番外ちゃんと旅するお話(仮) (ミッドレンジハンター)
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プロローグ
とりあえずお試しとしてあげてみて、反応が良ければ書き直して投稿しようと思っています。
続きが読みたい読みたくない。こうしたらもっと面白そう。そんな感想が頂けたら幸いです。
ナザリック地下大墳墓。
ギルド”アインズ・ウール・ゴウン”のホームであるこの地に、二人のプレイヤーがいた。
一人は漆黒のローブでその身を包む
そしてあらゆる種族の特徴を詰め込んだような、冒涜的な見た目を持つ
「モモンガさん。そろそろ時間だから行ってくるね」
「了解ですチャーリーさん。吉報を待っていますよ」
別れのエモートを交わしチャリオットは転移する。行き先は一対一専用に設けられている決闘場である。
──“あの人”はまだ来てないな。
チャリオットは自分の装備やショートカットなどの最終チェックを行う。そしてコンボの練習をしていると、目的の人物が現れる。
“歴戦”を思わせる傷だらけの白い鎧。チェインメイルは剥き出しで、襤褸の白いマントを体に纏い、無骨なショートソードを携える。そして特徴的な円筒形の兜を被るその姿は、知る人ぞ知る伝説的なプレイヤー。
彼の名はkikyou。ワールドチャンピオンの称号こそ持たないが、トッププレイヤーの一人として名を連ねられる猛者である。
この名が知れ渡るのは、ユグドラシルのサービスが開始してから五年程経った頃のこと。
その時実装された大型アップデートで、誰もが音を上げた超高難易度ダンジョン。それを誰よりも早く踏破し、彼の名が公式サイトで取り上げられた。これまで表舞台にその姿を現さなかった謎のプレイヤーの台頭に、当時のユグドラシルは沸き上がった。
それからは度々その名を見せることになるが、どれも驚愕するものばかり。
一つ。強者渦巻くPvPイベントで、数日間に渡り首位を独占。突然飽きてしまったのか途中からポイントが変動することはなかったが、それでも最終的に上位にランクインする。
一つ。悪質なPKで有名なギルドから奇襲を受けるが、その半数を返り討ちにし、圧倒的な実力を見せつける。この時の動画を見て研究をしたプレイヤー達により、今まで知られていなかった多くの高等テクニックが発見される。
そしてなによりも驚くべきは、彼がソロプレイヤーだということだ。
ユグドラシルはレベル上げが比較的容易なゲームであり、基礎ステータスでは差がつきにくい。それはつまり、数は力であるということ。そんな世界で孤高に生きた彼の姿に、多くの者が憧れた。もちろん、チャリオットもその一人であった。
「kikyouさん。今日という日にPvPを受けて頂いて、本当にありがとうございます」
チャリオットにとってkikyouとは、憧れの存在であり、どうしても超えたい壁であった。
昔公式イベントで為す術もなく敗北してからというもの、幾度となく挑み続けた。しかし勝った試しといえば、相手が手負いのときぐらいである。
そしてユグドラシルのサービスが終了するこの日、最後のチャンスが訪れる。あまり期待せずPvPを申し入れてみると、意外にも許諾されたのだった。
「こちらこそ。チャリオットさんからPvPの誘いを受け取ったとき、嬉しかったです」
「えっ……」
チャリオットは驚きのあまり硬直する。言葉の内容もそうだが、あのkikyouがわざわざボイスチャットを使って話しかけてきたことが驚きだった。
元々kikyouはリアルの性別すら分からないような謎のプレイヤーである。見た目にそぐわず優しげなその声音に、チャリオットはかつてないほど緊張した。
「やっぱり驚きました?」
「そ、そりゃまぁ……。kikyouさんの声を聴いたことのあるプレイヤーなんて、ほとんどいないんじゃないですか?」
「ほとんどというか、チャリオットさんが二人目です」
「まじか……。ちょっと嬉しすぎて、心臓バクバクしてます」
なんと自分は恵まれているのか。これではこの後のPvPに影響が……。
そんなことを考えていると、サービス終了まで残り十分という告知が流れる。
「もう時間がないですし、そろそろ始めましょう」
「分かりました。……実はこの日のために、作戦を練ってきたんです。今までの借りをここで返します!」
そしてチャリオットは斧と盾を、kikyouはショートソードを両手持ちに構える。
kikyouは常に異なる戦法を用いる。それこそシーズンを跨げば
今回のショートソード両手持ちも初めて見る構えであった。つくづく底知れない人だ、と思いながら、開始の合図を待つ。
──よし、やるぞ!
PvPを終え、いくつか会話を済ませると、kikyouは「最後に友人と会ってきます」と言って転移した。
チャリオットもナザリックにいる友人に<伝言>を繋げる。
「チャーリーさん、どうでした?」
「ふふふ、聞いてよモモンガさん。まさしく完敗。やっぱり規格外だよあの人は」
チャリオットは敗北した。完膚なきまでに叩きのめされた。
あらゆる手を考え、入念に準備し、全力を尽くしてなお敗けた。
(悔しいけど、それ以上に清々しい気分だ。あの人と最後に戦えるなんて、俺はどれだけ幸せ者か)
チャリオットは決闘場の床に座り込み、徐に周囲を眺める。kikyouが刻んだ剣の痕がそこにある。この余韻を少しでも長く味わっていたかった。
「残念でしたね。チャーリーさん、ずっと準備してきたのに」
「まぁね。でも、楽しかったよ」
ふと時計を見てみると、もう終わりまで数分しかなかった。
「ついに終わりだね。ユグドラシルも」
「……そうですね。ついに、終わってしまいますね」
「モモンガさん、次にやるゲームは決まってる?」
「いえ、全く。チャーリーさんは?」
「俺も決まってないよ。ユグドラシルⅡがあればいいんだけどさ」
当然のことかもしれない、とチャリオットは思う。サービス終了が予告されてもプレイし続け、こうして最後まで縋りつくように残っている。次のゲームが決まっているなら、さっさとそちらに移るのが普通なのではないだろうか。
「……たまに連絡してもいいですか?」
「もちろん。俺からも定期的にメールするから、ちゃんと返信してよ?」
二人は束の間に笑い合う。
「じゃあ、また会う日まで」
「うん。またね、モモンガさん」
互いに丁度良い言葉が見つからず、ありきたりな別れを告げてそのまま静かに時を待つ。
そして時計が零時を回った直後、チャリオットが目にしたのは、左右で髪と眼の色が違う、人形のような恰好をした少女の姿だった。
チャリオットはハースストーンの「悪夢の融合体」っぽい見た目を想像して頂ければ。
kikyouさんはダークソウル2の「ハイデの騎士」が元ネタです。
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vs番外ちゃん
・kikyouさん強い
・ばいばいユグドラシル
・こんにちは番外ちゃん
……ここはどこだ。
俺はさっきまで決闘場の床に座って空を眺めていた。しかし気付けば屋内にいる。
ユグドラシルのサービス終了に伴い、プレイヤーは強制ログアウトさせられるという話だったはずだ。サーバーダウンがうまくいかず、しかもバグが発生してどこかに転移させられた……なんてことが起きているのだろうか。
そして目の間にいるこのプレイヤー。同じく何が起きていのか分からないといった表情だ。ルービックキューブを持つ手が止まり、呆然とこちらを見つめている。
「す、すみません。ここって何処か分かります?」
「……」
少女は何も答えず、壁に立て掛けられていた鎌を手に取る。まさか、この状況でPvPを始めようと言うのだろうか。
「あー、ちょっと今はナシで……」
「どうやってここに来たの?」
「え? いや、分からないです。多分バグだとは思いますけど」
「そう。まぁ、理由はどうあれ……自分の不運を呪うことね」
それだけ言うと少女は鎌を両手に握り、横薙ぎを振るう。かろうじて後ろに飛び退き致命は免れたが、切っ先が掠り腹部から血が流れる。
「いって! え、なんで痛みが──」
「はぁあああ!!!」
「うぉっ!?」
咄嗟で
少女は一度距離を取ると、訝しげにこちらを見る。
(こんな状況だが、やるしかないのか。大丈夫、初見殺しは俺の得意分野だ)
先程と同様に念じると、やはりショートカット登録した斧を取り出すことができた。そして恐らくだが、魔法も使えるだろう。指輪、ショートカット機能、魔法、どれもまるで昔から覚えていたかのように使い方が分かってしまう。
少女は低姿勢から一瞬で距離を詰め、大降りに鎌を振るう。早くも勝利を確信した顔だ。全てこちらの思惑通りだとも知らないで。
再び指輪に念じ、今度は最硬金属で出来た盾を生み出す。袈裟懸けに振るわれる鎌を眼前で防ぎ、不快な金属音が木霊する。
「はぁ!?」
「残念。<
<磁力>によって壁から引き抜かれた斧が、縦の回転力を伴って少女の肩に深く突き刺さる。
この斧は、世にも珍しい
そう思っていたのだが、想定外の事が起きてしまった。
少女の肩口から大量の血が噴き出ているのだ。それに何故か血の匂いもする。
どう見ても致命傷であった。事実彼女はだらりと床に膝をつき、次第に眼が虚ろになっていく。
「だ、大丈夫か!?」
返事がない。しかしその様子を見れば無理もない。呼吸をするだけで精一杯なのだ。
見てられない。そう思ってアイテムボックスから最上級ポーションを探し出し振りかける。すると見る見るうちに傷は癒え血が止まる。慌てて斧を引き抜くと、まるで何もなかったかのように綺麗な肌が露わになった。
そして再び声をかけるが反応はない。いつの間にか気絶していたのだろう。
辺りを見回しながらこれまでの状況を振り返る。謎の転移、法で規制されているはずの痛覚、そして混乱して攻撃を仕掛けてきたこの少女。
(一体、何が起こってるんだ……)
* * *
さて、何から手を付けるべきか。
一つ重大かつ致命的な事実が判明してしまった。ログアウトができない。というか、システム関連に何一つ触れられない。更に<伝言>も試してみたが、誰にも繋がる様子はない。困った。
俺は色々と悩んだ結果、まずは安全を確保することにした。
とりあえず、この少女にまた襲われてしまうのは避けたい。ちょっと可哀そうだが、装備を全て剥ぎ取ることにしよう。
しかし、この恰好は凄いな……。頭には謎の飾りが左右に二つとバッテンマークのヘアゴムが十二本。左肩は大きく露出させ、黒いスパイクシールドやら肘当てやら、とにかく色々つけている。
髪と瞳の色から考えるに、左右非対称がコンセプトなのだろう。それにしても、脚鎧(脛当て)を片側にしか装備しないとは。効率度外視のロマンキャラメイクというやつか。
あまりにも装飾が多いため、苦戦しながらどうにか装備を外すことができたが、少女はほとんど下着姿になってしまった。起きたら絶対怒られる。
しかしこれだけ脱がせたら普通はBANされてもおかしくない。それなのに何の警告もないということは、既に運営の管理下にはないのだろう。つまり何らかの組織による陰謀か。だが、そのリスクに見合うリターンが果たしてあるのだろうか。
それを今考えても仕方がない。とりあえず剥ぎ取った装備をアイテムボックスに放り込む。そして拘束効果のあるワイヤーで体を縛り、壁に寄りかからせておく。
次にやるべきことは、周辺の状況確認だ。ここは一体何処なのか。それを確かめなくてはならない。
少し歩いて角を曲がると、そこには大きな扉があった。煌びやかな装飾が施されており、鍵穴などは見当たらない。試しに押してみてもビクともしないので、諦めて来た道を戻りもう片方の道を進む。
やがて正面に見えたのは長い階段だった。五十段程あるその階段を上り切る直前、目の前に広がる光景を見て咄嗟に息を潜めた。
その先には、白色の鎧を着た数人の兵士が居た。まるで今いる階段への道を守るように。
想像以上に危険な状況かもしれない。先程の戦闘音で誰も駆けつけてくる様子がなかったので、付近に敵はいないと思っていた。
だが恐らく、この無駄に長い廊下によって音が届かなかっただけなのだろう。
そしてあの兵士の統一された装備を見るに、間違いなくNPCだ。自分を不法侵入者とみなし、襲ってくる可能性がある。
どうするべきか……。俺の戦闘スタイルは複数戦に向いていない。ユグドラシルのサービス終了が告知されてから、タイマン専用の構成にしてしまったからだ。
仕方がない。なんとかあの少女を説得し、協力して貰うよう頼むしかない。一度、戻ろう。
* * *
「ん……」
「起きた? 気分はどう?」
少女は自分の体を確認した。意外なことに、特に気にする様子はない。
「私、敗けたのね」
「いやいや、今は勝敗云々話してる場合じゃないんだ。とりあえず聞いてくれ」
俺は協力して欲しいという旨を伝える。
「あなた、何言ってるの?」
「え? とにかく協力するべきだってだけだよ。外はNPCだらけだし、何らかの悪事に巻き込まれてる可能性がある」
「はぁ?」
何故理解してくれないのだろう。中の人がまだ子供だったとしても、そんなに難しいことは言っていないはずだ。
いや、まて。まさか……。
「分かった。いくつか質問するから、正直に答えて欲しい。まず、今年は西暦何年だ?」
「セイレキって?」
「まじか……。じゃあ、アースガルズやヘルヘイムという言葉に聞き覚えは?」
「なにそれ」
何ということだ。この少女はプレイヤーではない。なら、あの兵士達もNPCではなくただの人間だったのか。
そして西暦という概念もない以上、地球以外の惑星に飛ばされてしまったのか。いや、ユグドラシルの仕様が残っていることを考えるとそれはおかしいな。
とにかく分からないことが多すぎる。
「はぁ……。じゃあ、ここは何処かわかる?」
「スレイン法国の神殿最深部。聖域と呼ばれる所」
当たり前だがそんな国はしらない。
「君の所属は?」
「スレイン法国特殊部隊『漆黒聖典』番外席次”絶死絶命”」
「は? なんて?」
「スレインホウコクトクシュブタイシッコクセイテンバンガイセキジゼッシゼツメイ」
ば、バカにされている……。そのにやけ顔をやめろ。殺されかけて拘束されて、なんて肝が据わった奴だ。
その後もう一度聞いたが、ダメだった。結局「番外」という部分しか覚えていない。
「もういい!」
「名前も知りたい?」
「……どうせ長いんだろ。番外ちゃんでいいよ」
「私をちゃん付けだなんて、いい度胸ね」
その後も色々と質問し、目下の目標は定まった。
まずはこの国を脱出しなくてはならない。スレイン法国というのは人間以外が住める国ではないらしい。というか普通に殺されてしまうそうだ。
「どうにかして逃げるしかない……。はぁ、死にたくないな」
「ふぅん。じゃあ私が協力してあげようか。この神殿の構造はよく知ってるし」
「ん? 番外ちゃんは俺が怖くないの?」
「見た目のことなら問題ないわ。私は人間至上主義じゃないし」
「そうなのか。でもタダじゃないんだろ」
「当然。私と一緒に脱出したら、再戦してもらうわ」
なるほど、この子は戦闘狂なのか。でも、その気持ちは良くわかる。俺もしばらくPVPに勤しんでいたが、本気でやっていると段々と負けず嫌いになるものだ。
嘘を吐いている感じはない。そもそも騙したいならもっとマシな理由を挙げるはずだ。
「そんなことでいいならいくらでも。あまり痛いのは勘弁して欲しいけど」
「決まりね。じゃあ装備返して」
「はいはい」
アイテムボックスからぽいぽいと装備を取り出すと、かなり驚かれた。どうやらこの世界の人達はアイテムボックスが使えないらしい。これはあまり見せない方が良さそうだ。
* * *
こうして番外ちゃんの協力もあり、俺は無事に法国から脱出することができた。
(あれ? あっさりすぎない? もっと苦戦するかと思ったんだけど……)
補足1
盾を創造する指輪の話は多分次回説明します。
補足2
本来ならばモモンガさんには<伝言>が繋がるはずでした。
補足3
チャリオットは番外ちゃんが人類最強であり、この世界での百レベルが異常だということにまだ気付いていません。
ちなみに番外ちゃんは設定資料の服装をみると、ブラつけてなさそうなんですよね。肩にかける紐が見当たらないんですが、どうなんでしょう。
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初めてのキャンプ
・番外ちゃんと戦闘
・異世界に来てしまった
・なんやかんやで一緒に脱出
miiko 様 誤字報告ありがとうございます。
無事にスレイン法国の警備網を突破した俺達は、人目を避けるためにひとまず近くの森に拠点を構えることにした。ただしこの森にいるモンスターを狩るため国から定期的に部隊が派遣されているらしいので、これからの方針を決めた後はなるべく早く出発する必要があるだろう。
今番外ちゃんは法国に戻り、食料等の買い出しに行っている。彼女には悪いが、今は精一杯甘えさせてもらおう。
さて、この時間を無駄にはしていられない。
俺はまず謎だらけのこの身体について調べてみることにした。
俺の種族は融合体(アマルガム)。その名の通り、様々な種族を混ぜて出来たような見た目をしている。
頭は魚人をモデルとした、(個人的には)丸っこくて愛嬌のある感じの緑色。
右腕はカラクリ仕掛けで、左は筋骨隆々な人間の腕だが手首から先は猛禽類の四本指。
背中には悪魔の翼。下半身はドラゴンで、獅子の尾がついている。
他にもいくつかパーツがあるが、おおよそはこんな感じである。
そんな混沌とした身体だが、実は各種族の特性を少しずつ受け継いでいることが分かった。
魚特有のエラ呼吸やドラゴンブレス、何の種族の特性か分からないが夜目が効く……といった風に。他にもいくつかあるかもしれない。
これはかなり便利かと思ったが、実際はそうでもなかった。エラ呼吸には限界があるし、ドラゴンブレスはかなり弱い。翼もバサバサしてみたが、全く飛べる気配はない。ハイレベルなコスプレ程度のものだった。
残念感が拭えないこの身体に、更に追い打ちをかけられる。
「腹減った……」
この身体を維持するためには、どういう訳か大量のエネルギーが必要になるらしい。
リング・オブ・サステナンスがあれば食事も睡眠も不要だったかもしれないが、残念ながら持っていない。
というのも、kikyouさんとのPvPに備えて、アイテムボックス中の余計なアイテムを全てギルドに置いてきてしまったのだ。
よって今の手持ちは最低限の装備とポーション等の必須アイテムのみ。とても辛い。
はぁ、と大きな溜息を一つ吐き、左手の指輪に目を向ける。
今の自分が持っている、恐らくは最も価値の高い装備、”盾の指輪”。何の変哲もない名前だが、この世界においては非常に強力な効果を有することが分かった。
それは、あらゆる材質と大きさの盾を自由に生み出せるというもの。指輪の耐久値がなくならない限り、何度でも使用できる。
その有用性は計り知れない。ユグドラシルでは三種類のサイズの盾しか存在しなかったが、この世界では頭の中にイメージした盾がそのまま現れるのだ。
ただし今は指輪の耐久値を回復する手段がない。回復するには鍛冶師のスキルが必要なため、緊急時のみ使用することにした。
* * *
辺りが少し暗くなってきたので焚火の準備をしていると、番外ちゃんが戻ってきた。
「おかえり」
「ただいま。これ、便利ね」
無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)を振って見せる。ガサゴソと漁って中から取り出したのは、テントにランタン等のアウトドア用品、そして大量の食料だ。
それらの中には元の世界でも見慣れた野菜にパン、塩などの調味料もあった。この世界でも食材はあまり変わらないらしい。
早速テントを張って寝床をこしらえる。大人一人分程度の小さなものだが、贅沢は言えない。本来なら拠点作成系のマジックアイテムを使えばいいのだが、この森ではどうしても目立ってしまう。
それに、焚火にテントというのはいかにもサバイバルな展開で案外楽しい。
「よし、じゃあ夕飯作ろう」
「言っておくけど、私料理できないから」
「それはいいけど、野菜切るくらいは手伝ってくれよ?」
「えー」
彼女は心底面倒くさそうな顔でこちらを見る。
「手伝わないと飯食わせないぞ」
「うーん……仕方ない」
渋々だが納得してくれたようだ。
しかしさっきからこの子からは女子力というものを感じない。
法国を脱出する時は本当に酷かった。「あそこの兵士気絶させてくる」と言って飛び出した時は、”首に手刀”的なものを期待して見ていたのだが、実際は兜に一発グーパンチである。恵まれた容姿なのに勿体ない。いや、むしろアリなのか?
彼女が持ってきてくれた食料と調理器具を並べて少し考える。何を作ろう。
とにかく大量に食べたいので、やはり汁物がいいだろうか。とはいっても特段料理に自信があるわけではないので、凝ったものを作る気はない。
そんな訳で、簡単かつ多くの具材とマッチする『豚汁』を作ることにした。番外ちゃんが持ってきた調味料の中に味噌があったのは幸運だった。どうやらスレイン法国にしかない特産品の一つらしい。
大根、たまねぎ、ごぼう等数種類の野菜を切って鍋に入れ炒めたら、豚肉を投入。肉の色が変わったら水を入れ、沸騰後の灰汁を取って味噌を溶く。後は弱火でじっくり煮るだけ。最後に味を調えて完成だ。
「うまっ!」
「まぁまぁね」
とかいいながらもおかわりしている。彼女も満足してくれたのだろうか。
俺は生まれて初めてのキャンプを体験し、新鮮な野菜を使った食事を味わった。それも可愛い女の子と。これほど幸せなことが他にあるだろうか。異世界初日にして幸先の良いスタートである。
この世界初の料理に舌鼓を打った後は、焚火を囲んで雑談タイムだ。
「ところで君は法国を出ちゃって大丈夫なの?」
「問題ない」
「あそこで何をしてたんだ?」
「丁度掃除当番だったの」
嘘つけ。ルービックキューブ弄ってただろ。……ルービックキューブ?
「そういえば、あの時持ってたのってルービックキューブだよな?」
「ルビクキューのこと? 知ってるの?」
「こっちの台詞。この世……この辺にもあるの?」
「そもそもスレイン法国が発祥のはずだけど」
彼女は六百年前に降臨した六大神と呼ばれる神が広めたのだと説明した。
(ルービックキューブって確か、ルービックさんが考案したのが由来のはず。てことは地球から持ち込まれたのは間違いないよな。だけどリアルでルービックキューブが生まれてからまだ二百年も経ってないだろうし……)
そもそもこの世界はユグドラシルのルールが前提に成り立っている節がある。この森で出会ったモンスターは全て、ユグドラシルでのそれと完全に一致していたからだ。
(となると六大神は俺と同じユグドラシルプレイヤー? だとしても何故異なる時代に飛ばされた?)
しばらく唸って考えてみるが全く答えが浮かばない。多分彼らもサービス終了と同時に転移したのだろうが──。
「ねぇ、聞いてる?」
「あ、ごめん。何だっけ?」
「ルビクキュー何面揃えられるかって話」
「あぁ、六面できるよ」
「え、ほんと!?」
貸してみ、といってルービックキューブを受け取る。昔はよく遊んでいたが、今でもたまに触っているので揃え方は覚えている。右が三本指に左が四本指なので少し手間取ってしまったが、一分ほどで六面が完成した。
「凄い……。一瞬で完成させるなんて。六面揃えられた人さえほとんどいないのに」
「一瞬ねぇ。確か俺の記憶では、世界記録は4秒台のはず」
「なにそれ。一体どこのカミサマよ」
ふん、と鼻を鳴らして否定する。信じられない気持ちも分かるが、本当のことである。
これはスピードキューブという競技の記録だが、他にも様々な種目がある。目隠し状態で解いてみたり、片手や足で揃えたりと、嗜む程度の者にとってはまるで超人のように見えてしまう世界なのだ。それに自己ベストが10秒台の人なら割とごろごろいるらしい。一分など中級者も良いところである。
「やり方教えてあげようか。LBL法っていう有名なやり方があって、それを覚えれば誰でもできるようになるんだよ」
「……本当に?」
「本当本当。一月もあれば俺に追いつけるかもね」
彼女の目の色が明らかに変わる。
自分としても教えてやりたいと思う。同じ趣味を持つ人と話すのは初めてだったからだ。かつてギルドメンバーにも勧めたことがあったのだが、あまり反応は良くなかった。ルービックキューブというのは、達成感を味わえるまでが長いのだ。
それにさっきの彼女の発言から、この世界ではルービックキューブがあまり浸透していないことが分かる。このシンプルだが奥深く、美しい造形の玩具を是非とも流行らせてみたい。
更に雑談は続いた。本当はもっとこの世界について知らなければいけないことがあると思うのだが、ハイテンションになってしまいどうでもいい事ばかり話してしまう。
「その髪って染めてる?」
「地毛だけど」
「なんだって……」
オッドアイならぬオッドヘアー。そんな人が存在するとは知らなかった。
聞けば彼女は神の血を引く人類最強の存在なのだという。大仰な表現だと思ったが、全体的に痛い恰好だし、どうしても目覚めやすい年頃なのだろう。
纏まらない話になってしまいました。すみません。
(仮)なので投稿しましたが、書き直し筆頭です。
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番外ちゃん、リベンジする
・融合体の身体
・キャンプでドキドキ
・ルビクキュー
瞼が重くなってきた。明日は朝早くから行動したいし、早めに寝るとしよう。
おやすみと声を掛け、テントに入る。やはり窮屈だが、それもキャンプらしさを感じさせてくれるので悪くはない。
何とも言えない感慨に耽っていると、テントの幕が開き番外ちゃんが入ってきた。その手には戦鎌が握られている。
「ど、どうした?」
「テント、一つしかないから」
「あ、そうだったのか……。すまん、じゃあ俺は外で寝るよ」
起き上がろうとした所を片手で止められる。
「それには及ばないわ。私もここで寝る」
「は? いや、でも……いいのか?」
「気にしないで」
気にするなと言われても無理がある。あまりにも無防備ではないだろうか。
思わぬ発言にドキドキしているうちに、彼女は髪飾りを外して横になっていた。
(まさか、寝首を掻こうとしてるのか? いや、それにしては遠慮なく視線を向けてくるし、普通武器は隠すべきだ。となれば監視……?)
実は既に法国の上層部に連絡済みで、今もこちらの動向を伺っている。それが一番怖い可能性だ。今にして思えば、見ず知らずの相手に対してここまで親切にしてくれるものだろうか。
考える程に恐ろしくなってきた。もしこの世界で死んでしまったらどうなるのか。ゲームのように何度でも復活、などと期待はできない。死んだらそれまでということもあるかもしれない。
背中を冷たい汗が伝うのを感じながら、意を決して問い詰めようとしたが、それは彼女の言葉によって阻まれた。
「そういえば、あなたの名前は?」
「あ……まだ名乗ってなかったか。チャリオット。仲間からはチャーリーって呼ばれてる」
「仲間がいたの?」
「そうだよ。でも今は離れ離れ。何処にいるかもわからない」
最後までプレイしていたフレンドといえばモモンガさんくらいしかいないが、彼とは連絡がつかなかった。彼は最後までギルドにいたはずなので、念のためギルド指輪による転移も試してみたが、やはり失敗に終わった。
急に心細さを感じてきた。背中を預ける仲間がいないのはとても不安だ。
「ふぅん。まぁ関係ないけど。明日起きたら早速戦うからね」
「分かってるさ」
そう言って彼女はニンマリと笑った後、仰向けで目を瞑る。その姿を見て、肥大化していた警戒心が徐々に治まっていくのを感じた。
(どう見ても、ただの無邪気な女の子だよな)
初めは不幸なすれ違いもあったが、仮にも助けてもらった身だ。最初に出会ったのが彼女でなければ今頃どうなっていただろうか。人類至上主義を掲げる宗教国家なのだから、反論の余地なく処刑されてもおかしくない。そう考えれば、恩のある彼女を責める気にはなれなかった。
そんなことより、明日のPvPに向けて作戦を考えよう。この世界は圧倒的に自由度が高い。ゲームの中では不可能だった多くの戦法が有効になるはずだ。
次々とアイデアが浮かんでくることに、思わず笑みが零れてしまう。
ついにユグドラシルが終わってしまったかと思えば、まるでデータを引き継いだかのように新たな世界に飛ばされた。そして初日の夜には既にPvPのことばかり考えている自分がいる。
もしも神がいるならば、最大限の感謝を伝えたい。自分を"次のステージ"へ迎えてくれたことに。
* * *
テント超しに明るい日差しが入り、和やかな鳥のさえずりが聞こえてくる。
朝食はパンと牛乳で軽めに済ませ、集中する。調子は万全。
「よし。ルールを決めるぞ。一つ、アイテムによる回復は禁止。二つ、クリーンヒットを相手に二度与えた者の勝利。三つ目は、敗者は勝者のどんな命令も一つだけ従う……だけど、本当にいいのか?」
「問題ないわ。そうでもしないと本気出さないでしょ?」
「まぁ……」
確かにチャリオットは手加減するつもりでいた。余計な怪我を負わせたくないからである。
前回の
更にこの世界では痛覚が存在する。ゲームのように瀕死状態でも常に元気に走り回れるはずがない。傷が深ければ機能不全にも陥るだろう。
そのように考えれば、どうしてもハンディキャップは必須である。
「やっぱり一つ目のルールは変更しよう。ポーション回復はしてもいいが、その時点で失格となる、でどうだ?」
「お好きにどうぞ」
「じゃあこれ渡しておくよ」
そういって彼が取り出して見せたのは、見たことのない真っ赤な色をしたポーションだった。思わず顔をしかめてしまったが、反面ますます興味が湧いてくる。
ずっと退屈だった人生に、突如現れた刺激的で魅力的な生物。
(お願いだから、もっと私を驚かせてね)
受け取ったポーションを懐に仕舞い、互いに背を向け距離を取る。取り決めていた距離はおよそ十歩。周囲は良く育った樹木に囲まれ、大きく動けば武器の取り回しが面倒になりそうだ。
「この枝が地面に触れたら開始だ」
細い木の枝が放られる。空中でくるくると回転している枝に一瞬だけ視線を向け元に戻すと、彼の左手はいつの間にかめらめらと燃え盛っていた。
(やっぱり知らない魔法を隠してる。なら先手必勝……!)
カサリと小さな音を立て、二度目のPvPが始まった。
* * *
──<
踏み込む足を慌てて止める。燃える左手を地面に触れたかと思えば、眼前に現れた巨大な炎柱。それがいくつも重なって、完全に道を遮断した。
これまで見たことのない凄まじい魔力の量だ。だが私に魔法は効かない。
再度戦鎌を振り被り、前傾姿勢で大きく踏み込む。躊躇なく炎柱に突っ込んで──。
「あ゛っっっつ゛い゛!!!」
「何してんの!?」
予想外の熱気に、地面にゴロゴロと転がって熱を逃がす。
(なななんで!? 私の
チャリオットもまた驚愕していた。
(嘘だろ!? いや考えなしに突っ込んだこともそうだけど、これは俺の中で二番目に威力の高い魔法だぞ。なんで「熱い」で済んでるんだよ!)
「今のはクリーンヒットってことでいい……のか?」
「効いてない! 全然平気!」
「そ、そうか。凄いな」
ふぅーっと肺の空気を入れ替えて気を取り直す。理由は全く不明だが、彼の魔法は常識を超えている。いつもの様に無効化を前提に戦える相手じゃない。
頭の中で作戦を練り直していると、彼の左手から炎は消え、両手にそれぞれ異なる形状の斧が握られていた。接近戦は元々こちらの望む所、魔法を使わないのなら好都合だ。
先程とは打って変わってじりじりと間合いを取り合っていると、ある違和感に気が付いた。
景色がほんの少し揺らいでいる。何かが仕掛けられているに違いない。すぐさま武技を使い、解除に掛かる。
「<空斬>!」
横薙ぎと共に放たれる斬撃。狙い通り何かを切り裂くと、その周辺が炎に包まれ爆発した。恐らく、先の炎柱に紛れて仕掛けていたのだろう。
魔法は無いと油断させて罠に掛ける。単純だが
予定通り先手に踏み込む。すると相手は両手を下ろし、右脚を引く。一体何がという思考もままならぬ内に、視界が真っ暗闇に染まった。
(くっ。この匂い、まさか土!?)
ほとんど遮られてしまった視界の左端に、わずかな金属の光沢が映った。咄嗟に鎌の柄で防いだが、その後急に強い力に引っ張られ鎌の刃が地面に突き刺さる。
そして視界が晴れたかと思えば、迫りくるミドルキックに反応が追い付かず吹き飛ばされてしまう。
「ぐぅ……」
脇腹の激痛に堪えながら顔を上げると、やっと状況を理解することができた。異常な脚力によって抉られた地面。そして鎌の柄が斧の
完全にしてやられた。防御に不向きという鎌の弱点を、こんな方法で突いてくるなんて。
「これ返すよ。さすがに獲物なしじゃ厳しいだろうし」
「ムカつく。全身汚れちゃった」
「それは……すまん」
ぺっぺっと土を吐き出しながら武器を受け取る。
本当に腹が立つのは、絶好のチャンスを蹴りで済ませられたことだ。斧で来るなら左腕の装甲で防げたのだが、蹴りで吹き飛ばされては意味を成さない。そのせいで武器を手放してしまったのだ。
悔しいが、同時に嬉しさも込み上げてくる。今まで周りにいたのは取るに足らない格下ばかりだったが、彼は何度も何度も想像を上回ってくれる。
改めて距離を取り、お互いに武器を構える。
相手の動向に注意しながら距離を詰めると、今度こそ攻撃が通った。上手くいなされているが、この展開こそ望んだ形だ。
少しずつ彼を追い詰める。片手斧と戦鎌ではリーチの差が雲泥である。一方的に攻撃を続け、切っ先が何度か掠り続ける。しかしここで当初の懸念事項が立ちはだかった。
気が付けば周囲には樹木が立ち並んでいる。この程度切り裂くのは造作もないが、倒木に気を取られてリズムを崩されるのは面倒だ。
そう考えていると、こちらの攻撃が一度弾かれ後退を許してしまう。すかさず接近を試みるが、既に左右から木が倒れ始めていた。彼は距離を取る一瞬の内に、二本の木を切り倒していたのだ。
「邪魔!」
一刀のもとに両断する。瞬間隠れた彼の左手は、再び炎が灯っていた。
──
鞭のようにしなる炎が眼前に迫りくる。
「<流水加速> <神技一閃>」
間一髪で回避し、倒木を飛び越え横に振るう。屈んで避けられてしまったが、次の手はある。
「<即応反射>」
空中で崩れた姿勢を無理やりに戻し、往復するように横薙ぎを放つ。そしてついに、彼の右肩に深々と刃が突き刺さった。
一瞬喜びの感情に包まれかけるが、それは途端に霧散する。彼の右手に
そして聞こえた魔法の名は
その隙を彼が逃すはずもなく、気が付けば自分の首元には銀色の斧の刃が当てられていた。
「チェックメイト。俺の勝ちね」
いてて、と肩を押さえる彼の姿を眺め、漸く自らの負けを悟った。
* * *
「いやー、危なかった。あんな隠し技を持ってたとは。燕返しって言うんだったかな?」
チャリオットは項垂れる少女に次々と賞賛を送る。というのも、さっきから何も言わず俯いてばかりなのである。負けは悔しいだろうが、そこまで落ち込むことだろうか。個人的にはかなり良い勝負をしたと思っている。
どうにも困ったと唸りながら歩いていると、アイデアが思い浮かんだ。
「そうだ、今度俺の技……え、もしかして泣いて……?」
しゃがんで顔を覗いてみると、彼女はしくしくと泣いて頬を濡らしていた。
「な、泣かないでくれ番外ちゃん!」
「……もっと近くに来て」
「う、うん分かった────ぶへぇ!?」
触れる位置まで近づくや否や、グーで殴り飛ばされ宙を舞う。二回転ほどして地面に叩きつけられた。
「はい、私の勝ちね」
「は、はぁ?」
困惑しながらじんじんと痛む頬をさする。何を言っているんだこの子は。
「だって、ルールは『クリーンヒットを相手に二度与えた者の勝利』でしょ?」
──あ。そういえば、チェックメイトだの何だのと言ってしまったが、あれはヒットさせていなかった。
「まじかよ……」
「というわけで、早速命令を聞いてもらうわ。私と子供を作りなさい」
ん? 今なんて言った?
あまり長ったらしい戦闘描写はしたくないのですが、(私の)番外ちゃんの性格的にやむなしということで頑張りました。
ちなみにチャリオットの魔法はダークソウル2の呪術をそのまま。
次回はモモンガさんが出てくる予定です。
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買ってはいけない喧嘩
前回のあらすじ三行
・二度目のPvP
・番外ちゃんの勝ち
・子作り宣言
ジャック・オー・ランタン 様 誤字報告ありがとうございます。
「というわけで、早速命令を聞いてもらうわ。私と子供を作りなさい」
チャリオットはあまりの衝撃に何も言えず呆然としていた。
この世界に転移してからまだ二日目。出会ったばかりの少女に、何もかもすっ飛ばしていきなり結婚を申し込まれたのである。確かにどんな命令も一つだけ聞くという条件だったが、せめて恋人からではないだろうか。いやそもそも何故惚れられているのだろうか。
「あなたとの間に生まれる強い子供が欲しいの。できれば教育も手伝って欲しいけれど、そこまで無理は言わないわ」
「ほ、本気か? だって出会ったばかりだぞ?」
「関係ない。だってあなたの様に強い男なんて、他にいないもの」
平然と話しているが、その動機が理解できない。
いやもしかすると、この世界独自の価値観なのかもしれない。女はより強い男を探して子を成すのが常識で……ありうる。
あまりにも都合の良い解釈に逃げている。が、正直これだけの美少女に告白されて断るのはあまりにも忍びない。リアルでは出会いがなくて彼女の一人も出来なかったのだ。面食いだなどと言われても知ったことか。だって可愛すぎるんだもん。
「分かった。でも結婚はちょっと待ってくれ。もっとお互いを知ってからで……」
「結婚はしないわ。というか籍入れられないでしょ?」
「えっ」
どういう事なのか話を聞いてみると、どうやらこの世界に自分のような異形種はいないらしい。
森でユグドラシル由来のモンスターを見たせいでずっと勘違いしていたが、ゲームのように多種多様な生物が共存しているわけではなく、国民のほとんどは人間種か亜人種で構成されている。つまり、どこに行ってもこの姿では受け入れて貰えないのだ。早くそれを言って欲しかった。
すぐにでも街に入って観光しようと思っていたのだが、それも不可能になってしまった。透明化や幻術の類も持ち合わせていない。
「変身とかできないの?」
「そんなことできるわけ──あ」
融合体はあらゆる種族の特徴を持っている。それは人間種も例外じゃないはずだ。更にこの職業を取得するための前提職の一つに<
一つ懸念事項があるとすれば、それはシェイプシフターのレベルがたったの1だということだ。必要最低限しか取らなかったのが悔やまれる。
目を閉じて人間の姿をイメージする。まずは翼を仕舞って──
「痛い痛い痛い!!」
背中の翼がゴリゴリと体内にめり込んで無茶苦茶痛い。体のツボを思いっきり押されているような、芯に響く激痛だ。
「大丈夫?」
「な、なんとか……」
気を取り直して邪魔な部分を体内に取り込む。どうにか翼と尻尾を収納できたので、次に人間の皮膚を全身に纏うようなイメージをしてみると、見る見るうちに体が変形していく。死ぬほど痛いが変形は止まらない。
十秒ほど経つとようやく落ち着いてきた。まだ体内でぐるぐると何かが蠢いているのが少し不快だが。
あまりの痛みに零れてしまった涙を拭い、自分の左手を見る。それは温かみのある健康的な人間の手……などではなく、やはり猛禽類の手であった。そのまま視線を落として見ると、思いっきりアレが丸出しだった。慌てて適当なズボンを履く。
アイテムボックスに鏡代わりになるものはないかと探してみると、丁度良く"鏡の騎士の大盾"があった。金属でありながら雷属性に対して高い耐性を持つ盾である。
「うわー。中途半端」
頭と胴体は概ね人間に見える。しかしパーツが足りなかったのか、手足の関節から先がそのままだった。
それに体の表面積を減らしてぎちぎちに詰め込んだせいか、少し体温が上昇した気がするし、なんだか窮屈だ。サイズの合わないスーツを着せられているような感覚だろうか。
(どっかで見たような顔だな)
上半身裸、ツンツン頭、日本人らしい黒髪黒目。
思い出した。ユグドラシルで最初にアバターを作るときのデフォルト設定だ。
なぜデフォルトなのかと考えながらぺたぺたと触っていると、彼女の視線に気が付いた。素人でも分かるような、強い疑いの目だ。
「……なぜ? どうしてお母さんと同じ色を? あなた、一体どこから来たの?」
彼女との共通点は髪と瞳の色だから、おそらくその事を話しているのだろう。母親のみを挙げているのは、彼女がハーフだから?
ただならぬ雰囲気から、下手な発言は彼女の機嫌を損ねかねないだろうと考える。昨日の会話を思い出しながら質問の意図を探っていると、一つの答えに辿り着いた。
「そうか……。君のお母さんは、日本人だったのか」
「ニホン……?」
彼女は自分を神の血を引く存在だと言っていた。昨日は黒歴史だと思い流していたが、本当に六大神、つまりプレイヤーの血を引いたのなら、日本人の特徴を持っていてもおかしくはない。
この子には話すべきかもしれない。プレイヤーとの繋がりを持つ存在は貴重なはずだ。
「俺は違う世界から飛ばされて来たんだ。その世界に住む多くの人は日本という国の出身で、こんな黒髪黒目をしている。多分、君のお母さんもそこから来たんじゃないか?」
「お母さんは法国出身だから違う。あくまで神の血を引いてるだけ」
その言葉を聞いて少しだけ落胆する。可能性は低いと思っていたが、やはり彼女の母親はプレイヤーではなかった。
「ねぇ、あなたは神様なの?」
「こんな神様いたらそれはそれで面白いけどね。神様も実験失敗するんだなって。
まぁ冗談はさておき、俺も六大神も、ちょっと力を持っただけの生き物に過ぎない。なんで日本人が神として崇められてしまったのか、どうも理解に苦しむな」
「そうなんだ。この世界と違って、あなたの居た世界は面白そうね。私もそこで生まれたかった」
「あー……オススメはできないな。こっちの方がよっぽど良い世界だよ。ホントに」
あの世界は取り返しのつかない失敗をしてしまった。人間が欲をかきすぎた結果、美しかった環境は汚染され、格差社会を生んでしまった。
もう二度と、あんな所には戻りたくない。
「ねぇ。もっと色んな話を聞かせてよ」
「もちろん。君のお母さんの話も聞かせてくれ。まぁそれは移動しながらだな」
「その前に水浴び」
それもそうだ、と無限の水差しを渡す。大量の水を収納できるアイテムだ。
互いに汚れを落とし、荷物をまとめる。
最初に目指すは三国に囲まれた城塞都市、エ・ランテルだ。
* * *
エ・ランテルまでの道のりはそれなりに険しい。というのも、法国の連中に姿を見られないよう森の中を進んでいるからだ。自分は人間に変身して手足を装備で隠しているし、彼女は全身を緑のコートで包んでいるから、すぐにバレることはないだろうが。
最初の内は自然を楽しみながら歩いていたが、次第にストレスが勝ってくる。森の中はほとんど整備されていないので足元に気を配る必要があり、モンスターも頻繁に襲ってくるので中々神経を使う。
しかしこうまで徹底する必要があるだろうか。街に着いても法国の人間に見つかる危険性はあるのだから、いっそ<飛行>で一気に移動してしまおう……と彼女に提案したのだが、それは断られてしまった。
どうやら彼女は、俺がモンスターと戦う様子を見て楽しんでいるらしい。モンスターが出る度に自慢げに技を見せびらかしたのが仇になってしまったのだ。
そしてついに訪れた、二日目の夜。手頃なスペースを見つけて食事をとり、水浴びや服の洗濯を済ませたら、テントを広げる。
(やばい、結局何の対策も思いつかなかった。いきなり子作りはまずすぎる。色々と後に引けなくなるし、この世界を旅したいのに子供なんてできたら……)
歩きながらの会話の中で、この世界は本当に謎に満ちているということが分かった。まるでユグドラシルのように、未知のエリアで溢れているのだ。是非とも冒険してみたいと思うのだが、もしも子供が産まれたらその夢は潰えるだろう。
彼女と一緒にいられるのは嬉しいが、夫婦円満を望んでいるわけではない。できることならリアルのように家族や社会に縛られず、自由に生きていきたいのだ。
しかし気付けば二人テントの中。彼女は恥ずかしげもなく服を脱ぐ。
年相応の控え目な双丘に、引き締まった美しいボディラインが、月の光に薄く照らされシルエットとして映し出される。半端に利いた夜目のせいで細部はぼやけ、むしろ情欲を掻き立てられる。
掛ける言葉も見当たらず、無意識にゴクリと喉を鳴らしたタイミングで彼女は言った。
「心配しないで。やり方は知ってるわ」
え、まさか経験豊富なのか。ちょっとショック、いやそうじゃないと一人問答している内に、するりと寝床に潜り込まれてしまった。
彼女は俺の右腕を両手で抱きしめ頬を当て、更に足を絡めると、その状態で両目を閉じる。
そのまま五分が経過した。右腕と右脚はがっちりと挟まれて動かせない。
十分経過。人間形態は体温が高いというのもあり、汗だくになる。時々入る外の風が心地良い。
三十分経過。彼女はすーすーと寝息を立てて寝てしまった。
* * *
城塞都市エ・ランテル。三重の立派な城壁に囲まれたこの都市に、新たな二人の冒険者が現れた。
一人は漆黒の全身鎧に身を包み、真紅のマントと二本のグレートソードを背にする屈強そうな戦士。そしてもう一人は誰もが振り返るほどの美貌を持つ女性で、その黒髪は日の光を浴び真珠の様に艶やかに輝いている。
戦士モモンと魔法詠唱者ナーベの二人組は、冒険者として初めての依頼に望んでいた。
「では先導は野伏のルクルットが、左右は私とダイン、ニニャが守ります。モモンさんとナーベさんは、馬車後方をよろしくお願いします」
「了解しました」
今回共同で依頼を受けた『漆黒の剣』リーダーであるペテルが指示を出す。
モモンは隠れて興奮していた。蓋を開けてみれば夢のない冒険者稼業に一度は落胆したものだが、それでも初めての依頼は気合が入る。それに、久しぶりに外で体を動かせるのも嬉しかった。
(よし、何事も最初が肝心だ。この依頼でモモンの実力を見せつけ、彼らには存分に俺の名声を高めて貰わなければ)
「出発しますねー」
馬車の準備が整うと、今回の依頼主であるンフィーレアが声を上げた。
そして出発と同時にまたもルクルットが軽口を叩く。彼は酒場で出会った時からナーベに目を付け、しつこいほどにアプローチしているのだ。
対するナーベは黙れミジンコとお得意の毒舌をお見舞いする。
主人が呆れ、従者が自責の念にかられているその隙に、背後から凶刃が襲い掛かった。
「ナーベ、あまり人間を下等生物扱──あだぁ!?」
「アインズ様!?」
どこからか飛来した何かがモモンの背を強烈に打つ。突然の衝撃に対応できず、モモンはそのまま地面に激突してしまった。
「アインズ様、ご無事ですか!?」
「ナーベ! 俺の事なんか気にするな! 周囲の警戒をしろ!」
モモンは素早く起き上がり、ナーベは弾かれたように周囲を見張る。更に『漆黒の剣』のメンバーも集まって武器を抜いた。
一人の歯ぎしりと呪言を除いて、しばらくの静寂が続く。
「誰も、来ないですね」
最初に口を開いたのはペテルだ。
「そうだな。しかし、一体何が起きたんだ? この斧はどっから飛んできた?」
続いてルクルットが疑問を投げかける。モモンの足元に転がっていたのは、一見して安っぽい印象を受ける一本の斧だった。
モモンはそれを一瞥した後、振り返る。
「皆さん、申し訳ありません。今回の依頼は日を改めてもよろしいでしょうか?」
「……当然ですね。このまま出発するのはあまりにも危険です。いいですよね、ンフィーレアさん?」
「わ、分かりました。それで大丈夫です」
依頼主が了解し、この場は解散となった。
モモンは足元の斧を乱暴に拾ってアイテムボックスに収納し、すぐさまナザリックに転移する。
* * *
ナザリック第十階層玉座の間。緊急招集を受けた階層守護者達は、玉座に向かうアインズの急いた足取りに不安を抱く。もちろん、それを表に出す愚か者はいない。
「面を上げよ」
素早く一斉に顔を上げ、極限まで集中する。緊急の要件においては聞き逃すことは疎か、一秒でも無駄な時間を掛けることは許されないからだ。
「つい先ほどのことだ。私が冒険者モモンとして活動している最中に、何者かの襲撃を受けた」
シャルティアは内に渦巻いたあらゆる感情を必死に抑え、続く言葉を待った。
「そうだ。不測の事態に必要なのは常に冷静であることだ。お前達は正しい。
さて、まずは伝えねばなるまい。私は何らの怪我も負っていない。安心してくれ」
マーレは感謝する。偉大なる至高の支配者は、何よりも優先して我らしもべの不安を取り除こうとしたことに。
「だが、この事実もまた問題なのだ。私は襲撃に遭ったにも関わらず、ほとんど実害を被っていない。では敵の目的は何か?」
デミウルゴスは思案する。緊迫した状況だが、それでも我らの頭脳を試されているのだ。
「誘導、でございます。アインズ様は既にニグレドによる追跡を行っているはず。ですが、下手に手を出すわけにはいきません」
「その通りだ。それに、重大な事実も発覚した」
アインズはアイテムボックスから斧を取り出し、<道具上位鑑定>を掛ける。
「襲撃に用いられたこの投げ斧はユグドラシル製だ。主に<投擲>スキルを持つ戦士職がモンスターを誘き出す時に用いる。つまり襲撃者は、戦士職の
コキュートスは思い出し、カチリと顎を鳴らす。かつての大侵攻では、アインズ・ウール・ゴウンに歯向かう愚かなプレイヤーに敗北を喫し侵攻を許してしまった。二度と繰り返してはならない過去である。
「ここで最悪の可能性は、襲撃者がこのナザリックの存在を既に暴いているということ。私がこの斧の所有者に躍起になっている間にここを襲撃される、ということだけは絶対にあってはならない。分かるな?」
アウラは歯噛みする。今回の襲撃に最も憤るべきは当然アインズ自身である。その本人が、我々しもべに我慢せよと言っているのだ。本当ならば是が非でも襲撃者を追いたいはずなのだから、その苦悩は計り知れない。
「敵の戦力が分からない以上、下手にこちらの戦力を分散することもできない。しばらくはニグレドに調査を任せ、情報を得次第お前達に共有し、対策を練らねばならないだろう。
いいか、気を引き締めろ。常に警戒を怠らず、慎重に行動せよ」
アルベドは決心する。愛するお方を傷付けたクズ共を、必ず地獄に叩き落とすと。
ナーベラルが物凄い勢いで口を滑らしちゃってますが、仕方ないですよね。
ついアルベドは不穏な書き方をしてしまいましたが、頻繁にログインしていたチャリオットはそんなに憎んでいません。多分
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逃亡生活が始まる?
・初夜
・モモンさん襲撃される
・NPCげきおこ
この森に巣食うモンスターはかなり弱い。レベルにして十に満たないのではないだろうか。これまでは念を押して強めのスキルを使って倒してきたが、今はもう気持ちが緩み切ってしまった。敵が見えたら斧を投擲する、それだけの作業だ。
実はこれが意外にも番外ちゃんに好評だった。というのも、この世界では武器の投擲という攻撃手段は珍しいそうだ。考えてみれば当然のことで、アイテムボックスを持たない人にとって携帯できる武器の数は有限である。わざわざ投擲用の武器を用意するくらいなら、素直に弓を背負う方が理に適っている。投げナイフならば嵩張らないかもしれないが、スキル無しでのスローイングは想像だけでも難しい技術だと分かる。精々見世物くらいにしかならなそうだ。
そんなわけで、今は彼女と共に投擲の練習をしながら歩いている。投げ物は数種類あるが、まずは比較的扱いやすい投げ斧を渡しておいた。
「またつま先の向きズレてるよ。あともっと胸を張る」
ギルドメンバーからの受け売りではあるが、投擲に必要な知識を伝えていく。だがこれは一朝一夕で身に着くような技術ではない。まずは投擲物の重心に慣れ、リリースタイミングを体で覚える必要がある。ユグドラシルではキャッチボールは得意でも、武器の投擲は苦手とする人が多かった。
彼女もその例に漏れずかなり苦戦している。センスはあるし膂力も十分なのだが、やはり精度が悪い。すぐには使いこなせないだろうが、楽しんでやっているのはとても嬉しいし良いことだ。
太陽が一番高く昇る頃、50メートルほど先の木の間から、緑の平原と白い城壁が見えてきた。あれが目的地の城塞都市エ・ランテルに違いない。思っていた以上に立派な街のようで、未知の文化に期待が高まる。
するとすぐ先の木陰から、下卑た声をあげながら、ゴブリンの集団が姿を現した。彼らが手に持つ小汚い得物には見覚えがある。朝に逃がしたゴブリンが、性懲りもなく待ち伏せをしていたのだろう。
しかし、わざわざ待ち伏せしておきながら不意打ちをしないのは非常に勿体ない。ゴブリン程度の知能ではこれが限界なのだろうか。
隣の番外ちゃんは待ってましたと言わんばかりに斧を構える。新たな犠牲者、もとい練習相手に少しだけ憐憫の情を抱きつつ、数歩後ろに下がる。彼女が斧の投擲にハマってからは、自分は専ら斧の回収役になっていた。散らばった斧を<磁力>で回収し、彼女に手渡す。まるで小間使いだが、この世界唯一の協力者の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。
対するゴブリンは無策でもないらしく、斧を振り被るのを見ると木を盾にして回避している。ちゃんと学習能力はあるらしい。
そうして上手いこと前進するのかと思いきや、何故かゴブリン達は少しずつ後退していった。彼らの後ろに森はないため、後退は悪手でしかないはずだ。どうにも一貫性のない行動に違和感を覚え始めたとき、その理由が明らかになる。
「あ」
時すでに遅し。樹上に潜んでいたゴブリンによる棍棒の投擲が彼女を襲う。それは見事頭部にヒットし、ボコッと鈍い音を立てた。
それを受けた彼女は足を止め、斧の柄をギリギリと握り締める。無理もない。ゴブリン如きの作戦に引っかかってしまったこともあるだろうが、真に注目すべきは彼らの投擲技術。安定を欠く樹上から、粗末な出来の棍棒を的確に頭部に命中させたのだ。投擲だけ見れば間違いなく彼女よりも上手であった。プライドの高い者にとっては耐えられないかもしれない。
怒りに任せて樹上に放った投げ斧は、ゴブリンの真上を掠めて抜けた。
「ちょ、やばい!」
斧は凄まじい速度でエ・ランテルの方向へ飛んでいく。慌てて<磁力>を唱えるが、既に射程外であった。
万が一でも街の住民に被害が出たら大変なことになる。探知系の魔法を使われればすぐにこちらの居場所が割れ、指名手配まっしぐらである。それに人的被害がなくとも、城壁に突き刺さった斧が見つかるだけでも大問題になりかねない。
せめて斧の行く先を見なければ。目の前のゴブリンを即座に切り伏せ、街に一番近い木陰に身を隠す。幸いこの身体は視力が良いため、既に小粒程度にまで遠ざかった斧を捉えることができた。しかしその両目は、最悪の事態を目の当たりにしてしまう。
城壁をかろうじて避けたその斧は、運の悪いことに城門近くに立っていた黒の全身鎧に命中してしまった。
「あ、あわわわわ……」
鎧の者はすぐに立ち上がり剣を構えた。命に別状は無いようだが、問題はその隣にあった。
その体つきと身長から、恐らく女性。顔や装備までは見えないが、重要なのはただ一つ。その女性は、黒髪であった。
「番外ちゃん! 逃げるぞ!」
「え?」
彼女の疑問に答える時間は無い。もしもあの女性が日本人、いやプレイヤーであれば、非常に不味いことになる。黒の全身鎧、黒髪の女性、更に後ろには数人が見えた。もしもその全員がプレイヤーなら、どうやっても勝ち目はない。こちらが取るべきは、逃げの一手だ。
幸いまだ気付かれていないらしい。素早く森に戻ってから、アイテムボックスを探る。取り出すのは斑模様の入った手の平サイズの卵。フレンドリーファイアの可能性があるため本当は使いたくなかったのだが、背に腹は代えられない。番外ちゃんを襲わないよう祈りながら、卵を地面に置く。
手を離れた卵はカタカタとひとりでに揺れ始める。数秒後にはヒビを作り、眩い閃光と共に孵化すると、見慣れた
"潜む沼地の大蛇"の名でヘルヘイムにPOPするこのモンスターは、運営の御眼鏡に敵い、課金限定の移動用ペットに抜擢された。
縦に黒と茶の縞模様を揃えたその体長は20メートルにも及び、レベルも80と非常に高い。ただし飽くまで移動用のため、攻撃命令は下せない。戦闘に関しては最低限の自己防衛機能を備えているだけである。
しかし、自己防衛の条件には「所有者以外の騎乗」が含まれていたし、そもそも一人乗りのペットであった。ユグドラシルでのシステムがどこまで反映されているのか、全く想像がつかない。そういった意味で、これは危険な賭けだった。
「キース。俺達を乗せて全速力で駆けろ。できるか?」
意思疎通が出来ることを祈って声を掛けてみると、頷いて了解の意を示してくれた。信じられないことに、人の言葉を理解しているようだ。
キースの背に恐る恐る跨ってみる。光沢のある頑丈そうな鱗だが、思っていたよりも柔らかく、乗り心地はとても良い。凄い、可愛いと口にする彼女も続いて跨るが、キースに嫌がる素振りはない。敵対の不安が解消され一安心だ。
出発の合図を出すと、キースの全身が瞬間硬直し、最高速で駆けた。
「は、はやっ……!」
一瞬の加速によって全身に強烈なGがかかる。空気の塊が正面から襲い掛かる。少し考えれば分かったことだが、ゲームにはない物理法則の波に押し寄せられた。
* * *
薄明に差し掛かった頃、俺達はカッツェ平野と呼ばれる場所にいた。エ・ランテルから南東に位置し、常に霧に覆われている地だ。アンデッドが多発する危険地域でもあり、逃げ隠れるには絶好の場所となる。今日はここにグリーンシークレットハウスを建てることにした。
魔法で作られたコテージ風の拠点は、外見と異なり内装がとても広い。何時間も走りっぱなしだったキースはへとへとであり、リビングで羽を伸ばしている。番外ちゃんはキースを気に入ったようで、全身を触ったり頭を撫でたりしていた。今は餌を与えようとしているが、キースはどれも受け付けないようだ。ゲームなら特別餌を与える必要はないのだが、この世界ではそうもいかないだろう。蛇の餌の好みも調べなくてはならない。
ふかふかのソファーに腰掛けて、今日の出来事を振り返る。
(困った、本当に困った。今思えば、素直に自首して謝罪するべきだった)
普通に考えれば、この世界に飛ばされたプレイヤーの存在は貴重なはず。仮にこの世界に飛ばされたのが最後までログインしていたプレイヤー全員だったとしても、異なる土地と時代に分散すれば、出会う確率はかなり低い。むやみに手は出せないだろうし、そもそもユグドラシルにおいて確実に勝てる保証など一つもない。不可能を可能にしかねない
(まぁ、WIなんて持ってないんだけど……。過ぎたことを考えていても仕方がない。そんな躍起になって追いかけられるほどの事件でもないしな。今後の予定を考えるか)
今後の予定といっても、目的地は殆ど決まっている。エ・ランテルの南から逃亡し、南西のスレイン法国を避けるなら、行ける場所は南東の竜王国しか残っていない。人間圏の最南端である竜王国は、その名に反してドラゴンなどは住んでいないらしい。国名の由来が気になるところだ。
竜王国に着いたら、仕事はどうしようか。世間知らずで出自不明の一部異形種が暮らしていけるのだろうか。最悪、番外ちゃんのヒモになってしまうかもしれない。それだけは避けたいと思う。
遅くなりました!
初夜後の展開ばっさりカットですみません。上手く書けませんでした。
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竜王国
正方形のタイルが敷き詰められた石畳に、窓がいくつも付いた縦長の建築物、それらを繋ぐ謎のアーチ。ゾンビが串刺しにでもされそうな突起物が屋根の上にたくさんある。
どうしてこのような構造になったのかは知る由もないが、どれも歴史の教科書に載っていそうな風景である。
「うん。それっぽくていいな」
「ぽい?」
嫌でもかつての世界を思い出す。
科学の発展は監視社会を作り出し、貧富の差を生み、そして自然を破壊した。科学で得られたものは大きいが、損失はどれも致命的なものばかりだった。
文化を築き、歴史を紡ぎ、家庭を営む人達が道を行き交う。太陽の日差しに目を細め、知り合いを見かけたら声を掛ける。そんな当たり前のことさえも出来なくなり、皆仮想現実に逃げたのだ。
だめだ。どうしても、元の生活と比べてしまう。これはもう直すべき悪い癖かもしれない。過去は忘れて今を楽しむのが一番だ。
「ぽいってなにが?」
隣を歩く番外ちゃんの格好に目を向ける。
彼女の装備はあまりにも目立つうえ、本人からの希望もあったため今は着替えを貸している。緑色のフード付きコートに骸骨Tシャツとファイヤーパターンのパンツだ。年頃の女の子に対してあまりにも失礼なファッションだが、一応それなりに優秀な防具である。
そもそも、彼女が持っていた防具はあれだけだった。着替えとして持ってきていたのは、何の効果も持たない普通の私服である。彼女はこの世界では相当に強い部類のようだが、ユグドラシルプレイヤーが紛れている可能性がある以上、最低限の防具は着ておくべきだ。でなければ怖くて眠れない。
だが本当に申し訳ないと思う。本人は気にしていないようだが、あまりにもダサい。特に、ギルド長の御尊顔をあしらったTシャツが。
「聞いてるよね?」
「イケてるってこと。さて、これからどうしよう?」
やるべきことは色々ありそうだが、個人的には資金の確保が最重要だ。その点で一つ確認したいこともある。これが上手くいけば、当面の生活費はなんとかなるはずだ。
「ちょっと寄りたい所があるから、これでご飯でも食べてて」
「え、いやでも……たったこれだけ?」
「贅沢言いすぎ。食べ終わったら連絡してね。じゃ」
彼女はフードを深めに被りなおし、すたすたと歩いていく。
俺は置いてけぼりにされてしまった。
預かったのは小さな金貨1枚。その1枚を握りしめて辺りを見回す。この辺りに店はなさそうなので、少し歩いてみることにした。
番外ちゃんと別れてから三十分は経っただろうか。未だ店に入れずにいる。なぜなら文字が読めないからだ。
日本語が通じているのだから、当然文字も日本語だと思い込んでいた。番外ちゃんの口の動きを見て翻訳機能が働いていることには気付いていたが、まさか文字は適用外だったなんて。
食品サンプルや写真でもあれば良いのだが、残念ながら見当たらない。唯一見つかったのはマグカップから湯気が出ている絵の店だ。どう見ても喫茶店か何かだが、すっかり腹も減ってしまったので、仕方なく入ってみることにした。
店内は驚くほどお洒落だった。床は大理石で天井にはシャンデリアが飾られている。ここは庶民が出入りするような場所ではないのでは。
しかし、店内には甘い香りが漂っていた。甘味はリアルでの生活も含め、しばらく口にしていない。ケーキを想像したら唾液が溢れてきてしまった。
「いらっしゃいませ。お一人様ですね」
品の良い若々しいウェイターが出迎える。
「はい。あの……これで足りますかね?」
番外ちゃんから貰った金貨1枚を見せてみる。ユグドラシルであれば下級ポーションすら買えない額である。
「はい、丁度ですよ」
ほっと一息つく。どうやらレートはかなり低いらしい。
しかし考えてみれば当然の話である。ユグドラシルにおいて金貨は万単位で取引するのが当たり前だが、現実でそんな売買が成立するはずもない。金貨を運ぶだけでも大変な労働である。
店内を進み、ウェイトレスからナプキンを受け取る。そして席に着いてすらいないのだが、何故かドリンクを選ばされた。既に嫌な予感がする。
更に奥へ進むと、そこには驚きの光景が広がっていた。
ダンスホールのような広い空間に、大きな円形テーブルと大量のスイーツ。そしてドレスコードに身を包む育ちの良さそうな若い男女。これはもしや、立食パーティーと呼ばれるものではないだろうか。
(これは……やってしまった。素直に人に聞けば良かった。しくった……)
しかも周りは揃いも揃って美男美女だ。街で見かけた人達も随分とレベルが高かったが、これが標準だとしたら恐ろしい。
こんな場所で下手な行動に出て笑われるなんてことは絶対に避けたい。とりあえずはホール内を歩き回り、周囲の観察から始めるのが無難か。
なんとか不自然に思われないようウロウロしていると、思わぬ相手に捕まってしまった。
「初めまして。一緒にお話しませんか?」
話しかけてきたのはまだ十五にも満たないような少女だった。しかし身なりが良く、やはり顔立ちも可愛らしい。
彼女も一人で来たそうで、何故か共に食事をすることとなった。ただ飯を食いにきただけなのに、そんなことある? と心の中で叫ぶ。
最初は自己紹介から始まった。自分は
少女は別の国の魔法学校に留学中の学生で、休暇を貰って竜王国に戻ってきたそうだ。そしてつい最近、第二位階魔法を扱えるようになったという。常識を殆ど知らない自分にとって、魔法トークが出来るというのは非常に有り難い。
「おー、第二位階。いや懐かしいなぁ」
「チャリオット様も魔法が使えるのですか?」
「使えるよ。第十位階一つと九位階二つ」
少女はくすくすと笑う。
「俺なんか変なこと言った?」
「ふふ、突然真顔で冗談を仰るものですから面白くて。これはあまり知られていないことですが、魔法は第七位階までしか存在しません。普通の人は第三位階が限界なんです」
少女は笑っているが、これは衝撃の事実である。そんなこと番外ちゃんは教えてくれなかったぞ。
第八位階より上の魔法は番外ちゃんとの戦闘で使用済みだから、存在が抹消されているわけではない。つまり、この世界の魔法レベルが想像以上に低いということか。
六大神の話を聞いたとき、ユグドラシルプレイヤーのレベルは頭一つ抜けている、という程度しか考えていなかった。カンストプレイヤーが六人いれば、七十レベル千人に囲まれようが殲滅できるだろう。それほどまでにレベル差という壁は大きいものだ。
しかし、常人で第三位階というのはあまりにも低すぎる。第三位階は確か<火球>とか<雷撃>辺りだったと思うが、そんな下位の魔法を使うプレイヤーはせいぜいが三十レベルというところだ。頭一つどころか天地の差である。
(三十レベルなんて、一日中殴られても死なない自信あるぞ。モモンガさんなら上位無効スキルがあるから負ける要素ゼロじゃないか。これは六大神が崇められたのも納得だな……)
「どうされました?」
「いや、何でも……。俺お腹空いたし食べていい?」
マナーが分からず口にしていなかったが、流石にもう良いだろう。近くにあったスコーンらしきものを手に取ってみる。まだほのかに温かいそれを口に運ぶ。
「! ……うま」
思っていたより食感は柔らかく、中にはほんのりビターなチョコレートが入っていた。口の中で生地とチョコが交わり、舌の上で転がすと簡単に溶けてしまう。続いて最初に受け取ったドリンクを一口飲む。これはまさしくカフェラテの味で、濃厚だが喉をするりと通り、なんとも上品な余韻を残していった。
前言撤回。この世界のレベルは想像以上に高い。結局良い意味で期待を裏切ってくれるじゃないか!
目の前のテーブルと他のテーブルを目をやる。まだまだ数え切れないほどのスイーツがある。これが全部食べ放題……。
気が付けばマナー云々は全て忘れ、尽きぬ食欲を満たすことに夢中になっていた。
周囲の女の子は一人から二人、二人から三人と増え、彼女らがよそってくれたスイーツを次々と口に放り込む。男子からはさぞ冷ややかな目で見られているだろうが、もはや気にならない。
ついでに女の子達からこの店のことを聞いてみた。どうやらここは、竜王国独自の社交文化を取り入れている店だそうだ。
その昔、貴族や商人らは自らの跡継ぎを育てるため、子供達のための茶会を開いた。大人は一切関与せず、子供は将来のクライアントやライバルとの交流を通し、競争社会で生き抜くためのスキルを自主的に磨いていく。
しかし時代の変遷とともにその在り方も変化した。かつての竜王国は男性優位社会であったが、女王が国のトップとなったことで女性の社会進出が増えてゆく。当然茶会の場にも現れるわけだが、年頃の男女が集まった結果どうなるか。
茶会の本来の趣旨は失われ、両親の目が届かない絶好の出会いの場かつデートスポットへと変貌を遂げることになる。いわばエリートだらけのハイレベル合コンである。彼らのニーズを受け、誕生したのがこの店なのであった。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
個室のトイレに入り一息つく。料理はとても美味しいが、一つ難点があった。それはこの不便な両腕である。
右腕はからくり仕掛け、つまり木製であるため防具の着用が不可欠である。食べ辛くて仕方がない。そして左は鳥の四本指であり、種族特性上防具を着けられず裸のままである。それ故、他人の前では片手しか使うことが出来ないのだ。
窮屈だった防具を外し、服の下に隠した左腕を解放する。
「ん〜! ……よし、<伝言>」
番外ちゃんは伝言を使えない。連絡を取るならこちらから伝言を飛ばす必要がある。
ちなみに第0位階なるものは使えるらしいが、そもそもこの世界には自分のような剣と魔法を両立する″ハイブリッド型″はまずいないだろう。なぜなら90レベル以上でようやく実用的になる、いわゆる大器晩成型だからだ。それに、大器晩成とはいえ純戦士や純魔法詠唱者より強いわけではない。正直意外性があるだけなので、素直にどちらか一方を伸ばした方が楽なのだ。
「もしもし。もうすぐ食べ終わるとこだけど、そっちは?」
「やっときた。もう待ちくたびれてる」
「あ、やっぱり……ごめん、すぐ行くよ」
名残惜しいがなるべく早く店を出ることにしよう。
伝言を切ってトイレから退出しようとしたところ、一人の男と目が合った。金髪七三分けで身長が高く、いかにもエリートという感じだ。
「お前……!? ちょっと待て。話したいことがある」
「えっ」
そのまま両肩を掴まれ、トイレの個室に押し込まれる。嘘だろこいつまさかホ
「どうなってるんだその腕は」
「腕? ……あっ!」
完全にやらかした。この男を消さなければならない。
ここでは金貨は現在の貨幣価値に換算して10万円相当とします。
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胡散臭い男
少々浮かれていたらしい。要らぬ失敗をしてしまった。
だがやってしまったものは仕方がない。幸い近くには誰もいないようだから、アレの効果を試すには丁度良い。
「動揺はあるだろうが落ち着いて聞いて欲しい。まず、私に敵意は一切無い」
男は両の掌を見せ、何も持っていないことをアピールした。伸ばしかけた自身の右腕にブレーキを掛ける。
男は指輪をしていない。篭手などの防具も見受けられない。ならば少なくとも戦士系ではないし、魔法詠唱者だとしてもこの距離ならば間違いなく勝てるだろう。
そして、男が話している間に戦闘準備が整った。背中に隠した左手には既に斧が握られている。
絶対的に有利な状況。その余裕が冷静な思考を取り戻させた。
一つの疑問があった。なぜこの男は自分を個室に連れ込んだのかということだ。仮に戦闘能力を持たない一般人ならば、普通は周囲に助けを求めたり、パニックに陥ったりするものではないのか。
「先に断っておこう。私は君の味方だ。亜人だからといって差別などしないし、むしろ仲良くありたいと思っている」
(あぁ、そういうこと)
彼は大きな勘違いをしている。確かにこういう亜人がいてもおかしくない。が、実際は"異形"に属する奇妙な化け物である。
希少種だとか突然変異などという言葉では片づけられない存在。犬猫の獣人ならまだしも、流石に
しかしながら、亜人と勘違いしてくれているのなら好都合だ。竜王国での亜人の立場は厳しいらしいが、生活できないわけではない。一部奴隷の亜人もいるらしいが、非道なものではないという。
「生憎だけど同情は必要ない。今見たことを忘れてくれるだけでいいんだ」
「忘れる、か。残念ながらそうもいかない。君に何かあったとき、ファレノ家には君を守る義務がある」
「……はぁ?」
いきなり何の話だよ! と、心の中でツッコミを入れる。
「そうだ、名乗るのを忘れていたな。私はクリント=カーマ=ファレノという。南東の都市デイトリを治めるファレノ家の長男だ。君は?」
(都市を治める……)
目の前にいるのは、想像以上に位の高い男だった。
「チャリオット。お前が俺の正体をバラさない限り、もう会うことはないだろうけど」
「ふむ、チャリオット君か。いい名前だ。ああ、私のことは気さくにクリントと呼んで欲しい」
一体何なんだこいつは。見た目に反して随分とぐいぐい来る。今まで警戒していたのが馬鹿らしくなってしまう。
「君のような亜人がなぜ一人でこの竜王国にいるのか。並ならぬ苦労があったのだろうな。もし困ったことがあれば、私の家を訪ねて欲しい。いつだって相談に乗るし、君のための安全な住まいだって用意できる。この国が不満なら、カルサナス都市国家に移住するという手もあるぞ。あそこには亜人の都市があるそうでな……」
本当にぐいぐい来る男だ。どうしても家に来て欲しいのか。
「いや、そんな都合の良い話が──」
「ああ、勿論強制するつもりはないさ。だが、君には味方がいるということを覚えておいて欲しい」
そういってクリントは強引に握手を交わし、名残惜しいがこれから予定があるといって扉を開けて出て行った。
今のやりとりは一体何だったんだ。結局一度も会話になっていなかった気がする。
彼は何というか、気持ち悪いくらい優しい男だった。だが不思議なことに、自分の中には不快感とはまた別な感情が渦巻いているようだった。
リアルなら、ユグドラシルなら、これは間違いなく詐欺の一種だと決めつけていただろう。
そう思わなかったのは、彼の人柄が良かったからなのだろうか。それともここが異世界だからという、心持ちの問題だろうか。
どちらも違う気がする。心のもやの原因が掴めない。他に何かあるとすれば……。
「あ」
そういえば番外ちゃんが待ちくたびれているんだった。女の子を待たせるなんて最低だ。今すぐ迎えに行かなければ。
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宿屋にて
待ち合わせの場所へ行くと、日陰で佇む番外ちゃんの姿が見えた。彼女は耳聡く気付いてこちらを向く。
「遅い」
「ごめんなさい!」
彼女は眉を八の字にして言う。その怒り顔は超が付くほど可愛らしく、心のもやなんて吹き飛んでしまった。
これから宿屋に向かうらしい。宿屋──その旅行感ある言葉だけで少しわくわくしてしまう。
リアルにもVR旅行というものがあったが、あれはどうしてもチープさが拭えない。個人的には食事が出来るか出来ないかの差が大きいと思う。
「おー……」
宿屋は吹き抜けの二階建てで、一階はほぼ全て食堂となっていた。中々年季の入っている内装だ。
受付を済ませて鍵を受け取り、宿泊部屋へと入る。やはりというか少し埃っぽいうえに、床がぎしぎしと不安な音を立てている。
そして致命的な点が一つある。防音性が皆無であるということだ。食堂からの声が筒抜けで、プライバシーも何もない。
想像とは大分異なったが文句は言えない。お金を出しているのは彼女の方だし、本人は特別不満があるようにも見えなかった。現代のサービス業と比べてはいけないのだ。
残念ではあったが、このくらいは我慢すべきだろう。そもそも彼女と一緒に宿に泊まれるだけで、お釣りがくるほど幸せである。
「さて、今後の話だけれど」
番外ちゃんは椅子に腰掛けた。椅子は一脚しか用意されていなかったので、自分は代わりにベッドに腰掛ける。
「しばらくはここに住んで良いと思う。何故か陽光聖典の派遣も途絶えているようだし」
「聖典って、法国の特殊部隊みたいなものだっけ?」
「そう。彼らは対ビーストマンの戦力として派遣されていたはず。これ秘密にしておいてね」
ビーストマンとは、ライオンや虎のような肉食獣の頭部を持ち、人間を食料とする亜人種のことを指す。竜王国は昔からビーストマンの侵攻に悩まされており、現在進行形で対応に追われているらしい。
「陽光聖典がいなくなって大丈夫かな?」
「今頃焦っているでしょうね。陽光聖典は弱いけど、それでも竜王国には欠かせない戦力だったはず。近いうちに代わりの戦力が送られてくるのは間違いないかな」
「ほうほう」
法国の軍が介入しているのは意外だった。だが結局のところ、戦線にさえ立たなければ法国に見つかることはないだろう。法国には過去のプレイヤーの遺産があり、いくつかヤバい代物が存在しているようなので、絶対に敵対はしたくない。
「とりあえずの安全は確保したとして、あとは……お金?」
「ええ。貯金はあるけど宿暮らしじゃ賄えないわ。今から稼ぐなら冒険者になるのが手っ取り早いと思う」
「冒険者!?」
冒険者って、漫画に出てくるようなあの冒険者のことなのだろうか。確かにファンタジーのような世界だが、そんなベタベタな職業が本当に存在していることに驚きを隠せない。
話を聞くと、モンスターの間引きや商人の護衛等を専門とした、傭兵のような職業だという。一般的にイメージするような遺跡やダンジョンの探索は殆ど行われないらしいが、詳しいことは冒険者組合に行ってみなければ分からない。番外ちゃんが住んでいた法国には冒険者自体が存在しないため、確かなことは言えないようだ。
そして冒険者を選ぶメリットは二つある。一つは冒険者登録において本人の出自を問われないということ。もう一つは、依頼を達成すれば即座に報酬を得られるということ。故に手っ取り早いのだ。
「なるほどね……。悪くはないけどなぁ」
自分がこの世界で最も活かせるものといえば、やはり戦闘力だろう。学の無い自分にとって冒険者は天職だと言える。しかし、折角異世界に来たのにまたモンスター狩りか、という思いがある。
ユグドラシルを始めてから数年のこと。PVPの楽しさに気付いてから、勝つために様々な職業を試していた。当時は既に百レベルだったので、職業を変えるためには一度レベルを下げ、再度レベルを上げなければならなかった。それを幾度も繰り返し、ようやく納得のいく職業構成に仕立て上げることができたのである。
つまり、もうモンスターを狩るのはこりごりなのだ。
他に手立てはないものか。そう思いアイテムボックスを覗いていると、
「あ、ユグドラシル金貨……」
アイテムボックスにはサービス終了まで使い切れなかったユグドラシル金貨が残っていた。その総数は一千万枚とちょっと。ゲームではインフレが進み、一千万枚などはした金もいい所だが、この世界でならかなりの価値になるのではないだろうか。
ユグドラシル金貨を一枚だけ手に取ってみる。掌に乗せた感じでは、どう少なく見積もっても十グラムはある。
「まじか。マジか!?」
「?」
この金貨がもしも純金ならば、ユグドラシル金貨だけで一生食っていけるんじゃないだろうか。まさかこの世界では金がザクザク採れるなんてことはないだろう。
「ば、番外ちゃん。これ見て」
「へぇ。凄く精巧な金貨ね。こんなお宝持ってたんだ」
「これ、一千万枚あるんだよね。マジで……」
アイテムボックスを逆さに開き、ベッドの上に金貨をばら撒く。まるでジャックポットのような光景だ。
「嘘、これ全部……」
「多分、純金。俺が元居た世界の通貨なんだけど、これ、売ったらいくらになるかな」
今更平静を装ってみたが、内心は期待で胸が破裂しそうな思いである。
彼女は驚愕の表情を見せたが、次第に顔を曇らせた。
「一枚でもかなりの価値があると思う。でも、うーん……。これはむしろ、扱いに困りそうな気も」
「というと?」
「まず、この金貨の出所を疑われるでしょうね。見た事の無い通貨だけど、盗品の可能性は考えるはず」
「あー。確かに」
「そもそも個人が大金を抱えてる時点で、トラブルの元だしね。そのまま取引するのは危険かも」
そう都合良くはいかないか。しかし、このままでは宝の持ち腐れである。どうにかしてこの切り札を捌き、夢の富豪生活を送ってみたい。
「現状は信用が無いのが問題ね。信頼できる権力者との繋がりがあれば、安全に取引できるのかな。専門じゃないし分からないけど」
信頼できて権力のある人間。
まさか、
ついさっき、こちらのアクシデントで、偶然出会っただけの男。彼の家は都市を治めるだけの強大な権力を持ち、なにゆえか亜人を好意的に捉えている。
しかし、もう会う気はないだなんて言ってしまった。あんなことを言っておいて結局手を借りるのか?
しばらく逡巡する。金欲とプライド、どちらを取るか。
悩みはしたが、結論はほぼ決まっているようなものだった。
誰かが言った。金は命より重いのだと。やはり人は金には勝てないのである。
(行くかー……)
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