聖杯戦争に薪の王が参戦しました (神秘の攻撃力を高める+9.8%)
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プロローグ

なるべく週一くらいのペースで更新できるように頑張ります。
遅くなってもこっちはエタることはないので安心して下さい。



遥か昔のとある村にて、語り部の老婆は子どもたちにとある話を聞かせていた。それは、()()()()()()()()()()()()。とある男が世界を救い、けれどその世界を終わらせた。そんな話だ。

 

 

〜〜〜〜

 

 

もう既に己の名前も言えないのに、自分が不死になった瞬間は今でも確かに覚えている。じりじりと胸を焼く炎の痛みは恐らく消えはしないだろう。信じられなかった、しかしそこにあったのは、不死の証、ダークリング。そこからの流れは当然のものであっただろう。白教の者たちに捕らえられ、北の不死院へと追放された。身ぐるみも剥がされ、自慢であった金色の髪もくすみ、このままこの世の終わりなどという来るかわからないものを待ち続けるのだろうと、そう思っていた。だが、あの騎士が現れた。

 

オスカーと名乗ったその同郷の騎士により、運命はとてつもなく曲がった。使命を託され不死院を脱し、そこから始まったのだろう、この終わりの見えない旅は。

 

使命を遂行するため、鐘を鳴らしにいった。行く先々で様々な人と出会った。太陽に憧れる熱い男、不死になってなお陽気で、しかし騎士道を忘れない男。

 

鐘を二つ鳴らし、真の使命を知り、神の地アノール・ロンドを訪ね、そこからも様々な人と出会い、様々な者を殺した。

 

そうして私は、火を継いだのだ。

 

幾年もの月日が経ち、後継者に全てを託し、私は死んだ。…はずなのだが、荘厳な鐘の音により目を覚ました。その地はロスリック。聞けば、かつての薪の王が火継ぎを拒否し、それぞれの故郷へ戻ったらしい。元はと言えば私が初めて火を継いだせいでこうなっているのだろうし、あの時のことは後悔していないとはいえ、自分のせいで他人が苦しむのはあまり好きではない。だからこそ、今回も火を継ぐことにした。

 

………

 

ああ、ここに来るのは二度目だ。妙な感慨を覚えながら最初の火の炉へと向かう。火の炉、そこにいたのは奇しくも()()()()()()()()()()()()人だった。

 

激闘の末それを倒し、ソウルを吸収した時だ。気づいた、気づいてしまった。先の人は人ではなく、これまでの王たちのソウルが化身となって火を延命していたことに。

 

やはり、火は消すべきなのであろう。この旅を続ける中で思ってきたことだ。決心し、火守女を呼び出し、火を消した。

 

こうして世界は暗闇に包まれ、終わりを迎えた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「そうして出来たのが今いる世界。『薪の王』によって始まった世界なんです」

 

長い話をし続けて疲れたのか、少しばかり気怠げな老婆に子どもたちは容赦がない。

 

「なんか今日の話は面白くない!」

 

「もっとしあわせなお話してよー!」

 

素直な子どもたちに苦笑を浮かべつつ、老婆は言う。

 

「確かに面白くないかもしれませんし、しあわせじゃないかもしれません。けれど、確かに覚えていてほしいのです。この世界は偉大な『薪の王』によって生まれたということを。…さ、今日は帰りましょう。明日はとある騎士が竜を弓で射抜いたお話をしましょう」

 

恐らくはあまり理解出来なかったのだろう。首を傾げながらも明日の面白そうな話に期待しつつ子どもたちは帰っていった。そんななか、ひとりぽつねんと立っていたその子どもに老婆は語りかける。

 

「どうしましたか?もう夕方ですし、みんなと一緒にお家に帰りましょう?」

 

「僕、大人になったら冒険がしたいんだ」

 

いまいち要領の得ない言葉に、老婆は疑問が浮かぶ。

 

「そうですか、それはいいことです。冒険は楽しいですしね。さ、帰りましょう?」

 

優しく諭しても少年は首を振り、言葉を続けた。

 

「さっきのお話の男の人って、冒険をしていたんでしょう?」

 

「ええ、そうですね」

 

「それって、楽しかったのかな?さっきのお話じゃ、苦しいばっかりみたいだ」

 

その言葉に、息がつまる思いがした。彼の旅路を案じてくれる人がここにもいた。その嬉しさに、じわりと涙が浮かぶ。

 

「うわっ!お婆ちゃんだいじょうぶ!?」

 

唐突に涙を流したことに心配してくれたのだろう。その優しい少年を安心させるため、涙を拭い言葉を続ける。

 

「大丈夫ですよ。…そうですね、彼の旅路はつらいものばかりだったかもしれません。それでも、行く先々の未知に目を輝かせ、協力してくれる友と笑い合い、美しい景色に心を奪われた、と。そう語ってくれましたよ」

 

「えっ!お婆ちゃんその人に会ったことがあるの!?」

 

ふふ、とあやふやに笑い、その質問を流す。

 

「確かに冒険すればつらいこともあるかもしれません。でも、そんな時はよく見ることです。そうすれば、色々と見えてくる、と」

 

「色々って?」

 

「色々ですよ。友や、支えてくれる人。心折れそうな時はそんな人たちを思い出して下さい。そうすれば、その冒険はとても楽しいものになるはずです」

 

むむむ、と頭を悩ませ、結局は分からなかったのだろう。答えを求めるように老婆を見る。

 

「今は分からなくても、冒険をすれば自ずと分かりますよ。…さあ、暗くなってきました。帰りましょう?」

 

少年はまたもや思案顔になり、だが今回は答えを見つけたのか朗らかに言う。

 

「僕、冒険するよ!世界を旅して、世界中のお宝を沢山見つけるんだ!」

 

「ええ、それがいいですよ。でも、時々は帰ってきてくださいね?」

 

「わかった!…じゃあね、お婆ちゃん!」

 

「さようなら、()()

 

ギルと呼ばれたその金髪赤眼の少年は、走ってその場を後にする。それを見届けた老婆、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()老婆は何もない虚空を見上げ、なんとも嬉しそうな、悲しそうな笑顔を浮かべた。

 

 




ゲーム本編部分はテキトーにやりました。暇があれば書きます


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英霊召喚

詠唱の最後の一節を言い終え、召喚陣の上には魔力が渦巻き始める。その詠唱をした者、間桐雁夜は息も絶え絶えに召喚陣を見つめる。やがて魔力が光を放ち、その光も()()()となって陣の周りを舞っている。

 

その光景を見ていた老人、間桐臓硯は驚きを隠せないでいた。それもそうだろう、まだこの世に現界していないにもかかわらず魔力を炎にするという現象を起こしたのだから。果たしてどのようなサーヴァントが召喚されるのかと、2人は息を呑んで待つ。そして炎が収縮し、人の形を取り始める。炎もやがて消え、その姿がはっきり見えると、雁夜は安心したように、臓硯は興味を目に震わせた。

 

「ふむ、此度は…バーサーカーか。此度の聖杯戦争、バーサーカーとして現界した。私のマスターはどちらだ?」

 

その声は、まるで祝詞のように美しく感じた。恐らくは同年代であろう男性の声にもかかわらず父のような安心感を覚える。しかしその言葉を発したその英霊は、変わった甲冑を纏っていた。まるで焼け爛れたような鎧が、ずっと火の粉を撒かせている 。

 

「あ、ああ。俺だ。俺、間桐雁夜がお前のマスターだ」

 

バーサーカーにもかかわらず言葉を発したことと、その爛れた鎧に意識を向けていた雁夜は答えるのが遅れた。言葉を理解できているのは狂化が浅いのだろうとあたりをつけ、答える。

 

「そうか、よろしく頼むぞ、マスター。して、貴公はどちらかな?」

 

言葉を振られた臓硯は思考を止める。召喚中からこの世に影響を与えるほどの力ならばさぞ高名な英霊なのだろうと期待した。が、爛れた鎧に火の粉を纏う騎士など聞いたこともない。ああ、こいつは()()()だ。無名なのだろうと落胆し、言う。

 

「儂は臓硯。そこな雁夜の親だ。して、雁夜よ。どうやらこいつは無名の英霊のようだ。この儂でさえ知らないとなればあとはただの雑兵がなんの偶然か、英霊の格を与えられただけの雑魚に過ぎん。励めよ、雁夜」

 

それを聞いた雁夜は絶望とともに憤慨する。たとえクズといえどもこいつの魔術師としての腕は確かだ。臓硯でさえ知らないのならば本当に無名なのだろう。だが、だからといって貶していい理由にはならない。もし本当に偶然だとしても、英霊として聖杯に選ばれた英雄なのだ。それを侮辱するなどあっていいことではない。

 

そんな憤慨をよそに、召喚された英霊は言葉を繋ぐ。

 

「そうではない。貴公、()()()だ?人間か、そうではない異形か。貴公からは闇の匂いがするのでな」

 

雑魚だと侮っていた相手に見抜かれたのが悔しかったのか、吐き捨てるように臓硯は答える。

 

「人間ではないと言ったらどうする?まさか殺すか?ふん、できないであろう。貴様のような雑魚、取るに足らん」

 

「いや、すまない。失礼した。ただ気になっただけだ」

 

「ふん…おい、雁夜。儂は部屋に戻っている。約束通り聖杯を手にすればあの遠坂の娘は解放してやろう」

 

その言葉を残し、臓硯は階段を上っていく。姿が見えなくなったところで雁夜が口を開いた。

 

「あのジジイはあんなこと言っていたが、俺はお前のことを雑魚だなんて思わない。それよりも、お前のことを知らないんだ。教えてくれないだろうか」

 

「ああ、わかった。しかしその前に1つ聞いていいか?」

 

「なんだ?」

 

「『薪の王』という言葉に聞き覚えは?」

 

「『薪の王』…すまない、ないな。それがお前の出自に関わるのか?」

 

「ああ。いや、ないならいいんだ。さて、互いも知らないままでは不便だ。どこか場所を移さないか?」

 

確かにその言葉通り、ここは地下の蟲蔵でとても話すような場所ではない。そのことに気づいた雁夜は、自分の部屋へと移動した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「…さて、私の出自としてはこんなものだろう。私は『薪の王』。火の時代を終わらせた者だ」

 

時刻は深夜を回り、『薪の王』の話を聞いた雁夜は驚きを隠せなかった。なぜなら、その冒険というにはあまりに過酷すぎるそれを、旅というにはとても幸せでないそれを信じたくなかったのかもしれない。その長い地獄のようなものに比べると、自分の醜い復讐心など矮小すぎて泣けてきそうだ。

 

「じゃあ…お前、いや、貴方は王なのか…?」

 

これまでの短いやり取りの中でもこの鎧の男が誠実な男であるのはわかっているため、嘘ではないだろう。だが、信じるかは別だ。

 

「ああ、敬いなどしなくていい。王といっても民を導いた訳でもない。自然体で頼む」

 

「そ、そうか。それにしても、今の話が本当であればなぜ今伝わっていないんだ?お前はもっと有名で、偉大であるはずだ」

 

「なに、簡単だ。一度世界が終わっているのに、それを知る人などいまい。それにもしいたとしても、時が経ち過ぎている。誰も知る人などいるまいよ」

 

それは、本人にとってはどうなのだろうか。あたかも気にしていないように振舞っているが、それだけの偉業を成してなおそれを知る人のいない。それは果たしてどれだけ寂しいことだろう。想像することしかできないが、良いことではないと考えるには容易だ。

 

そこまで考えたときだ。たったった、と軽い足音が聞こえる。そんな音を出す者はこの屋敷に1人しかいない。間桐桜、遠坂の家からこんなクソったれな家に養子に出された哀れな少女だ。そしてその足音はこの部屋の前で止まり、扉が開く。部屋に入ってきた桜は部屋を見回し、『薪の王』を見る。

 

「桜ちゃん、どうしたんだい?」

 

「雁夜おじさんがおしゃべりしてるから、気になって。…あなた、だあれ?」

 

「ん、私か?私は『薪の王』。此度の聖杯戦争、マスターに召喚され現界した」

ふーん、と。わかっているのかわかっていないのかよくわからない返事をし、そのまま雁夜のベッドにもぐって寝てしまった。もう深夜であり、眠かったのだろう。

 

そんな桜を見つめ、『薪の王』は雁夜に質問する。

 

「この子…桜嬢、といったか?桜嬢は、これを自ら受け入れているのか?」

 

もしや、この男はわかっているのだろうか。桜の中に巣食う臓硯の怨念を。

 

「っ!!…これ、とは?」

 

「蟲だ。先ほどの臓硯だったか?によく似たソウルを感じる」

 

「…自ら、受け入れているはずがないだろう!!」

 

思わず声を荒らげる。『薪の王』は何も悪くないはずなのに、これまでのすべてを、怒りをぶつけてしまう。だがそれになんら感情を露わにせずに、聞いた。

 

「…訳がありそうだな。聞こう」

 

そこからは、とても表すことはできないだろう。雁夜の感情の全てをぶちまけ、怒っているのか、悲しんでいるのかわからないままに桜の境遇を話した。しかしそのすべてを聞いたはずの『薪の王』は、本当に、心の底から悲しんだように、提案をしてきた。

 

「それは、酷いな…。ああ、私なら、その蟲を焼き払うことが出来る。だがそれをすれば貴公がこの戦争に参加する理由がなくなってしまうが、どうする?」

 

「…!!本当か!頼む!今すぐやってくれ!!…日に日に桜ちゃんの感情が感じられなくなってきてるんだ。もう、耐えられそうにない。参戦する理由なんていらない。お願いだ。今すぐにでも」

 

当たり前だ。そもそもこんな戦いに参加する気なんてなかった。桜が無事で、幸せに暮らせるならなんだっていい。そのようなことを伝えると、『薪の王』は力強く頷いた。

 

「では、やろう」

 

そういうやいなや『薪の王』はベッドに寝ている桜を抱え、床に寝かせた。すると、虚空から螺旋を描いた剣を取り出し、逆手に構えて振りかぶる。剣に、焼き払うという言葉。何をするかがありありとわかった雁夜は急いで止める。

 

「おい、お前!もし殺す、なんてこと言ったらただじゃおかないからな!」

 

相手は英霊だ。もし本気で抵抗されれば令呪を使わざるを得ない。そんな覚悟とは裏腹に、いたって冷静に『薪の王』は返した。

 

「安心してくれ、決して殺しはしない。信じろとは言わないが、マスターの不利益になるようなことはしないと誓おう」

 

そう言われてしまえば何も言えない。雁夜はおずおずと『薪の王』の前からどき、経過を見ることにした。もし何かしようとしたら、令呪で止めるという覚悟を決めて。

 

またその螺旋の剣を構えて、切っ先を桜に向ける。やはり刺すのだろう。安心させるためか、言葉を交えていく。

 

「私の炎は世界を照らした"はじまりの火"。それにかつての薪の王たちのソウルや、神のソウルが混ざっている。それにより、私の炎はいささか特殊でな。悪しきものを焼き払うことが出来るようになった」

 

そう言い、螺旋の剣を勢いよく桜に突き刺す。途端、燃える桜の体。大丈夫と言われていてもこんな光景を見て冷静でいられるわけもない。

 

「おい!本当に大丈夫なんだろうな!?」

 

「ああ、安心してくれ」

 

その確かな確信をもった言葉に少し落ち着けた雁夜は、ただ眺めることにした。しばらくして、『薪の王』が剣を抜く。それから少しして火も収まり、急いで確認すれば傷もなく、呼吸だって正常だ。

 

「これで桜嬢のなかの蟲はすべて焼いたはずだ。身体もやがて回復するだろうが、心は違う。これからは沢山接してあげることが心の回復にもつながるはずだ」

 

螺旋の剣をまたどこかにしまい、桜を抱いて呆然としている雁夜に向けてそう言った。

 

「お、お前…いや、貴方はいったい…?」

 

最初は、臓硯も知らない無名の英霊だとどこかで侮っていた。だが、実際は違った。万人が目を背けたくなるような旅をしてなお人を思いやれる偉大な王だ。知りたい、そう心の底から思った。この偉大な男を、もっともっと知りたい。

 

「かしこまられるのは苦手なのだが…」

 

そう言って困ったような声を出す目の前の男は、とても偉大には見えない。だが、そこがいいとすら思えた。

 

「ああ、すまない。なあ、『薪の王』。お前のことをもっと知りたい。もっと仲良くなりたい。どうすればいい?」

 

その問いは、自然と出た。平常なら恥ずかしくてとても言えないようなそれを、何の恥ずかしげもなく、ただ、己の願望に沿って。

 

「ふむ、そうだな。…ならば私のことはバーサーカー、もしくはリンカーとでも呼んでくれ。私も貴公のことは雁夜、と。そう呼ぼう。これで私たちも友人、友達だ」

 

「ともだち…友達か!いいな!じゃあ、改めてよろしく、リンカー」

 

「ああ、宜しく、雁夜」

 

ここに、雁夜/バーサーカー陣営は完成した。

 



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リンカーという男

夜は明けて、サーヴァント・バーサーカー『薪の王』が召喚されてから2日目の朝となった。ベットからのそりと起き上がった、いや、起き上がれた雁夜は、昨夜の出来事を思い出す。

 

蟲蔵での英霊召喚に、名も知らぬ無名の英霊。かと思えば()()()()()()()()()()()()()()などという偉大も偉大、まさに英雄にふさわしい行いをしているにもかかわらず誰の記憶にも残らない。正直に言えば、雁夜はこの話が嘘ではないかと疑いもした。だが、あれを見せられた。

 

桜に突き刺さる螺旋を描いた剣、だがそれは桜を傷つけることなくそれどころか身体を癒し、蟲まで焼き切ってくれた。ただの癒しの力をもつ英霊は多い。だが、あれは何故かそう思うことができなかった。ただの癒しではないナニカ。まるで神の力の一端のように思え、そんな自分を馬鹿だと切り捨てた。だが、あの英霊、リンカーと呼ぶようになったあいつはどこか底知れない。

 

起きて早々そんなことを考え目も覚めたところでベッドから降り、軽く着替えてリビングのある一階へと向かう。リビングのドアを開けると、庭に立つ人影ひとつ。それが誰かすぐにわかった雁夜は窓を開け、おはようと声をかける。

 

「ああ、おはよう雁夜。どうかしたか?」

 

こいつこそがリンカー。昨晩召喚した英霊。数年ぶりに友人になりたいと思えた人。

 

「いや、とくに何があるでもないんだが…。ああ、そういえばこんなとこでボーっと突っ立って何してたんだ?」

 

そんな疑問を覚えたのも当然だ。リンカーは何をするでもなくただ立っていただけなのだ、それも昨晩の鎧装束のままで。

 

「ああ、そのことか。なに、町を見ていたのさ」

 

確かにリンカーが先程まで見ていた所に視線を合わせれば、高台に建つこの家からは冬木の町が一望できる。

 

「町?」

 

「そうだ。まあ、何というか、な…。私の生きていた時代、というか世界にはあんなに高い建物など……あるにはあったが、あそこまで、こう、きらきらしたものではなかったからな」

 

そう言いながら見るのは恐らくビルだろう。それにしても、ビルがきらきらしている、とはどういうことであろうか。

 

「きらきらって?確かに朝日が窓に当たって反射してはいるが…」

 

「そうではなくてな。まあ、あれだ。私の知っている大きな建物は大体が壊れていたし、中には敵がたくさんいるものもあった。だからこそあそこまで綺麗で、生きた人を感じれる建物はきらきらしているように感じたのだ」

 

「そうか…。まあ、実際はあまり良いものではないらしいけどな。何だったか…。社畜なるものがたくさんいるらしい。なんでも、企業に飼い殺しにさせられている人たちだとか」

 

残業は当たり前、なのに当然のように定時で切られるタイムカード、「これは君の責任ね」などとのたまう上司…。この頃社会的問題になっているんだとか。

 

「まあそんなことどうでもいいさ。リンカー、腹減ってないか?何か料理でも作ってやるぞ」

 

もともと1人で暮らしていた身だ、今でこそ自分で食べることは叶わないが自炊程度ならできる。あまり上手というほどでもないが、十分に食べれる程度の腕前はあったはずだ。

 

「ほう、いいのか?料理を食べることなど久しぶりだ。不死となってからは食料を食べる必要がなくなって、思えばずっと食べていないな。ああ、料理か…。実に楽しみだ」

 

ただ料理を作ってやると言ったつもりがここまでハードルが上がるとは思っていなかったが、まあ、やるだけやってやろうという半ば投げやりになりながらも厨房へ向かう。と、何を思ったか雁夜が反転し、庭からリビングへ上がろうとしているリンカーへと声をかける。

 

「そういえばお前ってどんな顔をしているんだ?あった時からずっと鎧じゃないか。飯を食べるのだし鎧は脱いだらどうだ?」

 

そうなのだ。リンカーはこれまで鎧を一回も外していない。その爛れたような、焦げたような鎧をずっと着ている。

 

「ふむ、確かに食卓に甲冑姿など相応しくないな。外すとしようか」

 

途端、何かに吸われるように忽然と消えるそのヘルム。どんな顔かと覗き込んだ雁夜は唖然とする。まず目を引くその金が混ざったような灰色の髪、そして深い、青というより碧というような言葉が似合う瞳。そして、時代錯誤な貴族のようにも思える整った顔立ち。

 

「お、お前…こんなイケメンだったんだな…」

 

「はは、褒められるとは嬉しいな。私の故郷は整った顔立ちの貴族が多くてな。何を隠そう私も貴族でな、この髪ももともとは金色だったんだが旅を続けるうちにいつのまにか灰色になっていた」

 

もとよりダークリングが現れてからは一気に囚人だがな、と笑うリンカーに複雑な感情を向ける雁夜。果たしてその当時、今のように笑い事として話せるような心持ちだったであろうか。貴族として生きていたならば、それなりに裕福な暮らしをしていたはずだ。それが一気に囚人だ。どんな感情であれ、今のように笑って話せるような状態じゃなかったことは確かだろう。

 

「お前…」

 

「ん、どうした?」

 

無理してないか、という言葉は飲み込んだ。そのことを聞くのはなんだかリンカーを馬鹿にしているように思えたからだ。それに、いま笑えているのならばいいじゃないか。

 

「いや、なんでもないさ。そうだ、料理だったな。待ってろ、すぐに作ってやる」

 

「おお、そうか!楽しみにしているぞ!」

 

プレゼントを渡された子どものように目を輝かせたリンカーに苦笑を浮かべつつ背を向け、再び厨房へと向かう。料理を作ってやる、なんて偉そうに言ったがそもそも雁夜も作るのは久しぶりだ。なぜなら、もう固形物が喉を通らなくなって久しい。今はとても調子が良い為笑って過ごせているが、しばらくすればまた体の蟲どもが動き出し、蝕むだろう。だが、そんなことはおくびにも見せない。この気のいい、優しい友人によけいな心配事を増やさぬように。

 

そんなとき、リビングに顔を出したのは桜であった。蟲を焼かれ、体をリンカーによって癒された影響か随分と顔色が良くなっている。リビングを見回し、テーブルに座っているヘルムを外したリンカーを見て目を丸くしている。

 

「リンカー、だよね。凄いかっこいい」

 

「はは、ありがとう桜嬢。貴公も顔色が良くなっているな、まるで本物の桜と見紛うような可憐さだ」

 

「んふふ、ありがと」

 

歯の浮くようなセリフをさらさらと言い放つリンカー。こんなところで貴族出身としての社交界スキルのようなものを発揮している。だが実際に頰を赤くして照れる桜はとても可愛い。

 

「おはよう桜ちゃん、よく眠れた?」

 

なんだかむず痒くなって割り込むように声をかければ、そこでやっと雁夜に気づいた様子の桜。この年で面食いの素質かとにわかに戦慄した雁夜に、これまでは見せることのなかった、いや、見せられなかった年相応さを感じさせる笑みを浮かべる。

 

「おはよう雁夜おじさん、なんかね、とても元気なの。久しぶりにぐっすり眠れたよ。それよりも、リンカーってとてもイケメンさんだね!」

 

イケメンでここまで元気になるなら俺もイケメンになりたかったと軽い嫉妬を、椅子の上で薄く微笑むリンカーに向ける。男でも確かにかっこいいと思えるその微笑みに、ああ、イケメンとはなにをしても絵になる生き物なのだと半ば諦め、桜が元気になるならそれでいいと思うようにした雁夜であった。




短くて申し訳ないです。
本当に週一くらいのペースになりそうです。でも絶対に途中で投げないのでゆっくり待ってくれるとありがたいです。


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少女と、イケメンと、魔術師

リアルのごたごたが片付いたのでぼちぼち再開します


思えば当然の事ながら初めからそうであれば違和感など何ら感じないもので、改めて考えてみるとなんとも言えない不思議さを醸し出していた。

 

それは例えるならばそう、動物に育てられた少年が自分もその動物だと思っているような……。いや、これは違うな、強いて言えば猫の集会にゴリラが参加しているようなものか。何が言いたいかと言えば、全てはこの男の服装にあった。

 

「リンカー、お前その鎧以外に服って持ってないのか?」

 

そこはある程度豪華とはいえただのリビング。今からご飯を食べようとしているにもかかわらず、その景色にはまるで似合わない爛れたような鎧を纏うその男、リンカー。今でこそそのヘルムを脱ぎ去り驚くほどの端麗な容姿が晒されているが纏う鎧は変わらず動くたびに微かにかちゃかちゃと金属音を立たせている。

 

「そういえばそうだね。リンカー、もっとおしゃれしてみようよ」

 

雁夜の言葉に同意したのは桜だ。ほんの数日前までは蟲に身体を喰われ、目からは光の消えていた少女。今ではそうであったとは信じられないほどに明るい、とまではいかないが、ある程度の少女さを取り戻せているように見える。

 

「む、そうか。実を言うと他の着れるものがないわけではないのだが、どうにもおしゃれやらとなんやらと言うのには疎くなってしまってな。確かに食卓に鎧というのも少々アレだな。…鎧以外だとこんなものか」

 

そう言ったと思えば、リンカーの鎧はいつのまにか消え、1着の黒いコートに変わっており、手甲や足甲もそれに合うような手袋とブーツに変わっている。それは隠密のコート。かつてのリンカーの友が着用していたさる魔術院の正装である。

 

「私の持っているもので鎧ではないものと言えばこのコートくらいしかないのだが、どうだろうか」

 

「どうだろうか、と言われると…な、俺にもよくわからんが、その服は現代にはあまり合わんかもしれないな」

 

そう、そのコートはあまり現代に合っているとは言えなかった。明らかに上質な生地から織られたそれは、過度な装飾は無いが着用者の立たせる音を軽減し行動を阻害しないように作られており、あまりおしゃれとして着る物ではない。

 

「そうか、ならばどうしようか?」

 

「どうしようかってお前…。ああ、そうだ!確か兄貴は沢山服を着て持っていた筈だ。そこから少々拝借すれば……。でも、あの兄貴が貸すとは思えんな…」

 

と、雁夜が同じ家にいる筈の兄の話をし始めた頃に、リンカーがその思考に助言をする。

 

「ああ、貴公の兄なのだがな、昨晩この屋敷から出て行ったぞ」

 

「なんだって!?」

 

「いや、昨晩屋敷から出て行こうとしているところを見かけたから声をかけたんだが、なんだったか…英霊も召喚され、雁夜も帰ってきた。これ以上は俺がいなくても親父はなんとかするだろう、とか言っていたな」

 

それを聞いた雁夜は呆れたようにため息を一つ吐いた。確かにあの兄貴はあまり魔術の才能もなく、自主性もなく、臓硯の言いなりになっているような男だったが、こんなところでそんな行動をするとは思っていなかった。恐らくは雁夜に全てをなすりつけ己は逃げるつもりなのだろう、そのあまりにもといえばあまりにもな行動にやはりため息しかでない。

 

「…まあいいさ。今じゃいない方が勝手が良いしな。じゃ、さっさと兄貴の部屋行って服でも選びに行こうか、夜逃げなら大したものも持って行けていないだろう」

 

兄弟にしてはドライな関係だな、と兄弟のいないリンカーは内心で驚いていた。てっきり兄弟といえばあの大書庫の最奥にいた()()のように絆があるものだと思っていたが…。

 

「…いや、あれは絆というにはどうにも…」

 

仕方がないとはいえ殺すことになってしまった者、あまりとやかく言いたくはないが、あの2人は…何というか…。

 

「どうしたリンカー、行かないのか?」

 

イケナイところまで考えつきそうになったところで雁夜から声をかけられ、リンカーは雁夜と桜を追いかけた。

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 

「しっかし、イケメンだな、お前は」

 

多少の呆れとともに吐き出されたその言葉は、だがしっかりと目の前の者を評価しているがための感想であると言えた。

 

いま雁夜の前で立ち、姿見に己を写しているはリンカーであり、その服装は鎧ではなく現代の装いとなっていた。灰色のジャケットに黒のタートルネック、そして黒のパンツに革靴と、着る者によってはとても持て余しそうなそれをしっかりと着こなし、その魅力を増大するさせていると言っても過言ではないだろう。だからこその()()であり、少々の嫉妬だったりする先程の雁夜の言葉はリンカーを的確に評価していると言っても良い。

 

「はは、そうか。面と向かって褒められるのも嬉しいものだな。さて、私はこれが一番気に入った。今日はこの服で生活するとしようか」

 

「そうかい、それは良かった。どうだい桜ちゃん、リンカーは」

 

話をかけたのは傍にいた桜だ。彼の所有物でない服のため、あの消えるような着替えが出来ないらしい。だからリンカーは生で着替える必要があり、刺激が強いかと桜には後ろを向かせていたのだが、女の子からしてリンカーの服装はどうであろうか。

 

「うん、かっこいい。リンカーってそもそもスタイルいいからなんでも似合いそうってのもあるけどやっぱり細身のコーディネイトが良さそうだね他にももっと色々似合いそうだけどやっぱりロングコートとかいいんじゃないかなあれって相当持て余すけどリンカーなら驚く程似合いそうでもゆったり系とかもキリッとした顔とギャップがあっていいかもでも最近寒いしだったら…」

 

「え、え、桜ちゃん…?」

 

常人には聞き取れないような早口で何事かを呟く桜。雁夜に聞き取れたのは僅か一部であるがそれがリンカーのファッションについての考察であることを確認して安心した。急に何事かと思ったがどうにも桜はファッションが好きらしい。どこでそんな知識を蓄えたのか知らないが、それだけのことをすぐさま考えつくということは相当な理解があるのだろう、目の前のリンカーも驚いたような目でこちらを見ているが、雁夜もなにもすることはできない。

 

その呟やきはその後2分ほど続き、我を取り戻した桜が赤面することで止まった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「なにやら長引いてしまったが、目的はご飯を食べることであってリンカーのおしゃれではない!ということでさっさと作ろうか、もうメニューは普通でいいよな」

 

「ああ」

 

「うーん、やっぱり何でも似合いそうだけどいちばんは…」

 

一度は思考の渦から戻ってはきたがまたぶつぶつと呟いている桜は置いといて、雁夜は調理を開始する。手早く野菜を洗い刻んでいく。お米はもう炊いているからおかずを用意するだけでいいため気楽なものだ。最初は久々の食事だというリンカーのために豪勢なものを作ろうと思っていたがもう10時を回っており、そろそろ朝食ではなくなってしまう。リンカーには悪いが今は簡単なもので我慢してもらおう。

お肉を取り出して適当に切り、フライパンにぶち込んでいく。もう一つのコンロではそろそろダシが煮えてきたので鰹節をとり、野菜を入れていく。

 

やはり、身体の調子がとても良い。こんなに手際よく料理ができていた時などもはや一年以上も前であろう。サーヴァントを召喚したことでなにやら変化があったのかもしれない。あとでリンカーと相談する必要があるな、と考えているがその手は止まっていない。伊達に数年間一人暮らししていたわけではないのだ。

 

「さて、こんなものだろ」

 

出来上がったのはオーソドックスにしょうが焼きと味噌汁だ。特に下味やら仕込みやらはできていないので本当にただのしょうが焼きだが、それでも普通に美味しい。キッチンから持ち出された料理を見て、桜との会話をやめてリンカーが配膳を手伝う。こういう所が女性にモテる秘訣なんかね、と妙に卑屈になりかけていたところで桜が声をかける。

 

「ね、おじさん!早くたべよ?」

 

「ああ、そうだね。じゃ、いただきます」

 

「「いただきます」」

 

と言ったものの、雁夜と桜の箸は動いておらずリンカーをじっと見ており、リンカーはそれに気づくことなく器用にお箸を使い、お肉を食べる。

 

「ああ、うまい。とても久々だ、こんなに美味しいものを食べたのは。うまいぞ、雁夜。…二人ともどうかしたか?」

 

そこには、あからさまにホッとした様子の雁夜と桜。

 

「いや、なんでもないよ。うまいか、よかった。…何年振りかはわからないけど、久々に食うごはんがこれで悪かったな、ほんとはもっと準備してから食べさせてやりたかったんだが…」

 

「とんでもない!十分にこれで美味しいではないか」

 

「そう言ってくれるなら良いんだけどな、また今度もっと美味いもん食べさせてやるよ」

 

そう言って言葉を切り、自らの食事に顔を向ける雁夜。自分の分も用意してしまったが、今じゃ固形物は喉を通らなくなって久しいというのを忘れていた。それも今日はとても調子がいいからだろう。自分の分はリンカーにでもやろうと思ったところで、やめた。もしかしたら、食べれるかもしれない。食べられなかったらそれはその時だ。

 

覚悟を決めてごはんを口に運ぶ。あたたかく湯気がでていてとても美味しそうだ。もふ、と咀嚼して、そのまま飲み込む。飲み込めた。ならばとしょうが焼きのお肉を食べる。ひさひざに感じるお肉の硬さと旨味を感じながらこれも飲み込んだ。

 

「…えっ!ちょっと雁夜おじさん!なんで泣いてるの!?リンカーに褒められたのがそんなに嬉しかった!?」

 

気づかなかったが、今自分の頬をつたっているのは涙らしい。ああ、情けない。大の男が涙を流してしまうなんて。でも、それだけ嬉しかったのだ、自分自身でごはんが食べれたことが。蟲に身体を犯され、固形物は喉を通らなくなり、いつ死ぬかもわからない瀬戸際にいた。だがそんな自分が、目に光を取り戻した桜と、気のいい友人と食卓を囲めている。嬉しかったのだ、ただそれだけのことが。涙を拭い、微笑みを浮かべて雁夜は答える。

 

「ああ、ちょっとな。リンカーには人を褒める才能があるのかもな」

 

「ははは、まさか私にかような才能があろうとはな。なんならもっと褒めようか?」

 

「いや、これ以上はうるさいだけになりそうだ」

 

「自分で言っときながらそれはあんまりではないか!?」

 

少女と、イケメンと、魔術師。この異様な3人の食卓は、とても楽しいものだった。




びっくりする程期間が空いて申し訳ないです。これからはもっと更新頻度を上げれるよう努めます。


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呪縛の終わり

その時間は雁夜にとって何ものにも代え難い幸せであった。つい昨日召喚したばかりだというのにもかかわらず深い友情でもって接してくれるリンカーに、つい先日までは絶望の淵に立たされていた桜。その2人と共に食卓を囲み、笑い合う。リンカーは美味い美味いとご飯を頬張り、桜も控えめだが確かに満足してくれているようだ。なによりも、自分がご飯を食べれていることにも驚きと、幸せを感じた。

 

だからこそであろう、その時間が壊されたことに怒りを抱いたのは。

 

「ふん、雁夜よ。お友達ごっこも良いが、あまり情が湧かぬようにな。サーヴァントなど所詮は過去の妄執の塊、ただの道具にすぎん。大切なところで適切な判断ができなくなればこの聖杯戦争、勝てんぞ」

 

そのしわがれた声には嘲りなどなく、ただただ多少の呆れを含んでいた。いつのまにかリビングの入り口近くに立ち、雁夜にそう言い放ったのは臓硯だ。

 

サーヴァントを、己の友人を道具と言われて、はいそうですかと従える雁夜ではなかった。楽しげな食事は唐突に終わりを告げ、思わず食卓の椅子から立ち上がった雁夜は怒りを声に滲ませる。

 

「お友達ごっこでも道具でもない!リンカーは俺の友達だ!」

 

「はっ!三流もいいところの魔術師が友人とは、そのような得体も知れぬ無名のサーヴァントにはちょうどよいな」

 

「…確かに三流なのは認めるが、リンカーはれっきとした偉大な英雄だ。たとえお前が知らなくともな」

 

「ふん、儂が知らんというに、偉大な英雄とは笑わせる。雁夜、お前そのサーヴァントに騙されているのではないか?」

 

その考えは、雁夜の頭になかったと言えば嘘になるだろう。昨晩見せてくれた桜の蟲を焼き払った力は確かに見た。だが、リンカーが語ってくれたその旅路が全て信じ切れているかと言われればすぐに頷くことはできないだろう。

 

考えればわかることだ。リンカーの話が本当ならば、世界で最も偉大だと言っても遜色はなく、かの英雄王よりも古い最古の英雄と称えられていてもおかしくはない。たがそれはなく、その理由は世界が移り変わったからだという。世界が変わった、だからこそ歴史の証人はいない。確かに納得できるし、そうなのだろうと思う。だからこそ、嘘ならばいくらでも言える。そう、勘ぐってしまう。疑ってしまう。

 

召喚してからこれまでのとても短い時間でもこの男が嘘をつくような人物ではないことはうっすらとだがわかる。信じたいとも思う。だがしかし、リンカーの語る全てを鵜呑みにするにはとてもじゃないができそうもなかった。だって、竜を、神をも殺したなどと、あまりにも信じられることではない。

 

そんな内心を知ってから知らずか、臓硯は言う。

 

「…心当たりでもあったのかは知らんが、儂の言うことは一つ。あまりサーヴァントを信用しすぎるなよ。そいつはあたかも普通のように振舞っているがクラスはバーサーカーだぞ、いつ狂うのかわからん」

 

それだけ言ってどこかに消えていく臓硯。出会って間も無いとはいえ、既にリンカーは大切な友人だ。それをここまでこけにされたことに怒りを覚える。だがそれ以上に、言い返すことのできない自分に腹が立っていた。これまでの振る舞いで忘れていた。いや忘れようとしていた事実。それは、リンカーのクラスはバーサーカーであるということ。普通なように見えて、どこか狂っているのだと。臓硯にそう再確認させられたことが無性に腹が立った。

 

「リンカー、すまん。見苦しいものを見せたな。…言い訳みたいで癪だけど、俺はお前のことを道具なんて思っちゃいないし、ましてや信用していない訳がない。出会ってあまり経たないけれど、お前のことは友達だと思っている」

 

友を好き勝手にいわれて大した反論をできなかった自分への悔しさと、ただただリンカーへの申し訳なさ。それが感じ取れたリンカーは応用に頷き、微笑む。

 

「いや、いいさ。それよりも、貴公に、雁夜にそこまで想われているとは思ってもいなかった。私にとっても貴公は大切な友人だ。友人に想われているというのはどうにもむず痒いが、悪くない」

 

そう言ってくれたリンカーには、やはり頭が上がらないだろう。ひとつ頭を振って思考を吹き飛ばし、そういえばと周りを見る。

 

ご飯を食べていたのだから当然だが、おかずのしょうが焼きの乗ったテーブルがある。もうあまりご飯を食べようという気は無くなったため、自分の分をリンカーや桜に分けて使用したお皿を洗って置くことにした。

 

かちゃかちゃと、お皿を洗う音が響く。あまり心地の良くない沈黙に耐えられず雁夜は口を開く。

 

「そ、そういえば、リンカーは聖杯に何を願うんだ?聖杯戦争に参加する魔術師やサーヴァントはどれもが聖杯に願いを叶えてもらおうとしているもんだ。かくいう俺は、もうあまり参加する理由もなくなったが…」

 

そう言いながら桜を見る。桜を助けようと参加した聖杯戦争だが、リンカーのおかげで桜はもう臓硯に縛られてはいないだろう。というか、臓硯は桜の蟲が焼けきったことに気づいていないのだろう。

 

「望み、か」

 

そう呟いたリンカーの声でそれた思考を戻す。彼の旅路は苦難の連続だったそうだ。なればこそ、願うことも大きいものだろう。

 

「そうだな、今強く願っていることは…。ああそうだ、世界が見てみたい」

 

「…は?」

 

その、あまりの欲のない願いに雁夜からは変な声が出る。もっと、かつての友人の復活だとかを願うものだと思っていたが。そのようなことを言えば、ほのかにリンカーが苦笑する。

 

「確かに彼らに二度と会えないとなると悲しいものがあるな。気のいい者達だった、本当に…。だが、もうそれは終わったことだ」

 

「終わったこと?」

 

「ああ。あの世界を、火継ぎの使命(呪い)に縛られることのない世界を願い、終わらせた。ならばあのかつての友人を思い出し、悲しむことはあれど再び会いたいとは思わないさ。それよりも、私は今この世界を見てみたい。私の願った、この世界を」

 

ああ、またこの男は。かつての友を終わったものとしてそれに縛られることなく、今あるものに望みを載せられることなど一体どれだけの人ができるのだろうか。

 

己の言葉の後に黙り込んだ雁夜を見て、何か不快なことを言っただろうかと不安になるリンカーをよそに、幼い声が名案を放つ。

 

「なら、雁夜おじさんもリンカーも、街に遊びに行こうよ!リンカーの新しい服だって欲しいし!」

 

まさにそれは名案といって遜色ないだろう。リンカーは世界を見たい。雁夜は友人のことをもっと知りたい。桜は新しい服が欲しい。三者三様の望みを叶える大変よい案だと言えた、それが聖杯戦争の最中で無ければ。

 

もう既に六体のサーヴァントが召喚され、残すところはキャスターのみ。そんな状況の冬木を出歩くには、少々危険が伴うだろう。だが、

 

「ふむ、いいのではないか?私の服を桜嬢が欲しがるというのもおかしな話だが」

 

「なっ!リンカー!」

 

「危険、か?そうだろうな。もう既に聖杯戦争は始まっているといっても過言ではない。だからこそ、まだキャスターの召喚されていない今こそが街を普通に出歩ける最後のチャンスなのではないか?」

 

確かにそうだ。今から聖杯戦争はどんどん激しくなるだろう。だからこそ、まだ誰も動いていない今しか遊ぶ機会など無い。確かにリンカーとは遊んでみたい、だが桜も一緒となると万が一が怖い。

 

悩んで、悩んで、悩んで、出した結論は、

 

「…そうだな、行こうか」

 

肯定であった。

 

「やった!準備してくる!」

 

桜が自分の部屋に走っていき、足音が遠ざかっていく。それを苦笑を浮かべて聞いていた雁夜はリンカーに向き直り、言う。

 

「だけどリンカー、条件がある」

 

「なんだ?」

 

「もし何かがあったとしても、必ず俺らを守れよ」

 

「はは、承知した。()()()()

 

「それでよし!じゃ、行こうか」

 

 

〜〜〜〜

 

時は進み、雁夜たちが屋敷に帰ってくる頃には夜になっていた。今日の成果である服の詰まった紙袋を両手から下ろしたリンカーは、ふぅと一つ息を吐いた。

 

「どうだった、今の世界は?…と言っても冬木の街しか見れていないけどな」

 

そう聞いたのは雁夜だ。質問として形にはしたが、それを聞いたリンカーがどう答えるのかなどとうに分かりきっている。

 

「ああ、とても素晴らしい。どこにも不死や火の陰りを感じることもなく、人々もみな笑顔だった。これならばこの世界を好きになれそうだ」

 

「ん、お前そんなこと思ってたのか!?」

 

「いや、な。これでもし私のいた世界のような状況が街に溢れていたならば好きにはなれないな、と」

 

「いやまあ確かにそれはそうかもしれないけども…」

 

街を歩いている間ずっとにやけていたから楽しかったのはわかっていたが、好きになれるかなんてものまで考えているとは思わなかったが、どれも概ね好評のようで良かった。

 

桜も今じゃ疲れてソファで寝ているが、久々の外出で喜んでくれていたようだし、やはり多少の危険はあってもこのお出かけはやって良かったなと、そう思えた。

 

ほんわかとした、和やかな空気が流れていた。

 

「昼にあれだけ言ってやったというに、また懲りずにお友達ごっこか、雁夜」

 

ーーーその醜悪な声が響くまでは。

 

「臓硯…!」

 

「言ったはずだ、情を湧かせるな、と。それがなんだ、楽しくお買い物か?はん、聖杯戦争も始まりかけなのに余裕なもんだな、おい?」

 

「俺にはリンカーが…」

 

その雁夜の言葉を遮り、さらに怒りと嘲笑を乗せた臓硯が言葉をぶつける。

 

「サーヴァントが居たから大丈夫、か。おい雁夜、お前、わかっているか?そこな英霊は儂も知らぬ無名、端的に言えば雑魚だろう」

 

「そんな訳がない!リンカーは偉大な英雄だと言ったはずだ!」

 

「どうだかな。騙されていると、儂も言ったはずだが。…やはり雁夜などに聖杯戦争は無理か。早く新たな代を作る必要があるな。…ああそうだ雁夜。遠坂の娘はどうした」

 

本当の事を言えば後ろのソファにいるが、そんなことをこいつに言う必要はないと雁夜は嘘をつく。

 

「…桜ちゃんなら自分の部屋にでもいるんじゃないか。だけど、どうしてだ?」

 

「いや、なに。お前に今回の聖杯戦争を託すのはもうやめだ。一刻も早く次代の間桐の準備をしなければならんと思ってな」

 

「なっ…!!俺がマスターになったからにはもう手出ししないんじゃないのか!」

 

「気が変わった。もし会ったら明日から蟲蔵にまた来るようにと伝えておけ。…三流魔術師と無名の英霊の傷の舐め合いなどに期待する方が馬鹿らしいというものだろう」

 

自室へと歩き去る臓硯の後ろ姿を、憎しみと殺意でもって見つめる雁夜。なによりも、己の力不足を呪って。そのせいでまた、桜に絶望が近づいている。せっかくリンカーのおかげで笑顔を取り戻してくれたというのに。

 

臓硯がいなくなり、無念に肩を震わせる雁夜にリンカーが声をかけた。

 

「殺すか?」

 

と。

 

 

○○○○

 

 

その言葉は、あまりに自然に発せられた。例えば、明日の夕食を尋ねるかのような。例えば、遊びに誘うかのような。

 

驚くほど自然に聞こえた言葉に、理解するのに数秒かかった。それもそうだ、あの優しいリンカーがこんなにも()()()()()()()で殺しを提案するなんて。殺しなれている、平常にして殺すことに躊躇いが全く無い。()()()()()。そう、思ってしまった。

 

動揺する雁夜をよそに、話を続ける『薪の王』。

 

「そも、かの老人からは()が感じられた。ならば正常な者では無いはずだ。只人ならばあんなにも闇を育てることは出来ないはずだ。人間誰でも闇を持つ。だが、あそこまでとなるとまともでは無いはずだ。…さて雁夜、どうするんだ?かの者を、生かしておくのか?」

 

その声は、天使の囁きにも、悪魔の誘惑にも聞こえた。自分の、間桐の、桜の正しい生き方を歪めた張本人。だが、確かに自分の親でもある。そこまで考え、やめた。考える必要なんて無い。親だからなんだ?それ以上に害悪であったはずだ。それに、そもそもあいつに家族の情を覚えたことなどただの一度もない。ならば。

 

「いや。…殺してくれ」

 

選んだ。自分が、桜が幸せになれる方を。己の新しい友に殺しを依頼することに心苦しさを覚えながらも、言葉にしたその想いは。

 

「ああ。承った」

 

確かに、届いた。

 

「そもそも、この屋敷中からあの老人の気配がすると思っていた。ならばそれは、この屋敷中にあの蟲がいるということなのだろう。それごと焼き払う必要があるな。…さて、マスター。桜嬢と共に私の後ろへ」

 

言われた通りにソファに寝ている桜を抱き抱え、『薪の王』の後ろへと移動する。そうしている間に、『薪の王』の手にはあの螺旋の剣が握られていた。

 

「さて、やろうか」

 

剣を逆手に両手で握り、胸の前に構える。途端、剣に集まるとてつもない魔力。その魔力が炎を成し、剣に渦巻いていく。どこかから慌てて動き出す気配がしたが、もう遅い。

 

その瞬間、渦巻いた炎と共に剣は床に刺さり、

 

屋敷を炎が包んだ。

 

 

○○○○

 

 

怨嗟を固めたような声が屋敷中に響き渡り、どこか身体が軽くなった気がした。

 

未だ燻る屋敷を歩く雁夜とリンカー。その背には桜が寝息を立てている。燻っているのは屋敷ではなく臓硯の蟲であり、至る所から煙と灰が巻いている。2人が目指しているのは臓硯の部屋だ。確かに臓硯の断末魔は聞こえたが、まだ安心は出来ない。奴はその外道な魔術でもって何年も生き続けているのだから。

 

臓硯の部屋の扉を、剣を構えたリンカーが押し開く。だがそこには臓硯はおらず、ひときわ大きい灰の山があるのみだ。だがそれすらもリンカーがその山に剣を突き刺し、燃やしたことでなくなってしまった。

 

臓硯が、死んだ。長年の呪縛が解かれた。

 

その散り際にはいつも通りの外道はなく、己の蟲も、蟲の主人たる自分も、ただ等しく『薪の王』の炎にて灰になることで迎えた。

 

「…ありがとう、リンカー。お前はこの短い間に二回も俺たちを救ってくれた。いや、もっと。…なあ、俺はなんてお礼すればいい?お前に、偉大なる『薪の王』に、何をもって返せばいいんだ?」

 

それは感謝の様にも、嘆願の様にも聞こえた。絶望にいたはずの自分達は、いつのまにか何の憂いもなくなってしまった。良いことだ、それ自体は。両手を上げて喜んでやってもいい。それがただ自分だけによってもたらせられた物ならば。

 

だがそれは自分だけによって起こされたものではなく、友人に、『薪の王』によって促された物。彼に背負わせた物。リンカーは慣れていると、人を殺すことに今更感じることは無いと、そう言ってくれた。

 

だがそれではあんまりだ。ただそれを幸運だと受け入れることなどどうしてできようものか。

 

何を言われようと、一生を呈してでもやろうと思った。

 

「私に返すもの、か…」

 

「ーーーならば、明日もご飯を作ってはくれないか?」

 

なんだ、それは。

 

「リンカー!お前、ふざけてるのか!」

 

思わず、声が震える。

 

「それのどこがお返しだ!俺はっ!俺は、そんな程度じゃ返しきれないほどの恩をっ!」

 

声が荒がる。足だって震えてきた。

 

「ーーーそんな程度じゃない」

 

「ぇ?」

 

「そんな程度じゃないさ、雁夜。私は貴公の食事で久々に『生』を感じられたのだ。永らく忘れていた、その感覚を。だからこそ、そんな程度、なんかじゃ絶対にない」

 

駄目だ、そんなに断言されてしまっては。

 

なにも、言い返せないではないか。

 

「…ああ、いいさ!やってやる!いつでも、お前が飯を食いたいと言った時になんでも作ってやる!!それが俺からの、リンカーへのお返しだ!」

 

「はは、いいな。いつでも食事を取れるとは嬉しいものだ。…では、明日の朝ごはんは楽しみにしているぞ?」

 

「ああ!期待しておけよ!」

 

いつのまにか足の震えは収まって、

 

2人には笑顔が浮かんでいた。

 




だいぶ眠い時に書いたので誤字あれば報告お願いします。


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近づく戦争

『男』は、不死であった。

『男』は、使命を胸に旅を始めた。

 

そこには、終わりの始まった世界でなお夢を追う者がいた。

 

「俺も、太陽みたいに熱く、でっかい男になりたいんだよ」

 

そこには、人ならざる亡者蔓延る土地にてなお騎士道と愉快を忘れない者がいた。

 

「お、おお!貴公か。先日の苔玉は助かった!いやはや、あれは死ぬかと思ったものだ」

 

彼らは『男』の旅路において数少ないまともな人間で、友人だった。ある時は助け合い、旅の途中で会うことがあれば話をし、しばし使命を忘れ友人との交流を楽しめた。

 

息を飲むような絶景に共に感動し、また目を逸らすような絶望にも共に戦った。

 

死を与え、死を与えられるその旅にて彼らは心の支えとなり、互いに友人であった。

 

だが、死んだ。実の娘に殺された。

 

「あの人はもう、亡者になっていました…」

 

彼もまた、死んだ。いや、殺した。太陽を見るが故に、夢を追うが故に。

 

「ああ、俺の太陽が…沈む…」

 

なぜ、私は友人を奪われなければいけなかった?

何が悪い、何を憎めばいい?

 

彼を殺した娘か、違う。夢を追い続けた彼自身か、それとも彼を殺した自分か。それも違う。そして考え、気づいた。

 

『火』が消えかかっているのが悪いのだと。

 

もとより、あの世界蛇に火継ぎの話を持ちかけられたときはただ純粋に世界を救うのだと、ただ正義と使命に燃えていた。だが、今ならば違う。

 

私が火を継ぎ、『王』となることで私のような悲しみを負う人が少なくなるのならば、少しでも悲劇が減るのならば。

 

『男』は、その身にかけられた使命と、欠片も疑わぬ『救い』を願い、確かな誇りを持って『薪の王』たるを選んだ。

 

 

○○○○

 

 

「…ッ!」

 

がばりと布団を跳ね上げ、息を荒らげる。

今のはなんだったのだろうか、いや、なんとなくだがわかる。

 

「リンカーの記憶、か?」

 

言葉にする事でそれが事実であると確信してくる。思えばあの声も、あの話し方にも覚えがある。

 

考えれば考えるほどあの『男』は数日前に召喚した友人たるリンカーであり、その事実が嫌でたまらない。

 

果たして、あれほどの苦難を背負ってなお立ち上がるのに、どれだけ死んだのだろう。果たして、友人を失った悲しみを背負ってなお笑えるようになるまでどれだけの時間がかかったのだろう。その苦しみをあの気のいい友が背負っていたことに自らを恥じたくなる。

 

召喚した日にある程度彼の旅路は説明されており、理解していた。していたはずだった。過去にリンカーの話を疑ったことがあったが、もしできるのならその時の自分をぶん殴りたい。

 

何が信じきれない、だ。これだけの悲しみを、試練を乗り越えたものに対する言葉が疑いではあまりにも、

 

「報われない、なんて。何も知らない俺が言っていいはずないのにな…」

 

まだ、あいつのことを知らない。戦争が始まるまであと僅かしかないが、少しでもあいつのことを知って初めてあいつと肩を並べる資格があるはずだ。もっと話そう、もっと仲良くなりたい。

 

「…朝飯でも作って待っておくか」

 

そう言ってベッドから起き上がった雁夜の顔は、蟲により引きつった醜いものではなく、友人を案じる1人の青年のものとなっていた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

じゅうじゅう、ぱちぱちと音がするとともに食欲をそそる匂いがする。寝室から起き、廊下を歩く桜は早くも今日の朝ごはんも美味しいのだろうと期待した。

 

「…私ってこんなに食いしんぼうだったかな」

 

いやいや、雁夜おじさんのごはんが美味しいのが悪いのだと正当化しつつ、リビングへと向かう。

 

「おはよう、桜ちゃん」

 

「おはようおじさん、今日のごはんは…、て、おじさん、か、顔!」

 

雁夜はここ最近は蟲のせいで顔が醜く歪み、夜中などに見れば思わず悲鳴を上げてしまう程度には恐ろしくなっていた。雁夜もそれをわかっており、いつでも目深にフードを被れるウィンドブレーカーを着ていた。だからだろう、最近は雁夜も鏡をみることはなくなっていた。結果がわかっているものをわざわざ確認するほど愚かなことはないと知っているから。

 

だからこそ、今更桜に顔のことを悪く言われるのは多少心にクるものがある。

 

「…ああ、ごめんね桜ちゃん。朝ごはんの前に醜いものを見せてしまって」

 

思えば、以前の桜は臓硯のせいで意識も虚ろであったし、やっと昔のような笑顔を見せてくれるようになったのはここ数日。リンカーが召喚され、治療してくれてからだろう。なればこそ今になって顔を恐れてもおかしくはない。まあ元気になってから数日はたっているが、そんなものなのだろう。

 

「そうじゃなくて、顔!治ってる!」

 

「え?」

 

「ほら、早く鏡見てきてよ!料理は私が見とくから!」

 

半ば押し出されるようにリビングから追いやられ、しぶしぶ洗面台に向かう。

 

「そういえば今朝も顔は洗ったけど鏡は見てなかったな…、いや、待てよ」

 

顔を洗った時、手のひらに引きつった皮膚を触る感触はあったか?

 

それに気づいたとき、雁夜の心には希望が灯った。未だ身体は本調子ではなく、走れば身体が壊れることをわかっている。だからこそ、鏡をみるまでがとてももどかしい。

 

この顔になってからは、もし戦争で生き残れてもまともな生き方は出来ないだろうと覚悟していた、していたつもりだった。だが、これほどまでに希望を与えられればそれを望まずにはいられない。

 

洗面所に着き、鏡の前に立つ。ああ、もしこれで以前と何ら変わりのない顔があればどうしよう、そんなことで絶望するなら見ないほうが良いのではないか。

 

どうしようもなく怖気付いてしまう。もう戻らないと思っていたからこそ、希望を前にどうすれば良いのかわからない。

 

「大丈夫…大丈夫だ、桜ちゃんが言ってくれたんだ、だったら大丈夫なはずだ」

 

意を決して俯いていた顔を正面に向け、鏡を直視する。

 

「…あ…ああ…」

 

思わず、顔に手を添える。そこには蟲が皮膚の内側を這い回るあの気色悪い感覚はなく、ただただ少し固まっただけの人の皮膚。固まっているのだってずっと動かしていなかったからで、しばらくすれば元どおりになるのだろう。

 

なぜか、なんて。理由は1つしかないだろう。

 

思わず雫が目から溢れる。一生このままだと思っていた。ずっと、死ぬまで臓硯の傀儡に成り果てるのだと。だが臓硯も、自分の醜い顔も、全てを救ってくれた。

 

またもや自分を救ってくれたリンカーに感謝し、喜びに泣く。そんな状況で後ろから近づく足音に気づけたのはまさに奇跡だっただろう。桜のとも違うその音は、この家に住む友人で。

 

恐らく起きて顔を洗いに来たのだろう。そんなリンカーに泣き顔なんて見せられない。ごしごしと目元を拭い、ついでに顔も洗っておく。

 

「おはよう、雁夜。よく眠れたか?」

 

「ああ、おはようリンカー。ぐっすり…、ではなかったけど、まあそのことで話もしたいんだが…。その前に、だ」

 

顔を治してくれてありがとう、そう続けようとした雁夜が一旦言葉を切った隙に、リンカーがそういえばと話し出す。

 

「顔、治ったのだな」

 

「あ、ああ!そのことでな、ありがとうリンカー。俺はもうずっと醜いままだと思って…」

 

「ん?まてまて雁夜、私は何もしていないぞ?」

 

言葉を続けようとした雁夜を遮り放ったそれは、すべてリンカーのおかげだと感謝しようとした雁夜にはあまりにも衝撃的で。

 

「…え?本当か?」

 

「本当だとも。雁夜が自分で治したものだと思ったんだが…違うのか?」

 

朝の洗面所に、なにやら微妙な空気が漂うのはそれからすぐのことであった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「恐らくだが、完全に私が関与していないというわけではないのだろう。前にも言ったとおり、私の炎は邪悪を滅し、人を癒す力を持つ。雁夜が私の炎に触れる機会は幾度かあったな、例えばあの老人を焼いたとき。あの時に私の火の粉などが雁夜に当たり、それが今になって活性化した可能性もある」

 

場所は変わりリビング。先程の微妙な空気を乗り越えた2人は、朝ごはんを食べながら互いの事情を把握し、それを元にリンカーが考察していた。

 

「うーん、なんだかそれじゃ俺が気づかない間に治っていたおまぬけさんみたいでなんか嫌だな。他に可能性はないのか?」

 

「嫌って…雁夜おじさん子供みたい」

 

「んなッ!だってこれじゃ俺が一方的に勘違いしただけじゃないか!たしかにリンカーのおかげではあったけど、これじゃ何というか…納得行かないような…」

 

てっきりリンカーがやったものだとばかり思っていたので、まさか自分の気づかぬうちに自分で治るきっかけを作っていましたというのはどことなくまぬけな気がする。

 

うんうん頭を悩ませる雁夜にリンカーが笑う。

 

「まあ、そう悩むのはわからんでもないし、元より他にも説はある」

 

「本当か!言ってみてくれ!」

 

急に元気になった雁夜に桜が呆れ、リンカーが笑う。

 

「まずひとつ、単純だ。雁夜を支配していた蟲、その主たる臓硯の死によるもの。これが可能性としては高いかもしれん。だが、数日前のことが急に雁夜の身体に影響を及ぼすとも考えづらい」

 

そこでリンカーが言葉を切り、また続ける。

 

「そしてもうひとつ。私の炎は殆ど私の魔力そのものだと言ってもいい。ならば、私と魔力的なパスの繋がっている雁夜にそれが流れた、という可能性。こちらならば、蟲がおとなしくなったことも、皮膚が治ったのも頷ける。蟲をおとなしくさせた後、皮膚を治したと考えられるからな」

 

「なるほど…。なら、3つ目の説を俺は信じるぞ!それが一番かっこいい」

 

「待て、まだある。私はこれだと思っているが…。まあ、今言った2つの可能性、どちらも組み合っている、というものだ。先程はああ言ったが、ただ魔力のパスで繋がっているだけで流れる微量の魔力では蟲をおとなしくさせたとは考えづらい」

 

「なるほど、だから二つ、か」

 

「そうだ。雁夜はもともと固形物を口にできないほどまて弱っていたのだろう?だが食べれている。これは恐らく私の魔力が原因だろう。微弱だが、一晩かければそれくらい治す程度の癒しの力も持っているはずだ。だが、蟲を焼くには至らなかった。だが蟲たちの主がいなくなったことで蟲がおとなしくなり、私の魔力が雁夜を内側から治していき今日顔を治すに至った。…私はこれが濃厚だと思っている。どうだ?」

 

「ああ、確かに説得力もあるな。けど…、俺はやっぱりリンカーが治してくれたんだとばかり…」

 

「はは、治してと言われればやるつもりだったのだが、気が回らなくてすまない」

 

いや、いいよと半ば諦めたようにリンカーに返し、自分のごはんを食べていく。

 

「ああ、そういえば。先程この件とは違う話がしたいと言っていたな、何のことだ?」

 

「…その話は、ごはんを食べてからにしようか」

 

ちらりと桜に目線を向ければそれで察してくれたのか、先程までとは違った話題を振り、笑っている。

 

何の話かはわかっていないだろうが、桜にあまり聞かせたくない話題だとは気づいてくれただろう。こんなふうに笑っているリンカーに、あんな過去があったなんて。桜は知らずとも良いだろう。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「私の記憶、ね…」

 

「ああ。すまないが、見てしまった」

 

マスターは契約したサーヴァントの記憶を夢として見ることがあるらしい。そんな話から始まり、見てしまったのだと謝罪する。

 

「いや、見たのは構わんが…。大丈夫だったか?私の旅は死に塗れている。どこまで見たのかは知らないが、貴公にはいささかきついものではなかったか?」

 

「大丈夫、お前が感じたものに比べればだいぶ弱いはずだ。…ああ、そういえばお前の友人も見たぞ」

 

あまり、死について話すものではないと話題を変える。

 

「ほう、どんなやつだった?」

 

「確か…。玉ねぎみたいな人と、バケツみたいなものを被った人だった」

 

とたん、リンカーの表情が変わる。今を楽しむものから、過去を偲ぶものに。生者との話から、死者を想う表情に。

 

「ああ、彼らに会えたのか。まったく良い者達だった。玉ねぎの者は出会うたび困難にぶつかっているにもかかわらず寝ていてな、悩んでいるのかそれとも考えていないのかわからないのがとても面白かった。…それに私への恩義だと言って無茶してもらったこともある。…バケツの者は熱い男でな。どうにも同郷のものだと言うので話してみれば、あの時代においてあそこまで熱く夢を追える彼を尊敬していた。…思えば、私が困難に当たった時はいつもこの2人に支えてもらっていたな。…ああ、懐かしい」

 

本当にいい思い出なのだろう。思い出すリンカーの顔には笑みが溢れ、それを抑えることもない。ただ、その2人との最後の記憶が死というものでなければ。

 

「本当に、聖杯に願わないのか?その…」

 

「彼らともう一度会うことを、か?」

 

言い淀んだ続きをあてられ、雁夜は何も言うことは出来ない。そもそも、こんなこと聞かずともリンカーの答えが以前と変わらないのはわかっている。

 

「前も言ったが、彼らは過去だ。それがどんなに悲しいものでも、その時を生き、その時を走った者達の決意と生き様は変えてはいけないと、私は思っている」

 

静かに、だが少しの怒りを感じているようで。なぜこんなことを聞くのだと。

 

恐らく、何度言ってもリンカーはこの答えを変えることはないだろう。死を最も経験しているからこその、死者への尊敬と感謝。死者の生き様を汚してはならないという自戒。

 

それを己に課しているからこそなのだろう。殺すことに躊躇はなく、だが殺した者には最大限の感謝を捧げる。その歪さこそが今のリンカーを作っているのだろう。

 

「すまない、リンカー。俺も配慮が足りなかった」

 

「いや、いいさ。…それで、まだ他にも話したいことがありそうだが?」

 

「バレてたか…。そのことなんだが、ひとつお願いがあるんだ」

 

「何だ?」

 

それをリンカーが使っているのは記憶を見たときに知った。なにせ、これまでそんなそぶりをなにも見せなかったのだから。

 

「俺に、魔術を教えてくれないか」

 

「なんだ、そのことか。良いぞ」

 

即決だ。魔術師というのは、得てして己の術を秘匿するものだ。教えてくれないことも想定していたが、優しいリンカーの事だしきっと教えてくれると思っていた。だが、まさかここまで即決だと逆に不安がある。

 

「なに、不安にならずともよい。この戦争が終わるまでに貴公を一人前にしてやるさ。準備が整えば知らせよう、その時に授業開始だ」

 

そのときの、なぜかワクワクしたようなリンカーの顔はとても印象に残った。




リンカー「オーベックにさせられたあのきつい授業を誰かに経験させられる!」

それで喜ぶなんて割と黒いですな、リンカーさん。


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ソウルの魔術

活動報告にて、ちょっと大事な話をしてます。確認して頂けると幸いです。


「さて、やろうか」

 

リビングにて雁夜が魔術の基礎について軽くおさらいをしていると、そうリンカーが声をかけてきたのはその日の昼過ぎだ。自室にこもってなにやらやっているのは知っていたが、なにをやっていたのかはまるでわからない。

 

「やるって…魔術を教えてくれるのか!?」

 

「ああ。こちらも準備が整った。…さて、その前に私が魔術を教えるにあたって条件を加えることにした」

 

魔術を説くことに条件がつくのは当然と言えるだろう、己の秘儀を伝えるのに無償で施す者なんていまい。だが、その内容はわからない。リンカーの記憶を見た限りでは簡単なものしか扱えていないようだが、それでも見ただけでは全く理解できない、いわば新しい魔術理論なのだ。実際はとても古いのだが。

 

そんなものを他人に教えるのだ、どんなことを言われようと仕様がない。それにリンカーのことだ、何だかんだ優しい要求にしてくれるはずだ。

 

「条件か、何だ?」

 

「桜嬢にも魔術を教えさせてほしい」

 

それは、どうなのだ。新しい技術を教えようとしているにも関わらずそれを広めることを良しとするそれ。優しい、なんてものではない。遊園地のチケットを一枚買ったらもう一枚くれたようなものだ。

 

「…それじゃお前に得はないんじゃないか?」

 

「そうでもないぞ。貴公と桜嬢が魔術を扱えるようになってもらえれば他陣営の魔術師に襲われても多少自衛ができるはず。なればこそ私も来たるべき戦いに集中できるというものだろう」

 

「そう…かもしれないが、本当にいいのか?」

 

「それがいいのだ。マスターの無事を案じぬサーヴァントなどいるまい?それに、貴公たちには私がいなくなってもちゃんと暮らしていて欲しい。雁夜、まがりなりにも魔術師である貴公が安全に生きるには力をつけるしかないのだろう?」

 

「まあ、そうだけど…。いや、いいか。ありがとうリンカー、好意に甘えさせてもらうよ」

 

別に好意でもなんでもないんだが、と呟くリンカーには本当にそれ以外の打算もなく、ただただ雁夜たちの先を案じているだけなのだろう。

 

この男には頭が上がらないな、そんな言葉を胸にしまう。それを口に出せば、多分言葉は止まらないから。

 

「では、桜嬢を呼んできてくれ。…ああそうだ。別にこの部屋でも構わないのだが、どこか魔術用の部屋はないのか?できればそこを使いたい」

 

「ああ、あるぞ。臓硯の執務室が二階のほうにあるはずだから、そこを使ってくれ。中にあるやつは邪魔だったら捨ててもらっても構わない」

 

「おお、そうか。ならばそこで軽く準備をしておこう、桜嬢を連れて来てくれ」

 

わかった、と答えてから二階の桜の部屋へ向かう。正直なところ桜をこの戦争に巻き込みたくはなかった。だが、そうは言っていられない。リンカーの言ったとおり、雁夜だけでなく桜も狙われる可能性もある、というか確定だろう。聖杯という至上の宝がある以上、相手の親族や親しい人に手をかける魔術師の方が圧倒的に多い。そんな奴らを相手に明らかに弱点である桜を放置できるわけがない、というのがリンカーの考えであり、そしてそれはあたっている。

 

「だいたい、俺が桜ちゃんを放っておける訳がないなんてこと、サーヴァントにはあまり関係ないんだけどな、思慮深すぎだろうあいつ。…バーサーカーなのにな」

 

バーサーカーというクラスの英霊は、総じて「狂化」というスキルを持っている。それは文字通りそれを所有する英霊を狂わせるというものだ。リンカーもバーサーカーである以上狂化のスキルは持っているはずだ。だというのに小さいことでも一喜一憂し、今を楽しんでいる。

 

そしてそもそもの話、リンカーの旅の記憶を覗き見た雁夜からすればなぜリンカーのクラスがバーサーカーなのかは理解しがたい。あの旅路では剣はもちろん弓も、槍でさえ使いこなしていたリンカーだ。なぜ三騎士のどれかではなくバーサーカーなのだろうか。

 

「…今度聞いてみるか」

 

まともな者でもその人物のとある一面や、後世への伝わり方によっては英霊の核が変質することもあるというが、リンカーもそうなのだろうか。

 

そんな事を考えていればもう桜の部屋の前だ。というか、桜がこの話を断る可能性もあることを忘れていた。その場合は身を呈して守ろう、そう決意する。

 

「桜ちゃん、少し話があるんだ」

 

ドアをノックしてそう言えば、はーいと返事が聞こえる。

 

「どうしたの、雁夜おじさん?」

 

「ああ、あのな。…魔術を、習ってみないか?」

 

「やる!」

 

即決でとても安心だ。

 

 

○○○○

 

 

「さて、まずは魔術理論から説明しようか」

 

桜を連れてリンカーがいる部屋へ行ってみれば、丁寧な日本語で『ソウルの魔術』と書かれているノートを渡され、そのまま椅子に座らされた。このノートはどうしたのかと聞けば、「書いた」だそうだ。朝食の後から今までにノートを用意するなど、仕事が早すぎではないか?

 

「私が教えてもらった魔術、『ソウルの魔術』は、竜ととても関係が深い」

 

「竜?」

 

「ああ。まずは魔術師の理想、『竜の二相』についてだ。雁夜、竜の二面性について知っているか?」

 

「竜の…二面性?」

 

「…まあ、わからないで当然か。竜の二面性、それは『静』と『動』だ。岩のように佇む事もあれば、力をもって吼えたてることもある」

 

「それが二面性、か。それが魔術と関係があるのか?」

 

「ああ。これは見た方が早いか。…これが、『ソウルの魔術』だ」

 

そう言ってリンカーが手のひらを上に向ければ、そこに魔力が集まり数秒もしないうちにそれができた。

 

それは青く光り、だが炎のように熱いわけでも氷のように冷たい訳でもなく、ただ球体になってリンカーの手のひらの上に浮いている。魔術に疎い雁夜でもわかるほどに『神秘』を纏い、明らかに現代にはない魔術であることを如実に感じさせる。

 

「これは一体…?」

 

「これが、ソウルの魔術の核たる『ソウル』だ」

 

そう言った後に、浮かんでいる『ソウル』の球を握りもみ消す。

 

「身体に宿るソウルを感じ取り、具現化、放出して固める。それを打ち出して攻撃、または何かに纏わせるも良い。どんな状況だろうと佇む竜のように冷静に、そして攻めるときは吠える竜のように大きな一撃を。それこそが『竜の二相』、魔術師の理想だ」

 

「成る程…、どんな状況だろうと静と動をコントロールするのが理想、か。それは現代の魔術においてもそうなのかもしれないな」

 

擦り切れた精神状態で放った魔術は全力の半分にも満たないことは多々あるらしい。それはリンカーの時代においてもその通りで、だからこそ魔術師の理想たる『竜の二相』という言葉が生まれたのだろう。冷静に、しかして獰猛に。

 

魔術の基本にして理想、それを教えてくれたリンカーはもう既に師匠であり、リンカーも何も言わずとも授業してくれるだろう。だが、それは筋が通らない。

 

「改めて。…魔術を教えてくれ、リンカー。果たして俺がその崇高たる理想にたどり着けるとは思わない。だけど、何かを守る力が欲しい。自分の手で、守りたい」

 

「…魔術を一から習得するというのは大変だ。術式を理解し覚える()()、それを形作る()()()、そして魔術を操る()()。軽くとってもこれだけのことを鍛える必要がある。それでも、やるか?」

 

本当に難しいのだろう、それを覚悟できるようにあえて厳しい言葉を使っている。その優しさに感謝しつつ、またもリンカーの世話になるという情けなさを胸に隠して。

 

「ああ。教えてくれ、頼む」

 

「私にも教えて、リンカー。…雁夜おじさんとリンカーの戦いに、私が邪魔になるなんて嫌。だからお願い」

 

2人からの嘆願を受け取ったリンカーは、だがその顔を綻ばせ、先程の言葉とは一転した優しい声でもって話しかける。

 

「ああ、貴公らの覚悟、よくわかった。サーヴァントバーサーカー、『薪の王』。貴公らの魔術の師となろう」

 

『ソウルの魔術』、現代に存在し得ない神秘が今、2人に継承された。

 

 

 

 

 




短くて申し訳ないです。ソウルの話まで書きたかったのですが、いささか長くなりそうなのでカットします。

リンカーの魔術ですが、ローガンからは簡単なものと魔術理論だけ教えてもらっています。本格的にやり始めたのはオーベックに出会ってからです。

そして完全に私の事情なのですが、少し生活リズムを変えました。もしかしたらこれまで以上に更新速度が遅くなるかもしれないし、早くなるかもしれません。なので、あまり期待せずときどき確認して、「あ、こいつ更新しとるやんけ!」ってな感じで読んで頂けると嬉しいです。


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開戦の匂い

遅くなり申し訳ないです。


「…さて、おおかた『ソウルの魔術』の理論については話せたかな。どうだ、何か質問はあるか?」

 

雁夜が改めてリンカーの弟子となった後、『ソウルの魔術』の由来や理論などについて話してくれた。その全てに現代では感じることのできない神秘が秘められており、その全てに歴史と魔術の奥深さが込められていた。微塵も知らない魔術理論ということもあり、三流以下の魔術師たる雁夜にとっては理論だけでも難しい。だがもとより魔術の才能はないわけではなく、一から教えられたもの、しかも自分の為に教えられているものだということもあってか理論だけならば初日にして理解できていた。

 

「質問か…まあ沢山あるんだが、一番はこれだな。『ソウル』ってなんだ?」

 

リンカーを召喚した日から度々口にしている『ソウル』という言葉。リンカーが生きていた時代の言い回しか何かかと思えばそうでもないらしく、あまつさえ『ソウルの魔術』という魔術がある。これまではあまり気にしてはいなかったが、その名を冠する魔術があるのであれば知っておいた方がいいだろう。

 

「『ソウル』って言うくらいだ、魂ってことでいいのか?」

 

「そう言い換えてもいいかもしれないが、やはり現代においての魂と『ソウル』では少し意味が違うな」

 

「そうなのか?」

 

どう説明していいのか少し悩んでいるのだろう、顎に手を当て目を瞑っている。もしかしてリンカーでもあまりわかっていないのか、なんて思えば、どうにも迷いつつ説明を開始した。

 

「たとえばそれぞれの解釈について話してみようか。魂というのは生きる者達の生命そのものというか、まあそれがなくては生きれない、のような存在だろう?」

 

「そうだな」

 

「では『ソウル』だが、これもあまり変わらず全ての生きる者に宿る。だが、『ソウル』は宿る者の本質そのものだ」

 

「…んん?何が違うんだ?」

 

「うーむ、そうだな。わかりやすく言えば、魂とは概念のような物だろう?存在こそすれど触ることはできず、またそのものが力を持つことも稀だ。だが『ソウル』は実在し、それ自体が力を持つ」

 

あまりに抽象的な解説に理解が及ばなかったのか、顔をしかめる雁夜を見てリンカーが笑い、笑われた雁夜は少し恥ずかしげに言い返す。

 

「…そう笑うなよ。難しいものは難しいんだ」

 

「はは、もとよりたった1日で理解できるようなものではないさ。じっくり時間をかけて理解していけばいいさ、私も協力しよう」

 

「…そうか、そうだな。ありがとうリンカー、明日からも頼む」

 

任されたと微笑むリンカーの笑顔が頼もしくて、雁夜もまた安心してか微笑みを返していた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

リンカーとの魔術講習が終わり夕ご飯を食べている時に、ふと思い出したというようにリンカーが雁夜に話しかける。

 

「そうだ。時に雁夜、貴公はなにか魔術は使えないのか?貴公がまともな魔術訓練などできていなかったことも、そうせざるを得なかったこともわかっているが、それでも魔術師だ。何ができ、何ができないのかは把握しておきたい」

 

不躾ですまないが、と申し訳なさそうにするリンカー。それもそうで、リンカーは雁夜の地獄のような一年間を知っているのだ。なればこそそのような試練を乗り越えた者に鞭打つような質問はあまりしたくは無いのだろう。

 

「いや、謝らなくてもいいさ。…なんとも恥ずかしいが、俺ができるのは臓硯の蟲を操る程度で、それも借り物の力だ。臓硯の呪縛から逃れられた今、蟲を使えるとも思えない。現にもう俺の身体に蟲はいない筈だが…」

 

そう言いながら身体の隅々まで魔力を通して調べていく雁夜。リンカーの魔力と主たる臓硯の死により全ての蟲は灰になっている筈だ。だからこそ、探ったところで何もないのはわかっている…、

 

「…んん?」

 

「どうした?」

 

「いや、俺の身体から蟲は全部いなくなったと思っていたんだが…。ん?いや待て待て、何だこれは…」

 

雁夜が己の身体から感じ取ったのは蟲との魔力のパス。これまではただ使役するだけでそんなものは感じることはなかった。

 

「んんんん?これは…使役?いや、服従か?…まさか!」

 

急いで魔力を滾らせ掌に集めていく。このような単純なことさえ少し前までは満足にできていなかったにもかかわらず、二流魔術師程度の魔力の行使ができるようになっているのも、短いながらもリンカーとの魔術訓練や単身での鍛錬のおかげだろう。

 

だが焦っているのかそれに気づくことなく、魔力を十分に集めた雁夜は蟲を召喚する。

 

「こ…これは…!」

 

手のひらを少し超えるほどの体長に、シャープな体。そしてその身体の半分を占めるほどの鋭い角に、その左右からはこれまた鋭い角が内側に弧を描いて生えている。そしてその全てを漆黒の甲殻で覆った姿は紛うことなきーーー!

 

「…カブトムシ?」

 

「ああ。それもだいぶカッコいい、な」

 

雁夜もリンカーも、一緒にいた桜でさえも呆気にとられている。いち早く硬直から立ち直ったリンカーが考察する。

 

「ふむ…。魔術というのは使い手の意思により大きく変容するものだ。恐らくだがその蟲は元の主の死に加え、私の魔力により浄化された状態だったのだろう。故に雁夜を宿り主とし、新しい主が使役するに相応しい形を取ったのではないか?」

 

「成る程、そういうことか…」

 

まあ、何にせよ、とリンカーが続ける。

 

「かっこいいというものは、それだけで良いものだ」

 

 

○○○○

 

 

どうにも、()()()()()()()。それは此度の聖杯戦争に召喚されてより暫く経った頃から感じるようになっていた。それこそ、かつての大敵が眼前に立ち塞がったかのような威圧感を放つ存在、それが自身の行く手を阻むようにも、導くようにも。そんな訳の分からぬ()()は、聖杯戦争の舞台、日本の冬木に向かうこの飛行機の上でもひしひしと感じ、それどころか強まるようにも思えた。

 

アインツベルンのマスター、衛宮切嗣に召喚されたセイバーは己の直感を疑いはしない。何故ならそれは己が戦いの中において身につけたものであり、実際その直感はよくあたる。

 

だからこそ信じられない。己が数ある英雄、その中でも聖杯に選ばれた英霊の中で頂点だなんて微塵も思いはしない。だが、ブリテンの王、そしてかの聖剣に選ばれた自分ならばある程度の格はあるのだろうと自惚れではなく知っていた。

 

「…ブリテンの王、か。結局私はその役目を全うすることはできなかったのだろうな」

 

もし、完璧に王として国を幸せにすることができていたなら。もし、完璧に王として為すべきことを成せていたなら。彼の心情を、息子の心を理解してやることができたのなら。

 

「セイバー、どうかした?」

 

「ああ、申し訳ないアイリスフィール。少し考えごとをしていました」

 

考えごと、という単語に目を光らせ、私興味ありますと雄弁に訴えかけるその瞳はやはり女性かと笑うべきなのだろうか。

 

「へぇ、かのアーサー王にも悩みごとはあるのね!それで、どうしたのかしら?私でよければ相談の相手くらいにはなれると思うけど…」

 

あまり面白いものでもなし、話していいものかと悩むセイバーに話したくなければいいと申し訳なさそうな声をかけるアイリスフィール。

 

「いえ、そういう訳ではないのですが…。そうですね。あの時こうしていれば、そうやっていれば、なんていう悩みは尽きることはありません。いくら聖剣を抜いたとしてもただの人間だと己を正当化することもあります。所詮人間に為せる事など限られているのだ、と」

 

「…!いいえセイバー、それでも貴女は偉大で、立派な王なのよ。ブリテンという国をまとめあげた自分をあまり卑下しないで。…あまり人生経験のない私が言えた義理でも無いのかもしれないけどね」

 

「…いや、ありがとうアイリスフィール。私もいつかこの悩みに終止符を打てる人間になれるよう目指しましょう。…さて、私の話はこれくらいにして、目下聖杯戦争においての悩み、というかただの直感なのですが…」

 

セイバーは己の直感について話す。どうにも強大な敵がいること、だがその敵が自分を導くことになる予感がすることも。そんな荒唐無稽な話でもアイリスフィールは聞き逃すことはない。何故ならそれが歴戦の騎士王の直感であるから。

 

「たかが直感、なんて笑い飛ばすことはできなさそうね…。警戒するに越したことはないでしょうし、あとでキリツグにも私から話しておくわ」

 

それがいいでしょう、と今現在取れる対策を練っていく2人。

 

聖杯戦争の舞台、冬木。セイバーとアインツベルン陣営は、そこに微かな緊張を持って合流することとなった。

 

 

○○○○

 

 

少しだけ、時は遡る。

 

アーチャー、ギルガメッシュを召喚した魔術師、遠坂時臣は、夜の遠坂邸にて己の弟子である言峰綺礼より報告を受けていた。

 

「ほう。間桐の屋敷が炎に飲まれた、と?」

 

「はい。ですが燃え広がることはなく、すぐに鎮火したと。他にも屋敷から出てくる間桐の者以外の人物がいたとの報告もあります。恐らくですが、そいつが間桐のサーヴァントだと見て良いでしょう」

 

「ふむ、そうか。火、炎か。屋敷が燃えたとなれば制御しきれていないのか?」

 

サーヴァントを御しきれない、それはまだわかる。何故ならマスターはあの間桐雁夜であり、力のなさを克服するためバーサーカーを召喚したのだろう。だが、屋敷が燃えたとならば解せないことだ。あの屋敷には臓硯がいる。

 

「あの男を以てして、制御しきれていないということか…?それほどまでに強力な火を扱う英雄、か」

 

「炎を扱う英霊、ですか。どのような者がいるので?」

 

己の弟子の質問を受けながらも、それ自体は時臣も考えている。だが、わからない。火を扱い、バーサーカーでありながらもあの臓硯でも御しきぬ程の英雄。

 

「さあな。火にまつわる伝説を持つ英雄はどちらかといえば多い方だろう。屋敷が燃えた、というだけでは特定は難しいだろうな」

 

「左様でしたか。私の知識不足でごさいました、申し訳ありません。…では、私からはこれで」

 

「ああ、ご苦労だった。引き続きアサシンには監視を続けさせろ」

 

通信を切り、一人思案する時臣。御しきれぬほどの力を持つバーサーカー、というだけならば心当たりもある。…まあ、それ通りならばこの聖杯戦争での勝利は難しくなってしまうのだが。

 

だが、相手は火を扱う。火にまつわり、狂化のスキルを持つに足る伝説を持つ英雄となれば…。

 

「何か面白いことでもあったのか、時臣?」

 

そんな時だ。背後よりかかるその声。その声の主こそがアーチャーであるギルガメッシュだ。

 

「ッ!…王よ、あまり小心な私を驚かさないで頂きたく」

 

「ふん、この程度で縮み上がるその肝を持った自分を恥じよ。それで、何かあったのか?」

 

苦情を皮肉で返されたことに多少憤りながらも、その感情を表面には微塵も見せることなく答えていく。

 

「ふむ、炎を操る英雄とな…」

 

「ええ、それもかなり強力だと思われます。…王よ、何か心当たりがあるのですか?」

 

「いやなに、唯の空想よ。…ああ、時臣。ひとつだけ質問だ。『薪の王』を知っているか?」

 

『薪の王』、薪、王。どれも聞いたことのない話だ。アーチャーが知っているというのならば古い伝承か何かであろう。少しでも不敬の無いように考えるが何も思い当たらない。

 

「…王よ、申し訳ありません。『薪の王』なる存在を私は知っておりません。私の知識不足をどうかお許しください」

 

ふん、と鼻を鳴らし、もう興味などないと言うかのように扉の方へ歩いていく。結局『薪の王』が何なのか知り得なかった時臣は、焦ってそれが何たるかを質問する。

 

「何、単純なことだ。幼き(オレ)を冒険に駆り立てた男の名だ。もう古く、知る者もいるかはわからぬがな」

 

時臣は驚愕する。あのギルガメッシュを、英雄王を冒険に駆り立てた者が存在しようとは。せめてその男の話を聞こうとするが、その前に霊体化し消えてしまった。

 

 

もとよりギルガメッシュはこの聖杯戦争に何も思うところなどなかった。己の財を我が物にせんとする浅はかな雑種どもを蹴散らそうとしたまで。だが、本当に聖杯が万能の願望器足るのならば。

 

「我自ら『薪の王』を召喚するのも、悪くない」

 

 

○○○○

 

 

様々な思惑を孕みながらも、やがて戦争は始まっていく。

 

 

 

 

 

 




次の話からやっとZero本編に入ります。
長くなって申し訳ございません…!

ここからは自分語りなんですけど、うちのカルデアにエルキドゥさんが来てくれました。特にピックアップもなく、たまたまあった石で単発引いたら何故か来てくれました。やはり単発教こそ神の導き、左乳首教など邪教よ…!


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絆の深まる音

前回に原作本編に入るとか言いましたが、入れたらめちゃ長くなりそうなので切りました。すいません。


今や主人の居なくなったその執務室は、だが主人が居た時よりも騒々しく、そして楽しげに新たな主人を迎えていた。

 

「くっ……んぬぬぬぬ」

 

「…なあ雁夜、力んでも魔術は発動しないぞ」

 

「ぬぬぬっ…。はぁ、わかってるよ。冷静に、だろ」

 

簡単に言うなよ、なんてボヤいてみても未だにソウルの魔術どころかソウルを具現化させることすらも出来ていない雁夜にとって、その言葉はとても痛いところを突いていた。

 

『佇む竜のように冷静に』

 

リンカーが教えてくれた魔術の理想の一つであるこの言葉。あらゆる魔術師に通じるであろうこの理想を説いてくれてから3日が経っているのだ。その間、それこそ魔術の基礎の座学は上達すれどもソウルの魔術に関してはからきしだ。

 

リンカーが言うには才能こそあれど、上達が遅いのだろうと言ってくれた。そういう者は扱えるようになったときに高い技量を秘めている、とも。ただの慰めなんかではなくて、理解しようと努力したぶん、理解した後のことも使いこなせるようになるらしい。それに手ごたえが全く無いわけではないし、あと2日もあればソウルの矢程度ならば使えるだろうとリンカーも言っている。

 

だが、それでも焦ってしまうのだ。

 

「おお、流石だ桜嬢。『短矢』を放てるようになったか。その魔術は簡単なようで出力を絞るための理力を必要とするからな。それを使いこなせれば、魔術戦で大いに役立つはずだ」

 

「ありがとうリンカー、でも使えたからって調子に乗ったらダメなんだよね?ちゃんといつでも撃てるようにならなきゃ」

 

「ああ、その通りだ。しばらくは基礎を固めると良い、完璧になれば次の魔術を教えよう」

 

「ホント!?やったあ!」

 

これだ。この和気藹々とした魔術トーク、だがその中に自分が入っていないのだ。別に桜のほうが才能があったとか、こいつら今絶対俺のこと忘れてるなとかそういうことは思ってはいない。ないったらないのだ。そう言うことではなく、問題はこの楽しげな会話に自分が入れていないことだ。

 

魔術の授業が始まって初日を除き、ほぼ毎日繰り広げられているこの雰囲気。その中に自分はおらず、いるのは褒めるリンカーと喜ぶ桜のみ。ああ、まざりてえなあと思った雁夜を誰が責められようか。だが、それにしろソウルの魔術というのは難しい。なにせソウルという存在自体が現代にない概念であり、それを具現化させただけでも驚く程の神秘を纏っているのだ。それをなんでもないかのように顕現させ、また揉み消した初日のリンカーの行動からはリンカーがとんでもないことをしていると理解出来てしまう程に。

 

自分には才があると言ってくれている。この調子ならばすぐに使えるようになるだろうとも。だが、それは焦らない理由にはならない。一刻も早くこのトークに混ざりたいーー!

 

「…なあ、簡単に魔術を使えるようになる方法ってないのか?」

 

情けないとは思いつつもそんな言葉がついつい出てしまう。そんな弱音にも近い言葉にも、リンカーは笑顔で返す。

 

「そうだな、ない訳では無い。…魔術はイメージだ。一流は脳内にてその魔術の構成、効果、内容を一瞬で全てを想像し創り出す。そして、見習いはその境地を目指せども、どうにも想像が下手だ」

 

その通りだ。雁夜もその『想像』というところにおいてつまづいていた。何をすれば良いのか、どう構成すればいいのか。そんなことを一瞬で考えようとすればするほどわからなくなってしまう。

 

「それで、どうすればいいんだ?」

 

「なに、簡単だ。声に出せばいい。今から何を使うのか相手にわかられてしまうという欠点を除けばこれ以上ないほどに有効だ。なにせ、声に出してしまえば今から何を使うのかが自分でもわかるからな」

 

なるほど、簡単だ。確かに声に出せばこんがらがることもなく、今己が何をしたいのかをすぐにイメージすることが出来るだろう。だが、そんな初心者向けな方法があるのに、なぜ。

 

「…今まで教えてくれなかったんだ?」

 

「いやなに、今はここまでゆっくりできているが、聖杯戦争の最中というのは変わらない。当然、その中には雁夜が魔術でもって戦うこともあるだろう。なればこそ、より上達をして貰いたくて…」

 

と、そこでリンカーが言葉を切った。まるでなにか重要なものに気付いてしまったかのように、真理にたどり着いた者のように。

 

「…ああいや、そうか。この時代に『ソウルの魔術』は知られていなかったのか。ならば別に声に出しても問題は無かったか。…いや、申し訳ない雁夜、どうやらうっかりしていた」

 

この英霊、基本ハイスペックなのに時々ポンコツか、なんて考えてしまった雁夜を誰が責められようか。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「ねえリンカー、リンカーって魔術をいくつ使えるの?」

 

魔術修練も終わり皆でご飯を食べている途中、桜がそういえばと切り出した。

 

「確かに、それは俺も気になるな。俺たちにあれ程教えられるのだから理解は深いんだろうが…。どうなんだ?」

 

「ふむ、私もあまりちゃんと数えたことはないのだが…。まあ、恐らく50は今すぐにでも使える程度には習得している」

 

50、その数に2人は驚愕した。雁夜も桜も、腐っても魔術の名門の血を引く者、魔術の才能は恐らく優れている筈だ。その2人をしても初歩中の初歩の魔術を習得するのに4日もかかっており、現に雁夜は行使すらできないでいる。ようやく葉を一枚取れたとて、その元の木は大樹であるかのよう。それ程の難度なのだ、ソウルの魔術とは。

 

それを即座に扱うことのできる50の術式、その中には自分達の考えも及ばぬほど難解な物も含まれているのだろう。

 

2人の驚愕と畏敬をよそに、リンカーは言う。

 

「ただ魔術がいくつも使えるからと言ってその者が優秀とは限らない。本当に優秀な者とは、強力な物も簡単な物も、その全てを理解し使いこなせる者の事だ。…私も、未だそんな高みには立てていないさ。貴公らの期待するような者ではなくてすまない」

 

どこか悲しげに話すリンカーに、雁夜も桜も声をかけることが出来ないでいた。リンカーのその過去、過酷な不死の旅路においてどのようなことがあったのかを雁夜はまだ知らない事の方が多い。

 

過去の『不死の英雄』になにがあったのか、など。

 

「…お前が高みに立てていないって言うなら、そうなんだろうな。俺らには魔術のことなんてまださっぱりだ。だけど、期待するような人じゃないなんて、いつ言ったんだ」

 

「貴公らに魔術を教えてやると、習得させてやると言ったのは私だ。なればこそ、その師は熟練者で在るべきだろう」

 

珍しく落ち込んだような口調。この数日リンカーと過ごして初めて聞くその言葉に、雁夜は驚きよりもずっと怒りを感じていた。なんなのだ、その俯いた顔は。一体俺は何を聞かされているんだ。

 

「俺はお前の過去をあまり知らない。この前みたお前の記憶だってその一部だとお前は言う。だから、その知らないところにお前にそう思わせる何かがあったんだろう。それはいい、別にお前の事を全て知りたい訳でもない。でも、なんだ、お前のその言い分は?いつ、俺がお前は魔術の熟練者でなければならないなんて言った?」

 

俯いていたリンカーの顔が驚きによるものか、目を見開き雁夜を注視する。

 

「さっき魔術を50くらい使えるって言ったばかりじゃねえか、十分すごい事だろう!?それともなにか、まだ一つも扱えない俺を馬鹿にでもしてるのか!?」

 

「いや、違う。決してそんな事では…」

 

「じゃあもっと誇れよ!俺たちがやっと根元に立てた木のてっぺんには登れなくても、その全貌を知ってるんだぞって誇れよ!…俺の知ってるリンカーはそんな事気にしないだろ、そんな俯かないで笑えよ」

 

『今のリンカー』を知る雁夜にとって、その弱音にも似た言葉を聞くことは苦痛であった。まだ出会って1週間も経ってないお前に何がわかるのだと、そう言われてしまえばそれで終わりだ。

 

それでも。桜を助け、自分まで助けてくれたリンカーには、いつも通り見透かしたような微笑みが似合うのだ。

 

「…私が、貴公らの魔術の師であっても良いのか?」

 

「良いに決まってる、というか最初に言っただろ、頼むって。それにお前はこう答えた筈だ、師となろうって。ならもうそれは覆せない、いやさせない。俺が一流の魔術師になるまでお前にはずっと師でいてもらう。だから、さ。…弱音なんて吐かずに笑ってくれよ、な?」

 

リンカーが生きていた時代からすれば本当に優秀とは言えないのかもしれない。だが今の俺たちにとっては確かめる術なんてなく、リンカーが全てだ。だからこそ、そのリンカーには誇ってほしい。その技術を、その神秘を。

 

「…はは、そこまで言われれば私も誇りを持てるかな。なに、随分と情けない所を見せてしまった。…一流になるまで、か。なら、厳しく行こうか。一流というならば、私の使える魔術、その半分は完璧に扱えるようになって貰いたいものだ」

 

半ば冗談めかしたその言葉、それでもちゃんと笑ってくれている。誇りにしようと、そう言ってくれた。ならば、己もこたえるべきだ。

 

「ああ、やってやるとも。次からはもっと厳しくてもいいぞ、絶対食らいついてやる」

 

その食卓には喧騒が戻り、笑い声が時おり聞こえる。マスター(三流魔術師)サーヴァント(古の英雄)という歪な関係、それでも確かに絆の深まる音が響いた。

 

 

 




理力99が一流じゃないわけないんだよなぁ…
リンカーがあんな持論を持っているのは、オーベック君を自分のせいで殺してしまったと思っているからです。自分が師を殺してしまったのなら、せめて自分が教えるときは誰よりも上であろうと思ってしまっていたんでしょうね。

遅くなり申し訳ありません。色々と忙しかったり、なかなか筆が進まなかったこともあってとても待たせてしまいました。

次はやっとリンカーと英雄王が出会います!英雄王の口調や各サーヴァントの特徴などをうまく捉えられると良いのですが、不安です。もし間違ってたりしたらそっと教えてくれると助かります。

それと、もし拙作を楽しんでくれたり、続きを読みたいと思ってくれるのなら、評価や感想をくれると私がむせび泣いて喜びます。あとモチベーションが爆上がりするので更新頻度も上がると思います。お暇があればよろしくお願いします。


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開戦

かちゃ、がちゃり。

擦れ合いぶつかるにぶい金属音が、屋敷の玄関に響いていた。

 

「行くのか?」

 

そう声を掛ける。その目線の先には、焼け爛れたかのような金属鎧を纏ったリンカーがいた。思い返せばリンカーの鎧姿を見るのは初日ぶりで、それからはいつも現代の装いをしており、それも毎朝桜に着る服を指定されていると困ったように言っていた。

 

「…ああ。どうにも、サーヴァント達が集まっているらしい。なに、ただの様子見だ、余程のことがなければ手は出さないつもりだ」

 

「そうは言ってもな…」

 

なにせ、他陣営には腕利きの魔術師だったり、ものすごい大英雄がいるかもしれないのだ。そんな中、ただのこのこ出て行ってやられない保証はない。たとえ、こちらが手を出していなくても、だ。

 

「気をつけてくれよ、現にアサシンだってやられてる。あの金ピカの宝具にあたればお前だってただじゃすまないはずだ」

 

「ああ、わかっているさ。対策…と言えるかはわからないが、まあ対抗手段ならある」

 

「なら良いんだが…。まあいいさ、行ってこいリンカー。絶対に、死ぬなよ」

 

「ああ」

 

そう答えたリンカーは、少し笑っていた。なにか失言があったかと焦る雁夜に、リンカーは嬉しそうに言う。

 

「ああ、すまない。不死であった私の出立に、死ぬな、なんて声を掛ける者なんてこれまで出会ったことはなかったんだ。存外、心配されるというのは心地よいものだな」

 

なんでもないように、ただ思ったことを言っただけなのだろう。だが、その一言は雁夜の胸を揺さぶるに十分だった。かつてのリンカーは不死であり、もしかしたら今もそうかもしれない。だが、そうだろうと。

 

「お前、自分の命を軽い物だと思ってないか?どうせ蘇るから、なんて自分の命をないがしろにしてみろ、俺はお前のことを死ぬまで殴ってやる」

 

その出立に、その身を案じない理由にはならない。かつては英雄で、不死であったとしても、今ではただの友人でもあるのだ。果たして、友人に死んでほしいなどと思う者がどこにいようか。

 

「はは、それは怖い。殴り殺されるのは数ある死の中でも苦痛でな、それをまた味わいたくはないな」

 

「…さすが、体験済みか。まあ、そんなことはどうでもいい…わけでもないが、よく聞けよ。…死ぬなよ」

 

今度は念を込めるように、ゆっくりと。そんな雁夜の気持ちが伝わったのか、リンカーも茶化すことなく頷く。

 

「ああ。…では、行ってくる」

 

振り向き、玄関から出て行くリンカー。その歩みは、その背中は、とても大きく、偉大な人のもののようで。

 

いつのまにかあたりには火の粉が舞い、リンカーにそれは集まっていく。その鎧姿が完全に見えなくなる前にリンカーはおもむろに右手を掲げた。未だ不安がる雁夜に、確かな意志を伝えるように。それを見て、なぜかもう大丈夫だと思えた。

 

 

 

○○○○

 

 

 

冬木の港湾区、その大規模なコンテナターミナルには異様な空気が漂っていた。もともとここではランサーとセイバーの一騎打ちが行われており、今に決着がつこうとしていたそんな時だ。

 

「双方、剣を収めよ。王の御前であるぞ!」

 

天より轟音をもって降りてきたチャリオット、その上にのる大男の一声によりそれは中止された。

 

「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においては、ライダーのクラスを得て現界した」

 

言い切った。自分の素性を。こと聖杯戦争において名乗りほど馬鹿なことはない。なぜならその英霊のほとんどは過去に多大な功績を残し、その伝説さえ知っていれば弱点も宝具も全てが想像つくというもの。

 

「なっ…にを言ってやがりますかこの馬鹿はァ!」

 

同じくチャリオットに乗っていたライダーのマスター、ウェイバーが抗議の声を上げるが、ライダーのデコピンによって沈む。そのウェイバーのわりと悲痛な悲鳴を無視しライダーが言葉を続ける。

 

「…汝等(うぬら)とは聖杯を求めて相争う巡り合わせだが、まずは問うておくことがある。…汝等、一つ我が軍門に下り聖杯を余に譲る気はないか!さすれば余は貴様らを朋友として遇し、世界を征服する愉悦を共に分かち合う所存である!」

 

もちろん、そんな誘いに乗るような者はここにはいない。聖杯戦争に参戦する者はすべからく己の曲げられない願いや信念があり、それこそ金などというもので計り知れる訳がない。

 

両名に断られるばかりかセイバーは激昂する。ライダーの聖杯戦争の始まりはほぼ最悪と言ってもいいだろう。それを察したウェイバーの、これまた悲痛な叫びが響いた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「聖杯に招かれし英霊は、今ここに集うが良い!なおも顔見せを怖じるような臆病者は征服王イスカンダルの侮蔑を免れざるものとする!」

 

すると、街灯の上に魔力が集まり英霊が具現する。

 

(オレ)を置いて王を称する不埒者が、一夜に二匹も湧くとはな」

 

それは、金色の鎧を身につけた英霊。アサシンを仕留めたサーヴァント、アーチャーだ。

 

「天上天下、王を称することができるのは(オレ)と…そうだな、あと一人くらいのものだ。それ以外はただの雑種に過ぎん」

 

堂々とそう言い放つアーチャーに、ならば名乗れとライダーが問う。

 

「貴様も王たる者ならば、まさか己の異名をはばかりはしまい」

 

「問いを投げるか、雑種風情が。王たるこの(オレ)に向けて!」

 

アーチャーが、語気を強める。

 

「我が拝謁の栄に浴してなおこの面貌を見知らぬと申すならば、そんな蒙昧は生かしておく価値すら無い!」

 

途端、アーチャーの後ろに現れる黄金の波紋。そこより見えるのは、見ただけでも上質とわかる武器だ。

 

「なるほど、あれでアサシンをやったのか」

 

「おい、どうするんだよライダー!」

 

殺気にあてられ、うろたえるウェイバー。セイバーもマスターたるアイリスフィールを守るように立つ。そして、アーチャーがその波紋より出でる武器の切っ先をライダーに向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ああもうしょうがないなあ!行きたいなら早く行けよ!』

 

『すまないな、感謝する!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その剣、収める気はないか、アーチャー」

 

一つ、声が響いた。優しく諭すような、それでいて全てを圧倒せんと発せられたような威厳を持って。

 

突如として現れた火柱に、ここにいる全ての人間が注目した。否、せざるを得なかった。ただそこに()()()()で、他を押しつぶすような膨大な魔力。

 

爛れたような鎧に、全身から舞う火の粉。よく見てみればその身体自体が燃えており、火の粉はそこから現れている。そして右手に握るのは螺旋を描く剣とも言えぬ剣。

 

その姿に、そのどの文献にも記されぬ面貌に、警戒をより深めていく。

()()()()()()()()()

 

「…おい坊主。あの英霊、なにか知っているか」

 

「…知らない。…いや、おかしい!あれほどの魔力をもつ英雄が、今の世の中で知られていない訳がない!」

 

「ふむ、それもそうだ。確かに奇妙であるな。だが、それにしても…くぅー!惜しい!実に惜しいぞ!余と同じ時代に彼奴が居れば、とても良い戦友になれたろうに!」

 

「…そうとも、言い切れないかもしれないぞ。あの風貌、キャスターということはないだろうし、あいつはバーサーカーだぞ」

 

どれだけまともに見えようと、バーサーカーは狂っているのだと言葉を締めくくるウェイバー。その言葉を聞いてなお、名残惜しそうにバーサーカーを見るライダー。

 

「ぐう、確かにそうだ。だが…おい、貴様!貴様とて聖杯に招かれし英雄の一人であろう!ならば名乗りの一つでも上げんか!」

 

「おいおい、そんなやすやすと名乗る訳がないだろう、お前じゃないんだし…」

 

「ああ、そうか。まだ名乗っていなかったな。失礼した。では、名乗らせてもらおう」

 

もしかしてあの英霊もこいつと同じ馬鹿か、という言葉は目がつけられたら怖いので黙っておくウェイバー。

 

「もっとも、知る人がいるかは分からないが——」

 

 

「—————私は『薪の王』。太陽の光の王より火を受け継ぎ、また世界を終わらせた者だ」

 

 

『薪の王』。聞いたことすらないその称号を、誇らしげに名乗るバーサーカー。

 

知っているかとマスターに問いかけるサーヴァント達も、そのマスターですら知り得ないというのだから警戒しないわけにもいかない。せっかく相手が愚行を犯したにもかかわらず、何一つない情報に歯噛みする。

 

「…はは、ふはは、ははははははッ!」

 

愉悦だ。愉悦の笑い声が高らかに響く。『薪の王』の姿を見た時から何かを期待するように押し黙っていたが、その名乗りを聞いてか大きく笑う。

 

「貴様が、貴様がかの『薪の王』であると!()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと、そう言うのだな!」

 

「おや、貴公は私を知っているのだな。というより、私は世界を終わらせたのであって、創ったわけではないが…」

 

「なに、同じことであろう?貴様が世界の終わりを望んだからこそこの世界があるのだ。それを創ったと言わずしてなんと言う」

 

食い気味に『薪の王』の言葉を否定するアーチャー。その様は、まるで憧れのヒーロー(英雄)に出会えた少年のようで。

 

「セイバー、アーチャーの今の言葉…」

 

「ええ、確かに『この世界を創った』、そして『世界を終わらせた』、と。心当たりはありますか?」

 

「…いいえ。確かにこの世には創世の物語ならいくらでもあるけれど、あのような姿をした者は知らないわ」

 

『薪の王』とアーチャーを除き、全てのサーヴァントとマスターが困惑を深めていく。

 

「ああ、漸く、漸く出会えたぞ、『薪の王』!まさか貴様も召喚されているとはな。…して、何しに参った?よもや己の名だけを言いに来たわけでもあるまい。何やら、剣を収めろと、そう聞こえたが?」

 

「ああ、その通りだ。貴公のその剣、下ろすことはできないか」

 

「…くははッ!この我に物申すか、『薪の王』!ああ、だができんなあ!一度相手に向けた剣、いかな雑種相手といえどもそれをただ収めるなど出来ようものか」

 

「——ならばその相手、私が務めよう」

 

大きく、その口が歪む。愉悦に、そしてその期待と、憧れに。もはや笑いとは言えぬほど捻れたその表情が、楽しげに言葉を語る。

 

「ふはっ、はははは!ああ良いだろう!貴様のその実力、見せてもらうぞ!」

 

そう言うや否や空中に展開される幾十もの金色の波紋、それより切っ先を覗かせるのはやはりとてつもない神秘を纏う上質な武器だ。『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』より出でた宝具は、その全てが後の神剣、魔剣の原点である。故にこその、その威力。

 

『薪の王』が、左手を掲げる。途端、鳴り響く雷鳴。それは自然現象でも、もちろんライダーが剣を振るったわけでもない。ならば。

 

「良い、良いではないか!楽しませてくれよ、『薪の王』!」

 

『薪の王』が掲げた掌の上空、幾十にも浮かぶ、その威容。橙に輝くその雷の槍は、何故かは分からないが、これが『太陽の光の槍』なのだと、周囲に一目で分からせる。ともすれば魔法にすら届きかねないその神秘の大きさに、その深さに、全ての魔術師が慄く。

 

ごくりと、やけに大きくなったウェイバーの喉の音をきっかけに、双方掲げた掌を、前に振りかざす。

 

鳴り響く轟音、太陽すら越えるほどの光を伴う爆発、霧散するむせ返らんばかりの魔力。それらを伴い2つはぶつかり合う。空を焦がし、地面を裏返し、風が吹き荒れる。そんな中でもアーチャーと『薪の王』は怯むどころかどこか楽しげですらある。

 

アーチャーの宝具も、『薪の王』の槍も、その全てが激突し、残ったのはもう後を残さぬコンテナターミナルと、無傷の2人のみ。

 

「はは、ははは!良いぞ、『薪の王』!我が知るよりずっと強いではないか!もっともっと、楽しもうではないか…」

 

そこで、アーチャーが言葉を切る。それは返答を求めたのではなく、まるで誰かに途切れさせられたようだ。

 

「おい時臣!貴様、人間の分際でこの我に口出しするか!…ふん、まあいい。『薪の王』よ、また会おう。今度は邪魔などされず、語り合いたいものだ」

 

「ああ、私もだアーチャー。また、いずれ」

 

アーチャーが霊体化し、その姿が消えると同時にあたりには静寂が訪れる。そんな居心地の悪さすら感じるほどの静けさを破ったのはライダーだ。

 

「おう『薪の王』よ!貴様のその武力、しかと見た!あのアーチャーと張り合う様、実に勇敢であったぞ!どれ、ひとつ余と盟でも交わさんか?余に聖杯を渡すのであれば、貴様も受肉して世界征服を成す幸せを共に味わおうではないか!」

 

「お、おいライダー!お前不敬だぞ!相手は王だ、もしこれであいつを怒らせてこっちにあの槍が来れば僕たちは終わりだぞ!」

 

「何を言うか、余も王である。それに不敬を問うならばあいつ呼ばわりしてる坊主も同罪であろう」

 

そのやりとりを見ていた『薪の王』が、思わず笑いだす。見せものじゃねえんだぞと叫ぶウェイバーは、いよいよ不敬と言われてもおかしくない発言に青ざめる。

 

「なに、今日はただ貴公たちの争いを止めに来ただけ。事を構える気は無いさ」

 

その言葉にほっと胸を撫で下ろすウェイバー。だが、こいつは王である前にバーサーカーだということを思い出し、口ではこう言うがいつ殺されてもおかしくないと勝手に戦慄し始める。

 

「そして、ライダーの誘い、実に嬉しく思う。だが、悪いが断らせて頂こう。私にも、そうやすやすと仲間になれない事情はあるのでね」

 

「…ふむ、だろうな。ならば敵同士になるしかあるまいて。貴様との戦い、期待しているぞ」

 

「ああ。私も楽しみだ」

 

「はははは!楽しみと来たか!なるほどこいつは英雄だ!…ほら、帰るぞ坊主!」

 

慌ただしく空へと走っていくチャリオットを横に見ながら、『薪の王』は目線をランサーとセイバーへ向ける。

 

「さて、貴公らはどうするのだ?まだやり合うというなら私は止めないが」

 

「…あなたは戦いを竦めに来たのではないのか?それなのに止めない、と?」

 

「私も一人の騎士、一騎打ちに横槍など刺せようものか。だが、私としては戦ったことのない戦友が一人減るのは好ましくないな」

 

「…ははっ!聖杯戦争の相手を戦友と!そう宣うか、お前!…ああ、俺も主より帰還の命令だ。今日のところはお預けだな、セイバー。そして、『薪の王』。お前とは一度戦ってみたいな」

 

そう言い残し消えていくランサー。残ったセイバーとアイリスフィールは、途中の緊迫感を忘れさせるほどの朗らかな別れ方をしていく『薪の王』に驚きを隠せないでいた。

 

「さて、私も戻ろう。…ではな、セイバー。手合わせできる事を願う」

 

歩き去りながらも身体を炎に包まれていく『薪の王』に、セイバーは慌てて声をかける。

 

「待ってくれ!あなたは何者だ!?あれほどの武勇、そして敵と朗らかに会話できるその豪胆さ、さぞ高名な王だとお見受けした。だが、一体どこの…」

 

焦って上手く言葉を紡げないセイバー。みっともない姿を見せてでも、知らなければならないことがあるのだ。あの地を、国を救うために。少しでも王としての知識を。

 

「さて、その話は今度にしようか。なに、今この地には王が何人もいるのだろう?ならばまた出会うこともあろうもの。その時に、共に語ろうではないか」

 

完全にその身体が炎に包まれる。そのあり得ないほどの熱気に一瞬目を閉じてみれば、あるのは空へ舞っていく炎のみで、『薪の王』はどこにもいなかった。

 

「…戻りましょう、セイバー。切嗣にも話をしなきゃ」

 

「…ええ」

 

人が消えたコンテナターミナルには、まるで爆発でも起きたかのような跡と静寂のみが残った。

 

 

 

○○○○

 

 

 

 

 

「戻ったぞ」

 

間桐の屋敷に戻ったリンカーを迎えたのは、呆れ顔の雁夜だ。

 

「お前なぁ…。手は出さないって始めに言ったじゃないか。それなのに急に『あれはまずい』『防ぎたい』なんて言い出して」

 

「すまなかった。もしかすれば一夜で3人の英霊が散るかもしれなかったのだ、それは防ぎたいだろう?」

 

「だろ?じゃねえよ。敵が減ってくれりゃ万々歳だろうに。それにあんなに敵と楽しげに話しやがって、お前ってもしかして戦闘狂だったりするのか?」

 

「ああ、それなのだが」

 

心当たりでもあったのか、そこで一旦言葉を切って話し始める。

 

「私自身、旅をしていた頃は礼儀や騎士道こそ重んじていたものの、戦うために助けようなどとは考えもしない…はず…だ」

 

「少し歯切れ悪くなるな、そこで」

 

「だから、もしかすれば私の『狂化』はここにかかっているのかもしれないな。精神ではなく、戦闘というところにおいてのみ狂うことになるのかもしれない」

 

なるほどなぁ、と息を吐く雁夜。この完璧な紳士のような振る舞いをするリンカーにも、そのような一面があるのかと意外さが面白い。

 

「ま、それは後で聞こうか。ほら、着替えてこい。聞きたいことがたくさんあるんだ」

 

サーヴァント・バーサーカー、『薪の王』。その初戦は、様々な陣営に様々な影響をもって終結とした。

 

 

 




お久しぶりです。めちゃくちゃ遅くなりました。これからはなるべく10日おきに更新くらいにできたらいいなぁ(遠い目)

ちょいと言葉を足しました。まああまり変わらんので気にしないでください


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波紋

チャンピオン倒した記念投稿


「で、あれはなんなんだ?」

 

詰るような口調で始まったその質問は、当然先程の戦いにおいて使われた『太陽の光の槍』についてである。これまで雁夜が教わってきた『ソウルの魔術』とは似ても似つかぬような()()に疑問を抱くのはある種当然とも言える。

 

「ああ、あれは『太陽の光の槍』。竜狩りの奇跡の一つ、神の術だ」

 

さも当然であるかのように口にした神の術という言葉、それは魔術師ならば反応せざるを得ないだろう。無から有を生み、また有を無に帰す、あり得ないを実現させる魔術とは違う技、魔法。

 

まさかあれは魔法であるのか、と興奮して問いかける雁夜に対してリンカーはとても静かである。というよりも雁夜が激しすぎて返って落ち着いているのだろうが。

 

「さてな、奇跡が魔法であるかは詳しくはわからない。確かに不死という概念をもつ古竜を殺すに足らしめる、そこだけ見れば魔法とも言えるかもしれない。だがあれは殆ど借り物の術だ」

 

「借り物?」

 

「そうだ。奇跡とは、かつての神の物語を紡ぎ、そこから力を抜き出す技だ。今でこそ『火』に継承された王たちのソウルにより借り物というよりも私の術と言えるほどにはなっているが、それでも私自身は神ではないからな、まがい物と言うのが正しいかもしれない」

 

「なるほど、そういうものなのか…」

 

ひとまず自分のサーヴァントがとんでもないことをしでかしていないようで安心する雁夜。もしこれでリンカーが強力すぎる技を使って他マスターに知られてしまえば、一体どうなることかもわからない。それがもし魔法ともなれば監視役やら魔術協会やらが飛びついてくる可能性だってない訳ではないだろう。

 

「それで、なんだが…。その奇跡という術、俺にも使えたりしないか?」

 

「無理だな」

 

恐ろしいほど早い返答に、少し落胆してしまう雁夜。これも己の魔術師としての技術が低いせいなのだろうかとさらに落ち込んでしまう。それに気づいたリンカーが焦りながら訳を話す。

 

「ああ、別に魔術の才能は関係無い。ただ、この術を使うのに必要なのは神を敬い、その物語に敬意を払えるもの、つまり強い『信仰』がなければいけないんだ。かつての神の功績も、ましてやその物語すら詳しく知らない雁夜には使える可能性は低いだろうなと思っただけで…」

 

わりと早口に庇ってくれるリンカーに苦笑しながら、わかったからと言葉を止めさせる。

 

「別にいいさ。少しは期待していたが、どうしても使いたいわけでもないし、俺らにはソウルの魔術があるからな。こっちを極めればいい話だろう?」

 

「…そうだな。確かに最も強力な魔術、『奔流』は奇跡に勝るとも劣らないほどには難しく、強い」

 

「なら、当面の目標は『奔流』を使えるようになる、ということにしようか」

 

それは頼もしい、と笑うリンカー。その微笑みには、先程の苛烈な戦闘の気配は微塵も残っていない。それも、あれだけの大技である奇跡を使っておいて、へばる様子すらないのだ。

 

そこまで考えて、一つ気づく。

 

「なあ、リンカー。お前のその魔力、どこから来てるんだ?」

 

現在雁夜はリンカーへ魔力を供給したことは一度もない。それどころか、リンカーに直接使った魔力といえば召喚したときくらいのもので、現界し続けるための最低限の魔力すらリンカーは必要としない。

 

思えばこれまで疑問に思わなかったのが不思議なくらいだ。サーヴァントはエーテル体の身体をもつ、いわば魔力の塊とも言えるもの。アーチャーのスキル「単独行動」でさえ、あれだけの大技を放ったならば消耗しきっていてもおかしくない。

 

「…ああ、話していなかったか。私の魔力は、私のソウルを燃やして生成している。故に、雁夜からの供給を必要としていない」

 

つまり、どういうことであろうか。マスターが払うべき最低限の魔力でさえも、サーヴァントたるリンカーが自分のソウルを削って生み出している、ということであり、それは勿論サーヴァント自身負担が大きいだろう。それなのに供給を受けない理由は。

 

「やはり、俺が三流もいいところの魔術師だからか?もしそうなら、遠慮せずに魔力を貰ってほしい。最近はお前のお陰で魔術もある程度は使えるようになるなってきたし…」

 

「いいや、そうではない。…私は不死だ。不死とは、殺した者のソウルを奪い取り、己の糧にするモノ達。…つまり、不死とは、私とは、ある意味魂喰らいとも言えるような存在だ。故にこそ、尋常な魔術師から魔力の供給でもすれば、私が吸いすぎてしまい、返ってマスターが危険になる」

 

それに、と続けて話していく。その顔は明るく、いま喋ってしまった言葉をかき消さんと言わんばかりに。

 

「私の蓄えているソウルは幸いなことにとても多い。『王』たちのソウルだけでも現界するだけならあと一年は余裕で持つだろう。だから、雁夜。あまり心配しないでいいぞ、なにせ私は強いのだからな」

 

冗談めかしたその言葉に、やけに悲しさを覚えたのは何故だろうか。

 

 

 

 

○○○○

 

 

 

 

「いやはや全く、気持ちの良い男であったわ!…やはり余の軍勢に加わってくれないだろうか」

 

呵々と笑うライダーに対して、ウェイバーは思案顔で塞ぎ込んでいる。場所はウェイバーの拠点としている老夫婦の家だ。

 

「なにを俯いておるか、小僧!ほら、もっとしゃきっとしろしゃきっと!」

 

「ああもううるさいなあ!今考えてんだよ!」

 

ウェイバーが悩んでいるもの、それはやはり先程の闘いにおいて衝撃すぎる登場をしたサーヴァント・バーサーカー、『薪の王』についてだ。あのときは焦っていたが、今思えばあのサーヴァントには不自然なことしかない。

 

「なぜ、あれほどの力を持つのに誰も知らない…?知名度が無いのにあれほどの力を振るえるのもおかしい…」

 

薪の王、という異名はあるにはある。だがその神話と『薪の王』の情報はあまりにも合わなさすぎる。

 

「世界を救った、終わらせた、この世を作った。…断片的に得られたものでもこれだけの情報があるのに、やはりそんな英雄の記録なんてどこにも無いじゃ無いか!…それだけのことをしておいてどうすれば記録がなくなるんだ…?」

 

「簡単じゃないか、知ってる人がいないのだろう」

 

「だから、なんでいないのかってことに悩んでんだよ、馬鹿!」

 

「まあ落ち着け、アーチャーの話を鵜呑みにするのなら、あの『薪の王』はこの世界を作ったらしいじゃないか」

 

「…それがどうしたっていうんだ」

 

「なら、あやつはこの世界にはもともといなかったのではないか?それに他にも言っていただろう、終わらせた、と。それこそ証拠と言えるのではないか?」

 

確かに、と思ってしまうウェイバー。まず前提が違うのだ。知る人がいないのではなく、存在できないのだと考えるのが一番自然で、説明がつく。

 

「というより、鵜呑みにするのはとてもではないが難しいだろう」

 

「…なんでだよ、せっかく納得しかけてたのに」

 

「なに、簡単だ。アーチャーは言っていた、世界を救った、そして終わらせ作ったのだと。…これはまるで、神にも至る所業ではないか」

 

「そうか!聖杯は神を現界させることはできない…!」

 

「…ならば、あやつはなんなんだろうな。いやはや、面白くなってきたぞ!」

 

 

 

 

○○○○

 

 

 

 

「して、時臣。なにか、弁解の言葉はあるか?」

 

マスターの令呪により強制帰還となったアーチャーは、今にも己のマスターを殺しかねないほどの静かな気迫をもって時臣に言葉を投げかける。その威圧感に圧され、床に跪く時臣の額には汗が滲んでいる。

 

「決して王を侮辱したわけではありません。王の宝具は、強力無比なもの。ですが、あまり他のマスターに晒してしまうと対策をされてしまう可能性もあり…」

 

自分からでも苦しい言い訳だとは思う。だが、あそこで宝具を晒しきって、もし万が一にも負けてしまうなどということがあればこれから先は無意味になってしまう。

 

本当に殺されてもおかしくないほどにその気配が高まり、だがその次の瞬間には収まっていた。

 

「まあ、よい。ここで貴様を殺せば、『薪の王』と再び見えることすら叶わなくなる。故に、此度は見逃してやろう。だが、次はないと思えよ、人間」

 

 

時臣は臣下の礼を弁えており、そして『薪の王』のいるこの場所へ召喚したという功績がある。だからこその温情、だが本当に次は無いのだろう。あのサーヴァントとの付き合い方を改めて考えるべきか、と時臣は深くソファに腰を埋めた。

 

 

 

 

 




本編も間の話ですし、なんか短いのであとがきで保管します。この後はただの私の雑談なので興味ない方はブラウザバックお願いします。

さて、前回10日以内に更新したいとかほざきましたが、まあ無理そうです。ぽちぽち思いついたときとか、興ののったときに書いていくスタイルにします。まあこの前みたいに二ヶ月あけるとかは絶対しないようにします。多分。

前回を評価してくれた方、感想をくれた方、本当にありがとうございます!一瞬日刊ランキング3位になっていたりととても驚きました。今後ともどうか宜しくお願いします。そして感想欄に考察とか送ってくれる兄貴たちいっぱいちゅき♡そもそも「面白い」といったシンプルな感想でも貰えただけでニヤけが止まらないのに、考察なんて送ってくれた日にはマジで一日中笑顔でした。私自身考えている裏設定とかはありますが、それとおんなじだったり、ちがう解釈をしてくれたりととても楽しいです。その調子でいっぱい下さい(乞食)

マジで雑談です。ポケモン買いましたか?私は盾を買いました。チャンピオンを倒したはいいものの、まだ最推したるマッスグマ(ノーマル)に出会えていません。ので、私のポケモンはまだ始まっていないと言っても過言ではないでしょう。早く厳選したいなあ。ちなみに私はケモノ系ポケモンが大好きです。

そういえば、資料集め&ロールプレイ目的に「Linker」というキャラでダクソ3を改めて始めました。みかけたら多分私ですのでどうぞ宜しくお願いします。というかやっぱり楽しいですね、ダクソ!高壁だけにしようとおもっていたのに古老まで行っちゃうほどに熱中してました。

最近すげー寒いです。お体に気をつけつつ私に感想を下さい。

(追記)SDKを鬼滅にぶち込むという二次創作を思いつきました。誰か書いて(他力本願)


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襲撃

8/13
大幅な変更


○○○

 

『…またね、○○○!』

 

彼女が笑う、花が咲くように。それを見て私はーーー。

 

○○○

 

 

 

まず目が覚めたときに感じたのは有り余る程の幸福だった。ひなたぼっこをした時のような暖かさと、母に抱かれた時のような安心感。これこそが幸せなのだと言い切れる程の物。そして、その次に訪れたのは深すぎる喪失感だった。

 

愛おしい、頬が緩むほどに。それと同じくらいに切なく悲しい。

 

上体を起こし、目元を拭えば雫が付いた。枕を見てみれば水滴の跡があり、どうにもしばらくの間泣いていたようだ。

 

「…悪夢でも見たのかね…」

 

自然と垂れる鼻をすすりながら雁夜はぼやく。夢を見たのはほぼ確定だろうが、それの内容はもはや思い出せない。泣いていたのだから何か怖い夢、もしくは悲しい夢でも見ていたのかもしれない。

 

「悲しい夢…か。でも何か違うような…」

 

起きた瞬間に感じたあの感覚。深く、深く。それだけを人生の糧にできるほどの幸福感は、およそ雁夜自身は感じたことはなかった。暖かくて温かいあの感情を思い出すだけで多幸感に包まれる。

 

それと同じ程の、ともすれば感じた幸福感さえも呑み込むような喪失感と悲壮。それを確と認識してしまえば戻って来られなくなるほどの悲哀。それだけの絶望も、同時に感じていたのだ。

 

複雑に蠢く2つも、やがて夢の記憶と同じように消えてしまうのだろう。所詮はこの感情も夢の中を歩いた軌跡に過ぎないのだから。

 

「…でも、忘れたくないな」

 

「あれだけ心を揺り動かす感情は、何か自分の成長に繋がるかもしれない」、そんな魔術師の打算もある。しかし、それ以上に手放したくない。その意志がどこから来るのかは、自分自身わからないのに。

 

 

〜〜〜〜

 

 

顔を洗ってリビングに向かえば、いい匂いと香ばしい音が雁夜を出迎える。先程鏡で確認したので、自分が泣いていたのはもうわからないはずだ。別に泣くのは良いが、それを見られるのはあまり許容できないのが男というものだ。それも相手が友人とあれば尚更だろう。

 

どうやら雁夜が起きたのはいつもより遅く、桜とリンカーが朝ごはんを作ってくれているらしい。邪魔するのも悪いので、キッチンで忙しなく動く2人におはようと声をかけるに留める。

 

リビングのソファに深く座り込み、BGM代わりにテレビをつける。朝のニュースを聞き流しつつ、自室から持ってきた『ソウルの魔術』の教本を読み込むことで朝ごはんが出来上がるまでの時間を潰す。

 

この『ソウルの魔術』の本もリンカーの手製だ。雁夜が魔術を教えてもらうことになったとき、「言葉だけではわかりづらいだろう」と用意してくれた物だ。その内容はとてもわかりやすく、それに加えリンカーによる指導も合理的であり、魔術師によくある無駄な形式を必要としないということもあってか非常に効率のよい授業が行われており、殆ど魔術の教養が無かった雁夜でさえこの短期間で魔術を習得することに成功している。

 

そうこうしている間にしばし経ち、朝ごはんを作り終えたリンカーが雁夜を背後から呼ぶ。

 

「雁夜、食事の用意が出来たぞ。手伝ってくれ。……」

 

「んぁ。そうか、わかった。…どうしたんだ?」

 

リンカーが動かないことに疑問に思った雁夜が声をかけても動きは無く、だんだんと顔が険しくなっていく。その視線を辿ってみると、それは今流れているニュースにあるようだ。

 

『ーーーさんも昨日の午後8時頃から消息が掴めなくなり、集団児童失踪事件も発生から20件を超えます。警察はこれを連続誘拐事件として調査は続けていますが、未だに手掛かりは掴めておりません。何か心当たりのある方は警察への連絡をお願いしまーーー』

 

事件の概要がわかったところで意識を現実に戻す。確かにこれは胸糞の悪い事件であり、リンカーが眉を顰めるのも納得できる。

 

「気味の悪い事件だな…。早く犯人が捕まってくれればいいけど」

 

そうぼやく雁夜に、険しい顔のままリンカーは言う。

 

「そうも言ってられんぞ。…この事件、恐らく聖杯戦争(こちら側の人間)が絡んでいる」

 

「なにっ!?」

 

「恐らく、ではあるがな。…朝食の後に話をしよう」

 

ぴりり、と緊張感が走った。

 

 

ーーーー

 

 

「それで、そう感じた根拠は何だ?」

 

時は午前11時の半ばを少し過ぎたころ、雁夜とリンカーは書斎にて向き合っていた。話は必然リンカーの先ほどの言動だ。

 

「まず、サーヴァントの魔力供給についての話だ。サーヴァントの魔力は基本マスターのパスから供給されるが、他にも手段があるのは知っているだろう?魔力の込もった物をサーヴァントが飲むことでも魔力は補給できる。そして効率は悪いが食事でも出来るし、体液交換なんて物もある。…そして、魂食い」

 

魂食いという単語に何か思う所があるのか、僅かに自嘲的な笑みを浮かべるリンカー。そういえば以前、リンカーは自分のことを「魂食らいの化物」と言っていた事を思い出した。それ関連であろうが、深く事情の知らない雁夜ではその心境を計ることは出来ない。

 

その事を悔しく思うが、今はそれではない。子どもの誘拐に魂食い、なれば結論は一つだ。

 

「どこかの陣営のサーヴァントが攫っている、ってことか?」

 

本来ならば有り得ない。聖杯戦争のみならず、こちら側の世界のことは表に出さないのが魔術師達の暗黙の了解となっているからだ。

 

頷いたリンカーは話を続ける。

 

「そういうことになる。もしマスターが一般人に危害を加える事を罪としないような人間なのであれば、そういうことも考えられる」

 

「…確かに納得は出来るけど、根拠としては薄いな。それで断定は出来ない」

 

「ああ、分かっている。私がこれをどこかの陣営による物だと考えた根拠はもう一つあり、こちらのほうが比重は大きい。…これは私の感覚なのだが、ここ数日、具体的にはあの誘拐事件が発覚したあたりからこの街付近で大きく力をつけているソウルが感じられる。始めは関係のないものだと思ったのだが、そのソウルが大きくなって初めて理解した。あそこまで()()()()()()()()()()が聖杯戦争に関係していないとは考え辛い。…どうだろうか。完全に感覚である故、信じてくれとしか言えないが…」

 

話を振られた雁夜と言えば、理解するのが遅れていた。ソウルとは結局何なのか、暗く澱むとはどういうことなのか、その陣営に対してどうするつもりなのか。質問は多々あったが、さしあたってひとつだけ。

 

「…なぁ、リンカー。もしかして、そのソウルの感知能力で各陣営の拠点とか居場所とか分かったりはしないのか?」

 

「む、そうだな。あまり離れると流石に無理だが、この街の中にいるのなら大まかにだが分かるはずだ」

 

絶句した。なんたる能力だ。この街にいるなら居場所が分かる?冬木がどれだけ広いのか分かっているのだろうか。以前にもソウルについて少し話してくれたことがある。そのときは、「生命体の本質であり、見ればだいたいの人となりが分かる」ということを言っていた。それだけでも()()()な技能だと思っていたが、まさかソウルの感知という技に居場所の特定という物まであるとは思いもしなかった。

 

他の魔術師たちは己のサーヴァントや魔術を駆使してそれぞれの拠点や居場所を突き止めようとしているのだろう。だが、リンカーという男一人いるだけで襲撃する時もされる時も備えることができる。なぜなら場所が分かるのだから。

 

目をまん丸にした雁夜に対し、リンカーは苦笑した。

 

「とは言っても精度を求められても私はその期待には添えないだろう。わかると言っても、本当に大まかにしかわからないんだ。ああ、こちらの方向のこれくらいの距離にいるな、くらいのものだ。それに、それこそ英雄級のソウルでなければ察知なぞできん」

 

ゆえに、サーヴァントならある程度わかるがマスターだけとなるとおぼろげだ、とリンカー。

 

「なるほど…。いや、それはいい。それで、その暗いソウルの持ち主とやらが別陣営のサーヴァントである可能性が高く、子どもを攫って魂食いをしているようだというのもわかった。それで…」

 

「私はかのサーヴァントを倒したい。無辜の民が殺されていくのをただ眺めているなんてできない」

 

「ああ、俺も賛成だ。関係ない一般人をこれ以上巻き込むわけにはいかないからな」

 

「感謝する。…それで、どう行動するのかだが…」

 

そのときだ。冬木の空に花火が数発咲いた。乾いた音を伴うそれは決して娯楽のモノではなく、聖杯戦争の監督役からの招集の合図である。

 

「…申し訳ないけど、この話の続きはもう少しあとからにしよう。ひとまず教会まで行かなければならないみたいだ」

 

「それがいいだろうな。…さて、なら私はお茶でも作っておこうか」

 

お茶に合うような話題ならいいのだが。そう呟くリンカーに少し笑ってしまった。

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 

「…どうやら、あまり()()()()みたいだ」

 

「それは残念だ。紅茶に合わない」

 

時刻は少し進み、雁夜はもはや自分の物となった蟲を教会に送り込んでいる。そこで手に入った情報は、キャスター陣営が民間人を殺していること、そしてキャスターを止めた(殺した)陣営には監督役より令呪を一画贈与される、ということだった。

 

「…やはりサーヴァントだったか。それに、キャスター陣営…」

 

「ああ。キャスターとなると襲撃がとたんに難しくなるぞ。奴らは拠点防衛の達人ばかりだ」

 

しかし、相手がキャスターであると分かったのは大きな収穫だ。一筋縄ではいかないだろうが、対策なら少しは立てることができる。

 

「こうなってくると、襲撃するなら早い方がよさそうだな」

 

「…よし。…襲撃は今夜だ。リンカーが相手の位置を確認できているなら、わざわざ拠点探しから始めなくても良い。それに、教会から目をつけられて焦っているはずだ。この隙を突こう。やれるな、リンカー」

 

「御意に、マスター」

 

 

 

 

○○○○

 

 

 

「マスター、間桐の陣営に動きが。…恐らく、アインツベルンの城へ向かっていると思われます」

 

「追跡…、いや、城へは私が行こう。引き続き屋敷を監視してくれ」

 

「承知しました」

 

そこはどこかの小部屋。修道服を纏った男が動き出す。

 

「…衛宮切嗣と間桐雁夜が一堂に会するか。これは何か、分かるかもしれないな…」

 

 

 

 

 

 




次は9月中には投稿します。
本当だよ?


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