直に目の前で立ち上がった一人の少年に対しての敬意が恐怖へと移り変わっているのが理解できた。並の人間ならば身体の複数に銃弾を食らった上で頭部にナイフより深い傷があるのにも拘らず立ち上がる事が出来るだろうか、訓練を積んでいたり精神的に大きく成熟しているプロのヒーローなどなら十分に可能だろうが目の前にいるのは全く違う。各部から血がまだ出ている、それなのに彼の目にはそんな事など気になっていないようにも映っている。

 

「(なんだ彼は……痛みを感じていない、のか……?)」

 

痛みが一周して精神的にハイになって痛みを感じなっているのかと思ったが、相手の瞳は酷く冷静にこちらを捉え続けている。そこにあるのは自分を絶対に逃がさないという不屈の闘志と大きく燃えるかのような何か。

 

「不思議な気分だ、さっきまであった痛みによる恐怖が消え去っている。俺の中にあったそれが、決めたそれによって精神が完全に固定化されている。今の俺に恐れはない、あるのはお前を倒すという意思だけだ」

「……言ってくれるな進志君。再び立つならば俺は本気で君を殺す気で銃を握らなきゃいけなくなる」

「―――ゴチャゴチャ言ってねぇでさっさとトリガー、引いてみろ」

 

身体を斜めにするかのような体勢を取りながらも挑発的な言葉を口にする。絶対の自信があるのか、それとも自棄になっているのかは分からないが既に警告はした。ならば次は行動だと言わんばかりに腕を軽く上げる。連動するかのように兵がライフルを構え、下げると同時に銃口が輝きながら銃弾を吐きだして行く。先程装填したままの実弾が、更に身体を抉ろうと迫る中で進志の心は全く揺るがなかった。痛みによる動揺はなく、ひたすらに穏やかだが深層では強い感情が渦巻き続けていた。

 

「スティッキィ・フィンガァアアズ!!!!」

 

叫びをあげ唸りが上げる。赤く染まった視界の中に飛び出していく拳の嵐、それらが実弾を捌ききれるのかは分からないが迷うことなくそれを選択していた。今まで感じた事もないような速度を纏ったままでスタンドは腕を振るって迫りくる弾丸の雨の中をかき分けていく。

 

「マジかよ……さっきは対応できなかったことに対応している……」

 

思わず驚きで弾丸の雨を止ませてしまう、銃口から煙が立ち上る先にあるのは周囲に弾痕を残しながらもなおも立ち続けている進志とそれを守り続けているスタンドの存在だった。そして進志は一歩、一歩、踏みしめるかのように歩いてこちらへと向かってきた。身体から血が溢れているのにも拘わらず、気にも留めずに近づいてきた。

 

「俺はある覚悟をもってお前に立ち向かっている、俺は彼女を守る。ただそれだけの為に立っている」

「女を守る為……ず、随分とカッコいい事を言うじゃないか」

 

冷静を装うとしているが明らかに声色が可笑しくなってきていた。目の前の進志に対する恐怖がますます強くなってきていた。全身に傷を負いながら立ち上がり、銃撃の嵐を抜けてるほどの覚悟を女を守る為というだけの覚悟で成し遂げたという。そんな覚悟をこんな少年がするのかと、驚きを隠せない。

 

「俺はお前を倒す、そして百も守る。両方をやるのは京兆、お前相手に両方やり遂げると言うのはそうムズかしい事じゃあないな」

「……」

「お前は思っていた以上のゲスじゃないからな、やりやすい」

 

思わず後退ってしまった。怖い、目の前の子の少年が……。こんな事ならば報復なんて馬鹿な事を考えなければよかったんだとさえ思えるほどに進志が纏っているオーラは異常なものだった。目的の為ながら自分がどうなろうと構わない、自分を倒すためならば平気で自分さえも犠牲にして刺し違えてでも仕留めようとするだろうと予見させる凄みを感じさせる。

 

「これだけの事をしたんだ、お前もされる覚悟がある。そう解釈するぜ―――覚悟はいいだろうな、俺は出来てる」

「―――ッ!!」

「スティッキィ・フィンガァァアアアアズ!!!!!」

 

スタンドが唸る、表情さえ読み取れない見た目(デザイン)をしているがその表情は闘志漲る表情をしているに違いない。叫び声と共にスティッキィ・フィンガーズが躍り出る。この時を待っていたと言わんばかりに、咄嗟に残っていた兵を出現させて自らのガードを固めるかのようにする京兆。しかし、今の進志にはそんなものは薄いベニヤ板にしか過ぎない。

 

『アリアリアリアリアリアリアリアリ!!アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリア!!!!!』

 

パンチの一発一発が放たれて行く度に兵を貫通していく、貫通して行く度に兵は煙と光になって消えていく。壁にすらならないそれはあっという間に品切れと化す。そして遂に―――スティッキィ・フィンガーズの拳が京兆を捉えた。振りぬかれた拳が即座に再び襲い掛かっていく、傍から見れば腕が何本もあるかのような光景が広がっている事だろう。

 

『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ!!アァァアアアリィィィ!!!!

「ダギャバァアアアアアアアアア!!!!」

さよならだ(アリーヴェデルチ)

 

渾身のラッシュの全てが吸い込まれていく、無数の腕によりパンチの雨霰が京兆の肉体へと入った。身体中が軋むような音を響かせながら吹き飛ばされた京兆は廊下の壁に激突しながらも、糸が切れた人形のように廊下へと倒れこみ意識を完全に喪失してしまった。そしてそれを見届けた進志は全身から力が抜けていく感覚と途轍もない痛みを感じ始めた。

 

「がぁっ……」

 

再び血の池の中に身体が落ちる。先程まで身体にあった炎が消え去り冷えていくかのようなものを感じながら、赤く染まった天井を力なく見つめていた。

 

「守れ、たかな……百を……」

「進志さん!!!!」

 

そんな言葉に応えるかのようにジッパーが開くような音とソファを押しのける音がする。そしてそこから大粒の涙を流しながら百が自分に駆け寄ってくる。自分の血でドレスが汚れる事など関係なしに膝をつき、自分を抱きかかえるようにしながら必死に呼びかけてくる。

 

「ああっそんな、そんな……こんなに血が、血が……進志さんしっかりしてください!!」

「百……君は、無事なんだな……?」

「わ、私の事なんていいですからご自分の事をっ……!!」

「無事、なんだよな……?」

 

百は言葉を失った。これほどの重症なのに自分の事を思ってくれる進志、そして彼が何を一番聞きたいのかを察して言葉を作った。

 

「はい、私は怪我一つしておりません……!!」

「そうか、そうか―――良かった……」

 

そう言うと進志は安心してしまったのか、緩やかに瞳を閉じてしまった。そんな彼に百は必死に呼びかけ続けた。

 

そして、京兆が気絶したことでアーミーズが消え去り解放された大人たちは列車内をくまなく調べ彼らの元へと辿り着いた。そこにあったのは壁に叩きつけられ気絶している主犯(京兆)と血だまりの中で死んだように眠る少年(進志)とそんな彼に抱き着きながら大粒の涙を流し続ける少女()だったという。



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覚悟の代償

「……んんっ……」

 

何処か重くなっている瞼を開く、冬の朝にいるかのような感覚。もっと惰眠を貪っていたいという思いもあったが一先ず瞳を開けてみる、再び惰眠を貪るかを決めるのは後でも構わないだろう。ぼんやりとした視界の先にあったは真っ白な天井と自分を見下ろすかのような明かりだった。

 

「(あれ……俺の部屋の天井ってあんなに白かったっけ……?)」

 

何処か起きている記憶との齟齬、それを感じつつもぼんやりとそれを見つめ続けていると身体を動かしたくなったのか寝返りを打とうとするのだが、身体が軋むかのような痛みが全身を貫いて動きを静止しすると共に寝ぼけていた意識が一気に覚醒していってしまう。

 

「つぅぅっ!!?んだぁこりゃ……!?」

 

昔肉離れを経験した事があったがそれ以上にとんでもない痛みだ、身体が抉られて貫通しているかのような傷が身体のあちこちにあるような痛みがある。加えて意識がハッキリしてきているので分かってきたが、如何にも視界が狭いというよりも片目に強い圧迫感を覚える。左手で顔を触ってみると左目が包帯やらで厳重に覆われているのが分かった。そしてその時、なぜ自分がこうなっているのかを思い出した。

 

「そうか……俺、京兆の奴に撃たれたんだよな……しかも最後はナイフで……ってやっぱいてぇ!?」

「んんっ……」

 

その時だった。何処からか声が聞こえてきた。まだ満足に身体を動かせないが顔を動かしてみると自分が横たわっているベットにうつぶせになるようになりながら眠っている少女がいた。それが自分が必死に守ろうとしていた少女、百がそこにいた。

 

「いけません、つい眠ってしまいました……進志さんの看病をしなければいけないのに……」

「も、百あんまり無茶するなよな。睡眠不足は美容の敵だぞ」

「はいっ以後気を付け……」

 

目を擦りながらこちらを見た百は思わず硬直した。彼女の目の前には目を覚ました進志がこちらを気遣った言葉をかけてくれていた。進志からすれば純粋に彼女を気遣ったつもりだったのだが、徐々に彼女の顔は破顔していき、大粒の涙を流しながら思わず進志へと抱き着いた。

 

「わぁああああああああああ!!!本当に本当に良かったですぅぅぅぅ進志さぁぁぁあああん!!」

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッッッ!!!!!き、傷がぁぁぁぁあああああ!!!!!????」

「本当に良かったですぅぅぅぅう!!!」

「百ォォォオオオお願いだから離れてくれぇェェエエ!!!傷がぁぁあああああ!!!」

 

この後、進志の絶叫で飛んできたナースと医者がなんとか百を引き剥がしたが、その時には進志は壮絶すぎる痛みで軽く痙攣しながら意識が消えうせる寸前にまでなっていた。早急に鎮痛剤が投与されて漸く彼の痛みは治まったのであった。

 

「な、なんか川が見えた……父さんと母さんがなんか手振ってたって二人は死んでない……あれっじゃああれ誰だったんだ……」

「ほ、本当に申し訳ございませんでした……本当に嬉しくて、進志さん三日も眠り続けていたのでもう起きないのではないかと思って……」

「そんなに寝てたのか俺……」

 

京兆を破った後、途中停車駅で止まった列車から自分は病院へと緊急搬送され手術が行われたらしい。手術は成功した物のそれから三日間の間ずっと眠り続けていたらしい。京兆は駅到着と共に到着したヒーローに拘束されて、そのまま警察と共に連行していたらしい。

 

「三日……9食も食い損ねてるじゃねぇか」

「いやそこではないと思いますけど……」

「分かってるよジョークだよ。なぁ百、お前は怪我ないんだよな」

「えっ!?あっはい私はずっと進志さんのジッパーの中に居ましたので」

「そうか、そりゃよかった……改めて、安心したよ」

 

そう思うと再び身体から力が抜けていく。安堵が胸を包む。そんな中、百は両手でスカートを掴みながらも歯を食い縛るようにしながら言った。

 

「進志さん、その本当に、申し訳ありませんでした……。私の為にこんな……」

「謝られても正直困るんだよなぁ百、俺がそうしたかっただけだし」

「しかし、私がパーティにお誘いしなければ進志さんは大怪我をしなかったのに、それに目が……」

 

百の視線はやはり包帯などで包まられている左目へと向けられている、その言葉を聞いて察しが付き確信した。京兆と戦っている時から気づいてはいた。あの時、ナイフは自分の左目に当たっていたんだと。視界が赤で染まったのは血が目に入っただけではなかったのだろう。

 

「あなたの左目はもう光を取り戻せない……」

「なあ百」

「私が……私が……!!」

「おい百、俺を見ろ」

 

少し力強い言葉に導かれて百は進志を見ると、彼は口元を緩ませて笑っていた。どうして笑っていられるのか理解が出来なかった、もう片目は見えないのにどうして笑っていられるんだ。自分が憎くないのかと思う中、進志は言った。

 

「俺、今どんな顔してる?」

「わ、笑って、おられます……ど、どうして……?」

「お前が無事で俺の傍にいるからだよ。あの時の俺は何としてでも、お前を守りたかった。それが出来て俺も生きてまたお前といられる。それだけで俺は満足だ」

 

信じられなかった、進志は自分の事を全く恨んでも怒ってもいなかった。寧ろ一緒に居られるだけで嬉しいと言ってくれている。再び涙が零れ落ちる。そんな自分を見て進志は泣かないでと言う。

 

「進志さん、進志さん……!!!私は傍におります……そして貴方の、貴方の目になって支えます……!!だから、傍に居させてください……」

「嬉しい事言ってくれるなぁ……ありがとうな百」

 

この時から、二人は強く深い絆で結ばれた。



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入院の一幕

「やれやれっアンタも無茶をしたもんさね、アンタのその左目がどんな事になってたのか知ってるかい?」

「ええっ医者と駅に来たヒーローが俺に煩く言ってましたからね、一字一句覚えちゃいましたよ」

 

進志の病室に訪れている一人の老婆、彼女もヒーローだ。リカバリーヒーロー:リカバリーガール。希少な治癒の“個性”を持ち現役時代はその能力で多くの人々を救ってきた偉大なヒーローの一人、今は小柄な老婆となってしまっているがその個性は衰えていない。今現在はヒーローを教育する学校の最難関校である雄英高校の看護教諭をしているが、時々各地の病院を訪れては重傷者の治療に当たっている。

 

そんな彼女がこの病院を訪れていたのは雄英のOBであり、良く保健室にやって来ては自分の世話になっていたヒーローが是非見てほしい子が居るというのでやって来てのであった。そして進志の元を訪れたのだが、資料でどういった経緯で怪我をしたのかを知っているが、やはり滅茶苦茶としか言いようがない。

 

「角膜と水晶体の大きな損傷。眼球破裂、視神経断裂……これに加えて身体の各部に銃弾を受けておいてよくもまあ相手を殴り飛ばせたねぇ」

「火事場のバカ力ってやつですかね。今まで生きてきてあそこまで力が満ち溢れた経験もありませんでした」

「嬉しそうに言うんじゃないよ。火事場の力っていうのも普段脳が身体に掛けているリミッターが外れただけ、しかもリミッターが外れれば身体は徐々に壊れていくんだよ。全く若さっていうのは怖いねぇ」

 

リカバリーガールの治癒の個性を受けて身体の痛みはかなり消えてきている。対象者の治癒力を活性化させ傷を治癒させるのが個性の仕組み。傷に応じて対象の体力を使い活性化を行うので重傷が続くと体力消耗し過ぎて逆に死ぬという事もある、がリカバリーガールの長年の経験でその匙加減でその辺りは完璧に行う。

 

「今回、アンタは個性を使用している。だけどそれは女の子を必死に守ろうとしていた気高く素晴らしい物だという事で不問にされている。加えてヴィランをたった一人で倒してる……だけど、これがどれだけ危険な事だという事は理解しているかい?下手すれば殺されていたかもしれないんだよ、ヒーローが来るまで待っていても良かった筈だよ」

「それ、何度も言われましたよリカバリーガール」

 

聞き飽きたと言わんばかりの表情を作る進志。意識が戻ってから彼にはほぼ毎日医者やヒーローが説教じみた言葉を投げかけ続けていた。危険を冒す意味などない、死ぬ可能性だってあった、ヒーローに任せればよかったと。口々にそう言い、同時に光を失った自分の目を同情の目で見つめてきた。

 

「それじゃあまた言うよ。ヒーローが必ず解決した筈だよ、あの時向かっていたヒーローの中にはエクトプラズムそしてギャングオルカもいた。確実に鎮圧出来ていた」

「だが俺がそれを知る術はなかったし時間もなかったし、ヒーローが来るまでの間に奴が百を見つけて怪我をさせる可能性もあった」

 

それに対して彼は決まって確固たる意志をもって言い返した。ヒーローが来てくれるまでの間に誰も傷つかない、自分が守ろうとした百が発見されない保証はない。全ては結果論であって現実と異なっている。

 

「……」

「あの時、周りの大人たちは京兆の個性で制圧されて百を守るのは俺一人だけだった。そして俺は戦える力があった、だから戦った。そしてヒーローたちは何をやっていたんですか、結果的にヒーローは停車予定の駅に待ち伏せをしていただけだった。助けに来てくれたというよりも、現場がヒーローに向かっていただけです。そしてこれも事実です、俺が京兆を倒すまでヒーローは誰一人として列車に来なかった」

「……耳が痛い話だね。その話をして皆困っている事だろうに」

「ええっ医者もヒーローも、あのギャングオルカも困った顔をしてましたね」

 

それを聞いて進志の意思、いや覚悟の強さというものをリカバリーガールは再認識した。まだ成人もしていない少年が身体に弾丸を食らった上に片目を潰されたというのに果敢にヴィランに立ち向かえたのは、彼の精神(意思)とそれを作った覚悟の強さ。プロヒーローですら上回るのようなとんでもない覚悟の仕方だ。あのギャングオルカすら困惑させるほどの覚悟を持った少年、ある意味将来有望な子供かもしれない。

 

「そして何より、俺は片目を失ったことを後悔していません。寧ろ安心してます」

「如何してだい?」

「大切な女の子を守れたからです、それにまだ彼女の笑顔を見る事が出来る。それだけで俺は満足です」

「やれやれっ惚気られちまったねぇ。だけどアンタみたいな子は嫌いじゃないよ、また来て治癒してあげるから確り療養しておくんだよ?」

「分かりました」

 

何処か肩を竦めながら去っていくリカバリーガール。彼女のおかげで入院の期間が短くなるのだから感謝しておかなければ、そう思っていると今度は入れ替わりと言わんばかりに百が入ってきた。

 

「進志さん、お父様が果物を用意してくださいましたの。食べるようでしたら剥きますがどうします?」

「小腹も減ってる頂こうかな。9食分を取り戻さないと」

「もうっ進志さんったら、でしたらリンゴを剥きますから待っててくださいね」

 

そういうと彼女はベットの近くの椅子に座ると持ってきた皿と果物ナイフを出して、ゆっくりと刃を当てながら必死な表情で皮をむき始めた。

 

「も、百あの大丈夫か?」

「大丈夫ですわっご安心ください!!この八百万 百の名前にかけて立派なリンゴ作って見せますわ!!」

「ああいや別にそんな必死にならなくても……」

「進志さんにいただいていただくのですから、このぐらい当然ですわ!!」

「……そ、そうか」

 

この後、必死に挑戦する百だったが……皮をかなり厚く剥いてしまって食べる部分がかなり少なくなってしまった。

 

「わ、私とした事が……」

「(もぐもぐ)いやでも普通にこのリンゴ美味しいぞ、甘みと酸味のバランスが最高だな」

「ですが私がもっとうまくやればもっと堪能出来たはずなのです!!次こそは完ぺきなリンゴを、いえリンゴのウサギを作って見せますわ!!」

「……なんか、百が燃えてる」



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進学志望

漸く退院をする事が出来た進志、何度かリカバリーガールが訪れ治癒を施してくれたおかげでもあって予定もずっと早く退院する事が可能となっていた。リカバリーガールには感謝しなければならない。そんな進志は片目に眼帯をしながら生活することになり、最初こそ違和感が強く身体をぶつけてばかりだったのだが一週間もすると問題もなくなっていた。

 

「進志さん、新しい眼帯をお持ちしました!!」

「おいおい百……別に毎日持ってこなくてもいいんだぞ。この銀縁と黒の眼帯だけでいいんだけど」

「いえっこれも進志さんの目の為なのです!!もしも不衛生なもので目にばい菌が入りそこから……ああっ考えただけでも恐ろしい!!し、進志さん念のために今から消毒しましょう!!今消毒液を作りますので!!」

「お、おいおい流石にそれはやり過ぎ……って今ここで作ろうとするなって馬鹿服を着ろ!?」

 

進志が部屋でスタンドの精密操作性の訓練をしていると百がやって来て新しい眼帯を持ってきた、これも最近よくある日常の一ページになりつつある。百は何処か進志の目の光を奪ってしまったのは自分だと自責の念があるのか、進志に何処か奉仕するようになっている。いや、依存していると言ってもいいのかもしれない。

 

「で、でも進志さんの為……」

「もう十分すぎるぐらい報われてるっつうの俺は!!何か作ろうとするなら、折角だから昼飯でも作ってくれよ」

「は、はいお任せください!!実は以前のリンゴの失敗から、屋敷のコックとお母様にお願いして料理の猛特訓をしておるのです!!」

「そりゃ楽しみだな」

「では早速お母様たちに連絡して最高級の素材調達をっ……!!」

「わ~待て待て待て!!?家の中にある食材で良いから、そんな手間掛けなくていいから!!?」

 

命を救ってくれたというだけではなく、自分の為に大けがをしたというのにそのことに対して何も言わない処か一緒にいるだけで満足と言ってくれた。彼女からすればそれが堪らなく嬉しく光栄だった、そして何より彼女は彼の目になるという誓いを立てている。それもあって彼と出来る限り一緒に居たいと思っている。それがやや行き過ぎてしまっているだけなのである。

 

「やれやれ……そういえば百、来年はもう受験だけど何処を志望するんだ?」

「進志さんが行く所ならばどこまでも」

「おいおい……こういう時は普通自分が行きたいところに行くもんだぜ」

「進志さんが行く場所、そこが私の行きたい所なのです」

 

真剣にそう述べながら味噌を溶かしていく百にため息が漏れる。自分の責任かもしれないがあの一件以来、百は本当に自分にべったりになっている。百自身の意思で自分と同じ所に行く、遊びに行く時も自分が行きたい場所ならば自分もそこに行きたいというようになっている。これで自分が男子校に行こうと思っていたらどう思っているのだろうか……これで自分が変な事を言ったら百の両親から凄い目で見られそうだから慎重に言葉を選ばなければ……。

 

「そうだな……俺は入院した時のリカバリーガールの縁もあるし雄英にしようと思ってるんだ」

「っ―――!!雄英、ですか!!?実は私も雄英には進志さんと共に行けたらなんて幸せなんだろうと思っていたのです!!」

「前に言ってたもんな、ヒーローになる為に雄英に行くって」

「覚えていてくださったのですかぁっ!!?」

「だぁぁっ包丁を持ったままキッチンを離れない!?」

「はっすいませんでしたぁ!?私としたことがぁ……」

 

彼女を諫めつつもパーティの前に話していた事を思い出しながら、同時にリカバリーガールに雄英に来たら歓迎すると言われた事を思い出したので雄英(そこ)を推した。実際生臭い話をすると、最難関校を卒業すれば就職難化にも困らないだろうという魂胆が主なのであるが……京兆との戦いで、自分も弱いと再認識で来たのでそこで自分を鍛えたいという思いもあった。

 

「なぁ百、お前が俺の目になってくれるっていう約束は本当に嬉しい。だけど君には君の道がある筈だろ、俺なんかの為に君の人生を不意にしないでほしい。片目だけなのもだいぶ慣れた。だから俺もう一人で―――」

 

そう言おうとした時、彼女が抱き着いてきた。服の上から来たエプロン越しに伝わってくる百の歳不相応な程に魅力的かつ魅惑的に成長している柔らかな体の感触にドキドキしてしまう。そして強く、腕に力を込めて抱き着いてくる。どうしたのかと聞く前に彼女の表情を見て言葉が出なくなった。涙を―――流していたからだ。

 

「一人で、なんて言わないでください……。もう一人にならないでください……私はあの日、ジッパーの中で自分を呪いました……聞こえてくる音や声に恐怖しながら、そして……進志さんが私の為に苦しんでる事を……」

 

孤独なジッパーの中、見つからなければ安全な場所であったが百はその中で震えていた。聞こえてくる情報はどれも自分に恐怖を与えてくるものばかりだった。その中でも一番恐ろしかったのが進志の苦痛に満ちた声だった……。

 

「すべてが怖かったのです、ジッパーから出て血まみれだった進志さんを見たときは息が止まるかと思いました……。それなのに貴方は私の事を心配なさって……あの時、飛び出したかった……でも、進志さんの言葉と覚悟を無碍に出来ず、私は何もしなかった……」

「百……」

「もう、いやなんです……進志さんが一人で戦っているのに何もしないなんて……だからせめて私もその隣にいたいのです。一緒に居たいのです、貴方を……守りたいのです、だからお願いです……私を傍においてください……」

 

涙を流しながら心中を語る彼女に進志は何も言えなくなっていた。彼女を守る為に行動していた時分だが自分の行動自体が彼女を恐怖に駆り立ててなんて思いもしなかった。あの時の後悔をもう繰り返したくないから、という事もあったのだ。ならば自分がすべきなのは……

 

「―――悪い、そんな風に思ってたなんて考えもしなかった。百、これからもその、よろしくな……」

「はい、よろしくお願いします……」

 

しばらく、二人はそのまま抱き合っていたがみそ汁が沸騰しているのを目撃して慌ててキッチンへと一緒に駆け出していくのであった。



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進志の日常

「進志、この前また百ちゃんにお昼作ってもらったんだってぇ?このこのモテ男め!」

「黙れクソ親父。この前会社に弁当届けに行った時の事バラすぞ」

「おいバカマジでやめろ」

……ねぇ貴方、この後お話ししましょう?

「ひぃっ母さん違うんだ!!?」

 

朝食を取っている時に思わず父がそんなことを振ってきたので絶対に言うなよと言われたことを、意図的だがうっかり口を滑らせてしまった。そのことで母の表情は笑顔でありながらも影が生まれ、凄まじい威圧感があった。笑顔とは元々攻撃的な物だと聞いた事があるが、事実だったらしい。

 

「違うんだ母さん!!?俺は悪くないんだそれに全部しっかりと断ったし!!?」

「の割にはデレデレしてたよな」

「マイサァアアアアアンッッ!!!?」

へぇっそうなんだ……あなた、ちょっとこっちに来てね……?

「か、母さん首、首しまってる……!?し、進志お前覚えてろぉ……!?」

「んじゃその前に父さん秘蔵のエロ作品全部壊しとくわ。ちなみに母さん、それ全部大学生物だったぞ」

「……」

「い、いやぁぁぁああああ!!!??」

 

もはや無言となった母にただただ家の奥にある夫婦の寝室へと引っ張られていく父を手を合わせて見送る。寝室の扉が閉められる。その直後に僅かにある隙間から聞こえて来るのは父の悲鳴のような嬌声であった、記憶を取り戻す前から自分の両親はこんな感じだったらしいが、よくもまあ歪む事なく自分は育ったものだと感心してしまう。取り敢えず食事がまずくなるので寝室の扉を閉めなおして食事を再開する事にした。

 

「まあ、なんだかんだで確り愛し合ってるからすげぇよなうちの両親……。そしてこの後はまた暫くは新婚さながらのラブラブが広がるのか……はぁっ……ごっそさん」

 

食べ終わったので食器類などをスティッキィ・フィンガーズと共にキッチンへと運んでいく。こういう地味な所でも個性が役に立つといいなぁと何気なく思うのである進志であった。そしてその直後、寝室から妙に肌がつやつやした母がやってきた。

 

「ふぅっ……あらっ進ちゃんごめんなさいね片付けまでさせちゃって」

「構わないけど今日はずいぶん早いな」

「ううんまだまだこれからラウンド重ねていく予定よ、ちょっと活力剤取りに来ただけだから」

「……あっそう」

 

そういうと母は冷蔵庫からドリンクを出してそれを一気飲みする、それを自分に向けて軽く投げるとそれをスタンドで受け取りつつもごみ箱に捨てる。

 

「ナイスキャッチ進ちゃん♪それにしても本当に便利ねぇ進ちゃんのフィンガーズちゃん」

「まあね」

 

何気なく自分のスタンドについて言葉を漏らす母だが、京兆との戦い以降にスタンドが誰の目にも見えるように出来るようになっていた。自分の中で何かが変わったのか分からないが、これで両親に自分の不思議な個性の説明が出来たことに対しては安心している。スティッキィ・フィンガーズは両親の個性の遺伝で生まれ、二つの個性が混ざった事による変質で出来たというのが個性学者の見解であった。

 

「さてとっ……あの人が逃げないうちに行くわね。今日は気絶するまでやるわよ……進ちゃん、弟か妹は何人がいい?」

「ノーコメント、あとちゃんと扉は閉めてくれ。あれの声煩すぎ」

「あらっごめんなさいね。それと進ちゃんこの後は出掛けるんでしょ?ちゃんと百ちゃんも誘うのよ」

「百の場合は誘わなくても理解してそうだけど……」

「それでも、よっ」

 

ウィンクをしながら寝室へと戻っていく母を見送り、扉がしっかりと閉まっているのを確認すると進志はもう両親の事は放っておくことにした。そして自室に戻るとケータイで百に向けてこれから走りに行くけど、一緒に行く?という趣旨のメールを送ると30秒もしないうちに返信が帰ってきた。

 

『もちろんご一緒させていただきますわ!!直ぐにご用意いたしますので少しお待ちください!』

「お待ちくださいって……待ち合わせ場所とか決めてないのに」

 

後で待ち合わせをどうするか電話で聞いてみる事に決めつつ、ランニングスーツに着替えていく。ウエストポーチに財布やらを詰めて準備を終えて、一応出掛けてくるという書置きを残して玄関を開けるのだが……そこには同じくランニングスーツを着用している百が笑顔で自分を待っていた。

 

「お待ちしておりましたわ進志さんっ♪」

「……百の個性って予知とかだったっけ?」

「いやですわ進志さんったら♪私の個性は創造ですわ、これは私が進志さんとの時間を創造したのです♪」

「お、おう……」

 

恥ずかしがる事もなく堂々とこんな事を言える彼女を尊敬するべきなのだろうか、それとも反面教師として捉えて自分もこうならないようにすべきなのだろうか……。

 

「兎に角、行くか……」

「はい。今日は何キロ走りますか?」

「そうだな……手始めに5キロだな、その後に小休止と簡単なストレッチ挟んでから5キロだな」

「承知致しました。では参りましょう」

 

進志と百はそのまま走り出した、雄英の受験を決めたからにはヒーローになるという事を進路に組み込んでいる。スタンドは確かに強力な個性だが本体である自分が何も出来ないのでは話にならない。自分が強くなることも必要なのである。

 

「そうだ百、聞いてみたかったんだけどさ……。俺が男子校にしてたらどうしてたんだ?」

「いえ、進志さんなら共学に行かれると信じておりましたのでそんな心配はしておりませんでした」

「そっか」

「でも万が一そんなことが起きたならば、お父様とお母様に頼んで学校に圧力をかけて進路変更をさせるように致します」

「何考えてんだよお前!!?」



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友人からの

進「親父、如何して母さんと結婚したんだ?あれ見てるとどう見ても結婚する関係の二人じゃない気がするんだけど……惚れた弱みって奴?」

父「簡単に教えてやろう。俺が母さんに一目惚れされる→友達から入る→既成事実作られる→交際&婚約。こんな感じ」

進「……マジ?」

父「うん」

進「……聞くんじゃなかった……」



「スティッキィ・フィンガーズ!!!」

 

珍しく一人でいる進志は周囲に誰もいない場所で個性であるスタンドの訓練を行っていた。京兆との戦い以降、スタンドが誰の目にも見えるようになって以降も訓練を続けてきている進志、そんな訓練が実を結んできているのか、それとも記憶が完全に精神と馴染むと共に覚悟が精神を更に成熟させたことによるものなのかは分からないが彼のスタンドであるスティッキィ・フィンガーズは更に成長を遂げていた。

 

誰にもいないと分かっているが、それでも念には念を入れて自分にしか見えない状態でスタンドを展開し目の前にある巨大な岩へと拳を突き立てる。振るった一撃は深々と突き刺さっていた。肘辺りまで腕が岩へと沈み込むかのようにめり込んでいる。様々な調査を行った結果として、ステータスはかなり向上していると言える。

 

『スティッキィ・フィンガーズ:破壊力:B / スピード:AよりのB / 射程距離:D / 持続力:D / 精密動作性:B寄りのC / 成長性:B or C』

 

オリジナルであるスティッキィ・フィンガーズにかなり近づいている能力となって来てる自分の個性。精密動作性に至っては完全に上回っている事も分かっている、毎日パズルの組み立てに加えて百の発案で始めた訓練もかなりの効果を発揮しているらしい。それは自分とスタンドでバイオリンの二重奏をするという訓練方法、これが中々に効果があるのか精密動作性が大きく向上するきっかけにもなっている。

 

「よしならば……ラッシュっ!!!」

『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ!!!』

 

パワーを確認出来たところで次なる挑戦へと入ってみた、スピードとパワーの両立であるラッシュ。凄まじい速度で打ち込まれていく拳は岩に減り込む事も無く、表面を砕いていく程度の力で上手くセーブされている。そしてラッシュが続けられていく中で徐々に進志の身体は浮き上がっていく。ラッシュで身体を浮かせるという荒業を行いながらも岩の真上まで来た進志は強く息を吸いながら裂帛の叫びを上げながらスタンドを動かす。

 

『「アリィッ!!!」』

 

渾身の一撃は岩へと突き刺さり、そこから岩全体へと罅が広がっていく。三度深々と突き刺さった拳は先程は貫かなかった岩の中心部を砕いていた。中心部を砕かれた岩は呆気なく亀裂を走らせながら崩壊していく。そんな上から降りた進志はその結果に満足げに笑いながらも、誰にも見られていなかったことを確認するとそそくさとその場を後にするのであった。

 

「ただいま」

 

自宅へと帰ってきた進志、途中何も変な事件に遭遇する事も無く帰って来れたことに何処か幸せを感じている自分がいる。余程のあの一件が心に突き刺さっているのだなとこの度に思う。両親は仕事で家を空けているし、百も家にはいない。嫌自宅なのによく百がいる事が可笑しいような気もするのだが……母が以前合鍵を渡しているのを知っている身としては何とも言えない気がしてならない。部屋に戻ると壁に掛けてある二つのバイオリンを手に取って一つをスタンドに持たせ、自分はベットの上、スタンドは椅子に座らせて互いに弓をもって弦へと当てる。

 

「1 2、1 2 3」

 

精密操作性の訓練の為に最近ネットで見つけた難しめの曲を演奏し始める。自分とスタンドで二重奏を行うというのがかなり難しい。譜面を記憶しながらその通りに自分で演奏しつつ、スタンドを動かすためにイメージなどを固めていかなければいけない。複数の思考を同時に行うような物なので最初は慣れなかったが、今ではだいぶ様になってきている。

 

「~♪」

 

自らのスタンドが奏でる二重奏、美しい音色がシンクロする光景をイメージしつつ頭に浮かんでいる譜面をそれらを演奏する為の指使いをスタンドと自分が行う。気が抜けない演奏の中、それらを破るかのように自分の携帯が鳴り響いていた。丁度キリが良い所だった為に一旦そこまでにする事にしたのか、演奏をやめながらバイオリンを置きながら携帯をとった。

 

「はいっ傍立ですけど」

『もしもし、あのアタシだけど今大丈夫?』

「んっああっ久しぶりだな。珍しいなそっちから連絡なんて」

 

連絡をしてきたのは友人の一人だった、最近連絡といえば百ばかりだったので久しぶりの別の友人からの電話に軽く嬉しさを覚えてしまった。

 

『そのさっ……前に写メくれたじゃん。神社でお守り買って、雄英受験するって奴。それに写ってたアンタなんか眼帯してたじゃん、今までそんなの付けてなかったからなんか心配になっちゃって』

「あ~……気にするな、ダチから貰ったからつけてるだけだからさ。ほらっ眼帯ってカッコいいじゃん」

『……何か隠してない?』

 

本質を語らずに暈した内容を話すが、電話の向こう側の友人はあっさりと自分が何かを隠しているのではないかと見破っていた。相変わらず勘が鋭いものだ。

 

「……遅い中二病で悪いか」

『いや悪いとは言ってないけど……何かあったの?』

「……ちょっとな」

『……そう、深くは聞かないでおくけどさ何かあったなら相談ぐらいしてよね』

「ああっ悪いな心配かけて」

 

そんな風に自分を気遣ってくれる友人の言葉が何処か痛かった、騙しているような気がしてならなかった。でもいきなり自分の片目はもう見えないなんて言ったところでパニックを誘発するだけ、今はこうするしかないだろう。

 

「そう言えばお前も雄英志望だっけ」

『そうだよ。上手く行けば一緒の学校に通えるね』

「気が早いぞ、俺が落ちることだってあるんだからな」

『それはないでしょ、アンタ優等生だもん』

 

そんな友人の会話はしばらく続いていた、そして暫くすると流れで通話を切った。その後に吐き出した溜息は妙に重苦しかった。

 

 

 

「……あいつ、どうしたんだろう。今度会った時に聞いてみようかな……」

 

進志の友人である、拳藤 一佳は近々訪れるであろう再会に向けてそれを心に決めるのであった。



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雄英入試開始

2月下旬。その日は全国から将来有望な若者たちがとある学校へと訪れていた、その若者達は皆特殊能力たる個性を持つ者たち。そんな若者たちが集うは学び舎、しかも彼らが夢として目指す目標であるヒーローになる為に学び舎の最高峰である雄英の受験日なのである。そんな学び舎の受験に一人の少年が、他の受験生よりも遥かに覚悟を決め込みながら足を踏み入れようとしていた。

 

「おいあいつ見ろよ、すげぇ余裕そうな顔してやがるぜ……」

「嘘だろ、笑ってるぞ……?」

「眼帯付けてるけど、あれって個性関係なのか……?」

 

彼は注目を集めていた、他の生徒たちが受験で浮足立っている中で何処かワクワクとしている笑顔を浮かべているのもそうだが左目を隠している眼帯も注目を集める要因となっていた。そう、その人物とはスタンドを持つ少年"傍立 進志"であった。彼は胸ポケットへと軽く触れると、笑みを溢しながら軽い足取りで受験の受付を済ませるのであった。

 

「百に勉強は見て貰ってたし、たぶん大丈夫だろ」

 

そんな余裕な言葉を溢しながらも進志は迫ってくる実技試験へと思いを向け続けていた、百に勉強を見て貰っていたのもあるが彼自身も勉学の方面の成績は百と同じく学年トップ。それほどに先程終わった筆記試験の心配はせずに次の試験に集中力を傾ける。そんな成績は学年トップな進志だが学校からの推薦を受ける事が出来なかった。理由としては不問にはされてはいるが個性の無断使用が原因となっている。

 

致し方ない現状ではあるものの現代で厳しく制限がかけられている個性の使用、それに違反した事実に変わりはないという事で推薦を受ける事が出来なくなっていた。これに最も抗議したのが進志に守って貰った百と大切な娘を守って貰った百の両親だった。進志が推薦を受けられないのならば、個性の無断使用の原因となった自分とて推薦を受ける資格がないとそれを蹴ろうとしたのだが進志の説得でそれはなんとか防がれた。

 

『百落ち着けよ。俺はもう気にしてないし学校の判断は正当性がある。ルールを破ったのは事実だからな』

『し、しかし進志さん!!余りにも状況を判断して配慮する姿勢が全くありませんわ!!』

『いいんだよ。それに俺が通常入試で合格すればいいだけの話だ』

『し、進志さんがそこまで言うのでしたら……しかし、これで進志さんが入試に落ちたら……私も雄英入学を蹴りますのであしからず』

『はいはい、俺が受かればいいんだもんな』

 

そんな事情もあって通常入試を受ける事になった進志だが、百は余裕で推薦入試に合格し特待生として入学が決定した。が、これで自分が入試に落ちでもしたら特待生がその特待生枠を蹴るという全体未聞の事になるから絶対に合格してくれと教師陣から念を押されている。まあ自分としては普通に受験に挑むだけなので何も言えないのだが。

 

「さてとどんな実技が待ってるのやら……」

「あっやっぱりだ」

「んっ」

 

何やら聞き覚えのある声がするので振り向いてみる、そこに立っていたのは何処か嬉しそうな表情を浮かべている快活そうな少女。明るい髪色のサイドテールは元気の証と言わんばかりに揺れている、そんな彼女は自分の友人でもあり幼馴染でもある拳藤 一佳であった。

 

「久しぶりだね進志。元気そうで何よりだよ」

「そっちもな、やっぱりお前も雄英志望だったんだな」

「そりゃヒーロー志望なら雄英を目指すでしょ、士傑っていう選択肢もなくはないけどぶっちゃけ遠いし」

「成程な」

 

そんな当たり障りのない会話を続けている中、一佳の表情がほんの一瞬、凍り付いたかのように止まった。ほんのわずかな瞬間だったが彼女の視線は自分の片目を隠している眼帯へ固定されていた。やはり気になるのだろうか、だが彼女は一切眼帯の事を言葉に出さずに自分が元気にしている事に対する喜びを口にしつつも、今日までの準備がいかに大変だったかを語る。

 

「アタシ模擬が少し危うかったんだよ。でも凄い頑張って何とか模試がAにまで勉強しまくったよ、もう一生分勉強した気分よ」

「気が早いな。人生はまだまだ続いていく、勉強は一生続くって話だってあるんだぞ?」

「うへぇっ嫌なこと言わないでよね進志ィ……」

「ハッハッハッ悪い悪い」

 

先程見えた凍り付いた表情の片鱗さえ見せない何処か、視線の動きに揺らぎさえ見られない。気のせいのだったのだろうか、自分の知っている一佳のままだったことにどこか安心しつつも首をかしげる。

 

「罰として受験終わったらコーヒーでも奢ってよ、ここに来る途中にイイ感じのカフェ見つけたんだよね」

「相変わらずのコーヒー党だな。俺のダチにはコーヒーの事を泥水だっていう奴いるぞ」

「よし、そいつここに連れてきて。一発殴る」

「待て待て待て、お前が殴ったらぶっ飛ぶだけじゃ済まねぇだろ」

 

一佳の個性の事を考えたら、仮にそれを発動させて殴ったらぶっ飛ぶだけで済めばいいレベルの事が起きかねない。ちゃんとコーヒーは奢るから勘弁してやってくれと言うと冗談だよ♪と茶目っ気たっぷりにテヘペロをしながら笑う彼女に軽く癒される。

 

「あっやば、アタシの会場あっちだったわ。んじゃまたあとでね、終わったらメール入れるからさ」

「おう、んじゃ後でな~」

 

そう言って一佳と別れると進志はスイッチを入れなおして、次なる試験へと備える……がそんな姿を一佳は影を作った表情で見つめると、それを振り切るように歩き出した。

 

「やっぱりあいつもしかして……ダメダメ、言っちゃダメ。あいつを傷つけかねない、言ってくれるまで待とう……でも言ってくれるかな……アンタにとってのアタシってただの幼馴染、ただの友達、それとも……いけない、今は試験に集中しなきゃ……」



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実技入試

いよいよ実技試験へと駒が進もうとしている中、説明会場となっている場所へと辿り着いた進志は静かに集中しながらその時を待ち続けていた。全くと言っていいほどに緊張はない、一度本気で殺しに来ている相手と正面切って戦った経験があるからだろうか。

 

『今日は俺のライブへようこそぉぉぉお!!!!エヴィバディセイヘイ!!!』』

 

スピーカーから爆弾じみた声が放たれた、試験説明が始まると言った流れあったのにも拘らずその第一声がライブ開始の合図。と思うかもしれないがその声の主はボイスヒーローと名が知れ渡っている「プレゼント・マイク」の第一声、彼にとっては説明もライブに早変わりする……というものなのだろうか。が流石に受験者は誰も返事を返すことなどない……と思われていたのだが

 

「YEAH!!」

 

たった一人だけ声を上げると共に大きく腕を振りぬいて立ち上がっていた者がいた。そう、進志であった。プレゼント・マイクが行っている番組やラジオ放送などの大ファンである進志。思わず自室で腕を上げるようにやってしまった。ファンとしてはここは答えなければファンではない、と彼の魂が叫んだのかもしれない。周囲からはすさまじいほどの視線が向けられているが進志は全く気にしなかった。そんな返事(レスポンス)を受けてマイクは上機嫌に笑いながら続ける。

 

『OKOK!!ナイスなレスポンスサンキュー!!んじゃまぁちゃっちゃか、入試の説明を始めちまうぜ!!』

 

座りなおした進志を見てからYEAH!という言葉と共に巨大なモニターへと試験への概要が投影されていく。様々な情報が出されていく中で進志はそれらを総合しながらどう動くのがベストなのを考えつつも、スタンドはやはり見えないようにしながら動かすのが一番だなという結論に落ち着く。やはり見えないものから殴られるというのはかなり強力だし。

 

『さて、最後にリスナーに我が校の『校訓』をプレゼントしよう。かの英雄……「ナポレオン・ボナパルト」は言った!「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と! Plus Ultra!! それでは皆、良い受難を!』

 

良い受難を、いい言葉だ。ヒーローを目指すならば進む道は受難しかないと言っても過言ではない。その受難が命に係わるやり取りになるかもしれない、そんな受難を乗り越えて成長していくものこそが英雄であると進志は思いながら胸ポケットへと手をやった。不思議とここに手を当てるだけで落ち着いていき、意識がクリアになっていく。

 

説明を受けた一同はそのまま各自が割り当てられた試験会場へと進んで行く。流石というべきか雄英の受験者数は何千にも及ぶ。それを全て同じ場所でテストするのは不可能、その為に複数個所の試験会場に別れて試験が行われる。人工的に作られたビルが複数並び立つフィールドが広がっている、このフィールド内に放たれる仮想敵を撃破しそのポイントを競うのが実技試験。間もなく開始される試験に脅える者、備える者、格上の他の受験生に圧倒される者と別れている中、進志も当然準備を完了させていた。

 

「……」

 

眼帯を強く締めながら意識を集中させる、足を一歩引くようにしながら待機する。そして最後に胸ポケットに入れている物を触れれば完璧に意識が出来上がる。彼の意識にもう雑念などない、すべては確実に仮想敵へと向けられる。そして遂にその時がやってくる。

 

 

「―――ハイ、スタートォォ!!!」

 

 

その言葉を聞いた瞬間に進志が身体が凄まじい速度で反応し、地面を強く蹴っていた。余りにも強く蹴ったのか、そこには深々とへこんでいる足の跡が出来ている。周囲はいきなりのスタート宣言とそれに反応した進志に圧倒されているのが少しの間動けずにいた。そんな他の受験者など知った事ではないと言わんばかりに走りだして行く進志、それらに建物の影から人工的な音声で粗暴な言葉を吐き散らかすロボット、仮想敵が現れてくる。

 

『ブッコロス!!』

『ブットバス!!』

「お前らには無理だ。何故なら――――」

 

瞬間、進志とスティッキィ・フィンガーズの腕が重なるように動き、それが仮想敵へと突き刺さった。腕を振るい刺さっている仮想敵を振り払う、数度のスパークの後に機能停止するそれを見下ろしながら言う。

 

「雄英に落ちたら、百が推薦を蹴るからな」

 

冗談っぽく言った後、空中に浮いている仮想敵を見つけるとスティッキィ・フィンガーズで自分の腕を軽く殴る。そして近くのビル目掛けてパンチを繰り出すと、そのまま腕がビルへと飛んでいきその壁を掴む。その腕にはジッパーが取り付けられており、彼は腕に螺旋状にジッパーを取り付ける事で腕を長くまで飛ばせるようにした。そしてそのジッパーを勢いよく閉じると、ビルへと自らの身体が飛んでいくかのように移動する。

 

「アリィッ!!」

 

空中へと躍り出た進志は空中の敵に対して蹴りをスタンドと共に放った。その一撃で頭部は完全に陥没し内部の回路が露出していた。そして再度、腕にジッパーを取り付けて遠くの建物の壁を掴み高速で移動していく。仮想敵を倒していく中、がれきなどで動けなくなっていた生徒を助けつつも進志は順調に仮想敵を倒してポイントを稼いでいた。

 

「アリィッ!!!」

 

ジッパーを応用して射程距離を伸ばして攻撃する技、便宜上進志がズームパンチと呼ぶ技で仮想敵をまた一体倒した時、遥か遠く凄まじい爆発音にも似た打撃音が響いてきた。別の会場から音だろうか、いったいどんな個性ならばこんな音を出せるのかと思いつつも、進志の雄英入試の実技試験は終わった。



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幼馴染との会話

「ごめん待った?」

「いや、それほど待ってはないな」

 

雄英の入試も終了した進志、一佳との約束通りに彼女にコーヒーを奢る為に近場のコンビニ前で待ち合わせを行っていた。お互いに久しく会う事もあってか何処か嬉しげな表情を浮かべながら合流した二人は軽く挨拶をする。

 

「そっちは試験如何だった?」

「中々に手応えがあったな、お前は?模試でA取ったんだろ?」

「自己採点で70点は固いと思うんだけどねぇ……まあ多分大丈夫だと思うよ」

「おいおい雄英で70点って大丈夫かよ……」

 

何処か誤魔化すのような笑いを漏らしながら隣を歩く一佳にそれで大丈夫なのかと不安のような呆れを抱く進志。そんな中で彼は一佳の案内で見つけたという喫茶店へと到着した、落ち着いた雰囲気の中を流れる静かなジャズの音が気持ちを落ち着かせる。共に席に着きながらメニュー表を広げてみると中々に値段もお手頃だし、コーヒーの種類も豊富。成程、これは良い店だ。

 

「好きなの頼めよ、奢るって約束だからな」

「あれっいいの?あれって普通に冗談のつもりだったんだけど」

「久しぶりに会ったんだ、この位はやっても罰は当たらないだろ」

「それじゃあ遠慮なく奢ってもらう事にするよ」

 

一佳はそのまま進志に奢って貰う事を了承しながら店長の日替わり気まぐれコーヒーとフレンチトースト、進志はブレンドコーヒーとピザトーストを注文する事にした。

 

「進志ってピザトースト好きなんだっけ?」

「そういう訳でもないけどな。でもなんかこういうところだとピザトーストが食いたくなるんだよ」

「ラーメン屋でチャーハンセット頼みたくなるみたいな感じ?」

「多分なんか違う」

 

そんなやり取りをしていると不意に、笑みがこぼれた。昔もこんな感じの話をしていたことがあった、そんな思い出が頭をよぎる。そんな話をしているとコーヒーと注文した料理が届いていた、一佳は進志に礼を言ってからトーストを頬張りながらその甘みの笑みを溢す。明るい笑顔を見ながら自分もピザトーストに手を伸ばし食べ始める。

 

「そう言えばさ、個性の制御とか出来るようになったって言ってたけど結局どんな個性が出たの?アンタのお父さんとお母さんの個性のどっちかとか?」

「言うなればその二つを受け継いだ感じだな」

「へっ~……確か"形成"と"精神波"だったっけ、おばさんとおじさんの個性って」

 

その二つが一つになる個性って……といったい自分の個性についての考察などを行っていく一佳。こうして自分の個性についての考えなどを言われるのは初めてなのでかなり面白いという印象を受ける。

 

「俺の個性はそうだな……簡単に言っちまえば守護霊を作り出すって所かな」

「守護、霊……?どういう事?」

「守護霊というよりももう一人の俺を作り出すって感じなんだけどな。見てろよ」

 

そう言うと進志はこっそりと、店内にいる店員に見えないようにスティッキィ・フィンガーズを出現させる。それを見た一佳は思わず小さく声を上げてしまった、が、直ぐに声を抑えて目を丸くしてスタンドを観察するかのように見始めた。様々な個性が跋扈する超個性社会の中でもかなり異質な部類に入る事だろう。

 

「それが進志の個性……!?すごっ……確かに霊って感じするのに、凄いパワー感じる……」

「スティッキィ・フィンガーズって名前なんだ。個性としてもこいつは相当強くて気に入ってるよ」

「へぇっ~……でも良かったじゃん、おじさんとおばさんも喜んでるでしょ。やっと個性が出た!って」

「全くその通りだったよ」

 

一佳はまるで我が事のように笑みを浮かべながら喜んでくれている、彼女としても幼馴染である自分の事を心配していてくれただろう。医者から無個性ではないと言われているのにも拘らず個性を扱えなかった彼を。そんな笑みを浮かべてくれている彼女だが、矢張り何処か視線が稀にズレている事に気づいた。矢張りあれは気のせいではなかった。進志は思い切って切り出してみる事にする。

 

「なぁ一佳、お前この眼帯気になるか」

「……っ」

 

唐突な言葉に思わず一佳のコーヒーを口に運ぶ手が止まる、その瞳は焦りが浮かんできている。同時に汗が一滴流れる、口を閉じてしまった彼女はそっとコーヒーの入ったカップを置くと言い辛そうに口を開いた。

 

「……うんごめん……意識してみないようにしてたんだけど、見ちゃってた……?」

「偶に視線がズレてる位だな。対面してるとよくわかる」

「……ごめん」

「謝られてもな、言ったろ遅い中二病だって」

 

茶化すかのような言い回しの進志に対して神妙な態度をとってしまう一佳、彼女にとってその眼帯は幼馴染が変わってしまった一点の象徴のような物。何も変わらない中でそこだけが変わってしまっているので異様に気になってしまう、もしかして中二病というのは方便で実際は、もうその瞳は何も見えなくなっているのではないかという事を考えてしまい、不安でしょうがなかった。

 

「そんな不安そうな顔するなよ……悪い余計に心配させちまったか」

「ううん……」

「そんな声で言っても説得力ないぞ……一佳、これだけはお前に言っておきたい」

「何を……?」

 

震える声と共に顔を上げる、するとそこにあったのは笑いながらこちらを見つめてくる進志の姿だった。その笑顔は例え眼帯があったとしても何一つ変化がない明るくて暖かい、彼らしい笑顔だった。

 

「俺は今の俺に何の後悔も未練もない、不自由もしてないしな。俺は俺だぜ」

「進志……そう、だね。今の笑顔でアタシも確信したよ、アンタはアンタだよ。昔と何一つ変わらない」

 

一佳は笑顔を取り戻しながらそう思った、今これだけ笑える進志が何かを抱えてるわけではない。抱えていたとしてもそれはもう解決していて本人は何も気にしてない、している訳がない。ならば自分もいつまでもそれを気にして暗い気分でいるのは進志に対して失礼にあたる事だろう、進志が笑顔でいるのであるならば自分で笑顔でいようと決めた。

 

「それじゃあ再会を祝って……すいませ~ん追加でイチゴパフェと小豆トースト、店長特製スープお願いします~!」

「おいおい少しは遠慮ってものを」

「だって奢ってくれるって言ったでしょ、男に二言はないでしょ♪」

「ったく……分かった分かりました、しっかり奢らせていただきます」



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入試の後

入試が終了した翌日の雄英の一室のモニタールームには多くの教員が詰めていた。理由は勿論決まっている、これから入試の合格者を出すためであった。モニタールームに備え付けられている映画館にあるような大モニターに投影されている実技試験の様子と各受験者ポイントの類型を順位別に分けられたランキングが表示されている。それを見つめながらも教員らが審査を行うポイントが纏められていく。

 

「YEAH!!にしても今年はマジで豊作だな!!」

「全くだ。まさか救助ポイントなしで2位とは驚かさせる、しかもあれだけ派手な個性であるのにも拘わらず後半のスタミナ切れもない様子とは……恐れ入る」

 

一人の審査が終了する中、その度に総評というべきなのかそれぞれの教員からの感想やその生徒とどう向き合っていくべきか指導方針はどうするかの話がされていく。天下の雄英であるからにはこのぐらいは致し方ない。それに受験者は膨大だがその中で入学させるのは一握りであり、その合格者もこうしてランキングで篩にかける事も出来るので思っていたよりも楽なものである。

 

「んで1位なのがこいつか」

「傍立 進志……ムゥゥッ……」

「如何したよエクトプラズム、お前さんがシヴィィ顔するなんて珍しいじゃねえか」

 

1位になった生徒は進志、そんな彼が映し出されたときに教員の一人であるエクトプラズムを同期であるヒーローであり同じ教師である皆が珍しげにそちらを見つめていた。あの彼がそんな顔をするのも珍しいがどこか苦々しいものを噛み潰したかのような表情を浮かべている。そんな彼を見つつも同じく教員の一人であるリカバリーガールがおやおやという声を上げる。

 

「あの坊やかい、そうかそうか遂に来たみたいだねぇ」

「リカバリーガール。傍立少年をご存じなので?」

「まあね。でも私以上に知っているのはエクトプラズムだと思うよ」

 

嬉しそうに進志を見つめるリカバリーガールの隣に座り、ガリガリに痩せた骸骨のような風貌をした男がそう尋ねると何処か暈すように言いつつも、パスボールを投げるのだが彼はそれを受け取るがあまり答えたくなさそうに口を開く。

 

「……以前、我ガ非番ダッタ時ノ事。差シ入レヲギャングオルカヘト持ッテ行ッタ時、彼ニ応援ノ要請ガ入ッタ。我モソレニ同行シタ、犯人ハ八百万家ノ所有列車ヲ占拠シテイタノダガ走行中ノ列車ニ乗リ込ムニハ停車予定ノ駅カラ飛ビ乗ルシカナカッタ」

「まあそんな状況だったら俺もそうするな、その列車も相当な速度で走ってるだろうしそんな所に乗り込むのは容易じゃないからな」

 

周囲の教師たちもマイクの意見に賛同していく。エクトプラズムの話を詳しく聞くと列車の速度は200キロ近かったらしい、そんな列車に飛び乗るのは骨が折れる、追い付く為の乗り物を用意するだけでも時間がかかる。が、停車予定の駅を通り過ぎるのが分かっているならばタイミングを計って乗り込むのが一番だと皆が思っている。一人だけ、200キロぐらいだったら跳躍を繰り返して列車に飛び乗るだろうし、時間を掛けていたら人質が危ないからそうするかな……と考えている者がいたが敢えて口には出さなかった。

 

「んでお前は乗り込んでこのリスナーを助けたって感じか?」

「イヤソウデハナイ」

「あっ?」

「列車ハ速度ヲ落トシ、通常ノ列車ガ止マルヨウニユックリ止マッタ」

 

それを聞いて教員たちはどういうことなのかと思った、列車はヴィランによって占拠されている。それなのにゆっくりと停車したというのが理解できなかった。そして直後に列車から降りてきたのは血塗れになった進志と担架に乗った彼を運ぶ大人、そして彼に縋りつくかのように号泣する百であった。思わず何が起こったんだと思っていると中から鎖でぐるぐる巻きにされているヴィランが連行されてきて、エクトプラズムはギャングオルカと共に驚いた。

 

「お、おいまさかそのヴィランって……」

「ソウダ。傍立 進志ガヴィランヲ倒シタノダ」

「おいおい嘘だろっ!!?」

 

思わずマイクが声を上げて驚愕する。話を軽く聞くだけでも進志は明らかにヴィランに重傷を負わされた、少なくとも血まみれで担架で緊急搬送されるレベルの大怪我。それなのにヴィランは鎖でぐるぐる巻き。そこまで話された段階でリカバリーガールも口を開いた。

 

「私も坊やにその時の話を聞いたさね。奴さん、身体を複数個所撃たれた上にナイフで左目を潰された状態でヴィランを殴り飛ばしたらしいよ」

「それは本当ですかリカバリーガール!!?」

「らしいよ。坊やもそれを否定しなかったし、守っていたお嬢ちゃんも坊やが私を守ってくれたって証言しているしねぇ」

 

それを聞いて教員たちは驚きに包まれた。身体を銃弾で撃ち抜かれている、それに加えて片目をナイフで潰されている。そんな状況に陥ったとして彼のようにヴィランを倒せるだろうか、プロヒーロー顔負けの精神力だ。リカバリーガールの隣の男、八木 俊典は驚愕せずにはいられなかった。子供でありながらどうやったらそんな重症に耐えながら敵に立ちむかう事が出来るのだろうか。だがそんな中で無精ひげな男が言った。

 

「合理的じゃないな。その時点でヒーローに救難要請を出しておいてヴィランと戦うだと、馬鹿としか言いようがないな。その結果がその重症だ、最悪の場合殺されていた。そいつは正真正銘の大馬鹿だな」

「そうだねそれは間違いないだろうね、だけどねその坊やはある事を言っていたんだよ。ねぇエクトプラズム」

「……」

 

―――そして俺は戦える力があった、だから戦った。そしてヒーローたちは何をやっていたんですか、結果的にヒーローは停車予定の駅に待ち伏せをしていただけだった。助けに来てくれたというよりも、現場がヒーローに向かっていただけです。そしてこれも事実です、俺が京兆を倒すまでヒーローは誰一人として列車に来なかった。

 

エクトプラズムが自分がお見舞いに行った時に言われた言葉をそのまま口にした。ヒーローが来てくれるまでの間に誰も傷つかない、自分が守ろうとした百が発見されない保証はない。全ては結果論であって現実と異なっている。暴論かもしれない、だが彼の言った言葉と行動の結果が現実なのである。思わず皆が口を閉じる。そして、八木が声を上げる。

 

「確かにその通りかもしれません。彼が取った行動のおかげで彼以外に怪我人はいなかった、そしてヒーローは間に合わなかった……だからこそ雄英で学んで貰う必要があると私は思います。彼にはその資格があり、その意思を高める為に」

 

彼の意見に反対するものなどいなかった。筆記試験も申し分なく、実技試験においては1位を記録している。彼の入学を拒否する理由などどこにもなかったのである。

 

 

 

「それにしても彼が合格で少しホッとしたさ」

「なぜですか校長?」

「実はさ、特待生の八百万 百さんが彼が落ちたならば自分も入学を蹴ると宣言していてね……推薦枠の生徒に入学蹴られたらもう、色々とヤバいからさ」

「……私には何か別のものがやばいように思えるのですが……」



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雄英へ

無事合格する事が出来た進志、それを我が事のように喜ぶ両親に進志は苦笑いを浮かべていたが直後に百とその両親もやって来て自分の合格を祝うパーティを開くという騒ぎに発展しそうになった。ただのパーティなら良かったのだが……八百万家の親戚を集めた大大的なパーティを行おうという話に発展しそうだったので進志は大慌てでそれを止めた。それに酷く不満そうな百だったが進志が一言

 

「俺としてはこの家で出来る大きさで二つの家族が一緒に楽しめるぐらいのが良いんだけどなぁ……」

 

というと百は

 

「進志さんがそう言うならば致し方ありませんわね!!」

 

と手のひらを返した、これには百の両親も進志の両親も肩を竦めながら笑っていた。それでも素材やらは最上級品ばかりのパーティだったのだが八百万家の豪邸でパーティをされるよりも遥かに気持ちが楽だったので良しとしよう。因みに進志が合格したという事に対して一番安堵していたのは学校側であった事は言うまでもないだろう。百の両親は娘がそうしたいのならばそうさせるかっと割と乗り気だったので、進志が合格したことに対して本気で安堵している。

 

『首席で合格ってマジで凄っ……なんかアタシが勉強に詰まったら頼るから宜しく!』

 

と自分の合格を一佳にも報告したのだが、一佳も無事に合格したらしく満面の笑みを撮影した写メが返ってきた。そんな彼女の笑顔に笑みを溢し、彼女と雄英で出会う事を楽しみにするのであった。そして―――遂に雄英へと登校する春が、その日が訪れたのあった。

 

「百待たせたかな」

「いえ私も先ほど来たばかりです、寧ろ少し約束よりも早いのではありませんか?」

「それを言うなら百はもっと早いじゃないか」

 

二人は駅前の時計台がある噴水広場にて待ち合わせを行っていた。お互いに思わず笑みを溢しあいながらも談笑をする二人、そんな二人はお似合いのカップルと思われているのか周囲からの視線を多く集めている。視線を集める理由はカップルだからというだけではない、二人が纏っている制服が天下の雄英の制服だからでもある。雄英高校は超が付くほどの名門、そんな制服を纏った二人そろっている事が注目を集める要因にもなっている。

 

「さてと……行くか」

「はいっ進志さん♪」

 

ダンスパートナーへと手を差し出しリードするように、そっとやんわりと差し出す進志とそれを笑みを浮かべながら弾むような声で応えながら手を取る百。二人は手を繋ぎながら共に歩きだして行く。手を繋ぐのは百が安心するからという理由から、出来る限り進志の温もりを感じていたいという彼女の要望を応えるように、進志は百に歩幅を合わせて歩き出していく。

 

「雄英か……どんな授業があるんだろうな」

「個性を生かしたものが多いのでしょうか……皆さんそのような事を多く言っておられましたが、ですが進志さんならばどのような授業でも完璧にこなせますわ♪」

「ありがとな。でもそれは百だろ、推薦枠の特待生のお嬢様」

 

そんなからかいを含んだ言い回しを受ける百だが彼女の表情には笑顔が張り付いているだけであった。彼女にとっては今こうしていられる瞬間こそが幸せでいたしかないのである。

 

「(進志さんと一緒にいられる……ぁぁっなんて、なんて幸せなのでしょうか……こうして居られるだけで雄英に受かった甲斐がありました……)」

 

中学時代、一緒に登校するには二人の家は学校を挟んだかのような位置関係にあったので一緒に登校するという機会がなかった。故の必然として学校で会うという機会しかなかったのだが、これからは登下校を共にできるという事実が彼女の胸の中を満たしていく。以前母から貸してもらった少女漫画にもあった流れを出来た事に感動すら覚えている。そんな彼女だが、表情自体は笑顔だが内面では周囲の気配と進志の左側をひどく警戒していた。

 

「(浮かれてばかりはいられませんわ、私は進志さんの目なのです。進志さんが危険な目に合わぬように細心の注意を払わなければ……近づいてくる通行人、建物の影、あらゆる場所に注意を……)」

 

と進志に約束した目としての役割を果たそうとしていたのであるが……如何にもそれが過剰というべきか、やり過ぎなレベルで周囲を警戒している。不意に他の学校の女子生徒が進志を見ただけで、そちらに殺気を込めて視線を送る。その女子生徒は急な寒気と嫌な予感を感じて、その場を大急ぎで立ち去り百はそれを見て鼻を鳴らす。

 

「(……あのような者が進志さんを見る事など許されません。下心があったに違いありませんわ……近くによるなど更に許しません……いざという時はこの制服のネクタイに仕込んだ超小型カメラで顔を撮影、そこから住所を特定して個人へと制裁を……)」

「百、なんか顔が固いけどどうした?」

「いえっ雄英での進志さんとの学生生活がどのようになるのか、少し想像しておりました♪」

 

進志に声を掛けられた瞬間に柔らかな声になり、心象も一気に穏やかとなった。女性は恐ろしくも美しい魔性の姿を持っていると言われるものなのだが……彼女の場合は魔性では済まないのかもしれない。

 

 

 

 

「(ご安心ください進志さん、この八百万 百が必ず―――貴方を御守りして見せますので……)」

 

 

その時、彼女の表情を偶然見てしまった少女は顔面蒼白となった。三日月のように歪んだ口に影が入った表情に闇のような瞳……。あれは見てはいけなかったものだと思い、何とか忘れようと努力するのであった。




なんか、しっかりヤンデレできるが不安になってきた……。


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出会いと思慮

「おっ?おっおっおっ!?」

 

雄英へと到着した進志と百は早めに来た事もあってまだ生徒がいない事を確認しながら、校内を散歩がてら見て回ることにしていた。流石天下の雄英だけであって何処の施設も超一級品を通り越しているほどの質を誇っている、お嬢様である百、彼女も認める超高品質な物ばかりが揃えられていた。こんな場所でヒーローを目指して勉強していくのかと思うと少し興奮を覚えると言った時、背後から何やら驚きと確認をするかのような声が響いてきた。振り向いてみるとそこにいたのは自分の顔を見て笑顔を作りながらVサインを向けている一佳がいた。

 

「進志はっけ~ん!やっぱり早めに来てたんだね、流石アタシの勘。ドンピシャだったね」

 

笑顔を浮かべながら手を振ってやってくる一佳、そんな彼女に対して百の全センサーが働いていた。進志に話しかけただけではない、ほかの事も知っているという事が彼女の危険信号を誘発した。一体この女は何者なのか、何故こんなにも馴れ馴れしく進志に話しかけられるのかという疑問と共に敵意がむき出しになろうとしたのを止めたのは他でもない進志の言葉であった。

 

「Chao 一佳。いやぁ本当にお前も合格してて良かったぁ良かったぁ」

「何疑われたのアタシ」

「いや疑っちゃいないさ。信じてなかっただけ、進志なだけに」

「それ殆ど同じじゃない!?というかアンタ酷くない!?何、幼馴染のアタシの言葉を全く信用してなかったって事なの!!?」

 

百には目の前で起きていた事に思わず呆然としてしまった。彼女が進志の幼馴染、即ち大切な友人であったという事。それを自覚すると途端に自分が登校途中でやっていた事が何とも愚かしく思えた、推薦枠の特待生が聞いて呆れる。自分の勝手な想像で行おうとしていた行為で進志を悲しませ、失望させる所であった事を理解した。自分が彼の目になるという事は彼と同じ思いや感性を持つことが大切。

 

「ジョークだよジョーク、イッツオールマイティニアジョーク」

「面白くないよ全然!!若干傷ついたよ、あぁっ痛い私の胸が痛い……」

「なんだ飲みすぎか?いかんなぁ未成年なのに」

「そうそう昨日は雄英に通えるって思うと嬉しくてついついお父さんと一緒に深酒を……ってちゃうわ!!」

「アッハッハッ流石一佳、俺よりジョークの才能がある」

「全く何させんのよ……」

 

そして思いを直して改めて目の前の光景を見た、二人は非常に仲が良い上にジョークまで言い合える関係。そんな相手を自分は傷つけようとしたり敵視しようとしていた、そう思うだけで本当に心が痛む……。

 

進志を守りたいというのは彼が命懸けで自分を救ってくれただけではない、進志の傍にいないと何処かに行ってしまうような不安もあったから。誰がに連れていかれないように、何処かに自分を置いていってほしくない、様々な不安があったからこそ彼を守りたいと思っていたのである。確かに進志を守るという意味で警戒するのは必要かもしれないがそれでも程度と彼を思った上での考えをもって行う必要があると百は学習をした。

 

「んで進志、そっちの人は?」

「ああっそういえばお前は知らなかったんだっけ。こちらは八百万 百、俺の両親経由で知り合った人でな。色々世話になってるんだ」

「初めまして、私は八百万 百と申します。進志さんにはとてもお世話になっております、どうか宜しくお願い致します」

「ああいやっこちらこそ。えっと拳藤 一佳です、進志とは昔家が隣だった幼馴染……かな、途中から引っ越しちゃったけど」

 

お互いに挨拶をしながら握手を交わす、互いに進志の友人という事もあるのか相手を見定めるかのように少々相手を見ているのが傍から見ても分かる。

 

「(綺麗な人だなぁ……しかも言葉遣いも丁寧だし良い所のお嬢様なのかな。やっぱり進志にはアタシなんかよりもこういう感じの人がお似合い……というかあれ、八百万ってなんかどこかで聞いた事あるような……あれ何処でだっけ……)」

「(明るい笑顔に親しみやすい性格と柔らかな口調、そして接しやすい態度……進志さんはこのような方が好みなのでしょうか……私もこんな感じになった方がいいのでしょうか)」

 

と相手の優れている部分を思い、自分もそうなった方がいいのかと思ったりする乙女心があったりするのだが進志には流石に分からなかった。乙女心は見えにくい上に感じにくいのだ。

 

「あっそういえばさ、進志と八百万さんって何組?アタシはBだったよ」

「俺は確か……あれなんだっけ」

「進志さん忘れてしまったのですか?私も進志さんもA組ですわ」

「あっじゃあ隣同士か、良かったぁ近くて」

 

その最中に携帯の番号などを3人で改めて交換したりしながらそんな話をしながら共に教室へと向かっていく。隣同士のクラスだという事が分かって何処かホッと一息つく。

 

「これで何時勉強に躓いても進志に助けて貰えるね、うん」

「おい自分で頑張る気皆無か」

「出来る限りはやるけど分からなかったら素直に聞くのが一番だと思わない?」

「それは確かにそうですわね、私もお力になりますのでいつでもお声がけくださいね拳藤さん」

「全く……分かった分かったよ俺もいつでも教えてやるよ」

「やったねっ♪」

 

そんなこんなで到着したB組の教室に一佳は手を振りながらも何かあったら宜しく~と言って向かっていった。進志は一佳とまた学校に通えることに喜びを感じつつも、百が彼女と仲良く出来そうなので思わず安心してしまった。

 

「さてと、俺たちも行くか」

「はいっ進志さん!」

 

これから自分たちのクラスメイトが待っている、これから一緒に学びヒーローへと目指していく者達が。どんな人たちがいるのだろうと思いながら開けるとそこにあったのは―――

 

「コラ君!!机に足をかけるんじゃない君には高校の品格を守っている先輩方や苦労して机を製造して下さっている制作者方に感謝の気持ちが無いのか!!」

「思う訳ね~に決まってんだろ。どこ中だよ端役が!!」

 

―――酷く荒々しい口調と表情で自分に詰め寄ってくる真面目そうな眼鏡をかけた男子生徒に怒鳴り散らしている不良の姿だった。

 

「……あ、あの進志さん……雄英は超名門校ですよね……?私のイメージとしてはそのような学校にはあのような方は普通いないという考えが……」

「うん、俺も同じこと思ってたわ」

 

なんだか前途多難そうな雄英生活、スタートである。



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合理主義者担任

「ぼ……俺は私立聡明中学出身、飯田 天哉だ」

「聡明ぃ~?糞エリートじゃねえか、ぶっ殺し甲斐がありそうだなオイィ!!」

「ぶっ殺し甲斐?!君の物言いはなんて酷いんだ。本当にヒーロー志望なのか?」

 

取り敢えず教室内に入った進志と百は席に荷物を置き、百は進志の席へと移動しながら先程から口論に近い言葉のぶつけ合いをしている二人へと目を向けながら雄英での学校生活に僅かに不安を抱くのであった。眼鏡の真面目君は不良の態度丸出しの生徒への注意はこれ以上しても無駄だと判断したのか、それとも席に着いた自分たちに気づいたのかは分からないが此方へと近づいてきて挨拶をしてきた。

 

「先程から騒がせてしまって済まない、俺は私立聡明中学出身、飯田 天哉という者だ。これから宜しく頼む」

「ああ宜しく。傍立 進志、呼び易い呼び方で呼んでくれ」

「八百万 百と申します。宜しくお願いいたします飯田さん」

 

と挨拶を返すと飯田の方も理性的且つ丁寧な挨拶が返って来た事にほっとしているのか胸をなでおろしている。先程のような会話の直後なのだから分からなくもないが……。その後も次々と生徒らが入ってくるのを見つめていく中、緑色でモジャモジャな髪をした男子生徒とそんな彼と知り合いだと思われる元気いっぱいな女子生徒が入口前で何やら話をしている時の事だった。

 

「お友達ごっこがやりたいなら他所に行け」

 

廊下から寝袋から顔だけを出した男が立っていた。その風貌は余りにも整っているとは言えない、切らずに放置されている無精髭に伸び放題なぼさぼさの髪の毛、疲れ切った瞳とその周囲に刻まれた深い隈。あれはホームレスだと言われたら素直にそうと思うこと間違いないだろう。

 

「此処はヒーロー科だぞ」

「進志さん、此処はヒーロー科ですよね……?」

「……」

 

何処か不安そうにする百に返答を求められる進志だが、彼も自信を無くしてきたのか応える事が出来なかった。

 

「ハイ、静かになるまで八秒かかりました」

「(静かになってんじゃなくて言葉を失ってんだよ……)」

「時間は有限。君達は合理性に欠けるね」

「(いや寝袋に入ったまま教室まで来たアンタに言われたくはねぇよ……)」

 

心の中でツッコミをいれる進志だが、次にその男は自分が担任である相澤 消太であると伝えると即座に新しい言葉を飛ばす。それは酷く簡単な指示だった、体操服に着替えてグラウンドに出ろというものだった。そしてグラウンドで告げられた次の指示は……個性把握テストを行う、という趣旨のものだった。

 

「テ、テストっていきなりですか!?あの、入学式とかガイダンスは!?」

「ヒーローを目指すならそんな悠長な行事、出る時間ないよ。雄英は自由な校風が売り文句。それは先生達もまた然り」

 

一人の少女の意見をあっさりと一蹴した担任、相澤は更に続けていく。先に述べた通り雄英は自由な校風が売り、常軌を逸した授業も教師によっては平然と行われる。そしてそれがいきなり自分たちに適応されるという事に皆戸惑っているが、そんな事なんざ知らんと無視するかの如く、相澤が進志を見た。

 

「個性禁止の体力テストをお前ら中学にやってんだろ。平均を成す人間の定義が崩れてなおそれを作り続けるのは非合理的、まあこれは文部科学省の怠慢だから今は良い。今年の実技入試首席は傍立だったな」

「んだとぉ……!!?」

 

その言葉、首席という言葉に反応したのか飯田と激しい言い合いをしていた男子生徒、爆豪は何やら敵意と怨みのようなものを込めた視線を進志へと送り付ける。それに反応したのか、進志の隣にいた百が鋭い眼光を飛ばす。敵意には敵意で返すと言わんばかりに睨み返す百に爆豪は舌打ちをしながら気に入らなさそうに地面を踏む。

 

「お前の中学時代のソフトボール投げの最高記録は」

「確か……68メートルです」

「正確には68.88です」

「八百万補足ご苦労。んじゃ今度は個性使って投げてみろ、全力で。円の中から出なきゃいい」

「了解です」

 

そう言うと進志は相澤から測定用と思われるソフトボールを受け取る、重さ自体は変わらないが何やら機械のパーツのようなものが埋め込まれているボールに一瞬気を取られるが直ぐに振り払って円の中に入る。入る際に百からエールを貰ったのでそれに応える為に気合いを入れる。

 

「さてとっ……」

 

利き腕である右側でボールを持つと左手で軽く右腕を叩く、すると右腕にジッパーが螺旋状に出現してそれによって右腕がまるで鞭のように伸びていく。そんな光景に思わず百以外の生徒達からが驚愕の声が上がる。彼らからすればいきなり進志の腕が千切れているようにも見えるので驚くのは致し方ない。

 

「う、腕が!!!?」

「な、なんだあの個性!?こ、こえええっっ!!!??」

「腕に何が付いてるけど、あれって洋服とかについてるジッパーなのか……!?」

 

後ろから何やら凄い声が聞こえて来るが、進志はそれなど無視して確りとボールを握っているのを確認すると少しずつ腕を回転させていく。腕を回していく事でボールを掴んでいる右手はその先端で凄まじい勢いで回転していき、一本の線のようにしか見えない速度で腕を回している。そして進志は思いっきり足を上げて、それを一気に地面へと叩きつけるかのように踏みしめながら最適な角度でボールを投擲した。

 

「アリィィッッッ!!!!」

 

裂帛の気合と共に放たれたボールは射出されたミサイルかと見間違えるかのような勢いで空を駆け上っていく。そして次第に落ちていき遂には地面へと接した。そしてその結果が相澤が持っていた端末へと送られてきた、それを皆へと見せ付けながら言う。

 

「まず自分の最大限を知る。それがヒーローの筋を形成する合理的手段だ」

 

そこに記されていたのは今の進志の最大限、個性を使用した結果の記録。そこにあったのは908.3メートルというとんでもない記録が示されていた。




これはスティッキィ・フィンガーズが透明のまま、進志の腕と重なるようになりながら投げていました。普通にスタンドのまま投げてもいいのですが、こういう描写にしました。

理由は、そうしたかったからです。


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個性把握テスト

「900メートルオーバーってマジか!!?あと一歩でキロ単位じゃねぇか!!」

「しかもボールをぶっ飛ばすというか、投げ飛ばしてこれって……」

「ふふんっ流石進志さんですわっ♪」

 

一人目から900メートルを超えるという記録を見せ付けた進志、それによって周囲から驚きの声が満ちている。しかも個性を使っているとはいえ、個性を利用して遠心力を加えているだけに近い投げの為に一部のものは進志の強さに驚きを隠せなかった。百は進志ならば凄い記録を出すに決まっていると信じていたのか、驚くことはなく寧ろ信頼の笑みを浮かべる。

 

「個性を全開に使うとこんな風になるんだな!!流石雄英!!」

「楽しそう!!直ぐにやりたい~!!」

「楽しそう、か……随分とお気楽だな」

 

今まで抑制されていた個性を存分に使える事に快感と面白さを覚えたセリフを聞いて相澤は鼻で笑いながら、彼らに大きな受難を与える事にした。

 

「よしそれならもっと面白くしてやる。このテストのトータル成績最下位はヒーローになる見込みなしと判断して、除籍処分に処す」

『ええええっっ!!!??』

 

相澤の言葉に思わず皆の顔が青くなった。全国集まった凄まじい数の受験者数の中から潜り抜けた狭き門を潜って入学出来た超名門校、そんな名門校が一日目から突き付けてきたのはそんな狭き門を潜る為の努力を無に帰すようなとんでもなく大きな受難であった。当然抗議の声を上げる生徒もいるのだが相澤はそれもあっさりと一蹴する、だったら安心出来るような他所に行けと。

 

「自然災害、大事故、身勝手なヴィラン。いつどこから来るか分からない厄災。今の日本は理不尽に塗れている。そんなピンチを覆して行くのがヒーローであり君たちはそれになる為にここへ来た。放課後マックで駄弁るのを期待するならお生憎。これから三年間、お前達には絶えず試練が与えられていく。"Plus Ultra(プルスウルトラ)"、全力で乗り越えて来い」

 

そんな言葉に一同息を飲む中で一部の生徒達はその言葉が正しいと感じていた。進志もその一人、京兆の列車襲撃もひどく唐突な物であった。その為に備える為に、強くなる為に雄英に来た。ならばこれはむしろ絶好の機会なのだと思いながらそれに臨む事にする。

 

「まずは50メートル走、さっさと始めるぞ」

 

出席番号順にさっさと行うという事で進志も腕を戻しながらスタンバイをする。簡単な準備体操をしていると一緒に走ると思われる隣のレーンに並んでいる少女が話しかけてくる。

 

「あっさっきのボール投げで凄かったえっと……カケソバさんだっけ?」

「成程そりゃ美味そうだな、ナイスネームセンス。因みに俺の名前は傍立 進志な」

「あ、ごめんなさい間違えちゃって……えっと麗日 お茶子です、よろしくね」

「おう」

 

そう言って謝りつつも挨拶をしてくるお茶子に対して進志は軽く手を上げて会釈する。軽い会話をしている中、彼女は自分の服や靴に触れていく。恐らく個性に関するものなのだろうが如何にもどんな個性なのかイメージ出来ないのか、進志は取り敢えず自分も再びジッパーを応用して記録を出すことを思いつく。レーンに立った進志はかがみつつも地面に触れると、地面にジッパーを設置する。そしてそれをどんどん延長してゴール地点まで伸ばす。

 

「じ、地面になんかできてる!!?」

「あっ悪い驚かせた?俺の個性だ」

「凄いなんか面白いねそれ!」

「だろっ?俺もそう思ってる」

 

お茶子は素直な感想を述べつつも自分もそれに同意する、そしてスタート準備のためにかがむとそのジッパーに触れる。スタートの合図とともに開けていたジッパーを勢いよく戻して、その勢いで一気にゴール地点へと移動を掛けていく。そしてお茶子よりも遥かに早くゴールを決める。

 

『3秒23』

「こんなもんか……流石に全身をジッパーで引っ張ると遅くなるな……んっ?」

 

「地面に設置されていたのはやっぱり洋服とかで見るジッパーだ、という事は個性はジッパーを触れた物に生み出すって事なのかな。それならかなり凄いぞ、ジッパーでそのまま物を切断したり繋げる事も出来るって事だから簡易的な修理や治療にも応用出来る。しかも生身にも出来るって事は触れる事さえできれば相手を簡単に無力化出来るって事だから近接戦闘だったら相当怖い個性だし、射程距離までカバー出来る……それ以外にもまだまだ応用方法が……」

 

と自分の事を見て何やら凄い勢いで小声で何やら言っている少年が見えたのだが、進志は自分の事を相当よく見ていると感心しつつもその解析能力を尊敬した。彼ならば某解説王にも負けず劣らずの存在になられるのではないかと。

 

「進志さん、私の記録は3秒53でした」

「えっ如何やって……」

「ローラーブレードにバッテリーとエンジンを組み合わたものを創造してみました」

「流石百……俺よりも遥かに応用の利く個性だな」

 

流石に物を創造出来る百の個性と応用力を比べること自体が間違いのような気もするが、取り敢えず進志は彼女共に次のテストへと挑むことにした。次々とテストをこなしていく二人、最後の持久走はバイクを創造して走る百と自力で頑張る進志という感じだったが無事にテストを乗り越える事が出来た。

 

「テストのトータルはそれぞれの種目の評価点を合計したものになる。口頭で結果を言うのは時間の無駄、モニターによる一括開示で発表する。自分が何処なのか確り見て置け」

 

そういうとモニターにテスト結果が表示された、そして進志と百は直ぐに自分たちの項目を発見する事が出来た。一位:八百万 百。二位:傍立 進志、トップツーを見事に独占する事が出来ていた。流石の進志もジッパーを確りと活用していたのだが……流石に百には敵わなかった。ソフトボール投げでは投げる角度を調整したことで更にいい記録が出たのに、百は大砲を創造した結果、飛距離は20キロオーバーを叩き出している。

 

「だぁくそ……流石に創造相手だと分が悪いか……」

「それでも進志さんは二位ですわ、自信をお持ちになってください。次は必ず一位になれますわ」

「一位を取った百にそう言われるのはなんか複雑なんだが……」

 

互いの成績に満足が行っている中で一部生徒は除籍になると震えている中、相澤はなんの悪びれる事も無く、まるで散歩のついでに牛乳買ってきて、と言うな感じで言った。

 

「因みに除籍云々は嘘な」

『……えっ?』

「君たちの最大限を引き出して限界値を知る為の、合理的虚偽」

『はぁぁぁあああああっっっっ!!!!!???』

 

しれっと言った相澤の言葉に安心を抱くような肩透かしを受けたような複雑な気分になる一同、だがこれが雄英のやり方というよりもこの男のやり方なのだと理解する。これからの雄英での生活は本当に受難で塗れている事を実感しつつ、それに向かっていくのである。



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リミッター解除系?

除籍処分が虚偽であったことが判明したのち、教室へと引き上げて各自の机に入れてあるカリキュラムなどを確認して置けと相澤が言っていたのでそれらを確認していると再び相澤が現れ、初日だから10時を過ぎたら帰っていいぞという言葉を残して再び消えていった。何でも本当は入学式やらはあり終わった後は簡単なホームルーム後に終わらせる予定だったらしい。

 

「やっほっ進志に八百万さん、なんか入学式の時にA組見なかったけどなんかあったの?」

 

教室から出て廊下を歩いている時の事、後ろからやって来た一佳がフランクに挨拶をしてくる。如何やら入学式は本当に確りあったようで、欠席していたのはA組だけだったらしい。

 

「いやなんか担任がさ、ヒーローを目指すならそんな悠長な行事、出る時間ないよ―――って言ってさ。俺たちなんかいきなり個性把握テストだったぞ」

「えっマジで?アタシたち普通に入学式でこれから頑張ってください~みたいな感じの校長のスピーチ聞いてたけど」

「矢張りそこは担任の先生によって変わるという事なのでしょうか……?」

 

としか言いようがないだろう、まさか入学式を欠席させてテストを行うなんて事をやるのはいくら雄英といっても相澤ぐらいだろう。入学式では教師陣の紹介やら激励の言葉などもあったらしい、プレゼント・マイクからの言葉もあったらしく、進志はそれに思いっきりガックリ項垂れる。

 

「マジかよ……俺、あの人の大ファンなのに……orz」

「まあまあそんなにローテンションになる事ないって、同じ学校にいるんだから何時でも話をする機会もあるしサインを貰う事も簡単だよ。それにマイク先生は英語の担当らしいよ」

「百に一佳、俺は決めたぞ。英語がある日は何が何でも学校に来る、這ってでも来る」

 

と即座に立ち上がって瞳の中に炎を燃やしながら誓いを立てる進志に女性陣は軽く笑う。進志がマイクに嵌ったのは入院中に暇で何もする事がなかった時に、ネット配信のマイクのラジオを聞いたのが影響。そこからマイクの大ファンになったという経緯があり、そのラジオから元気をもらっていたらしい。この後、下駄箱に向かう途中でマイクに遭遇した3人だが、マイクはマイクで実技試験の時に唯一返事をした進志をよく覚えており、サインをお願いする進志に快くサインをしてくれた。しかもマイクが監修したBluetoothスピーカーとイヤホンまで貰った進志はホクホク顔であった。

 

「~♪」

「メールでマイク先生だって事は知ってたけど、まさかここまでドハマりしてるとは……」

「でも健全なヒーロー趣味だと思いますわ。こういう言い方はあれですが、ミッドナイト先生にハマられるよりは……」

「ああっそれは確かに……」

 

軽い足取りで歩いていく進志の後ろを歩いていく二人は余りにも上機嫌な進志に苦笑しつつも、違うヒーローにハマらなくてよかったと胸を撫で下ろしていた。自分たちにはない大人の色気を持ち合わせている女性ヒーローがこの雄英にはいる。そんなヒーローにハマられていたら色んな意味で勝てない。そんなルンルン気分の進志だったが前を見ていなかったのか、医務室から出てきた生徒に軽くぶつかってしまった。

 

「あいてっ!!?わ、悪い怪我無いか!?」

「う、うん大丈夫……ってあっえっと確か同じクラスでテストで2位だった傍立君だよね?」

「そういうお前は……ああっそうだ、俺の個性をすげぇ分析してた超パワー個性の緑谷だよな」

 

医務室から出てきたのは個性把握テストのソフトボール投げまで平凡的な記録しか出せていなかった緑谷であった。だがソフトボール投げでは自らの指一本が大きな怪我を負うような超パワーを発揮していた。

 

「緑谷さんっ指の方は大丈夫なのですか?」

「あっうん、リカバリーガールに治癒掛けて貰ったから。大丈夫だよ八百万さん」

「そっかそっか、あっそうだ緑谷お前は初だよな。これは俺の幼馴染でB組の一佳」

「適当過ぎんでしょアンタ……まあいいや自分でやるから。拳藤 一佳だよ、B組だけど勉強とか教わりに行くと思うから宜しくね」

「あっははいこちらこそっ!!みみみみみ、緑谷、出久です!!」

「緊張しすぎだろお前、一佳に緊張はいらねぇよ」

「どういう意味だアンタコラぁ!!」

 

と笑いつつも軽く怒っている一佳にほっぺを引っ張られる進志、百は少しおろおろしつつも一佳を落ち着かせようとしつつも進志の軽い物言いは少し失礼だと言って窘める。そんな三人を見て出久は楽しそうにしているなぁと思った。

 

「それにしても話を聞くと大変そうな個性だね緑谷君、自分の身体も危険にする超パワーって」

「うっうんそうなんだ」

「いわゆるリミッター解除みたいな感じか?」

「そ、そうそうそんな感じ!今まで無個性だと思ってんだけど、一回限界を超えた時があってそれからその、個性が目覚めたっていうかさ……」

「へぇっ~……個性もまだ分かんねぇ事の方が多いもんな。世の中には無個性だけど実は個性持ってましたって人も多いのかもな」

 

と会話を回している進志の言葉に百と一佳が意見を述べる中で出久はホッとしていた。彼の個性は出自は非常に特殊な事例である、詳しく語ることはできないのだが、取り敢えず進志の言ったリミッター解除系個性という事にしておこうと心の中で思うのであった。

 

「今の所、0か100でしか使えないんだ。僕も何とか調整出来るようになりたいんだけど……テストの時も指だけで100を使ったからこうなっちゃった訳で」

「最小限で最大限を……素晴らしい方法ですが、そのままでは身体を切り崩していくしかありませんわね」

「調整かぁ……進志、アンタならどうする?」

「そうだなぁ……拳を握る要領でリミッターを少しずつ解除するとか?」

「いやだから0か100しか現状出来ないんだから無理でしょそれ」

 

そんな進志の言葉だがそれを聞いた出久は電流が走った。彼の個性のコントロールはイメージや感覚が大きく握っている、彼は個性を使った際に電子レンジの中にいれた卵が爆発するようなイメージが残っている。それで個性を使っているのだが、進志の拳に少しずつ力を籠めるという言葉を聞いて衝撃を受けた。そうだ、自分でも簡単に分かるようなパワーメーターがあるじゃないかと。出久は進志の手を取って笑顔で言った。

 

「ありがとう進志君!僕、今までイメージで爆発するような感じで個性を使ってたんだけどそうだよね、拳に力を籠める方がイメージしやすいよね!!」

「ど、どういたしまして……というか爆発させたらダメだろ、体の内部壊すつもりかよ」

「あっい、言われてみたら……」




デクの電子レンジの中にいれた卵が爆発しちゃうって奴、かっちゃんのイメージも影響してこんな感じだったのかな。


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雄英の授業と基礎学前

雄英高校の学業スケジュールは通常のものよりもハードなものとなっている。授業は平日と土曜日、これだけでも他の高校と比べるときついと感じるものが多いだろう。そして、平日は7時限まで存在している上に土曜日も6時限だが授業もある。相澤の言葉を借りるのならば、絶えず試練が与えられていく、これもその一つに含まれているのかもしれない。午前は通常の学校などと同じ必修科目、英語などの通常の物などがある。思わず皆、授業は普通だと思うがそれらを担当する教師はプロヒーロー達なのだから凄まじく豪勢な授業といえる。

 

「んじゃこの中で間違っている英文はどれだ?」

『普通だ……凄い普通の授業だ……』

「Everybody,heads up!!盛り上がれ~!!」

「YEAH!!という訳ではい!!!」

「Okay 傍立,come on!!」

 

そんな中で英語の時間限定だが凄まじく生き生きしている生徒、進志は嬉々とした表情で憧れ且つ大好きなヒーローであるプレゼント・マイクの授業を受けていた。個性把握テストで八百万に次いでの2位という印象しかなかったクラスメイトの皆からは、マイクの大ファンなんだなっという印象を強く持たれるのであった。

 

「いやぁ……雄英最高……」

「本当に好きなんだね進志君、プレゼント・マイク」

「そりゃそうだろ、俺の中でオールマイトとの二大巨頭だぞ」

 

昼休みは緑谷や百、飯田やお茶子と共に食堂で超一流の料理人でもあるヒーローのランチラッシュが作る料理を食べながらお互いに雄英の授業についての意見を述べていく。そこで矢張り進志の口から飛び出すのはマイクの授業は最高、これだけでもう雄英に入った甲斐があったと述べている。

 

「しかし流石雄英、通常授業の内容も中々だな。これは予習や復習もしておいた方がよさそうだ」

「そうだよねぇ。ウチ、入学前に予習してたつもりだったけど簡単にそこを基礎にした授業だったし」

「ですが流石に始めですからまだまだペースは緩いですわね、此処から自分のペースを守っていけば大丈夫ですわ」

「まあそれも大事だが……この後は遂にヒーロー基礎学か……何やんだろうな」

 

そんな進志の言葉に皆同意していた。午前中こそは必修科目だが、午後はいよいよ本格的にヒーローへとなる為の授業が待っている。そんな基礎学を受け持っているのはあの№1ヒーロー、平和の象徴たるオールマイトがするという話をマイクから聞いている。ワクワクとドキドキが止まらないというものだ。

 

「本当にオールマイトが先生やってるならもうわくわくだよねぇ!!サインとか強請っちゃダメかな!?」

「授業中は難しいだろうが、放課後などの時間に尋ねてみるのもいいのではないか?」

「オールマイト先生の授業……いったいどのような物なのでしょうか」

「俺はもう私が来たを生で聞けるだけでもう満足な気がしてきた」

「ブレませんね進志さん」

 

皆が胸を期待にいっぱいしている中で緑谷は複雑そうな表情をしていた。当然彼もオールマイトの授業は非常に楽しみだ、だが彼はオールマイトとの秘密の関係があるがゆえに少々彼の事が心配であった。しかしそれを悟られぬように話を切り替えた。

 

「あっそうだ進志君、前に拳に力を籠める感じって言ってたのを参考にして試してみたらなんとか出来たよ」

「えっマジで?というか俺の言葉って役に立ってたの?」

 

とボリューム満点のステーキセットを食べている進志に感謝の言葉を述べるのだが、彼からすれば本当に役に立つとは思ってなかったのか意外そうな表情を浮かべる。出久はオールマイトのの関係や幼馴染でありとんでもない才能を持つ天才の爆豪を強く意識し過ぎていたのか、イメージもその二人に追い付こうと無理をし過ぎていた。だがそこに一般的な視点を持つ進志の言葉が良い影響を及ぼしてくれた。

 

「感覚的にはまだまだ5%前後ぐらいなんだけど、それでも腕とか指が怪我する事は無くなったよ」

「おおっそりゃよかったな」

「凄いじゃないか緑谷君、0か100しかできなかったと聞いていたが凄い成長じゃないか!」

「で、でもまだまだ出力は上げられないからまだまだだよ」

「それは違うぞ緑谷。お前は個性を歩かないか全力ダッシュしか出来なかった、それをゆっくり歩くレベルだけど出来るようになったというのは大きな成長と思っていい」

 

まだまだな所も非常に多い、だが進志はそんな緑谷を普通に称賛しながらも励ました。歩く事が出来たという事はこれから歩幅を大きくしたりスピードを上げたり、ペース配分を考えて走り続けることだってできるという事。

 

「要するにほら、自転車もさスピードに乗ったら普通に乗れるけど最初はそれが難しいだろ。それが出来なかったけど今は乗れてこげるようになったって事だ」

「あっ成程ね。傍立君って教師に向いてるんじゃない?」

「うむっ中々に分かりやすい上に真摯に向き合っていく、まさに教師向きだな」

「勘弁してくれ。俺の柄じゃない」

「そうでもないと私は思いますが……(進志さんの授業なら、私は小型カメラとマイクで完全保存しながら受けますわ)」

 

そんな進志の言葉に出久はうれしさを感じつつも、自分に対してこんなに優しく力強い言葉を送ってくれる友人が出来た事が酷く嬉しかった。だからこそ、彼の言葉を深く受け止めて一日でも早く出力の完全調整が出来るようになるべきだと心に誓う。

 

「本当にありがとうね進志君。このお礼は何時かするからね」

「別に気にしなくてもいいんだけどなぁ……」




次回、ヒーロー基礎学。


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戦闘服とヒーロー基礎学

アンケートは今話までとさせていただきますのでご了承ください。


昼休みも終わり、いよいよ午後の授業が始まろうとしていた。一体どのような授業が待っているのかと皆が期待に胸を膨らませている中で遂にその時がやっていた。そして―――扉が力強く開け放たれた。そこから入ってきたのは……

 

「わぁあたぁあしぃぃがっ!!!普通にドアから来たぁっっ!!!」

 

筋骨隆々の強靭で完璧と言っていい程に鍛え上げられた肉体、平和の象徴、皆が憧れる№1ヒーローのオールマイトだった。進志も大好き且つ大ファンである現代の大英雄とも言うべき超ビックネーム。オールマイトがデビューしてからというもの日本の犯罪発生率はどんどん下がり、世界最低レベルを保持し続けているほどの影響を誇る。そんなヒーローが教師として教鞭をとり自分達を見てくれる……これに興奮せずにどうしろというのだろうか。

 

「本当にオールマイトだ!!マジで教師やってるんだぁ!!」

「今着てるのは……銀時代のコスチュームみたいね」

 

つまり午後からのヒーロー基礎学はあのオールマイトからの授業となるのだからこれを興奮せずしてどうしろと言うのだろうか、重要な事なので二回言っておく。

 

「さてでは早速行こうか!!午後の授業は私が受け持つ、そしてそれはヒーロー基礎学!!少年少女たちが目指すヒーローとして土台、素地を作る為に様々な訓練を行う科目だ!!正にヒーローになる為には必須とも言える!!単位数も多いから気を付けたまえ!!そぉして、早速今日はこれ、戦闘訓練!!!」

 

その手に持ったプレートには「BATTLE」と書かれている。いきなり始まるそれに、好戦的且つ野心家な生徒達はメラメラと炎を燃やす。それと同時にオールマイトが指を鳴らすと教室の壁が稼動をし始めていく。そこに納められているは各自が入学前に雄英へと向けて提出した書類を基に専属の会社が制作してくれた戦闘服(コスチューム)

 

「着替えたら各自、グラウンドβに集合するように。遅刻はなしで頼むぞ」

『ハイッ!!』

 

各自は勢いよく自分のコスチュームが入った収納ケースを手に取ると我先にと更衣室へと向かっていった。そこにあるのは自分が思い描いた自らがヒーローである姿を象徴すると言ってもいい戦闘服、それをプロが自分たちの為に制作してくれるなど興奮して致し方ない。

 

「―――形から入るってことも大切なことだぜ少年少女諸君、そして自覚するのさ!!今日から自分は"ヒーローなんだ"と!!!」

 

それぞれが希望したコスチュームを纏い、皆がグラウンドβへと集結する。皆それぞれの個性が生かせるかのような物、又は苦手な分野をカバーする物になっており正に個性が出ていると言ってもいい。そんな中でもある意味異色な事になっているのは進志だろう。彼が纏っているのは緑系のカーキの上下に肩から黒いマントのように掛けられている黒いロングコート、そして黒く鋭角さがある帽子。コスチュームというよりも軍人の軍服(それ)に近いものがある。

 

「進志君の凄いカッコいいね!!なんか、軍服みたい!!」

「まあかなり意識してるからな」

「でもなんでそんな感じに?」

「ちょっとな、これが一番だと思ったんだよ」

 

彼がこのようなものにしたのは理由がある、彼にとってのオリジンは紛れもなく京兆との戦いだった。あれこそ自分が本気で誰かを守りたい、守る為に戦うと決めて前に進んだ始まりだった。そんなものを永遠に胸に止めておく為の軍服のようなデザインのコスチュームなのである。それを察しているのか百も頷いている……が。

 

「……百、お前もうちょっとコスチューム何とかならなかったのか?」

「いえこれでもかなり露出が抑えられているんです」

「……俺のロングコート羽織っててくれ、刺激が強い」

 

そう言ってロングコートを彼女に掛けるのだが、百のコスチュームは相当にやばい。隠れているのは身体の上半身の一部、強いて言うならば胸は確り隠れているレベルでやばい。同じコスチュームのヤバさでは葉隠という手袋と靴のみというのもあるが、彼女は透明人間なのであまり問題にはならない。意識するとやばいが……。百の場合は創造を使う場合は素肌から物を出すので肌を多く出しておく必要がある……そうだとしても男としてはいろいろと刺激が強い。

 

「傍立君って紳士だね~!!」

「流石にこれはヤバいからなぁ……悪いな葉隠さん、そっちを優先するべきかもしれんけど」

「ううんいいのいいの。私は透明だから気にならないでしょ、手袋と靴だけど」

「……なあそれ、全身纏うタイプの光学迷彩系か個性と同調する系って希望出せば良かったんじゃ……」

「……あっ確かにそうじゃん!!?」

 

この数日後、葉隠は早速コスチュームの改善願を出す事になるのだが、それはまた別のお話である。

 

「なんだよお前なんでコート渡しちまうんだよ!!?あの魅惑のボディ見たくねぇのかよそれでも男か!!?」

 

そんな彼に一人の少年が食って掛かった、頭にブドウのような紫の球を付けている峰田であった。彼としてはあの魅惑のヤオモモボディを目に焼き付けたかったのだろう、それを隠すような行動をした進志に文句を言う。

 

「男云々以前にモラルの問題だ。というか俺はあいつのは割と見慣れてる、それでも気まずいが」

「ハッ……?おいそれどういう……」

「オールマイトの説明が始まるな」

「おい待て話は終わってないぞ!!?」

 

そう言って追いかけてくる峰田を振り切りながらも進志はロングコートを羽織っている百を見て少し頬を赤らめながら帽子を目深に被った。

 

「(……あんまり見てほしくもないしな)」



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戦闘訓練、の前に

「始めようか有精卵共!!戦闘訓練の時間だ!!!」

 

オールマイトの言葉を皮切りに授業が本格的に開始される事になった。これから行われるのは屋内における戦闘訓練、今の世の中、凶悪敵との出現率は屋内が高いので屋内での戦闘訓練が重視されている。室内では思い掛けない物が勝負の成否を分ける事がある上に、空間も壁や天井で覆われている為個性によって得手不得手が出て来てしまう。そこを今の内にハッキリさせて訓練を積んでおく必要がある。今回の訓練では屋内というだけではなく条件を決め、そこに「ヒーロー」チームと「ヴィラン」チームという二つに分ける事となった。

 

 

1-A戦闘訓練:室内対人訓練。『核兵器』奪取及び防衛。尚、『核兵器』は本物として扱う事。

 

ヒーローチーム:制限時間内にヴィランチームが守り抜いている『核兵器』の確保、又はヴィランチームの確保。

 

ヴィランチーム:制限時間までに『核兵器』を守りぬく、又はヒーローチームを全員確保。

 

これらがそれぞれのチームの勝利条件。ヒーローは敵を倒すか捕まえるか『核』の確保。ヴィランは『核』を守りぬくかヒーローを倒す or 確保、この場合の確保は相手の戦闘不能も含まれるので意識を喪失させた場合でも確保の判定が降りる。それ以外の場合は確保テープで相手を巻き付ければ確保判定となる、そして『核』の確保は触った場合に判定が成される。

 

「それではくじ引きだっ!!一人一枚ずつ引いて、そのくじに書いているアルファベットと同じ物を持っている人とチームだ!!」

「適当なのですか!?」

「プロはその場で即席のチームを組むことが多いからそこから来てるんだと思うよ飯田君」

「成程、そのような意図が……!!」

 

とクソが付くほどに真面目な飯田がちょくちょく質問しながら進んでいくオールマイトの授業、さて一体どのような組み合わせになるのかとドキドキしながらくじを引いてみる。そこにはCの文字、つまりCチーム。さて一体だれがペアになるのかと思っていると笑顔でこちらを見ながら同じくCと書かれた紙を見せてくる百の姿があった。どうやら彼女とペアらしい。

 

「如何やら俺と百は不思議と惹かれあってるらしいな。それもこの目が導いているのかな」

「そうかもしれませんわね。私は進志さんの左目ですので」

 

と小さく語り合いながらも笑いあう二人を周囲の皆は少々不思議そうに見つつも、もしや二人が付き合っているのではないかという話題が生まれ始める。それならば進志が百にロングコートを貸し与え、彼女が必要以上に肌を見せないように配慮したのも頷けるのではないかという考えが出てくる。

 

「んだよあの眼帯野郎……!!!目の前でイチャイチャしやがってぇぇ……!!」

「まあまあ落ち着けよ……いや、お前の気持ちは分かるぜ峰田。あんな極上の美女と笑いあうなんて……」

「「許せねぇ!!!」」

 

と何処か峰田と同調するかのようなイナズマめいた髪形をしている上鳴、そんな彼とペアになった少女の響香は呆れているのかため息をつきながらこんなのと組むのかと若干嫌がっている。まあ二人がそんな気持ちになるのも男であるならば理解出来なくもないのだが……。この二人の場合は致し方ないような気もする、事情を知らない人間からすればただ単にいちゃついているだけにしか見えないのも事実。

 

「何やら騒がしいですわね、静かにさせます?」

「おいバカやめろ、何創造しようとした」

「アサルトライフルとその弾を……」

「やめんかっというかなんでライフルの分子構造を知ってんだよお前」

「お父様にお願いしたら快く教えてくださいましたので」

「(何やってんすかあの人ォぉおお!!!??)」

 

 

「えっちょっと貴方、百にライフルを見せたんですか!!!?」

「えっだって必要だろう。自衛用に」

「違います、何故もっと小型で携行しやすく不意で使えるものにしなかったんですか!!?」

「なんか、ツッコムところ違くない?」

 

 

僅かに目から光が消えた百を抑えつけながらも百の父親に対して今度電話で問い詰める事を心の中で強く決める進志であった。因みにその時オールマイトがえ"っマジで?って顔をしていたのを緑谷は見ていた。

 

「大丈夫です、弾丸は暴徒鎮圧用のゴム弾です」

「そういう問題じゃねぇよ……」

「(ポンッ)実弾?」

「違うっ!!!オールマイト先生早く訓練やりましょうそうしましょう!!!」

「う、うむそうだな傍立少年の言うとおりだな!!(ナイスパスだ傍立少年!!おじさん、ぶっちゃけ八百万少女が少し怖く感じちゃった)」

 

若干冷や汗を流すオールマイトは早口になりながらも早速戦闘訓練を開始する事にした。そしてその組み合わせは、まさかのいきなりのCチーム、即ち進志と百の出番。その相手は峰田と同調していた上鳴と耳郎であった。オールマイトは意図的にこの組み合わせにした訳ではないが早めに来てくれた事にホッとするのであった。因みに上鳴と耳郎がヴィランチーム、進志と百がヒーローチームである。

 

「……百、銃を創造して撃とうとするなよ」

「ご安心ください、進志さんのサポートをこの八百万 百が完璧にこなして見せますわ!!」

「あの聞いてくださいお願いします」




じ、次回こそ戦闘訓練スタートです!!

……改めて、百ちゃんアンケートだとヒロイン希望が多かったのおめでとうね。
でもこれ、進志君マジで大丈夫か……?


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戦闘訓練

戦闘訓練の相手の組み合わせとなった上鳴と耳郎は先に舞台となるビルへと入っていく。そこにある核兵器とされる物を確認してから5分後にヒーローチームが突入するという事とになっている。それをビルの前で待機している進志と百、こうしてみると矢張り進志はVIPのお嬢様の護衛として付けられた軍人という風に見える。まあ実際彼女は紛れもないお嬢様なのだが。

 

「さてと、如何切り崩すか……核は本物として扱う事か、あまり派手な事は出来ないか」

「そうですわね。それを考えると私も跳弾や爆破による被害を考慮して、そういったものの創造は自粛した方がいいかもしれません」

「その方向で行った方が良いだろうな。近接主体、出来るよな」

「はいっ抜かりなく」

 

何の迷いもなくノータイムで返してくる彼女に安心を持つ進志。そんな思いを抱いていると5分が立ったのかタイマーが鳴り響いた。そして直後にオールマイトの声が響き、遂に戦闘訓練の幕が開くのであった。

 

『それでは時間だ、屋内戦闘訓練……スタート!!』

 

「では進志さん、始めますわ」

「ああ」

 

直後、百の腹部からドローンが生成されていく。それらは進志の手によってスイッチが入れられると直ぐに飛び上がってビルの周囲を囲むかのように展開されていく。そしてドローンからはマイクとカメラのようなものが展開されていきそれはじっと、獲物を見つめるかのようにビルへと集中していく。それらの全てを受け取る小型モニターを見つめながらポイントを決める。

 

「……見つけました。目標は4階の小部屋、座標の取得にも成功しました。ジャミングの心配もありません」

「分かった、それじゃあいいよな」

「ハイッお願いします」

 

そう言われると進志は渡されたボタンを押す。直後にドローンから火が噴出して次々と墜落して燃えていく。元々使い捨て予定のドローン、既に役目を終えた存在故に破壊する。そして進志は帽子を目深に直しながら鋭い瞳を作りながらそのまま百を連れてビルの中へと入っていく。明かりなどもない暗闇が広がっている、片目しかない進志にとって正直見にくい場所だが百が前に出る。

 

「こちらです」

 

文字通りの目となって案内していく彼女に従う。2階、3階、そして4階へと上がろうとした時……

 

「食らいやがれっ放電ッッ!!!」

 

真下の2階から凄まじい電機の奔流が百と進志を包み込もうと放射された。そこにいたのは上鳴、待ち伏せていたのか。分からないが凄まじい電撃が二人を包む込んでいく、それが30秒ほど続いたのちに息を荒くした上鳴が3階へと上がってきた。

 

「き、きっちぃ……ウェイになる寸前の放電だから身体にくるぜぇ……」

 

彼としても許容量の限界の電撃だったのかかなり疲弊しているかのように見える。階段の踊り場、そこにいた筈の二人は黒焦げになっているかのようになっている。それを見た上鳴はヤバいやり過ぎたっと思った。確かに目の前でイチャイチャされたからか、イライラをぶつけると言わんばかりに放電したが此処までになるとは思ってもみなかった。

 

「や、やばいやばい如何しよう俺やっちまったか!!?」

「―――この程度でやられると思われる、思った以上に不快だな」

「ッ!!?」

 

声が聞こえる、それが意味するのは絶望の手招きいや希望だ。自分はやり過ぎていなかったという安心感に近い何かだった。黒い影が揺れるとそこからロングコートを大きく振るい表面の焦げた埃を払う進志とコートの内側にいた百の姿があった。傷一つ、火傷もない姿に上鳴は驚いた。

 

「俺のコスチュームは特別な事はされていない。純粋な防御に特化されている、中に織り込まれている絶縁素材が電気を塞き止めただけの事」

「絶縁……相性最悪って事かよ……!!」

「そう言う事です。そして貴方はここで確保します、ご覚悟ください」

 

彼女のニの腕から約1メートル近い槍が生み出されその手に握られる。そして目の前にて大きく槍を身体に添わせるようにしながら振り回しながら構えをとる。上鳴は先程まで百の美貌とそのスタイルにある種の憧れを持っていたがそれを目の前にしてもそれが産れない。純粋にこのままではまずい確実に敗北するといった予感しか生まれてこないのである。如何にかしないと、自分が夢見たヒーローはギリギリのギリギリまで踏ん張ってピンチの連続でも負けない、そんなヒーローだ。

 

「負けねぇから来いやぁぁっっっ!!!!」

「はいっでは終わりです」

「―――えっ」

 

そんな間抜けの声が口から出る。次の瞬間、スピーカーからオールマイトが上鳴少年確保!!というアナウンスが流れた。それを聞いても何が起きたのか全く理解できなかった。百が槍で足を指さすようにしているのを見て自分の足を見てみるとそこには、確保テープがしっかりと巻かれていた。

 

「いっいつの間に!!?」

「私が何故敢て演武のように槍を構えたのかお分かりですか?」

「百、その話は後だ。今は核の確保を」

「承知しました」

「ではな、また後程」

 

そう言って上がっていく二人を見て上鳴は呆然と見送るしかなかった。何時自分は確保判定のテープを巻かれたのかすら気づけなかった、彼女の言う演武の理由も分からない。分かるのは唯二つ、この戦闘訓練は確実に自分たちの敗北であること、そして―――

 

「やべぇ……世界って広いなぁ……」

 

敗北に胸が沸き立ち、ゾクゾクとした胸を満たすような高揚感の存在だけだった。

 

そんな彼に同意するように、ヒーローチームの勝利がアナウンスされる。




戦闘訓練の詳細については次回、講評にて。


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戦闘講評

戦闘訓練が終了しヒーローチームとヴィランチームはそれぞれ集合場所となっているモニタールームへとやってきた。そこでは皆がこちらを向きながらもモニターでは改めて二チームの戦いがリプレイされている。

 

「さてと少年少女諸君、講評と行こう!!皆、この戦いでのMVPが誰だかわかるかな?」

「う~ん……やっぱりテープ巻いた傍立?」

「でもヤオモモじゃない、ドローンとか作って情報集めてたし」

「上鳴も結構いい線行ってたと思うけどなぁ……不意を突いたあの放電は相当な威力だったし」

 

と各自から意見が漏れていくのをオールマイトは微笑ましく見つめる、彼らの意見は中々に鋭く突けていて核心に近いものばかりだ。そしてそれらを含めて先生である自分の意見を述べてみるのもいいだろうと思い一つ咳払いをする。

 

「ウォッホン、ではここで私の講評を述べよう。個人的なMVP、それは傍立少年と耳郎少女だ」

「えっウ、ウチ!!?」

 

その言葉に一番驚いていたのは指名された響香であった。彼女は最後は呆気なく戦闘で確保されて良い所がなかったと思っていたのになぜと思っている。それを見てオールマイトは頷きながらこの意見を聞いてなぜMVPに選んだのかわかる人と聞いてみると出久が手を上げた。

 

「よし緑谷少年言ってみよう」

「はっはい!!え、えっとまず耳郎さんですけど個性で音を探知してその情報を上鳴君にも共有して待ち伏せの成功率を上げていました。加えて常に音で相手の位置の把握に努めて高い警戒態勢をしていた、それは核を守る者、ヒーローとしては確実に最後の壁になるからだと思います」

「あっそっか、ウチ最後まで核兵器(あれ)を必死に守ろうと……」

 

そう、それが耳郎がMVPとして挙げられた大きな要因。あの場で最も強く守るべき存在を強く意識しつつ最優先で防衛しようとしていた防衛意識、ヒーローにとってそれを持ったヴィランは酷く厄介な物。たとえ自分を犠牲にしてでもそれを死守しようとするという事から生まれるのは時間、応援や他のヴィランからの援護などが見込める。

 

「そうだから私は耳郎少女をあげたんだ。私の経験としても相手を倒そうとするよりも時間稼ぎに徹するヴィランの方が何倍も手強い。倒そうとしてくるならばかなり楽だ、だが戦うのではなく防御や回避に徹する。これが厄介なんだ」

「えっとそれじゃあ次は進志君ですね」

「そう言えば俺ってどうやってテープ巻かれたんだ……?」

 

手を上げて問う上鳴にオールマイトはモニターを指し示す。丁度その場面が映っている、そこには大きく槍を振るっている百の姿があったのだが、その背後にいる進志に注目するように言われる。すると彼の腕が解けるように地面へと落ちながらも器用に地面を這い、持っていたテープを自分へと巻き付けていた。これが自分の敗北の正体。

 

「上鳴君は個性による攻撃が防がれた動揺と電気が効かない進志君、目の前で派手に振るわれる槍で完全に注意力を削がれてたんだ。そんな状態だと目の前で振るわれてる槍に目が行く。その隙を進志君が上手く突いたんだよ」

「な、成程そう言う事だったのか……あの時、俺はその後の事も含めてギリギリの出力放電したんだけど、それも仇になってたのか」

 

彼の言う限界、放電しすぎると脳に負担がかかってショートしてしまい著しく知能が下がってしまう。長期戦も考えてそのギリギリのラインを突き詰めて行った放電、しかしそれが仇になった。意識と理性が確りとしているせいでより大きなショックを受けてしまっていた。

 

「かぁっ~世界って広いな&本当に強いな進志とヤオモモ!!次やる時があったら絶対負けないからな!!」

「たとえ何度挑まれても私と進志さんが負ける事など万が一、いえ億、京でもありませんわ」

「……完敗だぁっ」

 

と思わず上鳴は床に座りながら両手を上げた、どうやら自分が完全な自滅覚悟で放電をしていたとしても無駄だろう。同時に見上げる進志の背中は酷く大きなものに見えた、まるでこれから登る山を見上げた時のような感覚に似ている。同時に、彼の背中から並々ならぬ力と意思を感じる。既にプロヒーローのような風格だ。

 

「なあっ進志、教えて貰ってもいいか?」

「なんだ」

「進志だったらあの時、思いきって自滅覚悟の大放電してたかな。俺って、甘いのかな」

 

上鳴の言葉にオールマイトも少々考え込む。確かにそうかもしれない、訓練だとしても実践だと思ってやってくれと言った筈。それから外れた彼のミスともいえる。進志は少々黙り込み、言葉を作ってから返事をする。

 

「そうだな……俺だったらそうしてたかも。俺が落ちても一人は残る、それで一人を落としてもう一人にダメージを負わせられれば十分だな」

「そっか……」

「だけどお前はそれをしなかったんだ、それはお前が俺たちの身体を思っての事だ。有難う」

 

思わず間抜けな声を出しながら進志を見た、彼はありがとうと言った。上鳴は自分たちがヴィランだと思いながらもクラスメイトが放電で大きな怪我をするのではと心配していた。実践だと思ってやる訓練だとしてもクラスメイトに大放電は出来なかった。それが甘さだと思っていた。

 

「甘くていいだろ、苦すぎても誰も受け入れてはくれないからな」

「おおっ~進志君カッコいい~!!」

 

そんな風に周囲から声が溢れる中で上鳴は口角を上げながら思った。自分が目標とすべきは進志なのかもしれないと。




ヤオモモは戦闘訓練の概要を聞いたときに既に創造準備を始めてました。だからドローンをあれほど早く創造出来ました。


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衝撃と注目

進志と百、上鳴と耳郎。この二つの組の対決が引き金となったのかその後の戦闘訓練は特に白熱していた。自分らも負けてられるかと皆張り切っていた。その中でも飛びぬけていたのは二つの対決であった。一つは百と同じ特待生である轟 焦凍と障子 目蔵のBチームである。この二チームの攻略は進志と百のものと似ている部分もあった。

 

まず自身の身体の一部を複製する事が出来る個性"複製腕"を持つ障子がビル内の音などを調査した後に、焦凍が決めた。此処までは似ているが問題はその手段である。

 

「おいおいマジか……」

「桁違い、ですわね」

 

障子が一人ビルの外へと出た直後に異変は起き始めていた、徐々に空気が冷たくなりそして一気にそれがビルを侵食していく。病魔が肉体を食い貪るかの如く瞬く間に氷はビルを包み込み凍結させていく。氷が自らの意思をもって自己を増やしビルを貪ったとも見える光景に皆唖然とさせられた。規格外とも言える個性の強さと規模、確かにあれならば特待生など容易いのかもしれない。そして焦凍はあっさりと核兵器を回収した後、自ら生み出した氷を自分の力で溶かしていった。

 

「二つの、個性を……しかもビルの氷をあっという間に……」

「冷気と熱の二つの個性……」

「進志さんと、同じ……」

 

進志のスタンドも言うならば両親の個性が融合して出来上がったものなのでそうとも言えなくもないが、彼の場合は受け継いだ親の個性を両方とも自分の個性として使えると言った方が正しいのだろう。一つになるのではなく、二つが一つとして収まっている。

 

「相当に強い力を感じるが―――繊細さをまるで感じないな」

「進志さん……?」

 

そんな焦凍を見つめる進志の瞳に百は苛立ちに近い何かを見た、何かを不快に思っている。何かという訳ではない、だが何かが不思議と気に入らない。自分でもそれが分からない、だが確かに感じる焦凍から感じるそれが自分が気に入らない。

 

「進志さん……?」

「……気に入らないな」

 

そう吐き捨てると進志はモニターに背を向けながら帽子を目深に被る。同時に壁に強い衝撃音が響く、そこには何かの拳の跡のようなものが残されているが誰も拳を振るっていないはずなのに付いた跡を不思議に思う中で百は少し、彼の事が不安になった。

 

そんな轟 焦凍の後にも衝撃は続いた。それは最後に近い戦闘訓練となったAチームとDチーム、出久と麗日のチームと爆豪と飯田のチームの対戦。この組み合わせが発表された時に最も興奮しているかのようにしていたのが爆豪であった、個性把握テストでは爆破という調整が難しい個性を見事に扱いきり好成績を残していた。そして進志を異様に敵視していたのだがその標的は出久へと向けられていた。

 

「緑谷、あの爆豪はお前を妙に見ているぞ。気を付けろよ」

「……うん分かってる。でも大丈夫」

「気を付けてな」

「うんありがと」

 

そう言って二人は握手をし、進志は彼を送り出した。そして間もなく、出久と爆豪の戦闘が開始された。奇襲をかける爆豪を地面を強く蹴って避けつつも通路を全力で駆けていく。それを爆破の勢いで飛行する事で追走する爆豪、出久は必死に逃げつつもある程度距離を稼ぐと一気に反転した。

 

「クソがぁァァアアデクゥゥゥウウ!!!」

「(拳に力を、いや腕全体に力を籠めるイメージだっ!!)」

 

覚悟を目に宿しながら爆豪と対峙する彼の瞳に輝くのはダイヤにも負けぬ意思、それを力に変えながら右腕に力を込めながら個性を発動させる。スパークのような光が腕を覆っていく中で大きく振り上げた足で地面を強く踏みしめながら出久は顔を上げた。迫りくる爆豪が右腕で大きな一撃を繰り出さんとしてくる、知っていた(・・・・・)。自分は彼を知っている、子供の時から、尊敬しているから。

 

無意識だった、身体を沈ませながら更に一歩踏み出した。大きなカーブを描きながら彼の腕は虚空を爆破する、そして叫んだ。自分が最も尊敬するヒーローが一撃を放つ際に放つ言葉を一撃と共に。

 

SMAAAAAASH!!!

「デッ―――」

 

驚きと怒りが渦巻くよりも先に出久の一撃が爆豪を捉えていた。渾身の力を込めた拳ではなく腕で捉えているがそんなことどうでもよかった、とにかく出久はそのまま全力で地面を踏みしめながら更に体重を乗せるように腕を振り切った。その一撃は爆豪を吹き飛ばした、いや周囲のビルの壁を粉砕ほどの爆風を巻き起こしながら彼を吹き飛ばしていた。爆豪はその一撃を受けてビルの壁を突き抜けて外へと飛ばされながら道路へと転がっていた。

 

「がぁっ……なっ……ぁっ……?」

 

一体何が起きたのか理解出来なかった、自分の一撃を回避しながらカウンターを決められた?そんな事実があったのだが彼にはそれを理解する余裕がなかった。身体へと突き刺さった一撃によるダメージは彼のダメージ許容上限をあっさりと上回っていたのだ。彼が自分の痛みに苛立ちと怒りを感じながら意識を手放してしまった。

 

「はぁっはぁっ……いづっ……!!」

 

攻撃があったのかという疑念の中にあった出久を腕の痛みが引き戻した。自分の身体許容上限を超えていたのだろうか、腕がかなり痛む。それでも100%の全力に比べたら十分に耐えられるし腕もまだまだ動く。まだ行けるっ!!!と自分でも驚きつつも状況を冷静に分析するとそのまま麗日の援護に向かう為に走り出した。

 

「進志さん良かったですわね、緑谷さんの事心配なさっていたんでしょ?」

「どちらかというと爆豪の事で心配だったんだ。確執があったっぽいからな」

「でもそのような顔では説得力ありませんわ。だって凄い嬉しそうですもの」

「……あまり虐めないでくれ、百」

 

そう言いながら帽子で顔を隠す進志だが、その時に百が見ていたのはまるで成長した弟の姿に喜びを感じている兄のような笑みを浮かべている姿だった。




今回の出久のSMASHの際の個性出力は18%。それでもカウンターによって爆豪を十分に気絶させられる威力となっていた。


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日常の瀬戸際

戦闘訓練から数日、進志は雄英の初登校以来常に一緒に百と登校を行っている。彼女がそうしたいというのもあるが進志自身も心の何処かでそうしたいと思っているというにもある。そんな風に登校していると雄英の校門前に妙な人だかりが出てきているのに気づいた。多くの人間がカメラやマイクなどを所持しているのを見ると雄英の取材に来たマスコミと言った所だろうが、それを見て進志は思わず重いため息を吐いた。

 

「はぁっ……なんで朝からゴミを見なきゃいけないんだよ」

「進志さん、お言葉が宜しくありませんわ。ですが同意致しますわ、これでは雄英に入れません」

「報道の自由を免罪符にして振り回し、他人の自由を侵害する存在だ奴らなんて」

「本当に進志さんはマスコミが嫌いですよね」

「当然だ、誠実な記者なら登校を邪魔するようなこと自体をしない」

 

進志は前世の影響もあるのかマスコミを非常に嫌っている、当然この世界でもマスコミはハッキリ言って嫌われている傾向が強い。ヒーローの活躍を広める役目と言えば聞こえはいいだろうが、それでもプロヒーローのプライベートを大解剖とかテロップを付けながらヒーローの所有の敷地に侵入、警備システムに検知されて警察送りになるマスコミも非常に多い。加えて、プレゼント・マイクのプライベート云々もやっていたので進志は余計にマスコミが嫌いになった。

 

「百は嫌いじゃないのか」

「嫌い、というよりも苦手というべきかもしれませんわ」

「あれが好きっていう奴は少ないだろうからな……無言で通すか」

 

歩き出す進志に合わせるかのように彼女も歩き出す、校門へと近づいていくとマスコミが次の目標を見つけたと言わんばかりにニタニタと気持ち悪い笑みを張り付けながら歩み寄ってくる。聞こうとしてくるのは教師となったオールマイトの事だった。成程、確かにオールマイトの事ならば聞きたいと思うのは当然だろう。それでも許容は一切しない。

 

「マスコミっていうのは他人の迷惑を一切考えずに取材して飯の種にする連中なんだな」

 

とその場にいる全員に聞こえるように敢えて言う、それを言われて一瞬怯んだのかマスコミは張り付けた笑みを凍らせた。同時に進志が差し向けた冷たい視線を受けて背筋がゾッとしたのだろう。ハッキリ言ってこれを受けるぐらいならば京兆の銃弾を受ける方がマシかもしれないとさえ思えるほどに、マスコミは嫌い。そんな進志に付き従うかのように百は早足で校門をくぐる彼に続いた。そして内側に入ってさえしまえばこっちのものだ、マスコミは自分に対して礼儀がなっていないなどと溢しているがお前が言うなとは正にこの事である。

 

「……進志さん」

「教室に行こう百。あれに関わるだけ無駄だ」

「はいっ♪」

 

銃器でも創造しそうな百を諫めながら手を差し出す、それを声を弾ませながら取って共に教室へと向かっていく。

 

「だけど、流石にあれは言っちゃまずかったかな……」

「ご安心ください進志さん!」

 

そう言うと胸ポケットからあるものを取り出した、それは所謂ICレコーダーであった。そしてネクタイの一部を指さす、そこには何やらレンズのようなものがあった。

 

「何かあった時の為に私は常にICレコーダーと小型カメラで状況の録音と録画を行っております。あのマスコミたちが何か言うようであるならば、この百がこれらを提出し裁判にまで駆け込む準備はできておりますわ!!」

「おいおいそんなの準備してたのか……」

「因みに私と進志さん専属の弁護士は選出済みですわ」

「えっ嘘俺のまで!?」

 

軽く自分の世界に飛び立ちながら、如何に準備が万端なのかを高々に語る百に進志は遅くなりながらも色んな意味で危機感を募らせ始めた。

 

「(……これ明らかにやばい傾向だよな、百が俺に依存しているのは正直分かってた。でも幾ら何でも俺専属の弁護士ってやり過ぎだろ……。しかもこれって多分百のご両親も協力してるよな……早いうちに手を打たないとなんか、大変なことになりそうだぞこれ……)」

「そうですわ進志さん、今度の休日に是非顔合わせを行いましょう!!」

「ああうん……あの百……幾ら何でも弁護士はやり過ぎなんじゃ……」

「やり過ぎではありませんわっ!!!」

 

顔をずずいっと近づけてくる百、その迫力に押されて思わず引き気味になってしまう。遅く登校してきたおかげで周囲に生徒がいないので見られていないが、傍から見たら完全に百が進志を食いに行っている感が半端ない。

 

「寧ろ進志さんは何あれほどの体験をしてしまったのですから、これほどをするのが当然なのです!!ヴィランの襲撃そして対決などを経験しておるのですからこのぐらいは当然なのです!!」

「そ、そうなのか……?」

「そうなのです!!」

「わ、分かった分かった分かった!!百が正しい俺が悪かった!!」

「ご理解頂ければ幸いです♪」

 

そう言って百は笑顔に戻りながら歩いていき、自分も続くのだが本当に大丈夫なのか本気で不安になってきた。そんな中後ろから肩が叩かれる、振り向いてみるとそこには一佳がいた。

 

「……何があったかは分からないけどさ、相談ぐらいなら、乗るよ?」

「……マジで一佳有難う」

 

この日から、進志は内々に一佳にメールで度々百に関する相談をするようになったのであった。

 

「というかさ、それもう親戚中で結託している可能性あるんじゃ……」

「考えたくないからやめて……」



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委員長は誰

やや身の危険を感じつつも教室へと辿り着いた進志、今までは割と軽く流せる事が出来ていた百の言葉をこれから確りとスルーしたり受け止めたりする事が出来るのかと酷く不安になってきてしまった。席に着きながらも手を組んでそこに額を当てる形(ゲンドウポーズ)でこれからの事を考えていると軽く出久に心配されるが、大丈夫だと返しているとHRの時間になってしまった。

 

「さてと、今回のホームルームだ。急で悪いが今日はお前らに決めて貰う事がある」

 

思わず全員直ぐに身構えた。つい先日に、合理的虚偽とはいえ除籍処分のペナルティがついたテストを受けたばかりなのでそれをひどく警戒してしまう。相澤ならば抜き打ちテストで赤点を取ったら即刻補修送りにしても納得できてしまうからである。そんな中相澤が言ったのは……

 

「クラスの学級委員長を決めてもらう」

 

全員が安堵の溜息をついた、普通に学校でやるそうな行事且つ自分達に大きなペナルティやらが降りかかる心配がないからである。皆がぜひとも自分がやりたいと手を上げる中で進志は我関せずっと言った表情で手を上げなかった。誰かを纏めるというのはあまり得意ではない、自分は引っ張っていくよりも押し上げていくタイプだと考えている。そんな中で一際大きな声が上がる。

 

「皆、他のクラスの事もあるのだから静粛にしたまえ!!委員長とはクラスを纏め上げ牽引する責任重大な仕事だぞ、やりたい者がやれる事ではないだろう!?周囲の皆からの信頼があってこそ務まる政務だ、民主主義に則り真のリーダーを皆で決めると言うのなら、これは投票で決めるべき議案!!」

「飯田、腕聳え立ってるぞ」

 

とボソッとツッコミをいれる進志の言う通り、自分も凄いやりたいです!!と言わんばかりに腕が綺麗な程に一直線に上へと伸びている飯田の姿がそこにあったのである。まだ一週間ちょっとしかたってないのに信頼もないだろうという意見も出るが、だからこそ票を獲得した物こそがふさわしくないかという言葉に一理あると皆感じたのか多数決で決める事となった。

 

「(誰に入れるかな……まあ俺はやりたくないし百にでも……)」

 

という訳で票は入れられ、即座に開票となった。意外な事に投票数が一番多かったのは3人、全て2票ずつであった。それは進志、百、出久の三人であった。

 

「えっ僕二票!!?」

「なんでデクにぃ!!?」

「いやまあお前に入れるよりは理解できるけどな」

「んだとゴラァ!!?」

 

と出久に何故2票も集まっているのかと遺憾を露わにしている人間が約一名いるが、兎に角2票集まったのは事実。このまま3人の内で誰を選ぶかを決める決選投票となる筈だったのだが……相澤が3人もいると時間がかかりそうだからと後は話し合って決めろとそこでぶった切ったので後は三人で話し合って決める事となった。一体だれが委員長になるのか、という皆が思う中昼休みに突入し、三人は飯田と麗日も交えて昼食を取る事にした。

 

「はふぅ……お米美味しい」

「全く流石ランチラッシュ……本当に米に落ち着くなぁ……」

「このお米は一粒一粒がとても立っておりますわ、きっと土鍋ですわね」

「あの進志君に八百万さん、委員長決める話しなくていいの……?もう昼休みだけど」

「そうだぞ、確りと決めなくてはいけない!!」

 

とキビキビした動きで急かす飯田だが進志の答えは決まっているし百の答えも既に決まってしまっている。

 

「百、お前やる気ある?」

「進志さんがやるのであれば」

「んじゃ一抜けた」

「二抜けました」

「えええええっあっという間に僕だけになったぁ!!?」

「二人とも何故そんなにあっさりと降りる事が出来るんだ!?」

「本当、凄い似合うと思うんだけどなぁウチ」

 

と三人からしたら不思議でならないようであるが、進志からしたら最初から委員長なんてやりたくもない物だった。百からすれば進志がやるのであれば全力でやるがやる気がないのであれば自分もやる気はない、彼女からすれば当然の事なのである。しかしそうなると委員長候補は出久だけになってしまい、副委員長も不在になってしまう。

 

「それなら飯田、お前がやればいいだろ」

「何ッ!?何故ぼっ……俺なんだ!?」

「だってお前、あの時一番教室を仕切ってただろ。自分で言ってたろ、クラスを纏め上げ牽引するって。お前が投票制にするって言ったらそうなったんだから十分仕切ってるし牽引してるだろ」

 

その言葉に飯田は動揺しながらも確かにそうかもしれないが……とオロオロする、がその背中を叩いたのは出久であった。

 

「やろうよ飯田君、確かにあの場は飯田君が一番仕切ってたよ」

「む、むぅぅうん……」

 

と複雑そうな唸り声をあげる飯田。確かに委員長をやりたいという思いはあるのだが、それに自分が相応しいのだろうかという思いも強くある。飯田曰く、やりたいか相応しいは別であるらしくかなり考え込んでいる。そんな最中の出来事であった、食堂内に凄まじい警報が鳴り響いた。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外に避難してください』

 

雄英のセキュリティは極めて高度である筈、それを突破した者が侵入しているかもしれないという事。その事で食堂内は一気にすさまじい大パニックへと陥ってしまった。

 

「ぼっ僕たちも急いで外に!!」

「待て俺が道を作る!!開けジッパー!!」

 

と腕を飛ばして窓ガラスにジッパーを設置して大きな出口を作ってそこから百たちと共に外へと出る。それを見たのか他の生徒達も個性やジッパーを通じて外に出始めている。

 

「流石進志君助かったよ!!」

「本当ですわっ即座の判断力流石です進志さん!!!」

「うん本当にありがとうね!!」

「矢張り君こそ委員長に相応しい判断力を持っているよ傍立君!!」

「気にするな、しかしなんで警報が……」

 

と外に出た進志が視線を巡らせているとそこにはマスコミの大群が雄英の敷地内に入っているのが見えた。本来は生徒証などがないと即座にブロックが働いて入る事が出来ないはずなのに……。そのブロックである通称雄英バリアが完全に崩壊しており、そこからマスコミがなだれ込んだらしい。

 

「おいおいマジかよ……やっぱりゴミはゴミか」

「そんなことを言っている場合ではない、早く事態の鎮静化を……そうだ、八百万君メガホンを作れるか!?」

「はいっ直ぐに!」

 

飯田の判断を聞いた百は即座にメガホンを作り出しそれを飯田へと手渡した。そして飯田は咳払いをしたのち、大きく息を吸ってメガホンに向けて声をぶつける。

 

「皆さんご安心ください、これはただのマスコミが入って来ただけです!!ここは最高峰の雄英!!そこの生徒に相応しい行動を取ってくださいぃぃぃっっ!!!!」

 

余りの声の大きさに耳が痛いがそれを聞いた生徒たちは徐々に落ち着きを取り戻していき、パニックは鎮静化されて行った。そんな間に進志はバリアを破ったマスコミの写真をスマホで撮影していた。

 

「よし証拠写真撮影成功」

「し、進志君何やってるの?」

「後で相澤先生に渡す。十分すぎる問題行為だ、怪我人が出るかもしれない不法侵入の証拠だぜ。ネットに晒すのも悪くないな」

 

そんな話をしていると相澤とマイクがバリアを越えてきたマスコミの対応をし始める、軽い脅しのような言葉などを巧みに使ってマスコミを大人しくさせると直ぐに飛んできた警察にマスコミたちは連行されて行った。

 

「あの相澤先生、マイク先生」

「んっなんだ傍立、お前も早く教室に戻れ」

「いえ、マスコミの写真を一応取っておきました。これ役に立ちますかね」

「どれどれっ……おおっイレイザーヘッドこれ良く撮れてるぜ!」

「……一応データは預からせて貰う」

 

この後、不法に侵入したマスコミは写真などを証拠に雄英から抗議を受ける事になり活動を自粛させられ、怪我人の治療費や生徒達が脱出のために割った窓ガラスの修理代などが請求されたらしい。そして委員長はパニックを見事に鎮静化させた飯田を出久が推薦し、彼が委員長、出久が副委員長という形に落ち着いた。

 

 

 

「しかしよ、この雄英バリアをマスコミが壊せんのか?」

「……第三者の可能性もあるな」

「……校長に警戒するように言うか」

「それが一番だろうな」




私もマスコミ嫌いだからかこんな感じに……。


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救助訓練と迫る手

雄英バリアを突破したマスコミの一件は、雄英が抗議をするだけでは済まずその後に正式にニュースに取り上げられ大々的に広まる事になっていた。昨今問題になっているマスコミの個性機密使用、プロヒーローに対する無理やり且つ強引な取材などが一気に浮き彫りになっていく。侵入したマスコミなどは一気に糾弾されて社会的に死亡に近い状況になっているとニュースで見て進志はざまぁとテレビを見ながら珈琲を啜っていた。

 

 

そんな一件もあったから、それ以降は校門前に殺到するマスコミなどは存在しなくなり生徒たちはリラックスして登校出来るようになったのであった。そんなある日、午後のヒーロー基礎学の時間になった時に相澤が今日の授業内容について話し始めた。

 

「今日のヒーロー基礎学は俺ともう一人も含めての三人体制で教える事になった。授業内容は人命救助(レスキュー)訓練。今回は色々と場所が制限されるだろう。ゆえにコスチュームは各々の判断で着るか考える様に」

 

人を助けるための授業、ある種ヒーローの本懐ともいえる授業に皆のテンションも上がっていく。相澤はコスチュームを出すと訓練場は少し遠いからバスに乗るので早く来るようにと言うとさっさと教室から出て行ってしまった。当然進志は迷う事も無くコスチュームを手に取った。

 

「進志君もコスチューム着るんだね」

「ああっ。俺のコスチュームは純粋な防御特化型、熱や電気に対する耐性だけじゃなくて衝撃や斬撃に対する耐性もある」

「こういった場には持って来いって訳だね」

 

共にコスチュームを着替える出久は矢張り軍服っぽい進志のコスチュームはヒーローとしてはある意味異色だなぁとも思いながら、片目を隠し続けている眼帯へと視線が行ってしまった。聞いてみたい気持ちもあるのだが気分を害してしまうかもと思って言葉を飲み込んだ時の事、A組が誇るエロブドウこと峰田がそれを突っ込んだ。

 

「なぁ傍立、お前なんで眼帯なんかしてんだ?」

「あっそれ俺も気になってた」

「片目に悪魔を隠すためか?」

 

とそれに続くかのように戦闘訓練の関係で仲良くなった上鳴、そして黒いコスチュームに身を包んでいる常闇も同じように言葉を並べた。常闇は中二病的な言い回しをするのでその関連だろう、眼帯と言えば一度は憧れるアイテムでもあるし。

 

「昔ちょっと事故にあってな、それで付けてんだ。まあ眼帯はカッコいいから俺としては良いけどな」

「……俺もその意見には同意だ」

「分かってくれるか常闇」

「無論」

 

ガッシリと握手を交わす二人、何やら友情のようなものが生まれた瞬間であった。矢張り男の心にはいつでもそう言った炎が灯り続けているという事なのだろう。因みにカッコいいという言葉にはそこにいる男子(爆豪以外)が皆納得していた。焦凍も何処か理解出来るのか小さく頷いていたりもした。そんな一幕もありながら訓練場へと向かうバスへと乗り込んだ。

 

「こういうタイプだったのか……」

「意味なかったね……で、でも前もっての練習にはなったとは思うよ飯田君」

 

と落ち込む飯田。委員長へと無事就任した彼の主導の下で出席番号順に席へ着いたのだが、後部はよくあるの二人分の座席、しかし飯田達が座っている中部から前部は左右に座席があって向かい合うタイプだったの出席番号順というのはあまり意味をなさなかった。それをフォローする出久の言葉を受けて、次に活かそうとなんとか持ち直すのであった。

 

「私、思った事は口に出しちゃうの。緑谷ちゃん」

「えっあっはい!……えっと蛙吹さん!?」

「梅雨ちゃんと呼んで」

「え、えっと努力します……」

「あなたの個性――オールマイトに似てるわね?」

 

出久は女子と関係をあまり持ってこなかったのか慣れない女子との一対一の会話に狼狽えていると彼女、梅雨ちゃんから言われた言葉に一瞬肝が冷えたかのような感覚を味わいながらも、必死に心を落ち着けながら自分に個性について話し出す。

 

「そ、そうかなぁ!?そう言って貰えると嬉しいけど僕の個性はオールマイトみたいに凄くないよ」

「そうだぜ梅雨ちゃん、オールマイトは怪我なんてしないぜ」

「うん。僕の個性は人間が無意識にかけてる身体のリミッターを外す力なんだけど、まだリミッターをどの位でリミッターを外すかが上手くコントロール出来ないんだ」

「それって結構難儀だよなぁ。リミッター解除って結構カッコいいけど、ミスると大ダメージだろ?リスキーだなぁ~」

 

と言った風に周りから言葉が掛けられながらも少しずつここでそのレベルを覚えていったりしたらいいと言われたりして嬉しく思う出久であった。そんな個性の話から派生したのか個性の派手さと強さの話へとなっていった。

 

「派手で強いって言ったらやっぱり轟と爆豪だよなぁ!!」

「俺の帯電も派手って言ったら派手だけど、結構使いにくいからなぁこれ」

「でも私は傍立ちゃんの個性も結構派手なんじゃないかなって思ったりするわ」

 

爆破の爆豪、半冷半燃の焦凍。派手さと強さで言えばこの二人のツートップなのではないかという言葉が多い中で進志も結構派手なのではないかという意見が出た。

 

「そうかぁ?爆破とビル丸ごと凍らせるのと比べたら随分地味な気もするんだが……」

「でも自分の腕にジッパーを付けて延長したりするなんて普通は思いつかないと思うわよ?下手したら千切れるかもしれないって怖くもなるのに、それを全然恐れずに出来るんだからやっぱりすごいと思うわ。それに腕が飛ぶっていうのは派手よ傍立ちゃん」

 

梅雨ちゃんの言葉を受けて皆も確かにそうだなっと同調する流れが出来たのか、このクラスの中だとこの三人の三強だという事が決められた。それなら百も入るんじゃねぇのかと言おうとした進志だったが、相澤がもう着くから静かにしろという言葉で鎮静化させられてしまったので、言い出せなくなった。救助訓練の会場となる場に到着してバスから降りていき、相澤引率の元、中へと入って行くとそこにあったのは驚きの光景だった。そして思わず口を揃えて言ってしまった。

 

『USJかよ!!?』

「水難事故、土砂災害、火事、etc(エトセトラ) etc(エトセトラ)……此処はあらゆる災害の演習を可能にした僕が作ったこの場所――嘘の災害や事故ルーム――略して“USJ”!!」

『本当にUSJだった……!?』

 

そんな言葉を漏らしながら登場したのは宇宙服のような戦闘服を纏っている一人の教師であった。スペースヒーロー 13号。宇宙服に似ているコスチュームを着用している為に素顔は見えないが、災害救助の場で大きな活躍をしているヒーローの一人だった。そんな13号は言いたい事があるらしく、言葉を綴った。

 

「え~っとごほん……皆さんご存知だと思いますが、僕の個性はブラックホール。あらゆるものを吸い込み全てをチリにする事が出来ます。災害現場ではそれで瓦礫などをチリにして人命救助を行っております。……ですが同時に、一歩間違えば簡単に“人”を殺せる個性です」

 

人を殺せるという言葉に皆が身体を固くする。自分が普通に使える事が人を殺すという言葉に恐怖を一瞬覚えた。

 

「今の世の中は個性の使用を資格制にして規制を行う事で成り立っている様に見えます。しかし、個性は一歩間違えれば安易に命を奪える事を忘れてはいけません。この中にもそんな個性を持っている人もいる事でしょう」

 

相澤の体力テストで己の先を、可能性を知り、オールマイトの実戦演習でその可能性を含め、それの活用と人へと振りかざす危険性を。

 

「そして……この授業では皆さんの力を人命救助に生かすのかを学んでいきましょう。君達の個性が他者を傷付けるだけのものではない。その事を学んで帰ってください、以上です」

 

丁寧な挨拶そしてこれから自分たちが真内で行くものの重要性、それらを教えてくれた13号へ対して声援が響いていく。そしていよいよ本格的に授業が始まろうとしたのだが……その時である。

 

世界に蔓延る悪意と敵意が、彼らへと迫る。



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ヴィランの襲撃

何かが迫ってきている、それに最も早く気付けたのは進志であった。嘗て命のやり取りをしたからこそ敵意や殺意に敏感になっているのか己の感覚が警鐘を鳴らしていた。一歩前へと踏み出しながら何時でもスティッキィ・フィンガーズで攻撃出来るように態勢を整える。それに僅かに遅れて百も戦闘態勢を取りつつも創造を行い、その手に槍を構える。

 

「おいお前ら何を……っ!!」

 

相澤はいきなりの事に如何したと言おうとするが同時に当人も異常に気付く。噴水前の空間が奇妙なほどに捻じ曲がるかのようにどす黒い霧のような広がっていく。そして生徒らに纏まったままで動くなっと指示を飛ばしながら13号に防御を固めるように伝える。そして掛けていたゴーグルを装着し戦闘態勢を整える、まさか―――ヴィランがこの雄英に直接殴り込みをかけてくるなんて思いもしなかった。

 

「やはりあのマスコミ共はクソ共の仕業だったか……!!13号、お前は生徒達を連れて避難させろッ!!上鳴は個性を使って通信を試みろ、俺はあいつらを食い止める」

「でも先生!!幾ら個性を消せても先生(イレイザー・ヘッド)の戦闘スタイルじゃ正面戦闘は危険すぎます!!」

「心配無用だ、紛いなりにも俺もプロだ。それに一芸だけではヒーローは務まらんッ!!」

 

そう言いながら相澤は抹消ヒーロー・イレイザー・ヘッドとして能力を使う戦闘へと飛び込んで行く。常に身に纏っている特別製の捕縛布と個性を消す個性、それらを上手く掛け合わせ相手が個性での攻撃を仕掛けようとした瞬間に個性を消して攻撃のタイミングを狂わせながら捕縛布で絡めとり、地面などに叩き付けていく。異形系の個性は消すことはできないが、それでも統計的に接近戦を主体とするものが多い異形系の対策も取っている相澤はたった一人で大多数の敵を翻弄していた。その隙に13号が生徒らを先導して脱出を試みる、しかし―――

 

『逃しませんよ、生徒の皆様方』

 

瞬時に移動し、出口への道を封鎖するかのように立ち塞がる霧のような姿をしているヴィラン、他のヴィランをここに連れてくる役目も背負っている黒い霧のヴィランは何処か紳士的な口調をしながらも明確な敵意と悪意を向けてくる。

 

『はじめまして生徒の皆様方。我々は"(ヴィラン)連合"と申します、以後お見知りおきを。この度、雄英高校へとお邪魔致しましたのは目的があるからです。我々の目的、それは平和の象徴と謳われております№1ヒーローであるオールマイトに息絶えて頂く為でございます』

「オールマイトをっ……!?」

『しかし奇妙ですねぇ。この場にオールマイトにいないのは計算外。何か授業に変更でも、まあ良いでしょう。それならば、動きを多少変えるだけです』

「させるかぁっ!!」

 

それを聞いてオールマイトのファンの一人として許せなかったのか、左腕にジッパーを設置して飛ばす梅雨ちゃん曰く派手な技(ズームパンチ)を繰り出して攻撃を行う。敵もまさか腕が伸びるとは思わなかったのか一瞬動きを止め、そこへパンチが命中する。

 

「お見事です傍立君!」

「っ駄目だ手応えがない!!」

「ならばっ―――!!」

 

その言葉を聞いて即座に13号は能力を発動させるようとするのだが、進志の攻撃に続けと言わんばかりに爆豪と切島が飛び出していき爆撃と強烈なラリアットで追撃を掛ける。それによって更に吹き飛ばされるが―――13号は二人を巻き込んでしまうとして攻撃をやめてしまい、二人に急いで退くようにと促すが……

 

『危ない危ない―――いけませんね幾ら生徒と言えど金の卵、という訳を失念していましたか。だが所詮は――卵、私の役目は貴方達を散らして、嬲り殺す事ですので』

 

 

ヴィランは全身から霧を放出するかのようにしながら生徒らを包みこんで行く。そして霧が晴れるとそこは周囲には岸壁で身動きが取りづらい場所―――大勢のヴィランが自分達を待ち受けていた。周囲には百、上鳴、耳郎が居り自分と同じく周囲を警戒している。

 

「ギャハハハ来やがったぜ!!」

「獲物だ、獲物だぜ!!」

 

「無事か!?」

「問題ありません!ですが、これは分断されたようですね」

「マジかっ……相当まずい状況じゃねぇか!?」

「完全に囲まれてるしね……」

 

4人はお互いがお互いを守るかのように背中を合わせるように陣取り、自分達を包囲しているヴィランを見つめる。総勢20人強、数で言えば圧倒的に不利な状況だが進志にとっては自分が体験した時よりも楽な状況且つ改めて京兆の個性はかなりの強個性だったんだなぁと暢気な事を思うのであった。

 

「百、二人にも武器を作ってやってくれ。上鳴お前は武器を持ったらそれに電気を帯電させろ、そうすれば戦闘力が大幅に上がる」

「マジか!?」

「あまり時間もかけない方が良いと思いますので、鉄の竹刀に致しました」

「サンキュー八百万!!」

 

そう言って百お手製の武器を手に取るとそれに電気を纏わせる。これならば放電量を上げなければ遠くまで飛ばせない、電力を上げ過ぎると脳がショートするという上鳴の弱点を補える。

 

「さてと……どうやって突破するか」

「進志さん、此処は作りますわね」

「……非殺傷にしろよ、お前に人殺しの汚名は似合わない」

「まあっ♪」

 

そう言いつつも百は腹部からアサルトライフルで有名なAK-47を創造しそれへマガジンをセットして構えた。それを見たヴィランたちは思わずえ"っと声を濁らせた。ついでに耳郎と上鳴も声を濁らせる。

 

「おいおいおいおいマジかよあの女ぁ!!?ライフル出しやがったぞ!!?」

「お、俺たちを殺す気かぁ!?」

「オールマイトを殺すと宣っておいて自分たちが危険に陥るとそれですか、恥を知りなさい!!」

『ギャアアアアアッッ!!!!』

 

そう言うと百は迷うことなくトリガーを引いた。激しいマズルフラッシュと共に弾丸が囲んでいたヴィランへと撃ち込まれていく。射撃訓練を受けている百は巧みにライフルの反動を受け止めながらも見事な射撃精度見せながらヴィランを撃ち続ける。一応弾丸は非殺傷の弾丸なので死ぬことはない、まあ死ぬほど痛いが。それを見た上鳴、耳郎は愕然とした。まさかクラスメイトが迷う事も無くライフルをぶっ放すなんて思いもしなかったのだろう。

 

「おい上鳴、今の内に俺たちであいつらを制圧するぞ。浮足立っている今がチャンスだ」

「お、おう……分かったぜ!!」

「あ、あのさ傍立……アンタはヤオモモがライフルぶっぱするのは何も思わない訳……?」

「クラスメイトに向けて撃つよりは健全だろ」

「「ええっ……」」

 

この後、耳郎は百の護衛をしつつライフルの弾を冷静にリロードする姿に僅かに恐怖を覚えた。そして進志と上鳴はヒーロー志望とはいえ女子高生にライフルを撃たれるとは思っていなかった事で浮足立っているヴィランたちを見事に制圧する事に成功するのであった。

 

「ねえヤオモモ、これ本当に生きてるんだよね……?」

「大丈夫です全員息はありますわ。まあっ死ぬほどの痛みを味わっているでしょうが」

「死ぬよりはマシだろ、うん死ぬほど痛いだけだ」

「どっちも嫌だぞ俺……」



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ヒーローを志して

「上鳴、終わったか」

「ああっ全員間違いなく気絶してるぜ、にしてもここまで念入りにしといた方が良いもんなのか?」

 

百のゴム弾乱射によって浮足立ったヴィランたちを掃討した後、上鳴は倒れている上に百特製の拘束具を付けられた連中を電撃で気絶させて回りそれがようやく終了し移動を開始したところであった。

 

「なんか死んでないけど死体蹴り感半端なかったよ……」

「ですがこれが今とれる最善の一手なのです」

「あいつらが動けて背後から襲われるって心配がなくなるのはかなり有難い、一応拘束してあるとはいえ外されないとも限らない。取れる手段はとっておいた方が良いんだよ」

「はぁっ~……勉強になるなぁ」

 

最初に経験した戦いがたった一人であっても多勢として相手に襲い掛かれる京兆だった為にその対処法について何度も百と考えたりもした。同じような個性と会った場合に対処できるようにと、同時に相手が大勢であっても機能するので有効だと考えている。そして皆は留まっているとあの転移個性のヴィランが増援を送ってくるのではないかという事を考えて、細心の注意を払って移動を始めた。

 

「な、なぁ進志。じっとしてても良かったんじゃないのか?」

「確かに先生達が異変を感じて救援に来てくれる事も期待出来るが上鳴、お前の個性で通信が出来なかったんだろ」

「あ、ああっずっとノイズばっかりだ」

 

上鳴は電気を纏う個性である関係で自らを電源にする事が出来るので通信機などをコスチュームに付けている。それで緊急用チャンネルで雄英の教員室に通信を試みてみるのだが、返ってくるのは不気味なノイズのみ。闇に問いかけてもその闇に声が絡め取られているかのような気分だ。

 

「でしたら電波などの妨害系の個性がいると見て間違いないですわね。そうなると教師の皆さま方の対処はかなり遅くなる可能性がありますわ」

「それまでウチらの身は自分で守らなきゃいけないって事ね……」

「いざってときは俺がMAXで蹴散らしてやるぜ!!進志、その後は任せるぜ」

「分かった、任せられよう」

 

相手がヴィランからなのか、それとも戦闘訓練での一件で完全に吹っ切れているのか迷う事も無く最大放電をすると公言する上鳴。それは彼にとっても危険な状態になるというのを示すことだが友達を守る為に躊躇などしていられないと決心を固め進志にフォローを頼む。

 

「もうすぐ中央広場ですわね、しかしそこは確かに相澤先生が敵を引き付けてくださってる場所ですわ」

「避けた方が良いよね……」

「だなっ様子を見れる位置を取りつつも、迂回していこう」

 

相澤先生が自分たちの為にしてくれている事を無駄にしない為にも底を迂回して進むことに決めた一同、それでも心配なのか見えるギリギリの位置を慎重に進んでいく事にする。そしてそこをゆっくりと進んでいくが思わず一同は足を止めてしまった。なんとそこには完全に組み伏せられているボロボロの相澤の姿がそこにあったのだから。

 

「う、うそっ相澤先生が!?」

「マジかよ何だよあのヴィラン!?プロヒーローが敵わないのか!?」

 

耳郎と上鳴の表情が絶望に染まる、厳しく恐れられている相澤だがそれでも皆からは良い先生だとは思われている。厳しいのは自分たちの為だと生徒たちなりに理解を示しているからだ。そんな相澤が完全に組み伏せられ、今腕の片方が圧し折られたのか相澤の絶叫が響く。

 

「せ、先生っ……!!」

「……っ進志、こんな頼みするの悪いと思うけどよぉ……俺と一緒に来てくれないか!?」

「……お前まさか本気(マジ)か?」

「相澤先生を、助けに行く!!」

 

上鳴のその言葉に皆驚かされた。先程まで絶望に染まっていたはずの上鳴が必死に自身を奮い立たせながら、相澤を助けに行こうと言い出したのだ。

 

「む、無茶だよあんな奴に敵いっこない!!無謀すぎる!!」

「あまりにも危険すぎますわ、ですがこのまま相澤先生を見捨てて行く訳には……!!」

「だ、だけどウチらに何が出来るっていうのさ!?」

 

彼らはヒーローを志している、そんな彼らが目の前で担任が自分たちの為に戦って重傷を負っている場面を見過ごせる訳なんてなかった。それでも状況の最悪さも理解しているからこそ理性がストップをかける。脳みそがむき出しになっているヴィランはあの相澤を容易く組み伏せるだけではなく、鉛筆を折るかのように人間の腕を容易く折る事が出来るのだ。そんな相手に向かって言って勝てるとは思えないのだ。

 

「でも、俺は嫌なんだよ!!目の前で苦しんでるのに見捨てるなんて、ヒーローのする事じゃねぇだろ!!?ここで相澤先生を見捨てるなんて俺は嫌だ!!」

「―――蛮勇だな」

 

そんな中、冷や水が飛んでくる。上鳴は信じられないような表情で冷たい目をする進志を見る。

 

「一時の感情がお前を殺す。ヒーローになりたいからこそ相澤先生の行動の全てが無駄になる」

「だけど進志!!」

「冷静になれ、お前のそれは勇気じゃない。自尊心が生んだ蛮勇だ」

「んだとぉてめぇ!!!」

 

我慢出来なくなったのか進志の胸ぐらを掴んで血走った目で進志をみる、それでも冷たい目をする進志は更に言葉をぶつける。

 

「俺が夢見たヒーローはギリギリのギリギリまで踏ん張ってピンチの連続で、もう駄目だった時に助けてくれるヒーローなんだよ!!!今がその時じゃねぇか、今行かねぇで如何すんだよ!!!」

「お、落ち着きなよ上鳴!!」

「そうですわ今は喧嘩なんてしている場合では!!」

「もう一度聞くぞ、お前は何をしたい」

「相澤先生を助ける!!!」

「―――乗った」

『えっ!?』

 

間抜けな声が漏れる中、進志は優しい目を作りながら言った。

 

「お前の目に覚悟を見た、そしてやりたい事もな。俺も先生を助けたい、だから助ける事を最優先にしてその後は全力で逃げるぞ。それでいいな、電気」

「あっああそれでいいぜ、やろうぜ進志!!」

「ああもうこれだから男って奴は……分かった、分かったよウチも協力するよ!!」

「これはもうやるしかありませんわね、では相澤先生を助けましょう!!」



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先生を救え

「覚悟は良いか電気」

「ああっ何時でもいいぜ」

 

相澤を助けるという事を決めた進志と上鳴、その為に今まさに飛び出そうとしている。作戦は単純明快、相澤をあの脳みそヴィランから引き剥がし全力ダッシュで逃走。これ以外にない、単純だが難しい作戦。その為に逃走要員として百と耳郎は逃げる準備をして、入口の方向に待機しながら百が個性把握テストの時に使ったローラーブレードにバッテリーとエンジンを組み合わた物を創造し、装備してもらっている。

 

「この八百万特製の金属ロープも準備万端だ!!」

「よしっ……行くぞ!!!」

 

設置していたジッパー、それを戻す勢いを利用して勢いをつけて飛び出す二人。その表情に恐怖こそあるがそれを既に乗り越えている。そして上手く着地しながら相澤の元へと駆けだして行く最中、近くの水難ゾーンの端から出久、梅雨、峰田がいるのに気づいた。これは僥倖だ、相澤をさらに確実に助けられると進志は思いながら上鳴と共に疾駆する。

 

「おぉいコッチを見ろぉぉおおお!!!!」

 

その叫びに凄まじい速度で反応する脳みそヴィランはこちらに視線を向けるが、ほぼ同時にズームパンチを繰り出し相澤を抑えつけている腕にパンチを当てる。進志のジッパーはあらゆるものに付けられる、生物であろうと無機物であろうと。そうそれは自身で実証済みなのだから、ズームパンチを受けたヴィランの腕にジッパーが設置され一気に開く。それによって腕は分離され、相澤を動かせるようになった。

 

「ッ!!?」

「なっ腕が!?」

 

流石に腕が取れた事に動揺したのか脳みそヴィランの動きが鈍る、そして相澤を掴みながら伸ばした腕を一気に縮めながら跳躍する。戻ってきた相澤と共に腕を戻しながら彼を抱きかかえながら進志は叫ぶ。

 

「今だっやったれぇぇ電気ィィ!!!」

「おうよっ合点承知の助だぜ!!!」

 

共に疾駆した上鳴は脳みそヴィランへと百特製の吸着する素材を付けた金属製のロープを投げる、腕が取れた事に動揺しているのかまだ動かないそれへとロープは容易くかかった。そして上鳴は進志の近くに着地しながらそれを確認すると、息を深く吸いながら全力で叫んだ。

 

「食らいやがれってんだ!!」

 

放電後のリスクなど知った事かと言わんばかりに笑顔を作りながら上鳴は叫んだ、彼の個性は帯電。電気を操るのではなく纏うだけ。指向性などは皆無、だが纏うのであるならば簡単に指向性を生み出せる。通電性があるものを持てばそれにも電気は回り、それを相手に接触させれば相手にも電気は流れていく。

 

「出力MAX……超必殺サンダーボルトォ!!!!」

 

纏うは全力、加減を知らない全力全壊の大放電。たった一人が纏うそれは正しく雷、天から落ちる神の怒りと同等のそれがあふれ出している。それが地上より放たれ天へと昇る、雷撃を目の前の敵へと定める。

 

「ッッ……!!―――!!!」

「まだまだ、上げんぞゴラァァア!!!」

 

更に煌めく閃光が増していく、上鳴は生まれて初めて自分の全てを出し切ろうと思った。誰かを助けたいという尊い思いだけではない。自分の考えに賛同してくれたライバルの為でもある、後は全て彼に任せてある。ならば全力を出すと決めた自分のすべき事なんて分かり切ってるじゃないか、彼の負担を少しでも削る為にダメージをより多く、より深く与えられるように―――後先考えずに放電し切るだけ―――!!!

 

 

「す、凄いこれが上鳴君の全力!!?」

「放電で地面がなんか軽く抉れてね!?」

「上鳴ちゃんの個性って本当にすごいのね……!!」

 

水難ゾーンから様子を伺い、出来る事ならば相澤の援護をと考えていた三人は目の前で起こっている出来事を見て驚愕していた。まるで火山の噴火の如くあふれ出す電流が脳みそヴィランへと襲い掛かっている光景。上鳴の凄さの一端は戦闘訓練で知っているつもりであったが、それはあくまで脳がショートしないギリギリの範囲の話。後の事を全て進志に託している為に出せる全力は知る事などなかった。

 

「おい三人とも、動けるか」

「し、進志君!!相澤先生も!!」

 

大急ぎで自ら上がった三人は相澤の重傷を見た目を覆いたくなった、そんな中で相澤は激痛が走る身体で顔を上げながら言う。

 

「馬鹿が……なんで、来たんだ……!!」

「ヒーロー科に居る者だから、そして先生の教え子だからです」

「っ……大馬鹿だ、やっぱりお前は……」

 

進志を叱咤するが、何処か柔らかな声色になっている事に皆気付いていた。そして限界が来たのか相澤は意識を失ってしまった。その直後に上鳴からの放電も収まっていく。が、あまりの電気の放出量故か地面の一部は赤熱し煙が上がっていた。進志はすかさず百特製の絶縁素材の手袋を付けると腕を飛ばして上鳴を回収する。

 

「よくやったぞ上鳴、後は任せろ」

「……任せ、るぜ……」

 

彼としても本当の意味で限界を超えた大電撃だったのか、脳がショートするどころか意識を失ってしまった。それでも脈などは確りしているのでただ気絶してるだけと分かって出久たちは安心する。そんな中で進志は更に時間を稼ぐためにあることを決めながら腕を飛ばした。狙うのは―――脳みそヴィランの足!!

 

「先生の痛みを思い知れ!!」

 

見事に頭部に炸裂したズームパンチは見事にヴィランの両足と身体を分断して地面へと落とした。これであれは自分たちをそう簡単に追ってくることはできない、だが問題はまだある。敵のボスと思われるのがこちらを見ている。

 

「おいお前……なんてことしてくれるんだよ……?チートが!!!」

「チートに頼るとかガキか、誰かを攻撃するならせめて実力でやれ」

 

USJの戦いは、まだ終わらない。



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USJ事件、決着

「な、なぁ緑谷……傍立の奴大丈夫かなぁ……!?幾ら何でもあいつ一人であんな化け物に立ち向かうなんて無茶過ぎるぜ!?」

「でもそうしてでもと足止めしなきゃいけないって進志君は考えてるんだ、それに進志君にはきっと勝算があるんだと思うよ」

「やっぱり緑谷ちゃんもそう思うのね?」

 

出久、峰田、梅雨ちゃんの三人はそれぞれで相澤と上鳴を背負いながら進志が言ったいた通りに百と耳郎が待っているはずの方向へと動いていた。進志は確実に相澤と上鳴、そして三人が逃げられるようにする為に一人残って相澤の役目を引き継いだ。それは峰田の言う通り無謀な行動だと思うが、出久と梅雨ちゃんはそうとは思えなかった、普段から酷く冷静なうえに物事の先まで考える彼が何の勝算もなく勝負を挑む何てしない筈だ。

 

「あの脳みそヴィランは上鳴の全力放電を受けてかなりグロッキーだった、電気は小さくてもダメージを負う危険があるんだ。静電気でも痛いじゃない、それの比にならないほどの大電撃だからきっと進志君は倒せると確信してるんだ」

「ケロッそれだけじゃないと思うわ。傍立ちゃんの個性、多分あれは自分以外の生物にも付けられるのよ。だとしたら……」

「「相手を間違いなく無力化出来る」」

 

それを聞いて峰田も理解した。進志の個性であるジッパーを相手に設置した上でそれを完全に開いてしまえばその部分は完全に切断されたも同然。事実としてあの脳みそヴィランの両足は彼によって外されていた。あれに加えて両腕を外したら完全な達磨だ、勝機は十二分にある。

 

「それに進志君言ってたじゃない」

 

―――ここは任せろ、この目に誓って守る。

 

「きっと、勝つさ」

 

オールマイトに向けるのとはどこか違うベクトルの尊敬を彼に向けながら背負った相澤を支える為に腕に力を込めながら歩き続ける。

 

 

「おいお前……脳無に何をしやがった……?」

「何、とは返答に困る返答をするな。俺はそいつの両足を外しただけだ」

 

身体の彼方此方に手を付けているヴィランは表情を隠している手の奥から瞳を光らせながら、未だ視界の中で両足がジッパーによって外されたせいでまともに動けなくなっている脳無へと視線を向けた。両腕でなんとか身体を支えているが何度も地面に身体を叩きつけてしまっている。

 

「如何して脳無の足が戻らねぇ……!?ただ切断されただけなら問題はないはずなのに、どうしてあいつはいまだにあんな無様にもがいてやがる!!?」

「……成程、あいつは再生出来るのか。さあどう言う事……かなっ!!」

 

その眼前で再びズームパンチを繰り出してもがくヴィラン、脳無の腕へとパンチを命中させつつもその腕を外しつつもそれを掴み、一気に引き戻しながらそれを水難ゾーンへと投げ捨てるかのように放る。これで脳無とやらは無力化したに等しい。

 

「てめぇっ……!!」

「自分で考えろ、俺はお前に答えをやるなんて優しさなんて持ち合わせてないんでね」

 

不敵に笑いながら挑発するかのような態度の進志にハンドヴィラン、死柄木は強い苛立ちを覚え始めた。対平和の象徴として作られたあの脳無が容易く倒されただけではなくこいつは自分を馬鹿にしているのが彼の自尊心を著しく傷つけ焚きつけた。

 

「黒霧、お前は準備だけしてろ……あいつは俺が殺す!!!」

「し、死柄木弔!!?」

 

転移個性を持つ黒霧はその指示通りに一応の準備を進めながらも駆けだして行く死柄木を止めようとするが、彼に自分の声は届かずに進志へと向かっていく。優れた脚力で地面を蹴って疾駆する、そして腕を伸ばし進志へと掴みかかろうとするが進志はそれを受け流しながら拳を握る。

 

「お前っ気に入らねぇ……!!!いいからさっさと死ねぇっ!!」

「爆豪みたいだな、この場合はお前に似てる爆豪が問題なのか?」

 

そんなことを思いながら冷静に対処していく進志、だが数回それを繰り返していく中で奇妙な違和感を覚える。この死柄木は妙な程に自分を掴もうとしてくる。殴ろうとすれば間違いなく殴れたであろうタイミングをそうしてこない、まるでそうする事で自分の力を誇示出来ると思っている子供のような……そう思うとその両手に妙な圧力を感じる。

 

「ッッ!!!」

「あぶねっ!!!」

 

考え事の隙を突くかのような攻撃に掴み掛かられそうになるが、それを咄嗟に死柄木の腕を掴んで止める事に成功する。

 

「その手を、離せぇ……!!そうすればお前を今すぐにでも殺せるんだからよぉ!!」

「やっぱりな、お前は自分の両手に絶対的な自信を持ってやがる。つまりお前の個性は両手、いや手で発動するタイプの個性かっ!!」

 

ならばこの距離はまずいとスティッキィ・フィンガーズでがら空きになっている死柄木の腹部へとジョルトブローを叩き込む。それに死柄木は一瞬呼吸を忘れる、それと同時に手を離した事で吹き飛んでいく死柄木。それをフォローするかのように黒霧が霧を広げて死柄木を守るかのように展開する。

 

「ゴホゴホ……クソがぁ……何だってんだよ……!!」

「死柄木弔、彼はとんでもなくやばい!!脳無を無力化する時点で引くべきだったのです、今すぐに撤退を!!」

「クソッ……!!此処でゲームオーバー……けど、平和の象徴を必ず殺す……お前は俺の手で殺してやる……!!おい脳無、そいつを殺せ!!!」

 

黒霧の中に消えていく最中叫んだ言葉、それに反応するかの如く脳無は残った腕一本を軸にしながら立ち上がるようにしながら地面を殴るかのようにしながらこちらへと向かってきた。時間稼ぎという事なのだろう。だが未だ身体に上鳴から受けたダメージが大きく蓄積しているのか、動きは鈍く簡単に避ける事が出来る。

 

「電気に感謝しないとな……あいつに報いる為……そして、相澤先生の仇を討たせて貰うぜ。スティッキィ・フィンガーズ!!!」

 

再度、向かってくる脳無だがそれよりも早く懐に潜り込んだスティッキィ・フィンガーズが肩部分を思いっきり殴りつけた。設置されたジッパーは即座に開いて肩から脳無の腕を完全に切断してしまった、血を見たくないという思いで只の切断ではなくジッパーの中に別の空間を作り出すタイプで切断を行ったのだが正解だとは思わなかった。完全な達磨になった脳無を見下ろしながら進志は呟いた。

 

「……あっ水難ゾーンに沈めた腕、如何しよう……」

 

こうしてヴィランが行った雄英内施設、USJ襲撃は幕を下ろすのであった。




この後、百たちと合流した際、百に如何して作戦通りに直ぐ撤退しなかったのかと進志は説教されるのだが、それは別の話。


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決着直後の話

やっぱりお説教見たい方いるかなぁっと思って。


「しかしこれは驚きだな……切断されているというのに血が一滴も出ていないなんて……」

 

進志が脳無を完全に無力化した直後、USJに大勢の先生たちがやってきた。飯田が何とか脱出に成功し救援を求めたのである。その先陣としてオールマイトがやって来てあらかたのヴィランを無力化する様は正に圧巻と言える光景。そしてそんな中で進志が無力化した脳無を先生たちが囲みながら警察が来るまで改めて拘束用の鎖で縛りながら脳無を調べている。

 

「両腕両足は間違いなく身体から切断されているのに、神経は完全に通っていて動いている。本当に不思議な個性ね……」

「それもあるがこの脳無……だったか、こいつも相当なレベルで異常だろうな。此処までやられて動かないっていうのは100歩譲って理解出来る、何をして何の反応も返さないのはおかしい。正しく無思考状態だ」

 

達磨になっている上で鎖で完全に拘束されている脳無を見ながら話をするミッドナイトにブラドキング、出久などの話ではこれが対平和の象徴の切り札という話である事らしいが人間というよりも完全な生体兵器という印象を強く受ける。

 

「ケロケロッ先生達、傍立ちゃんが水難ゾーンに飛ばしたっていう奴の腕を拾って来たわ」

「ごめんなさいね梅雨ちゃん、態々やって貰っちゃって」

「いいえ水中ならお手の物だから。それじゃあ先生、アタシはゲート前に行くわね」

「ええっ後はゆっくり休んで頂戴」

 

梅雨ちゃん協力の下でこれで脳無の全てのパーツが揃った事になるが、改めて脳無とその各部を見てみるとジッパーの先には空間が広がっておりそれ以上は何もない。進志曰く、ジッパーを設置する時にただ切断するのか空間を生み出せるのかを選べるらしい。それを応用して相手をバラバラにして無力化出来る、確かにこれは対平和の象徴だとしても倒す事が出来る。

 

「だけど進志君が倒せたのも上鳴君が弱らせたからなのよね、彼は大丈夫なのかしら?」

「リカバリーガールの話では限界を超えた放電で身体に負荷が掛かり過ぎて気絶しただけらしい、今はもう起きているらしい」

「そう……とにかく怪我がなくてよかったけど、進志君には話をした方が良いでしょうね」

「ソレハ我モ賛成ダ」

 

エクトプラズムが死柄木が連れてきたチンピラ同然のヴィランたちを拘束、連行しながら声を上げた。

 

「彼ハ以前ト同ジクヒーローガ来ル前ニヴィランヲ打倒シタ。大人シク話ヲ聞イテクレルカハ分カランガ、説教ニセヨ褒メルニセヨ、対話ハ必要ダ」

「彼の状況判断は正しいともいえるが……あまりにも危険すぎるからな、説教は必要だろう」

「あらっそう?私は凄い正しい判断だと思うし最善の一手だと思うわ、彼からしたら私たちが来るなんて分からなかっただろうし」

 

といった風に教師間でも進志の行動の評価はかなり割れているらしく、ヒーローとして勇敢で正しいと褒めてこれからもその心を忘れないでほしいという派閥とまだ自分たちが守るべき子供で死ぬかもしれなかったのだからあまりにも短慮すぎる行動だという派閥もある。ミッドナイトは褒めるべき、ブラドキングは評価こそはするが矢張り説教はすべきだと思っている。

 

「それにしても本当にいいわよねぇ……私、ああいう子大好物なのよねぇ……♡」

「お、おいミッドナイト……お前まさか……」

「あらっ冗談よ?流石に教え子に手は出さないわよ、同年代だったらアタックしてたけど」

「勘弁シテヤレ……」

 

とブラドキングとエクトプラズムは進志の行く先を色んな意味で心配しつつ、当時の状況などを聞きつつも簡単な説教位はしようと決めながらゲート前へと移動するのだが……そこである意味言葉を失った。

 

「ですから如何してすぐにお引きにならなかったのですかとお聞きしているんです!?」

「いやだから一人ぐらいは残って、あの脳無を抑える足止めが必要で……」

「だとしてもどれだけ危険だったのかをご理解しているんですか!!?一歩間違えたら死んでいたかもしれないんですよ!!?」

 

大声を出しながら激怒している百とそんな彼女に気押されているのか正座しながら顔を青くして震えている進志の姿があった。

 

「状況を判断した上だとしても私たちが緑谷さん達が来た時にどれだけ不安に駆られたのか分かっているんですか!!?剰えあのオールマイト先生対策に連れてこられたヴィランと戦ったなんて信じられません!!」

「い、いやそれは電気のおかげで勝てるって確信が……」

「だまらっしゃい!!例え勝利する可能性あったとしても、負ける可能性だって同じだけあったことを理解してください!!全く進志さんあなたという方は本当に……って聞いてらっしゃいます!!?」

「き、聞いてますからって百やめろお前なに銃創造してんだ!!?」

……いえ、お話をお聞きになってくださらない悪い子である進志さんには調教が必要かと思いまして……

「調教どころか俺死ぬじゃねぇか!!?」

大丈夫です、弾は非殺傷弾です

「全然大丈夫じゃねぇええ!!!?」

 

「お、おい流石にやり過ぎた八百万!!!エクトプラズム、ミッドナイト止めに行くぞ!!」

「オ、オウ!!」

「そうよね、本当の調教を教えてあげないといけないわよね!」

『ちがうそうじゃない!!』



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騒動後の騒動

(新しいパソコンが)来たぁぁぁぁああああ!!!!
(デスクトップPCが)遂に戻ってきたぁぁあ!!!!


雄英の施設であるUSJをヴィランらが襲撃した数日後、襲撃によって数日の休校の後に授業が再会される事となり進志も今まで通りの日常通りに戻ったのであった。百に銃で調教を受けそうになった直後に先生たちに助け出された後に事情聴取という名のお説教を受けた進志であったが彼に一片の後悔などもなかった。それを最も理解していたのは説教に参加していたエクトプラズムで、あれは彼なりに必死になった結果であり、状況が全て終了してしまってから到着した自分達教師は何も言う資格はないと自罰的に呟くとその場にいた教師らは思わず口を噤んでしまった。

 

「進志ぃ~歯ぁ食い縛れ」

「えっはぁっちょっまっぐはぁっ!?」

 

そんな彼は雄英に登校した直後、挨拶してきた一佳に顔面を一発殴られた。腰を入れての見事な体重を込めた一撃は同年代の男子と比べて高い身長を持つ進志の身体を容易く浮かせた。宙を舞って行く中で二転三転する視界の中で進志は一佳の表情を見たときに思った、自分は彼女に酷い心配を抱かせた上に不安を纏わせてしまった。地面に落ちる寸前にスティッキィ・フィンガーズの腕が軽く地面を押す。傍から見れば殴れた男が地面に落ちる寸前にもう一度宙に浮かび直して着地している。これも個性の中でも異端ともいえる個性を持っている彼だからこそできる。

 

「い、一佳さん!!?」

「悪いね、ちょっと黙ってて」

 

周囲にはまだ多くの生徒らがいる、そんな中での出来事だった。ただ男子生徒が女子生徒に殴られた、というだけの話ではないのだ。

 

「―――せめて、歯を食い縛る時間位くれよ」

「知るか、言葉を聞いて反射的にやりなよ」

「無茶苦茶言いやがんな……」

「それとも何、一回は一回だから今度はアタシを殴る?ならご自由に」

「それもアリだな」

 

立ち上がりながらも首や指などを鳴らしながら威圧するかのように、殴るための準備するかのように一佳を鋭くにらみつける進志に周囲は思わず視線を集中させていた。進志が首席入学者という事は知られている、そんな彼が居るクラスがヴィランの襲撃を受けたという事さえももはや周知の事実。それに関することなのかと皆が息を飲む中で進志は一佳の前に立つ。そして大きく腕を振り被り……

 

「ていっ」

「あたぁっ!⁉」

 

スティッキィ・フィンガーズと共に額にデコピンをする。たとえデコピンだとしてもスタンドも一緒にやっているわけで衝撃は二発分である上に一発は並の人間以上のパワーを持つフィンガーズの物。恐らく相当痛い。

 

「これでおあいこな」

「ちょっと待ちんしゃいなぁ!!アンタなんでデコピンなのよ!?」

「いや女殴る趣味ないし」

「舐めてるんの!?あたしはあんたを殴ってんのよ!!」

「えっなにお前男を殴る趣味なの?あらっやだ怖い、この人Sだわ」

「茶化すなぁ!!」

「い、一佳さん落ち着いてください!⁉」

 

と飄々としている態度の進志に半ギレ状態な一佳を止めようとする。

 

「言っておくぞ一佳。俺は一発殴られたからって殴り返すような真似はしない、やり返すのが筋なのかもしれない。だが俺はしない」

「何でよ!?」

「お前の怒りが正しい物で俺がお前に与えた物が原因、そして殴られるべきだと俺が判断したからだ」

 

そこまで言って言われて一佳は漸く怒りを収めたかのように冷静になりだし、自分を抑えようとしていた百にもう暴れないという。

 

「はぁっ……分かったよ、もうこれ以上言っても無駄ね。んじゃお昼はアンタの奢り、OK?」

「分かったよ。どうせだ百、お前にもなんか奢るよ」

「えっは、はい分かりました……」

 

そこまでで話を終わったのか百は歩きだしながら、普段と全く変わらないように話をする進志と一佳を追い出した。それと同時にやはり自分にはないものが進志と一佳の間には存在しているのだと強く実感させられる。本当の意味で彼と彼女の間には通じ合っている心というものが存在している。互いの心の中に思い浮かべているものを簡単な言葉のやり取りで共有して理解、そこから相手の感情や考えすらも把握するほどの信頼関係がある。まるで長年連れ添った相棒同士のようだ。

 

「(進志さんは私といる時も笑ってくれる、でもあの笑いは……)」

 

一佳と歩いている彼の笑いは自分の時と比べるどこか軽薄そうな印象も受ける、でもそれが酷く羨ましく思えた。軽薄であろうとそれが自然と出る、相手を信頼しており相手も信頼を返す。

 

「(私にも、一佳さんのように微笑んでくださいますか……進志さん……)」

「百、最初って何の授業だっけ俺ら」

「えっと確か……」

 

そんな複雑な内面を隠すようにしながら、声をかけられたので足早に彼らに追いついていく百。そしてそんな三人は校舎の中へと入っていくのだがそんな彼らを見つめている一人の少女がいた。いや、正確には一人を見つめていた。最初から一人しか見ていなかったがその一人が他の二人と共に居たので結果的に彼らを見る事になっていた。

 

「……」

「やぁっ如何したんだい、それになんか周りに騒がしいみたいだけど」

「ねぇねぇねぇ聞いて聞いて聞いて!すごい面白い子見つけちゃったの!!聞きたい聞きたい聞きたい!?」

「うん是非っ!」

 

声をかけられたその人物は背後からやってきた友人に口早にどこか幼い子供が自慢をするかのような早口で何が起こったかを語りたそうにしている。その友人も慣れているのか笑顔で聞きたいと返す。

 

「その子がね、女の子殴られて後ろに飛んだの!不思議だよね、だってその子は全然悪いことしてなさそうなのにね!!それでね飛んだ時がすごいの、なんか身体から透明な腕みたいなのが出てね、地面を押すみたいにしたの!そしたらその子はまた浮き上がって着地したんだよ!!」

 

それを聞いた友人は酷く興味深そうにしながらも早くいかないと遅刻するから歩きながらにしようと催促する。そして歩きながら話を聞いた。

 

「へぇっ……なんか、似てるね」

「うん似てるよね不思議だよね!!後で会いに行ってみようかな?」




イ、一体最後ノ人物ハ一体ナンダー。


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警戒されるA組

一佳に殴られた後無事に教室へと達する事が出来た進志、しかしかなり人目を引いていたからかクラス内からもそれについて知っている者がおり詳しく聞いて来ようとするものが多かった。まあいきなり女子生徒に殴られたと思ったら直ぐに仲良く教室に向かっているのだからどうしてそうなったのかは気になることだろう。と言っても同じクラスの皆にはUSJの事で心配をかけたから殴られたと伝えると直ぐに納得して貰えた。皆も他クラスの友人達から心配を寄せられたりしていたらしい。そんな事で話をしていたらHRになったので席に着くと、チャイムが鳴った直後に身体の一部に包帯を巻いた相澤が入ってくる。

 

「おはよう」

『相澤先生復帰はやっ!!?』

「大した怪我じゃない、婆さんが大袈裟だから包帯を巻いてるだけだ。気にするな」

 

そう言う相澤だが実際はリカバリーガールの治癒を施しても治癒しきれていない程の怪我を負っているのは違いない。そしてその怪我は進志と電気のコンビネーションで脳無から救出出来たからそれで済んでいるともいえる。相澤も内心ではそれを理解しているが生徒を危険に曝す教師がどこにいるんだと自罰的にいた。そんな自分を収めながらHRの連絡を行う。

 

「先日の件で色々言いたい事があるとは思うが残念ながらそんな暇はない。戦いはまだ終わっていないからな」

 

そんな言葉に思わず一同は身体に力を入れてしまう。先日のUSJでのヴィラン襲撃、それがまだ続いているのかと皆に緊張が走っていく。誰もが自分達に危機が及ぶのではと緊張感を持っていた、そして相澤の口から語られる言葉に―――

 

「雄英体育祭が迫っている」

『クソ学校っぽいの来たあああ!!!』

 

大声をあげて歓喜する。どうやら危険ではなかったらしい。これには進志も百も少なからず興奮していた。雄英の体育祭と言えば学校規模のイベントというわけではない一大イベントなのだから。

 

嘗て存在した世界規模のイベントであるオリンピック、がそれらは個性の出現によって廃れてしまい今は存在しない。故に今はヒーロー達が個人の技などを競ったりする物がそれらに代わっている、その中でも雄英の体育祭はそれらの中でも規模も内容も群を抜いている。それは全国規模で放送される訳でここで結果を残すか目立つかしてプロの目に留まれば、将来目指すヒーロー像への近道が生まれてくる。己の力をアピールするチャンスなのだ。

 

だからこそ、この雄英体育祭に向けられる熱意は内側からも外側からも並大抵のものではない

 

「しかし相澤先生、先日の事件のようながありましたがそれでも体育祭を開催しても宜しいのでしょうか?」

「飯田の疑問も理解出来る。だからこそだ、雄英の管理体制や屈しない姿勢を見せつけるいいチャンスでもある。勿論ヴィランを警戒して警備は例年の5倍以上、オールマイトも手が空いているプロヒーローに声をかけて警備に協力してくれている」

 

それらを聞いて皆安心感を持った。オールマイトが声をかけるヒーローともなればその実力は折り紙付きの筈、自分達は安心して体育祭に臨めるというものだ。早速今日の放課後から演習場を使って特訓を百、そして出久の練習相手にもなるつもりでいる。出久は出久で個性の出力調整と戦い方を覚えたいと頼み込んできたので了承した。百も相手が多いと特訓のバリエーションが増えるからいいですねっと快諾した。そしていよいよ放課後になったので演習場へと向かおうとするのだが……。

 

「な、なんじゃこりゃぁぁ!?」

 

何処か低い唸るような声で電気が驚いた。廊下には凄い数の生徒たちがA組の教室を覗いているのである。

 

「な、何これ……!?」

「まあヴィラン襲撃を味わった生徒を見に来た野次馬だろ」

「敵情視察というのもあるでしょうね」

「あっそういう事か」

 

出久も驚いていたがすぐに納得したような声を上げる。在学中にヴィランと遭遇して生き延びたという事はかなりの話題性となっている、故にA組はマークされているに等しい。そんな中、爆豪はンな事知るか、と言わんばかりの傍若無人な態度で生徒たちをかき分けて帰っていく。それを見てあれを見習うべきかと思う中で野次馬の中の生徒の一人が声を上げる。

 

「ふぅ~ん……あんなのがヒーロー科の生徒ねぇ……幻滅だな」

 

その生徒は爆豪を見ながらお前らもそんな感じかと挑発的に言葉を続ける、皆としてはあれと一緒にしないでっと言いたくなる。

 

「……ヒーロー科落ちた奴の中には、そのまま俺みたいに普通科に行った奴がいる。今度の体育祭の結果(リザルト)次第ではヒーロー科への"編入"が可能なんだよ。いくらヒーロー科に合格してヴィラン相手に無事に済んだとは言え調子に乗ってると足元ごっそり掬っちゃうぞって宣戦布告に来たんだけど」

「……へぇっ言うじゃねぇか」

 

その言葉に反応したのは意外な人物、進志だった。反応しないだろうなぁと思っていた人物の言葉にA組の皆は驚いた。そんな挑発的な態度を取る生徒の前へと歩み寄るとさらに挑発的に言葉を続ける。

 

「ヒーロー科に受かって、続けてヴィラン相手に無事に生き残って調子に乗ってますってか。どうだよその椅子の座り心地は」

「……おいてめぇ今なんつった?無事に生き残った、だと……?」

 

その言葉が進志を苛立たせた、無事に生き残った?あれのどこが無事に生き残っただ。運よく個性が通じただけの話だ、下手をすれば死んでいたかもしれない状況にいたものとしては聞き流せない。

 

「お前、ヒーロー科転入への志望はやめろ。人の命を甘く見るような奴にヒーローは務まらない」

「なんだと……?」

「一歩間違えれば俺たちは死んでいたかもしれない、そんな状況にいた。ヴィランは問答無用で俺たちを殺すつもりで来た、本気で怖がってたやつもいた。死ぬかもしれないって状況で必死に足掻いた奴だっている。それを無事に生き残っただぁっ?舐めてんじゃねぇぞてめぇ……」

 

殺す気で向かってくるヴィランに当然恐怖を覚えたものもいる、峰田がそうだ。この前まで中学生だった自分がどうしていきなりこんな場面にあるんだと泣いたりもした。それでも必死に頑張る出久や梅雨ちゃんが傍にいたから、勇気を出せた。そんな努力を踏みにじるような言動をする相手に獣が獲物を狩るかのような低い唸り声。廊下にいた生徒たちは皆威圧されているのか後ろに後ずさった、進志に向かっている生徒も同様だった。

 

「それにな、俺たちが無事だったのは相澤先生や13号先生が必死になって俺たちを守ろうとしてくれたからだ。それでも二人は怪我をした、それでも戦おうとした。俺たちを守ろうとしてな、そんな先生を侮辱するんじゃねぇ……!!!」

「―――……!!」

「ヒーローは常に命を危険に曝して、ヴィランと戦って誰かを守る存在だ。自ずと自分も傷つく、命を大切にする仕事。お前はそんな覚悟があんのか……こんな風に、こんな傷を負う覚悟が」

 

そういうと進志は片目にしていた眼帯を取って見せた、それを見た廊下の生徒達は言葉を失ってしまった。眼帯の下にある傷は進志が初めてヴィランと戦った際に出来た大きな傷。それによって彼は大きなものを失っている。眼帯を着け直しながら言う。

 

「俺達に宣戦布告するのは勝手だ。だけどな―――俺達はお前たちと決めているものが違う、それだけは理解しておくんだな。百に緑谷、早く行こうぜ。時間が惜しい」

「そうですわね、参りましょう」

「うっうんそうだね……」

 

そんな進志を先頭にしながら百と出久は教室から立ち去っていき、一歩歩くごとに割れていく生徒たちの間を進んでいく。そんな中で出久は聞いた、進志の眼帯の事を。

 

「あの、進志君……その眼帯の事だけど……」

「……昔ちょっとな、後で話すよ。いいよな百」

「はいっ大丈夫です」



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体育祭直前

「そんな事が、あったんだ……」

「ああっそれがこの眼帯の下の真実ってやつだ」

 

屋内演習場へと到着した進志、百、出久。百は簡単な手続きとコスチュームの着替えのために少し時間がかかっているらしいのでその間に自分がなぜ眼帯をしているのかを出久へと話す。なぜ眼帯をしているのかという源流を聞いた出久は信じられないような表情を作りながら、確かな事実としてそれを受け止めていた。誰かを守る為に受けた傷を進志は誇り高いものとして受け入れているのを感じながら。

 

「それでもやっぱり凄いよ進志君は」

「そうか?相澤先生が聞いたらお前バカだろって言われそうな気もするけどな」

「ま、まあ相澤先生なら言いそうだね」

「だけど俺は馬鹿でいい」

 

帽子を脱ぎながら進志は言う。自分は馬鹿でいい。

 

「俺は愚直に自分が選んだ道を進むだけ、それだけでいい。それが俺らしくていい」

「それでいい……」

「人には人の歩く道がある。人に言われて変えるのは歩くペースと歩き方だけでいいと思うぜ」

「進志さんお待たせしました」

 

そんな言葉の直後に百がコスチュームを纏ってやって来た、彼女を出迎えるように歩いていく進志を見つめる出久には彼が遥か先に立っているように見えた。いやきっと本当に先にいるんだ、ヴィランと戦闘した経験やそれによって決めた覚悟が彼を遥か先に連れて行った。そしてそんな彼だからこそ普通科の生徒の挑発にあれほどまでに真剣に怒ってくれた。自分達の事を思って、やっぱり優しくて大きな人だと思いながら出久は立ち上がった。

 

「ねえ進志君、僕の個性についてなんだけどこれからどうするべきだと思う?」

「そ~だなぁ~……全身のリミッターを少しずつ解除するようになるべきじゃないか?やっぱり全身と腕だけじゃ差が大きいし。それが無理なら地面を蹴る時だけリミッター解除するとか」

「全身を解除……あっそっか!!僕は今まで無個性だと思っててまだまだ個性の使用自体に慣れていなかった、だからみんなみたいに体の一部だと思う意識が欠けていて……」

「進志さん、また緑谷さんを導いたみたいですよ」

「えっマジで?」

 

図らずに言った一言が再び出久に新しい道を見つける手助けをしたらしく、この後出久は進志と百と特訓をしながらそれを磨いていく。

 

「そうだ、まだ全身は無理だけど地面を蹴る瞬間に一歩一歩でっ!!」

「うわっ百あれ見てみろよ」

「えっ?ええっみ、緑谷さん速すぎじゃないですか!?」

 

槍を構えながら進志と模擬戦のような形式で戦闘中の創造の判断力や戦闘への組み込みを目的とした訓練をしている際に思わず出久の訓練に目が行った。進志の言葉であった全身、それをヒントにして全身に力を籠めるイメージを作り出し制御しようとするのだがそれはまだ困難。故に出久が取ったのは地面を蹴る瞬間にリミッターを解除して思いっきり地面を蹴って加速するという走法を生み出していた。

 

「もっと、もっとタイミングを細やかに素早くっ!!!」

 

元々頭の中で何かを考えるという事が得意だった出久、そんな彼に自分の身体で実践する考え方はベストマッチ。しかも感覚的に個性の制御が出来始めているからかそれが更に加速度的になっている。身体がまだ出来上がり切っていない出久、そんな彼が出力の低さをカバーするために取った手段が速度を確保する事。

 

「SMASH!!!」

 

一歩を踏み出すとともに力を込めて地面を蹴る瞬間に力を開放する。それを走る動作と共に繰り返していき速度を確保してそのスピードのままで肉体許容上限を込めた一撃を放つ。速度の乗る一撃は彼の一撃を遥かに凌駕する、模擬標的でもある人形を大きく揺るがすほどの威力を実現した。

 

「おいおいおいおい緑谷お前すげぇな!?」

「本当に素晴らしいスピードですわ!今ならきっと飯田さんにも引けを取りませんわ!!」

「そ、そうかな。でもまだまだ解放のタイミングが難しいんだ、足が地面を離れるのと一緒にやるから結構大変で……」

 

この後、出久は二人に相談に乗って貰いながら力の開放のタイミングの練習や共に組手などをしたりと非常に充実した時間を過ごす事が出来た。その結果、力を調節することで超ハイスピードでターンを決めて相手の虚をつく技を会得したりもするのであった。

 

「(スティッキィ・フィンガーズ!!)アリィッ!!」

 

自らの拳をスティッキィ・フィンガーズと共に放つ。一撃は想像よりも深かったのか模擬標的となっている人形を完全に貫通してしまっている。それに思わず進志は目を白黒させてしまった、今までこんな力は明らかになかった。スティッキィ・フィンガーズが成長しているという事なのだろうか、それはすなわち自分の成長でもある。そう思うと頬が緩み嬉しくなってくる。

 

「百、体育祭だと確かトーナメントあったよな」

「はいっ例年でもトーナメントは確実にありましたし、一緒に見たりもしました」

「……そうか、負けないぞ」

「私だって、負けませんわ」

 

複数の思いが交錯していく雄英体育祭。そこで行われる祭典では何が起きるというのか、どのような熱が巻き起こるのか。それとも予想外の出来事が起きて熱が奪われるのか定かではない。だがそこに向けられる感情は大きい。そして―――

 

 

雄英体育祭、開幕。



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因縁と開幕

いよいよやってきた体育祭当日、2週間という時間を各自が使って今日まで備えてきた。その結果が今日明らかにされようとしている。雄英の体育祭には通常の体育祭とは比べ物にならない規模の人間が集う、純粋に楽しむ為に、警備のために。全てを含めたならば数千では効かなくなるような人数だ。しかも今回はヴィランへの警戒を強める為に、オールマイトが軸になって各ヒーローに呼びかけを行った結果として2千人強のヒーローが警備として参加してくれている。今までよりもすさまじい大規模だ。

 

「緑谷、調子如何だ」

「うんいい感じ。進志君と百さんに教えてもらった整体に行ってみたら凄い調子良くなっちゃったよ、整体って凄いんだね」

「そりゃ何よりだ。身体の歪みとか直すのに整体は一番だからな、それに身体がなんか可笑しいんだなって実感もあったろ」

 

まもなく行われようとしている体育祭を控室で待っている面々の中で一番いい顔をしているのは恐らく出久だろう。今日まで進志や百、そして一佳も手伝って訓練に参加していた。その為に個性の使い方が驚くほど成長している、後は身体をどんどん鍛えていけば個性を生かせるといった具合に個性制御も上手くなってきている。どうやら彼の師匠というべき存在も出久の成長に目を見張ったらしい。

 

「にしてもなんか緊張しなくなったな、お前」

「確かに凄い頼もしくなった気がしますわ、緑谷さん」

「そっそうかなぁ……?」

「やっぱり一佳との一騎打ちが利いたか?あいつの個性、怖いもんなぁ」

「うん。拳藤さんの個性はマジで怖かった……」

 

一佳の個性は"大拳"、簡単に言えば手を巨大化させる個性。最大で人間1人をすっぽり覆えるくらいまで大きくなり、大きさに比例してパワーアップする強力な個性。手が大きくなるという事はそれだけ筋肉の量も増えて力も余るという事。一佳の手の握力も鍛えているので一般的な女性に比べて強い、そして単純な計算で巨大化させた場合に発揮される握力は6トンをあっさりと超えると百が弾き出した。

 

「あれはマジでやばいからなぁ……あれで殴られたらノックアウトしかねない……」

「握られたら、あの握力で降参するしかないもんね……」

「「マジ震えてきた……」」

 

そんな一佳との一対一の戦いをしたのだからもう下手な事では緊張しなくなってきた、一歩間違えば巨大化した手で殴られるか握り潰されるという恐怖に比べたら緊張なんて紙のように薄っぺらい。実際進志も握り潰されそうになり本気で死ぬかもと恐怖して、思わずスティッキィ・フィンガーズのラッシュで拳を退けたほどだ。その結果一佳が酷く痛がって食事を奢らされる羽目になったのだが……。

 

「それでも緊張しないってすげぇよ進志と緑谷」

「まああれに比べたら緊張なんてゴミだよな……」

「そうだよね、本当に……」

『一体どんな恐怖を味わったんだ……』

 

電気の言葉に二人揃ってそう返すと1組の皆は何があったのか気になるが、二人の死んだ表情から聞き出せなくなった。そんな中で一人が二人に歩み寄った、焦凍であった。

 

「おい緑谷、それに傍立」

「なんぞ」

「傍立、俺はお前より強いと証明出来てねぇ。お前はUSJであのヴィランの切り札を無力化してるしな、だが今日ここでお前よりも強いって事を証明してやる、緑谷お前もな。なんかオールマイトに気を掛けられてるようだけどそんな事関係ない。俺はお前も超える」

 

宣戦布告。明確な敵意を持って焦凍は進志に向けて言葉を放つ。出久はまさか焦凍にそんな事を言われるとは思っていなかったので動揺するが進志は全く目をそらさずに焦凍を見つめている。その瞳にある色は黒、純粋な黒い物があった。そして自分達に向けていってはいるが自分達を一切見ていない。本当に気に入らない、やはりこいつと自分は相いれないと強く確信しながら適当に返そうとするが、出久が立ち上がって言う。

 

「僕だって、黙って超えられるだけじゃない……君が僕を超えるなら僕は君の足を掴んで引き摺り下ろす!!」

 

進志たちとの訓練で精神的な成長を見せたのか真っすぐ焦凍を見つめながらそう返す。出久の瞳の中にはかつて戦闘訓練で見せたかのような美しくも強固な意志がダイヤのように固まっている。絶対的な意志を見せつけられた焦凍は上等だっというと今度は進志に目を向ける、出久がここまで言ったんだからお前も何か言ったどうだと言いたいのだろう。ため息をつきながら進志は言う。

 

「んじゃ言うぞ……轟、お前は面白くない」

「……あ"っ?」

 

心底つまらなそうな表情をしながら進志は言う、周囲は何を言っているんだと凍り付く中で進志は言った。

 

「お前は誰を見てる、そして何を思ってる。お前は俺らを踏み台としてしか見てない、そんな奴が俺になんか言ったとしても何も思わない。戯言抜かす暇があったらお前が見てる奴に挨拶でも行け」

「てめぇっ……!!」

「だってそうだろ。俺を見ようとしない奴は自分を見ない、そんな奴を俺は見ない。そんな臆病な野郎は俺には勝てない」

「なっ……なんだとおい傍立てめぇ!!」

 

そう言い残すと控室を出て行って入場先へと向かっていく傍立を焦凍は苛立ちながら追いかけていく。臆病者と表現された事が頭に来たのかはわからないが追いかけていく。そして出久は思う、何故彼は臆病者と表現したのか。あの言い方はまるで―――轟が自分の個性と向き合っていないような言い方ではないか……?

 

 

「進志さん……轟さんが嫌い、という訳ではないのですね。興味が、ないんですね」

 

 

 

そんな一悶着があったが時間が来たので遂に皆が入場門へと移動した。

 

 『刮目しろオーディエンス!群がれマスメディア!今年もおまえらが大好きな高校生たちの青春暴れ馬…雄英体育祭が始まディエビバディアァユウレディ!!?』

 

解説席から聞こえてくるプレゼント・マイクの声、それが知らしめるのは開始の合図。それによって出場生徒の間に一気に緊張が走って行く。入場を控えている1年達の間にもそれは広がっている、マイクの言葉と共に入場が行われるが矢張りと言わんばかりに視線と歓声が集中しているのはA組だ。まだ未熟な身でありながらヴィランの襲撃に遭遇しながらも生き延びたクラスに注目が集まるのは必然。大観衆が声援を上げて出迎えてくる。それをプレゼント・マイクの気合の篭った実況が更に加速させていく。それらの勢いに飲まれそうになる生徒、物ともしない生徒に別れる中で全1年が集結した時、一人の教師が鞭の音と共に声を張り上げた。

 

「選手宣誓!!」

 

全身を肌色のタイツにガーターベルト、ヒールにボンテージ、色んな意味でエロ過ぎて18未満は完全に禁止指定のヒーロー、18禁ヒーロー「ミッドナイト」が主審として台の上へと上がった。

 

「18禁なのに高校にいていいのか?」

「それ俺も思ったわ」

「良いっ!!」

 

と進志と電気のやり取りを力強く肯定する峰田、流石エロブドウである。

 

「選手代表、1-A 傍立 進志!!!」

「はい」

 

選手代表を務めるのは入試でトップを飾った進志、それを知らなかったのかクラスメイト達は騒めいている。爆豪は苛立っているのか舌打ちをしているがそれ以外はやはり敵対心が大きい。そんな中で進志はゆっくりとミッドナイトの元へと向かっていく。前もって聞かされていたので内容は考えている。

 

「それじゃあお願いね」

「はいっそれでは……ごほん。宣誓―――ッ!!今この場に集った我々は誇りと格式がある雄英の生徒、それに恥じぬように積み重ねた努力を全力で発揮し、ヒーローシップに則って正々堂々と、正面からぶつかり、それらを全て超えて戦う事を、此処に誓います!!!選手代表1ーA……傍立 進志」

 

「おおっ流石傍立君!!素晴らしい宣誓だ!!」

 

と感動する飯田を筆頭に皆かなり正統派な宣誓にやる気を出し始めていく、ここで爆豪なんかが出たら何を言うのかと思うと不安になる。だが、進志はそこでやめなかった。さらに言葉をつづけた。

 

「では、これからは私個人としての言葉です」

『ッ!?』

「(いいわよ進志君、言っちゃいなさい!!)」

 

と止めるべきなのかもしれないが、ミッドナイトはこういうのが大好きなのでサムズアップでゴーサインを出した。それに感謝しつつ、言葉を続けた。

 

「この場にいる皆が全て平等だ、入学前や入学後に何があったなんて関係はない。故に、俺たちA組がヴィラン相手に生き残ったなんてことも関係ない。注目すべきは全員、それが正しい。だからこそこの場にいる生徒全員に俺は言う―――俺は全てを出し切って皆に戦いを挑む、だから皆も全力で挑もう。さあ見せつけよう、雄英というこの場にいる俺達の全てを!!!」

『おおおおおおおおおおおおっっっっっっ!!!!!』

 

その言葉に生徒が当然だと言わんばかりの大歓声を上げながらやる気を溢れ出させていく。少し前までA組に敵対意識を燃やしていた生徒らの瞳にもそれはない、あるのは全力を出し切るという意志だけ。進志は促しただけ、元々彼らにはそれだけの意思を持っていたんだ。ならばA組だけを見つめるなんてお門違いというものだ。全員を見ろ、そして全力を出せ、それが全員を刺激し力を漲らせた。

 

「んもう本当に好みよ!!凄い滾るし興奮するじゃない!!それじゃあこの勢いのまま早速第一種目行っちゃおうかしら!!!」

 

雄英体育祭、開幕。



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スタート・障害物競走

「第一種目はいわゆる予選、毎年ここで多くの者が涙をのむ(ティアドリンク)!!さて運命の第一種目、今年は障害物競走!!一学年の全クラスによる総当たりレース、コースはこのスタジアムの外周で距離は約4㎞よ!!コースを守れば何でもあり!!」

 

選手宣誓後、息をつく暇もなくいきなり開始される第一競技、障害物競走。会場の周りをぐるりと一周すると言えば聞こえはいいがどんな障害物が待っているかは分からない上に4キロというのは聞こえる以上に長い。ペース配分も重要になってくる。そしてスタートのゲート前には凄まじい人数がすし詰めのようになっておりスタートしたとしても本当に走れるのかと思うほどである。だが一部の生徒は会場から外に出るための道は壁がある事に気付き、そこを注視していた。そして―――

 

「スタァァアアアトォォオオッッッ!!!!」

 

遂にスタートが切られた。一気に全員がゲートから走りだそうとしている中、進志はやや後ろの方に陣取って一気に跳躍しズームパンチを行い壁にジッパーを開いた状態で生み出す。そしてそれを一気に閉じながら壁を滑るかのように突破していく。だがそれを許さないものもいる。

 

「待ちやがれ眼帯野郎!!」

「来たか爆破ヴィランが!!」

「誰がヴィランだぁぁああ!!」

 

と自分と同じようにスタートを飛び越えるかのようにしている爆豪、彼は両手から爆発を起こしそれを推進力にして空を駆けている。よくもまあ空中でのバランスを取れるものだと感心していると下から凄まじい冷気が溢れ出している。爆豪と共に下を見ると下は焦凍が地面を凍らせて周囲の人間を足止めしながら先に走っていた。

 

「野郎、相変わらず出力だけは馬鹿げてやがるな」

「半分野郎がぁ!!」

 

ジッパーを閉じる勢いで空中に飛び出した進志はさらに足にジッパーを螺旋状に設置して足をバネのようにして衝撃を上手く殺しながら着地して駆けだすとその隣に百と出久が降ってくる。

 

「おおっ!?」

「ふふふっお一人では行かせませんわ!」

「僕だって、成長している所を見せるために頑張るよ!!」

 

百は後方で待機しながらその手から鉄の棒を一気に創造してその勢いで空中に飛び出しながら焦凍の妨害を回避し、出久は進志の進み方をヒントを得たのか両足に力を込めて一気に壁へと跳躍。そのままの勢いで壁に足をめり込ませる勢いでぶつかりながらそのまま壁キックをしながら無理矢理突破してきたのである。力の制御が出来始めている彼だからできる力技だ。

 

「負けるかよ―――っ!!!」

「私だって、負けませんわ!!」

「僕だって……!!ペース・アップテンポ!!」

 

進志はスティッキィ・フィンガーズの足を出しつつもその勢いで加速し、百は以前使っていたローラーブレードを創造して常に最高速で進む。そして出久はダッシュの際に地面を蹴る瞬間に力を開放する走法で二人に負けず劣らずな速度で走っていく。他の足止めと地面を凍らせてそれを滑るように進んでいく焦凍と空を爆破で飛行していく爆豪を追従する。そして彼らは第一関門へと差し掛かろうとしていた。

 

「なんか見覚えがあるのが見えてきたなっ!!」

「入学時の仮想敵……しかも0ポイントの奴が大量に!!」

『さあさあ遂に来た来たやっと来たぜ!!!手始めの第一関門、名付けて『ロボインフェルノ』!!!此処を超えないと次にはいけねぇぜぇえエエエイエエイ!!!』

 

入試の時に投入されていた仮想敵。中には巨大な0ポイントも存在している。避けるべき障害、それが倒すべき障害でもある。何とも素敵な障害物競走の第一関門。だが進志は一気に突っ切ろうとしているのが一切スピードを緩めない、それに続くように百と出久も続いていく。目の前では焦凍が巨大な仮想敵を凍結させている光景だが、足を止める気など一切ない。

 

『おぉ~っと!!轟に迫るのは入試首席入学者である傍立と推薦入学の八百万、そして緑谷だぁ!!』

「あんなの脳無に比べたらただの雑魚の鉄くずだ!!」

「避けるべきではなく倒すべき敵とみるならばっ!!」

「余りにも鈍重な塊だっ!!」

 

焦凍が凍結させた敵を超えるかのように躍り出てくる敵、それらが殴りかかってくるが酷く遅い。それを進志は真正面から殴りつけるとジッパーが設置されると同時に開かれて真っ二つに切断されて沈黙する。百はローラーブレードの勢いのままでその手に槍を創造するとそのまま深々と槍を突き刺すと刺した槍を軸にするかのようにしながら跳躍して先へと進む。

 

「10%……DETROIT ACCEL SMASH!!!」

 

加速した勢いのまま放つ一撃、それは戦闘訓練の一撃よりも出力は弱いがスピードでそれを補っている。殴りつけられた仮想敵は一瞬全身が震えたかのようになると、直後に内部から爆発でもしたかのように吹き飛んで地面へと落ちていく。

 

「よしっ行けるっ!!」

 

確かな手応えを感じつつも出久は自らの成長を改めて感じ取った。まだまだ身体が出来上がり切っていない自分が下手に出力を上げようとすれば身体が壊れていく、故に速度で威力を補う方法を取った出久。やはり成功だったと思いつつも再び迫ってくる敵へと高速の手刀を振り下ろす。

 

「MISSOURI ACCEL SMASH!!」

「おおっやるねぇ緑谷!!」

「げぇっ!!?」

 

素っ頓狂を上げたのは進志だった。思わず聞こえてきた背後からの爆音に目を向けてみるとそこには巨大な手が仮想敵を握り潰している光景があったからだ、そう仮想敵を握り潰してスクラップにしているのは一佳だった。流石は巨大化した手の握力は6トンを超えるパワー、まるでゴミを握りつぶすかの如くだ。そしてそれを投げ捨てながら地面を殴るようにして加速して追いかけてくる。

 

「進志ぃアンタばっかりにいい恰好なんてさせないよぉ!!」

「ならやってみろっ!!俺は負けないけどなっ―――!!」

 

ロボ・インフェルノを突破して更に障害物競走は白熱していく。進志たちが抜けていくのを見て他の生徒たちも進んでいくが矢張りA組のメンバーがほんの僅か足を止めるだけで再び走り出して向かっていく。経験の有無などが出てきているようにも見ているが、他の生徒たちもすさまじい速度で猛追していく。そう、ヴィランと戦った経験があろうがなかろうがそんな事なんて関係ないのだ。彼らは皆、等しくライバルなのだから。そして、それらを見つめるプロヒーロー達も全員を見ていた。この中から光る原石を見つける為に。

 

体育祭は始まったばかりだ。



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スパート・障害物競走

大歓声が響き渡る体育祭の会場。モニターに映し出されているヒーローの卵たちの活躍を興奮した面持ちで見つめていたりどんな子を助手(サイドキック)としてスカウトすべきかと思案を巡らせているプロヒーロー達が多い。1年、2年、3年の体育祭がそれぞれ行われている中でも1年には多くのヒーローが集まっている。それはヴィランの襲撃を乗り越えたA組の存在だけではない。

 

「やっぱりあの子、轟君は別格だな。個性の強さが桁違いだ」

「そりゃそうだ。あの子はフレイムヒーロー・エンデヴァーの息子さんだ」

「オールマイトに次ぐトップヒーローのご子息だから当たり前か」

 

と焦凍の事が話題になっていた。彼の父親は事件解決数史上最多記録を保持する№2ヒーロー、フレイムヒーロー・エンデヴァー。燃え盛る轟炎を操り悪を討つトップヒーロー、そんな父親の血を受け継いでいる焦凍は氷の外にも炎を巻き起こす事が出来る。今は氷しか使っていないがその出力は桁違いであるために凄まじく目を引いている、がヒーローが騒がしいのは焦凍がエンデヴァーの息子であるからだけではない。

 

「あの宣誓の子、かなりいい動きしてるなぁ……個性もかなり凄い」

「個性だけじゃなくて身体もかなりのレベルで鍛えてますねぇ……あの創造の子も凄いですね。なんであんな動きしながら槍を振るえるんだ……?」

「おおっあの緑髪の子良い動きだなぁ!!」

「うわぁ最近の女の子ってパワフルなんだなぁ……」

「いやそれは手がでっかくなるあの子限定だろ」

 

進志や百、出久や一佳を筆頭に他の生徒たちも各々の力を最大限に発揮して障害に挑んでいる。経験的には劣っているかもしれないがそんな事知ったことか、今の自分を見せてやると言わんばかりに皆が暴れている。正しく正しく進志の宣誓通りの結果になっている。

 

「こりゃサイドキック争奪戦が今から激しくなりそうだな」

 

既にプロヒーローたちの話題は体育祭の後へと向けられようとしていた、だが彼らにとってそれは侮辱に等しい。何故ならば……彼らはまだまだすべてを出し切れていないのだから。そして先頭集団がいよいよ第二の関門へと差し掛かろうとしていた。

 

『さあぁ先頭がいよいよ第二の関門へと差し掛かったぞぉ!!!落ちれば即アウト、それが嫌なら這いずりなっ!!!ザ・フォォォオオオオオル!!!!』

 

第二の関門として姿を現したのは巨大な峡谷のように大口を開けている地の底へと向かっているような真っ黒い闇、切り立った崖のような足場とそれらへと架けられているロープの橋だった。つまり、ロープを綱渡りの要領ので渡っていく事で奥へと進んで行けという事になる。その証拠に既に焦凍がロープを凍らせてその上を滑るようにしてどんどん奥へと進んで行っていく。それにしてもいつの間にこんなステージを作ったのか、しっかり元に戻るのかと一部の人間が疑問に思ったりもする。

 

「私はバランス感覚にも自信はありましてっよ!!」

 

そういうと百はローラーブレードを着けたまま大ジャンプをするとなんとそのままロープの上を滑走し始めた。体重移動を少しでも間違えば下に落ちてしまうというのに途轍もないバランス感覚だ。それに負けじと出久や一佳も続いていく。

 

「僕だって負けないぃぃぃ!!!」

「アタシの個性にとっては有利有利!!」

 

出久は地味ながら根性と鍛えた力で中々に速い速度でロープを渡っていくとともに一佳は手を巨大化させてロープを鷲掴みにしてそのままひょいひょいとサルがロープを渡っていくかのようにすいすいと進んでいく。先頭集団にとっては障害でも何でもないようにも見える。そして進志は……

 

「イィィイイイイヤッホォォオオオオ!!!」

 

ズームパンチの要領で腕をジッパーで延長しながら飛ばしてロープを掴み、まるでターザンのように勢いをつけて跳躍からロープを掴み、そして再び跳躍するを繰り返していく。その様子はターザンというよりかは某親愛なる隣人のようだ。如何やら本人はこれがお気に召したらしく、半分楽しく第二の関門を楽々突破するのであったがまだまだ焦凍には追い付けていない。氷を利用したスピードは相当に厄介、こちらが加速しなければならないかと思っていたが第三関門に差し掛かった時、焦凍のスピードが極端に落ちたのだ。その理由は……。

 

『さぁあていよいよいよラストの障害だぁああっぜ!!そこらは一面地雷原!!他にもトラップあるかもな!名付けて『怒りのアフガン』!!!だけどeverybody もし踏んでも安心しな、競技用だから威力は控えめだから殺傷力はマジ皆無!!だが音と爆発は派手だから失禁しねぇように精々気を付けやがれってんだYAAAAHAAAAA!!!!』

『おいテンション可笑しくなってんぞ』

 

第三関門はまさかの地雷原、一応高校の体育祭で地雷原を設置するような学校が他にあるだろうか。いやまあロボとかとんでもない断崖絶壁を持ち出す学校も類を見ないだろうがそれでも地雷原はとんでもない。焦凍も慎重に足を進めている、下手に氷で地面を凍らせれば後続に足場を作り迫る隙を与えるためだろう。

 

「おいおい地雷原って……フリーダムすぎるだろ雄英」

「ふ、踏みたくありませんわね……」

「地雷原だから高速で走り抜けても無駄なこともあり得るって飯田君んんんんん!!?」

「大変だ眼鏡君が吹っ飛んじゃった!!?」

『この人でなしぃぃぃいいい!!』

「「「「マイク先生自重して!!?」」」」

「待ちやがれ半分野郎ぉぉおおおお!!!」

 

とそんなことをしている間に爆破で地雷原を完全にスルー出来る爆豪が焦凍へと迫っていく、このまま遅れていくわけにもいかないと進志は舌打ちをしながらも他の三人に言う。

 

「俺が道を作る、ここからがガチの勝負だ!」

「望むところですわ!!」

「僕だって負けない!!」

「うん、アタシだって!!」

「よしっ……アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリィィィ!!!!」

 

地面へとラッシュを決めると地雷原へとジッパーが設置され地面が左右に割れるかのように引っぺがされていく。ジッパーによって開けられるジャケットのように開いていく地面に思わず焦凍と爆豪も驚いたのか振り返ると、そこからは凄まじい勢いで迫ってくる4人の姿があった。

 

「くそっここまできたら後続なんて気にしないってか!!」

「あの眼帯野郎がぁぁああ!!!」

「残念無念また来週ってなっ!!」

 

遂に並び立つ所まで追い上げることに成功した進志たち、先頭集団は6人が入り乱れた大混戦となり果てていた。焦凍が周囲を凍てつかせようとするが爆豪が邪魔をする。そんな爆豪の爆破飛行を進志が妨害する、他のメンバーも他人の足を引っ張りながらもゴールへと向かって走り続けていく。そして間もなくゴールへと迫ろうとした瞬間に一つの影が飛び出した。

 

「15%……KICK SMASH!!!」

『なっ!!?』

 

―――それは出久だった。彼は最後の最後まで自分の肉体が傷つきすぎないレベルの力を隠していた、そしてそれをゴールが見えてきたところで開放して一気に他を引きはがした。それに驚き反応が遅れたが進志たちも各々できる手段で最後の追い込みをかける、それは加速した出久にも届きそうなものばかりだった。そして―――ゴールへと到達した面々、その順番……

 

1位:緑谷。2位同着:進志・百。4位:焦凍。5位:爆豪。6位:一佳。




進志はズームパンチ、百は手から鉄パイプのようなものを伸ばして。

焦凍は腕から氷を伸ばして、爆豪は爆破加速、一佳は手を巨大化させて。

これらでゴール判定を得ました。


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騎馬戦、準備

第一種目:障害物走も終了し、次なる競技が発表される。それは―――騎馬戦であった。3~4人でチームを組む、それぞれには障害物走の順位によってポイントが振り分けられ騎手はそれらの合計分のポイントが印されたハチマキを装着し、それらを15分の間に奪いあうという形式になる。ポイントの奪い合いである為騎馬が崩れたとしてもまた組み直して奪い合いに参加しなおすのもあり。そして個性の使用も自由、禁止なのはあくまで悪質な崩し目的の攻撃のみ。

 

そして、進志の保有ポイントは百と同着の2位である為に205、これは彼女も同じく。だが1位の出久は更なる受難を、下克上上等のこの騎馬戦の醍醐味とも言えるとして1000万が与えられていた。思わずそんなポイントを与えられた事に同情する。確実全員から狙われる事になるのだから……これはある意味抜かれて正解の結果だったのかもしれない。

 

「ねぇ進志、アタシと百さんで組まない?中々に良い三人だと思うけど」

「異論はないな。だけど一番上は誰がやるんだよ」

「進志さんでは?ジッパーで腕を延長出来ますから相当有利かと」

 

確かにズームパンチの応用で腕を飛ばして鉢巻を奪える進志が騎手になるのが最善のような気もするのだが……いくら幼馴染とはいえ女性二人の上に立つのは何処か気が引けるような気がしてならないのが素直な本音である。だがしかしそれがベストとも思える。百の創造は様々な物を生み出せるので優秀な防御、一佳の大拳もその手を振るって風圧で相手を妨害したり、簡単な攻撃程度なら受け止める事が出来る。その点を踏まえるとやっぱり自分が騎手になるのが一番なのだろう……。でも男一人なのは少々心苦しいと思っていた時の事だった。

 

「おぉ~い拳藤ぉ~お前相手決まってるかぁ!?」

「あっ鉄哲じゃん、アンタは?」

「組もうと思ってた骨抜がもう引き抜かれて今マジで絶賛ぼっちだ!!」

「いや絶賛出来ん」

 

凶悪な顔つきが特徴の男子がこちらへと走ってきてやや焦っている、如何やら組もうと思ってた相手が既に引き抜かれた上に他に入れなくなっているらしい。確かにこれは焦る。どうやら一佳と同じB組の生徒らしく、B組のクラス委員長である一佳を頼って来たらしい。

 

「あっ進志に百さん、紹介しとくね。アタシのクラスメイトの鉄哲 徹鐵」

「鉄のゲシュタルト崩壊みたいな名前だな……あ~傍立 進志だ」

「おうっよろしくな!!お前の個性ジッパーだったか、あれのお陰で楽に地雷原突破出来たぜ!!あんがとな!!」

 

とサムズアップをしながらキラリと歯を光らせながら挨拶を行う鉄哲、どこか切島に似ているものを感じる。

 

「所で鉄哲だったか、お前相手居ないって話だったな」

「ああそうなんだよ……こいつしかいねぇ!って思ってたやつが真っ先に他のチームに引き抜かれてた……」

「だったら俺達と行かないか、ちょうどそれで4人だし」

「マジか!!?」

 

マジマジと答える進志に鉄哲は素直に感謝を述べつつ軽く泣いていた、どうやらボッチだったことが地味にショックだったらしい。それに合わせて彼の個性を聞いてみる、鉄哲の個性は"スティール"肉体の一部や全身を金属化する事が出来る防御重視な個性だ、しかし一体いくつ鉄を重ねるつもりなのだろうかと思う中で進志はこのチーム自体が完全な防御特化型だなと軽く笑う。

 

「んじゃ鉄哲が前騎馬、百と一佳が後ろって事でいいな」

「おうっ折角チームに入れて貰ったんだから異論はねぇぜ!!全力でやる安心してくれ!!」

「頼もしいね流石、パッションスティール」

「なんだそれ、めっちゃイカす名前じゃねぇか!!」

 

余談だが、彼がヒーローネームを検討する際にこのパッションスティールが第一候補に入ったりするのはまた別の話。

 

「やぁっ鉄哲、チームは出来たかい?」

「あっ物間てめぇっ!!よくも俺の前に抜け抜けと顔出せたなゴラァ!!?」

「やだなぁスカウトを受けたのは骨抜の意思じゃないか、僕はただ仲介しただけさ」

「正論だから何も言えねぇぞぉおおおおお!!!」

 

後はスタートを待つだけの段階になった進志だったが、そんな彼の前に金髪の優男のような生徒がやってきた。彼は軽く鉄哲を煽りつつもこちらを見つめている。どうやら物間という名前らしいが余り気持ちのいい男という訳ではないらしい、確かに鉄哲とは相性は良くないかもしれない。

 

「やぁっ君が傍立 進志君だよね。会えて光栄だよ、ウチのクラス委員長と幼馴染なんだってね」

「まあな」

「兎に角お互いに頑張ろうじゃないか、健闘を願って握手をしようよ」

 

と手を差し出してくる物間、見た目は気持ちのよさそうな笑みを浮かべている進志は鉄哲のやり取りからあれが物間の本性だと思っている。握手はすべきではないと思っているときに一佳と鉄哲がそれを遮るかのように立って物間からの魔の手を妨害する。

 

「えっえっ?一佳さんに鉄哲さん、何を……?」

「百さん、こいつに触れられちゃだめだよ。物間、アンタそれをさせると思ってんの?」

「てめぇの魂胆なんざB組の奴なら理解出来んだよ!!」

「……あははははっ当たり前じゃないか僕の個性を有効利用するためなんだからね!!」

 

と二人に遮られると何かに抑圧されていた自分を開放するかのように笑い出した物間に進志は思わず素でうわっ気持ち悪っと呟いてしまい、百は不気味ですわ……と漏らす。それを聞いて軽く傷ついているのか、物間は一瞬笑いが止まったが即座に再開された。

 

「流石はA組だねぇ他人を貶める事を平気で言うんだねぇ!!」

「いやおまいうだぞ物間。お前だってこの前ウチに来た普通科の連中に色々言ってたじゃねぇか」

「アタシがその後に普通科の連中に謝罪した事を忘れた、なんて言わせないからね」

 

と軽く個性を発動させて手を大きくさせて骨を鳴らし一佳に物間の笑いは完全に引きつっていた、そしてもう時間が危ないからこれで!!っと逃げていくそれを見て進志と百は一体何だったんだよと思うのであった。

 

「悪いね進志。あいつの個性はコピーっていうんだけど体に触れた者の個性を五分間使い放題って個性なんだよ」

「コピー……相当厄介な個性ですわね」

「ああっしかもあいつは複数の個性をストック出来るんだ、まあコピーした個性を同時に二つ以上使う事は出来ねぇのが救いだな。にしても進志のジッパーをコピーされなくてよかったぜ」

 

とうんうんっと頷いて安心している鉄哲だが、進志はその話を聞いて個性をコピーされる心配をしなかった。何故ならば自分の個性は"幽波紋(スタンド)"であってジッパーではないから。ジッパーはあくまでスタンドが自分の精神の影響やらを受けて変質して生まれた能力。なので物間がコピーしたとしてもジッパーはコピーされない、逆に自分の知らない能力を持ったスタンドを使う可能性もあるが、スタンドの操作方法も分からない彼が制御できるとも思わない。下手をすればスタンドが暴走してしまう。

 

「まあいい、兎に角騎馬戦頑張ろうぜ」

「おうよっ!!」

「全力を尽くしますわ!」

「さぁて行きますか!!」




悩んだ結果このチームとなりました。

因みに言っておきますが、物間が進志に触れてもジッパーはコピー出来ませんしスタンドをコントロールも出来ません。

というよりもコピーして、まず物間の精神がスタンドを生み出すまで時間がかかるのでスタンドが出ません。出来たとしても銀チャリレクイエムにコントロール出来ません。


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本戦へ駆けあがれ

『HEY GUY!!チーム決めの時間も締め切りだっぜ!!さあさあいよいよ始まるぞ、騎馬戦のスタートがよぉおおお!!!』

 

いよいよ始まろうとしている騎馬戦、他のチームも準備が完了している様子。それに合わせるかのように配られた鉢巻を巻き付ける進志。そこには自分、百、一佳、鉄哲の全てを合計したポイントが書かれている、ここに自分達の努力の全てが詰まっている。そして次の努力を見せつける為にこれを奪われる訳にはいかないのだ、それを強く意識しながら額を締め付けるレベルで鉢巻を装備して騎手として上がった。

 

「鉄哲、お前の鉄の身体期待してるぜ」

「おうよっ攻撃なんざこの身体で受けて弾いてやるぜ!!」

 

出会ってまだ30分も満たない鉄哲だがそれでも彼の為人は十二分に把握出来る。人情味の強い熱血漢、好感が持てるタイプである上に全力を持って何事にも挑む性格。勝負事においてこれほどまでに頼りになってぐいぐい引っ張っていく人間が味方なのは安心できる。

 

「百、プランは練られてるな」

「はいっ出来るだけ一佳さんからも情報を頂けましたのでB組の皆さまへの対抗手段も出来るだけ考えました。何時でも行けます」

 

この中で随一の知恵者、成績的には進志もどっこいどっこいなのだが百は個性の関係もあるのか常に頭を働かせているタイプ。作戦やらを設定するには彼女に任せるのが一番だろう、それを状況に応じて自分が軽くアレンジすれば大抵の状況には対応できる。

 

「緊張してないだろうな一佳」

「入試の時よりも落ち着いてるわよ。それに頼りになる仲間が一緒だから不安なんて皆無よ」

 

不敵な笑みを浮かべつつも安心感を抱かせるような声色で自信満々に宣言する幼馴染に苦笑する。やはり彼女といると不思議と安心するというよりかはリラックスできるような気がする。恐らく気軽に触れあう事が出来るからこそだろう、そんな彼女にも今回は存分に頼るとしよう。

 

『さぁ、上げてけ鬨の声!!血で血を洗う雄英の合戦が今、狼煙を上げるぜYAAHAA!!行くぜ、残虐バトルのカウントダウン!!』 

 

マイクの鼓舞するかのような声に内心テンション上がる進志、だが冷静に告げられて行くカウントダウンを見つめる。一瞬の静寂の後、カウントダウンが終わりを告げて始まりを告げた。 

 

「っしゃああああ行くぜ行くぜ行くぜ!!」

「先手必勝ズームパンチィ!!」

『おっと傍立いきなりいったぁぁ!!!』

 

開始直後の僅かな隙、それらを埋めるかのように鉄哲は声を張り上げながら個性を発動。そしてそれと同時に進志はズームパンチを発動し近場にいたB組の鉢巻を早速奪取する事に成功した。

 

「よしっ先ず一つっ……!!」

「進志右から轟が来てる!!」

 

鉢巻をいきなり取る事に成功した進志だったが、一佳の言葉を聞いて右から迫ってくる騎馬を見た。それは前に飯田、後ろに電気と尾白という騎馬に騎乗している焦凍の姿だった。前にいる飯田が個性のエンジンを生かした機動力で一気に迫ってきながらも焦凍が一気に自分達の鉢巻を取ろうと迫ってきている。

 

「百ォ!!」

「お任せください!!」

 

手早く指示を飛ばすと百が創造を行う。それは持ち手の部分に鉄パイプのようなものを加えた盾であった、それで伸ばされた焦凍の手を弾きつつも一佳が片手を巨大化させながら地面を殴って一気に後方へと飛びのく。着地の衝撃に軽く声が漏れるがそれでも後退は成功した。

 

「あぶねぇな今の!下手したら取られてたぜ!?八百万さんっつったか、アンタすげぇな!?」

「お褒めに預かり光栄ですわ、まだまだ来ますわよ!!」

「傍立ぃ……!!」

「進志、アンタ恨まれるような事でもしたの?なんか凄い言葉に恨み詰まってるわよ」

 

心当たりはある。恐らく体育祭が始まるまえのやり取りがあからさまなほどに原因だろう。

 

「鉄哲」

「おうっ如何するんだ!?」

「ちょいと無茶すんぜ、確り騎馬支えてろ」

「お、おうよっ!!」

「一佳、投げろ!!」

「ああっやっぱりそういう事ね、了解っ!!!」

 

なんと進志はその場で軽く跳躍した、空中に飛び出した進志の足場を作るかのように巨大化した手を伸ばす一佳。それに着地しながら思いっきりジャンプして距離を稼ぐと進志は両腕にジッパーを設置して両腕を構えた。

 

「さあっどの腕に奪われるかを選びなっ!!ズームラッシュ、アリアリアリアリアリアリィィィ!!!!」

 

空中にいる進志はそのままジッパーで腕を延長したままのラッシュを繰り出し始めた。伸びた腕は伸び切った瞬間にジッパーが閉まる事で一気に戻っていき再び開けられる事で腕が自在に伸縮しているかのように見える。そんなラッシュが焦凍へと襲い掛かっていく、流石の彼もこれには予想外だったのか一瞬言葉を失ったが腕を突き出して巨大な氷の盾を作り出してそれを防御する。

 

「アリィッ!!」

「両断されたかっ!!」

 

たとえ巨大な氷の盾であろうともジッパーが設置されれば問答無用で両断される、そして迫る進志の腕だがそこへ電撃が程走り進志へと電撃が達した。それを受けつつも腕を戻しつつも一佳へとズームパンチを仕掛けて手を掴んで貰って騎馬へと戻っていく進志、焦凍は一体何が起きたのかと思ったが騎馬の一人である電気が不敵な表情をしていた。

 

「へへっ如何だよ轟!俺の新技、部分帯電・スタンガンだ!!出力は落ちるけど身体の一部分に電気を纏える!」

「成程、それなら俺達への感電の心配ないんだな!!」

「やったね上鳴君、俺も特訓に付き合った甲斐があったよ」

 

なんと進志を阻止したのは電気だった、彼も体育祭に向けて尾白に協力してもらって彼なりに努力していた。その努力の結果として彼は身体の一部分に帯電を限定する事が出来るようになっていた。焦凍も最初は感電を心配していたが、本人曰く絶対感電しないという根拠が把握出来た。機動力の飯田、攻防一体の上鳴、そして両手が塞がっていても防御を行える尾白。このチームは強いと焦凍は確信していた。

 

「……あいつ狙いは保留だ、次は……緑谷だ!!」

 

 

「ビリリリッ……だぁぁっビックリしたぁ……電気の奴、いつのまにあんなこと出来るようになってたんだ?」

「おい進志お前大丈夫か!?」

「お、おう大丈夫だ。ちょっとしびれただけ」

 

なんとか戻ってくれた進志だが軽くまだ痺れているのか身体に動かしずらさを感じる。これが電撃の恐ろしいところともいえるので電気を対策してるつもりだったのだが……流石に部分帯電は予想外だった。

 

「不覚でした、上鳴さんの個性は帯電。他の人も巻き込むので大放電などはせず弱い物しかしないと思っていたのが間違いでしたわ」

「だけどよ進志、お前いきなり飛び出してビビったぞ!?」

「悪い、今度は前もっていうから。さてと……俺達は敢えて1000万(緑谷)は狙わない。防御重視の策で地道にいくぞ」

「「「了解!」」」

 

この後、進志の読み通りに一発逆転可能な緑谷の1000万ポイント狙いに多くのチームが群がる中で進志は堅実にポイントを集め続け、騎馬戦終了時には2位の位置で競技を終えて本戦出場を決めたのであった。出場を決めたのは焦凍チーム、進志チーム、爆豪チーム、緑谷チーム。これらが本戦ともいうべきトーナメントでぶつかり合うことが決定した。




書きたかったトーナメントに行ける……。凄い書きたかったんですよ、その時をお楽しみに!

後なんか短くてすいません、トーナメントは出来るだけ重厚にしていきます。


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嵐の前の静けさ

騎馬戦も無事に終了しその後は昼食を堪能したのちに全員参加レクリエーションが行われる事になった。体育祭らしい種目が行われていく、本戦の出場を得ている選手たちは任意での参加を選択可能で休むのもよし気分転換に参加するのもよしとされている。因みに進志は借り物競争にだけ参加した、その際に借りてくるものとして

 

「一番先に戻って来たのは進志君ね、それで借りてくる物として書いてあったのは?」

「はいっ俺の紙には『宝物』と書かれてました、それなのでこれを」

「これは……イヤホンとスピーカー?」

 

ゴール地点で待機して借り物が正しいかどうかを判断するミッドナイト、そんな彼に進志が差し出したのはBluetoothスピーカーとイヤホンであった。これが確かに本人が宝物だと言われれば確かにそう判定すべきなのだろうがそう思っているだけで実際は違うのではと思う、が一部を見てそれを改めた。そこにはマイクのサインがあったからだ。

 

「そういえば進志君はマイクの大ファンだったわね」

「はいっ俺が入学直後に先生からもらった大切なものです!!」

「よしっ許可します!」

「ッシャアア!!!」

 

とこんな一幕があったりもした。そんなこんなで遂にトーナメントが始まろうとしている、セメントスが自身の個性を使用して戦いの舞台となるステージを制作した。雄英体育祭の最後に相応しい闘技場が完成し、本戦出場者はそこで戦う自分を幻視しやや興奮してしまう。そこで行われるであろう激戦を想像して観戦を行うプロヒーロー達も興奮を抑えきれないようにしている、そしてそんな第一試合を飾るのは―――進志と焦凍の対戦カードであった。

 

「えっ~……いきなりあいつとかよ」

「第一試合が進志さんと轟さん……いきなりとんでもない事になりそうですわ」

「う、うん……凄い対戦カードだよね」

 

控室にて待機をしている進志に対して百と出久は心配そうな表情を向けながらも彼の反応をうかがっている。相手はあの焦凍、出力も桁外れな個性を備えその実力も身体能力も折り紙付きだ。その個性も氷と炎を生み出すという二面性を保持する。氷もビルを丸ごと凍結させるほどだと考えると炎も同等だと思われる。

 

「でも進志君としてはかなり相性悪い、よね……まともに戦ってくれるかも怪しいし」

「だろうなぁ……俺に対する恨みで開幕ぶっぱで俺を倒しに来るなんてことも考えられる」

「氷だけならば勝機はありますわね、氷をジッパーで排除出来ますし」

 

勝機があるとするならばジッパー設置が可能となる氷主体の攻撃の場合、逆に設置する事が出来ない炎では非常に相性が悪い。進志の相性のいい相手は肉体的な戦闘を行ってくれる個性を持つ相手、言うなれば出久や切島と言った個性の相手が一番しやすい、そういう意味では百も相性自体は良くはない。流石のスティッキィ・フィンガーズも氷を砕く事は出来ても炎を消す事は出来ない、出来たとしてもラッシュの風圧で一時的に弱める事ぐらいだろう。だが進志の表情に焦りは全く浮かんでいなかった。

 

「大丈夫だ、俺は負けないから」

「凄い自信だね進志君、何か根拠でもあるの?」

「あんな面白みのない奴に俺は倒せない」

 

そう絶対の自信をもって言う進志に対して出久は良く分からなかった。体育祭が始まる前に焦凍との間に生まれた因縁、進志曰く面白くない焦凍に自分は倒せないと語る意味が良く分からなかった。

 

「そうだな……出久、仮にお前が爆豪とトーナメントで戦うとしてその時はどんな気持ちで臨む?」

「えっか、かっちゃんと?えっと……かっちゃんはとっても強いし僕にとっても憧れでもあるから全力で挑むと思うよ、考えられるだけの対策と行動と気持ちを準備してかっちゃんに真正面から挑むよ。そうしないとかっちゃん怒りそうだし僕も失礼だと思うから」

 

出久の答えは進志としては100点満点な物だった、戦う相手に敬意を払いつつも全力を尽くして挑む。自分の全てを出し切ってやるという思いと負けないという思いを胸にして戦う、相手の事を考えている。彼らしくもあり正々堂々な考え方だ。百も概ね同じだと意見を返す中で進志は言う。

 

「あいつは俺を、いや俺達を見てない。全く別の所を見てやがるんだ、あいつに何があったのかは知れないけどな。そしてあいつは相手を舐めてる、全力を出す必要なんてない、自分の半分だけで勝ってやるって考えてる」

「確かに轟君は今まで氷しか使ってない……」

「それが進志さんが轟さんを嫌いという理由ですね」

 

戦う相手というのは自分を映す鏡でもある、そう語るヒーローが居た。だからこそ全力で戦うからこそ相手は全力で迎え撃ち、自らの全てを知れるのだと言っていた。だが焦凍の瞳は鏡を見ない、別の場所を見つめて己を見ない。自分の力から目を背けている、いや炎を避けている。

 

「つまり、轟君がガチで戦わないから嫌いって事なの?」

「簡潔に言うとまあそうなる……のかな。だから俺はあいつを全力で叩き潰してやるつもりだ、是が非でも炎を使わせてやる」

「本気ですわね進志さん」

「本気も本気。本気と書いてマジと読む」

 

()から目を背け続ける焦凍を全力で叩き潰すと決めた進志。己を臆病者と呼んだ事に怒りを覚える焦凍、二人のぶつかり合いが雄英体育祭最終種目、ガチバトルトーナメントの初戦で始まろうとしていた。



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左と右

「君が傍立 進志君か」

「……エンデヴァー」

 

トーナメントの初戦が始まる時間が迫る中、トイレを済ませた進志が廊下を歩いている時ある人物に出くわした。炎を纏った威圧的なオーラを纏う男、オールマイトに次ぐNo.2、デビューしてから20歳の時点でNo.2に上り詰め、事件解決数史上最多の記録を持つ現役屈指のフレイムヒーロー・エンデヴァー。焦凍の父親であるエンデヴァーが自分を待ち受けるかのようにそこにいた。

 

「初めましてだな、君の活躍は見せて貰った。実に素晴らしい個性だ、ジッパーという何気ない日常に存在するものをあそこまで発展させ応用するとは私も驚かされた。本当に素晴らしい個性だ、親御さんに感謝すべきだな」

「……(なんだ、こいつ)」

 

拙い笑みを浮かべつつも話しかけてくるエンデヴァー、進志にとってはエンデヴァーは嫌いなヒーローという訳ではなかった。実直にヴィランや事件へ立ち向かっていき解決へと導き平和を齎す、ファンサービスなどはしないが純粋に実力だけで勝負するそんなストイックでいぶし銀な感じがするエンデヴァーはヒーローの一つの完成形とさえ思っている。だが……いざ対面してみるとこの男は自分を評価していない、自分の個性を、使い方、結果を評価している。

 

「……それで、俺と戦うやつの親父さんが何の用ですかね」

「おおっすまんな、試合直前だというのに。では率直に言おう、君には焦凍の全力を引き出して貰いたい」

 

エンデヴァーからの言葉は一見すれば自分の力に酔っている息子の間違いを正してほしい、という親心にも思えなくもないがそんな風には感じられない。どちらかと言えば―――自分を受け入れろ、認めろといった強制に近い。

 

「焦凍にはオールマイトを超える義務がある、あいつは反抗期なのか半分の氷しか使おうとせん。だからあいつを炎を使わなければならないところまで追い込み現実を教えてやってくれ、君も本当の全力でな」

「……何を言いたいので?」

「隠さずとも良いとも、君は全力などではない。君の個性には先がある……違うかね?」

 

無意識に進志は瞳を鋭くする、彼には見えているのだろうか、スタンドが……。いやスタンドは不可視のままでしか使っていない。自分が見せようと思って出現させなければ不可視である筈、それは百や一佳などに協力して貰って何度も実証した筈だ。

 

「長年ヒーローとして活動していると個性の深みや強さなどが体感的に理解出来る。君のジッパーはまだ何か出来るのだろう……?」

「……否定はしない、という事にしておきますよ」

 

それを聞いて少し安心する、エンデヴァーはスタンドが見えている訳ではなく経験と直感でジッパーにはまだまだ先があると見破っているんだ。それはそれで恐ろしいがスタンドが見えているというよりも安心出来る。

 

「そんな君ならば焦凍を本気にさせ、そう簡単には負けることなどないだろう。確実にあれを本気にさせ、全てを出させる。左を使わざるをえない程に追い込まれる筈だ」

「(まるで物みてぇに……)そうか、あいつが見てる相手っていうのは貴方かエンデヴァー」

 

成程、これならばこれほどの相手を見ているならば自分を見るに値はしないという事か。焦凍が見つめているのは自分の父親であるエンデヴァーだ、そこにあるのは純粋に父親を超えたいというだけではない。恐らく焦凍は父親を好いていない、いや憎んでいるのだろう。でないとあんな黒い瞳はできない。エンデヴァーは口角を歪めて笑うが進志はそれに怯む事もなく言う。

 

「いいだろうエンデヴァー。アンタの要望を受け入れよう、俺はあいつを全力で潰す。アンタが望むその先も場合によっては見せてやる」

「有難い事だ、これで自分の思い上がりが間違いだと気づく事だろう」

「だが一言言っておくぜ―――エンデヴァー、今のアンタの顔はヒーローがしていい顔じゃない」

 

何かを言おうとした彼の顔は停止した、目の前の少年の表情を見て言葉を失った。そこにあったのは絶対的な強さと覚悟を持った自分の息子の対戦相手ではなかった。そこにあったのは―――

 

「俺が憧れたヒーローとしての一つの完成形としての顔じゃないよ……エンデヴァー」

 

まるで親と逸れてしまったが故に寂しくて悲しそうな表情をする年相応の少年だった。彼は一度頭を下げるとそのまま去っていく。エンデヴァーは何も言えなかった、彼が言っていた言葉が自分の胸を深く突き刺さった矢のように抜く事が出来なかった。そっと、自分の頬を触れると大きく持ち上がって歪んだ笑みを浮かべている事に気付く。だがそれがどうしたと言わんばかりに客席に戻っていくが、彼の足取りは何処か重かった。

 

 

 

 

『さあさあいよいよ始まるぜ、雄英体育祭最終種目であるガチバトルトーナメントがよぉおおおお!!頼れんのは己だけの最高のガチンコバトルの始まりだぁあああああああ!!』

『少しは黙れ』

 

いよいよ行われるトーナメントに大観衆が声援を上げる、誰もが視線を向ける第一回戦。プロヒーロー達が見たいのは№2ヒーローであるエンデヴァーの息子である焦凍。進志は添え物と言った感覚なのだろう、そんな事など知った事かと言いたげな表情を浮かべながら進志はステージへと歩き出す。

 

『さあトーナメント初戦、いきなりとんでもねぇ対戦カードだ盛り上げれ大観衆ぅぅぅ!!!まずはご存じ選手宣誓を務めた首席入学者、その個性は面白いが応用力が半端ねぇ!!俺の大ファンでもある傍立 進志ぃいいい!!!応援してんぞぉおお!!!YEAH!!!!そして相手は個性出力とんでもねえ!?推薦入学者は伊達じゃねぇ!ここまで安定した成績で勝ち上がってきた轟 焦凍ぉぉおおおお!!!』

『私情を混ぜるな司会』

「うおおおおおおおっ死ぬ気で頑張りますマイク先生ぃぃいいい!!!YEAH!!!!!!」

『お前も乗んな傍立』

 

先程のエンデヴァーに見せた表情はどこへやら、テンションとやる気MAXになっている進志。それに対するような形で静かに瞳に冷たい炎を燃やしながらステージへと上がる焦凍。因縁が存在する二人が向き合った時、一際大きく焦凍の瞳が冷たくなっていく。それに対するかのように進志は軽いストレッチをしながらそれを受け流すようにしている。

 

「この時を待ってたぞ傍立、お前を倒すこの時をな……!!」

「(うわぁっ滅茶苦茶根に持ってるぅ……なんか、エンデヴァーの目にそっくりだぜ)」

 

体育祭開始前の言葉のやり取りで生まれた因縁、故か焦凍はそれに囚われている。臆病者と愚弄され勝てないと宣言された事が余程頭に来ているらしい。

 

「やれやれ怖い怖い。そんなに俺が憎らしいかい、臆病者と言った俺が」

「ああっ許せねぇな……俺が臆病者だと……今でも思ってんのか」

「ずっと思ってるよ。面白みのない舐めプ野郎だってな」

「っっ!!!!」

 

進志の一字一句が更に焦凍の怒りのパラメータを上げていく。火に油を注ぐのと同じ、さらに彼の感情が燃え上がっていく。

 

「言われたくねぇなら全力で来いよ、クール野郎」

「てめぇはっ―――!!」

「てめぇにキレる権利なんてねぇんだよ、さっさと掛かって来やがれってんだ!!!!」

 

構えを取る進志、そして下されるミッドナイト主審の試合開始の合図。それと同時に焦凍が何かを叫びながら全力で個性を発動していく。それによって地面だけではなく空気中の水分までが凄まじい勢いで凍結していく。巨大な氷塊がまるで生きているかのように進志へと迫り、その身体ごと凍結させ莫大な量の氷山を生み出しながら彼を完全にその中へと閉じ込める。だがそれでは何も終わらない、マイクが実況を行うよりも早くジッパーが設置され開かれていく。中からは無傷の進志が姿を現す。

 

「傍立……!!」

「さっさと次を出せ、轟よぉ!!」

 

そういうと進志は氷塊の一部を切断するとそれを轟に向けて投擲した。だがそれは顔の近くを通っただけの外れ、明らかな挑発に焦凍は苛立った。トーナメント初戦、不安に満ちた幕開けは何処へと向かっていくのか……。



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左と左、本気と全力

「オラァッ!!」

「ぐっ……ちぃぃ!!」

 

「……なんだよこれ」

 

誰が呟いた言葉に皆が賛同する、同意を並べて目の前の光景を呆然と見つづめ続けている。歓声を上げながら熱狂している者以上にそれに見入るようにしながら生み出されていく氷を切断しながら迫っていく少年を見据えて思う―――彼にとって轟 焦凍という存在の個性は相性が悪いと言わざるを得ない。氷を切断できるとは言え彼には炎がある、どのタイミングで出されるかわからない物にジッパーなど設置出来ない。出されたら終わりの状況が続く中で彼は恐れるという意志を見せることもなくただ、前へ前へと進み続けている。

 

「くそってめぇっ!!」

 

空気を切り裂く音、焦凍は生み出した氷を投げる。それが彼の頬を掠る、皮膚が裂けて血が滲み出すが文字通りの掠り傷に動じもしないどころかだから如何したと言わんばかり更に前へと出ながら腕を振るう。それを右腕で防御しながら進志の腕を凍結させるが、凍結してしまった腕をそのまま振るって焦凍を殴り飛ばした。

 

「ガッ……!?」

『轟吹っ飛んだぁあああ!!!というか傍立お前腕凍ってるけど大丈夫かぁぁああ!!?』

 

マイクの声が木霊する、私情からの言葉というよりも早く氷を何とかしないと凍傷で腕が腐ってしまう事もあり得るから心配している。だが進志が戸惑う事もなく無事な腕で氷を殴るとジッパーで氷が切断され全く無事な腕が姿を見せる。それらを振るって無事であることを見せつける進志に焦凍は歯ぎしりをする、お前の氷など意味がないと言っているかのような行為だ。

 

「銃弾の方がよっぽどいてぇ」

「……まるで、食らった事のあるみたいな言い方だなっ!!」

 

再度、焦凍から凄まじい冷気が放射されるかのように広がっていく。周囲を飲み込むかのように広がっていく氷河、それらはステージどころか周囲一帯を飲み込むように進志を取り込んでいく。

 

「無茶しやがって……!」

 

流石に焦っているのか空中へと飛び出した進志だが、即座に氷柱が飛び出して襲い掛かってくる。それらをジッパーで対処するがうち一本が肩へと刺さりそこから身体が凍結していく。即座に氷柱を切断するが左肩にかけて頭部の左目を覆うかのように氷が付いた。その一部を取り除きつつ、眼帯が完全に凍結してしまった事に苛立ちを覚えた。

 

「……くそが、百が作ってくれた眼帯がこれじゃあ使い物にならねぇじゃねえか」

「俺を舐めるからだ」

 

漸く一矢報いたとほくそ笑む焦凍、あれだけの事を言っていた奴を漸く凍らせる事が出来たと喜びを感じずにはいられない。元々眼帯をしていた理由は以前話していたような気もするが覚えていない、あれが死角ならば遠慮なくつくだけだと思っている中で進志は眼帯に手をかけてそれを放り投げた。地面に落ちると同時に今まで隠されて続けていた進志の左目があらわになり、焦凍は言葉を失った。

 

「お前……その顔は……傷は……」

「……そういえば緑谷以外に話した事はなかったか……」

 

以前事故でこうなったといった事、それは嘘だと述べる進志。そこにあったのは左目を両断するかのように入っている大きな傷跡、眉毛の辺りから頬の上あたりまで続いている傷は深く完全に彼の左目を潰していた。焦凍も顔にやけどを負っているがそれ以上の存在感を放っている。

 

「お前のその傷、なんで……」

 

左目の傷、それが語るのは進志のオリジン。誰かを本気で守ろうと覚悟した時に付けられた消える事の無い痕跡。

 

「俺は昔、一人の女の子を守ろうとしてこの傷を負った。左目は完全に潰れ視力は失われた、だが後悔なんて一ミリもしない。あいつの笑顔が守れただけで俺は満足だったからな」

 

左目の傷に触れながら進志は微笑む、もう戻る事ない視力などよりも彼女がまた笑ってくれる事の方が自分にとっては価値がある。ただそれだけの事でしかない。

 

「それとお前もう負けてるぞ」

「んだと……?」

「あんだけ氷を発生し続けてんだ、随分冷えてるんじゃねぇのか。お前の身体」

 

その言葉に焦凍は軽く息を飲んだ、左側である炎を全く使っていない焦凍。炎か氷を片方だけ長時間使用すると体温に影響が出てきてしまう。体温が高すぎても低くなりすぎて影響は酷く大きい、既に身体は震えて悴み始めている。あんな身体ではもう素早い動きは出来なくなってくるだろう、だがそれは焦凍が使わないことに執着している炎を使えば氷を溶かす事が出来る。自分の力でデメリットを完全に打ち消す事が出来る、正しく強個性。

 

「お前が全力を出すのであればそんな事はない、それだけ舐めてるって事だよな……この体育祭に参加している皆をっ……!!」

「っ……!!」

「お前が全力を出さないのは勝手だ、個人の自由ってやつだ。だがな―――ここに立つ為に全力を尽くした奴らを否定する事だけはすんじゃねぇぞぉ!!!!」

 

怒りのままに咆哮が上がる、進志が最も怒りを感じるのは彼が全力を出さないからではない。体育祭はヒーローになる為の夢の過程において重要な意味を成す、自らの実力を見せつけアピールする為。ヒーローに見初められる為には此処で全力を出して自分の全てを見てもらうのが一番、そんな中で焦凍がやっているのは個人的な理由で炎を使いたがらない。それは他を否定する事につながる。

 

「俺、は……右だけで№1になる……それに意味がある……!!それが、あのくそ親父を否定することになる……!!」

「そんな意味なんて捨てろ、お前がやってるのは炎を恐れてるだけだ。本気で№1になってあのエンデヴァーを完全に否定する気なら―――てめぇの個性を完璧に支配してあいつを完膚なきまでに超えてみせろぉ!!!てめぇが自分の力を、個性を使って完全にあの炎野郎を超えて見せろぉおお!!!」

 

 

―――いいのよ。お前は……なりたい自分に、なっていいのよ。

 

「母さん……」

 

―――血に囚われることなんてない。なりたい自分(ヒーロー)に、なっていいんだよ。

 

―――熱いものがこみあげてくる、身体の内側からあらゆるものを燃やし尽くす熱が生まれてくる。忌避していた熱が今、噴火する。正に火山の噴火と見間違えるほどの炎が焦凍から巻き起こっていく、最早爆風と遜色ない熱風を巻き起こしながら焦凍は熱い瞳を燃やしながら進志と相対していた。

 

「俺が凍ってる間に、倒せばいいのによ……如何してンな事言ってんだ……!!」

「良い顔になったじゃねぇか、その顔嫌いじゃないぜ」

「悪い傍立、お前の言う通りだ。俺は―――皆を馬鹿にしてた、だからこっからは本気で行くッ……!!」

 

軽く笑いながら言った、今の焦凍は非常にいい顔をしている。自分に素直になっている酷く好戦的で今すぐにでも自分を叩きのめしたいというのが伝わる表情。満面の笑みを浮かべながら炎を氷を纏っている姿は素直に美しいとさえ思える。

 

「焦凍ォオオオ!!!」

 

そして、それを喜ぶ者がいる、エンデヴァー。反抗期故に頑なに氷だけに固執していた自慢の息子が炎を使うようになった。その事に、歓喜が止まらない。本質を理解せぬままに感情のままに言葉を発する。

 

「やっと受け入れたか、そうだいいぞ!!これからだ、俺の血を持って俺を超えて行き……俺の野望をお前が果たせ!!」

「ッ―――うるせえええっっっ!!!!」

 

エンデヴァーの声を受けてさらに莫大な炎を出しながら焦凍は叫んだ、明確すぎるほどの拒絶な言葉をはしながら右側で地面を凍結させながら爆炎を纏う姿に誰もが言葉を失った。

 

「うるせぇんだよお前の野望なんか知るか!!!てめぇの野望はてめぇで叶えやがれくそ親父!!!!」

「しょ、焦凍、お前……!」

 

聞いた事の無いような声に思わず父親(エンデヴァー)は戸惑った。拒絶の言葉ならば今まで何度でも聞いたことはあったがこのような言葉は聞いたことがない。言いたい事を言ったからか焦凍は即座に進志へと向き直る。

 

「悪い、変なとこ見せたな」

「気にするな。後俺もお前に謝るべきなのかもしれないな、俺もこれからガチの全力で行く―――だからお前にも見せる、その方がフェアだからな」

 

それは唐突に表れた、進志の隣に立つかのように浮遊するそれは拳を握ったまま静かに鎮座していた。

 

「それがお前の個性、本来のデザインか……?」

「ああっ俺の個性はジッパーっていうのがある意味間違いだ。俺の個性は"幽波紋(スタンド)"、そのスタンドが持っている能力がジッパーというべきなのが正しい。こいつはもう一人の俺みたいなもんだ。こいつを見せるからには俺はお前をマジで倒しに行く」

「……光栄だな、なら俺も全力でお前を倒すぞ!!」

「ああっやってみろ焦凍ォ!!」

「ああっやってやるさ進志ィ!!」

 

傍立 進志(おかたち しんじ) VS 轟 焦凍(とどろき しょうと)、第二ラウンド開始。



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決着。

『トーナメント第一回戦、傍立 進志 VS 轟 焦凍ォ!!早くもとんでもない事になってきてるぜ!!』

 

マイクの実況が更に熱を加えていく第一回戦、ステージ上では氷と炎が入り乱れながらもそれらを打ち払うかのような鋭い攻撃が放たれていく。自らの全てを出し切る事を決め、爆炎と氷塊を纏う焦凍とそれに応えるべく切り札ともいえるスタンドの姿を見せた進志。此処からが本当の戦いの始まりともいえる。

 

「食らえッッ!!!」

 

右から無数の氷柱を生み出すとそれを冷えた空気を温めた事で生まれる膨張を利用して一気に打ち出していく焦凍。先程の投擲とは段違いの大きさの氷柱がかなりの速度で迫ってくる、これだけでも十分な必殺技ともいえるだろう、だがそれだけでは進志は止まる事などない。走りながらもスティッキィ・フィンガーズが迫る氷柱をパンチで迎撃し粉砕する。

 

「アリィッ!!」

「今までの物よりも速い、だが食らうかっ……ちぃこの程度が限界か!!」

 

迫りくるズームパンチ、だが進志が行うのではなくスタンド本体が行うそれは通常のそれよりも段違いに速い。現在のスティッキィ・フィンガーズのパワーとスピードは既にAへと到達している、それが行うズームパンチはとんでもない威力を持つ。それを避けるのは無理だと判断し右腕から氷の盾を生み出して攻撃を受け止める。が、まるですさまじい巨漢に殴られているかのような衝撃に軽く吹き飛ばされながら氷が砕けてしまう。体勢を立て直しながら右足から氷を生み出してスケートの要領で移動する。

 

「させるかよっ!!」

『アリィ!!』

 

地面を殴りつけるとそのまま巨大なジッパーが設置されていく、それらが一気に解放されて焦凍の進行方向を妨害するかのように氷が捲れ上がっていく。氷を利用して高速移動するならばそれを封じればいいだけの事、進志も全く負けていない。だが焦凍もそれに負けじと即座に捲れ上がった氷を固定するかのように新たな氷を生み出し、巨大な氷のオブジェが生み出された。

 

「お前のジッパーも流石に限界があるんじゃないのか……?ならこれ以上下手に馬鹿でかいジッパーを作り出しはしない筈だ」

「さあどうだろうな」

 

と一気に駆け出していく進志、それを追うような形で焦凍も続いていく。巨大な氷の塊となったオブジェへと昇っていきその中で激突しあっていく。焦凍は炎の扱いはそこまで出来ないのか体温を調整するにとどめてながらも腕から氷の刃を伸ばして近接攻撃を強化しつつ進志へと向かう。それを途中の氷柱を切断して剣の代わりにして受け止める進志。

 

「ぜりゃあっ!!」

「甘いぜっ!!」

「なっ嘘ぉっ!?」

 

深く踏み込もうとした時、焦凍は後ろに大きく引きながら炎を進志の足元へと放つ。巨大な氷とはいえ熱には弱い、焦凍の個性の出力を考えれば巨大とはいえ溶かすのは容易。深く踏み込もうとしていたために溶け始めていた氷を踏み抜いてしまい進志は氷から落下していく。

 

「くそっ味な真似をぉぉおお!!!?」

「これならどうだ!!」

 

落下し始める進志を追撃するかのように生み出した氷柱を勢いよく炎を纏った足で蹴る。先程の氷柱発射よりも更にとんでもない速度で迫ってくる氷柱、加えて落下しているのもあって進志はスティッキィ・フィンガーズで氷柱を迎撃しようとするが既に片腕にジッパーを取り付けて氷を掴もうとしていたので、片腕でしか氷を迎撃出来ずに右肩に氷柱を受けてしまいそのまま地面へと落下していく。

 

「ぐっ……食らったかっ……!!」

『ここで傍立が遂に大きなダメージを受けたぞぉ!!』

『即座に体勢を整えようとした対応力の素早さは褒められるが、今回はそこを轟が上手く突いたな。寧ろ被弾があれだけなのが御の字だろう』

 

深々と刺さっている氷柱、そこからは血が滴り地面へと落ちている。氷柱の一部には血が凍って付着している、どうやらかなり深く刺さってしまっているらしい。

 

「おいそれはかなり深いぞ、リタイアするなら今の内だぞ」

『傍立君まだ行けるの!?リタイアしてリカバリーガールに治療をお願いした方がいいわよ!?』

「……冗談言わないでくださいよ」

 

余りにも凄まじい激戦を誰よりも近く見続けながら主審として判定をするべき厳しい視線を送っていたミッドナイトだが、1年生とは思えない戦いに驚きを感じつつもこれは何処かで止めなければならないと思っていた。此処で止めるのがある種最善だと思っているミッドナイトだが、進志はそれを拒絶しながら刺さっている氷柱にスタンドで手をかける。強く握りながら歯を食いしばる。

 

「この位あの時に比べりゃ痛くも痒くも……ねぇっ!!」

 

そしてそのまま勢いよく氷柱を引き抜いた、鮮血が舞いステージに血飛沫が飛ぶ。思わず誰かの悲鳴が聞こえるが進志はそこまで苦痛に歪んだ表情を出さずにスタンドと共にまだまだ戦う意志を見せ続けていた。

 

「お前も満足してないだろ焦凍、折角全力を出せるようになったのによ」

「フッ……そうだな、その通りだ。んじゃ続きをやろうぜ……!!」

「上等だ」

『そ、それじゃあ再開!!』

 

この後も、凄まじくも激しい戦いは続いていった。プロヒーロー達も思わず息を飲み、瞬きもしないようにするほどの戦いだった。しかし、最終的には全開の個性発動に慣れきっていない焦凍が疲労を溜め込み過ぎてしまい、これ以上動けないのでリタイアするという形で勝負は締めくくられた。

 

「進志、俺が完璧に個性を使いこなせるようになったらまた戦ってくれ」

「望むところだ、後悪かったな。お前を悪く言って」

「気にしてねぇよ、俺はそれだけ言われる事をしてたんだ。悪いと思うなら……今度ざるそばでも奢ってくれ」

「構わないがなんでざるそば?」

「そば好きなんだ」

 

そんな形でトーナメント初戦は締めくくられたのであった。




あっさりめでも申し訳ありません、でもなんかこの二人のやりあいのラストが中々纏まらなくて……。この二人がタッグを組んで戦うなら広げられるんですが……本当に難しいですね作品を書くのって。


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変わる焦凍

「やれやれ、お前さんと会う時は決まって怪我してる気がするねぇ」

「まあ以前お会いした時は病院でしたしね、今回もお願いしますリカバリーガール」

 

初戦を終えた進志は焦凍と共に医務室を訪れていた。焦凍も進志との戦いでそれなりにけがをしているのでその治癒をしてもらう為、進志は氷柱が刺さった肩を治してもらう為だ。

 

「それで傷はどんな具合だい?」

「今はジッパーで閉じて止血してます、このまま放置してても治るでしょうけど時間がかかります」

「ふぅむ……軽度の凍傷だね、大丈夫軽く治癒を掛ければ直ぐに治るさ。それにアンタは体力が有り余ってるから大治癒しても問題ないだろうけどね」

 

そういわれると肩をすくめる進志。確かにスタンドを完全にコントロール出来るようになってからは何処か体力が上がっているような気もするしスタンドを鍛えれば鍛えるほどに、それに比例するように力がついているようにも思える。精神が身体を引っ張っているといった感じだろうか、それでも限度は存在するが。

 

「お前のジッパーって傷の治療も出来るのか、便利だな」

「元々ジッパーは何かを閉じたり開けたりするもんだからな、それで傷を閉じただけで治ってない。言うなれば傷を縫っただけだ」

「それじゃあ治癒するよ」

「お願いしま~す」

 

と治癒を施される進志に焦凍は素直に尊敬を抱いた。正直な事を言えば個性の使い方で言えば進志は相当先を行っている事は間違いない、あのスタンドと呼んでいる幽霊のような存在にしてもそう。感覚的なのか念じて動かしているのかは分からないが自分もあそこまで激しく動きながらもう一つの存在を操作するなんて事は早々出来ない。両手で別々の事を書きだしながら目の前の授業の内容を暗記しているようなものだろうか。

 

「進志、お前個性の訓練は如何やってたんだ」

「そうだな……ジグソーパズルとかバイオリンをスタンドとやったりとかかな、それを何年もずっと。まあ継続は力なりってやつだ」

「成程」

 

それを聞いて焦凍も素直に納得した、自分も氷の扱いに長けているのはそれまで父親の炎のようで使うのがとてつもなく嫌だったからずっと母親と同じ氷ばかり使ってきた。だからこそ氷は自在に扱えるが炎の出力の調整ははっきり言ってお粗末も良い所、これからはそちらの訓練もするべきなのかもしれないと思いつつも左手を見つめる。自分は自然と炎の訓練をしなければと思った、あれだけ使うのが嫌だった炎を使いこなそうと思った。随分と、自分が変わっている気がしてきた。

 

「……」

「焦凍、お前随分と憑き物が落ちた顔してんな」

「そうか、鏡なんて見ないからわからねぇな」

「本当にいい顔をしてるよアンタ、ほら見てごらんよ」

 

と手鏡を渡してくるリカバリーガール、ぎこちなく受け取りつつも喉を鳴らしながらそれをそっと覗き込んだ。そこには確かに火傷の跡がありあまり見たくない顔があるが、自分の表情は何処かすっきりとしていて以前よりも明るくなっているような印象を自分でも受ける、思わずそれに驚いてしまう。

 

「これが、俺なの、か……洗面所の鏡だって見てなかったのになんか、違うって感じがする……」

「それは自分で分かる位に変化を実感してるんだよ、それを感じられた時は一気に成長するもんだよ。アタシが保証してあげるよ」

「成長……」

 

何度も手を握っては開くを繰り返しながらも軽く両手だけで氷と炎を出してみる。手のひらサイズの氷と炎、それらが出てくる。この位なら容易い事なのだがそれでも何かが違う事を感じているのがわかる、何か今まで以上にスムーズに出来ているような感覚がある。

 

「……何かが違うな、今すぐにでも演習場で試してぇ……出せるだけの炎を出してみてぇ……!!」

「それなら何時でも出来るはずだよ。それよりもアンタはこれからやるであろう試合を見ないといけないだろう?」

「……確かにそうですね、進志。勝てよ」

「おうよ」

 

笑いながら進志は拳を突き出した、焦凍はどういう事か分からなそうにする。が、進志がんっ……といいつつ拳を突き出すのを見てようやく悟ったのか、自分も拳を突き出した。左腕の拳で進志の拳を突いた。

 

「焦凍、お前腹減ってねえか。ステージの修復まで時間かかるだろうし、飯でも買って観客席に行こうぜ」

「分かった。ソバってあるのか?」

「流石にそれは如何なんだ、焼きそばならあると思うけど……」

 

そう言いながら治療を終わった肩を回しながら去っていく進志と焦凍にリカバリーガールが笑みを零しながら窓の外から見える景色を見つめた。過去を懐かしむようにしながら次にやってくるかもしれない怪我人に備えて準備を始めるのであった。

 

「いい青春だねぇ……アタシにもあんな風な事が出来た時もあったねぇ……」

 

 

「……何の用だよ親父」

 

進志と共に廊下を進んでいた焦凍を待ち受けていたのは父親だった、進志に先に行っていてくれというその場に残った。進志はそれを受けて先へと進んでいく、それを見送りながら父と向かい合った。

 

「敗北したとはいえ遂に炎を受け入れたな、これでお前は俺の完全な上位互換となった!」

「ああそうだな」

 

エンデヴァーは笑いを浮かべつつも言葉を紡いでいく中で驚きを感じる、あの反抗的だった息子が素直に自分の言葉を受け入れたのだから。やはり進志に驕り高ぶったものを壊してくれと頼んだのは正解だったとほくそ笑みながらこれで自分の野望がかなうと思いながら手を伸ばす。

 

「卒業後は俺の下に来い、覇道を歩ませてやろう!」

「覇道、ンなもん興味ねぇ。俺は俺がなりたいヒーローになるだけだ、覇道は自分で勝手に歩け」

「ッ―――」

 

再び反抗的な態度……いや、そこにあったのは冷えた瞳だった。自分に対して呆れを持っている焦凍の瞳。

 

「親父一つ聞かせろよ。仮に俺がオールマイトを超えるヒーローになったとしてアンタはそれで満足なのかよ」

「―――ああっ満足に決まっている、俺が超えられなかった奴を我が子が超えるんだからな!!」

「……ああっそっか、親父はオールマイトを超えたいんじゃなくて否定したいだけなんだな」

 

言っている言葉が分からなかった、ただひたすらに掲げて走っていた事を全て否定されたような気持ちだった。たった一人でNo.1ヒーローとして君臨していたオールマイトの背を追い続けてきた自分の全てが。

 

「なっ……にっを……?」

「今の親父の顔はヒーローじゃない、ただのオールマイトアンチだ」

 

そう言い残すと焦凍は呆然とする父親を無視して去っていく、ただ一人残されたエンデヴァーは両手を見つめながら立ち尽くしていた。炎の個性がある己が震える姿を見つめながら。

 

「違う俺は、あいつを超えたい……オールマイトよりも先の……」

 

 

 

「わりぃ待たせた」

「気にしてねぇよ。それよりも親父さんとの話は終わったのか?」

「ああっなんかすっきりした」

「ははっそっか、んじゃ飯買いに行こうぜ」



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少女らの奮戦

激戦の名に相応しい初戦。それらは観客だけではなく生徒たちのボルテージを上げる要因になり皆が燃え上がっていた、自分だって全力を出し切ってやるという強い思いを胸にしながら次の試合が始まっていた。二回戦は一佳と尾白の対決。どちらも肉体系の個性、結果として二人の戦いは―――。

 

「せぇぇええい!!」

「せっはっ!!」

 

シンプルな肉弾戦。腕のように自在に動かす事が出来る尾を利用した格闘術を駆使する尾白と両手を巨大化させる個性の一佳、互いに個性が通用する相手とだけあって二人の攻撃は激しくぶつかり合っている。

 

「せぇい!!」

「くっあんな巨大なのになんてスピードっ……だぁぁっ!!」

 

薙ぎ払うかのような巨大な手刀を咄嗟に身を地面に投げ出すように回避する、普通ならば隙をさらすだけの行動になるかもしれないが尾白だけの長所である尾をバネのようにして空中へと舞いながらも迫ってくる手を尻尾ではじきながらうまく着地する。

 

「やるね、まさかここまで尻尾が厄介な個性だなんて思わなかったよ」

「僕もだよ。巨大な手なのにここまで細やかで早いなんて……」

「そりゃ訓練したからねぇ」

 

尾白は騎馬戦にて一佳の個性を目にしている、故に巨大な手という物に対する対抗策を練っていたのだがそれをあっさりと上へと行くのが一佳の技術であった。巨大さ故に動きの鈍さは当然存在するがそれらを一佳は巧みに抑えている。手の角度や瞬間的に手を巨大化させることでカバーしている。特に瞬間的な巨大化が尾白が苦戦している理由だった。

 

「さぁっいくよっ!!」

「(来るっ今度はどんなタイミングで来るっ!!?)」

 

地面を強く蹴って迫ってくる一佳、フェイントを交えたラッシュを繰り出すがそれらを上手く捌いてくる尾白。尾も加わって防御は完璧といえるのに尾白の顔色が悪いのはどのタイミングで巨大化するのか全く予測出来ないことにある。瞬間的に巨大化できる、それはこのラッシュの間隙にも可能という事でどのタイミングで致命的な一撃が飛んでくるのか分からないという事にある。

 

「貰ったぁっ!!」

「来るっ……!!」

 

両腕のガードが解けた瞬間、一佳が伸ばしてくる腕。この瞬間しかない!!と思った尾白は尻尾で高々と跳躍する、が自分の尻尾ごと拘束するかのような圧迫感を覚える。下を見ると自分の下半身を覆っている巨大な手と笑っている一佳の姿があった。

 

「えへへへっ作戦成功。やっぱりこのタイミングしかないって思って飛び上がったでしょ、両腕が私に弾かれているなら尻尾で上に飛ぶと思ってたよ」

「読まれてた……って事か……こりゃ参ったなぁ……分かったよ、僕の負けだよ」

 

ため息をつきながらも笑みを浮かべた尾白は両腕を上げながら戦闘続行の意思がない事を伝える。勝利の判定が降りた事に歓声が上がり一佳に向けられた称賛が嵐のように降り注ぐ。だが見事な戦いをした降参した尾白にも同じだけの拍手が送られていた。特に同じく格闘系のヒーローからは応援しているという声が多く尾白は感動しながらもっと強くなることを誓った。

 

「拳藤さん、次は負けないよ!!」

「受けて立つよ。でも次もアタシが頂くよ」

 

第二回戦。一佳 VS 尾白 勝者:一佳

 

 

第三戦。百 VS 芦戸

 

 

続く三回戦トーナメント初となる女性同士の対決、百と芦戸。この組み合わせに興奮するのはA組のエロブドウだけだった。ちなみにその理由はと電気が尋ねると

 

「だって芦戸だぜ!!?あいつの酸で八百万の服が溶けるって考えたら……うひゃああああああ漲って来たぁぁああああああああ!!!」

「……」

「お、おい峰田後ろ後ろ……」

 

この後、進志の手によって峰田の頭はジッパーで分離させられた上で試合が見えないような位置で放置された。出血やらが無いとしても迷うことなくクラスメイトの頭を分離させる事が出来る進志を見て焦凍を除くA組の全員が思った事は進志だけは怒らせたら絶対にダメだっという事である。当の本人は暢気に食事を楽しみながら百に声援を送っている。

 

「ケロ、進志ちゃんって容赦ないのね」

「エロブドウに容赦なんて必要ない」

「今回は峰田ちゃんの完全な自業自得だから同意しておくわね」

 

一方ステージでは苦戦する芦戸と優位に戦いを進めている百の姿があった。酸という個性を持つ芦戸は酸を飛ばして百を攻撃したり、地面を溶かして機動力などを上げる戦法を取っているのだがそれらのほとんどは百に無効化されている。

 

「残念ですが芦戸さん。私には、貴女の酸は効きませんわ。王水並みの物ならば別ですが」

「流石にそこまでのは出せないよぉ~!!?」

 

百は身体の各部からチタン製の盾や防具などを創造してそれらで酸を防いでいた。腐食への耐性が高いうえに軽量なチタンで身を守りつつ槍で攻めてくる百ははっきり言って芦戸にとって辛すぎる相手となっている。

 

「そして……これでチェックメイトですわっ!!!」

「えってうわぁああああっ!!?」

 

一瞬気を取られた芦戸の足には鞭のようなものが巻き付いており、百はそれを振るって芦戸の身体をステージの外へと投げ捨ててしまった。これで百の勝利が確定し百が次の対戦へと駒を進めた。

 

『しかし両者とも良く戦った!!ナイスバトルだったぜ!!』

『芦戸は運が悪かったな、完全なメタを張れる八百万には個性が通じない。故に身体能力で攻めるしかないが創造で武器を作れるから最悪すぎる相性だな』

 

「あ~あ~……負けちゃったかぁ……まあいいや、ヤオモモ次頑張ってね!!」

「はいっ頑張りますわ!!」

 

第三回戦。百 VS 芦戸 勝者:百。




NEXT BATTLE 第四回戦

緑谷 VS 飯田


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見つめる視線

暗闇の中で儚げな色を映し出すモニター達、それらが映すのは雄英体育祭の最終種目であるトーナメント。それを楽しみにしているのかそれらを見つめる瞳は何処か優しげで口角は上がっている、静かに吐き出される紫煙。だがよく目を凝らしてみるとモニターの多くは進志と焦凍の試合、そして今現在行われている緑谷と飯田の対決しか映し出されていなかった。

 

大将(ボス)、今回のお気に入りは彼らですかい?」

「その言い方やめてくれるかしら、年下は射程範囲外よ」

「それは失礼いたしました。ココアの差し入れっす」

 

そんなモニターを見つめる影へと一人の男がトレイに乗せたココアを差し出した。コーヒーばかりだったのがポリフェノールを摂取した方がいいと懇意している医者に言われてからココアに切り替えている、仄かな甘みとミルクのコクを味わいつつも高速で走り続けている緑谷と飯田の対決を見つめ続ける。

 

「良い筋してるわね……彼はこれから最も伸びていくわね」

「……へぇ、大将がそんな事を言うなんて珍しいっすね」

「若い芽が育つのは良い事よ。何時までも同じ人間が長い世代に君臨するのは逆に悪影響を与える、今のオールマイトにもそれが言えるわ」

 

ココアを置きつつもモニターの若い世代たちの活躍を楽しみながら、吐き捨てた言葉には様々な物が込められている。

 

「彼だっていつまでも動けるわけじゃない、それなのに世間は彼に依存し続けている。今やるべきなのはオールマイトという象徴の維持ではなく、その力を少しずつ新しい世代へと転換させるのを手助けさせる事。あのままだと確実にオールマイトは終わるわ」

「……縁起でもないって言いたい所ですけど彼も人間ですからね、老いも確実もあります」

「それを一番理解しているのがオールマイトでしょうね、だから―――継承者を見つけたんだから」

 

『SMASHッッ!!!!』

『なっ……!!?』

 

モニターでは怒涛の攻防が続いている、エンジンの個性を持つ飯田に対して瞬間的な速度ならば上回れる緑谷はスピード勝負を試みた。しかし継続的な速度では劣る上に飯田の方は速さの世界になれているうえに身体の扱い方を心得ている。細かな軌道転換などで緑谷を追い詰めていく。そしてそれに耐えきれなくなったのか、倒れこんだところを逃さずに突撃したところを、緑谷は自身を囮にしつつ自身の技で飯田の突撃を完全に殺した。

 

「……成程。敢えて自分が負けていると思わせて、相手の動きを直線的にして捕まえる……そうよ、速度で上回るならするべきは先読みよ」

「しっかし、この緑谷って子も無茶しますね……」

 

『くそっ離れなければ……!!』

『逃がすもんか……ここで君に距離を取られたら、もうチャンスなんて来ないに決まってるじゃないかっ!!!!』

 

左足を掴んだ手を絶対に放す気がない、そこから始まる地面を蹴ってのタックル。飯田の身体が浮く、エンジンの個性の関係上で空中に出されてしまった場合にその機動力は完全に殺される。なんとか着地しなければと思う中で飯田が見たのは人差し指と中指、薬指を弾こうとしている出久だった。

 

『DELAWARE SMASH!!!』

『ぐっなぁぁぁっっ!!!?』

 

指を弾く、ただそれだけならば意味もない。だが、彼の指に幾重にも閃光のようなものが走りそれらが爆発的な力を発散させながら空気を文字通り弾く。それが生み出すのは暴風の塊、団扇で扇ぐのとは比べ物にならない風が無防備となった飯田の身体を一気に押しのけていく。止める事の出来ない身体は中央にいた身体を大きく吹き飛ばしステージの上を転がしていく、そして体勢を整えた時に追い打ちの風が身体を押す。

 

『DETROIT SMASH!!』

『なんて力だ……だが俺は負けないっ!!』

『飯田君、場外!』

『なっ……しまった!?』

 

二段構えのスマッシュの波状攻撃、それは空中に投げ飛ばした飯田を確実に外へと運ぶ為の策。指と腕、その二つを上手く使用した彼の作戦勝ちといえる結果だった。飯田は悔しそうにするがすぐに表情を切り替え、さわやかな笑みを作りながら出久に言う。

 

『素晴らしかったよ緑谷君。俺もまだまだだな……確かに空中での対処法はあまり考えていなかった』

『なら今度、僕と訓練しようよ。僕も進志君たちと一緒に訓練してるから色々思いついたんだ』

 

と試合後は互いに固く握手を結びながら健闘を称える、そして観客たちも見事な戦いを見せた若いヒーローの若木に向けて喝采を送る。

 

「……まだまだ年相応に甘い所もあるけど、よく相手の弱点を分析してるわね」

「では彼に出しますか―――指名」

「伝手を使えばまあ来てくれるかもしれないけど……ダメね、彼は向いてない」

 

ココアをもう一口飲みながら、提案を却下する。人には向き不向きがある、それを意図的に押し付けて乗り越えられるなら良いが大多数がそれらを引きずって正常な成長に障害を齎すかもしれない。ヒーロー活動と緑谷との相性は考えられる限り最悪すぎるものだろう。

 

「では誰に?」

「―――傍立 進志。彼に出してちょうだい、彼は間違いなくこちら向きね。光を支えるもの向き……」

 

残ったココアを飲み干すと懐から新しい煙草を取り出し、それに火を灯し紫煙を吐く。この世界の平和を維持するのは綺麗で派手なヒーロー達だけではない―――自分達だ。

 

「それと私にココアを淹れてくれたのは本当に差し入れなのかしら?」

「いえっ血狂いと同ランクのヴィラン、脳吸いの情報が入りました」

「そう、じゃあ行きますか……我らが守るは平和、齎すは平和……平和の使者(ピースメーカー)出動よ」

 

そう呟くとコートを引っ手繰って供を連れて部屋から去っていく。同時にメールを打つと気だるげに仕事へと向かう。

 

 

 

「『―――以上、指名の件は宜しくね』……か。やれやれ相変わらずだな君も、だが彼女に見初められるとはな……光栄なことかもしれないが傍立少年、君はとんでもない相手に目を付けられたかもしれんぞ……?」

「如何したんですかオールマイト、ため息なんてついて」

「大したことではないよ」

 

メールをチェックしたオールマイトは携帯をしまいながら、目の前で行われている爆豪対麗日の激戦を見つめていた。強さで劣る麗日は必死に考えながら個性を行使しながら前へ前へと進んでいく。それを圧倒的な強さで粉砕しながら尚、立ちはだかる爆豪の強さ。矢張り彼は強いと思いつつも麗日はそれでさえ前に進む。そんな意志を称賛しながらも彼女は個性のデメリットで限界を迎えてしまい倒れこんだ。ミッドナイトは続行不能と判断し、爆豪の勝利が確定する。

 

「凄まじい個性の強さですね……」

「うむっ身体能力もさることながら個性の使い方も天才的だ」

「ベスト8の中でもかなりの強さでしょうね」

 

ベスト8に勝ち進んだものが決定、間もなく始まるトーナメントこそが本番。これからが益々激しさを増していくことだろう。そしてその第一線を飾るのは―――

 

進志 VS 一佳

 

この二人の戦いである。



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剛撃の極み

「一佳さんと進志君の対決かぁ……如何なるだろう」

「なんだよ緑谷、進志が負けるとでも思ってるのか?」

「そういう訳じゃないよ上鳴君」

 

観客席では出久が始まる試合の事についての思案を巡らせている中でどのような試合内容になるのかを気になっていた。しかしそれが進志が負けると思っていると思われたのか、電気から怪訝そうな声が届く。彼はUSJで進志と共に脳無を討ち取る立役者達、その相方たる進志が負けるわけがないと頑なに電気は思っているようだ。当然出久も進志がそう簡単に負けるなどとは考えてはいない。個性の使い方のヒントをくれたこともあるので応援したいとも思っている。

 

「だけど拳藤さんの個性は相当強いよ、それに使い方も心得ている」

「うん。俺もそれにやられてるからその凄さは分かる……しかも個性発動から効果が出るまでのタイムラグが凄い短いんだ」

 

尾白の語る通りに一佳の"大拳"は恐るべきパワーを持つだけではない。攻撃の最中に差し込めるレベルで個性を発動させて、攻撃する事が可能になっているほどに鍛えられている。つまり接近戦を仕掛ける事自体が愚策と言えてしまうほどの強さを発揮する。

 

「でも進志なら負けねぇよ!!あいつにはあのなんだっけ……そう、スタンドがあるんだぜ!!」

「うんっ進志君にはスティッキィ・フィンガーズがいる。あの攻撃速度にジッパー、それらがある事を考えると進志君は大きなアドバンテージを持ってる」

 

対する進志、彼には他の個性とは一線を画す。一番近いのは常闇だろうがそれでも明らかに違うと誰もが理解する。可視化不可視化が完全に自由なうえに凄まじいパワーとスピードを併せ持つ、そしてジッパーを設置する能力というこれが本当に一つの個性が持てるだけの力なのかと疑いたくなるようなものだ。

 

「でもそれは拳藤さんも知ってる……だから、勝負が長引くなんて事はあり得ない……」

「ええっ私もそう思いますわ」

 

それを百も肯定した、恐らく出久と彼女が二人の強さを最も知っている存在。進志のスタンドという個性の強さと一佳の大拳の屈強さの両方を知っている。

 

「決めるとしたら、直ぐ……」

「長引けば互いに不利になる、だから二人が取るのは―――」

「「速攻、それだけ」」

 

ステージ上の二人、進志と一佳は一切視線をずらさずにぶつけ合っている。宛ら長年のライバル同士の激突、目をそらしただけで勝敗が決するかのような雰囲気に流石のマイクも茶化すことをしない。間もなく始まろうとする中で互いは全く同じタイミングで腰を落としながら、足に力を込めている。そして―――遂に封が切られた時に飛び出すのはスタート地点()から真っすぐ中心()へと向かっていく影。

 

「やぁぁぁっっ!!!」

「スティッキィ・フィンガーズ!!!」

 

巨大化した右手と出現したスティッキィ・フィンガーズの拳がぶつかり合う。大きさの観点からいえば一佳の圧勝、その手の大きさは進志どころかオールマイトすら覆い尽くせるであろうの巨大さ。そして握力が織りなす破壊力は凄まじい物だろう、だがそれに対するスティッキィ・フィンガーズとて全く引けを取らない。

 

「ぐぅぅっっ!!」

「アァァアアア!!!!」

 

ジリジリと押されていくのを感じる一佳、以前よりも強化されている大拳の一撃を押し込んでくる進志の個性。彼も当然ながら成長し続けている、自分だけが強くなっている訳ではないと思い知らされながらも口角を上げると、思いっきり息を吸い込んだ。すると―――

 

「ふんっ!!」

 

彼女の右手が更に巨大となった、それは正に巨人の腕。"巨大化"の個性を持つMt.レディというヒーローが居る、そんな彼女もこの雄英体育祭の警備として参加をしているのだが、巨大化した彼女並の拳を作り出していた。一佳の個性"大拳"、一佳はこれの更なる応用を考えた時、巨大化を片方の腕に集中させる事が出来たら凄いのではないかと考え付いた。それが今の巨大すぎる拳。

 

巨人の拳(ギガント・フィスト)ォォオオオ!!!!」

 

ステージを根こそぎ破壊尽くさん一撃、余りにも巨大すぎる上に流石のスティッキィ・フィンガーズでもそれを抑え込む事は出来ない。全力で押し返そうとしてもビクともせずに地面を抉りながら迫るそれに進志は危機感を通り過ぎて死の予感すら覚えた。これを受けたら完全な一撃でKO(ノックアウト)される。

 

『アリアリアリアリアリアリアリアリアリィィィ!!!!!』

 

必死の抵抗といわんばかりのラッシュを放っていくスティッキィ・フィンガーズ、しかし巨人の拳に流石のスティッキィ・フィンガーズのラッシュでも全く歯が立たない。そして余りにも巨大すぎる故にジッパーの設置も間に合わない上に設置したところで開ききるまでに時間がかかりすぎてどちらにしろ自分がアウトになるという事実がある。

 

「いけぇぇぇえええ!!!!」

「マジかよっ……!!?」

 

拳に飲み込まれるかのように進志は消える、拳を必死に振るっていた一佳は腕を伸ばし切った。そして肩で息をしながら勝ったのかと静かに思う、同時に凄まじい疲労感が身体を突き抜けていく。正しく巨人の拳を体現した状態だがそれを振るうには彼女の体格はあまりにも足りていない。そして片手にだけ個性を集中させた事で、右手にも激しい痛みが走っている。その痛みに顔を歪めながら個性を解除して、自分の攻撃の跡を見る。そこにあるのは深くまで抉られてステージの姿、これが自分でやったのかと僅かな陶酔感に酔いそうになる中で意識が戻る。

 

「―――進志……?」

 

彼が居ない、彼の姿がない。場外になった?いや、それどころかミッドナイトも目を凝らして探しているようにも思える。一体何がどうなっているのかと思っている中で抉られているステージにジッパーが出現して、それが開かれていく。そしてそこからは幼馴染が姿を現した。

 

「危なかった……あと少しでも判断が遅れてたら確実に場外でKOされてたな……」

「アンタ、どうやって……」

 

躱したんだと言いたいのに言葉が出ない、疲労か驚きからか言葉が上手く出ない。理解はしている、きっと直撃の寸前でジッパーを設置してその中に逃れた。それしかない。驚きというよりも……嬉しかった、やっぱり進志は簡単には超えられないという事実が自分に嬉しさを齎していた。

 

「やっぱり凄いよ、アンタ」

「そりゃおめぇだろ。なんだあの攻撃、どんな状況で撃つんだよ」

「そりゃでっかいヴィランに決まって―――」

 

不意に、世界が回った。ぐるりと回っていく世界の中で意識が薄くなるのを感じる、そしてある地点で世界が止まる。進志が自分を優しく受け止めていた。

 

「お前、あれ相当身体に負担がかかるんだろ。無理はするなよ、あれだけ出来るんだったら十分だ」

「……やっぱりアンタは、変わらないね……」

 

―――流石、アタシの憧れる人……。

 

そのまま一佳は意識を手放してしまった、それを確認したミッドナイトは進志の勝利を宣言する。



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大きな差と向上

「ぐっ!!うわぁっ!!?」

「まだまだ、行きますわよぉ!!」

 

進志と一佳の対戦で大幅に壊れてしまったステージの修復もようやく終わって今は出久対百の対決が行われている。だが対決は想像以上に一方的な展開が広げられている、出久は善戦している。素早いスピードに強弱をつけた動きで滑らか且つ小回りの利いた動きをする。飯田との戦いで良いヒントを得られたのだろう、だがそれすらを軽々と飛び越えるのが特待生である八百万 百という女である。

 

「くっ槍っていうのが此処まで厄介なんて……!」

「八百万流槍術は伊達ではございませんわ」

 

八百万家の人脈の幅は幅広い、様々な世界に通じているだけではなく家の人間にはそれに精通する猛者が多くいる。彼女の両親もそうだが今回は槍を習ったのは彼女の叔父、八百万流槍術の開祖に鍛えこまれた槍の腕前は伊達ではない。

 

ただ槍の速度が速いだけではない、打ち込まれると思いきや槍が突如軌道を変える。そして次の瞬間には百の肩からジャージを突き破って更なる槍が飛び出して襲い掛かってくる。それを構えて折れる上等の物量作戦のような槍の嵐が襲い掛かってくる。それらを防御して弾いたとしても新たな槍が生み出されて襲い掛かってくる、ハッキリ言ってキリが無い。

 

「やぁっ!!」

「うわぁっ!!?」

 

槍の動きに集中していると今度は蹴りが飛んでくる。バク転で回避しようとするが今度は足首の少し上あたりから棒が飛び出して腹を捉える。思わず息を吐きだすが即座に槍の薙ぎ払いがわき腹を捉えて自分を吹き飛ばした。

 

「ぐっ……創造、なんてとんでもない個性なんだ……!!」

 

創造。相手にするうえで厄介な個性だと思ってはいたが改めてそれが想像以上だったと思い知らされる。相手に対して完璧なメタを張る事が可能だと出久は思っていた。だからこそ彼女に最も有効な対抗策が速攻だと思い、全力で向かって行った。だがそれらをあっさりと受け流したうえで完璧なカウンターを決められてしまった。

 

「あの日、私は我が身の弱さを呪った。しかしその呪いは私に祝いをくれました、進志さんの隣に立つ力をくれたのですから。私の槍を立てるのは一つの思いのみ、さあ緑谷さん―――貴方は私の槍を倒す事が出来ますか」

「―――ッッッ!!」

 

その時、凄まじい重圧(プレッシャー)を受けた。全身が怯えを発散させている、策もないのに震えている、何故震えているのかさえも理解出来ない。全身を突き抜ける恐怖に委縮している、対策を考えたそれだけでは到底足りなかった。覚悟が、違う……。彼女を支えているのは一重に―――進志への思いだろう。彼女と進志の間には何物をも凌駕する固い絆がある、それに支えられている彼女は強い。

 

「僕っだって負けない……!!決めたんだ、僕だって……!!」

 

しかし出久も必死に身体を引き起こしながら叫ぶ。彼とてこの舞台に遊びに来たわけではないのだ、自分が来たと高らかに宣言するためにやって来たのだ。それをこんなところで終わらせたくない、彼女の思いに負けないように自分だって歯を食いしばって立ち向かってやるという反骨心にも似た何かで身体を奮い立たせながら構えを取る。

 

「(もう出し惜しみとか次の試合の事とか考えてる暇なんてない……!!全力で決めるっ……!!)」

 

体重を掛けながら腕に力を込めていく、込められて行く力は限界を超えていく。それを放てば身体が深く傷つくこと間違いないだろう、それで力を込めるのをやめない。それは何故か、勝つにはそれしかないという強い確信があったからだ。がっ

 

「全力を出されるのは素晴らしいと思いますわ、ですが相手に隙をさらしてまでされるのはいただけませんわね」

「うわぁっ!?」

 

その時、瞬時に目の前まで移動した百によって軽く足払いされて地面へと身体を沈めた。そして即座に足に鞭のようなロープを巻き付けられるとそのままジャイアントスイングの要領で投げ飛ばされてしまい、場外へと投げられてしまった。

 

「DELAWARE SMASH!!!」

 

指を弾いて空中での制動を試みる、だが彼にとっては未だやった事もない試み。それ故にでたらめな方向へと空気を弾いてしまい身体が不安定になってしまい、そのまま地面へと叩きつけられた。急いで顔を上げるが、身体が場外へと出てしまっていた。それにミッドナイトが判定を下し出久は敗北を認めざるを得なかった。

 

「緑谷さん、本当に素晴らしかったですわ。今度は空中制動の訓練もメニューに入れましょう」

「あはははっそういわれるとちょっと辛いですね、最後のあれカッコ悪かったからそうしないとダメですよね」

 

と挨拶を終えると出久は出場ゲートへと向かっていく。そして廊下を進んでいき周囲に誰もいないのを確認すると溜息とともに拳を壁に叩きつけた。

 

「緑谷少年、よく頑張った」

「ッ!」

 

突然の言葉に顔を上げて声の元へと顔を向けると、そこにはガリガリに痩せていて骸骨のような印象すら与えるような風貌をしている男が居た。しかしその姿を見ると出久はそちらへと向き直った。頑張った、その言葉には苦々しい表情を浮かべながら思っていた言葉をぶちまけた。

 

「僕は……完全に負けました……。八百万さんには何よりも譲れないものと倒れない意志がある、それに比べたら僕なんて……ちっぽけで弱い存在なんだって思い知らされました……」

「八百万を支えるもの、傍立少年との事だね?」

「はいっ彼女と進志君の間にはとても大きな絆がある……」

 

男は進志と百の事もしっかりと知っている。彼がヴィランを撃破しその代償として片目を失ったことも、百が彼の隣に立つ為に強くなろうと決心した事も知っている。二人とも並の覚悟の決め方ではない、普通の少年少女が出来るものでは到底ない。今のプロヒーローでもあれだけの固め方は難しいだろう。

 

「僕は八百万さんの覚悟を聞いた時、倒せるかと言われた時怖かったんです……あの場から逃げ出したいぐらいに怖かった……そんな僕が、あなたの後継者に相応しいんですか……。進志君や八百万さんの方がいいんじゃないんでしょうか……?」

「―――緑谷少年、君は本当にネガティブボーイだね」

 

その時、男の声色が変わる。そこにいたのは骸骨のような男ではなく筋骨隆々な肉体をした笑顔が似合う巨漢の男、平和の象徴たるオールマイトであった。

 

「怖いというのは大切な感情だよ。君は八百万少女を明確な格上だと認識出来ていたんだよ、それが出来るという事は君にはまだまだ潜在能力が多くあり向上できるという事なんだよ」

「僕が……」

「怖い、恐ろしい。大いに結構!!大事なのはその恐怖に身体を支配され過ぎないという事なのさ、君は怖いと思った後に立ち向かおうとしたじゃないか。それこそ正に巨大な悪に立ち向かうヒーローさ!」

 

サムズアップしながら白い歯を見せながら笑うオールマイトは出久を励ますように言う。

 

「それに君は彼らに比べたらまだまだ発展途上、それならもっと凄くなっていけばいいのさ!!」

「オールマイト……はいっ僕頑張ります!!」

「うむっその意気だ!!」

 

そんな風に笑うオールマイトは出久の背中を叩いた、叩かれた出久はまるで力を注入されているかのようにいい笑顔で笑うのであった。



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準決勝、進志対百

新しい個性の使い方に慣れ始めていた電気であったが、流石にそれを警戒した爆豪が距離を離してからの爆破連打であえなく敗れた事で準決勝のカードが出揃った。進志VS百、そして爆豪VS常闇という組み合わせである。A組の皆がどうなるのかと注目したのが進志と百の対決であった。爆豪と常闇のカードに興味がないという訳ではなく、この二人は幼馴染であり1年の中ででも屈指の実力者である事は間違いない、そんな激突を制するのはどちらなのかという興味が上回っている。

 

「何時かこんな日が来るとは思ってたが、まっこの舞台だと思ってたよ」

「ええっ私もですわ」

 

『さあいよいよ始まるぜトーナメント準決勝!!その第一回戦を飾るのはこの二人だぁぁ!!』

 

ステージの上に既に立ちながら軽いストレッチを行っている進志と微笑みを浮かべ続けている百。そこにあるのは今から戦う関係の二人ではなく、日常的な会話をする普段通りの二人の姿がある。それを見て真っ先にそう連想した一佳、だが彼らの瞳には別のものがある事を理解している。

 

「いやいやいや全く、本当に不快だよね!!あんなA組がトーナメントを独占してるんだから、気に食わないっ!!?」

「物間、黙らないと潰す」

 

真横でグダグダ言っている物間を大きくした手で顔を掴む、普段から彼の暴走を止めている彼女だがこの時だけは声にも動きも普段は違った。放った言葉は警告で無視すれば本気で顔を潰す事も厭わないという事を感じさせる言葉だった。それを察した物間も流石に顔を青くしながら何度も頷いて顔を離して貰う。

 

「ど、どうしたんだよ拳藤……あいつの口が悪いなんて何時もの事じゃねぇか」

「でも許せない、今度言ったら……本気で潰す」

 

一佳にとって二人はどんな存在なのかと皆が気になる中、変わらずストレッチを続けていく彼らに目が向く。マイクのパフォーマンスにも熱が入り気合の入った紹介が行われていく。そんな中でマイクの応援にテンションがMAXになってスーパーハイテンションになる進志に百が思わず笑う。そして開始の合図が鳴るが、二人は動かない。

 

「なぁ百、俺のオリジンはお前だ。お前が俺にヒーローとしての道を歩ませてくれた」

「はいですが私にとってはあれは忌むべき過去ですわ、それを出来れば断ち切りたいとさえ思っております」

「そうだな……お前にとってはそうだろうな」

 

左目。進志と百のオリジンの象徴。二人にとっては感じ方が違う、進志にとっては歩むべき道を示し守るものを認識させた出来事。百にとっては大切な人の目を奪い、自らの愚かさを悔いる出来事。

 

「だけどあれは俺の弱さを明確にした、あれがなかったら今の俺はいない」

「それでも私は進志さんが深く傷ついてしまった事に対する後悔は消えません、罪は罪です。永遠に消えません」

「はぁっ……頭いいのに分からず屋な奴だな」

 

進志は眼帯を投げ捨てた、露出した傷ついた左目。傷が目を潰し開かなくなっている目をみて百はかつての事件を思い出し身体を固くするが、同時に槍を構える。

 

「私は誓ったのです!もう貴方を傷つけさせない、貴方の目になり進志さんを守ると!!だから私の強さを認めて頂きます、私の―――貴方の隣にいる強さを」

「嬉しい事を言ってくれるがそれだとお前が俺の分も傷つく、それは見過ごせない。来いよ百、お前の覚悟……見せてみな!!」

「行きますっ!!」

 

駆けだす百、軽くジャンプするとローラーブレードを創造してそれを靴に装着して走り出していく。十分な加速を得ながら槍を振るうがそれは進志に届く寸前で止まる。ゆっくりと姿を現したスティッキィ・フィンガーズが槍を止める。それから槍を離すのは無理だと判断して素早く槍を手放しながら、上段蹴りを進志の首目掛けて繰り出すがそれを冷静に進志は受け止める。

 

「……良い蹴りだな」

「お褒めに預かり光栄ですわ」

『アリィッ!!』

「ハッ!!」

 

攻撃を受け止められた百へとスタンドの一撃が奔る。が止められた足に力を込めて進志の手を利用して逆に後ろへと飛び退いた、が即座に腕に設置されたジッパーによって腕が伸びていき百の首へと命中しジッパーが設置されるが即座に鉄のようなものを生み出してそれをブロックして身体にジッパーを付けられるのを回避する。地面に切断されたそれを見ながらも新たな槍を握りながら警戒する。進志も百が捨てた槍を手に持ちながら構えを取る。

 

「俺も一応八百万流槍術は叩き込まれてる、同門同士やりあってみるのも悪くないな」

「そうですわね、では御手を拝借いたします」

「構いませんぜレディ」

 

手首で槍を数回回したのちに、地面を強く蹴って駆けだす進志。そして槍としては上質な百製の槍を振るう。ぶつかり合う槍の戟の音、寄せては返すを繰り返す波のように攻撃と防御が入れ替わる。八百万流槍術は防御を主とした近い槍術流派、しかしその中にも個性は出る。

 

「やっはぁっやぁぁ!!」

 

百のように創造を活用し、槍を捨てる事も厭わない数と意識外からの槍の攻撃を組み込むトリッキーな物。槍の防御に加えて攻撃をスティッキィ・フィンガーズに任せつつもカウンターを狙う進志。そんな戦い方に皆魅入られる、コスチュームやアイテムの持ち込みが基本的に禁止されるヒーロー科同士の戦いにおいて武器同士の戦いは新鮮に映る。そんな中、進志は驚きの表情でバックステップを踏みながら槍で飛来したものを弾く。それは銃弾だ、手ごたえからしてゴム弾であろうがそれでも驚く。

 

「お前な……俺からしたら普通にありだと思うけどいきなり顔狙うって鬼か」

「フフフッ……だってこうでもしないと勝てませんから♪」

 

そう言いながらもその手には拳銃が握られている、創造出来る彼女だからこそ出来る長所だ。まあこちらもスタンドがあるからある意味いい分かもしれない。

 

「さあ進志さん行きますわ、お覚悟を!!」

「幼馴染がどんどん怖くなってる気がする、百と一佳両方とも」



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準決勝決着

「(3,4,5……6!)オォオラァァッ!!」

「ハッ!!」

 

ステージ上を駆け巡る進志、それを狙うかのように正確な射撃を加えていくが命中しそうなものだけをスタンドで弾きながらそれを数える。そして装弾数が尽きたのを確認すると槍を持った腕を伸ばして百へと放つ。進志にとってリーチは大した問題にはならない、腕を伸ばして攻撃などが出来るので余程距離が離れていなければ射程範囲に収める事が出来る。迫ってくる槍を軽く跳躍して回避する百、だが刺さった槍を握っている手にあるジッパーが勢いよく閉まっていく。一気に縮められて行くジッパーによって身体を高速で引っ張っていく、彼なりの空中移動術で一気に速度を稼ぎながら槍を離してそのままの勢いで蹴りを繰り出す。

 

「チェストォ!!!」

「くうぅっ!!」

 

インパクトの瞬間にスティッキィ・フィンガーズの足も共に重なっており、その威力は測りしれない。彼女が持っていた槍はシャーペンの芯を折るかのように容易く圧し折られる。そして蹴りはそのまま自分の身体を捉えて力強く吹き飛ばす。このままでは場外になりかねないので手首からワイヤー付きのフックを創造し、勢いよく地面へ投げてそれを突き刺す。そしてそれを巧みに使用しながら空中で態勢を整えて着地する。だが、着地で生まれた隙を逃すかと言わんばかりに足にジッパーを付け、螺旋状に開いてバネのようにして跳躍力を高めた進志が追い打ちをかける。

 

「言っておくが百、俺は負ける気なんて皆無だ!!」

 

着地の隙を利用した接近は百の創造を用いる為の思考速度を超えていた。懐に入る事に成功した彼は地面を強く踏み込みながら渾身の力を込めて腕を振るい、進志の腕は彼女の腹部を迷うことなく捉えた。咄嗟の行動、反射神経だけがギリギリで反応し腹部に鉄の板を創造した百。

 

「カハッ……!!」

「アリィィッ!!!」

 

火薬が炸裂したかのような音を響かせながら腕を振り抜いた進志、剛腕のラリアットを受けた百は地面を転がりながら吹き飛ばされるがそれでも必死に身体を持ち上げて四つん這いに近い形で止まる事に成功する。だが進志の一撃がクリティカルヒットに近い形で受けてしまい、膝が折れてしまう。鉄の板を地面へと落とすが板は軽く曲がっている。

 

「致命傷だけは避けましたわ……流石は進志さん、私の憧れであり隣に立ちたい方ですわ……!!」

「ったく相変わらず防御が凄い上手い奴だよ……ある種、俺の天敵だわ」

「違います。私は進志さんのパートナーですわ」

「はいはいっそうだったな。さて……続きやるか」

「ええっ!!」

 

立ち上がった百は三度槍を作り出すとそのまま駆け出していき進志へと槍を繰り出していく。それに合わせるかのように進志も槍を握りしめながらそれに対抗していく。高速でぶつかり合っていく槍と槍の軌跡、突き、振り下ろし、薙ぎ払いなどが息をつく間もなく繰り広げられて行く。だが百は先程のダメージもあるのか槍の冴えが鈍く、進志の一閃がそれを突破していく。が、肩の辺りに当たろうとするそれを肩から創造された盾が受け止める。槍の冴えは鈍っても頭脳は鈍らないという事だろう。

 

「やぁぁっ!!」

「おっとぉ!!」

 

今度は百の槍が進志の槍戟を潜り抜けて当たろうとするが、彼女の腕を止めるかのようにスティッキィ・フィンガーズの腕がそれをガードする。その一瞬のスキを突く、進志は勢いよく槍を振り上げて百の槍を弾く。だがすぐに創造される彼にとってはほぼ無意味に近い手、だがそれでも僅かな時間は稼げてた。腕にジッパーを設置してズームパンチの要領で飛ばしながら百の身体へと巻き付ける。

 

「くっ捕まった!?」

「行くぞぉぉぉ!!!」

 

スティッキィ・フィンガーズが伸びた腕を片腕で掴みながらそのまま勢いよくぶん回していく。スティッキィ・フィンガーズのパワーならば人間一人程度を片手で振り回すなど容易い。ジャイアントスイングの亜種のような形で振り回されていく百は身体にかかる負荷に耐えながらも銃を創造して手に握るが、うまく照準を合わせる事が出来ない。そして次の瞬間、進志の腕が千切れるかのように百ごと飛んでいく。

 

「ワ、ワイヤーが投げれない……!!」

 

両腕を巻き込むような形で拘束されている百はワイヤーを創造してもそれを投げる事も出来ない。そして百はそのまま場外へと飛んでいき、遂に場外へと出てしまった。

 

『八百万さん場外!!よってこの勝負は傍立 進志君の勝ち!!』

 

激戦を制したのは進志、百は悔しそうにしつつもどこか晴れやかな表情を浮かべていた。そしてこちらへと歩いてくる進志を見て、如何して自分の身体が場外へと飛んで行ったのかが分かった。

 

「まさかそんな活用をするなんて……肩ごと外すなんて流石にやりすぎじゃないですか?」

「こうでもないと勝てないと思ったからな」

 

笑っている進志の片方の肩がない、そこにある筈の肩は百に巻き付いている腕の先についていた。元々ジッパーで二の腕辺りまで解いていたが、それごと飛ばす為に自分の肩をジッパーで切断して百を拘束したまま飛ばしたのである。幾らジッパーを閉じれば元通りに動くとはいえどれだけの人間がその選択を出来るのだろうか。彼は百に巻き付いている腕を外し、肩を接合して百と改めて握手を交わす。

 

「必ず優勝してくださいね、進志さん」

「おうよ」



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