ありふれた職業で世界最強~シンゴジ第9形態とか無理ゲー~ (ユウキ003)
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IFストーリー ライダー編
IF・ライダー編 第1話


これは、ほぼ気分転換に書いたお話です。
設定としては、『ハジメは仮面ライダーを知っていた』、『司にそれを再現出来る技術があった』、と言った所です。所々の場面をダイジェスト形式でお送りします。

今回はベヒモス戦の辺りです。


これは、ハジメ達の世界に『仮面ライダー』

と言う戦士達の物語が存在し、ハジメが

それを好きで、そして、ジョーカーを作る

中で、ある会話から始まった、ちょっとした

IFの物語。

 

転移2日目の夜、私はハジメと話し合いを

していた。元々はハジメの戦闘力の低さ

を補うためのパワードスーツ開発の為の

話し合いだったのだが……。

話題が、パワードスーツの名前を

『ジョーカー』で決めた時だった。

 

「ジョーカー、かぁ。あはは。僕の

 相変わらずのライダー脳は、

 頭の中に『仮面ライダージョーカー』

 と『ジョーカーアンデッド』を描いて

 いるよ」

そう言って苦笑するハジメ。

「それは、平成ライダーシリーズ11作目

 の『仮面ライダーW』の登場ライダー

 と、同じく平成ライダーシリーズ

 5作目に登場する怪人、ジョーカー

 の事ですか?」

「うん。自分でも若干引いてるよ」

そう言って更に苦笑するハジメ。

 

「でも、やっぱり僕も男だからさ。

 そう言うヒーロー物に憧れたり

 してたんだよね」

「成程。……仮面ライダーですか」

私は小さく唸り、頭の中にある

仮面ライダーについての記憶を探る。

ちなみに、何故私がそれを知っている

のかと言うと、孤児院の子供達に

昔、仮面ライダーの本物のベルトを作って

と頼まれた事があるからだ。

「何て言うかさ、司なら本当に

 ライダーシステムとか作れそう

 だよね。なんて……」

との言葉に私は……。

「えぇ、作れますよ?」

「…………はい?」

ポツリと呟き、ハジメはしばし呆然と

していたのだった。

 

そして翌朝。私達は敢えて遅めに訓練場

に向かった。

「ん?遅いぞ二人とも。もう訓練は

 始まってるぞ」

入ると、まずメルド団長が私達に気づく。

次いで私達に気づいたクラスメイト達

だが、男子達はハジメを見るなり嗤っている。

……正直殺したいが、今は我慢だ。

 

「すみません。ハジメ用の新装備を

 準備していたら、遅くなりました」

そう言って私は下げていたケースを

掲げる。

「ん?新装備?何だそれは」

「まぁ、それは見てのお楽しみという

 事で。ハジメ、あちらへ」

「あぁ、うん」

私はハジメを連れて訓練場の一角へ行き、

そこでケースを解放した。中に入って

いたのは、平成仮面ライダーシリーズ

第5弾、『仮面ライダー剣』の登場する

4人のライダーが使ったベルトだ。

『ブレイバックル』、『ギャレンバックル』、

『レンゲルクロス』、『カリスベイル』。

更には52枚の『ラウズカード』も

入っている。仮面ライダー剣の

登場ライダーは、このラウズカードの力で

戦うのだ。

 

しかし、ハジメの体力的にまだ近接戦は

無理だな。ここは……。

「では早速実験開始です。ハジメ」

そう言って、ハジメにギャレンバックルと

ダイヤのA、『チェンジスタッグ』の

カードを渡す。ハジメは、しばしそれを

見つめてから、息を呑み、カードを

バックルに装填する。

 

すると、バックルからカードのようなベルト

が伸びて彼の腰に巻かれる。

それに、周りで見ていた生徒達やメルド

団長達が驚いて動きを止め、こちらを

見ている。

「ふむ。どうやら今のところシステムは

 万全のようですね。さてハジメ。

 いよいよですよ」

「うん。分かってる」

 

ハジメは、緊張した面持ちで、右手を

バックルのトリガーにかける。既にベルト

からは待機音声が鳴っている。

チラリと周囲を見渡せば、男子達がベルト

を見て会話している。どうやらギャレン

バックルを見て分かった者が数人はいる

ようだ。まぁ良い。

そして……。

 

「……変身」

静かに呟いたハジメがトリガーを引く。

 

『Turn up』

 

するとベルトから電子音声が鳴り響き、

ハジメの前にクワガタが描かれた青い

ゲート、『オリハルコンエレメント』が

展開される。ハジメは、ゆっくりと

それを通過する。

 

すると、彼は新たな姿、『仮面ライダーギャレン』へと姿を変えていた。

 

その光景に生徒達が驚いてざわめいている。

メルド団長達は呆然としている。

そして肝心のハジメは、自分の手足を

見回している。

私はそんな彼の前に姿見を造り出す。

 

「は、ははっ。変身、出来ちゃった」

戸惑いながらも自分の顔を触るハジメ、

もといギャレン。

そして彼は私の方を向いている。

その時。

 

「こ、これは一体どういうことなんだ?」

天之河がこちらに歩み寄ってくる。

香織や雫、坂上に谷口、中村もだ。

更にその後ろに、他のクラスメイト達も

続いている。

「お、おい新生。なんで南雲が、その、

 仮面ライダーに?」

「あぁ、これですか?簡単な事ですよ。

 私がライダーシステムを作った。

 それだけの事です。元々ハジメの

 為に、彼の戦闘力を底上げする 

 パワードスーツを作ろうと考えていた

 のですが、昨日の夜に彼と色々

 話しましてね。こうなりました」

そう言って、私はギャレンに目を向ける。

 

「原作である仮面ライダーシリーズでは、

 変身には資格や体力的な物、適性など

 があり、選ばれた者しか変身出来ない、

 と言う設定がありましたが、それは

 所詮『設定』。それを取っ払って誰

 でも装着できるようにした上で

 開発しました」

「か、開発したってそんな簡単に

 言ってるが、大丈夫なのか?」

「肉体的な影響を心配しているの

 でしたら、ご安心を。その辺りの

 対策も万全です。平成ライダーの

 ストーリーの中には、中盤や

 終盤で主人公の肉体が変質し

 人からかけ離れる、と言う話がよく

 ありますが、私がそんな危ない物

 を親友に渡すとでも?」

そう、私は仮面ライダーのシステム

を創造し、更に改良した。誰でも

使え、且つリスクは最小限にした。

 

「け、けど、何だって仮面ライダー

 なんだ?」

その時、男子の一人がポツリと

呟いた。

 

「特に深い意味はありませんが、

 仮面ライダーの戦闘スキルや技を

 本物と同様か、それ以上に再現出来れば

 魔人族など恐るるに足らずでしょう。

 例えば、『仮面ライダークロノス』の

 時間停止能力などが良い例です」

あれがあれば、一方的に敵を攻撃出来る。

まぁ、それ自体は今も鋭意開発中だが。

 

「そういう訳です。まぁ、お楽しみに

 していて下さい。『色々』と、

 お見せできるでしょうからね」

そう言って私は笑みを浮かべる。

 

最も、彼等にその力を与える気はない。

贔屓と呼ばれようと、その力を持つのは、

大なり小なり、私に認められた者だけ

なのだから。

 

その後、檜山がハジメの持っていたベルト

を奪おうとしたのでぶちのめしたりして、

何だかんだあって、オルクス大迷宮に

潜る事になった。

前日に香織がやってきたりと色々あったが、

私とハジメはそれぞれのベルトを手に、

大迷宮へと向かう事にした。

 

そして当日。

私が手にしているのは、『ジクウドライバー』。

『仮面ライダージオウ』に登場する

主人公、『常磐ソウゴ』と『明光院ゲイツ』

が装備している。『ライドウォッチ』と

呼ばれるアイテムを用いて変身する。

 

現在まで、数種のライドウォッチと

ジオウⅡライドウォッチまで完成している。

……目指すゴールは、『オーマジオウ

ドライバー』の完成だ。

 

ちなみに私がジオウ、延いてはオーマ

ジオウな理由はハジメが選んだからだ。

 

「司は、やっぱり何でも出来るし、

 『頂点』って感じがあるよね。

 だからディケイドとジオウで

 迷ったんだけど、やっぱり世界も

 創造出来るジオウって事で」

だ、そうだ。

ちなみにディケイドライバーは現在

開発途中だ。

 

一方のハジメには『ゼロワンドライバー』

を持たせてある。これは『仮面ライダー

ゼロワン』という、一番新しい

ライダーの物だ。

『プログライズキー』と呼ばれるアイテム

で戦う仮面ライダーだ。

 

ハジメが私のベルトを選んだように、私

がハジメのベルトを選んだ。

理由としては、『これからの生まれる

新しい英雄には最も新しい英雄の

力が相応しい』というのが、私の

考えた理由だ。

 

その後、私達はベルトを使う事なく、

私が再現した『ファイズフォンX』

や『エイムズショットライザー』を

駆使して戦った。ハジメはファイズ

フォンX。私はショットライザーだ。

 

ファイズフォンXなら、殺傷・非殺傷

の切り替えが出来るから、まだ明確

な殺人の覚悟の無い彼にはぴったり

だろうと考え渡した。

 

で、無事にやってきたのだが、あの

檜山がバカな行動をしたせいで、今の

私達はピンチだ。

 

橋のような構造物の上に投げ出され、

逃げるために階段方向には、骸骨の

兵士の群れ。反対側には、ベヒモス

と言う名の如何にも凶悪そうな魔物。

それだけで、彼等はパニックだ。

 

最も、私はそうでもない。私は瞬時に

彼等と魔物を分断する結界を展開する。

そして……。

 

「慌てるな」

彼等を宥めるように、静かに語り出す。

するとどうだろうか?先ほどまで

状況に怒っていた者や、戸惑い泣いて

いた者達が静まり変える。

まぁ、実際には私がオーラを

滲ませているからかもしれないが、今は

良い。

 

「慌てた所で状況が好転するわけでも

 無い。戦えないのなら、黙って

 大人しくしていろ」

「おいっ!新生何もそこまで!」

「事実を言っている。……冷静さを

 欠けば、戦場で死ぬだけだ。

 だからこそ、黙って見ていろ」

 

『ジクウドライバー!』

 

私はジクウドライバーを取り出し、

それを装着。更にライドウォッチを

取り出す。

 

そして、後ろにいるハジメに、肩越しに

振り返る。

「ハジメ。そちらの骸骨兵士は

 任せます。私はベヒモスを」

「……」

ハジメは無言で手にしていたプログライズ

キーを見つめ、握りしめる。

 

「……分かった。やるよ」

そう言うと、ハジメはベヒモスと向き合う

私に背を向け、ゼロワンドライバーを

取り出して腹部に当てる。

そして……。

 

『ジャンプ!』

 

彼は『ライジングホッパープログライズキー』を起動した。

そして、それをベルトの右側に翳す。

 

『オーソライズ』

 

するとベルトから、認証を意味するAuthorizeの

音声が流れ、続けて待機音声が流れる。すると……。

 

『ドガァァァァァンッ!!!!』

 

遙か頭上の天井を突き破り、巨大なバッタが

姿を見せた。バッタは壁や橋の上を自在に飛び

周り、時には骸骨兵士、トラウムソルジャー

を踏み潰す。

 

それを横目で確認しながら、私もウォッチを

回転させ、リューズにも似たボタン、

『ライドスターター』を押し込む。

 

『ジオウ!』

 

すると、ウォッチから電子音が流れる。

私はウォッチをドライバーの右側スロット、

『D’9スロット』に装填する。すると、私

の背後に時計の文字盤のような物が出現

し、待機音声が鳴り響く。

 

ハジメは折りたたまれていたキーを、

振って展開。

私は左手をドライバーに掛ける。

そして……。

 

「「変身(!)」」

 

私達は異口同音の言葉を発した。

 

『プログライズ!』

 

ハジメがプログライズキーを

ドライバーに突き刺す。

すると、周囲を飛び回っていた

バッタが分解され、彼の体を覆う、

黒いスーツの上を、更に覆う鎧と

なる。

 

『飛び上がライズ!ライジングホッパー!

 A jump to the sky turns to a rider kick.』

 

響き渡る電子音声。

そして、ハジメは『仮面ライダーゼロワン』

へと変身を遂げた。更に、私も……。

 

『ライダータイム!仮面ライダージオウ!』

 

ベルトを回すと、周囲の空間が歪み、世界

が一回転する。そして、私もまた、ハジメ

と同じように『仮面ライダージオウ』へと

姿を変えた。

 

こうして、この場に2人の仮面ライダーが

現れた事になる。

私達は互いに背を向けたまま、武器を

取り出す。

 

『ブレードライズ!』

 

ハジメ、ゼロワンは、アタッシュケースの

ように折りたたまれていた『アタッシュ

カリバー』を展開する。

 

『ジカンギレード!ケン!』

 

私の方も、ベルトから剣、『ジカン

ギレード』を取り出す。

 

「……ハジメ、そちらは任せます。

 私はベヒモスを」

「うん。任せるよ、司。ううん。

 『ジオウ』」

「えぇ、分かりました。『ゼロワン』」

 

そして、次の瞬間。私達はそれぞれの敵に

向かって突進した。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

シールドを突き抜けたハジメ、改めゼロワン

は、すぐさまシールドの目の前にいた一体

の体をアタッシュカリバーで貫き、そのまま

橋の外へと弾き飛ばした。それに

巻き込まれ、数体のトラウムソルジャーも

奈落に落ちていく。

そこに襲いかかるトラウムソルジャー。

だが……。

 

「はっ!」

バッタの能力を持つ、ライジングホッパー

であるゼロワンの脚力を生かし、彼は

数メートルを軽々と跳躍し、落ちた先に

いた別のソルジャーの頭を踏み潰した。

そこから更に円を描くように繰り出される

回転斬り。それが一撃で、数体のトラウム

ソルジャーを粉砕した。更に……。

 

「まだまだぁ!」

ゼロワンは新たなプログライズキーを取り出す。

 

『ファイヤー!オーソライズ!』

 

そして、それをベルトに翳す。すると上空の

穴から虎が現れ、トラウムソルジャー数体を

その牙でかみ砕く。

 

「次だ!」

 

『プログライズ!』

 

キーを差し込むゼロワン。すると黄色い

鎧が分割、稼働し。その上に虎が分解して

再構成された鎧が合体する。

彼の体から火の粉が舞い散る。

 

『Gigant Flare!フレイミングタイガー!

 Explosive power of 100 bombs.』

 

炎を操る力を手にしたゼロワンは、その手

から炎を放ち、周囲のトラウムソルジャー

を灰に変えていく。

そして、粗方片付けたゼロワンは後ろに

振り返る。

 

「僕が道を切り開くから!皆は付いて来て!」

そう言って避難を促す。最初は皆戸惑ったが、

この状況から脱出したい彼等は、ゼロワン

の後に続いた。

 

ゼロワン・フレイミングタイガーの炎が

彼等の脱出路を切り開く。

 

 

一方、ジオウ(司)はと言うと……。

「はぁっ!」

ジカンギレードがベヒモスの表皮を切り裂く。

ベヒモスは、怒りを滲ませた咆哮を上げると、

ジオウを踏み潰そうとするが、肝心のジオウ

は軽やかなステップでそれを回避しながら

ジカンギレードでベヒモスを何度も斬り付け、

血を流させる。

 

とはいえ、腐っても上位の魔物であるベヒモス。

簡単には倒せない。加えて、司がライダー

システムで戦う事は、ある意味『弱体化』

しているような物、もっと言えば、

『手加減している』ような物なのだ。

司の場合、自分自身の力を解放した方が

圧倒的な強さを発揮出来るからだ。

 

しかし、今の司はジオウとして力を振るって

いた。例え手加減していたとしても、その

武器、ジカンギレードはベヒモスを傷付け

る事は可能だからだ。

「ふんっ!」

ジオウは足を切りつけると、後ろにいる

メルドたちの傍まで下がった。

 

「……こんな物ですか。かつて最強と

 言われた冒険者が勝てなかった、

 と言う魔物は」

これまでの戦いで、司はベヒモスの強さ

を分析していた。

 

「あ、あれが、司の言って居た、

 かめんらいだー、とか言う力なのか?

 ベヒモスをあぁも簡単に……!」

後ろで戦いを見守っていたメルドは

どこか興奮した様子だ。

しかしその横では光輝が静かに歯がみ

していた。

『何故だ。何で、新生みたいな奴が、

 あんな風に、仮面ライダーになって

 るんだよ。……勇者は、俺なのに』

 

絶体絶命的な状況の中、クラスの者達

を助けたのは、普段から周りと壁を

作って居る司と、周囲から見下されて

きたハジメだ。

それが今、仮面ライダーとなって

戦い、皆を守っている。

 

ハジメのゼロワン・フレイミングタイガー

の炎がトラウムソルジャーを溶かして

灰に変える。

司のジオウがベヒモスを抑え込む。

 

仮面ライダーという英雄の姿と力を

借りて、今、2人の男が戦っていた。

 

例え、他人から与えられたジョブが、

ありきたりな物だったとしても。

 

例え、周囲から疎まれる存在だったと

しても。

 

『本物の英雄』となる素質は、誰に

でもあるのだ。

 

そう、例えば。今のハジメのように。

 

『ズバッ!』

「ぐあぁっ!」

トラウムソルジャーの一太刀が、ゼロワン

の胸に命中し火花を散らす。

その攻撃を受けて一瞬蹈鞴を踏むゼロワン。

「このぉっ!負けるかぁっ!」

だが、ゼロワンは自分を鼓舞するように

叫び、アタッシュカリバーに炎を

纏わせ、炎の斬撃波を繰り出す。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

ハジメのポテンシャルは、まだまだだ。

決して高くは無い。仮面ライダーという

力に支えられているが、技術や経験が、

戦士として圧倒的に劣っていた。

だから攻撃を貰ってしまう。火花が

散る。

 

しかしそれでも、ゼロワンは足を止めない。

 

ハジメは、マスクの下で荒い呼吸を繰り

返しながらも、決して弱音は吐かない。

 

なぜなら、その弱音が、後ろに続く者達の、

『絶望』となるからだ。

 

「仮面ライダー、なめんなぁっ!」

 

ハジメは、ゼロワンは、雄叫びを上げながら

突き進む。前へ前へと。

 

そして、その背中を追う者達。

そんな中で一部の者達は、ハジメの背中に、

ゼロワンの背中に見惚れ、そして、

思って居た。

 

『これが英雄の背中なのだ』と。

 

 

一方の司、ジオウは未だにベヒモスと

対峙していた。すると、ベヒモスの

頭部が音を立てて赤熱化した。

「何!?何だあれは!」

これに戸惑うメルド。

 

大勢の生徒達とアランを筆頭とした騎士

達はハジメに続いていたが、メルドたち

一部の騎士は、退くことを渋った光輝を

説得しようとして、光輝や雫、香織たち

と橋の中央に取り残される結果となって

しまったのだ。

 

このままでは不味い。

そう考えたメルド。だが……。

 

「ほう?それが貴様の本気という奴か」

肝心のジオウ、司は微塵も恐れて等

いない。むしろ、僅かに興味を持った

程度だった。

「ならば、こちらも1段階、力を

 上げるとしようか」

 

そう言って、彼は新たなウォッチを

取り出した。それを片手で回転させ、

スターターを押し込む。

 

『ファイズ!』

 

電子音声が響き渡る。

 

「フォトンブラッドの猛毒。果たして

 貴様に耐えられるか?」

ジオウ(司)は、静かに問いかけながら、

ファイズライドウォッチをD’3スロット

へと装填し、ベルト上部のスイッチ、

『ライドオンリューザー』を押して

ベルトのロックを解除。傾いたベルトを、

右手の親指の力だけで押して回転させる。

 

すると……。

 

『ライダータイム!仮面ライダージオウ!』

 

先ほどと同じ変身時の音声が流れる。

だが、それだけでは無い。

 

『アーマータイム!』

直後、ジオウの前に『仮面ライダー555』

を模したアーマーが現れた。ジオウは

そのアーマーの肩に手を置いた。

 

直後、アーマーが分解され、ジオウの

体に装着された。

 

『コンプリート!ファイズ!』

 

ジオウの顔の文字が、ライダーから

ファイズへと変化する。

 

こうして、ジオウは新たに、

『ファイズアーマー』を纏った。

 

「なっ!?何だあれは!?」

後ろでは、仮面ライダーを知らない

メルドが戸惑っている。

しかしジオウはそれを無視して、

ファイズフォンXを取り出す。

そして、彼はコードを打ち込む。

 

『レディ!ショットオン!』

 

すると、彼の手に、かつて仮面ライダー

ファイズが使っていた物とよく似た

武器が展開される。

 

その時、頭部を赤熱化させたベヒモス

がジオウ目がけて突進してくる。

「危ないっ!」

後ろにいた香織が叫ぶ。

 

狭い橋の上を一直線に向かってくる為、

飛ぶ事でも出来なければあれを避ける

事は出来ない。

また、避けたとしても、それは後ろ

にいる香織や雫達の死を意味する。

だから……。

 

「ふんっ!」

 

ジオウ・ファイズアーマーは大きく

跳躍し……。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

右腕に力を込め、それをベヒモスの頭部

に叩き付けた。そして……。

『ドゴォォォォンッ!!!!』

 

ベヒモスの頭を橋に叩き付けた。

 

激突時の爆音が響き渡り、逃げていた

生徒達も一度足を止めて後ろに振り返って

しまう。

 

地に顎を着ける結果となったベヒモス。

更に今の衝撃の為か、橋に亀裂が走り

始めた。

『決着を急ぐべきか』

 

そう考えたジオウは、再びファイズフォン

Xを操作する。

 

『レディ!ポインターオン!』

 

すると、彼の右足に新たな武器が展開される。

ジオウはベヒモスから距離を取り、メルド

や光輝達の傍に着地する。

「……すぐにけりを付けて後ろの

 退路を確保する。もう少し大人しく

 していろ」

「ッ!?」

『守ってやる』と言わんばかりの発言に

光輝の表情が歪む。だが、ジオウはそれを

無視して、ベルトのジオウライドウォッチ

のスターターを押し込んだ。

 

『フィニッシュタイム!』

 

更にファイズライドウォッチの方も

押し込む。

 

『ファイズ!』

 

そして、ジオウはライドオンリューザーを

押してベルトのロックを解放。

左手でベルトを一回転させると、腰を

落とした姿勢から跳躍。

ベルトから右足の武器に向かって

流れるラインの上をエネルギーが

駆け巡る。

 

そして……。

 

『エクシード!タイムブレーク!』

 

頂点まで達したジオウは、両足を

揃えた姿勢で突き出した。すると、

赤い円錐状のエネルギーが右足の

武器、『ポインター555』から放たれ、

ベヒモスに命中。その動きを封じる。

 

「はぁっ!」

そして繰り出される一撃必殺のキック技。

 

円錐へと飛び込んだジオウ。そして

必殺技、『エクシードタイムブレーク』は

ベヒモスの体を貫通してしまった。

奴の背後に着地したジオウ・ファイズ

アーマー。

 

直後、ベヒモスは技によって分子構造を

分断、破壊され、粒子となって消滅して

しまうのだった。

 

その光景に唖然となるメルドたち。

そこに歩み寄るジオウ、ファイズ

アーマー。

その時。

『バシュバシュ!』

ジオウが手にしていたファイズフォンXが

火を噴き、彼等の後ろに迫っていた

トラウムソルジャーを撃ち抜いた。

慌てて振り返り、それを確認するメルド達。

 

「呆けている場合ですか?まだ後ろに

 敵の群れがいるんですよ?」

そう言いながらも、ジオウは敵を

次々と撃ち殺していく。

 

「どうやらゼロワン達は階段の元に

 たどり着いたみたいですね」

「何っ!?」

振り返り、遠くを見ると、確かに

僅かだが、階段の下にクラスメイト達

や騎士達の姿が見えた。

 

そして、時間は少しばかり遡り……。

 

「ッ!抜けたぁぁぁぁっ!」

 

ハジメ、ゼロワンを先頭に、生徒達と

騎士達は無事、トラウムソルジャーの

包囲網を突破した。

ゼロワンは振り返り、最後尾の生徒達の、

更に後ろに跳躍すると、後ろから追って

来るトラウムソルジャーを火炎で

焼き払う。

 

『よし。皆はとにかくここまで来れた。

 ここなら敵は一方向からしか来ない。

 あとは、メルドさん達や天之河君

 たちだけだ』

そう考え、ゼロワンは騎士アランの方

に振り返る。

 

「アランさん!ここは頼みます!僕は、

 残ったメルドさん達を助けに行きます!」

 

そう言うと、ゼロワンは新たなプログライズ

キーを取り出した。

 

『ウィング!オーソライズ!』

 

すると、ファルコンが新たに現れた。

キーをベルトに装填するゼロワン。

 

『プログライズ!』

 

そして、ファルコンがゼロワンに合体する。

『Fly to the sky!フライングファルコン!

 Spread your wings and prepare for a force!』

 

ゼロワンは、飛行能力を持った『フライング

ファルコン』へと変化した。

 

「はっ!」

そして、彼は高く飛び上がった。ファルコン

の力を持つ、今の形態だからこその能力だ。

 

そして彼はトラウムソルジャーの群れを

無視してジオウとメルド、香織達の元へと

向かった。

 

ジオウはファイズアーマーのまま、ファイズ

フォンXでトラウムソルジャーを蹴散らす。

と、その時。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

速度を乗せて放つゼロワンの体当たりが

トラウムソルジャーを蹴散らす。

 

「な、南雲!?」

彼の登場に、光輝達が戸惑う。

しかしゼロワンはそれを無視してジオウ

の傍に立つと、すぐにアタッシュカリバー

を構える。

 

「ジオウ!」

 

ジオウは、すぐにその意図を理解し、自分

もジカンギレード・ジュウモードを

取りだし、ベルトからファイズライド

ウォッチを抜き取り、ギレードの

スロットへと装填した。

 

『フィニッシュタイム!』

 

次の瞬間、ジカンギレードから電子音声と

待機音声が鳴り響く。

ゼロワンも、バイティングシャークの

プログライズキーを取り出し、

カリバーに装填する。

 

『Progrise key comfirmed. Ready to utilize!』

 

『シャークズアビリティ!』

 

ゼロワンもまた、必殺技の用意をする。

「……私が先に」

「OK!」

短い意思疎通をするジオウとゼロワン。

そして……。

 

『ファイズ!スレスレシューティング!』

 

ジュウモードのギレードから放たれた

赤いフォトンブラッドの光弾が、次々と

トラウムソルジャーを灰に変えていく。

そして、ジオウの必殺技が撃ち終わった

直後。

 

「もう一発!」

ゼロワンが更に放つ。

 

『バイティングカバンストラッシュ!』

 

サメのヒレ型のエネルギーによって

作られた刃が、トラウムソルジャー

をバラバラに切り裂いた。

そして、橋の上を覆い尽くさんばかり

だったトラウムソルジャー達は、

たった2人の男たちによって殲滅

された。

 

そして……。

メルド達は歩いて橋を渡った。

「……これが、かめんらいだーの

 力か」

ポツリと呟くメルド。

 

すると。

「そうだ。……元々、仮面ライダーは

 作られた存在に過ぎない。

 それは虚像だった」

ジオウ、司が答えた。

 

「だが、その虚像を再現する事が出来れば、

 それはもはや『虚像』ではない。

 それは、『本物』となる」

 

静かに呟くジオウ。

 

彼は自分自身の体を見つめる。

 

 

神へと至った存在によって、虚像の

英雄は、『本物』となってトータス世界

に現れた。

 

これは、異世界でのちょっとしたIFの

物語。

 

    IF ライダー編 第1話 END

 




元々随所にライダーネタをぶち込んでいましたし、って事で書いたIFです。

これからもちょくちょく書いていくかもしれないので、よろしく
お願いします。

感想や評価、お待ちしています。


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IF・ライダー編 第2話

今回は王国からの離脱の話などです。


オルクス大迷宮での戦いから、数日が経過した。

私達は訓練に励んでいた。そんな中で私は、

生徒達に『戦う現実』を教えた。そんな中で

戦う覚悟を示したのは、ハジメ、香織、雫

の3人だけだった。

 

香織にはファイズフォンXを。

雫には無双セイバーといくつかの

『ロックシード』を与えた。

更に、護身用の短刀代わりとして

『ザイアスラッシュライザー』も

雫に与えた。ただし変身用の

『バーニングファルコンプログライズキー』

がまだ完成していないので、護身用

の武器だ。

……まぁそれでも、鋼鉄を真っ二つに

出来る程度の切断力はあるが。

 

ともかく、今後私が力を与えるに足る

人物達が分かってきた頃だった。

 

『ルフェア』と出会ったのは。

 

そして、あれよあれよと展開は進み、

今は王城で殆ど形だけの裁判を受けている

所だ。

 

そして、ルフェアの嘆願を、周囲のクズ

共が退け、ハジメと香織が、怒髪天の

如く怒りを燃やしていた。

 

香織が涙に暮れるルフェアを抱きしめ、

それを私とハジメが庇う。

 

「貴様等、我ら聖教教会に、延いては

 エヒト様に逆らうか?」

静かにこちらを睨み付けるイシュタル。

 

「……教えてやるよ、イシュタル」

その時、普段の言葉使いからかけ離れた、

ハジメの怒気を孕んだ声が響く。

 

そして、彼はゼロワンドライバーを

取り出した。

 

「僕には、『俺』には神様を敵に回すとか

 どうでも良いんだよ!

 目の前で、女の子が泣いてる!

 だから助ける!俺達の為に、命さえ

 捨てる覚悟をしてくれた、彼女一人

 を守れなくて、何が仮面ライダーだ!」

 

『ジャンプ!』

 

ハジメはプログライズキーを起動する。

 

「仮面ライダーは、正義の味方じゃない。

 今を生きる人々の自由と平和を守る

 ために戦う!」

 

『オーソライズ!』

 

ベルトにプログライズキーを翳す。

すると、天井を突き破ってバッタが

現れ、ハジメや私達の後ろに着地する。

 

ハジメは、展開したキーの先端で

イシュタルを指し示す。

 

「あんたが、あんた達が彼女の生きる

 自由を侵害するって言うのなら、

 俺はあんた達と戦う!」

そして……。

 

「変身っ!」

 

『プログライズ!』

 

『飛び上がライズ!ライジングホッパー!』

 

ハジメは仮面ライダーゼロワンへと変身

する。これに周囲の者達が驚き、ざわめき、

騎士達が警戒心を強める。

その時、更に……。

 

「私だって……」

静かに香織が立ち上がった。

 

そして、その手には、青い短銃型の武器。

『エイムズショットライザー』が

握られていた。

更に香織は、銀色のベルトを取り出し、

腰元にそれを装着する。

 

「あ、あれって!?」

ショットライザーを見て雫が驚き、更に

エリヒド王の傍にいたランデル王子が

首をかしげている。

そして……。

 

香織もまた、ハジメと同じように

プログライズキーを取り出した。

 

『ダッシュ!』

 

そしてそれを起動する香織。彼女は

手にしていたショットライザーを

ベルトのバックルにセットし、そこに

『ラッシングチータープログライズ

キー』を差し込んだ。

 

『オーソライズ』

 

そしてゼロワンドライバーと同じ

オーソライズの電子音声が

鳴り響く。

 

『KamenRider……KamenRider……』

 

そして、ゼロワンドライバーとも異なる

待機音声が鳴り響く。彼女はショット

ライザーの中のキーを指で開く。

そして香織は静かに、引き金に指を掛けた。

 

「……変身」

 

そして、彼女は静かに、そのかけ声と共

に引き金を引いた。

 

『ショットライズ!』

 

次の瞬間、ショットライザーから放たれた

カプセル、『SRダンガー』が中を飛び回り、

香織の傍で炸裂。

中に封入されていた装備が彼女の体を

覆う。そして、変身を終えた彼女の体から

蒸気が噴き出し、黄色い複眼が輝く。

 

『ラッシングチーター!

 Try to outrun this demon to get left in the dust』

 

彼女、香織は、黄色と白をカラーとする

仮面ライダー、『バルキリー』に変身

した。

 

戦乙女の名を持つ仮面ライダーである

バルキリー。だからこそ、優しくも

確固たる意思を持つ香織に相応しい

だろうと考え、私が与えたのだ。

 

更に……。

「では、私も」

 

『ジオウ!』

 

「変身」

 

『ライダータイム!仮面ライダージオウ!』

 

私も仮面ライダージオウへと変身する。

 

そして、ジカンギレードを取り出し、

その切っ先をイシュタルへと向ける。

 

「貴様に言っておこう。イシュタル。

 そしてエリヒド王にも。我らを

 敵に回したければ好きにしろ。

 ……だが、もし私達の敵となった

 時は。……神に等しき、最強の

 魔王、『オーマジオウ』の力を持って、

 貴様等全てを破壊する」

 

それだけ言い残し、私達は、私が

建造していた時を超える列車、

『デンライナー』へと乗り込む王城を

後にした。

 

ちなみに、だが、その際に雫に、

彼女専用のジョーカーと共に、

『仮面ライダーブレイド』のベルト、

ブレイバックルとラウズカードを

渡しておいた。ジョーカーの中に

仕込んだAIの私が、彼女の指導を

して行く予定になっている。

 

加えて、メルド団長達にも極秘で

ジョーカーを渡し、更に団長には

『仮面ライダー龍騎』のデッキを

渡している。

仮面ライダー龍騎の登場するライダー

は、鏡にデッキを翳す事でベルトを

召喚するが、無論その点は改良済み。

私が開発した物は、デッキを前に翳す

事でベルトが出現する仕様になっている。

 

 

その後、私達はベヒモス戦後に私が確認

していた、オルクス大迷宮の底の底、

奈落の先にある空間の正体を確かめる

ため、私達と共に来る決意を固めた

ルフェアと一緒に、合計4人で

オルクス大迷宮へと突入したのだった。

 

 

そして……。

「ルフェア、これから貴方に、貴方

 だけの武器を渡します」

「私だけの、武器?」

「はい。この力は、私達の世界で

 作られた英雄の物です。拳を

 振るえば巨岩を打ち崩し、脚を

 繰り出せば敵を吹き飛ばす事も

 可能な力です。……貴方は、

 力を持つことを望みますか?

 その手を、血で赤く汚す覚悟

 がありますか?」

「うん。もう、覚悟は出来てるよ

 お兄ちゃん。私は、戦うから」

 

そう語るルフェアの目には、確かな

覚悟が浮かんで居た。

これ以上の問答は不要だろう。

 

「では、ルフェアにこれを」

そう言って私は、私の使う物と

同じジクウドライバーと、一つの

ライドウォッチを渡した。

 

「これって、あの時お兄ちゃんが

 使ってたのと同じ」

「えぇ。ジクウドライバーと、

 『ツクヨミライドウォッチ』です」

「ツクヨミ?」

「はい。ツクヨミとは、私達の世界で

 夜と月の神とされる神様です。

 そして、このツクヨミの力を

 使ったのは、同じ名を持つ女性です。

 女性のライダーの力だからこそ、

 ルフェアに相応しいと思ったのです」

 

そう言って、私はドライバーとウォッチを

渡す。ルフェアはしばしそれを見つめて

いたが……。

「ありがとう、お兄ちゃん!」

彼女はそう言って笑みを浮かべるのだった。

 

その後、私達は大迷宮を降りていった。

 

ルフェアにはドライバーとウォッチの他、

ファイズフォンXを与えている。これが

あれば、大抵の敵を倒せるし、いざと

なれば非殺傷設定で捕えられる

からだ。

 

そして……。

「む?前方から魔物の群れが来ますね。 

 ルフェア、出来ますか?」

「う、うん。やってみるよ」

彼女は緊張した面持ちでドライバーを

取り出し、腰に当てる。

 

『ジクウドライバー!』

 

彼女は私が教えたように、次いで

ライドウォッチを回転させ、スターター

を押して起動する。

 

『ツクヨミ!』

 

彼女はそれをベルトのスロットに差し込み、

スイッチを押してベルトを解放する。

待機音声が鳴り響き、ルフェアの背後に

天文時計のようなエフェクトが生まれる。

 

そして……。

 

「変身っ!」

 

彼女は叫び、両手でベルトを回す。

彼女の周囲に黄金のエネルギー帯が

現れ、ルフェアの体を包み込む。

 

『ライダータイム!

仮面ライダーツクーヨミ♪ツ・ク・ヨ・ミ!』

 

そして、彼女は白のスーツを金色に縁取った

仮面ライダー、ツクヨミへと変身した。

ルフェアは、変身した自分の体を見て

戸惑っている。

 

「こ、これが、私?」

「えぇ。ルフェアは今から、仮面ライダー

 になったのです。それより、来ました。

 魔物です」

「ッ!」

私の言葉にルフェアは視線を上げる。

 

見ると、前方の洞窟から魔物、ラットマン

がやってきた。

これに、僅かに後ずさりするルフェア。

 

しかし……。

 

「変身」

 

『ライダータイム!仮面ライダージオウ!』

 

彼女の後ろで私が変身し、ジオウとなる。

「大丈夫ですルフェア。仮面ライダーの力

 は、あんな奴らには負けません。

 その手に、意識を集中して下さい」

「う、うん。分かった」

 

ツクヨミは、静かに前を向き、胸の前で

右手を握りしめる。すると……。

『ブゥン!』

音を立てて彼女の手を、白いエネルギーで

構成された刃が覆った。

 

「え!?これって!?」

「それはツクヨミの力です。エネルギーを

 手に集め構成する光の刃、『ルミナス

 フラクター』です」

「ルミナス、フラクター?」

「えぇ。どんな強固な鎧でさえも切り裂く、

 光の刃です。ルフェア、奴らで

 試してみてください」

そう言って、前から迫るラットマンを

指し示す。

「う、で、出来るかな?私に」

「大丈夫です。仮面ライダーの力を

 信じて下さい。もしもの時は、私が

 援護します」

そう言って、私はルフェアを落ち着け

ながら、ジカンギレード・ジュウモード

を取り出す。

 

「う、うん。やってみる……!」

そう言って構えるルフェア。

接近してくるラットマン。

そして……。

「やぁぁぁぁぁぁっ!」

繰り出されたツクヨミの右手。

 

『ズブリッ!』

それが音を立ててラットマンの胸を

貫いた。

ゴバッと血を吐き出すラットマン。

しかし、仲間の左右から更に2体の

ラットマンが飛び出してきた。

だが……。

 

『ドドドドッ!』

それを私のジュウモードのギレ-ド

から放たれた光弾が撃ち抜いて倒す。

「こ、このぉぉぉぉっ!」

そしてツクヨミ、ルフェアは、空いていた

左手で目の前の、死にかけのラットマンを

大きく殴りつけた。

 

ツクヨミのパンチ力は27トンを超える。

故に、殴りつけられたラットマンはその場

で爆散。後ろの壁のシミになった。

後続の残りは私が片付けた。

その後、ツクヨミであるルフェアは、

初めて自分の意思で命を抹殺した事に

戸惑いを覚えて居た。

 

だが、それでも私達と進む意思を示し、

私達4人はそれぞれの仮面ライダーに

変身して先を急いだ。

 

その後、私達はベヒモスと戦ったあの

場所から奈落へと飛び降り、途中に

あった水路へと突入し、100層以降に

ある『真の大迷宮』への突入に成功。

 

その最奥にある物を探して、仮面ライダー

の力を駆使して魔物と戦いながら、奥へ

奥へ、下へ下へと進んでいったのだった。

 

それから、1ヶ月近くが経ったある日。

私達は150層へたどり着いた。

私はジオウとなり、ツクヨミである

ルフェアと共に階層内部を探索していた。

ゼロワンとバルキリー、つまりハジメと

香織は今別行動中だ。

 

そして、私達が次の階へ続く階段を

発見した時。

ハジメ達から連絡があった。なんでも

扉を発見したらしい。

早速向かうと、そこには荘厳な扉が

あった。

 

話し合いの結果、まず私達は左右の

像の頭を吹き飛ばした後、扉を私の

必殺技で破壊した。

 

そして、中へ進んでいくと……。

 

「……だれ?」

暗い部屋の奥、立方体に埋め込まれ

封印されている少女の姿があった。

 

理由を聞けば、力を恐れられ封印された

と言う。最初私は、その話を訝しんだが、

結局ハジメの言葉もあり、彼女を助ける

事にした。

 

ハジメ、ゼロワンのアタッシュカリバーが

立方体を滅多斬りにして破壊。

少女を解放する。

 

「おっとっ」

そして、立方体という支えを失って

倒れそうになる彼女をゼロワンが

受け止める。

 

「あなた、達、は?」

見た目が人外な事もあってか、少女は

戸惑い気味にゼロワンを見上げる。

 

「心配しないで。今の僕達は変身して

 るからこんな姿をしてるけど、

 ちゃんとした人間だから。

 僕はハジメ、南雲ハジメ。

 今の姿は仮面ライダーゼロワン

 って言うんだ」

「かめん、らいだー?」

 

少女は静かに首をかしげる。

 

しかし、少女を保護した直後、私達の

前にサソリ型の魔物が現れた。

 

「この魔物、どうやら彼女の封印解除

 と同時に襲いかかってくるように

 設定されていた訳ですか」

「どうするの!司くん!」

私に、ショットライザーを構えながら

問いかけてくるバルキリー、もとい香織。

 

「ここで仕留めますっ。追って

 来られても面倒です。ゼロワンは

 彼女を!バルキリーは後方より

 私を援護!ツクヨミはバルキリーの

 サポートを!」

「「「了解っ!」」」

 

私の指示に従い、皆が動き出した。

「当ってっ!」

『ドンドンッ!』

バルキリーがショットライザーから

50口径の徹甲弾が放たれる。

『『ギギンッ!』』

放たれた徹甲弾はサソリに命中するも、

甲高い音を立てて後ろに反れ、壁を

破壊した。

 

「ッ!?聞かない!?」

「いえ」

私はサソリを観察しながらバルキリーの

言葉を否定する。

「体表に罅が入っています。ある程度

 弾く事は出来ても、すぐに表皮を

 突破出来るでしょう」

しかし、相手もただ攻撃されるだけでは

ない。

『キシャァァァァァァァァッ!』

奴は咆哮を上げると、二股の尻尾から

如何にもヤバい液体を飛ばしてきた。

「回避っ!」

私が咄嗟に指示を出し、私とバルキリー

が左右に。ツクヨミが後ろに飛ぶ。

一拍遅れて地面に着弾した溶解液が、

ジュワジュワと音を立てながら床を

溶かしていく。

 

「ッ!?この溶解液、ヤバいよ!」

ツクヨミの叫びが私の耳に届く。

「各自っ、回避を優先するように!

 無理な攻撃は避けるように!」

そう厳命し、私はジカンギレードを

ジュウモードで取り出し放つ。

放たれた光弾が、先ほどのバルキリー

の攻撃で傷ついた部分に命中する。

 

すると、奴の硬い表皮の一部が、

音を立てながら砕ける。

だが、奴は新たに、もう片方の

尻尾から針を無数に打ち出してきた。

 

「ッ!」

「ジオウ!」

これに私が対応するよりも速く……。

 

『フレイミングタイガー!』

 

後ろからゼロワン(フレイミングタイガー)

の放った火炎放射が針を溶かして落とす。

そして、ゼロワンが作った一瞬の隙を

ついて私もフォームチェンジする。

 

『ビルド!』

 

すぐさまウォッチを起動し、ベルトに

装填し回す。

 

『ライダータイム!仮面ライダージオウ!

 アーマータイム!ベストマッチ!

 ビルド~!』

 

現れたアーマーを纏い、ジオウである

私はフォームチェンジした。

右手には、『ドリルクラッシャー

クラッシャー』と言う武器が装着

されている。

 

そこに再び放たれる針の雨。

だが……。

「ぬぅん!」

『ギャルルルルルルッ!!』

轟音を上げながら回転する

クラッシャーが振るわれる。

『ガキキキキィィィィィンッ!!』

それが音を立てて針の雨を正面から

弾いた。

カランカランと音を立てて床に散らばる針。

 

それを見てサソリは警戒を強めたのか

低く唸っている。

だが、この時の敵は私だけではない。そして

私にだけ集中していた事が仇となった。

 

『ドンドンっ!』

『ビシュビシュッ!』

その隙に左右からバルキリーのショット

ライザーと、ツクヨミのファイズフォンX

の射撃が襲い掛かった。

 

徹甲弾が弾かれながらも奴の体に

ひびを入れる。

一方でファイズフォンXの光弾は

敢えてスタン弾に設定してある。

貫けないのなら、痺れさせて少しでも

奴の動きを阻害するためだ。

最近のルフェアも、戦い方と言う物を

理解してきた。

 

ちなみに、ツクヨミ(ルフェア)の最近の

バトルスタイルは、右手にルミナス

フラクターを出現させつつ、左手に

ファイズフォンXをもっている。

これで遠近両方に対応しているのだ。

場合によっては、拳と足を使っての

格闘戦もこなしている。

 

さて、話を戻そう。

 

サソリは突然の攻撃にうめき声をあげる。

そして彼女たちに視線を向ける。

だが……。

 

「その一瞬が命取りだっ……!」

一瞬の隙をついて私が接近。

奴の体にクラッシャーを突き立てた。

『ギャリリリリリッ!!!!』

クラッシャーが音を立てながら奴の

装甲を削り取る。

 

『キシャァァァァァっ!?!?!』

悲鳴を上げるサソリ。だが腐っても

封印場所の番人。奴は私目掛けて

溶解液を飛ばしてきた。

私は咄嗟に後ろに飛んでそれを回避する。

 

だが、直後にハジメ、ゼロワンの

炎が奴の体を包み込む。

サソリは体を振って炎を消そうとする。

見たところ炎自体でダメージは与え

られていない様子。

 

だが……。

「炎だけがダメなのだとしても!」

ゼロワンが叫び、新たなプログライズキー

を取り出した。

 

『ブリザード!』

 

『オーソライズ!』

 

ゼロワンがキーをドライバーに

突き刺すと、天井を突き破ってホッキョク

グマのライダモデルが落下してきた。

 

『プログライズ!』

 

そしてゼロワンがキーをベルトに装填

すると、クマは覆いかぶさるようにして、

新たな鎧を形作った。

 

『Attention freeze!フリージングベアー!

 Fierce breath as cold as arctic winds』

 

クリアブルーの鎧を纏った、普段に比べて

マッシブなゼロワン。

それが、フリージングベアーの姿だ。

 

ゼロワンのフォームチェンジと同時に、

サソリが炎を振り払う。しかしその

装甲は今も熱を持っているのか、

赤みを帯びている。

 

そして、そこがゼロワン、ハジメの

狙い目だった。

 

「冷えろぉぉぉぉぉっ!」

ゼロワンは、その手から凍結剤を放ち、

サソリの体を急速冷凍していく。

そして……。

 

『ビシビシッ!』

 

高熱だった体表が、急激に冷やされた事で

急激な温度変化に耐えられず、最初の

バルキリーの攻撃でできていた罅が

更に大きくなる。

悲鳴を上げるサソリ。

 

そこが狙い目だ。

「ゼロワンッ!」

「任せてっ!」

更にハジメが、凍結剤を噴射して

サソリをカチンコチンに固めていく。

 

次第に身動きが出来なくなるサソリ。

ここが、仕留めるチャンスだと私は

理解する。

「トドメですっ……!」

「うんっ!」

「了解っ!」

「任せてっ!」

私の言葉に、ハジメ、香織、ルフェアが

三者三様の返事を返し、それぞれの

ドライバーに手をかける。

 

『『フィニッシュタイム!』』

『ビルド!』

 

『フリージングインパクト!』

 

『ダッシュラッシングブラストフィーバー!』

 

ジオウの私とツクヨミのルフェアの

ベルトから、異口同音の音声が

流れ、更に私の方はビルドの

音声が流れる。

 

「まずは僕からぁっ!」

ゼロワンは、手から凍結剤を放ちながら

サソリの接近。

「おりゃぁぁぁぁぁぁっ!」

そして、青いエネルギー

を纏った爪で、尻尾を2本まとめて

粉砕した。

 

『フリージングインパクト!』

 

「次は、私がっ!」

次いでバルキリーがサソリの周囲を、

円を描くように走りながら、隙をついて

跳躍。

「えぇぇぇぇぇぇいっ!」

エネルギーを纏った飛び蹴りが、サソリ

の鋏、片腕を一本吹き飛ばす。

 

『ダッシュラッシングブラストフィーバー!』

 

「私もぉっ!」

今度はツクヨミが前に出る。彼女は

助走をつけて跳躍。

 

『タイムジャック!』

 

「おりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

彼女の黄金に輝くエネルギーを纏った

飛び蹴りが、残っていた鋏も吹き飛ばす。

どうやらトドメは私の役目のようだ。

 

「終わりだっ!」

 

クラッシャーを回転させながら、私は

突進する。もはやサソリに私の攻撃を

防ぐ術はない。

そして……。

 

『ボルテック!タイムブレーク!』

 

ベルトの電子音と共に、私の一撃が

サソリを真正面から貫いた。

その体を突き抜けた私がサソリの

背後に着地する。

直後。

 

『ドォォォォォォンッ!』

 

サソリは爆散した。

静かに振り返る私。その元に

ツクヨミが駆け寄る。

「やったね、お兄ちゃん」

「えぇ。……さて、次は彼女です」

 

そう言って、私は柱の陰から戦いを

見守っていた少女に目を向けた。

 

 

一方で、その少女は、戸惑いながらも

驚いていた。

「……強い」

ポツリと呟いた少女は、こちらに

歩み寄るゼロワンとバルキリーに

目を向けていた。

 

「これが、かめん、らいだー」

ポツリと呟きながらゼロワンや

バルキリー、ジオウにツクヨミを

見つめる少女。

そんな彼女の前でハジメ達は変身を

解除した。

 

「もう大丈夫だよ」

そう言って、今にも倒れそうな少女に

寄り添うハジメ。

「……あ、ありがとう」

そんな時、少女は小さく、ポツリと

呟くのだった。

 

「どういたしまして」

そしてハジメも、小さく笑みを浮かべながら

呟くのだった。

 

 

その後、私達は彼女を連れて部屋を出た後、

拠点を作って色々話をした。

彼女にユエと名前を考えてあげたり、

ハジメが吸血されたり、私達の素性を

ユエに教えたり、私がゴジラである事を

皆に話したりしていた。

 

更にユエからの情報で反逆者の話を

聞く事が出来た。これで私達が、

この大迷宮の最奥を目指す新たな理由が

出来た。

そして、ユエもまた私達と一緒に旅を

する事になった。

 

そして、共に大迷宮攻略をしていた

ある日の事だった。

 

「司」

「はい。何でしょう?」

「……私も、みんなと同じ力が欲しい」

「それはつまり、仮面ライダーの力が

 欲しいと?」

私が問いかけると、ユエはコクリと

頷いた。

 

「うん。……私だけ持ってないの。

 仲間外れみたいで、やだ」

そう言ってどこか悲し気なユエ。

まぁ最もだろう。

しかしそこは既に準備出来ている。

 

「そうですか。実は、ハジメと少し前に

 相談していまして、ユエにピッタリ

 の力を用意しておいたんです」

そう言うと、私は装備の入っている

バックパックの中から、中くらいの

箱を取り出した。

 

そしてそれを開くと、中には一匹の、

金や黒のカラーの、コウモリのような

アイテムが入っていた。

「司、これは?」

「これは『キバットバットⅢ世』。

 吸血鬼をモチーフとした仮面ライダー

 キバに登場する変身アイテムであり、

 自我を持った存在です」

 

そう言って私は、キバットバットⅢ世に

触れ、起動コードを送信する。すると……。

 

「ん、くぁ~~~!よく寝たぜ~!」

突然キバットバットⅢ世が起き上がり、

箱から飛び出した。そしてそのまま周囲を

飛び回るキバット。

「これ、が……」

「えぇ。ユエの新たな力の源であり、

 パートナーです。キバット」

「ん?どした?」

私が声をかけると、キバットは私と

ユエの傍で滞空する。

 

「彼女がこれからあなたのパートナー

 になるユエです。そしてユエ、彼は

 貴方の新しいパートナー、キバット

 です。二人とも、これから仲良くする

 ように。良いですね?」

「……うん」

「おうっ!任せろ司!」

 

静かに頷くユエと、明るく頷くキバット。

 

「そう言う訳だ。ユエ。俺様はキバット

 バットⅢ世。まぁキバットって呼んで

 くれよ。これからよろしくなっ!」

「うん。よろしくキバット」

笑みを浮かべる二人。

 

 

こうして、新たな少女、ユエが司たちの

仲間となった。

そして同時に彼女もまた、仮面の英雄の

力を王より与えられるのだった。

 

     ライダー編 第2話 END 

 




ライダー大好きなので、最近こっちを書いてます。
近々本編の方も投稿します。

感想や評価、お待ちしています。


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IF・ライダー編 第3話

今回はオルクスでのヒュドラとの戦いです。


オルクス大迷宮を攻略する中で、私達は

新たなにユエと言う仲間を得た。彼女にも

仮面ライダーの力であるキバットを与え、

私達は大迷宮の更に奥へと進んでいくの

だった。

 

その過程で、ユエはすっかりキバの扱いに

慣れていた。

 

今日も今日とて道行く先には魔物が

待ち構えていたが……。

 

「行くよ、キバット」

「おうよ!」

ユエの言葉に従い、キバットが宙を飛び回る。

そして、彼女が右手を前に伸ばすと……。

「キバって行くぜ!ガブッ!」

「変身……!」

宙を飛んでいたキバットがその腕に噛みついた。

すると、ユエの顔にステンドグラスのような

模様が浮かび上がり、次の瞬間、その体を

覆う鎧、『キバの鎧』が展開され、彼女は

『仮面ライダーキバ』となった。

 

同時に、彼女の身長も成人男性並みとなる。

これは変身による一時的な変化だ。

 

そして、魔物が襲いかかってくるが……。

「はぁっ……!」

彼女のパンチ一発で吹っ飛ばされた。

その後も襲いかかる魔物だが、最近

ではライダーの力に慣れる為に、私や

ハジメと近接戦の鍛錬をしている。

その成果もあり……。

「はっ、たぁっ……!」

襲い来る魔物を、パンチとキックだけで

迎撃し、時には回避し、カウンターで

叩き潰す。

もちろん変身した状態でも魔法は

難なく行使出来る。なので……。

 

「『緋槍』!」

キバが翳した手から炎の槍が放たれ、

魔物を穿つ。

どうやら彼女も次第にキバの力に

慣れてきた様子。魔法で遠距離攻撃も

すれば、キバの力を生かした格闘戦も

展開する。前衛としても、後衛としても

極めて優秀だ。

 

その活躍もあり、私達は破竹の勢いで

大迷宮を攻略していった。

 

そして、私達はついに200層目まで

たどり着いた。

 

神殿のような作りの200層目は広大な

空間だった。

奥に見える巨大な扉。誰もが、あそこが

ゴールだと確信する。だが、分かる。

 

その手前にたどり着いた時、本能が

叫ぶ。ここから先に進むな、と。

そう訴えかける程の敵が、現れる

感覚を私達は感じた。

だが、ここで立ち止まり、引き返す

訳には行かない。私達には、進む以外

の選択肢は無い。

 

恐怖を感じる皆を、私の言葉で宥め、

そして、この5人で立ち向かうと決めた。

 

そして、最後の柱を超えた時。

奴が現れた。

 

それは6つの頭を持つ、ヒュドラの

ような魔物だった。

奴は咆哮を上げ、こちらを威圧している。

だが……。

 

「行きましょう。この先へ進むために」

 

『ジオウ!』

 

私はジオウライドウォッチを起動する。

 

「そうだ。こんな所で僕達は止まらない!」

 

『ジャンプ!』

 

「私達は、前に進む!」

 

『ダッシュ!』

 

「お前なんかに、邪魔させない!」

 

『ツクヨミ!』

 

「私達の方が、強い……!

 キバット」

「おうよ!皆でキバって、

 行くぜぇっ!」

 

『ガブッ!』

 

各々が、力の源であるアイテムを使い、

起動する。

そして……。

 

「「「「「変身っ!!!」」」」」

異口同音の叫びが木霊した。

 

『ライダータイム!仮面ライダージオウ!』

 

『飛び上がライズ!ライジングホッパー!』

 

『ラッシングチーター!』

 

『ライダータイム!仮面ライダーツクーヨミ♪

 ツ・ク・ヨ・ミ!』

 

ベルトから電子音声が響き、更にユエもまた

独特な音と共にキバとなる。

 

「よっしゃっ!これで仮面ライダーが

 5人、そろい踏みだぜ!」

ベルトのキバットが、逆さのまま意気揚々

と声を上げる。

 

ジオウ、ツクヨミ、ゼロワン、バルキリー、キバ。

 

5人の仮面ライダーが並び立つ。

 

「「「「「「クルアァァァァァァンッ!!!」」」」」」

 

ヒュドラもどきが一斉に咆哮を上げる。

 

「行くぞっ!」

そして、私のかけ声で皆が一斉に

飛び出した。

 

「はぁっ!」

真っ先に飛び出したのは、脚力に優れる

ゼロワン、ハジメだ。

 

『ブレードライズ!』

 

アタッシュカリバーを構えたゼロワンが

ヒュドラもどきに急接近し、その体を

斬り付ける。

斬撃がヒュドラの皮膚を切り裂き、出血

する。だが、それだけだ。

ゼロワンの攻撃に、赤い頭が反応して

その口から火炎を吐き出した。

「うぉっ!?」

たまらず後ろへ飛んで炎を避けるゼロワン。

 

「このっ!」

そこに、バルキリーのショットライザー

による攻撃が、白い頭を狙って放たれる。

だが……。

黄色い頭が、自身の頭を肥大化させ、

さながら盾のようにして徹甲弾を逸らし

白頭を守った。

 

「はぁっ!」

そこに私が飛びかかり、黄色頭に取り付く

と思い切り頭を蹴りつけ、弾き飛ばした。

音を立てて吹き飛び、壁にめり込む黄色頭。

だが、そこに青い頭が氷の雨を、さながら

マシンガンのように連射してきた。

「ッ!」

 

『ジカンギレード!ケン!』

 

それを、私は咄嗟に召喚したジカン

ギレードで弾きながらも後ろに飛ぶ。

そこに……。

「こっちにだって居るよ!」

『ビシュビシュッ!』

ツクヨミがファイズフォンXで援護射撃

をする。敢えてスタン弾に設定する事で、

ヒュドラを痺れさせるつもりだ。

実際、ヒュドラは悲鳴を上げ、僅かに

動きを遅くしている。そして、それが

次に繋ぐ隙、チャンスとなる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

『ドンドンドンドンッ!!!!』

バルキリーがショットライザーから

徹甲弾を撃ちまくる。

それが青頭の首元や頭を撃ち抜き、

そのまま力無く地面に倒れた。

 

だが……。

「クルアァァァァァンッ!」

白頭が鳴くと、青頭が再生し再び

攻撃を放ってきた。

「くっ!?」

それを咄嗟に避けるバルキリー。

「バルキリー!」

それを咄嗟にツクヨミがファイズフォンX

からの射撃で援護する。

 

「このぉっ!」

更にゼロワンがアタッシュカリバーで

黄頭を斬り付け……。

「ふんっ……!」

キバの拳が青頭を弾き飛ばす。

 

一方の私は、一歩下がった所でヒュドラ

の様子を見ていた。

……奴らの頭は、色に応じた力がある。

赤なら炎。青なら氷や水。白なら恐らく

聖の属性。だが、それなら……。

あの黒い頭は……。

 

そう考えを巡らせた時。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

突如ユエの悲鳴が届いた。

悲鳴の方に目を向けると、ユエ、

キバが頭を抱えてその場に膝を突いた。

「おい!ユエっ!どうしたユエっ!」

突然の事に、キバットがユエに声を掛ける。

 

だが、ユエは反応しない。

そして、その隙を突いてヒュドラが

キバ目がけて攻撃を放った。

「危ないっ!」

 

だが、すんでの所で、ゼロワンがキバを

抱えて跳躍。刹那、キバの居た場所を

赤頭の放った火炎が焼き払う。

 

「ちっ!ゼロワンはキバ、ユエを頼みます!

 バルキリー、香織も回復系魔法が使える

 のでユエの回復を試して下さい!

 恐らく、闇魔法による精神攻撃を受けた

 可能性があります!香織は状態異常の

 回復魔法を!

 その間、私とツクヨミで奴の注意を引きます!」

「「「了解っ!」」」

私の声に従って皆が動き出す。

 

 

ハジメ、ゼロワンはまずキバを柱の影に

引き込んだ。

「ユエちゃん!ユエちゃん!しっかりして!」

必死にキバの肩を揺らすゼロワン。だが、

キバであるユエが反応しない。

「くっ!キバット!一旦ユエちゃんから

 離れて変身を解除して!もっと詳しく

 ユエちゃんの事を見たいんだ!」

「お、おうっ!分かった!」

ゼロワンの言葉に頷いたキバットが

ベルトを離れ、変身が解除される。

 

それを見てハジメもドライバーからキーを

抜いて変身を解除する。

「任せて!」

そこにバルキリーが駆けつけ、すぐさま

ユエに状態異常の回復魔法、『万天』を

放った。

 

しばらくすると……。

「あ、れ?……ハジメ?香織?」

未だに青い表情をしながらも、彼女は

目の前とハジメとバルキリーに手を

伸ばした。

 

その手をハジメが優しく両手で包み込む。

「大丈夫。僕達はここにいるよ?

 どうしたの?」

彼は静かに優しく問いかける。

「分からない。……気づいたら、

 頭の中、不安が、いっぱいで。

 そしたら、ハジメたちに、

 見捨てられて、また、封印

 されるイメージが……」

 

そう語るユエは、再び体を震わせる。

 

だが……。

「大丈夫」

そんな彼女をハジメが優しく抱きしめた。

 

「僕は、ううん。僕達はユエちゃんを

 見捨てたりなんてしない」

「本当、に?」

「うん。もちろんだよ。だって、

 僕達は『仲間』じゃないか。

 一緒にこの大迷宮を突破して、

 ここまで来たチームだ。

 唯一無二の、仮面ライダーチームだ。

 そして、僕は……」

 

彼は真っ直ぐに、ユエの瞳を見つめる。

 

「絶対にユエちゃんを一人になんか

 しない」

 

確固たる信念。

仲間を守り抜く決意。

それに裏打ちされた覚悟が、

ハジメの瞳の中で燃えている。

 

そしてユエは、その熱に当てられ、

頬を赤く染める。

 

「僕は、絶対に仲間を見捨てたりなんか

 しない」

 

『僕に、≪その名≫を名乗る資格はない

 のかもしれない。虚構の英雄の名

 なのかもしれない。でも、それでも僕は、

 仲間を守る為に戦う。皆で一緒に

 笑っていないから。だから、それでも

 僕は≪その名≫を名乗る』

 

「今の僕は、仮面の英雄。

 『仮面ライダー』なんだから」

 

例え、それが虚構の英雄の名なの

だとしても、ハジメはその名を名乗る。

 

偽りであろうと、虚構の存在であろうと、

ハジメは今、『仮面ライダー』なのだから。

 

やがて、ハジメは立ち上がり、ユエに

右手を差し出した。

 

「行こう。僕達の未来を、僕達自身の

 手で掴み取るために……!」

「ッ!うん……!」

ユエは、差し出されたその手を取って

立ち上がった。

 

そして、彼等は柱の陰から出る。

 

ジオウとツクヨミはヒュドラと戦っていた

が、その手数の多さと6つの頭の連帯に

攻めあぐねていた。

 

そして、ジオウとツクヨミが一旦ハジメ

達の傍まで下がる。

 

「ふぅ。ライダー二人でも互角、ですか。

 少々厄介なボスですね」

そう静かに呟く司。その時。

 

「司」

ハジメが彼に声を掛けた。

「……ここ最近、司が夜に開発してるの

 見てたんだ。『あれ』、出来てる?」

「……。使用は推奨できませんね。

 まだ使用者へのバックファイアを

 殺し切れていません。使用者の

 ポテンシャルを強制的に引き出す『あれ』を

 今の段階で使えば、相応の

 ダメージを覚悟しなければなり

 ません」

そう言って警告する司。

しかし……。

 

「覚悟なら、とっくに出来てるよ」

ハジメはそう言って、ジオウに

右手を伸ばす。

 

「元の世界に戻るために戦うと

 決めたんだ。そして、決めた。

 僕は『仮面ライダー』として戦う。

 そのために、そんな事で萎縮して

 たら、僕にライダーの名を名乗る

 資格は無いよ」

そう言って、ハジメは笑った。

 

すると……。

「やはり、ハジメは英雄の器ですね」

そう言ってジオウが、腰元から取り出した

のは、ライトゴールドの、これまでの

プログライズキーとは異なるキー。

 

「貴方の覚悟が、貴方の力となるはずです。

 ハジメ」

 

ハジメは、静かに差し出されたキーを

受け取る。

 

だが、この時、先ほどまで警戒して動きを

止めていたヒュドラの、赤や青の、攻撃を

担当していた頭たちが一斉に攻撃を放って

来た。炎の球が、氷の雨が、風の刃が、

彼等に迫る。

 

だが……。

 

『シャイニングジャンプ!』

 

ハジメはキーを起動し……。

 

『オーソライズ!』

 

それをベルトに翳した。次の瞬間。

 

天井を突き破って降り注いだ光から、

彼等の前に鍵穴のようなエフェクトが

現れ、彼等を攻撃から守った。

ハジメは、キーを振って変形させると、

突出すようにキーを鍵穴のエフェクトに

突き刺し、それを捻った。

 

すると、鍵穴のエフェクトが変形し、開いた。

 

中から、バッタを乗せたバッタ、とでも

形容出来る巨大なバッタのライダモデル

が現れた。

 

「変身っ!!」

 

そして、ハジメが叫び、キーをドライバー

に装填する。

 

『プログライズ!』

 

すると、ベルトから網目状のエフェクトが

飛び出し、ライダモデルを捕えた。かと

思うと、そのエネルギーがハジメの体と

重なり、彼を『新たな形態』へと進化

させた。

 

『The rider kick increases the power by adding to brightness!

 シャイニングホッパー!』

 

今のハジメは、普段のゼロワンとは異なる。

黒をベースとするボディを走るライト

イエローのライン。肩と脇腹の辺りから

伸びるX字のようなパーツ。

 

そう、今のその姿こそ、ゼロワンの強化

された姿。

 

『仮面ライダーゼロワン・シャイニングホッパー』だ。

 

『When I shine,darkness fades』

 

今、新たな姿となったゼロワンに、ヒュドラ

は警戒心を剥き出しにして唸る。

 

その時、ゼロワンが数歩前に出る。

 

「お前じゃ俺達には勝てない。俺達は、

 仮面ライダーだっ!」

 

そう言って、ハジメ、ゼロワンはヒュドラ

を指さす。

 

「お前を倒すのは……!」

 

『グッ!』

 

「俺達だっ!」

 

そう言って、ハジメは右手の親指で自分の

方を指さす。

 

「「「「「「クルアァァァァァァンッ!!」」」」」」

対してヒュドラ達も咆哮を上げて威嚇

するが、今のハジメ達には効かない。

 

そして、ユエが熱のこもった目で

ゼロワンの背中を見上げる。

その時。

 

「おいおいユエ。何ボサッと

 してんだ?行くぜ?」

そう言ってキバットがユエに語りかけた。

「キバット」

「忘れたのか?お前も仮面ライダー

 だろうが」

その言葉に、ユエは小さく息を呑んで

から、笑みを浮かべた。

 

「うん。……行くよ、キバット」

「おうよ!もういっちょ、キバって

行くぜ!ガブッ!」

 

「変身……!」

 

ユエもまた、再びキバの鎧を纏って、

『仮面ライダーキバ』へと変身する。

 

ゼロワンの隣に並ぶキバ。更にその

反対側にバルキリーが並び、キバと

バルキリーの隣にジオウとツクヨミ

が並ぶ。

 

「行こう、決着を付けよう!」

 

ゼロワンの声に、皆が頷く。次の

瞬間。

 

「行くぞぉぉぉぉぉぉっ!」

ハジメの叫びと共に、皆が駆け出した。

 

まず真っ先に動いたのがハジメだ。

ゼロワンはその瞬発力を持ってヒュドラ

の懐に飛び込んだ。彼が持つアタッシュ

カリバーの刃が煌めき、黄色頭の体を

斬り付ける。

 

傷口から血液が噴き出す。

その時、ゼロワン目がけて青頭が

氷の砲弾を放った。

 

だが、当る直前でゼロワンは瞬間移動も

かくやの速度でそれを避ける。

逆に……。

 

「はぁ……っ!」

ゼロワンの方に集中していた青頭を

キバのキックが吹き飛ばす。

 

「そこぉっ!」

「私達だって、居るんだから!」

更にバルキリーとツクヨミの射撃が

赤や黒の頭に集中する。

「はぁっ!」

更にジオウがギレードで黄色頭の首を

切り飛ばした。

 

それを見て白頭が黄色頭を復活させよう

と、声を上げようとした。だが……。

 

「遅いっ!」

一瞬で懐に飛び込んだゼロワンのカリバー

が、その首、喉元を貫いた。

結果漏れたのは、くぐもった悲鳴だけだ。

 

「はぁっ!」

更にゼロワンは、そのままカリバーを

横薙ぎに払って、白頭を切り飛ばす。

 

これでヒュドラは回復役を失った。

 

「後は残りの頭を潰すだけですっ!」

 

ジオウの言葉に、皆が一気に攻勢に出る。

 

バルキリーとツクヨミの射撃が次々と

ヒュドラの胴体に穴を開け、痺れさせる。

 

ジオウとゼロワンの斬撃が、その首を

切り裂き、倒す。

 

そして、最後に赤い頭だけが残った。

 

「決めるぞユエ!トドメだ!」

「分かった……!」

キバットの言葉に頷いたユエが、ベルト

の脇のホルダーに刺さっていた笛を

取り、親指で弾いて宙に飛ばす。

 

すると、ベルトに止まっていたキバット

がそこを離れて飛び立ち、宙に浮いた

笛、『フエッスル』を口に咥えた。

 

「ウェイクアップ!」

更にキバットがその声と共にフエッスル

を吹き鳴らす。

 

独特な音が周囲に響き渡り、更にそれを

合図として周辺が夜の闇の帳に包まれ、

そこに無いはずの三日月が、天井付近で

輝いている。

 

「はっ……!」

右足を振り上げるキバ。するとその周り

をキバットが回る。

すると、右足に装着されていた、鎖に

巻かれた『封印』が解かれ、赤いコウモリ

の羽を模したパーツ、『ヘルズゲート』

が姿を見せる。

 

そして、片足を振り上げたまま、もう

片方の左足だけで跳躍。

宙で幻の月をバックに、逆さまの状態

から体勢を戻し、跳び蹴りを放った。

「これで、トドメッ……!」

 

それこそが、キバの必殺技の一つ。

『ダークネスムーンブレイク』だ。

 

放たれた跳び蹴りは、赤頭の、その頭を

粉砕した。

 

赤頭を蹴り砕き、そのヒュドラの後ろに

着地するキバ。

彼女は、静かに振り返り、音を立てながら

崩れ落ちるヒュドラを見つめる。

 

「やったなユエ。お疲れ様」

「うん」

キバットからのねぎらいの言葉に、

小さく頷くユエ。

 

そして、その勝利からハジメ達も息を

つき、構えていた武器を下げた。

直後。

 

ヒュドラの胴体から、7本目の首が

生えた。

 

「「「「ッ!?」」」」」

突然の事に、ハジメ達が驚き、司、ジオウ

はそれを迎え撃つ為にギレードを構え直す。

だが、生えた頭、銀頭はすぐに後ろに

一人立つキバ、ユエに狙いを絞った。

 

「ッ!ユエちゃん!」

それに気づいて、ゼロワンが駆け出す。

次の瞬間、銀頭がその口から極光を放った。

 

すんでの所で、ゼロワンがキバの前に

滑り込む。そして……。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

ハジメ、ゼロワンはヒュドラの極光に

対して、アタッシュカリバーを叩き付けた。

カリバーの刃でV字に逸らされた光が

二人の背後を焼いていく。

 

「ぐっ!?おぉぉっ!」

ゼロワンは、弾き飛ばされそうになるほど

の衝撃に、必死に耐えた。

極光が二人を消し飛ばそうと迫る。

それを受け止めるゼロワン。

 

「ハジメッ!」

後ろに居たキバ、ユエが叫ぶ。

このままではハジメが危ない。

どうにかしようと、思考を巡らせるユエ

だが、いきなりの攻撃で対処方法が

思いつかなかった。

 

だが……。

 

「やらせないっ!」

「っ!」

ハジメの叫びに、ユエは息を呑んだ。

 

「俺は、俺達は、お前になんか、

 絶対に負けないっ!」

ハジメの叫びが響き渡る。

そして……。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!

 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

ゼロワン、シャイニングホッパーの

一刀が、極光を切り裂いた。

これに驚いた銀頭が、驚愕の呻きを

漏らす。

だが……。

 

「私達を忘れるとは……」

その時、聞こえた声に慌てて振り返る

ヒュドラ。

振り返ったその時には、既にジカン

ギレードを掲げたジオウがその眼前に

迫っていた。

 

「良い度胸だ……!」

その言葉と共に振り下ろされたジカン

ギレードの一刀が、ヒュドラの片目を

切り裂く。眼球が切り裂かれ、大量の

血液が飛び散る。

痛みに悲鳴を上げるヒュドラ。

 

だが、それだけではない。

「私達だってっ!」

「居るって言ってるでしょぉっ!」

バルキリーとツクヨミの射撃がヒュドラの

体を穿っていく。

 

そして、今度こそ戦いは終局へと向かう。

 

「ハジメッ!ユエッ!トドメです!」

ジオウ、司の叫びが響く。

「任せてっ!」

ゼロワンであるハジメは力強く

頷き、後ろにユエ、キバに振り返る。

 

「終わらせよう、ユエちゃん。

 今度こそ、一緒にっ!」

「ハジメ」

その言葉に、ユエは……。

「分かった。終わらせる……!」

 

彼女もまた力強く頷いた。

 

そして、それを確認したゼロワンは

ベルトのキーを押し込んだ。

 

『シャイニングインパクト!』

 

「よっしゃぁっ!もういっちょ、

 キバって行くぜ!」

ベルトから電子音が流れるのに次いで、

キバットが再びフエッスルを吹き鳴らす。

 

「ウェイクアップ!」

 

「はっ!」

「ふっ……!」

フエッスルが奏でるメロディをBGMに、

二人は同時に飛び上がる。

 

それに気づいたヒュドラは傷を負った体を

押して、二人目がけて極光を放った。

二人の体を消し去らんと、光の奔流が

迫る。

 

だが、二人は恐れない。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁっ……!」

 

裂帛の気合いを込めた二人の跳び蹴り。

 

『ダブルライダーキック』が空中で

極光とぶつかった。

その衝撃で極光の一部が逸れて、二人の背後の

壁や天井を焼く。

 

ダブルライダーキックと極光が、拮抗する。

 

それを見たルフェアが援護しようとファイズ

フォンXを構えるが、司がそれを制止した。

「え?お兄ちゃん?」

「大丈夫です、ルフェア。あの二人は、

 負けません。……なぜなら、彼等は

 一人ではないのだから」

そう言って、ジオウはゼロワンとキバに

目を向ける。

 

そして……。

「ぐぅぅっ!負けて、たまるかっ!」

「うんっ……!私、たちの、未来は、

 私達の、手でっ!掴むっ!

 だからっ!」

 

「「俺(私)たちの邪魔をするなぁっ!」」

 

力を込める二人。そして、拮抗が終わった。

 

『ドォォォォォォンッ!』

爆音と共に、二人のライダーキックが

極光を弾き飛ばした。

これに驚愕するヒュドラ。そして、

驚き動けなかった事が、ヒュドラの

敗因となった。

 

『『ドゴォォォォォォォッ!』』

 

二人のキックが深々とヒュドラの体に

突き刺さる。

だがそれも一瞬だった。

 

二人がヒュドラの体を突き抜け、私達の

前に着地した。

 

胴体に風穴が空いたヒュドラは、やがて

瞳の色を失って地面に崩れ落ちた。

直後。

 

『ドォォォォォォォォォンッ!』

 

音を立てて爆発し、消滅した。

 

やがて、ジオウたち5人は、ヒュドラの

爆発した場所を静かに見つめていた。

 

「勝った、ね」

「うん」

ハジメの言葉にユエが頷く。

そして……。

 

「ありがとう、ハジメ」

「え?どうしたの?」

いきなりのお礼にハジメが戸惑う。

「ハジメが居たから、私はこいつに

 勝てた。だから、ありがとう」

「そっか」

と、彼女の説明にハジメは静かに

納得し頷く。

 

「でも、それは、僕達だけの力じゃない。

 皆がいたからだよね?」

「うん。私達だけじゃ、勝てなかった

 かもしれない。でも、違う。

 私達5人だから勝てた」

 

そう言って、ユエは変身を解除し、

笑みを浮かべながら呟いた。

 

「だって、私達は『仮面ライダー』だから」

 

「うん、そうだね。僕達は、仮面ライダーだ」

その笑みに、ハジメもマスクの下で笑みを

浮かべながら、頷くのだった。

 

     ライダー編 第3話 END

 




ライダー編では、次回はシアが出てくると思います。

ちなみに、シアのライダーはもう決まってます。
ヒントは『ベストマッチ!』です。

感想や評価、お待ちしてます。


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IF・ライダー編 第4話

今回はハルツィナ樹海でのストーリーです。


司たちは、オルクス大迷宮の中で戦い、ついに

最後のボスであるヒュドラを倒すのだった。

 

そして、その後に訪れた反逆者の隠れ家で、

彼等はエヒトの真実を知るのだった。

狂乱の神と戦う決意を固めるハジメ達。

 

その後、彼等は隠れ家で戦いの疲れを癒やし

ながらも絆を深めた後、次なる大迷宮へ

行き、新しい神代魔法を手に入れるための

冒険に出発した。

 

 

そして、私達はオルクス大迷宮の、秘密の

通路を通って、2ヶ月ぶりに本物の

太陽の下へと出た。

その感動に、ハジメが騒いでいて、ユエ

も便乗している。

まぁ、彼女にしてみれば数百年ぶりの

太陽だ。気持ちも分かる。

 

その後、襲いかかってきた魔物を、皆で

変身してぶちのめした。

 

その後、私達は今後の予定を決めると

全員が変身した姿のままバイクに跨がった。

 

私、ジオウとツクヨミは『ライドストライカー』。

ゼロワンは『ライズホッパー』。

キバは『マシンキバー』。

バルキリーは、設定の中で仮面ライダー

バルキリー用のバイクが出てきていないので、

私たちと同じ『ライドストライカー』に

乗って貰っている。

 

「……では、行きましょう」

私の言葉に皆が頷く。

そして、私達はそれぞれのバイクの

エンジンをスタートさせると、5つの

砂煙を上げながらライセン大峡谷の

迷宮を探すために移動を開始したのだった。

 

 

だが、彼等の予定は、大きく狂う事になった。

 

 

彼等は動き出したその矢先、『シア・ハウリア』

と言う兎人族の少女と出会い、彼女の部族、

ハウリア族を助ける為に、司たちはライセン

大峡谷を進んだ。

 

そして、その先でハウリア族を助けたり、

帝国兵士を皆殺しにしたり、大迷宮の

一つであるハルツィナ樹海へ足を運んだり、

亜人の国フェアベルゲンへ赴いたりと、

いろいろな事があった。

 

そして、今。

「シア。あなたにこれを」

「え?」

 

今、司たちは樹海の一部にベースキャンプ

を作り、そこを拠点にしていた。

そして司の意思によって兎人族は鍛え

られる事になった。

 

そして、その1日目。司はシアに一つの

ベルトを渡した。

 

「それは、『ビルドドライバー』。ハジメ

 の持つゼロワンドライバーや私、

 ルフェアのジクウドライバーと同じ、

 仮面ライダーの力を生み出すベルト

 です」

 

ちなみに、司からシアたちには既に

仮面ライダーの説明がなされていた。

 

「あの、司さん?どうしてこれを、

 私に?」

そう言って首をかしげるシア。

「以前、シアは言っていましたね。

 私達に付いて来たいと」

「ッ。はい」

司の言葉に、シアは表情を引き締める。

 

「ならば、私から貴方に一つの課題を

 出します」

「課題?」

「えぇ。シンプルな物です。シアには

 これからユエと香織に付きっきり

 で魔法と戦闘技術の訓練をして貰います。

 そして、1日の締めくくりとして

 キバに変身したユエと戦って下さい。

 要は、模擬戦です。期限は周期が

 やってくる9日後まで。それまで

 の間に、ユエに少しでも傷を付ける。

 あるいは、変身解除にまで持ち込んだ

 場合、シアの同行を認めましょう」

 

「ッ!本当ですか!?」

「えぇ。二言はありません。……ですが、

 ユエと貴方では戦闘に対する経験値が

根本的に違いすぎます。それでも、

この課題に挑戦しますか?」

そう、彼が問いかけると……。

 

「やってやるですぅっ!」

シアはやる気を見せた。

 

こうして、シアの特訓の日々は始まった。

 

特訓開始1日目。

まずは、ドライバーの使い方と力の概要

の説明からだ。

「それじゃあシアちゃん。仮面ライダー

 ビルドについて、色々説明するね」

「は、はいっ!よろしくお願いします!」

「仮面ライダービルドって言うのは、

 今シアちゃんの手元にある小瓶、

 『フルボトル』の力を使って鎧を

 作り、それを纏って戦うの」

「これを、ですか?」

シアは、自分の手の中にある赤と青の

ボトルに視線を落とした。

 

「そう。フルボトルの総数は

 合計60本。ビルドはその能力を

 組み合わせて戦うんだよ」

「ろ、60本!?そんなにあるんですか!?」

「うん。理想を言えば、シアちゃんがその

 全ての特性を理解して、自由自在に

 ボトルチェンジが出来るようになれば、

 きっと負け無しだと思うよ?」

「ま、負け無し、ですか?」

最初は驚いていたシアだが、香織の言う

『負け無し』という言葉に惹かれた。

 

「もっとも……」

と、そこに声を掛けたユエ。

「貴方がボトルの力を理解し、それを

 生かし切れなければ、宝の持ち腐れ」

「ッ!」

 

そう。如何に性能が良くても、その力を

生かし、上手く使えなければ彼女の

言うとおり、宝の持ち腐れだ。

「だからこそ、そのベルトとボトルは、

 持つだけでは意味がない。これから

 みっちり、覚えて貰う。『仮面ライダー

 の力』という物を」

ユエは、鋭い視線でシアを射貫く。

 

その視線に、一瞬萎縮するシア。

だが、彼女はギュッと右手の、2本の

フルボトルを握りしめた。

 

「お願いしますっ!」

 

そして、彼女は決意の表情で叫ぶのだった。

 

 

その後。

「それじゃあ、まずは変身してみて」

そう言って、シアの変身を促す香織。

彼女は今、変身してバルキリー・

ラッシングチーターに変身している。

その隣では、ユエも既にキバに変身

している。

 

「わ、分かりました!」

シアは初めての変身に戸惑いながらも頷き、

両手に一本ずつ握ったボトルを見つめると、

前を向きながらボトルをシャカシャカと振る。

 

すると、周囲に彼女が見た事も無い数式が

現れる。

「ふぇ!?な、何ですかこれ!?」

「驚かなくて大丈夫。そのまま続けて」

驚くシアを落ち着け、先へと促すバルキリー。

 

「は、はいっ!えっと、ここを、こうっ!」

 

『『カシュッ!』』

 

シアは、ボトルのキャップを正面に向ける。

「それで、次は確か……」

そして、それをベルトへと装填する。

 

『ラビット!タンク!』

 

すると、ベルトから電子音声が鳴り響く。

ベルトの正面に、RとTの文字が浮かび

上がる。

 

『ベストマッチ!』

 

そして更に響く電子音声。すると、ベルト

から待機音声が鳴りだす。

「ふぇっ!?え、えっと、確か次は……」

その事でテンパってしまうシア。

 

「落ち着いてシアちゃん。やり方を

 思いだして」

「は、はい、香織さん。えっと、確か……」

 

シアは、ドライバー右側に付いているハンドル

に手を掛け、それをグルグルと回し始めた。

 

すると、ドライバーからプラモデルの

プランナーのような物が現れ、彼女の

前後に、赤と青の鎧を形作った。

 

そして……。

 

『Are You Ready!?』

 

ベルトから聞こえる問いかけ。

『準備は良いか?』と、ベルトがシアに

問いかける。

そして、シアはその問いかけに、大きく

息を吸い込み、そして……。

 

「変身ッ!」

 

あらん限りの声で叫んだ。

 

すると、それを合図とするかのように、

前後の鎧、『ハーフボディ』が動き出し、

シアをまるでプレスするようにして、

彼女を『仮面ライダービルド』へと

変身させた。

 

のだが……。

 

「ッ~~~!?痛いですぅっ!」

 

『鋼のムーンサルト!ラビットタンク!

 イエーイ!』

 

電子音声が響き渡り、体の各部から蒸気

を吹き出しながらも、ビルドはその場に

膝を突いた。

 

「な、なんですかこれ。変身って、

 こんなに痛い物なんですかぁ?!」

戸惑いながらも何とか立ち上がるシア、

改めビルド。

 

「いや~、それはその、ビルドだけの

 仕様みたい。私達の時には、そう言う

 の無いけど」

「そ、そうなんですか」

「ともかく、これで準備完了」

 

その時、キバがビルドに歩み寄る。

「貴方にはこれから、学んで貰う。

 仮面ライダーの力を」

「はいっ!よろしくお願いします!」

 

こうして、シアの、仮面ライダービルド

になるための試練の日々が始まった。

 

まずは、ボトルの力や武器に慣れる所

から始まった。

各フォームのスペックや武器の使い方を

体に覚え込ませつつ、香織やユエと

戦闘の訓練が、序盤のメニューとなった。

 

この頃はまだ、模擬戦でユエの変身する

キバに手も足も出ずに、すぐに変身解除

に追い込まれてばかりだった。

 

だが……。

 

10日目のその日。シアは大きく成長していた。

今は最後の試合として、キバとビルドが

戦い、それをバルキリーが見守っていた。

加えて、バルキリーの傍には、3人の人影が

あった。

1人は着崩したタキシードの青年。

1人はセーラー服姿の少年。

1人は燕尾服を着たガタイの良い男性。

 

彼等は、ユエ、即ちキバに従う従者だ。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

ビルド、ラビットタンクフォームが森林の

木や枝を蹴ってキバへ肉薄する。

「『緋槍』……!」

ビルド目がけて、キバが魔法を放つ。

 

「ッ!」

それを見たシアは、武器の一つ、

『ドリルクラッシャー』をガンモード

にすると、そのスロットに一本の

ボトル、消防車フルボトルを突き刺した。

 

『Ready Go!ボルテックブレイク!』

 

電子音声が響き渡ると、ガンモードの

銃口から高圧の水流が、まるで槍の

如く放たれ、緋槍と真っ正面から

撃ち合う。

 

炎の槍と水の槍がぶつかり合い、水が

蒸発。深い霧で覆われた樹海の視界を、

更に悪い物にした。

 

「どこ?」

着地したシアは、周囲を警戒していた。

 

その時。

 

『ぶっ飛びモノトーン!

 ロケットパンダ!イエーイ!』

 

「逃がさないですぅぅっ!」

霧の中から響く音声。それはビルドが

別のフォームに変化した事を意味

している。

そして、霧を突き破ってユエ、キバに

突進するビルド。

 

今のビルドは左腕を覆うロケットを

スラスターにしてキバに接近。ビルドは

大きく右腕の爪を振り上げる。

 

が……。

「キバット……!」

「おうよっ!行くぜっ!」

キバが指先で弾いた、宙を舞う青い

狼のレリーフを持つフエッスルを、

飛び出したキバットがパクッと

咥え、吹き鳴らす。

 

『ガルルセイバー!』

 

響き渡る笛の音に、タキシード姿の青年

が反応する。

「行くかっ」

そう呟いた直後、彼、『ガルル』が真の

姿を取り戻す。それは、青い狼男、

と表現出来る存在だった。

 

即座に駆け出すガルル。そして彼が

跳躍すると同時に、その姿が彫像態と

呼ばれる姿に変化し、一直線にキバの

元へと向かっていく。

 

そして、左手を伸ばしたユエがそれを

掴んだ。

すると、彫像だったそれが、ガルルの

顔を模した鍔を持つ、曲刀、

『ガルルセイバー』となった。

同時に、キバの左腕と胸部、目が青く

変化し、キバットの目も青くなる。

 

そして……。

「はぁ……!」

キバの持つガルルセイバーが、ビルドの

爪、『ジャイアントスクラッシャー』を

受け止める。

 

「ぐっ!」

とは言え、相手はロケットの加速を

生かして突進してきた。受け止めるのは

容易でなく、キバが後ろへと押し込まれ

始めた。

 

「このままぁっ!」

シア、ビルドはキバを押し込もうとする。

が、直後にガルルセイバーの狼の

レリーフに内蔵されていた音波砲、

『ハウリングショック』が放たれ

ビルドを吹き飛ばした。

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

吹き飛ばされ、木に叩き付けられるビルド。

「はぁっ……!」

そこに斬りかかってくるキバ。

「ぐっ!?」

ビルドは何とかそれを回避した。

 

「それじゃぁっ!」

直後、ビルドは左腕のロケットを発射

しそれをキバにぶつけて距離を取った。

そしてその隙をついて、ボトルを

チェンジするビルド。

 

『忍者!コミック!ベストマッチ!』

 

「次はこれですぅっ!」

グルグルとドライバーの反動を回す

ビルド。

 

『Are You Ready!?』

 

「ビルドアップ!」

 

『忍びのエンターテイナー!

 ニンニンコミック!イエーイ!』

 

ビルドは忍者とコミックの力を持つ

『ニンニンコミックフォーム』へと

チェンジ、ビルドアップした。

ビルドはその手に『4コマ忍法刀』を

手にかけ出す。

 

更にビルドがその忍法刀のトリガーを

一回引く。

 

『分身の術!』

 

すると、ビルドが分裂するように4人

に別れた。

すぐさま周囲に分散し、直後にユエの

キバに襲いかかる。キバはそれを

ガルルセイバーでいなし、隙を突いて

距離を取る。

 

「『緋槍』……!」

直後、ユエは緋槍をいくつも出現させ、

ビルドたちの周囲に打ち込んだ。

衝撃で蹈鞴を踏み、動きが止まるビルド達。

ユエはその隙を逃さず、一気に接近。

すれ違い様に2人、3人とビルドを

切り裂くが……。

 

『1人、居ない』

分身は本体を含めて4人。最後の

1人がいつの間にか消えていた。

直後。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

後ろから聞こえた声に振り返るユエ。

そこには、忍法刀を構え、振り下ろす

寸前のビルドが居た。

「ッ!」

驚きながらも、キバがカウンターの

斬撃を繰り出す。

 

互いに迫る攻撃。お互い、攻撃

モーションに入っている。もはや

防御や回避は不可能。

ならば、相手を攻撃するだけ。

 

そして……。

『ズババッ!!!』

 

2人の刃が、相手を切り裂いた。

 

ビルドとキバは、互いに背中合わせの

格好でしばし動きを止める。が……。

 

「ぐっ、うぅっ!」

シア、ビルドの体に火花が散り、

その場に膝をついた。更にそのまま

変身が解除されてしまう。

 

その背後で、静かに立ち上がるキバ。

だったが……。

 

「ぐっ!?」

直後に彼女の体にも火花が走り、膝を

付いてしまった。

「どうやら、ここらが限界だな」

と、キバットが言うと、彼がベルト

から離れ、ユエも変身解除されて

しまった。

 

「2人とも、それまで」

 

そこに、2人の元に歩み寄ってくる

バルキリー、香織と、ガルルと同じ

ユエの従者である人間態のドッガとバッシャー。

更にガルルも、剣の姿から狼男の形態を

経て、次郎という名の人型へと戻る。

 

一方、シアは悔しそうに地面の土を

握りしめていた。

『ま、負けた。ユエさんに。これが、

 最後の勝負だったのに』

最後となる今日の戦いで、ユエのキバに

変身解除に追い込まれたシアは、自分が

負けたと思って居た。

 

『やっぱり、私じゃダメなのかな』

そう、ネガティブに思ってしまうシア。

しかし……。

 

「おいおい?何だその顔は」

彼女の眼前に回り込んだキバットが

シアノ顔をのぞき込んだ。

「キバット、さん」

彼に気づいて顔を上げるシア。

「折角『合格』したんだから、んな顔

 してないで笑えっての。んでねぇと

 負けた俺等の立つ瀬が無いって

 もんだぜ」

「え?」

 

シアは、キバットの言う合格や負けた

と言う単語の意味が、一瞬理解出来なかった。

そこに、変身解除した香織が歩み寄り、

シアに手を差し出す。呆然としながらも

その手を取り立ち上がるシア。

 

「あ、あの。香織さん」

「ん?どうしたの?」

「今、キバットさんに合格って、言われた

 んですけど、嘘、じゃないですよね?」

自分の耳で聞いた言葉が信じられず、

シアはそう聞き返してしまった。

 

すると、香織は笑みを浮かべながら答えた。

 

「うん、嘘じゃないよ」と。

 

「え?で、でも私、今、ユエさんに、

 負けて……」

「シアちゃん。勘違いしてない?」

「え?」

不意に聞こえた香織の声に、シアは首を

かしげた。

 

「司くんが出した合格条件は、ユエに

 傷を付けるか変身解除させるか、

 って事だよ?この模擬戦で勝つ、が

 条件じゃないよ?」

「え?で、でも、今私の方が、先に

 変身解除されちゃって……」

 

「うん。確かにそうだね。……でも、

 その後ユエもしてたよね。

 『変身解除』」

「あっ」

香織からその事を伝えられ、シアは

ハッとなる。

 

確かにシアのビルドが先に変身解除に

なったが、ユエのキバも数秒の差で

同じようにダメージから変身解除と

なった。

 

つまり……。

 

「ユエを変身解除に追い込んだシアちゃん

 は見事に合格、って事だよ」

「ッ!」

香織の言葉に、シアは目を見開いてから、

やがてその瞳に涙を溜め始めた。

 

「じ、じゃあ、私、私……!」

 

今にも泣き出しそうなシア。

そこへ。

 

「合格、おめでとう。シア」

 

ユエが静かに、笑みを浮かべながら声を

かける。

そして、彼女がシアに右手を差し出す。

 

「ッ、ユエ、さん。ありがとう、ござい、ます」

 

シアは、大粒の涙を流しながら、その手を

握り返すのだった。

 

こうして、シアは、司たちと共に旅を

する事になった。

 

 

一方で、場所は移り変わり、ハジメと

司がカム達の訓練を担当していた場所では……。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

雄叫びを上げるカムとハジメ。

 

2人の『ライダー』の拳が激突し、爆音と

共に大気が揺れる。

 

今、カムは司から与えられたベルトと

アイテムで変身していた。

 

狼を彷彿とさせる白と青の戦士。

『仮面ライダーバルカン』に。

 

司、ジオウは少し離れた所から、

バルカンとゼロワンの戦いぶりを

見守っていた。

 

この十日間、地獄のような訓練を経て

ハウリア族の面々はジョーカーを与えられる

に足る戦士となった。

そして昨日の夜。司がカムに対して、

直々にアイテム、『エイムズショット

ライザー』と『シューティングウルフ

プログライズキー』を与えたのだ。

 

今は、互いに拳と足で戦うゼロワン

とバルキリー。

「はぁっ!」

「なんのっ!」

そしてゼロワンの連打を防ぎ、更に

足払いを後ろに飛んで回避する

バルカン。

 

「今度はっ!」

『ドンドンッ!』

そして距離を取ったバルカンが

ショットライザーから徹甲弾を放つが……。

 

『ガガキィンッ!』

それをアタッシュモードのカリバー

で防ぐゼロワン。

 

『ブレードライズ!』

 

そして一瞬の隙を突いてブレード

モードに変形させると、ゼロワンは

銃弾を刀身で防ぎながら一気にバルカンに

向かって行く。

 

「なっ!?」

これに驚いたカム。そして、それが隙

となってしまう。

「はぁっ!」

『ガキィィンッ!』

 

「うぐぅっ!?」

バルカンの装甲に火花が散り、大きく

後ろに吹き飛ばされる。

 

しかし、バルカンは空中で体勢を立て直す

と何とか着地する。

 

すると、バルカンは手にしていたショット

ライザーをベルトに戻し、プログライズキー

のスイッチを押し込んだ。

 

それを見たゼロワンも、すぐさまベルトの

プログライズキーを押し込む。

 

『バレットシューティングブラストフィーバー!』

 

『ライジングインパクト!』

 

それぞれのベルトから電子音声が響く。

 

と同時に2人が駆け出し、跳躍する。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

バルカンの右足に、狼の頭のような

青いエネルギーが生成される。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

ゼロワンも同様に、右足に黄色の

エネルギーが収束する。

 

『『バキィィィィィィィンッ!』』

 

そして、2人の必殺技が空中で交差する。

 

互いに背を向けた状態で着地する

バルカンとゼロワン。

 

だが……。

 

『バチバチッ!』

「ぐぅっ!?」

直後、バルカンの装甲から火花が散り、

その変身が解除されてしまった。その場に

膝を突くカム。

 

「族長!」

そこに私の傍で戦いを見守っていた

ハウリア族の面々が駆け寄る。ハジメ、

ゼロワンも振り返ってその様子を確認

するとベルトからキーを抜いて変身を

解除した。

 

そして、私もゆっくりとカムの元へと

歩み寄る。

 

「カム。どうであった?仮面ライダーの

 力は」

「はい。とてつもなく、強大な力で

 ありました。破壊力で言えば、

 ジョーカー以上かと、私は考えます」

「……そうだな。仮面ライダーの持つ、

 必殺の一撃は時にジョーカーの

 攻撃力を瞬間的に上回る」

「はい。……しかし、そんな力を

 使っても、やはり経験は覆せ

 ませんな。ハジメ殿に、コテンパンに

 されてしまいました」

そう言って静かに俯くカム。

 

「そうでもない」

しかし、彼の言葉を私が否定する。

「ハジメは既にライダー、ゼロワン

 として3ヶ月近い戦闘経験がある。

 対して、殆ど初変身のカムがあそこ

 まで食らいついて行けたのだ。

 ……十分であろう。『それ』を持つ

 資格は」

そう言って、私はカムの手にしている

ショットライザーに視線を落とす。

 

そして再び、私を見上げるカムへと視線

を向ける。

私とカムの視線が交差する。

 

「カム・ハウリア。今日からお前は、

 『仮面ライダーバルカン』となるのだ」

 

「ッ!?私が、仮面、ライダー?」

 

「そうだ。……もはやお前は、いや、

 お前達はただ虐げられるだけの弱小

 種族ではない。切札を与えられた

 戦士だ。そしてカム。お前は

 今日から、その屈強な戦士達を

 まとめるのだ。……仮面の戦士

 として、今度こそ大切な家族を

 守り抜くのだ。良いな?」

 

そう問いかける私に、カムは……。

 

「はいっ!仰せのままに……!」

 

男泣きをしながら、その場に頭を下げる

のだった。

その周囲でも、ハウリア族の者達が

涙を流している。

 

その様子を傍で見守っていたハジメは、

思った。

その姿が、まるで王の前で頭を垂れる

家臣達のようであった、と。

 

こうして、新しくシアは仮面ライダー

ビルドに。

カムは、仮面ライダーバルカンへと

なったのであった。

 

そして、バルカンの力が振るわれる

その瞬間は、存外すぐそこまで迫って

いたのだった。

 

    ライダー編 第4話 END

 




次回は多分本編を投稿出来ると思います。

感想や評価、お待ちしています。


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IF・ライダー編 第5話

今回は雫がメインのライダー回になってます。


司たちが王国を離反してからの、王国での

出来事だった。

 

裁判とは名ばかりの行為に、怒りを爆発

させたハジメ達はルフェアを連れて王国を

離反。そしてその去り際、司は残される

クラスメイト達の中でも一番の信頼出来る

人物である雫に、仮面ライダーの力を

託していたのだった。

 

 

そんな王都のある朝、早朝の時間にも

かかわらず、雫は一人訓練場で司より

与えられた無双セイバーとザイア

スラッシュライザーを手にして、それを

振るっていた。

 

繰り出される無双セイバーの軌道は力強く。

返す刀で繰り出されるスラッシュライザー

の軌跡は鋭く。

 

そして二振りの刃を演舞のように振るう雫。

やがて彼女は、最後の仕上げとばかりに、

近くに乱立していた金属の柱へと駆け出し、

すれ違い様にそれをセイバーとスラッシュ

ライザーで切り裂いた。

 

一瞬の静寂。直後、ズズンと音を立てて

倒れる金属柱の群れ。

やがて雫は二振りの剣を振ってそれぞれを

鞘に戻した。無双セイバーは右腰に。

ザイアスラッシュライザーは腰の後ろの

鞘に。それぞれ戻した。

「ふぅ」

そして、彼女は息をつくと右腰の無双

セイバーへと視線を落とした。

 

「……相変わらず、凄い切れ味ね。

 セイバーも、ライザーも」

誰に言うでもなく、一人呟く雫。

しかし……。

『それはオリジナルが仮面ライダーの

 設定を忠実に再現した結果だ。

 その通りなら、怪人だろうが切り裂く

 ポテンシャルを持っている。これ位、

 造作も無い』

それに答える者が居た。それは彼女の

左手首に装着された、待機状態の

ジョーカーに搭載されているAIの

司による物だった。彼の声が、雫の

頭の中に響く。

 

「……仮面ライダーの力、かぁ」

そう言うと雫は懐から、あの日司から渡された

バックル、『ブレイバックル』を取り出し

そこに視線を落とした。

「何かでも、私って貰いすぎじゃない?

 ベルトに剣を二本。それにジョーカー

 まで貰っちゃって」

『気にするな。武器を使うにしても、そこ

 には必ず使用者の技量が必要だ。

 だからこそ多く持てば良いと言う物 

 ではない。が、だからといって一つだけ

 で良いと言う訳でもない。ましてここに

 俺はいない。オリジナルである俺が

 フォローできない分、多くの物を

 オリジナルが与えた。要はそう言う事だ』

「そっか」

と、AI司の言葉に頷きながらも、雫は

手元のバックルを見つめる。

 

『これを使う程のピンチが来なければ、

 良いんだけど』

と、彼女はそんな事を考えてしまう。

 

 

しかし、そのピンチはやってきた。

 

彼女達は今、修練の為にオルクス大迷宮で

戦っていた。そして今、彼、彼女達は

これまでの、人間の最高到達深度、

65層へと足を踏み入れた。

 

そして、そこで彼等の前に現れたのが、

かつて司とハジメが倒した怪物、

ベヒモスだった。

その事に生徒達が狼狽え始める。

 

これに驚きながらも戦闘態勢を取ろうと

する光輝たち。

そんな中で雫は、静かに拳を握りしめていた。

 

『もう、ここに司はいない。あの時

 みたいに、彼はいないんだ』

雫の脳裏に浮かぶ。仮面ライダージオウの、

司の背中が。

『ここにもう司はいない。彼が私達の

 傍にいて守ってくれる訳じゃない。

 ……皆を守るには、強くなるしか

 ない!』

ギュッと、拳を握りしめる雫。

 

そして、彼女はふぅ、と息をつくと

静かに歩き出した。

聖剣を構えていた先頭の光輝の、

更に前に出る雫。

「なっ!?雫!?」

それに驚く光輝。

「何してるのシズシズ!下がった

 方が良いよ!」

後ろから聞こえる鈴の声。しかし雫は

下がらない。

 

「……ここに、彼等はいないわ。

 仮面ライダーは、いない」

静かに呟く雫。

「し、雫?何を言ってるんだ?」

それに驚き、反応に困る光輝。

 

「だから誰かがなるしかないのよ。

 『仮面ライダー』に」

そう言って、雫はブレイバックルと、

スペードのエース、チェンジビートル

のラウズカードを取り出した。

 

そして、雫は周囲が驚く中、カードを

バックルに装填した。

するとブレイバックルからカード型の

ベルトが伸びて彼女の腹部に、自動的に

巻き付いた。

 

それだけで待機音声が鳴り響く。

光輝やメルド達が驚き、ベヒモスは

雫の動きに警戒感を示していた。

 

そして……。

 

『司、貴方が生み出した仮面ライダー

 の力。使わせて貰うわよ!』

「変、身っ!!!」

 

彼女は叫びながら右手でベルトの

ハンドルを引き、その力を具現化

させた。

 

『Turn up』

 

ベルトから電子音声が響き渡る。

そして彼女の眼前に青いゲート。

『オリハルコンエレメント』が

展開される。

 

雫はそれを見つめ、もう一度だけ

息を吐くと足を踏み出す。そして、

エレメントを透過した時、彼女は

既に変わっていた。

 

運命と闘う決意を固めたスペードの剣士。

『仮面ライダーブレイド』に。

 

「し、雫。その姿は……」

後ろで変身を見守っていたメルドが

驚きながらも問いかける。

「これが、今の私です。私は、

 ブレイド。仮面ライダーブレイドよ!」

 

そう叫んだ直後、雫、ブレイドは

腰の鞘から『醒剣ブレイライザー』を

抜くと駆け出した。

「なっ!?雫!」

1人で戦おうとする姿を見て光輝は

咄嗟に声を上げる。

「1人じゃ無茶だ!」

「例え無茶でも、やるしかないじゃない!

 ここに、もう司は居ないのよ!」

「ッ!?」

 

唐突に出た司の名に、光輝は戸惑いながらも

ギリッと奥歯をかみしめる。

 

「今、私達は、自分の力で、自分の

 未来を切り開くしか無いのよ!」

そう叫び、ブレイドは前に出る。

 

『奴の巨体から繰り出される突進は 

 脅威だ。優先的に足を狙え』

『了解っ!』

ジョーカーを通して聞こえるAI司の言葉

に頷きながら、雫はベヒモスに突進する。

 

ベヒモスは咆哮を上げながら前足を振り上げる。

それでブレイドを押しつぶすつもりだった。

だが、遅い。

ブレイドは走りながらブレイラウザーの

オープントレイを開き、一枚のカードを

取り出してそれをラウザーのカードリーダー

にスラッシュ、つまりラウズする事で

カードの力を引き出した。

 

『マッハ』

 

超加速の力を持ったマッハジャガーの

カードをラウズしたブレイドは、音速を

超える速度で駆け抜け、そのスタンプ

攻撃を回避。瞬く間にベヒモスの背後を取った。

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

そして振り向きざまに繰り出された一刀が、

ベヒモスの後ろ右足の健を切り裂いた。

悲鳴を上げるベヒモス。

ブレイドはそのままベヒモスの両後ろ足を

何度も斬り付ける。

しかしベヒモスも黙ってやられるだけでは

無い。

前足だけで体を浮かせ、後ろ足で蹴りを

放ってきた。

 

「ッ!」

咄嗟にそれをすんでの所で回避するブレイド。

だが、今の攻撃を避けた為にブレイドと

ベヒモスの間が開いてしまった。

図体の大きいベヒモスは肉薄してしまえば

反撃をある程度を抑える事が出来る。

 

だが、距離が開いてしまえば、図体を

生かした突進攻撃が来る。

そして、それだけではなかった。

 

『キィィィィィィンッ!!』

ベヒモスの頭部が赤熱化し、マグマの

如き煮えたぎる。

「くっ!?あの時と同じ技か!?」

「雫ッ!」

歯がみしているメルドと雫を心配し

叫ぶ光輝。

 

だが、雫は恐れない。

『雫。……決めろ。お前なら、出来る』

「……うん」

 

頭の中に響く声。それが不思議と彼女の

不安感や恐怖を吹き飛ばす。

 

そして、雫はトレイから3枚のカードを

取り出し、それをラウズした。

 

『キック サンダー マッハ』

 

ラウズされたカードが青白いエフェクトに

なり、そしてブレイドの体に溶け込むように

吸収された。

そして、ブレイドは手にしていたラウザーを

地面に突き刺すと、腰を落とした。

「はぁぁぁぁぁ……!」

彼女は足腰に力を入れる。

 

それはまるで、解き放たれる寸前の矢だ。

限界まで力を引き絞っている。

一瞬の静寂が辺りを包み、そして……。

 

『グルアァァァァァァァァッ!!』

咆哮を上げてベヒモスが駆け出した。

 

「ッ!!!」

それに一拍遅れてブレイドも駆け出す。

 

あっという間に両者の距離が縮んでいく。

「雫ぅっ!」

 

光輝が叫んだ、次の瞬間。

『ここだっ!』

『ズザザザザァァァァァァァァッ!!!』

 

何と、ブレイドがスライディングでベヒモス

の股下をくぐり抜けたのだ。

これには、正面からぶつかり合うと思って

居た光輝達も驚いていた。

 

ベヒモスも何とか加速を止めて足を止める。

だが、遅い。

 

『決めろ雫!』

「えぇっ!」

 

ベヒモスよりも立ち直りの早かったブレイド

は強化された脚力で高く飛び上がる。

そして……。

 

『ライトニングソニック』

 

「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

雷撃を纏って繰り出された必殺のキックが、

ベヒモスの頭と正面からぶつかり合い、

一瞬の均衡の後、ベヒモスを大きく

後方へと吹き飛ばした。

 

ベヒモスの巨体が宙を吹き飛ぶ様に、

メルド以下騎士達は開いた口が塞がらない

状態だった。

そして……。

 

『ドォォォォォォォォォォンッ!!!』

 

ベヒモスは大迷宮の壁に衝突するのと

同時に爆発、四散してしまうのだった。

 

『シュタッ』

そして、ブレイドが光輝達に背を向けた

状態で着地する。

彼女は、しばしベヒモスが激突した場所で

燃える残り火を見つめていたが、やがて

静かに振り返り、光輝達の方へと

歩み寄って来た。

 

そして、途中でベルトに手を掛け、

再びレバーを引いて変身を解除した。

雫は元の姿となって、光輝や鈴、メルド

達の方へと静かに歩み寄る。

すると……。

 

「シズシズ!」

彼らの中から、興奮した様子の鈴が

飛び出してきた。

「す、凄かったよシズシズ!

 ホントに、本当に仮面ライダー

 みたいだったよ!」

彼女は瞳を輝かせながら雫を褒め称える。

「ありがとう鈴。けど、ホントに

 凄かったわ。仮面ライダーの力は」

 

そう言って雫は自分の右手に視線を落とす。

『……これがあれば、きっと、私でも

 皆を守れる。そんな気がする』

小さく笑みを浮かべながら、やがて雫は

視線を右手から大迷宮の天井へと向ける。

 

『ありがとう、司。私に、こんな凄い

 力をくれて』

 

彼女は、今はここには居ない。しかし

この世界のどこかでも今も旅をしている

『彼』の事を思い浮かべながら、小さく

心の中で礼を言うのだった。

 

 

だが、一方で、彼女から少し離れた場所で、

光輝が、そして檜山たちが、面白くなさそう

に舌打ちしたり、表情をしかめている事に、

彼女は気づかないのだった。

 

 

その後、ベヒモスを倒した活躍から、

新たなる『ベヒモススレイヤー』として

周囲から畏敬の念を抱かれ始めた雫。

彼女自身は、離反した元ベヒモス

スレイヤーである司の代わり、と言う

事実に辟易しながらも、今は積極的に

戦いでブレイドの力を使い、勇者である

光輝の活躍がかすむほどの圧倒的な

戦闘能力で大迷宮の魔物を倒していった。

 

そんなある日の事だった。

王国に、隣国である『ヘルシャー帝国』から

使者が来る事になった。目的は神の使徒

である光輝達と会う為だ。

 

実力社会である帝国は当初、王国が召喚

した光輝達に興味を示さなかったが、

彼等がこれまでの、オルクス大迷宮の

最高到達深度である65層を超えた事と、

ベヒモスを倒したと言う事実が帝国に

まで届いた事から、光輝達に興味を持った

が故の行動であった。

 

そしてついに、王国に使者がやってきた。

エリヒド王やイシュタル達に謁見する

使者たち。傍には光輝や雫達の姿も

ある。

 

やがて、帝国側の提案から護衛の1人と

勇者である光輝が戦う事になった。

結果、護衛の圧勝。所が、この護衛という

のが帝国のトップである『ガハルド・D・

ヘルシャー』皇帝その人であった。

 

そしてガハルドは、自らが戦った光輝の

力量から『本当にこいつがベヒモスを

倒したのか?』と疑う。

そして、周囲の視線もあり、やがて彼の

興味は雫へと向いた。

 

そして、ガハルドの提案もあり、雫は

彼と模擬戦を行う事になった。

 

「で?聞いた話によれば、お前が

 ベヒモスをたった1人で倒した

 そうだが。本当か?」

「えぇ。本当です」

疑うような視線のガハルドに対し、

雫は淡々とした態度で頷く。

 

「最も、より正確に言うのであれば、

 友人から私に与えられた力のおかげで、

 私1人でもベヒモスを倒せた。

 と言った所でしょうか」

「与えられた、力だと?」

そう言うと、ガハルドはその『友人』は

誰だ?と言わんばかりに光輝達に目を

向ける。

 

「もうすでに王都には居ませんよ」

そしてその意図を察していた雫が、

先に答える。

「ほう?」

「今は、私の親友や彼の友人たちと一緒に

 この世界のどこかを旅している頃でしょう」

「成程ねぇ。……つまりお前はそいつの

 おかげでベヒモスを倒せた、と。

 だったら見せて貰おうじゃねぇか。

 その力って奴を」

 

そう語った瞬間、ガハルドから威圧的な

オーラが放たれた。それは、光輝と戦った

時の比ではない。弱い者なら、そのオーラ

に当てられただけで意識を手放しそうな

程のオーラ、それは、『敵意』だ。

 

「ッ!」

そのオーラに雫も僅かに息を呑む。

『成程。流石は実力主義社会のトップ。

 ……格の違いがこれだけでも

 分かるわ。私とあの人じゃ、実戦の

 経験から何から、圧倒的なまでに

 差がある。……でも!』

 

雫は、冷や汗を流しながらも頭を

かぶり振ると、懐からブレイバックル

を取り出した。

『雫。相手は魔物じゃない。油断せずに

 行け。……人間ほど狡猾な戦い方を

 する生物は居ないからな。

 ……締めてかかれよ』

『えぇ。分かってるわ!』

 

頭の中に響くAI司の言葉に頷きながら、

雫はバックルにカードを装填し、腰に

装着する。

「ッ、アーティファクトか?」

ブレイバックルを警戒するガハルド。

しかし次の瞬間には、彼を始め、

大勢の者達が驚く事になる。

 

「変、身ッ!!!」

 

『Turn up』

 

雫がレバーを引くと、ベルトから

オリハルコンエレメントが展開され、

それをくぐり抜けた雫が仮面ライダー

ブレイドへと変身する。

 

「うおっ!?何だその姿!?

 何か腰に下げてるが、剣士か!?」

予想の斜め上を行く変身に、ガハルドや

同じく帝国の使者たちは驚く。

 

しかし雫はそれに答える事無く、腰元から

ブレイラウザーを引き抜く。

「これが、私の友人が私に与えてくれた

 力。ブレイドの力です」

「ブレイド、刃か」

ガハルドは雫、ブレイドを観察しながら

も剣を抜いて構える。

 

「行きますよ?」

「あぁ、来いっ!」

雫の言葉に獰猛な笑みを浮かべながら

答えるガハルド。

 

2人は互いの得物を構えたまましばし

睨み合っていた。

が……。

「ッ!」

先に雫、ブレイドが地を蹴って掛け出した。

 

100メートルを5.7秒で走りきる脚力を生かし、

彼女は瞬く間にガハルドと距離を詰めた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

そして振り下ろされるブレイラウザーの

一撃。

ガハルドはそれを、自分の大剣で受け止めた。

彼はこの一撃を受け止め、流し、返しの

カウンターを放とうと考えていた。

だが……。

 

『バキィッ!』

「何ぃっ!?」

ブレイラウザーを受けた大剣の刀身

に罅が走った。

それに驚くガハルド。

元々、設定ではブレイラウザーは特殊な金属、

オリハルコンを元にして作られている。

それは、不死身の怪物であるアンデットを

倒す為であり、設定上、切り裂けない

固形物は無いとさえ言われていた。

それを司が忠実に再現し、今の雫が握る

ブレイラウザーは、それこそ光輝の

持つ聖剣に勝るとも劣らない性能を

持った、言わば『現代の聖剣』なのだ。

 

それを、むしろ一般的な剣でよく、

『罅が入った程度』で受け止められた

ガハルドの方に、雫は内心驚いていた。

 

ブレイドのスーツを纏い、腕力や脚力が

強化された今の雫なら、大型の魔物を、

その防御の上からブレイラウザーで

真っ二つに出来るだけのパワーがあるが、

ガハルドは武器を損傷しながらも

一刀目を受けきったのだ。

 

『成程。今の雫の攻撃を受けきるか。 

 流石は実力主義国家のトップだな。

 だが、雫ッ!』

『分かってる!』

 

雫、ブレイドは一旦ガハルドと距離を取る

為にバックステップで後ろに下がった。

「んなろうっ!」

それを見たガハルドが、今度はこちらの番だ、

と言わんばかりにブレイドを追撃する。

 

ブレイドは一旦距離を取ると、ラウザーの

トレイを展開し、一枚のカードを取り出し、

それをラウズした。

 

『メタル』

 

電子音声が響き、カードの能力がブレイドの

体に浸透する。

「鉄が何だってんだ!」

そこに斬りかかるガハルド。対して

ブレイドは構えも避けもしようと

しなかった。

「舐めてるのか!?だったらぁ!」

彼は手にした大剣をブレイドの胸に

叩き付けた。

 

ガキィィィィンッと甲高い音が響く。

直後。

『バキャッ!!!!』

 

ガハルドの大剣の刀身が、罅の入って

いた辺りから真っ二つに砕け散った。

「なっ……!?」

驚きで声にならないガハルド。砕けた

刀身の一部が床に落ちカランカランと

音を立てる。

 

「舐めてなんかいませんよ」

その時聞こえた雫の声。

「私はただ、私にこの力を与えてくれた、

 『彼』を信じているだけです」

彼女の呟きは、ガハルドにだけ聞こえていた。

そして、その手にはいつの間にか、

新しいカードが握られていた。

 

「ッ!?」

それを見た瞬間、ガハルドは咄嗟に左手を

伸ばした。

ラウズカードが能力の発動に必須である事は

既に気づいていた。だからこそ、ブレイド

からカードを奪って能力の発動を阻止

しようとしたのだ。

 

『バッ!』

しかしブレイドは強化された脚力を生かした

バックステップで距離を取る。

ガハルドの左手が空を切る。

「クソッ!」

更に距離を詰めようと前に出るガハルド。

 

だが、無意味だった。

 

『タイム』

 

『何だ!?タイム!?時間!?どう言う意味』

 

そして、そこでガハルドの思考は『停止』した。

 

いや、正確に言うのならば、『彼とその周囲の

空間の時間が』停止したと言うべきか。

 

しかし、その時間停止能力はほんの数秒しか

効果が続かない。

最も、一瞬の隙が生死を分ける戦いでは、

その数秒も命取りになるのだ。

 

『今だ雫!決めろ!』

『えぇっ!』

雫、ブレイドはAI司の声を聞きながら

更に2枚のカードを取り出しラウズした。

 

『サンダー』

 

更にカードを発動した雫。彼女は

動けないガハルド目がけて駆け出す。

そして……。

 

『意味だっ!何っ!?』

 

ガハルドの時間が復活すると、彼は

後ろへ飛んでいたはずのブレイドが

いつの間にか雷撃を纏った拳を

振りかざし向かって来ていた。突然の

変化に対応出来ないガハルド。

 

そして……。

「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

繰り出される雷撃を纏った拳。

ガハルドはそれを咄嗟に、折れた大剣

で防ぐ。だが……。

 

『バリバリバリバリッ!!!!!』

次の瞬間、大剣を伝って雷撃がガハルド

の体を貫く。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

痛みにたまらず叫んだガハルド。

 

そして、彼は数歩後ろに下がると、その

まま後ろへと倒れ込んだ。

 

「か、勝った?雫が、勝ったのか?」

光輝は、しばしガハルドに勝った雫、

ブレイドを見つめていた。

そしてそれは、雫が既に光輝より強い

と言う証明に他ならない。

だからこそ、光輝は呆然と雫を、ブレイド

を見つめてしまう。

 

その時。

「へ、陛下ッ!!貴様ぁっ!」

帝国の使者の1人が、腰に下げていた

剣を抜き、ブレイドへ斬りかかろうと

した。

だが……。

「よせっ!」

 

その時、倒れていたガハルドが声を

張り上げた。

「へ、陛下っ!?ご無事ですか!?」

すると使者はガハルドの元へと駆け寄り、

その体を抱き起こそうとした。

ガハルドは、雷撃を食らって痺れた

体に鞭打ち、使者の手を払って何とか

自力で立ち上がった。

 

「イツツ。……ったく、何て力だよ。

 ただでさえ常人離れしてるパワーに、

 雷撃に硬度強化。武器も尋常じゃ無い

 切れ味と来た。……恐ろしいねぇ」

そう言って息をつくガハルド。

 

「どうやら、俺の負けだな」

彼がそう呟くと、帝国の使者だけで無く

事の次第を見守っていた王国の重鎮や

兵士達もザワザワとざわめく。

 

それを確認した雫は、ベルトのレバーを

引いて変身を解除した。

彼女もまた、戦いが終わった事に安堵して

静かに息をついた。

「なぁ、お前」

そこへ、ガハルドが歩み寄って来た。

「はい、何でしょう?」

「ちゃんと名前を聞いてなかったからな。

 お前の名前を聞いておきたいんだよ」

「私の名前ですか?私は、八重樫雫です」

「雫、か。分かった。……にしても、

 お前のそのベルト。凄まじい力だな。

 それにカードの持ってた数と使った数

 からして、まだまだ余裕がありそうだ」

ガハルドはベルトを観察するように見つめ

ながら問いかける。

 

「えぇ。まぁ。変身のために使う物を

 差し置いても、戦闘に使える物は

 大凡9枚。武器の切れ味を更に強化

 したり。パンチ力を上げたり。

 キック力を上げたり。後は数枚を

 組み合わせてコンボを発動する事も

 出来ますよ?」

雫はそう、淡々と答える。

 

「おいおい。単体だけじゃなくて

 組み合わせて使えるのかよ。

 ホント、恐ろしいベルトだなぁおい。

 ……是非とも、そんなもんを作れる

 相手に会ってみたかったぜ」

ガハルドは、興味深そうに雫の腰の、

ブレイバックルを見つめていたのだった。

 

更に……。

「まぁ、にしてもあれだな。武器って

 のは持ってるだけじゃ意味がない。

 使う奴もある程度の強さがなけりゃ、

 武器に振り回されて自滅しちまう」

「はぁ。仰ってる事は分かりますが、

 それが私と何か?」

「いや何。要は雫自身も結構強いって

 言いたいのさ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

思わぬ所で褒められた雫は、戸惑い

ながらも頭を下げる。

 

だったのだが……。

 

「そして、そんな女だからこそ、俺は

 俄然興味がわいた」

「は?」

「雫、俺の女になる気は無いか?」

 

「は?……はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

突然のガハルドの提案に、雫は絶叫した。

 

ちなみに、この提案は咄嗟にAIの司が

機転を利かせたことで、一旦保留と

なった。

 

その日の夜。

「あ~も~。何か私って呪われてるの

 かしら?普段から光輝達に檜山たち

 と問題山積みなのに、ここに来て

 皇帝から求婚とか。ホント、ドンドン

 問題が増えてわ」

ベッドで大の字に寝っ転がりながら

愚痴る雫。

 

『確かに、問題も多いな。……雫、

 一つ提案なんだが、聞くか?』

「ん?何?司」

『お前をサポートする、新しい存在

 を作ろうと思うんだが、どうだ?』

「ッ、ホントに?」

AI司の言葉に、雫は驚きながら

体を起した。

 

『あぁ。後は、お前の決断次第だ』

「ッ。……そっか。分かったわ。

 なら」

 

 

そして、翌日の朝。

光輝や雫達は、今日中にホルアドに戻る

予定だ。そして再び、大迷宮攻略を再開

する。

しかし、王都を出る時間になっても雫が

来ない事を不思議に思って居た光輝。

 

その時。

「皆、お待たせ」

「あぁ、来たかしず」

 

雫、と呼びかけようとして振り返った光輝

だが、彼は彼女の『後ろに居た2人の男』

を見た瞬間、言葉を途切れさせてしまった。

 

「え?シズシズ?その人達、誰?」

光輝の傍に居た鈴も、フード付きの

ジャケットを着た男性と、ジャケットに

ワイドパンツを着たような男性を見て

驚いている。2人とも、手には何やら

アタッシュケースのような物を持っていた

が、今の彼等にはそんな物は些細な事で

あった。

 

 

「えっと、この2人はね。アンドロイド

 なの」

「あ、アンドロイドォ?」

答える雫に対して、龍太郎は首をかしげる。

どうやらアンドロイドの意味が分かって

いないようだ。

すると……。

 

「アンドロイドとは、人型ロボットの事だ」

男性の1人が答えた。

「……お前は?」

すると、光輝が睨み付けるような視線で

彼を見つめる。

「俺の名は『滅(ほろび)』。マスター、

新生司の命令により、彼女、

八重樫雫の護衛として派遣された物だ。

そして、こいつも同じ目的で派遣

 された。『迅』、お前も挨拶しろ」

迅と呼ばれた青年は笑みを浮かべながら

一歩前に出る。

 

「やぁ、はじめまして、で良いよね?

 僕は迅。滅と同じで雫を守るために

 来たんだよ。あぁ後、雫に言われた

 のもあるから、君たちの事も『ついでに』

 守ってあげるよ」

迅と呼ばれた青年は、屈託の無い笑みを

浮かべながらもそんな事を言う。

ついで、と言う言葉に光輝や龍太郎が

戸惑い、声を荒らげようとしたとき。

 

「こら迅。そう言う事言わないの!」

雫が彼を叱った。

「え~?だって本当の事じゃん。

 僕や滅が来たのは雫を守るためだし、

 他の奴らがどうなったって僕達には

 関係無いじゃん?」

「確かに迅からしたらそうかもしれない

 けど。でも光輝達は私の大切な

 友達なの。だから皆に死んで欲しく無い。

 だから迅たちには、もしもの時、

 皆のことも守って欲しいの」

「は~い。雫がそう言うなら、僕は

 それで良いよ」

若干気怠げだが、頷く迅。

しかし……。

 

「な、なぁ雫。まさかこいつらを

 連れて行くのか?」

光輝としては、どうやら滅と迅が

付いてくる事に不満があるらしい。

龍太郎や鈴に恵里、檜山たちも同じような

表情をしている。

一方の別のパーティーを組んでいる

『永山』たちは事態を静観している

だけのようだ。

 

「えぇ」

そして、雫は迷いも無く頷く。

「本気かよ八重樫!アンドロイドって、

 要はロボットだろ!?聞いてりゃ

 新生のことをマスターって呼んでる

 じゃねぇか!そんなのと一緒に

 行くなんて、何があるか分かったもん 

 じゃねぇ!」

すると、檜山が一番に食ってかかった。

しかし……。

 

「雫。単刀直入に聞くが、その2人は

 強いのか?」

そこにメルドが割って入った。

「流石にそれは私もまだ。2人は新生君

 から護衛としてプレゼントされた

 ばかりなので、まだ実力を見ては

 いないんです」

「そうか」

と、頷くと、メルドはしばらく悩んだ後。

 

「よし。では2人の同行を認めよう」

と、滅と迅の同行にOKサインを出した。

「良いんですかメルドさん!

 こいつらの力はどれだけの物

 なのか、まだ分からないんですよ!?」

そう言って抗議する光輝。

 

彼にしてみれば、司由来の存在で

ある2人が内心、気にくわなかったのだ。

「もちろん分かっている。なので、

 戦力として使えなかった場合は

 以降の同行は認めない。まぁ、

 要は力の確認の為に今は連れて行く。

 そう言う事だ」

「しかし……!」

「光輝。俺達がやっていることは遊びじゃ

 無いんだ。戦える人間は、1人でも多い

 方が良い。違うか?」

「そ、それは……」

 

メルドの言う正論に、光輝は口をつぐむ。

確かにメルドの言う事は正しい。

しかし、だからといって光輝には

納得出来なかった。

より正確に言えば、雫の隣に『自分

以外の男』が居る事が。

 

その時。

「力の証明、か」

滅がポツリと呟いた。

「ならば、これで十分か?」

そう言って、滅が取り出したのは……。

 

「なっ!?ベルト!?」

驚くメルド。今滅が出したのは、

黒と黄色のカラーリングのアイテム

だった。

 

「あぁ、それなら僕も持ってるよ」

更に、迅も同じ物を、『フォースライザー』

を取り出した。

そのことにメルドだけでなく、鈴たち

までもが驚き、光輝は一層強く

歯がみした。

 

「まさか、お前達も……」

「そうだ。俺達もまた、『仮面ライダー』だ」

 

驚くメルドに答えるように、滅が不敵な

笑みを浮かべながら語る。

 

その後、攻略組に新しく参加する事に

なった滅と迅。そして急な参加、と言う

事もあり、追加で馬車が一台用意され、

今はそこに滅、迅、そして雫の3人が

乗っていた。

 

そして……。

「ハァ。まさか、AIの司がこうなる

 なんて、思いもしなかったわ」

雫は、滅を見つめながらため息をつきつつ

そう語る。

 

そう、滅の中身は、もっと言えば魂の

元は、『AIの司』なのだ。

 

「これで、俺はこれから、今まで以上に 

 雫をサポート出来る訳だ。

 まぁ、よろしくたのむぞ」

「えぇ。こちらこそ」

 

こうして、苦労人であった雫の元に、

新たな仲間が出来た。

 

その名は、滅と迅。

彼等は雫を守る為に、騎士として、

仮面ライダーとして、戦うために

生み出されたのだった。

 

     ライダー編 第5話 END

 




って事で、雫の護衛に滅と迅が加わりました。
本編より護衛が強化されてます。
あと、滅の中身はAIの司、のちの蒼司です。
もしかしたらIF編では蒼司が出てこないかも
しれません。

感想や評価、お待ちしてます。


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IF・ライダー編 第6話

今回、戻ってハルツィナ樹海でのライダー編です。


ハルツィナ樹海にて、ハウリア族を鍛える

司やハジメ達。そんな中でシアは仮面ライダー

ビルドの力を。カムは仮面ライダーバルカン

の力を司より与えられたのだった。

 

 

こうして、無事に各々の鍛錬を終え、シアは

私の出した条件に合格した事もあって、

一緒に旅をする事になった。

正直、この条件はかなり難しい物だろうと

私自身思って居た。それをクリアしたと

言う事は、シアには戦士としての素質が

あるのと同時に、それだけ私達と一緒に

旅をしたいと言う思いの強さの表れで

あろうと私は考えていた。

 

今は、全員がキャンプ地に集まっている。

のだが……。

「あの、元帥?そちらの方々は……」

カム達は次郎達を前にして首をかしげていた。

 

「あぁ、そう言えばカム達は初対面

 だったな。彼等はユエの従者のような

 者たちだ。3人とも、挨拶を」

「あぁ。俺は次郎だ」

「僕はラモンだよ。初めまして」

「俺、力(りき)」

 

「彼等はユエの従者であると同時に、 

 彼女の仮面ライダーとしての姿、

 キバを支える仲間でもある。

 今は人間の姿をしているが、本来の

 姿は違う」

と、私が言うと、彼等3人の姿が、

それぞれ怪人とも言える姿へと変化

する。

 

「そして付け加えるのなら、彼等は

 今の段階で既に並みの魔物以上の

 戦闘力を誇る」

狼男のようなガルル。

半漁人のようなバッシャー。

フランケンシュタインのようなドッガ。

 

彼等3人はキバを支える仲間、

『アームズモンスター』だ。

「か、かっけぇ……!」

「つ、強そうだ……!」

そして、そんな彼等を前にしてハウリア

の者達が小さく呟いている。

 

どうやら無事受け入れられたようだ。

 

その後、私達は休憩もかねてキャンプ地で

色々話し合っている。シアはカム達と

この10日間の話で盛り上がっている。

 

と、そこへ、偵察に出ていたハウリア

の小隊が戻ってきた。

彼等には大樹、ウーア・アルトへ続く

道の偵察を、念のために頼んでいたのだ。

 

そして、私の予感は当った。

 

彼等が言うには、進路上で熊人族の部隊が

展開しているとの事だ。

恐らく、私がぶちのめした族長の仇討ち、

と言った所だろう。

 

だが、フェアベルゲン側に警告はした。

ならば守らない奴らが悪い。

私はハウリア兵達に戦闘態勢を取る

ように指示を出し、4分の3の数の

ハウリア兵が装備を手に駆け出し、

残りとカムを連れて私達は大樹へ

向けて移動を開始した。

 

そして……。

「カム」

「はっ。何でありましょうか、元帥」

「良い機会だ。お前のライダーとして

 の力。存分に奴らに見せつけてやれ。

 もはやお前達を、弱小種族などと

 呼ばせぬようにな」

「はっ。分かりました元帥」

「では、行くぞ」

 

司を先頭に歩き出した一団。彼の周囲

はジョーカーを纏って武装した

ハウリア兵たちが固めている。

 

そして、歩いていると不意に霧の中

から彼等の前に屈強な男達。

熊人族の部隊が現れた。

 

「ッ、貴様だなっ!黒髪に黒の服っ!

 貴様がジンをあのような姿にした

 人間だなっ!?」

部隊の先頭に居た熊人族の男、レギン

は憤怒の表情で司を睨み付ける。

周囲の男達も、同じような表情で

司を睨み付ける。

 

しかし……。

「邪魔だ」

「何ッ!?」

「聞こえないのかでくの坊。邪魔だ。

 死にたくなければそこを退け」

「ッ!?人間風情がぁぁぁっ!!」

すると、司の見下すような言葉にキレた

熊人族の男の1人が飛び出して司に

突進してきた。

 

「阿呆が。カム」

「はっ、お任せを」

隣に控えていたカムに声を掛ける司。

「ジン殿の仇ぃぃぃぃぃっ!」

剣を手に突進してくる男。だが……。

 

『ドンッ!!!!』

『ブチィィィッ!!!』

「ぐっ!?あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

カムの手にしていたショットライザー

から放たれた50口径の徹甲弾が、

男の右足を、腿の辺りから吹き飛ばした。

 

バランスを崩して地面に倒れた男はその場

でうめき声を上げていた。

だがそれで終わりでは無い。

『ドンッ!ドンッ!ドンッ!』

カムはショットライザーで残った左足と

両手を付け根辺りから吹き飛ばした。

 

達磨にされ、無くなった手足をバタつかせ

ながら呻く熊人族の男。

だが、それだけだ。そして……。

「……死ね」

『ドンッ!』

 

小さく呟いたカム。直後に放たれた

徹甲弾が男の頭を跡形も無く

吹き飛ばした。

熊人族の者達は、それを呆然と見ていたが、

すぐさま我に返って武器を構えた。

 

「カム」

「はっ」

それを見ていた司が静かにカムに声を掛けた。

「好きに蹂躙しろ。お前達の力を、驕った

 奴らに見せつけてやれ」

「はっ!!」

 

カムは、そう言うとショットライザーを腰元

のベルトに戻し、懐からシューティング

ウルフプログライズキーを取り出した。

 

「聞けぇっ!ハウリアの者達よ!」

そして、カムはプログライズキーを

掲げながら叫んだ。

「我が名はカム・ハウリア!ハウリア族

 の族長である!だが、今はそれと同時に、

 我らが恩人、元帥の僕である!

 そして私は今日!その元帥より力を

 賜ったっ!その力を、今ここで

 使おうっ!そして愚かにも我々の

 前に立ち塞がる熊人族を倒し、

 狼煙を上げる!弱小種族と罵られて

 来た我々の歴史に、終止符を打つのだっ!」

 

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」

カムの宣言に応じてハウリア兵達が

雄叫びを上げる。大地が、森が震えん

ばかりの声量に、熊人族の戦士達も

驚いている。彼等は内心、これがあの

ハウリア族か?!と現実を疑っていた。

 

そして……。

 

「我らハウリアの未来っ!こじ開けて

 見せるっ!」

カムは叫ぶと、手にしたオーソライズ前の

プログライズキーをこじ開けようと力を

込める。

 

本来プログライズキーはドライバーによる

認証、オーソライズを行わなければ

展開する事が出来ない。そうロックが

かけられている。

だが……。

 

「ぬぅぅぅぅぅっ!!ぬぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

『カシュッ!』

 

カムのバカ力が、そのロックを、文字通り

こじ開けたのだ。

そして彼の叫びが、獣の雄叫びのように

樹海へ響き渡る。

 

『バレット!!』

 

そしてカムはボタンを押し、キーを起動する。

「はっ!な、何をこけおどしがぁっ!」

すると熊人族の男達数人がカムに向かって

駆け出した。

 

だが遅い。

 

『オーソライズ!』

 

『Kamen Rider……Kamen Rider……』

 

既に開かれた鍵、プログライズキーは

ショットライザーに装填されている。

そしてカムはベルトからショットライザー

を外すと、それを向かってくる熊人族の

男達に向け……。

 

「変身っ!」

 

『ショットライズ!』

 

かけ声と共に放たれたSRダンガーが

男達を弾き飛ばしながら周囲を飛び回り、

カムの元へと戻っていく。

「はぁっ!」

 

戻ってきたSRダンガーを殴りつけるカム。

直後、内包されていたアーマーが展開され

彼の体を包み込む。

 

『シューティングウルフ!』

 

『The elevation increases as the bullet is fired』

 

彼を包み込んだアーマーから蒸気が噴き出し、

カムは変身を完了する。

「姿が変わっただと!?」

「そんなこけおどしぃぃぃぃっ!」

変身に驚く熊人族のレギン。だがそんな事

などお構いなしに、数人がカム、バルカン

へと向かっていく。

 

だが、無意味だった。

「はっ!」

『ドンドンッ!』

両手でショットライザーを握った

バルカンの射撃が次々と熊人族の胴体を

抉るように吹き飛ばし倒していく。

それでも何人かがバルカンに肉薄した。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」

手にした大斧を縦に振り下ろす男。

だが、バルカンはサイドステップでそれを

避けるとローキックを男の足に放った。

蹴られてバランスを崩して男がその場に

膝と手を突いてしまった。しかし、

それが命取りとなって次の瞬間には

ほぼゼロ距離から徹甲弾で頭を吹き飛ばされた。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「このぉぉぉぉぉぉぉっ!」

そこに次々と襲いかかる熊人族の男達。

しかしカムはそれを華麗に、的確に

避け、弾きながらカウンターの一射で

相手の頭や胴体を撃ち抜いて行った。

 

「あれって……。ガン=カタ?」

やがてその動きに見覚えがあった

ハジメが静かに呟いた。

 

「えぇ、その通りです」

彼の疑問に私が答えた。

そして今、カムは迫る敵の攻撃を、避けるか

受け流すかした直後にカウンターの一撃で

相手を倒している。

銃器を生かした近接格闘術、と言う事で

カムにはガン=カタを私なりにアレンジ

した物を教え込んでいた。

 

それもあり、熊人族達は瞬く間にその数を

減らしていった。

そして、その数が半数ほどにまで減った時。

「そこまでだカム。一旦ストップだ」

「はっ」

私の指示に従って銃口を下げるバルカン。

 

その後、熊人族達は悔しそうな表情を

浮かべながらも私達の命令を受け入れる

以外に生き残る術が無い事から、これを

受諾し、樹海の霧の向こうに消えていった。

 

その後、無事に大樹の元にたどり着いた私達

だったが、そこにあった石版を調べた結果、

今の私達ではこの大迷宮に挑めない事を

知り、あえなく攻略を断念。それもあり、

今はともかく樹海を離れることになった。

 

付いて来たいと言うハウリア族に私は

基地を創り、彼等をGフォースとして

私の仲間に加え、樹海防衛の任務を

与えた。

 

その後の事だった。

「元帥、一つ、お願いがあります」

カムが私の元に来て、そう言って頭を

下げたのだ。

「何だ?言ってみろ」

「はい。皆様がここをお発ちになる前に、

 最後に、娘と戦わせて欲しいのです」

「え?」

彼の言葉に驚いたのはシアだ。

 

カムはシアと戦いたいと言うのだ。

まぁ、おおよその見当は付く。

「……娘の成長を、自分の目で見たいか?」

「はい。可能であれば」

「そうか。……シア、あなたはどうしますか?」

「え?」

私の言葉に一瞬戸惑うシア。

 

「私達の旅はそこまで急ぐものでも

 ありませんから。模擬戦をしたいと2人が

 言うのなら別に構いません。なので、 

 後はあなた次第です。どうしますか、シア」

私の問いかけに、しばしシアは迷った

様子だったが……。

 

「分かりました。父様と、戦います」

彼女も決意を浮かべた表情で頷いた。

 

 

そして、シアとカムがそれぞれのベルト

を腰に巻いた状態で向かい合い、それを

私達が離れた所から見守っていた。

 

「シア。ユエ殿たちに鍛えられたお前の

 力を、この父に見せてくれ」

「はい。たっぷり見せてあげますよ父様!」

 

そう言うと、2人はそれぞれのアイテムを

取り出した。カムはプログライズキーを。

シアはフルボトルを。

 

シアがボトルをカシャカシャと振るのを

合図に、カムもまた強引にプログライズ

キーをこじ開けた。

 

そして、それをショットライザーに

装填するカム。

 

『バレット!』

 

シアもボトルをベルトに突き刺す。

 

『ラビット!タンク!ベストマッチ!』

 

カムは、静かにショットライザーの銃口を

シアへと向ける。

 

『Kamen Rider……Kamen Rider……』

 

ショットライザーから待機音が鳴り出す。

シアもグルグルとベルトのハンドルを回し、

周囲にスナップライドビルダーを展開

ししている。

 

そして……。

 

『Are You Ready!?』

 

ベルトから響く問いかけ。だがしかし、

それはこの場においてシアだけではない。

カムへの問いかけでもあった。

そして……。

 

「「変身っ!!」」

 

2人は同時に叫んだ。

カムが引き金を引き、シアもまた形成

されたビルドのアーマーを纏う。

 

『ショットライズ!シューティングウルフ!』

 

『The elevation increases as the bullet is fired』

 

『鋼のムーンサルト!ラビットタンク!

 イエーイ!』

 

2人の体から蒸気が溢れ出し、その複眼が

光り輝く。

 

 

私は静かに両者の中間辺りに立つ。

 

「今から、この硬貨を弾く。それが地面に

 ついた瞬間を模擬戦開始の合図とする。

 また、試合の勝敗の判定は私が下す。

 双方、良いか?」

 

私の問いかけに、2人は静かに頷く。

「では……」

親指に力を入れ、キィンッという甲高い

音と共に硬貨が宙を舞う。それと同時に

私は後ろに下がる。

 

一瞬の静寂。重力に負けた硬貨が落下し、

舗装された基地のコンクリに当ると、

再びキィンッと甲高い音を鳴らした。

 

そして……。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

バルカンとビルドが同時に駆け出した。

どちらも右手を振りかぶった。

『『ドドォォォォォォォンッ!!』』

ぶつかり合う拳。大気を震わす爆音が

鳴り響く。

「はぁっ!」

更にパンチを繰り出すビルド。

「くっ!?」

だがバルカンはそれを紙一重で避け、右手

でベルトのショットライザーを抜き、ビルド

の腹部に突き付けた。

「ッ!?」

 

『ドンッ!』

 

直後に響き渡る銃声。ビルドは大きく後ろに

飛び、更に左手を盾にする事で胴体への攻撃を

避けた。

「ッ~~~!」

しかし左手で防いだせいか、痛みとしびれを

振り払うように左手を振るビルド。

「や、やりますね父様」

「ふっ。私も、ハジメ殿や元帥に鍛えられた

 からな。これくらいは当然だ」

一旦距離を取った二人は、静かに睨み遭う。

 

すると、ビルドがベルトからドリル

クラッシャーを取り出し、同時にドリル部分

が音を立てながら回転をはじめた。

一瞬の静寂。

 

「ッ!」

『ドウッ!』

ラビットフルボトルの脚力を生かして

前に出るビルド。

「そこっ!」

ビルド目がけて徹甲弾を放つバルカン。

だがビルドは徹甲弾を、回転させた

クラッシャーのドリルで弾きながら

接近してきた。

 

「くっ!?」

「はぁっ!」

咄嗟に後ろに飛ぼうとするバルカンだが、

間に合わずに振り下ろされたクラッシャー

のドリルがバルカンを斬り付け大きく

火花が散った。

大きく飛ばされながらも、空中で態勢を

立て直し、着地。更に反撃の徹甲弾を

見舞うが、ビルドはそれをクラッシャー

で防ぐ。

 

「くっ!ならばっ!」

このままでは埒が開かないと感じたのか

バルカンは新たなプログライズキーを

取り出した。

 

『パワー!』

 

「ふぅんっ!」

そしてそれをライダーの握力を生かして

強引に開くと、それをショットライザーに

装填した。

 

『オーソライズ!ショットライズ!』

待機音を挟むこと無く、即座に引き金を

引くバルカン。

SRダンガーが発射され、バルカンの周囲を

回った後に炸裂、新たなアーマーをバルカン

に装着させた。

 

それは、巨大な黒い両腕と、同じく黒い

重装甲の上半身が特徴の派生フォーム。

『仮面ライダーバルカン・パンチングコング』だ。

 

『パンチングコング!』

 

『Enough power to annihilate a mountain』

 

フォームチェンジを終えると、ゆっくりと

歩き出すバルカン。

「はぁっ!」

対して距離を詰め、もう一度クラッシャー

で斬りかかるビルド。

 

『ガキィンッ!』

「ッ!?」

だがその刃はバルカンの両腕に装備された

ガントレット、『ナックルデモリッション』

に防がれてしまった。そのことに驚く

シアビルド。

「はぁっ!」

『ドガッ!!』

「ぐっ!?」

そして怯んだ一瞬の隙を突かれて殴り

飛ばされてしまうビルド。

 

しかし彼女はすぐに立ち上がると、

クラッシャーを投げ捨て別のボトルを

取り出した。

 

「ユエさんにはスピードで追いつかない

 からって使わなかったけど、今の父様

 とやりあうには、ぴったりですぅっ!」

 

『ゴリラ!ダイヤモンド!ベストマッチ!』

 

グルグルとハンドルを回すビルド。

 

『Are You Ready!?』

 

「ビルドアップッ!」

 

『輝きのデストロイヤー!ゴリラモンド!

 イエーイ!』

 

茶色と水色のビルド。特徴的なのは、その

巨大な右腕だ。その右腕、『サドンデス

トロイヤー』はパンチの威力を2倍に

する力がある事に加え、低確率で相手を

即死させる事が出来る。だが、今回は

模擬戦なのでその機能はリミッターを

掛けて止めている。

 

「行きますよ、父様っ!」

「来いシアっ!」

 

2人は同時にかけ出し、その巨大な腕

を振りかぶる。

そして……。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「おぉぉぉぉぉぉぉッ!」

『『ドゴォォォォォンッ!!!!』』

2人の拳がぶつかり合い、凄まじい

爆音が響き渡った。

 

そこからはもう、殴り合いだった。

2人の拳がぶつかり合う度に火花が散る。

壮絶なるラッシュのぶつかり合い。

両腕が剛腕のバルカンの方が有利かと

思われるが、ビルドもダイヤモンドハーフ

ボディの特性を生かして、攻撃を

受け止め、確実にカウンターを返している。

 

『ドゴッ!!』

「ぐっ!?まだまだですぅっ!」

『バゴンッ!』

「ぐあぁっ!?それは、こちらも同じだっ!

 シアァァァァッ!」

 

その光景はさながらボクシング。

お互いに相手の攻撃を躱すだけの機動力は

無い。故に単純なる腕力の打ち合い。

バゴンッ、ドゴンッと凄まじい音が響き渡る。

そして……。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

『『ドゴォォォンッ!!!』』

2人の拳が互いの胸を打った。

「ぐぅっ!?」

「がっ!?」

お互い数メートル吹き飛び、そこで膝を突く。

 

「「ハァ、ハァ、ハァ!」」

2人とも既に息が荒い。そろそろ決着が付くだろう。

 

すると、ビルドがベルドのハンドルに手を掛けた。

それを見たバルカンもベルトに付いたままの

ショットライザーに装填された、プログライズ

キーのスターターを押し込んだ。

 

『パワーッ!』

 

電子音声が響き渡る中、グルグルとハンドルを

回すビルド。

そして……。

 

『Ready Go!』

 

ビルドの方も電子音声を響かせた。

 

シアビルドの右腕に、茶色のエネルギーが

収束し、一回り大きな、エネルギーで

出来たサドンデストロイヤーが精製される。

 

対してカムバルカンの右腕にも、黒い

エネルギーが収束し、そのパワーを

高めている。

 

お互い、腰を落として構えを取る。そして……。

 

「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」

2人は雄叫びを上げながら突進する。

 

『ボルテックフィニッシュッ!』

 

『パンチングブラストフィーバー!』

 

電子音声が響き渡った直後、2人の剛腕が

ぶつかり合い、行き場を失ったエネルギー

が火花を散らす。

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

2人とも、一歩も引かずに拳をぶつけ合う。

だが、均衡は突如として破れた。

 

『グググッ!』

シアビルドの方が僅かに押し込んだ次の瞬間。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

ビルドの右腕が一気にバルカンを押し込んだ。

弾かれたバルカンの右腕が宙を舞い、ビルドの

右腕がそのままバルカンの胸を打つ。

『ドゴォォォォォォンッ!!』

 

爆発と爆音、それによって発生した砂煙が

辺りを覆うが、直後それを突き破って

吹き飛ばされたバルカンが地面を数回転がって

から止まる。そして、その衝撃で彼の変身が

解除されてしまう。

ここまでだな。

 

「そこまでっ。勝者、仮面ライダービルド。

 シア・ハウリアっ」

そこで私は勝者宣言を行って試合を止めた。

シア、ビルドは肩で息をしていたが、

やがてハッとなると、慌てて変身を解除して

カムの元へ走った。

 

「父様っ!大丈夫ですかっ!?」

慌ててカムを抱き起こすシア。私達も傍に

歩み寄る。カムは、あちこちに擦り傷など

を作って少し血を流していたが、幸いな

事に重傷ではなかった。

 

「ふふっ、大丈夫だシア。落ち着け。

 少し怪我をしただけだ」

そう言うと、カムは立ち上がった。

シアも安心した様子で立ち上がる。

 

しばし見つめ合う父と娘。やがて……。

 

「シア、見違えたぞ。よくここまで

 強くなったな」

「ッ、はいっ、ユエさんたちに、鍛えて 

 貰いました、から」

父に褒められたシアは、嬉しそうに涙を

目尻に溜めながら頷く。

 

「そうか。そして、今のお前なら、

 きっと大丈夫だ。だからこそ、自信を

 持っていけ。ハジメ殿達との旅へ」

「ッ!はいっ!父様っ!」

 

彼の言葉に、シアは涙ながらに頷く。

すると、カムがハジメの方に向き直った。

 

「ハジメ殿。どうか、娘をよろしく

 お願い致します」

そう言って深々と頭を下げるカム。

「必ず、彼女の事は僕が守ります。

 仮面ライダーゼロワンとして」

 

対してハジメも、決意に満ちた表情で

頷いた。

 

これで、私達の旅に新たな仲間が加わった。

 

仮面ライダービルド、シア・ハウリア

と言う仲間が。

 

     ライダー編 第6話 END

 




ダイジェストなので、基本本編と対して変わらない所は書かないので、次回は
一気にライセン大迷宮になるかも、しれません。


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本編
第1話 運命の日


やっべぇまたやってしまった衝動書き!
あ~もうホントに俺は飽きっぽい上に色々
書いちゃうな~もう!

って事で、シンゴジ君がトータス世界で暴れます!
あと、ロボット物とかミリタリー物が大好きなんで
そっちの要素が強めに出てきます!
もしかすると序盤だとゴジラ要素少ないかもですが、
それでも楽しんで頂ければ幸いです!



私は、『人』では無かった。

 

しかし、『人』になった。

 

理由を挙げれば、隠れるため。

 

私は『人ならざる物』。そして人とは、

他種族を見下し、時にそれを脅威と

して排除しようとする。

 

私の『オリジナル』はその人の力の

前に敗れ去った。

 

しかし、オリジナルもただで敗れは

しなかった。

 

オリジナルは、己が力の一部を急速に進化

させ、そして『私』を別次元へと逃がした。

 

全ては、『自分』という個を守る為に。

 

そして、『私』は異世界へとやってきた。

 

 

しかし、私にも知る由が無かった。

 

その世界から更に、異世界へ渡る事を。

 

 

月曜日の朝。

小走りで通学路を走る一人の少年がいた。

 

『現在の時刻は……。もう少し

 急いだ方が良いか』

 

少年は、スマホや時計を見る事無く

今の時間を認識すると、ペースを

早めた。

 

その少年は、黒い髪のショートヘアと、

黒い瞳を持っていた。

 

傍目から見れば普通の学生のようだ。

 

しかし、彼は違う。

 

彼の名は、新生(しんじょう) 司(つかさ)。

とある高校に通う高校2年生の少年だ。

 

しかし、それは彼の表の顔にしか過ぎない。

彼の本当の名前は、『ゴジラ』。『シン・ゴジラ』。

『シン・ゴジラ、第9形態』。

 

その身に宇宙を宿し、到底生命がたどり着けない

であろう頂へとたどり着いた、高位生命体。

地球にあって、全てにおいて勝る者など

存在しない、絶対的強者。

 

『神』、と呼んでも差し支えない存在。

 

 

そんな彼は今、学校へ通っていた。

 

 

~~~

私は、普段より少しばかり遅い時間に

学校へと登校した。

「おはようございます」

教室の扉を開け、中に入りながら挨拶を

する。

 

一瞬、クラスメイト達が私の方へ視線を

向けるが、すぐにそれを逸らした。

 

しかしその態度には既に慣れた物。私は

自分の席に腰を下ろすと、ノートと

筆箱を取り出して、メモを取り始めた。

その様子を、クラスメイト達は

訝しむような視線で見ていた。

その時。

 

「おはよう新生くん!」

一人の女生徒が、私に声を掛けた。

 

彼女の名前は、白崎香織。この学園にて

二大女神と呼ばれる女生徒の一人だ。

黒く長い髪と、常に笑みを浮かべている

様子は、正しく女神と呼べる物だろう。

 

「おはようございます、香織」

そして、彼女はよく、私と私の友人に

こうして話をしている。

「新生くん、今朝は遅かったね?

 何かあったの?」

「実は、来週『学会』で発表予定の

 論文の修正をしていたのですが、

 それに集中していた為普段より

 家を出るのが遅くなってしまって」

「あはは、新生くんってば、ヘンな所で

 おっちょこちょいだよね。 

 所で、その論文って?」

 

「『再生可能エネルギーのメリットとデメリット。

  将来的なクリーンエネルギー開発についての

  個人的見解』。と言う物です」

「成程ね~。流石は『神に愛された男』、かな?」

「恐縮です」

 

と、私は学生らしからぬ事をしていた。

それは自分でも自覚している。

私は、今現在様々な分野で論文を発表している。

方向性としては、クリーンエネルギー開発や

将来的な資源枯渇に対する対策、と言った物だ。

 

そこで、改めて私は自分のこれまでを

思い返し始めた。

 

私は、正確には私の『オリジナル』は、獣だった。

人間とは異なる種であり、単一個体で存在が

確立された、言わば完全生命体。

しかし弱点が無かった訳ではなかった。

故に、オリジナルは人間の前に敗れた。しかし、

ただ敗れただけではなかった。

 

限定的ながらも、オリジナルは爆発的

進化を遂げ、凍結される寸前に体の一部、

即ち『私』を異世界へと逃がした。

全ては、自らの存在を少しでも

生き延びさせるために。

 

そして私はこの世界へとたどり着いた。

場所は海の底だった。私はそこで、

環境に適応し、進化し、第1、第2、

第3と形態を重ねながらオリジナルと

同じ、第4形態にまで至った。

しかし、油断は出来なかった。

第3から第4への進化の過程で、人間が

海底に無人探査艇を送り込んできたのだ。

 

幸い、姿を見られる事は無かったが、

異形のままで、人族が繁栄する地球の、

日の当たる場所に出る事は、まず出来ない。

もし目撃されたら最後、攻撃を受ける事は

十分に予見出来たからだ。

そして、私は更に進化を続け、第7形態へと

至った時、獲得した力がある。

それが、『ネットワークへのアクセス能力』。

そして私は、その力をフルに活用し、情報を

ネットの海からかき集めた。

人の歴史、常識、言語、現在の世界情勢。

あらん限りの情報を、私は集めた。

 

そして、私は一つの諺を見つけた。

それが……。

 

『木の葉を隠すのなら森の中』だ。

 

そして私は、第9形態でそれに至った。

 

それが……。

『これまでの能力を保有しながらの、

 完全な人間への擬態』。

 

それが今の私、ゴジラ第9形態である。

 

そして私は前述の諺に従うように、

行動を開始した。

 

まずは自らの足で孤児院へと行き、体を

赤ん坊サイズへとして、孤児の風体を

装い保護される事。

 

これは結果的に上手くいった。私は孤児

と思われ保護され、そして今の新生司

と言う名前を貰い、人間として生活している。

 

しかし、それからしばらくして、孤児院の

財政が危機的状況である事を知った私は、

その孤児院への恩義を感じていたこともあり、

画期的なEV、電気自動車の設計図を創り出し

それをネットで競売に掛けた。

これが見事世界中の企業の目にとまり、

一躍有名になってしまった。

 

以降、私は天才、『神に愛された男』とまで

呼ばれ、今も時たま、論文の発表や各国企業の

研究を手伝う形で、資金を稼いでいた。

 

そして、クラスメイト達と私の間に溝を

感じるのも、これらが所以だ。

子供らしからぬ天才的頭脳。

そして私の、希薄な感情。

 

私には、感情というものがまだ良く

分からない。故に、傍目に見ると私は

感情が希薄に見えるのだ。

 

だから一緒に居てもつまらないと

感じる生徒が多いようだ。高校に

上がったばかりの時は、大勢の

生徒が私に興味を示したが、今では

香織ともう一人の友人くらいしか、

まともに話す事など無い。

加えて、私は女神と称される香織と

仲が良い方だ。それも相まって

男子からのやっかみの視線は絶えない。

 

しかし、孤独など、深海で何年も

掛けて進化をした私にとっては

慣れた物。苦痛ですらない。

それに、香織ともう一人の友人が

居る現状で、十分満足している。

 

などと思いながら、香織と

色々話して居ると……。

 

『ガラッ』

あと少しで始業のチャイムが鳴る

かも、と言う所で一人の男子生徒が

入ってきた。

彼を見た男子生徒は舌打ちや敵意を向け、

女子も侮蔑的な視線を向ける。

更に檜山とか言う男子とその取り巻きが

彼の事を嘲笑う。

 

しかし彼は何ら気にした様子も無く、

私のすぐ後ろの席に腰を下ろした。

 

そう、彼こそが香織と同じ私の友人、

南雲ハジメだ。

「おはようございます、ハジメ」

「あぁ、おはよう司」

「おはよう南雲くん、今日も遅いね」

「あ、あぁ。おはよう白崎さん」

私、香織の順に挨拶をする。

 

しかし、それだけで男子からのハジメに

対する視線が濃密な殺気を帯びる。

 

全く、男子たちには呆れた物だ。

彼らはハジメや私が、香織と親しげに

(ハジメの方はその殺気故に戸惑いながら)

会話しているのがよほど気にくわないの

だろう。

 

女子の方も、似たり寄ったりだ。

ハジメは普段から居眠り常習犯で、

香織がその事を気に掛け声を掛ける。

しかし、一行に生活態度を変えない彼に

苛立ちのような物を覚えているのだ。

 

と、そこに二人の男子と一人の女子が

近づいてきた。

ハジメに声を掛ける女子と、男子二人。

しかし男子二人の方は余りハジメに

良い印象を持っていないようだ。

 

女子の名前は『八重樫雫』。

香織の親友であると同時に、凜と

した佇まいの女性だ。

端から見ても、彼女は美しい。

しかし故に、ハジメと雫が声を交わすだけで

再びハジメへの殺気が増していく。

 

男子の一人は、『天之河光輝』。

雫の実家が営む剣道の道場の門下生であり

彼女の幼なじみだ。容姿端麗、成績優秀、

スポーツ万能。と、端から見れば天才だ。

 

まぁ、第9形態となった私の足下にも

及ばんが。

……こいつは何か嫌いだ。

正義感はある。しかしそれが、とても

歪な物に見えてしまうのだ。

 

そして、もう一人が『坂上龍太郎』。

光輝の親友であり、脳筋だ。

 

二人は、普段からやる気の無いハジメに

呆れ、嫌悪しているようだ。

 

今もハジメの言葉に光輝が生活について

忠告を発する。

 

しかし、私自身龍太郎と光輝の言い分には

苛立つ物があった。

 

ハジメとて、成績が悪い訳ではない。

私が空いている時間に彼の勉強を

手伝っている。

おかげでハジメはクラスの中で第3位の

成績だ。

(2位は天之河光輝。1位は私だ)

また、彼はご両親の仕事を手伝い、

既に素人の域を超えたスキルを身につけて

いる。

学校の印象だけでハジメを語る二人には、

内心苛立ちを募らせていた。

 

 

そんなこんなで、お昼時。

「ハジメ、起きて下さい。ハジメ」

「ん、ん~?」

授業が終わると、私は鞄からお弁当箱を

二つ取り出し、まだ眠っていたハジメの

肩を揺すって彼を起こした。

「あれ、もう昼休みか?」

「はい。ハジメ、良かったらこれ、

 食べますか?お弁当なんですが、

 作りすぎてしまって」

と言って、私はお弁当箱の一つを

彼に差し出した。

 

「そっか、ありがとう。じゃあ

 ありがたく貰うね」

そうして、私は椅子の向きを180度

回転させ、ハジメのテーブルにお弁当箱を

置いて、二人して食べようとしていた。

 

のだが……。

「あれ?もしかして南雲くんと

 新生くんもこれからお昼?」

と、香織が近づいてきた。これには

苦笑を浮かべるハジメ。

 

彼自身、男子に殺意を向けられる事も

あって香織には余り関わって欲しくない

様子だった。

 

「あ、あ~うん。司が弁当作ってきて

 くれたんだ」

「へ~。そうなんだ」

と、言いつつ香織は空いていた椅子を

持ってくるとさも同然のように私達

側に腰を下ろした。

 

『なぜそこに座る!?』と顔に書いているハジメ。

しかし、私的には拒む理由も無いので、特に

何も言わない。

「新生くんって料理出来るの?」

「えぇ。孤児院育ちなのは以前話しましたよね?年長者が

 私だけなので、子供達へ料理を

 作って居る内に覚えました。自炊は

 食材のバランスを考える上でも良い

 ですから」

「そっか~、そうだよね~」

と、私と香織が普通に会話しながら

私は香織、ハジメと共にお昼を食べようと

していた。

「あっ、南雲くんの方に入ってる

 それって、煮込みハンバーグ?」

「はい。昨夜の残り物ですが……」

「へ~。美味しそう。ねぇねぇ、

 ちょっとだけ貰っても良い?

 代わりに私の方から何か上げる

 からさ~」

と香織が言うと、あからさまに周囲から

舌打ちが。

 

そんなに気になるのならいっそ告白

でもすれば良いだろうに。

男とは、いや、人間とは随分と

面倒な生き物だ。

などと私は考えていた。

 

そこへ。

「香織。こっちで一緒に食べよう」

と、光輝が誘いを掛けてきた。

「え?良いよ別に。私は南雲くんや

 新生くんと一緒にお昼食べたいし」

「そう?けど南雲はまだ寝足りない

 みたいだしさ。せっかくの香織の美味しい

 手料理を寝ぼけたまま食べるなんて

 俺が許さないよ」

 

やはり天之河光輝、こいつはバカだ。

 

「天ノ河光輝。なぜ彼女のお弁当を

 他人に分け与えるのにあなたの許可が

 居るのですか?香織のお弁当は

 あなたのですか?違うでしょう」

「うんうん、何で光輝くんの許しが

 いるの?」

私が反論すると、香織も頷き雫は噴き出し、

天之河光輝は困ったような表情を

浮かべた。

 

結局、雫に天之河光輝に坂上龍太郎の

3人までもが私の机を使って食事に

参加してきた。

 

それに対し、ハジメは終始戸惑い気味

だった。

 

 

が、変化、いや、運命は唐突に訪れた。

 

突如として教室の床に白い魔法陣のような

物が現れたのだ。皆が皆、金縛りにあったように

動けない。

 

「皆!教室から出て!」

その時、教室に居た教師、『畑山愛子』が

叫ぶのと、魔法陣の光が爆発的に増し、

彼らを飲み込んだのは殆ど同タイミングだった。

 

そして、まるで神隠しにあったかのように、

ついさっきまで人の居た気配を残す

教室から、生徒たちの姿が消えた。

 

しかし、彼らを異世界へと引きずり込んだ

存在は、知らなかった。

 

決して触れてはならぬ、パンドラの箱、

絶望の王を、生命の王を……。

 

全ての理の上に座す王(シン・ゴジラ)を呼び寄せてしまった事を。

 

     第1話 運命の日 END

 




って事で、なんやかんややってきます!
実はもうベヒモス戦まで書き上がってるんですよね~。
ホントもう、俺って色々書き過ぎちゃってま~(遠目)。
投稿スピードはマジで遅いんで、あんまり期待は
しないでください!でも感想とか評価貰えると
嬉しいです!待ってます!


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第2話 説明とステータスプレートと無限大

って事で書き上がってるんで深夜のノリで第2話上げます!


~~前回のあらすじ~~

人間として異世界で生活している存在、

シン・ゴジラ第9形態こと、新生司。

彼は少ない友人である南雲ハジメ、

白崎香織と学生として生活していた。

しかし、ある日司は他のクラスメイト達

と共に謎の光に飲まれてしまうのだった。

 

 

……。ここはどこだ?

次に私が気づいた時、そこは教室では無かった。

周囲を見れば、そこには壁画が描かれていた。

私はすぐに周囲を警戒し、必要があるのなら、

『自らの内にある力』を行使し、戦う

用意をしていた。

 

そして、同時に私はポケットに入れたまま

だった通信端末、スマホを取り出すが……。

「……圏外、繋がらないか」

画面の端には、『圏外』の文字が浮かんで居た。

 

そして、皆が皆、黙ったままだったので私の

声が良く聞こえたのだろう。皆、私の

方を向いた。

しかし私はそれを一瞥すると、GPSを

起動する。しかし……。

「GPSも、反応無し。電波が届かない

 ような地下にいるのか、或いは……」

言いかけ、私は口をつぐむ。

 

「或いはって、何?新生くん」

その先が聞きたいのだろう。香織は

心配そうに私に問う。

最初はそれに答えようか迷った。

だが、その時こちらに歩み寄る人影

に気づいて、私は咄嗟にハジメと香織の

前に出た。

 

「止まれ」

私は、その人影、白を基調とした法衣を纏った

老人に呟いた。

「貴様、何者だ。ここはどこだ」

私は敵意を滲ませ、問いかける。

このような状況だ。何が起こるかは

分からない。

 

すると、老人は口を開いた。

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞

の皆様。歓迎いたしますぞ。私は聖教教会にて

 教皇の地位に就いております『イシュタル・

 ランゴバルド』と申す者。以後、よろしく

 お願い致しますぞ」

老人、イシュタルは好々爺とした様子で

語りかけてくる。

 

しかし、私の中の本能が、警戒を強める。

 

この者に、心を許すな、と。

 

その後、私達は聖堂のような場所を出て

別室へと向かっていた。

 

先頭を歩くのは、私だ。

イシュタルが説明すると言い出した時、

私は、警戒心をむき出しにして奴に

言い放った。

 

「こちらの安全は保障されているのか?」

「安全、ですかな?」

「そうだ。今我々に起こっている状況は、

 到底我々の理解が及ばない物。

 こんな状況では、安心しろと言うのが

 無理な話だ。だからこそ問う。

 我々の安全は保障されているのか?」

「はい。それはもちろん。ここには

 皆様を害する者などおりません」

と、イシュタルが言うと、後ろで生徒数人が

ホッとしたように息をついた。

 

「では更に聞く。貴様は何故我々がここに

 居る理由やここについて。全ての理由を

説明出来るのか?」

「はい。それはもう」

「……現状を理解するには、奴の話を

 聞くしか無い、か。愛子先生」

「は、はいっ!」

私が振り返り声を掛けると、先生は

飛び上がらんばかりに驚いた。

 

「申し訳ありませんが、今は先生が最年長の

 立場です。まとめ役をお願いします」

「は、はいっ!」

私の言葉に頷く先生。だったが……。

 

「と言うか、新生君の方がとても

 頼りになりそうですぅ」

『『『『確かに』』』』

と、先生が涙目で呟き、生徒達は頷くのだった。

何故?

と思う私だった。

 

その後、イシュタルの後ろを私が付いていき、

更に愛子先生やハジメ、香織、他の面々が続く。

 

そして、時折スマホを確認するが……。

 

「やはり圏外。繋がらないか。

 ……異世界、と言うのは本当の

 ようだな」

「ど、どうしてそう思うんですか?

 新生君」

すると、後ろにいた愛子先生が私に

問いかけてきた。

 

「今の我々の現状、起こっている事態は、

 二つに仮定出来ます。

 一つ。これが、誰かによって巻き起こされて

 いる茶番とする説。

 二つ。あの老人が言うように、我々は

 異世界へと召喚されたと言う説」

「じ、じゃあ、どうして異世界だって

 思うの?」

 

「理由としては、二つほどあります。

 まず第1にあの魔法陣。あれが強烈な光

 を放った後、皆が気絶していたのなら、

 眠った間に運び出したと言う話しも

 ありえます。

 しかし、誰一人として気絶せず、光が

 収まった時点であそこに立っていた以上、

 眠らせて運び出すのは不可能。少なくとも、

 私達の世界でテレポート技術が生み

 出されたと言う話しは聞いたことが

 ありません。

 ですが、異世界の魔法の類いなら、

 あるいは……」

「な、成程」

「なら、第2の理由はなんなんだい?」

と、今度は近くによってきた天ノ河光輝が

問いかけてきた。

 

私は後ろの彼や愛子先生に見えるように

スマホの画面を向けた。

 

「第2の理由は、先ほどからネット、電話回線、

 GPSの全てが繋がらない事。ここが電波の

 届かない場所ならばそれもあり得る。

 だが、そもそも通信基地局や衛星が

 無ければ、 通信など出来ない。異世界

 の文明レベルがもし我々の地球と

 違うのなら、衛星などまずあるはずが無い。

 あったとしても、規格が合致する訳もない」

「つまり、使えない事=異世界、と?」

 

「あくまでも、ここが異世界かもしれない、

 と言う可能性を肯定する根拠の一つだが」

と、私は冷静に告げた。

 

するとすぐ側で……。

 

「何で、何で新生君そんなに冷静なんですか~。

 先生、もうスゴくテンパってて……」

何故か涙目の先生。

「うぅ、やっぱり先生より新生くんの方が

 頼りになりそうですよぉ」

そんな事まで言い出してしまった。

更に後ろで頷いている生徒達。

……だから何故なんだ。

と、私は思うのだった。

 

その後、長方形のテーブルが並ぶ大広間の

ような場所に通された私達。

上座には愛子先生や天之河光輝たちが座る

だろうから、ハジメと同じ下座の方へ

行こうとしたのだが……。

 

『ガシッ!』

「ま、待って下さい新生くん!お願い

 ですから先生の隣に居て下さい!

 新生くんは、この中で一番冷静

 ですから!」

と言われ、私は戸惑いながらも先生の

隣に腰を下ろした。

 

その後、イシュタルによる説明が成された。

 

この世界には、人族、魔族、亜人族なる3つの

種族が存在していること。

人族が大陸の北側を。

魔族が逆に南側を、勢力圏とし、亜人族は

東の樹海でひっそり暮しているようだ。

 

人族と魔族は数百年に渡る戦争を続けており、

数の有利を誇る人族と、個人の力で勝る魔族。

今は小規模な小競り合いを繰り返し拮抗した

状態が続いていた。

 

しかし、最近になって魔族は、魔力を吸収して

異形化した生物、『魔物』を使役し

出したとの事。

それによって、人族の有利とされていた、

数のアドバンテージが崩れた事。

 

そして、自分達は聖教教会の崇める神、エヒト

と言う輩に召喚された事が語られた。

 

イシュタルの言葉通りなら、滅びに向かう

人族を助ける為にエヒトが私達を遣わした、と。

 

それを恍惚とした表情で語る辺り、あの老人の

狂信的な一面が垣間見えると言う物。

 

そして愛子先生はイシュタルのやり方に、

もっと言えば私達を戦争の道具にしようと

しているやり方に反対した。

 

そして我々を元の世界へ帰して欲しいと

主張した。が、こう言うのはハジメに

借りた本の展開で見た事があった。

 

案の定、『イシュタル達では』、無理

と言う物だった。

 

帰るのならば、エヒトの力が必要、

だと言うのだ。

 

途端にパニックになる周囲の生徒達。

 

そしてその様子を見つめるイシュタルの目には、

それを蔑むような物が込められている。

やはり、狂信者か。

 

などと考えていると、天之河光輝が、何と

戦争に参加するとのたまいだした。

 

私は黙ってそれを聞いていた。

 

坂上龍太郎が何の躊躇いもなくそれに同意し、

香織や雫も、戸惑いながらも賛成する。

他の生徒達も、まるで現実逃避の

ように賛同していく。

 

その時。

 

「バカか貴様等」

 

私の声で、やる気を示していた生徒達は

シンと静まりかえった。

 

「今の話を聞いて、なぜ戦争に参加しよう

 などと思う?殺し合いだぞ?銃も剣も握った

 事の無い、殺し合うスキルも知らない素人の

 貴様らが戦争だと?止めておけ。

 1年と経たず屍をさらすだけだ」

「そ、そうですよ!皆さん危険です!

 だから止めましょう!」

どうやら私の意見を戦争反対派とでも

思ったのだろう。先生が同意する。

 

「だが、現にこの世界で困っている人達が

 居るんだ!そして俺達にはそれを救える力が

 あるんだろう!?ならば、戦うべきだ!」

……。こいつは簡単にそう抜かす。

やはりバカだな。

「先ほどの説明、我々はこの世界の人間より

 能力的に上だ、と言われているがそれは、

 『死なない』という事では無いぞ?

 刃で貫かれれば死に、頭を砕かれれば

 絶命する。

 我々は例え強くとも、無敵では無い。

 戦争で死ぬ可能性は0ではない。

 それでも戦うか?」

 

死する可能性。

 

この言葉に、天之河に賛同していた生徒達数人が

視線を下げる。

「そ、そうだ!俺達は勇者なんだっ!

 だから、魔族と戦うべきだ!魔族によって

 苦しめられている人々を助けるために!」

 

「だから、魔族を滅ぼす、と?」

「そうだっ!」

即答である。……浅はかな。

 

「では、そうだな。貴様の前に魔族が現れた

 とする。その男はこう言いながら貴様に

 斬りかかった。『よくも家族を』、とな」

「な、何?」

「まだ分からんか?魔族とて、生命である

 以上、父と母が居て、子を、子孫を生み

 種族を繋いできた。先ほどイシュタルは、

 滅ぼす、と言って居た。

 貴様等に問おう」

そう言うと、私は立ち上がり、周囲を見回す。

 

「戦士だけではない。泣き叫ぶ赤子、女、老人。

 それら全てを殺せるのか?自分より若い

 命を殺せるのか?その身を、血で真っ赤に

 汚す事が出来るか?家族を殺された、数百、

 数千の魔族から向けられる憎悪に

 耐えられるか?

 勇者、などと呼ばれ、プロパガンダとして

 利用され、数多の魔族から恨まれ、

 命を狙われる。

 そして、多くの命を、その手で奪っていく。

 その覚悟が、貴様等にあるのか?」

 

「だ、だがっ!魔族は人に酷い事をしてきた!

 俺達が、人を守らないと!」

なおも反論する天之河。

「酷い事、か。では聞くが、逆に人が魔族に、

 貴様の言う酷い事をした事は無いと、

 断言出来るのか?」

「え?」

「今ここで、私たちに与えられた情報は

 そこのイシュタルが語っただけの事。

 彼の口から言われた事を、真実だと

 思い込んでいるのなら、浅はか、と

 言わざるを得ないな。

 良いか?戦争をしている以上、

 そのどちらの勢力にも正義はある。

 正義を持たない戦争など、ありはしない。

 故に、戦争とは正義のぶつかり合い。

 よもや貴様、魔族を完全な悪だと

 思ってはいまい?」

「そ、それは……」

私の言葉に、言い淀む天之河。

 

そして、私は下座に居る面々へと視線を

向けた。

「結論からして、私が言いたいことは二つだ」

 

「ここから帰るためには、イシュタルが

 言うようにエヒトという神の力が

 必要のようだ。そのために魔族を滅ぼせ、

 と言うのなら帰るために魔族を滅ぼすしか、

 我々に選択肢は無い。……しかし、戦争だ。

 殺し合いだ。血で血を洗う、殺戮の場所に

 我々は足を踏み入れようとしている。

 下手をすれば、死人が出るだろう。いや、

 戦争をする以上、死人が出ない方が奇跡に

 近い。だからこそ、戦争をすると

 言うのなら、覚悟を決めろ。

 恐怖ゆえに、戦いに参加する事を拒むか。

 或いは、元の世界へ戻るために、人殺しに

 なる決意を固めるか。そして、最後に……。

 『撃って良いのは撃たれる覚悟の

  ある奴だけだ』。

 これは、アメリカの小説の一節を日本語に

 意訳した物だ。これを当てはめて言えば、

 戦争に行く以上、『殺す覚悟』と共に、

 『殺される覚悟』をしておけ、と言う物だ。

 これはゲームではない。死ねばそこで

 全てが終わりだ。

 ……それでも、戦争に参加すると

 言うのなら、もう止めん。後は死のうが

 どうなろうが、全て貴様等個人の

 自己責任だ。良く考えておけ。

 生半可な覚悟と決意では、戦争など

 出来はしない」

 

そう言って、私は席に腰を下ろした。

見ると、数人の生徒達が震えており、

女子に至っては恐怖から涙を流し、側の

友人と手を握り合っている。

その時。

 

「やる、やってやるさ!俺達は元の

 世界に帰る!」

と、天之河が何か叫び始めた。

「魔族を倒して、俺は、皆を元の世界に

 戻してみせる!」

彼の言葉に、怯えていた生徒達が彼の

方を見ている。

彼にはカリスマがあるのだろう。

 

しかし、彼のその決意が生半可な物で

無い事を祈るばかりだ。

 

結局、元の世界へ戻るために、と

皆戦う意思を示した。

その後、私達はイシュタルの案内で

ここ、神山の麓にある『ハインリヒ王国』で

受け入れられ、訓練を行う事になった。

 

そして、我々は神山からロープウェイの

ような物で王国へと向かった。

その際、本物の魔法に生徒の数人が

騒いでいるが……。

これからそれを、殺すために行使するかも

しれないと、彼らは理解しているのだろうか?

そこが心配だ。

 

そんな時。

「ねぇ、新生くん」

近くにいた香織が私に声を掛けた。

「私達って、大丈夫、だよね?生きて、

 元の世界に戻れるよね?」

そう、彼女は不安そうに問いかけた。

すると……。

 

「大丈夫さ。香織は俺が守るから」

何故か会話に混じってくる天之河。

それに香織が困ったような表情を

浮かべる。

「あ、いや、その、私今は新生くんに……」

「はいはい。光輝は引っ込んでなさい。

 二人が話し出来ないでしょうが」

と、戸惑う香織をフォローするように

天之河を押しのける雫。

 

「……。戦争に100%など

 ありません。故に、全員が無事に、

 と断言は出来ません」

私は、香織に現実を突き付ける。

彼女と、側に居た雫はどこか不安そうな

表情を浮かべる。

 

うぅむ。こう言った場面では、フォローを

するべきなのかもしれない。

「ただ……」

そう思い、私は言葉を続けた。

「イシュタルは我々に力があると

 言っています。ならば、それに見合う

 スキルと経験を積めば、そう簡単に

 死ぬことは無いでしょう」

「う、うん!そうだよね!」

私の言葉に、香織は笑みを浮かべながら

頷き、雫も安堵したのか息を吐いている。

 

そして、そうこうしている内に私達は

王国にたどり着き、王やその家臣、貴族や

文官、軍人達と謁見した。

その際、王が起立してイシュタルを

待っていたことを鑑みるに、イシュタルは

王、『エリヒド・S・B・ハインリヒ』より

立場は上と思われる。

 

その後は、あれよあれよと事態が進み、

晩餐会が開かれた。

食事は洋食風だが、時折変な色のソース

や飲み物が出てきた。

そして、大体私が味見(と言うか毒味)を

させられた。

何故だ。

 

その後、私は壁際で飲み物を手に目を閉じ、

『探していた』。

私達の『世界の座標』を。

今の私、ゴジラ第9形態はその体の中に

宇宙を宿す存在。

言わば、現人神と言っても過言では無い。

 

だからこそ、『世界線』を観測し、元の

世界の座標を探しているのだ。

しかし問題がある。今の私には世界を

観測出来ても、そこへ飛ぶ手段が無い。

今の第9形態では、精々同じ空間同士を

繋ぐ『ワームホール』の生成能力。

異なる世界線を繋ぐ程ではない。

恐らく、その帰還手段を手に入れるのなら、

今よりももっと進化しなければ

ならない。

そう、第10形態へ。

 

しかし、問題がある。それは第10形態への

進化へ掛かる時間と、星の数ほどある世界線を

一つ一つ精査し、確実に元の世界線を

見つける事。

 

どちらも、下手をすれば年単位の時間が

必要になりそうだ。

私は、そう思いながら虹色のドリンクを

飲み干した。

 

……。見た目はあれだが、美味いな。

 

そして、召喚の翌日。早速訓練と座学が

開始された。

場所は広い訓練場。

まず、私達に銀色のプレートが配られた。

そして、騎士団長『メルド・ロギンス』が

直々に話し始めた。

 

曰く、これはアーティファクトと呼ばれる

太古のオーバーテクノロジーの塊であり、

唯一民間にも出回っている物らしい。

これはステータスプレートと言って、

登録者のステータス、即ち力などを数値化

するもののようだ。

 

「ふむ」

私は、貰った針で傷を作るふりをして、皮膚を

裂き、血を一滴、流してプレートの魔法陣に

垂らした。

針を使わなかったのは、この程度では私の体に

傷など付けられなかったからだ。

 

今にして思えば、第9形態の時は怪我をしそうに

なった時は、演技で傷を作らなければ

ならなかった物だ。

 

などと思いながら血をプレートに擦り込むと、

一瞬輝き、そこにステータスが表示された。

 

された、のだが……。

 

 

==============

新生 司 17歳 男 レベル:∞

天職:全ての理の上に座す王(シン・ゴジラ)

筋力:∞

体力:∞

耐性:∞

敏捷:∞

魔力:∞

魔耐:∞

技能:破壊神・創造・生命の王・完全生命体・

   ・絶望の王・天才

==============

 

………。一瞬、数値全てが0かと思った。

しかしよく見れば、全て∞のマークである。

まぁ、元より『人の皮を被った怪物』。

納得も行く。

 

その後、メルド団長が天職や技能、ステータスに

ついて説明をしていく。

各数値の平均についても言及していたが、私は

限界突破も良いところであろう。

と言うか、もはや数値にすらなっていない。

 

 

しかし、私がそれを見ていると、ハジメが

檜山たちに笑われていた。

何でも、ハジメは錬成師という非戦闘職

だったようだ。しかも数値は平均的なオール10。

それを奴らが笑っているのだ。

 

またも、ハジメを侮辱する態度に、いい加減

頭にきた物があった。

 

そして私は……。

 

「『黙れ』」

 

次の瞬間、怒りを込めて静かに呟いた。

すると、笑っていた檜山や他の男子生徒達が

一斉に口を紡ぎ、冷や汗を浮かべながら

目を見開いている。

 

そして周囲を見れば、女子、香織や雫。

更にはメルド団長まで青ざめた表情を

している。

 

……成程。これは恐らく技能の一つ、

『絶望の王』の効果だろう。

言葉だけで他者を制する。姿だけでも

人を怯えさせた私には、ぴったりの

スキルだ。

そして、私は奴らを怯えさせていた

オーラを霧散させると、メルド団長に

ステータスプレートを見せた。

 

「メルド団長、これが私のステータスです」

「あ、あぁ。分かった」

引きつった笑みを浮かべながらプレートを

受け取る団長。しかし……。

 

「どれど、れ?……は?」

プレートを見るなり、団長は固まってしまった。

何度も目をゴシゴシと擦っている

団長。

「?メルド団長?どうか――」

と、聞きかけた時。

「ど、どういうことだこれは!?」

団長が叫んだ。

「ステータスの数値が全部

 ∞のマークだと!?何じゃこりゃぁ!?」

団長の言葉に、周囲の生徒達がザワザワと

ざわめき出す。

 

「む、無限大って、それって天之河君

 とかも目じゃないんじゃ……」

「ば、化け物じゃねぇか」

 

ピクッ。

一瞬、聞こえた声に眉を動かしながら

私はステータスプレートに手を伸ばした。

のだが……。

「お、おいっ!お前、確か新生、

 だったか?!」

「はい。そうですが、何か?」

「あ、あ~その、悪いんだが、俺は

 この数値が信じらんねぇ!

 急で悪いが、何かお前の力を

 見せてくれ!もしかしたらプレート 

 の故障っつう可能性もあるからよ!」

 

……成程。プレートの故障か。

ならば、その数値が故障などでない事を

証明すれば良いのか。

 

ならば……。

 

能力解放。エネルギー生成能力、起動。

 

静かに、私の瞳が紫色に輝き始める。

 

「ッ。瞳が……」

それに気づいて、雫が呟く。

 

生成箇所、右腕。形状、刀剣。

 

次の瞬間、私の右腕を覆うように

紫色のエネルギーが『ブゥン』と音を立てながら

展開され、それが西洋の両刃剣のように

形作る。

 

そして、私は左手でパチンと指を鳴らす。

すると、私の前方に巨大な四角い鉄の

塊が現れる。

 

『物体創造』。第9形態となった私にとって、

無から有を創り出す事など、造作も無い。

恐らく、技能欄の創造もこれの事だろう。

「な、何だあれ!?どっから出て来た!?」

鉄の塊を前に、坂上龍太郎が周囲の言葉を

代弁するように叫ぶ。

 

まぁ、良い。

 

「……」

トンッ。私は地面を軽く蹴り、数メートルを

跳躍し、右腕を振り上げる。

 

出力、最大。

 

次の瞬間、右腕のエネルギーソードが数メートル

の長さになる。

そして私は、それを鉄塊へと振り下ろした。

エネルギーソードの圧倒的熱量が、鉄塊の

抵抗すら許さず、まるでバターを

切り裂くように、縦に一直線。

鉄塊を切り裂いた。

 

右腕を横に振って、エネルギーソードを消滅

させると、私はもう一度指を鳴らして鉄塊を

消滅させてから団長たちの元へと戻った。

ハジメや香織、更に他の生徒や先生は

完全に驚いていた。

目が点になっていた、と言う表現がぴったりな

感じに、だ。

しかし、私にはどうでも良い事。

 

「メルド団長」

「お、おうっ!?何だ?!」

「これでも、プレートのステータスが誤表記

 だと仰りますか?」

「い、いやっ!悪かった疑って!

 けどお前、マジで何モンだ?あんな力とか

 その、見た事ねぇぞ」

「さぁ?私自身、この力が発現したばかり

 なので。扱えはしますがその所以までは」

「そ、そうか。ま、まぁ。お前の力は頼りに

 なりそうだ。これからよろしく頼むぞ」

「はい」

頷き、私はハジメの元に向かう。

 

しかし、何故かハジメは死んだ魚みたいな

目をしていたのだった。

後々聞くと、私との力の差に酷く

落胆していたとか。

……。私と人間では力比べにすら

なりませんよ。

と、フォローしようと思ったが、

正体がばれる事を考え止めた。

 

しかし、ハジメの力はこの中では

最弱。さっきは絶望の王の力で

檜山たちを黙らせましたが、今後奴らが

ハジメに突っかからないとも言い切れない

以上、ハジメのパワーアップは急ぐべき

ですね。

 

そして、私達の異世界転移2日目が

終わったのだった。

 

     第2話 END

 




シンゴジ改め司くん!はっきり言ってメッチャ冷静。
と言うか感情が希薄だから滅多なことでは動揺しない!
でもハジメとかバカにされると怒るよ!
何故ってハジメは友達だから!

……変なテンションですんません。
感想とか評価、お待ちしてます!


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第3話 切札

今回から、ハジメ達のオリジナル装備が出てきます。


~~前回のあらすじ~~

人間として生活していたシンゴジ第9形態の

新生司は、ある日クラスメイトたちと共に

異世界へと転移してしまう。勇者として

呼び出される彼らだったが、司はクラスメイト

達に戦争についてを解く。2日目。彼らは

自らの力を数値化するステータスプレートを

貰う。司は、友人であるハジメを笑われた事

をきっかけに、その力の片鱗を彼らや

教官役のメルドに見せつけるのだった。

 

そして、転移2日目、初日の訓練が終了した。

 

しかし……。

周囲の私を見る目が、まるで危険物を見るような

目をしている。

が、当然と言えば当然の反応だ。

私の次に強いステータスの天之河光輝でさえ、

私の足下には及ばない。

雲泥の差と言っても良いだろう。

 

が、今の私はそんな事どうでも良い。

目下の問題は……。

「ハジメ」

皆がそれぞれの割り当てられた部屋に

戻ろうとしていたとき、私はハジメに

声を掛けた。

「ちょっと話があるのですが、

 良いですか?」

「えっ!?ま、まぁ、良い、けど……」

戸惑いながらも頷くハジメ。

 

やはり、彼も私の力に怯えているの

だろう。……不思議な物だ。

かつては全人類から敵意を向けられていた私が、

第9形態となってなお、ハジメからの怯えの

感情に、後悔のような感情を覚えるなど。

……しかし、今はそんなこと、どうでも良い。

 

その後、私はハジメの割り当てられている部屋に

お邪魔した。

 

「それで、話しって?」

「はい。単刀直入に言います。ハジメは

 我々の中で最弱です」

「……。うん、泣いて良い?ねぇ、僕

 泣いて良い?」

何やら泣き出しそうなハジメ。

しかし私はそれを無視して言葉を

続けた。

 

「なので、私がハジメを強くします」

「うん僕泣くよ、って、え?」

「ハジメはステータス的には最弱ですが、

 ならば、外的要因を極めれば良い

 のです。なので、私が世界最強の

 武器と防具を作ります」

「……。良いよ。そんなの。僕は

 錬成師として、頑張るから」

私の提案を拒むハジメ。

「何故ですか?」

「僕は、戦うのそこまで得意じゃ

 無いし。錬成師として、出来る事で

 皆をサポートしたいから。

 だから……」

「悔しくはないのですか、ハジメ」

 

私は、彼の言葉を遮った。ハジメは、

どこか悔しそうに唇をかみしめる。

「先ほど、檜山や他の男子生徒達に

 笑われて、悔しくはないのですか?」

「……。あぁ、あぁ悔しいよ!

 僕も、もしかしたらって天之河君

 みたいな強い戦闘職になりたかった!

 けど、けど……」

 

やはり、彼なりにそうありたいと願っていた

ようだった。

「……ハジメ、ならば私を利用すれば良いの

 です」

「え?」

今にも泣き出しそうなハジメは、疑問符を

浮かべながら私の顔を見つめる。

 

「ハジメ、私が高校で出来た友人は、あなたと

 香織だけです。……中学の頃から、神に

 愛されている男などと呼ばれ、高校に

 入れば、皆私と距離を取る。そんな中でも、

 ハジメだけは私を一人の人間として

 接してくれました。あなたには感謝

 しています、ハジメ」

と、私がそう言うと、ハジメは困ったような

表情で顔を赤くしていた。

 

「そ、そう。それで、その。どうして

 僕が司を利用するのかな?」

「先ほど言ったように、ハジメは私に

 とっての友人。それを笑われるのは、

 我慢なりません。だからハジメには

 強くなって欲しい。これは私の

 我が儘です。あなたは、その我が儘を

 利用すれば良いのです」

 

私がそう言うと、ハジメはしばし

黙り込んでしまった。

やがて……。

 

「……僕、強くなれるかな?」

「はい。間違い無く最強候補の一角に

 私がします」

「痛いの嫌いだし、力あんまり

 強くないけど……」

「鉄壁の鎧と一撃必殺の武器を

 作ります」

「戦う技術なんて無いけど……」

「私が教えます」

「覚悟とか、まだよく分かんないんだけど……」

「そこばっかりは自分で見つけて下さい」

 

「「………」」

何故か、ハジメが黙ったので私も

黙ってしまう。

すると……。

 

「ぷっ、アハハッ。やっぱり司だな~」

彼は笑った。

「?私、何か変な事を言いましたか?」

「ううん。違う違う。司ってやっぱり

 変な所で変わってるな~って思って。

 でも、ありがとう、司」

「いえ。お気になさらずに。これは

 私の私情による行動ですから。

 では、早速いくつか質問させて

 貰います」

「うん。分かった、強いのをお願いね」

 

そして、私はハジメの為に最強の鎧と

武器を作るための話し合いをするのだった。

 

 

~~~

そして、翌朝。朝食を終えた天之河光輝や

香織たち4人。更にクラスメイト達が

訓練場に向かっていた。そんなとき。

「なぁ大介、あの無能来るかなぁ?」

「あ~?来ねぇだろ。つか来ても何

 出来るんだっつ~の!」

「確かになぁ!」

檜山たちが、ここに居ないハジメの事を

嗤っていた。

その言葉を聞いていた香織はギュッと

拳を握りしめていた。

 

そして、訓練施設にたどり着いたのだが……。

「ん?あれはメルドさん?」

先頭を歩いていた光輝がメルドに気づいた。

しかし、肝心のメルドは中の方を呆然と

見つめていた。

 

「メルドさん?おはようございます」

「んっ?お、おぉ。お前等か」

「どうかしたんですか?何かに

 驚いていた様子ですが?」

「……あれだよ、あれ」

「あれ?」

メルドが何かを指さした。彼らもそちらに

視線を向けると……。

 

「なっ!?何だあれは!?」

 

見ると、訓練施設の中に紫色のエネルギーの

ドームが形作られていた。ドームの外から

中を見ることは出来ない。

驚きながらもドームに近づく光輝やメルド達。

すると……。

 

『ピシピシッ、パリーン』

まるで鏡が割れるような音と共に、結界が

砕け散った。

驚く光輝たち。そこへ。

 

「皆さん、おはようございます」

崩れ去ったドームの中から司が現れた。

「し、新生くん!?って、それに……」

 

しかし、現れたのは彼だけでは無かった。

彼の隣に立つ、白と赤の『パワードスーツ』。

それが全員の視線を集めた。

 

「え?え?し、新生くん?それ、何?」

恐る恐る、といった感じで彼に問う香織。

「これは、私が開発した強化外骨格の

 試作品です」

「きょ、強化、何?」

「強化外骨格。まぁ、SF映画で出てくる

 パワードスーツのような物です」

「そ、そんな物作ったの!?それも一晩で!?」

「はい。元々、地球にいたときから似たような

 物を設計していたので、それのデータを

 応用し、技能の一つ、創造の力で作り出しました」

驚く雫に淡々と答える司。

 

その時。

「ち、ちょっと待ってくれ。パワードスーツ、

 と言う事ならそれを着ているんだろう?

 誰が着てるんだ?」

と、問いかける光輝。

「それについては……。ハジメ、ヘルメットを

 取って下さい」

司がパワードスーツに向かってそう言うと、

男子生徒達がざわめく。

 

そして、白と赤の強化外骨格を纏ったハジメは、

後頭部に両手を当てた。

すると、プシュッと言う音がしてヘルメットと

首元の接続が解除され、ハジメが

ヘルメットを脱いで脇に抱えた。

そして彼は、恥ずかしそうに頬を指で

掻く。

 

「な、南雲くん?その姿って……」

「あ~、え~っと、これは……」

香織の言葉に、どう答えて良いか分からず

戸惑うハジメ。そこに司が

フォローに入った。

 

「生憎、私の親しい人物で男性と言えば、

 ハジメしか居ませんでした。なので、

 彼に開発に協力頂いたのです」

「協力?」

と、首をかしげる香織。

「はい。……我々は戦争をするのです。

 であれば、可能な限りの防御力と攻撃力を

 持った兵器が必要です。そこで、この

 パワードスーツの開発を始めました。

 そして、その試作1号機が今ハジメの

 纏っている物です」

 

彼らが見つめるパワードスーツは、

人型に限りなく近かった。流線型のフォルムに

白いボディとそこに走る赤いライン。

まるで、SFアニメのヒーローのような

出で立ちである。

 

「あ、あの~。すまんがその

 パワードスーツって何だ?」

と、その時、そもそもパワードスーツという

言葉の意味を分かっていなかったメルドが

司に問いかけた。

 

「そうですね。メルド団長にはそこから

 説明した方が良いですね。

 パワードスーツというのは、装着者。

 つまり纏っている者の力を引き上げる

 鎧です」

「力を引き上げる?どんな風に?」

「それについては、見て貰った方が

 早いでしょう。ハジメ、用意を」

「うん」

そう言うと、ハジメは脇に抱えていた

ヘルメットを被る。

すると、パワードスーツのツインアイが

青く光を放つ。

 

それを見た司は、パチンと指を鳴らした。

するとハジメの前に分厚い鋼鉄の板が

現れた。

「ハジメ、やって下さい」

「うん!」

司の声に頷くハジメの声は、どこか生き生きと

していた。

そして……。

 

「うぉぉぉぉぉぉっ!」

構え、右拳を突き出すハジメ。そして……。

『ドゴォォォォンッ!』

爆音と共に、その右腕が鉄板を貫いた。

「なっ!?」

これには、昨日のハジメのステータスを

思い出しながら驚くメルド。光輝や他の

生徒達も、驚きザワザワとざわめく。

「このように、拳一つでもあの程度の

 物なら貫けます。ハジメ、次はキックで。

 鉄板を横に切断して下さい」

 

「はいっ!ふぬぬっ!」

ハジメは腕を引き抜くと、再び構えて

回し蹴りを放った。すると……。

『ズルっ!バァァァンッ』

鉄板が横一文字、真っ二つに切れて

上部分が後ろに倒れた。

 

これには、あんぐりと空いた口が

塞がらないメルド。

 

「このように、装着するだけでも相応の

 攻撃力を持ちます。また、装甲には我々の

 世界の特殊な鉄を使って居ます。

 普通の矢、剣などの攻撃なら問題無く

 弾く強度を確保しました。武装はまだ

 開発前の試作機ですが、今後とも

 開発を続けていけば今以上の性能を

 獲得出来るでしょう」

「ち、ちょっと待て!?この上が

 あるのか!?」

「はい。これはあくまでも試作品。

 武装もまだ開発出来ていませんし。

 今後私はハジメと協力して、

 このパワードスーツ、

 『ジョーカーシリーズ』の開発を

 進めていきます」

「その、ジョーカーシリーズというのは?」

「これから開発するパワードスーツの

 事です。今ハジメが纏っているのは、

 試作品ですから、『ジョーカー0』、

 『プロトタイプ・ジョーカー』、

 と言った所でしょうか」

「そ、そうか。……それで、お前達は、

 その、どうするんだ?これから」

 

「そうですね。はっきり言って、私は

 既に覚悟やスキルを身につけている

 つもりです。なのでフィジカル的な訓練に

参加する必要性を感じません。また、

ハジメもジョーカーシリーズの開発に

協力してもらうつもりです。これの 

性能は、今お見せしたとおり。

ハジメを錬成師として鍛えるのは

諦め、ジョーカーシリーズの装着者、

 パイロットとして技能を積んで貰うべき

 だと私は考えます。ハジメもそれで構いませんか?」

「あ、あぁ。うん。僕は司を手伝うよ」

と、彼が頷く側に腕を組んで悩んでいるメルド。

「む、むぅ。確かに、あの力を使いこなせる

 奴がいるのなら大いに助かるが……。

 よし、分かった!じゃあ坊主!お前は

 司と一緒にその何とかシリーズを

 作れ!上には俺から言っとく!」

と、ハジメは司と協力してジョーカー

シリーズの開発をすることになった。

 

そして、それを男子達が嫉妬にも似た

視線を向けているが、ハジメと司は

それを無視するのだった。

 

 

~~~

私はそれから、ハジメと司はジョーカーシリーズ

の改良と生産に乗り出した。

私達は、座学以外はこの世界の知識の

収集とジョーカーシリーズの改良、

武器の開発などを行っていた。

ハジメは、自他共に認めるオタクであった。

しかし故に、こう言った武装への知識は

広く、更に漫画家をしているご家族の仕事を

手伝っていると言うだけあって、スケッチの

絵も確かな物だった。

なので、ハジメからアイデアや武装のラフスケッチ

を受け取り、私が創造。更にダメだしを

行いながら、次々とジョーカー用の武装を

作り上げていった。

 

そして、異世界召喚から1週間ほど過ぎた

ある日。

「二人とも、ちょっと良いか?」

訓練施設の隅で新兵器の開発をしていた

私達の元に香織や雫、坂上龍太郎を連れた

天之河光輝がやってきた。

「何でしょう?」

「……単刀直入に言う。南雲。今すぐ君は

 それを脱ぐべきだ」

「……はい?」

突然の言葉に、ハジメは疑問符を浮かべる。

 

「えっと、それってどう言う意味?」

「どうもこうもない!皆が自分の力を

 伸ばそうと努力しているのに、自分だけ

 新生から与えられた力を使って!

 恥ずかしくないのか!自分だけ!」

 

……やはりこいつはバカだ。

確かに、傍目に見ればハジメは楽して

力を手に入れているように見えるだろう。

しかし、戦争ではそんな甘い考えは

通じない。生き残る為には、どんな形であれ

強くならなければならない。

 

「ハジメ、彼の言葉を聞く必要は

 ありませんよ」

「……どう言う意味だい?それは?」

「お忘れですか?ハジメは錬成師、

 非戦闘職ですよ?それで鍛錬して、

 戦闘に行けと?それは、彼に

 死にに行け、と言って居るのと

 同義ではありませんか?」

「そ、そんな事は無い!努力によって

 手に入れた力なら、きっと!」

「きっと?何です?役に立つとでも?

 敢えて言わせて貰いますが、現状、

 ハジメは錬成師よりジョーカーパイロット

 としての方が戦闘力は高いのです。戦闘効率を

 考えれば、このままパイロットとしての

 腕を磨いた方が最善でしょう」

「だからといって、一人だけ借り物の

 力を使って!それは卑怯だ!」

 

卑怯、か。

「一つ、あなたに言っておきます。

 戦争はそもそも厳格なルールが

 ある訳でもない。どんな形であれ、

 敵を倒し生き残った方が勝者。その

 事を考えれば、生き残る為にどんな形で

 あれ強くなる事が必要です。

 しかし、ハジメの場合は非戦闘職。

 そんな彼が生き残る為には、それ

 以外の外的作用によって力を増す

 しか無い。……ジョーカーシリーズは、

 そういった戦闘力が低い者達を

 守る盾となり剣となるために開発

 しました。その理由に何か不服でも?」

「じ、じゃあ、そのジョーカーシリーズを

 量産して、みんなに配るべきじゃないのか!

 そうすれば、皆同じくらいに強くなれる!」

「その意見はごもっとも。しかしお断りします」

「な、なぜっ!?」

チラッと周囲を見回せば、メルドや他の生徒達が

彼らのやり取りに耳を傾けていた。

 

「一言で言えば、私はハジメ、香織。後は……。

 雫くらいですね。信頼出来る相手というのは。

 言わば、それ以外が信用出来ないのですよ」

「ッ!?それがクラスメイトへの言葉かっ!?」

 

「クラスメイトになったから信用しているとでも?

特に男子。彼らは香織とハジメのやり取り

 の際に、ハジメに嫉妬の様な視線をいつもの

 ように向けていました。ハジメが錬成師と

 分かった際にも、彼を嗤った。……そんな

 奴らを信用しろ。信用してジョーカーシリーズ

 を託すなど、願い下げです。下らない嫉妬心

 から他人を嗤う輩など、誰が信用しろと?」

「そ、それは!香織が何度も世話をしている

 のに態度を改めない南雲が悪い!」

「だったらハジメを無能と罵って良いとでも?

 それと、私はあなたが信頼出来ない」

「な、何!?」

 

「例えば、あなたは戦争をよく知りもせず

 にイシュタルの言葉に従って戦うなどと

 言い出した。覚悟もない者達を先導し、

 戦わせようとした。はっきり言って、

 あなたは思慮に欠ける事がある。

 坂上龍太郎も、何の覚悟もなく戦争を

 手伝うと言い出した事で同じ」

「お、俺もかよ!?」

咄嗟に反論する坂上。

「えぇ。……何の覚悟も無く、心配だから

 天之河光輝を手伝う?他人を手伝う、などの 

 理由で戦争が、人殺しが出来るとでも?

 はっきり言いましょう。

 戦争を甘く見すぎだ、バカ共」

 

「「……」」

ギンッと、絶望の王のオーラの片鱗を

見せながら威圧すれば、二人は口をつぐむ。

 

「貴様等は、もう少し戦争というものを 

 理解するべきだ。……戦争は、ゲーム

 でも遊戯でもない。殺し合いだ。

 それも理解出来ないバカ共に、ジョーカー

 シリーズなど託せる物か」

 

私がそう言うと、天之河光輝はハジメの

方に視線は向けた。

「な、南雲はどうなんだ!」

「……。僕には、まだ覚悟とか良く 

 分からない。それでも、僕は元の世界に

 帰りたい。だから今は、とりあえず自分の

 身を守れる位には、死なない位には

 強くなりたい。そして、司がそのために

 協力してくれるって言ってくれた。

 だから僕は、ジョーカーシリーズの

 パイロットを続ける。そしてもし、帰るために

 魔人族を倒さなくちゃ行けないのなら、

 その怨嗟の声を背負うしかないって

 思ってる。たくさんの人から恨まれても、

 戦うしか、帰る方法がないのなら、僕は

 戦う。司と一緒に」

 

戸惑いながらも、ハジメは現実を見ている。

故に、信頼出来る。

だからこそ……。

 

「ジョーカーシリーズが欲しいと言うのなら、

 貴様等一人一人、覚悟を見せてみろ。

 理由などは一切問わん。覚悟で私を

 納得させてみろ。合格すれば、専用に

 チューンを施したジョーカーシリーズを

 用意しよう」

 

私がそう言うと……。

 

「ねぇ新生くん」

雫が一歩前に出た。

「何でしょう?」

「あなたがどうして私を信頼しているかは

 分からないけど……。それを着れば、

 生き残る確率は上がるのよね?」

「雫!?」

彼女の言葉に、隣にいた天之河が

驚く。

 

「少なくとも、一般的な防具よりは強固

 です。実戦データを得て居ない以上、

 何とも言えませんが、理論上はある程度の

 攻撃を弾き無効化出来ます」

「じゃあ、それがあればやっぱり

 生き残る確率は上がる?」

「はい。それは開発者として、断言します。

 ……切り札(ジョーカー)を、求めますか?」

「うん」

「な、何を言ってるんだ雫!?」

彼女が頷くと、天之河が雫の肩に手を置いた。

 

「君までこのスーツを着る気か!?」

「そうよ。……私はまだ、死にたくない。

 理由としては、それだけよ。

 戦争で死ぬなんてごめん。私は帰りたい」

「ま、待て雫!君がこれを使う必要なんて無い!

 皆で力を合わせれば、きっと帰れる!魔族に

 勝てる!だから!」

「だから、何?さっき新生くんも言ってたじゃない!

 戦争を甘く見すぎだって!私達はまだ

 訓練しかしてないのよ!?力があるから

 死なない訳じゃないって、新生くんも言っていたじゃない!

 私は死にたくない!そのために新生くんが

 力を貸してくれるのよ!?どうして拒む

 必要があるの!?」

「そ、それは……」

言葉を詰まらせる天之河光輝。

私は静かに、雫の前に立った。

「生きて帰る為。そのために、人殺しになる覚悟は

 あるのですか?戦争に参加すると言うのなら、

 その身に纏ったジョーカーを敵の血と臓器で

 濡らす事になりますよ?」

 

問いかけるように、私は聞く。

「……。明確な覚悟があるわけじゃない。

 それでも、私は生きて元の世界に戻りたい。

 後悔も、するかもしれない。それでも私は

 戦う。そして、生き残る為の力が欲しいの」

 

その目には、まだ迷いがある。しかし、

戦争行為への忌諱感がある以上、逆に

間違った使い方はしないでしょう。

 

「……。簡単に戦争をする、などと言う輩より、

 迷いながらも帰る為に戦う意思を示す

 あなたの方が、よっぽど良い。

 ……合格です。では、これを」

 

そう言って、私は指を鳴らした。

すると空中にメカニカルな刀が現れた。

それがゆっくりと雫の元へと降りる。

刀を両手で持つ雫。

「え?新生くん、これは?」

「ヴィヴロブレード、振動剣、

 高周波ブレードと呼ばれる剣です。

 刃から放たれた高速振動によって通常の

 刀以上の切断能力を増加させています。

 元々ジョーカー用に開発していた

 物ですが、重さは一般的な刀とそう

 変わりません。剣士の戦闘職を持つ

 あなたなら、十分に使いこなせるでしょう。

 専用のジョーカーは、後日になるでしょうが、

 今はそれだけでも送っておきます」

 

私の言葉を聞くと、雫は鞘を持ち、刀を

引き抜いた。

 

そして……。

「す、すごい」

刀身を天に向かって掲げる雫。

私の作ったブレードの刀身は、湖に映り込んだ空の

色のように、美しい青色に輝いていた。

それが、太陽の光を受けてキラキラと

輝いている。

「綺麗……」

女子の誰かが呟いた。

 

綺麗、か。嬉しいような、しかしそれは

皮肉なような、微妙な心境だ。

しかし、だからこそ伝えなければ……。

 

「諸君等に告げる」

私が言うと、皆の視線が集まった。

「我々は戦争をしようとしている。

 だからこそ、覚悟を持て。

 戦う覚悟をだ。簡単ではないだろう。

人殺しを決意するのだから。だが、

決意と共に戦う意思があるのなら、

今し方彼女に送ったように、諸君等に

私が用意出来る最強の武器と防具を

与えよう。力を行使し、人を殺してでも 

元の世界へ帰る決意。そして、その手を

血で真っ赤に染める事への覚悟。

今の諸君に、殺される覚悟まで持てとは

言わない。しかし、殺すと言う事は、 

殺した相手の家族や友人から恨まれ、

命を狙われる可能性さえある。ましてや

我々はエヒトによって召喚された身。

恐らくは、戦争の矢面に立たされ、人類側を

鼓舞するプロパガンダに利用され、且つ、魔族に

その命を狙われる可能性もある。当然、

戦いに参加するとなれば、どのような戦場へ

送られるか、見当も付かない。

だからこそ、せめて人を殺してでも元の

世界へと戻りたい。そう、確かな決意と

覚悟を持て。そうすれば、私は諸君等に

できうる限り最高の鎧と武器を用意しよう」

 

私がそう言うと、皆がシンと静まりかえる。

それを見回してから、私はハジメの方に

振り返る。

 

「ハジメ、開発を続けましょう。武器は

 多いに越したことはありません」

「あ、あぁ」

その後、私達は武器の開発を続けていた。

その後ろ姿を、檜山たちが恨めしそうに

睨んでいるのに、私は気づいていたが。

 

それから数日後。

 

ある日、私はいつも通りハジメとジョーカー

シリーズの改良。新型武装の開発を行っていた。

今、ハジメはトイレに行くと言って施設には

居ない。

しかし、それより少し遅れて、檜山たち4人が

訓練施設を出て行くのを、気配で感知していた。

……奴らの性格を考えれば、やることは一つ。

 

しょうが無い。ぶちのめしに行くか。

 

そう考え、私は手近な所にあった

高周波ブレードを手に気配関知の領域を

拡大させた。

 

~~~

その頃、訓練施設の死角では、司の

予想通りになっていた。

「ぐっ!?」

蹴飛ばされ、倒されるハジメ。

「おい無能、テメェ、調子に乗ってんじゃ

 ねぇぞ。あぁ!」

そう言って、ハジメに腹を蹴る檜山。

 

ハジメは、トイレからの戻り際。

待ち伏せしていた檜山たちに有無を言わさず

ここに連れ込まれたのだ。

「一人だけ強そうなモン使って、良いかっこ

 しようなんざ、無能が粋がってんじゃ

 ねぇ、よっ!」

もう一発、ハジメの腹部を蹴る檜山。

 

「テメェなんかが、あんなモン使える

 訳ねぇんだよ!……だからよぉ、

 俺に寄越せ。テメェみてぇな無能

 なんかより、俺の方がきっと似合う

 っつ~の」

横たわるハジメを見下ろしながら呟く檜山。

 

今のこいつの頭の中では、自分が

ジョーカーを纏い活躍する姿を思い

描いていた。

『そうすればきっと香織も……』

それが檜山の狙いだった。

 

一方で、ハジメは、数日前の夜の事を

思い出していた。

 

 

~~~~

「なぁ、司」

「はい?何ですか?」

夜、二人は就寝前に司の部屋で新型武器の

アイデアを出し合っていたのだ。

「……僕って、本当にジョーカーの

 パイロットで良いのかな?」

「……。なぜ、今になってそんな話しを?」

「あぁ、いや、その。天之河くんは

 僕なんかよりもステータス的に強いし、

 彼がジョーカーを纏ったら僕よりも

 強いんじゃないかな~って思って」

「……確かに、ステータス的に言えば

 そうでしょう。しかし、彼はダメだ」

「え?何で?」

 

「彼は、まるでゲームの主人公のようだ。

 正義感が強い。しかし一方で、現実から

 外れた夢想家です。あれでは、

 いざ戦いになったとしてもどうなる

 事やら。……イシュタルの話を鵜呑みに

 して、簡単に戦争をするなんて言い出す

 ような輩は、覚悟も、決意もない。

 例え強くとも、あんな男は信用出来ません。

 現実を知らないが故に、それを突き付けられ、

 何時か壊れる。そう言う男ですよ。

 彼は。あと、同じ理由で坂上も今はダメです。

 あの男も、天之河を心配すると言って

 戦争に参加すると言っていましたが、

 それが逆にあの男の思慮の浅さを物語って

 いると言う物。その程度の覚悟で戦いなど、

 死なせに行くような物」

「そ、そっか」

戸惑いながらも、ハジメは頷く。

 

やがて……。

「ハジメ。……これだけは、私の口から

 言っておきます。あなたは、イシュタルの

 話を聞いていたとき、どこか怪訝そうな

 表情を浮かべていた」

「え?見えてたの?前の方に居たのに」

「はい。視力は良い方ですから。

 ……あなたは、あの男の話に流される

 事は無かった。その点は、天之河よりも

 冷静な判断が出来ている証。それに、

 何よりあなたは優しい。きっと、あなたなら

 ジョーカーの力を間違った事には

 使わないでしょう」

そう言うと、司は立ち上がりハジメの肩に

手を置いた。

「今、あなたの持つジョーカー0は、ハジメ

 の力です。他の誰でもない。あなただけの

 力です。恐らく、今後の戦いで、その力が

 誰かを守る為に使われるでしょう。それでも、

 ジョーカー0はいらないと言いますか?」

彼の問いに、ハジメは……。

 

「ううん。言わないよ。司の言うとおり

 かもしれない。あの力があるのなら、

 きっと僕は、誰かを守れる気がするから」

そう言って、ハジメは笑みを浮かべた。

「そうですか。……それで良いのです。

 ハジメ。ジョーカーはあくまでも力。

 その使い方は持ち主が決める物。

 ジョーカー0は、間違い無く、あなたの

 力だ。守りたい物が、人があるのなら、

 戦う理由と決意があるのなら、

 きっとあなたの力になってくれるはずです」

 

「うん。……その、改めて、ありがとう、司」

「ふふふ、何の何の。友人を守り、更にその

 友人を守る為。何を躊躇う必要がありますか」

ハジメの感謝の言葉に、司は珍しく、

小さくも、確かに笑みを浮かべるのだった。

 

そして……。

 

「違、う」

「あぁ?」

ハジメは、打ちのめされながらも檜山の

言葉を否定する。

 

「あれは、ジョーカー、0は。司が

 僕の為に作って、くれたんだ!

 誰が、誰がお前達みたいな、小悪党に、

 渡すもんか!!!」

 

その時、ハジメは、殆ど初めて檜山たちに

反抗した。

すると……。

「テメェ!調子に乗りやがって!!」

次の瞬間、檜山は持っていた剣を抜いた。

「お、おいっ!?檜山何してる!?」

「決まってんだろっ!ぶっ殺すんだよ!

 無能の分際で、調子に乗りやがって!」

「さ、流石にそれは不味いだろ!?

 他の奴らにバレたらどうするんだよ!?」

取り巻きの一人が流石に、と言わんばかりに

止めに入る。

 

「知ったことか!適当に言い訳でも

 しときゃ、良いんだよぉっ!」

剣を振り上げる檜山。それを睨み付けるハジメ。

と、その時。

 

「ほぉ?剣を抜いたのなら、殺される覚悟

 は出来ているのだろうな?」

 

不意に、司の声が聞こえた。

 

と、次の瞬間。

 

『ズバッ!!』

何かが煌めき、檜山の剣を根元からぶった切った。

 

そして、次の瞬間。檜山とハジメの間に

真っ赤な刀身のヴィヴロブレード、『アレース』

を抜いている司が現れた。

「つ、司」

彼に声を掛けるハジメ。すると司は

振り返った。

「ハジメ、大丈夫ですか?」

そして、彼はハジメに手を差し出し、ハジメは

それを取って立ち上がった。

 

その時。

「テメェ、調子のってんじゃねぇぞぉ!」

剣を捨て、背を向けている司に殴りかかる

檜山。だが……。

『ビュッ!』

「うっ!?」

その檜山の喉元に、アレースの真っ赤な

切っ先が突き付けられた。

 

それによって、動きを止め冷や汗を流す檜山。

「貴様、先ほど剣を抜いたな?それはつまり、

 殺そうとしたと言う事。であれば、

 殺される覚悟は、出来ていような?」

「て、テメェ!殺すのか!俺を!

 そうなりゃ、天之河たちが黙ってねぇぞ!」

それは、檜山なりの精一杯の脅しだ。

だが……。

「……ふん、笑わせるな三下が。彼奴らの

 言葉など、罵詈雑言を言われた所で

 痛くもかゆくもない。ハジメが無事なら、

 貴様と、貴様の取り巻きの命など、

 殺したところでおつりが来るわ」

その言葉に、最悪自分達も殺されるのでは、

と思い取り巻き3人が後退る。

 

「力を得て、強者になったと勘違いした

 バカは、いずれ他の者の足を引っ張りそうだ。

 ここで不安要素を排除するのも、一つの

 手であろう」

そう言うと、司は右手だけだったアレースの

グリップを両手で握りしめる。

 

と、その時。

「何やってるの!!」

突如として、香織の声が聞こえた。驚き

振り返る檜山たち。それを確認した

司は、アレースを鞘に収めた。

 

「し、白崎。あ、えっと、その……」

何かを言おうとした檜山だが、すぐには

思いつかなかった。

その時。

「ッ!?ハジメ君!」

香織は、ハジメが汚れている事に気づいて

檜山たちの横を通り過ぎ彼に駆け寄った。

「大丈夫ハジメ君!?どうしたの、これ」

「……ジョーカー0欲しさに、この4人が

 ハジメを襲っていたので、丁度私が

 助けに来た所です」

「ち、違っ!?嘘言うんじゃねよ!?」

「嘘?普段からハジメを侮辱していた

 貴様等の事だ。自分より強い力、

 ジョーカーの力を持つハジメに

 嫉妬し、それを奪おうと襲ったのだろう。

 しかし安心しろ。ジョーカーシリーズは

 パイロットのDNA情報を登録すると、

 登録者以外起動する事は出来ない。

 良かったであろう?奪って使えませんでは、

 洒落にならんのだしな。

 そして、今回の一件でますます、貴様等は

 私の怒りを買った。喜べ、ジョーカー

 シリーズなど、二度と手に入れる機会を

 失ったのだ。……戦争で死なないよう、

 精々自分を鍛えるのだな」

「ッ!?テメェ!」

取り巻きの一人が殴りかかろうとするが……。

 

「『失せろ。雑魚共が』」

司の、絶望の王の覇気に気圧され、檜山

達は逃げるように走り去った。

 

そして、それを見送った司はハジメと

香織の方に振り返った。

 

「大丈夫?南雲くん」

「う、うん。ありがとう白崎さん。あと司も。

 ……ごめん、僕が弱いばっかりに」

「いいえ。大丈夫ですよハジメ。それに、

 あなたは弱くはない。あなたは檜山に

 脅されたとき、渡さないとはっきり

 明言していたではありませんか」

「え?ま、まさか聞こえてた?」

「はい。私は耳も良いので」

と言うと、ハジメは顔を赤くした。

 

「は、恥ずい!僕あの時、司が

 僕の為にとか言っちゃったし!」

「?何を恥ずかしがる事があるのですか?

 ハジメは痛みに負け、渡すと

 言わなかったのです。それもハジメの

 強さですよ。ただ単純に力がある事が

 強いと言うのなら、乱暴者でも強者に

 なってしまう。しかし、強いのは力

 だけに言える事ではありません。

 他者を想い、寄り添える優しさ。

 何か、或いは誰かのために戦う決意。それらもまた

 力、強さです。……ハジメ、あなたは

 あの時言ったではありませんか。

 ジョーカー0の力で誰かを守れる気がする、と。

 それもまた、あなたの心の強さです。

 皆が一様に避けていた私に、普通に接して

 くれたのも貴方です。私も、時には嫉妬の

 視線で見られる事があった。ですがハジメは

 違った。……私はあなたの優しさを力だと

 思って居ます」

と、彼が言うとハジメは更に顔を赤くした。

 

「?なぜハジメは顔が真っ赤なのですか?

 風邪ですか?」

「違うって!司のせいだよ!」

「???」

ハジメの言い分に、首をかしげ大量の

疑問符を浮かべる司。そんな二人を見て、

香織はクスリと笑みを浮かべるのだった。

 

 

そして、更に数日後。

メルドがハジメや光輝たちを呼び止めた。

「明日から、実戦訓練の一環として『オルクス大迷宮』

 へ遠征に行く。必要な物はこちらで用意してるが、

 今までの王都外での魔物との実戦訓練とは

 一線を画すと想ってくれ!まぁ、気合いを入れろ

 って事だ!今日はゆっくり休め!では、解散!」

 

その言葉を聞いたとき、司とハジメは互いの

顔を見てうなずき合い、メルドへと歩み寄った。

「メルド団長。少し良いですか?」

「ん?何だ新生」

「明日からの遠征、ハジメと私はジョーカー

 シリーズを使って参加したいと思うの

 ですが、構いませんか?」

「ん?まぁ別に良いぞ」

と、確認とお墨付きを貰った二人。

 

ジョーカーシリーズが実戦に参加するときが

刻一刻と迫っていた。

 

     第3話 END

 




ジョーカーシリーズのイメージモデルは、ゲームHALOシリーズの
ミョルニルアーマーやヴァンキッシュと言う作品のARSなどを
イメージして頂ければOKです。

何というか、大好きなんですよパワードスーツ。

感想や評価、お待ちしています。


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第4話 オルクスの激闘と月下の告白

今回は長いです。オルクスでの戦いは、殆ど入ってます。
そして同時にこの回から原作ブレイクです



~~前回のあらすじ~~

異世界トータスへとやってきてしまったハジメや

司。そしてハジメは、非戦闘職の錬成師に

なってしまう。周囲に笑われた彼を見て、司は

戦闘用強化外骨格、ジョーカーシリーズの

開発に着手し、ハジメと開発をしていく。

そんな中、彼らは訓練の一環としてオルクス

大迷宮へ挑む事になるのだった。

 

 

~~~

オルクス大迷宮。

 

それは全部で100層からなる迷宮である。

迷宮内部に出現する魔物は、階層を降りていく程

強力になる。

しかしそれは逆に、階層毎に魔物の強さを

測りやすい、と言う事でもあった。それもあり、

オルクス大迷宮は新兵の訓練や冒険者の

腕試しに最適とされていた。

 

また、魔物にはその力の核となる『魔石』を

内包しているのだ。この魔石は魔法陣を

描く際の触媒としての力もある。迷宮の

魔物は地上の魔物よりも良質な魔石を

生み出す事から、それを売って金に

しようと考える冒険者達も集まってくるのだ。

 

 

そしてハジメや私達は、その大迷宮の

側にある冒険者のための宿場町、『ホルアド』

へとたどり着いた。外は既に暗く、今日は

王国直営の宿屋で一泊し、明日から迷宮へと

潜るのだ。

 

幸運な事に、私はハジメと相部屋だった。

彼以外に親しい友人は、男では居ないし

女性では香織か、せいぜい雫くらい。

メルド団長の計らいかは分からないが、

ありがたいものだ。

 

私達は、互いの武器や戦闘時における

コンビネーションを話し合っていた。

 

ちなみに、今のハジメの頭の中には

本物の軍隊式の戦闘技術が入っている。

遠征が伝えられた日の夜、私の力で知識を

ハジメにダウンロードしたのだ。

 

「いよいよ、明日は実戦ですね。ハジメ」

「うん。そして、僕のジョーカー0と

 司の、えっと、ジョーカーZだっけ?」

「はい。私の専用機です」

「そうそれ。……僕達のジョーカーの

 初陣になるんだよね。……大丈夫、かな?」

「……ハジメ」

「あ、えっと、ごめん。司の作った

 ジョーカーを疑う訳じゃないんだけど……」

「いえ。お気になさらず。……本格的な

 実戦は、これが初めてです。恐れるな、

 と言うのも無理な話です」

と、私がハジメの言葉に頷いたとき。

 

「ん?」

私はこちらに近づく気配を感じた。

「あれ?司?」

ハジメが私に声を掛けたとき。

『コンコンッ』

ドアがノックされた。

もう既に遅い時間帯だ。私達は

若干怪訝そうな表情を浮かべた。

念のため外の人物をスキャンした。

そしてすぐに、安全だと理解した。

 

「南雲くん。起きてる?白崎です」

最初は檜山辺りか、と思っていたが、

やってきたのは香織だった。

私はハジメに目配せをした。それに

従い、扉を開けるハジメ。

 

そして扉の外に立っていたのは、

純白のネグリジェにカーディガンを

纏っただけの、少々、いやかなり

扇情的な格好の香織だった。

 

「……なんでやねん」

ハジメも、ツッコみの癖である

関西弁でツッコんでいる。

 

結局、その後香織を部屋に招いたハジメ。

そして私は備え付けられていたお茶を

出した。

「では、私は外に居ます。少ししたら

 戻ってきますので……」

私とて、他人の密会を邪魔する程無粋

では無いし、分からない程朴念仁では

無い。なので退室しようとしたのだが……。

 

「あ、待って。出来れば、その、新生くん

 も居て欲しいの」

「私も、ですか?」

「うん。お願い」

そう言われると仕方ない。

私もハジメの近くに腰を下ろした。

 

「それで、白崎さん。話って?」

「うん。実はね。南雲くん、明日の迷宮、

 南雲くんは行かずに街で待っていて

 欲しいの!皆には私から話すし説得も

 するから!だから、お願い!」

 

と、興奮気味に懇願する香織。しかし、これでは

まるで戦力外通告だ。

「香織、お言葉ですが、ハジメは

 ジョーカー0のパイロットとして

 優秀です。周りの足を引っ張るとは

 思えませんが……」

と、私はフォローを入れた。

 

「ううん!違うの!そう言う意味で

 言ってる訳じゃないの!……夢をね、

 見たの」

「夢、ですか?」

私が問いかけると、香織は静かに

頷いた。

 

「その夢の中で、南雲くんが居たの。

 でも声を掛けても全然気づいてくれなくて。

 走っても全然追いつかなくて。

 それで最後は……」

「最後は?」

 

「……消えてしまうの」

香織は、今にも泣き出しそうな表情で

そう呟いた。

 

 

私は、その話を黙って聞いていた。

するとハジメは、彼女に守って欲しいと

頼んだ。そして更に、話は続き、香織は

中学の時、ハジメを見かけていた事を

話した。

 

何でもハジメは、不良に絡まれている子供と

おばあさんを助けるために公衆の面前で

土下座をし、ジュースを掛けられようと

その姿勢を崩さなかったと言う。

 

やはり、簡単に戦争をするなどと言う

輩よりハジメの方がよっぽど信頼出来る。

香織も、ハジメの心の強さを称えていたが、

全くその通りだと私も無言で頷いていた。

 

香織は、ハジメを守ると言った。

ならば、友人として私がやるべき事は

一つ。

 

「安心して下さい、香織。私も

 ハジメの事を守りましょう。

 それにジョーカーを纏った私達

 二人なら、きっと大丈夫です」

 

「ありがとう新生くん。心強いよ」

 

その後、私達3人は少しばかりの雑談を

してから、香織は部屋を後にした。

 

……しかし、私は気づいていた。

外の通路にある、檜山の気配。そして

立ち位置的に、奴は部屋から香織が

出て行くのを見ていただろう。

 

奴の事だ。まず間違い無くハジメか

私を、いや、十中八九ハジメを恨む

だろう。

 

遠征の際、何かを仕掛けて来るか?

いや、訓練とは言え実戦。奴もそこまで

バカでは無いだろう。

 

と私はこの時思って居た。

 

しかし、この時はまだ、私の考えが覆る事を、

檜山がどうしようも無いバカである事を、

知らないのだった。

 

そして、夜。眠るとき。

「司」

「ん?何ですか?」

「僕さ、変わりたいってさっき思ったんだ。

 だってさっきのやりとり、完全に

 あべこべだったし。普通は男が女の子を

 守る~とか言う場面だよ、絶対。

 あれじゃあ僕がヒロイン扱いだよ」

「……無能と罵られる事からの脱却、

 ですか?」

「うん。僕に何が出来るかは分からないけど、

 明日は一生懸命、精一杯戦うつもり。

 ……出来るかは、分からないけどね」

と言って、ハジメは苦笑を浮かべる。

「ハジメ。今の貴方にはジョーカーの力が

 ある。そして私も居る。大丈夫です。

 所でハジメ、もし香織がピンチになったら、

 あなたは彼女を守りますか?守りたいと

 思いますか?」

「そりゃ、まぁね。あんな事言われちゃったし、

 まさか僕みたいな人に憧れてる、なんて

 白崎さんから言われちゃったら、男して

 頑張るしかないって」

そう言って、ハジメは笑った。

 

それを見て、私も……。

「その覚悟があれば、きっとハジメは

 強くなれるはずです。ジョーカーが、

あなたの思いを力にしてくれるはずです。

明日は、共に戦いましょう、ハジメ」

「うんっ。改めてよろしくね、司」

互いに、微笑を浮かべながら頷くと、

私達は眠りについたのだった。 

 

 

そして翌朝。

オルクス大迷宮の前の広場に、メルドや

光輝、香織達が集まっていた。

周囲には他の冒険者たちの姿もあるが、

彼らの中でも一際目立つ存在が二人居た。

 

白に赤のラインが入ったジョーカー0こと

ハジメと。

黒に紫のラインが入ったジョーカーZを

纏った私だ。

ちなみに、ジョーカーZとは0との

差異として腰部背面に細いコードの

ような尻尾があり、先端は鋭く

尖っている。言わば、テールスピア、とでも

呼べる装備だ。

今の私達はヘルメットも装着し、さながら

ファンタジー世界に迷い込んだSF世界の

兵士のように、はっきり言って浮いていた。

 

「な、なぁ司。僕達って、浮いてる?」

「それはそうでしょう?ファンタジー

 世界に機械のパワードスーツ。

 浮かない方がおかしい」

と、浮世離れした二人だった。

 

やがて、彼らは迷宮の入り口に向かった。

しかしそこはRPGゲームのような物とは

違い、賑わっていた。

 

入り口には受付があり、そこで入った人間の

記録を取るようだ。死者の数を正確に把握

するためのようだな。

そして、その入り口近くでは、まるで縁日の

ように多数の露天が並び商売をしていた。

 

ちなみに、迷宮に入ろうとしたとき、

スタッフの女性が怪訝そうな顔をしたので、

私とハジメが一旦ヘルメットを取ると

驚かれると言う一幕があったのだった。

 

そしていよいよ迷宮に入る。しかし中は

思いのほか明るかった。

聞いた話によれば、緑光石という鉱石が

あり、光を放っているようだ。おかげで

ランタンの類いが必要無いらしい。

 

まぁ、ジョーカーシリーズは暗視ゴーグル

の機能を実装しているから、例え暗くても

何の問題も無い。

 

そして、ドーム状の部屋にたどり着くと、

まずは天之河たちがラットマンという

人型のムッキムキなネズミと戦った。

……どうやったらあんな魔物が

誕生するのだろうか?などと思って居ると、

ラットマン達は天之河たちによって

倒された。

ちなみにこの時、雫は私が渡したヴィヴロブレード、

『青龍』を使って居た。

ラットマンなど、まるで紙を裂くように切り裂いていく。

ちなみに名前は雫が付けた物だ。

 

その後は、交代制で魔物と戦いながら

階層を降りていった。

そして、10層目にたどり着いた時。

「よぉし!じゃあ次!前衛に

 新生と南雲!」

「はい」

団長に呼ばれ、私とハジメは前に歩み出る。

「んじゃあ、ここからはお前等の番だ。

 で、お前等武器はどうした?」

「ご心配なく。今創ります」

そう言って私は指を鳴らした。

 

すると、空中に武器が次々と創られた。

 

まず、黒い大型のバトルライフル、『タナトス』。

これには炸裂弾が弾丸として使われており、

理論上、並の魔物ならば一発で破壊出来る威力だ。

反動は、通常のアサルトライフルと比べものに

ならないが、だからこそのジョーカーである。

ジョーカーの反動抑制システムによって、

高い命中率と威力を両立している。

 

次の、サブウェポンの黒いリボルバー、『トール』。

これもタナトスと同様の炸裂弾を使用しており

威力は同等だ。

 

トールを右足のホルスターに収め、タナトスの

マガジンを左腰側面のスロットの中から取りだし

装填。ボルトを引き、初弾を薬室に送り込んだ。

また、腰元背面には電動鋸のように回転する

刃を持ったナイフ、『セベク』を装備

していた。

 

互いを見合い、頷く私とハジメ。

「準備完了です」

「お、おぉ?そうか?」

と頷くメルド団長。しかし団長を

始め、同行している騎士の人達は

初めて見る銃器に驚いていた。

無理もない。

 

そして、私達は歩き出した。

 

数分後。

「ラットマンの群れだ!新生、南雲!」

メルド団長が叫んだ。

私とハジメは団長の前に出て、タナトスを

構える。

「何をっ!?」

銃を知らない団長には、私達の行動が

理解出来なかったであろう。

しかし、彼の言葉は洞窟内に響いた銃声で

かき消された。

 

『バンッ』

甲高い破裂音が響いた。

『ドパンッ!』

かと思うと、一匹のラットマンの

胴体から上が吹き飛んだ。

 

『バンッ!バンッ!ババンッ!』

洞窟内に、タナトスの銃声が響き渡り、

そのたびにラットマン達が砕け散っていく。

そして、1分もすれば全てのラットマンを

射殺した。

 

「……クリア」

「了解。ふぅ~」

私が呟くと、ハジメは息をつき私達は

タナトスの銃口を下ろした。

「メルド団長、終わりました」

私が振り返ると、メルド団長や騎士達が

耳を両手で押さえていた。

「お、終わった、か?」

「はい。もう終わりました」

そう言うと、団長達は耳から手を離し、

驚いた様子でタナトス、そして

ジョーカーを見つめている。

 

「こ、これが、新生殿が創り出した

 と言う……」

「何て力なんだ」

と、ジョーカーの力に驚いていた。

その後は、メルド団長が咳払いをした事で

皆我に返り、再び移動を開始した。

 

その道中。

「むっ。十字路か」

十字路にさしかかった。

「不味いですね団長。ここは直進ですが、

道が狭いですし、ここは縦列で移動する

しかありません。通過中に左右から襲われる可能性も」

「あぁ、そうだな」

どうやら、通過中に襲われる事を

危惧しているようだ。

 

「メルド団長」

その時、私は声を掛けた。

「良ければ皆の移動中、私とハジメで

 左右の道を警戒しますが?」

「いやしかし、大丈夫か?」

「このスーツは暗闇でも良く見える

 機能があります。それにこのタナトスならば、

 この階層の魔物でも一撃で倒せる

 でしょう」

「……分かった。では頼む」

 

「はい。ハジメ」

「うん」

「私がまず最初に左の通路を警戒します。

 サムズアップしたら移動して

 右を。安全を確認したらメルド団長に

 サムズアップで合図を。団長はそれを

 合図に移動を開始して下さい」

「分かった」

「では……」

 

そして、まずは私が移動する。

 

十字路の左側の壁に身を寄せ、

反対側を警戒しつつ、身を翻し

左側の通路に銃口を向ける。

敵影は……。無し。

「クリア」

 

『グッ』

それを確認した私は小さく呟きながら

左手でサムズアップを示す。

「合図です。じゃあ、次は僕が行きます

 から、合図をしたら行って下さい」

「あぁ」

 

次に、ハジメが掛けてきて私と同じように

反対側の通路を確認する。

「クリア」

ハジメはそう呟き、銃を右手で持ったまま

左手でサムズアップをする。

「よし。今のうちだ!二人が左右の通路を

 抑えている内に進め!」

メルド団長の声に従い、皆が縦列に

なって進んでいく。

 

そして、生徒達の列が通り過ぎようと

した時だった。

「敵発見!ラットマン複数!迎撃します!」

ハジメの叫びが無線機から聞こえ、タナトスを

撃つ発砲音も聞こえた。

そして、私の方にもラットマンの群れが

向かってきた。

「こちらも同じく。迎撃開始」

 

『バンッバンッ!』

私とハジメがタナトスを撃つ。幸いにして

狭い通路を一直線になって突進してきた為、

すぐに沈黙させる事が出来た。

 

「……クリア。ハジメ、そちらは?」

「こっちもクリア。後続無し」

無線でやり取りをしながらも私と

ハジメは通路へ警戒を続けていた。

しかしこの時、私達の背中を

女子達が頼もしそうに見ていたのを、

私達自身は知らなかった。

 

 

その後、何とか無事に20層まで到達する私達。

メルド団長の話では、ここでの訓練が

終わったら、今日は終わりとなった。

その前の小休止、と言う事で私達は

近くの岩に腰を下ろし、ハジメは

ヘルメットを取った。

 

そんなハジメに、私は水筒を差し出した。

「お疲れ様です、ハジメ」

「あぁ、ありがとう司」

礼を言って水筒を受け取ると、ハジメは

ラッパ飲みのように水を流し込んだ。

「ふぅ~~。分かっては居たけど、

 何というか、疲れると言うか、その……」

「初めての実戦です。緊張しているのでしょう」

「うん、そうかも。……それにしても、

 すごいね。このタナトス」

「一発一発が、命中時に爆発する炸裂弾です。

 しかし、これが効かなければ別の武器を

 用意しようと考えていました。杞憂に

 終わり幸いです」

と、会話をしていたのですが、視線に気づいて

そちらを向けば、香織がこちらを。いや、

ハジメを見ていた。

 

……。昨日の事も考えると、香織はハジメに

気があるのだろうか。

まぁ、他人の恋路に口出しなどしない。

恋は人それぞれ。誰が誰を好きになるか、

それは当人たちの問題。私が口を出す

事では無い。

 

そう思い、私は水筒の水を飲む。

が、その時、殺気を感じ私はすぐに

視線の主へ睨みをきかせた。

すぐに視線を逸らす主、檜山。

やはり奴か。あの視線からして、やはり

昨夜、香織が部屋から出て行く所を

見ていたのだろう。

 

まぁ良い。いざとなれば……。

そう考え、私はもう一度水を飲むのだった。

 

その後、私達は20階層の最深部まで向かっていた。

21階層へ続く階段の所までたどり着けば

今日の訓練は終了のようだ。

 

今は、鍾乳洞のような地形の場所を歩いていた。

と、その時。

急に前方を歩いていたメルド団長や天之河たちが

立ち止まった。

どうやら魔物のようだ。

そして、前方でカメレオンの擬態能力を持った

ゴリラの魔物、ロックマウントが現れ、天之河

たちと戦闘を開始した。

しかし、この慣れない足場に上手く立ち回れ無い

ようだ。そして……。

 

『グゥガァァァァァッ!!』

ロックマウントの固有魔法、威圧の咆哮だ。

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃぁっ!?」

これを喰らうと、しばし体が硬直して動けなくなる。

そして、前衛の坂上、天之河、雫がこれを

喰らってしまった。

一瞬、ロックマウントが前に出るだろうと

考えた私は、皆の頭上を飛び越え、前に出た。

しかし、肝心のロックマウントは後ろに

下がった。

何故?と思った次の瞬間。

 

ロックマウントは近くにあった岩を

見事な砲丸投げのフォームで後衛、香織達の

方へと投げた。

頭上を飛び越える岩。

『バンッ!』

『ドバンッ!』

二発目を警戒し、そのロックマウントを

撃ち殺す。そして、投げられた岩に

狙いを定めた時、私も一瞬驚いた。

 

投げられたのは、岩、ではなく岩に擬態

していたロックマウントだったのだ。

ロックマウントは両手を広げ、何やら

血走った目で彼女達に迫った。

香織や、後衛の『中村恵里』、『谷口鈴』が

短く悲鳴を上げた。

 

その時。

「うぉぉぉぉぉっ!!」

ジョーカー0、ハジメが壁を蹴る三角飛びの

要領で、ロックマウントと3人の間に割って入った。

そして、右足のホルスターからトールを抜き、

構えるハジメ。

そして……。

「喰らえっ!!」

『ドンドンッ!!』

2発。ハジメが撃ち込んだ。それを喰らって

ロックマウントは砕け散り、ハジメは壁にぶつかって

地面に落下した。

「うっ、ってて」

頭を抑えながら立ち上がるハジメ。

「南雲くん!大丈夫!?」

「う、うんっ。大丈夫。咄嗟だったから

 受け身も取れなくて……」

「良かった。怪我がなくて。

 ありがとう」

と、優しく声を掛ける香織。

 

ジョーカー0は、見た目傷もない。

咄嗟にジョーカーZのディスプレイの

ハジメのフィジカルデータを呼び出すが、

異常は無し、大丈夫なようだ。

 

そう考えながら、ロックマウントを更に

撃ち殺していく。

その時……。

 

「貴様ら……よくも香織たちを……許せない!」

そう怒りを露わにする天之河

この程度で何を怒って居るんだこのバカは。

などと思って居ると、奴はもっと

バカな行動に出た。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ。≪天翔閃≫!」

「何っ!?」

これには私も驚き、慌てて飛び退きながら、

他の皆をドーム型結界で守る。

 

そして、放たれた光の斬撃が残っていた

ロックマウントを撃破、更に奥の壁を

破壊した。

それを見て、光輝はスマイルと共に

振り返ったが……。

「バカですかあなたは」

「え?」

まず真っ先に私はバカな勇者にそう言った。

……何かもう、バカ過ぎて名字を呼ぶのも

億劫になりました。

 

「あなた、ここをどこだと思って居るんです?

 地下ですよ地下。開けた場所ならまだしも、

 こんな狭い場所であんな大技。天井が

 崩れる可能性を考えなかったのですか?」

「うっ、そ、それは……」

「新生の言うとおりだ。気持ちは分かるが、

 もう少し周囲の状況を見てから繰り出す

 技を決めろ。良いな?」

「は、はい。申し訳ありませんでした」

 

がっくりと項垂れる光輝。その時。

「あっ。あれ、何かな?キラキラしてる」

ん?

香織が、今の攻撃で壊れた壁の方を指さして

いる。私やハジメ、他の皆が彼女の

指さす方向へと目を向ける。

そこには、綺麗な水晶のような物が壁から

生えていた。

後ろを振り返れば、女子達がどこか

うっとりしている。

「あれは……。宝石の原石か何かですか?」

私は側に居たメルド団長に問いかけた。

 

「あぁ。あれはグランツ鉱石と言って

 大きさも中々で珍しい。女性に送る

 アクセサリーとして人気らしいぞ。

 俺はその辺、疎いんだがな」

と言って苦笑する団長。

「素敵」

後ろで、香織がそう呟いた。すると……。

「だったら俺等で回収しようぜ!」

突如、後ろから檜山が現れ、そう言って

壁に生えたグランツ鉱石に向かって登り始めた。

団長が止めるが、あのバカは止まらない。

 

大方、香織に送って良いところを見せよう

と言う魂胆だろう。

しかし、そんな珍しい物が、こんな浅い層に?

 

そう思った時、嫌な予感がした。

一瞬迷う。タナトスで檜山を撃ち落とすべきか?

その考えを、私は一瞬迷った。そして、それが

仇となってしまった。

「ッ!?団長、トラップです!」

 

トラップを見抜くアイテム、フェアスコープで

鉱石の辺りを確認していた騎士団員が叫ぶ。

が、一歩遅かった。

 

鉱石を中心に魔法陣が広がり、あの転移の日の

ように、私達を飲み込んだ。

 

そして、一瞬の浮遊感。私は体勢を整え

着地し、すぐにタナトスを構えて周囲を

警戒した。

 

そこは、巨大な石造りの橋の上だった。

手すりも縁石もない橋の上に、皆がいた。

そして、この状況。進むには前か後ろしか無い。

こんな場所で挟まれたら、最悪だ。

 

「お前等、すぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。

 急げ!」

団長の言葉に、生徒達はオタオタともたつきながら

立ち上がり、上に向かう階段の方へと向かった。

しかし、そう簡単にはいかない。

状況は、挟撃という最悪の事態へと突入した。

 

階段側には大量の魔物が。そちらに向かう私達の

背後には、逆に巨大な魔物が一匹現れた。

 

そして、私は前後を警戒している中、メルド

団長のつぶやきを聞いた。

 

「まさか……。ベヒモス、なのか……」

 

 

私は、後方のトリケラトプス似の怪物、

ベヒモスの危険性を、メルド団長の様子から

察知した。そして、私はすぐさまハジメの

元に駆け寄った。

彼もまた、ベヒモスを前に硬直していた。

「ハジメッ!」

すぐさま彼の肩を両手で掴むと、ハジメは

ようやくこちらを向いた。

この時ばかりは、焦りから普段よりも

声が大きくなる。

「つ、司……?」

 

「ハジメ、聞いて下さい。奴の危険度は

 かなりの物です。今すぐ、ここから

 脱出します。私があの怪物を

 押しとどめるので、ハジメはあっちの

 骸骨兵士を――」

と、言いかけたところに……。

『グルァァァァァァァァッ!』

ベヒモスの咆哮が響いた。

 

それによって我に返ったメルド団長が

矢継ぎ早に指示を飛ばす。

だが、肝心のバカ勇者は撤退を拒否

している。あのバカ……!こういう時は

戦う云々言うより、年長者、経験者の

言う事を聞くべきだろうに!

 

「ハジメッ!あなたは、前方の骸骨兵士を

 排除して下さい!」

「ッ!?司は、どうするんだ!?」

「私は、ベヒモスを倒します。

 このままでは、前後を挟まれ慣れていない

 皆がパニック状態になる。

 何としても、避けなければ……!

 ……頼めますか?ハジメ」

 

「ッ」

私の言葉に、ハジメは息をのむ。

だが……。

「あぁ、あぁ!やってやる!今の

 僕には、司がくれたジョーカー0が

 あるんだ!だから今、怖いけど、

 僕は戦う!」

そう言って、叫ぶハジメ。

私は、マスクの下で彼の勇気に笑みを

浮かべた。

「ハジメ。これを」

そう言って、パチンと指を鳴らすと、

タナトスとも、いや、実弾銃とも

違う武器が具現化した。

 

それはレーザーライフル『アテン』。

銃口のパラボラのような部分から

熱エネルギーを照射し、物体を

溶かす光学兵器だ。

これを使うには、ジョーカーシリーズの

ジェネレーターと直結しなければ

ならない。

 

「私がベヒモスを倒します。ハジメは

 奴らを」

「うん。分かった」

私の言葉に、ハジメは右手首にある

コード式コネクターをアテンに

接続しながら答える。

 

そして、私達は互いを見てうなずき合うと、

それぞれが逆方向に向かって駆け出した。

 

~~~

ベヒモスは、結界、『聖絶』が阻止しているが、

その迫力は経験の無い、つい最近まで

一般人であった彼らには、到底耐えられる物

ではなかった。

今は隊列も忘れ、がむしゃらに戦っている

生徒達。

 

そんな中、一人の女生徒が後ろから突き飛ばされて

しまう。彼女が視線を上げれば、一匹の

骸骨兵士、『トラウムソルジャー』が剣を

振り上げていた。

『死ぬ』

女生徒がそう思った時。

 

「やらせるかぁぁぁぁっ!!」

『ヴヴヴヴヴヴッ!!!』

横合いから黄金の光が照射され、トラウムソルジャー

の上半身を溶解させた。

そして、ハジメは倒れていた彼女の元に

駆け寄ると手を差し出した。

「大丈夫!?立てる!?」

「あ、う、うん」

彼の手を取り、立ち上がる彼女。

「よしっ。じゃあぁ、ウォォォォォォッ!!!」

次の瞬間、ハジメは雄叫びを

上げながら襲い来るソルジャーにアテンの

レーザーを照射しながら横へ振り、数十体を

ぶった切る。

 

その姿を、女生徒は見つめていた。

 

ハジメは、普段からやる気がなさそうで、

オタクで、男子からは特に毛嫌いされていた。

なのに、今はこうして、誰よりも戦っている。

こんな状況の中で、彼女は、彼の背中を

頼もしそうに見つめていた。

 

そして、肝心のハジメは周囲を見回す。

周囲では、生徒たちがバラバラの状態で

戦っていた。騎士達は必死に混乱を

収めようとしているが、殆ど意味を

成していなかった。

 

誰かがこの混乱を収めなければ。

その思いが、ハジメの中に生まれた。

もし、ここにジョーカー0が無ければ、

ハジメは光輝を頼っただろう。

だが、今のハジメは違う。今の彼には、

司から、次元を超越した王から

与えられた、鋼鉄の鎧が……。

 

ヒーローのように白と赤に彩られた

ジョーカー0があった。

 

そして……。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

ハジメは生徒達の先頭目がけて跳躍。

着地するとアテンで横薙ぎにソルジャー達を

なぎ払った。

 

その姿に、パニック状態だった生徒達は皆

ジョーカー0の真っ白な背中を見つめた。

その時。

 

「みんな聞けぇ!」

彼は、スーツに内蔵されていたスピーカーを

ONにした。

「後ろでは、今司がベヒモスと戦っている!

 司なら、ベヒモスを何とかしてくれる!

 だから前だけを見て、僕についてこい!」

『ファサァッ』

と、その時、ハジメのジョーカー0の

首元から、深紅のマフラーが生まれた。

 

それは、ハジメの何気ない趣味から

生まれた物だった。

 

正義マフラー、とでも言うような物への

憧れ。それがカッコいいと思って居た

ハジメの、ちょっとした遊び心を聞いて

司が付けた物だ。

 

その深紅のマフラーが、風に揺れてたなびく。

「僕が……」

 

『僕がやるしか無いんだ!司に言った

 じゃないか。この力で、誰かを守れる

 気がするって!だから!だから!

 僕が……』

 

「僕が道を切り開く!このマフラーを

 目印にして、付いてこい!!」

 

これまでの彼らしからぬ言動に、

皆が呆然となる。

 

と、そこに更にトラウムソルジャーが

召喚され、ハジメに向かっていく。

「危ないっ!」

さっき助けた少女が叫ぶ。

ソルジャーの一体が剣を振り上げる。

 

だが……。

『ガキィィンッ!』

ハジメはそれを、ジョーカー0の

左腕で防いで見せた。

 

「なめるなっ!このジョーカー0は、

 司が僕にくれた、僕だけの、切り札だぁぁ!」

ハジメは叫び、左腕を振って剣を弾くと、

力一杯、その左腕でソルジャーを殴りつけた。

『バキバキバキッ』

木の枝が折れるような音と共に、ソルジャーが

粉砕される。

 

「みんな、僕の背中を見て、付いてこい!

 生き残る為に戦え!うぉぉぉぉぉっ!」

ハジメは、アテンでソルジャー達を撃破

しながら突撃していく。

 

「ッ!そうだっ!皆南雲に続け!

 訓練を思い出せ!ここを突破するぞ!

 南雲に続けぇぇぇぇっ!」

「「「うぉぉぉぉぉぉっ!」」」

ハジメの雄志を前に、騎士アランが

生徒達を鼓舞し、騎士達がハジメに

続く。

 

 

一方、司の方は………。

 

時間は、司とハジメの二人が別れた所まで

遡る。

 

~~~

ハジメがトラウムソルジャーを相手にしていた時。

ベヒモスと対峙していたのは、メルド以下、

聖絶を展開している騎士数人と、あの駄々っ子の

バカ勇者を始めとした4人だ。

 

未だに駄々をこねる光輝と言い合うメルド。

聖絶は未だに保っているが、いつまで保つかは

分からない。

なので、私は聖絶を超えるように跳躍。

聖絶とベヒモスの間に着地した。

丁度、奴はこちらに突進しようと

後ろに下がっていたときだった。

 

「ッ!?新生くん!?」

「何っ!?新生!?」

私に気づいて香織が驚き、バカ勇者も私に

気づいた。

「何をしているんだ新生!下がれ!」

バカ勇者が叫ぶ。と、その時ベヒモスが

突撃してくる。

「危ないっ!」

香織が叫んだ。だが、この程度……。

 

「むぅんっ!」

力を込め、紫色のドーム結界を創る。

ベヒモスとドームが激突し、爆音が

響き渡る。

しかし、ドームには傷一つ付いていない。

 

ベヒモスがうなりながら後ずさりする。

私は、その隙を見逃さずにベヒモスの

胴体下まで一気に滑り込んだ。

そして、トールを抜き……。

 

『バンバンバンバンバンバンッ!』

一気に6発全弾を奴の腹にたたき込んだ。

『グルァァァァァァッ!?!?!?』

苦悶の悲鳴を漏らしながらも、ベヒモスは

私を押しつぶそうと体を橋の上に

沈み込ませた。

私は素早く脱出し、聖絶の前まで後退した。

 

しかし、炸裂弾を6発腹に喰らっても

生きているベヒモス。正直驚かされる。

だが……。その動きは鈍っていた。

今はヨロヨロと立ち上がろうとしている所だ。

ならば……。

 

私は、右手を前に翳した。

 

すると、右手の装甲が変形を開始した。

手甲が大型化し、右手全体を覆い尽くす。

 

そして、私の右手は黒い巨砲と化した。

 

「な、何だありゃぁ!?」

それを見て坂上が叫ぶ。

「馬鹿でかい、槍、か?」

同じように、メルド団長が呟く。

 

しかしこれは槍では無い。

そんなレベルの物ではない。

 

『背部ラジエータープレート、展開』

 

『ガコンッ!』

思考による命令を受け、ジョーカーZの

背面装甲が真ん中から外側に向けて開き……。

『バシュッ!』

内部からワニの背鰭のような放熱板、

ラジエータープレートを展開する。

 

『エネルギーチャージ開始』

『キュィィィィッ』

甲高い音と共に、右腕の巨砲、G・キャノンに

エネルギーがチャージされていく。

と、同時に余剰エネルギーを逃がすために

背面のラジエータープレートが赤く輝き

始める。

 

『テールスピア、及び脚部固定パイル、

 セット』

更にテールスピア、足先に内蔵されていた

パイルで石橋に突き刺し体を固定する。

 

そして、エネルギーチャージをしていると……。

 

『グ、グルァァァァァァァァァァッ!!』

咆哮を上げながらベヒモスは立ち上がった。

そして、奴は私を睨み付ける。どうやら

私を相手と定めたようだ。更にベヒモスは

咆哮を上げ、角から音を立て赤熱化させつつ、

とうとう頭全体をマグマのように煮えたぎらせ

ながら、突進してきた。

 

「それが、貴様の本気か。……だが……」

 

『エネルギーチャージ完了』

その文字が内部ディスプレイに映し

出されていた。

 

これは、私のオリジナルが獲得した力を、

私サイズで再現する為に創り出した物。

まだ機械的システムを用いた再現では、

この大きさと数秒のチャージ時間、

体の固定を要する。

 

しかし、それでも威力は自由に調整

出来る。そして今打ち出すのは、あの時、

夜の街を真っ赤に染めた一撃と同出力。

 

「私の方が、もっと強いぞ」

 

そう言った次の瞬間。

 

『ドンッ!』

文字通り、大気が震えた。

 

紫色の光の奔流が、ベヒモスへ向かっていく。

 

『ジュッ!!!!!』

そして、一切の抵抗も回避も防御も許さず、

ベヒモスはその光の奔流、『熱線』に

飲み込まれ、跡形も無く消滅した。

 

ベヒモスの消滅を確認した私は、右手を

元に戻しプレートを収納。テールスピアと

パイルを抜き取り、振り返った。

 

そして振り返れば、団長やバカ勇者たちが

驚いた表情をしていた。

いつの間にか天絶も消えていた。恐らく

効果の持続時間が切れたのだろう。

「メルド団長、終わりました」

「あっ、なっ、なっ」

どうやら、私がベヒモスを倒した事に

理解が追いついて居ないようだ。

 

「何をボサッとしているのですか?

 今の状況をお忘れですか?」

「ッ!?あ、あぁすまん。余りに現実

 離れした状況に我を忘れてしまった。

 よしっ!全員急いで階段に向かうぞ!」

「「「はいっ!」」」

彼の言葉に騎士たちが頷く。

 

だが……。

「あっ!?ねぇあれ!」

雫が何やら私の後ろを指さした。

見ると、後方に大量の魔法陣が現れ、

そこからトラウムソルジャーの大群が

現れた。

 

「クソッ!?ベヒモスだけじゃねぇのかよ!」

憎たらしげに吐き捨てる坂上。

しかし、ベヒモスに比べれば……。

私は、再びタナトスを創り出した。

 

「殿は私が。皆は早く後退を」

そう言いながらタナトスを撃つ。

「あぁ、分かっ――」

と、団長が言いかけたとき。

「待てっ!新生を置いて先になんて

 行ける訳がない!俺も戦う!」

などと、このバカ勇者は言い出した。

「なっ!?光輝、良いから早く後退

 するんだ!新生なら大丈夫だ!」

「だからって、新生一人を置いて何て!」

「誰が置いて行くなんて言ってるのよ!

 早く行くわよ!」

「いや、僕も新生と一緒に戦う!

 僕は、勇者なのだから!」

「へっ。なら俺も手伝うぜ光輝」

 

メルド団長と雫が説得しようとするが、

更に坂上までそんな事を言い出した。

 

ちっ、脳筋とバカ勇者が……!

「状況に酔ってんじゃないわよバカ共!」

雫も二人を怒鳴り出す。

しょうが無い。

 

「『良いから退け。隣に居られると、

  集中力が鈍る』」

技能、絶望の王の威圧感を持って二人に

プレッシャーを与えた。

ガクガクと体を震わせる二人。

よし、これで良いだろう。

「雫。メルド団長。あなた達の方が

 まだ現実を見ている。早くその

 バカ二人を連れて下がれ。殿は

 私がやる」

「うん!ありがとう新生!」

「すまん!頼むぞ!」

 

雫は、私に礼を言うと二人の腕を退き

走り出した。その去り際、二人は奥歯を

かみしめるように、悔しそうな表情を

していた。同じように下がるメルド団長を

後目に、私は新たなトラウムソルジャーを

撃ち殺していく。

 

 

~~~

そして、ハジメ達はと言うと……。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

『ヴヴヴヴヴヴヴヴッ!!!』

アテンでハジメが道を切り開く、騎士や

前衛職の者達がそれを押し広げていく。

そして……。

「ッ!抜けたぁぁぁぁっ!!」

ハジメがソルジャーの海を抜け、

更に騎士達や生徒達がそれに続いた。

 

そして、ハジメが奥を見れば、そこには

ベヒモスの巨体など、無かった。

「み、皆見ろ!ベヒモスは司が

 やってくれた!」

消滅したベヒモスが、先ほどまで立っていた

地点を指さし叫ぶハジメ。

 

ベヒモスが倒れていると言う事実に、

生徒達の高揚感が一気に増す。

「あとは、メルド団長や天之河くん

 達が戻ってくればそれで万事

 解決だ!アランさん、ここは任せます!」

「何!?南雲、お前はどこへ!?」

「司やメルドさんと合流して、助けます!」

「南雲……!」

 

その時、騎士アランははっきり言って驚いていた。

ハジメの持つ勇気にだ。

皆を励まし、ソルジャーの群れを突破し、

なお戦おうとしているのだ。

影ながら無能と罵られていたハジメが、

である。

その姿勢にアランは感銘を受けた。

「良いだろう!ここは任せて存分に暴れてこい!

 前衛組はソルジャーを近づけるな!

 後衛組は前衛組を支援!」

アランが指示を出し、ハジメは

トラウムソルジャーの上を跳躍。

その頭を踏み砕きながら司達の元へと向かった。

 

「走れ走れぇっ!」

メルド達は、前方のソルジャーを

倒しながら階段へと向かっていた。

そして後ろを見れば、大多数のソルジャーを

相手に一人戦っている司のジョーカーZの

姿があった。

 

その時。

「メルドさん!みんな!」

彼らの前にハジメのジョーカー0が現れ、

セベクでソルジャーの一体の頭を

かち割った。

「南雲!?お前どうして!」

驚く光輝。

「皆はもう階段の前までたどり着きました!

 アランさんが指揮を執ってます!後は

 僕達だけです!」

ハジメは叫びながらアテンでソルジャーを

なぎ払う。

「ッ!そうかぁっ!」

その報告に、メルドは笑みを浮かべた。

 

『全く、何て奴らだよ!お前達は!』

今、メルドの脳内には戦うハジメと司、

二人の事が浮かんで居た。

『お前等の力もそうだが、色々考えて

 動いていやがる。今なら、お前等二人の

 方が勇者だって言われても信じられそうだ!』

 

と、その時、メルドは後方の司の銃声が

近づいてきている事に気づいた。

 

振り返れば、司はいつの間にか、百を軽く

超えるソルジャーをたった一人で抑えていた。

「ちっ!?まだ来やがるか骸骨共!」

舌打ちするメルド。それを見たハジメは……。

「メルドさん!僕から一つ提案が!」

そう言って、彼は素早くメルドに作戦を耳打ちする。

 

「ッ!待て!それじゃお前達が!」

「もちろん僕と司がある程度下がってから

 です!それに、ジョーカーの脚力なら

 何とかなります!だから大丈夫です!」

そう言って、ハジメはサムズアップする。

「お前……!よぉし!分かった!

 帰ったら俺が何か奢ってやる!だから

 死ぬなよ!」

 

メルドの言葉にハジメは頷き、彼は

無線機に呼びかけた。

「司!今の話聞いてた!?」

「えぇ。聞こえていました。私も

 その提案に乗りましょう」

「じゃあ、まずは皆の道を開くよ」

「了解っ」

 

頷くと、司は跳躍しメルド達の

前まで飛ぶ。そして司はハジメと並び、

二人ともタナトスとアテンを構える。

『ドドドドドドッ!』

フルオートで放たれる炸裂弾が。

『ヴヴヴヴヴヴヴッ!』

アテンから放たれる高熱の光が、次々と

ソルジャーを打ち倒していく。

「す、すごい……」

 

そんな二人の背中を見ていた香織が呟く。

 

と、その時、ソルジャーの壁の中に一本の

道が出来た。

「よしっ!みんな先に行って!僕と司も

 すぐに追いつくから!」

「あぁ!行くぞ!」

彼の声に従い、メルド達は駆け出す。

狭まろうとする壁を、後ろからの二人の

射撃が阻止し、メルド達と光輝たちは、

無事にアランたちと合流した。

 

「団長!ご無事ですか!」

「あぁ!あの二人のおかげでな!

 それよりお前等!後衛組は今すぐ

 遠距離魔法を準備!目標は後方

 ソルジャー集団!魔法の一斉攻撃で

 橋を落とすぞ!これで最後だ!

 気張れお前等っ!」

 

メルドのかけ声に従い、後衛職の者達が

準備を始める。

 

 

しかし、この時、彼らのあずかり知らぬ所で

バカが動き出そうとしていた。

 

檜山だ。

 

檜山は、一刻も早くこの状況から逃げ出したかった。

この事態を引き起こした責任など、考えても

居ない。速く逃げたい、それだけを考えていた。

 

しかし、ここで檜山の中に憎悪が生まれていた。

 

そう、司が感づいていたように、あの日檜山は

香織を目撃し、後を付けていきハジメの部屋を

出入りするのを見ていたのだ。

檜山は、ハジメが自分より無能だと思って

疑っていない。

 

だが、香織に好意を持たれ、今もクラスメイトの

危機に獅子奮迅の活躍を見せたハジメに対し、

筋違いな怒りと憎悪を募らせていた。

無能だと見下していたハジメの活躍。そして

今も香織は、ソルジャーを蹴散らし、戦う

ハジメの背中を見つめている。

 

それが檜山には許せなかった。

 

そして、バカはバカ故にバカな行動を起こす。

 

今、攻撃魔法を雨あられのように放とうと

している。

 

上手くやれば、ハジメと、あわよくば目障りな

司も排除出来る。

 

バカな、そんな考えに薄暗い笑みを浮かべていた。

 

矮小な自分では、王の命を絶つことなど出来もしない、

などとは、一切考えずに。

 

 

~~~

私とハジメが戦っていた。そして後ろを

見れば、既に他の皆は階段側へと抜けていた。

「ハジメ、ここはもう大丈夫です。私達も

 撤退しましょう」

「うん!」

最後の攻撃、と言わんばかりに私達は

前の敵に攻撃をたたき込んだ。

そして、ソルジャーの海の中に

道が出来た。

私達は階段の方へ目がけて駆け出した。

 

ホルスターからトールとセベクを抜き、

至近距離の敵を撃ち、切り裂きながら

進む。

 

そして、直後に攻撃魔法が雨の如く

私達の背後に降り注ぐ。

このままなら、行ける。

 

ハジメも、私も、一瞬そんなことを考えていた。

 

だが……。

 

『クンッ!』

 

突然の事だった。

「何っ!?」

一発の火球が、突如コースを変えて私の前に

着弾した。

咄嗟に私はドーム結界を張り、防ぐ。

そして、すぐさま皆の方を向き、その動向に

注意を向ける。

 

「司っ!」

その時、ハジメが私に気づいて足を止めた。

そして……。

『バンッ!』

「うわっ!?」

私と同じように、ハジメの足下に火球が落ちた。

しかしジョーカー0を纏っていたおかげで

僅かにフラついただけにとどまるハジメ。

 

そして、私は今の攻撃の主を見つけた。

檜山だ。

 

バカで不良だと思って居たが、こんな状況で

ここまで出来るとは。

はっきり言って、殺意がわいてくる。

 

だが、今はそんな場合では無い。

『バキバキッ!』

後ろの方から、石橋が壊れる音が聞こえてきた。

どうやら、熱線を使ったのは不味かったようだ。

熱で強度が落ちていたのだ。

「ハジメ!走れ!」

「う、うん!」

私は叫ぶ。崩れる石橋の上に、私とハジメの

ジョーカーが全速力で疾走する。

そして……。

 

『ガラガラッ!』

石橋が崩れそうになる。

「飛べえぇっ!」

その時、メルド団長の叫びが聞こえた。

次の瞬間には、私とハジメは飛んだ。

 

一瞬、世界がスローモーションになる。

前方の橋も崩れ、崖になる。

『ガッ!』

その崖に、私に右手が引っかかった。

 

だが……。

『スカッ!』

あと少し、の所でハジメの腕が、届かなかった。

皆が、一瞬絶望にも似た表情を浮かべる。

だが……!

 

『ガッ!』

落ちていこうとするハジメの腕を、

私の左腕が捉えた。

 

「つ、司っ!」

「ふぅ……」

息を吸い込み、私はハジメを引き上げる。

「おい!無事か!二人とも!誰か手を貸せ!」

メルド団長が率先して私の腕を掴み、更に

騎士アランたちも協力し、二人は

崖の上に引っ張り上げられた。

 

息をつき立つ私と、地面に四つん這いに

なっているハジメ。

「ハァ、ハァ、し、死ぬかと思った」

やがて、呼吸を整えた。そして彼が

視線を上げれば皆がハジメを見ていた。

「あっ、えっと……」

 

立ち上がりながらも言葉に詰まるハジメ。その時。

「お前等っ!良くやったぞ!」

突然メルド団長がハジメと私の肩に

手を回した。

「わわっ!メルドさん!?」

「まさかベヒモスを倒した上、こうやって

 一人も死なせずに生きてるとはなぁ!

 奇跡だ奇跡!」

あれだけ絶望的な状況の中、それを打開した

獅子奮迅の如き活躍に、どうやらメルド団長は

気分が高揚しているようだ。

 

「だ、団長。我々はまだ迷宮の中ですよ?」

「っと。そうだった。お前等。急いで

 ここから出るぞ」

と言って周囲を見回すが、生徒達の大半は

床に座り、かなり疲れている様子だ。

 

……仕方ない。

「メルド団長、少し良いですか?試して見たい

 事があるのですが」

「ん?まぁ、別に構わないが」

「ありがとうございます」

 

そう言うと、私は右手の指でパチンと

音を鳴らした。

静かな空間に音が響いていく。

 

しかし……。妙だ。

 

今の技は、音の反響、エコーロケーション、反響定位

の応用で迷宮全体の大きさや内部構造を測る物だ。

しかし、最下層の100層目より、更に『下』がある

ように思えるが……。

 

が、今は考えている暇はない。幸いにして、

第1層入り口付近の座標と、現在地の座標は

確認出来た。

私はスッと、眼前に右手を掲げる。

「むぅん……」

 

そして、力を込める。

 

すると、空間その物が、グニャリと歪む。

これには、皆驚いている。

「つ、司っ!?何やってるの!?」

流石のハジメも驚いているようだ。

「空間のショートカット、まぁ

 ワープとか転移の類いです。

 ここと、第1層入り口近くの場所

 を繋げました。この歪みの通れば、

 向こう側は入り口です」

と、言ってみた物の、皆物怖じしている。

すると……。

「よ、よしっ!じゃあ僕が!」

と言う事で、まずはハジメが慎重に

ゆがみの中へ、手、足、体の順番で

入って行った。

 

そして、歪みの向こう側へと消えたハジメ。

しかし数秒後。

そこからハジメの、正確にはジョーカー0

の頭がぬっと出てきた。

皆がギョッと驚く。

 

「大丈夫だよみんな!普通に通れたから!」

 

と言う事で、メルド団長達のあとに香織や

勇者たちが続き、皆が向こう側へと

くぐり抜けると、私も歪みを通って

第1層に出た。

 

たどり着けば、皆が皆ぽか~んと

した表情で周囲を見回していた。

「こ、ここは間違い無く第1層。

 ハハッ、正しく神の使徒って感じだなぁおい」

と驚いているメルド団長。

 

ともあれ、ここまで戻ってくれば安全だろう。

 

ならば……。私はすぐに行動に出た。

『グイッ!』

「えっ?うわっ!!」

『ドンッ!』

ぽか~んとしていた檜山の

襟首を掴み、壁に叩き付ける。

 

皆がその行動に驚きこちらを向く。

「て、テメェ!いきなり何しやが――」

『ジャギッ』

刃向かおうとする檜山に、私はトールの

銃口を突き付けた。

「何を?だと。それはこちらの台詞だ。

 檜山」

「な、何をしているんだ新生!」

咄嗟に叫ぶ勇者。しかし無視だ。

 

「檜山、貴様だろう。撤退中に私とハジメの

 前に火球を落とした犯人は」

その言葉に、皆が目を見開く息をのむ。

「なっ!?何だよそれ!しょ、証拠

 でもあるのかよ!」

「あぁ。あるとも。ここに」

そう言って、私はヘルメットのこめかみを

左手でトントンと叩く。

 

「このヘルメットにはカメラが内蔵されており、

 録画機能を有している。私の力でPC

 とスクリーンを作れれば、今ここで

 証拠の映像をここに居る全員に

 見せても良い。証拠は、私の眼前で

 突如として軌道を変えた火球による

 攻撃があった事。そして、貴様の放った

 2発目の火球がハジメの眼前に落ちる 

 所を押さえた、映像データだ」

「ぐっ!?」

「幸いだったのは、貴様が私とハジメの

 二人を狙い、二度攻撃した事だ。

 流石に一度目の攻撃は予想外だった。

 だが、直後に魔法を放とうとしていた

 全員を見て、放たれた魔法を見て

 理解した。あの時、追尾性の火球を

 放ったのは、檜山。貴様一人だけだ。

 ありがたい事に貴様が放った攻撃は

 二つとも全く同じ物だった。だからすぐに

 分かったよ。あの攻撃の犯人は、

 貴様だと、な」

「ま、待て新生!仮にそうだったとしても、

 動機は何だ!それが分からなければ……!」

と、詰め寄るバカ勇者。まぁ、今ばかりは

こいつの言い分も正しい。しかし動機など、

わかりきった事。

 

「動機、か。まぁおおよその見当は付く。

 まず何よりも貴様が行いたかったのは、

 香織の親しい私達二人の排除、でしょう」

「え?ど、どういう、事?」

と、驚き戸惑う香織。この際だから、

言っておくか。

「香織、あなたは気づいていないようですが、

 あなたは学校でも1、2を争う程の美女です。

 そしてクラスメイトであるこの男にとって、

 ハジメとは自分より劣る無能、とでも考えて

 いたのでしょう。が、香織は普段からハジメ

 と親しげに話していた。この男は恐らく

 心の中で、『無能のハジメと香織が親しげに

 しているのが許せない。ハジメよりも

 自分の方が香織に相応しい』、とでも

 考えていたのでしょう」

「な、何を証拠にそんなデタラメ!」

咄嗟に叫ぶ檜山。

「日頃の貴様の行いを見て、精神的な

 プロファイルを行えば、簡単に分かる。

 貴様の行動ははっきり言って感情的。そして

 猪突猛進型。加えて自分の行動全てが正しいと

 思い込む、典型的な自己中心的思考。先日貴様は

 ハジメからジョーカー0を奪おうとした。

 恐らくは、それを纏い自らが活躍し、

 香織に良いところを見せるため。そして

 あのトラップであるグランツ鉱石に手を出した

 のも、アレを見て素敵と言った香織に

 プレゼントし、少しでも彼女の気を引くため。

 ……違うか?」

「そ、それはテメェの思い込みだろうがっ!」

「まだ否定するか。では更に……。

 貴様にとって、香織の側に居るハジメ。そして

 ハジメに力を与える私は邪魔な存在。

 自分こそが香織の側に居て当たり前だ、とでも

 考えているのだろう。だから彼女の側に居る

 ハジメが許せなかった。そして橋を落とす為

 に魔法をいくつも打ち出すと言う事態に、

お前はある行動に出た。それは魔法の誤爆を

 装いハジメと私を橋から落とす事。無数の

 魔法が飛び交う中で、あの火球を放った。

貴様の属性の適正は風魔法だったな?だから

貴様は思ったのだろう。『無数の魔法が

飛び交う中で、適正以外の魔法なら、バレる

可能性は無い』とでもな。

そして貴様は計画を実行に移した。 

 全ては、香織の近くに居るハジメを排除し、

 あわよくば彼女の隣に立つために、な」

「そ、そんな事の為に?」

そう、香織が呟いた。

 

「貴様のこれまでの行動は、はっきり言って

 欲望に正直過ぎる。大方、このチャンスを

 生かそうと考えた内なる自分に従い、

 あの攻撃を起こした。そんな所だろう」

「ち、違う!俺じゃねぇっつってるだろうがっ!」

 

「知っているか檜山。人間図星を言われると

 焦り、怒り、汗を掻き、視線が周囲に泳ぐ。

 そのどれも、先ほどから貴様の行動に合致

 する。……基本的な心理プロファイルの

 技術だ。私で無くとも、その道の技術を

 学んだ者なら、誰でも分かる」

そう言って、檜山に銃口を突き付ける私。

 

今の奴の態度が、全てを如実に物語っていた。

 

私の言っている事が真実だと、周囲の

皆も思い出したようだ。

 

「最低。そんな理由で、南雲君を殺そうと

 したって訳?」

雫が、侮蔑的な表情で檜山を睨む。

ハジメに助けられた女子、『園部 優花』を

始めとした生徒達が檜山を睨み付けている。

「男として、いや、人間としての

 良識を疑うぞ」

更にメルド団長や騎士達も檜山を

侮蔑的な目線を向けている。

 

檜山は、取り巻き3人の方へと視線を

向けるが、あの事態を招き、剰え

ソルジャー突破に尽力したハジメを

殺そうとした彼を庇うことは、

クラスメイト達やメルド団長達に

悪い印象を持たれ、最悪周囲から

孤立する可能性もある。

取り巻き3人に、そこまでして檜山を

庇う友情など無いのだ。

 

周囲の視線が檜山に突き刺さり、逆に

男子生徒の数人はハジメに声を掛けた。

「その、南雲。悪かったな。この前とか」

「え?」

「今日、俺らお前に助けられた訳だし。

 無能とか言って、悪かった!すまん!」

そう言って謝る男子が数人。

あの時のハジメの行動は、英雄的と呼べる

物だった。

吊り橋効果、と言う奴だろう。あの時のハジメの

活躍を見て、誰が無能だなどと言えるのか。

そして対照的に、あのような事態を招き

更にハジメを排除しようとした檜山への

クラスメイトの視線は、冷徹の一言に

尽きる物だった。

 

その時。

「クソッ!クソクソクソッ!クソがっ!!

 ふざけやがって!無能の分際で!」

檜山はハジメを睨み付けながら咆える。

「何でテメェが白崎の隣に居るんだよ!

 無能の南雲でも良いのなら、俺だって

 良いじゃねぇか!」

……。何を根拠にすればそんな考えに

行き着くのか、疑問だ。

奴の言葉に、皆戸惑う。当然だ。

どう考えても自分本位の考え。それに

納得など出来る物か。

「それが、いっちょ前にヒーロー気取りで

 調子に乗りやがって!俺は、俺は

 間違ってねぇ!」

 

がむしゃらに叫ぶ檜山に、全員の視線が

冷たい物になる。

ここまで来ると哀れだな。いや、この

男に哀れみなど不要か。

「良いか檜山。良く聞け。貴様のその

 腐った魂とウジの沸いた脳みそに

 よく刻んでおけ。香織が誰の隣に

 立つのか、誰と親しくなるのか、誰を

 想うのか、その全ては彼女自身が決める事。

そしてハジメは今日、戦い大勢の人間の命

を守った。貴様が無能と罵っていたハジメと

貴様では、『魂の格』が違う。今の貴様の

方が、よっぽど無能だ」

何故か、香織云々で勇者が頷いていたが

とりあえず無視しておく。

 

そう言うと、私はハジメの方に視線を向けた。

「ハジメ。どうする?私としてはここで

 こいつを始末していた方が良いと思うの

 だが?」

そう言うと、場が凍り付いた。

「ま、待て新生!殺すって本気で言っている

 のか!?確かに檜山はあんな事をした!

 だが殺すのはやり過ぎだ!」

「そうか?ならば精々、豚箱にぶち込んでおく

 べきだろう。あの時の檜山の行動は、

 どう考えても殺人未遂罪だ。更に短絡的な

 行動で全体を危険に晒した。戦争において、

 一人の行動が全体の危機を招き、全滅に

 追い込む恐れすらある。殺さない、と言う

 のならせめて二度とこんなバカな真似が

 出来ないよう、豚箱にぶち込んでおくべきだ。

 それに、こいつの性格を考えればまず間違い無く

 私やハジメを逆恨みする。……戦争をしようと

 言うのに、下らない私情で足を引っ張られたは

 敵わない。個人的に言って、こいつは処分

 するべきだろう」

「な、何を言ってるんだ新生!クラスメイトだぞ!?」

「クラスメイトだから殺すなと?

 こいつはそのクラスメイトであるハジメを

 殺そうとした。そして、私はあの日言った」

 

私は檜山にトールを突き付けながら語る。

「撃って良いのは撃たれる覚悟がある者だけ。

 殺して良いのは殺される覚悟がある者だけ。 

 そしてこいつはハジメを殺すために動いた。

 私は今さっき、こいつに友人諸共殺され掛けた。

 ここで私に殺されても、文句を言われる

 筋合いは無い」

そう言うと、私は引き金に指を掛けた。

 

その時。

「待って司!」

ハジメの声に、私は引き金から指を

離した。

「確かに、檜山のした事は許せない。

 でも僕はこうして生きている。

 だから、僕も今だけは見逃す」

「……今だけ、と言うのは?」

「今日ばかりは見逃す。でももし、

 また僕や司を殺そうとしたら、

 僕が撃つ……!」

微かに手を震わせながら、ハジメは

そう言った。

 

「なっ!?南雲まで何を言ってるんだ!

 殺人なんて良い訳ないだろう!?」

後ろで何かバカが喚いているが、まぁ

良いだろう。

「……」

私は無言でトールをホルスターに戻した。

「一番の被害者であるハジメがそう言うの

 なら、私も良いでしょう。だが、私も

 ハジメと同じだ」

そして、私はメット越しに檜山を

睨み付ける。

 

「分をわきまえろ。次、もしハジメや

 私、或いはその友人に手を出したら、

 例えハジメが許しても、誰が庇おうと、

 容赦なく射殺する。『次は無い』と、

覚えておけ」

 

「新生!君まで何を言ってるんだ!

 殺人なんて!」

「……これから戦争をする者の言葉とは

 思えないな。我々はここで戦争の

 訓練をしていたのだぞ?ならばどうせ、

 いずれこの手は血に汚れる。それが

 遅いか早いか、それだけの事だ」

「檜山は敵、魔族じゃない!仲間だろ!?」

「仲間?こんな身勝手な輩が仲間か。 

 なら勇者光輝、あなたが檜山を説得

 しておけば良い。二度とこんなバカな

 真似はするな、とね。私はごめんだ」

 

私が言うと、勇者はこちらを睨む。

が。

「おいおいお前等。いい加減にしろ。

 俺もお前等もクタクタだろう。とりあえず、

 宿に戻るぞ」

と言うメルド団長の声に従い、皆が

大迷宮を後にした。

 

~~~

そしてその帰り道、一人歩く檜山に誰かが

声を掛ける事は無かった。

だが、一人の女が、まるで獲物を見つけた

肉食獣のように、獰猛な笑みを

浮かべながら檜山を見つめていた。

 

その後、宿屋に戻ったハジメと司は、

食事が終わると部屋に直帰し、ハジメは

ベッドにダイブした。

「ア゛~~。疲れた~~」

「お疲れ様ですハジメ」

枕に顔を埋め気だるげに呟くハジメ。

司はベッドに腰を下ろしながらも疲れて

居る様子はなかった。

 

「……司は、疲れてる?」

「いえ。レベルとかが色々限界突破

 してるので、そこまでは」

「ははっ。だよねぇ、司はオール

 インフィニティだし」

「ですが、今日の戦いでのハジメの

 活躍も大きい。もはや、誰がハジメを

 無能などと罵れますか」

 

「うん。そう、だよね。……その、

 恥ずかしいけど、こんな事出来たのも

 司のおかげだしさ。……ありがとう、司」

「いえ。お気になさらずに。ハジメが無事

 なら、私もそれだけで嬉しい」

との言葉に、ハジメは顔を赤くするの

だった。

 

しかし、その時誰かがドアをノックした。

 

~~~

私とハジメが話をしていると、誰かの気配が

廊下を歩いていた。そしてその人物は

私達の部屋の前で立ち止まり、扉を

ノックした。

「ん?は~い」

とハジメが返事をする。

 

「あ、あの。白崎です。入っても良い、かな?」

「え?えぇ、どうぞ~」

昨日と同じようなシチュエーションにハジメは

戸惑いつつも香織を招き入れた。

 

そして、香織は先日と同じ格好だった。

 

「だからなんでやねん」

と、静かにツッコむハジメ。

 

やがて、私は茶を淹れると部屋から退室しようと

したのだが……。

「あっ。新生くんも、居て。お願い」

……いや、ここは普通二人っきりになる

雰囲気でしょう。

と、言いかけたが、何やらハジメも一人

では緊張するのか、一緒に居て、と言わん

ばかりの目をしていた。

 

二人は、しばし沈黙していた。私は側で

じっとしていた。やがて……。

「あ、あのね。南雲くん。私、南雲くんに、

 その、謝らなきゃいけないって

 思って、来たの」

「へ?あ、謝るって、白崎さんが?

 僕に?」

その言葉に、ハジメは私の方を向く。

いや、しかし……。

「失礼ですが、香織は何を謝ろうと?」

思い当たる点で言えば、転移トラップの

一件だろうか?

確かに香織はあれを素敵、と言って

それを聞いた檜山が暴挙に出た。

しかし宝石を前にした女性だ。

致し方ない。

あれは100%檜山が悪い。

 

しかし、香織の謝りたいのは別の事だった。

俯きながらも静かに語り出す香織。

「私、南雲くんに守るって約束したのに、

 結局、私は何も出来なかった。

 ロックマウントの時も南雲くんに

 助けられて、あの橋での時だって、私は

 何も出来なかった。新生くんがベヒモスを

 倒して、南雲くんは皆を助けて。それに、

 逃げるときも二人に助けられて……。

 私って、ダメだなぁ」

 

ッ!視線を上げた時、香織はその目に涙を

溜めていた。

「ごめんね、私弱くて。結局、二人に

 いっぱい助けられちゃったね」

その時、私は何故香織が泣いているのか、

理解出来なかった。

しかし……。

「そんな事ないよ」

「え?」

ハジメが香織の言葉を否定した。

「僕は、白崎さんが弱いなんて思わない。

 だって、白崎さん言ってくれたじゃない。

 僕を守る、って。誰かを守るなんて、

 簡単に言える事じゃないと思うんだ。

 僕も、今日戦ってみて分かった。

 後ろに皆がいる。だから負けられない

 って言うプレッシャー。僕はそれを、

 司がくれたジョーカー0を纏っていた

 から、負けずに戦えたんだ。それに、 

 司がいなかったらきっと僕は錬成師

 として戦いに参加して、きっと何の

 役にも立てなかったと思う」

「……」

その言葉を、私は黙って聞いていた。

今は二人だけの世界にしよう。

そう思い、私は極力気配を消した。

 

「それに、白崎さん言ってたじゃない。

 単純な力だけが強さじゃない。

 優しさとかも力だって。だから、かな。

 僕を守るって言ってくれたあの時の

 白崎さんは、その、輝いて見えた、

 と言うか、その……」

ハジメは顔を赤くし、言葉を詰まらせている。

「んんっ!と、とにかく!」

あっ、咳払いして誤魔化した。

「僕は、白崎さんは十分強いと思うよ。

 昨日白崎さんが言ったように、立ち向かえる

 事や誰かを思いやれる人が強いって事なら、

 僕の事を気に掛けて、守るって言ってくれた

 白崎さんも十分強いって思うよ!」

「ッ」

ハジメの言葉に、香織は頬を赤く染め僅かに

目を見開く。

 

すると、香織は再び俯き震えだした。

「え?あ、あれ!?白崎さん!?」

少し慌てた様子で彼女の側に寄るハジメ。

すると……。

『バッ!』

「へ!?」

何と香織がハジメを抱きしめた。

 

「し、白崎さん!?にゃ、にゃにを!?」

あっ、舌噛んでる。

「ありがとう、南雲くん」

「え?えぇ?」

「私、迷宮から帰って来て、悩んでたんだ。

 守るって言ったくせに結局守られてる

 自分って何なんだろうって。やっぱり

 私は弱いままなのかなって。でも、

 南雲くんが強いって言ってくれたのが、

 嬉しくて……」

ハジメを抱きしめ、涙ながらに笑みを

浮かべる香織。

 

しかし……。

肝心のハジメはワナワナと震え顔を

真っ赤にしていた。よく見ると香織の胸が

ハジメの胸に当たっている。

ここは一つ、ハジメに助け船を

出すべきか。

「んんっ」

気配を戻し、咳払いをすると、二人はビクッと

体を震わせて私の方を見た。

「やはり私は席を外すべきだったのでは?」

と言うと……。

「き」

「き?」

き?きとは何だろう。木の事だろうか。

等と思っていた時。

「きゃぁっ!」

『ドンッ!』

「なんでやねんっ!」

小さな悲鳴と共に香織がハジメを突き飛ばし、

ハジメはツッコみながら倒れた。

 

「……。ハジメ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫」

床の上に倒れているハジメを見下ろしながら

問うと、答えるハジメ。しかしその顔は今も

真っ赤だ。

「ハジメ、顔が茹で蛸みたいになってますよ」

「……。お願いだから見ないで」

私の言葉に顔を背けるハジメだった。

 

それから数分後。

「ごご、ごめんね南雲くん!あの時は、その、

 そう!気が動転してたというか、

 動揺していたと言うか……。その……」

「だ、だだ、大丈夫ダイジョウブ!

 全然!全く!ダイジョウブ!」

香織もハジメも、二人とも顔を真っ赤に

しながら会話している。

と言うか二人とも、テンパりすぎである。

 

「と、とにかくさ!僕は、あの日、守って

 くれるって言われて、嬉しかったんだ。

 だから僕も白崎さんを守ろうって思って

 ジョーカー0を着て頑張って――」

「え?今、私を守ろうって……」

 

「「…………」」

ハジメの話で二人は沈黙しながらまた顔を

真っ赤にしている。

成程、『砂を吐く』ような状況とはこう言う状況を

言うのだろうか。

……ブラックコーヒーが飲みたい。

 

「あ、ありがとうね南雲くん。その、

 これからも、守って、くれる?」

「も、もちろんだよ!白崎さんみたいな

 綺麗な人を守れるのなら、男として本望っ!

 ってあ!」

「「…………」」

 

どっちもどっちで自爆しまくりである。

と言うかもはや話す度に顔を真っ赤にしている。

これで脈無しって思う奴がいたら、そいつは

朴念仁を通り越して、鈍感の神であろう。

 

よし、では折角二人でたくさん自爆している

のだから、私も爆弾を投下しよう。

 

「二人はお互いの事が好きなのか?」

『『ブフゥッ!!』』

私がそう言った時、二人は紅茶モドキを

飲んでいたのだが、思いっきり私の方に

向かって吹き出した。

……しまった。言うタイミングを完全に

間違えた。と言うか汚い。目とかに

若干入った。微妙に痛い。

と言うか香織、女子としてこれは大丈夫

なのだろうか?まぁ他人に言う気は無いが。

「ゲホッ!ゲホッ!つつつ、司!?

 司君!?司さん!?ミスターツカサ!?

 なななな、何を言ってるのかな!?」

「そそそ、そうだよ新生くん!わ、わた、

 私が南雲くんを好きって、どど、どうして、

 わか、あいやっ!思うの!」

……。香織、今分かったって言いかけましたね?

 

私はタオルで顔を拭きながら呟く。

「今の二人は、何というかお互いの事で

 何十回と自爆し顔を真っ赤にしていました

 からね。あれで互いに脈無しと思う奴が

 いたら、むしろそいつの頭の中を

 覗いてみたいですよ。一般人が見たら、

 どう見てもバカップルの類いだと言うでしょう」

「ふぇ!?ばばば、バカップルだなんて

 何言ってるのさ司!」

「そそそ、そうだよ新生くん!」

「会話の度に顔を真っ赤にして自爆しまくりの

 二人が何を言うのですか。どうみても

 お互いを意識してるでしょう」

「い、いや!そ、それはその……」

「え~っと」

二人とも、顔を赤くしながら言葉を

詰まらせている。

 

ハァ、ハジメも香織も、何やらヘタレの様子。

仕方ない。では、私が二人の背中を押すと

しよう。

「そう言えば、ふと思ったのですが、今日の

 ハジメは大活躍でしたね」

「え?う、うん?」

戸惑いながらも頷くハジメ。

「あれは正に英雄と呼ばれるに相応しい物。

 それだけの戦いをしたハジメを見て、他の

 女性達がハジメを放っておくでしょうか?」

「ッ」

私の言葉に息をのむ香織。

「ハジメのジョーカー0を纏った際の

 戦闘力は、皆が見ています。そう言う意味では、

 守って貰いたい女性が強い男に近づくのは

 言わば必定でしょう。そうそう、戦う、と

 言えば同じように、死に近づくと言う物。

 そう言う時とは、得てして生物的な本能から

 子孫を残そうとします。そして男であれば、

 美しい女性と子をなしたいと思うのは普通。

 加えて香織は女神と称えられる程に美しい

 女性だ。例え檜山でなくても、香織を伴侶に

 したいと思うのは当然でしょう」

と言うと、今度はハジメが息をのみ、僅かに

拳を握りしめた。

 

「……。二人とも、考えなさい。目の前の

 相手が、自分以外に同性と結ばれる姿を」

 

私の言葉にそれを考えたのか、二人は奥歯を

かみしめるように表情を歪める。

……と言うか、香織の方は背後に般若が

見えますね。しかしまぁ、これは……。

脈あり、いや大ありですね。

 

「苛立ちますか?相手の隣に自分以外の同性が

 居る事が?許せませんか?」

「……。なんか、イラッとくる」

「私も」

どこか不機嫌そうな表情を浮かべる二人。

つまり……。

 

「と言う事は、二人はお互いが好き、と

 証明していますね」

「「……………。へ!?」」

間を置き、二人はボンッと音がしそうな程

顔を真っ赤にした。

 

「二人は相手の側に自分以外の同性が居る事に

 苛立ちを覚えているのでしょう?つまり、

 それは相手が好き、と言う思いの裏返しです」

「そそそ、それはえ~っと、え~っと!」

「もうお互い両思いなんですから今ここで

 盛大に告白して顔を真っ赤にして

 悶えれば良いんですよ。それ以前に、他人に

 取られるのは嫌なのでしょう?それで

 両思いなんだから。付き合わない理由の方が

 無いじゃないですか」

「そ、それはそうだけど~!」

「む?今香織は否定しませんでしたね?

 やはり貴方はハジメに気があるようで――」

「わ~~わ~~!新生くんストップ~~!」

咄嗟に私の口を塞ごうとする香織。

しかし私はそれを阻止し、更に語る。

 

「二人とも、落ち着いてキスする場面を

 考えなさい。あぁ当然、ハジメと香織が

 ですよ?」

と言うと……。

 

「「………」」

『『ボンッ!』』

二人は顔を真っ赤にした。

「何ですか二人は。あれですか?ピュアですか? 

 考えただけで顔真っ赤とか、それってもう

 相手が大好きって言ってるようなモンじゃ

 無いですか?付き合って何が悪いんですか?

 あぁ、私が居るからですか?じゃあちょっと

 外に居ますから。盛大に互いに告白して

 下さい」

そう言うと、私は有無を言わさず一旦部屋の

外に出た。

 

 

~~~

残されたハジメと香織。二人はお互いの

顔を真っ赤にしながら周囲に視線を向けていた。

なんやかんやでもう夜中。あの日の夜の

ように、月明かりが二人を照らしていた。

 

「あ、あのさ。白崎さん。……司はあんな

 事言ってたけど、僕で、良い、の?

 僕ってオタクだし、司がいないと何が

 出来るか分からないし、その……」

「……うん。それでも良い」

しばし間を置きながらも、香織は頷いた。

 

「もう、さっき新生くんが色々言った

 せいで想いがバレてるのなら、もう

 良いかな~って思って」

 

そう、笑みを浮かべながら呟くと香織は

姿勢を正してハジメに向き直った。

 

「私、白崎香織は、南雲ハジメくん。

 あなたの事が好きです。付き合って下さい」

 

真っ直ぐに、顔を赤くしながら告白する香織。

 

ハジメはその告白の前にワタワタと

慌てていたが、やがて彼も姿勢を正し……。

 

「僕も、僕も白崎さんの事が好きです。

 つ、つつ、付き合って下さい!」

 

そう言うと、ハジメは顔を真っ赤にしながら

頭を下げた。

 

そして……。

 

「はい。喜んで」

 

香織は笑みを浮かべながら頷いた。

 

 

そして、月下の光に祝福されながら

一組のカップルが生まれた。

 

そして司は、新たな恋の誕生の気配を

廊下で感じながら、今後二人を守り切る

決意を固めていた。

 

 

その身に宿した力、『怪獣王』の力。

『ゴジラ』の力。そして、『神』に等しい

その力に誓って。二人を守り、幸せにする、と。

 

しかし、一方で知らなかった。

檜山に対し、香織を餌に協力を持ちかけていた

人物が存在したことを。

 

私はまだ、知らなかった。

 

     第4話 END

 




って事でハジメは奈落へ落下せずに香織と恋仲に!
早速の原作ブレイクです。
あ、でも心配しないで下さい。途中からまた
原作と殆ど同じ流れになります。違うのは、
真のオルクス迷宮へ行く理由とか、オリキャラが
追加される事とか、です。


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第5話 決意の試練

今回は、殆どオリジナル展開です。
しかし、いよいよ明日ですね!キングオブモンスターズ!
私はもちろん明日見に行きますよ!


~~前回のあらすじ~~

訓練の一環としてオルクス大迷宮へとやってきた

ハジメ達。そこでハジメは、香織からハジメが死ぬ

夢を見て、迷宮行きを止められるが、ハジメは

彼女と約束を交わし迷宮へ行く事に。迷宮でハジメは、

司と共に彼の作ったジョーカーを纏って戦った。

そんな中、檜山の軽率な行動から罠に嵌まる一行。

彼らは石橋の上でベヒモスとトラウムソルジャーの

集団に挟まれる。だが、ハジメと司の活躍でこの

危機を脱する一行。その際、檜山がハジメを排除しようと

動くが、司の活躍でハジメは無事生還。更に司が

証拠となる物を突き付け、檜山が殺人を行おうと

した事が周囲に広まる。そして宿屋に戻った

ハジメの元に香織が現れ、約束を守れなかった事を

謝罪。そんな中で司が二人を思いっきりたき付け、

二人は互いの思いを告白。晴れて恋人同士に

なるのだった。

 

 

~~~

二人が落ち着く頃を見計らい、私はドアを

ノックして中に入った。

「それで、二人は付き合う事に?」

と聞けば、二人は顔を赤くする。

「う、うん。まぁ、ね」

「そうですか。それは何より。……ただ、

 一つアドバイスをしても良いですか?」

「アドバイス?」

と、首をかしげる香織。

「香織は先ほども言ったようにクラス一の

 美女。ハジメもあの時英雄的な活動を

 したから、例え付き合って居る事を

 公言しても、まぁ周囲からそこまでの 

 やっかみは受けないでしょう。しかし、

 二人が付き合う事を快く思わない者も

 居るでしょう。特に檜山や、その取り巻きです。

 なので、こう言ってはあれですが、余り

 周囲に人目があるときにイチャつかない

 ように。あと、互いが恋人だと言うことは

 隠しておいた方が良いでしょう」

「そ、そっか。うん、分かったよ新生くん」

「そ、そうだね。僕もそう思う」

 

と、頷く二人。しかし問題は檜山だけ

では無い。あのバカ勇者だ。

奴の日頃の言動からして、香織がハジメに

話しかけているのは、『香織が世話好きで

優しいから』と思い込んでいる節がある。

そこに、『香織はハジメが好きなのでは?』

と言う思考は存在していない。奴は

全て自分の都合の良いように解釈する

悪い癖がある。これで、ハジメと香織が

結ばれたとあっては、奴はハジメが香織に

何かして脅しているのでは、とでも

疑い出しそうだ。

あの洞窟で檜山を脅していたとき、勇者は

私が、『香織が誰の隣に立つのかを決めるのは、

彼女自身だ』、と言ったとき、あからさまに

頷いていた。

恐らく、奴の思考の中では、その誰か、とは

自分であると考えているのだろう。

 

そう言う意味では、あのバカ勇者も檜山と

大して変わらない。変わっているのは、

変にカリスマがあるのと力がある事だけ。

 

……いざとなれば、私の力で消せば良い。

しかし、避けられる可能性があるのならば

無用な争いは避けたい。それに奴は、癪だが

人気がある。中身がポンコツだが、外面は

良いのだ。ここで奴を殺す事は、どれだけの

人間と対立するか分からない。

それが私の考えだ。

 

「ねぇ、それって雫ちゃんはダメ?」

「雫ですか?まぁ、彼女は口が堅そうですし、 

 彼女なら大丈夫でしょう。しかし、坂上は

 脳筋ですし、天之河は、何というか

 騒ぎそうなのでやめておいた方が

 良いでしょう。あっ、何なら雫には

 私から言っておく事も出来ますが?」

「そっか。けど良いや。やっぱり私の口から

 直接言いたいから」

「分かりました」

 

その後、香織は自分の部屋に戻っていき、私と

ハジメも眠りについた。

ふぅ、今日は色々な事があった。

そう思いながら、私は眠った。

 

 

そして翌朝。ベヒモスと戦い、それを打ち倒した

とあって、それらの報告と予定が狂った事。

予想外の戦いに皆が疲れていると言う事で

私達は王都へと戻った。

そして、帰還後すぐに私達はメルド団長たちと

共にイシュタル、エリヒド王たちと謁見した。

 

まずは、メルド団長が『誰が何を』の部分を

省いて事のあらましを話した。

トラップに掛かり、橋の上に投げ出され、前を

トラウムソルジャーの群れ。背後をベヒモスに

挟まれた事。ちなみに、ベヒモスの名前が

出たときは、周囲の貴族達や武官など皆一様に

驚いていた。

更に、そのベヒモスが倒れたと聞けば、皆が

ザワザワとざわめいた。後に団長から聞いた

話によれば、最強と呼ばれた冒険者でさえ

歯が立たなかった怪物なのだそうだ。

そして、メルド団長がベヒモスとソルジャーを

倒し無事全員で生還した、と報告を受ける。

 

すると……。

「素晴らしい」

そう言って、イシュタルが笑みを浮かべた。

「流石はエヒト様に召喚された神の使徒殿たちだ。

 して、誰がベヒモスを倒した?やはり、

 勇者である光輝殿か?」

イシュタルは、期待のような視線を光輝に

向ける。他の人々もだ。

だが、肝心の光輝は苦々しそうな表情を

浮かべながら俯く。

 

「いえ。彼ではありません」

「……何?」

メルド団長の言葉に、イシュタルを始め

皆一様に怪訝な表情を浮かべた。

「ベヒモスを倒し、トラウムソルジャーの群れを、 

 まるで赤子の手をひねるが如く蹴散らしたのは、

 この二人です。新生、南雲。前へ」

「「はいっ」」

 

メルド団長の言葉に従い、私とハジメが一歩

前に出る。

それだけで、ザワザワと周囲がざわめく。

耳を澄ませば、『何故無能が?』『何かの間違いでは?』

と言う声が聞こえる。どうやら、ハジメが無能

だと言う話は貴族達の間にも広がっているようだ。

 

しかし、それは過去の話だ。

「どういうことですかな?メルド団長」

「どうもこうもありません。私はこの目で、

 はっきりと二人が戦う姿を見ました。

 ……二人とも、『あれ』、見せてくれるか?」

と言う団長の顔には、何やら悪戯を

思いついた子供のような笑みが浮かんでいた。

やれやれ、と想いつつ私は指を鳴らした。

 

すると私とハジメの前に、ヘルメットの

無いジョーカーZとジョーカー0が現れた。

それだけでどよめく人々。すると、

ジョーカー2機の胴体部パーツが上方向に開いた。

私とハジメは、前に回り込み、機体の中に

体を滑り込ませた。胴体部パーツが元に

戻ると、私は指を鳴らし二人のヘルメットを

取り出した。私とハジメは、うなずき合いながら

メットを被った。

 

それぞれのカメラアイが光を放つ。

私達に周囲が驚き、私達を見ている。

……なにやら王子であるランデル殿下が

キラキラした目で私達を見ている気がするが、

無視しよう。

 

「お、おぉ。メルドよ。これは一体……」

驚いた様子で彼に問うエリヒド王。

「はっ。これは、使徒の一人である新生司が

 開発した、ジョーカーと呼ばれる鋼鉄の

 鎧です。その力は、さながらアーティファクト

 のようでした。纏えばそれだけで力が増し、

 拳の一撃は巨大な鉄板を貫き、蹴りは

 一撃で鉄板を切り裂きます。そして、

 特筆するのは、その武器です。新生、

 ベヒモスを仕留めたアレを、皆に

 見せるんだ」

「はいっ」

 

そう言われ、私は背面のラジエータープレート

と右腕の巨砲、G・キャノンを展開した。

 

人の身の丈もあるG・キャノンに、改めて

それを見た生徒達や周囲の人間たちが驚き

ざわめく。

「この大きな筒から放たれた光は、

 ベヒモスをして、一切の抵抗を許さず

 に消し去りました」

「何とっ!?ベヒモスを一撃で!?」

「はい。それを目にしたときも、私は

 目を疑いました」

「うぅむ。何と大きな武器か。これを

 片手で持ち、一人で扱うとは」

と、エリヒド王はとても驚いていた。

 

その後、メルド団長、騎士アランの二人が

更に事細かに状況を説明し始めた。

20層の深部で、ふとしたきっかけから

グランツ鉱石を発見。それを取ろうとした檜山が

メルド団長の言葉を無視して、結果的に

トラップに嵌まってしまった事。

転移した状況で、皆がパニックになる中、

司がG・キャノンでベヒモスを倒し、ハジメが

皆を激励してソルジャーの壁を突破したこと。

撤退が遅れていた光輝やメルド団長を、

ハジメと司の二人が更に助け、撤退を

手助けした事。更に騎士アランはハジメの

勇気ある行動を称え、メルド団長は私の

知力とハジメの冷静さを称えた。他の同行していた

騎士達も、私達に対しかなり好感を持っていた様子だった。

そして、更に、二人の口から最後の攻撃で

檜山がハジメたちを排除しようとして

攻撃した事。しかし間一髪で二人が

生還したことを伝えると、皆の視線が

檜山に突き刺さる。

 

そこには、奴に対する軽蔑の物しか無かった。

 

特に武官たちは、ジョーカーの活躍を

聞く度に私に感心を示していた。

どうやら、そのジョーカーの生みの親である

私の損失が、どれだけの被害なのかを

考え、殺そうとした檜山に対して良い気分が

しなかったようだ。

 

しかし、一方で、余り私達に良い感情を

抱いていない者の視線がいくつかある。

どうやら、勇者である光輝を差し置いて、

活躍した事が許せない令嬢がちらほら居る

ようだ。奴は貴族令嬢達の間でも既に

人気を集めつつある。

 

バカな。戦争をするのなら、誰が活躍するか

では無い。どれだけ結果を残したか、

だろうに。などと思って居ると、最後に

エリヒド王が私達を英雄として称え、謁見は

終了した。

 

結局、謁見のあった日と翌日は訓練も無く、

休みだった。

神の使徒、と賞される私たちの中で、ベヒモスを

討ち取ったのを生かす腹づもりだろう。

城内を歩いていれば、私を見てベヒモススレイヤー、

などと言う言葉が聞こえてきた。

 

かつて最強と言われた冒険者をして倒せなかった

怪物を、一撃で仕留めた漆黒の鎧の戦士。

 

これほどプロパガンダに適した題材は無い。

この話は警備の兵士たちの間でも噂に

なっている。城の外にこの話が漏れるのも、

時間の問題だろう。

そう思いながら廊下を歩いていると……。

「あっ、新生君」

不意に、愛子先生と遭遇した。

愛子先生は現在、ハジメと同じ非戦闘職ながらも

『作農師』、と言う天職を生かして各地の農業

改革を行っていた。

その先生がどうやら帰って来ていたようだ。

私を見つけると、すぐに駆け寄ってきた。

「ハァ、ハァ、新生君!あ、あの!

 大丈夫だったんですか!?私、

 皆が迷宮で大変な事になったって

 聞いて、それで!」

「落ち着いて下さい先生。怪我をした者も

 いますが、死者や重傷者はいません。

 傷も既に癒えて皆元気にしています」

何とか落ち着けようとする私の言葉を

聞いて、どうやら幾分か安心を取り戻した

様子の先生。

 

「そ、そうですか。……ごめんなさい、

 取り乱してしまって」

「いえ。お構いなく。それでは、 

 私はこれで」

と言って、離れようとしたのだが……。

「あっ!待って!」

と言って、服の裾を掴まれた。

「まだ何か?」

「あ、えっと、その、実は檜山君が

 とんでもない事をしたって聞いて。

 でも周りの人は詳しい事を

 知らなくて。それで生徒の

 誰かに聞こうと思ってたら、

 丁度新生君を見つけたから」

「そうでしたか。分かりました」

 

その後、私は先生の部屋に行き、

事の次第を全て話した。

 

「そ、そんな……!檜山君が、

 南雲君と、あなたを?」

「はい。奴は香織を好いていた。その隣に居る

 ハジメが邪魔だった。それが奴の行動理由です」

「そんな、それだけで……?」

信じられない、と言うような顔をする先生。

 

しかし、今更だ。

「人は時に、自らの欲望を抑えきれなくなり、

 暴走する。それが、犯罪や戦争です。

 欲しい物を手に入れるために、邪魔な

 存在を排除しようとする。それは人が

 誰も持つ闇の側面です。よく、人が

 変わったように、などと言いますが

 奴の性格を考えれば、そもそも

 考える必要など無かった。もっと

 しっかり、警戒しておくべきだった。

 でなければ、ハジメが危険に晒される

 必要など無かったと言うのに。

 ……。私も、まだまだ甘い。やはり、

 洞窟を出る時殺しておくべきだったのか」

「ッ!?今の、まさか、新生君は、

 檜山君を?」

 

「はい。迷宮脱出時、私は奴を射殺する気

 でした。しかし一番の被害者である

 ハジメが許したので、今は生かしています。

 最も、また同じような事をしたら今度こそ

 問答無用で射殺すると脅しておきました」

すると……。

「どうして!?どうしてそんな事を!?」

立ち上がり叫ぶ先生。

「新生君!何であなたは、そう簡単に

 殺すなんて言えるの!?仮にも

 クラスメイトを!」

「……。私は、私が望む人々が平和ならば

 それで良い。残りは赤の他人か、敵。

 そして檜山は私やハジメに手を出した。

 言わば、敵。敵は殺さなければ、守りたい者

 を、失わない為に。それに、端的に言って、

 奴の命に興味が無い。どうなろうと、

知ったことでは無い。そんな所です」

「そんなっ!?だからって!?」

 

「……。我々は戦争をしようとしているの

ですよ?」

「ッ!?」

「戦争とは殺し合い。……私はあの時言った。

 殺すなら殺される覚悟も持て、と。

 それは戦場に立つ必要不可欠な意思です。

 そして、現状元の世界に帰還するのなら、

 魔族を滅ぼしエヒトに頼るしか無い。

 ……戦わなければ生き残れない。

 ハジメや香織を元の世界に戻す為に戦う。

そのために、この手を血に汚す覚悟は

とっくに出来ています。

 守るべき物があるのなら、決意を持って

 その手に武器を取る。例えどれだけの

 血を被ろうと、どれだけ恨まれようと、

 所詮、恨まれ血に汚れてこその戦争。

 私にはその決意がある。それだけの事

 ですよ。守りたい人たちの為ならば、

 私は国家や神全てを敵に回してでも戦う。

 それが私の決意です」

とだけ言うと、私は立ち上がった。

 

「とりあえず、伝えるべき事は伝えましたので、

 失礼します」

そう言って出て行こうとしたとき。

「ま、待って!」

先生に呼び止められた。

 

「こ、後悔は、後悔はしないの?人を 

 殺す事に。戦争の道具になる事に」

 

「……。大切な人を守る為ならば、私は

 喜んで戦争の犬にでもなる覚悟です。

 大切な人を守れるのなら、私はどんな

 絶望的な状況でも戦い、その手を血で

 汚す事を厭わない」

ハジメや香織を、守ると誓った。ならば、

戸惑う必要も無い。

 

「敵ならば殺す。味方なら守る。それが、

 私の戦争に対する線引き。それだけです」

そう言い残して、私は今度こそ部屋を出た。

 

~~~

 

「敵ならば殺す。味方なら守る。それが、

 私の戦争に対する線引き。それだけです」

 

そう言って、私の教え子は出て行った。

私、畑山愛子はそれを呆然と見送る事しか

出来なかった。

そして、彼が出て行ってしまうと、私は

椅子に腰を落とした。

 

……彼は言った。人を殺すと。戦わなければ

生き残れないと。

まるで彼は、戦いを知っているかのような

口ぶりだった。いや、すでに魔物相手に

実戦を経験しているのだからそれも……。

いやでも、それ以上に何か、達観していると

言えるような物だった。

 

彼は言った。南雲くんや白崎さんを元の

世界に帰すために戦うと。その理由は間違って

無いのかもしれない。

けれど、だからといって人を殺すのはダメだ。

私はそう思って居た。

だけど……。

 

私は、彼の覚悟を否定しきれるだけの自信が

無かった。

彼は、何というか普段から落ち着いていた。

あっちに居たときから、天才と言われても

特にそれを誇示したりしない。むしろ、

普段から寡黙で、感情が希薄だった。

そんな彼が、この世界で兵器を、武器を

作り戦った。

そして、彼は人を撃つことに抵抗の色を

見せなかった。

多分、私がいくら殺人を止めようとしても、

彼は止まらない気がする。

殺人への忌諱感を、一切感じさせない

彼なら……。

確かに、戦うことでしか帰れないのなら……。

そう思う自分も心の中に居る気がする。

でも、やっぱり私は、戦う事を、殺し合う

事を否定したかった。

でも、今の私には出来なかった。少なくとも、

彼を説き伏せるだけの言葉を、

持っていなかった。

 

 

この時、私はまだ知らなかった。彼の出生の

秘密。その存在について。

そして、彼が『神』へと至る存在である事も。

 

 

~~~

迷宮での戦いから既に5日。その日私は

ハジメと共に鍛錬に励んでいた。

その内容というのが……。

「はぁっ!」

「ふっ!」

ジョーカーを纏っての格闘技術だった。

 

ハジメの繰り出すジャブを逸らし、腹部、

顎を連続で殴ってから首元に手を回し

投げ飛ばす。

「ぐっ!?」

倒れるハジメのジョーカー0。しかし

ハジメはすぐに起き上がった。

「まだまだぁっ!」

叫び、殴りかかってくるハジメ。

「ハジメ、格闘技で大ぶりは、厳禁、ですよっ」

「ぐわっ!?」

そう言って、2撃、3撃と避けてからパンチを

掴んで投げ飛ばす私。

 

「もっとコンパクトに、小さく素早く、です。

 大ぶりの技はカウンターを貰う可能性が

 大きいのです。格闘ゲームでは無いのですよ、

 実戦は」

「う、うぐっ!も、もう一回!」

それから私達は、数時間に及ぶ格闘の訓練を

行った。幸い、私の頭の許容量は人間のそれを

遙かに上回る物。知識として格闘技の技や

ポイントを覚えていたのが幸いし、今はこうして

ハジメを相手に格闘技の訓練をしていた。

そして、少し離れた場所で訓練していた香織が

こっそりとこちらを見て笑っていた。

 

オルクスでの一件、いや、香織との告白の

一件以来、ハジメは以前にも増して訓練へ

積極的に参加するようになった。

 

そして、今のハジメのステータスがこれである。

 

~~~~

南雲ハジメ 男 レベル:10

天職:錬成師

筋力:20(4000)

体力:20(4500)

耐性:20(5000)

敏捷:20(4000) 

魔力:20(20)

魔耐:20(5000)

技能:錬成、言語理解、鋼の戦士、王の祝福を

   受けた者

~~~~

 

基本的なステータスは最初の時から2倍程度しか

成長していない。しかし問題は括弧の中だ。

倍などと言う物ではない数値にまで上昇

している。

それに技能にある鋼の戦士、から察するに、

ステータスプレートがジョーカー0の

事を技能として認識している。括弧内の

数値は、ジョーカーの力を数値化した

物だろう。パワーよりも防御力に重点を

おいたジョーカー0の事を考えれば、

納得も行く。ジョーカーには魔力を増幅

するオプションも無いから、その点だけ

数値が変動していないのもうなずける。

……。開発してみるか、魔力増幅装置。

 

しかし、王の祝福を受けた者、とは。

この文章の中での王、とは間違い無く私の

事だろう。……しかし、なぜこんな技能が?

私との繋がりが関係あるのだろうか?

……と言うか、そもそも技能なのか?

 

などと考えている私の横で、ハジメは

ヘルメットを脱ぎ、荒い呼吸を繰り返し

ながら汗を拭っている。

「大丈夫ですか?ハジメ」

「ははっ、何とか、ね」

と、話していると……。

「『ハジメくん』」

 

香織が水筒を手にやってきた。

「これお水。喉渇いたでしょ?」

「あ、あぁ、ありがとう『香織さん』」

と、互いに下の名前で呼び合う二人。

二人は、あの夜以来付き合い始めたが、

私が言ったとおり周囲へは公言していない。

しかしその代わり、互いの事を下の名前で

呼び合っているのだ。

 

「あっ、良かったら『司くん』もどうぞ」

「ありがとうございます」

まぁ、それは私も同じだ。二人は、互いを

守ろうと必死なのだろう。ハジメも

香織も、己の強さを磨いている。

 

と、そこに……。

「ねぇ新生、ちょっと良い?」

「ん?はい」

声がして、顔を上げるとそこはクラスメイト

の女子が立っていた。彼女の名は

『菅原 妙子』。おっとり系ギャルの

見た目の女生徒だ。

「どうかしました?」

「うん。実は新生に貰ったこれなんだけど……」

そう言って、彼女が見せたのは、メカニカルな

鞭、『電磁ウィップ』だ。

 

「実はあとちょっと追加して欲しい機能が

 あるんだよね。出来る?」

「構いませんよ」

電磁ウィップは私が開発した物だ。菅原は

操鞭師という天職を持っているため、

彼女にあった武器として作った物だ。

 

彼女のオーダーは打ち付けた時にダメージが

上がるように、先端に展開式の刃を

付けて欲しい、と言う物だった。

この電磁ウィップは発熱機構と発電機構を

内蔵しており、相手を縛り付けて電流を

流す。打ち付ける際に発熱して相手を

溶断、もしくは熱によるダメージを

与える物だ。

 

その後も、何人は私手製の武器を持った

生徒達がやってきて、私にチューンを

頼んでいった。

 

なぜ、皆が私の武器を持っているのか、

その発端は愛子先生だった。

一昨日、先生が訓練を見に来て私とハジメ、

雫だけが未来的な武装を使って居るのに

気づき、不公平だから皆に武器を作って

あげなさい!と私に言ってきたのだ。

私は覚悟についてを答えたが、それ以前に

身を守るには強い武器が必要だ、と言われて

しまったのだ。

先生として、戦争はしてほしくないが、

それ以前に生徒に死んで欲しくない、と

涙ながらに言われてしまったのだ。

 

流石に断り切れなかった為、『一部を除き』、

私お手製の武器を与えた。

そう、受け取ったのは、全員では無い。

光輝と、檜山たち4人だ。

 

光輝は私の作ったエネルギーブレードの

受け取りを拒否した。その際に……。

「いやっ!俺は自分の力で強くなる!

 与えられた力で楽して強くなろう

 なんて、間違っている!」

そう言っていた。まぁ、私自身

こいつに武器を作るのは若干癪だった

ので、断る理由が出来た。

 

そして檜山たちに対しては、ハジメに

対しこれまでの非礼を土下座して謝罪し、

二度と彼を侮辱するな、そうすれば

武器を作ってやる、と言ったが案の定、

檜山がそれを拒否。戸惑う他の3人に

対して怒鳴りながらその場を後にした。

 

その際、先生から戸惑う視線を向けられたが、

私もここばっかりは譲れなかった。

「どうしてダメなんですか?新生君」

「奴らはこれまで、ハジメを侮辱していました。

 錬成師となったハジメを侮辱し、更には

 ジョーカー0を奪うために襲ってきた

 事もあります。ハジメに対する明確な

 謝罪と、二度と彼にこんな事をしないと

 言う確約が無ければ、私は武器を作る気に

 はなれません。でなければ、奴らはまた

 強くなったと勘違いしてハジメに喰って

 かかるでしょうから。……如何に先生と

 言えど、こればかりは譲れません」

しばし互いの視線を交差させる私と先生。

 

「……。分かりました。私が4人と話を

 してみます。謝って、約束すれば良いんですよね?」

「はい」

まぁ、これまで散々侮辱してきた相手に頭を

下げるんだ。特に檜山はこれを拒否するだろう。

しかし、仮に武器が渡った所でそれを消すのは

私の自由自在。驚異にはならないだろう。

 

ちなみに、武器はクラスメイト達だけではなく

日頃から世話になっていたメルド団長達全員

にもプレゼントした。

まずは、私の細胞から培養して創り出した剣、『マルス』。

この剣は見た目こそ普通の西洋剣だが、耐久力は

私の第4形態並みだ。つまり、並大抵の攻撃では

破壊不能なのである。

次に、相手の攻撃のエネルギーを吸収、圧縮し

おおよそ2倍の出力の衝撃波として相手に

はじき返し、その体をバラバラにする衝撃反射

シールド、『エア』。

この二つをメルド団長達に渡していた。

 

 

その後、私達は再び何度かオルクス大迷宮で

戦っていた。

 

『バンバンッ!!』

「クリアッ!」

『バンバンッ!』

「こちらもクリア」

襲いかかってくる魔物を、私とハジメの

タナトスが撃ち殺す。

 

今の階層は、既に30階層を超えていた。

皆も、私が武器を与えた事でかなりの力を

付けている。

加えて、ハジメも銃を使った戦闘に慣れ始めた

のも強い。

今の私達ならば、リアルな軍隊と同じ動きが

出来る。

 

しかし、皆が強くなるに連れて、不安が

大きくなっていった。そして、ある日。

「メルド団長」

迷宮の攻略を終えた私達は宿に戻った。

そして、その時私は団長に声を掛けた。

「ん?新生か?何だ?」

チラッと周囲を見回せば、私以外に

居るのは団長と騎士の人々だけだ。

 

これなら良いか。

「団長、一つ聞きたいのですが……。

 いつ、人殺しの訓練を始める気ですか?」

「ッ」

私が問うと、団長を始め、騎士の皆さんが

表情を暗くする。

「……。どうして、それを?」

メルド団長がそう問いかけてくる。

 

「幸いにして、今日まで我々は死者を

 出していない。皆も日々戦闘に

 慣れ始めています。しかし、戦闘への

 慣れと人殺しへの慣れは違います。

 ……いい加減、始めなければ。

 実戦で魔族を、人の形をした物を

 殺せと言われても、彼らは必ず

 戸惑います。そして、最悪そのまま

 殺される。……もし、魔族側に

 勇者がいる事がバレれば、向こうが何らかの

 行動を起こしてくるでしょう。今は

 まだ魔物だから良いですが、もし

 本格的に魔族と事を構えてからでは、

 遅いですよ」

「……。そうだな。新生の言うとおりだ」

「それでは、団長」

「あぁ。明日、王都に戻ったらそっちの

 訓練を始めるべきだろう」

「意見を聞いて頂き、ありがとうございます。

 これで、ある程度はふるいに掛けられるでしょう」

「ん?どう言う意味だ?」

「私達の最終目的は、あくまでも自分達の

 世界への帰還です。そのために戦う、と言うのが

 今のところの目標です。しかし、では

 その目標の為に人殺しが出来るかどうか。

 覚悟があるかどうかを調べるのです。

 ここで迷うようでは、実戦では使えない。

 精々魔物の相手が関の山です」

「そうか。……そうだな。……所で、お前は

 どうなんだ?そう言うの」

「既に覚悟は出来ています。大切な友人を

 守る為。敵なら殺す。味方なら守る。

 それだけです。敵にも家族や友人が

 居るようですが、そんな悠長な事を戦場で

 考えていたら死にます。だから、生きるために。

 或いは敵を心配する以前に守らなければならない

 人達の為に、敵を撃ちます」

私は、自分の覚悟を示した。

 

「ホント、お前は頭一つ飛び抜けてんなぁ。

 分かった。もうこれ以上は聞かねぇよ」

そう言って、団長と騎士たちは行ってしまった。

それを見送り、私は自分の部屋に戻った。

 

 

~~~

「良かったのですか?団長。新生殿の

 言う事を聞いて」

歩いていると、部下の一人が俺にそう

聞いてきた。

「遅かれ早かれ、やることになっていた訓練だ。

 それに、あいつの言うとおり本格的な

 戦いになってから殺人訓練、とも

 行かないだろ。どうせ、いずれはやらなきゃ

 ならなかったんだ。ふるいに掛けるってのも、

 奴の言うとおりだ。殺せる奴と殺せない奴に

 分ける。その辺も見極めてやる必要が

 あるさ。……それにしても……」

「新生殿、迷いがありませんでしたね」

「あぁ。友を守る為に敵を撃つ。そのための

 躊躇いもねぇって目をしてたな、ありゃ。

 まぁ、はっきり言ってそう言う奴の方が

 実戦で力を発揮するってもんだ。

 ひょっとすると、あの勇者よりもな」

「光輝よりも、ですか?」

「あぁ。……あいつは強い。しかし、お前等も

 聞いただろ。あいつ、新生が檜山を

 撃ち殺そうとした時止めたよな?そして、

 南雲と新生が、次は許さねぇって

 言ったときもだ。そりゃいきなり

 殺すのはどうかと思うが、次同じ事やった

 として、許すか普通?流石に2度目とも

 なりゃ、撃ち殺されても文句は言えないと

 思うがな。それをあいつは、殺人はダメ

 だと言った」

「……。まさか、勇者である光輝が一番

 戦えない、なんて事は」

「……あるかもしんねぇなぁ。殺人を

 あそこまで忌諱しているようじゃ、

 或いは……」

 

そう、俺は不安げに呟いた。

 

そして、その予想は当たっちまった。

 

 

~~~

翌日、王都に戻っていた私達。そして今日の

訓練となったのだが……。私達の前には、

浅黒い肌で作られた、僅かに耳の尖ったマネキン人形の

ような物がいくつも並べられた。

ちなみに私とハジメは既にジョーカーを纏い、

メットだけ外していた。私がハジメに言って

外したままなのだ。……でなければ、恐らく

『汚して』しまうだろう。

そう考えていると、団長がやってきて

話し始めた。

 

「よぉし、全員居るな。んで、急ではあるが、

 これからお前達には、ある事に慣れて貰う。

 それは、『人の形をした物体への攻撃』。

 まぁ、言っちまえば殺人への忌諱感を

 無くす訓練だ」

と言うと、ザワザワと生徒達がざわめく。

そして……。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいメルドさん!

 これはどういうことですか!?」

やはりあの勇者が食ってかかった。

メルド団長が何かを言おうとしたが、

その前に私が口を開いた。

 

「どうもこうもあるか。私達は戦争を

 しようとしているんだぞ?」

私は一歩前に出て、皆に向かい合った。

そして、後ろのマネキン人形を一瞥する。

「メルド団長、あの人形の肌の色と

 尖った耳、意味があるんですか?」

「あ、あぁ。魔族はその、肌の色が

 浅黒いって事とちょっと耳が

 尖ってるって事以外、姿形は

 あんまり人と変わらねぇ」

と言うと、一番動揺したのは勇者だった。

「そ、そんな!?あれじゃ、見た目は殆ど

 人間と……」

 

「つまり、ここであんな人形程度の物に 

 攻撃を躊躇っているようでは、そもそも

 戦争をしようなど夢のまた夢、

 と言った所か」

そう呟いた次の瞬間。

『ジャギッ!』

私はトールを抜き……。

『バンッ!』

一発、炸裂弾を放った。

『ドバンッ!』

そして、一体の人形の頭が吹き飛んだ。

 

しかし、吹き飛んだ瞬間周囲に真っ赤な肉と血が

飛び散った。

それだけで、後ろでは数人の生徒が口元を

押さえている。

しかし、私にはどうと言う事はない。

 

「ふむ。メルド団長、あの人形には

 何か仕掛けが?」

「あ、あぁ。ただの人形じゃ訓練にならねぇ

 だろうと思って、中にちょっとばかし

 動物の血と肉を入れてある。攻撃を

 受けると、出血したりするようにな」

「成程。リアリティを求めている訳

 ですか。納得です」

と言うと、私はトールをホルスターに

戻した。

 

その時。

「な、何をやってるんだ新生!!」

勇者が私の方に歩み寄って来た。

「何を、とは?」

「何って、今『躊躇いも無く』撃っただろ!?

 その銃で、に、人形を!」

「えぇ。そうですね。人形を撃ちました。

 それが何か?」

「何でそんな簡単に撃てるんだ!もし

 あれが本物だったらとか、考えないのか!?」

 

……ハァ、やはりこいつはバカだ。

団長達の方を見れば、唖然としている。

私にでは無い。勇者にだ。

 

「天之河光輝、やはりあなたはバカで

 どうしようも無い」

「な、何!?」

 

「忘れましたか?イシュタルから説明を

 受けたあの日、『躊躇いも無く』戦争への

 参加表明をしたのは、どこの誰だ?

 貴様だろう。天之河光輝。人を救うと

 言って、戦争をすると言ったのは、

 他ならぬお前だぞ?」

 

「うっ、そ、それは……」

「あれだけ勇ましく戦争をすると言っておいて、

 人の形をした生命は殺せない、だと?

 あの日、私は言ったはずだ。魔族も

 生命である以上、父と母が居て子供を

 作り生活していると。戦争をする、

 と言うのはそれら全てを皆殺しに

 する、と言う事だぞ?」

「そ、そんな必要は無いはずだ!

 こ、言葉が通じるのなら、話し合いで!」

「おい。貴様最初に言った事と今言っている事、

 矛盾しているぞ?最初は戦争賛成だった

 お前が、途端に戦争反対だと?

 ふざけるなよ?」

「ふ、ふざけてなんか無い!だ、大体

 新生はどうなんだ!今みたいに、

 簡単に人を撃てるお前の方が可笑しい

 んじゃないのか!?」

 

「ほう?それを聞くか?ならば教えてやる。

 覚悟がある、それだけの事だ」

「そ、それだけで!?」

「それだけだ。私には戦うに足る十分な理由だ。

 少なくとも、私の友人であるハジメは

 元の世界への帰還を望んでいる。

 だが、それを叶えるために一番可能性

 が高いのは、イシュタルの言うように

 戦争で勝ち、エヒトの力を借りる事だ」

「だ、だったら話し合いで平和的に!」

「平和的に、だと?両種族間で会合を

 開き、平和条約でも結べと?」

「そ、そうだ!言葉が通じるのなら、

 きっと!きっとわかり合えるはずだ!」

「……そうか。平和的解決がお望みか。

 なら、今すぐ勇者を止めて外交官に

 なる勉強をする事だ」

「なっ!?なぜそうなる!?」

「平和的にこの戦争を終わらせたいのだろう?

 だったらそうする他あるまい?

 それとも、貴様にはそれ以外にこの

 戦争を終わらせられる策があるのか?」

「そ、それは……。ッ!い、いや待て!

 そもそも何故こんな話をする!

 僕達は、この世界の人を助けるために

来たはずだろう!?」

「戦って敵を滅ぼし、人族を平和に

 するために、な。……まさかとは

 思って居たが、やはりお前は『ハズレ』だ」

「ッ!?どういう意味だ!?」

 

「お前は最初、勇んで戦争参加を表明した。

 が、人殺しの訓練になった途端に人殺し

 反対、だと?」

そして、次の瞬間私は奴の襟を掴んだ。

 

「貴様、戦争を何だと思って居る……!

 この、甘ちゃん坊やが……!」

『バッ!』

「うわっ!」

私は勇者を突き飛ばした。尻餅をつく勇者。

すると、女子数人が私に怒りの視線を

向けてくるが、無視する。

 

「戦争は殺し合いの場所だと

 何度言えば理解する。あれだけ息巻いて

 おきながらこの様。だから貴様は

 ハズレなのだ。何の覚悟も決意も無く、

 力を振るって、そして見たくない物、

 やりたくない事に反対する。

 救いようがなさ過ぎる。だがまぁ

 喜べ、お前は第一線から外されるだろう。

 精々魔物相手に戦っていろ。人とは

 戦いたく無いらしいからな」

それだけ言うと、私は勇者の前から

離れようとした。が……。

 

「待て!可笑しいのは、お前じゃないか!

 そうやって簡単に人を撃てるお前の方が!

 お前は、楽しんでいるんじゃないのか!

 戦う事が!だから、簡単に人を撃てるん

 じゃないのか!?きっとそうだ!

 お前は楽しいから人殺しが出来るんだ!」

バカ勇者は、まるで私をウォーモンガー

みたいに言い始めた。

 

やはりこいつは私について、勝手に解釈

しているようだ。

ならば一言言ってやるか。

「バカバカしい。言っただろう。

 戦争をするなら覚悟を持てと。

 帰る為に戦う覚悟。大切な友人を

 守る為に戦う覚悟。そのために、

 時には血の雨に濡れる覚悟。

 貴様は大義名分を掲げても、そこに

 それを貫き通す覚悟が存在していない。

 言わば、上っ面だけの空っぽな存在だ」

「か、覚悟があるのなら戦争で人を殺して

 良いと言うのか!?そんな訳無いだろ!

 覚悟とは、それは詭弁だ!」

「……その言葉、そっくりそのまま貴様に

 返してやろう。戦いたく無いからと

 平和的解決云々を言う貴様の言葉もまた、

 詭弁だ。最前線で命を賭けて戦っている

 兵士に、今と同じ言葉が言えるか?

 殺しは良くない、と?それで兵士達が

 納得するとでも?貴様。祖国、家族、友人。

 守るべき人や物があり、戦っている人々に

 今と同じ言葉を言って、納得させられる

 とでも?」

 

そこまで言うと、勇者は立ち上がりこちらを

睨んでいる。何やら今にも聖剣に

手を掛けそうな勢いだ。私は両腕を

組んだままだが、いざとなればトールを

抜く用意をしていた。

いや、いっそのこと武器を抜いたのを

理由に撃ち殺すのもあり、か。

 

等と考えていた、その時。

『スッ』

私とバカ勇者の間にハジメが現れた。

「ッ、ハジメ?」

「な、南雲?」

私達は声を掛けるが、ハジメは何も

言わずに私達の間を通り過ぎ、

タナトスを構えた。

 

「僕は、僕は戦う!帰りたい場所が

 あるから!守りたい人が居るから!」

そう叫び、構えるハジメ。そして

香織は、その言葉を聞いたとき一瞬だけ

息をのんだ。

そして……。

 

「ウォォォォォォォッ!!!」

『ババババババババババッ!!!』

雄叫びを上げながら撃ちまくるハジメ。

無数の炸裂弾が人形の周囲に着弾する。

そして……。

『ドバンッ!』

幸か不幸か、そのうちの一発が人形の

腹部に着弾、上半身を木っ端微塵に

吹き飛ばした。

 

周囲に血が飛び散り、私以外の皆が

呆然となる。

そして……。

「ハァ、ハァ、ハァ!うっ!?」

ハジメは、タナトスをその場に投げ捨てると

壁際に向かって走り出した。

そして……。

「うぅ、うぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

胃の中の物を吐き出した。

やはり、こうなるかもと思いヘルメットを

装着させていなかったのだが、正解だったようだ。

「ハジメくん!」

それを見て、香織が慌てた様子で駆け寄り、

ジョーカー越しに背中をさする香織。

 

それを私が見ていると……。

「ほら、これで、分かっただろ」

何故か勇者が自慢げに語り始めた。

「普通の人間が、お前みたいに簡単に

 人を撃てるわけ無いんだ!それはつまり、

 お前が普通じゃないって事だ!

 だからお前の言っている事はでたらめだ!」

そう叫ぶ勇者に、いい加減殴ってでも

現実を教えようとしたとき。

 

「僕は……」

ハジメの弱々しい声が聞こえ、私は振り返った。

彼は、壁に手を突きながら立ち上がった。

「僕は、司みたいに何かを作れる訳

 じゃない。錬成師って言う非戦闘職だ。

 ジョーカーが無ければ、まともに

 戦えない……!それ、でも……!」

フラフラになりながらも、ハジメは

立ち上がり私を見ている。そして、

次に隣に立つ香織を見つめる。

 

「僕は、家族の所に、あの世界に

 帰るって誓ったんだ。守りたい人を、

 守るって決めたんだ!

 そのために、戦うしか、無いって

 言うのなら、僕は戦う!」

 

「ハジメくん」

決意の籠もった目で、ハジメは真っ直ぐ前を

見つめている。そして、その隣で香織も

彼を見つめている。

やがて……。

 

「ねぇ、司くん。私にも撃てる銃って、

 ある?」

「か、香織!?」

「……」

驚く勇者を無視して、私は指を鳴らした。

そして掌に、白い拳銃を創り出した。

これは火薬を使わない。私の持つ魔力を

利用した武器を作れないか?と思い

開発した物だ。

「これを。これは使用者の中にある

 魔力を吸収し、魔力弾、とでも呼べる

銃弾を形成します。反動も殆ど無く、女性の

香織でも扱いやすいでしょう」

香織は、私の手の中にあるそれを取ろうと

した。

だが……。

 

「待てっ!」

後ろからバカ勇者が現れ私の手首を

掴んだ。

「……。何だ?」

「何だじゃない!お前、南雲と

 同じように香織を殺人の道に引きずり

 込もうって言うのか!?そんなの

 俺は認めない!」

「……貴様が認めなくても、戦う戦わない

 の決意と覚悟をするのは、全て個人の

 判断だ」

「香織!新生の戯言に惑わされるな!

 君は治癒師だろ?なら戦う必要なんて

 無いじゃないか!」

「……。ううん。違うよ。治癒師だから

 戦わないなんて、そんなのただの言い訳

 だよ。光輝くん」

そう言って、香織は私の手にあった

魔力式拳銃、『ティアマト』を手に取った。

 

そして、先ほど私やハジメが立っていた

場所からを構える。

「や、やめろ香織!」

咄嗟に止めようとするバカ勇者。それを

更に私が止める。

「彼女は自らの意思で銃を取った。

 ならばそれをどうするか、決めるのは

 彼女自身だ……!」

いい加減このバカの言い分にはうんざり

していた。だから香織に背を向ける形で、

彼女を邪魔しようとするバカ勇者を

妨害する。

 

そして……。

「ッ!!」

『シュンッ!』

香織が引き金を引いた。銃声らしい銃声も

無く、銃口から放たれた白い魔力弾が

空気を裂いて飛んでいく。

そして……。

 

『ドッ!!!』

人形の腹部に突き刺さった。

威力が弱かったのか、貫通したりする事は

無かったが、腹部は大きくへこんでいる。

そして、その影響か僅かに人形の隙間から

血が流れている。

 

あれが生身の人間だったなら、まず間違い無く

内臓損傷は確実だろう。下手をすると

破裂しているかもしれない。

等と思って居ると、香織が震えながらティアマト

を落とし、その場に膝を突いた。

 

「こ、これが、銃の、感覚?私は……」

「大丈夫か香織!?」

そんな彼女にバカ勇者が歩み寄り肩に

手を置くと、キッとこちらを睨み付けた。

「新生!!なぜ香織に銃を渡した!お前の

 身勝手な行いのせいで彼女は傷ついたんだ!」

 

何やらワーギャーと五月蠅い。そう思いつつ、

香織が立ち上がるのを待っていた。

そして、香織は地面に落ちた拳銃、ティアマトを

手に取ると、私の方へと近づいてきた。

「か、香織!?」

「……。ねぇ、司くん。戦うって、人を

 殺す事なんだよね?」

「そう。それが戦争です」

 

「……私ね、今自分で銃を撃ってみて、思った。

 怖いなって、こんな事に慣れたら怖いなって。

 ……でも、でもね。それ以上に、私は私の

 大切な人を守れない事の方が怖い」

 

そう言って、香織は涙を浮かべていた。

「この前、雫ちゃんが司くんから剣を

 受け取ってた時、言ってたでしょ?

 後悔するかもしれないけど、戦うって。

 ……私も、今はそう思ってる。

 戦う事を選んで、たくさん後悔する

 かもしれない。それでも、私は私の

 大切な人を守りたい」

そう言って、笑みを浮かべる香織。

 

そしてあのバカ勇者は

「香織、そこまで俺の事を」

などとほざいている。誰が何時貴様の

事だ言った、とツッコみを入れたいが、

今は我慢して香織の話を聞く。

 

「だから、そのために私も戦う」

 

「……例え、後悔したとしても覚悟が

 あるのなら、それはきっと乗り越えられる。

 ……あなたが戦うと言うのなら、

 私は止めない。その魔力式拳銃、

 ティアマトは、あなたに差し上げます」

「うん。ありがとう、司くん」

 

私に礼を言うと、香織はハジメの方へと

歩み寄った。

その後ろで、「か、香織?俺はこっちに……」

などとふざけているバカ勇者がいる。

いや、こいつは真面目なのだろうが……。

もはや救いようが無いな。

 

とか思いながら二人の動向を見守る。

 

「ハジメくん。その、私もハジメくんと

 司くんのパーティに入れて欲しいの」

と言うと、周囲の皆がざわめく。

 

「か、香織!?何を言ってるんだ!君は

 俺のパーティの仲間じゃないか!

 何で南雲や新生なんかの所に!」

叫ぶバカ勇者。しかし二人の注意を逸らす

程の物では無かった。

 

「私も、強くなりたい。強くなって、

 守りたい人が居るの。そのために、

 二人の戦い方とかを見て、もっと

 強くなりたい。だから……」

そう言うと香織は、今度は私の方へと

視線を向けた。

 

「私にも、切り札(ジョーカー)を下さい。

 守れる力を」

 

そう言って、香織は頭を下げた。

 

「か、香織!?君まで何を言ってるんだ!

 この前の雫みたいに!こんな物に

 頼ったって、人殺しになるだけだ!

 止めるんだ香織!」

 

もはや、こいつの言葉は香織には

届いていないようだ。

まぁ自業自得だ。

そして、彼女の方へ目を向ければ、

真剣に真っ直ぐな目でこちらを

見ている。

 

これ以上、何かを言うのは野暮か。

「……分かりました。雫の分も含めて、

近日中には用意出来るでしょう」

「……ありがとうございます」

 

そう言って、再び頭を下げる香織。

 

すると、バカ勇者が掴みかかってきたので、

その手を掴んで止めた。

「お前、まさか香織にまでジョーカーを、

 その兵器を渡す気か!?」

「そうだ。それが何か?」

「ふざけるなっ!そんな物、香織には

 必要無い!」

「必要無いだと?それは貴様が決める事

 じゃないだろう。香織が何を欲し手に

 入れるのかは、彼女が自分で決める事だ」

 

そう言って、私はバカ勇者を押しのけ遠ざける。

「そうか。分かったぞ。お前、あの

 鎧に何か特殊な装置を仕込んでるな!?

 それで南雲を操って、更に香織まで!」

「いい加減にしなさい光輝!」

何やら過大解釈を始めたバカ勇者を

一発ぶん殴ろうとした時、雫が

止めに入った。

 

「何バカな事言ってるのよ!新生君が

 そんな事する訳ないじゃない!」

「だけど雫!そうで無ければ香織が殺人者に!」

「まだ分からないの!?要は、今の私達は

 試されてるのよ!私も、香織も、

 南雲君も!皆も!……ここで、あの人形を攻撃

 出来ないようじゃ、戦争なんて出来ない。

 戦えない」

「し、雫」

「私は元の世界へ帰る。そのために

 戦う。だから……!」

そう言うと、雫は私の与えたヴィヴロブレードを

抜き放ち、構えた。そして……。

 

「はぁっ!!」

一瞬のうちに人形との距離を詰め、その胴体を

左肩から右脇腹に掛けてを、斜めに一刀両断した。

切られた上半身が落下し、中から肉と血が

溢れ出す。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……!ッ!」

その時、雫がフラついた。

「雫!!」

咄嗟にバカ勇者が叫ぶ。が……。

 

『ギュッ』

一瞬で距離を詰めた私がその腕を引き、

止まらせる。

「大丈夫ですか?雫」

「う、ん。ありがとう。……けど、 

 慣れないね。ホント、相手は人形

 なのに」

「私以外で慣れていたら、それはそれで

 問題ですがね」

「え?それって……」

 

聞こうとする雫を無視する形で、

私は後ろの皆の方へと歩み寄る。そして語る。

「諸君、今見て貰った通りだ。諸君は

 これまで魔物と戦ってきた。しかし

 それは所詮魔物。もし魔族との戦いが

 本格的に始まれば、当然人の姿をした

 あの人形程度を倒せないようでは、実戦で

 戦うなどバカのやることだ。敵一人

 殺せないのなら、そもそも戦争をするな。

 ……よって、諸君等には今のところ3つの

 選択肢がある。一つ。戦争を避け、王城か

 どこかで引きこもるか。二つ。人型である

 魔族とは戦えなくても、魔物と戦うか。

 そして三つ。血を被る覚悟で魔族と戦うか。

 こんな所だろう。これら選択肢の

 決定は、諸君等自身にある。覚悟が無いの

 なら、戦うのは止めた方が良い。死ぬだけだ。

 しかし、たった一つでも戦える理由があるの

 ならば、戦えるはずだ。だからこそ、私は

 この言葉を語る」

 

「私は好きにする。諸君等も好きにしろ」

 

そう、選ぶのは全て、彼ら自身だ。

 

「戦うのが嫌なら武器を捨てろ。だが

 覚悟と意思があるのなら戦えば良い。

 自分の道は、自分で決めろ。他人に

 託すな。それは自分の人生だ。誰と

 歩み、誰を守るのか、何を成すのか。

 それは全て、自分で決める事だ。私の

 意見、その全ては第三者からの言葉で

 しかない。

 それを鵜呑みにするな。自分の頭で

 考えて行動しろ。……とりあえず、

 言っておきたい事はこれだけだ」

 

それだけ言うと、私はハジメの元に

歩み寄った。

 

その背を、バカ勇者が憎たらしげに

睨んでいるのにも、気づいていたが。

 

 

そして、結局武器を手に取ったのは全員

だった。と言っても、戦争に本格的に参加する

気のあるのは少ない。

精々、2割か3割と言った所だ。残りは

魔物退治だけの方が良いと言うのだった。

 

まぁ、彼らは元一般人。戦い慣れなど

していない。むしろ2割も良く残ったものだ。

しかし、その2割の中にあのバカ勇者もいた。

そのくせあの人形を攻撃しては居ない。

奴は戦争参加組の中に入っているつもり

だろうが、奴は戦力外だな。

 

まぁ良い。私はハジメと香織を守り、

二人の幸せを守るだけだ。それが私の戦う

理由なのだから。

 

     第5話 END

 




私は好きにする~~、の台詞は皆さんお察しの
通り、シン・ゴジラの牧教授の遺言の
オマージュです。

感想や評価、お待ちしています!

※あと、心配しないで下さい。ハジメ達は
 ちゃんと真のオルクス大迷宮に行きます。
 違うのは、ハジメ一人ではない事。
 最初から強いこと、などなどです。


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第6話 決別

今回もオリジナルです。けど、次回からオルクスへ
向かいますのでご心配なく!
オリキャラが登場します!一応、司の嫁候補です。


~~前回のあらすじ~~

ベヒモスを倒し王都へと帰還した

ハジメ達。そんな中で活躍著しいハジメと司。

二人は周囲に自らの実力をしめした。

そんな中で司は愛子に説得されクラスメイトの

大半にお手製の武器を配った。

一方で、司の提案から対人戦闘の為の、

もっと言えば殺人行為への訓練が始まる。

これに抵抗する光輝だったが。

司に続く形で、ハジメ、香織、雫は戦う

意思を示したのだった。

 

 

~~~

殺人訓練の開始から既に3日。

これらの訓練に参加しているのは、今のところ

私、ハジメ、香織、雫、坂上など数人。そしてあの

バカ勇者だ。

とは言え、奴は人形一つまともに殺せては

居ない。

 

それを横目に、私とハジメ、更に香織が

オートマチック拳銃、『ノルン』を使って

射撃練習をしている。

タナトスやトールなどは、炸裂弾を使って居るが故に

一撃で相手を殺してしまう可能性がある。

そこで開発したのが、ノルンだ。

これはあらゆる弾丸、非致死性の電撃弾を始め、

AP弾やホローポイント弾、通常弾など、様々な

銃弾を撃てる。

 

一度、あのバカ勇者に電撃弾を込めたのを渡して

撃ってみろ、と言ったが、これで奴はそれを拒否し、

『お前の策略には乗らないぞ!』などと

言い放った。非致死性弾丸だと事前に

言ってもこれである。

やはりこいつは、戦力外だな。

 

などと思いながら、ノルンの射撃練習を終える

私達。

「ふぅ」

香織は息をつき、人を撃つ緊張感からか大量の

汗を掻いていた。

「あの、香織さん。良かったらこれ」

そこへ、ハジメがタオルと水筒を差し出した。

「あっ、ありがとうハジメくん」

香織はタオルと水筒を受け取り、汗を拭くと

水を飲んだ。

 

その後も訓練を続けているが、二人とも訓練には

必死に取り組んだ。

……やはり、守るべき存在が居ると言う事の

影響力は強いのだろう。

 

なんやかんやでお昼時。皆がそれぞれ

集まって食事をしていた。ちなみに私の側に

居るのは、ハジメと香織だ。

数日前から、私達3人で集まって食事を

する事になった。

そして案の定、バカ勇者が絡んでくるが、

そのたびに香織が『私が二人と食事したいから

してるんだよ』と言って、更に雫がバカ勇者を

たしなめ席に連れ戻している。

 

そして、そんなある日。

「ハァ。……なんか、毎日洋食って飽きるよなぁ」

と、近くの席に座っていた男子が呟いた。

「……こっちに来てから米、食ってないしなぁ」

「お米、熱々のご飯。あ~~。俺は米が食いて~」

「おいよせよ。俺までご飯が食いたくなる」

そのやりとりを、周囲の皆も聞いていたようで、

数人が「お米かぁ」とか言っていた。

 

「……さながら食のホームシックですね」

「うん。こっちに来てからお米って見た事

 無いもんね」

「ご飯、確かに懐かしいな~」

私が言うと、ハジメが頷き香織が相槌を打つ。

「やはり二人も、ご飯が懐かしいですか?」

「うん」

「そうだね~」

私の言葉に頷くハジメと香織。

 

……。米、か。

皆、やはり米が主食の日本人とあって米が

食べたいようだ。まぁ私も分からない訳でも無い。

少し、聞いてみるか。

私は食事を終えると、厨房の方へと向かった。

 

「すみません」

「ん?おぉ、神の使徒様。何かご用で?」

そこで、一人のシェフだと思われる男性に

声を掛けた。

 

「実は……」

私は、元の世界の料理で米の事を話した。

 

「成程。慣れ親しんだ料理が無くて

 皆さん落ち込んでる、と」

「はい。それでなんですが、この世界に 

 お米はあるのかどうか、聞きたいのですが」

「う~ん。……あっ、そういやありますね」

ある、と言ったのか?このシェフ。

「本当ですか?どこに?」

 

「はい。実はウルという名前の街があるんです。

 そこは湖畔の街で、稲作が有名なんですよ」

「稲作、つまり米ですか」

そこへ行けば米が仕入れられる、か。

幸い金が無い訳でも無いし……。

行ってみるか。

 

そう思い、私は行動を開始した。

 

 

~~~

そして夜。生徒達は夕食の為に食堂

へと向かった。

するとそこで出てきたのは……。

 

「こ、これって!?カレーライス!?」

まごう事なき米料理、カレーライスだった。

「すげぇ!なんでカレー!?ってか

 こっちの世界にも米あったのか!?」

皆が皆、久しぶりのカレーに舌鼓を打っていた。

そして、殆どの生徒はそれを食べ終えると

部屋を出て行った。その後に、香織とハジメ

だけが残って厨房の方へ向かった。

「あれ?二人ともどこへ……」

それに気づいた雫も、二人の後を追った。

 

そして、厨房に行けば……。

「え!?新生!?」

そこではシェフの格好をした司がいた。

「ん?あぁ、雫ですか。どうしました?」

「いや、えっと、南雲君と香織がこっちに

 来るのが見えたから来てみたんだけど……。

 あっ!もしかしてさっきのカレーって!?」

「はい。私が作った物です」

「あんたが?って、そういやたまに自前の

 お弁当持ってきてたわね。……それにしても、

 よくお米とか見つけたわね」

「お昼時、何人かが米料理を食べたいと

 言っていたので、気になって調理人の

 方に聞いたところ、ウルという湖畔の街で

 稲作が盛んだと聞いたのです。なので場所を

 教えて貰い、あの時迷宮から脱出したのと

 同じ空間跳躍でウルの街へ行き、お米を

 買い付けてきました。が、料理に迷って

 居たとき、偶々街でカレーライスモドキの

 料理を作って居る店があったので、更に

 香辛料などを仕入れてきて作り上げました」

「へ~。って言うか、あんた動き出すと

 ホントアグレッシブよね。空間跳躍とか」

と、苦笑を浮かべる雫。

「けどまぁ、美味しいカレーも食べられたし、

 ありがとね、新生」

「いえ、お粗末様でした」

こうして、司の一日シェフは終わった。

 

のだが、司のカレーを口にした厨房のシェフの

人達が私に料理を教えてくれとせがんできた。

日頃からお世話になっている手前、断れる

訳には行かず、司は色々と(トータス人にとっては)

異世界料理である日本や各地の料理を教える

羽目になったのだった。

 

 

~~~

そして、数日後。

その日は、再びオルクス大迷宮に潜っていた。

転移から既に1ヶ月近くが経とうとしていたことも

あり、皆は魔物相手から余裕で戦えるように

なっていた。

今はもう、50階層まで余裕で降りられる程だ。

そしてその日は午前中の内に55層まで攻略した

あと、私の力で上にまで戻った。

 

そして、その日は普段から訓練を頑張っていた、

と言う事で午後はホルアドの街で自由行動

となった。

 

その時、香織とハジメは二人でどこかへ

行こうと言う事に。しかし……。

「香織、どうせだから俺とどこかに

 行かないか?」

空気を読まずに香織を誘うバカ勇者。

だが……。

「あっ、ごめん。私ハジメくん達と

 行くから。じゃあ後でね」

と言ってあっさり断られてしまった。

呆然とする勇者に、内心ほくそ笑んでいた

のだが……。

 

ん?香織はさっき、ハジメ『達』と言ったのか?

「ほら司、行くよ」

「行くよ~司くん」

何故か二人は私の手を引く。

いや、ここは二人っきりでデートパターン

だろうと思うのだったが、近くに他の

奴らも居る。特にバカ勇者が。そう考えると、

二人して歩いてデートしている所を見られて

付き合っているのがバレるのは不味い。

 

……いや、そもそも付き合っている認識など無い

バカ勇者になら見られても逆に大丈夫か?

 

などと考えながら、私はハジメ、香織と共に

ホルアドの街を散策する事に。

結局私達は殆ど食べ歩きのような物を

していた。

 

しかし、迷宮の近くにある冒険者の街。

私達はとある怪我人が運ばれていく場面を

目撃した。

 

「退いて退いて!怪我人が通るよ!」

怒号が聞こえ、そちらを向くと右腕の肘から

先を無くし、血を流す冒険者が仲間と思われる

冒険者と共に、近くに見える病院のような

施設に運ばれていった。

それを、じっと見送っていた香織。

 

そして、それを見た私は……。

「……決めるのはあなたですよ?」

「ッ」

「助けたいと思ったなら、助ければ良い。

 私達に迷惑がどうの、などと考えているので

 あれば不要です。あなたが成すべきだと

 思ったのなら、行動すれば良い」

私がそう言うと、香織はハジメの方を見た。

ハジメも、笑みを浮かべながら無言で

頷いた。

 

それを見て、香織も頷き彼女は病院のような

建物へと走って行き、私とハジメも続いた。

 

 

「天の伊吹、満ち満ちて、聖浄と癒やしを

 もたらさん。『天恵』」

そして、治癒師としての力で怪我をした

冒険者を助ける香織。

すると、先ほどまでうなっていた冒険者が

安らか表情と呼吸になる。

「とりあえず、傷を治しました」

「すまない。見ず知らずの仲間のために。

 何と言ったら良いか」

香織の言葉に、男の仲間と思われる冒険者の

一人が頭を下げた。しかし彼は、すぐに

悲痛そうな表情で彼の右腕を見つめた。

 

傷は治っても、失った四肢を回復させる事は

出来ないのだ。

「……こいつも、これで冒険者は廃業か」

残念そうに男を見つめる冒険者。

すると、香織がこちらに視線を向けてきた。

「ねぇ司くん。何とか出来ないかな?」

「まぁ、出来なくは無いですが……」

「じゃあお願い!私じゃ、出来ないから」

悲痛な表情の香織に頼まれては、断る

事も出来るはずが無い。

 

そして、私は男の頭上でパチンと指を

鳴らした。

 

すると、無くなっていたはずの男の右腕が、

周囲の者達が気づいた時には、傷一つ無い

形で元に戻っていた。

「えっ?!こ、これは一体!?」

驚く仲間の冒険者。しかし、ここまで

やってしまったのなら、いっそ。

 

「ドクター。この病院には他にも四肢欠損

 などをした怪我人は居ますか?」

「え、あ、は、はいっ。ここはダンジョンで

 負傷した冒険者の為の病院なので、他にも

 たくさん」

「そうですか。ではそこへ案内して下さい。

 彼らの傷などを『消します』」

「は、はいっ!こちらへ!」

 

ドクターの一人に案内され、場所を移る

私達。

「その、良かったの?司くんに

 何か頼む形になっちゃったけど……」

「元々、香織があの男を助けたい為に

 動き出した結果です。お気になさらずに」

道中、聞いてきた香織にそう答えながら、

私は病室を回り、指を鳴らすだけで、

彼らの傷を全て『無かった事』にした。

 

私の力は、言わば『事象・概念への介入』。

先ほどの男は、右腕を喪失したと言う『事象』に

巻き込まれていた。だからその事象を上書きして、

『無かった事』にしたのだ。

喪失の無効化。つまり腕の復活である。

 

そして、私が病院を回りきる頃には100人

ほどの冒険者を再起可能にしていた。

そして、私達が出て行く時。

 

「奇跡、奇跡だ。あの人、いやあのお方は、

 指を鳴らすだけで怪我人を治した。あのお方は、

 『奇跡の担い手』だ」

なにやら、ドクターの一人が私の背中を見ながら

そう呟いていたのを聞いていたのだった。

 

 

そして、夕暮れ時。

私達は郊外の公園へと足を運んでいた。

「ごめんね、ハジメくん。色々回ろうとか

 言ってたのに……」

「う、ううん!別に気にしてないって!

 香織さんや司のおかげで大勢の人が

 助かったみたいだしさ!気にしてないから!

僕は!」

……相変わらず、まだまだ緊張しているハジメ。

それが初々しいな、と持っていたとき。

 

――助けて――

 

私の強化された聴覚に、声が聞こえ、私はバッと

後ろに振り返った。

「ん?司?」

その様子に気づいたのか、ハジメと香織も

こちらを向く。

しかし私は森の奥の方へと視線を向けたままだ。

 

そして、見つけた。

 

「助け、て」

ボロボロの姿で、金髪の14、5歳くらいの少女

が森の中からこちらに手を伸ばしている姿を。

『バッ!』

私は考えるより先に飛び出した。

 

すぐに少女の元に駆けつけ、倒れそうに

なる彼女を抱き留め、首元に指先を

当て、彼女の様子を精査する。

……。脈はアリ。しかし極度の栄養失調。

このままでは空腹で死ぬな。今は

気を失っている。私が気づいた事で、

安心したのだろうか?

 

そう考えた私は彼女の顔に右手を翳し、

エネルギーを彼女の中に送り込んでいく。

「司っ!」

そして、その頃には咄嗟に追ってきた

二人が追いついた。

「司、どうし、ッ!?女の子!?」

「えっ!?どうして、それもこんな

 ボロボロな格好で!」

驚く二人。そんな中でエネルギーの

供給を終えた私は、指を数回鳴らして、

彼女の体の各部にあった傷、汚れた

体を『無効化』し、綺麗に整えた。

 

しかし、この子の特徴を見る限り……。

 

「人、では無く亜人族ですね」

「亜人?それって大陸の東の樹海で

 暮してるって言う?でもどうして

 そんな子がホルアドの近くに?」

と、首をかしげる香織。

「……。あくまでも推論ですが、彼女が

 ここまでボロボロだったのを見るに、

 『何か』から逃げてきた。そして

 その何か、とは恐らく帝国の兵士でしょう」

「帝国?何で?」

「帝国は我々の居る王国と違い、実力主義の、

 傭兵の多い国家です。そして、帝国は

 奴隷制を認めています。加えて、亜人族は

 人から差別されている存在。恐らくその

 樹海の辺りで帝国に捕えられた物の、

 何かの理由で逃走し、這々の体でやっと

 ここまでたどり着いた、と言う所

 でしょうか?」

 

「そんな。……あっ!でもこの子どうするの!?

 このままここに置いておく訳には!」

……香織の言葉も最もだ。

しかし……。

 

「我々が彼女を匿うのは、かなりのリスクを

 覚悟しなければなりません」

「え?どういうこと司」

「彼女は亜人族。つまり、エヒトの信者から

 見れば、下等種族。そしてイシュタルは

 もちろんの事、人族の大半は聖教教会の

 信者です。当然、王城の内部にも信者

 は多いでしょう。……神の使徒と言われる

 私達が、その差別対象である亜人を

 匿ったとバレたら、どうなるか。

 ……最悪、聖教教会や王国を敵に回すかも

 しれません」

「ッ!?マジ、で?」

「あくまでも最悪の可能性です」

ハジメの言葉に、そう伝える私。

 

「私としては、助けても構いません。

 いざとなれば、国や組織を敵に回す

 事も厭いません。……こんな時に言うのは

 あれですが、私には元の世界に自力で

 帰れる可能性があります」

そう言うと、二人は驚いた表情を浮かべた。

 

「つ、司!?それホント!?」

「はい。今は詳しく話しませんが、可能性は0

 ではありません。つまり、最悪聖教教会を

 敵に回しても帰れる可能性があります」

私の言葉に、二人は黙り込む。

 

やがて……。

「僕は、助けるべきだと思う」

「……」

静かに呟くハジメに私は黙ったまま聞いていた。

「司は帰れるって言ってくれたけど、それ

 以前に、それが正しいって思うから。

 この子は、助けを求めたんだよね?」

「はい」

「……なら、助けてあげよう」

「分かりました」

私はハジメの言葉に頷いた。

 

そして、香織は……。

「うん。私も、この子を助けるのに賛成」

「……良いのですか?」

「うん。……司くん、言ってたよね。

 好きにしろ、って」

「えぇ」

「じゃあ、私も好きにする。二人と一緒に、

 この子を助けるよ」

「……分かりました。とりあえず、宿屋へ

 運びましょう。……何か、文句を

 行ってくる奴が居たら、私の殺気で

 黙らせますから」

 

そして、私達3人は気を失った彼女に

私が作った大きなフード付きコートを

着せてハジメが背負った。そのまま、

宿屋へと向かう。

そして、たどり着いた私達はそのまま、

戻っていたメルド団長達に声を掛けつつ

私とハジメの部屋に行こうとした。

 

が……。

「香織、帰っていたのか?ん?おい南雲。

 背中のそれはなんだ?」

あのバカ勇者が声を掛けてきた。

「な、何でも無いよ。ちょっとね」

咄嗟に誤魔化すハジメ。

しかし、逆にそれが奴の不信感を

煽ってしまった。

「……。怪しいな。おい南雲!

 それは何だ!やましい事が

 無いのなら見せろ!」

こちらに近づいてくるバカ勇者。

おかげで周囲の目もこちらに

向いている。

 

「お前には関係無い」

咄嗟にバカ勇者の前に立つ私。

「ッ!お前、何を企んでいる!

 まさか、何か犯罪を!?ふざけるな!

 犯罪に香織を巻き込むなど、許さないぞ!」

 

次の瞬間、バカ勇者、いや、バカは距離を取り

聖剣に手を掛けた。

そして、私も……。

『ジャギッ!』

トールを構え、狙いを付ける。

その姿勢に周囲が驚く。

 

「……天之河。先に言っておくぞ。剣を

 抜いたが最後、決闘等というふざけた

 事は抜かすなよ?武器を取ったが最後、

 それは殺し合いだ。だから、お前が剣を

 取り斬りかかってくれば、私は貴様を

 殺す気で行く」

 

私は、さっきを乗せて狙いを付けたまま、

離さない。

「新生、いや貴様の狙いは何だ!

 南雲が背負っているそれの正体は!

 やましい事で無いと言うのなら、

 何故俺たちに話せない!」

「言っただろ。貴様には関係無い。貴様が

 首を突っ込まなければ穏便に済むことだ」

「ふざけるなっ!香織を犯罪に巻き込むなど、

 僕が許さない!」

 

ちっ。……分からず屋のくせに……!

互いに睨み合い、一色触発の雰囲気。

その時。

 

「ん、んん……」

ハジメの背負っていた少女が起きてしまった。

それだけで皆の視線がハジメの背中に

集まる。

「あ、れ……?ここ、は……」

「わ、わわっ!だ、ダメだよ起きちゃ!」

咄嗟に慌てるハジメ。すると、少女は

現状を理解したようで。

 

「い、嫌!下ろして!下ろしてぇ!」

「わっ!?ちょっ!?暴れないで!

 落ちる落ちる!」

少女が暴れ、ハジメの体がフラつく。

そして……。

『ガタッ!』

「うわっ!」

「きゃっ!」

ハジメが椅子の足に躓いて少女が床の上に

尻餅をついてしまった。

 

そして、そのせいで少女の頭部を覆っていた

フードが取れてしまう。

「ッ!?子供!?いや、それ以前にその耳、

 まさか亜人の森人族か!?」

その時、騎士の一人が剣を抜こうとした。

 

私は、咄嗟に左手にトールをもう1丁取り出し、

その騎士に向ける。

「ッ!?新生!貴様どういうつもりだ!」

バカが本格的に聖剣を抜こうとしたとき。

 

「みんな待って!!!」

香織が叫んだ。

「司くんも銃を下ろして!お願い!私が

 話すから!」

……。仕方ない。

私は両腿にホルスターを作るとそこに

トールを収めた。

更に……。

「お前もその手を離せ」

「団長!」

メルド団長が騎士を収めた。

「それと光輝。お前もだ。剣から

 手を離せ」

「しかしっ!」

バカが叫ぶと少女はビクッと体を

震わせ、私は再びホルスターに手を

伸ばす。

「……武器抜こうとしてたら話も

 出来ないだろうが。良いから離せ」

「……。分かりました」

バカが剣から手を離すと、私も

ホルスターから手を離した。

 

「それで、どういうことだ?これは」

「はい。私が話します」

 

その後、場所を食堂に移し香織が全てを離した。

外で公園を訪れた時、偶然にも私が少女の助ける声を

聞いたこと。それを助けた私達3人は

少女を保護しようとしたこと。人族の

間で亜人に対する差別意識が大きい事から、

目立たないようにコートとフードを

着せて連れてきた事を、全て。

 

「成程な。事情は大体分かった」

腕を組みながら頷く団長。

「まぁ、確かに人間の中には亜人を

 差別する奴も多いが……。

 それで、お前達はどうする気だ?

 そこのガキを」

「そこまでは何とも。話をして

 みない事には。助けてしまった以上は

 乗りかかった船。出来れば彼女を

 祖国、フェアベルゲンにでも

 送り届けるか、不可能ならば

 我々、私とハジメ、香織の3人で

 保護する、と言った所でしょうか?」

「保護、だと?」

「幸いと言うべきか、私達3人は

 亜人族に思う所などありません。ご存じの

 通り異世界人。聖教教会に入信

 した覚えも無いですし。だから、正直に

 言えば聖教教会の亜人に対する差別

 意識など知ったことでは無い、と言った所です」

私がそう言えば、側に居て俯いてた少女が

僅かに視線を上げてこちらを見ている。

 

「それに、迷宮などで入手した魔石を売って

 ある程度収入も得ています。物は私の

 力でいくらでも作れます。少なくとも、

 彼女にある程度裕福な衣・食・住の

 3つを提供出来る自信はあります」

「そうか。……しかし分からねぇな。

 それでお前たちに何かメリットが

 あるのか?」

 

「ありません」

『『『ガタタッ』』』

と言うと、周りの生徒達が何故かずっこけた。

まさか私が、メリットが無いと動かない薄情者

だとでも思って居たのか?まぁ良い。

「しかし無いとは言い切れないし、今のところ

 あると考える要素は無いです」

「そうかい。それでもか?」

「彼女は私達に助けを求めた。ハジメと

 香織も彼女を助けるのには賛成している。

 私としては、これだけ理由があれば十分です」

「……分かった。それで、当面は?」

「まずは彼女の意思を確認します。食事を

 してもらい、落ち着いたら我々の事情。

 彼女に害を与える気が無い事を伝えます。

 まぁ、いきなり話せと言っても無理が

 あるでしょう。当面は、ここに滞在させ

 つつ話を聞く。王城の方は、こっちよりも

 聖教教会の人間が居て五月蠅そうですし」

「ははっ。違いねぇ。……分かった。んじゃ

 俺等は明日一旦王都に戻るが、お前等はここに

 滞在するんだな?」

「はい。……亜人である以上、狙われる

 可能性もあります。そう言う意味では、ここに

 彼女一人置いて行くわけにも

 行かないでしょうし」

「そうか。分かった」

 

その後、私達は少女と共にここに滞在

する事にした。最初、宿屋の人間が

彼女の滞在を渋ったので、相場の10倍の

金を出して、文句があるなら他の店に

行くと言ったら、即行で承諾した。

 

ちなみに、何故かバカ、脳筋、雫の3人も

ホルアドに残っている。

どうやらバカが、『香織を新生や南雲と

一緒のままにしておけるか!』とか

言って残ると言ったらしい。

他の二人は、そのバカと一緒に居る

目的で残ったようだ。まぁ、雫は

常識的だし、脳筋、坂上もバカに

比べればまだ良識がある。残って

くれたのはありがたい。

 

ちなみに、坂上は私が与えた武器で

巨大でメカニカルなグローブを持っている。

相手を握りつぶしてよし、殴って良し、

更に魔力を込めれば拳型エネルギーを

飛ばす事も出来る。遠近両方に対応した

装備だ。

 

一方の私達はと言うと……。

保護した翌日の朝。私は朝食をお盆に載せて

運んでいた。向かう先は香織と少女の部屋だ。

彼女自身、異性よりは同性の方が落ち着ける

ようなので香織に頼んだ。加えて、部屋の

前には常に私が立っていた。

 

元より人に擬態した身。普段は人間と活動

サイクルを合わせるため眠っていたが、

本来なら眠らずとも体を休める事など

十分に出来るのだ。

 

『コンコンッ』

部屋の前にたどり着くと、扉をノックした。

「香織、起きていますか?香織と

 少女の分の朝食をお持ちしました」

「あぁうん。ありがとう司くん。

 入ってきて良いよ」

「失礼します」

ノックすると中から香織の声が聞こえたので、

断りを入れながら中へ入る。

 

中に入ると、香織と例の少女がいた。

 

少女は、小柄だった。見た目は

私達の世界で中学1年か2年くらいだろうか?

金髪のショートヘアに、碧眼。その瞳の

色はサファイヤのようだ。

今、少女は香織が見繕ってきた服を

来ている。

白のスカートに茶色のブーツ。

上にはノースリーブの白い服を着て

その上に、緑色で肩の前で留める、

二の腕くらうまでの長さの、短めのマントを

羽織って居た。

 

その少女を一瞬だけ一瞥して二人の

前に食事を置く私。今日の朝食は

トーストに卵料理、サラダとスープ

と言った簡単な物だ。最初は宿屋の

シェフに頼もうとしたが、亜人の食事を

作ると聞いて、嫌な顔をされたので

毒を混ぜられると不味いと思い

厨房を絶望の王の殺気で脅し、げふんげふん、

頼んで貸して貰い私が作った。

 

少女は、戸惑った様子で料理を見つめていた。

「あっ、もしかして、苦手な物でも入ってた?」

それを見ていた香織が聞くと……。

「い、いえ。違い、ます。これ、食べて、

 良いん、ですか?」

「えぇ、どうぞ。あなたの為に用意した物です。

 お好きなだけ食べて良いんですよ?」

私が促すと、少女は恐る恐る、という感じで

パンを食べた。最初はゆっくりと一口。

それを咀嚼して飲み込むと、それからはもう

スピードアップだ。すぐに料理を食べ終えて

しまった。

 

「はふ~~」

満足げに息を吐き出す少女。彼女、昨日の夜は

水以外殆ど口にしていない。私がエネルギーを

分け与えたのもあるが、周囲に人しか居ない

状況だ。緊張と恐怖で食べ物が喉を通らなかった

のだろう。

 

「どうやら、お口に合ったようですね」

と私が言うと、少女は少しびっくりした

ように肩をふるわせた。

「は、はいっ、あの、えと、と、とても、

 美味しかった、です」

「そうですか。それは良かった」

「……。あの。この料理って、あなたが

 作ったんですか?」

「えぇ、そうですけど、何か?」

「えっと、その、美味しい料理を、

 ありがとうございました」

そう言って、少女は頭を下げた。

「いえいえ、お粗末様でした」

そんな彼女に、私も微笑を浮かべながら

そう返すのだった。

 

そして、朝食の後。香織の部屋に訪れる

私とハジメ。

流石に3対1で向かい合うのには怖い

だろうと思って、香織には少女の隣に

座って貰った。

 

そして、私達の口からまず私達の素性と

いきさつを説明した。

私達が異世界人である事。魔族との戦争で

人が勝つために、聖教教会が崇める

エヒトによって召喚された事。戦争の為に

最近は訓練をしている事。そして昨日、

偶々郊外の森で彼女を発見したことなど。

 

そして、私達の説明が終わると彼女は

静かに話し出した。

 

金髪ショートヘアに青い瞳の少女の

名前は、『ルフェア・フォランド』。

歳は15歳。私達と2歳違いだ。

種族はあの時の騎士の言うとおり、

森人族、つまり『エルフ』だった。

 

ちなみに、種族名が分かった時、

『やっぱりエルフ居たんだ!うぉぉぉ!』

って感じで興奮したハジメ。

『ハジメくん?』

そして、そのハジメは般若のオーラを浮かべた

香織の(鬼の)微笑の前に震えながら黙った。

 

彼女は、亜人の国、『フェアベルゲン』で

暮していたらしい。その国がある

ハルツィナ樹海は普段から濃い霧に

覆われているらしく、この霧の中で

迷わないのは亜人だけのようだ。

しかし、ルフェアはふとしたきっかけで

その樹海の外に出てしまい、そこで

帝国兵に捕まったと言う。そして帝国へ

連行されようとしたとき、魔物の

襲撃があった。

運良く逃げたルフェアだったが、彼女は

がむしゃらに走っていた為、帰り道が

分からなくなってしまったと言う。

 

そしてその後は、襲い来る空腹を雨水で

耐え凌ぎながら、どことなく彷徨っていた

らしい。しかしまともに食べ物が無かった

為、ルフェアは限界だった。そんな中、

奇跡的にホルアド近郊までたどり着き、

そして私達に保護され、現在に至る。

 

と言うのが彼女の話だった。

 

その話を聞いた後、私達3人はルフェアに、

フェアベルゲンまで送り届ける事を

伝えるが……。

「あ、えっと、そ、その、それだけは、

 待って、下さい」

何故か彼女はそれを拒んだ。何か理由が

あるのかもしれないが、踏み込んだ質問は

まだ早いと3人で話し合い、とにかく

もう一つの方法として、私達が彼女を

保護する提案をした。

 

すると……。

「あ、あの、どうして、皆さんは私を

 守ってくれるんですか?」

「え?」

「あの時、騎士の人が剣を抜こうとしたとき、

 シンジョウ、さんは私を庇うように。

 皆さんだって、これが教会に知られたら。

 3人とも、神様に呼ばれた、神様の

 使い、なんですよね?」

 

「……。ただ、助けたかったから、かな?」

「え?」

ハジメの言葉に、ルフェアが戸惑い首を

かしげた。

「助けてって声が聞こえた。そこで

 弱って、死にそうな君を司が見つけた。

 それを黙って見捨てるなんて僕には

 出来なかった。だから、助けた。

 それだけかな」

「え?そ、それだけ、で?」

「私達、神の使徒だなんて言われてるけど、

 本当はちょっと強いだけの普通の

 人間なんだよ?だから、神の使徒とか、

 そう言うの以前に、一人の人間として、

 ルフェアちゃんを助けたかった。

 それだけだよ」

そう言うと、香織が優しくルフェアを

抱きしめた。

 

「色んな事があって、怖かったよね。

 辛かったよね。でも、もう大丈夫。

 私達がルフェアちゃんを守るから」

「シロサキ、さん」

彼女の温もりに、ルフェアは次第に目尻に

涙を溜める。

「ありがとう、ございます。うぅ、うぅぅ」

 

恐怖と空腹、死ぬかも知れない絶望から

解放された事で、彼女は涙を流し嗚咽を

漏らした。

 

これからは、ハジメや香織が彼女の心の

支えになるかも知れない。

私の方は、なれるかは分からない。

しかし、折角だ。昼食と夕食。それに

食後のデザートは、折角だから異世界料理で

美味いものをたくさん作るとしよう。

 

ちなみに昼食はミートスパゲッティ。

夕食はハンバーグにした。デザートに

パフェを作ったら、とても喜ばれた。

 

そんな日の夜。歩哨としてドアの前に立っていると

扉が開いた。

『キィッ』

「あ、シンジョウさん」

中から出てきたのはルフェアだった。

「ルフェア、どうかしましたか?」

「うん、えっと、その……」

顔を赤くして言い淀むルフェア。

……あら、おトイレですか。

「分かりました。案内しましょう」

そう言って、右手を差し出す私。

「うん、ありがとう」

ルフェアは、一瞬頷いて私の手を握った。

 

そして、彼女をトイレに連れて行き、

外で待ってから出てきた彼女を元の

部屋に連れて行こうとした。

 

「ありがとうシンジョウさん。

 シンジョウさんって、優しいね」

そう言って、ルフェアは私に向かって

笑った。しかし……。

 

「優しい?私が、ですか?」

「うん!」

「……。私は昔から感情が薄くて、優しい

 と余り言われた事がありません」

「そうなの?でも、シンジョウさんの

 作る料理、暖かくて、美味しくて。

 それに、シンジョウさんの手だって、

 こんなに暖かいよ」

「……」

私の手が暖かい、か。

「じゃあねシンジョウさん。お休み」

 

そう言うと、ルフェアは部屋に戻った。

 

そして、私は密かに彼女が握ってくれた

右手を、ギュッと握りしめるのだった。

 

そして、保護してから2日後の朝。

今日は香織とルフェアの部屋に集まり、

4人でホットサンドを食べていた。

たった3日とは言え、ルフェアは私達

に心を開いた。香織を姉のようにしたい、

ハジメと、私が作ったトランプで遊び、

私が作った料理を美味しそうに食べてくれる。

 

今も美味しそうにホットサンドを

頬張っている。

 

しかし……。

『ドタドタ……』

むっ?

何やら外が騒がしい。私は残っていた

ホットサンドを口に放り込んで飲み込むと、

3人を庇うようにして扉と相対し、

トールの入った右足のホルスターに手を

伸ばした。

 

それを見たハジメは残っていたホットサンドを

急いで食べると同じように携帯していた

オートマチック、ノルンに手を掛ける。

「香織さん!下がって!ルフェアちゃんを!」

「うん!」

頷きながらも、香織は左手でルフェアを庇い

ティアマトを抜く。

 

すると……。

『ドンドンドンッ!!』

ドアが乱暴にノックされ、ルフェアが怯える。

「おいっ!ここを開けろ!我々は聖教教会

 から派遣されてきた神殿騎士だ!

 ドアを開けろ!さもなくばぶち破るぞ!」

 

神殿騎士だと?なぜ奴らがここに?

そう思って居たが、考えても仕方ない。

私は後ろの二人に目配せをしてから、

懐からメカニカルなブレスレットのような

アイテムを取り出し、一つを私の

左手首に付け、残り二つを二人に渡した。

香織とハジメはそれを装着すると頷く。

ゆっくりと扉を開いた。

 

「……何用ですか?」

「ここに、亜人族の娘を匿っている

 男が二人居ると聞いた。貴様等だな?」

二人?なぜ私とハジメだけ。

しかしまぁ良い。

「それが何か?」

「その亜人族の娘は唯一神エヒトを侮辱した

 不敬罪の容疑が掛かっている!並びに、

 その娘を庇った容疑で貴様二人も

 連行だ!」

神殿騎士が私に手を伸ばす。

 

が。

『ガシッ!ギリギリギリッ!』

「なっ!?ぐあぁっ!?」

「ほう?連行だと?それで、連行して

 どうするつもりだ?」

「そ、それは、貴様等に、関係の無い……!」

「言わなければこの腕、折り砕くぞ?」

『ギギギギッ!!!』

「ぐぁぁっ!?さ、裁判だ!王国王城、

 エリヒド王と教皇イシュタル様の前で、

 裁判を行う!」

「ほう?」

そこまで聞くと、私は腕を放し、男を

蹴っ飛ばした。見れば、外に数人の

神殿騎士とやらが控えており、今にも

剣を抜きそうだ。

 

私は後ろを向き、3人を見る。

「どうします?二人とも。ここで

 こいつらを処分し逃げるか。

 それとも負ける可能性が高そうな

 裁判に行ってみるか?」

「なっ!?貴様!神の使徒と

 呼ばれうぬぼれているようだが、

 舐める――」

「『舐めているのはそっちだろう?

  三下が』」

 

次の瞬間、絶望の王の力で騎士達を

黙らせる。

騎士達はその顔に絶望を浮かべガクガクと

震えている。

「ちょっと黙っていろ。3人で話をしている

 所だ」

 

そう言いつけると、私は3人の方に

振り返った。

「それで、どうします?」

「……。ここで彼らを殺して逃げるのは

 得策じゃない。まず間違い無く、

 聖教教会とかから異端者認定とかされて、

 お尋ね者になる。それは避けたい」

「……となると、裁判に出る以外に

 選択肢は無い、か」

ハジメの言葉を聞き、私は顎に手を当てた。

 

そして、ルフェアを見れば、彼女はビクビクと

怯え震えていた。

そんな彼女の肩に、床に膝を突きながら私は手を置く。

「し、シンジョウさん」

「大丈夫だルフェア。君の事は私達3人が

 守る。……信じてくれるか?」

 

その言葉を聞き、彼女は私、ハジメ、香織

を順に見回す。二人が、笑みを浮かべながら

頷く。

「う、うん。私、信じるよ。3人の事」

「うん。ありがとうルフェア」

 

そう言って私は彼女の頭を撫で、立ち上がった。

 

「行こう。裁判とやらを受けにな」

 

その後、私達は神殿騎士に監視されながら馬車で

王都へと向かった。

 

ちなみにその際、私とハジメ、ルフェアに

手錠をしようとしたので、私が殺気を

滲ませながら、『そんな事してみろぶっ殺すぞ』

と顔で言ってやった。

 

手錠を掛けようとした神殿騎士は、泡を吹いて

倒れ仲間に運ばれていった。

 

そして、王都、王城に着けば周囲を

神殿騎士に監視されながら、召喚された

あの日と同じ玉座の前に連れて行かれた。

そして、見ればエリヒド王とイシュタルが

座っていた。左右を見渡せば貴族や文官、武官達。

更に、同じくこっちへと来ていたクラスメイトや

メルド団長達に先生がいた。

 

そして……。

『ザッ!』

「ッ!?何するんですか!?」

後ろを歩いていた香織の前で衛兵が斧を

交差させて彼女の進路を阻む。

「中央へ行くのは罪人の3人だけです。

 使徒様はあちらのご同胞のところへ」

そう言って、香織だけがバカ達の方へと

半ば強制的に連れて行かれた。

 

そんな中で、見た。檜山が薄暗い笑みを浮かべている

姿を。

 

成程。おかげで繋がった。

奴はあの日、ルフェアを見ている。そして私達が

助けた事も。それを見た奴は私達の排除を

思いついた。私達が亜人を助けていると、

イシュタル辺りにでもチクったのだろう。

香織を罪人として居ない辺り、恐らくは

彼女までも罪人にして自分から遠ざけないため。

イシュタル達にもメリットはある。

 

あのバカだ。バカは扱いやすい。イシュタルの

言葉を信じやすいからだ。しかし最近、

奴の注目度はがた落ちだ。天職が勇者だが、

スコアで言えば私やハジメに大きく引き離されて

いる。特に私はベヒモスを倒し、ハジメは

トラウムソルジャーの群れを多く撃破している。

それに対し、あの時バカがした事と言えば、

団長の命令に背いて足を引っ張っただけ

である。役立たずも良いところだ。

そして、イシュタルにとっては扱いやすい

バカが1位に君臨していてくれた方が

ありがたいのだろう。だから邪魔な私と

ハジメを排除する。香織を排除しない

のは、檜山の思惑でもあり、同時に彼女を

罰する事でバカが反発するのを

恐れてのことだろう。

 

 

まぁ良い。貴様等の裁判での言い分。

じっくりと聞かせて貰うとしよう。

 

「跪け」

そして中央にたどり着けば、後ろにいた

衛兵がそう言った。ハジメとルフェアが

そうしようとするが……。

「止めろ二人とも。立ったままで良い」

そう言って止めた。すると……。

 

「貴様っ!教皇様の前でその態度は何だ!」

神殿騎士と思われる男が剣を抜き私に

向けてきた。だが……。

「さっさと跪――」

『ドゴォンッ!』

 

次の瞬間、男の顔を掴み後頭部から床にたたきつけた。

 

床がひび割れる。しかし殺しはしない。

この場で殺しても面倒だ。周囲の神殿騎士

達が剣を抜く。

 

「私を跪かせたいのなら、実力で

 やってみろ。まぁ、もっともここに

 居る全員が掛かってきた所で、結果は

 同じだがな」

そう言って指を鳴らすと、騎士達の

剣が突如として消滅する。事象・概念への

介入能力。これは言わば、『存在への介入』。

今の一瞬で、奴らの持つ剣の存在を消滅させた。

 

「さて、裁判をやるのだろう?」

私は真っ直ぐ王とイシュタルを睨み付け

ながら問いかける。

「さっそく、そちらの言い分を聞かせて

 貰おうか?」

 

私が言うと、イシュタルは騎士達に向かって

手を向けた。戦闘態勢だった神殿騎士達が

一歩下がる。

 

「新生司。南雲ハジメ。貴様等は主、エヒト様を

 侮辱する不敬を働いた亜人を匿った不敬罪が

 問われている。……何か聞くことはあるかな?」

「あぁあるとも。たくさんあるとも。

 ……まず第1に、彼女、ルフェアがエヒトを

 侮辱したと言ったが、具体的な内容は

 一体如何なる物なのか、教えて貰うか。

 第2に、世間では亜人に対する人族の

 差別意識は知っている。しかし、彼女らを

 保護し、衣食住を与える事を罰する法律は、

 少なくとも王国には無かったはずだ。

 それとも、教会側の教えには瀕死の

 亜人を保護してはならない、と言う類いの

 物があるのか?

 第3に、その刑が執行されればどうなる?」

 

「……。その者がエヒト様を侮辱した証拠は、

 昨日天啓を持って知らされたのだ。

 そして直後、私は汝等がその者を

 匿っていると言う情報を入手した。

 その者を捌けと、エヒト様が

 お告げになったのだ」

 

天啓で人の命を捌くだと?バカバカしい。

 

「それで、第2の方は?亜人保護が

 悪だとでも?」

「……。あぁ、その通りだ」

「ッ!?何だと!?」

奴の言葉にハジメが表情を歪め叫ぶ。

「亜人とは所詮、エヒト様から

 見放された愚か者共の末裔。信仰心

 も無い、獣にも人にもなれぬ、

 まがい物に過ぎない」

……奴の目には、まるでルフェアを物

のように見ている。はっきり言って、

今すぐ奴の頭をトールの炸裂弾で

吹き飛ばしたい。

 

「ふぅ、とりあえず、そちらの言い分は

 聞いてやる。で?第3の質問の

 答えは?不敬罪で私達をどうすると?」

 

「……無論、死刑」

 

「「ッ!!」」

その言葉が聞こえた瞬間、離れている

香織とルフェアが息をのむ。

 

「この世界において、エヒト様に

 逆らうのは万死に値する行為。よって、

 お前達3人は死刑とする」

 

その言葉に、ルフェアはガクガクと

震えている。

それに気づいて、私は彼女の肩に手を

置き、彼女に微笑んでからイシュタルを

睨み付ける。

 

「成程。死刑か。では、こちらも生存権を

 行使し、不当な裁判に異議を申し立てると

 するか」

 

「貴様、エヒト様の天啓に背くと?」

 

「ハァ。……貴様等狂信者はそうやって 

 口を開けばエヒトエヒトエヒト。

 はっきり言わせて貰う。神だか何だか

 知らないが、そんな存在に勝手に 

 死刑宣告されたところで、はいそうですか

 と納得出来る程、神を信じては

 いないのでね」

 

「貴様っ!エヒト様を侮辱するか!」

と、騎士の一人が叫ぶ。

「ふんっ。こちとら異世界人。この世界の

 宗教になどてんで興味が無いのでね。

 ここで戦っていたのも、元の世界に帰還する

 にはエヒトの力が必要だからだ」

と、私が言うと、何故かルフェアが震えた。

……今のどこに震えるワードがあったの

だろうか?まぁ良い。

「しかし、ここまで言われてはここで戦う

意味も無いか。ハジメ」

私は左袖をまくり、あのブレスレットを取り出し

彼に目配せをする。そして、ハジメもそれに

気づいたのか香織に目配せをしてから

ブレスレットを露出させる。そして、

香織も静かに自分の左手首に右手を当てている。

 

彼女が一歩前に出ようとする。が……。

「ッ、待て香織」

あのバカが彼女の腕を掴んで止めた。

「ッ。離して光輝くん!二人は何も

 悪いことなんてしてない!」

「それは分からない。特に新生は躊躇いも

 無く人に暴力を加えるような男だぞ?

 それにあの少女だって、どんな事を

 していたか……」

「ッ!ルフェアちゃんが悪人だって

 言うの!?」

「い、いやっ、それは……」

香織の剣幕にバカが一瞬躊躇うが……。

「け、けど彼女を庇ったら最悪香織まで

 死刑になる!僕は、香織を守る為に!」

などと言って説得しようとしていたようだが。

 

と、その時。

 

「ま、待って下さい!」

 

不意に、ルフェアの叫びがこだまする。

そして、彼女はその場に土下座をした。

 

「ふ、二人は、何も悪い事なんかしてません!

 弱っていた私を介抱してくれただけです。

 だから、だからどうか、罰するのなら私

 だけで……!どうか、伏して、お願いします」

 

「ルフェアちゃん」

「……」

ハジメが名を呟き、私はそれを黙って

見ている。

 

彼女は震えながらも罰するのは自分だけで、と

言った。……それは、私達を護るため。

そうか。先ほど、帰還にエヒトの力が必要

だと言ったときに震えたのは、この為か。

 

今、私達3人はエヒトから見放されたら

元の世界に帰れない。彼女はそれに気づいて。

……何と高潔な魂だろうか。

 

だが……。

 

「……。身の程をわきまえよ、獣風情が。

 貴様らの願いが叶えられる訳無かろう」

 

それを一蹴するイシュタル。更に周囲から、

ルフェアを侮辱する嘲笑の声が響き、

彼女が涙で床を塗らす。

 

よし。いい加減、我慢が出来そうに無い。

 

そう思った次の瞬間。

 

「「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」」

 

部屋の中に、二人の怒号が響き渡った。

ハジメと、香織のだ。

二人は、烈火の如く怒りの表情を

浮かべていた。

 

そして、こちらに来ようとする香織を

バカ勇者が掴んで止めている。

「香織!行ったらダメだ!」

「離して!」

「だが!このままでは君も死刑になる!」

「関係無い!あそこでルフェアちゃんが

 泣いてる!それを、黙って見過ごすなんて!

 私には出来ない!」

 

そう叫び、香織はバカの腕を振り払って

私達の元に駆け寄る。そして、泣いている

ルフェアを抱きかかえ、イシュタルを睨み

付ける。

 

「……イシュタルさん。はっきり言います。

 あなた達の考えに、私は到底賛同

 出来ない……!」

「あぁ!!僕もね!」

「異端者認定でも、何でもすれば良い!

 それでも私はこの子を、ルフェアちゃんを

 守る!そう、彼女と約束したから!」

「カオリ、お姉ちゃん」

彼女に抱かれながら、その顔を見上げる

ルフェア。

 

「愚かな。あなたまでエヒト様に逆らう

 と言うのか?聖教教会に反発したのなら、

 異端者として追われる事になる。まして、

 エヒト様のお力が無ければ、帰還する事

 すら出来ないと言うのに」

 

奴は、教会を敵に回す事による不利益を盾に

香織を脅す。

すると……。

 

「そ、そうだ!香織!今ならまだ間に合う!

 こっちへ戻るんだ!帰る為なら、仕方ない事だ!」

 

……奴め、言い切りおった。奴自身、香織を

守りたい一心なのだろうが、それは香織の

怒り、火に油を注ぐだけだ。

香織は、バカを睨み付けるとルフェアの

頭を優しく撫でる。

 

「帰れるとか、そんなのどうでも良い!

 お前達が敵になるのなら、倒してでも

 進む!今ここで、ルフェアちゃんを

 犠牲にして生き延びたって、それで

 元の世界に帰ったって嬉しくなんか無い!

 それに、約束したんだ!ルフェアちゃんを、

 僕達が守るって!」

 

更に、ハジメが香織とルフェアを

守るように二人の前に立ち叫ぶ。ルフェアが

ハジメの背中を見つめている。

「ハジメ、お兄ちゃん」

 

さて、ここからは私の番だ。

 

「……貴様等は私達を敵に回すと言ったな?

 ならば良いだろう。ここで、貴様等を

 叩き潰すまでだ」

 

そう言って、パチンと指を鳴らせば私達4人の

周囲に、突如としてロボットの兵士、

『ガーディアン』が銃、『セーフガードライフル』を

携え現れた。更に、連続で4回、指を鳴らす。

 

すると、部屋の中が突然陰る。

皆が慌て、窓の側に居た兵士がカーテンを

開く。そして外を見て驚いた。

 

「う、うわぁぁぁっ!?何だあれは!?」

驚き、腰を抜かす兵士に皆がそちらに

目を向ける。

 

外の上空には、白い長方形のような船、

『揚陸艇』が4席も浮遊していた。

 

さて、これで準備は良いだろう。

 

「私達を敵に回すなら、別に構わない。

 しかし、私達にはそれ相応の軍事力が

 ある。私が開発したジョーカーシリーズに、

 そして鋼で出来た鋼鉄の兵士、ガーディアン。

 更に無数の空を飛ぶ船。あまり、私達を

 舐めない事だな」

 

そう言って、私はイシュタルらを鼻で笑う。

 

「さて、ではこれだけギャラリーが居るのだ。

 ……聞け!王国の人々よ!教会に属する者よ!

 私は今日ここに、トータスにおける如何なる

 国家、宗教、種族にも属さない武装組織、

 『独立武装艦隊G・フリート』の結成を

 宣言する!」

 

これは、元より考えていた計画だ。しかし

こんなに早く結成する事になろうとは。

まぁ良い。

 

「さて、私はG・フリートを結成したが、

 その仲間としてここに居る3人。

 南雲ハジメ、白崎香織、ルフェア・フォランド

 を艦隊に勧誘したいと思う?

 共に来るか?」

 

私が問いかけると……。

「あぁ、行くよ!あんな胡散臭いじいちゃんの

 下に居るのはもううんざりだ!」

「うん。私も、連れて行って」

ハジメ、香織の順に頷く。バカが何か

言っているが無視する。

 

そして、私はルフェアの前に膝を突き、

抱きかかえられている彼女と視線の高さを

合わせる。

「ルフェア。君はどうする?」

「わ、私は……。本当に、一緒について

 行っても、良いの?」

「あぁ。もちろんだ。私達3人は君を

 守ると約束した。だから、君自身が

 選べ。その選択を拒む者は、ここには

 居ない」

 

まぁ、居たとしても邪魔したらぶち殺すが。

 

そしてルフェアは……。

 

「お願い、します。連れて、行って、下さい」

涙ながらにそう言った。

 

自らの命を差し出し、私達を助けてくれようと

した恩人。どうしてその願いを見捨てられよう。

「分かった。もう大丈夫だ」

 

そう言って、彼女に微笑んでから、私は

立ち上がり、メルド団長らの方へ目を向けた。

 

「そういうわけです。世話になりました。

 メルド団長」

「……。そうか」

団長は、短くそれだけ言うとどこか寂しそうな

表情を浮かべた。

 

団長らには世話になった。『プレゼント』は、

彼の机の上にまとめて置いて

おけば良いだろう。あとは……。

 

「雫」

私は懐から、4つ目のブレスレットを取り出して

雫に投げ渡した。

「これって……」

「遅くなったが、君専用のジョーカーだ。

 携帯性をアップさせた。まぁ、見ていれば

 分かる」

 

そう言って、私はハジメと香織の肩を叩く。

 

すると、二人は頷き、香織はルフェアを離して

立ち上がる。

 

そして、二人ともあのブレスレットを

露わにする。

「何を?」

それを見ていたランデル殿下が呟く。

そして……。

 

二人はブレスレット中央の赤いボタンを押した。

 

『『READY?』』

 

するとブレスレットから電子音声が響く。

それに周囲が驚く中。

 

「「アクティベート!」」

二人が異口同音を叫ぶ。

 

『『START UP』』

 

再びの電子音声と共に、ブレスレットから

光が溢れ出す。そして、ブレスレットを

していた左腕、胴体、右腕、両足の

順番でジョーカーの鎧が二人の体を

覆っていき、最後はヘルメットが被さり

二人のジョーカーのカメラアイが青く

輝く。

 

もはや、ハジメの専用機となったジョーカー0

は深紅のマフラーをたなびかせ、その両手に

1丁ずつトールを持っていた。

 

そして、香織の纏ったジョーカー。それは、

全身がマゼンタに白のラインが走っている、

と言う物だ。彼女専用に開発した、

新たなジョーカー、タイプQ。

 

二人はジョーカーを纏い、ルフェアを

守るようにしてイシュタルや神殿騎士を

睨み付けている。

 

ちなみに、本来なら赤いスイッチを

押すだけで装着出来る仕様にするつもり

だったが、ハジメの猛烈な提案で音声

コマンドによる承認段階も追加

する事に……。

 

本人曰くカッコいいから、らしいが。

まぁ、今は気にしていても始まらない。

 

さて、私も行くか。

 

「イシュタル。私達を敵に回したくば、

 好きにしろ。しかし、貴様等が私達を

 明確な敵とした時は……」

 

『READY?』

「アクティベート」

『START UP』

 

私も漆黒のジョーカー、タイプZを纏う。

 

「魔族より先に貴様等を滅ぼす。

 ……これだけは伝えておこう」

 

絶望の王のオーラと共に、部屋の中に

居たハジメ達3人以外、特に教会側の

人間と王国貴族に、圧倒的なプレッシャーを放つ。

耐性の無い貴族達は泡を吹き出し失禁しながら

バタバタと倒れていく。

神殿騎士達もギリギリ立っていたが、やがて

ガクガクと震え膝を突いた。

 

それを一瞥し、指を鳴らしてガーディアンを

消滅させると私達は窓の方へと歩み寄る。

 

進行方向に居た人間どもが、モーゼが海を

割るかの如く左右に避ける。見れば、

窓の外に一席の揚陸艇が接近していた。

 

そして窓を開けた時。

 

「ま、待て!」

バカが人の道の中に出てきた。

 

「……何か?」

「お前、香織をどうするつもりだ!?

 どこへ連れて行く!」

「どこへ?それは船へですよ。

 彼女は今、G・フリートの仲間だ。

 それだけの事。ハジメ、ルフェアを」

「うん。ルフェアちゃん」

「はい」

ハジメのジョーカー0がルフェアを

抱きかかえる。

 

「行きましょう」

そう言って、窓を開け放てば揚陸艇の

スラスターから生まれた風が室内に

入ってきた。

あまりの突風に人々が顔を守る。

 

まずは、ハジメがルフェアを抱えて

揚陸艇の上に飛び乗る。

「香織、先に」

「うん」

頷き、足腰に力を入れる香織。

「ま、待て!香織!」

それをあのバカが留める。

「香織!言ってたじゃないか!大切な人を、

 俺を守りたいって!なのに、どうして!?」

 

「……光輝くん。私、一度も

 大切な人を光輝くんだって言った覚え、

 無いよ?」

「え?」

香織は、呆れつつそう呟くと揚陸艇に

向かって跳躍した。

 

それを見送ると私は項垂れるバカを一瞥する。

その時。

「新生君!待って!」

今度は先生が私に声を掛けた。

「ほ、本当に行くの!?」

「……。残念ながら、ここにルフェアの

 居場所はない。それに、教会側の反感を

 買ってしまった以上、その側に居る

 訳にも行かないでしょう。私達は

 私達で、地球帰還の方法を探りますよ。

 もし、地球帰還の方法が分かれば、

 真っ先にお伝えします。では……」

 

そう言って、私も揚陸艇に飛んだ。

上部ハッチを開け、中へと降りる。

そしてコクピットへと行き、3人に適当な

席に着くように言う。

3人が着席するのを確認した私は操縦席に

座り艦を操る。

 

スラスターからピンクの炎を吐き出しながら、

揚陸艇が王城から離れていく。

 

そして、空に待機していた3隻と合流し、

揚陸艇は山の向こうへと消えていったの

だった。

 

 

誰もが、何も出来ずに揚陸艇を見送る事しか

出来なかった。

 

そして、王の生み出した艦隊、G・フリートが

この日、活動を開始した。

 

~~~

その日の夜、真夜中。

 

「クソッ!クソクソクソッ!?おい!

 どうなってんだよこれぇっ!」

王城の一角、人気の無い場所で人影が

二つ。一人は檜山だった。

「おいっ!?計画と違うじゃねぇか!

 亜人のガキの事チクって、二人を

 殺させて!そんで香織は俺の所に

 来るって計画が、全部パァじゃねぇか!」

「うぅん。まぁ、何というか予想外

 だったね。まさか船や軍隊まで

 作れるとは。けど、まだ終わった訳

 じゃない。力を付けて、チャンスを

 狙う。良いでしょ?たくさん我慢して、

我慢した分、あの二人から彼女を

奪った時の高揚感って言うの?

それがたっぷり味わえるんだし」

「ッ!……ふふっ、そうだな」

薄汚い笑みを浮かべる檜山。

「それじゃ、僕は行くよ。表向きは、

 今まで通りで。じゃあね」

 

そう言うと、もう一人は彼から離れて

言った。

 

そして……。その一人が薄暗い廊下を

歩いていた時。

「くっ、くくっ!ふふふっ!まさか、

 まさか思い通りに行くなんて!」

その人物は、笑い声を堪えられなかった。

 

そう、彼女が望んでいたのとは、檜山と

全く逆の内容だ。

檜山にとって、ハジメ、司の二人は

香織の側に居る邪魔な存在だった。

だからそれを排除するために、イシュタルへ

二人が亜人を匿っている事を教え、

光輝が反発するからと香織だけは

見逃すように上手く仕向けた。

しかし、もう一人にとって邪魔なのは

香織の方だった。

『あの二人なら或いは?』

そう考え、見事に予想が的中。

香織は教会側に反発しハジメ達と

共にここから去った。

 

「ふふふっ。ボクもやれば出来るじゃん。

 よ~し、このままやっちゃうか~」

端から見れば楽しそうに。

しかし、その表情はとても歪んでいたのだった。

 

聖教教会、延いてはエヒトへ刃向かう形と

なったハジメ、香織、司、ルフェア。

次に彼らが向かう場所はどこなのか?

 

     第6話 END

 




書き溜めしておいたのが、ここまでなので次回から
一気に投稿スピードが落ちます。

感想や評価、お待ちしています!


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第7話 深淵へ

今回からはオルクス大迷宮へ行きます!
これで再び原作と似た流れになります!


~~前回のあらすじ~~

殺人訓練が始まって数日。司が

クラスメイトの為にカレーを作ったり

していた。しかし、オルクスでの訓練を

終えホルアドの街を散策していたハジメ、

司、香織の3人は亜人の少女を保護した。

3人に暖かく迎えられた事で少女、

『ルフェア・フォランド』は3人に心を

開いた。しかし、直後にそれを知った

イシュタルらによって、裁判が行われる

事に。檜山の策略で死刑判決を受ける

司、ハジメ、ルフェア。そして、ハジメ達

の事情をしったルフェアは頭を下げるも、

周囲から嘲笑される。しかし、ハジメと

香織がそれに激怒。教会側に反発。

更に司は自らの軍事力を誇示し、独立

武装艦隊、『G・フリート』の結成を

宣言。ハジメ、香織、ルフェアを

仲間として受け入れ、揚陸艇で

3人を連れ、ハジメは王国、教会から

独立するのだった。

 

 

~~~

「で、どうするの?これから。

 と言うか、どうしてホルアドの近く

 まで戻ってきたの?」

今、私達はホルアド近郊の森で野営を

していた。

ちなみに、揚陸艇は人の目が無い所で消した。

あれは良い意味でも、悪い意味でも目立つ。

この人数の移動なら、車でも十分だからだ。

ガーディアンも、いつでも召喚出来る。

今は夕食を食べた後だ。

 

そして、ハジメからの質問である。

「そうですね。順番にお答えしましょう。

 まず、私が作ったG・フリートの最終

 目的は地球への帰還です。その為に

 必要な情報などの収集です」

「成程ね。でも、どうやって集めるの?

 今のところ、ヒントなんて無いよね?」

「えぇ。香織の言うとおりヒント

 なんてありません。が、少し気になる

 事があるんです」

「気になる事?」

と、首をかしげるハジメ。

 

「二人は、ベヒモスとの戦いの時、私が

 指を鳴らしてから空間を歪曲させ、

 ゲートを作ったのを覚えていますか?」

「うん。そりゃね。凄かったから」

と、ハジメが言うと香織も『うんうん』と

頷く。

「あの時、指を鳴らしたのは音の反響で

 迷宮の構造を確認するためです。

 しかし、この時音の反響から得られた

 データが妙なのです」

「妙?それってどういうこと?」

「私達の知る限り、あの迷宮の階層は

 100層までです。しかし、あの時の

 反響データから言える事は、100層の

 下に、更に数十の階層が続いている、 

 と言う事です」

「ッ?どういう事?僕が図書館で

 読んだ本には、そんな記述無かった」

「……それから察するに、恐らくこれは

 私達しか知らない事実なのでは

 無いでしょうか?そして、もしかしたら

 そこに何らかの手がかりがある」

「だから、オルクス大迷宮に潜るの?」

「はい。ただ、その前に……」

 

と、言いかけてルフェアの方を向く私達。

彼女は、私達の視線に気づいてどこか

気まずそうだ。

 

「あ、あのね。ルフェアちゃん。僕達は

 これから危険な所に行くんだ。

 だから、それより先にルフェアちゃん

 をハルツィナ樹海のフェアベルゲンに

 送っていこうと思うんだけど……」

と、ハジメが言うと……。

 

「……ダメ。もう、あそこには帰れない」

出会った時のように、暗い表情で

そう呟いた。

「え?帰れないって、どういうこと?」

「……。フェアベルゲンにおいて、奴隷と

 なった物は死んだも同然。だから、

 私は既に死人扱い」

「そ、そんなっ!?あっ!でもほら!

 家族の人が心配してるだろうし!

 せめて生きてる事の報告だけでも!」

 

「居ないもん!」

 

ハジメの声に、叫び否定するルフェア。

彼女の言葉に、私達は黙り込んだ。

 

「……居ない、とは、まさか……」

「……私、捨て子なの。親に捨てられて、

 拾われて、育てられて。最初は、 

 皆優しかった。でも、段々相手に

 してくれなくなって……。

 友達も、居なくて……。それで、森を

 歩いてたら……」

「……帝国兵に捕まってしまった、

 と言う事か」

そして、その後は以前彼女が話した

通りなのだろう。

 

「私には、帰る場所も、待っている人も

 居ない……!でも、でも、私のせいで

 お兄ちゃん達に迷惑を掛けちゃって、

 帰れなくしちゃって……!

 ごめんなさい……!ごめんなさい!」

 

そう、謝罪しながら泣き崩れるルフェアを、

隣に座っていた香織が抱きしめ、優しく

その背中を撫でた。

 

「辛かったよね。家族も居なくて、

 奴隷にされそうになって……。

 怖かったよね?でも、大丈夫だよ。

 私達が側に居るから」

「カオリ、お姉ちゃん。う、うぅっ、

 うわぁぁぁぁぁぁん!!」

声を上げ、彼女の胸に顔を埋めるルフェア。

 

ハジメも、心に来る物があったのだろう。

明後日の方向を向き、目頭を押さえている。

 

帰る場所も無く、一人ぼっち。

 

それには、私も思うところがある。

 

私が、オリジナルの一部だった頃の記憶は

今の私にも引き継がれている。

番いとなる相手も居ない、真っ暗な

闇の中で、苦しみながら放射能に耐性を得て、

死ねない体となった。そして、放射能を

食べながら、ただ、『生き続けた』。

 

死ぬと言う生命の理を超えた存在。

 

それがオリジナルであり、私だ。

 

個体で完成しているが故に、『個』。

 

思えば、私もずっとひとりぼっちだったのだな。

 

 

そう思うと、私にルフェアにしてやれる

事は無いだろうか?そう、ガラにも無く

考え始めてしまった。

そして……。

 

「もし、ルフェアが望むのなら、私達が

 彼女の家族になるというのは、

 どうだろうか?」

「ぐすっ。……え?」

私の言葉に、目元を擦りながら涙を

拭い首をかしげるルフェア。

 

「実を言うと、私も孤児だ。親に捨てられ、 

 孤児院に拾われた。……孤独だった。

 世界は、まるで太陽が無いかのように、

 真っ暗で、何も無い。そんな時期が

 私にもあった。……そして、私は

 運が良いのか悪いのか、頭が良かった。

 だから、孤児院が大変になった時、

 物を作って売った。それが売れて、

 孤児院は持ち直した。が、おかげで

 私は周囲から天才と呼ばれ、

 気がつけば周囲から疎まれた。

 最初は面白半分で近づいてくる奴ら

 も居たが、私は元来、どうにも感情が

 薄い。だから、隣に居てもつまらないの

 だろう。すぐに、私から離れていった。

 ……高校に上がっても最初は同じ

 だった。なまじ有名になってしまったが

 故に、誰とも、友人と呼べるような

 間柄にはならなかった。……ハジメと、

 香織に出会うまでは、な」

改めて、私は二人に目を向ける。

 

「あれは、何時だったか。ハジメが

 お昼を忘れてお腹をグ~グ~と

 鳴らしていた時、近くに居た

 私が見かねてお弁当をお裾分け

 したのが、私とハジメの出会いの

 始まりだった」

「ちょっ!?何恥ずかしい話

 ルフェアちゃんの前で暴露

 してるのさ!?止めてよ恥ずかしい!」

顔を赤くしながら叫ぶハジメに

微笑を浮かべつつ、更に話を続ける。

 

「そして、ハジメと香織がよく話しを

 していたのもあって、更に香織という

 友人が出来た。……そして、

 かつては孤独であり、今こうして

 友人達と共に居るからこそ、ルフェア。

 今の君の気持ちの一端は理解出来る

 つもりだ。……だから、どうだろう」

 

私は、静かに彼女に向かって手を

差し出した。

「私達が君の家族になろう。

 君の帰るべき場所になろう。

 共に時間を過ごそう。

 ただ、旅を続ける以上、危険は

 伴うかもしれない。……どうする?」

 

「……。私、お兄ちゃん達やお姉ちゃんの

 側に居て良いの?」

「うん、良いよ」

「僕もだよ、ルフェアちゃん」

彼女が、香織とハジメを見上げれば、

二人は笑みを浮かべながら頷く。

 

そして、ルフェア自身の答えは……。

 

「危険でも、構わないです。連れて行って

 下さい。私も、戦います。足手まとい

 にはならないように」

「ッ。……ルフェア、何も戦う事まで

 強要する気は……」

と、私が止めようとする。

 

「……皆は、私を家族と言ってくれました。

 あの時だって、ハジメお兄ちゃんとカオリ

 お姉ちゃんは私を庇ってくれました。

 出会って数日の、私を。

 だから、私も皆さんを守る為に戦いたい

 んです。……お願いします」

そう言って、ルフェアは頭を上げてから、

真っ直ぐ私を見つめた。

 

「……。戦う、と言う事は最悪人を

 殺す事になる。ハジメと香織でさえ、

 今もまだ人を殺す事に躊躇いがある。

 人殺しになるんだ。……生半可な覚悟は、

 許されない」

 

「家族を守る為なら、私はどんな敵に

 だって、立ち向かって見せます。今は

 まだ弱いですけど、強くなって

 見せます」

 

その瞳には、確かな覚悟が映っていた。

……。あのバカ勇者より、よっぽど覚悟が

座っている。

 

「分かった。君の、ルフェア自身の

 決断なら、私は止めない。

 君の人生だ。自分で決めて、好きに

 生きなさい」

 

「うん!お兄ちゃん!」

そう言うと、ルフェアは香織の元を

離れ、私の膝の上に座り、私の胸に

体を預ける。

私は、静かに彼女の頭を撫でるの

だった。

 

そして、夜中になった時、私達3人は

ホルアドの街へと赴き、そのままオルクス

大迷宮に向かう。

ちなみに、4人とも光学迷彩システムを

内蔵した外套を纏って姿を消している。

 

「ねぇ、司くん。あそこに入るのに何で

 わざわざこっそりと行くの?」

「今の私達は、結果的に教会側を敵に

 回しました。あの時誇示した軍事力に

 よって、表だって私達を敵と発表

 しなければ御の字。逆に敵として

 世間に知らせられれば、我々は

 お尋ね者。できる限り、痕跡と

 なるような物は隠しておきたい

 んですよ」

 

そう言いながら、私達は人通りの無い

街中を足早に駆け抜け、大迷宮の入り口の

前までやってきた。

夜となれば、受付に人は無く、立ち入りを

禁止する看板と鍵付きの扉が行く手を

阻んだ。

 

まぁ、最も……。

「空間ねじ曲げて移動出来る司には、

 無意味だよなぁそりゃ」

と、私の作ったゲートをくぐり抜け

ながら呟くハジメ。

そう、扉のこちら側と向こう側を繋ぎ

さえすれば、扉など私の前には何の意味も

成さない。

 

そして、私達はそのまま奥へと進んでいく。

 

しばらく歩き、私達は第1層の、ラットマンと

戦った広いドーム状の場所まで来た。

幸い、ラットマンの姿は無い。

 

「さて、ここなら良いか。ルフェア」

「ん?何?お兄ちゃん」

周囲を見回し、安全を確認した私は

ルフェアの方に向き直り、彼女の

前に膝を突いた。

 

「これからルフェアに、ルフェアだけの

 武器を授ける。良いかい?」

「武器……!うん!良いよ!

 ルフェアがんばる!お兄ちゃんや

 お姉ちゃん達を守る為に、

 一杯頑張る!」

 

「……分かった」

静かに頷き、立ち上がった私は指を鳴らす。

 

すると、私達4人の前に一般的なジョーカー

とは異なる、大きなパワードスーツが

現れた。

「大きい」

と、呟く香織。

私やハジメ、香織のジョーカーを人型、

とするのならこちらはゴリラに近い

ものだった。

 

カラーは緑に青いラインが走っている。

そのボディで目を引くのは、ずんぐり

むっくりな体型だ。腕と足の太さは

人間の胴回りくらいはある。しかし逆に

頭部は殆ど胴体に直接接続されている

ようで、首と呼べる部位が無い。

 

「ハジメ、これは?」

「これは、『エンハンスドジョーカー』。

 普通のジョーカーは汎用性を求めて

 人型としましたが、こちらの

 エンハンスドジョーカー、略して

 『Eジョーカー』の特徴は、圧倒的な

 パワーと防御力、更にその怪力によって

 巨大な重火器の運用による後方支援を行う。

 そのために設計開発していた物です」

 

そう言うと、私はルフェアの方へ向き直る。

「ルフェア、これを纏う、と言う事は

 戦い、時には体を血で汚す事になります。

 ……本当に、良いのですね?」

「……うん。怖いけど、でも戦う。私は、

 私の家族を守りたいから」

 

「……分かりました」

そう言うと、私がEジョーカーに右手を

翳した。すると、胴体部パーツが稼働し、

開く。

「これは、今から貴方の力であり、盾であり、

 鎧です。中へ」

「……うん」

 

その後、Eジョーカーを纏ったルフェアに

ある程度説明をした。

 

まず、Eジョーカーは私達のジョーカーと

違い、直に体に纏うわけではない。なので、

機体の中にメカニカルなグローブとブーツが

ある。ここに手足を入れ、更に胴体部を固定する。

操作方式は、いわゆるマスタースレイブ方式だ。

また見た目とは裏腹に機体自体はそこまで重くは無い。

しかし砲撃支援が主な任務の為、走りながらだと

射撃精度が著しく落ちる。なので、足裏にはローラーを装備

しており、移動は基本的に歩く、と言うより滑る、と

言った方が正しい。

 

武装は、肩部に2門の20mmチェーンガン。

これは徹甲弾や焼夷徹甲弾などを発射可能。

外付けの武装はこれだけだ。

しかし、Eジョーカーはその豪腕その物が

武器になる。また、腕には砲撃時に体を固定

するためのパイルが装着されており、これは

緊急時にパイルバンカーとしても使用可能だ。

更に機体各部にジェネレーターとシールド発生装置

を内蔵しており、最大で半径10メートルの

ドーム型シールドを展開可能。更にこの

シールドは内側からの攻撃を通す。

つまり、シールドで味方や自分を守りながら、

一方的に攻撃する。

ちなみに開発コンセプトは、動く砲台である。

 

そして、私達もまたジョーカー0、Z、Qを

纏い、4人は行軍を開始した。

 

「まずは、ルフェアがEジョーカーに

 慣れる為に10階層まで降ります」

「分かった」

「うん」

「が、頑張ります!」

ハジメ、香織、ルフェアの順番で三者三様の返事を

返す。

 

「よし、行きましょう」

私を先頭に、香織、ルフェアが続きハジメが

最後方で後ろを警戒しながら進む。

 

最初は私が戦闘を行い、銃を撃つことが

どういうことか、ルフェアにレクチャー

しながら進む。

 

そして……。

「ッ。動体反応。接近中。……ラットマンだな。

 ルフェア」

「は、はいっ!」

「君の初めての射撃練習です。前方から

 ラットマンの群れ、およそ10匹が

 接近中。攻撃の準備を。ここで

 迎え撃ちます」

「う、うんっ!」

 

と言うと、まるでゴリラが地面に腕を突くような

動作で、Eジョーカーが前傾姿勢となる。

「え、え~っと、パイル起動!」

彼女が叫ぶと、音声コマンドを認識して

両腕のパイルが稼働し地面に突き刺さる。

本来は、頭で考えるだけでも動くのだが、

彼女はまだ慣れていないのだ、仕方ない。

 

そして、奥から迫るラットマンの姿が

見え始めた。

「え~っと、え~っと、狙いを定めて……」

更に、砲撃形態のEジョーカーの背中の

チェーンガンが、カクカクと動いて狙いを

定める。こちらも、私達が銃器を手で扱う

のとは違い、ルフェアの脳波によって

コントロールされている。今の彼女は、

目の前に映し出された画面の中にある

照準、レティクルを動かし狙いを定めている。

 

そして……。

「撃ちます!」

『『ドドウッ!!!』』

彼女が叫んだ次の瞬間、両肩のチェーンガンが

火を噴き、両門一発ずつ徹甲弾を放った。

そして……。

『『ズドンッ!!!』』

道がほぼ一直線だった為、10匹のラットマン達は

避ける事も敵わず、徹甲弾によって体を

引き裂かれた。バラバラになった体が通路に

落ちていく。

 

「うわぁ、ミンチよりひでぇや」

後ろで引き気味のハジメ。と言うかどこかで

そんな台詞聞いたことがあるような。

「……ルフェア、どうですか?魔物

 とは言え、初めて生き物を殺した感想は?」

「……正直、気持ち悪い。……で、でも!

 まだまだこれから!頑張ります!」

「そうですか。……まぁ、いきなり慣れろ、

 と言う訳ではありません。こう言っては

 あれですが、ゆっくり慣れていきましょう」

そう言って、私はEジョーカーに掌に

触れる。

物を掴む関係上、ここに触れる感触は、彼女の

手にしたグローブを通して彼女自身が

感じている。

 

「うん!私、頑張る!」

そう言って、ルフェアはEジョーカーに

ガッツポーズをさせるのだった。

 

その後、私達は順調に階層を降りて10階層まで

到達した。

「よし、3人とも、聞いて下さい。ここからは、

 一気にベヒモスと戦った場所までゲートを

 使って移動します」

「ん?どうして?」

「あの音波探査の時、調べて分かった事

 ですが、何故かあの橋から真下へ降りると、

 100層の先、101層へと続いていました

 まぁ、正規のルートでは無いと思いますが」

ハジメの疑問に答える私。

 

「じゃあ、あそこから飛び降りるの?

 でも大丈夫?」

「はい。問題ありません」

そう言って、私は指を鳴らした。すると、

私達4人の背中に、小さな箱形の物体が

装着された。

「ん?司、これは?」

「それは重力制御装置です。周囲の重力に

 干渉する、干渉フィールドを展開します。

 それを使って、101層まで降下します。

 良いですか?」

 

私の言葉に、3人とも頷く。

 

そして、私はゲートを開き、あの時の場所へと

出た。まずは私とハジメが突入し、安全を

確保。ハジメが後ろの二人に合図を出し、

ゲートを潜って貰った。

 

更に周囲を警戒するが……。

「……敵影無し。トラウムソルジャー、

 ベヒモス共に確認出来ず」

「……出てこない、か」

私の言葉に呟くハジメ。まぁ、それを疑うのも

無理は無い。なぜなら、あの戦闘で壊れたはずの

橋が元に戻っているのだから。

 

「ねぇ、あの橋って皆の攻撃で壊れたよね?」

「そのはずですが、こうして修復されている。

 ……誰かが直した、と言うのは考えにくい

 ので、ダンジョンが直した、と考えるべき

 でしょうね」

「……自己再生するダンジョンって。何か

 怪しいよね」

「えぇ。しかし、だからこそ、何かが

 あるのかもしれません」

そう言うと、私は橋の淵に立った。

 

下を見下ろせば、底知れぬ闇が広がっていた。

 

私の隣に立つハジメ、香織、ルフェア。

ルフェアは僅かに後退り、ハジメもあの日

落ちかけた事を想いだしたのか、ブルリと

体を震わせる。香織も、どこか不安そうだ。

 

「……。大丈夫です」

そんな3人を安心させようと、私は出来るだけ

優しい声色で語りかける。

「私達4人なら、何が来ても恐れる事は

 ありません。……行きましょう」

私は、そう言って隣に居たルフェアと

手を繋ぐ。

「……。うん、そうだよ。私、怖くない。

 お兄ちゃん達と、一緒なら」

そう言って、ルフェアの左手がハジメに

差し出される。

「そうだな。司がいれば、とりあえず大体の事は

 何とかなるし」

その手を握り、ハジメは香織に左手を

差し出す。

「そうだね。行こう。この先へ」

そして、香織もその手を取る。

 

そして……。

 

「行こう。この先に、何があるのかを

 確かめるために」

私達は、手を繋ぎ闇の底へ向かって

飛び込んだのだった。

 

 

 

私達は手を繋ぎ、重力干渉フィールドを展開。

ゆっくりと下降して行った。

そんな中で、横穴から水が噴き出していた。

私は何度か指を鳴らし、出来るだけ内部

の構造を調べる。そして……。

 

「……ここから入るしかない、か」

私はウォータースライダーの如く流れていく

横穴を見ながら呟く。

 

「こ、ここから入るの?大丈夫?」

ハジメが不安そうに呟く。

「ジョーカー、Eジョーカーの

 気密性は万全です。が、流されて

 バラバラになるのは不味いですね。

 ルフェア」

「うん、何?」

「Eジョーカーのシールド発生装置で

 私達も入れるシールドを展開して

 下さい。その中に入って4人一緒に

 流されれば、何も問題は無いでしょう」

「う、うん。分かった」

「では、ハジメ、香織。彼女のEジョーカー

 に掴まって下さい」

「うん。ちょっと失礼するよルフェアちゃん」

ハジメがルフェアの左肩に。

「よろしくね、ルフェアちゃん」

香織が反対側の右肩に掴まる。私は

Eジョーカーの背中にだ。

そして、ルフェアがそれを確認すると、

Eジョーカー内部のシールド発生装置が

うなりを上げ、4人の周囲を球状の

シールドが覆い包んだ。

 

「よしっ。では、突入」

「うんっ!行っくよ~~!」

私達を乗せ、ルフェアのEジョーカーが

水流の中へと突進していった。

予想通り、中は狭くさながらウォーター

スライダーのようになっていた。

シールドが時折壁や床を削りながら、

私達は流されていく。

 

「ま、まるで天然のジェットコースター

 だね!うわっとっ!」

「と、所でこれってどこまで行くのかな!?」

叫ぶハジメと香織。

「……む」

波の音の反響を利用して水路の先をマッピング

していると、少し先に川が穏やかになっている

場所があった。

 

「ルフェア。もうすぐ滝があり、そこ

 から落下します。そしてすぐに

 穏やかな川に出ます。川の脇に移動

 して下さい」

「う、うんっ!」

 

そして、話している内に滝が見えてきた。

『バッ!』

一瞬の浮遊感の後……。

『ドボォォォォンッ』

水の中へと落ちた。

 

『バシャバシャ』

そして、私達は川の中から上がり、

周囲を見回した。

 

「……。ここ、どこだ?」

「少し待って下さい。今確認を」

ハジメの言葉に応え、私が指を鳴らす。

「……。どうやら、ここは

 オルクス大迷宮の101層、の

 ようです」

「じゃあ、無事に入れたって事で

 良いのかな?」

「とりあえずは、ですね」

更に香織の言葉に応えながら、私は

ディスプレイ脇の時計に目を向ける。

 

このような洞窟の中では昼夜の感覚は

完全になくなる。日付の感覚も同様

でしょう。

 

「3人とも、聞いて下さい」

私がそう言うと、周囲を見回していた

3人がこちらに視線を向けた。

「私達はこれから、最下層まで向かい

 ます。武器弾薬などなどは私の力で

 生産出来るので、問題無いでしょう。

 同様に食料もです」

そう言って指を鳴らせば、何も無い

所から野菜や肉が現れた。

 

「とどのつまり、私が居れば物資

 補給の問題は解決できます」

「じゃあ、もしかして最下層に

 たどり着くまで、外には出ない、

 って事?」

と、首をかしげるルフェア。

「はい。今の私達は教会に目を付けられて

 います。それを躱す意味でも、当面は

 人前に出るのを避けたいのです」

「そっか。……まぁ僕は良いかな。

 確かに司がいれば何とかなるし」

「うん、私も大丈夫」

「あっ、わ、私も大丈夫だと思います!」

ハジメ、香織、ルフェアが頷く。

 

「ありがとう3人とも。……では、とにかく

 まずは休もう。ここに拠点を作り、一眠り

 したあと、探索を開始します」

「「「うんっ」」」

 

その後、私達は川辺に、私が作った

エネルギーフィールド発生装置で

結界を作り、中で寝袋に入りながら眠りに

付いた。

 

 

そして、数時間後。

朝になった(と言っても時計の時間的に)ので

私達は起床し、早速私の創造の力で作った

食材を調理し作った朝食を食べた後、

動き出すことになった。

 

「あっ。3人とも、装着の前にちょっと

 良いですか」

「はい?何ですかツカサお兄ちゃん」

「みんな、ブレスレットをした左手を

 私の方へ」

「こう?」

首をかしげながら右手を差し出す

ハジメとそれに続く、香織、ルフェア。

 

私は、ブレスレットのスイッチ

部分に人差し指を当て、データを

送り込んだ。

 

スイッチ部分がポウッとしばし

光を放ち、やがてそれが収まった。

「司くん。今のは?」

「ジョーカーのアップデート、強化

 です。実戦データを元に強化しました。

 また、香織とハジメのは使用者の

 意思によってEジョーカーフォーム

 へと変化させる事も出来ます。

 逆にルフェアの方にも、通常のジョーカー

 フォームを実装しました。これで、

 好きなときに好きなフォームへ変形

 出来ます。それと、各機の内部に

 武装データベースへのアクセス能力も

 付加しておきました。好きなとき、

 好きな銃を思い浮かべればそれが

 自動で創造され召喚されます」

 

「ははっ、流石司。仕事が早いな」

「いえ、それほどでも。……さて、

 それでは行きましょう。オルクス

 大迷宮の最底辺を目指して」

 

私は、目の前にある洞窟を睨み付ける。

その私の右隣にハジメ、彼の隣に香織。

反対の左隣にルフェアが並ぶ。

皆が私を見る。私は、左右の彼らを

見ながら頷く。

 

そして、皆が左手首を翳し、赤いスイッチ、

スタータースイッチを押し込む。

 

『『『『READY?』』』』

 

「「「「アクティベート(!!!)」」」」

 

『『『『START UP』』』』

 

私達は、それぞれジョーカー0、Z、Q、

そしてルフェア用のジョーカーRを

纏った。

 

今、4人のジョーカーは基本装備として

腰部背面にセベク。右腿のホルスターに

オートマチックのノルンを携帯している。

私の場合は、前衛を務めるつもりなので、

背中にヴィヴロブレードのアレースを

装備していた。

そして、私は更に指を鳴らし、4つの

銃器を私達の前に召喚した。

 

それは、私達の世界におけるサブマシンガン、

『クリスベクター』に形が似ていた。

「司、これは?」

「それは短機関銃『バアル』。洞窟内は

 狭いかもしれないので、近距離で火力を

 集中し、尚且つ取り回しの良いそれに

 しました。……では、前衛を私が。

 中衛は香織とルフェア。ハジメは

 後衛で援護しつつ、後方に警戒を」

 

「うんっ、分かった」

「私も」

「は、はい!」

三者三様の返事が返ってくる。

 

「では、行きましょう」

 

 

そして、私達4人のパーティによる探索が

始まった。

 

そこは、正しく洞窟という言葉がぴったりな

場所だった。そこを慎重に探索する。

もし、ここが101層ならば、魔物の強さなど

私達が訓練で潜った上層とは、比べものに

ならないだろう。

 

そして、歩いていると私達は巨大な

十字路にたどり着いた。

私は左手を上げて立ち止まり、周囲を

見回し、4人が隠れられそうな岩を

見つけた。

すぐさまその岩を指させば、ハジメが

先導して3人が岩陰に隠れた。それを

確認すると私も隠れる。

 

そして、影から十字路の方を見つめる。

「十字路、だね。どうする?」

と、問いかけてくる香織。

「……。ここでエコーロケーションに

 よる測定とマッピングを行います。

 恐らく、どこかに下へ降りる 

 階段があるはずです」

そう言って、私が指を鳴らそう

とした時。

 

「ッ!司待って!」

ハジメが小声で止めた。

何です?と聞こうとしたが、

その前にハジメが十字路の、私達から見て

正面の通路の奥を指さした。

 

私達がそちらに目を向けると、そこに

兎が居た。

 

 

ただし、サイズは中型の犬並。そして

やたらに足が発達し赤黒い線が幾重も、

血管のように表面を走っていた。

 

「……。不気味なウサギだね」

「ですね」

ハジメの言葉に頷く私。

「で、どうするの?」

「しばらく様子を見ます。但し、

 いつでも銃は撃てるように」

香織の言葉に私が指示を出すと、

3人ともバアルを構える。

 

すると、ウサギがスクッと立ち上がった。

ハジメが狙いを定めるが……。

『スッ』

ソッとその銃口に左手を置き、更に

人差し指を口元に当てた。

 

そして、数秒後。

白く尾が二つある狼がウサギに襲いかかった。

 

しかし、どうやら戦闘力はウサギの方が

上だったようだ。現れた5匹の狼を、ウサギ

はその足で次々と粉砕してしまった。

 

しかし、あのウサギは空中を蹴るような

動作をしていた。狼の方も電気を纏っていた。

恐らく、それらがあのウサギと狼の

固有魔法なのだろう。

 

しかし、あの戦闘能力は……。

「トラウムソルジャーよりは強そう

 ですね」

「強いなんてもんじゃないでしょ。

 あのウサギなら、ソルジャーの群れ

 だって蹴散らせそうだよ」

「た、確かに」

私が呟くと、ハジメも呟き香織が頷く。

 

確かに強い。だが……。

 

「私達の方が、もっと強いですよ。

 ……3人とも、一斉射です」

「うん」

「分かった」

「は、はい……!」

 

私達はバアルを構える。そして……。

「撃て」

私の合図で飛び出し……。

 

『『『『ドドドドドドドドドッ!!!!』』』』

4人のバアルが一斉に火を噴いた。

ウサギはこちらに気づいた様子だが、

遅かった。

通路を所狭しと迫る銃弾を躱すことは

出来ず、その四肢と頭を撃ち抜いた。

「……射撃止め」

そして、数秒ほど斉射して、それを

止める私。

 

カランカランと薬莢が洞窟内に落ちる音

が響いた後、静寂が戻った。

 

そして、私が3人に目配せをする。3人は

頷き、静かにウサギの死体まで近づき、

調べる。どうやら一発頭に喰らったようだ。

即死だった。

 

しかし……。放電能力に、空間に足場を作る

能力。更に瞬間的に距離を詰める力。面白い。

私は、ウサギの血だまりに指先を浸し、

ウサギのデータを取った後、更に狼の

血も採取し、データを抽出する。

 

データ解析開始。

……………完了。

 

能力獲得

1、雷撃操作能力、『纏雷』

2、瞬間跳躍能力、『縮地』

3、空間固定能力、『空力』

 

よし。データを解析。ジョーカー内部OS

アップグレード。……………完了。

 

私は血だまりの前から立ち上がり3人

の方へと歩み寄る。

「司、何してたの?」

「今正に倒した魔物から、固有能力の

 データを引き出しました。

 あの狼からは電撃操作能力『纏雷』。

 ウサギからは瞬間的な跳躍能力『縮地』と 

 空間固定能力、つまり空中に足場を

 作る能力『空力』です。

3人とも、ブレスレットを」

私の指先がブレスレットに触れ、獲得した

技能を付与する。

 

「……魔物の能力コピーするとか、

 流石だよ司」

「いえ。しかし慣れなければ使いようも無い

 ので、今はまだ使わない方が良いでしょう。

 今後は、こうやって敵を倒しながら

 魔物の能力を獲得していきましょう。

 案外、有益な力が手に入るかも――」

 

と、言いかけた時、私の成体レーダーに

何かが引っかかった。

 

私達が現れた十字路の一本から見て、

右の通路。

 

「敵接近……!右通路……!」

私が右の通路の方にバアルを構えると3人も

驚きながらそれに続いた。

 

そして、暗がりの奥から現れたのは、一言で

言えば『熊』だった。しかし魔物の例に

漏れず体表には赤黒い線が走り、その爪は

30㎝はあろうかという程の物だ。

 

「……グルルル」

その熊がこちらを見て睨んでいる。

 

奴の放つプレッシャーからして、恐らくは

あのウサギや狼よりは強いのだろう。

私は、バアルを手放し消滅させると背中

からアレースを抜き放った。

 

「3人とも。支援を頼みます」

「……。司、やれるの?」

「相手の力量が分からないので、何とも

 言えませんが。……任せて下さい。

 完全生物という技能、そして、

 全ての理の上に座す王という天職を

 持つ意味は、伊達では無いのですよ」

私は両手でアレースを持ち、正眼に構える。

 

しばし、私と熊の魔物、爪熊が睨み合う。

が、次の瞬間。

 

「ッ!!」

『ドンッ!』

私が先ほどウサギからコピーした能力、

縮地で一気に距離を詰め、アレースを

振り下ろした。

 

しかし、爪熊はその攻撃を熊らしからぬ

俊敏性で回避した。

そしてカウンターの爪を振りかぶる爪熊。

私は咄嗟にそのリーチから逃れるために

後ろに飛んだ。

暴風を生み出しながら振るわれる爪。

一瞬、私は避けたように感じた。

しかし……。

 

『ガキィィィィィンッ!!!』

「ッ!?」

何かが当たったようにジョーカーZの装甲

で火花が散り、私は後ろに吹き飛ばされた。

「司ァ!」

「司くん!」

後ろでハジメと香織が叫ぶ声が聞こえる中、

私は空中で体にひねりを加えて体勢を

戻すと地面にアレースを突き刺し、勢いを

殺した。

 

「ふぅ。……大丈夫です。ジョーカーZ

 の装甲に助けられました」

私は立ち上がり、地面に刺さっていた

アレースを抜く。

まぁ、私の生身の体の耐久力でもあの程度

の攻撃なら防げるだろう。

 

しかし、あの攻撃は……。

「各自、聞いて下さい。奴の攻撃は腕の

リーチの倍はあると思って回避

するように。

 恐らく、奴の固有魔法でしょう」

「成程。で、どうする?」

「戦法は変わりません。私が前衛を。

 3人は、チャンスを見つけたら

 バアルの銃弾をたたき込んで下さい」

「で、でも、そしたらツカサお兄ちゃんを

 巻き込んじゃうんじゃ……」

「大丈夫ですルフェア。私のジョーカーZは

 固いし、私も頑丈です。それこそ、

 気にせず当てるくらいの気持ちで

 撃っても構いませんよ」

と、安心させるように言うのだが……。

 

「それはそれでこっちが気にするから

 ダメだって」

「当たったら当たったで気にするよ司くん」

と、二人からダメだしが。

「……。そうですか。じゃあ頑張って

 避けます」

と言いながら、私はアレースを握り直し

爪熊を睨み付ける。

 

「行きます。援護をよろしく」

「うん」

「任せて」

「が、がんばります!」

「では……。ッ!」

三人それぞれの返事を聞きながら、私は

もう一度『縮地』で踏み込んだ。

「グルァァァァァッ!」

雄叫びを上げながら腕を振り上げる

爪熊。

しかし、同じ手は食わない。

私はそこから更に加速し、爪熊の攻撃を

懐に入ることで躱し、すれ違い様の

その脇腹を切り裂く。

 

「グルァァァァッ!?!?」

脇腹から血を流し叫ぶ爪熊。奴は

振り返り、私を睨み付ける。

私は、アレースを振って血糊を飛ばす。

「……どうした?この程度か?」

挑発の意味も込めて、左手の指を

クイクイと動かす。

「グルァァァァッ!!!」

すると怒ったのか奴が突進してきた。

 

爪熊は私に噛みつこうとその口を

大きく開き、向かってきた。

だが……。

『バッ!』

あと少しで牙が届くという所で

跳躍し回避。アレースを左手に持ち直し、

右足のホルスターからノルンを抜き

AP弾を発射。

『バンバンッ!!』

放たれた銃弾が奴の膝を撃ち抜いた。

『グルァァァァッ!?!?』

悲鳴を上げる爪熊。

 

その時。

「ッ」

ジョーカーのレーダーに反応があった。

爪熊の来た反対側、十字路の左から動体

反応が複数、接近してくる。

どうやらハジメ達も気づいたようで

そちらに視線を向けている。

 

そして……。

「司!こっちは任せて!司はその

 熊を!」

「了解。任せますよ」

背後のハジメ達に頷き、私は爪熊と

向かい合う。

 

ハジメはジョーカーとしての戦闘に

慣れているから良いとして、香織と

ルフェアはまだ慣れていない。

早々にこいつを片付けて、二人の援護を

するべき、か。

 

そう考えながら、私は爪熊の連撃をアレースで

防ぐ。

 

「……貴様には悪いが、余り貴様に時間を

 割くわけにも行かない。速攻で片を

付けさせて貰う」

「グルァァァァァァッ!!」

 

そう言うと、爪熊が渾身の右を振り下ろす。

しかし私は先ほどの倍の距離をバックステップで

下がる。見ると、爪熊の腕のリーチから離れた

地面に爪痕が出来る。

それを見て、攻撃のリーチを計算する。

あとは……。

 

体内リミッター、レベル10まで解放。

 

脳内から肉体に指令を下した瞬間、

体の中の全てが、活性化する。

視界がスローになり、四肢に力が満ちていく。

 

今の私は、肉体のリミッターを外した状態。

人として生活するため、体の防御力以外は

全て一般的な人間より僅かに高い程度で

制限を掛けている。しかし、戦闘となれば

話は別。その肉体のリミッターを外す事で、

私は人間を、いや、生物を遙かに超越した

運動が可能なのだ。

ゴジラとして、進化を続けた私の能力に

勝る者は、居ない。

 

「ッ!」

『ドッ!』

再び縮地で距離を詰める。

右手を振り上げる爪熊。しかし遅い。

『ガッ!』

その右手首を私の左手が押さえ……。

『ドスッ!!ズバッ!』

アレースが右腕の肘から先に突き刺さり、

一気に切り裂いた。

 

「グルァァァァァッ!?!?!?!」

悲鳴を上げながら咄嗟に後ろに下がる

爪熊。しかし、逃がさない。

私は、縮地で距離を詰める。

「トドメだ」

驚く爪熊。そして、それが奴の最期の

表情だった。

 

『ズバッ!!』

アレースの刃が、奴の首を切り飛ばす。

そして、私がアレースの刃についた

血糊を飛ばすと……。

 

「お疲れ様、司」

後ろから声が聞こえた。振り返れば、

バアルを構えた3人が立っていた。

「3人とも。そちらはどうでしたか?

 大丈夫でしたか?」

「うん、ハジメくんのおかげでね。ハジメくん、

 雷には雷だ~、って叫びながら狼の

撃ってくる雷をジョーカーの雷で撃ち

落としてくれたから。後は私とルフェア

ちゃんが撃ちまくったの」

 

「そうでしたか」

そう言いながらアレースを背中の鞘に収めた

私は、爪熊の方へと向き直り、奴の首元

から溢れた血だまりに右手を浸ける。

 

データ解析開始。

……………完了。

 

能力獲得

攻撃強化・延伸能力『風爪』

 

「……ふぅ」

「どうだった司?」

「この熊の能力を獲得しました。

 能力名は風爪。恐らくは攻撃に

 不可視の爪を追加するような物

 だと思われます。これは手足を

 使った攻撃だけではなく、銃を

 振るだけでも風爪を発動可能な

 ようです」

「じゃあ、接近戦で使えそうだな」

「えぇ、ハジメの言うとおりです。

 早速3人にも、付与しておきます」

 

そう言って、私は3人にも風爪の力を

与えた。

 

「さて、では行きましょう。この迷宮の

 最下層を目指して」

 

 

先頭を歩く、漆黒の鎧、ジョーカーZ。

それに続く、鎧を纏った3人。

 

彼らの長い迷宮攻略が、始まった。

 

     第7話 END

 




って事で攻略開始です!
次回か、或いは更に次の回辺りでユエが出てくると
思います!お楽しみに!

感想や評価、お待ちしています!


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第8話 探索開始

今回は場面の区切りが良かったのでちょっと短めです。


~~前回のあらすじ~~

聖教教会へ反発した司、ハジメ、香織は

ルフェアを自分達の家族として迎え入れた。

元の世界への帰還を目指す彼らは、ベヒモス戦

で司が確認したオルクス大迷宮の100層より、

更に下にある謎の空間へと向かった。

第1層で二尾狼や蹴りウサギ、爪熊を撃破し

その能力を獲得した4人は、地下を目指して

ダンジョンの中を進んでいくのだった。

 

 

私達4人は、私の能力、エコーロケーション

によるマッピング技術を使って第1層の

マップを作成しつつ、念のため全ての

通路を確認した。

ハジメ曰く……。

「こういう所なんだから!もしかしたら

 レアな装備とかが入った宝箱が

 あるかも!」

と言うので探したのだが、宝箱らしき物

は一つも発見できなかった。

 

その事実を知ったハジメが……。

「チクショォォォォッ!ダンジョンで

 お宝はRPGゲームの王道だろうがぁぁ!

 うぉぉぉぉぉっ!!!」

何故か地面に膝と手を突き慟哭していた。

「……。ハジメは何をそんなに嘆いて

 いるのですか?」

「さ、さぁ?」

私の言葉に、香織は首をかしげ、ルフェア

はとりあえずハジメの背中をさするのだった。

 

その時。

「ん?」

私のレーダーに、何か力の波動のような物が

引っかかった。

「あれ?司くんどうかしたの?」

「……いえ、少し。……ハジメ」

「え?何?」

「ハジメの錬成の力で少々この辺の

 壁の中へ道を作って欲しいの

 ですが」

「え?良いけど……」

 

「≪錬成≫!」

その後、ハジメが錬成し、私が道を指示

しながらドンドン進んでいった。

ちなみに、ジョーカーを纏ったままでも

魔法は発動可能なように調整してある。

 

また、私は新たな力を生み出していた。

それは『自分の魔力を他者に分け与える力』。

オール無限大の私の魔力を他人に分け与える

事が出来れば、と考え生み出した力だ。

それに私は魔法を使わない。これでは

宝の持ち腐れだ。

私自身の戦闘力を考えれば、一々魔法を

行使するよりジョーカーや銃器を使った

攻撃。或いは最悪、リミッターを解放した

肉体でぶん殴った方が強いのである。

だからこそ、この魔力付与の力を生み出した

のだ。

 

ちなみにこれをハジメに話したら……。

「ファンタジー世界で物理最強か。

 ハハ、司らしいな」

と、何故か半ば死んだ目でそう言われて

しまった。

何故?

 

その後、ハジメの錬成の力で順調に

掘り進んでいくと……。

「あっ!司!」

最前列を歩いていたハジメが呟いた。彼の前方

から何か光が見える。

 

「ハジメ、空間を広げて下さい」

「分かった!」

更に錬成して空間を広げるハジメ。

そして私達4人の前に姿を現したのは……。

 

バスケットボール大の、青白く輝く

不思議な鉱石だった。

それを囲む私達4人。

「これって……」

「綺麗……」

「うん」

内心驚いているハジメと、呟く香織、

それに頷くルフェア。

 

よく見ると、その鉱石からは謎の液体が

ポタポタとしたたり落ちていた。

私はその液体に指を浸し、データを取る。

「……」

「ど、どうだ司」

ゆっくりと手を離す私に声を掛けるハジメ。

 

しかし、採取したデータと王国の図書館で

収集したデータベースと照合して見たが……。

これは……。

 

「あくまでも推論ですが、これは恐らく

 『神結晶』では無いかと思われます」

「神結晶ぉ!?それって確か、伝説の秘宝、

 RPGゲームで言ったらウルトラレア

 級のアイテムだよね!?」

「えっと、どういうこと?」

「?」

私の言葉にハジメが興奮し、香織とルフェア

が首をかしげる。

「神結晶というのは、大地の魔力がある 

 一定の場所、魔力溜まりに集まって

 更に結晶化した物です。これ一つが

 出来るのに、千年はかかると書物には

 書いてありました」

「せ、千年!?」

あまりの数字に驚くルフェア。

 

「そんなに。……あっ、じゃあこの水みたい

 なのは?」

「それは恐らく『神水』ですね。神水とは、

 神結晶内部の魔力が飽和状態になった時

 に溢れ出す液体の事です。書物には、

 それを一滴口にするだけで瀕死の人間が

 命を取り留めた、と言うのもありました」

と、香織に説明していると……。

「つまり最上級のポーションって訳だな」

「端的に言えばそうですね」

ハジメが思いっきり端折って説明してくれた。

 

「で、どうするんですか?これ」

と、疑問を投げかけるルフェア。それは

当然……。

 

「回収しておきましょう。何かの

 役に立つかもしれません」

と言う事で、神結晶を回収しました。

これはリュックを作り、それを香織が

背負うことに。

そしてハジメは……。

 

「よしっ!レアアイテム、ゲットだぜ!」

と、何やらかなりハイテンションだった。

 

その後、時間が丁度良かったので神結晶が

あった場所で軽い昼食と休憩をしてから、

再び移動を開始した。

 

その後、私達は階段、のような雑な作りの

段差がある部屋に居た。

この階段が次の階層に降りる物なのは

自明の理。問題は、第2層の暗さだ。

第1層は緑光石のおかげでまだ問題

無かったが、次の層はそれが無いのか

真っ暗だ。

「……真っ暗だね」

そして、それをのぞき込んでいた

私達の感想を代弁するように香織が呟き、

ハジメとルフェアが頷く。

 

しかし、この程度なら何とでもなる。

「3人とも、音声コマンドで暗視装置、と

 呟いてください。メットに内蔵されている

 ノクトビジョンが起動します」

「うん、分かった。暗視装置、起動」

「えと、暗視装置起動」

「あ、あんしそうち、きどう。

 ……あんしそうちって何?」

ハジメ、香織、ルフェアが音声コマンドで

暗視装置を起動させる。

そんな中で首をかしげているルフェア。

「暗視装置、起動」

そんな様子を見つつ私も暗視装置、

ノクトビジョンを起動する。

 

すると、メットのバイザーが緑色に染まる。

そして階段の下に目を向ければ、暗闇の中に

通路の構造が見えるようになった。

「わ~!すごいすごい!暗い所が

 はっきり見える!」

同じように階段の下をのぞき込み

驚いているルフェア。

 

「ところで司。これって大丈夫なのか?

 銃のマズルフラッシュで暗視装置が真っ白

 になっちゃったりは……」

「ハジメ、そう言うのはかなり古い旧式の

 物でありがちな事です。メット内蔵の

 ノクトビジョンは私作の最新鋭装備なので、

 その辺は抜かりありません」

「そっか、分かった」

 

そして、私達は改めて階段の下を見つめる。

「……これまで通り、私が前衛で。

 香織とルフェアが中衛、ハジメが

 後衛で」

私の言葉に、3人が頷く。そして、それを

確認すると私を先頭に、各々がバアルを

構えてゆっくりと第2層へ降りていった。

 

まず私が階段を降りきって場所を確保。

後ろのハジメに合図を送ると、彼に

促され香織とルフェアが慎重に降りてくる。

それを確認するとハジメも降りてきて、

通路を警戒していた私の肩を叩く。

 

そして私が先頭になって静かに歩き始めた。

エコーロケーションで第2層の大まかな

マップを作成した私は、反応的に第3層

へ続く階段があると思われる部屋を

目指して移動を開始した。

 

しばらく歩いていると、曲がり角を曲がった先

に魔物の姿を見つけた私は、すぐに

角に戻る。

「司?」

「敵魔物確認。数は1」

「どうする?」

「私がやります。3人は周囲を警戒

 しつつ待機」

短くハジメと意思疎通をし、指令を

すると3人が静かに頷く。

 

そして、それを見ると私は角に近づき、

バアルを構えたまま半身をスライド

させるように角から体を出す。

そして……。

 

『ドドドドドッ!』

バアルが一気に火を噴き、魔物が気づくより

も先にその体を銃弾で引き裂いた。

『ドシャッ』と言う音と共に、壁に

張り付いていた蜥蜴型の魔物が自身の血で

出来た血だまりの上に落下した。

 

後ろに合図をして、私達はその蜥蜴

の近づいた。そして私が素早く血に

掌を浸しデータを回収すると、移動を

開始した。

 

その後、幾度か魔物に出会うも、バアル

の掃射能力の前に悉く撃破していき、

私達は第3層へと降りていったのだが……。

 

「うわぁ、これ完全にタール地獄じゃん」

足下を見つつも気だるげに呟くハジメ。

第3層は正しく、『沼』、と言う感じだった。

ドロドロとした物体が足下に滞留しており、

歩くのも一苦労だ。

かれこれ、第1層、第2層と攻略してきた

訳だし……。

 

「3人とも、ここで一旦休憩しましょう」

と、私が言うと、3人とも『賛成』と

呟いた。

 

その後、壁際からせり出した岩の上に

たどり着いた私達はハジメの力で

横穴を掘り、拠点を作った。私の

魔力付与でハジメに魔力を

与えつつ12畳くらいの部屋を作ると、

私達は腰を下ろして息をつき、ブレスレット

に触れて装着を解除した。

 

先ほど倒した蜥蜴型の魔物のデータは……。

……成程、石化の魔眼に、石化耐性、

更には暗闇で通用する夜目の技能を

持っていたようだ。

 

石化能力、か。相手を殺さない程度に石化

させる事が出来れば、恐怖を煽る攻撃として

使える。石化してしまえば大抵の物は

これを治せないだろうし、攻撃としては

厄介であり有用だ。

……機械的に石化能力を再現出来ないか、

あとで試して見るか。

 

と、思って居ると……。

 

「ふぅ」

「か、香織しゃん!?」

息をつく香りの声と、何やら驚いて

いるハジメの声が聞こえた、見れば、香織が

ハジメの肩に頭を預けている。

「ごめんハジメくん。ちょっと

 疲れちゃった」

「い、いえ!こ、これくりゃい、

 ぼ、僕の肩ならどうぞつかってくださっ!

 い、イッテ~」

ハジメ、テンパりすぎて舌を噛んだようだ。

 

私は念のため入り口近くにセンサーと

セントリーガン、シールド発生装置、

虚像投影装置を展開。

更に部屋の中が明るくなるように、角に

ライトを設置した。

更に休めるように4人分の寝袋を作り

置いておく。

 

さて、今の時間は……。

ふむ。18時過ぎ。外は既に夕暮れ時か。

「今日はここで休みましょう。第3層の

 攻略は、明日からです」

私の言葉に、3人が頷く。

その後は私が食材を産みだし、香織と

私で調理をして、それを4人で食した。

 

そして、食器を片づけた後、更に新型

兵器の設計、開発を頭の中で行っていた、

のだが……。

何やら私とルフェアの前でイチャついてる

ハジメと香織。

と言うか、香織の方が顔を赤くしながら

ハジメに体を預け、ハジメも顔を真っ赤に

したまま戸惑いつつも彼女の言葉に

相槌を打ったりしていた。

 

ふぅむ。……あっ。そうだ。

ここは二人の為に『あれ』を作ろう。

「ハジメ、悪いのですがもう少し部屋を

 大きくして貰っても構いませんか?」

「え?良いけど……」

そう思った私はハジメに声を掛けた。

 

その後、ハジメの錬成で更にもう一部屋

作って貰った。

「これで良いの?」

「はい」

私は頷くと、パチンと指を鳴らした。

すると、部屋にお湯を張ったお風呂と

天蓋付きのベッドが現れた。

そのベッドの上にはバスタオルと

バスローブが2つずつ置いておく。

ふぅむ、これだけでは足りないか。

 

更に指を鳴らし個室トイレと防音の

扉を部屋と部屋の間に作る。

 

それを見てポカ~ンとしている

ハジメと香織。

 

「では、こっちがハジメと香織の部屋です。

 私とルフェアはもう片方の部屋で

 休むので。あぁそうそう。明日の行軍

に必要な体力は残しておいて

下さいね?やりすぎず、ほどほどに、

ですよ。では」

そして私が出て行こうとすると……。

 

「「待て待て待て待て待って~~~~!」」

二人が私の肩をガシッと掴んだ。

「何ですか?」

「何ですかじゃないよ!?何を

 考えてるのかな司!?」

「そそそそ、そうだよ!?

 こ、ここ、これじゃまるで!!」

 

「……。私的には二人用の寝室を

 用意したつもりなのですが?」

「じゃあ何でダブルベッド!?

 一人一部屋で良いじゃないか!」

「うんうん!」

 

「……二人は恋人同士なのだから

 何を躊躇う必要があるんですか?

 愛し合うにも狭いベッドでは

 やりづらいでしょう?」

 

流石は元怪獣。司に、恥じらいという

感情は殆ど無かった。

「あ、あああ愛し合うって!?」

「な、何をい、いい言ってるのかな

 司くん!?」

「……二人は愛し合って居ますよね?」

「そっ!?それはそうだけど!?」

否定しないハジメ。

「バカップルみたいにラブラブですよね?」

「バカッ!?ひ、否定はしないけど……」

同じく否定しない香織。

 

そして、司の爆弾(発言)が投下された。

 

「じゃあ、肌を重ねるエッチな事を拒む

 理由は無いですね」

 

「「何でそうなるの~~~!?!?」」

司の肩を掴んでカックンカックンと揺らす

二人。

 

「二人とも年頃の男女ですし、以前にも

 言いましたが、死と隣り合わせの極限

 状況では生物としての本能から、

 子供を作ろうとします」

「うん!全然極限状態でも何でも無いよ!?

 司居るから僕達無敵だよ!?無敵!

 どんな魔物でも鎧袖一触だったよね!?」

 

ツッコみまくりのハジメ。

すると、司はサムズアップしながら……。

 

「……愛し合ってるんですから

 問題無いじゃないですか」

「開き直った!?微妙に開き

直ったよね司!?」

 

その後、私は二人を部屋に(強引に)残し、

もう一つの部屋へ(逃げるように)戻った。

 

私は壁際に腰を下ろし胡座を掻くと目を

つぶり、頭の中に兵器の設計図を思い

描き、新たな兵器を作り上げていく。

 

と、その時。

「ねぇねぇツカサお兄ちゃん」

「ん?何ですかルフェア」

目の前からルフェアの声が聞こえる。

私は目を瞑って開発を続けながら

答える。

 

「ハジメお兄ちゃんとカオリお姉ちゃん

 って付き合ってるの?」

「はい。少し前に、互いに思いを告げ、

 恋仲になりました」

「へ~」

ルフェアの声が聞こえるのだが……。

何か私の膝の上に重みが。

目を開ければ、私に背中を預けるように

私の胡座の上に座っているルフェアが。

 

何故?と言おうかと思ったがやめた。

「所で、ツカサお兄ちゃんは彼女いるの?」

「ん?私ですか?私には居ません。元々

 友人も少なかったし、私は感情が

 薄いと言われているので。それに

私自身、あまり彼女が欲しいと思った

事もありませんし」

 

私は、私の『オリジナル』はあの日から

ずっと孤独だった。友人を得ても、人と

その先の関係に至ることへ、興味も無く、

そして若干抵抗があった。

 

そう。私は人の皮を被っているに過ぎない。

所詮は『異種』。

私は、ずっとそう思っていた。そして、

今も……。

 

と、その時。

「じゃあ、私が立候補する!」

「え?」

一瞬、ルフェアが何を言っているのか

分からず、私は疑問符を浮かべた。

「なぜ、ルフェアが?」

「ん?だって、ハジメお兄ちゃんは

 カオリお姉ちゃんが好きなんでしょ?」

「それはそうですが」

ルフェアの言葉に頷く私。

 

と言うか、ルフェアの口調が幾ばくか

砕けた物に変わってきている。これが

本来の彼女なのか。

とか思いつつ、私は彼女の言葉を

聞いていた。

 

「私ね、お兄ちゃん達やお姉ちゃんの

 事大好きだよ!私の家族になるって

 言ってくれたから。……だから、

 私は3人が大好き!」

「……そうですか」

 

大好き。そんな風に人から言われた事が、

これまであっただろうか?

 

「ありがとう、ルフェア」

かつては、人から憎悪されるだけの怪物が

ここまで来た事は、何とも感慨深い物です。

私は、優しくルフェアの頭を撫でる。

ルフェアは、『えへへ~♪』と笑みを

浮かべながら目を細めている。

 

そして、夜。

ルフェアがハジメ達みたいに一緒に寝たいと

言い出したので、向こうと同じように

ダブルベッドを創り出し、風呂で体を洗い、

パジャマに着替えるとベッドに体を預ける

私達。

ちなみに、ブレスレット、待機状態の

ジョーカーは外さないように3人に厳命

している。万が一にもシールドを突破

された時、離れた所にあると命取りに

なりかねないからだ。

 

そして、私とルフェアは互いに向かい合い

ながら眠ろうとしていたが……。

 

「ねぇ、ツカサお兄ちゃん」

「ん?何ですか?」

「もし、お兄ちゃん達が元の世界に

 帰る方法が見つかったら、やっぱり

 帰っちゃうの?」

 

そう呟く彼女の体は、震えていた。

「私、お兄ちゃん達と離れたくない」

そして、彼女は私の服の裾を掴んだ。

彼女にとって、私達は家族。別れる事を

考え、不安になっているのだろう。

ならば、安心させてあげるのが家族の

役目。

 

「ルフェア、聞いて下さい。確かに私達は

 元の世界への帰還を望んでいます」

そう言うと、ルフェアの裾を掴む力が

強くなる。

 

「なので、ルフェアも私達の世界へ

 一緒に来ませんか?」

 

「え?」

 

どうやら予想外の言葉だったのか、ルフェア

は呆けた声を出していた。

「え?そ、それって……」

「はい。私達は元の世界に帰ります。

 その時ルフェアも一緒に来ませんか?」

「で、でも、この前聞いた話だと、お兄

ちゃん達の世界に、亜人とかって

居ないんだよね?もし、私が言ったら

不味いんじゃ……」

 

「ふむ。まぁ騒ぎの一つか二つは起きる

 かもしれませんが、別に問題ありません。

 ルフェアに手を出す者が居れば、私や

 ハジメ、香織で守りますし。それに」

「それに?」

「……言ったではありませんか。私達

 がルフェアの帰る場所になる、と。

 だから誘うのです。私達と共に、

 行きませんか?と」

「ッ!」

 

私の言葉に、一瞬目を見開いてから

涙を浮かべるルフェア。

「……連れて……」

そして……。

「連れて、行って。私は……」

 

「大丈夫。分かっています」

私は、優しくルフェアの体を抱きしめた。

「置いて等行きませんよ。ルフェアは

 私達の家族なのですから」

「うっ、うぅ、お兄、ちゃん」

 

ルフェアは、私の胸で嗚咽を漏らすと、

しばらくして泣き疲れたのか眠って

しまった。

 

私はその寝顔を見つめながら、眠りにつく。

 

私には家族と呼べる相手など殆ど居なかった。

そしてこの世界に来て、新たな家族が出来た。

 

怪物と忌み嫌われた私に、だ。

ならば、全力で守る他無い。ルフェアは

私の家族となったのだ。だから守る。

例えトータスの全人類を敵に回そうと、

関係無い。

彼女は私の新たな家族なのだから。

 

『ゴジラ』の力を持って、貴方を

守ります、ルフェア。

 

 

少女は出会った。一人の『(ゴジラ)』に。

それは、全ての生命を超越した存在。

『彼』を止める事は出来ない。

『彼』の道を阻むことは出来ない。

『彼』を倒す事は出来ない。

 

なぜなら、彼は『(ゴジラ)』なのだから。

 

(ゴジラ)』と出会い、少女はその加護を

受ける。

少女は、『(ゴジラ)』に家族として迎えられるの

だった。

 

     第8話 END

 




次回には(多分)ユエが出てくると思います!

感想や評価、お待ちしています!


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第9話 深淵の出会い 前編

今回で、ようやくユエが登場しますよ!


~~前回のあらすじ~~

真のオルクス大迷宮へと侵入に成功した

ハジメと司たちの4人は、早速迷宮の探索

を開始。第1層で神水を生み出す神結晶を

回収しつつ、4人は第3層まで降下。

第3層に降りた時点で時間的、体力的な

事を考えた司の指示で拠点を作り休息。

その際、色々ありつつも、司は

ルフェアを守るべき存在と認識する

ようになったのだった。

 

 

朝(と言っても洞窟なので朝日など無い)。

体内時計によって、私は設定した時間に

微睡み等ない状態で覚醒する。

パチッと目を開けば、目の前には

私の左腕を腕枕にしてルフェアが

眠っていた。

 

私は、ゆっくりと左腕を引き抜き、代わりの

枕に彼女の頭を乗せた。

起こさないように慎重にベッドから

降りた私は、指を鳴らして普段の

服装になる。

 

ちなみに、私の普段着は黒いコンバット

ブーツ。茶色のカーゴパンツ。黒い半袖

シャツの上に、背中に龍が描かれた

黒いトレンチコートを着ている。

このコートは、元の世界に居たとき高校

進学時に孤児院の人から貰った物だ。

少々思い入れがあったので、私が技能、

創造の力で作成したのだ。皆がファンタジー

系の格好をしている中、この格好で

出歩いた事があったが、その際には

ハジメから……。

 

『それはもうホントに才能の無駄遣いです!

 あとそのコートカッコいいね!』

 

と、怒られて褒められた。

 

これでは戦闘時、支障が出ると思われる

だろうが、普段戦闘時はジョーカーZを

纏っている。それに、トレンチコートには

特殊な繊維を織り込んでおり、剣や弓、

果ては銃弾を防ぎ、火属性の攻撃を

喰らっても延焼しない優れものだ。

 

私はトレンチコートを脱いだ状態の

服装に着替えると、念のため防音用の

結界を作りその中で食材を創り、更に

調理を始めた。

 

そして、調理していると……。

「ん、ん~?あれ?ツカサお兄ちゃん?」

体を起こし、瞼をこすりながら

起きるルフェア。

それに気づいて私は結界を消滅させた。

「おはようルフェア。よく眠れましたか?」

「うん」

私が声を掛けると、ルフェアは笑みを

浮かべながら頷いた。

 

その後、朝食の準備をしていると……。

「「……」」

無言でハジメと香織がやってきた

のだが……。

 

二人とも、目の下に隈が出来ていた。

 

「……。まさか夜通しだったんですか?」

 

と言うと……。

 

『スッパァァァァンッ』

何故かハジメがハリセンを取り出して私

の頭を引っぱたいた。

いや、それ以前にそのハリセンどこから

取り出したんですかハジメ。

 

「違うって!お互いドキドキしっぱなしで

 眠れなかったんだよ!殆ど一睡も

 出来なかったんだよ!僕まだ

 DTだよ!OK!?」

「……。何をそんなにブチ切れている

 のですかハジメ」

と言うと……。

 

『スッパァァァァンッ!』

さっきよりいい音がした。私の頭から。

「司のせいでしょうがぁぁぁぁ!」

 

……。どうやら私の行動は完全に裏目に

出てしまったようだ。

「二人は超が付くほど奥手かと思い

 場をセッティングしたつもりだったの

 ですが……」

 

「うん!とりあえずありがとうって

言っとく!でも今後こう言うのは

やんなくて良いから!」

「分かりました」

どうやら私の行動は余計なお節介だったよう

ですね。

 

「では、精々、精の付く食べ物を作る

 程度にしておきます」

『スッパァァァァンッ!!!』

「それもアウツッ!色んな意味で

 アウトだから!」

サムズアップして言ったら再び

ハリセンの一撃が私を襲う。

 

そして横を見れば、ルフェアが必死に

笑いを堪え、香織が長い長いため息を

付いていたのだった。

 

それにしても……。最近ハジメの私に

対する態度がボケキャラにツッコむ

ツッコみキャラになっている気がする

のだが……。

 

まぁ良いか。

と思いながら私は食事を用意していた。

 

その後、結局朝食を取ってから更に

ハジメと香織を仮眠させ、昼食を取って

から拠点を出た。

 

「さて、では行きましょう」

ジョーカーを各々纏い、私達は外に出た。

 

しかし、気になった事があったので

私は早速、タールに右手を浸しデータ

を採取した。

ふぅむ。

「司、どうかしたの?」

「……全員、ここでの発砲は控えた方が

 良いかもしれません」

「へ?何で?」

ハジメが首をかしげると、私は3人の

ディスプレイに、このタールモドキの

データを転送、映し出した。

 

『≪フラム鉱石≫。艶のある黒い鉱石。

 熱を加えると融解しタール状になる。

 融解温度、摂氏50度。タール状態では

 摂氏100度で発火。発火時の熱量は

 3000度に達する』

 

それを見た瞬間、ハジメと香織が息をのむ

のが分かった。

「うそぉん」

「えぇ……」

戸惑うハジメと香織。二人は辺りを見回す。

「も、もしかしてこれ全部……」

「はい。フラム鉱石ですね」

香織の言葉に応える私。

すると二人はカタカタと震えだした。

 

「ち、ちなみに司。ジョーカーの

 耐えられる温度って……」

「7000度まで耐えられますが?」

「あっはい」

震えながら問いかけたハジメに言うと、

それだけ言って黙ってしまった。

そして二人の震えも止まる。

 

しかし、下手に銃を使って階層が火の海、

と言うのも面倒ですね。

やむを得ないか。

私はパチンと指を鳴らした。すると

4人の背中にヴィヴロブレードが装着

される。

更にもう一回指を鳴らす。今度は、右腕

下部にアンカーランチャーが出現した。

 

「とりあえず、近接武器として

 高周波ブレードと右腕にアンカー

ランチャーを装備させました。

これなら大丈夫でしょう」

 

そう言うと、私が前方を見据え、他の

3人もそれに倣う。

 

「行きましょう。探索2日目の、開始です」

「うん」

「行こう」

「が、頑張ります」

私の言葉に、ハジメ、香織、ルフェアが

それぞれ返事を返し、探索2日目が始まった。

 

それから、私達の2日目が始まった。

第3層の探索において一番厄介だったのは、

タールの中から現れるサメ型の魔物だった。

この魔物は、後から調べて分かった事だが

気配遮断、と言う言わば隠密スキルを備えて

居た。

しかし、各種レーダーを装備する私の目に

掛かれば、何て事は無かった。

 

先頭の私を食おうと飛び掛かってきた所を

アレースで一刀両断した。

幸い、サメ型魔物以外には大した魔物は

存在せず、私達は順調に第3層を突破した。

 

 

それからは、大体1日に2~3層のペースで

下へ下へと降りていく私達。

 

その途中でも、色々あった。毒の痰を

吐き出す2メートルの虹色毒ガエル。

それと麻痺の効果を持った鱗粉を

まき散らす蛾の魔物がたむろする、毒の霧

に覆われたフィールド。

これらはジョーカーの気密性と空気を

浄化するフィルターの力よって、

特に問題無く突破した。

 

しかし……。

あの蛾の魔物を見ていると、無性に

倒したくなった。

そう本能に訴えてくる物があったので、

とりあえずG・キャノンで跡形も無く

吹き飛ばしたが……。

 

「それはオーバーキルだって司!」

と、熱で溶解した洞窟の一部を指さし

ながら怒られてしまった。

 

次の階層では、洞窟の中なのに鬱蒼とした

ジャングルが広がっていた。

そして、そこでの敵が巨大なムカデの

魔物だった。それが突然頭上から振ってきた

時、運悪くハジメが落下地点の側に居て

魔物を凝視してしまった。更にこれは節

一つ一つが分離して増えるのだ。

これが向かって来た時には……。

 

「いやぁぁぁぁぁあ!!

 来ないで~~~~!」

悲鳴を上げながらバアルを撃ちまくる香織と。

「ひゃっはぁぁぁぁぁぁっ!

 汚物は消毒だぁぁぁぁぁぁっ!」

何故かテンションが振り切れたハジメが

私作の火炎放射器、『シャマシュ』で

ムカデの魔物を焼き払っていく。

「気持ち悪い~~~!や~~~~!」

どうやらルフェアも気持ち悪いらしい。

Eジョーカーへと変化し、チェーンガンを

撃ちまくっている。

私はバアルを単発にして一匹一匹を

狙い撃っていく。

 

ちなみに、その階層にはもう一つ、

魔物がいた。ハジメ曰く『RPGゲーム

のトレント似』な魔物の頭から落ちてきた

果実を、ハジメが何の気なしに食べたら

美味しかったようだった。

他の二人もそれを口にして美味しそうに

していた。

 

そして……。

 

「狩り、開始」

 

ハジメのそんな言葉に続くように、3人は

笑みを浮かべながらトレントを狩りまくった。

 

ふむ。香織とルフェアも日々順調に強く

なっている。これはとても良い事だ。

と、私は果実をむしり取られ無造作に伐採

されていくトレントを見ながら

考えるのだった。

 

そんなこんなで、私達は日々戦い強く

なりながらオルクス大迷宮を潜って

行った。

 

そして、探索開始から1ヶ月が経とうと

していたある日。

150層に私達は到達した。もうここまで

来ると、香織とルフェアも頼もしくなった

ものだった。ここにたどり着く少し前から、

最近は二人一組に分かれて階層を探索

する事をしていた。

いつでも4人で行動出来る訳では無いので、

それに対する訓練の為だ。

同時に、階層を注意深く観察する

為でもあった。

 

第101層で神結晶を発見したように、

どこに何があるか分からない迷宮で

何か重要な物を見落とさない為でも

あったのだ。

 

そして、150層で私とEジョーカー

フォームのルフェアの二人で次の層へ

続く階段を発見した時だった。

 

『ピピッ!』

≪司聞こえる?≫

通信機から音がしてハジメの声が聞こえた。

「こちら司。こっちは問題ありません。

 今し方下への階段を発見しましたが……。

 どうかしましたか?」

≪あぁうん。なんて言うか、変な扉を

 見つけた≫

「変な扉?」

私がその単語を繰り返すと、周囲を

警戒していたルフェアが僅かに振り返る。

≪あぁ、だから出来れば合流して欲しいんだ≫

「分かりました。すぐにそちらと

 合流します。では、後で」

そう言って通信を切る私。

 

「ハジメお兄ちゃん達、どうかしたの?」

「何でも、変な扉を発見したとの事です。

 二人と合流します。行きましょう」

「うんっ」

ルフェアの質問に答え、彼女が頷くと

私達は足早に部屋を後にした。

 

ジョーカー同士は、互いの位置を確認出来る

GPSのような装備を持っていた。

二人のマーカーがある方へと向かうと……。

 

「あっ。司くん、ルフェアちゃん。こっち~」

待っていた香織が手を振る。

「お待たせしました。で、これが……」

そして、合流して早々私達の目に

飛び込んできたのは……。

 

高さが3メートルはある、装飾付きの両開きの

荘厳な扉。その左右には巨大な一つ目の象が

2つ。壁に半ばめり込むようにしながら扉を

挟むように立っていた。

 

「……明らかに人工物ですね。今までの

 迷宮と、何か違う。それに……」

「やっぱり、司も感じる?僕も、何て言うか

 この部屋とその奥から、その、

 プレッシャーを感じるんだ。

 それで、どうする?」

「……」

 

私は、ハジメの言葉に無言で考える。

 

これまでには無い、明らかな人工物。

そしてこの、部屋の奥から放たれる

プレッシャー。まず間違い無く、

この中には、何か『居る』、もしくは

『ある』。

 

……この先では、何が起こるか

分からない。しかし、だからといって

これほどの人工物。スルーする訳には

行かない。

……ならば、万全を期す。

 

私は扉から離れた通路の角の場所に立ち、

指を鳴らすと、メカニカルな杭を創り出し

床に突き刺した。

 

「司、それは?」

「ポイントマーカーです。今から

 3人のジョーカーに転移システムを

 付与します。もし、命の危険を

感じたら、テレポート、と言う言葉

を思い浮かべるか叫んで下さい。

このマーカーの地点に強制的に

転移します」

 

私は、3人のブレスレットに触れ、

転移システムを付与する。

「ここから先、何が起こるか

 分かりません。しかし、あの扉の

 奥には何かある。だから行こうと

 思います。……最悪、ここで

 待っている。と言うのもあり

 ですが……。3人は、どうしますか?」

 

「……僕は行くよ。司と一緒なら、大抵の

 事は何とかなるから」

「私も行く。ハジメくんや司くんを

 守る為に」

「わ、私も行く!私も皆を!

 家族を守りたいから!」

 

皆、行くと言ってくれた。ならば……。

 

「では、行きましょう。行動開始です」

 

 

私達は、ゆっくりと扉に近づく。

左右では、ハジメと香織が像を警戒

している。

私は、タナトスを背面に装着して両手を

空けると静かに扉を触れる。

扉には、二つの窪みがありそこには魔法陣

が描かれていた。しかし……。

 

「……この魔法陣は……」

「どうしたの司」

「いえ。王国の座学で教えられた魔法陣

 とは些か毛色の違う魔法陣ですね、これは」

「つまり、古いって事?」

と、問いかけてくる香織。

「……それも、相当ですね」

そう言って、私は扉を撫でる。

 

「どうやら、数十年、程度では済まない

 でしょう」

「って事は、数百年は昔って事?」

「恐らくは」

 

しかし、魔法陣が描かれた窪みが二つ。

どう考えても、何かをはめ込め、と言う

意図にしか思えない。

しかし、左右の石像を見るに……。

何かを手に入れるのにはこの左右の

石像を……。それは面倒だ。

 

よし。ここは……。

「各自、下がって下さい。この扉を爆破します」

「爆破?……マジで?」

「あくまでも扉の破壊を前提とした、

極小威力のコンポジット爆弾、C4

を使います。3人は下がって。それと

ルフェアはシールド展開の用意を」

「うんっ。任せて」

3人が下がると、私は扉の破壊に必要な

爆薬の量を計算し、それを扉にセット

したのだが……。

 

「…………」

 

無言で私は両隣の一つ目石像を見上げた。

「ハジメ、この石像は……」

「うん、怪しいね。これ絶対、扉を

 開けようとしたら、復活して襲われる

 パターンだよ絶対」

確かに。

 

私もそう思ったので……。

「動き出す前に頭だけでも吹っ飛ばして

 起きましょう」

私は跳躍し、石像の額にC4をセット

した。

 

心なしか、石像が震えているように

感じたが無視して下がる。

「ルフェア」

「うん!シールド展開!」

彼女が叫ぶと、私達4人を包み込む

半径3メートルのシールドが展開された。

私は爆弾の起爆装置を左手に握っていた。

 

「起爆用意。各自、耐衝撃防御姿勢」

私が言うと、ハジメと香織が念のため

腰を下ろし地面に膝を付け、ルフェアの

Eジョーカーが腕のパイルを地面に

突き刺した。

「起爆5秒前。カウント開始。

 5、4、3、2、1。爆破っ」

『カチッ』

 

『『『ドドドォォォォォォンッ!!』』』

 

扉と石像の頭部にセットした爆弾が

ほぼ同タイミングで爆発した。

周囲に爆音が響き渡り、砂埃が舞う。

しかし、爆音とは裏腹に司の計算によって

セットされた爆薬の量は、扉と石像の頭部

の破壊の為だけに調節されており、周囲

への被害規模は無いに等しい物だった。

 

そして、あれほど荘厳だった扉は既に見る

影も無く、煤こけ黒くなっていた。

そしてその扉が、ハジメ達の方へと

倒れてきた。

『ズズゥン』と音を立てながら倒れる扉。

 

「……よし、進路確保」

扉が開いた(?)のを確認するとそう

呟く司。ちなみにハジメは……。

 

「君たち、出番無くて残念だったね」

と、この場所で長らく敵を待ち、役目を

果たすときを待っていたであろう一つ目

巨人達の象に向かって手を合わせていた。

 

 

これで、扉が開いた。

「各自傾注。これより中へ入る。

 中では何があるか分からない。

 警戒は怠らないように。それと、

 奥には光源が無い。各自、暗視 

 装置とライトを点灯」

そう指示を出すと、各自が暗視装置を

起動すると共に、小型ライトを起動した。

 

メット左側頭部のカバーが開き、中から

小型のライトが現れ、前方を照らす。

ハジメがタナトス。香織とルフェア

がバアルを構え、私はノルンを握っていた。

改めて中を見回せば、壁には召喚された

あの日見たような、大理石の壁が広がり、

等間隔に柱が両脇に置かれていた。

 

その時、奥の方で何かがライトの光を

反射した。

「ッ、何?」

戸惑いながらもそちらにバアルを

向ける香織。

私達4人が『何か』に注視していた。

その時。

 

「……だれ?」

『何か』の方から声がした。

それは間違い無く人の声だった。

 

そして、声が聞こえるのと同時に理解した。

中央には、立方体のような物があり、そこ

から何かが『生えている』ように見えた。

 

しかし、生えているように見えたそれは、

体の殆どを立方体に取り込まれ、唯一頭

が外に出ている、『人』だった。

しかし、こうも暗くては相手が良く

分からない。

 

私はノルンをホルスターに戻すと

パチンと指を鳴らし、マルチランチャー

ピストル『アテネ』を創り出した。

 

これは単発の信号拳銃のようなもので

様々な弾丸を放つことが出来る。

更に、吸着機能付きの照明弾を創り出し

アテネに装填する。

「今から部屋を明るくします。全員、

 暗視装置をカット」

そう言うと、全員が暗視装置を切り、私

は天井に向けてアテネから照明弾を

放った。

 

『ベチャッ』という音と共に照明弾が

付着し、光を放つ。

そして、その光が私達と立方体に

埋め込まれていた人を照らし出した。

 

突然の光に目を背ける人、いや、

『少女』。

 

人は少女だった。

長い金髪にその隙間から見える紅い瞳。

歳は、12、3歳と言った所だろうか。

その少女は、やつれて見えるがそれでも

十分に美しいと呼べる物だった。

 

そして、その少女が頭を巡らし、こちら

を見ている。

 

そして……。

「おね、がい。……助け、て」

少女は、掠れた声で助けを乞う。

しかしその音量は小さくとも必死な

事は私でも分かった。

「待ってて!今!」

 

その声に反応し、ハジメが前に出ようと

するが、私がそれを制する。

「なっ!?司!?何で!」

「落ち着いて下さいハジメ。

 ここはどこですか?一般人が

 存在すら知らないオルクス大迷宮の

 150層ですよ?そんな場所に、

 こうして封印されている彼女は、

 危険な存在かもしれません」

「ッ!?」

私の言葉に、息をのむハジメ。

 

そして、私は一歩前に出て少女と向き合う。

 

「貴女は、何故ここに?封印されている理由

 を、ゆっくりで良いから話して下さい」

「……私は、裏切られた」

「裏切られた?誰に」

「……私の、おじ様。……私は、先祖返り

の吸血鬼。すごい力、持ってた。……だから、

国の皆のために頑張った。でも、

ある日……おじ様や……家臣が、私は

要らない、って……。おじ様が、王だ、って。

……それでも、良かった。でも……私の

力、危険だ……殺せないから……そう言って、

封印……された」

 

聞こえてきた話をまとめつつ、私は更に

問いかけた。

「貴女のすごい力、と言うのは?」

「……怪我しても、すぐ治る。……首

 落とされてもその内治る」

擬似的な不死身、と言う事か。

「それだけですか?」

 

「……もう、一つ。私、魔力、直接

 操れる。……陣も要らない」

 

……魔法陣や詠唱無しでの魔法行使。

成程。普通は魔法を行使する『準備段階』

がある。それが詠唱や陣を描く事。

しかし彼女の場合、それが必要無い。

魔法を行使するスピードにおいて、

右に出る物は居ない、と言う訳か。

 

しかし……。

 

彼女の話が『本当』だと確信する証拠が

無い。

ここに居たのなら、そう言う作り話を

考える時間だってたっぷりあっただろう。

私は思案を続けていたとき。

 

「……お願い。助けて」

少女の声が、助けを求めて部屋に響く。

その時。

 

「司。司の事だから、やっぱり色々

 疑ってるのかもしれないけど……」

そう言いながら、ハジメは私の隣

を通り抜け、少女を捕えている

立方体に手を当てた。

 

「僕はこの子を助けてあげたい」

そして、ハジメは真っ直ぐ私の方を

見つめた。

 

「……彼女の話が100%本当、

 と言う確証はありませんよ?」

「うん、分かってる。でも、司は

 前に言ってたよね?『私は好きにする。

 諸君等も好きにしろ』って。

 だから僕は好きにする。僕は

 この子を助けたいって思った。

 だから助けたい」

 

少女は、そう語るハジメの背中を

見上げていた。

 

やれやれ、と言うべきですか。

後ろを見ると、香織がうんうんと

頷き、ルフェアは彼女の話に同情

しているのかヘルメットを取って

泣いていた。

「分かりました。では……」

 

私は、アレースを取りだしそれを即座に

アップグレード。柄の部分に腕部から

伸びるコネクターを接続。すると赤い

アレースの刀身が、更に赤く赤熱化

していく。

 

「とりあえず、この立方体をぶった切り

 ますか」

私は、立方体の横へ移動しヒートソードと

化したアレースを振り下ろした。

 

予想外に強い抵抗を受けた物の、

すぐさまアレースの温度に負けた

立方体が切れていく。すると、途中

で立方体の抵抗が無くなった。

 

どうやら、立方体が力を無くしたようだ。

これなら……。

「ハジメ、ちょっと立方体を

 殴ってみて下さい」

「OK!任され、たぁっ!」

『ドゴォォォォッ!』

ハジメのジョーカー0の拳が立方体

に突き刺さった。すると……。

 

『ビキビキビキッ!』

立方体に罅が入り……。

『バリィィィィンッ!』

音を立てて砕け散った。

 

「あぅ」

立方体という枷と体の支えを失った

裸の少女が宙に投げ出された。

「おっ、と」

それを、咄嗟にハジメが抱きかかえる。

 

「君、大丈夫?」

ハジメは彼女の顔をのぞき込んだ。

すると……。

 

「ありが、とう」

少女は、掠れる声と共に涙を浮かべながら

そう呟いた。

 

 

その時。

「っ」

私のレーダーに迫り来る敵の存在が

映し出された。

 

「敵接近!」

私はすぐに叫んだ。緩み掛けていた

ハジメと香織、ルフェアの表情が引き締まる。

「ハジメは少女を連れて扉付近まで後退!」

「了解っ!」

ハジメは、少女を抱きかかえて下がる。

「香織、ルフェアは戦闘態勢!敵は……!」

 

相手の迫ってくる方向、それは……。

「直上!!」

 

私が叫んだ次の瞬間。天井から

『ソレ』が降ってきた。

私は咄嗟に跳躍し香織とルフェアの

所へ下がり、振り返る。

 

落下してきたそれは、一言で言えば

サソリだった。

但し、体長は5メートル前後。二本の尻尾

を持っているサソリだった。

 

この部屋に入った時、側にこの魔物の

存在は感じなかった。恐らく、仮死状態

か何かで眠っていたのだろう。

あの少女が封印を解いた瞬間に

襲いかかる敵として。

 

少女を助けたと思ったらこれですか。

だが、やるしか無い。

 

「総員、戦闘態勢!ハジメは少女を守りつつ

 柱の陰に後退!ルフェアは二人の直援に!

香織は後方から射撃支援!」

「「「了解っ!!」」」

 

矢継ぎ早に指示を飛ばし、私はアレースを

両手で握り直し構える。

 

新たな出会いがあったと思った直後に

この戦闘。

目の前に居るサソリの魔物と、私達の戦いが

始まろうとしていた。

 

     第9話 END

 




って事で、ユエとエンカウントしました。
本当は、サソリと決着付けるつもりだった
んですけど、分割しました。

感想や評価、お待ちしています!


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第10話 深淵の出会い 後編

今回はサソリの魔物との対決です。
実はユエの出番がかなり減ってます。


~~前回のあらすじ~~

順調にオルクス大迷宮を攻略していく司達。

そんなある日、4人は迷宮150層で不思議

な扉を発見する。これまでとは違うその

扉の奥に何かあると感じた司の判断で

4人は扉を爆破して突破。内部に入ると、

そこには一人の少女が囚われていた。

彼女曰く、裏切られ囚われたと言う話を

司は訝しむが、ハジメは以前司が言った。

『好きにしろ』という言葉を引き合いに出し

彼女を助けたいと言う。それによって司も

納得し、少女を捕らえていた立方体を破壊。

しかし、直後にサソリ型の魔物の強襲を

受けるのだった。

 

 

「香織!少女に神水を!」

ノルンを向け、睨み合う中叫ぶ。

「うん!」

香織は頷き、背面のメカニカルな

バックパックの中からペットボトルを

取り出した。

それの中身は、神水だ。101層で回収した

神結晶が生み出す、ハジメ曰く『ウルトラ

ポーション』、神水ならば、恐らく彼女

に活力を与えてくれるだろう。

「ハジメくん!」

それを投げる香織。

 

『パシッ!』

「ありがとう香織さん!」

ボトルを受け取ったハジメは、柱の

影に隠れるとボトルのキャップを

開け彼女の口にあてがう。

「これ、ゆっくりで良いから飲んで」

「……ん」

コクコク、と喉を鳴らしながら神水を

飲む彼女。やがて体中に活力がみなぎると

驚いたように目を見開き自分の体を見つめた。

 

その時。

『ジュワァァァァァッ!』

何かが溶ける音がした。二人が驚き柱の

影から顔を出すと、司のジョーカーZ

が先ほどまで立っていた場所が、サソリが

放ったであろう毒液で溶けていた。

 

毒液か。厄介な。

私はサソリの放った毒液、いや、溶解液を

跳躍して回避。

『ババンッ!』

カウンターでノルンからAP弾を放つが……。

『ギキィンッ』

並の魔物の外皮なら貫通するAP弾でも、

あのサソリの魔物の外殻を貫く事は

出来なかった。

 

ノルン程度のアーマーピアシングでは

効果が無いか。これではバアルの弾丸も

奴の外殻を貫く事は難しいか。

 

その時、毒液を発射したのとは反対側の

尻尾の先端が膨れ上がった。

かと思った瞬間、無数の針が打ち

出されてきた。

だが……。

 

体内リミッター、レベル20まで解放

 

「ふぅ」

リミッターを解放した私の瞳が、

紫色の光を放つ。体に、人間では

考えられない程の力がみなぎる。

世界がスローになる。そして……。

『ガガガガガキィンッ!!!』

襲い来る全ての針を、アレースで切り落す。

 

今度は、こちらの番です……!

私はアレースにエネルギーを送り込む。

すると、赤熱化していた刀身が白く

白熱する。縮地の力で一気に距離を詰め、

アレースを振り下ろす。サソリは

4本ある腕の一本でアレースを

受け止めた。

だが……。

 

『ジュゥゥッ!』

「キシャァァァァァァッ!?」

受け止めた瞬間、奴の腕から煙が上がり、

次いでサソリが悲鳴を上げた。

咄嗟に後ろに飛び退り、毒液を吐き出す。

私も後ろに跳躍し、毒液を回避する。

 

見れば、先ほどヒートソードを受けた箇所

が焼けただれている。どうやら、

最大出力のヒートソード形態のアレース

ならば、奴を斬れる。

 

奴は、私の方を睨み付けている。

だが、それは命取りだ。何故なら……。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

『ドドドドドドドドドッ!!!』

後ろから香織のバアルが援護射撃を

行う。

 

『ギギキィィンッ』

放たれた銃弾は、やはり予想通りその外殻

を貫く事は出来ない。だが、奴の注意を

逸らすのには、十分だった。

 

『ザンッ!!』

私は、一瞬で距離を詰め、先ほどの

鍔迫り合いで黒くなった箇所にもう一度

アレースを振り下ろした。

白熱した刃が、ザクリとサソリの傷口を

切り裂き、腕の一本を切り落した。

 

「キシャァァァァァァァッ!?」

音を立てて落下する腕と、悲鳴を上げる

サソリ。

と、その時、サソリは毒液を辺りに

振りまく。

「むっ」

私は咄嗟に後ろに飛ぶ。

「うわっ!」

更に援護していた香織の方にも毒液が

飛んでいき、彼女も慌てた様子で下がる。

「ルフェア!シールドを!」

「うん!」

 

私達は一旦距離を取り、ハジメと少女が

隠れる柱の陰に飛び込んだ。

そして私達を護るようにルフェアの

Eジョーカーがシールドを展開する。

こちらに向かって放たれた針をシールド

が弾く。

 

私はすぐさまタナトスを創り出す。

「各自傾注。奴の装甲はノルンのAP

 弾やバアルの銃弾では貫徹出来ません。

 香織、ルフェア、ハジメはここから

 タナトスとチェーンガンを使って

 支援を。私が前に出ます」

「「「了解っ」」」

「……行きます」

 

私は柱の陰から飛び出し、タナトスを撃つ。

『ババンッ!』

放たれた炸裂弾が奴の外殻に命中する。

炸裂した箇所を見れば、奴の装甲に僅か

ながら罅が入って行った。……行ける。

 

そう思った時。

『ジュワァァッ!』

奴の放った毒液の一滴がタナトスの

銃身に当たり、銃身が溶けていく。

私は咄嗟にタナトスを投げ捨て、

ホルスターからノルンを抜いて放つ。

『カンカンッ!』と甲高い音が

響きながらも、毒液の尻尾に命中し

その狙いを逸らす事が出来た。

 

「司!」

「当たってっ!」

「行っけぇぇぇ!」

『『『ドドドドドドドッ!!!!』』』

その時、柱の陰から3人の一斉射撃が

サソリに襲いかかった。

奴の注意がそちらに向く。奴は毒液を

柱に向けて発射しようとした。

 

だが……。

『バシュッ!』

『ギュルルルルッ!!』

私の右腕のアンカーが奴の尻尾に巻き付き、

こちらへ引く事で狙いを逸らす。

 

毒液は発射されたが、明後日の方向へと

飛んでいく。

そして、私は地面を蹴りリールを巻き取り

ながら接近。

「キシャァァァァァッ!」

サソリは、残った3本の内の一本を私

に向けて放つ。だが……。

『ガキィィィンッ!!』

腰元から生えていたテールスピアが

うねりながらその巨大なハサミを

弾いた。

そして……。

 

『ズバッ!!!』

アンカーを回収し、すれ違い様に

毒液の尻尾を、根元から切り裂いた。

 

「キシャァァァァァァッ!!」

悲鳴を上げるサソリ。私は壁を蹴り

4人の元へと下がった。

「司!」

「これで毒液は使えません」

とは言え、何が出るか分からない

以上、早急に片を付けるべきか。

 

「香織、ハジメ。二人はEジョーカー

 へ移行。3機のチェーンガン、合計

 6門で飽和攻撃を行います。私が

 合図したら、思いっきりやって

 下さい」

「OK!」

「うん!任せて!」

二人が頷くと、私は再び前に出る。

 

その時。

「キィィィィィィィッ!」

咆哮を上げるサソリ。すると、私の

進路上にある地面が波打ち始め、次の

瞬間には無数の棘が生え私に向かって来た。

だが……。

リミッターを解放した私の反応速度も、

胆力も、常識を遙かに超えた物だ。

 

「この程度、笑止……!」

『ズバババッ!!!』

棘をアレースで切り裂き、更に進む。

今度は針を雨の如く発射してくるが、

それがどうした?

 

『ギキキキキキキィィィンッ!!』

「キシィィッ!?」

その全てを、残像を残すほどの速度で

たたき落とす。

そして……。

 

アレース、最大出力

 

再びエネルギーを送り込む。アレース

の表面温度は、既に万単位に届く程だ。

既に、アレースの周囲は蜃気楼の

ように空気が揺らめいていた。

それを、サソリが放ったカウンターの

ハサミに叩き付けた。

 

『ジュォォォォォォォッ!』

奴が溶解液を放った時と似た音を

立てながら、ハサミが溶けていく。

「ギシャァァァァァァッ!?!?」

悲鳴を上げながらも、サソリは

残った2本を私目がけて放った。

私はそれを跳躍し回避する。そして……。

 

「撃て……!」

静かに呟いた次の瞬間。

 

『『『ドドドドドドドドドドッ!!!!』』』

後方に待機していた3人のEジョーカー

から幾重もの銃弾が放たれるサソリに

殺到する。

 

例え、機関砲弾がその装甲を貫徹する事が

出来なくても、その衝撃は装甲を伝い

内部へと響く。同様に、貫徹しなかった

としても運動エネルギーを完全に殺す

事は出来ない。

つまり、『倒す事』は出来なくても

『ダメージを与える事』は出来るのだ。

恐らく、今の奴は襲い来る衝撃に

よって体がかき混ぜられている頃

だろう。

 

そして、射撃が止むと……。

「キシィィ……」

砂煙の中から、フラフラになり外殻が

ボロボロになったサソリが現れた。

「……終わりだ」

私は、跳躍しサソリの装甲が、一番

脆くなっている部分にアレースを

突き刺した。

 

僅かな抵抗の後、その体内へと刺さる

アレース。そして……。

『ボワァァァァァァァッ!!』

アレースを通して内部に着火した。

装甲の割れた部分や傷口、口から

炎を吹き出したサソリは、数秒すると

動かなくなったのだった。

 

私は、アレースを抜くとそれを背中の

鞘に戻した。

 

「終わったみたいだね、司」

そこへ、少女を背負ったハジメ、香織と

ルフェアがやってきた。

「えぇ。……予想外に強敵でしたが、

 まぁ私達4人に掛かれば、と言った

 所でしょうか。さて」

私は、ハジメの背中におんぶされて

いる少女に目を向ける。

 

「とりあえず、ここを離れて安全な

 拠点を作りましょう。彼女と話を

 するのも必要でしょうし」

 

そして、私達は少女が囚われていた

部屋を離れ、150層の一角に拠点を

作った。

 

拠点を作り、出入り口にシールドや

セントリーガンを展開した後、中に

椅子とテーブル、お茶に茶菓子を置いて、

私達は話し始めた。

 

ちなみに、色々ポンポン物を作り

出したり、装着を解除したりした所を

見て、少女はとても驚いていた。

あと、彼女が素っ裸だったのでとりあえず

私が服を創って着せた。

 

そして、まずは私達の方から自己紹介

を始めた。

「私は新生司。歳は17。よろしく」

「僕は南雲ハジメ。よろしくね」

「白崎香織です。はじめまして」

「……私はルフェア・フォランド。亜人、

 森人族、です」

挨拶をするも、ルフェアは初対面の

彼女にどこか怯えていた。

 

「さて、まずはこちらから名を名乗った

 のだ。次はそちらの番、と言うべき

 だろう。君の名は?」

「……付けて」

「は?」

少女の言葉に、私は一瞬呆けた。

 

「……もう、前の名前は要らない。

 私は、変わる」

「それは、つまり。過去との決別の意味も

 込めて新たな名前が欲しい、と?」

「……うん」

少女は私の質問に頷いた。

 

「……との要望ですが、3人は何か

 候補というか、アイデアはありませんか?」

私は3人に話題を振る。3人とも頭を抱え

悩む。

 

やがて……。

「……ユエ」

「ん?」

何かを呟くハジメに、私は首をかしげた。

「ハジメ、何か?」

「あ、いやっ。……『ユエ』、なんてどう

 かな?」

ユエ……。

「それは中国語で言う月、ですね」

「うん。何て言うか、初見のイメージ、

 って言うか。僕達の世界にも吸血鬼の

 伝承とかがあってね。吸血鬼=夜、

 みたいな感じなんだ。それで夜と

 言えばお月様、って事でユエなん

 だけど……。嫌だった?」

と、ハジメが聞くと、少女は全力で

首を左右に振った。

 

「……全然。それが良い。私は

 今日からユエ。……ありがとう、ハジメ」

「うん、どういたしまして」

ハジメから与えられた名前、ユエがとても

気に入ったのか、少女改めユエは

とても嬉しそうだった。

 

しかし……。

『クゥゥゥッ』

そんな彼女のお腹から、悲鳴が……。

「あっ」

途端に顔を赤くするユエ。

やがてユエは申し訳なさそうに

私達を見回す。

 

「……あ、あの。誰か、その……」

「あっ。もしかして、血が欲しいの?」

香織が聞くと、コクンと頷くユエ。

とは言っても……。

「誰のが良い、とかはありあますか?」

念のため私が聞いた。すると、ユエは

真っ直ぐハジメに目を向けた。

 

しかも、よく見ると彼女の頬が赤く

染まり、まるで思い人を見る女性の

ようだった。

「ん?」

何やら、ユエの表情に首をかしげる香織。

「え、え?ぼ、僕?」

一方のハジメは戸惑いながら右手で

自分を指さした。

無言でコクンと頷くユエ。

 

ハジメは困ったようにこちらを向いた。

「……ユエ、吸血行為を行ったとして、

 吸う量は大丈夫ですか?」

「……ん、大丈夫。ちょっと貰うだけ」

「では、吸血行為によってハジメも

 吸血鬼に変わってしまう、と言う事は

 ありませんか?」

「……それも大丈夫。そんな事、今まで

 一度も無かった」

 

ふぅむ。聞く分には危険性が無いよう

ですし……。

「ハジメ、折角のご指名です。少しだけ

 分けてあげてはどうですか?」

「え?う~ん」

悩むハジメ。しかし……。

 

「……」

『ウルウルッ』

瞳を潤ませ、無言でハジメを見上げるユエ。

 

『だ、ダメだ!これは卑怯過ぎる!

 か、可愛いのと可哀想過ぎて

 拒めない!』

「わ、分かったよ。ちょっとだけだよ」

そう言って、ハジメは首元を露出

させた。

 

それを見たユエは、笑みを浮かべながら

ハジメの座る椅子に近づき、彼の椅子の

上に膝立ちで立つ。そして……。

 

『カプッ』

「いっ、つ」

一瞬、痛みに顔を歪めるハジメだったが、

すぐに歯を食いしばった。

 

やがて、数秒後。

ユエが口を離した。

すると、先ほどまでやつれていた肌が

艶々と艶を取り戻し、白い肌にも生気

が戻った様子だった。

 

そして、ユエは口元についた血をペロリ

と、妖艶さを醸し出しながら舐め取り、

頬を赤く染めながらハジメを見ている。

「……ごちそうさま」

「お、お粗末様でした」

ユエの言葉にそう呟くハジメ。

 

しかし、この時二人は気づいていなかった。

 

そんな二人の様子を見ながら、

笑みを浮かべつつ背後に般若の面が

見えるほどのオーラを吹き出している

香織と、その隣でルフェアがガタガタと

震えながら顔面蒼白にしていた

事実を。

 

 

その後、ハジメの首元を念のため手当

してから、私達の素性を話した。

 

私達が人族の神、エヒトによってこの世界

に召喚された異世界人であり、魔族と

戦う為に訓練をしていた事。しかしある日

瀕死のルフェアを私達3人が保護した事。

それがきっかけで聖教教会に目を

付けられてしまった為、ルフェアを

守る意味でも、教会の考えに反発する

意味でも、教会と王国から離れ、独自

の艦隊、G・フリートを結成したこと。

そして今は、元の世界への帰還方法を

探すため、世間には知られていない謎の

空間であるオルクス大迷宮の、100層

以降へ足を踏み入れた事。

 

「そして、約1ヶ月による探索の末、

 我々はこの150層へとたどり着き……」

「……私を見つけた」

「はい。これが、私達の現状です」

 

と、説明したとき。

 

「あっ。そう言えば司」

「ん?何です?」

「司ってさ、ルフェアちゃんを助けた時、

 自力で帰れる可能性がある、

 って言ってたよね」

「あっ!そう言えば確かに!」

ハジメが思い出し、次いで香織も

思い出したようだ。

 

「え?本当なの?ツカサお兄ちゃん」

「……すごい」

更にルフェアが首をかしげ、ユエが

驚く。

 

「そう言えば、詳しい説明はあとで、

 と言って色々ありましたからね。

 それについても、ここなら

 あなた達4人以外に聞かれる心配 

 も無いでしょうし……」

 

いずれ、私の事を全て話そうと思って

いた所だ。場所的にも、丁度良い。

 

「私の、全てをお話しします」

 

 

そうして、私は全てを話し始めた。

 

私が、ハジメと香織から見ても異世界人

である事。元々が『人』では無かった事。

孤独な、突然変異の化け物である事。

記憶が元の映像を交えながら、私は私の

『オリジナル』が辿った経緯を説明した。

そして、オリジナルが凍結される寸前、

その一部であった『私』がこの世界

へと飛ばされ、進化した事。

そして、人類が支配する地球で生存

するために、人に擬態した事。そして

人に擬態し、赤子の姿で孤児院に

拾われた事などなど、全てを。

 

「え~っと?つまり司は元々異世界

 の怪獣で?それが凍結されそうに

 なったから緊急手段として司の

 元になった体細胞が異世界、つまり

 僕達の世界に飛ばされてきて、

 海で成長しておっきくなって、

 人に擬態した、と?」

「はい」

と、私が頷くとハジメと香織は顔を

見合わせた。

 

「いや、その、うん。司が前々から

 規格外で色々すごいし人間離れ

 してたのは知ってるけど……。

 いくら何でもそれは……」

やはり、いきなりは信じて貰えないか。

 

「では、証拠をお見せします」

 

そう言って、私は席を立ち、皆から

少し離れた。そして……。

 

『ボコッ!』

私の体、正確には背中が突如として

膨れ上がった。

「司ッ!?」

驚くハジメ。

「来ないで下さい。これから、一時的

 に退化します。よく見てて下さい」

そう言った直後、私の体の各部が

膨れ上がる。

服がはじけ飛び、肉が膨張し、骨、

骨格が変形する。

 

皮膚が黒く、ゴツゴツとしたケロイド状の

物となり、足は太く、手は逆に退化し、

胴体と首が長くなり、顔も人間離れし

髪の毛も消滅する。そして、背中を

突き破って幾重も列を成す背鰭が

現れた。更に、腰元からは太く長い

尻尾が現れる。

 

そして、数秒を掛けて私は、

大凡3メートルサイズの、第4形態

へと変化してしまった。

そのサイズに見合わない小さな

目で4人を見つめると、皆が

驚愕していた。

 

「嘘、だろ?司、なのか?」

驚き、後退るハジメに私は小さく

頷く。

そして、私は表皮から煙りを

吹き出し体を覆った。

 

「ッ!?司!?」

驚き、咄嗟に叫ぶハジメ。

その時。

「これで分かったでしょう?」

煙が晴れると、そこには裸の、

ゴジラ第9形態、人間態である司が

立っていた。

 

「私は、人では無いのですよ」

 

 

その後、私は破れて無くなった服を

再度創り出し、それを纏うと席に腰を

下ろした。

そして周りを見れば、皆、俯いていた。

……分かっていた事だ。

 

こう言う反応をされる可能性など、

考えるまでも無い。

「皆、私が怖いでしょう。当然です。

 あんな化け物が人の皮を被って

 いるのですから。……だから、

 安心して下さい、としか今は

 言えません。ですが、どうか

 ご安心を。私は今の第9形態の次、

 第10形態となり、元いた世界の

 座標を見つける事が出来れば、

 すぐに元の世界へと皆を届け、

 私はその力で異世界へと行きます。

 もう、二度と皆の前に姿を現す

 事はありませんから」

 

 

その言葉に、ハジメは拳を握りしめた。

「進化と観測には、1年ほど掛かる

でしょう。それに、別の方法での

帰還の術も探します。だから、

どうか1年だけ耐えて下さい。

そうすれば……」

「ふざけるなっ!」

その時、ハジメの声が司を遮った。

 

「……。分かりました。では、どこかに

 シェルターを創ります。皆はそこで

 待っていて下さい。私一人で世界を

 回りながら、帰還の方法を……」

 

その時。

「違うっ!そうじゃないんだよ司!」

再びハジメが司の言葉を遮った。

「二度と会わないって、何だよそれ!」

「……。私は、所詮人とは異なる異種族。

 人と相容れない存在です。以前の私と

 人が戦ったのが、良い例です」

 

私は、俯きながら呟く。かつてオリジナル

がそうであったように。

だが……。

「それは、言葉が通じなかったからだろ!

 でも今の司には言葉が通じる!

 それに、僕を見くびってるんじゃ

 無いのか司!」

「え?私が、あなたを?」

 

「そうだよ!司は僕の殆ど唯一無二の

 男友達だ!それに、こっちに来てから

 僕の事を考えて、ジョーカー0まで

 創ってくれた!何度も助けてくれた!

一緒に戦ってくれた!今更司が人間

じゃないって知ったくらいで拒絶

するほど、ちっぽけな友情を結んだ

つもりなんて無いよ!」

「ッ」

 

私は、ハジメの言葉に息をのんだ。

すると……。

「そうだよ、司くん」

「香織」

次は彼女だった。

「……もちろん、司くんが人間じゃないって

 事には驚いたよ?でも、怪物だとは

 思ってないよ?本当の怪物って、自分

 勝手に暴れる人の事を言うと思うんだ。

 ……でも、司くんはこの世界に来てから

 皆に戦う事の重さを、何度も教えて、

 力を与えてくれた。それに、私達が

 教会に反発したときだってG・ 

 フリートを結成して私達を助けてくれた。

 だから、私も感謝してるよ、司くん」

「わ、私も!」

香織の次は、ルフェアだった。

 

「私も、ツカサお兄ちゃんがあの日

気づいてくれたから、ここに居る。

美味しい料理を作ってくれて、教会

で殺されそうになった時も助けて

くれた!私、お兄ちゃんにたくさん

助けて貰った!だからいっぱい、

い~っぱい感謝してる!だから、

だから私はツカサお兄ちゃんの事、

大好きだもん!」

「ッ、ルフェア」

「……私も、司たちに助けられた。

 それに……。ずっと一人だった寂しさ。

 私も、分かる」

そう言って、ユエは涙を浮かべていた。

 

4人の言葉は、肯定と好意の言葉だった。

拒絶されるかも。私はそう思っていた。

しかし、受け入れて貰えた。

その時。

 

『ポタッ』

何かが目元を伝い、テーブルに落ちる。

ハッとなって私は頬に指を当てる。

すると指先が濡れる。濡れた指先を

頬から離し、その指先に目を向け、私は

それが涙だと理解した。

 

「司……」

ハジメの声が聞こえる。

 

あぁ、そうか。これが、『喜び』か。

ふふっ、かつては絶望の権化のように

恐れられていた私が、ここに来て涙を

浮かべ、喜びに心震わせる日が来ようとは。

「……進化とは、怖い物です。

 涙など、流す事の無い縁遠い存在

 と思って居たのに」

 

私は、掌に落ちた涙を握りしめる。

その時。

「大丈夫だよ」

いつの間にか側に来ていたルフェアが

私を抱きしめた。

「私は、お兄ちゃんの家族だもん。

 お兄ちゃんが私を受け入れてくれた

 みたいに、今度は私が、私達が

 受け入れるから」

 

「ルフェア。……ありがとう」

 

その日、私は心の底から笑えた気がした。

 

 

それから数分後。

 

「しかしまぁ、改めて考えると司の

 ハイスペック過ぎるのも全部説明

 出来るよね。秒単位で進化する

 生物とか」

「そう言う意味だと、放射能って

 怖いよね」

素直に驚嘆するハジメと、ため息を

突く香織。

「けど、司の進化ってそんなにすごいの?」

「はい」

 

私は頷き、第1から第9までの能力を

話した。

すると、ハジメと香織は引きつった

笑みを浮かべた。

 

「え~っと?第5形態だと細胞レベルで

 生きて?」

「はい。なので完全消滅しない限り、

 それこそ指一本でもあれば復活します」

「第6形態だとエネルギーが無限になって?」

「はい。永久機関を獲得したので最悪食事

 を取らなくても生きていけます」

「第7形態だと体内に宇宙を宿して

 あらゆる元素を自由自在に操れる?」

「はい。普段無から有を創り出している

 能力もこれに起因します」

「そんでもって第8形態なら物理法則

 すら無視出来る、と?」

「はい。だから空間を歪めたりも

 出来るんです。ちなみに、第9形態

 の今なら様々な事象に介入出来るので、

 指を鳴らすだけで町とかを無かった事

 にも出来ます」

 

「……。神だ。神チートだ」

「今更ながらに思うけど、司くんが

 敵じゃなくて良かったね」

「……司怒らせたら世界が終わる」

「流石ツカサお兄ちゃん!無敵だね!」

 

三者三様の反応。ハジメはどこか

遠い目をして、香織は苦笑。ユエは

何か失礼な事を言っているような……。

ルフェアはどこかキラキラと目を

輝かせていた。

 

 

その後、ユエから改めて詳しく彼女の

事情を聞いた。

吸血鬼は現在から、数えて300年ほど前に

争いで滅んでいた事から逆算して、ユエは

300歳は生きている事になっていた。

そして、彼女の口から出た言葉に、

私達は首をかしげた。

 

「……この迷宮は反逆者の一人が

 作ったと言われている」

「反逆者?」

と、オウム返しに質問するハジメ。

 

「司、分かる?」

「少しお待ちを。……脳内のデータ

ベースに、ありました。反逆者とは、

遙か以前、神代と呼ばれる太古に

おいて、神に反旗を翻した7人の眷属を

指すようです。

彼らは世界を滅ぼそうとしたが、

その野望が叶うことは無く、彼らは

世界の果てに逃げ延びた、と

あります。そして、その果て、

と言うのが七大迷宮のようですね」

「……付け加えるなら、その迷宮の底に

 彼らの家があるかも、って言われてる」

 

遙か太古、神に逆らった者達の遺跡、か。

しかし、これは好都合です。

 

「どうやら、最初の見立て通りここには、

 正確にはここの最下層には何かがある

 ようですね。ユエの情報で更なる

 手がかりが分かった事ですし、当面の

 目的はこのオルクス大迷宮の最下層部

 へ到達する事にしようと思いますが……」

「そうだね。僕には異論は無いよ」

「私も」

「私もですよ、お兄ちゃん」

「ん、私も」

皆、同意してくれた。

 

「……。分かりました。それで、ユエは

 これからどうしますか?私達は

 自分達の世界への帰還を目指して

 居ます。その際、ルフェアも連れて

 行こうと思って居ます」

「……ルフェアを?」

「はい。実は、彼女もいろいろありまして

 身寄りがいないのです。なので、 

 実質的に今は私達が家族です。

 ユエは、どうしますか?」

 

「……私も連れて行って。私には、

 もう帰る場所……ない」

「……分かりました。ただ、この先

 戦いが続く過酷な道になるでしょう。

 それでも構いませんか?」

「ん。構わない。着いてく」

「そうですか。……では、改めて現状の

 確認を。私達が今目指すべきは、この

 オルクス大迷宮の最下層にあると

 される、反逆者の住居かそれに準ずる

 物を発見する事。そして、そこで

 元の世界へ帰還するために何か方法

 がないか探る事。また、このオルクス

 が空振りであった場合、他の迷宮に

 足を運ぶべきだと思うのですが、皆

 の意見が聞きたいのです。何か

 意見や反論はありますか?」

 

「ううん。僕は無い。確かに司の

 言うとおり、今はとにかく、一番

 情報がありそうな反逆者の事を

 色々調べてみた方が良いと思う」

「うん。私もハジメくんに賛成」

「私も特に無いよ」

「……ん、私も」

皆、私の言葉に賛成してくれた。

 

すると……。

「……あ、一つ質問」

と言ってユエが手を上げた。

「何でしょうか?」

「……この中で一番偉いの、司?」

と、ユエが首をかしげた。

 

「え?う~ん、まぁそうだよなぁ。

 僕にジョーカーを作ってくれて、

 ルフェアちゃんを助けた後

 G・フリート創って僕達を

 誘ってくれて。で今はこうして

 オルクスに潜ってるし、それを

 提案したのも全部司だからね」

「うんうん。そう言う意味では

 私達の隊長は司くんだね」

ハジメが頷き、香織も続く。

 

「私が、隊長ですか?」

「うん。と言うか司以外じゃ

 出来ないって。なにげにこれまで

 僕達を引っ張ってきてくれた訳だし」

「そうそう」

頷く二人。

「ユエちゃんは何か不服ある?」

と、ルフェアが聞くと……。

 

「……違う。気になったから

 聞いただけ」

どうやら理由としてはそれだけの

ようだ。

「まぁ、とにかく司がこのチーム

 のリーダーって事には変わりない

 からさ。これからもよろしく、

 リーダー」

そう言って、ハジメが私の肩を叩いた。

 

リーダー。私が、か。

まぁ元より似たような立場だったし、

それが明確になっただけの事。

 

「それでは、今日はとりあえずもう

 休みましょう。サソリとの戦闘で 

 クタクタですし」

「「賛成~」」

ハジメと香織が少々不抜けた声で頷く。

 

結局、その後は私が料理を創って早めの

夕食を取った後、ハジメと私で浴室を

創り、皆汗や汚れを落とすと同じ部屋で

布団を5つ敷いて眠りについたのだった。

 

 

サソリの魔物と戦いを終えて『ユエ』という

仲間を得て、同時に更なる情報を得た

私達は、再び迷宮の底を目指す事を

決めるのだった。

 

   第10話 END

 




って事で無事ユエと合流です!

感想や評価、お待ちしています!


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第11話 もう一つの迷宮攻略

今回は、序盤はハジメ達の話ですが、中盤以降は
雫達にフォーカスしたお話です。


~~前回までのあらすじ~~

オルクス大迷宮150層にて封印された少女

を助け出したハジメや司達。しかし5人の

前に突如としてサソリ型の魔物が出現する。

司が指揮を執り、何とかこれを撃退した後、

彼らは少女に事情を話し、また少女の事情

を聞き、彼女に『ユエ』と名前を

付けるのだった。

一方で、司は自らの素性を話し、無事4人

に受け入れられるのだった。

 

 

サソリ型魔物との死闘。ユエとの出会いの

翌日の朝。

私はいつも通りに目を覚ました。

その時、ふと体にのしかかる物を感じ、

下に視線をやれば、ルフェアが私の胸の

上で眠っていた。

私はゆっくりとルフェアを布団に寝かし

直すと、ハジメ達の方を見回した

のだが……。

 

何やらハジメの布団が盛り上がっている。

そして、ユエの方の布団に彼女の姿が

無い。……まぁ良いか。

私はそう思って、防音結界の中で朝食の

用意をしていた。

 

防音、と言っても中から外に音を

漏らさないだけで、逆に外からは普通に

音が聞こえる。

なので……。

 

「え?……えぇぇぇぇぇぇっ!?」

食材を調理していると、後ろからハジメ

の叫び声が聞こえた。

振り返ると、ハジメが自分の胸の上で

眠るユエに気づいて驚いていた。

「ゆ、ユエちゃん!?何で!?」

ハジメが驚いていると、ユエが

起き上がりハジメの腹の上に座った

まま眠そうに瞼をこする。

 

「ふぁ。……おはよう、ハジメ」

「あ、うん。お、おはようユエちゃん。

 ……じゃなくてっ!何で僕の布団で

 寝てるの!?」

「……添い寝だから」

「……。うん、ごめん。今のは僕が

 言葉足らずだったね。僕としては

 理由が聞きたいんだけど……」

「ん。私がハジメと一緒に寝たかった

 から」

ユエがそう言うと、ハジメは困ったような

表情を浮かべた。

 

ふぅむ。どうやらユエはハジメに気がある

様子。

っと、どうやら彼女が起きたようだ。

 

未だにハジメの上に座るユエ。その時。

「ハジメくん?」

彼の耳に、静かながらも底冷えする声が

聞こえた。

ハジメは、ギギギッと擬音が聞こえる

ように、ゆっくりと声の主の方を向く。

 

そこには、背後に鬼神のオーラを纏った

香織が、笑みを浮かべながら立っていた。

……と言うか、以前の般若からパワーアップ

していますね。あれ。

「ユエちゃんと、何をしてるのかな?」

「え。い、いや、あの、香織さん。

 こ、これは、その……」

「……添い寝。して貰った」

「ゆ、ユエちゃん!?」

驚愕するハジメ。どちらかと言うと、ユエ

が潜り込んだ形のようだが……。

しかし、今の香織を更にヒートアップ

させるのには十分なようで……。

 

「ふ~ん。そうなんだ~」

おぉ、香織のオーラがより濃密に。

これほどのオーラを放てる人間が

居たとは……。人間に対する認識を

改めねば。とか思いながら私は調理

を続ける。

 

「ねぇ、ユエちゃん。実はね、私と

 ハジメくん、付き合ってるんだよ?」

「……ハジメ、本当?」

「う、うんっ!そうなんだ!実は

 僕と香織さんは付き合ってるんだよ!」

「……ふ~ん」

二人の言葉を聞いても、ユエは頷く

だけでハジメから離れようとしない。

 

すると……。

「……じゃあ、奪う気で行く」

そう言ってユエがハジメの首元に両手を

回した。

「……はい?」

瞬間、香織のオーラが更に膨れ上がる。

……。香織、今のあなたは威圧感で

人を殺せそうな程ですが……。

これは口に出さない方が良さそうだ。

 

すると……。

「……私は、ハジメが好き。

 だから、これは戦争」

「……ふ~ん」

香織とユエの間で火花が散る。

成程、これが俗に言う『修羅場』ですか。

そして、見るとすぐ側では縮こまっている

ハジメと、起きたらすぐ隣で修羅場に

なっていた事に驚いて大量の疑問符を

浮かべながら半泣きのルフェア。

成程。これが所謂『混沌』な状態ですか。

 

「はいはい。そこまでですよ二人とも」

私はドーム結界を解除し、二人の仲裁に

入った。

「朝食にしましょう」

 

そう言って、私はとりあえず二人を

宥めるのだった。

そして朝食を取った後、少しの休憩を

挟んで私達は出発の為にジョーカーを

纏った。のだが……。

 

「……司」

「ん?何ですかユエ」

「……私も、あれ欲しい」

「あれ?」

そう言ってユエが指さしたのは、ハジメの

ジョーカー0の首元だった。

「あぁ。マフラーですか?」

「ん、そう」

「まぁ別に構いませんが、色など

 要望はありますか?」

「……ハジメと同じ、深紅」

「分かりました」

パチンと指を鳴らすと、深紅の

マフラーが現れ、ユエはそれを首元に

巻いた。

 

「……ん。これでハジメとお揃い」

と言いつつ、ドヤ顔をするユエ。

『ボゴォォォンッ!!』

 

すると、近くの壁が粉砕された。

音がした方を向くと、何やら香織が

壁を思いっきり殴っていた。

「……香織、どうしました?」

「え?何でもないよ~。ちょっと、

 虫の魔物が居たからさ」

それで壁を全力で殴るんですかあなたは。

 

そう聞こうと思ったがやめた。

見るとルフェアとハジメがガタガタと

震え、そして私の後ろに隠れた。

……二人は私を盾にする気ですか?

 

「ハァ。……全員傾注」

二人のハジメ争奪戦にため息をつきつつ、

私は気を引き締めて4人に向き直る。

流石に場所が場所だ。私が声を上げると

4人とも気を引き締めた様子だ。

 

「それでは、これから再び行軍を

 開始する。ユエが加わった事で、

 フォーメーションを若干修正する。

 これからは中衛を廃して、前衛と

 後衛に分ける。私とハジメが前衛。

 香織、ルフェア、ユエの3人が後衛。

 また、ユエはその力の関係上、

 接近戦が苦手と判断します。なので、

 香織とルフェアは万が一にも敵に接近

 された場合は彼女を守るように」

「ん」

「うん。任せて」

「がんばります!」

ユエ、香織とルフェアが意気込んだ返事

を返す。

 

「ハジメ。ハジメはこれから私と共に

 前衛です。と言っても、主な内容は

 私のサポートと、後衛である3人の

 元へ魔物を行かせない、要撃の

 役割を行ってもらう事になりそうです」

「要撃、インターセプター、か。

 うん。どこまで出来るか分からないけど、

 司のくれたジョーカー0があれば、

 何とかなると思う。やれるだけ、

 やってみるよ」

ハジメも頷く。

 

「では……。行きましょう」

 

そして、私の言葉を合図に私たちは

更に下へと向かって行った。

 

 

~~~

司に率いられオルクス大迷宮の最下層を

目指している5人。

そんな5人とは、打って変わって、光輝たち

はと言うと……。

 

ユエと出会い司が正体を暴露したその日、

光輝、坂上、雫、恵里、鈴の勇者パーティ、

更に檜山たち小悪党組、それと永山重吾

という柔道部部員の男子生徒が率いる

パーティが、オルクス大迷宮に潜っていた。

 

時間は、少しばかり巻き戻り。

ハジメ、香織、司がルフェアを伴って

教会側、王国側から離脱した直後の事だった。

双方かなり荒れた。まず何よりも、人族

にとって救世主であるはずの彼ら3人が

亜人に味方する立場を取った事。

それによって教会の高位の立場にある

者達はすぐさま3人を異端者認定し

捕らえるための兵を送るべきだと言い出した。

王国貴族の大半も教会の信者であり亜人に

侮蔑的な感情をもっていた事や司に、惨め

気絶させられ失禁させられた事を根に

持っていた為に、彼に悪感情を持ち始めて

いたのだ。

 

それに真っ先に反発した者が居た。

愛子だった。

彼女も裁判の時その場に居たので、

大まかな流れを見ていた。そして彼女は

彼らの言い分が横暴である事、死刑に

しようとした事から教会側に猛反発した。

これに困ったのが彼らの方だ。愛子は

作農師として、既に界隈から

『豊穣の女神』と称えられている存在。

そんな彼女が反発したとあっては、

食糧事情に問題が発生しかねない。

更にそれを後押ししたのが、メルド以下

騎士達だった。

 

愛子がイシュタルやエリヒド王、貴族達の

前で猛抗議をしていた時だった。

「恐れながら王よ。私から具申

したい事が」

「ん?何だメルドよ」

「我々は、恐らく最強の戦士を手放した

 のでは、と考えております」

「それはどう言う意味だ?メルド」

「神の使徒である光輝達の中において、

 司の力は群を抜いておりました。

 ベヒモスを一瞬で消滅させた力も

 しかり。ハジメに力、ジョーカーを

与えた事もしかり。司の力は、既に

完結しています。言わば、即戦力でした」

「……お前をして、それほどまでか?」

「はい。……光輝達には悪いと

 思いますが、恐らく彼ら全員と司

 一人の強さを比べても、圧倒的に

 司の方が強いでしょう」

メルドの言葉に、光輝や坂上、檜山達が

歯がみする。

一方で、それ以外の者達はその言葉を

理解しているのか、自分達の手の中に

あるその武器を見つめた。

 

彼らが手にしている武器は全て司が

製作した物だ。しかも一切素材を使わず

指を鳴らすだけで出現させる。

威力も通常の武器とは比較にならない。

それは使って居る彼ら自身だからこそ

分かっている事だ。

 

「加えて、ベヒモス戦の力があいつの

 限界である確証もありません。

 もしかすると、あいつはベヒモスで

さえも雑魚、と言わざるを得ない程の

 圧倒的強者、かもしれません」

「……つまり、彼の離反は……」

と言いかけ、エリヒド王はイシュタルを

チラ見してから咳払いをした。

「我々にとって、損失と言えるのか?」

「はい。しかし、司の力に限った話

 ではありません。今、雫達が

 身につけている武器は、全て司が

 生み出した物。そして彼とハジメ

 が纏っていたジョーカーシリーズの

 力もまた、圧倒的な物でした。

 ……国を守る者として、はっきりと

 申し上げるのなら、我々はこの国の

 兵士を最強に出来る存在を手放した、

 とも言えるでしょう」

「……メルド、お前をしてそこまで

 言わしめるか」

「はい。残念ながら、司の力と彼が生み出す

 力があったのであれば、王国は如何なる

 侵略にも耐えうる鉄壁の防御力を

 身につけていたのでは。そう

 考えております。それと、もう一つ

 皆様方の耳に入れておきたい事案が」

「ん?まだあるのか?」

「はい。……これはホルアドの町で聞いた

 話なのですが、ある日冒険者達を治療する

診療所に司達が現れ、戦いで手足や

目を失った者達を、まるで怪我など

無かったかのように治癒した、と。

確証は少ないですので眉唾物の話

ですが。……しかしベヒモスを意図も

容易く屠り、アーティファクト級の

武器と鎧を容易く創り出す力。

それを考えれば、無くした四肢を再生

させるなど、司ならば造作も無い

 事かと。であればこそ、最悪の事態

 だけは避けたいのです」

「……メルドよ。何が言いたい」

 

「……司達が、私達の敵になる

 可能性です」

メルドが呟くと、皆がざわめく。

「司の力は、規格外という言葉が

 似合うほど。もし、彼を敵に回す

 と言うのなら、あの日の、魔族よりも

 先にこちらを滅ぼすと言う言葉。

 現実になると覚悟すべきかと」

「バカなっ!?たった一人でこの国を

 滅ぼすだと!?」

その時、神殿騎士の一人が叫んだ。

「あくまでも最悪の可能性です。私の 

 空想、とでも言われるでしょうが、

 司は少なくともベヒモスを単独で

 倒しています。それは、かつて

 最強と言われた冒険者よりも強い、

 と言う証拠に他なりません。

 彼を異端者として捕らえようと兵を

 送れば、少なくない被害を受ける

 事は間違い無いでしょう。司の

 力を考えれば、彼を敵に回す事

 だけは、絶対に避けるべきだと、

 ここに具申致します」

 

このメルドの発言が愛子の言葉を

後押しした。

更にメルドの部下である騎士達が

オルクスでの司の奮闘ぶりを事細かく

語り、同様に彼を敵に回す事の

危険性を語った。

 

曰く、『敵に回せば万単位の人間が死ぬ』。

曰く、『王国は滅びる』。

曰く、『魔族との戦争どころでは無くなる』。

曰く、『世界が滅びる』など。

所々に誇張表現が混じっていたが、

総じて皆、『司を敵に回すのは危険だ』、

と言う旨を伝える発言をした。

 

メルドと騎士達の発言に、エリヒド王は

頭を痛め、彼の方からイシュタルら教会側

へ、異端認定の延期が打診された。

もし、人族に仇成した時がくれば、

その時こそ異端認定すれば良い、と言う

物だった。イシュタルは最初それに

渋い顔をしたが、ここで対応を間違えば

司達に続いて愛子までも離反しかねない

彼女の勢いに負け、この提案をのむ事に。

 

こうして、司達のあずかり知らぬ所で

彼らは異端認定を免れていた。

 

しかし、この一件で生徒達の大半は戦う事を

拒否してしまった。

一つは、今現在装備している武器が壊れると

それを直せる人材、つまり司がいない事だ。

そして同様に、司がいない事事態がその

原因ともなっていた。

 

司は、光輝以上に強い。それはベヒモス戦

やそれ以降の迷宮攻略で証明された。

その司が彼らの側を離れた。それはつまり、

彼らは最強の矛と盾を失ったのと同じだ。

そこに恐怖を覚えたのだ。

大半の生徒達は、今ではオルクス大迷宮の

上層、およそ20層より先には行こうと

しない。

精々、体を鈍らせない為の鍛錬しか

しない。

 

司という護りを失った彼らには、そこまで

戦う勇気など、覚悟など無かったのだ。

 

一方で、攻略に前向きな光輝達。

しかし、彼らの中で苦労人となった人物が

いた。雫だ。

 

司は、暴走しがちな光輝や坂上のストッパー

として機能していた。二人は、あまり雫の

言う事も聞かず暴走しがちだ。司はその度

に殺気を放って二人を止めていた。

メルドとしても、暴走しがちであまり

彼の言う事を聞かない光輝を、殺気を

使ったとはいえ大人しくさせる司の

存在を、ありがたいと思って居た。

 

しかしその司が去った事で、彼らを

止められる者は居なくなった。

しかもこれまで幾度となく抑圧

されてきたのと相まってか、二人

はこれまで以上に御しにくい、

さながら暴れ馬と化した。

 

更に問題があった。檜山だ。檜山は

司達が去った後、光輝達の前で土下座し

あの事件の事を必死に詫びる『ふり』を

した。泣いて謝る檜山の演技に騙され、

光輝は檜山に二度とこんな事をしないよう

に、とだけ言って彼を許した。

だが問題はそれだけに止まらなかった。

檜山は他の小悪党仲間達と和解し、

再びパーティを組んで迷宮攻略に参加

している。そしてこいつらは深層まで

潜っている事を良い事に、上層から

降りてこようとしない彼らを

『負け犬組』、などと言って見下している。

既にそう呼ばれている彼らからも苦情が

愛子や雫の元に届けられていた。

 

『あの場に新生君たちが居たら、絶対

 演技だって見抜いてたんだろうし。

 今だってあの悪党たちを押さえ込む

 抑止力になってくれたんだろうな~。

 ハァ』

と、内心ため息をつく雫。しかし、

彼女を悩ませるのはそれだけではない。

「うっし!この調子でドンドン

 行くぞ~!」

抑えられていた闘志が爆発し

燃えてる筋肉バカと。

「そうだ。香織はきっとあの亜人の

 子を祖国に送りに行っただけなんだ。

 それが終わればきっと俺の所に……。

 やっぱり香織は優しいな」

香織が王国、いや自分の元から離れた事

を勝手に解釈している自己中バカ。

 

檜山たちの横暴な態度に、戦力には

なるが全く命令などを聞かないバカ二人。

雫の前に、問題は文字通り山積みだった。

 

「ハァ」

『新生君、帰って来てくれないかな~』

ここ最近、頻繁につくようになった

ため息を吐き出しながら雫は、若干

強引ながらも戦争の悲惨さを語り皆に

力を与え守り、そして光輝以上に現実

を見て彼らを導けそうな彼の、司の帰還

を願うのだった。

 

そうこうしている内に、彼ら以前の到達

最高深度、65層を目前に控えた光輝達は

念のため小休止をする事に。

 

雫は近くの岩に腰掛けると、徐に

ヴィヴロブレードを鞘から抜き、その

刀身に目を走らせた。

『……刃こぼれとかは、一切なし。

 これまで、何十何百と魔物を斬って

 来たけど、切れ味だって全然

 落ちないし。……と言うか、こんなの

 ポンポン作れる新生君が王国の

 人達に武器渡してれば、私達が戦う

 必要も無くなるのかなぁ』

「ハァ」

 

本日何度目になるか分からないため息を

つく雫。しかし、やがてメルドから出発

の声を掛けられると、雫は両手で

パンッと頬を叩いて立ち上がった。

そして、右手を左手首に添えた。

 

『今、皆を守れるのは私しか居ない。

 ……いざって時は、使わせて

 貰うわよ、新生君』

司はいない。だから自分が皆を

守らなければ。

切札を持つ者として。

そんな想いが、雫の中にあった。

 

そして彼らはついに65層まで

やってきた。

 

広い空間に出た彼ら。しかし彼らには

嫌な予感がした。そこがまるで、

バトルフィールドのようだったからだ。

そして、予感はあたった。

 

魔法陣が現れ、そこからベヒモスが

出現した。

「マジかよ、アイツは死んだんじゃ

なかったのかよ!?」

驚き叫ぶ坂上。それにメルド団長が

怒鳴り返す中、雫は一人前に出る。

 

「ッ!?雫!何を!」

それに気づいて叫ぶ光輝。

「……悪いけど皆。ここは私一人に

 やらせて」

そう言いながら、雫は青龍を抜き放ち

鞘を後ろに投げ捨てる。

「なっ!?無茶だ雫!相手はベヒモス

 なんだぞ!ここは皆で力を

 合わせて!」

「……今ここに、新生君はいない」

「し、雫?何を言って……」

唐突に呟かれた司の名前に戸惑う光輝。

 

「けれど、私には与えられた力がある。

 ここで、私一人でベヒモスを

 倒せなきゃ、皆を守れないから」

『強くなければ自分さえ守れない、

 でしょ。新生君』

雫は青龍を逆手に持ち地面に突き刺すと

左手のブレスレット、待機状態のジョーカー

を眼前のベヒモスに見せるように、顔の

前に翳す。

「こいつは、今の私が超えるべき壁

なのよ」

 

『早速だけど、使わせて貰うわよ。

 新生君』

そう考えながら、雫はスイッチを右手で

叩くように押し込んだ。

 

『READY?』

「アクティベート!」

『START UP』

 

雫が叫ぶと、ブレスレットから光が

溢れ出し彼女の体を、雫専用の

ジョーカー、『タイプC』が

覆っていく。

 

タイプCを装着した雫は、右手で

地面に刺さっていた青龍を抜く。

 

彼女の纏う、淡い水色のタイプCは、剣士

の天職を持つ雫に合わせてカスタマイズが

施されていた。

ハジメのタイプ0や香織のタイプQ

とは異なり、装甲の各部を軽量な

物へ変更。背中、腰部背面、足裏にメイン

スラスターを。肩、肘、腿の部分に姿勢

制御用のサブスラスターを装備し、機動性

を徹底的に突き詰めていた。

 

「あれが、八重樫のジョーカーか」

ジョーカーを纏った雫の背中を見ながら

メルドが呟く。

そして、その側で歯がみする光輝と

檜山たち。二人にしてみれば、それだけ

司の存在と力を疎ましく思って居るのだ。

 

しかし雫はそんな感情になど構わず、

青龍を構える。

ベヒモスは、そんな雫だけを見て敵意を

ぶつけてくる。

だが雫は動じる事無く、青龍を構える。

そして……。

『ドウッ!!!』

彼女の背中のスラスターが瞬いた。

かと思うと、ベヒモスとの距離を

一瞬で詰める雫。

「ッ!?!?」

これにはベヒモスも戸惑い反応に遅れる。

 

それが致命的だった。

「ハァっ!」

まずは右足の裏に回り込み、一刀で

健を切り裂く。

「グルァァァァァァァァッ!?!?!?」

痛みに叫ぶベヒモス。しかし雫は

すぐさま後ろへと回り、更に右後ろ足

の健も切り裂く。ベヒモスは何とか後ろ

足を動かして雫を踏み潰そうとするが、

あっさりと避けられ、逆にいくつも

傷を付けられより血を流す。

 

雫は一旦距離を取る。ベヒモスは彼女を

追って結果的に光輝達に背を向ける。

「ッ!今なら!」

そう言って聖剣を抜こうとする光輝。

しかし……

「手出し無用!」

その時雫の、透き通るような叫びが

周囲に響き渡った。

彼女が叫ぶと、ベヒモスはまだ無事な

左足と、右足を何とか動かし雫に向かって

行った。

しかし、その動きは酷くトロい。

故にジョーカーの機動性を持ってすれば

回避は簡単だ。

雫は、ベヒモスの突進を跳躍して避け、

その背中に降り立つとそのまま数多の

傷を作りベヒモスの背後に着地する。

そして、更にその周囲を高速で

飛び回りながら、雫はベヒモスの

体を何度も切り裂いていく。

 

その動きは、さながら舞のようだった。

ジョーカーのスラスターが瞬く度に

雫の体は宙を舞い、さながら曲芸の

ような動きで攻撃を躱し、近づき、

切り裂き距離を取る。

 

「す、すごい」

その動きを見ていた光輝達の中で、

静かに呟く鈴。

しかし、そう呟く彼女の側に居た光輝は

ギュッと拳を握りしめた。

自分の隣に居るはずの雫が、司の

もたらした力で戦い、あのベヒモスを

相手に単独で圧倒している。

それが光輝には面白くなかったのだ。

 

そして……。

「はぁっ!」

ベヒモスの足を徹底的に攻撃した雫は、

その体を蹴って光輝達の前に着地した。

 

彼女の見据える先では、ベヒモスが

震えながら立とうとしていた。

しかし、既に足の健を切り裂かれ、

既にフラフラ。足はガクガクと震え、

立っているのがやっと、と言う有様だ。

 

『行けるッ!』

そう考え、もう一度突進しようとした雫。

 

≪焦るな。焦りは油断。油断は死に

 繋がる≫

 

不意に、雫の耳に響いた司の声に彼女は

踏み出しかけた足を止めた。

 

『っと、そうだったわね。

 危うく忘れる所だったわ』

内心、突進癖がある自分に笑いながら、雫は

聞こえる司を模した『AI』の言葉に耳を傾ける。

≪奴は既に動けない。『スパイラルグレネード

 ミサイル』で仕留めろ≫

『オッケー!』

 

「ウェポンコマンド!スパイラルグレネード

ミサイル!」

彼女が叫んだ次の瞬間、雫の頭上の

空間が歪み、そこから、巨大な

RPG7、対戦車擲弾発射機のような物が

召喚された。

その先端に搭載されている、削岩機の

ようなドリルを持つ、スパイラルグレネード

ミサイル(※以降はSGMと略称)。

 

雫は青龍を地面に突き刺すと、

ミサイル発射機を右肩に担ぎ振り返る。

「そこ!私の後ろに立たないで!バック

ブラストで吹き飛ぶわよ!」

彼女の叫びに、光輝達が慌てて彼女から

離れた。

 

それを確認した雫は、SGMの狙いを

定める。

そして……。

「当たれぇぇぇぇぇっ!」

『ボシュッ!!!』

雫の叫びと共にSGMが発射された。

バックブラストが発射され、離れていた

光輝達は咄嗟に顔を腕や武器で守る。

 

SGMは真っ直ぐベヒモスに向かっていく。

そして……。

『グサッ!』

SGMはベヒモスの頭部に突き刺さり、

更に体内へと進んでいく。

そして……。

『ドォォォォォォォンッ!!!!』

 

次の瞬間、ベヒモスが内側から爆ぜた。

 

背中の肉が吹き飛び、さながら火山が

噴火したかのようにベヒモスの血肉が

周囲に飛び散り、一番ベヒモスの近くに

いた雫のジョーカーを濡らした。

 

雫は、担いでいた発射機を消滅させると、

手を前に出す。その掌が、血に濡れて

ヌルヌルとぬめりを感じる雫。

彼女はそんな右手をギュッと握りしめる。

滑る血の感触が、彼女に不快感を与える。

 

『これが、殺すって事なんだ』

≪そうだ。覚えておけ≫

雫にだけ聞こえる声。

しかしその声には、優しさなどは

感じられない。

『もうちょっと、何かフォロー

 してくれない?』

≪……。戦争をするなら、こんな行為

 を何十、何百と繰り返す。……現実は

 甘くない。ここで甘やかしても、

 いずれ現実を受け入れられずに

 折れるだけだ。それでも甘い言葉が

 欲しいか?≫

『………。うん、ごめん。ちょっと

 ナイーブになってた』

≪そうか。今はそれでも良い。しかし、

 本当の戦争をし始めたら、そんな事は

 言ってはいられないぞ?≫

『………うん。分かった』

 

やがて、雫は装着を解除する。

そして彼女は、もう一度右手を見つめて

からそれをギュッと握りしめるのだった。

 

『ここには、司も南雲君も、香織も居ない。

 そして、私にはこれがある』

雫は、左手首のジョーカーに目を向ける。

≪……。あまり一人で背負いすぎるなよ。

 重い物を背負い続けていると、いずれ

 お前が潰れるぞ?≫

そのジョーカーから、テレパシーのように

AIの声が聞こえる。

 

『分かってる。でも、私しか居ないから』

≪……だからそれが危ないと……。

 まぁ良い。AIだが愚痴くらいは

 聞けるし少しはアドバイスも出来る。

 吐き出したい物があるのなら、私に

 吐き出せ≫

『うん。……ありがとう、司』

 

雫は、誰も知らない、姿無き

パートナーの存在をどこか頼もしく

思って居るのだった。

 

 

その後、ベヒモスを倒したとあって彼らは

ホルアドの宿に戻った。

「ふぅ」

雫は、息をつきベッドに腰掛ける。

相部屋の相手は香織だったが、

その彼女が去った今、隣には誰も

居ない。

 

しかし……。

≪今日は初めてジョーカーを使ったんだ。

 早く休め≫

『うん。ありがとう司』

今の彼女には、AIと言う新しい

パートナーが居た。

≪礼は要らない。私は雫をサポートする

 立場にある。これ位は当然だ≫

『そっか。……にしても、ホントに

 驚いたよ。あの日受け取って

 夜に自分の部屋で左手首に

 巻いたら、いきなり司似の声が

 聞こえてくるんだもん』

≪本来なら、オリジナルの私が

 色々教えるべきだったのだが、今は

 それも叶わないからな。なので、

 支援AIである私が創られた。

 と言っても、私はオリジナルと

 思考パターンは殆ど変わらない≫

『それって、殆ど司と一緒って事?』

≪有り体に言えばその通りだ。

 ……と言うか雫≫

『ん?何?』

 

≪お前はいつからオリジナルの私を

 下の名前で呼ぶようになったんだ?

 以前は名字だけであっただろう?≫

「え?……あぁ!」

この時ばかりは、雫も思考による会話を

忘れ、声が出てしまった。

 

「い、いやこれはその!何て言うか、

 無意識って言うか!その!」

≪落ち着け雫。今のお前は独り言を

 言ってるようにしか見えないぞ≫

「……………」

『う、うぅ。恥ずかしい』

 

黙り込みながらも、内心顔を赤くしている雫。

≪オリジナルの私をどう呼ぼうが

 構わない。それは全てお前の自由だ≫

『う、うん。……えっと、じゃあ、お休み』

≪あぁ。お休み≫

 

雫は、パートナーにそう呟くと

静かに眠りについていった。

 

司たちは、確かに雫達の前から去った。

 

しかしそんな中で雫は力を与えられた。

そして彼女をサポートする姿無き

パートナーも。

彼女は戦う。司やハジメ達とは別の

場所で。

 

ハジメ達の旅が続いているように、

彼女の戦いもまた、続いているのだった。

 

     第11話 END

 




って事で、雫にはサポートAIが尽きました。
そして多分、雫は司のハーレムの方に行くかも
しれません。(確定ではありませんが)

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第12話 更なる深淵へ

今回は、エセアルラウネとの戦闘回です。


~~前回のあらすじ~~

ユエを新たな仲間として迎え入れた

ハジメと司達。彼らはユエから得た

情報を元にオルクス大迷宮の最下層を

めざし進む。

一方、司たちが離れた事で残された

クラスメイト達の大半は戦争を避ける

ようになる。そんな中で光輝達

勇者パーティや檜山達はオルクスの

65層でベヒモスと再戦。しかし雫が

これを、司から与えられたジョーカーを

使い単独で退けてしまうのだった。

 

 

ユエと出会ってから数日。司は新兵器を

開発していた。

そして、ある日の朝それを4人の前で

説明した。

「『マルチアサルトモジュール』?」

と、説明された物の名前を、首をかしげ

ながら呟くハジメ。

「はい。略して『MAS』、です。

 全員ジョーカーを展開して

 下さい」

言われるがまま、ジョーカーを

展開する3人。すると、ハジメが

真っ先にそれに気づいた。

「あれ?腕に何かついてる」

自らの右腕を注視するハジメ。

 

そこには、銀色の長方形のボックス

のような物が接続されていた。

「これが、そのMAS?」

「はい。このMASの最大の特徴は

 汎用性と即応性です。例えば……」

司がパチンと指を鳴らした。

 

すると、3人の左腕のボックスが

光り輝き、一瞬で菱形の盾となった。

「す、すごい……!」

「一瞬で形が変わっちゃった……!」

驚く香織とルフェア。

 

「このMASは、ナノメタルという

 特殊液体金属で出来ています。

 このMASにはいくつもの武器の 

 データがダウンロードされており、

 使用者はそのリストの中から好きな物

 を呼び出して変形させ、使うのです。

 もちろん、使わない時は装備として

 除外したりも出来ます。それと、

 他にも武器をいくつか追加して

 おきました。各自確認して、試したい

 物があったら使ってみて下さい」

そう言われ、ハジメ達3人は内部の

武装のリストを閲覧していく。

 

そんな中で……。

「あれ?何これ」

香織が何か気になった物があったのか、

それを召喚したのだが……。

 

 

次の瞬間、香織が召喚したのは、

もはや『銃』より『砲』と呼べそうな

ほど巨大なアンチマテリアルライフル、

『ミスラ』を召喚した。タナトスの

2倍から3倍はありそうな大きさに

驚きながらも両手でキャッチする香織。

「わっ!っと。……うわぁ、何これ」

「それは、アンチマテリアルライフル

 のミスラです。あのサソリとの戦いで、

 迷宮にはタナトスもさして効かない

 魔物がいる事が分かりました。なので

 より威力の高い物として、その

 ミスラを設計しました」

 

ミスラは、ボルトアクション式の

対物ライフルだ。弾丸は19mmの

徹甲弾を装備。弾芯には、劣化ウランを

使った、速度を生かした運動エネルギー

による貫徹を目指して開発した装備だ。

反動など、生身の人間が撃てば撃った

本人が吹っ飛びかねない物だが、ジョーカー

ならその点は問題無い。

「す、すごいの創ったね司くん。

 ……と言うか、もし、仮にだよ?

 これで人なんて撃ったら……」

「まぁ、『消し飛び』ますね。文字通り」

 

「……。これ、人に使ったら絶対 

 アカンて」

何故か関西弁でツッコむハジメ。

しかし……。

「……。必要ありませんよ。この世界の

 鎧の程度は、既に分かっています。

 一般的な兵士を相手にするのなら、

 ノルン程度で十分です」

そう言うと、私は足のホルスター

からノルンを取りだし、スライドを

引いて初弾を送り込むとホルスター

にそれを戻した。

 

「「……………」」

その側で、俯いている香織とハジメ。

理由は、聞かずとも分かる。

「まだ人を撃つ事に抵抗があるの

 なら、私に任せて下さい」

「え?」

私の言葉に疑問符を呟くハジメ。

「私が新生司となる以前。オリジナル

 の一部だった頃、私は大勢の人間を

 殺してきました。そして今後も。

 幸いにして、人を殺した所で

 何も感じない私なら、いくらでも

 撃てる。だからもしもの時は、私

 に任せて下さい」

 

既にこの身は血で汚れている。

今更引き返す気も無いし、必要も無い。

後悔も無い。戸惑いも無い。良心は、

まぁあるかもしれないが、殺人への

後悔から良心の呵責に苛まれる程、

柔な精神構造は最初から持ち合わせて

は居ない。

 

が……。

「それはダメだよ。司」

そう言って、真っ直ぐ私を見つめるハジメ。

「仮に僕が人を撃たなきゃいけない

 状況でも、司に託すなんて事は

 しない。それは自分が汚れたくない

 から逃げてるだけだ。

 ……僕は、皆と元の世界に帰る。

 正直、まだ人を撃つ事に抵抗はある。

 でもだからって、撃つ事を司に

 任せるなんて最低な事は、絶対に

 しない!」

「……そうですか。ならば覚悟を

 持ちなさい、ハジメ。『弱肉強食』。

 これは人が法を、道徳を、文明を

 生み出す前から必然として存在

 した『世界の理』。弱き者は肉塊に

 成り果て、強き者がそれを喰らう。

 戦うのならば、血に濡れてでも

 戦い、生き残るのです」

「……うん。分かってる。僕は

 皆を守るし、誰にも手出しは

 させない……!香織さんも、

 ユエちゃんも!それに、司や

 ルフェアちゃんにも!」

「ハジメ」

私は、真っ直ぐ彼を見つめる。すると……。

 

「私だって」

更に香織がハジメに続いた。

「私だって、自分の罪は、自分で背負う。

 他人に背負わせて楽をしようなんて、

 思ってないから」

二人の言葉を私は黙って聞いていた。

その声色には、確かな決意があった。

ならば……。

 

「分かりました。では、覚悟は

 しておいて下さい。この先、人族と

 対立しない保障はありません。

 時に、我々は立ちはだかる者を

 殺し、その屍を踏み越えていく。

 そんな場面がやって来るかも

 しれません」

 

「……覚悟は、まだ不完全だけど、

 付いていくよ。僕達は司に」

ハジメの言葉に、香織、ルフェア、

ユエが頷く。

 

「分かりました。ならば、私も

 皆を率いる者として、最善を

 尽くしましょう」

私はタナトスを召喚し、マガジンを

装填する。ハジメ、香織、ルフェア

もそれに続いて各々の武器を召喚し、

弾を込める。

 

そして、4人が私を見て頷く。

 

「では。行動開始」

 

そして今日も、迷宮攻略の1日が始まった。

 

 

そんなある日。私達は鬱蒼とした樹海の

ような階層に足を踏み入れた。そこで

目撃したのが……。

 

頭に一輪の花を咲かせたティラノサウルス

モドキだった。

「……あの恐竜、頭に花咲いてますね」

「うん。咲いてるね」

私の言葉に頷くルフェア。

殺意を向けられていると言うのに、

絵面がシュールすぎてどうにも気が抜ける。

すると、そこにティラノモドキが突進

してきた。

「総員、射撃用意」

私が冷静に命令を下すと、3人がタナトス

を構えたが、その時ユエが一歩前に出た。

 

「『緋槍』」

そして彼女が魔法の名前を呟くのと同時に、

その手から炎の槍が放たれ、ティラノモドキ

の口から入り体を貫通してしまった。

 

それを見て銃口を下ろす3人。

ユエは、こちらに振り返ると、エッヘン、

と言わんばかりに胸を張る。

そして彼女は、スススとハジメに近づく。

ユエとしては、ハジメに褒めて欲しいの

だろう。

「あ、え~っと、す、すごいねユエちゃん」

「……ん。これ位、朝飯前。……今度は

もっとすごいの、見せる」

ハジメに褒められ、ご満悦な様子のユエ。

そのすぐ側では、香織のジョーカーが

カタカタと震えていた。

場所が場所なだけに、香織は怒りを

何とか押さえていたようだった。

 

ユエが仲間に加わってからと言う物、

私達の戦闘力、ハジメ曰く『チート戦闘力』

は更に跳ね上がった。

ユエは長い詠唱や陣を描かず、魔法発動の

トリガーとして魔法の名前を呟く、

それだけで魔法を行使出来る。

上級魔法でも、だ。

 

私の創り出す武器も魔法も、一長一短の

メリットとデメリットを持つ。

ユエの場合、魔法をほぼタイムラグ無しで

行使出来るが、その元になる魔力が

無限にある訳では無い。魔力が枯渇すれば、

ハジメなどから血を吸い補給する、神水を

飲むなどでしか補給する方法は無い。

魔法の中にはタナトス以上の高威力の物も

あるが、撃てなければ意味が無い。

対してこちらは、私が居る限り

銃弾等々の補給は無限に出来る。威力では

劣る感じは否めないが、戦闘継続能力は

こちらに分がある。

 

言わば、一撃必殺の魔法と。

手数の多い銃器。しかしだからこそ、

互いが互いをフォローしあう事でそれぞれ

のデメリットを打ち消すのだ。

 

……なのだが、ユエはたまに魔力を使いすぎて

よくハジメに吸血を求める。それを阻止

しようと香織がユエの口に神水のボトルを

突っ込んだ事が以前あった。

ユエ曰く、神水では回復に時間がかかるから

血の方がより効率的らしいが……。

そんな感じで二人はいがみ合う事があった。

 

安全地帯で争っていては仕方が無いので、

私の提案で協定を結ばせた。

内容はこうだ。

 

戦闘地帯ではスキンシップを最小限にする事。

イチャコラしたい時は安全地帯で、と言う物

だ。この協定を結んだ時。香織とユエは

背後にオーラで出来た般若とドラゴンを

浮かべながら固い握手を交わしていた。

ちなみにこれを見ていたハジメとルフェア

はガクブルで泣いていたが。

 

とにかく。ティラノモドキを倒した私達。

「皆、移動しま、ッ」

言いかけ、私のレーダーに反応する物に

気づいた。

ユエ以外の3人もレーダーに気づいたのか

すぐにタナトスを構えた。

 

「敵来る!全方位から!」

周囲を見回しながら叫ぶハジメ。

「一点を突破します。付いてきて」

呟き、私が駆け出すと他の4人が続いた。

そして木々の合間を抜け飛び出した先に。

 

「キシャァァァァァァッ!」

2メートル強のラプトル型魔物がいた。

 

しかも何故かティラノのように頭に花を

咲かせていた。が……。

「……」

『ドンッ!』

無言のままその頭をタナトスの炸裂弾で

吹っ飛ばした。

「……司、容赦ない。かわいかったのに」

「?」

ユエの言い分にハテナマークを浮かべつつ、

私達は移動する。包囲網がかなり狭まっている。

その時、幹の直径が5メートルはありそうな

木々が群生する場所に出た。

 

「総員、すぐさま樹上、木の上へ」

「「「了解っ」」」

「ん」

3人とユエが返事を返すと、3人は

コピーした技能、『空力』で。ユエは

風系統の魔法を使って木の上に飛んだ。

私も脚力を生かし、木の上に飛び乗る。

「各自武装を展開し迎撃態勢」

「「「了解っ」」」

「ん」

 

私達4人がタナトスを構え、ユエも魔法を

発動しようと構える。

そして5分もすれば周囲に集まってくる

ラプトル。だが……。

 

「な、なんで全員頭に花咲かせてるの!?」

魔物は皆、その頭部に花を咲かせていた。

それに驚きツッコむハジメ。

「気にしている暇は無い。各自、射撃開始」

『バンッ!』

私が指示を出し撃ち始めると、他の3人も

それに続いて射撃を開始。更にユエの

緋槍も次々とラプトルを貫いていく。

 

如何にラプトルの群れと言えど4丁

から放たれる炸裂弾の雨と緋槍の前には、

十秒と経たずに敗れ去った。

 

「総員、射撃止め」

私が指示を出し射撃を止めた時には、

バラバラに砕け散ったラプトルの

死骸があちこちに散らばっていた。

「ふぅ。何とかなったね」

と、息をつくハジメ。

 

しかし……。私には引っかかる事が

あった。

「……妙ですね」

「ん?どうかしたの司」

「はい。……あのラプトル達の動き、

 どこか単調ではありませんか?」

「え?」

「そう言えば、何て言うか、機械的?

 な感じで突進してくるみたいだった」

疑問符を浮かべるハジメと、顎に手を当て

答える香織。

「それに、あの花です」

「花?それってあの頭にあった?」

と、聞き返してくるルフェア。

「えぇ。もし、あれがティラノ型の魔物

 だけにあったのなら、その種類特定の

 身体的特徴で納得できたでしょうが……。

 なぜ現れたラプトル全てにあの花が?

 それに、ラプトルの行動も不自然です」

「……どうして?」

と、首をかしげるユエ。

 

「私達の世界にも、似たような動物が

 居ました。彼らは集団で狩りをしますが、

 その戦法は、一言で言えば狡猾。正面から

 獲物に襲いかかるのでは無く、奇襲を

 仕掛ける、と言うのが基本です。

 こちらの常識がこっちと同じ、とは

 思えませんが、あの花に単調な攻撃。

 我々の知るラプトルからかけ離れた

 行動」

「普通じゃない、って事?」

「えぇ」

ハジメの言葉に私は頷いた。

 

その時。

「ッ!レーダーが!」

一番に異変に気づいたルフェアが叫んだ。

彼女の叫びにレーダーを見ると、

全方位から光点がこちらに向かって来ている。

 

「な、何これ!?明らかに普通じゃないよ!」

「この数は……」

私はすぐに周囲を見回した。そして、木々の

中でも一番高い物を見つけた。

「全員、今すぐあの木の枝に向かって下さい。

 あそこに陣取り、防御陣地を形成します」

「「「了解っ!」」」

「ん」

 

私達はすぐに移動し、木々の中でも一番高い

樹の枝に移る。

そして、全員が移動したのを確認すると……。

「ハジメ、香織、ルフェアは樹の枝を攻撃

 して落として下さい」

「「「了解っ」」」

「ユエは広範囲攻撃魔法の用意を」

「ん。……特大のぶつける」

私の指示で、とりあえず枝を落としていく。

そして視界に入った群れは、ラプトルが

大半だったが、あのティラノ型も数匹

混じっている。

異なる種族の捕食者同士が、獲物を

無視してこっちへ攻撃をしている。

……やはり、これは何者かが。

 

そう考えていた直後、ティラノ型

が体当たりをしてラプトル達が

爪を使って樹を登り始めた。

「総員、ユエの魔法攻撃の範囲内

 に入るまで奴らを上らせないように。

 射撃開始」

「「「了解っ!」」」

『『『『ドドドドドドッ!!!』』』』

タナトスの炸裂弾が雨あられとラプトル

達に降り注ぐ。

それが、奴らが上るのを防ぐ。そして……。

集団が全て、木の根元付近に密集する。

 

「ユエ」

「んっ!『凍獄』!」

私が名を呟くと、魔法の用意をしていた

ユエがそれを放つ。

指定したポイントを基点として50メートル

四方を凍てつかせる範囲攻撃魔法、『凍獄』

の威力は凄まじく、タナトスの攻撃を

生き延びていたラプトルやティラノ

達を、全てカチンコチンに凍らせた。

 

「……ハァ……ハァ」

しかし、これだけの攻撃を放った為に

ユエも流石に疲れたのか肩で息をしていた。

「ユエちゃん」

それを見ていた香織が、背面の

バックパックから赤い液体が

入った、小さいパックを取り出して

彼女に渡した。中身は当然、ハジメの

血だ。

それを、若干不機嫌そうな表情のまま

受け取るユエ。

 

「……。生で吸っちゃ、ダメ?」

どうやら彼女は、ハジメから直に血を

吸いたいようだ。

「一応戦闘中だよ。我慢我慢」

「そ、それにほら。今はジョーカー

 着てるからさ。ね?」

香織、ハジメの順番でそう言って

説得しようとする二人。

 

「……………。ん」

やがて、ユエはパックに内蔵

されていたストローを起立させると

不機嫌そうに、中身に口を付けた。

 

と、その直後。

「ッ!?まただ!司!」

今度はハジメが気づいた。レーダーに

目を向ければ、さっきの倍の数の

光点がこちらへ向かって来た。

「これ、さっきの倍は居るって」

戸惑いながら呟く香織。

ユエも、パックの中身を急いで吸うと

それを投げ捨てた。

 

「ど、どうしよっかツカサお兄ちゃん!

 やっぱりここで迎撃する!?」

隣に居たルフェアが問いかけてきた。

他の3人も私の方を見ている。

 

しかし、あれはもしかしたら……。

 

「いえ。ここは打って出ます。

 そして、奴らを操っている本体を

 叩きます」

「本体?」

と、首をかしげるハジメ。

「恐らく、奴らは操られているのでしょう。

 あの頭部の花は、言わば遠隔操作の為の

 受信機、といった所です」

「……生きたフ○ンネル、って感じ?」

「恐らく。あの花は本体から放たれ、

 異なる種族を配下、奴隷とする為の

 武器です」

「……つまり、寄生」

「えぇ。その寄生した花を通し、本体が

 魔物を操っているのでしょう」

「じゃあ、逆に本体を倒せば……」

「この攻撃も止まる、と言う事です」

 

チラリとレーダーに目をやれば、敵の

集団がこちらに向かっている。

急がなければ。

「総員傾注。これより我々は敵本体を

 探索する。ハジメと私はEジョーカー

 へと形態変化し、他の3人はどちらかの

 背中か肩へ掴まり、後方から追ってくる

 敵へ攻撃を」

「「「了解」」」

「ん」

「では、行きましょう」

 

そう言うと、私が先頭で飛び降り、更に

ハジメが続く。そして私達のジョーカー

が自由落下中に光に包まれ、Eジョーカー

へと変化し、重力制御装置の力でふわりと

着地。そして更に、私の背中にルフェアが。

ハジメの両肩に香織とユエが着地した。

 

「それでは、移動を開始します。ハジメ、

 付いてきて下さい」

「うん!二人とも、しっかり掴まっててね!」

「んっ」

「うん!」

「ルフェアも、行きますよ」

「うん!ツカサお兄ちゃん!」

そして、私達は移動を開始した。

 

 

移動開始から数分。

「『緋槍』っ!」

「当たってぇぇぇぇぇ!」

「うりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

足のローラーで樹海の中を疾走する

私とハジメのEジョーカー。

その背中や肩に掴まりながら、ユエが

緋槍を放ち、香織とルフェアがバアルで

弾幕を張る。

 

そして、私達は草むらの中を疾走しながら

ある方角に向かっていた。最初は、とにかく

本体を探しながら走り回っていたのだが、

ある方向に行こうとしたとき、急に攻撃の

手が強まった。そちらにだけは行かせない、

と言わんばかりに。

 

しかしそれは、二つの可能性を示していた。

そっちに向かって欲しくない理由があるのか、

或いはそう見せかけ我々を罠に掛ける

気なのか、その二択だ。本体があるなら

潰す。罠なら、最悪私のフルパワーで

突破する。それだけの事だ。

だからこそ、その方向、迷宮の壁に

見える洞窟へと向かっていた。

 

香織達が後方から迫る敵を迎撃し、

前方から来た敵には、シールドを

展開し弾き飛ばすか轢き殺す。

そして洞窟の入り口が見えてきたが……。

縦方向に割れた洞窟の入り口には、

Eジョーカーでは侵入できそうにない。

 

「各員傾注。入り口の前で瞬間的に停止し、

 私が追ってくる敵を迎撃。ハジメは

 その隙にノーマル形態に移行し、他の3人

 と中へ入り、裂け目を塞ぐ錬成の用意を」

「「「了解っ」」」

「んっ」

 

そして、入り口の前にたどり着いた瞬間。

『ギャギャギャギャッ!』

地面をローラーで削りながら180度回転。

背中のルフェアが降りると、チェーンガン

を稼働させ両手にMASを展開。更に

それをガトリング砲へと変化させる。

そして……。

『『バババババババババッ!!!』』

『『ガガガガガガガガガガッ!!!』』

両肩のチェーンガンと両手のガトリング砲

を前方に向けて撃ちまくる。

 

無論乱れ撃ちでは無い。全て狙っての物だ。

凄まじい勢いでレーダー上の光点が

消えていくが、焼け石に水だ。

「司!」

その時、入り口の奥からハジメ達の

声が聞こえた。

ノーマルのジョーカーへと形態変化

させながら、振り返り、駆ける。攻撃が

途絶えた隙に接近してくる魔物達。

しかし私は、左大腿部のスロットから

野球ボールサイズの物を取りだし、その

頭頂部にあるスイッチを押し、後ろに

投げた。

それが地面に接触した次の瞬間。

 

『ドォォォォォォォォンッ!!!』

爆音が響き渡った。

と言っても、それは『プラズマグレネード』

が炸裂した音に過ぎない。あれは、

爆発と同時に周囲へ高温の熱エネルギー

を放射する兵器だ。なので爆風も

殆ど無く、私に付いてこようとした

魔物達をプラズマが消滅させていく。

そして、その隙に入り口の裂け目に飛び込んだ。

 

「『錬成』!」

直後、壁を錬成で閉鎖するハジメ。

「……ふぅ」

ハジメが息をつき、後ろの私達の

方へ振り返る。

しかし……。

「ハジメ、錬成の腕を上げましたね?」

「え?そ、そうかな?」

照れくさそうに呟くハジメ。

「まぁ、拠点を作るのにハジメは毎日の

 ように錬成を使って居ましたからね。

 日々、上達しているのでしょう」

「そ、そっか」

と、他愛も無い話をしつつ、私は

武器リストからトールを抜く。

 

「さぁ、行きましょう。あの花の

 本体が、この奥に居る可能性が

 高いですから。それと、総員

 あの花に気をつけるように。

 特にユエは、です。私達は

 パワードスーツを纏い全身を

 覆っているので大丈夫でしょうが、

 生身の貴女は、十分気をつけて

 下さい」

「ん。分かった」

 

ユエが頷き、香織とルフェアがノルン。

ハジメがトールを抜く。

「では……。行きましょう」

私達は、静かに中を進んでいく。

中は暗かったが、暗視装置のおかげで

視界に困ることは無かった。

 

そして、私達は広い場所に出た。

左手を挙げれば、3人が止まり続いて

ユエも止まる。

周囲を見回し、警戒する。

と、その時。

 

周囲から緑色のピンポン球のような物が

5人目がけて襲いかかってきた。

「ッ!攻撃!」

「ふんっ」

ハジメが真っ先に叫び、私が結界を張る。

更に、結界の周囲に電気エネルギーの

球体を発生させ、そこから放つ雷撃で

ピンポン球をなぎ払っていく。

雷撃を抜けた物は、結界に当たるも

突破すること無く潰れていく。

しかしピンポン球は途絶える事無く

向かってくる。

 

「これ、突破はされないけどこっちも

 動けないよ!」

「どうするの?司くん」

周囲を見回しながら叫ぶ司と、私に

問いかけてくる香織。

だが、解決策は既にある。

 

私はパチンと指を鳴らした。そして……。

見つけた。本体は前方の暗がりの穴の中。

狙われないように、壁の奥、銃弾が

届かない場所に隠れていたが、相手が

悪かったな。

「直線で届かないのなら……」

私は右手でトールを構え、左手も

正面に翳す。

 

「届くように空間をねじ曲げるまで……!」

左手に力を込めると、空間が歪む。

入り口は、私の前。出口は本体の後方。

その時、本体の気配が僅かに動いた。

恐らく後ろに出現した歪みに気づいて

振り返ったのだろうが、遅い……!

『ドンッ!』

 

歪みを通して、トールの炸裂弾が

放たれた。

『バンッ!』

そして、前方の洞窟の奥から炸裂音が

響いてきた。

 

直後、あれほど高速で動き回っていた

ピンポン球が地面に落下する。

それを確認した私達は、結界を解いて静かに

穴の中へと入っていった。そこには、

ハジメ曰く『アルラウネ似』の魔物が、

頭を吹き飛ばされた状態で倒れていた。

 

「撃破確認」

「了解。……まぁ、相手が悪かったね」

若干、アルラウネに同情のような声をかける

ハジメ。

「……と言うか、司に勝てる魔物って、

 居る?」

「……。居なさそう」

首をかしげるユエに答える香織。

「うんうん。ツカサお兄ちゃんは

 無敵だからどんな魔物だって一撃

 だよ!」

そしてルフェアは笑みを浮かべながら

そんな事を言っていた。

私達は、そのまま奥に進み階段を発見。

次の階層へと降りていった。

 

 

敵は、101層の頃に比べて強くなっている。

が、苦戦を強いられる事はまず無かった。

5人に増え、銃火器には出来ない事が

出来るユエが加わったのも、大きな要因だ。

そして、ある日私達は改めてハジメと香織

のステータスプレートを見てみた。

 

 

~~~~

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:38

天職:錬成師

筋力:45(5000)

体力:50(5000)

耐性:35(7000)

俊敏:50(4800)

魔力:30(30)

魔耐:30(7000)

技能:錬成[+鉱物系鑑定]・言語理解

   ・鋼の戦士・王の祝福を受けた者

~~~~

 

これがハジメの現在のステータスだ。

そして変化があった。これまでハジメの成長

は、全てが同率で成長していたが、ここに

来て成長の度合いにばらつきが見え始めた。

筋力や体力など、フィジカル面での成長の

値が大きいのは実戦を経験しているから

だろう。

加えて、錬成の派生技能、『鉱物系鑑定』を

習得していた。これは王国直属の鍛冶職人

達でも上位の者だけが持つスキルだと、

以前書いてあった本を読んだことがあった。

 

一方の香織は……。

 

 

~~~~

白崎香織 17歳 女 レベル:34

天職:治癒師

筋力:120(5000)

体力:200(5000)

耐性:180(7000)

俊敏:190(4800)

魔力:500(500)

魔耐:500(7000)

技能:回復魔法[+効果上昇][+回復

   速度上昇]・光属性適正[+発動

   速度上昇]・高速魔力回復・言語理解

   ・鋼の戦士・王の祝福を受けた者

~~~~

 

これが香織の現在のステータスだ。

やはり現在はフィジカルな戦闘を

こなすだけあって、迷宮に潜った直後

の彼女のステータスと比較しても、

フィジカル面での成長が著しい。

そして、彼女もまた技能欄に

『鋼の戦士』と『王の祝福を受けた者』が

追加されている。

技能は本来、先天的な物で、派生技能以外

増加はしないと知らされていたが、

完全に増えているのだ。……私の

存在がイレギュラーだからか?

 

等と、考えていた時。

「あのさ司」

「ん?何ですか?」

「ふと気になったんだけど、司って

 ジョーカーを使わないで戦った方が

 強い?」

「……えぇ。まぁ。人間の姿である第9

 形態でもこれまでの能力を普通に

 行使出来るので。私がジョーカー

 を纏って戦ったのは、どちらかと

 言うと私の力を秘匿する為です。

 規格外過ぎると色々怪しまれると

 思って居たので」

「いや、まぁそれ以前に規格外

だったけど……。まぁいいや。

あと一つ聞きたいんだけど、司の

最強の攻撃って何?」

 

「私の最強の攻撃ですか?

 そうですね」

私が使える、最強の攻撃か。

う~む。

一番は……。

「とりあえず人工太陽を作って

 周囲の敵を焼き払いますね」

「……え?」

と、首をかしげるハジメ。

「後は、ビッグバンの数倍のエネルギー

 に指向性を持たせて敵にぶつけます」

「……はい?」

「それ以外にも地球サイズの隕石を

 作って落として潰したり」

「……」

「あぁいっそブラックホールを作って

 敵を放り込むのも手ですね。後は」

「…………」

「存在そのものを消滅させたり、

 5000シーベルトの放射線量を

 放つ放射性物質を内包した銃弾を

 たたき込んだり、などですかね」

「………………………」

「ちなみに放射線は5~6シーベルトで

 致死量なのですが……。ん?ハジメ、

 どうかしましたか?」

最初は首をかしげていたハジメ。しかし

今は何も言わずに遠い目をしていた。

その様子が気になったので声を

掛けたのだが……。

 

「司がさ。敵じゃなくて本当に良かった

 ってね。痛感してるんだよ。

 アハハハハ……」

と、乾いた笑みを浮かべる司。

「うん。私もそう思うよ」

そして隣を見れば、同じように香織も

どこか遠い目をしていた。

「……司の攻撃。相手は死ぬ」

ユエ、何ですかそれ。まるで私の

攻撃が即死魔法みたいに……。

「やっぱりツカサお兄ちゃんは

 無敵なんだね!もしかしたら

 神様だって倒せちゃうのかな!?」

そんな中で一人目を輝かせるルフェア。

 

「そうですか?まぁ、これが私の限界

 では無いので、第10形態にまで進化

 出来れば、多分世界そのものを消滅

 させたりも出来ると……」

「みんな!絶対に!司だけは

 怒らせないようにしよう!」

すると突然、私の言葉を遮り叫ぶ

ハジメ。

「うん!」

「んっ!」

更に、叫ぶように頷きながら首を

ブンブンと縦に振る二人。

 

「もうお兄ちゃん達ってば。

 ツカサお兄ちゃんは私達にそんな

 事しないって。ね?」

そう言いながら私の腕に抱きつく

ルフェア。

「えぇ。何せ、ルフェアやハジメ達は

 家族のような、いえ。家族ですから」

そして私は笑みを浮かべながらルフェアの

頭を撫でる。

 

「えへへ~♪」

すると、笑みを浮かべ私の前に回り

胸に顔を押しつけグリグリと

動かすルフェア。

その愛らしい仕草に、私も自然と

笑みがこぼれた。

 

「ちなみに司。もしそんな家族に手を出す

 奴が居たら?」

「は?そんなの決まってます。速攻で、

DNAの一片すら残さず消し去ります」

何やらハジメが聞いてきたので、真顔で

答えた。

 

「やっぱり、司が敵じゃなくて良かったね」

「「うんうん」」

ガクブルと震えるハジメの言葉に、

香織とユエは力強く頷くのだった。

 

「と言うか、ハジメは何故そんな私の

 攻撃力について質問を?」

「あぁいや。僕達の潜ってるこの

 迷宮ってさ。反逆者の一人が

 作った物なんだよね?」

「えぇ。恐らくは」

「それでさ。もしこのダンジョンが

 僕の予想通りなら、多分ゴールの

 反逆者の家、で良いのかな?その

 手前には絶対強敵がいると思うんだよ」

「強敵。ゲームで言うラスボスですか?」

「うん。この中で一番強いのは司だから、

 ちょっと気になったんだけど……」

 

「……司相手ならどんなボスでも雑魚同然」

「うん。絶対そうだって」

ユエの言葉に頷くハジメ。

しかし、迷宮のボス、か。

それは恐らく、これまでの魔物と比べもの

にならないくらい強力なのでしょう。

 

だが……。

「問題ありません」

私は、確信を持った瞳で皆を見回す。

「どんな敵であろうと、私を阻む事は

 出来ないでしょう。なぜなら、

 私は『ゴジラ』なのだから」

「ゴジラ?司、それって?」

「オリジナルの私に付けられた名前です。

 日本古来の神の名で、『荒ぶる神』の

 意味を持っていたそうです」

 

「ゴジラ。ゴジラ、か。うん。何か

 カッコいいね」

「うん。ちょっと怖い響きだけど、

 何だか神々しい名前だと思う」

「……ゴジラ。んっ、良い響き」

「それがツカサお兄ちゃんの本当の

 名前なんだね。うん。私もカッコいい

 と思うよ」

ハジメ、香織、ユエ、ルフェアがそう

言ってくれた。

 

かつては、畏怖と恐れ、憎しみを込めて

呼ばれたこの名をカッコいいと言って

くれる。……あの時、涙を流した時ほど

では無いが、喜びが溢れてくる。

 

「ありがとうございます。では、

 4人との信頼と友情の証として、

 改めて私の真名を伝えます。

 我が名は『ゴジラ』。荒ぶる神

 の名を持つ者である。と」

 

その日、私は4人に真名を教えた。

そして思う。もし、彼らのように

親しい仲間が出たときは、その信頼の

証としてこの名を教えよう、と。

 

     第12話 END

 




次回は、ヒュドラモドキとの戦闘です。お楽しみに!

感想や評価、お待ちしています!


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第13話 VSガーディアン

今回はヒュドラとの戦闘回です。


~~前回までのあらすじ~~

順調に迷宮攻略を進めていたハジメと司たち。

新たにユエを加えた事で戦術の幅が広がり、

5人は迷宮の奥へ奥へと潜っていく。

そんな中で、アルラウネ似の魔物に操られた

魔物の群れと戦う一行。しかしユエの力と

彼ら4人の連帯、銃火器の前に群れは

倒され、本体の魔物も司の力の前に

呆気なく倒されたのだった。

 

 

アルラウネ型の魔物との戦いから既に数日。

今となっては、私達は大迷宮に潜ってから

2ヶ月近くが経過していた。

そして今、私達は最後の200層目を前に

していた。

 

しかし、ハジメの指摘通り、最後の200層

にはラスボスと呼べる強力な魔物が

待ち構えている可能性は否定出来ない。

なので、この迷宮での決戦の為に私達は

装備の強化、ジョーカーの強化を、

199層の拠点に止まりながら行った。

 

「んで、それで司が作ったのがこれか」

「はい」

今、私は部屋にスクリーンを作り出して

製作した兵器のデータを映し出しながら

色々と説明していた。

「まずは、ユエにこれを」

そう言って、メカニカルな腕輪を渡した。

 

「……これは?」

「それは腕輪型のシールドジェネレーター

 です。内部には超小型コンピューターが

内蔵されており、装着者が回避不可能。

もしくは、反応不可能な攻撃を感知

するとシールドを強制的に展開し

装着者を守ります。言わば、自動で

動く盾です」

「ん、ありがとう」

ユエはそれを受け取り、左二の腕の辺りに

セットする。

 

「続いて、現時点でのジョーカーの

最大火力ですが、これは以前香織が

召喚して見せた対物ライフルのミスラ

です」

「あぁ、あの馬鹿でかいの」

と、頷くハジメ。

「私はそのミスラを、Eジョーカーの

背面装備としても装備可能なように

 再設計しました。Eジョーカーの

 背面装備ラックに合計2門搭載

 可能です」

更に、私はアレースの改良型を取り出す。

「次に、このアレースです。アレースは

 振動の力で敵を切り裂き、ジョーカー

 本体とコネクタを接続する事で

 ヒートソードになりますが、更に

 機構を強化し、刀身にプラズマを

 纏うプラズマブレードとしての力を

 持たせました。今まで以上の切断力が

 期待出来るでしょう」

これまでは、既存の兵器の改良だ。

それと平行して、ジョーカー4機も既に

可能な限りアップグレードしている。

 

だが、更に私は切札を作った。

「そしてこれが、私がベヒモス戦で

 使用したG・キャノンの発展量産型

 高エネルギー兵器、『G・ブラスター』

 です」

スクリーンに映し出されたそれは、

あのG・キャノンより、二回りほど

大きかった。

 

「じ、G・キャノンって。あのベヒモスを

 一瞬で消滅させた奴でしょ?その

 強化型って……」

「このG・ブラスターはG・キャノンの

 数倍の威力を誇ります」

と、ハジメの言葉に応えると、G・キャノン

の威力を間近で見ていた香織が引きつった

笑みを浮かべる。

 

「しかし、このG・ブラスターにも欠点

 があります。私が使った場合ならば、

 私自身をエネルギー源とする事で連射が

 可能です。しかしハジメ達が使う場合には、

 ジョーカーのエネルギーを吸収しなければ

 なりません。そしてそのチャージ時間は、

 一回につき30秒は必要です。威力は

 大きいですが、チャージ時間も長く、

 また一回使用すると排熱や余剰エネルギー

 を放出するためにジョーカーが数秒、

 行動不能になる恐れがあります」

「……つまり、諸刃の剣、って訳だね」

「えぇ。ハジメの言うとおりです」

 

ハジメの言葉に応え、私は密かに

目を瞑る。

 

装備とは整えた。今創れる物は創った。

いざとなれば私の力を解放して敵を

倒す。

これまで、多くの敵を打ち倒してきた。

そう、これまでと同じだ。

彼らがこれまで私を信じて付いてきてくれた

ように、私も彼らを信じ、共に戦うだけだ。

 

「行きましょう。最後の場所へ。

 前に進むために」

私の言葉に、4人全員が静かに頷いた。

 

そして、私達のオルクス大迷宮での、

最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

事前に見つけていた200層目へと続く階段を、

私達は降り、その空間へと出た。

 

そこは、直径5メートルはあろうかと言う

柱が規則正しく並ぶ、広大な空間だった。

見事なレリーフの柱が並ぶ様は、まるで

神殿のようだ。

そしてまるで、訪れる者を待っていたかの

ように柱が、全て同時に輝き始めた。

 

その様子に4人が戸惑う中、私を先頭に

歩く。そして200メートルほど歩くと、

私達の前に巨大な扉が現れた。それを

見上げる私達。

 

そして、分かる。

『ここから先に進んでは行けない』。

本能がそう告げる。柱の列と扉の間には、

僅かな開きがある。恐らく、柱の最後の

間を通り抜けた時、『何か』が現れる。

そんな感じがする。

ハジメ達もそれを肌で感じているのか、

皆震えていた。ユエも真剣な表情のまま、

汗を流している。

 

「皆、聞いて下さい」

私は、4人の方に振り返りながら優しい

声色で語りかける。

「考えるまでも無く、この先には強敵が

 いる事だろう。しかし、『恐れるな』」

その言葉に、不思議と3人の震えが止まる。

 

「恐れ立ちすくむ者に、未来は無い。

 未来は、『勝ち取る物』だ。

 動物が生存競争を勝ち抜こうと必死に

 あがくように、どんなに絶望的な

 状況でも、あがくのも止めれば

 そこまでだ。だからこそ、足掻け。

 戦え。戦わぬ者に未来は無い」

そう言うと、ハジメ達はギュッと

手にしたタナトスを握りしめる。

 

「……怖いだろう。戦う覚悟を持つのは、

 容易ではない。恐怖を超える事も、

 またしかり。……しかし、隣を見ろ。

 誰がいる」

私の言葉に、4人は隣に居る『仲間』に

視線を向ける。

 

「そうだ。仲間だ。戦いを共にして

 来た、家族同然の仲間だ。

 皆は、一人では無い。絶望に

 挫けそうになった時は、隣を見ろ。

 絶望に立ち向かうのは、一人だけ

 ではない。共に戦う仲間と共に、

 それを乗り越えるのだ。

 そして、私を見ろ」

 

私は、メットを取り、皆を見る。

「私達は負けない。なぜならゴジラたる

 私が居るからだ。私が創り上げた、

 最強の武器と防具を皆が持っている

 からだ。負ける要素など無い。

 我々の勝利は、既に約束されている。

 後はただ、拒む敵を粉砕し前に進む。

 それだけだ。……この目が、嘘を

 言っているように見えるか?」

 

私は、真っ直ぐに4人を見つめる。

すると……。

 

「確かに、司がいたら負ける気なんて

 しなくなるよ。ふふっ」

ハジメが、笑みを浮かべた。

「そうだね。ここまで来たんだから。

 行こう。この先に」

香織も、タナトスのグリップを

握りしめながら笑みを浮かべる。

「うん。確かに怖いけど。でも、ツカサ

 お兄ちゃんが隣に居てくれるなら。

 私は何も怖く無いよ」

ルフェアも、笑みを浮かべる。

「……私も、ハジメを。皆を守る

 為に戦う。……覚悟は、とっくに

 出来てる」

ユエも、決意を宿した瞳で私を

見つめ返す。

 

私は、ヘルメットを被り直すと、

改めて4人を見つめる。

「ならば行くぞ。我々を阻む者を

 なぎ倒し、望む未来へたどり着く為。

 それこそが、我々の『戦う理由』

 なのだから」

 

そして、私達は最後の柱の間を

超えた。

 

次の瞬間、私達と扉の間に、べヒモスが

出現した時と同じように、しかしその3倍

はある巨大な魔法陣が現れた。

そして、魔法陣が強烈な光を放つ。

私以外の4人が一瞬目を背ける。

 

そして、4人が視線を戻すと、そこには

神話の怪物、ヒュドラのような6つの

頭と長い首を持つ怪物が居た。

その怪物が、こちらを睨み付けている。

 

「「「「「「クルァァァァァァンッ!!」」」」」」

ヒュドラは、私達を睨みながらまるで

開戦の狼煙のように叫ぶ。

 

だが、良いだろう。ならばこちらも、

決戦に相応しい雄叫びを上げると

しよう。

 

息を吸い込み、人間には到底出す事の

出来ない音を、今ここに響かせよう。

 

 

『ゴァァァァァァァァァッ!!!!!!』

 

 

次の瞬間、部屋に、いや、迷宮全体に

神の名を持つ獣の咆哮が響き渡った。

 

それは、神にして王者の叫び。

聞く者全てを恐れさせる、絶対的強者の声。

圧倒的な殺気と共に放たれた咆哮だけで、

ヒュドラは僅かに後退る。

 

そして、その叫びはハジメ達の鼓膜と、

魂をも震わせた。

しかし、それは悪い意味で、ではない。

 

ハジメ達4人は、司、シンゴジラ第9形態

と言う『王』の祝福を受けた者達だ。

司の、ゴジラの叫びは等しく敵を恐れ

おののかせる。しかし、ハジメ達に

とってその咆哮は逆の意味を持つ。

言わば、鼓舞の叫び。魂を奮い立たせ

戦う意識を高める。ゲームに例えるなら

言えば、最上級の応援スキルである。

 

その叫びは、敵にとっては死神の死刑宣告。

しかし味方にとっては、味方を鼓舞する

角笛の音の如し。

 

 

そして……。

「各員。戦闘、開始……!」

「「「了解っ!!!」」」

「んっ!!」

私が右手を掲げ、振り下ろせば、4人が

叫ぶように頷く。

次の瞬間、4人が左右に分かれて跳ぶ。

私の咆哮で萎縮していたヒュドラは、今に

なって戦闘が始まっている事を想いだした

かのように、首を左右に巡らせる。

しかしまだ恐れから抜け切れていないのか、

対処は目に見えて遅い。

 

「当たれっ!」

「そこっ!」

「行っけぇぇぇぇぇっ!」

「喰らえ……!」

左右から一斉に攻撃する4人。タナトスの

炸裂弾とユエの氷弾が赤、青、緑の模様の頭

に命中し、赤と青の頭は炸裂弾でボロボロに。

ユエの攻撃を食らった青の頭は、一瞬で

吹っ飛んだ。

黄色の頭は、その頭を肥大化させ、盾の

ようにしてハジメの炸裂弾をほぼ無力化した。

 

「クルゥアン!」

更に白い頭が叫ぶと、3つの頭が再生する。

そして反撃とばかりに、炎、氷、風の属性の

攻撃を放ってきた。それを飛び、転がったり

する事で避ける4人。

「あの白頭!回復役か!それにあの

 黄色頭も!炸裂弾がほぼ効かない!」

「攻撃と盾に回復。厄介ですね。

 ですが……」

 

私は武器リストの中からミスラを取り出す。

と、その時。

「いやぁぁぁぁぁぁっ!」

 

突如として私より少し離れた所にいる

ユエが叫んだ。そちらに視線を向けると、

彼女が顔面蒼白の状態で震えていた。

そこを狙い、赤、青、緑の頭がユエ

目がけて攻撃を放った。

 

「させん……!」

だがそれを許す私では無い。ヒュドラと

ユエの間に飛び込み、結界を創り

その攻撃を防ぐ。

「ハジメ……!ユエを……!」

「うん!」

そしてその隙にユエの元へ駆け寄りハジメ。

「ユエちゃん!ユエちゃんしっかり!

 ユエちゃん!」

ハジメは彼女の肩を掴み、必死に揺する。

しかしユエは反応せず、震えている。

 

その時私は、先ほどからユエに視線を向けて

居る黒い頭に気づいた。もし、奴らの

頭の色が司る属性を示すのだとしたら、

白は回復、或いは光。赤は炎、青は氷。

ならば黒は?……闇魔法。精神的な攻撃か。

 

「各自。あの黒い頭は恐らく精神的な

 攻撃を仕掛けてきます。奴の視線に

 気をつけて下さい………!」

警告を発しながら、私はミスラを黒い

頭に向けて発砲した。

 

『ドンッッッ!!!!』

大気が震え、砲声にも似た銃声と共に

放たれた19ミリ弾。黄色の頭がそれを

防ごうとするが、黒い頭諸共、吹き飛んだ。

すると、今度は私に攻撃を集中する

赤、青、緑の3匹。

そして攻撃の間に白頭が黒と黄色の頭を

再生させている。

 

「ハジメ……!あなたと香織はユエの

 治療を……!恐らく、精神攻撃を

 受けた可能性が……!柱の陰

 に一旦下がって下さい……!」

「「了解っ!」」

「ルフェアは私と共に奴らの注意を

 引きます……!」

「うん!任せて!」

 

「ユエちゃん!ユエちゃん!」

必死に呼びかけるハジメ。

「ハジメくん!私に任せて!」

その時、香織が二人の元に駆け寄り、ユエ

の前に膝立ちで立つと光系の

中級回復魔法、『万天』を発動した。

この万天は状態異常を解除する魔法だ。

 

 

「これでダメなら、神水を飲ませる

 しかないけど……!」

万天をユエに掛け終えると、神水の

ボトルを背後のバックパックから

取り出す香織。

しかしどうやら万天の効果が効いた

のか、徐々のユエの瞳に色が戻った。

 

「……あ、あれ?ハジメ?香織?」

そしてユエは、未だに青い顔をしながら

も、ハジメと香織のジョーカーに

触れた。

「大丈夫ユエちゃん?」

「一体何があったの?」

ハジメ、香織の順で問いかけると、

ユエは震えながら答えた。

 

「……分から、ない。気づいたら、

 頭の中、不安でいっぱいで……。

 ……そしたら、ハジメ達に、

 見捨てられて、また、封印される

 イメージが……」

「くっ。やっぱり司の言った通り

 精神攻撃を……!嫌な攻撃してくる

 なあのヒュドラモドキ!」

吐き捨てるように呟くハジメ。

 

そして、彼は改めて震えるユエを

見つめ、次の瞬間。

『ギュッ』

「……え?ハジ、メ?」

彼女を優しく抱きしめた。

いきなりの抱擁に戸惑うユエ。

 

「大丈夫だよ。ユエちゃん。僕は、

 いや、僕達は君を封印なんてしない。

 見捨てたりしない」

「……ハジメ」

「司がさっき言ってたじゃない。

 僕達は、もう家族同然の仲間だ。

 だから絶対、ユエちゃんを見捨てたり

 なんかしない」

「ハジメ……!……う、うぅ」

優しく抱きしめられながらの、

そんな言葉にユエは涙を流す。

 

「ずっと、君の側に居る。司も、

 香織さんも、ルフェアちゃんも。

 みんなずっとユエちゃんの側に

 居る」

「……本当?」

聞き返すユエに、ハジメはヘルメットを

取った。

 

「あぁ、もちろんだよ。だって僕達は、

 家族同然の仲間なんだから」

そう言って、彼は笑みを浮かべた。

 

ユエは、その笑みに、数秒頬を赤く染め

ながら見入っていた。そして、数秒

してから、ユエは服の袖で涙を

ゴシゴシと拭い、立ち上がる。

 

「んっ。もう、大丈夫」

「そっか」

ハジメも、頷きながら立ち上がり

メットを被り直す。

「じゃあ、行こうか!あのヒュドラを

 ぶっ飛ばして、僕達は先に進む!」

「んっ!叩き潰してやる……!」

「うんっ!」

ハジメの言葉に、ユエと香織が力強く頷く。

 

そして3人が柱の陰から飛び出す。

この時、ヒュドラは完全に司のことしか

見ていなかった。

それだけ司が驚異的だったのだ。黒頭が

精神攻撃を仕掛けても、一切動じず。

他の3つの頭が攻撃を仕掛けても

分厚い結界に阻まれる。仕方なくルフェア

を狙おうとすれば、容赦なく正確無比な

射撃が白頭と黒頭を狙う。

故に、ヒュドラがまず真っ先に倒すべき

と判断したのが司だ。だから司を最初に

倒そうと集中的に狙った。

そして、それが仇となった。

 

「『緋槍』!『砲皇』!『凍雨』!」

ユエが、緋槍の他に真空の刃を纏った竜巻

の砲皇。鋭い針状の氷の雨を降らせる凍雨。

この二つで攻撃を放った。

 

 

私が主に戦い、ルフェアがそれをサポート

していた時、ユエの叫びと共に攻撃が

ヒュドラに襲いかかった。

どうやら私しか見ていなかった為に、

完全に意識外から攻撃を食らう形になった

ようだ。その攻撃に対応出来ず、黒、赤、

青の頭が吹き飛ぶ。

 

「今だ……!」

私は、右手にミスラを召喚し構える。

狙うは白頭。しかしそれは向こうも

お見通し。黄色頭がカバーに入る。

だが……。

 

「忘れたか……!このミスラの

 威力を……!」

それは無駄なあがきに終わった。

『ドンッッッ!!!』

放たれたミスラの19ミリ弾が、黄頭と

白頭を、容赦なく撃ち貫いた。

 

これで残ったのは、緑頭だけ。奴は

必死に風刃を飛ばすが、私に防がれ、

ハジメ達に避けられた。

そして……。

「『蒼天』」

ユエが呟くと、ヒュドラの頭上に青白い

火球が出現した。それはさながら太陽の

ようだった。そしてユエが指をタクトの

ように振ると、青白い火球は一直線に

ヒュドラの青頭に命中した。

 

その温度に耐えられず、青頭は断末魔を

上げながらドロリと溶けていった。

 

全ての首を無くしたヒュドラの胴体が、

音を立てて地面に横たわる。

 

それを見て、ハジメ達は安堵の息を

付いていた。

「やったね」

「うん」

「んっ。ハジメ達と一緒だから、

 楽勝」

「うん!そうだね!」

4人はそれぞれ笑みを浮かべていた。

 

そして私も笑みを浮かべようとした。

 

 

その時。

感じた。奴はまだ、死んでいないと。

私の中の本能がそう告げた。

 

そして、一旦は背を向けた私が振り返る

のと、奴の胴体から7本目の銀色の頭が

生えたのは、ほぼ同タイミングだった。

そして、銀色頭はほぼノータイムで

極光を放ってきた。そしてそのタイミング

で、4人はヒュドラが死んでいない事に

気がつき驚いていた。だが……。

 

「甘いっ!」

私は咄嗟に、空間をねじ曲げた。空間の

歪みに飛び込む極光。その出口は……。

 

ヒュドラの頭上。

次の瞬間、ヒュドラの放った極光は

ヒュドラに帰った。

頭上から降り注いだ極光に飲まれ、叫ぶ

ヒュドラ。

そして降り注いだ光が消えると、そこには

皮膚を所々爛れさせたヒュドラの姿が

露わになる。

 

「まさか7本目の頭があるとは……」

「司!ごめん!ちょっと油断してた!」

私に駆け寄り咄嗟に謝るハジメ。

「いえ。そのことは良いです。それより、

 あの攻撃は不味いですね。ジョーカー

 なら耐えられるかもしれませんが、

 中破はさせられる物と考えます」

そう話している間に、ヒュドラは、

今度は光線では無く光弾の雨を放ってきた。

咄嗟に紫色の結界を張って自分と

皆を守る。

 

「私がこのまま攻撃を防ぐので、皆で

 トドメを」

「うん!皆、僕達で終わらせよう!」

「任せて!」

「はいっ!」

「んっ!」

ハジメの声に頷く香織、ルフェア、ユエ。

 

そして、ハジメ達3人はミスラを一丁ずつ

取りだし、ユエも魔法の容易をしている。

 

その気配を感じたのか、ヒュドラは再び

極光を放つ。しかし、その攻撃は私達には

届かない。再び時空を歪め、それを奴の

元へと撃ち返す。

 

「確かにお前は強い。それは間違い無い

 だろう」

一人、ヒュドラに向かって私は呟く。

「だが、私達は更にその上を行くのだ。

 この言葉が、貴様にはお似合いだろう」

 

「『蒼天』!」

先ほどと同じく、蒼天が放たれそれが銀頭の

体を融解させていく。

「グルァァァァァァッ!!??!?」

悲鳴を上げ、のたうち回るヒュドラ。

 

しかし、ユエも炎属性の最上級魔法を

短時間で連発したため、残存魔力が

少なかったのだろう。先ほどよりも

早く、火球が消えてしまった。

 

「ご、めん。……もう、無理」

その場に膝を突くユエ。しかし……。

 

「十分だよユエちゃん。トドメは、

 任せて」

彼女の肩に手を置き、ハジメは

ミスラを構える。

 

ヒュドラは、何とか動く体で

こちらに視線を向けたが、その目が

最後に見たのは、3丁のミスラの

銃口だ。

そして、その耳が最後に聞いたのは……。

 

「相手が悪かったな」

そんな私の言葉と……。

『『『ドドドンッッッ!!!!』』』

3発の19ミリ弾の発射音だった。

 

 

ヒュドラの頭が吹っ飛び、首と胴体が

千切れ、胴体も半分が消し飛んだ。

残った僅かな肉片が床に飛び散る。

 

3人はすぐにボルトを動かし次弾を装填。

また復活するのではと疑っている

のか、狙いを肉片に向けたまま逸らさない。

 

その時。

『ゴゴゴゴッ』

一人でに奥の扉が開いた。私は咄嗟に

ノルンを抜き構え、ハジメもユエを庇う

ようにしながら、ミスラの銃口を扉の

方へと向ける。

 

私達は新手を警戒したが、扉の奥からは

一分以上待っても、何も出てこなかった。

「……。もしかして、あの蛇の魔物を

 倒したから、通れ。って事なのかな?」

「そうである、と思いたいですが、罠の

 可能性が0ではありません」

香織の言葉に私は応えた。チラッと

横を見れば、ユエはまだ動けそうにない。

 

「ハジメ。ユエに吸血を。連戦も無い

 とは言えないので、念のため」

「う、うん。分かった」

頷くと、ハジメはジョーカーの装着を

解除し首元を開けさせた。

「ユエちゃん」

「ん。いただきます」

『カプッ』

ユエはハジメに抱きつくようにしながらも

首筋に噛みつきその血を吸った。

 

数秒して口を離し、更に数十秒もすれば

ユエが立ち上がる。

「大丈夫ユエちゃん?」

「んっ。ハジメの血、飲んだから大丈夫」

心配する彼に答えながら笑みを浮かべるユエ。

 

では……。

「総員傾注。今からあの扉の奥に向かう。

 あのヒュドラモドキがラスボス、であると

 確証が無い為、総員警戒を怠らないように」

「「「了解っ」」」

「んっ」

ハジメが再びジョーカーを纏うと、彼ら

はミスラを収納しバアルを取り出す。

私もノルンを取り出し、残弾を確認する。

 

「では、出発」

 

そして私達は慎重に扉の奥へと進んでいった。

 

 

慎重に進んでいた私達。そして、その扉を

超えた先にあったのは……。

 

「嘘、でしょ?」

 

『光溢れる』その空間を見回しながら呟く

香織。そのすぐ側のハジメとルフェア、

ユエも、文字通り「嘘でしょ?」と言いたげ

な表情を浮かべていた。

 

そこは、まるで楽園のようだった。

まず天井。そこには円錐状の物体が浮かび、

まるで太陽のように光を放っていた。

「あれって……」

「恐らくは、この世界の技術で創られた

 人工太陽の類いでしょう」

額の上に手を翳しながら天井の太陽を

見上げるハジメに、答えるように私が

答える。

視線を太陽から周囲に向けると、その空間の

奥に滝があった。天井近くから落ちる大量

の水は、川となって洞窟へと流れている。

川から少し離れた所には畑もあり、更に

その側には家畜小屋と思われる物が

立てられていた。最も、動物の姿は

無かったが。

しかし……。

 

「すごいなここ。何て言うか、楽園、

 みたいだね」

「えぇ」

ハジメの言葉に相槌を打つ私。

やがて私達は、この大きな部屋の一角

にある建物の内の一つを調べた。そこは

どうやらベッドルームのようで、そこには

豪華な天蓋付きのベッドが置かれていた。

 

「……。どうやら、ここが反逆者の一人

 の生活拠点だった、と言うのは間違い

 なさそうですね」

ベッドの周囲を見て回りながら私は

呟く。

「けど、それって相当昔の話なんでしょ?

 それがどうしてこんな綺麗な形で?」

そう。反逆者が存在したのは、ユエが

生まれる前の話。そんな過去の物が、

こうも綺麗な形で残っているのは、

些か不自然だ。

 

「何か特殊な魔法か何かが掛けられて

 居るのか。……或いは……」

「或いは?」

と、首をかしげるルフェア。

 

「ここを管理している『者』が居るのか」

「「「「ッ」」」」

私の一言で4人に緊張が走る。

「ともかく、まずはこの部屋全体の

 安全を確保しましょう。次は、この

 ベッドルームの隣です」

私の言葉に、4人が無言で頷く。

 

そして私達は、まるで岩壁を加工して

創ったかのような住居の入り口の前に

立つ。

「私とハジメで中のクリアリングを

 行います。香織、ルフェア、ユエは

 合図をしたら付いてきて下さい」

「うん」

私とハジメは、ノルンを構え、入り口から

中に入る。

すぐさまノルンを構えながら周囲を警戒する。

「……クリア」

「クリア」

ハジメが呟き、私も呟く。

「3人とも」

外に声を掛けると、同じくノルンを

構えた香織とルフェア、ユエが入ってくる。

 

「……やっぱり、ここもちゃんと掃除

 されてる。でも、人の気配って言えば

 良いのかな?それが全然感じられない」

「……。とにかく、警戒しながら全ての

 部屋を確認します」

 

その後、私達は3階建ての建物の中を

確認した。1階にはキッチンやリビング、

トイレに風呂を発見。

2階は書斎や工房のようだが、扉が開かず、

強引に入るのも危険なので諦め、3階へと

向かった。

3階には一つの部屋しか無かった。

 

そして扉を開けて中に入ると、ハジメ達が

息をのんだ。

 

まず目に飛び込んでくるのは、床に描かれた

精巧な魔法陣。これまで見てきた物よりも、

ずっと精巧な幾何学模様が刻まれていた。

そしてもう一つ目を引くのが、魔法陣を

挟んで扉の反対側に位置する骸だった。

 

豪華な椅子に座り、黒に金の刺繍が入った

ローブを纏った骸骨。

「司、あの骸骨って……」

「……恐らく、この隠れ家に住んでいた

 反逆者の一人なのでしょう。誰彼の

 判別は出来ませんが……」

「それにしても、なんでこの人は

 この部屋で亡くなってるんだろうね?」

ハジメの言葉に答えると、今度は香織が

首をかしげた。

 

確かに彼女の言葉も最もだ。

「その理由があるにしろ、調べなければ

 なりませんね。ハジメ達は外で待機を。

 私が調べます」

「うん。気をつけてね」

ハジメ達が部屋の外に出ると、私は慎重に

部屋の中へ踏み込み、そして魔法陣の

中央へ踏み込んだ次の瞬間。

 

『カッ!』

魔法陣から眩い閃光が放たれ、部屋を

真っ白に染め上げる。

 

するとその時、私の脳内に何かが

流れ込んできた。これは……。

まさか、この魔法陣はデータか何かを

インプットする為の物か?

いや、何だ。これは……。

考えても居ないのに迷宮での日々の

記憶が再生される。

まさか、私の記憶を確認しているのか?

 

私はすぐさま周囲を見回し、正面を

向いた時、僅かに身構えた。

なぜなら、私の目の前に、骸のローブと

同じ物を纏った青年の姿があったからだ。

 

 

この時、私はまだ知らなかった。

この世界の、狂った神について。

そして、望む望まないに関わらず、

私達がその神と戦っていくのだと

言う事を。

 

     第13話 END

 




次回は世界の真実を知る時です。

感想や評価、お待ちしています。


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第14話 最奥の真実

今回は、世界の真相を知るのとプラスアルファの
おまけ的な話です。
ここ最近、この作品に対する意欲がブーストしているので
作品を挙げる速度がめちゃくちゃ速くなっていますが、
何時失速するか分かりませんので、ご了承下さい。


~~前回のあらすじ~~

ついに200層を目前に控えた司達。

司は、仲間であるハジメ達の為に武装や

ジョーカーを強化し、最終決戦に望んだ。

7つの頭を持つヒュドラとの決戦は

これまで以上の強敵との戦いであったが、

ゴジラたる司の活躍で無事これを撃破。

5人は、ヒュドラを倒した扉を通って

反逆者の一人の物と思われる広大な

空間、楽園のような場所へと足を踏み入れた。

念のためにとあちこちを探索する司たち。

そして司は、住居と思われる建物の3階の

部屋に踏み込んだ。

彼はそこで、骸となった人物の若かりし頃

の姿と対面したのだった。

 

 

突然目の前に現れた存在に、私はノルンを

構え直す。

「司!」

そして、後ろからハジメが入ってきて私の

隣に並ぶ。

「大丈夫ですハジメ。それより……」

「うん。誰、この人?」

私達二人は警戒心を強めながら、青年を

警戒しつつ観察する。やがて、その青年は

自らを『オスカー・オルクス』と

名乗り、話し始めた。

 

まず最初に話したのは、これが記録映像の

類いである事だ。私は内心、そんな技術が

あるこの世界に驚いていたが、その次に

話された真実は、驚愕に値する物だった。

 

オスカーの話をまとめると、こうだ。

 

遙か昔のトータス世界では、争いが

絶えなかった。

人族、亜人族、魔族は様々な理由で争いを

繰り広げていた。しかしそのもっとな理由

が、『神の敵』だから、と言う物だった。

どの種族も何かしらの神を崇め、同時に

それ以外の種族を邪教徒として争った。

 

そんな争いを止めようとしたのが、反逆者

と言われた、7人の『解放者』達だった。

彼らは、神々の直系の子孫であり、ある日

神達の真意を知ってしまった。

 

神々の真意。それは、人や亜人達、魔族達を

遊戯として戦わせる事だ。

 

つまり、神々にとってトータス世界は

ゲームの盤上。そこに生きる全ての命は、

奴らの遊びの『駒』だったのだ。

 

これを知った解放者達は、祖先である神々

への先祖返りと呼べる程の力を持っていた

為、神の居る場所、神域を突き止め、

人々を神の呪縛から解放しようとした。

 

しかしそれを良しとしない神は、解放者たち

を、世界の破滅を狙う神の敵とし、彼らが

守ろうとした人間に討たせようとした。

解放者達は、守るべき人間の攻撃を受け、

彼らは中心的存在だった7人を残し、他は

全滅。そして7人は世界の果て。七大迷宮

を創り、そこへ逃れた。

 

そして迷宮とは、言わば試練の場だった。

現在の自分達では神を倒せないと判断した

7人は、自分達の力を託すに足る存在

であるかどうかを試す場として、迷宮を

創り上げた。それが迷宮の存在意義だった。

 

そして、全ての話が終わりオスカーの映像が

消えると、私と、魔法陣の中に入っていた

ハジメの中に『情報』が流れ込んできた。

「うぐっ!?」

「ッ、これは」

頭を抱え、膝を突くハジメと、一瞬フラつく私。

 

「ハジメくん!大丈夫!?」

慌ててハジメに駆け寄る香織。

私はハジメと共に一旦魔法陣の外へと

出た。しばらくすれば、私もハジメも、

痛みが引いた。

 

しかし、これは……。

「どうやら、あの魔法陣は彼らの言った

 力。神代魔法を、試練を突破した者に

 授ける為の物のようですね」

「え?って事はもしかして二人とも……」

「うん。授かったみたい。神代魔法を」

首をかしげる香織に説明するハジメ。

 

このオスカーの迷宮で授かったのは、

『生成魔法』のようだ。

これは、魔法の効果などを鉱物に付与

したり、特殊な性質を持った鉱石を

生成出来る物だ。

その内容からして、錬成師のハジメには

ぴったりな魔法だ。最も……。

 

「って言っても、こんなのあっても司が

 アーティファクト級の武器とか

 創れるし、何の役立つかは分からないけど」

とハジメ本人がそう言った。

 

しかし……。

 

その後、念のため魔法が使えるユエと香織が

魔法陣の上に立ち、オスカーの映像を

もう一度見た後に生成魔法を取得した。

とは言え、やはりこう言った物には適正

があるのか、二人ともハジメほど力を

使えるわけではなさそうだ。

 

その後、オスカーの遺体は、私達の手で

畑の側に墓を創り、棺に収めそれを埋めると、

上に十字架を立て、そこに

『オスカー・オルクス ここに眠る』と

刻んでおいた。

 

黙祷を捧げた後、私は掌の中にある

オスカーがしていた指輪に目を向けた。

この指輪には、封印が施されていた

2階の書斎や工房の、封印の文様と

同じ物が刻まれていた。そしてその

指輪を使う事で、案の定封印は解けた。

どうやら、これは一種の鍵のようだった。

 

同時に、地上に帰還する術として、あの

3階の魔法陣が使える事が分かった。

どうやら指輪を持っていると、帰還用

の転移魔法が発動するようだ。

 

しかし、問題はあった。

 

 

リビングに集まり、ハジメ達は

ジョーカーを解除するとソファに

腰掛け、深々と息を吐き出した。

そんな中で、ルフェアの表情は

特に冴えない。

 

まぁ、当然と言えば当然だ。神の真実は、

例え神を信じていなかったとしても、

驚愕ものだ。

「……ねぇ、皆はさ。あの人の話、

 って言うか神について言ってた事、

 どう思う?」

と、最初に口を開いたのはハジメだ。

「……。最低の、奴だと思う」

香織は、汚い言葉を押さえ込みながらも

まるで絞り出すようにそう呟く。

「たくさんの人の命を、何だと

 思って……!」

 

彼女の瞳の奥では、激情の炎が

ユラユラと揺れていた。

「香織さん」

そんな彼女を心配してか、隣に居たハジメ

が優しく彼女の肩に手を置いた。

 

「……私も、許せないです」

そしてルフェアも、憎悪にも似た感情を

滾らせていた。亜人を排斥する聖教教会。

そしてそれを裏から操る、神エヒト。

彼女の憎悪も最もだろう。

 

「私も、神のやった事は許されない事、

 だと思う。……でも、どうするの?」

そしてユエの言葉だが、彼女の、

「どうするの?」という言葉に3人は

何も言えなくなる。

 

彼女の言葉の意味は、もちろん

『神と戦うのか?』という意味だ。

やがて、3人は私の方を向く。

 

だが……。

「私は、神殺しに興味はありません。

 我々の目的は、あくまでも元の世界

 への帰還。その障害となるのなら排除

 しますが、こちらか打って出よう、とは

 思って居ません。積極的にエヒトと

 戦う理由はありません」

 

私は、非情とも取れる発言をした。そう、

私にしてみれば、この世界の事などより

ハジメ達の方が大事なのだ。極論を言えば、

私にはこの世界を守る理由も、救う理由も無い。

その言葉に項垂れるハジメ達。が……。

「皆は忘れていませんか?」

「え?」

と、疑問符を浮かべるハジメ。

 

「私は好きにする。諸君等も好きにしろ。

 以前、私はハジメや香織達にそう

言いました。皆は、私を隊長だと

言ってくれました。しかし、だからと

いって、我々の行動を私の一存で

決定する物ではありません。意見や

意思は、貴方達が決めるのです。

私は、それを尊重します」

 

そんな私の言葉に、ハジメと香織、

ルフェアはしばし考え込む。

やがて……。

 

「確かに、司の言うとおり僕達には

 この世界を守る理由なんて無いの

 かもしれない。

 ……けど、知ってしまったから」

そう呟くハジメは、真っ直ぐに私を

見据えている。

「知った所で、戦う義務が発生する訳

 ではありませんよ?」

「うん。分かってる。……でも、これだけは

 言える。エヒトが『気に入らない』。

 だからもし、奴が僕達の前に敵として

 立ちはだかった時は、『ぶっ潰す』」

獰猛な、しかし覚悟を持った瞳のままに

そう語るハジメ。

 

「……私は、エヒトが許せない」

そして、彼に続くように呟くのは香織だ。

「人の命をもてあそぶなんて、絶対に

 許せない。私も、ハジメ君の言う通り

 エヒトが『気に入らない』。だから、

 もし機会があれば、倒したい。

 ううん。必ず『倒す』……!」

香織も、エヒトの所業に怒りを覚えている

ようすだった。

 

「……私は、戦う」

そして、ルフェアも小さく呟く。

「もし、エヒトがツカサお兄ちゃんや

 ハジメお兄ちゃん、カオリお姉ちゃん、

 ユエちゃんに手を出したら、私は

 全力でエヒトと戦う。私の

 家族を守る為に……!」

 

「……私も」

そして最後はユエだ。

「……私にはエヒトと、積極的に戦う

 理由は、無い。でも、もしハジメや、

 皆に手を出したら、潰す……!」

 

皆の言葉を聞いた私は、一度目を瞑る。

 

皆の意見を聞き、考えた私は静かに

目を開き、4人を見回す。

 

「ならば、もし仮にエヒトが我々の

 行動を妨害、或いは攻撃してきた場合、

 エヒトを『敵』と認定し、排除を

 目指す。……これでどうですか?

 向こうが無関心ならば良し。攻撃

 してきたならば、敵として撃滅する。

 と言うのでは?」

私が提案すると、4人は頷いた。

 

「まぁ、あれだね。自分に従ってれば

 良し。じゃなきゃ排除しようとする

 神様なんて、多分思い通りに

 動かなかった僕達を快く思ってない

 と思うよ。だから……」

「仕掛けて来る、と?」

ハジメの言葉に私が問い返すと、彼は

静かに頷いた。

 

「そうですか。ならば……」

 

立ちはだかるのも良いだろう。

我々を敵と定めるのも別に構わない。

 

だが、ハジメ達を傷付けようとする

とするのなら、我らの道を阻むと

言うのならば……。

 

「例え神が敵であろうと、戦い、

 倒し、その命を粉砕して我々は

 進む。それだけです」

 

こうして、私達の方針は決まった。

 

第1目標は、これまで通り元の世界への

帰還方法などを探る事。

そして新たに第2目標が追加された。

それが、エヒト神の討伐。

しかし優先順位は帰還だ。エヒト神の

討伐は、可能であれば、と言う事で

我々は一致した。

 

とは言え、ハジメの言葉からして、

トータスに生きる命は全て自分の駒、

とでも思って居るのだろう。

ならば、思い通りに動かない私達に

対して仕掛けて来る可能性もある。

更なる装備の拡充などをしておく

べきか。

 

とにかく、今後の方針が決まった私達は

出入りが可能になった書斎と工房を

もう一度調べた。

書斎ではここがこんなにも綺麗に

保たれている理由や、他の迷宮や

仲間の解放者についてを綴ったオスカー

の手記を見つけた。

工房の方では、オスカーの創ったと

思われるアーティファクト類が

保存されていたが……。

 

「これ、すんごい力とか持ってそう

 なんだけど……」

と言いつつ、何故かこっちを見ているハジメ。

「司が居るとこんなの要らないん

 だろうな~」

ハァ、とため息をつくハジメと彼の

言葉にうんうん、と頷く香織達3人だった。

ちなみに、そこで結構便利な物を見つけた。

 

『宝物庫』というアーティファクトだった。

これは指輪の形をしたアーテァファクト

だが、それはまるでド○えもんの

四次元ポケットのようにどんな物でも

収納出来た。これがあれば一々大きな

リュックを背負ったりする必要が無い

ので、ありがたい物だ。宝物庫の

アーティファクトは、見つけた物を

私の力で解析、複製して全員に配った。

ちなみにこの時、ハジメに、

『アーティファクトコピー出来るとか、

 流石司だね』と

疲れ気味に言われてしまった。

 

その後、手記を読み、私達の当面の

目的は決まった。手記によると、この

オルクス大迷宮と同じで他の6つの

迷宮も、それを突破し神代魔法を

授けるに足る人物かを試す試練の場で

ある事が分かった。

 

「つまり、7つの試練を全部突破すれば、

 7つの神代魔法が手に入るって事?」

「えぇ。ハジメの言うとおりでしょう。

 現在トータスで使用されている魔法は、

 言わば神代魔法の劣化版とでも言える物。

 私達の世界風で言えば、失われた技術、

 『ロストテクノロジー』とでも言われた

 物です。そして、エヒトはそれを使い

 我々をこの世界に呼び寄せた」

「つまり、もし司くんに頼らない帰還方法

 があるとしたら…」

「えぇ。香織の予測通り、神代魔法以外に

 無いでしょう」

「じゃあ、これから私達は迷宮を

 巡るの?」

と首をかしげるルフェア。

 

「えぇ。少なくとも私はそのつもり

 ですが、皆はどうですか?」

「いや、僕は反対意見無し」

「うん。私も」

「私もです」

「んっ、私も」

皆、どうやら私の提案に賛成のようだ。

 

「では、我々は1週間ほどここで

 体を休めてから、外へと脱出。

 次の迷宮へ向かいたいと思います」

「「「「了解」」」」

これで、私達の当面の目標は決定した。

 

 

やがて、時間が経ち、天井の人工太陽が

月となった頃。

 

私とハジメは1階にあった風呂に入っていた。

 

「ハァ~~。それにしても、長かったね~

 オルクス大迷宮」

「えぇ。正直、2ヶ月もかかるとは

 予想していませんでした」

「そっか~」

と、他愛も無い話をするハジメと私。

「それにしても、司の創った

 G・ブラスター。結局出番無かったね」

「あれは今のジョーカーの最大火力です。

 むしろ出番が無くて安心しました。

 まだまだ改良と小型化、チャージの

 速度向上などなど、改良点はいくらでも

 ある代物ですから」

「そっか。……にしても、神と戦う、か~」

 

ハジメは、天井を見上げながら呟く。

「……。怖いですか?」

と、私は静かに聞いた。が……。

「全然」

 

ハジメは笑ってそう答えた。

「だって司が一緒なんだよ?

 司が隣にいて、一緒に戦ってくれるなら、

 怖い物なんて何も無いよ、僕は」

「……そうですか」

ハジメの言葉と笑みに、私もまた

笑みを浮かべていた。

 

その時。

ヒタヒタと足音が聞こえてきた。

「「ん??」」

私達が足音のした方に目を向けると……。

 

そこには一糸まとわぬユエの姿が。

 

「Oh~~」

「ふぁっ!?」

私は咄嗟に両手で目を覆い、ハジメは

戸惑い変な声を上げる。

そしてユエはそんな事を気にせず

ハジメの隣に座った。

 

「んっ。気持ちいい」

ふぅ~、極楽。と言わんばかりのユエ。

しかしハジメはそうは行かなかった。

 

「なななな、なんでユエちゃん

 入ってきてるの!?今って

 僕と司の男湯の時間にするって

 さっき言ったよね!?」

「うん。言ってた。……だが断る」

「ホワァァァァイッ!?」

ハジメはユエを何とかしようと

奮闘しているが、ユエは逆にハジメを

誘惑しはじめた。

 

「ハジメ。……大人の階段、

 上らせてあげる」

「ちょっ!?待って~~~~!!!」

 

と、その時。

「こぉらぁぁぁぁっ!

 何やってんのユエ~~~~~!!!」

風呂場に、バスタオルを体に巻き付けた

香織が入ってきた。

「ツカサお兄ちゃ~ん!私も一緒に

 入る~!」

更に、ユエと同じく一糸まとわぬ姿で

私の側に駆け寄ってきて、湯船に体を

浸けるルフェア。

そして私と彼女が肌を寄せ合っている

側では……。

 

「ユエ!ハジメくんの初めては譲らない

 からね!」

「……そんなの、早い者勝ち。ハジメの

 初めては、今日私が貰う。今日、ハジメを

 私の魅力でメロメロにする」

「なっ!?……ふ、ふん!でもユエ、

 ユエには出来て私には出来る事だって 

 あるんだからね?」

そう言うと、胸を強調する香織。

「ッ……!香織、言ってはならぬ事を……!」

 

と、二人は火花を散らしていた。

そしてハジメは、目で必死に、私にSOS

を発信していたが、私はそれを

全力で無視した。

 

決して香織とユエの放つオーラを前にして、

関わるのが面倒だと思ったからではない。

二人の恋路を邪魔するのは良くないと

思ったからだ。

 

そして……。

「こうなったら……!

ハジメに決めて貰う……!」

「望むところだよ、ユエ!」

何やら二人の間で勝負の決め方が

決まったようだ。

 

「ちょ、ま、待って待って!」

二人を止めようとするハジメ。しかし

時既に遅し。ユエと香織は止まらなかった。

 

「ま、待って待って!お願いストップ!

 ま、まだ心の準備が!

 あ、あぁ、あっ!

 あ~~~~~~!!」

 

ハジメは、その日DTを卒業した。

 

 

ちなみに……。

3人の営みが始まるとルフェアは

その様子を、顔を真っ赤にしながら

見つめていた。

しかし、私としては余り興味も

無かったので、3人の声や音をBGM程度に

思いながら、湯船に浸かっていた。

 

のだが……。

 

「ね、ねぇ。ツカサお兄ちゃん」

「ん?何ですルフェア」

「あ、あぁ言うのって、好きな人同士

 がする、事なんだよね?」

すぐ側で繰り広げられる攻防戦を、

チラチラとチラ見しながらそう私に

問うルフェア。

「えぇ。そうですよ」

 

「じゃあ、じゃあ、ね。私、

 ツカサお兄ちゃんと、したいな」

「……え?」

これには、流石の私も戸惑った。

「私と、ですか?」

「うん。……私、ツカサお兄ちゃんの事、

 大好きだよ。カオリお姉ちゃん達が

 ハジメお兄ちゃんを想う気持ちにも、

 負けない自信あるよ?」

「ルフェア。……そこまで、私を慕って

 くれるのですか?」

 

「うん。だって、ツカサお兄ちゃんが、

 私を絶望から救ってくれた人だから。

 守ってくれて、私に誰かを守る力を

 与えてくれた。怖いときは、勇気づけて

 くれた。……私は、そんなツカサ

 お兄ちゃんが、大好き」

そう言うと、ルフェアは私に口づけを

した。

 

「ルフェア」

「お兄ちゃん、大好き。愛してる」

 

……それが、ルフェアの意思ならば……。

「ならば、私もその想いに答えましょう」

 

その日、怪獣王もまた、初めて女を、

雄として雌をその腕に抱くのだった。

 

 

数日後。

私とハジメは、ルフェア。香織とユエ

と言う美少女達と一夜を共にした。

しかし、休んでばかりは居られないので、

私は、神エヒトとの戦闘も見据えて、

新兵器の開発、既存武装の改造、更に

今後どうすべきか等など、色々と

考える事ややる事は多かった。

 

のだが……。

「お兄ちゃ~ん!」

リビングでPCをいじっていると、

ルフェアが背後から抱きついてきた。

「こらこら、危ないですよルフェア」

「あっ!ごめんなさい。でも、お兄ちゃん

 がそこに居たから、抱きつきたく

 なっちゃった♪」

と言って、私の首元に手を回すルフェア。

 

初夜を終え、翌日からルフェアはこれまで

以上にスキンシップを求めた。

所構わず手を繋ぐ、抱き合う、キスを

求めてくるようになったのだ。それも、

彼女の気分でだ。

 

これは、悪い意味で『お手本』がすぐ側に

居るからだ。

そう、ユエと香織だ。

 

二人はあの風呂での一件以来、ハジメという

恋人を巡る、恋のライバルとなり、

ここが安全圏という事もあって人目

(と言っても私とルフェアしかいないが)を

憚らずにハジメにアピールするのである。

おかげでルフェアも二人を真似るように

なってしまった。

 

ユエは、300年という長い寿命で培った

妖艶さを武器に。

香織は、日本の同○誌に載っているような

アブノーマルな発想を武器に。

 

それぞれの武器を使ってハジメを誘惑していた。

 

この前など、私が2階で書斎の本を

読み漁っていたのだが、物音が聞こえたので

1階に降りると、ハジメが裸エプロンの香織と

していたのであった。

 

迷宮に潜り始めた頃の初々しい二人が

まるで嘘のようであった。

 

まぁ、私自身ルフェアと毎晩のように

床を共にしているし、3人の関係について

とやかく言う気は無い。

 

言う気は無いのだが……。

 

「……」

今、私の前でハジメがぐで~~と

なっている。何というか、

口元から白い煙が発生しているように

見えるが……。

「……。ハジメ、大丈夫ですか?」

「……だいじょばない」

「つまり、ダメなんですね」

と言うか、そんな日本語初めて

聞きましたよ。

 

とか思いながら私は片手でPCを操作し、

もう片方の手で隣のルフェアの頭を

撫でた。

 

「しかし、相当疲れているようすですね」

「そりゃ疲れるって。……ハーレムなんて、

 日本に居た頃はちょっと羨ましいな~

 程度には思ってたけど、実際は逆

 だったよ」

「と言うと?」

「いや、その。二人とさ、してる

 訳じゃん?で、やっぱりやる以上は

 ちゃんと二人を、その、気持ちよく

 してあげないとだし、慣れないしでさ。

 体力が持たないんだよね」

と、顔を赤くしながら呟くハジメ。

 

ふぅむ。

では……。

私は指をパチンと鳴らした。

そして、生み出した『それ』をハジメの

前に差し出した。

 

「ならばこれを渡しておきます」

と言って私が差し出したのは、

地球で市販されていた栄養ドリンクと

精力剤だった。

それを受け取って引きつった笑みを

浮かべるハジメ。

「あ、アハハ。ありがたく、

 使わせて貰うよ」

と、乾いた笑みを浮かべるハジメ。

 

そして夜。

「ねぇハジメくん。これ、どうかな?」

「どうハジメ?似合う?」

「えへへ、どう?お兄ちゃん」

女性陣の後に風呂に入った私とハジメ。

そして風呂から薄着で上がると、

そこにはスッケスケのベビードールを

纏った3人が居た。

 

ハジメは顔を真っ赤にして狼狽した後。

「さ、早速あれのお世話になりそうです」

と、私に呟いてから、香織とユエに

連れて行かれた。

ちなみにあのベビードールは私の力で

生産した物だ。3人に頼まれて私が

創った。

加えて、ベッドルームも新しく追加した。

最初のベッドルームはハジメ達が

使い、新しい方を私とルフェアが

使って居る。

そして、私とハジメはそれぞれの思い人

と一夜を共にしていた。

 

我ながら、私もハジメも、随分甘い生活

をしている物だと、つくづく思う。

自らを慕ってくれる、見目麗しい女

達と共に、誰にも邪魔される事無く、

楽しき日々を過ごす。

 

そんな日々が、とても尊い存在であると

私は思っていた。

……だからこそ、今は戦おう。

私達の日々を害する者、エヒト。

 

阻めるものなら、阻んで見せろ。

エヒトよ。誰を敵に回すか、良く

考えておくのだな。

 

我が名はゴジラ。

 

生命の理を捨て、頂きへとたどり着いた

者である、と。

 

私は、戦う。私の大切な人々を守る為に。

その為に、私は進化を続ける。

神をも超える存在へと至るために。

 

そう、私は決意していた。

 

     第14話 END

 




次回は、旅立ちのシーンと帝国からの使者の話を
まとめた物を上げるかもしれません(確定じゃないです)。

感想や評価、お待ちしています。


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第15話 帝国の使者・雫の受難

今回、前半はハジメ達ですが、中盤と後半は雫達に
スポットを当てた作品です。


~~前回のあらすじ~~

オルクス大迷宮の最下層に到達したハジメ達

5人。一行は、そこで迷宮を創り出した

オスカー・オルクスの残した記録映像を見て、

この世界を弄ぶ狂神、エヒトの真実を聞くの

だった。

ハジメ達は、これまでの目的である地球帰還を

第1目標としつつも、エヒトが仕掛けてきた

場合にはこれを倒す、と言う事で一致。

オスカーの隠れ家で甘々な生活をしつつ、

旅立ちへの準備を進めるのだった。

 

 

その日、私達は出発を目前に控えていた。

そして、その前に私が開発した新装備を

皆の前で説明していた。

「ユエと香織、ハジメに。まずはこれを」

「んっ。……これは?」

3人が受け取ったのは、以前渡した

シールドジェネレーターと似た腕輪だ。

「それは3人に魔力を供給する装置です。

 私は魔力が無限にあるのですが、私は

 基本魔法を使いません。これでは魔力の

 持ち腐れです。なので、その腕輪を

 通して常時私から魔力を供給します」

「……それって僕達がバンバン魔法

 使えるって事だよね?」

「はい。最上級魔法をバンバン連発

 する事も出来ます。距離などの制約など

 は一切ありません。それこそ別次元に

 でも行かない限り、この魔力供給は

 続きます」

と言うと……。

「……これで私は無敵」

と、どや顔をするユエ。

 

そんな彼女に苦笑するハジメ達を後目に

私は説明を続ける。

 

「次に、ハジメ達のジョーカー3機

 ですが、ジェネレーターを新型に

 換装し、新しい形態も実装しました」

「それって、新フォーム?どんなの?」

首をかしげるハジメ。

「この形態の名前は、モードG。

 言わば、『ゴジラ形態』です」

「ご、ゴジラ形態?……何か

 危険そうな名前だね」

と、引きつった笑みを浮かべる香織。

 

「このゴジラ形態、モードGについて

 ですが、新型ジェネレーターには

 私の細胞組織を使って居ます。

 言わば、『生体ジェネレーター』と

 呼べる物です。これまでは機械的な

 ジェネレーターを使って居ましたが、

 エヒトとの戦闘を見据え、より高出力

 の物を、と言う事で、私の細胞を

 取り入れた、機械と生物の力を

 宿した、複合ジェネレーターを

 開発しました。計算上では、これまで

 の50倍のエネルギー出力を得ています」

「こ、これまでの50倍って……。

 ……司の細胞凄すぎ」

と、引きつった笑みを浮かべるハジメ。

 

「そして、モードGについてですが。

 この形態になるとジョーカー内部の

 全エネルギーを放出しながら戦う事

 になります。パワー、防御力、機動性、

 全てにおいて、通常のジョーカーの

 数百倍のスペックを引き出すことが

 可能です」

「す、数百倍か。ホント凄すぎだって司」

「念のため言っておくと。その拳は一撃で

 山を砕き、一瞬で数キロの距離を詰め、

 山より高く跳躍する事も可能です」

「……。もはや勇者の天ノ河君も

 目じゃないね」

「ちなみにこれでも私の本気の5%にも

 及びませんよ?」

「………」

何故か遠い目をするハジメ。

 

まぁ良い。

「ただ、欠点としてモードGは内在する

 エネルギーをほぼ使い切るので、

 モードGの活動限界は5分。

 新型の複合ジェネレーターの出力でも

 これが限界でした。5分以上モードG

 を維持すると、エネルギーが枯渇し、

 ジョーカーの装着が強制的に解除され

 てしまいます。以降、ジョーカーは

 内部エネルギーのチャージに入るため、

 一度使い切ったら30分はジョーカーを

 使えないと思って下さい」

「じゃあ、もし仮にモードGを使うような

 状況になったら……」

「えぇ。5分以内に戦闘を終え、即座に

 モードGを解除して下さい。まぁ、

 危険になった時の奥の手、として

 覚えておいて下さい」

「「「はい」」」

と、頷く3人。

 

さて、と……。

 

「皆、聞いて欲しい。私とハジメ、香織は

 一度聖教教会の、それも教皇である

 イシュタルに反発した。よって、

 このトータスにおいて人族そのものを

 敵に回した可能性は高い。

 また、我々が持つ武器もしかり。

 王国には、私が創る武器の性能の高さを

 知っている者も居る。なので、この武器

 を奪おうと刺客を派遣してくる可能性も

 高い。また、私、ハジメ、香織は

 エヒトが遊びで呼び出したとは言え、

 魔族側から見れば、魔族にとって驚異的

 な存在である。中でも私達は飛び抜けて

 居る。なので、最優先の排除対象として

 狙われる可能性もある。そして……。

 一度は人々を操り解放者達を倒した

 神、エヒトを敵に回す以上、また

 同じ事。……最悪、この世界そのものを

 敵に回す可能性もあるだろう」

 

私は、真実を伝える。

 

しかしハジメ達は……。

「それで?司はこの世界が敵になったら

 どうするの?」

「知れたことです。世界が敵になるのなら、

 その世界を踏み潰してでも前に進みます」

「だってさ」

と言って、ハジメは笑った。

「出来れば、無関係な人はあんまり

傷付けないで欲しいけどね」

と、苦笑する香織。

「大丈夫だって!ツカサお兄ちゃんが

 居れば無敵だから!」

「んっ。全部鎧袖一触」

笑みを浮かべるルフェアと、彼女の言い分に

頷くユエ。

 

そして……。

「つまりさ、僕達は何の心配も

 してないって事だよ。司」

ハジメが、私の前に立つ。

「司が隣に居てくれたら、怖い物なんて

 何も無いよ」

 

そんなハジメの言葉に、彼からの信頼を

感じていた。

信頼、か。私がオリジナルの一部であった

頃には、縁遠い、などと言う言葉では

表せない程に無関係な言葉だったな。

 

ならば……。

 

「分かりました。ならば、皆の命は、

 私が必ず守りましょう。

 そして、共に帰るのです。地球へ」

私の言葉に、4人が頷く。

 

そして私達は改めて、地球帰還への

旅の決意を新たにするのだった。

 

 

 

~~~~

場所と時間は少しばかり巻き戻り、

ハジメや司たちがヒュドラを倒した頃。

雫達はホルアドの町から王都へと戻る

途中だった。

雫達は現在、完全に謎とされていた65層

以降の攻略を行っていたが、これまでの

マッピングが行われていた階層と

違い、完全に雫達が攻略しなければ

ならず、更に魔物の強さも上がり攻略

のペースが落ちていった。彼らの疲労も

溜まっていたことと、別の案件が発生

した事もあって、彼らは今王都に戻る

途中なのだ。

 

そして別の案件というのは、『ヘルシャー帝国』

と言う国から勇者達に会う為使者が

来ているから、と言う物だった。

 

何故光輝達が召喚されてからこれほど間が

開いたのか、と言うと帝国の実情ゆえだった。

帝国は、かつて名をはせた傭兵が建国した

完全実力主義の社会で、文字通り弱肉強食の

社会体制だ。

そんな彼らからしてみれば、ド素人の光輝達

など眼中に無いと言った所だった。

 

しかし、そんな彼らがオルクスの65層を

突破した、と言う話題が帝国にも届いた為、

帝国の皇帝の関心を引いたので、今になって

使者を送ると言ってきた、と言う事だ。

 

 

そして、王都に戻った光輝達は王女である

『リリアーナ・S・B・ハインリヒ』に

出迎えられた。そんな時。

 

「あの、リリィ」

雫がリリアーナに声を掛けた。ちなみに、

光輝や雫は彼女の事を愛称でリリィと

読んでいた。

「何ですか?雫」

「いや、その……。ランデル殿下、

 まだ落ち込んでる?」

と雫が聞くと、リリアーナは苦笑交じり

に頷いた。

 

「えぇ。今もまだ。どうやら香織が

 ハジメさん達と一緒に去っていたことが

 相当堪えたようで」

そう呟くリリアーナ。

 

ランデルは、初めて香織を見たときから

彼女に一目惚れをし、猛アプローチを

していた。そしてそんな彼女の側に

居る光輝やハジメを(勝手に)ライバルと

定めアプローチをし続けていた。

しかし肝心の本人には、懐かれている

程度の認識しかなく、そしてルフェアの

一件で香織が、ランデルの手の届かない

所へ行ってしまった事にショックを

受けて、今も寝込んでいるのだ。

「我が弟ながら、情けないです」

「あ、アハハハ……」

リリアーナの言葉に、苦笑いを浮かべる

雫だった。

 

そして、王都帰還から3日後。

帝国からの使者がやってきた。

光輝達攻略組に、王国の重鎮たち。

イシュタルら神官数名が集まり、

彼らの前に5人ほどの使者が

立ち向かい合っていた。

 

≪あれが帝国の使者か≫

『そうみたいね』

と、密かに会話をする雫のAIの司。

≪しかし……。あの男は……≫

『ん?どうしたの司?』

≪あぁ。あの平凡そうな護衛だ≫

AI司の言う男へと視線を向ける雫。

『あの人がどうかしたの?』

≪あぁ。奴の身につけているイヤリング

 から不思議な力を感じる。恐らく、 

 あれはアーティファクトの類いだろう≫

『それってどういうこと?正体を

 隠してる、とか?』

≪分からん。恐らく雫の言うとおり

だろうが狙いは分からん。いつでも

ジョーカーをまとえるようにしておけ≫

『……うん』

 

ちなみに……。

『と言うか何で光輝が護衛の人と

 戦う話に?』

二人が話している内に、そんな話が

進行していた。

≪使者側からの提案だ。言葉より

 その目で実力をみたいそうだ。

 成程、実力主義の国らしい考え方だ≫

『えぇ……?』

一瞬、雫の頭に『脳筋』という単語が

よぎるのだった。

 

その後、光輝はAI司が警戒していた護衛

の男と試合を行った。

のだが……。

 

その正体は、ヘルシャー帝国皇帝、

『ガハルド・D・ヘルシャー』だった。

結果的にガハルドと光輝の戦いは

イシュタルが止めに入った事で中途半端な

形で終わりを迎えた。

≪……。話にならんな≫

『……どっちが?』

≪勇者が、だ。聞いていただろう?

 彼と皇帝のやり取り。傷つく事も、

 傷付ける事も恐れていては……。

 何も倒せないし何も守れない。

 奴には、その覚悟が無い≫

『覚悟、か』

内心、小さく呟くと、雫は手元の

青龍に目を向けた。

 

一方で……。

「それにしても、本当にお前が

 ベヒモスを倒したのか?

 その程度で?」

「ッ!?」

その程度、と言うガハルドの言葉に

表情を歪める光輝。しかし、実際に

ベヒモスを倒したのは雫だ。故に、

何も言えない。

 

「……どうやら、やっぱりお前じゃ

 ないらしいな?どいつだ?」

そう言うと、ガハルドは攻略組の面々を

静かに見回す。

すると、光輝以外の面々が雫に視線を

向け、ガハルドもそれを追い、雫に

目を向けた。

周囲から無数の視線を受けた雫は……。

 

「ハァ。私ですよ」

ため息をつくと静かに一歩前に出る雫。

「私が、単独でベヒモスを倒しました」

「……お前が、単独でか?」

静かに、しかし鋭い視線を交差させる

雫とガハルド。

すると、数秒の間を置いた後ガハルドは

笑みを浮かべた。

「嘘をついている目じゃねぇな。

 それにその目。据わってる目だ。

 ……出来れば手合わせをお願いしたい

が……」

そう言って、ガハルドはエリヒド王や

イシュタル達の方をチラ見する。

 

「私は、別に構いませんよ」

肝心の雫はやる気のようだ。

そして……。

 

「分かった」

エリヒド王がそう頷いた事で雫とガハルド

が戦う事になった。

 

雫は青龍を手に。ガハルドは先ほどと同じ

大剣を手に、向かい合った。

「それで、確か雫、だったか?

 お前がベヒモスを倒したのか?

 それも一人で?」

ガハルドは雫のあちこちを観察するように

視線を向ける。

その視線に不快感を感じる雫。

≪落ち着け雫。相手は模擬戦だろうが

 殺し合いをする男だ。怒りは判断を

 鈍らせる≫

『うん、分かってる』

雫は、内心AI司に頷きながら深呼吸をして

心を落ち着ける。

 

「私一人で、と言うと語弊がありました。

 正確には、神の使徒と呼ばれる友人の

 力を借りて、と言うべきでした」

「ほぉ?友人?」

ガハルドは、チラッと光輝達に視線を

向けた、が……。

 

「既にここには居ません。今も仲間数人を

 率いてどこかを旅している最中です。

 ……先ほどの試合を見て、単純な

実力的なら私達よりも皇帝陛下の

方が強いのは理解出来ました。……ですが」

雫は、その時不敵な笑み浮かべた。

 

「私には、あなたにない物がある」

「ほう?」

そう言うと、雫は左袖をまくる。

驚く光輝達と、何を?と訝しむガハルド。

そして……。

 

『READY?』

「アクティベート!」

『START UP』

 

ジョーカー・タイプCを起動し纏う雫。

そして、ジョーカーを初めて見るガハルド達

はその顔を驚愕に染めた。

「な、何だそりゃぁっ!?アーティファクト

 か!?」

「……残念ながら違います。ここを去る

 前に友人が残してくれた、最強の鎧です。

 これを纏う事で、私は誰よりも強く

 なれる」

『そうだ。もうここに、『彼』は居ないんだ。

 私がしっかりしなきゃ、私が……!」

 

静かに、雫は青龍を抜く。

 

今の彼女は、戦わなければと言う思いが

あった。

それは、この中で自分だけがジョーカーを

持っているから、と言う思いから来ていた。

切札を持つ者としての責任が、彼女を

圧迫していた。

 

だが……。

≪落ち着け雫。またいつものように、

 責任について考え込んでいるぞ≫

それを止める者が居た。AIの司だ。

『ッ。……ごめん、司』

≪謝らなくて良い。……お前の

 誰かを思いやる心は、良い物

 だとは思うが、それで自分を疎か

 にするのは、関心出来ないぞ≫

『うん。ごめん』

≪気をつけろよ?……さて、

 向こうさんも驚いているが、

 そろそろ始めるぞ雫。お前は、あの

 男を倒すなり切り伏せるなり、

 今やるべき事を考えろ≫

『うん。……って、切り伏せたら

 不味いでしょ!?』

≪そうか?さっきも皇帝は天ノ河を

 殺す気で剣を振るっていた。

 こっちが同じ事もしても、文句を

 言われる筋合いは無いぞ。

 それより、やるぞ≫

『う、うん!』

 

「では、行きますよ!皇帝陛下!」

「ッ!?お、おぉ!」

驚き、雫のタイプCに目を奪われていた

ガハルドも正気に戻って剣を握り直す。

 

そして……。

『ドウッ!!!』

雫のタイプCが一瞬で距離を詰めた。

「はぁ!」

雫はガハルド目がけて横薙ぎに青龍を振り抜く。

「ッ!?」

普通ならこれで終わりだが、ガハルドが

反応出来たのは、実力主義国の皇帝と言う

だけの事はあった。

 

振り下ろされる青龍を、大剣を縦に構えて

防ぐガハルド。

しかしそんな彼の表情はすぐに青くなった。

なぜなら、青龍が大剣を徐々に切り裂いて

進んで居るからだ。

 

「おぉぉぉっ!」

更にジョーカーの胆力を生かして青龍が

ガハルドの大剣を真っ二つに切り裂いた。

「ちっ!?」

剣を捨て後ろに跳ぶガハルド。

『ドウッ!!!』

しかし、それを逃がす雫では無かった。

 

後ろに跳んだガハルドが着地すると同時に、

雫がその前に現れた。

「なっ!?」

距離を取ったと思った瞬間に詰められたのだ。

驚くのも無理は無い。

そして、ガハルドの対応が遅れた、その一瞬

を突き……。

 

『ガッ!!』

「いあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

雫はガハルドの服を掴むと、ジョーカーの

胆力を生かして一切の抵抗を許さず、

ガハルドを背負い投げで投げ飛ばした。

 

「ぐあぁっ!?」

背中から固い地面に叩き付けられたガハルド。

≪手を止めるな!押さえ込め!≫

『うん!』

しかしそれだけに止まらず、雫はAI司に

言われた通り、彼をひっくり返すと

その上に跨がるようにして更に関節を決め、

ガハルドを拘束してしまった。

 

「皇帝陛下ッ!貴様ぁっ!」

咄嗟に護衛の者がガハルドを助けようと

するが……。

「止めろバカが!こいつは試合だ!

 手を出すなっ!」

肝心のガハルドに怒鳴られ、すぐに

下がった。

 

「いっつつ。まさか、皇帝の俺が負ける

 とはなぁ。……なぁ、そろそろ退いて

 くれないか?」

「はい」

頷くと、雫は手を離し立ち上がると

ガハルドから離れた。

「まさか、そんな力を持った奴が

 居たなんてなぁ。驚きだぜ全く」

「ですが、私が勝てたのはジョーカー

 を使い、尚且つ皇帝陛下がこの

 ジョーカーについて何も知らなかった

 からです。これが無ければ、私の

 方が負けていました」

 

そう、自虐気味に語る雫。

 

彼女は、ここ最近ジョーカーを使う事が

多かった。そして故に、理解してしまう。

司の頼もしさと、規格外さを。

 

ジョーカーを纏った雫は、もはや超人だ。

この鎧は、雫が努力して上げたステータス

以上のパワーを彼女に与える。しかも

このタイプC、実は司とリンクしており、

不定期ながらもアップデートを繰り返して

いるのだ。しかも、雫に合わせた

アップデートであり、速度面で言えば

既にベヒモス戦時より強化されている。

雫が使わない、と言うのもあるが、

彼女のタイプCもバアルやミスラ、

そしてG・ブラスターなどの装備を

既に実装していて、使おうと思えば使える

のだ。また、青龍も既にアップデートされ、

プラズマブレードとしての機能も実装済み。

とどのつまり、彼女がいくら強くなっても、

ジョーカー以上の力は手に入らず、人と鎧

の差は縮まるどころかドンドン開いていくのだ。

『こんな装備をポンポン創れて、

 しかも更に強いとか。もうホント、

 敵わないなぁ』

そんな事を考えていた雫。

 

 

しかし、ガハルドの言葉でそんな

悩みは一瞬にして吹き飛んだ。

 

「なぁ雫。一つ提案なんだが……」

「あ、はい。何ですか?」

声を掛けられた彼女は、意識を戻した。

のだが……。

 

「お前、俺の愛人になる気は無いか?」

 

「は?」

 

「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!」」」」」

 

雫が呆けた声を出した直後、光輝達や

帝国の使者達が一緒になって叫んだ。

 

「は?……いや、はぁっ!?」

そして、数秒おいて言葉の意味を理解

したのか、雫は被っていたメットを

慌てて脱いだ。

「いやいやいやっ!なんで試合した流れ

 でそんな口説かれてるんですか私!?」

「いやぁ、何というかお前が

気に入ったのさ。その凜とした

佇まい。実に俺好みだ?

どうだ?俺の愛人になる気は無いか?

そうすれば一生遊んで暮らせるぞ?」

わりかし本気で口説きに掛かるガハルド。

「いやです!なんでいきなりそんな話

 になるんですか!お断りです!」

しかしすぐに断固として拒否する雫。

 

≪雫、帝国は実力主義の国だ。

 だから、愛人にしたければ本気の

 私を倒せ、と言うんだ≫

『あっ!そっか!ナイス司!』

「そう言えば、帝国って実力主義ですよね!?

 じゃあ私を愛人にしたいなら、私を

 倒してから言って下さい!私、

 自分より弱い男に興味なんてありません!」

と、AI司のアドバイスから咄嗟にそんな

事を叫ぶ雫。

 

「くく、こりゃ痛いところを突かれたな。

 ……確かに雫の言葉にも一理ある」

そう言うと、雫に背を向けて歩き出す

ガハルド。雫は内心ホッとして息を吐いた。

しかし……。

「だが、諦めた訳じゃないぞ雫。

 いずれお前を倒し、俺の愛人に

 してみせる」

肩越しに振り返り、そう呟くと彼らの

前から去って行った。

 

「だ、大丈夫か雫!?」

すると、入れ替わるように光輝が雫に

駆け寄る。

「あ、あぁ。うん。いきなりだったから

 驚いただけ。ハァ、何なのよもぉ」

「しかし、よくあんな事を言えるなんて、

 流石は雫だな」

「え?そ、そうかな。いきなりだったから、

 とりあえず適当な事を言ったん

 だけど、効果があって良かったよ~。

 あ、アハハハ……」

と、咄嗟に呟く雫。

 

『ありがとう司。助かったわ』

≪咄嗟のアドバイスが役に立った 

 のなら良い。しかし、お前も問題が

 多いな≫

『うん。ホント、泣きたいわよ。

 光輝と龍太郎は色々暴走気味だし、

 檜山達の問題もあるし。そして

 ここに来てあんな肉食系の人に

 目を付けられるとか…………。

もう……。もう……』

プルプルと震え始める雫。

そして……。

≪ん?お、おい?雫?どうした?≫

『もうやだぁ。お家帰りたいよぉ~』

心の中で泣き出してしまった。

 

まぁ、周囲の状況を考え、それを

一人で引っ張っていかなくては

いけない状況だ。泣きたくなるのも

最もだろう。

≪お、落ち着け雫。愚痴なら俺がいくらでも

 聞くから≫

『グスッ、ホント?』

≪あぁ。もちろんだ。何なら夜通しでも

 お前の愚痴に付き合ってやる≫

『うん、ありがとう、司』

≪気にするな。俺にはこれくらいしか……。

 いや、待てよ≫

『ん?どうしたの司?』

≪……喜べ雫。もしかしたらお前の

 負担を少しだけだが、軽減してやれる

 かもしれん≫

『え?』

と、雫は内心疑問符を浮かべるの

だった。

 

 

そして、数日後。

迷宮攻略組は、休養を終えて再び

オルクス大迷宮へ潜る事になった。

そして、ホルアドに出発する日。

「ん?なぁ、雫を知らないか?姿が

 見えないが……」

出発の時間帯になった時、光輝は

雫が居ない事に気づいた。

 

「ん?そういや、居ねぇな」

言われて気づいたのか龍太郎が周囲を

見回し始める。その時。

 

「お、おはよう、皆」

そこへ雫の声が聞こえた。

「あ。おはよう雫。今朝は遅、い……」

遅いな、と言おうとした光輝だが、

振り返った瞬間、言葉を失った。

 

他の面々も雫の周りを見て、驚いていた。

「え?し、雫?そ、『それ』って」

驚きながら、雫の周りに居る『ガーディアン』

6体を指さす鈴。

 

「そ、それって新生君が創ってた、兵士、

 でしょ?どうして、雫が?」

と、問いかける恵里。

「あ~、えっとね。実は今朝、ジョーカー

 の中にある武器のリストをね、

 色々見てたの。そしたら、リスト 

 の中に、この、兵士で良いのかな?

 ガーディアンがね、入ってたの。

 それで、呼び出してみたんだけど……」

「も、もしかしてそいつら、連れて行く

 のか?」

と、檜山が問う。

すると……。

 

「……一応、そのつもりよ」

と言うと、途端に檜山達4人と光輝、龍太郎

が表情を歪めた。

「雫、そんな奴らに頼らなくたって、

 俺たちは強い」

「……確かにそうかもしれない。……でも、

 この先どんな事が起こるか分からない

 以上、油断は出来ない。だから

 連れて行く。人手は多いに越したことは

 無いし。少なくとも私の命令は

 ちゃんと聞いてくれるから」

 

そう言うと、雫はガーディアン達と

向かい合う。

 

「整列!」

『ザッ!』

雫が声を張り上げると、6体のガーディアン

が横一列に並ぶ。

「休め!」

『ザッ!』

足を開き、後ろで手を組むガーディアン達。

「気をつけ!」

『ザッ!』

今度は、そこから気をつけ、の体勢を取った。

そして最後は……。

「敬礼!」

『バッ!』

まるで軍人のように右手を額に当てる

敬礼をして見せた。

 

その姿は、まるで訓練された軍人のそれだ。

「ね?」

そして、雫は振り返り後ろの光輝達に

そう呟いた。

だが光輝たちは納得していないのか、更に

反論しようとしたが……。

 

「確かに、雫の言うとおり手は多い方が

 いざと言う時対処しやすい」

「め、メルドさん!?」

メルドが雫に協調した。

「連れて行くのは構わん。馬車を

 もう一台、そいつらの為に用意

 させよう」

「ありがとうございます、メルドさん」

 

その後、雫は光輝達と離れ、ガーディアン

達と同じ馬車に乗っていた。

『……まさか、これ全部AIの司が操作

 してるなんてね。流石に皆には

 言えないか』

≪あぁ。特に、檜山辺りから反感を買う。

 一応、お前の指揮下という事にしておけ。

 細かい指示は俺がジョーカーを通して

 行うから、心配するな≫

そう、数日前にAIの司が雫の負担を軽減する、

と言って居たが、その役目を負うのが

AI司が操作する一個小隊のガーディアン達だ。

 

『ありがとう司。サポートしてくれるのは

 ホントに助かるわ。……助かるんだけど』

≪ん?何か不服か?≫

『いや、その……。ガーディアン達の胸に

 ある紋章って』

雫は、ガーディアン達の胸にある紋章に

目を向けた。

 

そこには、青い盾の前で黒いライフルが交差する

マークが描かれていた。

≪こいつらは雫隷下の、そうだな。

 『近衛小隊』とでも呼べる小隊だ。

 これは小隊のエンブレム、と言った所だ≫

『それって、親衛隊、みたいな?』

≪そうだ。こいつらはお前直属の

 兵士だ。……お前の負担が低減出来れば

 それで御の字だ。露払いは任せろ。

 確かにお前は肉体面では強い。だが、

 その心はまだ幼い少女のそれだ。無理を

 すれば、簡単に壊れる。だからもっと

 俺を頼れ。……こんな事しか出来んがな≫

『ううん。心強いよ。……ありがとう司』

 

彼女は、静かに笑みを浮かべながら左手首の

ジョーカーをそっと撫でるのだった。

 

雫は今、ジョーカーを持つ者としての責任

を背負っていた。しかしそんな彼女を

支えていたのは、幼なじみの光輝や龍太郎

ではない。

姿は見えずとも、こうして力を貸してくれる

存在だった。

 

そして雫の中で、司と言う存在が大きく

なっているのだが、その思いに、彼女自身は

まだ気づいていないのだった。

 

     第15話 END

 




次回は、あの残念ウサギが登場するので、お楽しみに!
扱いは、本編より良い、と思います。
あと、今更ですが、『ガーディアン』は仮面ライダービルド
の敵兵の『ガーディアン』まんまです。

感想や評価、お待ちしています!


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第16話 新たな出会い

今回は、駄目ウサギことシアとエンカウントします。
扱いは、本編より格段に、上がってるのかなぁ?


~~~前回のあらすじ~~~

オスカーの邸宅に1週間ほど滞在した

ハジメ達5人。そしてハジメ達は、改めて

今後の旅が危険である事を司の口から

聞かされるも、その決意が揺らぐ事は

無かった。

一方、王国に残っている光輝達の元に

ヘルシャー帝国から使者がやってきた。

光輝は、護衛に化けていた帝国皇帝、

ガハルドとの試合をするが、殆ど負けと

言える戦績を残した。そんな中、雫は

AIの司をパートナーとしつつ

ジョーカーを使ってガハルドを撃破。

彼に愛人にならないかと誘われ、

頭の痛い案件が増えてしまった雫。

しかし、そんな彼女を支えるためAIの

司は、ガーディアンで雫の近衛小隊を

編成。彼女のサポートをより本格的に

始めるのだった。

 

 

私達は今、オスカーの邸宅にあった魔法陣

を使って外に向かおうとしていた。

魔法陣から閃光が放たれ、ハジメ達が

目を瞑る。

そして、閃光が収まり、私達が転移していた

場所は……。

 

洞窟だった。

「なんでやねん」

隣に居たハジメが、即座にこの状況に

ツッコむ。

どうやら、魔法陣で転移したらそこは

太陽の下、とでも思って居たのでしょう。

「ハジメ、一応は反逆者と言われ世界の

 敵と言われたオスカー達の隠れ家に

 関する道ですよ?早々日の当るところ

 に創るとは思えません」

「んっ。司の言うとおり」

「あ、あぁ。うん。そっか。そうだよね」

「大丈夫だってハジメお兄ちゃん。

 きっと少し歩けば出口だよ」

「うん。元気出して。行こっ」

「そうだね。行こう」

若干落ち込むハジメだが、ルフェアや

香織に励まされると、すぐに気分を

戻し、私達は歩き出した。

 

途中、トラップや封印された扉があったが、

どうやらオスカーの指輪はそれらを解除する

鍵の役割があったようで、普通に通り抜ける

事が出来た。

 

しばらく歩いていると、前方に

光が見えてきた。

そして、その光を見てユエはハジメと顔を

見合わせる。すると二人は何を思ったのか

一緒に駆け出した。

「あっ!ちょっと~二人とも

 待ってよ~!」

慌てて二人を追いかける香織。

私とルフェアは、そんな3人に苦笑しながら

歩いて後を追った。

 

 

洞窟を抜けたそこは、谷底だった。

人の処刑場としても使われるそこは、

崖下では魔法が殆ど使えず、且つ強力な

魔物が出現する、一般人などにしてみれば

地獄のような場所だ。

そこは、西の『グリューエン大砂漠』と

東の『ハルツィナ樹海』の間を走り、

大陸を南北に分断する大きな峡谷だ。

 

この世界の人々は、ここを、

『ライセン大峡谷』と呼ぶ。

 

普通に考えれば、地獄のような場所。

しかしハジメ達にとってはおよそ2ヶ月

ぶりの。ユエに至っては300年ぶりの、

本当の太陽を拝んだのだ。テンションが

高いのも分かる。

外に出れば、ジョーカーのヘルメットを

取ったハジメとユエが並んで空を

見上げていた。

 

「やったぁぁぁぁぁ!

 地上、来たぁぁぁぁぁっ!」

「ん~~~!!!!」

外に出るなり、『宇○キタァァァッ』と

言わんばかりに叫ぶハジメと、真似るユエ。

「全くもう。はしゃぎすぎだよ

 二人とも」

そんな二人に、やれやれと言わんばかり

の香織。しかし彼女も、メットを取り

深呼吸をして、地上の空気を

懐かしんでいるようだった。

 

そんな3人を、私とルフェアは

笑みを浮かべながら見守っていた。

 

のだが……。

 

「さて、皆。そろそろ準備して

 下さい。……敵ですよ?」

周囲を見回せば、無数の魔物が私達5人を

囲んでいた。

「……囲まれましたね」

周囲を見ながら呟く私。

 

「あ~もう。もうちょっと太陽の光を

 浴びてたかったけど……」

ハジメは、周囲からぶつけられる殺気に、

特にひるむこと無くメットを被ると

トールを取り出した。

「やるしか、ないね」

香織もメットを被り、バアルを取り出す。

彼女も、魔物達の殺気を前にしても

全くひるんでいない。

 

二人とも、逞しく育ったようだ。

友人として、良かったと思って居た

私だった。

 

「ん。この一週間、練習した銃の

 腕前、見せてやる」

一方ユエも、右大腿側面に装着した

ホルスターからノルンを取り出した。

 

彼女曰く、自分もハジメ達と同じ物を

使いたい。との事で、万が一にも魔法が

使えない状況への対応策として、生身でも

問題無く使えるノルンを持たせている。

ちなみに、右腿にノルンのホルスター。

左腿にはノルンのマガジンを入れた

マガジンポーチを装備していた。

 

そしてどうやら、ここで練習した腕前を

披露する気のようだ。

「私だって、もう一人でも戦える

 んだから!」

ルフェアも、香織と同じでバアルを

取りだし構える。

私も周囲を警戒しながら、タナトスを

召喚する。

 

そして……。

 

「戦闘、開始……!」

私が呟くと、5人がそれぞれの方向へ

飛び出す。

 

「はぁっ!」

『ドンッ!』

一番に火を噴いたのは、ハジメのトール

だった。

迷宮での戦いで強くなったハジメ、香織、

ルフェアの中でも、銃の扱いが一番

上手いのはハジメだった。そのハジメの

銃弾は、寸分違わず魔物の胴体に

命中した。……のだが……。

 

『ドバンッ!!!』

盛大な音と共に、魔物の上半身が

吹っ飛んだ。

「……。あっれぇぇ?」

ハジメは、変な声と共に首をかしげた。

 

そして香織も……。

『バババババッ!!!』

横薙ぎに放たれる銃弾の雨。魔物達は

体をバラバラにしていく。

「あ、あれ?」

その様子に、香織も首をかしげた。

 

ルフェアもバアルで撃ちまくっているが……。

「う、うん?」

魔物を倒しながら首をかしげた。

 

その様子を見つつ、タナトスで魔物を

撃ち殺していく私。

チラッと側を見れば、ユエも普通にノルンで

魔物を撃ち殺していった。

 

5人という数もあってか、魔物を殲滅

するのに2分も必要なかった。

 

無かったのだが、ハジメ、香織、ルフェア

の3人は何やら戸惑っている様子だった。

そして……。

「ねぇ司。ひょっとしてトールとかバアル、

 ノルンの銃弾の威力、凄い上がってる?」

「ん?いえ。凄い、と言われる程は。弾薬

 と弾芯を強化して貫徹能力は以前より

 強化していますが、そこまでは……。

 何か問題でもありましたか?」

「あぁううん。違うの。問題とかじゃ

 無くてね。何て言うか、魔物がすっごい

 弱いなって思って」

私が首をかしげると、香織が答えた。

 

「うんうん。迷宮の魔物って、下の方

 だとバアルとかの銃弾普通に

 弾いてたから」

「うん。トールも6発全部撃ち込まないと

 負傷させられない位硬かったりしたから。

 なんて言うか、弱すぎ、って言うか」

頷くルフェア。彼女に続くハジメ。

 

「恐らく、ですが、オルクスの魔物、

 それも200層近くの魔物は並の

 魔物より強い者なのでしょう。

 戦ってみて思ったのですが、ここの

 魔物はどれもベヒモス以下です。

 しかし、そんなベヒモスも、恐らく

 迷宮では100層より前の、中級くらい

 の強さの魔物だと考えられます」

「……かつて最強と言われた冒険者が

 敵わない魔物が、あの迷宮で中堅

 クラス、か」

ため息交じりに呟くハジメ。

「えぇ。恐らくは。なので、ここの

 魔物など、今の私達から見れば、

 雑魚中の雑魚レベルです」

「普通の人にとってはここって地獄

 なのにね」

「私達がそれだけ強くなったって事

 だよ、カオリお姉ちゃん」

苦笑交じりの香織に笑みを浮かべるルフェア。

 

「ん。私達全員、既に最強」

「うん。ユエちゃんの言うとおり、

 僕達が強くなったのかもね。

 もっとも、大半は司からの借り物、

 だけど……」

そう言いつつ、皆がこちらを向くが……。

 

「力、いえ、武器や防具は与えられたから

 強くなると言う物ではありません。

 それを扱い、かつ武器に振り回される

 事の無い技術が必要です。そして

 特にハジメ達3人はそのスキルを

 身につけていますよ」

「そ、そうかな」

私が皆に言って聞かせると、ハジメ達は

褒められたと思ったのか、顔を赤くする。

 

「とは言え、如何に武器と防具が優れて

 居ても、油断は禁物ですよ。

 戦場では一瞬の油断が命取りになります。

 各員、その事は絶対忘れないように」

「「「「了解っ」」」」

と、私が隊長らしい事をした後。

 

「それで、司としてはこれからどっちへ

 行くつもり?」

今後、この大峡谷を東と西、どちら側

へ抜けるかの話になった。

「私としては、東、ハルツィナ樹海側へ

 抜けようかと思います」

「ッ。……どうして?」

やはり思う所があるのか、一瞬だけ

息をのんでからルフェアが問いかけてきた。

「理由としては、出来れば人の町や村

 などに行きたいと言う理由があります」

「町とかに?どうして?」

「我々が異端者として指名手配

 されていないか、確認する為です」

私はハジメの疑問に答えながら話す。

 

「以前言ったように、私達は教会側を

 敵に回している恐れがあります。

 その確認の為です。西の大砂漠の

 方では、早々人里があるとは

 思えませんから」

「そっか。確かにそうだね」

と、頷く香織。

 

「あの。……もしかしてお兄ちゃん達は

 ハルツィナ樹海にこのまま行く、の?」

そう、問いかけてくるルフェア。

 

彼女としても、一度は捨てたも同然の

故郷へ戻る事に、抵抗があるのだろう。

まして、亜人が人族を連れて樹海に来たと、

亜人達にバレたら、何と言われるか。

「まずは、東側に向かいながらこの大峡谷

 にあるとされている迷宮を探索

 しようと思って居ます。……ですが、

 いつかは樹海を訪れなければなりません

 あそこにも、迷宮はあるようですから」

「そっか。うん、そうだよね」

そう呟くルフェア。しかし、その声色から

戸惑いが感じられる。

 

だから私は、ルフェアを優しく抱きしめた。

「え?お兄ちゃん?」

「大丈夫です。貴女のことは、私が

 守ります。私はゴジラですよ?

 そこいらの有象無象など、一瞬で

 塵にして見せましょう」

「お兄ちゃん」

ルフェアは、戸惑いながら私を見上げる。

 

「司、言ってる事は男らしいんだけど

 所々まずい単語が入ってるよね」

「うんうん」

「……司に喧嘩を売る。=死亡」

何やら後ろで3人が私について言っているが、

まぁ良いだろう。

 

すると、ハジメが何かを思いついたような

顔をした。

「ねぇ司。仮の話だけど、僕達4人の

 幸せと、この世界。司にとって

 どっちが重い?」

「は?何ですかその質問?

 当然、4人の幸せです」

ハジメは何を聞いているのだろうか?

そんなの、考えるまでも無い。

 

などと考えていると、ルフェアは

何やら微動だにせず、それこそ

『ぽか~ん』という感じで私を

見上げていた。そして……。

 

「ふ、ふふっ。そっかぁ」

ルフェアが唐突に笑みを浮かべた。

「うん。ごめんお兄ちゃん。ちょっと

 色々、昔の事を思い出してネガティブ

 になっちゃってた」

「いえ、良いのですよ。人は誰しも

 悩む事はあります。しかし、

 ルフェアには出来れば笑っていて欲しい。

 あなたは、笑っていた方が美しいの

 ですから。だから、一人で余り

 抱え込まず、辛くなったら言って下さい」

と、言ったのだが……。

 

「う、美しいってそんな……!

 もう、お兄ちゃんってば!

 恥ずかしいよ~」

頬を真っ赤にして、そこに両手を

当てて首を左右に振るルフェア。

 

ちなみにその後ろでは……。

チラッチラと香織とユエが、自分にも

あんな事言って欲しいなぁ、的な視線を

ハジメに送り続けていて、

肝心のハジメは……。

『こ、今度機会があったら言ってあげよう』

と心に誓っていたのだった。

 

「さて、では改めて。我々はこの大峡谷

 にあると思われる迷宮を探索しつつ

 東側へと移動。まずは町や村などへ

 行き、聖教教会側が我々をどう判断

 したかを確認する。異端者認定を

 受けていた場合、今後人里への

 出入りが不可能となる可能性と、

 村や町に近づいた瞬間攻撃される

 可能性もあるので、近づく時は

 十分警戒するように」

「「「「了解っ」」」」

 

「さて、では。『足』を用意しましょう」

 

そう言って、私は指を鳴らした。

 

すると私達の前に、巨大な鉄の塊、

『装輪式兵員輸送車』が現れた。

 

オリーブドラブの色に箱のような形。

形を例えるのなら、陸上自衛隊の

『96式装輪装甲車』に似ている。

と言っても、形が似ているだけで

性能は別物だ。運転席と隣の

助手席を合わせて、まず2席。

その後ろに3席。更に後ろには

合計で8人が向かい合って座る

ベンチシートを備えている。

搭乗は、後部ハッチと左右の

扉、上部ハッチから行える。

武装として車体上部にバルカン砲、

所謂『ミニガン』を1門。

その隣に重機関銃のM2を装備。

ミニガンもM2も、車内からでも、

手動でも操作可能だ。

他にも車体各部に発煙弾を周囲にバラ撒く

スモークディスチャージャーを装備。

レーダー面でも、アクティブソナー、

音響レーダーや振動レーダーなども

装備しており、索敵能力も高い。

車体後部に格納式の小型スクリューも

装備しており、水陸両用車としても

運用可能だ。

 

この装輪式兵員輸送車、『バジリスク』が

これからの私達の足になる。

「お~~。凄いね司。ひょっとして

 これを使って移動するの?」

「はい。装輪式兵員輸送車バジリスク。

 今後、陸路での私達の足になる装甲車

 です。さて、では乗りましょう」

 

私が乗車を促すと、香織、ルフェア、ユエ

の3人が後部の3つのシートの所へ。

私が運転席に座り、ハジメが助手席だ。

 

「って言うか、司くん免許持ってるの?」

「……異世界に来てそれを聞きますか?」

「つまり、持ってないんだね」

「……はい」

香織の言葉に頷きながらも、私は

バジリスクを発進させた。

 

 

ライセン大峡谷は東西にほぼ真っ直ぐ

伸びる谷であるため、脇道などは

殆ど無く。念のため周囲の地形を

スキャンしながら私達はバジリスクを

走らせた。

ハジメは助手席上部のハッチを開け、

身を乗り出しながら周囲を観察し、

初めて車に乗るユエとルフェアは、

流れていく車窓の景色を楽しんでいた。

 

とはいえ、魔物は普通に襲ってくる。

まぁそれも、警戒に当るハジメの

タナトスで撃ち落とされたり、

香織が操るバルカン砲に蜂の巣に

されたりと、さして驚異になっては

居なかった。

 

その時。

「……ォォォン……」

 

遠くから魔物の遠吠えが聞こえてきた。

皆が咄嗟に身構える。

同時に、音響レーダーが距離を測定する。

「音響レーダーに感あり。続いて

 振動感知のレーダーにも感あり。

 このサイズ。……以前アルラウネと

 戦った時のティラノサウルス並か」

聞こえてくる音と、僅かに伝わる振動を

センサーで魔物の存在を察知する。

 

だが……。センサーが妙な反応も拾った。

「……妙だな?」

「司?どうかした?」

「はい。データによると、魔物が

 数体、こちらに接近中。恐らく

 大型陸上歩行タイプと、中型飛行

 タイプですね。しかし、それらに

 混じって僅かですが、人型と思われる

 足音や息づかいらしき音も検知

 しました」

「それって、襲われてるって事!?」

驚いた様子の香織。

「状況証拠からして、その可能性は

 高いですね」

私の言葉に、ハジメ達4人は顔を見合わせ、

ハジメ、香織、ルフェアがうなずき合う。

 

「……救助、しますか?」

大凡の検討は付いていたので、私が聞くと

3人が頷いた。

「ここは、人間の罪人を処刑する場所。

 助けたからといって、感謝される

 可能性は低いですし、むしろ我々に

 襲いかかり、返り討ちにするだけかも

 しれませんが?」

「それでも、別に良いよ。その時は

 その時だ。敵となるなら倒す。

 じゃないなら助ける。……とりあえずは、

 助けてから考えるよ」

ハジメがそう言うと、他の二人が頷く。

ならば……。

「では、行きましょう」

私は更にアクセルを踏み込み、バジリスクを

加速させた。

 

そして、突き出した崖の側を通り抜けると、

向こう側に魔物が無数いるのを確認した。

その種類数は、2種類。双頭のティラノサウルス

型魔物、ダイヘドア。もう一方は、ワイバーン

型の魔物、ハイベリアの群れだった。

 

その二種が、まるで争うようにしていた。

その理由は、ダイヘドアの足下にあった。

ダイヘドアの足下を、泣きながら逃げ回る、

ウサ耳の少女の姿があった。

その姿を確認すると、私はすぐさま

バジリスクを停車させた。

「あれは、兎人族?」

ハッチを開け、身を乗り出したルフェアが

呟く。

 

「なんでこんな所に……」

亜人は本来、樹海で生活している。しかし

そんな亜人がこんな所にいるのは、確かに

疑問だ。ハジメの呟きも分かる。

だが……。

「その疑問は彼女に直接聞きましょう」

今はそれどころではない。

 

そして、どうやら向こうの少女も、こちらに

気づいてバジリスクから身を乗り出す人影

に気づいて、人とでも思ったのだろう。

 

「だずげでぐだざ~い!ひーっ!死んじゃう!

 死んじゃうよ~!だずげでぇ~!

 おねがいじますぅ~!」

涙を流しながら、こちらにSOSを発してきた。

 

「総員戦闘配置。香織、ユエ、ルフェアは

 バジリスクより援護射撃。上空の 

 ハイベリアを掃討。ハジメは少女の

 確保を。ダイヘドアは私が仕留めます」

 

「「「「了解っ!」」」」

私が指示を出し、皆が動き出す。

香織とルフェアがハッチから身を乗り出し、

ミニガンと重機関銃を手動で操作する。

ユエもハッチから顔を出し、ノルンを

抜いている。

私とハジメは、バジリスクより降車。

私はミスラを。ハジメはタナトスを構え

走り出す。

 

「グオォォォォォォッ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

ダイヘドアの口が逃げる少女に迫る。

させん……!

『ドンッッッ!』

『ドバンッ!』

 

ミスラの19ミリ弾が、ダイヘドアの

頭一つを吹き飛ばす。その衝撃で、

ダイヘドアが倒れたが……。

「ぶへっ!」

しかし、着弾の衝撃と転倒の衝撃で

少女も倒れてしまった。

そこへ一匹のハイベリアが迫る。

「も、もうダメですぅ~~!」

咄嗟に頭を抱える少女。

しかし……。

 

『ダダダダダダッ!』

『ガガガガガガッ!!』

後方からの、バルカン砲と重機関銃の

掃射がハイベリアを貫き、撃ち落とす。

 

そして、その隙に私とハジメが少女の側に

到達する。

「君、大丈夫!?」

少女が倒れている少女の肩に手を置き、

声を掛けた

「ふぇ?」

すると、うずくまっていた少女が視線を

上げ、ハジメを見上げた。

「逃げるよ!さぁ!」

ハジメはタナトスを消滅させると左手を

差し出した。

少女は、驚きから抜けるとすぐハッとなって

その手を取った。

 

「司!要救助者確保!」

「ハジメはそのままバジリスクへ後退。

 殿は私が」

「了解っ!行くよ!」

「あ、は、はいっ!」

訳が分からない様子の少女だが、彼女は

ハジメの言葉に頷き、彼に腕を引かれながら

駆け出した。

 

私はそれを後目に、目の前のダイヘドアを

睨み付ける。

ダイヘドアの残った頭は、打ち砕かれた頭を

見つめていたが、何とそれを自分で食って

しまった。

 

ダイヘドアが私を睨み付けながら叫ぶが……。

「既にチェックメイトだ」

『ドンッッッ!』

もう一度、ミスラでダイヘドアの頭を

粉砕した。

 

念のため、復活を警戒したがそんな事は

無かったので、上空に目をやるが、ハイベリア

の大半は香織とルフェアの弾幕で落とされ、

残存ハイベリアは敗走していった。

 

それを確認した私は、ミスラを収納すると

バジリスクの元まで戻った。

私が戻る頃には、車体の側で座り込む少女

とハジメが向かい合っていた。

 

「君、大丈夫?怪我とかしてない?」

「う、うぅっ。あ、ありがどうございますぅ。

 おかげで助かりました~」

涙と鼻水でグチャグチャの顔をしていた

少女。

「あ、よかったらこれ……」

そう言ってハジメは車内からタオルを

取って彼女に渡した。

 

「あ、ありがとうございますぅ」

少女は、そのタオルで顔を拭き、

涙や鼻水を拭う。

そして、彼女がそれを拭うと、

車体上部から香織とルフェア、ユエ

飛び降りてきて、私も歩いて彼女の

側に近づく。

 

しかし、少女としては、メカニカルな

鎧、ジョーカーを纏った私達4人に

驚いて怯えているのか、体が震えている。

「皆、ヘルメットを。彼女が怯えている

 ようなので」

「あっ。そうだね」

私の言葉に香織が頷き、私達4人は

メットを外す。

 

「え?えぇ?ひ、人?」

少女は目をパチクリさせながら、私達

4人を見回している。

ここは、一応こちらか自己紹介しておく

べきだな。

「はじめまして。私の名前は、新生司。

 この5人チームを率いている者

 です。そして、私の左隣から

 順に。南雲ハジメ、白崎香織、

 ルフェア・フォランド、ユエ。

 と言います」

「ど、どうもですぅ」

私達を見回しながらぺこりと頭を

下げる兎人族の少女。

 

「それで、質問なのですが、貴女の

 名前は?」

「私は、『シア・ハウリア』と言います」

「では、ハウリアさん。あなたは何故ここに?」

と、私が問うと、シア・ハウリアはすぐさま

ハッとなってすぐ前にいたハジメの

両腕にすがりついた。

 

「お願いします!私の家族を助けて下さい!」

「え、えぇ!?ちょ、ちょっと落ち着いて!」

腕を掴まれたハジメは、ハウリアの前に

跪いて彼女を宥める。

「家族を助けてって、どういうこと?

 出来れば詳しく聞かせてくれない?」

 

「はい。実は……」

 

静かに話し始めるハウリア。

 

彼女は、兎人族の中のハウリア族、

と言う集団に生まれた子供だった。

ハウリア族は数百人の規模だと言う。

兎人族は聴覚と隠密行動に優れているが、

それ以外のスペックは低く、争いを好まない

性格ゆえに他の亜人達からも格下と

見られているらしい。兎人族は社会集団を

一つの家族のように捉えており、仲間意識

は高いらしい。

また、兎人族は総じて『可愛らしい』という

ような容姿をしている為、愛玩奴隷

として、悪い意味で人気があるらしい。

 

そして、そんな前提条件の後に彼女は、

自分や自分の家族の事を話し始めた。

 

彼女は、そんなハウリア族の中でも特異な

存在だと言う。本来、ハウリア族の髪色は

大抵濃紺らしいが、彼女は青みがかった白髪。

更に亜人には無いはずの魔力までも持ち、

直接魔力を操る力と、特殊な固有魔法を

持っていたとの事だ。

 

亜人も人族や魔族に漏れず、他の人型種族

や魔物を忌諱しており、発見されれば、

最悪の場合死刑もあり得る話だった。

彼女にとって幸運だったのが、仲間意識

の強いハウリア族に生まれた事だった。

彼らは彼女の存在を16年間隠し通した

との事だった。

しかし、ついに彼女の存在がフェアベルゲン

にバレてしまい、彼らハウリア族は

やむなく樹海を脱出。

 

最初は北を目指していた彼らだが、運悪く

帝国兵と遭遇。男たちが足止めを行うが、

ろくな戦闘訓練も経験も無い彼らと戦闘

のプロである兵士では雲泥の差があり、

気がつけば半数が帝国兵に捕らえられて

しまったと言う。

彼女達は何とか南へ逃げ、苦肉の策として

このライセン大峡谷へと逃げ込んだ。

 

魔法が使えないここなら、帝国兵も追って

来ないと踏んでのことだ。

それは間違い無かった。が、帝国兵達は

階段状になっている大峡谷の出入り口に

陣取り、退こうとはしなかった。これでは

峡谷を出られないハウリア族。

そしてそんなハウリア族に峡谷の魔物が

襲いかかった。

 

逃げ道には帝国兵。前には魔物の、

正しく『前門の虎、後門の狼』な状況

になってしまった、と言うのが現状のようだ。

 

「気がつけば、60人いた家族も、今は

 40人程度しか居ません。このままでは

 全滅です。どうか助けて下さい!」

彼女は、その目から大量の涙を流し、

ハジメに縋り付く。

「私に出来る事なら何でもします!

 奴隷でも何でも良いです!だから、

 だから、どうか、どうかぁ。

 お願い、しますぅ」

 

「……」

『グッ!!』

涙を流し、必死に縋り付く彼女に手を

貸しながら、ハジメはハウリアを

立たせた。

 

「……。司」

「助けたいのですか?ハウリア族を」

「……うん」

ハジメは、真剣な表情で真っ直ぐに私を

見つめる。

ハウリアは、ハジメの後ろから彼の横顔

を見つめている。

 

「であれば、最悪帝国兵を敵に回し、

 『人間を殺す事』になる可能性も

 ありますが、それでも?」

「……。うん。引き金を、人に向けて

 躊躇いなく引く自信は、まだ無い。

 でも僕は、シアちゃんや彼女の

 家族を助けてあげたい。

 ……我が儘、なのは分かってる」

やがて、ハジメは静かに、自虐的な

笑みを浮かべ始めた。

 

「覚悟がちゃんとあるわけでも無い

 のに、助けたいだとか、甘ちゃんな

 事を言っている自覚はあるよ。

 ……でも、シアちゃんは泣いてた。

 だから、助けたいって思ってる。

 そのために、戦う必要があるのなら、

 僕は戦う。血に汚れる事を、完全に

 恐れてないとは言えないけど、それでも……」

「ハジメ、さん」

ハジメの毅然とした態度に、ハウリア

はハジメに見惚れていた。

 

泣いている人を助けたいと言う

願いは、実にハジメらしい。そして、

彼は理解している。自分の意思の『重さ』を。

「ただ単純に、助けると言う言葉なら、

 誰でも言える事でしょう。

 しかし、その言葉に載せた、『意思』に

 よって起こるである事象。例えば、

 殺人。その事象の『重さ』を理解

 していなければ、『戦う事の重さ』を

 理解していなければ、その言葉は

 とても軽く、脆い物なのです。

 ……しかし、ハジメはその言葉の、

 自らの意思の『重さ』を理解している。

 ならば私は止めません」

「ッ、じゃあ」

 

「良いでしょう。ハウリア族の救助。

 私は賛成します」

私がそう言うと、彼女は更に涙を

流し始めた。私は、他の3人の方

へと視線を向ける。

「皆は、どうですか?」

「うん。お兄ちゃん達がそれで良い

 なら、私は良いよ」

「私も、ハジメくんと同じで

 ハウリア族を助けたい」

「んっ。……私も」

ルフェア、香織、ユエも賛成して

くれた。

 

「皆さん、ありがとう、ございます」

そして、兎人族の少女、シア・ハウリア

は大粒の涙を流していた。

 

その後、彼女をバジリスクに乗せた

私達はすぐさま彼女の家族が居るであろう

場所に向かった。

 

その道中。

「ハジメ、少し良いですか?」

「ん?何?」

「あなたは先ほど、自分の考えを

 甘ちゃんだと言っていました」

「……うん」

「確かに、私もハジメの思考は、甘さと

 紙一重の優しい物だと思って居ます」

「……」

 

私の言葉に、僅かに俯くハジメ。しかし、私は

彼のそんな思考を否定するために言っている

のではない。

 

「だからこそハジメ。その甘さと紙一重

 の優しさを、捨てないで下さい」

「え?」

視線を上げ、私の横顔を見つめるハジメ。

「私は、あなたや香織ほど、人に優しくは

 なれない。身内が幸せなら、それで良い

 と思って居るからです。そのためなら、

 恐らく私は万単位の人間でさえ、殺せる

 でしょう。……私には、そんな非情な考え

 が出来てしまう。慈悲などと言う心は、

 持ち合わせていません。だからこそ、

 ハジメは、その優しさを捨てないで

 下さい」

「司……」

 

「あなたが、あなたや香織が、このチーム

 の中の良き心、『良心』であって下さい。

 私は、時にその正反対の、『汚れ役』に

 なります」

「そんなっ!?司は十分優しいし!

 それに!」

「そう言う問題では無いのですよ。

 ハジメ」

私はハジメの言葉を制し、前を

見つめながら呟く。

 

「現実は残酷であり、時に人々に非情の

 決断を迫る時が来ます。その時、

 汚れるのは私一人で良い」

「司……」

「……だから、ハジメはその優しい心を

 持ち続けて下さい。優しき心を持てない 

 哀れな私の代わりに」

 

「……分かったよ司。なら、僕は

 約束する。自分が正しいと思う、この

優しさを絶対に捨てない。そして、

例えどれだけ司が汚れていても、司は

僕の無二の親友だ。その事を、絶対に

忘れたりしない……!」

 

そう言って、ハジメは右手をギュッと

握りしめた。

 

親友。そう言ってくれるハジメの存在を、

私は改めて、如何に大切な存在であるかを

再認識していた。

そして、香織やルフェア、ユエの存在も、

同じように……。

 

既にこの手は血で汚れている。今更

躊躇いなど無い。例え幾星霜の命を

奪う事になろうと、後悔などしない。

この力で、ハジメ達を守れるのなら。

彼らの願いを叶える、一助になれる

のなら。

 

私は悪魔と蔑まれようと構わない。

 

そんな覚悟を再認識しながら、私は

ハウリア族救出の為、大峡谷の底で、

バジリスクを走らせるのだった。

 

     第16話 END

 




次回はカム達を助けるお話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第17話 壁上の殺戮

今回は帝国兵との戦闘です。司は、マジで敵に容赦しません。
若干グロ、注意、かな?


~~~前回のあらすじ~~~

オルクス大迷宮から魔法陣を使い脱出した

ハジメや司達5人。その後、襲ってきた魔物を

退けた彼らは、魔法陣の転移先であった

『ライセン大峡谷』を東へ向かう事に。装甲車

バジリスクで魔物を撃退しつつ走る5人。

しかし、そんな彼らの前に兎人族の少女、

『シア・ハウリア』が現れた。魔物に

襲われていたシアを助けた5人。しかし、直後

に彼女からハウリア族の事情を聞かされ、

助けて欲しいと懇願される。ハジメは、彼女の

涙を前に、ハウリア族を助ける事を提案する。

司たちはそれに賛成し、5人はシアと共に

ハウリア族の救出に向かう。

 

 

ハウリア族が居るであろう地点を目指す

バジリスク。その車内で、私達は改めて

シアと自分達の詳細を話した。

自分達が魔族と戦う為にエヒトによって

召喚された、人類側の切札、異世界から

の転移者である事。王国で訓練をしていたが、

ルフェアを助けた事をきっかけに、教会

のやり方に反発。G・フリートを結成し

元の世界への帰還を目指し、その情報を

集める為、オルクス大迷宮に潜った事。

その途中で300年前から封印されていた

ユエを救出し、仲間とした事。などなどだ。

一応、エヒトが狂っている事は伏せた。

 

「す、凄いんですね皆さん。……でも、

 皆さんが着ているそれって……」

と、シアはユエ以外が纏っているジョーカー

に興味を示した。

「あぁ。これはね、ジョーカーって言うんだ。

 司が創り出した物なんだよ」

「司さんが?」

「うん。司は所謂天才でね。何でも創れちゃう

 んだ。このジョーカーって言うのは、纏った

 人の力を何十倍にも強化出来るんだ」

「元々、私やハジメくん、ルフェアちゃん

 とかは戦闘向きじゃないし、経験も

 無くてね。それで、身の安全を守るために

 司くんが創ってくれたのがこの

 ジョーカーなの」

と、説明をしているハジメと香織。

しかしどうやら、その説明を聞いたシアは

ユエに目を向けた。

 

「あの、じゃあどうしてユエさんは

 そのジョーカーを着てないんですか?」

「あぁ、それはね。ユエちゃんがそれを

 着なくても良いくらい強いからなんだよ」

「ほぇ?」

ハジメの言葉に、首をかしげるシア。

 

「ユエちゃんはね、魔力を直接操れる

 んだ。だから魔法を使うのに詠唱も

 陣も要らないんだよ。それに、今は

 司から無限の魔力を供給されてるから

 最上級魔法をバンバン連発出来るん

 だよ」

そう教えるハジメの横でどや顔を

しているユエ。

 

しかし、直後に何故か涙を浮かべるシア。

「あ、あれ!?シアちゃんどうしたの!?

 まさかどっか怪我してるとか!?」

突然泣き出したので、やはり驚いている

のか戸惑うハジメ。

しかしシアはフルフルと首を左右に振ると、

静かに話し始めた。

 

彼女曰く『同胞に会えて嬉しくて』、との事

だった。シアは自らの特異性ゆえに、周囲とは

『違う』という事を認識に、そこから来る

『孤独感』を感じていたのだと言う。だから

その涙は、同胞とも言うべきユエに出会えた

事への嬉し涙なのだと。

しかし、その言葉に若干表情を曇らせた

者が居た。ユエだ。

 

その心中を、ある程度察する事が出来た。

ユエとシアの境遇、特異な力を持つと言う点

は似ている。だが、それによって

もたらされた結果は違う。シアは、その力

を持っていたにもかかわらず、家族に

見捨てられる事は無かった。対して

ユエは、散々利用され、封印されたのだ。

そしてシアは16年の人生の中で初めて

同胞に出会った。だがユエは、300年以上

同胞に出会う事も無く、幽閉されていた。

 

そう言う意味では、ユエも思う所がある

のは理解出来た。

 

そして、それを理解したのか、ハジメも

ユエの頭を撫でる。

彼女は、ハジメの肩に寄りかかるように

体を預けた。

 

「あ、あれ?え~っと?」

そんな二人のやり取りに戸惑うシア。

その時。

「ごめんねシアちゃん。ユエちゃんもその、

 色々あったから、とりあえずその話題は

 無しで、ね?」

香織がシアの肩に手を置き、そう呟く。

「あ、ご、ごめんなさい。私、勝手に

 舞い上がっちゃって……。

 ごめんなさいユエさん」

と、シュンとしながら謝るシア。

「……んっ。別に気にしてない」

ハジメに体を預けながらも、静かに

呟くユエ。

 

そんなやり取りを聞きつつ、バジリスク

を走らせていると、音響センサーが魔物の

物と思われる羽ばたき音や声を拾う。

 

「音響センサーに感あり」

私がそう言うと、ユエ以外の皆が近くに

おいていたメットを素早く装着する。

「総員戦闘配置。……羽の羽ばたき音が

 感知されているため、敵性魔物は

 ハイベリアだと思われる。香織、

 ルフェア、ユエはバジリスクから

 対空射撃。私とハジメもEジョーカー

 形態となり、ハウリア族を防衛する」

「「「「了解っ!」」」」

 

そして、バジリスクが大きな岩を避けた先

に、見つけた。

 

シアと同じようにウサ耳を持ち、岩陰に必死

に隠れるハウリア族の人影。更にその

ハウリア族に襲いかかろうとしている

ハイベリア。その総数は6匹。

 

『ギャギャギャギャッ!』

私はバジリスクを急停車させる。

「総員、戦闘開始……!」

 

そして、私とハジメは横の扉から

飛び降り、直後にEジョーカー形態

へと変化する。

そして、足のローラーを使って地面を

疾走する。

 

 

ハイベリアとハウリア族は、まだこちらに

気づいていない。どうやら、お互いそれ

どころでは無いようだ。そして、ハイベリア

のモーニングスターのように肥大化した

尻尾が、ハウリア族の隠れていた岩に

叩き付けられ、わらわらと外に出てしまう

ハウリア族。

 

そして、出てきたところに襲いかかる

1頭のハイベリア。その狙いは、動けなく

なった少年とそれを庇う男の二人を

狙っていた。

ハウリア族はそちらに注視していて、

更に襲いかかろうとしているもう一匹

に気づいていない。

 

やらせん……!

私は両肩の搭載型ミスラを稼働させ、

狙いを定める。そして……。

『『ドドンッ!!』』

両肩のミスラがほぼ同時に火を噴いた。

 

放たれた19ミリ弾は寸分違わずハイベリア

を貫き、胴体を吹き飛ばす。

そして発砲の爆音と落下するハイベリア

の悲鳴に驚いたのか、ハウリア族は

驚きながら、次いで爆音を響かせた

私の方へと視線を向け、戸惑い、

驚き、困惑し、逃げだそうとした。

 

「待って!君たちハウリア族でしょ!?

 君たちの家族、シア・ハウリアちゃん

 に頼まれて助けに来たんだ!」

その様子に、咄嗟にスピーカーをON

にして叫ぶハジメ。

すると、シアという名前に引かれたのか

背を向けようとしていたハウリア族が

再びこちらを向いた。

 

ハウリア族たちは、『シア!?』と驚き

を露わにしながら足を止める。

その時、香織やルフェアの射撃を掻い潜って

一体のハイベリアがハウリア族へ向かって

行った。

 

だが……。

「させるかっ!」

ハジメが右手に召喚したミスラを構え、

撃った。放たれた19ミリ弾は、大口を

開けていたハイベリアの口に飛び込み、

その体を内側から爆発させた。

更に残っていた最後の一体を、私の

搭載型ミスラの射撃が貫き、ハイベリアの

掃討は完了した。

 

ダイヘドアと並んで凶悪なハイベリア

6匹が瞬殺。その事実に、ハウリア族は

驚き、ハジメの白いEジョーカー0と

司の黒いEジョーカーZを見つめる。

 

「……クリア。周囲に敵影を認めず」

「了解」

ハジメの言葉に私が頷く。そして視線を

バジリスクの方に向けると……。

「みんな~~!お~~~い!」

 

バジリスクの方からシアがこっちへ駆けて

来ていた。更にジョーカーを纏ったままの

香織とルフェア、ユエも歩いてそれに

続いていた。

「シア!?」

「おぉ!シアだ!シアが帰って来たぞ!」

彼女に気づくと、他のハウリア族は皆喜び、

そして彼女を囲って笑みを浮かべ何かを

話し始めた。

 

皆、涙ながらにシアの帰還を喜んでいる

ようだ。

やがて、シアに父様、と呼ばれていた

ハウリア族の、初老の男性が私達5人

の前にやってきた。

 

「まずは、我らの窮地を救ってくれた事、

 深く感謝申し上げます。あなた方の

 事は、今娘より聞きました」

「娘?」

「はい。あぁ、申し遅れました。

 私はシアの父、カム・ハウリアと

 申します」

と、甲斐甲斐しく頭を下げるカム。

 

「いえ、お気になさらず。我々は彼女の

 願いを聞き届けただけです。それに

 しても、人族に頭を下げるのですか?

 この状況を作り出したのもまた、 

 人族ですよ?」

その言葉に戸惑うハジメと香織。しかし

それが事実だからだ。

 

「確かに、そうですがあなた方は違う

 と理解しています。なにせ、シアが 

 信頼した相手なのですから。ならば

 我らも信頼しなくてどうします。

 我らは家族なのですから……」

苦笑いと共にそう言うカム。

 

家族が信じたから信じる、とは。

些か危うい考え方のようだが……。

まぁ良い。

 

その後、改めて軽く自己紹介をした。

「改めて、ハウリア族を代表して皆様には

 感謝します。特に、ハジメ殿は真っ先に

 我々の救出の意思を示していただいたとか」

カムがそう言うと、ハウリア族は皆ハジメに

視線を向けた。

「い、いや、そんな。僕は別に何も。それに

 僕一人じゃ何も出来なかったですし」

ハジメは、戸惑いながらもそう言う。

「そんな事無いですよぉ。あの時のハジメ

 さん、とてもかっこ良かったですぅ。

 あの時のカッコいいハジメさんを

 思い出すだけで、私はキュンキュン

 しちゃいますぅ」

あの時。……ハジメが彼女達を助けたいと

言ったときの事だろうか?

シアは頬を赤く染め、くねくねと体を

くねらせている。

 

「「ん?」」

そして、私とハジメの背後で膨大な量の

殺気が放たれた。

その殺気にハジメとルフェアが体を

ガクガクと震わせているが、シアは

顔を赤くし、ハウリア達は、『シアに

春が来たな』などと言ってシアを

微笑ましそうに見守っている。

 

ふぅむ。ハジメはどうやらモテる人間

のようだ。シアはどうやら、既にハジメ

に好意を抱いてる様子だ。

……はっきり言って、ちょろ過ぎない

だろうか?

まぁ良い。他人の恋路にとやかく言う気

はない。……もっとも香織とユエを相手

にどこまで食らいついて行けるのか、

甚だ疑問だが。

 

そう考えながら、私はオーラを纏った

二人を横目に、ハジメはこれからも

大変な事になりそうだ、と考えるの

だった。

 

 

「シア」

「え?はい」

しかしここでは魔物の問題もあるので、

とりあえずここを移動したい。

「あなたからの依頼はハウリア族の

 救出でしたが、あなた達はこれから

 どこへ?やはり北ですか?」

私はそう問いかけると、カムが答えた。

「はい。我々は北の山脈地帯を

 目指そうと考えています」

「であれば、我々の仕事はあなた達を

 全員そこに無事に送り届ければ終わり、

 と言う事ですね」

「はい」

「では、移動の準備を。まずは峡谷を

 出て、北へ向かいましょう」

この人数の移動。念のため護衛の

ガーディアンを召喚しておくか。

 

そう思った時。

「あの、司殿」

「ん?何です?」

カムが話しかけてきた。

「このたびの助力。何とお礼を言って 

 良いか。しかし、我々には謝礼として

 何ら、司殿達に差し上げる物が無く……」

と、すまなさそうに謝るカム。

 

「我々は別に報酬が欲しくてあなた方を

 助けたわけではありません。

 お気になさらずに」

「しかし、ただ助けられてばかりでは……。

 それではハウリア族の名折れです」

今はそんな事を言ってる場合では無い

と思うが?

などと思って居ると……。

 

「……司」

不意に、ユエが何かを考えついたのか

私の方に歩み寄って来た。

「ユエ?どうかしましたか?」

「ん。……ハウリア族のお礼に、

 良い事思いついた」

そう言ったユエは、カムに話し始めた。

 

ユエの提案は、我々5人、もっと言えば

G・フリートが彼らを守る見返りとして、

ハルツィナ樹海の案内役をさせる事だった。

樹海を覆う霧は、亜人以外では必ず迷う

と言われているからだ。

 

私のアクティブソナーなどの探知技能も

使えばさして問題では無いと思っていたし、

亜人であるルフェアも居るので問題無い

と思って居たのだが、その提案を聞いた

カム達は、是非にと言うので私は皆に

聞いたが、ハジメ達からの反対意見も

無かったので、彼らを樹海の案内役として

雇用する事になった。

 

 

「さて。ではまず、峡谷の出口を

 目指すための足を用意するとしますか」

私が指を鳴らすと、5台のバジリスクが

現れた。これで、私達のと合わせて6台だ。

更に指を鳴らせば、30人規模のガーディアン

部隊が出現する。

 

その出現に驚くハウリア族達。

「お、おぉ……!司殿、これは一体……」

「あの箱形の物体は、人を乗せて移動

 する、まぁ分かりやすく言えば私達の

 世界で作られる、鉄の馬車です。

 その前に並ぶのは、言わばゴーレム。

 鉄で出来た、命を持たない兵士です。

 これからハウリア族、あなた方を

 この鉄の馬車、バジリスクと

 兵士、ガーディアンで峡谷の

 入り口まで警護します。さぁ、

 乗って下さい」

「大丈夫です父様!私も同じ物に

乗りましたけど、馬車より速くて

快適なんですよ!」

「そ、そうか。では……」

 

戸惑いながらも、シアがそう言うのなら、

と言う事で私達に言われるがまま、

バジリスクへ9人の班に分かれて乗り込んで

貰った。

バジリスクの各運転席と助手席には

ガーディアンが1名ずつ。後方のベンチ

シートにも二体のガーディアンを配置。

ハウリア族には運転席後方の3席と

ベンチシートの残り6席に座って

貰った。

 

私達5人の1号車には、シアとカム、

数名のハウリア族を乗せ、車列の先頭を

努める。ちなみに、1号車のドライバー

はハジメが努める事に。私は

助手席に内蔵されていたキーボード型

端末を引き出し、ヘッドフォン型の

通信端末も装備していた。

 

「ハウリア族の皆さんへ、聞こえていますか」

通信機に向かって呼びかけると、向こう側

から残り5台に乗っていたハウリア族の

驚く声が聞こえてきた。

「これから我々は峡谷の出口を目指して

 移動します。道中、魔物が襲ってくる

 可能性がありますが、我々G・フリート

 のメンバーが対応しますので、

 どうかご安心下さい。それでは、

 出発します」

そう言うと、一旦通信を切る。

「ハジメ」

 

「うん。分かった。1号車、発進」

ハジメがサイドブレーキを解除し、アクセル

を踏み込むと1号車が発進。2号車以降は、

一定の間隔を空けながら1号車に続く。

 

「お、おぉ。何とこれは……」

走り出したバジリスクの中で、馬車とは

比較にならない速度で流れていく景色に

驚いているカム。1号車に乗り合わせた

子供達も、バジリスクの乗り心地と

速さに驚きはしゃいでいた。

 

その様子を後目に、私は助手席から

レーダー各種を確認しつつ、周囲を

警戒していた。

 

それからしばらくして、車列は峡谷の出口、

ジグザグに作られた階段の前に到着した。

道中では、確かに魔物の襲撃もあったが、

6台のバジリスクの武装を、私のジョーカー

の制御下に置き、操作する事で特に

問題無くこれを撃退した。

 

出口の前に停車した私は、バジリスクの

レーダーを確認するが……。

「壁上に生体反応あり。数は30人ほど。

 どうやら、帝国兵はまだ諦めていない

 ようですね」

「そ、そんな……」

カムは、絶望にも似た表情を浮かべ、

シアも俯いている。

 

このままでは出られない。そう考えていた

のだろう。

しかし、問題無い。

「安心して下さい。帝国兵はこちらで排除 

 します」

「え?」

私の言葉に、シアが驚いた表情を浮かべる。

こちらとしては、ガーディアンの実戦での

評価試験が出来る。丁度良い機会だ。

 

そして、外に出ようとしたとき。

「ま、待って下さい!排除するって、

 それは!……殺す、って事なんですか?」

戸惑った表情で私の肩を掴み問いかけてくる

シア。

 

「……その通りですが、何か?」

「な、何かって。……人ですよ?ハジメさん

 達の同胞なんですよ?それを、殺すって」

「……シア。あなたに言っておきたいの

 ですが、同胞=殺さない、なんて言うのは

 ただの理想論ですよ」

「え?」

「それに、奴らは十中八九あなた方が

 狙いだ。上がっていった所で、どうせ

戦闘になるのがオチです。戦いとは、

殺すか殺されるか、ですよ」

そう言うと、私はバジリスクから降りる。

 

ハジメと香織達。シアやカム達ハウリア族。

ガーディアン達も降車した後、私は

6台のバジリスクを宝物庫に保管し、

整列するガーディアンの方へ向き直る。

 

「ガーディアン隊へ。半数は階段を上がり、

 待ち構えている帝国兵を殲滅。全員は

 殺すな。隊長クラスと他数名を捕縛せよ。

 行け」

 

私が命令を下すと、半数、15体ほどの

ガーディアンがセーフガードライフルを手

に階段を駆け足で上がっていく。

これで良いだろう。

 

「残りのガーディアン隊は我々と共に

 ハウリア族へ同行。彼らを警護せよ。

 ……では、行きます。私達について

 来て下さい」

「は、はい」

緊張した表情のカムが頷き、私が歩き出す

とシアやカム達が続き、その周囲を

ハジメ達やガーディアン達が固める。

 

攻撃隊とは異なり、こちらはゆっくりとした

速度で階段を上がっていた。その時。

『ダダダダ……!』

頭上で銃声がし、ハウリア族がビクつく。

次いで、帝国兵の物と思われる怒号と

悲鳴が響き渡った。

 

「大丈夫です。先遣隊が帝国兵と戦っている

 だけです。行きましょう」

私は淡々とそう告げ、彼らを促す。

 

そして、階段を上りきった時には……。

 

死屍累々。

まさにその言葉が似合う状況だった。

 

野営地だったと思われる場所で

兵士の死体がいくつも倒れていた。

頭のない物、足の無い物、手の無い物。

顔半分が吹き飛んでいる物、

胴体部から上下に千切れている物などなど。

死体が周囲に散乱していた。

 

しかし、やはりガーディアンのレベルなら

この世界の人種族の軍隊はさして問題も

なさそうだ。これなら、1個師団クラスの

戦力があれば、国を落とす事も出来る

だろう。

 

等と考えながら、後ろに目をやると、

ここの様子に、ハウリア族だけではなく、

ハジメや香織も息をのむ。

そんな中で、私はガーディアンに

拘束され喚く男達を見つけ、そちらに

歩き出した。

 

「……貴様がこの部隊の隊長か?」

「テメェ誰だ!?このゴーレムは、

 テメェの差し金か!俺たちにこんな事

 して、ただで済むと」

 

『ゴッ!』

何やら喚いていた隊長の頭を私が

踏みつけた。

「喚く元気があるのなら質問に答えろ。

 自分の立場を弁えてな。捕らえた兎人

 族はどうした?」

そう言って、私は足を退かす。

「ゲホッ!ゲホッゲホッ!き、貴様ぁっ!

 こんな事をして、ただで済むと思うなよ!?

 殺す!殺してやる!」

駄目だこれは。会話が成立していない。

 

やむを得ないか。

私は足を振り上げ……。

『グシャッ!!』

男の頭を踏み潰した。

飛び散った脳漿と血が、隣で拘束されていた

兵士の顔や体に付着する。

「ひ、ひぃぃっ!?」

それだけで、捕らえられていた3人の兵士が

狼狽し、股間を濡らす。

 

「さて、では次の者に質問するとしよう。

 樹海から出てきた兎人族はどうした?

 どこに居る」

「ま、待ってくれ!話す!話すから!

 殺さないでくれ!」

そう呟く兵士の前に立つ私。それだけで

兵士は怯える。

「さっさと話せ」

「と、捕らえた兎人族は、数を絞って

 移送した。多分、もう帝国にたどり着いた

 頃、だと、思う」

数を絞った、と言うのは、間引いた、と言う

事か。恐らく、老人などは殺されたと

思われる。

 

後ろにチラッと目をやれば、シアやカム達が

悲痛な面持ちをしていた。

私は、兵士達に背を向け歩き出す。

どうやらそれに安心したのか、兵士達が

ホッと息をつく声が聞こえたが。

……生かしておく理由は無い。

 

「ガーディアン。適当に始末しておけ」

そう言うと、兵士達の表情が青くなる。

「待てっ!話した!話しただろう!

 だから命だけは!」

兎人族について話した兵士が叫ぶ。

私は足を止め振り返るが……。

 

「命だけは?何をのたまっている」

私は殺気を滲ませながらそう呟く。

「ここは戦場だ。生きるか死ぬかの、

 それだけの場所。死ぬ覚悟も無く

 戦場に出てきたのか?だとしたら、

 滑稽だな」

そう一蹴し、再び皆の元へ歩き出す。

 

「殺しておけ」

 

そう言い残して。

 

そして直後、助けを求める兵士達の

声をかき消すように、数発の銃声が

鳴り響いた。

 

 

「悪い報告です。残念ながら他の兎人族

 は、皆既に帝国へと移送が完了

 しているようです」

「……そう、ですか」

そう答えるカム。しかし彼を始めとした

ハウリア族は、皆私を恐れているような

表情を浮かべた。

そんな中、おずおずと一歩前に出るシア。

 

「あ、あの。あの人達は、見逃してあげても

 良かったんじゃ……」

 

そう言って私を見るシアの目には恐怖が

見えた。他のハウリア族達にもだ。

……しかし、何とも思わない。

私がオリジナルの一部であった頃など、

もっと濃密な負の感情をぶつけられて

来たのだ。この程度、どうという事は無い。

「……」

その言葉に私は黙り込み、やがて静かに

口を開いた。

 

「一つ、私の世界の言葉を教えておこう」

「え?」

突然の事で疑問符を浮かべるシア。

「『撃って良いのは撃たれる覚悟のある

 奴だけだ』。意味は分かるはずです。

 戦争や戦闘で敵を、或いは誰かを殺す

 のなら、自分もまた殺される覚悟を持て

 と言う事だ。……争い、他者の命を

 嗤いながら奪った者が、命乞いをして

 少ない情報を与えたから許して貰う

 など、虫が良すぎて反吐が出ます」

そして、私は近くにあった兵士の

死骸の一つの、頭を踏み砕いた。

飛び散った血が、ジョーカーZの

体を赤黒く染め上げる。

 

それだけで、シアを始めとした

数人がひっと悲鳴を漏らす。

すると、数歩前に出たルフェアがシア達

ハウリア族に睨み付けるような視線

を向けた。

 

「……何それ?あなた達はお兄ちゃんに

 助けられたくせに、そんな風に

 お兄ちゃんを見るの?

 はっきり言って、凄い不愉快

 なんだけど」

どうやらルフェアは、私のために怒って

くれたらしい。ハウリア族は皆俯き、

ばつの悪そうな表情を浮かべる。

 

まぁ良い。私は、何かを言おうとした

カムを制した。

「構わないよルフェア。どうせ、北の

 山脈に送り届けるまでの関係だ。 

 それが終われば、もう二度と会うこと

 も無いだろう。どんな感情を

 抱かれようと、痛くもかゆくも無い」

 

そう言うと、ガーディアン達に指示を出し、

帝国兵の死骸と物資を一箇所に集めて燃やす

事にした。

馬と馬車は使えそうなのでこちらで使う

としよう。

 

そして、その準備をしていた時。

 

「……みんな、聞いてほしい」

ハジメが、後ろでハウリア族に向かって

何かを言い出した。

「ここでの戦いは、避けられなかった物だ。

 だから、多分ガーディアンがやらなくて

 も僕達と戦ってあの兵士達は死んでいた。

 司は前に言った。この世界は弱肉強食

 なんだって。だから、分かって欲しい。

 あの兵士達は君たちを狙っていたし、

 僕達がいたとしても、襲ってきた。

 だからこれは、君たちを守る為に

 『必要な戦い』だったんだ。だから、

 その事だけは、分かってあげて欲しい」

 

ハジメの言葉に、カムが一歩前に出た。

 

「こちらこそ、申し訳ない。司殿に

 含んだ物があるわけではないのだ。

 ただ、こういった事には慣れていない

 のでな。驚いたのだ。どうか、

 許して欲しい」

「わ、私も。ごめんなさいハジメさん」

「……なら良いよ。それに、謝るのは

 僕じゃなくて司だよ。まぁ、司が

 気にしてるかどうかは分からないけど」

そう言って、ハジメは死骸を焼き払う

ジョーカーZの背中を見つめた。

 

 

そしてハジメは、そんな背中に、かつて

司が見せたゴジラ第4形態の面影を

幻視するのだった。更に……。

 

『これが、司の言ってた汚れ役の意味、か』

彼は、静かにそんな事を考えていた。

そして考える。人々から忌諱される存在で

ある事の、その辛さを。

そこへ……。

「ハジメくん」

メットを取った香織が近づいてきて、

声を掛けた。

「香織さん」

「大丈夫?何だか、少し考えてるのかな

 って思って」

「……うん。司がさ、言ってたんだ。

 自分は汚れ役になるから、僕には

 甘さと紙一重の優しさを、捨てないで

 欲しい。僕達には、このチームの中での

 良き心、良心であって欲しいって」

ハジメは、ギュッと右手を握りしめた。

「……。そう」

そして香織は、頷き、静かに彼の右手に、

左手を重ねた。スーツ越しに触れあう

二人の手。不思議と、二人は互いの

温もりを感じている気がした。

 

「結局、私達はそう言うの、司くんに

 押しつける形になってるんだね」

「……そうなのかもしれない。でも、

 だからこそ……」

ハジメは、空いている左手を眼前まで

持ってくると、それを握りしめる。

 

「僕は、このチームの中で良心を、

 司の言う甘さと紙一重の優しさを

 絶対に失わないって決めたんだ。

 そして、司の親友である事も。

 その隣で、一緒に戦う事も」

彼は、改めてその決意を固めていた。

 

そして、香織も……。

「じゃあ、私も」

「え?」

疑問符を浮かべ、香織の方を向くハジメ。

すると香織の両手がハジメのジョーカー

のメットを取った。

そして、彼女の右手がハジメの鼻先に触れた。

「忘れたの?私はあなたの恋人

 なんだからね?」

「あ、あぁうん。わ、忘れてないよ」

と、顔を真っ赤にしながら頷くハジメ。

「だから、ね。私は、司くんの隣に立つ

 ハジメくんの隣に立つ。隣で、一緒に

 戦う。……それくらいの決心、もう出来てる

 から」

「香織さ」

さん付けで呼ぼうとしたが……。

「ダ~メ」

遮られるハジメ。

「もう。恋人なんだからさん付けは無し

 だよ。それに、やっぱり恋人なんだし。

 そう言うのは無しで呼んでくれた方が

 良いかな~、なんて?」

と、香織も顔を赤くしながらそう呟いた。

 

これには、更に顔が赤くなるハジメ。

やがて……。

「わ、分かったよ。……香織」

ハジメは顔を真っ赤にしながら彼女の

名前を呼んだ。

「うん。……えへへ」

初めて名前呼びに、香織はニヤけた笑みを

浮かべ始めたが……。

 

『ギュッ!』

「うわっ!え!?ユエちゃん!?」

次の瞬間、ユエがハジメの左腕を抱くように

抱きついた。

「……ハジメの隣は、譲らない」

「ッ!?ユエ!」

「……私だって、ハジメの隣で戦う覚悟は、

 出来てる。今の私は、魔法が無限に

 使える無敵キャラ。私なら、どんな

 敵からでもハジメを守れる」

「なっ!?そ、それを言ったら私だって

 ジョーカーのモードGがあるし!」

「でもそれは、借り物の力」

「うっ!?で、でもユエだって!司くん

 から腕輪で魔力を供給されてるからこそ

 魔法をバンバン使えるんでしょ?

 ユエの無敵っぷりだって司くんの

 借り物じゃない」

「ッ!……それは……。でも、実力

 なら香織に負けない」

「ふ、ふ~~ん。言うじゃないユエ。

 でも、私は負けないからね?」

「こっちの台詞」

 

と、二人は互いに睨み合い圧倒的なオーラを

滲ませながら、不敵な笑みを浮かべ

合っていた。そしてその二人に挟まれ、

戦々恐々なハジメと。

 

殆ど空気なシアとハウリア族の面々。

 

「あ、あの~?皆さん?」

シアが声を掛けるが、その声は届かず。

更に何度か声を掛けるが………。

 

「「ちょっと黙ってて」」

オーラを滲ませるユエと香織にそう言われ、

シアは涙ながらに下がる。

 

「う、うぅ。可笑しいですよぉ。何だか

 シリアス展開だったのに、気づいたら

 3人の甘々バトル展開になってました。

 ……あぁ、これがシリアスブレイカー

 なのでしょうか」

 

いつの間にかシリアス展開から3人の

甘々展開へ。そして更に二人から雑な

対応を受け、涙目のシア。

 

しかし……。

不意に彼女は思い出した。

先ほどの司の言葉を。

 

『どうせ、北の山脈に送り届けるまでの

 関係だ。それが終われば、もう二度と

 会うことも無いだろう』

 

そう。それは、ハウリア族と司達は

一時的に、一緒になって行動しているだけ

に過ぎない。つまりハウリア族が

目的地に到着すれば、それでさよならだ。

 

事前の話し合いで、まず最初にハルツィナ

樹海の最深部にある、大樹と呼ばれる場所

に向かう事になっている。司は、オルクス

での経験から、公になっている迷宮は

ダミーの可能性を指摘した。オルクスの

100層までは、言わばそのダミー。

101層以降が、真のオルクス大迷宮である

と考えたのだ。そして、その考えを

当てはめた結果、迷宮とされている

ハルツィナ樹海もまた、ただの表に

過ぎず、その裏側に真の迷宮があると

司は考えたのだ。そしてその手がかりと

思われる大樹へと向かう事になった。

 

大樹へは、カム達ハウリア族の案内で、

と言う事になっている。しかしこれは、

言わばマッピングだ。司の持つ、

近未来の装備によって地形をスキャンし、

地形データを取得。それによって

地図を作成し、更に大樹の付近に

マーカーを設置する事が目的だ。

 

RPGゲーム風に言うのなら、転移先の

登録、と言った所だ。なので、一度

大樹にたどり着いたならば、彼らは

ハウリア族を連れて一旦樹海を出た後、

北へと彼らを送り届け別れた後、

再度樹海へ戻る、と言う事になった。

 

そして、北へと向かえば、ハウリア族と

ハジメや司たちの関係はそれまでだ。

 

シアは、その事について考えていた。

 

『私は、私は……』

彼女の願いと目的の為の最善策は、

『ハジメ達に付いていく事』だ。

 

しかし、その願いを彼らがどう捉え

何を促すのか、それはまだ、誰にも

分からない。

 

     第17話 END

 




次回は樹海でのお話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第18話 濃霧の先へ

今回から樹海に突入します。


~~前回のあらすじ~~

兎人族の少女、シア・ハウリアを助けたハジメ達

5人は、彼女から危機に瀕するハウリア族

救出を懇願される。5人はその力を持ってハウリア

族を救出し、更に大峡谷の出口で待ち構えていた

帝国兵をガーディアン部隊が殲滅させて

しまうのだった。

 

 

今、私達はハルツィナ樹海を目指しバジリスクの

車列を走らせていた。

更にその周囲には、馬に騎乗できる者達を乗せた

馬が並走していた。

私やハジメ、香織達のバジリスク1号車

には、私達5人とシアだけが乗っていた。

 

その道中。

「あ、あの。司さん。さっきはその、ごめんなさい」

「?何のことです?」

何故謝られたのか分からず、私は聞き返した。

「いや、その……。さっき、皆が、司さんの事、

 怖がって……」

あぁ。あれか。

「お気になさらず。あぁ言う恐怖の念を

向けられるのには慣れているので。だから

気にする必要はありません」

「え?な、慣れてるって……」

私は真実を告げただけだが、シアは更に困惑

したようだ。まぁ良い。

 

やがて、しばらく黙り込んでいたシアだったが……。

 

「あ、あの、皆さんの事、もっと教えて

貰えませんか?」

「え?どうして?」

突然の言葉に首をかしげる香織。

「何て言うか、ただ、皆さんの事が知りたい

 んです。ユエさんみたいな、その、仲間って

 呼べるかもしれない人に出会ったのも

 ありますし、そんなユエさんと一緒の

 皆さんの事も、知りたくて……」

 

と、話すシア。ハウリア族救出に向かう際は、

細かい部分を端折って話していた為、彼女は

詳細を知らない。

 

彼女としては、同類とも思えるユエと、そんな

ユエの側に居る私達に興味があるのだろう。

魔法を使える人と魔族、魔物を忌諱する

亜人側から見れば、シアは敵の同類の

ような物。ずっと自分は周囲と違うと言う

考えから来る孤独感を埋める物として、

シアとユエの出会いは、シアから見れば

青天の霹靂、とも言えるだろう。

 

ハジメと香織、ユエ、ルフェアは4人で

話し合った後、私のゴジラとしての素性を

抜きにこれまでのことを語った。

 

ある日突然、戦闘のせの字も知らない学生

であった自分達が、いきなりこの世界に召喚

され、戦えと言われた事。帰る術は、エヒト

に頼るしかなく、そのために戦うしか無いと

考え、戦いはじめた事。特にハジメは、錬成師

と言う天職と能力の低さから、周囲に侮辱

されていた事。そんな彼を助けるため、私が

ジョーカーシリーズを創り出した事。

オルクスでベヒモスと戦い、特に私とハジメ

が活躍した事。更に香織との告白。

ルフェアとの邂逅とその成り行き、彼女を

手に掛けようとした教会へ、トータス

世界の人間を敵に回す覚悟で反発した事。

帰る術を探すため、ベヒモス戦で確認した

100層以降を探査するため、4人でそこへ

潜り、そして封印されていたユエを助け、

更に攻略を続け、最後のヒュドラの魔物を

退け、最深部へ到達した事。そこで元の世界

に帰還出来る可能性について、見つけた事。

今は更なる情報を得るために、迷宮を

巡る旅をしている事など。

 

ハジメが語り部となって、話をした。

そしてそれが終わった頃には、シアは

泣いていた。しかも号泣である。

どうやら、裏切られ封印されたユエの

話と、孤児であったルフェアの話が

彼女の琴線に触れたようだ。

 

「うぅ、ぐすっ、酷いですぅ。悲しいですぅ」

「し、シアちゃん。とりあえずこれ」

と、号泣するシアにタオルを差し出すハジメ。

「うぅ、すみません。……でも、

 ユエさんもルフェアちゃんも、色々

 大変だったんですね」

と、タオルで顔を拭いながら更に涙を

流すシア。

「ハジメさんと香織さんも、色々大変で。

 でも二人を助けてあげるなんて、

 私、感動しました!」

泣きながら、タオルをギュッと握りしめる

シアに苦笑するハジメと香織。

 

その後は、なぜだか「私は、甘ちゃんですぅ」

とか「もう、弱音は吐かないですぅ」などと

言っている。そして、彼女は何やらギュッと

拳を握りしめ、ハジメ達の方を見ている。

 

するとハジメが……。

「あ、この展開まさか……」などと呟いている。

まさか、とは何だろうか?

と考えていると……。

 

「私、決めました!皆さんの旅に着いて

いきます!」

と、突然シアがそんな事を言い出したのだ。

何やら彼女がそんな事を言っている。が……。

 

「却下」

「や、止めた方が良いよシアちゃん」

「うんうん」

「右に同じく、だね」

ユエ、ルフェア、香織、ハジメの順に

4人がすぐさま否定する。

 

「え、えぇ!?どうしてですか!?」

驚き声を荒らげるシア。

どうやら彼女の中では、承諾されるとでも

思って居たのだろうか?

まぁ良い。

「一言で言えば、覚悟と技量が足りないから、

 ですよ」

 

運転席で黙っていた私が口を開いた。

「か、覚悟と技量、ですか?」

「えぇ。我々G・フリートは、敵として現れた

 存在を力でねじ伏せ、倒して前に進みます。

 当然、魔物だろうが人間だろうが、亜人

 だろうが何だろうが。……ですがシア。

 あなたは自分達を害した帝国兵にまで、

 逃がしてやれば、などと言った。はっきり

 言って、そんな貴女が私達の旅に着いてきた

 所で、足手まといが関の山。ハジメと香織は、

 元の世界へ帰る為。ユエとルフェアは、

そんな私達と共に生きる道を選んだ。いや、

選ばざるを得ない状況だったと言っても良い。

無論、今の二人がその選択に後悔している

とは思って居ません。二人は自らの意思で、

私達と行動を共にしています。が、あなた

はどうなのですか?シア?」

「わ、私は……」

「あなたの選択肢は二つ。家族とともに北へ

 逃れるか。貴女が言うように、私達に

着いてくるか。そしてあなたは後者を

選んだとして、後悔しませんか?

あなたには、二人には無かった選ぶチャンス

が与えられているのですよ?

この際、戦うスキルは置いておいても、

私達についてきて、後悔しないだけの

理由、覚悟があなたにあるのですか?」

「そ、それは……」

「覚悟が無いのなら、止めておく事です。

 確固たる精神的支柱、覚悟が無ければ、

 人の意思など、簡単に折れ、自分の選択に

 後悔する。ましてや、そこが命のやり取り、

 殺し合いをする戦場を行くなら、尚更です」

「……」

シアは、何も言おうとはしない。

 

「シア。あなたの選択を否定する訳では

 ありませんが、私達はこの先、多くの血

 を見る事になるでしょう。危険もたくさん

 伴います。仮に、あなたが着いてきたと

 しても、覚悟が無ければすぐに折れて

 しまうかもしれません。なので、よく

 考える事です。私達の旅に、本当に

 着いてきたいのかを」

「……はい」

シアは頷くと、これまでの姦しさはなりを潜め、

しばし何かを考え込むような表情を

し始めた。

 

それから数時間後。馬に合わせて速度を

落としていた事もあり、ようやく平原と

樹海の境界線に到着した。

眼前に広がる樹海を前に、私達は

バジリスクから降車。ガーディアン部隊は

残し、バジリスクは私の宝物庫の中に

収納した。

 

改めて外から見たハルツィナ樹海はただの森

にしか見えないが、カム達の話では

入ってすぐ周囲を霧に包まれるらしい。

「それでは、皆さんは私達の輪の中から

 決して外に出ないで下さい。それと、

 あの兵士達も……」

「いや、その心配は無用です。ガーディアン達は

 ハウリア族の輪の外に、更に円形の陣を

 描くように配置します」

「で、ですが……」

と、カムは心配したように言うが……。

 

「心配は無用です。ガーディアンには、

人の五感を遙かに超えた力の索敵能力が

あります。この程度の霧で我々を見失う事

は無いでしょう。それに、仮にはぐれた

としても互いの位置関係は理解

出来るので。問題はないです」

「そ、そうですか。では、皆さん。気配

を出来る限り消してもらえますかな?」

「気配を消す、って。……どうしよう司」

「それなら、ハジメ達はこれを纏って下さい」

そう言って、私は3つのローブを渡した。

「司、これは?」

「これは『ステルスローブ』。纏った者の

 気配を遮断するローブです。ローブには、

光学迷彩のシステムも内蔵しており周囲の

景観と同化し視認性を低下させます。

また、これを纏う事でジョーカーが

自動的にアクティブステルスモードに移行、

 足音などを極力低くするため、足裏に

 特殊樹脂を展開します」

私の説明を聞きながら、ローブを鎖骨の辺り

に出現したフックに止めて纏い、

フードを被る3人。

私の方は、これを纏わずとも生まれながらの

技能で気配を消すことが出来るので

問題ない。

 

「それでは。ハジメ達3人は私とユエの後方を

 着いてきて下さい。円の中心は私とします。

 ハウリア族はその周囲に展開。更に外側

 にガーディアン部隊を配置します」

「「「「了解」」」」

「り、了解です!」

ハジメ達が頷くと、シアも咄嗟に返事をする。

 

「それでは、行きましょうか」

 

カムの言葉に私たちが頷く。

一行は、カムとシアを先頭に歩き出した。

 

樹海に入ってしばらくすると、周囲を霧に

包まれた。しかし、メットのサーモグラフィー

とレーダーの機能を使えば、互いを見失う

事は無い。

 

やがて、順調に歩いていたカム達が立ち止まり、

周囲を警戒する。そして私たちのレーダーも、

こちらへ接近する魔物の存在をキャッチした。

……撃退するのは簡単だが、銃声でこちらの

存在を亜人族側に知られるのは不味いか。

 

「総員、ノルンを装備の上でサプレッサー

 を装着」

その言葉を聞き、ガーディアン達がノルンを

取りだし、更に私が出現させたサプレッサー

を装着させていく。

「ハジメもノルンにサプレッサーを。

 それと、香織とルフェアは……」

「大丈夫、分かってるから」

 

後ろで香織が頷いた。かと思うと、彼女が

空中に新たな銃を召喚した。

それは、ボルトアクション式スナイパー

ライフル、『アルテミス』だ。

アルテミスは、破壊力を重視するミスラ

とは違い、標準的なサイズと重さの

スナイパーライフルだ。とは言え、

専用の8ミリ弾を使うので、威力は

それなりに高い。

 

香織はそのアルテミスを召喚し、10発入り

ボックスマガジンを装填。サプレッサーを

装着した後、ボルトを動かし初弾を装填

する香織。

 

「私も」

そして、ルフェアも頷く、空中に2丁の

バアルを出現させると、それを両手で

キャッチ。サプレッサーを装着すると、

タイプRにのみ実装した、ルフェアの

提案で備え付けた、両腰左右の自動

マガジン装填システムを使って、

ルフェアが両手のバアルに弾倉を装填する。

 

その様子を見ながら、私は改めて

3人の変化について考えていた。

 

銃器を使った戦いを経験する中で、

ハジメ、香織、ルフェアの3人はそれぞれ

異なった成長とバトルスタイルを獲得した。

 

ハジメは、一言で言えばオールラウンダーだ。

銃器に関して、トールやノルンなどの

ハンドガンを始め、タナトス、ミスラなど、

全ての銃器をそつなく扱いこなす。

本人の談だが、『ガン=カタに憧れたんだ!』

と言って、最近ではトールやノルンを使った

戦いが多く、相手の懐に飛び込み、トール

の炸裂弾を弱点や関節にたたき込む、

と言う働きをしていた。更にハジメは、

私の力で軍隊式の格闘術の知識もインプット

されており、戦いではその知識を生かした、

銃を使うインファイト、我流のガン=カタを

得意としている。また、その動きをよりよく

するため、タイプ0には改良を施し、

雫に渡したタイプCを参考に各部へスラスター

を増設。機動性を高めた。

 

次に香織は、アルテミスを召喚した事からも

分かるとおり、彼女は最近、後方支援に

特化し始めている。

彼女は最近タナトスをセミオートで使うように

なりはじめ、その際の命中率は3人の中でも

ダントツだったのだ。

それに伴い、香織のタイプQには新たに

センサー類の強化を施し、レーダーの

性能やメットのゴーグル機能。狙撃の際には

周囲の状況を感知し、弾道を計算する

スナイパーサポートシステム、通称、

SSS(トリプルエス)』を実装した。

 

そしてルフェアはと言うと、彼女はハジメに

似て、近接戦での戦いに慣れ始めた。

最初は魔物などを怖がっていた彼女も、

戦い慣れたのか最近では魔物を恐れなく

なった。彼女の戦い方は二丁のバアルを

装備しての攪乱を得意としていた。

ジョーカーの優れた脚力と重力制御装置を

生かし、ありとあらゆる状況で

三次元的機動を可能としていた。

周囲を飛び回り、バアルで弾丸を雨あられと

撃ち込むのが、彼女の戦い方だ。

そして、そんな彼女をサポートするため、

ルフェアのタイプRは右腿部分にも

マガジンスロットを装備。更に自動で

バアルの弾倉がせり上がる内部機構も

実装し、パイロットであるルフェアが

念じるだけで、弾倉が自動でせり上がり、

そこにマガジン導入口を当てるように

装填する、と言うハンズフリーの給弾

システムを備えていた。同様に、

タイプCやタイプ0と同じように

各部へスラスターを追加し機動性も

高めてある。

 

オールラウンダーなハジメ。

スナイパーの才能を目覚めさせつつある香織。

高い俊敏性を持つルフェア。

 

仲間達の成長に、私としては喜びを

感じていたが……。

 

事態が事態だ。私も意識を戻し、サプレッサー

装備のノルンを構える。周囲のハウリア族も、

私が渡していたマチェット型の中型ナイフを

取り出して構えて居るが、戦力として

使えるとは思って居ない。

そして……。

「そこか……!」

『パシュパシュパシュッ!』

横薙ぎに、連続でノルンから放たれた銃弾が

霧の奥へと消えていく。

 

すると、次の瞬間。ドサドサッと何かが

落下する音が聞こえてきた。

「「「「キィィィィィッ!?」」」」

次いで、魔物の悲鳴のような叫びが

聞こえたかと思うと、四本腕の猿の魔物が

合計5体、こちらに飛びかかってきた。

 

しかし……。

「『風刃』」

内1体をユエの風魔法が迎撃し、切り裂く。

「そこっ!」

『パシュッ!』

もう1体をハジメのノルンが撃ち抜く。

『パシュパシュッ!』

3体目を、ガーディアン達の射撃が射貫く。

残った2体は、それぞれが別れシアと子供に

向かっていく。

 

シアと子供は、突然の事に対応出来ない。

周囲の大人達が庇おうとするが、

問題無かった。

 

『スッ』

香織が、片手だけでアルテミスを動かし、

銃口を魔物に向けた。

『バスッ!!』

ノルンよりも大きな、乾いた音が響く。

放たれた8ミリ弾は、寸分違わず魔物の

頭部に命中し、男の子に向かっていた

魔物の頭を吹き飛ばした。

 

『『パパパパパッ!』』

そして、ルフェアのバアルからも銃弾の

雨が放たれ、シアに向かっていた魔物の

体をズタズタに引き裂いた。

 

ドシャッ、と言う音と共に、魔物達の死体

が地面に落下する。

レーダーを警戒するが、どうやらこれだけの

ようだ。

「君、大丈夫?」

「は、はい!ありがとうございます!」

香織に助けられた子供は、彼女のジョーカー

を、目をキラキラさせながら見つめていた。

 

「ありがとうございます。ルフェアちゃん」

「ううん。平気だよ。これくらいの相手なら

 もう慣れてるし。迷宮の魔物に比べたら

 全然雑魚だし」

「そ、そうですか」

同じ亜人でも、戦闘への慣れの差からか、

がっくりと肩を落とすシア。

そんな様子にカムは苦笑を浮かべていた。

 

その後も襲い来る魔物だが、その強さは

ガーディアン部隊で十分対応可能だった。

一部、ノルンやバアルでは威力が心許ない

魔物もでてきたが、全て香織のアルテミスが

一発で仕留めた。

やはり彼女は狙撃兵としての能力を開花

させつつあるようだ。

 

などと考えながら歩いていると、周囲を

相応の数の光点に囲まれた。

しかし、レーダーから得られるデータ

からしても、これは恐らく魔物では無い。

ハウリア族も皆、戸惑い、怯え、カムは

苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、

シアに至ってはその表情を青くしていた。

 

そして……。

 

「お前達……何故人間といる!種族と部族名を

 名乗れ!」

 

私達の前に、筋骨隆々とした、虎縞の

耳と尻尾を備えた亜人が立ち塞がった。

 

 

恐らく、虎人族の警備部隊か何かだろう。

そして、その部隊長と思われる虎人族の男は

シアを見ただけで、ハウリア族の事を理解し、

今にも襲いかかってきそうだった。

なので……。

 

「ガーディアン全隊、方円陣形、展開」

私が静かに右手を掲げ命令を下せば、

ガーディアン達がハウリア族の円の外に、

更に円形の陣を取る。

「ッ!?何だっ!?」

突如として動き出したガーディアンに、

虎人族の男は戸惑った様子を見せる。

 

そして、その一瞬の戸惑いが隙を生む。

「敵兵力を、鎮圧せよ」

右手を振り下ろし、命令を下した次の

瞬間。

『パスパスッ!』

周囲からサプレッサー越しの軽い発砲音が

響いた。直後。

『バチィッ!』

「ぐあぁっ!」

「ぎゃぁぁっ!」

 

霧の中で、雷鳴のような音が響いた直後、

男の悲鳴がいくつも聞こえてきた。そして、

恐らく地面に落下したのだろう。ドサドサッ、

と何かが地面に落下する音が響く。

 

「なっ!?」

これに驚いたのは、虎人族の隊長だ。

そして、私はその男にノルンを突き付けた。

「殺しに来るのは別に構わんが、ならば

 こちらも貴様等を皆殺しにしよう。

 今は特殊な攻撃で貴様の部下の半数を

痺れさせただけだが、その気になれば、

貴様等を殺す事など造作も無い。

……死にたくなければ、失せろ」

 

私は、久々に絶望の王の力で虎人族の

男と、生き残っている部下達に強烈な

『殺気』を叩き付けた。

 

それだけで、何人かの男達が気絶していく

のが分かった。

 

『こ、こんな殺気を放てるのが、人間だと!?

 違う!奴は人間じゃない!何だ!?

 何なんだ『あれ』は!?』

その男、『ギル』は司を前に恐怖、等という言葉

では到底表すことの出来ない感情を覚えていた。

 

畏怖、恐れ、絶望、そして、死。

 

ギルは、そんな感情を叩き付けられたような

感覚に陥っていた。

もし、彼がもっと若かったなら、その殺気の

前に彼は泡を吹いて倒れていただろうが、

幸いにして彼はその殺気に耐えた。

しかし彼は心のどこかで、いっそ気絶して

しまった方が楽だと考えていた。

 

眠ってしまえば、その怪物じみた殺気と

向き合う必要が無いからだ。

 

しかし司は、そんな感情など一切知らず、

彼らを睨み付けている。

 

「さぁ、選べ。戦って全滅か。

 今すぐここから逃げ出すか」

私がそう呟けば、ガーディアン達が

ノルンの弾倉を非致死性の電撃弾から

致死性のAP弾へとマガジンをチェンジ

していた。

 

そして……。

「……その前に、一つ聞きたい」

「……何だ?」

隊長の虎人族は、私に声を掛けた。

「……何が目的だ?」

 

目的か。まぁ隠す必要も無い。ここは

普通に伝えるとしよう。

「我々の目的は、この樹海の最深部に

 ある大樹。お前達亜人が

 『ウーア・アルト』と呼ぶ樹。そこを

 訪れる事だ」

私はそう答えたが、虎人族の男はまるで

予想外、と言わんばかりに驚いた様子

だった。

 

「な、何?大樹へ、だと?

……何のために?」

「我々は各地に点在する七つの大迷宮の

 攻略を目指して旅をしている。その入り口の

 可能性が高い大樹へ行くためにハウリア族を、

 彼らを雇った。それだけだ」

チラッとカム達の方を見ながらそう言えば、

虎人族の男は怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「迷宮の、入り口だと?何を言っている。

 このハルツィナ樹海そのものが迷宮だ。

 現に、亜人以外は不用意に立ち入る事さえ

 自殺行為と呼べるこの樹海こそが、

 本物の迷宮だ」

「いや。違う。……私達は既にオルクス

 大迷宮をクリアした。そして、そこは

 世間一般には100層まで、とされていたが、

 実際にはその下に更に100層もの階層が

 続いていた。つまり、最初の100層は

 言わばダミー。101層目からが本物の

 大迷宮だ。……そして、その定義を

 この樹海にも当てはめるのなら、お前

 の言う樹海の迷宮もまた、真の迷宮を

 隠すためのカバーに過ぎない」

「なん、だと……?」

「それに、オルクスの大迷宮、その

 最下層部において出現した魔物は、

 かつて最強と言われた冒険者でさえ

 勝てなかったベヒモスを、更に

 上回る程の力を持っていた。

 迷宮毎に配置される魔物の強さに

 若干のばらつきがあったとしても、

 最深部に居る魔物は、間違い無く

 ベヒモスよりも格上。だが、そんな

 魔物と出会う事無く行き着ける場所

 が大樹だとしたら、それはダミー。

 真の迷宮の入り口にしか過ぎない」

 

私が答えると、虎人族の男はしばし

考え込むような表情を浮かべる。

 

やがて……。

「……お前達が、国や同胞に危害を加えない

 と言うのなら、大樹の元へ行くくらいは

 構わないと、俺は判断する。俺には、部下を

 守る義務がある」

彼の言葉に、周囲の部下達が驚く。

「ほう?それで?」

私は、構えていたノルンの銃口を下げ、

殺気の濃度を幾ばくか落とす。

 

「しかしこの判断は、私のような一警備隊長が

 下して良い物ではない。本国へ指示を仰ぐ。

 長老方なら何か知っておられるかもしれない。

 お前達に本当に含むところが無いのなら、

 これから行かせる伝令を見逃して欲しい」

 

「……良いだろう」

私は頷き、ノルンをホルスターに戻すと

右手を横に振った。

それを合図として、ハジメ達やガーディアン

達が上げていた銃口を静かに下ろした。

 

すると、ザムと呼ばれた彼の部下が

走り去っていく。

 

さて、周囲からの視線はあるが暇になって

しまった。

しかし、周囲には今にも襲ってきそうな

雰囲気の奴らが数人。

仕方ない。

 

私は、メカニカルな杭。シールド発生装置を

取りだし、地面に突き刺す。すると、紫色の

半透明なシールドが私達、シア達ハウリア族、

ガーディアンを包み込む。

 

「ふぇっ!?司さん!これって!?」

「安心して下さい。ただの結界です。 

 さて、待っている間ずっと立っている

 のも辛いでしょうし」

そう言いながらパチンと指を鳴らせば、

ガーディアンの人数を除いた、四十数個

の椅子といくつかのテーブルが現れた。

「え!?えぇ!?司さん、これって!?」

何も無い所からいきなり椅子と丸いテーブルが

現れた事に驚くシア。しかしそれは彼女

だけでは無く、他のハウリア族や虎人族の

連中も同じだった。

 

「とりあえず座って下さい。周囲は

 ガーディアン達が警戒していますし、

 シールドもあるから大丈夫ですよ」

と私が言うと……。

 

「それじゃあ休憩にしよっか」

「賛成~!」

「んっ」

「は~い」

ハジメの言葉に、香織、ユエ、ルフェアが

頷き4人はステルスローブを脱ぐとそれぞれ

が好きな場所に座り、ヘルメットを取って

それをテーブルの上に置いた。

 

「折角なのでお茶にしますか。

 何か飲み物と軽食でも創りましょうか?」

「そう?じゃあ僕はファ○タのグレープ

 とホットドッグ」

「あ、じゃあ私は紅茶とイチゴの

 ショートケーキ」

「んっ。……私は、チョコバナナクレープ

 とカフェオレ」

「う~んと、え~っと。

 あ、じゃあ私はミルクとフルーツサンド!」

 

「分かりました。では……」

パチンと指を鳴らせば、各々の前に

注文の品が創られる。

「「「いただきま~す」」」

「いただきます……」

皆、そう言うと各々の品を食べ始めた。

 

敵とも判断出来そうな亜人達を前にこの

余裕である。まぁ、あのシールドの

耐久力は第4形態の私の外皮硬度以上だ。

並大抵の攻撃では傷一つ付かないから、

心配ない。

 

そして私は、未だにポカ~ンとしている

シア達の方ヘを向き直った。

 

「シア、カム。あなた達も好きな席へ

 どうぞ。何か振る舞います」

「え?あ、え、えっと、良いんですか?」

チラッと、周囲を見ながら呟くシア。

「えぇ。大丈夫です。この結界は

 並大抵の攻撃では傷一つ付きません。

 それこそ、樹海全てを消し去るほどの

 攻撃でも無い限り、傷など付きませんよ。

 さぁ、好きな席へ」

「は、はいですぅ」

戸惑いながらも、シアはハジメ達と同じ

テーブルにちょこんと座り、カム達も

各々好きな席へ腰を下ろした。

 

「何か食べますか?色々用意出来ますよ」

「え、え~っと」

『と言われても』と言わんばかりに

視線をハジメ達の手元に動かすシア。

やがてその視線がルフェアの手元で止まる。

「あの、司さん。ルフェアちゃんが

 食べてるあれって……」

「あぁ。あれはフルーツサンド。果実を

 クリームと一緒にパンで挟んだ物です。

 あれにしますか?」

「は、はい。じゃあ、そのフルーツサンドと

ミルクで」

おずおずとした形でシアが言うと、周囲の

カム達も同じ物をと言ってきた。

 

まぁ、それ以外の料理は彼らになじみの無い物だ。

無理もないだろう。

「では」

私は指を鳴らし、彼らの前にフルーツサンドを

盛り付けた皿とミルク入りのコップを

創り出した。

 

そして、それを食べた彼らの感想はと言うと……。

「お、美味しいですぅ!」

シアを始め、皆がウサ耳をぴんっと

起立させながら美味しそうにフルーツサンドを

食べ始めた。

 

私も空いている席に腰を下ろし、メットを取ると

コーヒーを創り出しそれを口にする。

 

一方で、今になって事態が飲み込めたのか

虎人族の男達は憎たらしげにこちらを

睨んでいる。

どうやら、今の我々の行動を舐めている、

と考えたのだろう。

 

しかし……。

『ジャキッ!』

こちらに矢を射ろうとした虎人族の男に向かって

ガーディアンがノルンを構える。

 

私はその男の方に目を向けた。

「撃っても良いが、撃たれる覚悟は

 あるんだろうな?お前が弓を射た瞬間、

 私の兵士の弾が矢より速く貴様の

 頭を吹き飛ばす。……試して見るか?」

殺気をその一方向に向けると、霧の向こうで

弓を下ろす様子をレーダーが捉えた。

 

それを確認した私は、タブレットを取りだし、

コーヒーを飲みながらそこに今後の新兵器の

図面に目を通し、今考えている『案』に

ついてを思案していた。

 

ちなみに、私のすぐ側ではハジメが、香織と

ユエに、所謂『あ~ん』を迫られていた。

最初に香織の方が仕掛け、次いでユエが

仕掛けたのだ。ハジメは戸惑いながらも

これに答え、それを見たシアまでもが

混ざろうとしたが、ユエに思いっきり

足蹴にされていた。

ちなみにこの時、『これ位じゃへこたれない

ですぅ!』と言っていた。

地味に逞しいなシア。

 

等と思って居ると、ルフェアも『あ~ん』

をしてきたので私も答えたのだった。

 

その後、私が教えたオセロなどをしながら

暇を潰していた。そして約1時間程度、

オセロなり何なりで遊んでいた。

 

 

『ピッ』

その時、私の体内のレーダーが、こちらに

接近する動きを捉えた。

「皆、どうやら休憩は終わりです。

 誰か来た様子です」

と、私が言うと、ハジメ達4人は今までの

笑みが嘘のように表情を引き締め、

メットを被り直すとノルンやバアル、

アルテミスを取りだし警戒態勢を

取る。

 

その、あまりの変わりように近くで見ていた

シアが一番驚く中、皆が立ち上がったので

机とテーブル、玩具の類いを一旦消滅

させる。

子供達が残念そうにしていたが、今は

遊んでいる時では無い。

 

私は、地面に刺さっていたシールド

発生装置を抜き、シールドを解除した。

 

そして、再び周囲に緊張が走ると、霧の奥から

数人の亜人が現れた。その中でも特に目を引くのが、

細い体の森人族、エルフの老人だ。

しかしその老人の知性を感じさせる碧眼と皺が

生み出す威厳は、紛れもなく本物だ。

 

「ッ。ハイピスト、様」

そして、私達だけに聞こえる小さな声で呟く

ルフェア。

「ルフェア、あの老人を知っているの

 ですか?」

「う、うん。あの人は、『アルフレリック

 ・ハイピスト』様。森人族の族長だよ」

族長、か。

 

アルフレリック、と言うエルフの族長が

私達の前に立つと、一人一人を見回すように

視線を向けていく。そして、その視線が

私で止まった。

 

「お前さんが、リーダーか?」

「そうだ」

「ふむ。お前さんの名は?」

「……新生司。逆に問う。貴様は?」

ルフェアからの情報があるとはいえ、

一応聞くが、どうやら態度が癪に障った

のか周囲の亜人共が騒ぎ出す。

 

しかし、当のアルフレリックがそれを宥めた。

「私はアルフレリック・ハイピスト。

 フェアベルゲンの長老の座を一つ

預からせて貰っている。

……それで、報告より聞いておるが、

ウーア・アルト、大樹の元へ行きたい

そうだな?そして、聞けばオルクス大迷宮を

突破したと。それを証明出来る物は

あるか?」

「……何故解放者の迷宮の事を聞く?」

そこを質問してくるアルフレリックを訝しみ

そう問い返すが、その言葉に奴の眉毛が

僅かに動いた。

 

「……お前さんは、どこで解放者の名を

 しった?」

「……質問に質問を返すな。……オルクス

 大迷宮の最下層部に、オスカー・オルクスの

 隠れ家があった。そこにおいてあった手記を

 読んだだけだ。証拠が欲しいのなら、

 これでどうだ」

私は、保管庫の中からオスカーの指輪を取りだし、

それをアルフレリックに投げ渡した。

指輪をキャッチしたアルフレリックは、それを

確認すると僅かに目を見開き、深呼吸をした。

 

「確かに、お前さん達はあの迷宮を攻略し、

 オスカー・オルクスの隠れ家へとたどり着いた

 ようだな。……よかろう。とりあえず

 フェアベルゲンに来るが良い。私の名で

 滞在を許そう。ハウリア族も一緒にな」

 

と、アルフレリックが言うと周囲の亜人達が

猛抗議をする。

まぁ、人を嫌う亜人が、人である私達と

裏切り者であるハウリア族を自分達の

土地に入れるのには抵抗があるの

だろう。

 

が……。

「何を勝手に話を進めている。我々の

 目的はウーア・アルトだ。フェアベルゲン

 になど興味は無い。我々はこのまま

 大樹へと向かう」

「いや、お前さん。それは無理だ」

「何?」

 

反論しようとしたが、行くのは無理だと

否定されてしまった。

「無理とはどう言う意味だ?」

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな。亜人でも

 方角を見失う。一定周期で霧が弱まるから、

 大樹の元へ行くにはその時でなければ

 ならん。次にいけるのは十日後だ。

……亜人なら誰でも知っているはずだが……」

とアルフレリックが言うと……。

 

「あっ」

 

後ろでカムの呆けた声が聞こえた。

 

彼らの前に居た、私達4人はカムの方に

視線を向けた。

「……カム。まさかお前……」

「あっ、いや、その……。色々な事が

 あったので、ど忘れしていたと

 言いますか、私もそこまで大樹に行った

 経験が無いので、その……」

 

どうやら、カムは周期の事をすっかり

忘れていたようだ。

ハジメ、香織とルフェアは深く深く、

ため息を吐き出した。

一方で……。

 

「………」

無言でジト目なユエと私。その視線が、

『このドジ』と言わんばかりだった。

いやまぁ、私自身若干そう思って居たが……。

そしてそれに耐えきれなくなったのか

カムが逆ギレを始めた。

 

「ええい!シア!それにお前達も!

 なぜ、途中で教えてくれなかったのだ!

 お前達も周期のことは知っているだろう!」

「なっ!?父様!逆ギレですか!?私は、

 父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきり

 ちょうど周期だったのかな?って思って……

 つまり父様が悪いですぅ!」

カムがキレ、シアをキレて他のハウリア達

もカムに責任をなすりつけ始めた。

 

家族のためなら祖国を捨てたはずのハウリア族

が、何ともまぁ情けない事だ。

「ハァ」

これには私もため息が出る。

……そうか、これが『呆れ』という感情が。

何というか、肩の力が悪い意味で抜ける。

そして更に私のため息にビクッと体を

震わせるカムは……。

「お前達!それでも家族か!これは、あれだ!

 そう!連帯責任だ!連帯責任!

 なので司殿!罰するなら私だけでなく

 一族皆にお願いします!」

「あっ!?汚い!お父様汚いですよぉ!!

 一人でお仕置きされるのが怖いからって、

 道連れなんてぇ!」

「族長!私達まで巻き込まないで下さい!」

「あんたそれでも族長か!」

 

「やれやれ。ユエ、どうします?」

私が声を掛けるとユエは……。

「ん。……お仕置きタイム」

そう言って、一歩一歩、ハウリア達に

向かっていく。

 

「ま、待って下さいユエさん!やるなら、

 殺るなら父様だけを!」

「はっはっは!怖い事言うなシア!

 私達はいつも一緒だぞ!」

「何が一緒だぁ!フザケルナ!」

「ウゾダドンドコドーン!」

 

「あっ。何かオンドゥル語混ざってる」

と、後ろで呟くハジメ。しかしユエは

止まらない。

そして、ユエは微笑を浮かべながら呟く。

 

「『嵐帝』」

「「「「あ~~~~~~~~!!!!」」」」

 

ユエの発動した魔法で天高く舞い上がる

ハウリア族。

私達だけではなく、アルフレリック達も

その姿を見上げながらため息をついてきた。

 

「ハウリア族は、残念な一族ですね」

「……うん」

そして、私の一言に隣に居たハジメが

頷くのだった。

 

ちなみに、ハウリア族は落下してきた所を

ガーディアン達が残らずキャッチした。

 

そして、私達の大樹行きは少しばかり

延期になったのだった。

 

     第18話 END

 




次回はフェアベルゲン編です。

感想や評価、お待ちしています。


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第19話 Dead or Alive

今回の司、ある意味原作のハジメより言ってる事過激で理不尽かも
しれないなぁ、と思ってる作者です。




~~~前回のあらすじ~~~

助けた礼として、ハウリア族をハルツィナ樹海

の中心部にある大樹、ウーア・アルトへの

案内として雇ったハジメと司たちは、

ついに樹海へと足を踏み入れた。襲い来る

魔物を撃退していた彼らの前に、フェアベルゲン

の警備部隊が現れる。戦闘になりかけたが、

部隊の隊長であるギルがハジメ達の目的を

聞いたことで戦いは回避された。そして、

ハジメ達の前にフェアベルゲンの長老の

一人、アルフレリック・ハイピストが

現れ、霧の周期の事を知った彼らは、一旦

大樹行きを延期するのだった。

 

 

お仕置きタイムの後、私達はアルフレリック

の案内でフェアベルゲンへと向かうことに

なった。

あの虎人族の部隊長、ギルの先導で

小一時間ほど歩いていた時、不意に濃霧が

無い場所が現れた。まるで、霧の中を

突っ切るトンネルだ。

「何でここだけ霧が」

「それはあれのおかげだ」

ハジメが呟くと、アルフレリックがトンネルの

左右にある、道に半分埋め込まれている青い

鉱石を指さした。

 

「あれはフェアドレン水晶と言う物だ。

 あれの周囲には、なぜか霧や魔物が

 寄りつかない。フェアベルゲンも近辺の

 集落も、この水晶で囲んでいる」

との事だ。

霧や魔物を寄せ付けない鉱物、か。

まるで魔除けのようだ。

 

などと思いつつ、私達はそのトンネルの中を

歩いた。

そしてそのトンネルの中を歩いていると、前方

に木製の大きな門が見えてきた。

絡み合った樹と樹を使った門は、荘厳な物

だった。

 

しかし、周囲の樹上からこちらへと視線が

向けられていた。

ギルが合図を送ると、樹上の亜人達が戸惑い

ながらも門を開けた。

私達は、アルフレリックに続いて門を潜った。

 

門の先は、まるで別世界だった。

巨大な樹が乱立し、その中に家を作っている

のか樹に窓がいくつも見える。その樹同士を

結ぶ巨大な枝は、さながら空中回廊だ。

同様に、空中には木製の水路もある。

 

コンクリートジャングルや、トータス世界の

中世にも似た街並みとも違う絶景。そして

2ヶ月ぶりに見る都市とも呼べる景色に、

ハジメ、香織、ユエの3人は驚き、ルフェアは

目をそらすように俯いた。

 

「ハジメ、香織、ユエ」

そして、私は立ち止まり呆けていた3人に

声を掛けた。ハッとなる3人。

「どうしました?行きますよ」

「ご、ごめんごめん。あんまりにも綺麗だった

から見とれちゃって」

「わ、私も、です」

「んっ。……綺麗」

ハジメ、香織は恥ずかしそうに呟きユエは

二人に同意した。

 

そして、その言葉を聞いていたのか、周囲の

亜人達は皆耳や尻尾を振っていた。

どうやら故郷が褒められたのが嬉しいらしい。

 

とは言え……。

 

周囲からは、好奇、戸惑い、憎悪などの

感情が交じった視線を向けられている。

念のため、ガーディアン部隊を展開

したままにしていたが、どうなる事やら。

 

 

その後、私達は案内された場所で改めて

解放者について、知った経緯を話した。

迷宮攻略について。神代魔法について。

神エヒトの狂乱的な行動について。その全てを。

 

ちなみにシア達は側には居ない。私達が居る

のは最上階。彼女達は下の階に居て

待機中だ。念のためガーディアン部隊

を護衛に付けてある。

 

また、ルフェアはエルフだとはバレていない。

彼女はフェアベルゲンに入る前から今まで

メットを取ろうとはしていない。

 

そして、肝心の話だが、彼はその話を聞いても

はさして驚きもしなかった。

曰く、『この世界は亜人に優しくはない。

今更だ』と。

 

そして今度は、アルフレリックから解放者

について知っていた訳を聞いた。

彼の言葉によれば、この樹海の迷宮の

創設者、『リューティリス・ハルツィナ』が

解放者やその仲間であったオスカー達の

名前も、言い伝えとして残していたのだ。

そしてその中に、資格を持つ者とは敵対

してはならない、と言う物があったそうだ。

まぁ、迷宮を攻略出来る者など、この世界

の最強と言っても良い。

 

その強さを図で簡単に表せば……。

 

迷宮攻略者>迷宮の深部の魔物>ベヒモス>最強と言われた冒険者

 

と、こうなる。つまり、敵に回せば

それこそ国を滅ぼしかねない敵となる。

加えて、彼がオスカーの紋章を知っていたのは、

大樹の元にある石碑に同じ物が刻まれていた、

との事だ。恐らく、その石碑が真の迷宮へと

続く鍵だろう。

 

そう考えていた時。

 

『パンパンッ!』

下の階から乾いた発砲音が聞こえてきた。

そして同時に、私の元にガーディアンからの

状況報告が送られてきた。

……。攻撃的人物を確認。防衛対象

ハウリア族防衛の為、緊急措置として

威嚇射撃を実行。か

「銃声!?」

メットを取っていたハジメは、それを被る事

無くノルンを抜く。香織とユエ、ルフェアも

表情を引き締め、銃声が聞こえた

下の階へと飛び降りていった。

「どうやら、問題が発生したよう

 ですね」

「な、何だと?」

私の言葉に戸惑うアルフレリック。私も

立ち上がり、彼と共に下の様子を

のぞき込んだ。

 

見ると、そこには熊、虎、狐、更に

鳥(?)やドワーフのような亜人達が

ガーディアンやハジメ達と睨み合っていた。

「貴様ら……!人間如きがどうしてここに居る!?

 それも、忌み子を匿った亜人の面汚し共と

 共に!」

先頭の熊の亜人は、特に攻撃的だ。成程、

あれがその攻撃的人物か。

ガーディアンの一人がノルンを上に向けている。

恐らく威嚇射撃で空に向けて放ったのだろう。

それ以外は、銃剣を装備した遠近両用の

装備であるセーフガードライフルを構えている。

 

ハジメ達も、その手にノルンを持っているが、

ユエ以外ではまだ対人戦は無理だろう。

 

「私達がここに居る理由を知りたいか、

 亜人」

そして、私は亜人族を睨み付けながら

ゆっくりと、アルフレリックと共に下へと

降りていく。

私の声に気づいたのか、こちらを睨む

亜人達。

 

「まだ居たか、人間!いや、それよりも……。

 アルフレリック。貴様どう言うつもりだ。

 人間共をこのフェアベルゲンに入れるなど!」

「……フェアベルゲンの族長のみに伝わる掟、

とやらがあるそうだな?彼はそれに従った

までだ」

「掟だと!?まさかアルフレリック!あの

 眉唾物の戯れ言を信じていると言うのか!

 建国以来一度も実行されたことなどない

 アレを!」

面倒なので私が簡潔に答えれば、熊の亜人は

アルフレリックを睨み叫ぶ。

 

私は熊の亜人とアルフレリックのやり取りを

無視してシア達の方へと歩み寄る。

 

「シア、カム。それに皆も。怪我は

 ありませんか?」

「は、はい。ガーディアン達が、守ってくれた

 ので」

と、怯えながらも答えるカム。そしてシアは、

震えながらハジメの背中に隠れるように

縋り付いている。

「……シアちゃん」

 

そんな彼女を肩越しに振り返りながら

見ているハジメ。

その時。

 

「こんな人間族の小僧共が資格者だと!?

 敵対してはならない強者だと言うのか!」

「そうだ」

「……ならば、今、この場で試してやろう!」

 

等と叫び、熊の亜人が私に向かって

その豪腕を振るってきた。

 

 

その場に居た者の中で、亜人達は司の

死ぬ姿を、肉塊になる姿を幻視した。

熊人族の腕力は太い木々をへし折るほど。

そんな中の族長クラスの攻撃。

人間が食らえば肉塊になるのは間違い無い。

 

しかし、相手が悪かった。

 

『ザシュッ!!』

 

そして、肉が切れる嫌な音がその場に

響いた。

一拍の間を置き……。

「ぐっ!?ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

熊の亜人、『ジン』の悲鳴が響き渡る。

次いで、ドサッ、と言う音と共に、ジンの右腕、

肘から先が床に落ち、赤い血だまりを

生み出した。

 

切り裂かれた腕を押さえ付けながら

後退り、床に膝を突くジン。

そして、司の周囲では、ジンの腕を切り裂いた

ジョーカーZのテールスピアが、血に濡れた

状態でユラユラと揺れていた。

 

「……族長というが、所詮この程度か」

更に、私は膝を突いているジンの顎を

軽く蹴り上げ、気絶させた。……蹴ったとき、

顎の骨が砕ける感触があったが、まぁ

どうでも良い。

私は、無表情で気絶した熊の亜人を睨みながら、

どうするか考えていた。

アルフレリック以外の族長は、敵対心を

むき出しにしている。

……まぁ、敵になるのなら滅ぼせば良い。

「……皆の意見が聞きたいのですが、

良いですか?」

「何?司」

「私的には、最悪このフェアベルゲンが敵に

なった場合、ここを滅ぼしても構わないと

思って居ますが?皆の意見を聞きたいのです」

私が言うと、亜人達は驚き、次いで殺気を

滲ませてきた。

やろう、と言うのならこの場で全員、

テールスピアの餌食にしてやろうかとも

思って居たのだが……。

 

「何危ない事言ってるんだよ司。

 後々の事を考えてよ。司らしく

 無いよ」

「……事前に最悪、と言いましたよね?」

「だからってそんな事言うのは駄目だよ

 司くん。私、言ったよね?出来れば

 無関係な人は傷付けて欲しくないって」

「……そうでしたね」

「ん。それに、邪魔したらその時殺せば

 良い。私達はどんな奴にも負けない」

「そうですね」

ハジメ、香織、ユエの意見を聞き、私は

テールスピアを収める。

 

まぁ、私の言った事は半分冗談で半分

本気だ。

私としては、戦争に時間を割くくらいなら

自己進化に時間を割きたい。それに、

虐殺はハジメや香織への精神的ダメージ

を考えると止めた方が良いだろう。

が、向こうが争う意思を見せたのなら、

私は全力で叩き潰すだけ。

それが私の考えだ。

 

しかしそんな中……。

「……………」

ずっと黙っていたルフェア。

「?ルフェア?」

「え?あ、うん。何?」

「あなたの意見はどうですか?今後の

 方針について」

「あ、えっと、その。……ツカサお兄ちゃん 

 達に任せるよ」

 

ふぅむ。ここに来てからのルフェアの

元気が無いが、とにかく今は……。

 

「こちら側の総意を伝える。簡潔に

 言えば、『邪魔をするな。邪魔を

 する敵となれば殺す。でなければ

 こちらから手出しはしない』。

 と言う事だ。……で?貴様らは

 どうする?言っておくが、今度

 攻撃してきてら、それをフェア

 ベルゲン全体の意思と捉え、

 ここを滅ぼす事も辞さない。

 ……とだけ言っておく」

 

その言葉に、亜人達は黙り込む。

 

「アルフレリック。さっさと話を

 詰めるぞ。我々はここに長居

 するつもりは無いのでな」

「……分かった」

 

その後、改めて話をすることになったが、

部屋には私達、シアやカムのハウリア族、

護衛として数体のガーディアンが居て、

相手側にはさっきぶちのめしたジンと

呼ばれる亜人以外の族長が座っていた。

 

ちなみに、あのジンという亜人は右腕を

失い、殆ど抵抗も攻撃も出来ずに

ボッコボコにされた事から、PTSDを

発病させたようだ。どうやら二度と

戦士として復帰出来ないほど、心が

ボロボロになったようだ。

まぁ、そんな事はどうでも良い。

 

「こちらの目的は一貫している。我々は

 大樹を調べ、真の大迷宮を攻略する。

 それが成されれば我々は樹海を 

 離れるし、ハウリア族は我々がこことは

 別の場所に送り届ける。……そちらは、

 こちらの邪魔さえしなければそれで

 良い。敵対すれば滅ぼす。しなければ

 何もしない。これがこちら側の総意だ」

「……ジンを傷付け、再起不能にしておいて

 それか。……我々が、黙っているとでも?」

 

私の言葉に反論したのは、土人族、

ドワーフの『グゼ』だ。しかし……。

「戦う気があるのなら別に構わないぞ。

 ここを滅ぼすだけだ」

そんな私の言葉に、族長達は私を

睨み付けている。

 

「この、悪魔め……!」

そして、グゼは私を睨みながら呪詛のように

そう呟いた。

悪魔。悪魔か。

「悪魔で結構。……私には貴様等の命など何の

 価値もない。死んでいようが、生きていようが。

 どちらでも構わない。阻む者、拒む者、

 挑む者、抗う者。……皆全て等しく踏み潰し、

 私は前に進む。……潰されたくなければ、

 道を開けろ」

 

私は、亜人たちを見回しながら、冷徹に

そう告げた。

 

次の瞬間。

 

 

 

『『スッパァァァァァァァンッ!』』

 

後ろから私の頭に衝撃が襲いかかった。

ハリセンの衝撃が。

そして……。

 

「も~~!司って何でたまにそう言う

 物騒な事言うかな~!後先考えてる!?」

「考えてますよ。中立なら関わらない。

 敵なら滅ぼすだけです」

「極端!極端過ぎるよ司くん!」

ハジメと香織が、私の頭をハリセンで

何度も叩く。

 

「も~!司に交渉役やらせてると物騒な事

 言いそうだから変わるから!司は

 隅っこでじっとしてて!香織は 

 ちょっと司を抑えてて!」

「了解!任せて!」

ビシッと敬礼した香織が、私をどこからか

取り出したロープでグルグル巻きにした。

 

先ほどまで、悪魔と呼ばれた私が縛られる

と言うシュールな絵面に、シア達ハウリア族、

更にアルフレリック達も戸惑いポカ~ン

とした表情を浮かべていた。

 

「んんっ!」

しかしハジメが咳払いをすると、彼らに

緊張感が戻る。

「……僕達のリーダーの交渉が物騒

 なので、代わりに僕が改めて交渉役を

 させていただきます。

 ……改めて、こちらの要望を言うのなら、

 僕達が大樹へ行くことを見逃して

 下さい。迷宮を攻略出来れば、僕達に

フェアベルゲンを訪れる理由はなくなります。

だから二度とここには来ないし、亜人に

関わる事は無い。あくまでも僕達、いや、

僕は平和的に事が解決する事を望んでいます。

ですが司の言うように、敵となるのなら

容赦はしません」

「……だから、ジンを傷付けたことを

 許せと?」

「最初に攻撃してきたのはそのジンさん

 です。試すと言って。結果司はそれに

 勝利した。って言うか司。なんであの時

 腕切り飛ばしたのさ!司ならあそこまで

 しないで手加減して倒せたでしょ!? 

 気絶させるとか!」

と、振り返って私の方に叫ぶハジメ。

「……あの男が殺す気だったので、殺すと

 面倒だから半殺しに止めただけです。

 むしろ、殺気を持って望んだのだから、

 殺されても文句は言えない。と私は

 常々言っているはずですが?」

「まぁそりゃそうだけど……。ハァ。

 とにかく、皆さん司の力は目にした

 はずです。それでも司を敵にしますか?

 あと、司は言った事は守る男ですから。

 滅ぼすって言ったら確実にやりますよ。

 けど僕や香織、ユエちゃんはそんな

 状況を望んでません。なので、

 今回の一回限り、僕達がウーア・アルト

 へ行く事を見逃しては貰えませんか?

 あなた達だって、戦争がしたいわけじゃ

 無いでしょう?」

 

ハジメの言葉に、族長達は押し黙る。

そんな中で、真っ先に口を開いたのは、

狐人族の『ルア』だった。

 

「確かに、僕達だって戦争がしたい訳

 じゃない。それに、彼の実力を考えれば、

 少なくない被害が出るのは間違い無い。

 それに、彼はオスカー・オルクスの指輪を

 持っている。迷宮を攻略している証だ。

 だから僕は、彼らを口伝の資格者と

 認めるよ」

と、ルアが言うと、他の族長である、

翼人族の『マオ』、虎人族の『ゼル』も

渋々、と言う感じで同意した。

 

「では。新生司。我々フェアベルゲンはお前さん

達を資格者と認め、敵対しない。と言うのが

総意だ。……これで、構わんか?」

その言葉に、私は縛っていたロープを引きちぎり

座り直す。隣で香織が何か文句を

言っているが無視する。

「問題無い。こちらはそれで良い」

 

「分かった。可能な限り、末端の者にも

 お前さん達を攻撃しないように伝えておく。

 しかし……」

ん?

「しかし、何だ?」

「……知っての通り亜人たちの中には人間を

 相当恨んでいる者が居る。なので、絶対

 と言う訳には行かない。ましてや、今回

 深手を負わされ再起不能になったジンの

 熊人族は、お前さん達に復讐をするかも

 しれん。奴は人望があったからな」

「……それで?何だというんだ?」

 

「お前さんを襲った者を殺さないで欲しい」

「……断る」

 

私の言葉に、族長やシア達が息をのみ、

ハジメと香織が何かを言おうとしたが……。

 

「戦場に出て戦うと言うのなら、私は

 向かってくる敵を、戦闘で死ぬ覚悟が

 ある者と見なし扱っている。

 殺す覚悟はあっても、殺される覚悟は

 無いだと?そんな甘い考えが戦闘で

 通用する物か。……殺す気でそっちが

 来ると言うのなら、こちらも殺す気で行く。

 手加減などしてやらん。それが戦闘という

 物だ。死なせたくないのなら、お前達で

 止めて見せろ」

 

ハジメ達を制し、私は言葉を紡ぐ。

こればっかりは、譲れない考えだ。

 

撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけ。

 

それが私の考えだ。

すると……

「ならば、我々は、大樹の元への案内を

 拒否させて貰う。口伝にも、気に入らない

 相手を案内する必要は無いとあるからな」

「……端から貴様等を頼る気など無い。

 案内役として既にハウリア族を雇っている」

「それは無理だ」

「……ほう?」

無理?この虎人族の男はそう言ったのか?

何故だ?

「その理由は?」

 

「そいつらは罪人だ。フェアベルゲンの掟に

 基づいて捌きを与える。お前達に雇われた

 経緯は知らんが、ここまでだ。忌まわしき

 魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。

 フェアベルゲンを危険に晒したも同然

 なのだ。既に長老会議で処刑処分が

 決まっている」

成程。そう言う事か。

 

すると……。

「長老様方!どうか、どうか一族だけは

 ご寛恕を!どうか!」

床に額を擦りつけ、一族だけでもと許しを請う

シア。カムはそんな彼女を宥めている。

 

「既に決定したことだ。ハウリア族は

 全員処刑する」

その言葉にシアは泣き出し、ハジメが

彼女の肩に優しく手を置く。カム達が

シアの背中を撫で、自分達も涙を

浮かべていた。

 

「そう言う事だ。これで貴様らが大樹に

 行く方法が途絶えた訳だが?どうする?

 運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

そう、勝ち誇ったような表情を浮かべるゼル。

 

 

あぁしかし。おかげで今後の方針が決まった。

 

私は、立ち上がり、そしてホルスター

からトールを抜くと、息を吸い込んだ。

そして……。

 

 

「ガーディアン全機に告ぐ!」

外の、下の階で待機しているガーディアン達にも

命令が聞こえるように、そして族長達を

威圧する意味でも、声を張り上げる。

 

「全機、武装展開!」

「なっ!?」

私の言葉にゼルが驚愕する。側に居た

ガーディアン達が、セーフガードライフルを

構える。

「防衛目標、シア・ハウリアを含めた

 全ハウリア族!」

そして、更に続く言葉に、シアやカム達が

私の背中を見ている。

「攻撃目標、ハウリア族以外の亜人族

 全て!現時刻をもって、我々G・フリートは

 フェアベルゲンとの戦争を開始する!

 捕虜は一切不要!戦士、女、子供、老人。

 全ての亜人族を射殺せよ! 

 攻撃用意!」

 

私が左手を掲げれば、側に居たガーディアン

達がライフルで族長達を狙う。

 

「き、貴様!?これはどういうつもりだ!?

 敵対しなければ攻撃は……!」

戸惑い声を荒らげるゼル。

「だから、したであろう?敵対を?

 ……ハウリア族は、案内が終わった後、

 我々が彼らの望む場所へ連れて行くと

 約束した。それまで我々が防衛するともな。

 ……そんな彼らへの処刑行為は、

 我々への敵対行動も同じ。よって、

 我々はフェアベルゲンに対し攻撃を

 開始する用意をした。それだけの事」

 

「それで、戦争をしようと言うのか!?」

今度はドワーフのグゼが立ち上がる。

「それに、女子供、老人まで殺すだと!?

 血も涙のないのか、貴様は!?」

 

「だから、言ったであろう?

 『貴様等の命など、私には無価値だ』。

 どうなろうと、知った事では無いと。

 亜人族が滅ぼうと、フェアベルゲンが

 焦土となろうと、私にはどうでも良い。

 敵ならば、滅ぼすだけだ。それが、

 『戦争』だ」

 

恐らく、こいつらは今の私の瞳が、

とても黒く濁っている物に見えるだろう。

 

そして、今回ばかりはハジメ達も私に

反論しない。二人はメットを被り、ホルスター

からノルンを抜く。

二人としても、みすみすシア達を見捨てる

気など無いのだろう。

ルフェアも、静かに立ち上がるとバアルを

取り出す。

ユエも立ち上がり、周囲を睨み付けている。

「ハジメ、さん」

「……。守るって、約束したから」

シアは、ハジメの背中を見つめる。ハジメは、

ノルンの銃口を族長達に向ける。

「……シアちゃん達を殺すって言うなら、

 僕達も容赦はしない……!」

ギュッとノルンのグリップを握りしめ、

ハジメは銃口を奴らに向ける。

 

その視線と、ガーディアン達の威圧感。

そして私の放つ殺気に、族長達は体を

震わせていた。

 

「さぁ、選べ。大量虐殺か、見逃すか。

 どっちだ」

 

「本気かね?」

私の問いかけに、アルフレリックは鋭い

眼光を放ちながら私を見ている。

「……私の意思、伊達や酔狂だと思うか?」

「……。いや」

首を振るアルフレリック。そうだ。これは

嘘偽りやはったりではない。

私は滅ぼすと言ったのだ。そこに、偽りなど無い。

「ならば、そう言う事だ」

 

「フェアベルゲンから案内を出すと言ってもか?」

「……くどい。案内人としてハウリア族を

 雇っている。そして……。私は彼らの案内を

 受けた後、安全な場所まで護衛すると

 約束している。それを覆すつもりはない。

 彼女達を害すると言うのなら、やってみろ。

 全力でこの国を滅ぼしてやる」

そう言って、私はトールの銃口をアルフレリックに

向けた。

「司、さん」

 

シアは、彼の背中を見つめていた。

更に……。

「大丈夫」

ハジメが、シアに向かってそう呟いた。

「絶対に、見捨てないから」

その言葉と共に、シアは彼がマスクの下で

笑みを浮かべている顔を、幻視した。

「ハジメ、さん」

そして、彼女は再び涙を浮かべる。

 

「さぁ。選べ。お前達自身の運命を。

 虐殺か、見逃すか」

「……。分かった」

やがて、深々とため息を吐いたアルフレリック

は静かに頷いた。

「ならばハウリア族はお前さん達の奴隷

 と言う事にしておこう。奴隷である事が

 確定した者は、死亡扱いとなる。

 死んだものを処刑など出来るはずがない」

「アルフレリック!それでは!」

他の族長達が立ち上がり抗議をするが……。

 

「一族諸共死にたいのなら私に言え。

 今すぐ、お前等全員を殺してやる」

私が絶望の王の力で、膨大な殺気を放てば、

アルフレリック以外の族長達が顔を青くし

身震いしている。

 

「……では、ハウリア族は忌み子シア・

ハウリアを含め新生司以下、G・フリートの

 メンバーの奴隷とす。口伝により、

 G・フリートの面々を資格者と認め対立は

 しない。但し、フェアベルゲン及び近辺の

 集落への出入りを禁ずる。また、お前さん達

 と敵対した者については、全て自己責任

 とする。……これで良いな?」

「あぁ。十分だ。……総員、戦闘態勢を

 解除せよ」

私が命令を下せば、ガーディアン達がライフル

を下ろし、ハジメ達もノルンをホルスターに

収めた。

 

「行くぞ。もうここに居る意味は無い」

そう言うと、ハジメ達が未だに呆然と

しているシアやカムに、立つように

促していた。

 

その時。

「……お前さんには、本当に血も涙も

 無いのだな」

アルフレリックは、私を見つめながら

そう呟いた。

「……。自覚はしている。……生憎と、

 私は身近な人間が幸せならそれで

 満足だ。……それ以外の生命が

 どうなろうと、知ったことでは無い。

 ……私には、そんな柔な精神構造など

 持ち合わせていない」

「他者への優しさや慈悲を柔な精神構造と

 言うのか、お前さんは」

「……あぁ。少なくとも、私達の敵に

 なる者に、そんな物は持ち合わせて

 いない」

 

それだけ言うと、私達はシアやカム達、

ガーディアン達と共に部屋を後にした。

しかし、何故か付いてくる長老たち。どうやら

門の辺りまでは見送るようだ。

 

そんな中。

「あ、あの。司さん。私達は、助かった

 んですか?」

「えぇ。……何か不満でも?」

「い、いえ。不満とかじゃなくて。……

 いきなり戦争とか司さんが言った時には

 驚いたし、何だかトントン拍子で色々 

 話が進んで、ついて行けなくて……」

戸惑いを浮かべるシア。他の面々も、どこか

現状に半信半疑、と言う感じだ。

 

その時。

「……あなた達は、『王』に守られた」

「王?」

ユエがシアの隣に並び、疑問符を浮かべる。

「……そう。……司の天職は、『全ての理の上に

 座す王』。つまり、万能の王。……あなた達は

 その王に助けられた。その事実を、素直に

 喜べば良い」

「ユエさん」

シアは、そう呟くと私の背中に視線を向ける。

 

「……確かに、私はあなた達を助ける為に

 動いた。しかし、最初にあなた達を助けたい

 と強く思ったのは、ハジメです。礼を言うの

 なら、彼に」

私は所詮、汚れ役だ。こう言うのは、ハジメの

役目だ。

彼女の、その想いを受け止めるのは。

 

そして、シアはハジメの方を向く。

「……助けるって、決めたし、約束

 したから。……それだけだよ」

そう言って、ハジメはメットの下で

笑みを浮かべ、シアもそんな彼を幻視した。

 

「ッ!」

そして、それだけでシアは大粒の涙を

浮かべる。

 

 

彼女の固有魔法、『未来視』は未来を見る事が

出来る。しかし、その未来は絶対ではない。

シアには、ハジメや司が自分達を助ける未来が

見えていた。しかし、その未来は確定された物

では無い以上、違った未来が待っていたかも

しれない。それは『不安』、『恐怖』となって

彼女の背中にのしかかっていた。

そして、結果はシアの望む方へと動いた。

ハジメの言葉で司たちはハウリア族救出に

動き出した。

 

しかし、ここに来てフェアベルゲン側が

彼らの大樹行きを妨害するような事を

言い出し、更にハウリア族を処刑する事まで

決定している事実に、彼女の中で消え

かかっていた絶望と不安、恐怖が

ぶり返した。

 

そして、何よりシアには、司がどこか

利己的な人物に見えていたのだ。

彼は敵となる者、自らの道を阻む者には

容赦しない。

だからシアは考えてしまった。

『彼には、そこまでして私達を護る理由が

 無いのではないか?ならば自分達を

 見捨てるのではないか?』と。

 

しかし、事態は彼女の真逆に動いた。

司はシア達を守る為に戦争を辞さず、

ハジメ達もシア達を守ってくれた。

 

『辿り、付いたんだ。あの未来に……』

そう考えただけで、シアは大粒の涙を流し、

目の前のハジメを見つめている。

 

今のハジメは、鋼鉄の鎧、ジョーカー0を

纏っていた。白く輝く純白の装甲と、

情熱を表す赤のライン。そして首元で

たなびく深紅のマフラー。その姿は、まるで

英雄のようだ。

 

シアは、そんな彼の姿を見るだけで胸の内が

高鳴った。家族とともに生き延びた喜び。

しかしそれだけではない。

そして、彼女は……。

「ッ!」

バッとハジメに抱きついた。

 

「ふぇ!?シアちゃん!?」

突然の事に戸惑うハジメ。

「ハジメさ~ん!ありがとうございまずぅ~!」

シアは、彼に抱きつくなり、その鋼鉄の体に

額を押しつけながら涙を流した。

 

それにムッとしたユエだったが……。

「駄目だよユエ。……今だけは、ね?」

「……しょうがない」

香織に言われ、ため息交じりに、今だけは

見逃すことにしたユエ。

 

 

シアがハジメに抱きつく姿を見て、ハウリア

達も生存の実感が沸いたのか皆が喜びを

分かち合っていた。

 

しかし、一方でそれを複雑な表情で見つめる

長老たち。更に、周囲にはそんなハウリア族に

不快感や憎悪を宿している視線が

周囲にいくつもある。

 

……どうやら、追放だけでは済まなさそう

だな、と。

私は一人想いながら、後ろを歩くハジメ達。

ハウリア族、ガーディアン達を連れ、

フェアベルゲンを後にした。

 

そんな中で私は、ここに来てから元気の無い

ルフェアの横顔を伺うが、メットに隠された

その表情を伺う事は出来なかったのだった。

 

    第19話 END

 




司は、阻む者が何であれ倒します。組織なら
壊滅させます。国なら滅ぼします。
ある意味、究極のパワープレイヤー。

感想や評価、お待ちしています。


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第20話 弱者から強者へ

今回でハウリア族が変貌します。
若干原作とは異なる感じに変貌した、と思います。


~~~前回のあらすじ~~~

亜人の国、フェアベルゲンへと招かれた

ハジメと司たち、シアやカム達ハウリア族

の一行。そこで彼らはフェアベルゲンの

長老にだけ伝わる口伝を教えられ、

招かれた理由を知る。しかし、その口伝

に対する認識は長老同士が同程度、と言う

訳では無く、口伝に対して従うアルフレリック

とそれを眉唾物という熊の亜人、ジンたち。

しかし、司の主張は変わらず、試すといって

襲いかかってきたジンを半殺しにし、

更に敵となるのならフェアベルゲンも滅ぼす

と宣言する司。大虐殺がはじまるかと思われた

がアルフレリックの対応で彼らはフェアベルゲン

追放だけで済んだのだった。

 

 

フェアベルゲンを出た後、私達は樹海の

一角に、フェアベルゲンで見た鉱石、

『フェアドレン鉱石』を私の力でコピーし

埋設。安全地帯を確保。更にベースキャンプを

設置した。

 

そして、フェアベルゲンを出てキャンプを

設立したあと、小休止を挟んでから私は……。

 

「早速だが、お前達にはこれから戦闘

 訓練を受けてもらう」

ハウリア族に向かって、そう告げた。

 

シアやカムを始め、皆がポカ~ンと

している。やはり言葉の意味を飲み込めて

いないようだな。

「あ、あの。司さん。どうして、

 そのような事を?」

「理由か?……一言で言えば、ハウリア族は

 弱い。体力的な面だけじゃない。

 精神的に見ても、戦おうと言う意欲が

 ほぼ見られない。先ほどの長老たちの

 話し合いの時、カム達はシアと共に死刑

 にされる事を受け入れている節が

 あった。違うか?」

「……はい」

静かに頷くカム。

「あの時は、既に皆覚悟を決めていました」

「……そうか。………ならば言わせて貰う。

 その覚悟のしかたは間違っている」

「え?」

私の言葉に、誰かが疑問符を漏らした。

 

「覚悟があると言うのなら、何故戦わない?

 なぜ自分達の運命を、自分達で切り開こう

 としない?」

「そ、それは……。私達には、強靱な肉体も、

 特殊な技能もありません」

「いや。ある」

カムの言葉を否定すると、ハウリア族達が

驚いた。

「例えば、お前達の気配に関する能力だ。

 お前達は気配を察知する事やそれを消す

 隠密行動に長けている。そのスキルを生かす 

 方法はある。その術を私は知っている。

 ……私なら、この世界の理不尽に

立ち向かえる程に、お前達を強くする事

が出来る」

と、声に出してみるが、皆半信半疑だ。

やむを得ないか。

「ハジメ」

「うん」

私が名を呼ぶと、側で控えていたハジメが

一歩前に出る。

 

「みんな、僕の話を聞いて欲しい。

 ……僕は、かつて王都でクラスメイト

 達と一緒に戦っていた。そして僕の

 ステータスと天職が分かると、皆は

 僕を無能だって言って嗤った」

ハジメが静かに告げると、信じられない

と言わんばかりに彼らは驚きざわめく。

 

「ステータスはオール10で一般人と

 同程度。クラスメイトで勇者に選ばれた

 人は、オール100。皆もそれには及ばない

 けど、僕の倍は普通にあった。

 しかも天職は錬成師って言うありふれた

 物だった。だから、周りに弱い奴、

 無能って言われた。そして僕が

 纏っているジョーカー0は、司が

 僕にくれた物だ」

そう言って、ハジメは左手首の、

待機状態のジョーカーに右手を添えた。

「司は僕の力だって言ってくれてるけど、

 このジョーカーが無ければ僕は、

 もしかしたらここにたどり着く前に

 死んでいたかも知れない。けど司が

 鍛えてくれたから、僕は今、こんな

 芸当が出来るんだ。司」

「えぇ。どうぞ?」

 

そう言うと、私達は向かい合い、

拳を構えた。

 

そして……。

「ッ!」

一瞬で踏み込んできたハジメの一撃が

私の右頬を掠める。私はカウンター

の左を放つ。これは、一般的な格闘技を

習得した者の速度だ。しかしハジメは

それを躱し、バックステップで下がる。

今度は私が前に出て右拳を放つが……。

 

そこからは一瞬だった。

ハジメの左手が私の右手を逸らし、一瞬の

隙に何発も私の腹部や顎を狙って拳を

たたき込み、ひるんだ所を首元に手を回し

体をひねって私を倒してしまったのだ。

その時間、僅か1秒足らず。

 

その光景に、シア達だけでなく香織や

ユエ、ルフェアも驚いていた。

そしてハジメが離れると私は立ち上がった。

「ふぅ。……今軽い組み手を見て貰ったが、

 ハジメはこちらの世界に来るまで武術を

 習っていた事は無い。今見せたハジメの

 格闘技の名は、『クラヴ・マガ』。私達の

 世界で生み出された格闘術だ。この

 クラヴ・マガの基本理念は、如何に速く、

 正確に、自らへのダメージを最小限にし、

 相手を無力化するか、と言う考えの基、

 非常に合理的に、且つシンプルに創られている。

 そして、ハジメがこのクラヴ・マガを

 学び始めたのは、この世界に来たほんの

 数ヶ月前の事だ。彼がここまで動ける

 ようになったのは、後天的な努力による

 物だ」

「……僕は元々強かった訳じゃない。でも、

 司に鍛えて貰って、こんな事まで出来る

 ようになった」

私の言葉とハジメの言葉は、ハウリア族に

響いていく。

皆驚き、努力によって得たハジメの力と技に

どこか尊敬にも似た表情を彼に向けている。

 

だから更に言葉を続ける。

「諸君。諸君は、なぜ私が戦争か見逃すかを

 フェアベルゲンの長老達に迫った時、

 奴らは見逃す事を選んだか分かるか?」

私が問うと、皆が互いに話し合い答えを

考えるが、答えは出なかった。

「分からないか?それは、私が力を持っている

 事を示したからだ」

私は右手を掲げギュッと握りしめる。

 

「奴らは恐れたのだ。私を。私の力を。

 私を敵に回すとどうなるか、理解したのだ。

 恐れ、恐怖とはそれ自体が力の現れだ。

 絶対的強者の前に、弱者はひれ伏すのみ!」

私が叫び声を荒らげると、ハウリア族は

ビクッと体を震わせた。

 

「私がその絶対的強者だから、フェアベルゲンが

 私の提案に屈したのだ!だがお前達はどうだ!

 この私と言う強者に守られているからお前達は

 無事で居られる!が、それでもお前達が

 弱者である事に変わりは無い!

 そして、弱者である限り、貴様達に未来は

 無い!」

「そ、それは……」

カムが何かを言おうとしたが、すぐに口を

つぐんだ。

 

「良いか!現実とは残酷だ!現にお前達は

 どうだ!この樹海を逃げ出した直後に

 どうなった!帝国兵に追われ、貴様達の

 家族は帝国に捕らえられた!そして

 ここへ戻ってきたときはどうだ!

 問答無用で、警備隊にも、長老達にも

 殺されかけた!お前達は、私達が去った

 あとの事は考えているのか!?私達が

 居なければ、まともに身を守る術を

 持たない貴様等に何が出来る!

 残酷な現実と言う『化け物』に食われる

だけだ!狂った神が動かすこの世界では、

理不尽など既に飽和状態!あちこちで

溢れかえっている!そんな世界で、

お前達が生きていけるか?否!

断じて否だ!力無き者は、力ある者

に食い散らかされて終わりだ!

それが世界の理!弱肉強食の理だ!」

私の言葉に、ハウリア族は怯えている。

 

だが、その中に数人、怒りの片鱗を

見せる者達が居た。

ならば、更に押し込む。

「お前達はどうしたい!?世界の理

 に食われるか!それとも、その理の

 中で食う側となるか!どっちが良い!?

 自分や、自分の家族に対し、世界は容赦

 などしない!食うか食われるか!

 Dead or Alive!生か死か!一族諸共

 死に絶えるのと、一族全員で生き残るの、

 どっちが良い!?答えろっ!!」

私が叫ぶ。すると……。

 

「いやだっ!」

ハウリア族の中から、一人の少年の叫びが

聞こえてきた。

「もう、もうあんな思いをするなんて

 いやだ!」

「パル君……」

パル、と呼ばれた少年が叫び、シアが彼の

横顔を見ている。

 

パルは、ギュッと目を瞑り、握りこぶしを

作って居る。

「目の前で、家族が捕まっていく姿を

 見ているのなんて、もう嫌だ!」

そして、それに呼応するかのように、ハウリア

達がその表情を怒りで染めていく。

 

これで良い。

「ならば、どうすれば良いか分かるはずだ!

 世界は残酷だ!力無き者は倒れ伏し、死ぬ

 だけだ!それに抗う為に、必要なのは

 力だ!……スキルが欲しければ私が教えてやる。

 武器が必要なら私がくれてやる。

 お前達に必要なのは、覚悟だけだ!

 ……お前達には、守りたい者が居るはずだ!

 取り戻したい者達が居るはずだ!」

取り戻す、と言う単語に彼らの耳が

ピクピクと震える。

 

「分からないか!?お前達が力を付ければ、

 帝国に連れ去られた同胞を、家族を

 助ける事すら造作も無いのだ!」

私は叫び、パチンと指を鳴らす。すると

ガーディアンやバジリスク。更に小型の

白い一人乗り飛行艇、ホバーバイク、

4つ足の白い戦車、多脚砲台が周囲に

生まれる。

 

「我々の持つ力は、この世界の国を落とす事

 さえ可能なのだ!そんな私がお前達を

 鍛えてやると言っているのだ!どうする!?

 覚悟を持って、これまでを捨て戦うか!

 これまで通りの弱者のまま、彷徨うか!

 どっちが良い!?」

 

私が叫ぶと、シンと辺りは静まりかえった。

やがて……。

 

シアが、一歩前に踏み出した。

「やります。私に戦い方を教えて下さい!

 もう、弱いままは嫌です!」

彼女は毅然とした態度で私を見つめている。

 

やがて、彼女に呼応するように、ハウリア族

の男達が。女達が。子供達が。一歩前に

踏み出す。

そして、彼らを代表するようにカムが更に

一歩前に出る。

「司殿。……宜しく頼みます」

 

「はっきり言っておくが、私は優しくは

 無いぞ。……争いを嫌うお前達のその

 心、壊して作り直す気で行かせて貰う。

戦う兵士に、お前達を仕立て上げる。

 良いな?」

 

「「「「「はいっ!」」」」」

 

樹海に響き渡るハウリア族の叫び。

そして、今日という日を境に、ハウリア族

は変貌というには生温い変化を遂げるの

だった。

 

 

 

『ドゴォォォォン!ドガァァァァァンッ!』

司の宣言から既に10日が過ぎた日。

樹海の中に爆音が響き渡っていた。

そんな爆音の中、樹海に佇んでいるのは、

マゼンタ色のジョーカー、タイプQを纏った

香織だ。

 

「…………」

彼女が無言で見つめる先では、ユエとシアが、

激闘を繰り広げていた。

 

シアの特訓は、魔法に関する物だった。

彼女もまた、ユエと同じで知識さえあれば

陣と詠唱を使わずに魔法を行使出来るのだ。

そして訓練前に適性を調べた所、シアには

『身体強化』に特化していると分かった。

そこから始まったのが、この爆音轟く

戦いである。

 

身体強化を施したシアの馬鹿力はジョーカーを

纏った状態のハジメや香織に引けを取らない物

だった。

むしろ、それを上回ってると言ってもいいかも

しれない。

そして更に、シアはその馬鹿力を生かして、

ハジメが考え、司が設計した彼女専用の

武装、『大型戦斧・アータル』を武器に使って

いた。

 

このアータルは、斧の文字があるが実際には

変形機構を有しており、特に刃の部分は

ナノメタルで構成されており、シアが身に

つけている魔力供給用リングを介して指示を

送り、様々な形に変形するのだ。

 

「どりゃぁぁぁぁですぅぅぅっ!」

ハンマーモードのアータルを振り下ろすシア。

「『風壁』……!」

ユエは風魔法を使ってシアから距離を取る。

次の瞬間、ハンマーが地面に激突し……。

 

『ドガァァァァァァァンッ!』

地面が、まるで隕石でも落下したかの

ようなクレーターが出来、次いで大量の

砂塵が舞い上がる。

 

距離を取り着地したユエ。だが……。

『ボゥッ!』

彼女目がけて、砂塵の中から巨大な岩石が

吹っ飛んできた。これはシアがアータルを

ハンマーモードでぶっ叩いて飛ばした

物だ。それは、もはや砲弾と遜色ない

威力と速度を持っていた。

「ッ!緋槍っ!」

これには、ユエも一瞬驚き緋槍で迎撃した。

 

岩石が炎の槍に貫かれ周囲に小石のシャワーが

降り注ぐ。

そして、ユエは岩石に集中していた事でシアを

見失った。

「……どこ?」

周囲を探すユエ。その時、彼女は気配に気づいて

視線を向けた。

「上……!」

 

自らの頭上へと。

 

そこには、アータル・『バスターモード』。

『魔力式ビーム砲』と化したアータルを構えた

シアが宙に浮いていた。

 

アータル・バスターモードは、シアを通して

供給された魔力をエネルギーに変換し、

発射出来るのだ。

バスターモードの見た目は、槍が近かった。

柄の部分に展開されたメインのグリップと

中間に展開されたサブグリップを握りしめ、

シアは狙いを定めていた。

 

「ファイヤァですぅぅぅぅぅっ!!!」

『ヴィァァァァァァァァァッ!!!』

メイングリップの引き金を引いた次の

瞬間、ビームがユエ目がけて放たれた。

 

「なら……!『蒼天・乱舞』……!」

ユエが呟くと、彼女の周囲に、数百もの青白い

高熱の火球、蒼天が出現する。

蒼天は、炎属性の最上級魔法だ。それを、

複数創り出すなど、ユエとて一気に魔力を

枯渇させかねない。

 

司という無限の魔力タンクが無ければ。だが。

そしてそれはシアにも言える事だ。

二人は今、魔力枯渇という状況とは無縁だ。

どれだけ魔法を行使しても、無限の魔力が

供給用リングを通して二人に注がれる。

 

使えども使えども、底など見えてこない。

魔力枯渇による気怠さなど全くの無縁。

そして、無限だからこそ出来る。

常識離れした攻撃と、これまで出来なかった

新たな攻撃が。

 

「行けっ……!」

ユエが指をタクトのように振った次の

瞬間、灼熱の光球たちがシアの放った

ビームとぶつかり合った。

 

「行っけぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「んっ!負けない……!」

裂帛の気合いで叫び、アータルに魔力を

流し込むシアと、更に蒼天を生み出し

途切れる事無くぶつけていくユエ。

 

二人には、この戦いにおいてある約束を

していた。

そして、それはシアにしてみればどうしても

叶えたい願望。

故に、負けたくは無かった。

そして……。

 

『カッ!!!』

一瞬の瞬き。

『ドォォォォォォォォォンッ!!!!!』

次いで、とてつもない大爆発が発生。

光が木々を飲み込み、衝撃波が霧を

吹き飛ばし、枝や大地を抉る。

爆発が収まると、シアとユエが地面に

横たわっていた。

 

「イタタタタ……」

やがて、後頭部をさすりながら体を起こす

シア。そして彼女は、所々服が破けて、

体のあちこちに小さいが擦り傷を作って居る

ユエを見ると、その表情をパァァァァッ

と明るくさせた。そして……。

 

「やったぁぁぁぁっ!やりましたぁ!

 これで私の勝ちですぅっ!」

その場で、ぴょんぴょん跳ね回るシア。

「二人とも、お疲れ様」

そこへ、離れた所で試合の様子を見ていた

香織がやってきた。

「香織さん香織さん!私勝ちました!

 ユエさんに勝ちましたよ!これで

 あの『約束』、大丈夫ですよね!?」

「うん、そうだね」

香織は、メットを取るとうれしさの余り

跳ね回っているシアに苦笑しながら頷いた。

 

この10日間の間、シアとユエは模擬戦を

しまくっていた。そしてシアの言う約束を

果たす条件は、十日間の模擬戦の間に、

ユエに僅かでもダメージか傷を与える事。

そしてそれは、今日成功した、

と言う事なのだ。

 

その事を思い出しながら香織は今だ地面に

横たわっているユエの元へ近づき、手を

差し出す。

 

「ほらユエ。いつまで寝てるの?」

「……無念」

ポツリとそう呟くと、ユエは香織の手を

取って立ち上がった。

「ユエさん香織さん!これで良いですよね!?

 ちゃんと、話の時に味方してくれますよね!?」

と、シアが二人に期待のまなざしを向ける。

ユエはどこか不満そうな表情をしていたが。

「そうだね。勝ちは勝ち。それにあそこまで

 出来れば、多分司くんも文句は無いと

 思うよ」

「……。良いの?」

頷く香織に静かに問うユエ。

 

「うん。……これはシアちゃんが選んだ道だし、

 私とユエは、試合で条件を満たしたら

 シアちゃんをフォローするって約束した。

 それとも、ユエは約束を反故にするの?

 ハジメくんに知られたら、嫌われちゃう

 かもよ?」

「うっ」

ハジメの名に、僅かに唸るユエ。

やがて彼女はため息をつくと……。

 

「ハァ。……分かった。その時はフォローする」

そう頷くのだった。

「やったぁぁぁぁぁっ!」

そして、その言葉にはしゃぐシア。

そんな彼女に香織は苦笑した後、二人と

共にベースキャンプへと向かうのだった。

 

 

一方その頃。

 

 

……先ほどまで断続的に聞こえていた

爆発音が、大きめの一発を最後に聞こえ

なくなった。

どうやら、今日の模擬戦は終わった

ようだな。

 

ベースキャンプの一角で、私はルフェアと

二人でお茶をしていた。

やがて……。

 

「ルフェア」

「あ、何?お兄ちゃん」

「……フェアベルゲンに、何か思うところが

 あったのですか?」

「ッ。……い、いきなり何?」

「いえ。深い意味はありません。

 ですが、ここに来てからのルフェアは

 どこか元気が無かったので。

 少し気になっていたんです。何か、

 不安があるのなら吐き出して下さい」

「……うん。分かったよ」

小さく頷くと、ルフェアは話し始めた。

 

「ホントはね。ここに来るの、やっぱり

 不安だったんだ。あんまり良い思い出が

 無くても、故郷だったから。でも、

 周りの皆の人間に対する憎悪がどれ

 くらいなのか、知ってたから。

 だから、亜人の私がお兄ちゃん達を

 フェアベルゲンに連れて来たって

 分かったら、その憎悪が私にも向く

 んじゃないかって、怖くて」

「……それで、長老会議の時もメットを

 取らなかったのですね」

「うん。……お兄ちゃんが結界を張って

 くれた時は安心だったんだけど、

 やっぱり素顔を晒す気にはなれなくて」

「そうでしたか」

「……そして、フェアベルゲンに入ったら

 入ったで、私は人間って思われたのか

 憎悪を向けられて。……そして、族長

 達が何の躊躇いも無くシアちゃん達を、

 憎悪の目で睨み付けてるのを見て、

 分かったんだ。亜人という種族が、

 何て排他的なんだろう。って。

 ……もちろんこれまで散々人間や

 魔族に色々やられて、憎悪してるのは

 分かる。でも、結局あの人達にとって、

 人間は全て憎むべき敵、みたいな

 感じと、まるで人間への敵愾心だけで

 動いてるような感じを見て、実感して、

 思ったんだ。……私の故郷は、

 こんな程度だったんだなって。

 ……あそこにとって、異物は例外なく

 排除される。フェアベルゲンという

 輪の外から来た者。その外に出た者は、

 歓迎されない。逆らう者は許さない。 

 ……正直、故郷のやり方に失望した。

 でも、それでも故郷だから。

 どうしてもやるせなくて……」

そう言って、ルフェアは苦笑を浮かべる。

 

「ごめんね、愚痴っちゃって……」

「……良いのですよ」

私は、隣で苦笑を浮かべるルフェアの肩に

手を回し、彼女を抱き寄せる。

「苦しい事、辛い事、たくさんあるでしょう。

 だから、そう言うのは全て、吐き出して

 しまえば良いのです。愚痴程度で

 ルフェアがすっきりするのならば、

 いくらでも話を聞きますよ。私に出来る

 事があったら、何でも言って下さい」

「お兄ちゃん。……うん、ありがとう」

そう言って、ルフェアは薄く笑みを浮かべた

後、なぜか、ハッとなって表情を浮かべる

ルフェア。

 

「あ、あのね。お兄ちゃん、その……」

「ん?どうかしましたか?」

「その、ね。……私、お兄ちゃんにキス、

 して貰えたら、元気になるかな~って

 思って、その……」

モジモジとしつつ顔を赤らめるルフェア。

キス、ですか。では……。

「ルフェア」

「あっ、お兄ちゃん」

 

私は、ルフェアを更に抱き寄せ、口づけを

する。もちろんディープキスだ。

数秒、お互いの舌を絡ませた後、私は

ゆっくりと口を離す。

目の前には、顔を薔薇色に染め、トロンと

した瞳を浮かべるルフェアが居た。

しかし、それだけではない。もう一度、唇を

重ねる。そして、私はそれを1分ほど

繰り返した。

 

その1分が経過した頃には、ルフェアは

顔を真っ赤にし、ハァハァと荒い息づかいで

私を見上げていた。

「ルフェア、元気は出ましたか?」

「う、うん。もう、大丈夫」

真っ赤な顔で頷くルフェア。

 

さて、と……。

「所で、香織達はいつまでそこから見ている

 つもりですか?」

「えぇ!?」

私が霧の向こう側に呼びかけるとルフェアが

驚き、次いで霧の中から現れた香織、

シア、ユエの3人。

 

「ご、ごめんねルフェアちゃん!

 邪魔するつもりじゃなかったんだけど……」

メットを取り、真っ赤な顔の香織と、

同じく真っ赤な顔でウサ耳をピコピコ

させているシア。

「あ、あれが、大人なキスなんですね!

 わ、私もいつか……」

「……んっ。私もハジメと、今夜……」

更に何やら不穏な事を言っているユエ。

 

どうやら、今日の夜はハジメが絞られる

ようだな。

等と考えながら私は見られていた羞恥心

から顔を真っ赤にしているルフェアの頭を

撫でていた。

 

しかし、そんな私の前にシアが立つと、ルフェア

と私も真剣な表情を浮かべる。

何が言いたいのかは、聞かずとも分かる。

「……。先ほどの爆音は、こちらにも

 届いていました。どうやら戦闘力は

 申し分ないようですね。……が、そこに

 覚悟が伴っていないのなら連れては

いけません。……覚悟はあるのですか?」

「……あります」

毅然とした態度で頷くシア。

「理由は?それと、カム達には?」

「父様達には修行が始まる前に話しました。

 私が本気で付いて行きたいと思って居るの

 なら、止めないと。理由は、その……」

顔を若干赤くするシア。理由はなんとなく

分かる。

 

「理由は、ハジメですか?」

私が聞くと、シアのウサ耳がピンッと起立

する。

「どど、どうしてそれを!?」

「シアの態度を見ていればなんとなく

 分かりますよ。……それで、私達に

 付いてくるその理由だけで、シア。あなたは

 戦えるのですか?」

「……はい」

静かに頷くシア。

「この先、私達は攻略困難な大迷宮を巡り

 ますし、はっきり言って聖教教会を敵に

 回しているかもしれません。なので、人族

 全体を敵に回すかもしれませんよ?

 つまり、戦争に参加する事になるかも

 しれません。大勢の命を殺し、その屍を

踏みつけ、返り血で体を真っ赤に染める可能性

さえあります。それでも?」

「……はいっ!」

シアは、私から目を逸らさない。ジッと

視線を交差させる事数秒。

 

「……分かりました」

「ッ!それじゃあ!」

「えぇ。シア・ハウリア。あなたを我々、

 G・フリートの仲間として、旅へ同行する

 事を許可しましょう。3人も、構いませんか?」

「うん。実はユエとの模擬戦で一本取ったら

 説得に協力するって話だったんだけど、

 まぁ必要無かったね。私も良いよ」

「…………んっ。まぁ、良い」

「そっか。……うん。私も良いよ、お兄ちゃん」

少なくとも、私達4人の言葉は、肯定。

つまりOKと言う事だ。

「ッ!やったぁぁぁぁぁっ!ですぅぅっ!」

ぴょんぴょんと周囲を飛び回るシア。

それにやれやれ、と言った表情を浮かべる

香織やユエ、ルフェアだった。

 

そして、シアが落ち着いた頃。

 

「所でシア。どうでしたか?アータル、

 貴女専用の武装、使ってみた感触は……」

「何て言うか、もう怖い物は無いって感じ

 でした。斧だと大きな樹でさえ真っ二つに

 出来るし。ハンマーだと大岩も砕けるし、

 極めつけはあれですっ!光がビィィって

 出る奴!凄いんですけど、何なんですかあれ!」

「聞きますか?凄まじく長い講義に

 なりますが?」

と言うと……。

「え、遠慮するですぅ」

そう言って後退るシア。

 

その後、私達はお茶をし始めたのだが……。

「あの司さん。父様や皆。それにハジメさんは

 今どちらに?」

シアは周囲を見回し、彼らがいない事に

気づいて私に声を掛けた。

 

「今、樹海の中で最終試験を実施しています。

 これに合格すれば、私から何も言うことは

 無いのですが……。ん?」

その時、私は霧の向こうから接近する反応に

気づいた。数は1。その後を、少し遅れて

大人数の影が移動している。

 

「どうやら帰って来たようですね」

そう言って立ち上がると、シアや香織、

ユエやルフェア達も立ち上がった。

 

そして、霧を超えて一番に戻ってきたのは

ジョーカー0を纏ったハジメだった。

「ただいま~。って、あ。香織やユエちゃん

 達も戻ってたんだ」

ハジメは戻ってくると、装着を解除し

私達の側に歩み寄った。

「ハジメさんハジメさん!私、ハジメさん達

 の旅に付いて行って良いって司さんに

 許可も貰いました!」

「えぇ!?本当に!?いやそれはまぁ、

 樹海に爆音響いてたし何か凄い事に

 なってるな~って思ってたけど……。

 良いの?司?」

「えぇ。技量は問題なし。覚悟に関しても、

 今は及第点、と言う所です。既に香織

 達にもOKを貰っています」

と言うと……。

 

「そっか。これから宜しくね、シアちゃん」

そう言って、笑みを浮かべながらシアの

頭を撫でるハジメ。

「あっ。えへへ~~♪」

撫でられ、頬を赤くするシア。

 

そして、私の横では、羨望と嫉妬のオーラを

吹き出すユエと香織が居た。

相変わらずに二人に、ルフェアは顔面蒼白で、

ハジメも悪寒に体をブルリと震わせた。

「?ハジメさん?どうかしました?」

それに気づいて声を掛けるシア。

「あ、あぁううん!何でも無いよ!」

咄嗟にそう伝えるハジメ。

 

「そうですか。……あっ。所で父様達は?」

「あぁカム達ならすぐ来るよ」

と、ハジメが言うと、霧の奥から

ザッザッザッと無数の足音が聞こえてきた。

 

その足音に、シアのウサ耳がピコピコと動く。

彼女は、この十日間、カム達と会っていなかった。

シアにしてみれば、速く彼らに報告したいの

だろう。

 

しかし、その喜びは、驚愕へと変わっていった。

 

霧の中から現れたのは、若干のサイズの差が

あるが、同一で紺色のメカニカルな鎧。

 

私がハウリア族専用に開発した、ジョーカー

シリーズの最新鋭モデル。

『ジョーカー・スカウト』。そのタイプHC。

『ハウリアカスタム』を纏ったハウリア族の

面々だった。

元々、スカウトモデルは狙撃兵としての

才能を開花させつつあった香織の為に設計開発

をしていた物だ。

 

防御の殆どを、展開型エネルギーシールドに

頼り、スーツそのものの防御力を低下させる

代わりに軽量、且つ機動性を高めた。

センサー類もこれまでの物より強化し、

より遠く、より正確なエイムと射撃。

射撃後の移動と回避を可能にしていた。

 

そのスカウトモデルを、ハウリア族用に

更にカスタマイズした物が、タイプHC。

ハウリアカスタムだ。

このタイプHCは頭部にウサ耳を保護する

為のアンテナ状のカバーを設置。

そしてこのアンテナ状には最新鋭レーダー

としての機能と、タイプHC同士を繋ぐ

『データリンク』の為の受信機、送信機

の役割を持っている。

 

「え?え?……み、皆ですか?」

タイプHCを纏った彼らを見て、駆け寄ろう

としていたシアは逆に後退る。

そんな中、タイプHCの中から左肩を白く

ペイントした一人が出てきた。

その人物、カムは武装をスリングベルトで

脇に下げると、ヘルメットを取りそれを

左脇に抱え、右手で敬礼を取った。

他のハウリア達も、それに続いてメットを

取り、敬礼をする。

 

「元帥!ただいま戻りました!」

ビシッとした敬礼。よく通る野太い声。

そしてよく見れば、何というか、

濃くなっていた。色々と。その顔は

まるで兵士のそれだ。キリッとした

目元。横一文字に結ばれた口元。

「戻ったか、カム」

「はっ!ただいま最終試験を終え、

 帰還致しました!」

「え?えぇ?えぇ!?父様なのですか!?」

 

 

私は立ち上がり、驚くシアを無視して

カムの前に立つ。そして、答礼をして

私が手を下ろせば、彼らも手を下ろした。

「こうして戻ってきた、と言う事はお前達

 に課した上位の魔物を討伐してこい

 と言う課題は無事クリアしたと言う事

 だろう。で、そのスコアは?」

「はっ!おいっ!あれを元帥の前に!」

「「はっ!」」

カムが後ろに向かって叫ぶと、二人の

男が袋を持ってきて、その中身を

私に見せた。

 

「ふむ。……最低5匹は倒せ、と

 言っておいたが、どうやら二桁は

 優に超える数を倒したようだな」

「はっ!敵魔物を討伐中、集団の襲撃に

 遭い、これを我々の力で撃滅しました!」

「そうか。……合格だ」

私の言葉に、ハウリア達がザワザワと

ざわめく。

「ッ!それでは……!」

 

「聞け!ハウリアの兵士達よ!」

私の叫びが樹海に木霊すると、ハウリア

達はビシッと背筋を正し、口をつぐむ。

「諸君等は、今日、私が最後に課した

 試練を乗り越えた。……私は、諸君等を

 一度壊したと言っても良い!

 諸君等に理不尽を突き付け、絶望を

 与えた!だが、今の諸君等はどうだ!

 諸君等はその絶望を乗り越え、こうして

 屈強な兵士へと生まれ変わった!

 今一度、過去を振り返って欲しい。

 諸君等は、過去の自分から変われた

 と思うか!」

「「「「「はいっ!!」」」」」

「うむ。良き返事だ。……諸君、改めて

 世界は残酷であると伝えよう。

 この世界で、弱者はただ強者に

 貪られるだけだ。しかし、諸君等は今、

 強者の側に立っている!今の諸君等ならば、

 自らの守りたい者を、守り切るだけの力が

 あると、私は確信している!

 ……最後に、これだけは言っておく。

 誰一人欠ける事無く、『よく頑張った』。

 お前達の身に纏うその鎧、ジョーカーは

 今日から、お前達の物だ。これからは、

 お前達の力で自分達の運命を切り開け。

 良いな?」

 

私の言葉に、ハウリア達の中から嗚咽を

漏らす者や、涙を我慢する者達の姿を

見受けられた。

 

そして……。

「総員っ!元帥に、敬礼っ!!!」

「「「「「はっ!!!」」」」」

バッ!と言う音と共に、ハウリア達の敬礼に

私も答礼をした。

その後、カムの言葉でハウリア族はベース

キャンプのあちこちに散っていく。

 

そんな中……。

 

「父様!?本当に父様なんですか!?

 って言うかこの十日間何があったん

 ですかぁ!?変わりすぎですぅっ!」

父と仲間たちの変わりように驚愕し

カムに掴みかかっているシア。

「シア。聞くのだ。……私たちは元帥の

 元で新たに生まれ変わったのだ。

 これまでの貧弱なハウリア族は既に

 居ない。我々は、新たなハウリア族

 として、生まれ変わったのだ。

 屈強にして勇猛果敢な種族として」

「だからって生まれ変わりすぎですよぉ!」

と、抗議するシア。

 

なのだが……。

「いや。これで良いのだシアよ。お前だって、

 この世界の残酷さは知っているだろう?」

「うっ、そ、それは……。確かに」

「我々を見下し敵視している人に魔人族。

 更には魔物。狂った神。この世界には、

 理不尽が溢れかえっている。その

 理不尽を弾き返すために、私達自身

 が強くならなければならないのだ」

「で、でも……!」

 

何かを言おうとするシア。

『ポンッ』

しかし、それを遮るようにカムが彼女の

頭に手を置いた。

「心配するな、シア。どれだけ心や姿形が

 変わろうと、私はお前の父親だ」

そう言って、カムはシアの頭を撫でた。

そしてシアは……。

「……はい」

自らを優しく撫でる手に、変わる事の

無い温もりに嬉し涙を流していた。

 

 

その後、シアはカム達と色々話を

していた。

「それでですね!司さんの創ってくれた

 アータルでユエさんに勝ったんですっ!」

「ほぅ。あの形を変える武器か。私も使って

 みたいものだ」

「いやぁ。あれは無理ですよ父様。

 あれ、身体強化とか使って無いと持てない

 くらいですからね。普通に持てるのは

 司さんくらいですぅ。あれ、普通に地面に

 落としただけで小さいクレーターが

 出来る位重いんですから」

「ほうほう。しかし、シアがまさか

 ユエ殿と戦い一本取る日が来ようとは、

 夢にも思っていなかった事だ」

「それを言ったら私だって父様達の 

 変わりようにびっくりですぅ!」

などと、彼らは和気藹々とした会話を

繰り広げていた。

それを遠目に見つつ、お茶をしていた

私とハジメ達。

 

 

が……。その時、『あるルート』の斥候に

出ていたハウリアの小隊が戻ってきた。

「元帥!至急元帥にお伝えしたい情報が!」

戻ってきた小隊に、まだ11歳の少年、

パルの姿があった。

彼はメットを取ると私の前で簡単な

敬礼をする。そしてパルのそんな様子に、

ハウリア達が表情を引き締める。

 

「分かった。お前達が見た事を、皆にも

 聞こえるように話せ」

「はっ!我が小隊は大樹へのルートを調査

 していた所、完全武装の熊人族の集団を

 発見しました!奴らは大樹へのルート上

 に展開しており、我々に対する

 待ち伏せ攻撃を画策している物と思われます!」

「そうか。奴らの数は?」

「最低でも50人です!」

「そうか」

やはり、か。フェアベルゲンを出る際の

アルフレリックの言葉。あのジンという

熊人族は人気があり、同族が襲ってくる

可能性を示唆していた。念のためパル達を

斥候として出したが、予想通りになったな。

 

パルの報告を聞き終えると、私は立ち上がり

ハウリア族を見回す。

 

「元帥!私から進言したい事があります!」

「何だカム?言ってみろ」

「はっ!今回の熊人族の排除、我々に

 お任せ下さいませんか!」

「……出来るのか?」

「はっ!元帥に鍛えて頂いたこの精神と、

 授かった鋼鉄の鎧、武装があれば、我々に

 恐るる物などありません!全員、

 そうだろう!?」

「「「「「はいっ!!」」」」」

カムの言葉に、ハウリア族の皆が頷く。

そして彼らの目は、まるでこれまでの借りを

返すぜ、と言わんばかりだった。

 

どうやら、問題はなさそうだ。

「ならばちょうど良い。生まれ変わった

 ハウリア族の強さを、フェアベルゲン側

 に知らしめる為、熊人族の奴らに、踏み台

 になってもらうとしよう」

「では、元帥!」

「元帥!」「元帥っ!」

 

皆、期待の籠もった目で私を元帥と呼ぶ。

私は、息を吸い込み叫ぶ。

 

「聞け!ハウリアの兵士達よ!これより

 我々は大樹へと向かう!だが、その前に

 愚かにも立ち塞がろうとしている者達が

 居る!だがこれはチャンスだ!お前達の

 力を知らしめるチャンスだ!戦う覚悟は

 あるか!」

「「「「「はいっ!!」」」」」

私の叫びに、叫び返すハウリア達。

 

「ならば作戦開始だ!アルファ・ベータ・

 ガンマの3個小隊は狙撃用の装備、

 S型武装を装備し奴らの待ち伏せポイント

 周囲に展開し射点を確保!残りの

 イプシロン小隊は近距離戦闘用装備の

 A型武装を装備し我々に同行せよ」

「「「「「了解っ!」」」」」

「作戦開始だ!行けっ!」

 

私が命令を告げると、ハウリア達は

皆ジョーカーを纏い、装備を召喚すると

半数が常人離れした速度で霧の中へと突入

していった。

 

それを見送った私は、ハジメ、香織、ユエ、

ルフェア、シア、カムとイプシロン小隊の

面々の方へと振り返る。

 

「総員傾注。……我々G・フリートはこれより

 ハルツィナ樹海における真の大迷宮攻略の

 第1段階として大樹、ウーア・アルトへと

 向かう。道中、魔物及び熊人族の攻撃が

 予想される。絶対に気を抜くな」

「「「「はいっ!(んっ!)」」」」

ハジメ達が元気よく頷く。

そして、私はシアに目を向ける。

 

「シア、早速の実戦だ。シアは強くなっている

 が、実戦では絶対に気を抜くな。油断は

 死に繋がるぞ」

「分かってます。ユエさんとの特訓で死ぬほど

 実感しましたから」

そう言うと、シアは私が与えたコピーの宝物庫

からアータルを取りだし、肩に担ぐ。

 

「よし、では……」

 

私が前方を見据え、ジョーカーを翳す。

そして……。

『『『『READY?』』』』

「「「「アクティベート(!!!)」」」」

『『『『START UP』』』』

 

私、ハジメ、香織、ルフェアがジョーカー

を纏い、各々の武器を召喚する。

そして……。

 

「これより目標、大樹ウーア・アルトへ

 向けて行軍を開始する。出発!」

私が叫び、霧へと突入していく。

その私にハジメ達やカム達が続く。

 

 

生まれ変わったハウリア族。

そして、そのハウリア族による蹂躙が

今、始まろうとしていた。

 

     第20話 END

 




司が召喚したホバーバイクや多脚戦車はアニゴジで
出てきた武装です。

感想や評価、お待ちしています。


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第21話 新生ハウリア族

今回は、対熊人族戦などです。


~~~前回のあらすじ~~~

フェアベルゲンより追放される形となったハジメ

と司達、シアやカム達ハウリア族は、樹海の

一角にベースキャンプを設立。そして司は、

弱小種族と見下されてきたハウリア族を、

理不尽な世界で生き残る為に鍛え直すと

宣言。彼らはこれに同意し、シアはユエや

香織と魔法の特訓を。カム達はハジメと司

の元で地獄の訓練をそれぞれ受けた。

十日後には力を付けたシアと、兵士として

覚醒したカム達ハウリア族。

そんな中、族長ジンを再起不能にされた

熊人族の集団が、大樹へと続くルート上に

現れ、彼らの妨害を画策。

司の指示で、生まれ変わったハウリア族は

この熊人族を撃破するために動き出した

のだった。

 

 

私、ハジメ達4人にシア、カム。

10人ほどのハウリア族の集団が樹海の

中を進んで居た。

実戦形式という事もあり、10人の

イプシロン小隊の面々が、バアルを構えながら

周囲を警戒している。

その時。

 

『こちら、アルファ小隊。目標集団から500

 メートルの距離にて待機中』

『ベータ小隊。目標より450メートル

 の距離にて射撃体制のまま待機中』

『こちらガンマ小隊。目標より550

 メートルの位置にて待機中。

 いつでもやれます』

と、3つの小隊から連絡が入った。

 

私は後ろのカムの方を向き頷く。

事前に作戦は伝えてある。

「こちらハウリアリーダー。アルファ、

 ベータ、ガンマの各小隊に伝達。

 任意で射撃開始。但し、20人ほど

 敵兵を残せ。それ以外の30人を

 無作為に狙撃。殺傷、無力化。

 どちらでも構わん。それと、元帥から

再度お達しだ。これはあくまでも戦闘行為だ。

無駄な殺傷は避けるように、との事だ。

初めての対人戦だ。箍が外れて暴走など

するなよ。You Copy?」

『『『『『I Copy』』』』』

 

カムの言葉に、答えるハウリア族の声が

通信機越しに聞こえる。

この『You copy?』『I copy』は、

『分かったか?』『分かりました』という

やり取りだ。

 

そして、直後の樹海に、熊人族の

悲鳴が響き始めたのだった。

 

 

少し時間を遡り、数分前。

 

大樹へと続くルート上に、レギン・バントン

に率いられた熊人族の集団が待ち構えていた。

レギンを始め、その熊人族の者達はジンを

心酔していたと言っても良いほど慕っていた。

しかし、そのジンが再起不能になった

と言う知らせを受け、彼らは最初それを

何かの冗談だと笑った。しかし、現に右腕を

切り飛ばされ、顎の骨を砕かれ意気消沈と

しているジンを見た彼らは、それが現実

だと理解したのだ。

 

そしてレギン達はすぐさま他の長老達を

問い詰め事情を聞き出し、ジンの仇討ちとして

大樹へ向かうハジメや司達を迎え撃とうと

こうして出張ってきたのだ。

 

彼らは、復讐の機会を今か今かと待ちわび、

殺気立っていた。

「来るなら来い……!人間共め!

 ここで血祭りにしてくれる!」

憎悪を滾らせ、霧の向こう側に居るであろう

ハジメ達を睨むように、レギンは霧を

睨み付けていた。

 

と、その時。

 

 

『ボッ!』

レギンから少し離れた場所に居た熊人族の

胴体を、何かが貫いた。

血飛沫が飛び散り、その熊人族の男は

目を見開いたまま後ろに倒れた。

「ッ!?何だ!?」

音も無く、いきなり胴体を抉られ死んだ

仲間を見て驚くレギン。直後。

『ボッ!』

同じように幾人もの熊人族の男達が

胸部から赤い血飛沫を飛び散らせながら

倒れ始めた。

 

「何だこれは!?こうげっ」

『ドバンッ!』

何かを言おうとした熊人族の男の頭が

吹き飛んだ。

そこでようやく、彼らは理解した。

『今自分達は攻撃されているのだ』と。

「ッ!そ、総員密集隊形!」

「集まれぇ!集まれぇっ!」

レギンやその部下、トントが指示を出し

熊人族は何とか円陣を組んだ。

 

しかし、それは愚の骨頂だ。

 

「……バカな奴らだ。そんな風に

 集まったら、デカい的になる

 だけだ。……指揮官が無能なのか、

 まぁ良い」

円陣を組む姿を、メットのスコープ越しに

確認しそう呟いているのは、パルだ。

「俺はお前達に同情なんてしないぞ。

 戦場は殺し合いの場所。そこに

 出てきたんだ。死ぬ覚悟は出来てる

 んだろうな?」

パルは、狙いを付け……。

「ふぅぅぅぅ……」

そして、彼は冷静に狙撃銃、アルテミスの

引き金を引いた。

『バスッ!』

サプレッサー装備のアルテミスから放たれた

弾丸は、寸分違わずトントと呼ばれた

熊人族の頭を吹き飛ばした。

「4人目撃破。次」

彼は冷静にボルトを前後させ、次弾を

装填すると次の目標に狙いを付けるの

だった。

 

「と、トントォッ!」

頭の無くなった部下を見て叫ぶレギン。

その後も、数秒に渡って霧の向こう側から

狙撃が行われた。

彼らは銃という存在を知らない。ゆえに、

対処のしようなど無い。訳が分からないまま、

30人以上の熊人族が胸を穿たれ、頭を

吹き飛ばされ、死んでいった。

 

しかし、不意に銃撃が止み、周囲が

静寂に包まれた。

「な、何だ?攻撃が、止まった?」

一箇所に纏まっていたレギン達は、

突如として止んだ攻撃を訝しみながら

周囲を警戒していた。

 

その時。

霧のカーテンを踏み越えて、レギン達

の前に司やハジメ、カム達が現れた。

 

そして、レギンは司のジョーカーZを

見るなり、その表情を歪めた。

「ッ。漆黒の鎧に、一人だけ細長い

 尻尾を付けた奴!貴様か!?

 貴様がジンを!我らの族長を!」

「あぁ。確かにあの男を再起不能にした

のはこの私だ。……で?それがどうした?」

「ッ!?貴様ァァァッ!」

その時、一人の熊人族の男が司に

突進していった。

 

「ジン殿の仇ィィィッ!」

向かってくる熊人族の男。だが……。

『『『バババババッ!!』』』

側に控えていたイプシロン小隊からの

バアルの掃射を受け、男は手足を

ギクシャクと振りながら倒れた。

 

自らの体から溢れ出た血の海に沈む

熊人族の男。

「……クリア。元帥、お怪我は?」

「大丈夫だ」

私はそう呟くと、一歩前に出る。

 

すると……。

周囲の霧を越えて、周辺に分散していた

3個小隊の面々が現れた。

全員がアルテミスやバアルを構え、殺気を

滲ませながら熊人族を半円状に包囲する。

 

そして、それを確認したカムは、メットを

取り素顔を晒した。

「無様な物だな。熊人族の者達よ」

「貴様はっ!?ハウリアの族長!?

 この、亜人の恥さらしめ!忌み子を 

 匿い、この地に人間を連れ込んだ大罪、

 万死に値するぞっ!」

「……。言いたいことはそれだけか、

 若造」

相手の罵詈雑言にも、大して動揺する

そぶりも見せず、カムはそう呟く。

「何っ!?」

 

「大罪?万死に値する?……大いに結構。

 私たちハウリアにとって、部族は家族。

 そして、シアは我が娘!娘一人、

 大罪を背負っても守らずして何が父親か!

 笑わせるな!」

「父様……」

シアは、熊人族に向かって吼えるカムの

背中を見つめている。

 

「そして、私たちは元帥によって生まれ

 変わったのだ!この世界に満ちる悪意と

 理不尽から、家族を守るため!貧弱な

 肉体を鋼の如く鍛え!脆弱な魂は新たな

決意を宿したのだ!」

カムはそう叫ぶと背中に携えていた、

カム専用のヴィヴロブレード、『白虎』を

抜き放った。

 

純白の刀身が映える白虎を右手で握り、

カムはそれを天に掲げる。

「聞けっ!ハウリアの戦士たちよ!

 私は今日ここに、元帥より賜ったこの

一振りの太刀、『白虎』にかけて誓う!

我がハウリアに仇為すは、何人も

許さず、武力をもってこれを排除し、

必ずや家族を守り切ると!」

「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」」」

 

カムの宣誓に呼応するように、ハウリアたちが

樹海を揺るがすほどの大音量で叫ぶ。

その声に、最強種と言われたはずの熊人族

たちは慄いていた。

 

そして、その叫びが収まると、私は

熊人族の方へと歩みを進めた。

すでに、周囲の3個小隊のマークスマン達

がアルテミスの狙いをつけている。

 

「熊人族よ。見るがいい。これが、貴様らが

 見下してきたハウリア族の生まれ変わった

 姿だ。さて、では諸君らに問おう。

 諸君らの選択肢は二つ。ここで更に戦って

 全滅するか。それともここで大人しく

 引き下がるか。……どっちが良い?」

「な、何だとぉ!?人間の分際で、偉そっ」

熊人族の一人が、私に襲い掛かろうと

したが……。

『バスッ!』

『ドバンッ!』

 

その手が届く前に、パルのアルテミスの一撃が

男の頭を吹き飛ばした。

「分を弁えろ。熊人族。……元帥の

 御前であるぞ」

 

パルの言葉に同意するように、周囲の

ハウリアたちが各々の武装の引き金に

指をかける。

「くっ!?」

『こ、このままでは、全滅だ!

 俺には、部下を生き永らえさせる

 責任がある!』

圧倒的な戦力差を見せつけられたレギンは、

幾ばくかの冷静さを取り戻していた。

 

 

「さぁ。どうする。戦って全滅か。

 こちらの条件を一つ飲む形でここから

 立ち去るか。どちらが良い」

「……。その、条件とは何だ」

「ッ!レギン殿!何を言うのですか!

 まさか人間の言う事を聞くという

 のですか!」

「そうだっ!俺には、この事態を招いた

 責任がある!……人間、貴様の条件

 とは何だ」

「何。大して難しい事ではない。お前たちは

 フェアベルゲンに戻り次第、カムたちの

 武力を亜人達に喧伝するだけで良い。

 ……お前たち以外にも、ハウリア族を

 根に持つものは多いだろう。だからこそ、

 お前たちが伝えるのだ。その武力の高さを。

 自分たちが、どれだけ無様に負けたのかを」

「ッ!」

 

私の言葉に、ぎゅっと拳を握りしめる熊人族の

指揮官。そう、こいつらには、生きた広告塔

になってもらうのだ。そして、その脅威度が

結果的にハウリアに対抗する事への抑止力

となる。

亜人族の中でも武に長けた熊人族の大半が

死んだ、とあっては奴らもさぞ驚き、

攻撃を躊躇うだろう。

「嫌なら、ここで死ね」

そして、司はホルスターからノルンを取り出し

レギンの頭に銃口を向けた。

「50人以上の熊人族が全滅、というのも

 宣伝材料としては事欠かない。……結局、

 お前たちに残されたのは、死してハウリア

 の強さを推し量る物差しになるか、

 生きてフェアベルゲンでハウリアの強さを

 周囲に知らせるメッセンジャーになるかの、

 どちらか一つを選ぶことだけだ」

 

「……。分かった、伝えよう」

「そうか。ならば失せよ」

 

そうして、熊人族の男たちは、戦闘らしい

戦闘をする事もなく、一方的に蹂躙され、

半数を殺された上、更に討とうとした

ハウリア族の力を広く伝えよ、というのだ。

これに勝る生き恥はそうそう無いだろう。

 

そう考えながら、私は霧の向こうへ消えていく

熊人族を見送った。

 

「よろしかったのですか?私としては、

 全滅させても良かったのですが」

カムが私の傍に立ち、そう問いかけてきた。

「まぁ確かにな。しかし、全滅させて

 しまっては、ハウリア族の今の強さを

 語る者がいなくなってしまう。

 全滅させただけならば、私がやったと

 思われ、私が去ったあと別の者たちが

 お前たちを襲う可能性もある。

 だから奴らを生かしたのだよ。

 ハウリア族の強さを語る、語り部として」

「成程。流石は元帥です」

 

「よせ、世辞は良い。それより……」

私が目をやると、傍にいた香織とハジメが、

胸部を大きく抉られた熊人族の男の遺体を

前にしていた。

二人とも、ジョーカーを震わせ手をギュッと

握りしめていた。

 

「ハジメ、香織」

そして、私が声を掛けると二人が振り返った。

「……慣れろ、とは言いませんが」

「うん。分かってるよ司」

「私もね」

フォローしようとしたが、二人が私の言葉を

遮った。

 

「これは、僕たちが望んで選んだ道なんだ。

 今更後悔はしないよ。ただ、これから自分も

 こういう事をするかもしれないんだなって、

 確認しておきたくて」

「うん。私も、もっとちゃんとした決意を

 しておきたいの。だから、見ておきたい

 んだ。人が死ぬのが、どう言う事なのかを」

「……そうですか」

 

それから数分後。遺体の前で手を合わせて

戻ってきた二人。そして私たちは

改めて樹海へ向けて移動を開始した。

 

40人あまりのハウリア族が周囲を警戒

しながら進む事、約15分。

私たちはついに大樹の元へとたどり着いた。

 

のだが……。

「これが、大樹?」

「……枯れてる」

大樹を見上げながら呟くハジメと香織。

 

そう、大樹は確かに巨大な樹であった。

しかし、その大樹は枯れていた。

「……カム」

「はっ。何でしょうか?」

「ここの大樹は、ずっと前から枯れている

 のか?」

「はい。私の聞いた所によると、大樹は

 フェアベルゲン建国以前から枯れていた

 そうです。しかし、枯れていながらも

 朽ちる事の無い大樹と、ある周期を

 待たなければたどり着けないと言う

 霧の性質からいつしか神聖視される

 ようになったと、聞き及んでいます」

「そうか」

 

と、頷いていると……。

「司~!石板があったよ~!」

大樹の根本を調べていたハジメ達が私たちの

方を見ながら叫んだ。

 

私が近づいて確認すると、石板にはオスカー

の指輪と同じ文様が刻まれていた。

「どうやら、この大樹が入り口と言う

 のは間違いなさそうですが……」

私は、石板の文様の部分に指輪を近づけて

みたが反応はしない。

「この石板が関係してるのは間違いない

 ようですが……」

「何か仕掛けがあるだよね?」

「えぇ、おそらく」

と、ハジメと話し合っていると……。

 

「あっ。皆、こっち見て」

石板の後ろに回り込んだユエが何かに

気づいた。

私たちが裏に回ると、そこには7つの

文様に対応した窪みがあった。

「これは……。もしかして」

私は、オスカーの指輪の文様に対応した

窪みに指輪を嵌めた。

 

すると、石板が光を放ち始めた。

そして光が弱まると、それと変わるように

文字が浮かび上がった。

そこに書いてあったのは……。

 

『四つの証』

『再生の力』

『紡がれた絆の道標』

『全てを有する者に新たな試練の道は

 開かれるだろう』

 

そう綴られていた。

「司、これって……」

「おそらく、ですが。証とは迷宮攻略の

 証。オスカーの指輪のような物なのでしょう。

 そして再生の力、というのは神代魔法の

 中に、再生魔法、とでも呼べる物が

 あるのではないかと思います」

「じゃあ、最後の絆の道標って?」

と、首をかしげる香織。

「あっ。それって私たちの事じゃない

 ですか?ほら、樹海って亜人以外は

 迷っちゃいますし。それに亜人と人は

 普通仲悪いですから」

それに答えるシア。おそらく彼女の

推察通りなのだろう。

 

が、という事は……。

 

「今の私たちでは、少なくとも樹海の迷宮

 に入る資格が無い、という事ですね」

「みたいだね。……それで、どうするの司?」

「そうですね。が、まずは彼らでしょう」

 

私は、シアとカムたちの方へと視線を向けた。

 

「全員、聞いての通りだ。どうやら今の私たち

 では樹海の迷宮に入れないようだ。なので

 我々はこれから他の迷宮へ向かう事に

 なるだろう。そこで、今後についてだが……」

と言うと……。

 

「元帥!発言してもよろしいでしょうか!」

と、カムが一歩前に出て叫んだ。

「何だ?言ってみろ」

「はっ!元帥!願わくば我々ハウリアも、元帥

 の旅にご同行したく、許可をいただきたい

 所存であります!」

「え?えぇぇぇっ!?そ、それって父様たちも

 司さんやハジメさんの旅に付いてくるって

 事ですか!?十日前、私が許可もらえたら

 ちゃんと送り出してくれるって父様

 言ってたじゃないですかぁ!どうしちゃった

 んですかぁ!」

「ぶっちゃけシアが羨ましいのだ!」

「ぶっちゃけちゃった!ほんとにぶっちゃけちゃい

 ましたよ父様!?」

ギャーギャーと騒ぐシア。一方で、カムたちは

まっすぐに私を見つめている。

 

 

そして……。

私は静かにパチンと指を鳴らした。

すると……。

『……ウゥゥン』

遠くで地響きのような音が聞こえ、大地が

僅かに揺れる。

 

「げ、元帥?今何を?」

「……お前たちの意思は分かった」

私は静かに呟く。

「だが、ここでの話もなんだ。ベースキャンプ

 に戻るぞ。その道中、話がしたい」

「は、はいっ。分かりました」

と、カムが頷くと、私たちは一旦

ベースキャンプに戻るべく歩き出した。

 

 

そして、しばらく無言で歩いていたが……。

「私達に付いて行きたい、との事だったな?

カム」

「はいっ。これはハウリア族全員の総意で

 あります」

「……理由を言え。なぜそうなった」

「はっ。……我々はこれまで、弱小種族と

 よばれ蔑まれてきました。力も技能も無い

 のだから、仕方ない。心のどこかでそう

 諦めている自分が居ました。ですが、

 元帥と出会い、元帥に鍛えていただく事で、

 私は自分で家族を守れる強さを手にする事

 が出来ました。この御恩、生涯の忠義を

 元帥に誓い、返していく所存であります。

 そして、それは皆も同じ。そうだろう!」

「はいっ!元帥に鍛えていただいたこの

 力、是非元帥のお傍で役立てる物なら

 如何様にもお使いください!」

「私たちは元帥に忠誠を誓います!」

「俺たちを旅に連れて行ってください!

 元帥!足手まといにはなりません!」

ハウリアたちは、口々に連れて行ってほしい

と告げるが……。

 

「ダメだ」

「な、なぜですか元帥!理由を、理由を

 お聞かせください!」

「分かっている。……まず、第1の理由

 として私は大人数を連れて動きたく

 ないのだ。以前話したが、私たち、

 私、ハジメ、香織、ルフェアの4人は

 聖教教会に反発したため、指名手配

 されている可能性がある。そこで更に

 40人もの亜人を連れていては、まず

 間違いなく目立つ。これが第1の理由だ。

 分かるな?」

「た、確かに」

不満そうながらも頷くカム。

 

「次に、第2の理由だが……。今私は

 目立ちたくないと言った。しかしハジメ

 の予想では、エヒトはまず間違いなく

 私たちの敵になるとの事だ。そこで、

 兵力を整えておきたいのだ」

「兵力、ですか?」

「そうだ。人型機械兵士、ガーディアンを

 始め、お前たちに見せたバジリスク、

 多脚戦車、ホバーバイク、それらを

 搭載し長距離を移動する揚陸艇。

 それらの装備は多いに越した事は無い。

 いずれエヒトと戦うかもしれない、と

 考えればな」

「はぁ。それで、私たちとどういった

 関係が?」

「諸君らに関するのはここからだ。

 まぁ、見てもらった方が早いだろう」

「は?」

 

見る、とはどういうことだろうか?

 

という疑問がカムやハウリアたちの脳内に

浮かんだ。

 

と、その時、彼らの視界の先、霧の向こう

にいくつもの光点がある事に気づいた。

更に、レーダー上に『巨大な何か』が

ある事に気づいたハウリアやハジメ達。

 

そして、霧を超えた場所にあったのは……。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?

 何て物創ったんだよ~司~~~!」

『それ』を見るなり叫ぶハジメ。

「こ、これって……」

「な、何、これ?」

「……大きい」

更に戸惑った表情でポツリと呟く香織、

ルフェア、ユエ。

 

そのすぐそばでシアやカムたちが

ポカ~ンと口を開けていた。

 

彼らの前に現れたのは、黒い鋼鉄の壁

だった。その壁の前には、歩哨のガーディアン

数体が歩き回り、壁、『防壁』の上にも

ガーディアンが立ち、そのすぐそばには

自立式のセントリーガンが稼働している。

防壁の高さは、軽く5メートルはある。

 

「皆、こっちですよ」

そして驚く彼らに声をかけ、促す。

慌てて付いてきたハジメやカムたちと共に、

鋼鉄の扉の前に立つと、扉が音を立てて

上下に開いていく。

そして扉を超えた先には、いくつもの

鉄製の建物が並んでおり、歩哨のガーディアン

が武装した状態で巡回していた。

 

「げ、元帥!ここは一体!?」

「ベースキャンプの上に、新たな施設を

 作った。ここは、さっき言った戦力と

 なるガーディアンや武装を生産する

 『製造プラント』だ。地表にはあまり

 建物が無いが、プラントは敵からの

 攻撃を考え地下に建設してある。

 ……さて、それではここからが

 諸君らに関係する事だ」

 

その言葉に、カムたちはメットを取って

整列し背筋を伸ばしながら直立不動の

姿勢を取った。

 

「私は、諸君らハウリア族にこの施設、

 第1プラントの防衛を頼みたい。

 どうだ?」

と、私が問うと……。

 

「はっ!その命令、しかと拝命いたします!

 みんなはどうだ!」

「やります!やらせてください!」

「必ずや守り抜いて見せます!元帥!」

ハウリア族の全員がやる気を示した。

 

この分なら、大丈夫だろう。

彼らに、『あれ』の事を伝えるとしよう。

 

「では、諸君らにもう一つ、聞いておきたい

 事がある。私は、王国から反発する際に

 独立武装艦隊G・フリートを結成した。

 しかし、その所属メンバーは、私、

 ハジメ、香織、ユエ、ルフェアと、

 シアを入れても6人しかいない。そこで、

 私はG・フリート傘下の実働部隊を

 編成しようと考えていた。そこで、

 諸君らに聞きたい。その実働部隊に、

 参加する気はあるか?」

と、私が問うと……。

 

「是非っ!是非参加させてください!」

「私も!」

「俺もです元帥!」

皆、そう言って参加する意欲を見せた。

 

その姿勢に、若干苦笑を浮かべている

ハジメと香織。

……今更だが、私も随分と信頼された物だ。

まぁ、悪い気はしない。

 

「そうか。……では、その実働部隊に

 名を与えるとしよう。

 ≪Gフォース≫。それが今日から

 諸君らの部隊の名前だ」

 

私が名を呟けば、皆がGフォースと言う

部隊名を繰り返す。

 

「さて、次いで。カム・ハウリア!」

「は、はっ!」

私の声に、驚きながらも一歩前に出る

カム。

 

「今日より、この製造プラントを

 G・フリート及びGフォースの第1

 前線基地!『ハルツィナ・ベース』と

 する!また、それに先立って、

 カム・ハウリア!貴官をGフォース

 総司令としての立場と、このハルツィナ

 ベースの基地司令の立場を与える物と

 する!そしてハウリア族の皆を

 ハルツィナ・ベース所属の『第1師団』

 へと編成!総司令カム・ハウリアの指揮下に

 入る物とする!」

 

その言葉に、彼らは皆目を見開く。

すると……。

 

「不肖!カム・ハウリアッ!ッ、ッ!

 謹んで、その任務を拝命、うっ、

 ぐっ!拝命いたしますっ!!!」

カムは、今にも、男泣きをしそうな表情で、

見事な敬礼をしていた。

 

そして、彼は振り返った。

「皆!聞いていたか!今日より我々は、

 元帥の元で働くのだぞ!」

その言葉を聞くと、茫然としていた

ハウリアたちの中から涙を浮かべる

者たちが続出した。

 

「お、俺たちが、元帥、直属の、

 部下。ッ!俺たち、が。

 俺たちが!」

「元帥!俺は一生元帥に付いて行きます!」

「私もです!」

「俺も、俺も一生付いて行きます!」

皆、嗚咽を漏らしながらも敬礼を

止めない。

 

そんな姿を見てハジメ達は……。

「す、すごい。司がたった十日間で

 ハウリア族の人心を掌握している」

「さすがは王様、で良いのかな?」

驚いているハジメと苦笑している香織。

「……んっ。王の名は伊達じゃない」

「あぁ。父様たちがなんだか凄い事に」

さも同然のように頷いているユエ。

どこか遠い目でカムたちを見つめている

シア。

「お兄ちゃんの周囲に人が集まってくる。

 ……さすがはお兄ちゃんだね!」

ブレないルフェアの反応。

 

 

そんな5人の反応を横目に見つつ、私は

もう一度カムたちの方を向いた。

「諸君、まだすべてを伝え終わった訳

 ではないぞ」

と言うと、カムたちがすぐさま整列

しなおす。

 

「今しがた、諸君はハルツィナ・ベース

所属の第1師団に編入した訳だが、その

第1師団の中に、更にもう一つ部隊を

創る。この部隊、戦闘の際にG・フリート、

つまり私たちの援護と護衛を目的と

している。その部隊の名は、『近衛大隊』。

その大隊長として……。

パル・ハウリア!」

「はいっ!……ん?……えぇぇぇっ!?」

パルは、返事をしてから事の重大さを

理解したのか驚き叫ぶ。

 

「お、俺が、近衛大隊の隊長、ですか!?」

「そうだ。パルの狙撃技術は磨けば光る 

 物があると私は考えている。そこで、

 パル・ハウリアを近衛大隊長にしたいと

 思う?不服か?」

「いえ!滅相もありません!ご期待に

 答えられるように、今後も鍛錬を

 続けたいと思います!」

 

「よし。……では、改めてここに宣言

 したいと思う。諸君は、本日をもって

 G・フリート傘下の実働部隊、

 Gフォース所属の兵士となった!

 そして、諸君らに私が下す最初の命令は、

 このハルツィナ・ベースを防衛し、

 更にこの設備を拡充し、大いなる戦いに

 備える事だ。同時に、諸君らは独自に

 樹海を防衛し、帝国兵を倒しフェア

 ベルゲンの亜人達を、『守ってやる』のだ。

 これは、フェアベルゲンの亜人達を

 見返すチャンスでもあるのだ!

 戦え!ハウリア族の戦士たちよ!」

「「「「「「はっ!」」」」」」

 

総勢40名あまり。その全員が、一糸乱れぬ

敬礼をする。

その姿は、とても頼もしい物だった。

 

そして、私はシアの方に歩み寄る。

「シア、私たちは出来れば今日中に樹海を

 出ます。……カムたちに、しばしの別れを」

「ッ。……はい」

一瞬驚きながらも、シアはギュッと握りこぶし

を作りながらカムたちの元へと歩み寄る。

 

「……父様」

「行くのか?シア」

「……はい」

彼女は、頷きながらも服のすそを

ギュッと握りしめる。

すると、娘の想いに気づいたのか……。

 

『ポンッ』

優しく、俯く彼女の頭を撫でるカム。

「大丈夫だシア。……私たちの新しい

 家も、元帥にこうして建てて

 いただいた。私たちは、ずっと

 ここに居る。それに、元帥や

 ハジメ殿に付いて行くと決めたの

 だろう?」

「ッ!はい」

「ならば、行けシア。お前の行きたい所へ

 行き、共に歩むと決めた、彼らと共に。

 そして、もし辛い事があったのなら、

 ここへ帰ってこい。父と仲間たちは、

 いつでもここでお前を待っている」

 

そう言って、カムは以前の優しい笑みを、

シアに向けた。

そして家族同然の仲間たちも、シアに

温かい言葉をかけていく。

 

如何に強くなったとしても、彼らが戦う理由

の根底は、家族同然の仲間を守るため。

だからこそ、彼らの一族に対する愛情は

失われて等いない。

 

そして、シアはその目に涙を浮かべる。

「はい。それじゃあ、私、行ってきます!」

彼女は、涙を浮かべながらもそう、

力強く微笑んだ。

 

そしてシアは私たちの元へと歩み寄る。

「もう、良いのですか?」

「はいっ!これが、今生の別れ、って訳

 じゃありませんから。……だから、

 もう大丈夫です」

「そうですか」

 

シアの言葉に頷き、私はハジメや香織たち

の方へと視線を向ける。4人とも、頷く。

 

「では、これから我々は他の大迷宮攻略に 

 向けて出発します。行きましょう」

5人にそう告げた私は、カムたちに二、三

基地の説明をしてから、彼らと共に

ハルツィナ・ベースを後にした。

 

そして、ベースを出た直後。

シアは涙を浮かべながら振り返る。

ゲートのところには、カムたちが

立っていた。

 

「みんな~~~!行ってきま~~す!」

シアが涙ながらに叫ぶと、カムたちも

叫びながら手を振る。

そしてシアは、涙をぬぐうとハジメの

元へと駆け寄る。

「行きましょうハジメさん!迷宮が

 私たちを待ってます!」

「うん。……司」

「えぇ。行きましょう。私たちの旅は、

 まだまだ始まったばかりなのですから」

 

私の言葉に、ルフェアや香織、ユエ達が

頷く。

 

そして私たちは、シア・ハウリアと言う新たな

仲間を加えて6人となり、ハルツィナ樹海を

後にするのだった。

 

     第21話 END

 




次回はブルックの街でのお話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第22話 ブルックの町

今回はブルックの町の前編です。


~~~前回のあらすじ~~~

樹海へと向かった司やハジメ達。そんな中、

司に鍛えられたカム達ハウリア族は待ち

構えていた熊人族を撃退。大樹ウーア・アルト

へとたどり着く。しかし、樹海の迷宮へ入る

為には、いくつかの条件があり、司たちは現時点

でそれを満たす者ではなかった。

そのため、彼らは樹海を離れ別の迷宮攻略へ

向かう事に。そんな中、自分たちも司たちに

付いて行こうとするカム達。しかし司は、

樹海に基地を作り、彼らに基地を守る事を

命令。と同時に、G・フリートの実働部隊

Gフォースを結成。カム達をその所属とした。

そして司たちは、新たなに仲間となった

シアを連れ、樹海を後にした。

 

 

今、樹海を出た私たちは草原の上をバジリスク

で移動していた。

運転は私。助手席にはハジメが座っており、

後部座席には香織たちが居る。

そんな中で……。

 

「ほぇ~~。これがジョーカーですかぁ」

「んっ。思ったより着心地良い」

後ろのベンチシートに座っているユエとシア。

今二人は、ジョーカーを纏っていた。

 

 

事の発端は数時間前。バジリスクを走らせ

始めた時だ。

「む~~~」

何か、難しい顔をしながら私たちの方を

見ているシア。

「あ、あの?シアちゃん?どうかしたの?」

その視線に耐えかねたのか、振り返って

問いかけるハジメ。

「はい。実は私、改めて思ったんですけど、

 ハジメさんたちだけジョーカーを使ってる

のを見ると、なんか私とユエさんだけ

仲間外れにされてるみたいだなぁ、って

今ユエさんと話してたんですっ」

「んっ」

シアの言葉に頷くユエ。

 

「い、いや、仲間外れとかそういう意味

 は無いんだけど……。ほら、僕たちは

 ジョーカーを使ってた方が強いから

 使っている訳で……」

「それでも仲間外れにされてるみたいで

 嫌ですぅ!私は皆さんと一緒が

 良いですぅ!」

「ん。私も……」

と、抗議するシアとユエ。

 

ふむ。ならば……。

私は宝物庫の中から二つのブレスレットを

取り出し、左手だけを後ろに回した。

「二人とも、これを」

「つ、司さん!これってもしかして……!」

二人は、そのブレスレット、待機状態の

ジョーカーを受け取った。

 

「えぇ。二人用のジョーカーシリーズです。

 元々、ジョーカーは鎧、装着者を守る側面

 もあります。なので、二人を守る意味でも、

 と用意しておきました。腕輪、ブレスレット

 という事で携帯性も高く、持っておけば

 何かの役には立つだろうと開発して

 おいたのです」

「そうだったんですか!ありがとう

ございますぅ!」

「ん。流石司。仕事が早い」

 

そして、時間は冒頭へと戻る。

 

二人はさっそくジョーカーを纏って、

着心地を確かめていた。

 

まず、シアの濃い青色のジョーカー、

『タイプSC』、『シアカスタム』は、頭部を

HC、ハウリアカスタムと同じものにして、

アンテナ型の耳保護パーツを装備。これも

レーダーとして機能しており、更に私たち

の機体全てにデータリンクシステムを装備。

これで、敵を誰かが発見した際に全員に

データが送られるなど、集団としての

戦闘力を高めるのにも役立っている。

一方、首から下の内部構造は、ハジメの

0やルフェアのタイプRとは異なる。

内部のパワーアシスト機構を通常の物より

強化し、より腕力と脚力を強化。更に

背中にタイプCの物より大型のブースター

を装備。タイプCのスラスターが半内蔵式

なのに対し、こちらは完全な外付けの

ブースターだ。

雫のタイプCのような複雑な三次元機動は

出来ないが、突進力ではタイプSCの方に

分がある。

 

次いで、ユエのジョーカーだが。

シアの物を既存のジョーカーのカスタムメイド

機体とするのなら、ユエのジョーカーは

スカウトモデルと同時期に開発していた

最新鋭モデルだ。

機体コードは『ジョーカー・ウィザード』。

私が開発した、『魔力増幅ジェネレーター』を

実装した、ユエや香織のような、魔法を使う者

の装着を前提として開発した新たな

ジョーカーだ。

幸か不幸か、これまで私たちの中で魔法を

使うのは殆ど香織だけだった。ハジメの

錬成魔法も実戦ではあまり使えない。

更に香織の魔法は治癒系統が多いが、そもそも

戦闘で治癒してもらうほどの怪我を

した事も無いのも事実だ。私も、魔力は

あるが使わないし、わざわざブーストする

意味もない。

が、ユエがジョーカーを欲しいと言い出した

のだ。ならば、という事でこれを渡した。

 

ウィザードモデルは機体の関節部や胸部中央

にクリスタルのような輝きを放つ、魔力増幅

ジェネレーターを搭載しており、装着者の

魔力量を50倍にまで引き上げる。

これで、ユエは万が一にも私からの魔力

供給を受ける事が出来なくても、かなりの

量の魔力を保有する事が出来る。

また、ウィザードモデルだけの機能として、

魔力をエネルギーに変換し、ビームとして

発射するビーム砲を掌の部分に搭載。

これはアータルに搭載したバスターモードを

小型に改良した物だ。

それだけではなく、同様の機構を改良して

魔力エネルギーを推進力に変換して空を

飛ぶことも可能。

 

その事をハジメに話したら……。

「それ、完全にア〇アンマンじゃん」

と言われてしまった。

 

まぁ、ユエの基本的な戦闘力を考えれば、

あまり必要な機能とは思えないが、

念には念を、という所だ。

 

その後、ジョーカーの装着を解除した

シアが運転席と助手席の間から顔を出した。

「所で、私たちは今どこに向かってる

 んですか?」

「今はとりあえず、以前地図に確認した

 町へと向かっています」

「町、ですか?」

「えぇ。一応、当面攻略を目指す迷宮

 としてはライセン大峡谷を考えて

 いますが、そもそも私たちはオルクス

 を出た後、人里で私たちが指名手配

 されていないかどうかを確認する

 予定でした」

「けど、そんな矢先にシアちゃんと出会って

 いろいろあった、って事なんだよ」

と、私の言葉に続くハジメ。

 

「えぇ。なので、今はまず、当初の目的

 通り町へ行き、私たちがどうなっている

 のかを確認し、あとは樹海や峡谷で

 倒した魔物の素材をお金に換えます」

「成程~」

と、頷いているシア。

 

そして、バジリスクを走らせる事

数時間。あと少しで夕暮れ、と言う所で

町が見えてきた。

「皆、町が見えてきましたよ」

と、私が声をかけると助手席でうたた寝

していたハジメと、後ろの席でトランプを

使い遊んでいた4人の視線がこちらに

向いた。

 

私は前方に町を確認するとバジリスクを

停車させた。

「あれ?どうして止まるんですか司さん」

「バジリスクは、この世界において完全な

 異物です。こんなのに乗って近づけば

 驚かれてしまいます。なので、ここからは

 徒歩で向かいます。あと、ジョーカー

 も解除したままにしておいてください。

街中では悪目立ちしますから」

「はいですぅ」

「んっ」

「分かったよお兄ちゃん」

と、3人が返事をする。

 

「あっ。そうだ司。僕と司と香織は、

 ステータスプレートの数値を隠蔽しておいた

 方が良いよね?」

「あぁ、そうですね。おそらく、入り口で

 提示を要求されそうですし……。

 シアとルフェアは、心苦しいですが

 奴隷、という扱いで構いませんか?」

「う~~ん。まぁ、演技なだけなら」

「そうだね。仕方ないよシアちゃん」

若干嫌そうだが、一応頷いてくれたシアと

励ますルフェア。

 

「あと、ユエに関してはプレートを戦闘で

 破壊されてしまい、破棄した、という事で」

「んっ、分かった」

そうやって、口裏を合わせた私たちは

バジリスクを降りてそれを宝物庫にしまった後、

徒歩で街へと向かった。

 

ちなみに、シアとルフェアには首元にチョーカー

を付けてもらっている。

一応、奴隷を現す首輪代わりだ。黒いチョーカー

の全面には、純白のクリスタルをあしらってる。

傍目にはアクセサリーだが、一応彼女たちが

奴隷の『ふり』をするために用意したのだ。

 

そして、私たちは『ブルック』の町へと

たどり着いた。

ブルックの町は、周囲を堀と柵に囲まれており、

入り口には門番の物らしい詰め所の小屋が

あった。

 

どうやら、規模で言えば中規模のようだ。

私たちは門番の青年にステータスプレートを

提示。ユエのは少し前の戦闘で壊れたので

破棄した、と伝えた。シアとルフェアは、

名目上奴隷なので提示を要求はされなかった。

私とハジメ、香織のプレートは既に隠蔽済みだ。

 

まぁ、流石に美女・美少女と呼ぶに相応しい

香織、ユエ、ルフェア、シアを連れているので、

門番の青年はかなり驚いていたが。

 

町へ入る理由を聞かれたので、とりあえず

食料の補給と、倒した魔物の素材の換金だと

伝えた。素材の換金については、この町の

ギルドで聞けと言われたので、私たちはまず

そのギルドへ向かう事にした。

 

 

その道中。シアとルフェアが首元を

しきりに掻いている。

やはりチョーカーが慣れないのだろう。

「う~~ん。これしてると首元がなんだか

 ムズ痒いですぅ」

「ん~~。私も~~」

「ごめんね二人とも。けど、二人は亜人

 だし、それに、その、可愛いから。

 少しでも人さらいとかに狙われないよう……

 って、どうしたのシアちゃん?」

ハジメがそう言うと、途中から顔を赤く

するシア。

「そ、そんな~。可愛いだなんて~」

彼女は頬を赤く染め、両手を添えながら

いやんいやん、としていた。

「も~~ハジメさんってば、もしかして 

 私を堕とす気ですか~?でも私~

 既にハジメさんの事、す、へぶっ!!」

何やら顔を赤くしていたシア。しかし

次の瞬間、思いっきり香織にビンタされて

倒れた。

 

シアは倒れたままビックンビックンと体を

震わせている。

う~む、脳震盪でも起こしたか?

「あっ、ごめんシア。ちょっとほっぺに

 虫がいたから叩いちゃった」

と言いつつ、香織の背後には般若の

オーラが浮かんでいた。

それだけでハジメとルフェアはガクブルだ。

ハァ、やれやれ。とりあえず、私が指を

鳴らすと、何事も無かったかのように

立ち上がるシア。

「うぅ、香織さん酷いですよ。いきなり

 ぶつなんて。……父様にぶたれたことも

 無いのに」

とシアが言うと……。

「なぜにシアちゃんがそのネタ知ってんの」

と、ハジメが呟いていた。

 

更に……。

「シア、良い事教えてあげる」

「ほぇ?何ですかユエさん」

「……ハジメは私の婚約者。正妻ポジは

 すでに私の物」

「なん……だと……」

そう言ってハジメの右腕を取るユエ。

そしてシアは、そう呟くとその場に

崩れ落ちた。

「何言ってるのユエちゃん?って言うか

 シアちゃんもホントネタ知ってるよね?

 君たち、もしかして僕たちの世界来た事

 あるんじゃないの?ねぇ?」

それに首をかしげ、いろいろ突っ込むハジメ。

しかし誰も何も言わない。更に……。

「ねぇユエ。何度言ったら分かるの

 かなぁ。ハジメくんはぁ、私の

 彼氏なんだよぉ?」

ユエの言い分に、般若を鬼神にパワーアップ

させ、ハジメの左腕を取る香織。

「言ったはず。これは戦争。私は

 負けない」

「ふ~~ん」

バチバチと、ハジメを挟んで火花を散らす

二人。

その二人に両手を取られながらも、滝の

ように冷や汗を流すハジメ。

更に……。

 

「ま、まさかお二人が、ハジメさんと

 そんな仲だったなんて……!」

がっくりと、地面に膝と手を付き項垂れるシア。

しかし……。

「う、う~~~!で、でもでも!私も

 負けませ~~ん!」

すると今度はシアがハジメの腰元に抱き着いた。

それも正面からである。

 

「ちょっ!?さ、三人ともそろそろ離れて!

 特にシアちゃん!」

「嫌です!私だって負けません!」

「いやっ!?け、けどこの状況は

 不味いって!」

顔を真っ赤にしながら叫ぶハジメ。今、ハジメの

腿の部分にシアの一部が押し付けられていた。

どこが、とは言わないが……。

 

火花を散らす二人に、まるで縋るように

抱き着くシア。戸惑っているハジメ。

 

これだけ騒げば、周囲からの視線が嫌でも

集まる。

ハァ。仕方ない。

私は内心ため息をつきながら、『あれ』を

取り出した。

 

そして、それで4人の頭を叩いた。

『パパパパンっ!』

「んっ!?」

「あいたっ!」

「はきゅっ!?」

「何でぇ!?」

ユエ、香織、シア、ハジメの順に悲鳴を

上げる。

ハジメは、それ、ハリセンを取り出した

私に抗議の視線を向けている。

 

「皆、あまり往来で騒ぐものでは

ありませんよ。それより、まずはギルド

 です。もう日も暮れ始めてますし、

 宿も確保したいので、急ぎますよ」

そういって促すと、ユエとシア、香織が

ハジメから離れた。

 

そして私たちは再びギルドを目指して

歩き出した。

 

 

やがてメインストリートを歩いていると、

一本の大剣が描かれた看板を見つけた。

あれはギルドを示す看板だ。

ホルアドの物より二回りほど小さいその

ギルドへ、私たちは足を踏み入れた。

 

重厚な扉を開けて中に入れば、そこは意外にも

清潔感が保たれていた。一度ホルアドの

冒険者ギルドへ足を運んだ事があったが、

あそこは随分と汚れていた。あそことは

良い意味で大違いだ。

 

出入口の正面にカウンターがあり、そこに

恰幅の言い女性が居た。ちなみに彼女を見る

なり、ハジメが……。

「ハハ、美人受付嬢なんて、幻想だよな。

 やっぱり」

と、何やら遠い目でどこかを見つめながら

そう呟いていた。

その変なつぶやきを聞きつつ、周囲を

見回す。

入って左手は飲食店のようだ。冒険者たちと

思われる者たちが食事をしていたが、

やはりと言うべきか。

 

香織やユエ、シアにルフェアを見ると4人に

視線が釘付けだ。元の世界で、女神と

称されていた香織に、それに勝るとも劣らない

ユエ達3人。目立つのは当然か、と考え

つつ、何やら恋人らしい女性に殴られている

冒険者たちから視線を反らし、前方の

カウンターの方へと歩みを進めた。

 

「いらっしゃい。見ない顔だけど、この町は

 初めてかい?」

「えぇ。ここに来るのは今日が初めてです」

「そうかい。あたしはこのブルック支部の

 受付、キャサリンだよ。それで、今日は

 どういった御用で?」

「実は魔物の素材の換金をしたいのですが、 

 それができるところを知りませんか?

 何分、先ほど町に入ったばかりなので、どこに

 何があるか皆目見当がつかないのです」

「そうかい。ならここで買い取るよ。あたしは

 査定資格を持ってるんだ。んじゃ、まずは

 ステータスプレートを提示してくれるかい?」

「はい」

 

私は頷き、プレートを渡したのだが……。

「ん?もしかしてあんた達、冒険者じゃ

 無いのかい?」

プレートを見るなり、キャサリンさんは

首を傾げた。

「ん?何か不都合が?」

「あぁいや。冒険者なら買取金額を一割増

 に出来るからプレートを出して貰った

 んだけど、登録してないみたい

 だからねぇ」

あぁ。だからプレートを要求したのか。

 

私としては、誰が何を持ち込んだのか、記録

するため、と思っていたが、違ったようだ。

「どうせなら、ここで登録して行くかい?

 冒険者ギルドと提携している宿の値引きや

 移動馬車の料金を無料にしてくれるっていう

 特典もあるけど、どうする?料金は

 一人千ルタだよ」

「ふむ」

 

ちなみに、『ルタ』というのはこの世界の貨幣

の名前だ。このトータス世界では、お札

という概念は無く、ザカルタ鉱石に他の鉱石

を混ぜ、別々の色の硬貨を作り出しており、

それで支払いをする。

ルタは……。

 

青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の9段階に

分けられ、それが……。

 

1、5、10、50、100、500、千、五千、万。

と言う、何とも日本円のような基準なのだ。

まぁおかげで金銭感覚は日本と余り変わりないが。

 

さて、冒険者の登録だが……。

「では、私と連れの内二人の登録を。

 ハジメ、香織」

「うん」

「分かった」

ハジメと香織がうなずき、二人もプレートを

提出した。

そして私は、ポケットの中から黒い硬貨、

千ルタ硬貨を3枚取り出し、テーブルの上に

置いた。

 

そして、戻ってきたプレートの変化として、

天職欄の横に、職業欄が追加され、そこに

『冒険者』の文字も追加されていた。また、

更にその横には青い点がついている。これは

冒険者のランクを示しており、その色は

ルタ硬貨と同じ。つまり最高位の冒険者の

ランクは金、と言う訳だ。

また、戦闘系天職を持たないものは黒まで

しか上がれないらしい。

 

ちなみに、私はそもそも天職が普通では

無いので、ステータスプレートに細工を

して、『拳闘士』と言う事にしておいた。

なので、一応金は目指せる立場にある。

「この中じゃ、あんたは金に行けそうだし、

 頑張って出世するんだね」

「えぇ。行ける所まで行くつもりです」

と、言いつつ、私は頷く。

 

そして、改めて査定をお願いする事にした。

「ハジメ」

「うん」

私が声をかけると、ハジメが回れ右を

して背負ったバッグを私の方に向けた。

まさか白昼堂々、宝物庫を使う訳にも

行かないので、町の外の段階である程度

このバッグに入れてあった。

 

そして私はバッグの中身をキャサリンさんの

前に置いて行ったのだが……。

 

「こ、これは……!」

彼女はとても驚いた様子だった。

私たちが出したのは樹海と峡谷の魔物の

素材だ。最初はオルクスのも売ろう

と考えたが、そもそも世間一般では

『存在しない』101層以降の物だったと

思い出し、やめたのだ。

 

「これは、峡谷に樹海の魔物の

 素材だね?」

「えぇ」

「よくもまぁ、あんな場所の素材なんて

 持ってきてくれたもんだよ」

驚嘆の意味を込めて、ため息をつく

キャサリンさん。

「冒険者としては、今日登録したばかり

 ですが、ある程度の戦闘経験が

 あるので」

「ハハ、ある程度、で狩れるかねぇ。

 あんな化け物どもを」

そう言って苦笑を浮かべるキャサリンさん。

そして彼女は、まるで探るように私を

まっすぐ見つめる。

 

が、彼女はすぐに笑みを浮かべ、手元の

素材へ目をやった。

どうやら余計な詮索をするつもりはないようだ。

「さて、それじゃあ査定してみたけど、

 全部で50万ルタ、って所だね。これで 

 良いかい?」

「えぇ。十分です」

額がぴったりだったので、金のルタ硬貨を

50枚を入手したが、これだけ持っていても

しょうがないので、内の10枚を

両替して貰った。

 

と、そうだ。

「そういえば、門番をしていた青年にここで

 地図を貰えると聞いたのですが……」

「あぁ。ちょっと待っといで。……ほら、

 これだよ」

と言って手渡された地図、なのだが……。

「うわっ、これが無料?」

私の手元の地図を見ながら驚くハジメ。

「これが無料って。ほんとに良いん 

 ですかキャサリンさん?これ、確実に 

 売れるレベルだと思いますけど……」

そう呟く香織に、私も内心同意していた。

 

なかなか精巧、かつ色々な情報が載っていた。

もはやガイドブックレベルだ。簡易などと

いう物ではない。香織の言う通り、

売れるレベルの品だ。

「アハハ、誉め言葉として受け取っておくよ。

 これはあたしが趣味で描いてるもん

 だからね。書士の天職を持つあたしには

 落書きみたいなもんだよ」

趣味とは言え、これほど精巧な地図を

描くとは、彼女は中々優秀な女性のようだ。

 

「ありがとうございます。助かります」

そう言って私は軽く頭を下げた。

「良いって事よ。あ、それよりあんた達。

 少しは良い所に泊まりなよ?治安が悪い

 訳じゃないけど、キレイどこを4人も

 連れてちゃ、男どもが何しでかすか

 分からないからね」

そう言って笑みを浮かべるキャサリンさん。

 

まぁ、確かに、と私は思っていた。

香織たちほどの美少女だ。男ならだれでも

『お近づき』になりたいだろう。

それを考えれば、防犯がしっかりした宿を

探すか。

 

「では、私たちはこれで。失礼します」

「あぁ。何かあったら、来るといいよ。

 相談に乗るからさ」

「はい。ではこれで」

と、私が言うと、ハジメ達も頭を下げ、私達

はギルドを後にした。

 

その後、ハジメ達と話し合って、私達は

地図に記された『マサカの宿』という所に

行くことにした。防犯もしっかりしていて

食事も美味しい。風呂もあるとの事だ。

風呂付、というのは私達としてもありがたい

ので、ここに決まった。

 

「ここですね」

そして、私達6人はたどり着いたマサカの宿に

入った。1階は食堂を兼ねているのか、大勢の

宿泊客が集まっていた。

そして、ギルドと同様に香織たち4人に

見ほれる男たちを無視して、私達はカウンター

へと向かう。

受付に行くと、15歳くらいの少女が

現れて応対してくれた。

 

「いらっしゃいませー。ようこそ

 マサカの宿へ!本日はお泊りですか?

 それとも食事だけですか?」

「宿泊の方で。……ギルドでもらった

 ガイドブックを見て来たのですが」

と、あの地図を見せながら言うと、成程、

と言いたげに頷く少女。

「あぁ。キャサリンさんの紹介ですね。

 では、宿泊、という事ですが何泊の

 ご予定ですか?」

「とりあえず一泊で。食事と風呂も頼みたい

 のですが」

「そうですか。お風呂は15分百ルタです。

 空いている時間はこちらになります」

と言って、時間表を見せてくれた。

 

30分で200ルタ、1時間で400ルタか。

うぅむ。男女別にして、女性は結構長い

風呂に入るだろうから……。

「では、二時間ほど風呂をお借りしたい」

幸い2時間分空いている時間帯があった

ので、すぐさま予約した。

受付の少女が驚いていたが、すぐに部屋

の方の話になった。

 

「それで、お部屋の方はどうされますか?

 ここは最大が4人部屋となってまして。皆さんが

 一緒に入れるほどの物はないのです。申し訳

 ありません。一応4人部屋、3人部屋、2人部屋

 のどれもいくつか空いていますが」

そうか。であれば、3人部屋が二つ、で良い

だろう。

「では、3人部屋を二つ」

と、頼んだのだが……。

 

「ダメ」

と、ユエがそう呟いた。

「部屋は、3人部屋が1つと、二人部屋が二つ」

と、彼女が呟くと周囲の客たちが、『ざまぁ』

と言いたげな表情を浮かべた。

大方、私達が男女で部屋を分けたと思ったの

だろうが、それは勘違いだった。

 

「3人部屋には、私とハジメと香織。

 二人部屋の一つには司とルフェア。

 あと一つにシア」

という風に割り振られた。

 

「えぇ!?ユエさん何ですかそれ!?

 それなら4人部屋にみんな一緒で良い

じゃないですか!何で私だけ

仲間外れなんですかぁ!ひどいですぅ!」

一人だけのけ者のような扱いに抗議する

シア。

「……。シアが居ると、夜の決闘の邪魔」

「け、決闘って!?何してるんですか

 お二人とも!?」

「う~~ん。何て言うか、ハジメくんの彼女に

 相応しいかをかけての、ベッドの上での

 対決、かな?」

との香織の言葉に、周囲の客たちは絶望し、

更にハジメに嫉妬の視線を向けてきた。

その視線にいたたまれなくなるハジメ。

 

しかし、それだけではなかった。

「じ、じゃあ私もそのバトルロワイヤル

 に参加しますぅ!は、ハジメさんが好き

 なら、良いですよねぇ!?」

「へぇ?」

「……ほぅ?」

シアの言葉に、香織とユエのオーラが

濃密になっていく。そして、ルフェアは

とうとう現実逃避を始めたのか、笑みを

浮かべながら私の腕を抱き、香織たちの方

を見ないようにしている。

「まぁ、私は別に良いけど?でもシアちゃん。

 あなたに何ができるっていうの?

 少なくとも、経験はシアちゃんより有るし、

 ハジメくんのツボは心得てるよ?私」

「んっ。それは私も同じ。……ハジメを

 鳴かせる方法は、いっぱい知ってる」

何やら、ハジメにとって死ぬほど

恥ずかしい話に発展していた。

「う、うぅ!それでも負けないですぅ!

 頑張って、ハジメさんを鳴かせて、

 私にメロメロにするため頑張るですぅ!

 そ、そして出来れば今日の夜には

 処女を貰ってもらうですぅ!」」

どうやらシアはやる気のようだ。

そして、彼女の発言で周囲がシンとなる。

 

するとハジメが……。

「もう、殺して」

羞恥心で顔を真っ赤にし、床に膝と手を

付きながらそんな事を言っていた。

 

周囲が静まり返り、受付の少女は……。

「ま、まま、まさかの4P!?」と言って

驚き、顔を真っ赤にしてまともに対応できなく

なっていた。なので母親らしき女性が

少女を引っ張って行って、代わりに父親らしき

男性が対応した。

 

ちなみに、部屋は4人部屋1つと2人部屋1つだ。

 

……ハジメは明日の朝、大丈夫だろうか?

 

と思いつつ、私はハジメに精力剤と栄養ドリンク

を渡すべきだな、と考えていた。

 

その後、部屋で一休みをした後に私達は

揃って夕食にした。のだが、なぜかあの時

周囲に居た客がまだいて、ハジメは終始

俯き顔を赤くしていた。

 

更に男女別に風呂の時間を分けたつもりが、

私達二人の時間なのに、4人が突撃してきて

結局一緒に入るはめになった。

ちなみに、その時受付の少女が覗きに

来たのだが、母親の女性に連れていかれた。

去り際に尻叩き100回とか聞こえたな。

 

そして、それぞれの部屋に分かれる時。

「では、4人にはこれを」

と言って、私は中くらいの箱を渡した。

「ん?司、これって……」

と、首をかしげるハジメに私は耳打ちした。

「ハジメ用の薬とドリンク。あと、周囲に

結界を張るジェネレーターが入っています。

宿とはいえ、防音などが完璧とは

思えませんから。……それに、赤の他人に

痴態を見られる訳にはいかないでしょう?」

「あぁ、うん。そうだね」

と、遠い目で頷くハジメ。

 

そして私は……。

「では……。グッドラック」

そう言って、サムズアップをした。

「あ、アハハ……。ぐ、グッドラック」

ハジメは、どこか諦めたような表情で

そう言うと、香織、ユエ、シアと共に

4人部屋に入っていった。

 

そして、私達も二人だけの部屋に入り……。

互いに肌を重ねあったのだった。

 

 

ちなみに翌日の朝。廊下で合流したとき、

ハジメはどこかやつれており、逆に

香織、ユエ、シアの三人は肌が艶々に

なっていた。

そう言えば、樹海に居た時は周囲にハウリア

の皆が居たのでやる機会など無かったな。

……いろいろ溜まっていたのだろう。

 

とか思いながら、とりあえず朝食をとる

為に私達6人は食堂に降りたが、

またそこであの少女が『やっぱり4P

したんだっ!』って叫んで母親に

思いっきり殴られる一幕があったのだった。

 

     第22話 END

 




次回は後編です。お楽しみに。

感想や評価、お待ちしています。


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第23話 町と電脳

今回はブルックの町の話ですが、後半はかなりオリジナルな
物になっています。


~~~前回のあらすじ~~~

ハルツィナ樹海を後にした司たち一行は、

バジリスクを走らせてオルクスを出た後、

行くつもりだった街を目指すのだった。

そして町、『ブルック』にたどり着いた

一行はそこで冒険者登録をした後、宿を

取り、一夜を過ごすのだった。

 

 

ブルックの町に着いた翌朝。朝食後。

今、私達は食堂で話をしていた。

幸い、傍に他の客はいない。

「それでは、今日の予定ですが、素材の

 換金、という目的は達成しました。

 が、入り口で食料の調達が目的だ、と

 言ってしまっているので、念のため

 食料の調達をしましょう。あと、

 シアの服も必要ですね」

「そうだね。……ところで司。あっちの

 方は大丈夫?教会関係の方は」

頷きつつも、小声で話すハジメ。

 

「その件に関してですが、実は今朝、この

 町の教会の前を少し歩いてみました。

 何人かの教会関係者の前で会釈したので、

 向こうが私の事を知っていればある程度

 動揺なり敵意なりを見せたでしょうが……」

「が?どうだったの?」

と、先を促す香織。

「はい。敵意や悪意などの類は感じ取れません

 でした。……率直に私の意見を言うのなら、

 指名手配はされていないのかもしれません」

「それって、町に入ってもセーフ、って

事ですか?」

と首をかしげるシア。

 

「えぇ。ただ、油断はできません。どこの誰に

まで私達の情報が流れているかは

分かりません。例えば、情報を知る者の

上限が、教会の司祭のみで、それより下

には情報が流れていないだけの可能性も

あります。なので、私はもう少し、一人で

教会の方を探ってみます。香織たちは、

念のため周囲を警戒しつつ、動くように」

「「「「「了解っ(ですっ)」」」」」

 

という事で、私はハジメや香織たちと

別れた。

5人はまとまって行動し、買い出しへ。

私は彼らと別れ、一人歩く。

念のため、周囲にレーダーを張り巡らせるが、

敵意やこちらを探るような視線は感じられない。

が、分からない。

念のため、私は人気のない路地裏に入ると、

誰もいない事を確認し、ジョーカーを

纏うと光学迷彩を展開。更に念のため、

体を隠すステルスローブを纏った。

そこから跳躍し、家屋の上に着地。

少し離れた所に見える教会を確認すると、私

は家屋の屋根伝いに教会へと目指す。

 

そして、あと少しと言う所で教会の

開かれている窓を見つけた。念のため

レーダーを使い調べるが、窓の周辺に

人影は無い。

 

行けるか。

そう思い、私は加速したまま屋根から

跳躍し、その窓の中に飛び込んだ。

しかし、勢いに反してその着地の際はとても

柔らかい物だった。

重力制御装置で瞬間的に自重を操作したのだ。

そして、着地をした衝撃で僅かにローブが

揺らめき、同時に表面の光学迷彩にも若干

のノイズが入る。

だが、それだけだ。問題は無い。私は膝立ちの

態勢で周囲を見回した後、立ち上がると

すぐさま動き出した。

念のため、サプレッサー装備・電撃弾装填の、

ノルンを召喚してホルスターに収めておく。

 

そして、私は行動を開始した。目指すべきは、

司祭の執務室か、寝室。

私は、光学迷彩で姿を隠しながら、その二つ

を探した。

 

おそらく、この世界の連絡に使われる手段は、

二種類。魔法などを元にした、ファンタジー

世界なりの、通信技術。或いは、中世の

頃と同じ、手紙などにより文章のやり取り。

神山から王国へ降りる際に乗った、魔力式の

エレベーターの前例を考えれば、前者の

存在もあり得る。そうなると、書類の類は

無いかもしれない。しかし、紙媒体が無いの

なら、魔法式の通信に使う装置か何かが

あるはずだ。それを探す。

 

やがて、私は司祭の部屋を見つけた。周囲を

警戒しながら、中に踏み込む。

ノルンを構えながら素早くクリアリングを

し、扉を閉める。

レーダーに、生命体の反応は無かったが、

相手側にレーダーを欺ける力が無い、とは

言い切れないが故だ。

 

私はフードを外す。すると、それが切り替え

スイッチとなり、光学迷彩が解ける。

部屋の中を見回すが、通信装置の類は

発見できなかった。ここには無いのか、

或いは別の部屋か。

そう考えつつ、私は引き出しなどの中を

探った。

そして、見つけた。手紙だ。

ある引き出しの中に、手紙が大量に入っていた。

 

中身を素早く精査し、内容を確認するが、

どれも司祭とその知人のやり取りのようだ。

聖教教会の総本山、神山から送られてきた

物は一つとして無い。

もしかしたら、人相書きのような物を

送られてきているのでは?と思って探したが

それらしき書類も発見できなかった。

 

……こうなってくると、私達は指名手配を

受けていない可能性も出てきたが……。

やむを得ない。今日は一旦退こう。

 

私は再びローブとジョーカーの光学迷彩を

起動すると、部屋の窓から外へと出て、

人気のない場所でジョーカーの装着を解除。

何食わぬ顔で大通りに出た。

 

時間的には、ハジメ達も宿に戻っている頃

だろう。

 

そう思って、道を歩いていたが、何やら色々

騒がしかった。

 

なぜか股間を抑えて悶えている数十人の男たち。

恍惚とした表情で『ユエお姉さま』と呟いている

少女たち。

血(涙)の海に沈んでいる男たち。

 

何気にこの町はいろいろカオスだな~、程度

に思いつつ、私は街を歩いていた。

その時、ふとポニーテールの少女が私の

傍を通り過ぎて行った。

 

それを見た時、脳裏に雫の顔が浮かんだ。

……雫は、大丈夫だろうか?

そう思っていた。

 

私は、戦争への参加、或いは人を殺す事を、

究極的に言って、個人の選択だと言ってきた。

選ぶのは全て自分だ、と。

だから、例え戦いの中でクラスメイトが

命を落としたとしても、それは彼らの

選択の『結果』でしかない。私としては、

『そうか』と納得する以上の感情は持たない

だろう。

しかし、雫は違う。彼女は、あのバカ勇者や

脳筋よりは現実を理解している。それに、

彼女は優しい。向こうが私をどう思っているか

は知らないが、香織とハジメを除けば、

クラスの中で一番好感を持てるのは彼女だけ

だった。

 

だから、だろうか。彼女の事が内心心配

だった。あのバカと脳筋、それに檜山達が

何かをしでかして、雫の負担になって

居なければ良いが……。

と、私は考えてしまう。

 

彼女には特別製のジョーカーを与えている。

少し前に、搭載AIから護衛として

ガーディアンの派遣要請があったので、

送っておいた。

……そういえば、AIからの報告によると

雫は苦労しているそうだな。

あのバカ共が好き放題やっていて、雫は

常々、オリジナル、つまり私本人に帰って

来て欲しいと、AIに愚痴を……。

 

「あっ」

 

そして、その時になって私はある事を

思い出した。

 

そうだ。AIだ。AIはずっと雫の傍にいた。

ならば神山側の動向もある程度知っているはず。

……私とした事が。AIからの報告は聞く

一方ですっかり忘れていた。

とにかく、忘れていたのは仕方ない。

 

AIに通信をつなぐか。

 

 

そして、私はAIに通信をつなぎ、王国と

教会、神山の動きを教えてもらいながら

宿へと戻った。午後には町を出る予定

だったので、チェックアウト後、昼食を

しながらいろいろあった事を互いに報告

した。

 

まずは私の調べた結果だ。

「さて、指名手配の一件ですが、どうやら

 大丈夫なようでした」

「え?ほんとに?」

と首をかしげるハジメ。

「はい。私は王国を去る前、王国に残った

 友人にジョーカーを渡していました」

「あ、雫ちゃんの事だね」

ポンと手を叩き頷く香織。

「えぇ。そして、彼女のジョーカーには、

 それをサポートするAIを組み込んで

 おいたのです。そのAIから、向こうの

 事の顛末を聞く事が出来ました。

 どうやら、愛子先生が頑張ってくれた

 ようです」

と言うと……。

「あのあの。ハジメさん香織さん、今の話に

 出てきた、シズクさんとかアイコ先生って

 一体どなたなんです?」

「雫ちゃんは、私の幼馴染なの。私達は

こうして旅をしてるけど、王国には私達の

クライメイト、友人が残ってて。雫ちゃんは 

その一人で、尚且つ司くんからジョーカーを

貰ってるの」

「愛子先生は、転移の時僕たちと一緒にこっちへ

 来た年長者の女性の事だよ。作農師、っていう

 天職持ちでね。確か豊穣の女神、なんて

 呼ばれてたよ」

と、雫と愛子先生の事を話す二人。

「愛子先生は、最初から戦争に反対していました。

 そして、どうやらあの裁判の際の教会側の、

 一方的な死刑宣告が納得できなかったようで、

 かなりイシュタルらに食って掛かったよう

 です。加えて、メルド団長たちが私達の

 強さを称える形で、私達を敵に回すのは

 危険だ、と進言したようです」

「成程。まぁ司を敵に回したらヤバイ、

 ってのはあの中じゃメルドさんが一番

 よく分かってるか。実際、司はベヒモス

 スレイヤー、なんて言われてたし」

「えぇ。そんな二人の発言が功を奏し、

 私達は指名手配、という状況を免れた

 ようです。これで、当面は問題なく町に

 出入り出来るようです」

と、言っていた時。

 

「あっ。そういえば戻ってくるとき、大量の

 股間を抑えた男性や血涙を流している

 男たちを見ましたが、皆は何か知って

 いますか?」

と、聞くと、ユエやルフェアからいろいろと

情報が伝わってきた。

 

ユエ曰く、シアと2人で服を買いに行った

帰り、彼女たちと付き合いたい(or奴隷にしたい)

男たちが現れ、告白を拒否されると実力行使

に出る男が出たらしい。しかし最初の男は、

ユエにカチンコチンに凍らされ動けなくなった

所を、股間に集中攻撃を受け、男を

止めたらしい。

 

一方血涙の方は、ハジメ、香織、ルフェアの3人

が街中を散策していたのだが、殆どハジメと

香織のデートとなり、ルフェアは二人から

若干離れて付いて行ったのだが、二人の甘々

デートを目撃した男たちが、嫉妬から血涙を

流したのだとか。

 

成程。そういう経緯だったのか。

と、私は納得しながらお茶を飲んだ。

 

その時。

「ねぇ、今雫ちゃんには司くんが作った

 AIの司くんが付いてるんだよね?

 その、どう?雫ちゃんの様子は?」

と、香織が私に聞いてきた。まぁ、二人は

幼馴染の関係だ。おそらく雫の事が心配

なのだろう。

 

「雫の様子、ですが。まぁ、その何と言うか。

 彼女自身は健康で順調にオルクスの大迷宮を

 攻略しながらレベルを上げ、ジョーカーの

 扱いも慣れてきたようなのですが……」

「ですが?どうしたの?」

「……彼女の周囲に問題があるようです」

「周囲?」

と、首をかしげるハジメ。

「えぇ。何といいますか。私がいた頃は私が

 結果的に暴走しがちなメンバーを抑止する

 抑止力だったようですが、私が居ない今、

 脳筋の坂上や勇者、それにあの檜山たちが

 いろいろ好き放題やっているようで……。

 雫は常々、AIの私に、オリジナルである

 私に帰って来て欲しい、と愚痴っている

 そうです」

 

 

その言葉を聞いたハジメは、暴走して雫を

困らせる坂上や光輝たちの姿を、容易に

想像し、苦笑いを浮かべた。

 

 

「八重樫さん、心労で胃に穴が開かないと

 良いけど……」

「雫ちゃん。頑張ってるんだね」

苦笑を浮かべるハジメと、目元の涙を

指先で払う香織。

と、話をしていると……。

 

「あのぉ。皆さんがさっきから話してる

 人たちって一体」

「ん。気になる」

と、若干チンプンカンプンな二人が

会話に混じろうと質問してきた。

 

「ふむ。そうですね。一言で言うと……。

 勇者、天之河光輝は、現実を見ない夢想家

 ですね」

「え?それって勇者としてアウトなんじゃ……」

え~~?っと言いたげなシア。

「坂上龍太郎の方は、脳筋ですね。つまり

 考えなしです。戦争への参加理由が、

 親友の手助け、ですから」

「……。その人、大丈夫?」

更にユエも、憐れむような眼をしだした。

 

「まぁ、つまり雫は苦労人なのです」

「「成程」」

そして私が一言いえば、二人はうんうん、と

頷いた。

 

「ねぇ、司くん。もしできれば、何だけど。

 雫ちゃんに会いに行くのって、ダメかな?

 何だか話を聞いてると、雫ちゃん相当

 疲れてるみたいだし、癒してあげたいな~、

 なんて思うんだけど……」

「ふむ。……今は、ライセンの大迷宮攻略を

 優先したいので、今すぐに、というのは

 無理ですが、構いませんか?」

「うん。ごめんね、急な事言って」

「いえ。大丈夫です。その辺りは、皆で

 話し合って決めましょう。皆も

 構いませんか?」

と、私が聞けば、皆がうなずいた。

 

そして、更に少し雑談を交えつつ色々話を

した私達は、店を出て歩き出した。

私達は、そのままブルックの町を出る。

そのままある程度歩けば、すでにブルックの

町は見えない。……ここまでくれば良い

だろう。

先頭を歩いていた私が足を止めて振り返れば、

他の5人も足を止める。

「さて、ここまで来れば問題だろう。 

 ……我々、G・フリートはこれより

 ライセン大峡谷へと戻り、そこにあると

 されている迷宮を発見。内部に突入し、

 神代魔法を手に入れる。……シア、

 君にとっては初めての迷宮攻略になる。

 迷宮においては、樹海や峡谷で遭遇した

 ハイベリアなどが雑魚と思えるレベルの

 魔物が出現する可能性がある。

 決して、迷宮の中では気を抜かないように」

「はいっ!皆さんの足を引っ張らないように

 頑張ります!」

 

「よし。では……」

私が宝物庫の中からバジリスクを取り出すと、

皆がそれに乗り込む。

私は運転席に座り、エンジンを始動する。

後ろと左の助手席を見れば、皆が私を見て

頷く。

私も彼らに頷き返し、前方を見据える。

 

「これより、ライセン大峡谷の迷宮攻略に

 向かう。出発」

「「「「「了解っ」」」」」

 

そして、私達は次なる迷宮を攻略するために、

ライセン大峡谷へと向かうのだった。

 

 

 

一方。その頃、先ほど話題に上がった雫はと

言うと……。

 

ある日の夜。ホルアド。

 

「うぅ~~。もうやだ~~。お家帰りたい~!

 戦いたくない~!ゆっくりしたい~~!」

いつもの凛とした姿が嘘のように、雫がバーの

カウンターに突っ伏すような体勢で愚痴っていた。

「今日も荒れてるな雫」

そして、そんな彼女の前に立つのは、

バーテンの恰好をした司だ。ただし、

『オリジナル』の彼と比較して、その髪色

は青かった。

「ほら」

そして、彼が雫の前にグラスを置いた。

 

中身はカクテル、カシス・オレンジという度数

の低い物だ。

とはいえ、お酒はお酒。それを未成年の雫が

飲むのは、元の世界で考えれば御法度だ。

最も、『現実世界で』の話だが。

 

「ありがとう司」

そう言うと、雫はグラスの中身を飲む。

「あっ。結構フルーティで美味しい。

 あ~~でも、『こっち』でお酒の味知ったら、

 リアルでも飲みたくなっちゃうよ~~」

「ははっ、その時は俺がリアルで作ってやるよ。

まぁ、みんなには内緒だぞ?」

そう言って笑みを浮かべる司。

 

そう、ここは、現実世界では無い。

 

ここは、いわば電脳空間、VR空間、もっと

言えば明晰夢、のような場所だ。

 

「にしても、ほんと凄いわね~ここ。

 まるでリアルみたいにお酒の味がするし、

 物だって食べられるし」

そう言いながら、雫はクッキーを食べつつ、

カシオレを飲み干す。

「ジョーカー内部の超小型量子コンピューター

 を使えば、人一人くらい、現実と見まがう

 電脳空間に送る事自体、造作も無い事さ。

 それに、人の感覚は全て電気信号でやり取り

 をしている。それを模倣すれば、これくらい

 訳など無いさ」

と言うと、この空間の主、AIの司は

雫の前にカシオレのお替りを置く。

 

「それに、ある物、出来る事は有効活用

 しないとな。……しかし、お前の幼馴染は

 何なんだ?もうちょっと理解力と言うか、

 気配りが出来んのかあいつらは」

「その願いは、向こうの世界に居た時から

 とっくに諦めてるわ」

「成程。……どうやらこっちに来る前から、

 色々苦労していたようだな、雫は」

「えぇ。それがこっちに来てもっと

 ひどくなって。……ハァ。頭痛い」

そう言いながら、雫はカシオレを飲む。

「ハァ。……お酒におぼれる訳じゃないけど、

 飲んで酔わないとやってられないわ」

「……現実で色々苦労してるんだ。ここで

 お前の行動に文句を言うやつはいない。

 好きに飲んで愚痴って、すっきりすると

 良い。ここは、そのための空間なんだからな」

そう言って、AIの司は笑みを浮かべた。

 

すると……。

「あのさ」

「ん?どうした?」

「前々から思ってたんだけど、AIの司って

 本物の司君と、結構雰囲気違うよね。

 戦闘の時とかは、クールって言うか冷静

 って言うか。そういう所はほんと同じ

 なのに、ここに居る時は良く笑ったり

 するって言うか……」

「あぁ。その事か。……確かに俺の思考

 ルーチン、まぁ考え方の元になったのは

 オリジナルの俺だが、それはあくまでも

 ベースの話だ。その上に取り付けられた

 オプション、つぅか設定っつぅか。

 なんて説明したら良いか分からんが、

 まぁ要はオリジナルと若干考え方が

 違うって事だ」

「違う、って、どういう事?」

「ん~~?そうだな~。まぁ一言で言えば、

 俺の存在意義は雫のフォロー、バックアップ、

 サポートな訳だが、それに差し当たって、 

 性格の設定をより活発な物にしてあるのさ。

 だから一人称が俺で、オリジナルより所々

 違うのさ。……っと」

AIの司は、雫がカシオレを飲み終えている事に

気づいて、次の酒を造った。

 

「カシスグレープフルーツだ」

新しい酒のグラスを雫の前に置く司。

「あぁ、ありがとう。……ねぇ、あんたはさ、

 自分が作られた存在な訳だけど、私の

 サポートしている事に、不満とかは無いの?

 結果的に、オリジナルの司君に命令

 されてる訳だし」

「不満、か~。別に無いな」

「どうして?自分でやりたい事とか無いの?」

「無い、と言えば無いな。俺は自分の存在

 意義があるし、確かに命令を受けて雫を

 サポートしている。けどそこに不平不満は

 一切無いのが現状だ。それに、俺には

 お前以上に優先したい欲望なんて無いのさ」

「え!?」

 

ボッと、音がしそうな程一瞬で顔を赤くする雫。

「俺は別に、お前とこうして話をしたりする

 時間に不満があるわけでも無いし、別に

 雫から離れてまでやりたい事なんて無い。

 だから別に、不満なんて無いんだよ」

「そ、そう!そうなんだ!へ、へ~~!」

顔を真っ赤にしながら酒を飲む雫。

 

そして雫は、今の言葉の意味を、『雫と共に

居る以外、やる事が無いから』という解釈で

落ち着かせようとしていた。

『そそそ、そうよ!きっとそう!そりゃぁ、

 AIの司君はすごい頼りになるし優しいし、

 厳しいけど、でも優しいし!で、でも相手は

 機械なのよ!ここで仮に恋したって、

 実らない恋だし……。ってぇ!?私ってば

 何を考えて~~~!』

内心、そんな事を考えているが、その考えは、

実はAIの司に筒抜けだった。

 

 

しかし、そこは聞かぬふりをしているAI司。

そして彼も考えていた。

『実らない恋、か。まぁおそらく、オリジナルの

 俺に頼めば、俺の肉体を作ってそこに俺を

 ダウンロードして、俺と言う存在に

 受肉する事なんて容易いんだろうが……。

 まぁ、そんな未来が来るかどうかは、今後

 次第って事だな』

 

そう考えながら、AIの司は雫の愚痴に

付き合い、彼女の確かな支えとなりつつあるの

だった。

 

     第23話 END

 




雫の相手にAIの司が有力候補となりつつあります。
そして更に、今後AIの司が実体化する可能性もあります。
次回からは、ミレディの迷宮の話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第24話 二つ目の大迷宮 

今回から、ライセン大迷宮攻略が始まります。


~~~前回のあらすじ~~~

ブルックの町に訪れていたハジメや司たち。

そしてマサカの宿で一泊した翌朝。司は、自分達

が指名手配をされていないかを調査するために

町の教会を調べるが、指名手配に関する情報は

得られなかった。その帰り道で、王国に居る

雫を補佐しているAIの自分の存在を

思い出した司は、連絡を取り、愛子やメルドの

活躍で自分達が指名手配を免れていた事を

知る。そして、その日の昼には町を出て、

彼ら6人はライセン大峡谷に向かった。

一方、今もオルクスで訓練をしている雫は、

電脳空間でAIの司に愚痴ったりしながらも

戦い続けていた。そんな中で、彼女はより

司と言う存在を強く意識始めていた。

 

 

その日のライセン大峡谷は、騒がしかった。

爆音と雷鳴が鳴り響き、その度に無数の

魔物が駆逐されていく。

『ドドドドドドドッ!』

司のジョーカーZが持つタナトスが横薙ぎに

炸裂弾を撃ち、的確に魔物の頭だけを

吹き飛ばしていく。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

『ガガガガガガガガガッ!』

司のすぐそばでは、ハジメのジョーカー0が

新武装で戦っていた。

それは、司が以前開発した、MASに

加えられた装備だ。

見た目は、ピストルグリップの持ち手がついて

チェーンソーの上にガトリングガンが

付いている、という感じだ。

(※ 元ネタは仮面ライダーアマゾンズの

  アマゾンネオアルファの武装)

 

この装備の名は、『グリムリーパー』。

つまり『死神』だ。

近づいてきた敵はチェーンソーで挽肉に。

逃げようと背中を見せてもガトリングで

蜂の巣。という、遠近両方に対応した武装だ。

そのグリムリーパーを両手に装備したハジメ。

ガトリングが火を噴いて、魔物を蜂の巣に

している。

と、その時ハジメの背後から魔物が迫った。

だが……。

 

「そこっ!」

『ドウッ!』

後方にいた、香織のアルテミスの一撃がその

魔物の頭を吹き飛ばした。

アルテミスを構えている香織が纏っている

ジョーカーは、スカウトモデル。少し前に

司が完成させた、遠距離支援などを目的

にしたモデルだ。

そんな香織へと向かってくる魔物の群れ。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」

だが、それを阻むようにルフェアの両手

に握られた2丁のバアルから繰り出される

銃弾の雨が降り注ぎ、撃ち殺していく。

 

 

ハジメ達の様子を見ながら、私はタナトスで

魔物を撃ち殺していた。

そして、そのまま視線を動かすと……。

 

「うりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

シアのジョーカー、青い体に白いラインの

入ったタイプSCが跳躍。かと思うと、

背面のブースターを点火し、魔物へと

向かって行く。

「喰らえぇぇぇ!ですぅっ!

 ラ〇ダーキック!ですぅぅぅっ!」

右足を前に突き出し、シアのジョーカーが

魔物の群れに突進していく。

シアの要望で取り入れた、ピンポイント

のシールド発生装置が作動し、右足を覆う。

そして、シアのキックを喰らった魔物の群れは

ボーリングのピンよろしくなぎ倒された。

 

一方ユエはと言うと……。

「喰らえ……!リ〇ルサーレイ……!」

赤いカラーに、金のラインが走る、

ユエ専用のジョーカー・ウィザード、

タイプUの両掌から放たれた、魔力を変換

したビームが魔物を薙ぎ払う。

 

ちなみにこのカラーを見た時、ハジメから……。

「やっぱアイ〇ンマンじゃん」

と言われてしまった。

 

この大峡谷は、魔力を分解する厄介な

場所だ。しかし、魔力を変換して生み出した

エネルギーは別だ。それは既に魔力

ではないからだ。

 

ちなみに、そんな二人を見てハジメが……。

「だから何で二人とも色々ネタ知ってるの!?」

と、ツッコミながらグリムリーパーの

ガトリングで魔物をミンチにしていた。

 

そして戦闘終了後。

「……これで全部か。……各自、現状報告」

「あっ。僕は問題なし」

「んっ、私も」

「私も大丈夫だよ司くん」

「ばっちし!絶好調ですぅっ!」

「私も大丈夫だよお兄ちゃん」

三者三様の返事だが、皆問題ないようだ。

 

「周囲の掃討完了。再び移動を開始します」

「「「「「了解(ですっ)」」」」」

私達は、近くに停車していたバジリスクに

乗り込み、再び移動を開始した。

 

 

既に、大峡谷に突入してから3日。

私達はバジリスクを低速で走らせながら

大峡谷の内部を進んでいた。

そして、三日目の今日もすでに日暮れ時だ。

私達はバジリスクを停車させ、野営の

準備を始めた。

 

半径13メートルほどの円形ドームを形成

する設置型ジェネレーターを設置して、

安全圏を確保。加えて、光学迷彩による

偽装と念のためセントリーガンをセット。

そして夕方。私はシアと一緒に夕食の

準備をしていた。

 

「ハァ。今日もダメだったね~」

そう言いつつ、ハジメはノルンを取り出し、

それのクリーニングをしている。

ちなみに、今ではハジメ、香織、ルフェアの

3人は生身でも使えるノルンを携帯している。

この世界には、銃と言う概念が無いので、

大体がヒップホルスターやレッグホルスター

で、人目に付く装備の仕方をしても、

それが何なのか、大体の人間は分からないのだ。

加えて、3人は腰元背面に私の細胞から

培養して作り出したナイフ、『オシリス』を

装備している。

これは、以前メルド団長たちにプレゼントした

マルスのナイフ版、と言った方が良いだろう。

 

「まぁしょうがないよハジメくん。

 この大峡谷に大迷宮がある、って事しか

 知らないんだし」

そう言いつつ、香織もノルンの手入れをしている。

「んっ。今は地道に探すしかない」

ユエは香織の言葉に頷きながら、ハジメが

ノルンを手入れしている姿に見とれていた。

「とはいえ、もう今日で3日だからねぇ。

 これで、峡谷の外れ行っちゃったら

 どうするんだろう?お兄ちゃん」

と、ルフェアもまた、ノルンの手入れを

しながら呟く。

「そりゃ、まぁ一旦引き返してもう一度

 探しなおすか、そのまま西に向かって

 『グリューエン大砂漠』の先の、

 『グリューエン大火山』、かな?」

「えっと、確か今分かってるのって、

 オルクス、ハルツィナ、ライセン、

 グリューエン、あとは確か、魔人族の

 いる大陸南側のシュネー雪原、だっけ?」

「うん。今分かってるのはね。とはいえ、

 シュネー平原は魔人族の領土に近いから、

 色々大変だと思うけど」

 

 

と、4人が話をしていると……。

「皆さ~ん!お食事の用意が出来ましたよ~!」

と言って、シアが料理を乗せたお盆を手に

やってきて、ハジメ達の前のテーブルの上に

料理を並べていく。

「さぁさぁ、銃なんてしまって食事に

 しましょう!早く食べないと冷めちゃい

 ますよ」

「うん。そうだね」

と、シアの言葉にハジメがうなずき、3人は

一旦ノルンを片付ける。

そして更に、司も残りの料理の皿を持ってきて

机の上に並べた。

 

 

シアを旅の仲間にして数日。これまでは

私がチームの調理担当だったが、少し前から

シアも調理を担当するようになった。

どうやら、チームの女性陣の中では、シアが

一番料理上手なようだ。

私としても手があってくれるのはありがたい

ので、最近は二人で分担して料理を作っていた。

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

そして、皆で手を合わせ、私達は食事を

した。

 

ちなみに、先ほどのハジメ達の声は私達にも

聞こえていたので、改めて今後の予定を

説明した。

 

まずはライセン大峡谷を調査しつつ、西に

向かう事。ここを出るまでに大峡谷の迷宮を

発見できなかった場合は、そのままグリューエン

大火山の迷宮を目指すこと。そのあと、大峡谷

に戻ってくるが今後の予定である事を、

食事をしながら5人に話した。

皆はそれに賛成してくれたので、特に想定外の

事が起こらない限りは、これが当面の予定だ。

 

そして、食事を終えた私達は少しばかり

雑談をした後、テントを作り出し就寝する

事に。

そんな時。

 

「あっ、私ちょっと……」

と言って、シアがシールドの外に出た。

シールドには、敵味方識別装置、IFFの

機能が入れてあり、今は全員がジョーカー

身に着けている事から、それを利用して

シールドを透過できるように設計してあるのだ。

 

しかし、女性がそう言って出ていく、という

事はおそらくトイレだろう。そういえば、

今は作ってなかったな。言ってくれれば

創ったのだが……。

などと思いつつ、皆がテントの中にしいた

布団に入るのを見ていた時。

 

「み、みなさ~~ん!ちょっと来て下さ~い!」

不意にシアの叫びが聞こえ、私はすぐさま

ノルンを取り出し、外へと出た。

ハジメ達も、眠ろうとしていたが飛び起きて

それぞれのノルンを構え、私に少し遅れて

シールドの外へと飛び出し、シアの声の

した方へとかけて出した。

 

シアの声がしたところへ行くと、壁面に

もたれ掛る一枚岩。シアがその二つの隙間

の間で手をブンブンと振っていた。

「シア……!どうしましたか……!?」

私はノルンを構えながら周囲を警戒する。

「司さん司さん!私、見つけちゃいました!

 迷宮の入り口ですぅっ!」

「……え?」

彼女の言葉に、私が疑問符を漏らした時、

ハジメ達も追いついてきた。

 

「こっち!こっちです!中にあるんです!

 大迷宮の入り口が!」

「わわっ!?ちょっ!?シアちゃん引っ張ら

 ないでってっ!?」

そう言って、シアはハジメの服の袖を

引っ張る。

私は、香織やルフェア達と顔を見合わせた後、

隙間に入っていく二人に続いた。

 

中は、壁際の岩が中の方へ窪んでいたため、

予想よりも広い空間だった。

「ほら、これですこれ!」

そして、中に入ると、何かを指さすシア。

 

そこにあったのは……。

 

≪おいでませ!ミレディ・ライセンの

ドキワク大迷宮へ♪≫

 

「「「「「………」」」」」

私を含め、シア以外の5人が黙り込んだ。

ハジメは、自分の目を疑っているのか、

目頭を指先で揉んでいる。

香織も、自分の頬を抓っている。どうやら

夢だと疑ってるようだ。

 

「……。皆、どう思う?」

そんな中、静かに問いかける私。

「……誰かの悪ふざけ、と思いたいけど、

 本物、かもしれないしなぁ」

「……根拠は、やはり?」

かもしれない、というハジメの言葉に私も

問いかける。

 

そう、私達はミレディ・ライセンと言う名前を

知っている。それは、オスカーの手記にも

出て来たファーストネームだ。

「現代のトータス人は、反逆者について

 殆ど知りません。当然、ミレディなど

 というファーストネームも、です。

 そう簡単に出来る悪戯、では無い

 のでしょうが……」

「じゃあ、やっぱりここがそうなの?

 お兄ちゃん」

「……そう考えるのが妥当だと私は

 考えます」

 

そして、そんな話をしていると……。

「でも、入り口らしい場所は見当たりませんね」

そう言って、奥へ踏み込もうとするシア。

しかし、私が彼女の肩を掴んでそれを止めた。

「え?司さん?」

「シア、さすがに今ここを調べるのは

 危険です。我々は今から休む所だった

 んですよ?見つかっただけでも収穫です。

 とにかく今日は休みましょう。大迷宮に

 入るのは、明日から、です」

「つ、司さんがそう言うのなら……」

と言って、後ろに下がるシア。

 

「皆も、それでいいですか?ここを調べ、

 迷宮に突入するのは、明日からです」

と言うと、ハジメ達は頷いた。

 

こうして、私達は明日の朝からここを調べ、

ライセン大峡谷の大迷宮へ潜る事になり、

一旦洞窟の外へと出た。

 

「そう言えば、シアはお花を摘みに行こうと

 していたのでは?」

「あっ」

 

そう言うと、シアは顔を赤くして私達から

離れて行った。

 

 

 

そして、私達はテントに戻り、就寝した。

 

 

数時間後。朝。

私達は、目覚めて朝食を取った後、

あの一枚岩の前に集まっていた。

 

「それでは、これより我々G・フリートは

 このライセン大峡谷の大迷宮へと突入する。

 オルクスの大迷宮では、多数の魔物が

 出現し、あまたの戦闘を繰り広げた。

 しかし、大迷宮が解放者の試練に挑戦

 する場所だとするのなら、同じような

 コンセプトや設定ではない可能性もある。

 なので、何が起こるかは、入ってみない

 事には分からない。なので、各自

 絶対に気を抜かないように」

「「「「「了解っ」」」」」

5人が、私の声に頷く。

 

「では……」

そして、私が左手首の、待機状態の

ジョーカーを眼前にかざすと、皆も同じ

ように構える。そして……。

 

『READY?』

「「「「「「アクティベート(!!)」」」」」」

『START UP』

 

私達全員が、ジョーカーを纏う。

私はタナトスを。

ハジメはトールを。

香織がアルテミスを。

ルフェアがバアルを2丁。

シアがハンドアックスモードのアータルを。

ユエは、両手をニギニギと動かし感触を

確かめている。

 

これで準備は完了だ。

 

「行きましょう」

 

タナトスを構える私を先頭に、私達は

中へと進んだ。

 

昨日来た通り、中は行き止まりだった。

「ん~?やっぱり行き止まりですねぇ」

そう言いながら、シアは右手でアータルを

持ちつつ、左手で壁を触っていた。

 

ちなみに、ハンドアックスモードはアータル

の携行用の形だ。大きさは、一般的な

手斧サイズだ。使わないときは、腰部背面の

ラックに固定する事も出来る。

もちろんこのままでも武器としては使えるが、

通常のアックスモードほどの力は無い。

 

そして、シアはアータルでコンコンと壁を

叩き始めた。

すると……。

『ガコンッ!』

「ふきゅ!?」

突如として壁が回転し、シアの姿が消えた。

「仕掛け扉!?」

驚き叫ぶハジメ。

「シアちゃん!」

更に香織も続いて叫ぶ。

 

すぐにレーダーを見るが、シアは壁の向こう側に

移動しただけのようだ。

しかし、そんな彼女のタイプSCのレーダーが

シア目掛けて飛来する物体を検知する。

その攻撃を検知したジョーカーが

自動防御プログラムでシールドを展開し、

これを防いだ。

 

私は壁を叩いて、もう一度壁を回転させた。

するとシアのタイプSCが現れ、その周囲には

矢がいくつか転がっていた。

「大丈夫シアちゃん!?」

すぐに声をかける香織。

「は、はい。いきなりでびっくりしましたけど、

 ジョーカーが護ってくれました」

戸惑いながらも頷くシア。

 

「今度は全員で行きますよ?皆、壁の

 前に」

「うん」

今度は、私達全員が壁の前に立ち、壁に

触れた。すると、再び音がして壁が回転。

回転した先は、真っ暗だった。そして、

矢継ぎ早に放たれる矢の雨。しかし……。

 

『カカカカカンッ!』

矢は、全て私の展開したシールドに阻まれ

地面に転がった。

 

「入って早々、矢の雨ですか」

「何て言うか、物理的に嫌らしい迷宮

 みたいだね、ここ」

私が足元の矢を見つめながら呟くと、

ハジメもそう呟いた。

 

そして、矢の掃射が終わると、周囲の壁が

ぼんやりと光を帯びた。どうやらここは

10メートル四方の部屋だったようだ。

中央に整備された道があり、奥へと

続いている。そして中央には石板があり、

そこに文字が浮かび上がったのだが……。

 

≪ビビった?ねぇ、ビビっちゃった?

チビってたりして、ニヤニヤ≫

≪もしかして怪我した?もしかして

 誰か死んじゃった?……ぶふっ≫

 

何と言うか、煽ってくる文章が浮かび上がった。

どうやら、その事に怒りを覚えているのか、

ハジメや香織、ルフェア達の肩がカタカタと

震えている。

まぁ良い。

「皆、行きますよ。まだまだ、攻略は

 始まったばかりです」

私の言葉に、皆気を引き締めた様子だ。

そして、私達は石板のわきを通り、奥へと

向かって歩き出した。

 

 

次に私達が出たのは、まるで絵画に描かれた

迷宮のようだ。

重力を無視したかのようなつくりの部屋は、

ハジメ曰く、『無規則に繋げられたレゴブロック』

のようだ、と言っていた。

 

こんな場所では、自分がどこをどう歩いたのか

忘れそうだったので、マーカーとなるメカニカル

な杭をあちこちに刺しながら、更にジョーカーの

カメラに地形データを採取し、それを私の脳内で

各種データと組み合わせてマッピングを

行っていった。

 

そして、進んでいた時。

「ッ」

『バッ!』

『それ』に気づいた私は、咄嗟に左手を掲げ、

それをグッと閉じた。

これは『止まれ』のハンドサインだ。

そのサインの意味を知っていた5人が

止まり、武装を構えて周囲を警戒する。

 

「司?どうしたの?」

「……物理的なトラップです」

私は慎重にタナトスを床に置き、トラップの

作動スイッチになっている床の一部を注視

した後、指を鳴らした。

 

エコーロケーションのデータを活用し、

罠がある場所を見つけていく。

私は、すぐさまデータリンクを通して

確認した罠の場所を全員に伝える。

「今示した場所は、絶対に踏まないように。

 罠のスイッチの可能性が高いので」

私の言葉に、5人が頷く。

そして、私はタナトスを構え、僅かに腰を

落とした姿勢のまま、ゆっくりと歩き出した。

 

そのまま、私達はゆっくりと進んだ。

 

十字路に差し掛かれば、私とハジメで左右の

道を警戒。その間に香織、ユエ、シアが

通り過ぎ、最後尾のルフェアが私とハジメの

肩を叩く。それを合図に、私達は移動する。

 

その動きは、まさしく軍隊のそれだ。

ハジメと香織、ルフェアにとってこの動きは

散々オルクスの大迷宮で使ってきた動きだ。

彼女たちも、もう動きのキレは本物の軍人と

大差無い。全く、頼もしい物だ。

 

そう考えながらも、周囲への警戒をしながら

私達は進んだ。

 

事前に罠の存在を確かめて進んだため、

トラップに引っかかる事無く、私達は

その迷路のような空間から出た。

 

そこから三方に伸びる道が続いていた。

念のため、この地点にもマーカーを刺した

あと、一番左の通路に進んだ。

左の通路は、下方向へと続く階段だった。

慎重に前後を警戒しながら進む私達。

その時。

「うぅ~。なんだか嫌な予感がしますぅ。

 こう、私のウサミミにビンビンと来るん

 ですよぉ」

突然そんな事を言い出すシア。

するとハジメが……。

「し、シアちゃん?そう言うのは、フラグって

 言ってね。禁句『ガコンッ!』ほら

やっぱりぃ!」

ハジメが喋っていると、不意に何かの仕掛けが

作動するような音が響いた。

 

一拍の間を置き、階段の段が無くなり、坂となる。

一瞬の浮遊感。しかし、問題無い。

 

エネルギーフィールド、形成。

 

私は、咄嗟にその場に、エネルギーフィールドを

元にした足場を形成した。

そこに着地する私達6人。

「お、おぉ。私達、空中に立ってるですぅ」

「ふぅ。ありがとう司くん。助かったよ」

驚くシアと息をつく香織。

「流石お兄ちゃん。ナイスだね」

「いえ。それほどでも。……しかし」

ルフェアの言葉に謙遜しつつ私は、前後に

目を配る。

 

「このまま降りてみるべきか、一度戻る

 べきか」

「なら、進んでみない?司の力があれば

 戻るのも楽だしさ」

「ん。私もハジメに賛成」

と、私の言葉に提案するハジメと彼に賛成

するユエ。他の皆にも聞いて、OKだったので

私達は、私の創ったエネルギーの階段を降り、

下方へと向かった。

 

そして、たどり着いたそこは、崖。

先ほど確認していたが、変形し坂になった

床は、まるで油かローションのような液体を

流し始めていた。

そして私は崖の下に目を向けたが……。

これは……。

「……随分と、意地の悪い滑り台ですね」

「司?どうかした?」

私が呟くと、ハジメ達も私の視線を追うが、

直後にハジメが、うげっと呻くのが

聞こえた。

 

崖の下でうごめく、無数のサソリの群れ。

その光景の嫌悪感からか、5人ともブルリと

体を震わせている。

もし、何らかの方法で落下を阻止出来なければ、

サソリの海にダイブ、ですか。

本当に意地の悪い物だ。

 

と、考えていた時。

「あっ。お兄ちゃん!あそこ!」

サソリから目を背け、周囲を観察していた

ルフェアが何かを見つけ指さした。

私達は、彼女の指さす方に目を向けたが……。

 

≪彼等に致死性の毒はありません≫

≪でも麻痺はします≫

≪存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能

 してください。プギャー!≫

 

「「「「「……」」」」」

相変わらずのあおり文句に、ハジメ達の

オーラが濃密になる。しかし……。

 

「あのクソ生意気な煽り文句がある、と言う

 事は、道はあっている、と言う事でしょう」

「え?どういうこと司」

首をかしげるハジメ。

「あくまでも推察ですが、この迷宮の

 コンセプトは、理不尽な状況に対しても

 屈しない意思なのでは?」

「どういうことです?」

更に首をかしげるシア。

「かつて解放者たちが戦ったエヒトは、

 彼等が守ろうとした人類を彼等の敵

 として差し向けた。その腐った性根

 と、世界を自分のゲームの盤上のように

 考えているクソエヒトならば、口にするのも

 憚られるような、クズで下劣な理不尽を

 私達に突き付けてくるかもしれません」

「ねぇ、司?怒ってる?ねぇ怒ってる?

 さっきからちょいちょい過激な発言が

 続いてるけど?」

何やら戸惑っているハジメの言葉。

しかし私はスルーする。

 

「つまり、この迷宮の攻略に必要なのは、

 どのような理不尽にも屈しない、強い

 意思ではないかと思います。そして、

 あの煽りのメッセージとは、その

 意思を試す物であると同時に、

 ルートが合っていると言う証拠だと

 思うのです」

そう言って、私は崖の反対側を指さす。

そこには……。

「あれって。……横穴?」

と呟くユエ。 

 

「恐らく、あそこが次へと続く入り口なの

 でしょう。……行きましょう」

私の言葉に、皆が頷く。私は足場を

伸ばし、崖と横穴を繋げる。

 

ちなみに、渡り終わった直後、私は巨大な

焼夷爆弾を取りだし、崖下に投げておいた。

爆音に次いで、爆炎が広がり、サソリたちを

燃やし尽くしていく。

「さぁ。行きましょう」

後ろで呆然としている5人の横を通り過ぎ

ながら私は歩く。

 

そして、呆然としつつも私についてくる

5人。そんな中で……。

 

「不安だ」

と、呟くハジメ。

「何が不安なの?ハジメくん」

それが気になって声を掛ける香織。

「大丈夫ですよハジメさん!今の私達は

 無敵ですぅ!な~んにも、怖い物なんて

 無いですよぉ!」

「んっ。……私達は最強」

と、フォローするシアとユエ。しかし……。

 

「いや、あのね。不安なのは、司が

 この迷宮にキレて世界を滅ぼさないかな~。

 と言う不安であって……」

と、ハジメが言うと……。

「「「あぁ、確かに」」」

3人は一転して納得したように頷いた。

 

 

その後、私達はある場所で昼食にしていた。

もちろん、場所が場所なので、ジョーカーを

纏いメットを取った状態でだ。一応周囲には

シールドを展開している。

ちなみに昼食はサンドイッチと、簡単な物だ。

 

「んぐんぐ。……それにしても、鎧を纏った

 ままの食事って何かシュールですねぇ」

と、食事をしながら呟くシア。

「まぁ、場所が場所だからね」

そんな彼女の言葉に頷くハジメ。

しかし……。

 

シアはサンドイッチを食べ終えると、スポーツ

ドリンクを飲んでいる私達を見回している。

「ん?シア、どうかしましたか?」

その視線に気づいた私は彼女に問いかけた。

「あ、いやぁその。改めてジョーカーの

 事を考えてたんですけど、私ってジョーカー

 の事色々知らないなぁって思って」

「そうですか。では、食後の休憩がてら、

 少し話しますが、聞きますか?」

「え?良いんですか?じゃあ聞きたいですぅ!」

 

と、言う事なので、私は改めてジョーカーの

事を話す事にした。

 

「まず、私が一番最初に創ったのは、ハジメの

 纏っている白と赤のプロトタイプジョーカー、

 或いはジョーカー0と呼ぶ物です」

「プロトタイプ?」

「試作品、って意味だよ」

首をかしげるシアに説明するハジメ。

 

「元々、僕は錬成師って言う非戦闘職で、

 周りから馬鹿にされてたのは話したよね?

 そんな僕を助けるために司が創ろうって

 言い出したのが、ジョーカーシリーズ

 なんだ」

「ジョーカーシリーズの製造目的は、

 言うまでも無く装着者の戦闘能力の向上です。

 ハジメが、錬成師としての天職を身につけて

 しまった以上、普通に考えれば錬成師として

 鍛えた所で、戦闘職のクラスメイト達との

 差は歴然です。そこで、ジョーカーを設計

 開発したのです。その1号機が、ハジメの

 ジョーカー0です」

「へ~~。じゃあハジメさんのジョーカーが

 一番最初のなんですね」

「うん。まぁ最も、今では僕の専用機

 みたいになっちゃったけど」

「ハジメ、みたい、ではなくジョーカー0

 は間違い無くあなたの専用機です。

 ジョーカーの全ては、個人を認証する装置が

 あるので、例えハジメのジョーカー0を

 仲間であるユエやシアが装着し起動しようと

 しても不可能ですから。ジョーカー0は、

 あなただけの力です」

「っと、そうだったね」

ハジメは、若干顔を赤くしながらそう呟いた。

 

「それから、香織のタイプQ。ここには

居ませんが、今も王国騎士団の元で鍛錬を

続けている、雫のタイプC。まぁあくまでも

便宜上ですが、この3機は、最初期に

生み出された、第1世代と呼べる物です」

「へ~~」

と、頷くシア。

「ねぇ司くん。どうして私達の分類が、

 便宜上なの?」

「確かに、今の3機と私のタイプZは初期に

 ロールアウトしましたが、今は他の

 機体と共にアップデートを繰り返している

ので、タイプZを除いた5機は、

世代の差が性能の差にならないんですよ」

「あぁ、成程」

と、納得する香織。

 

「一応、世代別に分けると……。

 ルフェアのタイプRや、ユエのタイプUは、

これまでの汎用性を重視した第1世代とは

異なり、Eジョーカーのような別形態へ変化

し状況に応じて戦う、即応性を持たせた為、

便宜上、第2世代とします」

「へ~~。じゃあ私のも第2世代、ってのに

 なるんですか?」

「えぇ。シアのタイプSCは、見た目こそ

 普通のジョーカーですが、内部は格闘戦を

 行うシアの為の専用のカスタマイズを行って

 いますから。

 まぁ、短くまとめると、豊富な武装によって

 状況に対応しようとしたのが第1世代。

 そこから更に、ジョーカーにも特化した

 性能を加え、形態変化能力を付与したのが

 第2世代、と言った所ですかね」

 

と、改めて私は皆に色々説明していた。

 

 

 

 

落下しようとしている天井を、私が

生み出した巨大な円柱で支えたまま。

 

 

「……しっかし、ホント司の創った

 物質は凄いね~」

食後のお茶を飲みながら、私が創り出した

柱状の物体、『Gメタル』を見つめるハジメ。

このGメタルは、第9形態の私の細胞を培養し、

本来地球上には存在しない、超高硬度物質を

粒子状にして塗布しコーティングする事で

生み出した。

理論状は、大きさにもよるが、光速で動く物体

すら放さないブラックホールの中でも、

最低数秒は原型を保っていられる程の

強度を持つ物質だ。

Gメタル自体は、最強の物理的シールドの

素材に、と生み出した物だ。

故にその硬度は折紙付き。何者にも

壊すことはおろか、傷付ける事さえ出来ない。

 

「この大質量の天井が落ちてきてる、ってのに

 こうやってのんびり昼食をしてるなんて。

 普通は命からがら天井が落下してくる

前に~って感じなのに。何だか、

余裕綽々だね~」

と、何故か遠い目で、天井を見上げるハジメ。

 

「……危機一髪って、何だっけ?」

そして、何故かハジメがそんな事を呟いた。

「ハジメ。……司が居る=万事余裕綽々。

 OK?」

「あぁ、うん。何だろう、凄い納得

 出来るよユエちゃん」

二人は、そんな会話をしながら遠い目で

私を見ている。

「そうだよね~。司の神チートの前には、

 理不尽な事が司の理不尽な力で跳ね

返されちゃうもんね。いや~~。

司も十分理不尽な存在だねぇ」

「……司=理不尽の権化。いや理不尽の神」

「あ~。確かに~」

 

のんびりしながらも、そんな会話をしている

ハジメとユエ。……何だか、不名誉な称号が

追加されたような気がするが……。

まぁ良いか。

と、私は内心首をかしげる。

 

「さて、と。ではそろそろ行きましょうか」

後片付けを終えた私達は立ち上がり、

メットを被るとGメタルの柱の側を

通って、外へと出た。

Gメタルの柱を回収すると、ようやく動き出した

天井が通路を押しつぶすが、そこには

誰も居ない。

 

「行きましょう。……この先、どんな理不尽

 が待っていようと、私達の力で、それを

 粉砕し、撃滅し、我々は進む。進み続ける」

私の言葉に、5人が無言で頷く。

 

「それでは。出発っ」

そして、私達6人は奥へと進んでいく。

 

この先にある、神代魔法を手に入れるために、

私達のライセン大迷宮攻略が始まった。

 

    第24話 END

 




次と更に次は、ミレディとの戦いになると思います。

感想や評価、お待ちしています。


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第25話 アスレチックな迷宮

ライセン大迷宮攻略、中編です。
原作よりは、メンバー多いし司のおかげで
楽っちゃぁ楽なんですが……。



~~~前回のあらすじ~~~

次なる迷宮を探し、司たちはライセン大峡谷の

中を移動していた。迷宮探索の3日目の夜。

ふとした事からシアがライセン大迷宮の入り口

を発見。翌朝になると、6人は迷宮攻略を

めざし、内部へと突入した。

そこで待っていたのは、トラップだらけの

ダンジョンとその主、ミレディが仕掛ける

ウザい言葉の攻撃だった。

 

 

サソリ地獄を超えた私達は、その後もいくつもの

トラップとあのウザい文に遭遇した。

……のだが。

「……何かさぁ、司が居るとトラップの突破も

 簡単だよね」

と、ハジメが歩きながら呟いた。

「うんうん。毒矢はシールドで防いで」

「ん。落とし穴は空中に足場創って渡った」

「あのアリ地獄のもですぅ。足場創って

 そこから爆弾をポイッして魔物を

 やっつけてました」

「やっぱり、お兄ちゃんが居ると大抵の

 ピンチも何て事無い事になっちゃうんだね」

と、ルフェアが言うと……。

「「「「うんうん」」」」

と、ハジメ達が首を縦に振っていた。

 

そんな彼等を一瞥しつつ、私は先頭を

歩いていた。

 

やがて、私達はある通路に出た。そこは

急なスロープが右へと下って行く道だ。

恐らく螺旋構造なのだろう。しかし……。

「ハジメ、貴方の意見を聞きたいの

 ですが。私はここで、上から巨大な球が

 転がってきて私達を追ってくる様子が

 頭に浮かんだのですが?」

「うん。僕もそう思う。これ、絶対

 そうだって」

「……。総員、全周警戒」

私は、皆に警戒を促す。そして、歩きだそうと

した時。

 

『ガコンッ……!』

どこからか、何かが動き出す音がした。

「「「「「「………」」」」」」

皆が黙りこくる。

『ゴロゴロゴロ』

そして、何かが転がってくる音が聞こえてきた。

私以外の5人が、ゆっくりと振り返る。

上方のスロープもカーブしていた。なので

その奥は見えなかった。しかし、音の主は

すぐに姿を現した。

 

巨大な球形の岩石が。

 

「やっぱりかこんちくしょう!?

 インデ○・ジョーンズじゃねぇっての!」

「どうする!?壊す!?逃げる!?」

叫ぶハジメと香織。

「や、やってやるですぅ!アータルの

 バスターモードなら!」

「んっ!やってやる……!」

「よ、よぉし!ルフェアも手伝うよ!」

シア、ユエ、ルフェアは迎撃するつもり

なのか、バスターモードのアータル、

両手のビーム砲、タナトスを構える。

 

が……。

「問題ありません」

そう言って、パチンと私が指を鳴らせば、

大岩が、『消えた』。

粒子になって消滅したとかではない。

跡形も無く、消滅したのだ。

「……はぇ?」

それに気づいて、素っ頓狂な声を漏らすシア。

「……つ、司さん?何したんですか?」

 

「特にこれといって何も。ただ、私の

 力の一つ。概念と事象への干渉能力で、

大岩の『存在』という『事象』に『干渉』

し、その存在を無効化。つまり、存在しない、

 としたのです。まぁ、つまりあの大岩は

 存在を消された、と言う事です」

 

「……つまり?」

「司は指鳴らすだけで人とか町壊せる。

 OK?」

「……ものすごい分かりやすい説明

 ありがとうございます先生」

首をかしげるシアに簡潔に説明するユエ。

シアはどこか遠い目でそんな事を

言っていた。

 

しかし……。

『ゴロゴロゴロ』

「ん?……何か、また音が」

再び何かが転がる音が聞こえてきた。

ハジメも聞こえたのか、そう言いながら

振り返った。

 

すると……。

 

今度は黒光りする鉄球が転がってきた。

しかも、よく見ると表面に無数の穴があり、

そこからどう見てもヤバい液体が溢れ出ている。

と言うか鉄球の表面も若干溶けている。

「パワーアップしたのが来たぁ!?」

叫ぶハジメ。

「こ、今度こそやってやるんだから!」

そう言ってタナトスを構えるルフェア。

しかし……。

 

「大丈夫ですよ」

そう言って指を鳴らす私。すると、鉄球が

消滅した。

「「「「「……」」」」」

すると、5人が何やら無言+遠い目で私を

見ている。

 

「……行きますよ?」

そう言って、私が歩き出すと、5人は静かに

私の後を付いて来て、スロープを降り始めた。

 

「……私、思い知ったですぅ」

「何を?」

静かに語るシアと、同じく静かに問いかける香織。

「……司さんに喧嘩を売ったら気づきもしない

 間に消されるんだろうなぁ。って事ですぅ」

「ん。……そして、だからこそ仲間として

 頼もしい」

「いや、それはそうなんですけど……。

 ハジメさんがさっき遠い目で危機一髪って

 何だろうって言ってた意味が良く分かりますぅ」

「分かったでしょ?司が居るとね。大抵の事は

 何とかなっちゃうんだよ」

と、どこか遠い目で語るハジメ。

 

「お兄ちゃんって、万能だから」

「「「「あぁ、確かに」」」」

何やら、ルフェアの言葉に他の4人が納得

していたようだ。

 

ちなみに、あの後も、棘の生えた鉄球や、

燃えさかる鉄球などが転がってきたが、全て

私が存在を消滅させた。

 

そして、歩く事数分。出口と思われる場所に

たどり着いた。

出口は崖になっていたので、立ち止まって

眼下をのぞき込んだのだが……。

 

「……何、あれ?」

崖の真下には『プール』があった。とは言っても、

明らかにヤバい液体で満たされていたが。

そのプールを見て呟く香織。

 

「……某エイリアンの体液プール?」

と、若干ボケ気味に呟くハジメ。

私は、近くの壁の一部を殴って粉砕すると、

欠片をプールの中に投げ込んだ。

すると、『ジュワァァァァァァッ』という音

と共に、欠片が物の数秒で溶けて無くなった。

 

「「「「「………」」」」」

その光景に、5人が黙り込むが……。

私はその間にエネルギーの階段を創って、

プールを挟んだ反対側にある通路と崖の出口を

繋いだ。

 

「エネルギーの階段を創ったので降りましょう」

「……流石司。仕事が早い」

 

その後、私達は階段を使ってプールの先にある

通路へと降り立った。

のだが……。

 

「……」

私は、少しプールの酸が気になったので、

ジョーカーZの装着を解除し、プールの淵に

立った。

「あれ?司?何してるの?」

それに気づいたのか、ハジメ達が声を

掛けてきた。

「いえ。少し」

私はそれだけ呟くと、右手を酸性のプールに

突っ込んだ。

 

「えぇ!?司さん何してるんですか!?

 手が溶けちゃいますよぉ!」

慌て出すシア。

 

しかし私はそれを無視して、データを取る。

そう言えば、ゴジラのことをシアにはまだ

話していなかったな、などと思いながら。

 

データ分析、開始。…………完了。

体内システム、進化開始。体内強酸物質、

生成臓器。……増設、完了。……汗腺を

利用した物質放出器官。……増設、完了。

 

私は、酸性の液体のデータを元に、自らの体内で

更に強力な酸性物質の精製能力と、それを

放出する力を獲得した。

 

右手を酸性のプールから抜き、立ち上がると、

私は右手に力を込めた。すると掌から

黒い液体が溢れ出し、それが球形になって

浮かび上がった。

 

ふむ。さしずめ、ゴジラから生まれた酸。

『G・アシッド』と言った所か。

「むぅん……!」

私は、そのG・アシッドを崖に向かって

投げつけた。

ビシャッ、と言う音と共に崖に掛かる

G・アシッド。

 

すると、崖の一部が見る間に溶けて

無くなっていく。

ふむ。威力は上々。しかし、この威力を何とか

して皆が使えるようにしたいものだ。

……そうだ。あれが使えるな。

 

私は、思いついた物を設計・開発し、

具現化した。

それは、グレネードランチャーで発射する

小さな榴弾のような物だった。

私は、マルチランチャーピストル、アテネ

を取りだし、そのグレネードを装填。

『ボシュッ!』

それを再び壁に向けて発射した。

 

壁にぶつかる直前、近接信管によって炸裂した

グレネードから、大量のG・アシッドが拡散。

壁の一部をジュワジュワと音を立てながら溶かした。

ふむ。こんな物か。

 

私は、後ろで崖の方を呆然と見ている5人の方に

振り返った。

そして……。

 

「と、言うわけで新兵器完成です」

「どう言う訳なの!?新兵器って今のグレネード!?」

「はい。万物を溶かす酸。G・アシッドを打ち出す

 炸裂式グレネード。アシッド・グレネードです」

驚くハジメに答える私。

「そ、それ、凄く危険だよね?」

「えぇ。しかし大丈夫です。近接信管には

 半径10メートル以内に私達が居ると

 爆発しないように設定しています。

 なので、誤爆の危険はありません」

と、香織の言葉に答えたのだが……。

「いや、うん。それもそうなんだけどね、

 それ、人に使って良い代物じゃないよね?」

「……そうでしょうか?生きたまま

 溶かす程度の代物ですが?」

 

と言うと……。

「十分ヤバいよ!?生きたまま溶かすとか!

 どこのスプラッター映画!?禁止!

 それは対人戦闘では使用禁止!

 グロすぎる!」

「「「「うんうん!」」」」

「……。皆がそう言うのなら」

……この威力があれば殆ど無敵なのに。

 

などと思いながら私はアテネをしまった。

 

さて、と。

 

「で、話を変えますが、『あれ』、どう

 思います?」

私は、前方に続く道の左右にある物を指さし

ながら皆に問いかけた。

 

そこは、長方形型で奥行きがある部屋だった。

部屋の奥には階段があり、その上には祭壇

と荘厳な扉があった。

しかし問題は、その階段の前の通路の左右の

壁だ。そこには窪みがあり、剣と盾で

武装した騎士甲冑がずらりと並んでいた。

咄嗟の目測でも、50体は居るであろう。

私はその騎士甲冑を指さしていた。

 

「……僕の考えが正しければ、階段に

 向かおうとしたら起動して襲ってくる、

 と思う」

「うんうん。映画とかでよくあるよね、

 そう言うパターン」

「じゃあ、壊しちゃった方が良いんじゃ

 無いですか?」

ハジメと香織の言葉に、首をかしげながら

呟くシア。

確かに彼女の言うとおりだ。

 

「では、壊すとしますか。ハジメ、

 香織、ルフェア。3人は私と同じく

 Eジョーカー形態へ変化して下さい。

 こんな時の為に開発しておいた、

 範囲攻撃用の兵器があります」

「うん。分かったよ司」

ハジメが頷くと、私達4人のジョーカーが

一瞬光に包まれ、Eジョーカー形態へと

変化した。

 

「各員、20連装ミサイルランチャー、

 『ルドラ』展開」

私が武器の名を呟くと、4機のEジョーカー

の背面に、大きな長方形の箱形の武器、

ルドラが展開された。この箱、つまり

ミサイルの弾倉一つに20発までミサイルを

装填出来る。それが一機につき二つ。

 

つまり……。

20×2×4=160発ものミサイルを一斉に

撃とうと言うのだ。

「シアとユエは、念のため我々の後ろへ。

 3人は私と同タイミングでルドラの

 誘導弾を斉射します」

「ん」

「はいですっ」

ユエとシアは頷くと、私達4人の後ろに

素早く退避した。

 

「では……。総員、斉射用意」

私が指示を飛ばすと、3人と私は両腕の

パイルを地面に突き刺し、体を固定した。

「カウントダウン開始。3、2、1!

 Fire!」

「フォックスツー!」

『『『『バシュバシュバシュッ!!』』』』

白煙を引きながら放たれた、総数160発の

ミサイルが、扇状に広がりながら着弾

していく。

 

『『『『『ドドドドドドォォォォンッ!!』』』』』

前方を、爆炎と爆発音と熱風がなぎ払っていく。

「『風壁』」

そして、爆発で発生した煙をユエの風魔法で

払うと、先ほどまで規則正しく、毅然とした

姿勢で起立していた騎士甲冑達は、ある者は

見るも無惨にバラバラに。ある者は胴体が

吹っ飛び、腰元から下とヘルメットだけを

残し。などなど。騎士甲冑『だった物』が

辺り一面に散らばっている。

 

「……こんなものですか」

周囲を見回した後、私はノーマルの

ジョーカーへと形態を戻した。

他の3人も形態を戻すと、各々武器を

取り出しつつ周囲を見回す。

 

「さて、では進みますよ」

「うん。行こう」

私の言葉にハジメが頷き、他の4人も

無言のまま首を縦に振る。

 

 

そして、私達は念のため周囲を警戒

しながら進んで居たのだが……。

 

中程まで歩いたその時。

 

視界の端で、上半身だけの騎士甲冑が動いた。

そして、その手にした剣が、真ん中を歩いていた

香織のジョーカーに突き立てられ………。

 

 

『バキンッ!』

無かった。

「こんのぉっ!」

私と同じように気づいたハジメが、咄嗟に

足で剣を蹴り折ったのだ。

そのまま、騎士甲冑の頭を踏み潰すハジメ。

「ッ!?何っ!?」

香織は、驚き一歩後退った。

「あっ!?皆さん周りの甲冑が!」

シアが周囲を見回しながら叫ぶ。

「再生した……?」

ユエも、両手のビーム砲を構えながら呟く。

 

見ると、壊れたはずの甲冑たちが、目の部分と

同じ光で体を包むと、一瞬で再生した。

よく見ると、倒れていた箇所の床が削られた

かのようになくなっている。

「床の物質を取り込み、壊れた部分を新しく

 作り直している。……これでは、再生

 と言うより再構築ですね」

 

「周囲の物質から再構築とか、

 ハガ○ンかっての……!」

ハジメは、周囲を警戒しながら両手に

グリムリーパーを出現させる。

 

「どうするの?お兄ちゃん」

ルフェアも、両手にバアルを構え、別々の

騎士甲冑に狙いを定めている。

 

「再生されるんじゃ、ジリ貧だよね」

香織も、接近戦での取り回しを考え、

タナトスを構えている。

 

「こ、怖いですけど、やってやるですぅ!」

シアも、大型の斧、アータル・アックスモード

を、若干腰が引いているが構えている。

 

「司、どうする?」

そう呟くシアも、両手のビーム砲を構えている。

 

私は、両手を開いて構えながら考える。

「……。長時間の戦闘は皆の体力を消耗

 させるでしょう。なので、ここは

 一点突破します。……あの扉の前の

 祭壇、何か意味があるのでしょう。

 なので、ハジメとユエは、まずあの祭壇

 に向かって下さい。香織、ルフェア、シア

 と私は二人を援護します」

「「「「「了解っ(ですぅっ!)!」」」」」

 

「では、戦闘開始っ」

そして、私達は飛び出した。

 

 

真っ直ぐ祭壇に向かうハジメとユエ。

しかし、その進路を阻むように数多の騎士甲冑

が立ち塞がる。

「どけぇぇぇぇっ!」

ハジメは、雄叫びを上げながらそこへと

突進していく。

先頭の騎士甲冑が剣を振り下ろす。

しかし、ハジメはその剣を左手のグリムリーパー、

のチェーンソーで弾き、右手のガトリングで胴体

を蜂の巣にする。

 

更に数体が、ハジメ目がけて剣を振り下ろす。

だが……。

「んっ!」

『ドゴォッ!』

そうはさせまいと、ユエのタイプUの掌打が

騎士甲冑の腹部に炸裂。しかしそれだけではない。

「インパクト……!」

次の瞬間、掌にあるビーム砲の銃口から

衝撃波が放たれ、騎士甲冑を吹き飛ばした。

後続の騎士甲冑を巻き込み吹き飛ぶ甲冑。

 

その時、側面から接近した騎士甲冑がユエ

目がけて突きを放とうとする。だが……。

「ふんっ」

次の瞬間、司のジョーカーZの飛び膝蹴り

が騎士甲冑を吹き飛ばした。

 

そのまま、司は流れるような動作で迫り来る

騎士甲冑の攻撃を手や腕で弾き、カウンターの

パンチやキック、果ては投げ技で投げ飛ばす。

そして、投げ飛ばされた騎士甲冑の向かう

先は、あの酸性液体のプールだ。

投げ込まれた騎士甲冑は、ドロドロに溶けて

無くなった。

 

「ルフェアちゃん!」

「うん!やるよ、カオリお姉ちゃん!」

二人は、それぞれの武器の狙いを敵の

足に集中させる。

『『ダダダダダダダダダダダダッ!』』

『バンッ!バンッ!バンッ!』

フルオートのバアルと、セミオートの

タナトスから放たれる銃弾と炸裂弾が

騎士甲冑の足を吹き飛ばしていく。

 

「どりゃぁぁぁぁぁぁっ!」

そして、シアは司が騎士甲冑たちを酸性プール

に投げ飛ばしていたのを見ていたのか、

ハンマーモードのアータルで騎士甲冑達を

ゴルフのフルスイングよろしく吹き飛ばしていく。

そのシア目がけて数体の騎士甲冑が向かって来る。

「来やがれおらぁっですぅ!」

しかし、シアは臆すること無く、アータルを

ハンマーモードから、長大な槍、ランスモード

へと変形させ、並んで突進してくる騎士達を

串刺しにする。

 

そして、ここでナノメタル製の武器の強みが

出た。

ランスの穂先が僅かに溶け出したかと思うと、

銀色の液体が騎士達を飲み込んだ。

 

これが、ナノメタルの強みだった。

ナノメタルは周囲の物質を、有機物・無機物を

問わずに取り込み、同化する。そうする事で

例え刃などが刃こぼれを起こしても、周囲の

物体を取り込む事で即座に修復が出来る。

そして、この攻撃はその、物体を取り込む

能力を駆使した攻撃。

つまり、ナノメタルで相手を『喰らう』のだ。

 

ナノメタルに同化され、喰われた騎士甲冑達

は、銀色の液状物質となってアータルの

中に染みこんでいった。

 

 

そして、ハジメとシアの道を切り開かれ、

二人は階段の前で跳躍してショートカットし、

祭壇の前に着地した。

その間に、司達は階段の前で騎士甲冑を

相手にしていた。

 

祭壇の前に立った二人。ハジメはすぐさま扉

の前に立つが……。

「クソッ!ダメだやっぱり封印されてる!」

「となると……。鍵は、これ」

そう言って、ユエは祭壇の上にある正双四角錐

に目を向けた。

扉には、3つの窪み。よく見ると、四角錐は

複数のブロックの集合体だった。

 

「……そう言う事」

と、呟くと、ユエは四角錐を分解しはじめた。

この問題は、1つのブロックを分解し、3つ

の正しい、窪みにあう物に作り替える物だ。

そしてよく見ると、扉にもあの煽り文句が

あった。

 

ユエは若干イライラしはじめるが……。

「落ち着いて、ユエちゃん」

ハジメのジョーカー0が、ユエのタイプUの

肩に手を置いて優しい声で彼女を宥める。

「んっ」

それだけで、ユエの不機嫌さはどこかへと

吹っ飛び、彼女は問題解決に集中した。

 

そして数分後。出来上がったブロックを窪みに

はめ込むと、振り返った。

「ハジメ……!」

「うんっ!司!扉が開いた!」

ハジメは、階段下の司達に向かって叫んだ。

 

 

「全員、扉の奥へ……!殿は私が……!」

「うん!」

私の言葉に香織が頷くと、彼女、ルフェア、

シアがひとっ飛びで祭壇前まで跳躍する。

私は、向かってくる騎士甲冑を全て殴り飛ばす。

そして、一瞬の隙を突き、左腰のスロットから

プラズマグレネードを取りだし、軽く上に弾いた。

そして、私は後ろへの跳躍で祭壇の前まで

飛んだ。

そして、私の着地と同時に落下したプラズマ

グレネードのプラズマが、騎士甲冑の大半を

飲み込み消滅させる。

 

「司!早く!」

そして、それを一瞥すると、私は既に扉の

奥で待っていた5人の元へ飛び込んだ。

私が扉を潜ると同時に、5人が扉を閉めた。

 

「ふぅ」

息をつくハジメ。

「皆無事?」

「ん。大丈夫」

「うん。私も」

「私も大丈夫ですぅ」

「私も大丈夫だよ、ハジメお兄ちゃん」

ハジメが問いかけると、ユエ、香織、シア、

ルフェアが頷く。

 

さて、と。

頷く彼女達を一瞥してから、私は周囲を

見回した。が……。

「随分と、普通の部屋ですね」

と、呟いた。

実際、この部屋は外の荘厳な扉とは不釣り合いな

程、普通の部屋だった。

「……外の扉とブロックは一体何だった

 んだ?」

肩を落とし、ため息交じりに呟くハジメ。

 

「まさか、あれだけ苦労したのに、何も

 ありません、的な?」

「……ありえる」

香織の言葉に頷くユエ。

「……やっぱりこの迷宮は意地悪だね」

「ルフェアちゃんの言うとおりですぅ」

ルフェアとシアも、ため息交じりにそう

呟いている。

その姿を一瞥してから、私は次の部屋へと

続く扉を探し始めた。

 

と、その時。

『ガコンッ』

再びあの音が響いた。

皆の間に緊張が走った。

 

かと思うと、急に部屋が動き出したかのように、

右へ左へ、上に下に。突如としてGが私達に

襲いかかった。

私は、咄嗟に皆を回収してドーム状の結界を展開。

その中に皆を入れた。

「まったく!ここはカラクリ大迷宮かっての!」

不満げに叫ぶハジメ。

 

やがて、数秒すると、ようやく部屋が止まった。

「と、止まった?」

若干警戒しながら周囲を見回すルフェア。

「だと、良いんだけど」

「……何か、あるかも」

香織はタナトスを。ユエは掌部ビーム砲を

構えながら周囲を警戒している。

私は警戒しつつも、前方の扉を見つけた。

 

「総員傾注」

私は皆の注目を集めつつ、前方の扉を見据える。

「前方の扉を越えて、再び前進を開始

 する。あの扉の先に何があるかは分からない。

 なので十分注意するように。

 行きましょう」

私の言葉に、5人が無言で頷く。

 

私とハジメが、扉の左右に立つ。

その手には、タナトスが1丁ずつ

握られている。

「ハジメ」

「うん。3、2、1ッ!」

 

『バンッ!』

次の瞬間、ハジメが扉を蹴破り、私、

ハジメの順で中に突入する。

 

 

が……。

「ッ!司、もしかして、ここ……」

「最初の部屋、か?」

私とハジメが周囲を警戒するが、そこは

あの矢の雨を受けた最初の部屋のようだった。

何故?

そう思って居ると、近くにあの煽り文句が

浮かんできた。

 

それによれば、やはりここは迷宮の最初

のスタート地点で、迷宮は一定時間毎に変化し、

マッピングは意味を成さないと言う。

 

そして……。

 

「「「「「ふざけんなぁぁぁぁ!」」」」」

迷宮に5人の絶叫が響いた。

 

 

そして……。

 

……ミレディ・ライセン。貴様は、私の

怒りに触れた。これほどの怒り。

果たして過去にも抱いた事があった

だろうか?と疑うほどの怒りを覚えた。

 

そして、私は思っていた。

 

必ずや、奴に後悔というものを覚えさせると。

 

     第25話 END




次回は、まぁ最後の文の如く、司が色々やります。

感想や評価、お待ちしています。


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第26話 決着

今回は長いです。途中で区切らなかったんで、普段の
1.5倍くらいあります。
あと、バトル要素はちょっと微妙です。
まぁ読んでみて下さい。


~~~前回のあらすじ~~~

ライセン大迷宮へと突入した司たちを待っていた

のは、いじめと言わんばかりに陰湿なトラップの

数々だった。しかし、司という存在の力で

これらを乗り越えていく一行。しかし、まるで

その道中を嘲笑うかのように、一行は最初の

スタート地点に戻されてしまうのだった。

 

 

今、皆がミレディへの呪詛を叫んでいる。

……殆ど放送禁止用語のオンパレードだ。

数分、私が待っていると皆ようやく

落ち着いたのか、ゼェゼェと肩で息をしていた。

「……皆、落ち着きましたか?」

「ハァ、ハァ。落ち着いた、けど、落ち着けて

 無いと言うか。……正直、今すぐこの迷宮

 を全部吹っ飛ばしたい……!」

「私も。正直、バカにされてて、頭に、

 血が上ってるよ」

ハジメと香織は、怒り心頭、という感じだ。

他の3人も、大なり小なり似たような感じで、

殺気を滲ませている。

 

しかし、怒り心頭のまま迷宮を移動するのは

危険だ。そういう時は、得てして判断力が

鈍っている可能性がある。

 

ここは……。

 

「皆、聞いて下さい」

私は5人の方へ呼びかける。5人が私の方へと

視線を集める。

「最初の地点まで戻された事は実に腹立たしい

 事態ですが、せめてもの救いとして、この

 迷宮が、『どんな迷宮』なのかは理解

 出来ました。……トラップが多く、油断

 出来ない迷宮だと分かった事だけでも、

 収穫としましょう」

「……確かに、司の言うとおりだね」

と、静かに頷くハジメ。

他の面々も、小さく頷く。

 

「なので、今日はこれ以上動かず、

 ここでキャンプをしましょう。

 それと、折角なので怒りを発散

 させる意味でも、飲んで食べて

 ヤりましょう」

「うん。そう……。待って司?」

頷きかけ、首をかしげるハジメ。

「ヤるって何?」

「何、ですか?当然、S○Xですが?」

と言った瞬間、ハジメ達4人が驚き、

ルフェアは顔を赤くしている。

 

「な、ななななっ!?何言ってるの

 司!?」

「いえ、別に他意はありませんが。

 どうせここで怒りを燻らせていても

 発散出来ないのなら、別の欲求、

 つまり食欲や性欲を、怒りを忘れるくらい

 貪れば良いのでは?と思いまして。

 ……安全圏は私の力で創れますし、

 今更寝込みを襲われた程度で対応

 出来ないほど、皆は弱くは無いでしょう?」

「そ、それはそうだけど……」

狼狽するハジメに説明すると、香織は顔を

赤くした。

 

「まぁ、とりあえず食事にしましょう。

 今日はここで休みましょう。部屋も

 二つ創るので、後はお互いの自由と

 言う事で」

と言うと、5人は顔を赤くしながら頷いた。

 

その後は、私達はジョーカーを解除し夕食の

用意を始めた。私とシアで調理をし、各々

が食べたい料理を創り出した。

食欲を見たし怒りを発散する、と言う目的も

あったので、普段の食事の風景から見ても、

量も豪華さも二割増し、と言った所だ。

 

そして、それを6人で見事に平らげて

しまった。

「ふぅ~。美味しかった~」

そう呟きながら、満足げに息をつくハジメ。

他の皆も、満足したのか笑みを浮かべながら

お腹をさすっている。

どうやら、食欲を満たし怒りを宥める作戦は

上手くいったようだ。

 

その後、ハジメと協力して壁に穴を開け、そこ

に部屋を二つ造った。一つは私とルフェアの。

もう一つはハジメ、香織、ユエ、シアの物だ。

出口は二つあり、中にはトイレ、風呂や冷蔵庫、

もちろん飲み物なども常備してある。

今日は早めの夕食だったので、明日の朝、

外で合流するまで12時間以上時間がある。

 

「では、明日の朝8時に外で」

「うん」

と頷くハジメ。

あぁ、そうだ。

「忘れる所でしたが、ハジメにこれを」

と言って、私はいつもの栄養ドリンクと

精力剤を、いつもの2倍渡した。

「今夜は長い夜になるでしょうから。

 念のため倍は渡しておきます」

「ア、アハハ……。ありがとう、司」

ハジメは、引きつった笑みを浮かべていた。

 

さて……。

「では、私達はこれで」

そう言って、私はルフェアをお姫様抱っこした。

「お、お兄ちゃん」

彼女は、顔を赤くし私を見上げている。

「ルフェア、今日は寝かせませんよ」

「うん。いっぱい、愛して?」

そんなやり取りをしつつ、私達は部屋に

入って行く。

 

ちなみにその時、シアが……。

「ハートが。ハートの嵐が見えるですぅ」

とか言っていた。

 

ちなみに、ハジメ達の方はどうなったかと

言うと……。

「ちょっ!?やっぱりこうなるの!?

 あっ!あ~~~~~!」

やっぱりハジメが食べられたようだ。

 

 

そして、翌朝。朝食を終えた私達は再び

迷宮へと挑むための用意をしていた。

「よっしゃぁ!殺る気十分ですぅっ!」

「んっ。昨日の借り、100倍にして

 返してやる……!」

「やったるぞ~!」

シア、ユエ、香織の順番でやる気を示す。

どうやら、やる気は十分なようだ。

心なしか、昨日より肌が艶々している。

一方ハジメは……。

 

「お、お~~」

若干元気が無く、げっそりしていた。

そしてルフェアは……。

「あっ」

私の顔を見るなり、頬を赤く染めてしまう。

……昨日の夜は、彼女に求められる余り、

普段より若干激しくしてしまったなぁ。

 

などと思いつつ、私はこの迷宮を攻略する

方法を皆に話した。

「では、この迷宮を抜けて最深部まで行く

 方法ですが、まぁ小細工は無しにして、

 私の『熱線』で迷宮をぶち抜いてゴール

 までの道を創ります」

「ふむふむ。……じゃあ、司。

 いっちょやってくれ」

頷き、グッとサムズアップするハジメの

顔には、悪い笑みが浮かんでいた。

「……この大迷宮、ぶっ壊しちゃえ」

「うん。一発お願いね、司くん」

「やったれぇですぅ!」

「私達の怒り、思いっきりぶつけちゃえ

 お兄ちゃん!」

更に、ユエ、香織、シア、ルフェアも、

やれやれ!と言わんばかりの表情だ。

 

「では……」

そう言って皆に背を向けた私は、服を

宝物庫の中に収納し、上半身裸の状態

になった。

「え、えぇ!?司さん何を!?」

それに戸惑っているシア。

 

しかし私はそれを無視して、体内にある

力を『引き出す』。

 

背面に背鰭及び尻尾を展開。

 

そう考えた次の瞬間、私の背中が盛り上がり、

皮膚を突き破りながら背鰭が展開された。

更に、腰元からも長い尻尾が生えた。

 

これが、私の第9形態における熱線を使用

する形態だ。第9形態では人間への擬態を

前提としていた為、不必要だったり、

目立つパーツを体内に格納していた。その為、

第9形態そのままでは熱線は使えないのだ。

だからこその、部分的な身体変化をする

必要がある。

 

そして、この姿こそが、部分的身体変化を

した姿、と言う訳だ。

 

後ろでは、初めての光景にシアがあんぐりと

口を開けていた。

 

「背鰭及び尻尾の展開を確認。

 砲撃用意」

私が呟くと、尻尾が肩に担がれるような

体勢になる。

背鰭が発光し、尻尾の先端、骨が組み合わさった

かのような先端部分にエネルギーが収束して

行く。

 

そして……。

「発射」

『ドゥゥゥゥゥンッ!!!!!!!』

私が呟き、力を解放した瞬間、世界が

揺れた。

 

膨大な、計り知れない熱量を持つ紫色の光線、

『熱線』が放たれた。

熱線はいとも容易く壁を貫き続ける。

そして、数十秒に及ぶ熱線の照射が終わると、

私は尻尾を後ろへと戻した。

 

前方には、あの鉄球が何個も同時に通れそう

な程巨大なトンネルが出来ていた。

壁は融解し、一直線にトンネルが奥まで

続いている。

しかし、熱線の影響か周囲はとてつもない

高温に包まれている。今のハジメ達は、

私の結界で保護しているから無事だ。

 

「さて、これで道が出来ました。皆、

 ジョーカーを纏ってから結界を出て

 下さい。外は、生身のままでは危険

 ですから」

「うん。分かったよ司」

頷くハジメ達。そしてその表情は皆、

『ざまぁ!』と言いたげな物で、

トンネルの奥を見つめていた。

 

その後、私はジョーカー纏った5人と共に

熱線で開けた、緩やかな坂道を下っていた。

ちなみに私の方はジョーカーを纏っておらず、

尻尾と背鰭を展開したままだ。

 

あの、最初の部屋へと戻る仕掛けは、恐らく

ゴール目前で作動するものだろうとハジメは

言っていた。そして、ミレディの性格を

考えれば、確かにその考え方は正しいの

だろう。

ならば、あのゴーレム達の居る部屋の所まで

道を開ければ良し。そしてその方向について、

大まかな予想は出来る。

 

奴は迷宮の構造が変わると言っていた。しかし

スタート地点とゴールは変わらない。間が

変わるだけだ。

ならば、その間を壊して、一直線の道を

創れば良いだけのことだ。

微調整は後からでも出来る。……極論を

言えば、ゴールを壊さなければ良いのだ。

……それ以外は、全部壊す気で行く。

 

そう考えながら歩いていた時だった。

 

「あ、あの~。司さんその姿は一体?」

「ん?何ですかシア」

「いや、何、と言うか。司さんどうして

 尻尾と背鰭があるんですか?と言うか、

 さっき思いっきり背中を突き破って

 背鰭生えてきましたけど……」

……そろそろ、話しておくべきか。シアも

今では立派な仲間だ。隠す必要も無いだろう。

 

「シア。折角ですから、これまで貴女に

 話していなかった、私の真実を伝えます」

「し、真実?」

「はい。ハジメ、香織、ユエ、ルフェアの

 4人は知っている事です。そして、遅く

 なりましたが、この事実を伝えると言う

 事は、仲間として認めた信頼の証、

 とでも思って下さい。これは、私が

 教えても構わないと思った人達にだけ

 教えている事ですから」

 

そう、前置きをした私は、話し始めた。

 

かつてハジメ達に教えたように、自分が

そもそも人では無い事。異世界の怪獣

であった事。人に擬態していた事。オリジナル

が凍結された事を、全て。

 

すると……。

「うぇ~~。酷い、酷いですぅ~」

シアが号泣しはじめた。幸い、周囲はもう

大丈夫な温度になっていたので、シアは

メットを取り泣いていた。

 

「何ですかぁ、それぇ。人間のゴミでゴジラ

 になって、それで生きてただけなのに、

 いきなり攻撃されてしかも凍らされる

 とか、あんまりですぅ。ゴジラさんは

 別に悪い事なんてしてない、ただ

 生きていただけなのにぃ」

 

そう言ってシアは泣いていた。

「……そう、だよな。司は、ゴジラはただ

 普通に生きていただけなんだよな」

「……ただ、人の住んでいる場所に上陸して、

 明確に攻撃した訳でもないのに、害獣

 として認定して。……ッ!」

改めて、私の事を考えてくれたのか、ハジメ

と香織は表情を歪ませていた。

「……人は、自分より強い存在を恐れる。

 ……ゴジラも、私も」

そしてユエも、自らの過去とゴジラ、私の

過去を重ねていた。

 

別に大罪を犯した訳でもないのに、危険だなんだ

と言われて封印された過去と、ただ生きていた

だけなのに攻撃された私のオリジナルの事を

重ねているのだろう。

 

「……人は、自分と違う存在を恐れる、

 って事なのかな。人と、魔人と、亜人が

 仲悪いみたいに」

そして、そう呟くルフェア。

「……人間同士でさえ、欲望やなんだと

 言って争ってるような物だからね。

 種族が違えば、どこもやることは

 同じ、なのかな」

「ましてや、言葉も交わせないから、

 って事?ハジメくん」

ハジメの言葉に、そう問いかける香織。

 

「……何かが違っていたら、ゴジラと人が

 手を取り合う未来だって、あったのかも

 しれないな」

そうどこか悲しそうに呟くハジメに、他の

4人も俯く。

しかし……。

 

「……ハジメ、それは既に実現している

 未来ですよ」

「え?」

彼は私の言葉に首をかしげた。

「ゴジラである私と、人であるハジメ達。

 ゴジラ()(ハジメ達)が手を取り合う未来は、

 既に実現しています」

そう言って、私は笑みを浮かべた。

 

「そっか。……そうだよな。僕達は

 これまで、ゴジラと一緒に戦って

 来たんだよな」

ハジメも静かに笑みを浮かべ、他の

4人も笑みを浮かべた。

「そして、司の真名、ゴジラって

 言う名前を知る事は、司の仲間として

 認められてる、って事なんだよな」

「はい。その通りです」

「そっか。……やっぱ司は凄いよな~。

 こんなジョーカーまで創って。

 周りの僕達を無敵にしたり、色々

 やって。ふふっ」

笑みを浮かべるハジメに、周りの4人が

うんうん、と頷く。

 

「……改めて、誓うよ。僕達は司に

 付いていく。自分達の望んだ未来を

 実現させるために」

その言葉に、私は立ち止まり振り返る。

 

「……それが、ゴジラたる我の友の

 願いならば、私はこの身に宿す

 神の如き力に賭けて約束しましょう。

 皆の望む未来を、我が命を賭けて

 叶えてみせると」

そう言って、私は笑みを浮かべた。

 

 

そうだ。私達には、望み叶えたい未来が

ある。……そして、私の願いは……。

ハジメ達を護りぬく事。

エヒトだろうがなんだろうが、彼等に害を

成す者を、私は決して許さない。

 

私は、そんな事を考えながらトンネルを

下っていった。

 

 

そして、たどり着いたのは、あの50体ほどの

騎士甲冑と戦った部屋だ。しかし以前とは差異が

あった。奥の方にある扉が開いていたのだ。

そしてそこが部屋では無く通路になっていたのだ。

もしや、あの通路の奥が?

そう考えると、時間が惜しい。

 

「総員、私とハジメ、香織はEジョーカー

 形態へ移行。残りの3人はそれぞれの背中に

 掴まって下さい。恐らく、再び騎士甲冑たちが

 襲いかかってくるでしょうが、無視して

 突破します……!」

「「「「「了解っ!!」」」」」

 

皆が頷くと、私とハジメ、香織が即座に

Eジョーカーへと形態移行し、それぞれの

背中に、ルフェア、ユエ、シアがしがみついた。

「突入、開始ッ」

私が指示を下すと、私達は足裏のローラーを

使って走り出した。

 

案の定、中程まで来れば騎士甲冑達が動き出す。

それを、背中のルフェア、ユエ、シアが

迎撃しつつ、私達は足を止めず走る。

前方を塞ぐ騎士甲冑は、Eジョーカーの

シールドを展開したまま突進し、弾き飛ばす。

 

そして、速度をそのまま、私達は開いていた

扉を越え、通路の中に入った。

しかし……。

「ま、まだ追ってきますぅ!」

後ろを警戒していたシアが叫ぶ。確かに、

騎士甲冑達が扉を越えて追ってきた。

しかも……。

 

「な、なんか壁とか天井走ってるよ!?

 お兄ちゃん!」

私の背に居るルフェアが叫んだ。後部カメラ

からの映像を見れば、確かに騎士甲冑達が

天井や壁を走っている。

「重力さん仕事してくださ~~い!」

「何でもありだなぁ!ホントここはぁ~!」

叫ぶシアとハジメ。

その時、走っていた騎士甲冑の一体が、

まるでミサイルのように、こちらに向かって

突進してきた。

 

「この……!」

咄嗟にビーム砲で迎撃するユエ。ビームは

寸分違わず騎士甲冑の頭から股下まで

を貫いた。

しかし、無事だった剣や盾、腕や足などが

そのままこちらに突進してきたのだ。

「危ないっ!」

シールドが展開されているとはいえ、貫通

の危険がある。

それを理解したハジメは、右へ左へ、機体を

動かし攻撃を躱した。

 

「何あれ!?あれじゃ、撃ち落としても

 意味ないよ!」

ビームで貫かれる様子を見ていた香織が

叫ぶ。

しかし……。

「3人とも、プラズマグレネードです……!

 それなら、跡形も無く奴らを消滅

 させられます……!」

「了解ですぅ!」

私の指示にシアが頷き、左腰部のスロットから

プラズマグレネードを騎士甲冑の群れの先頭

目がけて投げつけた。

 

甲冑に命中すると同時にプラズマが広がり、

2、3体の甲冑をまとめて呑み込んだ。

「やったですぅっ!」

「まだ来るよ!気を抜かないでシアちゃん!」

片手でガッツポーズを取るシアと

それをたしなめる香織。

 

その後も、プラズマグレネードで向かってくる

騎士甲冑を迎撃しながら疾走する事、約3分。

 

「ッ!出口だ!」

通路の終わりが見え、ハジメが叫んだ。

私は指を鳴らしてエコーロケーションの

力を使い、前方の空間を認識する。

どうやら、球形の巨大な部屋のようだ。

「各員に通達。前方は球形の部屋のようです。

 床などが無く、浮遊物がいくつも

 浮いているだけのようです。各自、このまま

 速度を維持して出口より跳躍。

 各々臨機応変に判断し安全を確保せよ」

「「「「「了解っ!」」」」」

 

私が指示を飛ばし、皆が頷く。そのやりとり

をしている間に、既に出口は目と鼻の先だ。

「突入……!」

そして、私達は出口へと飛び込んだ。

 

飛び込んだ先は、やはりいくつもの物体が

浮かぶ部屋だった。

視界の端に収めていた正方形の物体に、

皆で飛び移ろうとするが……。

 

「嘘だろぉ!?」

ハジメが叫んだ。それもそのはず。

突然正方形の物体が一人でに動き出した

からだ。

 

「ハジメ!香織!重力制御装置

 最大出力!シア!ユエ!スラスター

 全開!二人を運ぶんです!」

私は咄嗟に声を張り上げ、指示を飛ばす。

そして、私は両腕にアンカーランチャーを

展開し、正方形に打ち出した。

音を立てて突き刺さるアンカー。

そして、振り子の要領で私は正方形の壁に

両足で接地。そのままローラーを動かし

上へと壁を上った。

「大丈夫ですか?ルフェア」

「う、うん。何とか」

私の首に抱きついていたルフェアは、

何とか頷いた。

 

そして、上に登り切るのと同時に、

シアに抱えられた香織と、ユエに

抱えられたハジメが着地してきた。

 

「ハジメ達も、大丈夫ですか?」

「うん。何とかね。ありがとうユエちゃん」

「ん。これくらい朝飯前。……それで、

 どうする?」

周囲を見回しながら呟くユエ。

その言葉に従うように、私達は互いに

背中合わせの状態で円陣を作る。

 

周囲には、様々なサイズの物体が浮かび、

不規則な動きで浮遊している。あの騎士甲冑

たちもだ。こちらの攻撃を警戒してか、

絶えず動き回っている。いや、

飛び回っていると言うべきか。

 

「……まさか、ここって……」

「ラスボスの、部屋?」

周囲を警戒しながら呟くハジメと香織。

二人の言葉に、私も納得していた。

如何にもなこの部屋は、あの時オルクス

で最後に戦ったヒュドラを思い出させる。

「……居るのかな?ボスが」

ルフェアの呟きに、皆が警戒心を高める。

 

そして、周囲を警戒していた時。

『ッ!!!』

感づいた。私は。人の感覚を遙かに超越した

私の五感が、その存在を訴える。

『居る』、と。

 

「逃げてぇ!」

そして、私が知覚した一瞬にコンマ数秒

遅れて、シアが叫んだ。

 

その瞬間、私はジョーカーを解除し、

上へと跳躍した。

『奴』は上から巨大な右腕を振り下ろそう

としていた。

 

「させんっ!」

私は、人間として生きていく為に、肉体に

掛けていたリミッターの内の5割を

解除した。

 

力が体の中に満ちていく。強度も、パワーも、

何もかもがこれまでの比では無くなる。

力を解放した証として、瞳が紫色の

輝き始める。

 

そして……。

 

『ドゴォォォォォンッ!!!!!!!!!』

 

『奴』の右手と私の右手が激突した。

とてつもない爆音と衝撃波が周囲に

広がる。私は重力制御能力で、衝撃波を

出来るだけハジメ達の居ない方へ散らす。

そして、その一撃で『奴』の右腕が砕け散った。

 

『奴』は、巨大な騎士甲冑だった。

全長は、20メートル程はあるか。それが宙に

浮いていた。

その右腕は、今正に私に砕かれ、肩の部分まで

ごっそり無くなっている。左腕には大きな

鎖が巻かれ、手には巨大なフレイル型の

モーニングスターが握られている。

 

だが……。

「それがどうした?」

私は即座に背鰭と尻尾を展開し、

エネルギーのチャージを完了させた。

第9形態の私なら、インターバルなど

無い。連射も出来る。そして今の

チャージ量は、この迷宮に大穴を開けた

時の10倍。尻尾の先端が、紫色に輝く。

いつでも撃てる状況だ。

 

「塵一つ残さず、消し飛べ……!」

 

そして、熱線を発射しようとした次の瞬間。

 

 

 

 

 

「わ~!!わ~わ~!ストップ!

 ストップ!待って待って待って!」

 

突如として、巨大甲冑が残った左手を

ブンブンと左右に振り始めたのだ。

「ッ?何だ?」

その予想外の行動に、私も驚き、臨界点

だったエネルギーを霧散させてしまった。

 

「い、いや~。君強いね~。まさかあの一撃

 を真っ正面から相殺するなんて、

 思いのほかやるね~」

急に、巨大甲冑は人間くさい話し方で

しゃべり始めた。

そして左手でいそいそと周囲のブロックを

引き寄せ、それで無くなった右腕の再構築を

始めた。

 

「……。貴様、誰だ?」

私は、ハジメ達の元へと戻り巨大甲冑を

見上げながら問いかけた。

 

「んんっ!やぁみんな!私はみんな大好き

 ミレディ・ライセンだよ~!」

咳払いをしたあと、巨大甲冑はそう

名乗った。……しかし。

「ミレディ・ライセンだと?」

「そんな!?ミレディ・ライセンは

 大昔の人!それがどうして……!」

「ふっふっふ~!凡人の君たちには

 分からないだろうね~。まぁ、

 強いて言えばぁ、私が天才だから

 かなぁ~?ぷぷ~♪」

 

奴は修復された右手を口元にあてる動作を

している。

 

成程、この人を食ったような態度。間違い無い。

あの文字板の生みの親、ミレディ・ライセン……!

それが今、目の前に居る。

「く、くくくっ、アハハハハハハッ!」

私は、こみ上げる笑いを抑えられなかった。

「つ、司?どったの?」

「ありゃりゃ~?もしかして、壊れちゃったの

 かにゃ~?」

戸惑うハジメと、未だに態度を崩さない

ミレディ。

 

「くくっ。……壊れた?バカを言うな

 ミレディ・ライセン。……私はただ、

 この状況を僥倖だと感じ、笑ったの

 だよ」

「はい?何を言って」

彼女が何かを言い切る前。

 

『『ズババンッ!!!』』

何かがその両腕を、肩の部分から切り飛ばした。

「え?」

これにはミレディも戸惑い、左右の腕を見る。

今私は、両手からエネルギーを放ち、奴の

両腕を切り裂いたのだ。

 

「まさか、この迷宮の生みの親が存命

 だったとは。正直、攻略したら用済み

 なので跡形も無く吹き飛ばそうと

 考えていたのだが……。正しく

 僥倖だ!」

私は、凶暴な笑みを浮かべながらミレディを

睨み付ける。

「この迷宮での怒り、存分に貴様にぶつけて

 やれるとは。これを僥倖と言わずして

 なんと言おうか!くく、ふははははははっ!」

 

ダメだ。抑えが効かない。笑みが止まらない。

溢れ出る喜びと殺意が、私の中で飽和している。

 

ちなみに……。

「……司が、魔王っぽくなってる」

「「「「うんうん」」」」

ハジメの呟きに、皆が頷いていた。

 

「さぁ、覚悟せよミレディ・ライセン。

 貴様のそのボディ。完膚なきまでにたたき壊して

 くれるわぁ!」

叫び、私は飛び出した。

 

 

「ちょっ!?何キレてんの!?あ~もう!」

ミレディは、司の事に理解が及ばない状況だった。

彼女はすでに接続し直していた腕でモーニング

スターを振り下ろそうとした。

 

が……。

『ガキッ!』

「ッ!?何っ!?」

振り下ろそうとした腕が動かなくなった。

「な、何これ!?どうなってっ!?ッ!!」

振り返ったミレディは気づいた。

見ると、彼女の背後に巨大な紫色の、

エネルギーで出来た腕がいくつも

浮いており、それが彼女のゴーレムの

四肢や関節をガッチリ押さえ込んでいるのだ。

「な、なんのぉ!これくらい!」

 

彼女は、周囲にいる等身大サイズの騎士甲冑を

使って腕を破壊しようと考えた。

だが……。

「騎士達でぇ!ってあらぁ!?」

しかしその騎士達も、全て巨大な腕に握り

つぶされたまま、身動きが取れない状態に

されていた。

 

 

「こうなったらぁっ!」

突如として、ミレディのゴーレムが右へ

スライドしようと僅かに動き出した。

この空間の物体にこれまでの騎士甲冑の

動きからして、奴には重力に干渉出来る

力があるようだ。

だが……。

「重力に干渉出来るのが、自分だけだと

 思うなよ!」

ミレディが自分に掛けたであろう横への

重力と反対方向に、同じだけの重力を

掛ける。これによって、奴の重力は

打ち消された。

「はぁぁぁぁぁっ!」

再びエネルギーの斬撃波を、4つ放つ。

これによって奴の四肢を根元から断ち切る。

「あぎゃ~!手足が千切れた~!?

 ……な~んてね!」

しかし、それも周囲のブロックを取り込んで

再生してしまう。

 

しかし、私にとって問題はそこではない。

 

「ちぃっ!?やはり痛覚器官は無いのか!

 どうにかして、奴に痛みを与える方法は

 無い物か!」

「……ねぇ君?さっきから物騒な事言ってる

 けどさぁ?君、自分が何でここに居るのか

 分かってる?」

奴のゴーレムの特徴に怒りを覚えていると、

ミレディが何かを聞いてきた。

「理由だと?分かっている!

 貴様を出来るだけ痛めつけて殺す為だ!」

「神代魔法!神代魔法でしょ!?違うの!?」

「神代魔法だと!?そんなの後で良い!

 まずは貴様を出来るだけ残虐に殺す事の

 方が重要だ!」

さて、痛覚の無い奴にどうやって痛みや

恐怖を与えた物か?

 

ん?待てよ?……そうだ。

『無い』なら『創れば』良いのだ。

そう考えていると、自然と笑みがこぼれる。

 

「ねぇ?ちょっと?君ぃ?もしも~し?

 君今、とてつもない位悪い笑みを

 浮かべてるよ?ねぇ!?聞いてる!?

 それ絶対シャバの人間がしちゃいけない

 笑みだからね!?完全に悪魔の笑みだよ!?」

ミレディが何かを言っているが、無視する。

 

そして、私は再び四肢を再生したミレディに

向けて突進する。

「喜べミレディ!貴様に痛みと絶望を与えて

 やろう!」

「そんなプレゼント死んでも要らないん

 ですけど!?」

叫びながら、ミレディはモーニングスターを

予備動作無しで投げてきた。いや、

重力を操って射出したと言った方が良いか。

「そう拒むな!五感は世界を感じるツールだ!

 あって困る物でも無かろうに!」

「怖いよ!?君ホントに何なのさ!?」

「今の私はミレディ・ライセン絶対殺すマン

 となっている!」

「何その名前!?」

 

 

ちなみに、この話を聞いていたハジメは……。

「あ、アハハ。つ、司が、壊れ……」

『バターン!!』

乾いた笑みを浮かべ、遠い目をしながら

倒れたのだった。

「は、ハジメく~ん!?」

「メディック!メディィィィック!

 ですぅ!」

「ハジメお兄ちゃん!しっかりして!

 ダメ!眠っちゃダメ!」

倒れたハジメの元に駆け寄り香織、

シア、ルフェア。

「……。みんな、結構余裕?」

そして、その状況にただ一人ユエは

ツッコみを入れていた。

 

 

私は、ミレディのゴーレムに取り付くと、

その頭を右手で掴んで、内部構造を解析し、

更に強引に進化させた。紫色の光が

ミレディのゴーレムを一瞬だけ包み込んだ。

「な、何を!?」

「今に分かる!」

驚くミレディのゴーレムに対し、私は

その頭、正確には額の部分を、軽く

蹴り飛ばした。

 

「ッ!?イッタ~~~!?

 って、あれ?!嘘嘘!?なんで

 私痛みを感じてるの!?」

「くくっ。上手くいったようだな。

 ……人が感じる感覚は、電気信号を

 利用したものだ。特に触覚や痛覚はな。

 あとは、痛みを知覚する器官を増設

 すれば良いだけの事。これで、貴様は

 痛みを感じると言う訳だ」

私は、ゆっくりと右手を掲げ、親指を

立てると……。

 

「さぁ、地獄を楽しみな……!」

ミレディに向けてサムズダウンをした。

 

ちなみに……。

「う~ん。司~。それ、エ○ーナル

 だよ~」

と、ハジメが唸っていた。

 

 

私は、ミレディに向かって右手を突き出した。

次の瞬間、再び巨大な腕がいくつも現れ

ミレディゴーレムの動きを封じる。

「くっ!?このっ!?」

咄嗟に振り払おうとするミレディ。

 

しかし、遅い!

「まずは、挨拶代わりだ!」

私が掲げた左腕を振り下ろした次の瞬間、

無数の巨大な腕がミレディゴーレムを掴んで

逆さまにし、両足を限界まで広げる。

これはプロレス技で言う、『恥ずかし固め』だ。

 

「い、いやぁぁっ!乙女になんてポーズを

 させるのぉ!?」

「……いや貴様はゴーレムだろう」

「中身は乙女なの!?」

「……。あんな陰険なダンジョンを創る

 奴がよくもまぁ恥ずかしげも無く

 乙女と言えた物だ。次だ次」

そう言って、右手を振る。

 

すると、新しい腕が二つ現れた。そして……。

『バシィィィィンッ!!!!』

ミレディゴーレムの尻を思いっきり

引っぱたいた。

「イッタァァァァァァッ!?!??!?

 ちょっ!?何すんの!?」

「何だと?尻叩きだ。……とりあえず、

 千発くらい行くか」

「ちょっ!?何すんの!?そんなに

 したら『バシィィィンッ!』

 イッタァァァァァイ!!!」

 

そこからは、怒濤のラッシュだ。

バシンバシンッと連続で尻を叩かれ、

ミレディのゴーレムは泣いて(鳴いて)いた。

しかし……。

 

何だろう?この感情は?内に滾る、

情熱?いや違う。何というか、荒ぶる思いが

こみ上げて来る。

……と言うか、楽しいぞ!

あれだけ偉そうだったミレディを私は

痛めつけている!

そうか、分かったぞ!これが、『ドS』と

言う物か!

 

「そらそらぁ!どうした天才!身動きも

 取れず痛めつけられる気分は!

 私は迷宮での鬱憤が晴らせてとても

 良い気分だ!!最初は痛みと恐怖を

 植え付けようと思って居たが、やめだ!

 もっと楽しくやらせて貰うとしよう!

 ふはははははっ!」

こみ上げる笑みを止められず、私は

高笑いを上げる。

 

 

ちなみに……。

「う~~ん。司~、お願いだから

 いつもの司に戻って~」

と、ハジメは気絶しながらもそんな事を

呟いていた。

 

 

「こ、このぉ~!調子に乗って~!」

ミレディは、逆さまで尻を叩かれながらも

反抗的な態度は改めなかった。

すると、次の瞬間、天井に敷き詰められていた

ブロックが雨の如くこちらに降ってきた。

 

「ふふっ!これを躱すためには、私の拘束を!」

ミレディが何かを言おうとしていたが……。

「邪魔だっ!」

私が右手を横に振ると、私達の頭上に

『ブラックホール』が出現し、降ってくる

ブロックの雨を呑み込んだ。

 

ついでだ。周囲に浮遊したままだった

騎士甲冑とハジメ達が足場にしている以外の

ブロックもブラックホールに吸い込ませた。

「「「「「………」」」」」

これには、ミレディや香織達もポカ~ン

とした表情で頭上を見上げていた。

 

「ふぅ。……で?」

私はブラックホールを消滅させると、ミレディ

の方に振り返った。

それだけで、ミレディはビクッと体を

震わせる。

 

「この状況で私に刃向かうとは良い度胸じゃ

 無いか?ん?」

「あ、いや、その、こ、これは……」

「そんなに激しいのが好きかミレディ」

「え?い、いや~。そんな事は~」

「そうかそうか。まだまだ足りないんだなぁ。

 ……では、尻叩きの回数追加だ!

 プラス一万回!存分に楽しめ!

 ふははははははっ!」

「鬼ぃ!悪魔ぁ!鬼畜!

 あっ!?う、嘘ですすいません!

 ごめんなさい!今のは言葉の綾で!」

『バチィィィィィンッ!!』

「イッタァァァァァァァァイッ!!!!!」

 

ブロックも騎士甲冑も無くなった空間に、

ミレディの悲鳴が木霊するのだった。

 

 

 

う、う~~ん。

あれ?僕は……。

ふと気がつくと、僕は目を覚ました。

って言うか……。

「あれ?僕、気絶してた?」

「あっ。ハジメくん、目が覚めた?」

声が聞こえたのでそちらを向くと、香織、

ユエちゃん、シアちゃん、ルフェアちゃん

の4人がトランプゲームをしていた。

そして、僕が起きたのに気づいたのか

香織が近づいてきた。

「香織。……僕は、どうして?」

と、僕が聞くと彼女はどこか遠い目を

し始めた。

「あ~~。え~~っと。なんて言うべきか。

 ……親友の豹変ぶりに耐えられなくなった、

 からかな?」

「え?何を言って……」

と、疑問符を口にしたとき、僕の耳に何かを

叩く音が聞こえてきた。

 

それは、鞭で何かを叩くかのような音で……。

 

 

「どうだ!気持ちいいか雌豚!」

「ぜ、全然、気持ちよくなんかぁ、

 ん、ぐぅ!」

そこでは、あのミレディゴーレムが亀甲縛り

をされ、巨大な三角木馬の上に跨がっていた。

そして、そのゴーレムを巨大な鞭で

ぶっ叩いている親友。

 

え?何これ?……あぁ、そうか。僕はまだ

夢を見ているだ。

そうかそうか。きっとそうだ。

と言う訳で……。

 

「じゃあ僕、現実に帰ります」

とだけ言ってすぐその場に横になった。

「ち、違うよハジメくん!これが

 現実なの!お願い受け入れて!」

「何を言うんですか香織。司が

 あんなサディスティックの塊みたいな

 事する訳無いじゃないですか?

 ねぇ?ユエ」

「……ハジメ。現実逃避はダメ」

「……。これが、現実?」

「うん。現実」

 

これが、リアル?あそこでラスボスを

調教しているのが、僕の親友?

は、はは、ハハハハ。ハハハハハハ。

ハハハハハハハ……。

……………………。…………………。

……………。

 

「なん、だと?」

僕は、がっくりとその場に項垂れた。

その後。

「ハジメ。……人は誰しもアブノーマルな物。

 一つや二つ、持ってるもの。それに、司が

 本気で暴れてたら、もっと酷い事になってた」

「うぅ、言われてみれば、確かに」

そう。司がブチ切れてたら、むしろ迷宮なんか

簡単に消滅してたかもしれない。

そう言う意味では、現状はまだ良い方なのかも

しれないが……。

 

 

「ほら!どうした!もっと啼けこの雌豚がぁ!」

見たくなかった。嬉々とした表情で鞭を振るう

親友の姿なんて、見たくなかった!!!

 

そして、ハジメが目覚めてから1時間後。

 

 

「ふぅ。何だか、とてもすっきりしました」

私は、亀甲縛りで三角木馬に跨がったまま

のミレディを放置してハジメ達の元へ戻った。

「……司?いつもの司、だよね?」

「ん?ハジメはおかしな事を聞きますね。

 私はいつでも私ですよ?」

なぜハジメはこんな事を聞くのだろうか?

 

「そ、そう。所で、ミレディは?」

「あぁ。彼女なら既に開は、んんっ!

 調きょ、んんっ!失礼。躾は済んで

 います」

「今言いかけた!?開発とか調教って

 言いかけた!?」

「……。そんな事はありませんよ?」

「……司、それは僕の目を見て言って欲しい

 んだけど?」

 

私はハジメから90度視線を逸らしていた。

 

その時。

「あ、あの~?」

後ろから声が聞こえたので、振り返ると、

そこには縛られたままのミレディの

ゴーレムが浮いていた。

「あのさぁ。こんな事言うのあれだけど、

 私としては一応迷宮の生みの親として

 皆の実力を見ておきたいんだよねぇ?

 けど、殆ど戦わずにこうなっちゃった

 じゃない?それでなんだけど」

 

「仕切り直し、なんてほざいたら。

 また1から躾直しですよ。

 この駄犬」

「さーせん!まじさーせんしたぁ!」

必死に頭を下げるミレディのゴーレム。

 

すると後ろで……。

「ハハハ、司が、ドSに、覚醒して……」

と、何やらハジメが壊れたようにハハハ、

と笑っていた。

まぁ良い。

 

「それで?私は結果的に一人で貴様を圧倒

 した。これでも不服か?」

そろそろ真面目な話に戻るとしよう。

「いや、でもぉ。君一人が強いのは

 良く分かったけど、それだけじゃぁねぇ」

と、渋るミレディ。

しょうが無い。

 

「ミレディ。貴様のゴーレムには核と

 なる部分があるな?そしてそれは

 人間で言う心臓の部分にある」

「ッ!」

「お前はそこを守る為にその鎧の

 下に、アザンチウムという鉱石で

 更に壁を作って居る。違うか?」

「ど、どうしてそれを!?」

「伊達に貴様の体をいたぶっていた

 訳ではない。同時進行で、色々と

 調べさせて貰っただけだ」

 

そして、私は指を鳴らすと空中にその

アザンチウム鉱石が出現した。

「この鉱石を破壊出来れば、少なくとも

 私達には貴様の防御を突破する力が

 ある事の証明になるな?これを証明

 すれば、認めるか?」

「え?そ、そりゃぁ、まぁ」

何とも歯切れが悪いが頷くミレディ。

 

ならば……。

「ハジメ、G・ブラスターの用意を」

「あ、うんっ」

私がそう言うと、ハジメのジョーカー0

の右腕が変形し、G・ブラスターとなる。

「このアザンチウム鉱石を指定したポイントに

投げるので、ハジメはそれをブラスターで

 狙撃して下さい。出力は、60%ほどで

 良いでしょう」

「うん、分かった」

 

と、話をしている内にブラスターのエネルギー

チャージが完了した。

「それでは。ふっ」

私が投げたアザンチウム鉱石は、放物線を

描いて飛んでいく。

「G・ブラスター、発射!」

そして、そのアザンチウム鉱石を、ハジメの

発射したブラスターの熱線が捉え、一瞬で

消滅させてしまった。

 

「………これと同じ物を、彼を始めとして

 彼女達も使える。加えて、今のが

 フルパワーではないし、私は

 あれの数億倍の熱線を放てるが?

 これでも不服か?」

 

と、私が言うと……。

 

「分かった分かった。分かりました。

 ……貴方達を通しますよ」

若干、苛立ちと後悔混じりにそう

呟くミレディ。

 

すると、上方の壁の一部が光り輝き始めた。

恐らくあそこが出口なのだろう。

「では、私の重力制御能力で運びますから。 

 皆、私の側に」

と言うと、ハジメ達5人が私の側に

集まった。

 

のだが……。

「あ、待って」

それをミレディが止めた。

「何か?」

「いや、殆ど挨拶も無しにあんな事に

 なっちゃったから聞きそびれてたん

 だけど。……君たちは、何故ここへ?

 神の真実とかは?」

「……既にエヒトの暴虐の事は知っています。

 我々は、既にオスカー・オルクスの

 大迷宮をクリアしましたから。

 そこで全てを聞きました」

「そう。オーちゃんの迷宮を」

オスカーの名前を出すと、ミレディはどこか

懐かしむように彼の略称を呟いた。

 

「……けど、なら何故神代魔法を求める?」

「我々は、元々異世界から来ました。

 エヒトが我々を呼び寄せたのです。

 恐らくは、『新しい駒』として」

「……あのクズ野郎らしいよ。ホント」

エヒトの名が出ると、吐き捨てるように

呟くミレディ。

 

「私達の目的は、元の世界への帰還です。

 今はその手がかりとして、神代魔法を 

 手にするために迷宮を回っています」

「そうか。……なら、君たちは神殺しを

 積極的にやる気は無い、のかな?」

「えぇ。ありません」

と言うと、ミレディは僅かに俯く。が……。

 

「しかし、向こうから仕掛けてきた場合、

 或いは私達の帰還を邪魔した場合は、

 抹殺します」

「……。そう」

私の言葉に、彼女は静かに頷いた。

 

やがて……。

「……今更だけど、ごめんね。結構酷い事

 したのは謝るよ。……エヒトは、あの

 クソ野郎共は、嫌らしい事なんて平気で

 やってくるから、慣れて欲しかったん

 だよ」

……やはり、か。

 

「けどまぁ、おかげで私も酷い目にあった

 けど。……あのさぁ、これ、そろそろ

 解いてくれない?」

っと、そうだ。ずっと縛ったままだった。

私が指を鳴らすと、ゴーレムを縛っていた

縄と三角木馬が消滅する。

 

「ふぅ、ようやく自由になれたよ。

 ……じゃあ、多分最後だから皆にこれだけ

 言っておくね。……もし、仮に君たちへの

 世界へ戻りたいのなら、全ての神代魔法を

 手に入れるんだ。全てをね」

全ての神代魔法を、か。

 

「ならば聞いておきたい。今私達が

 知っているのは、オルクス、このライセン、

 そしてハルツィナ樹海とシュネー雪原、

 グリューエン大火山の5つだけだ。

 他の二つはどこにあるのか、知って

 いたら教えて欲しい」

「そうなんだ。……分かった。あとの二つはね」

 

 

その後、私達は残り二つの迷宮の場所を

聞き出した後、ミレディを残し、出口へ

向かって跳躍した。

 

その去り際。

 

「こんなお願い、無粋だと思うけど、

 頼みがあるんだ。もし、君たちがエヒトと

 戦う事になったらで構わない。積極的に

 あいつと戦えとは言わない。でも、

 もし出来たら、あのクソ野郎をぶっ殺して

 欲しい。……そして、人類の未来を。

 奴の呪縛から解放してあげて欲しい」

 

ミレディのゴーレムは、ギュッと拳を

握りしめている。

「……確約は出来ない。だが、エヒトが

 私達の障害となった時は、奴の全てを

 消し去るつもりだ」

「……ありがとう」

 

私達は、その言葉を背に、出口へと

向かった。

シアや香織、ルフェアが遠ざかって行く

ミレディのゴーレムの背中を見つめている。

 

「……ミレディさんも、色々大変だった

 のかな?」

「……私、ちょっとあの人への認識が

 変わりました」

「うん。私も」

呟く香織とシア。そして、シアの言葉に

頷くルフェア。

3人の言葉に、ハジメとユエも僅かに俯く。

 

やがて私達は白い通路にたどり着いた。

そして、既に遠くなったミレディの

ゴーレムの背中に視線を送った後、私達は

前へと歩みを進めた。

 

 

その時は知らなかった。この先で、あんな物

が待ち構えていた事を。

 

     第26話 END

 




って事で、ミレディ、ある意味本編より酷い目に
あってます。

次回でライセン大迷宮の話は終わると思います。
感想や評価、お待ちしています。


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第27話 ブルックの町再び

今回はライセン迷宮での最後と、ブルックの町での話です。


~~~前回のあらすじ~~~

ライセン大迷宮に挑んだハジメ達。しかし、

生みの親、ミレディ・ライセンの仕掛けた

トラップによってスタート地点に戻されて

しまった一行は、司の熱線で道を切り開き、

ミレディ・ライセンの巨大ゴーレムが

ラスボスとして存在する部屋へと突入。

しかし、迷宮で散々煽られていた司が

怒りを爆発させ、更にドSとして覚醒し、

ミレディをめっためたに調教してしまう

のだった。その後、合格となった一行は、

巨大なミレディゴーレムを残し、先へと

進むのだった。

 

 

私達は今白い通路を歩いていた。そして前方には

オルクスの大迷宮で見た事のある、7つの

文様が刻まれた扉が見える。恐らく、あの扉の

向こうに神代魔法を与える魔法陣があるのだろう。

そして、私達が近づくとその扉がひとりでに

スライドし、私達は中へと足を踏み入れた

のだが……。

 

 

 

 

「やっほー、さっきぶり!ミレディちゃんだよ!」

 

「「「「「は?」」」」」

そこに待っていたのは、小さいゴーレムの

ミレディだった。

彼女を見た途端、ハジメ達5人がそう呟いた。

しかしまぁ、何というか……。

「先ほどの巨大ゴーレム、お前がここから

操っていたのだな?ミレディ」

「そうそう!その通り!」

とテンション高めに頷くミレディ。そして、

私の横では……。

 

「さっきの真面目なミレディは一体どこに……」

「私、さん付けで呼んだ事若干後悔してる」

「私は再び好感度が急転直下で下落したですぅ」

項垂れ、ため息をつくハジメ、香織、シア。

「……さっきの感動は、幻だったんだよ」

「「「あぁ、そっか。幻か」」」

そして3人はルフェアの言葉に遠い目で

頷くのだった。

 

「それで?ミレディ・ライセン。一応聞いておく

 が、ここで手に入る神代魔法は何だ?

 私の予想では重力魔法だと思うのだが?」

「そうそう!大正解!そして、正解した君

 には、もれなく重力魔法をプレゼント!」

……やたらにテンションの高いミレディの

ミニゴーレム。

後ろでは、ハジメ達がげんなりしている。

 

「………では、神代魔法を得たらすぐに

 ここを出る。ハジメ、皆も」

「あぁ、うん」

その後、ルフェア以外の私達5人が魔法陣の

上に立つと、それが光を放ち始めた。

今回はオルクスの時とは違い、記憶を探るような

事は無く、神代魔法の知識などが頭の中に

送り込まれるだけだった。

私達4人は一度経験しただけなので普通だが、

シアの方は初めての経験なので、驚いて体を

ビクつかせていた。

 

 

「さ~てと、これで君たちは神代魔法が

 使える訳だけど~。ラスボス君と金髪ちゃん

 以外は殆ど適性無いね~」

「……やっぱりか」

「私も適性、無いんだ」

「しょうが無いですよハジメさん香織さん」

項垂れる二人を宥めるシア。

 

「え~っと、この中で一番適性が無いのは

 白い君だね。次いでマゼンタのお姉ちゃん

 とウサ耳ちゃん。ウサ耳ちゃん達なら、

 まぁ自分の体重の増減くらいは出来るん

 じゃないかな?んで、ラスボス君を

 除くと一番適正値が大きいのが金髪ちゃん

 だね」

やはり、この中で私を除けば、一番

適正値が高いのはユエか。

今後、一番神代魔法を覚える可能性が

高いのは彼女だろう。

……ある意味、彼女が仲間として

加わってくれた事は吉なのかも

しれないな、と私は考えていた。

 

さて、と。

「ミレディ。ここの迷宮の攻略の証を

 出してくれ。それが無ければ

 ハルツィナの樹海の迷宮へ入れん」

「あぁ、証ね。ちょっと待って」

懐から何かを取りだし、私に投げる

ミニミレディ。受け取ったそれは、指輪

だった。

 

しばし指輪を見つめる私。これで、この

ライセン大迷宮は攻略した事になるの

だろう。

「……では、我々はそろそろ失礼する。

 出口はどこだ?」

「あぁ、それなら」

出口の場所を聞くと、ミレディが床の一点を

指さした。

すると天井のブロックが移動して穴が空き、

そこから半透明の水滴型のカプセルが

降りてきた。

「そうそう。出口は近くの泉の中なんだよね。

 だから悪いけど、それに乗って貰うよ」

「……成程。分かった」

私達がそのカプセルに乗り込もうとした時。

 

「あぁ、そうだ。ホントのホントに、最後

 だけどこれだけ言っておくよ」

「ん?何です?」

カプセルに乗り込みかけた私達に声を

掛けるミレディ。

 

「これからの君たちが、自由な意思の下に

 あらん事を」

 

「……。ありがとう」

 

私は、小さくそう呟いてカプセルに乗り込んだ。

そして、扉が閉まると、床が動き出し、

私達を乗せたカプセルが地下水脈と思われる

水の中へと落下していった。

 

その後カプセルはただただ水脈の中を

流れていた。そしてどうやら水脈は

川や湖と繋がっているのか、数多の魚が

泳いでいた。

「あ、魚だ」

その光景を見つつ、私達は流されていた。

 

「いやぁ、それにしても、最後の方は

 私達の出番、ありませんでしたね」

「ん。司が立派にミレディを躾けたおかげ」

「おかげで楽に攻略出来ちゃったけど、

 良いのかなぁ」

シアの言葉に頷くユエと若干首をかしげている

ルフェア。

「ま、まぁそこは結果オーライという事で。

 ……それにしても、司くん、完全に

 目覚めたよね?あれ」

「ん。司は正真正銘のS。一切容赦

 してなかった」

香織の言葉に頷くユエ。

「けどまぁ、あれって司さんを怒らせた

 ミレディの自業自得ですよね?」

「「「うんうん」」」

そして、香織達3人はシアの言葉に

頷くのだった。

 

 

その時。

「ん?」

シアが何かに気づいて、視線を外に向けた。

そして、目が合った。

人面魚とだ。他の面々はその人面魚に気づいて

居ない。

その人面魚が何に似ているかと聞かれたら、

シーマ○と答えるのが妥当だろう。

 

そのシー○ン似の人面魚としばし

見つめ合うシア。

すると……。

 

≪何見てんだよ≫

舌打ち付きで、人面魚から念話がシアに

飛んできた。

「ッ!?げほっ!げほっ!」

その不意打ちの言葉に驚き咳き込むシア。

「ん?シア、どうかしましたか?」

それに気づいて、司やハジメ達が彼女の

方に視線を向けた。

 

「あ、あれ!あれですあれ!」

シアは、咳き込みながらも先ほどまで

人面魚が居た場所を指さすが……。

「あれ?……どれの事です?」

「えぇ!?」

司の言葉に、視線を上げるシア。

見ると、そこにはもう既に人面魚の

姿は無かった。

 

 

その後、私の側ではシアがハジメ達に

喋る人面魚を見たと言ったりしていた。

が……。どうやら出口のようだ。

「皆、そろそろ準備を。出口のようですよ」

前方に、僅かながらに光が見え始めた。

 

 

 

一方その頃。

ブルックの町へと向かう街道を1台の馬車が

移動していた。馬車を動かしているのは

男3人に女一人の冒険者だ。そして荷台

には、ブルックの町で司たちが世話に

なったマサカの宿の看板娘、ソーナ・マサカと、

シアとユエが遭遇した化け物……。

もとい、筋骨隆々とした漢女の服飾店

店長、『クリスタベル』が座っていた。

 

クリスタベルはその見た目の通り、

バリバリの武闘派なので、服の素材の

入手などは自分で行っているのだ。

ソーナの方は、親戚にあたる人が怪我

をしたというので、店を空けられない

両親に代わって、見舞いの品を届けた

帰りだった。彼女は外へ出る用事があった

クリスタベルに同行した形だ。

馬車を操る冒険者たちも、ブルックへの

帰り道、と言う事もあって一応二人を

護衛となっている。

 

 

そして、彼等はブルックの町まであと1日、

と言う所で、側にある泉の畔で昼食にする

事になった。そして、ソーナが泉の

水を汲もうと近づいていった時。

『ゴポゴポゴポッ!!ボバァァァンッ!』

不意に水面が白く泡立ったかと思うと、

巨大な水柱が上がったのだ。

 

「きゃぁぁぁっ!」

悲鳴と共に尻餅をつくソーナ。

「ソーナちゃん!?」

驚きながらもクリスタベルはソーナを

抱えて他の冒険者達の所へと下がる。

この辺りは休憩所として有名で、こんな

現象を彼等は聞いたことが無かった。

故に驚き、水柱を見上げていた。

その時。

 

『ボバッ!』

水柱の中から、司たちを乗せたカプセルが

飛び出した。

この事態には、目が飛び出さんばかりに

驚くクリスタベル達。

 

やがて、宙に飛び上がったカプセルは、

重力に従って落下。ドボォンと言う音と

共に泉へと落下したのだった。

あまりのことに、驚き開いた口が塞がらない

クリスタベル達。

「な、何なの一体」

そして、彼等の心の内を代弁するように、

ソーナは一人呟くのだった。

 

 

地上に出た私達は、水中から盛大に

打ち上げられたものの、何とか着水

した。

 

「イタタタ。最後の最後で酷い目に

 あったよ」

放出と着水の際の衝撃はかなりの物で、

重力制御をしたものの、カプセルの中は

多いにゆれ、ジョーカーを纏っていなかった

ハジメ達が壁に頭なり肩なりを打ち付けて

しまったのだ。

「う、うぅ。ここ、外ですか?」

「みたいだね。でも、どこ?」

シアは、ハッチを押しのけ外を見回す。

彼女の言葉に頷きつつも、周囲を

同じように見回す香織。

 

その時。

「あっ。シア、あれ」

「ふぇ?あっ!あの人は!」

ユエが何かに気づいて岸の方を指さした。

そしてシアも彼女に続いて視線を移し、何かに

気づいたようだった。

「クリスタベルさん!?」

「ん。やっぱり」

どうやら、知り合いの人が側に居たよう

なので、私も二人の視線の先。岸の

方に目を向けたのだが……。

 

 

「……。は?」

何だ?彼(彼女?)は。……何というか、

この距離に居ても感じるのだ。

圧倒的な、『戦闘力』と『プレッシャー』を。

そして、額から汗が一滴、したたり落ちた。

気圧された?私が?

……これほどの力、人間から感じたのは

初めてだ。

もしかしたら、彼はあのバカ勇者などよりも

十分に戦力になるかもしれないな。

 

そう思いながら、私は水面にエネルギーで

道を創ると岸まで歩いて行った。

その後、私達はクリスタベル店長や

マサカの宿の時世話になった少女、

ソーナの所へ行き、話し合いをした。

 

どうやらここは、ブルックの町から馬車で

1日の距離にあると言う事なので、

ブルックの町へ向かう事にした。加えて

クリスタベル店長の厚意で馬車に便乗

させてもらう事になった。

一応、護衛の冒険者に僅かだが金を

渡した後、私達は店長達と荷台で話を

しながら、ブルックの町へ向かって

揺られていた。

 

 

そして、私達は数日ぶりにブルックの町

へと戻ってきた。

顔見知りの宿、と言う事もあり、再び

マサカの宿で宿泊をする事になった。

とはいえ、最近はずっと戦いなり何なり

の連続だった。オルクスを出た後、シア

を助け、更にハウリア族を助け、そのまま

フェアベルゲンでの対立、カム達の訓練、

そしてGフォース設立と樹海を後に

して僅かばかりの休憩としてブルックの

町に立ち寄り、すぐにここを出て大峡谷、

ライセン大迷宮の攻略と、私から見ても

かなりめまぐるしく事態が動いていた。

 

なので、1週間ほどはブルックの町で休む事に

した。金の方は、まだ売っていない魔物

の素材もあるし、貯金の方もたくさんある

ので金には困らない。

 

まぁ、いくつか問題を挙げるとすれば……。

宿の娘、ソーナが毎度毎度覗きをしようと

しているのだ。しかも、プロの軍人顔負け

のスニーキングスキルを駆使して、だ。

幸い部屋では私のシールドジェネレーターを

展開しているから痴態を見られる心配は

無いが、風呂ではそうも行かない。

シュノーケルを付けて潜っていた彼女を

捕らえた時は、何が彼女をここまで

かき立てるのか疑問に思ったほどだ。

 

また、今の私達6人はすっかり町の有名人だ。

数日と経たず、美女・美少女を連れる私達は

有名になった。

初日などはシアやユエ、香織などにアタック

する猛者たちも居たが、皆等しくユエに

股間を撲殺され、それを見た後で彼女達

へ強引に迫ろうと言う勇気のある奴は居ない。

ならば外堀でも埋めよう、と言うのか、

私やハジメに決闘を申し込んできた男たち

が居た。

 

私はともかくとして。ハジメも結構強いのだ。

この前など、剣を手に斬りかかってきた男を

相手に、クラヴ・マガの技で剣を奪い、

地面に倒した後、その男の喉元に剣を

突き付け返す、と言う、常人離れした

流れ技をやってのけた。

ちなみに私の方はノルンの電撃弾で一発だ。

 

しかし、この町には変態が大勢居た。

その最もなのが、『ユエちゃんに踏まれ隊』

等というグループだ。なぜそうなった?と

内心私は頭を抱えている。他にも、

『香織お姉様に甘やかされ隊』だとか、

『シアちゃんの奴隷になり隊』だとか、

『ルフェアちゃんを妹にし隊』だとか、

『お姉様たちと姉妹になり隊』だとか。

何が何だか、という感じだ。

 

一番変態なのは、やはり踏まれ隊、だろう。

何せ、いきなり街中でユエに対して

『踏んで下さい』と叫ぶのだ。ユエなど、

その度に嫌そうな顔をしていた。

甘やかされ隊や、奴隷になり隊、妹にし隊

などは、名前の通りだ。

 

香織の優しさに甘やかされたい。

シアの奴隷になりたい。

ルフェアを妹にしたい。

そんな願望の連中ばかりが集まったのだ。

と言うか、最初の方はシアを奴隷にしたい

と言っていたはずだが?

何時逆転したのやら。

 

そして、一番厄介なのは、最後の姉妹に

なり隊の連中だ。

男女比で言えば、・踏まれ隊・奴隷になり隊

・甘やかされ隊の3つの構成員の殆どは男だ。

妹にし隊は、男女比五分五分、といった所。

そして姉妹になり隊は全員が女の集団で、

チームの女性メンバー、香織、ユエ、

シアを(勝手に)お姉様と慕い、ルフェアを

妹として(勝手に影で)愛でているのが

現状だ。そしてどうやら、彼女達の側に居る

私達をよく思っていないらしい。ナイフを手に、

どう考えても少女が発してはならない単語を

叫びながら突進してきた事もある。

その時はノルン(電撃弾)で迎撃したが。

 

しかし、まだまともと言える物もあった。

それが『師範たちに鍛えられ隊』だ。

何ともドストレートなネーミングなのは

変わらないが、まともではある。

ここで言う師範は私とハジメの事だ。事の発端は

ハジメが見事な流れ技で相手を何度も

撃退していった事に始まる。

 

この世界では、当然クラヴ・マガなど

存在しない。軍隊で使われるような

近接格闘術もだ。

戦闘は基本的に剣や盾。最低でもナイフ

を使う。素手でやり合うのは、喧嘩くらい

のものだ。そして武装した相手を素手で簡単に

制圧するハジメの強さは、見た者を驚かせる

のには十分だった。

そして更に、人々の目を引いたことが

あった。

 

それが、私とハジメの共闘だ。

ある日、香織やユエ、ルフェア、シア達

4人と町を歩いていると、大勢の男達が

襲いかかってきたのだ。

当然、私とハジメを倒す為だ。

 

しかし、私とハジメは空手、柔道などの

メジャーな格闘技から始まり、クラヴ・マガ

やコンバットサンボ、システマ、シラット等の

マイナーな格闘技の技を全て駆使し、50人

は居たであろう男達を、僅か数分で

ぶちのめしてしまったのだ。

 

これらの戦闘技術は、魔物などの獣相手

ではあまり意味をなさない。

しかし、対人戦闘となれば、話は別だ。

格闘技術は、人、敵となる人を倒す為に

生み出されたのだ。そして、トータス人の

体のつくりも動きも、ハジメ達地球人と

何ら変わりは無い。

 

だから、ハジメでも戦えたのだ。

私に言わせて貰えば、今のハジメに

近接格闘で勝てるのは、私くらいだろう。

それくらいまで、ハジメの動きは洗練

されていた。

 

元々は檜山たちに絡まれた時の護身用として

教え始めた意味合いもあった。しかし、香織

と言う護るべき存在が出来た事。そして、

いざと言う時、ジョーカーや私が用意する

武器に頼らずとも、暴漢数人をぶちのめす

為に。と言うハジメの決意が、彼の格闘技を

極める意思を後押しした。

結果、ハジメは近接戦において、素手でも

相手を秒殺、いや、瞬殺出来る程の

インファイターとなった。

 

そして、気がつけば私とハジメは日課の

格闘訓練を、それもハジメから自主的に

するようになった。

 

そしてある日の早朝も。

私とハジメは、マサカの宿近くの空き地で

トレーニングをしていた。

今では、護身術と言う枠組みを取り払い、

ありとあらゆる格闘技をハジメに教え

込んでいる。

ちなみに最近では、武器を使った高速での

戦い、フィリピンの武術、『エスクリマ』

の修行も始めている。

そして最近では、ハジメ自身我流の

マーシャルアーツを生み出しつつある。

何とも強くなったものだと、感心

しているものだ。

 

そして、話を戻すと、早朝のそのトレーニング

を幾人もの人が目撃していたのだ。

その日は、何でもありの、言わば試合形式

での組み手を行っていた。

そして、私とハジメの戦いは苛烈を極めた。

戦いは、日の出の時まで続いた。

この時はハジメの体力切れで私の勝ち

となったが、問題は試合が終わった直後、

気がつくと周囲に大勢の人々が集まって

おり、直後……。

『弟子にして下さい!』と大勢の人々が、

少年から大人まで頼み込んできたのだ。

 

ちなみにと言うか、もちろん断っているが。

 

そして更に、この鍛えられ隊の派生として、

『お兄様に守られ隊』などと言うのも出来た。

これは全員が年頃の少女で、50人の暴漢に

襲われた時、アクション映画ばりの動きで

バッタバッタと敵をなぎ倒す私とハジメに

惚れた、らしい。

 

と、そんなこんなで休暇のつもりが、

気がつけば騒がしい毎日だった。

そしてブルックでの町での1週間後。私達は

6人全員でギルド支部に向かった。

 

「おや?今日はお揃いで?どうかしたのかい?」

受付には、いつも通りキャサリンさんが居た。

「用、と言う訳ではないのですが。

 明日にはブルックの町を出ます。キャサリン

 さんにはお世話になったので、せめてもの

 挨拶を、と言う事で」

世話になった、と言うのは素材買い取りの事や

色々アドバイス(主に各地の情勢や国の状況の

情報提供)をして貰った事だ。

 

「そうかい。行っちまうのかい。

 あんた達が居ると賑やかで良かったん

 だけどね~」

「アハハ、それはそうですけど、結構大変

 なんですよ?いきなり襲われたり」

「襲ってきた暴漢3人を一瞬で倒した

 奴が何言ってんだかねぇ?」

苦笑を浮かべるハジメに苦笑を返す

キャサリンさん。

 

「それで、我々はこれからフューレン

 方面に向かおうと思って居ます。

 そちらの方角へ向かう依頼などが

 あれば受けようと思ってきたのですが」

「フューレンの方だね。ちょ~っと 

 待ってな」

と言うと、依頼書を探すキャサリンさん。

 

ちなみに、『フューレン』と言うのは

中立商業都市の事だ。大迷宮の一つ、

グリューエン大火山は、グリューエン砂漠に

ある。

砂漠に向かうには、ここブルックから西へ

向かう。その道中にあるのがフューレンだ。

私達は砂漠へ行く為の中継点として

フューレンに寄るつもりだ。

 

「う~んと。あぁ、これなんてどうだい?

 商隊の護衛依頼。これ、空きが一人分

 だけだったんだけど、この前の騒ぎで

 数人やられちゃってねぇ」

あぁ。ハジメと一緒に大多数をぶちのめした

時のか。大半の人間は、病院送りだったな。

「あと3人分、空きがあるよ」

つまり、冒険者登録している私、ハジメ、

香織の全員分がある、と言う事か。

しかし……。

「ルフェアとシア、ユエの方は良いの

 ですか?数にカウントしなくて」

「あんまり大人数だと苦情が来るけど、

 荷物持ちとかで人を雇ったり奴隷を

 連れてる冒険者もいるからね。

 ましてや、あんた達の強さは

 折紙付きだからね。特に文句は

 無いと思うよ」

そう言いつつ、私に依頼書を差し出す

キャサリンさん。

 

私達にはバジリスクという足がある。

バジリスクなら、馬車の数倍の移動速度

で移動出来るが……。

チラリと皆の方を向くと……。

「僕は別に参加しても良いと思うよ。

 急いでる旅じゃないし」

私の考えている事が理解出来ていたのか

呟くハジメ。他の4人も首を縦に振っている。

 

彼等は受けてもOKなようだし。私としても

拒む理由もない、か。

「分かりました。ではこの依頼、受けます」

「あいよ。先方には伝えとくから、

 明日の朝一で正面門に行っとくれ」

「分かりました」

私は頷き、私とハジメ、香織が依頼書を受け取った。

 

そしてキャサリンさんは、香織たち女性陣の

方へと目を向けた。

「あんた達も体に気をつけて元気におやりよ?

 この男共に泣かされたら何時でも家においで。

 あたしがぶん殴ってやるからね」

「ありがとうございます、キャサリンさん。

 でも、きっと大丈夫ですよ」

そう言って、ハジメの腕に抱きつく香織。

「ん。世話になった。ありがとう」

「キャサリンさん、色々良くしてくれて

 有り難うございました!」

「ありがとうございました!」

ユエは香織のようにハジメの腕を抱き、

シアとルフェアは満面の笑みを浮かべながら

頭を下げた。

 

亜人は人族にとって差別されてきたが、

思いのほか、ブルックの町ではそこまで酷い

差別を受けなかった。二人にとっては、

それだけで居心地が良かったのだろう。

 

「あんた達。こんな良い子達、泣かせるん

 じゃないよ?泣かせたらあたしが承知しない

 からね」

「アハハ。……もちろん、分かってますよ」

苦笑を浮かべながらも、確固たる信念を

宿した表情で頷くハジメ。

「共に旅をし、深い絆で我々は結ばれて

 います。……彼女達を泣かせるような

 愚行は、侵しませんよ」

そして、私も同じ。

護ると誓ったハジメ達という友人。

そして、私を好きだと言ってくれた

ルフェア。……必ず、守り抜いて見せる。

 

「そうかい。なら、こいつは餞別だよ」

そう言って、キャサリンさんはデスクから

封筒を取り出し、私に差し出した。

「これは?」

「まぁ、町の連中が迷惑をかけた詫び

 みたいなもんだよ。もし他の町で

 ギルドと揉めたら、お偉いさんにそれを

 見せな。あんた達、色々と問題起こしそう

 だからねぇ」

と言って、笑みを浮かべるキャサリンさん。

 

「そんな人をトラブルメーカーみたいに……

 って、僕達結構トラブル起こしてるか」

否定しようとして自覚が芽生えたのか、

がっくりと肩を落とすハジメ。

そんなハジメを一瞥しつつ、私は封筒

をしばし見つめてからキャサリンさんの

方へと視線を戻す。

 

「ありがとうございます。いざと言う時

 に使わせて貰います」

「あぁ。……それじゃぁ、道中色々ある

 だろうけど死なないようにね」

「はい。ありがとうございました」

私が礼を言って頭を下げると、ハジメ達も

同じように頭を下げる。

そして、私達は彼女に見送られながらギルドを

後にした。

 

その後、クリスタベル店長のところに

シアとユエが行きたいと言うので行ったら、

襲われた。物理的に。

どうやら私とハジメは彼にとって獲物だった

らしい。あの時は本気で熱線を使おうとして

皆に止められた。

そして、ソーナも相変わらず私達の痴態を

覗こうと必死だったが全ては私の技術が

生み出したジェネレーターに阻まれ

未遂に終わっている。……しかし彼女も

隠密スキルがバカみたいに高い。

……将来、彼女に覗かれる被害者が

増えない事を祈るばかりだ。

 

そして、翌朝。

私達はキャサリンさんに言われた通り、

門の前にやってきた。

どうやら私達が最後のようで、まとめ役

らしき人物と12人ほどの冒険者が

集まっていた。そんな彼等は私達6人を

見るなり、驚いた様子だった。

 

「お、おいおい!まさか彼奴ら、

 『パニッシャーズ』なのか!?」

その時聞こえてきたパニッシャーズという名称。

これは、私達を指す言葉だ。

ユエは襲ってきた男の股間を撲殺し

男を漢女に生まれ変わらせる事から、

股間スマッシャーと言うあだ名が付いている。

更にそれ以外の面々も強く、しかも

最近ではハジメと同じように格闘技の

訓練もしている。理由はハジメと同じ。

街中で戦う時、やたらめったらに

ジョーカーを使えない状況でも、暴漢

数人くらい素手で倒す為だ。

熟練度で言えば、まだまだハジメの

半分程度だが、それでも成人男性冒険者一人

くらいなら、簡単に投げ倒したり、気絶

させたり出来る。

 

つまり、香織達も既に、その見目麗しい

美貌に似合わない武闘派なのだ。

ちなみに、姉妹になり隊創設の原因の

一つとして、悪漢を香織やユエが一瞬で

投げ飛ばしたりねじ伏せている姿を

見ていた少女達が居たから、と言う事

らしい。

 

やがて、全員見た目は強そうではないのに、

実はかなり強い実力者揃い、と言う噂が

広がり、いつからか『罰する者達』、

『パニッシャーズ』と呼ばれるようになった

のだ。

ちなみにハジメはこの名で呼ばれる事を

恥ずかしがっている。

本人曰く、『中二病で痛すぎるから』らしい。

 

やがて、私達が近づくと商隊のまとめ役と

思われる人物が歩み寄って来た。

「君たちが最後の護衛かね?」

「えぇ。依頼書はここに」

頷き、事前に預かっていたハジメ達の分と

合わせて3枚の依頼書を見せる。

それを見た男は頷き自己紹介を始めた。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊の

 リーダーをしている。君たちのランクは

 未だ青だそうだが、キャサリンさんからは

 大変優秀な冒険者だと聞いている。道中の

 護衛は期待させてもらうよ」

「ご期待に添えるよう、全力を尽くします」

何か、某栄養ドリンクみたいな名前だなぁ。

と思いつつ、私は返事を返した。

 

「私は新生司。一応6人組のリーダー的存在

 です。そして隣から、南雲ハジメ、白崎香織、

 ユエ、シア・ハウリア、ルフェア・フォランド。

 以上です」

「頼もしいですな。……所で」

その時、モットーは値踏みするような目で

シアとルフェアを見始めた。

 

「その兎人族と森人族、売る気はありませんか?」

やはりその事か。

と私は思い内心ため息をついた。

シアとルフェアは、身内贔屓の目で見ても、

美女・美少女だ。特にシアの青みがかった

白髪は珍しいのだろう。

 

そして、人間の間で亜人は奴隷。そして

(そんなつもりはないし表面上だが)二人は

私達の奴隷という風に見えるのだろう。

モットーにしてみれば、珍しい商品を

前に商人として手にしたい、と言う事

なのだろうが……。

 

「断る。二人は私達のチームに必要不可欠で

 あり、且つ、家族同然の仲間だ。例え、

 国一つ、いや。世界を買える程の金を

積まれても彼女達は絶対に売らない。

……理解していただけたか?」

私は、若干モットーを睨み付けながら

語る。後ろでは、私の言い分にハジメ達

がうんうん、と頷いている。

彼女達を金に換えるだと?言語道断も

良いところ。

やがて、モットーは小さく頷いた。

「えぇ。それはもう。仕方がありませんな。

 ここは引き下がりましょう。ですが、

 その気になった時は是非、我が

 ユンケル商会をご贔屓に願いますよ」

「……了解しました。最も、そんな気

 など、天地がひっくり返っても起きない

 でしょう、とだけ予言しておきます」

その後、モットーは護衛の説明について

リーダーから聞い欲しい、とだけ

言って私達から離れていった。

 

そしてその様子を見ていた冒険者達からは、

どこか尊敬や驚嘆のような視線を

受けていた。

 

……一人、漢女の逆鱗に触れて襲われていたが。

 

その後、リーダーの男性から色々と説明を

受けた後、私達も馬車に乗り込み、商隊は

ブルックの町を出発した。

 

目指す場所は、商業都市フューレン。

私は、フューレンで何もなければ良いが。

と考えながら、馬車に揺られはじめた。

そして、私達の冒険者としての最初の依頼が

始まった。

 

     第27話 END

 




次回は、フューレンでのお話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第28話 初めての依頼

今回はフューレンまでの道筋の話です。



~~~前回のあらすじ~~~

ミレディ・ライセンの大迷宮をクリアし、

攻略の証をミレディから受け取った一行は

迷宮から水脈に乗って脱出した。その先は

以前訪れたブルックの町の近くの泉だった。

そこに居合わせたソーナとクリスタベルと

再会し、司とハジメ達はブルックの町で

1週間ほど休憩する事に。

そしてドタバタな1週間の後、西へと

向かうハジメ達は西の都市、フューレンに

向かう商隊の護衛依頼を受けるのだった。

 

 

私達が目指す中立商業都市、フューレンまでは

馬車で6日、1週間ほどかかる道のりだ。

日の出前に出発し、日が暮れる前に野営の

準備をする。これが基本であり、それも

既に3日目。今、私達はブルックとフューレン

のちょうど中間地点に居る事になる。

そして今日まで、襲撃などはなく、私達は

隊の後方で馬車に揺られているのが現状だ。

 

とはいえ、暇は暇なので、一応二人体制で

監視。他の4人が休憩、と言うローテーション

で警戒と休憩を繰り返している。

まぁ、天然のレーダーである私が居る限り、

敵がくればそれだけで分かるのだが。

 

そんなこんなで平和な3日目の夜。

依頼における冒険者たちの食事は自腹。

つまり、『自分達で用意しろ』、だ。

なので普通の冒険者たちの食事は簡素だ。

量を持ってきてもがさばるし、道のりを

考えれば生ものなど早々持ち歩ける物

でもない。腐ってしまったり、魔物などを

おびき寄せてしまう可能性もあるからだ。

 

そして、冒険者である以上、食事中とはいえ

周囲への警戒は怠るわけにはいかない。

商隊の面々からしたら、側で警戒心むき出し

の冒険者達と食事はしたくない、と言うのも

あって、基本はそれぞれ離れて食べるのが

基本だ。ちなみに、そんな簡素な食事ばかり

だからこそ、冒険者は報酬を貰った後に

町などでその金で豪華な食事を食べるらしい。

 

つまり、簡素な食事をそれぞれ済ませる。

それが基本だ。

しかし、『基本』など知ったことではない。

私達にはそんな『基本』など覆す力と道具が

ある。

で、結果的にどうなったかと言うと……。

 

「はい。生姜焼き定食とカツ丼定食、

 それとカツカレーです」

と、白いシェフの格好をした私は冒険者たち

が座る鉄製のテーブルの上に『注文の品』を

並べていく。

「おぉ!美味そうだ!」

「ガツッガツッ!んっ!うめぇ!」

「美味い!美味い!!」

冒険者たちは、出された品を早速

がっつく。

 

「司さ~ん!そろそろパスタが茹で上がり

ますよ~!」

「はい。分かりました」

仮設の厨房で調理をしているシアから声が

掛かると私は足早に厨房に戻り、別の品、

パスタ、カルボナーラを器に盛り付ける。

更に、ちょうど出来上がったピザ、

チーズフォンデュ用の溶けたチーズと

様々なパンを乗せた器を、女性冒険者の

待つテーブルへと運んでいく。

「お待たせしました。カルボナーラと

 マルゲリータピザ、それとチーズ

フォンデュのセットです」

「わぁ!美味しそ~♪」

目の前に並ぶ、普通の、こう言った依頼を

受けている時では絶対口に出来ないであろう

料理に、女性冒険者たちも目を輝かせて

いる。

「それでは、ごゆっくり」

そう言って、私は一礼をして厨房に戻る。

 

厨房に側には、鉄製のテーブルと椅子が

いくつも置かれ、冒険者や商隊の面々が

思い思いの料理を堪能していた。

当然、ハジメ達もだ。

「シア。あなたは先に食べていて良い

 ですよ。後は大体デザートくらいしか

 注文が来ないので」

「はい。ではお先にですぅ」

シアは頷くとエプロンを外し、自分用の

料理を手早く創るとそれを手にハジメ達

の方へ向かった。

 

それを見つつ、私はこうなった経緯を

思い出していた。

 

さっき言った通りこう言った任務中の

冒険者の食事は、質素や簡易という言葉が

似合う程度の物だ。

 

そんな中、初日の夜。私達だけは違った。

今のように仮設の厨房とテーブルを私が

創って、温かい出来たての食事を6人で

食べていたのだ。周囲との食事の質の差は、

まさに雲泥の差だった。

そしてそれは2日目の夜も同じ事。

冒険者たちは羨望のまなざしで、涎を

滝のように流しながらこっちを

見ていた。そこでシアが……。

 

「あ、あの~。良かったら皆さんも一緒に

 食べます?幸い、食材は色々あるので、

 大丈夫ですけど……」

視線に耐えかねた私以外の5人。そして

シアの提案で、彼等にも私達と同じ

料理を出す事にした。

 

そして冒険者達は、それはもう首が

千切れるんじゃないかという勢いで

首を縦に振っていた。

と、言うわけで急遽私とシアのレストラン

が始まった。

 

提供する料理は、和洋中、全てだ。

日本料理から中華料理、台湾料理やイタリア料理、

フランス料理、ドイツ料理などなど。

文字通り、世界中の料理を提供した。

とはいえ、この世界の人間からしたら

知らない料理もたくさんあるので、写真と

説明付きのメニュー表も創る羽目になったが。

まぁそこまで苦ではないし、好きでやっている

ようなものだ。

 

酒だけは、酔ってしまったり二日酔いになると

面倒なので提供していない。が、それ以外、

例えばメインディッシュや珍味、酒のつまみに

なりそうな料理など、ジャンルを問わず

提供している。ドリンクの方は、酒がない

分コーラやサイダー、お茶、紅茶、ジュース

などを多岐にわたり提供している。

 

ちなみに、料理を出していたときに。

「か~美味ぇ!それにしても、なんだって

 こんな美味い料理創れるのに

 冒険者なんかやってんだ?店出しゃ、

 儲かりそうなのにな!」

と、そんな言葉を貰った。

 

そして案の定と言うか、野郎たちはそんな

美味い料理を作ってくれるシアを口説こう

と色々言い出すのだが……。

「もう!何度も言いますけど、私はハジメ

 さんのものです!あと、しつこいと

 明日から料理作ってあげませんからね!」

「「「「すいませんでした~~!」」」」

肝心のシアに胃袋を掴まれている男達は

その一言で大体頭を下げるのだ。

 

ちなみに、私の方はと言うと……。

「どうぞ。デザートの、白桃とクリームチーズ

 のデザートピザです。それでは、ごゆっくり」

デザートの一皿を、女性冒険者たちのテーブル

の上に置くと、私は厨房へ戻った。

その際に……。

 

「ん~。美味しい」

「そうね~。ハァ。私はあんな風に料理が

 出来る彼氏が欲しいな~」

「うんうん。そうよね~。……家庭的な

 男性も、悪く無いわね~」

と言う会話が聞こえてきていた。

ちなみに、幾人かの女性冒険者には恋人と

思われる男性冒険者がいて、シアや香織に

言い寄ろうとしていた恋人を殴り

飛ばしたりしていた。そしてこの会話。

何とも不憫というか。いや、しかし恋人が

居るのに他の女に鼻の下を伸ばす男たち

も同罪か。

と、私は考えていた。まぁ、私への

高評価は悪きはしないが。生憎と、今の

私にはルフェアという女性がいる。

それ以外は、はっきり言って大した興味

も無いのだが。

 

などと思いつつ、私は自分の食事を

作って、ハジメ達の所へ行くのだった。

ちなみに周囲の安全を確保するため、

キャンプ周辺を覆い尽くすシールドを

展開していた。

これを初めて使ったときは、面倒だった

ので古代遺跡で発見したアーティファクト、

だと嘘を言っておいた。

またモットーが私の方に視線を送っていたが、

とりあえず無視した。

 

そして更に二日が経過した。フューレン

まであと1日だ。しかし、その日、とうとう

襲撃者が現れた。

 

真っ先に気づいたのは、レーダーを展開していた

私だった。それとほぼ同タイミングで気づいた

のが、シアだ。

「敵襲です!数は百以上!森の中から来ます!」

彼女の叫びに、冒険者達の間に緊張が走る。

 

そんな中、護衛のリーダー的存在である

ガリティマが悪態をついている。

無理もない。ここは、大規模都市へと続く、

言わば物流の主要道路。そこでこれほどの

敵が襲ってくるなど、普通ならありえない。

と言わざるを得ない。

 

だが、魔物の百や二百。我々の前では雑魚だ。

私は前に展開する冒険者達の間を抜けて

前方にでる。

 

「総員、戦闘態勢。これより魔物を迎撃

 する」

「ッ!?待て!青のお前達だけじゃ!」

ガリティマが声を掛けるが、無視して私は

左手首のジョーカーを音声コマンド無しで、

スイッチを押すだけで起動する。

やはり音声コマンドがあると無いとでは、

数秒の差が出るので、音声コマンドの有無

を選択出来るようにしておいた。

 

漆黒のジョーカーZが私の体を包み込む。

そして、それを見ていた冒険者たちが

驚く中、ハジメ達も冒険者達の間から

出てきつつ、ジョーカーを纏っていく。

 

「香織、ルフェア、ユエ。二人は弾幕を張り

 敵を近づけるな。シア、ハジメは

 インターセプターとして二人の弾幕を

 超えてきた物を倒せ」

と、指示を出したとき。

 

「司」

ユエが私に声を掛けた。

「何です?」

「試して見たい技がある。良い?」

「そうですか。分かりました。

 作戦を一部変更。敵集団はユエの

 攻撃でなぎ払う。4人は私と共に

 ユエの援護、並びに万が一にも取り

こぼした敵が居た場合、それを

撃て」

「「「「「了解っ」」」」」

 

ハジメと香織がタナトスを構え、シアは

アータルをバスターモードにして

構えている。ルフェアもその両手に

バアルを握り、準備万端だ。

私も、タナトスを取り出し構える。

 

と、そうだ。ユエに言っておかなければ。

「ユエ。魔法を使う際には詠唱を忘れずに。

 今までのノリで無詠唱だと、周囲に

 何かと怪しまれますから」

と、私はジョーカーの通信でそう伝えた。

「ん。分かった」

 

と言うと、ユエのジョーカー・ウィザード、

タイプUが森の方へと右手を翳す。

 

「来たれ、大いなる蛇よ、空を呑み、海を呑み、

 大地を呑み、全てを喰らい尽くせ。その顎で

 全てを引き裂け。蛇の王よ、今ここに、

顕現せよ」

 

彼女が詠唱をすると、そのタイプUの各部に

埋め込まれているクリスタルのような

魔力増幅ジェネレーターが光を放ち始める。

そして、彼女のタイプUから魔力が吹き出し、

それが空中で一つになり、光を放ちながら

次第に形を作る。

そして、現れた名を、ユエが呟く。

 

「≪八岐大蛇≫」

 

そして、それ、八岐大蛇を覆っていた

光が霧散すると、そこから魔力によって

形成された、漆黒の多頭蛇、八岐大蛇が

宙に浮いていた。

 

「な、何だよあれ!?」

驚き、ユエ、つまり味方の技であると分かって

いても冒険者達は後退る。

そして森から出てきた魔物達も、八岐大蛇

に睨まれ、その足を止めた。

そしてユエは、静かに右手を掲げ、そして……。

 

「穿て、雷撃……!」

彼女の言葉と共に振り下ろされた右手。

すると、八岐大蛇の、8つの頭が

一斉に口を開いた。そして……。

 

『『『『『『『『カッ!!!』』』』』』』』

その口元が光ったかと思うと、一斉に

口から雷撃が放たれた。8つの雷撃が、

ジグザグに空間を裂いて飛び、魔物の

集団に命中した。

雷撃を喰らった魔物が蒸発する。

運良く初撃を避けた個体が逃げようと

商隊に背を向けるが、当然ユエは逃がす

つもりは無い。

逃げようとする群れを、雷撃が追いつき

蒸発させる。

 

8つの雷撃が魔物の集団に襲いかかり

殲滅するのに、10秒も必要無かった。

魔物が全て消滅すると、同じように

八岐大蛇を霧散させるユエ。

後に残ったのは、雷撃が抉り、さながら

焦土と化した大地だけだった。

一応、撃ち漏らしの為に迎撃態勢を

取っていたが、無用のようだ。私達は

静かに銃口を下ろした。

 

皆がその大地を見て、ぽか~んとしている。

「ゆ、ユエちゃん?あれ、は?」

と、若干引き気味に問いかけるハジメ。

「あれは、八岐大蛇。私が考えた、今の

 最強必殺技。……もう一つ、新しいのを

試したかったけど、それはまた今度」

そう説明しながらも、どや顔のユエ。

どうやらハジメに見て貰えてご満悦の

ようすだ。

 

彼女の創り出した八岐大蛇。あれは言わば、

魔力で出来た物体。つまり、あの多頭蛇は

魔力そのものなのだ。

そしてその魔力を使って、攻撃をするのだ。

分かりやすく言えば、

『魔力』で『創られた』、『魔法を放つ砲台』。

と言った所だ。

 

ちなみに彼女の言っていたもう一つの技、

と言うのは雷属性の上級魔法と重力魔法を

掛け合わせた雷の龍、『雷龍』という彼女の

オリジナル技だ。

元々八岐大蛇は、この雷龍の完成後、さらに

ユエが完成させた物だ。

八岐大蛇を形作る場合、ユエ個人の魔力量では

足らず、私と言う魔力タンクから魔力を

供給される。或いはジョーカーを纏う事で

魔力が増幅された状態でなければ使えない。

文字通り、限定条件下でしか使えない、

彼女の超必殺技だ。

 

 

まぁ、とにかくユエの超必殺技で魔物は消滅

したので、私はガリティマ達の方へと

振り返る。

「何を呆けているんですか?敵は倒しました

 し、移動を再開しないのですか?」

と、問いかけると……。

 

「「「「イヤイヤイヤ!待て待て待て待て!」」」」

しかし、何やら彼等は慌てだした。

「何か?」

「いや何かじゃないだろう!?さっきの魔法は

 一体なんなんだ!?」

「いや、私に聞かれても」

と、私は私に詰め寄るガリティマにそう

呟きながら、ユエの方に視線を向けた。

ちなみに、その側では野郎共が、ユエは

女神、で納得していた。

どういうことなのだ……?

 

「あれは、私のオリジナル」

「お、オリジナル?自分で創った魔法って事か?

 上級魔法、いや、もしかしたら最上級を?」

「……違う。あれ自体は魔力の塊」

「あ、あれが魔力の塊だって?一体何を

 どうやってそんな……」

「それは秘密」

と、ユエが説明すると、ガリティマは

視線を私の方に向けた。

 

「まぁ、彼女の魔法には驚いたが、

 こっちも十分驚くに値するんだよなぁ」

そう呟きながら、ガリティマは私のジョーカー

を見ている。

「……それも、アーティファクトなのか?」

「えぇ。そんな所です」

一々パワードスーツについて1から説明する

のも面倒なので、とりあえずアーティファクト

と言う事にしておこう。

と、私は考えました。

 

その後、特に襲撃などはなく、周囲から

驚き、畏怖、尊敬などの視線を送られつつ、

ついに私達はフューレンへと到着した。

 

と言っても、その入り口である東門には

6つの入場受付がある。フューレンに入る

ためにはそこで検査、言わば持ち物検査を

受ける必要がある。

そして今、商隊はその順番待ちをしている

所だ。

 

私は馬車の屋根の上に座り、遠くに見える

受付に視線を向けるが……。

この様子ではまだまだ時間が掛かりそうだ。

そう考え、私は屋根の上から馬車の中を

のぞき込んだ。

「どうやら、まだまだ時間はかかりそう

 ですね」

私がのぞき込んだ馬車の中では、ハジメ達が

トランプゲームで時間を潰していた。

「そっか~。まぁ、気長に待つしかないか」

そう呟くハジメ。その時。

 

「やぁどうも」

「あっ。モットーさん」

不意に、馬車にモットーがやってきた。

それに気づいて名を呼ぶ香織。

「用件はなんです?シアとルフェアは

 売る気はありませんよ?」

「えぇ。それはもう分かっております。

 しかし……」

と、呟きながらもモットーの視線は私達の

指、正確にはそこにある宝物庫に向けられた。

 

「……。欲しいのか?これが?」

「本音を言えば、宝物庫『も』です。私

としましては、あの戦闘の際に皆さんが

纏った鎧と、結果的に使いませんでした

が、見た事も無い武器。私としては、

それら全て、興味があります」

「……。残念ながら、武器『まで』売る気は

 ありません。万が一、私達の敵になる

 かもしれない存在に渡る事を危惧して、

 武器『を』売買する気はありません」

「……今の言葉、武器以外なら良いの

 ですかな?」

「……袋を持ってきて下さい。出来るだけ

 大きいのを」

「は?はぁ?」

疑問符を浮かべながらも、モットーは一旦

戻ると袋を持って戻ってきた。

 

「これで良いのですか?」

「えぇ」

私は、モットーから中くらいの袋を貰うと、

その口を開き、その上に右手を翳した。

次の瞬間、その掌が光り輝くと、掌から

指輪、宝物庫が現れ、袋の中に落ちていった。

「なっ!?」

これには驚くモットー。

「私には、あなた方から見れば摩訶不思議な

 力がいくつもありましてね」

そう言いながらも、宝物庫の生産を私は

止めない。

「例えば、アーティファクトが一つあった

 としましょう。私はそれに触ることで、

 それがどんな原理で動いているのか、

 構造さえも一瞬で理解してしまうの

 ですよ。そして、後は無から有を生み出す

 力があれば……。こんな芸当も可能なの

 ですよ」

そう言う頃には、袋の中は宝物庫で

満たされていた。これ以上入れると口を

縛れないかもしれないので、9割ほど

袋を満たし、私は手を止めた。

 

「宝物庫。全部で10583個。これを

 あなたに渡しましょう」

「い、一まっ!?ま、待って下さい!?

 これが全て!?そんなバカな!?」

「信じられませんか?まぁ試して見ても

 構いませんよ?ここで。……と言っても、

 これの全てを試すのには、一人では

 何時間かかるか分かりませんが」

「そ、そんなバカな……!?これが、

 全て宝物庫?」

モットーは、驚きに満ちた目で袋の

中身を見つめていた。

 

「ん?ッ!こ、これは!」

そして、その中のいくつかを取り出した。

「ん?あぁ。それですか。……宝物庫

 も一応指輪なので、少々宝石を

 あしらっておきました」

今、モットーの掌の中にある宝物庫には、

ルビー、ダイヤモンド、エメラルド、

アイオライト、アゲート、オニキス、

オパール、ガーネット、ターコイズなどなど。

様々な宝石で煌びやかに装飾された

指輪、宝物庫があった。

 

「宝物庫の機能だけではなく、あなたの事

 です。それも、売り物としようとしていた

 のでしょう。なので、指輪自体にも

 価値を付けておきました。それなら、

 例え宝物庫としての機能が無くても、

 指輪として十分高額で売れると思いますが?」

と言うと、モットーは、戸惑いと喜びが

ごちゃ混ぜになったような表情で私を

見ている。

 

「あ、あなたは!?一体……?!」

「私ですか?……そうですね。人の皮を

 被った『何か』、とだけ言っておきますよ。

 少なくとも、これくらいの事は出来る、

 何かですが」

と言って、私は掌に数多の宝石を創り出す。

 

「す、凄い……!」

と、呟いた直後、モットーは戸惑いの表情を

浮かべた。

「し、しかし、これだけの数を貰っては。

 正直、私の全財産を支払っても、対価

 として相応しいかどうか」

「あぁ、別に金は必要ありませんよ」

「えぇ!?」

と言うと、モットーはとても驚いた。

 

「これでも、自分達の食い扶持は自分達

 で稼げています。なので、あなたには

 金以外でお願いしたい事が二つほど

 あります」

「ッ。な、何でしょう?」

「まぁそうかしこまらずに。

 ……一つは、情報の収集です」

「情報、ですか?」

「えぇ。商人であるあなたなら、特定の

 場所に長期間止まる事は無いでしょう。

 なので、訪れた先で何か怪しい動き、

 或いはそれに準ずる物があったら、

 貴方はそれを書き記すなりして、

 情報を保存しておいて下さい。

 私達は、その情報を宝物庫の対価

 として、いずれ取りに行きます。

 もう一つは、もし万が一にも私達が

 頼った時は、できる限りで構いません。

 私達をサポートする事。……これで

 どうですか?」

「ほ、本当にそのような事で良いの

 ですか?これほどの物を、こんなに

 貰ったと言うのに?」

「えぇ。……物を無限に生産出来る

 私にしてみれば、宝物庫でさえも、

 道ばたに転がる小石と同じ。

 創ろうと思っただけで手に入る」

そう言いながら、私は更に一個。

宝物庫を創り出した。

 

「これで人脈が得られるのなら、

 むしろこちらが儲けた、と言っても

 良いでしょう。それで?どうしますか?

 この取引、乗るか、降りるか」

「……乗ります」

静かにモットーは頷いた。

「では、取引成立だ」

そう言って、私は今し方産みだした宝物庫を

モットーに投げ渡した。

それを慌ててキャッチするモットー。

 

「プレゼントですよ。中には、様々な

 宝石が入っている。好きに売りさばくと

 良いでしょう」

「……宝石でさえ、あなた様にとっては

 道ばたの石ころと同じですか。

 ……恐ろしいお方だ」

「良く言われます」

そう言って、私は肩をすくめる。

 

「やれやれ。これは思いがけない収穫

 です。しかし、あなたの怒りに触れて

 いたらと思うと恐ろしい。危うく

 竜の尻を蹴飛ばす所でした」

そう言って、深く息を吐くモットー。

 

ちなみに、竜の尻を蹴飛ばす、と言うのは

この世界の諺だ。

竜とは、今から500年ほど前に滅んだと

言われる、竜と人の姿を使い分ける事の出来る

種族、『竜人族』を指した言葉だ。

この竜は、体の殆どが鱗に覆われており、

鉄壁の防御力を誇る。しかし、ごく僅かな

弱点として、目、口内とならんで尻の辺り

には鱗がない。鉄壁の防御力の彼等は一度

眠ると、大概の事をしても起きないのだ。

しかし、唯一、尻を蹴られると一気に目覚めて

烈火の如く暴れるらしい。

 

つまり、手を出さなければ安全なのに、

手を出して痛い目に遭う愚か者、と言う風な

諺なのだ。

 

その後、オットーと竜人族の話やユエの八岐大蛇

について警告のような事を言われた後、彼は

宝物庫の入った袋を背負って去って行った。

それを見送る私達6人。

 

「良かったの司?宝物庫をあんなに量産 

 しちゃって」

「宝物庫自体は、あくまでも物を収めるだけ

 です。それに、あれも全て私の創造物です。

 万が一敵がそれを使ってきたのなら……」

そう言って、私は指を鳴らす動作を真似する。

「これですぐに消せますから」

「あの程度じゃ、司の障害になんかならない

 訳か」

「まぁ、ツカサお兄ちゃんだからね」

ため息交じりに頷くハジメと相槌を

打つルフェア。

 

「と言うか、もうお金稼ぐなら司くんが

 宝石創って売った方が早いんじゃない?」

「……一週間くらいで億万長者になれそう」

「と言うか司さんなら、普通にお金創れ

 ますよね」

香織、ユエ、シアの順にそんな事を言っている。

 

ちなみに、シアの言うような事だけはしない。

貨幣の際限ない増産は貨幣そのものの価値を

低下させる。そうなると、物一つ買うに

しても、大量の貨幣が必要だ。

テレビで、物を買うのに一輪車に紙の束を

大量に乗せて居る人を見たことがある

だろうか?ようはあれと同じ事になる

からだ。

 

しかし、と私は周囲に視線を向ける。

何やら周囲からシアやルフェア、果ては

香織とユエにまで、少々不愉快な視線を

感じる。……この視線、中々に不愉快だ。

 

彼女達の美しさに、バカな事をする輩が

出てこない事を祈る。

 

と、私はフューレンで何かが起る予感と、

それに対して、一々対応するのが面倒

だから何も起らなければ良いが、と

考えていた。

 

しかし、そんな事は不可能だと、中に

入って思い知らされたのだった。

 

     第28話 END

 




次回はフューレン市街でのお話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第29話 フューレンにて

今回はフューレンのギルドでのお話です。


~~~前回までのあらすじ~~~

大陸の西にあるグリューエン大砂漠を目指す

ハジメと司たち。彼等一行は西に行く過程で

商業都市フューレンに向かう事に。そして、

そこへ向かう商隊の護衛依頼を受けた一行。

その道中では司とシアが料理を振る舞ったり

ユエの超必殺技で冒険者たちの度肝を抜いたり

していたのだった。

 

 

中立商業都市、フューレン。

そこを一言で言えば、物流の要衝だ。

周囲を高さ20メートルもある外壁に囲まれた

フューレンの中では、日々商いをする

人々がしのぎを削っていた。観光で

訪れる者も多いここは、人の出入りも激しい。

 

そんなフューレンは大まかに4つの区画に

分けられる。

フューレンでの手続き関係の施設が

集まっている『中央区』。

娯楽施設が集まった『観光区』。

武器や道具を職人が生産・直接販売している

『職人区』。

あらゆる業種の店が並ぶ『商業区』の4つだ。

 

東西南北、四方から中央区へ続くメイン

ストリートが存在し、中央に行くほど信用が

ある店が多く、逆にそれから遠いほど、

所謂『闇市』、『ブラックマーケット』のような

状況のようだ。

そうなると、あまり中央から離れるのは良く

ないな。ルフェア達の精神衛生上を考えれば、

そう言った所には行かない方が良い。

 

 

そして、私達はそんな説明を、フューレン

ギルド支部のカフェで、軽食を食べながら

ガイドの女性から受けていた。

この大きさの都市であるフューレンでは、彼女

のようなガイドの仕事が存在している。

元々はモットー達と別れた後、ギルドに報酬を

取りに来たのだ。その際、街の情報を得ようと

した所、今私達の前にいるガイドの女性、

リシーのような案内を仕事にしている人達

の事を教えられたのだ。

 

リシー曰く、宿を取るなら観光区の方が

良いと言う。中央区の宿よりも、サービス

が良いらしい。中央区の宿は、聞いた分

では私達の世界のカプセルホテルのようだ。

 

「ふむ。では素直に観光区で宿を取ると

 しましょう。皆も構いませんか?」

「うん。僕は大丈夫」

「私も大丈夫だよ。あ、でもやっぱり、

 大きい部屋のある宿が良いかな?じゃないと

 私達だけで何部屋も借りる事に

 なっちゃうし」

「ん。私も香織に賛成。無駄な出費は

 抑えたい」

「そうですね。私は、やっぱり二人と同じで、

 あとはご飯が美味しければ問題無いですぅ」

と言うのが、香織、ユエ、シアの意見だ。

……まぁ、実際には『夜の為』なのだろうが、

そこは気にしていても始まらない。

「あとは、やっぱりお風呂は必要かな?」

「そうですね。……リシー、この街で、

 3人から4人で止まれる大部屋があり、

 料理が美味しい、風呂がある宿、と言う

 のはありますか?あぁ後、出来れば警備が

 厳重な所で。……何分、連れは目立ちます

 から」

と私が説明すると、リシーは苦笑しながら

頷いた。

 

実際、先ほどから私達、正確には香織や

ユエ、シア、ルフェアに視線が集まっている

のだ。それを察するリシー。

 

実際、市街に入ってから何度か香織達に

男達が近づこうと声を掛けてきたが、

全て私の『絶望の王』の殺気をぶつけて

気絶させるなりしてきた。なので、

襲いかかってきたら面倒なので、殺気で

気絶させる。誤って物を壊して、後から

賠償責任を問われても厄介だ。

まぁ、払えない訳では無いが。

と、内心私は考えていた。

「ちょっと待って下さいね~」

と言うと、リシーは紙に候補になりそうな

宿の名前と場所を書き出し始めた。

 

私たちはその様子を見ながら食事を

していたのだが……。

 

不意に、これまで以上に下卑た視線を

感じた。

特に、女性陣4人に向けられた視線に、

皆顔を僅かながらしかめている。

そして、その視線の主の方へ顔を

向けると、豚が居た。

 

どうやら良いとこの子息か何かなのか、

良い服を来ていたが、色々台無しだ。

100キロはありそうな肥満体。

脂ぎった顔。

その豚みたいな男が、香織達に視線を

向けている。

はっきり言って不愉快だ。

 

すると、その男がその肥満体の体を

ユッサユッサと揺らしながらこっちへ

向かってくる。

 

「……。どうする?殺ります?」

「……時と場合においては」

私の言葉に、ハジメも何だか据わった表情

で静かに答える。

 

……最近、ハジメの表情が以前より軍人

っぽくなってきたな。と私は思っていた。

 

そして、そんな事を考えていると、豚が

私達の側までやってきた。

豚に気づいたのか、リシーは営業スマイル

も忘れて、げっ、と唸っている。

 

「お、おい、ガキ共。ひゃ、百万ルタ

 やる。そ、その4人を、わ、渡せ。

 その兎と森人族を貰うぞ。あ、後の

 二人は、め、妾にしてやる」

そう言うと、こちらの了承も無しに

豚はユエに手を伸ばした。

だが……。

 

『ドッ!!!!!』

「ッ!?ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」

私は、その手に銀のナイフを突き刺し、

豚の手を机に縫い付けた。

そして、私は静かに殺気を放ち始める。

その殺気に当てられ、周囲の男達が萎縮

していく。

「……気安く私の仲間と恋人を見るな、豚。 

 彼女達は貴様のような金持ちしか 

 取り柄のないゴミとは、比べものに 

 ならない気高い存在だ。……彼女達を

 買うだと?だったら百万程度じゃ

 とても足らんな」

と言うと、私はナイフを抜き取り、豚

の腹を蹴っ飛ばした。

 

「ちっ。……汚れてしまった。あとで

 丹念に洗わなければ……」

私は、ブーツに視線を落としながら

そう呟いた。

豚男は、地面に蹲り傷口を押さえている。

 

「殺しはしない。面倒だからな。 

 皆、行くぞ」

私が立ち上がると、5人も特に驚いた

様子もなく立ち上がった。

殺人への忌諱感を拭えていないハジメと

香織でも、こんな豚には同情などしない。

する意味が無い。

「え?あ、あの……」

戸惑うリシー。私は、彼女の手元にあった

紙に目を向けた。どうやらリストアップ

は終わったようだ。

 

私はその紙を取る。

「すまない。こちらのゴタゴタに

 巻き込んでしまったな。これはチップだ」

と言って、私は銀硬貨、つまり5千ルタ

コインを3枚ほどリシーの前に置いた。

「では。皆、行くぞ」

リシーに軽く会釈をして、私達はギルドを

出ようとした。

 

しかし、その行く手を突如大男が塞いだ。

あの豚男とは逆に、筋肉で100キロは

ありそうな巨漢だ。

すると、後ろで蹲っていた豚男が何やら

わめき始めた。

 

「れ、レガニド!殺せ!ガ、ガキ共を殺して、

 女を捕らえろ!」

どうやらこの巨漢はあの豚男に雇われた

護衛らしい。

 

「つ~わけだ。ガキ共。安心しな。殺しは

 しねぇ。が、嬢ちゃん達4人は、諦めな」

……そう言うと、パキポキと指の骨を

ならす、レガニドと呼ばれた冒険者。

そして周囲のひそひそ話の内容を聞くところに

よると、こいつは『暴風』のあだ名を持つ

黒のランクの冒険者。つまり、第3位の

高位冒険者。……だが、それがどうした?

 

「……失せろ」

「あぁ?」

「聞こえないのかでくの坊。失せろと

 言ったんだ。……あの豚のように、

 痛い目に遭いたくなければ……」

次の瞬間、私は殺気を込めて呟く。

 

「『とっとと失せろ雑魚が』」

 

そして、ギルドの中に、濃密な殺気が

満ち始めた。

レガニドと呼ばれた冒険者は冷や汗をかき、

殺気になれていないのだろうか、

何人かの人間が泡を吹いて気絶していく。

 

「……何度も言わせるなよ、でくの坊。

 死にたくなければ、そこをどけ」

更に殺気を滲ませ、威圧する。

「面倒だから殺しはしない。だが……。

 腕の二、三本は、へし折るぞ」

 

 

『な、何だこの殺気は!?こいつは

 一体!?』

これまで経験した事の無い、膨大な殺気に

冷や汗を流すレガニド。司はどけと

言った。だが……。

『い、いや!きっとはったりだ!そうに

 違いない!』

黒の冒険者としての、ちっぽけなプライドが

引く事を拒否した。

 

咄嗟に剣へ手を伸ばすレガニド。だが……。

『ビュッ!!』

手を伸ばそうとしたその時には、レガニドの

首筋に司の取り出したアレースの刃が、

僅か数ミリの所で止められていた。

「うっ!?」

「……剣を抜いても別に構わんぞ?但し、

 手加減無しの殺し合いと言うのなら、死ぬ

 覚悟は出来ていような?それと、付け加えて

 言っておこう。お前はさっきから、私の

 キルゾーンの中に居たんだぞ?」

「ッ!?」

 

 

私の言葉を聞いて、後ろへと飛ぶレガニド。

『折角黒の冒険者がいるんだ。せいぜい私の力を

 周囲に知らしめる踏み台になってもらうと

 しよう』

「さて?どうする?ここで無様に死ぬか?

それとも道を空けるか?

 死ぬか生きるか。どっちが良い?」

私の言葉に、レガニドは迷っているのか

表情を歪ませる。

 

その時。

「何の騒ぎですか?これは」

凜とした声が響いた。見ると、ギルドの奥

からメガネを掛けた細身の男性が現れた。

見ると、その男性の側に顔面蒼白の

ギルド職員がいた。

 

恐らく、私の殺気に恐怖し、上司か何かを

呼んできたのだろう。

そして……。

「司、これ以上の面倒事は避けよう。彼奴らは

 気にくわないけど、人殺しをして今後

 フューレンに出入り禁止、なんてのも

 馬鹿らしいでしょ?」

「……。分かりました」

ハジメに促され、私はアレースを鞘に収めた。

正直、この男とあの豚男は殺しておきたいが、

ハジメの言葉には賛成だ。なので殺気と

共にアレースを収めた。

それを見て息をつくレガニドという冒険者。

だが……。

 

「今日は見逃す」

「ッ!?」

私はレガニドに聞こえるように、小さく

呟いた。

「だが、次敵となった時は、一切容赦

 せず、その体を切り裂く。

 それがイヤなら、二度と私達に近づくな。

 分かったか?」

私が殺気を滲ませながらそう言うと、レガニド

は顔を真っ青にして、数歩後退った。

 

 

その後、私達はメガネの男性、『ドット秘書長』

と言う男性とカフェの一角で話をしていた。

一応、こちらの言い分としては、

『私達の奴隷(嘘だが)であるシアとルフェアを

 奪おうとしたので、警告の意味でナイフを

 突き刺した』と言っておいた。

ちなみにあの豚男は、私の殺気に当てられ

泡を吹いて気絶していた。

 

幸い、やった事と言えばナイフで豚男の手を

刺したことだけなので、大して問題には

ならなかった。証人としては、リシーを

始めとした大勢の冒険者達が居たので、

問題無かった。

ちなみにあの豚男の名前は『プーム・ミン』

と言うらしい。

 

「あの豚野郎。なんて名前してるんだよ」

と、ハジメが隣でため息交じりにそんな事を

呟いていた。

 

その後、身分証明と連絡先について教えろ、

と言われたので、とりあえず代表として

私のステータスプレートを提示した。

「連絡先は、まだありません。宿も決めていない

 状態でしたから」

「そうですか。……にしても、青、ですか」

私のプレートを見ながら、ドットは驚いた

ような表情を浮かべる。

 

「確かに冒険者ランクでは青です。が、

 潜ってきた修羅場の数ならば、金ランク

 相当だと、我々全員は誇りを持って

 言えるでしょう。……これでも、樹海の

 魔物数十匹狩るのは余裕な程なので」

「……。成程、冒険者になる前から、

 既に黒ランク以上の力をお持ちだったと」

ドットは、ため息交じりにそう呟いた。

 

「ところで、一応全員分の提示をお願い 

 したいのですが?」

「ふむ。ではハジメ、香織」

「うん」

「どうぞ」

ハジメと香織が自分のプレートをドットの

前に差し出した。

「……全員分とお願いしたはずですが?」

差し出された3枚に視線を落としてから、

鋭い視線を私達の方に向けるドット。

「生憎、ユエ、シア、ルフェアの3人は

 プレートを持っていません。持っている

 のは、私とハジメ、香織だけです」

「それは困りましたね。では今すぐ

 発行していただけませんか?正確な

 記録を取るためには、あなた方全員の

 身元を正確に記録する必要がありますから」

との事だ。

 

何でも、問題の多い者はブラックリストに

載せられるらしい。

それを考えれば、全員のプレート提示は

必要だ。

しかし……。問題がある。3人とも

プレートを作った直後を第3者に覗かれる

のは非常に不味い。

ユエの力を察するに、技能欄は数多の技能で

溢れかえっているだろう。神代魔法もだ。

むしろあれが一番不味い。

そしてシア。彼女の馬鹿力はプレートで

表記されでもしたら……。基本的な値など、

優に超えているだろう。

そして更に問題なのは、プレートはジョーカー

装着時の力も表示する。そうなれば、

ルフェアのプレートですら色々と大変な

数字が表示されてしまうだろう。

 

それを見られるのだけは避けたいが……。

第3者の立ち会いを拒否する?いや、

返って怪しまれそうだ。どうする?

と、考えていた時。

 

「あ、そうだ司!あの手紙!」

思い出したかのように叫び、手を叩くハジメ。

ッ、そうだ。その手があった。

私は懐から、ブルックの町の受付嬢キャサリン

さんから受け取っていた手紙を取りだし、

ドットに差し出した。

「それは?」

「これはブルックの町のギルド支部に勤める

 女性から、万が一ギルドで揉めたときは

 位の高い人間に見せろ、と言われて

 渡された手紙です」

「ブルック、女性……?」

と、戸惑いながらも手紙を受け取るドット。

 

「彼女の名前は、キャサリンと名乗って

 いました」

「ッ!?そ、それは本当に……!?」

ん?何だ急に。キャサリンさんの名前を

出した途端、驚いたドット。

「えぇ。彼女は間違い無くキャサリンと

 名乗っていました」

と、私が言うと、ドットは驚いた表情のまま

手紙を取りだし、文章を目で追い始めた。

 

その後、支部長に確認すると言って、ドット

は奥へと行ってしまった。そして私達は

何やら応接室のような場所へと通された。

 

「キャサリンさん、何者なんでしょうね?」

と首をかしげるシア。

「さっきの人の様子からしても、ただ者

 じゃないよね」

「ん。……きっと、昔は偉かったんだと思う」

「あの手紙、凄い役に立ったね」

そう語る香織とユエ、ルフェア。

「ある意味、彼女とあそこで出会って居た

 事も、吉と出た訳ですか」

私はため息交じりにそう呟いた。

「案外、どっかで何かが繋がってるもん

 だね~」

ハジメも感心するようにそう呟いた。

 

やがて、15分後。ドットが一人の男性を

連れてきた。

金髪のオールバック、30代、鋭い目つき。

支部長に確認を、と言って居た辺りから

察するに、この男が支部長なのだろう。

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン

支部支部長イルワ・チャングだ。

司君、ハジメ君、香織君、ユエ君、

シア君、ルフェア君……で良いのかな?」

そう言って握手の手を差し出されたので、

答えながら問い返した。

「えぇ。構いませんが。名前は手紙に?」

「その通りだ。先生の手紙に書いてあったよ」

「先生?それは、キャサリンさんのことですか?」

「あぁそうだ。先生曰く、将来有望なれど

 トラブル気質なので、出来れば目を掛けて

 やって欲しい、とね」

トラブル気質。……まぁ否定出来ないが。

 

まぁ良い。

「それで、身分証明の件はどうなりました?

 手紙で十分、なのですか?」

「あぁ。手紙には皆問題ない、良い子達だ、と

 書かれていた。先生の人を見る目は

 確かだ」

「そうですか」

と、頷くが……。

 

「あの~。さっきからキャサリンさんのことを

 先生って呼んでますけど、一体どういうこと

 なんですか?」

と、香織が挙手をしながら問う。

「ん?本人から聞いていないのかい?彼女は、

かつて王都のギルド本部でギルドマスター

 の秘書長をしていたんだよ」

「……思いっきりトップの人じゃん。

キャサリンさん」

と呟くハジメ。

その後のイルワの話によれば、今の支部長

の5~6割は彼女の教え子で、結婚後に子供を

育てるために田舎、つまりブルックへと

移ったらしい。

 

「ただ者ではない、と思って居ましたが」

「ん。キャサリンすごい」

「そんな凄い人に目を掛けられたなんて、

 ある意味強運ですね」

ため息交じりに呟く私に頷くユエと

同じくため息交じりに呟くシア。

 

「しかし、ならば身分証明の件は

 問題無いのですか?」

「あぁ。もちろん。……そして、そんな先生

 が見込んだ君たちだからこそ、頼みが

 ある」

次の瞬間、イルワの雰囲気が変わった。

私は皆の方を見ると、5人とも頷いた。

 

「とりあえず、聞くだけ聞きましょう。

頼み、と言うのは?」

「君たちにある依頼を受けて欲しい。無論、

 こちらから報酬として出来る限りの

 事をしよう。例えば、今回の事を不問

 にする、とかね」

……。その事を交渉材料にして出す辺り、

抜け目ない男だ。

 

「……依頼の内容は?」

「内容は、行方不明者の捜索だ。場所は

 北方の山脈地帯。その山脈地帯へ調査に

 向かった冒険者の一団が予定を過ぎても

 戻ってこなかった。そして、それを

 知った冒険者の一人の実家が捜索願を

 出した、と言う訳さ」

 

イルワの話によれば、最近北の山脈地帯で

魔物の集団が何度か目撃されたようだ。

山脈地帯は一つ山を越えただけでその先は

未開の地。しかも強力な魔物が出現する

らしい。そこで調査には高ランクの

冒険者パーティーが向かう事になったが、

そこでそのパーティーに飛び入りで参加

した人物がいた。

 

その飛び入りの人物、と言うのが

クデタ伯爵家の三男、『ウィル・クデタ』という

男性だ。依頼の下はこのクデタ伯爵家だ。

伯爵は行方不明の事を知り、すぐに独自の捜索隊

を出したそうだが、手数は多い方が良い

と言う事で、ギルドに依頼を出したそうだ。

そして、高ランクの冒険者が一人も帰って

来なかった、と言う事は半端物を送り込んだ

所で調査隊の二の舞になる、と言う事だ。

しかも今はその高ランク冒険者が出払っている

状態のようだ。

 

「……そこで、我々ですか?」

「そうだ。手紙には、司君とハジメ君は

 並み居る暴漢数十人を素手で圧倒し、

 更には、樹海の魔物を容易くねじ伏せる程の

実力有り、と書いてあったのでね。

……どうだろうか?ウィルの捜索をお願い

出来ないだろうか?」

イルワは、懇願するような視線を私達に

向ける。

その視線から考えて、ウィルとイルワは知人

関係か何かなのだろう。

 

「……皆の意見を聞きたい。ハジメ達は

 どうですか?」

「僕は、行くべきだと思う。生存している

 可能性は低いけど、探してみない事には

 始まらないし。それに、個人的にも魔物

 の集団ってのが気になるから」

「私も受けたいと思ってる。困っている人を

 見捨てられないから」

「ハジメが行くなら、私も」

「私もですぅ!」

「……私も行くべきだと思う」

ハジメ、香織、ユエ、シア、ルフェアは行く

気のようだ。

ここで、私が反対したとしても、

賛成5・反対1。……言うまでも無い。

 

それに、我々の目的は帰還方法を探す事。

タイムリミットがあるわけでもなし。

特に急ぐ旅でもない。

「……との事だ。我々の総意としては、

 依頼を受けるつもりだ。しかし、では

 聞くが、依頼を受けたとして、フューレン

 支部長の貴方が私達に与えられる報酬は

 何だ?私達は慈善家などではない。

 流石に、報酬無しで依頼を受ける気は

 無いぞ」

「分かっている。依頼の賞金に、更に私

 からも色を付けよう。君たちのランクを

 黒に上げる事も、検討しておこう。

 後は、君たちの後ろ盾になる事くらいかな」

 

……はっきり言って、大盤振る舞いだ。

「随分出しますね?そこまでウィル・クデタ

 の為に動く理由は何です?」

「………彼に、ウィルに今回の依頼を勧めたの

 は私なんだ。ウィルとは、昔からの付き合い

 で、良く懐いてくれていた。ウィルは貴族

 は肌に合わない、と言って冒険者になった。

 しかし、素質は無かった。だから悟らせよう

 と思って居たのだ。今回の依頼で、冒険者

 は無理だと」

静かに独白するイルワ。

 

つまり、彼の行動が結果的にこの事態を

招いた、とも言える訳か。

しかしならばちょうど良い。シアやユエ達

3人のステータスプレートの事は、前々から

どうにかしようと思って居たが、折角だ。

この状況を利用させてもらうとしよう。

 

 

「報酬に支部長から色を付ける必要は

 無い。ランクもだ。しかし、代わりに

 頼みを一つ聞いて欲しい」

「頼み、と言うのは?」

「ここに居る、ユエ、シア、ルフェアの

 3人のステータスプレートを作りたい。

 出来るだけ周囲には内密にだ。

 そして仮に、あなた方がそのプレートの

 数値を見たとしても、それを一切

 口外しない事。……この条件が守られる

 のなら、私は依頼を受けても良いと

 考えるが?」

 

「……。分かった。その提案を受けよう」

静かに呟くイルワ。その後ろでは、ドットが

戸惑うような表情を僅かに浮かべていた。

「では、交渉成立だ」

 

その後、支度金や北の山脈の麓にある

ウルの町への、イルワ名義の紹介状。

更に行方不明の冒険者達が受けた依頼の

資料などを貰う。

 

「司、今日中にはフューレンを出発した方が

 良いんじゃないかな?仮に生きていた

 としても、身動きが取れずに餓死、

 なんて可能性も0じゃないし」

「……。ハジメの言うとおり、今すぐに 

 でもフューレンを出るべき、ですね」

刻一刻と状況は変化する。捜索と、場合によって

は救出作戦をしなければならない。となれば、

尚更だ。

「と言う訳です。我々はすぐにでも

 フューレンを発ちますが、何か問題は?」

「ない。……ウィルの事、くれぐれも頼む」

「……了解しました。皆、行きましょう」

私の言葉に皆が頷き、私達6人はギルドを

後にした。

 

 

そして、6人が部屋を出た後。

「……彼等は一体、何者なのでしょうね。

 報酬として提示したステータスプレートの

 一件から考えると、何やら厄介事を抱えている

 ようですが」

と呟くドット。

「……ドット君。君は、少し前に王国が召喚

 した神の使徒の中から離反者が出たのは

 知っているか?」

「は?い、いえ。そんな話、私は

 初めて聞きました」

「そうか。……今から三ヶ月と少し前の事だ。

 偶然にも神の使徒の数人が亜人を保護。

 しかしその亜人を大罪人として処刑しようと

 した所、その数人が教会側に反発。

 亜人の少女と共に、空飛ぶ箱で王国から

 出て行ったらしい」

「……空飛ぶ箱、ですか?」

「あぁ。私も最初、王都で騎士をしている

友人から偶々聞いたときは何かの冗談かと

思ったが、使徒数人が離反したのは事実

だったようだ。実際、直後にこの話題には

箝口令が出された」

「……我々の救世主である神の使徒が、

 人よりも亜人を守ったから、ですか?」

「恐らくな。そして、私の聞いた限り、

 その使徒の人数は3人だそうだ」

「3人?……ッ!まさか、あの3人

 ですか?」

驚くドットの脳裏に浮かぶのは、ハジメ、

香織、そして司の顔。

 

「あくまでも推察だが、恐らくな。

 ……そして、これも騎士の友人から

 聞いた話なんだが、ドット君はオルクス

 大迷宮の65層突破の話は知っているかな?」

「え、えぇ。神の使徒一行が65層を超え、

 なお下へと足を踏み入れた話は私も。

 確かその際、使徒の一人がベヒモスを

 倒し、ベヒモススレイヤーと呼ばれる

 ようになったとか……」

「あぁ。そうだ。……しかし、その一人、

 と言うのは、二人目のベヒモススレイヤー

 だそうだ」

「二人目?」

「公にはその人物がベヒモススレイヤーと

 されているが、実際には、彼等はそれ以前

 の訓練でベヒモスと遭遇しているらしい。

 そして……。友人は言った。その少年は

 ベヒモスさえも歯牙に掛けない程の猛者

 であると」

「ッ!それは……」

ドットは驚きながら、その額に冷や汗を

浮かべていた。

「この話を聞いたとき、私も驚いたよ。

 恐らく、その一人目は離反した3人の内

 の一人と思われる。しかしその人物を

 ベヒモススレイヤーとしておくには、

 些かよろしくない。そこに来て二人目の

 ベヒモススレイヤーたる人物が現れた。

 これは噂を操作する意味でも好都合だった

 のだろう。……結果的に、ベヒモススレイヤー

 の噂話は混同され、二人目に集約されて行った、

と言う訳さ」

「な、成程。……しかし、かつて最強の冒険者

 をして勝てなかったベヒモスを、歯牙にも

掛けないなど。……一体どれほどの

猛者なのか」

「そうだな。……いや、もはや猛者などという

ものではない。表現とするのなら、

『王』か」

「王、ですか?」

「そう。……強さにおいて、何人も歯牙に掛けず

 葬り去る、唯一無二にして絶対の覇者。

 文字通り、比肩する者など居ない。

 無敵という言葉の体現者。……それを

 『王』と呼ばずして、なんと呼ぶ?」

「……。彼は、一体何者なのでしょうか?」

小さく、微かな声で呟くドット。

そんな彼の表情は疲れ切っていた。

 

イルワの言う『王』を先ほどまで自分は

前にしていたのか。

そう思うと、ドットは気疲れを起こしていた。

「何者、か。……不敬に聞こえるかも

 しれないが。……敢えて言うのなら、

 『この世界で最も神という存在に近い男』、

 だろうな」

「神、ですか。……果たして、彼等に依頼を

 頼んだ事は、吉と出るのでしょうか?

 それとも……」

「そればっかりは分からんよ」

ドットの言葉を遮り呟くイルワ。

 

「それこそ、神のみぞ知る、かな?」

イルワは最後にそう呟きながらソファに

背中を預け、天井を見上げるのだった。

 

「願わくば、吉であって欲しい物だ」

そして、彼は小さくそう呟くのだった。

 

     第29話 END

 




次回、ウルの町での再会の話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第30話 再会、ウルの町にて

今回は、ウルの町での愛子たちとの再会話です。


~~~前回のあらすじ~~~

西の大砂漠を目指す中で立ち寄った中立商業都市、

フューレン。司たち一行はこのフューレンで

宿を取るつもりだったが、ギルドにおいて

ゴタゴタを起こしてしまう。そんな中、

彼等の前にフューレンのギルド支部長、

『イルワ・チャング』が現れる。キャサリン

からの手紙で一行の強大な力を知った

イルワは、今回の一件を不問にする代わりに、

北の山脈地帯で行方不明の男性、『ウィル・

クデタ』捜索を一行に依頼する。

ハジメと司たちはステータスプレートの

一件を条件に追加し、依頼を受ける事に。

そして一行は、すぐさまフューレンを発ち、

山脈地帯に近い町、ウルを目指すのだった。

 

 

今、広大な平原を北に真っ直ぐ伸びる街道の

上を、一台の装甲車、バジリスクが疾走していた。

運転席に座る司。助手席のハジメ。その後ろ

の三列シートにはユエ、シア、香織。ルフェア

は更に後ろのベンチシートの一つに座っている。

 

「それにしても、ウルの町か。確か、司が

 前にカレーを作ってくれた時にお米や

 調味料を仕入れた町、だったよね?」

「えぇ。湖畔の町であるウルは水資源が

 豊富なので、稲作が盛んでした。

 おかげで米を入手する事が出来ました」

「え?司さんってこれから行く町に

 行った事あるんですか?」

と、後ろから問いかけるシア。

「えぇ。私達、つまり私やハジメ、香織。

 更に王国に居るであろうクラスメイト達は

 日本という国で育ちました。そして、

 そこでの主食は米なのです。しかし、こちら

 の主食はパンなどが主流です。彼等にして

 みれば、日本人として主食であったお米、

 ご飯が食べたかったのでしょう。そこで、

 私がお米を買い付けてきて、米料理を

 ハジメやクラスメイト達に振る舞った

 のです。その際、このウルの町に足を

 運んだのですよ」

そう私が話していると……。

 

「……みんな、元気にしてるかな」

ハジメが、静かにそう呟いた。

「心配ですか?彼等の事が」

「そりゃぁまぁね。クラスメイトだから」

「そうですか。……雫の護衛として付けた

 AIの報告によれば、生徒達の大半は

 今、王城に引きこもっているようです」

「え?でも確かハジメさん達って、一応神の

 使徒なんですよね?それがどうして……」

と、首をかしげるシア。

 

「無理もありませんよ。そんな大層な称号

 を持っていた所で、実際は人を殺した事も

 無い。大量の血を見たことも無い。

 ただの子供です。加えて、ハジメや香織、

 雫以外には大した覚悟も無い」

「一応、皆は司が創った武器を持ってる

 んだけどね。……怖いんじゃないかな。

 司が居ないから」

「怖い?」

と首をかしげるユエ。

「うん。……司は文字通り無敵でしょ?

 その司が、今は僕達と旅をしていて、

 皆の側には居ない。司は言わば、

 最強の剣であり、最強の盾なんだよ」

とハジメが言うと、香織たちは確かに、と

頷いた。

 

「その司くんが居ない今、皆は最強の

 剣と盾を無くしたも同然、って事

 になるんだろうね」

「うん。だから怖いんだよ。皆は、

 時々司の力を恐れている感じが

 あった。でも、結局はその力に

 守られていた。そして、それが

 無くなったから、怖いんだ。

 ……戦闘で死ぬ確率が上がったん

 だからね」

「成程。そう言う事ですかぁ」

頷くシア。

 

チラリと外に目をやれば、既に日が落ち

かけている。

「そろそろ日暮れですね」

「あ。司、見えたよ」

その時、助手席に座っていたハジメが

前方を指さした。

「どうにか日が暮れる前に到着出来ましたか」

何とかウルの町に到着した私達。

しかし夜の山の探索は危険だ。

 

「皆、聞いて下さい。私としてはウルの

 町で一泊し、明日の朝、早朝から

 山脈に向かいたいと思います。

 皆はどうですか?」

「僕は異議無し」

「うん。私も」

「ん、賛成」

「私も問題なしですぅ」

「分かった。私もそれで良いよお兄ちゃん」

どうやら皆の賛成は得られたようだ。

 

こうして、私達はウルの町へと到着した。

 

 

一方、その頃。

「ハァ。今日も手がかり無しですか。

 ……清水君、一体どこに行ってしまった

 んですか」

ため息をつき、ウルの町の表通りを

トボトボ歩いているのは、召喚された

一行の中に居た教師、畑山愛子だった。

 

 

ここで、時間は少しばかり巻き戻る。

 

司という、無双の剣にして絶対の盾を

失った生徒達の大半は、戦う事を拒否し

出したのだ。教会側は、そんな彼等に戦う

ように迫った。それを良しとしなかった

のが愛子だ。

彼女は、戦う気力の無い生徒達に戦いを

強要しようとする教会や王国に猛反発

し出したのだ。その時、愛子は自分の力と

そして、司の事を出して彼等から勝利を

もぎ取った。

『もし皆を戦わせようとしたら、新生君に

 連絡して私も皆も連れて行ってもらいます!』

この脅し文句が効いたのだ。

 

実際、ジョーカー・タイプCを持つ雫は司達

と連絡を取り合う事が出来るし、何なら

平原に要塞を築いて愛子たちを匿うなど、

司からしてみれば造作も無い事だ。

無論、愛子はそんな事は知らない。が、司たち

に続くように、しかも今度は大半が離反する

事態だけは避けたい教会と王国側は、

愛子の言葉を聞くしか無かった。

 

しかし、ここで愛子にとっての誤算と

呼べる事態が発生した。

生徒達を思いやるその姿に、その生徒達が

奮起し、戦うのは怖いが、任務で各地を

回る愛子の護衛を!と言う事で『愛ちゃん

護衛隊』なるものが出来た。

 

ちなみに、その護衛隊が出来た一端として、

彼女の護衛として付いていた騎士達が

イケメンなのだ。どう考えても逆ハニー

トラップだ。

しかし……。

 

神殿騎士の隊長、『デビッド』曰く……。

「心配するな。愛子は俺が守る。傷一つ

 付けさせない。愛子は、俺の全てだ」

と言う台詞を真顔で吐けるほど、愛子に

心酔していた。他の騎士達も殆ど

似たり寄ったりだ。

 

結果、愛子は生徒達と神殿騎士たちに護衛

されながら農地の開拓を進める事になった。

そんな一行がウルの町へとやってきて、

彼女の豊穣の女神、と言うあだ名がウルの

町で広まり始めた頃、男子生徒の一人、

『清水幸利(ゆきとし)』が突如失踪したのだ。

 

今、愛子達はその清水の捜索を行っていたが、

彼に繋がる情報は今のところなかった。

その後、愛子たちは宿泊している宿に戻り、

食事をする事にした。

 

そこはウルの町一番の高級宿、『水妖精の宿』

だ。ここは1階がレストランとなっており、

愛子達は司が去って以来食べられる事の

無かった米料理に舌鼓を打っていた。

 

と、そこへ60代くらいの男性が

現れた。

彼はこの水妖精の宿のオーナー、『フォス・

セルオ』だ。

そして、そのフォスが切り出した話題、

と言うのが……。

 

「実は、大変申し訳ないのですが……。 

 香辛料を使った料理は今日限りとなります」

「えっ!?それって、もうこのニルシッシル

 食べれないって事ですか?」

と、護衛隊の一人、カレーが大好物の

園部優花が、異世界版カレー、ニルシッシルを

食べられないと聞いて、ショックを受けたよう

に問い返した。

 

「はい、申し訳ございません。何分、

 材料が切れまして」

そう言ってフォスが語ったのは、最近

魔物の群れが北の山脈で目撃された事で、

香辛料を取りに行く者が減少。更に

高ランク冒険者たちのパーティが

帰ってこなかった事もそれに拍車を

かけている事などだ。

 

そんな心配事に、皆表情に影が差す。

するとそれを見たフォスが気分を

変えようとある話題を出した。

 

「しかし、その異変ももしかすると

 もうすぐ収まるかもしれませんよ」

「どういう事ですか?」

「実は、今日の日の入りくらいに新規の

 お客様がいらっしゃったんです。何でも

 先ほど話した高ランク冒険者の捜索の

 ためにやってきたとの事でした。しかも

 フューレンのギルド支部長直々の指名

 依頼だそうで。ギルドの支部長直々と

 なれば、相当の実力者なのでしょう。

 なので、もしかしたら異変の原因を

 突き止めてくれるかもしれません」

 

この言葉に、ギルドの事をさして知らない

愛子達はピンと来なかったが、デビッド達

からしてみれば、イルワは最上級の幹部

職員だ。そんなイルワの推す冒険者には、

彼等からしてみれば興味があったのだ。

デビッド達はすぐさま金のランクの

冒険者たちを頭の中でリストアップ

していく。

 

と、その時。2階に通じる階段から男女の

話し声が聞こえてきた。

「おや?噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、

 彼等は早朝にはここを発つそうなので、

 もしお話になるのでしたら今のうちが

 よろしいかと」

「そうか。……しかし、随分若い声だな。

 金にこんな若い者がいたか?」

と、首をかしげるデビッド達。

 

そして、次第の声の主達は愛子達の側に

やってきた。

 

「それで、明日はどうするの?お兄ちゃん」

「そうですね。広い山間部での捜索ですし、

 やはり人海戦術でしょう。ガーディアンを

 一個大隊、いや、一個連隊ほど召喚し、

 山を捜索します」

「人海戦術か。確かにそれしか方法は無い

 ね。あとはドローンを飛ばすとか?」

「そうですね。『ハジメ』の言うとおり、

ドローンなども放ってと、陸と空の

両方から捜索を行うべきでしょう」

「もはや山狩りだね、『司』」

「えぇ。明日は徹底的に山を捜索します。

 『香織』たちもそれで良いですか?」

「うん。良いよ、『司くん』」

 

足音と共に近づく声の主達。そして、愛子

は会話を聞いてすぐに分かった。『彼等が

ここに居る』と。

どうやら優花たちも同じようだ。

まさか!?と言いたげな表情をしている。

 

そして、愛子は静かに立ち上がり、VIP

席と言う事で、周囲から食事の様子を

見られないように掛かっていたカーテンを

開いた。

「ん?」

どうやらその音に気づいたのか、司が

振り返った。他の5人も足を止め振り返る。

 

そして……。

「新生君?南雲君?白崎さん?」

「あっ!えぇ!?あ、愛子先生!?」

愛子に気づいた香織が驚いて声を上げる。

すると、VIP席から優花たちも出てきた

事に、さらに驚く香織。

「え!?園部さんや菅原さんも!

 どうしてここに!?」

久しぶりのクラスメイトとの再会に

驚きつつも喜んでいる香織。

 

「し、白崎さんこそ、どうしてここに?」

そんな中で驚いていた優花が彼女に

問いかけた。

「あ、えっと。実はちょっとした依頼でね。

 それでこの町に寄ったんだよ」

「それって、もしかして北の山脈で

 冒険者を探すって言う?」

「うん。って、なんで園部さん達が

 知ってるの?」

ん?と首をかしげる香織。

 

その時、司が愛子に近づく。

「……お久しぶりです、愛子先生」

「はい。本当に……。でも、3人が

 無事で、先生、安心しました」

そう言って、愛子は目尻に涙を溜めながら

笑みを浮かべた。

 

 

愛子先生達との再会の後、先生からこれまで

私達が何をしていたのかを知りたい、と

言われたので、先生達がいたVIP席で

食事を交えながら話す事になった。

話をするのはハジメだ。

その側では、何やら香織が園部たちと

ガールズトークに花を咲かせていた。

 

まずは、王国を離れてからの事だった。

最初はルフェアをフェアベルゲンに送り届け、

その後元の世界への帰還方法を探るつもり

だったが、彼女には帰る気が無かった事から、

今はこうして仲間として旅をしている事。

帰還の有力な方法として、神代魔法にその

可能性があると考え、今はその神代魔法に

ついての情報を得るため、世界中を

回っている事。

もちろん、世界の、エヒトの真実については

伏せた。

そこは、『神が私達を召喚するのに使った

力は神代魔法だから、同じ力を探している』

と適当に嘘を交えて言っておいた。

流石に、第3者、と言うか神殿騎士の前で

エヒトの狂った云々は言えないだろう。

即殺し合いになる。

 

そして、今はその過程でフューレンを

訪れ、依頼を受けたためにここに居る、

と説明をし終えたハジメ。

「そうだったんですか。あの、それで

 元の世界への帰還方法は?」

「それが……。まだ情報を集めている

 段階で。……それらしい力がある、

 と言うのは分かっているんですが」

申し訳なさそうに教えるハジメ。

「そうですか……」

すると先生はどこか沈んだ表情を浮かべ、

周りの園部たちも同じように俯く。

「だ、大丈夫ですよ!まだ可能性が0

 な訳じゃないから!ね!?司!」

「えぇ、まぁ。……とにかく情報収集は

続けています。帰る手立てが見つかれば

こちらから連絡します」

「そ、そうですか。ありがとうございます、

 新生君」

愛子先生は、安堵したのか息を漏らしている。

恐らく、彼女としては自分が帰れる、と言う

より『私が皆の帰還の為に尽力している事』か、

『自分を含めて皆で帰れる可能性』に安堵して

いるのだろう。

「いえ。これくらいは当然です」

私としては、クラスメイトをこの世界に

置いて行く気は無い。そこまで彼等を

嫌っては居ないからだ。

 

しかし、どうやら私と先生の会話が気に入らない

のか、隊長格らしき騎士、先生がデビッドと

呼んでいた男を始め、奴らが私のことを

睨んでいる。

 

「……何だ。何か言いたいことでもあるのか?」

視線がウザいので、とりあえず声を掛けた。

「何が、だと?忘れた訳ではないぞ……!

 王城でのあの一件……!」

王城?あぁ。あの似非裁判の事か。

「貴様はあそこに居た有象無象の一人か」

「うぞっ!?貴様ァ!その態度は何だ!」

男は、バンッとテーブルを叩く。それだけで

園部たちがビクッと肩をふるわせる。

 

「騎士と呼ばれても、礼儀はなってない

 ようだな。食事中は静かにするのが

 マナーだろう?」

「ふん、礼儀だと?その言葉、そっくりそのまま

 貴様に返してやる。薄汚い獣風情を、それも

 二匹も人間と同じテーブルにつかせるなど、

 お前の方こそ礼儀がなってないな」

 

 

………今、こいつは何と言った?

ルフェアとシアが、薄汚い獣、だと?

そう、言葉を認識した瞬間。

 

私の中で何かが切れた。

 

それは、後々理解した。今切れた物の名を。

 

人はこう呼ぶ。

 

『理性の箍』、或いは、『堪忍袋の緒』と。

 

 

『ガッ!』

「ぐぁぁっ!」

私は、目の前が真っ赤になるイメージを錯覚

しながら、気づいた時にはデビッドと呼ばれた

騎士の首を掴み、締め上げていた。

そのまま、爪が食い込む程ギリギリとデビッド

の首を締め上げる。

 

「どうやら私は、突発性難聴でも発症したようだ。

 聞き違いかな?貴様が、貴様のような三下の

 クズが、私の連れを薄汚い獣などと

 言ったように聞こえたが?」

そう呟く私の周囲では、先生を始め、園部達が

唖然としていて、突然の事に部下の騎士達は

対応が遅れている。

「……訂正し二人に謝罪するのなら、生かし

てやる。それとも、このまま首の骨を

へし折られるのがお望みか?どっちだ?」

 

「がっ!ぐっ!だれ、が!」

「そうか。死ぬのがお望みか。ならば、

死ねっ!」

『ギリギリギリッ!!!』

更に腕に力を入れる。

「がっ!はぁ!」

隊長の男の目が充血し、股間が濡れる。

ちょうどその時、オーナーのフォスが

入ってくるのは同タイミングだったが、

私は一切気にしない。今はただ、

無性にこの男を殺したい。

 

その時、

「た、隊長ッ!」

ようやく我に返った騎士達が剣を抜き

向かって来た。しかし、笑止。開いている左手

にノルンを召喚する。当然、弾は装填済みだ。

『ババンッ!』

「ぐあぁっ!」

「ぎゃぁっ!」

先頭の二人を、ノルン(電撃弾)で撃ち倒す。

 

「今のは手心を加えた。死んではいない。

 ……しかし、お前達の隊長は私の連れを

 侮辱した。謝罪するのならば生かしてやる。

 しかし、それも拒否した。ならば……」

更に右手に力を込める。ぶくぶくと泡を吹く

神殿騎士。

 

そして、デビッドの腕が、力無くダランと

垂れ下がった時。

 

「ま、待って下さい!新生君!」

慌てた様子で私の右手にしがみつく先生。

「……何ですか先生。邪魔しないで下さい。

 あと少しで終わります」

「何があと少しなんですか!?今すぐ 

 止めて下さい!殺人なんて、ダメです!」

「この男は、私の未来の妻であるルフェアを

 獣と侮辱した。殺す理由としては、これ以上 

 無いくらいの物です」

「だ、だからって殺人はダメです!

 デビッドさんの非礼は私が詫びます!

 もうこんな事言わないようにしっかり

 言っておきます!だから止めて下さい!

 何より、あなたを殺人者にするわけには

 行かないんです!」

 

殺人者にするわけにはいかない、か。

私に取っては今更だが……。

時間も経って少し怒りが和らいできた。

ここは、先生の顔を立てるとしよう。

『パッ』

私は、すぐに手を放した。

『ドタンッ!』

音を立てて落下するデビッド。

「うぉぇっ!げほっ!げほっ!」

すると、どうやら生きていたのか途端に

咳き込むデビット。

それに駆け寄る部下達。その時。

 

「貴様等の隊長に伝えておけ。先生に感謝

 しろ。それと、次また私の仲間を侮辱

 したら、今度こそ殺す、とな。無論、 

 貴様等も同じだ。私の仲間を獣などと

 罵ってみろ。ただ単に殺された方が

 マシだったと思うくらい、苦痛と後悔、

 絶望を与えて殺してやる。それがイヤなら、

 とっとと失せろクズ共が」

その言葉と共に、私は絶望の王の力を

発揮して、周囲に殺気を飛ばす。騎士達は、

ガクガクと震えながら頷いていた。

 

どうやらデビッドという騎士は、気絶

してしまったようだ。部下達が部屋へと

運んでいった。

それを確認した私は、シアとルフェアの方へ

視線を向けるが、二人ともかなり落ち込んでいる

様子だった。シアは特にだ。

無理も無い。彼女が最初に訪れた人の村は

ブルックの町だ。あそこは、良い意味でも

悪い意味でも彼女に寛容だった。

……人間の亜人に対する差別意識の低さが、

悪い意味を持って今発揮されてしまった、

と言う訳だ。

 

ルフェアの方も、改めて人の悪意に晒され

気が滅入っているようだ。

「ルフェア」

「……お兄ちゃん」

やはり、気が滅入っているのだろう。

僅かに表情が暗い。

……何か男子が『ん?お兄ちゃん?』とか

言ってるが無視する

「……。ルフェア、こちらへ」

「……うん」

私は、自分の席へルフェアを呼ぶと、

ルフェアの脇の下に手を入れ、彼女を私の

膝の上に座らせた。

そして……。

 

「大丈夫です」

ただ一言、そう呟きながらルフェアを

後ろから抱きしめた。

「あっ」

それだけで、顔を赤くするルフェア。

女子達が何か騒ぎ始めたが無視だ。

彼女を包み込むように、守るように、ルフェアの

体を左右から抱きしめる。

 

「私が居る限り、ルフェアに襲いかかる

 悪意も、害意も、全て私が倒します」

「本当?」

「えぇ。本当です。なぜなら、私は

 ルフェアを愛しているのだから」

「ん、あっ」

耳元で囁かれた愛の言葉に、ピクピクと

顔を赤面させながら震えるルフェア。

その恥ずかしがる姿も、とても魅力的だ。

 

やがて、数秒した頃。

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

「いえ。お気になさらずに。何と言っても、

 ルフェアは未来の私の妻ですから。

 未来の妻を守るのも、夫の役目です」

そう言うと、私はルフェアを立たせ、

彼女の掌にキスをした。

 

すると、何やら女子達がキャーキャー

騒ぎ始めた。

「ししし、新生君!?あああ、あなた!

 何をしてるんですか!?と言うか、未来の

 妻って!?」

更に、顔を真っ赤にしてテンパっている先生。

「何か可笑しいですか?私とルフェアは、

 互いに気持ちを伝え合い、今もこうして

 愛し合っています。流石に彼女も15歳

 ですし、私も結婚の適齢ではないので

 恋人止まりですが、いずれは式を挙げる

 つもりです」

と言うと、女子と先生が顔を真っ赤に

している。

 

そして、この騒動はハジメに飛び火した。

「ななな、南雲君はどうなんですか!?

 まさか、旅の最中にいかがわしい事を

 してたりとか!」

「うぇ!?」

突然の飛び火に驚くハジメ。

「い、いや~。僕はその……」

『これは話せる空気じゃない』と感じた

のか、言葉を濁すハジメ。

しかし……。

 

「今、争奪戦の真っ只中」

「ユエさん!?!?」

「そ、争奪戦?」

ユエの突然の発言に驚くハジメと首を

かしげる先生。

「ん。私と香織とシアで、ハジメを

 奪い合ってる」

「え、え?ユエさんや、白崎さん。

 シアさん、も?」

現実を受け入れられないのか、驚く

先生。一方、男子達が何やらハジメに嫉妬

と羨望の視線を向けている。

「今のところ、私は最有力候補」

「何を言ってるのかなユエ?

 ハジメくんの恋人は私なんだよ?

 分かってるかな?かな?」

ユエの発言に、背後に般若のオーラを

浮かべる香織。そのオーラに園部たち

女子がガタガタと震えている。

そして、更にシアが……。

「う~!私だって負けないですぅ!」

ハジメに撫でて貰って慰められていた

シアも、負け時と声を荒らげる。

 

「わ、私だってこの前ハジメさんに

 初めてを捧げましたぁ!」

文字通り、爆弾発言だ。女子も男子も、

皆呆然としている。

 

「……はい?」

首をかしげる先生。そして、先生が

ハジメの方を向く。

 

「………」

ハジメは、全力で視線を外す。

そして、意味を理解したのか、先生は

温度計のように首下から徐々に徐々に顔を

赤くしていき……。

 

「は、破廉恥ですよ南雲君っ!!!!」

火山の噴火の如く、怒りだした。

「ま、まだ成人前で!それも高校生の

 身で何をしてるんですか!説教です!

 お説教!南雲君!ここに正座しなさい!」

床に正座し、ペシペシと自分の前の床を

叩く先生。

その後、ハジメのお説教が始まったのだが……。

「ちなみに司もルフェアと毎日愛し合ってる」

「新生君もこっち来なさい!」

ユエが暴露し、私もハジメの隣に正座する

羽目になったのだった。

 

ちなみに……。

「畜生!まさか、新生と南雲に女が!」

「不思議だ。さっきまで新生が怖かったのに

 今は殺意と嫉妬が沸き起こってるぜ」

「ふっ。奇遇だな。俺もだぜ。そして……」

「あぁ。その通りだ」

「「「彼奴らから女子と仲良くなる方法を

  聞き出す!」」」

グッ!と拳を握りしめながら男子がそんな

事を言っていて、その姿を女子達が

とても冷めた目で見つめていた。

 

 

結局、私とハジメへの説教は1時間

近く続き、シリアス展開もどこへやら。

 

そして、なんやかんやで夜。深夜。

 

 

その時間帯、愛子は一人、自分に

あてがわれた部屋で、寝付けずに居た。

ソファーに座り、愛子は火の付いていない

暖炉を見つめながら、呆然と考え事を

していた。

当然、司たちの事だ。

彼等が無事だった事は、愛子としてとても

喜ばしい結果だ。

しかし、それに反して手放しに喜べない

のが、司本人だ。

もしあそこで愛子が止めなければ、司は

間違い無くデビットの首をへし折っていた

だろう。

そこに、一切の躊躇いが無いのを愛子はすぐ

側で見ていた。彼に躊躇いが無いのは、

ハジメ達を除けば彼女が一番良く分かっていた。

更に問題を上げるのなら、あの時ハジメ達は

司を止めようとはしなかった。

 

司の実力は、愛子も知っている。まだ司が

王国に居た頃、彼と共に戦ったメルドや

騎士達、そして雫から聞いていたからだ。

個人の戦闘力しかり。武器を与える力もしかり。

彼を味方にする、と言う事は万の軍勢を

味方にするのと同義だ、と。

彼女は以前騎士の誰かがそう言っているのを

思い出していた。

確かに彼は強い。地球帰還への方法も

彼が見つけたに等しい、とハジメからは

聞かされていた。

 

確かに彼は強く頼りになる。冷静な判断も

出来る。しかし、殺人への一切の躊躇いが

無い。そこは、とても認められない。

それが愛子の彼に対する認識だ。

 

以前、檜山の一件で司は愛子に、親しい

人を守る為ならばその手を血で汚すことも

躊躇わない、と言っている。

そして、司はそれを実行している。

そこに一切の躊躇いは存在しない。

彼が敵と認定した物は、死ぬだけだ。

 

つまり、愛子からしてみれば、頼りには

なるが、その力を簡単に使えてしまう司の

生き方を簡単に認めることはできなかった。

これは認識の違いだ。殺人を明確な悪と

捕らえる愛子と。守る為ならば殺人、

虐殺さえも一切問わず行う司。

 

「……ハァ。それでも、私は結局、

 彼に頼るしか無いんですね」

帰る為には司の協力が必要。

と言う現状に、情けなさからそんな事を

呟く愛子。

 

『コンコン……』

「え?」

不意に、消えそうな小さな音で、ドアが

ノックされた。

「誰?こんな時間に」

不思議に思いながらもドアを開ける愛子。

 

そこに立っていたのは、司だった。

「え?新生君?」

「夜分にすみません。実は、折り入って

 先生に話しておきたい事がありまして。

 部屋に入ってもよろしいですか?」

「あ、えぇ。どうぞ」

突然の訪問に驚きながらも、司を招き入れる

愛子。

 

「失礼します」

そして、司は念のため周囲を警戒しながら

愛子の部屋に入って行った。

「それで、話というのは?」

「はい。…これから話す事は他言無用です。

 特にトータス世界の人間には、です。

 生徒達に対してもです。ですが、一応

 先生にだけは、伝えておこうと思いまして」

 

 

私は、そう前置きしてからこの世界の真実を

語った。

神、エヒトの狂乱の真実。解放者という前例。

オルクス大迷宮の、真の大迷宮の事。そこが

解放者の試練の場である事などなど。

そして、奴にとって私達も玩具に過ぎない

だろうと言う推測も。

 

「そ、そんな。じゃあ、私達は……」

「召喚されたあの日、イシュタルはエヒト

 なら我々を帰還させられるだろう、

 と言って居ましたが、エヒトの真実を

 聞いた私達としては、そう簡単に奴が

 私達を元の世界へ戻すとは思えません。

 奴にしてみれば、この世界はチェスの

 盤上。そして、我々はチェスの駒

 なのですから」

「……新生君。あなたは、その、エヒトを

 どうするつもりなの?」

「こちらから仕掛ける気はありません。

 が、向こうが私達の帰還を妨害する、 

 或いは私達に手を出してきた場合は、

 全力でこれを排除します。最も、

 ハジメの予想からして、奴は自分の

 思い通りに動かない駒を排除しようと

 するでしょうから、戦いは避けられない、

 と考えています」

「つまり、戦うの?」

 

「はい。守る為です。ハジメや香織と言う、

 友人。シアやユエと言った、この世界で

出会った仲間。そして何より、愛おしい

人、ルフェアを守る為ならば、私は、

この星その物を破壊する事さえ

厭いません」

「ッ。それはつまり、エヒト諸共、この世界

 の人がどうなっても良い、と?」

「非道な事、と言う自覚はあります。

 ですが、それは私の決意です。ハジメや 

 ルフェアは、この世界と秤に掛けても、

 私にとってはなお重い存在なのです。

 それだけの事です」

「それを、悪だと分かっていてもですか?」

 

「……愛子先生。こんな言葉をご存じですか?

 『戦争は誰が正しいのかを決めるのではない。

  誰が生き残るのかを決めるのだ』。

 英国の哲学者、バートランド・ラッセル氏

 の言葉です。……私は、いえ、私達は

 生き残る。必ず。そこに悪や正義などと

 言う曖昧な概念は必要ありません。

 生きるために、戦うだけです」

「で、でもそれは!」

「先生が殺人を悪とする理由は何ですか?

 それが、道徳的に間違っているから

 ですか?法律に反するからですか?

 残虐だからですか?」

「……全部、と言ったら、新生君は

 どうしますか?確かに、新生君の言うとおり、

 守る為には力が必要なのだとは、私も

 思います。でも、殺してしまうと言う事

 を認めてしまったら、それはブレーキが

 壊れたのと同じです!殺人への忌諱感を

 失ってしまったら、暴力を、力を振りかざす

 事になれてしまったら!それは、理性と

 対話の為の言葉を持つ、人間では無くなって 

 しまいます。……自分の欲望のままに

 力を振るう姿は、獣と同じです。

 人とは言えません。私は、そう思っています。

 あなたは、どうなんですか?新生君」

 

 

「私自身、その問いに対し、敢えてこう

 言わせて貰います」

どれだけ優しい生き方でも、どれだけ正しくても、

そこに力が無ければ。決意が、覚悟が無ければ。

 

「『何も傷付けず、自分の手も汚さない。

優しい生き方ですが、それは、結局の所何の役

にも立たない』」

 

生きていても、失ってばかりだ。

 

「敵は、我々を食い殺そうと力を行使してくる。

 それに立ち向かうには、力が必要です」

「でも、それでも……。私は、誰かを殺す事を、

 正しいとは思いません」

「……。先生、貴方の思いは、尊敬に

 値するものなのでしょう。

 しかし、『意思だけ』では、『声だけ』

 では、『言葉だけ』では、何かを

 守る事は出来ない。力の無い存在は、

 ただ奪われるだけです」

 

それだけ言うと、司はドアの方に歩き出す。

そして、最後に「失礼します」とだけ

呟き、彼は愛子の部屋を後にした。

 

一人残された愛子は、ソファーに深く

座り直しながら、再び考え始めた。

 

生き残る為には、力が必要だとして、

殺人を躊躇わない司と、殺人を悪として

否定したい愛子。

「……生徒の説得も出来ないなんて。

 私は、教師失格なのかな」

 

彼女のそんな悩みに答える者は誰も

居なかった

 

     第30話 END

 




次回は山脈でのお話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第31話 大規模捜索網

今回は、山脈でのお話です。


~~~前回のあらすじ~~~

ウィル・クデタ捜索のために、北の山脈に近い

湖畔の町、ウルへとやってきたハジメと司たち。

彼等はそこで、訳あってウルを訪れて居た

畑山愛子や数人のクラスメイトと再会する。

最初は再会を喜んでいた愛子だったが、

彼女の護衛の神殿騎士の隊長、デビッドが

シアとルフェアを侮辱した事で司が激怒。

デビッドは愛子が止めなければ殺される寸前

だった。

そして、その日の夜。司は念のためにと愛子

にエヒトの真実を語る。そんな中で、躊躇い

無く力を振るう司を止めようとする愛子

だったが、二人の認識は平行線のまま

だった。

 

 

夜明け。正確には東の空が白み始めた頃、

ハジメ、香織、シア、ユエ、私、ルフェア

の6人は水妖精の宿の前に集まっていた。

その手には、オーナーのフォスが作って

くれた握り飯があった。嫌な顔一つせず

彼が作ってくれたのだ。昨日の時も、かなり

騒ぎを起こしたので宿をたたき出される

かもしれないと、ハジメ達と話し合って

いたが、実際にはそんな事も無かった。

高級宿とはいえ、破格の対応だ。

 

さて、オーナーフォスに感謝しつつ、

私は気を引き締める。

「皆、聞いて下さい。捜索対象のウィル

 ・クデタが失踪してから既に5日。

 基本的に、人間が飲まず食わずで

 生存できるのは長くとも3日。

 既に生存は絶望的ですが、何らかの

 形で食料と水を確保していれば 

 生存している可能性は多いに

 高いでしょう。……可能であれば、

 生きているウィル・クデタの救出したい」

私の言葉に、5人が無言で頷く。

 

「では、まずは北門の方へ」

そして、私達は北門へと向かったのだが……。

 

ん?レーダーに人影が映った。7人か?

いま、まさか……。

私のレーダーに映った人影にまさかと思って

いたが、その予想は当った。

 

「え?先生!?それにみんなも!」

朝霧を超えて、門の前にたどり着いた時、

そこには愛子先生と護衛隊の6人の生徒達が

屯していた。

それに驚く香織。

「え?ど、どうして先生達が?」

ハジメの方もだ。驚いた様子で目を

パチクリさせている。

 

すると、愛子先生が私の前に立った。

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね?

 人数は多い方がいいです」

「……。先生たちがこの捜索に加わる意図が

 理解できないのですが?あなた方には、

 私の知る限り、参加する理由が無い。」

「あります。単純に、人助けがしたいと言う

 私の意思です。それと、私も北の山脈に

 行くだけの理由があります」

「だから、私達に同行すると?はっきり

 言っておきますが、山脈では魔物の集団が

 目撃されています。当然、それとの戦闘も

 考慮にいれなければなりませんが、

 それでも、ですか?」

「はい。それでも、です」

……どうやら、先生の決意は固いようだ。

「それで、園部さん達はどうして?」

「それは当然、私達は愛ちゃん護衛隊だからね!

 愛ちゃんが行くのなら、私達だって

 付いていくだけよ!」

……成程。しかし……。

「愛ちゃん?」

なにげに先生をちゃん付けである。

その名を呟きながら先生の方を向くと、肝心の

先生は顔を赤くして私から視線を逸らした。

 

しかし、先生を含めて彼等は行く気のようだ。

下手に断って、強引に後から馬で付いて

来られて、その道中魔物の襲われて全滅、

と言うのは最悪のシナリオだろう。

だったら、いっそ近くに居てくれた方が

守りやすい。

 

「ハァ。良いでしょう。同行を許可します」

「え?良いんですか?」

「後から無理に馬で付いてこられて、山の

 中で魔物と遭遇、全滅というシナリオも

 考えられます。だったら、いっそ近くに

 居てくれた方が守りやすい。皆も、

 それで構いませんか?」

「うん。僕は大丈夫」

「私もOKだよ」

「んっ。司の指示に従う」

「私もです」

「うん。大丈夫だよお兄ちゃん」

どうやら、OKなようだ。

 

「では、足を用意します」

私は、宝物庫の中から装甲車、バジリスク

を召喚した。

「うぉっ!?これって、装甲車か!?」

そう言って驚くのは、男子の一人、仁村だ。

「園部さん達は後部のベンチシートへ。

 愛子先生は同行の理由を聞きたいので

 助手席へ。ハジメ達は後列シートと

 ベンチシートに分かれて下さい」

「「「「「了解っ」」」」」

ハジメ達が頷くと、5人は慣れた動きで

バジリスクに乗り込んでいく。

「さぁ。園部さん達も」

私は、バジリスクの後部ランプを

開いて促す。

 

「す、すげぇ。俺、軍用車乗るの

 初めてだわ」

「お、俺もだぜ」

タラップから中に入りつつも興奮を

隠せない様子の相川と玉井。

「こ、これ、新生君が作ったの?」

「えぇ。私のオリジナルです」

「す、凄すぎ」

乗りながらも問いかける園部に答えると、

更に驚いた様子のまま乗り込む菅原。

「お、お邪魔しま~す」

そして、最後に宮崎が萎縮しながらも

乗り込むのを確認すると、ランプを閉じて

運転席に乗り込んだ。

 

慣れた手つきでエンジンを始動する。

「総員、傾注。これより我々は北の

 山脈に向かう。道中、戦闘が予想

 される。なのでハジメ達はジョーカーを

 纏って戦闘の用意を」

「「「「「了解っ」」」」」

と頷くと、ハジメ達と私は左手首の

ジョーカーのスイッチを押し、ジョーカーを

起動。瞬く間にそれを纏った。

 

「あれ?何だろ?俺達いつの間にSFの世界

 に迷い込んだ?」

「心配するな淳。それは俺も思った事だ。

 ……ここはミリタリーテイストの世界

 なのさ」

「……あぁ、そうか。これが『リアル

 地球なめんなファンタジー』か」

後ろで何やら男子達が話し始めたが……。

 

「では、出発」

それを無視して私はバジリスクを

発車させた。

 

ちなみにしばらくして。

「そう言えば、新生君免許は?」

「……持ってると思いますか?」

「そうですよね」

と言うやり取りが先生と私の間で

されたのだった。

 

 

その後、バジリスクを走らせながら私は

愛子先生から同行を申し出た理由を

聞いていた。

先生の話によると、護衛隊として一緒に行動

していた男子、清水幸利が行方不明になった

そうだ。……清水と言えば、普段から影の

薄かったあの男か。大人しい、と言うか

余り目立つような男では無かったが……。

彼の居た部屋で争ったような様子は無く、

『闇術師』という天職を持つ清水が、その辺

のチンピラに簡単にやられた、とは

考えていないようだ。園部たちは、

自主的な失踪とも考えているらしい。

 

そして、彼女達はウルの町などで情報収集を

行っていたが、清水を発見する手がかりは

見つからなかった。しかし、北の山脈には、

魔物の一件で人が寄りつかない。そして、

最近の山脈の情報は禄に入ってこない。

愛子先生達は、当初そんな所に清水が

行くはずが無いと思っていた。しかし、

それが100%か?と言われるとそうでは無い

ようだ。なので、自分達もウィル捜索の

傍らで、清水に繋がる手がかりを探したい

ようだ。

 

 

「成程。そう言う事でしたか」

私は先生の話に頷きながらバジリスクを

走らせていた。

そして、チラリと先生の目元に目をやれば、

化粧で隠しているつもりかもしれないが、

私にはその目元にある濃い隈がはっきり

見えていた。

恐らく、昨日私と話した後、殆ど

眠れなかったのだろう。

「……寝てて構いませんよ」

「え?」

「運転しているのは私です。……化粧で

 隠しているつもりでしょうが、凄い

 ですよ。隈」

そう言って、私は左の人差し指で、

ジョーカーのメット越しに目元をトントンと

叩く。

 

「いや、でも……」

「寝不足で山を歩かれる方が危険です。

 だから少しでも寝て、山歩きに備えて

 下さい」

「うっ。……で、では、お言葉に甘えて」

私の言ってる事が正論だと思ったのか、シート

に体を預けた先生は、物の数秒で寝息を立て

始めた。

 

ちなみにその頃、後ろでは男子がハジメを

問い詰めているし、女子達はシアとルフェア

の恋バナに興味津々で話しかけている。

何とも、平和と言うか。緊張感が無いと

言うか。

 

そんな事を考えながら、私はバジリスクを

走らせていた。

 

しかし、闇術師、か。闇系統の魔法ならば、

以前戦ったヒュドラの黒頭のように、精神攻撃

をしてくる可能性が高いか。

聞けば、清水の失踪時期と魔物の集団の出現

時期が、妙に重なる。精神への攻撃を得意と

するのならば、洗脳なども可能かもしれない。

……まさか、とは思うが。警戒はしておくか。

 

そう考えながら、私はバジリスクを走らせる。

 

やがて、しばらくすると北の山脈の麓に

到着した。

 

北の山脈は、標高千メートルから八千メートル

級の山々が連なっている。

そしてここは、エリア毎に季節や状況が異なる。

秋のような景色の場所もあれば、夏のような

景色の場所。枯れ木だけの場所など、実に

様々だ。

 

加えて、今見える山脈を越えても、更に向こう

には山脈があり、現在において確認されて

いるのは、4つ目までだ。

また、第1の山脈で一番標高が高いのが、

あの『神山』だ。今私達がいるのは、神山の

東1600キロメートル程の地点だ。

 

そして今、バジリスクはその鮮やかな景色の

中に停車した。

ランプを開けて降りた女子達が、周囲の

景色に見とれている。

「先生、着きましたよ。先生」

「ん、ん~?」

私は、愛子先生の肩を揺すって起こした。

コシコシと手の甲で目元を擦った先生は、

ぼ~っとした表情で私を見つめる。

「新生、君?」

「はい。新生司です。起きて下さい。

 山脈に着きましたよ」

私は、先生の瞳がのぞき込めそうな距離

まで顔を近づけ、肩を揺する。

 

すると……。

「あぁ、おはようございま……ッ!?」

若干寝ぼけていた先生の顔が、見る間に

赤くなっていった。

「つつ、着いたんですね!それじゃあ

 早速探索開始ですね!」

そして、先生は顔を赤くしたまま、

バジリスクを降りていった。

 

「何なのだ?一体?」

と私は首をかしげながら、バジリスクを

降り、それを宝物庫の中に収納。そして

昨日の段階で製作していたドローン、

『サイファー』を取り出した。

 

小さな円盤のような無人機サイファーを

合計10機を召喚。私のジョーカーZの

前にディスプレイが表示され、操作して

いくと、ジョーカーZとサイファー10機の

リンクが確立されて行く。

 

これで良し。エンジン始動

私が命令を下すと、サイファーが

『フィァァァァァッ!』という甲高い

回転音と共に浮上。四方へと散っていった。

これで空の目は良いだろう。次は……。

 

パチンと指を鳴らす私。すると、私達の

眼前に、1000体にも及ぶガーディアンが

出現した。これに驚く先生達。しかし

無視して私は命令を下す。

 

「第1から第9までの各大隊100人は

 山脈を進行。ウィル・クデタを捜索。

 本人だけでなく、彼に繋がると思われる

 痕跡を探せ。第10大隊は私達と共に

 移動。最優先目標は愛子先生たち7人の

 警護だ」

私が命令すれば、ザッと一糸乱れぬ敬礼を

するガーディアンたち。

「よし、行けっ」

そして、最後にそれだけ言えば、900人の

ガーディアン達が足早に山へと入って行った。

 

「さて、彼等の報告を待ちつつ我々も

 進みましょう。行きますよ」

「「「「「了解」」」」」

タナトスを構えた私が歩き出すと、

同じようにタナトスを構えたハジメ。

アルテミス装備の香織。バアル装備の

ルフェア。両手のビーム砲をスタンバイ

させるユエ。ハンドアックスモードの

アータルを手にするシア。5人が

続いて歩き出し、ガーディアン達も

周囲に広がりながら歩き出した。

それに一拍遅れて慌てて歩き出す先生達。

 

こうして、私達のウィル・クデタ捜索が

始まった。

 

「魔物の目撃情報があったのは、山脈の

 中腹。六合目から七合目辺りです。

 恐らく、ウィル・クデタのパーティも

 その辺りを調査したでしょうから、

 まずは六合目辺りを目指して前進します」

私は移動しながら目的地を話す。

 

本当は全速力で六合目に向かいたい所だが、

ガーディアン達が先行しているし、いざと

なれば、ガーディアンの信号を頼りに

空間ゲートを繋げれば良い。

なので、私達は歩きながら山を移動していた。

 

その最中。

「……何だか、南雲たちの動きって

 まるで軍隊だよな?」

「うん。白崎さんも、あのシアちゃんとかも。

 まるで本物の軍人みたい」

後ろの護衛隊6人の話声が聞こえてきた。

私に聞こえないようにしているのだろうが、

ジョーカーの集音機能を持ってすれば、

これくらい聞こえる。

「何がどうなってあんな風になったん

 だろうな」

と、相川が呟く。

 

何が、か。簡単な事だ。決意と覚悟を胸に、

共に戦った。それだけの事。

しかし、あの6人には決意も覚悟も無い。

聞いた話では、引きこもっていた生徒の

中で、愛子先生の姿勢に感銘を受けて、

その中の彼等6人が護衛隊として先生と

共に行動していると聞いたが。

 

私に言わせれば、それは所詮『逃げた』

だけだ。

愛子先生の天職は『作農師』。つまり

非戦闘職だ。戦闘にかり出される事はまず無い

だろう。その先生と一緒にいれば、

働いていると言う自己満足と共に、何も

していないと言う周囲からの批判に対する

『否定材料』にもなる。

 

とどのつまり、彼等は戦いたくは無い、

もっと言えば危険なことはしたくないが、

だからといって批判されたままでは嫌だ、

と言う考えから愛子先生のところに居る

とも考えられる。

 

無論、この選択が彼等、或いは彼女らの

意識しての事かは分からない。しかし、私に

してみれば、6人は……。

 

『戦いたくは無いが、それを理由に責められる

のも嫌だ。だから先生の護衛をしよう』という

思いに、意識してるにせよ、無意識にせよ、

動かされているように私は思える。

 

まぁ、つまり何が言いたいのかと言うと、

彼等は中途半端なのだ。

護衛隊、それは護る部隊。つまり、目標を

敵から護る隊だ。護衛隊、と大層な名前を

付けた所で、戦える訳がない。

名ばかりの集まりだ。

 

そう言う意味では、6人は戦力として

換算など出来るはずもない。

戦闘になった時、足を引っ張らないで

欲しいものだ。

 

人は変わる。極限の状況などを経験する事で、

変質する。より強くなる事もあれば、より

弱くなる事も。だが彼等6人は前者でも後者

でも無い。まだその二つの間に立っている

だけだ。

 

……能力はある。後は、覚悟と決意があれば、

彼等だって強くなれるだろうに。

 

そう、私は考えながら山道を歩いていた。

 

やがて、1時間と少しした頃。

 

「ッ、これは……」

斥候のガーディアン部隊から送られてきた

映像に、私は左手を掲げてグッと手を

握りしめる。止まれの合図だ。

その合図にハジメ達と護衛のガーディアン隊

が足を止める。

 

「新生君?どうかしました?」

その様子を訝しんだのか、先生が私に声を

かけてきた。

「斥候で出したガーディアン部隊が川辺で

 散乱した防具と鞄を発見しました。

 これから、そことここを繋ぐ空間ゲートを

 開きます」

そう言うと、私は眼前の空間を歪め、ゲート

を開いた。

 

その時。

「えぇ!?し、新生君ってこんな事も

 出来たんですか!?」

空間を歪めるのを見るのが何気に初めてな

先生はとても驚いた様子だった。

「えぇ。と言っても、正確な座標が

 分かっていて初めて空間を接続

 出来るので、万能という訳では

 ありませんが」

「いやお前万能の使い方間違ってねぇか?

 普通空間を繋げるなんてSFの

 技術だぞ?それを個人で出来てるお前が

 万能じゃないなら、万能=神様並みの

 力使えないといけなくなるからな?」

「「「「「確かに」」」」」

相川がツッコみ、他の5人がうんうんと

頷いている。

 

……まぁ良い。

「それより、行きますよ」

そう呟きつつ、私達に促されるまま、私達6人、

先生達7人、ガーディアン隊がゲートを

通り抜けた。

 

通り抜けた場所は、六合目にある、中規模の

川辺だった。

そこで周囲を警戒するガーディアンの一個大隊

と合流した。円を描くように周囲を警戒する

ガーディアン達。その円の中心には、

ラウンドシールドと鞄が落ちていた。

 

ただし、シールドはひしゃげ。

鞄は紐が半ばから千切れていた。

 

「……どう見ても、ただ捨てた。

 と言うより、戦闘中に紛失した、

 と見るべきでしょうね」

「と言う事は、この辺りで戦闘があった

 のかな?」

「恐らくは」

ハジメの疑問に私が答えると、先生達の

顔に緊張が走る。その時。

 

「あ。司くん、あそこ」

アルテミスを手に周囲を警戒していた香織が、

何かに気づいて木の一部を指さした。見ると、

木の皮が剥がれていた。場所は、地上から

二メートルの位置だ。

「高い場所ですね。人間、なわけ無い

 ですよねぇ」

と、剥がれた場所を見上げながら呟くシア。

「……何かが擦れたのでしょう。しかし、

 最低でもあの高さに頭か肩が来ると

 すれば、身長は3、4メートル。それも

 恐らく、二足歩行タイプの魔物でしょう。

 そう考えれば……。総員、警戒レベルを

 上げるように。今後、戦闘が予測されます」

 

「「「「「了解」」」」」

私の言葉に頷き、ハジメ達の声が、真剣さを

帯びていく。

「先生。先生と園部さん達は、ガーディアン

 部隊に護衛されながら付いて来て下さい。

 それと、戦闘経験は我々の方が上です。

 できる限り、我々の指示に従って

 下さい。良いですね?」

「は、はいっ!分かりました!」

緊張しながらも頷く先生。他の6人も、

同じような表情のままに頷いた。

 

「では、前衛は私、ハジメ、シア。

 後衛に香織、ユエ、ルフェア。

 ガーディアン第10大隊は後方を警戒

 しつつ、愛子先生達7人の護衛を」

「「「「「了解」」」」」

「では、出発」

 

タナトスを構え先頭を歩き出す私に、

同じくタナトスを構えるハジメ。

通常サイズのアックスモードのアータルを

構えたシアが続く。

更に魔力ビーム砲をスタンバイさせるユエ。

アルテミス装備の香織。バアルを2丁持つ

ルフェアが後衛として続く。その後ろを

付いてくる先生達。それを護衛する

ガーディアン達。

 

 

木の擦れた場所から、移動した跡を追って

行くと、その先で戦闘の痕跡を発見した。

折れた木々。踏み荒らされた草木。

そして、血痕と折れた剣。

特に血痕を前にした先生達は、表情を

強ばらせていた。

 

「……。彼等は、魔物に追われ逃げていたのか」

痕跡から察するに、さっきの川辺かどこかで

魔物と遭遇。戦闘は不利と悟ったのか、逃走を

図るが、それを後ろから魔物が追撃したように

思える痕跡の数々。

「……高ランク冒険者たちが逃げ出した魔物

 って一体?」

「分かりません。とにかく、進みましょう」

周囲を警戒しながらもハジメの言葉に、

今はそれだけ言うと、再び歩き出した。

 

その途中。女性の写真が入ったロケットや

遺品を発見。身元の特定に使えそうな物だけ

をとりあえず回収しつつ、私達は進んだ。

 

その後、どれくらい探索したのかは分からない

が、既に日が沈みかけている。

このままでは野営をするしかない。

 

しかし気がかりだ。私達は既に八合目と

九合目の間くらいに位置している。しかし

一向に魔物と遭遇しないのだ。別行動を

しているガーディアン達も合流させ、

ある程度範囲を絞って捜索しているが、

魔物と遭遇しないのだ。

 

「……妙ですね。これだけの人数で捜索

 しているのに、野生動物しか遭遇

 していない。魔物はどこに?」

「ん。返って不気味」

ユエの言葉に、ハジメ達が頷く。

 

しかし、時間が時間だ。やむを得ないが、

今日はこの辺りで野営をしなければ

ならないだろう。

私がそう思っていた時。

 

これまでよりも、大きな破壊の跡を

発見した。

そこは大きな川だった。しかしその一部が

大きく抉れていたのだ。

周囲では木々や地面が焦げ、横倒しに

なっている木々も多い。

「これって……。まさかビーム攻撃?」

周囲の惨状からして、まさかの単語を口に

する香織。しかし、そう思うのも無理は

無い。どう見ても簡易な魔法と物理攻撃で

このような芸当が出来るとは思えない。

「ん。香織、覚えてる?あのヒュドラの

 銀色頭」

「ッ。それって、確か口から光を放った」

「ん。……あいつクラスなら、多分これくらい

 出来て当たり前」

 

 

香織とユエの脳裏に浮かぶのは、オルクス

大迷宮最後の敵、7つの首を持ったヒュドラ。

その銀色頭の攻撃だ。

「あの、白崎さん。ヒュドラ、って?」

それが気になったのか声を掛ける愛子。

「……私が、シアちゃんと出会う前に

 ハジメくん達と戦った魔物です。

 その魔物は、7つの頭があって、

 そのうちの一つ、銀色頭は口から

 ビームみたいな攻撃を放ってくるん

 です。それこそ、アニメとか特撮の

 怪獣みたいに。……そして、多分

 あいつの強さは、ベヒモス以上」

「……攻撃の感じからして、この攻撃の主は

あのヒュドラと同格か、それを少し

下回っている程度。……でも、ベヒモス

より強いのは間違いない」

 

「そ、そんな……!」

「口からビームとか、もはや魔物って

 レベルじゃねぇだろ……!」

ユエと香織の言葉に、驚く園部。

同じように驚きながらもそう吐き捨てる玉井。

 

「……どうやら、冒険者たちはここで

 挟まれたようですね」

そんな中、そう呟くのは、川辺をハジメと

調べていた司だ。

「ど、どう言う意味なんだ新生?」

その意味が気になって問いかける仁村。

 

 

「ここにある足跡。これは恐らく、ブルタール

 と言う魔物の物です」

「ブルタール?」

「はい。簡単に言うと、オークやオーガ、

 もっと分かりやすく言うと、日本の

 鬼みたいな魔物の事です。二足歩行の

 人型で、防御力を底上げする金剛って言う

 魔法の劣化版、『剛壁』という固有

 の魔法を持ってるんです。それと、

 僕が呼んだ書物によると、本来ブルタール

 は二つ目の山脈の、更に向こう側の魔物の

 はずなんですが……」

と、愛子先生に説明するハジメ。

 

「あくまで推察の域を出ませんが……」

と、私は前置きをしてから状況の

説明を始めた。

「恐らく、あの川かどこかでウィル・

 クデタの一行はブルタールの群れか

 何かに遭遇。不利を悟った彼等は

 逃走を図るも、追撃するブルタール

 に追われ、ここまでやってきた。

 しかしそこで、ブルタールとは

 違う別の『何か』が出現。

 挟撃される結果になったと思われます」

「その、何か、って?」

恐る恐る、という感じで私に問う

先生。

 

「流石にその正体までは私でも。

 しかし、ブルタールにこのような

 攻撃が出来るとは考えられません。

 まず間違い無く、ベヒモスなどよりも

 格上と考えるべきでしょう」

「それで司。その『後』は?」

「……同じく推察ですが。彼等の逃げ道は

 二つ。前と後ろを挟まれたのならば、

 咄嗟に左右のどちらかに逃げるはず。

 つまり、この川の上流か下流方向にです。

 しかし、私自身上流は考えにくい

 と思って居ます」

「どうして?」

「一つは、ウルの町とは逆方向である事

 です。もう一つは、山を越えればその先に

待ち受けているのは、こちら側より

強力な魔物の可能性が高いですし。

もう一つ。ブルタールの足跡は川辺

ギリギリにありました。もし仮に

彼等が上流へ行こうとしたなら、川の前で

北方向へ方向転換し、ブルタールも

それを追うように体を北へ向ける。つまり、

足跡は北側を向いていなければなりません。

が、足跡は川の方を向いている。

……可能性として考えられるのは、川に

潜り下流へ流された、と言う事です」

「となると、優先して探すべきは下流方向か」

川の下流の方を見つめながら呟くハジメ。

 

「念のため、第1から第5までのガーディアン隊

 は上流方向の探索を行わせます。

 第6から第10までの大隊は我々と共に

 下流へ。行きましょう」

 

と言う事で、私達は下流へと下っていった。

そして……。

 

「ッ。……レーダーに感あり」

先頭を歩いていた私が呟くと、後ろの

皆が驚いた様子だった。

しかし……。これは……。

「司、数は?」

「……数は、一人です」

「ッ。……そっか」

私の言葉に、一瞬息を呑むハジメ。

 

「でも、一人でも生きているのなら

 まだ望みはあるし、その人もきっと

 心細い思いをしているかもしれない。

 だから、行こう。ハジメくん」

「そうだね。早く助けてあげないと」

香織に励まされたハジメ。

その様子を横目に見つつ、私達は急いだ。

 

レーダーが感知した場所は、大きな

滝の裏にある洞窟だった。

「この滝の裏に、洞窟が?」

「えぇ。恐らく」

先生の言葉に頷く私。

「ユエ、お願いします」

「ん、任せて」

頷き、一歩前に出るユエ。

 

「『波城』、『風壁』」

水と風の魔法を使い、滝を左右に割るユエ。

私達は外にガーディアン達を残し、先生たち

と中へ入っていった。

 

洞窟は、入ってすぐ上に向かって上り坂

になっていた。その坂を上るとそこには

それなりの広さの空洞があった。

天井からは水が流れ、光が差し込んでいた。

そして空洞の一角に、青年が横たわっていた。

 

すぐに側に寄って容態を確認する香織。

彼女のジョーカー・スカウトには、人や

物をスキャンする装備があるのだ。

「香織、その青年の容態はどうですか?」

「目立った外傷も無し。餓死の方も、

 食料が残ってるから大丈夫みたい」

チラリと彼の側に視線をやれば、そこには

まだ少し食料の入っている鞄があった。

「ただ眠っているだけですか。起こしても

 大丈夫そうですか?」

「うん。顔色が悪いけど、多分精神的な物が

 原因だと思うから、起きれば会話が出来ると

 思う」

 

「そうですか。では……」

私は青年の前に膝を突き、ゆさゆさと体を

揺すった。

「起きて下さい。あなたを助けに来た者

 です。起きて下さい」

そうやって、肩を揺すったり頬をペチペチと

叩いていると……。

「ん?だ、誰?」

ゆっくりと青年の瞼が開いた。それを確認

した私は、メットを取りそれを脇に置いた。

 

「失礼ですが、あなたの名前は?私達は、

 フューレンのギルド支部長、イルワ・ 

 チャング氏から、この山脈の調査に来た

 あなた達を捜索する為、依頼を受けた

 冒険者です」

「イルワ、さん?……ッ!」

イルワの名前を聞くと、数秒して目を見開いた

青年は、体をガバッと勢いよく起こした。

 

「そうだ。僕は……!」

やがて、ガタガタと震え出す青年。

そんな青年の肩に、私は手を置いた。

「辛いでしょうが、あなたは誰で、

 何があったのか、私達に話して下さい。

 あなたは、ウィル・クデタさん

 ですか?」

「え?どうして、僕の名前を……?」

どうやら、彼がウィルで間違い無いようだ。

 

「先ほど私達は依頼を受けてきた、と

 言いました。依頼主は、あなたの実家、

 クデタ家です。内容は、息子である

 貴方の捜索です」

「ッ!そう、だったんですか」

何か、思う所があったのか驚いてから

俯くウィル。

 

「何があったのか、詳しく教えていただけ

 ませんか?」

彼には悪いが、彼の感傷に付き合う気は無い。

情報が必要だ。

 

「はい。お話、します」

そう言って彼が話し始めたのは、内容は、

殆ど私の推察通りだった。

 

彼等は五合目辺りでブルタールの群れ、10匹

と遭遇。不利を悟って逃走するも、

逃げる中であの六合目の川の所で盾役と

軽戦士がやられ、何とかあの大きな川まで

逃げるも、ウィル曰く『漆黒の竜』が現れ、その

ブレスでウィルは吹き飛ばされ、川へ転落。

流される中に見たのは、何とか竜のブレスから

生き残った二人が、ブルタールと竜に

挟撃される所だった。

 

そして、ウィルは何とかこの洞窟を発見し、

ここに身を潜めていた、と言うのが事の

顛末のようだ。

 

やがて、ウィルは慟哭と共に自分を最低だと

罵り始めた。

これには誰も何も言えない。が、彼の感傷に

付き合っている暇はない。

 

『ガッ!』

私は、無言で彼の胸ぐらを掴み上げた。

 

「今ここで貴様が倒れたら、5人の死は

 どうなる……!」

「え?」

「5人の死を、自分の責任だと感じるのなら、

 生き残った者として、使命を果たせ……!

 彼等の死を、無駄にするな」

「それは、どう、いう……?」

「お前達は、ここに調査へ来たはずだ……!

 そして得た物を、お前が自分で持ち帰れ……!

 それすら出来なければ、5人は本当に

 犬死にだぞ……!もし、彼等に報いる気が

 あるのなら、フューレンに戻って、彼等に

 先立たれた者たちに伝えろ……!

 彼等のおかげで、自分は依頼を全うしたと。

 彼等のおかげで、自分は今生きていると」

そう言って、私はウィルを放した。

 

地面に尻餅をつくウィル。

「彼等を犬死ににするな……!それが、

 残されたお前に出来る、彼等に報いる

 と言う事だ……!」

「僕に、出来る事……」

 

その後、しばらくウィルは自己と向き合っていた。

しかし……。

「悪いが、深く考えるのは後です。もう

 日の入りまで時間が無い。可能ならば、私達

は日が沈む前に山を下りたい。

すぐに移動します」

「……分かりました」

静かに頷くと、立ち上がるウィル。

 

「そういうわけです。我々はすぐに下山

 します」

私としてはすぐに下山したい。夜の山岳部

での戦闘経験が、私達には無い。ましてや

黒い竜という、不確定要素が存在する

以上、夜間戦闘は避けたい。

彼等(お荷物)』もいるからな。

そう考えながら、私は園部たちを見る。

ハジメ達もそれを理解してか、5人とも頷いた。

しかし……。

「ち、ちょっと待てよ新生。調べなくて

 良いのか?魔物達の事」

「そ、そうだよね。町の人達もそれで

 困ってるみたいだし」

肝心のお荷物が、そんな事を言い出したのだ。

 

「却下です」

「ど、どうして!?」

「どうして、ですか?理由を説明するので

 あれば、我々の第1目標はウィル・クデタ

 の発見及び保護と護衛。確かに魔物の

 集団についても、謎は残っていますが、

 物事には優先順位があります。それに、

 夜に、強さが全く分からない黒い竜。

 戦力として換算出来ない、護衛対象も

 数人。これで戦闘などすれば、戦う

 こちら側にどれだけ負担がかかると

 思ってるんですか?」

「……それ、まるで私達を戦力として

 見てないみたいに聞こえるけど?」

園部が、私を睨み付けながらそう言う。

しかし……。

 

「えぇ。事実です。……私はあなた方を

 戦力として到底見ていません」

「ッ!?舐めてるの新生!?私たちだって、

 あなたが作った武器があるんだよ!

 魔物くらい!」

「武器が使える=戦えると考えているの

 なら、死ぬぞ!」

 

叫ぶ園部と、それに同調しようとする5人。

しかし、私のその言葉に、彼等は

黙り込んだ。

 

「言ったはずです。戦闘経験は我々の方が

 上だと。可能な限り指示に従え、と」

その言葉に、5人は黙り込むが、どう見ても

納得出来ている様子ではない。

まぁ良い。

 

「急いで下山しますよ?」

それだけ言うと、私はウィルを促し

歩き出した。

ハジメ達がそれに続き、先生も園部達を

励ましながら続いていた。

 

そして、出口に近づいたとき。

 

私のレーダーに引っかかる存在が居た。

それは間違い無い。『奴』だ。

 

奴の存在を近くした瞬間、私は叫んだ。

 

「総員戦闘態勢!」

「え?」

突然の言葉に、先生達が反応出来ない。

 

「上空に飛行物体を確認!恐らくは!」

 

私が相手の正体を叫ぼうとした瞬間、

滝壺の外で黒色の光が瞬いた。

 

     第31話 END

 




次回は、黒竜との戦いです。

感想や評価、お待ちしています。


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第32話 VS黒竜

今回は、黒竜との戦いです。ティオは、ある意味原作ブレイクです。


~~~前回のあらすじ~~~

ウィル・クデタ探索の為に山脈に向かう司たち。

しかし町を出た所で待っていた愛子達7人も

一緒に行くことになり、司は仕方なく彼等の

同行を許可する。山脈に到着した司は、

ガーディアンとドローンを放ち捜索を開始。

戦闘の跡を追っていき、ついに唯一の

生存者、ウィル・クデタを滝壺裏の洞窟で

発見する。しかし、そこを出ようとした直後、

彼等は何者かの攻撃を受けるのだった。

 

 

『ドドドォォォォォォンッ!』

外で何かが光ったかと思った次の瞬間、

爆音が響き渡った。

「「「きゃぁぁぁぁぁっ!」」」

突然の爆発に、園部たちが悲鳴を上げる。

 

咄嗟に外の状況に目を向けるが、今の攻撃は、

どうやら外のガーディアン隊を狙った物の

ようだ。しかし、今の一撃で外に居た500体

のガーディアンの、3分の1ほどが撃破された。

既に、ガーディアン達が応戦を開始しているが、

並みの鎧ならば簡単に貫通するAP弾も、

敵には効果が無いようだ。

 

「すぐに外に出る!敵がガーディアンと

 戦っている今のうちだ!」

そう叫んだ次の瞬間、再びブレスと思われる

攻撃の爆音が響く。

レーダーで確認すれば、ガーディアンはもう

一個大隊程度しか残っていない。

 

「ユエ!」

「んっ!」

私が名を呼ぶと、意図を察したのか、先ほどと

同じように波城と風壁で滝を左右に

割り、私達は滝の外に出た。

 

直後、私達の頭上を影が横切った。

私達全員、空を見上げる。

 

 

そこに居たのは、確かに竜だった。

 

体長は七メートル程度。長く鋭い爪を

持った前足。背中から生えた大きな翼。

その翼を見るに、魔力を纏っているよう

にも見える。そして、その漆黒の鱗を持つ

竜の、金色の双眸が、私達を空の上から

見下ろしていた。

 

そしてその体から放たれるプレッシャーに、

愛子先生や園部たち、ウィルは戸惑い、

震えている。

周囲に目をやれば、ガーディアン達は

生き残っているが、どう見てもあの竜に

攻撃が有効とは思えない。

 

攻撃を中止。各自その場で待機。

 

咄嗟に命令をジョーカーから発し、動きを

止める。

そして、改めて竜への警戒を強める。

と、その時。

気づいた。奴の視線は、この中に一人に

向けられていると……。

それは、ウィルだ。

ウィルへ視線を向けていた奴は、その顎を

開き、口内にエネルギー、魔力を溜めていく。

 

「ッ!ブレスだ!」

それに気づいたハジメが叫ぶ。

「総員退避!」

私が叫ぶと、私、ハジメ、香織、ユエ、シア、

ルフェアが四方へと散る。

しかし、これに対応出来ない者たちが

居た。愛子先生と園部達、ウィルだ。

8人は驚き、怯え、硬直したままだ。

 

「やはりかっ!」

私は叫びながら空間を蹴って反転。彼等の

前に着地する。

「お兄ちゃん!」

「来るなっ!私だけで大丈夫だ!」

戻ってこようとするルフェアに叫び、止める。

と、次の瞬間。

 

黒竜からレーザーの如きブレスが放たれた。

空間を曲げて逸らす!?いや、間に合わない!

少しでも後ろに攻撃を行かせるわけには

行かない……!ならば……!

 

体内リミッター、フルリリース!!!

 

 

次の瞬間、黒竜の放ったブレスが跡形も

無く、音も無く、消えた。

強烈な閃光に、視線を逸らしていた愛子達は、

自分の前に立つ少年の背中を見つめている。

 

それは、全身から無色のオーラを放つ司だ。

 

「し、新生、君?」

恐る恐る、と言った感じで彼に声を掛ける愛子。

しかし彼は返事を返さない。

と、次の瞬間。再び黒竜がブレスを放ってきた。

 

しかしそのブレスは、ある程度司に近づいた

瞬間、まるでテレポートでもしたかのように

消滅した。

 

これには、驚きと警戒を含んだかのように

うなり声を発する黒竜。

しかし、司のオーラは霧散してしまった。

それは、彼が体にリミッターをかけ直したからに

他ならない。

 

 

一瞬とは言え、体内のリミッターを全て

解放してしまった。正直、これは危険だ。

私の体内リミッターを全て外す、と言う事は、

体の中に宇宙を宿している私の力を、

現実世界に顕現させる、と言う事だ。

そして、うぬぼれているように聞こえるかも

しれないが、それは膨大なエネルギーが、

いや、膨大、等という言葉では言い表せない

程に高純度、且つ、無限のエネルギーが

現実世界に現れる事になる。

そしてそれは、『世界』そのものを破壊出来る

だけの力がある。

いや正確には、私の力に『世界が耐えられない』

と言うべきだろう。

 

下手をすれば、この世界が崩壊する。

だから私は、全力で戦う事が出来ない。

しかし、全力は必要無い。全力でなくとも、

あの黒竜は倒せるからだ。

 

「……先生達はここから動かないように。

 奴は私達が倒します」

肩越しに振り返り、そう言うと私は歩き出す。

後ろでは、あの黒竜の殺気が籠もったブレス

を前にしたせいか、皆顔を青くし震えていた。

「ハジメ達は出来るだけ高火力の武装で支援を。

 奴の鱗は、バアル程度では貫徹出来ない。

 ミスラなどで支援をお願いします」

「「「「「了解っ!」」」」」

私の指示に従い、5人が動き出す。

 

「そこだっ!」

ハジメのタナトスが、炸裂弾を撃ちまくる。

黒竜は、その炸裂弾を避ける。だが……。

「ふぅっ……。そこっ……!」

しかし、それを避けるために翼をはためかせた

直後、胴体に香織の放ったミスラの19ミリ弾

が命中する。

19ミリ弾は、どうやら奴の防御をも超えて

ダメージを与えられるようだ。

黒竜は悲鳴を上げながら空中でバランスを

崩した。

 

「『禍天』」

そこに、ユエの重力魔法、禍天が襲いかかる。

禍天は重力を発生させる球型の物体で

相手を押しつぶす技だ。

バランスを崩した所への攻撃のため、黒竜は

避ける事が出来ず、禍天に押しつぶされる

ように地面に叩き付けられた。

「そこですぅっ!」

そして、禍天で動けない黒竜にハンマーモード

のアータルを掲げ跳躍するシア。

彼女はタイプSCの背部ブースター、

更にアータルの内蔵スラスターを推進力

にして黒竜へ突撃。動けない奴の頭に、

アータルを振り下ろした。

 

そして、命中と同時に周囲に爆音が響き渡る。

視界が砂煙で遮られるが、問題ではない。

問題なのは、奴がすんでの所でアータルの

一撃を回避した事だ。

『グンッ!』

「はえ!?」

私は咄嗟に空間を歪め、シアの肩を掴んで

引き寄せる。次の瞬間、砂煙の中からユエ

目がけて火炎弾が発射される。

しかし、私は火球に対し空間を歪め、黒竜へ

と返した。

放ったはずの火球が自分に戻ってきた事に

驚いた黒竜は、炎に体を焼かれながら咆哮を

上げる。

 

すると今度は、黒竜はブレスを吐こうと

口を開き、魔力を溜める。しかし狙いは私達

ではない。ウィルだ。

途中には障害物があるが、それを撃ち抜いて

もウィルに届く威力は、あのブレスには十分に

ある。

「僕達ガン無視!?させないけどさっ!」

その時、ハジメがアンカーランチャーを

打ち出し、黒竜の口を塞ぐように巻き付けた。

 

これに驚き、何とか顎の力だけで口を

開けようとする黒竜。

「させないっ!」

更に香織もアンカーを発射し、二重に

口を塞ぐ。

これで更に口が開かなくなる黒竜。

 

ブレスが吐けないのなら、今のうちか。

一気呵成に、畳みかける。

「ユエ!奴を空中に磔にして下さい!

 シア!奴を更に上空へ打ち上げて下さい!

 最後は、私がやります!」

「んっ!任せて!」

「おっしゃぁ!やったるですぅ!」

 

ユエが次の魔法の準備に入る。結果的に、

禍天は消滅する。それを好機とみたのか、

体を起こそうとする黒竜。

だが……。

 

「まだ、寝てなさいっ!」

次の瞬間、ジョーカーのパワーを生かした

ルフェアの踵落としが、黒竜の頭に

突き刺さり、顔が地面に埋まる。

 

「ルフェア……!離れて……!」

そして、術が完成したユエが叫び、

ルフェアが黒竜の頭を蹴って離脱。

次の瞬間。

 

「『重縛』」

ユエの生み出した、禍天と同時期に開発した、

オリジナルの技『重縛(じゅうばく)』が発動した。

禍天と同じ、重力を放つ球体が黒竜を中心

にいくつも出現。そして次の瞬間、無数の

球体から重力が発せられ、黒竜は重力に

流されるまま、空中へと『上げられた』。

そして、ある程度の高さまで上がると、

今度は黒竜の周囲に円を描くように

球体が並び、全方位から重力を浴びせる。

これで黒竜は、空中に磔にされたのだ。

 

禍天は、重力を持って相手を押しつぶす攻撃だ。

しかしこの重縛は、重力で相手を縛る技だ。

原理は、ユエの超必殺技、八岐大蛇と

同じだ。

魔力で出来た球体を生成し、その魔力を

使って重力魔法を行使。球体から重力を

放つ事で、相手を縛るのだ。

最も、これも私と言う魔力タンクが

あってこそ放てる技だ。

 

重力に縛られ動けない黒竜。

「っしゃぁ!行くですぅ!」

そして、その黒竜目がけてブースター

から白煙を吹き出しつつ迫るシア。

彼女と黒竜が近づく瞬間、ユエが

シアに干渉しないように重縛を解除

する。体が動くようになる黒竜。

 

しかし、その時既に遅かった。

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

『ドゴォォォォォンッ!』

黒竜の顎を、アータル・ハンマーモード

の一撃が捉えた。

口内を切ったのか、口から血を流しつつ

上に打ち上げられる黒竜。

 

「司さんっ!」

そして、後は任せた、と言わんばかりの

スマイルで私の方を見ながらサムズアップ

するシア。

 

「上出来です、シア」

 

私は、足腰に力を込める。そして……。

ボゴォッと言う音と共に地面が砕ける

程の速度とパワーで跳躍。瞬く間に

黒竜に接近し、その腹に深々と拳を

突き刺した。

 

砕け散る鱗。黒竜は口から大量の血を吐いた。

しかし、この程度では止まらない。

勢いを殺さず、私は黒竜を更に上に

殴り飛ばす。だが、それだけではない。

更に空間を蹴って黒竜を追い越し、その背

を殴りつけた。

再び地面の方に向かって、音速並みの速度

で落下していく黒竜。

 

が、終わらない。

私はその先に回り込み、更に殴る。

吹き飛ぶ黒竜。私はその先へ回り込み、殴る。

もしくは蹴飛ばす。

それを繰り返す。やがて……。

 

 

同じ事を繰り返す内に、司の攻撃を第3者の

視点から見ていたハジメ達の目には、

こう映った。

 

それは、空中の黒竜が、一箇所に止まりながら、

四方八方から殴られているようだった。

実際、司は殴ったすぐ後、それもコンマ1秒

にも満たない僅かな時間で反転し、殴る。

それを繰り返している今、黒竜は物理的

攻撃で一つの場所に固定されていた。

しかし黒竜は幸運とも言えた。

 

今の司は、速度面を重視した連続攻撃を

していた。これがもし、一撃必殺の威力を

持った拳だったなら……。

黒竜は肉塊と化していただろう。

そして………。

 

「これでっ」

司は、天然の鎧たる鱗が砕け散り、

ボロボロ、且つ、大量の血を流している

黒竜に向けて突進する。

もはや意識が飛びかけているのか、

何とか動こうとする黒竜。しかし、

無理だった。

 

「トドメッ!」

司の踵落としが、黒竜の脳天を直撃した

からだ。

ガコォンという音と共に、砲弾の如きスピード

で地表に叩き付けられた黒竜。もうもうと

砂煙が上がり、司は黒竜とウィル達の間に

着地した。

 

 

黒竜を倒し着地した私の元に、ハジメ達、

先生達とウィルが集まってくる。

ハジメ達は、まだ警戒しているのか、

タナトスやアルテミスを構えている。

そんな中。

「ねぇ司。このドラゴン、なんか変じゃ

 無かった?まるで、僕達の事なんか、

 眼中じゃないみたいに……」

「えぇ。動けない状態でなお、敵

 である私達よりも、ウィルの殺害を

 優先しているようでした」

「……まさか、操られていた、とか?」

香織が彼女なりの推察を呟くが、恐らくは

その通りなのだろう。

 

まぁ、どちらにせよ言葉が通じる相手

ではない。

その時、僅かながらも黒竜が動こうと

した。それに驚き、青ざめた表情で

後退る園部たちとウィル。咄嗟に彼等を

庇う愛子先生。そして、ハジメ達は武器を

構える。

しかしどうやら、ダメージのせいでまともに

動けないようだ。

 

「トドメを刺しておきますか」

私は、アレースを召喚しコネクタと

接続。プラズマソードと化したアレース

を構え、黒竜の前に立った。

逆手持ちでアレースを黒竜の頭に突き刺す

べく振り上げた。

 

 

と、その時。

 

≪ご、後生じゃ。待って欲しいのじゃ≫

 

不意に、声が聞こえた。

声と言っても、口から発せられ耳によって

聞く声とは違い、頭の中に直接響く声だ。

それを一言で表せば、テレパスのような

物だろう。そして、不思議と分かる。

 

その声の主は、目の前の黒竜だ。

 

「……お前、言葉が分かるのか?」

アレースを構えたまま、私は問いかける。

 

「まさか……。竜人族?」

そしてその問いかけに答えたのは、ユエ

だった。

「りゅ、竜人、族?って何ですか?ユエさん」

話しについて行けないのか、愛子先生は

ユエに質問する。

「竜人族って言うのは、今から500年前に

 滅んだとされる種族の事です。彼等は

 竜、つまりドラゴンとしての姿と、

 僕達のような人の姿を持つ存在です」

そして、ユエに変わってハジメが先生達に

質問する。

 

≪如何にも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ≫

「やっぱり……」

と頷くユエ。しかし……。

「その誇り高き竜人族が、何故ウィルを

 襲った。敢えて言わせて貰うが、誇り高い

 と言う割には、自分より弱い相手を随分

 しつこく狙っていたようだが?」

誇り高いと言うにしては、やった事と

かみ合っていない気がした。

そして私と同じ疑問を感じていたのか、

ハジメも頷く。

 

「どうしてウィルさん達の一行を襲った?

 理由を話して欲しいんだけど?」

そう言いつつ、タナトスのグリップを

握り直すハジメ。

 

≪分かった。全てを話そう。しかし、その

 前に竜化を解いても良いかの。もう、

 魔力が殆ど残っておらんのでな≫

「竜化?解く、って?」

と首をかしげる愛子先生。

「えっと、竜人族は竜の姿を、魔力を消費

 して維持してるんです。なので、魔力が

 無くなると竜の姿を維持出来ないんですよ」

そんな先生に説明するハジメ。

 

で、どうするかだが……。

「良いだろう。ただし、妙な真似をすれば

 容赦なく切る。分かったな」

≪承知したのじゃ。では……≫

黒竜が呟くと、彼女の体を黒い魔力で出来た

繭のような物が包み込む。そして、それが

人間と同じくらいのサイズに縮小すると、

それが霧散。

 

中から人間が、いや、人型になった竜人現れた。

 

見た所、人で言えば20代前半。身長は170センチ

程度。ロングヘアで艶のある黒髪。金色の瞳。

プロポーションも大した物だが、別に興味は

無い。

傍目からは、美女と呼ぶに相応しい女性だ。

それのせいか、男子が何故か前屈みになって

いる。しかし今はそんな事どうでも良い。

 

私はアレースを収める代わりに、トールを

抜いた。

 

「さて、では話を戻すとしよう。お前は

 何者で、なぜウィル・クデタの一行を

 襲った。全てを話せ」

「うむ。話す。妾がその者たちを襲った訳を。

じゃが、その前に名を名乗っておく。

妾の名は、『ティオ・クラルス』。

最後の竜人族、クラルス族の一人じゃ」

 

やがて、黒竜改め、ティオ・クラルスは

事の次第を話し始めた。

 

クラルス族は、人の手が届かない場所で

ひっそりと暮していた。だがある日、膨大な

魔力の放出と、何者かがこの世界に現れた事を

感じた竜人族は、人間に関わらないと言う

掟があったが、何も知らないままなのは、

些か不味い、と言う結論から調査をする事に

なった。

そして、調査のために派遣されたのが、

ティオ、つまり彼女だ。

 

彼女は、本来なら山脈を越えてきた後、人

の姿になって人間社会に紛れて調査を

行うはずだったが、その前に体力を

蓄える意味で、一つ目と二つ目の山脈の

間で休んでいた、つまり眠ってしまった

らしい。

 

そこへローブ姿の男が現れ、洗脳や暗示の

魔法を何度も使い、彼女を丸1日かけて

洗脳してしまったと言う。

ティオ曰く、『天才』と言って良いレベル

だったと言う。

 

「け、けど。なんでそんな丸1日も 

 寝たままだったんだよ」

「そ、それは……」

玉井の指摘に、言葉を詰まらせるティオ。

「その理由は、竜人族の性質のせい

 です」

「性質?」

と首をかしげる園部。

 

「えぇ。竜人族の事を使った諺に、寝ている

 竜のお尻を蹴ると、烈火の如く暴れると

 あります。しかし、それは逆に、それ以外

 の事では起きない。つまり、無害なのです。

 その男が諺を知っていたのかどうかは

 知りませんが、その眠りの深さを突かれ、

 彼女は洗脳されたのだと考えられます」

そう、私が説明する。

「……その通りじゃ。竜人族として、まさか

 人に操られるなど、一生の不覚……!」

ギュッと拳を握りしめるクラルス。

 

そして話を続けて聞いていると、洗脳された

あとは他の魔物の洗脳を手伝わされていた

らしく、ウィル達を襲ったのも、彼等に

魔物の集団を見られた男が、目撃者を

抹殺するために放ったのだと言う。

 

「……ふざけるな」

すると、どうやら余裕が生まれたからなのか、

ウィルは怒りに燃えた瞳でティオを

睨み付けている。

 

「操られていたから、ゲイルさんを、ナバル

 さんを、レントさんを、ワスリーさんを

 クルトさんを!殺したのは仕方ない

 とでも言うのか!」

怒声を張り上げるウィル。

「……」

それに対し、ティオは何も反論しない。

恐らく、その通りだと分かっているのだろう。

 

「大体、今の話だって本当かどうかなんて

 分からないだろう!それに!」

「嘘だと言い切る確証も無い」

私がウィルの言葉を遮り、そのままユエの

方へと視線を向けた。

 

「ユエ、恐らくこの中で竜人族に詳しい

 のは貴方だ。貴方の考えを聞かせて

 欲しい」

「ん。じゃあ」

ユエは、頷くとティオの正面に立つ。

 

「貴方は、今の話が本当であると、あなた

 自身の誇りに賭けて言える?」

「うむ。言える」

ティオは、ユエの質問に対し何ら臆する

事無く、真っ直ぐに彼女を見つめながら

頷いた。

 

「……そう」

そして、頷くと振り返るユエ。

「彼女は、嘘は言ってない」

「ど、どうしてそれだけで言い切れる

 んですか!?」

「……竜人族は高潔にして清廉。私は皆より

 ずっと昔を生きた。だから、竜人族の伝説も

 より身近な物。それに……。嘘つきが

 どんな目をするかは、知ってる」

 

それは、彼女の経験から言える事だ。

ティオは、そんなユエの言葉に驚きつつも、

どこか安堵しているようだった。

 

そして私もフォローしよう。

「確かに。先ほどクラルスは操られた、

 と言っていた。だが、一日中眠っていて

 術を掛けられた、と言うのは些か間抜け

 だと私は思う」

ドストレートに間抜け、と言われて若干

悔しそうなティオだが、事実だと分かって

か、拳を握りしめるだけだ。

「それに、嘘を考えるのなら、例えば、

 身内を人質に取られ、やむなく支配下に

 下った。こう言った方がより同情を

 引ける。だが逆に、彼女の熟睡ぶりを

 わざわざ話してしまうと、それは

 同情を引かず、むしろ彼女にも責任が

 ある事を自分で言っているようなものだ」

「そ、それは……」

 

何かを言いかけて、しかし何を言えば

分からないのか、言葉に詰まるウィル。

 

そしてティオは、ユエに向き直る。

「かたじけない。しかし、まさかこの時代にも

 竜人族のあり方を知るものがいたとは……」

「ん。私は吸血鬼族の生き残り。300年前は、

 王族のあり方の見本に竜人族のあり方を

 聞かされた」

「そうだったか。……妾の言葉を信じてくれた事、

感謝する」

そう言って、ティオはユエに頭を下げた。

 

「けど、けどそいつはゲイルさん達を殺した

 事は事実なんですよ!?」

やがて、言う事が思いついたのか叫ぶウィル。

そしてティオもその言葉に表情を引き締める。

「ゲイルさんは、この仕事が終わったら

 プロポーズするんだって、それを……!」

 

ハァ、何とも人の心は難しい。ウィルは、

ティオの言葉を理解しているが、心では

納得していない、と言う事か。

「そこまで言うのなら、あなたがゲイルさん

 の遺品をその相手や彼の遺族に

 渡してあげたらどうです」

「え?」

「この中に、彼の物はあるのですか?」

そう言って、私は道中で拾った遺品の

ような物をごしょっと取り出す。

 

正直、最初はウィルの怒りを静めるつもり

でこの話題を出したのだが……。

 

「あぁ!これは僕のロケット!」

 

結果的に彼のロケットが発見された事で

ウィルも少しは落ち着いた。

しかし、その際のやりとりで、彼が

マザコンだというのが周囲にバレて、

シリアスな空気が若干消えた。

 

やがて……。

「確かに。妾が罪無き人々の命を奪ったのも

 事実。操られていた、と言うのは良い訳には

 ならん。しかし、どうか今しばらく妾に

 猶予をくれまいか?せめて、あの男を

 止めるまでで良い。あの男は、魔物の群れ

 を生み出そうとしていた。このままでは、

 どんな被害が出るか、想像も付かん。

 そして、妾のその一助をしていたのじゃ」

 

そう言うと、ティオはその場で土下座を

し始めた。

 

これには先生やウィル、ハジメ達も驚いている。

「償えと言うのなら裁きを受け入れよう。

 しかしどうか。あの男を止めるために今は

 見逃してはくれまいか?」

地面に額を擦りつけ、土下座をする姿勢に

ウィルも戸惑う。

 

成程。確かにユエの言うとおり、高潔と言う

言葉が似合いそうな態度だ。

では、私も少しサポートをしよう。

 

「私は彼女をここで殺す事には反対だ」

私は頭を下げる彼女の側に立ち、そう主張する。

後ろから、僅かにティオの視線を感じる。

「ッ!?新生さん!どうしてですか!?」

「彼女は魔物の洗脳を手伝っていた。ならば

 集団の構成もある程度分かるはずだ。

 この中で集団に一番詳しいのは彼女です。

 加えて、もしその男の魔物軍団を阻止

 するのだとしたら、一人でも強い人材は

 必要です」

「そ、それは……」

言いかけ、再び押し黙るウィル。まぁ良い。

私はティオの方に振り返った。

 

「それで、ローブの男について何か知りません

 か?特徴などは?」

「うむ。確か、あの男は黒髪に黒い瞳。

 見た目からして人族の少年のようじゃった。

 後は、何やらしきりに、『これで自分は

 勇者より上だ』、などと呟いていた」

ティオの話を聞く度に、愛子先生の表情が

戸惑いに変わっていく。

 

 

しかし、黒髪、黒い目。人族の少年。

勇者に対する嫉妬を持ち、闇属性への

天才と呼ぶに値する才能。清水幸利の

天職は、闇属性の『闇術師』。

ここまでカードが出れば、誰が犯人なのか

子供でも分かる。

 

「今回の騒動の原因。まさか清水幸利

 だったとは」

「ッ!?ま、待って下さい!そ、それは

 早計な判断では無いですか!?」

私の呟きに、咄嗟に反論する先生。

「証拠は提示されています先生。

 洗脳や暗示は、闇属性の分野。そして

 清水の天職は、闇術師。彼の失踪

 した時期と、我々がフューレンで閲覧

 した資料に記載された魔物の集団の

 目撃時期も、殆ど重なっています」

「それは偶然かもしれないでしょう!?」

「信じたくないのは先生として当然

 でしょう。ですが、現実は受け入れて

 いただきたい」

互いに水掛け論状態だ。私と先生の

視線が無言で交差している。

 

 

しかし……。

「……話に割り込むようですまぬが、出来る事

 なら急いだ方が良いのじゃ」

「え?どういうこと?」

ティオの言葉に首をかしげるハジメ。

「あのローブの男、彼奴は既に4000近くの

 魔物を配下としておる。加えて、近々

 町を襲うような事も話しておった」

「町、ここから一番近いのは、やっぱり

ウルの町か」

考え、吐き捨てるように呟くハジメ。

 

……やむを得ないか。私は体内のレーダー

の索敵範囲を広げ、そして……。

 

「見つけた。魔物の集団です」

私のレーダーが魔物の大群を見つけた。

「ッ!?ホントに!?司くん!」

「はい。数は……。多いな。4万に届く勢いです」

「よ、四万!?」

数字に驚いたのはルフェアだ。

「くっ!?彼奴め、あの数から更に増やしおった

 のか!?」

忌々しげに吐き捨てるティオ。

ハジメや愛子先生、ウィル達も驚いている。

 

「えぇ。しかも既にウルの町方向へ移動を

 開始していますね。この速度と地形

 のデータから考えるに……。半日で山を

 下りますね。1日あれば、ウルに 

 たどり着くでしょう」

「い、1日!?」

「そ、そんな!?」

驚く玉井と菅原。

 

しかし、ここに居ても始まらない。

「とにかく、このままでは埒が開きません。

 今すぐ町に戻りましょう」

「なっ。待てよ新生。お前なら、今からでも

魔物の群れをどうにか出来るんじゃないのか?」

と、そう聞いてくる相川。他の5人も、

うんうんと頷いている。

 

「不可能ではありませんが、いきなり仕掛ける

 のは愚策です。敵の規模は分かっても、

 まともな経験の無い山岳部での戦闘。

 それも、相手は4万超え。いくら私達でも、

 あなた達全員を完全に守り切れる可能性

 は低いですが、それでも構いませんか?」

「っ!そ、それは……」

途端に言い淀む相川。他の5人も、やっぱり

止めよう、などと言い出している。やはり、

自分の身の安全が低下すると、言った事に

さえ責任を負えなくなるのか。

 

 

「とにかく、今は山脈を下りてウルへ

 向かいます。この場でじっとしていても、

 何も出来る事はありません」

「「「「「了解っ」」」」」

ハジメ達は、私の言葉に素直に頷く。

 

しかし先生は、やはりローブの男の正体が

気になるようだ。遂には、ここに残り、

ローブ男の正体を確かめると言い出した。

園部達が説得しようとするが、迷っている

様子だ。

 

えぇい、仕方ない!

『グッ!』

私は園部たちを押しのけ、愛子の胸ぐらを

掴み上げる。

 

「いい加減にしろ!まともな戦闘経験の

 無い貴様が残った所で何が出来る!

 魔物のランチにされて終わりだ!」

「で、でもっ!」

「言ったはずだ!意思だけでは何も

 守れない!言葉だけでは何も守れない!

 自分自身さえも!貴様がここに残った

 所で、むざむざ死ぬだけだ!何の役にも

 立たない!そんなに死にたいかっ!?」

「ッ!」

 

最後の言葉を聞いて、先生は顔を青くする。

それを見て、私は手を放した。

「おい新生!お前先生になんて事!」

すると相川が肩に手を置くが……。

 

「五月蠅い。半端者にどうこう言われる

 筋合いはない」

「な、何を!?」

「半端物って、どう言う意味新生君!

 私達だって!」

 

園部や相川が文句を言おうとしたとき、

私から殺気が放たれ、6人は顔を

青ざめさせた。

 

「この程度の殺気、私達は何度も浴びてきた。

 しかしお前達は、この程度で怯える。

 ……戦う決意も、覚悟も無く。

 それが半端者で無くて、何だと言うんだ!」

園部達は、震える足で後退る。

 

その時。

「司。いい加減移動しないと……」

「……そうですね」

私はハジメの言葉に頷く。

いい加減動き出さなければ。

 

「……死にたくない者は、一緒に来い。

 死んだとしても残る理由があるのなら、

 勝手に残れ。ただし、助けには来ないし、

 死んだ所で我々は一切責任を取らない。

 ……自分の意思でここに残ると言ったんだ。

行動の結果は、全て『自己責任』だ。良いな?」

 

いい加減、お荷物の世話をするのが嫌に

なり始めていた。

なので、私はそれだけ言うと、動けない

と言うティオをおんぶして、ハジメ達と

共に歩き出した。そして、まるで迷子の

子供のように、怯えるような表情と

共に、愛子先生と園部達は私達の

後を付いて来た。

 

ただの捜索のはずが、まさかこんな事態に

なるとは。

思っても居なかった。

……しかし、4万の軍勢だろうが何だろうが、

向かってくるのなら排除するまで。

 

そして、清水幸利が敵となって立ち塞がった

その時は……。

 

ただ敵として、殺すだけだ。

 

     第32話 END

 




って事で、ティオも(変態に)未覚醒です。
次回はウルの町の攻防戦の準備の話になると思います。
これも、結構オリジナルな展開になると思います。

感想や評価、お待ちしています。


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第33話 ウル防衛戦前夜

今回は、ウルでの戦いの前夜のお話です。
結構オリジナルになっています。


~~~前回のあらすじ~~~

ウィル・クデタを発見したのも束の間。

黒竜に襲撃されるハジメと司たち。司たち

は連携した動きで黒竜と戦い、これを

撃破する。

しかし、黒竜は実際には操られていただけで、

黒竜は過去に滅んだとされる竜人族の生き残り

だった。黒竜改め、ティオ・クラルスから事情を

聞いた司達は、魔物を集めているのが失踪した

クラスメイト、清水幸利ではと考える。

そして、山脈で議論しているだけでは何も

出来ないとし、彼等は急いで山を下りるの

だった。

 

 

今、草原の上を、バジリスクが行き以上の

速度で疾走していた。

運転席に座るのは私。助手席には愛子先生。

後ろの3人シートには、ユエ、シア、ルフェア

が座り、更に後ろのベンチシートには

園部たち6人と、ティオ、ウィルが

座っている。

そしてチラッと外に目を向ければ、バジリスク

の左右を、ジョーカーを纏ったままのハジメと

香織を乗せた2台のホバーバイクが並走している。

流石にバジリスクも定員オーバーだから

仕方ない。しかし……。

 

「……ごめんなさい、新生君。私」

「謝るくらいなら、自分の力量を直視して

 下さい。先ほどの残る、と言う選択。

 戦う力も無いのにあんな事を。自殺行為

 です」

「……ごめんなさい」

俯き、悲しそうな表情をする先生。

 

……少し、言い過ぎたか?

「……貴方が死んだら、誰が彼等の面倒を

 見ると言うのですか?」

「え?」

俯いていた視線を上げ、私を見る先生。

「今ここで貴方が死んだら、王国は

 まず間違い無く、護衛隊であった

 園部たちを役立たずと糾弾するでしょう。

 同時に、あなたと言う盾を失った

 生徒達に、再び戦いを迫るかも 

 しれない。……生徒を心配する姿は

 尊敬に値します。しかし、だからといって

 蛮勇で何かが解決出来る訳でもない。

 勇気と蛮勇を、はき違えないで

 下さい」

「新生、君」

「……先ほどは、すみませんでした。

 失礼な態度を取ってしまい、申し訳

 ありませんでした。ですが、あなたの

 存在が、今の彼等には必要だ。

 ……その命を、大切にして下さい」

私は、前を向きながらも頭を下げる。

 

「い、いえ。私の方こそ、ごめんなさい。

 力も無いのに、出しゃばって……」

一応、フォローしたつもりだが、先生は

まだどこか暗い。

もう少し、フォローしておくか。

 

「先生、私が以前引用した言葉を覚えて

 いますか?」

「え?それって、確か英国の人の」

「えぇ。……しかし、こんな言葉もあります。

 『世の中で最も良い組み合わせは力と慈悲。

  最も悪い組み合わせは、弱さと争い』。

 かの英国首相、ウィンストン・チャーチル氏

 の言葉です」

「力と、慈悲」

 

「……チャーチル氏の言う組み合わせを

 当てはめるのなら、私は最高であり、

 最悪です。或いは、そのどちらでもない」

「え?」

「私には『力があり』ますが、『慈悲はない』。

 『弱く』はありませんが、『争い』を生む。

 言わば、どっちつかずです」

「……。新生君は、分かっているのですか?

 自分が、最悪な事をしていると」

「自覚はあります。……私は、直接間接を

 問わず、人を殺しました」

その言葉に、先生と後ろの園部たちが目を

見開く。

 

「それが、人間社会における悪だとも

 分かっています。しかし、慈悲だけ

 では誰かを守れない。……そして、

 私には力があっても慈悲が欠如している。

 最高の組み合わせは、生まれない」

「……」

私の言葉に俯く先生。教え子が人を

殺した、と言う事にショックを受けている

のだろう。

 

「……私の人殺しの罪を正当化する

 つもりはありません。しかし、私一人では、

 チャーチル氏の言う最高にはなれない。

 ですが、ハジメや香織が居れば違う」

「え?」

「二人は、私の何万倍も優しい。私が

 G・フリートの力の部分とするのなら、

 二人が『慈悲』の部分とも言える

 でしょう」

「二人が、慈悲?」

「えぇ。……互いに無い物を補い合い、

 今の私達は戦っている。そして、慈悲を

 持たない、欠陥品の私だからこそ、先生に

 言える事があります。……先生は、

 慈悲の心を既に持っています。つまり、

 先生はまだ半分とは言え、最高と言われるに

 足る素質がある訳です」

「……私、が?」

「えぇ。そして、だからこそ、その慈悲の心

 を無くさないで下さい。ハジメ達のように」

 

愛子先生は、外を走るホバーバイクの、

ハジメ達へと目を向ける。

そして……。

「ハジメ達の手も、先生の手も、まだ血で

 汚れている訳ではない。もしも、力が

 必要なときは、私に言って下さい」

「え?」

私の言葉に、振り返る先生。

 

「既に私は汚れている。汚れる人間は、

 少ない方が良い」

「新生、君」

 

愛子先生は、戸惑うような視線を私に

向けている。若干、フォローになったかは

分からないが、とりあえず。

 

「それと、園部たちにも言っておく事がある」

私が前を向いたまま声を掛けると、僅かに

6人が息を呑むのが聞こえた。

 

「護衛隊という大層な名前を付けた所で、

 戦えなければ意味が無い。戦う気が無い

 のなら、武器を置き、後ろで怯えていろ。

 生半可な気持ちで戦うなど、言語道断

 だからな。……本当に先生を護る気持ち

 と決意があるのなら、覚悟の一つでも

 決めて見せろ。それが無いのなら、

 武器をおけ。お前達に持たせていても

 仕方ない。無意味だ」

私の言葉に園部たちが何かを言おうとする。

 

しかしどうやら、先ほど私にぶつけられた

殺気のせいか、すぐに口を塞いで黙り込んで

しまった。

 

その時。

「失礼、お主、名を聞いても良いだろうか?」

後ろのシートから体を乗り出し、声を掛けてきた

のはティオだ。

「新生。新生司。新生でも司でも、好きに

 呼べば良い」

「成程。では改めて、新生殿は、魔物の大群を

 どうされるおつもりじゃ?操られていた

 とは言え、妾にも意識があった。故に、

 新生殿の常軌を逸した強さは承知しておる。

 が、相手は4万じゃ。如何に一騎当千の

 力とは言え、一人で4万の群れを止める

 のは、些か無理があると思うのじゃが?」

「……確かに。それは一理ある。が、手は

 既に考えてある」

 

まぁ、手は考えてあるが、まだあの町を

助けると決めたわけではない。そこは

ハジメ達の意見を聞いてからだ。

 

「……魔物4万の軍勢じゃ。止められると言う

 確証は、あるのか?」

「ある。伊達に修羅場を潜ってきた訳ではない。

 戦いは、パワーだけではない。ここも

 使う」

そう言って、私は左の人差し指でこめかみを

トントンと叩く。

「……そうか」

そして、それだけ言うと、ティオは自分の

席に戻っていった。

 

何だったんだ?まぁ良い。

私はバジリスクを走らせる。

 

 

ちなみに途中、ウルの方向からデビッド達5人

が馬で爆走しているのが見えたが、止まって

説明している時間も無いし、なんか愛子先生

に気づいて彼女に向ける5人の顔が

キモかったから、思いっきりその脇を

素通りした。

 

その後、ウルの門の前まで到達した

バジリスクを、ギャギャギャッと音がする

程ドリフトを決めながら停車させる。流石に

街中の道を行くわけには行かない。

バジリスクから下りる私達。

しかし急いだ方が良い。

 

「ハジメ、香織。二人はホバーで

 愛子先生と、ウィルを連れて町長の

 所へ。歩いて行くよりも、ホバーの

 方が早い」

「分かった!じゃあウィルさんは僕の

 後ろに!」

「先生!早く私の後ろに!」

そう言って促すハジメと香織。

「は、はい!」

「白崎さん、お願いします!」

そして、二人が後ろに乗ると、ホバーは

浮上し飛んでいった。

 

「私達も行きましょう」

「んっ」

「はい」

「うん」

「了解じゃ」

私の言葉に、ユエ、シア、ルフェア、ティオが

頷き、私はバジリスクを宝物庫に収納すると

歩き出した。

数秒遅れてそれに続く園部たち。

 

明日、魔物集団が来るなどとは思わず、町は

賑わっていた。

その様子を後目に、私達が町の役場にたどり

着いた時には、町長とギルド支部長、町の

重鎮、教会の司祭たちが、愛子先生とウィルに

掴みかからんばかりの勢いで問い詰めていて、

ハジメと香織がそれを庇っていた。

 

その事に二人がおののいていたとき。

「あっ!新生殿!良いところに!」

私に気づいたウィルが、私の前に駆け寄って

来た。

かと思うと、私の腕を引いて重鎮達の

所まで引っ張っていった。

「聞いて下さい!彼なら、いえ、彼とその

 仲間たちなら、迫り来る魔物を撃退

 出来るはずです!」

「何だと!?相手は4万を超す魔物の群れ

 だぞ!?それを、たかが数人で何が

 出来ると言うんだ!」

と、もっともな事を叫ぶ町長に、周囲の

重鎮がそうだと頷く。

 

その時。

「新生君」

愛子先生が私に声を掛けた。

「何でしょう?」

「新生君なら、魔物の群れをどうにか

 出来ますか?出来るとして、具体的な

 策は、あるのですか?」

と、問いかけてくる先生。そしてその

表情は、町を救って、と言わんばかりだ。

 

「……不可能ではありませんよ。町の

 周囲は平原です。障害物の多い山岳部と

 違って、遠くまで目視による攻撃が

 行えます。今回において必要なのは、

 点や線の攻撃では無く、面の攻撃です。

 つまり、大地を覆い尽くす程の攻撃を

 雨の如く降らせるのです」

「それを、あなた達なら出来るんですよね?」

「えぇ。何なら、『援軍』を呼び寄せ、攻撃を

 より濃密にする事も可能です」

「つまり、魔物の集団、4万を撃退する

 可能性が、貴方にはあるんですね?」

「えぇ。もちろん」

先生の言葉に、私は自信たっぷりに

頷く。

 

「じ、じゃあ決まりです!新生殿!」

「待って下さい。確かに出来るとは

 言いましたが、まずは仲間に聞いてみない

 事には」

そうだ。G・フリートは私の一存で動いている

訳では無い。皆の意見を聞かなければ、そうそう

決定を下せない。

 

まぁ、しかし……。

「僕は構わないよ。戦闘に参加するよ」

「私も。同じく」

「んっ。ハジメが戦うなら、私も」

「右に同じく、ですぅ」

「やれるよ、お兄ちゃん」

5人はやる気のようだ。

 

「皆さん!有り難うございます!」

そう言ってウィルは5人の方に頭を下げた。

「しかし、本当に出来るのか?たった6人で

 魔物の軍団を。相手は4万だぞ?」

今だに、無理だと言わんばかりの町長。

それも最もだ。だが……。

 

「私は、出来ない事を出来ると言うつもりは

 ありません。それに、援軍も呼び寄せます。

 我々には、この町を防衛するに足るだけ

 の軍事力がありますので」

「それじゃあ……」

と、期待に満ちた目で私を見ているウィル。

 

「良いでしょう。ウルの町の防衛。

 我々G・フリートが請け負いましょう」

 

ここに、私達の大規模戦闘が始まろうと

していた。

 

 

その後、司は町の重鎮達に対し、魔物の

集団の事は、彼の言う『援軍』が到着する

まで発表を控えるようにと言っておいた。

少しでもパニックを抑えるためだ。

念のため、住民には山脈付近で魔物が

目撃されたため、北の山脈には絶対に

近づくな、と言う指示を重鎮達に出させた。

もちろん司の指示だ。

 

しかし、そんな中で愛子は一つ、ある疑問に

至った。

『そう言えば、新生君は、南雲君達5人に

 意見を求めた後、自分の意見は言って

 無かったような……』

ふとしたきっかけで、彼女は司が自分の

言葉で、『町を護りたい』と言っていない事を

思い出した。

 

その後、司たちは夜の内に『援軍』を頼むため、

役場の空き部屋を借り、そこに通信機材を

くみ上げていた。

「これで良し。では……」

私は席に着き、ヘッドフォンをかけると計器を

操作する。

「……南雲殿、あれは一体……」

その時、同じ部屋に居たティオがハジメに

声を掛けた。

「あぁ、あれは僕達の世界の機械、アイテム

 です。遠く離れた場所と会話が出来るん

 ですよ」

「何と。そのような物が」

驚くティオ。ちなみに、ハジメ達が異世界

から転生してきた事は、既に話してあるので

問題無い。

 

「と言っても、司が居ないと創れない

 し使えないんですけどね」

「ん?どういうことじゃ?」

「司は、何も無い所から物を生み出すん

 だよ。どれだけ巨大で、どれだけ精密な

 物でもね」

「……もっと正確に言えば、私の体内の

 エネルギーと体内で生成される物質を

 使って、ですよ。ハジメ」

と、一応補足説明をしておきながら、

次々と機器を立ち上げていく。

 

「僕達が使ってる装備も全部、司が

 僕達の為に創ってくれたんだ。

 装着者を守り、力を引き上げる鎧、

 ジョーカー。そしてそのジョーカーが

 装備する武器の数々。更にさっき

 乗ってきた装甲車、バジリスクや

 僕達が使ったホバーバイク」

「あれら全て、新生殿が創ったのか?」

「うん。けど、それだけじゃないんだ。

 例えば、ユエちゃんとシアちゃんなら、

 腕にしている魔力供給リング。

 司は無限の魔力を持ってるんだ」

「む、無限!?それは、つまり底なし

 と言う事かの!?」

「うん。けど、司って魔法使わないから。

 それだと魔力が無駄になるから、って事で

 実質司は二人の生きた魔力タンクでも

 あるんだよね」

驚くティオに説明するハジメ。

 

「しかし、魔力が無限という事は……」

「ん。この腕輪貰ってから、魔力切れとは

 無縁。……おかげで、やりたくても魔力が

 足りなくて出来なかった事が出来る

 ようになった」

「私なんか、これのおかげで常時肉体強化

 していても全然疲れないんですよぉ。

 文字通り、底なしですぅ」

と、笑みを浮かべながら語る二人。

 

私としては、私が創った物がそこまで二人の

役に立っているのなら嬉しい。

 

「……個人の武力もさることながら、

 圧倒的なアイテムを生み出す力。そして

 状況を冷静に判断する知性。いやはや、

 恐れ入ったのじゃ。と言うか、お主に

 喧嘩を売って良く生き残った者じゃな、

 妾も」

「「「「「確かに」」」」」

と、ティオの言葉に頷いているハジメ達。

 

まぁ良い。

「それより、通信が繋がりますよ」

と、私が言うと、真っ黒だった大画面に

人の、いや、正確には亜人の男の顔が

映し出された。

 

「元帥!元帥でいらっしゃいますか!」

「父様!」

映し出された男、と言うのが。

 

ここに居るシアの実の父親にして、私が

G・フリート隷下の実動部隊、『Gフォース』の

総司令。そして、第1前線基地『ハルツィナ・

ベース』の基地司令を任せている男、

『カム・ハウリア』だ。

「久しいなカム」

「はい!こちらこそ、お久しぶりにございます、

 元帥!」

「その様子では、特に問題無くやって

いるようだな」

「はい、それはもう。元帥より賜った地位と

 このハルツィナ・ベース。日々拡張を

 続けつつも、憎き帝国兵どもをぶちのめして

 いる所であります」

「そうか。……では、世間話はここまでに

 して。カム、私から頼みがある」

「ッ!?元帥自らですか!?一体何が

 あったのですか!?」

「あぁ。それを今から順番に話す」

そして私は、カムに現状の説明を始めた。

 

 

そのすぐ近くでは……。

「のぉシア殿。あそこに映っている精強な

御仁は、お主の父親なのか?」

「はい。そうです」

「何と。いやしかし、あの御仁の姿勢を

 見るに、新生殿に絶対の忠誠を誓ってる

 ようにも見えるが……?」

「いや、まぁうん。ように、って言うか

 実際忠誠を誓ってるんだけどね」

「そうか。しかし、一体何の経緯が

 あって?」

「あぁ、それはですね」

 

と、司とカムが色々話をしている間に、

更に話をするシア。

「成程。それで……」

「はい。おかげで父も仲間も兵士に変貌。

 しかも司さんを心酔してて。仲間と言うか、

 部下として受け入れられただけで号泣

 しだすか、って位に喜んでた程ですから。

 まぁ司さん自身、カリスマが凄い

 ですからねぇ」

「カリスマ?どんな風にじゃ?」

「まぁまず、何よりも強い事です。無敵です。

 次に冷静な判断力とかですね。たま~に

 ルフェアちゃんをバカにされると

 キレたりしますけど、でもリーダーに

 相応しい器だと私は思います。実際、

 ちゃんと私達の意見とかも聞いて

 くれますし」

「うんうん。まぁ、司は、何て言えば

 良いのか分からないけど、『王』だと

 思うんだ。僕は」

「王?」

 

「うん。力と知識を備え、時に非情だけど、

 でも時には優しい。実際、司はカム達を

 叱責しつつも鍛えに鍛えて、彼等に家族を

 護る『力』を与えた。僕達にも戦う為の

 『力』をくれた。戦う事の『意味』を

教えてくれた。そう言う意味では、

司は僕達を導く、正真正銘の『王』なのかも

しれない」

そう言って、ハジメは司の背中に視線を向ける。

他の4人も、頷きながら司を見ている。

 

「……王、か」

ティオは静かに呟きながら、司の背中を

見つめていた。

 

 

何やら視線を感じるが、私はカムと最終的な

話をしていた。

 

「それでは元帥。我々の方からパルを隊長

 とした近衛大隊を向かわせます」

「うむ。そちらから派遣出来る人員の

 資料を受け取ったが、兵士が総数50人を

 超えていた。まさかあの後部下が増えた

 のか?」

「えぇ。詳しい話はパルにお聞き下さい。

 それよりも、例の『新型』、ここで

 投入されるおつもりですか?」

「あぁ。報告はベースの開発データを

 閲覧したから分かっている。先行試作機

 10機を生産中。内、5機が完成。

 3機が飛行テストをクリアしているとある。

 なので、その3機を運んできて貰いたい」

「元帥の事ですから、大丈夫だとは

 思って居るのですが、よろしいの

 ですか?」

「構わん。その時はこちらで対処する。

 ……良い機会だカム。これまで散々

 亜人を獣だなんだと見下してきた人間共を、

 お前達亜人が『護ってやる』のだ。

 私が鍛えたお前達の力、人間共に

 見せつけてやる、良い機会だ。もう

 二度と、兎人族を侮らせない意味でもな」

「ッ!流石は元帥!こちらもすぐに準備に

 取りかかります!」

「うむ。宜しく頼む。ではまたな。

 カム総司令」

「ッ!はいっ!」

私が最後に敬礼をすれば、カムもビシッと

敬礼を決め、通信を終える。

 

「それで司。援軍の方は?」

「明日の朝にはここにたどり着くでしょう。

 動員できるのは、パルが率いる近衛大隊

 の内の兵士50名。更に機械歩兵、まぁ

 ガーディアンの事ですが、これが2000名。

 ホバーバイク50台。多脚戦車15台。これ

 を搭載した揚陸艇5隻。

 それと、先ほど話していた新型を3機

 搭載した揚陸艇を1隻。

 合計で揚陸艇6隻からなる派遣艦隊が

 やってきます」

「それだけ?よく知らぬ妾が言えた義理

 では無いかもせぬが、それだけで

 町を守れる確証がお有りか?」

「彼等は防衛戦をより強固にする意味での

 援軍です。実際に、最前線で戦うのは、

 私達6人と、ティオ、あなたになる

 でしょう」

「ふむ。つまり後詰めの部隊、と言う

 訳じゃな」

「えぇ」

そう言って頷くと、私は立ち上がった。

 

「私は援軍の都合が付いたことを重鎮や

 愛子先生達に報告して来ます。

 皆は休んでいて下さい」

とだけ言うと、部屋を後にした。

 

その後、私は重鎮たちが集まっていた部屋

で援軍のめどが付いた事を説明したが、

殆ど信じては貰えなかった。まぁ無理も

無いと思いつつ、言うべき事は言ったので

すぐに部屋を出た。

 

その後、先生の部屋に行って説明をした。

「……と言う訳で、援軍の都合は付きました。

 これで町の防衛ラインをより強固な物に

 出来るはずです」

「……」

「……先生?」

説明したものの、何やら無言な先生に私は

首をかしげた。

 

やがて……。

「新生君。……あなたは、本気でこの町を

 守りたいと、思って居るんですか?」

「……その質問の意図は、どう言う意味

でしょうか?」

「新生君は、南雲君達に意見を聞いたとき、

 自分の口から『守るべきだ』という意見

 を言っていませんでした」

「……それが何か?」

「それはつまり、新生君には町を守る気が

 無い、と言う事では無い。そう言う事

 なんじゃ無いですか?」

 

先生の言う言葉は、正しい。

「……確かに。私個人には、積極的に町を

 守る理由はありません。ですが、私は

 G・フリートのリーダーであり、仲間

 であるハジメ達の意思を汲んで防衛戦を

 行う事にした。……町を守るのに、

 この理由で何か不満なのですか?」

「……町を守ってくれると言うのなら、

 不満はありません。でも、それはつまり、

 もしここに居たのが新生君だけなら、

 あなたは町を見捨てていた可能性も

 ある、と言う事ですよね?」

「えぇ。そうですね」

「……どうして、そんな……。困っている

 人を見捨てる事が出来るんですか?」

「私にしてみれば、彼等の命など、

 どうでも良いのですよ。私が守るべきは、

 ハジメや、香織、ルフェアと言った

 仲間だけです。私には、第三者以上に、

 優先し守らなければならない人が居ます」

 

それだけの事だ。第三者よりもハジメ達を。

たったそれだけの事だ。ましてや、第三者

など、どうなろうと知ったことではない。

 

すると……。

「新生君。……それは、そんな風に他人を

 切り捨てる事は、とても、寂しい事では

 ありませんか?」

「寂しい?」

「大切な人以外、全てを切り捨てる生き方を、

 先生はそう思います。力で何かをねじ伏せて

生きていくつもりですか?地球に戻っても?

このトータスで続けてきた生き方を、日本に

戻ったとして、変えられますか?そして多分、

力で物事を解決し、優しさを捨てたその

生き方、は新生君や周りの人に幸せを

もたらさない。だから……」

「……少しは周囲に優しくなれ、と?」

私の言葉に、先生は静かに首を縦に振る。

「はい。もちろん、強制するつもりはありません。

 あなたの未来は、常に貴方が選ぶ物。そこに

 口出しをするつもりはありません。でも……。

 今の貴方の生き方は、とても寂しい物だと、

 私は思います」

 

 

そうか。それが先生の意見か。

だが……。

「今更、ですね」

「え?」

「私は既に、直接、間接を問わず人を殺して

 来ました。今更優しさなどを身につけた

 所で、遅すぎると思いますが?」

「そ、それは……」

「それに、バジリスクの車内で言った事を、

 覚えていますか?私は、欠陥品だと。 

 それに、私は生まれた時から感情が

 希薄です。今更、優しさを説かれた

 所で優しくなれるとは思えませんね。

 そして……」

私は、静かに先生の方に振り返る。

その顔に、決意の表情を浮かべながら。

 

「『優しい』だけでは解決出来ない事も、

 必ず存在します。……先生からしたら、

 私の考えが非情と思えるでしょう。

 ですが、時に非情な決断をしなければ

 ならないとき、全ての人間が優しいだけ

 では超えられない物が存在します」

「だから、自分は非情であるべきだ、と?」

「はい。……ルフェアは、以前私を

 優しいと言ってくれました。だが

 それは身内だけの話。……私は、

 身近な存在には優しく出来ても、

 それ以上は無理です。そして、

 その役目は、既にハジメ達が

 担っています。ハジメと香織が、

 G・フリートの良き心であれば、

 それで良いと考えています。

 二人が人々に優しくいられれば、

 それで良い。私は既に、この手を 

 血で汚した、汚れ役の裏方です」

そして、私は自虐的に呟く。

 

「今更、人に優しくなるには、この体は

 真っ黒に汚れすぎているのですよ」

「……新生君」

「私はただ、二人が人に優しいままで

 居られるように、支え助けていれば、

 それで良いと考えています。二人が

 人を助ければ、十分だと。ずっと

 考えていました。汚れた自分には、そもそも

 優しい資格など無い。優しさも分からない

 自分には、資格など無いのだと」

 

そうだ。今更優しくなれと言われても、

時既に遅し。

この体は、既に、何万と言う人間の血で

真っ黒に染まっている。

 

しかし……。

「新生君。……確かに、あなたの言うとおり

 なのかもしれません。時には非情な

 決断をしなければならない人が、必要

 なのかもしれません。でも、誰かに

 優しくなるのに、遅すぎるなんて事は

 ありません。資格が無いなんて事も

 ありません」

「……この体が、幾千、幾万の人間の

 血で汚れているとしても。

 私が、怪物であるとしても、ですか」

「それでも、です」

 

先生は、真っ直ぐに私を見つめながら語る。

 

「優しさと強さが、最高の組み合わせだと

 教えてくれたのは、貴方ですよ。

 新生君。だから、どうか」

「……優しくあれ、と?」

「もちろん、強制する気はありません。

 でも、どうか。覚えておいて下さい。

 優しさという、尊い気持ちを」

 

「先生は、覚えていますか?昨日の

 夜、私が言った言葉を」

 

「何も傷付けず、自分の手も汚さない。

 優しい生き方だけど、何の役にも立たない、

 ですか?」

「はい。……その考えを変えるつもりは

 ありません。これからも、私は敵となる

 者を力で排除し、時には命を奪う

 でしょう。……それでも良いと言うの

 ですか?」

 

「……力が無ければ、何も守れない。それは

 分かります。本当なら、誰かを殺す事も

 止めたい。でも、それは生徒の生き方、選択に

 介入する事。先生のやることではありません。

 それでも、どうか……」

 

……優しさ、か。

私は、先生に背を向ける。そして、扉の

ドアノブに手を掛けながら……。

「……確約は出来ません」

「え?」

「でも、先生の言葉を思い出したときは、

 出来るだけ優しい事が出来るよう、

 心がけます。……これで、良いですか?」

 

「ッ!はいっ!」

すると、先生は笑みを浮かべながら頷いた。

 

しかし……。

「あ、でも、ごめんなさい。私、結局

 生徒に頼ってばかりで……」

どうやら、防衛戦を私達に任せっきり

にしているのが情けないのか、そんな事を

呟く先生。

 

しかし……。

「バジリスクの車内で言ったはずです。

 力が必要なら、頼って欲しいと。

 ……先生の言うとおり、優しさという

 ものが無い、怪物ですが。

 それでも誰かの力になれるくらいは

 強いのですから」

「新生君」

先生は、私を見上げている。

 

「先生の事ですから、生徒に戦わせる事を

 悩んでいるのでしょうが、見くびって

 貰っては困ります。これでも、ベヒモスを

 一撃で倒した実績があります。そして、

 町を守りたいどうこうはさておいても、

 私は自分の意思で戦うと決めています。

 言い方はあれですが、先生が私達の

 戦う決意について色々悩むのは、

 余計なお節介です。だから、気にしない

 で下さい」

「新生、君」

確かに、私は別にこの町を守りたい訳

ではない。だが戦う決意は自分で決めた物だ。

 

「それでは、防衛作戦の構築などが

 ありますので、これで失礼します」

そう言って、私は先生の部屋を後にした。

 

 

そして、残された部屋で愛子は……。

「ふふ、確かに言い方はひどいですけど、

 でも、それも優しさだと思いますよ。 

 新生君」

悩む自分にかけられた言葉に、愛子は

司の優しさの一端を見た気がして、笑みを

漏らすのだった。

 

 

一方、その頃。遠く離れたハルツィナ樹海

の一角。

 

普通は霧に覆われている樹海。しかし、

その一角は霧に覆われておらず、

逆にこの世界には無い機械のライトの

光で、夜だと言うのに爛々と輝きを放っていた。

 

ここは、ハルツィナ・ベース。

司が創設したG・フリート隷下の

実動部隊、Gフォースの基地だ。

このハルツィナ・ベースは地表にいくつか

施設があるが、本当の中枢は地下に

創られていた。

 

そして、地下の施設では……。

「急げぇ!物資とガーディアン!

 ロングレッグとホバーバイクの

 積み込み急げぇ!」

以前の、争いを嫌い温和だった兎人とは

思えない野太い声で叫ぶ兵士の一人。

 

ちなみに、ロングレッグとは多脚戦車の

愛称だ。

 

そして、現場監督の兵士の指示に従って、

次々と物資が揚陸艇に積み込まれていく。

「1番艦、物資積載完了」

「2番艦も完了です!」

「3番4番艦、後数分で積み込み完了!」

「5番艦、後は燃料の補給だけです!」

「6番艦には例の新型を搭載する!

 間違えるなよ!」

 

その近くでは……。

 

「良いかっ!今回、我々は元帥直々の命

 により部隊を派遣する!」

総司令であるカムが、派遣艦隊の兵士50人

を前に演説をしていた。

「目標は人の里を守る事だ!諸君等の

 中には、人間に良い感情を持たない

 者も少なくない、いや、多いだろう。

 だがっ!我々はこの作戦で、元帥と

 共に戦うのだ!我々に、家族を守る力を

 与えて下さった元帥の為に戦える事は、 

 Gフォースの兵士として、最高の誉れ

 である!そして、作戦の勝利を持って、

 我々の忠誠を元帥にお見せするのだ!

 良いな!」

「「「「「了解っ!!!!!!」」」」」

 

カムの演説に、兵士達が叫ぶ。

「よしっ!総員揚陸艇に搭乗!」

そして、今回の派遣艦隊の隊長であるパルが

叫ぶと、兵士達がそれぞれの艦に乗艦

していく。

 

「パル」

「はい。総司令」

そんな中で、残っていたパルがカムと

向き合う。

「今回、元帥は人間に亜人の力を知らしめる

 機会を下さった。遠慮は無用だ。

 元帥より授かった、Gフォースの力。

 とくと人間共に見せつけてこい」

「はっ!了解しました!

 4万越えの魔物の軍勢だか知りませんが、

 元帥と仲間の名誉に賭けて、ぶっ潰して

 来ます!」

「よしっ。行ってこい!パル・ハウリア大隊長!」

「了解っ!」

 

ビシッと敬礼をすると、パルは装備をまとめ、

1番艦に乗り込んでいった。

 

そして、派遣艦隊の準備は整っていく。

 

『こちらハルツィナ・コントロール。

 各艦の準備完了』

『こちら基地防空隊、ホバーバイク

 第5小隊。基地周辺の上空の制空権を

 確保中』

『こちら基地管制塔。エレベーターの

 準備完了。地上要員の退避を確認』

次々と現状報告の通信がパルの耳に届く。

『準備完了だ。パル』

そして、カムの声が通信機から聞こえる。

 

パルは、その声を1番艦の艦長席で

聞いていた。

そして……。

「……この作戦に参加する、全ての兵士に

 告げる」

彼は静かに語り始めた。

「今回の作戦は、普段俺達がやっている

 樹海の防衛とは訳が違う。敵も4万を

 超える魔物の群れ。しかも基地から

 離れた場所での戦闘だ。初めての遠征。

 初めての大規模戦闘。緊張している

 者も居るだろうが……。これは俺達が

 元帥に恩返しをするチャンスでも 

 ある。……家族を守る為の力を、俺は

 あの人から授かった。その恩義に

 報いる為に、俺は全力で戦う。そして、 

 何よりも。あそこには元帥がいるん

 だぞ?負ける理由が無い。むしろ、

 頑張らないと俺等が行った意味が

 無くなりそうだ」

と、パルが言うと、通信機の向こうから

笑みと共に『確かに』と言う呟きが

聞こえてくる。

 

そして……。

「だから、元帥に良いところ見せたきゃ

 頑張るしかないって事だ!

 皆気合い入れろ!行くぞ!」

「「「「「了解っ!!!」」」」」

パルの叫びに、怒号にも似た大きな返事が

返ってくる。

 

「『ウル防衛線派遣艦隊』、発進!」

『ハルツィナ・コントロール了解!

 エレベーター、始動!』

 

オペレーターからの声が聞こえると、

ガコンッという音がして、揚陸艇を

乗せた床がスライドしていき、上に伸びる

エレベーターの乗り、停止する。

『1番エレベーター、始動!』

更にエレベーターが起動し、揚陸艦を

乗せて上へ上へと上がっていく。

 

『1番ゲート、解放!』

そして、天井部分の円形のハッチが左右に

割れるように開いていく。

エレベーターが登り切った時、揚陸艇が

夜空の下に現れた。

 

更に同じように、2番ゲートと3番ゲートから

2番艦、3番艦が現れる。

『コントロールより1番艦へ。

 進路オールグリーン。発進、どうぞ』

「了解!派遣艦隊旗艦、1番艦『LS-01』、

 発進!」

パルのかけ声に従い、制御を担当する

ガーディアンの操縦を受けて1番艦、

LS-01がピンクの炎をスラスターから

吐き出しながら、夜の空へと浮かび上がっていく。

 

更にそれに続いて、2番艦、LS-02、3番艦、

LS-03が浮上。更に続いて現れた4番艦、

5番艦、6番艦がエレベーターを使って地上へ。

そして同じように浮上していき、

空中で待機していた3隻と合流する。

 

≪艦長、全艦準備完了です≫

艦隊副長を担当していたガーディアンから

中性的な電子音声で報告が上がる。

「よし。全艦!進路を北西へ!目標、

 湖畔の町、ウル!全艦、第1戦速にて

 前進!旗艦に続け!」

パルが指令を発し、旗艦が動き出し、

僅かに遅れるように他の5隻が続く。

 

 

ここに、トータス世界最強の軍隊が

動き出した。

 

     第33話 END

 




って事でGフォースが出てきました。
次回で、バトル……にいけるかちょっと微妙な所です。
パルや愛子たち、ティオとの絡みを考えているので。

感想や評価、お待ちしています。


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第34話 防衛ライン構築

今回はウル戦の準備の話です。


~~~前回のあらすじ~~~

ウルの町へ迫る魔物の群れ。それを知らせる

為に急いでウルへと戻ってきた司たちと

愛子たちの一行。そんな中、ウィルの提案

から司たちG・フリートがウルの町を

防衛する事に。司は部下であるGフォース

の総司令であるシアの父、カムに連絡を

取り、援軍を派遣させた。

一方、愛子は他人への関心が薄い司を

心配し、彼に彼女の考えを話す。

司は、彼女の言う優しさを全て受け入れた

訳では無いが、それでも少しなら、と、

愛子に約束するのだった。

 

 

翌朝。朝早く、町の広い場所には大勢の人々が

集められた。町の重鎮たちから発表されたのは、

魔物の集団が向かっている事。早ければ、

夕方になる前には先陣が到着する事が告げられた。

途端に、人々はパニックを起こした。

 

重鎮達に罵詈雑言をぶつける者。泣き崩れる者。

親や恋人と抱き合う者などなど。実に様々だ。

だが、そんなパニックを鎮めた者が居た。

 

愛子先生だ。

高台で、良く通る声で民衆を説得した。

これのおかげで民衆はひとまず落ち着いた。

「……これがハジメ達の先生。結構やる」

そして、高台のすぐ側、先生の近くで、

ジョーカーを纏ったまま演説を見守っていた私達。

そんな中でユエがポツリと呟いた。

 

「流石は、豊穣の女神と呼ばれてる先生、

 なのかな」

「なんか、本物の女神みたい」

と呟くハジメと香織。

「ハジメさん達の先生、中々凄いですぅ」

「うん。ちょっと驚いてる」

驚くシアと頷くルフェア。

 

私は黙ったまま演説を聴いていた。

その時、レーダーに光点が映った。

『援軍』がたどり着いたようだ。

今は雲の上を飛行中だが、町の

郊外に降下するため、徐々に高度を

下げている。あと数分もすれば、雲を割って

艦隊が現れるだろう。

 

私は静かに先生の側に近づき、耳打ちをする。

「援軍の艦隊があと少しで到着します。

 直に目視でも見えるはずです」

「分かりました」

と、頷くと、先生は民衆の方へ向く。

 

「皆さん!聞いて下さい!今、この町に

 危機が迫っています!でも、どうか

 安心して下さい!ここには、私の

 教え子がいます!彼は、かつて最強と

 言われた冒険者でさえ敵わなかった

 ベヒモスを倒す程の強さを持っています!

 彼は、こう呼ばれています!

 ベヒモススレイヤーと!そして、その彼と

 仲間たちが、ここに居ます!」

 

出番だな。

そう感じた私は、皆に合図を出す。

 

その合図に従って、私達6人が、愛子先生の

左右に3人ずつ並ぶ。

私は先生の右隣だ。

 

「この鎧を、アーティファクトを纏った

 彼等なら、必ず魔物を倒してくれるはず

 です!」

彼等のパニックを抑える意味でも、愛子先生

は必死に叫ぶ。

 

しかし、民衆は懐疑的だ。その半数は、

『高々6人で何が出来るんだ』と良いだけだ。

だが、その感情は予想済みだ。

 

「今、皆さんの多くは、たった6人で何が

 出来るんだ、と。そうお思いでしょう。

 ですが、彼等は更に多くの仲間を

 呼び寄せてくれたのです!」

 

そう先生が叫んだ時。誰かが空を

見上げた。そして、空を指さし

ながら叫んだ

「おいっ!何だあれ!?」

誰かが叫ぶと、民衆を始め、町の重鎮達や

デビッド達、園部達も空を見上げる。

 

空に、雲を割いて降下してきた揚陸艇

6隻が現れた。

誰もが正体不明の揚陸艇に驚き、あれを

魔物ではと勘違いし出す者までいた。

 

「心配しないで下さい!あれが、私の

 教え子の援軍です!」

そして、それを宥めようと高らかに叫ぶ先生。

そうこうしている内に、揚陸艇6隻は

ウルの町の郊外へと次々にランディングコースに

入っている。

 

民衆は、愛子先生の言葉が本当か確かめる

術が無いため、戸惑い気味だ。

まぁ良い。

「皆。我々は派遣艦隊の方へ」

私の言葉に5人が頷き、私達は愛子先生の

側を離れて、ホバーバイク3台に、二人に

別れてに跨がり、民衆の頭上を飛び越して

行った。

 

艦隊の6隻がピンクの炎を吐き出しながら

ゆっくりと着地していく。

そして私達もその側にホバーバイクを

着地させた。

 

6隻の揚陸艇が全て着地し終えると、すぐさま

コンテナハッチや乗降用のスロープが展開

され、ガーディアン達による物資の荷下ろしが

始まった。

 

そして、代表としてパルと5名のジョーカー、

タイプHCを纏った兵士と、後ろから

デビッド達を連れた愛子先生と園部達が

私達の側にやってくるのは、ほぼ同タイミング

だった。

 

パル達は、私の前に立つとメットを取り、それ

を左手で脇に抱えると敬礼をする。

私がその敬礼に答礼をする。

 

「元帥!ウル防衛戦派遣艦隊、ただいま

 到着しました!」

そして、掲げていた右手を下げると、子供

とは思えないハキハキとした声で報告するパル。

「うむ。よく来てくれた、パル」

「いえ。元帥の命とあれば、いずこでも

 駆けつけるのが、元帥たちの護衛を至上

 の命題とする近衛大隊の努め」

「そうか。ともかく、大至急防衛ライン

 の構築を頼みたい。私の力で防壁を 

 構築し、その壁際に多脚戦車を中心と

 する砲兵部隊を編成する」

「了解です元帥!それと、余計かと思われ

 ましたが、物資の中に、設置式の

 ミサイルランチャー、ルドラ改を

 持ってきました」

「ほう?ルドラをお前達で改修したのか」

「はい。今回の敵は圧倒的な物量で

 来るとの事でしたので、少しでも

 弾幕を張るためにとお持ちしました。

 余計な事だったでしょうか?」

「いや、逆だ。よく考えて行動したと

 賞賛したい所だ。良い判断だ、パル」

そう言って、私はパルの左肩に手を置く。

 

「ッ!ありがとうございます、元帥!」

バッ!と再び敬礼をするパル。

その時。

 

「あ、あの~新生君?」

後ろから愛子先生の声が掛かった。見ると、

先生と園部達が戸惑った表情でこちらを

見ている。

「えっと、その、亜人の方々は一体?」

「彼等は私の部下とも呼べる兵士達です。

 パル、こちらの女性は私やハジメ、

 香織の先生だ。訳あって今は一緒に

 いる」

「げ、元帥やハジメさんの先生ですか!?」

 

と、パルは驚いた様子で、今度は先生の方に

向かって敬礼をする。

 

「お初にお目に掛かります!自分は、

 G・フリート隷下の実動部隊、Gフォース

 ハルツィナ・ベース、第1師団所属、

 第1近衛大隊。その大隊長の任を元帥より

賜ったパル・ハウリアであります!」

「こ、近衛大隊とか、第1師団って……。

 新生君、あなた一体何をしたんですか?」

と、疲れ気味にジト目で私を見る先生。

 

「ものすごく簡単に説明しますと、彼等が

 自分達の力だけで生きていけるように

 地獄の特訓をして鍛えたのですが、結果

 とても心酔されたので、仲間にしました」

「……あとでもっとちゃんと説明して

 貰いますからね」

と、ジト目の先生。その後ろでは……。

 

「あれ?変だな。俺達ファンタジー世界に

 来たはずなのに。段々ミリタリーテイスト

 が濃くなってきたぞ?俺は幻覚でも

 見てるのか?」

「いや、可笑しくねぇよ昇。俺にも同じ

 光景が見えてるぜ」

「……ファンタジー世界が、SF世界に

 作り替えられていく」

と、男子3人がそんな話をしていた。

 

 

と、その時。

「ふざけるなっ!」

ズカズカと怒りの表情で近づいてきたのは

デビッド達神殿騎士だ。

「援軍が来ると聞いていれば、亜人共だと!?

 こんな奴らに町を守れるとでも言う気か!?」

「……元帥、何ですかこのクソ野郎は」

「……先生の護衛の、教会から派遣

 されている騎士だ。気にするな」

「……元帥の指示とあらば」

今にもホルスターのノルンを抜いて

デビッド達を殺しかねないパル達を

宥めるためにそう言う。が、しかし

これが逆にデビッドを調子づかせて

しまった。

 

「ふんっ!元帥とおだてられている

 ようだが、所詮は薄汚い獣の主。

 程度が知れると言う物だな!」

 

「「「「「あ?」」」」」

次の瞬間。

 

『ドッ!』

パルがデビッド目がけて飛びかかり、

押し倒すとその口にノルンの銃口を

ねじ込んだ。

「ッ!隊長!」

それを助けようと剣を抜くチェイス達。

『バババンッ』

しかし、その足下に数発の銃弾が叩き込まれた。

パルの後ろにいた兵士達の物だ。

 

「おいクズ野郎。良いかよく聞け。本来

 元帥の前では、部下である我々とて

 地面に膝を突き接するのが道理。それを、

 部下でも無い貴様がのうのうと立ち、

 剰え侮辱するだと?……それも我々の

 前で。……我ら近衛が、それを見逃すと

 思うか!」

そして、パルがノルンの引き金に指を

掛けようとしたとき。

 

「よせ、パル」

私自身がそれを止める。

「しかしっ!こいつは我々の大恩人である

 元帥を侮辱したのですよ!?

 それだけで、我々にはこのクズ共を

 殺す理由になります!」

 

何とも、心酔という言葉が似合う動機だ。

しかし、それ故に私の中では、侮辱された

怒りよりも嬉しさが湧き上がる。

「良い。……その怒りが、お前達の私に 

 対する信頼の証であると、良く分かって

 いる」

そう言って、私はパルの肩に手を置く。

「げ、元帥ッ!」

すると、パルは今にもうれし泣きをしそう

な表情を浮かべる。

 

「それに、今は時間も弾も惜しい。

 悪いが、防衛ライン構築を急ぎたい。

 その程度の雑魚に構っている暇は

 無いぞ?」

「はっ!そ、そうでありました!

 これはとんだ失態を!」

慌ててデビッドの上から退き、私の

前で敬礼をするパル。

 

すると……。

「こ、この!獣風情がっ!」

起き上がったデビッドが剣を抜きかけた。

その時。

「いい加減にして下さいデビッドさん!

 今は私達が揉めてる場合じゃない

 んですから!これでパル君達が怒って

帰っちゃったらどうするんですか!

もうっ!あっち行ってて下さい!邪魔です!」

 

そう叫ぶ愛子先生。すると、騎士たち5人の

顔色が真っ青になり、絶望したかのような

表情で町の方にトボトボと歩いて行った。

 

それを見送る先生の後ろでは、何やら園部達

がざまぁ!と言いたげな表情をしていた。

まぁ良い。

 

「パル。私が防壁を構築する。お前達は

 ガーディアン隊の半数と共に塹壕を掘れ。

 それと、残りのガーディアン隊は前方

 に地雷原を敷設だ。多脚戦車の配置などは

 ハジメから聞いてくれ。ハジメはパル達を

 指揮して防衛ラインを構築。香織やシア、

 ルフェアは塹壕堀りを手伝って下さい。

 ユエは重力魔法が使えるので、物資を

 下ろすのを手伝って下さい」

「「「「「「了解っ!」」」」」」

私が指示を出し、皆が動き出す。

 

 

司が指示を出し、テキパキと皆が動き出す。

まず、司が指を鳴らし、漆黒の防壁を

創り出す。その上部には、40mm対空機関砲。

20mm機関砲。90mm高射砲。

それぞれを5門、10門、2門を設置。

これらはコンピューター制御なので、

私達やガーディアンが操る必要は無い。

更にガーディアン隊が使うために、固定式

ルドラを設置。

念のため、防壁にはシールド発生装置も

搭載しておく。

 

防壁そのものの防御機構はこれで十分だろう。

そう考え、チラリと下を見ると、ユエが

重力魔法を使って、6番艦のクレーンと

協力し巨大な長方形のコンテナを

下ろしていた。

6番艦は本来多脚戦車を搭載する場所を改修し、

コンテナ搭載用のクレーンを設置。

これを使って物資の積み替えなどを行う、

殆ど輸送艦となっている。

 

そして、よく見るとユエの少し離れた場所

に愛子先生と園部たちの姿があった。

あんな所で何を?そう考えながら、私は

防壁を飛び降り、6番艦の方へと向かった。

 

「……先生、園部たちも。何をしているの

 ですか?」

「あ、新生君」

振り返り私の名を呼ぶ先生。

「実は、その、先生達も何か出来る事が無い

 かな~って思って。でも、特に出来る事も

 無くて。それで気づいたらここに」

 

「そうでしたか」

と、頷いたとき。

「な、なぁ新生。このコンテナの中身って、

 何なんだ?」

男子の玉井が疑問符を浮かべながら質問

してきた。

「あぁ。このコンテナの中身は新型の

 機動兵器が搭載されています」

「き、機動、兵器?」

首をかしげる園部。他の女子二人もだ。

 

「元々、私が設計開発した物をパル達の

 基地、ハルツィナ・ベースで量産しよう

 としていたのです。今回投入出来たのは、

 先行試作機10機の内、飛行テストが

 終わっていた3機だけでした」

「ひ、飛行テスト?つまり飛べるのか?

 ……お前、一体どんな物創ったん

 だよ」

「どんな、と言われましても」

まぁ、見て貰った方が早いか。私自身、

新型の完成の度合いが見たい。

 

「パル」

私は、側に居たパルに声を掛けた。

「はい、お呼びでしょうか元帥」

「あぁ。新型の事を今のうちに見ておきたい。

 出来るか?」

「はい。お任せを」

そう言うと、パルはコンテナの側に居た

ジョーカーを装備した兵士達と何か話を

している。

 

 

そして……。

「1号コンテナ!ハッチ開放!リフトアップ!」

「同じく2号コンテナも!ハッチ開放!

 リフトアップ!」

「3号コンテナ!ハッチ開放!リフトアップ!」

ガコォンと言う音と共に、天井部分を覆っていた

ハッチが観音開きの扉のように左右に割れる。

そして、中から現れたのを見た男子達は……。

 

 

「か……」

「「「カッケェェェェェッ!!!!!」」」

とても目を輝かせていた。

 

 

リフトアップして現れたのは、黒い人型の

ロボットだった。

漆黒の機体は、スラリと長い手足、鳥類を

思わせる頭と背中の羽のようなパーツが

特徴的だ。

「なぁなぁ新生!あれ何なんだよ!名前は!

 武器は!?」

「お、おう」

やけにテンションの高い男子達。先ほど

まで私を恐れていた感じが、一時的とは

言え消えている。

以前ハジメが……。

 

『戦うロボットは男の夢』とか言っていた

が、これの事か?まぁ良い。

 

「これは私の開発した、高機動人型有人兵器だ。

コードネームはヴァルチャー。コンドルの俗称

から取った物だ」

「お~!確かに顔とか翼とか鳥っぽい

 もんな~!」

「装備は両腕の改良型レールガンを1門ずつ。

 背面の翼は、速度に合わせて可変する

 ヴァリアブルウィングを採用。急旋回や

 急停止を可能にしているが、反面、

 パイロットに凄まじいGがかかる。

 そこが数少ない欠点だ。乗るにしても、

 前提条件として重力制御装置を

 内蔵したジョーカーを装着した状態で

 なければな」

と、私が説明している隣では、男子達が

キラキラした目でヴァルチャーを見上げて

いるのだった。

 

 

そして、防衛ラインが構築されている中で、

ティオは一人、防壁の上から周囲にテキパキと

指示を飛ばす司を、ジッと見つめていたのだった。

 

その後、防衛ラインの構築は着々と進んで

いた。

昼頃には防衛ライン構築も一通り終了し、

その時パルは、戦闘の邪魔になるからと

南側に移動させた揚陸艇の側で軽い

昼食を取っていた。

 

そこへ。

「あっ。隊長」

「ん?」

近くで同じように軽食を取っていた部下が

パルに声を掛けた。首をかしげながらパルが

部下と同じ方を向くと、町の方から

ティオがやってきた。

 

「あなたは確か、ティオさんでしたね」

「うむ。昼時にすまぬな」

「いえ。大丈夫ですけど。元帥や

 ハジメさん達なら町のはずですけど、

 何か用ですか?」

「用、と言う程の物ではないのじゃが、

 少々話を聞きたくて来たのじゃ」

「話、ですか?」

 

その後、パル達が地面にシートを敷き、

パルや数人の兵士、そしてティオが円を

描くように座る。

「それで、話とは?」

「うむ。大した事ではないが、いや、

 お主達にしてみれば大した話かも

 しれぬが。……聞きたいのじゃ。

 新生司という男について」

「元帥について?……なぜ?」

パルは、訝しむような視線をティオに

向ける。

 

「待つのじゃ。こちらにあの男、いや、

 彼の弱点などを探ろう等という

 意図は無い。むしろ逆じゃ。

 お主達が彼に救われ、今のように

 なったと、お主達の同胞、シア殿より

 聞き及んでおる。そして妾は、お主達

 から直接聞きたいのじゃ。彼が、

 お主達の目にどう映っておるのか」

 

「そうですか。……じゃあまぁ、簡単な

 出会いの話から始めますが、シア姉から

 聞いた通りですよ。生まれながらに

 特異体質だったシア姉の存在がフェア

 ベルゲンにバレた事で、俺達は樹海を

 出ざるを得なくなった。そして、

 出たら出たで帝国兵に襲われて。

 そんな散々な事があったけど、そんな中

 で元帥と出会った。そして、俺達は

 元帥達が目指していた樹海の中心に

 ある大樹への案内を、助けてくれた事に

 対する礼としてする事になった。

 けど、樹海に入ったら入ったで、

 伝承だとか周期の関係で、何の因果か

 フェアベルゲンに戻る事になって。

 ……元々兎人族は弱小部族として

 周りから見下されていた。それが

 亜人の天敵、人間を連れ込んだってんで、

 周囲から殺気と侮蔑、憎悪の嵐さ。

 幸い、元帥が俺達を助けるために

 フェアベルゲンとの戦争も辞さない

 姿勢のおかげで、俺達は無事

 フェアベルゲンを出る事が出来た

 わけだが」

 

「彼は、お主達を守る為に戦争まで辞さない

覚悟だったのか?」

「あぁ。あの人は、ある意味真っ直ぐな

 人さ。敵となって立ち塞がるなら、

 選択肢は二つ。脅して退かすか、

 殺して退かすか。そのどっちかさ」

「何とも物騒な説得の仕方じゃのぉ」

と、若干呆れ気味に頷くティオ。

 

「それは確かにな。……けど、だからかも

 しれないなぁ。あの人は、仲間にも

 真っ直ぐなのさ」

「と言うと?」

「俺達はフェアベルゲンから出た後、元帥

 に鍛えられた。その中で元帥は、俺達に

 世界の理、弱肉強食の理を教えた。

 そして、争いが嫌いだった兎人族の

 心を、一度壊して作り直したのさ。

 俺は、そんな訓練の中で教わった事が

 ある」

「教わった事?」

 

 

「世の中には理不尽な事なんていくらでもある。

 例えば、俺が弱けりゃ家族を守れない。

 誰も守れない。だったらどうするかって

 問いかけに、元帥はこう答えた。

 『強くなれ』ってな。シンプルな答えだ。

 シンプルすぎるくらいだ。……けど、

 だからこそ分かる。強くなきゃ、

 家族も仲間も、何も守れねぇ。

 だったら、強くなるしかねぇだろ?」

パルは、かつての花と虫を愛でていた過去が

まるで嘘のように、獰猛な笑みを浮かべる。

他の兵士達も、うんうんと頷く。

 

「……そして、俺達は強くなった。

 どんな時でも決して諦めない強靱な

 精神を授かった。そして、同様に

 あの人から切札を、ジョーカーを

 授かった。もう殆どアーティファクト

 を授かったようなもんさ。俺達は、

 自分自身と、自分にとって大切な物や

 人を守る為の戦いにおける意思と

 技術を教わった。世界は残酷だ。

 だからこそ、強者だけが生き残ると。

 そして、俺達はあの人に鍛えられた事で、

 強者になった。今の俺達がこうして

 いられるのも、全てあの人のおかげだ」

 

「そうか。……弱肉強食の理。

 そうじゃな。それが世界の理か」

そう、ティオは静かに頷く。

「んで、元帥が俺等にとってどんな人か、

 だったな。あの人の事を一言で言うの

 なら、『王』だ」

「王?」

「あぁ。俺達は、あの人から力を授かった。

 家を授かった。戦う理由を授かった。

 俺達は……。あの人に導かれたからこそ、

 今ここに居る。……だから、あの人は、

 元帥は、俺達を導いてくれる『王』なのさ。

 俺達はその王に使える。力を与えられた

 者として。良くして貰った恩義を返す

 ために、絶対の忠誠を誓っている」

 

「絶対の忠誠、か。……そうか。

 それほどまでに、器の大きい男で

 あったか、彼は」

「あぁ。あの人ほどデッカい男は、

 早々居ないと思うけどな」

そう言って、パルやハウリアの兵士達は

笑みを浮かべる。

 

そして、ティオも。

「王、か」

と、どこか決意したような表情を浮かべながら

ポツリと呟いていた。

 

 

既に昼を過ぎた頃。防壁の上では仮設テントの

中でハジメと私たちが作戦の最終確認をしていた。

周囲には愛子先生たちとパル達の姿もある。

護衛騎士どもは、愛子先生に邪魔と呼ばれた

のが相当ショックだったのかここには

居ない。そこへ。

 

「失礼するのじゃ」

ティオがやってきた。

「ティオさん?ちょうど良かった。今迎撃

 作戦の確認をしていたんです」

「……そうじゃったか」

ハジメの言葉に応えるティオ。しかし、

視線はすぐに私の方に向けられた。

 

「……何か?」

それに気づいて私も声を掛ける。

しかし、数秒押し黙るティオ。もう一度

声を掛けようとしたとき。

 

「新生司殿に、頼み事があります」

何かを決意したような表情を浮かべながら、

彼女は話し始めた。

 

「……頼み、と言うのは?」

「妾を、司殿たちの旅に同行させて

 欲しいのじゃ」

「私達の旅に?しかし、貴方には来訪者、

 つまり今ここに居る私達や先生、園部たち。

 更には王都に居るである勇者たちを

 調べると言う目的があるはずでは?」

「そのことは、重々承知しているのじゃ。

 ……妾は、これでも里では一番の強者

 であった。それが、司殿との戦いでは、

 反撃らしい反撃など出来ず、一方的に

 攻撃され、落とされた。……あの時

 思ったのじゃ。『あぁ、自分はただ、

 本当に強い者に出会った事が無い

 だけの、弱者なのだな』、と。

 正直に申せば、その強さをもっと知りたい

 と願ったのじゃ」

「だから、私達に同行したい、と?」

「はい。……調査のことを忘れた訳では

 ありませぬ。しかしそれは、新生殿

 たちと共に在っても出来る事。

 だからこそ……」

彼女はそう言うと……。

 

『スッ』

その場に片膝を突いた。

「どうかあなた様の旅路に同行する

 許可を頂きたいのです」

彼女の姿勢に、ハジメ達や先生達が

驚いている。

 

その姿は、まるで新たな主を見つけた

家臣のようだったからだ。

「……険しい旅だぞ。私達の旅は」

「はい」

「猛者と呼ばれる者であっても、下手を

 すれば命を落とす程、過酷で危険な旅

 になるかもしれない」

「承知しております」

「それでも、付いて来たいと言うのか?」

死ぬ可能性を提示してもなお、彼女は

迷うそぶりすら見せない。

そして……。

 

「はい。私は、今よりも強くなりたいの

 です。……不敬かと思われますが、

 あなた様のように」

そう言って、ティオは僅かに頭を下げる。

 

しかし、まぁ。

「良いだろう」

「ッ!」

ティオは、私の言葉に、反射的に顔を

上げる。

「私には、別にお前を拒む理由は無い。

 付いて来たいと言うのなら、好きに

 すれば良い」

「はいっ。ありがとうございます」

そう、ティオは嬉しそうに頭を下げるの

だった。

 

 

ちなみに……。

「なんか、新生君王様みたいね」

「「うんうん」」

その近くでは園部たち3人がそんな

やり取りをしていた。

 

その時。

『元帥!こちら斥候班!魔物の集団を

 確認しました!』

近くに置いていた無線機から、ホバーバイクで

北方を監視していた兵士達の声が聞こえてきた。

「よし。お前達はすぐさま帰還しろ」

さて、では、始めるとするか。

 

私は大きく息を吸い込む。そして……

 

「総員戦闘態勢!サイレンを鳴らせ!」

『ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!』

次の瞬間、防壁に設置されていた

スピーカーからサイレンが鳴り響く。

私は斥候班からの情報を聞きながら

テントを出る。

 

「砲兵部隊は多脚戦車の用意を!敵は

 あと30分弱でこちらの攻撃可能

 エリアに接近する!壁上砲撃部隊は

 ルドラ改の最終チェックだ!急げ!

 航空攻撃部隊も同様のホバーバイクの

 チェックを済ませておけ!」

周囲では、ガーディアン達とハウリア

の兵士達の手で準備が進んでいく。

 

私は、防壁の淵まで歩いて行き、立ち止まる

とハジメやパル達、先生達の方へ振り返る。

「皆、聞いての通りだ。……これより我々

 G・フリートとGフォースは、この

 ウルの町を防衛する。斥候班の連絡では、

 魔物の軍勢は5万を超えるとの事だ」

「……5万超え、か」

ハジメは、ごくりと唾を飲み込み呟く。

 

「これほどの大規模戦闘は、私も前例が

 無い。……だが、我々は勝利するべくして

 勝利するだろう。……我々は決して

 負けない。理由は、ハジメ達やパル

 ならば分かるだろう。……いつも通りだ、

 諸君。……いつも通り、立ちはだかる物

 をなぎ倒して進む。それだけだ」

 

私の言葉に、ハジメ達は笑みを浮かべながら

頷く。

「確かに。司が居ればあれくらい。ねぇ?」

「うんうん。どうにかなるよ」

笑みを浮かべるハジメと頷く香織。

「いっちょやったるかぁ!ですぅ!」

「ん。消し飛ばしてやる」

アータルを肩に担ぎ、トントンと肩を叩くシア。

ユエもサムズアップをしてやる気十分だ。

 

「うん。……仲間が、大切な人が側に

 居るんだもん。負ける理由なんか無い」

そして、ルフェアも私を見上げながら

呟く。

「そうだ。我々に、負ける理由は無い」

 

奴らを倒し、生き残るのは私達だ。

 

「行くぞ。戦いの時だ」

私は北の方を睨みながら呟く。私の

左右に、ハジメ達6人が並ぶ。そして……。

 

『『『『『『READY?』』』』』』

「「「「「アクティベート(!!!)」」」」」

『『『『『『START UP』』』』』』

 

私達6人が、それぞれのジョーカーを

纏う。

「では、作戦通りに。ハジメ、香織、

 ルフェアの3人はパル達と共に

 壁上からミスラなど長距離兵器を

 用いた援護射撃を。ユエ、シア、

 ティオの3人は砲兵部隊の前方に

 展開。地雷原を突破してきた敵の

 殲滅を。私はヴァルチャー1番機に

 搭乗し、2番機、3番機と共に

 空の魔物を殲滅後、地上への攻撃を

 行います」

「「「「「了解っ!」」」」」

「ホバーバイクの航空攻撃部隊は制空権を

 私達が確保した段階で出撃。左右から

 集団を挟み込め」

「「「「「はっ!」」」」」

私が指示を出していく。

 

そんな中、遠くに土煙が見え始める。

同様に、空にはいくつかの、プテラノドン

のような魔物の姿もある。

「来たか」

それを睨み付けながら私は呟く。

と、その時。

「新生君。……あの、ローブの男性の事

 なんですけど」

「殺さず、捕らえれば良いのですね?」

「はい。……勝手で無茶なお願いとは

 思いますが、お願いします」

「……分かりました」

先生にしてみれば、ローブの男の正体が

清水であるかどうかを確かめる手段は、

今はもう捕まえてローブの下の顔を

確かめるしか無い。

 

それに、それくらいなら大した問題にも

ならないだろう。

 

「では、ティオ」

「ん?何じゃ?マスター」

と、私の事をマスターと呼ぶティオ。

それだけで周囲の園部たちの視線が痛い。

が、今は気にしても始まらない。

 

「これを渡しておく」

「これは?」

私は腕輪型の魔力供給リングを彼女に渡す。

「それは私から無限の魔力をお前に供給する。

 腕輪を身につけていれば、魔力切れを

 起こす心配は無い。好きに使え」

「それはありがたいのじゃ。遠慮無く、

 使わせて貰うぞマスター」

そう言って、ティオは腕輪を巻くと、壁上

から飛び降りていった。

 

「じゃぁハジメさん!行ってきます!」

「ハジメ、援護よろしく」

「うん。任せて。二人の背中は、僕が 

 守るよ」

シアとユエの言葉に、ハジメはサムズアップを

する。

二人は、それを確認するとティオを追って

飛び降りていった。

 

さて、と。

「ではパル、ハジメ。防壁の事は二人に

 任せます」

「はっ!お任せ下さい!元帥!」

「うん。何が何でも、防壁は僕達が

 守り抜いて見せる。だから司は、

 安心して行ってきなよ」

そう言って、ハジメは私にもサムズアップ

をする。

 

……改めて、ハジメが頼もしくなった物だと、

私は実感していた。

「では、背中は任せましたよ?ハジメ」

私は、そう言って壁際のヴァルチャーの前へ

と飛び降り、着地する。

 

ヴァルチャーは自動でハッチを開き、私は

そこに飛び乗った。

シートに体を収め、計器をチェックしながら

システムを立ち上げていく。

『元帥、2番機はいつでもいけます』

『同じく3番機!こちらも準備完了!

 お供出来て光栄です元帥!』

そこへ、2番機と3番機のハウリアパイロット

から通信が届く。

「うむ。説明するまでも無いだろうが、

 我々3機の目的は、まず何よりも

 ホバーバイクの航空攻撃部隊が

 安全に攻撃出来るよう、制空権を

 確保する事だ。そして制空権の確保が

 完了次第、そのまま地上攻撃を

 行う。数は多いが、我らのヴァルチャー 

 の敵ではない。気を引き締めてかかれば、 

 どうという事は無い。落とされるなよ、

 二人とも」

『『了解っ!』』

 

二人に指示を出し、私はモニター越しに

見える空に目を向ける。

プテラノドン似の魔物が、こちらに接近

している。

そして、その魔物の主と思われる一回り

大きな個体の背中に、ローブの男の姿が

あるのを、ヴァルチャーのカメラからの

映像で確認する。

先生との約束だ。殺さずに捕らえる為に

尽力するとしよう。

 

「よし。1番機も準備完了だ。

 ヴァルチャー全機、発進スタンバイ!」

 

私の号令に従い、3機のヴァルチャーが

背面のウィングからピンク色の炎を

吹き出し、その場に浮かび上がる。

そして……。

「発進ッ!」

『『『ドウッ!!!』』』

 

3機のヴァルチャーは、凄まじい風と共に

その場から飛び上がった。

 

 

3機のヴァルチャーが飛び上がっていく中、

愛子は園部達やデビッド達と共に、それを

見送っていた。

『どうか、どうか、皆、無事に……』 

そして愛子は、自然と手を合わせ、祈る。

彼等が皆、無事に戻ってくる事を。

 

そんな彼女の側に居た男の子が、

空を見上げポツリと呟いた。

 

「黒い、天使?」、と。

 

今正にウルの町の防衛戦が始まろうと

していた。

 

     第34話 END

 




次回はウル防衛戦のお話です。

読んでて思ったと思いますが、ティオ、
メッチャ原作より変わってます。ご容赦下さい。

感想や評価、お待ちしています。


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第35話 ウル防衛戦

今回はウルの町の防衛戦です。


~~~前回のあらすじ~~~

ウルの町へと迫る、総数5万超えの魔物の軍勢。

当然の如く町はパニックに陥りかけるが、豊穣の

女神と呼ばれる愛子の言葉で一応のパニックは

回避され、そこに司が呼び寄せた、Gフォース

の派遣艦隊が到着。司たちと合流したパル達は、

すぐさま防衛ラインの構築を開始。

そんな中、司を王の器だと感じたティオは、

戦いを前にこれから彼等に同行する事を

願い出るのだった。

そして、ティオの申し出を司が受け入れた

直後、魔物の群れが接近していることが

偵察に出ていた兵士達から伝わり、司は

部下二人と共に、ヴァルチャーを駆って

飛び出すのだった。

 

 

空中へと飛び上がり、プテラノドン似の

魔物の群れへと向かう私達のヴァルチャー。

「各機、聞いてくれ。恐らく親玉だと

 思われる個体の上に、黒いローブを

 纏った人物が居る。恐らく、今回の

 騒動の現況だ。そして、そいつは

 私やハジメのクラスメイトの可能性が

 ある」

私の言葉に、僚機の二人が息を呑む音が

聞こえた。しかしそれも一瞬だ。

その理由を聞いたりする時間は無い。

「愛子先生からの依頼で、このローブ

 男を、殺さずに捕らえろ、との依頼が

 あった。殺さず、と言うのは普通に

 殺すより難しいだろうが……。 

 私なら問題も無い。そうだろう?」

『『はいっ!元帥っ!』』

二人から元気の良い返事が返ってくる。

 

さて、そろそろプテラノドン似の魔物の群れ

と接触する。

「お前達は私の援護を頼む!私はとにかく

 ローブ男を魔物の主から落とす!」

『『了解ッ!』』

「行くぞ、戦闘開始ッ!」

 

翼状のスラスター。ヴァリアブルウィングを

折りたたみ、スラスターの推進力を一点に

集中。爆発的な加速で魔物の群れへと突っ込む。

私の1番機に、他の2機が続く。

 

そして、私は先ほどの内に改修しておいた、

ショートバレルのレールガンを構える。

長い砲身は空気抵抗も大きい上に

取り回しも悪い。なので、突貫工事

ではあったが、何とか砲身を切り詰めて

ショートバレル化したのだ。

命中精度と有効射程は幾分か下がるが、

そこは私の腕でカバーする。

 

『カチッ!』

操縦桿のスイッチを押し込む。

『ドドウッ!』

すると両腕のレールガンから砲弾が

放たれる。

放たれた砲弾は、魔物の胴体に命中にその肉体

をバラバラに吹き飛ばす。

 

私は前方から向かってくる魔物だけを撃ち抜く。

後ろからも何匹かが反転して追ってこようと

するが……。

『『ドウッ!ドウッ!』』

「俺等も居るんだよ!」

「墜ちろぉ!蚊とんぼ!」

後ろの2番機と3番機からの支援攻撃がそれを

撃ち落とす。

 

そして、私は主と思われる魔物に接近し、その

すぐ側を交差した。

するとスラスターの圧倒的な推進力が生み出す

突風に煽られ、ローブの男が魔物の上から

吹き飛ばされ、落下していった。

 

もし仮に奴が清水なら、この程度はどうにかなる

だろう。とりあえず、逃げるだけの足は奪って

おいた。

私は、ヴァリアブルウィングを展開し急速反転。

更に手足の遠心力を利用した、『能動的質量移動

による自動姿勢制御』、つまり『AMBAC』の

力で反転し、プテラノドン似の魔物の主の

背後を取った。

 

逃げようとする主だが、もう襲い。

その後ろにぴったりと張り付いたヴァルチャー

のレールガンから放たれた砲弾がそのボディ

を挽肉に変えた。

さて、後は残った配下の魔物を掃討し、

制空権を確保するだけだ。

「2番機、3番機、制空権を取るぞ。

 続け……!」

『『了解ッ!』』

私達は、残りの空の魔物を狩り始めた。

 

 

一方、空での戦いが始まったばかりの頃、

地上では陸生型魔物の群れが、ウルの

町を踏み潰そうと向かって来ていた。

だが……。

 

『カッ!』

先頭の魔物があるラインに到達した時、

地面が光り輝き……。

『『『『『『ドドドドォォォォォンッ』』』』』』

まるで噴火かと思う程の爆炎が上がった。

 

地雷原に魔物が踏み入ったのだ。

とは言っても、現代で戦車などの破壊に

使われる地雷と比較しても、威力は

数十倍は上回っている。

理由は、フレシェット弾と同じだ。

 

フレシェット弾とは、無数の矢の形をした

子機をばら撒く爆弾の事だ。

文字通り、矢の雨が降り注ぐ。これは

本来、対人用に使われるケースが

多いが、今回はその無数の矢を、下から

魔物達の腹に、至近距離でぶち込んだ

訳だ。

しかも、司の設計開発によって、威力は

普通のフレシェットとは比べものに

ならない。

劣化ウランの矢が、魔物達の体を貫いた

のだ。

 

これだけで、先頭の魔物集団は撃退された。

しかしそれは全体から見ればほんの

数%に過ぎない。現に先頭集団の屍を

踏みつけながら、次の集団が現れる。

 

しかし……。

『『『『ドドウッ!ドドウッ!』』』』

『『『『『バシュシュシュシュッ!!!』』』』』

それを砲兵部隊の多脚戦車と、壁上の

ルドラ改からの一斉射が襲いかかる。

 

爆発に次ぐ爆発。地雷原と砲弾、ミサイルの

嵐が魔物の集団に襲いかかる。

運良くその砲撃を切り抜けた魔物が、

更に前進するが、無駄だった。

「そこぉ!ですぅ!」

 

砲撃で出来た爆炎を抜けた直後、魔物を

アータル・バスターモードのビーム砲が

撃ち貫く。

更に数体が砲撃を突破するが……。

「行かせぬっ!」

ティオが、両手の先から竜化状態で

放ったのと同じ黒いブレスが放たれ、

魔物を撃ち抜いていく。

 

「おぉ!ブレスを使っても、全く

 倦怠感が来ぬ!これは良いのじゃ!」

司に渡された魔力供給用リングのおかげで、

今のティオも魔力が底なしだ。なので、

連続して使うだけで相当疲弊する

ブレスをいくら使っても疲れない。

その事に驚きながらも、ティオは砲撃を

続ける。

 

「なぎ払え、八岐大蛇」

更に、ユエの召喚した漆黒の多頭蛇、

八岐大蛇がその顎から無数の魔法を

放った。

炎の槍、『緋槍』。真空の刃を纏った竜巻、

『砲皇』。氷で出来た針の雨、『凍雨』。

それだけでも十分な威力を持って

魔物に襲いかかっているが、それだけ

ではない。他の5つの頭も、口から

火炎弾や巨大な氷の砲弾、雷撃。

風の刃を放ち続ける。

 

はっきり言ってユエ一人でも砲兵部隊の

攻撃に勝るとも劣らない攻撃の威力と密度を

誇っていた。

 

だが、それだけでは無い。

 

魔物達は、地雷原を突破しユエやシア達を

迂回しようとする。だが……。

『ドバンッ!』

「命中」

その魔物の頭を、壁上で腹ばいの姿勢、且つ

ミスラのバイポッドを展開した状態で保持

していたパルの狙撃が吹き飛ばした。

 

更に他のハウリアの兵士達や、G・アシッドを収めた

アシッド・グレネードを放つガーディアン達の

攻撃が襲いかかる。空中でまき散らされた

G・アシッドが魔物の体を溶かし、ミスラの

狙撃が肉体を引きちぎる。

 

そして、ここで最も活躍したのが……。

『ドバンッ!』

「命中、次」

『ドバンッ!』

「命中、次」

スナイパーとしての才能を開花させ

つつあった香織だ。

 

『鷹の目』、と言う表現が合いそうな程の

狙撃技術で、次々と魔物を撃ち殺していく

香織。

『やりますね香織さん。俺もスナイパー

 として、負けてられねぇぜ!』

そして、その近くでミスラを構えていたパルも、

司にその才能を見いだされた事からか、

香織にライバル意識のような物を抱きつつ、

ミスラで次々と魔物を撃ち抜いていく。

 

更に……。

「北東部1時の方角!敵魔物3!一班が

 対応して!続いて北西部10時の方向!

 九班対応急いで!これ以上回り込ませるな!」

命中精度より弾の数を優先したハジメは、

Eジョーカー形態となり、背中のチェーンガン

を撃ちまくりつつ、データリンクから送られる

データを元に、今最も厄介な魔物を割り出し、

周囲に指示を飛ばす。

 

砲撃の来ない東や西側、南側に回り込もうと

する魔物達。無論そこにもガーディアン部隊

を配置しているが、主戦場の北側に

比べれば、弾幕の濃さは雲泥の差だ。

故に、行かせまいと抜けようとする魔物を

探し、指示を飛ばすハジメ。

 

ルフェアは……

「行かせないっ!」

左右へ逃れようとする魔物に対し、ルフェアは

Eジョーカーフォームとなり防壁の上を

走り回っていた。

今は東側に抜けようとする魔物の集団に対し、

Eジョーカーのチェーンガンから銃弾の雨を

放っていた。

2門のチェーンガンから放たれた銃弾が魔物を

穿つ。

「よし!次っ!」

そして、それを確認したルフェアはすぐさま

別の部隊の援護に向かう。

 

 

空で戦う司たち。防壁から砲撃するハジメ達。

地雷原を越えてきた魔物を直接葬るシア達。

 

そして……。

「こちらヴァルチャー1号機、空の魔物を

 殲滅完了。ホバーバイク部隊出撃せよ」

『こちら航空攻撃部隊了解!』

空の魔物を掃討し終え、私は待機していた

ホバーバイク部隊へ通信を繋げた。

 

既に魔物の掃討は佳境に入っていた。

掃討率は60%を超えている。そして、

更にここで退路を塞ぐためにホバーバイク

部隊を展開する。

 

「行くぞ野郎共!ついに俺達の出番だぜっ!

 ひゃっはぁっ!」

……何やら通信機の向こうから、某世紀末の

ような声が聞こえるが無視しよう。

 

防壁の内側、ウルの町の空き地に待機していた

ホバーバイク部隊が、ピンク色の炎をスラスター

より吹き出しながら上がってくる。

そして、防壁を6時の方角とするのなら、

ホバーバイク部隊は8時と4時の方角。

つまり、魔物の群れを左右から挟み込む形で

上空から機関砲を撃ちまくる。

 

三方向からの一斉射。更に……。

「私達も行くぞ……!」

『『了解っ!』』

私達のヴァルチャー小隊も上空から

レールガンを撃ちまくる。

 

 

正しく、『鉄の暴風』。そう呼ぶに相応しい攻撃が

続いていた。

 

そして、その鉄の暴風と呼ぶに相応しい攻撃

の様子は、司が町の中央に設置した巨大

モニターで人々に見せられていた。

時折、爆風によって血と硝煙の臭いが街中に

流れ込むが、人々は魔物が蹴散らされる度に、

そんな事お構いなしに声高に叫ぶ。

 

そして特に注目を集めたのが、ヴァルチャー

3機だった。空からの攻撃に防ぐ術が無い

魔物達は、その体を引き裂かれていく。

そして、その後ろ姿は町の人々からも

見えていた。

 

ショートバレルの1号機は、町の住民から

すれば、一機だけ腕が短いのが他の2機

と比べてすぐに分かった。そしてその

2機が、腕の短い、つまり司の1号機を

支援するような動きを取る事から、

住民達には、1号機が3機のリーダー

であるとすぐに分かった。

 

そして、まるで魔物を、赤子の手をひねるが

如く、容易く倒していく姿は、正しく

天から舞い降りた死神のようだった。

 

これは司の知らぬ事だが、のちにウルでは、

町を救った伝説として、『漆黒の死天使』

と言う話を残すほど、ウルの町の人々に

ヴァルチャーの存在を深く刻まれていた。

 

 

そして、掃討率が90%を超えた頃。

『こちら砲兵隊!残弾0!我射撃不能!

 繰り返す!我射撃不能!』

15台の多脚戦車の車長をしている兵士達

から、次々と弾切れの報告が上がる。

私はチラリとヴァルチャーのレールガンの

残弾表示に目をやるが、その数は既に

二桁を切っていた。

 

「……そろそろ、か」

多脚戦車部隊の残弾が無い。ヴァルチャー3機

も、3機合わせたとして50発も残っていない。

「砲兵部隊に通達。お前達は砲撃を中止。

 同時にホバーバイク部隊も後退し防壁

 付近まで移動。……残敵は、私やハジメ達が

 撃ち倒す」

『『『『了解っ!』』』』』

「ハジメ、香織、ルフェア。聞こえて

いましたね?」

『うん。ここはパル君に任せて僕達は前に出て

 ユエちゃん達と合流するよ』

「では、私も合流します」

 

私はコンソールパネルを操作し、ヴァルチャーを

自動操縦にする。

「2番機3番機は後退。1番機を頼むぞ」

そう言って、私はハッチを開ける。

『お任せ下さい元帥!』

「あぁ。では、行ってくる」

 

そして、私はハッチから飛び降りた。

高度は優に数百メートルはあるが、問題無い。

『ドゴォォォォォンッ!!』

私は、爆音と砂煙を上げ、クレーターを

作りながら着地する。

 

そして、片膝を地に着いた姿勢から立ち上がる

と、私の左右にハジメ、香織、ユエ、シア、

ルフェアが並ぶ。

 

両手にグリムリーパーを具現化させたハジメ。

ミスラを両手で持つ香織。

各部のクリスタル、ジェネレーターを光らせ

オーラを滲ませるユエ。

巨大なアックスモードのアータルを肩に

担ぐシア。

両手にバアルを握りしめ前方を睨む

ルフェア。

 

そして、私達6人の姿を、ティオは一歩

引いた所から見つめている。

『……これほどまでに精強なる強者を、

 果たして私は見た事があっただろうか?』

ティオは、ハジメ達の背中を見つめながら

過去を思い返す。

その答えは、否だ。

 

彼女は、更に振り返る。

ティオの背後にそびえる、漆黒の防壁。

ホバーバイク部隊と戦車部隊、アーティファクト

級の鎧を身に纏った、屈強な亜人の兵士達。

千を軽く超える、ガーディアン達。

 

彼女が再び前を向けば、その全ての先頭に、

司の背中がある。

如何なる戦場にあっても、絶対強者として

君臨する、その背中が。

それは正しく、人々を導く指導者の背中。

『あぁ、そうだ。マスターこそ……』

 

彼女に初めて敗北をもたらした強者にして、

数千の軍勢を率いて、数万の魔物を容易く

倒し得る、その漆黒の背中の持ち主こそ……。

『≪王≫と呼ばれるに相応しい存在だ』

 

ティオは、改めて思う。彼の事をもっと側で

見てみたいと。

そして、更に思う。王の隣に立つハジメ達の

ように、自分もいつか、王と肩を並べたい、と。

 

 

敵の残りは、後は精々5千と言った所か。

私達にティオを加えた7人ならば、どうと言う

事は無いだろう。

「さて、そろそろ終わりにするとしますか。

 この防衛戦も」

「うん。けりを付けよう」

ハジメの声に、皆、それぞれの武装を構える。

 

そして……。

「殲滅、開始っ!」

私のかけ声に合わせて、一斉に飛び出した。

 

まず先行するのは、突進力に優れたシアの

タイプSCだ。

背中のブースターを煌めかせ、魔物の群れに

一直線に向かっていく。

「串刺しですぅっ!」

そして、彼女の持つアータルが変化し、

槍、ランスモードになった。そのまま

速度を緩める事無く突進していくシア。

そして、ついにアータルの穂先が魔物の

肉体を捉えた。シアはそのまま突き進み、

何体もの魔物を貫いていく。それは、

さながら串に団子が刺さっていくかのように。

と、その時、彼女の右側から魔物が一匹、

飛びかかる。

だが、シアは動揺する事無く、右手をそちらに

向ける。彼女の腕部には大きな筒のような物が

装着されていた。その時。

『ドバンッ!』

筒の中で光が瞬き、無数の矢、フレシェットが

放たれた。無数のフレシェットが、魔物の体を

貫く。

 

これは、司が創り出したMASの武装の一つ、

『フレシェット・カタパルト』だ。

殆ど銃身と呼べる物が存在しない発射機から、

無数のフレシェットを放つこの武装は、

『狙って当てる』という事は出来ない。

発射直後からフレシェットが不規則に拡散

するからだ。

だが、それが至近距離だったなら、話は

別だ。大凡3~4メートルの距離ならば、

フレシェットは相手に当る。つまりこれは、

至近距離で相手を迎撃するための武装だ。

そして、シアはそれを使いこなしていた。

 

そのまま突き進むシアの背中を狙って、魔物が

飛びかかるが……。魔物は気づかない。

自分もまた、敵に背を向けている事を。

『ドンッ!!!』

その魔物を、香織のミスラが放った19ミリ弾

が吹き飛ばす。

 

そのまま香織は、ボルトアクションを動かし、

次弾を放つ。香織がミスラを放つ度に、

魔物の体が吹き飛ぶ。

すると香織を驚異と判定したのか、魔物たちが

香織の方へと向かっていく。だが……。

 

『『バババババババッ!!』』

「行かせないっ!」

香織に向かう魔物に、ルフェアがバアルの

銃弾をたたき込んだ。

その時、ルフェアに魔物の爪が迫る。

 

だが……。

『バッ!』

ルフェアは、大きく跳躍する事でそれを

回避。眼下の魔物目がけていくつものバアルの

銃弾をたたき込んだ。

その時、ブルタールが近くの魔物の死骸を

ルフェア目がけて投げつける。

しかし、彼女はそれを、空間を蹴って回避。

更に空間をジグザクに突進し、そのブルタール

に突進。

「はぁっ!」

突進力をそのままに、ブルタールを

蹴飛ばす。

更にブルタールの体を蹴って跳躍。再び

上空からバアルの銃弾を雨の如く降らせる。

 

そんなルフェアの戦い方は、正しく、

『蝶のように舞い、蜂のように刺す』という

表現がぴったり当てはまる物だった。

何も無い空間を華麗に飛び回り、相手の

隙を見つけると鋭い一撃を放つ。

それが今のルフェアの戦い方だった。

 

更に、彼女が相手をしているのとは

別の魔物が香織に向かうが……。

「行かせるかぁっ!」

その前にハジメが立ち塞がる。

グリムリーパーのガトリングが火を噴くが、

その掃射を超えた魔物がハジメ目がけて

爪を振り下ろす。

「おぉぉぉっ!」

ハジメは雄叫びを上げ、左手のチェーンソーで

爪を受け止め逸らす。

そして、攻撃を受け流しがら空きの首筋に

右手のガトリングを撃ち込む。

血飛沫をまき散らしながら倒れる魔物。

「さぁ、挽肉になりたい奴は、掛かってこい!」

ハジメが叫び、魔物達と戦う。

 

一人突出しているシアは、魔物の群れを突っ切る

と、ランスモードの槍を地面に突き刺し、

さながら棒高跳びのような動きで

地面を抉りながら反転。

着地すると、魔物目がけて再び突撃

していった。

それを迎え撃とうと、後ろの方に居た

魔物達がシアに向かっていくが……。

 

「穿て。八岐大蛇」

不意に、頭上からユエの声が響いた次の

瞬間、雷撃が雨の如く降り注いだ。

シアに近いのを除き、彼女に向かっていた

魔物達の7~8割が雷撃によって

消滅した。

 

「おりゃぁっ!」

シアは、突進してきた魔物をアックスモード

のアータルでたたき割ると、頭上を見上げる。

そこには、宙に浮く八岐大蛇の、その一頭の

上に優雅に立つユエのタイプUの姿があった。

「相変わらず、ユエさんの殲滅力には

 勝てませんねぇ、っとっ!」

アータルを肩に担いだシアは、後ろから

飛びかかってきたブルタールの拳を避けると、

振り向きざまに右手のカタパルトをその腹に

突き付け、撃ち放った。

「私も、うかうかしてられないですねっ!」

そう叫ぶと、シアは魔物の殲滅に向かう。

 

ハジメ達が戦う側では、ティオも戦っていた。

とは言っても、内容はブレスによる後方支援。

と言うか砲台のような物だ。

そしてティオは砲撃を行いながら、司の

戦いに時折目をやっていたが……。

 

『異常、と言うべきなのかのぉ』

彼女をして、そう思うほどの物だった。

 

魔物の中に、奇妙な連携能力と、まるで先読み

の能力でもあるのか、黒い体毛と紅い四つ目の

狼型の魔物がいた。

それは、かつてオルクス大迷宮の101層で

確認した二尾狼に匹敵するほどの強さを

持っていた。つまり、こいつらだけでも

並みの冒険者、数十人、もしかすると

数百人を倒せる可能性がある。なにせ、101層

の魔物となれば、ベヒモスと同格か、

もしくはそれ以上なのだから。

 

とは言っても……。

『ドシュッ!』

司の手刀が魔物の一匹の体を貫いた。

その時、群れを超えてその狼型が司に

飛びかかる。

司は空いている右手の裏拳で対応しようと

する。すると狼型の魔物はその腕に

噛みつこうとした。

 

が、次の瞬間にはテールスピアによって

頭を貫かれていた。

司の戦いは、こうだ。

『相手が攻撃を読む事が出来ても、それに

 対応出来ない、コンマ数秒よりも早い

 攻撃を繰り出す』。

それだけだ。

 

リミッターを解放した司の速度は、生物の

それではない。

襲いかかると、初撃は先読みで回避した

かに見えた。だがすぐさま神速の如き速さで

繰り出されたテールスピアが、先読みされる

よりも早く魔物の体を貫く。

ましてや、繰り出される拳はフェイント。

司には、狼型がその先読みを理解し反応した

瞬間、攻撃をキャンセルし別の攻撃を

放つのだ。

拳に見せかけテールスピアで。

逆にテールスピアに見せかけ拳で。

避けた、と思った瞬間に全く別の攻撃が

飛んでくるのだ。

司の力の前には、先読みも殆ど意味を成さない、

と言う事だ。

 

そして、司の戦いっぷりに恐れを成したのか

狼型の魔物が逃げようと、他の魔物を盾にして

反転する。

しかしそれを許す司ではない。

次の瞬間、彼を中心に重力場が形成される。

それは半径数百メートルにも及ぶ物。いくら

先読みでそれが来ると分かっていても、

逃げられなければ意味が無い。

そして、数百匹の魔物が、重力に押しつぶされ

大地のシミとなった。

 

 

「ん?」

数百に及ぶ魔物を排除した時、私は一匹だけ

逃げる四つ目狼を見た。すると途中でローブの

男がその狼に飛び乗るのを確認した。

「逃がすかっ」

 

私は空間を歪め、狼目がけて手を伸ばした。

当然奴は気づいた。だがそれ故に、次の一撃、

テールスピアの一撃を避けられなかった。

突如目の前に出現した腕を跳躍して避けた

次の瞬間、同じく空間を歪めて放った

テールスピアの一撃が、狼の腹部を深々と

貫いた。

 

そして貫いたままの狼とローブ男を、空間の

歪みを使って私の前まで引き寄せる。

テールスピアを抜くと、ドッと言う音と

共に狼とローブ男が落ちる。

 

私はローブ男の方に歩み寄る。

「ッ!?く、来るなっ!」

すると私に気づいたのか男は手にしていた

メカニカルな杖を私に向けた。

……しかし、今の声と奴の持つ杖。

あれは私が清水に与えた物だ。

 

私は、一瞬で男との距離を詰める。

「ひっ!?」

『ドッ!』

驚き悲鳴を漏らす男の腹部に一撃。

当然手加減はした。

男、清水は体をビクンと震わせると、

白目を剥いて気絶した。

 

気絶した男を地面に横たえ、ローブの

フードを取るが……。

 

「やはりか」

男は、間違い無く清水だった。

と、そこへ魔物の討伐を終えたハジメ達が

やってきた。皆、大した怪我は無い様子だ。

「ハジメ、それに皆も。どうですか?」

「魔物の大半は倒したよ。少しだけ

 北の山の方へ逃げていったけど」

「そうですか。まぁ、5万の軍勢の90%は

 討伐出来たのです。十分でしょう。

 今回はあくまでも防衛が目的ですし、

 逃げるのを追う事も無いでしょう。

 ……それに、黒幕は捕らえましたし」

私の言葉に、皆が私の足下の清水に目を

向ける。

「……清水君」

「司の予想が当ったんだね」

どこか戸惑いながらも名を呼ぶ香織と

呟くハジメ。

 

「……彼については、先生達を交えて話す

 事になるでしょう。……しかし、彼は

 少なくともティオを操り、間接的とは

 言え5人の冒険者を殺しています。

 ……間接的、だからと言って私はこの

 男の罪にならないとは、考えていません」

清水は、既に5人の人命を奪った。

間接だから、などと言う理由は言い訳には

ならない。

……いざと言う時は、私が射殺する。

 

「ともかく……。パル」

戦いは終わった。私は防壁の上のパルに

通信を繋げた。

「戦いは終わった。……お前が報告する

 んだ」

『はい。分かりました』

 

 

通信を受けたパルは、防壁の淵に立つと

ウルの町を見下ろす。防壁の近くにも人は

集まっており、皆がパル達を見上げている。

パルは深呼吸をしてから大きく息を吸い込んだ。

 

「聞けぇ!ウルの町の人々よ!」

そして彼は高らかに叫ぶ。

「魔物の群れは無事に退けられた!!

 もう町は安全だっ!」

パルは叫ぶが、人々には実感がわかないのか、

戸惑いざわめいている。

「お前達は、生きている!それが、勝利の

 証だ!」

 

やがて、パルの言葉が届いたのか、人々の

ざわめきが大きくなる。

「勝利は我らの手の中に有り!

 勝ち鬨を上げろぉっ!

 おぉぉぉぉぉぉっ!」

「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」

パルは、手にしていたミスラを頭上に

掲げる。後ろに居たハウリアの兵士達も、

手にした武器を高く掲げ、雄叫びを上げる。

 

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」」

そして、彼等に続いて街中でも男達が雄叫びを

上げ、女達は嬉し涙を漏らしていた。

 

司のヴァルチャーが、漆黒の死天使として

話を残す結果となったように、パル達の存在も

また、強く民衆の心に刻みつけられた。

そして、パル達の事を、『鋼鉄の英雄』と

町の人々が呼び始めるのは、少し先の話。

 

 

こうして、戦闘は終わった。遠くでパル達と

民衆の雄叫びが聞こえる。

……元々、パル達を呼び寄せたのはGフォースの

力と私の力を人間たちに理解させる為だ。

5万の魔物の軍勢を退けるなど、この世界の

一般的な軍隊を総動員しても無理だろう。

 

そう、彼等に無理な事を、私達は『出来る』と

知らしめる。それが目的の一つだ。

要は核抑止論と同じだ。『こちらが撃てば撃たれる』。

核抑止を一言で言えば、この言葉が似合う。

そして、撃たれたらひとたまりも無い。

故に、核兵器を安易には使えない。

だが前提条件として、核兵器を撃たれた場合の

被害の大きさを理解しておく必要がある。

 

私は、今回の事を通して、トータス世界に

私達の力を示した。これによって、

『我々を敵にする事の危険性』を改めて示そう

と言う考えだった。

我々の力、もっと言えば破壊力を奴らに示し、

戦う事を躊躇わせる。それが、パル達を

呼び寄せた目的の半分でもある。

 

まぁ、上手くいったようで何よりだ。

後は適当にG・フリートとGフォースの名前

を教えておけば、勝手に広まるだろう。

 

で、最後に残った問題は……。

「清水の処遇、か」

私は足下で気絶したまま縛られ、転がっている

清水に目を向けた。

 

さて、こいつはどうなる事やら。

 

そう考えながら、私達はウルの町の方へと

戻っていったのだった。

 

     第35話 END

 




次回は清水の事についてです。
結構オリジナルな展開になると思います。
お楽しみに。

感想や評価、お待ちしています。


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第36話 Another ending

今回はウル防衛戦後のお話で、メッチャ長いです。
いつもの1.5倍はあります。


~~~前回のあらすじ~~~

ウルの町に迫る5万の魔物と戦闘を開始する、

司たちG・フリートとパル達Gフォース

派遣艦隊の混成防衛部隊。司はヴァルチャーに

搭乗し空から。ハジメ達は防壁から砲撃を。

ユエ、シア、ティオは最前線で戦い、これを

殲滅。ウルの町は守られ、司達はこの騒動の

首謀者、清水幸利を捕らえるのだった。

 

 

 

清水幸利という男を良く言えば平凡。

悪く言えば、影が薄い、といった所だ。

それが原因で清水は中学時代にいじめを受け、

引きこもりになると、漫画やラノベと言った

物へと傾倒していき、オタクとなった。

そんな彼を煩わしく思う兄や弟の存在が、

清水を更に悪い方へと変えていった。

自分が主人公の物語を何度も夢想していた

清水にとって、トータス世界への召喚は、

一言で言えば『夢が叶った』、だ。

 

魔法が存在し、チートと言えるスペックが

最初からある。

その事実を知った清水の耳に、説明の場で

司が語った戦争という存在など、殆ど

入ってこなかった。

 

しかし、現実は非情だ。

清水は自分が勇者になるんだと、疑って

いなかった。だが、実際に勇者となったのは

光輝だ。更にそれすらも上回るパワーと

スペックを誇る司。その司に力を与えられ、

強くなっていくハジメ。

 

清水は、憤った。場違いな怒りだ、などとは

思わず光輝に、司に、ハジメに。

なぜ自分が勇者ではないのか?

なぜ司にあんなスペックがあるのか?

あのスペックは自分にこそ相応しい。

なぜハジメ如き無能がジョーカーを

持っている?

それは自分にこそ相応しい。

 

端から見れば、場違いも甚だしい怒りだ。

だが、清水の歪んだ心は、そんな事も

分からない程、汚れていた。

 

そして、彼の心をへし折った事件があった。

そう。オルクスでの強制転移事件だ。

どこかも分からぬ橋の上に投げ出され、

皆がパニックになるなか、司とハジメは

獅子奮迅の戦いで場を切り抜けた。

 

特に清水はあの時ハジメの背中を見つめていた

一人だ。その時、清水の心は折れた。

『自分はやっぱりモブだ』、と。

一度は現実逃避から戦いを拒否した清水。

そんな彼は時間を潰すために自分の適性、

闇魔法への知識を得ようと本を読んだ。

 

そんな中で清水がたどり着いたのが、

闇魔法を極めての、洗脳と支配の力だ。

とは言え、人間相手ではリスキーだ。

逆に魔物は人間よりも洗脳しやすい。

それが分かった清水は、夜な夜な王国の

郊外で雑魚の魔物を洗脳し支配する実験を

繰り返した後、強い魔物を求めた。

 

そこにやってきたのが、愛子がウルの町に

行くと言う話だ。

清水は、北の山脈の魔物を支配しようと

考え、それに同行した。そして、姿を消し、

本来なら2週間ほどしてから愛子達の前に

現れるはずだった。

 

しかし、ティオを支配した事と、とある助力

する『存在』。日々増えていく軍勢に、清水

の心の枷が砕け散った。

これまでの鬱屈した感情が解放されたかの

ようになり、とうとう町へ魔物の群れを

放った。

 

 

だが、結果はご覧の通りだ。

魔物の群れは司たちに倒され、自分は

囚われの身だ。

 

場所はウルの町の郊外。そこに、ハジメ達

と司、パル達数人のGフォースの兵士。

愛子と園部たち、ウィル、デビッド達。

後は町の重鎮が数人だ。

 

拘束はしていない。愛子からの進言の為だ。

ただし、ハジメ達も司もジョーカーを纏った

ままで、全員が最低限としてノルンを携帯し、

既に薬室に初弾を送り込んだ状態でホルスター

に収めていた。

 

やがて、愛子が近づき、清水を揺り起こした。

目が覚めた清水は、状況を理解すると

ズリズリと尻餅をついた体勢で後退った。

周囲を見回している清水に優しく語りかける

愛子。しかし、清水から帰ってきたのは、

不平不満だけで、その言葉に園部達が

反発する。

 

ハジメや司たちは、それを黙って聞いていた。

そして、愛子は、周囲を見返すため、と言う清水

の行動について問いただした。すると……。

 

「……示せるさ。……魔人族になら」

「なっ!?」

愛子が驚いた。その時。

 

 

「やはり、か」

これまで黙っていた司が口を開いた。

周囲の視線が彼に集まる。

「愛子先生は豊穣の女神と呼ばれる程の

 存在。生物は食べ物が無ければ生きては

 いけない。……人族にダメージを与えるのなら、

 人を殺す以外にもやりようはある。

 ……それは食料生産にダメージを与える事。

 その行動の中で、最もダメージを狙うの

 ならば、作農師としてのチートスキルを

 持つ、先生を殺す事。……それが

 魔人族の、そして貴様の狙いだろう?」

私の言葉に、清水は視線を逸らす。

図星か。魔人族にとって、先生は厄介だ。

あの勇者以上に。だから殺そうとしていた。

そこに、清水という存在を見つけた。

勇者として認められたい欲求があった

清水を上手く騙し、利用した、と言う所だろう。

 

 

その時、愛子先生が清水の片手を握り、優しく

語りかけた。

 

だが……。

「動くなぁ!ぶっさすぞ!」

どうやら先生の言葉だけでは届かなかったようだ。

清水は逆に先生を人質に取り、どこからか

針のような物を取り出した。恐らく、魔物か

何かの毒針だろう。だが……。

 

「無駄な事を」

パチンと、指を鳴らす私。次の瞬間、針が

消える。

「な、何っ!?」

驚く清水。次の瞬間。

『パンッ!』

「ッ!?ぎゃぁぁっ!」

私の放ったノルンの銃弾が、清水の右肩を

撃ち抜いた。

そして、その瞬間、踏み込んだハジメが

先生を抱えてすぐさま横に飛ぶ。

 

「ま、待って!南雲君!放して!」

それをチラ見してから、私は清水の元に

近づく。

逃げようというのか、清水が左手を

伸ばすが……。

『パンッッ!!』

「ぎゃぁっ!?」

私がその手の甲を撃ち抜いた。

 

「逃げられる、とでも思って居たのか?

 ……甘く見られた物だ」

私は、地面に蹲る清水に対し、ノルンを

突き付ける。

清水は、怒りと嫉妬、負の感情が交ざった

かのような目で私を見上げる。

「……畜生、何なんだよ。お前はぁ!

 何でお前が、こんな所にいるんだよ!

 あと少しで!あと少しで俺が勇者に

 なってたんだ!あと少しで!」

「勇者、だと?……笑わせるな。

 お前はただ、自分の事しか考えていない、

 ただのクズだ。

 現実を現実とも受け入れられない、

 歪んだ思考。他者を見下すだけの歪んだ

精神。……到底、勇者の器ではない」

「うるさい……。うるさいうるさい!

 俺は、俺は特別なんだ!俺ならあんな

 勇者よりも上手くやれる!お前達が

 邪魔しなけりゃ!」

「……。言いたい事はそれだけか?」

 

私は、ノルンの引き金に指を掛ける。

「……貴様のことだから、覚えていない

 かもしれないだろう。だからもう一度

 教えてやる。

 『撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴

 だけだ』、とな。そして、お前は北の

 山脈で、既に5人、魔物を操り殺している。

 ……だから、ここで私に殺されたと

 しても、文句は言えない訳だ」

ゆっくりと、私は引き金を引き……。

 

「待って!待って下さい新生君!」

かけたが、先生の声に指を放した。

「お願いです!待って下さい!私が、

 私が清水君と話しますから!」

「……残念ですが、こいつにはもう、

 先生の言葉は届きません。今正に、

 それで殺され掛けた事をお忘れ

 ですか?」

「そ、それは……!でもっ!話し合いを

 重ねれば、きっと!」

「……この男の、清水の考えは変わる、と?

 些か、夢見が過ぎると思いますが?」

 

「分かっています!でも、私は先生

 なんです!だから、お願いします!」

先生は、ハジメに抑えられながらも必死に

そう叫んでいる。

「南雲君!放して下さい!」

「だ、ダメですよ!危ないですから!」

「じゃあ、清水君を見殺しにしろって

 言うんですか!?南雲君は!」

「ッ!そ、それは……」

愛子先生の言葉に、ハジメの拘束が一瞬

緩む。

先生はその隙にハジメから離れ、清水に

駆け寄る。

 

「清水君!大丈夫ですか!」

そして、先生は清水を起こすと、手の傷を

ポケットから取り出したハンカチで縛ろう

とした。

その時。

 

「ッ!危ない!避けて!」

シアが叫ぶのと、私が動くのは、ほぼ同時

だった。

どこからともなく、迫り来る水のレーザー。

「むぅんっ!」

だがそれは私が展開した多重エネルギー

シールドに阻まれた。

念のため幾重にも結界を張ったが、問題

無く1枚目で止められた。

 

今の攻撃は、清水の背後から放たれた物だ。

清水を見ていた先生をこいつ諸共葬ろうと

言う算段なのだろうが……。

すぐさまレーダーを最大出力で起動し、

ジョーカーのズーム機能で敵を見つけた。

敵は浅黒い肌からして魔人族だろう。

そいつが、鳥型の魔物に乗って逃げようと

している。

「逃がすかっ」

 

私は手元にミスラを2丁取りだし、発砲した。

『『ドドンッ!!』』

僅かな差で放たれた攻撃。

魔物は1発目の19ミリ団は避けたが、

2発目は避けられなかったようだ。

魔物の翼の片方と魔人族の男の片足が

吹き飛ぶのが見えた。魔物と男が地平線の

向こうに落下していく。

 

「野郎っ!!!」

それを見ていたパル達が落下地点の方に

行こうとするが……。

「良い。捨て置け。……どうせ、あの傷

 では戦えまい。それよりも、今は

 こっちだ」

「はっ。了解です元帥」

私はパルに命令をすると、改めて

先生と清水に目を向けた。清水は、

振り返ったまま、魔人族が居た方を

見つめている。

 

「お前は所詮、捨て駒だったようだな」

「捨て、駒」

清水は、私の言った単語を驚いたまま

繰り返している。

「全ては愛子先生を殺す為。先生を殺せれば、 

 それで良し。お前という存在も、利用し

 切り捨てられていた可能性もある。

 ……きっと奴らは嗤っているだろう。

 上手く懐柔出来た新しい駒だ、とな。

 お前はただ、その屈折した承認欲求を

 利用された、哀れな人形に過ぎない」

私の言葉に、清水はカタカタと体を

震わせる。

 

「自分が特別だと?魔人族なら認めてくれる?

 違うな。お前はただ、体よく利用された

 だけの、『バカ』に過ぎない」

「うっ、うぅぅっ!うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

次の瞬間、清水は目の前の先生の首元

に両手を伸ばし覆い被さろうとする。

 

だが……。

『ガッ!』

「ぐあぁっ!」

私がその額を蹴りつけてのけぞらせた。

背中から地面に倒れる清水。

……手加減はした。見ると額から血を

流しているだけで生きているし、意識も

あるようだ。

「先生ッ!」

咄嗟に香織が先生を庇い、私は清水の元に

歩みを進める。

 

「自分は特別だと?違うな。お前は特別 

 なんかじゃない。どこにでも居る普通の

 人間だ。……そして、現実はお前の夢じゃ

 ない。夢は所詮、幻想に過ぎない。

 現実に幻想を夢見るのは、愚か者の

 やる事だ」

私は、ノルンの銃口を清水の額に向ける。

 

その時。

『ガッ!』

「待って下さい!」

先生が、私の右手にしがみついた。

「お願いです!私が、私が清水君を

 説得します!だから!」

「……」

……言葉を重ねても無駄だ。

既に、この男の魂に、『言葉だけ』では

少なくとも届かない。

 

「……本当に、こんな男を助けたいの

 ですか?助けた所で、また同じ事をする

 可能性が、無いと言い切れるのですか?

 そして、もし仮にまた同じようなことを

 したとして、先生は本当に責任を

 取れるのですか?何より、こいつは

 貴方を殺そうとした」

「分かっています!それでも、私は先生

 なんです!私は、皆がもっと良い未来

 へ行く手助けがしたいんです!

 偽善かもしれないけれど、それでも

 私は先生なんです!」

 

「愛ちゃん……」

園部が静かに先生の名を呼ぶ。他の生徒達も、

何か思うところがあったのか、俯いている。

 

彼女は、どこまでも先生、と言う訳か。

……しかし、『言葉だけ』では届かない。

少し、『賭けて』みるか。

 

そう考えた私は、ノルンをホルスターに

収めると、先生から離れながら指を数回、

鳴らした。すると清水の怪我が消え、

代わりに彼の体をロープが縛り上げる。

そして、私は手元に大きめの、黒い

鋼鉄製のチョーカーを出現させると、それを

清水の首にセットした。

 

「新生君。何を……」

「……今、清水の首にセットしたチョーカー

 には、爆薬が入れてあります。人一人の

 首を切断するには、十分な量です」

「ッ!?」

私の言葉に先生の表情が強ばる。更に、私は

小さな長方形の、ライターのような形の

スイッチを創り出す。

 

「チョーカーは、今から20分後に爆発します。

 止める方法は、このスイッチの赤いボタンを

 制限時間内に押すだけです。そして……」

私は、更に魔力供給リングと魔力式

ハンドガン、『ティアマト』を創り出し、

先生の足下に放った。

 

「魔力を無限に供給する腕輪と、魔力を弾丸

 として打ち出すハンドガンです」

「こ、これで……。どうしろ、と?」

薄々感づいているのか、先生は戸惑いながら

私とティアマトの二つを交互に見つめている。

 

「20分以内に、このスイッチを私から

 奪えれば、清水は死なないでしょう。

 あとは、先生の好きにすれば良い。

 それ以降私は先生の清水に対するやり方

 に、一切口出しはしません」

「ちょ、ちょっと待ってよ新生!

 あんた自分が何してるのか

 分かってるの!?あんた、愛ちゃんに

 戦わせようって言うんじゃ!」

「半端物は黙っていろ!」

叫ぶ園部たちを、私は殺気を交えて

一括する。それだけで、園部たちは大人しく

なる。

 

「いつだか、私は先生に言いましたよね?

 意思だけでは、声だけでは、何も守れない。

 ……先生に自分の意思を貫く覚悟が

 あると言うのなら、戦う事でそれを

 示して下さい」

「ッ。私、が?」

「えぇ。……それとも、先生は戦う苦痛から

 逃げ、清水を見捨てますか?まぁ、それも

 構いません」

そう言うと、私は先生に背を向け、再び

ノルンを清水に向ける。

「ただ、こいつの死期が早まるだけですから」

後ろで先生が息を呑む音が聞こえる。

 

「あなたに守る意思があるのだとしても、力を

 持たなければ、奪われるだけですよ!」

清水に銃口を。そして先生には現実を

突き付ける。

私は、静かに引き金に指を掛ける。

 

と、その時。

「ダメェェェッ!」

『バシュッ!』

火薬の物とも違う破裂音が響いた。それは

ティアマトの物だ。

私は咄嗟に、左手にティアマトを生み出し、

振り返って相殺する一発を放った。

空中でぶつかり合い、消滅する魔力弾。

 

「ハァ、ハァ……!ッ!?」

やがて、先生は銃を撃った事を自覚した

のか、震えながらティアマトを落としそう

になるが……。

 

「落とすなっ!!」

私の叫びに、先生はティアマトをギリギリで

保持する。

「それはお前の力だ!お前の意思を貫き

 通すための物だ!」

私の叫びに、先生は呆然としている。

「選べ!ここで、清水を助けるために戦うか!

 それとも、見捨てるか!言っておくが、

 私を説得してチョーカーを外させよう

 等という考えがあるのなら捨てろ!

 私が貴方の言葉で簡単に納得しないのは

 貴方自身が知っているだろう!」

私はノルンをホルスターに収めるとティアマト

を先生に向けた。

「時には力を使わなければならない時が

 ある!そして、それが今だ!」

『バシュバシュッ!』

ティアマトから放たれた魔力弾が先生の

足下に着弾する。

 

「ッ!愛子っ!貴様ぁっ!」

その時、愛子を撃った事に怒った護衛の

デビッド達が向かってくるが……。

 

「邪魔だぁっ!」

私が強烈な殺気を放つと、泡を吹いて気絶

してしまった。これによって、デビッド達と

重役達は気絶。ウィルは呆然とし、園部達は

動こうとしない。ハジメ達はただじっと、

私のやろうとしている事を見守っている。

 

「弱ければ守れない!何も!誰も!

 力が無ければ、あなたの意思はただの

 妄言でしかない!その理想を貫く覚悟が

 あるのなら、示して見せろ!私に!

 その理想の為に戦う覚悟があるのなら、

 戦って見せろ!ここで!私と!」

私の言葉に、先生はティアマトを握る手

を震わせながら構える。

それに対し、私はジョーカーの装着を

解除する。

 

「……来い。あなたの覚悟を、私に

 見せてみろ!」

「ッ!うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

先生は、叫びながらティアマトを連射し

私に向かってくる。

とは言え、素人の射撃。命中率は低い。

命中する物だけを、同じティアマトの

魔力弾で迎撃する。

距離が近づいた瞬間、先生は私の右手に

あるスイッチに手を伸ばす。

だが……。

 

私は、ティアマトを宙に放ると、突進してきた

先生の服を掴んで、背負い投げで投げ飛ばした。

『ドタンッ!』

「あぐっ!?」

背中から地面に落ちる先生。

「残り、16分ですよ。先生。実力を

 考えれば、諦めるのもまた選択の一つ

 だと思いますが?」

「そんな事、出来ませんっ!」

先生は、何とか体を起こし、立ち上がると

私に向かって来た。慣れないながらもパンチ

を放つが、素人のそれを避けるなど、私に

してみれば楽勝だ。

2発、3発、4発と避け、更に大ぶりの5発目

を避け、先生の指先に足を引っかける。

「あっ!?ぐっ!?」

それだけで先生は地面の上に倒れる。

 

先生は、しばし動かなかった。だが、震える手

で立ち上がり、振り向いたとき、ぶつけた

衝撃のせいか、鼻血を流していた。

しかし、その目に映る闘志に、衰えは無い。

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

血を流しながらも、先生は戦う。

私目がけて精一杯拳を振るい、ティアマトを

撃つ。しかしそれら全て、当らない。

私とて、当ってやる気も無い。

 

全ては、『試す』ためだ。先生を。

そして、奴を。

 

「何やってんの新生!あんた、先生に!」

「……半端物は黙っていろと言った。

 何だったら、先生に加勢するか?」

園部がまた性懲りも無く叫んできたので、

良い機会だ。彼等も、試す。

 

実際、今の奴らは、私との戦いを恐れて

萎縮している。……これで良く、護衛隊

などと言えた物だ。

「戦う気が無いのなら黙っていろ!」

「「「「「「ッ!!」」」」」」

私の叫びに、6人はビクッと体を震わせる。

「口先だけの存在など、いくらでも居る!

 お前達がそうだ!護衛隊とは、護る部隊!

 それがどうだ!まともに戦う事も出来ず、

 護衛隊など!聞いて呆れる!」

 

覚悟を、決意を、それを持てるのは彼等

次第だ。

「私はかつて言った!撃って良いのは、

 撃たれる覚悟がある者だけだと!

 だがお前達はどうだ!?覚悟も決意も

 無く、なのに武装し、護衛隊などと

 言う戦争ごっこをしている!完全に

 争いから逃げる訳でも、立ち向かう訳

 でもない!これを中途半端と言わず、

 何という!」

 

その時。

「だ、だって、怖いんだもん!」

女子の一人、菅原が叫ぶ。

「私は嫌だ!死にたくない!死にたくない!」

そう言って、その場に蹲る菅原。

他の5人も表情を青くしている。

だが……。

 

「そうだ!誰だって死にたくは無い!

 だが怖いと言うのなら、なぜお前達は

 護衛隊などをやっている!護衛する、

 と言う事は、戦う可能性があるとは

 考えなかったのか!」

私は、突進してきた先生をいなし、

叫ぶ。

「そ、それは……」

園部が言葉に詰まる。

 

「戦場!痛み!恐怖!お前達はそれらの

 事を知り、萎縮している!

 だがな!忘れたとは言わせんぞ!

 お前達はチート級のスペックを

 持っているはずだ!その力を極めて

 居たならば、お前達だけで魔物の群れを

 退けていた可能性だってある!」

「ッ!お、俺達、が?」

もちろん、半分は『はったり』だ。だが、

清水は闇魔法を極め、あれだけの魔物を

従えていた。成程、異世界から召喚

された彼等がチートだと言われる一端を

見たと私は思っている。

 

「そうだ!例えば、香織は今殆ど詠唱を

 無しで回復魔法を使える程に極めている!

 次にハジメ!お前達がかつて無能と罵った

 ハジメは、強くなるために日々格闘技を

極めている!

 だがお前達はどうだ!護衛隊という身分に

 驕り、高みを目指して等居ない!!」

彼等には、強くなるだけの伸びしろがある。

だが、彼等は力を伸ばす努力をしていない。

「例えば清水!確かに奴のした事は、到底

 許される事では無い!だが奴は、自らの

 力を理解し、極めようとした!その意味に

 限れば、清水はお前達よりも前進している!」

決して奴を褒めた訳ではない。だが、事実だ。

 

園部達が力を付けようとしない中、清水は

自らの力を研究し、実験し、伸ばした。

その動機も褒められた物ではないが、

力を伸ばした事実は変わらない。

 

「こいつは、闇術師として力を磨き、

 考えた。だがお前達はどうだ!

 武器を持っていても、力を極めよう

 とはしない!極めれば、大抵の存在に 

 太刀打ち出来る猛者になれると言う

 のに!」

 

その時、男子の一人、玉井が拳を握りしめる

のを見逃さなかった。

……もう一押し、か。

「お前達が愛ちゃん護衛隊を結成した目的は

 何だ!?少しでも働き、周囲からの批判を

 無くすためか!?それとも、本気で先生を

 護りたいと思ったからか!?」

その言葉に、園部が私の与えたヒートクナイ

を握りしめる。

 

「お前達の護衛隊などただのごっこ遊びだ!

 隊などとは言えない!中途半端な奴らの

 寄せ集めだ!実際、何の役にも立っていない!」

私の言葉に、他の男子二人、相川と仁村が

その瞳に怒りの炎を滾らせ始める。

「怒ったか?私に!だがな!私は事実を

 言っているだけだぞ!お前達は、実際に

 この町の防衛戦で何をした!何も

 していなかっただろう!はっきり言おう!

 役立たずだ!」

更に、女子の菅原と宮崎までもが、私を

涙目ながらも睨み付け始める。

 

……起爆剤の用意は出来た。後は、奴ら自身

が着火出来るかどうかだ。

「悔しいか!事実を言われて!まぁ、人間

 図星は頭にくるらしいからな!

 ぶっ飛ばしたいか!私を!やる気が

 あるのなら、好きに掛かってこい!

 理由ならいくらでもあるだろう!

 先生を助ける為でも良い!自分の怒りを

 発散するためでも良い!」

6人は、自分の装備を握りしめ、私を

睨んでいる。

 

ふふっ。乗ってきたな。さて、最後の

発破を掛けるとするか。

「もしお前達に戦う気があるのなら、

 その怒り!私にぶつけて見せろ!

 お前達が恐怖の壁を越えたとき、お前達の

前進が始まる!さぁ!踏み込んでこい!

 自分の意思で!お前達の未来は、

 お前達自身で決めろ!恐れ、踏みとどまるも

 良し!闘志を糧に、恐怖を超えて挑むも

 良し!さぁ!選べ!自分の道は、自分で

 決めろ!」

「ッ!うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

その時、メカニカルな曲刀、ヒートシミター

を抜き、玉井が私に斬りかかった。

私は咄嗟に深紅の刀、アレースを抜きそれを

防ぐ。

「やってやるっ!やってやるよ畜生!」

玉井の顔には、恐怖と興奮が混ざり合った

ような表情が浮かんでいた。

「はっ!やる気になったか!ならば、その 

 闘志を、私にぶつけて見せろ!玉井淳史!」

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

咆哮と共に玉井は連続でシミターを振る。

その連撃を、私はアレースで防ぐだけだ。

だがその速度は、どう見ても素人ではない。

 

「……玉井君」

そして、玉井の姿を、体を泥だらけにした

先生が見ている。

「お、俺だって!俺だって男だ!あそこまで

 言われて、黙ってられるか畜生がっ!」

「そうだろうなっ!だったら、どうする!」

「やってやるよ畜生がぁぁぁぁっ!」

シミターの連撃を防ぐ。次第に慣れ始めた

のか、玉井のヒートシミターの軌跡が

鋭い物になっていく。

 

そして、次の動き出した者は……。

「愛ちゃん」

園部だった。彼女は先生の隣に立つ。

「ッ。園部さん?」

「……私、私。……戦います。女子だって、

 あそこまで言われたらやっぱり癪だし」

そう語る園部もまた、恐怖を隠すような笑み

を浮かべていた。

 

「それに……。私達は、愛ちゃん護衛隊

 だから。……だからっ!」

次の瞬間、私が玉井のシミターを弾いた

一瞬を狙って園部はヒートダートを

投げつけてきた。

それを、体をひねって回避する。

「次は園部か。……良いだろう。まとめて

 掛かってこい!」

玉井の攻撃の合間を縫って、私にヒートダート

を投げつける園部。

 

更に……。

「こうなったら、やってやる!やってやる

 んだから!」

更に菅原が、電磁ウィップを放ってきた。

それをバックステップで避ける。

更に相川が、仁村が、宮崎が。

次々と魔法を放ってくる。

「やってやる!俺達だって!」

「先生を助けるんだから!」

 

どうやら、全員に火が付いたようだ。

……これで良い。

 

私は、呆然としている先生へと視線を

向けた。

「愛子先生!彼等もまた、立ち上がった!

 さぁどうしますか!あなたはここで

 諦めますか!それとも、生徒と一緒に、

 清水を助けるために戦いますか!

 どっちだ!?」

「ッ!」

「皆、自分の意思で私と戦っている。

 貴方は見ているだけか!」

6人の攻撃を捌きながら叫ぶ。

そして、先生はティアマトをギュッと

握りしめ……。

 

「皆、私に力を貸して下さい!私は、

 清水君を助けたいんです!」

ティアマトを構えながら叫んだ。

「「「「「「はいっ!!」」」」」」

そして6人も、気合いに満ちた返事を

返す。

 

今、私は先生を。そして清水を

試している。6人の覚醒は、無いと思っていた。

しかし、これはある意味嬉しい誤算だ。

先生と園部たち、7人が決意を宿した

目で私を睨み付けている。

 

「ほう?……いい目をするようになった

 ではないか。……さぁ!来い!

 お前達の意思とその力で、私の勝利

 出来る物なら、やってみるが良い!」

 

その叫びを合図に、7人は一斉に私に

襲いかかってきた。

 

 

『何でだよ……』

チョーカーのタイマーのカウントが10分を

切る中、清水は考えていた。

彼には理解出来なかった。愛子が、彼女自身を

殺そうとした清水を助けるために、一生懸命、

全身全霊で戦っている事を。

そして、清水は自然と視線で愛子を追っていた。

だがそれに気づいた清水は俯く。

 

しかし……。

「俯くな」

その時、声が聞こえてハッとなり視線を上げる

清水。彼の隣には、ジョーカーを解除した

ハジメが立っていた。

「視線を逸らすな。……先生は、他の誰でも

 無い。清水幸利!君のために戦っているんだ!

 だから、目を背けるな!」

「別に……。頼んでねぇよ」

ハジメの言葉に、反発心から呟く清水。

すると……。

「だったらここで死ぬか!」

「ひっ!?」

ハジメが清水にノルンを突き付けた。

突き付けられた銃口とハジメの気迫に

気圧され悲鳴を漏らす清水。

 

「よく聞け!清水幸利!愛子先生は、

 先生として、生徒を少しでもより良い

 未来へ導きたい!そう言っていた!

 それは君に対しても同じだ!」

「ふ、ふんっ!どうせ、どうせいい人

 ぶってるだけだろ!あんなの、ただの

 偽善だ!」

ハジメの言葉に反論する清水。

「だったら、前を見てみろ!先生を

 見てみろ!」

そう言って、ハジメは清水に、強引に

愛子の方を向かせた。

 

「見えるか!先生が!今の先生の姿が!」

清水の視線の先では、泥と擦り傷から流れる

血でスーツや顔を汚した愛子が、スイッチを

奪おうと司に掴みかかり、投げ飛ばされた。

 

「まだっ!まだですっ!」

投げ飛ばされ、泥と汗と血で顔を汚そうと、

その瞳の中で燃えさかる闘志は消えない。

 

「あれが、偽善に見えるのか!?

 血を流し、傷を作り、痛みに耐えて

 戦っているあの姿が!本当の偽善者

 って言うのは、口先だけの奴の事

 だろう!?あれのどこが、口先だけの

 偽善者なんだ!」

「ッ!」

口先だけの偽善者。それを、今愛子は体を

張って否定していた。

 

「目を背けるな!これは、お前の今後を

 賭けた戦いなんだ!」

ハジメの言葉に、清水は震えながら

愛子を見ている。

 

 

ハジメが清水に語りかけている。どうやら

私の意図を汲んでくれたようだ。

ありがたい。では……。

「先生。先生は何故奴を助けるのですか?

 あの男、清水は既に5人も人間を殺して

 います。そして更に虐殺の未遂犯。

 更に言えば、先生は直接狙われた

 被害者だ。なぜ被害者の先生が、

 加害者である清水を庇うのですか?

 私に言わせれば、あの男は死刑に

 なったとしても、仕方ないでしょう」

「確かに、そうなのかもしれないっ!」

先生は叫びながら掴みかかる。

私はそれを受け止め、腕をひねり上げる。

 

これで園部達は攻撃出来ず、二の足を踏む。

だが今はそれで良い。

「ぐっ!?確かに、清水君は許されない事を

 しましたっ!でも、でも、私は先生

 なんです!例え、誰もが清水君を悪だと

 糾弾しても、私は先生として、彼を!

 生徒を支えたいんです!」

「ならば、先生にはその決意を貫くために、

 戦う覚悟があると言うんですか!」

「ありますっ!」

即答だった。

一切の迷いは見えない。先生への認識を

改めなければならないな。

先生は、真っ直ぐなお人だ。

 

だが、なればこそ、私は手を抜かない。

ここでスイッチを簡単に渡したり等

しない。まだ、『奴』が定まっていない

からだ。

 

さぁ、どうする清水幸利。お前は、

変わるのか。変わらないのか。

見せて貰うぞ。

 

「残り、7分を切りましたよ」

「ゼェ、ハァ。ク、ソッ。7対1でも、

 ダメなのか」

最初から攻撃していた玉井は、既に荒い呼吸

を繰り返し、シミターを片方地面に突き刺し、

それに掴まるようにしながら地面に膝を

突いている。

「マジ、新生、人外」

菅原も荒い呼吸で地面にへたり込んでいる。

 

「み、皆……」

そして、先生も限界なのか、震える足で

立っているのがやっとだった。

 

 

『ダメ。届かない』

その時、愛子は半ば諦めかけていた。

7対1でも、掠りもしない攻撃。まして

全員が疲労困憊という有様。もうどう

足掻いてもスイッチを奪える気がしなかった。

 

ダメだ、もう無理だ。

そんな考えが、一瞬愛子の中で生まれる。

しかし、愛子は首を振ってそんな考えを

振り払う。

『諦めるな!私が、清水君を助ける!』

そう考え、愛子は清水に目を向けた時。

閃いた。

 

スイッチが奪えないのなら、一か八か、

力で引き剥がせば良いのだ、と。

『ダッ!』

そう思った瞬間、愛子は清水に向かって

もつれる足取りで駆け寄り、その首の

チョーカーを握る。

「な、何してんだよ!?」

それを見て叫ぶ清水。

「スイッチが奪えないのなら、力ずくです!」

愛子は彼に叫び返すと、既に疲労で余り

力の入らない腕に、それでも力を込める。

 

しかし、チョーカーは司が設計した物、

愛子の握力では、引き剥がす事は不可能だ。

彼女も、薄々分かっていた。司の創った

物が、早々簡単に外れるはずが無い。

 

だが、それでも彼女にはそれしか無かった。

スイッチはもう奪えそうにない。

だから……。必死にチョーカーを外そう

と力を込める愛子。

 

その時。

「何でだよ!?何で、アンタは、俺なんかに

 そこまで必死になれるんだよ!?」

理解出来ない。その思いがありありと浮かんだ

表情で、清水は叫ぶ。

「決まってます!私は、先生なんです!

 先生が生徒を助けて何が悪いんですか!」

「ッ!?何だよ、それ……」

「確かに、私の考えは偽善的かもしれません!

 これは私のエゴなのかもしれない!

 それでも!私は、絶対に生徒を見捨てない!

 最後の最後まで、絶対に諦めません!」

「ッ!……。何だよ、それ」

清水は、先生の言葉に体を震わせる。

 

 

先生は、必死にチョーカーを外そうと

奮闘している。私はそれをじっと見つめて

いる。

……そろそろか。

「……あと、3分を切りました」

私は静かにカウントを告げる。

 

「ッ!……。お、おいっ!」

その時、清水が震える声で叫んだ。

「もう良いっ!さっさと離れろ!

 アンタまで死ぬぞ!」

清水の言葉に、園部たちが息を呑む。

 

それは、先生を気遣う言葉だからだ。

「いいえっ!離れません!

 先生は、最後の最後まで、諦めません!」

「もう、良いって言ってるだろ!?」

清水は体を捻って先生から離れようとする。

しかし、先生は清水にしがみついて

離れない。

 

「俺は、結局、駒でしかなかった……!

 それで、最期がこんなのとか……!

 畜生!畜生!」

清水は、涙ながらに叫ぶ。

後悔と懺悔を滲ませながら。

 

「これが最期なんかじゃありません!

 死なせませんからね!絶対に!」

そして、なお諦めない先生に、清水は、

更に涙を流す。

 

「残り、1分。58、57……」

そして、奴は私を見る。

「おい新生っ!早く爆弾を止めろ!

 このままじゃ、こいつも死ぬぞ!」

「53、52……」

「止めろって言ってるだろ!おい!」

「49、48……」

「聞こえてるだろ!おい!新生!

 こいつまで、先生まで巻き込む気

 かよ!先生は、俺なんかよりも、

 価値があるんだろ!?だから止めろよ!

 新生!」

「36、35……」

「あぁ良く分かったよ!俺が、ただの

 人形で、クズでしか無かった!けど、

先生は、俺と助けようとしてくれた!

その人まで俺と一緒に死なせるのか!?

止めろ!止めて、くれ!新生!」

「24、23……」

 

「な、んで。何で止めねんだよ新生!

 もう良いだろっ!?俺の事は、俺の事は

 どうなっても良い!だから!だから!」

「16、15……」

 

「止めろ、止めろ!……やめて、

止めてくれぇぇぇっ!」

「8、9……」

「畜生ぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

次の瞬間、清水は先生に頭突きをして、

その場で体を丸め込んだ。

「4、3……」

「清水君ッ!?」

「来るなぁっ!」

絶望に暮れるような表情の先生と、

来るなと叫ぶ清水。

 

「2、1……」

「ダメェェェェェェッ!!!」

必死に手を伸ばす先生。

次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………』

 

 

 

 

 

 

 

 

何も起らなかった。

 

「……え?」

園部が、呆けた声を漏らした。

「何も、起らない?」

玉井が、どうにかシミターを杖代わりに

して立ち上がる。

 

「……あ、れ?」

そして、硬く目を閉じていた清水も、自分が

生きている事に驚き、周囲を見回す。

「何、で……?」

「清水君!」

驚く清水。しかし、次の瞬間には、先生が

彼を抱きしめた。

 

「良かった……!無事で……!

 本当に、良かった……!」

先生は清水を抱きしめ、涙ながらに

その生を喜んでいる。

 

そして……。

「何で、アンタが、先生が泣くんだよ。

 俺は、先生を殺そうとしたんだぞ?」

「それでもいいです。私は、生徒達に、

 皆に、生きていて欲しいから……」

「ッ。……何だよ。それ。やっぱり、

 先生は、偽善者だろ。……そう、俺は、

 思ってるのに……。何で、だよ」

清水の目から、止めどない涙が溢れる。

 

「何で、俺、泣いてんだよ。畜生……!」

 

その後、清水の嗚咽が止まるまで、

数分を要したのだった。

 

そして、およそ10分後。

 

「まずは、先生たちを試すような事を

 して、申し訳ありませんでした」

まずは、私が8人に頭を下げた。

「あの、新生君はどうしてこのような事を?」

私に問いかける先生。その周囲では、

園部や清水達が説明して、と言いたげな

表情をしていた。

 

「はい。順を追って説明するのならば

 まず最初に。先ほどまでの清水には、

 先生の声は届かなかった」

と言う私の言葉に、先生と清水はバツの

悪そうな表情を浮かべる。

 

「先生の意思を、彼に届けるためには、

 先生自身が、行動で示す必要性を私は

 感じたのです。結果は、まぁご覧の

 通りです」

そう言って、私は指を鳴らす。すると、

清水を拘束していたロープとチョーカーが

外れる。

 

「その為に、あんな事を?」

「えぇ。……本音を言えば、五分五分

 でした。この結果にたどり着くために

 必要だったのは、先生の覚悟ある行動と、

 清水に少しでも変化がある事。

 そのどちらかが欠けていた場合、恐らく

 清水は死んでいたでしょう」

「……どうして、俺を助けた」

 

静かに、今度は清水が問いかけてきた。

「……言っておくが、お前を助けたのは

 私では無い。先生と、お前自身だ」

「え?」

「あのチョーカーには、本当に爆薬を

 封入していた。例えば一分前のあの

 行動の時、お前が先生を盾にして

 爆発の停止を要求したのなら、

 私がノルンで射殺していた。

 つまり、お前の行動が、お前自身を

 護ったのだ」

「……どうして、そんな……」

 

良い機会、か。色々指摘しておくとしよう。

 

「清水。これは私の主観によるアドバイスだ。

 聞くも聞き流すも、好きにしろ。

 ……お前は先ほど、自分をクズだと言った」

「ッ、それは……」

「だが、お前の最後の行動は、お前の

 良心が働いた結果なのだと、私は考えている」

「俺の、良心?」

「そうだ。……本当のクズというのは、

 一欠片の良心も持たない奴の事を言うのだと、

 私は考えている。そう言う意味では、お前は

 まだ完全に『堕ちて』は居なかった。

 そう言う事だ。私は、それを試した。

 お前が最底辺まで堕ちているのかどうかをな。

結果は、NOだった。そして、そんなお前を

先生が、堕ちるギリギリの所から引き上げた。

それだけの事だ」

 

「……。先生、が」

清水は、静かに先生の方に視線を向ける。

そして視線を向けられた先生は、清水に

笑みを向け返す。

 

 

清水から見て、今の愛子の顔は、泥と汗と

血でグチャグチャに汚れていた。

 

それでも、その笑顔が、とても輝いて

見えた気がしたのだった。

 

 

清水は、歯を食いしばるようにしながら

俯いた。

しかし、これで良いだろう。あとは、

私から8人に言っておきたい事がある。

 

「先生、そして、園部たち。清水。

 私から少し言っておきたい事がある。

 まずは、先生に」

「は、はいっ。何ですか?」

「先生の生徒を思いやる気持ちは、確かな

 物だと、今回の事で深く理解しました。

 しかし、時に力を使わなければ、戦う

 事でしか護る事の出来ない物もあると、

 せめて理解して欲しいのです」

「……。はい。分かってます。

 いざと言う時は、戦わなければ

 ならないのですね」

先生は、どこか決心したような表情を

浮かべる。

先生はこれで良いだろう。

 

「では、次に園部たち」

「お、おぅ?何だ?」

戸惑い気味に答える玉井。

 

「改めて問う。……お前達は、本気で

 護衛隊を続ける気があるのか?」

「「「「「「………………」」」」」」

「戦う気も無いのに護衛隊を名乗るなど、

 ごっこ遊びでしかない。だからこそ

 問う。時に戦う事があるかもしれない

 と理解し、護衛隊を続けるか。

 それとも、護衛隊も止めて引きこもるか。

 お前達は、どうする?」

 

私の問いかけに、真っ先に答えたのは、

園部だった。

 

「やる。私は護衛隊を続ける」

「……今回の襲撃で、魔人族がどれだけ

 先生を狙っているか分かったはずだ。 

 それでもか?」

「……確かに、戦う事は怖い。でも、何て

言うか。もう、逃げたくないの。現実から。

そして、一度は自分の意思で護衛隊を

作った。………今回の事で、愛ちゃん

がどれだけ私達の事を考えてくれている

のかも分かった。……だから、せめて

愛ちゃんの事を護りたい。今度は

しっかり、私達の力で……!」

園部は、闘志に燃える瞳で、グッと

ヒートダートを握りしめている。

そして更に、玉井、相川、仁村、菅原、

宮崎が園部の言葉に賛成し、決意を

新たにしている。

 

どうやら、彼女達も覚醒したようだ。

 

では……。最後は清水だ。

「最後に、清水」

「え?は、はい」

「……お前は、自分の価値を示したい、と

 言っていたな?ならば、それを示せ」

「え?……どうやって」

「先ほど言ったように、お前を助けたのは

 先生だ。そして、先生を狙った事への

 贖罪の意思があるのなら、先生を

 護れ。先生に助けられた命で、今度は

 お前が先生を護るんだ」

「ッ?!俺、が?」

 

「そうだ。お前の恩師を、お前自身の手で

 守り、価値を示せ。……どうする」

「……。俺で、良いのかよ?先生。

 俺なんかが、先生の護衛で」

「はい。……私は、そんなに強く

 ありませんし。……清水君や園部さんが

 側に居てくれるのなら、とても

 心強いですよ」

「……そう、か」

笑みを浮かべる先生の本心に、清水は

俯く。

 

やがて……。

「……やるよ。俺」

小さな声で頷き、私を見上げる清水。

しかし、その瞳には、先ほどまで浮かんで居た

濁りが消えていた。

「これで贖罪になるか、分かんないけど」

 

「そうか。……清水、最後にこれだけ

 言っておこう。人という漢字は、人と人が

 支え合っている、と言う表現がよくある。

 今回、先生の尽力でお前は生き延びた。

 先生が、お前を支えたんだ。

 ……今度は、お前が支える番だ」

「……あぁ。そうだな」

そう、清水は頷いた。

 

さて、では……。

「では、園部、菅原、宮崎、相川、仁村、

 玉井。……お前達の決意表明に対する

 祝電代わりだ。受け取れ」

そう言って、私は彼等に一つずつブレスレット、

待機状態のジョーカーを投げ渡した。

 

「こ、これって!?ジョーカー!?

 おまっ!?何で!?」

「……お前達は決意を示した。それを受け取る

 に足る存在だと私が判断した。

 ……餞別だ。好きに使え。そして……」

私はもう1つのブレスレットを創り出し……。

「先生にも」

と言って先生にも差し出した。が……。

 

「いいえ。私には、まだそれを受け取る資格

はありません」

「そう思われる根拠は?」

「確かに、今回の事で時に戦わなければ

 ならないという事は実感しました。ですが、

 今の私にはまだ、『力を振るう覚悟』が

 備わったわけではありません。どこかで、

 力を振るう事を躊躇う自分が、まだ居る

 んです。だから、そんな不完全な覚悟の

 ままでこれを受け取る事は出来ません」

そう言って先生は差し出した私の手を、

ゆっくりと押し返した。

 

「……そうですか。まぁ、大凡断られる

 とは思って居たので」

と言うと、私は別のブレスレットを

取り出した。

「清水。お前にも、護衛隊復帰の前祝いだ。

 受け取れ」

そう言って、ブレスレットを差し出した。

 

「い、良いのかよ?」

「あぁ。……お前は、今日から園部達と

 同じ護衛隊の一人になった。そう言う事だ。

 ……お前が先生を守る時、ジョーカーが

 役に立つだろう。好きに使え」

「……。ありがとう、新生」

 

そう言って、清水は受け取ったブレスレット

をギュッと握りしめ、必死に嗚咽を堪えていた。

 

 

そして、その様子をハジメ達はただ黙って

見つめていた。

「これで、大団円、って事なのかな」

「うん。きっと、そうだよ」

香織の言葉に頷くハジメ。

 

やがて、静かにハジメ達の方に歩みを進める

司の後ろでは、愛子が清水を抱きしめ、

その周りで園部達が笑っていたのだった。

 

 

     第36話 END

 




って事で、清水生存+護衛隊の面々覚醒、でした。
次回も続いてウル防衛戦後のお話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第37話 ウル防衛戦後

今回でウルの町でのお話は終わりです。
前回が長かったので、今回は逆にちょっと
短めです。


~~~前回のあらすじ~~~

ウル防衛戦を制し、主犯である清水幸利を捕らえた

ハジメと司たち。清水は当初、愛子の言葉が

届かない程、歪んだ精神状態だったが、愛子の

本気の度合いを見せるために司が一芝居打ち、

それが功を奏して清水は死なずに済んだだけ

ではなく、愛子の言葉に応える形で改心。

更に覚醒した園部たちと同じく、司から

ジョーカーを与えられ、愛子の護衛をする事を

決心するのだった。

 

 

「で、めでたく大団円、だったんだけど……。

 どうする?これ?」

と、ハジメは近くで伸びているデビッド達と

重役に目を向けるハジメ。

今は、私とハジメ達の6人、ティオ、ウィル。

愛子先生、園部たち、清水。

合計16人が円を描くように、地面に腰を

下ろしていた。ちなみに、愛子先生や

園部たちの傷や体力は、私と香織の力で

回復させた。

 

「僕的には、まぁ清水君も改心したみたいだから

 今回の件について言う気は無いけど、

 多分問題になるよね?これ」

「えぇ。ハジメの言うとおりです。……教会

 としては、魔人族に協力した清水を、

 放っておく事はしないでしょう」

「そ、そんなっ!?」

私の言葉に愛子先生が驚き、清水と園部たち

の7人が俯く。

 

しかし、手が無い訳でもない。

「まぁ、そういうわけなので、サクッと

 こいつらの記憶を弄っておきます」

「はいっ!?」

私の言葉に、園部が素っ頓狂な声を上げる。

「私の力で、こいつらの記憶を弄っておきます。

 ハジメ、設定として良い案はあります?」

「あぁ。うん。それなら、清水君は魔人族に

 よって特殊なお香か何かを嗅がされて、

 一種の催眠術状態にあり、操られていた。

 なんてどうかな?」

「成程。それは良い作り話ですね。では早速」

 

私は、気絶していたデビッド達の頭に手を当て、

偽りの記憶をダウンロードし、清水が

捕縛されてからの記憶を消した。

 

「ふむ。……これでOKです」

「「「「「「「いやいや!待て待て!」」」」」」」

すると、園部に清水達7人が何やらツッコみ

を入れてきた。

「何ですか?」

「おまっ!?今ので記憶操作できたのか!?

 って言うかお前能力どんだけあんの!?」

「……やっぱ菅原の言うとおり人外だよな。

 新生って」

首をかしげる私にまくし立てる玉井と

ため息をつく相川。

「俺、あんなのに喧嘩売ったのか。

 ……良く生き残ったな、俺」

「確かに」

どこか遠い目の清水と彼の肩を叩き頷く仁村。

 

まぁ良い。

「皆、聞いて下さい。……こんな時の

 諺があります」

「……何?」

と首をかしげる園部。

私の言葉は……。

 

「『嘘も方便』、です」

「「「「「「「それで良いのか!?」」」」」」」

「いや、まぁ言葉としては合ってるけど……」

ツッコむ7人に、苦笑を浮かべながら

呟くハジメ。

「って言うか白崎さんとかに聞くけど、

 いっつもこんな感じなの!?」

「うん。司くん居ると、大抵の事はどうにか

 なっちゃうから」

香織に話題を振る園部。当の香織は、苦笑

気味に頷く。

 

「……気にするだけ無駄。司=万能。

 OK?」

「え~?……そんなんで納得出来るの?」

ユエの言葉に、菅原が戸惑っている。

「ま、まぁそれが事実ですし」

と、シアも苦笑気味だ。

そしてトドメはいつもの……。

 

「だってツカサお兄ちゃん、あんな艦隊を

 創れるんだよ?ツカサお兄ちゃんに

 常識が通じるわけ無いと思うけど?」

と言って、遠くに見える派遣艦隊の

揚陸艇を指さすルフェア。

「「「「「「「あぁ、確かに」」」」」」」

そして、ルフェアの言葉に7人は遠い目を

したまま納得したのか頷いた。

 

……ルフェアの言葉には人を納得させる

だけの力があるのだろうか。

 

しかし……。

「んんっ!」

その時、咳払いをした愛子先生。

「……正直、人の記憶を改ざんするなんて、

 余り許される行為ではありません。

 ……なのですが。ハァ、正直、私は

 疲れて怒る気力がありません」

「そういや、なんかドッと疲れたな」

「そりゃお前、一世一代の決心をした

 からじゃねぇの?」

先生の言葉に同意する玉井と相川。

 

「まぁ、とにかく。……この戦いは

 終わった。それだけは確実だ」

と、私が事実を告げる。

「それにしても……。魔人族は神の使徒

 である清水君まで利用して先生を

 狙うなんて……」

「……そうですね。……清水。それに

 園部たちも。一応言っておくが、

 これは魔人族の攻勢の前触れの可能性が

 ある。恐らく、私達とはここで別れる

 事になるだろうが、くれぐれも油断 

 だけはしないように」

私はハジメの言葉に頷き、園部達に

一応忠告しておく。

「あぁ、分かってるよ」

そう頷く玉井の表情には、先生を守る

と言う決意が浮かんで居た。

他の6人もだ。

 

何だか、彼等の方がよっぽど勇ましいな。

……と言うか、あのバカより勇者

出来そうな雰囲気である。

まぁ、それはさておき。

私達の行動は結果的に、最良の未来に

たどり着いたのだろう。ウィルから

すれば、微妙な心境かもしれないが、

清水も愛子先生も、園部たちも無事

なのだ。ハジメが言っていた、

大団円には十分だろう。

 

 

その後、ある程度話をしていると、デビッド

達が起きてきた。

ちなみに、気絶の理由は、清水と先生を狙った

無数の水のレーザーが近くに着弾して、

吹っ飛んだ事が原因、と言う事にしておいたが、

無事に記憶の改竄が出来ていたようだ。

 

デビッド達は、清水が魔人族の催眠術にかかり

利用されていた、と言う記憶を信じ切って、

清水を心配していた。

……若干後ろめたいのか、清水と先生が

終始微妙な顔をしつつ私に視線を送っていた。

 

その後、私達はウルの町へと戻った。

後ろにパル達も連れ、私達はジョーカーを

纏っている。

そして防壁のゲートを潜るなり、周囲からは

大歓声で迎えられた。

先頭の歩くのは、愛子先生だ。彼女が

笑みを浮かべて手を振れば、ワーワーと

周囲が騒ぎ立てる。

しかしこれは嬉しい誤算だ。

先生に注意が集中していれば、清水のこと

に気が行く人間は少ないだろうからな。

一応、念のため清水にはジョーカーを

纏って貰っている。

 

ちなみに、清水に渡したジョーカーは

新型だ。清水専用のジョーカー、

それは新型の『ジョーカー・コマンド』、

その『タイプG/07』だ。

ジョーカー・コマンドは、元々指揮官機、

つまりカムや私と言った、指揮官が使う

為に設計したものだ。頭部に一本の

通信用アンテナを装備しており、

戦闘時には、無数のガーディアンを召喚し、

それに指示を出して戦闘を行う。

通常のガーディアンとは異なり、指揮官機

として装甲、通信機能、索敵機能を強化

している。

更に、7人に渡したタイプGの共通点

として、彼等のジョーカーにはシールド

発生装置となるメカニカルな杭を

標準装備している。これは非常時、

自分や先生の足下に撃ち込む事で起動し、

彼等を守る。同様に、7機も装甲を

強化している。機動性は若干落ちるが、

防衛戦闘を前提としている彼等には

そこまで必要ないだろうと判断しての

事だ。

 

ちなみに、07の数字は護衛隊のナンバーだ。

園部が01、菅原が02、宮崎が03、

相川が04、仁村が05、玉井が06、

そして清水が07だ。

園部、菅原、玉井は近中距離戦闘を考慮し、

雫のタイプCと同じスラスターを内蔵した

高機動型。

相川、仁村、宮崎は魔法の使用を考慮した

ユエと同じウィザードモデルだ。

 

で、話を戻すと、町に入った私達は、さながら

戦勝パレードの如く人々に迎え入れられた。

しかし時間が時間、と言う事もあり、私達は

水妖精の宿へ。パル達は、亜人差別の考えに

考慮し、揚陸艇の方に戻って野営して

貰う事になった。

 

夜になったと言うのに、宿の外では戦勝ムード

で皆が騒いでいたが、私達(正確には私以外)は

疲れ気味だ。なので、夕食を食べ終えると、皆

それぞれの部屋に戻っていってしまった。

私の方は、相変わらずの無尽蔵の体力の

おかげで疲れ知らずだが、皆も眠ってしまった

事だし、私も普通に眠りについた。

 

そして、翌朝。パル達は撤収の準備を進めて

おり、私はパルと共にその様子を見ながら、

Gフォースの兵士が増えた理由を聞いていた。

 

パルによると、私達が去ったあと、彼等は

私の命令通り、亜人たちを帝国兵から

守ってやっていたらしい。そんなある日、

同胞である、別の兎人族の集落が襲われて

いるのをカム達が発見。中隊規模の帝国兵

を1分程度で殲滅してしまったのだ。

その兎人族は、長であった男性が死んで

しまった事や、現場に居たカム達が彼等

と同じ兎人族であった事。その兎人族達

が途方に暮れていた事から、カムの

提案で、Gフォースに入ることになった

のだと言う。

その後、どこからか常人離れしたハウリア族

の話を聞きつけたのか、いくつかの兎人族の

部族がGフォースの元を訪れ、吸収合併

されていったらしい。今では、300人を

超える部隊に成長しているという。

 

「これも、全て元帥のおかげです。元帥の

 おかげで、俺達は成長し続けています」

「そうか。……では、帰ったらカムに

 伝えておいてくれ。良くやっているな、と」

「はい。必ず伝えます。元帥」

パルは、私に向かい合うと敬礼をした。

それに対し答礼をする私。

そして……。

 

「今回は、よく来てくれた」

そう言って、右手を差し出した。

「ッ!元帥……!」

「また、次があるかもしれない。その時は、

 よろしく頼む」

「ッ!!はいっ!お任せ下さいっ!元帥!」

パルは、感無量と言った表情で私の差し出した

手を握り返した。

 

その後、パルは泣きそうになるのを堪え

ながら、揚陸艇の方へと去って行った。

と同時に、町の方からティオがやってきた。

 

「ティオか?」

「はい」

頷き、私の後ろに立つティオ。やがて……。

 

「改めて、感服致しました。マスター」

普段の口調から外れ、丁寧口調で話すティオ。

「まさかあそこまで汚れていた男を、

 改心させるとは」

「……改心させたのは私では無い。先生だ。

 私は、そのきっかけを作っただけに

 過ぎない」

私はティオの方を向くこと無く答える。

「されど、そのチャンスを与えたのも、

 マスターです」

そう言うと、物音がしたので肩越しに振り返ると、

ティオが地面に片膝を突いていた。

 

「ウィルは、町の防衛に尽力した私を許す、

 との事でした。これで、心置きなくマスター

 の旅に同行出来ます。……改めて、これから

 よろしくお願いします」

「あぁ。……宜しく頼むぞ、ティオ」

「御意」

私は振り返り、ティオを見下ろしていた。

その時、後ろでスラスターが点火する

爆音が聞こえていた。

振り返ると、揚陸艇が次々と浮上していく。

 

その様子を見ながら、ふと少し離れた所に

目をやると、ウルの町の子供達が揚陸艇に

向かって、笑みを浮かべながらブンブンと

手を振り、口々にありがとうと叫んでいた。

 

その様子に、私は自然と笑みがこぼれた。

……これは、私が町を見捨てていたら

見られない光景だっただろう。

そう言う意味では、戦った事が間違いでは

無いのだと、私は認識していた。

 

 

その後、私は宿に戻った。今は先生達と

再会したときと同じVIP席に愛子先生達

8人と、私達とティオ、ウィルの8人。

合計16人が集まっている。

デビッド達は、愛子先生の言葉で退散

させた。

「さて、まぁ無事に戦いが終わった事

 ですし。私とハジメ達は今日中に

 ウィルを連れて町を出ます。

 先生達は、どうされますか?」

「私達は、数日この町で休んでから

 王都に戻ります。色々大変でしたし、

 ちょっと町の外が凄い事になって

 ますから。後片付けを少しでも手伝う

 つもりです」

と言う愛子先生の言葉に、7人が頷く。

 

その後は、色々と雑談を交えて、今後の

方針などを教え合った。

私達はこれまで通り、帰還に向けた方法を

探す事。

先生も引き続き、豊穣の女神として各地を

回る事。清水を始め、園部たち7人は、

今度こそ護衛隊の名に恥じない決意を

固めていた。

 

そして、昼前に私達はウルの町の防壁の

外に集まる。

 

ちなみに、防壁はウルの町の新たな防衛の

要として残すことになった。

現在は30体ほどのガーディアン1個中隊が

駐屯し、命令権を持つ者としてウルの町の

ギルド長や町長を設定してある。

 

バジリスクを前にする私達8人。私達と

向かい合う愛子先生達8人。

 

「新生君。今回は、大変お世話になりました。

 先生として、情けないですが、とても

 感謝しています」

「いえ。お気になさらず。……これで良かった

 のだと、私も思っています」

そう言うと、私は7人の方へ視線を向けた。

 

「幸利、優花、妙子、奈々、昇、

 明人、淳史」

そして名前で彼等を呼ぶと、とても驚いた

ようだった。私は親しい人以外は名字か

フルネームでしか呼ばないからだ。

 

「先生の事を頼むぞ」

しかし、彼等は私の言葉にすぐさま表情を

引き締めた。

そして、清水が……。

「あぁ。……守ってみせるさ」

決意を宿した瞳のままに頷いた。

 

「それじゃあ、みんな。またどこかで

 会おうね」

「雫ちゃん達によろしくね」

「ん。またね」

「また会える日を楽しみにしてるですぅ」

「それじゃあね。またどこかで会おうね」

ハジメ、香織、ユエ、シア、ルフェアが

口々に別れの挨拶をする。

 

そして、私達6人とティオ、ウィルが

バジリスクに乗り込む。

 

「それでは。……またどこかで再会

 出来る日まで。しばしの別れです」

「はい。……新生君、南雲君、白崎さん。

 それにユエさん、シアさん、ルフェア

 ちゃん。ティオさんとウィルさんも。

 どうか、お体には気をつけて」

「はい」

 

私が静かに頷くと、私はバジリスクを発車

させた。ハジメと香織は、ハッチから身を

乗り出し、見えなくなるまで愛子先生達に

手を振り、先生達も、私達が見えなく

なるまで手を振り続けていたのだった。

 

 

こうして、私達はウルの町での戦いを終え、

先生達と別れたのだった。

 

 

今、私達を乗せたバジリスクが、北の

山脈を背にして南下していた。

「まぁそれにしても、清水君も結果的に

 改心して、護衛隊のみんなもしっかり

 したみたいだし」

「目立った死傷者は殆ど居なかったもんね。

 まぁ、万々歳、って事なのかな」

と呟くハジメと香織。

二人の言葉に、シアやルフェアも頷いている。

しかし……。

 

「マスターは、何やら考え込むような表情を

 しておるが?如何された?」

助手席に座っていたティオが私に声を

かけた。

するとシアやウィル達が私の方に視線を

向ける。

 

「……少し、考えていた。今回の攻撃は

 魔人族が裏で手を引いていた。その

 目的は、作農師として、農業の改善、

 もっと言えば食料生産量を向上させる

 術を持っている先生の暗殺だ」

「ふむ。それは分かっておるが、そこが

 何か?」

「私は、今回の暗殺事件。奴らの本格的な

 攻勢の前触れではないかと睨んでいる」

「えっ!?」

私の言葉に、一番驚いたのはウィルだ。

まぁ無理も無い。

「ど、どうしてそうなるんですか!?

 根拠は!?」

「落ち着けウィル坊。……マスター。

 マスターがそう考える根拠を妾

 達にも教えてくれぬか?」

「あぁ。……まず、生物は物を食べられ

 なければ、活力が出ないし、最悪の

 場合餓死する。ここで重要なのは、

 需要と供給。つまり、食料を消費する

 側と生産する側の仕組みだ。……愛子

 先生を暗殺すれば、供給。つまり生産量が

 低下する。つまり、満足に食事を出来る

 人の数が減る、と言う訳だ。

 ……これがもし、兵士の間で起ったら、

 どうなると思う?」

「ッ。……兵士達は食事にありつけず、

 本来の力を発揮出来ない?」

と、呟くウィル。

「あぁ。そして、そんな状況で魔人族に 

 攻め込まれれば、本来の力を発揮出来る

 可能性は低い」

「まさか、魔人族はそれが狙いで?」

と、驚きの表情を浮かべるウィル。

だが私の予想はこれだけではない。

 

「かもしれない。しかし食料の低下によって

 発生する問題はまだある。食料は生産され、

 市場で売られる。ここで再び需要と供給の

 関係だ。もし、売れる野菜が少なく、逆に

 それを買いたい人が多い場合、売られる

 野菜の価格は必然的に高騰する。そうなれば、

 市民はどうなると思う?」

「そ、そんなの。買えなくて困って、最悪の

 場合、買える人に対して不満が溜まって、

あっ!」

「気づいたか?もし食料の価格が高騰すれば、

 それを買えるのは一部の金持ちだけ。

 当然食料を買えない者達の間に不満が

 溜まっていく。貧しさは人々に不満と

怒りを抱かせる。そしてその不満が

 解決出来ずに溜まり続けた場合……」

 

「それがどこかで爆発する。マスターは

 そう言いたいのじゃな?」

「あぁ。そうなると発生するのが暴動だ。

 民衆は怒り、暴れる。これが結果的に

 国を疲弊させる。……魔人族にとっては

 正に狙い目だろう?敵が勝手に内輪もめ

 して弱体化してくれるのなら、国を落とす

 チャンスが生まれるのだからな。それに、

 国が魔人族に目を向けていなければ、

 軍備を蓄えたり、或いはスパイを送り込む

 事をする余裕を魔人族側に与える可能性も

 ある。」

「まさか、それだけの大事の準備として、

愛子さんを!?」

「無論、私の予想に過ぎない。だから確証も

 無い。しかし兵糧攻めは戦争において

 有効な手段の一つだ。私自身、この 

 考えを深読みだとは思って居ない。

 食糧不足による士気の低下。もっと

 言えばそれに端を発する民衆の暴動。

 奴らがそれを狙っていたとしても、

 可笑しくは無いと私は考えている」

ウィルの言葉に私はそう呟く。

 

肝心のウィル。そしてティオは、とても

驚いている様子だった。

「……確かに、マスターの言った事は

 戦争をするのなら、とても理にかなった

 戦法じゃ。……それを受ける側は、

 たまったものではないがの」

ティオはそう呟いている。ウィルは

まだ驚きが抜けきっていない様子だ。

 

「戦争とは、手の読み合いだ。相手が

 何をしようとしているのかを考え、

 それに対する対策を打ち立てる。

 1手、2手、先を見据える。

 戦争とは、そう言った先読みの

 戦いでもある。……単純に力を

 振るう事が戦争では無い」

 

この時、私は後ろから何やら尊敬にも

似た表情でウィルが私を見ているのに

気づいたが、無視した。

 

「しかし、そこまで分かっていたのなら、 

 マスターは手を打ったのじゃろう?

 もしや、あの7人に鎧を渡したのも、

 手の一つかの?」

「あぁ。ジョーカーは一機でも数千の

 兵士に匹敵する働きをする。

 並みの兵力では、あの7人の防御を

 突破して先生を殺すには無理だろう。

 ……先ほど言った食料生産へのダメージ

 を狙うのなら、愛子先生は一番に

 倒しておきたい存在だ。そうなれば、

 護衛として相応の戦力を配置しておきたい。

 しかし、覚醒前の園部たちと神殿騎士

 数人程度では、不安でしかなかった」

「じゃから、あの時に覚醒を促した、

 と言う事なのかの?マスターよ」

 

「あぁ。先生を守るためには、ジョーカー

 が必要だ。しかしジョーカーを身につける

 ためには、覚悟が必要だ。だから

 あぁやって6人に発破を掛けたのだ。

 この先、魔人族が表立って先生を

 狙う可能性がある以上、生半可は許されない

 からな。そして彼等6人、いや、清水を

 含めて7人は覚醒した。だからジョーカー

 を与えたのだ。彼等が自分自身と、先生を

 守り切れるようにな」

「成程のぉ。……しかし、理由はそれだけ

 かの?」

と、問いかけてくるティオ。無論、それだけ

ではない。

 

「いいや。理由はまだある。もう一つは、彼等

 を目立たせる為だ」

「成程。しかし何故そのような事を?」

「例えばの話だが、もし仮に魔物の軍勢が 

 先生を襲撃したとして、それを彼等7人が

 撃ち倒せば、どうなると思う?女神とさえ

 呼ばれる彼女を守った7人。まして 

 アーティファクトと言っても過言では

 ない、この世界の常識から外れた力を

 使って、だ。当然目立つだろう。

 しかしそこが狙い目だ」

「成程。士気高揚の為、じゃな?」

 

「そうだ。女神と呼ばれる先生の存在は

 農業に従事する人々にとってとても

 重要だ。そんな先生を守る、超常的な

 力を持った7人。ましてやその7人が

 魔人族を退けたとあっては……」

「まず間違い無く人族の士気は上がる。

 そう言う事じゃの」

「あぁ。そう言う事だ。民衆は常に英雄を

 求める。そして英雄とは、人知を越えた存在。

 その力が神懸かり的な物なら、尚更人々は

 英雄を信じる」

 

私の予想が正しければ、これは魔人族の

攻勢の前触れだろう。そして、万が一にも

戦いになった時、人々は勝利を確信

出来るだけの明確な根拠を欲する。

 

その根拠たり得るのが、先生と、

護衛隊の7人だ。勇者の方は、正直

当てにならない。先生と7人以外で、

勝利の根拠となりそうなのは、雫

くらいだろう。

その根拠、つまり、英雄が必要なのだ。

『勇者』などよりも、常人を超えた力を

持つ存在、『英雄』が。

 

と、そんな事を考えていると、何やら

後ろからウィルの視線を感じる。

チラリと振り返れば、何やらキラキラした

目で私を見ている。

 

「ど、どうかしましたか?」

正直、羨望の眼差しは向けられた事があまり

無いので戸惑ってしまう。

「新生殿!お見それしました!」

「お、おぅ?」

「個人の武力と統率力もさることながら、

 魔人族の狙いを見抜く観察眼!そして

 更に人々の為に策を弄する軍師として

 の才能!素晴らしいですっ!」

「そ、そうか?」

「うむ。ウィル坊の言うとおりじゃ」

私が首をかしげると、今度はティオが

尊敬を宿した瞳で私を見ている。

 

「正しく文武両道。武人としての才も

 さることながら、人を導く才能。

 そして何よりも相手の先を読み

 素早く対応する思慮深さ。

 ……やはり、マスターは妾が

 マスターと慕うに足る豪傑じゃった

 と言う事じゃの」

 

……。何やら、二人からの視線がとても

眩しい気がして、私は運転に集中する

事にした。

 

まぁ、ウルの町での戦いは最善の結果を迎えた

とは思うので、戦いは無駄では無かったとは

思うが……。

 

二人からの視線が若干辛い。

 

「ハァ」

余り尊敬される事に慣れていない私は、

バジリスクをフューレンに向けて走らせ

ながら、ため息をつくのだった。

 

     第37話 END

 




次回はフューレンに戻った時の話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第38話 帰還と出会い

今回で、フューレンまで戻ってきます。
そして、あの子も登場しますよ。

ただ、あの子をハジメと司の、どっちの
ヒロイン(?)にするか悩んでます。


~~~前回のあらすじ~~~

無事にウル防衛戦を終え、清水も改心し、

皆が望む結果を迎えた司たちと愛子たち。

無事に戦いが終わった事で、パル達も

ハルツィナ・ベースへと引き上げ、

司たちは新たに仲間となったティオ。

依頼のターゲットであるウィルを連れ、

フューレンに向けて出発。愛子達とは

ウルの町で別れるのだった。

そんな中、司は今回の魔人族の関与が、

魔人族の攻勢の前触れではと考えるの

だった。

 

 

司たちが向かっている中立商業都市、

フューレンは相変わらずだった。そして、

そのフューレンに入場するためのゲートの

前では、相変わらずの長蛇の列だった。

その最後尾では、チャラい男が、ケバい女二人を

侍らせながら何やら偉そうに一人語っている。

 

その時、後ろから『ゴォォォォッ』という音が

聞こえてきた。チャラ男は最初その音を気にして

いなかったが、次第に大きくなる音に、周囲が

後ろを向き始めた事から、男も苛立ち気味に

振り返った。

 

すると、濃緑色の鉄の塊、バジリスクがこちら

に向かって来ていたのだ。

当然、装甲車など知らないトータス人は

新手の魔物か!?と警戒する。しかし、バジリスク

は次第に速度を落とすと、そのチャラ男達から

少し離れた所で停車、止まった。

 

誰もが驚き、動けない時。

パカッ、と言う音と共に助手席上部のハッチが

開き、そこからティオが身を乗り出した。

その動きだけで、彼女の持つ巨峰が僅かに揺れ、

それだけで男たちは彼女に釘付けだ。

もはや、バジリスクがなんなのか、と言う疑問

はどこへやら、だ。

 

「う~む。マスターよ。これは門を潜る

 まで1時間はかかりそうじゃぞ」

一方、周囲からの視線を気にする事なく門の

方を見ながら車内の方に声を掛けるティオ。

すると、運転席の天井ハッチも開き、そこ

から司が現れた。

「ふむ。……ここの長蛇の列は相変わらず

 ですか。……皆、しばらくは待機の

 ようですよ」

 

 

私が車内に向かって教えると、後ろの

ハッチが開き、そこからハジメや香織、

ユエ、シア、ルフェアが次々と下りて

きた。人々の視線は皆、女性陣に

釘付けだ。

「ん、ん~~。ずっと車の中だったから

 な~」

そう言ってのびをしながら体の骨をパキパキ

と鳴らすハジメ。

「ふぅ、肩こっちゃうね~」

香織もハジメに頷きながら肩を回す。

「これからどうしましょうか?

 確かにこの長さだと1時間くらいは

 待たされそうですぅ」

「う~ん。……トランプでもやって待つ?」

「……ん。賛成」

ハジメの提案にユエが頷く。

「ウィルさんも参加します?どうせこれじゃ

 結構待たされますし」

「え、え~っと。それじゃあ……」

という感じで、ハジメ達はバジリスクの屋根

の上に登って座ると、何やらトランプを

始めた。

一方の私は、運転席の上部に座り、遠くに

見えるフューレンに目を向けている。

そんな私に隣にルフェアが腰掛け、後ろでは

ティオが正座で控えている。

ちなみにバジリスクはジョーカーを介して

遠隔操作もできるので、細かい操作をしない

場合は離れていても大丈夫なのだ。

 

「ねぇお兄ちゃん」

「ん?何です?ルフェア」

「えっと、良かったの?バジリスクで普通に

 ここまで来ちゃったけど」

「えぇ。もう隠す必要もありません。私達は

 大々的に、ウルの町でG・フリートとして

 戦いました。その力のすさまじさが民衆に

 広まれば、むしろ我々がG・フリートだと

 周囲に喧伝した方が、返って下手に喧嘩を

 売ってくる輩を減らせるでしょうし」

「そっか。確かにね」

と頷くルフェア。

 

 

と、相も変わらず周囲のことなどお構いなしの

司たち。そしてようやく、人々は我に返った。

女達は、同性として嫉妬以前にユエや香織達に

見惚れている。それだけの魅力が香織達には

ある証拠だろう。……しかし、何人かが

私やハジメを見ている気がする。

まぁ私はともかく、ハジメは最近の旅の

おかげで、ボディは細マッチョ。元から

顔は悪く無いと思うし、最近では戦士として

の気迫やオーラのような物が身につき始めて

いる。それが理由だろう。

とは言え、私にはルフェアが。ハジメには

香織、ユエ、シアという至高と言っても良い

ほどの女性達が居る。悪いが、そこら辺の

まぁまぁ美しい女性に言い寄られた所で、

到底なびかない。

 

一方の野郎共は、女性陣に視線が釘付け、

&私とハジメに嫉妬丸出しの視線を向けていた。

一部にはバジリスクを未知のアーティファクト、

とでも思ったのか商人らしき男達が私達の

方を見ている。

正直、気持ち悪い視線ばかりだが、問題を

起こすのは避けたいので、じっとしながら

隣のルフェアを抱き寄せた。

 

その時、ちょうど私達の前に居たチャラい

見た目の男がこちらに近づいてきた。

私はホルスターのノルンに手を伸ばす。

「よぉ、レディ達。良かったら俺とお茶でも

 どうかな?」

すると男はバジリスクの上でトランプを

していたユエやシアに声を掛ける。流石に

高さがあるためか、いきなり触る等は

出来ないが……。

 

彼女達は一瞥しただけで、すぐに無視を

始めた。

しかし男は引き下がらない。

「な、なぁ?レディ達?良かったら俺と……」

「失せよ外道」

「ひっ!?」

 

更に何かを言おうとする男を、ティオが殺気

混じりに制する。

「態度を見て分からぬか?お前などお呼び

 ではないのじゃ。……疾く失せろ……!」

更に殺気を濃くするティオに、男は

とうとう失神してしまい、あの男の連れ

だった女達はガクガクと震え、商人達も

何やら萎縮している。

 

ふむ。これで不愉快な視線に晒されなく

なったな。

「すまんなティオ。手間が省けた」

「お褒めにあずかり、恐悦至極です」

そう言って僅かに頭を下げるティオ。

……本当に懐かれた物だ。

と考えながら、ノロノロと動く列。

ティオが殺気を放ったおかげで不愉快な

視線には晒されなかったが、やはり

退屈だ。

 

後ろではハジメ達とウィルが混ざり、

将棋大会をしている。……つまり、

将棋を知らないウィルに一通り

そのルールを教えられ、且つ試合が

出来る程、既に時間が経過している、

と言う事だ。

 

ちなみに今は準決勝。ユエVS香織だ。

「ふふ、香織。諦めなさい」

「くっ!?諦めないから!まだ、まだ

 手があるはず!」

と、何やら盛り上がっていた。肩越しに

振り返り後ろを見れば、成程、確かに

ユエが優勢だ。

 

その時。

「ん?マスター。前方から馬が来る

 ようじゃ」

「馬?」

ティオの言葉に視線を前に向けると、確かに

馬が三騎、こちらに向かっていた。

やがて、その三騎がバジリスクの側で

止まる。

 

「失礼。君たちに聞きたい事があるの

 だが……」

「何でしょう?」

3人の内の一人が質問してきたので私が

応じる。

「ッ。……無表情な黒い髪の少年。

 もしや君が新生司君、であってるのかな?」

「えぇ。確かに私が新生司ですが?何か」

「実はギルド支部から話が通っていてね。

 君たちが現れたら優先的に通すように

 言われているんだ」

成程。恐らく、イルワの指示だろう。

「そうですか。分かりました。皆、

 バジリスクの車内へ。移動しますよ」

「あぁうん分かった。ユエちゃん、香織。

 今回の勝負は持ち越しみたいだよ」

「……残念。香織をコテンパンに出来る

 チャンスだったのに」

「助かったような、けど悔しいような」

と会話をしつつ、彼等は車内へ戻り、私も

運転席に座る。

 

そして、私達は騎馬に続いて、長蛇の列の

脇を悠々と通り越し、フューレンの中へと

進んでいくのだった。

 

 

その後、私達は現在ギルドの応接室でウィルと

共に待っていた。

出されたお茶や菓子を食べつつ5分ほど

待っていると、依頼人でもあるこの街の

ギルド支部長、イルワ・チャングが慌てた

様子で現れ、ウィルと話し合っている。

 

何でもウィルの両親がフューレンに来ている

らしく、彼は私達に、『今度ちゃんとお礼を

させて下さい!』と言って、別れた。

そして、それを見送ると、イルワが私達の

前に腰を下ろした。

 

「ありがとう。司君。そして、ハジメ君

 たちも。無事にウィルを連れ帰ってくれた

 事、感謝してもしきれない」

「いえ。仕事ですから。やるからには

 最善を尽くしたまでです」

「最善、か。最善と言えば。聞いたよ。

 ウルの町を5万以上の魔物から守ったそう

 じゃないか?『漆黒の死神(ダークネスリーパ-)』君」

「……。はい?」

 

私はイルワの言葉に首をかしげた。ハジメも

同じように目をパチクリさせている。

何だその変な名前は。

「何です。その痛々しい名前は」

「ん?知らないのかい?ウル防衛戦の際、

 漆黒の鎧を纏った君が、大勢の部隊を

 率いて戦ったと聞いている。そして、

 君は更に空を飛ぶ鎧型アーティファクト

 で魔物の大半を撃破したとも聞く」

鎧型アーティファクト。ヴァルチャーの

事か。

「その時の君の動きは、とても常人の

 物とは思えなかった、と聞く。そして

 ウルの町の人々は、そんな君を漆黒の

 死神、ダークネスリーパーと呼び

 始めているらしい」

漆黒の死神、か。

………………。

 

「……。ちょっと今からこの名前考えた

 奴探し出してしばいてきます」

そう言って私が席を立つが……。

「お、落ち着いて司!」

「そ、そうだよ司君!折角守ったウルの

 町を壊しちゃダメだよ!?」

「司さんを行かせたらウルの町が無くなっちゃい

 ますよぉ!私達の戦いを無駄にする気

 ですかぁ!?」

と、ハジメ、香織、シアに羽交い締めにされて

止められた。

 

その後私が落ち着くまで、数分を要した。

 

「ふぅ。……それにしても、随分早いですね?

 どこで町の防衛戦の事を?」

まともな通信技術が無いこの世界で、これだけ早く

情報を仕入れるとは。

「ギルドの幹部専用だけど、長距離連絡用の

 アーティファクトがあるんだ」

 

聞くところによると、イルワは部下を監視役に

私達へ付けていたと言う。まぁ、実際には

バジリスクの移動速度のせいで後手後手に

回り泣き言を言っていたそうだが。

 

「もし良ければ、聞かせてくれないかい?

 北で何があったのか?」

「それは構いませんが、先に約束を

 果たして貰えませんか?」

「ん?あぁ、ステータスプレートの件、

 だったね。ユエ君、シア君、ルフェア君の

 3人のプレートだったね?」

「えぇ。それで……」

と、言いかけて気づく。ティオの事だ。

「あぁ、すみません。追加でもう一つ

 お願い出来ますか?いろいろ合って連れが

 増えたので」

「ん?……あぁ、そう言えばそうだね」

イルワも、前回の時は居なかったティオに

気づいて頷く。

 

その後、4枚のステータスプレートが用意

された。

ユエ、シア、ルフェア、ティオのステータス

プレートが作られた。

 

で、その内容というのが……。

 

 

~~~~~~

ユエ 323歳 女 レベル:75

天職:神子

筋力:120(4000)

体力:300(4000)

耐性:60(8000)

敏捷:120(6000)

魔力:∞(∞)

魔耐:7120(8000)

技能:自動再生[+痛覚操作]・全属性適性・複合

   魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]

   [+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像

   構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時

   構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化]

   [+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+

   血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法・

   重力魔法・王の祝福を受けた者・

   鋼鉄の戦士[+魔力増幅]

 

~~~~~

シア・ハウリア 16歳 女 レベル:40

天職:占術師

筋力:60 [+最大6100](7000)

体力:80 [+最大6120](8000)

耐性:60 [+最大6100](9000)

敏捷:85 [+最大6125](8500)

魔力:∞(∞)

魔耐:3180(9000)

技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・魔力操作

   [+身体強化][+部分強化][+変換効率

   上昇Ⅱ] [+集中強化]・重力魔法・王の

   祝福を受けた者・鋼鉄の戦士

 

~~~~~

ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89

天職:守護者

筋力:770  [+竜化状態4620]

体力:1100  [+竜化状態6600]

耐性:1100  [+竜化状態6600]

敏捷:580  [+竜化状態3480]

魔力:∞

魔耐:4220

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体

   能力上昇][+咆哮][+風纏][+痛覚変換]

   ・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・

   火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇]

   [+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費

   減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・

   複合魔法・王の祝福を受けた者

 

~~~~~

ルフェア・ホランド 15歳 女 レベル45

天職:覇王妃(ゴジラブライド)

筋力:55(8000)

体力:100(9000)

耐性:45(10000)

敏捷:150(9000)

魔力:0(0)

魔耐:40(10000)

技能:王の祝福を受けた者[+王の妃]・鋼鉄の戦士

 

 

とまぁ、こんな感じだ。中々に、いや、かなり

ぶっ飛んでいるなぁ、と思いながら私は

4人のステータスに目を通す。

そして、イルワは4人のステータスを見るなり、

開いた口が塞がらない、と言わんばかりに口を

大きく開けていた。

まぁ無理も無い。ティオとユエは滅んだはずの

種族の末裔で、シアも色々数値がヤバい。

ルフェアがまだまともに見えるレベルでだ。

しかし肝心のルフェアもジョーカー装着時の

数値が出ている以上、普通では無い。

 

と言うか、ルフェアの天職欄の『覇王妃』

とは一体なんだ?この場合の覇王は、私の

事か?ステータスプレートがルフェアを

私の妻と認めた?……おかしな話があった

ものだ。と考えながら、その後イルワに

私達の事情を(エヒトと解放者の事を隠しつつ)

色々話した。

 

その話を聞き終わると、イルワはとても

疲れたような表情をしていた。

「……正直、君たちが普通ではないと

 思って居たが、皆が皆、予想の斜め上を

 行っているよ。……まぁ、そのおかげで

 ウィルを無事連れ帰ってくれたとも

 思って居るがね」

 

「それで?イルワ支部長は私達の秘密を知った。

 ……どうしますか?」

「それは、最悪君たちを教会に突き出すの

 かと疑っているのかい?ははっ。悪い冗談だ。

 ……君たちなら、この街の住人全てが束に

 なって掛かったって余裕で蹴散らせる

 だろうに」

そう言ってイルワは苦笑を浮かべた。

 

「そんな強力な君たちを敵に回すなんて、

 御免被るよ。それで無くともウィルの

 恩人だ。それならいっそ君たちの

 後ろ盾になるよ」

「そうですか」

……どうやらイルワの言葉に嘘はなさそうだ。

 

 

その後、イルワとの話し合いで、私達

全員が、金ランクの冒険者へと一気に昇格

される事になった。7人全員、金ランク

冒険者とのパーティか。何とも目立ちそう

だと思いながら、私はイルワの話を

聞いていた。

 

その後もギルド直営の宿のVIPルームを

使わせてくれたりと、至れり尽くせりだ。

まぁ、どう見ても私達と繋がりを持って

おきたいのだろうと予想出来るし、何より

本人が開き直ってそう言ってきた。

 

そして、VIPルームで体を休めていると、

両親を連れたウィルがやってきて、私達は

彼のご両親に挨拶をすることになった。正直、

最初は貴族だからどんな人物かと思ったが、

王都の貴族とは異なり、中々に好感を持てる

二人だった。

少しばかりの雑談を交えた後、ウィルは

ご両親の私のすさまじさを語った。

……正直、恥ずかしいから止めて欲しかった。

 

他人から自分の行動を褒められて、凄まじい程

に恥ずかしかった。……恐らく、私は人生(?)で

初めて、羞恥心というものをしかと理解した

瞬間だっただろう。

 

その後、お礼として金品などを、と言われたが

報酬はイルワから貰っているので良い、と言う事

で、もし何かあって協力を要請したらその時、

少しでも力を貸して欲しい、と言う事で

納得して貰った。

 

 

その後、私達は話し合いの結果、2~3日この

フューレンの町で休む事にした。元々、

ここを経由してすぐ西に進むはずがウルに

行ったりして予定外の行動を取った為、

休息としてこの町に止まる事にしたのだ。

 

しかし、ここで問題が発生した。

私達に用意されたVIPルームが『2つだけ』

なのだ。

フューレンを訪れ、宿に泊る暇も無くここを

離れ、ウルの町で一泊した次の日には山狩り、

夕方頃にはティオと戦った後に急いで下山。

夜には町に戻り、報告と防衛ライン構築の

作戦会議などがあり、色々に忙しかった。

そして、当然、そうなれば皆溜まっている

のである。色々と。

 

しかし部屋割りの関係上、部屋は3人と4人

に別れるしかない。こうなると、当然

ティオは私達と同じ部屋になってしまう。

そして、どうやらティオも話をしていて

この事を察したのか……。

 

「マスター。マスターの床を守るも従者

 の努め。気にせずに姫と愛し合われよ」

との事だ。ちなみに、彼女の言う姫とは

ルフェアの事だ。

『王たるマスターの妻なのだから

 姫で何の問題もないじゃろ?』というのが

彼女の言い分だ。

まぁそれはさておき。ティオがそれで

良いなら、と言う事で、部屋割りは

一つが、ハジメ・香織・ユエ・シア。

もう一つが、私・ルフェア・ティオと

なった。

 

その時のティオは、まるで気にしてない、

と言わんばかりだったが……。

 

 

翌朝。皆で集まって朝食を取っている中に……。

「…………」

目の下の隈が凄いティオの姿があった。

「……ティオさん、全く眠れなかったみたい

 だね」

と、彼女の様子を見て呟くハジメ。香織、

ユエ、シアがティオの様子を見ながら頷く。

「う、うむ。ハジメ殿の言うとおり、昨夜は

 全くと言って良い程、眠れなかったのじゃ。

 ……はははっ、主の床を守るのも従者の

 努めと、未経験の癖に粋がるのでは

 無かったと、今とても後悔しておるのじゃ」

そう呟くティオを見て司は……。

 

「ふむ。では、今日の予定ですが、私は

ティオ、ルフェアと共に宿で休んでいます。

今後の計画の練り直しやらジョーカーの

改造の為に、アップデートプログラムの

用意などもありますので。ハジメ達は

町を楽しんできて下さい」

「そっか。分かった」

 

 

と言う事で、ハジメ達は町へ行き、私は

ルフェア、ティオと共に自室に戻った。

ティオは寝不足のため、戻ったら戻ったで

ベッドに飛び込み、二度寝を初めてしまった。

私は部屋に備え付けてあるデスクの上に

パソコンを置き、カタカタとプログラミング

なり何なりを始める。

 

そして、そんな私の様子を、隣に椅子を

持ってきたルフェアが見ている。

しばらくして……。

「良かったのですか?ルフェアは」

「ん?何が?」

「折角大きな町に来ているのですし、

 ハジメ達と町に行っても良かったの

 ですよ?」

「そう。……う~ん。でもいいや」

「何故です?」

と、私が問いかけると、ルフェアは私の

腕に抱きついた。

「だって、ツカサお兄ちゃんが一緒じゃないと

 楽しくないもん」

そう言って笑みを浮かべるルフェア。

 

……あぁ、全く。人生とは様々な事が起る物だ。

「私は今、ちょっとだけエヒトに感謝して

 います」

「え?何で?」

私は首をかしげるルフェアの手を取る。

「なぜなら、こんなにも美しいお嫁さん

 と出会えたのですから」

そう言って、私はルフェアの手の甲に

キスをする。

 

「んっ」

それだけで、ピクンと体を震わせる

ルフェア。そして……。

「それじゃあ、私もちょっとだけ

 エヒトに感謝しようかな?私も、

 こんな素敵な旦那様と出会えたんだし!」

そう言って、ルフェアは私の元に飛び込んだ。

突然飛び込んできたルフェアを受け止めると、

私は彼女の頭を優しく撫でる。

やがて、ルフェアは私と向かい合い、額や

鼻先を擦りつけ合う。

 

私もルフェアも、二人とも、笑みを浮かべ

じゃれ合っている。こんな時間が、私は

とても充実した時間なんだなと、心の底から

思う事が出来たのだった。

 

その後、お昼過ぎになって起きたティオと

共に、私達の合計3人で宿を出て、近くの

レストランに入り、そこで昼食を取っていた。

 

と、その時。

『『ブブブブッ!!』』

不意に、私とルフェアの手首のジョーカーが

震え、私達は互いに顔を見合わせ、頷いた。

これはハジメ達からの通信だ。

「マスター、何か?」

そしてその様子に気づいたのか、ティオも

真剣な表情になる。

私は即座にイヤホンを作り、それをジョーカー

に接続。これでジョーカーを持たないティオも

通信を聞ける。

 

「ティオ。これを耳に。ハジメ達からの

 通信です」

「承知した」

すぐさまイヤホンを耳に入れるティオ。

 

『もしもし司。聞こえる?』

「はい。聞こえています。どうしました?」

周囲に怪しまれないよう、小声で話す私。

『うん。実は司に渡されてた眼鏡を試してた

 んだけど……。歩いてたら下水道を

 流れる生体反応をキャッチして。何とか

 保護したんだけど……』

「それで?」

ハジメに渡した眼鏡、と言うのは待機状態の

ジョーカーと無線で接続し、レーダーとして

の機能をレンズに映し出す、新装備の事だ。

街中でも一応警戒する為、眼鏡に偽造した

物で、町へ出るハジメに頼んで試運転を

して貰ったのだ。

それが功を奏した、と言う事かもしれないな。

と、私は内心思っていた。

 

『その子、『海人族』の、それも幼い子供

 なんだ』

「海人族の子供?」

と私が呟くと、ルフェアが驚いた様子だ。

そして、私は嫌な予感がしていた。

 

海人族とは、亜人族でありながら、『唯一』

王国から保護の対象となっている。彼等は

海産物を人間に提供しているからだ。

彼等は、大陸の西。グリューエン大火山など

よりも更に西の海の沖合、そこに浮かぶ

海上の町、『エリセン』で生活している。

そんな海人族の子供が、内陸でしかも

下水を流れていたなど、どう考えても

悪い予感しかしない。

 

「それで、その子の様子は?」

『今、香織たちが神水のお風呂で汚れを

 落として、更に神水を飲ませてる。

 下水で流されて、それを飲んじゃってる

 可能性があったから。名前は、『ミュウ』

 ちゃん。お腹が空いたのか、今は

 串焼きを食べてる。……目立った外傷は、

 無いみたい。それで……』

「分かりました。今すぐ合流します」

『うん。……司、もしかしたら……』

「えぇ。厄介事、ですね。すぐに行きます。

 ハジメ達はそこを動かないように。

 それでは」

『うん。あとでね』

 

そう言って私達は通信を切った。私は

ティオのイヤホンを回収するとすぐさま

立ち上がった。

「二人とも、通信は聞いていましたね。

 急ぎますよ?」

「うん」

「御意」

 

私達は会計を済ませるとハジメ達が

待っている場所へと足早に進んだ。

 

そして、数分後。

 

「あっ!司!二人も!」

袋小路の奥にハジメ、香織、ユエ、シア。

そして海人族の子供、エメラルドグリーンの

髪色の幼女、『ミュウ』を発見した。

しかし……。少女どころではない。

幼女、と言うのが相応しいと思えるほど幼い。

奥では、香織とシアがミュウと言う名前の

少女の面倒を見ている。今は、二人に

見守られながら串焼きを食べていた。

 

「ハジメ、状況は?彼女から、何か聞くことは

 出来ましたか?」

「うん。順を追って話すよ」

 

 

ハジメによると、彼等4人は町歩きの傍らで

眼鏡型レーダーの試運転をしていた。しかし

レーダーが下水道を移動する生体反応を

キャッチした事で、慌てて救助したら、

それがミュウだったと言う。

念のため、今は体を洗い、神水を飲ませ、

香織達が買ってきた服を着せ、食べ物を

与えていた。

 

「あの子、相当お腹空いてたみたいだよ」

「……。あの子がそうなった経緯は?」

「あぁ、うん」

 

その後、更にハジメ達がミュウから聞いた話

をまとめると、ある日、海岸線近くを

母親と一緒に泳いでいた所、親とはぐれて

人間の男に捕まってここまで連れてこられた

と言う。そして、『人間の子供達』と共に

牢屋に押し込まれ、数日を過ごしたミュウ。

しかしある日、下水へ通じる穴が空いていた

事から、ミュウはそこへ飛び込み、海人族

としての泳ぎの速さを利用して何とか

逃げ出す事に成功する。

 

しかし、ストレスや疲労などが溜まりきっていた

ミュウはやがて気を失い、次に気づいた時

はハジメ達に救出され、ハジメの腕の中

だったと言う。

 

「そうですか。……ともあれ、まずは……」

そう言って、私はミュウの側に寄ると、彼女

も私を見上げる。

しかし、幼い子供を相手にするとき、

見下ろす(見上げる)と言う構図は些か

高圧的になってしまう。なので、私は

その場に胡座を掻いて座り、視線の高さを

同じにする。

 

「はじめまして。私は、新生司と言います。

 貴方を助けた、彼や彼女達の仲間です」

「仲、間?」

「えぇ。そうです。……貴方のことは、

 彼、ハジメから聞きました」

「……」

その言葉に、ミュウは側に居た香織の

元に身を寄せる。

 

香織は、よしよし、と言いながらミュウを

優しく撫でる。

その時。

「マスター、どうされますか?」

と、ティオが声を掛けてきた。

「……普通なら、公的機関の保安署に

 送り届ける程度でしょうが……」

私の言葉に、ミュウは一瞬息を呑む。

 

だが……。

「残念ながら、我々全員はトラブルメーカー

 のようだ。そして、ハジメ達はこのような

 手合いが大嫌いと見える」

「……もちろん」

と頷くハジメは、既に戦士としての気迫を

滲ませている。

香織も、表情を引き締めている。

ユエは、まるで準備運動のように無言で

指の骨を鳴らす。

シアとルフェアは、奴隷になりかけた

過去から来るのか、怒りと闘志を燃やしている。

ティオも、悪漢など見過ごさんぞ、と

言わんばかりの表情だ。

 

そして、私も……。

数日前、愛子先生に指摘された言葉を思い

出していた。

優しくなるのに、遅すぎるなんて無い、か。

 

どうせ、エリセンには大迷宮攻略の関係で行く

予定だった。ならば、一旦グリューエン大火山

を飛び越えてエリセンに行き、そこでミュウを

故郷に帰してから、東に戻る過程で大火山の

迷宮を攻略すると言う手もある。

 

「皆、聞いて下さい。……ミュウを誘拐した

 組織は、人間の子供さえも奴隷として

 売買している組織。所謂、裏の組織でしょう。

 名前は恐らく、『フリートホーフ』。この

 フューレンではびこる大規模な人身売買の

 組織です。私も名前くらいしか知りません

 が、恐らくそのフリートホーフが関わっている

 とみて、間違い無いでしょう」

「……それで、司はどうするの?」

 

どうする、か。決まっている。

 

「総員、第一種戦闘態勢」

「「「「「「了解」」」」」」

私の言葉に、皆が頷く。そしてティオ以外は、

皆ホルスターに装備していたノルンの初弾を

薬室に送り込み、いつでも撃てる体勢に

する。それを見て互いにうなずき合うと、

皆が私の方を向く。

 

「総員傾注。……私達はこれより、ミュウの

 護衛をしつつ、まずはギルド支部へ向かう。

 早速だが、後ろ盾になると言ってくれた

 イルワに協力を仰ぐ。……具体的には、

 我々でフリートホーフ殲滅作戦を行う

 為の依頼を、彼から出させる。ギルド

 支部長直々の依頼ならば、街中で派手に

 力を行使した所で問題無いだろう。

 ……ハジメと香織には、殆ど初めての

 対人戦闘となるだろう。だが、相手は

 他人の不幸と絶望で金を得て生活

 しているようなクズだ。手加減は要らない。

 殺せ。どうせ生かしておいても更正の

 余地も無いクズだ」

「あぁ。……分かってるよ。言っちゃ悪い

 けど、今の僕なら、完全な悪人くらいなら

 躊躇無く撃てる自信があるよ」

「……正義も持たない、悪人だもんね。

 私の方は自信無いけど。……でも、

 撃てると思うよ。多分」

 

二人とも、決意を宿した瞳で私を

見返す。

 

これならば良いだろう。

「では、まずギルド支部に向かう。

 行くぞ」

その言葉に従い、私が歩き出すと6人が

私の後に続いた。

ミュウはティオが抱きかかえ、そのティオ

を守るようにハジメ達が周囲を固め、

私が先頭を歩く。

 

 

「……お兄ちゃん」

その時、ミュウが不安からか、隣を歩く

ハジメに声を掛けた。

「大丈夫。ミュウちゃんの事は、僕達が

 必ず守るから」

そう言って、ハジメは優しい笑みと共に

ミュウの頭を優しく撫でる。

「うにゅ」

ミュウは、その優しく、温かい手に

撫でられ、可愛い声を漏らす。

 

そして、次にミュウは前を歩く司の

背中に目を向けた。その時、ミュウは

思った。彼の背中が、『大きい背中』

なのだと。

 

 

こうして、のちに『フューレンの大破壊』、

または『フューレンの大虐殺』と呼ばれる

事件の幕が上がった。

 

     第38話 END

 




次回は、フリートホーフが原作よりも酷い事に
なるかもしません。
何せ、司はこう言う手合いに一切手加減しませんから。

感想や評価、お待ちしています。


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第39話 怪獣王の娘

今回でフューレンでのお話は終わりです。

本当はもっと早く投稿するつもりだったんですが、私、千葉県民
なんです。ここ数日、地獄でした。
9日の朝に電気が止まって、丸一日復旧せず、翌日も回復の
めどが立たず、仕方ないので大丈夫な場所のホテルを予約して、
家族全員ホテルに退避して、今朝調べて、何とか復旧したから家に戻って……。
エアコンも使え無いので、マジ地獄でした。

長々と愚痴、失礼しました。


~~~前回のあらすじ~~~

ウルでの戦いを終えた司たちは、新たな仲間

としてティオを加え、依頼の目的である

ウィルと共にフューレンへと帰還するのだった。

そして依頼達成の報酬の一部として、ユエ、

シア、ルフェア、ティオがステータスプレート

を手にするのだった。

元々ウル方面へ行く事は予定外だった為、

しばしフューレンで休む事にする彼等。

しかし、ハジメ達がミュウという海人族の

女の子を保護した事で、彼等は人身売買

組織、フリートホーフと戦う事になるの

だった。

 

 

今、私達はギルド支部に向かって移動して

いる。出来るだけ人通りの多いところを

移動し、ミュウにはフード付きの上着を

纏って貰い、顔を隠して貰っている。

海人族の耳は、人間とは違いヒレのような

見た目をしているため、人との区別は簡単だ。

なので、出来るだけ見られないようにしつつ

ギルドに向かう。

 

ギルドで、フリートホーフの殲滅を正式な

依頼として出して貰えれば、ガーディアン

部隊を、8個師団、およそ8万のガーディアン

を動員し、フリートホーフの本拠地及び支部、

それに協力する全ての拠点に対し、同時攻撃を

行う。

そのためにまずはイルワから依頼を受けなければ

ならない。

 

 

そして、前方のギルドが見えてきたとき。

「……止まれ」

私が呟くと、皆が止まり、周囲に視線を向ける。

周囲には多くも無く、少なくも無い程に

人通りがある。

しかし、近くからこちらを見ている、いかにも

カタギには見えない、薄汚い男がチラチラと

居るな。

 

「……全員、ノルンを抜けるようにしておけ。

 ティオは、ミュウを頼むぞ」

「「「「「「了解」」」」」」

「任されよ」

彼等の返事を聞きつつ、私はホルスターに

手を伸ばしつつ歩き出す。

 

そして、数メートル歩いたところで、男が3人。

私達の前に立ち塞がり、更に周囲から幾人かの

男が出てきて私達を囲む。

 

「……何だ、貴様等は」

ハジメ達が周囲を警戒し、私は前の3人を

睨み付ける。

「よぉガキ共。早速だが、そこの女が抱いてる

 ガキ、返して貰うぞ」

……やはり、フリートホーフか。

私がノルンを抜き掛けた時、3人の内の、

二人目が一人目に何かを耳打ちし、私と対峙

している一人目が、ユエやシア、香織達に

目を向ける。

 

「へへ。確かに上物揃いだな。……よぉし

 ガキ共。お前とそっちのガキは見逃して

 やってもいい。だが、女は全員置いて行け。

 そうすりゃ、命だけは助けてやる」

 

……やはり、そう来たか。奴らに私の仲間と

妻を渡すだと?冗談じゃない。

 

「失せろ」

「あ?」

「聞こえないのか?失せろと言ったのだ。

 ……消えろ。クズ共が。お前等のような

 三下風情に用はない。死にたくなければ、

 とっとと失せろ」

「ッ!舐めてんじゃねぇぞガキがぁっ!」

男は怒鳴り散らすと、腰元からナイフを

取りだし、他の男達もナイフや短剣を

取り出す。

 

それを見た市民達が、悲鳴を上げながら離れて

行く。……好都合だ。

 

「……抜いたな?武器を。ならば……」

「ごちゃごちゃうるせぇ!」

ナイフを手に、男が私に突進してくる。

「ティオ、結界を」

「御意」

ティオは、事前に渡していたスイッチ型の

シールドジェネレーターを起動する。

すると彼女とミュウが結界で覆われる。

 

これで外の様子はミュウには分からない。

おかげで、気兼ねなく殺せる。

 

『パパパンッ!!!』

次の瞬間、私はノルンを抜き、3発を放った。

放たれた3発の弾丸は、寸分違わず前方の

男3人の脳天を貫いた。

 

糸の切れた操り人形のように、男達は地面に

倒れ込む。

そして、銃を知らない、他のフリートホーフ

構成員達は、驚き、何が起ったのか理解

出来なかった。

 

それが、命取りだとも知らずに。

『『『『パパパパパンッ!!!』』』』

次の瞬間、ハジメ達もノルンを抜き、銃弾を

放った。

幸い、一般市民達は既に退散済みだ。銃弾は

周囲の男達の体を貫いた。音を立ててその場

に崩れ落ちる男達。

見ると、2人ほど腿を撃ち抜かれただけで、

まだ生きていた。それを撃ったのは、ハジメ

と香織だ。

 

「……ごめん、司」

そう言って謝るハジメ。香織も、どこか歯がみ

していた。しかし……。

「いえ。好都合です。イルワへの手土産が

 出来ました」

『パンッ』

そう言って私は片方を射殺すると、生きていた

もう片方をロープでグルグル巻きにした。

あと、五月蠅そうなので猿ぐつわを

噛ませておく。

 

「さぁ。行きますよ」

そう言って、私は男を引きずりながら

歩き出し、皆もそれに続いた。

ちなみにミュウは……。

 

「どうしてお兄ちゃんは男の人を

 引きずってるの?」

と、ティオに聞くが……。

「うむ。彼奴は悪い奴じゃからの。

 マスターが捕まえたのじゃ」

「……悪い人?」

と、ミュウは怯えたようにティオに抱きつく。

「安心せい。マスターに掛かれば、あの

 ような者、何百何千と来た所で

 瞬殺じゃよ」

ティオは、怯えるミュウを安心させようと

優しく彼女の頭を撫でていた。

 

 

そうこうしている内に、ギルドが見えてきた

ので、私は皆を伴って中に入った。

以前、ここで私は盛大に殺気を放った事も

あってか、ギルドに入るなり、大半の人間が

驚いたような表情を浮かべる。

まぁ、人をズルズル引きずっているのも原因

かもしれないが。

 

私達はそれを一瞥しつつ、空いている受付に

行く。

「すまないが、大至急支部長のイルワ・

 チャングと話がしたい。フリートホーフの

 件で、話があると伝えてくれ」

と、私がオーラを滲ませながら言うと……。

「は、はひっ!」

受付嬢の女性が飛ぶような勢いで奥へと

行ってしまった。

 

そして数分後。

「これは一体、何の騒ぎですか?」

何だかデジャブを感じるような登場の仕方で、

ドットが現れた。

「ドット秘書長か。ちょうど良い。

 ……ギルドへの土産だ」

そう言って、私は足下の男を蹴る。

 

「土産、ですか?」

「あぁ。……人身売買組織、フリート

 ホーフの構成員だ」

「ッ。フリートホーフの?」

「あぁ。先ほど襲われたので、殲滅して

 土産として生きているのと連れてきた。

 そして、そのフリートホーフについて

 イルワに話がある。先ほど職員にも話したが、

急ぎ取り次いで欲しい」

「……分かりました。ではとりあえず男の身柄

 は我々で預かるので、こちらへ」

 

 

その後、私達は男の身柄をギルド職員へ預け、

いつもの応接室に通された。

そこで待っていると……。

「……」

無言でイルワが入ってきた。そして席に

着くなり……。

「ハァ。君たち、今度は何がどうなって

 フリートホーフとやり合う事になった

 んだい?」

と、ため息交じりに呟いた。

 

「えぇ。そのことについてですが、順番に説明

 します」

そう言って、私はミュウの事を一通り説明

した。

 

「成程。海人族の子供を誘拐し奴隷として……」

「えぇ。そして逃げ出したミュウを保護し、 

 ここへ来た、と言う訳です。そして、

 イルワ・チャング支部長。折り入って

 貴方に頼みたい事があります」

「……。何かな?」

「貴方の名前で、フリートホーフ殲滅の

 依頼を私達に出して下さい」

「……本気かね?」

「えぇ。本気です」

 

確かめるようなイルワの視線に、私は

臆することなく頷く。

「我々には、いざとなれば、世界を滅ぼす

 事だって容易い程の戦力を用意出来る。

 ……それに比べれば、町一つに巣くう

 闇組織など、2時間程度で滅ぼして

見せますよ」

「確かに、君らならやりかねないな。

 ……正直、フリートホーフには手を

 焼いているのが現状でね」

イルワは、静かに話し始めた。

「証拠は残さず、仮に現行犯で検挙

 してもトカゲの尻尾切り状態さ。

 ……それを、君たちはどうにかして

 くれると言うのかい?」

「えぇ。……お任せいただければ、

 数時間で綺麗にして見せますよ」

「……。やはり、君という男は恐ろしいよ。

 司君」

数秒、私の目を見てから呟くイルワ。

 

「……そんな君を敵に回したくは無いし、

 連中を見逃す理由も無い、か。

 ……良いだろう。私の権限で君たちに

 依頼を出す。内容は、フリートホーフの 

 壊滅だ。市民や無関係の人に被害が

 でない範囲で、好きにやって良い」

「了解です。では、害虫駆除を始めると

 しましょうか」

そう言って立ち上がる司。

 

 

ここに、フューレンの大虐殺が始まった。

 

 

時間帯は夕暮れ前。あと少しで空も夕焼け

に染まるか?と言う時間帯だ。子供が家

に帰るにはまだ早く、店じまいをするのにも

早い時間だ。そのため、観光地としての

側面もあるフューレンは今も賑わっていた。

 

だが、その賑わいは戸惑いへと変わっていく。

『ザッザッザッザッ!』

その時、ギルドの方から大多数の足音が

聞こえてきた。

その音に人々は足を止め、音が聞こえる方に

目を向ける。

 

しかし、人々は足音の主を見るなら道の脇に

避ける。

その主とは、傍目には魔物とも見える異形、

ガーディアン達だからだ。それもその数は、

数千、いや、数万に届く数だ。驚かない

と言うのは無理な話だ。

人々は、ガーディアンを魔物か?!と

疑うが、肝心のガーディアン達は市民に

目もくれず、足音を響かせながら市街地を

疾走している。

 

やがて、ガーディアン達は路地などで別れ、

更に進んでいく。

その様子は差ながら、黒い濁流が町を覆い

尽くそうとしているようにも見えた。

 

そして、ガーディアン達がとある建物の

前で停止する。一部は通り過ぎて先へと

向かうのに、なぜ?と人々は内心思っていた。

「な、何だテメェら!」

すると、建物の中から如何にもガラの悪い

男が出てきた。

 

と、次の瞬間。

『『『『『ジャキッ!!』』』』』

ガーディアン達が、手にしていた武装、

セーフガードライフルを構え、そして……。

『『『『『『『ガガガガガガガッ』』』』』』』

それらが一斉に火を噴いた。

 

建物に撃ち込まれる無数の弾丸。外に出てきた

男の体は、まるで紙を引き裂くが如く、

手足が千切れ、頭が吹き飛び、腹が千切れ、

腸の肉片が周囲に飛び散った。

 

周囲の人々は、銃撃が始まった途端に

蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

やがて、射撃が終わると、数体の

ガーディアンが穴だらけでボロボロの建物

の中を掃討していく。時折、生きていた

のか悲鳴と、それをかき消す銃声が聞こえる。

 

内部の掃討を終えたガーディアン達は有無を

言わさず建物から離れていった。

 

遠くから事の次第を見ていた人の一部は、

肉片と成り果てた男を見るなり嘔吐して

しまったと言う。……そして、たまたま

近くにいた冒険者は、無謀にも建物の

中へと踏み込んだ。

 

しかし、彼は数秒後に血相を変えて飛び出して

来た。戻ってきた彼曰く、『中は血と肉の海』

だったらしい。

 

そして、彼等は気づいた。遠くで聞こえる

銃声と悲鳴の嵐。

……これほどの虐殺が、あちこちで行われて

いる事を。

 

 

私は、ガーディアンの各隊から上がってくる

情報を見ながら街中を、ジョーカーを纏った

状態で歩いていた。

側には、同じくジョーカーを纏ったルフェア

とティオが居る。ユエとシアはペアを組み、

他の場所を、ガーディアン隊を率いて

襲撃している。ハジメと香織は念のため

ギルドでミュウの護衛をしてもらっている。

 

ガーディアン達は、イルワから提供された、

フリートホーフの物と思われる拠点を制圧し、

そこに偶々いた幹部クラスの記憶データを

ダウンロード。本拠地と支部と呼べる

重要度の低い拠点の位置を確認。そして今

は全ての拠点を制圧、いや、破壊し蹂躙

しつつ、本拠地を全方位から囲み、

方位の輪を縮めるようにジワジワと追い詰めて

行っている所だ。

 

実に腹立たしい事に、奴らは香織やユエ、

シア、ティオ、そして私の妻ルフェアにまで

目を付けていた。

……おかげで、頭の中はいつになく燃えている。

生かしておくなど論外。単なる射殺などでは

生温い。……いっそ、溶鉱炉にゆっくりと

浸して、足先からジワジワと溶かして殺して

やろうかとも考えたが、非効率的だ。

なので、やむなく射殺という一瞬の、苦痛の

無い死を与えてやっている。

……酷く不本意だが。

 

私とルフェア、ティオは北側から。

シアとユエは南側からだ。

 

敵は犯罪者集団。生かしておく価値などない。

ガーディアン達には、『フリートホーフの

構成員と分かった時点で射殺せよ。組織の

建造物内部に居た人物も、同様に射殺を

許可する』、としている。

闇組織に入ってくるような人間だ。

組織に属していないとしても、カタギとして

命を保障してやる必要は無い。

 

マスクを取り、耳を澄ませば銃声と悲鳴が

あちこちから聞こえる。

風に乗って血と硝煙の匂いが鼻腔をくすぐる。

……あぁ、そうだ。これこそ、戦争の匂いだ。

 

かつて、私のオリジナルが人類と生存を

賭けて戦った戦場も、こんな匂いに

満ちていたな。

 

などと考えつつ歩いていると私達は

フリートホーフの本拠地である建物の前に

たどり着いた。

 

いかんいかん。気を引き締めなくてはな。

そう考え、私はメットを被り直し、ノルン

のスライドを引いて初弾を送り込む。

 

建物の入り口には、即席のバリケードのつもりか、

いくつもの家具や何かが、扉を塞ぐようにより

掛かっていた。

しかし……。

「無駄な事を」

私は右手部分の装着を限定的に解除し、掌を

露出させると、そこからG・アシッドを放ち、

バリケード諸共、扉を融解させた。

 

「行け。リーダー格以外は全員殺せ」

そして命令を下すと、周囲に待機していた

ガーディアン隊が突入。すぐさまあちこちで

悲鳴と銃声が聞こえてくる。

そして、最上階の部屋にたどり着くと、中では

ただ一人生き残っていたフリートホーフの

首魁、ハンセンという男が、ガーディアン2体

に取り押さえられ、床に組み伏せられていた。

 

「クソッ!?クソクソクソッ!?テメェ、

 こんな事してただですむと思うなよ!?

 俺達は!」

「黙れクズが」

喚くハンセンの口にジョーカーのつま先を

ねじ込む。

いくつも歯が砕け、奴の口の中はボロボロだ。

 

そして、私は奴の頭を踏みつける。

「フリートホーフはもうおしまいだ。

 ここ以外に存在する貴様等の拠点を、

 私の部下がしらみつぶしに破壊している。

 ……そして、お前も今日ここで死ぬ」

そう言うと、私は指を鳴らす。

 

と同時に、ハンセンを抑えていたガーディアンが

離れた。次の瞬間。

『『『『『グサグサグサッ!!』』』』』

周囲に待機していたガーディアンのセーフ

ガードライフル。それに装着されていた銃剣

がハンセンの体を貫く。

「ぎゃぁぁぁぁっ!」

悲鳴を上げるハンセン。しかしガーディアンは

躊躇すること無く、何度も何度も何度も、

ハンセンの体に銃剣を突き刺す。私は、

何も感じない。隣に目をやれば、ルフェアも、

大して思う所など無いのか、臆したり

怯えたりする様子が全く無い。

 

やがて数秒もすれば、ハンセンは動かなくなり、

肉体はボロボロ。唯一、首から上だけは、私に

蹴られた口元以外、普通のままだ。

 

私は、アレースでハンセンの首を切り落し、

一旦袋に収める。その時。

「マスター。こやつの机の中から、このような

 物が」

と言って、ハンセンのデスクを漁っていた

ティオが、紙の束を私に渡した。

 

それは……。

「『品目』か。奴隷の」

どんな奴隷をどこに売ったのか、或いは

何時オークションしたのかを記載した

データだった。

そして真新しいページには、今日の日付と

夕方から行われる闇オークションの場所が

記されていた。

 

闇のオークション、か。

「マスター、進言したい事があります」

「何だティオ?言ってみろ」

「はっ。……闇のオークションならば、

 出展されるのは、恐らくミュウと同じ

 ように捕まった人族の子らと思われます。

 ……そのような奴隷を買う下郎共など、

 フリートホーフのクズ諸共、消し去る

 べきかと」

……そうだな。

 

「ここまでやったのだ。今日は、精々

 派手に殺しまくるとしよう。

 ティオ、お前の進言、受け入れよう。

 シア達もすぐそこまで来ている。

 合流次第、すぐに会場に向かい、

 奴隷以外の出席者を、皆殺しにするぞ」

「御意」

「ルフェア、ティオと共に、周辺の

 残敵掃討をお願い出来ますか?」

「うん。良いけど、お兄ちゃんは?」

「……少し、我々の存在を誇示してこようと

 思います」

 

と言う事で、私は一旦ルフェア達と別れ、

空中を跳躍して向かったのはフューレンの

中央区にある公園の、更に真ん中だ。

……ここなら目立つだろう。そう考えた私は、

ハンセンの頭を袋から取りだし、更に

長い槍を創り出すと、穂先にハンセンの頭を

突き刺し、柄の部分を石畳の床に突き刺した。

 

そして更に……。

 

私は指先にエネルギーを集め、床を削って

文字を描いた。

 

≪フリートホーフ首魁、ハンセン、死す≫

 

と言う文字を刻み、その下に……。

 

≪漆黒の死神、見参≫

 

とも書いておく。そしてそれを書き終えた私は

ルフェア達の所に、飛行して戻っていった。

戻ると、合流したシアとユエの姿があった。

 

「あっ、司さんお帰りなさい。どこ

 行ってたんですか?」

「いえ。ちょっと中央区の公園まで行って、

 フリートホーフの首魁の生首を、さらし首

 にしてきた所です」

「うわぁ。司さん、やるときはホント徹底的に

 やりますね。……まぁ確かにこんなクズに

 はお似合いですけど」

と言いつつアータルを担いでいるシア。

「……ティオから話は聞いた」

「そうですか。では、改めて。……恐らく、

 ミュウが出されるはずだったと思われる

 オークションが今日この場所で開催

 されている」

そう言って、私は空中にフューレンの地図を

投影し、地図の上に光点を一つ付ける。

光点の場所がオークション会場だ。

「そのオークション会場をこれより襲撃

 する。目的は、奴隷として監禁されている

 であろう子供達の救出。……そして、

 救出の為に手段を選ぶ必要はない。

 会場を全方位から包囲。同タイミングで

 突入。……オークション会場を警護している

 者、参加者、フリートホーフの構成員と

 思わしき者は、全て殺せ」

「「「「……了解」」」」

4人とも、決意の表情を浮かべながら静かに

頷く。

 

その後、私達は別々のルートで会場に接近。

私はガーディアン達を引き連れ、会場に

真っ正面から接近。……入り口には、黒服の

巨漢が二人立っていたが、どちらも数百に

届くガーディアンと、漆黒のジョーカーZを

纏う私に、驚いている。

 

「……殺れ」

そう言って私が手を振ると、側に控えていた

ガーディアン2体が、男達を射殺する。

「……行け、殺せ」

そして私が命令を下せば、ガーディアン達は

正面の扉から次々と、まるで獲物に群がる

蟻の如く、突入していく。

私もゆっくりと中へ足を進める。直後、

あちこちで銃声と悲鳴が響き渡る。

 

戦闘、とは名ばかりの虐殺。

会場内は、酷い物だ。人間『だった』肉片と

血飛沫が、建物の壁や床をべっとりと汚し、

壁際には頭が吹き飛び、腹が破れ、臓器と

肋骨をはみ出した死体や、半分無くなった

頭で、虚ろな目をした死体などが

転がっていた。

そのうちのいくつかは、どこかの貴族か

何かなのか、良い服を着ていた。

と言っても、血と臓器に汚れて台無しだが。

 

その後も、ガーディアンによる殺戮は続き、

時折悲鳴と銃声が聞こえる。

『司さん。捕らえられていた子供達を

 発見しました』

その時、別行動をしていたシアから

通信が入った。

「了解。すぐそちらに行きます」

私はガーディアン達に残敵の捜索と射殺の

作業を任せ、建物の地下へ向かった。そこには

いくつも牢屋があり、その牢屋を出た所で、

シアとティオが子供達を宥めていた。

 

「あっ。司さん」

そんな中私に気づいたシアが私に声を

掛けた。

子供達は、私の姿を見るなり怯えるように

肩を寄せ合う。

それを見た私は子供達の前で膝立ちの

姿勢を取り、メットを取った。

 

「もう大丈夫だ。私達は、君たちを

 助けに来た」

「ほ、ホントに?」

「あぁ。本当だ。外に居る悪人、悪い奴らは

 既に倒した」

「で、でも。……あいつら言ってたんだ。

 助けなんか来ない。この街で、フリートホーフ

 に喧嘩を売る奴なんか居ないって」

と、少年の一人が呟くが……。

 

「だとしたら、そいつらは知らないだけだ。

 フリートホーフなどと言う組織を簡単に

 潰せる人間が居ることをな。そして、

 それが私だという事をだ。

 心配せずとも、フリートホーフの首魁も、

 そのメンバーも、既に倒した。

 フリートホーフは、既に壊滅状態だ」

「ホントに?あいつらを、やっつけたの?」

「あぁ。……あとは、ここから出るだけだ」

そう言うと、私は立ち上がる。

 

「さぁ行こう。もう、君たちを奴隷として

 縛る物はない」

私は、シア達、ガーディアン達と共に子供達

を連れて会場の外に出た。もちろん

スプラッター映画ばりのグロテスクな

廊下などは避けてだ。

 

そして、私達は外に出ると事態を聞きつけて

駆けつけた保安署の署員に子供達を託した。

そんな子供が……。

 

「あの……」

「ん?何か?」

男の子が一人、私に声を掛けてきた。

「どうやったら、貴方みたいに強くなれる

 んですか?」

……強さへの問いか。こういうのは、私への

憧れのような意味があるのかもしれない。

ならば……。

「少年。君には、私と同じ強さを身につける

 事は出来ない。私と君は違うからだ。

 分かるな?」

「……はい」

「だが、強くなる事。それ自体は可能だ。

 だからこそ、少しアドバイスをしておこう。

 強さとは、単純な力だけではない。

 頭の良さも、また強さだ。だが強くなる

 ために必要なのは、決意と、覚悟だ」

「決意と、覚悟?」

「そうだ。……その二つがあり、君が

 強くなりたいと思い、前に進み続ければ、

 きっと君は強くなれる。強くなりたければ、

 進み続けろ。……分かったか?」

「……まだ、良く分かんない」

「そうか。……だが、これだけは忘れるな。

 決意と覚悟が、大事なのだと」

「うん。……ありがとう、お兄さん」

 

少年は、その言葉を最後に、他の子供達と

共に保安署の署員に連れられ去って行った。

それを見送る。

 

 

ちなみに、その後『漆黒の死神』の別名として、

『殺戮の魔王』という新たな名前が付けられた

一方、子供達は彼の事を、『黒の王』と呼び

称え始めた事など司たちには知る由も無かった。

 

 

「存外、マスターは子供には優しいのじゃな」

子供達が保護され安全な場所に移動するのを

見送った後、側でやり取りを見ていたティオ

が声をかけてきた。

「……先生のおかげだ。あの人の言った

 言葉を、誰かに少しでも優しくなれ。

 そんな先生の言葉を実行しているだけだ。

 ……ただ」

「ん?」

「……悪い気はしないものだな」

私は、最後の少年の、ありがとう、と言う

言葉を、頭の中で繰り返していた。

 

 

一方その頃、香織やイルワと共に、応接室で

ミュウの面倒を見ていたハジメ。そんな

彼の元に、司から連絡がメールで届いた。

ハジメは、窓際に立つイルワの側に

歩み寄る。

「……終わったみたいですよ、司。

 フリートホーフの壊滅作戦」

「そうか。……呆気ない物だ。三大闇組織

 と言われたフリートホーフが、こうも

 あっさりと」

「敵に回しちゃいけない人間を、敵に

 回しましたからね。あいつらは」

そう語るハジメに、イルワは司の顔を

思い浮かべた。

 

「ともあれ、この街の厄介事の一つが

 片付いたようだな」

「はい」

と、ハジメが頷くと……。

『クイクイッ』

「ん?」

誰かがハジメの服の裾を引っ張った。

見ると、ミュウが彼の側に立っていた。

「どうかしたの?ミュウちゃん」

ハジメはその場に屈み、彼女の視線の高さを

合わせる。

 

「終わったの?悪い人退治」

「え?う、うん。そうみたいだよ。だから

 もう大丈夫。ミュウちゃんに悪い事を

 する奴らは司たちがやっつけてくれたから」

「……そう、なんだ」

ハジメの言葉に、どこか哀しそうなミュウ。

「ミュウちゃん?」

その様子にハジメは首をかしげた。

「ハジメお兄ちゃん達、行っちゃうの?」

「え?」

「悪い人達、やっつけたんでしょ?

 もう、行っちゃうの?お別れ、なの?」

と、ミュウは涙目でハジメを見上げる。その

視線にうぐっ、と言葉に詰まるハジメ。ミュウの

後ろの香織も、どうしたものか?と言わんばかり

の表情だ。

 

「えっと、それは、その~~」

ハジメは、言葉に迷っていた。自分達の旅が

過酷なのは、百も承知。それにミュウを同行

させるなど、彼女を危険に晒す行為だ。

彼女を守る為には、一緒に居ない方が良い、

と言っても言い過ぎではないだろう。

ましてや、彼等はエヒトに対し、時が来れば

戦う。ハジメの予想では、十中八九エヒトとの

戦いは避けられないだろう。そしてミュウと

仲を深める、と言う事は、万が一にもエヒト

との戦いに巻き込む可能性が高くなってしまう

と言う事だ。

しかし……。

 

「お兄ちゃん?」

ウルウルと瞳を滲ませ自分を見上げるミュウに、

ハジメは『一緒には行けない』と言えるほど、

メンタルは強くなかった。

「う~ん。う~~ん」

頭を抱え、悩むハジメ。

 

一緒に行けない、と言う事はミュウを悲しま

せる事に他ならない。一方、ハジメ達がエリセン

まで送り届け、その道中仲を深めてしまうと、

それが返ってミュウやその周囲を危険に晒し

兼ねない。

一番良いのは、ミュウや周囲を危険に晒さない

為に、一緒に居られないと彼女に説明出来る

事だが……。

 

『僕らの世界じゃまだ幼稚園生レベルの子供

 に、どう説明しろって言うんだ~!』

と、ハジメは頭を抱えていた。

 

 

その時。

「ハジメ、香織、ミュウ、ただいま戻り……。

 何をそんなに頭を抱えているのですか

 ハジメは」

ドアが開いて、司達が戻ってきた。

「あっ!司、ちょうど良い所に!」

 

 

ハジメ達の居るギルドの応接室に戻ると、

何やらハジメが大いに頭を抱えていたので

理由を聞いたが……。

 

「成程。……私達と、ですか」

ミュウが私達と一緒に、と言い出した話を

聞いた。

「うん。……ごめん司。僕がはっきりと

 断れれば良いんだけど……」

「仕方ありませんよ。誰だって、あんな

 表情で迫られれば、はいそうですかと

 断れはしません」

そう言うと、私はミュウの前で屈む。

 

「ミュウ、私達の旅は、とても危険です。

 分かりますか?」

『コクン』

ミュウは無言で頷く。

「貴方をエリセンに送り届けるまでは

 一緒です。そして、ここからエリセン

 まで一緒に行く、と言う事は、そのエリセン

 で尚更別れにくくなる、と言う事も、

 分かりますね?」

『コクコクッ』

ミュウは無言で何度も頷く。

「……それでも、私達と一緒が良いのですか?」

『コクコクコクッ!!』

彼女の心境を現すように、ミュウは何度も首を

縦に振る。

 

そうまでして、か。

「……分かりました。一緒が良いと言うのなら、

 私は構いません」

「ッ!ホントに!?」

「えぇ。まぁ確かに危険ですが、私達が一緒

 なら、大抵の事は何とかなります。むしろ、

 他の連中などに護衛されるより、私達と一緒

 の方が安全だと私は思います。

 ……皆はどうですか?」

と、私はハジメ達に問う。

 

「まぁ、確かにね。僕達以上にミュウちゃんを

 確実に、安全にエリセンに送り届けられる

 人間が居るとも思えないし。……僕は

 司に賛成するよ」

「そうだね。……ここでお別れ、って言うのも

 ちょっと寂しいよね。私も賛成」

「そうですっ!私達で守れば良いだけの事

 ですぅっ!」

「ん。私も、もっと一緒に居たい」

「マスターの意見じゃ。反対はせぬよ」

「うん。私も賛成。私達で、ミュウちゃんを

 送り届けてあげよう?」

と、ハジメに続き、香織、シア、ユエ、

ティオ、ルフェアが賛成する。

反対意見は無し、と。

 

「では、決まりですね。そういうわけで、

 イルワ支部長、依頼として彼女の送還は

 私達に任せて下さい」

「あぁ、分かった。早速手配しておこう」

と言うと、イルワは一旦部屋を後にした。

 

「ミュウ、みんなと、一緒?」

「えぇ」

私は頷きながら、再びミュウの前に膝立ちの

姿勢で視線を下げる。

「私達7人が、ミュウをエリセンまで必ず

 送り届けます。一緒に行きましょう、ミュウ」

そう言って、私は右手を差し出す。

すると……。

 

「ありがとう!『パパ』ッ!」

ミュウは私に抱きついた。

 

彼女が満面の笑みを浮かべているのは、私として

も微笑ましい。……のだが。

「…………。ん?パパ?」

不意に、そう呼ばれた事を理解し私は首をかしげた。

「ミュウ、何故私がパパなのですか?」

何故そう呼ぶのか聞いてみたが……。

「ミュウね、パパ居ないの。……ミュウが

 生まれる前に神様のところへ行っちゃったの。

 キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにも

 いるのにミュウには居ないの。……だから、

 お兄ちゃんがパパなの」

はっきり言って、何が『だから』なのか謎で

ある。彼女が母子家庭で育った事から、父性の

ような物を求めている可能性はあるが……。

 

しかし、何故私なのだ。

「え~。……ハジメはどうですか?ハジメも

 優しいですし、パパと呼ばれるのには

 十分では?」

「ちょっ!?司なんでこっちに話題振るの!?」

ハジメが狼狽しているが、今は無視する。

 

「……確かに、ハジメお兄ちゃんも優しいの。

 でも、お母さん言ってたの。パパは、

 強くて、かっこ良くて、家族の為なら

 なんだってする。それがパパだって。

 パパは、ミュウを守る為に悪い人達を

 やっつけてくれたの。だから、パパなの」

成程。……分からん。

 

そもそも私はミュウと血縁関係などではない。

それをいきなりパパと言われても……。

理解出来る訳がない。

 

しかし……。

「パパは、ミュウのパパになってくれないの?」

と、ミュウが涙目で私を見ている。

……私は、存外子供に弱いなぁ。

「ハァ。分かりました。パパで良いですよ」

私は、そう考えため息をつき、諦めた。

 

そして後ろでは……。

「つ、司が、負けた……!?」

「み、ミュウちゃん!恐ろしい子……!」

ハジメと香織はもちろん、シア達がとても

驚いていた。

 

こうして、何の因果か、荒ぶる神の名を持つ

獣、ゴジラたる私に、義理の娘が出来ました。

 

ちなみに、夜は夜で、川の字で寝たいと言い出した

ミュウ。私とルフェアに左右を挟まれながら、

彼女はとても心地よさそうな表情で眠りに

ついたのだった。

 

しかし、まだ幼いミュウが付いてくるとなると……。

彼女の『護衛機』が必要だな。

そう考えながら、私は頭の中で設計図を描く。

 

そして、翌朝。

「と、言うわけでミュウの護衛機を創りました」

「早いなっ!?まだ一晩しか経って無いけど!?」

翌朝。私は人影の無い公園に来ていた。その傍ら

には、コンテナが置かれており、中にはミュウの

護衛機が収められている。

ここに居るのは、私を含めた7人とミュウだ。

ミュウは、まだ眠いのか瞼を手の甲で

擦っている。

 

「ミュウ、朝早く来てくれたお礼に、私から

 プレゼントです」

「え!?プレゼント!?なになに!」

プレゼント、と言う単語に目を輝かせるミュウ。

「私達の旅は危険ですから、ミュウを守る

 鎧を創りました」

そう言って、私は後ろにあるコンテナの

テンキーを操作し、扉を開く。

ハッチが開き、中から護衛機が姿を現す。

「これは……。エンハンスドジョーカー?」

護衛機を見て呟く香織。

「いや。細部が違うよ。それに、Eジョーカー

 より、二回りくらい大きい」

更にハジメが細部を観察し、呟く。

 

彼の言うとおり、この護衛機は普通の

Eジョーカーよりも大型だ。特徴的なのは、

まずその頭部だ。

私のZも含めて、ジョーカーの頭部は、基本的

に同じだ。ツインアイを装備したメカニカルな

顔を持っている。しかしこの護衛機の顔は、

のっぺりとした黒いディスプレイが顔一面を

構成している。さながら妖怪ののっぺらぼうだ。

次に、その四肢と胴体の太さが、Eジョーカーを

更に上回っている。

今の姿勢も、ゴリラのナックルウォークのように

両手を地面についている。

 

「この機体は、Eジョーカーをベースに更に

 大型化させた、ミュウのためだけの護衛機。

 機体コードは、『セラフィム』です」

「セラ、フィム」

と、ミュウは機体コードを繰り返す。

 

「このセラフィムは、胸部コクピットの中に

 ミュウを乗せるポッドを格納しています」

そう言ってセラフィムの前で手を振ると、その

胴体が上下に割れるように開き、更に中に

あったポッドの扉が開く。

「万が一の時は、ここにミュウを格納します。

 このポッドの中は重力制御装置を応用した

 重力場が発生しているので、どれだけ

 セラフィムが殺人的な機動を行ったと

 しても、ミュウに一切の負担はかかりません」

「けどさ司。もしかしてミュウちゃんに

 セラフィムを操縦させる気?」

「まさか。セラフィムは護衛機です。

 まぁ装甲と防御力、シールド強度などを

 確保する関係で、パワーはEジョーカー

 以上になってしまっていますが、兵装は

 装備していません。それに、セラフィムは

 操縦する必要がありませんから」

「……どういうこと?」

と首をかしげるユエ。

 

「セラフィムのもう一つの特徴は、これです」

そう言って私はもう一度手を振る。すると、

ハッチが閉まった。直後、セラフィムの

頭部に絵文字で描かれたような顔が映し出された。

「何じゃ!?顔が浮かび上がったのじゃ!」

驚くティオ。

 

すると、セラフィムが一人でに周囲のハジメ達を

キョロキョロと見回す。

 

『(・_・ ) ( ・_・)』

 

「司、これって……」

「セラフィムには、私が設計した次世代AIを

 装備しています。発声機能が無いので

 対話による意思疎通は出来ませんが、

 セラフィムAIには喜怒哀楽を感じ、

 表情を顔文字で表現する機能があるの

 ですよ。後は首の動きでYES・NO

 の表現をします」

あの絵文字は、子供のミュウでも

セラフィムの『感情』を読み取るために

表示されるのだ。

 

と、私が話していると、セラフィムは

ミュウをジーッと見つめ始める。

「うぅ……」

それに恐れを感じたのか、数歩下がるミュウ。

「ミュウ」

私は彼女の側に膝立ちで立つ。

「怖がる事はない。この子はセラフィム。

 今日からミュウを守ってくれるナイトだ」

「私を、守るナイト?」

と、彼女は首をかしげた。

私はセラフィムに通信で指示を出す。

 

すると、セラフィムが右手の人差し指を

ミュウに向かって差し出した。

一瞬驚くミュウだが、彼女は自分に差し出された

人差し指とセラフィムの顔を交互に見ている。

 

「握ってあげなさい」

「う、うん」

そんな彼女に、私が声を掛ける。

ミュウは、恐る恐るという感じでセラフィムの

人差し指を、両手でギュッと握った。

 

『(^_^)』

すると、セラフィムの絵文字が笑みを現す物に

代わり、僅かに人差し指が上下する。

それを見て、ミュウも表情を明るくする。

 

「ミュウ。これが私からのプレゼントです。

 旅は危険ですから、今日からセラフィムが、

 私達と一緒にミュウを守ります。

 セラフィムと、仲良くしてあげて下さい」

「うんっ!ありがとうパパっ!

 よろしくね!『せらちゃん』!」

『(*^o^*)』

どうやら愛称を付けたようだ。そして

セラフィムも喜びの感情を絵文字で表現

している。

 

そしてハジメ達はセラフィムもとい、せらちゃん

と戯れているミュウを見て、微笑ましそうに

笑みを浮かべていた。

 

こうして、私達の旅に、一時的とは言え新たな

仲間、ミュウが加わったのだった。

 

     第39話 END

 




って事で、ミュウの護衛に新型のセラフィムが付きました。
セラフィムの言葉として、時折顔文字が入ります。
また、次回はちょっとオリジナルで、清水や愛子の
話を上げようと思って居ます。

感想や評価、お待ちしています。


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第40話 護衛隊、動く

今回は愛子や清水達のオリジナルのお話です。
オリジナルなので、いつもの半分程度の短いお話です。


~~~前回のあらすじ~~~

遠い西の海から誘拐されてきた海人族の子供、

ミュウを保護した司たちは、ミュウを奪おうと

襲ってきたフリートホーフのメンバーを撃退。

更にイルワからそのフリートホーフ壊滅を

依頼として出させた司は、ガーディアン部隊

を率いてフューレン各地のフリートホーフ支部

を強襲。夕暮れのフューレンで虐殺を行う。

更にフリートホーフの首魁ハンセンや

オークション会場でも虐殺を行った司。その後、

ミュウは司たちと一緒に居る事を望んだ事から、

司は護衛機として新型の自立式ジョーカー、

『セラフィム』を開発しミュウに与え、共に

旅をすることになったのだった。

 

 

ハジメや司たちがフューレンの町で大暴れ

していた頃。ウルの町にて。

 

 

~~~

『パンッ!パンッ!』

まだ早朝と呼べる時間帯。ウルの町を囲う防壁の

上で、断続的に銃声が鳴り響く。

その銃声の主は、薄紫色のジョーカー。

コマンドモデル・G/07の持つノルンだ。

 

「……ふぅ」

コマンドモデルを装着していた男、清水は息を

付くとノルンのセイフティを掛け、射撃の

練習のために置かれている的へと歩み寄る。

「……命中率は、まだ6割って所か」

的に空いた穴を見つめながら呟く清水。

「まだまだ、鍛えないとな」

そう呟くと、清水は新たな的を設置し、射撃

訓練をしていた。

 

それから大凡20分後。射撃練習を終えた

清水は宿に戻る為に、トレーニングがてら

大きく迂回するルートでランニングしながら

宿に戻っていった。

 

その道中で……。

「おっ?お~おはようさん清水!」

「あぁ、おはよう相川、玉井、仁村」

向こう側から相川達3人が走ってきた。短い

挨拶だけをしてすれ違う4人。

ウルの戦いから既に数日。

既に清水は、愛子先生の尽力と、『愛子先生を守る』

と言う、7人の共通する目的意識を持った事から、

彼は園部達6人とはすっかり打ち解けていた。

 

そして、宿に戻ると……。

 

「う~ん」

一階のレストランの一角で、お茶を飲みながら

女子の一人、宮崎が大量の書物と睨めっこ

していた。

「ん?あぁお帰り清水君。朝練お疲れ様」

「あぁうん。ただいま。宮崎さんは魔法の

 勉強?」

「うん。一応私、後方支援要員だからね。

 ……そう言えば清水君は闇魔法極めてた

 けど、何かアドバイスってある?」

「え?う~ん。……アドバイスになるかは

 分からないけど、やっぱりまずは基本を

 極めてから、かな?」

「基本かぁ。まぁありがと清水君」

「う、うん。まぁ、どういたしまして」

と、清水は女性に礼を言われるのに慣れて

いないのか、若干顔を赤くしながら頷くと、

そそくさと自分の部屋に戻っていった。

 

 

それから数時間後。

 

ウルの町は防衛戦において傷一つ付かなかった。

しかし、戦場となった周囲の平原は違う。

ミサイルで爆撃され、炎に焼かれ、雷に抉られ。

正に惨憺たる有様だ。

なので、現在は町の住人や依頼という事で

参加している冒険者。更に愛子達が協力して

整地作業を行っていた。

 

その中でも群を抜いて働いているのが……。

「A班、そこの作業は良いから遅れてる第2区

 を手伝って。B班とC班は作業続行。

 D班、物資を第8区へ」

清水の操る、ガーディアン部隊だった。

彼のガーディアン、コマンドモデルの機能を

生かしてのことだ。

 

清水は部隊をいくつかの班に分け、更に周囲

の土地をいくつかに区分け、そこにガーディアン

達を分けて配置し、作業していた。

人間とは違い、疲れ知らずでパワーも人間以上。

更にその数の多さもあって、整地作業は予想

以上に早く終わることになった。

 

加えて、超人的なパワーを発揮する園部や相川

達がジョーカーを纏って動き回った事も

作業を早く終わらせる一因となった。

 

 

ハジメと司たちがウルの町を出発してから

既に3日。清水のガーディアン部隊や、

園部たちの活躍もあって、大凡の整地作業は

終了。愛子は最後まで手伝う、との事だった

が、清水達のおかげで殆どの作業が簡単に

終わった事と、防衛戦の英雄である愛子に

これ以上働かせるのは悪い、と言う周囲の

気遣いもあった為、残りはウルの町の人々が

行う事になった。

 

宿に戻った愛子と清水達は、時間が時間という

事もあり、昼食を取る事になった。

「は~。労働の後のカレーは美味しいね~」

と呟きながら食べる園部。

今では北の山脈の問題も解決したので、

宿の料理も復活していたのだ。

「あれ?そう言えば、騎士達は?」

と、園部と同じカレーを食べながら周囲を見回す

清水。

すると、相川があそこあそこ、と言わんばかり

に近くのテーブルを指さす。

「え?」

そっちに視線を向ける清水。

 

そこでは……。

「愛子が、愛子が、俺達を、邪魔と……」

「「「「ハァ~~~~~」」」」

意気消沈とし、落ち込んだ顔で食事を取る

デビッド達の姿があった。

「え?何アレ」

騎士達の姿に戸惑う清水。

「彼奴ら、防衛戦の前に先生に邪魔って

 言われたんだよ。それをまだ引きずってる

 んだよ」

「男でそれも騎士なのに。だらしないわよね~ 

 ホント」

呆れ気味に呟く仁村と菅原。

「ささっ。飯だ飯。彼奴らの事はほっとけ。

 立ち直るのは自分次第なんだからよ」

「お、おぉ」

玉井の言葉に、清水は戸惑いながら食事を

再開した。

 

その後、清水は部屋に戻った。のだが……。

「……魔人族、か」

清水はベッドに体を倒し、天井を見上げながら

呟いた。

『奴らの目的は、人族との戦争に勝つこと。

 ……そうなってくると……。まさか……』

彼は、考える。そして一つの仮説にたどり着いた。

『飯の時、一応先生達に話しておくべき、

 だよな』

そう考えながら、清水は日課になっている、

コマンドモデルの中にあったストラテジー

ゲームを始めた。

清水の持つ、コマンドモデルはジョーカーを

操り、大部隊を指揮しながら戦う。

装着者である清水は知らない事だが、元々

タイプ・コマンドの開発コンセプトは、

『対軍団指揮官用ジョーカー』だ。

つまり、コマンドモデルはこの世界の

国の兵士、もっと言えば王国軍兵士や

帝国軍兵士など、数で襲い来る敵と

戦う為に開発したものだ。

 

司を始め、G・フリートとGフォースの武力

は他を寄せ付けないが、だからといって

それを過信する司ではない。単純な数で勢力

の強弱を考えれば、司の仲間であるG・フリート

とGフォースは、弱い部類に入る。

そこで、数の不利を縮めるためにコマンド

モデルが創られたのだ。

 

コマンドモデルと、それが指揮する

ガーディアン隊。コマンドモデルは、

最大で1億のガーディアンを配下とする。

しかしそれを完全に生かすには、パイロット

の戦術眼が必要だ。

どこにガーディアンを配置するのか。

どう動かすのか。

戦闘の様子によって繰り出される戦術はガラリ

と変わる。防御か、攻撃か。守るとして、

陣形は?装備は?それら全て、指揮官の

選択に掛かっている。

 

そして、今ガーディアン達を指揮する立場にある

のは、清水だ。

『……俺は、先生によって命を助けられたんだ』

彼は、空中投影されたゲーム画面を見つめながら、

戦術を練り上げる。

『あいつも、新生も言ってたじゃねぇか。

 ……今度は俺の番だって』

映し出される敵に対し、清水は味方NPCに命令を

送る。

『今度は、間違わねぇ。俺を闇の中から

 助けてくれた、正真正銘の恩師を、

 守ってみせる』

 

清水は、あの時のように濁った瞳では無く、

決意を浮かべた表情で盤上を見つめる。

 

現実世界に、リスタートボタンも、セーブ機能

も無い。全ては一度きり。故に、清水にも、

護衛隊の面々にも、愛子を守る上で一度の敗北

も許されない。

だからこそ、強くならなければ意味が無い。

だが、『敵を知り己を知れば百戦危うからず』、

と言う言葉があるように、自分を鍛えるだけ

では無い。敵を知る必要もあるのだ。

 

だからこそ、清水は考える。敵の目的から

導き出される、その行動を。

 

 

そして、夕食時。

相変わらずの騎士達を後目に、8人で集まって

食事をした後の事だった。

「あ、あの。先生、皆。少し良いか?」

「はい?どうしました清水君」

清水が皆を呼び止め、首をかしげる愛子。

 

「……こんな時に言うのもあれなんだけど、

 俺なりに魔人族の動向について考えて

 見たんだ」

と、清水が言うと、園部たち6人は表情を

引き締め、立ち上がり掛けていた腰を

椅子の上に下ろした。愛子も、一瞬驚いた

後園部たちに続いた。

「聞かせて下さい。清水君の考えを」

そう言って、先を促す愛子。

 

「あぁ。……彼奴らの最終目的は、戦争に

 勝つことだ。そのために、俺を使って

 先生を狙った。それで考えたんだ。

 彼奴らにとって、この戦い、いや、作戦

 は失敗に終わったって事になる」

「確かにな。狙いだった愛子先生はこうして

 無事な訳だし、魔人族からしたら、

 作戦失敗って事だよな?」

「あぁ。相川の言うとおりだ。そこで、

 改めて考えたんだ。……もし、もし仮

 に俺が攻撃する側だったら、どうする

 って。そこでたどり着いたのが、次の

 作戦だ」

「次の作戦?どういうこと?」

と、首をかしげる菅原。

 

「彼奴らのゴールは、戦争に勝つこと。

 そのために色んな作戦や計画を練ってる

 はずだ。そして、俺を使っての先生暗殺も、

 その計画の一つだったと思う。でも、

 それは失敗した。だったら、奴らは、

 別の方法でこっちの戦力とか士気とかを

 削りに来るんじゃないか?って思ったのさ」

「つまり、魔人族の計画その1が潰れたから、

 次の計画その2が動き出してる、って事か?」

腕を組みながら呟く玉井。

「あぁ。恐らくな」

「けど、その計画2って、一体何なの?

 まさかまた愛子先生を狙ってるとか?」

「いや、それは無いと思う」

そう園部の言葉を否定する清水。

 

「魔物5万の軍勢は、いっちゃなんだけど俺が

 居たから成立していた。あれは、俺のチート 

 級のスキルがあってこそだ。それに、今は

 俺達がその二度目を警戒して警備している

 以上、奇襲は取りにくい。夜だって、

 暗殺を警戒して宿の周囲にガーディアンの

 パトロール部隊を何十と配置している。

 暗殺と奇襲が無理だとしても、真っ正面から

 来る物量が、魔人族に数日で用意出来るとも

 思えない」

「じゃあ、先生は今のところ狙われてない、

 って事で良いのか?」

首をかしげる仁村。

「絶対、とは言い切れないが、リスキー

 過ぎる。被害を出す事を前提にしてまで

 先生を狙うとは思えないな」

 

「じゃあ、先生以外となると、光輝君達?」

「でも、彼奴らは俺等の中でも飛び抜けて

 チートな連中だぜ?早々やられるとは

 思えないけどな」

宮崎の言葉にそう呟く相川。

 

「いや。……いつだか、新生も言ってた

 じゃねぇか。俺達は強いだけで不死身

 じゃない。やりようはある。例えば、密閉空間

 で体力が切れるまで、物量で攻め続けて、

 弱った所を更に本命で襲いかかるとか」

「それじゃあ、まさか天之河君達が狙われて

 居るって事ですか!?」

驚き立ち上がる愛子。

 

「天之河は、魔人族から見れば人類側の

最大戦力だ。それを殺した、となれば魔人

族側の士気は高まるし、逆に人間側の士気は

 ガタ落ち。……多少のリスクは侵しても、

 狙うだけの価値は、あると思う」

清水の言葉に、愛子は目を見開き、園部たち

6人は神妙な面持ちだ。

 

その時。

「……先生は、どうしたい?」

「え?」

突然の清水の言葉に、愛子は驚く。

「先生は、言ってたじゃないか。皆で元の

 世界へ帰ろうって。それが、先生の望み

 なんだろ?」

「……はい。それが、私の望みです」

「……そうか」

 

 

やがて、数秒の沈黙。そして……。

「じゃあ、行くしか無いんじゃないのか?」

「え?」

「これは俺の推測だけど、先生の暗殺が失敗

 した以上、次の手として天之河達を狙う

 可能性は十分にある。どっちみちウルの町

 での事は終わってるんだし。……念のため

 天之河たちと合流して警告しておく、

 ってのもやっておいて損は無いと思うけど……」

「清水君」

 

愛子は、目の前の清水の変わりように内心

驚いていた。

 

そして……。清水は立ち上がり、真っ直ぐ愛子

を見つめる。

「……俺は、先生に助けられた。だから、今度は

 俺が助ける番だ。……先生の望みを叶えられる

 ように、俺は先生への協力を惜しまない

 つもりだ。護衛隊の一人として。先生に、

 助けられた者として」

「清水君」

 

愛子は清水が大きくなったように、『男』として

成長したように感じていた。

「先生」

その時、近くにいた園部たち6人が立ち上がる。

 

「私達も、清水君と同じです。ウルでの戦いで、

 先生が私達の事をどれだけ思って居てくれて

 いるか、はっきりと分かりました。

 ……そして、だからこそ。私達は先生の

 剣であり、盾です」

園部の言葉に、相川達が決意を浮かべた表情

で頷く。

「園部さん」

普段の口調から外れた、真剣な口調に愛子は

驚き、7人を見回す。

 

そして……。

「皆は、私に力を貸してくれますか?」

「はい。もちろんです」

愛子の言葉に園部が応え、他の6人が力強く

頷く。

それを見た愛子は……。

 

「あのっ!皆の力を、私に貸して下さい!

 私は、皆で元の世界に帰りたいんです!

 そのためには、清水君や、園部さん。

 相川君、仁村君、玉井君。菅原さんや

 宮崎さんの協力が必要なんです!」

「分かってるよ、先生」

そう言って、園部は笑みを浮かべる。そして……。

 

「行こうっ!みんな!」

「「「「おぉっ!」」」」

「「うんっ!!」」

園部の声に、男達が気合いの入った声で。

女達が透き通る声で頷く。

彼等の目には、決意の炎が揺れていた。

 

「皆……!ありがとう……!」

そう言って、愛子は涙を浮かべながらお礼を

言っていた。

 

こうして、愛子と清水、園部達は動き出した。

 

彼等は、愛子の願いを叶えるために天之河

たちと合流する為に動き出した。

これから向かう先で、戦いが待っているとは

知らず。

 

しかし、彼等はもう恐れない。なぜなら、

勇ましき者として、覚醒しているのだから。

 

勇ましさ。その意味は、意気が盛んで

勢いがあり、危険や困難に向かっていくさま

を現している。

そして彼らには、その困難に立ち向かう

だけの理由がある。

清水は、自らを助けてくれた恩師へと、

その恩を返すために。

園部達は、自分達のために尽力してくれた

恩師の、その想いに報いる為。

 

彼等には、戦うだけの理由がある。

それだけの事だった。

 

そして、清水達は一刻も早く天之河たちと

合流するために夕方の内にウルの町を

ジョーカーの召喚システムで呼び出した

バジリスクで出発したのだった。

 

 

それぞれの意思で動く者たち。

 

そして、オルクス大迷宮という戦いの舞台に、

彼等が集おうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、思いっきり愛子達から忘れられて

いたデビッド達が、町を出て行くバジリスク

を慌てて馬で追いかけると言う一幕があった事

をここに追記しておく。

 

    第40話 END

 




って事で、オルクスに全員集合ルートです。
……あぁ、これもうカトレア終わったな。

感想や評価、お待ちしています。


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第41話 深淵のエンカウント

今回はVS魔人族のお話です。展開は、まぁまぁオリジナルです。

それと、今日から大学の夏休みが終わって後期が始まるので、
また投稿速度が落ちると思います。ご了承下さい。


~~~前回のあらすじ~~~

ハジメや司と別れ、ウルの町郊外の整地作業に

参加していた愛子と清水、園部たち。清水達は、

護衛隊のメンバーとして決意を新たにした事から

鍛錬を続けていた。そんな中、清水は魔人族が

動き出している可能性を考え、愛子達に自分の

考えを教える。魔人族が勇者である光輝とその

周囲にいる雫たちを狙っている可能性が高いと

考えた清水。その話を聞いた愛子は、彼等と

合流し安否確認をするために清水達7人を

伴って、ウルの町を出発するのだった。

 

 

清水たちがバジリスクで移動している頃、

彼等が合流を目指す光輝達は、ホルアド、

正確にはオルクス大迷宮の中にいた。

 

そして、薄暗い大迷宮の中で、戦闘が

行われていた。戦うのは、迷宮攻略組の

光輝や雫たちだ。

剣戟が。魔法が。いくつもの軌跡を描き

ながら交差する。

そんな中で……。

「ってぇ!」

『『『『ガガガガガガガッ!!!』』』』

ジョーカー、タイプCを纏った雫が指示を

出すと、側に控えていたガーディアン4機が

セーフガードライフルを撃ちまくる。

しかし、それだけで射殺す事は出来なかった。

 

既に90層を目前に控えた89層の魔物は、

ガーディアンのライフルの一斉射でも僅かに

血を流させ、動きを止める事しか出来ない。

しかし、それで十分だ。

「光輝!今よ!」

「おぉっ!『万象切り裂く光、吹きすさぶ

 断絶の風、舞い散る百花の如く渦巻き、

 光嵐となりて敵を刻め!≪天翔裂破!≫」

ガーディアン達の射撃が魔物を押しとどめ、その

隙に光輝達や後衛の者達が魔法を詠唱し、発動

する。

 

光輝の放った光の刃が。後衛組が放った魔法が。

次々と魔物に襲いかかる。

何とかそれを躱して前に出る魔物。だが……。

「遅いっ!」

居合い切りの姿勢のまま、スラスターを吹かして

飛び出した雫のヴィヴロブレード、青龍が魔物を

一瞬で切り裂く。

 

そして周囲を見回すが……。

≪各種レーダーに反応無し。敵影を認めず。

 もう大丈夫だぞ≫

『ありがとう司』

「みんな。レーダーに反応は無いみたい。

 とりあえず、戦闘終了よ」

と、雫が周囲に教えると何人かが息をついた。

同時に、構えていたセーフガードライフルの

銃口を下げるガーディアン達。

 

そして、雫は怪我をした檜山たちが治癒師の

女子に治癒されているのを傍目に確認すると、

ガーディアン達の方に視線を向けた。

敵は居ないとはいえ、ここは大迷宮。今の

ガーディアン達は、全部で8機になっており、

4機を一個小隊とし、第1小隊を前衛組の支援。

第2小隊を後衛組の護衛として、雫が指示を

飛ばしている。と言っても、実際には雫の

タイプCの中のAIの司が指示を出しているの

だが、この場では雫以外、その事実を知る者

は居ない。

 

≪大丈夫か雫?若干心拍数が高いぞ≫

その時、AIの司が声を掛けてきた。

『大丈夫よ。少し息が上がっただけだから。

 直に収まるわ』

≪そうか。だが、お前がこの攻略組の要だ。

 体調管理は、しっかりしておけ。雫が  

 倒れる事だけは、避けなければならない

 からな≫

『要って大げさじゃない?光輝たちだって

居るんだし』

≪大げさではないぞ。この集団の要は、

 間違い無く雫。お前だ。確かに、

勇者君は戦闘力で言えば十二分に強い。

 だが、ただ単に力を振るうだけが戦争

 ではない。そして、奴には自分を疑うと言う

事が無い。バカ丸出しで、自分の言葉を

信じているだけだ。……到底、リーダーの器

ではないぞ≫

『それは……』

≪かつて、日本の武将、上杉謙信は言った≫

そう言って、司は言葉を続ける。

 

≪人の上に立つ対象となるべき人間の一言は、

深き思慮をもってなすべきだ。軽率なことは

言ってはならぬ≫

 

その言葉の事が、逆説的に光輝の事を否定している

のだと雫は分かった。

光輝は、自分が正しいのだと思って居る。

そこに疑問や疑う事など無い。戦争に真っ先に

参加を表明したのも、光輝だ。

 

≪人の上に立つ、と言う事は自分の下に居る人間

 達の命を背負い、自らの選択にその者達の

 命までを賭けている、と言う事だ。それが、

 浅はかにも真っ先に戦争参加を言い出し、

 リーダーとはな。……はっきり言って、

危ういよ。彼等は≫

『……』

AI司の言葉に、雫は黙り込む。

 

≪浅慮なリーダーに付いていくなど、自殺行為も

 甚だしい。このまま行けば、あの勇者君には

 どうにも出来ない状況がやってくる。そして、

 彼に従っているだけ、と言う状況の『つけ』

を払わされる≫

『つけ?』

≪あぁ。それも、自分の命で払う事になる

 つけだ。つまり、全滅という事だよ≫

『ッ。それは……』

≪もしそれが嫌なら、今からでも遅くは無い。

 雫に、覚悟があるのならお前がリーダーに

 なれ。身内贔屓に聞こえるかも知れないが、

 あんな自己の正義に酔っ払った勇者など

 より、遙かにリーダーの器だ≫

『私、が?……重いね』

心の中でそう呟く雫。

≪……そうか。まぁ、無理にとは言わん。

 俺はお前をサポートする立場だ。お前は、

 お前の意思で選択しろ≫

『うん……』

そう頷き、雫は光輝の背中を見つめる。

 

かつて、幼い頃はかっこ良く見えたその背中が、

雫には、今はとても小さい物のように思えて

仕方が無かった。

 

 

その後、彼等は出発した。89層はマッピングが

殆ど終了していることもあり、彼等は10分程度

で90層に続く階段を発見した。

彼等はついに90層までやってきた。階段を

下りた一行は、慎重に90層の探索を開始する。

 

しかし、次第に彼等が怪訝そうな表情を浮かべ

始めた。

「……魔物が、居ない?」

周囲を警戒しながら呟く雫。

 

前方では、ガーディアン第1小隊がライフルを

構えたまま慎重にクリアリングをしながら

進んで居るが、ガーディアン達のレーダーにも、

ジョーカーのレーダーにも、敵影が映らない。

そして、後ろで支援組を警護しつつ後方を

警戒している第2小隊も同様だ。

 

今は大きな広間にたどり着いたが、相変わらず

魔物の気配はない。

「八重樫、レーダーの方はどうだ?」

「ダメ。今のところ、魔物らしき反応は無いわ」

雫に声を掛けたのは、龍太郎と並ぶ巨漢、

『永山重吾』だ。彼は柔道部主将で光輝達とは

別のパーティーのリーダー的存在だ。

そして、司曰く『勇者君よりリーダーに相応

しく、雫と並んでリーダーの素質がある男』。

そう語るほど思慮深い男だ。

 

「……嫌な静けさだな」

「えぇ」

永山の言葉に頷く雫。その時、周囲を警戒

していた幾人かが、壁に付着した血を見つけ、

永山がそれを確認している。

「……完全に乾いていない。まだ新しいな」

「ッ。ガーディアン全機、全周警戒。

警戒レベルマックス」

永山の言葉に雫が指示を出し、ガーディアン達

は彼等を守るように円を描いて展開。

ライフルを構え、引き金に指を掛けている。

≪雫≫

『分かってる。まさか、罠?』

≪かもしれん。チート級スペックを持つ

 俺達でようやくたどり着ける90層で

 罠を張る連中だ。尋常では無い。

 今すぐ撤退しろ≫

『分かったわ』

「光輝、今すぐ撤退するわよ」

「え?」

「何だか嫌な予感がするわ。みんなここに

 来るまで戦闘続きで若干とはいえ消耗

 してる。魔物がいないのも気になるし、

 今すぐ引くわよ」

AI司のアドバイスを聞き、すぐさま撤退を

進言する雫。

「俺も八重樫に賛成だ。今すぐ引き返す

 べきだ」

更に、雫の言葉に同意する永山。

「いや、でも、魔物の血がこれだけあるって事は、

 それを倒したもっと強い魔物がいるって事

 だろ?だったら、それを倒さないと前に

 進めないじゃないか。だったら今のうちに」

「違うわよ光輝」

彼の言葉を雫が遮った。

 

「この静けさ。何か作為的な、人為的な物を

 感じるわ。凄く頭の良い魔物にしても、

 これは罠の可能性が……」

言いかけた、その時。

 

雫のジョーカー、メット内部のディスプレイの

片隅にあるレーダーに、光点が浮かび上がった。

『ッ!!?』

その光点を見た瞬間、雫は青龍を抜き振り返った。

 

「レーダーに感あり!!」

咄嗟に叫ぶ雫。

その叫びに真っ先に対応出来たのは、

ガーディアン達と警戒していた永山だ。

そのガーディアン達はデータリンクを通して

レーダー情報を受け取ると、光点の居る方

へライフルを向け、それを見た永山も同じ

方向に拳を構える。

 

そしてそれに遅れて、光輝や龍太郎たちも

武器なり何なりを構える。

 

すると……。

『コツ……コツ……』

広間の奥、その暗闇の方から少しずつ、足音

のような物が近づいてきた。

「……魔物か?」

そう呟く龍太郎。だが……。

「違う」

それを雫が否定した。ジョーカーに内蔵されて

いるコンピューターは音を解析し、相手が

二足歩行である事を教える。

と、その時。

 

「やれやれ、まさか気づかれるとはね」

暗がりの奥から、声が聞こえてきた。ハスキー

な女の声だ。

しかし、雫は声を聞いた瞬間、直感した。

女が、どんな存在であるかを。そして、女は

光輝達に姿がはっきり見える場所まで近づいて

来た。

 

「まさか……!」

そして、女の体を見るなり、雫はジョーカー

のメットの下で表情を強ばらせた。

女は燃えるような赤い髪を揺らしながら、

彼等の前に姿を現した。しかし問題は、

その女の肌色と耳だ。浅黒い肌。尖った耳。

二つの特徴は、紛うこと無き、『魔人族』の

特徴だ。

 

「魔人、族……!?」

静かに、驚きを含んだ声色で呟く雫。

 

現れた女は、艶の無い黒いライダースーツを

身に纏い、胸の辺りを開けさせていた。

その色気溢れる姿に、男子の数人が顔を

赤く染めるが……。

「バカッ!何赤くなってんのよ!相手は

 魔人族よ!死にたいわけ!?」

雫に一喝され、皆慌てて武器を握り直す。

 

「ふむ。……勇者ってのは、アンタかい?

 青い鎧君」

女は、光輝と雫を交互に見やってから、

雫の方に声を掛けた。

「ち、違う!勇者は俺だ!」

それを真っ先に否定したのは光輝だ。

「へぇ?アンタが勇者?……てっきり、キラキラ

 してるだけの戦士かと思った。だって、

 そっちの方が明らかに勇者っぽいし」

「な、何だと!?」

「まぁ良い。そこのキラキラしている勇者君と、

 それに強そうな青い鎧のアンタにも聞いて

おく。あたしら魔人族の側に来ないかい?」

「な、何?来ないかって、どう言う意味だ!」

光輝が叫ぶと、女は心底気だるそうにため息を

ついた。

 

「やれやれ、こんな飲み込みの悪いガキが勇者

 とは。まぁ、命令だから仕方ないか」

気怠そうな態度が、光輝の怒りを煽る。

「おいっ!今のはどういう意味だ!」

「だからさ、勧誘だよ勧誘。勇者君を勧誘

 してるのさ。……それで、どうする?上は

 そこに居るお仲間が一緒でも良いって 

 言ってるけど?」

と言うと、光輝は、無論反発し、逆に投降を

呼びかけた。

 

しかし、内心雫と永山、AIの司はそんな

光輝の態度に舌打ちしていた。

≪あんのバカめ!魔人族の女が一人で来る

 訳ないだろうが!雫!周囲をレーダーで

 スキャンしたが、『居る』ぞ。恐らく、

 奴が指示を出した瞬間、襲ってくるぞ≫

『分かった。奴らの居場所は?』

≪左右と後方に1匹ずつ。ガーディアン達には

 データを転送済みだ。しかし、90層の

 魔物を殺るような魔物だ。はっきりいって

 ガーディアン部隊は、牽制と盾役くらい

 にしかならんぞ!もっと居る可能性もある!≫

『分かってる……!背中は預けたわよ、司!』 

≪あぁ、全力でサポートしてやるさ≫

 

静かに覚悟を決める雫。そして……。

 

「ルトス、ハベル、エンキ。餌の時間だよ!」

魔人族の女が叫んだ次の瞬間、光輝達の周囲の

空間が揺らめいた。かと思うとスキル、『縮地』

もかくやの速度で光輝と女のやり取りを

見守っていたパーティーメンバーに襲いかかった。

 

だが……。

「ぜやぁぁぁぁぁぁっ!」

次の瞬間、雫のタイプCが全身のスラスターから

爆炎を吹き出しながらそのうちに一体に突進。

右手の青龍にコネクターを通してエネルギーが

送られ、刀身が青白く輝く。

そして……。

『グサッ!!!』

プラズマブレードと化した青龍が魔物の

一体の腹部に突き刺さる。

 

悲鳴を上げる魔物。しかし雫は止まる事なく

スラスターを全開にして突き進み、そのまま

壁に魔物を叩き付けた。

「まだまだぁっ!」

雫は叫び、左手を横に広げる。

『司ッ!ブレイクソード!』

≪おうっ!≫

 

雫の声に応える司。すると、彼女の左手に

巨大な漆黒の大剣、『ブレイクソード』が

顕現した。

これは、雫が巨大な敵を、ジョーカーの

胆力を生かして一撃で殺す為にAIの

司が設計した物だ。

 

刀身には、司由来の物質、Gメタルで

出来ているため、ジョーカーの胆力が

あって初めてギリギリ扱えるレベルの

重さだ。だが、だからこそ、一撃で相手を

死に至らしめるのだ。

 

「おぉぉぉぉぉっ!!!!」

雫は雄叫びを上げながら、ギリギリ片手

でブレイクソードをキメラに似た魔物の

頭に叩き付けた。

グシャッ、と言う音と共に、頭が潰れた。

 

そして、永山が相手にした個体は、永山の

発生させたシールドで弾き飛ばされた。

 

永山が司から与えられた装備。それは一対の

メカニカルで巨大なグローブとブーツだ。

このグローブとブーツには、超小型核融合炉が

搭載されており、拳と蹴りの際、指先や指先

を発熱させて、ヒートナックルとして扱う事も

出来る。加えて、内部の制御コンピューターを

利用して、装着者である彼の全面にシールド

を展開する事も可能。これは、相応の防御力を

誇っていて、大抵の攻撃は防げるのだ。

4機の核融合炉を全て発動した状態ならば、

この世界において並ぶ者など無い程の鉄壁を

誇る防御力を彼に与える。そして、キメラは

その防御を突破出来ず、逆にシールドを

展開したまま繰り出されたタックルを喰らって、

思い切り吹き飛ばされたのだ。

 

更に、背後から襲いかかった個体も居たが、

これは咄嗟に展開した鈴の障壁を破壊。鈴を

吹き飛ばしてしまったが、それを咄嗟に恵里が

受け止め、ガーディアン4機が一斉射撃で

それを足止め。更に恵里が追撃の魔法、

『海炎』を放った。

 

だが、次の瞬間。

≪背後だっ!来るぞ!≫

魔物の咆哮が、3つ聞こえた。雫は、

咄嗟にレーダーに映った敵影の方に

ブレイクソードを振り抜いた。

 

次の瞬間、『ガキィィィィンッ』と

甲高い音と共に、メイスのような物が

ブレイクソードに弾かれた。

 

メイスを握っていたのは、以前司達が

ウル防衛戦で戦ったブルタールに似ていたが、

あれとは違い、ブルタールを極限まで

鍛えたかのような、スマートな体型をしていた。

 

そして、メイスを弾かれた魔物は拳を雫

目がけて放つ。

「くっ!?」

それを、体を捻って避け、更にスラスターを

使ってその場で回転。

「はぁぁぁぁぁっ!」

回転の勢いに乗せて青龍を横薙ぎに繰り出すが、

魔物はバックステップでそれを回避した。

更にもう一体の魔物は永山に襲いかかったが、

それも彼の防御を突破出来なかった。

 

だが、問題はもう一匹だ。それは6本足の

亀の魔物で、その亀は、大きく口を開けると、

何と恵里の海炎を吸い込んでしまったのだ。

更に一度は閉じたその大口を開く亀型魔物。

しかも口の中にはエネルギーがチャージ

されており、誰の目にも攻撃の前触れで

あった事が分かった。

 

「にゃめんな!守護の光は重なりて、意思

 ある限り蘇りる!『天絶』!」

鈴は咄嗟に、45度の角度を付けたシールドを

幾重にも形成し、亀型魔物から放たれた攻撃を

何とか上に逸らす事に成功した。

 

天井に攻撃が命中し、瓦礫が降り注ぐ中で

ようやく檜山や永山のパーティーメンバー

達が戦闘態勢に入る。

 

そして、雫はジョーカーに機動性を生かして

メイスを弾いたブルタールもどきに攻撃を

しかけていた。

モドキもその両腕から、ボクサーの如き鋭い

拳を放つ。が、ジョーカー内部のAI司に

よる未来予測が悉くその動きを見透かし、

雫は攻撃の合間を縫って突進。その腹部に

プラズマブレードを突き刺した。

 

悲鳴を上げる魔物。動きが止まった次の瞬間。

雫は思い切りその魔物の腹部を蹴り飛ばした。

肋骨が折れる音と共に吹き飛ぶ魔物。

 

『よしっ!このままっ!』

動けない魔物の首を飛ばそうと構える雫。

しかし……。

「キュワァァァァッ!」

「ッ!?」

不意に聞こえた、新たな魔物の声に足を止める

雫。すると、雫がぶっ刺して蹴っ飛ばした

ブルタールもどきが赤黒い光に包まれたかと

思うと、傷が見る間に治り、立ち上がったのだ。

 

雫は慌てて声のした方を向いた。見ると、

あの魔人族の女の肩に、白い双頭の鴉が

止まっていた。

「回復役!?」

≪ちっ!?あの女、ここで俺達を殺す為に

 万全の用意をしてきたって事か!≫

驚く雫と舌打ちをするAIの司。

 

周囲では、永山がもう一体のブルタール

もどきの攻撃を防いでいて、光輝と

龍太郎が2体目キメラと戦闘中だ。

ガーディアン部隊は8機全機で

3体目のキメラを何とか一斉射で

押しとどめている。鈴たちは、あの亀型の

攻撃を防ぐので手一杯だ。

 

「ふふっ。さてどうする勇者君?今なら、

 まだ止める事が出来るぞ?後は君が

 色よい返事をしてくれるだけだ」

「黙れ!俺はお前達のような悪には屈しない!

 俺達は絶対に負けない!それを証明

 してやる!行くぞっ!『限界突破』!」

使用後の倦怠感と戦闘力低下と引き換えに、

一時的なブースト技である限界突破を

発動し純白のオーラを纏う光輝。

 

「龍太郎!そいつは任せた!」

「おぉ!任せろ!」

龍太郎にキメラを任せ、光輝は魔人族

目がけて突進した。

 

限界突破した今の速度なら、行ける。

そう考えた光輝は魔人族に接近する。

後ろで戦っていた永山達もまた、行けると

思って居た。だが……。

 

雫のジョーカーのレーダーが、影を捕らえた。

その総数、5。

「ッ!?光輝ッ!気をつけて!」

まだ敵が居る。雫がそう叫ぼうとしたが、

遅かった。

 

「「「「「グルァァァァァァッ!」」」」」

「なっ!?」

5つの空間の揺らめきが、咆哮と共に光輝に

襲いかかった。咄嗟の事で、光輝が切り伏せ

られたのは、たった一匹だ。

 

だが……。

≪こなくそがぁっ!≫

真っ先に魔物の存在に気づいたのは雫だけ

ではない。AIの司は、咄嗟にガーディアンを

操作し、ガーディアンに持たせていたトールを

抜き、撃たせた。

 

『『『『『『『『ガガガァンッ!!』』』』』』』』

放たれた炸裂弾が、光輝を追い越しキメラの

体に命中する。それでキメラ達を殺す事は

出来なかったが、炸裂弾でキメラ達の体を

大きく抉り、その動きを止める事に成功した。

 

だが、代償は大きく、8機のガーディアン全て

が、光輝の支援に集中してしまった為、フリー

となった3体目のキメラの攻撃で破壊されて

しまった。

≪道は作った!行けっ!≫

「行きなさい!光輝っ!」

AIの司の叫びを代弁するかのように叫ぶ雫。

 

だが光輝は、この後に及んで聖剣を魔人族に

突き付けて『もう、お前を守るものは

何もないぞ!』などと叫んでいるだけだ。

 

≪何やってるあのバカッ!さっさと殺せよ!

 この期に及んで、躊躇ってんじゃねぇ

 だろうなぁ!何のためにガーディアン8機

 犠牲にしたと思ってやがる!≫

AIの司の憤りは、雫にも分かった。

 

そして、その憤りの通り、光輝の躊躇いは

魔人族の女のチャンスとなった。

「ッ!?危ないっ!」

永山のパーティーメンバーの一人に襲いかかった。

触手を放つ黒猫の、その触手を雫のプラズマ

ブレードが切り裂いた。

だが、それだけではない。

 

更に5体のブルタールもどきとキメラ、四つ目の

狼などが現れた。

それが、攻略組を逃がすまいと全周囲から包囲

する。

 

だが、それだけではなく、魔人族の女の背後

から、狼と黒猫の魔物が10匹ずつ現れた。

それと戦う光輝。

 

一方で……。

≪あの役立たず勇者!≫

AIの司は、憤っていた。だが状況が状況だ。

今の彼は、すぐさま雫を、引いては周囲の

メンバーを助けるために動き出した。

≪雫!聞いてくれ!今から2分!いや、

 1分半だけ未来予測の支援を切る!≫

『え!?どうして!?』

≪ロールアウト間近の新型ガーディアンが

用意出来てる!後はOSを完成させる

 だけの代物だ!それを今から高速で組み

上げる!1分半だ!それだけ粘ってくれ!≫

『分かった!……頼りにしてるわよ、司!』

≪あぁ!任せろ!≫

 

 

そして、AIの司は動き出す。高速で新型

ガーディアンのOSを組み上げていく。

その処理にコンピューターのキャパの大半を

消費しているため、処理速度に大きな負担の

かかる未来予測は使えない。

なので、雫はジョーカーの機動性だけで

攻撃を避け、反撃をする。

周囲では、永山のパーティーメンバー、治癒師

である『辻 綾子』が賢明に治癒魔法を行使

している事と、永山という鉄壁の防壁がある

事で何とか攻撃を凌いでいたが、もう皆

傷だらけだ。このまま血を流し続ければ、

戦えなくなるのは分かっていた。

 

『頼んだわよ、司。今は、貴方だけが

 頼りなんだから!』

雫の言葉に、AI司は答えない。

 

それでも、雫は信じる。自分以外には

見えも聞こえもしなくても、体なんか

無くても。時に辛い現実を彼女に突き付ける

存在だったとしても。それでも、ここまで

ずっと見守り、時には愚痴を聞いてくれて、

ガーディアン、守護者を通じて守ってくれた、

戦場における相棒の力を。

 

「そろそろ、潮時のようね」

そう言うと、魔人族の女は詠唱を始めた。

「地の底に眠りし金眼の蜥蜴、大地が生みし

 魔眼の主」

その詠唱が魔人族の女の参戦を示し、彼等の

中に絶望が広がっていく。

 

「物言わぬ冷たき彫刻」

そして、詠唱が終わりを迎えようとした。

 

その時。

 

≪完成したぜ!新型ぁ!≫

雫にだけ聞こえる吉報が届いた。そして……。

≪行けやぁ!『ハードガーディアン』!!≫

AI司の声が響いたと思った次の瞬間、彼等

と魔物の間に、合計10個の光が瞬いた。

 

「大地に、ッ!?何!?」

あと少しで詠唱が終わろうと言う所で、突然の

光に驚いて詠唱を止めてしまう魔人族の女。

 

そして、彼等の前に現れたのは……。

 

上下ともに、ガーディアン以上と見た目で分かる

重装甲。右手のガトリング砲。左手のシールド

クロー。両肩のミサイルポッド。緑と黄色の

上半身に、黒や灰色の下半身。

正しく歩く武器庫だ。そして……。

 

≪ぶっ放せぇぇぇっ!≫

AI司の叫びが響いた次の瞬間、10体の

ハードガーディアンは右手を掲げ、

ガトリング砲を撃つ。

『『『『『『『『ガガガガガガガガガッ!!』』』』』』』

放たれた銃弾が魔物達に襲いかかる。

 

魔法など比較にならないほどの速度と連射力を

持って雨の如き数で襲いかかる銃弾。

「な、何だあれは!?」

突然のハードガーディアン出現に、驚く魔人族

の女。そして、驚き咄嗟の判断が出来ないのは、

雫達にとってチャンスだ。

 

≪更に持ってけよっ!ミサイル発射ぁ!≫

AI司の指示に従い、ハードガーディアンの

両肩のポッドからミサイルがいくつも

発射され、魔物に襲いかかる。何十という

ミサイルを閉鎖空間で使ったのだ。逃げ場が

そう無い魔物達は、ミサイルを喰らって

吹き飛んだ。

 

≪今だ雫!逃げろ!このまま戦ってたら、

 いずれ誰か死ぬぞ!≫

『ッ!分かった!』

「みんなっ!撤退よ!早く!」

「なっ!?待て雫!俺達はまだ戦える!」

「何言ってんの!このまま戦ったってこっち

 が消耗して全滅よ!」

「し、しかしっ!」

雫の言葉に光輝は歯がみする。しかしその

姿勢に歯がみしているのはAI司も同じだ。

 

そして……。

「馬鹿野郎ッ!」

その時、ハードガーディアンの1体が光輝の方

を振り返って叫んだ。それは、まるでマイクを

通した司の声のようだった。

突如聞こえた司の声に、光輝だけではなく

周囲の者達も驚く。

 

「テメェもうちっと周囲を見ろ!ただでさえ

 後手後手に回ってるんだぞ!このまま

 戦ってたら、いずれ誰か死ぬぞ!

 それでお前、責任取れるのか!えぇ!?

 リーダーならもっと周囲をよく見ろ!

 テメェそれでもリーダーか!?」

「な、何で、新生の声が……」

しかし肝心の光輝は話を聞かず、その事に

驚いてばかりだ。

≪ちっ!?バカがっ!≫

「おら聞けお前等!!死にたくない奴は

 さっさと走れ!こっから出ろ!

 行け行け行けっ!」

魔物達に牽制のガトリング砲をぶっ放しながら

叫ぶAI司の声に真っ先に反応したのは……。

 

「分かった。……撤退するぞ!」

永山だった。

「ッ!?永山!何を勝手に!」

それに対し、咄嗟に反論しようとする光輝。

だが……。

「援護する!行け行け行けっ!」

それを遮るように、AI司が脱出を促す。

その声を聞いて、永山達は出口に向かって

駆け出す。

 

「ちっ!?逃がすと思うかい!?」

そう言って、魔人族の女が魔物をけしかける。

だが……。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

その魔物を雫のプラズマブレードが切り裂いた。

「みんな先にっ!」

「すまん……!」

そう言って脱出を促す雫。

 

「皆も!早く!走って!」

雫の叫びに檜山たちが。鈴や恵里達が駆け出す。

そして、光輝は周囲の姿に戸惑いを覚えていた。

しかし……。

「バカッ!戦場でボサッとするな!死にてぇ

 のか!さっさと行け!」

AI司の声が聞こえ、光輝はハッとなった。

しばし考えてから、光輝は皆の後を追って

駆け出した。

 

「雫!行けっ!」

「えぇ!」

後退しながら濃密な弾幕を形成するハード

ガーディアン達。

そして、雫が部屋を出た次の瞬間。

 

ハードガーディアン達は肩のミサイルポッドを

切り離して部屋を飛び出た。それを追う魔物達。

と、次の瞬間……。

『『『『『カッ!』』』』』

それが瞬いた次の瞬間、爆発。

 

盛大な爆発音が逃げる雫達の背後で轟いた。

驚いた様子で振り返るメンバー達。

「振り返るな!とりあえず前だけ見て走れ!」

しかしすぐAI司に一喝され、彼等はすぐに

前に向き直った。

 

彼等は何とか生き延びた。しかしそこに喜びは

無かった。『負けた』、そんな感情が彼等の

心の中にあった。今の自分達は敗走しているの

だと言う認識が、彼等の背中に重くのしかかった。

 

だが、そんな中で光輝はただ、自分の前を走る

ハードガーディアンの背中を見つめながら、

密かに歯がみしていたのだった。

 

     第41話 END

 




次回はメルド達が活躍します。

感想や評価、お待ちしています。


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第42話 リーダーの資格

前回メルド達が活躍するとか言ってましたけど、思ったほど
書けませんでした、すいません。



~~~前回のあらすじ~~~

引き続きオルクス大迷宮攻略を続けていた勇者

一行。彼等はついに90層までたどり着いたが、

そこでは魔人族の女が罠を張り待ち構えていた。

魔人族の女、カトレアは光輝達に魔人族側へ

来るように語るが、光輝はこれを一蹴。

戦闘が始まってしまう。一度はカトレアを

追い詰めるも、彼女の従える無数の魔物に

よって彼等は絶体絶命になってしまう。しかし、

雫のジョーカー、タイプCの中に居たAIの

司の尽力によって、新型ガーディアン、

『ハードガーディアン』が戦線に投入され、

彼等は何とか逃げる事に成功するのだった。

 

 

今、場所は89層の最奥付近。そこの隠し部屋に

光輝達は隠れていた。入り口は、『土術師』の

天職を持つ永山のパーティーメンバー、『野村

健太郎』の手でカモフラージュされていた。

 

「ど、どうだ?」

「……即興でここまで出来れば十分だろう。

 すまんな。もう休んでくれて良いぞ」

野村は、側に立つハードガーディアンに

声を掛け、そのハードガーディアンは司の

声で答えた。

そう言って、ハードガーディアンは周囲を

見回す。

 

光輝は限界突破を使ったせいで既にヘロヘロだ。

前衛の龍太郎と、装備で劣る檜山たちの負傷も

目立つ。

他の面々も傷は少なくても体力的、精神的に

疲弊しているのは目に見えて分かる。

 

『もう一度戦闘は無理だな。実際、かなり

 追い詰められていた。今の精神状態の

 まま戦わせるのは危険だ』

そう考えるAI司の視線の先では、新たに

召喚したガーディアン達が、ハードガーディアン

のパージされた肩部武装の装着作業を

行っていた。今回のはミサイルポッド装備の

他にも、バルカン砲、キャノン砲、高精度

レーダー装備に、シールド発生装置など、

機体ごとに装備を変えている。

 

AI司のボディとなっているハードガーディアン

は右腕をマニュピレーターに変更し、左腕の

シールドクローも今は取り外している。

そして、ハードガーディアン(司)は、目の前の

端末から映し出されている戦闘映像を食い入る

ように見つめていた。

 

そこへ。

「司?何をしてるの?」

ジョーカーを纏ったままの雫が声を掛けてきた。

「ちょっとな。敵の情報収集だ。連中、随分と

 戦力を用意してやがったからな。

 ありゃ、ガチでお前等を仕留めるために誂えた、

 言わば魔物の精鋭部隊だよ」

「……。説明では、魔物の脅威は『数』って話

 だったのに」

「『人間との数的不利を補うために、魔人族が

魔物を使役している』ってあれか。

けど、奴らだってバカじゃない。早々切札を

使うとは思えないがな」

「切札?」

「あぁ」

雫の言葉に頷くハードガーディアン(司)。そして

彼が周囲を見回せば、皆が皆、黙って彼の事を

聞いていた。と言っても、何故ガーディアンから

彼の声がするのか、聞きたそうだったが。

 

それをチラッと一瞥しつつ、AI司は更に

語る。

「例えば、魔人族が普段使役している、 

 低級、つまり弱い魔物を歩兵。今日俺等が

 戦った強い奴らを騎士に例えるとして、だ。

 歩兵級の魔物は量産、つまり数は揃えられるが

 強さは大したことない。逆に、騎士級の

 魔物は強さこそ凄いが、数は揃えられないと

 仮定する。そして、指揮官の立場から

 考えれば、強い奴は攻める事よりも守る事に

 使いたい訳さ」

「そっか。強ければそれだけ、強固な守りが

 出来るから」

「あぁ。強い奴は、優先的に守備に回したい。

 或いは、実際守備に回しているとも

 考えられる。実戦に参加させて、死んだら

 むしろ魔人族側の戦力も低下する。

 要は、そう簡単に補充が出来ないから、

 早々前線には投入しなかった、って所

 だろうな。……だが、魔人族側には

 このエリートクラスの魔物を使ってでも、

 倒したい存在が現れた」

「……私達ね」

「あぁ。だから奴らは、あの魔物達を投入

 したのさ。奇襲に特化したキメラ。 

 前衛職のオーガモドキ。敵の魔法攻撃を

 無力化し反射する亀型。回避能力が

 ずば抜けた四つ目の狼。同じく回避能力

 と攻撃速度に優れた黒猫。回復役の鴉。

 投入された魔物の数と種類からも見ても、

 奴らは確実にこちらの息の根を止める

 ために、可能な限り戦力をかき集めた

 って事だろうな」

「ッ。……それで、どうするの?」

 

「……撤退するしか無いだろ。敵の魔物が

 あれだけとは限らない。天之河だって

 限界突破を使っちまったし、他も

 大なり小なり消耗してる。どう考えても

 引くべきだろ?」

「……そう」

「ふざけるなっ!」

 

そうね、と言いかけた雫の言葉を遮り

光輝が騒ぎ始めた。

「逃げるって、彼奴らに背を向けるのか!

 こんな事されて、黙って逃げ帰るって言う

 のか!大体、どうしてガーディアンから

 新生の声が聞こえるんだ!」

そう叫ぶ光輝の後ろでは龍太郎を始めとして

鈴や恵里が頷いている。

「……ハァ。今はそこを議論してる場合じゃ

 ねぇと思うが。……俺は人工知能、

 Artificial intelligence。つまり、AIだよ。

 本体、って言って良いのか分からんが、

 それは雫のジョーカー内部の超小型

 量子コンピューターだよ」

そう言って、右手の親指で雫を指さす

ハードガーディアン(司)。

「え、AIだって?」

予想外の答えだったのか、戸惑った様子の光輝。

「そうだよ。……雫にはオリジナルの俺が

 ジョーカーについて教えたりする暇が

 無かったからな。そんな雫と、延いては

 お前達のサポート役として、オリジナル

 の俺は自分の思考ルーチンをベースに

 AIを開発。それを雫のタイプCに

 入れておいたのさ。ガーディアンも

 元々はお前等を支援するためにタイプC

 から俺が操っていたんだよ」

「それが、今の新生君、なの?」

「あぁ」

首をかしげる鈴に頷くハードガーディアン(司)

 

「それより、俺の事は良い。今はここから

 どうやって脱出するか、だろ?」

「ッ!?い、いや待て!逃げるって本気で

 言ってるのか!?」

「当たり前だろ?逆に聞くが、じゃあお前は

 逃げないのか?」

「あ、当たり前だ!もう魔物の特性は分かってる

 し不意打ちは通じない!だから!」

 

「だから?さっき俺は言ったよな?奴らは

 本気でお前達を殺しに来てる。あの女が

 抱えてる魔物があれだけだって言う保障は

 どこにも無いぜ?」

「だ、だったら最初から神威で!」

「あのクソ長い詠唱を、あんな用意周到な

 敵の前で詠うつもりか?仮に放てたと

 して、あの亀も気になる。奴は中村の

 魔法を苦も無く呑み込んで反射して

 見せた。神威で同じ事が出来ない保障

 は無い。仮に、放てたとしても命中しなきゃ

 お前の魔力が一気に枯渇してこっちの

 不利になる」

「そ、そんな事言ったって、やってみなきゃ

 分からないだろう!」

 

「あぁ、分からないね。だが、やるって言う

 なら、そこにはお前だけじゃない。ここに

 居る全員の命を賭ける事になるぜ?」

「え?」

「おいおい、何を呆けてる?仮にここにいる

 全員、一致団結して挑んだとして、仮に

 神威が不発だったらどうなると思う?

 ダメだったと言う絶望と魔物が俺達に

 襲いかかってくる。そこまで来たら

 もう逃げるなんて出来ない。殺されるか

 捕まるかのどっちかだ」

 

この時、司は捕まった場合の事を敢えて

言わなかった。AI司の考えが正しければ、

男は捕まって公開処刑。女の方は、考えたく

は無いが、最悪の場合、慰み者にされる

可能性をAI司は考えていた。

 

「テメェに、ここにいる全員の命を賭けて

 勝利できると言い切れる算段があるのかよ?」

AI司は、ドスの利いた声で光輝に問う。

「そ、それは……。で、出来るさきっと!

 俺は勇者だ!それに、皆の力を合わせれば、

 きっと!」

「『きっと』だぁ?俺はそんな根性論の話を

 聞いてるんじゃねよバカが。もっと

 具体的な話をしろっつってんだ」

「な、なら!新生達が協力すれば良いだろ!?

 その新型なら、彼奴らを倒せるだろ!?」

「……確かに奴らとはやりあえる。だが、

 ここじゃハードガーディアンの性能を

 100%引き出すのは無理だ」

「え?ど、どうして?」

恐る恐る問いかけたのは、永山パーティー

の女子、辻 綾子だ。

 

「ハードガーディアンは重武装で、

 後方支援と広域殲滅の為に遠距離武装、

 ミサイルやキャノン砲を搭載しているが、 

 奴らは俊敏な上にここは密閉空間だ。

 あん時は逃げるためにミサイルを使ったが、

 また同じようにミサイル乱射して、天井が

 崩れてこない確証は無い。だから重火器の

使用はNG。それに、数で押し込まれたら

終わりだ。近接戦用の武器もあるにはある

が、ハードガーディアンは雫達ほど早くは

動けないんでね」

 

そう言うと、ハードガーディアン(司)は

周囲を見回す。

「勝率が無い訳じゃぁ無い。だが、敵の

 規模も不明。まだ控えている魔物もいる

 かもしれないし、お前達も消耗している。

 はっきり言って、不安材料が多すぎる。

 犠牲を覚悟の上で戦いたい、って言う

 のならもう止めないが?」

その言葉に、鈴や恵里、永山たち、更に檜山

たちも視線を落とす。

 

「み、みんなっ!そんな顔するなよ!

 俺達は神の使徒なんだ!だからっ!」

「止めなさい光輝」

何かを言おうとする光輝を雫が宥めよう

とするが……。

「大丈夫だ雫!皆がいれば負けない!

 だから!」

しかし逆に、雫の両肩を掴む光輝。

傍目には、負けず嫌いの子供が駄々をこねて

いるようにしか見えなかった。

 

「おい」

未だに戦おうとする光輝。しかし、その肩に

ハードガーディアン(司)が手を置いた。

「え?がッ!?」

そして、振り返った光輝の頬を思い切り

殴り飛ばした。派手に光輝は吹っ飛んだが、

もちろんハードガーディアン(司)は

そこそこ手加減した。

 

「ッ!?光輝!テメェ!何しやがる!」

咄嗟に殴りかかる龍太郎。しかしそれを

他のハードガーディアン達が取り押さえた。

それを一瞥してから、ハードガーディアン(司)

は光輝に目を向ける。

 

「いい加減にしろよこの野郎。お前には、

 この集団のリーダーだっつう自覚が

 なさ過ぎる」

「ッ?な、何?」

頬を抑えながら立ち上がる光輝。

「まだ分かんねぇのかボンクラ!ここに

 居るお前以外の13人の命、全部テメェの

 決断に掛かってるって自覚はあんのか!

 テメェが間違った時、その間違いの

 代償で死ぬのは、テメェだけじゃねぇ!

 こいつらもだ!」

「ッ!お、俺が間違ってるって言うのか!」

「あぁ間違ってるね!根拠の無い根性論で

 こいつら率いて戻ったって、今度こそ

 殺されて終わりだよ!そんな事も

 分からねぇ奴がリーダーなんて、

 洒落にならねぇんだよ!お前は 

 もう少し、自分の背中にこいつら

 全員の命を背負ってる事を自覚しやがれ!

 リーダーやるなら、万が一自分が間違った

 時、死ぬのが自分だけじゃねぇって理解しろ!

 それが出来ねぇなら、リーダーなんて

 止めちまえ!」

 

その言葉を最後に、しばし睨み合う光輝と

ハードガーディアン(司)。

やがて……。

 

「どうせだ。一応俺から、俺の考えてる

 脱出プランを話しておく」

そう、静かにAIの司が話し始めた。

「ここでしばらく休憩し、ある程度体力が

 戻ったら、上に戻る為に出発。

 階層を上がった時点で、階段を爆薬で

 破壊。少しでもあの女と魔物を足止め

 しつつ、出来ればメルド団長達や先に

行かせた遠藤と合流。

魔法陣で30層に移動し、奴らが追って

これないように魔法陣も破壊。

更に騎士団の連中も連れて脱出。

そして、可能であれば出口で、こっちが

用意出来る最大戦力を用意し、真っ正面

から奴らを叩き潰す」

「ッ!それって……」

驚いたように問い返す雫。

「外ならハードガーディアンの火力を、落盤

なんか気にせず使えるし、出口はあそこ

だけだ。出口付近で半円状に包囲網を

展開。魔法を使える奴らもかき集めて、

集中砲火を浴びせるんだよ」

「……その作戦なら、行けるかもしれないな」

「けど、そうしたら大迷宮の攻略は……」

永山は司のプランに賛成の意見を示す。

光輝は、驚きに満ちた目で永山を一瞥する。

その永山に隣に居た野村は、攻略についてを

口にするが……。

 

「攻略は出来なくなるだろう。だが、お前等

 全員の生還に比べれば些事、小さい事だ。

 物なら作り直せば替えは効く。だが命は

 そうは行かない。ここはゲームの世界じゃ

 無いんだ。死んだ時点で終了。リアル

 ゲームオーバーなんて、洒落にもならん。

 ……リーダーなら、全員が生き残る確率の

 最も高い行動を選択するべきだ。

 生きてれば次がある。だが、死ねばそれ

 までだ」

そう言って、ハードガーディアン(司)は

光輝を一瞥する。光輝は、キッと

ハードガーディアンを睨み付けている。

「……何だ?負けるのが、敗走するのが

 そんなに悔しいか?」

「当たり前だっ!俺は勇者なんだ!

 それが……!」

「勇者、ねぇ。ならば勇者君。一つ

 言っておく。勇者のプライドだか何だか

 知らないが、そんなので敵は倒せないし

 仲間は守れない。そんな物、実戦では

 クソの役にも立たない。覚えておけ。

 戦場でリーダーに求められるのは、

 味方全員を可能な限り生かし、無事に

 連れ帰るために合理的判断が下せる

 頭だ。リーダーにプライドは必要無い。

 プライドなんざ、合理的判断を鈍らせる

 足かせにしかならねぇ。良く覚えておけ」

その言葉に、光輝は自分を否定された事実に

怒りを覚えていた。

 

何時だって正しいのは自分。

 

その歪んだ思い上がりが、彼に場違いな怒りを

抱かせていた。

 

やがてAIの司は龍太郎を解放させ、彼等を

見回す。

「さて、では多数決と行こうか」

「多数決?」

そう首をかしげる鈴。

「そうだ。元のリーダーであるそこの勇者君の

 根性論か。俺の脱出計画か。お前等は

 どっちに従う」

「な、何を?」

驚く光輝。

「何って、民主主義の多数決に決まってるだろ。

 こいつらには、自分で選ぶ権利がある。

 違うのか?」

「ッ、そ、それは……」

何かを言いかけ、言い淀む光輝。

 

「さて、つ~訳だ。そんじゃあ」

「待てよ」

と、挙手を募ろうとしたら今度は小悪党組の

一人、近藤がAI司を制した。

「あ?何だよ?」

「何だよじゃねぇよ!何なんだよお前!

 急に現れてしゃしゃり出て来たかと思えば、

 今度はてめぇがリーダー気取りかよ!」

「悪いか?この勇者君がこんなポンコツじゃ

 なきゃ、俺が出張ってくる必要なんて

 無かったんだが……。まぁ、最も、こんな

 お飾り勇者をリーダーにしたまま、何一つ

 文句を言ってないおまえらも大概バカだがな」

「な、何だと!?」

司の言い分を、バカにされていると感じた為か

更に中野が怒声を上げながら立ち上がる。

後ろでは凄い形相で光輝がハードガーディアン

(司)を睨んでいたが、当の本人は無視している。

 

「お前等今までどれだけ勇者と冒険して

 来たんだよ。その道中、このポンコツ君を

 窘める雫を何十回と見てきたはずだ。

 それでも、ず~っと勇者君をリーダーに

 したまま。俺なら、思慮深い永山をリーダー

に推薦したね。周囲が何と言おうがな。

 けどお前等は、このポンコツ君がリーダーで

 ある事を享受し続けた。その結果が、この

 状況だ。……つまり、この状況を原因は、

 お前達にあると言っても良い」

「ふ、ふざけんなっ!俺等は何も悪くねぇ!

 悪いのは負けた天之河や、ずっと隠れてた

 お前じゃねぇか!」

 

「そいつはどうかな?……事前にこいつが

 リーダー向きじゃないと感じる瞬間は

 幾度もあった。その場にお前達も居た。

 だったら普通気づくだろ?

 『こいつにリーダーの資格は無い』ってな」

そう言って、司は光輝を見る。

 

そして……。

「資格の無い物をリーダーにし続けるなんざ、 

 咄嗟の判断が生死を分ける戦場じゃ、

 命取りだぜ?……お前等、揃いも揃って

 能なしか?」

司の、ドスの利いた声が場を満たす。

「な、何だと!?」

それでも何とか怒鳴り返す近藤。

 

やがて、ハードガーディアン(司)は、部屋の

壁際にあった岩に腰を下ろした。

「リーダーを選んでのは、テメェ等全員

 だろうが。そして勇者君がその資格の無い

 者だと分かる場面もあった訳だ。

 ……分かっていて、こいつをヘッドに

 し続けた。そう言う意味では、この危機的

 状況はお前等全員が招いた事だと言っても

 良い」

 

しばしの沈黙。そして再び……。

「ここは戦場だ。たった一つのミスでも、

簡単に命を落とす。戦争に参加するって事は、

自分の命を賭ける事だ。勝てば生存の権利。

負ければ地獄への片道切符。こんないかれた

ゲームに勇んで参加するようなバカを

リーダーにしてるんだよ。お前等は。

 ……もうちっと、自分の頭で考える事

 だな。でなけりゃ、本当の脳無しだぞ」

 

そう言って、ハードガーディアン(司)は

立ち上がった。

「良いか。お前等の命は、お前等だけの物だ。

 これから決を採る。俺の作戦に賛成し

 協力するか。そこの勇者君に従うか。

 全部自分で決めろ。周りの言葉は、

 ただのアドバイスだ。……自分の意思で

 決められないのなら、そいつに戦場で

 戦う資格は無い。咄嗟に、自分で判断

 出来ない、ただの指示待ち人間だからな。

 そう言う奴は、大抵戦場でパニクって死ぬ」

 

司に言葉に、項垂れる者や歯がみする者、

彼を睨む者などに別れた。

やがて……。

 

「じゃあまずは、勇者君に従う者は

 挙手を」

そう言うと、手を上げたのはただ一人、

龍太郎だけだった。

「龍太郎……」

「へっ。俺はお前に付いていくぜ光輝」

僅かに表情を明るくする光輝と笑みを

浮かべる龍太郎。

 

≪それが指示待ち人間の典型例なんだがな≫

と、AIの司は雫にも聞こえるように愚痴った。

「……それが坂上の選択だと言うのなら、

 俺は止めん。では次に、俺の作戦に

 協力する者は挙手を」

 

と言うと、最初は誰も手を上げなかった。

だが……。

『スッ』

真っ先に手を上げた者が居た。永山だ。

「永山か。理由を聞いても良いか?」

「……お前の作戦は論理的だ。だから、ただ

 無謀に戦うよりは生き残る確率が

 高いと思っただけだ。出来れば、俺は

 野村達と一緒に脱出したいが……」

そう言って、永山はパーティーメンバーである

3人に目を向けた。

 

「決めるのはお前達自身だ。どうする?」

そう問いかけるAIの司。

「……俺も、新生に協力する」

そう言って、野村が挙手し、更に女子の辻と

吉野も手を上げた。

 

次いで手を上げたのは雫だ。

「私も司に協力する。今は、生き残る事を

 優先すべきだと思うから」

そう言って手を上げたのだ。更に、渋々

と言う感じで檜山達も手を上げ、更に

鈴と恵里も、それに続いた。

 

「1対11。……これで文句は無いだろう。

 天之河。皆、ここから生きて生還したい

 って事だ」

「……。あぁ、分かったよ」

そして、光輝は俯いたままで頷いた。

「しょうが無いよ天之河君!今は状況が

 状況だし!」

そんな彼を、咄嗟にフォローする鈴。

「そ、そうだよ。今は、みんなで生き残る

 事を考えよ?ね?」

同じように、恵里も彼をフォローする。

「そうだぜ光輝!生きてりゃ次がある!

 そん時あの野郎をぶっ飛ばせば良いさ!」

 

「あぁ、そうだな。ありがとう、龍太郎、

 鈴、恵里」

そう言って、薄く笑みを浮かべる光輝。

 

 

だが、AI司は見逃さなかった。光輝の瞳が、

一瞬とても濁っていた事を。

 

 

だが、状況が状況な為にそれを確認し、正す

余裕が、彼には無かった。

 

 

一方その頃、永山パーティーで暗殺者の

天職を持つ、影の薄さでは右に出る者が

居ないとまで言われている男、『遠藤 浩介』

がメルド達と合流するために走っていた。

当初、光輝達は自分達の現状と例の魔物の

データを生きて報告するために遠藤を

連絡要員として派遣したのだ。

 

場所は90層。メルド達は疎か、自分達で

ようやくたどり着けたこの場所に、救援隊を

送ることなど不可能なのだ。だから、遠藤に

救助の要請、と言う任務は与えられて

居なかった。

 

だが、あの部屋を出る際。

「遠藤、メルド団長にだけは、救援を求めろ。

 あの人達は、切札を持っている」

そう、AIの司が遠藤に耳打ちしたのだ。

 

遠藤はまさかと思った。切札、つまりは

ジョーカーをメルド達が持っている。

そんな事、遠藤はもちろん周囲の人間も

知らなかった事だ。だから彼は半信半疑

だった。

 

『いや、考えるな!今はとにかく走れ!』

しかし、遠藤は頭をかぶり振ると、急いで

上層を目指した。

 

メルド達は今、70層にある部屋に待機していた。

その部屋には転移の為の魔法陣があり、その

転移陣を利用することで、一気に30層まで

戻れるのだ。

 

そして、遠藤はついにメルド達と合流した。

最初は、声を掛けるまで気づいて貰えず遠藤は

別の意味で泣きたくなったが、そんな事を

言ってられる状況では無く、遠藤はすぐさま

事の次第をメルド達6人に報告した。

 

「そうか。良くここまでたどり着き、伝えて

 くれた。よくやったぞ浩介」

そう言って、笑みを浮かべ彼の肩に手を置く

メルド。

そして、彼は真剣な表情を浮かべ、通路の方を

見据えている。

 

「司からのプレゼント、どうやら使う時が

 来たようだな」

真剣な彼の言葉に、周囲の5人は一瞬驚くも、

すぐに気を引き締めた。

「ぷ、プレゼント?メルドさん、一体

 何のことで」

 

と、その時。

「浩介ッ!」

「え?」

不意に、メルドが浩介を突き飛ばした。

かと思うと、咄嗟に左腕に装備していた、

司設計の盾、エアに何かがぶつかった。

「吹き飛べっ!」

叫び、エアの持ち手部分にあるスイッチを

押すメルド。すると、シールド中央にあった

クリスタルのような衝撃波発生装置が

赤く輝き、今の攻撃を受けて吸収した

攻撃エネルギーを、衝撃波に変換して放射。

 

魔物、キメラを弾き飛ばした。

「ま、まさか……」

遠藤はあの戦いで遭遇したキメラをすぐに

思い浮かべた。

そして、それを証明するかのように、ゾロゾロ

と魔物達が部屋に侵入してくる。

 

そして、その最後に現れたのは、四つ目狼に

跨がった魔人族の女、カトレアが姿を見せ、

舌打ちをした。

「ちっ。一人だけか。逃げるなら転移陣のある

 ここに向かうと思ったんだけどね」

忌々しそうに呟くカトレア。しかし、その

視線が遠藤に向けられた。そして、カトレアは

冷たい笑みを浮かべる。

 

「まぁ良い。知ってそうな奴を捕らえて尋問

して、吐かせるだけの事」

「ひっ!?」

再び絶望的な状況に、遠藤は小さく悲鳴を

漏らした。

 

だが、そんな彼を守るように、メルド達6人が

立ち塞がる。

「浩介、下がっていろ」

「へぇ?やるかい?けど、こいつらは90層

 の魔物なんざ軽く捻るくらい強いよ?

 ここまでしかこれないアンタ達じゃ、

 相手にならないと思うけどね?」

「……確かに、『素』の私達なら敵わない

だろうが。舐めるなよ魔人族。こっちにも

切札ってもんがあるんだ。総員、抜剣

用意!」

「「「「「おぉっ!」」」」」

メルドの言葉に従い、騎士アラン達5人が

司から送られた剣、マルスの柄を握る。

 

「驕るな人間共め!行けっ!」

カトレアの叫びに呼応し、魔物達が6人に

向かって突進する。

「メルドさんっ!」

後ろで遠藤が叫んだ。その時。

 

「抜剣ッ!!!」

メルド達6人が、剣を抜いた。刹那。

『『『『『『カァァァァァァァッ!!!』』』』』』

彼等の左手首から強烈な光が放たれた。

突然離れた光に、魔物達は目を背ける。

「これって、もしかして!?」

驚き、自分も腕で顔を庇う遠藤。

 

 

そして光が止んだ時、そこには『鋼鉄の騎士』

と呼ぶに相応しい6人が並んでいた。

 

輝きを放つ銀色のボディと、その上を走る、

6人それぞれが違う赤や黒、黄色、青に

緑、橙色のライン。

更に6人の内5人は、左肩全体を純白の

肩マントで覆っている。

対して残りの一人、メルドの機体は

背中に純白のマントを纏い、そのマント

には円形のラウンドシールドの前で

Xを描くように一対の大剣が交差する

マーク、部隊章とでも言うような物が

描かれていた。

 

そして、メルドの機体、ジョーカーと

それ以外の5機の差異として、メルド機

には一本の角が頭頂部より生えていた。

 

「め、メルドさん達、なのか?」

「すまんな浩介、黙っていて。実は、

 私達も切札を受け取っていたのだよ。

 あの日にな」

前を見つめながら語るメルド。

すると、彼等の長剣マルスが、手元から

溢れ出した液状ナノメタルに覆われ、

二回りも大きい大剣、『マルス・バスター』

となった。

 

普通なら、両手で扱うサイズだが、ジョーカー

のパワーなら軽い物だ。

「さて、では皆。行くとするか。……光輝達が、

 子供達が待っている」

そう言うと、5人がマルス・バスターを

構える。突然の変化に、魔物達とカトレアが

警戒を強め、一歩後退る。

 

そんな中で、メルドはある事を考えていた。

『俺には、力が無かった。騎士団長なんぞを

 やっていても、戦争を知らない子供達を、

 光輝達を頼る事しか出来なかった。

 ……これを悔しいと言わずして何という!

 罪の無い子供達を修羅の場、戦場へと

 俺は引きずり込んだ。その罪は一生消える

 事はないだろう。だが、その思いが

 あれど、日々彼等に力で差を付けられた。

 ……本来なら、戦場に立つのは大人の

 役目だ。天地がひっくり返っても、

 子供が戦場に立つなど在ってはならない!』

メルドは、ギュッと拳を握りしめる。

 

そして……。

『司、感謝しているぞ。切札を与えて

 くれた事。こんな私にも、子供達を守る

 力を、ジョーカーを授けてくれた事!』

メルドは、大剣となったマルス・バスター

の柄を深く握り直す。

『今こそ、大人として、騎士として使命を

果たそう!』

「大人として、子供達を守るぞ!!!」

「「「「「おぉっ!!!」」」」」

 

メルドの叫びに答える騎士達。

「突撃ィィィィッ!!!」

「「「「「おぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」」

マルス・バスターを構え突進するメルドと

それに続く騎士アラン達の5人。

その気迫に、魔物達は一瞬怯む。それが

命取りとなった。

「オォォォォォォォッ!!!」

騎士アランは、ブルタールモドキに

マルス・バスターを構えたまま突進した。

咄嗟にメイスでそれを受け止めるモドキ。

だが、次の瞬間。

 

『ズンッ!』

受け止めた、そう思った刹那。マルス・

バスターはメイスを破壊。そのままモドキ

の腹部を貫いた。

だが騎士アランは止まらず、そのまま魔物の

群れの中を一直線に突き進んだ。狙いは

魔人族の女、カトレアだ。

「ちぃっ!?」

カトレアは、狼に攻撃を避けさせる事で

回避したが、数体のブルタールモドキは

そうはいかなかった。反応に遅れ、

まるで団子が串に刺さっていくように、

次々とマルス・バスターに突き刺さっていった。

そのまま一直線に魔物群れの中を横切る

騎士アラン。

そんなアラン目がけて、キメラ数体が襲い

掛かるが……。

「見えているぞ!!」

そんなキメラに、更に騎士達が襲いかかる。

キメラは襲ってくる騎士に気づいて振り

下ろされるマルス・バスターを回避した。

 

かと思った次の瞬間、まるでバスターの刀身

から棘が高速で生えるかのように、ナノメタル

の針が伸び、キメラの体を貫いた。

キメラは、苦悶の声を漏らしながら

ナノメタルに取り込まれた。

 

その後方では、騎士二人がシールド、エアで

黒猫の触手の群れを防いでいた。

そして……。

「団長!」

「ッ!おぉっ!」

そんな中、攻撃を凌いでいた騎士の言葉を

聞き、メルド達は後ろへ飛んだ。

「ッ!?逃げる気か!?逃がすな!」

彼等が逃げると思ったのか、カトレアは

魔物達と突進させた。だが……。

 

「逃げる、だと?違うな。倒す為さ!

 貴様等をな!」

そう、メルドに逃げる気など無い。そして……。

「やれっ!」

「はいっ!喰らえっ!」

攻撃を受けていた一人が、エアのスイッチを

押した。

 

この時、カトレアは幸運だった。なぜなら

未来予測系の固有魔法を持つ四つ目狼に

跨がったままだったからだ。狼型魔物は、

未来を予測し、咄嗟に身を翻した。

「ッ!?何!?」

カトレアはその行動に驚いたが、彼女は

この狼に感謝するべきだった。

なぜなら……。

 

『『ドンッ!!!!!!!』』

次の瞬間、エアから強烈な衝撃波が放たれ、

その衝撃波は魔物達の内蔵を破裂させた。

そして、カトレアはその魔物達と同じような

末路を辿らずに済んだのだから。

 

「ちっ!?どうなってるんだこれは!?」

カトレアは驚き、戸惑いながらも下層へ向かって

狼型魔物を走らせた。

「だが、まだだ。奴らはここには居ない。

 残っている手持ちを全て使って、勇者を

 潰す……!」

カトレアは現状に歯がみしつつも、光輝達を

探すために戻っていった。

 

 

一方、カトレアの逃げた転移陣の部屋では、

死屍累々だった。魔物たちは、エアから

放たれた衝撃波で内蔵をやられ、口や目、

鼻、耳など、あちこちから血を流しつつ

死んでいた。

「……逃げたか」

死体の中にカトレアが無い事を確認すると、

メルドはそう呟いた。

「メルドさん」

そんなメルドに遠藤が声を掛けた。

「浩介、大丈夫だったか?」

「は、はい。大丈夫ですけど……」

改めて、遠藤はメルド達をマジマジと

見つめる。

 

「メルドさん、それって……」

「あぁ。……司達が王国を去った日、私が

 自室に戻ると机の上に置かれていたのさ。

 この、ジョーカータイプKがな」

「タイプ、K?」

 

タイプK。これが、司がメルド達にプレゼント

として送ったジョーカーだった。タイプKの

Kは、Knightの頭文字をもじった物だ。

この6機は、最初からメルド達の使用を

想定して開発していた物だ。

司のタイプZやハジメの0と違い、騎士らしさ

を出す為の装飾などを施しつつも剣を

扱う事から出力と防御性能を強化した、

接近戦用のジョーカーだ。

 

「まぁ詳しい話は後だ。今は光輝達だ」

「ッ!そうだった!」

現状を思い出し、慌て出す遠藤。

「落ち着け浩介。……光輝達の救出には

 俺達が行く」

「え?め、メルドさん達が?」

「あぁ。……もし、私達にジョーカーが

 無ければ、お前達に何もしてやれなかった

 かもしれん。だが、お前達の級友が

 私達に力を与えてくれた。そして、

 ジョーカーを受け取った時、添えられていた

 手紙には、こう書かれていた。

 『クラスメイト達を頼む』、とな」

「ッ、新生、あいつ……」

「浩介。お前は今から地上に戻り、30層の

 騎士達やギルドにこの事を報告してくれ。

 俺達はこれから、光輝達の救出に向かう」

「……分かりました」

 

遠藤は、本当なら自分もメルド達に付いて

行きたかった。しかし、与えられた使命、

現状と魔物の情報を伝えると言う使命が

ある以上、それを投げ出す事は出来ない。

 

「心配するな」

すると、遠藤の心の内を察したのか、メルドが

彼の肩に優しく手を置いた。

「私達が、必ず光輝達を助け出す。

 ……信じてくれ」

そう言って、優しさ溢れる声色で語りかける

メルド。

「ッ。分かり、ました。皆のこと、

 宜しく、お願いします」

遠藤は、震える声でそう言うと、転移陣で

30層へと向かった。

 

それを見送ったメルド達は、通路の先の闇

へと目を向ける。

 

「行くぞ。この先で、子供達が待っている。

 大人として、彼等を助けに行くぞ!」

「「「「「おぉっ!」」」」」

大人として、騎士として。メルド達は

闇の奥底へと向かう。……そこで待つ、

子供達を助ける為に。

 

 

     第42話 END

 




次回は司たちの話になると思います(断言は出来ませんが)。

感想や評価、お待ちしています。


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第43話 合流

今回は、VSカトレア戦の終盤までです。


~~~前回のあらすじ~~~

オルクス大迷宮90層にて、魔人族の女、カトレア

が率いる魔物の襲撃を受けた勇者一行は、雫の

相棒であるAIの司の機転による難を逃れる。

撤退を主張するAI司と、残って戦う事を

主張する光輝がぶつかるが、皆はAI司の

撤退作戦を支持する事に。

一方、情報を伝えるために70層まで戻った

遠藤はメルド達と合流。カトレアの襲撃を

受けるも、司よりジョーカーを受け取っていた

メルド達はこれを撃退。遠藤は地上へこの事

を知らせる為。メルド達は光輝達の救出の

為に動き出したのだった。

 

 

光輝達が大迷宮の地下に居る頃。

 

「イィヤッホォォォォ!ですぅっ!」

ホルアドへと向かう道の上を、バジリスクが

走っていて、その上を、シアが乗るホバー

バイクが飛んでいる。

「……シアちゃん、ノリノリだねぇ」

バジリスクのハッチから身を乗り出し、空を

飛ぶシアを見上げながら呟くハジメ。

「で、ノリノリと言えば……」

更に視線を巡らせるハジメ。

 

そこには……。

「ふぁぁぁっ!せらちゃん速い~!」

胴体のポッド内部にミュウを収め、足裏の

ローラーと背中のブースターを使って

バジリスクと並走するセラフィムの姿が

あった。

 

ちなみに、ポッドの内部は全天周モニターと

なっており、ミュウは周囲の光景を、一切の

負荷など無く見る事が出来た。

そして肝心のミュウは、馬車など比較にも

ならない速度で駆け抜けるセラフィムに

ご満悦の様子だ。

 

 

「もうすぐホルアドか~」

私が運転している側で呟く香織。

「む?香織殿たちはホルアドに行った事が

 あるのかえ?」

「行った、と言うか。私達が異世界から

 召喚されたのは前に話しましたよね?

 実は訓練の一環として、ホルアドにある

 大迷宮に何度か潜った事があるんです」

「成程。それで……」

「ルフェアちゃんを連れて王国を離れた

 直後に大迷宮に潜って、真の大迷宮を

 攻略したりして。……ホルアドに

 来るのは、もうかれこれ4ヶ月ぶり、

 くらいになるのかなぁ」

「成程のぉ。……しかし、ただの使いっ走りに

 妾達を使うかのぉ?」

そう言って、ティオは3個シートの真ん中に

あるジュラルミンケースに目を向ける。

あんなケースに入っているが、中身は手紙だ。

 

「別に構わんよ。元々、香織は雫達と会って

おきたかったようだし。急ぐ旅でも

無いからな。ミュウを連れていくのは

少々心配だが、まぁセラフィムがいれば

安心だろう」

「成程のぉ。……所でマスター?仮の話

 じゃが、ミュウに何かあったら……」

「手を出した奴を地の果てまで追いかけて

 行ってぶっ殺す」

即答だ。ミュウに手を出す、だと?

……万死に値する罪だ。

私は、真顔でそう答えた。すると……。

「司って、意外と子供に弱いね」

「「「「うんうん」」」」

ハジメの言葉に香織、ルフェア、ユエ、ティオ

が頷いている。

「妾はマスターがミュウと別れられるか

 少々心配じゃな」

「確かに。でもやっぱり、ミュウちゃん

 可愛いから」

ティオの言葉に頷くルフェア。

「ま、まぁ。確かに姫の言うとおりミュウの

 愛らしさはもはや天使級じゃからのぉ。

 ……あの子が美味しそうに菓子を食べる

 姿を見るのは、正しく眼福じゃのぉ」

「ん。と言うか、もう女神級の可愛さ。

 ……ミュウ、可愛すぐる」

「「「うんうん」」」

ユエの言葉に頷く香織たち女性陣。

 

なにげに皆ミュウの可愛さにメロメロだ。

……かく言う私も、なのだろうか。

そう考えていた時。

『ピーッ!ピーッ!』

バジリスクの無線に通信が届いた。相手は

上空のシアだ。

≪司さん司さん!大変ですぅ!≫

「シア。どうしましたか?」

≪バジリスクですぅ!司さん達のとは

 別に、バジリスクが走ってるのが

 見えますぅ!≫

私達とは別のバジリスク、だと?

 

私はバジリスク搭載のレーダーの索敵範囲を

広げた。するとすぐに私達の地点から見て

北東、2時の方角を私達と同程度の速度で

移動する物体をレーダーが捉えた。

しかし、IFF、敵味方識別装置に反応があった。

その反応からして……。

 

「これは……。シア。そのバジリスクに接近

 して下さい。恐らく、それに乗っているのは

 愛子先生や幸利たちです」

≪え!?わ、分かりましたですぅ!≫

上空を飛んでいたシアのホバーバイクが

もう一台のバジリスクの方へと向かっていく。

 

「司、今愛子先生とか言ってたけど、先生達が

 すぐそこまで来てるの?」

「えぇ。敵味方識別装置に反応がありました。

 反応は7つ。不明が1。この1とは恐らく

 愛子先生であり、反応したのは幸利たちに

 与えたジョーカーです。……しかし、

 なぜ彼等がホルアドに。戻るのなら直接

 王都の向かうと思うのですが……」

私はハジメの言葉に応えながら考えていた。

 

 

一方、その頃清水達はと言うと……。

「先生、もうすぐホルアドに着きますよ」

「は、はい」

運転していた清水の言葉に、緊張している

面持ちで頷く愛子。

「天之河君たち、居ないと良いね」

「あぁ」

園部の言葉に頷く仁村。

 

居ない方が良い、と言うのは、襲撃を

受けている可能性を考えてのことだ。

現在まで、光輝達が主に活動しているのは

王都とその郊外。後はホルアドとその側の

オルクス大迷宮だけだ。

そして、その中で一番奇襲に向いているのは、

暗く、閉鎖空間である大迷宮に他ならない。

彼等としては、光輝達がホルアドに居ない事

の方がむしろ良かったのだが……。

 

その時。

「ん?レーダーに反応が。……IFFに反応

 あり。味方の識別コードが出てるな」

「どったの清水?」

運転していた清水がレーダーに映る反応に

気づいた。そんな清水に声を掛ける相川。

「悪い、誰か外確認してくれ。左方向、

 9時の方向から何か近づいてくる」

「OK任せろ」

そう言うと、玉井がハッチを開けて身を

乗り出した。

 

そして……。

「あっ!あれか!」

玉井は備え付けられていた双眼鏡で

飛行物体を確認するが……。

「ってぇ!あれシアさんだよ!」

「え!?シアちゃん!?」

玉井の双眼鏡に映ったのは、メットを

外しブンブンと両手を振っているシア

だった。

彼の報告に驚く菅原。

彼女もハッチから身を乗り出し、シアの

方に手を振る。

 

 

「あっ!気づいてくれた!司さん!

 愛子さん達が気づいてくれました!」

≪分かりました。こちらから通信を繋げます≫

 

 

どうやら向こうがこっちに気づいてくれた

ようなので、私は幸利たちのバジリスクに

通信を繋げた。

 

「こちら新生、新生司。愛子先生、幸利。

 聞こえているか?どうぞ」

≪あっ、えっと。先生です。新生君ですね?≫

通信機から先生の声が聞こえてきた。

≪今こっちに向かって飛んでいるシアさんを 

 確認したんですけど、新生君達は今どこに?≫

「先生達から見て西、8時の方角を殆ど

 並走するように走っています。先生達は

 ホルアドへ?」

≪はい。少し気になる事があって。新生君達

 はどうして?≫

「私達はフューレンのギルド支部長からの依頼

 でホルアドのギルドに用があるのですが。

 良ければ合流しますか?」

≪そうですね。……実は、新生君の意見も

 聞いておきたいんです≫

「私の?分かりました。では、ホルアドで

 合流しましょう。それでは、後で」

≪はい。あとで≫

 

そう言って私達は通信を切った。

「先生達、気になる事があるって言ってたね」

「うん。それに司くんの意見も聞きたいって」

そう呟くハジメと香織。

「何かあったのじゃろうか?」

「ん。私も気になる」

首をかしげるティオと頷くユエ。

「ともかく、彼等と合流しましょう」

 

その後、私達は外に居たミュウとシアを

バジリスクに乗せ、ホルアドへと向かった。

そして幸利たちとは、町の出入り口近くの

広場で合流した。

 

そこで幸利達から話を聞いた。

「成程。……確かに先生の暗殺が失敗した時点

 で、魔人族が次の手を打つ可能性は高い。

 それで天之河たちへの警告の為に?」

「あぁ。正直、居ない方が助かる。彼奴らが

 行く先で最も奇襲に適しているのは

 大迷宮だからな」

「暗く、奥へ行けば行くほど強い魔物が待ち

構えている大迷宮。階層の移動にも

階段が一つだけだし、確かに待ち伏せには

最適かもね。そして、多少のリスクを

犯してでも天之河君を狙う理由は、

そのチートスペックを危惧しての事」

「あぁ。南雲の言うとおり、俺としても

 魔人族側にはリスク覚悟の上でも、天之河

 を狙う理由はあると思う。こういうのは

 あれだが、多少の犠牲を覚悟の上で敵の

 最大戦力を削るのは、戦術として

 戦争漫画とかでよくあったからな。もしかして

 って思ったんだ」

「勇者である天之河君を倒せれば、人族に

 与える心理的ダメージも大きいし、

 チート級スペックの彼一人倒せるのなら、

 魔人族が多少の無茶をしてもおかしくない、か」

「それだけじゃねぇ。天之河が倒れたら、

 それこそ魔人族側にとって最高の

 プロパガンダになる。あっちの士気高揚

 にこれ以上の材料なんて無いだろ?」

「確かに。……敵の最大戦力が潰れて

 味方の士気は急上昇。敵の士気は

 急降下。言っちゃなんだけど、魔人族側

 には万々歳の状況だね。そして、

だからこそ……」

「魔人族が天之河たちを狙ってる可能性が

 ある。幸利はそう考えたのですね?」

「あぁ。だからその事を警告しようと

 俺達はホルアドに来たんだ」

私、ハジメ、幸利の3人で話し合いをしていた。

 

どうやら清水にタイプコマンドを与えたのは

間違っていなかったようだ。そして、更に

言えば、ハジメと幸利の二人はオタクであり、

ラノベを読み込んでいる。そして当然中には

戦争を扱った物もあるだろう。だから、とは

言い切れないが、戦争や戦闘における定石を

良く理解している。

ある意味、戦争を分かっている。

 

戦争とは、極論を言えば利益追求だ。

そして、勝利という利益の為に誰もが策を

巡らせる。そして更に、戦争とは策の

読み合い。どれだけ相手の裏をかけるか

が勝敗を決する。と言っても過言では

無いだろう。

 

そう言う意味では、ハジメと幸利は、

指揮官として十分に素質があると

言えるな。

二人とも、ある意味(この場で私を

除けば)一番『戦術眼』を持っていると言える。

そして、敵について考えを巡らせ策を

考えるのは、指揮官に必要不可欠な

スキルだ。

 

ハジメはウル防衛戦でも、防壁の上で

指揮官としての才能の片鱗を見せた。

幸利も敵について考えを巡らせる姿勢は、

指揮官向きだ。

 

全く、頼もしい物だ。

私は内心そう考えていたが、今は考えている

時ではない。私はすぐにAIの私の位置情報

を確認した。だが……。

 

「……ハジメ、幸利。……どうやら状況は

 悪い方に推移しているようです」

「え?」

「なっ。どういうことだ新生。説明

 してくれ」

首をかしげるハジメと問いかける幸利。

更に周囲に先生やシア達が集まる。

 

「雫のタイプCの位置情報を確認したが、

 発信源は……。オルクス大迷宮89層目だ」

「ッ!?クソッ!?一番ヤバいパターン

じゃねぇか!」

驚き、吐き捨てる幸利。

「まさか、今天之河君達は戦ってるの!?」

「いえ。流石にそこまでの情報は……。

 ただ、これは少々気になりますね」

 

「どうするの?司」

「……行くべきでしょう。念のために」

私の言葉を聞くと、ハジメ達や幸利たちが

真剣な表情で私を見ている。

「行って無事でした、なら単なる労力の

 無駄遣いで済みます。ですが、そうで

 無ければ後悔をすることになります。

 だからこそ、後悔しないために、

 行くべきでしょう」

そして、彼等は静かに頷いた。

 

「先生」

そんな中、清水は愛子先生の方に振り返る。

「俺達は行くよ。彼奴らを助けに。

 だから、先生は信じて待っててくれ。

 必ず、彼奴らを連れて戻ってくるから」

「……はい。信じます。清水君たちの

 力を」

毅然とした態度で頷き、幸利達7人の顔を

しっかりと見ていく愛子先生。

 

では……。

「ティオ」

「はっ」

「私とハジメ達は、クラスメイト救出の為

 大迷宮へと潜る。その間、愛子先生と

 ミュウの事は任せる。セラフィムと

 共に、二人を守れ」

「仰せのままに。マイマスター」

ティオは甲斐甲斐しく右手を左胸に当てる。

 

「パパ、どこか行くの?」

すると、ミュウが私のズボンを掴んで

私を見上げている。

私はその場に膝を突き、ミュウと視線の高さを

合わせる。

 

「すまないミュウ。私は、行かなければ

 ならない場所が出来たんだ」

そう言うが、ミュウはどこか心配そうだ。

「大丈夫だミュウ。すぐに戻ってくる。

 それまで、ティオやセラフィムと

 大人しく待っていてくれ」

「ちゃんと、パパ戻ってくる?」

「あぁ、もちろんだ」

「じゃあ、ミュウ待ってる。だから、絶対、

 帰って来てね?」

「あぁ、約束だ」

それだけ言うと、私は立ち上がり、ハジメ達

の方に視線を向けた。視線が合い、彼等は

力強く頷く。

 

「では……。行くぞ。オルクス大迷宮。

 その深淵に」

 

こうして、私、ハジメ、香織、ユエ、シア、

ルフェア、幸利、優花、妙子、奈々、昇、

明人、淳史の合計13人は、雫たちと合流

するために動き出した。

 

その道中。

「……って言うか、お前いつのまに一児の父

 になってた訳?」

移動中に淳史が聞いてきた。他の連中も

聞きたそうな表情をしている。

「フューレンで色々あったのだ。まぁ、これが

 無事解決したら話す。だから、死ぬなよ?」

「そうだな。結構気になる話だし、聞かずには

 死ねねえなぁ。なぁ明人?」

「おうっ!そんな面白そうな話、聞けずに

 死んだら、気になって成仏出来ねぇっての!」

と、おちゃらける淳史と明人。

「全く。……まぁ良い。無事帰って来たら

 説明してやる。だから死ぬな。それと、

 これだけは言っておく」

 

私は、後ろに続く7人の目を見る。皆、

決意の炎を瞳の中で揺らしている。

「全員、いい目をするようになった。今の

 お前達なら、大抵の敵を前にしても、

 生き残れるだろう。だから、自分と自分の

 ジョーカー、そして隣に居る仲間を

 信じて戦え。そうすれば、大抵の事は

 どうにかなる」

「へへっ。そうかよ。……まさか新生から

 そんな言葉を貰う日が来るとはな!」

昇はどこか嬉しそうに笑みを浮かべている。

「ち、ちょっとハズいけどね」

そう言って顔を赤くしている妙子。

 

そして、私達はオルクス大迷宮に向かって

いた。と、その時。

 

ふと、前方から来る人影に私は見覚えが

あった。

「あれは……。遠藤?」

全身を黒装束で覆い尽くした、暗殺者の天職を

持つクラスメイトの一人。その遠藤が、

ボロボロな格好でこっちへと向かって

来ていた。

「え?あっ!本当だ!」

その時、香織も彼に気づいたようだ。

「ってか遠藤ボロボロじゃね!?」

彼の様子に驚く昇。

「くっ。まさか……」

静かに歯がみをする幸利。……どうやら、

状況は最悪なようだ。

 

「お~~い!遠藤君!遠藤君~!」

彼に気づいたハジメが叫び、ブンブンと手を振る。

すると遠藤も気づいた様子で私達と視線が

あった。

かと思うと、こちらに向かって来た。

「な、南雲!白崎さん!それに、相川達に

 園部さん達まで!ど、どうしてここに!?」

「そ、それは……」

「悪いが詳しい話はあとだ」

説明しようとするハジメを幸利が遮った。

 

「遠藤、何があった?簡潔に話してくれ」

「あ、あぁ。分かった」

遠藤は、すっかり様変わりした清水に戸惑い

ながらも事の次第を話した。

 

「それで、メルドさん達は皆を助けるために

 下りていったんだ。俺は30層の騎士団の

人達と合流して外に退避して。騎士団は

今入り口で警戒に当ってる。俺はギルドに

この事を報告して来いって言われて」

「魔人族の襲撃か。クソッ。一番悪い予想

 が当ったって事か」

遠藤の話を聞き、吐き捨てるように呟く

幸利。

 

「ともかく、今は大迷宮に向かうぞ。

 遠藤、お前も来い。私達はこれから

 彼等の救出に向かう」

「え?!本当に?!」

「あぁ。来い。歩きながら話そう」

 

そして、私達は遠藤を加えて大迷宮に

向かう。

その道中に、幸利達がここへ来た理由を

説明した。

 

「実は、俺等もウルの町で魔人族と戦った

 つ~か、色々あってな。もしかしたら

 お前等も狙われてるんじゃねかと思って、

 警告と安否確認の為にここに来たんだ。 

 まぁ、実際には今襲われてるみたい

 だけどな」

「私達は別件でホルアドに向かっていた

 のですが、道中幸利たちと合流したので

 今は行動を共にしています」

「そ、そうだったのか。……そういや、

 新生はメルドさん達にもジョーカーを

 渡していたのか?」

「えぇ。……あなた方はまだ、実戦の空気

 を殆ど知らない頃でしたから。あなた方を

 守る為にはあって困る物でも無いし、 

 万が一の時の、逆転の為の切札として

 メルド団長にジョーカーを送っておいたの

 ですが、どうやら正解だったようですね」

「……皆、大丈夫かな?」

不安そうに呟く遠藤。

 

「心配するな。その万が一の状況に対応する

 ためにメルド団長達にジョーカーを渡して

 おいたのだ。あの人達なら、必ず雫たちの

 元にたどり着いて彼等を守ってくれる」

「……。新生は、こうなる事が分かってて

 メルドさん達にジョーカーを渡したのか?」

遠藤の問いかけに私は答えた。

「確証があった訳じゃない。だが、万が一に

 備えて策を弄するのは、指揮官として

 当然の行動だ」

リーダー、指揮官に求められるのは、己と

仲間を知り、敵の策を見抜き、それに対処

するスキルも求められる。まぁ、私が

彼等の指揮官とは認められないだろうから、

こっそりと動いた訳だが……。

 

「勇者という立場は、プロパガンダに最適だ。

故に、狙われる可能性は周りより高いと

踏んでいた。

そして、その周囲に居るメンバーが巻き

込まれる事もな。メルドさん達のジョーカー

は、そんな万が一に備える保険だった。

そして、その保険が今行使されている、

 と言う事だ。まぁ、お前達の指揮官を

 している訳ではないが、お前達が死ぬと

 香織やハジメが悲しむ。……だから、

 念のために保険を掛けておいた」

「……」

 

 

遠藤は、前を歩く司の横顔に目を向ける。

 

そして、彼は理解する。

『指揮官の器』という物が、どう言う物

なのかを。

 

 

一方その頃、AI司に雫、光輝達はあの

隠し部屋で休息を取っていた。

やがて、皆の体力が戻った頃。

 

「ん?」

壁際に座っていたハードガーディアン(司)が

天井に目を向けた。

「司?どうしたの?」

それを、側に居て気づいた雫が声を掛けた。

「……来たか」

AI司は、静かに呟くと立ち上がって部屋の

中央に進んだ。それに気づいて、永山達

が彼に視線を向ける。

 

「全員聞け。今、ここから数階離れた

 階層にメルドの旦那たちが来てる。

 俺達もここを引き払い、旦那たちと

 合流する」

「め、メルドさん達が!?」

驚き声を上げる光輝。

「どうしてメルドさん達が!?メルドさん

 達の力じゃ、ここまで降りては!」

「あぁ。……『ジョーカーが無けりゃ』、な」

「え?」

AI司の言葉に呆けた声を出す光輝。

 

「オリジナルの俺が王国を去るとき、旦那たち

 にジョーカーをプレゼントしといたのさ。

 万が一、お前達では対処しきれない状況が

 発生した時、お前達を助ける為にな。

 要は保険だ。で、今その保険が生きてる

 って訳だ」

「あんた、じゃないけど、ホント新生君。

 オリジナルのアンタは用意周到と言うか、

心配性というか」

「策を弄して、無駄に終わったのなら

 それで良いさ。無駄になっただけだ。

 だが、策を弄さず誰かが死んだなら、

 そいつは死ぬほど後悔する。策ってのは

 な、無駄足で終わった方が良いんだよ。 

 そして、指揮官ならばちょっと心配性

 なくらいがちょうど良いのさ。指揮官が

 間違ったら、仲間まで死なせかねない

 からな」

そう言って、チラリと光輝を一瞥する

AIの司。光輝は、ばつが悪そうに視線を

逸らした。

 

「さて、そういうわけだ。全員移動の

 用意を……」

と、言いかけたハードガーディアン(司)の

レーダーに高速で真っ直ぐこちらに

向かってくる集団が映った。

それを知覚した瞬間。

 

「総員戦闘態勢!敵集団が接近中!」

「えっ!?」

AI司の言葉に驚く鈴。

「ぼやぼやするな!魔物の集団が真っ直ぐ

 こっちに向かってくる!キビキビ動け!

 ハードガーディアン及びガーディアン 

部隊展開!」

AI司の指示に従い、ハードガーディアンが

隠蔽されている入り口の壁の前で半円状に

展開しガトリング砲を構える。

 

「前衛組はハードガーディアン後方に展開!

 後衛組はガーディアンの後ろだ!

 急げ!」

AI司の言葉に従い、慌てて動くメンバー達。

「な、何でこっちに来るんだよ!?」

「さぁな。だが、あんだけ魔物を連れてんだ。

 索敵用の魔物を連れてても不思議じゃ

 ねぇだろ」

近藤が悲鳴にも似た声で叫び、それにAI司

が答える。

 

そして、レーダーに映る光点がすぐそこまで

近づいた次の瞬間。

『ドゴォォォォォンッ!』

壁を突き破って魔物が侵入してきた。

「ってぇっ!」

その瞬間に叫ぶAI司。

『『『『『バババババババッ!!!』』』』』

そして一拍遅れてハードガーディアン達が

バルカン砲を撃ちまくる。

 

だが、体の小ささを生かした黒猫の魔物たちが

攻撃を掻い潜って触手を放つ。

狙いの大半はハードガーディアンだ。

だが……。

「雫!先に言っとく!しばらく支援出来ねぇぞ!」

「分かってる!やって!」

雫が叫んだ次の瞬間、ハードガーディアン(司)は

両手に保持したノルンで次々と黒猫魔物の

触手を撃ち抜いていく。

 

ノルンのAP弾ではこれらの魔物は、目や口など

比較的装甲の無い、或いは極端に薄い場所を

狙わなければ効果が無い。だが、触手の破壊は

出来る。そしてハードガーディアンの破壊は

ラインの崩壊を意味する。だからこそ、

ハードガーディアン(司)は援護に全ての

処理能力を割いたのだ。

 

だが、2丁のノルンでは限界がある。半数の

触手は光輝達に向かって言った。

「迎撃しろ!」

咄嗟に叫ぶ光輝。魔法が飛び触手を撃ち落とす

が、全てとはいかなかった。いくつかの

触手が彼等に向かう。

 

「『天絶』!」

咄嗟に防御系の魔法でシールドを幾重にも展開

する鈴。しかし、触手は数に物言わせて

防御を突破し、逸らすのが限界だった。そして、

破壊された隙を突いて更に触手が彼女に

向かっていく。

「ッ!」

間に合わない。鈴がそう考えた時。

 

『ザッ!』

『ドドドッ!』

側に居たガーディアンが鈴と触手の間に

割って入り、その体で触手を受け止めた。

「が、ガーディアンさん!!」

それを見て咄嗟に叫ぶ鈴。ガーディアンは

自分に突き刺さった触手をガッチリと

掴み、更に体内のバッテリーをオーバーロード

させて、触手黒猫、その数体を感電死させた。

 

そして、触手が抜けたガーディアンはその場に

ガシャリと崩れ落ちる。一瞬、その姿に

目を奪われる鈴。だが……。

「うわぁぁぁっ!『天絶』!『天絶』ゥ!」

次の瞬間、怒りにも似た咆哮を上げ、何十と

シールドを展開する。

 

「皆頑張って!もうすぐ助けが来る!」

雫は、周囲のメンバーを鼓舞しながら触手を

迎撃していた。

そんな雫に触手が迫る。

「雫!危ないっ!」

それに気づいた光輝が叫び、雫も触手に

気づいた。雫のタイプCは機動性を上げている

ため、他の機体より若干装甲が薄い。

十分に速度が出た触手なら、貫通も

ありえる。

 

あり得るが……。

『パパンッ!』

ハードガーディアン(司)のAP弾が

触手を撃ち落とす。

「ありがとう司!」

咄嗟に礼を言う雫。だが司は答えない。

会話する機能すら、迎撃のための処理速度

を優先した結果カットしているからだ。

 

一心不乱。そんな言葉が似合いそうな速度

でノルンを撃ちまくるハードガーディアン(司)

の背中が、雫にはとても大きく見えた。

 

『そうだ。私は、生きて帰るんだから!』

「やぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

そして、一心不乱に戦う彼の姿に触発

されるように、雫も青龍を振り、触手を

切り裂いていく。

 

 

「えぇい!ガキ共相手に何をやってるんだ!」

そして、外の部屋ではカトレアが現状に

歯がみしていた。

カトレア、いや、魔人族最大の誤算は

メルド達が現状、光輝達以上の戦闘力を

持っている事実を知らなかった事だ。

 

そして、メルド達のジョーカー保持の事を

知らなかった理由は、司がメルド達にここぞ

という時までジョーカーを使わない用に

言及していた事だ。

文字通り、一発逆転の『切札』として。

そして、光輝達も知らない情報を敵サイドの

魔人族が知り得るはずも無い。

 

カトレアが歯がみしていた理由はそこだ。

魔人族は勇者である光輝と、神の使徒である

雫達が人族側の最大戦力だと思って居た。

だからこれだけ兵力を投入した。

しかし、雫や光輝を最大戦力だと見誤った

時点で、既に司の作戦に嵌められていたのだ。

 

この場において戦場に立っていた経験

や今の装備を諸々含めると、一番強いのは

メルド以下、タイプKに身を包んだ6人の

騎士達だ。敵の攻撃を受け止め反射する

シールド、エアと。ナノメタルによる浸食

と言う攻撃が可能なマルス・バスターは、

魔法を吸収する亀型では対応出来ないし、

小さなかすり傷でも瞬く間にナノメタルに

取り込まれ、死ぬ。

ナノメタルに取り込まれたが最後、回復は

意味を成さない。

 

司はメルド達を、光輝達を守る保険だと

していた。だが同時に、光輝達を隠れ蓑

にする事で彼等よりも強い存在を魔人族

から隠し通した。……ジョーカーを持った

メルド達という存在を。

 

司は、切札を2枚用意していたのだ。

一つは、雫の持つタイプC。

もう一つは、メルド達というジョーカーを

装備した、正真正銘の兵士。

 

雫達は確かに強い。そして勇者や神の使徒

と言う立ち位置が、彼等の注目度に拍車を

かけた。案の定、魔人族は雫達を最大戦力と

捉え、その討伐を考えた。それが人族の、

たった一枚の切札と『誤認』してしまった。

この時点で、司のもくろみは成功している。

結果、見事にメルド達の存在を隠し通し、

人類側の切札は雫達、つまり『一枚だけ』

と勘違いさせた。メルド達は雫達を守る

ための保険であると同時に、逆に雫達は

メルド達を隠す『隠れ蓑』の役割を

果たしていたのだ。

 

そして、カトレアはそこまで気づいたのだ。

 

『恐ろしい奴だよホント。あの勇者君達は、

 囮だ。本命だと思ってた奴らは、囮

 だったんだ。囮につられてやってきた

 敵を、囮だけで敵を倒せればそれでよし。

囮が倒せなくても、そのすぐ側に居る

 本命が倒す。囮を本命と勘違いして戦力を

計算し投入しても、もっと強い本命が

敵を叩き潰す。……敵の戦力を削ぐため

 のトラップ。あたしらが罠にはめた

つもりが、はめられたのか!クソッ!』

 

カトレアは、会った事も無い司の策略に

背筋が凍る思いだった。

『見透かされていると言うのか。

 こちらの動きが。だとしたら、

 あたしらはあんな勇者なんかよりも、

 恐ろしい化け物を相手にしているのかも

 しれないねぇ』

 

と、その時。

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

カトレアの後方から雄叫びが聞こえてきた。

慌てて振り返るカトレア。見れば、通路の奥

からジョーカーを纏ったメルド達6人が

立ち塞がる魔物を一刀両断しながら

こちらへ爆走している。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

裂帛の気合いと共に振り下ろされたメルド

のマルス・バスターがキメラの頭をかち割り。

「おぉぉぉぉっ!!」

騎士アランの突きがブルタールモドキの

腹を貫く。

 

魔物が襲いかかってもエアで攻撃を逸らされ、

次の瞬間マルス・バスターに切り捨てられる。

騎士として研鑽によって得られた力が、

ジョーカーという切札によって支えられ、

彼等の戦闘力を底上げする。

 

騎士として磨き上げた剣術が、戦い方が、

ジョーカーに支えられ、彼等を『無双の騎士』

へと昇華させる。

 

強化された胆力が、魔物を防御の上から

たたっ切り、へし折り、吹き飛ばす。

ジョーカーからのサポートが、彼等を

支える。

正しく『人馬一体』。

ジョーカーという馬を乗りこなす彼等は、

この場において最強と呼んでも過言では

無いだろう。

 

メルド達は、魔物を蹴散らし進む。

「うぉぉぉぉぉ!皆ぁぁぁぁっ!

 助けに来たぞぉぉぉぉっ!!!」

ブルタールモドキを、唐竹割りの如く脳天から

一刀両断しながら叫ぶメルド。

 

そしてその咆哮の如き声は、防衛戦を維持

していた雫達にの耳にも聞こえた。

「ッ!メルドさんだ!」

喜びから、マスクの下で笑みを浮かべる雫。

他の皆も、メルドとの合流に安堵しつつある。

 

そして、メルド達の攻撃で雫達への攻撃が

弱まりつつある。

それを確認したAIの司が……。

「お前等!こっからは攻守交代だ!

 攻めるぞ!旦那たちと挟撃だ!

 ここが正念場だ!ここを乗り切りゃ、

 生きて帰れるぞ!」

「「おぉっ!」」

彼の声に、永山と野村が勢いの良い返事を

返す。

 

「っしゃぁ!行くぜぇぇ!」

ハードガーディアン達が前進し、入り口付近の

魔物を討伐し、出口を確保する。更に

ガーディアン達が協力し、出口周囲のラインを

形成した。

 

「光輝!龍太郎!行くわよ!」

「おぉっ!」

「あぁっ!」

そして、出来た出口から飛び出した雫、

龍太郎、光輝の3人が魔物を倒していく。

更に、こちらが優勢とあってか、光輝や龍太郎、

更には檜山たちまでも動きにキレが戻り

始めた。

 

 

「くっ!?奴らまで!?」

メルド達の到着と、息を吹き返した光輝達。

これによって、光輝達を追い詰めていた

はずのカトレアは、いつの間にか前後を

挟まれる結果となった。

 

追う者から追われる者へ。

有利から不利へ。

正しく、形勢逆転だ。

 

だが……。

「ちっ!?まだだ!アハトド!イシェール!」

魔物の名を叫ぶカトレア。

すると……。

「「ルゥオォォォォォォッ!!!」」

 

メルド達と光輝達の前に、1匹ずつ大きな

魔物が立ち塞がった。

 

角が生えた馬の頭に筋骨隆々の上半身に

極太の4本腕にゴリラの下半身。どう見ても

これまでのよりも別格と呼べる魔物だ。

 

メルド達の前には、一本角のアハトドが。

光輝達の前には、V字を描くような二本角の

イシェールが、それぞれ立ち塞がった。

 

「ふふふ。切札ってのは、取っておくもん

 だろう?」

そう言って、僅かに笑みを浮かべるカトレア。

「言っておくが、こいつらは今までのとは

 別格だよ」

「「ルゥオォォォォォッ!!!」」

 

雄叫びを上げ、口から蒸気を噴出させる

馬頭の魔物、アハトドとイシェール。この2体

は、言わば対勇者、対タイプC用に用意した

魔物だ。キメラや黒猫、ブルタールモドキで

疲弊した所を、この二体に光輝と雫を倒させる。

それがカトレアの手だった。

 

「こうなったら、一人でも多く道連れに

 してやるよ!」

叫ぶカトレアの周囲で展開される魔物。

光輝やメルド達が優勢と言っても、勝利した

訳では無い。

改めてその状況を理解し、場の空気が

張り詰めていく。

 

だが……。

「ん~。悪いがそりゃ、無理そうだぜ?」

「は?」

ハードガーディアン(司)の言葉に呆けた声を

出すカトレア。

「何を言ってるのよ。こいつらの力は、

 これまでの魔物とは別格で!」

「だ~か~ら~。その別格ってのをゴミ

 みたいに片付ける強ぇ奴がすぐそこに

 来てるんだよ。っつか」

 

そう言いかけた瞬間、光輝達の前と、メルド達

の前に、それぞれ空間の歪み、司の空間ゲート

が現れた。そして……。

 

「もう来た」

 

AIの司がそう言った瞬間、ゲートを超えて

人影が現れた。

 

光輝達の前には、司、ハジメ、香織、ユエ、

シア、ルフェアの6人が。

メルド達の前には、清水を始めとした7人が。

それぞれ武器を持った姿で現れた。

 

そして、そんな中で……。

 

「形勢逆転だな。魔人族」

 

司は一人、仁王立ちの姿勢でカトレアを

真っ直ぐ睨み付けた。

 

プレッシャーを放つ司と、それを受ける

カトレア。

そんな中で、彼女は密かに願った。

「これが夢であって欲しい」、と。

 

 

     第43話 END

 

 




次回でカトレア戦は決着が付くと思います。

感想や評価、お待ちしています。


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第44話 討伐

すみません。ちょっと良い所で区切れなくてメッチャ長く
なってしまいました。いつもの1.5倍くらいあります。


~~~前回のあらすじ~~~

グリューエン大火山に向かう途中、フューレン

のギルド支部長イルワからの依頼でホルアドに

向かっていた司たち。そんな中、光輝たちが

心配でホルアドに向かっていた愛子たちと合流

した司たち。そして彼等は、地上へ脱出した

遠藤と再会し事の次第を知り、光輝たちの

救出に向かう。AI司の指示で戦う

光輝達と、それを救出すべく合流した

メルド達。魔人族の女、カトレアは切札の

魔物を投入するが、そこに空間ゲートを

使って司や清水達も合流するのだった。

 

 

今、カトレアは最大のピンチを迎えていた。

逃げる階段へ続く道は、メルド達と清水達が

抑えている。目標の光輝達の方には、まだ

数体のガーディアン・ハードガーディアン達

に、司たちがいる。

 

正しく、前門の虎、後門の狼だ。

そして……。

「みんな!大丈夫か!」

司たちが使って居たゲートから、遅れて

遠藤がやってきた。

「ッ!遠藤!お前無事だったか!」

無事だったパーティーメンバーに野村が

笑みを浮かべる。

「あぁ。外に出たら、新生達と合流出来た 

 んだ。それで助けて貰ったんだよ」

遠藤の言葉に、永山や鈴、雫達は司の背中を

見つめている。

 

彼のトレンチコートが、風になびく。

「ったく。遅ぇよオリジナル」

そう言って、AIの司が(オリジナルの)司に

声を掛ける。

「そうか?絶妙のタイミングかと思うが?」

そう、AIの自分に返す司。

 

「な、何だろう。同じ声の人が喋ってるのって

 ちょっと気持ち悪いね」

「「「「うんうん」」」」

こんな状況だと言うのに、鈴の言葉に周囲の

者達が頷く。

 

一方で……。

「ちぃっ!?数が増えたから何だってんだ!」

現状に、更に歯がみしつつも諦めないカトレア。

「無駄だ!もうお前に勝ち目は無い!大人しく

 投降しろ!」

光輝は、これだけ敵が居るのなら投降する

だろう。そう考えて投降を呼びかける。

「はっ!?投降だって!?……人間風情に

 捕まって生き恥をさらすのなんざ、

 死んでもごめんだね!」

しかし、彼女には投降の意思などない。

 

「そうか。ならば……」

司は、静かに左手首の待機状態のジョーカー

のスイッチを押し込む。ハジメや清水達も

それに続き、次々とジョーカーを起動

していく。

 

「ッ!?何!?」

これには驚くカトレア。無理も無い。

雫一人とメルド達だけでも厄介なジョーカー。

それを纏った人間が、一気に倍以上に

増えたのだ。無理も無い。

 

「……終わらせるとしようか」

司の言葉を合図に、ハジメ達が装備を

構え、清水がガーディアン部隊を召喚し、

包囲網を完成させる。

 

カトレアは必死に前後を見回し、アハトド

とイシェールは目の前の敵を警戒する。

と、その時。

 

『フッ!』

「消えっ!?」

突如司の体がぶれるように消えた。驚き、

叫ぼうとしたカトレア。次の瞬間。

『ドゴォォォォォォンッ!!!!』

イシェールの腹に、司の強烈な一撃が

放たれた。

 

その一撃だけで大気が震え、イシェールの

肋骨周りの骨が殆ど砕け、内蔵が破裂する。

ゴバッと血を吐き出すイシェール。だが、

それだけでは無い。

司は、一瞬の隙を突いて、今度は左手の手刀を

イシェールの腹に突き刺した。

悲鳴を上げるイシェール。だが、それだけだ。

 

「死ね」

『バリバリバリバリバリッ!!!!!』

次の瞬間、司のジョーカーZから紫色の雷撃、

紫電が放たれイシェールの体を内側から

焦がしていく。

 

そして、紫電の放電が終わった頃には、

イシェール『だった炭』がボロボロと

崩れ去った。

「……こんな物か。勇者である天之河と

 雫への切札なのだろうが……。

 私の相手には役不足も良い所だな」

司は、崩れ落ちたイシェールだった炭を

踏みつけながら呟く。

「バカなっ!?イシェールを、あぁも

 簡単に!」

その事実に驚くカトレア。彼女は咄嗟に

魔法を放とうとするが……。

『ドパンッ!』

「ッ!?」

次の瞬間、彼女の肩に止まっていた白い鴉

が吹き飛び、彼女の頬や肩を血飛沫で

汚した。

「動くな。じっとしていろ」

それは警告だった。司から放たれるプレッシャー

と、あと少し射線がずれていたら……。

そう考えるだけでカトレアは顔を青くし、

その場に静かに跪いた。

 

一方の周囲では、魔物の殲滅が始まっていた。

 

「おぉぉぉぉぉっ!」

カトレアが司たちの方に気を取られている

隙を突き、メルドが一気にアハトドに

肉薄する。

「ルゥオォォォォォッ!」

それに気づいたアハトドが上の右腕で

ストレートパンチを放つ。

メルドは、それをエアで逸らし躱す。

続けて繰り出された上の左腕のパンチも

マルス・バスターで逸らした。

 

そこに更に、下の両腕がメルドを両脇から

捕らえようと迫るが……。

「させんっ!!」

メルドの前に回り込んだアランがその両腕を

エアとマルス・バスターで弾く。

「団長!」

「おぉっ!」

メルドはそのままアランのタイプKの背中を

踏み台にして跳躍。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

アハトドの胴体を斜めに切り裂いた。

 

悲鳴を上げるアハトド。だが、それで

終わりではない。

「そこっ!!」

切り裂かれた切り口に、園部のヒートダート

が突き刺さった。

ジョーカーのパワーも合わさり、投げつけ

られたヒートダートの速度は銃弾に増さるとも

劣らない。次々とアハトドの体にヒート

ダートが突き刺さる。

と、次の瞬間。

「点火ッ!」

園部が叫んだ。そして……。

『『『ボボボンッ!!』』』

ヒートダートに仕込まれた炸薬が点火し、炸裂。

アハトドの傷を更に抉り飛ばす。

悲鳴を上げるアハトド。

 

その周囲では、騎士たちや清水、玉井や相川、

更にはシアやユエ達が戦っていた。

 

「おりゃぁぁぁっ!ですっ!」

シアがハンマーモードのアータルを掲げて

亀型の魔物に急接近し、その頭を

かち割る。

 

「喰らえ……!」

ユエの掌から、拡散して放たれた魔力式

ビーム砲のショットガンが、キメラの体に

いくつも風穴を作る。

 

「はっ!」

ルフェアはブルタールモドキが振り下ろす

メイスを回避し、カウンターのバアルを

たたき込みながら、プラズマグレネードを

その足下に投げ込む。

メイスで顔を銃弾からガードしていた

ブルタールモドキはプラズマグレネードに

気づかず、プラズマによって蒸発した。

 

「そこっ!」

香織は、セミオートのタナトスで正確に

黒猫を撃ち抜いていく。時折触手が

彼女に襲いかかるが、彼女は最小限の動き

だけで触手を回避する。その動きは、

まるで踊っているようだった。

そして、回避しながら放たれたカウンターの

一発が、黒猫を弾き飛ばす。

タイプスカウトのレーダーと運動性を

生かし、攻撃を避け、カウンターの

一発を放っていく香織。

 

「当れぇぇぇっ!」

ハジメは、壁を蹴って自由自在に飛び回り

ながら、トールの炸裂弾を放つ。全て

正確に、無慈悲に。魔物の脆い所、

間接や腹を狙い、2丁拳銃スタイルで

撃ち抜いていく。12発全部を使い切れば、

新たに、弾を装填した状態のトールを召喚

するという技で、撃ちまくっていく。

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

メルドの連撃がアハトドの腕を切りつける。

マルス・バスターから通常のマルスに形態を

戻しているため、ナノメタルによる浸食攻撃は

出来ないが、その分、ジョーカーのパワーを

生かした圧倒的な速度で繰り出される剣戟に、

アハトドは腕をクロスさせる事で何とか

防いでいたが……。

 

「足下がら空き!」

そこに菅原の電磁ウィップが襲いかかった。

足首にグルグルと巻き付いたウィップ。

『バババババババババッ!!!』

次の瞬間、司ほどではないが、高圧電流が

流れ、アハトドに襲いかかった。

 

悲鳴を上げるアハトド。そしてウィップが

外れた時、アハトドは体の各部を焦がしもう

まともに動ける状態ではなかった。

そして……。

「これでっ!」

マルス・バスターを手に突進するメルド。

「トドメだぁぁぁぁぁっ!」

ジョーカーの突進力を持って繰り出された

渾身の突きは、アハトドの腹部を一撃の下に

貫き、刀身から溢れ出したナノメタルが

アハトドを取り込み、呑み込む。

 

更に周囲では清水が指揮するガーディアン隊

とAI司の指揮するハードガーディアン・

ガーディアンの混成部隊が魔物に銃弾の雨を

降らせていた。

その隙間を縫って向かってくる魔物を、雫や

光輝。龍太郎や玉井、騎士達が攻撃し、

鈴や恵里、相川や宮崎の魔法がそれを支援する。

 

そして、数分もすれば……。

「これで、最後っ!」

『ドバンッ!』

ハジメのトールの一発が、残っていた最後の

キメラの頭を撃ち抜いた。

 

その銃声を最後に、周囲がシンと静まり帰る。

「ハァ、ハァ。……勝った、のか?」

荒い呼吸を整えながら呟くのは、野村だ。

周囲の者達も、あの状況からの逆転劇に

喜びよりも戸惑いを覚えているようだ。

 

「皆無事か!」

そこに、ジョーカーを纏ったままのメルド

達が駆け寄ってきた。

「メルドさん!メルドさん達こそ、大丈夫

 でしたか?」

彼に気づいて雫はそう声を掛けた。

「あぁ。こいつのおかげでな。……司には、

 本当に感謝してもしきれないな。これは」

 

そう言って、メルドが視線を向けた先では、

後頭部で手を組み、地面に膝を突くカトレア

にトールを突き付けている司のタイプZの

姿があった。

 

やがて、魔物の掃討が終わった事もあって、

光輝達が司とカトレアを中心に、円を描く

ように集まる。

「もう終わりだ!大人しく投降しろ!」

そして案の定、勇者光輝はそう叫ぶ。

司は、それを一瞥するとカトレアに視線を

戻す。

「だ、そうだが?」

「ふん。……甘ちゃんだね。言っただろ。

 捕虜になるくらいなら、死んだ方が

 マシだってね」

「そうか」

カトレアの言葉に、司はトールの引き金

に指を掛ける。

「ま、待て新生!話し合えば!きっと!」

司と止めようとする光輝。

 

しかし、肝心のカトレアは侮蔑的な視線を

彼に向けている。

「……なんなんだいあの勇者君は」

「奴は、自分にとって都合の悪い事に

 目を背ける悪い癖がある。魔物は殺せても、

 人型は無理なのだよ。……アイツの事だ。

 トドメを刺すチャンスがあっても投降を

 呼びかけたのではないのか?」

「あぁ。あったね」

カトレアは、最初の戦いの時の事を思い出す。

「……まさか、あんな出来損ないの勇者だった

 なんてね。分かってたら、勧誘と暗殺に

 なんか来なかったって言うのに」

そう、自虐的に笑みを浮かべるカトレア。

「……敵とはいえ、お前の発言には私も

 否定出来ないよ。……さて、最後に何か、

 聞いておきたい事、言い残す事はあるか?」

 

「ふっ。……そうだね。なら聞くけど、

 アンタがこの作戦を、囮作戦を思いついた

 のかい?」

「作戦?」

「とぼけるなよ。……勇者君たちを囮にして、

 まんまと近づいてきた敵を、本命の、あそこ

 にいる騎士団連中で片付ける。それが

 アンタの仕掛けたトラップだろう?」

「……表現と認識の相違だな。それを意図

 した訳ではないが、まぁ確かに、団長達

は雫達を守る、隠された切札でもあった。

しかし同時に、雫達は団長達を隠す

隠れ蓑でもあった」

「……それはつまり、勇者君達が狙われる事

 が最初から分かってたって事かい?」

「確証があった訳ではない。だが、彼等は

 人間側にとって、旗印や希望の星と呼べる物。

 狙われないと考える方が可笑しい。だから

 保険として、団長達にジョーカーを与えて

 おいた」

「ふっ。恐ろしい男だ。あたし達は、アンタ

 との頭脳戦に負けたって事か」

「そうなるな」

静かに答える司。

 

カトレアは、静かに彼の瞳を見る。

そこには、怯え、恐怖、怒り、憎しみ。

更には喜びも、愉悦も、何も無い。

負の感情は疎か、勝利の喜びすら、

映っては居なかった。

正しく、虚無だ。

そして、その虚無を見て、カトレアは

気がつく。

 

自分が、絶対に敵に回してはいけない男を

敵に回してしまったのだと。

そう考えると、自然と諦めの意思が

こみ上げる。

 

「……ごめん、ミハエル。あたしは、

 先に逝くよ」

そう言って、カトレアは一滴の涙を流した。

「……さぁ、やってくれ。苦しませないで

 おくれよ?」

「……承知した」

 

そして、司は静かに、トールの狙いを定める。

「ッ!止めろっ!新生っ!」

叫ぶ光輝。だが、次の瞬間。

『ドバンッ!!!』

 

トールの炸裂弾が、カトレアの頭を木っ端微塵

に吹き飛ばした。

彼女『だった』体は地に崩れ落ちる。

それを一瞥した司は、トールを静かにホルスター

の戻した。

 

その時。

「なぜだ」

後ろで声が聞こえ、肩越しに振り返る司。

案の定、光輝が司を睨み付けていた。

 

「殺す必要があったのか。彼女はもう、

 戦う力は無かったんだぞ」

その言葉に、司はため息をついた。

「何を今更。他者を殺し、その命を踏みにじり、

 屍を踏み越えて、なお戦う。それが『戦争』だ」

彼は、更に言葉を続ける。

 

「殺す事も出来ずに戦争に参加している

つもりか?笑わせるな。お前はただ、戦争

『ごっこ』の中に偽りの戦争を見ている

に過ぎない」

「何だと!?」

「戦場で正義を振りかざすのは、愚か者の

 やる事だ。……戦争とは、正義のぶつかり合い。

 どちらにも正義があって当たり前。

 戦争とは、『相手の正義を叩き潰す』事に

 他ならない。……この魔人族の女にだって、

 愛する人が居た。守るべき物があったの

 だろう」

「それが、それが分かっていて殺したのか!?」

「そうだ。……それが『戦争』だ」

 

しばし睨み合う司と光輝。しかし……。

「止めなさい二人とも」

雫が間に割って入り、二人を止めた。

「今は皆でここから脱出するのが最優先

 でしょ?私達は特に連戦で疲れてるん

 だし。違う?」

「そう、だけど……」

雫の言葉に、渋々と言う感じで頷く光輝。

 

やがて、周囲に敵影が無い事を確認したハジメ

や香織達、清水たちはジョーカーの装着を

解除した。

すると、鎧の下から現れたユエとシア。

二人の美貌に檜山たち男の視線が引き寄せられた。

 

しかしユエとシアは装着を解除するなり、ハジメ

の方に向かっていく。

「ハジメさんハジメさん!見ててくれました!?

 あの亀をぶっ潰した所!」

「ハジメ、私あのキメラ、たくさんやっつけた」

「う、うん。二人とも凄かったよ。だから

 その落ち着いて。ね?」

周囲の視線をある事から、二人を宥めようと

するハジメ。しかし、結果的に二人がハジメに

好意を抱いているのは白昼の元に晒されて

しまった。

 

それを見て、ハジメに対し檜山たちは殺意と

妬みのような視線を向けるが……。

「おいクズ共」

「「「「ッ!?」」」」

次の瞬間、司のドスの利いた声で震え上がった。

「あの二人やハジメに何かして、傷付け、

 泣かせるような事をしてみろ。

 ……今度は一切容赦せず、殺すぞ」

檜山たち以上に、殺意に満ちた目で4人を

射貫く司。

 

「お、おい新生!お前、仲間になんて事を!」

「仲間?私は、こんな、他人をけなして

 嗤うようなクズ共を仲間と思った事は

 一度も無い。今回は、愛子先生の、

 『全員で地球に帰る』という願いを

 尊重し、救援に来ただけだ」

「愛子先生?」

彼の言葉に首をかしげる雫。

「あぁ。先生は今、上のホルアドの町に

 いる。清水達がここへ来たのも、そんな

 先生の願いを汲んで、お前達の様子を

 確認するためだ。……結果的に、救援

 に来た訳だが」

「そ、そうだったのか。……ってちょっと待て!

 そう言えば、どうして清水達はジョーカー

 を持ってるんだ!?お前があの日渡したの

 は雫だけのはずだろ!?」

 

と、更に問い詰めようとする光輝。

「まぁまぁ、落ち着け光輝」

そこにメルドが止めに入った。

「色々聞きたい事があるのは分かるが、

 今はここからの脱出が最優先だ。

 司、ゲートを頼めるか?」

「えぇ。お任せを」

 

そう言うと、司は右手を前に掲げ、空間

ゲートを繋げる。

そこへ次々と、ハジメや光輝達、更には

メルド達や清水達が入って行く。

 

出口は第1層のゲート近くだ。

念のため周囲をガーディアン達が固め、

私達は外に向かう。

そんな中で、雫は……。

 

彼女は、集団の前方を歩く司の背中を

見つめていた。その後ろに続くハジメ達や

清水達。その後ろに続く自分達。周囲を

固めるガーディアン達。

雫はふと、司の側のハジメや清水に目を向けた。

二人とも、以前とは見違えるように何かが

変わっていたのは、雫にも分かった。

そんな二人を、まるで引き連れるように

歩く司。

それだけではない。雫が知らないユエやシア、

更には園部たちまで。精強という言葉が

似合いそうな程の力を駆使していた。

メルド達も、どこか司に尊敬の念を抱いて

いるような視線をしている。

 

雫は、そんなメルド達から、もう一度司の

背中に目をやる。

 

威風堂々。毅然。そんな言葉が似合いそうな、

何も恐れてなど居ないその背中。光輝にも

カリスマはあるが、それと比べる事すら

敵わない、更に圧倒的なカリスマ性。

皆を率いるその才能は、正しく、将軍や指揮官

と言う言葉が当てはまりそうだ。

 

そんな中でも、雫がぴったりと当てはまった

言葉が……。

 

「王」

 

キング、と言う一言だった。雫は、誰にいうでも

無く、司の背中を見つめながら。ポツリと

呟くのだった。

 

その後、ゲートから外に出た司たち。

「ッ!メルド団長!」

すると、入り口付近で警戒に当っていた騎士

たちがメルド達の元に駆け寄ってきた。

「ご無事でしたか!」

「あぁ。光輝達も全員無事だ。彼のおかげでな」

そう言って、メルドは司の方に視線を向ける。

 

やがて、メルドは騎士アラン達に目配せを

する。それを確認した5人も頷く。メルドは

彼等の頷き返すと、司の前で跪いたのだ。

騎士アラン達もそれに続く。

 

これには驚く光輝達にハジメ達もだ。

 

「このたびの戦い。司から、いえ。

 新生司殿から賜ったジョーカーが無ければ、

 我ら6人、どうなっていたか。

 改めて、感謝の意を述べたいと思います」

「それは不要です。……その切札は、

 雫達を守って欲しいとお願いして団長達

 に託した物。そして、私は今現在王国を

 離反した身なれど、団長達にはとても

 世話になりました。ジョーカーは、その

 お礼でもあります。……何より、貴方がた

 が無事で良かった。切札の力が、

 貴方方6人の役に立てたのであれば、

 開発者としても本望です。今後は、貴方達

 の祖国を守るために、役立てて下さい」

「……重ね重ね、お礼を申し上げます。

 新生司殿」

そう言って、メルド達は司に頭を下げるの

だった。

 

と、そこへ。

「皆っ!」

どこからか愛子先生がやってきた。

「あっ!愛子先生!」

それに気づいた雫が声を上げる。

更に……。

 

ズシンズシンと音を立てながらセラフィムが

やってきた。

「パパーー!」

そして、その肩にはフードを被ったミュウが

座っていた。やがてセラフィムが止まり、

手で彼女を包み込み優しく地面に下ろす。

ミュウは地面に降りると、ステテテーと

可愛らしい擬音が聞こえてきそうな足取りで

司の元へ走って行く。

 

「パパーー!おかえりなのー!」

そう言って司に飛びつくミュウ。司は彼女を

優しく抱きしめた。

「ただいま、ミュウ。所で、ティオの姿が

 見えないようだが?」

「妾はここ、ですじゃ」

周囲を見回す司。すると人混みの中から

ティオが現れた。

 

「申し訳ありませぬマスター。少々不埒な

 輩がおった者で。流石にミュウに凄惨な

 場を見せる訳にも行かず、セラフィム

 に任せてしまいました」

「そうだったのか。いや、護衛の任、

 ご苦労だった」

「はっ。ありがたきお言葉、痛み入ります」

司はティオを労うと、ミュウの話し相手を

しはじめた。

 

一方、その事態について行けないのは光輝や

雫達だ。かれこれ別れて4ヶ月になるが、

別れた時はたった4人だった司たちが、

いつの間にか、ユエ、シア、ティオという

美女と美少女。更にミュウという幼女が

彼をパパと慕っている事も、色々頭を

抱える原因となった。

 

「かか、香織!?何!?一体何が

 どうなってるの!?どうして司君が

 ぱ、ぱぱ、パパなんて呼ばれてるの!?」

「お、落ち着いて雫ちゃん!ちゃんと

 説明するから!」

頭がパンク寸前!と言わんばかりに目を回し

ながら香織に掴みかかる雫。香織は驚いた

様子ながらも、雫達に説明を始めた。

 

ユエ、シア、ティオの3人は、冒険の中で

出会い、今は仲間として一緒に冒険している

事。ミュウは(周囲の人が居た為海人族である

事は話さず)人身売買組織に誘拐された子供で、

助けた事がきっかけで懐かれ、今はミュウの

故郷に送り届ける依頼を受けている所だ。

 

と、香織は説明した。

「そう。……それにしても」

そう呟きながら、雫は司の事を見つめて

いた。

今、司はミュウを清水や愛子先生に紹介

していて、愛子先生や女子たちは、ミュウの

可愛さにメロメロだった。

そんなミュウを、優しく見守る司。

雫はそんな彼に見とれていた。

「ん?どうかしたの?雫ちゃん」

「え!?あぁうん!何でも無い!?何でも無い

 から!あ、アハハハッ!」

と、咄嗟に取り繕う雫。

「そ、そうなんだ?」

香織は、そんな雫に戸惑いつつも頷いた。

 

もしこの時、光輝が少しでも雫を気にして

いたら、何か気づいたかもしれない。

だが。今の光輝は、どこか憎たらしげに

司を睨み付けるばかりだった。

 

その後、互いの事情を説明した後、司

とハジメ達はギルドに赴き、依頼の手紙を

ギルド支部長、『ロア・バワビス』へと

手紙を届けた。その際に、司たちが金ランク

の冒険者だと、受付嬢が叫んで告知して

しまうと言うちょっとしたハプニングは

あったが、それ以上の事は特に問題無く

進んだ。

 

メルド達や愛子先生、清水達とは2、3言葉を

交わしてからギルド前で別れた。愛子先生や

メルドは今回の一件をギルド支部長に報告

するためのようだ。清水達も先生の護衛

と言う事でギルドの中に入って行った。

のだが……。

 

「……どうしてお前達は付いてくる?」

町の出入り口近くの広場までやってきた司達

と光輝達。原因は雫だ。彼女自身、自覚は

無かったがフラフラと司の後を付いて回った

のだ。それはもう、親鳥を追いかけるひな鳥の

ように。光輝が雫に続き、他の面々も更に。

と言う感じだ。

「え!?あ、いや、えっと、その……」

そして肝心の雫は、そう聞かれテンパっていた。

 

ちなみに、周囲には既にガーディアンとハード

ガーディアンの姿は無い。既に回収済みだ。

 

と、その時。

「ッ。司」

「ん?」

ハジメが気づいて司に呼びかけた。見ると、

どうにもガラの悪そうな男が10人ほど、

立ち塞がった。

 

 

何やら物騒な連中だ。しかし……。

「ティオ」

「はい。妾が叩き潰した連中の仲間かと」

「そうか。……ミュウの事を」

「御意」

 

そして、奴らは言ってはならぬ事を言った。

『女を置いて行け』?『壊れる』?

……よし、殺そう。

 

そう考えた次の瞬間、私は音速の勢いで飛び出した。

ミュウはティオに頼んでセラフィムの中に入れて

貰った。中では、セラフィムがフィルター

を掛けているから大丈夫だ。

そして……。

『ズボォォォッ!!!』

一人の左胸を手刀で貫き……。

『グシャァッ!!』

貫いたときに掴んだ心臓を握りつぶした。

 

「ひ、ひぃっ!?」

それを間近で見ていた仲間と思われる男が

尻餅を付く。

私は貫いた右手を引き抜き、手に付いた血を

舐めるが……。

「ぺっ。……不味い血だ。流石はクズの血、

 と言った所か」

すぐに吐き出し、周囲の連中を睨み付ける。

 

連中は怯え、まともに動けない。好都合だ。

私はすぐさまトールを抜き、放った。

『バンッ!』

「ぎゃぁっ!?」

足を吹っ飛ばされる者。頭が消し飛ぶ者。

上下に体が真っ二つに分かれる者。

そのまま、一人一人射殺していく。

 

 

そして、その後ろで光輝達は顔を青くしていた。

司が、何の躊躇いも無く人を殺しているからだ。

「お~お~!バカな連中だな~」

その時、雫の左手首の待機状態のジョーカー

からAI司の声が聞こえてきた。

「ティオに負けた時点で逃げりゃ良いのに。

 ククッ。藪をつついて蛇どころか

 覇王に遭遇って。は~。運が無いねぇ」

「ちょっ!?司!いくらなんでもこれは!」

「そうかい?だがオリジナルは、自分の

 仲間に手を出す奴は決して許さない。

 特にあぁ言う体目当てのゲス野郎共

 なんざ、生かす価値なしってのが

 オリジナルの信条だぜ?」

そう言っているAI司。実際……。

 

「ま、待てッ!命だけは!」

「知るか。死ね」

命乞いをする最後の一人の頭を、司は

足で踏み砕いた。

 

 

これで全部殺したか。しかし、死体を

置いておくのは不味い。私は、指を

鳴らして死体を消滅させた。ミュウに死体を

見せる訳には行かないので、血の一滴も

残らず、消滅させた。

 

 

「相変わらず、マスターはやることが派手

 じゃのぉ」

「まぁ、司はあぁ言う手合い嫌いだし。

 実際僕もだけど」

「……自業自得だよ。あんなの」

「ん。その通り」

「ざまぁ!ですぅ!」

「私もちょっとすっきりした!」

「パパ何かしたの?」

と、ティオやハジメ達は、もう血を見るのも

なれているのか、そんな事を言っていた。

そしてミュウは何も知らないので首を

かしげるだけだ。

 

 

「どうだい?俺のオリジナルは」

そして、後ろで事の次第を見守っていた

光輝達の中でAI司が話し始める。

「あぁ言う奴なんだよ。オリジナルに

 とっちゃ、仲間や家族と呼べる者は、

 この世界をぶっ壊してでも守りたい

 存在だ。そいつを汚すとか犯す、なんて

 言ってみろ?瞬殺だよ瞬殺。絶対に

 許さねぇし、んな事させるかっての。

 まぁレイプ願望のクソ野郎共には、

お似合いの結末だと思うがな。ククッ」

「おいっ!不謹慎だぞ!人の命が一瞬で

 消えたって言うのに!」

「命が消えたって。お前バカかよ?

 どう考えても戦争やる奴の台詞じゃ

 ねぇなぁ」

「な、何だと!?」

 

「かつて、ダライ・ラマ14世は戦争を火事

 に例えた。まるで生きた人間を燃料に

 しているようだ、ってな。まぁその

 通りだろ。戦場じゃ高々10人の命

 なんて、簡単に消える。いや、戦争を

 するなら小規模戦闘とは言え、10人、

 100人。簡単に死ぬぜ?

 ……んな事も知らずに戦争をする

 だって?笑えねぇ冗談だな」

「じょ、冗談だと!?」

「あぁ。戦争するって真っ先に言った癖に、

 魔人族一人殺せねぇなんざ、半端物も

 良い所だぜ!っと、そうだ!良い事

 思いついたぜ!お~~い!オリジナル~!」

光輝にそう言うと、AIの司は司、

つまりオリジナルを呼びかけた。

 

前に居た司たちが振り返る。

 

「悪ぃけどよぉ、どうせ居るなら俺にも

 『ボディ』くれよ!それも肉の!

 そうすりゃこいつらの面倒見るし、

 オリジナルの負担も減るだろ~!?」

「……ふむ。確かに」

そう言うと、司は雫達の方に歩み寄った。

 

「お、おい!待て!何を勝手に!」

「っるせぇよポンコツ勇者。テメェには

 関係ねぇからすっこんでろ。悪いが

 雫、オリジナルの側に寄ってくれ」

「え、えぇ」

訳が分からない、と言う感じで戸惑い

ながらも司に近づく雫。

 

 

そして二人があと数歩と言う距離で

見つめ合う。

「ッ!」

『あ、あれ?何だか、見られてるって

 思うと、恥ずかしいな。髪とか、顔、

 汚れてないかな?汗とか、臭くない 

 かな?』

と、内心戸惑いながら、若干顔を赤く

しつつそんな事を考えている雫。しかし

次の瞬間には、そんな事どうでも良く

なってしまった。

 

「では……。ティオ。ミュウをもう一度

 セラフィムの中へ」

「りょ、了解じゃ」

司の指示の意図が分からず、戸惑いながらも

ミュウを再びセラフィムの中に入れる

ティオ。

 

それを確認した司はアレースを取り出すと。

無言で自分の左腕の袖をまくり、その左腕を

肘の辺りから切り落してしまった。

「ッ!?」

「きゃぁぁぁぁっ!」

あまりのことに驚く雫。後ろでは女子、辻が

悲鳴を上げている。

 

しかし当の司は、一切痛みを感じた様子も無く、

右手でアレースを地面に突き刺すと、親指を

歯でかみ切り、ポタポタと左腕に血を垂らして

行った。

 

すると……。

『グチャグチャッ!』

千切れたはずの左腕が音を立てて動き出した。

切断面から新しい骨と筋肉が生えていき、

それが左腕一本を形作り、更に肩、胴、頭、

足を次々と形成していく。そして、出来上がった

体を皮が多い、肉体が完成していく。

そしてそれと同時進行で、切断面から司の

新しい左腕が再生していった。

 

「うそ、だろ……」

ポツリと呟く永山。彼の視線の先では、

司と瓜二つ。唯一の違いとして、髪の青い

もう一人の司が立っていた。

 

更にオリジナルの司は、雫の待機状態の

ジョーカーに指先で触れた。すると、ジョーカー

からポウッと青い光球が取り出され、

司はそれをもう一人の自分の頭に押し込んだ。

 

すると……。

『パチッ』

「ん、ん~~。や~~っと生身のボディが

 手に入ったぜ~」

青い髪の司の体が動き出した。声の方は、

普通の司と比べても、若干高めだ。

「まぁ、そう言う訳だ」

 

そして、そう言って二人目の司は光輝の

方に振り返る。

 

「テメェが戦争出来ないって言うのなら、

 俺が戦争をしてやるよ。戦う気がねぇなら、

 王城にでも引きこも」

と、その時。

「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」」」

不意に、女子の悲鳴が聞こえ彼の声を

遮った。

 

「お、おいおい何だようるせぇなぁ」

「な、何だじゃないわよ!司!あ、ああ、

 アンタその格好!問題よ問題!」

「あ?格好?」

と、呟きながら自分を見下ろすと、

彼は『裸』だった。

女子達は、顔を真っ赤にして両手で顔を覆うが、

若干指の合間から見ていた。

 

「お~っと、そうだった。おいオリジナル

 服くれ」

「あぁ」

司は、パチンと指を鳴らした。するともう一人の

司に、オリジナルとは色違いで青く、背中に

『青龍』と書かれている事以外は同じ服装を

着せた。

 

「さて、これで良いだろ?」

そう言うと、AIの司は顎に手を当て、オリジナル

と自分を見比べた。

「ん~。俺もこいつも司だからなぁ。名前が

 同じだと不便だし。……うっし。俺は今日

 から『蒼司』、『ソージ』だ。蒼天の蒼

 に司ると書いて蒼司だ。よろしくな」

そう言ってAI司改め『蒼司』は周囲に

挨拶をする。

 

ポカ~ンとしている龍太郎たち。

一方のハジメ達は……。

 

「僕、もう何も起っても驚かないって覚悟

 決めてたから」

「うん。私も」

「……右に同じく」

「皆さん冷静ですね!?腕が人になったん

 ですよ!?いやまぁ司さんの人外っぷりは

 今まで見てきましたけど!けども!

 これを驚かないってヤバいですよ!

 お医者さん行きましょう!頭の!」

「流石はマスター、と言うべきじゃな。

 妾ももっと精進せねば」

「ティオさん感心してる場合じゃないですよ!?

 腕が千切れて分身して瞬時に再生とか!

 見習っても真似出来ませんからね!?」

ハジメ達は感覚が麻痺し、シアがツッコみ、

ティオは憧憬の目で司と蒼司を見ている。

 

「な~んか周りが五月蠅いが……。

 『そろそろ真面目な話をしようか』」

唐突に、真剣味を帯びる言葉。それだけで

周囲は黙り込み、顔を赤く染めていた女子

達は、今度は冷や汗を浮かべる。

 

 

「勇者君。勇者天之河光輝。……お前のその

 腰に下げた聖剣と身に纏った鎧は何の為に

 お前に与えられた?」

「そ、それは……」

「戦争の為だ。魔人族を殺す為だ。それを

 お前は期待されていた。だが、実際問題、

 肝心のお前は魔人族を殺せなかった」

「そ、それのどこが問題なんだ!殺すのは

 悪だ!」

「だとしたら、この世界には悪人だらけ

 だな。……お前、何の為に戦ってる?」

「そ、それは!この世界の人々を魔人族の

 脅威から守る為に!」

「その守ろうとしている奴の中にこの国の

 兵士も入れてるのか?」

「あ、当たり前だ!俺は皆を守る為に

 戦ってるんだ!」

 

「あっそ。……無自覚もここまで来ると

 病気だな」

「な、何を!」

「分かんねぇか?殺人=悪なら、国を守る

 為に従事している兵士はどうなるんだよ?

 お前の言い分をまとめれば、兵士の大半は

 悪人って事になるぜ?」

「そ、それは……。い、いやでも!お前は、

 いや新生は無抵抗の人間を殺したんだ!

 それは悪だ!」

「ハァ。……平行線だから言うぞ。それが

戦争だ。お前が真っ先にやるって

言った行為だよ。

 他人の体掻っ捌いて、切り刻んで、

 燃やして、貫いて、溶かして、焦がして。

 ……殺すか殺されるか。それが戦争だ。

 だがお前に人殺しは無理と来た」

「そ、そうだ!それのどこがダメなんだ!」

 

「そうだな。人としちゃ間違っていない。

 だが、そんな奴が勇んで戦争参加だって?

 矛盾なんてもんじゃない。発言が二転三転

 してる。……はっきり言うがな、子供じゃ

 ねぇんだぞ?」

「な、何だと!?」

「お前は戦争をすると言った癖に敵一人

 殺せねぇ。……これを『役立たず』って

 言わずになんて言うんだよ?え?」

「俺が役立たずだって言うのか!?」

「敵一人殺せねぇんじゃ兵士とは失格なんて

 もんじゃねぇな」

「俺は兵士じゃない!勇者だ!」

 

「違いはねぇよ。勇者だ兵士だと言っても、

 やれと言われているのは、戦場で敵を

 殺せ、だ。ただスペックと階級が違う

 だけ。やらされる事は同じだ。それが

 人一人殺せないと来た。

 ……到底勇者の器じゃねぇよ」

「ッ!?」

ドスの利いた蒼司の言葉に、光輝は

奥歯をかみしめる。

 

「俺は元々、雫やお前等のサポートを

 目的に作られた。だから、これから

 俺がお前等の面倒を見てやるよ」

「ッ!?ふざけるな!誰がお前の面倒

 なんかに!」

「おいおい。俺はお前の許可なんか

 取る気は無いぜ。俺は俺で勝手に

 お前等を護衛する。それが、俺が

 創られた理由だからな。

 俺は俺に与えられた『役割』をこなす

 だけだ。……で?お前はどうなんだ?」

 

そう言って、周囲を見回した後、蒼司は

光輝に目を向ける

「お前は、与えられた『役割』を果たせて

 いるのか?」

「当たり前だ!俺は勇者として、ちゃんと

 やっている!」

そう叫ぶ光輝。

 

しかし、彼は気づかなかったが、永山などは

静かにため息をついている。遠藤たちも

懐疑的な視線を光輝に向けている。

 

「そうかい。まぁ良い。そう言うわけだ。

 今後は、俺がお前等を護衛する。

 俺は言わばクローンだからオリジナル、

司の7割くらいしか力は出せねぇが、

魔人族だろうが何だろうがぶっ潰して

やる。だから安心しろ」

そう言って笑いながらサムズアップする

蒼司。光輝や檜山はどこか睨むように蒼司を

見ている一方、永山の班のメンバー達は、

どこか頼もしそうに彼を見つめていた。

 

 

「どうやら、話は纏まったようですね。

 では、今後雫達の事は蒼司、もう一人の

 私に一任します。それでは皆」

「うん。行こう」

そう言って、司たちは歩き出した。だが……。

 

「ッ!待て!」

それを光輝が止めた。

「何か?」

司は、足を止め振り返る。

 

「香織!新生は危険だ!簡単に人を殺せるような

 奴なんだ!そんな新生や、そいつに従っている

 南雲と一緒に居るなんて危険だ!戻ってくる

 んだ!そうすれば安全だ!だから!」

何とも自分勝手な言い分に、周囲がドン引きだ。

「……ごめん光輝くん。私はハジメくんと

 一緒に居るって決めたから。……そう言えば、

 雫ちゃん以外には言ってなかったよね。急

 だけど、この場をお借りして皆に伝えたいと

 思います」

そう言うと、香織は光輝達の方に体の向きを

変える。

 

「私、白崎香織は今、南雲ハジメくんと

 お付き合いをしています。彼と一緒に行く

って、ずっと前から決めてたから。だから、

 今は皆の所に戻れないの。ごめんなさい」

「え?」

そう言って、香織は頭を下げた。

呆けた声を出したのは光輝だ。

 

周囲の女子達は何やらキャーキャーと騒ぎ、

永山や遠藤達も、どこか祝福するような目で

香織とハジメを見ていた。

 

そして香織の告白に、光輝は驚き、数秒硬直する。

「香織が、南雲を好き?そ、そんなの可笑しい。

 香織はずっと、俺の側にいたし、俺の幼なじみ

 なんだ。それはこれからもずっと一緒で、

 当然で」

「アホか。どうやったらそんな発想になるんだよ。

 白崎が誰と結ばれるか、それを選ぶのは

 お前じゃねぇよバカ」

「そうよ光輝。香織が誰を好きになるのか、

 それを決めるのは香織自身よ。いい加減に

 しなさい」

光輝にため息交じりの呟きを漏らす蒼司と

それを窘める雫。

 

しかし光輝は聞く耳を持たない。香織は

ハジメの側に頬を赤くしながら寄っていく。

しかしすぐにその周りで、シアやユエと

火花を散らす香織。

 

光輝にとって、『自分の』香織が、あんな風

に女を侍らせるハジメの元に行くのに、

怒りがわき上がった。そもそも、香織を

『自分の』と考えている時点で、外道と

言われても仕方ないなど、一切考えないまま。

 

「香織。行ってはダメだ。これは香織の為

 に言ってるんだ。見ろ、南雲はあんな風に

 女を侍らせて。人殺しだって出来る新生と

 一緒に居る。危険だ。このままじゃ香織も

 人殺しになってしまう。だから戻るんだ。

 今ならまだ間に合う。さぁ!」

そう言って両手を広げる光輝。

 

「……お~いシアさ~ん。アータル

 貸してくれ~。ちょっとこのポンコツ

 脳みそ治すから~」

それを見ていた蒼司はシアにアータルを

貸すように要求するが……。

「蒼司さ~ん。それは無理そうです~。

 治る気がしないですよ~」

「だよな~」

言っといてあれだが、的な感じで

頷く蒼司。

 

すると、今度は光輝の『標的』になった者

が居た。ユエやシア達だ。

「君たちもだ。これ以上、そんな男の元に

 いるべきじゃない。君たちの実力は

 見ていたし、大歓迎だ。シアと、ティオ、

 それにルフェア、だったかな?新生は、

 人殺しの最低な奴なんだ。もうそんな奴と

 一緒に居る必要なんて無いんだ!

 俺と一緒に人類を救おう!」

 

「……修理不可」

「じゃあ、廃棄処分にしますか~」

「……ねぇお兄ちゃん。あのクズの頭、

 ミスラで吹っ飛ばして良い?

 視界に姿を入れたくない」

光輝の言葉に、ユエ、シア、ルフェアは

殺意を浮かべる。

 

すると……。

「…………」

ティオが無言で光輝の元に歩み寄る。

「ティオ、分かってくれたんだね」

「…………」

光輝が声を掛けるが、ティオは無言だ。

 

と、その時。

『ドゴォォォンッ!』

「がはっ!?」

光輝の腹部にティオの豪腕から繰り出される

パンチが叩きこまれた。一瞬浮かび上がって

から、その場に膝を突き、殴られた腹を

両手で覆う光輝。

 

「な、なん、で。ティ、オ……?」

「気安く妾の名を呼ぶな、小僧」

見上げる光輝を、ティオは絶対零度の瞳で

見下している。それはもう、光など無い瞳で。

 

「図々しいにも程があるぞ小僧。妾は一度も、

 貴様に名を呼ぶ事を許した事など無い。

 そして、在ろう事か妾が仕える王を

 愚弄するか!身の程を弁えよ小童が!」

『ドゴォッ!』

「がはっ!?」

ティオが、光輝の顎を蹴り上げる。

 

ひっくり返る光輝。

「マスター。許可を頂きたい」

「何の許可だ?」

「この場で、この男を殺させて下さい」

ティオの発言に龍太郎や鈴、恵里、雫が

驚き戸惑う。

 

「今回、マスターが策を弄さなければ

 死んでいたであろう弱者の分際で、

 あろう事か謝意の一つも現さず、

 逆に侮辱するなど!万死に値する愚行!

 マスターのもたらしたジョーカーが

 無ければ死んでいたと言うのに、

 この男は!お願いします!許可を!」

 

「……」

ティオの言葉を聞いた司は、静かに

彼女に歩み寄る。

「どうしたのですか!マスター!」

「ティオ。こっちを向け」

「え?」

呼ばれ、振り返ったティオ。次の瞬間。

 

『バッ!』

「あっ」

司は彼女を抱きしめていた。

「え?な、マス、ター?」

これには、驚き顔を赤くするティオ。

 

やがて、数秒すると司は抱擁を解いた。

「落ち着いたか?ティオ」

「え?あ、そ、それは……。はい」

若干戸惑いながらも頷くティオ。

すると……。

 

「私のために怒ってくれたのだな。ありがとう」

『ナデナデ』

司は優しくティオの頭を撫でた。

「私のためにあそこまで怒ってくれた、と言う

 事は信頼の裏返しだ。……礼を言う」

「ま、マスター。私は、そんな……。

 もったいなきお言葉を……」

「もったいない?そんな事は無い。

 どこの世界に、自分のために怒ってくれた

 家臣を蔑ろにする主がいると言うのだ。

 ティオ、ありがとう」

そう言って、司は滅多に見せない笑みを

彼女に見せた。

 

「ッ!も、もったいなきお言葉、

 痛み入ります!」

そう言って、ティオは司から離れ、その場で

跪いた。

司は、そんなティオの肩に手を置いた。

「良い。ありがとうティオ。……それに、

 あの男はお前が手を汚すには汚すぎる。

 それに、奴が死ぬと香織や雫が悲しむ。

 だから、今は放っておけ。もし本当に、

 敵として立ち塞がったのなら、その時は

 私が手を下す」

「はっ!マスターの御心のままに」

そう言って立ち上がるティオ。

 

「さて」

と言うと、司は雫と蒼司の方に歩み寄る。

 

「雫、左手を」

「え?」

急な事に戸惑いながらも左手を差し出す雫。

すると司がジョーカーに触れた。

ポウッと光を放つジョーカー。

「司、これは?」

「ジョーカーをアップデートしておきました。

 これまで以上の力が発揮出来るでしょう。

 詳細は、蒼司。もう一人の私から聞いて

 下さい」

「そう。……あの、ありがとう。助けに来て

 くれて。ついでだった、みたいだけど」

「ついで、ではないですよ」

「え?」

 

「雫は、大切な友人ですから。本音を

 言えば、ついでなのは雫以外、と言う事

 です」

「ッ!そ、それって……」

『私を、助ける為に……?』

ドキッと、心臓が高鳴る雫。

「蒼司の元になったAIも、雫を守る為の

 物ですから。……まぁ、とにかく。

 無事で安心しました」

そして更に見せられた、司の笑みに

雫の鼓動が更に速くなる。

 

「これから私達はここを離れます。次に雫と

 再会出来るのは何時か分かりません。

 ですが、蒼司がきっと貴方を守って

 くれるでしょう」

「おぅ。任せろオリジナル。きっちり

 かっきり、守ってやるぜ」

そう言って白い歯を見せながら笑う蒼司。

 

「では雫。お元気で」

「う、うん。司君達もね」

 

 

その後、雫はバジリスクを召喚しそれに

乗り込み去って行った司たちを見送っても、

しばし左手首のジョーカーを右手で

抑えながらその場に立ち尽くし、去って

行った司の事を考えていたのだった。

 

     第44話 END

 




今回は長くなってすみません。
次回は雫SIDEの話をしてから、更に次から
大砂漠でのお話になります。

感想や評価、お待ちしています。


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第45話 束の間の語らい

前回が長かったので、今回は短めです。



~~~前回のあらすじ~~~

勇者である光輝や雫達を勧誘、或いは抹殺を

狙って現れた魔人族の女、カトレア。しかし

司が事前に用意していたジョーカー装備の

メルド達という保険と、運良く合流出来た

司たち、清水たちの活躍によるカトレアは

倒された。しかしカトレアを殺した事で

光輝は司を危険視するようになる。そんな中、

司はAI司にボディを与え、AI司は

新たに『蒼司』を名乗り、雫達に協力する

事になったのだった。

 

 

司たちがバジリスクで去って行った後。

「さて、と。んじゃ宿にでも戻ろうぜ?

 お前等も疲れたし、いい加減休みたい

 だろ?」

「そうね。皆もそれでいいわね?」

蒼司の言葉に雫が頷くと、永山達が

頷く。が……。

 

「ちょっと待てよ!何でテメェが仕切って

 んだよ!」

小悪党組の一人、近藤が異議を唱えた。他

の二人も、そうだそうだ、と言わんばかり

に蒼司を睨む。

「仕切ってるんじゃねよ。提案してるんだ。

 まぁ、お前等の事だから俺の提案なんか

 聞きたかないみてぇだし、別に聞いて

 貰う必要なんて無いが。行こうぜ雫、

 永山たちも」

「あ、あぁ」

「そうね」

蒼司の言葉に永山と雫が頷き、彼等は

歩き出した。

「ま、待てよこの野郎!」

すると近藤が掴みかかるが……。

 

『バッ!ドタンッ!』

「ぐあっ!」

蒼司が片手で近藤を投げ飛ばした。

「お前はもうちっと分を弁える事を

 覚える事だな。……テメェ等のスペックじゃ

 俺の足下にも及ばねぇよ。行こうぜ」

そう言って、近藤達を置いて歩き出した蒼司に

永山や雫、戸惑いながらも恵里や鈴が

続く。

「ん?どうした光輝?行くぞ?」

そして龍太郎も続こうとしたが、呆然と

立ち尽くしている光輝に声を掛けた。

「え?あ、あぁ」

そして光輝は龍太郎に声を掛けられた事で、

ようやく我に返った。

 

しかし、その視界に蒼司を収めた時、光輝の

中では、彼自身も気づかない『負の感情』が

芽生えていたのだった。

 

 

その後、宿に戻った蒼司たち。そこには

ギルドへの報告を終えたメルドや愛子先生、

清水たちが先に帰っていたのだが……。

 

「えぇ!?し、新生君!?」

「ん?何っ!?って新生!?どうしたんだ

 その頭!?」

「あ~~。やっぱそう言う反応になるか~」

入ったら入ったで、愛子とメルドがとても

驚いていた。

 

その後、蒼司による説明がされた。

「つ、つまり、蒼司は二人目の司、と言う事

 になるのか?」

「まぁざっくり説明するとそんな感じですね。

 つっても俺の方はコピー体というか、分身

 みたいなもんなので、オリジナルの7割程度

 の力しか出せませんけど」

「し、新生の7割か。どれくらいなんだ?」

「どれくらいって言われてもな~。

 一言でいやぁ、拳一発で大陸を粉砕出来る

 くらい?」

「は?」

呆けた声を出したのは雫だ。

そして……。

 

「「「「「いやいやいやいやっ!待て待て待て!」」」」」

驚き、ハモる清水やメルド、騎士達に遠藤たち。

「こ、拳一つで大陸を割るって、どう言う

 力の強さなんだ!司!」

「そうか?だってオリジナルは、自力で

 ブラックホール生成、おっと。こりゃ

 言っちゃ不味かったかな?」

驚く清水に教える蒼司。

「ブラックホール!?こいつ今

 ブラックホールって言ったか!?」

「まぁその、なんだ。俺と司は9割

 人外だから。気にすんな」

と、更に驚く遠藤に答えるが……。

「気にするわ!と言うか自分で人外とか

 言うのかよ!?」

「え?だって事実だし?」

更にツッコみを入れる清水に対し、しれっと

言ってのける蒼司。

 

「まぁ、そういうわけだ。今後はお前達の

 武器の整備と改良、戦場での護衛を務める。

 これまでは雫の持つタイプCのAI

 だったが、こうしてオリジナル、つまり

 司に受肉、体を与えて貰ったから、

 これまで以上のサポートが出来ると

 思う。よろしくな」

 

こうして、雫達の仲間に蒼司が加わったの

だった。

 

そして、その日の夜、その力が早速

生かされた。

「はいよ!カレーライスお待ち!次

 遠藤!何にする!」

「お、俺はカツ丼!」

「はいよ!ちょっと待ってな!」

「俺はカツカレー!」

「はいはい、坂上はカツカレーね!

 ちょっち待ってな!」

夜、宿の食堂にて蒼司が料理の腕を振るっていた。

ウルの町へ行ったことの無い永山や龍太郎達に

してみれば、数ヶ月ぶりの祖国日本の味に

舌鼓を打っていた。

 

カレーに天丼、ラーメン。丼ものから麺類まで。

ウルまでゲートで行って仕入れてきた米や

蒼司が創り出した調味料や食材を使って、

各種日本食が振る舞われた。

この時ばかりは、近藤や檜山たちも大人しく

していた。懐かしき日本の味が恋しかった

のだろう。

ちなみに、すぐ側ではメルド達もまた、未知

の味である日本食に舌鼓を打っていた。

 

そして、皆が食事を終えて食堂を出て行った

後、蒼司は自分用の天丼を作ると、一人で

それを食べていた。

そこへ。

「蒼司」

「ん?ごくんっ。雫か?どうした?」

「ちょっと飲み物でも貰おうと

 思って。蒼司は、今夕食?」

「色々作ったりして片付けに時間

 掛かっちまってな。まかないの

 天丼だ」

そう言って笑みを浮かべる蒼司。

「っと、飲み物をご所望だったな」

そう言って箸を置き、席を立つ蒼司。

「え!?い、良いわよ自分で作るから!」

「気にするな。俺がお節介なだけだから」

蒼司は厨房にあった果実であっという間に

数種の果物のスムージーを作って持ってきた。

 

「ありがとう」

「いえいえ」

そう言うと、蒼司は自分の席に戻り、雫はその

向かい側に腰を下ろした。

「……ねぇ、蒼司はさ、変わったわよね?」

「ん?……ごくんっ。何だよ急に」

「いや、その。出会った時はもっと司君と

 似てたのにさ、今は全然違うって言うか」

「あぁ。その事か。……俺は元々AIだからな。

 雫のパートナーとしてフィッティング、

 最適化を繰り返していった。そして

 出来上がったのが、今の俺の人格って訳だ」

「ふ~ん。それで、蒼司が出来たって事

 なんだ」

「あぁ。お前に相応しいパートナーになる

 ためにな?」

「ぶっ!?げほげほっ!?な、ななっ!?」

スムージーを飲んでいた雫は蒼司の言葉に

顔を赤くしながら咳き込んだ。

「アハハハッ!冗談だよ冗談!」

「ッ~~!もう!」

飲んでいたスムージーのグラスをギュッと

握りしめる雫。

 

しかし……。

「けど、もし仮に、本当にどうしようも無い

 時は俺を頼れ。例えば、誰かを殺さなくちゃ

 いけない状況、とかな」

「え?で、でもそれは!」

「確かに、俺もオリジナルも、戦争をするなら

 人を撃つ覚悟を持てと言って居る。

 ……だが、だからといって友人が血に 

 汚れるのを、俺は見たくない」

「蒼司」

「……俺も、オリジナルから派生した人間だ。

 根っこは司と同じだ。……だからこそ、俺も、

 そして司も。……お前達と出会う前から

 その体を血で真っ赤に汚している」

「え?それって、どう言う……」

「悪いが俺の口からは言えない。ただ、

 一つ言える事があるのだとすれば、

 罪科を重ねるのは、既に罪科を背負っている

 奴だけで良い。そう言う事だ」

それだけ言うと、蒼司は残っていた天丼を

かき込んだ。

 

「蒼司」

「ごくんっ。……オリジナルのせいかな。

 俺も、一番怖いのは周囲の大切な奴が居なく

 なる事と、壊れてしまう事だ。それは、

 オリジナルも俺も同じだ。どれだけ強くても、

 それを振るう事を躊躇っていたら、大切な

 物を守れないかもしれない。だから俺は、

 それが罪だと分かっていても、力を振るう。

 ……お前の事を守る為に」

「ッ!」

『ドキッ!』

真剣味を帯びた瞳に見つめられ、雫の心臓は

一瞬高鳴る。

 

「雫は、しっかりしてる奴だと思う。周りの

 ために自分を押し殺して頑張れる姿は、

 凄いと思うが、同時に危うい気がする。

 けど、だからこそ、そんな雫が

 寄っかかれる奴が居たって、悪くは

 ねぇだろ?」

「そ、蒼司」

 

雫が頬を赤くしながら蒼司を見つめる。蒼司

は空になった丼を手に立ち上がった。

「これまで通りだ。周りの為に頑張れる

 お前を、俺が支える。今度は、もっと

 フィジカルにな。……だから、もしもの

 時は、全力で俺を頼れ。俺は、

 そのためにここに居るんだからな」

そう言うと、蒼司は空になっていた

雫のグラスも回収すると、「おやすみ」

とだけ言い残して厨房の奥に行ってしまった。

 

 

その後、雫は一人宿を出て外、夜のホルアドを

散歩していた。

頭に浮かぶのは、二人の男、司と蒼司の事だ。

二人の言葉が、頭から離れなかった。

 

≪無事で安心しました≫

≪雫が寄っかかれる奴が居たって、悪くは

 ねぇだろ?≫

 

雫の無事を喜ぶ司と。

雫を支える立場を選び続ける蒼司。

二人とも、ルックスはイケメンと言うには

十分な物だ。

敵には容赦無い事を除けば、時折見せる

優しさと、友人として必ず守り通す

意思。それを実行し戦う力。

 

雫は、古流剣術の道場に生まれ、剣の才を

持っていた。それからは剣の道の修練が

当たり前になった。

『女の子らしさ』とは無縁の生活。

そんなある日、道場に光輝がやってきた。

雫は、光輝の事を自分の王子様だと

思った。光輝の元でなら、自分も女の子に

なれる、そう思って居た。

 

だが、結局光輝がもたらしたのは、雫が

彼の側に居る事が面白くない周囲からの

やっかみと皮肉。そして光輝の軽はずみな

行動から、更に増していくやっかみ。

その当時、雫の心を支えていたのは同性の

香織だった。そんな生活が続いた結果、

雫の光輝に対する思いは、冷め切っていた。

 

光輝はあくまでも、幼馴染み、と言う

ポジションに落ち着き、一緒の時間を

重ねても、そのポジションが揺らぐ事は

二度と無かった。

 

そして、あの転移劇だ。突如として召喚

された異世界トータス。そんな異世界で

目にした司の力。雫にとって、司とは

ちょっと変わったクラスメイト、程度の

認識だった。天才である事は知っていた。

しかし周囲には殆ど無関心で、親しい友人

はハジメと香織だけ。それが司に対する

雫の認識だった。それがトータスへ来て、

覆った。

 

戦争の残酷さを語り、敢えて真実を突き付ける

存在。そして同時に、他を寄せ付けない

圧倒的な力を持つ存在。雫はこれまで、

誰かに守られた事なんてない。いじめを

経験した彼女にとって、自分の身は

自分で守らなければ。そう考えていた。

 

しかし、そんな中で雫は切札を託された。

そして出会った、AIの司、今の蒼司。

蒼司は雫をちゃんと見て、守る為に動いた。

ガーディアン部隊もそうだ。雫を守る

為に彼女に戦い方を教えたのも蒼司だ。

彼女の負担を減らすために、愚痴を

聞いたりもした。いつもが誰かの世話を

するばっかりだった雫が、最近までは

蒼司の世話になることが多かった。

 

そして何時しか、雫は蒼司という公私を

共にするパートナーを得た。周囲から

頼られる事の多い雫。そんな重圧に

押しつぶされそうな彼女を、蒼司が

支えていたのだ。

 

雫としては、嬉しかった。幼馴染みが

当てにならない今、頼れる存在が側に

居てくれた事は、雫にとって一つの救い

だった。

 

そんな中での迷宮の出来事。そして、

雫を助ける為に現れた司。

その時の姿は、王と呼ぶに相応しい、

威風堂々とした姿だった。

 

そんな司が、自分を助けるために、と

言ってくれたのだ。雫の中で、かつての

『王子様』を求める思いが再燃

し始めようとしていた。

 

当然、その有力候補は、司と蒼司だ。

二人とも、雫の事をちゃんと考えているのは

これまでの事を考えても明らかだ。

「ハァ。……何考えてるんだろう、私」

雫はそう呟きながら歩いていた。

『蒼司は元AIだし、香織から聞いたけど

 司はあのルフェアって亜人の子と結婚を

 誓い合った仲だって言ってたし。

 ……やめよう、今考えるのは』

そう結論付け、今は考える事を止めた雫。

 

しかしふと彼女が視線を動かすと……。

「光輝?」

ふと、街中を流れるアーチ状の橋の上に、光輝

の姿を見つけた雫は、彼の絶望したかのような

表情を見て、放っておけずに声を掛けた。

 

しかし、最初の返事の後、光輝は何も言わず、

雫も何も言わない。

「……何も言わないのか?」

「何か言って欲しいの?」

「……」

雫の言葉に、何も言えなくなる光輝。

 

やがて……。

「なんで、あんな、南雲なんか……!」

「……光輝、今の発言はどうかと思うけど?」

「え?」

「南雲『なんか』って言うけど、あなた一体

 彼の何を知ってるって言うの?香織は光輝が

 知らない南雲君の一面を見て、好きになった。

 それだけの事よ」

「けど!おかしいだろ!あんなオタクで、やる気

 も無い。いつもその場しのぎで笑っていただけ

 の男を香織が好きなんて!それだけじゃない!

 あいつは他にも、シアとユエを侍らせていた!

 きっと彼女達も香織も、南雲に何か脅されて」

『ズビシッ!』

「いっつ!?」

ヒートアップしていく光輝にデコピンを

撃ち込む雫。

 

「バカね。それこそ思い上がりよ。南雲君が

 仮にそう言う男だったとして、香織が

 気づかないと思う?」

「そ、それは……」

「彼女は自ら選んで、ハジメ君の傍に居る

 決意を固めた。それだけの事よ」

「けど南雲は!新生みたいな人殺しが

 出来る奴と一緒に居るんだぞ!?」

「……光輝、私は司君から青龍を貰った時、

 言ったわよね?後悔をするかもしれない。

 けれど元の世界に戻るためには、殺人も

 辞さない覚悟が必要。そう思ってるわ。

 まぁ、今までは手を汚さずに済んでるけど。

 今後はそうなるか分からない。そしてもし、

 私が人を殺したら?……そしたら光輝は、

 私を殺人犯だって軽蔑する?」

「そ、それは……」

言いかけて、言い淀む光輝。

 

「……。さっき、蒼司と少し話してたの」

「え?」

「彼は言ってたわ。……罪科を重ねるのは、

 既に罪科を背負った者だけで良い。蒼司は

 そう言って居たわ。……彼や司の言う

 覚悟を、人殺しの覚悟を正しい事とは

思わないけど、同時に戦わなければ

生き残れないし、帰れない。

 でも私達は、結果的に彼を、司を汚れ役に

 してしまった。……蒼司が以前言ってたわ。

 皆が優しいだけじゃ、いつか、どうにも

 出来ない事が起る。だから一人でも、

 非情になれる人間が必要だ、ってね。

 そしてその非情な人間という役目を、

 私達は結果的に二人に押しつけた。

 そう言う事よ」

それが、自分の出来ない事を他人にやらせて、

文句を言うなんてお門違いだ。

そう遠回しに言われていると分かり、光輝は

ムスッとした態度を取る。

 

「……光輝。正義感が強いのとかは、決して

 間違いじゃないと思う。でも、時には自分の

 正義を疑いなさい」

「正義を、疑う?」

「言ってたじゃない。戦争とは、互いの正義の

 つぶし合いだって。……誰にでも正義はあるのよ。

 だから、自分の正義だけが完全無欠の正しさ

 を持ってるなんて、思わない方が良いわよ。

 それは、ただの思い上がりよ」

「……」

 

雫の言葉に黙り込む光輝。

「……。もう宿に戻るわ」

それだけ言うと、雫は光輝の傍から離れていった。

「雫!」

「何?」

しかし不意に、光輝が雫を呼び止めた。振り返る

雫。

 

「雫は、何処にも行かないよな?」

「はぁ?」

「……行くなよ、雫」

それは、縋りつく言葉だった。

雫はその言葉に、呆れを覚えた。

「私、縋ってくる男はごめんよ。まぁ、

 今後は光輝次第、とだけ言っておくわ。

 それと。……昼間の発言、あれってまるで香織

 を自分の物、みたいな発言してたけど……。

 もし私に同じ事言ったら、ぶっ飛ばす

 からね?」

 

そう言って、雫は光輝の元を離れていった。

 

路地を歩いて宿に戻る雫。そんな中で雫は

考えていた。

『幼馴染み』としての雫にとって、光輝は

心配だった。だからアドバイスをした。

しかし『一人の女』としての雫から見れば、

今の光輝は、到底魅力的とは言えなかった。

そして、彼女が男の事を考えると、真っ先に

頭に浮かぶのが、司と蒼司だ。

 

しかし雫はその度に頭をかぶり振った。

「ダメダメ。……こんな事、考えたって

 しょうが無いんだから」

そう言って、雫は宿に戻っていった。

しかしその表情は、諦めようとしながらも、

諦めきれない葛藤の表情が浮かんでいたのだった。

 

     第45話 END

 




次回からはグリューエン大砂漠と大火山のお話になります。

感想や評価、お待ちしています。


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第46話 這い寄る魔の手

感想でつまんないと言われたのと、夏休みが終わって大学の後期が
始まったのが合わさって最近失速気味です。

もしかしたら次回は、気分転換で書いた幕話みたいなのを
投稿するかもしれません。


~~~前回のあらすじ~~~

カトレアを退けたハジメと司たち一行はホルアド

の町を後にし、その直前司は雫のタイプCの搭載

されていた司の思考ルーチンがベースのAIに

肉体を与えて蒼司を作り出した。雫達の

お目付役として彼等の仲間になる蒼司。そんな

蒼司と司に、雫は密かに思いを寄せ始めるの

だった。

 

 

カトレアの襲撃の後、事が事だけに、蒼司を

含めた一行は、愛子先生や清水達と共に一路

王都へと戻った。

そんな彼等に課された課題が、対人訓練だ。

改めて自分達が何をしようとしていたのかを

ホルアドの一件で知り、これまで攻略組に

参加していた生徒達の大半は落ち込み

気味だった。しかしそれでもやるしか無い。

と言い聞かせ、彼等は対人訓練を

行っていた。

 

それは、ある日の蒼司の一言から始まった。

 

「別の戦力を用意する?」

「あぁ。……お前等の大半は人を殺せない。

 抵抗がある。それは重々承知だ。正直、

 そんな奴らを戦場に連れて行った所で

 役に立たねぇしお前等の立場を

考えると、弱点としてつけ込まれ狙われる

だけだ」

訓練場に集まった光輝達や清水達を前に語る

蒼司。

彼の言葉に光輝が密かに歯がみする。

「だからこそ、ガーディアンとハード

 ガーディアンを王国軍に貸与し、

 更にジョーカーも提供するのさ」

「え!?蒼司、それホントなの!?」

蒼司の言葉に驚く雫。

 

「あぁ、もちろん本気さ。……今回の一件で

 魔人族が本格的に動き出したのは

 間違い無い。本格的な開戦も近いだろう。

 ……そう考えると、躊躇いって言う物を

 一切持たないガーディアン達と、既に

 実戦に慣れている兵士や騎士にジョーカー

 を与える。ジョーカーを纏えば、

 最弱だったハジメがトラウムソルジャー

 の群れを突破出来る位には強くなったんだ。

 それに、あの頃と比べても最新版の

OSにアップデートしたジョーカーの

戦闘効率は高くなっている。お前達

が人殺しになれるより、ずっと確実に

王国軍は強くなる。そうなれば、

お前達は最悪戦う必要なんてない」

『戦う必要は無い』。そんな言葉に彼等は

驚き、若干瞳に輝きが戻った。

 

「で、でも待って!」

しかしそれを雫が止める。

「私達が必要無いって事は、お払い箱って

 事でしょ!?そしたら、帰れないんじゃ」

「た、確かに。……戦争の勝利貢献の代価

として帰還を願う以上、戦わないと

言うのは……」

雫の言葉に、考え込む永山。

周りの者達の空気も落ち込む。

 

「その点は心配ない。今現在オリジナル。

 つまり司と仲間であるハジメ達が帰還方法

 を探して旅をしている。生憎、情報漏洩を

 警戒して詳しい事は言えないが、不可能

 ではない。それがオリジナルの意見だ」

「ち、ちょっと待てよ!不可能ではないって。

 そんな無責任な事言ってんじゃねよ!!

 あいつがダメだったら、どうするんだよ!?」

蒼司に食ってかかる近藤。

 

「無責任、ね。だが、テメェ等だけじゃ地球

 帰還は無理だ。現状お前達が帰還を果た

 せるだろう方法は二つ」

そう言うと、蒼司は人差し指を立てた。

「一つ。イシュタルの言葉を信じ、戦争に

参加して魔人族を皆殺しにして

この世界にお前達を呼び寄せたエヒトに

頼るか」

 

更に中指を立てる蒼司。

「二つ。司たちが地球帰還方法を確立

 するまで待っているか。……戦争と

 殺しに慣れて、不確定な神に祈るか。 

 司たちが方法を確立するのを待つか。

 そのどちらかだ」

「不確定?どう言う意味だ」

光輝が蒼司に問いかける。

 

「思い出して見ろ。俺達に地球帰還の

 可能性を示したのは誰だ?イシュタルだ。

 エヒト本人じゃない。ましてや、確約書

 なんて物も存在しない。イシュタルは

 言った。エヒトの意思次第だと言った。

 戦争に勝って、救世主になった者の

 願いを、無碍にはしないだろうと言った

 だけで明確な帰還の証拠になる事は

 何一つも無い。これを不確定と

 言わないで、なんて言う」

『まぁ、帰還させてくれないであろう

 証拠の方が、多く揃ってるんだけどな』

そう蒼司は頭の中で呟いた。

 

「そ、そんな事は無いだろ!俺達は

 それを信じてここまで戦ってきたんだ!

 今更!」

「信じてきたからって、それが現実になる

 訳じゃねぇぞ」

光輝の言葉を、蒼司はそう言って押さえ込む。

 

「……現実ってのはな、残酷なんだ。お前等

 自身、エヒトによる帰還の可能性を

 信じていたから戦ってきたんだろう?

 ……帰れないかもしれない。そんな現実

 から目を背けるために、不確定な可能性を

 信じて、いや、信じるしか無かったから、

 それに縋るように信じ続けた」

蒼司の言葉に、辻など女子が震え出す。

 

しかし……。

「だが、だからこそその信じる相手を

 変えるだけだ」

「え?」

呆けた声を出したのは、園部だ。

「まず第1に、よ~く思い出して見ろ。

 司には、離れた空間同士を繋げる力が

 ある。要は、この能力をレベルアップ

 させて、異世界同士を繋げるゲートを

 創れれば、俺達は帰れるって訳だ。

 加えて、この世界に俺達を召喚したのは、

 恐らく神様が使う神代魔法だ。司たち

 はその情報を得るために各地を巡って

 いる。……幸いな事に司は、魔力が

 無限大だ。適性に関しては、まぁそこは

見つけてみない事には分からん。

……ともかく、今司やハジメ達は帰還に

向けて動いている。

 戦うのが嫌なら引きこもって彼奴らの

 迎えを待つも良し。或いは両方の

 可能性にかけて、戦争に参加しながら

 エヒトのよる帰還と司による帰還。

 その双方を待つのも良いだろう」

 

「つまり、戦うか。それとも怯えているか。

 って事ね」

静かに答える雫。

「そうだ。ガーディアン達やこの国の人間に

 戦争を任せるもよし。覚悟決めて戦うも

 よし。……全部自分で決めろ。選択肢は、

 いつだってオープンだ。言ったろ?自分で

 選択出来ない者は戦場で決断出来ずに

 死ぬってな。……さぁ、どうする?」

 

問いかける蒼司。すると……。

「俺は、戦うべきだと思う」

真っ先に声を上げたのは、永山だ。

「帰還の可能性が高い方に賭けたい。そして、

 選択肢が選べるのなら、エヒトと司。

 その両方に賭けるために戦う」

「戦場に出る以上、命を落とすリスクは

 増えるぞ?それが、両方、或いはエヒトに

賭ける事の対価だ」

「あぁ。それでも、帰る為だ。……それに、

 開戦したら俺達は真っ先に狙われそうだ。

 その時の為に、訓練は必要だろう?」

「確かにな?他の連中はどうだ?」

 

蒼司が問いかけると、他の者達も皆戦うと

言い出した。彼等としても、帰還の確立を

少しでも高くしておきたいのだろう。

「分かった。……んじゃ、当面ガーディアン

 とハードガーディアンの供給は無しだ。

 ……お役御免にされちゃぁ、不味いからな」

 

そうして始まったのが、対人訓練だった。

 

そんなある日の事。雫は青龍を下げて颯爽と

王宮の廊下を歩いていた。そのすぐ後ろを

歩く蒼司。

すると雫を見るなり顔を赤らめるメイドや

令嬢の姿がチラホラあり、逆に蒼司に

敵意と言うか、嫉妬のような視線が

突き刺さる。

 

「改めて思うけど、雫って同性に人気

 あんのな?」

そう言って笑みを浮かべる蒼司。

「ハァ。笑い事じゃないわよ?年上の人

 にお姉様なんて呼ばれるの、ホント勘弁

 して欲しいわ」

「……。相変わらず問題は山積みか。色々と」

「えぇ。色々とね」

と、一瞬どこか遠い目をする雫。

 

「にしても、メルドさんと愛子先生、話が

 あるって言ってたのは何なのかしらね?」

「さぁな」

『まぁ、大凡検討は付くが』

そう考えながら、蒼司は雫の後に続いた。

 

そして、愛子の部屋の前にたどり着いた二人。

『コンコンッ』

「はい?」

雫がノックすると、中から愛子の声が

聞こえてきた。

 

「八重樫と蒼司です。入ってもよろしいですか?」

「えぇ、どうぞ」

「失礼します」

ドアを開けて中に入る二人。中には、愛子、

清水、メルドの3人が待っていた。

 

愛子に促されるまま椅子に腰を下ろす二人。

「それで、先生から話というのは?」

「はい。……実は、私も先日メルドさんから

 聞いたばかりなのですが……。

 教会内と王国内部で、新生君を異端者として

 認定しようとする動きがあるそうです」

「ッ!?本当ですか!?」

驚く雫。無理も無い。彼女を始め、ここに居る

面々は司の武力を知っているからだ。

「ほ~?奴ら、オリジナルと戦争でもしよう

ってのか?旦那は止めなかったのかい?」

そう言ってメルドに話題を振る蒼司。

 

「無論、私も騎士アラン達も止めた。兵に

 どれだけ被害が出るか、分かった物

 ではない」

「まぁ、アイツはやろうと思えば国だって

 消滅させられっからなぁ。それが

 分かってて戦争したいって言うなら、

 まぁ死ぬだけだな」

「ちょっ!?蒼司そんな無責任な!」

と、テーブルを叩きながら立ち上がる雫。

「俺に怒るなよ。連中がオリジナルと

 戦争をするって言い出したんだ。

 俺に言わせりゃ、それで死んだとしても、

 それは選んだ奴らの責任だ。

 ……まぁ、無能な上のせいで殺される

 兵士なんてのはよくある話だがな」

「おい蒼司。いくら恩人と言えど、陛下を

 侮辱するのは許さんぞ?」

蒼司の言葉に、鋭い目を向けるメルド。

すると……。

 

「何か、可笑しくないか?」

その時、黙ったままだった清水が静かに

口を開いた。

「え?どう言う意味ですか?清水君」

「いや。王様たちって新生の力を知ってる

 訳だろ?ベヒモスの件もしかり。ウルの

 町の件もしかり。今回の件もしかり。

 確か、前に異端者認定しようとした時

 って、延期の話が出てたよな?

 人族に仇成した時がくれば、その時に

 異端認定すれば良いって。それを信じれば、

 新生が人族に仇成す事をしたって

 事になるけど、それって何だ?或いは、

 それを無視して異端認定しようと

 しているのか?」

と言う清水の言葉に、蒼司以外の3人が

確かに、と呟きながら考える。

 

すると……。

「……。いよいよ、奴が出張ってきたって

 所かねぇ」

ギシッと背もたれに体を預け、天井を

見上げながら呟く蒼司。

「奴?誰のこと?」

それを聞いていた雫が問いかける。

 

「ん~。そうだな~。この話、一番

 ダメージがでかいのはメルドの旦那

 だろうな~」

「わ、私だと?一体どういうことだ?」

首をかしげるメルド。その時、愛子は

ハッとなって思い出した。

 

この世界、トータス人が信仰している

神の、狂気の真実を知れば一番驚くのは

トータス人だ。つまり……。

「ま、まさか!?もしかしてエ」

「はいストップ!」

驚き、立ち上がる愛子。しかし次の瞬間、

蒼司が指を鳴らして周囲に結界を作り

出した。

 

「落ち着けよ先生。今大声でそんな真実を

 ぶちまけると、色々不味いぜ?どこで

 誰が聞いてるか、分かったもんじゃ

 無いからな?」

「あっ。ご、ごめんなさい」

謝りながら席に座り直す愛子。

 

「ちょっと蒼司。あなた、何を知ってるの?

 何を隠してるの?」

「聞きたいか?正直、心理的ダメージは

 大きいかもしれんぞ?」

「ッ。そんなに?」

「あぁ。何せ、俺達がここに居る、本当の理由

 であり、この世界の天地をひっくり返すような

 超絶ヤバい真実だからな」

 

その言葉に、雫は清水やメルドを見る。二人とも、

僅かに迷ってから頷く。

それに頷き返す雫。

 

「じゃあ、聞かせて頂戴。その超絶ヤバい真実

 って奴を」

「OK。……んじゃ、覚悟して聞けよ?」

 

 

そうして、蒼司は語り始めた。神エヒトが

この戦争をゲームと捉えている事。召喚された

彼等は、言わば『新しい駒』である事。

かつてこの真実を知り、神に挑んだが敗れた

存在、『反逆者』の烙印を押された『解放者』が

居たこと。更に、それに付随して、司たちが

その解放者の居城であった大迷宮を巡り、

帰還のヒントである神代魔法を集めている事。

 

そして、今回の一件、エヒトの介入が始まった

のかもしれない、と言う事だ。

 

「そ、そんな……」

そしてやはり、一番ダメージを受けたのは

メルドだった。

「……我々の信じた神が、狂っているだと?」

「あぁ。奴、エヒトにとっちゃこの世界 

 その物がチェスの盤上。そこに住まう人間

 は、恐らく魔族も含めて、全員が駒に

 過ぎない。当然、光輝達も、そして雫。

 お前もな」

「ッ!?そん、な……」

 

「オリジナルは、オルクス大迷宮の、100層

 より更に下に続く、真の大迷宮を突破し、

 名前の元となった、解放者の一人、

 オスカー・オルクスの残した映像記録を 

 見る事で真実を知った。ハジメ達もな」

「じゃあ、まさか……」

「仮に戦争に勝ったとしても、奴が俺達を

 帰すとは思えない。むしろ頑張って戦争

 に参加したのに、帰れないと知って

 絶望する俺達を見て嗤う。そんな所

 だろう。……そう言う腐った野郎なんだよ。

 この世界の神は」

「で、では!聖教教会は!イシュタル達は!」

「奴らはエヒトの操り人形さ。雫達は気づいて

 無かったかもしれないが、初めて召喚された

 時、お前等色々テンパって喚いてただろ?

 あの時イシュタルは、まるで神であるエヒト

 に呼ばれた事を何故素直に喜べないのか、

理解出来ない。そんな目でお前等を見てたぜ?

 コレに気づいたのは、ハジメとオリジナル

 だけだ。……奴は狂気的なまでにエヒトを

 信じている。そこを利用されて、今じゃ

体の良い操り人形って訳さ。それに聖教

教会の考え、亜人や魔人族への差別意識。

これってむしろ戦争を煽ってるようにしか

見えねぇだろ?」

 

そこまで言うと、蒼司は出されていた紅茶

を飲んだ。

 

「とどのつまり、この世界の住人はみんな、

 狂った神を喜ばせるための、喜劇の

 役者。奴は役者が何人死のうがどうでも

 良い、最低最悪のクソ野郎って訳だ」

すると……。

『ダンッ!』

「ふざけやがって!俺達は駒なんかじゃ

 ねぇ!」

机に拳を叩き付け、怒りに震える清水。

 

そんな彼を、隣に座っていた愛子が

背中をさする事で宥める。

「……清水。覚悟はあるか?」

蒼司が彼に問いかけた。

「覚悟?」

清水への問いかけに、疑問符を漏らす

雫。

 

「そうだ。……敵は神。それも狂ってる

 と来た。そして解放者の前例だ。

 エヒトは、解放者が敵になった、もっと言えば

 駒の役目を放棄した時点で、世界の

 人間に殺させようとしたくらいだ。

 ……最悪、俺達はこの世界の人間全て

 から、神の敵として追われる事に

 なるだろう」

「……」

清水は答えない。

「オリジナルは、もしそうなればこの世界を

 滅ぼしてだって、ハジメ達を守る。

 そして恐らく、この場に居る4人もな」

「ッ。それはどう言う意味だ?蒼司」

「オリジナルも俺も、この場にいるお前達の

 事を信頼している。ジョーカーを託したのは

 その証の一つだ。……それで、どうする?

 この現実を嘘と断じるか。真実だと信じ、

 戦うか。……アンタ等は、どっちを選ぶ」

 

蒼司の問いかけに、しばし皆が黙り込む。

その時。

「俺は、戦う」

最初に呟いたのは、清水だ。

「俺は、決めたんだ。俺を助けてくれた恩師を、

 先生を必ず守るって。だから戦う。神が

 敵で、先生を狙ってきたとしても、もう、

 逃げるもんか。……戦ってやる……!

 神だろうが何だろうが、守り抜いてやる!

 絶対に!」

「清水君」

その答えが、愛子をも動かす。

「私は、教師です。私は、皆と一緒に、

 元の世界へ、地球へ帰りたい。そのために

 出来る事があると言うのなら、全力で 

 取り組むだけです。戦う事は、出来ない

 かもしれませんが」

 

「いや。それで良い。……皆、ここで今

 こうして居る理由がある。……旦那。

 アンタはどうして騎士になったんだ?」

「……私は、民を、人々を、未来ある

 子供達を守る為に。騎士になった。

 ……蒼司。神は、いやエヒトは、

 そんな子供達の未来を、踏みにじる

 と言うのか?」

「さぁな。会った事もねぇ野郎だ。

 だが、人の死を見て嗤ってるような

 野郎だ。子供達の事なんざ、どこにでも

居る羽虫程度にしか思ってねぇと思うぜ?」

「そうか」

 

そう頷き、しばし俯くメルド。だが……。

「ならば……。神がこの国の人々の未来に

 暗雲をもたらすと言うのならば、

 私は戦う。この国を、祖国に生きる人々を

 守ると誓った、一人の騎士として」

 

その答えに、蒼司はピュゥっと口笛を

鳴らす。

「全く。オリジナルが仲間として認めるだけ

 あるぜ。皆カッコいい事言いやがって」

そう言って、クックッと笑う蒼司。そんな

彼の視線が、雫に向く。

 

「で?お前はどうする?雫」

「ッ。どうって。……現実的な問題として、

 勝てるの?神様になんて」

「勝てる」

雫の言葉に、蒼司は開口一番に答えた。

 

「って言うか、多分オリジナルの司なら

 余裕だと思うぜ?」

そう言って笑う蒼司。

「そ、そんな楽観的な。証拠はあるの?」

「う~ん。明確な証拠があるわけじゃねぇが、

 司には、大まかに分けて9段階の力が

 ある。これは上がっていく程ヤベー力だ」

「それで、どうなの?彼はエヒトに勝てるの?」

「司の強さ。あれは普段からセーブしている物

 だ。理由は簡単。あいつの力にこの大地、

 いや、この世界が耐えられないんだよ」

 

「……。はぁ?」

呆けた声を出す雫。

「今、あいつは9段階までの力を宿している。

 そして今、10段階目まで進化を続けている

 途中だ。……で、段階を説明するとだな。

 司は、本気を出せば物理法則の一切を無視

 出来る。メルドの旦那以外に分かりやすく

 言えば、無から有を作る事なんて造作も無い。

 それこそ、一瞬で核爆弾を作り出す事もな」

「ッ!?それ本当なの!?」

「お、おい。かくばくだんって何だ?」

驚く雫と理解出来ないメルド。

 

「核爆弾、っつうのは、一言で言えばデッカい

 火の玉だ。最も、爆発すりゃ、王国を

 一瞬で消滅させられるほどの、やべぇ代物

 だけどな」

「ッ!?一瞬で、だと?」

「あぁ。ブラックホールにビッグバン。

 超新星爆発並みのエネルギーを一瞬で具現化

 し、攻撃として放つ事が出来る」

「う、宇宙創造のエネルギーを操れるって。

 何だよそれ」

「司は第7形態の時点で、既に体内に

 『宇宙』と呼べる物を宿していた。それだけ

 の事さ」

驚く清水に、そう語る蒼司。

 

「ガンマ線バースト、って知ってるか?

 超新星が爆発したとき、そこから膨大な量の

 ガンマ線が放出される。これが発生したとき、

 超新星から5光年以内の惑星表面にいる

 生命体は、全滅する。……司は、『普通の』

 超新星爆発が引き起こす物以上の

 ガンマ線バーストだって使える。言っちゃ

 なんだが、生命取っては天敵なんてもんじゃ

 ねぇよ。神が敵になったからって、

 恐れる事はねぇ。所詮は高々惑星一つの

 神様。……こっちには宇宙宿した王様が

 付いてるんだ。負ける訳ねぇよ」

蒼司の言葉に唖然となる雫達3人。

メルドに至っては色入ちんぷんかんぷん

で頭を捻っていた。

 

「まぁ、色々説明したって分からねぇか。

 だったら俺から一言。『司は出来ない事を

 出来るとは言わない』。これだけは

 覚えておけ」

蒼司に言葉に、4人はハッとなる。

「アイツは勝てると思ってる。だったら

 勝つさ。司は、オリジナルはそう言う男だ。

 そして俺も、勝算の無い戦いはしない主義

 でね。勝てると思って居るから、今日ここで

 お前等に真実を話した。それだけよ」

 

そう言って、蒼司は再び紅茶を飲む。

 

「さて、それじゃ話を戻そうじゃないか。

 王国の話だが、旦那と先生は直に王様達に

 会ったんだろ?どうだった?」

「どうだったと聞かれても。……そう言えば、

 陛下も周りの人も、以前と比べて、その、

 どこか可笑しい気が……」

「愛子殿も、ですか?実は私も、何やら陛下の

 様子が可笑しいと感じていたのです」

愛子先生の言葉に同調するメルド。

 

ふむ、と顎に手を当てる蒼司。

「……もしかすると、洗脳か、或いは意図的

 に天啓か何かを見せる事で、狂信者として

 取り込んだか……」

「では、まさか陛下や側近達は……」

「エヒトの傀儡にされた、と見ても

 可笑しくはねぇだろうな。さっき

 話した通り、解放者達はエヒトが広めた

 神の敵という法螺話に騙された人間に

 攻撃され、守るべき人間を攻撃出来ずに

 敗れたって話。要はその再来。 

 正確には、それの小規模な再来だ。

 まぁ最も、司の場合敵なら容赦無く殺せる

 からな。無意味っちゃぁ無意味なんだが……」

と言って視線を巡らせ、愛子を見ると、

愛子は蒼司を睨んでいた。

 

「んんっ!ま、まぁ俺達が止めれば良いだけの

 話だな。うん」

「あっ。蒼司、もしかして愛子先生弱点?」

「黙らっしゃい。……とにかく、現状の確認だ。

 現在王とその側近は、まだ未確定だが、

 恐らくエヒトかその手先によって洗脳か

 何かで操られている可能性が高い。

 現状、それを知るのは俺達5人であり、

 止められるのもまた俺達5人だ。

 そして清水。お前は闇魔法を極めてる

 から、もしかしたら色々頼るかもしれん。

 プレッシャーを与えるようで済まんが、

 いざって時は頼むぞ」

「あぁ……!」

「それと、俺達はここでこうしてエヒトと

 戦う算段を話し合ってる訳だが、この

 結界を超えてエヒトの野郎が俺達の会話を

 聞いてる可能性もある。更にプレッシャー

 をかけて悪いが、お前等、絶対に気を抜く

 なよ?何があるか分かんねぇぞ。特に、

 先生は戦闘力が皆無だ。清水、先生の

 事頼むぞ」

「任せておけ。きっちり守ってやる……!」

 

「とにかく、今後の方針は決まったな。

 俺達5人の目的は、エリヒド王をエヒトの

 洗脳から解除し、王国と司たちとの戦争を

 回避する事だ。ただし、全員ひっそりと

 動け。と言うか今はまだ普段通りにしてろ。

 目を付けられるのは、避けたいからな。この

 5人以外には、絶対に喋るな?情報漏洩

 だけは、絶対に避けなきゃなんねぇからな」

蒼司の言葉に4人が頷く。

「ま、過度な心配は要らねぇよ。いざとなったら

 国民全員、司が国でも創って抱え込みゃ

 それで万事OKよ」

との言葉に、4人は若干ずっこけた。

 

「く、国を作るって。そんな簡単に……」

「え?イヤイヤ簡単だろ?空いてる土地に

 要塞設置してそこに人入れりゃそれで

 OKだろ?」

「その要塞創るのにどれだけの物資と

 人力が!……って、司なら指ならして

 一発で要塞創れそう」

「「「確かに」」」

雫の言葉に頷く愛子、清水、メルドの3人。

「ま、そういうわけだ。いざとなりゃ、

 司をエヒトだとか適当に偽って国

 創ってそこに人を避難させりゃそれで

 良いんだよ。ま奥の手だけど。

 とにかく、過度な心配すんなって事さ。

 安心しろ、宇宙を宿した王様の分身が

 居るんだ。そうそう奴らの好きには

 させねぇよ。ま、とりあえず今日は

 このくらいで解散しようや」

と言う蒼司の言葉に、4人は疲れた

表情で頷いた。

それを確認した彼は結界を解除した。

 

「それじゃあ先生。お茶、ごちそうさま

 でした。行こうぜ?雫」

「あ、え、えぇ」

席を立つ蒼司に続いて、同じように席を立つ

雫。その時。

≪そんじゃ、くれぐれも口にチャックする

 のを忘れないようにな≫

その場に居た全員に、蒼司からのテレパシー

が届くのだった。

 

こうして、愛子、清水、メルド、雫の4人は

自分達が置かれている本当の状況を理解

するのだった。

 

 

しかし、そんな日の夕方。

愛子は清水を伴って食堂に向かっていた。

「あの、何もそんな四六時中私の傍に

居なくても良いんですよ?」

「何言ってるんすか先生。俺達は愛ちゃん

 護衛隊ですよ?先生を護衛しなくて

 何するんですか!」

そう言って意気込む清水。肝心の愛子は……。

「あぁ、とうとう清水にまで愛ちゃん

 呼ばわり」

と、そこを気にしていた。

「ちなみに城内での護衛はローテーション式

で明日は園部さんです。俺は毎日でも

良かったんですけど、皆が譲らなくて。

一人1日って形になりました」

「あ、アハハ。そ、そうですか」

護衛隊のガチ度に若干引き気味の愛子。

 

その時。

『バッ!』

不意に前を歩いていた清水が、何かを感じた

かのように前方を睨みながら愛子を庇う

ように右手で愛子を制止した。

「清水君?どうし」

どうしましたか?と言おうとした愛子。

しかし彼女は、前方に立つ人影に気づいて

言葉を途切れさせた。

 

現れたのは、銀髪の修道女の姿をした女だ。

夕陽のオレンジ色に染まる廊下の光景と

相まって、どこか絵画的な美しさを醸し出す。

しかし、清水の中では、本能が警鐘を

鳴らしていた。

 

『何だ。あいつ。……普通じゃない!』

そう悟った清水は、躊躇わずにジョーカー

のスイッチを押し込み、即座に展開する。

 

「ほう?それが、イレギュラーの作り出した

 鎧ですか?」

『ッ!?イレギュラー!?司の事か!?』

「テメェ、一体何者だ!?ッ!?」

清水は、ジョーカーの力で女をスキャンした

が得られたデータに驚いた。

 

「テメェ、人間じゃねぇな!?」

警戒心を高めながら、清水はガーディアンを

召喚し自分もノルンを抜く。

「……厄介ですね。その鎧。……しかし目下

 の目的は、畑山愛子。貴方を捕らえ、

 イレギュラーをおびき寄せる餌になって

 貰う事」

「ッ!?先生を囮に司をおびき寄せて殺そう

 ってのか!?させるかよ!」

咄嗟にノルンを構える清水。ガーディアン達も

ライフルを構える。が……。

 

『ダッ!』

ガーディアン達の壁を超え、女は一瞬で

清水のタイプコマンドとの距離を詰めた。

「なっ!?」

「排除」

驚く清水目がけて、繰り出される裏拳。

『ドゴォッ!』

「がはぁっ!?」

清水はそれを左腕でガードしたが、パワーを

殺しきれずに引き飛ばされ壁に激突した。

「清水君!」

叫ぶ愛子。

 

反応が遅れたガーディアン4機がライフルの

銃剣を手に斬りかかるが、女はその攻撃を

よけ、瞬く間にガーディアンをパンチとキック

だけで破壊してしまう。

 

ガシャンッと音を立てて崩れ落ちるガーディアン。

そして、女が愛子に振り返る。

「あ、あぁ……」

驚き、恐怖し、動けない愛子。と、その時。

『コロンコロンッ』

「ん?」

女の足下に、筒状の物がいくつも転がって

来た。

 

すると……。

『『『ブシュゥゥゥゥッ!!!』』』

突如として筒状の物体から大量の煙が放出

された。

「これは……」

突然の事に驚く女。それは、殴り飛ばされ

ながらも清水が放ったスモークグレネードだ。

 

「先生ッ!逃げろッ!走れぇぇぇぇぇっ!」

「ッ!」

次の瞬間、清水の叫びが聞こえ、愛子は

走り出した。

「無駄な事を」

女は、『一度は見失った』愛子の気配を

探り、見つけた。

 

「そこですね」

床を蹴り、瞬く間に距離を詰める女。

驚き、振り返る愛子。しかし……。

『ドッ!』

「うっ!?」

当て身を放たれた愛子は、避ける事が出来ず

に、うめき声を上げると力無く倒れそうに

なった。女は、すぐさま愛子を肩に担ぐと、

凄まじい速度でその場を後にした。

 

「ぐっ!?先、生」

清水は、揺れる視界の中で、女が愛子を

攫っていくのを見ていた。

 

「ちく、しょぉ……!

 畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

夕暮れの王城に、清水の慟哭が響き渡った。

 

 

一方その頃、愛子を抱えて逃げる女。

しかし女は気づかなかった。気絶している

はずの愛子の口元が、『笑みを浮かべている』

事実を。

 

その笑みの正体を知る者は、ほんの一握り

だけだった。

 

果たして、愛子の笑みの正体とは、一体

何なのか?

 

     第46話 END

 




って事で愛子は原作通り……。ではないんですね~これが。
いや話的には原作通りに見えますけど、実際は
違うんですよ。まぁそこは後のお楽しみ、と言う事で。

感想や評価、お待ちしています。


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第47話 西の砂漠へ

今回からアンカジ、延いてはグリューエン大火山編です。


~~~前回のあらすじ~~~

司やハジメ達と別れた蒼司と雫達。彼等は

王都へと帰還するが、直後にエリヒド王など

から司の異端者認定の話が持ち上がる。それを

エヒトの介入の始まりでは?と感じた蒼司は、

特に信頼の置ける雫、愛子、清水、メルドの

4人のエヒトの真実や解放者の事を告げる。

司と王国の戦争を避けるために動きだそうと

5人は静かに動き出す。しかし、その日の夕方。

司をおびき寄せる餌にちょうど良いと考えた

エヒトの刺客が現れ、護衛の清水を倒して

愛子を誘拐してしまうのだった。

 

 

王都で、エヒトの暗躍が始まった頃。

司たちはバジリスクに乗り、西へと向かっていた。

辺り一面は、赤道色の世界だった。

砂が赤道色な事と、常に吹く風によって砂塵が

舞い上がり、360度、視界の殆どを赤道色で

染め上げている。

 

道なき道に加え、生きている、と表現出来そうな

程の動きで、大小ある砂丘が形を変えていく。

この世界の常識で考えれば、ここを行くだけで

死を覚悟しなければならないような、過酷な道だ。

 

しかし、バジリスクという車がある彼等にして

みれば、この程度造作も無かった。

「外、凄い事になってますね。バジリスクが

 あって助かりました」

ビシビシと、防弾仕様の強化ガラスに叩き付け

される砂を見ながら呟くシア。

「普通の馬車などでは、この環境は地獄

 じゃろう。まして徒歩となると、殆ど

 自殺行為じゃ。この砂漠を渡るのは、

 至難の業じゃろうて。しかし……」

同じように、外を見つめながら呟くティオ。

そして彼女は視線を自分の脇に移した。

 

彼女は一番後ろのベンチシートに腰掛け、

足を組み、胸を支えるようにその下で手を

組んでいた。そして、そんな彼女の左手首に

は、ハジメ達と同じジョーカーの待機状態

となるブレスレットが嵌められていた。

更に彼女のすぐ隣には、漆黒の鞘に収め

られた、第4のヴィヴロブレード、『玄武』が

立てかけられていた。

これは、仲間となったティオに対して司が

与えた物だ。

その玄武を見つめるティオ。

 

「マスターは何故妾にジョーカーとこの剣、

 玄武を?」

「ジョーカーシリーズには通常の防具など比較

 にならないほどの防御機能を持たせてある。

 いざと言う時に、身を守る装備として

 持っておくに越したことは無い。それに、

 それを持つ、と言う事は私からの信頼の証

 のような物だ」

「成程。つまりは、マスターから家臣への

 贈り物、と言う訳じゃな」

そう言って、納得するティオ。

 

「それにしても、青龍に白虎、玄武か。

 これはもう司のアレースを朱雀にする

 しかないね」

と、助手席シートに座っていたハジメが

笑みを浮かべながら呟く。

 

「ハジメさん。その青龍とかって一体

 なんなんですか?」

「青龍、白虎、玄武、朱雀って言うのはね、

 僕達の世界の神話に登場する霊獣。

 まぁ一言で言うと神聖な獣、って感じかな。

 今上げた4匹は、4つの方角を司る存在

 と言われているんだ。北の玄武。南の朱雀。

 西の白虎。東の青龍。で、その4匹にはそれを

 現す色があるんだ。青龍なら青。白虎なら白。

 玄武なら黒。朱雀なら赤。と言う具合にね」

と、説明をするハジメ。

 

「黒の霊獣。成程、黒竜たる妾と同じ色を持って

 おるから、玄武という訳なのじゃな、マスター」

「そんな所だ。加えて、玄武の武は、武神、つまり

 戦いの神の神性に由来するとも言われている。

 ティオ、お前の働き、期待しているぞ?」

 

「御意。マスターより賜った一振りに太刀、

 玄武に賭けて誓いましょう。妾は、マスター

 の家臣として、どこまでも付いて参る

 所存です」

と、軽く頭を下げながら呟くティオ。

すると、それをジッと見つめていた者が

いた。ミュウだ。ちなみにその膝の上では、

セラフィムをデフォルメしたかのような、

3頭身のぬいぐるみが抱かれていたが、

それがセラフィムの待機状態だった。

 

「ティオお姉ちゃん、何だかカッコいいの」

「ふふ?そうか?そう言って貰えると

 嬉しいのじゃ。ありがとう、ミュウ」

「ふにゅぅ」

笑みを浮かべながらミュウを撫でるティオ。

その様子を香織やユエが微笑ましそうに

見守っている。ちなみに、運転席の後ろの

3つシートは回転させて後ろ向きに出来る

ように改良してあるので、後ろではUの字を

描くようにシートを配置も出来る。今は

その形にしてある。

 

 

ユエやシア、香織、ルフェア、ティオがミュウ

の相手をしていて、私がドライバー。

ハジメが助手席でレーダーの監視をしている。

その時。

「ッ。司。3時方向に動体反応多数。データ 

 ベースと照合。……サンドワームだね」

「総員、魔物を確認した。シートベルト着用

 急げ」

ハジメの言葉に私が言うと、座席にシートベルト

で体を固定する。

ミュウの左右に香織とユエが座り、二人がかりで

彼女を座らせる。

私も窓から右側に目を向けると、右手の大きな

砂丘の向こう側に、巨大ミミズとでも呼べる

魔物、サンドワームが無数集まっていた。

体長が最大で100メートルにもなる巨大な部類

の魔物だ。獲物が近くを通ると、真下から奇襲

を仕掛けて来る厄介な魔物だ。

 

同じように窓の外の様子を見るティオ。

しかし……。

「……彼奴ら、妙じゃな」

妙?

「どういうことだティオ」

「はい。サンドワームは悪食として有名です。

 しかし今の奴らは、まるで餌を食うのを

 迷っているかのよう。妾の知識が正しければ、

 そのような事をするなど聞いたことも

 ありませぬ」

「では一体何故……?」

と、私が呟いたとき。

 

「ッ!?直下より急速に接近する物体あり!」

「ッ!総員掴まれ!」

直後に、私はアクセルを目一杯踏み込む。

加速したバジリスク。そして、それに一拍

遅れて砂丘が盛り上がり、砂の下から

サンドワームが現れた。

「続いて2匹目!3匹目も接近中!」

「やむを得ないか……!」

次々と地中から現れるサンドワームを、S字

を描くように回避していく。

「ハジメ!」

「分かってる!銃座のコントロールは任せて!」

 

ハジメのコントロールを受けて、バジリスク

上部に新設された新装備、搭載式レールガンが

稼働する。

助手席は、それを操作するガンナー席の役割

も果たしており、レールガンに付随するカメラ

を通して見えるサンドワームに狙いを定める

ハジメ。

 

そして……。

「レールガン、発射ッ!」

『ドゥンッ!』

火薬の発砲音とも異なる発射音と共に、レール

ガンから放たれた弾頭がサンドワームの胴体を

上下に、真っ二つに千切り飛ばす。

 

千切れ飛んだサンドワームの真っ赤な血が、

バジリスクの車体を汚す。

「誰か、ミュウに目隠しを」

「「もうやってる(よ)」」

私が言うと、すぐ後ろから香織とユエの声が

聞こえた。

チラッと後ろを見れば、どうやら香織とユエが

手でミュウの顔、正確には目元を覆っていた。

 

「む~!何で隠すの!何も見えない~!」

と、ミュウは駄々をこねる。

「ダメ、ミュウにはまだ早い」

「ミュウちゃんにはちょ~~と刺激が

 強すぎるからね~。ごめんね~」

そんなミュウを、そう言って宥めるユエと香織。

 

二人がミュウの視界を塞いでいる間に、

ハジメがバジリスクの遠隔操作式レールガン

で次々にサンドワームを撃ち抜いていく。

先ほど、砂丘の向こうに見つけた集団も

襲いかかってきたが、レールガンの敵では

無かった。

 

ものの数分もあれば、全滅だった。

「ふぅ。……レーダーに敵影無し。

 終わったよ司」

「ご苦労様でした、ハジメ。西へ

 向かうのに、念のためにと装備を換装、

 強化していた甲斐がありました」

元々バジリスクには、バルカン砲などを

装備していたが、それでは装備が貧弱では

と思い、装備をレールガンに変えておいたのだ。

重量が若干増加したので、燃費と最高速度が

若干低下したが、まぁそこは許容範囲内だった。

 

その時。

「ねぇ二人とも!あれ!」

不意に、外の様子を見ていた香織が叫んだ。

「あそこ!人が倒れてる!」

「えぇ!?」

香織の言葉に驚くハジメ。彼は慌てた様子で

外を見る。

「ホントだ!司!人が倒れてる!」

「こちらも確認しました。接近します」

既に二人の性格は百も承知だ。私はバジリスク

を倒れている人物の元へと走らせた。

「念のため、ユエ、シア、ルフェアは周囲を

警戒。ティオはセラフィムと共にミュウの警護。

ハジメは香織とあの人物の治療を」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

私の指示に従い、皆がテキパキと動き出す。

皆が皆、まずジョーカーを纏う。

砂塵が舞うこの環境では、ジョーカーを

纏っていた方が安全だからだ。

そして、ティオもまた、彼女専用の

ジョーカー、タイプTを纏っていた。

 

彼女の纏うタイプTは、ウィザードモデル

と同じで各部に魔力増幅用ジェネレーターを

内蔵しているが、背面には重力制御装置と

装着式小型ブースターを装備。出力も

高めに設定してあり、魔法と近接戦の

双方を視野に入れた設計だ。ユエのタイプU

と違い、掌のビーム砲を装備していない分、

パワーはタイプU以上だ。

 

黒をベースカラーとし、金のラインが走る

タイプTは、私のZと似ていて、

ラインの色・尻尾の有無、装備の差異などが

無ければ見分けられないだろう。

 

腰元に玄武を携えた状態で真っ先に外に

出て周囲を警戒するティオ。それに

続いて香織、ユエ、シア、ルフェアが

外に出る。

 

そしてミュウが外に出ると、ぬいぐるみの

形をしていたセラフィムが粒子に一旦変換

され、彼女を包み込むようにして本来の

姿に変化。ミュウは既にセラフィムの

ポッドの中だ。

シア達が周囲を警戒する中、ハジメと香織が

倒れている人物に駆け寄る。

 

相手は、ガラベーヤ、エジプトの民族衣装に

酷似した衣類を纏い、大きなフード付きの外套

を更にその上に纏っていた。うつ伏せに

倒れているため、顔は分からない。念のため

周囲に結界を展開し砂を遮断。

香織が相手を仰向けにして、フードを取った。

 

「ッ!これって……!」

フードを取った相手は、20代くらいの男性

だったが、彼女が驚いたのは彼の容態だ。

目や鼻から出血し、血管が目に見えて分かる

ほど浮かび上がっている。

 

「どうやら、ただの日射病ではなさそう

 ですね。全員、ジョーカーを解除しない

 ように。空気感染の恐れがあります」

私はすぐに周囲に警告を呼びかける。

一方の香織は、相手に魔力を浸透させる事で

状態を診察しステータスプレートに表示する、

『浸透看破』という技を発動させた。

 

「香織、どうですか?」

「うん。この人の状態は分かったんだけど……」

彼女に見せて貰ったプレートによると……。

 

『状態:魔力の過剰活性。体外への排出不可

症状:発熱・意識混濁・全身の疼痛・毛細血管

の破裂とそれに伴う出血

原因:体内の水分に異常あり』

 

体内の水分に異常?まさかサンドワームは本能的

に獲物が毒を持っていると理解していたから

捕食する事を躊躇っていたのか?

「……何か、毒性の飲料水でも飲んだのでしょう

 か?」

「多分。それが原因だと思う。そして、強制的

 に強化された状態になっているから、逆に

 体が付いてこれないんだと思う」

そう言うと、香織が状態異常を回復させる魔法、

万天を放つが、殆ど効果は無かった。

 

「ダメ。もう万天じゃ治せない程溶け込んでる

 みたい」

「香織。変わって下さい」

「あ、うん」

私は香織と場所を変わり、青年の胸に手を当て、

彼の体の中を精査する。

 

そして……。本来人体には無い毒素の存在を

見つけた。

「……どうやら、香織の言うとおり、既に

 毒素が体全体に浸透しています。万天で

 治癒出来ないのも、無理は無いですね」

「どうにか出来る?司くん」

「……応急処置としては魔力を強制的に

 吸い取る、と言う事で良いでしょうが、

 根本的な解決には毒素の除去が

 必要です。しかし、人は体内の20%

 の水分を失うと死亡する危険性が

 あります。……少し集中させて下さい。

 水分を消さずに毒素を除去出来るか、

 やってみます」

 

私の能力の一つ。存在や概念への干渉能力に

より毒素の除去自体は大した問題ではない。

だが、水分を減らしすぎると彼が死ぬ。

それを避ける為には、水分中に溶け込んだ

毒素のみを的確に除去するしかない。

 

私は、目を閉じ彼の体の中をより精査する。

一度でも、毒素の存在を完全に捉える事が

出来れば、特定の存在への干渉能力で

どうにかなるが、間違えて水分も一緒に

消してしまうと取り返しが付かない。

 

とにかく、まずは彼の体の中を徹底的に調べる。

 

そして、1分後。

「捉えた」

毒素のデータを採取し終えた私は、静かに

左手を掲げ、パチンッと指を鳴らした。

干渉能力で毒素の除去には成功した。

皆が、静かに見守っていた。更に中に

溜まっている魔力も、私の力で体外へと

放出させた。放出した魔力は、私の体に

取り込み糧とした。やがて……。

 

「あっ!司くん!」

香織が叫びながら彼の顔を指さす。

見ると、先ほどまで浮かび上がっていた

血管の形が消え、脈も低下。出血は少々

続いているが、荒い呼吸も無くなった。

 

それを確認した私は、流石に息をついた。

「ふぅ。……どうやら成功のようですね。 

 香織、すみませんが彼の治療を。

 毒素を除去したとはいえ、損傷した

 血管の治癒はまだですから」

「うん。任せて。あ、そうだ。この人を

寝かせたいからバジリスクの中に

運んでも良いかな?」

「分かりました。では、ハジメ。彼の足の

 方を持って下さい」

「了解」

 

私はハジメと協力して男性をバジリスクの後部

の床の上に寝かせた。皆もバジリスクに

乗り込むとジョーカーを解除した。調べてみた

所、空気感染のリスクは無いと分かったからだ。

加えてバジリスク自体に追加していたシールド

展開装置も起動する。

 

既に目元や鼻からの出血は香織が治癒した事で

収まっている。今は血で汚れた顔を

濡らしたタオルで拭いている。

 

と、その時。

「う、うぅ……」

青年がうめき声を上げ、瞼を震わせながら

ゆっくりと目を開いた。

そんな青年を心配そうにのぞき込む香織。

すると。

「女神?あぁ、そうか。ここはあの世か」

などと言って居る。どうやら香織を女神と

思って居るらしい。まぁ実際、彼女は

地球でも女神と言われたほどだからな。

とはいえ……。

 

「残念ながら、ここは天国でもありませんし

 地獄でもありませんよ?」

「え?」

私の声に、青年は疑問符を浮かべながら

ようやく周囲の状況に気づいたようだ。

ここはどこだ?と言わんばかりに周囲を

見回している。

 

「あなたは砂漠で行き倒れていたのですよ。

 何やら毒物に侵されていたようなので、

 念のため治療しておきました。っと、

 折角なので名乗っておきましょう。私は

 新生司。この一団のリーダーをしています」

と、私が自己紹介をした後、ハジメ達も

自己紹介をした。

やがて、最後には青年の自己紹介の番となった。

「まずは、助けていただいた事と治癒して

 くれた事に感謝する。ありがとう。私の名は

 『ビィズ・フォウワード・ゼンゲン』。

 アンカジ公国領主、ランズィ・フォウワード

 ・ゼンゲン公の息子だ」

「えぇ!?領主様の、息子!?」

驚いた様子のハジメ。周りの香織やシア、

ルフェアも驚いているが、無理も無い。

「なぜ、領主の息子であるビィズさんが

 このような場所で?」

私と同じ疑問を持っていたのか、ハジメと

香織達がうんうんと頷く。

 

「それについて、順を追って話そう」

 

そう言ってランズィはアンカジ公国を

襲ったある事件を話し始めた。

 

 

事の始まりは4日前からだった。突如として

原因不明の高熱に倒れる人々が続出。

初日の内に人口27万の内の3千人が意識不明

の重体。同様の症状を訴える物が2万人にも

上ったと言う。原因が分からず、応急処置は

出来ても完治が出来ない状況が続き、人手は

足りず、患者も増加傾向のまま。遂には

医療関係者も発症し、事件発生から2日後。

処置を受けられなかった人々の中から死者が

出始めた。

 

そんな中、調査チームがふとした事から

飲料水として使われているオアシスの水を

調べた所、毒素が検出され、原因は分かった。

しかし原因が分かっても治療に必要な物が

無かったのだ。

 

それは『静因石』と言う鉱石だ。この鉱石には

魔力の活性化を鎮める効果があり、目下の

治癒の方法としてその静因石を粉末状にして

服用し、汚染された毒素を含む水分を汗や

尿として体外に排出する、と言うのが

現状彼等に思いついた解決策だった。

しかし、静因石はずっと北の岩石地帯か、

グリューエン大火山でしか採取できない。

岩石地帯は遠く、とても数日で帰れる距離

ではなく、大火山の方はそこに行けるだけ

の冒険者も病に倒れている現状だった。

そもそも生存に必要な、汚染されていない水の

ストックが殆ど無い現状において、とにかく、

一刻も早い救援が必要だった。そこで、四の五の

言わずに救援を要請出来る立場にある領主の

ランズィか、その代理であるビィズが王国に直接

救援要請をするしか無かった。

 

 

「そして、ビィズさんは護衛と共に昨日

 アンカジを出発した。けど……」

「護衛はサンドワームに襲われ全滅。

 しかしミスタービィズは毒素に侵されていた

 事が幸いして奴らに襲われずに済んだ、

 と言う事ですか」

と、呟くハジメ。私がその後に続く。

「私も感染していたとは。そして、

 何とかストックがあった静因石の服用を

 怠ったあまり、あの様という訳だ。

 ……情けない……!」

そう言って、ギュッと拳を握りしめるビィズ。

「今もアンカジの民が苦しんでいると言う

 のに!」

 

……どうやら彼は、上に立つ者として、立派な

志を持っているようだ。

やがて、ビィズは私に目を向ける。

「新生殿。貴殿達が私の毒素を取り除いて

 くれたのだな?」

「えぇ」

私が答えると、しばし考え込んだビィズは、

次の瞬間に、頭を下げたのだ。

 

「アンカジ公国の領主代理として、貴殿達に

 正式に依頼したい。どうか我が国を

 救うために、貴殿達のお力添えして頂きたい」

そう言って頭を下げるビィズ。

彼の姿勢を見て、私は周囲を見回すが、別に

考えるまでも無い。急ぐ旅ではないし、

ハジメ達の性格も考えれば、答えはとっくに

決まっている。

 

「分かりました。良いでしょう」

「ッ!?本当か!」

バッと頭を上げるビィズ。

「えぇ。元々アンカジに行く予定でしたし、

 水の問題と毒素の問題は、我々が解決

 出来るでしょう。なので、今すぐ

 アンカジに向かいますが、何か問題は?」

「無いっ!頼む!アンカジの民の為!

 宜しく頼む!」

 

「さて、一応ハジメ達に聞いておきますが、

 異議などは……」

「「「「「「異議無し」」」」」」

やはり聞くまでも無かったな。

 

と言う事で、早速私達はアンカジ公国に向かって

バジリスクを走らせる。

その道中、ビィズはハジメや香織が神の使徒

である事や、全員が金の冒険者ランクである

事などを話した。

 

「神の使徒様たちとは。……ここで貴殿達と

 出会えた事は、僥倖と言わざるを得ないな。

 ……しかし、勢いで言ってしまったが、

 毒素の件はともかく、貴殿達には水を

 用意出来る算段があるのか?」

「えぇ。まぁ大体の事は司がどうにか

 出来ると思います」

「何と。それは本当か?」

ハジメの言葉に驚くビィズ。

その後、時間があったのでバジリスクの事や

私の事をティオなどから聞いたビィズ。

そして、大凡の話を聞き終えると、やはりと

言うか、とても驚いていた。

 

「まさか、貴殿達があの、ウル防衛戦で活躍

 したと言うG・フリートなのか?噂には

 聞いていたが、まさか実在したとは。

 私としては、てっきり法螺話の類いかと

 思って居たのだが……」

そう驚きながら呟くビィズ。まぁ無理も

無いだろうと思って居た。

 

G・フリートの話は、大半の人間に

してみれば眉唾物なのだろう。ならば、

ここで私達が動く意味もある。私達の名を

より広げる意味でも、な。

 

解放者達は、神の敵というエヒトの言葉を

信じた人間によって敗れたと言ってもいい。

なればこそ、それに立ち向かうためには、

仲間か、理解者が必要なのだ。と言っても

真実を知る必要は無い。『本当にG・フリート

は神の敵なのか?』と疑う認識を人々に

植え付けることが出来れば御の字だ。

 

とにかく、今はアンカジだ。

 

そして、しばらく赤銅色の世界が続いていた

が、不意に私達の前方にミルク色の防壁が

見えてきた。その防壁の大きさはフューレン

の物を更に超える大きさで、何やらバリアの

ような物がドーム状に展開されている。

恐らくあれで砂の侵入を防いでいるのだろう。

 

私達は光り輝く門から中へと入った。どうやら

門も同じような作りのようだ。入ったら

入ったで、門番は驚きこそするが、どこか

投げやりだ。まぁ、アンカジが大変な事に

なっているのだ。無理も無い。最も、ビィズが

姿を現した途端、覇気を取り戻した様子

だったが。

 

入場門は高台にあり、そこからアンカジの街並み

を一望出来る作りになっていた。そこから見る

アンカジの街並みは、砂漠のオアシスと呼ぶに

相応しい物だが、今は件の問題のせいで活気が

無く、どこか閑散としていた。

「……美しい町じゃが、惜しいの。活気がある

 町を目にしてみたいものじゃ」

アンカジの街を見つめながら呟くティオ。

ハジメやユエ、ルフェア達も、静かに頷く。

しかし今は時間が惜しい。

「ミスタービィズ。貴方のご家族がいるのは、

 あの西側の宮殿ですか?」

「あぁ、そうだ。本当なら、活気のある街並み

 を見せたかったが……。急いで宮殿に

 向かってくれ」

 

ビィズの案内の元、私達は宮殿に急いで

向かった。

 

宮殿の前に到着するなり、見た事も無い

バジリスクに兵士達が驚くが、中から私と

ハジメに担架で運び出されたビィズを見て、

彼に言われるとすぐさま道を開けた。

治療したとは言え、失われた体力がすぐに

戻るわけでは無いので、こちらの方が速いと

判断し、私とハジメが担架でビィズを運び、

それに付いてくる香織達。

 

そしてビィズによる案内の元、彼の父であり

ここアンカジの最高責任者であるランズィ公

の執務室に向かった。そこでは、執務をしていた

ランズィ公の姿があった。衰弱しているとの事

だが、どうやら根性で仕事をしているようだ。

 

「父上!」

「ビィズ!お前どうして!いや、それに周囲の

 者達は一体!?」

ランズィ公にとって、使者として昨日送り出した

息子が謎の鎧を纏った者達に担架で運ばれて

きたのだ。驚くな、と言うのが無理な話だろう。

 

私はハジメと協力してビィズを手近な椅子に

座らせるとランズィ公の前で敬礼しながら

ジョーカーの装着を解除した。

ハジメ達もそれに続き、ミュウはぬいぐるみに

戻ったセラフィムを抱きかかえている。

 

「初めまして。急な訪問をお許し下さい。私

 は独立武装艦隊、G・フリートの総指揮を

 している新生司と申します。このアンカジ

 を目指して移動している際、道中で

 倒れていたミスタービィズを発見し保護

 した為、彼を護送して参りました」

「そうだったか。……しかし、これでは

 救援の要請が」

息子であるミスタービィズが無事だった

とあってランズィ公は安堵した表情を

浮かべるが、すぐにその表情を曇らせた。

 

「父上!ご心配には及びません!新生殿は

 私を治癒してくれました!新生殿のお力

 ならば、民を治せるやもしれません!」

その時、ミスタービィズは椅子から僅かに

震える体で立ち上がった。咄嗟にハジメが

手を貸そうとするが、彼はそれを手で

断ってランズィ公の執務机の前まで進む。

 

「何と!?真なのか!?新生殿!」

「えぇ。毒素にやられ倒れていたミスター

 ビィズを保護しました際、彼の体内に

 滞留していた毒素を私の力で除去した

 あと、体内に溢れていた魔力も除外

 する事でミスタービィズを治療する事

 に成功しました」

「それで、それはどれほど可能なのか!?

 聞かせてはくれまいか!?」

どうやら、民を救える可能性がある事実に、

藁にでも縋る思いなのだろう。椅子から

立ち上がるランズィ公。しかし、その

憔悴した表情から、無理をしているのが

理解出来る。

「それは別に構いませんが……。一つ

 試して見たい事があるのです。誰でも

 良いので、毒素に侵されている

 患者を一人、連れてきて下さい。私達の

 力で人々の治癒が可能かどうか調べ

 るので」

「分かった!おいっ!」

 

私の言葉に、ランズィ公は傍に居た兵士達に

命令を飛ばした。

兵士達が外に出て行く中、私は事前に開発

しておいた治療器具を収めたケースを

呼び出した。

 

「このケース、このテーブルの上に置いても?」

「あ、あぁ。構わん」

ランズィ公に許可を取り、執務机の前にある

テーブルの上にケースを置き、ロックを解除。

中から、拳銃のグリップのような持ち手を

持つ注射器を取り出した。

 

「新生殿?それは?」

と、私の持っている拳銃型注射器を見てビィズ

が不思議そうな視線を向けてくる。

「これは、人の体内に薬剤を投与する装置

 です。先ほど、ミスタービィズの毒素を

 除去した時のデータを元に、毒素に対する

 解毒剤を精製しました。これを投与すれば、

 毒素の問題はひとまず解決します」

「何と!?それだけで!?」

驚くビィズ。無理も無い。この世界の医療

技術は、魔法による治療に頼っている側面が

ある。しかし、それが逆に医療技術の発展を

妨げていると言っても良いのかもしれない。

 

本来、生物による毒に対しては、その毒を

少量動物に与え、体内で精製された抗体を

抽出し、それを解毒剤とする。

そして、今回抗体を生成したのは、他ならぬ

私だ。体内で精製した抗体を元に創り上げた

これなら、毒素の除去は可能だろうが、

こう言った類いの物はまず試してからだ。

万が一拒絶反応など出ないように、人間の

治癒に適した抗体を生成したつもりだが、

万が一はありえるからだ。

 

しかし、これで彼等が救えるのなら、ハジメ

や香織の願いを叶えるだけではない。我々

G・フリートの持つ医療技術を広く周囲に

広めると言う目的も果たせるだろう。

先ほどの通り、この世界の医療技術は魔法

に頼っている節がある。万物を治癒し、

瀕死の者すら全快させる神水も、ある意味

ファンタジー世界の万能薬だが、おいそれ

と一般人が手に出来る存在ではない。そして

魔法でどうにかならないとなると、八方

塞がり、と言うほどでは無いかもしれないが、

打つ手が少なくなるのは確かだろう。

 

このトータス人の人々にしてみれば、純粋な

技術と発展の歴史によって支えられた私達の世界

の医療技術は、それこそ仰天ものだろう。

だからこそ、披露する価値があるという事だ。

 

と、その時。

「言われたとおり、患者を一名、連れて

 来ました!」

扉が開いて、兵士に両脇を支えられた男が

やってきた。

男は殆ど死にかけの様子だ。あれでは

今日という日を無事に超えられるかさえ

怪しいな。

 

「その男をこの椅子に座らせて下さい」

私はパイプ椅子を作り出すとそれを

指さし、突然現れた椅子に驚きながらも兵士達は

そこに男を座らせた。

私が近づくと、男は殆ど光の無い瞳で私を

見上げながら呻いている。意識の混濁も

見られる。このままでは危険か。

「痛みは一瞬だ。男なら耐えろ」

そう言って、私は男の二の腕に拳銃型注射器を

押し当て、引き金を引いた。

プシュッと言う音と共に、カートリッジに

装填されていた解毒剤が見る間に男の体内に

浸透していく。

一瞬、うっと唸った男だが、それだけだ。

 

これで毒素の方は良いだろう。私は空になった

カートリッジを取り外してから、男の体を

スキャンする。……どうやら成功のようだ。

毒素が消えていく。

「では、最後の仕上げに」

私は左手でパチンと指を鳴らす。私の存在への

干渉能力は万物に通用する。当然、魔力にもだ。

 

私の力で、男の体内に蓄積されていた魔力を

霧散させる。

すると、呻いていた男が次第に安らかな表情を

浮かべ、呼吸を安定させていく。

そして……。

 

「う、うぅ。俺、は……」

男は意識を取り戻し、周囲を見回した。

「お、おぉ!これは!」

その様子に驚き椅子から立ち上がるランズィ公。

私は男の手を取り、脈を測る。

「……脈も正常値まで落ち着いています。

 どうやら、この解毒剤はちゃんと使える

 ようですね」

すると……。

 

「そうと決まれば、やることは一つだね」

そう言って、準備運動のように肩を回すハジメ。

香織やユエ達も、やる気十分、と言わんばかりの

表情だ。

では……。

「G・フリート各員へ。これより我々は

 アンカジ公国で蔓延している毒素に侵されて

 居る人々の救助活動を行う。これから人数分

 の注射器と解毒剤を配る。また、罹患者が

 多いためガーディアン部隊も増援として

 配備する。これから各員の担当地区を

 設定し、そこら一体の患者への解毒剤投与を

 行って貰う。諸君等はガーディアン部隊を

 率いて解毒剤を順次投与。その後は私の

 力で罹患者の魔力を消滅させる」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

ハジメ達の返事を聞いた私は、ミュウの方へと

振り返った。

「ミュウ、私達はこれから、この国で苦しんで

 居る人を助けてくる。ここで、セラフィムと

 待っていてくれるかい?」

「うん!ミュウ、待ってるから!だから、

 いってらっしゃい!パパ!」

そう言って笑顔で送り出してくれるミュウ。

 

彼女にここまで言われては、頑張るしか

無いな。

「さて、では皆。行くぞ。人命救助だ」

 

 

こうして、G・フリートによるアンカジ公国

の救援作戦が始まった。

 

     第47話 END

 




大学が忙しかったり、気分が乗らなかったりで遅くなりました。
今後、もしかしたらこれくらいにスピードが落ちるかも知れませんが、
宜しくお願いします。

感想や評価、お待ちしています。


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第48話 救援、アンカジ公国

最近、投稿の間隔が空いてしまってすみません。
しばらくはこんな感じになるかもしれませんが、
やる気がブーストするともっと早くなります。


~~~前回のあらすじ~~~

次なる大迷宮攻略の為に西へと移動するハジメと

司たち。そんな彼等はグリューエン大砂漠を横断中

にサンドワームの群れに襲われていた人物を

助けた。未知の毒素に侵され瀕死だった人物、

は彼等が向かっていたアンカジ公国の領主の

息子、『ビィズ・フォウワード・ゼンゲン』だった。

彼からアンカジの事情を聞き、更に自分を治した

事から、ビィズは司たちに救援を依頼。

司たちは早速アンカジへと向かい、そこで

ビィズの父である『ランズィ・フォウワード・

ゼンゲン』公と会った直後、司の開発した解毒剤

を一人の男で試し、更にG・フリートの

メンバーによるアンカジ公国民の救済作戦が

始まったのだった。

 

 

今現在、アンカジ公国内部は騒がしい状態が

続いていた。例の毒素に侵されているのにも

関わらず、だ。

まぁ無理も無い。何せ魔物かと疑うような

見た目のガーディアンを引き連れたハジメや

私達が病院に行けば、皆何事だと疑うのも

無理は無かった。

一応、ランズィ公の部下たちが同行してくれた

おかげで目立った問題は無い。

 

「総員傾注。まず我々が優先するのは、

 医療関係者と子供、重症者の治療だ」

「「「「「「了解っ」」」」」」

「よし、行動開始っ」

私が指示を飛ばすと、ガーディアン部隊を

率いたハジメ達が周囲に散っていく。

 

既にアンカジ公国民の大半が罹患している。

彼等全員を収容する医療機関は無いため、

今は病院を始め、大きな家屋。果ては建物の廊下

や野外にテントを張ってそこに人を寝かせている

状態だ。回復魔法や魔力譲渡技、『廻聖』を応用した

魔力吸収が使える香織は重症者のグループを。

ルフェアやシアなどには子供。

ハジメとティオには医療関係者の方を

重点的に回るように指示してある。私は

それ以外の患者を受け持つ。

 

「あ、あの。これは一体」

そして、私も動き出そうとしたとき、恐らく

医療関係者と思われる女性が声を掛けてきた。

彼女からしてみれば、現状が理解出来ないの

だろう。

「ご心配にはおよびません。我々は

 独立武装艦隊G・フリート。私はその

 G・フリートの隊長をしている者です。

 現在我々はアンカジ公国領主、ランズィ

 ・フォウワード・ゼンゲン公の依頼に

 より、アンカジ公国民に蔓延する毒素を

 分解する解毒剤を提供します」

「げ、解毒剤を!?本当ですか!?」

「はい。現在私の仲間が医療関係者、

 子供、重症者に対し優先的に解毒剤を

 投与しています。加えて、現在罹患者の

 体内で異常増幅している魔力に対しても

 手立てはあります」

「なら、私にも手伝わせて下さい!

 お願いします」

「……分かりました。では手近な患者の

 所へ」

「はいっ!」

 

彼女は医療関係者のようだ。ならば尚更、

私の医療行為がこの世界基準で見て、どれだけ

先を行っているかを、一般人よりも理解出来る

だろう。ちょうど良い。

それに、人は一人でも多い方が良い。まずは

解毒剤を罹患者全員に投与しなければ

ならない。

 

私は彼女や、彼女が集めてきた動ける

医療関係者の前で拳銃型注射器を

使って患者の一人に解毒剤を投与。更に香織と

同じ『浸透看破』の技が使える者に頼んで、実際

に毒素が消えている事を証明して貰った。

 

「すごいっ!本当に毒素が消えてる!」

「この注射器、と言うアイテムは後部に

 あるカートリッジを取り替える事で

 何度でも使用出来ます。ただし、

 使用の度に皮膚との接地部分をアルコール

 消毒してください。毒素で汚染されている

 可能性があるので」

「「「「「はいっ!」」」」」

 

その後、彼女達は注射器を手に解毒剤の

投与を開始。念のため私はガーディアン達に

指示を出して任せ、彼女達の行為に万が一が

無いよう、監督した。

しかし流石は医療従事者。少し教えれば

問題無いレベルだったので、私も解毒剤の

投与を始めた。

 

 

そしてしばらくした時だった。

「大変です!」

一つの区画を任せていた看護師の女性が

私の所に飛び込んできた。

「さっき、子供の一人に解毒剤を投与

 したんですけど、もう限界みたいで!

 魔力をどうにかしないと!」

やはり、か。

 

現在彼等の体にダメージを与えているのは

毒素ではない。毒素が原因で発生する

魔力暴走だ。それをどうにかしない限り、

彼等の命が危機にさらされている事には

変わりない。

 

「分かった。すぐに行く」

「こっちです!」

看護師に続いて行くと、病室の一つに

やってきた。

「アフメド!アフメド!」

そこでは、母親と思われる女性が苦しそうに

唸っている少年の傍に寄り添っていた。

素早く少年の体をスキャンするが、やはり

魔力過多による内臓器官の損傷が原因の

ようだ。

 

私は足早に少年に歩み寄ると、彼の空いている

左手を握った。

「今から君の体内の魔力を強制的に放出する。

 体から力が抜ける感覚があると思うが、

 安心しろ。必ず助ける」

それだけ言うと、私は有無を言わさずに少年の

体から魔力を引き出して自分の体に取り込む。

人の目には見えない魔力の流れ。しかし私が

魔力を吸い取ると、少年の荒い呼吸が少し

落ち着いた。

「あ、うっ。……母、さん」

「アフメド!?大丈夫なのかいアフメド!」

少年は、きつく閉じていた目を開き母親と

思われる女性の方を向いている。

 

しかし折角だから、色々見せておくか。

「魔力暴走によって内臓が著しくダメージを

 受けているな。私の力で治癒して

 おこう」

そう言って、私は掌から白い光を少年に

向けて放つ。一瞬白い光に包まれる少年。

すると……。

 

「あれ?痛く、無い?さっきまであちこち

 痛かったのに」

少年は、文字通りさっきまでの痛みが嘘のように

消えた自分の体をマジマジと見つめている。

「あぁ!アフメド!」

そして、母親の女性は涙と笑みを浮かべながら

少年を抱きしめる。

 

「し、信じられない。陣も詠唱も無しに、

 魔力を吸い取って、子供を回復させたぞ……!?」

「あの人は、一体……!?」

傍に居た、看護師や看護婦達が心底驚いた

様子だった。

そんな彼等の方に振り返る私。

 

「今見て貰った通りだ。解毒剤は毒素を

 除去するだけで暴走した魔力をどうにかする

 力まではない。なので、もし解毒剤を

 投与しても危篤状態の者が居た場合は、

 真っ先に私に知らせてくれ。何とかする」

「「「「は、はいっ!」」」」

驚きながらも返事をする看護師達。

 

そして部屋を出ようとしたとき。

「有り難うございます!有り難うございます!」

アフメドと呼ばれていた少年の母親が私に

涙ながらに頭を何度も下げていた。

「……息子さんがご無事で何よりです。

 では、私はこれで」

それだけ言うと、私は部屋を出て解毒剤の

投与作業に戻った。

 

私は部屋の外に出たが、常人の何倍も優れた

聴力で、部屋の者達の会話を聞き取る。

「ふ、触れただけで相手の魔力を吸い取り、手を

 翳しただけで治癒した、だと?何なんだ

 あの少年は」

「……非常識過ぎる」

男の看護師達の、驚嘆と畏怖を含んだ話し声が

聞こえる。

「……。そう言えば、聞いたことがある」

「ど、どうした?」

「以前、アンカジに立ち寄った冒険者に

 聞いたことがあるんだ。ある日、ホルアドで

四肢を失うほどの重傷を負った冒険者が収容

されている病院に、一人の少年が現れた。

彼は、ただ指を鳴らしただけで、失った四肢を

 瞬く間に再生させてしまった、と」

「バカなっ!?失った四肢を再生だと!?

 伝説とされる神水でも、そこまでの力は

 無いんだぞ!?」

「お、俺だって信じられないさ!でも

 その話で聞いた少年の特徴とあの少年

 の特徴が一致するんだよ!漆黒の黒髪に、

 大きなコート、無表情な所とか!」

……どうやら、以前のホルアドでの事が

知らぬ間に広がっていたようだな。

まぁ好都合だが。

「彼は、一体。まるで、神のように簡単に

 人を癒やしたぞ」

「ま、まさか、あの少年が、神。

 エヒト様だとでも言うのか……!?」

そして何やら、私をエヒトと誤解している

ような発言も聞こえてきた。

あんな狂乱の神と一緒にされるのは不愉快だが、

『神』、か。

いっその事、エヒトにとって変わる新たな神

として民衆の心を支配するのも有りだな。

幸い、私の能力は神と呼べるレベルに到達している。

それを披露すれば、人々は私を神と崇めるかも

しれない。……それも有りだな。

私はそう考えながら、解毒剤の投与作業に

戻った。

 

そしてしばらくすれば、ハジメ達から担当した

区画の投与作業を終えたと言う報告が上がった。

私は彼等に場所を指定し、そこに集まって貰った。

病院の傍にある広場に集まる私達。

「皆、ご苦労だった。これで毒素の問題は

 解決した。あとは彼等の体内に蓄積された

 魔力をどうにかするだけだが、そこは

 私に任せて貰う」

 

そう言うと、私は彼等に背を向け、周囲を

見回す。そこには先ほどの親子や看護師達、

更には周囲にテントがあり、そこかしこ

からまだ軽症な罹患者達がこちらを

のぞき見ている。加えて、いつの間にか

部下を連れたランズィ公とミスタービィズ

が病院の方へ来ていた。

ギャラリーは決して多くはないが、十分だ。

 

私は、静かに目を閉じ、両手を左右に広げる。

「な、何を」

私の動きを不審に思ったのか一人の男の看護師が

呟く。と、次の瞬間。

『ブワッ!』

私の体から波動が放たれ、それが波のように

断続的に周囲へと伝播していく。

 

今私がしている事は、一言で言えばロックオンだ。

魔力を霧散、或いは私が吸収するのなら、触れる

だけでも良い。だが数が多い以上、歩き回って

いては時間の無駄だ。だからこそ、病人達の

居場所、と言うより座標を正確に知り、狙いを

定める。そして、そこに存在する生命、つまり

罹患者たちから魔力を一気に吸い上げるのだ。

だが、相手は大人から子供まで、年齢層や

性別などがバラバラ過ぎる。魔力を吸い過ぎると

厄介だ。なので、一人一人をスキャンし、最適な

吸収量を解析していく。

 

そして、全ての人間に狙いを定めた時。

「集え……!」

私は小さく呟きながら、パァンと合掌した。

その音が、アンカジ全体に響き渡る。

そして私の中に、アンカジ公国民の溢れた

魔力が流れ込んでくる。と言っても、私から

すれば大海にコップ一杯分の水を入れるような

微々たる量だが。

とにかく、今は彼等の中に溢れている魔力を

吸い上げていく。

 

そして、数秒後。

「……魔力吸収、完了」

私は静かに合掌していた掌を離して呟いた。

その時、病院の中から看護婦らしき

女性が飛び出してきた。

「た、大変です!」

「ッ!?どうした!?まさか、死亡者が!?」

彼女の報告に驚くランズィ公。

「いいえ!違います!患者さん達の体温が

 下がり始めました!脈も収まってきて

 います!」

「な、何!?」

驚いたランズィ公が、ハッとなった表情で

私の方を向く。

 

しかし、魔力の暴走で体内の臓器や血管に

少なからずダメージがある。内出血のリスクが

ある以上、傷をそのままにしておくのは

危険だ。

 

「もう一仕事、しますか」

そう呟きながら、私は掌に体内のエネルギーを

集める。そして、手と手の間に、白い光の球が

生成される。

この光の正体は、人体の自然治癒能力を一時的に

高め、体内の傷を一瞬で治癒させる、言わば

薬のような物だ。先ほど少年を治癒したのも、

この物質を使っての事だ。これもまた、私だから

こそ生成出来る物質だ。体内の膨大なエネルギー

を糧に、その物質で出来た球体を生成する。

 

そして、それがバスケットボール大のサイズ

まで大きくなった時、私は両手を頭上に

掲げ……。

「行け」

それを空に向かって打ち上げた。

 

ハジメたちや看護師達、ランズィ公達の視線が、

その光球を追いかける。光球はある程度の高さ

まで上昇すると、空中に停止した。それを

確認した私は、指を鳴らした。

『パチィンッ』

誰もが驚く中、フィンガースナップの音が

アンカジの街中に響いた。

 

『パリィィィィンッ』

すると、あの光球が砕け散り、そこから白く

輝く粒子がアンカジ全体に降り注いだ。

降り注いだ粒子は人間の体、人体以外を

透過するようになっている。屋根を

突き抜けて落下した粒子達が、人の体に

入って行く。

 

そして、治癒の力が発動し、彼等の体の中は

瞬く間に再生されていく。

苦しみと痛みから解放された人々が、徐々に

ベッドから起き上がり、自分の体を不思議そう

に見つめてから、空から舞い落ちる白く輝く

光の粒子に見とれる。

 

光の粒子は、さながら雪のようにアンカジ全体に

降り注ぐ。

「綺麗……」

「うん」

ポツリと呟くユエと、それに頷く香織。

「ははっ、流石は司。やることが常識

 外れだね」

「凄い。としか言いようがないですぅ」

空を見上げながら苦笑を浮かべるハジメとシア。

「凄いね、お兄ちゃん」

「うむ。姫の言うとおりじゃ。マスターに

 掛かれば、都市一つを救う事など、

 造作も無いのじゃな。改めて、その

 すさまじさが分かると言うものじゃ」

そしてルフェアとティオは、憧憬の籠もった

目で空を見上げている。

 

断続的に降り注ぐ光の粒子。やがて、

テントや病院の中から人々が歩み出てくる。

そして、光球の真下に立つ私を見て、皆が皆

驚いた様子だった。

 

……我ながら策士だな。

そう思いながら、私はパチンと指を鳴らす。

すると、光球から降り注ぐ粒子が消滅した。

誰もが、空と私を交互に見ている。

そして、私はと言うと、ランズィ公と

向き合う。

 

「これで恐らく、毒素に侵されていたアンカジ

 公国民全員を治療出来たはずです。

 念のため、確認を」

「お、お前は、いや、貴方は一体。

 何者なのですか?」

ランズィは、恐れと戸惑い、喜びや驚嘆

といった感情がごちゃ混ぜになったかの

ような表情で私を見ている。

 

「何者か、ですか。答えに困る質問ですが、

 敢えて言うのであれば、『完全生命体』、 

 或いは、『超進化生命体』、とでも言って

 おきましょうか」

流石に、自分で神だ、などと言うつもりは

無い。今はあくまでも、超常的な力の

持ち主だと思われていればそれでいい。

 

その後、改めて動ける者達が病院や仮設テントを

回ったが、既に全員が健康体となって復活して

いた。

方々から上がる報告を聞くランズィの、その

近くの椅子に座る私達。

 

やがて報告を聞き終えたランズィがこちらに

近づいてきたので、私達は立ち上がる。

「実に驚くべき事だが、あの毒に侵されていた

 者達全員の治癒が確認された。……この

 アンカジを収める者として、君たちには

 感謝してもしきれない。本当に

 ありがとう」

そう言って、ランズィ公、傍に控えていた

ミスタービィズや側近達が深々と頭を

下げる。

 

「いえ。死傷者を最小限に防げたのなら

 何よりです。それに、問題の抜本的な

 解決にはなっていませんから」

「……オアシスが汚染された事、だね」

私の言葉にハジメが呟く。

「えぇ。オアシスが公国の生命線であり、人が

 生きていく上で水が必要な以上、オアシス

 の汚染を除去、浄化するか新しい水源を

 確保しない限り、問題の解決とは

 言えません。ランズィ公。我々をオアシスの

 元に案内していただけませんか?」

「まさか、オアシスを浄化出来ると!?」

「そこについては何とも。現状を確認

 しなければなりません。浄化が可能

 ならばオアシスを浄化します。不可能

 であったならば、別の方法で当面の水を

 確保します。とにかく、オアシスを

 調査しない事には何とも」

 

「わかりました。では、こちらへ」

そう言ってランズィ公たちは歩き出し、

私達はそれに続いた。

その道中、道ばたに立つ人々は、私を

見るなり頭を垂れ、手を合わせていた。

どうやら超常の存在として認識されている

ようだ。

中には畏怖や恐れのような視線も混ざっているが、

好都合だ。

どんな形であれ、私達の敵対者になる事を

抑止できれば良いのだから。

 

 

その後、私達はランズィ公の案内でオアシスに

向かった。その道中、話を聞いていたが、

彼等が調査したのはオアシスとそこから流れる川

に井戸、そして地下水脈との事だ。

彼等の話では、地下水脈の方は毒素が検出

出来なかったと言う。

「……つまり、汚染の源流自体はオアシスか。

 オアシスの調査は?」

「報告では調査済みとの事だが、流石にオアシス

 の底までは手が回っていないようだ」

となると……。

「一番怪しいのはオアシスの底か」

 

そして、話をしている内に私達はオアシスの

前までたどり着いた。

「香織」

「うん。任せて」

ジョーカー、スカウトモデルを纏ったままの

香織がオアシスをスキャンしていく。

やがて……。

 

 

「ッ。……ランズィさん。もしかしてオアシス

 の中にアーティファクトか何か、

 沈めてます?」

「ん?いや。オアシスの管理用のアーティファクト

 はあるが、それは地上に設置してある」

ランズィの言うアーティファクト、と言うのは

このアンカジ全体を覆うドームの事だ。

このドームは、砂を防ぐ結界の役目を果たすと

同時にセンサーの役割を持っている。

管理者が感知する対象を設定。例えば、

魔人族と設定すれば、ドームを魔人族が通過

した時点でそれが管理者、つまりランズィに

伝わると言う寸法だ。

 

「香織」

「うん。……オアシスの底に、『居る』」

彼女がそう呟いた瞬間。

『ジャキッ!』

ハジメやユエ、シア、ルフェア、ティオが

一瞬で武器を構え戦闘態勢を取る。

既に何十、何百と実戦を経験してきた彼等

だからこそだ。

 

「こ、これは一体……!?」

「お静かに。……今回の毒素の一件。その

 犯人がこのオアシスの内部に潜んで居る、

 と言う事です」

「な、なんと!?真なのですか!?

 司殿!」

驚いたように叫ぶミスタービィズ。

 

「恐らく、魔物の類いでしょう。それが今、

 このオアシスの底に潜み、そしてそこから 

 放出された毒素が、このオアシスを

 汚染した」

『しかし魔物がどうやってこんな所に?

 地下水脈から侵入したのだとしたら、

 そちらも汚染されていても可笑しくは

 無い。だがそれも無いと言う事は……。

 どちらにせよ、これは明確な攻撃。

 ……魔人族の仕業と見るべきだろうな』

今回の犯人に目星を付けつつ、私は

更に考える。

 

「司、どうする?水中じゃ銃だと狙えないよ?」

「えぇ。ですが、不純物を含んだ水は伝導体。

つまり電気を通します」

私は右腕から、バチバチと紫電を瞬かせる。

「ハジメ、香織、ルフェア。3人はレーザー

 ライフルのアテンのよういを。あれは熱線兵器

 です。水を蒸発させるには、十分でしょう」

「うん。分かった」

私の言葉に3人が頷き、レーザーライフルのアテン

をタナトスと取り替える。

次第に出力を上げていき、紫電の勢いと音も

それに続くように大きくなっていく。

 

「今、そこから引きずり出してやる」

私は、そう呟きながらチャージした右腕を

眼前に突き出した。

次の瞬間。

『ドゴォォォォォォォォンッ!!!!』

雷鳴にも似た破裂音が周囲に響き渡った。

紫電はS字を描くような光の軌跡を

残しながらオアシスへ命中した。

 

次の瞬間、オアシスの水面が一瞬光ったかの

ように思われた。やがて静寂が生まれる。

「ど、どうなった?」

光から目を背けていたミスタービィズ達が

恐る恐るオアシスを見つめる。

その時。

 

オアシスの水が不自然に盛り上がった。

かと思うと、次の瞬間水がまるで触手となり、

私達に襲いかかった。

「迎撃っ!」

ハジメが叫んだ次の瞬間、3人のアテンから

放たれた熱線。ティオの火の魔法で。

ユエが氷の魔法で迎撃し、シアも

アータルをバスターモードに変化させて

これを撃ち落としていく。

 

そんな中で、今回の事件の犯人が現れた。

体長は10メートル程度。透明な体内に

核らしきものを持った、分かりやすく言えば

スライムの魔物。確か、この世界では

『バチュラム』と言う名前だったはず。

だが、過去に閲覧したデータとの相違点がある。

第1にサイズ。第2に水を操る力。

 

だが、そこは関係無い。

「貴様が元凶ならば、叩き潰すのみ……!」

 

再び、しかし今度は体全体を紫電が覆う。

「司!」

「皆は触手の迎撃を。一撃で片を付けます」

「「「「「「了解!」」」」」」

私の体内のエネルギーを圧縮し、それを紫電

へと変換する。

先ほどは、あくまでも挑発のための物。

だが今度は違う。

 

私の体から漏れ出る紫電が、周囲の地面を

溶かし、ガラス状に変えていく。

そして、体中の紫電が右腕に収束していく。

紫電が収束した右腕は、白く輝いている。

バチュラムは、コアを素早く移動させる事

でハジメ達の攻撃を何とか回避している。

 

だが、それも無駄だ。

私は右手を静かにバチュラムへと向け、そして……。

「消え去れ……!」

『ドゴォォォォォォォォォォン!!!!!!!』

右腕の紫電を撃ち放った。

放たれた紫電は、一直線にバチュラムへと向かい、

命中。その体全体を紫電が駆け巡り、全てを

焼き払う。

そして、数秒と経たずにバチュラムのコアが

砕け散り、奴は消えた。そして奴の体と

なっていた水も、普通の水へと戻った。

 

その光景に、ハジメ達が武器を下ろす。

私は後ろを向けば、そこであんぐりと大口を

開けているランズィ公たちの姿があった。

「終わりました」

そんな彼等に私が声を掛けると、ランズィ公

はハッとなった後すぐに咳払いをして

気持ちを切り替えた。

 

「……終わった、のか?」

「えぇ。恐らく先ほどのバチュラムが

 毒素で水を汚染していたのでしょう。

 しかし……」

私はオアシスの水に右手を入れ、少量の

水を掬い上げる。

 

水質を調査するが……。

「汚染は、残ったままのようですね」

私の言葉に、ランズィ公は側近の水質を

調べさせた。そして調べた彼もまた、静かに

首を横に振った。

「……ダメか」

ランズィ公は、落胆にも似た声を漏らす。

周囲のミスタービィズや側近達もだ。

 

すると、ハジメが私に耳打ちをした。

「司、あのね。ごにょごにょ……」

「ふむふむ。……成程。やってみる

 価値はありそうですね」

ハジメの提案は、確かに試して見る価値の

ある物だった。

 

そして私達の会話が気になったのか、

ランズィ公達が私たちの方を見ている。

そんな彼等を無視して、私は宝物庫の中から、

一本のペットボトルを取り出した。

 

「司殿。それは?」

その中には、神水。正確には、私の体内で

生成された『神水モドキ』が入れてある。

かつてオルクス大迷宮で回収した神結晶から

生成される神水。それを私の力でコピーした

物だ。

「もしかしたら、オアシスを浄化出来るかも

 しれません。見ていて下さい」

それだけ言うと、私はキャップを開いて中身を

オアシスの中に注ぐ。

 

やがてボトルの中身が空になると、改めて

オアシスを見回すが……。

「何だか、心なしか透明度が上がってる

 ように見えるんだけど……」

「は、はいですぅ」

香織が首をかしげながら呟き、シアが頷く。

「ま、まさか……!おいっ!」

ランズィ公はすぐさま側近の水質の再検査を

させる。

「どうだ!?」

「だ、だ、大丈夫です!水質が以前の、いえ!

 それよりも更に良い物となっています!」

「本当かっ!?」

「はいっ!」

 

「おぉ!やったぞ!」

「オアシスが復活したぞ!」

やがて、側近達が騒ぎ出す。それが周囲へと

伝播していき、オアシス復活の報は瞬く間に

アンカジ全体へと行き渡ったのだった。

 

 

その後、私達一行は宮殿へと招かれた。

「パパァ!」

「お待たせ、ミュウ。良い子にしてましたか?」

「うん!せらちゃんと遊んでたの!」

宮殿に戻ると、ミュウが駆け寄ってきたので私は

彼女を抱きかかえた。

そして彼女の後ろからは通常形態のセラフィムが

やってくる。

 

「セラフィム。ご苦労だった」

「(^_^)ゞ」

敬礼の顔文字を浮かべるセラフィム。

「パパ!どうだった?」

「大丈夫です。アンカジの人達はパパが

 全員助けましたよ」

「そうなんだ~!パパ凄~い!」

キャッキャとはしゃぐミュウに、私はどこか

満たされる物を感じていた。

 

 

ちなみに……。

「司、自分で気づいてるか知らないけど

 ミュウちゃんにベタ惚れだね」

「うん。本当のパパみたい」

ハジメの言葉に香織が頷く。

「……エリセンの町で別れられるか心配」

「何か無理そうですよねぇ」

更に語るユエとシア。

「何か、心配なのじゃ」

「うん」

苦笑交じりに呟くティオと頷くルフェア。

彼等は、司がミュウと

別れられるか本気で心配し始めたのだった。

 

 

その後、私達はランズィ公達との会食の席を

儲けた。あの回復の力で皆復活しているため、

会食は問題無く行われた。そして食後。

私達の前にはお茶とデザートが出された。

上座に座るランズィ公とその脇に座る

ミスタービィズ。

「司殿、それにハジメ殿たちも。此度の

 助力、どれだけ感謝してもしきれない。

 本当に、ありがとう」

そう言って頭を下げるランズィ公。更に

ミスタービィズと壁際に立つ執事やメイド達も

頭を下げた。

「いえ。お気になさらず。ミスタービィズから依頼

 を引き受けたのは、我々自身です。そして、

 受けたからには最善をと。そう考え動いたまでの

 事です。それに、私の仲間にはこう言う人助けを

 率先して行う人格者がいますから」

そう言って私はハジメと香織に視線を向ける。

二人はどこか恥ずかしそうに笑みを浮かべる。

私はその様子を見ながら、出された茶を飲む。

 

「ともかく、事態が終息したのは何よりです。

 ミスタービィズから聞きましたが、かなり

 致死性の高い物だったようですね?」

「うむ。汚染された水を飲んだ全員が毒素に

 侵された。感染者の多さゆえ、こちらの

 手が回らずに死なせてしまった者も多い。

 せめてもの救いは、死者が増加する前に

 君たちの救援を受けられた事だが……。

 領主としては、複雑な気分だ。愚痴を

 漏らしてすまないが、君たちがあと二日

 早くアンカジを訪れて居てくれたらと、

 君たちに非が無いのは理解し、むしろ

感謝しているが、どうしても悔やんでしまう」

「……心中、お察しします。出来る事なら、

 亡くなった方のご冥福をお祈りします」

事態が終息しても、領主として複雑な

ランズィ公を気遣うように声を掛けるハジメ。

香織とユエ、シア、ルフェア、ティオは、

目を閉じ視線を落とす。私も同じようにして、

黙祷を捧げる。

 

「……ありがとう」

そう、呟くランズィ公。

「しかし、一体誰がどうやってオアシスに

 バチュラムを」

一方で、ミスタービィズはそちらを危惧

している。

「それについてですが、私から推察を

 述べても良いでしょうか?」

私は、挙手しながら進言する。

「司殿には、下手人に心当たりが?」

「えぇ」

ミスタービィズの言葉に私は頷く。

 

「今回の一件、恐らくは魔人族の仕業かも

 しれません」

「ッ!?……魔人族、ですか?」

私が魔人族の名を出せば、ミスタービィズの

表情が一瞬強ばった。

 

「はい。これまで私達は2度、魔人族と

 戦いました。一つはミスタービィズも

 知っていたウル防衛戦です。そして

 数日前、オルクス大迷宮を攻略中だった

 勇者一行が強力な魔物を数十体連れた魔人族

に襲われました。幸い、別件でホルアドを

訪れて居た我々が対処したので、勇者一行に

 死者は出ませんでしたが」

「今回の魔物も、魔人族が放った刺客だと

 言うのですか?」

「えぇ。大迷宮、そしてウルの町。そこで

 私は、王国のデータベースに存在しない

 魔物をいくつも見てきました。今回の

 バチュラムにしても本来の物とは

 かけ離れた大きさと能力を持っていました。

 その事から察するに、魔人族は魔物

 『そのものを1から創り出す』。或いは

 『思い通りに強化する』事の出来る力を

 持っているのかもしれません」

ミスタービィズの言葉に頷き、私は

説明する。

 

「確かに、そのどちらかが可能なら、あの

 異様なバチュラムにも説明が付く」

顎に手を当てながら頷くランズィ公。

「ここ最近、魔人族の活動が活発化しつつ

 あります。ウルしかり。オルクスしかり。

 ウルの町では豊穣の女神と呼ばれる

 女性を。オルクスでは勇者たちを。

 片方は食、食べ物に関わる最重要人物。

 もう片方は、人類にとっての旗印の

 ような存在。これらを討つ事は、

 魔人族にとって有利になるからです。

 食べ物がなければ人は飢えて戦えず、

 勇者がいなければ士気が下がります。

 そして、ここ、アンカジ公国は

 東と西を結ぶ流通の要衝。ここが

 落ちれば東西は分断され、西からの

 海産物は届かなくなり、逆に東から

 西へ物資が届く事も無くなる。

 加えてここから王国まではサンドワーム

 が潜む砂漠を越えていくしかない

 以上、救援を呼ぶにも簡単な事では

 ありませんから」

そう言うと、私の言葉にミスタービィズと

ランズィ公は顔をしかめる。

「まさか、奴らが本格的に仕掛けて来る、

 と仰られるのか?司殿」

「確証はありませんが、そう見るべきだと

 私は考えます」

 

私の言葉に、二人は表情を曇らせる。

「……今回は乗り切ったが、果たして次が

 来た時は、大丈夫でしょうか。父上」

「むぅ。……我々も魔物について独自に

 調べていたとはいえ、今回我々は

 後手後手に回った。しかも司殿達の

 到着がもう少し遅れていたらどうなって

 いた事か。……今回は、運が良かった

 のかもしれんが……」

と、二人とも深刻そうな表情を浮かべる。

 

すると……。

「パパ、あの人達、困ってるみたい。

 助けてあげないの?」

と、ミュウに言われてしまった。

更に周囲を見回せば、香織とハジメが

何か出来る事は無いかと考えるような表情を

浮かべていた。

 

まぁ、折角ここまで来たのだ。こうなったら、

とことんアンカジ公国を我々G・フリートの

味方に引き込むとするか。

 

「ミスタービィズ。ランズィ公。

 少しよろしいでしょうか?」

「む?何かな?」

「失礼ながら、お二人は公国の防衛能力に

 不安を覚えているようですが、

 如何でしょうか?」

私が問いかけると、二人は俯いた。

これは肯定と見るべきか。ならば……。

 

「そこでこの国の領主であるランズィ公と

 その代理の立場にあるミスタービィズに

 提案があります」

「提案?」

と、首をかしげるランズィ公に、私は

こう告げる。

 

「我々G・フリートとアンカジ公国の間で、

 『軍事同盟』を結ぶのは如何でしょうか?」と

 

     第48話 END

 




次回はもう少しアンカジ公国の話を書いてから、
グリューエン大火山での話に入って行きます。

感想や評価、お待ちしています。


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第49話 同盟締結

今回はほぼアンカジでのオリジナルの話です。


~~~前回のあらすじ~~~

謎の毒素に汚染されたオアシスの水によって、大半

の人間が苦しむアンカジ公国。ハジメや司は彼等を

助ける為に動き出した。司の生み出した解毒剤。

更に彼の魔力を吸収する力。人の治癒力を瞬間的に

高める力を利用し、瞬く間にアンカジ公国は

救われた。そんな中で公国の人々は司の異常な

力に恐れと畏怖を抱きつつも、彼に手を合わせる

のだった。事態終息後、宮殿での会食に招かれた

司たち。そこで司は、ランズィ達に軍事同盟を

持ちかけるのだった。

 

 

「軍事同盟、ですか?」

「えぇ。そうです」

驚きつつも問い返すミスタービィズに私が

答える。私は、食事を終えているハジメと香織、

ルフェアやシアに頼んでミュウを連れ出して

貰った。ハジメ達が遊ぼうと言うと、私の方を

見てきたので、遊んでおいで、と言って促す。

残ったのは私とティオだけだ。

私は改めて2人の方を向く。

「今回の一件で、魔人族がアンカジを狙って

 いるのは明白です。そこで我々、つまり

G・フリートとアンカジ公国が同盟を

結びます。我々の側から提供するのは、

兵力、医療技術、物資などです」

「兵力?と言うと?」

「私達G・フリートには、一般兵として

 ガーディアンという鋼鉄の兵士を居ります」

そう言って、パチンと指を鳴らせば私の後ろに

2体のガーディアンが現れ、ランズィ公達に

対して敬礼をした。

「おぉ!これは……!?」

驚き、席を立つランズィ公。そのすぐ傍の

ミスタービィズや、周囲の執事やメイド達も、

驚いている。

「彼等は人ではありませんから、病になる

 事も疲れる事もありません。加えて、武装

 には銃という現在この世界には存在しない

 兵器を持たせてあります。そうですね。

 アンカジの規模から考えて、最低限でも

 5個師団。合計で10万体と言った所

 でしょうか?」

「じゅ、10万!?司殿は、それだけの兵力を

 用意出来ると言うのですか?!」

「彼等は人ではありませんから。その体を

 創り上げ、後は戦うために必要なデータを

 中に入れるだけ。そして武装を持たせれば、

 兵士のできあがりです。人が数年で一人前と

 なるのに比べて、ガーディアンならば数日で、

 いえ、早ければ1日で実戦に投入出来ます。

 加えて、彼等は恐怖を感じません。痛みもです。

 敵を恐れず、死を恐れず、いざとなれば自分が

 盾となって味方を守る。壊れても新しく

創れば良い。『兵士』として理想的な存在です」

「……その、理想の兵士を司殿ならば10万も

 用意出来ると言うのか。……正直、

 信じがたい」

私の言葉に難しい顔をするランズィ公。しかし……。

 

「信じがたい。が、君なら簡単に用意できそうだ」

次にはため息交じりにそう呟いた。

「それで?司殿はそんなガーディアンの大部隊を

 我々に与えて下さると言うのですかな?」

「えぇ。それと、我々の持つ医療技術もです。

 ガーディアンは現在、戦闘用のデータを

 搭載していますが、そのデータを書き換えれば、

 医療用ガーディアンの配備も可能です。

 更に、この世界にはない薬の類いも、我々

 ならば簡単に生産出来ます。これらの

 医療技術、医療物資に加えて、こちらで

 用意出来る物があれば物資として提供

 しましょう。それ以外にも、必要があり

 こちらが対応可能な事案であれば、優先して

 協力する事も可能ですが?」

 

と言う私の言葉に、二人は顔を見合わせる。

「……正直、司殿たちが我が国の味方になって

 くれるのであれば心強いが、同盟という以上

 は我々に対価をお望みと思われる」

「えぇ。そうです」

「その対価とは一体?貴方たちは何をお望み

 なのだ?」

「我々がアンカジ公国に対して行う要求は

 2つです。一つは、ガーディアンたちの

 保管庫や医薬品製造。物資の貯蔵や

 兵器開発を行う基地建設のための土地を

 提供する事。二つ目は、いざと言う時に

 私達の後ろ盾になる事。以上です」

「そ、それだけですか?本当にそれだけ

 で良いのですか?」

私の提案に、ミスタービィズは驚いたように

席から立ち上がる。

 

「えぇ。それだけです。お金も地位も名誉も 

 必要ありません。今、私達が欲しいのは

 後ろ盾なのです」

「後ろ盾、ですか。とても貴方方には必要な物

 とは思えませんが?」

「えぇ。確かに、絶対に必要かと聞かれれば、

 NOと答えるでしょう。いざとなれば、私は

 世界だって敵に回す事が出来るし、そして

 勝利するだけの算段がある」

ここで、少々脅しまがいに言っておくか。

 

「敵となった物に、私は容赦しない。例えば、

 あの毒素にしてもデータはこの中にある」

そう言って、私はこめかみに人差し指を

当てる。

「あれを改造、いや改良し、即効性の致死毒に

 してばらまく事だって不可能ではない」

「……それは、脅しですかな?」

ランズィ公が、険しい表情で私を睨んでいる。

周囲の執事達もだ。

ティオが、その視線に玄武の鞘を掴むが、

私は手を上げてそれを制止する。

「まさか。例えばの話ですよ。……ただまぁ、

 私は敵を容赦無く虐殺出来るとだけは

 言っておきましょう」

対して私は、冷酷な笑みを浮かべる。

 

「……本当に、恐ろしい方だ。貴方は」

やがて静かに呟くランズィ公。

「えぇ。自覚しています。私はどうも感情

 が希薄なようで。善意や良心と呼べる物を、

 どこかで捨ててしまったようです。しかし、

 知性は持ち得ています。だからこそ、

 同盟を持ちかけているのです」

「司殿。改めて聞くが、何故同盟を?

 貴方ほどの力があれば、後ろ盾は必要無い

 と貴方自身が言っているではないか」

「えぇ。そこは順を追って説明しますが、

 私は以前、聖教教会に喧嘩を売った、

 と言っても良い行為をしました。

 私と共に居た亜人ルフェアを、エヒトを

 侮辱したと言う謂われのない罪で死刑に

 しようとしたので、それに思い切り反発

 する形でハジメや香織と共に、王国と

 聖教教会から離反しました。彼等から

 すれば、私達は目の上のたんこぶです。

 人の救世主であった使徒たちが、

 亜人の方を庇ったなどとは、世間体を

 考えればよくありませんからね。

 と言うか、私達もルフェアを庇った罪で

 死刑にされるところでした。おかげで

 何の抵抗もなく離反出来ましたが」

教会への反発は驚くべき事だったのだろう。

ランズィ公は僅かに眉をひそめ、ミスタービィズ

は驚愕の表情を浮かべている。

「……貴方たちは、聖教教会を敵にした、と?」

「まぁ、実質その通りです。そして、教会の

 信者は世界規模で存在する。それを考えれば、

 その信者たち全員が敵となる可能性が

 あります。当然、私に殺される可能性も、

ですが」

ランズィ公の言葉に私は応える。

 

「しかし、私は別に虐殺を望んでいる訳では

 ありません。ハジメや香織、2人の精神

 衛生上、それは余り良い選択ではありません。

 2人は無為な殺戮を好みませんから。

 ……しかし、明確な敵となった場合、私は

 2人が何と言おうと、敵を殺します。敵は、

 ですが」

「成程。話が見えてきた。万が一、君たちと

 教会側が戦争を始めた時、手を出すな。

 と言う事かね?」

「えぇ。もちろん可能であれば、味方して

 くれる方が良いですが、最悪敵に

 ならなければそれで良しとしましょう。

 ランズィ公とて、私のような化け物に

 国民を喰われたくはないでしょう?」

「……ハァ」

私の言葉に、ランズィ公は深く息をついた。

 

「天使と悪魔は紙一重、と言う事なのだろうな。

 アンカジを救った天使が、殺戮をも辞さない

 悪魔だったとは」

天使と悪魔、か。

「お言葉ですが、私はどちらでもありませんよ。

 私は、ただの『化け物』です。それで?

 如何でしょうか?」

「……。司殿の提案。受けるメリットは大きく、

 そして断り敵となった時のデメリットがそれ

 以上に大きいのも事実。……分かりました。

 その同盟、受けましょう」

「ありがとうございます」

 

私は席を立ち、ランズィ公と握手をした。

ここに、アンカジ公国とG・フリートの

軍事同盟が締結された。

 

 

その後、私達は細かい打ち合わせをした後に

部屋を後にした。

私の後ろに続くティオ。

「マスター。お見事な手腕でした」

「なに。大した事ではない。交渉とは相手を

 如何に納得させるかだ。そして、その為には

 こちらが提示したメリットとデメリットを理解

 し、メリットの方が大きいと思わせる

 だけで良い。実際、彼等は私の力を間近で

 見ている。私を敵に回す事の危険性を十分に

 理解している」

「そのために、あのような『演出』を?」

ティオの言う演出、とは治癒の光をばらまいた

時の事だろう。しかし……。

「気づいていたか?流石はティオだな」

「お褒めにあずかり、恐悦至極に存じます」

そう言って、僅かに頭を下げるティオ。

「確かにあれは演出の意味もあった。

 彼等親子は国民を重んじる、領主の器だ。

 そして故に、国民への危険は極力避けようと

 する」

「そして、だからこそ国民を守る為にマスター

 との対立を避けた、と言う訳ですね?」

「あぁ。あれは私と言う力の大きさを知らしめる

ための演出だ。しかしおかげで、アンカジ公国が

 いざと言う時敵として参加しないと言う

 状況が出来た。いざと言う時、トータス世界の

 人間全てを敵に回さねばならない可能性を

 考えれば、アンカジを中立の立場に持って

行けただけでも収穫だろう」

「はい。……しかし、話には聞いていましたが、

 愚かな者達ですね。その者達はマスターの力を

 知っていて尚、姫やマスター、ハジメ殿を

 死刑にしようとしたのですか?」

「そうだ。まぁ恐らく、私が邪魔だったのだろう。

 奴らにしてみれば、トップはあのバカ勇者の

 方が良いらしいからな」

「……あのクズの事ですか」

と、ティオは心底嫌そうな表情を浮かべる。

 

「そうだ。奴は愚直なまでにイシュタルの言葉を

 信じ、戦争のせの字も知らないくせに戦争に

 参加すると言い出した。しかもなまじカリスマ

 があるから、状況にパニックを起こし掛けて

 いた生徒達が彼に賛同する立場を示した。

 つまり、あのバカを操ると言う事は、生徒達を

 操るに等しい、と言う事だ」

「あの勇者はさしずめ、教皇イシュタルの飼い犬

 ですね。主を信じ、従順に従う。あれでは

 孤高の狼の方がまだ気高い存在と言えます」

犬。犬、か。

「くっ、ははっ……!成程、確かにアイツには

 お似合いの称号だ。クククッ」

私はティオの表現に思わず笑みをこぼした。

 

雫や香織には悪いが、確かにあれは『イシュタルの

犬』だな。奴はイシュタルの言った言葉を信じて

戦争参加を表明した。自分が殺しをしようと

していると、考える事も無くだ。思考停止も

良い所。自分の正義こそが全てと思って居る

ようでは、並みの悪人より尚更質が悪い。

加えて、あれだけ息巻いておいて実際には

敵1人殺せないとは。あれでは『うどの大木』。

いや、奴にこんな表現を使ったらうどに失礼か。

うどは食べられるし薬にもなる。あんな奴より

よっぽど優秀だ。

自分の発言に責任を持てない。その時々で

主義主張が変わる。覚悟も上辺だけ。

外面は良くても中身はポンコツ。

 

う~む。

「改めて思うと、よく奴が勇者になれた物

 だな」

「ですね。ステータスプレートも見る目が無い。

 あんなクズよりもマスターの方が勇者に

 相応しいと言うのに」

「そうか?しかし私は勇者など向かんよ。

 やることが色々残忍なのでな」

「そうでしょうか?仲間を守る為ならば、

 国を敵に回す事も辞さないと言う姿勢。

 世に言うダークヒーローにぴったりかと

 存じますが?」

「……ダークヒーロー、か」

ティオの言葉を聞きながら、私は歩く。

 

やがて、たどり着いたのは宮殿の傍のプール

だった。その中でミュウが泳ぎ回り、

プールサイドに立つハジメ達が彼女を見守って

いた。

「あっ!パパ~!」

その時、ミュウが私に気づいたのかプールから

上がるとトテトテと走ってきて私に飛びついた。

「お話、終わったの?」

「えぇ。もう終わりましたよ」

私は服が濡れるのも構わずに彼女を抱き上げた。

 

「司、どうだった?」

「無事に同盟締結です。こちらから提供するのは

 物資とガーディアンなどの防衛戦力。

 向こうが提供するのは、『いざと言う時』中立の

 立場と基地建設の土地です」

いざという時、と言うだけでハジメ達はどう言う

意味なのか分かっていたので、息をついた。

「これで少なくとも、アンカジは色んな意味で

 大丈夫、って事だね」

「えぇ」

 

その後、私達は宮殿の一角にある部屋へと

やってきた。毒素除去の功績から、私達は宮殿

への滞在を許されているのだ。

そこで私達8人はお茶をしつつ、私は彼等に

ランズィ公から依頼されていた事を話した。

「静因石?それって確か……」

「えぇ。彼等が魔力暴走を止めるために使おう

 としていた特殊な鉱石です。ランズィ公たちに

 大火山へ行く事を話したのですが、その際

 出来れば静因石を持ち帰って欲しいとの事

 でした。もちろん正式な依頼で、持ち帰った

 量に応じた報酬を払うとの事でした」

「そっか。それで司、グリューエン大火山には

 いつ発つの?」

「それなのですが……」

私は呟きつつ、私の膝の上でジュースを飲んでいた

ミュウに目を向けた。

「?パパ?」

ミュウも私に気づいて振り返り首をかしげた。

 

ミュウはまだ幼い。いくらセラフィムがいるからと

言って、大迷宮の探索は危険を伴う。ミュウの

安全を第1に考えれば、ミュウをセラフィムと

もう1人、誰かとこのアンカジで待っていて

貰った方が良い。だが……。

 

「ミュウ。聞いて下さい。これから私達はとても

 危険な所に行かなければなりません」

「うん」

「そしてそこは、セラフィムが一緒だったと

 しても、ミュウにはとても危険な場所なの

 です。最悪、命を落とすかもしれません」

「うん」

彼女は、戸惑い俯きながらも頷いている。

ハジメ達は、何も言わずに私とミュウの会話を

見守っている。

「だからこそ、私は聞きます。ミュウは、

 『どうしたいのですか?』」

「え?」

私の質問に呆けたのは、ミュウ自身だ。

「パパ、ミュウに行くなって、言わないの?」

「もちろん、私としてはミュウに危ない事を 

 して欲しくはありません。でも、だからと

 言って、ミュウのやりたい事、したい事を

 拒むのは、本意ではありません」

「ミュウ、パパ達と一緒でも、良いの?」

「えぇ。ミュウが、貴方がそれを望むなら」

 

私の言葉に、ミュウは少し悩む。やがて……。

「ミュウ、パパと一緒が良い」

「危険ですよ?」

「うん。でも、パパと、せらちゃんが

 守ってくれるって。ミュウ、信じてるから」

「そうですか。……ではミュウ。私達と共に、

 行きましょう」

そう言って、私は右手を差し出す。

「うん!パパッ!」

ミュウが両手でその手を握り返した。

 

 

確かに、危険はあるだろう。だが、それでも

私は彼女を、ミュウを守る。なぜなら私は

ミュウのパパなのだから。

そう、私は決意を固めていた。

 

その後。

「……良かったの?ミュウちゃんを連れて行くの」

ミュウが香織やシア達と遊んでいる時、傍に

座ってお茶を飲んでいたハジメが私に

問いかけてきた。

「確かに、ハジメの指摘も最もですが、だからと

 言ってここに残すことも不安だったので」

「どうして?ここは毒素の件も片付いたし、

 皆司の力を知ってるよ?その娘のミュウちゃん

 に手を出して司の逆鱗に触れるような人は

 居ないと思うけど……」

「えぇ。そこはハジメの言うとおりだと

 思いますが……。ハジメ、疑問に思い

 ませんか?あの巨大バチュラム、

 正確にはそのコアは、どうやってアンカジ

 のオアシスに潜入したのですか?」

「え?……そう言われてみれば、確かに。

 仮に地下水脈からここまで来たのなら、

 そっちも汚染されてないと可笑しいし。

 う~~ん」

「……魔人族が運んだ、とは考えられませんか?」

「ッ!」

 

私の言葉に、ハジメは驚きこちらを見ている。

「まさか、魔人族が何らかの方法でここに

 侵入して、バチュラムのコアを?」

「えぇ。恐らく」

「でも司。アンカジはその周囲を結界で

 覆ってるんだよ?魔人族が入ってくれば

 管理者であるランズィさんが気づく

 はずだよ?」

「それはあの結界を『通れば』の話です。

 例えば、転移してきたとか?」

「ッ!?」

「確かにあの結界は透過した物に悪意が

 あるなどすれば反応しますが、それが

 無いのに、オアシスが汚染された、と言う

 事は、何者かが転移系の魔法を使って

 アンカジ内部に侵入したとも考えられ

 ませんか?」

「そ、そうか。確かにそれなら……」

「そして。この事件の下手人がアンカジ内部

 に潜伏していないとも限りません。

 そして私達は奴らの計画を潰した憎き敵。

 一矢報いようとミュウを狙う可能性がゼロ

 ではありません」

「た、確かに。そう考えると、ミュウちゃんを

 ここに残していく方もちょっと不安だね」

「えぇ。奴らは大迷宮で雫達を勧誘しています。

 いくら魔物が強力とは言え、ッ」

その時、ある考えが私の中で浮かんだ。

 

そして私は、改めて現在持っている情報を

総合して考え始めた。

突然魔物を使役し出した魔人族。野良では考え

られない、戦闘に特化した力を与えられた魔物。

真の大迷宮クラスの魔物。そして……。

大迷宮下層に現れた、あの女魔人族。

まさか……。

 

「司?どうしたの?」

「……ハジメ、そもそもな話、魔人族は魔物を

 どうやって従えていると思いますか?」

「え?それって、さっき司が言ってた、

 魔物を1から創るか思い通り強化する

 って言う力の話?」

「えぇ」

「う~ん。僕自身司の言うとおりだと

 思うよ?だって野良を捕まえて従えさせる、

 って言うのとは明らかに違うし」

「そうですか。……では、私が上げた二つの

 力があるとして、それはどんな力だと

 考えますか?」

「え?……そりゃぁ、普通の魔法とかじゃ

 無いよね。そう言うアーティファクトでも

 あるのか、或いはそんな凄い魔法が……」

 

そこまでたどり着いたハジメは、すぐさま

目を見開いて私を見た。

「ま、まさか……!」

「えぇ。恐らくハジメが予想しているのと

 同じです。まさかとは思いますが、

 魔人族が、『神代魔法』を入手していると

 したら。たった今、その仮定を思い

 浮かんだのです」

「ッ!?……そう思った、根拠は?」

「まず何よりも根拠として上がったのは、

 あのオルクスで遭遇した女の魔人族です。

 彼女が待ち伏せをしていたのは、ダミー

 の100層の、それこそ最下層付近です。

 だが、通常待ち伏せとして理想的なのは、 

 狭い道で前後を挟んで両サイドから

 一気に押しつぶす事。加えてあの

 大迷宮は上下の移動に階段を使う必要が

 あります。そして、極論を言ってしまえば、

 勇者達が下層に潜っている間に、上層と

 下層を繋ぐ魔法陣を破壊して、階段を破壊。

 生き埋めにしてしまえばそれで良い。

 仮に生き埋め状態から脱出出来ても、弱った

 所を更に仕掛けると言う手段も、魔人族側が

 取れる作戦の一つです」

「確かに。でも、奴らはそれをしなかった。

 それは……」

「えぇ。この作戦で階段や魔法陣を壊して

 しまうと、後々『自分達』が使えないかも

 しれないから。つまり、魔人族は大迷宮の

 試練の先に、『神代魔法』がある事を知っている。

 そう考えるべきでしょう」

「……。じゃあ、もしかしたら……」

「大迷宮で魔人族と鉢合わせ、と言うシナリオも、

 考慮すべきでしょうね」

『コクンッ』

 

ハジメは、私の言葉に無言で頷くのだった。

更に……。

「あれ?でも変じゃない?」

「何がですか?」

「大迷宮に潜って、試練を突破したのなら、

 この世界の真実を知っているはずだよね?

 なのに何でこんな事をしてるんだろう?」

「そうですね。考えられる点としては、やはり

 洗脳でしょう。恐らくエヒトは、人類側は 

 自分の名前を使って。魔人族側は別の神の

 名を使うか、或いは別の神を信仰させ、

 その別の神を裏から操る、と言った形を

 しているでしょう。だからこそ、例えば

 魔人族側に真実を知る者が現れたとしても、

 洗脳や記憶の改竄を行い、真実を忘れさせる

 などしているのでしょう」

私の言葉に、ハジメはどこか悲しそうな表情を

浮かべた。

 

「結局、魔人族も奴らにとっての駒って

 事なのかな」

「……ハジメ」

「うん、分かってる。魔人族は僕達人間を

 敵として見ている。だから容易に和解出来る

 なんて思ってない。……ただ、やっぱり

 彼等も被害者なんだって事は、覚えて

 おきたいんだ」

「……ハジメ、どうかその優しさを

 忘れないで下さい。戦争は狂気の沙汰。

 人を変えてしまう。だからこそ、

 貴方は変わらないで下さい」

「うん。分かってるよ。なんてたって、僕は

 G・フリートの良心だからね」

そう言って、ハジメは笑みを浮かべる。

やがてしばし間を置き……。

 

「ねぇ、司。この世界は、この先どうなると思う?」

「……少なくとも、エヒトが居る以上、

変わる事は奴が許さないでしょう。人は亜人や

魔人族を憎み、逆に彼等は人を、異なる種族を

蔑み憎む。この世界その物が他種族への

憎悪を煽り続ける。負の連鎖は止まるところを

知らない。そして凄惨な戦場で絶望しながら

死んでいく者達を見て、奴は嗤っている」

 

「『何よりも悪しきは、神にあらざるもの

 神と認めることなり』」

そんな中でポツリと呟くハジメ。

 

「ティレンティウスの言葉ですか」

ハジメの語った言葉は、紀元前のローマに存在した

劇作家、プビリウス・ティレンティウス・

アフェルの言葉だ。

「ジョーカーのデータベースを漁っている時に 

 少しね。……この世界の人達は、認める神を

間違えたんだよ。今のこの世界のあり方が、

それを証明している」

 

「異なる者を異端と蔑み、見下し、争い、

 憎悪し、それを深め、終わりの見えぬ

 凄惨な争いへと突き進む。その憎悪は

 相手を滅ぼすまで終わる事の無い。

 輪廻のように、この世界は憎悪が

 巡り続けている。そして、それを助長する

 者こそが、エヒト」

「うん」

 

ハジメは、頷くと近くでミュウと遊んでいる

香織やシア、ユエやルフェア、ティオに

目を向けた。

 

「司」

「はい」

「……僕は戦うよ」

ハジメは、真っ直ぐ私を見つめる。

「今の僕には、守りたい人がたくさん居る。

 香織、ユエちゃん、シアちゃんと言う

 愛する人。ルフェアちゃんやティオさん

 と言う、大切な仲間。そして、司という

 『盟友』」

「ッ、私が?」

私は、ハジメの言葉に一瞬驚いた。

 

「……初めてこの世界に来た時、最初は、

心のどこかで喜んでいたんだ。魔法が

現実に存在する世界。ラノベを読む者

なら、多分憧れる夢の世界。……でも、 

ここで現実を知った。夢は所詮夢。

魔法が使えても、亜人が居ても、そこ

には必ず血なまぐさい争いと憎悪が

存在している。そしてこの世界に

来て、改めて自分達の生活がどれだけ

平和だったのかを思い知った。

……温かい食事に、何気ない日常。

ありふれた普通。僕はそんな普通に

戻りたい。皆と一緒に。皆で平和に

暮したい。一緒に笑っていたい。

 ……例えそれが、叶えるのが

 難しい夢だとしても、僕は諦めない。

 僕は僕の夢のために戦う。エヒトと」

「ハジメ……」

 

彼の瞳に宿る決意は、本物だ。今までの旅の

中で、ハジメの魂は刃物を研磨するように、

磨かれてきた。戦いを経験した彼は、世界の

残酷さを知った。その上で、隣に愛する人々が

居る事の幸せを知った。普通という生活が

どれだけ貴重なのかを知った。

そして、だからこそ磨き上げられた魂が、

彼の体に宿る。

 

「僕は、諦めないよ。司。エヒトが

 邪魔してきたって、戦って、

 ぶっ潰してやる……!」

ハジメは、ギュッと拳を握りしめる。

 

明確な決意。戦う意思。……そうか、

いつの間にか、ハジメは立派に成長して

いたのだな。

そう思えば、感慨深い物がある。

 

そうだな。私にも今、守るべき、愛する人が

居る。だから……。

 

「ハジメ、それは私も同じです。

 だからこそ、共に戦いましょう」

そう言って、私は右手を差し出す。

「愛する人を守り、平和なあの日々へ

 戻る為に」

「うん。戻ろう。皆で一緒に。あの日々に」

ハジメは、決意を浮かべた表情で、私の手を

握り返した。

 

 

男達は、決意を新たにしていた。

愛する人たちを守り、生き延びて、そして、

自分達が望む未来を実現させるために。

 

 

 

毒素の浄化の一件の翌日。

司は極秘裏にランズィ達と同盟を締結。しかし

アンカジ公国にも聖教教会の司祭と神殿騎士が

常駐している以上、発表はまだだった。

ランズィは、発表を司たちが静因石を持ち帰った

時にすると約束していた。

 

そして、アンカジ公国のゲート前。

そこにはバジリスクが止まっており、その前

にはハジメと司たちが集まっていた。

更に周囲では、それを遠巻きに公国民が

見守っていた。

 

「総員傾注」

やがて、ハジメ達7人を前にした司が口を

開いた。

「これより我々は、大迷宮の1つ。

 グリューエン大火山へと向かう。

 知っての通り、大迷宮は危険だ。

 特にこれが初めての大迷宮である

 ティオと、セラフィムがいるとは言え

 ミュウが同行する。これに関しては

 私が最大限サポートするが、ハジメ達

 も万が一の時は二人のサポートを

 お願いしたい」

「うん……!」

「任せて!」

頷くハジメと香織。シアとユエ、ルフェアも頷く。

 

「よし。ではこれより、我々G・フリートは

 グリューエン大火山へと向かう!

 乗車!」

「「「「「「「了解(なの)!!!!」」」」」」」

ミュウを始めとした、7人の威勢の良い返事が

周囲に響く。

 

そして、私達はバジリスクに乗り込む。

目指すは、次なる大迷宮、グリューエン大火山。

「行くぞ……!出発!」

エンジンを唸らせながら走り出すバジリスク。

 

こうして、私達の新たな大迷宮攻略が

始まった。 

 

     第49話 END

 




次回からグリューエン大火山でのお話です。お楽しみに。

感想や評価、お待ちしています。


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第50話 グリューエン大火山

今回からグリューエン大火山です。


~~~前回のあらすじ~~~

アンカジ公国を救った司は、ランズィ達に

G・フリートと公国の軍事同盟を持ちかけ、

これを無事に締結した。その後、司はハジメ

との会話の中で、魔人族が神代魔法を使える

のでは?と言う仮定に行き着き、今後

大迷宮で魔人族と交戦する可能性を示唆。

しかしハジメはそれでも戦う決意を示した。

そしてミュウを含めた8人は、次なる

大迷宮、グリューエン大火山へと向かうの

だった。

 

 

グリューエン大火山。

それは、アンカジ公国より北へ約百キロメートルの

位置にある。山、と銘打たれては居るが、見た目は

丘のような場所だ。最も規模と標高は並外れて

いるが……。

 

この大火山も、世間一般では大迷宮として有名だ。

ただしオルクスと比べて魔石の回収がそこまで

望めない事。内部の厄介さ。更には大火山を

覆う砂嵐という名の防壁をまず越えなければ

ならない事から、ここを訪れる冒険者は

そうそう居ない。

 

まず最初の難関は、大火山を覆う巨大な砂嵐の

壁だ。しかもこの中には当然、サンドワームを

始めとした魔物もいる。並みの冒険者ではまず

ここさえ突破出来ない。

 

 

だがしかし、司たちが並み程度では無かった。

 

「あれ、まるでラピュ○だね」

「うん。あのシーン見た事あるよ。完全に

 ○ピュタだよね」

「二人とも!隠した意味が無くなって

 ますっ!」

砂嵐を見上げながら呟くハジメと香織に

ツッコみを入れるシア。

「あの中を徒歩で進むのは、ちと遠慮

 したいのぉ」

「ん。同感」

同じようにため息交じりに呟くティオに

同意するユエ。

「まぁでもそこはほら。大丈夫だよ。

 なんて言っても……。これが

 あるんだからね」

そう言っているルフェア。

 

彼女が言うこれ、とは『ヴァルチャー』の

事だ。

 

そう、今司とハジメ達は7機のヴァルチャーに

乗っていた。ちなみにミュウは司の1号機の

中で、彼の膝の上に乗っている。

7機のヴァルチャーが横一列に並び、その

コクピットの中ではミュウ以外の全員が

ジョーカーを纏っていた。

 

「すごいの!パパ、ミュウ達お空を

 飛んでるの!」

私の膝の上に座る、待機状態、つまり

ぬいぐるみのセラフィムを抱っこしている

ミュウ。

「そうですか。とは言っても、外の景色は

 何とも味気ないですが……」

カメラから見える映像は、一面赤銅色の世界。

風景も何もあった物ではない。

「お兄ちゃん、そろそろ」

その時、ルフェアから通信で声が聞こえた。

突入を促す物だろう。

「そうですね。……各員、傾注。これより

 我々G・フリートはグリューエン大火山の

 攻略を開始する。我々の目的は第1に

 試練を突破し神代魔法を入手すること。

 第2に、アンカジ公国から依頼された

 静因石を採取し、これを公国へ持ち帰る事。

 なお、昨夜話した通り、魔人族は神代魔法

 の存在を知っている可能性がある」

私の言葉に、ハジメ達はコクピットの中で

聞いていた。

「よって、大迷宮内部で魔人族と遭遇、

 戦闘になる可能性は十分にある。その事

 を総員肝に銘じて欲しい」

「「「「「「「了解……!」」」」」」」

通信機からハジメ達の返事が聞こえる。

皆、気合いが入っているようだ。

 

「よし。ではまず、この砂嵐を突破する。

 全機、続け」

ミュウが乗っている、と言う事もあり、私は

ヴァルチャーを微速、と言っても時速40キロ

程度で前進させる。ハジメ達のヴァルチャーが

それに続く。

 

そして、私達は砂嵐の中に突入した。

7機のヴァルチャーが砂嵐の中、スラスターから

桃色の炎を吐き出しつつ前へ進む。

こちらがゆっくり進んで居る事もあって、風と

叩き付けられる砂粒によって機体が僅かに

揺れている。

「……少し揺れるね」

「それに一面砂嵐で殆ど何も見えない

 ですぅ」

ヴァルチャーを操縦しながら呟く香織とシア。

「これだと目視による索敵とかは無理だね」

「えぇ。全機、レーダーに気を配っておくように。

 この状況では機体のカメラアイもあまり

 役に立たないでしょう」

「「「「「「「了解」」」」」」」

私の言葉にハジメ達の返事が返ってくる。

 

幸い、空中を飛行しているため魔物が襲ってくる

事は無かった。

「……下にはサンドワームとかが結構居るね」

「うむ。レーダーにちらほらと、サンドワーム

 だけではないのぉ」

通信機からルフェアとティオの会話が聞こえてくる。

対地レーダーを確認すれば、確かに砂の下に

サンドワームやそれ以外の魔物の反応がある。

「高度は十分取っていると思うが、相手は

 魔物だ。十分に警戒しておこう」

私が警戒を促せば、皆が頷いた。

 

しかし、高度を取っていたおかげで、魔物が

襲ってくる事は無かった。

そして、飛行を続ける事数分。

不意に、視界が開けた。

「あっ。抜けた」

ポツリと呟くユエ。

 

どうやら砂嵐を突破したらしい。私達の眼前には、

エアーズロックを数倍に大きくしたような

グリューエン大火山が現れた。どうやら砂嵐の

影響なのか、頭上には青空が見える。まるで

台風の目の中に居る気分だ。

 

さて、と。

「各機へ。グリューエン大火山の迷宮への入り口は

 頂上にあるとの事です。このまま頂上付近まで

 飛行します」

「「「「「「「了解」」」」」」」

私達はヴァルチャーに搭乗したまま、大火山の

頂上へと向かう。ものの数分で頂上付近に到着

した私達は入り口を探した。頂上には、いくつ

もの歪な岩石群が点在していたが、その中で

一際目立つ物があった。試しにその目立つ

アーチ状の岩石の周囲をスキャンすると、

その岩石の下に地下へと伸びる階段を発見した。

 

「どうやらあそこが入り口のようですね。

 各機、降下体勢。ただし警戒は怠らない

 ように」

私の指示に従い、周囲を警戒しながら

ゆっくりと着地するヴァルチャー。そのまま

周囲を警戒しつつスキャンするが、どうやら

この辺りに魔物や敵は居ないようだ。

「各員へ、ここからは徒歩で移動します。

 ヴァルチャーを降りて下さい」

「「「「「「「了解」」」」」」」

私は、ミュウが熱にやられないように機体の

周囲にシールドを展開。ヴァルチャーに

片膝を付けさせるとハッチを開放。周囲を

警戒しながらミュウを抱えて飛び降りた。

 

周囲でも、ハジメはハッチ解放と共にトールを

抜きながら周囲を警戒しつつ降りてくる。

香織達も同じように、既に手に武器を持った

状態で次々と降りてくる。

全員がヴァルチャーを降りると、パイロットの

居なくなった7機のヴァルチャーを宝物庫に

格納する。

 

さて……。

「ミュウ。すぐにセラフィムを纏って下さい。

 ここは高温でとても危険ですから」

「うん!せらちゃん!お願い!」

すると、ミュウの言葉に応じてぬいぐるみ

だったセラフィムが粒子化。瞬く間に

ミュウを包んで起動。そのポッド内に

彼女を収めた。

 

それを確認した私はシールドを解除した。

さて、と。

私は皆の前に立つ。

「総員傾注。……我々はこれからこの

 グリューエン大火山の大迷宮を攻略する。

 事前情報として、内部は高温、かつマグマ

 が吹き出してくると言う天然のトラップが

 ある。また、内部に潜んで居る魔物はこの

 環境下で生きている事を考えるに、マグマ

 に耐性を得て尚且つその力を行使してくる

 ものと思われる。そこで私が新兵器を

 開発した」

そう言って、私は新兵器のデータを、

セラフィムを含めた皆に送る。

 

「これ、か」

ハジメはジョーカーのディスプレイに映った

武器を早速実体化させた。

そして……。

「これって、アテン?」

実体化した武器を見て首をかしげる香織。

彼女の言うとおり、召喚された武器は

熱線を放つアテンに形がよく似ていた。

 

「ちょっと違いますね。それはアテンを発展

 改良した、超低温レーザーを放つ冷凍兵器、

 『ガンガー』です。ガンガーはマイナス

 183度まで対象を冷却します」

「冷凍兵器か。随分凄い物創ったね司」

苦笑交じりに呟くハジメ。

「本来は大規模火災の鎮火のためにと、

 地球に居たときから考えていたシステムです。

 それを銃火器サイズまで小さくしました。

最も、そのサイズだとジョーカーとの接続

を確立しなければ使い物になりません。

なので、各自コネクターをガンガーに

接続してください」

私の指示通りにコネクターを接続するハジメ達。

ちなみに、ミュウの乗っているセラフィムの

場合はEジョーカーと同じように背面のマウント

ラッチに配置。セラフィムは通常のジョーカー

よりも内部ジェネレーターが大型なので、

ガンガーの威力は強化されている。が、

ミュウに実戦に参加する意思があるとは

思えないので、どちらかというと彼女を

守る為に取り付けたものだ。

 

「さて、と」

皆がコネクターを接続したのを確認すると、

私も自分のガンガーを取り出してコネクターを

接続。振り返って階段の奥へと視線を

向けた。

 

「行くぞ」

たった一言。私が呟いただけでハジメ達の

雰囲気が変わる。

そして私達は、グリューエン大火山の中の

大迷宮へと潜っていくのだった。

 

 

大迷宮の内部はやはり不可思議だった。

何と言ってもマグマの川が宙に浮いているの

である。ハジメが、『まるで龍が泳いでるみたい』

と言って居た。そして当然、空中以外にも

マグマの川がある。ここを行くのなら、頭上と

地上の両方に気を配らなければならない。

更に……。

 

『ブシュゥゥッ!』

「っと!危ないっ!」

突如、最後尾を歩いていたティオとハジメの間を

分断するように壁からマグマが噴き出してきた。

瞬間的に後ろに飛ぶハジメ。

前を進んで居た私達は咄嗟に後ろを向く。

「だ、大丈夫かハジメ殿!」

ミュウを守る為、彼女を乗せたセラフィムと

一緒に歩いていたティオがハジメの方へ

視線を向けながら叫ぶ。

「な、何とか~。あ~びっくりした」

やがてマグマの放出が終わるとハジメが

戻ってきた。

「……正しく天然のトラップだね」

香織は周囲を警戒しながら呟く。

「ん。油断大敵」

ユエもその言葉に頷きながら周囲を警戒

している。

 

このように、壁から不規則にマグマが

噴出しているのだ。

一応、ジョーカー全機とセラフィムには

耐熱コーティングを施してあるので

1万度を超える温度でも無い限り装甲が

融解する事は無いが、だからといって

その耐熱コーティングを過信するのは

危険だ。

なので全員、油断しないように厳命してある。

またミュウを乗せたセラフィムは常時

バリアを展開している。

 

「……本来、冒険者はこの危険極まりない

 通路をマグマの熱さと戦いながら行く

 訳ですか」

「うん。そう思うと、私達はジョーカーが

 あるからまだマシなんだろうね」

先頭を歩く私に頷くルフェア。

 

チラリと外気温を示す数値を見れば

サウナもかくやと言わんばかりの高温だ。

ここを歩くと言う事は、焼けた鉄の上を

歩いているような物だろう。

幸い私達はジョーカーがある。ジョーカーの

機密性は折紙付き。加えて過酷な環境で

パイロットの集中力が乱れないように冷暖房を

完備している。

おかげで茹だるような熱さからは回避出来て

いるが、もしジョーカーが無ければマグマに

加えてこの熱さとも戦わなければならない。

 

やがて、私達はある広い場所に出た。

「……これは……」

私が壁に歩み寄り、壁を調べる。

ハジメも同じように私の隣に立って

あちこちを見ている。

「この痕跡って、人為的な物かな?」

「えぇ。恐らく以前はここで静因石を

 採掘していたのでしょう」

ハジメに答えながらジョーカーのパワー

を生かして壁を削っていくと、奥から

小さな、薄い桃色の鉱石を発見した。

それを取り出す私。

 

「ふむ。ティオ」

「はい。何でしょう?」

私は周囲を警戒していたティオを呼ぶ。

「静因石、と言うのはこれで間違い無いか?」

そう言って私は桃色の鉱石を見せる。

「えぇ。これです。間違いありません」

「そうか。ありがとう」

私は改めて静因石を見つめる。

更に周囲のハジメや香織、ミュウやルフェア達が

私の掌の静因石を見つめている。

 

「……小っちゃいね」

ポツリと呟くミュウの声がセラフィムのスピーカー

を通して聞こえる。彼女の感想にシアや

ルフェアが頷き、私は周囲を見回す。

「どうやら、この周辺の物は粗方取り尽くされた、

 と言う事でしょうね。もっと大きな物を

 採取するとなると、階層を降りていくしか

 ないでしょう」

そう言うと私は、無いよりは良いだろうと考え、

小さな静因石を宝物庫にしまいガンガーを持ち直す。

「行きましょう」

皆が私の言葉に頷く。

 

そうして、トラップと魔物に警戒しながら

着々と階層を降りていく私達。

そして、8層目に到達した時だった。

 

突如として炎の壁と表現出来る物が私達に

襲いかかった。

「ッ!シールッ」

その時、前方を歩いていた香織が咄嗟に

シールドを展開しようとする。

が、しかし……。

「せらちゃん!」

彼女の言葉を遮るようにミュウの叫びが

聞こえた。

 

するとセラフィムが、咆哮にも似た、

ジェネレーターの駆動音を響かせながら私たち

全体を覆うシールドを展開した。

「み、ミュウちゃん!?」

これにはびっくりのハジメ達。

「みんなはやらせないの!」

『(^_^)v』

スピーカーを通して聞こえるミュウの声と、

顔にピースサインの顔文字を浮かべるセラフィム。

と、その時攻撃が収まって私達は前へと

視線を戻した。

 

そしてそこには、攻撃をしてきた魔物の姿が

あった。

それは一言で言えば牛だった。

但しマグマの中に立ってマグマを纏った、

口から炎を吐き出している牛だが。

 

「まさかとは思ってたけど、やっぱり魔物も

 そっち系の能力持ちか!」

叫ぶハジメ。確かに予想はしていた。こんな

環境で生活する魔物なら、マグマや熱に対する

耐性を獲得していても可笑しくは無い。

 

だが……。

「ガンガーの性能テストの相手にはちょうど良い。

 香織、ルフェア」

「うん!」

「任せてお兄ちゃん!」

私が声を掛けると、香織とルフェアが前に出る。

マグマ牛はそれを訝しみ、ブルルと鼻息を

荒くする。

 

私と二人がガンガーを構える。

「用意。撃てっ」

そして私のかけ声に合わせ、3丁のガンガーから

青い超低温レーザーが放たれた。シールドを声

マグマ牛に命中する青いレーザー。

すると……。

『ビシシシシッ!』

瞬く間にマグマ牛が固まってしまった。

 

しかしそれも束の間。冷凍地獄と灼熱地獄。

二つの急激な温度差に絶えられる訳も無く……。

『バリィィィィンッ!』

マグマ牛だった物は、瞬く間に罅が入り

砕け散った。砕け散った氷が、マグマの

熱で溶けていく。

 

 

「ふむ」

ガンガーの威力を確認した私は、銃口を

下げた。

「どうやらガンガーは無事使えるよう

 ですね」

「は、ははは。相変わらず司の創る武器は

 威力がエグいなぁ」

私の後ろで苦笑を浮かべるハジメと、

うんうんと頷くユエやシア。

 

その後も、マグマのコウモリやらウツボモドキ。

ハリネズミにカメレオン、蛇などの魔物と

遭遇したが、皆全てガンガーの威力のまえに

砕け散った。

ちなみに、と言うか、ミュウが思いっきり

戦闘に参加していた。時にはセラフィムに

命令して背中のガンガーをぶっ放していた。

 

如何に相手が魔物とは言え、生物を手に掛ける

事に躊躇いが無い。念のためミュウに色々と

聞いてみるが……。

「ミュウ、パパ達と一緒に居られるのは

 嬉しいの。でも何もしないのは違う気がするの。

 だから、ミュウも戦うの」

「……ミュウ、自分が何をしているのか、

 分かっていって居るのですか?」

彼女としては、お荷物である事が嫌なのだろう。

だが、だからといって命を殺そうとするの

なら、生半可は許されない。特に、人を討つ

と言う事になれば尚更だ。

確かに私はミュウに甘いかもしれない。

だがこの事だけは、譲れない。いや、ミュウの

為にも、妥協する訳には行かない。

 

「かつて、私の先生は言いました。力を

 振るう事になれてしまったら、そこに

 躊躇いが無くなってしまったら、それは

 人ではなく獣になってしまう、と。

 戦う、と言う事は殺す事。誰かの命を

 奪う事です。魔物ならまだしも、人と

 戦うとなれば、そこには覚悟が必要です。

 もしかしたら、相手にだって親しい家族や

 恋人がいるかも知れません。それを分かった

 上で殺す。それが、人の命を奪うと言う事

 なのです。ミュウ、貴方は何故、そうまで

 して戦おうとするのですか?」

「ミュウ、まだ戦うとか、殺すとか、よく

 分からないの。……でも、弱いままは

 嫌なの」

「……どうして?」

 

「もし、ミュウが強かったら、きっと、今も

 ママと一緒に居られたかもしれないの。

 ママ、きっといっぱい心配してるの。

 でも思ったの。パパたちみたいに

 強くなれたら、もうママに心配させない

 くらい、強くなれたらって!

 そしたら今度はミュウがママを守るの!」

 

それが、ミュウの強くなりたい理由、か。

家族を、母親を守る為に。

「……大切な人を守る為に、その手を血で

 汚すかもしれない。ミュウはまだ幼い。

 だからこそ、覚悟については聞きません。

 でも、もしかしたらその選択を後悔

 する事になるかもしれませんが、

 それでも良いのですね?」

「うん。ミュウは、パパとママを守れる 

 くらい、強くなりたいの!」

 

そうか。それが、ミュウの選択ならば……。

「分かりました。ならば、これからは

 ミュウの好きなように動き、戦って

 下さい」

「良いの?パパ」

「えぇ。……ミュウの行きたい道を選ぶ

 権利は、ミュウ。貴方自身にある」

そう言って、私はセラフィムの胸に

指を当てる。

「ミュウがその道を選ぶのなら、私は

 パパとして、それを支え、アドバイスを

 するだけです」

「うん。ありがとう、パパ」

『(^_^)』

ミュウの表情を代弁するかのように、セラフィム

が笑みの顔文字を浮かべる。

 

こうして、ミュウも彼女なりに戦う意思を

示した。

会話を終え、改めて歩いていた時。

「良かったの?司。ミュウちゃんの事」

傍を歩いていたハジメが声を掛けてきた。

「正直、まだ幼いミュウちゃんを戦わせる

 のって、酷な話だと思うけど……」

「確かに、傍目から見ればハジメの言う

 通りでしょう。しかし……。

 彼女はその選択を強制された訳では

 ありません。自らの意思で、それを

 選んだのです。……酷な話ですが、

 命を奪う事に恐怖し戦う事への挫折を

 経験するも良し。

 戦う事の過酷さを知りながらも、その

 決意に磨きを掛けるのもまた良し。

 挫折か、前進か。それを経験するのは、

 ミュウ自身なのです。彼女が戦うと

 言うのなら、私は止めません」

「『私は好きにする。諸君等も好きにしろ』。

 前に司くんが皆に言った言葉だよね?

 要は、この通りって事?」

「えぇ」

私は、後ろを歩く香織の言葉に頷く。

 

「人生における選択肢の決定権があるのは、

 どこまで行っても自分自身ただ一人。

 そこに年齢は関係ありません。そして。

 自分の道を自分の意思で選べないのならば、

 それは人間ではありません。ただの人形です」

「……周囲の言葉は、あくまでも意見、か」

「そうです。例え家族であろうと、それが

 本人を思ってのアドバイスであったとしても、

 選択するのは自分。アドバイスに従う事を

 一概に悪い、とは言いませんが、戦場では

 そうは行かない。戦争をすると言う事は、

 普段の何気ない選択とは違う。自分の意思で

 戦うと決めない限り、その意思はとても

 脆く、崩れやすく、そしてその脆弱性が、

 命に関わる事だってあります」

覚悟の無い者は、戦争で簡単に死ぬ。

 

実際、あのバカ勇者。あれはダメだ。戦争参加を

謳ったくせに実戦で敵も殺せないと来た。やると

言った事を実行出来ていない。あれこそ覚悟の無さ

を体現している。よくもまぁあれで勇者など

名乗れた物だ。

 

「戦争をする、と言う事は即ち自らとの戦いでも

 あります。殺し殺される狂気の中で、自らを

 保っていられる人間は、そう多くは無い

でしょう。その自らを保つ方法が、覚悟を持つ

と言う事なのです。覚悟無き者は、壊れ、

狂っていくだけ」

「……狂気に呑まれないが為の覚悟、か」

ポツリと呟くハジメ。

「そうです。だからこそ、ミュウに覚悟が

 あると言うのなら、私達はそれを支え、

 成長させるだけです。覚悟を芽生えさせ、

 大きく成長させるか。或いは争いの 

 恐怖の前に覚悟を枯れさせるか。それは、

 ミュウ次第なのです」

私達は、静かにミュウを見守りながらも

前へと進んだ。

 

 

やがてしばらく歩いていたが……。

ふと後ろを見れば、香織やルフェア、ハジメ

の呼吸が少々荒いようだ。まぁ無理も無い。

「そろそろ休憩にしましょう。ここまで

 歩きと戦闘の連続です。何よりマグマの

 トラップを警戒して緊張の連続でしたから」

「賛成」

と頷くハジメ。香織達も同様に頷く。

ここに来るまで緊張しっぱなしだった。

どこかで休憩しなければ、張り詰めた緊張の

糸が千切れて、致命的なミスになりかねない。

 

なのでハジメの錬成で壁際に部屋を創り、それを

広げてから入り口と壁に耐熱、耐爆コーティング

を施し、空気穴を設置。更に外で熱せられた

ジョーカーの外装をユエの水魔法で冷却。

と思って居たら、水を掛けた時に装甲の熱

で水が蒸発してしまった。やむなく水蒸気を

私が消滅させ、私が概念操作の力で

『熱自体』を消滅させた。

 

そこまでやって、やっとメットが取れた。

「ふぅ~~」

ハジメはメットだけを取り息と突いた。

他の面々も皆メットを取るだけに止めて、

ジョーカーをいつでもまとえるように

している。

セラフィムの胴体ハッチが開き、中から

這い出てくるミュウ。

 

「何だか、ちょっと暑いの」

と、そう言って息をつくミュウ。

「空気穴がありますからね。完全に密閉

 していないので仕方無いでしょう」

「ん。なら任せて」

すると、ユエが魔法で部屋の中央に氷塊を

出し、更にティオが風魔法で周囲に冷気を

循環させる。

「ふみゅう、涼しいの~」

冷気に当たり笑みを浮かべるミュウ。

 

「それにしても、この迷宮も随分過酷

 だね。分かってはいたけど、ジョーカー

 無しでこの熱さの中を行くのは、

 正直避けたいよ」

と、空気穴から見える外の様子を見ながら

呟くハジメ。

彼の言葉に香織達が頷く。

「もしジョーカーが無かったら、今頃

 汗ダラダラになってたと思いますぅ」

そう呟くシア。

「この熱さの中じゃ、集中力を維持するのも

 大変だよね。魔物にマグマの天然トラップ、

 そして何よりもサウナみたいな熱さ」

彼女の言葉に、皆に水のボトルを配っていた

香織が同意する。

 

「ふむ。もしやこの状況その物がこの大迷宮

 のコンセプトやもしれんな」

「コンセプト?」

と、ティオの言葉に首をかしげるルフェア。

「うむ。姫やマスター、そしてハジメ殿たちの

 話は以前にも聞いて居る。大迷宮にはそれぞれ

 コンセプトがあると言う話じゃ。例えば

 オルクスではあらゆる能力を持つ敵と戦い

 勝利する力を。ライセンは魔力をほぼ封じ

られた状態で臨機応変に対応する力を、

じゃったかの?」

「あぁ。ティオの言葉通り、オルクスでは

 あらゆる実戦経験。ライセンは、魔力を

 封じられた状態での対処などだ。

 あらゆる魔物が敵という事は、この世界

 全ての存在を敵に回す可能性の示唆、

 と言った所だろう。

 魔力はこの世界において便利の一言に

 尽きる。攻撃を始めとして、治癒に

 肉体強化など。魔法を使える事は

 アドバンテージであり、逆に魔法に

 頼り切った上で強い程度では、神

 には勝てない、と言う示唆だろう」

「うむ。そして恐らくこの大火山の迷宮は極限の

環境下における奇襲などへの即応、

と言った感じだと思うのじゃ」

「だからこんな地獄みたいな環境、って

 訳なのね」

ティオの言葉に、ハジメは外を見つめながら

ぼやく。

 

「と言っても、オルクスもライセンも、色んな

 意味で地獄だったらかなぁ」

「うんうん。オルクスは魔物がもうたくさん居て

 2ヶ月も地面の下だったもんね。

 と言うか、私達でも突破に2ヶ月掛かった

 って事を考えると食料の問題が切実

 だよね」

ハジメの言葉に頷く香織。

 

「確かに。あの時はお兄ちゃんが居てくれた

から食べ物には困らなかったけど、普通なら

2ヶ月分も食料を持って戦ったり

なんて出来ないもんね。魔物の肉は毒があるから

食べられないし」

「あとはライセンもですぅ。魔法を使うにしても

 バカみたいに魔力を消費してしまいますし、

 あの時は司さんの機転とジョーカーと

 魔力関係無い武器があったからどうにか

 なりましたけど、もしそうじゃ無かったら

 もっと大変な目にあってた気がします」

「確かに……」

香織に同意するルフェア。更にシアの言葉に

同意すユエ。

 

「大迷宮って、そんなに大変なの?」

そんな中で、私の胡座の上に座っているミュウが

皆を見回しながら呟いた。すると皆

う~んと唸る。

「大変、の一言で片付けて良いのかなぁ」

「いやぁ無理だと思いますぅ」

首を捻る香織の言葉を否定するシア。

「……あれこそ地獄。司が居たから楽勝

 だったけど」

「そう言う意味では、司が居る事自体、もう

 既に迷宮攻略に王手を掛けてるような物

 なんだよなぁ」

ユエの言葉に、どこか遠い目で頷くハジメ。

「確かに。お兄ちゃんって、苦戦って言う

 言葉を知らないよね」

「味方にすれば、皆等しく世界最強クラス

 武器と防具を手に入れ、尚且つ与えた本人が

 その数十、いや数百数千倍は強いと言う

 のじゃから。……改めて思うのじゃが、

 エヒトと戦っても負ける未来がちっとも

 見えてこんのじゃ」

苦笑するルフェアと、ハジメのようにどこか遠い目

のティオだった。私はそんな彼等の様子を見ていた。

 

「しっかし、逆に言えば今の僕達、つまり

 ジョーカーを装備している状態の僕達

 レベルの強さじゃなきゃ、大迷宮攻略は

 難しいって事だよね」

「うん。そう考えると、呼び出された

 段階で凄い力を持ってる私達でも、

 多分それだけじゃ迷宮攻略は無理

 だよね」

ハジメの言葉に頷く香織。

 

確かに、二人の言うとおりだろう。

神と戦う以上、生半可は許されない。だから

こそ、あの難易度なのだろうが、あれを

7つ全て突破出来るような存在が、私達を

除いてこの世界に居るのか?

と、私は疑問を覚えるのだった。

 

「まぁ、結論として大迷宮攻略は、

 常識的に考えて不可能、といった所です

 かね」

「だね。その常識を覆す、司みたいな

 存在が居ないとまず無理だね」

私の言葉にハジメが頷き、皆もうんうんと

頷いている。

 

それからしばらく休憩して、私達は再び

移動を開始した。

そして私達は、時折襲い来る魔物を撃退しながら

静因石を探して採取しつつ、下へ下へと潜って

行った。

 

そこに罠を張っている者が居るとは知らずに。

 

 

      第50話 END

 




次回、『あいつ』と戦います。まぁ原作と違ってボッコボコにされるでしょうけど。
ってかもしかしたら死ぬかも。……どうしよう。

感想や評価、お待ちしています。


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第51話 アンブッシュ

って事で大火山の大迷宮も終わりに近づいてます。アイツが出てきますけど、原作より傷み目にあいます。


~~~前回のあらすじ~~~

アンカジ公国を出発したハジメと司たちは次の

大迷宮、グリューエン大火山へと到着し、内部へ

侵入。途中でランズィ達から頼まれた静因石を

回収しつつ下へ下へと潜っていく司たち。

そんな中で、ミュウは強くなりたい意志を示し、

子供だからとハジメや司達が避けさせていた

戦いに、彼女も参加するようになるのだった。

 

 

今、私達は時折静因石を採取しつつ、下へ下へ、

階層を降りていって居た。

時折休憩を挟みつつ、既に移動する事数時間。

「もうかなり歩いてるけど、今私達ってどの

 辺りに居るんだろ?」

「うぅむ。これまでの事を鑑みるに、もはや

 麓の辺りまで下っていると思うのじゃが……」

香織の言葉に答えるティオ。

私は、二人の会話を聞きつつ、いつものエコー

ロケーションの力で周囲の様子を確認するが……。

「どうやら、この先に広大な空間があるよう

 ですね」

「広大な、空間?」

返ってきたデータを解析しながら呟くと

隣を歩いていたハジメが首をかしげた。

 

「……もしかしてボスの部屋?」

「かもしれません」

ポツリと呟くユエに、私はそう答える。

すると、彼女達の警戒心が一層増す。

 

……しかし。部屋の内部に妙な生体反応が

いくつかある。

「この反応、どうやら邪魔者も居そうですね」

「ッ!?司、それって……」

「大部屋の天井付近、そこに生体反応が

 多数。……魔法か何かで隠れているよう

 ですが、あらゆるレーダーを使っての

 索敵が行える私達の前には無意味です」

「まさか、魔人族?」

「えぇ、恐らく。魔物の物と思われる反応が

 多数。中でも大きい物が一つと、人型生物

 だと思われる反応が一つ。恐らく、

 指揮官の魔人族でしょう?」

私は問いかけてきた香織に答えた。

「……司の予想が当った、って事か。でも、

 どうするの?」

ハジメが不安げに問いかけてくるが……。

数だけ揃えた所で、笑止。

「大丈夫です。私に作戦があります。

 皆、聞いて下さい」

そう言って、私は考えついた作戦を皆に話した。

 

 

その後、司たちは無事、ボス部屋と思われる

空間に続く扉の前までやってきた。

「……行きましょう」

『『『『『『『コクンッ』』』』』』』

司の言葉に、ハジメ達は無言で頷く。

 

司が扉を開け放った先に待っていたのは、

一言で言えば『マグマの海』だ。

真っ赤なマグマが辺り一面を覆い、海の

所々に足場となる岩石の孤島が点在

している。

 

「あっ。ねぇみんな。あそこ」

その時、索敵能力に優れた香織がある事に

気づいて、部屋の中央にある島を指さす。

そこは他の島に比べて、マグマのドームが

島の上を覆っている事などの差異があった。

「もしかして、あそこが住処なのかな?」

「えぇ。恐らく」

 

 

私はルフェアの言葉に頷きつつ、レーダーを

確認する。

『連中に動きは無し、か。恐らく試練を

 クリアした、と思い気が緩んだ直後、

 一斉に仕掛けて来る腹づもりなの

 だろう』

そう考えた私は、皆に命じて慎重に階段を

降りる。

 

そして、階段を降りきった直後。

『ガガガガッ!』

四方八方、マグマの海から、宙の川から。

いくつものマグマの炎弾が撃ち込まれてきた。

「せらちゃん!」

しかし、それに反応したミュウ、正確には

セラフィムの展開したシールドが、皆を

覆い攻撃を阻止した。

 

「敵はどこだっ!」

ハジメはすぐさまガンガーを構えたまま

周囲を見回す。しかし敵の姿らしき物は

見られない。

「任せて!」

彼に代わるように、香織がすぐさま

スカウトモデルの強みであり索敵能力を

フル活用して敵を探す。

とその時、マグマの海の中から、マグマで

出来た蛇が現れ、私達に襲いかかってきた。

「このっ……!」

「喰らえですぅっ!」

それを魔法とガンガーで迎撃するユエとシア。

だがマグマの蛇はそれ一匹だけでは無く、

最初の一匹に続くように次々と現れる。

 

「このっ!次から次に!」

「沸いてくるのぉ!!」

ルフェアとティオも、ガンガーと魔法を

撃ちまくり迎撃に徹している。

 

そして……。

「っ!皆聞いて!マグマの中に、いくつも

 反応がある!多分、アンカジ公国で戦った

 バチュラムと同じのだと思う!総数は、

 約100!」

「100ぅ!?」

香織の報告に驚き、素っ頓狂な声を上げる

ハジメ。

「……やはり、か」

香織の報告に、私はポツリと呟く。

 

「総員傾注。ミュウはこのままシールドを

 張って私達を護って下さい。他は全員、

 敵がこのシールドを突破しないために

 迎撃を。20秒ほど下さい。

 『仕留める』準備をします」

「「「「「「「了解(なの!)!」」」」」」」

 

私の言葉を聞き、彼等は迎撃を開始する。

今のうちに、かつて獲得した能力を更に

発展させた物を、使う。

 

『背部ラジエータープレート、展開』

ガコンッ、と言う音と共にジョーカーZの

背中が割れ、そこから背鰭のような

ラジエータープレートが展開する。

だが、それだけではない。

『セカンドプレート、展開』

更にプレートの中から、新たなプレートが

出現する。

 

それはまるで、背中から剣山が生えている

かのようだった。

ガシャンガシャンと音を立てながら展開

されていくプレート。

それは、かつての私、オリジナルの、

第4形態の背鰭を思わせる物となった。

 

かつて、戦いの中で獲得した、熱線を

背後に拡散させる放射能力。

それをパワーアップさせた、『追従式

レーザー攻撃システム』。

つまり、相手を追うレーザーだ。

追尾式の光学兵器など、SFの世界でも

そうは無い。

だが、私に掛かれば、造作も無い事だ。

 

プレートの根元から、紫色の光が溢れ出す。

そう、このプレートこそが砲塔で有り砲身

であり、砲口なのだ。

プレートにエネルギーが充填されていく中、

香織からデータリンクを通して送られる、

総数100個のコアの位置。そして予め

スキャンしておいた、天井付近の奴ら。

 

どうやら奴らは、私達が気づいていないと

思って居るようだ。好都合だな。

私の頭の中で、次々とターゲットをロックオン

していく。

それは当然、上の奴らも同じだ。

 

教えてやろう、魔人族。戦場では、皆が狩人

であり、同時に獲物である事を。

ディスプレイの中で、次々とロックオンの文字

が描かれていく。

その総数は、200を超える物だった。

「……全方位追尾式レーザー攻撃システム、

 『タルタロス』。ロックオン完了」

この場に居る、全ての獲物を、地獄の神の目

が捉えた。

 

「全員、射撃中止。後は任せて下さい」

私の指示に従い、迎撃行動を取っていた

ハジメ達が射撃を停止する。

と同時に、マグマ蛇が一斉に向かって来た。

だが、その程度で私を防げはしない。

 

「タルタロス、発射ッ」

そう呟いた直後。

『『『『『『カッ!!!!!』』』』』』

私の背中が瞬いた、その瞬間、紫色の

レーザーが放たれた。レーザーは直角に

動き回りながら半数がマグマの海の中へ。

半数は天井付近に向かっていく。

 

『『『『『『『ドドドドドドドドッ』』』』』』』

直角に、ジグザクに、不規則な軌道を描き

ながら突き進んでいくレーザー。

光学兵器の速度は、銃弾など比較にならない。

そして、レーザーがマグマの海に潜むコアに。

空に潜む敵に、それぞれ命中した。

 

次の瞬間、上空からボトボトと何かが落下

してくる。

それは、3~4メートル程度の竜と小さな亀の

魔物だった。

しかしどうやら、奴らの主とその使い魔とでも

言うべき巨大な竜は無事だったようだ。

周りの雑魚竜と比べて、なお大きい純白の

竜。しかし、そのボディのあちこちにレーザー

をかすったか貫いたような跡があり、焼けている。

どうやら攻撃を全て避けたようではないようだ。

 

「くっ!?おのれ……!」

そして、その白竜の上には魔人族の男が

立っており、忌々しげにこちらを睨んでいる。

 

「ふふ。奇襲が失敗した感想は如何かな?

 魔人族。隠れるのなら、もっと厳重に隠蔽

 するべきだったな。その程度では、私の目は

 誤魔化せんよ」

私はタルタロスを格納すると、魔人族の男に

向かってマスクの下で嘲笑を浮かべる。

 

「くっ!?やはり、報告にあった通り貴様は危険だ!

ここで排除する!」

どうやら私を相当の脅威と思ったのだろう。

魔人族の男は表情を歪めると、白竜から

ブレス、極光を放った。

 

しかし……。

「その程度か」

私はミュウの張るシールドの上に、更に結界を

張ってこれを完全ガードする。

「何っ!?」

「……つまらんな。魔人族が神代魔法を手にした

 と思って居たが、使い手が『この程度』では、

 警戒していた自分がバカバカしい」

「ぐっ!?貴様ぁっ!」

私の煽りに、魔人族の男は激高する。

「こうなれば……!」

すると、奴は集中状態になって詠唱を始め、

その手には魔法陣が描かれた布が

握られていた。

 

そして……。

「『界穿』!」

最後の言葉を叫んだのと同時に、前方に

出現した光の膜のような物に飛び込んだ。

「っ!司さん!後ろにっ!」

その時、未来視の力が発動したのかシアが

叫ぶ。

 

 

と、次の瞬間。司の背後に大口を開けそこに

魔力を充填した白竜と、それに乗った男、

『フリード・バグアー』が現れた。

これが、フリードがこのグリューエン大火山の

大迷宮を突破し手に入れた神代魔法だ。

突然の事に、傍に居たハジメ達も対応出来ない。

フリードは、勝利を確信しつつ、無防備な

司の背中目がけて、極光のブレスを

撃たせた。

『この距離ならばっ!』

フリードは、この距離で無防備な背後を狙った

のだから、仕留められると考えていた。

コンマ数秒にも満たない思考。そして、

放たれた極光。

 

直後。

『ゴバァァァァァァァァァッ!!!』

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

白竜を真下から襲った極光が吹き飛ばした。

盛大に吹っ飛んだ白竜と共に、司たちの

居る島とは、別の島に運良く吹き飛んだ

フリード。

 

「バ、バカ、なぁ。確かに、ウラノスの、

 ブレスが……」

島に倒れたフリードは、息も絶え絶えな

ウラノスの様子を見たあと、近くの島から

こちらに向かってガンガーを構える

ハジメ達を睨み付ける。

 

「こんな、邪教の、戦士如きにぃ!」

所々、極光の攻撃を食らって焼けた体に

力を入れ、立ち上がろうとするフリード。

「動くなっ!死にたいのか!?」

対して、ハジメが警告を飛ばし、彼や香織、

シア、ユエなどが攻撃の狙いを定める。

 

「待て」

しかし、彼等の前に出た司が、ガンガーの

銃身に手を置いて、それを下げさせた。

「折角の魔人族だ。それに、あれだけの

 大部隊を仕切っていたのだ。恐らくは

 部隊長か、それ以上のランクの者だろう。

 情報を吐かせるにはちょうど良い」

そう言って、司はフリードに向かっていく。

 

「どうだ?ご自慢の相棒のブレスをその身で

 受けた感想は?」

「なん、だと……?」

疑問符を浮かべるフリード。司が島の

端にたどり着いた時、空間が歪み、司が

その波紋の中に消えていった。かと思うと、

フリードの数歩前に現れた波紋の中から

司が現れた。

 

 

「ぐっ!?ま、まさか、貴様、既に、

 空間魔法を……!?」

「さてな」

男の問いかけに、私は肩をすくめるだけだ。

先ほどの攻撃。私は背後の空間を歪め、そこに

ブレスを吸収。出口を奴らの真下に設定して、

奴の放ったブレスを奴らに見舞ってやった。

「だが、空間を瞬時に移動する力。自分だけの

 物だと侮ったのは、やはり二流だからだろうな」

「ぐっ!?貴、様っ!」

何とか立ち上がろうとする男。

 

「ふんっ」

『ドゴッ!』

「ぐはっ!?」

だがそれを、私は蹴飛ばす。

奴は既にボロボロ。もはやまともに戦えまい。

敵を倒す為に放ったブレスで自分が瀕死とは、

何とも滑稽な事だ。

 

だが、貴重な情報源。もしかしたら、魔人族

が魔物を使役し出した理由を探れるかも

しれない。だからこそ、今は殺さない。

だが、この男の口ぶりからして情報を

吐くとは思えない。捕らえていたぶって

吐かせても良いが、ハジメや香織、ミュウの

精神衛生上それはあまり良くない。

ここは、脳から直接データを吸い出すか。

そう考え私は、倒れている男の頭を

掴むとそれを持ち上げた。

 

「貴様、何、を……」

「……」

問いかけてくる男を無視し、私は男の

脳内のデータを閲覧する。

「ぐっ!?がっ、あぁぁぁぁっ!」

男は、頭に勝手に入り込まれた痛みから

叫ぶ。

 

私は、この男から得られたデータを脳内で

閲覧していく。

……名前は、フリード・バグアー。位は、

将軍級か。保有している神代魔法は……。

これか、『変成魔法』。内容は、ほう?生物を

魔物に。言わば、有機生命体を外部の力で

強引に、魔物として進化させる訳か。

そして魔物となった生物に対し、魔力を注ぎ込む

事で更なる進化と強化を促し、従属させる。

更に既に存在する魔物の強化まで

出来ると言う事か。その一番の強化体が、

フリード・バグアーの相棒であるあの白竜。

『ウラノス』という訳か。まぁ良い。

……このフリード・バグアーが変成魔法を

入手したのは、シュネー雪原の大迷宮か。

正確な場所は……。

よし。雪原の大迷宮の座標位置確認。次に……。

さっきのは空間魔法だな。どうやらこっちは

この大火山の迷宮で手に入る物のようだ。

そして、奴はここで私達が来るだろうと

考え網を張っていた、と言う事か。理由は……。

成程。ウル防衛戦で逃がした、幸利をそそのかした

魔人族の男から私達の事を聞いていた訳か。

まぁ良い。あとは、念のため王国への土産に

こいつらが現在進めようとしている作戦の情報

か何かを……。

 

と、その時。

『ガァァァァァァァァァッ!!』

先ほどまで倒れていたウラノスが、突如

起き上がって私に噛みついてきた。

私はフリードを離し、ハジメ達の方へと飛ぶ。

すると、奴はフリードの服の部分を器用に

咥え、天井目がけて飛び上がった。

「ッ!?待てっ!」

咄嗟に、ハジメがガンガーの狙いを定め、

一発。超低温レーザーを放つ。

 

しかし白竜ウラノスはそれをバレルロールの

ような回転で攻撃を回避する。

「このっ!」

ハジメに続き、香織たちがウラノスを

撃ち落とそうとガンガーを構え、魔法の

準備をする。

 

だが、それよりも速く、フリードが

懐から取り出した小鳥の魔物に何かを

語りかけた。

 

次の瞬間。

『ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!』

グリューエン大火山が激しく揺れ、突然の

事にハジメ達の狙いが定まらず、その隙に

ウラノスは天井へと向かう。

そして、そんな中で私の強化された視覚は

フリードが懐からペンダントのような物

を取り出すのを見逃さなかった。

 

すると、天井が左右に開いていき、その向こう

には青い空が広がっていた。

「くっ!?逃さぬ!」

このままでは逃げられると思ったのか、

ティオがブレスの用意をするが……。

 

「良い。捨て置け」

彼女の前に手を出し、ティオを制止する。

「ッ!?しかしっ!」

「あいつ程度では我らの脅威には

 なりえん。時間があるときにゆっくり

 始末すれば良い。それに……」

「パパァっ!何かマグマの量がどんどん

 増えてきてるの!」

言いかけ、ミュウの言葉が聞こえてきた。

周囲を見回せば、確かにマグマの海の

水位が上昇してきている。

 

 

この時、司たちは知らなかったが、この

グリューエン大火山の地下には、マグマ

の噴出をコントロールしている『要石』が

あり、フリードは万が一の際、それを

破壊して大迷宮を破壊する事と引き換えに、

敵を倒す仕掛けを用意していたのだ。

このままでは地下のマグマだまりから

溢れ出したマグマに呑み込まれて

しまう。もっとも、司にしてみればこの程度

の事、簡単に対処できる。

フリードの誤算は、『相手が規格外過ぎた事』

だった。

 

 

このままでは不味いな。如何にジョーカー

の耐熱性でも、マグマの海を泳ぐのは危険だ。

ハジメ達はガンガーでマグマを冷却しようと

しているが、流石に焼け石に水だった。

だが、手立てが無い訳ではない。

「皆、射撃を止めて下さい」

私はハジメ達を制止し、ジョーカーZを

解除する。

「司?」

その行為に首をかしげるハジメ。香織達も

同様だ。

 

「ここは、私に任せて下さい。考えが

 あります」

そう言って、私はマグマの海に向かって

跳躍した。

「ッ!?パパッ!」

後ろでミュウの叫びが聞こえる。

「大丈夫です」

私は振り返り、ミュウに微笑むと、マグマの

海へと飛び込んだ。

 

ミュウを始め、香織やシア、ユエにティオが

慌てだす。しかし……。

「大丈夫だよ」

そう言って、香織たちを宥めるハジメ。

「司なら、きっと……」

「ハジメ君」

香織は、笑みを浮かべるハジメを見つめ、

同時に自分も冷静さを取り戻した。

ユエやシアもだ。

「そうだよ。お兄ちゃんなら、大丈夫だよ。

 きっと」

ルフェアもまた、マスクの下で笑みを

浮かべていた。

 

と、その時。

『バキッ!』

「ぬ?」

何かが割れるような音が聞こえた。

ティオは音がした方を注意深く観察し、

そして、驚いた。

「ま、マグマが冷え固まっていくのじゃ!?」

彼女の言うとおり、司が潜った辺りから、

マグマが徐々に黒く固まっていく。

あれほど、赤く煮えたぎっていたマグマの

海が、司の潜った辺りを中心に徐々に徐々に

固まっていく。

 

やがて、マグマの海が冷え固まり、マグマ

の海は、大地となった。そして更に、

先ほどまで灼熱の熱さだった周囲の気温

までもが、急激に低下していく。

「が、外気温度9度じゃと。これは、

 一体……」

いきなりの温度変化に、ティオは戸惑いを

隠せなかった。

 

と、その時。

 

『ドォォォォンッ!!!』

冷え固まったマグマの大地が震動し、地面に

亀裂が走った。

「地震ですかっ!?」

「……違う」

突然の揺れに驚くシアとそれを否定するユエ。

「皆!一応下がって!」

ハジメの言葉に彼等は後退る。

『ドォォォンッ!ドォォンッ!』

まるで、『何か』が大地を砕き現れようと

しているような光景。

そしてそれは、『その通り』だった。

 

と、その時。

『カッ!』

亀裂の下から紫色の光が瞬いた。

『ゴォォォォォォォォォッ!』

かと思うと、その下から放たれた

一筋の閃光が、フリードの脱出後に

閉じた天井を溶かし貫き、ハジメ達の

頭上に再び青い空が見えるように

なった。

 

と、次の瞬間。

 

『バゴォォォォォォンッ!』

≪ゴアァァァァァァァァァァッ!!!≫

 

雄叫びと共に、マグマの大地の下から漆黒より

もなお黒い体表を持つ、巨大な黒い

神たる獣、『シン・ゴジラ第4形態』が姿を

現した。

頭から始まり、胴体と足、背鰭と尻尾。

その大いなる姿が、冷え固まった

マグマを粉砕しながら現れる。

 

「司ッ!」

ゴジラ第4形態の姿を知っていたハジメや

香織、ユエやルフェアはその姿を見て頬を

緩めるが、初めてその巨体を見たシア、

ミュウ、ティオは驚きを隠せなかった。

 

そんな中で……。

『あ、あれが、マスターだと言うのか……!?』

内心、ティオは驚愕していた。

「は、ハジメ殿?本当なのか?あれが、

 マスター、なのか?」

彼女は驚き、目を見開いたまま傍に居るハジメに

問いかけた。

 

その問いに、ハジメはしばし答えに迷った。

自分の口から話して良いのかを。

「……。うん、そうだよ」

しかしやがて静かに頷くと、語り始めた。

「司はね、そもそも人間じゃないんだ」

ハジメ達は、こちらを見下ろし尻尾を

ユラユラと揺らすゴジラ第4形態を

見上げる。

 

「聞いた話だと、司は進化して今まで

 僕達と接していた人の姿、第9形態

 にたどり着いたんだって」

「なっ!?ま、マスターは獣から人に

 進化したと言うのですか!?」

「う~ん。進化、って言うより本人曰く

 『擬態』、つまり人のふりをしている

 だけらしいよ。今のあの黒い

 姿は、第4形態なんだって」

「よっ!?」

ティオはハジメの言う数字に目眩を

覚えた。

「司は、進化の果てに個体として完成した、

 らしいよ。そのまま進化を続けていたけど、

 人との争いを避けようと考えた司は、

 これまでの能力を宿したまま人のサイズ

 にまで小さくなった。それが、人に

 擬態した司。つまり、いつも僕達が

 接している司なんだ」

 

ハジメの言葉に、ティオの目眩は酷くなった。

だが、彼女は同時に、ある感情を抱いた。

 

それは、『恐怖』であり、『憧れ』だった。

 

『ゴジラ』

 

それは生命の頂きへとたどり着いた、

たった一人の王。

 

自らを霊長類とまで謳った傲慢な人類

を、個の力で粉砕出来る、圧倒的なる獣。

 

大いなる巨獣。

そこある神話。

実在する黙示録の獣。

力の化身。

神となった獣。

 

そのどれもがあてはまる存在が今、

自らの前に居る。

改めてマスターと仰いだ存在の大きさに、

ティオの膝が和服の下でガクガクと揺れる。

それほどのプレッシャーを、ゴジラから

感じていたのだ。

 

しかし、一方でゴジラから放たれる、神秘的

なオーラ。それは万人を恐れさせる姿で

あった。だが、そんな恐ろしい姿の中にも

力強さを持つ。

 

それこそがゴジラ。理を超え、生命の王と

呼ばれるに相応しい、孤高の頂きへと

たどり着いた、世界の覇者だけが纏う事を

許されたオーラだ。

 

ティオは、そんなゴジラの秘めた力強さに

憧れたのだ。

 

『そうじゃ。これが、王の覇気なのじゃ』

その時、ティオはジョーカーの装着を解除し、

自分の目でゴジラを見上げる。

目の前に雄々しく立つゴジラの姿を目に

焼き付けるティオ。

 

そして、ティオは無意識の内に、さながら

敬虔な信徒が祈りを捧げるかのように、

静かに手を合わせた。

 

 

その時、ゴジラの体表から水蒸気が発生し、

体を包み込んだ。

かと思うと、水蒸気の中から第9形態、

つまり人に戻った司が現れた。

 

「皆、無事ですか?」

そして、そこからいつもの服を纏った

司が現れ、冷えて固まったマグマの上を

歩いてくる。

「おかえり司。……で、何したの?」

「大した事はしていませんよ。周囲のマグマ

 の持つ熱エネルギーを体内に取り込んだ

だけです。マグマの熱を奪う事で冷却し、

あのように固めただけです。何も

難しい事はしていませんよ」

と、説明するが……。

 

「あのね司。司にとっての普通はね、人間に

とっての神業とか不可能の領域なんだよね」

「「「うんうん」」」

ハジメにツッコまれ、香織とユエ、ルフェア

が頷いている。

と、その時司がミュウとティオの視線に気づき、

二人の傍に歩み寄る。

 

「……二人は、どうでしたか?

 本当の私を前にして」

司の問いかけに、ティオは戸惑い、ミュウ

は無言だ。

 

しかし……。

 

「か……」

「か?」

不意に、セラフィムのマイクを通して聞こえた

ミュウの小さな声。

司は最初、拒絶を覚悟していた。

見た目が化け物なのだ。致し方ないと

割り切っていた。

 

だが……。

 

「パパッ!カッコいいの!」

「……………。え?」

返ってきた言葉は賞賛だった。

突然の言葉に、司は殆ど見せたことの

無い、狼狽し戸惑うような表情を浮かべる。

「か、カッコいい、ですか?ミュウは、

 怖くは無いのですか?あの黒くて大きな

 姿が?」

「ふぇ?確かにちょっと怖いけど、でも!

 それ以上にカッコいいの!」

……。血が繋がっていないとは言え、

娘にカッコいいと言われて嬉しくない

父親は居ないだろう。

 

だから……。

「そうか。ありがとう、ミュウ」

その時私は、心の底から笑えた気がした。

 

その後今度はティオへと視線を向けたの

だが……。

 

「……ティオ?何をしている?」

そこでは、ティオがまるで信者のように地面に

膝を突き、私を見上げながら手を合わせていた。

その表情はどこか恍惚としていたが、私が声を

掛けるとすぐさまハッとなって立ち上がった。

 

「も、申し訳ありませんマスター。その、

 マスターのお姿があまりにも神々しかった

 もので、つい」

……神々しい、か。そんな風に言われるのは、

初めてな気がする。

すると、再び私の前で膝を突くティオ。

 

「改めて、お慕い申し上げます。マイマスター。

 あなた様のお姿、改めて拝見させて

 いただきましたが、恐れながら妾は、

 マスターに恐れと共に、尊敬の念を抱き

 ました」

そう言うと、ティオは何やらキラキラした目

で私を見上げる。……正直、こう言う視線には

慣れていないので戸惑ってしまう。

「そ、そうか」

「……あの黒く大きな巨体。さながら山の如き

 巨躯。その足は大地を揺るがし、その手は

 山をも引き裂くでしょう。阻む者全てを

 灰燼と帰す、絶対的な力を持った

 マスター。そんなマスターの大いなる

 姿をこの目で拝見できた事、嬉しく

 思います。不肖ティオ・クラルス。

 今後も大いなるマスターのお側に仕えさせて

 いただきます」

「う、うむ。よろしく頼むぞ。ティオ」

「御意」

頷き、頭を垂れるティオ。

 

「……。何か、ティオさんがますます

 司の家臣みたいになってるね」

その時、傍に居たハジメの呟きが聞こえてきた。

「「「「うんうん」」」」

ハジメの言葉に頷く香織やユエ、シア、

ルフェア。

後ろでそんな彼等の会話が聞こえてくる中でも、

ティオは相変わらずキラキラした目で私を

見上げている。

 

な、慣れん。こんな目で見られるのは……。

内心、ティオの憧憬が籠もった視線に戸惑って

いると、私は中央の島を覆っていたマグマの

ドームが消え、そこに漆黒の建造物が

現れていたのが見えた。

 

「んんっ。ティオ、お前の忠義は良く分かった。

 しかしここは大迷宮の中だ。先を急ぐぞ?」

「御意。マイマスター」

甲斐甲斐しく頭を下げてから立ち上がるティオ。

 

さて、と。

「……魔人族の妨害がありましたが、どうやら

 試練はクリアした、と判断されたようですね」

中央の建造物を見ながら呟くと、ハジメ達も

そちらに目を向けた。

「もしかして、マグマの中にあったコアが

 ボスだったのかな?」

「えぇ。恐らくあのマグマ蛇のコア100個を

 破壊する事が試練だったのでしょう」

私達は会話しながら中央の島へと、マグマが

冷え固まった大地を歩いて行く。

 

「それにしても、マグマの熱を奪って

 固めちゃうなんて。ホント司さんには

 常識が通じませんねぇ」

「ん。相変わらずのチートぶり」

と、会話をしていたシアとユエ。

そんな時、ふとある疑問がシアの頭に浮かんだ。

「って言うか司さん。ふと思ったんですけど、

 その力を誰かに分け与える事って

 出来るんですか?」

 

それは単純に興味本位だった。シアにして

みれば、彼女の家族を屈強な戦士に変え、国を

敵に回す事すら恐れず、世界さえ滅ぼせそうな

司には、出来ない事など無いのでは、と言う

認識があった。

 

そして……。

 

「えぇ。可能ですよ?」

「えっ!?」

司の肯定の言葉。これに驚いたのはティオだ。

「そ、それは本当なのですか!?マスター!」

「私は仲間に嘘は言いませんよ?」

 

と言っても……。

「まぁ、軽く人間を止める事になりますがね?」

「「「「「「「え???」」」」」」」

私の言葉に皆が疑問符を浮かべる。

「驚く事ですか?例えばの話、私の力の数割

 とて、一般的な人間がその体のまま

 受け入れようとしたら、取り込んだ途端力に

絶えきれずに体が消滅しますよ?」

と言うと、ハジメや香織がブルリと体を震わせた。

「まずは私の力を与え、相手の肉体を、力に

 耐えられるまで強化します。この時点で

 恐らくは、不老不死を獲得するでしょう」

「は、ははっ。……マジ?」

と、戸惑いながら問いかけるハジメ。

「えぇ。端的に言えば、既にこの時点で

 世界最強です。肉体の硬度、堅さを

 自由自在に変化させる事も、生物と

 かけ離れたパワーを発揮する事も可能

 です。……しかしそれは、私の力の

 一端を受け取る、『器』を完成させた

 に過ぎません」

「と言う事は、司さんの力をほんのちょっぴり

 分けて貰うだけでも世界最強じゃないと

 ダメって事ですね」

そう言って、遠い目で頷くシア。

「って言うか、司は相手にどれくらいの力を

 分け与えられる訳?」

「そうですね。大凡私の力の6~7割、と言った

 所でしょうか。現在の私の力では、相手を

 強化し、尚且つ制御可能な力を与えるのは 

 これが限界ですね」

流石にそれ以上の力の譲渡は不可能だろう。

……私がもっと進化しない限りは、だが。

 

「司の6~7割って。……ちなみに司。これ

までの戦いって、割合的にどれくらいなの?」

「そうですね。……せいぜい3割か2割、

 と言った所です」

「「「「「「「え?」」」」」」」

私の言葉に、皆が驚き、一瞬足を止めた。

「生憎、今の今まで私が5割も力を出す必要

 のある敵に遭遇した事がありません

 から」

「は、ははっ。つまり、あの時妾は、マスター

 が力の4割も出す必要が無かった、と。

 足下にも及ばないとは正にこのことかの」

と、どこか遠い目で語るティオ。

「つまり、僕達が仮に司からその、進化?

洗礼?みたいなのを受けるとこの世界で

最強になれるのかな?」

「えぇ。加えて、その程度まで強化して

 しまえば恐らくエヒトが相手だとしても

 遅れは取らないでしょう。恐らくですが、

 強化された場合のハジメ達ならば、私の

 第7形態までの能力の全て、そうですね。

 これを『第7権能(コードセブン)』とでも呼ぶとして、

 コードセブンまでのゴジラの力の全てを苦も

 無く行使出来るようになるでしょう」

 

と言うと、皆が引きつった笑みを浮かべる。

「え、え~っと?つまり、司なら僕達

 全員を神様並みに強くさせられるって事?」

皆を代表するように問いかけてくるハジメの

言葉に私は頷く。

「流石に、第8権能、コードエイトに到達

 しなければまだ物理法則の縛りから

 抜け出せませんから、神、とまでは

 行かなくてもそれに匹敵する力を行使

 する事は可能でしょう。都市を一撃で

 クレーターに変えたり、天候を操ったり、

 無から有を創り出すくらいですが」

「いやいやっ!何がくらい、なんですか

 司さん!神!その時点でもはや神レベル

 ですからね!」

と、私の言葉にシアがツッコみを入れる。

「皆がパパくらい強くなったら、きっと

 負け無しなの!」

そこに聞こえる我らが天使、ミュウの

無邪気な言葉。しかし、シアや香織、ユエ、

ルフェアは苦笑気味だ。

 

「私達、もしかしたら神様になれるのかなぁ」

ポツリと呟いたルフェア。次いで、香織達が

視線をルフェアから私に向ける。

「……。ありそうだね~」

「なんでしょう、不可能って言葉が頭に浮かんで

 こないですぅ」

「……司ならやりかねない」

香織、シア、ユエはどこかため息交じりにそう

呟いている。

 

一方ティオは……。

「ま、マスター直々に、私を、強化……」

何やらブツブツと呟いている。

それを一瞥しつつ、私は改めて建造物を見上げる。

ちなみに会話の途中で既にたどり着いていたが、

普通に会話していた私達。

 

いい加減、中に入るか。

私が壁の前に立つと、その壁が音も無く開いた。

それに気づいて、ハジメ達も気を引き締める。

「行きましょう」

私が肩越しに振り返り呟くと、皆が頷く。

 

あのバグアーがここにいた為、念には念を入れて

警戒しつつ、私達は大迷宮のゴールである、

解放者の隠れ家へと足を踏み入れるのだった。

 

     第51話 END




フリードは生かしました。なんでかって言うと、司にしてみればフリード程度は小物で、いつでも殺せるからです。次回は神代魔法の継承のお話と、可能であればエリセンまで行って、ミュウの母親である彼女が出るかもしれません。

感想や評価、お待ちしています。


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第52話 再会の街、エリセン

今回でグリューエン大火山は終わりです。加えて、彼女が登場します。


~~~前回のあらすじ~~~

グリューエン大火山の大迷宮を進むハジメと司たち。

彼等はついにボスのいる部屋までたどり着くが、

そこには魔人族の男、『フリード・バグアー』が

待ち構えていた。しかし、司の能力の前に待ち伏せ

をあっさり見抜かれたフリードは司に惨敗。

辛くも逃げるだけに終わるのだった。

一方で司は、ティオやミュウにも自らの

姿、第4形態の姿をさらすが、無事彼女達から

受け入れられたのだった。

 

 

扉が開き、念のため私やハジメがノルンを

構えながら中へと入る。しかしトラップの

類いは無い。

「……クリア。どうやら大丈夫そうですね」

私の言葉に、ハジメ達は息をつきノルンを

ホルスターに収めた。

 

「……あ、皆。あれ」

その時ふと、地面の一角を指さすユエ。

彼女が指さす先では、相変わらず複雑な文様の

魔法陣が描かれていた。

「あれが魔法陣ですか。ルフェア。貴方は

 ミュウと一緒に下がっていて下さい」

「うん」

私の指示に従って僅かに下がるミュウと

ルフェア。

 

そして、私、ハジメ、香織、ユエ、シア、

ティオの6人が魔法陣の上に立った。

と同時の、例の頭の中の記憶を覗いて

クリアしたかの確認作業が行われると

同時に、私達6人は新たな神代魔法、

『空間魔法』を入手した。

「ぬ、ぬぅ。なんじゃ、これは……。

 嫌な感じじゃ」

「ティオは初めてでしたね。どうやらこの

 魔法陣には、大迷宮をちゃんと攻略した

 かを確認するシステムが組み込まれている

 ようです」

「成程。それで記憶を。……しかし気分の

 良い物では無いのじゃ」

と、呟くティオ。

 

その時、カコンと音がして壁の一部が

開いたのと同時に、正面の壁に文字が浮かび

上がった。

 

『人の未来が、自由な意思のもとにあらん事を、

 切に願う。ナイズ・グリューエン』

 

たった一言。それだけだった。

「何だか、シンプルイズベストみたいな一言が

 あるだけだね」

苦笑気味に呟くハジメ。

「そう言えば、オスカーさんの手記にあったね。

 ナイズさんって人、寡黙だったって」

香織は、オスカーの日記に書かれていた事を思い

出したようだ。……そう言えば、そんな事も

書いてあったな。

改めて周囲を見回せば、ここには魔法陣以外の

物が無い。非情にさっぱりした部屋だ。

 

そこへ、開いた壁から何かを取って戻ってくる

ティオ。

「マスター、これを」

「ありがとう」

彼女から差し出された物を受け取る。

「……ペンダント、か」

それは、これまでの指輪の証と違い、ペンダント

の形をしていた。そして先ほどフリードが、

これと同じ物を掲げていたのを見逃しては

いない。

私はペンダントを宝物庫の中に収めると

皆を見回した。

 

「さて、これで無事グリューエン大火山は攻略

 した事になりました」

「ふむ。……事前にマスターから大迷宮は危険

 じゃと聞いておったが、この程度とは。

 正直、拍子抜けじゃな」

「いやいや。ティオさん?これだけ楽勝で

 来られたのは司のおかげだからね?」

肩をすくめるティオに、ハジメが窘める

ように声を掛ける。

 

「それで、どうするの司くん?静因石も

 集めたし、一度アンカジ公国に戻る?」

「いえ。ミスタービィズやランズィ公には

 申し訳ありませんが、静因石の納入は少し

 待って貰いましょう。我々はこのまま、

 西へ、海上の町エリセンへ向かいます」

「えっ!?じゃあ、ママに会えるの!」

私の言葉に、ミュウは驚きセラフィムの

ハッチを開けて中から出てきた。

「えぇ。可能ならば、今日中には」

そう言って私はミュウに微笑む。

 

「司さん、理由を聞いても?」

そこへ問いかけてくるシア。

「はい。理由としては、フリード、先ほどの

 魔人族の男による大迷宮の破壊活動を危惧

 しての事です。奴は大迷宮が神代魔法を

 手に入れる場である事を知っています。

 神代魔法の強さも、です。そして先ほど

 突然マグマが増加した理由。恐らく奴が

 この大迷宮の破壊を前提として何かを

 仕掛けたのでしょう」

「そうか。奴らにとって、強力な力を持つ僕達

 がこれ以上神代魔法を入手するのを

 防ぐため、か」

「えぇ。ハジメの推察通りでしょう。そして 

 付け加えるのなら、エリセンの町の近くには

 ミレディから聞いた『メルジーナ海底遺跡』

 と言う大迷宮があります。もし奴ら、

 魔人族がその存在を知っていた場合、苦肉の策

 で大迷宮を破壊してしまう可能性があります。

 そうなると神代魔法の入手は困難になって

 しまいます」

私がハジメに続いて答えると、皆は納得した

ように頷いた。

 

「つまり、魔人族が大迷宮を破壊しちゃうかも

 しれないから、出来るだけ早く確認の意味も

 兼ねてエリセンの方に行きたい、って事で

 良いんだよね?司くん」

「えぇ。皆はどうでしょうか?反対意見などは?」

と、意見を募るが……。

 

「僕は大丈夫。確かに魔人族の破壊工作が無いと

 言えない以上、すぐにエリセンに向かうべきだと

 思う」

「うん。私もハジメくんに賛成」

「ん。私も」

「右に同じくですぅ!」

ハジメ、香織、ユエとシアは賛成のようだ。

「ミュウ、早くママに会いたいの!」

「マスターのご指示とあらば、妾は従う

 のみじゃ」

「そうだね。それに、私もミュウちゃんを

 お母さんに会わせてあげたいし」

ミュウ、ティオ、ルフェアも賛成。

どうやら反対意見は無いようだ。

 

「分かりました。では、上に『船』を用意します。

 全員、外にヴァルチャーを用意したので

 それで大迷宮の外に脱出。上空で船に搭乗し、

 すぐさま西のエリセンに向かいます」

「「「「「「「了解(なの!)」」」」」」」

 

その後、私達は建造物の外に出ると、ミュウ

以外はジョーカーを纏って宝物庫から取り

出したヴァルチャー7機にそれぞれ搭乗。

ミュウはあの時と同じように私の膝の上に、

待機状態のセラフィムを抱きしめながら

座っている。

 

「全員傾注。これより上空の穴から大迷宮を脱出。

 その後砂嵐の上まで上昇。待機している

 新型母艦、『アルゴ』に着艦後、すぐにエリセン

 へ向けて出発します」

「「「「「「「了解(なの!)」」」」」」」

 

「では、離陸」

まず、私のヴァルチャーが背面のスラスターから

ピンク色の炎を吹き出しつつ離陸。皆の機体が

それに続く。そして私達は、先ほどの私の熱線で

開けた穴から大迷宮を脱出。そのまま砂嵐の

上へと向かって上昇していく。

 

そして、砂嵐の上まで上昇した時、周囲を

見回していたハジメ達の目にすぐ傍を旋回

している、黒い巨大な船が飛び込んできた。

その見た目を一言で表せば、巨大なB2爆撃機、

だろうか。

「あ、あれは……」

驚嘆に満ちたハジメの声が無線機越しに

聞こえる。香織やユエ、シア達も驚いている

のか、無線機から息を呑むような音も聞こえる。

 

「マスター、あれが……」

「そうだ。以前の揚陸艇に代わる、我々

 G・フリートの旗艦となる船」

私は周囲を旋回する巨大な空の船を

見つめながらその船の名を口にする。

 

「『アルゴ級大型航空母艦』、1番艦、

 アルゴです」

皆、初めて見るアルゴに驚いていた様子だ。

「さぁ、行きますよ」

 

そう言って私がヴァルチャーを前進させると、

皆も少し遅れて付いて来た。

ヴァルチャーが1機ずつ、アルゴの管制

ビーコンに従って着艦していく。

そして着艦後、私達はアルゴのブリッジへと

上がった。

 

「おぉ……!」

「す、すごいですね~!」

「凄いの!周りが良く分かんないので

 いっぱいなの!」

「な、何に使うのかさっぱり分からんのじゃ。

 姫は如何かの?」

「あ、あはは。流石に私も分かんないかな~」

ブリッジに入るなり、ユエやシアが驚嘆の声を

漏らしている。ティオやミュウ、ルフェアなどは

困惑気味だ。

「まるでSFアニメの母艦だね」

「司くん、なんでアルゴを?揚陸艇じゃ

 ダメなの?」

ハジメはキラキラした目で周囲を見回し、

香織は首をかしげている。

「揚陸艇も確かに使えますが、あれには

 ヴァルチャーを7機も格納するだけの

 スペースがありません。本体も非武装

 ですからね。居住性もあまり良いとは

 言えません。アルゴは、艦隊指揮を

 目的とする旗艦として設計しました。

 内部にはヴァルチャーや、私が独自に改良

したV-22改、オスプレイMkⅡを搭載。

 艦種前部にもミサイル発射管兼魚雷発射管を

装備。加えて、着水、潜水機能も装備しており、

 いざと言う時は海へ潜る事も可能です」

「何だか、揚陸艇より戦闘を視野に入れてる

 みたいだね」

「えぇ。ハジメの言うとおり、揚陸艇も

 物資輸送の面などでは十分なポテンシャル

 を持っています。が、かといって旗艦に

 相応しいかと言われれば、NOと言わざるを

 得ないでしょう。そこで開発したのが、

 このアルゴ級です」

 

さて、と。

「皆、集まって下さい。今後の予定の確認

 などをしますよ」

私が皆に呼びかけると、ブリッジ中央にある

テーブルを囲むように皆が集まる。

ちなみにミュウは身長があるので、背の高い

椅子に座らせている。

 

「では……」

皆を見回した後、テーブルをタッチする私。

すると、黒一色だったテーブルのモニターが

色づき、それはトータス世界の世界地図を

映し出した。

「おぉ!マスターこれは!」

真っ先に驚いたのはティオだ。だがシアや

ルフェア、ユエ、ミュウなどの驚きの度合い

も、彼女には負けていない。

「これって……。地図?」

「す、凄いです!」

「あっ!ねぇパパっ!ここっ!ここが 

 エリセンだよ!」

「アハハ、流石はお兄ちゃん。こんな事まで

 出来ちゃうんだね」

驚くシアとユエ。ミュウは小さく映る

エリセンを指さし興奮している。ルフェアは

苦笑気味だ。

 

「今観て貰った通りです。この絵はこの

 世界、トータスの精巧な地図です」

「凄いけど、司これどうやって創ったの?」

「簡単ですよ。私達がまだオルクスに潜る前、

 こっそりこの星の衛星軌道上に人工衛星を 

 いくつか打ち上げておいたのです」

「「はい?」」

 

 

人工衛星、その言葉の意味を理解していた

ハジメと香織は、揃って首をかしげる。

司はそれを無視してモニターを叩く。すると

地図データが移り変わり、それは球形の物体を

等間隔で包囲する人工衛星の図が表示された。

 

「トータスの上空、静止軌道に人工衛星を設置。

 そこから光学観測などによってトータスの地表

 データを取得。しかし、データは取得した

 だけではバラバラのままです。それを調整し

 結合し、出来上がったのが、この地図です」

そう言って、再びテーブルのモニターを指で

叩くと、あの地図が再び浮かび上がった。

ちなみにと言うか、ルフェアを初めとした

トータス組は何を言ってるのか分からない

のか、首をかしげていただけだった。

 

「我々の現在地はここ」

そう言って、司はどこからか伸縮式の棒を

取りだし、現在地を示す。

「付け加えるのであれば……」

と言うと、司は手にした棒で、アンカジ公国や

ハイリヒ王国、ウルの町、フューレンや

Gフォースの基地、ハルツィナベースや

フリードの頭から入手したシュネー雪原の

大迷宮の正確な座標を指し示していく。

 

「お、おぉ。こうも正確な位置を……」

「私達の世界って、こんな風になってた

 んだね」

「何だか、全てを見下ろす神様になった

 気分ですぅ」

ティオは地図の正確さに驚き、ルフェア

やシアは、自分達の暮す世界を、普段とは

違う角度から認識した事で驚いていた。

 

「それにしてもさ司。もしかしてアルゴで

 このままエリセンに向かうつもり?」

「えぇ。このアルゴには海上での航行

 機能もありますからね。まぁ街の

 人々は驚くでしょうが、好都合です。

 我々の力を知らしめる意味でも、ですが」

「は、はは。……驚かれるだけで済めば

 良いんだけど……」

と、ハジメは一抹の不安を抱えていた。

 

 

その後、アルゴは順調に飛行し、海岸線に

到着するとある程度飛行してから着水。

これはエリセンの街の近くで着水すると、

その衝撃で津波が発生する恐れがあるからだ。

 

アルゴは海上をゆっくり進んでいくのだが……。

 

「止まれっ!止まれぇぇぇぇぇっ!」

「このっ!止まれぇっ!」

 

そのアルゴの周囲では、海人族の男達がアルゴ

を制止しようとしていた。彼等の目には、アルゴ

が巨大な鋼の魔物に見えたのだろう。

しかし司の操縦で進むアルゴは止まる事無く

海人族の男達を物ともせず海原を突き進んでいく。

「あの、司?良いの?思いっきり無視して

 進んでるけど……」

「良いのですよ。流石にミュウの同胞ですから、

 傷付けるような事はしませんし。前方に

 重力場を展開しているので、アルゴが

 近づくと自動的に左右に流れるように

 してあります」

「いや、それもそうなんだけど……」

『何も無ければ良いんだけどなぁ。不安だ』

と、ハジメは不安を募らせていた。

 

そして、それはエリセンに上陸した時に現実

となった。

 

アルゴがエリセンの至近距離まで接近すると、

彼の予想通り街の住人達は大慌てになった。

一部の者は、魔人族の襲撃では!?と騒ぎ出す

くらいだ。

しかしアルゴはエリセンに近づくと減速し、停止。

人々がその様子を訝しんでいると、アルゴの

上部ハッチが開き、中からジョーカーを纏った

完全武装の司やハジメ達が現れた。そして

一番の問題は、(住人達から観て)奇妙な格好の

司たちに周囲を囲まれている海人族の幼女、

ミュウの姿を見て、一部の者達が、

彼女が誘拐されたミュウだと気づいた事だった。

 

司達はアルゴから司のエネルギーロードで

桟橋まで橋を作り、そこを歩いていく。

その途中で、ミュウに万が一が無いように

ハジメ達が周囲を固めているが、それが

不味かった。

 

彼等が桟橋に足を踏み入れた直後、海水を

割って現れた、三つ叉の槍で武装した

海人族の男達。彼等は先ほどからアルゴを

追っていた者達だ。

「止まれっ!」

そう叫び、槍の切っ先を先頭の司に向ける

海人族の男達。

 

その時、ティオが司と男達の間に割り込み、

腰に携えた玄武を抜こうと構える。

「よせ、ティオ。……ミュウの同胞だ。

 出来るだけ穏便に済ませたい」

「……御意」

司の言葉を聞き、下がるティオ。

「我々はフューレンのギルド支部長、

 イルワ・チャング氏より正式な依頼を受けた

 冒険者だ。内容は、人身売買組織

 フリートホーフに誘拐された少女、

 ミュウの護送だ」

「冒険者だと!?それを信じろと言うのか!」

海人族たちは、人間達にミュウを誘拐された事から

人間に対し、かなり殺気立っていた。

「……事実を言っている。証拠なら、これで

 どうだ。ギルド支部長直々のサイン入り書類だ」

そう言って、司は宝物庫から、イルワのサイン

入りの依頼書を取りだし、提示した。

海人族の男の一人が、恐る恐ると行った感じで

それを受け取り、内容に目を通していく。

 

「……本当に、彼女の護送を?」

まだ疑うような視線の海人族の男達。

「だからそう言っているだろう。でなければ

 ここに彼女は連れてこない。ミュウ」

「う、うん」

 

周囲の目に晒され、戸惑いながらも私の足に

しがみつくミュウ。

「この通り、彼女は五体満足、傷一つ

 付ける事無く連れてきた。ギルドの正式な

 書類もある。……これでもまだ信じられない

 とでも言うのか?」

「う、うぅん」

海人族の男達は、司から突き付けられる証拠の

数々に戸惑う。

しかし彼等にしてみれば、司たちは奇妙な

連中だ。だから一刻も早く、彼等とミュウを

引き離したかった。

 

「ま、まぁ良い。ミュウちゃん。こっちに

 おいで。俺達がお母さんのところへ……」

そう言ってミュウに手を伸ばす海人族の男。

しかし、それが返ってミュウにとってある種の

トラウマを思い起こさせた。

 

考えてみて欲しい。ミュウを攫ったのは、

裏家業の、ガタイの良い男だ。司たちは

常日頃からミュウにストレスなどを感じさせない

よう、話すときは出来るだけ姿勢を低くして、

目線の高さを合わせるようにしている。

 

対して、この男は殆どミュウの上から手を

伸ばしたのだ。見ず知らずの男の手が、

まるで圧迫するように上から迫ってくれば、

子供は恐怖を感じるだろう。似たような経験が

あれば尚更だ。

それもあり、ミュウは咄嗟に涙目に

なりながら司の傍のティオの元に駆け寄った。

 

「ミュウちゃん?」

これに戸惑ったのは、圧迫する気など

無かった海人族の男だ。

ティオは駆け寄ってきたミュウを

抱き上げると、ジョーカーの装着を

解除し優しく彼女の背中を叩く。

 

「お~よしよし。何か怖い事を

 思い出したのかの?大丈夫じゃよ~。

 ここには妾やマスターたちも居るぞ~。

 お~よしよし」

そう言って、優しくミュウをあやすティオ。

何だかんだで、ここまでの旅の中でミュウを

あやす機会が多かったのはティオだ。

年長者という事もあったのだろう。

香織やシア、ユエやルフェアはミュウに

とって、どちらかと言えば『姉ポジション』

だった。だから母の代わりとして、ティオを

頼った。一方のティオも、ミュウの可愛さに

母性本能がくすぐられたのか、実の母親の

ように甲斐甲斐しく世話をしていた。

 

 

「ぱ、パパぁ」

「大丈夫ですよ、ミュウにはセラフィムが

 ついています。それに私達もここに

 います。怖い事なんてありませんよ」

「うん」

私は、涙目のミュウを落ち着けようと、

ジョーカーを解除しその頭を優しく

撫でる。

 

しかし、どうやらそれに反抗心を持つ者が

いたようだ。

「おいっ!何をしている!ミュウちゃんは

 俺達が預かる!早く引き渡せ!」

どうやら人間の私が海人族のミュウと一緒に

いるのが面白くないのか、声を張り上げる

海人族の男。他の男達もそれに続き、続々と

声を張り上げるが、ミュウがそれで逆に

怯えてしまった。

 

 

と、次の瞬間。

「子供の前でどなるな」

司から殺気が放たれ、海人族の男達の声が

ピタリと止まった。

「守る側の存在が、守るべき子供を

 怯えさせてどうする。……どけ。

 彼女は我々が責任を持って家まで

 送り届ける。……さっさと道を空けろ……!」

声こそ張り上げていないが、周囲に向けて

放たれた殺気の濃密さに、海人族の男を

初め、野次馬たちも皆膝を震わせながら

司たちに道を譲った。

 

それは、さながらモーゼが海を割ったかの

ような光景だった。

 

 

その後、私達は泣き止んだミュウの案内で

彼女の家に向かっていた。

そして、あと少しと言う所で声が聞こえてきた。

 

「レミア、落ち着くんだ!その足じゃ無理だ!」

「そうだよ、レミアちゃん。ミュウちゃんなら

 ちゃんと連れてくるから」

「いやよ!ミュウが帰ってきたのでしょう!?

 なら、私が行かないと!迎えに行って

 あげないと!」

男達の声に混じって聞こえる女性の声。

ミュウから名前は聞いていたが、恐らく

このレミアと言う女性がミュウの母親

なのだろう。

そして母親らしき声を聞いたミュウは

ティオから降りると、玄関口で倒れている

女性を見つけると、表情を輝かせながら

駆け出した。

 

「ママーーー!」

「ッ!?ミュウ!?ミュウ!!」

ミュウは、母親の元に飛び込むと互いの存在を

確かめるように抱きしめ合った。

どうやら、無事に再会できたようだ。

ハジメや香織たちは、二人の感動の再会に涙を

浮かべている。が……。

 

「マスター、彼女の足ですが……」

一人ティオは、真剣な表情で私に耳打ちを

した。

「あぁ」

私も真剣な表情で頷き、レミアの足を

スキャンする。

……足の辺りに重度の火傷の跡がある。

神経系がやられているな。あれでは歩くことも

ままならないだろう。

恐らく、火属性の魔法か何かで攻撃を

受けたようだ。

推察だが、ミュウを攫った連中の仲間か

何かにやられたのだろう。……成程、

確かに海人族たちが殺気立つのも分かる。

ミュウの誘拐と、彼女の重度の怪我。

それが海人族の怒りをたき付けた、と言う訳か。

 

そして、どうやらミュウも母親であるレミアの

傷に気づいたようだ。

「パパぁ!ママを助けて!ママの足が痛いの!」

すぐさま私を呼ぶミュウ。対してレミアは

大量の?を浮かべている。

「えっ!?ミ、ミュウ?今なんて……」

「パパぁ!早くぅ!」

「あら?あらら?やっぱり、パパって

 言ったの?ミュウ、パパって?」

理解が追いつかないレミアと私の事を

呼んでいるミュウ。

 

一方周囲で見守っていた群衆達は、何やら

「レミアちゃんに新しい春が!」とか

「ぱ、パパって俺かな?」とか、果てには

「温かく見守る会のメンバーを招集しろ」、

とか言って居る奴まで居る。……二人は

どうやらかなり人気があるようだ。

 

正直、これは色んな意味で目立つだろうが、

彼女に父親と呼ばれ慕われている以上、

助けない理由は無い。

私を先頭にハジメ達は群衆をかき分け

進んでいく。

 

「あっ!パパ!」

そして群衆の前に出ると、ミュウが私を

見つけて叫び、レミアと言う母親を初め、

周囲の者達の視線が私に突き刺さる。

私はレミアと言う女性の前に膝を突いた。

 

「はじめまして。私は新生司と申します。

 フューレンギルド支部長、イルワ・チャング

 氏より、ご息女、ミュウちゃんの護送の

 依頼を請け負った冒険者です」

「冒険者さん、ですか?あの、どうしてウチの

 ミュウが、その……」

「パパ、と呼ばれている件ですね。ですが

 それは後ほど。まずはその足の傷の治癒が

 先です」

そう言って、私が指を鳴らすと、傍に車椅子が

現れた。それに周囲の人間が驚くが、無視する。

「香織、シア。この人を」

「はい。シアちゃん手伝って」

「了解ですぅ!」

香織とシアは、レミアを持ち上げゆっくりと

車椅子に乗せる。すると、ミュウがレミアを

乗せた車椅子を押し、家の中に入っていた。

「パパ!パパ達も早くぅ!」

 

最初は他人の家に上がるのに迷ったが、住人

であるミュウが招いているのだから問題は

無いだろう。

私達は彼女達の家にお邪魔する事にした。

 

ちなみに、外では事態についていけない

男達が呆然とし、女たちはレミアの新しい

春を話題にして盛り上がっていたのだった。

 

 

家に入れて貰い、ソファにレミアを座らせた

香織は、彼女の足の様子を見る。レミアは

その状況に戸惑っているようだ。しばらくして

香織の検診が終わった。

「どうですか?」

と、私が問いかけると、香織は静かに首を

左右に振った。

「私でも治療自体は出来るけど、後遺症を

 残さないようにするには、最低でも3日

 はかかるかも。司くんなら、一瞬で

 治療出来るよね?」

「えぇ」

「パパならすぐに治せるの!?

 じゃあ早くして!パパ!ママの足、

 ちりょうしてあげて!」

「分かりました」

頷くと、私はソファに座るレミアの前に膝を

ついた。

「あ、あらあら?えっと、何を?」

「貴方の足を治癒します。出来れば動かないで

 下さい」

「は、はい」

突然の事に戸惑うレミア。だが、治療は単純だ。

ただ、指を鳴らすだけでよかった。

 

パチン、と乾いたフィンガースナップの音だけ

が響いた。

「……どうですか?」

「え?」

私の問いに、キョトンとしているレミア。

やがて……。

「あ。……動く?」

神経系をやられて、まともに動かなかった

はずの足が動いている事に気づいたレミア。

すると、静かに立ち上がるレミア。

 

しかし……。

「あっ」

これまで何日も、まともに歩けずにいた彼女

が急に歩けるようになったのだ。上手く立ち

上がれず、前のめりに倒れそうになる。

 

しかしそれを、目の前にいた私が優しく抱き

留めた。

「大丈夫ですか?」

「は、はい。ありがとうございます」

戸惑う彼女を、私はソファに座らせる。

「攻撃によって受けた傷、火傷の跡、損傷

 した神経系。全ての治癒が完了していますが、

 急な変化によって頭の理解が追いついてない

 ようです。今後は、リハビリを続けて下さい。

 そうすれば、再び歩く事も、泳ぐ事も

 出来るようになるでしょう」

「ッ!本当ですか!?」

「えぇ。私が保障します」

「大丈夫だよママ!」

私の言葉をフォローするように、ミュウの

言葉が続く。

 

「だってパパ!凄く強くて、カッコいい

 んだよ!ミュウの事だって、助けてくれた

 んだもん!」

そう言って、ミュウはレミアに抱きつく。

「えぇ、えぇ。そうね」

そして、彼女は娘との再会に改めて涙を

流すのだった。

 

 

その後、レミアとミュウが落ち着くと、私達は

事のあらましを話した。

フューレンに滞在中、偶々フリートホーフから

逃げ出したミュウを保護した事。フリート

ホーフを壊滅させた事。ミュウ本人の意向も

あり、ここまでの護衛の役目を自分達が受けた

事。ミュウが自分をパパと呼び始めた事などを

説明した。

 

これまでのあらましを聞き、レミアはその場で

何度も頭を下げながら礼を述べていた。

ちなみにミュウはレミアの膝の上でうつらうつら

している。

「本当に、何とお礼を言えば良いか……」

「どうかお気になさらず。我々が自主的に

 首を突っ込んだだけですから」

私の言葉に、ハジメたちがうんうんと頷く。

 

「ですが、娘とこうして再会できたのは、全て

 皆さんのおかげです。このご恩は一生を

 かけてもお返しします」

「そ、そんな一生だなんて。ねぇ司」

「えぇ。そこまでする必要はありませんよ。

 私達は、自分自身の意思に従って行動した

 だけです。確かにギルドから報償は出ますが、

 それだけで十分です。我々は、貴方から

 何かを貰おうなどとは考えておりません」

「そうですか。……高潔な方々なのですね。

 であればこそ、娘も貴方をパパと慕っている

 のかもしれません」

 

高潔、私が、か。……違うな。

「……残念ながら、私は高潔な存在では

 ありませんよ」

「え?」

私の言葉に、レミアは首をかしげる。

「私のこの手は、既に血で紅く汚れている。

 今更かもしれませんが、私は本当に父親

 と慕われるに相応しいのか、疑問に

 思います」

そう言って、私は自分の右手を見つめる。

しかし……。

 

「差し出がましいようですが、それは

 大丈夫だと思いますよ?」

そう言って、レミアは私に笑いかけた。

「と言うと?」

「子供と言うのは、存外しっかりしている

 ものです。だからきっと、この子も

 分かった上で貴方をパパと慕うように

 なったのでしょう」

「……そうですか」

確かに、ミュウはグリューエンの迷宮の

中で、自分の意思を示した。そこに年齢は

関係無いのかもしれない。

『私が、父親か』

 

長く、永く、番いも無く、子供を持つ事も

無かった、ゴジラ。即ち私。

孤独だった。生命とは本来、生まれ、成長し、

やがて番いを創り、子をなし、老いて、

子供達を次代へ託して眠りにつく。

それこそが、本来の生命のあり方。

だが私はそこから外れた存在。

 

それでも、そんな私をパパと慕ってくれるミュウ。

彼女を受け入れた私。表面上かもしれないが、

私は彼女のパパになった。

もしかしたら、私は心のどこかで、家族を

欲しているのかもしれないな。

 

私はふと、そんな事を考えてしまうのだった。

 

 

その後、私達は時間も時間だったのでレミアに、

エリセンの街の宿について良い所はないか

聞いてみた。すると、これ幸いと彼女が

『この家を使って欲しい』と言い出したのだ。

最初はハジメ達とどうしようか迷ったが、

ミュウといきなり距離を置くのは可哀想、

と言う女性陣の提案もあり、しばらくは

この家でお世話になることになった。

 

のだが……。

 

夕食時。これもレミアのお世話になってしまった。

それ自体は別に悪くは無いのだが……。

「はいパパ!あ~ん」

「…………」

何故か私の隣に座っていたミュウが、そう言って

私にフォークを突き出している。

「あ、えっと。……ミュウ?私には自分の分が

 あるので……」

一瞬、どう言う状況なのか理解出来ず対応が

遅れてしまうが……。

「パパ、あ~んしないの?」

とっっても悲しそうな顔をされてしまう。

誰がこれを拒否出来ると言うのだ。

ハジメ達に助けを求めようとしたが、どうやら

彼等も良いアイデアが思いつかないのか

誰も目を合わせてくれない。

 

「し、仕方無いですね」

「良いの!?はいっ!じゃあパパ!

 あ~ん!」

「あ、あ~ん」

いい歳(?)して幼女にあ~んをしてもうら

なんて。……改めて私は羞恥心というものを

感じていた。

ちなみに、チラリと視線を移せば、ルフェアは、

『ミュウちゃんならまぁ許せる』、と言いたげな

表情をしていた。

 

「パパ?美味しい?」

「え、えぇ。美味しいですよ」

「良かった~!」

と言うと、ミュウはそのまま食事を再開した。

って、ミュウは今私の口に入ったフォークを

そのまま使って……。これでは、間接キスに

なるのでは……!しかし、それを言った所で

無意味そうなので、私は小さくため息を

突くと自分の食事を再開しようとした。

 

『スッ……』

それもミュウと反対側の席に座るレミアが

フォークを私に差し出した事で阻止されたが。

「……。レミア?これは?」

私は呆然としつつ、フォークと彼女に交互に

目をやる。

「あら?何か可笑しいですか?私達は夫婦、 

 なんですから。私はミュウの母であり、

 司さんは父なのですから」

「いや、それは……」

父親のふり、と言いかけて言葉を呑み込む私。

「さぁ?どうぞ?」

「む、むぅ」

彼女の対応に驚きつつ、後ろをチラ見すれば、

微笑ましそうに笑みを浮かべるミュウと、

更にその奥には、必死に怒りを抑えながら

フォークの柄を握りつぶしているルフェアの

姿があった。

 

すまない、ルフェア。

私は心の中で彼女に謝りながら、レミアの

差し出すフォークに口を付けた。

しかし、それが悪かった。

直後、レミアはフォークで食事をすると……。

「ふふっ。これで間接キスですね。

 あ・な・た♪」

そう呟いた。

 

『ブワッ!』

次の瞬間、ルフェアから殺気が溢れ出し、

ハジメと香織、ユエやシア、ティオなどが

ガタガタと震え出す。

のちにティオは皆を代表してこう語った。

『あれこそ正しく鬼神』、と。

 

どういうわけか、レミアの私に対する態度が

可笑しい。どう考えても出会って数時間の

男にする態度ではない。

食後、ミュウの遊び相手をしているハジメ達を

後目に、彼女にそれとなく聞いてみた。

 

「ミュウにとって、司さんがパパなん

 ですよ。……あの子にとって、父親は

 いないに等しいのです。そんな中で、

 貴方に出会った。ミュウにとっては、

 司さんが本当のパパなんです」

「……そうですか。しかし、何故貴方

 まで私を?」

「私も、もう夫を亡くして5年。

 …新たな夫を迎えても、罰は当たらない

 と思いますが?あの子も、貴方をパパと

 慕っている事ですし。本当の夫婦になる

 のも、悪く無いと思いませんか?」

「い、いや。私にはルフェアという、

 将来を誓い合った相手がいるので、

 残念ながら。……ミュウの父親の

 ふりは出来ても、本当の父親には……。

 それに、私達は出会ったばかりです」

「そうですか。……ですが……」

その時、レミアが私の手に自分の手を重ねた。

 

「娘を助けるために手を尽くしてくれた

 男を、一人の女として、母として、

 慕うのは、可笑しい事ですか?」

「……」

彼女の言葉に、私は黙り込んでしまう。

正直、慕ってくれると聞いて悪い気はしない。

だが、もしミュウがこれから真っ当な生活

をしていくのだとしたら、恐らく私は、

その傍にいない方が良いだろう。

『血に汚れた父親』など……。

 

だが、私は彼女の手から自分の手を離す。

「あっ……」

「……私の手は、血で汚れている。

 あまり気安く触るべきではありません」

それが、ミュウのためでもあるかもしれない。

私はそう考えた。しかし……。

彼女は再び私の左手に、自らの手を重ねた。

 

「貴方の手は、血で汚れているかも

 しれません。ですが、この世界で、力の

 無い者は奪われるしかない。あの日、

 私はそれを強く実感しました」

彼女の言うあの日とは、ミュウが誘拐された

日の事だろう。

 

「貴方は、大切な人を守る為にその手を

 血で汚す事が出来ますか?」

「えぇ」

彼女の問いかけに、私は迷う事なく頷く。

 

「力が無ければ、戦う意思がなければ、

 人生は失ってばかりです。特に、力が

 物を言う世界ならば、尚更です。奪われ

たくないのなら、戦うしかない」

そう言って、私は右手を握りしめる。

 

すると……。

「そうですね。……私は、その生き方を

 正義と肯定する事も。悪と否定する事も

 しません。ですが、『必要な事』だとは

 思います」

私は、黙って彼女の話を聞いていた。

彼女は、力を否定しなければ、肯定もしていない。

しかし必要だとは言った。

 

ある意味、愛子先生とも異なる答えだろう。

先生は力、悪く言えば暴力を明確な悪としている。

だがレミアは、それを理解した上で、必要な

存在だと言って居る。

力もまた、人によって捉え方が違う、と言う

事か。

と、私は内心思っていた。その時。

 

「だから……」

彼女の両手が、私の左手を包み込んだ。

「司さんのこの手は、誰かを守る為に

 汚れたのだと、私は思います。そして、

 それこそが、司さんの強さの証であり、

 魅力だと思います?」

「魅力?……血に濡れた、私が?」

 

「えぇ。どれだけ気丈な女でも、時には

 誰かに守って貰いたいと思う時はあります。

 司さんのような、強い男性に」

「……成程。つまり、レミアは強い男性、

 と言う存在に宛てはまる、私に

 惚れた、と?」

「はい♪……ですので、お望みとあらば、

 いつでもお声がけ下さい。その時は、

 喜んで貴方の本当の妻になりますから」

「そ、そうか」

 

と、私はその時、それだけしか言えなかった

のだった。

 

ちなみに……。

『ミュウちゃんが傍にいるから我慢。

 ミュウちゃんが傍にいるから我慢。

 ミュウちゃんが傍にいるから我慢。

 ミュウちゃんが傍にいるから我慢。

 ミュウちゃんが傍にいるから我慢。

 ミュウちゃんが傍にいるから我慢』

ミュウと遊んでいたルフェアが頭の中で

そう連呼しながら、ミュウの手前必死に

ポーカーフェイスを浮かべていたが、

その周囲ではハジメ達がガタガタと震えて

いた。

 

『司ぁっ!お願いだからルフェアちゃんを

 何とかしてぇぇぇっ!』

頭の中で叫ぶハジメ。

しかし彼の願いは届く事は無かったのだった。

 

更に夜。流石に、ミュウとレミアの二人に加え、

ハジメ、司、香織、ルフェア、ユエ、シア、

ティオと9人も居たのではベッドの数が

足りず、男の司とハジメはリビングにある

二つのソファを一つずつ使って寝よう、と言う

話しに一度はなったのだが……。

 

 

「折角ですから、夫婦と娘、3人水入らず

 で一緒にどうですか?」

「ミュウ、パパとママと一緒に寝る~!」

レミアの言葉にルフェアから殺気が

ほとばしり、それに当てられガクブルな

ハジメ達。そしてミュウにせがまれ、

断り切れなくなった司は、レミアと

ミュウ、二人と同じベッドで寝る事に

なり、その時には二人から腕枕を

せがまれ、二人は司の左腕を枕にして

眠りについたのだった。

 

そしてそんな中で司は……。

 

『今度、ルフェアに何か埋め合わせを

 しなければ』

 

などと考えていたのだった。

 

     第52話 END

 




劇中に登場したアルゴは、ゴジラKOMのアルゴです。
次回からはメルジーネ海底遺跡に突入すると思います。

感想や評価、お待ちしています。


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第53話 深海へ

今回からメルジーネ海底遺跡でのお話です。


~~~前回のあらすじ~~~

襲いかかってきた魔人族の男、フリードを退けた

G・フリートの一行は無事、新たな神代魔法、

空間魔法を入手する事に成功。彼等はそのまま、

魔人族による大迷宮破壊を危惧し、その足でまず

はミュウの生まれ故郷である海上の町、エリセン

へと新型艦のアルゴで向かう。

そしてミュウは、数ヶ月ぶりに母、レミアと

再会を果たすのだった。

 

 

エリセンの町の、レミアとミュウの家に

一泊した翌日の午前中。私はレミア、ミュウと

一緒に出かけていた。

と言っても、レミアは車椅子に乗っているし、

補助として香織、私と同じように荷物持ちで

ハジメやシアも同行している。

大勢で動くと、周りの迷惑になる、と言う

事で、ティオ、ルフェア、ユエは家で

留守番をしている。

 

「ごめんなさいね、香織さん。わざわざ押して

 貰って」

「いいえ。気にしないで下さい。レミアさん

 も、歩けるようになったとは言え、

 まだまだ危ないですから」

「ありがとうございます。シアさんや、

 ハジメさんも、わざわざ荷物持ちを

 してくれるなんて」

「こちらこそ。昨日は美味しいご飯を

 ごちそうして貰いましたし、その上

 泊めていただいたんですから。

 これくらいは恩返ししないと。

 ね、シアちゃん」

「はいっ!荷物持ちなら任せて下さい!

 どんな重い物でも持ち上げて見せますぅ!」

と、レミアは、皆をさん付けで呼ぶの

だが……。

「ふふっ。『あなた』のご友人は皆さん、

 とても頼もしく優しい人達なのですね」

レミアは私だけは『あなた』と呼ぶのだ。

それだけで周囲の視線が凄まじい事に

なっている。

 

一度は周囲で、『あなたってのはほら、あれ

だよ。別に夫のあなたって意味じゃないさ』

と、めちゃくちゃ動揺しながらそう言って居る

海人族の男が居た。

のだが……。

 

「あら、レミアちゃん。その人かい?

 ミュウちゃんを連れてきたって言う

 冒険者は」

「はい。わたしの新しい夫です」

レミアの良く行く店でそんなやり取りを

したもんだから、男達はやっかみと嫉妬の

視線を私に送り、女達は黄色い悲鳴を上げる。

「その件を承諾したつもりは無いのだが……」

と彼女に訴えても……。

「あら?そうなのですか?」

と、とてつもなく悲しそうな顔をされ、

今度は女達から鋭い視線が飛んでくる。

 

ハァ。……本来女難の相があるのはハジメ

だけのはずなのですが……。

「司、今失礼な事考えたでしょ?」

「いえ?全く」

そう言いながら私は明後日の方を向く。

「……それは僕の目を見てから言って欲しい

 んだけど?」

と、私達はそんなやり取りをしつつ、レミア

が買った荷物を運んでいた。

 

とは言え、私達はここに遊びに来た訳ではない。

昼食後、私はハジメ達にレミアとミュウの護衛

をお願いした後、一人で海に潜った。

以前、ミレディから教えられた場所、エリセン

から西北西に約300キロの地点。そこが

メルジーネ海底遺跡のある場所とされていた。

 

私は第4形態となり、海底を泳いで進む。

今の私の、この姿ならば私達の世界の高速艇

以上の速度が出せる。目標地点にたどり着く

のに、1時間も掛からない。

 

たどり着いた目標地点を精査していると、何やら

他の部分よりも深度が浅い部分があった。更に

エコーなどを使って調べると、何やら通路や空間

のような場所を確認するが、入り口らしき物は

発見出来ない。

……何らかの方法で扉を開け、と言う事なの

だろう。

その時ふと、私はミレディに言われた『月と

グリューエンの証に従え』という言葉を

思い出していた。

 

ふと、海面に目を向ければ、まだまだ太陽が

上空でサンサンと輝いている。

どうやら大迷宮に入るには夜しかない

ようだ。……幸い、魔人族らしき反応や

奴らによる破壊工作の痕跡も発見出来ない。

どうやら奴らはここの事を知らないのだろう。

 

そう考えた私は、念のため、警戒用の水中

レーダーを海底にいくつか設置に、エリセンへと

第4形態のまま泳いで戻っていった。

 

 

その後、エリセン付近で第9形態に戻った私は、

何食わぬ顔でミュウとレミアの家に戻った。

 

のだが……。

 

「ッ!!!!」

「あらあら」

家に戻ると、キッチンでルフェアがレミアに

鋭い視線を送りながら、何かを調理しており、

対するレミアはその視線を受け流しながら

何かを調理していた。

「ママ~!がんばれ~!」

母であるレミアを応援しているミュウ。

 

一体何がどうなっているのだ?

「これは、どういう状況ですか?」

「あ、司お帰り」

私が声を掛けると、ハジメ達が私に気づいた。

「ただいま、と言うべきなのでしょうが、

 これは?」

「あ~、え~~っと、料理対決、で良いの 

 かな?」

と、自信なさげに答えるハジメ。

まぁ、ルフェアが敵対心むき出しな時点で

対決かどうか怪しい。

 

何でも、私が海洋に調査に行っているとき、

レミアが『旦那様のために、ご飯の用意を

しなきゃ』みたいな事を言ってしまい、

堪忍袋の緒が切れたルフェアがレミアに

勝負を挑んだようだ。

それで始まったのがこの料理対決らしいが……。

 

「さぁさぁ始まりました!『運命の人は怪獣!?

 可愛い婚約者ルフェアちゃん』と!

 『出会って数日!でももうあなたにぞっこん!

 未亡人レミアさん』!そんな二人の料理対決!

 解説のユエさん、如何でしょうか!」

「ん。ルフェアはずっと司と旅をしていたから

 司の好きな物を知ってる。でもレミアも

 ずっと料理をしてきた腕があるから、

 ルフェアより料理の腕は上かもしれない」

「ほうほう。つまり勝負の行方は分からない、

 と言う事ですね!」

 

「……。何ですか?あれは」

私の視線の先では、何やらシアとユエが

ノリノリで解説をしている。

「う~~ん。ま、まぁ、悪乗り、かなぁ?」

と、苦笑を浮かべながら首をかしげるハジメ。

ちなみに夕食の時、私が審判となって二人の料理

を食べる事に。ジャッジの結果は、僅かに腕の差

でレミアに軍配が上がった。

しかし肝心のルフェアはと言うと……。

 

「負けないっ!絶対に!負けないんだから!」

逆にやる気の炎を燃やしていた。まぁ結果的に

良い方に進んだ、のか?と私は首をかしげる

のだった。

 

エリセンの町を訪れてから数日後。この日まで、

私は新兵器の開発をハジメと相談しながら

行っていた。水中での使用も想定した、

銛のような形の銃弾を発射する水陸両用銃、

『エーギル』や腕部に外付けで設置する、

スーパーキャビテーティング魚雷発射管、

『アハティ』など、様々な装備を開発。更に

ジョーカー全機の背面に着脱式のウォーター

ジェット推進器を装着。

加えて水中で酸素を確保するために、

海水に溶けた酸素、いわゆる溶存酸素を取り

込むための魚のエラのようなフィルターを

追加で設置。ジョーカーを水中でより円滑に活動

させるための改造を行っていった。

 

そして、その日。私達はエリセンの町の桟橋

の上で既にジョーカーを纏っていた。遠目には

海人族が何人も集まって私に嫉妬の視線を

送っているが、所詮有象無象の視線。無視

している。

そして、私達を前にするミュウとレミア。

しかし、そんな中でミュウはどこか悲しそう

な表情を浮かべていた。

しかし、これは仕方無い。

 

話しは、一旦昨日の夜へと戻る。

その日の夜、私達は明日の朝にエリセンを発って

メルジーネ海底遺跡に向かう旨を話した。

すると……。

「じゃあ!ミュウも一緒に行くの!」

彼女が真っ先にそう叫んだ。

「ダメです」

そして、誰よりも早く私がそれを拒否する。

 

「な、なんでなの!?パパっ!」

「……ミュウ、貴方は確かに一度、グリューエン

 大火山で私達と共に大迷宮を攻略しました。

 しかしそれは、貴方が母親であるレミアの

 元に帰るため過程、道筋に過ぎません。

 しかし、ミュウはこうしてエリセンへと

 戻ってきた。……ミュウ、私が言っている

 事を酷い、と思うかもしれませんが……。

 ミュウがもう私達と一緒に大迷宮に行く

 理由がありません」

「で、でも!パパ、ミュウが行きたいなら

 良いって!」

「確かに、アンカジ公国ではそう言いました。

 ですがあの時とは状況が違います。

 曲がりなりにも、ミュウから父と慕われている

 からこそ、言わせて貰います。ここに、

 レミアを一人にしていくつもりですか?」

「っ」

ミュウは、息を呑み俯く。

 

「ミュウは、グリューエンで言っていましたね。

 ママを、レミアを心配させないくらい強く

 なれたら、今度は自分がレミアを守るんだ、と」

「うん」

静かに頷くミュウ。レミアは息を呑んだような

表情を浮かべるが、直後に僅かに涙ぐむ。

しかし、肝心のミュウの表情は優れない。

 

ならば、仕方無い。私は、彼女の椅子の前に

回り込んで、彼女の前で跪き、その顔を

のぞき込む。

「ミュウ。聞いて下さい。貴方には、セラフィム

 がいる。だから私達がメルジーネ海底遺跡を

 攻略している間、セラフィムと共にレミアを

 守ってあげて下さい」

「ミュウが、せらちゃんと、ママを?」

「えぇ。そうです。……メルジーネ海底遺跡を

 無事攻略したら、必ずここへ、皆で戻って

 来ます。だから、待っていて下さい」

「パパ、ちゃんと帰ってくる?」

「えぇ。約束します」

そう言って、私は右手の小指を差し出す。

 

それを見たミュウも、自分の手を見つめてから、

おずおずと私の小指と自分の小指を絡ませ合う。

「私たちは、メルジーネ海底遺跡へと

 行ってきます。だから、その間にミュウは

 レミアを守ってあげて下さい。約束、

 出来ますか?」

「うん。約束、するの。パパ達が帰ってくる

 までミュウがママを守るの」

そうして、私達は約束を交わした。

 

戻って現在。

ミュウは、約束はしたものの、それでもまだ

一緒に行きたそうにしていた。

やがて、私達の前に、海底に潜行し待機していた

アルゴが浮上してくる。私が皆に頷くと、

全員が歩き出す。すると……。

「パパァ!」

後ろからミュウの叫びが聞こえ、振り返る。

そこでは、今にも泣きそうな表情ながらも、

笑みを浮かべるミュウの姿があった。

 

「いってらっしゃい!」

そう言って、ブンブン手を振っているミュウ

に、私は右手の小指を立てる。

ミュウもそれを見て約束を思い出したのか、

上に突き上げた右手の小指を立てる。

 

それを確認した私達はアルゴに飛び乗り、

メルジーネ海底遺跡を目指してエリセンを

出発した。

 

 

そして、1時間と掛からずにポイントに到着した

私達は、ミレディの言葉に従って月が昇る夜まで

待った。

そして、夜になったのだが……。

「月とグリューエンの証に従え、と言う事

 でしたが……」

私達はアルゴの艦橋で、テーブルの上に

グリューエンの証を置き、それを囲むように

立ちながら証に目を向けていた。

 

「普通に考えれば、この証とここの穴が

 怪しいよね」

そう呟くハジメ。グリューエンの証は、

サークルの内部にランタンを持った

女性が彫られている。しかしそのランタン

の部分がくりぬかれているのだ。

どう考えてもそこが怪しい。

「う~~ん。その穴の部分を月に

 翳す、とか?」

首をかしげながらも呟く香織。

しかし、ここは『思い立ったが吉日』、だ。

「ここで考えても仕方ありません。とにかく、

 思いついた事をやってみましょう」

と言う訳で、私達は早速アルゴの艦上に移動し、

月に向かってペンダントを翳した。

ちょうど、くりぬかれた場所から月が覗き見える。

 

そのまましばらく待っていると、ランタンに変化

が現れた。ランタンの部分が、まるで月の光を

吸収するかのように、徐々に徐々に光が満ちていく。

この演出に、香織やシア、ルフェアはおぉ、と

驚嘆の声を漏らす。

「何だかファンタジーテイストの演出だね」

ハジメも、私の手にあるペンダントを見つめながら

目を輝かせている。

 

やがて、しばらくするとランタンを光が満たした。

すると直後に変化が現れた。ペンダント全体が

光を帯び、そこから海面の一点に向かって光が

伸びる。

まるで、『光の指し示す方へ行け』と言わんばかりだ。

「成程。ミレディの言って居た証に従え、と言う

 のはこの光に従え、と言う事ですか」

光が伸びていく先は、恐らく海底。そして、

そこにあるであろう大迷宮の入り口だろう。

「総員、すぐさま艦内へ。これよりアルゴは

 潜行し大迷宮入り口に向かいます」

「「「「「「了解」」」」」」

私達がアルゴの艦内に戻るとすぐさまアルゴ

は潜行していく。艦橋へと降りれば、正面の

操縦席前の強化ガラスの窓を突き抜けて

海底へと向かう一筋の光。

私はパイロットシートに座ると光の指し示す

方向に向かうようにアルゴを調節する。

 

暗い、海の底へと潜っていくアルゴ。

この暗闇ではライトを点灯した所で

効果が薄いので、地形レーダーなどを

使用しながらドンドン下へ下へ潜っていく。

 

「……まるで、闇の底に沈んでいくみたい

 だね」

「うん。ちょっと、不気味だね」

後ろで真っ暗な海を見つめながら若干

震えているハジメと香織。そう言えば、

香織はお化けの類いが苦手だったような。

しかし今は気にしていられない。

 

しばらく進んで居ると、ある場所に

たどり着いた。

そこは歪な岩壁が並び、さながら山脈の

ように連なる場所だった。

光は、その一点を指し示していた。

「減速。……岩壁に接近します」

アルゴの速度を落とし、ゆっくりと岩壁に

近づいていく。すると、ペンダントの光を

受けた岩盤がゴゴゴゴッと音を立てながら左右

に割れ、そこが大迷宮の入り口となった。

「これはまた、随分と凝った入り口だね」

苦笑半分、興奮半分。と言った感じで呟く

ハジメ。

「そうですね。しかし……」

 

あの岩盤の扉のサイズからして、これ以上

アルゴで進むのは無理そうだ。

ここかはらジョーカーでの移動になる。

私達はすぐさま外と繋がる気密室へ行き、

そこで水中用の装備を備えたジョーカー

を纏う。装備の状況を確認し終えると、

バルブを開いて部屋に水を入れる。

部屋を水で満たし、各員の状況を確認。

全員が水に慣れさせ、同時に装備が正常に

稼働している事を確認する。

 

「各員、傾注。ここから先はアルゴを

 使わずジョーカーを纏ったまま移動

 します。水中という環境では普段通り

 の動きは出来ないので、戦闘時はそれを

 注意して下さい」

『『『『『『了解』』』』』』

無線機に呼びかけると、皆の返事が返って

来る。水中でのやり取りも、普通に喋った

のでは声は届かないのでこれに頼る事

になる。

 

「それでは、ハッチを開放します」

私は壁際のスイッチを押す。するとガコン、

と言う音と共にハッチが解放され、私達は

薄暗い海へと飛び込む。

背中のウォータージェット推進器によって、

空を飛ぶように海中に浮かぶ。

更に、私に続いてアルゴを出るハジメ達。

 

『う~~ん。地面に足が付かないって言うの、

 何か怖いですぅ』

普段から陸上での戦いを基本とするシアには、

地に足が付かない水中は確かに戦いづらい

フィールドだろう。

「水中では陸地のように踏ん張りが効き

 ませんからね。その辺りも注意

 して下さい」

そうやって話している間に、私達は入り口の

前に集まる。

 

開かれた扉の先に広がるのは、漆黒の闇。

正しく、一寸先は闇だ。

だがそれでも、進むだけだ。

 

「総員傾注、中には何かあるか分からない。

 また、陸上や空中とも勝手が違う状況だ。

 絶対に気を抜かずに行くぞ」

「「「「「「了解っ!」」」」」」

「よしっ。突入開始」

 

私のかけ声に従い、私を先頭に7機の

ジョーカーが背中の推進器を使って暗い

洞窟の中へと入っていく。

 

7機のジョーカーのメット側面のライトから

放たれる光が周囲を照らすが、それでも焼け石に水

状態で、周囲は暗いままだ。

エーギルを装備し、周囲を警戒しながら進む私達。

 

その時。

「むっ。全員、一旦停止して下さい」

私のかけ声で全員がその場に停止する。

「前方、海水の流れが激しくなりつつあります。

 このままではバラバラになってしまうので、

 私がシールドを展開します。全員その中に」

『『『『『『了解』』』』』』

 

私が直径6メートルほどのシールドを展開すると、

皆が中に入ってくる。この中は海水が無いので、

皆は着地し息をつく。

 

「ふぅ。普通に呼吸出来ると分かっていても、

 真っ暗な深海か。」

「何だか、息が詰まるね」

2人とも、汗を流しながら息をつく。シアと

ルフェアにも目を向けるが、2人もどこか

緊張をほぐすように深呼吸をしていた。ティオも

どこか落ち着きが無い。唯一ユエは安心

しているようだが、しかしここは海底。

 

かつてオリジナルとして海底を住処としていた

私に比べれば、彼等はこの環境に慣れてはいない。

彼等に現代のダイバーのような経験は無い。

ならばこれらの反応も仕方無いか。

「ここからはシールドに乗って移動します。

 行きましょう」

 

シールドの搭乗したまま前進すると、突如海水

の流れが速くなり、一定方向へ流される。

とりあえず今は流れに逆らわずに流される事に

した。

すると、しばらくしてレーダーに反応があった。

後方から近づいてくる物体、魔物のようだ。

「司」

「えぇ。私のレーダーでも確認しました。

 ハジメ、アハティの実戦テストです。

 お願いできますか?」

「うん。任せて」

そう言うと、ハジメはシールドからアハティ

を装備した両腕だけを後ろに出す。

アハティのスーパーキャビテーション魚雷には

多目的誘導システムが装備されており、発射

された弾頭はジョーカーのレーダーなどから

データを受け取り自動で敵を追尾する。

 

「アハティ、発射!」

ハジメが叫ぶと、ボシュボシュッと言う独特な

音と共に数発の魚雷が発射される。

白い泡の尾を引いて向かっていく魚雷。

数秒の静寂。そして……。

 

『『『ドドォォォォォォォンッ!!』』』

背後で爆発が瞬いた。

レーダーを確認するが、どうやらこれだけで

相手を全滅させられたようだ。

「よしっと。司、アハティは大丈夫そうだね」

「ありがとうございますハジメ。おかげで

 アハティの実戦テストが出来ました。

 どうやら問題なさそうですね。

 後は、エーギルのテストのために

 もう2、3匹出てきてくれると良かった

 のですが。まぁ仕方ありませんね。

 先に進みましょう」

 

そう言って私はシールドを進める。

「……相変わらず思うのじゃが、マスターに

 掛かれば大迷宮も形無しじゃのぉ」

「いや、まぁ、うん。警戒するに越したことは

 無いんだけど、そうだね。司の力が

 強すぎるから、大迷宮攻略も楽なんだ

 よなぁ」

と、ティオの発言に頷くハジメ。

「……良いのだろうか?大迷宮攻略がこんな

 あっさりしてて」

「良い、んですかねぇ?」

「……良い、んじゃない?」

「良いのかなぁ?」

ハジメの言葉に、次々と首をかしげるシア、

ユエ、ルフェアの3人だった。

 

その後、私達を乗せたシールドはずっと

流されていた。が……。

「あれ?ここ、さっき魔物を倒した所?」

外の壁際に引っかかっていた魔物の残骸を

目にして呟くハジメ。

試しに私は壁際にマーカーを何個か、

色分けして打ち込む。

しばらくすると、やはりマーカーの場所に

戻ってきた。

 

「どうやらハジメの読み通りですね。私達は

 今同じ場所をグルグル回っているようです」

「って事は、僕達は進んでないって事だけど、

 まさか道を間違えた?」

「その可能性は否定出来ませんが、もしくは

 現状に変化をもたらす仕掛けがあるのかも

 しれません。大迷宮の扉しかり、この

 ペンダントしかり。このメルジーネ海底

 遺跡は、何というかギミックが満載です。

 何か無いか、全員で良く探してみましょう」

「「「「「「了解」」」」」」

その後、私達はグルグルと回りながら壁際

を調べていく。

 

すると……。

「むっ?マスター、あそこを」

「ん?」

ティオが壁の一点を指さす。そこに視線を向け、

シールドを近づける。すると壁にメルジーネの

紋章が刻まれている場所を発見した。

 

発見した場所の近くにマーカーを差し込み、更に

周り調査していくと、合計で5つの紋章を

発見した。

 

「ふむ。紋章が5つ、ですか。ハジメ。

 ゲームやこう言った仕掛けに一番詳しい

 のは貴方だと私は考えます。そこで

 貴方の意見を聞きたいのですが」

「うん、分かった。推察だけど、多分

 あの紋章に何かをすると次へ続く道が

 開けるんだと思う」

「道、ですか?」

ハジメの言葉に首をかしげるシア。

「うん。ここで重要になってくるのは

 ペンダントだと僕は思う。この海底遺跡

 まで道を指し示したのも、その扉も

 開けたのも。全てペンダントだ。だから

 ペンダントを翳すとかしてみれば、

 道が開けるかも知れない」

「成程。私もハジメの意見に賛成ですね。

 早速、試して見ましょう」

 

私は手にしていたペンダントを紋章に翳す。

すると、やはりハジメの読み通りペンダント

から紋章に光が照射され、紋章が光を放つ。

そのまま移動しては紋章に光を照射していく。

 

ペンダントに溜まっていた光も照射を行う

事に減少していき、最後の1つに照射を

行った時点で空になった。

直後、ゴゴゴゴッと言う音と共に壁が

真っ二つに割れ、新たな道が開かれた。

 

「やはり、ハジメの考えが正解でしたか。

 皆、突入しますよ」

「「「「「「了解」」」」」」

私達は、開いた入り口から先へ進んだ。

 

しかし、進んだ先では水路が下方、真下

へ向かっている。しかし……。

「全員傾注。この先、海水が無くなります。 

空間のようですね。横穴なども無いので

シールドを解除します。総員、警戒しつつ

着地用意」

「「「「「「了解」」」」」」

私の言葉に皆が頷き、ハジメや香織、ルフェア

はエーギルを構え、シアはアータル。ティオは

玄武。ユエも魔法をいつでも撃てるように

している。

 

「シールド解除」

私達を守っていたシールドが消え、皆の体を

海水が一瞬で包む。

そのまま流れに沿って下方へ向かっていたが、

突如として、まるで下方に海面が現れたかの

ように、私達はその境界面を突き抜けた。

 

海中から空中に投げ出された私達は先にあった

地面に着地。

私やハジメは着地と同時に前転。すぐさま

周囲にエーギルを向け警戒を行う。

着地した香織やルフェアたちも、同じように

装備を構え、周囲を警戒する。

 

「各自、状況報告」

「ハジメ、異常なし。敵影を認めず」

「私も大丈夫」

「こっちも、何もいないですぅ」

「ん。周囲には、何もいない」

「妾もじゃ。異常なしじゃ」

「敵は、いないみたいだね」

 

ハジメや香織、シア、ユエ、ティオ、ルフェア

からの報告を聞きつつ周囲を警戒するが、

どうやら今のところ敵はいないようだ。

 

周囲を見回すが、ここは半球状の空間だ。

上を見上げれば、そこに海面がある。

まるで直上に海があるようだ。

更に周囲を見回せば、奥に向かう通路が

ある。

 

しかし、直後に感じ取る敵の気配。

即座に私は皆を覆うシールドを展開した。

刹那の合間を置き、シールドに着弾する攻撃。

それは水の魔法。『破断』だ。それがまるで

雨のように降り注ぐが、シールドには傷一つ

付かない。

 

「直上!敵襲!」

着弾の爆音に負けないほどに大きな声で

叫ぶハジメ。

「見つけた!天井部分にたくさん張り付いてる!」

続けて、スカウトモデルの索敵性能を生かして

敵を見つける香織。そのデータはデータリンクを

通してすぐさま私達に送られる。

「まるでフジツボの化け物みたいだね!

 ユエちゃん!」

「任せて」

叫ぶハジメの声に応え、ユエが火球を放つ。

「妾も行くのじゃ!」

さらにティオも続き、二人の放った火球が

天井付近にいた魔物を焼き払う。

 

火に焼かれたフジツボの魔物が、ボトボトと

落下してくる。

そのまま敵を焼き払う事数分。

新手を警戒するが、どうやらこれだけの

ようだ。

改めて私は奥の通路に目を向ける。

これまで、大迷宮をいくつも攻略してきた

からこそ分かる。

 

あのフジツボは、所詮挨拶代わり。

ここに来るまでは、単なる前哨戦でしかない。

 

「さて、では改めて。どうやら我々は海底

 洞窟らしき場所に足を踏み入れた。ここ

 からが本番だろうと私は考える。

 皆、決して気を抜かないように。本番は、

 ここからです」

「うん。行こう」

 

私の言葉にハジメが頷き、他の皆も無言で

首を縦に振る。

そして彼等は、各々の武器を構える。

ハジメは両腕のグリムリーパーを。

香織はアルテミスを。

ルフェアは両手にバアルを。

ユエは両手に力を込める。

シアはアータルを握りしめる。

ティオは玄武の鞘を握りしめる。

私はタナトスを取り出す。

 

そして、私が静かに歩き出せば、皆が続く。

 

ここに、私達の新たな大迷宮、メルジーネ

海底遺跡の攻略が始まった。

 

     第53話 END

 




この先は香織の立ち位置が原作と違うのでかなりオリジナル、
かもしれません。

感想や評価、お待ちしています。


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第54話 深海の狂気

今回と次回はメルジーネの攻略話になると思います。


~~~前回のあらすじ~~~

次なる大迷宮を求めて大火山から更に西へと

進んだ司たちは海上の町エリセンへと到着し、

ミュウは無事母親であるレミアと再会。

司はレミアから好意を持たれ始める。

エリセン滞在の数日後、司たちはエリセン近海

にある次の大迷宮、『メルジーネ海底遺跡』へ

と出発。グリューエン大火山で手にした

ペンダント型の証を利用し、遂には海底遺跡

内部へと侵入するのだった。

 

 

フジツボ似の魔物による挨拶代わりの攻撃を

凌ぎ全滅させた私達は、奥へと続く通路を

進んでいく。

そこは、膝の高さまで水に浸かっており、

ジョーカーを纏っているとは言え、少々

歩きにくい環境だ。

 

そこに襲いかかる、手裏剣のようなヒトデと

海蛇の魔物。しかし全て、全機が持つ放電能力

によって海水を伝って放たれた雷撃によって

撃ち落とされ、焼き払われる。

 

「う~ん。ねぇ司。思ったんだけど、ここ

 の魔物って弱くない?」

ふいに首をかしげ、私に声を掛けるハジメ。

香織達もうんうんと頷く。

しかし彼の言うとおりだ。

「えぇ。これでは少々拍子抜けですね。

 ……まだ層が浅い、と言う事でしょうか」

「それって、オルクスみたいに下に行くだけ

 魔物が強くなる、的な?」

と首をかしげる香織。

「まぁその可能性は否定出来ませんが、

 少々妙ですね。皆、警戒を怠らない

 ように」

「「「「「「了解」」」」」」

念のため、警戒を強めながら先へと進む私達。

 

そして、広い空間へと出たその時。

 

不意に、先ほどまで通ってきた通路の入り口が

ゼリーのような物体で封鎖されてしまう。

「ッ、何だ?」

私は咄嗟に手にしていたタナトスをゼリー状の

物体に向けつつ、周囲を警戒する。

「任せて下さい!」

その時、最後尾を歩いていたシアがアックス

モードのアータルを振り上げる。

アップデートで内蔵された振動機能が起動し、

超振動の刃となったアータルが振り下ろされる。

ズバッ、と言う音と共に切り裂かれたゼリーが

周囲に飛び散るが、切り裂かれた傷がどこからか

にじみ出たゼリーによって一瞬で塞がれる。

 

更に、斬撃の反動で周囲に飛び散ったゼリーの

一部がシアのジョーカータイプSCの装甲に

付着する。

すると装甲の一部から僅かに煙が上がる。

「え!?何か煙が出てますぅっ!」

「シア!動くでないぞ!」

装甲に付着したゼリーを魔法で取り除こうと

するティオ。

「ティオ、ジョーカーの装甲は並みの炎なら

 耐えられる。気にせず焼き払え」

「はいっ!」

そして、私のアドバイスに従って、シアの

体をティオの放った炎が撫で付け、ゼリー

を焼き払う。

 

ゼリーに覆われた部位は、見た目はそれほど

変わっていないが、よく見ると覆われなかった

部分より変色している。

しかし……。

 

「ジョーカーの装甲を僅かとは言え溶かすか。

 総員、そのゼリーには気をつけろ。

 かなり強力な溶解作用があるようだ」

私の警告に従い、皆が壁から離れる。

 

「ッ!今度は上ですぅ!」

すると、今度は天井付近から触手の形と

なってゼリーが降り注ぐ。

未来視でそれに気づいたシアの警告が飛ぶ。

即座に私がシールドを展開して全員を

守る。しかし……。

 

「ッ。……私の結界さえもか」

如何に私の力が、普段からセーブされている

とはいえ、それは常識外れの力を持つ。

その常識外れの力によって生成されたシールドを、

ほんの僅かずつとは言え、溶かし、浸食して

行く。このゼリー、厄介な。

しかし、私のシールドを徐々に融解させる事は

出来ても、その浸食スピードは私のシールドの

修復スピードを上回る物では無かった。

 

とは言え、厄介な。

「香織はスカウトモデルの索敵機能で

 周囲の索敵。このゼリーが魔物ならば、コア

 があるはずです。他は周辺のゼリーに

 対して攻撃を。相手は広範囲に展開

 しています。銃弾では効果が薄い。

 しかし場所が場所なので、ルドラなど

 の高威力武装の使用は控えて下さい。

 ハジメとルフェアはジョーカーの

 放電機能を使って攻撃を」

「「「「「「了解っ!」」」」」」

 

私の指示に従い、皆が動き出す。

ユエ、ティオが魔法で攻撃を放つ。

シアはアータル・バスターモードの出力を

調整し、ビームを散弾のように放つ。

ハジメとルフェアは、ジョーカーの

放電機能を生かして周囲に雷撃を放って

ゼリーを蒸発させる。

そんな彼等を私のシールドが守る。

一方で周囲をスキャンする香織。しかし……。

 

「何、これ……!」

周囲を見回しながらも、彼女の戸惑う声が

聞こえてくる。

「香織、どうしましたか?」

「つ、司くん!皆も!ここ、変だよ!

 壁や天井、全部から魔物の反応がある!

 コアの魔石が、見つからない!」

「えっ!?」

香織の言葉にハジメが戸惑う。

 

と、その時。天井からしみ出していたゼリー

が空中で合体し、それは巨大なクリオネ似の

姿を取った。だが……。

 

「奴にも、コアが無い」

透明な体のどこにも、魔石は無い。

「そ、そんな!?魔石が無いって、じゃあ

 あれは魔物じゃないの!?」

そう。魔物には魔石がある。それが普通。

香織の戸惑うような叫びも分かる。

だが、奴にはそれが無い。

いや、或いは……。

「反応が全体からある、と言う事は、奴の

 体のその全てが魔石という事か」

「えっ!?そ、そんなのありなんですかぁ!?」

私の言葉に素っ頓狂な叫びを上げるシア。

 

「そんなのに周囲を囲まれたなんて、

まさか……。ここは奴の腹の中!?」

「えぇ!?」

ハジメの言葉に叫ぶシア。

その時、クリオネ似の奴が攻撃を開始した。

「ちっ。厄介な魔物だ。総員、とにかく今は

 ゼリーと奴に攻撃を。体全てが魔石だと

 言うのなら、全て破壊するまでです」

「は、はいですぅっ!」

 

私が防御に専念し、香織も魔法と放電能力を

合わせて攻撃に参加する。

しかし、状況は『焼け石に水』状態だった。

どれだけ撃破しても、尽きることの無い

ゼリーの触手による攻撃が続く。

 

「このっ!こいつらどれだけ!?」

雷撃で迫り来る触手をなぎ払いながらも

悪態をつくハジメ。

「文字通り、切りが無い……!」

ユエも魔法による炎で周囲をなぎ払うが、

彼女の言うとおり終わりが無い。

最悪、私の概念干渉の力で全てを消滅

させようかとも考えたが、大迷宮に

おいて、神代魔法を得るにはあの魔法陣

に記憶をスキャンされ、認められなければ

ならない。

 

そして、もしこいつが大迷宮のボスである

としたら、何かしらの方法で倒す事が

出来るかもしれないが……。

今のところ、その方法が分からない。

 

「お兄ちゃん!どうしよう!このままじゃ!」

敵を攻撃しながらも、戸惑うルフェアの声が

聞こえる。

確かにこのままでは終わりが無い。

 

気がつけば、足下程度だった海水の水位が既に

腰元辺りまで上がってきている。

私が居る限りそれは大した問題では無い。

だが向こうも終わりが見えない。

これでは完全なシーソーゲームだ。

 

何か打開策は、と考えエコーロケーションの

力で周囲を探る。

すると地面の下に空間がある事が分かった。

やむを得ん。

「総員、一旦ここを離脱し体勢を立て直します。

 地下に空間を確認。バラバラにならないよう、

 シールドを展開したままこの地下へと

移動して行きます」

「「「「「「了解っ!」」」」」」

「ではっ!ふんっ!」

ゼリーを迎撃しながら叫ぶ皆の声を返事とし、

私は思いきり地面を踏み砕く。

 

次の瞬間、ひび割れた地面がぱっくりと大きな

穴を開き、その穴へと私達はシールドと共に

吸い込まれてく。

 

それを逃がすまいと思ってかゼリーの触手が

追撃してくる。

「こんのぉ!」

咄嗟にハジメが迎撃の雷撃を放つ。

その隙に、私が産みだしたGメタルの巨岩が

穴を塞いだ。

 

これで、敵の追撃は逃れられるだろうと考えつつ、

私は皆と共に下へ下へと流されていった。

 

私達がたどり着いたのは、球体状の空間だった。

そこから四方八方へと穴、通路が延びており、

流れる海流の激しさも相当の物であった。

何とかこれを私の力で踏ん張りつつ、今は

全員で作戦会議中だ。

 

「さて、こうして無事あのクリオネから

 距離を取った訳ですが、今後について

 皆の意見を聞きたいのです」

今は球体シールドの大きさを広げ、全員が

床に腰を下ろしヘルメットを取っている。

「ハジメ、どうですか?」

 

「う~ん。僕の意見としては、まず何よりも

 怪しいのはあの穴だよね?」

そう言って、ハジメは四方八方に見える穴を

指さす。

「僕としては、あの穴の中のどれかが正解の

 ルートなんじゃないかなぁと思うん

 だけど……」

「でも、それは変じゃないかな?」

ハジメの言葉に異を唱えたのは香織だ。

「どの穴の周囲も調べたけど、目印

 みたいな物は何一つも無いよ?」

「となると、もしくは道を間違えたか。

 じゃな」

更に可能性を口にするティオ。

 

私も内心、確かに、と思う。しかし……。

「何はともあれ、我々は証に従い、あの

 クリオネ擬きの化け物と戦う部屋まで

 来た。あそこまで一本道であった事を 

 考えるに、あの部屋はまず間違い無く、

 正解のルートだったと考えて

 間違い無いだろう」

「でも、これからどうするの?」

そう言って、ユエは私達が通ってきた頭上

の穴に視線を向ける。

 

「上に、戻る?」

「いやぁ、でも上戻ったらアイツとまた

 再戦ですよねぇ?」

ユエの発案に難色を示すシア。

「うん。その可能性が高いよね」

ルフェアもシアの言葉に頷く。

「……正直な所、奴が一体何者なのか

 分からない現状では、奴との戦いは

 極力さけるべきだと思われます。

 奴の底が見えない以上、戦いは

 間違い無く長期戦になります。

 しかし奴を倒して終わり、とは

 考えられない以上、今は奴との戦いを

 避けるべきだと私は考えます」

と言うと、皆は私の提案に頷く。

 

「となると……」

そう言って、ハジメは周囲の穴の数々に

目を向ける。

「この穴の、どれかの先に進むしか無いの

 かな?」

彼の声に、私を含め皆がそちらに目を向ける。

「そうでしょうね」

 

私は頷くと、立ち上がって一旦シールドの外に

出て、適当な場所にマーカーを突き刺してから

シールド内部に戻った。

 

「今、あそこに転移の際の座標とまる

 マーカーを突き刺しておきました。

 あれがあれば、ここに戻ってくる事も

 可能です。ですので、今から我々は

 あの穴、洞窟のどれかに突入します。

 ……先ほどのゼリーの魔物の事を

 考えると、危険度は相応の物です。

 各自、絶対に気を抜かないように」

「「「「「「了解」」」」」」

私の言葉に皆が頷く。

 

「それでは、行きます」

そして、私達はシールドに乗ったまま、

洞窟の一つへと突入していった。

 

そしてしばらくすると、あの時のように

海中からどこかへの空間へと飛び出した。

そこでもやはり海水が頭上でたゆたっている。

 

「シールドを解除します。総員着地の

 用意を」

「「「「「「了解っ」」」」」」

 

空中に投げされた私はシールドを解除する。

皆も武器を手に周囲を警戒しながら、

重力制御装置やスラスターを使って

落下速度を軽減しつつ、眼下の白い砂浜へと

着地した。

 

すぐに敵の攻撃を考え円陣を描くように周囲

を警戒するが、敵が襲ってくる気配は無い。

「香織」

「……大丈夫。レーダーに反応はなし」

「了解。クリア」

私の声を合図に、皆が一旦構えを解く。

 

「さて、こうしてどこかの空間に

 出た訳ですが……」

私は遠くに見える雑木林の方角へと目を

向ける。

「恐らく天井として海水がたゆたっている

 事から、これは正規のルートであると

 私は考えます」

「って事は、このまま進めって事?

 あそこに」

そう言って、ハジメは雑木林の方に

目を向ける。

香織達も、ハジメの視線を追って雑木林

に視線を向けている。

 

「おそらく、その通りなのでしょう。

 ……行きます」

静かにタナトスを構え歩き出す私に、

トールを構えるハジメや、同じく

取り回しを考えタナトスを持つ香織、

バアルを構えるルフェア。

両手のビーム砲の感触を確かめるユエ。

アータルを握りしめるシア。

玄武を携えたティオが続く。

 

私達は雑木林に足を踏み入れ、進んでいく。

途中で見るからにヤバそうな蜘蛛を

発見しつつも進んでいく。

 

そして、密林を抜けた先に待っていたのは……。

 

「ッ、これは……」

「船、かの?」

岩石地帯に横たわる数多の、朽ちかけの帆船。

ハジメが息を呑み、ティオが真っ先に船の

ワードを口にする。

「……まるで、船の墓場」

ぽつりと呟くユエの言葉に、私達は気を引き

しめる。

 

念のため警戒しながらも、とにかく私達は

香織が発見した、遠くに見える唯一の

装飾された船、豪華客船らしき船の残骸

に向かって進んだ。

途中、あちこちに散らばる船の状況を確認

しながら進んでいく。

 

「これも、か」

私は、黒く焼け焦げた船体の一部を指先で

撫でながら呟く。

「ねぇお兄ちゃん、これって……」

「恐らく、ですが、ここにある船の大半は

 戦闘で破壊され沈没した物と考えられ

 ます」

 

船体に刻まれた、魔法による攻撃を受けた

であろう数々の跡。

この世界では火薬の発展が見られない事から、

恐らく遠距離攻撃の基本は魔法なのだろう。

そして、炎か何かで攻撃を受けた形跡が、

船のあちこちに見られる。 

 

「だが、何故こんな物が」

仮に過去の戦いで沈没したにしても、

何故こんな場所にこれらが置かれているのか

理解出来なかった。

 

そして、そのまま歩みを進めていると……。

 

≪ワァァァァァァァァッ!!!≫

どこからか雄叫びにも似た声が聞こえて来ると

同時に、世界が歪んでいく。

「ッ!総員戦闘態勢!」

私は咄嗟に指示を出し、皆で円陣を作り

互いの背中をフォローする。

 

そして、気がつけば私達はどこかの海原

の上で、海戦を繰り広げる艦隊の、船の

甲板に立っていた。周囲では二つの勢力が

武器を片手に戦いを繰り広げていた。

 

「なっ!?何、だ。これ」

周囲を見回しながら驚くハジメ。皆もだ。

私達はまるでタイムスリップでもした

かのような気分に陥っていた。

 

だが、やはり大迷宮。戸惑ってばかりは

いられない。

船が攻撃を受けて被弾し、船体が大きく揺れる。

「うぉっ!?何がどうなってるんだ!?」

状況が理解出来ずに叫ぶハジメ。

 

その時、私達目がけて火炎弾が飛んできた。

咄嗟にシールドを展開した。

だが、驚愕すべき事態が発生した。

 

『スカッ!』

「ッ!!何っ!?」

攻撃がシールドをすり抜けたのだ。

『バカなッ!?』

私は咄嗟に概念干渉能力で攻撃を無力化しよう

とした。

だが……。

「任せて!『光絶』!」

香織の発動した光系統の初級防御魔法が、

火炎弾をガードしたのだ。

 

「ッ。何?」

それを見た瞬間、私の脳みそがフル回転し、

私が攻撃を防げなかった理由。香織が

攻撃を防げた理由を考える。

 

「ッ!?司!」

その時、ハジメの叫びが聞こえた。

 

見ると、私達に向かって武装した兵士たちが

向かってくる。

「全ては神の御為にぃっ!」

「エヒト様ぁ!万歳ぃ!」

「異教徒めぇ!神のために死ねぇ!」

 

しかも、その目を充血させ、神だ何だと

叫びながら向かってくる。

「くっ!?この人達、まさか……!」

 

狂気。正しくそれを孕んで突進してくる

人間に、ハジメのトールのトリガーに

掛けた指が震える。

 

だが、それを制するように私の取り出した

魔力を発射するハンドガン、ティアマト

の3連射から放たれた魔力弾が男達の頭を

撃ち抜く。

 

「……やはり、か。……総員っ!周囲の敵

 及び攻撃に対しては魔法、或いは魔力を

 纏った攻撃で対応せよ!奴らは物理的な

 干渉を受け付けない幻影のような存在だ!」

「ッ!そう言う事なら!」

私の言葉に真っ先に反応したルフェアは、

その両手にティアマトを握るとそれを

連射。放たれた魔力弾が次々と敵の

手足を撃ち抜いていく。

「喰らえ……!」

更にユエの放ついくつもの火球が兵士達を

飲み込んで行く。

 

ルフェアは亜人族ゆえに魔力を持たないが、

供給用リングとジョーカーを通す事で私

からティアマトに魔力が供給され、これを

使う事が出来るのだ。

 

「くっ!?クソォッ!」

ハジメも、悪態をつきながらティアマトを

構え、撃つ。

放たれた魔力弾が敵兵士の腹部を貫通する。

「撃たなきゃ、ダメなんだ!」

更に香織も、自らに言い聞かせるような

言葉と共にティアマトを撃つ。

 

二人にはまだ、人を撃つ事への躊躇いが

あるようだ。あまり戦いを長引かせる訳

には行かない。

 

「ティオ!玄武に魔力を込めろ!そう

 すれば魔力を斬撃波として放つ事が

 出来る!シア!アータルのバスター 

 モードを使え!魔力をそのままエネルギー

 として打ち出す事も出来る!」

「はいですぅ!」

「了解したのじゃ!」

 

私の指示に従い、彼等が応戦する。

しかし、やはりハジメと香織はまだ人を

撃つ事に躊躇いがある。手足を撃ち抜いて

行動不能にする事が出来ても、トドメの

一発が撃てない。

 

やむを得ないか。

「総員、20秒私に下さい。一気に

 片を付けます」

「うんっ!任せてお兄ちゃん!」

皆に時間稼ぎを任せ、私は周囲へと目に

見えない波動を断続的に流し、敵となる

亡霊がいる位置を突き止めていく。

 

私の傍では、元々戦っていた双方、その区別

無く襲いかかってくるが、離れた場所では

相変わらず二つの勢力が争い、スプラッター

映画も真っ青な地獄絵図が広がっている。

 

だが、敵となる存在の大凡の位置は掴めた。

ならば、この幻影全てを吹き飛ばす。

魔力による攻撃。ならば、私の体内にある

膨大な魔力を、叩き付ける……!

 

私は大きく息を飲み込み、次の瞬間。

 

 

『ゴアァァァァァァァァァァァァッ!!!!!』

 

 

『ゴジラ』としての咆哮を放ち、そして全方位

に魔力の衝撃波を放った。

力の奔流はすぐ傍にいたハジメ達を無視して

広がっていく。そして、衝撃波の波に呑まれた

亡霊達は、跡形もなく消えていく。

周囲に広がっていく魔力の波は、双方の

陣営の艦隊を飲み込み、亡霊達を一瞬で

消滅させるのだった。

 

 

やがて、再び世界が歪むと、私達は元の世界に

戻った。

「……戻った、のじゃ」

玄武を鞘に収め息をつくティオ。

しかし直後、香織が私達の傍を離れ、走りながら

メットを取ると、近くの岩場の陰で胃の中の

内容物をぶちまけ始めた。

 

無理もない。……あれほどの人間の狂気。

スプラッター映画バリの凄惨な地獄絵図。

普通の人間なら、吐瀉してしまっても

可笑しくはない。

 

隣を見れば、ハジメもメットを取って

口元を抑えている。

「……ハジメ、無理をしてもしかたが

 ありません。その辺りで、出して

 しまった方が楽ですよ?」

「ッ!?ごめっ、うっ!」

私が言うと、ハジメも近くの岩陰へと

飛び込む。直後、中身を吐き出す音が

聞こえる。

 

ふと周囲を見れば、ルフェア、ユエ、シア、

そして年長者のティオも、皆が皆、顔色が悪い。

 

「ティオ、それにルフェア、シア、ユエ。

すまないが香織の介抱を頼めるか?

私はハジメを」

「ぎ、御意」

「は、はい、ですぅ」

「……任せて」

「……うん」

皆、力無く頷くと香織の方へと静かに

歩みを進める。

 

私もそれを見送るとハジメの傍に歩み寄り、

タオルと飲料水のボトルを渡す。ハジメ

は口元をタオルで拭き、口の中に残った

胃液の残滓を水で洗い流す。

 

「ハァ、ハァ。ご、ごめん。司。

 皆に、迷惑を……」

「問題ありませんよハジメ。……あれほどの

 狂気。最年長のユエでさえ、顔色を

 悪くしていました。あれで気分を 

 害さないと言うのなら、むしろそちら

 の方がおかしいでしょう」

「……そう、だよね」

水を飲み、小さく呟きながらも、ハジメは

司を見上げる。

 

今の司の目は、何も感じていないようだった。

怒りも、恐怖も、何も。

ハジメは、そんな自分と司の差を痛感し

俯く。

『また、撃てなかった』

撃つと決意したあの日。だが今日も、彼は

明確な殺意を持って引き金を引くことが

出来なかった。

 

 

私は、ふとハジメの方へ視線を向ける。

何やら落ち込んでいるようだ。

「……少し、休みましょう」

そう言って、私はハジメの隣に腰を下ろした。

「どうかしましたか?気分が優れない、

 だけではないようですが?」

「うん。ごめん。何でも無い。……って

 言っても、きっと司ならお見通しかな?」

力無く、微笑を浮かべるハジメ。

 

「えぇ。恐らく。……どうしたのですか?」

「うん。ちょっと、ね。……散々覚悟が

 どうのとか言っておいても、結局僕は、

 引き金を引けない。いや、正確には、

 相手を殺す事をまだ躊躇っている。

 それがちょっと、情けなくてね」

「……」

私は無言でハジメの話を聞く。

 

「結局僕は、未だに口先だけなのかぁ

 って思うと、少しね」

「……存外、人が変わるのは簡単では

 ありませんよ。良い意味でも、

 悪い意味でも。そして、私は何度でも

 言います。ハジメ、人々にはそれぞれ

 向き不向きがあります。……撃てない

 事は異常ではありません。むしろ

 人として正常な判断です」

「……でも、ユエちゃんや、シアちゃん、

 それにティオさんやルフェアちゃん 

 だって……」

確かに、彼女達は撃てている。そこに

差を感じているのだろう。

しかし……。

「狩猟が一般的なこの世界で生まれ育った

ならまだしも、弓も刀も、銃も握った事

 の無い人が、いきなりそれで生命を

 殺せと言われた所で、戸惑うばかりです。

 何より、私達の世界で暴力は犯罪として

 厳しく罰せられていました。

 そして更に、貴方や香織の持つ、命を

 尊ぶ『優しさ』。確かに、今回のように

 それが足かせとなる場面はあるかも

 しれません」

 

力こそが全ての世界で、優しさは足かせに

なるのかもしれない。

私の言葉に俯くハジメ。だが……。

 

「しかし、その足かせとなる場面は、

 どれだけありましたか?殆どありません」

「え?」

「……言い方を変えましょう。私達の

 チーム、G・フリートには、二人の 

 良心、優しき心が必要です」

 

そう言って、私は立ち上がり、ハジメの

前に立つと、静かに右手を差し出す。

 

「私だけでは、ただの無感情に敵を葬る

 だけの危険な存在です。私が、ハジメが、

 香織が、ルフェアが、ユエが、シアが、

 ティオが。その全員が揃ってこそ、

 『完全なる』G・フリートなのです。

 今の皆が、ありのままでいる事が

 必要なのです」

「ありの、まま?」

 

「そうです。かつて、言いましたよね?

 私がG・フリートの武力であるならば、

ハジメや香織がG・フリートの優しさ

なのです。ハジメ、貴方に戦う意思が

足りないと言うのなら、私が貴方の

分まで敵を殺しましょう。代わりに、

ハジメは私の分まで人に優しくして

あげて下さい」

「僕が、司の分まで?」

「えぇ。……貴方の出来ない事を、

 私がしましょう。だから、私に

 出来ない事を貴方がして下さい。

 ……こうして助け合うのです。

 それでは、不満ですか?」

 

私の言葉に、ハジメは目を白黒

させてから笑みを浮かべ、私の手を

取った。

 

「ごめん司。ちょっとナイーブになってた」

「いいえ。あんな事があったのです。

 それも仕方無いでしょう。それより、

 大丈夫ですか?」

「うん。ちょっとした気の迷いみたいな

 ものだから。……そうだね。僕達は

 チームだ。仲間だ。だから、助け合え

 ば良いんだよね?」

「えぇ。その通りです」

 

どうやらハジメは立ち直ったようだ。

彼と一緒に香織の方へ行くが、彼女も

ティオやユエ、シア、ルフェアの

フォローを受けて復活していた。

 

と言う訳で、改めて全員集合し会議だ。

 

「さっきのあれ、もしかして過去の

 再現なのかな?」

「えぇ。恐らくは、エヒトによって

 もたらされた争いの、それもその

 一端でしかないでしょう」

私はハジメの言葉に頷く。

「……あれだけの惨劇が、氷山の

 一角なの?」

香織は、目眩を覚えているのかこめかみ

に右手を添えている。

ティオやユエは無言。シアとルフェアは

俯いている。

彼女達とて、あれほどの狂気、そうそう

見慣れている物でもあるまい。

故に、心理的ダメージは大きいだろう。

 

「これが、この大迷宮のコンセプト。

 と言う訳か」

「……エヒトの、狂った神がもたらす惨劇

 を知り、乗り越えろって事?」

「えぇ。おそらくは」

私はハジメの言葉に頷く。

 

皆が皆、圧倒的なまでの狂気に晒され、

心理的ダメージが大きいようだ。

だが、ここで止まるわけには行かない。

 

「全員、顔を上げろ」

私の言葉に、皆の視線が私に向く。

 

「今回の大迷宮のコンセプトは、心理的

 ダメージが大きい。だが、ここで

 立ち止まるわけには行かない。

 私達には『力』が必要だ。

 この先、エヒトとその手下と戦い、

 勝利するための『力』が」

 

そう言って、私は静かに背中を預けていた岩石

から体を離し、皆の前に立つ。

「そして、その力、神代魔法がこの先にある。

 同時に、世界も、そしてエヒトも、我々の

 事など考えてはくれない。

 そして、悲しいかなこの世界でエヒトの

 所業を知るのも、奴とまともに戦える可能性

 があるのも、私達だけだ」

 

私の言葉に、ハジメと香織はしばし沈黙している。

 

だが……。

 

「行くしか無いよね」

 

そう言ってハジメが立ち上がった。

「『戦わなければ生き残れない』、でしょ?司」

「えぇ」

ハジメの言葉に、私は静かに頷く。

 

「このトータス世界に居る以上、ここは

 エヒトの、奴の掌の上に過ぎない。

 逃げると言う選択肢は、ありえないのです。

 だからこそ、我々は立ち向かい、戦う

 しかない」

そう言って、私は周囲を見回す。

 

「そこに、どれだけ凄惨な現実が広がっていた

 としても」

 

そこに広がる数多の残骸。先ほどの狂気の幻。

 

「我々には、進むと言う以外の選択肢は無い

 のです」

 

すると……。

 

「行こう」

今度は香織が立ち上がった。更にユエやシア、

ティオにルフェアも。

 

皆が奥に見える、豪華客船に目を向ける。

ハジメや香織達はティアマトを構え、シア

とティオが手持ちのアータルと玄武を

握る手に力を込める。

そして皆、私の方を向き頷く。

私も彼等に頷き返す。

 

「行くぞ。何が立ち塞がろうと、それを

 撃破し、突破し、我々は先に進む。

 それだけだ」

 

私は赤いヴィヴロブレード、アレース

改め『朱雀』を取りだし、その切っ先を

豪華客船に向ける。

 

静かに歩き出す私に続く皆。

 

メルジーネ海底遺跡の攻略は、まだ

始まったばかりだった。

 

     第54話 END

 




次回は豪華客船でのお話。

感想や評価、お待ちしています。


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第55話 亡霊と怪物

今回は海底遺跡の話の後編です。


~~~前回のあらすじ~~~

メルジーネ海底遺跡に突入したハジメ達。

彼等は早速、謎のゼリー状の怪物と戦い

ながらも、それから逃れ謎の空間に到達。

そこで彼等は過去にあった凄惨な戦いの

現実を、幻として見せられるのだった。

しかしそれでも司の激励を受け、彼等は

改めて前進するのだった。

 

 

今、私達は船の墓場の中にあってなおも

豪華な作りの客船を目指した。

皆が皆、次は何が来るんだと警戒心を

高めている。

 

そして、その客船の傍にたどり着く。

客船は朽ちてもなお残る荘厳な装飾に

よって見る者に感動を与える。

だが、それに見惚れている訳には行かない。

「……まずは最上部へ行きます」

私の言葉に皆が頷き、全員が跳躍。

 

最上階にあったテラスに着地した。

すると同時に周囲の空間が歪む。

「ッ!?司!」

「総員、周辺警戒を厳と成せ」

私の言葉に皆が互いの背中を

合わせるように円陣を描き、

手にした武器を構える。

 

やがて、あの時のように世界が歪み、周囲が

変化する。

 

今私達が居るのは、あの豪華客船の上だ。

今居るテラスから下を見下ろせば、そこでは

立食形式のパーティーが開かれていた。

そこでは誰もが談笑していて、今のところ

狂気的な部分は見られない。

 

「あれって……。パーティー?」

「みたい、だね」

下を見下ろしながら呟くハジメと香織。

二人の声色から、予想と違ったのか

戸惑っているように感じられる。

 

「……マスター、あれを」

その時、ティオが一角を指さす。そちらに

目を向けると、そこでは魔人族の男が

亜人の男と談笑していた。

「人族だけではないな。魔人族、亜人族

 の姿も見られる」

会場となっている甲板を見回せば、あちこち

に3種族の者達の姿を見る事が出来た。

「見た感じ、争ってるって感じじゃない

 よね?」

「はい。むしろ、仲良く見えますぅ」

ルフェアの言葉に頷くシア。

話の内容から察するに、彼等は争いを

終わらせるために尽力していたようだ。

 

「今の、トータスの憎み合う3種族にも、

こんな時期があったんだね」

どこか、現状を憂うようにポツリと

呟いたハジメに、香織やルフェア、

ユエ、シアが静かに頷くのだった。

 

 

そう思って居た時、不意に後ろの扉に

近づく気配に気づいた。

「後方の扉から接近反応っ」

私が呟くと、皆がすぐに武器を構えて

振り返る。

 

その数秒後、扉が開いて船員たちとおぼしき

者達が出てきたが、こちらを見ているのに

気づいた様子もなく、私達から少し離れた

場所で談笑を始めてしまう。

 

「……こっちに気づいて無い?」

「襲ってきませんねぇ」

先ほど、あれだけ襲われたのに対しここでは

全く襲ってこない事にユエとシアが戸惑う。

 

「と言う事は、今回は戦うのではなく、過去

 にあった出来事を見ろ、と言う事でしょうか?」

 

私が推察を口にした少しあと、状況は一変

した。

 

初老の男性が、フードの人物を伴って

壇上に上がり、演説を開始した。しかし途中

から様相がおかしくなり、先ほど私達が見た

ような、狂気に取り付かれたような言動を発し、

そして初老の男、アレイスト王の命令に

よって亜人族や魔人族の者達への虐殺が始まった。

 

その様子を見ていたハジメ達は、再び

気分を悪くしていた。

 

 

そんな中で……。

「なんで。和平を結んだんじゃ……」

ハジメにとって、分からなかった。

アレイスト王の序盤の演説に対し、涙する者も

居た。彼自身尊敬の念を抱かれていた様子だった。

それが何故あんな事をしでかしたのか、ハジメ

には分からなかった。

 

 

「……恐らく、エヒトによる介入でしょう」

そんな中で、私はポツリと呟く。私には、

あの事態を引き起こした張本人が誰なのか、

はっきりと分かっていた。そう言う意味では

あのフードの人物も怪しい。……僅かだが

銀の髪色が見えていたな。もしかすると、

あの人物がエヒトの手下である可能性も否定

出来ない。

 

「どういうこと?司」

「エヒトは、人型種族同士を戦わせて悦に

 浸るような奴です。奴にしてみれば、

 争いの反対、和平などもっての外。

 だからこそ、奴は和平など許さない。

 それが、先ほどの虐殺が起こった理由

 ですよ。恐らく、何らかの手段で

 アレイスト王を操っていたのでしょう」

「ッ!自分の、享楽のために……!」

「クソッ!?どこまで腐れば気が済む!」

私の言葉に、俯く香織と手すりに拳を

叩き付け、これを真っ二つに割るハジメ。

 

だが、ここで止まっても居られない。

 

私達は、アレイスト王が入って行った

扉から暗い船内へと足を進めた。

 

 

 

 

しかし……。

 

『ケタケタケタケタケタッ!!!』

「いぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?

 来ないでぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

現れた、如何にも幽霊です、みたいな

可笑しな動きで向かってくる相手に、

香織は絶叫を上げながらティアマトを

撃ちまくり、全弾外していた。

 

普段の百発百中の香織からしたら

あり得ないミスである。

ちなみに向かって来たのは私がティアマト

で撃ち殺しておいた。

 

後ろに振り返れば、香織のタイプQが

ハジメの0の腰元に抱きついていた。

……実にシュールな絵面である。

 

「か、香織さんが全弾外すなんて、

 珍しいですぅ」

「お姉ちゃん、射撃の腕なら私達の中

 でも相当なのにね?」

驚いているシアと首をかしげるルフェア。

 

「あ~、えっと、香織ってその、お化け

 が大の苦手だから」

そう言って、戸惑いながらも説明するハジメ。

すると……。

 

「良い事聞いた」

何だかマスクの下で悪い笑みを浮かべてそうなユエだった。

 

だが、その笑みもすぐに消えた。

また新しい幽霊擬きが現れた時。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

香織がまたしても悲鳴を上げながらハジメに

抱きついたのだ。

それが何度か繰り返されていると、シアと

ユエが何やらカタカタと震えている。

……どうやら、香織が公然とハジメに

抱きついている事に歯がみしているようだ。

 

そして……。

また襲ってくる幽霊擬き。すると……。

「きゃ~~、ハジメさん怖いですぅ」

「きゃーーーー」

 

めちゃくちゃ棒読みの悲鳴を上げながら

シアとユエがハジメに抱きついた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

更に香織が飛びつき、更にシュールな

絵面になっている。

 

パワードスーツを纏った男に、パワード

スーツを纏った女3人が抱きつく。

……やはりシュールである。

「ちょっ!?香織はともかく2人は

 全然怖がってないでしょ!?あと

 離れて!僕が動きづらいから!」

腕や足、背中に抱きつかれて心底

動きづらそうなハジメ。

 

その間も襲ってくる妖怪擬きを

私とティオとルフェアが撃退する。

「妾が言うのもあれじゃが、4人は

 余裕じゃのぉ」

「いやいやティオお姉ちゃん。カオリ

お姉ちゃんは絶対違うと思うよ?」

呆れ気味のティオと一部訂正するルフェア。

 

「うぅ、もうやだぁ。この船G・ブラスター

 で吹き飛ばすぅ」

……何か、香織が凄まじく物騒な事を言っている。

「これは、攻略を急いだ方が良いですね」

『先ほどまでの覚悟は何だったんだ』と内心

思いながら足を進める私。

 

その後も、むかってくる幽霊をしばきながら

進んでいく。

「しっかし、こんな所歩いてると、地縛霊

 とかに取り付かれそうだよなぁ」

「ひぃっ!?こここ、怖い事言わない

 でよハジメ君!?!?」

ハジメの言葉に、メッチャ声が上ずっている

香織。

しかし……。

 

「その心配ならありませんよ?ジョーカー

 には精神防御のためのプロテクトが

 掛かっています。これは、最上級の

 闇魔法による精神攻撃にも難なく

 耐える代物です。幽霊如きの憑依

 など、簡単にはじけると思いますよ?」

「へ~。司、そんなシステムまで

 ジョーカーに入れてたんだね」

「えぇ。オルクス100層での、あのヒュドラ

 の黒頭の精神攻撃を見た時から警戒は

 していました。精神攻撃を受けて

 動けなくなる、と言うのは、時と場合に

 よっては物理的攻撃を受けて負傷する

 よりも危険に陥る可能性がありました

 からね。それに、一度とは言え幸利と

 戦う事もありました。彼は闇魔法への

 チート級の適性もありましたし。

 万が一の洗脳などされないように、

 数百の精神干渉を防ぐ防壁を

 組み込んでおいたのですよ」

そう言いながら私は周囲を経過しつつ歩く。

 

ジョーカーは、その一つ一つが専用機と

言っても差し支えない。更に1機ずつに装着者

のDNA認証機能が付いているので他人が

奪って装着する事など出来ない。

 

だが、そんなジョーカーの力を私から

与えられる以外、入手する方法があると

すれば、保有者ごと乗っ取る。

つまりパイロットを洗脳するのだ。

ジョーカーがパイロットごと奪われるのは

最悪のシナリオだ。

なので、私は洗脳に対処するために

幾重もの防壁プログラムを構築し、今も

アップデートを重点的に繰り返している。

 

司は、相変わらず最悪の事態を考えた

上で対策を取っていた。

洗脳を弾く防壁プログラムも、ジョーカー

を奪われる事が無いようにと考え、

彼が生み出す最高レベルの防御プログラム

となっていた。

 

ちなみに、この機能が大いに役立つ日が

来るのだが、それはまだまだ先の話であり、

司にとっても予想外の効果であった。

 

 

その後、私達は何とか船倉までたどり着いた。

香織はハジメに励まされ、何とか自分で

立って歩いていたが、それでも膝が

ガクブルだ。

 

私達は警戒しながら船倉の中を進んでいく。

その時。

『バタンッ!』

「ひっ!?」

 

突如背後で扉が閉まり、香織が上ずった

悲鳴を上げる。

咄嗟に振り返ったハジメがティアマトを

構えたまま後ろを警戒する。

 

すると、今度は船倉内部に霧が立ちこめて

来た。一気に周囲が真っ白になる。

「これは……。総員、警戒レベル最大。

 何が起こるか分からない」

私が指示を下せば、動けない香織を

中心として円形の配置を作る。

 

互いに背中合わせの状態で周囲を警戒する。

 

その時。

「ッ!ハァっ!」

左側を警戒していたティオが玄武で何か

を切り裂いた。

すると、極細の糸がハラハラと宙を舞う。

更に全方位から矢の雨が降り注ぐ。

 

「任せて……!」

私達を中心として周囲に竜巻の結界が

発生し、飛来する矢がユエの生み出した

竜巻に弾き飛ばされる。

 

すると、今度は前方から凄まじい暴風が

襲いかかってきた。

「ッ。全機、重力制御装置を操作し

 自重を重くして下さい。動きは

 鈍くなりますが、飛ばされる心配は

 ありません」

「「「「「「了解」」」」」」

私の声に従い、皆のジョーカーの重さが

増加し、足下の木の板が若干軋む。

 

しばらくして風が止む。

すると今度は霧を超えて武装した者の

亡霊が全方位から襲いかかってきた。

 

「全員近接戦用意……!」

「「「「「了解っ!」」」」」

私の言葉に香織以外が頷く。

 

私は朱雀を抜く。

ハジメは両手にMASのグリムリーパーを

装備する。

ルフェアもまた、ハジメと同じ

グリムリーパーを手にする。

ユエは両手のビーム砲から魔力を

流して拳を魔力で覆う。

シアはアータルをハンドアックスモード

に縮めて取り回しをよくしている。

ティオも玄武を抜いて両手で構える。

 

そして、襲いかかってくる敵を迎撃する。

全方位からと言っても、こちらも全員で

背中合わせの状態だ。前だけに集中すれば

良い。

 

私の朱雀が切り捨て。

ユエの魔力を纏ったパンチが吹き飛ばす。

ハジメとルフェアのグリムリーパーが

豪快な音をさせながら魔力を纏った

刃で切り裂く。

シアのアータルが敵の頭をかち割る。

ティオの玄武の居合い斬りが敵を

切り裂く。

 

と、その時。

「う、うぅぅぅっ!私だってぇ!!」

後ろから香織の叫びが聞こえた。

直後、ハジメの側頭部をティアマトの

魔力弾が通過し、ハジメと戦っていた

亡霊騎士の頭を撃ち抜く。

 

「こ、怖くなんかないもん!

 お化けなんか、怖くなんか

 ないもん!」

香織は、震える手でティアマトを握り、

襲いかかってくる亡霊共を撃ち抜いていく。

 

どうやら香織も、覚悟を決めたようだ。

最も、メットの下では涙を浮かべている

のかもしれないが……。

ともかく、私達は香織の援護を受けながら

次々と向かってくる亡霊どもを

蹴散らしていく。

 

と、最後の一体だろうか?大男が巨大な

剣を手に突進してきた。

私は振り下ろされる大剣を朱雀で受け止める。

 

だが、ここに居るのは私だけではない。

「ぜやぁっ!」

「はぁっ!」

次の瞬間、ハジメとルフェアのグリム

リーパーが大男の足を切り裂く。

「やぁっ!」

「そこじゃっ!」

更にティオと玄武、シアのアータルが

腕を切り飛ばす。

「食らえ……!」

更に、小柄な体を生かして懐に飛び込んだ

ユエのパンチが大男の腹に決まる。

崩れ落ちそうになる大男。

 

そして……。

「これでっ、最後っ!」

私にもたれかかるように、倒れそうに

なっていた大男の眉間を香織のティアマト

の魔力弾が撃ち抜く。

 

大男が消滅する。

「こ、これで、終わり……。じゃない?」

未だに周囲に残る霧を見回しながら呟く

ハジメ。

 

その時。

『バシュッ』

皆が隊形を解いた瞬間を狙って香織に

近づいていた亡霊の眉間を私のティアマト

の魔力弾が撃ち抜く。

 

すると、それが本当の最後だったのか

霧が消え去った。

「……どうやら、アレが最後の1体だった

 ようですね」

私は周囲を再スキャンし、敵らしき反応

が無い事を確認する。

 

「む?マスター、あれを」

その時、ティオが船倉の奥を指さす。

そこでは魔法陣が光を放っていた。

「もしかして、ゴールですか?」

シアが期待の籠もった声を漏らす。

「……だと良いのですが」

私は期待半分、心配半分の感想を

漏らしながら、皆と共に魔法陣の

上に乗った。

 

やがて魔法陣が輝くと、次の瞬間

私達は神殿のような場所に出た。

周囲を海水で満たされている事からも、

どこか、海底の神殿を思わせる。

……まぁ、ここは実際海底なのだが。

 

念のため、ティアマトを手に周囲を警戒

するが、敵の反応は無い。

「……どうやら、ゴールのようですね」

私がそう言うと、皆が武器を収めた。

 

「あれ?」

その時、周囲を見回していたルフェアが

首をかしげた。

「ルフェア?どうしましたか?」

「あ、うん。ちょっと気になって。

 何か他にも魔法陣があるんだなぁって

 思って」

そう言って周囲を見回すルフェア。

 

見ると、中央の神殿らしき場所から四方

に向かってのびる通路。私達はその内の

1つにある魔法陣から出てきた。

そして同じような物が更に3つある。

「……もしかしたら、私達が見たあの

 惨劇も、エヒトによって引き起こされた

 ほんの一部なのかもしれませんね」

「……あれが、一部なのかよ」

私の言葉にギュッと拳を握りしめるハジメ。

 

「……これは、妾たちのようなトータス世界

で生き、それもエヒトを信じる者にはキツい、

いや、そう容易く表現出来ぬ程の衝撃、

なのじゃろうなぁ」

「……神様だと信じていた存在が、悪魔

 以上の悪魔だと知ったら、この世界の

 人は、どうするのかな?」

不意に呟かれた香織の言葉。

 

「無論、信じないでしょう」

そんな中で私はポツリと呟く。

 

「人とは、時に自分の都合の良いように

 物事を解釈します。例え、ここに聖教

 教会の信者を連れてきて、あれを見せた

 所で、まやかしだ、幻覚だ、などと

 喚いて、現実にあった等とは

 考えないでしょう。……そうすれば、

 自ら信仰していた物を、間違っていた、

 信じるに値しない存在だったと言う

 事から逃げられるのだから」

 

「結局、信じないよね。大勢の人は」

「えぇ。残念な事ですが、大迷宮は

 我々のような規格外の存在で

 なければ、攻略する事すら難しい

 でしょう。大迷宮の強さもそうですが、

 トータスに生き、エヒトを信じた

 者達には、耐えられない。

 この、どうしようもない『現実』の、

 『恐るべき真実』には」

 

「そう考えると、皮肉、ですね」

「皮肉?」

シアの発言に首をかしげるルフェア。

「だって、そうじゃないですか?

 大迷宮を攻略するには、最低でも

 異世界から来たハジメさん達

 くらいのチート能力は必要です。

 でも、それだけじゃなくて、大迷宮で

 エヒトの狂気を知って、これまで

 自分が信じてきた物を全部否定

 されて……。私達はその、エヒト

 なんか信じてないからこれくらいで

 済んでますけど、もしここにエヒト

 の信者が居たら……」

「……精神的に、相当のダメージを

 受ける事は間違いありませんね」

私はシアの言葉に頷く。

 

「はい。だから、大迷宮って、この世界の

 人々の未来を考えて、解放者の人達が

 残したんですよね?でも、実際それを

 攻略しているのが、異世界人である 

 司さん達と、エヒトの事を崇めても

 いなかった私達。それが、皮肉

 だなぁって思って」

 

確かに、と私は内心頷く。

 

この世界の人々の自由のために、

トータスの人々を試すための場所だが、

私達は無関係の異世界人だ。

 

エヒトの真実を告げるための場所でも

あるが、ユエやシア達はそもそもエヒトを

崇めてなどいない。

 

ある意味、エヒトの真実を知り、エヒトに

打ち勝つ試練の場に、奴を信仰している

人間が一人も居ないのは、皮肉だろう。

 

私達『よそ者』と、ユエたち『信仰無き人』。

それがこの世界の命運を背負ってる形に

なっているのだから。

確かに、皮肉だな。

 

「……今、この世界でエヒトを止められる

 のは、実質的に僕達だけか」

「うん。力があって、そして、真実を

 知っているのは、私達だけ」

ハジメの言葉に頷く香織。

 

「妾達の肩にこの世界の命運が掛かってる

 と言っても、恐らく過言では無いの

 じゃろうなぁ」

「……世界の命運、か」

ティオの言葉を聞き、ポツリと呟くルフェア。

 

皆の言葉は正しい。だが……。

「……私にこの世界の命運を背負う気

 など無い。奴が殺戮を繰り広げようと、

 私には関係無い。奴の過去の悪逆非道の

 数々もだ。それは既に起ってしまった

 現実だ。変える事は出来ない」

そう言って、私は一人中央にある祭壇らしき

場所に歩みを進める。

 

端から見れば酷な事を言っているだろう。

だが、私達にはこの世界を守る理由は……。

 

そこまで考えた時、ふと思った。

 

理由は『ある』と。

 

 

「……そう、少し前の私ならば言って居たでしょう」

「え?」

私の言葉に、俯きかけていたルフェアが

顔を上げる。

 

私は足を止めて振り返る。

皆が私を見上げる。

「私はこの世界に来て、色々な人々と出会った。

 地球に居たときは、友人と言えばハジメと

 香織、あとは雫くらいだった。しかし、

 こちら側に来てから少し変わった。シアや

 ユエ、ティオ。更にはカム達。ミュウや

 レミア。メルド団長。色々な人々に

 出会った。そして、ルフェアにも」

私の言葉にルフェアが顔を赤くする。

 

「確かに、ここは私の故郷ではない。

 だが、私が出会った人々の住まう世界だ。

 私の大切な仲間や友人達が生まれた世界

 だ。……なればこそ、私が全力で

 守る価値もある。私はそう考えています」

 

すると……。

「そうだね。そして、エヒトから

 あの人達を守れるのも、僕達だけ

 なんだ」

そう言ってハジメが歩き出す。

 

「うん。こんな所で、止まってなんて

 いられないもんね」

更に香織が……。

 

「私は、お兄ちゃんと一緒に行く。

 だからお兄ちゃんが神と戦うの

 なら、私も神と戦う」

次にルフェアが……。

 

「もう、とっくに覚悟は出来てる。

 神だろうが何だろうが、

 ぶっ飛ばしてハジメとラブラブする」

次にユエが……。

 

「おぉう、ぶれませんねぇユエさん。

 まぁ、かく言う私もそんな感じ

 なんですけどね」

次にシアが……。

 

「妾も姫と同じ。マスターに仕える身。

 なればこそ、この身は主たる

 マスターと共に、どこまでも」

最後にティオがそう言って歩き出す。

 

そして、皆が私の傍に立つ。

 

私は前を向き、魔法陣に目を向ける。

 

すると私達が魔法陣の上に立てば

いつも通り記憶が精査される。

 

そして……。

「……再生魔法、か」

「司、これって……」

「えぇ。恐らく。ハルツィナ樹海の

 大迷宮に挑むために必要な物でしょう」

「じゃあ、これが再生の力?」

「えぇ。恐らくは」

私は香織の言葉に頷く。

どうやら私達が手に入れたのは、ハルツィナ

樹海の大迷宮に入るのに必要な『再生の力』、

すなわち『再生魔法』のようだ。

 

「オルクス、ライセン、グリューエン、

 そしてここ、メルジーネ。お兄ちゃん、

 これで4つの大迷宮をクリアしたこと

 になるね」

「えぇ。これで、ハルツィナ樹海の攻略

 が可能になりました」

と、話をしていると……。

 

「む?マスター」

床から何かがせり上がってきた。

小さな祭壇のようなそれが光り輝くと、

海人族らしき一人の女性の姿を映し出した。

 

「もしかして……」

「えぇ。オスカーの手記にあった

 女性、メイル・メルジーネ

 その人でしょう」

ユエの言葉に応える。

 

やがて、メッセージが再生された。

 

「……どうか、神に縋らないで。頼らないで。

与えられる事に慣れないで。掴み取る為に

足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ

進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方

の中にある。貴方の中にしかない。神が

魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な

意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、

幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

 

それが、メイル・メルジーネからの

メッセージだった。

 

神に縋る、か。

「……そんな必要は無い。私達はこれまで

 自分達で道を切り開いてきた。

 今更、他人に頼るほど私達は弱くは

 無い」

伝わる事が無いとしても、私は宣言する

ように、彼女にそう返すのだった。

 

すると、祭壇に腰掛けていた彼女の映像が消え、

そこに小さなメダルのような物が現れた。

これが、海底遺跡攻略の証か。

 

かと思った直後、周囲の水が溢れ出し

ぐんぐん水位が上がってくる。

「えっ!?ちょ!?」

「何これ!?」

皆慌てて周囲を見回す。私は咄嗟に

全員をシールドの中に入れる。

すると、直後に天井からも大量の海水が

流れ込んできた。

 

「えぇ~?あの人、見た目と違って

 結構過激なのかな?」

「見た目で人を判断しちゃダメだね」

予想外過ぎる強制退去にため息をつく

ハジメと香織。

 

やがて天井が開き、水位が増すことで

シールドが上へ上へと押し上げられていく。

上には天井があったが、近づいた直後に

開き、私達は海中へと投げ出された。

 

「な、なんて言うか、見た目と真逆な 

 人ですぅ」

予想外のショートカットにげんなり

しているシア。

ルフェアがその様子に苦笑していた。

 

だが……。

 

「ッ!全員、どうやらまだ終わりでは

 無いようですよ?」

「え?」

私の言葉にシアが呆けた、次の瞬間。

 

『ドドドォォンッ!!』

私がシールドの上に、更に展開した

シールド、多重結界に何かがぶち当たる。

 

皆が慌てて周囲を見回すと……。

「あれって!?」

「さっきのゼリーモンスター!?」

海中に、あのクリオネ似の化け物が

浮かんで居た。

「どうして!?大迷宮はクリアした

 のに!」

「恐らく、奴は大迷宮に無関係だった

 のでしょう」

戸惑う香織に私が答える。

「えぇ!?」

すると、更にハジメが素っ頓狂な声を

上げる。

 

だが、悠長に話をしている場合ではない。

再び触手が襲いかかってきた。

「ッ!マスター!」

「分かっている……!」

直後にシールドを操作し触手を回避。

 

「総員傾注。現在上空をアルゴが

 飛行中。私の合図でアルゴ艦内に

 空間跳躍しますが、良いですね?」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

皆の返事を聞き、私は触手を避ける。

頭上を見上げれば、ゼリーの膜が

出来ている。普通に考えれば海中に

閉じ込められた形となっているが……。

 

「行きますっ!」

直後、一瞬の隙をついて空間を歪め、

そこにシールドごと飛び込む。

 

ゲートは調整してあったので海水が

流れ込む事は無かった。

転移先はアルゴの艦橋。

 

「た、助か……」

「いいえっ!まだですよ!」

気の抜けたような声を出すハジメを

一喝し、私はすぐさま操縦席に飛び込み、

すぐさまアルゴを飛ばす。

 

私の体内レーダーが、急速に海底から浮上

してくる物体を捉えていたのだ。

即座にその場から離脱するアルゴ。

 

直後、海面下から巨大な津波が発生した。

だがアルゴの加速力を持ってすれば、

津波から逃げる事自体は可能だ。

だが……。

 

『ビュビュッ!』

中から巨大クリオネモンスターの触手が

のびてきた。

「回避っ!全員何かに掴まれっ!」

私が指示を飛ばすと、皆が机や椅子に

しがみつく。

 

直後、大型機ではあり得ない機動。

急降下からの海面すれすれで体制を

立て直しての飛行、更には急上昇。

これには流石の触手も追いつけない。

 

「ぐっ!?ぐぐっ!」

急激な機動に後ろでハジメ達の呻く声が

聞こえる。

そのまま、アルゴは出来るだけ上空に

退避。そこまで来れば大丈夫だった。

流石に奴の触手でも高度千メートル以上

には届かないようだ。

 

私はアルゴを操縦し、周囲を旋回させる。

見ると、眼下の奴は諦めていないのか、

こちらをじっと見据えている。

 

ともかく、安全圏までは離脱出来たようだ。

「皆、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫、うぷっ」

急激な機動だったためか、ハジメが少し

顔色が悪い。

「だ、大丈夫ハジメくん?」

それに気づいた香織が近づいて介抱する。

 

「司さん。あのゼリーの魔物は?」

そこに、私の方に近づいてくるシア。

「現在、海上に留まっています。

 どうやら、私達をまだ諦めては

 いないようですね」

「どうするの?司」

そこに、更にやってくるユエ。

 

「……大迷宮自体はクリアしましたから、

 ここに留まる意味は無いのですが……」

そう言って、私はモニターに映る巨大

クリオネモンスターに目を向ける。

 

もし仮にこのまま私達がエリセンに進路

を向ければ奴も付いて来そうだ。

そうなればエリセンは壊滅的な被害を

受けるだろう。

 

やむを得ない、か。

「ここで殲滅するしか無いですね」

「せ、殲滅って。出来るの?司」

そこに声を掛けてくるハジメ。どうやら

復活したようだ。

 

「えぇ。大迷宮では、あれがボスの可能性

 を考慮して力をセーブしていましたが、

 無関係なのならば、私のパワーで

 塵一つ残らず消し飛ばしてやります」

 

そう言うと、私はアルゴを自動操縦にして

席を立った。

 

「仕留めてきます。皆はここで待機を」

そう言った直後。

 

『ガッ』

「それは無いんじゃないの?司」

ハジメに肩を掴まれた。

「僕達だって一緒に戦ってるんだ。

 今更司一人戦わせて楽をしようとは

 思ってないよ」

 

ハジメの言葉に、香織達が頷く。

……ならば。

「では、全員ホバーバイクで出撃

 してください。加えて、総員

 『モードG』を解放の上で

 G・ブラスターにて攻撃。

 ……奴を、消滅させます」

「「「「「「了解っ!」」」」」」

 

皆の返事を聞き、私は歩き出す。

それに続くハジメ達。

 

折角だ。見せてやろうではないか。

 

破壊神と恐れられた『ゴジラ』の力を。

 

     第55話 END

 




って事で、次回はクリオネモンスターこと悪食との決戦です。

感想や評価、お待ちしています。


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第56話 戦い終えて

今回は悪食との戦いからアンカジでの話まで一気に書き上げたので少し長いです。
あと、序盤でシンゴジ第6形態が出てきますが、これは『巨神兵東京に現わる』の巨神兵にシンゴジ第4形態の尻尾と背鰭をプラスした感じです。


~~~前回のあらすじ~~~

海底遺跡でエヒトが引き起こした惨劇を

目の当たりにするハジメと司たち。

彼等はそれを突破して無事に神代魔法

の一つ、『再生魔法』を入手する。

直後に大迷宮を強制的に離脱

させられた彼等だったが、そこに

ゼリーモンスターこと悪食が

襲来するのだった。

 

 

今、私達はアルゴの開いた後部ハッチの

淵に立っていた。

眼下の海、その海上にはあの巨大な

クリオネもどきが今も居座り、こちら

を見上げている。

 

「では、手筈は先ほどの通りに。

 まずは私が降下して注意を引きます。

 皆はその隙にホバーバイクで周辺を

 包囲。包囲網が完成次第、奴を

 総攻撃して消滅させます」

「「「「「「了解」」」」」」

皆の返事を聞き、私は前に向き、

そして前に倒れ込むようにしてアルゴ

から飛び降りた。

 

そして、私は降下しながらも自らの力。

 

ゴジラ『第6形態』の力を

発動する。

 

次の瞬間。私の体が光に包まれ、肉体が

再構成される。

 

 

そして、『それ』は宙に浮くように現れた。

 

『それ』は人型であった。だがその姿は、

『異形』の物であった。

異様な頭、細い手足。背中には無数の背鰭、

尻尾も生えている。

 

それこそが、シン・ゴジラ第6形態だ。

 

人の形をしたそれ、『ゴジラ第6形態』の

背鰭が紫色の光を放つ。すると、その体が

空中でフワリと停止する。

 

その体は優に200メートルを超える巨大な

物であった。現在の悪食の大きさが

30メートル前後である事を考えれば、

その7倍近く大きい。

 

しかしそれでも恐れを感じていないのか、

悪食はゴジラ第6形態、司に向かって

触手を射出する。

 

≪無駄な事を≫

その時、その場に居たハジメ達6人の

頭の中に司の声が聞こえた。

これは、形態変化によって、人のように

口から声を発する事が出来なくなった司が

テレパスで声を届けているからだ。

 

そして、司の言う通り、触手は彼に

向かって言った。

だがその行く手は、司の周囲に存在する

無色透明なシールドに阻まれ突破する事

は不可能であった。

 

そんな司の巨大な姿に見とれていたハジメ達。

≪皆、私が注意を引いている今のうちに

 周辺に展開を≫

「っと。そうだった」

そこに司のテレパスが届き、皆我に返った。

 

「行こう」

ハジメの言葉に、彼女達が静かに頷く。

そして全員がホバーバイクに搭乗し、アルゴを

発進。悪食を囲うように周囲へと展開して行く。

 

悪食は司に集中しており彼等に気づかない。

 

そして、彼等は悪食を半円状に包囲した。

「司。こっちは全員配置に付いたよ」

≪了解。では、総員モードGの発動を≫

「分かった。行くよ、皆」

ハジメの声に皆が緊張した面持ちだ。

 

なぜなら、これまでモードGを1度も

使った事が無かったからだ。

そして……。

 

「「「「「「モードG、解放!!」」」」」」

6人の声が広い海原に響く。

 

と、次の瞬間。

『『『『『『カァァァァァァァァッ!!』』』』』』

6人のジョーカーが赤い光を放つ。

それに気づいて、悪食が周囲に触手を

伸ばすが……。

≪させん≫

 

いつの間にか悪食を覆うように展開

されていたドーム型シールドによって

阻まれてしまう。

 

その間に、6人のジョーカーが変わっていく。

まず全機の背中にあった不要なパーツが

一旦消滅する。

シアのブースターなどがそうだ。

更に、背面装甲板が中央から左右にスライド

する。すると、開いたパーツの間から

新たな、背鰭のようなパーツがせり上がる。

 

更に尾てい骨の辺りからも鋼鉄の太い尻尾

が現れる。

そして尻尾にも背鰭のようなパーツが

せり上がる。

 

更に両腕、両足の外側にも無数の背鰭の

ようなパーツが展開される。

 

これら背鰭に似たパーツは、全てが

放熱板であり、同時にエネルギー

増幅器であった。

ジョーカーのコア、ジェネレーター

より引き出したエネルギーを増幅し、

循環させる。

 

ハジメ達は、初めてのモードG起動に

戸惑いながらも自分たちの体を

見つめる。

「これが、ジョーカーの最強の力、

 モードG……!」

「力が、溢れてくる……!」

驚くハジメと香織。

「これなら、行ける……!」

「よっしゃぁ!やったるですぅ!」

笑みを浮かべるユエとシア。

「これが、マスターの力の一部。

 これほどの物とは……!」

「お兄ちゃんの力に包まれてる……!

 不思議な感じ……!」

更に何故か恍惚とした表情をメットの

下で浮かべているティオとルフェア。

 

≪皆、今の状態ならば自力で飛行する

 事も可能です≫

そう言うと、次の瞬間6人のジョーカーが

ホバーバイクを離れて宙に浮かび上がる。

それを確認した私は、G・ブラスターに

巻き込まれないようにホバーバイク達を

アルゴに無人飛行で戻す。

 

そして、前を向けば今もあの怪物が

シールドを破ろうと触手を四方に

伸ばしているが……。

 

≪バカめ。リミッターを外した

 今の私のシールド強度は、あの時とは

 比べものにならん≫

その証拠に、奴はシールドを溶かすことが

出来なかった。

 

≪皆、早々に決着を付けるとしよう。

 G・ブラスターの用意を≫

『『『『『『コクンッ』』』』』』

私の言葉に皆が頷き、そして右手を

前に翳す。

 

すると、ジョーカーの右腕装甲が変形し、

それはやがて人の大きさの数倍はある

巨砲、G・ブラスターとなった。

だが、以前ハジメがライセン大迷宮で

展開した時とは違い、砲身の上部に

背鰭のように放熱板が列を成して並んでいた。

 

6人はG・ブラスターに左手を添える。

それを合図に内部にある粒子加速器が音を

立てて回転し始める。

すると、G・ブラスターとジョーカー

本体の背鰭が紫色の光を放ち始める。

 

それを確認した司、ゴジラ第6形態もまた

その口を開く。

すると、その口腔内にあった『機関』が

前進し、回転を始める。

 

それは、機械の形をしていた。

有機物の、人という生命の形の中にある

無機物の機械。

本来ならば生物が獲得するはずの無い力を

その手に持つ物。

 

それが『ゴジラ』である。

 

 

第6形態の背鰭が紫色に発光する。口腔内の

機関もそれに合わせて、同じように

紫色の光を収束していく。

更に、それに付随してハジメたちもまた、

最大火力を放とうとしていた。

 

そして……。

 

≪撃て≫

長の指示が下った。

 

『『『『『『カッ!!!!』』』』』』

次の瞬間、6人の右腕を包む巨砲から

紫色の熱線、『放射線流』が放たれる。

 

更に……。

『ビィィィィィィィッッ!!!!』

第6形態の口から放たれた、かつての

オリジナルのゴジラ第4形態の、

放射線流を上回る破壊力を秘めた光、

『プロトンビーム』が放たれた。

 

7方向から迫る光。悪食を閉じ込めた

壁は、司が創り出した物。つまり外側から

攻撃を通す事も可能なように調整済みだ。

そして同時に、そのドームは、攻撃の余波

が周囲に拡散するのを防ぐ、防壁でも

あった。

 

7つの光が悪食に命中したその瞬間。

 

悪食は『蒸発』した。

 

凄まじい閃光と爆発がドームの壁を

破らんとするが、壊れはしなかった。

それを確認し、ブラスターの銃口を

下げるハジメ達。

 

「やった、のかな?」

周辺を警戒するハジメ。その時。

「周辺に奴らの反応はありませんよ」

彼の隣に光球が降りてきて、それが

人型となり、服を着た第9形態、即ち

司となった。

 

そしてその言葉を聞いた6人もまた、

モードGとG・ブラスターを解除。

すると戻ってきたホバーバイクに

跨がった。

 

「ふぅ、呆気ない物じゃの」

そんな中でヘルメットを取り、息をつくティオ。

「普段からマスターが力をどれだけ

 セーブしているか。そして、

 セーブしてなお、どれほど強いのか。

 改めて理解させられる戦いで

 あったのぉ」

そう言って、驚嘆の感想を漏らすティオ。

 

しかし、驚嘆しているのは彼女だけでは

無かった。

「モードG。……凄かった」

「はい。なんかこう、今なら山でも

 拳一つで壊せそうな感じが

 しました」

膨大な『力』をその身に纏った

ユエやシア、更にはハジメ達も驚きを

隠せなかった。

「……あれが、ゴジラの力の一端

 なのか」

「司くんの細胞を取り込んだ

 ジェネレーター、ってだけで

 あれだけのパワーが出る

 なんてね」

 

「これが、ゴジラの力」

ルフェアは小さく呟くとヘルメットを取り、

自分の愛する人を、司を、何者にも

害される事の無い強さを持つ男を、

頬を赤く染めながら見上げる。

 

他の5人も、尊敬と驚嘆を込めた視線で、

自分達の傍の宙に浮く男に、

『新生司』という名のゴジラたる男に

見つめるのだった。

 

その後、司たちはアルゴでエリセンへと

戻った。

そして、宙に浮かぶアルゴからエリセンの

桟橋へと飛び降りた時だった。

 

「パパ~!」

前方の群衆の中からミュウの声が

聞こえてきた。

大人たちの足下をすり抜けてきた

ミュウは、司を見つけると笑みを浮かべて

彼に向かって駆け出した。

 

 

「パパ~!お帰りなの~!」

飛び込んでくるミュウを、私は優しく

抱き留める。

「ただいまミュウ。元気にしていましたか?」

「うん!ママとせらちゃんと、待ってたの!」

「そうですか」

と、私はミュウの言葉に優しい笑みを浮かべる。

 

何やら後ろの方で……。

ハジメ達が「過保護が悪化してる」とか言って

いるが無視しよう。

そう考えていた時。

「あなたっ!」

再び群衆の方から声が聞こえた。

すると人混みをかき分けてレミアが姿を

見せたが……。

『ガッ!』

「きゃっ!」

何かに躓いたのか、レミアが前のめりに

倒れそうになる。

 

私は咄嗟に空いていた左手で彼女の体を

抱き留める。

「大丈夫ですか?レミア」

「えぇ。ありがとうございます、あなた」

レミアは私の手を支えにして姿勢を

戻す。

「ご無事で何よりでした。お怪我などは

 されていませんか?」

「なに。心配はいらない。怪我など

 してはいない」

私はただ事実を語っていた。すると……。

 

「そうですか。あっ、そうそう」

何か思い出したかのような表情の

レミア。次の瞬間。

 

『チュッ』

彼女は私の頬にキスをした。

「おかえりなさいませ、あなた」

そう言って頬を赤らめるレミア。

 

すると遠巻きの群衆の中から黄色い悲鳴

と嫉妬の歯ぎしりの音が聞こえてきた。

しかし……。

「あ~!ママズルい~!ミュウも

 パパにチュ~する~!」

『チュッ!』 

すると、右手で抱いていたミュウも

私の頬にキスをした。

 

ちなみに……。

「ッ!ッッ!!!」

後ろではルフェアが鬼神のオーラを

浮かべていた。

そのすぐ後ろで震えるハジメ達。

 

「い、一難去ってまた一難」

「ここここ、怖いです~!

 大迷宮の亡霊より怖いですぅ!」

互いの手を取り合って震える

ユエとシア。

「う、うむ。流石はマスターの姫。

 見事な殺気じゃ。

 わ、妾の膝が笑っておる」

そう言って膝がガクガクなティオ。

「こ、怖いよ~ハジメくん」

香織はブルブルと震えながらハジメに抱きつく。

しかし……。

『香織も似たような時あるでしょ~!』

肝心のハジメは内心、そんな事を考えていた

のだった。

 

 

こうして、私達はエリセンの町へと

戻ってきた。

 

それから、6日の時が流れた。

 

海底遺跡の大迷宮を攻略した事もあって、

休暇と言う意味合いもあった。

しかし、そんな中で私は頭を悩ませる事態

になっていた。

 

残りの大迷宮についてだ。

あと残っている大迷宮3つ。当初は条件が

揃っていなかった『ハルツィナ樹海』。

魔人族の領内にあるとされる『氷雪洞窟』。

そして、『神山』だ。

 

そう、大迷宮の一つがあそこにあったのだ。

改めて思うのが、『面倒な』の一言だ。

 

私達は聖教教会と対立している立場にある。

私達が神山に行くのならば、乗り込んでいく

しかない。だが、ここで奴らと対立して

しまえば、エヒトやイシュタルの思うつぼ

だろう。奴らは大手を振って私達を神の敵、

つまりかつての解放者たちのように敵として

喧伝する事が出来る。

 

そうなると、潜入を考えた方が良いのかも

しれないが……。

ともかく、神山について取れる選択肢は

『強行突入』と『潜入』のどちらかだろう。

 

しかし、問題がもう一つあったのだった。

 

その日、エリセンの海でハジメ達が

それぞれ水着姿でミュウと楽しそうに

遊んでいる。

見ている側としては微笑ましい光景だが、

しかし、ミュウにパパと慕われている身

としては悩ましい所だ。

 

本来、ミュウとはここまでだ。彼女は

このエリセンに帰るために私達と旅を

していた。しかしだからといって

きっぱりと別れられるかと言われると、

NOなのだ。

 

私が別れ話を切り出そうとすると、彼女は

泣きそうな表情になる。

かと言って、ずっとここに滞在している

訳には行かない。

 

私達には、果たさなければならない目的がある。

しかし……。

 

と、私が悩んでいると……。

「ん?」

海面下から近づいてくる反応があったので、

咄嗟に足を開いた。

『ザバッ』

突如として桟橋の淵に座る私の股の間から

レミアが顔を出した。

 

「レミア、私に何かようですか?」

「えぇ。少し、お話がしたくて」

「そうですか」

と、私が頷いても、レミアは私の股の間

から動こうとしない。

 

まぁ良い。

「ありがとうございます、司さん。

 貴方達のおかげで、私もまたこうして

 泳ぐ事が出来るようになりました。

 それに、無事にミュウと再会する

 事も出来ました」

「お礼は、もう十分に受け取っています。

 ですから礼は不要です」

この6日間、ずっとレミアとミュウの家で

世話になっている。十分な対価だ。

「いいえ。あなた達からいただいた恩は、

 返しきれる物ではありません」

そう言って視線を、ミュウ達の方へと

向けるレミア。

それにつられて私も視線を彼女達の方

に向ける。

 

そこではミュウが皆と楽しそうに、

笑みを浮かべながら遊んでいた。

「あの笑みを取り戻して頂いたのも、

 司さん達のおかげです。だから……」

再び視線を戻せば、そこではレミアが

真剣な表情を浮かべていた。

 

「どうか、ここから先へ進んで下さい。

 あなたは、あなたの成すべき事を

 して下さい」

「……私が去れば、ミュウは悲しむでしょう」

「そうかもしれません。ですが、以前ならば

 甘えてばかりだったミュウが、私を

 守ると言ってくれるまでに成長

 したのは、きっと皆さんと旅をした

 からなのでしょう。そして、ミュウは

 ついつい甘えてしまいますが、

 それでも『行かないで』とは一言も

 言っていません。あの子も、分かっている

 んです。司さん達には、行かなければ

 ならない所があるのだと」

「……分かりました。では、今日の夜、

 はっきりと伝えます。

 『明日、エリセンを発つ』と」

 

「では、今晩はごちそうにしましょう。

 司さん達とのお別れ会ですから」

お別れ会、か。

 

本当に、それで良いのか?……いや、

良いわけがない。

「違うぞレミア、別れではない」

「え?」

「……確かに私達は一度ここを離れる。

 だが、それは別れを意味するの

 ではない。全てに片を付けて、

 終わったのなら、私はまたハジメ

 達と共にここを訪れる。

 それは、『別れ』ではない」

すると……。

「分かりました。では、いずれまた、

 再会する日を祝して、前祝い、と言う

 事にしましょう」

「あぁ、その方が良い」

 

 

そして、夜。

私は明日、ここを発つ事をミュウに話した。

いずれまた、ここへやってくる事も。

 

「ミュウ、また、パパと会える?」

「えぇ、もちろん。全ての戦いが

 終わったのなら、私はここへ

 戻ってきます」

 

そう言って、私は泣き出しそうなミュウを、

私の膝の上に座らせた。

「これは別れではありません。いずれまた、

 私はここに戻ってきます。それまで、

 私達は別の道を歩くだけです。私達の道

 と、ミュウとレミアの道。それはまた、

 遠くない未来で必ず交わり、同じ方向へ

 進んでいくのです」

「道?う~ん、良く分かんない」

「ははは、少し表現が抽象的でしたね。

 でも、これだけは覚えて置いて下さい

 私達は、必ずまたここに来る、

 と言う事です」

 

私の言葉を聞くと、ミュウはハジメ達の

方へと視線を向ける。

「ハジメお兄ちゃんたちも、また

 来てくれる?」

そんな彼女の言葉に、ハジメ達は

笑みを浮かべながら頷く。

 

「もちろん。こうして出会ったのに、

 明日別れてそれっきり、なんて

 悲しすぎるよ。そんなの僕は

 嫌だな」

「そうだね。折角出会って、一緒に

 旅したんだもん。だからもっと、

 一緒に居たいよ」

「ん。……私達は、またここに来る」

「そうです!さっさと戦いを終わらせて

 またここに遊びに来るですぅ!

 何なら父様たちも連れてくるですぅ!」

「そうじゃな。……紡がれた絆。

 それは大事にしなければならぬ物じゃ」

「もちろん。これは別れじゃ無いから。

 私達はまた、ミュウちゃんの所へ

 戻ってくるよ。……それに私、

 料理対決でレミアさんに負けたん

 だから!勝ち逃げは許しませんよ

 レミアさん!」

ハジメ、香織、ユエ、シア、ティオ、

そしてルフェアは笑みを浮かべながらそう呟く。

 

更に言えば、ルフェアはレミアの事を

ライバルとして認めているのか、

再び勝負を挑むつもりのようだ。

「あらあら、それでは、私もお料理の腕

 を磨かなければいけませんね」

そしてレミアもまた、笑みを浮かべるのだった。

 

その後の事だった。私のアイデアで写真を

撮る事にした。

当然写真を知らないトータスのメンバーは

出来上がった写真に驚いていた。

 

しかし、そこには私、ハジメ、香織、

ルフェア、ユエ、シア、セラフィムを

抱いているミュウ、レミアの全員が

映っていた。

 

今、ミュウはその写真を大事そうに

持っている。

 

「ミュウ、待っていて下さい。

 戦いを終わらせて、またここに

 戻ってきます。そしたらまた、

 皆で一緒に遊びましょう。

 何時間でも、何日でも、

 何ヶ月でも」

 

「うん!パパ、約束だからね!」

「えぇ、約束です」

 

そう言って、私はミュウと小指を

絡ませ合い、『指切りの約束』を

するのだった。

 

 

そして翌日、私達は人形状態の

セラフィムを抱くミュウとレミアに

見送られながら、アルゴに乗り込み

エリセンの町を後にした。

 

 

その後、アルゴの艦内にて。

 

「ねぇ司。良かったの?」

「何がですか?」

「いや、だって僕達は元の世界に

 戻る為に戦ってるんだよね?

 もし、元の世界に戻れたとしても、

 またこの世界に来られる可能性は」

「確かにその懸念はありますが、ハジメ。

 私に不可能があると思いますか?」

そう問いかけると、ハジメは驚いて

から笑みを浮かべた。

 

「そうだったね。司に掛かれば、

 世界を行き来するのなんて出来そうだね」

「えぇ。だからこそ、心配無いのですよ。

 私達は必ず、再びミュウ達と出会う。 

 これは決定事項ですから」

そう言って私は笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

エリセンの町を朝出発し、1時間ほどで陸地に

到達し、そのままアンカジ公国へと向かう。

 

アンカジ公国では静因石の回収を依頼されて

いたが、大迷宮攻略を優先したため、納入が

遅れていた。既にアンカジを発って1週間

以上経過している。既に毒素の件が解決

しているとは言え、急いだ方が良いだろう。

 

アルゴの速度を持ってすれば、その日の

内にアンカジ公国に到達するのは可能

だった。

とは言え、アルゴで直接乗り付けると

色々問題があるので、アンカジ公国の

郊外(と言っても砂漠)でバジリスクに

乗り換えてアンカジ公国へと向かった。

 

そして、アンカジ公国に近づくと、入り口

には以前来た時には見られなかった

商人らしき者達が列を成していた。

恐らく、王国の救援部隊に便乗する形で

来たのだろう。

 

私達はそんな列の最後尾に並んだ。

……相変わらず装甲車を知らない商人達

は驚いているようだが、無視する。

そのままノロノロと列の最後尾を

進んで居ると、向こうから兵士が数人

走ってきた。

 

「あれ?司、前から」

「迎えでしょうかね。私が対応します」

そう言って、私はバジリスクの運転席

から降りる。

そんな私の姿を見ると……。

「あぁ!やはり救世主様たちだ!」

兵士の一人が私に向かって救世主と

言った。……どうやらアンカジで私の名は

好意的に広まっているようだ。

 

その後、私達は兵士たちに案内されて

列の横を素通り。入場門へと入った。

 

そしてそこに入れば、兵士達が私達の事を

見て救世主、救国の英雄などと言って

深く頭を下げている。

香織やハジメはその様子に戸惑い気味だ。

 

その後、私達は待合室らしき所へ通された。

 

そして20分後。ミスタービィズを連れた

ランズィ公がやってきた。

「新生殿。それにハジメ殿たちも。

 よく戻られた」

「ランズィ公、ミスタービィズも。

 お久しぶりです。遅くなりましたが、

 依頼されていた静因石の納入を」

「あぁ。すまない」

私は宝物庫の中から、大量の静因石が

収められた袋を取りだし、二人の従者に

渡した。彼等は予想外の重さに驚き

ながらもそれを運び出していった。

 

その後、私達は念のため土壌検査をする事に

した。ハジメの提案だ。あの時はそこまで

手が回らなかったが、念のためという

彼の言葉に私が同意したのだ。

 

私達はオアシス周辺の土壌を調査したが、

あの時神水擬きをオアシスに入れたおかげ

だろうか。

土壌の汚染は残っていなかった。

 

「ふぅ、杞憂だったみたいだね」

「えぇ。まぁその方が良いのですが」

と、ハジメと話をしていたときだった。

 

何やら、不穏な気配が近づいてきた。

それに気づいたのか、真っ先にティオが

玄武の鞘に手をやる。

次いでシアやルフェア、ユエ、ハジメと

香織がその気配に気づく。

 

気配の元は、如何にも偉そうな格好の

司教らしき男と100人の武装した

神殿騎士たちだった。

 

奴らはズカズカとやってきて私達を

半円状に包囲する。

すると、白い法衣姿の男がその中から

現れた。ただならぬ雰囲気に、咄嗟に

私達と男の間に割って入るランズィ公。

 

「ゼンゲン公、こちらへ。彼等は危険だ」

「フォルビン司教、これは一体何事だ。

 彼等が危険?毒素に犯された我が国を

 救ってくれた英雄たちですぞ。

 彼等への無礼は、アンカジの領主として

 見逃せませんな」

 

そう言うと、フォルビンと呼ばれた司教は

その口から私達が異端者認定を受けている

事を伝えた。

それに驚くランズィ公。

まぁ、私達の方はそれらしい動きが中央で

あると蒼司から報告を受けていたので、

ついにか、程度の認識であった。

 

どうやらこの連絡は今朝方届いたらしい。

そしてあの司教。どうやら私達を倒して

その功績から中央、即ち神山に戻る

腹づもりのようだが……。

 

「舐められた物だな」

「……何?」

疑問符を浮かべる奴を余所に、私は

ヴィヴロブレード、朱雀を宝物庫から

取りだす。

 

「雑兵を100人揃えた程度で私達を

 倒そうなどと、随分と舐めている

 な。司祭」

私の言葉に、騎士達が怒ったのか

ガチャガチャと鎧を鳴らす。

 

「なんなら今ここで試すか? 

 貴様の部下と、私達の実力の、

 決定的な違いとやらを」

そう言って、私が朱雀を抜こうと

したその時。

 

「待たれよ、新生殿」

ランズィ公がそれを止めた。

そして、彼はそのまま周囲を見回す。

私も周囲を見回せば、そこにはアンカジの

住民達が集まっていた。どうやら仰々しい

騎士連中に興味を引かれたのか集まってきた

ようだった。

 

「新生殿、ここで、貴殿と交わした事を

 皆に伝えたいと思う。どうだろうか?」

「……良いのですね?それは、最悪

 あの連中と手を切る事になりますが?」

「ふっ、何を今更。……万が一の時は、

 君らを頼っても構わないかね?」

 

「もちろん。……如何なる敵でも撃滅

 出来るよう、アンカジを守る為に

 最大限の協力をしましょう」

「そうか。……ならば、決まりだ」

そう言ってランズィ公は笑った。

 

「貴様等!先ほどから何をごちゃごちゃと!」

我慢の限界だったのか叫ぶフォルビン司教。

 

その時。

「聞けぇ!アンカジの人々よ!」

ランズィ公の声が響き渡った。

それにつられて更に大勢の人々が

やってくる。

 

「かつて、多くの者が汚染されたオアシス

 の毒に倒れた!だが、それを救ってくれた

 者達が居た事を、諸君等は覚えている

 だろう!そんな彼等が!私に言った!

 アンカジ公国を守る為に、力を貸そうと!

 今、この場で皆に伝える!

 アンカジ公国領主、ランズィ・フォウワード

 ゼンゲンは、救国の英雄達、G・フリート

と同盟を締結する!」

その叫びに、集まっていたアンカジの住民達は

驚く。

 

更に司教と神殿騎士達が戸惑う。

「ば、バカな!その者達は異端者だぞ!

 異端者と手を組むと言うのか!ゼンゲン公!」

「異端者?違うな。彼等はアンカジ公国を

 救うために力を尽くした英雄!あの日、

 私も、民達も!彼等の力に救われた!

 恩義に仇で応じるなど、恥さらしも

 良い所!彼等をそちらに渡す事は無い!」

 

「ちぃっ!異端者に肩入れするなど!ならば

 ゼンゲン公!貴公も異端者だ!騎士達よ!

 奴らも異端者だ!」

そう言って、右手を掲げる司教。

それが攻撃の合図だったのか、騎士達が

剣の柄に手を添える。

 

だが……。

『カンッ!カンカンッ!』

次の瞬間には、騎士達に周囲のアンカジの民

達から石が投げつけられた。

どうやら、我々のした救援活動は無駄では

無かったようだ。

 

司教が、私達が異端者認定された事を

叫べば、石を投げる彼等の手が止まる。

 

だが……。

「聞け!我が愛すべき公国の民達よ!

 我々を救ってくれた英雄を、奴らに

 引き渡し処刑させるのか!それとも、

 彼等の恩に報いるべきなのか!その

 選択を私は迫られた!そんな中で

 私は、彼等を!救国の英雄を守る

 事にした!諸君等はどうか!

 どちらを選ぶべきか、自分の心で、

 頭で!考えて欲しい!」

 

そう叫ぶランズィの言葉に、人々は

再び石を投げ始めた。

彼は口々に、私達を擁護する発言を叫んだり、

更にあの時何もしなかった教会への不満を

爆発させていた。

「司、僕達のやってきた事は、無駄じゃ

 無かったんだね」

「えぇ」

安堵したような表情を浮かべるハジメに

私は頷く。

 

そして、男は悔しそうな表情を浮かべて

撤退していき、騎士達も慌ててそれに続いた。

 

その後、私達は宮殿へと招かれた。

 

「しかし、良かったのですか?ランズィ公。

 同盟締結の際、後ろ盾になって欲しいとは

 申しましたが、何もあそこまで大々的に

 する必要は無かったと思いますが?」

「良いのだ。あれこそがアンカジの総意

 なのだ。この国の者達の大半がG・フリート

 によって救われた。その恩義を皆忘れて

 など居ない。それに、私が諸君等を

 司教に差し出したとあっては、私の方が

 アンカジの総意によって殺されかねない

 からな。……それに、君は敵に容赦が無い

 とあの時言って居たからな。あれだけの

 力を持つ君を敵に回すのは、やはり

 恐ろしいものだよ」

「そうですか。……分かりました。では、

 正式に同盟締結、と言う事ですね。

 明日からすぐに防衛部隊用の基地等の

 建設作業に入ります」

 

こうして、私達G・フリートとアンカジ公国

は正式に同盟を締結するに至った。

 

そして、私達はそれから二日ほどアンカジ

に滞在した。

その間に、私はアンカジ公国のシールドの

外に大型のシールドジェネレーターを

設置。これで砂嵐から基地を守る事が出来る。

そしてそこを基点として周辺に基地施設を

一瞬にして建造。

 

ガーディアンの生産、修理施設やハルツィナ

ベースとの通信を行う通信棟。

レーダー施設。輸送機やアルゴが着陸

可能な大型ヘリパッドに滑走路。

それらを管理する中央管制塔。

更にアンカジ公国内部へと続くルートも

建設。これで人々は両方をスムーズに

行き来できる。

 

その後、私達は様々なサービスを開始した。

 

一つはガーディアン部隊の派遣サービス。

アンカジ公国は外に出ればサンドワームが

潜む砂漠が広がっており、ここを超えるだけ

でも命がけだ。

なので、ガーディアンやハードガーディアン、

バジリスクで編成された護衛部隊などを

依頼主に派遣するサービス。

一言で言えば傭兵としてガーディアンを

派遣する。

 

次に、職業訓練校を開設。

ここでは調理師や医師、更には兵士や

冒険者としての勉強が出来る。

他国との交流が難しいアンカジ公国で

技術や産業を発展させるためには

必要な物だとハジメが考えたからだ。

 

他にも、アンカジ公国では手に入りにくい

物資の販売。私達の世界にある技術の

提供など人々の生活を豊かにするために

あらゆるサービスを始めた。

 

とは言え、やり過ぎると他の商売を

している人々の収入源を奪ってしまう。

なので、彼等とは『業務提携』を

行った。

 

例えば販売店ならば、客が注文した物が

店頭になかった場合、アンカジ公国に

隣接する基地、『アンカジベース』の

物資販売部門からお客に物を卸す。

それを仲介した店は物の料金の2割を

販売部門に納めるだけでも良い。

 

医療も、町医者では治療不可能であった

場合にアンカジベースの医療部門への

紹介状を書いてもらうと言う形にした。

 

 

そうやって、私達はアンカジ公国発展の

ために出来る事をしたが……。

 

「う~ん、今更に思うけど、このまま

 行くとアンカジ公国が最強の国に

 なっちゃいそうだね」

「ちょっとやり過ぎちゃったかな?」

首を捻るハジメと苦笑を浮かべる香織。

 

しかし、やり過ぎだろうか?

私達がした事と言えば……。

 

他国を滅ぼせるくらいの軍隊を提供して。

魔法に加えて現代の医療技術を提供して。

ありとあらゆる物資の供給ルートを提供して。

後は精々新時代を担う若手教育の為に

学校を作ったくらいである。ちなみに

この学校では、冒険者訓練用にメルド団長

の動きをトレースしたガーディアンや、

私の知識を持ったガーディアンを教師

として置いている。

ここを首席で卒業できれば、その道の

プロレベルになれる程度である。

 

これがやり過ぎなのだろうか?と

皆に聞いてみると……。

「「「「「「うん、やりすぎ」」」」」」

だそうである。

……何故だ。

 

まぁ、そんなこんなでアンカジ公国を

味方に付けて、更に色々貢献した私達。

 

ちなみに、それ以外にあった事と言えば。

 

ユエやシア、香織、ルフェア、ティオが

何とも扇情的な衣装をランズィ公の

奥方より送られたらしい。何でも香織達が

私達の世界の化粧品をプレゼントした事

へのお礼として貰ったらしい。

 

見た目は、ベリーダンサーが着るような

露出度の高い衣装であった。

 

ちなみに、これを見たハジメが、普段は

(ベッドの上で)羊だったのにこの衣装を

見て狼になり、自分から栄養ドリンクや

防音用のジェネレーターを私に要求

してきた。

 

ちなみに私も狼になってルフェアを

抱いた。

その時。

 

「ま、マスター。どうか、どうか

 この卑しき家臣にもご寵愛を」

ハジメが香織、ユエ、シアとしていて。

私はルフェアとしている。そんな中で

一人だけ蚊帳の外になっていたティオが

珍しく涙目で懇願してきた。

 

しかし、今のところ私はルフェア一筋だ。

そう言おうとした時。

「う~ん、ティオお姉ちゃんなら別に良いかな~?」

肝心の我が妻、ルフェアがOKを出した

のだ。

 

「あ、ありがとうございます姫!

 このご恩、一生忘れません!」

そう言ってルフェアに頭を下げるティオ。

「ルフェア、良いのですか?」

「うん。ティオお姉ちゃんだって一緒に

 旅してきた仲間だもん。仲間外れは

 可哀想だよ。あっ、でも正妻ポジは

 譲らないからね♪」

「は、はいっ!構いません!

 大いなるマスターのご寵愛を

 受けられるのならば、不肖ティオ・クラルス。

 例え愛玩奴隷の地位であろうと、甘んじて

 受け入れます!」

そう言って目がガチなティオに内心

戸惑いつつ、その日からティオは私の

愛人になった。

 

そして2日後、私達はランズィ公や

ミスタービィズといったアンカジの民たちに

見送られながらアンカジを出発したのだった。

 

いよいよ奴らと相まみえる戦いが、そこまで

迫っているとは知らずに。

 

     第56話 END

 




次回から王国での戦いです。展開は所々オリジナルを予定しています。

感想や評価、お待ちしています。


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第57話 夕暮れの真実

前回が長かったので今回は短いです。



~~~前回のあらすじ~~~

力を解放して悪食を退けた司たち。彼等は

エリセンへと戻り、ミュウ、レミアと

共に数日の時間を過ごす。そして、司たちは

再びエリセンに戻ってくるとミュウに

約束し、エリセンを旅立った。

依頼の事もありアンカジ公国に戻った

彼等は異端者認定をされ、教会の司祭が

騎士を連れて彼等を倒そうと現れるが、

アンカジ国民の投石を受けて撤退。

司たちG・フリートとアンカジ公国は

正式に同盟を締結。司たちは次なる

大迷宮を目指してアンカジを出発。

東へと向かうのだった。

 

 

その日、私達はバジリスクでホルアドに

続く街道を走っていた。

既にアンカジを出て2日。

 

「む?総員、前方で戦闘を確認」

真っ先に私が前方から風に乗って

流れてきた血の臭いに気づいて呼びかける

と、皆すぐさまジョーカーを纏った。

 

ハジメが助手席の天井のハッチを開けて

身を乗り出し前方を確認する。

「見えた!前方で隊商が襲われてる!」

「敵集団の数は?」

「盗賊らしきのが40人!護衛は、15人くらい!

 今隊商の方は結界を張って持ちこたえてる

 みたいだけど、周辺には死傷者多数!」

ハジメの言葉に、更にハッチから身を乗り出す

香織やティオ。

 

その時、彼女達の視線が、鎧を強引に

剥かれて悲鳴を上げる女冒険者の姿が

映った。

更にその姿はバジリスクのガンカメラが

確認していた。集音器が女性の悲鳴を

拾う。

 

「ッ!ゲス共がっ!我が刀、玄武の

 錆びにしてくれるっ!」

そう言って、ティオがハッチから

体を出し、飛びだそうとした、その時。

 

「この外道共がぁぁぁぁっ!!!」

隊商の、馬車の中から人影が飛び出し、

そのまま結界を突破し、女性冒険者を

押さえ付けていた男の首を、手にした

剣で切り飛ばした。

 

その人影を視認すれば、鎧を纏っていた。

しかし、『普通』の鎧ではない。

それは……。

 

「あれはっ!?ジョーカー!?」

そう、それは私達が今纏っているのと

同じパワードスーツ、『ジョーカー』だった。

更にIFF、敵味方識別装置が、その

ジョーカーが『タイプK』、つまり

メルド団長に私が送った物の一機である事。

パイロットが騎士アランである事を

私達に教える。

 

「えぇ!?あれって、騎士団のアランさん!?

 なんでこんな所に!」

驚くハジメ。しかし、それだけではない。

「こうなれば仕方が無い!目立たぬように

 していたが、行くぞぉっ!」

「「「「おぉぉぉっ!」」」」

 

何と、馬車からメルドや、それ以外の

ジョーカーを受け取った騎士たちまで

現れたかと思うとマルスの抜剣を合図

としてジョーカーを纏って突進。

 

40人ほど居た盗賊を、10秒たらずで

全員切り伏せてしまった。

「お、終わっちゃったね」

その様に戸惑っているハジメ。

 

確かに、何故ここにメルド団長がいるのか

戸惑っている事だろう。

 

だが、私の方は王国で活動している蒼司

から『報告』を聞いていたので、ここに

居る理由は知っている。

皆に黙っているのはすまないと思うが、

彼等には目の前のことに集中していて

欲しかった。それに、先のことを考えるのは

隊長である私の役目でもあるからだ。

 

しかし、ここで合流出来たのは僥倖かも

しれないな。

「皆、隊商に接近します。負傷者も

 いるでしょうから。香織、回復魔法の

 準備を」

「あっ、うん!任せて!」

私達はバジリスクを走らせて隊商に近づく。

 

すると、隊商の面々がバジリスクを見て

魔物か!?と慌て出すが……。

「いえ!落ち着いて下さい!あれは魔物

 ではありません!」

メットを外してメルド団長が叫び彼等を

落ち着けてくれた。

 

その間に、私は隊商の近くにバジリスクを

止めて降りた。

香織はハジメの手を借りながら負傷者を

手当てしていく。流石に亡くなった者を

生き返らせる事は彼女達では不可能だが、

それでも生きている者は必ず助ける、

そんな気概を彼女から感じる。

 

そして、私はルフェア、ティオと共に

メルド団長の下へと歩みを進め、

ヘルメットを取る。

「お久しぶりです、メルド団長」

「やはりお前達だったか。久しいな司」

笑みを浮かべるメルド団長。更には他の

5人の騎士達もメットを取り、小さく

私に礼をした。

 

そこへ。

「メルドさん!それに、騎士アランさん

 たちも!」

負傷者の治癒を終えたハジメと香織が

駆け寄る。

「おぉ、ハジメ。それに香織も。

 元気そうで何よりだな」

「は、はい。僕達は元気にやって

 ますけど、でも、どうして

 メルドさん達がこんな所に?」

「あぁ、実はな……」

 

と、言いかけた時。

「香織?そこに居るのですか?」

馬車の中から声がして、フードを

被った人物が現れた。

 

そして、彼女がフードを脱ぐと、周囲の

者達、正確にはその一部が驚いた。

「あれは、いや、あの人は!」

「リリアーナ王女様!?」

 

「リリィ!?どうしてここに!」

戸惑う香織。更に彼女の事を知っていた

ハジメも驚いている。

 

彼女は、『リリアーナ・B・S・ハインリヒ』。

ハインリヒ王国第1王女だ。

襲われていた隊商の中に、まさか王女が

居たとは誰も思わないのだろう。大半の

人間が驚いていた。

 

だが、驚くのはこれからだった。

 

「南雲君?それに白崎さん?と言う事は、

 新生君もそこにいるんですね?」

馬車の中から、聞き慣れた声が聞こえ、

慌ててそちらに目を向けるハジメと

香織。

 

馬車の中から現れたのは……。

 

「「愛子先生!?」」

豊穣の女神と称えられる教師、愛子だった。

 

 

その後、私達との合流を目指していたメルド

団長やリリィ王女殿下、愛子先生は偶然

隊商を率いていたモットーにお礼をして

金を払い別れた。

 

ちなみにモットーはリリィ王女やメルド

団長達が騎士である事を見抜いていた様子

だった。

元々、モットーもホルアド経由でアンカジ

に商売に行こうとしていた所を、アンカジ、

即ち私達の居る西へ向かおうとしていた

団長たちが便乗したのだ。

 

 

そんなモットー達と別れた私達は新たに

バジリスクをもう一台召喚し、2台の

バジリスクでホルアド方面へと戻っていった。

1台には私達と愛子先生とリリィ王女。

もう1台にメルド団長達が乗っていて、

運転はガーディアンが担当している。

今は2台の間で通信を確立しているので、

普通に会話出来ていた。

 

そんな中で、なぜ彼等が私達との合流を

目指していたのか、話がされたのだが……。

 

「えぇ!?愛子先生が誘拐されそうになった!?」

助手席に座っていたハジメが、その事を

聞いて体ごと後ろに振り返った。

 

「はい。少し前の事です。夕暮れ時にいきなり

 襲われて。相手はジョーカーを纏った

 清水君を弾き飛ばす程の相手でした」

「ッ!?ジョーカーを!?」

 

先生の言葉にハジメだけでなく香織達も

驚く。なにせ、ジョーカーの強さを

彼等は身に染みて分かっているからだ。

それゆえに、ジョーカーを纏った清水を

弾き飛ばすと言う事が、どれだけ困難

なのかを知っている。

 

「でも、先生が無事で良かったです」

そう言って安堵する香織。

「えぇ。あの時、清水君と蒼司君が

 居なければ、危ない所でした」

 

そう言って、愛子先生は事細かく、あの時

の事を話してくれた。

 

 

~~時間は巻き戻り、謎の女が襲撃してきた直後へ~~

 

「畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

夕暮れの廊下に清水の慟哭が響き渡った。

彼はその場に項垂れ、床に拳をたたきつけ

すすり泣く。

 

だが、次の瞬間、彼の周囲を結界が覆った。

 

「はい、カット~」

そこに響く軽い声。すると結界の中、廊下の

壁側の空間が僅かに歪み、そこから蒼司と

愛子が姿を見せた。

 

「ナイス演技だったぜ清水」

そう言って蒼司が声を掛けると、清水は

ジョーカーを解除しスクッと立ち上がって……。

「ふぅ、いや~ギリギリだったぜ」

してやったり、と言わんばかりの笑みを

浮かべていた。

 

そう、あの時清水がスモークグレネードを

焚いたのは、蒼司の指示だったのだ。

 

「しっかし、奴さん気づかないで

 行っちまったな」

「はははっ、無理無理。質量、肌の質感、

 身長から髪の毛の一本まで。愛子先生

 を完全再現したアンドロイドだからな。

 早々気づきやしねぇよ」

そう、蒼司はこの時、既に動いていたのだ。

 

彼は王城内を移動する未知の力を持った

存在を既に認識しており、それが愛子に

近づいている事を知った彼は戦闘が始まり

吹き飛ばされた清水に指示を飛ばし、

スモークグレネードを使わせた。

 

そして一瞬のうちに愛子を光学迷彩の

内側へと隠し、彼女そっくりのアンドロイド

を生み出して奴に誘拐させたのだ。

 

「しっかし、とうとう奴らが仕掛けてきたな。

 大丈夫か先生?」

そう言って声を掛けると、愛子は自分が

狙われた事に戸惑っているのか、少し

震えていた。

「あ、はい。だ、大丈夫、です」

そう言っては居るが、二人の目からすれば

大丈夫じゃないのが一目瞭然だ。

 

すると……。

「先生、さっき失敗した奴が何言ってんだ

 って気もするけどさ」

静かに、しかし決意を込めた表情で語る清水。

「もう二度と、先生には指一本触れさせねぇよ」

「清水君」

「先生の事は、俺が必ず守るから。

 だから、心配しなくても大丈夫だから」

かつて自分を救ってくれた恩師を守る清水の

決意に、しかし愛子はどこか顔を赤くする。

 

「そ、その、ありがとうございます、清水君」

「ッ、お、おぉ。任せとけ」

対して、清水も自分が何を言っていたのか

理解したのか顔が赤い。

 

「んんっ!」

その時蒼司の咳払いが聞こえ、二人はビクっと

体を震わせる。

「お楽しみの所悪いが、少しよる所が

 あるぞ?」

そう言って歩き出す蒼司。

「行く所?」

そんな彼に戸惑いながら続く清水と愛子。

 

蒼司は近くにあった客間へ入ると、周囲を

見回した後、クローゼットを開けた。

当然、中には誰も居ない。

不審に思う二人だったが……。

 

「そこに居るんだろお姫様。俺だよ俺。

 新生司の分身の蒼司だ。あと、ここには

 愛子先生と清水もいるぜ?……見てた

 んだろ?愛子先生が襲われた所」

 

クローゼットに向かって語りかける蒼司に、

二人は頭に大量のハテナマークを浮かべる。

「なぁ、出てきてくれよ。ここにあの

 修道女は居ねぇからさ」

彼がそう言うと……。

 

『キィッ』

小さな音を立てて、隠蔽されていた

隠し通路の扉が開かれ、中から王女、

リリアーナが姿を見せた。

 

「リリアーナさん!?」

それに戸惑う愛子先生。

「ッ!愛子さん!ご無事だったのですね!」

一方リリィも愛子の姿を見て驚きつつ

も喜んでいる様子だ。

 

「しかし、アンタも運が無いな王女さま。

 こんな場面に出くわすなんて」

「い、いえ。そういうわけではないんです。

 この頃、城内に何というか、覇気の無い

 兵士たちが多く気になっていたので。

 最近ではお父様も様子が可笑しく、

 愛子さんに頼ろうと探していた矢先

 でした」

「あ、そう言えば……」

と頷く愛子。

 

「成程ね。まぁ良い。そっちの方は

 任せてくれ。王女さま、アンタは

 今すぐ愛子先生と一緒に王城を

 脱出してホルアドで隠れてくれ」

「「えっ!?」」

突然の言葉に女性陣二人が戸惑う。

 

「な、何故ですか蒼司くん!」

「何故、って言われてもな。愛子

 先生は現状、奴らに誘拐されてる、

 って事になってるから王城に

 居ると不味いんだよ。それに、

 確かに最近王城内部で不穏な気配が

 してやがる。見たところ王女様は

 まだまともな様子だからな。

 この機会に一緒に脱出してほしいんだよ」

「わ、私も、ですか?」

「あぁ。国王までもがきな臭いんじゃ、

 悪いが王城も安全とは言えない。

 ましてアンタは、奴らが愛子先生に

 襲いかかる所を目撃している。

 脅かすようで悪いが、もし見ていた

 と奴らが知れば、何をしてくるか

 分からない」

「ッ」

蒼司の言葉にリリィは息を呑んだ。

 

「そしてあの修道女の姿からして、

 聖教教会内部に潜入している敵の

 可能性がある以上、神山に近い

 ここはむしろ危険だ。だからこそ、

 愛子先生と共にここを脱出して

 欲しいんだよ。その後については

 俺が上手くやっておく。

 ……どうする?」

蒼司の言葉にリリィはしばらく悩む。

やがて……。

「分かりました。私は愛子先生と共に

 王城を離れます」

「そうか。だったらすぐに二人を護衛

 するための騎士を手配しないとな」

「え?騎士、ですか?」

「あぁ。この国で最強の、6人の騎士だ」

 

そう言って、蒼司は笑みを浮かべた。

 

 

その時、騎士団長であるメルドは

最近の王城周囲の不気味な様子を探ろうと

あちこちを回っていた。

今日も王城のあちこちを見回っていた。

 

そこへ。

≪あ~、もしもし旦那?聞こえるか?≫

不意にメルドの頭の中に蒼司の声が

聞こえた。

「ッ。その声、蒼司か?」

≪あぁ、今ジョーカーを通じて直接

 話しかけてる。それと旦那。もし

 周囲に人が居るなら平静を装ってくれ。

 この通話を周囲に気取られたくない≫

「ッ」

≪分かった。これで良いか?≫

≪あぁ。大丈夫だ。それでだな旦那。

 早速だが凶報だ。愛子先生がエヒト

 の手の者と思われる奴に襲われた≫

「ッ!?」

突然の言葉に、メルドの体が一瞬

強ばる。

≪何だと!?それで愛子殿は!≫

≪無事だ。敵には先生の偽物を

 攫わせた。ただ、運の悪いことに

 それをリリアーナ王女が目撃していた。

 もちろん王女も俺が保護してる。

 無事だ≫

≪そ、そうか≫

リリィが巻き込まれたと聞いた時は

驚いたメルドだが、保護されていると言う

知らせは嬉しい物だった。

 

≪それでだな。旦那と切札持ちの5人

 には愛子先生と王女様の護衛を頼みたい

 二人がここに留まるのは危険だ。

 ましてや愛子先生は誘拐された事に

 なってるからここに置いとく訳には

 行かない≫

≪成程。それで?≫

≪旦那たち6人は二人と一緒にホルアド

 に潜伏してほしい。……代わりと

 言っちゃなんだが、王国の方は任せてくれ。

 こっちで何とかしておく≫

 

≪……任せて、良いんだな?この国の、民

 の事、子供たちの事を≫

≪あぁ。そういや、旦那にはまだ教えて

 無かったな≫

≪ん?≫

 

≪新生司っていうのは俺の名前であるが

 本名じゃないのさ。司や俺の本当の

 名は、『ゴジラ』だ≫

≪ゴジラ、か≫

 

≪あぁ。だからこそ、このゴジラの名前に

 賭けて誓うぜ≫

 

そう言って、蒼司は普段の飄々とした

態度からは想像もつかないほどの、

真剣さをにじませる声で呟く。

 

≪留守は任せろ≫、と。

 

その、普段の蒼司からは想像もできない

ような声を聴いて、メルドは小さく

笑みを浮かべる。

 

≪分かった。ならば祖国を頼むぞ蒼司。

 代わりに、お前たちの恩師は、

 何が何でも俺たちが守り抜く≫

 

≪あぁ。頼んだぜ、旦那≫

 

男たちは約束を交わし、それぞれの道を

進んでいく。

 

その後、メルドのジョーカーを使った

呼びかけに騎士5人が答え、彼らは

2人を護衛すべく集まった。

 

そして、蒼司と清水が用意した馬車を

使い、メルドたち、愛子、リリィの

合計8人はすぐさまホルアドへと出発した。

 

 

~~~戻って現在~~~

 

「その後、私達はホルアドで息をひそめて

 いたのですが、王城の蒼司君から

 新生君や南雲君たちが異端者認定を

 受けたという報告と、彼らと合流する

 ために西を目指せ、という言葉に従い

 アンカジ公国へ向かう先ほどの

 モットーさん達の馬車に乗せてもらった

 んです」

「成程」

と、私は頷きながらも、蒼司が上げた

情報を確認する。

 

 

まさか、『彼女』が暴走していたとは。

蒼司の報告書には『彼女』と『奴』の

しでかした事が載っていた。

 

どうやら、『あの二人』は始末するほか

ないようだな。

そう考えながら、私はバジリスクを

走らせる。

 

「あの~。それで質問なんですけど、

 何で私達は王都に向かってるんです?」

後ろの席にいたシアが質問してきた。

 

「敵は愛子先生を人質にしたつもりで

 います。私が行けば、私を殺そうと

 兵力を送り込んでくるでしょうが、

 そこが狙い目です。逆に連中を倒し、

 敵の情報を引き出す。つまり、

 連中は私をおびき出したつもりかも

 しれませんが、逆に私達が連中を

 おびき出すのですよ」

 

そう。奴ら、すなわちエヒトの手下を

おびき寄せ、倒し、その頭の中にある

情報をゲットする。

 

一方で、それと同時に粛清すべき相手が

2人いる。『彼女』と『奴』だ。

もし二人を殺せば、先生とバカ勇者

辺りが黙っていなさそうだが、あの二人は

超えてはならない一線を超えた。

 

『撃っていいのは撃たれる覚悟のある者だけ』。

 

それを当てはめるのならば、奴らは私に

撃ち殺されても文句が言えないほどに

『殺し過ぎた』。

愛子先生ならば、奴らの更生を

考えるだろう。だが、奴らが清水のよう

になるとは思えない。特に『あの男』はだ。

 

だからこそ、仕留める。

これからの障害になりそうなやつは、

容赦なくこの手で射殺する。

 

そんな決意を胸に、私たちは王都へと向かった。

 

そこにあるすべての障害を、『敵』を

排除するために。

 

     第57話 END

 




次回から王都と神山での戦いになります。
って言うか書いてて思ったんですけど、このままだと
清水×愛子になりそうです。

感想や評価、お待ちしています。


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第58話 真夜中の戦争 前編

今のところ、意欲が沸き上がってるのでしばらくは投稿スピードが上がると思います。
まぁ何時失速するか分かりませんけど……。


~~~前回のあらすじ~~~

東へと戻るハジメと司たち。そんな中で

彼らは偶然にもメルド達、愛子、リリィの

計8人と合流する。王城での不穏な動きを、

エヒトの動きと考えた司は敵の情報を

得るために王都へと向かうのだった。

 

 

今、私達は2台のバジリスクで王都へと

向かっていた。

 

状況を整理すると、こうだ。

 

現在王城では、不穏な動きが二つある。

 

1つはエリヒド王を始めとした側近たちなど

王国の重鎮たちの異様なまでのエヒトへの

信仰心。

これはおそらく清水と愛子先生を襲った

謎の女、名称を『X』と仮定しよう。

このXはおそらくエヒトの手先だろう。

おそらく、私達があの海底遺跡で見たように

Xが何らかの方法で王国重鎮を洗脳したの

だろう。

 

もう一つは、メルド団長が懸念していた

王城内で最近見かける、どこか機械的な

兵士や人々。

こちらについては蒼司から情報を得て

いるので、『誰が』『何を』しているのかは

分かっている。

 

ちなみに、王都へと向かう道中に私は

騎士とリリアーナ王女にエヒトの真実を

話した。当然彼らは茫然となり、何人かは

嘘だと言っていた。

だが、私が録画していたオルクス大迷宮の

オスカーの言葉、更に海底遺跡で見た

狂気の映像をジョーカー越しに見せると、

しばし茫然としていたが、メルド団長に

説得された。

 

そして更に、国王がそのエヒトの手の者に

よって洗脳されている可能性も伝えた。

 

その上で、王都での作戦を立てた。

 

「聞いてください。我々の王都での任務

 は二つです。一つは愛子先生救出に

 見せかけた敵勢力の誘因。つまり敵を

 誘い出し、これを倒して情報を入手

 します。もう一つはエリヒド王や

 その側近たちの洗脳の解除。これが

 王都での我々のやるべき事です。

 そのため、部隊を二分します」

「二分?どのようにだ?」

「まず、敵の誘因には私とティオが

 向かいます。次いで、メルド団長たち

 6人とリリィ王女。香織の8人は

 王城での洗脳解除を。シアと

 ユエ、ハジメは万が一に備えて王都で待機。

 その時々によって仕事が異なる、

 遊撃部隊です。ルフェアは

 バジリスクに残り愛子先生を護衛。

 良いですね?」

 

「「「「「「「「「「了解っ」」」」」」」」」」

私の指示に皆が従う。

 

 

そして、あと少しで王都と言う時。

「司、聞いておきたいのだが、王宮

 内部で見られる不穏な者たちは、

 あれもエヒトの仕業なのか?」

「いえ。あれはエヒトとは無関係です。

 というより、下手人は別にいます」

と、私はメルド団長の質問に首を横に

振って答えた。

 

「その口ぶりからして、すでに下手人は

 分かっているようだが?」

「えぇ、もちろん。蒼司が報告を

 上げてくれたおかげです。その事に

 ついては、任せてください。

 一応は『身内』のようなもの。

 片はこちらで付けます」

「何?身内だと?どういう事だ司」

私の言葉に、メルド団長だけでなく

ハジメたちが戸惑う。

 

「その不穏な動きの元凶は、我々

 異世界組の中の、二人です」

「えっ!?」

私の言葉に真っ先に反応したのは先生だ。

 

その後、私はその不穏な動きの正体を

事細かく教えた。

 

更には、『檜山大介』が騎士たちを襲って殺し、

その死体を『中村恵里』が降霊術によって

操っている事。更にはひそかに王都郊外で、

死体を経由して魔人族と接触していた事などなど。

 

それら全て、蒼司の監視下にあったのだ。

 

嘘だと叫びたそうな先生に、私は檜山が

騎士を殺す動画。更にはその死体に降霊術を

中村が掛けている動画を見せた。

 

「そんな……!どうして、こんな……!」

顔面蒼白の愛子先生。ハジメと香織は戸惑い、

メルド団長たちは拳を握りしめている。

 

「……奴らには、ケジメをつけさせます。

 それと、ハジメ、ユエ、シア。3人は

 先ほど遊撃部隊と言いましたが、中村が

 魔人族と接触している以上、外から

 仕掛けてくる可能性があります。

 その時は……」

「僕たちで魔人族を撃て。って事だよね?」

 

ハジメが、どこか低い声で呟く。

 

「……えぇ」

 

私はただ、小さく頷くのだった。

 

「司くんは、どうするの?二人の事」

その時聞こえた香織の問いかけ。

私はその声を聴き、ちらりと後ろの

愛子先生へと目を向ける。

彼女は俯いたままだ。

「……その時々、状況に応じた対応をする。

 とだけ言っておきます。殺すにしろ。

 倒して捕縛するにしろ」

 

愛子先生は、全員での地球帰還を望む

だろうが、それがどうなるかは私達次第、

という事だ。

 

だからこそ……。

 

「香織、ハジメ。これだけは言っておく。

 いざという時は、躊躇いを捨てろ。

 躊躇っていたら、守れる命も

 守れない。もし、檜山と中村が

 立ちふさがり、敵として現れたの

 なら、そこに私がいなかったら。

 躊躇うな。その躊躇いで、誰かが

 命を落とすかもしれないのだから」

 

「「………」」

私の言葉に、二人は何も言わない。

 

その様子を確認しつつ、私は前方を

見据える。

既に夜。周囲は暗い。それでも……。

 

「見えてきたぞ。王都だ」

 

前方に見える、文明の明かりが灯った町。

 

そこが、戦場になろうとしていた。

 

 

 

その後、司たちは予定通り別れた。

 

司はティオを伴って、愛子救出のふりを

しながら神山へ。

ハジメはユエ、シアと共に魔人族襲来に

備えて王都各地へ。

メルドたち、香織、リリィは王を目覚め

させるために王城へ。

ルフェアは愛子と共に王都の中に

停車しているバジリスクで彼女の護衛を

している。

 

 

 

そして、神山にて。

 

今、私とティオはジョーカーの重力制御装置を

使って神山の上を目指して飛んで行った。

 

そして、最上部にある二つの塔の間にある

場所に着地したとき。

 

「待っていましたよ、イレギュラー」

どこからか声が響いた。

ティオは玄武の鞘に手をかけながら声が

した方。塔の天辺に目を向けた。

 

そこには、ドレスのような甲冑の、銀髪の女が

立っていて、その片腕には愛子が抱えられていた。

 

「貴様。……エヒトの手下か」

「はい。我が名はノイント。神の使徒として、

 主の盤上より不要な駒を排除します」

その言葉にティオが玄武を抜きかけた時。

 

「動かない方が賢明ですよ」

そう言って、ノイントは右手を愛子先生の頭の

上に置いた。

「この者がどうなるか、わかりますね?」

それは暗に、変な動きをすれば愛子先生の

頭を潰す、という脅しであった。

「くっ!?卑劣なっ!」

ティオは、静かに鞘から手を放す。

 

と、その時。

 

『バキィィィィィィンッ!!!!!』

「ッ!?なんじゃ!?」

遠方から何か大きな物が割れるような轟音が

響き、大気が僅かに揺れる。

 

すぐさま私の方にハジメ達からの報告が届く。

それは、王都を守る結界が破壊された音

らしい。そして同時刻、魔人族率いる

軍隊の侵攻が始まったらしい。

 

下ではハジメ達がそれに対して戦闘を

開始したようだ。

 

「どうやら魔人族が王都へ攻めてきた

 ようですね」

そう言って、私はノイントの方に視線を

向ける。

 

「これも貴様らの主の言う、お遊びの

 一環か」

「えぇ。呼び寄せた駒の中に、ひときわ

 面白い物が居たので、好きなように

 させよ、との命令がありましたので」

「成程。……怒りを通り越して清々しさ

 すら覚えるよ。貴様らの主の、

 外道っぷりにはな」

 

「御託はそこまでですよ、イレギュラー」

そう言って、その場でターンをするノイント。

すると奴は背中から銀色に輝く一対の

翼を広げた。

更にガントレットを光らせ、右手に大剣を

召喚する。

 

「イレギュラー、貴方はここで排除

 されるのです」

ノイントがそう呟くと、どこからか

歌声が聞こえてきた。

 

視線を向けると、近くにある教会らしき場所から

声が聞こえてきた。これは中に居るイシュタル

と聖教教会の司祭たちが『覇墜の聖歌』という

相手に状態異常を引き起こす魔法を

使っていたのだ。

 

この歌を聞いたティオが僅かにメットの

下で苦悶を漏らす。最も、私には

こんなものは効かないが。

「……念には念を、と言った所か」

「えぇ。あなたの力は強大。ゆえに

 万全の態勢でもって、貴方を駆逐する。

 あなたも、あのイシュタルのように

 駒としての自覚をもっていれば、

 もう少し長く生きられた物を」

 

その言葉には、憐れみと嘲笑が混じっている

ようだった。

 

「貴様っ!我がマスターを愚弄するかっ!」

ノイントの言葉に激高するティオ。

「例え何者であろうと、全ては主の駒」

そう言って、ノイントは大剣を掲げる。

 

おそらくあれで私を真っ二つにするつもり

なのだろう。

 

「……死ぬ前に、言い残すことはありますか?

 イレギュラー」

「ふむ。ならば貴様の主とやらに伝えろ」

そう言って、私はマスクの下で笑みを浮かべる。

 

「貴様はゲームが好きらしいが、ゲームの

 腕は低いな、と」

「?」

私の言葉に、ノイントは一瞬、なぜそんな

事を?と言わんばかりに僅かに首を

傾げた。

 

と、その時。

 

「「これくらい見破れないようだから……」」

「ッ!」」

 

 

その時、ノイントは二つの場所から司の

声を聴いた。一つは眼下の司。

もう一つは……。

 

「「お前は負ける」」

 

180度回転した、普通ならあり得ない状況で、

尚且つ無表情でこちらを見上げる愛子から

だった。

 

次の瞬間、ノイントが対応するより

早く、愛子の体が解けて流体化ナノメタル

となってノイントの鼻、口、目、耳から

スルリと体の中に入っていった。

 

「あっ、がっ。な、何、が……」

苦しそうに呻くノイント。

 

「貴様が誘拐したのは、本物の愛子先生

 ではない。愛子先生の精巧な偽物だ。

 ……すべては、エヒトの手先である貴様

 をここにおびき寄せるための演技だった、

 と言う訳さ」

「な、に……?」

「まさか、身近に私の分身の蒼司が居て、

 貴様の誘拐を見過ごすとでも思った

 のか?」

そう言って、私は息を吐き……。

 

「だとしたら舐められた物だな」

 

殺気を込めて、ひどく底冷えする声を

発した。

「ぐっ、あ、あぁっ……!」

その間に、ノイントは無表情ながらも

苦しみの声を漏らす。

「どうだ?内側から肉体を食い破られる

 感想は?……いかに貴様が強大な力を

 持っていようと、防げない攻撃には

 対処できまい?」

「がっ、ぎっ、あ、がぁ……!」

 

今、奴の体内ではジワジワとナノメタルが

体を侵蝕している。

直に、食い破られるだろう。

 

そして、私は静かに空を見上げる。

 

「見ているか?狂乱の神エヒト。

 貴様の手下と言えど、私に掛かれば

 この通りだ」

そう言って、私はマスクの下で笑みを

浮かべるのだった。

 

と、その時、不意に聞こえていた耳障り

な歌が途切れ、次いで私たち目掛けて

魔法が飛んできた。

 

だが……。

「はぁっ!」

その全てを、ティオの魔力を纏った

玄武が切り払った。

「マスター、お怪我は?」

「無い」

ティオの言葉に答える。見ると、先ほどまで

歌っていたイシュタルらが、驚愕と戸惑い

を浮かべた表情のまま次々とこちらへ、

教会から魔法を放ってくる。

 

その時。

「マスター、奴らは私にお任せを」

「頼めるか?」

「御意」

「そうか。ならば任せる。それと、あの教会は

 強固な結界で守られているようだ。

 気を付けろ」

「はっ!」

 

そう言うと、ティオは玄武を鞘に納め、

モードGを開放しG・ブラスターを装備。

更にメットを解放し、どうやらブレスも共に放つ

ようだ。

 

「これで、吹き飛べっ!!」

 

そう叫んで直後、G・ブラスターと彼女の

ブレスが放たれた。

二つの光が教会に向かって直進し、結界に

衝突。

 

したと思った次の瞬間には結界を破壊し

教会内部に着弾。盛大な火柱を上げながら

教会を木っ端みじんに吹き飛ばして

しまった。

 

爆風が私達の所まで届く。

あれではイシュタル達も死んだだろう。

まぁその方が都合がいい。

その様子を見つめながら、私はもがき

苦しむノイントへと視線を移す。

 

「あっ、うっ、はっ」

どうやらナノメタルが脳に至ったらしい。

既にビクビクと震え、虚ろな目で

宙を見上げているだけだ。

そしてついに、その体が全てナノメタルと

なった。

 

物質を侵食し増殖するナノメタルを一度でも

取り込んだのなら、私からの侵蝕解除

コードが送られない限り、全ての者は

ナノメタルに取り込まれる。

 

そして、私は宙に浮いていたナノメタルに

手を伸ばし、それを取り込んだ。

すると次の瞬間、ノイントの中にあった

記憶がデータとして私の中に流れ込んできた。

 

それを見る限り、やはりエリヒド王はこの

ノイントの技の一つ、『魅了』の効果で

洗脳されたようだ。

そして、過去に存在した虐殺などにも、

このノイントがかかわっていたようだ。

という事は、海底遺跡で見た銀髪の

人物は、やはりノイントだったようだ。

更に言えば、エヒトは中村のやっている事を

フォローしていた。

中村は、あのバカ勇者を手に入れるために

こんなバカげた事をしでかしたようだ。

 

 

しかし、肝心のエヒトの居場所は分からず

じまいだった。どうやらノイントの最後の

あがきらしい。

 

生物ではなく人工物であったノイントは

分解の力が使えたようだ。そしてその

力で脳の一部を破壊し、記憶データを

抹消したらしい。

 

まぁ、別に構わない。これで奴らに私の

力を見せつける事が出来た。少しは奴らも

こちらの力を思い知った事だろう。

 

そこへ。

「マスター、終わりました」

ティオがモードGを解除し、ブラスターを

しまって戻ってきた。

「大丈夫か?ブラスターとブレスの

 双方を使ったようだが?」

「はい。問題ありません。魔力の方は

 マスターからいただいた供給リングが

 ありましたし、モードGもすぐに解除

 しましたから」

「そうか。……しかし、戦いはまだ

 始まったばかりだ。ティオ、お前は

 魔人族の部隊と戦うハジメ達の

 援護に行け。私はメルド団長たちと

 合流し、このバカ騒ぎの大本を

 倒してくる」

「御意っ」

 

そう言うと、踵を返すティオ。しかし、

直後にその足が止まる。

振り返るティオ。

 

「どうした?」

「マスター、あれを!」

そう言ってティオが指さした先。見ると、瓦礫の

上に禿げ頭の男が立っていた。

しかし問題は、その姿が透けて見える事だ。

「立体映像の類か?」

「どうします?マスター?」

問いかけてくるティオ。その間に、男はまるで

滑るように動き出し、瓦礫の山の向こうへと

向かった。

 

まさか……。

「行くぞティオ。もしかすると、大迷宮かも

 しれん」

「え!?」

「ミレディ・ライセンから教えられたのだ。

 大迷宮の内の一つは、ここ神山にあると」

「何と!?分かりました!」

歩き出す私に付いてくるティオ。

 

そして、追いかける事数分。目的地に

たどり着いたのか、男は瓦礫の山の

一点を指さす。

何度か声をかけてみたが、答えない所を

見るに問答する事は出来ないのだろう。

 

私達は無言で男が指さした場所に立つ。

すると、周囲の瓦礫が浮かび上がり、

その下から光り輝く大迷宮の紋章が

現れた。

 

そして、私達は光に包まれてどこか

へと転移した。

 

転移した先は部屋だった。中央に魔法陣が

あり、他には台の上に古びた本がある

だけだった。

 

「まさか、いきなりゴールですか?」

「あぁ。なぜここに飛ばされたのかは

 謎だが、急ぐぞ。外では戦闘が

 続いている」

「御意っ」

その後、私達は新たな神代魔法、

『魂魄魔法』を入手し、置かれていた本

から攻略の条件の情報だけと、攻略の

証の指輪をゲットし、大迷宮の紋章を

通って元の場所に戻った。

 

「少し回り道してしまったが、先ほど指示した

 通りだ。ティオはハジメ達と合流し

 魔人族を殲滅しろ。私はあの屑二人を

 始末してくる」

「御意」

 

そう呟くとティオは大きく跳躍して麓の

王都へと降下していった。

 

私は一人そこに残る。

 

「……今度こそ、恨まれるかもしれないな」

 

そして、そう呟くと私もティオの後を追って

王都へと神山から飛び降りたのだった。

 

愛子先生に、今度こそ恨まれる事を覚悟

しながら。

 

 

一方、王都は今混乱に包まれていた。

 

王都は外敵からの防衛策として3枚の巨大な

結界に覆われている。しかし、その1枚目が

破壊され、今2枚目も破壊された。

 

破壊を行ったのは、フリードの相棒である

白竜ウラノスだ。最も、ウラノス単体で

破壊できるほど結界が脆くなっているのも、

中村の暗躍があったからこそだ。

 

その様子を王城の廊下から見ていた

メルド達。

「クソッ!?このタイミングで仕掛けて

 来たのか!」

結界が壊される事に歯噛みするメルド。

 

彼らには国王を正気に戻すという任務が

あるが、このままでは祖国の都が魔人族に

蹂躙されてしまう。

その事実にメルドだけでなく、騎士たち5人

も歯がゆい思いだった。

 

その時。

「あのっ!なら騎士の皆さんだけでも 

 前線に行ってください!」

「ッ!何?」

「今の騎士団の皆さんのジョーカーにも

 私達と同じ、ブースト状態になれる

 モードGがあるはずです!モードG

 なら、きっとあの大軍相手でも勝てます!

 それに前線にはハジメくんたちも

 いますし!」

「……そうだな。よしっ。ホセ!

 お前が指揮を執ってハジメ達と

共闘し魔人族を迎撃しろ!私はこのまま

香織や王女と共に国王陛下の洗脳を解き

に向かう!」

「「「「「「了解っ!」」」」」」

 

そう言うと、5人は窓を開けてそこから

跳躍し、市街地へと向かった。

 

「行きましょう。私達には、私達の

 やる事があります」

香織の言葉に二人は頷き、3人は駆け出した。

 

 

そして、王都の外では迎撃戦が始まっていた。

 

事前に魔人族襲来の可能性があったため、

ハジメは王都の石の外壁の更に外にガーディアン

やハードガーディアン。多脚戦車の

ロングレッグ、更にはガーディアン達が

操作する重機関銃陣地、高射砲陣地を

作り上げ、その指揮を執っていた。

「各部隊は弾幕を絶やすな!

 あとそこの王国軍兵士の人たち!

 僕たちは敵じゃないから撃たないで

 くださいね!敵じゃないですからね!」

ハジメは、安定性に優れるエンハンスド

ジョーカー、Eジョーカー形態となって

ミサイルランチャー、ルドラを撃ちまくって

いた。

そんな中で、砲声に負けないくらい大声で

叫ぶハジメ。

 

彼は外壁に居る王国軍の兵士に言っていたのだ。

ハジメ達は異端者認定を受けた身。いわば

お尋ね者だ。まぁこの状況で魔人族や魔物

と戦っている彼らをどうにかしようと

思う者は居らず、というかそもそも事態を

理解しきれていない者も多かった。

 

そんな中でハジメは、遠めに見える、魔物から

落下する魔人族を見ながらも歯噛みし、今は

守るべきだ時だ、と自分に言い聞かせ

ながらルドラの引き金を引く。

 

 

一方で魔人族の軍勢は、ハジメ達の

世界の、魔法にも勝る威力を持った

高射砲やミサイルの雨に撃ち落されていた。

陸から迫る魔物たちも、ロングレッグの

レールガンから放たれる砲弾で貫かれ

血肉を大地にまき散らしていた。

とはいえ、相手も大多数の部隊。

魔法などで応戦してくる。

 

対魔法戦闘も考慮したロングレッグなどは

まだ良いが、対空砲火の陣地などはそうも

行かず、次第に対空砲の数が減っていく。

 

「今だっ!一気に突破しろぉ!」

それを隙と見た魔人族の男が叫び、飛行型

の魔物にのった魔人族たちが対空砲火を

すり抜けて、王都上空へと侵入した。

 

直後。

 

「『蒼天・乱舞』……!」

ユエの、炎属性の最上級魔法、蒼天を

無数に作り繰り出す彼女のオリジナル技、

蒼天・乱舞が魔人族に襲い掛かった。

 

青白い火球に焼かれて、消し炭になって

崩れ去る魔人族と魔物。

それを見ていた魔人族は、仲間を殺された

怒りから、市街地の塔の上にいたユエに

狙いを定める。

そして魔法を放とうとした刹那。

 

『ヴィァァァァァァァァァァッ!!』

突如として、ユエとは別方向から放たれた

ビームが魔人族を飲み込み消滅させる。

「な、何だっ!?」

戸惑いながらもビームの来た方へと

視線を向ける魔人族の男。

 

だが、次の瞬間、横へと薙ぎ払われた

ビームの光に飲まれて、消滅した。

それは、離れた後方にて、アータル・

バスターモードを構えたシアによる

砲撃だった。

 

無限の魔力を無限にエネルギーに変える

アータル・バスターモードならば、

ビームを照射し続ける事も可能だ。

ビームで上空の敵を薙ぎ払うシア。

 

「くそっ!?下だ!下方に逃げて

 躱せ!建物ギリギリの高度を飛ぶんだ!」

咄嗟にそう判断し、指示を飛ばした

魔人族の指揮官は優秀な方だった。

 

建物に近い角度でバスターモードを

放つと、ビームの熱量で街が火事になり

兼ねないのだ。

 

しかし……。

「う~ん、本当なら町ごとやっちゃっても

 良いんですけど、そんな事したら

 ハジメさんに嫌われちゃいそうですし。

 ここは!アータルの新機能の出番ですぅ!」

そう叫び命令を送るシア。

 

すると、バスターモードの砲口が変化し

ガトリング砲のような多連装機関銃のように

なった。

だが、それだけではない。

キュルキュルと音を立てて回転する新たな

アータル、『ラッシュモード』。

 

ラッシュモードは、魔力をエネルギー弾を

銃弾として放つ。いわば魔力式ガトリング砲だ。

 

そんなラッシュモードに、司はあるシステム

を組み込んだ。

それは、グリューエン大火山で待ち伏せて

いたフリードの配下を全滅させた、

『全方位追従式レーザー攻撃システム』、

『タルタロス』だ。

 

『ラッシュモード、≪ホークアイ

 システム≫起動……!』

脳波で命令を飛ばすシア。

すると、ジョーカーのメット内部の

ディスプレイに、次々と標的がロックオン

されていく様が映し出される。

シアのジョーカー、タイプSCの

耳はセンサーとしての機能がある。

これに更にカメラからの情報を合わせて

敵をロックオンする。

それが鷹の目、ホークアイシステムだ。

 

「喰らいやがれですぅっ!これが私の

 新必殺技、『フルメタルレイン』ッ!」

 

『ガガガガガガガガガガガガガガガガッ』

シアが引き金を引くと、雨の如き数の

銃弾が、しかも誘導されながら魔人族と

魔物に向かって行った。

 

誘導された弾丸は、ピラニアの如く獲物に

群がり、その体を一瞬でバラバラに弾き飛ばす。

シアが銃身を左右に振れば、それだけで大勢の

魔物と魔人族が肉片と血飛沫になって町を

汚していく。

 

ちなみに、この攻撃で街に血の雨が降って

住民が更にパニックになったという。

 

そして、粗方敵を消し飛ばした事で、仲間の

大半を溶かされた魔人族は警戒して高度を

取った。

今後ろに戻ればハジメが指揮する対空陣地が

まだ生きていて落とされる。かといって

前に進めばユエとシアのバカみたいな攻撃

で消される。

 

正しく、前門の虎後門の狼、的な状況に

魔人族は歯噛みしていた。

 

と、その時。

「ッ!ユエさん!」

未来視の力で予知したシアが叫び、ユエ

は考えるより先に後方へと飛び退った。

 

直後、何もない空間に光の膜が発生し、

極光が放たれた。それは先ほどまで

ユエの居た塔の上部を溶かし、更にいくつ

もの家屋の屋根を吹き飛ばした。

 

「やはり予知の力か。忌々しい」

その時、ゲートを通って、白竜ウラノス

に跨った魔人族の男、フリードが

現れた。

 

最も、奇襲を躱されて苛立たし気だったが。

 

宙に浮くユエの傍に合流するシア。

一方フリードの方にも、飛行型の魔物に

乗った魔人族が集まる。その数はおよそ

30程度。

 

「やはり貴様らは危険だ。先ほどまでの

 殲滅能力。忌々しい人族の地で散った

 仲間のためにも、貴様らはここで殺す!」

殺気を込めた視線を向けるフリードと

魔人族たち。

 

しかし……。

「ってな事言ってますけど?どうします

 ユエさん?」

「……この前、大迷宮で司にコテンパンに

 された事、もう忘れてるみたい。

 負け犬のくせに。ぷぷぷっ」

動じていないシア。ユエは口元に手を当て、

挑発のつもりか小さく笑う。

 

それによって魔人族の男たちは表情を

歪める。

「だがっ!あの男はこの場には居ない!

 貴様らだけはここで殺してやる!

 総員、用意っ!」

フリードの掛け声に従い、魔人族たちは

魔法を使う為に詠唱を始める。

 

だが、それを前にしてもユエとシアは、

何やらシアがユエに耳打ちしているだけだ。

『舐めた真似を!だが、それが貴様らの

 命取りだ!』

「放てぇっ!」

フリードの号令によって、魔人族が

一斉に魔法を放つ。

 

更にウラノスも極光を放った。

前方から殺到する魔法と極光。

だが……。

 

「「モードG!発動!」」

2人の声が重なった直後。二人の体から

溢れだした紫色のエネルギーの放射に

よって極光も、すべての魔法も、

2人に到達する事なく霧散してしまった。

 

その事実に、魔人族だけでなくフリード

まで一瞬愕然となった。

 

「一つ、良い事を教えてあげる」

そう言っているユエは掌のビームの砲口

からエネルギーをたぎらせる。

「お前は、私達の本気をまだ知らない」

 

「さ~てと」

更にシアもアータルをアックスモードに

切り替えて肩に担ぐ。

「死にたい奴は掛かってこい!ですぅ!」

 

そんな挑発のような言葉に、しかし魔人族が

感じたのは恐怖だ。

 

ジョーカーから溢れ出る圧倒的なエネルギー

の奔流。更に展開された背びれと尻尾、

両手両足の背びれのような放熱板。

放熱板からは絶えず熱気が迸り、彼女たちの

背後をユラユラと揺らめかせる。

 

 

魔人族たちは、完全な奇襲を想定していた。

 

壊れる事の無いと人族が思っている結界を

壊して侵入し、蹂躙する。

そんな未来を考えていた。

 

だが、それは所詮、奴らが都合のいいように

解釈しただけ。

『きっとうまくいく』、『これで国を一つ

落とせる』、『忌々しい人間どもは血祭だ』。

 

そんな事ばかり考えていた魔人族の前に、

今二人の少女が立ちふさがった。

 

神を超えた獣、ゴジラの細胞から生み出される

エネルギーを纏った少女たちが。

 

「狩り、開始」

ポツリと呟くユエ。

その言葉を合図に、シアとユエが魔人族に

襲い掛かった。

 

ゴジラの加護を受けた乙女たちによる、

『狩り』が始まった。

 

     第58話 END

 




って事でしばらくは王都での戦いです。あと、シアの必殺技の
フルメタルレインの元ネタはゲームです。
ヒントはタイタンフォール2です。
分かる人いるかなぁ。俺あれ大好きなんだよなぁ。

って事で感想や評価、お待ちしています。


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第59話 真夜中の戦争 中編

王都での戦いは、前編・中編・後編の3つに分ける事になりました。
今回は主に清水達やユエ、シア、香織が出てきます。


~~~前回のあらすじ~~~

エヒトの手下と戦うため、愛子救出を

装い王都へとやってきたハジメと司たち。

彼らはそれぞれの役割を果たすために分かれる。

司はティオを伴ってエヒトの僕、ノイント

と接触するも罠にはめて秒殺。更にイシュタル

達もティオのブレスで吹き飛ばし、更に更に

神山の大迷宮も速攻でクリアしてしまった。

一方、ハジメ達は襲い掛かってきた魔人族

を撃退するために防衛網を設置。

何とか王都内部に潜入したフリード達も、

ユエとシアに狩られそうになっていた。

 

 

各々動くハジメ達。

 

その頃、王城に居た雫。

『バリィィィィィィィンッ!!!!』

「ッ!?何っ!?」

突如響いた音に、雫は飛び起き咄嗟に

左手首のジョーカーのスイッチを押し、

すぐさまジョーカーを纏って青龍を

構えた。

 

すぐさま周囲の様子をスキャンするが、

怪しい気配などが無いと知ると、一旦

息をついてすぐさま周囲を警戒しながら

廊下に出た。

 

 

彼女は、ここ最近ストレスを感じていた。

理由は、愛子先生の誘拐事件だ。

ある日の夕方、突如愛子が誘拐されたと

叫ぶ清水(もちろん演技)。その事で

雫やほかの生徒たちは不安に駆られた。

一部の生徒たちは一緒に居た清水を

責め立て、責任を感じて清水は

自室に引きこもるようになってしまった。

 

雫はすぐさま愛子の捜索をエリヒド王や

イシュタルに進言したが、捜索はこちらで

やるの一点張りで、渋々引き下がる羽目に

なった。ほかに頼れそうなメルド達も

極秘の任務と言う事でいつの間にか

姿が見えず、リリアーナは体調不良

のため頼れなかった(蒼司が用意したダミー人形)。

ならば、と雫は蒼司を頼ろうとしたが、

直後に司たちの異端者認定が決定し、

当然司の分身である蒼司もまた異端者

の認定を受けた。

 

結局蒼司は、雫に『悪い、しばらく留守に

する。すぐに戻るから』とだけ言い残し、

迫りくる騎士たちを軽くあしらい、

王都を駆けずり回ったのちに行方を晦ませた。

 

更に王城内部でも何やら不穏な動きを感じて

おり、最近の雫はあまり休めていなかった。

 

その後、雫は光輝たちを起こし、更には別の

生徒たちも起こして回った。

だが……。

「清水君!清水君!」

一人だけ、清水がいくら呼んでも出て

来なかったのだ。試しにジョーカーの

無線も使うが、反応が無い。

雫はしばし戸惑ったが、ジョーカーを

持っているのなら大丈夫だろうと

割り切って諦めた。

 

何とか清水以外が起きて集まった時、

やってきた雫の待女である『ニア』から

王都守護のための大結界が破壊された事

を聞き、皆が怯える。

 

戦おうとする光輝だったが、数には数で、

という中村の発言を聞き、雫や鈴がそれに

同意した事もあって、彼らは全員、兵士や

騎士たちと合流すべく、緊急時の集合

場所に移動する事にした。

 

 

その直後。

 

誰もいなくなった廊下。その時、扉の一つが

開いて、清水が出て来た。彼は皆が走り

去って行った廊下の方を見つめると、

ジョーカーを起動し、更に光学迷彩の

マントを纏った。

 

そして、右足のホルスターからノルンを

抜き、弾を確認する。

 

「……。やるしかねぇ」

そう呟くと、清水は光学迷彩で姿を

隠し動き出した。

 

 

たった一人、倒すべき本当の敵を知る者として。

 

清水は知っていたのだ。

蒼司の指示によって動き、演じた。

引きこもったのも嘘だ。全てはエヒトに

悟られぬように、引きこもるふりをし

ながら各地にドローンを飛ばし、状況を

探ったりしていたのだ。

 

 

そして先ほど、蒼司から連絡があった。

現在の周囲の状況からかんがみて、

中村が動く可能性が高い事も伝える

物だった。

 

 

清水が広場にたどり着くと、そこではメルドや

副長のホセが不在の間に指揮を任されていた

騎士が、雫や光輝たちを騎士や兵士たちの

輪の中に誘導している所だった。

 

そして、何やら演説をした騎士が、懐から

何かを掲げた直後。

 

『ビュッ!』

清水が手にしていたスティック型の

シールドジェネレーターが放たれる

のと……。

『カッ!!!』

騎士が手にした物が爆ぜて光を

発生させるのは。

 

清水は咄嗟に腕で顔を隠した。

その視界の隅で、騎士たちが雫たちに

切りかかるのが見えた。だが……。

 

『ガキィィィィィィンッ!!!』

地面に刺さったシールドが彼らを

護る方が、早かった。

 

甲高い音と共にシールドが剣を弾く。

「え?」

突然の事に理解が及ばない鈴が

戸惑いの声を漏らした。

 

そんな中で一人、周りに気取られない

ように唇をかみしめ、周囲を怒りの目で

見回す女、中村。

 

と、その時。

『バサァッ!』

光学迷彩のマントを広げた清水が

大きく跳躍し、シールドの中に着地

した。

「し、清水く……」

その名を雫が呼ぶよりも早く。

 

『『ガガッ!!』』

「きゃ!?」

「うわっ!?」

清水は着地した近くにいた、中村と

檜山の服を掴み、ジョーカーの

怪力を持ってシールドの外に

投げ飛ばした。

 

兵士たちの壁を越えて投げ飛ばされた

2人はそのまま床に転がった。

「恵里!檜山!」

2人の名を呼ぶ光輝。そして彼は

そんな事をした清水に詰め寄った。

 

「清水!二人になんてことを!」

「黙ってろよ勇者。って言うか回りの

 状況見ろよ」

そう、緊張を隠すためにあえて

低い声で話す清水。

 

シールド1枚隔てた先では、騎士たちが

雫たちに剣を向けていた。

「な、何でっ!?何をしてるんですか

 皆さん!敵は俺たちじゃないでしょ!?

 何で!?」

その事実に戸惑う光輝。

「無駄だよ。その人たちに話は通じない。

 その人たちに命令できるのは、

 ただ一人だからな」

そう言った次の瞬間、清水は無数の

ヴィヴロブレードを持ったガーディアンを

召喚し、それで騎士や兵士たちの手足を

切り飛ばして身動きを封じさせた。

 

「ッ!?何をしてるんだ清水!やめろ!」

「……無理だね。それに無意味だ」

「な、何が無意味なんだ!?あの人たちは……!」

「そいつらはとっくに死んでるよ!

 だから手足切り飛ばした所で同じ

 ようなもんさ!」

光輝の声を遮るように叫ぶ清水。

 

「え?」 

彼の言葉に、雫が戸惑いの声を浮かべる。

他の生徒たちもだ。

 

「何言ってるんだよ清水。ふざけるなっ!

 あの人たちは生きてるだろ!?

 それを!」

「だったらこれを見て同じことが言えるか!」

声を張り上げ掴みかかる光輝。

だが清水は、その腕を振り払うと、左手首

の端末から空中にスクリーンを映し出し

動画を再生した。

 

檜山が騎士を襲って殺す動画と。

死んだ騎士を中村が降霊術で疑似的に

復活させる動画を。

 

「え?」

「嘘、エリ、リン?」

動画に戸惑う光輝と鈴。

 

「ち、ちょっと!清水君!これどういう事

 なの!お願い説明して!何を知ってるの!?」

見せられた動画に、雫は戸惑う。

 

彼女にしてみれば中村は友人だった。

その友人がまさか死者を冒とくするような

行為をしている事に雫は眩暈を覚えたのだ。

 

「……この周囲に居る騎士や兵士は、

 み~んな死体さ。檜山によって殺され、

 中村の降霊術によってゾンビ兵に

 されたのさ。中村が、降霊術が苦手

 っつぅのも、真っ赤な嘘だ。

 なぁそうだろ!中村!檜山!」

声を張り上げる清水に、皆の視線が

中村と檜山に向く。

 

すると直後、ガーディアンと戦っていた

騎士や兵士たちがガーディアンから

距離を取った。清水はガーディアン達に

周辺を警戒させながら、ホルスターから

ノルンを抜く。

それを二人に向ける清水。

 

咄嗟にそれを止めようとする光輝。

だが……。

 

「あ~も~。うざい。うざいうざい、

 うざいうざいうざいうざい!!

 ちょっと前までモブだった奴が、

 力与えられて英雄気取り!?

 笑えるんだけど!馬鹿みたいにさ!」

普段の様子から打って変わり、うざいと

連呼する中村の様子に、光輝や雫、

龍太郎や鈴が戸惑う。

 

「エリリン?どうしちゃったの?」

ヨロヨロと前に歩き出す鈴。

「あっ!馬鹿っ!」

叫ぶ清水。

 

そしてシールドを出た直後、兵士が

構えていた矢が彼女の心臓めがけて

飛んできた。

「このっ!」

咄嗟に鈴の肩に手を置き、シールドの

中に引き込む清水。矢はシールドに

弾かれ宙を舞う。

 

「馬鹿野郎死にたいのか!」

鈴をシールドの中に倒すように引き入れた

清水はすぐに左手に持っていたノルンを

右手に持ち替える。

 

清水は狙いを中村に付ける。しかし、

マガジンの中が非致死性のテーザー弾だと

分かっていても、やはり相手は人間。

親しくもないとはいえクラスメイト。

清水には、まだ撃てなかった。

引き金を引こうとする指が震える。

 

「何で、何でだよ恵里。なんでこんな……」

そんな中で茫然としている光輝。

しかし恵里は、俯いてぶつぶつと何かを

いうだけで答えない。隣の檜山も、

言い訳を探しているのか、視線が周囲に

泳ぎまくりである。

 

「……テメェのためだよ天之河」

「え?」

予想外に清水が答えたので、光輝は

戸惑う。

「お、俺のため!?騎士や兵士の人たちを

 殺したのが、俺のためって!

 何を言ってるんだ清水!」

「聞いたんだよ!あいつが、ゾンビ兵を

 介して魔人族と接触してたのは、ずっと

 蒼司が監視してたんだよ!その時の

 会話をあいつが録画してたのさ!

 内容は、王都を囲む大結界へ裏工作を

 して王都侵入の手引きをすること!

 異世界人、つまり八重樫やお前らを

 殺す事、そして手駒にしたゾンビ兵を

 献上する事。それを対価として、自分

 は天之河とだけの生活を手にする!

 それが奴の描いたシナリオなんだよ!」

 

清水は光輝や周囲の者たちにも分かる

ように大声で叫ぶ。

「何でお前が魔人族と接触したのかは

 知らないが、重要なのは、今王都が

 襲われてるのも、八重樫たちが襲われたのも、

 全ての事件の中心人物がお前だってことだ!

中村!」

 

清水は、ギュッとノルンを握る手に力を

込める。

そして、聞き足を一歩引いて両手で銃を

握る構え方、いわゆるウィーバースタンス

で狙いを定める。

 

「降伏しろ!すぐそこに司や南雲たちが

 来てる!外じゃあいつらが魔人族の

 軍勢と戦ってる!お前だって、

 あいつらの強さを知らないわけじゃ

 無いだろ!」

愛子の、全員で帰還するという願い。

そのために清水は今撃てなかった。

 

いや、正確には、その願いを利用して

しまった。

それゆえに、引き金を引けなかった。

 

「降伏?……ふっ、ふふ、ふははっ、

はは、あはははははっ!」

そして返ってきたのは嘲笑だった。

「降伏?何言ってるのかなぁモブの

 くせに。偉そうに指図しないでよ。

 モブはモブらしく、死んでれば

 良いんだよ!」

 

狂気的な笑みを浮かべ、眼鏡を

捨てる恵里。次の瞬間、周囲の騎士と

兵士たちが襲い掛かってきた。

 

「ッ!!」

『戦うしか、無いのか!』

内心、戸惑いながらも清水がガーディアン

に指示を飛ばそうとしたその時。

 

『ドウゥゥンッ!』

一発の銃声が響いた。直後、騎士の一人の

右肩が吹き飛んだ。

 

銃声に足を止め振り返る騎士たちと兵士。

更には中村と檜山。

 

銃声の主、それは……。

 

 

「それが、貴方の選んだ道なんだね。

 ……恵里ちゃん」

マゼンタ色のジョーカー、タイプQを

纏った香織が、片手でトールを構え、

立っていた。

 

「あの機体の色、香織!」

それに真っ先に気づいたのは雫だった。

一方、彼女と雫以外は、突然現れた

香織に戸惑っていた。というか、恵里の

豹変などが重なり、頭の処理能力が

追いついていないような状況だ。

 

これで、中村と檜山は、前後を清水達と

香織に挟まれた結果となった。

 

香織は、偶然にも廊下を走っていた時

広場に彼らが集まっているのを廊下の

窓から見つけ、メルドとリリアーナを先に

行かせて自分は急いでこの広場に戻ってきたのだ。

 

その時。

「恵里ちゃん。あなたは、自分が何をしてる

 か分かってるの?」

「もちろん、分かってるよ?光輝君の

 周りにいるゴミを掃除してるのさ」

そう言って狂気的な笑みを浮かべる恵里。

 

「……ゴミ?」

ぴくりと、香織の指が一瞬震える。

「そう。ゴミ。光輝の周りにいる無価値な

 ゴミを、僕が掃除してあげるの。

 僕だけの、光輝君のために」

「……そうまでして、無関係な人を殺して

 まで、それがあなたのやりたい事、

 なの……!その人たちは……!」

「そうだよ。僕と光輝君の、二人だけの

 時間を作り出すための、ただの道具」

「ッ!!」

中村の答えを聞いた瞬間、ギチギチと香織の

握るトールのグリップから音が鳴る。

 

しかし不意に、その音が途絶え、香織が

息をついた。

 

「……ねぇ恵里ちゃん。私ね、これまでの 

 旅でずっと、人を撃つことを躊躇ってきた。

 人を殺す事に躊躇いがあった」

「あはははっ。なになに?懺悔でも

 するつもり?どうかしたの香織。

 もしかして可笑しくなっちゃったと……」

 

『ドガンッ』

香織の言葉を嗤う中村。その足元、僅かに

離れた位置にトールの炸裂弾が命中し、

小さなクレーターを作る。

 

「でもね、今なら引けるよ。この

 引き金」

そう言って、トールの狙いを中村の頭に

定める香織。

 

「あなたが、あなた達が、倒すべき敵だって分かってるから」

そう言って、彼女は中村、檜山の順に

視線を巡らす。

 

普段は心優しい香織。

 

だが、今だけはその心の中は、穏やかでは

いられなかった。

周囲を見れば、無数のゾンビ兵が立っていた。

皆、中村の歪な夢の実現のために、理不尽に

命を奪われた犠牲者たちだ。

そして、香織の中では、殺人の実行犯であった

檜山もすでに同罪だった。故に、許すつもりは

無かった。

 

そして、殺人に一切の罪悪感も抱かない

中村のその態度に、香織の怒りが爆発したのだ。

笑みを浮かべる中村と。

マスクの下で怒りの形相を浮かべる香織。

 

だが、それに戸惑いを覚えた者がいた。

鈴だ。

このままでは友人である恵里と香織が

殺し合いを始めてしまう。そう考えた

鈴は咄嗟に二人を止めようと声を張り上げた。

 

「やめてよ二人とも!こんなの可笑しいよ!

 どうして二人が殺しあうの!

 友達同士でしょ!?」

咄嗟に叫ぶ鈴だったが……。

「友達?ふふっ。何言ってるの鈴。

 私はね、香織や雫の事も、そして鈴の

 事も、友達だなんて思った事無いよ」

「えっ?」

 

笑みを浮かべ、振り返りながら語る中村の

言葉に鈴の表情がこわばる。

「あははっ、まさか私の事を親友だと

 でも思ってた?だとしたら、やっぱり

 鈴ってバカだよね。まぁ、おかげで

 利用しやすかったけど。

 鈴はいっつも笑ってばっかりで、

 光輝君たちの輪の中に入って行っても、

 誰も咎めなかった。だからさ、利用した

 んだよ。鈴の親友っていうポジションはね、

 僕にとって光輝君が傍にいるための、

 絶好のポジションだったんだよ」

「そ、そんな、じゃあ……」

「そう。鈴も私にとっては、ただの

 『駒』だったんだよ」

 

「あ、うっ、あぁ……」

親友だと思っていた相手から突き付けられた

現実に、鈴はその場に崩れ落ちる。

 

そんな中で中村は再び香織の方に視線を

向ける。

「それで?どうするの香織?ここで

 私達とやりあう?でも撃てるの?

 少し前まで、人を撃てもしなかった

 香織が」

そう言うと、中村の周囲を騎士たちが固める。

 

その事に一瞬指がピクつく香織だったが、

しかし彼女はトールの引き金に指をかけた。

と、その時。

 

「ま、待てよ!待ってくれ!香織!」

騎士たちの前に檜山が飛び出した。

 

「お、俺はただ、脅されてたんだ!

 中村に!それでたまたま協力してた

 だけなんだ!ほ、本当だ!」

それは見苦しい言い訳であった。

「お前なら、信じてくれるだろ?

 香織は優しいからな」

そう言って、少しずつ前に踏み出す檜山。

 

すると、香織が無言で銃口を下に下げた。

それを見て檜山は許されたと、錯覚した。

 

『ドガンッ!』

次の瞬間、檜山の数歩前に炸裂弾が命中し、

その足を止めさせた。

「え?」

「……それ以上、私に近づかないで」

 

理解が追いつかない檜山の耳に届いたのは、

酷く底冷えする香織の声だ。

 

そう、今の彼女は怒りに燃えていた。

それは中村だけに、ではない。檜山も同じだ。

 

「私が知らないとでも思ってるの?

 あなた、人殺しの報酬として私を殺して

彼女の降霊術で疑似的に生き返らせて、

自分に都合の良い人形にしようと

してたでしょ?」

「え?あ、え、うっ」

図星だった。

 

檜山が中村に協力していたのは、彼女を殺して

自分の『物』にするためだ。

「……全部、蒼司くんが監視してたんだよ。

 監視して、録画してたんだよ。あなた達の

 悪行を」

そう言って、香織はトールの銃口を檜山の

頭に向ける。

 

更に……。

「それとね。……気安く私の名を呼ばないで。

 今の私は、貴方にだけは名前で

 呼ばれたくない」

明確な拒絶の意思を示す香織。

 

その姿に、檜山だけではなく光輝や雫まで

もが戸惑いを覚えていた。

と、その時。

「あ、あぁぁぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

 香織ぃぃぃぃぃぃっ!」

剣を構えた檜山は香織に向かって突進した。

 

狙いは左胸、心臓だ。

だが……。

 

「遅いよ」

繰り出された刺突を、香織は半身を引いて

回避し、左手で剣を握る檜山の右手首を

掴んでホールド。体を元に戻す、捻りの

勢いに乗せて繰り出した右手の裏拳が

檜山の頬に命中し、殴り飛ばした。

 

それもまた、彼女自身が旅の中で

培ってきた経験のなせる技だ。

既に格闘戦において負けなしのハジメと、

司に鍛えられた彼女にとって、CQC、

近接格闘術は並外れた物となっている。

 

 

「がぁっ!?」

裏拳で吹き飛ばされる檜山。吹き飛ばされ

ながらも、何とか檜山は起き上がった。

チート級のステータスを持つが故だろう。

 

もっとも、鼻と口から大量の血を流し、

何本か歯も折れていたが。

 

「ち゛ぐじょう゛、おま゛えば、俺、の……」

「俺の、何?俺の物、とでも言うつもり?」

香織の、マスク越しの絶対零度の瞳に睨まれ

檜山は唸るだけだ。

 

「ねぇ、貴方が好きなのって、私の体でしょ?

 私を殺して人形にしようとしたんだから、

 きっとその程度でしょ?」

怒りに震える香織の言葉は、何時になく辛辣だ。

「貴方のそれは恋でも好きって想いでもない。

 私の心を好きになった訳じゃない。

 所詮、この体目当て。だとしたらそれは

 愛や恋なんて言う、眩しい物じゃない。

 ただの『独占欲』。薄汚い男の欲望」

 

そう言って、香織はトールの銃口を再び

檜山に向けた。

「その欲望のために、貴方は無関係な人たち

 を大勢殺してきた。剰え、クラスメイト、

 さらにはパーティメンバーまでも、

 殺そうとした」

そう言って、香織はシールドの奥、檜山の

パーティメンバーである近藤達に

目を向けた。

「一緒に戦った仲間までも犠牲にしようとして。

 ……もう、私は貴方を、違う。

 『お前』を許せないし、許さない」

 

そう言って、香織はトールの引き金に指を

かけた。

 

「ち゛、ち゛ぐじょう。お゛い中村ぁ!

 手を゛貸せ゛!」

そう言って、檜山は再び剣を構える。

どうやら意地でも香織を殺して自分だけの

ゾンビにしたいらしい。

 

すると、黙っていた中村が手を振った。

それを合図として騎士たちが檜山の

後ろに並ぶ。

それを見て、檜山は笑みを浮かべる。

 

檜山は数で香織を疲れさせ倒そうと

考えていた。

 

だから、気づかなかった。

『自分の後ろで剣を構える騎士たち』に。

 

「ッ!?」

その光景に香織が一瞬息をのむ。

「檜山ぁっ!避けろぉ!」

更に、小悪党組の仲間の一人、近藤が叫ぶ。

「え゛?」

 

その声に、檜山が振り返った次の瞬間。

『グサグサグサッ!!』

騎士たちの剣が檜山の胸や腹、足に

突き刺さる。

 

「ぐぅ、がぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

悲鳴を漏らす檜山。痛みで力が抜けた

彼の体が仰向けに倒れた。

「中、村ぁ、テメェ、何、を……!?」

檜山は何とか動く首で中村を睨みつける。

 

すると……。

「もうさ、お前用済みなんだよ」

中村は笑みを浮かべながらそう語った。

「所詮お前はお人形を集めるための回収機。

 でももうバレちゃったし。どうせここに

 いたってお前は殺されるし、仮に

 生き残ったって処刑か牢屋行き。

 だからさぁ、僕が有効活用してあげるよ。

 そういう訳で、もう、死んで良いよ?」

彼女がそう言うと、更に数人の騎士が

剣を振り上げた。

 

「ッ!やめろ恵里ぃ!」

咄嗟にシールドを飛び出す光輝。

だが、すぐに騎士たちの壁に阻まれてしまう。

 

そして……。

「ばいばい、ごみ屑」

「な゛か゛む゛ら゛ぁぁぁぁぁぁっ!!」

笑みを浮かべる中村と叫ぶ檜山。

 

『グサグサッ!』

そして檜山の心臓に無数の剣が突き立てられ、

檜山は体を痙攣させた末に、動かなくなった。

 

目の前で突き付けられた、『死』。

それによって元々居残り組であった

生徒たちはガタガタと震え、光輝や

龍太郎たちも茫然となり、清水は

どこか悔しそうに、メットの下で

歯を食いしばっていた。

 

周りが茫然となる中で、中村は彼らが

聞いたこともない詠唱を詠い、降霊術を

かけて檜山をゾンビ兵にしてしまった。

「さ~てと、新しいお人形が出来た事

 だし。ゴミ掃除を再開しないとね」

 

そう言って、シールドの中の他の生徒たち

へ視線を向ける中村。それだけで

居残り組の生徒たちは悲鳴を漏らす。

騎士と兵士たちが、半円状に雫たちを

包囲する。

香織は咄嗟に、自分に背を向ける中村を

撃とうとしたが、潜んでいたのか周囲から

更に兵士たちが現れ彼女を包囲する。

 

「クソッ!やるしか、無いのか!」

躊躇いの声を漏らす清水。

「清水君。私も加勢するわ」

その時、彼の横に雫が並ぶ。

これでジョーカーは二人。だがどちらも

本格的な対人戦闘は初めてだ。

 

どこまでやれるか?

そんな不安が二人の脳裏をよぎる。

 

だが……。

 

「その必要は無いぜ」

 

不意に聞こえた男の声。

 

次の瞬間、ガーディアン達と兵士たちの

間に人影が下りてきて着地した。

その人物は……。

「そ、蒼司!」

 

雫の相棒である司の分身、蒼司だった。

 

「アンタ今までどこに!?」

「悪いな雫。これでも俺、ずっとお前の傍に

 いたんだぜ?」

「えっ!?」

不意の言葉に戸惑う雫。

 

「大立ち回りをして王都から脱出したよう

 に見せかけて、実はずっと王都に潜伏

 してたのさ。それで、さっきまで市街地に

 入ってきた魔人族と魔物のお掃除をね。

 まぁ、まだ残ってるが」

そう言って、普段通りの飄々とした態度を

崩さない蒼司。

 

「とりあえず今は、首謀者ぶっ殺して

 このクソみたいな状況を少しでも

 好転させないとな」

そう言って、彼はパキポキと指を鳴らし、

中村に視線を向ける。

 

と、その時。

 

頭上から、極光が蒼司めがけて降り注いだ。

「はっ!しゃらくせぇ!」

しかし、蒼司は左手を翳すだけでシールドを

展開し、極光を防ぎ切った。

そして頭上の空に目を向ければ、そこには

ウラノスに乗ったフリードが居た。

 

「よぉ、負け犬。死にに来たのか?」

そう言ってフリードを笑う蒼司。

「貴様。あの男、ではないな」

対してフリードも憤怒の表情で

蒼司を見下ろしていた。

 

 

 

時は少しばかりさかのぼり、王都上空。

 

「はぁっ!」

モードGを発動し、獣のような姿となった

ジョーカータイプSCが空の上を縦横無尽

に飛び回る。

それはかつて司がオルクス大迷宮で

コピーした『空力』だ。

 

何もない空間を蹴って、飛び回るシア。

そして魔人族に接近し、アータルを振り下ろす。

魔人族は魔法を放って迎撃しようとするが、

モードGを開放した状態ならば、周囲に

放出されたエネルギーが盾となってそれを

受け止め消滅させる。

 

そして、魔人族は真正面から攻撃を突破

してきたシアによって乗っていた魔物

諸共両断された。

 

「このぉぉぉぉぉぉっ!!!」

そこに魔人族が剣を手にシアの背後から突進していく。

魔法がダメなら、と考えての事だ。

しかし……。

 

『バッ!』

まるで後ろに目がついているかのように、

絶妙なタイミングで、シアがバク転し

攻撃を回避する。

後ろからの奇襲がよけられた魔人族の男は

茫然となる。

それが命取りだった。

 

バク転したシアがすぐさまアータルを

ラッシュモードにし、後ろから弾丸の

雨を降らせて魔人族と魔物がミンチになった。

 

直後にアータルをランスモードにし、正面

から突進してきた鷹のような魔物を串刺し

にする。

 

そこに頭上から剣を手仕掛ける魔人族の男。

乗っていた魔物を囮にして、魔物の上から

飛び降り彼女に接近したのだ。

だが、次の瞬間シアが上に向かって左腕を

振った。

 

次の瞬間、左腕の背鰭状の放熱板から

エネルギーの斬撃波が放たれ、男を

真っ二つに切り裂く。

 

ここまでに2分。残りのモードG展開

可能時間は3分だ。残りの数は10人程度

だが、シアとしてはまだこの後も色々

あるのでは?と考え、そうそうに決着を

付けたかったのだ。

 

「う~ん。このままアータルでやっても

 良いですけど、時間が無いですし、

 『あれ』で行きますか」

そう言うと、シアはアータルを宝物庫に

しまうと、両腕に力を込めた。

 

すると、放熱板が魔力を纏い、板の上に

魔力とジェネレーターが作るエネルギー

を合成して形作られた刃が現れる。

 

そして……。

「おらおらぁっ!ミンチにしちゃうぞぉ!

 ですぅっ!」

次の瞬間、空間を蹴ったシアは

すれ違いざまの魔人族の男と魔物を

切り裂き、一瞬で反転し、また別の獲物を

真っ二つにしていく。

 

「うぉぉぉぉぉっ!カトレアの仇ぃぃぃっ!」

そこに魔人族の男が突進してきたが……。

「うるさいですっ!」

『ズバッ!』

シアに一蹴され、悲鳴を上げる事無く首を

切り飛ばされた。

 

そして、魔人族の男たちは乗っていた魔物

たちと共に、ぶった切られ王都へと落下

していったのだった。

 

それを見送るシア。彼女はモードG

を解除し、王都の家屋の屋根の上に

着地。すぐさまユエを探したが……。

 

「って、探すまでもありませんねぇ」

すぐに頭上の、8つの頭を持つ魔力の蛇、

八岐大蛇を見つけ、そのうちの頭の1つの

上に立つ彼女を見つけたのだった。

 

魔人族の男と魔物をシアが相手にしている

間、ユエはフリードとウラノス、更に

フリード配下の魔物軍団と戦っていた。

 

戦っていたのだが……。

空を埋め尽くすほどの灰竜も、

八岐大蛇の放つ炎と雷と風の刃と氷の

砲弾に次々と焼かれ、焦がされ、切り刻まれ、

穿たれ地に落ちる。

 

仕方ない、とフリードは他の魔物を呼び

寄せようとしたが、しかし陸上の魔物たち

は何とかハジメが再編した防衛陣地に

阻まれ近づく事が出来ない。

 

『くっ!?こんな事ならば、灰竜を

 分散させるのではなかった!』

フリードはハジメの防衛ラインを超えた

直後に、従えていた灰竜の一部を王都の

攻撃に向かわせた。

 

シアやユエ、ハジメなどのレベルになれば

灰竜1匹程度では脅威にならないが、

それは彼らのレベルだからこそである。

一般市民や普通の兵士にとって灰竜は

1匹でも十分な脅威なのだ。

 

少しでも王国にダメージを与えようと

する作戦だったが、それが裏目に出た。

……もっとも、灰竜など数匹増えた所で

今のユエには雑魚が少し増えた程度でしか

無いのだが……。

 

ちなみに、その王都各地に分散した灰竜と

言うのも、ある程度は暴れて被害を出す事

には成功したが、全て潜伏していた

蒼司に倒されていた。

 

そして今、フリードは八岐大蛇が放つ

様々な攻撃をウラノスに乗ったまま何とか

躱していた。

護衛の灰竜も、もう既にいない。

 

この時、ユエのモードG発動から3分が

経過していた。だが、あとはフリードを

倒すのみであった。フリードにも空間魔法を

使った大技があったが、今ここでそれを

使わせてもらえる余裕など、当然ユエは

与えない。

 

だが……。

その時、無数の魔法が八岐大蛇の頭の上に

立つユエに襲い掛かった。

視線を攻撃が来た方に向けるユエ。

そこには、数少ない飛行型の魔物に

跨った魔人族がいた。

 

とはいえ、もう残っている魔人族の

航空部隊はその数人だけだった。

「フリード様!ここは一旦おさがりください!」

「っ、すまん!」

フリードは、一瞬迷った末、今の自分では

ユエに勝てない事を悟り逃走を開始。

 

「逃がさない……!」

ユエが命令を飛ばすと、八岐大蛇の頭の

一つが逃げるフリードとウラノスめがけて

爆炎を吐き出した。

 

だが……。

「やらせはせん!やらせはせんぞぉぉぉ!」

「フリード様のためにぃ!」

何と、魔人族の男たちが自らの体と

魔物、魔法を盾にする事で、ほんのわずかな

時間、炎を止めて見せた。

 

そしてその一瞬がフリードの明暗を分けた。

空間魔法のゲートを超えて逃亡する

フリード。

「……逃げた」

奴が逃亡したのを確認すると、ユエは

モードGを解除し、更に八岐大蛇も

霧散させると、町の小さな広場に着地した。

 

息をつくユエ。

「お~い、ユエさ~ん」

そこへ駆けてくるシア。

「ん。シア、お疲れ様。そっちはどう?」

「ばっちし!全員ミンチにして

 やりました!ユエさんの方は

 どうでしたか?」

「魔物は大体仕留めた。でも、あと少し

 の所でフリードに逃げられた。

 ちょっと悔しい」

「そうですか。でもまぁ次がありますよ

 ユエさん。その時ミンチにしてハンバーグ

 にしてやれば良いんですよ」

「……魔人肉ハンバーグ?不味そう」

「あ、いや、私達が食べる訳じゃない

 ですよ?魔物の餌ですからね?」

「ん。分かってる。それより、

 この後どうする?」

 

「とりあえずハジメさんの援護に

 行きましょう。なんだかまだ砲声が

 聞こえるので」

「んっ、賛成」

 

そう言うと、ユエとシアはジョーカーの

跳躍能力を生かして防衛網を指揮する

ハジメの元に向かった。

 

ちなみに二人がたどり着いた時には粗方

片付いた後で、王都の外には夥しい数の

魔物の死骸が広がっていたのだった。

 

そんな中で、フリードは王城へと向かった。

 

しかし同時に、司もまた、この時王城に

向かっていたのだった。

 

王都をめぐる戦いの決着が、迫っていた。

 

     第59話 END

 




次回で戦いは終わる、と思います。

感想や評価、お待ちしています。


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第60話 真夜中の戦争 後編

結構オリジナル展開になってます。


~~~前回のあらすじ~~~

王都での戦いが始まった中、雫たちは今回

の争乱の首謀者である中村恵里に嵌められる

寸前だったが、蒼司から情報を与えられていた

清水の活躍によって事なきを得る。

皆の前で本性を現す恵里。更にそこに香織も

駆け付け、檜山は彼女を殺そうとするが、

失敗。恵里に見切りを付けられその場で

処刑されてしまう。恵里はまだ戦う事を

止めず、ゴミ掃除と称して光輝たちに

襲い掛かろうとするが、そこに蒼司が

現れる。

が、更に直後、シアとユエに仲間と配下の

魔物を殺されたフリードが現れるのだった。

 

 

 

「貴様、似ているが、あの男ではないな?」

「あったりめぇだボケナス。俺は蒼司。

 大火山でテメェをボッコボコにした

 新生司の分身だよ」

「……新生司。それがあの忌々しい男の

 名前か。だが、ここに居るのが

 コピーならば、好都合だ!」

そう言うと、フリードは空間魔法でゲート

を作り、広場に無数の魔物を召喚した。

 

それを見て、戸惑ったままだった愛ちゃん

護衛隊の園部たちが咄嗟にジョーカーを

装着してシールドの外に出て武器を構える。

「あの男がいないのならば、今ここで、

 可能な限り殺し、少しでも王国に

 ダメージを与える」

 

そう言ってフリードはウラノスに極光を

吐かせようとする。

それを見た居残り組の生徒たちは逃げ出そう

と周囲を見回すが、周りは恵里のゾンビ兵

や魔物たちに完全に包囲されていて

逃げられなかった。

 

最も、逃げる必要などなかったが……。

 

「おいおい、俺の前でそんな隙だらけ

 の大技を使っていいのかよ?」

不意にフリードの『後ろから』聞こえた声。

慌てて振り返るフリード。

見ると、いつのまにかウラノスの背中に

蒼司が立っていた。これには、一瞬で

取り付かれたウラノスも戸惑いの鳴き声を

漏らす。

「貴様っ!?いつのま」

いつの間に、と言おうとしたフリードだが、

一瞬で距離を詰めた蒼司に顔を掴まれ

ウラノスの背中に叩きつけられた。

 

その衝撃でウラノスも悲鳴を上げてグラつく。

突然現れた蒼司と背中に走る衝撃のせいで

ウラノスは驚き極光攻撃をキャンセルしてしまう。

「一つ良い事を教えてやるぜ、

 フリード・バグアー。確かに俺は

 司の分身だ。だから能力もあいつに劣る。

 ……でもなぁ、それはあいつに幾らか

 劣るってだけで、お前たちを倒すには

 十分なパワーがあるって意味だ、よ!」

そう言って、蒼司はウラノスの背中に手刀を

突き刺す。

 

血が噴き出し悲鳴を上げるウラノス。蒼司は

中の肉を無造作に掴むと、それを腕力だけで

引きちぎった。

更に悲鳴を上げるウラノス。

そして蒼司はフリードを放すと、手にした肉

を空中に投げ捨て雫たちの傍に着地した。

 

「お前はもうちっと相手の力量を知る所

 から始めるべきだな。でなきゃ、

 死ぬぞ?」

そう言って嘲笑するように笑みを浮かべる蒼司。

「おのれぇ!よくもウラノスを!」

憤怒の表情を浮かべるフリード。

 

「行けっ!」

そして彼が命令を下すと、魔物たちが

一斉に雫たちに襲い掛かった。

咄嗟に迎撃しようとする清水や園部達。

 

だが、これも……。

「無駄だね。≪クロックアップ≫」

ポツリと蒼司が呟き、蒼司の姿が

ブレた、かと思った次の瞬間。

 

『『『『『ズババババババッ!!!』』』』』』

魔物が全て両断されてしまった。

「何っ!?」

驚くフリード。

だが……。

 

『チャキッ』

「だから言ったろ。相手の力量をしれって」

またしても後方から声が聞こえる。

そしてフリードが視線を右下に向ければ、

首から僅か数ミリの所で蒼司用の紺色の

ヴィヴロブレード、『ガルグイユ』が寸止め

されていた。

 

「き、貴様っ、先ほども、今と同じように」

「いいや。さっきはただ単に空間跳躍で

 距離を詰めただけさ。今度は体中に特殊な

 粒子を流し込んで発動した超高速移動

 能力さ。……言ったろ?俺はオリジナル

 の司よりは弱いが、テメェは余裕で

 殺せるぜ?」

「くぅっ!?このっ!」

フリードは腰元に、念のためにと備えて

おいた剣を抜いて体をひねるようにして

後ろに剣を振るが、そこに既に蒼司の

姿は無かった。

 

急いで視線を戻せば、広場で死んだ魔物の

死骸に腰かけ欠伸をしている。

「ふ、あ~~~。何だよ、その程度の

 トロさで俺をやろうってのか?

 だとしたら無理無理。お前じゃ一生

 かかっても俺を殺せねぇよ」

 

「ちぃっ!どこまでも私を侮辱するか!」

「まぁそれもあるが、もう一つテメェに

 アドバイスをしてやるよ。相手の力量を

 見誤るってのは、戦場じゃ一番まずい

 事だ。それだけで命取りだからな。

 まぁ、お前の場合は、相手を見下して

 ばかりで相手の実力を見極め切れて

 無いのが敗因だな。実際、テメェは

 司に負け、ユエに負け、そして俺にも

 負けた。……将軍だか何だか知らねぇが

 もうちっと、敵を知る事だな。敵を敵と

 見下してるだけじゃあ、いつかお前は

 死ぬぜ?」

そう言って笑みを浮かべる蒼司。

 

「ちっ!かくなる上は……!」

そう言って、フリードはどこからともなく

大量の灰竜を召喚した。

 

これはのちに分かる事だが、王国郊外の地中

にいくつかの、巨大な魔石を基点とした魔法陣

が地中の浅い所に描かれており、これを

通してフリードは大軍を王都郊外に召喚

したのだ。

 

そして今、王都の空を飛ぶのはフリードが

保有しているすべての灰竜だ。魔国

ガーランドで神代魔法を取得しているのはフリードだけ。

つまり、魔物を生み出すのも強化も

フリードにしか出来ない。ほかの兵士たち

はフリードの手持ちを与えられているに

過ぎない。

そのフリードが手持ちの灰竜を全て

投入したのだ。

 

灰竜たちは上空から王都各地に対して

砲撃を開始しようとしたが、王都の

各地から紫色の光が、まるで彗星が

登っていくように空へと上がり灰竜の

相手をし始めた。

 

その数5。それは、王国騎士団副長、

ホセが率いる騎士たちだ。彼らが

モードGを発動し上昇。灰竜を

切り裂いているのだ。

「何っ!?」

瞬く間に数を減らしていく灰竜に戸惑う

フリード。

 

とはいえ、フリードも戦力すべてを吐き出した。

そのためいくらホセやアラン達が奮闘して

急速にその数を減らしても、全体の数は

まだ多い。

 

そのため少なくない被害が市街地に出ている。

「このままじゃ町が!」

そう言って飛び出そうとする雫。だが、

すぐそばに恵里とその配下のゾンビ兵が

居るため、飛び出すべきか迷ってしまった。

 

しかし……。

「行って雫ちゃん。ここは任せて」

兵士たちの壁を飛び越えて雫の近くに着地した

香織がそう呟いた。

「もうすぐ司くんも来る。ここは

 大丈夫だから。町の方をお願い」

「ッ、分かったわ!行くわよ蒼司!」

そう言って、包囲網を抜けて飛び出す雫。

 

そして蒼司はと言うと……。

「くくっ」

フリードの顔を見て笑ったのだ。

それは、暗に『見逃してやる』と言っていた

ような物だった。フリードは怒りと

悔しさに拳を握りしめるが、すでにウラノス

は負傷し、動きが少々鈍くなっている今の

状況では、蒼司に勝てないと判断し、

離れていく彼を見送った。

最も、蒼司の方はメルドと町を守る約束

をしていた。それを果たすためにも、

雫に付いていったのだ。

 

これで、この広場における戦いは、

フリード+ウラノス、恵里&ゾンビ兵。

     VS

香織、園部たち愛ちゃん護衛隊7人、

ガーディアン部隊、光輝たち。

となった。

 

しかし、フリードにとって戦う気は

さらさらなく、恵里に目配せをした。

当の恵里は一度表情を歪め舌打ちを

するが、すぐに気持ちを切り替え、静かに

頷いた。

 

彼女も司の戦闘力は知っていた。そして

殺人に躊躇いがない事も知っていた。

『この場でやりあえば確実に殺される』。

それを理解していたからこそだった。

 

それを確認した恵里は、すぐさま兵士たち

全員を香織たちの方へと突撃させた。

それを受け止めるガーディアンたち。

香織はガーディアン達の後ろから炸裂弾

を放つタナトスのセミオート射撃で兵士や

騎士たちの手足を吹き飛ばしていく。

 

しかし清水達はまだ人は撃てなかった。

そしてそれは光輝や龍太郎も同じ。ゾンビ

と言われても、バイ〇ハザードのような

ゾンビではなく、むしろ生きている人間

と言われても遜色ない恵里の『傀儡兵』だ。

しかも相手は、何度か接したことのある

兵士や騎士たち。とても引き金を

引ける心情ではなかった。

 

そして、フリードはその隙をついて

恵里を回収。ウラノスに乗せそのまま

上空へと上昇。すぐさま空間魔法でゲート

を開き、あとは逃げるだけだ。

 

そう考えウラノスをゲートに向かわせた、

その時。

 

『ドォォォォンッ!』

直上から砲声と聞き違うほどの銃声が

響いた、直後。

 

真上から飛来した19ミリ砲弾が、ウラノスの

頭を『粉砕』した。

 

フリードは、目の前で相棒の頭が吹き飛ぶ

瞬間を見ていたが、奇しくもミスラが

ボルトアクション式であり連射が

出来なかった事と、飛行し速度を出していた

慣性からフリード、恵里、そして

ウラノスの『死骸』はそのままゲートを

通過してしまった。

 

フリードは、半ば茫然としながらも、

状況が理解できないままゲートへと

飛び込んだのだった。

 

 

それを見送る、上空の狙撃手。すなわち

ミスラを構えた司。

 

 

私が神山から降下し、雲を突き抜けた

直後、すぐさま眼下の状況を確認すると、

市街地では雫、蒼司、ホセ副長以下5人の

騎士が灰竜の群れと戦闘中だった。

 

先に降下したティオはハジメ、ユエ、シアと

合流したようで、ちょうど私が降下した

時雫たちに加勢しようとしていた。

 

王城に目を向ければ、奥に進んでいる

メルド団長とリリアーナ王女の反応が

確認できた。

 

王宮広場では、香織や清水が指揮する

ガーディアン隊が中村の傀儡兵と戦っていた。

そして、その傍から離脱しようとしている

フリードと中村を発見し、このままただで

返すつもりもなかったので、ウラノスを

狙撃し射殺した。

 

どうやら王都に残っている残敵は、

上空の灰竜と広場の傀儡兵だけのようだ。

灰竜の方は蒼司と雫たちに任せ、私は

ミスラを消滅させるとタナトスを

召喚し、急降下。

 

一気に広場まで接近し、空中で姿勢を反転

させ、ドォォォンッと言う盛大な音をさせ

ながら着地した。

 

その際に衝撃波を発生させ、一旦傀儡兵を

清水達から引き離す。

 

「ッ!?なんだ!」

「司くん!」

後ろで戸惑う勇者君の声と香織の声が

聞こえる。

 

「あとは任せてください。幸利、

 ガーディアンでシールドの周囲を

 固めろ。ガードは任せる」

「あ、あぁ」

素早く指示を出すと、清水はどこか

悔しそうな声色で頷いた。

 

だが今はそれを気にしている時間は無い。

私はすぐさま突出しセミオートのタナトス

で四肢だけを吹き飛ばし、まずは倒して

行く。

 

接近されると、攻撃を腕のアーマーで

受け止め、炸裂弾で足を吹き飛ばしていく。

だが、やはりタナトスでは効率が悪いな。

 

そう考えた私は早々にタナトスを捨て、

朱雀を抜いた。この朱雀の切れ味ならば、

兵士や騎士たちの剣を防御の上からたたき切る

事が出来る。

 

そして……。

「行くぞ、≪クロックアップ≫」

先ほど蒼司が使ったのと同じ技を使う。

これは『タキオン粒子』と呼ばれる物を

体の中に流す事で超高速移動が出来る技だ。

 

これが出来るのは体内であらゆる物質を

生成、合成出来る第7形態の力、

『コードセブン』を持つ私と蒼司だけだ。

そしてクロックアップに対応出来るのは、

同じように体にタキオン粒子を流している

者だけだ。

故に、傀儡兵如きでは対応など出来ない。

 

瞬く間に私は傀儡兵たちの手足を

切り落とし、動きを止めていく。

 

これは別に手を抜いている訳ではない。

この傀儡兵たちには、後々、私の力を

王国の人々に知らしめるための重要な証人

になってもらう予定なのだから。

 

その後、戦闘はその場に居た香織たちの

感覚で10秒ほど続いた。

 

ふと周囲を見回せば、私は500人ほどの

傀儡兵の動く骸の山の上に立っていた。

 

そして、勇者やそのパーティメンバー、

攻略組の生徒たち。更には居残り組の生徒達

が、返り血で真っ黒に染まった私を

見上げているのだった。

 

そして、後々話を聞くと、彼らは

私の後ろに見えた月が、赤く輝いて見えた

と言うのだった。

 

 

こうして、王都における魔人族の攻撃は、

数多くの戦死者と万単位の魔物の喪失と言う、

膨大な量の仲間と配下を失う結果となったのだった。

 

 

翌朝、王都は大騒ぎだった。

大結界の破壊、魔人族の襲来。そしてそれを

一夜で撃退した事などなど。

 

町では負傷者が溢れ、混乱から医療機関の

対応も間に合っていない。

倒壊した家を前にして泣き崩れる者や、

瓦礫の下敷きになって亡くなった

愛する人の亡骸を前にして泣く者。

事態の説明を求めて王宮に殺到する

者など、『混乱』の2文字が

当てはまる様相だった。

 

 

そんな彼らを宥めようとしていたのが、

『エリヒド王』だった。

彼は無事だった。

 

どうやらフリード達の作戦だったのか、

エリヒド王とその側近たちは恵里の

傀儡兵に襲われ殺されかかった。

 

メルド団長とリリアーナ王女が到着

した時、エリヒド王は殺される直前

だったという。それを寸での所で

メルド団長が助け、一旦眠らせて保護。

ちなみに、側近たちの方はダメだった。

彼らは既に殺された後だった。

 

戦闘終了後に私の力でエリヒド王に

掛けられていた洗脳を解除した。同時に、

洗脳後の記憶も消させてもらった。

目覚めた王はしばし戸惑っていたが、

操られていた事と、それ以降の事。

そして昨夜の事を伝えると、すぐに

動き出したのだ。

 

ちなみに洗脳は、エリヒド王は『魔人族に

操られていた』、と言う事にした。

その方が都合が良かったからだ。

流石に、『エヒトが操っていた』とは

言えないので、その事実は現在

リリアーナ王女とメルド団長の胸の中に

しまってある。

 

とは言っても、近い内にはエリヒド王

にも話をしようと考えていたが、

まずは王都の復興が最優先だった。

 

 

そんな中で、私達G・フリートは

王国に対する支援する用意がある

旨を伝えると、二つ返事で救援要請が

飛んできた。

 

まずは負傷者の救護だ。これは香織が

率先して行った。本当なら異世界組の

魔法が使える者たちも参加すべきなの

だが、昨夜の事で皆気が動転していた。

 

檜山の死と、恵里の本性、更に彼女に

殺されかかった事が原因だ。

 

ちなみに、檜山のゾンビだけは首を

飛ばして動かない死体にしておいた。

 

だが、他の傀儡兵は違う。彼らは今、

手足を切り飛ばした状態で捕縛していた。

 

そして、香織が配下のガーディアン部隊

を率いて町の負傷者の手当てに行っている

中で、私はあの戦いがあった広場で、数人の

傀儡兵を前にしていた。

 

どうやら術者である中村恵里との距離は

関係ないらしく、今も拘束のロープから

抜け出そうと藻掻いていた。

 

「……それで司。彼らをどうするつもりだ?」

そう私に問いかけるメルド団長。今、私の

傍にはハジメ、ユエ、シア、メルド団長

とホセ副長たち騎士5人。リリアーナ王女、

エリヒド王、あの勇者や雫たち、蒼司が居た。

ルフェアとティオの2人は香織のサポート

に行っていてここには居ない。

 

 

「彼等は既に死んだ身だ。……早く、

 楽にさせてやりたいのだが」

そう、げんなりした表情で呟くメルド団長。

彼にしてみれば、部下達がこんな様子

なのが我慢ならないのだろう。

だが……。

 

「少しだけ試したい事があります。

 上手くいけば、彼等を『蘇生』出来る

 かもしれません」

そんな私の言葉に彼等は驚く。

 

「それは本当なのか新生!」

真っ先に声を上げたのは後ろの天之河だ。

「まだ力が確立された訳ではない。 

 だからこそ彼等で試すのだ」

 

そう言うと、私は暴れる騎士の傀儡兵の

前に立つ。

 

そして、彼に右手を翳し静かに目を閉じ、

体の中の力を解放する。

と同時に、余剰エネルギーが紫色のオーラ

となって私の体を包む。

それに皆が恐れおののく。

 

だが私は気にする事無く、手にした力、

『再生魔法』と『魂魄魔法』、『空間魔法』の

合わせ技に、更に私の能力を合わせる。

 

私、即ちゴジラとは常に進化する生物であった。

その進化スピードは、形態を重ねる事に

減速していった。実際、今の第9形態に

至るまで年単位の時間を必要とした。

 

だが、ここに来て私の進化スピードが上昇

しつつあった。恐らく神代魔法という、

あの世界に居ただけでは手に入らない力を

手にした事がきっかけだろう。

 

そのおかげか、私の世界を観測する力。

これはあくまでも『現在』を観測するだけ

だったが、再生魔法を手にした影響か、

『過去』を観測する事が可能になった。

それも特定の人物の観測が可能になった。

 

この能力を調べる中で気づいた事だが、

神代魔法の再生魔法。あれは物体を再生

しているのではなく時間を巻き戻している

ように思えたのだ。そう考えた時、私は

神代魔法の再生や魂魄、生成と言った

文字が必ずしもその神代魔法の効果を

現す物ではないのでは、と言う仮説を

立てた。

 

今現在この仮説の立証には至っていないが、

それでも神代魔法の獲得は私の進化を

促した。

 

そんな中で生み出した私の、死者蘇生の

方法はこうだ。

 

まず、私の過去を観測する力を用いて

死者の死の直前を観測。私の頭で、その

瞬間、死んだ人間の頭の中にあるデータ

全て、抽象的に言えば『魂』を解析、

コピーして一旦私の中に保存。

再生魔法で肉体が死ぬ前まで巻き戻し、

私の中にあるコピーした魂を魂魄魔法で

定着させる。

 

つまり、肉体は再生魔法で完璧に修復し。

魂は死ぬ直前の物を過去からコピーして

修復した器に張り直す。

 

何とも壮大なコピペだな、とこの話を

聞いた蒼司が呟いていた。

 

ただし、難解な作業ではある。

例えば完全に記憶データをコピー

出来なければ魂の復元は不可能だろう。

 

記憶とはつまり、その人の身に起った事の

データベースであり、私はこのデータ

ベース、つまり記憶が人々の人格形成、

もっと言えば魂の形成に深い関わりがある

としている。抽象的な話になるが、つまり

記憶の完全なコピーが出来なければ

魂のコピーが出来たとは言えないのだ。

また、肉体も完全に再生した上で魂を

定着させなければならない。でなければ

出血多量などで死んでしまう恐れが

あるからだ。

 

だからこそ、今は傀儡兵となった騎士

の一人で試しているのだ。

ちなみに、この時傀儡兵は酷く暴れた

が、蒼司が呼び出したガーディアンに

押さえ付けられていた。

 

幸い、記憶データの方は問題無かった。無事に

彼の死ぬ直前からの記憶データを全て解析し

ロードする事が出来た。

「記憶データ、ロード完了。保存。

 続いて肉体の修復を開始する」

騎士の肉体に再生魔法を掛け、檜山に

殺される直前の、無傷の体へと再生

させる。

 

「修復完了。……では、一旦彼の体

 に残っている魂の残滓を排除する」

そう言って、私は男に左手を翳し、

波動を照射した。これは、中村の

降霊術で彼の体を動かしていた

彼自身の魂を消し飛ばすためだ。

 

波動を照射された男は、力無く倒れた。

縛り付けられていた魂が解き放たれた

ためだ。

ガーディアン達が離れる。

これで、ちゃんとした魂を入れる

準備が整った。

 

私は騎士の亡骸の前に立つと、彼を

左手で抱き起こし、その額に右手の

人差し指を当てる。

 

「インストール、開始」

そして、私の中に保存していた魂を、

彼の中に送り込んだ。

 

やがて、数秒で魂のインストールを

完了した。

指を離し、様子を見る。

すると……。

 

「………すぅ、すぅ」

騎士が呼吸を始めたのだ。

「蒼司」

「あいよ!」

声を掛けると、どこからか布を

持ってきた蒼司が床にそれを広げ、私は

騎士をその上に横たえた。

そこに駆け寄るメルド団長と副長の

ホセたち。

 

「い、息をしているぞ!」

真っ先に叫んだホセ。その事実に

周りの者達が戸惑う。

 

やがて数分後。

 

「う、うぅ。俺、は……」

騎士が目を覚ました。

「カイル!俺だ!俺が分かるか!」

するとメルド団長が真っ先に騎士、

カイルを抱き起こした。

 

「メルド、団長?」

「そうだ!俺だカイル!」

しばし呆然とメルド団長を見上げていた

騎士カイルだったが……。

「ッ!檜山っ!」

次の瞬間ガバッと体を起こし周囲を

見回す。

 

「団長!檜山が!奴が俺を!」

「分かっているカイル。そして大丈夫

 だ。既に檜山は、彼が倒した」

そう言って、メルド団長と騎士カイル

は俺の方へ視線を向けた。

 

「騎士カイル。貴方の身に起った事を

 説明させて頂きます」

 

その後私は、騎士カイルに、彼が

一度死んで恵里に操られていた事。

その後捕縛して私が蘇生させた事を、

分かりやすくかいつまんで説明した。

 

しかし肝心の騎士カイルは理解出来て

いないようだ。実際、今の彼には

檜山に襲われてからの事の記憶が無い。

なので、蘇生されたと言っても、

『奇跡的に助かって今まで寝ていた』、

と言う方がまだ現実味がある感じ

であった。

 

まぁ仕方無いので、彼の前で他の

傀儡兵を次々に蘇生していった。

 

数人やれば慣れた物で、一度に数人、

数十人、最終的には100人単位を一度に

蘇生する事が可能になった。

 

そして私がバンバン人を生き返らせる

物だから、雫や勇者君たちはあんぐり

と口を開け、メルド団長は嬉しいのと

呆れが半々な表情をしていた。

そしてそれを見て蒼司が大笑いしていた。

 

 

で、こうして500人ほどの騎士と兵士

たちは無事生き返った。

 

「……やりとげました」

流石に500人も『生き返らせる』と

『ちょっと』だけ疲れたので、額に掻いた

汗をハジメから受け取ったタオルで拭う。

 

「ユエさんユエさん。ちょっと一発

 ビンタして貰って良いですかね?

 司さんが神様に見えてきました」

「大丈夫。シアの目は正常。司が

 異常なだけ」

ハジメの隣でそんなやり取りをする二人。

 

で、どうなったかと言うと……。

 

「改めて、貴殿にはお礼をしなければな」

そう言って、メルド団長と5人の騎士達。

更に500人の騎士と兵士達が私の前で

地面に膝を突いた。

 

「かつて私達に力を与え、結果的に

 生き残る術を与えてくれた貴殿に、

 今度は死んだ仲間を蘇生していただいた。

 王国騎士団団長として、深くお礼

 申し上げる」

そう言って頭を下げるメルド団長と、

それに続く500人を超える騎士と兵士達。

 

 

「改めて、私からも礼を言わせて貰おう」

そこに、更にエリヒド王とリリアーナ

王女が私の傍に寄り、共に頭を下げた。

「王国の危機を救ってくれた事、深く

 感謝している。今は貴殿の前で

 頭を下げる事しかできないが、どうか

 許して欲しい」

 

「構いません。それより、町の方

 へ行っても構わないでしょうか?」

「ん?町へかね?何用かな?

 差し支えなければ理由を聞いても?」

「えぇ。……この際ですから、物は試し、

 と言うのは少々不適切かもしれません

 が、こうなったら出来るだけ蘇生

 させようと思います」

 

そう呟く私に、エリヒド王と王女、

メルド団長達500人。雫や光輝たち、

ハジメ達までもが驚いて、更に

ぽか~んとした表情をしてしまい、

それを見た蒼司が再び大笑いしていた

のだった。

 

その後、復活した兵士達に指示を出し、

被害者の死体を王都の広場に集めさせた。

ちなみに、彼等は今のところ体に違和感

や記憶が思い出せない、などの不具合は

見られなかった。

どうやら無事に蘇生出来たようだ。

 

そして作業中。

「司くん」

負傷者の治療のためにあちこちを

回っていた香織が部下のガーディアンや

ルフェア、ティオを連れてやってきた。

 

「おかえりなさい香織。そちらは

 どうでしたか?」

「軽傷、重傷を問わずに治療はしてきたよ。

 それで大体の所を回り終わった時、

 遺体を運んでいるのが見えたから。

 ……って言うか」

ふと、香織が視線を向けると、そこでは

傀儡兵にされていた覚えのある兵士達が

居た。

 

「あの人達って、その、死んだはずじゃ」

周りに聞こえないように小声で話す香織。

「あぁ、それなら生き返らせましたよ。

 私の力で」

と、私がしれっと語ると……。

 

香織は自分の頬をつねった。

「痛い。夢じゃないよね」

「当たり前です、これが現実ですよ?」

「いや、うん。そうなんだけど、現在

 進行形で非現実的な事を友達が

 してるから、てっきり夢なのかと

 思って。……ユメジャナカッタンダ」

「カオリお姉ちゃん。お兄ちゃんの事

 なんだから常識はかなぐり捨てないと」

「あぁ、うん。そうだねルフェアちゃん」

何やら後半、香織が壊れたように苦笑

していた。

そしてルフェアの言葉にどこか遠い目で

頷いていたのだった。

 

と、そこに今度はティオが近づいてくる。

「もしやマスター、ここでもアンカジの

 ように、マスターの力を周囲に

 知らしめるおつもりですか?」

周囲に聞かれないように問いかけてくるティオ。

 

「あぁ、その通りだ。エヒトはこの世界

 で不動の地位を手にしている宗教の

 唯一神だ。そこで考えたのが……」

「マスターという新たな神を擁立し、

 民衆に認めさせる事、ですか?」

「そうだ。何も民衆を全て味方にしようと

 言うのではない。来たるべき決戦の際、

 邪魔さえしなければ御の字だ。

 それに、イシュタルが倒れ聖教教会が

 まともに機能していないのならば、

 尚更チャンスであろう?」

「確かに。であれば、妾があの者達を

 消し飛ばしたのもマスターのお役に

 立てたと言う事になるのでしょうか?」

「あぁ、もちろんだ。奴らを消して

 くれたティオには感謝している」

「もったいなきお言葉、痛み入ります」

 

しかし、ティオには随分慕われた物だ。

旅の中でも魔物に関する知識などを

提供して貰うこともあった。

それにあの時はティオがイシュタルら

の攻撃を凌いでくれたおかげで無事

ノイントをナノメタルにして取り込む

事が出来た。

あとで何か褒美を取らせるべきか。

 

と、考えていた時。

「司」

メルド団長が呼びに来た。

「言われた通り、街中から死体を

 かき集めた。それも、腕だけの

 者も居る」

「そうですか。それで、数は?」

「数は千人と300人ほどだ。大半は攻撃が

始まった段階で避難していたことも

あり助かったが、逃げ遅れた者が

灰竜の攻撃で倒壊した家屋の下敷き

になったようだ。後は攻撃の余波で

倒れた際に打ち所が悪かったのか、

頭に致命傷があった者もいた」

そう言うと、メルド団長は広場に

並べられた死体に目を向け、俯く。

「少なくない被害が出た。

……もっとも、ハジメが壁の外で

陸上の魔物を阻止していなければ、

倍以上の被害が出ていた可能性が

高いのだがな」

そう言って、亡くなった人々を前に

して静かに頭を下げるメルド団長。

 

それを横目に、私はポツリと呟く。

 

「『留守は任せろ』」

私の言葉にメルド団長は一瞬体を

震わせる。

「蒼司は、貴方にそう言いましたね?」

「……あぁ」

私の言葉に頷くメルド団長。

 

彼と交わした約束。蒼司は私だ。

蒼司と約束を交わす、と言う事は

私と約束を交わすのと同じ。

だからこそ……。

 

「彼がゴジラの名にかけて貴方との

 約束を結んだと言うのならば、私も、

 『全力』でもって答えましょう」

 

そう言うと、私は前に出た。

 

広場ではエリヒド王やリリアーナ王女

が涙を流す人々を何とかしようと

していたが、親しい人を奪われた

苦しみは早々癒える物ではなく、

中にはエリヒド王に暴言を吐く者

までいた。

 

周囲は光輝や雫、清水達が固めている。

光輝が民衆を宥めようとするが、

今回アイツは全く活躍していなかった

事もあって、『何もしていない勇者が

出しゃばるな』と逆に民衆の怒りを

買ってしまった。

メルド団長たちが、国王に何か

あっては不味いとそちらに向かう。

 

その様子を心配しているハジメや

香織たち。彼等の傍にはシアとユエ、

ルフェアやティオも居る。そして

ルフェアの傍ではまだ顔を隠した

ままの愛子先生の姿もある。

 

何気に、ここにはいろいろな人間が

集まっていた。

だが、だからこそ好都合だ。

 

「『第9権能(コードナイン)』、限定解放」

頭に中にある、自分自身に掛けた

リミッターの一部を解放する。

次の瞬間、私の体が眩い光に包まれる。

 

「ッ?!何だっ!?」

眩い光に、群衆の対応をしていた

メルド団長が私の方に振り返る。

 

他の面々、国王や王女、天之河や雫、

ハジメたち、更には群衆たちまでもが

動きを止め、私を見ている。

しかし全身から光を放っているおかげ

で、顔は見られていない。

 

やがて、服が消滅し、更に体の輪郭まで

もがぼやけていく。

そして私は『人の形をした光』になった。

 

そもそもな話、第9形態まで至った私に

とって、肉体はただの『器』、『入れ物』に

過ぎない。私という個体は物質的な肉体

など無くても活動出来る。正しく神だ。

 

だが第9形態への進化目的は人間への

『擬態』。だからこそ人の形をしていた。

だがそのままでは力をかなりセーブ

した状態だ。

 

なので、一時的とはいえ、私は肉体の

『枷』を解き放った。

 

そして光となった私の体は急速に膨張し

ながら空へと上っていく。

 

人の形をしていたそれが、変化していく。

 

細かった腕は、巨大な爪を備えた剛腕に。

 

細かった足は、大地を踏みならす剛脚に。

 

体の全てが巨大化していき、そして

それは大いなる獣の形となった。

 

 

それは正しく、巨大な光のゴジラだった。

 

 

今、王都の空の上に、大いなる獣が

現れるのだった。

 

     第60話 END

 




今回でとりあえず王都での戦いは終わりましたが、しばらくは王都での話が続きます。
その後、帝国での話に行きます。

感想や評価、お待ちしています。


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第61話 夜明けの王都

今回と次回も王都での話の予定です。




~~~前回のあらすじ~~~

王城に向かったフリードは一人でも多くの

者を殺そうとするが、蒼司に阻まれてしまう。

ならばと恵里を回収して逃げようとするが、

結果、相棒であったウラノスが撃たれ

死亡。一方事態を収拾した司はこれまで

得た力を使って死者蘇生に成功。

更に自らの力を人々に見せつけるために

肉体という枷を解き放つのだった。

 

今、王都の上空に光のゴジラが降り立ち、

空中に立っていた。

そしてゴジラが、ゆっくりと眼下の広場を

見下ろす。

 

その姿に、民衆は戸惑い、理解が及ばなかった。

非現実的な事態だと言うのに、悲鳴一つ

上げる事なく、人々は光の獣、ゴジラを

見上げているだけだった。

 

やがて、ゴジラが大きく息を吸い込んだ。

そして……。

 

『ゴァァァァァァァァァァッ……!!』

 

静かな叫びが王都の空に響き渡った。

天を仰ぎ咆哮するゴジラ。

 

その姿に、民衆は驚きのあまりその場に

膝をついてしまう。

その様は正に、顕現した神を見上げる

信徒のようであった。

 

と、その時ゴジラの体から黄金の粒子が

溢れ出し、広場に並べられた骸達へと

降り注ぐ。

 

すると、傷ついていた者達の体が

次々と再生されていく。更に腕だけ

の死体からも、切断面から光が溢れ、

それが人の形になった。光が霧散すると、

そこには潰されて無くなった体が

元に戻っていた。

 

これは、司が腕などに残っていたDNAを

元に肉体を再生した、と言うより、

新しく作り直したと言う方が適切な

表現だろう。

DNAは生命の設計図とされている。

司は、その一人一人のDNAを解析し、

欠損部分を新しく作り直したのだ。

 

そして、肉体が再生すれば後はその

肉体の過去を観測し、記憶データを

コピーし、一旦自分の中に保存する。

 

『ゴアァァァァァァァァッ…………!』

 

再び空に響く咆哮。

すると今度はゴジラの体から光が幾千の、

細い光の線が放たれ、再生した体の額に

次々と突き刺さって行く。

 

そして、光の線を通して光が死者たちに

注がれる。やがて、光の注入が終わると

光の線は霧散していく。

 

誰もが突然の事に呆然となっていた。

その時。

 

「う、うぅ、あなた?」

「あ、兄貴?」

死んだはずの者達が次々と起き上がり、

周りの者達は戸惑うが、やがて……。

 

「おぉ!ミカ!ミカァ!」

「お姉ちゃん!」

あちこちで、復活した者達と、その家族

や親しき者達が抱き合い、涙を流す。

そして……。

 

「あぁ!奇跡だ!奇跡が起きたんだ!」

広場に居た誰かが騒ぎ出す。

そして、彼等は頭上の、光のゴジラを

見上げる。

 

と、その時。

『サァァァァァッ』

光のゴジラの巨体が、幾星霜の光の粒に

なって霧散し、光の中から人の形を

した黒い鎧、『ジョーカーZ』を纏った

司がゆっくりと降下してくる。

 

重力に逆らうようにゆっくりと降下し、

フワリと広場に降り立つ。

誰もが、声を出さずに司を見つめていた。

 

何か言うべきか、どうするべきか。

そう、人々が迷っていた時だった。

 

「もしかして、黒の王、ですか?」

人々の中から母と父を連れた一人の

男の子が現れ、司に声を掛けた。

 

そして、相手を見るなり司は思い出した。

「君は?もしやあの時、フューレンで」

「覚えておいでですか?そうです。私は

 あの日、フューレンでフリートホーフの

魔の手から黒の王、貴方に助けられた

子供の一人です」

と、子供らしからぬ、敬虔な信者のような

声で司に声をかけた。

 

あの日、司によって助けられた子供達は

無事に家族の元へと帰された。そんな

中で子供達は、まるでヒーローのように

現れた漆黒の鎧の、騎士のような出で立ち

の司に憧れた。そして、子供達は

いつしか彼を『黒の王』と慕うように

なった。彼のように強くなりたいと

願いながら。

 

その願いもあり、彼は憧憬の目で

司を見上げている。

 

一方、周囲の大人たちはと言うと……。

 

「フリートホーフ?それって確か、

 フューレンの人身売買組織だろ?」

「あぁ、フューレンで三本の指に入る

 くらいのヤバい組織の一つだ。

 でも、確かある日、もっとヤバい奴、

 漆黒の死神とその仲間と戦って、

 半日で壊滅したはずだ」

「漆黒の死神だって!?そいつは確か、

 ウルの町を襲った5万の魔物軍勢

 すら退けた奴の事だろ!?」

「じ、じゃあ、あの鎧の奴って……」

 

既に司の、延いてはG・フリートの

偉業は留まるところを知らずに各地へ

広まっている。

 

「黒の王、とは私の事か?」

「はい。その漆黒の鎧から、誠に

 勝手ながら私や、同じように貴方に

 助けられた子供達は、貴方のことを

 黒の王と呼び慕っています。

 ……貴方のように、強くなりたいと」

 

「そうか。そうであったか」

と、司はどこか、普段以上に優しい声色

をしている。

 

と言っても、これも民衆に自分という神の

ような存在を印象づける演技でしかないのだが。

 

「あの、不敬かもしれませんが、お名前

 と、ご尊顔を拝しても構いませんか?

 あの時は、名前も聞けませんでしたし」

「そうか?こんな顔、見ても大した物

 では無いと思うが?」

そう言うと、司はメットに手を掛けそれを

外した。

 

そして現れた顔に、民衆は男の子と同じ

ように食い入るように見つめていた。

 

「それと、名前だったね。では改めて

 この場で名乗らせて貰うとしよう。

 独立武装艦隊、G・フリート

 総指揮官、新生司。これが『今の

 姿の』名前だ」

と、彼がG・フリートの名前を出すと

再び民衆がどよめく。

 

「や、やっぱりだよ!G・フリートって

 言ったら、ウルの町を無傷で守り抜いた

 軍隊だって聞いたぞ!」

「お、俺はアンカジ公国を救った救世主

 たちだって聞いたぞ!」

騒ぎ始める人々。

 

これまで多くの偉業を成し遂げてきた

G・フリート。

それはハジメや香織の優しさ、司の

力。更にはユエやシア、ルフェア、

ティオなどの努力が生み出した奇跡と

言っても過言では無い功績の数々。

 

故に、G・フリートの名は今や各地で

話題になっていたのだった。

そしてそれには、内心打算的な笑みを

浮かべる司。

 

 

これで、G・フリートには『神の軍隊』

と言うイメージが付いた事だろう。

G・フリートが強大な力を持っている

と言う話が広がれば、それは当然、

人々が私達と戦おうとする意欲を削ぐ事

になる。人との不必要な対立を望まない

ハジメや香織たちのためにもなるはずだ。

 

と、私が思考を巡らせていた時。

 

「もしかして、黒の王はエヒト様、

 なのですか?」

 

不意に聞こえた男の子の言葉に、周囲の

ざわめきがピタリと止む。

そして直後。

「エヒト様?まさか……」

「いやでも、あんな事出来るのって」

と言った会話が方々で聞こえ始める。

 

さて、ここからだな。

 

「いや、残念ながら私は『彼』ではないよ」

そう言って(演技の)笑みを浮かべながら、

私は否定した。

 

「彼を信じる君たちの前で、流石に

 神を自称するほど、私もうぬぼれでは

 無いよ」

ここで、自分がエヒトに変わる新しい神、

などと言っても彼等の反発を買うだろう

から、やんわりと否定しつつも謙遜を

交える。

 

「私は、そうだな。『彼』と間違われる

 くらいの力を持った存在、かな?

 『彼』にはほど遠いよ」

と、言いつつも……。

 

「しかし、酷い物だ」

私は憂いを秘めた(ふりをした)瞳で破壊

された街並みを見回す。

「これでは復興に時間が掛かるだろう。

 どれ、少しだけ手伝うとしようか」

 

そう言うと、私は両手を左右に開いた。

すると、足下から黄金の粒子が周囲に

溢れ出し、四方へ広がって行く。

ハジメ達を覗き、雫たち、王やメルド

団長、群衆が驚く中、その粒子を浴びた

家屋が一瞬で襲撃を受ける前の姿に

戻っていく。

 

この程度、ただ単に再生魔法で家が

壊れる前に巻き戻しているだけだ。

死者を再生する作業に比べれば、

簡単の一言だ。

 

そして、その余波は破壊された大結界

まで及び、王都はまるで襲撃など

無かったかのように、全てが元通り

となった。

 

全ての修復を終えると私は粒子の

放出を止め、息をつく。

 

すると……。

一人、また一人と群衆が私の前で

膝を突いた。

そして、祈りを捧げるように手を合わせ

頭を垂れる。

 

「ありがとうございます、黒の王」

そんな中で、あの男の子が私を涙ながら

に見上げている。

「あの日、僕を救ってくれて。

 そして今度はお母さんを助けてくれて」

 

どうやら、彼の母親も襲撃に巻き込まれて

いたようだ。それを助ける事が出来た

のならば、まぁ良かったと内心、これは

本当に思っていた。

 

「命はどんな存在であれ一つだ。

 だが、望まぬ別れを、私は嫌う」

そう言って、私は彼の肩に手を置く。

 

「酷な事を言うだろうが、此度の襲撃で

 終わりでは無い。また繰り返される

 かもしれぬ。その時のために、君は

 どうするべきか、分かるはずだ」

「はい。強くなります。あなた様の

 ように」

「そうだな。強くなれ、少年。

 家族を守る為には、それしかないの

 だから。だからこそ、諦めずに努力

 をする事だ。そして、もしその努力の

 証として強い心を、どんな敵にも

 屈せず大切な人を守りたいと願い

 戦う決意を抱いたのなら、私の

 元を尋ねると良い。……私から、

 少しだけ君に贈り物をしよう。

 君の名は?」

「あ、ぼ、僕は、クライムです」

 

「そうか。ならばクライム。強い心を

 持つ事の出来た君と再び会える事を

 楽しみにしているよ」

そう言って私は男の子、クライムの

頭を撫でて、再びジョーカーのメットを

被り直す。

 

そして、ショーの一環として背中に漆黒

のマントを纏う。

黒いマントと黒い鎧。それを前にした

人々が小さく「黒の王」と呟くのを、

私は聞き逃さなかった。

 

そして、私はハジメ達の元へと戻る。

 

ちなみに、彼等の後ろでは蒼司が必死に

笑いを堪えていた。

曰く、『キャラが違いすぎて笑うのを必死

に堪えていた』らしい。

 

 

その後、私達はエリヒド王の計らいで

王城への滞在を許された。

 

そして、復興が終わった翌日の昼。

大きな広間で全員が集まって食事を

する事になった。

 

集まったのは、私たちG・フリートの

メンバー、光輝や雫を始めとした異世界組

と蒼司。更にメルド団長たち騎士6人。

そして一番の上座に座るのはエリヒド王。

更に彼の隣には王女リリアーナが

座っていた。

 

 

「新生殿。まずは王国を代表して君たち

 に謝罪しなければならない。操られて

 いたとはいえ、何の罪も無い君たちを

 異端者呼ばわりした事を、深く謝罪

 したい」

そう言って、席を立って頭を下げる王に

メルド団長やリリアーナ王女が続く。

 

その様子にハジメや香織が戸惑う。

「どうか頭をお上げ下さい。こちらも

 一度は王国側と戦争を辞さないほど

 の脅しをした事がある身。

 どうかお気になさらずに」

私がそう言うと、王たちが頭を上げた。

 

「しかし、君の力には多くの者が

 助けられた。剰え、その命さえも

 蘇生した。君には、いや、

 君たちG・フリートには感謝しても

 しきれないよ」

「そうですか」

そう言って、私は出されていたお茶を

飲む。

 

それを見ていた光輝がどこか面白く成さそう

な表情を浮かべていたが、すぐに

ハッとなった。

 

「そ、そうだ!こんな事をしてる場合

 じゃない!愛子先生だ!愛子先生を

 探さないと!」

途端に慌て出す天之河に他の生徒達も

慌て出す。が……。

 

「問題ありません」

私はそう言って、幸利に目配せをした。

幸利は無言で頷くと席を立って一旦部屋

の外へと出て行った。

「おい新生!問題無いってどう言う意味だ!

 愛子先生は!」

「だから大丈夫です。先生の身柄は

 既に私達が保護しています。今、

 隣室で待機して貰っています。

 それを幸利に呼びに行って貰い

 ました」

 

と言う私の言葉に、生徒達がホッと

息をついた。

そしてそれからすぐに愛子先生が現れ、

彼女の姿を見た生徒達が彼女の元に

駆け寄った。

 

 

「愛子先生、無事だったんですね!」

「はい。皆さんごめんなさい。色々

 心配させてしまって。でも、蒼司君

 が色々手を回してくれておかげで、

 私はこうして無事ですから」

そう言って笑みを浮かべながら語った愛子

だったが、光輝や雫には引っかかる単語

があった。

 

「蒼司が?」

そう言って、振り返った視線の先では蒼司

が料理を美味そうに食っていた。

「ん?どした?」

と視線に気づいて声を掛ける蒼司。

 

 

「愛子先生はそもそも誘拐されていませんよ?」

そこに響く私の声に、生徒達が私の方に

目を向ける。

「ど、どう言う意味?」

「そのままの意味です。そもそも敵が

 誘拐したのは、蒼司が愛子先生そっくり

 に創り出したロボットです。敵はそれを

 先生の偽物と見抜けなかったようです。

 本物の先生は誘拐未遂事件があった

 直後、目撃者であったリリアーナ王女

 と共に、護衛のメルド団長達に守られ

 ながら王都を脱出。ホルアドに潜伏して

 いましたが、私達の異端認定騒ぎも

 あり、団長達と共に私達との合流の

 ため西へと向かい、その道中で私達と

 合流した、と言うのが最近の愛子先生

 の近況です」

と、雫に説明をすると……。

 

「じ、じゃあ清水君が誘拐されたって

 騒いでたのは」

「あれは蒼司の指示で行った演技です」

「「「「「「えぇ!?」」」」」」

私の言葉に、生徒達、それも護衛隊の

優花たちまで驚きの声を上げる。

 

「ごめん、ごめんなさい」

そう言って頭を下げる幸利。

「なんでそんな嘘を言ったんだ清水!

 先生が無事ならどうしてそれを!」

そこで声を荒らげたのは、正義感の強い

あの天之河だった。

「皆先生の事を心配して、それで……!」

 

「幸利を責めるのはお門違いだぜ?」

そこにやってくる蒼司。

そして彼は幸利と天之河の間に割って入る。

「こいつに演技するように言ったのは

 俺だ」

「蒼司、何故そんな事を?」

雫は蒼司に向かって食ってかかりそうな

光輝を宥めながら問い返す。

 

「俺のオリジナル、つまり司が俺をここ

 に派遣した理由はお前達のサポート

 のためだ。ただし、他の目的もあった。

 それがいざと言う時、敵が人質として

 お前達を誘拐しようとした場合、即座

 に対応出来る為だ」

「対応?」

「そうだ」

ポツリと呟く雫。蒼司は皆を席につかせ

ると話を再開した。

 

 

「お前等だって司の能力がヤバいのは

 知っているだろう?そうなると、

 色んな奴らから目の敵にされるわけだ。

 そしてそんな俺等を弱体化させよう

 って考えると真っ先に浮かぶのが

 人質。つまりお前達や愛子先生さ」

「それで、蒼司が私達の傍に居た訳ね。

 でも、ならどうしてわざわざ先生の

 偽物まで用意して、それに清水君

 にあんな演技までさせたの?」

「あ~~」

 

雫の言葉に蒼司は戸惑い、オリジナル

である司に目を向ける。

すると……。

 

 

「エリヒド王、頼みがあります」

「何かな?」

「人払いをお願いしたい。給仕係の者と、

 メルド団長たち6人以外の騎士を

下げて下さい。……彼等には、

少々ショッキングな内容ですので」

 

「分かった」

そう言って、エリヒド王が手を上げると

私が指定した者達が部屋を後にする。

更に念のため、遮音結界を周囲に展開する。

 

「さて、では愛子先生の誘拐を偽装

 した件についてですが、これはかなり

 ショッキングな話になるでしょう。

 それでも、全員聞く気がありますか?」

私が問いかけると、数人が迷ったかのような

表情をするが、最終的に光輝が、『皆は

真実を知る権利がある。そうだろ?』と

言って納得させた。

 

 

「では、話すとしましょうか。愛子

 先生の誘拐の犯人など、色々と」

 

そうして、私は語った。そもそも私達を

この世界に召喚したエヒトにとって、

私を含めた全員がゲームの駒でしか無い

事。エヒトにとってこの世界がゲーム

の盤上であり、そこに生きる者は王で

あろうと駒の一つに過ぎないとエヒト

が思って居る事。解放者の前例を話し

ながら、エヒトは自分の思い通りに

ならない存在を排除しようとする

動きがある事。

 

その一環としてエヒトは手下のノイント

を使って先生を誘拐しようとした事。

私達は敵の情報を得るために、敢えて

その作戦を利用し、ノイントを倒して

敵側の情報を手に入れた事。

 

更にエヒトがゲームを面白くする

ために、恵里に接触し協力していた

可能性がある事や、王を洗脳したのは

実際はノイントであった事など、様々な

情報を伝えた。

 

 

全て話し終えた部屋で、その真実を

初めて知った者は俯き、知っていた

者達は改めてエヒトの残虐さに

苦虫を噛みつぶしたような表情を

浮かべていた。

 

「何だよそれ、つまり、俺達は、

 帰れないって事なのかよ」

絶望したかのように呟く生徒の一人。

 

「そいつは違うぜ?」

しかし、それを蒼司が真っ先に否定する。

「良いかお前等。よく聞け。この話

 にはまだ続きがある。今話した通り、

 エヒトはとんでもないクソ野郎だ。

 この世界に俺等を呼んだのも、世界

 を救うためじゃない。駒を増やして

 ゲームをより面白くするためさ。

 まぁそんな奴だから、真実を知った

 俺達を早々帰すとは思えない。

 が、しかしだ。今ハジメたちは

 大迷宮を巡っている」

そう言うと、一旦お茶で喉を潤す蒼司。

「お前達は知らないかもしれないが、

例えばオルクス大迷宮。アレは全部で

100層あるって事になってるが、実際

にはその下に更に100層もの層が

続いている。俺等はこれを真の

大迷宮って考えてる」

「真の大迷宮?」

「あぁ」

蒼司は優花の言葉に頷き帰す。

 

「大迷宮って言うのは、さっき言った

 解放者たちが生み出した試験場なのさ。

 その試験、つまり大迷宮を突破した

 者は大迷宮最深部で神代魔法という

 者を手にする。んで、こっからが

 お前達の聞きたい事だろうが、

 俺達は既に神代魔法を5つ取得し

 てる。残る2つの大迷宮をクリア

 すれば、司たちは全ての神代魔法を

 入手した事になる。そして、お前達は

 司が死者蘇生を行う場面を見ていた

 はずだ。あれは、司が神代魔法を

 入手した結果、こいつが進化して

 獲得した能力だ。そして更に、

 ある人物からの助言として、

 元の世界への帰還を目指すのならば、

 神代魔法を全てゲットせよ、って言う

 メッセージを貰っている。その

 情報の確証は無いが、そもそも神代

 魔法はこの世界そのものの創造神話で

 出てくる。言わば、エヒトと同等の力

 だ。更に言えば神代魔法の獲得は

 司や俺のパワーアップを意味する。

 前に説明したと思うが、司には

 離れた空間同士を繋ぐ力がある。

 要は、これを進化させて異世界同士

 を繋げられるようにすれば良い、

 って訳だ」

そこまで言うと、蒼司は息をつく。

 

「まぁ、詰まるところ、現在お前達が

 元の世界に帰還出来る可能性は

 2つだ。一つ。神代魔法の可能性。

 二つ。オリジナルである司の進化。

 この2つだな」

蒼司の説明を聞いている生徒達は皆

戸惑っていた。と、そこへ。

 

「しかし、何故お前達はその事を俺達に

 黙っていた?」

鋭い視線で蒼司と司を睨み付ける光輝。

「答えろ二人とも。そんな大事な事、

 何で俺達に黙っていた!」

「ちょ、光輝!」

声を張り上げる光輝を、隣に居た雫が

宥める。

 

「……その理由は、安全確保の為です」

「何だと?」

私の言葉を聞き、天之河は私の方に視線を

向ける。

 

「諸君等が居たのはこの王城。しかも

 すぐそこには神山、即ちエヒトを

 信仰する聖教教会の総本部があり、

 ここは言わばそのお膝元。そんな

 場所で、仮にもエヒトが狂っている

 などと叫べば、真っ先に異端者の

 烙印を押され牢屋行き。或いは

 死刑とされるのは目に見えています」

「だから、黙っていたと?」

「えぇ。更に言えば、勇者である天之河

 の戦闘力は高い事から、誰かを人質に

 とって、貴方に戦闘を強要する

 恐れもあります」

「ッ、俺が?」

「えぇ。……加えて、現在諸君等の

 衣食住を保障しているのが王国である

 以上、王国民の反発を買う発言をすれば

 どんな仕打ちにあうか。良くて

 国外追放ですが、諸君にここ以外、

 行く宛てがあるのですか?」

 

そう言って私が見回せば、皆俯く。

当然、無いだろう。

「更に言えば、知りすぎた者は消される。

 よくある話です。かつて真実を知った

 解放者達がエヒトに敗れたように、

 エヒトにとって都合の悪い情報を

 持っている人間を、奴が早々見逃す

 はずはありません。当然、エヒト及び

 その手の者に狙われる事は目に見えて

 います。……だからこそ、安易に情報

 を流さなかったのです。ある程度

 戦えなければ、この情報を持つ事

 =死に繋がるからです」

 

「つまり、私達を護るためだった、

 って事?」

「はい」

私は優花の言葉に頷く。

チラリと天之河に視線を向ければ、納得は

していないが、私の言っている事を

正しいと考えているのが、拳を振るわせ

ながらも、何も言わなかった。

 

「更に言えば、戦争の勝利を対価に

 エヒトの力で元の世界へ戻して貰う、

 と言うのは、ここに居る大半の者が

 持っていた希望。それを安易に

 打ち砕くのはいかがな物かと思い、

 最終的には帰還方法が確立するまで

 黙っているつもりでした。

 しかし、ノイント、延いてはエヒト

 が動き出した今、皆にこうして話を

 した、と言う訳です」

 

そんな私の言葉に、皆が黙り込む。

やがて……。

 

「本当なのか、新生殿。エヒト様が、

 我々の信じた神が……」

「信じられないのも無理はありません。

 ですが、信じて貰う以外にありません。

 証拠になるかは、分かりませんが」

 

そう言って、私は皆にノイントとの会話を

録画した物を見せた。皆、最初はノイント

の美貌に見入っていたが、私との会話の

中でエヒトの異常性を聞けば、皆が皆

再び意気消沈とする。

 

更に清水との戦闘の場面や、私が

ノイントを取り込んだ事で入手した、

数多くの人々を魅了の力で洗脳して

いく彼女の映像を見せた。

 

信じていた物が、実際には狂気の

塊だと知って、この世界の人間

であるエリヒド王やリリアーナ王女、

メルド団長以外の騎士達がどこか

げんなりしている。

 

「やはり、改めて知らされると、

 分かっていても、頭が追いつきませんね」

ポツリと呟いたリリアーナ。そんな

彼女の呟きを聞き逃さない者が居た。

 

雫だ。

 

 

「改めて知らされると、って待って?

 それってリリィ、前からエヒトの

 事、知っていたの?」

「えぇ。先日、新生さん達と合流した

後、ここへ向かう、不思議な馬車の

中でお話を聞いたんです」

そう言って頷くリリィ。

 

「そして、付け加えるのであれば、この場

 で今話を聞く以前に、エヒトの真実を

 知っていたのは、私と一緒に旅を

 していたハジメ達。愛子先生、清水、

 メルド団長たち6名。リリアーナ王女、

 雫たちだけです」

 

「ッ!?どうして雫がっ!」

「俺が話したんだよ」

雫の名前が上がると、いきなり席を立つ

光輝に蒼司が答えた。

「俺がこっちに来たばかりの時、

 信用出来る人間だったからな。

 愛子先生には事前に司が話してたし、

 幸利、メルドの旦那、そして雫は

 ジョーカーの保持者だ。

 いざと言う時のためにもな」

「ッ!だったら何故、雫や清水に

 話しておいて、なんでそんな!」

「さっき言ったろ?不必要な情報の

 流出はリスクが大きいってよ」

「それでも俺は勇者なんだぞ!?

 何で俺に……!」

 

「いや、何でってよ。お前信じたのか?

 俺がエヒトは狂ってるって言ってよ?」

「え?」

「だから単純な話だよ。お前は信じた

 のか?だって自分たちの戦う理由を

 根底からひっくり返す話だぞ?

 信じたのかよ?お前は」

「そ、それは……」

言われ、言い淀む光輝。

 

「そうだろそうだろ。そう簡単には

 信じられねぇだろ。だからだよ。

 雫や旦那、先生や清水とは

 オリジナルがそこそこ仲が良かったし、

 信頼もしていた。だから話した。

 それだけの事さ」

「ッ!それはつまり、俺は信頼してない

 って言いたいのか!?」

蒼司の言い分が気に入らないのか、声を

張り上げる光輝。

 

「あぁ」

そして、蒼司は即行で頷いた。

「はっきり言って、お前は戦力として

 どうかと思うし、覚悟云々も

 まだまだな気がしたからな。

 だから話さなかったのさ。

 仮に話しても、俺の言う事なんて

 信じなさそうだし。何より、

 仮に信じたとしても、戦力としては

 期待出来なかったからな」

「お、俺が弱いって言うのか!?」

「あぁ」

 

頷くと、蒼司は席を立つ。

「確かに、お前のスペックと使える技

 は強いさ。だが、例え強かったと 

 してもだ。お前が敵にその力を

 振り下ろす事を躊躇っているようじゃ、

 その強さも意味が無い」

「何だと!?」

「覚えてるだろ。オルクス大迷宮で

 あの女魔人族に追い込まれた時。

 お前、あの女に肉薄したのに

 殺すのを躊躇ってたよな?」

「そ、それは……」

言い淀む光輝。その時、蒼司が

彼の前に立つ。

 

「俺が言いたいは、こう言う事さ」

 

そう言って笑みを浮かべる蒼司。

 

と、次の瞬間。

『ガッ!』

「うっ!?」

蒼司が光輝の襟首を掴んで自分に

引き寄せる。

 

「戦争、舐めてんじゃねぇぞ?」

 

そう語る蒼司。この時ばかりは、いつも

の飄々とした態度ではない。司の

ような、無表情な顔で語り出した。

 

「テメェのその躊躇いのせいで、誰かが

 死ぬ。仲間が死ぬ。守りたい者が死ぬ。

 テメェが敵を敵と割り切って倒して

 いれば、守れる命だってある。

 事実、あの時お前があの女魔人族を

 切り捨ててぶっ殺していれば、司や

 清水たちが駆けつける必要なんて

 無かったかもしれない。

 良いか、よ~く覚えておけ。

 『躊躇いは弱さ』だ。そして、

 その躊躇いが、貴様と貴様の

 大切な人を殺す事だってあるんだ」

そう言うと、蒼司は手を離す。

 

キッと蒼司を睨む光輝。だが……。

「お前だって、躊躇って大切な人を

失いたくはないだろ」

「ッ」

その言葉に、光輝はハッとなる。

 

「戦争をするって言うのは、そう言う事だ」

蒼司は、まるで正すように光輝と

真っ直ぐ向き合い、静かに語る。

 

「敵はお前の躊躇いとか、そんなの

 何とも思ってねぇ。死ぬか殺すか。 

 それが戦場だ。

 だからこそ、守りてぇ相手が

 いるならその躊躇いを捨てろ。

 でなきゃ、お前は誰も守れねぇぞ」

 

それだけ言うと、蒼司は踵を返して

自分の席に戻り、光輝もしばし考えて

から無言で自分の席に座った。

 

 

その後、改めて話し合いが行われた。

 

「状況を整理しましょう。現在、聖教教会

 の本部である神山上層の教会は破壊

 され、結果イシュタルを始めとした

 教会の上層部は軒並み死亡。教会は

 機能不全を起こしています。しかし、

 王国はこれから魔人族の再びの襲来に

 備える必要があります」

「確かにな。しかし、そんな時だから

 こそ民衆は聖教教会を、延いては

 エヒトを信じるだろう」

私が話せば、エリヒド王はそう語る。

 

「新生様」

その様子を見て、リリアーナ王女が

私を見て声を掛けてきた。

「差し出がましいでしょうが、お力添え

 を頂けませんか?」

「と言うと?」

「新生様のお力はここに居る皆。

 そして王国民が見ています。そんな

 あなた様が協力していただければ、

 失礼かもしれませんが、人々や

 兵士の士気を上げることになるのでは、

 と私は考えます」

「成程」

 

そう言って私は頷く。ふと周囲を見れば

メルド団長やエリヒド王が私の返答を

待っていた。

 

これは、こちらにとっても望んだ展開だ。

 

そう考え、私は内心ほくそ笑む。

 

そして……。

 

「分かりました。では、G・フリートの

 総指揮官として王国側に提案します。

 私達と『同盟』を締結していただけませんか?」

 

 

司は、その輪を広げていく。

国を、人々を、味方とするための行動が、

彼の望んだ言葉を彼女から引き出す。

 

そしてまた一国。その輪に加わる国が

現れるのだった。

 

     第61話 END

 




次も王都でのお話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第62話 王都での日常

今回は王都での話です。


~~~前回のあらすじ~~~

自分の力を使って死者蘇生や王都復興を

こなした司。彼はその力を通して群衆に

自分という存在を強く刻みつけた。

その後、エリヒド王との会談の中で

雫以外の異世界組や王たちにエヒトの

真実を告げる司と蒼司。

そんな中で、彼はリリアーナ王女の

提案である協力のために同盟を

持ちかけるのだった。

 

 

「同盟、ですか?」

と、首をかしげるリリアーナ王女。

「はい。同盟です。我々G・フリート

 とハインリヒ王国の間で同盟を締結

 していただけませんか?そうすれば、

 こちらからはあらゆる物を提供

 出来ます」

「あらゆる物、と言いますが具体的

 には何を?」

 

そう聞かれた私は端末を机の上に置き、

まずガーディアンの画像を映し出す。

「そうですね。まずは兵力です。私達

 がマンパワーとして使役している

 人型機械歩兵、ガーディアン。彼等

 は労働力としても、戦力としても

 使える優秀な存在です。また、

 その上位種のハードガーディアンも

 提供可能です。彼等は人では

 ありませんから、仮に壊れたと

 してもすぐに新しい物を我々が

 製作し、そちらに提供することが

 出来ます。次に、技術です」

 

そう言って私は次にジョーカーを

映し出す。

「知っての通り、ジョーカーを

 纏う事は装着者のパワーアップを

 意味します。メルド団長達や雫の

 活躍からも、その意味が分かって

 いただけると思いますが、こちらと

 してはジョーカーを王国に供給する

 事も考えています」

「っ、それは本当ですか?」

 

ジョーカー提供の話に、王女は食い気味

に聞いてくる。やはりジョーカーの力を

知る者としては、それが欲しいのだろう。

「えぇ。加えて、私達の世界の医療や

 薬の技術。必要ならば物資の類いも

 ある程度融通出来ます。無論、

 そちらとの協議の上で物事を決定

 します。こちらから一方的に何かを

 押しつけるような事はしません」

と言うと、リリアーナ王女はどこか

安心したような表情を浮かべた。

 

しかし……。

「新生殿。同盟というからには、そちら

 は何かをお求めと考えるが、如何かな?」

エリヒド王がどこか鋭い視線で私を見ている。

流石は国王、と言うべきか。

 

「えぇ。その通りです。我々が対価として

 求めるのは、一つ。それは我々と

 敵対しないことです」

「ふむ。敵対しない、とは?」

 

「現状、私達の最終目的は元の世界への

 帰還です。そのために神代魔法を

 集めていますが、今回エヒトの

 手下であるノイントが動き出した

 以上、恐らく我々とエヒトの戦い

 が近づいていると考えます。

 そして、エヒトはこの世界に

 おける神として人族からの信仰

 も篤い。そんなエヒトと敵対

 した場合、何も知らない民衆は

 私達を神の敵として襲ってくる

 可能性があります。私としては、

 敵として襲いかかってくるので

 あれば容赦無く殺すつもりです」

 

そう言うと、生徒達はざわめき

天之河は私を睨み付ける。

 

「が、しかし不必要な殺戮はハジメ

 や香織の精神衛生上よろしくありません。

 だからこそ、もし仮に私達とエヒトの

 戦いが起った場合。そして群衆が

 私達に襲いかかろうとした場合、

 エリヒド王には彼等を止める役割を

 して欲しいのです」

「つまり、君たちの戦いの邪魔を

 するな。そう、言いたいのですな?」

「えぇ。端的に言えばその通りです」

 

私の言葉に、エリヒド王はしばし悩んだ

様子だったが……。

「分かりました。その同盟、受けましょう」

そう言って頷いた。

 

私は席を立ち、彼の元へと歩み寄る。

すると王も立ち上がり、私と正面から

向き合う。

 

「……同盟の締結、ありがとう

 ございます。代わりと言っては

 なんですが、王国を守る為、

 我々G・フリートは全力で貴国に

 協力する事を約束しましょう」

「はい。感謝します」

 

そう言葉を交わした私達は互いの手を

取り合い、握手を交わすのだった。

 

 

その後、愛子先生達を自室に戻した

あと、私はエリヒド王、リリィ王女、

メルド団長らを交えて詳しい話を

詰めていった。

 

 

そして、王都襲撃から5日が経過した。

 

その間にいろいろな事があった。

まず、エリヒド王は民衆の前で

魔人族襲来の際、この撃退に尽力した

G・フリートのメンバー全員に勲章を

授けた。更にその場で彼等に対する

異端者認定は、手違いであった事を

発表。更にG・フリートと同盟を締結し

今後、対魔人族のために協力して行く事も

発表した。

 

これには以前、司に失禁して恥を掻か

された貴族や神殿騎士たちを中心に反発が

広がったが、既に国王以上の影響力を

持つイシュタル無き今、影響力は

微々たる物だった。

更に、民衆の中で司を神のように

崇めている者が大勢居て、既に司は

『奇跡の担い手』、『黒の王』として

民衆から崇められていた。

それもあり、貴族や神殿騎士達は民衆の

強い反発を恐れて司を名指しで批判する

事は出来なかった。

 

更に付け加えれば、神殿騎士達には

司をどうこう以前に、教会の建て直し

を急がなければならない。

なにせ総本山の神山の教会が吹っ飛んで

いたのだから。

ちなみにこれは魔人族のせいに(司が)

しておいた。

 

そして更に付け加えておくと、愛子の

護衛をしていた神殿騎士、デビッド達

は愛子の行方不明事件があった後から

各地を走り回っており、何気に王都

襲撃戦に巻き込まれず無事だった。

今は王都に戻ってきて愛子が無事

だった事に涙を流していたが、それを

救ったのは司たちと聞くと、どこか

納得出来なさそうな表情を浮かべていた

のだった。

 

一方、国の中では、様々な策が施されていた。

 

まず、魔人族の再度の襲来を警戒して

各地に小規模な前哨基地を設置。そこには

ガーディアン隊が派遣され、各地の監視を

行っている。

また、それに付随して物流の安全性向上

のために『輸送道路警備部隊』が設立され、

こちらはガーディアン、バジリスク、

ホバーバイクからなるパトロール中隊を

いくつも編成し、王都からのびる周囲の

町への道路を警備する部隊を配置。

これは流通を護るための部隊だ。

 

更に防壁も大結界にプラスするように

ウルの町と同じ私の手製の物理防壁を

建造。その上にはガーディアンや

設置式ルドラ。対空機関砲や重機関銃を

いくつも設置し敵の襲来に備える。

 

更にアンカジ公国と同じように職業

訓練校や最新性設備の病院。子供達の

ための無料の学校などなど、様々な

施設をG・フリートの名の下に建て、

加えて新たな技術や素材を王国内部に

流した。

 

司としては、この技術供与を通じて

王国の戦闘力や生活基盤の底上げを

考えていた。

もっと言えば、自分達の影響力を

高めようとしていたのだ。

 

そして、最後に王国騎士団向けに開発

したジョーカーの供給が始まった。

 

それはメルド団長達のジョーカー、

タイプKをベースに改良を施した

『タイプKC』。ナイトカスタムだ。

 

タイプKはパイロットを騎士である

メルド団長達に絞っていたために、

接近戦を考慮したセッティングが

施されていたが、改良方のタイプKCは

特化型ではなく、汎用型としてタイプK

をリファイン。

 

更に私たちG・フリートから遠距離攻撃

用に銃や火砲の類いを提供。

今は訓練施設でハジメを教官として

銃や砲に慣れるための訓練を行っている。

 

 

そして5日後のある日。私は雫とティオを

伴って王都のギルドに向かっていた。

理由はミュウを送り届ける依頼が終了した事

を伝える為だ。

 

元々はフューレン経由で東、つまり樹海

方面に行こうとしていたのだが、ゴタゴタ

があったのでここで報告を済ませてしまおう

と言う訳だ。まぁ、別のギルドで

受けた依頼を王都で出来るかどうか

疑問なのだが……。

そんな中で私が街中を歩いていると……。

 

「あぁ、シン様」

「ホントだ!シン様だぞ!」

「ありがたやありがたや」

「黒の王だっ。すげぇ本物だ」

私に気づいた王都の人々が頭を下げ手を

合わせて祈りを捧げたり、驚嘆と興味が

混じった目で私を見ている。

 

しかも、それによって更に多くの人が

私に気づいて頭を下げて……。と言う

のが繰り返しになって私が行くところ

では大概の人が頭を下げるのだ。

シン、と言う名前の元は私の名字、もっと

言えばシンジョウの最初の二文字を

もじった物だ。誰が言い出したのか、私

の事を大勢の者達が『シン様』と呼んで

慕っているのだ。

 

「相変わらず、凄まじい人気ですね。

 マスター」

どこか誇らしげに呟くティオ。

「やはり、マスターは人の上に立つ存在

 なのですね」

「よせティオ。世辞はいらん。……これ

 まで他人からこんな風に敬われた事  

 など無かったので背中がむず痒い

 のが本当の所だ」

「では、これからマスターは人に

 敬われる、と言う事を慣れなければ

 いけませんね」

そう言って、どこか微笑ましそうに笑み

を浮かべるティオ。

 

「何か嬉しいのか?」

「それはもちろん。我がマスターである

 新生司様、即ちあなた様が世界に

 認められるのは、家臣として

 喜ばしい物ですから」

「そう言う物か?」

「そう言う物です」

と、そんなやり取りをしながら私達は

ギルドへと向かう。

 

「って言うか、どうして二人はギルドに?」

「あぁ、それはミュウを送り届けた報告に、

 ですよ。海人族の幼女の事は話しました

 よね?」

「あぁうん。覚えてるけど……」

「彼女は無事、エリセンの母、レミアの

 元に送り届けたので、その報告に。

 元々あれは正式な依頼でしたから」

「そうだったんだ。あ~でも、ちょっと

 残念。抱っこしたかったな~」

ポツリと呟く雫。

 

「機会なら、またそのうちあると思いますよ?」

「え?だって、私達は……」

雫が首をかしげ、言葉を区切る。

彼女が言わんとしていた事は私も分かる。

しかし…。

「私は、彼女やレミアと約束したの

 です。再び会うと。そして……。

 そのために私は更に『進化』します。

 そう、例えば異世界同士を自由に

 行き来できる程には」

「え?」

「そうすれば、例え一度は向こうの世界

 に戻ったとしても、必ず再び、

 ミュウ達と再会する事が出来ますからね」

「そこまで、出来るの?」

私の言葉に首をかしげる雫。

 

「出来る云々の話では無いぞ、

 八重樫殿」

彼女に答えた私では無くティオだった。

「マスターはやると言ったら必ず

 やり遂げる男じゃ。それに、死者すら

 蘇らせたマスターに、不可能があると

 思うかの?」

とティオが聞くと、雫は確かに、と言って

苦笑した。

 

「そっか。じゃあ今度会ったら抱っこ

 させてもらうかな~」

そう言って笑みを浮かべる雫。

 

その後、私達は再びギルドを目指して

歩いていたが……。

 

 

『子供のために、約束のために、司は

 世界を超える覚悟だって持ってる。 

 ……それだけ、ミュウちゃんを

 大切にしてるって事だよね。

 良いなぁ』

その時、雫はふと、数回会った

だけのミュウの事を想いだし、

ギュッと拳を握りしめた。

 

司のミュウに対する思いは、童話の

王子様とお姫様のようでもあった。

何者をも二人を引き裂く事は出来ない。

そして司ならば、世界の壁をぶっ壊して

でもミュウの元へと向かうだろう。

二人の再会には、どんな壁も意味を

成さない。司はその全てをぶち壊して

ミュウの元へと向かう。

 

そしてそれは、司がそれだけミュウを

大切にしている事の現れだ。

そう考えた雫の胸にモヤモヤした

感情が生まれる。

 

やがて、すぐにハッとなる雫。

『な、何考えてるの私!子供

 相手にそんな、焼き餅みたいな!

 止め止め!変な事考えないように

 しないと!今は目の前のことに

 集中集中!』

そう考え、頭をかぶり振って、頭の

中に浮かんだ『嫉妬』の感情を

振り払う雫。

 

 

その後、ギルドに到着した私達。

受付の列に並び、ステータスプレートを

提示し受付嬢に話をしたのだが、

何故かギルドマスターと会って欲しい

と言うのだ。

 

ちなみに、その周囲では冒険者たちが

私に驚いたり、雫やティオに見惚れていた。

私の方は支部長直々依頼だったからだろう。

 

とは言え、この後は王城の方に戻って

兵士達の、ジョーカーの慣熟訓練の様子

を見ようと思って居たので、急いでいる

旨を伝えるとギルドマスターを呼んでくる

と言って、受付嬢は奥へ行ってしまった。

 

「マスター、王都のギルマスとは……」

「面識は無いぞ?……厄介事を

 持ってこない事を祈るが」

と、フューレンでウィル救出を依頼された

事を想いだし、そう呟く。

 

しばらくすると、奥から覇気を纏った

老人が現れた。名は『バルス・ラプタ』

と言うらしい。雫が隣で『ラピュ○』と

呟いたのは無視しておく。

 

話を聞くと、どうやら単純にイルワの話

を聞いていた事や、巷でシン様と呼ばれて

いる私のことを一目見ておきたかった

だけ、だと言う。

どうやら面倒事はなさそうだ。

と、思った矢先。

 

「バルス殿、彼等を紹介してくれないか?」

そう言ってどこからか金髪の、如何にも

キザったらしい男が近づいてくる。ご丁寧

に後ろには4人も美女を侍らせている。

聞くところによると、金ランクの冒険者

でアベル、と言う名前らしい。閃光の二つ

名を持っているようだが……。

ただのスケコマシか。

 

何やら、私達を紹介しろ、とかバルス

に言ってるが、興味が向いているのは

ティオと雫だけだ。

 

そして更にバルスが、私が金のランク

の冒険者だと言った物だから周囲の

喧噪が酷くなる一方だ。

「ふ~ん、君が『金』ねぇ。かなり若いみたい

 だけど、一体どんな手を使ったんだい?

 まともな方法じゃないだろ?」

そう言って、嗤うアベル。すると……。

 

『ビュッ!』

次の瞬間、後ろに居たティオが玄武を抜き、

アベルの首筋僅か数ミリの所で刃を

止めていた。

 

誰もがそれに対応出来ずに戸惑っていると、

次の瞬間ティオから圧倒的な殺気が

溢れ出した。

 

「口を慎めよ下郎。我がマスターを貴様

 如き、金のランク程度で収まっている

 小さな男と一緒にするな。

 マスターは金より上のランクが無い

 からそこに留まっているだけの事。

 貴様程度と一緒にするな……!」

そう言って、ギュッと柄を握りしめる

ティオ。

 

「主への侮辱は家臣への侮辱も同じ。

 我が偉大なるマスターへの侮辱は、

 この忠臣、ティオ・クラルスが

 許さん」

 

そう言って、殺気を四方へ飛ばすティオ。

それだけで大半の冒険者とアベルが

連れていた女共が目を剥いて気絶し、

アベルも大量の冷や汗を流している。

 

ギルド職員とバルスもどうするべきか、

と戸惑っている。

「ティオ、もう良い。わざわざ

 ここで問題を起こす必要も無い。

 その程度の『小物』、放っておけ」

「はっ。仰せのままに」

 

そう言うと、ティオは玄武をキンッ

と音を立てながら鞘に戻す。

そして、私の元に戻ろうと踵を帰して

歩き出した時。

 

「このっ!」

私に小物呼ばわりされて怒ったのか、

アベルが私目がけて、手にしていた

剣を抜いて刺突を放った。

 

だが、遅い。

『パシッ』

「なっ!?」

私はいとも容易く左手で剣を掴んで止める。

いくらアベルが力を込めようが、引く事

も押し込む事も出来ない。その実情に、

周囲は再び、別の意味で戦慄した。

「は、離せ化け物!」

……良いだろう。もう少し実力の程を

教えてやる。

 

「ふんっ!」

右手から衝撃波を放ち、アベルを

吹き飛ばす。

『がはっ!?』

アベルはギルドの壁に叩き付けられると

吐血し、床に倒れた。

 

「……王都ギルドの金ランク。どの程度

 かと思えば、この程度か」

そう言って、私は左手に残っていた

剣に目を向ける。

 

「装備は申し分ない。悪く無い剣だ。

 ……だが、それだけだな」

そう言って、私は手にしていた剣を

アベルの傍に放り捨てる。

 

その後、私達が出入り口のドアに近づけ

ば、傍に居た冒険者たちがサッと周囲に

退いて道を空ける。さながらモーゼ

が海を割るかの如く、だ。

どうやら、王都の冒険者にも私の実力を

教える良い機会だったようだ。

 

「ちょっとやり過ぎじゃない?」

そんな帰り道、私に声を掛ける雫。

「そうですか?命は取っていません。

 向こうも剣を抜いたのです。

 殺されなかっただけ、むしろ

 感謝して欲しい物ですが」

「ハァ。ホント司は容赦無いわね。

 まぁ、今更だけど」

そう言って肩をすくめる雫。

「司は相変わらず、優しいんだか

 容赦無いんだか」

「優しい?私がですか?」

「えぇ。だってそうじゃない?香織

 から聞いたわよ。アンタ、旅を

 しながらシアちゃんの家族の人達

 とか、愛子先生に清水君に

 色々してあげたらしいじゃない。

 それに、何だかんだで王国や

 アンカジ、って国を救ったり

 してるみたいだし」

私が優しい、か。そう言って貰った

のはあまり無いな。しかし……。

「……それには全て、打算的な

 意味がありますが、それでも?」

そう、私の行動には理由がある。

 

アンカジ公国を救ったのも、王都で

戦ったのも、それらを味方に引き入れる

意味もあったのだ。決して褒められた

理由ではない。

 

しかし、雫から帰ってきた言葉は予想外

のものだった。

 

「そんなの関係無いんじゃないかしら?

 理由はどうあれ、司は大勢の人を

 救ってきた訳だし。例えそこに

 打算的な理由があったとしても、

 司が人助けをしてきたのは、事実

 でしょ?」

 

「ッ」

その言葉に、私は一瞬息を呑んだ。

私が、人助けを?

オリジナルとして、何千何万と言う

人を苦しめた、ゴジラである私が?

 

しかし、そこに気づくのが私自身

ではなく、雫とは……。

皮肉なものだな。

 

「雫は、私のことをよく見て

 考えているのですね」

「えっ!?そ、そりゃ、頼りに

 なる仲間ですから!」

私がそう言って笑みを浮かべると、

何故か雫は顔を赤くした。

『風邪だろうか?』と聞いて心配

して、額を触るが熱は無かった。

 

しかし、額に触っただけで彼女は

更に真っ赤になってしまった。

『いきなり触るのはどうかと

思うけど!?』と言って怒られた。

ただ単に心配しただけなのだが。

……解せぬ。

 

そんなやりとりをしていたもの

だから、私は後ろでティオが……。

 

「うぅむ、八重樫殿も脈有り、

 のようじゃな。後で姫に報告

 せねば」

 

と言うティオの呟くはよく聞こえ

なかったのだった。

 

 

その後、私は少しあちこちを見て回る。

現在、王国側の協議の結果、王都内部の

治安維持や内部への魔人族侵入を防ぐ

ために各地にガーディアン警邏隊の

詰め所を置くことになった。

 

分かりやすく言えば交番である。

 

その建設予定地として使えるような

場所が無いかあちこち視察も兼ねていた

のだが、やはり街中を歩けば私を

『シン様』と呼んで大勢の人々が慕う。

 

正直、その時々によっては(演技の)微笑み

を向けなければならないので疲れる。

更に偶々病院の前を通りかかると、ティオ

の提案で、病院の患者を(重傷・軽傷・不治

の病を問わず一瞬で)治したものだから、

シン様の名が更に広まってしまった。

更にその噂を聞きつけて、王都中の病院

から不治の病の患者や手足を失った者が

運び込まれてきて、それも治癒する羽目に

なった。

 

ちなみに……。

「聞け人々よ!主らを治したのは 

 我が主にして若き英傑!新生司様である!

 またの名を、シン!先日の戦いで

 妾達を率いて憎き魔人族を倒し、戦いの

 中で倒れた者達を助けた大いなるお方

 である!シン様を称えよ!」

「「「「「オォォォォォォッ!シン様万歳!」」」」」

「そうだ!偉大なるマスターを称えよ!

 その喝采が、マスターの加護を主等に

 もたらすのだ!」

「「「「「シン様万歳っ!シン様万歳っ!」」」」」

 

何か、ティオがめちゃくちゃ民衆を煽っていた。

……何だか新興宗教が出来そうな勢いである。

シン様と呼ばれている者としては下手に

止める事も出来ず、傍に居た雫に助力を

請おうとしたが、肝心の雫が目を合わせて

くれないのだ。解せぬ。

 

あとで王城に戻ってからティオに聞くと、

彼女は嬉々とした様子で……。

『聖教教会の信仰に打ち勝つのですから、

これ位はせねばなりますまい!』

と、笑みを浮かべながら語っていた。

 

そして更に、後日、王都では『シン教』

なる宗教流派が誕生し、アンカジ公国や

ウルの町、フューレンを中心に広がりを

見せて司が珍しく頭を抱える事態に

なるのだが、それはまだ先の話だった。

 

 

その後、私達は王城へと戻った。

そこで私は一人、訓練場でジョーカーの

慣熟訓練を見ていたハジメ達の元へと

向かった。そこでは先輩として香織や

シア、ユエがハジメと共に王国軍兵士や

騎士を相手に教えている。

 

で、訓練場にたどり着くと……。

 

「う、うぅっ!えぐっ、ぐすっ!」

「え、え~っと」

 

訓練場のど真ん中で王子である

ランデルが泣いていて、その前で

ハジメが呆然と立ち尽くしていた。

周囲でも兵士や騎士達が『どうした

もんか?』とオロオロしているし、

シアとユエがジト目で香織を見ている。

肝心の香織もどこか戸惑い気味だ。

 

「どう言う状況ですか?これは」

流石の私も理解が追いつかないので、

とりあえず当事者らしきハジメに

聞いてみた。

 

彼の話を総合すると、普通に訓練していた

所へいきなりランデル王子が現れ、

ハジメを見つけるなり、『お前が香織を

たぶらかしたのか~!』と怒りを露わ

にしながら殴りかかってきたと言う。

この時ハジメは、ジョーカーのメット

を取っていただけで、顔は露出していた

のだが、王子の身長ではハジメの顔を

殴ることが出来ず、ジョーカーの腹部

や腿の辺りを必死にパンチしていた

と言う。

しかしそこはジョーカー。斬撃や刺突、

果ては砲弾やら高威力の魔法に対する

防御を想定した装甲をパンチ程度で

抜けるわけもなく、ある程度殴った

所でランデル王子の手が真っ赤に

なって泣き出してしまったと言う。

 

これに困ったのは周囲の兵士や王子の

付き添いの重鎮たちだった。

ハジメ達は国を守った英雄であり、しかも

ハジメは一切ランデル王子に手を上げて

いない。つまり王子の自爆に終わった

だけなので、どうしたものかと

悩んでいたのだ。すると、泣き出した

ランデルを見て、手の治療をした

香織。その時王子は香織に、自分の

事をどう思っているのか聞いて、

『可愛い弟』という返事を貰って

更に泣き出したと言う。

 

それで何故更に泣くのか疑問に思って

いると、メルド団長が来て、ランデル王子

は香織に一目惚れしていたらしく、

しかし彼女には男として見られていない

現実に打ちのめされている、と言う事

らしい。

 

ふむ。ここで王族のランデル王子に、

我々G・フリートに悪感情を持たれても

後々何があるか分からない。もし仮に、

エリヒド王に何かあれば、王位継承権

があるのはランデル王子とリリアーナ

王女だ。それでランデル王子が王位を

継ぎ、今回の一件で私達に悪感情を

持っていて何かしらの事をされても

困る。まぁ、私情で国政は務まらないが、

念には念を、だ。

 

「大丈夫ですか?ランデル王子」

「う、うるさい。余に話しかけるな」

そう言って顔を背ける王子。

……まぁ、やれるだけやってみるか。

 

「ハァ。王子、これから私は独り言を

言います。聞く聞かないはどうぞ

ご自由に。……王子は香織に

一目惚れをした。しかし、現実は

非情。香織には好きな相手が

 既に居て、しかも王子は異性として

 見られては居なかった」

その言葉にズボンの裾をギュッと

掴む王子。

 

更に周囲で見ていた兵士や騎士たちが、

『お前なんで傷を抉るの!?』と

言わんばかりの表情だ。

しかし、王たるもの、その傷に

向き合う必要もある。

 

「王子、現実とは時に非情です。今の

 王子ならば、それが分かるはずだ。

 『こんなはずじゃなかった』。

 『こんなの望んだ結果じゃない』。

 人がそう思う時は、人生の中で

 決して少なくは無いでしょう。

 未来は、決して自らの思い描いた

 通りに進んでいく事はありません。

 必ずどこかでその想像図から

 外れる。……私の世界の偉人に、

 こんな言葉を残した人が居ます」

 

そう言って、私は王子の隣に立つ。

 

「『未来は予測するものではない。

 自ら造るものだ』。ある人は

 そう言いました。……未来

 なんてものは、不確定で曖昧で、

 何が起るか分からない」

「……お前は、何が言いたいのだ」

不意に聞こえるランデル王子の声。

どうやら興味を引けたようだ。

 

「王子、今の貴方は香織から異性として

 全く注目されていません」

そう言うと、再び俯く王子。

「……だからこそ、自分を変えるの

 です」

「え?」

しかし次いで聞こえた声に、王子は

私を見上げる。

 

「『なりたかった自分になるのに、

 遅すぎるなんて事はない』。私の

 世界の、とある作家の言葉です。

 王子、単刀直入に言いましょう。

 貴方は香織に振り向いて貰うために、

 変わる覚悟がありますか?」

「ッ!む、無論だっ!し、しかし香織

 には既にあの男が……」

そう言って、憎たらしげにハジメを

睨む王子。肝心のハジメはどうした

もんか、と言わんばかりの表情だ。

 

「王子、ならばこそ、王子はハジメ

 を超えるために修練をしなければ

 なりません」

「よ、余があの男を、超える?」

「えぇ。香織は別に、ハジメの顔立ちや

 財力などで惚れた訳ではありません。

 言うなれば、魂の輝きに惚れた、

 と申せばよろしいでしょうか」

「魂の、輝き」

「えぇ。誰かを思いやる心を持った

 優しい心の持ち主。それがハジメ

 です。そして、仮に、ですが

 王子が香織に振り向いて欲しいの

 であれば、ハジメは超えるべき壁

 です」

「あの男が、余の、壁」

 

ランデル王子は、私の言葉を

かみしめるように繰り返す。

「王子、世の中には諦めが肝心、と言う

 言葉もあります。香織へ抱いた初恋

 の思いを、叶わぬものと捨てるのも

 また自由。しかし、選択は常に

 オープン、自由なのです。

 王子は、どうしたいのですか?」

そう言って、私はランデル王子に

問いかける。

 

「諦めるもよし。香織に振り向いて

 貰うために、自らを変えるもよし。

 全て、王子の自由なのです」

 

そう言って、王子の様子を見ると、

しばし迷った様子だったが……。

 

不意に、キッとハジメを睨み付けると

彼の方に大股で進んでいき、その前に立つ

とビシッとハジメを指さした。

「よく聞け南雲ハジメ!余は貴様を

 香織の恋人に相応しいとは思わぬ!

 必ずや余は力を付け、香織を

 振り向かせてみせる!これは貴様と

 余の戦いじゃ!どちらが香織の男に

 相応しいか、男と男の戦いじゃ!」

そう言うと、王子はぽか~んとしていた

ハジメを置いて香織の方に歩みを進めた。

 

「香織、お主があの男を好きな事は、

 余も重々承知しておる。しかし余も

 また一人の男。惚れた女性に

 振り向いて欲しいのじゃ。だからこそ、

 余はこれから強くなり、そして

 いつか、香織に振り向いて貰える

 ような立派な男になることを、ここに誓う」

 

どこか決意を宿した表情で語るランデル

王子。しかし肝心の香織もハジメと

同じようにぽか~んとしている。

どうやら理解が追いついて居ないようだ。

 

やがて、言うべき事を言ったからなのか

王子が私の方へと戻ってきた。

「すまぬな、お主には、いや、シン殿

 には大変有意義なアドバイスを

 貰う事が出来た。感謝しておる」

「お褒めにあずかり、光栄です。

 ……しかし、ハジメは相当

 大きな壁ですよ?超える自信は

 おありですか?」

「自信の問題ではないぞシン殿。 

 必ずや超えてみせる!」

そう意気込むランデル王子。

 

「そうですか。では最後にもう一つ

だけ偉人の言葉を借りてアドバイスを。

『追い求める勇気があれば、すべての

夢は叶う』。あらゆる失敗を超えて、

夢の楽園を築き上げた男の言葉です」

「追い求める勇気、か。重ねて礼を

 言うぞシン殿。おかげで目が覚めた」

 

そう言うと、王子は私に右手を差し出し、

私も右手を出し彼と握手を交わした。

 

ちなみに、そのすぐ傍では、王子の

世話役を務めていたのだろうか、

老人や護衛の男達が、いい歳して

『殿下、立派になられましたなぁ』

とか言って男泣きしているのだった。

 

 

更にその後。夜。私達は一つの部屋に

集まってお茶をしていた。

「ハジメ、これはライバル出現ですよ?

 うかうかしていると、香織を

 王子に取られてしまいますよ?」

「アハハッ。こりゃ、僕ももっともっと

 頑張って自分を磨いていかないとね」

そう言って苦笑するハジメだったが、

その瞳の奥では負ける気などない、と

言わんばかりに闘志の炎が揺れていた。

 

一方で……。

「……私としては、王子を応援する。

 頑張って香織を射止めて欲しい。

 そしたら私がハジメの本妻になる」

「何を言ってるのかなユエ?私は

 ハジメくんの彼女だってず~~っと

 言ってるのに、まだ分かってない

 のかな?かな?」

すぐ傍ではユエと香織が相変わらずの

バトルモードに突入していた。

 

更に言えば……。

「こうなったら……!」

「ん。いつも通りベッドで勝負」

「そ、それなら私だって参加

 しますぅ!」

どうやら今日はお楽しみのようだ。

 

「え!?この流れでそうなるの!?」

戸惑うハジメだったが、無慈悲にも

3人に別の部屋へ引きずられていくのだった。

 

その時、私に近づいてくるルフェアとティオ。

2人とも、どこか頬を上気させた様子。

 

「どうやら、夜のお楽しみはハジメ達

 だけでは無いようですね」

 

そう言って、私も彼女達との夜を

楽しむのだった。

 

      第62話 END

 




次回とかも、多分王都での話になります。

感想や評価、お待ちしています。


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第63話 それぞれの覚悟

前半はリリィ王女にスポットを当て、後半は清水と愛子先生にスポットを
当てました。殆どオリジナルの展開です。


~~~前回までのあらすじ~~~

魔人族による王都襲撃を防いだ司たちは、

元に戻ったエリヒド王と会談し同盟を

結ぶことに成功。更に司は、その驚異的

な力を使った事から、民衆に『シン様』

と呼ばれ崇められ始めていた。その

事実に内心辟易しながらも、司は

ランデル王子にアドバイスを送ったり、

王都発展のために策を弄するのだった。

 

 

ギルドを訪れた翌日。

一つの部屋に私、雫、ティオ、リリィ

の4人が集まっていた。

リリィから話があってのことだった。

ちなみに蒼司やハジメは兵士達の慣熟訓練

に付き合っていた。

 

「ハジメさんが考えてくれた『お話』に

ついてですが、国民の大半の耳には

入っている模様です。また、シン様

と呼ばれている新生様が情報の

出所、と言う事も手伝ってかなり

人々の間に広まっています」

「そうですか。それはなによりです」

私は小さく頷き紅茶で喉を潤す。

 

今回の一件には、エヒトが絡んでいた。

しかし人族の間で聖教教会、更に言えば

エヒトへの信仰心は早々覆る物ではない。

そのためエヒトが狂っている神だと

公表する事は出来なかった。

 

そこで、ハジメが色々と考えてくれたのだ。

 

まず、今回の襲撃は魔人族と、架空の

悪神が手を組んで行われた物だとした。

敵は悪神の力を借りてエリヒド王や周囲

の人間を洗脳し、以前ウルの町で

魔人族を撃退した私達G・フリートを

王都から遠ざけるために異端者認定を

下した。教皇イシュタル達はその悪神の

配下と戦って殉職。配下は彼等の救援に

向かった司とティオによって、神山の一部が

崩壊する程の激闘の末に倒された。

しかし、その際に配下は悪神の存在を

仄めかした。

 

と言うのが、ハジメが考えた神山崩壊、

イシュタルら死亡の筋書きだ。

 

なお、イシュタル達が蘇生出来ない理由

として、跡形も無く消されていたから、

と言う事にしておいた。まぁ、流石の

私も、無から人を蘇生する事は出来ない

のだ。……もっとも蘇らせてやる気

など無いが。あと、念のために蒼司を

送り込んで、僅かに残っていた遺体の

一部を焼き払っておいた。

 

更に、悪神がエヒトの名を騙って

エリヒド王を洗脳した事にしておく

ことで、エヒトのふりをしている

悪神が居る、と言う事にしておく。

つまり、善と悪、それぞれのエヒトを

創り上げたと言う訳だ。

まぁ、悪のエヒトは実在するが……。

 

ハジメ曰く、『もしエヒトが人の前に現れた

としても、きっと多くの人は善のエヒトと

悪のエヒトの内、自分が信じたい方を

信じるよ』。との事だった。

 

「ともあれ、民衆が私達の言葉を信じて

 くれるのは新生様たちの存在が

 大きいのでしょう。新生様も

 そうですが、南雲さんやユエさん、

 ティオさんやシアさんたちは

 魔物の排除にとても尽力して

 いただいたようで。前線の防壁で

 南雲さんの戦いぶりを見ていた

 兵士達は南雲さんを慕い始めている

 ようですよ。鋼鉄のガーディアン、

 なんて二つ名を考え出したとか」

「そうですか。……彼が周囲から

 慕われるのは、友人としても

 喜ばしい物です」

 

思えば、ハジメはウルの町などで

防衛側の指揮官を任せていたな。

あとでハジメが王都郊外に築いた

防御陣地を見てきたが、中々に

理にかなった物だった。

 

前衛に幾重も機関銃やハードガーディアン

による防御陣地を作り上げ弾幕を展開。

中衛には対地、対空攻撃の両方がこなせる

重機関銃陣地を設置。

後衛には連射力で劣る高射砲やロングレッグ

の砲撃陣地を形成。

 

前衛は数の勝負。後衛は威力の勝負。

中衛はその二つの中間。

実に多様な敵に対処出来る布陣だ。

 

陸の魔物には機関銃陣地、重機関銃

陣地、ロングレッグによる攻撃を行い、

空からの攻撃には高射砲や重機関銃

陣地が対応する。

 

これらを即座に考え、更に錬成の力で

塹壕を作って展開したハジメの才能は

凄まじい物だ。

ハジメには防御の才能があるのだろうか?

 

そんな事を考えていると……。

 

「ありがとうございます、新生様。

 弟のランデルがお世話になったようで。

 あの子の世話係から聞きました。

 新生様に多くのアドバイスを貰って

 成長したと聞いております」

「そうですか。しかし、大した事は

 していませんよ。私の世界の偉人

 の言葉を伝えただけに過ぎません。

 それを聞き、新しい自分になろう

 としたのは王子自身の意思です。

 ……そして、王族である以上、

 王子にはやがて想像も出来ない

 ような責任が、現実がのし掛かる

 事もあります。その時、王子の

 心が折れてしまわぬよう、

 少し後押しをしただけです」

 

私の言葉に、リリィ王女は少しばかり

俯く。

「そう、ですよね。あの子も、私も。

 若いとは言え王家の者。いざと言う時は、

ありますよね」

そう呟く彼女は、どこか不安そうだ。

 

すると、隣に座っていたティオが彼女

に気づかれないように私を指先で

つついた。

彼女の方に目を向ければ、何やら、

『何かアドバイスをしてあげて』と

言わんばかりの表情だ。

 

……ここでも私の信者を増やせと

言うのか、忠臣ティオよ。

……まぁ良い。やるだけやるか。

 

「リリィ王女。僭越ながら、王女にも

 一つだけ、私達の世界の、ある男の

 言葉をアドバイスとして送らせて

 いただきます?」

「え?それは、一体?」

 

「その男はこう言いました。

 『信じるものの為に戦える。それが

 王だ。王の資格だ』、と」

「……信じる物のために、戦う」

ランデル王子のように、リリィ王女も

また、かみしめるように私の言葉を

呟く。

 

そこへ。

「時にマスター。マスターは何を

 信じて戦っておられるのじゃ?」

ティオが私に問いかけてくる。

……成程、彼女のために自分の信じる物

を教えろ、と言う事か。

 

「私が信じている物。それは仲間だ」

「仲間?」

私の言葉に、一瞬首をかしげる王女。

 

「えぇ。……最初はハジメと香織だけ

 でした。2人は、私にとってかけがえの

ない親友です。2人の為ならば、私は

例え怪物と蔑まれようと、恐れられよう

と、私は戦える。彼等のためならば、

 他人にどんな風に思われようと、

 どうでも良かった。……やがて

 この世界に来て、ユエやシア、

 ティオ、ミュウ、レミア。たくさん

 の人に出会った。そして、ルフェア

 と言う大切な人を見つけた。そして、

 雫や幸利たちとも、絆を深める事が

 出来た。彼等を守る為ならば、私は

何でも出来る気がするのです」

 

そうだ。ハジメ、香織、ユエ、シア、

ティオ、ミュウ、レミアと言う、

かけがえのない人たちと出会った。

 

雫や幸利、優花たち、愛子先生。

この世界での戦いを通して、彼等と

絆を深めた。

 

かつて、ゴジラとして人に憎まれ、人を

殺した私が、気がつけば大勢の『仲間』

に囲まれ、幸せなひとときを過ごす事が

出来た。

 

だからこそ、失いたくは無い。

彼等との大切で、楽しい時間を。

もっと彼等と歩んでいきたい。

 

だからこそ……。

 

「私は、仲間を守る為ならば、世界を

 敵に回してだって戦いましょう。

 必要ならば、神を超えた力を

 手に入れて見せましょう。世界すら

破壊する力を振るって見せましょう。

 新たな世界すら創造して見せましょう。

 この命、使い潰すつもりであらん限り

 の力を振るって見せましょう」

 

そうだ。これが、私の信じる物、『仲間』だ。

 

「そう思うだけの覚悟が、私にはある。

 仲間こそが、私の信じる物です」

 

もし、エヒトが私の仲間に手を出すと

言うのなら、私は全てを解き放つ。

 

そして、超えて見せよう。

 

『神』という概念さえ凌駕する、

『生命』の枠組みすら壊して、

『頂き』へと上り詰めて見せよう。

 

『神を超越した王』として、奴を滅ぼす。

 

それが、私の覚悟だ。

 

 

私は、静かに紅茶に口を付ける。

そのすぐ傍では雫がどこか顔を赤くし、

ティオもまた、顔を赤くしながら笑みを

浮かべている。

 

そして、リリィ王女は……。

「信じる物の為に戦える事が、

 王の資格、ですか。確かに、

 その通りかもしれません」

そう言って小さく笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます、新生様。

 私も、自分の信じる物、この国の

 平和のために、自分に出来る事で

 戦おうと思います。……新生様の

 お言葉で、決心が付きました」

「決心、と言うと?」

 

「実は、今回の件で、父は各国の

 連帯を図るべきだと考えている

 のです。そこで、私はヘルシャー

 帝国の皇太子と、結婚します」

「ッ!?本当なのリリィ!?」

彼女の言葉に、雫は戸惑った様子だ。

 

「……政略結婚、ですか?」

「はい。二国の王族同士が結ばれる

 事で、民衆に結束が固い事を印象づける

 ためです。ですが、お相手の

 バイアス皇太子は粗暴で、相当女癖の

悪い方だとお聞きしています」

「ッ!?そんな最低なクズの所に、

 どうしてリリィがお嫁に行かなきゃ

 いけないの!?」

「落ち着かれよ、八重樫殿」

 

声を荒らげ立ち上がる雫を、ティオが宥める。

「国をまとめると言うのはそう簡単では

ないのじゃ。無論納得は出来まいて。

しかし、納得の有無にかかわらず、

そうしなければならない時もまた、

あるのじゃよ」

「ッ!でもっ!」

どこか悔しそうな雫。ティオは優しく

宥めて座らせる。

 

「その怒りは、至極真っ当な物じゃ。

 女である以上、好いた男と結ばれたい

 と思う方が普通なのじゃ。

 しかし、王の血筋である王女が、

 その普通を望んだとしても、叶う

 とは限らんのじゃ」

そう呟くティオも、どこか怒りを覚えて

いる様子だ。

 

そして、リリィ王女を注視すれば、彼女

が震えているのが分かる。

「……その身を粉にしてでも、祖国の

 ために自分に出来る事をする。

 それが、貴方の意思なのですね?

 リリィ王女」

「はい」

彼女は出来るだけ気丈に振る舞い、

頷く。

 

だが、彼女はまだ香織達とさして

変わらない子供。王族だから、などと

言う理由では躊躇いを、恐怖を

捨てることは出来ないだろう。

 

……アドバイスついでだ。彼女に

贈り物をしておこう。

 

そう考えた私は、掌を光らせ、そこ

に銀色の腕輪を造り出した。

そして、それをテーブルの向かいに座る

リリィ王女へと差し出す。

 

「リリィ王女。これを」

「これ、は?」

戸惑いながらもそれを受け取る王女。

「それは言わばお守りです。アドバイスを

 通して、貴方の決心の背中を押した

 のは私です。だからこそ、その責任を

 果たします。……もし、自分でどう

 しようも出来ない状況で、助けが 

 欲しいときは、その腕輪に願って

 下さい」

「…………」

王女は、しばし無言で腕輪を見つめて

いたが、やがて徐にそれを左手首に

装着した。

 

「分かりました。救国の英雄である

 新生様の言葉、信じます」

「……ありがとうございます」

そう言って私は小さく頭を下げるの

だった。

 

その後、リリィ王女と打ち合わせを

していると、東、樹海に向かう際に

途中まで送っていって欲しいとの事だ。

結婚の事も含めて、帝国側と色々話し合い

があるとの事だ。ちょうど東に向かうので

OKを出した。

 

ちなみに同行するのは、リリィ王女付きの

女性近衛騎士が数名だ。メルド団長達は

王都に残り、ジョーカーのパイロットの

育成に力を入れつつ、再び魔人族が襲来

してくるかもしれない為、いつでも対処

出来るように王都に残るとの事だった。

 

そして、会議を終えてティオと共に

王城の廊下を歩いていたとき、窓の外、

王城の外へ向かう、西洋剣を抱えた

愛子先生の姿を見つけ、私はティオを

先に帰すと先生の後を追うのだった。

 

 

夕方、王城の西北方向にある山脈の岸壁

を利用して作られた巨大な石碑の前に、

人影が、愛子先生が佇んでいた。

 

「ごめんなさい」

ポツリと呟いた愛子は、震える手で、

西洋剣を石碑の前に置いた。

 

この石碑は、王国のために戦い死んだ

者達の名を刻むためにある。公には敵と

戦って死んだ事になっているイシュタル

らの名前が刻まれる予定だ。

本来なら、メルド達もここに名を

刻まれる運命だったが、司の活躍もあり

今も元気に動き回っている。

 

そのため、今回この石碑に刻まれる名前

の数は少ない。

 

だが、そんな数少ない名前の中に、更に

名前を刻む事さえ許されない物がいた。

檜山だ。

 

ここは王国の為に死んだ者の名を刻む

ための場所であった事や、檜山が自分の

私利私欲のために大勢の兵士達を一度は

殺した事から、司によって復活した

兵士達の全員が、ここに檜山の名前を

刻む事を断固として反対したのだ。

 

檜山の遺体は、すでに司たちの手によって

首をくっつけ整えられた後、棺に収めて

保管されている。

 

愛子は一度、檜山の蘇生を司に願い出た。

 

だが……。

 

「拒否します」

「えっ……」 

司からの拒絶の言葉に戸惑う愛子。

 

「私に檜山を蘇生する意思はありません。

 先生には申し訳ありませんが、

 こいつはどのみち、死んでいた

 でしょう。こいつを生き返らせる

 気は、断固としてありません」

「そ、そんなっ!?」

戸惑い、震える足で立っている事

が出来ずに、その場に崩れ落ちる

愛子。

 

「おい新生っ!確かに檜山はお前や

 香織達に酷い事はしたが、先生が

 望んでいるんだぞ!それくらい……!」

そう言って愛子先生を気遣う天之河。

だが……。

「バカか貴様。あの男がどれだけの

 人を殺したと思って居る。ましてや

 被害者は生き返っているのだぞ?

 彼等の恨みは相当な物だ。仮に

 檜山を蘇生したとしても、奴に

 待っているのは、精々3つの未来だ」

 

そう言って、私は指を立てる。

「1。被害者によるリンチにより死亡。

 2。この世界の法で裁かれ死刑。

 3。元の世界に連れ帰り、裁判で

 死刑か無期懲役。このどれか

 だろう。奴は既に百人単位で

 人を殺したのだ。……刑法で

 裁かれたとしても、死刑か

 無期懲役は免れない。

 つまり、ここで死のうが

 生きていようが、結果は同じ。

 それだけの事だ。せめてもの

 情けだ。遺体くらいは元の世界へ

 連れ帰ってやろう。だが死者蘇生

 はしない。無意味な事だからだ」

 

そう言うと、司は愛子に背を向けて

歩き出した。

 

「その男の罪は、もはや大きすぎる。

 自らを、殺すほどに」

 

そう言って、司はその場を後にした。

 

 

愛子は、あの時のやりとりを思い出し

ながら、静かに涙を流し、何度も

「ごめんなさい」と謝る。

 

それは、傍にいながら檜山を止められ

なかった自分を責める言葉であり、

同時に檜山を元の世界に生きたまま

連れ帰ってやる事が出来なかった

謝罪の言葉であった。

 

と、その時。

『ザッ』

後ろで足音が聞こえた。愛子は肩を

震わせ振り返った。そこに

立っていたのは……。

 

「し、清水君」

手に、一輪の花を持った清水だった。

「…………」

 

彼は、無言のまま石碑の前で屈むと、手に

していた花を置き、手を合わせた。

そして1分ほど、黙って手を合わせた

清水は静かに立ち上がった。

 

「俺は檜山のこと、他人をいじめる

 ロクデナシだと思ってたよ。今でも

 そのそう思ってる。……けどまぁ、

 仮にもクラスメイトなんだ。

 一人くらい、花を供える奴が居ても

 良いかなって思ってさ」

「清水君」

 

立ち上がり、清水の横顔を見つめる愛子。

と、その時。

 

「ごめん、先生。……檜山が死んだのは、

 俺のせいだ」

「え?」

愛子は、清水の言っている言葉の意味が

分からなかった。

「ど、どうして、清水君が?」

「……俺は、あの時中村を止められる立場に

 いた。白崎が来る前、俺はアイツに降伏

 するようにいった。もちろん、中村は

 それを一蹴して襲いかかってきたよ。

 ……でもその時、俺の手には銃があった。

 ジョーカーも纏ってたんだ!モードG

 だってあった!」

次第に声を荒らげる清水。

 

「あの状況で!俺一人だって中村を

 倒して!捕まえる事だって出来たっ!

 それだけの装備が俺にはあったんだっ!

 でもっ、俺は、あの時、引き金を引く

 のを躊躇った。撃てなかったっ」

そう言うと、清水はその場に膝を突いた。

 

「あの時、俺は考えた。先生が、皆で

 元の世界に帰りたいって思ってる。 

 だから、殺すのは良くないって。

 でも、その結果檜山が死んだっ!

 俺がっ!俺の躊躇いが、檜山を

 殺したんだっ!あの時、俺のノルン

 に入ってたのは、非致死性の

 テーザー弾だったっ!そうそう死ぬ

 ような弾じゃなかったっ!なのに、

撃てなかったんだよ!俺はっ!俺に、

 俺に覚悟があればっ!」

 

それは彼の独白だった。

大切な恩師の思いを、自らの躊躇いの

言い訳にしてしまった罪悪感。

自らの躊躇いが、彼女願いを途絶え

させてしまった事への罪悪感。

 

それが、今の清水の心にのし掛かっていた。

 

「ッ!清水君ッ!」

愛子は、彼の様子を見て、耐えきれなく

なって涙を流しながら彼を抱きしめた。

 

「ごめんっ、なさいっ。俺に、俺に、

 もっと、覚悟があったら、こんな

 事には、ならなかったのにっ。

 俺が、弱いせいで……」

「違いますっ!清水君は、間違って

 なんかいませんっ!八重樫さん達

 から聞きました。清水君が、みんなを

 守ろうとしてくれた事。みんなに

 嘘を付いてまで、私を、皆を、

 守ろうとしてくれた事をっ!

 先生は知っています!」

涙を流す清水を、愛子は抱きしめて

語る。

 

「先生の方こそ、ごめんなさい。 

 清水君が、大変なときに、皆が

 大変なときに、傍に居る事が

 出来なくて、ごめんなさいっ!」

そして愛子もまた、涙を流しながら謝る。

 

「先、生」

涙を流ながらも、清水は泣く愛子を

見つめていた。

 

彼は、思いがけない言葉にしばし

呆然となる。

 

罵られるものだと思って居たからだ。

自らの弱さが、躊躇いが、檜山の死を

招き、愛子の願いを打ち砕いたも同然

だと、彼はそう思って居たからだ。

 

だが、愛子はそうは思って等いない。

むしろ、逆にルフェアに後方で守られ、

あの時彼女は無意識の内で『きっと

大丈夫』と楽観視してしまったのだ。

彼等の強さを知っていたからこそだが、

それが悪い意味で発揮されてしまった。

 

司やハジメたちがいるからこそ、大丈夫。と。

 

だがそれは裏切られ、結果突き付けられた

のは、檜山の死という現実だった。

だからこそ彼女は罪悪感に苛まれていた。

 

清水は、そんな愛子の事を見つめていた。

 

やがて、愛子が落ち着きを取り戻すのに

数分を要した。

 

目元を赤くしながらも、清水が供えた

花に視線を落とす愛子。

 

「……王都に向かう途中で、新生君が

 言っていました。躊躇いを捨てろと。

 躊躇っていたら守れる命も守れないって」

「……そうか。そうだよな」

清水は、愛子を通して司の言葉を聞き、

頷く。

 

その言葉は、今の彼に最も響く言葉だった。

 

やがて、清水は徐に立ち上がる。

 

「足りなかったんだ。まだ、覚悟が。

 俺には足りなかった」

夕焼けに染まる空を見上げながら

ぽつりと呟く清水。

「清水君」

そんな彼と向き合うように立つ愛子。

 

「先生、もう一度、俺は先生の願いを

 聞きたい。……もうこれ以上、生徒

 たちから一人も犠牲者は出したくない。

 これで、良いんだよな?」

 

「えぇ。……多くの人は、檜山君や

 中村さんを極悪人と罵るでしょう。

 それでも、私は先生として、もう

 誰にも、死んで欲しくはありません」

 

「中村が、どんなに極悪な人間でもか?」

 

「それでも、きっと人は変わる事が

 出来ると信じています。かつて、

 清水君が私の言葉を聞き、変わる

 事が出来たのだから」

 

「……そうか」

 

どこか顔を赤くしながら頷く清水。

 

そして……。

 

「なら、俺が中村を捕まえる。

 殺しはしない。先生は、前に言って

たよな。生徒を支えたいって。

それは、中村でも同じなのか?」

 

「はい。……例え誰も彼もが中村さんを

 悪魔と糾弾しても、中村さんが私の

 事を疎ましく思って居たとしても。

 それでも私は、彼女がより良い決断を

 出来るお手伝いをしてあげたいんです」

 

「そうか。それが、愛子先生の

 変わらない願いなんだな?」

 

「はい」

 

愛子は、真っ直ぐに清水を見つめながら頷く。

 

「……分かった。俺も、躊躇いを捨てるよ」

 

「え?」

 

「俺はもう二度と躊躇ったりしない。

 必要なら、俺は引き金を引く。

 でもそれは殺す為じゃない。

 中村を捕まえて、先生の前に俺が

 引きずり出す。……俺に出来るのは

 それだけだ。あとは先生に任せる

 事しか出来ないけど……」

 

「いいえ。十分です。そこから先は、

 先生の出番です。……ありがとう

 ございます、清水君」

 

そう言って、愛子は微笑みを浮かべる。

彼女の笑みに、清水もまた笑みを浮かべる。

 

「良かった。笑ってくれたな。やっぱ、

 先生は泣き顔より笑った顔の方が

 似合ってますよ」

笑みを浮かべながらそう呟く清水。

 

だったのだが……。

 

「え?…………ふぇっ!?ししし、

 清水君何言ってるんですか!?

 そ、そんな笑顔が似合ってるとか!?」

途端に顔を真っ赤にして戸惑う愛子。

 

「あっ。……ッ~~~~!?!?!?」

更に清水も自分が何言ったのか思い出して

一気に赤面してしまった。

 

「あ、いやそのっ!大した意味じゃない

 んですけど!ただつい本音がポロッと!」

 

「そ、それってつまり、清水君は私の

 事をよく見て、って、ッ~~~~!?!?」

 

「い、いやそういうわけじゃ、なくも

 なくも、無いんのか?あ、あれ?

 あ~も~!何かややこしくなって

 来た~~!」

 

真っ赤になったまま頭を抱えて悶える

清水と、茹で蛸みたいになった愛子。

 

結局、二人が落ち着くのには、愛子が

泣き止んだ時よりも時間が掛かるの

だった。

 

ちなみにこの時、近くの岩場の影に

司が居た。愛子の様子を見に来ていた

のだが、彼は『心配なさそうだな』と

言わんばかりに小さく笑みを浮かべると、

二人より先にその場を後にするのだった。

 

 

その後、夕食時。

王城の大食堂に集まって皆で食事を

していた。そこには当然、ハジメ達

と言ったG・フリートのメンバーや

雫、光輝や鈴たちが集まって、席に座り

いくつかのグループを作って食事を

していた。

 

そこに、エリヒド王たちとの会議を

終えた司が戻ってきた。

 

それを確認すると、清水は決意の

表情で立ち上がり、司の前に立った。

彼の表情から、何かを感じたのか司も

立ち止まる。

 

「悪いな司。飯時なのに」

「構わない。その表情、何か聞きたい

 事があるのだろ?」

「あぁ」

 

二人の真剣な表情のやりとりに、

生徒達は戸惑いそちらに目を向ける。

 

「単刀直入に聞く。司、もしお前

 の前に中村恵里が敵として

 立ち塞がった場合、お前は奴を

 容赦無く殺すつもりだろ?」

清水の口から出た中村の名前に、生徒

たちは一瞬体を震わせた。

 

「もちろんだ」

そして、司は清水の予測通り首を縦

に振った。

「私には奴に手加減をする理由が無い。

 故に、敵となったら殺すつもりだ」

躊躇う事無く、殺すと宣言した司に

光輝が立ち上がりそうになるが、それ

を傍に居た雫が押しとどめた。

 

「雫っ」

「ダメよ光輝。今は、あの二人の

 問題なんだから」

そう言って、彼女は光輝を止めた。

 

「そうか。……だが、悪いな司。

 お前に中村は殺させない」

 

そして、清水の呟きに周囲の者達が

ざわめく。

「……何故だ?」

そう司が問いかけた時。

 

「それは……」

「それは私が、そう願ったからです」

清水の言葉を遮り、愛子が立ち上がった。

そして、そのまま清水の隣に並び立つ。

 

「もう、これ以上生徒達に命を落として

 欲しくは無い。清水君は、そんな私の

 我が儘を聞いてくれたんです」

 

「俺は、お前や先生、園部さん達に助け

 られたからここに居る。お前のおかげ

 で今俺が生きている事は十分承知

 してる。……それでも俺は、恩人の、

 愛子先生の力になりたいんだ」

そう語る清水の目には確かな覚悟と

決意が浮かんで居るのは、向かい合う

司だからこそ分かった。

 

「それが、幸利の決意なんだな?」

 

「あぁ。俺がアイツをぶん殴って

 でも止めて、捕まえて、愛子先生

 の前に引きずり出す」

 

「そうですか」

と、司は小さく頷くだけだ。

そして……。

 

「それが貴方の決意ならば、私は

 一切口出ししません。自分の

 好きなように動けば良いでしょう。

 ですが一つだけ。もし仮に、中村

 恵里が、幸利に止められない程に

 危険な存在になった時は、私の手で

 彼女を殺します。良いですね?」

 

「あぁ。構わない」

 

清水は頷く。躊躇う事無く。

 

「清水君」

「先生、心配するな、って偉そうな事は

 言えないけど、今度こそ、俺は

 戦うよ。もう、引き金を引くことを

 迷わない」

 

そう言って、清水は自らの右手を、

決意の籠もった瞳で見つめながら

握りこぶしを作るのだった。

 

「俺は、俺が信じた人のために、

 愛子先生のために戦う」

 

ここに、新たな英雄が生まれた。

 

躊躇いを捨て、自らが信じる物の

ために戦おうとする男が誕生した。

 

新たな英雄の目覚めを、司達は

前にしていたのだった。

 

     第63話 END

 




愛子先生が神山を吹っ飛ばしてない関係で色々オリジナルに
してみました。あと自分に出来る範囲で清水をかっこ良くして
みたつもりです。それと清水×愛子のカップリングがもう
確定したみたいなものですね、これ。

感想や評価、お待ちしています。


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第64話 懐かしき樹海へ

今回から帝国編です。


~~~前回のあらすじ~~~

王城で生活をしていた司たち。そんな中で

司は王女であるリリアーナにアドバイスを

送る。彼の言葉を受け、リリィは王族

としての覚悟から帝国皇太子との結婚を

決意。一方、檜山の死で落ち込んでいた

愛子。そんな中で檜山の死は自分のせい

だと後悔する清水と、互いの胸の内を

吐露する事で、清水は改めて覚悟を決める

のだった。

 

 

清水から決意を聞いた翌日の朝。

 

朝の食堂で食事を終えた時、私達のこれ

からを天之河や雫、他のクラスメイト達

に伝える事にした。

ここに居るのは私達G・フリートの

メンバーと雫たち。更にはリリアーナ

王女とその待女だけだ。

 

ちなみにだが、恵里の策略で命を落とした

給仕の者たちもすでに蘇生済みだ。

雫付きの待女、ニアも復活済み。彼女が

生き返った時は、雫は涙を流して

喜んでいた。

 

さて、話を戻すとして……。

 

「明日、我々はリリアーナ王女と、彼女の

 護衛を乗せて東へ向かいます。

 王女たちは途中で降りてもらい、

 そのまま帝国の首都、帝都へ。我々は

ハルツィナ樹海にあるG・フリート旗下

の武装組織、Gフォースの基地である

 ハルツィナ・ベースへ向かいます。

 目的は、ハルツィナ樹海にある大迷宮

 の攻略です。事態が急変しなければ、

 大迷宮攻略後にこちらへ戻ってくる

 つもりです」

「それが今後の新生君たちの大まかな

 行動理由なんですね?」

「えぇ」

私は愛子先生の言葉に頷く。

 

「現在、王都にはガーディアン、

 ハードガーディアンからなる

 王都守備隊を5個師団、合計

50万体が展開中です。

 加えてジョーカーを合計400機

 生産。すでに納入済みです。

 現在、王国軍騎士と兵士がこれを

 装備し、メルド騎士団長指導の下

 完熟訓練を実施しています。

 これが、我々G・フリートが

 用意した王都の防衛戦力です」

「そ、それが俺たちを守ってくれる

 のか?」

そう心配そうな顔で語っているのは

居残り組の一人だ。

 

「えぇ。また、王都守備隊の配備に

 伴って、王国側に条件として

 あなた方の衣食住と身の安全の

 保証を約束してもらっています。

 なので、今まで通り王城の中で

 大人しくしていてください」

そう語る私に、居残り組の彼らは

安堵したかのような表情を浮かべた。

 

すると……。

「新生、お前は大迷宮に行って、そこで

 神代魔法を手にするんだな?」

「えぇ。それが何か?」

「だったら俺も行く。俺は勇者だ。

 この世界を、人々を守るためには力が

必要だ。だから、俺は神代魔法を

手に入れる」

そう言って立ち上がる光輝。

「そのために、私達に付いてくる、と?」

「あぁ。それに、お前みたいに他人を

 簡単に殺せる男にリリィは任せ

 られない」

 

 

そう語る光輝に、リリィは内心驚きと

戸惑いを覚えた。

何故なら、光輝が司を、まるで

目の敵にしているかのような、刺々しい

物言いをしているからだ。

 

すると……。

「司、私からもお願いするわ」

更に雫が立ち上がった。

「私も、元の世界に変えるために

 強くなりたい。だから神代魔法を

 手にしたい。迷惑はかけないわ。

 お願い」

しかし彼女だけではなかった。

 

「鈴もお願い!私は、もっと強くなって

 もう一度恵里と話がしたいの!

 だからお願い!鈴も連れて行って!」

「よしっ!じゃあ俺も行くぜ!敵が

 神様なら、今よりもっと強くなる

 しかねぇからな!悪いが新生、俺も

 連れてってくれ!」

更に鈴、龍太郎が続いて立ち上がる。

 

 

立ち上がった4人を見た後、ハジメ達が

私の方を向いている。私は静かに

飲んでいたお茶のカップをソーサーに置く。

 

「……良かろう。各自の自主性を尊重し

 今回は付いてくる事を許す。

 ただし、神代魔法の眠る大迷宮は、

 今のお前たちの、チート級とされる

 スペックでも苦戦は免れないだろう。

 また、神代魔法を手にするには

 ただ付いてくるだけでなく、

 資格ありと認められるほどの活躍も

 必要になる。また、手にしたから

 と言って、適正の関係で使える

 範囲も異なる。手に出来る可能性も

 高くはないし、仮に手に出来たと

 しても、実戦で使い物になるほど

 強力な力が使えるかどうかも

 分からない。……それでも、

 良いんだな?行った所で徒労に終わる

 可能性もあるのだぞ?」

 

確かめるにように呟く司。4人は……。

「上等だ!やってやるぜ!」

パァンと拳と手を打ち付けあう龍太郎。

「それでも行くわ。そこに、強くなる

 可能性があるのなら」

そう言って笑みを浮かべる雫。

「鈴だって!強くなりたいんだ!

 だからその小さい可能性に賭けるよ!」

やる気十分と言わんばかりに鼻息荒く

ガッツポーズを決める鈴。

 

「やってやるさ、俺は、勇者なんだから……!」

そして、勇者と言う単語に取りつかれた

かのように呟く光輝。

 

そして司は……。

「分かった。ならば、好きにすればいい」

そう言って4人の同行を許可したのだった。

 

 

「それで、幸利はどうする?」

そう言って、私は幸利に声をかけた。

「今のお前の目的は、中村恵里の捕縛

 のようだが?」

「いや、俺はやめておくよ。あの

 フリードって男が空間魔法を使える

 以上、あいつは神出鬼没だ。

 それに王都での戦いであいつは

 手持ちのゾンビ兵を全部失ってる。

 そこから考えると、まず中村がやろう

 とするのは、目的達成のための

 戦力補充だと思う。だから今すぐ動く

 とは思えない。だからこそ、俺は

 オルクス大迷宮に行って修行して

 来ようと思う」

「一人で、ですか?」

「あぁ。幸い、王都ならお前の守備隊

 もいるし、園部さんたちもいるから

 先生の護衛は大丈夫かなって思って」

「成程。分かりました。それがあなたの

 決意ならば、私は何も言いません」

 

これで、全員のやるべきことが決まった。

 

 

そんな中で、愛子はどこか決心したような

表情を浮かべていたが、それに気づいた

のは司一人だけであった。

 

数時間後。昼。

「新生君。少し良いですか?」

昼食を食べ終えた所で、先生が声を

かけてきた。

そして、彼女の目を見て私は理解した。

 

彼女の目には、決意の炎が浮かんでいた。

昨日の清水と同じように。

 

周りには同じく食事を終えたハジメ達

や今も食事をしている生徒たちがいる。

ちょうど良いだろう。

 

「はい。何でしょう?」

「……新生君に、お願いがあります。

 私の、私専用の、ジョーカーを作って

 くれませんか?」

その言葉に、生徒たちが騒めく。

 

「……理由を聞いても構いませんか?

 ジョーカーは兵器です。それを持つ

 と言う事は、人殺しになる可能性を

 持つという事。先生は戦う事に、

 暴力に慣れる事に反対していますよね?」

「はい。その思いは今も変わりません。

 ……でも、王都に向かう時、貴方は

 言いました。躊躇う事で、守れる命

 さえ守れない時があるって。

 だから、私も決めました。

 今でも戦う事に慣れるのはよくない

 って思ってます。それでも、かつて

 貴方は私に言ってくれました。

 『意思だけでは、声だけでは、言葉

 だけでは、何も守れない』と」

 

「えぇ。力が無ければ、奪われる未来

 しかない。失う未来しかありません」

「だからこそ、私も、もう失いたくない。

 生徒に、誰一人としてこれ以上

 死んでほしくないんです。

 そして……」

そう言って、先生は幸利に目を向ける。

 

「昨日の清水君を見ていて、私も

 決心しました。私は自分の願いの

 ために戦う、と。もう、生徒を

 誰一人として死なせないために、

 その手に武器を取る覚悟を、

 やっと決める事が出来ました。

 でも私一人の力は、高が知れている

 と言う物です。だからこそ、

 お願いしているんです」

「ジョーカー、すなわち、切り札を。

 と言う訳ですね」

「はいっ!」

 

先生は決意のこもった表情で頷く。

そこへ。

「ちょっと待ってください先生!

 何もそこまでして!

 先生が戦う必要なんてないじゃ

 無いですか!先生は非戦闘職

 なんですよ!?」

天之河が立ち上がり、私と先生の間

に入る。

 

「そう言うのは力を持った人が

 やるべきです!」

そう語る天之河。恐らく、こいつの中

では『力を持つ者が戦うべき』。

或いは『力がある者は誰かを守るべき』

とでも考えているのだろう。

だが、そのロジックは逆だな。

 

覚悟が無ければ力を得てもどうなるか。

そう言う者は、得てして力に溺れる。

 

力があるから覚悟が生まれるのではない。

覚悟があるから力が生まれるのだ。

奴は、その事を理解していないように

思える。

 

「いいえ、天之河君。それは違います。

 力があるからやるのではありません。

 私がそうしたいから、するんです」

そう言って愛子先生はそんな天之河の言葉を

否定し、奴を優しく退かすと再び私と

向き合う。

 

「私はたぶん、人を殺せません。

 引き金を引く事は出来ないかも

 しれません」

「はい」

 

「こんな事を言っていても、誰かを

 傷つける事が出来ないかも

 しれません。大事な所で悩むかも

 しれません」

「はい」

 

「それでも、私には生徒達を守るための

 力が必要なんです」

 

そう語る愛子先生の目には、揺らぎなど

見られなかった。

ならば……。

 

私は、宝物庫の中に、ずっとしまっていた

ブレスレット状態のジョーカーを

取り出し、彼女に差し出した。

 

「これを。以前、渡すことのできなかった

 愛子先生専用の、完全カスタムメイドの、

 たった一機のジョーカーです。コード

 ネームは、『ジョーカー・フェア』」

「ジョーカー、フェア?」

 

「はい。フェアとは、ギリシャ語で

 『女神』を意味する言葉です。

 そのフェアは、何よりも『守護』に

 重きを置いて設計した機体です」

「守護に?」

「えぇ。フェアには、一切の内蔵武装を

 廃して、強固なシールドを張るため

 専用の大型シールドジェネレーター

 を搭載。これに大半のシステムを割いて

 います。結果、最も守護、防御に優れた

 ジョーカーとして仕上がっています。

 さらに言えば、フェアの能力として

 機体内部のエネルギーを相手に注入

 することでその細胞を活性化させ、

 怪我を修復する事が出来る治癒機能

 なども搭載しています。

 フェアに武装と呼べる類のものは

 殆どありません。腕力や脚力はかなり

 強化されていますが、それも自衛と、

 緊急時、障害物の排除を目的とした

 物です。先ほども申した通り、

 フェアは守護に特化したジョーカー

 なのです」

「……ジョーカー・フェア。

 『女神の切り札』、ですか」

 

「えぇ。……それがあれば、きっと

 先生の生徒達を守りたいという

 願いをかなえる事が出来るはずです。

 今の貴方ならば、如何なる敵が来ても、

 その力で守りたい者を守れるはずです。

 このジョーカー・フェアは、そのために

 鉄壁の防御力を持たせていますから」

「……分かりました。ありがとう

 ございます、新生君。大切に、

 使わせていただきます」

「はい」

 

 

こうして、また一人、切り札を

持つものが現れたのだった。

 

そして、翌日。

私達は王都郊外の草原へと向かい、

そこからオートパイロットで現れた

2機のオスプレイMKⅡに分乗し、

上空のアルゴに乗ると私達は東へと

向かった。

 

そして、草原では愛子や清水、護衛隊の

面々、メルドがそれを見送っていた。

愛子は護衛隊の面々と共に王都に残り、

永山を筆頭するもう一つのパーティは

王都守護のためにメルド達と共に

残った。

ちなみに、彼らも武器は司によって

最新の状態にアップデートされていた。

 

 

やがて……。

「それじゃあ、俺も行くよ」

そう言って清水は近くに置いてあった

革製のリュックを背中に背負う。

彼もまた、修行のためにこれから

ホルアドに向かうのだ。

「本当にいいのかよ清水。

 一人で行くなんて」

そう言って心配する玉井。

「大丈夫なの?」

菅原も心配そうだ。

 

「心配してくれるのは嬉しいよ。

 でも、俺は強くならなきゃいけない

 んだ。それに、隣に誰かがいると、

 いざって時頼っちまいそうになると

 思うんだ。……だから、だからこそ

 俺は一人でオルクス大迷宮に潜るよ」

そう語る彼の目には、強くなるんだ、

と言う決意が浮かんでいた。

 

その時、愛子が清水の前に歩み出て、

優しく彼の両手を、自分の両手で

包み込んだ。

 

「必ず、戻ってきてくださいね?」

「あぁ、必ず戻ってくるよ先生。

 俺はまだ、先生に助けてもらった恩を、

 返しきれてないからさ」

清水は顔を赤くしながらも頷く。

 

そして、静かに手を放す愛子。

「それじゃあ……。行ってきます」

そう言うと、清水もまた、己自身を

鍛えるために自分の道を進んでいく

のであった。

 

そして愛子は、そんな彼の姿が

見えなくなるまで、その背を見つめ

続けるのだった。

 

 

それぞれの道を歩き出した彼ら。

 

 

鳥さえも飛ぶことができない高硬度を、

黒き鋼鉄の鳥、アルゴが飛行している。

雫はそんな、アルゴにあてがわれた

一室の、モニター越しに見える外の

雲海を椅子に座ったままぼ~っと

見つめていた。

 

そこへ。

「ほい、カフェオレお待ち」

不意に眼前に差し出されたマグカップ

に、雫はその持ち主、つまり蒼司へと

目を向けた。

「あぁ、ありがとう蒼司」

雫はマグカップを受け取りそれに口を

付けると息をついた。

 

蒼司は近くの椅子に腰かけ、自分の

マグカップに口を付けていたが。

「どうした雫?ぼ~っとしてた

 みたいだが?」

「え?あ、あぁ、ちょっとね。こんなの

 創り出しちゃう司は相変わらず

 すごいな~って思って」

「あぁ、成程な。まぁ、あいつは色々

 万能だからな。何なら気分転換に

 アルゴの中を散歩でもしてきたら

 どうだ?途中で姫さんたちを下ろす

 事を考えると、あと1時間は

 アルゴの中だからな」

「そうね。そうするわ。あっ、所で

 光輝たち知らない?」

「勇者君は戻ってくるときすれ違った

 ぞ?坂上は食堂で飯食ってた。

 谷口はユエに魔法教えてもらってたな」

その言葉を聞きながら雫はカフェオレを

飲み干すと、立ち上がった。

 

「分かったわ。じゃあちょっと散歩に

 でも行ってくるわ。カフェオレ

 ありがと」

そう言うと、雫は部屋を出て歩き出した。

 

そして彼女は未来的な通路を歩いていく。

「ほんと、凄すぎてもう呆れるくらい

 しか出来ないわね」

こんなものを作り出してしまう司に

雫は苦笑を浮かべながらあちこちを

歩く。

 

やがて彼女は食堂などを経由して後部

にある格納庫へとやってきた。

そこでは輸送機であるオスプレイMKⅡ

やヴァルチャーが格納されていた。

 

改めて司の保持する軍事力に雫が呆れ

ながら苦笑していた時。

 

「何でだよ……」

小さく光輝の声が聞こえた。

「光輝?」

雫は声のする方に向かった。

 

そして、光輝を見つけた。

彼は一機のヴァルチャーを見つめながら

納得できない、と言わんばかりの

表情を浮かべていた。

「何で、こんなすごい物が作れるのに、

あいつは。俺が、勇者なのに……」

どこか憎たらし気に、吐き捨てるように

呟く光輝。

 

「光輝」

「ッ、雫」

彼女が声をかけると、光輝は驚いた

様子だった。

「光輝、あんた何か不満でもあるの?」

「い、いや、俺は別に……」

「嘘ね。俺が勇者なのに、っての聞こえてた

 わよ」

そう言うと、光輝の隣に並ぶ雫。

 

「何か不満でもあるなら、言いなさいよ。

 ため込むと体に悪いわよ?」

「……。あぁ、分かったよ」

そう言うと、光輝はヴァルチャーを

見上げながら静かに語りだした。

 

「新生はこんなにも凄い物が作れる。

 ジョーカーとか、武器だってそうだ。

 そこはすごいと思う。でも、そんな

 力があるのに、何であいつは簡単

 に人を殺せるんだ。あいつなら、

 殺さずに捕らえる事だって

 朝飯前のはずだ。なのに、何で

 簡単に人が殺せるんだよ」

 

そう語る光輝。今の彼にとって、

司は自分に出来ない事を平然と

やってのける存在だ。

なのに、彼は簡単に人を殺す。

力を持っていながら、ヒーローに

なるのに十分な力を持っていながら、

司は人を、敵だと言って殺している。

 

それが光輝には納得できなかったのだ。

 

「もしかしたら、彼は自分から進んで

 汚れ役を引き受けてるのかも

 しれないわね」

「え?」

光輝は、雫の言葉に戸惑った。

「香織から聞いたの。彼は香織や南雲君

 をG・フリートの良心、良き心だって

 言ったそうよ。そして、二人は何か

 あると、司の協力と賛成を得て、

 人助けをしているって。ウルの町も、

 アンカジ公国とか、シアさんも

 そんな南雲君に助けられたって。

 ……でも、みんな優しいだけじゃ

 どうにもできない時が、きっと

 何度もあったのかもしれない。

 そんな時、彼は進んで汚れ役を

 引き受けるそうよ」

「汚れ役。……だからって、人を殺して

 良い訳には……」

「えぇ。ならない。人殺しは、例え理由が

 あったとしても犯罪であり悪。

 ……でもね光輝、戦わなきゃ守れない

 のよ。この世界じゃ。だからきっと、

 彼は割り切ってるのよ。戦わなきゃ

 守れないって」

「だから、あいつはあんな風に簡単に

 人が殺せるっていうのか?」

「今のはもちろん私の憶測よ。彼から

 聞いたわけじゃないわ。

 光輝、私は貴方の正義感が強い所は

 悪くないとは思う。でもね、自分の

 常識や考え方が他人と同じだと

 思うのはダメよ。みんなそれぞれの

 意思や規範がある。それだけは

 覚えておいて」

「雫」

 

光輝は、彼女の言葉にしばし沈黙する。

「あぁ、分かったよ」

やがて彼は静かに頷いた。

 

と、その時。

『ピーピーピー』

不意に周辺のスピーカーから音が聞こえて

来た。

『こちらブリッジ、現在前方の

 地上付近で戦闘の光を確認。

 これより減速し降下します』

艦内放送で司の声が聞こえてきた。

 

「戦闘?」

「行ってみましょう」

「あ、あぁ」

放送を聞いていた二人は急ぎ足で

ブリッジへと向かった。

 

2人がたどり着く頃には、放送を聞いて

いたのかリリアーナや護衛の近衛騎士、

龍太郎に鈴、そしてハジメ達が

既に集まっていた。皆、ブリッジ

中央の大型テーブルモニターに

視線を落としていた。

 

「南雲君!何があったの!」

「あっ、二人とも」

2人に気づくハジメ。

「戦闘の光を確認したとか言ってたが、

 何があったんだ?」

「対地レーダーが反応を捉えた

 んだよ。それで確認してみたん

 だけど……。戦闘と言うか、

 追撃戦と言うか」

「何?どういう事なんだ?」

ハジメの言葉に首をかしげる光輝。

 

「まぁ主らの目で見てみよ」

そう言ってテーブルの前を開ける

ティオ。二人は首をかしげながら

モニターに視線を落とすと……。

 

 

そこに映っていたのは、狭い谷間を

走る数台の大型馬車と、それを追いかける

無数のホバーバイク、更に谷の壁を

ウォールランで疾走する、或いは

スラスターで飛翔する無数の

ジョーカーだった。

 

「これって、ジョーカー!?何で

 あんなに!?」

「あれは司さんが私の部族、ハウリア族

 に与えた物ですぅ」

戸惑う雫にシアが説明する。

「え!?し、シアさんの部族!?」

「はい。前にGフォースの話をしました

 よね?そのハルツィナ・ベースって

 私の部族であるハウリア族が中心に

 なって作られてるんです。あの

 ジョーカーはそんな兎人族の私達

 用にカスタマイズされたものですぅ」

 

と、そんな話をしている内に、ホバー

バイクの集団が馬車に追いつくと、

ホルスターから抜いたノルンで

騎手を次々と射殺。運転席に乗り込んで

馬を停止させていった。

 

その手際の良さは、さながら西部劇の

ギャングであった。

兎人族は弱小部族、と言う常識が今

リリアーナや雫たちの中で砕け散った。

 

「ふむ。どうやらしっかり任務を果たしている

 ようですね」

そんな中でも平然としている司とハジメ達。

いや、ハジメ達は若干お疲れ気味だ。

 

「え、え~っと、新生様?これは一体?」

「彼らはGフォースの兵士たちですよ。

 彼らには、樹海に侵入する帝国兵を

 攻撃し、樹海とそこに住む亜人族の

 国、フェアベルゲンを守るように指示

 を出していたんです。ただ、なぜ

 その彼らがここに」

と、説明しつつも首をかしげる司。

 

その時、ハジメがモニターテーブルを

操作して馬車の部分を拡大。

すると、馬車には何人もの亜人族の

奴隷が乗せられていた。

 

「もしかして、この人たちの救出を?」

そう首をかしげるハジメ。

「どうやらそのようですね。

 リリィ王女。少し寄り道しますが、

 構いませんか?」

「は、はい。分かりました」

 

その後、私達はアルゴからオスプレイ

MkⅡに搭乗して降下。リリィ王女たちは

アルゴに残って貰った。途中で部隊の

IFFを確認すると、どうやら指揮官は

パルだったようだ。

彼らもこちらを確認したのか、彼らの

方をズームすると何人ものハウリア兵

がオスプレイに向かって手を振っていた。

 

谷の間に着陸するオスプレイから、

私とハジメ、香織、ルフェア、ユエ、シア

の6人と天之河たち4人が下りる。ティオ

と蒼司はアルゴの艦内でレーダーを警戒

している。

ちなみにティオの方は、扱い方を少し前に

私が教えておいたのだ。

 

さて、話を戻してオスプレイから降りると、

数人のハウリア兵たちが駆け寄ってきて、

私の前でメットを脱いでそれを脇に

抱えると、見事な敬礼をした。

 

「「「お久しぶりであります!元帥!」」」

「うむ。皆も元気そうで何よりだ。上から

 見ていたが、良い手際だ」

「「「はっ!恐縮でありますっ!元帥!」」」

良く通る声に、天之河たちは戸惑い気味だ。

 

「……ねぇシズシズ。兎人族ってさ、

 亜人族の中でもその、弱い方、だよね?」

「うん、そのはずよ?」

「でもねシズシズ。今の鈴にはね、戦争

映画に出てきそうな、めっちゃ逞しい

兵士さんに見えるんだよ?鈴、目が

おかしいのかな?」

「大丈夫よ鈴。可笑しくないわ。

 ただ、私達の常識がぶち壊された

 だけよ」

「そっか~。常識って、壊れやすいんだね」

と、後ろで二人がそんな話をしていた。

まぁ無視するが……。

 

と、そこへ。

「お久しぶりです元帥。ウル防衛戦

 以来ですね」

この部隊の隊長であるパルが私の

前にやってきて敬礼をした。

「お前こそ、相変わらず良い手際だ

 パル。また腕を上げたな」

「はい。元帥より頂いた近衛大隊

 隊長の地位に恥じぬよう、

 日々精進しています」

「そうか。それより、なぜこんな 

 所にまで?何があった?」

「はいっ、それについてなのですが……」

と、彼が報告しようとしたとき、彼の

メットから通信が届いたピピピッ

と言う電子音が響いた。

一瞬出ようか迷うパル。

 

「構わない。時間はある。出ると良い」

「はっ、ありがとうございます。失礼

 します」

そう言ってパルは私から少し離れた所で

メットを被り直して通信相手と何かを

話している。

 

と、そこに救出された亜人たちの内の

一人。森人族の少女が私の傍に歩み

よってきた。

「ッ、アルテナ様」

そして彼女を見るなりルフェアが一瞬

息を呑んだ。

 

「ルフェア、知っているのですか?」

「うん。森人族の族長、アルフレリック様

 の孫娘のお姫様だよ」

族長の孫娘だと?そんな者まで奴隷として

捕えられているとは。どうやら些か、

きな臭い雰囲気になってきたな。

 

そう考えていると森人族の少女が私達の

前に立った。

「あの、失礼ですがあなた様は新生

 司殿で間違いありませんか?」

「えぇ。私はG・フリート総指揮官、

 新生司です。貴方は?」

「申し遅れました。私はフェアベルゲン

 長老衆の一人、アルフレリックの孫娘、

 『アルテナ・ハイピスト』と申します。

 以後お見知りおきを」

「彼の孫娘、ですか」

 

しかし、族長の孫娘までもが帝国兵に

奴隷として捕えられている、と言う事は

まさかフェアベルゲンが落ちたのか?

こうなると、詳しい話をパル達から聞く

必要があるが……。

 

と、その時私の視線が、彼女の手足に

巻かれた枷に向いた。見ると手首や

足首の部分が赤く、如何にも歩きにく

そうだ。消すか。

 

『パチンッ』

そう考え指を鳴らすと、亜人族の者達を

束縛していた枷が一瞬で、全て消滅

してしまった。

「え?あ、あれっ?」

すると、目の前でアルテナが自分の手や足

を見つめている。

 

「枷が、消えて……」

「私の力で枷を消滅させておきました。

 邪魔だろうと思ったので」

「え?ゆ、指を鳴らしただけで?」

戸惑うアルテナ。

 

「それくらい、元帥ならば造作も無いぜ?」

そこに戻ってくるパル。

「パル、通信は終わったのか?」

「はい。現在帝都付近に展開している部隊

 からの物でした。元々、あの輸送隊も

 帝都から別の場所に向かうのを察知して

 襲撃したものです」

「成程。だからこんな所にお前達が。

 それより、彼等はどうする?」

そう言って私は未だに枷が突然消えた

事に驚き、私を警戒している亜人族達

に目を向けた。

「馬車は無事なのでこれから樹海へ

 戻るつもりですが、何か」

「ふむ。馬車では時間が掛かるだろう。

 彼等はアルゴに乗せて輸送しよう。

 お前達はどうする?」

「では、我々もお供させて頂きます。

 前線では帝都侵攻と亜人族奪還の

 ためにカム総司令の下、部隊を

 展開中でしたが、元帥の来訪を

 伝えると一旦下がる、との事でした」

「分かった」

 

頷くと、私はすぐに上空のアルゴへと

通信を繋ぐ。

「こちら司。ティオ、聞こえているか?」

『こちらアルゴ。問題無いのじゃマスター』

無線機から彼女の声が聞こえてくる。

どうやら扱いにも慣れた様子だ。

「現在多くの亜人族を保護している。

 彼等をアルゴに乗せてフェアベルゲン

 まで空輸するが、オスプレイが

 足りない。蒼司に言って残っている

 オスプレイを下ろしてくれ。

 ピストン輸送で彼等をアルゴへ

 乗せる。あぁ、但し1機は残して

 おいてくれ。リリアーナ王女達には

 悪いが、彼女達とはここでお別れだ」

『ではオスプレイで帝都方面へ?』

「あぁ。それと念のためティオは

 彼女達に同行してくれ。

 帝都に入るまではだ。それが

 確認出来次第、戻ってくれ」

『はい。マスターの仰せのままに』

 

そう言って、しばらくすると上空の

アルゴから1機のオスプレイMKⅡが

離陸。アルゴから離れて行った。

その後、その1機とは別にオスプレイ

とガーディアン隊によって次々と

亜人族の者達がアルゴにピストン

輸送されていく。

 

私達は先にアルゴに上がり、ブリッジで

輸送状況を確認していた。ハジメ達は

雫や天之河たちと一緒に亜人族の者達への

手当や水、食料の配布を行っていて

ブリッジには私しかいない。

そこへ。

 

『マスター』

「ん?ティオか?どうした?」

リリィ王女の護衛を任せている

ティオから通信が届いた。

『リリアーナ王女から、マスター

 に話がしたいとの事で』

「私に?分かった。繋いでくれ」

『御意』

そう言うと、通信機の向こうで

しばし間をおいて……。

 

『新生様?聞こえますか?』

「えぇ。聞こえますよリリィ王女。

 何か?」

『いえ。大した事ではないのですが、

 その、ありがとうございます。

 以前アドバイスをいただいた事も

 そうですが、こうして送って

 いただいて』

「いえ。どうかお気になさらず。

 それよりリリィ王女。どうか、ご武運を。

 いざと言う時は、あの腕輪に意識を

 集中し、思って下さい。すぐに

 私達が救出に向かいます」

『……本当、ですか?』

「えぇ。……もしかすると、帝国と王国

 の関係を完全に破壊する事になる

 かもしれませんが、その時は我々

 G・フリートが王国に可能な限りの

 援助をしましょう」

『……一つ、お聞きしても構いませんか?』

「なんでしょう?」

 

『どうして、新生様はそこまでして

 王国を助けて下さるのですか?

 やはり、例の戦いの時に、邪魔に

 なる者を減らすために、ですか?』

彼女の問いかけに、私はしばし黙って

しまう。

 

「……正直に申すならば、そう言った

 打算的な理由が無いと言えば嘘に

 なります」

そう呟くと、通信機の向こうでリリィ

王女が息を呑む声が聞こえた。

 

そうだ。私がずっと、人を助けてきた

のはハジメ達がそれを望んだ事と、

そこに打算的な理由があったからだ。

 

だが、それでも……

「ですが、ある人が私にこう言いました。

 他者を切り捨てる生き方は、とても

 寂しい物だと。その言葉を聞いた時、

 私は今更だと思いました。私の

体は、とっくに血で真っ黒に汚れて

いたのです。ですが、 彼女は言い

ました。誰かに優しくなるのに、

遅すぎるなんて事は無いと」

『新生様』

「そして、もう1人の友人は私に

 こうも言いました。例え、そこに

 打算的な理由があるのだとしても、

 私が人を助けている事は事実だと。

 ……この言葉を聞いたときは、

 驚きました」

そう言って、私は小さく笑みを浮かべる。

 

「それに、ルフェアも以前私を優しい

 と言ってくれました。そう思うと、

 私は皆との旅を通じて、少しは

 変われたのではと思います。

 少しは、誰かを思いやれる程には」

『そうですか。……ありがとうございます

 新生様』

どこか嬉しそうなリリィ王女の声が聞こえる。

 

『あなた様に頂いたこの腕輪。もしもの時

 は使わせて頂きます』

「はい。その時は、必ず助けに来ます」

『はいっ』

 

その返事を最後に、通信は終了し彼女は

通信機をティオに返した。

そんな中で、私はふと自分の右手を

見つめ、笑みを浮かべた。

 

「少しは、前より優しくなった

 のか?なぁ、オリジナルよ」

返ってくる事のない問いかけを、

笑みを浮かべながら投げかけるの

だった。

 

その後、亜人族全てを収容した

アルゴは改めてハルツィナ・ベース

へと移動を開始した。

とは言え、距離は大して離れては

いないので10分程度で樹海に

たどり着いた。

 

そして、上空から樹海を見下ろすと、

樹海の一角に開けた場所を発見した。

その場所に注目している天之河たち。

 

『こちら、ハルツィナコントール。

 お待ちしておりました、元帥』

その時、無線で通信が届いた。

「うむ。待たせたな。着陸のための

 誘導を頼むぞ?」

『了解ですっ。アルゴは1番

 滑走路へどうぞ』

「了解した」

管制官の指示に従いながら、私はアルゴ

を操縦し、無事に1番滑走路へと着陸する

事に成功した。

 

しかし、アルゴが離発着出来る程に巨大

な基地に成長していたとは。私としても

予想外であった。

「カムめ。随分デカくしたものだ」

そう、私は小さく笑みを浮かべるのだった。

 

その後、後部ハッチを開いてそこから

亜人族の者達を順次下ろしていく。

そしてその作業が終わり、私もアルゴ

から降りたとき。

 

『『『『『『『『『『ザッ!!!!』』』』』』』』』』

 

突如として私の前に何十、何百と言う

兎人族の者達が、男女問わず並び、

見事な敬礼をする。

 

これには近くに居た天之河たちも驚き

ハジメ達は苦笑している。

『『『『『『『『『『お待ちしておりました!元帥!』』』』』』』』』

そして全員が異口同音の、叫びに

等しい挨拶を口にする。

 

「出迎えご苦労、楽にしてくれ」

『『『『『『『『『『はっ!』』』』』』』』』』

私の言葉に全員が休めの体勢になる。

 

「なぁ、俺達がやってきたのって樹海

 だよな?」

「えぇ。その『はず』よ龍太郎」

「なら教えてくれ雫。これのどこが

 樹海なんだ?」

どこか遠い目でやりとりをする雫と

坂上は無視する。

谷口に至っては、口から白い煙を

出しながら、「ガチムチ、ウサ耳兵士」

などと呟いているので、更に無視する。

 

その時、彼らの中から1人の男が一歩

前に出てきた。

「父様っ!」

私の傍に居たシアが叫ぶ。

 

その男こと、Gフォース総司令に

してこのハルツィナ・ベースの

司令官であるカム・ハウリアだった。

 

「お待ちしておりました!元帥!」

「どうやら立派にやっている

 ようだなカム」

「はっ!元帥に頂いた我が家たる基地!

 日々拡張を続けている所存で

 あります!」

「アルゴを離発着させる事も出来るように

 しているとはな。正直助かったよ」

そう言うと、私はカムの方に歩み寄り、

その肩をポンッと優しく叩いた。

 

「立派な基地だ。よくここまで

 作り上げてくれた」

「ッ!お、お褒めにあずかり、

 恐縮でありますっ!」

私が褒めると、カムが静かに男泣きを

始める。

 

「そして、皆もだ」

そう言って、カムの後ろに並ぶ、

数百の兵士達を見回す。

 

「私の下した命令を守りながらの基地の

 増築は大変な作業であっただろう。

 が、だからこそ諸君等が如何に優秀

 であるかが分かると言う物だ」

その言葉に、皆が静かに震え出す。

どうやら泣くのを我慢しているようだ。

 

「よくこのハルツィナ・ベースを

 これほどまでに大きくしてくれた。

 諸君等のような、優秀な部下を、

 いや、仲間を迎える事が出来た事

 を私は誇りに思う」

 

そこに私がトドメの言葉を放つと、彼等

の大半が男泣きや嗚咽を漏らす。

 

「皆っ!泣くなっ!元帥の、ぐっ!

 御前であるぞぉ!」

そう言うカムも、涙が止まらない様子だ。

「良い。……私の言葉一つでここまで

 感激してくれると言うのは、指揮官

 として嬉しい物だ。その嬉し涙を

 見る事が出来たのは、私の誇りだ。

 ……皆の私を思う心、確かに

 見させて貰った。ありがとう」

 

そう言って、私が敬礼をすると……。

「総員っ!!元帥にっ!敬礼っ!!!」

 

『『『『『『『『『はっ!!!!』』』』』』』』』』

 

カムの言葉に、ハウリアの兵士達が

その目に涙を浮かべながら答礼を返して

くれた。

やれやれ、私も慕われた物だ。まぁ、

悪い気はしないが……。

そんな事を考えながら私は笑みを浮かべるの

だった。

 

 

ちなみに……。

 

「ファンタジー成分はどこ行ったの

 かしら?」

「……あのウサ耳?」

と言う雫と谷口の会話は聞こえないふりを

しておいた。

 

     第64話 END

 




今回から帝国編になりますが、司たちは帝都でやらかす予定です。
何をと聞かれると、一言で答えるなら『原作以上の悲劇(帝国にとって)』と
お考え下さい。

感想や評価、お待ちしています。


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第65話 再びのフェアベルゲン

今回はフェアベルゲンでのお話です。
あと、私情なのですが、私は今日が入社式で、これから社会人としての生活が始まるので、これまでより投稿スピードが落ちるかもしれません。
なにとぞよろしくお願いします。


~~~前回のあらすじ~~~

大迷宮攻略の為にハルツィナ樹海へと

向かうハジメと司たち。更にそこに

同行する天之河たちとリリアーナ。

だが、樹海に向かう道中で彼等は

帝国兵の部隊を追撃するGフォース

の面々を発見し合流。囚われていた

亜人族を保護しGフォースの基地

であるハルツィナ・ベースへと

連れ帰るのだった。

 

 

その後、話をしているとリリィ王女を

送り届けたティオのオスプレイが

戻ってきた。

これで全員揃った事もあり、私達は

カムの案内の元に豪華な応接室

らしき場所に通された。

 

そこに集まったのは、G・フリートの

メンバーである私達7人と天之河たち

4人と蒼司。基地司令であるカムと

近衛大隊長のパル。更に亜人族代表

という事でアルテナに集まって貰った。

 

そして、そこでカム達の口から

ここ最近、樹海で起った出来事を

聞いていた。

 

まず一番最初に話題に上がったのが、

魔人族による樹海襲撃だった。

理由は言わずもがな、大迷宮だろう。

フリードという、魔人族の大迷宮

攻略者が居る以上、奴らが大迷宮を

狙ってきたとしても何の不思議もない。

当初、樹海の霧の特性から有利に戦える

と思って居たフェアベルゲンの戦士達

だったが、霧の影響を受けない魔物の

群れによって苦戦を強いられたと言う。

 

だが、そこにカムの率いるGフォースが

参戦。無論、理由は樹海防衛の為だ。

ジョーカー、ガーディアン、ハード

ガーディアンの陸上部隊やホバーバイク、

ヴァルチャーなどの航空戦力。

ロングレッグや基地内部に作られた

榴弾砲陣地による砲撃部隊など、保有

する戦力を可能な限り投入しこれを

撃滅。主戦場になった樹海と外との

境界線付近は、今も魔人族と魔物の死体

が山になっているらしい。

 

だが、フェアベルゲンにとって不味い

事態になったのはそれだけではない。

どうやら帝国も魔人族の襲撃を受けて

疲弊しているらしく、労働力として

亜人族を捕えようとしていたのだ。

しかし最近はGフォースが樹海周辺の

警備をしはじめた事もあり、近づけば

まず警告が飛んでくる。そしてそれを

無視して近づこう物ならば、銃弾の

雨が飛んできて皆殺しにされるのが

オチだった。

 

そこで帝国はGフォース&フェアベルゲン

の戦士達が、魔人族と戦っている間に奴隷

の亜人族を使ってフェアベルゲンへ案内

させ奇襲を仕掛けた。

殆どの戦士が出払っている現状で

これを防ぐ術の無いフェアベルゲンへ

侵入した帝国兵は無数の亜人族を捕えて

樹海を離脱した。

つまりは漁夫の利を得た、と言う訳だ。

 

魔人族との戦線に集中していたGフォース

と戦士達は、魔人族を退けた直後に、

何とか彼等の元にたどり着いた

フェアベルゲンの使者からこの話を

聞き、動ける者だけでフェアベルゲンに

戻ったが、時既に遅く大勢の亜人族が

攫われた後だった。

 

それに対し動いたのがGフォースだった。

カム曰く、別の兎人族の部族も襲われて

おり、彼等が愛玩奴隷として陵辱される

のは目に見えていた事から、ついでに

他の亜人族も助ける為に動き出した、

との事だ。

 

彼等は補給などを済ませるとすぐさま

機動性に優れるホバーバイクや

ヴァルチャーなどで帝国兵部隊を追撃。

しかし奪還できた亜人族の数は少なく、

大半は帝都へと入った後だった。

流石に、いきなり帝都へと攻め入る

のにはカムも迷ったらしい。

 

その後、Gフォースは帝都郊外に

部隊を展開。私が来るのがあと1日

遅かったら、カムの決断で帝都を攻撃。

亜人族奴隷を全て解放し、爆装した

揚陸艇部隊で帝都を爆撃し更地にしようと

していた、との事だ。

 

「そうか。帝都に攻撃を」

「はい。……不味かったでしょうか?

 こちらの判断で動いたのは」

「いや。確かにGフォースはG・

 フリートの下部組織だ。だがG

 フォースをどう動かすかはカムに

 一任している。だから気にするな」

「はっ、ありがとうございます」

そう言って頭を下げるカム。

 

「いやっ!よくはないだろ!」

しかしその時、座っていた天之河が

声を荒らげて立ち上がった。

「何だ?何か言いたいことでもあるのか?」

「何って、聞いてたのか今の話を!?

 帝都を爆撃なんてしたら、一般市民

 だって巻き込まれるだろ!?

 それだけじゃない!お年寄りや、

 子供まで!彼等まで殺すのか!?」

ふむ。確かにそうだな。

「カム、お前は爆撃の段階で避難勧告

 を出す予定であったのか?」

「いえ。特にそのような事は。

 逃げる奴は戦闘開始直後に

 逃げるだろうと思っておりました

 ので。残っているのなら女子供

 老人だろうがまとめて吹き飛ばす

 つもりでした」

 

あくまでも普通に語るカムに、天之河

や雫、坂上、谷口だけでなくハジメ

や香織までもが絶句する。

要は、帝都においてカム達が大虐殺を

やらかす所だったからだ。

「ちなみに、今後の予定は?」

「元帥がお見えになったので部隊は

 下げましたが、近日中には

 帝都への侵攻を考えています。

 作戦目的は同じく、亜人族奴隷の

 解放と帝都壊滅です」

「そうか」

とだけ私は頷き、出された茶に

口を付ける。

 

「そうかって、何を暢気なことを

 言ってるんだ新生!!」

相変わらず声を荒らげる天之河。

「彼等の攻撃が始まったら民間人に

 だって被害が出るのは分かりきった

 事だろ!?」

彼の言い分は、今に限っては正しい。

Gフォースの火力は、この世界において

最強クラスだ。

帝都如き、一瞬で火の海に出来る

だろう。

いや、そもそもな話、捕虜などを

一切取る気が無いのなら、亜人の

奴隷を救出後にジョーカーの

Gブラスターの一斉射で帝都を

消滅させれば良い。

そして、それがGフォースには

出来るのだ。

当然、膨大な量の死人が出るだろう。

 

 

すると……。

「だったらお前は、このまま俺達亜人が

 人に虐げられ続けても良いって

 言うのか?」

鋭い視線でパルが天之河を睨み付ける。

「い、いやっ!そんな事は無い!

 亜人の奴隷を解放するのなら俺も

 賛成だ!でも、方法が過激過ぎる!

 それでは無関係な、罪の無い人達

 まで巻き込んでしまう!」

「罪が無い?はっ!知った事じゃ

 ねぇな!」

「なっ!?」

パルの言葉に、天之河が戸惑う。

 

「奴らは、平和に暮していた俺達を

 蹂躙し、殺し、奪い、犯す。

 罪が無いって言うのなら俺達は

 どうなんだ?普通に暮していただけ

 なのに、何故奴隷にならなければ

 いけない。あそこに亜人の自由

 なんてない。

 それがあの国だ。帝国だ。

 奴らは俺達がどうなろうと知った

 事じゃない。まるで道具のように

 扱い、使えなくなったら捨てて

 新しいのをこの樹海に探しに来る。

 ……そんな国に生きてる奴らを、

 許せると思うか?俺は許せないね。

 だから、吹っ飛ばすのさ。全部な」

そう語るパルの目には、復讐の炎が

揺らめいていた。

 

「そして、帝都を破壊し蹂躙し

 燃やし、そしてその炎で世界に

 証明する。俺達亜人は、もはや

 お前達人間の奴隷なんかじゃない

 のだと、世界に知らしめる。

 その狼煙を上げるのさ。帝都を、

 帝国の都を完膚なきまでに

 破壊してなっ!!」

そう叫ぶパルに、天之河だけで

なくハジメと香織、雫達が俯く。

 

世間一般における亜人族の認識は

奴隷だ。まして兎人族は中でも

最底辺の認識だ。

それをひっくり返すのであれば、

それこそ国の一つや二つ壊す必要が

あるだろう。

 

しかし、殺戮はハジメや香織の精神衛生

上避けるべきだ。

と言っても……。

 

帝国は実力主義の国だ。蒼司も以前

王国に来た皇帝の姿を見たそうだが、

我の強そうな男だと言う事だ。

……となると、取引に応じるか

どうか。

まぁ、まずは……。

 

「落ち着けパル。ここは、一度私に

 チャンスをくれないか?」

「元帥に、チャンスですか?」

私の言葉に首をかしげ、落ち着いたのか

パルはこちらに興味を持ってくれた。

 

「あぁ。現在、世界各地で魔人族が

 動き出した。それに伴い王国は

 各国の関係強化に乗り出した。

 そして王国の姫君と帝国の

 皇太子の結婚話が持ち上がっている」

「ッ!?王国の姫君って、リリィの

 事だろ!?まさか、リリィが帝都

 に向かったのって……!」

「あぁ。表向きは王の使いとしてだが、

 実際には結婚についての打ち合わせ

 などが目的のようだ。そして、

 現在我がG・フリートは王国と

 同盟関係にある」

「だから、帝国を見逃せと、仰る

 おつもりですか?元帥」

 

そう言って、パルは拳を振るわせる。

しかし……。

 

「そうではない。……私からの提案

 なのだが、G・フリートと帝国の

 間で取引をしようと考えている」

「取引、ですか?」

と、首をかしげるアルテナ。

 

「あぁ。こちらはガーディアンなどの

 労働力や復興に必要な物資等々の

 供給を帝国側に約束し、逆に

 奴らは亜人族奴隷全ての返還。

 つまりは解放を要求する」

「そ、それなら……」

と、雫はどこかホッとした様子だ。

 

だが、それだけではない。

「ただし、この要求を帝国側が

 受け入れない場合、その後に

 ついてはカム。お前達に一任する」

「ッ!では元帥っ!」

「あぁ。『滅ぼす』にしろ、『更地』に

 するにしろ。好きにせよ」

「ッ!司っ!それはっ!」

その時、傍に居たハジメが立ち上がる。

 

「……本気、なの?」

「えぇ。……あの国は実力主義。

 強き者が全て。弱い者は、強者の

 物に成り下がる。それが帝国という

 国です。だからこそ、皇帝が私との

 取引に応じるとは、残念ながら

 思えません。だからこそ、奴らに

 思い知らせるのです。『Gフォース

 は、帝国兵などよりも強い』と。

 が、だからといっていきなり

 滅ぼすと言う訳ではありません」

 

そう言うと、私は茶を飲む。

「カム、パル。ある程度段階を

 決めておこう」

「段階、ですか?」

「そうだ。皇帝が私の提案を呑めば

 それで良し。飲まない場合は、

 お前達が仕掛け、まず帝国兵を

 蹂躙しろ。そこで一旦戦闘を停止。

 再度、亜人族奴隷解放を促す。

 それでも聞き入れないようならば、 

 あとは全てお前達に任せる」

「つまり、二度の勧告を無視した

 のならば、後は好きにして良い、と?」

「そうだ。警告はする。ならば、

 従わない方が悪い」

「そうやって、人を殺すのか!?

 あそこには大勢の人が居るんだぞ!」

「だからチャンスは与える。逃げる

 チャンスをな。帝国兵をある程度

 倒した後、民間人にも退避を促す。

 もちろん、亜人奴隷を所有している

 場合はその解放が絶対条件だがな」

そう言うと、私は皆に考える時間を

与えるために茶を飲む。

 

「……分かっているのか。避難って言う

 のは言うほど簡単じゃない。

 今ある生活を根こそぎ捨てさせる事

 なんだぞ!?それが分かっている

 のか新生!」

「……奴隷として亜人族を、他人の生活

 の自由を根こそぎ奪っている奴らだ。

 奴らは亜人族に恨まれる事をしてきた。

 そして、私達は当事者ではない。

 カムやパル達が報復を望んでいるとして、

 止めてどうなる?いや、それ以前に

 止められるのか?私以外で」

「ッ!だ、だったらお前が止めれば良い

 だろ!?」

 

「そうかもしれんな。が、だからといって

 命令を押しつける気などない。だから

 取引を行うのだ。帝国側には再三

 注意を促す。それを聞かなかったのなら、

 向こうの問題だろう。帝国兵はこれまで

 幾度となくGフォースと交戦している。

 今更カム達の力を知らんわけでは

 あるまい。……それでもなお、G

 フォースとの戦争がしたいのなら、

 それは帝国の首脳部が無能であり、 

 民がそれに巻き込まれただけの事だ」

 

その言葉に、ハジメ、香織、雫達がどこか

戸惑っている。

「でも、だからって子供まで巻き込む

 のはっ!」

反論するハジメ。だが……。

 

「甘いな、ハジメ殿」

それをティオが制する。

「これまで長い間、奴らは亜人を奴隷と

 してきた。亜人など奴隷で当たり前と

 奴らは思って居ろう。ならばその

 当たり前を破壊する事件が必要なのじゃ。

 亜人はもはや奴隷ではないと、言葉で

 奴らに分からせるのは無理であろう。

 ならば、力で理解させるほかあるまい」

「だから、帝都での犠牲を見逃せって

 言うんですか……!?」

「ではどうすると言うのじゃ。帝国は

 実力主義と聞く。それとも、皇帝を 

 倒し新たな皇帝でも擁立するかの?」

「そ、それは……」

ティオの言葉に、声を詰まらせるハジメ。

 

「……自由とは、時に流血の先にある物

 ではありませんか?」

私は、彼等を見回しながら呟く。

「アメリカ独立戦争しかり。インドネシア

 独立戦争しかり。私達の世界で起きた

 独立戦争もまた、上げれば切りが無い。

 ……同じなのですよ。こちらでも

 それは。力の無い自由は、実現

 しないのです」

「……確かに、そうなのかもしれない。

 でも、だからって兵士じゃない 

 人達までもが血を流す、殺される

 状況は、いくらなんでも納得

 出来ない」

そう言って、私に反論するハジメ。

 

「司、僕は司の言うとおり、兵士なら

 戦場において死ぬ事を覚悟する必要

 がある事は分かる。撃って良いのは

 撃たれる覚悟がある者だけだ、

 って言う言葉の意味も理解している。

 でも、民間人を巻き込んでの虐殺

 はどうしても認められない」

「ならば、説得するしか無いでしょう。

 皇帝を。……それ以外に、もはや

 動き出した歯車を止める術は

 ありませんよ」

私は応接室の窓の方へと向かい、更に

ハジメ達を招き寄せ、外を指さす。

 

そこでは、ロングレッグの揚陸艇積み込み

作業や揚陸艇の爆装準備。ヴァルチャーの

発進準備。更に、私達のとは別に、

2番から4番までのアルゴが用意されている。

 

カムの作戦を聞くと、、オペレーション

中盤にアルゴからハウリア兵とガーディアン

の混成空挺部隊を投入し王城を制圧する

予定のようだ。

そして、外ではハウリア兵たちが嬉々とした

様子で準備を始めていた。

更に、帝都攻撃の情報をどこからか

聞きつけたのか、捕虜になっていた亜人族

の者達までもが、協力を申し出ている。

 

「あれはもはや、私の命令一つで止まる

 者ではありませんよ。最低限、今

 帝都で捕えられている彼等の家族を

 奪還しない限り、彼等は止まりません

 よ」

そう言って、私はソファに戻ろうとする。

が……。

 

「司、もし、説得に失敗したら……。

 帝都は、そこに生きる人々は、

見捨てるの?」

「……そう、解釈して貰っても構いません」

私はそう呟く。あの国には、何の思い入れ

も無い。知人がいるわけでもない。

滅ぼうがどうなろうが、私にはどうでも

良かった。

その後、亜人族の者達はバジリスクで

フェアベルゲンへ送る事になった。

樹海の中をバジリスクの隊列が進んでいく。

 

 

その車内で……。

「……自由のための闘争、か」

ポツリとハジメが呟いた。

「ハジメくん」

そんな彼に、心配そうに声を掛ける香織。

今、運転席に座っているハジメ。

助手席には香織が座っている。後ろには

数人の亜人族と護衛のガーディアンが

乗っているだけだ。

 

「分かってる。分かってるよ。亜人族が

 奴隷として見られている現状を

 変えるには、ティオさんの言うとおり

 言葉じゃ足りない。力が必要だって

 事も。……でも、だからって普通の

 人々まで巻き込んで良いとは、僕には

 思えない」

「それは、私もだよ。敵は、倒さないと

 いけない。でも、敵って何?私達の

 行く道を阻む者?……だとしたら、

 帝都の人達は敵なの?あの人達が

 私達の何を阻んだの?」

「そんな事してないよ。あの人達は、

 僕達とは無関係だ」

そう呟くと、ハジメは唇をかみしめる。

「そう、無関係なんだ」

 

確かに帝都の民とハジメや司たちの間

には何の繋がりも無い。赤の他人だ。

だからこそ、司にとって彼等がどう

なってもお構いなしだ。更に言えば、

傍からすれば、『何故赤の他人の為に

ハジメ達が必死になるのか?』と疑問

を持つ者も居るだろう。

もっと言えば、これは亜人族を下等種族

として見下してきた人間に対する、

更に言えば亜人を奴隷として

蔑む帝国への。亜人族の憎悪が

引き起こした戦いだ。

 

ハジメ達は第3者でしかない。

これは、亜人族が人間に自分達の力を

知らしめる戦いである。だが、戦い

が起れば、間違い無く血が流れる。

兵士が倒れるのならば、ハジメは

まだそれを黙認しただろう。

 

ハジメもまた、戦士として何度も

戦場に立っているからこそ、それは

仕方の無い事である起こりえる必然

だと分かっているからだ。

だが彼は民間人が巻き込まれる事

だけはどうしても認められなかった。

 

無関係だからこそ、唯一無二の

親友である司によって強くなった、

ハウリアの兵士達に彼等が殺される

のが、ハジメにとって心苦しい事

だった。

 

司が与えた武器で殺されると言う事は、

間接的にであれ、司が彼等を殺して

いるような物だった。

だからこそ、ハジメはハウリア兵、

Gフォースによる虐殺を止めようと

思ったのだが。

 

「僕は、今を生きる人を守りたい。

 例え彼等が、亜人を見下していても、

 それでもあそこに住む人達にだって

 家族や友人が居る。僕は、誰にも、

 大切な人を失って悲しみの涙を

 流して欲しくない。そして何より、

 これ以上、司に人殺しの汚名を

 着せたくはない」

そう言って、ハジメはハンドルをギュッと

握りしめる。

 

その時。

「そうだね」

香織が優しく、ハジメの手に自分の

手を添えた。

「だからこそ、止めようハジメくん。

 私達が皇帝を説得すれば、虐殺は

 おこらないんだから」

「うん。そうだね」

 

そうして、2人は虐殺を止めるために

皇帝、ガハルドを説得することを決意

する。

 

だが、それが無駄に終わる事など、今は

知らぬまま。

 

 

一方その頃。先頭車にて。

「やっぱり、あなた。もしかして

 ルフェア・フォランドね?」

真ん中にある3列シートに座っていた

アルテナが助手席のルフェアを見つめていた

が、不意にポツリと呟いた。

「……そうですけど、何か?」

ルフェアは一瞬肩をふるわせると、

素っ気ない態度で呟く。

 

「生きていたのですね。無事で

 良かった」

「……」

彼女の生存を喜ぶアルテナと、対照的に

どこか不機嫌なルフェア。

「貴方が行方不明になったと聞いた時、

 皆が心配していたのですよ?」

「……そうですか」

「あの、ルフェア?貴方は皆のところへ

 戻る気はありませんか?貴方が

 無事だったと知れば、きっと

 皆も喜ぶと思います」

「……」

彼女の言葉にルフェアは何も言わない。

 

それに戸惑うアルテナ。やがて……。

「あそこに、もう私の居場所は無い」

「え?そ、そんな事は……」

「無いよもう。私は捨て子で、育ての親

 には感謝してる。でも、段々私を

 腫れ物のように扱いだして。

 周りの皆もそう。だからあそこが

 嫌になって抜け出したの。

 そして……。私はお兄ちゃん達と

 家族になった。今の私の帰る場所は

 お兄ちゃんの隣。つまりG・フリート

 なの。だからもう、フェアベルゲンに

 戻る事は無い」

「……本気、なのですか?」

「うん。……お兄ちゃん達は、血のつながり

 とかそんなの無くても私を家族として

 迎え入れてくれた。私が誰かなんて

 気にもしないで。そして、3人とも私の

 為に国を敵に回す事さえ、決意してくれた。

 そんな皆の元を離れるなんてありえないし、

 それに、今の私はお兄ちゃんのお嫁さん

 だから」

「お、お嫁さん!?」

ボッと音がしそうな程顔を赤くする

アルテナ。

「そう。私を助けてくれたお兄ちゃん。

 お兄ちゃんが私の旦那様。式は

 まだだけど、いずれ挙げるの」

そう言って、ルフェアはうっとりした

表情で私を見つめる。

 

うぅむ。運転中じゃなければ手の甲に

キスでもしたい所だが、流石に事故を

起こすと不味いので自重する。

 

「そ、それほどまでに、す、素敵な

 男性なんですね」

と、アルテナは顔を赤くしながらも私を

見ている。……しかし、どうにも

その視線が熱っぽい気がしている。

「あ、あの、ちなみにですが、新生様。

 国を敵に回した、と言うのは……」

「あぁ。それは私達がまだ王国に居た時

 ルフェアを謂われのない罪で死刑に

 しようとしたので、思い切り反発

 したのですよ。それだけです」

そう私は答えただけなのだが……。

 

 

『1人の少女の為に、そこまでするの

 ですね。新生様は』

司には分からない事だが、1人の少女の

為に国すら敵に回すなど、そうそう出来る

事ではない。更に言えば、アルテナも

ハルツィナ・ベースでハウリア兵達から

慕われている司の姿を見ていた。

大勢の兵士達から慕われる彼を見て

アルテナも興味を持ったのだ。

しかし……。

 

「ねぇ」

「ふぇっ!?」

突然ルフェアに声を掛けられたアルテナ

は戸惑う。

「お兄ちゃんは、絶対渡さないからね?」

そう言って笑いながら鬼面のオーラを

浮かべるルフェア。

これにはアルテナ以外の、亜人達が

ガクブルになっているが、心なしか

アルテナは別の意味で震えている

ようだった。

 

その後、フェアベルゲンに到着した

車列だが……。

かつて私達を迎えた門は魔法か何か

で破壊されたのか、ハウリア兵が残骸

の撤去を行っていた。

 

門を超えた先にあった緑豊かな町も、

所々破壊の爪痕が残っている。

「……酷い」

それを見て、隣に座っていたルフェア

がポツリと呟いた。

 

パル達から聞いていたが、襲撃のあと

アルフレリックの依頼でGフォースの

兵士が何人かここに駐屯しているらしい。

それで門の所にGフォースのハウリア兵

がいたのか。

 

そう思いながら私達は車列を停止させて

後ろから亜人族の者達を下ろす。

すると、フェアベルゲンの亜人達は

戸惑いながらも自分の家族や友人を

見つけると涙を流しながら駆け寄り

抱擁を交わしている。

 

と、そこへ。

「おぉ!アルテナ!」

「お祖父様!」

森人族の族長であるアルフレリックが

現れ孫娘のアルテナは彼の胸に飛び込んだ。

 

しばし涙を流しながらも再会を喜んでいた2人。

 

やがて、落ち着いたのかアルフレリックは

アルテナを離すと私の方に目を向けた。

 

「まさか、こうしてお主と再会するとは。

 思っても見なかったぞ。新生司。

 孫娘を、そして多くの民を救ってくれた

 事、深く感謝する。ありがとう」

そう言ってアルフレリックは私に頭を下げ、

他の亜人たちもそれに倣う。

 

「礼は不要です。彼等を助けたのは私達

 ではなくカムやパルです。私達はただ

 彼等を送ってきただけです」

「そうは言うが、ハウリア族をあれほど

 の猛者に仕立て上げたのはお前さん

であろう?お前さんのした事が、 

結果的に魔人族からここを守り、

更には帝国から多くの者達を救った。

それが事実だ」

「そうか」

アルフレリックの言葉に頷く私。

 

 

ちなみにその後ろではティオやルフェア

が誇らしげに司の背中を見つめていた。

ハジメと香織も、ユエやシアと共に

今は無事に亜人たちがここに戻れた

事に安堵していた。

更に雫たちは自分達の知らないところ

で大勢の者達を助けていた事実に

改めて驚き、しかし光輝は複雑そうな

表情を浮かべていたのだった。

 

 

その後、アルフレリックの家に私達は

招かれ、更にそこには他の族長達も

集められた。どうやら、熊人族の族長

はあの時私達と戦ったレギンが継いだ

ようだ。あのジンとか言う男は再起不能

になったようだしな。

最初、奴らは私達を見ると嫌悪感

丸出しの表情をしていたが、私の口

から帝都攻撃と亜人奪還の話が出ると

驚きと興奮が混じったような表情を

浮かべた。

 

「帝都を攻撃するのか!?それで、

 亜人族を、我々の同胞を解放すると!?」

「そうだ。……Gフォース司令、カム

 の指示の元、現在Gフォースは

 戦力を結集し帝都攻撃を予定している。

 目的は捕えられている亜人族奴隷の

 解放と帝都の壊滅。……とは言え、

 いきなり攻撃するのでは、民間人

 に被害が出る。Gフォースは

 G・フリートの実行部隊であって

 無秩序な人殺し集団ではない。

 なので、まずは私達が帝都へ行き

 皇帝と話をする。取引で亜人族の

 解放が出来ればそれでよし。向こう

 が取引に応じなければ、Gフォース

 が帝都へと侵攻し亜人族奴隷を

 解放する」

と、私が説明すると……。

 

「温いっ!話し合いなど!」

そう言って虎人族の族長、ゼルが

立ち上がった。

「奴らは我々の同胞を大勢殺してきた!

 そんな国など、有無を言わさずに 

 葬り去るべきなのだ!」

そう語るゼルの目には、憎悪の炎が

揺らめいていた。他の大半の族長達も

アルフレリックなどを除きうんうん

と頷いている。

その瞳に、ハジメや香織、雫や天之河

が複雑そうな表情を浮かべる。

だが……。

 

「そちらの主張は理解したが、我々は

 あくまでもこれから起こりえる事を

 報告に来ただけだ。話し合いで

 決着が付くか戦争になるかは向こう

 の出方次第だ。しかし亜人族奴隷

 を解放する事は約束しよう。

 お前達は同胞が帰ってきた時の

 為に用意をしていれば良い」

そう言うと、私は席を立とうと

したが、ふと視線の先でアルテナが

私を見ている事に気づいた。

内心、何故と思っていた時、私は

彼女が淹れてくれたお茶に殆ど

口を付けていない事を思いだし、

残っていたお茶を一気に飲み干した。

 

「それではこれで」

そう言って私は立ち上がり、皆と共に

アルフレリックの家を後にした。

ちなみに部屋を出る際、妙に熱っぽい

視線を一つ感じたが無視しておく。

 

 

その後、私達はハルツィナ・ベースに

戻った。

ここからはオスプレイで帝都近くまで

行き、その先は徒歩で帝都に入り、

皇帝に会うのには、折角だから

雫や勇者天之河のネームバリューを

使わせて貰うとしよう。

私達11人を乗せたオスプレイが離陸する。

 

そんな中で、ハジメと香織は何とか

皇帝を説得しようと決心していた事を、

私はその表情から読み取り、内心

どうなるか少し心配になってきたの

だった。

 

そして、樹海を越えてオスプレイは帝都

へと向かうのだった。

 

     第65話 END

 




次回からは帝都でのお話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第66話 帝都へ

今回から帝都でのお話です。


~~~前回のあらすじ~~~

ハルツィナ・ベースに降り立った司たちは

そこでカム達が帝都攻撃を計画している事を

知る。民間人を巻き込む事を前提とした

攻撃に異議を唱えるハジメや光輝だったが、

既に亜人族の帝国に対する憎しみは頂点に

達しており、もはや亜人族奴隷全ての

解放が無ければ止まらない程になっていた。

ハジメと香織は血を流さないために

皇帝の説得を決意していた。

そして彼等は皇帝を説得するため、

オスプレイで帝都へと向かうのだった。

 

 

雑多。

 

帝都を一言で表せばこの通りだろう。

そう思うほど、良く言えば自由な。

悪く言えば無秩序な町であった。

 

そこを私達は、大きめの外套を纏って

目立たないように顔を隠して歩く。

こうしているのは、入った当初、

綺麗どこの香織や雫、ユエ、ティオ。

更には美しい亜人であるシアや

ルフェアを連れているため、男共

が群がってきて鬱陶しかったからだ。

 

最初の方はぶん殴って気絶させたり

してたが面倒なのでハジメの提案で

外套で顔を隠しながら歩いてる。

 

傍を歩く香織やティオの会話に耳を

傾けると、帝都は彼女達にとって

不評のようだ。まぁ、私もだが。

 

その道中、大きく崩壊したコロシアムの

傍を通った。どうやら話に耳を傾けると、

ここは魔物を使うコロシアムのようだが、

檻の中の魔物が突如変化し暴れ出したらしい。

その混乱に乗じて魔人族が攻めてきたが

何とか撃退したのが、大まかな様子らしい。

 

そして、そのコロシアムの周囲では亜人

の奴隷が、悲壮感を漂わせながら作業に

明け暮れていた。

その時、瓦礫の撤去作業を行っていた

10歳ほどの犬耳の少年が瓦礫か何かに

躓いて、更に押していた手押し車に

乗せて居た瓦礫をぶちまけてしまった。

 

それに気づいた帝国兵が棍棒を手に

少年の方に向かっていく。

「おいっ!やめっ」

何をされるか分かっていたのか天之河が

向かっていくが、ここで面倒を起されて

は不味い。なので、咄嗟に私が道ばたの

小石を蹴って、兵士の足にぶつけて

転ばせた。

 

すると、兵士はその場で躓いて瓦礫に

顔面からぶつかって動かなくなった。

どうやら気絶したようだ。

あきれ顔の同僚に運ばれていく兵士。

一方殴られる寸前だった犬耳少年は

しばし呆然としていたが、すぐに

ハッとなって作業に戻った。

 

「……行くぞ。時間が惜しい」

それを前に呆然としていた雫や

坂上達に声を掛け、私は先を歩く。

「おいっ、今のは新生が?」

「そうだが、何か?」

「良いのかあれだけで。今なら……!」

「今ここであの少年を逃がしても、

 数千数万の亜人を一斉に逃がすことに

 比べたら微々たる物ですよ。それに、

 ここでは亜人は物だ。つまり所有権

 が存在する。強引に奪って逃げれば

 我々は窃盗犯と同じだ」

「ッ!?そんなの……」

天之河は怒りに震えながら拳を握りしめる。

「この国の人間にとって亜人は道具。

 ……それを解放するには皇帝を

 説得するか、この国を滅ぼすしか

 無い。行くぞ、城までもう少しだ」

 

そう言って先を歩く私。

後ろでは相変わらず複雑そうな表情を

浮かべている天之河たち。一方の

ハジメ達はどこか決意したような表情

を浮かべていた。恐らく皇帝を意地

でも説得する気だろう。

 

 

やがて、帝城が見えてきたが、それは

要塞でもあった。城へと続く一本の

跳ね橋以外に通り道は無く、周囲

は魔物入りの水路に囲まれていて、

城の周りには強固な城壁がある。

更に言えば、跳ね橋の前にも巨大な

詰め所があった。

 

中に入るためにはここで厳格な

チェックを受け、更に特殊な入城許可証

が必要なのだが……。

 

「皇帝陛下に会いたい。彼が求婚した

 八重樫雫という女性を連れてきた」

「ちょっ!?司!?」

いきなり自分が引き合いに出されて

戸惑う雫。

「それと、帝城内に滞在している

 ハインリヒ王国王女、リリアーナ

 王女にも急用だ。急ぎ取り次いで

 欲しい」

「わ、分かった」

詰め所の兵士は、陛下が求婚した相手、

と言う雫に驚いて急ぎ足で中へと

向かっていき、私達は待合室の

ような場所に通された。

 

そこで待っている事15分。

私は自分の事を引き合いにだして

怒っている雫を宥めていた。

「ちょっとっ!?私の名前出すなんて

 聞いてないんだけど!?」

「それについては謝罪します。ですが

 正規の入城許可証が無いので、ここは

 勇者である天之河の名前を使うか

 雫の名前を使わないと入れないと

 考えたのです」

「だったらせめて事前に言ってよね!

 もう!」

そう言って椅子にドカリと腰を下ろす雫。

 

すると、そこに帝国兵が入ってきた。

大柄な帝国兵は周囲を見回して雫に気づく

と声を掛けてきた。

 

「貴方が八重樫雫ですね?」

「え、えぇ。そうだけど……」

「ならばこちらへ。陛下が是非とも

 お会いしたいとの事です。部下に

 案内させます」

そう言うと、男はシアに気づいた。

そのまま何やら薄汚い笑みを浮かべている。

何故こいつはシアを見ている?と

一瞬気になった。

 

「よぉ、ウサギの嬢ちゃん。ちょっと

 聞きてぇんだけどよぉ、俺の部下は

 どうしたんだ?」

 

その言葉を聞いて全てを察した。

この男は、ライセン大峡谷でハウリア族

を待ち伏せていた部隊の上官だ。

 

シアは強気に応じるが、グリッド・ハーフ

と言う男はシアを売女呼ばわりしたので、

私の琴線に触れた。

 

「貴様の部下ならば殺してきたよ」

「何っ?」

私の声に、グリッドは私の方を向く。

「私の連れに襲いかかったのでね。

 面倒だから全員殺してきた。そう 

 言ってるのだよ」

「ッ!何だとっ!」

グリッドは顔を真っ赤にして剣に

手をやる。

 

「ほぉ?やるか。面白い」

そう言って、私は笑みを浮かべながら

立ち上がり、そして……。

 

「ならば、貴様の部下の居る場所に、

 貴様自身も送ってやろう……!」

そう言って、膨大な量の、漆黒の

オーラと殺気を滲ませる。

それだけでグリッドと呼ばれた男は

一気に冷や汗を流し、後退る。

「どうした?貴様の部下の仇が目の前に

 居るぞ?それとも所詮、貴様も

 その程度か……!」

そう言って更に殺気を当てる。

 

あまりにも膨大な威圧感と殺気に、

雫や谷口、坂上や天之河まで青い顔

をしている。

その殺気が向いていないにもかかわらず、

である。

 

やがて、グリッドは剣の柄から

手を離し、部下に視線を送るとすぐに

部屋を出て行った。ふと臭いを

嗅げば、微かにアンモニア臭がする。

どうやら誰かチビったらしい。

どうせなら部下の前で気絶し、

失神すれば良かった物を。

その方が奴の無様な顔が見れて

良かったのだが、まぁいい。

 

「ふんっ。雑魚が。私の仲間を

 売女呼ばわりした罰だ」

本当なら溶鉱炉にぶち込んで足先から

ジワジワ溶かして殺したい所だが、

今はこの程度で勘弁してやる。

 

その後、私達は顔色の悪い雫達4人

やハジメ達と共に、ガタガタ震えている

兵士に案内されて跳ね橋を渡った。

 

そして、案内された部屋ではリリアーナ

王女がいた。

 

「ッ、司様……!」

そして、部屋に入るなり王女は私に

気づいて駆け寄ってきた。

「どうして先日別れたばかりの

 司様がこちらに?お話では樹海の 

 大迷宮に潜るとの事でしたが……」

「それについては、ゆっくり座って

 話をしましょう」

そう言って、私は王女に座るように

促す。

 

のだが、私の後ろでは……。

「姫、いつの間にか王女がマスターを

 司様と呼んでおるのじゃ。これは

 些か雲行きが悪しくなってきましたの」

「うぅ、アルテナ様だって何か怪しい

 感じだったのにぃ、なんでここに来て

 お兄ちゃん好きな人が増えるのぉ!?」

そんな会話をしているティオとルフェア。

「ま、まさか、リリィまで司の事を!?」

更に何故か驚愕している雫。

 

何やら3人が騒がしかった。

 

ハジメとユエと香織がシアを撫でたり

モフったりして宥めている傍ら、私は

リリィ王女にGフォースの帝都壊滅

作戦の事を話した。

「ほ、本気なのですか司様!」

「えぇ。残念ながら、もはやGフォース

 を止めるには、全ての亜人奴隷を

 解放するか、この帝都を攻め落とす

 他にありません。が、いきなり

 帝都を攻撃するわけにはいかないの

 ので、こうして取引をしに来た。

 と言う訳です。帝国側が取引に

 応じない場合は、戦争ですね」

「そ、そう、ですか」

と、戸惑い気味に頷くリリィ王女。

 

「大丈夫ですよ王女。いざとなれば、

 我々G・フリートが王国の損失を補てん

 します」

「……それは、この国を見捨てる前提の

 話ですか?」

私が声を帰れば、王女はどこか鋭い

視線で私を見据えている。

「可能性の話です。が、現皇帝の性格を

 考えれば取引が成立する可能性は

 低いでしょう」

「そうなれば、帝国民が何人死のうが

 構わないと?」

「残念ながら、私には彼等を擁護する

 理由が無い。……この国の生い立ちは

 知っていますよ。先の大戦で活躍した

 傭兵団が起した新興国のようですね。

 そして、それが理由か帝国は実力主義

 の国へと成長した。……だが、成長

 した国の足下では弱者、即ち亜人たち

 が虐げられてきた。この戦いは、

 言わば亜人達の復讐です。もはや

 私の指揮権を持ってしても、G

 フォースを止める事は出来ない。

 ……全亜人奴隷解放、と言う道

 以外には、ですが」

 

「……司様。司様はハインリヒ王国

 救済の英雄です。そんな司様に失礼

 とは思いますが、今のあなた様は、

 まるで悪魔のようです」

「悪魔、ですか。以前、似たようなことを

言われましたよ」

そう言って私は席を立ち、応接室の

窓辺へと歩み寄る。

 

「だがしかし、天使と悪魔ならば、私は

 悪魔でしょう。あの時、王国を救った

 のは私自身の信者を増やす意味合いも

 ありました。あの時はただ、天使を

 演じたに過ぎないのです。

 ……幻滅、したのではありませんか?

 私に」

「……ただ一言、この場でえぇ、と頷く

 事が出来れば楽だったのですが、

 それでも、私へアドバイスを送り

 この道を選ばせてくれたのも司様です。

 ……今は、悩んでいます。貴方が、

 天使なのか悪魔なのか」

 

「……どちらでもありませんよ。私は」

 

そう言って、私は窓の外に目を向けた。

 

しばらくすると、扉がノックされた。

どうやら時間のようだ。

 

そして、私達はリリィ王女と共にこの

国のトップであるガハルド皇帝と

謁見する事になった。

 

 

謁見の場所に向かうまでに色々考えて

おく私。

どうやらガハルド皇帝は神の真実など

を知っているらしい。更に言えば

リリアーナ王女から王国が魔人族を

撃退した経緯としてG・フリートの

名前を聞いており興味を示したとか。

 

そして、案内された部屋は、長いテーブル

がある簡素な部屋だった。その上座には

皇帝であるガハルド・D・ヘルシャー

が座っていた。

 

そして、開口一番に……。

「お前が、新生司。G・フリートの

 ボスか?」

誰よりも先に口を開いたガハルド。

王女であるリリィ王女や勇者の天之河

はほぼ無視である。

更に言えば、ガハルドから放たれる

威圧感に王女は息苦しそうであり、

天之河達も後退っている。

 

「そうだ。と言ったら?」

だが、この程度で揺らぐほど、私は

甘くは無い。と言うかハジメ達で

すら怯えていない。大迷宮攻略者に

とっては、この程度、と言わんばかりだ。

「くくっ、成程ねぇ。小揺るぎも

 しないとは」

そう言って笑うガハルド。

 

やがて、俺達は順番に椅子に腰を

下ろした。

ガハルドは私達を値踏みするように

見回し、やがて雫でその視線が止まる。

 

「雫、久しいな。俺の妻になる決心は

 ついたか?」

そう言って笑うガハルド。

そこに光輝が反論するより早く。

「それは、私を倒してからとあの時も 

 申したはずですが?」

つっけんどんな態度で冷徹に言い放つ雫。

その後、何とかガハルドが雫を丸め込もう

と声を掛けるが、雫はそれを無視したり

するだけだった。

 

「ふぅ、面白くない状況だ。しかし、

 何だ『お前』は」

そう言って、ガハルドは雫の隣に座る

蒼司に目を向けた。

「何故新生司と同じ顔をしている」

「お初にお目に掛かります皇帝陛下。

 俺は蒼司。そこに居る新生司の

 分身さ」

「こいつの分身だと?」

「あぁその通り。俺は司によって

 生み出されたのさ。雫達を守る

 ためにな」

「ほう?ならば蒼司、貴様に聞く」

 

そう言って、ガハルドは鋭い目で

蒼司を睨み付ける。そして……。

 

「お前、俺の雫を抱いたのか?」

「「「「ぶふぅっ!?」」」」

いきなりの質問(真顔)に雫や天之河達が

吹き出す。

ガハルドの後ろに居る男達も、「それ

聞くの?」みたいな顔ををしていた。

 

「ぷっ、ぶふっ!あはっ!あはははははっ!

 腹、腹痛ぇっ!」

そして思いっきり笑い出す蒼司。

「だ、抱いたって、最初に聞くのそれ

 かよ!あはははははっ!」

大笑いする蒼司に、雫は顔を真っ赤に

しながら無言でポカポカと拳を

振り下ろしている。

 

「ははっ、安心しな。雫は俺が知る

 限り処女だよ」

そう言うと、今度は雫が青龍を

抜いて蒼司に斬りかかったが、蒼司は

真剣白刃取りで受け止める。

その目は、『何で知ってるの!?』と

言っていた。

 

「ちっ、更に面白くない。俺の前で

 いちゃつきやがって」

舌打ちをするガハルド。完全に私達は

蚊帳の外なので、茶を飲んでいた。

 

「安心しな。俺はあくまでも護衛。

 少なくとも、雫は今後も俺が 

 守ってやるよ」

「ッ」

そんな蒼司の言葉に雫は更に顔を

赤くする。

 

その姿に、ガハルドは更に舌打ちをする。

その後、護衛達がガハルドを宥めて

ガハルドが咳払いをすると、奴は私の

『異常性』を問うてきた。

 

「お前は死者すら蘇らせるそうだな。

 大迷宮をいくつも攻略し、数万の

 魔物を退け、そこのリリアーナ王女から

 聞いたが王国を守り、更には一個人で

 ありながら国レベルと同盟を結んだ、と」

「一個人ではない。私が指揮するG・

 フリートが王国と同盟を結んだのだ」

「はっ。そのG・フリートの頭目がお前

 なら変わらねぇだろ。……それほどまで

 の力を、1人と周囲だけで独占する。

 聞くところによると、気に入った奴にだけ

 ジョーカーとか言う鎧を送ってる

 らしいじゃねぇか。……お前一人が

 それだけの力を持つのが、許されると

 思ってるのか?」

 

「許可だと?私がどんな力を持とうが

 私の勝手であろう?」

そう言うと、ガハルドの帝王の覇気が

増す。更に後ろの護衛達も殺気を放つ。

 

「高々一国の王如きが、私の上に立った

 つもりか?図に乗るなよ、人間」

次の瞬間、私もガハルド以上の殺気を放つ。

 

覇気と殺気の真っ正面からの打ち合いに、

ガハルドの傍の護衛達でさえ気圧される。

リリアーナ王女など気絶寸前だ。

 

「殺し合いがお望みか?良かろう」

そう言って、私は朱雀を宝物庫から抜く。

「……何人、何十人、何百人、

 何千人、何万人、死ぬのだろうな」

そう言って、私が笑みを浮かべる。

この部屋に入った時から、天井やドアの

外に刺客が潜んで居たのは知っていた。

すると……。

 

「ハァ、止めだ止め」

ガハルドがため息交じりに呟くと護衛達が

殺気を収め、本人も覇気を抑える。

 

「……何だ。つまらん。これで終わりか。

 私としては、ここで貴様等を皆殺しに

 しても良かったのだがな」

「ッ!司っ!」

私の言い分に、ハジメが声を荒らげる。

「冗談ですよ」

そう呟くが……。

 

「……ちょっと質が悪すぎるよ司」

そう言って睨まれてしまった。

仕方無い。ここらで止めておくか。

そう考え、私は朱雀を宝物庫にしまう

と席に座り直す。

 

「お前、化け物だなホント。俺やこいつら

 の殺気に怯えるどころか、こいつら

 を気圧するなんて」

そう言って笑うガハルド。

「褒め言葉として受け取っておこう。

 それよりも、取引をしようではないか。

 ガハルド皇帝」

 

「あ?取引だと?」

「そうだ。我々G・フリートはそのために

 ここに来たのだからな」

そう言って、私達の取引が始まった。

 

「まず、我々G・フリートが提供するの

 は、疲れ知らずの労働力である

 ガーディアンだ」

そう言って、私がパチンと指を鳴らせば

すぐ傍にガーディアン2体が現れる。

ガハルドは眉をピク尽かせただけだが、

驚いては居るようだ。

続けよう。

 

「彼等は人では無い。だからこそ疲れ

 を知らず、服と食事に限っては必要

 無い。土地さえ提供してくれれば、

 今の亜人族奴隷の数倍の労働力を

 提供しよう」

「ほぅ?続けろ」

「また、復興に必要な物資、薬など

 の医療品。食料。建築に必要な

 建設資材。必要ならば、それ以外の

 物も、武器兵器以外は供給しよう」

「ほぅ。武器兵器以外、ね」

「そちらは武力によってのし上がってきた

 国だ。これ以上武力を強化する事態に

 なれば、周辺国を侵略し始めそう

 なのでな」

「へぇ?そう思う根拠は?」

「帝国は弱肉強食を絵に描いたような国だ。

 当然、弱い奴には従わない。国民も、

 そしてトップである貴方も。

 そんな国が武力を向上したとあっては、

 危険というものであろう?これを機に

 周辺国を侵略しかねないのだからな」

「成程ねぇ。それで、取引って言うん

 だからお前は何をお望みなんだ?あ?」

 

「ふぅ。それは簡単だ。

 ……帝国が保有する、全ての亜人族

 奴隷の解放だ」

私の言葉に護衛の者達は目を見開く

ガハルドはふんっと鼻を鳴らす。

 

「何を言い出すかと思えば。なぜ

 そんな事を」

「私の部下を宥める為だ。ここ最近、

 お前達は樹海で亜人族を捕える事が

 出来なかったのではないか?

 魔人族とフェアベルゲンが戦争を

 している横で、コソコソと攫う

 事が出来たあの日以外ではな」

私の言葉にガハルドはまたしても眉

をピクつかせる。

 

「かつてお前達が最弱と侮っていた

 兎人族を私は鍛え上げた。彼等は

 全員がジョーカーを纏い、この世界

 の技術では再現不可能に近い兵器を

 駆って、樹海の防衛するように

 私が言い渡した。……その結果は、

 そちらが良く分かっているだろう?」

「では、貴様のせいだと言うのか!

 大勢の兵士が樹海に行っても

 戻ってこなくなったのは!」

護衛の一人が声を荒らげる。

「あぁ。私の部下に皆殺しにされた

 からだろうな」

「ッ!貴様ぁっ!その兵士達の中には

 私の妻の弟も居たのだ!それを、

 貴様はっ!貴様のせいで俺の

 義弟はっ!」

激情に駆られた男。だが……。

 

「ふん。下らんな」

「ッ!?何ぃっ!?」

「兵士とは戦場で死ぬ者だ。そんな

 覚悟も無いのかお前達は。

 それとも、自分達がいつまでも

 狩る側だと思って居たのか?

 だとしたら、滑稽だな」

「ッ!貴様ぁ、俺の義弟の死を

 滑稽と笑うのかっ!?」

 

「あぁ。今まで亜人の命を良いように

 弄んできた人間には、お似合いの

 くたばり様だよ」

「ッ!!!?貴様ぁっ!」

男は叫び声を上げながら私に

向かってこようとしたが……。

 

『バンッ!』

銃声がした。銃声の主はハジメだった。

どうやらハジメがノルンでテーザー弾

を放ったようだ。

『バチィッ!』

「ぐあぁっ!?」

男はその場に倒れてそのまま気絶した。

 

「テメェ……!」

「……殺しては居ませんよ」

ガハルドがハジメを睨むが、ハジメは

そう語るだけだ。

 

ガハルドがもう一人の護衛に確かめ

させ、死んでいない事を確認した。

 

「同じですよ」

「何?」

「今の亜人族の多くは、貴方達に家族を

 奪われた憎しみに突き動かされている。

 その人のようにね。そして、今の

 亜人族にはGフォースという力が

 ある。彼等ならば、この帝都を落とす

 事など、造作も無いと思いますよ?」

「俺の部下が、亜人の軍隊に負けると?」

「負けますよ。一方的に嬲られて

 殺されます」

ガハルドの言葉にハジメは確固たる視線で

にらみ返しながら答える。

 

「彼等はもはや脆弱な弱小種族では

 ありません。今の彼等は司によって

 与えられた武器と兵器で武装している。

 ……そんな彼等にしてみれば、この

 城の防壁と周囲の水路も意味を

 持ちません。なぜなら彼等は空を

 飛ぶからです。そして、空から城に

 襲いかかる事も出来る。長距離から

 この城を狙い撃ち事だって出来る」

「はぁ?そんな事が彼奴らに出来る訳」

 

「良いから聞け!ここで止めなきゃ帝都

 が火の海になるんだぞ!」

ガハルドを遮り、ハジメが普段の言葉

使いから離れた、荒々しい声で叫ぶ。

 

「確かに普通はそんな事出来ない!

 けど、そんな事が出来る武器を

 作れるのが司なんだ!この世界の

 常識は通用しない!無い、出来ない

 と高をくくるのはアンタの勝手

 だよ!でもなっ!その甘い判断で

 死ぬのは兵士や民衆だ!

 Gフォースの兵士達の中には帝国兵

 に家族を奪われた者も多い。

 そんな彼等がこんな絶好の、復讐

 の機会を逃すと思うか!?彼等

 はこの取引が失敗する事さえ

 望んでいる!分かるかっ!?

 ここで止めなきゃ、大勢の兵士と

 民が死ぬんだぞ!?」

 

そう言って声を荒らげるハジメ。

だが……。

「だからって、今まで散々奴隷としてきた

 奴らを解放しますつって周りの連中が

 納得するのか?しねぇだろ」

「ッ!」

「亜人は奴隷だ。労働力だ。道具だ。

 奴らは弱いから、俺達の道具になった。

 それだけの事だ」

「だがGフォースはその弱いの範囲を

 超えた!いや、彼等の武力ならこの国を

 全部滅ぼす事だって出来る!

 この帝都そのものを、跡形も無く

 吹き飛ばす事だって出来るんだぞ!」

 

 

そう呟くハジメの脳裏に、カムが用意

していた爆弾の影がチラつく。

それは、『MOAB』。

世界最強クラスの爆弾の一つだ。

MOABとは、『全ての爆弾の母』を

意味する頭文字を取って名付けられた。

 

しかもハルツィナ・ベースに存在する

MOABは『数十発』。更にこれは

司によって強化された、言わば

『強化型MOAB』。その破壊力は

通常型MOABの3倍とされている。

その話を聞いた蒼司は、これを

『強化型じゃなくて、凶化型だな』

と言って笑っていた。

 

通常型のMOABでさえ、小さな都市

を一発で吹き飛ばす事が出来る。

そんなMOABを強化した、

『凶化型MOAB』ならば、帝都如き

1発で吹き飛ばす事が出来る。

それが数十発もあるのだ。

 

蒼司は、この凶化型MOABの倉庫を

見た時、ハジメの隣で『トータスの

世界終末時計を踏み越える気か?』

と笑っていたが、ハジメにしてみれば

笑い事ではない。 

核兵器でないだけ、放射能汚染が無いの

だからまだマシかもしれないが、その事実

は何の気休めにもならない。

 

 

「戦端が開かれてからじゃ遅いんだ!

 今ここで亜人族を解放して帝都を

 守るのか!それとも、戦端を開いて

 亜人を全て奪われた上で皆殺しに

 されるのか!どっちがマシかくらい、

 アンタなら分かるだろ!?」

そう言ってテーブルを叩いて立ち上がる

ハジメ。

 

だが……。

「ふぅ。んじゃ、お前達の言うそれが

 『はったり』じゃ無いって言う証拠は

 あるのか?」

「何?」

突然の事にハジメは戸惑う。

「結局の所、そのGフォースってのはお前等

 の仲間なんだろ?なら、お前達があいつら

 の為に嘘を付いてる可能性だって

 捨てきれねぇって訳だ」

「ッ!?違う!嘘でこんな事言えるか!

 人の命が掛かってるんだぞ!?」

「人の命っつぅけどなぁ。坊主が

 そこまでする理由は何だよ?」

「決まってる!そこにある命を守りたいから

 ってだけだ!」

ハジメは、ガハルドが威圧を始めても

引かずに声を荒らげる。

 

「兵士が戦場で死ぬのは当然だ!それが

 戦いなんだから!でも、民間人が

 戦いに巻き込まれて命を落とすのは

 間違ってる!」

 

今のハジメの脳裏には、テレビで見た

紛争地帯の凄惨な光景が浮かんで居た。

あの世界に居たとき、ハジメはその

光景に心を痛めていたが、それは

どこか遠い国での出来事だと、それだけ

で片付けていた。

 

だが、その再現が行われようとしている。

自分が最も信頼する男と、その部下に

よって。

だからこそ止めたいのだ。

 

テレビで見た、血を流す娘を抱えて

病院に走る男の姿。

 

廃墟と化した家の前で泣き崩れる

老婆。

 

病院で虚ろな目をした怪我人。

 

ハジメの思いは本物だ。

例え、彼等が無関係だったとしても。

彼等は兵士ではない。戦士では無い。

戦場で命を落とす兵士ではないのだ。

 

「戦争に民間人が巻き込まれるのを、

 僕は、俺は黙ってみている事が

 出来ないだけだ!」

彼は、自らの思いを言葉にして叫び、

そしてガハルドを睨み付ける。

 

そのまましばし二人は睨み合う。

どれだけガハルドが覇気を強めても、

ハジメは一切目を逸らさない。

 

「……なよっちいガキかと思ったが。

 存外いい目をしている」

そう言って、ガハルドは笑みを浮かべる。

ハジメは一瞬、行けた?と考えたが……。

 

「が、仮にも帝国は力で成り立っている。

 ここに俺がいるのだって血筋とかそんな

 もんじゃねぇ。力でのし上がったからだ。

 言わば俺は帝国最強。その俺が戦わず

 に負けるなんざ、帝国の恥さらしだ」

「ッ!そんなっ!?戦いが始まったら、

 どれだけの人がっ!?」

「あぁ、死人は出るだろうよ。それが戦争

 だ。……そして、敵が来るのなら

 倒すのが俺達のやり方だ」

そう言って立ち上がるガハルド。

 

「ちょっ!?話はまだっ!」

「悪いな坊主。取引は決裂だ。それより、

 お前達も今夜のパーティーに出てくれよ?

 出席者に勇者や神の使徒がいるのは

 外聞が良い。そこの王女様と、俺の息子

 の婚約パーティーだからな。偽物でも、

 祝福して貰えるとありがたい」

 

 

それだけ言うと、ガハルドは退室していった。

 

「ッ!クソッ!!!!!」

ダンッと拳をテーブルに叩き付けるハジメ

と、その手に自分の手を重ねる香織。

その傍では、光輝がリリィ王女に結婚に

ついて問いかけていた。

 

「おい新生!お前は何とも思わないのか!?

 リリィが好きでも無い男とっ!」

「……悪いが、そこから先は国家同士の、

 政治の世界だ。そして私情やモラルで

 政治は出来ない。それが、政治家。

 もっと言えば国を導く者という事だ」

「でもっ!」

「彼女やお前の納得など、政治の世界では

 些事だ。……学べ。これが、国を

 動かすと言う事だ」

 

そう言うと、私は『カム達に連絡する』と

言って部屋を出たが……。

 

「司っ!」

その時、ハジメが私を追いかけてきたのだった。

 

 

果たして、帝都は一体どうなるのか?

司の読み通り、取引は決裂。

そして、ハジメが司を追いかけた意味とは?

 

それを知るのは、司とハジメだけだった。

 

     第66話 END

 




次回はリリィ王女にスポットを当て、それからパーティーなどを
描いていきます。

感想や評価、お待ちしています。


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第67話 滅びの前夜

本格的に仕事が始まる前に出来るだけ挙げるつもりですので、
今は行ける所まで行くつもりです。


~~~前回のあらすじ~~~

ヘルシャー帝国の帝都へとやってきた司

とハジメ達は帝城へと向かいそこで

リリィと1日ぶりに再会する。

そして司たちはGフォースと帝国の

戦争回避のために取引を持ちかけるが、

ハジメの必死の説得も空しく、皇帝

ガハルドはこれを拒否してしまうのだった。

 

 

ガハルドの謁見の後。自分の部屋に

戻ったリリィはお付きの侍女たちと共に

今夜のパーティーで着るドレスを選んでいた。

そんな中でリリィは、侍女からのアドバイスで

腕輪を外す事を提案されたが、彼女は、

やんわりと、しかし頑なに司から

送られた腕輪を外す事を拒んだ。

 

なぜならそれが、今の彼女の心の拠り所

だったからだ。

リリアーナはまだ若い。彼女自身が王族

として決意を固めていたとしても、彼女

はまだ幼い少女なのだ。簡単に覚悟を

決められたら、誰だって苦労はしないし

悩みもしない。

そんな中で、救国の英雄でもある司から

送られた腕輪は、彼女の最後の心の

拠り所となるのには十分だった。

 

と、ドレスを選んでいた時。

「ほぉ?今夜のドレスか。まぁまぁだな」

ノックも無しに男が入ってきた。その男

こそ、ガハルドの息子であり、リリィの

結婚相手である、バイアス・D・ヘルシャーだ。

「バイアス様。いきなり淑女の部屋に

 押し入るのはどうかと思いますが」

「あぁ?俺はお前の夫だぞ。何

 口答えしてんだ?」

「ッ、失礼、しました」

当たり前の事を述べたリリィに対し、

バイアスは鬱陶しそうに答えるだけだ。

リリィにとって、バイアスの機嫌を

損ねるわけには行かず、内心イヤイヤ

ながらも謝罪を口にする。

 

すると……。

「おい、お前等全員出て行け」

 

いきなりそんな事を言い出すバイアスに

侍女や護衛の女性近衛騎士達が戸惑う。

が……。

「皆、お願い」

「ッ、分かり、ました」

主であるリリィの指示には従うしか無い。

近衛騎士と侍女達は部屋を出て行った。

 

リリィは、これでバイアスと二人だけに

なった。彼女はギュッとドレスの裾を

握りしめていた。

バイアスの女癖の悪さは知っていた。

だからだ。何をされるか、そんな

不安がリリィの中にあった。

そして、その不安が敵中した。

 

次に気づいた時、バイアスはリリィの

前に立っていた。そしていきなり彼女の

胸に手を伸ばし鷲づかみにしたのだ。

 

「痛っ!?何をっ!?」

「それなりに育ってんな。まだまだ

 足りねぇが、それなりに美味そうだ」

そう言うと、バイアスはリリィを床に

押し倒す。

 

そして、悲鳴を上げるリリィにバイアスは

この部屋が完全な防音である事を告げ、

更に自分に反発するリリィがやがて快楽

に屈する姿を見たいが為に襲っている

事を告げる。

 

『私は、国のために、この身を、捧げると。

 でも……!』

リリィは司の後押しを受けて、王族

としての責任を全うしようとした。

それが、自らの愛する国のためになると

信じて。

 

だが、今の彼女には目の前の醜悪な

男と結婚することに怯えていた。

こんな男と結婚しなければならない

現実に、涙が溢れそうになる。

『国のため』と必死に心の中でも

叫んでも、心は現実を受け入れられない。

その事実に、リリィの心は壊れそうに

なる。

 

『助けて……!司様……!』

だからこそ、望んだのだ。頭の中で

願ったのだ。

 

国家すら敵に回しても戦う覚悟を持った

男の事を。その登場を。

今そこにある現実を変えてくれる英雄の

事を。

 

そして……。

 

「全く。親が親なら子も子か」

その時、部屋に居ないはずの第3者の

声が響く。それに気づいてバイアスも

リリィも目を見開く。

バイアスは押し倒していたリリィの上

から退き、扉の前に立つ男、司を

睨み付ける。

 

「何だ貴様っ!誰の許可を得てここに

 入っている!」

「黙れクズ。口を開くな。空気が

 汚れる」

「ッ!テメェ、俺はこの国の皇太子、

 バイアス・D・ヘルシャーだぞ!

 この俺に楯突いてただで済むと……!」

「黙れと言っている……!」

『パンッ!』

「ぎゃぁっ!?」

次の瞬間、司が目に見えぬ速度で

抜いたノルンのAP弾がバイアスの

右膝を撃ち抜いてその場に倒した。

 

その時、リリィはバイアスに

押しつぶされそうになったが、

すんでの所で司が彼女の腕を

引いて立たせ、左手を彼女の腰元に

回し、彼女を抱いた。

「あっ」

 

リリィは、司を見上げながら頬を

赤くする。

「自らに反発する者を、力で屈服させ

 悦に浸る。小悪党の考え方だな。

 力を最優先するあの皇帝と似て、

 腐った魂の持ち主だな、貴様は。

 そして、だからこそ国のために

 貴様如きクズの妻になる事を

 決意した彼女は、貴様には

 相応しくない。貴様と彼女では、

 魂の格が違う。到底釣り合わんよ」

そう言うと、司はバイアスの手で

破かれたリリィのドレスに手を翳し、

再生魔法でドレスを元通りにする。

 

「ぐ、ぐっ!?貴様ぁっ!この俺に、

 こんな事をしてぇ、帝国が黙ってる

 と思うなよ!?おいっ!誰か来いっ!

 こいつを今すぐ殺せぇっ!」

血眼になって叫ぶバイアスだが、

ここは完全防音。当然誰も来ない。

 

「バカな男だ。ここが完全防音なのは、 

 貴様が偉そうにリリィ王女に聞かせていた

 だろうに。……その程度の男が、彼女

 の傍に立つな」

『パァンッ』

それだけ言うと、司のノルンがバイアスの

頭を貫き、バイアスはそのまま事切れた。

 

この時、自分を抱く司に見惚れていたリリィ

だったが、すぐに事態を理解し顔が

青くなる。

 

「つ、司様!何て事を!バイアス皇太子を

 殺してしまったら、結婚が!」

「あぁ、その辺でしたら、大丈夫ですよ」

 

 

私はそう言うと、バイアスの死体の前に

立って、かつて王国民を生き返らせた

ように、その体と魂を再生する。

但し、その魂に私の指示に従う細工を

施しておく。

これで、この男はどんな事があろうと

私の指示に従う。私は蘇生した

バイアスの肉体をベッドに念力で移動

させると、改めてリリィ王女に向き直った。

 

「奴には無意識に私の指示を従う暗示

 を仕掛けておきました。数分もすれば

 奴は起き上がって外の者達に酒を

 要求します。そして、一人でそれを

 飲み寝るように指示を出して起きました。

 これで少なくとも、パーティーが

 始まるまで、王女にこの男が手を出す

 事は無いでしょう」

「そ、そう、ですか」

 

 

司の言葉に、リリィは戸惑っていた。

目の前で簡単に人を蘇生したのだから

それもそうだろう。だが、もう一つ。

「結局、私はこの男と結婚するのですね」

そう、どこか気怠げに呟いた。

バイアスが生きている以上、結婚は

出来るからだ。

 

だが……。

「いえ。王女がこの男と結婚する

 必要はありません」

「え?」

「今夜、Gフォースによる帝都攻撃が

 敢行されます。その中で、バイアスを

 もう一度公衆の面前で私が殺します。

そうすれば、王女がこの男に嫁ぐ必要

はなくなります」

「なっ!?何故ですか司様!何故、

 そのような!」

 

ここで司がバイアスをもう一度、それも

衆人環視の中で行えば、司は皇太子

殺しの汚名を被る事になる。

リリィにはその意図が分からなかった。

 

「ここで、私が皇太子を殺せば、

 皇太子殺しの罪は私が背負うだけで

 済みます。リリィ王女には一切の

 瑕疵になりません。王国と帝国の

 関係にも影響は出ません。更に

 言えば、二国の関係強化を妨害した 

 賠償として、私達は更に王国に

 物資と戦力を下ろせるのです」

「ッ!」

司の話を聞き、リリィは息を呑んだ。

 

この話を聞いて一番得をするのは

どこだ?そう、王国だ。

だが、その代わりに司は皇太子殺しの

汚名をきる事になる。

 

「何故司様がそのような事を!?

 いえ、助けて頂いた事にはとても

 感謝しています!司様はこうして、

 私の願いを聞きここへ現れて

 下さいました!ですが、何故っ!?」

 

「……私は、正義の味方などではない

 のですよ。私は、『指揮官』なのです」

 

「え?」

 

「ハジメや香織のように、誰かを思いやる

 姿を、『ヒーロー』とするのなら、私は

 仲間の利益を追求する『指揮官』

 なのです。そして、だからこそ指揮官

 は自らが汚れる事さえ厭わない。

 仲間と自らの利益のためには、

 自らを悪とするのです」

「まさか、私の、ために?」

 

「……私には、貴方にこの道を

 選ばせた責任がある。あの日、

 そう言いました。だからこそ

 でもありますし、貴方に何か

 あれば雫や香織達が悲しみます。

 だから助けました」

 

そう語る司に、リリィはしばし

呆然としてから、アルゴで雫

から聞いた『話』を思いだして

クスッと笑ってしまった。

 

「やっぱり、雫から聞いた通りの

 方でした」

「はい?」

司はリリィの方に振り返る。

「雫は言ってました。司様は時に

 冷酷ですが、その時が来れば

 必ず助けてくれると。そして、

 理由を聞くと色々な理由を

 ならべるだろう、と。

 それは打算的な理由かも

 しれない。でも、それでも

 助けてくれるのが、司様の

 優しさだと言っていました」

 

「そうですか。雫が……」

そう、ポツリと司は呟くとしばし

黙り込んだ。

「う、うぅ」

その時、バイアスが唸り始めた。

どうやらあと少しで起きそうだ。

 

「私はこれで。バイアスは手筈通り

 に動くと思いますが、何かあれば

 腕輪を通して私に呼びかけて

 下さい。また、必ず助けに来ます」

それだけ言うと、司はリリィの返事を

聞かずに空間跳躍でどこかへと

飛んでいった。

リリィは、咄嗟に彼に手を伸ばすが、

その手が届く事は無かった。

 

「司様」

そして、彼女はどこか頬を赤くしながら

司の立っていた場所を見つめていたの

だった。

 

 

謁見後、ルフェア達は一つの部屋に

通されていた。ちなみに光輝たち4人は

別の部屋だ。

しかし、ここにはルフェアとティオ、

ハジメ、香織、ユエ、シアしかいない。

その時。

 

「ただいま戻りました」

空間跳躍でどこかへ行っていた司が

戻ってきた。

「お帰りお兄ちゃん。どこ行ってたの?」

「いえ。ちょっとリリィ王女をレイプ

 しようとしていたクソ野郎を殺して

 生き返らせて傀儡にしてきました」

「ッ!リリィが!?」

 

 

私の言葉に香織が立ち上がって声を荒らげる。

「大丈夫ですよ。未遂です。すんでの所

 で私が助けましたから」

「そ、そっか。良かった」

「じゃが王女をレイプじゃと?一体

 どこのどいつが……」

「それは皇太子のバイアスだ」

そう言うと、皆、一様に戸惑った様子だ。

 

「奴は、自分に反発する者を屈服させて

 悦に入る性格だったよ。女ならば

 快楽で屈服させるなどとほざいていた」

「下劣な……!親も親だが子も子かの!」

そう言うと、ティオが開口一番に私と

同じ事を言う。

 

雫を勝手に自分の、などと言っている辺り。

確かに親も親なら子も子だ。皇帝には

何十人も側室がいるらしい。成程。

スケベな親の子供だ。当然スケベなクズ

が生まれたのだろう。

 

「だからこそ、私としてはますます

 帝都壊滅には賛成ですがね」

「ッ。どういうこと?」

「あんなクズが次の皇帝になって

 しまったらますますこの国は

 増長します。そうなる前に、

 滅ぼす云々は置いておいても一度

 痛い目に遭わせた方が賢明かと

 私は考えます。『お前達は最強でも

 何でも無いんだぞ?』と」

「……だから、攻撃するの?」

「えぇ。幸い、まだ戦端が開かれる

 だけです。兵士達をある程度

 殺したら再度降伏を呼びかけます。

 この事は、カム達にも徹底

 しています」

「……でも、もしそこでもあの皇帝が

 渋ったりしたら……」

「まず間違い無く、市街地で虐殺が

 始まるでしょう」

 

そう言うと、皆が黙り込む。

そんな時。

 

「正直、分からないです」

シアが口を開いた。

「この国に住む人間の事は嫌いです。

 殺したいくらい嫌いです。

 ……でも、ハジメさんはそんな人達

 を守ろうとしている。私、

 何だか分からなくなってきました。

 父様たちを応援したい自分も居る

 けど、ハジメさんを助けたい自分も

 居ます」

 

そう呟くシア。

彼女にしてみれば、複雑だろう。

ここに住まう人間は亜人を虐げてきた

者達。だがそんな奴らを自分の思い人

は守ろうとしているのだから。

 

「これこそが、ある意味戦争の本質ですよ」

「え?」

私の呟きに、シアが私を見上げる。

「誰しも戦うのには理由がある。例えば

 カム達は、奪われた家族を奪還し、

 憎き敵を撃つため。……帝国の亜人

 に対する差別意識が、今回の戦いの

 原因でもあります。と言えばそれまで

 ですが、敵兵にも家族や友人は必ず

 存在します。そして、兵士になった

 者達の中には、家族や友人を守る為

 に志願した者も少なくは無いでしょう。

 彼等が亜人達から見て悪魔のようで

 あろうと、彼等もまた家族や恋人

 が居る人間なのです。だが、長く

 奪われる側であった亜人達にとって、

 そんな事はもはやどうでも良いのです。

 むしろ、自分達を虐げながら平和に

 暮していたと知れば、彼等は更に

 怒り狂うでしょう」

そう言うと、私は窓の方へと歩み寄る。

 

「奪い、奪われ。憎み、憎まれ。

 そんな負の連鎖の行き着く先が、戦争

 なのですよ。この世界が、それぞれの

 種族の間でいがみ合い殺し合って

 いるように」

 

そう呟く私に、誰も何も言わない。

やがて……。

 

「ハジメ。覚えていますか?」

「うん。覚えているよ」

ハジメは頷くと立ち上がり私と

向き合う。

 

「「私は好きにする。諸君等も好きにしろ」」

そして、異口同音の言葉を響かせた。

 

「司、悪いけど僕は、僕の好きに

 させてもらう」

 

「分かっています。私は貴方を止めは

 しません。ですが、奴らは亜人を

 虐げてきた存在だ。なればこそ、

 ここに住まう民全員が亜人達の

 憎悪の対象である事をお忘れ無く」

 

私の言葉に、ハジメは決心したような

表情で私を見返す。

 

「そうなのかもしれない。……それでも、

 僕は僕の正義を貫くよ。それが、

 どれだけ甘い考えでもね」

そう言うと、ハジメは部屋をあとにし

香織もそれを追いかけていった。

 

すると……。

「良いのですか?マスター。ハジメ殿

 が動けば、まず間違い無く帝都の

 民を助けるでしょう。しかし

 それではカム達が……」

「よい。ハジメのあの、甘さと

 紙一重の優しさは尊ぶべき物だ。

 ……それに、私は仲間を束縛

 する気などない。やりたいの

 なら、好きにやらせるだけだ」

「分かりました。マスターの御心の

 ままに」

そう言って下がるティオ。

 

さて、どうなる事やら。

 

そんな事を考えながら私は帝都の

街並みを見下ろすのだった。

 

 

やがて夜。日も暮れ闇の帳が空を覆い尽くした。

僅かな星と月明かりだけが帝都を空から

照らす。帝都各地では松明を手にした

帝国兵達が巡回している中、帝城では

リリアーナとバイアスの婚約パーティー

が行われていた。

 

そんな中で司は……。

 

『こちら第1攻撃部隊。予定通り

 ポイントに到着。『ノック(砲撃開始)

 を待つ』

『こちら第2戦車大隊。ポイント

 に到着。全機、砲撃準備完了。

 各自、第1射の目標選定に入る』

『こちら帝都包囲軍。もう間もなく

 包囲網が完成する』

『こちら第1救出部隊。第1攻撃

 部隊後方へ到着。攻撃開始と

 共に第1攻撃部隊に続いて突入する』

『こちらアルゴ艦隊。現在帝都上空を

 旋回中。空挺降下部隊の準備完了。

 いつでもどうぞ』

『こちら揚陸艇部隊。帝都郊外に

 着地し待機中。指示があればいつ

 でも奴らの都を火の海に出来るぜ』

 

帝都周辺に展開するGフォースの

各部隊から報告が上がる。

彼等は、昼間に私からの報告があった

時点で既にハルツィナ・ベースを

出発。夕方にはこちらに付いていた。

そして、戦う機会を今か今かと

待ち望んでいたのだ。

 

そして、立食形式のパーティーが行われている

中で天之河たちは勇者である事から色々

注目されているが、こちらの比では無かった。

やはり、ルフェアやユエ、シア、ティオと

言った美女がドレスで着飾って

いるのだ。雫と谷口も着飾っているが、

それでも本気度で言えばルフェア達には

遠く及ばない。

 

最もシアとユエは肝心のハジメが『居ない』

のでしょんぼり気味だが。

 

その時、私の方にガハルドから近づいてきた。

そして……。

「よぉ。聞きてぇんだが、連れの二人は

 どうした?姿が見えねぇみたいだが?」

そう言って周囲を見回すガハルド。

ここにハジメと香織の姿は無い。

 

「……貴様の国の民を守る為に、

 今頃あちこち走り回ってるよ」

「何?」

私の言葉に眉をひそめるガハルド。

「そいつはどう言う意味だ?」

「何、直に分かるさ。そう、直に、な」

私の言葉にガハルドは私を睨み付ける。

周囲が戸惑う中、私たちはいつも

通りだった。

 

と、その時、部屋に今回の主役である

リリィ王女とバイアスが入ってくるが、

何と王女は黒のドレスを纏っていた。

それを見た蒼司は笑っている。

「お~お~。姫さん凄いねぇ。

 ありゃ服と表情で『義務でここに

 居ます』って言ってるようなもんじゃ

 ねぇか」

蒼司は、傍に居る私や雫やガハルドに

聞こえるように呟く。

 

「まぁ、式前にレイプしたがるクソ

 野郎との結婚なんて願い下げだろうよ」

「何?」

蒼司の声にガハルドは彼の方に視線を

向けるが……。

 

「おっと聞こえてた?こりゃ失礼。

 さ~てと、飯飯っと」

そう言って料理を取りに行く蒼司は

ガハルドの脇を通り抜ける際に……。

 

「まぁ、精々最後の晩餐を楽しめよ、

 皇帝陛下」

そう、ガハルドに聞こえるように小さく

呟くのだった。

 

蒼司の言葉にガハルドは私を睨み付ける

がそれだけだ。すぐに戻っていった。

 

やがて、音楽が流れ始め、リリィと

バイアスの挨拶回りとダンスタイムが

始まった。

 

と言っても、リリィ王女とバイアスは

一度踊っただけですぐに離れた。

バイアスは苛立たしげだが、今の奴は

私の操り人形同然。彼女に危害を加えよう

とすれば、私の指示でそれを止める。

いや、強制的に止められるのだ。

きっと今頃奴は自分に違和感を感じている

事だろう。

 

一方私達は壁際で飲んだり食べたり

しているだけだ。ルフェアは踊りが

出来ないから、と苦笑して断り、

ユエやシアも、ハジメが居ないのに

他人と踊る気にはなれなかったようだ。

ティオも当然、踊る気は無いようだ。

踊っているのは天之河と谷口くらいだ。

坂上は料理を食っている。

 

と、その時。

「新生司様。一曲踊って頂けませんか?」

 

そう言って、リリィ王女が私に声を

掛けてきたのだ。

「……パートナーを放っておいてよろしい

 のですか?」

「えぇ。バイアス皇太子もあそこで

 愛人の女性と踊っていますし」

そう言われたので視線を向ければ奴は

確かに別の女性と踊っていた。

 

結婚式でいきなり不倫か。クズの

やりそうな事だ。と考えた後、

こういうことに詳しそうなティオに

視線を向けた。

彼女の視線から察するに……。

 

「ここで断って彼女に恥を掻かせては

 いけませんよ」、と言っていた。

ならば……。

 

「では、謹んでお受け致します。

 リリィ王女」

「はい」

 

私は恭しく彼女の手を取り、ダンスホール

の中央に導いた。

曲が始まると、私達は踊り出す。

 

そんな中で……。

「先ほどはありがとうございました。また、

 司様に救って頂きましたね」

「貴方の助けてと望んだ時、駆けつける

 とあの日約束したのは私です。

 当然のことをしたまでですよ」

私は思っている事を素直に呟いた。

のだが……。

 

「ハァ」

返ってきたのはリリィ王女のため息だ。

何故だ?

「惜しいですわ」

「惜しい、ですか?」

「えぇ。司様が、どこかの一国の王で

 あったのなら。例え政略結婚であろうと、

司様と結ばれる可能性があったのに」

……何やら彼女が問題発言を呟きだした。

 

「私は、貴方の後押しで覚悟を決めた

 つもりでした。でも、現実は非情で、

 あの人のような粗野で乱暴な男に

 嫁がなければならない。そして

 レイプされそうになった時。私は

 あなた様に助けられた。

 ふふ、女の子が一目惚れをするには

 十分ですわ」

「私に惚れたと?」

「えぇ。欲を言うのならば、私は貴方様

 のような方と、童話のような恋を

 したかった。貴方様のような方と、

 結ばれたかった」

そう言うと、王女が私に密着する。

 

「本当に、今夜するのですね?」

「えぇ。既に周辺に部隊は展開済みです」

「……そして、司様がバイアス皇太子を

 殺し、この婚約を破談にすると?」

「えぇ。……王女が望むのなら、

 バイアスは生かしておきますが?」

「……いいえ。本音を言えば、あんな

 男と結婚などしたくはありません。

 ……って言ったら、私は我が儘

 なのでしょうか?」

 

「傍目には、我が儘でしょう」

私の言葉にリリィ王女は一瞬目を伏せる。

だが……。

 

「ですが、周囲にその思いを打ち明ける

 のも重要だと思いますよ、私は」

「え?」

次いで告げられた言葉に王女は私の顔を

見上げる。

「王とは皆の前に立つ存在。その重圧

 は凄まじい。人一人を壊すのに十分な

 程の重さを持っています。

 だからこそ、その重さに潰される前に、

 誰かに頼っても良いのではと私は

 考えます。……最も、私の場合は誰かに 

 頼られる側の事が多いですが」

「では、私は、貴方を頼って良いと?」

 

「えぇ。王たちから頼られる『王』。

 それも悪くは無い。……それに、

 一人くらい王女の、いえ、リリアーナ

 と言う少女の生き方を肯定する者が

 居ても良いと思いますよ」

「ッ!」

 

その言葉に、リリィはこみ上げる涙を

何とか堪える。

 

「私が貴方を助ける理由は、打算的な

 理由かもしれませんが、それでも

 構いませんか?」

「えぇ。それでも、構いません。王家の

 姫ではなく。私を一人の少女として 

 見て、守って下さる方が貴方様ならば、 

 司様ならば……!」

 

そう言って、リリィは赤く染めた頬で

私を見上げる。

「分かりました。ならば、私の真名。

 真実の名、『ゴジラ』の名にかけて

 貴方の味方である事を約束しましょう」

「はい。ゴジラ様」

 

その言葉を聞き届けると私達は踊りを終え、

私は王女の前に甲斐甲斐しい礼をして

彼女から離れた。

 

のだが……。

「お兄ちゃん?もしかして王女様を

 落としたの?お兄ちゃんの正妻は

 私なんだよ?分かってる?」

ルフェアがめっちゃ怒ってた。

「マスター。マスターは大変魅力的

 なのですが、あまりそれを周りに

 振りまきすぎるのもどうかと

 思うのじゃ。これ以上は姫の

 心労に繋がりかねないのじゃ」

あきれ顔のティオ。

別に落としたとかでは無いのだが、

とルフェアとティオに説明している

横ではユエとシアが笑っていた。

 

だが……。

 

『こちらGフォース帝都攻撃部隊。

 全隊、配置完了』

その通信は、ジョーカーを持っていた者

全員に届いていた。

 

それと同時にガハルドが壇上に上がった。

更に偶然か、はたまた必然か。

ガハルドとカムの演説が同時に始まった。

 

「諸君、我々Gフォースはついにこの日を

 迎えた。ここに来るまで、我々は自らを

 鍛えた。全ては、奪われた家族のためだ。

 訓練は辛い物だったが、その成果を今、

 知らしめるのだ」

 

「さて、まずは、リリアーナ姫の我が国

 訪問と息子との正式な婚約を祝う

 パーティーに集まって貰った事を

 感謝させてもらおう。色々と

サプライズがあって実に面白い

催しとなった」

 

カムの演説とガハルドの演説。

 

その二つを聞いているのは、この場に居る

私達だけだ。

 

「今宵の戦いは、始まりだ。我々亜人族

 の自由を勝ち取るための戦いだ。

 ……帝国の悪行の為に散っていった

 家族や先祖達の霊が、必ずや我々を

 守ってくれるであろう。そして勝ち取る

 のだ。我々の子供達の自由を!」

 

「パーティーはまだまだ始まったばかりだ。

今宵は大いに食べ、大いに飲み、大いに

踊って心ゆくまで楽しんでくれ。それが、

息子と義理の娘の門出に対する何より

の祝福となる。さぁ、杯を掲げろ!」

 

カウントダウンは進んでいく。戦いの、

終わりと始まりのカウントダウンが。

 

このカウントダウンが終わった時。

それは帝都の終わりを意味し。

同時に亜人たちの自由の始まりを

意味する。

そして……。

 

「忌々しき歴史に終止符を打つのだ!

 我々Gフォースの!元帥の加護の

 元我々は戦い、勝利するのだ!

 皆、武器を取れ!武器を掲げろ!

 自由をっ!」

 

「「「「「自由をっ!」」」」」

 

「この婚姻により人間族の結束はより強固

となった!恐れるものなど何もない!

我等、人間族に栄光あれ!」

 

「「「「「栄光あれっ!」」」」」

 

 

そして、それぞれの演説の終了を合図

として……。

 

『『『『ドドドォォォォォォンッ!!』』』』

 

戦端を開く『鐘の音(砲声)』が響き渡った

のだった。

 

     第67話 END

 




次回は帝都での戦いです。

感想や評価、お待ちしています。


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第68話 一夜の攻防

帝都での戦いはとりあえずこれで終わりです。


~~~前回のあらすじ~~~

祖国のために結婚をすることになったリリィ

だが、彼女は肝心の相手であるバイアスに

よってレイプされそうになり、すんでの所

で司に助けられ、更にパーティーのダンス

の中で一人の少女であるリリィの味方で

ある事を告げられ、彼女は司に惚れる。

一方取引が決裂した事もあって帝都郊外

に展開していたGフォースが攻撃を

開始するのだった。

 

 

『ドォォォンッ!ドドドォンッ!』

今、帝都を囲む外壁に全方位からロング

レッグやミスラを使って砲弾とミサイル

が打ち込まれる。そして、これらを

打ち込まれてはこの世界の技術で

作られた外壁などが保つはずもなく、

壁上で警備に当っていた兵士達を

飲み込んで瓦解。瞬く間に瓦礫の

山となった。

 

「作戦第1段階成功!」

それを、上空のアルゴから見ていた

カム。そして彼は通信機に向かって

叫んだ。

「ドアノックは成功!繰り返す、

 ドアノックは成功!作戦は

 第2段階へ移行する!

 第1攻撃部隊及び救出部隊は

 突入せよ!」

「「「「「「了解っ!!」」」」」」」

カムの指示を受けて、待機していた

部隊が動き出す。

 

彼等は素早く瓦礫の山と化した外壁を

超えて帝都内部に侵入する。

ジョーカーのスラスターを使って瓦礫の山

を飛び越えた彼等は着地しすぐさま手に

してた新型アサルトライフル、

『オシリス』を構える。

 

オシリスは一言で言えば『システムウェポン』だ。

システムウェポンとは銃身などのパーツを

交換する事で突撃銃から機関銃、短機関銃

や狙撃銃などに変化する多機能銃の事だ。

 

大半のGフォース兵はアサルトライフル

である『オシリスAR』を装備し。

他の物は近接戦用のサブマシンガン

である『オシリスSMG』。分隊支援を

目的にした機関銃の『オシリスMG』

や狙撃銃の『オシリスSR』を装備

していた。

 

「何だ貴様らぁっ!」

そこに無数の帝国兵が剣を手に向かって

来るが……。

『『『『『ガガガガガガッ!』』』』』

「がぁっ!?」

「ぎゃぁっ!?」

彼等が装備しているのは銃。放たれる

7.62ミリ弾は容易く彼等の鎧ごと体を

貫いていく。

そして、ほんの数秒の射撃だけで

数十人の帝国兵を射殺してしまった。

 

「こちら第1陣。突入拠点を確保。

 拠点を維持しつつ、敵勢力を

 排除する」

そう言うと、そのハウリア兵は

部下の兵士達とガーディアン達

に指示を出す。するとハウリア達は

近くにあった物で手早くバリケードを

作り、敵の襲来を待ち構えた。

 

「うぉぉぉぉっ!鋼の化け物共めぇ!」

そこに無数の帝国兵が向かってくるが……。

「鋼の化け物ね、良い響きだ」

そう言って、Gフォースの兵士の一人

が笑うと、銃弾が彼等を撃ち抜くの

だった。

 

 

「何だ!?今の爆音はなんだ!?

 誰か状況を知らせろ!衛兵!」

ガハルドが矢継ぎ早に指示を飛ばす。

ドアを開けて武装した衛兵が現れ、

更に上司でもある武官たちに武器を

渡し、貴族令嬢や文官達を守っている。

 

敵の攻撃を疑い衛兵達を問い詰める

武官に、慌てた様子で周囲を見回す

文官に貴族令嬢達。ガハルドはこの

状況に密かに舌打ちしていたが。

彼は気づいた。この状況でも

慌てるどころか、壁際で壁に寄りかかり

飲み物に口を付けている司の姿に。

 

それを見たガハルドはすぐさま衛兵の

一人から剣を奪い、それを抜くと

司の前に歩み寄り、剣の切っ先を

向けた。

 

「よぉ、随分余裕そうじゃねか。

 ……お前ら、何か知ってるな?」

ガハルドは威圧感たっぷりに司達を

睨み付ける。

それだけで雫や光輝達は後ずさり、

リリィも雫に庇われているが既に

顔色が悪い。更に、謁見の時とも違う

圧にティオの眉が動き、ルフェアは

一滴の冷や汗を流す。ユエとシアも

若干表情を強ばらせている。

 

しかし、それでも司はどうじない。

 

「言った、そして止めたであろう。

 ハジメが」

「何?」

「忘れたか?私の部下の亜人族が、

 この帝都に囚われている亜人族

 奴隷を解放するために、戦端を

 開くと、あの時説明しただろう?

 そして取引を持ちかけた。あれは

 譲歩案だったのだよ」

「譲歩、だと?」

「あぁ。『お前達を見逃してやるから

 亜人達を返せ』、と言うな」

私の笑みを浮かべながらの言葉に、

ガハルドの額に血管が浮かぶ。

 

「ほぉ?で?」

「お前がそれを聞き入れなかったのでな。

 部下達がこの帝都を攻撃している。

 それだけだ」

 

そう言うと、私はポケットから端末を

取り出してボタンを操作し、それを

床に投げ捨てた。

 

それは空間投影式のディスプレイであり、

映し出された映像は、各地の侵入拠点

の映像だ。

現在帝都は3つの方向から攻撃を受けている。

 

『こちらゲート01!順調に帝国兵を

 迎撃中!突入の合図はまだ

 なんですか!』

『同じくゲート02!早く中に行かせろ!

 同胞を助けるんだ!』

『ゲート03!もう待てねぇぞ!

 聞いてるんすかカム総司令!』

 

3つのディスプレイに映ったのは、

無数の帝国兵がGフォースの

ジョーカー達に撃ち殺されていく姿

だった。

その姿に、ガハルドを始め多くの者達

が息を呑む。

 

「これで分かったか?これが防壁付近

 の状況だ。……幸い、今の彼等は

 防壁付近に留まっている。理由は、

 彼等の上官である私がGOサイン

 を出していないからだ。

 さて、ガハルド皇帝。もう一度

 取引と行こうじゃないか」

 

そう言って、私はガハルドと真っ正面

から向き合い、そしてガハルドを

殺気混じりの視線で睨み付ける。

「再度要求する。帝国が保有する全て

 の亜人族奴隷を解放せよ。 

 これが最後通告だ。これが受諾

 されなかった場合、Gフォース

 はこの帝都全てを破壊し、女子供

 までも皆殺しにするまで止まらん」

「ッ!?テメェ、そこまで手を出す

 のか!?」

「亜人を女子供まで誘拐し道具として、

 使い潰してきたのだ。自業自得、

 と言う物だ」

そう言うと、私は通信をGフォース

のジョーカーと繋ぐ。

 

「Gフォース各員へ。今、私の前に

 皇帝ガハルドDヘルシャーが居る。

 私は今彼に最後通告をしている

 所だ。これを聞いている諸君等に提案だ。

 兎人族はその容姿から愛玩奴隷

 として酷使されてきた苦い過去が

 あるだろう。皆の辛い気持ちは

 理解する。……そこで諸君らに

 提案だ。今度は諸君等が

 人族の女を性奴隷として飼育

 するのはどうだ?」

 

私の提案に、ガハルド達だけでなく

雫やリリィ、天之河達までもが

唖然となる。

だが……。

 

「「「「「イエェェェェェェェイ!!!!!」」」」」

無線機を通して返ってきたのは歓声だった。

「ははははっ!良いねぇそいつはぁ!

 これまでの屈辱の分、たっぷり

 犯してやるぜ!」

「元帥っ!早く、早く突入の合図を!

 上物の女捕まえてやるぜっ!」

Gフォースの兵士達は皆息巻いている。

 

「テメェ!正気か!こんな外道な事を!」

「あぁ、正気だとも。……そうだガハルド

 皇帝。こんな言葉を知っているか?

 『目には目を。歯には歯を』。これは

 私達の世界で初期の頃に制定された

 法だ。そしてこれに当てはめて言えば。

 『陵辱には陵辱を』、だな。貴様等は

 これまで兎人族を愛玩奴隷、もっと

 言えば性奴隷として扱ってきた。

 そんな彼等が反旗を翻せば、

 当然の報いであろう?」

「この、クソ野郎が……!」

「何とでも言うが良い。言葉で

 罵倒など、所詮は何の力も無い。

 現に、こちらの有利に運んでいる

 のだからな?」

 

そう言って私は、ニヤァと笑みを浮かべる。

 

あとで雫達に聞けば、この時の私の笑み

は、三日月のような、いつぞやの

中村恵里のようだったと物語っていた。

それはさておき。

 

「さてガハルド皇帝。改めて聞こう。

 ……降伏か?戦闘継続か?

 貴様の頭でよく考えろ。

 このままだと、帝都民、特に女は

 凄惨な末路を迎える事になるぞ?

 貴様の決断一つでな」

「ぐっ!?」

「彼等は私には忠実だ。止める指揮権

 が私にはある。彼等をこのまま

 引き下がらせる事だって出来る。

 ……全ての亜人族奴隷を解放すれば、

 の話だがな」

 

「ふざけやがってっ!こっちの兵士を

 大量に殺し、防壁を破壊しておいて!

何を今更!」

「この戦いは亜人族の兵士達が望んだ事だ。

 奪われた者の復讐。……どうやら貴様

 は、頂に登りすぎて足下が見えなく

 なっていたようだな」

「何だと!?」

 

「確かに強者が皆を率いるのは普通だ。

 我々G・フリートもそうだ。だから

 こそ私が指揮官をしている。 

 だが、強さを追い求めただけで、

 貴様には『欠けている』物がある」

「っ!?何っ!?」

 

「そして、『それ』が欠けているから

 多くの者に、亜人達に恨まれるのだ。

 更に言えば、その現実が、憎悪が、

 こうして帝都を襲っているのだよ」

 

そう言って、私は勝ち誇った笑みを

浮かべる。

 

「さて、そろそろ回答を聞かせて貰おうか。

 降伏か?戦闘継続か?」

「ッ!舐めるなぁっ!」

そう言うと、ガハルドは私に斬りかかった。

私はその剣を片手で受け止め、握りつぶして

粉砕する。

 

「テメェが頭なら、ここで倒して奴らを

 止めさせるだけだ!」

次の瞬間、繰り出される蹴りを私は

バックステップで回避する。

すると、周囲の武官や衛兵たちが私達を

囲む。もちろん、傍に居た天之河達や

リリィごとだ。

 

「成程。それが貴様の選択か。

 ならば……」

私は通信機に呼びかける。

 

「カム。お前たちの出番だ。後は好きに

 暴れろ」

『了解であります元帥。あぁ、それと、

 そこを動かないよう、周りの連中

 にも伝えて頂けますか?』

「あぁ。……天之河。それと坂上達も。

 そこを動くな」

「新生!?何言ってるんだ!お前のせい

 でこっちは!」

「動くなと言っている。……まぁ、

 見ていろ」

 

そう言って、私は壁の方に目を向ける。

それをチャンスと見たのか何人かが

魔法の詠唱を始めるが……。

 

『ドガドガァァァンッ!!!!』

次の瞬間、壁が吹っ飛んだ。

更に、飛び散った瓦礫が衛兵や武官

たちに襲いかかり、何人かが頭に

瓦礫を食らって昏倒する。

 

「くっ!?何だっ!?」

戸惑うガハルド。と、その時。

 

「ガハルド・D・ヘルシャー」

ミスラからの超長距離狙撃で破壊された

壁の穴から人影が飛び込んできた。

左肩を白くペイントした紺色の

ジョーカー、タイプHC。

 

即ちGフォース司令、カム・ハウリア。

更に彼に続いて何人ものジョーカーを

纏ったGフォース兵士が飛行してきて

穴へ飛び込み、着地をするとオシリス

SMGを構える。

そして、カムもまた私の与えた

ヴィヴロブレード、白虎を抜いた。

彼等は上空のアルゴから狙撃して

壁をぶち抜き、ここまでアルゴから

空挺降下してきたのだ。

更に言えば、ここ以外にもガーディアン

の空挺部隊が降下し城内の帝国兵を

殺し回っている。

 

「その首、もらいに来たぞ」

「テメェは……!?」

 

「我が名はカム・ハウリア。

 元ハウリア族族長にして、

 現Gフォース総司令の任を

 ここにおわす偉大なる主、

 新生司元帥から授かった者。

 そして、今日、貴様たち帝国民

 から亜人達を解放する者の名だ。

 覚えておけ」

「テメェ、兎人族か……!

 だが舐めるなよ!こちとら、力で

 のし上がってきた国なんだ!

 お前達、行くぞっ!」

「「「「「はいっ!」」」」」

ガハルドの喝によってすぐさま動ける者

達で前衛を作り、その後ろにガハルドと

バイアス。更に後ろでは衛兵たちが

文官や貴族令嬢達を守っている。

 

まずは前衛連中が火球を魔法で放った。

『『『『ドドドドォォォンッ!』』』』』

着弾する火球。

「やったかっ!?」

魔法を放った誰かが叫ぶ。

 

「あ~あ~。自分からフラグ

 おっ立ててやんの」

と、私の傍で蒼司が笑っている。

そして、その通りだった。

爆炎が晴れると、そこには無傷で

立っていたカム達のジョーカーの

姿があった。

 

「ば、バカなっ!?」

「その鎧は大迷宮で、ベヒモス以上

 の魔物との戦闘を考慮して

 設計している。貴様等如きの、

 ちゃちな魔法では傷一つ付かんよ」

そう言って勝ち誇った笑みを浮かべる司。

 

とは言え、銃は繊細な武器だ。今の熱で

フレームの一部が融解してしまった。

「やべぇな、銃が壊れた」

そう言って、兵士の一人がポツリと呟く。

「あ~、俺のもだ。バレルが解けた」

何とも緊張感の無い声で話す兵士達

だが、武官達は、チャンスだ!と

言わんばかりの表情だ。

 

すると……。

「どうすっか?」

「とりあえず、モードGで行くか」

「あぁ、それ良いね」

そう言って、笑みを浮かべる兵士達。

しかしモードGを知らないガハルドは

怪訝な表情を浮かべる。

 

そして……。

「「「「「モードG、解放っ!」」」」

兵士達が叫んだ次の瞬間、ハジメ達

がかつて変化したように、両手両足

と背中に背鰭のようなパーツが

展開され、更に尻尾が展開される。

 

「な、何だ!?」

更にモードGを解放した事で周囲に

エネルギーがオーラとなって放出

される。これには奴らも戸惑う。

そして、彼等が私の方を見る。

 

「まぁ、好きに殺せ」

「ッ!新生!」

天之河が声を荒らげるが無視する。

「へへっ、じゃあ、そう言う事で!」

次の瞬間、兵士の一人が飛び出す。

 

床を踏み砕いての跳躍。そのまま

前衛の武官二人の頭を掴んで床に

後頭部から叩き付ける。

バキャ、と言う音と共に頭が粉砕される。

「き、貴様ぁっ!」

斬りかかろうとする別の武官。

「まずは一人ぃっ!」

「はっ!?」

気づいた時には遅い。

もう一人のハウリア兵のドロップキック

を食らい、吹き飛ぶ事なくその場で

爆散。四方八方に血をまき散らしながら

消えた。

 

「ひっ!?」

これにはさしもの武官や衛兵達も怯える。

そして、その怯えが死をもたらす。

「もう一人ぃっ!」

最初に二人の頭を割り砕いた兵士が

怯える武官の顔を鷲づかみにし、

そのまま握りつぶす。

彼の紺色のジョーカーが人の血で

赤黒く染まっていく。

 

武官と衛兵たちは完全に萎縮するが、

たった二人の猛攻は止まらない。

「その程度で、俺等を殺れると

 思うなよなぁ!」

拳で頭を粉砕し、蹴りで切り裂き、

尻尾でぶった切る。

 

前衛連中はあっという間に二人の兵士に

蹂躙され、瞬く間に半数が命を落とした。

あちこちで悲鳴が鳴り響く。

その間、私は自分でグラスに飲み物

を注いで、それを飲み干していた。

 

我ながら、ここに来てからダークな役

をしているな、と考えながら。

 

そして、ガハルドの後ろでは文官と

貴族令嬢たちが怯えていた。

と、その時。

「あ~あ~。あの二人派手に

 やってんな~」

その時、彼等の後ろから声が聞こえた。

慌てて振り返ると、そこにはモードG

を解放したハウリア兵が2人、

立っていた。

「んじゃ、俺等も派手に行きますか」

「ひぃっ!?」

悲鳴を上げる令嬢達。

 

「ッ!?いつの間に!」

振り返るガハルド。だが、遅い。

文官も、令嬢も、護衛の兵士達も。

その半数が一瞬で、ジョーカーから全方位

に放たれた斬撃によってバラバラに

切り裂かれた。血が雨となって

床に血の水たまりを作る。

 

「貴様らぁっ!」

「おいおい皇帝陛下。俺等は

 無視か?」

その時、ガハルドの背後から聞こえた

声。振り返ると、前衛の壁を突破

してガハルドの前にジョーカーを

纏った2人の兵士が立っていた。

 

まだ前衛連中は残っていたが、

もはや戦意喪失も甚だしい様子だ。

文官と令嬢連中も壁の隅で

『死にたくない』と連呼しすすり泣いて

居る。

 

その時。

「この、奴隷風情がぁっ!」

ガハルドの隣に居たバイアスが兵士の

1人に斬りかかる。好都合だ。

 

『バンッ!』

私はトールを抜き、バイアスの頭を

炸裂弾で吹き飛ばした。

頭の無くなったバイアス『だった』

体が床に倒れる。

 

これで、残っているので戦う気がある

のはガハルド1人だけだ。

そのガハルドを囲んでいる4人は

モードGのまま笑っている。

 

そこへ。

「これが、本当に最後の通告だ。

 ガハルド・D・ヘルシャー。

 ……降伏するか?」

そう呼びかけたのはカムだ。

「ふざけんなっ!誰がテメェら

 なんかに!」

大勢の仲間を殺され頭に血が

上っているのだろう。その目は

血走り、殺気に満ちていた。

 

だが……。

「残念だよ皇帝。ここで引いて

 くれれば、帝都が更地にならず

 済んだものを」

「ッ!?なん、だと……!?」

強ばるガハルドの表情。

 

その間に、カムはどこかに通信を

繋げた。

「アルゴ2。こちらカム。亜人達の

 避難状況を知らせ」

『こちらアルゴ2。現在亜人族奴隷

 は全員救出完了。彼等は救出

 部隊が護衛する揚陸艇で現在

 戦線を離脱中です』

「そうか。帝都内に仲間は?」

『現在包囲網まで下がっています。

 帝都内に居るのは総司令たちだけ

 です。……使うんですか?』

カムとの通信は周りに聞こえるように

なっている。使う、と言う言葉に

ガハルド達の表情が強ばる。

 

「そうだ。直ちに『凶化型MOAB』

 による帝都爆撃を行え。こちらは

 元帥の結界があるから大丈夫だ。

 ……帝城以外、全て焼き払え」

『了解っ!』

嬉々とした声でオペレーターが答える。

 

「貴様っ!何をっ!」

カムに突進しようとするガハルド。

だが、モードGを解除したハウリア兵

がその行く手を遮り、腹を殴って

呻かせると、4人がかりでガハルドを

床の上に倒した。

 

「そこで見ていろ皇帝。貴様に、

 奪われる苦しみという物を

 教えてやる」

そう言うと、カムは私の方を見て

頷いた。

 

私はすぐさま帝城を包む多重防護結界を

展開する。

体内のレーダーで上空に目を向ければ、

1機のアルゴがこちらへ向かって来ている。

私は通信を聞こえるように手首の

端末を操作する。

 

『こちらアルゴ4。コースに入った。

 目標確認。爆弾倉の扉を解放する。

3、2、1。ハッチ開放』

着々と凶化型MOAB投下の準備が

進んで行く。

「待て!止めろ!おいっ!やめろって

 言ってんだ!クソッ!テメェ等!

 何をする気だ!?おいっ!」

喚くガハルドだが、ジョーカー

4人に抑えられては喚くことしか

出来ない。

 

その時。

「本気なの司?この町を、帝都を、 

 本気で爆撃する気なの!?」

雫が私に詰め寄り来ていた服の襟

を掴む。

「えぇ。本気です」

そう言うと……。

『パァンッ!』

雫の平手打ちが、私の頬を襲った。

 

「リリィが、貴方を悪魔と呼んだのは

 正しいわ……!子供やお年寄りまで

 皆殺しにして、何も思わないのなら

 貴方は、正真正銘の悪魔よ!」

「……」

雫は、涙を流しながら叫ぶ。

私は何も言わない。だがそれでも、

雫が何故泣いているのかは、私には

分からなかった。

 

その時。

『ターゲットエリアに接近。

凶化型MOAB、安全装置解除。

投下用意。カウントダウン開始。

10、9、8、7……』

「おいっ!やめろっ!やめさせろっ!」

ガハルドはカムと司に向かって叫ぶ。

だが、2人は止まらない。

 

『4、3、2、1』

「やめろぉぉぉぉぉぉっ!」

『凶化型MOAB、投下』

 

無線機から聞こえる無慈悲な声。

そして穴から見える外に目を向けると、

漆黒の爆弾、凶化型MOABが1発。

帝都に向かって落下してきた。

 

そして……。

『カッ!』

着弾。と同時に閃光。そして……。

 

『ドォォォォォォォォンッ!!!!!!』

凄まじい爆音が結界を超えて帝城

内部の空気を震わせる。まぁ、実際には

上手い具合にシールドを調整して爆音

を聞かせているだけだが。

 

帝都へと目を向ければ、そこには、

『瓦礫の山』しか残っていなかった。

私の結界に守られていた帝城以外の

全てが吹き飛び瓦礫の山となった

のだ。僅かに残っていた外壁や、

民家の全てを吹き飛ばした。

もうもうと立ち上る煙が星空と月を

覆い隠し、各地で瓦礫が燃えている。

その時、包囲網の部隊がわざわざ何十発

と照明弾を打ち上げ、帝都だった瓦礫の山

を照らし出した。

 

私が目配せをすれば、ハウリア兵たち

がガハルドを解放する。

拘束が解かれたガハルドは、呆然と

した表情で壁の穴の傍に歩み寄り、

その場に膝を突いた。

 

「こんな、こんな事が……」

呆然とするガハルド。そろそろか。

 

「さて、いい加減諦めも付いた

 だろう。……亜人族奴隷全ては

 既にこちらの手中にある。

 今度は、樹海への貴様等の

 侵入を禁止させて貰おう」

「ッ!?新生!お前、いい加減にしろ!

 どれだけの事をすれば気が済むんだ!

 自由のためとは言え、これは

 やり過ぎだろ!?」

「黙っていろ」

私は天之河を一瞥すると、ガハルドに

向き直る。

 

「どうなのだ。ガハルド・D・ヘルシャー」

「……あぁ、分かったよ」

私の問いかけに、ガハルドは力無く頷く。

「もう、亜人族に手を出すことはしない。

 樹海にも手を出さない」

どうやら心が折れたようだ。今のこの

男は、皇帝と呼ぶには弱々しい

無様な姿をさらしている。

 

「分かった。言質を取ったぞ。今後、

 それが破られた場合は貴様の命を

 貰う。そして、『彼等』の命もな」

「は?」

 

私の言葉にガハルドは呆けた声を漏らす。

 

私は端末を操作し、ディスプレイを映し出す。

そして、ある一点を映し出した。

すると……。

 

「あれ、は?」

真っ先に雫が口を開いた。

 

そこに映っていたのは、巨大な紫色の

ドーム型結界だった。それが、帝都が

あった場所のすぐ傍で展開されていたのだ。

「何、あれ」

谷口も疑問の声を漏らす。

 

そのドームの大きさは、帝都が入るのでは

と思う程だった。

と、その時。

『バリィィィィンッ』

ドームが音を立てて崩壊した。

 

崩壊したドームの中から現れたのは、

モードGを解放したハジメと香織の

ジョーカーと、そして……。

 

数万にも及ぶ帝都の民達だった。

 

「何!?」

「お、おいっ!あれってここの人達

 じゃねぇか!?」

戸惑う天之河と坂上。

 

「ど、どういう、事だ。なんで、

 あいつらが……」

 

ガハルドは、困惑の表情を浮かべて

立ち上がる。生き残っていた武官と

文官、衛兵たちもだ。

「リリィ王女達が入ってくる直前、

 私は言ったはずだが?」

そう言って、私はガハルドの前に立つ。

 

「『ハジメと香織は貴様の国の民を

 助ける為にあちこち走り回って

 いるぞ』とな」

「ッ!?じ、じゃあ……」

「あぁ。彼等は死んではいない。

 それと、折角だ」

 

そう言うと、私は穴の傍に立ち、右手

を前に翳して力を解放した。

そして、空間そのものに再生魔法を

付与し、『空間の時間』を巻き戻す。

 

すると、先ほどの爆発で吹き飛んだ

はずの帝都が見る間に再生され、

更にそれが、魔人族襲撃前まで

巻き戻る。あの襲撃で破壊された

コロシアムも元通りだ。

 

「ついでだ。帝都を元通りにしておいて

 やったぞ」

「は、ははっ、ついで、で無くなった町を

 元に戻す奴がいるのかよ」

私の帝都修復に、ガハルドだけでなく、

生き残りの武官や文官達が呆然と

なっている。

さて、良い機会だ。

 

「皇帝ガハルド・D・ヘルシャー。

 並びに、ここに生き残っている帝国 

 重鎮諸君に告げる。先ほど、君たちの

 王ガハルドは亜人族、延いては樹海

 に手を出さないと言っていた。

 今後、帝国がこれを破り樹海へ

 侵攻。或いは亜人族を奴隷として

 捕獲、ないし奴隷として扱った場合、

 今後Gフォースは一切の容赦無く、

 貴様等全員の命を奪いに来るであろう。

 ……だからこそ、死にたくなければ

 二度と亜人に手を出すな」

私は殺気を滲ませながら語る。すると

生き残り達は皆一様に震えながら

頷いた。

 

その後、生き残りはハジメと香織に案内

され帝都へと戻ってきた。

とは言え、それは時間が掛かる。そして

ついに夜が明けてしまった。

 

私は帝城の穴から帝都の様子を

見下ろしていた。

 

「あ、あの、司」

その時、後ろから雫が声を掛けてきた。

「何でしょう?」

「その、司は、知ってたの?

 帝都にもう人が居ないって、分かってて

 爆撃したの?」

「えぇ。それが何か?」

「ッ」

 

 

この時、雫は真実を聞いて戸惑った。

「じ、じゃあ、さっきの、その、女の人

 を捕まえて、れ、レイプしろとか

 って命令は……」

「あれはハジメが民間人を逃がす時間稼ぎ

 のためについた嘘ですよ。と言うか、

 砲撃が始まった時点でハジメと香織が

 避難誘導を始めてましたし」

「で、でも病院とかの人達は……」

「それもハジメと香織のガーディアン部隊

 が運び出しました」

「じゃあ、民間人の、被害って……」

 

「多少はありましたよ。ハジメと香織は

 避難誘導の際、亜人族奴隷を置いて行く

 ように説得していましたが、奴隷商

 などは忠告を無視して街中に残った

 りしていたので、Gフォースの

 救出部隊と戦闘になって殺された

 でしょう。……とはいえ、それも

 帝都住民全体から見れば、微々たる

 人数でしょうが」

「じゃあ、全部演技だったの?」

「えぇ。元はと言えばMOABの投下

 はGフォースの力を見せつける、

 示威行為のような物でした。

 彼等が亜人族を解放したとしても、

 また攻めてくる可能性があります。

 その可能性を潰すために、Gフォース

 には敵わないと言う確たる証拠を

 見せつける必要があったのです」

「それが、さっきの爆弾。MOABなの?」

「えぇ」

「そんな、じゃあ、私さっき……」

そう言って、雫は先ほど司を叩いた

右手を左手で握りしめた。

 

 

「まさか、お前に一杯食わされるとはな」

その時、ガハルドが2人の方に近づいてきた。

「ッ、陛下」

それに気づいて振り返る雫。

「あれが演技とはな。……けど、何だって

 あの2人は民を助けた。何でだ」

ガハルドが問いかけても司は振り返らない。

 

「あの2人にとって、帝都の民は赤の他人

 だろうが。何でだよ」

「……それだよ」

「あ?」

司は、振り返る事なく答える。

 

「例え赤の他人であろうと、目の前で

 消えそうな命を守るために全力で

 立ち向かう姿勢。強者として

 弱者に手を差し伸べる姿勢。

 それが貴様に欠けていた物。

 『優しさ』だ」

「……俺に欠けていた物、か」

 

「そうだ。そして、私にも

 欠けている物だ。だが、それを

 補って余り有る優しさを持っている

 のがハジメと香織だ。私が

 G・フリートの『力』だとするの

 なら、2人は『優しさ』だ。

 誰もが同じ方向を向いているだけ

 では、成せない事もある。

 今回のようにな」

司の視線の先では、ハジメは年老いた

老婆や子供達を助けていた。

 

「もし仮に、ハジメと香織が私の指示

 に従うだけだったなら、帝都は

 民諸共MOABで吹き飛んでいただろう。

 元々私はそのつもりだった。

 だが、ハジメたちは自分の意思で動き、

 彼等を救った。それが現実だ」

そう言うと、司は踵を返して

歩き出した。

 

「ハジメと香織に感謝しておくのだな。

 そうで無ければ、この国はとっくに

 滅んでいたのだから」

 

ガハルドの傍を通るとき、司はそう呟き、

そして、あの時ハジメが自分を

追いかけてきた時のことを思い出すの

だった。

 

 

「司っ!」

謁見を終え、廊下に出た私をハジメが

追いかけてきた。

 

「司、どうしても確認しておきたいんだ。

 ……ハルツィナ・ベースの基地で

 見た爆弾。MOABを、使うつもり?

 それで、帝都の人達諸共、ここを

 吹き飛ばすつもり?」

「もし仮に、最後の最後までガハルド

 皇帝が奴隷解放を渋った場合は、

 それも考えていますが?」

「……つまり、帝都の人達が死んでも、

 司は構わないんだね」

 

「……。ハジメ、彼等は皆平等に 

 亜人を奴隷と見下してきました。

 その点から言えば、この帝都に

 住む人間全員が、Gフォースの

 敵なのです」

「……そうなのかもしれない。

 カムさんやパル君たちから

 したら、ここの人間は民間人

 だろうと敵として憎んでいる

 のかもしれない。……でもね

 司。それが彼等の正義だと

 言うのなら、僕にも、僕の

 正義がある。例え赤の他人

 でも、目の前で消えそうな

 命を助けたいって思う心が

 ある。……だから、今は、

 僕は司のやり方に反発するよ」

「……そうですか」

 

 

それは、ある意味で初めてハジメが

司に反発した瞬間だった。

これまで司がリーダーであり、皆が

彼の意見に反発することなどなかった。

ハジメは内心、冷や汗を流していた。

だが……。

 

「分かりました。ならば、好きにして

 下さい」

「え?」

だから、司の言葉が以外だった。

「い、良いの?」

「えぇ。……かつて、私はこう

 言いましたよね。『私は好きにする。

 諸君等も好きにしろ』、と。それは

 ハジメ達も同じです。私は貴方達に

 選択を強要したことはないつもり

 です。……選択肢はいつだって

 オープンです。だからこそ、ハジメ。

 貴方は貴方の好きなように動いて

 下さい」

「司。……ありがとう」

ハジメは礼を言うとどこかへと

駆け出した。

 

恐らく、カム達の説得に向かったのだろう。

その背を見送りながら、私は思う。

 

彼のように、例え相手がどんな人間で

あろうと、それを助ける為に全力に

なれるハジメのような存在こそが、

『英雄』と呼ばれるに足る存在

なのだと。

 

 

そして、ハジメの選択は帝都民の大半を

救う現実となったのだった。

 

     第68話 END

 




次回、もしかしたらもう少し帝都での話を
書くかもしれません。

感想や評価、お待ちしてます。


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第69話 戦い終えて

今回は帝都とか帰り道での話だったり、司の演説が殆どに
なってます。


~~~前回までのあらすじ~~~

Gフォースによる帝都攻撃が行われた。

武器や装備の力で帝国兵を上回った

Gフォースは快進撃を続け帝都中の

亜人族奴隷を解放。皇帝ガハルドも

パーティー会場でカム達と戦うが

呆気なく倒され、帝都はGフォースの

凶化型MOABによって吹き飛んだ。

かに見えたが、住民はハジメと香織の

力によって助けられ、帝都も司の

再生魔法で元に戻るのだった。

 

 

帝都攻撃から数時間が経過。私は

皇帝ガハルドに改めて、今後一切

樹海への攻撃をしない事と亜人を

奴隷としない事を使った誓約書に

サインさせ、さらにこれに血判を押させた。

この誓約書は更に2枚コピーされ、

フェアベルゲンの長老衆の1人、

アルフレリックに渡すつもりだ。

もう一枚はGフォースのハルツィナ・

ベースに保管。原本は帝国に置いておく。

 

これで、仮に帝国が原本を破棄しても

問題無い。

 

更に、この話をしているとき、ハジメの

提案で、Gフォースと帝国側で取引を

行う事になった。

Gフォースは、樹海で討伐した魔物の

素材を帝国に売り、外貨を獲得する。

これによって、Gフォース、延いては

樹海の閉塞的な環境打開と、人間と

亜人の相互理解を深めるためだと

ハジメは言っていた。もちろん、

昨日今日で人間の亜人に対する差別

意識が変わるわけではないが、ハジメ

曰く『千里の道も一歩から』らしい。

まぁ特に断る理由がないので私は

OKを出し、ガハルドも、

『もう好きにしろ』という投げやりな

態度でOKを出した。まぁ詳しい

話はまた後日に、となったが。

 

その後、ガハルドから亜人関係の宣言が

出されたが、反発は少なかった。

まぁ、町一つ簡単に吹き飛ばす敵と

事を構えようという勇気のある奴はもう

帝国に残っていなかった。

 

その後、亜人達を乗せた揚陸艇部隊が

ハルツィナ・ベースに全機到着したと言う

連絡を受けた。これで、私達の戦いは

終わったな。

 

「では、そう言う事だ」

そう言うと、私は立ち上がった。

「私達はそろそろ失礼するよ」

私はそう言って皆に目配せすると、

ハジメ達が頷く。

 

「ったく、散々好き放題やって行った

 くせに終わったらハイさよならかよ」

「あぁ、どうせ、私達が帝都に居ては

 貴様等の心労に繋がるだろうからな。

 早く出て行ってやろうと言う事だ」

「あ~そうだな!早く出て行けこの!

 しっしっ!もう二度とテメェ等に

 この国の門は潜らせねぇからな!」

そう言ってガハルドは私達を追っ払う

ように手を振っている。

 

そして、ハジメ達が出て行く時。

 

「……優しさが欠けていた。か。

 だから俺は、あんな風に負けたのか?」

ポツリとガハルドの呟きが聞こえた。

 

「私の世界で、こんな言葉を残した

 作家がいる」

「ん?」

私はガハルドに聞こえるように語る。

 

「『タフでなければ生きていけない。

 優しくなければ生きている資格がない』。

 だそうだ。これを当てはめるなら、

 貴様も私も生きている資格がない

 そうだ」

「はっ。テメェと一緒にするんじゃねぇよ」

私の言葉を、ガハルドは笑った。

だが……。

 

「優しくなければ生きている資格も

 ねぇ、か」

彼はどこか、遠くを見据えながらそう

呟くのだった。

 

それを最後に、私は部屋を後にした。

 

その後私達は帝都郊外からオスプレイに

乗り、上空に来ていたアルゴ1に

搭乗しハルツィナ・ベースを目指して

戻っていった。

 

そんな道中。

私は自分の部屋、艦長室でのんびりしていた。

操縦はオートパイロットに任せている。

そんな時だった。

『ピンポーン』

「司、居る?」

不意にインターホンが鳴り、

マイクを通して声がした。

「えぇ。どうぞ」

私が促すと、戸が開いて雫が入ってきた。

しかし彼女は入り口の前で立ったままだ。

 

「どうしました?座らないのですか?」

と、声を掛けるが立ったままだ。

「雫?」

再び声を掛けた時。

「ごめんなさいっ!」

突然彼女が頭を下げたのだ。

正直、これには困った。

 

「雫?何故頭を下げるのですか?」

「……あの時、私は何も知らずに、貴方の

 事を叩いて。その事を謝りたくて……」

あぁ。あれか。

「そうでしたか。しかし、別に謝る

 必要はありませんよ」

私は雫にそう言うと備え付けの

冷蔵庫からジュースのボトルを出し、

コップに注ぐ。

 

「え!?で、でも、私は……!」

「帝国側にハジメ達の行動を悟られまい

 と、あの2人が避難誘導をしていた

 事実を話さなかったのは私です。

 それに、普通の人間、いえ、雫の

 性格を考えれば女子供すら無表情で

虐殺しようとしていた私に怒りを 

 覚えるのは、想像できる事でしたから。

 どうぞ?」

そう言って私はコップをテーブルの

上に置く。

「あ、え、えと、ありがと」

雫は戸惑いながらも席に着く。

私はその向かいに腰を下ろした。

 

「それに、本音を言えば、ハジメが

 動いていなければ本当に帝都を 

 民諸共吹き飛ばしていましたから。

 ……あの時は演技でしたが、

 あと少し何かが違っていたら、

 私は帝国を滅ぼしていたでしょう。

 ですから、私は雫に殴られても

 文句は言えませんよ」

「ッ、ご、ごめん」

「……まぁ、謝る必要はありませんよ。

 雫の性格は知っていてなお、あの

 発言をしたのですから」

そう呟く私だが、雫はどこか戸惑っている

様子だった。

 

「……ねぇ。これが、戦争、なの?

 私、戦いが終わってから思った、

 ううん。思いだしたんだ。司がこっち

 に来たばかりの頃、戦争がどう言う

 行為なのかって。

 多くの命を、この手で屠っていく覚悟

 を、司は私達に問いかけていた

 よね?」

「そうですね。それが、戦争です。

 雫も、聞いたでしょう?Gフォース

 の兵士達の、狂気の叫びを」

「……うん」

「あれこそが戦争の狂気です。闘争の闇。

 憎悪の先の先、血みどろの地獄。 

 それこそが戦争です。

 どれだけ指揮官として私が居ようと、

 押さえ込める憎悪には限界がある。

 それがあの時、一気に吹き出した

 のです」

「それが、戦争なんだよね。

 あの狂気の声を聞いて、ようやく私

 は、『本当の戦争』をまだ知らなかった

 事を理解した気がするわ」

「そうですか」

 

「……私、ダメだね。自分では覚悟とか

 口にしておきながら、未だに自分で

 人を殺した事が無い。もしかしたら、

 私は心のどこかで蒼司や司に

 甘えているのかもしれない。

 自分で手を汚したくないから、2人を

 頼っているのかもしれない。

 ……私って、ダメだなぁ」

そう言って、どこか落ち込む雫。

……ここは私が一肌脱ぐべきか。

 

「血に汚れる事を恐れて何が悪いん

 ですか?」

「え?」

「それは人間として当然の反応ですよ。

 ましてや血と暴力と無縁な現代の

 日本で育てば、そうもなります。

 どこの誰が、平和の国で育った後で

 そう簡単に殺人の覚悟を持てると

 言うのですか?無理でしょう。

 むしろ、簡単に覚悟が持てたら

 その方が異常です」

そう言って、私はコーヒーに口を

付ける。

「ましてや雫は女の子です。本音を

 言えば、貴方には刀よりも美しい

 ドレスが似合うと私は思いますよ」

「ッ!!」

その時、雫は顔を真っ赤にした。

 

 

この時、司は分からなかったが雫は

司に女の子発言されて、心がキュンキュン

していた。

かつて、お姫様と王子様に憧れていた

彼女だからこだ。

「つ、司、それは……」

「失礼。少々恥ずかしい事を

 言いました。……ですが、今の

 言葉は私の本音です。戦わなければ

 生き残れない世界ならば、戦う事は

 必要ですが、それでも、皆が

 血に汚れる必要は無いのです。

 ……もし、元の世界に戻った時、

 人を殺してしまっていたら、雫は

 良心の呵責やストレスに

 苛まれるかもしれません。私は、

 そうやって壊れていく友人を、

 雫を見たくは無い」

「司」

彼の言葉に、雫の心臓は高鳴る。

 

『あぁ、お願い止まってよ。なんで

 こんなにドキドキするの?

 やだ、司に心臓の音聞こえちゃう』

雫は内心戸惑っていた。だが、次の

言葉がトドメとなった。

 

「私は、雫に幸せな道を歩んで欲しい

のです。そのためなら、私は汚れ役を

 進んで引き受けましょう」

 

「ッ!ほ、ホントに?」

雫は、真っ赤な顔をで問いかける。

「えぇ。私は友の為ならば、喜んで

 茨の道を突き進みましょう。

 それが、貴方が幸せを得る助け

 となるのなら」

 

それから先、雫は殆ど何も覚えて居なかった。

 

自分の部屋に戻った時覚えて居たのは、

高鳴る胸の鼓動と真っ赤になった頬の熱さ。

荒い呼吸。そして……。

 

「もう、ダメ。好き。好きなの。司ぁ」

ベッドに飛び込んだ彼女は、頭の中に

残り続ける台詞と彼の顔を思い浮かべ

ながら、切ない表情で司の名前を

呼ぶのだった。

 

 

雫が急に立ち上がって部屋を出て行った後。

少ししてアルゴはハルツィナ・ベースに

到着。

 

「お帰りなさいませ、元帥」

それを先に戻っていたカムとパルほか

数名の兵士が出迎えてくれた。

ハジメ達と天之河たちはパルの案内で

来客用のゲストルームへと向かった。

 

私はカムと少し話があると言って、

皆を先に行かせ、今は2人で基地の

中を歩き回っている。

 

「カム」

「はい。何でしょう」

「ハジメの願いを聞いてくれた事。

 感謝する」

 

あの戦いで、Gフォースは3方向から

帝都を攻撃した。普通に考えれば4方向

から攻撃をすれば帝都を確実に包囲

出来ただろう。だがそれをしなかった

のは、ハジメがカムを説得したからだ。

ハジメの説得で、帝都民の逃げる

ルートとして一区画の包囲を解いたのだ。

 

「いえ。元はと言えば、我々もハジメ

 殿に助けられた身。シアから以前

 聞きました。ハジメ殿は、真っ先に

 私達を助けると提案してくれた事。

 そして更に、ハジメ殿は元帥に

 鍛えられた自分の経験を私達に語り、

 我々を励ましてくれました。

 あの、樹海での10日間の時も、

 何度ハジメ殿に励まされた事か。

 それを思えば、ハジメ殿には

 元帥に勝るとも劣らない

 大恩人。その願いを無碍には

 出来ますまい。……それに、これで

 良かったと言う自分も居ます」

 

「と言うと?」

「戦いから戻ってきた者達の何人かが、

 どこか空しそうな表情をしています。

 ……彼等は身をもって、復讐の

 空しさを知ったようです」

「……敵を殺しても、仇を殺しても。

 死んだ家族が帰ってくる訳でもない。

 まして、敵がいなくなれば、

 憎むべき相手もいなくなるのだからな」

「はい。私自身もまた、そんな空しさを

 覚えました。やり遂げたはずなのに、

 どこか冷めている自分が居ます。

 もちろん同胞や亜人たちを解放出来た

 事には喜びを感じているのですが、

 何とも……」

「そうか。……いや、それで良いのだカム。

 そして、もう二度と、人が亜人を奴隷

 とし、亜人が人を憎む世界を終わらせる

 のだ。カム・ハウリア。改めて

 貴殿に辞令を言い渡す」

「はっ!」

 

私の言葉に、カムはビシッと敬礼をし、

私は彼に向き直る。

「これから貴殿は、亜人族を守る守護者、

 ガーディアンの長として、亜人を、

 この樹海を守るのだ」

「はっ!その任務、謹んでお受け

致します!元帥!」

「うむ。良き返事だ」

その時、私は思った。『この名』を

彼にも伝えるべきだな、と。

 

「カム。折角だからお前に話しておこう」

「はい。何でしょう」

「新生司、と言うのはあくまでも私の

 この姿の名前だ。そしてそれは、

 本当の名前、即ち真名でなはない。

 この私の真名を知っているのは、

 私が真に信頼している仲間や友人

 だけだ。……この名を知る事は、

 その人物のために私は全力で

 手を差し伸べる証とでも

 思って欲しい」

「ッ!そのような、栄えある一員

 に選ばれた事、光栄であります!

 元帥!」

「そうか。では改めて名乗ろう。

 我が名は『ゴジラ』。それが私の

 本当の名だ」

「ゴジラ……!それが、元帥の

 本当の名なのですね!?」

「うむ。そして付け加えるのなら、

 G・フリートとGフォースのGは、

 ゴジラの頭文字から取った物だ。

 ……そしてもう一つ。Gフォース

 のGには意味がある」

「と言うと?」

「このGはGuardian。即ち 

 守護者のGなのだ。ゴジラのG

 と守護者のG。Gフォースの

 Gは、その二つのダブルミーニング

 だったのだよ。お前達Gフォース

 は私の仲間であると同時に、この

 樹海を、亜人を守る守護者なのだ」

「ッ!そのような深い名前をお付け

 になられていたのですね!元帥!

 いえ、ゴジラ陛下!」

 

「あぁ。そんな所だ。……それより、

 皆を集めて欲しい。今の名前の

 意味と、そして、彼等の今後の

 あり方について、私から話して

 おきたい」

「ははっ!仰せのままに!陛下!」

 

そう言うと、走り去るカム。

 

さて、やるか。

私は決意を固め、彼の後を歩いて追った。

 

ハジメは結果的に帝都民を助けたが、

それに反感を持つ兵達も居るだろう。

だからこその演説だ。

さて、どうなる事やら。

 

私が外にたどり着くと、そこでは既に

基地に居る数百人の兵士達が集まっていた。

私はカムが用意した壇上の上に上がる。

「総員、敬礼っ!」

『『『『『バババッ!』』』』』

カムのかけ声で皆が敬礼する。チラリと

目を向ければ、少し離れた所にハジメ

や天之河たち、リリィが居た。

 

「皆、休んでくれ」

私が言うと皆が手を下ろす。

「改めて私から労いの言葉を送りたい。

 帝都での戦いは見事であった。

 無事、奴隷となっていた亜人族を

 助ける事が出来たのは、皆の力が

 あってこそだろう。そして今、

 戦い終わって疲れている中集まって

 貰った事に感謝する。なので、

 単刀直入に聞きたい。

 今回の戦いで亜人達を助ける事は

 出来たが、同時に帝都民の大半は

 戦火を逃れた。……諸君等の中には

 その事実に『何故』と憤っている

 者も居るだろう」

 

私の言葉に、ハジメが苦い顔をし、

香織たちがそんな彼を宥めている。

 

「諸君等の憤りは理解する。だが、

 カムに話を聞くと、戻ってきた兵士

 たちの中には虚無感を感じている

 者も多数いるそうだ。それも分かる。

 なぜならば憎むべき敵が、

 あんなにも呆気なかったからだ。

 更に言えば、復讐をしても、死んだ

 家族が戻ってきたか?恋人が

 戻ってきたか?答えはNOだ」

私の言葉に、何十人かの兵士達が

俯く。どうやら彼等こそが、特に

復讐の空しさを実感した者達のようだ。

 

「帝国は樹海や亜人へ手を出すことを

 止めた。つまり諸君等は最大の

 敵を撃ち倒した事となった。

 では諸君、次はどうする?答えは

 簡単だ。次の敵を探すだけだ。

 だが、次の敵とは誰だ?

 別の人族の国か?魔人族の国か?

 いや、違う。敢えてここで私は

 言いたい。諸君等の次なる敵は、

 この世界の常識だ」

すると、私の言葉に彼等は動揺する。

『常識?どういうことだ?』と言った

風な会話がそこかしこで聞こえる。

 

「現在、この世界において亜人は

 人族に劣る者、と言った風な

 常識が蔓延している。つまり、

 諸君等はこの常識をぶち壊すのだ。

 知っての通り、この世界では人種

 による差別が横行している。私の

 世界もそうだ。どこの世界に行っても

 差別は必ず存在する。だが、それが

 全てかと聞かれたならば、NO

 だろう。どこかで必ず、手を取り合う

 者達は居る。例えばブルックの町。

 そこで私はある女性と出会った。

 彼女はシアと出会った時、嫌な顔

 など一つもしなかった。むしろ、

 ハジメに泣かされたら自分の所へ来い。

 その時はハジメをぶん殴ってやる

 とまで言っていたよ。ブルックの

 町は亜人にも寛容で、実に面白い

 町だったよ。そうでしょう?シア」

「はいっ!キャサリンさんはとても

 いい人でした!亜人だからって私を

 差別したりしませんでした!」

私が声を掛ければ、シアが嬉々とした

表情で語る。

 

「多くの命を奪ってきた私が言うと、

 皮肉に思えるだろう。だが、考えて

 見て欲しい。諸君らの憎しみは、

 どこかで断ち切るべきではない

 のか?君たちの子供達。更にその

 子供達にまでその憎悪を継承

 させるのか?それはおかしいと私は

 思う。だからこそ、今ある常識を

 破壊するのだ。今の君たちでは

 人と手を繋ぐ事は出来ないかも

 しれない。君たち自身がそれを

 拒絶するだろう。だが、次の世代

 ならば、更に次の世代ならば

 どうだろうか?」

その試みを目指したのは、何も

私だけでは無い。

 

「私は、メルジーネ海底遺跡で

 過去にあった惨劇を見てきた。

 その中で、人の王が亜人や

 魔人族と対話をし、和平を

 結ぶ所までこぎ着ける姿が

 あった。……残念ながら、

 それはエヒトの妨害で

 水の泡になってしまった。

 ……終わりの無い憎しみ。

 親から受け継がれる憎悪。

 それを、諸君等の手で破壊する

 のだ。……私の言葉は理想に

 聞こえるだろう。だが、誰かを

 憎んで生きるよりは、誰かと

 手を繋いで生きていくべきでは

 ないだろうか。……私には、

 最初ハジメと香織たちといった、

 少ない友人しか居なかった。

 だが、そんな私でも、今はこうして

 諸君等に慕われ、今こうして

 君たちの前に立っている。

 旅の中で多くの人々と出会った。

 私を好きだと言ってくれる女性

 と出会った。……告白しよう。

 私は元の世界に居たとき、生きる

 理由を見いだせずにいた」

 

これは、本当の事だ。

ゴジラから人間に擬態したが、私は

その先の理由を見いだせずにいた。

だからダラダラと人として生きていた

だけだった。

 

「だが、この世界に来て、私は

 生きる理由を見いだした。そして、

 旅の中で友たちと絆を深めた。

 愛する人と出会い、日々、彼女と

 愛を確かめ合っている」

私の言葉にルフェアは赤面しているが、

もう少しだけ我慢してもらおう。

 

「私は、この世界に来て『誰かと 

 手を繋ぐ暖かさ』を知った。

 彼女のためならば、如何なる

 困難にも立ち向かおうと私は

 思えたのだ!彼女のためならば、

 この命すら削る覚悟だ!そうやって、

 私は変わる事が出来た!」

 

私は、孤独な怪物であった。

誰からも恐れられ、拒絶されてきた。

 

そんな私が、ルフェアと手を繋ぎ、

その温かさを知る事が出来た。

 

「だからこそ、今私は声高に

 叫ぶのだっ!常識を変えろ! 

 世界を変えろ!今度の君たちの

 敵は常識だ!世界だ!

 君たちの子供達が、誰かを憎み

 殺し合うのではなく、『誰かと

 手を取り合う未来』を作るために、

 今を生きる君たちが戦うべきではない

のか!?私はそう、君たちに問いかけたい!」

 

私はそこまで言って、静かに口を閉じる。

すると……。

 

「子供達の、未来のためにっ!」

不意に、列の中にいたパルが拳を

突き上げた。更に……。

「未来のためにっ!」

「み、未来のためにっ!」

次々と兵士達が拳を突き上げる。

 

「「「未来のためにっ!」」」

 

「「「「「「未来のためにっ!!」」」」」」

 

「「「「「「「「「未来のためにっ!!!!」」」」」」」」」」

 

兵士達の叫びに、天之河たちが仰天

している。

 

どうやら、兵士達の賛同を得られたようだ。

 

やがて、声が収まる。

「皆、ありがとう。皆からの言葉。

 とても嬉しい物であった。

 そんな皆に、私の事と、Gフォース

 の事を話そう。

 私には真名、真の名前がある。

 その名を、『ゴジラ』と呼ぶ」

 

「ゴジラ?」「ゴジラって?」

と、兵士達がゴジラという単語を

繰り返していく。

「皆の部隊の名前、Gフォースの

 Gは、このゴジラの頭文字を

 取って名付けた物だ。

 だが、このGにはもう一つの 

 意味がある。それは守護者、

 ガーディアンのGだ。

 そんな君たちに、私は、命令

 ではなく、願いを言う。

 聞いて欲しい」

命令ではない。との言葉に彼等が

戸惑うが、すぐに緊張した

面持ちで聞く姿勢となる。

 

「ガーディアンの意味は、君たちに

 亜人の存在と未来を守る守護者

 になって欲しいと言う意味を

 込めて付けた物だ。……未来

 と言う物は不確定だ。それでも、

 そこに夢を見て、追いかける事が

 生きる事だと私は思う。

 だからどうか、君たちには、

 亜人の子供達が誰かと手を取り合って

 笑い合える未来のために、今と言う

 時間で戦って欲しい。それが、

 私の願いだ」

 

そう言って、私は頭を下げた。皆が

驚く。だが、やがて……。

 

「ゴジラ陛下!万歳!」

ふと、カムの叫びが聞こえる。

 

「ゴジラ陛下!万歳っ!」

更にパルの声が。

「「ゴジラ陛下!万歳っ!!」」

更に古参のハウリア兵達の叫びが

聞こえる。

 

そして……。

 

「「「ゴジラ陛下っ!万歳っ!」」」

 

「「「「「ゴジラ陛下っ!万歳っ!!」」」」」

 

四方から聞こえる、ハウリア兵たちの

万歳三唱。

 

更に、カムが壇上へと上がってくる。

 

「皆!陛下の言葉を聞いたな!

 今日から私達は、亜人を下に見る

 人間達の常識と!今の世界のあり方

 と戦うのだ!全ては平和な、私達の

 子供達のために!亜人族の守護者

 として、私は、亜人族の、素晴らしき

 未来のために戦う事を、ここに

 宣言する!」

 

「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」」」

カムが右手を突き上げれば、皆が

それに続く。

 

こうして無事、演説は終了したのだった。

 

その後、すぐさまカムが中心となって

より良い未来を考えるために

対策チームが作られた。そして

幸運な事に、演説を耳にしていた

リリィの提案で、王国もそれに

協力するよう、いずれエリヒド王に

取り付けると言っていた。彼女は私の、

『より良い未来のために今戦うべき』

と言う姿勢に感銘を受けたのだと言う。

私はこの話を聞いた時、内心、自分の

事を『策士だな』と自嘲した。

 

この世界で、私ほど平和という言葉が

似合わない男もいないだろう。

何せ、私は既に何十と言う人間を殺して

きた。更に言えば、前世でどれだけの

人間を焼き払ってきた事か。

そう言う意味では、本当に、私には

平和と言う言葉が似合わないだろう。

……だが、それでも、カムや仲間達

が平和になれるのなら、私は

いくらでも平和という嘘を謳おう。

 

と、私はそんな事を考えていた。

今は、私達7人と天之河達4人、蒼司、

リリィの合計13人が一室に集まっていた。

「司様、あんな事も仰るのですね。

 ちょっと意外でした」

そう言って笑みを浮かべるリリィ。

「普段の私は、物騒な事を言っている

 のですから、その反応は仕方 

 ありません。ですが、それでも彼等

 の上官として、彼等の幸せを

 望んでいるのです。……血に汚れる

 者は、少ない方が良い。誰か一人が

 汚れ役をやれば良いように、ね」

そう呟く私に、ハジメ達はどこか

俯く。

 

「ごめん司。何か、僕のやった事の

 尻拭いをさせたみたいで。

 やっぱり、皆の中には僕が帝都の人達

 を助けたのに、納得してない人達が

 いたんだよね?だから、あんな……」

「いえ。ハジメのせいではありません。

 ……どのみち、彼等は帝国を倒した事で

 次の目標を見失っていました。

 そんな彼等に私は次の目標を与えたの

 です。……それも、長く苦しい目標を。

 なればこそ、責められるのは私です」

 

その言葉に、ハジメは……。

 

「ねぇ司。今の司は、周りの人の分まで

 罪を背負おうとしてない?」

「はい?」

ハジメの言葉に、私は正直戸惑い、

首をかしげた。

 

「なんて言うかさ。帝都の時も悪役に

 徹しているみたいだったし。今

 だって僕が起こした問題も自分の

 責任にしてるみたいに聞こえるよ?」

罪を、引き受けている?私が?

そうだろうか?そんな認識は

無いのだが……。

この時、私は悩んだ。

「そ、それは……。どうなのでしょう。

 自分でも良く分かりません。

 ただ、何というか……」

 

「う、嘘だろ?」

「あの新生が、戸惑っているだと?」

私の様子に坂上と天之河まで戸惑っている。

谷口もあんぐりと口を開けている。

すると……。

 

「そっか。きっとそれは、司くんが

 仲間思いな証だよ」

「え?香織?」

私は香織の言葉に戸惑った。

「……あぁ、成程」

「そう言う事ですかぁ」

「ユエ?シア?」

二人とも納得した様子だ。

 

「確かに、マスターは仲間思いじゃな」

「うんうん」

更にティオとルフェアも頷いている。

どういうことだろうか?

ますます私は分からなくなった。

その時。

 

「要はさ、司は仲間の事が大切で

 大切で、めちゃくちゃ心配性なんだよ。

 そうやって、何でも自分で引き受けよう

 とするくらいにさ」

「私が、心配性?」

と、首をかしげると……。

 

「まぁ、確かにな」

私の分身である蒼司が肯定した。

「雫達の護衛にわざわざ自分の分身

 おいたり、自分が認めた奴には

 攻撃も防御もチートなジョーカー

 与えたりしてるしな。

 確かに見方によっちゃ、子供が

 心配でしょうが無い親みてぇ

 だよなぁ?」

「そうですわね。私にも、こんな腕輪を

 プレゼントし、守って下さいましたし」

更にリリィもクスクスと笑みを浮かべている。

 

「心配性、なのだろうか。私は」

と、私は首をかしげる事しか出来ないの

だった。

 

と、その時。

『コンコンッ』

部屋のドアがノックされた。

「む?どうぞ」

「失礼します」

私が促すと、扉が開いてカムが入ってきた。

だがその後ろに一人の客がいた。

 

「アルテナ様」

ぽつりと客の名を呟くルフェア。

相手は森人族の族長、アルフレリックの

娘、アルテナだった。

「カム。なぜ彼女がここに?」

「はい。実は先ほど、亜人達をフェア

 ベルゲンに送り届けた輸送隊に

 ついて来たらしく、アルフレリック

 の使者、だそうですが……」

とカムが言うと……。

 

「新生司様。このたびは多くの同胞、

 更には数多の亜人達をお救い

 頂いた事、心からお礼申し上げます」

そう言ってアルテナは甲斐甲斐しく

頭を下げた。

 

「私に礼は無用です。亜人族解放を

 実現したのはGフォース。つまり

 カム達です。礼を言うのなら、彼等に」

「存じております。しかし、そんな彼等 

 の誕生は、新生司様在ってのこと。

 新生様の存在が、巡り巡って私達

 亜人を助けたのです。だからこそ、

 お礼を申し上げます。新生司様」

「そうですか。……それで、アルフレリック

 の使い、との事でしたが、用件は

 何でしょうか?」

「はい。実はお祖父様が、皆様と一度

 会って話がしたいとの事でした。 

 新生司様やお連れの皆様をフェアベルゲン

 に招きたいとの事でしたので、私が

 使者としてこちらに」

そうか。ならばちょうど良い。

 

「分かりました。我々も、実は

アルフレリックに提案したい事が

あったので。その招待を受けましょう。

カム、バジリスクを回してくれ。

フェアベルゲンに向かう」

「了解しましたっ!」

敬礼をし、カムは出て行く。

 

その後私達は2台のバジリスクに分乗

してフェアベルゲンに向かっていた。

 

 

そして、そんな中で……。

「なんで、あいつが。あいつばっかり。

 俺は勇者なんだ。そうだ。俺は

 必ず、神代魔法を手に入れるんだ。

 必ず……!」

バジリスクの後ろの席で、ブツブツと

呟く光輝の姿に、気づく者は

居なかったのだった。

 

     第69話 END

 




次回はフェアベルゲンでの話です。

感想や評価、お待ちしています。


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第70話 変革の欠片

今回は色々オリジナル要素が混じってます。


~~~前回までのあらすじ~~~

帝都での戦いを終え、ハルツィナ・

ベースへと戻る司たち。その道中で

司は雫と対話し、何気に彼女の好感度を

振り切ったりしつつもベースに無事

帰還。司は帝都民の生き残った事に

不満を持つ兵士達を宥めるべく演説を

し、彼等に新たな目標を教えるの

だった。その後、基地にきたアルテナ

の求めに応じて、司たち、光輝達、

蒼司、カムたち、アルテナは

フェアベルゲンに向かうのだった。

 

 

フェアベルゲンへと到着した私達。

そしてカムやパル、兵士達が車外に降りると、

多くの亜人達が彼等に頭を下げたり

手を振っている。

どうやら、Gフォースの名はすでに

フェアベルゲンに広まっているようだ。

 

「さぁ、こちらへ」

その時、アルテナが私の右隣に立って

右手を取った。しかし……。

『バッ!』

すぐさまルフェアが私の右手を取り返す。

「じゃあ、早速案内してくださいね?」

そう言って笑うルフェアだが、背後の

オーラ(プレデター)から見て絶対に

笑っていないのは丸わかりである。

「は、はいっ」

 

アルテナはガクガクと震えながら案内を

しはじめた。

しかし……。

「ルフェア、成長した」

「うんうん。見事な威圧感だったよ」

何故か後ろで納得しているユエと香織。

「……何で香織は納得してるのかしら?

 説明してくれる?南雲君」

ため息交じりに問いかける雫。

「うん。いや、その。香織とユエちゃん。

 よくあんな風に威圧感でバトルしてる

 から。……前はルフェアちゃんも

 バトルしてる傍で怯えてる

 だけだったんだけど、きっと香織と

 ユエちゃんの戦いを見る内に成長

 したんだよ」

「……あの二人はいつもどんな戦いを

 してるのよ」

雫は、更にため息を漏らすのだった。

 

その後、アルテナに案内され私達は

アルフレリックや他の族長たちが待つ

広間へと通された。

私達が最前列に座り、その後ろに

ティオや天之河たち。更にその後ろに

パルや兵士達が起立している。

ちなみにリリィ王女はハルツィナ・ベース

で待機して貰っている。

 

「それで、孫娘を使者にして私達を呼び

出したが、何の用だ?アルフレリック」

「あぁ、お前さん達を呼んだのは他でもない。

 いくつか話があっての。まずは、お前さん

 に礼をしたいのじゃ」

「礼だと?」

「うむ。お前さんが鍛えたGフォースの

 力があってこそ、魔人族から樹海を

 守り抜く事が出来た。それだけでなく、

 こうして多くの同胞達がこの地に

 戻ってきた。それについて、何か

 お主に報いようと思っての」

「成程。その方法は既に決まっている

 のか?」

「あぁ。そっちのカムについては色々

 考えてあるのじゃが、お前さんの

 方にはまだじゃがの」

 

「そうか。ならばちょうど良い。その 

 報いる方法とやら、私の提案を

 聞く事だ」

「ほう?提案とな。して、その内容は?」

 

「難しい事ではない。……現在、カム

 率いるGフォースは、亜人を下に

 見るこの世界の常識を覆すために

 動き出した」

私の言葉に、アルフレリックだけではなく

他の族長たちも興味を引かれている。

 

「そこで私は、一つの町を作ろうと

 考えている」

「町とな?」

「そうだ。その町では技術を安く、

 或いはタダで学ぶ事が出来る。

 ジャンルも豊富だ。農作や牧畜、

 料理や製造技術。服飾。建設。

 ありとあらゆる技術を学ぶ場所、

 『学校』を中心とした町だ」

「ほう?学び舎を中心とした町とな」

「そうだ。生きていく以上、人には

 服や食事、更にはその他諸々様々な

物が必要になる。それを全て自分

で用意する事は簡単ではない。

だからこそ、世界というのは

大多数の人間が自分に出来る仕事で

他人に貢献しながら、他人に頼って

生きている。それは、亜人だろうが

人間だろうが、もしかすると

魔人族だろうが変わらないだろう。

 それが、社会と言う物だ」

人、更には魔人族という言葉に族長の

一部が苦い表情を浮かべる。

 

「私の作る学校は、そういった社会で

 働く人材を育てる場所だ。そして

 更に学校を中心として家や市場など

 を作り出す。更に言えば町の

 警備員や監視員。食料や物を売る

 店など、様々な人間が集う場所。

 私はこの場所を、仮の名では

 あるが、『始まりの町』、

 『アルファ・シティ』と名付けよう

 と思って居る」

「アルファ・シティ。……して、それが

 我々と何の関係が?」

 

「アルファ・シティは、凶悪殺人犯 

 でも無い限り、人種を問わず来る者

 を拒まない。技術を学びたいと言う

 のなら、女子供、老人であろうと

 それなりの生活環境を用意する

 意思がこちらにはある。

 当然、亜人であろうと来るなとは

 一切言わない。学びたいと言う

 のなら、アルファ・シティは

 喜んで歓迎しよう。お前には、

 このアルファ・シティの話を

 フェアベルゲン内で広めて欲しい」

「成程。……それがお前さんたちに

 助けられた事に対する恩返しに

 なるのなら……」

 

「ちょっと待て!」

アルフレリックが頷こうとしたとき、

虎人族の族長、ゼルが声を荒らげた。

「人種を問わず、と言ったが、それは

 忌々しい人族の奴らも、と言う事か!?」

「……そうだ」

私は頷く。それだけで、アルフレリック

やルア以外の族長が私を睨む。

 

「アルファ・シティは如何なる人種も

 拒まない。人間も、亜人もだ。

 年齢、生まれ、性別。一切を不問

 とす。当然人種による違いなども

 不問とする。人間だから偉い訳

 でもないし、亜人だから下という

 訳でもない。その逆もしかり。

 アルファ・シティでは、皆が等しく

 学び、知識と経験と技術を

 身につける町なのだ」

「そんなふざけた町の事を広めろと

 言うのか!?」

「まぁその通りだ」

 

「ふざけるなっ!誰が人間なぞと!」

「いやなら別に宣伝する必要はない。

 だが、アルファ・シティならば、

 このフェアベルゲンで学ぶ事の出来ない

 技術を知り、学ぶ事も出来る。

 ありとあらゆる知識を知る事が出来る。

 延いてはそれは、このフェアベルゲン

 発展にも繋がる。それに、それが

 古い時代を終わらせる第一歩となる」

「ッ!?古い時代だと!?どういう意味だ!」

 

「……知っての通り、エヒトは3種族の

 対立を煽り、お前達の他種族を憎み

 争う姿を見て嗤っている。

 そんな中で断言しよう。近いうちに

 エヒトによる支配は終わる。私達

 が終わらせる。そうなれば、この

 世界の命運はそこで生きる者達。

 即ち、人や亜人に託される訳だ。

 ……で?」

「な、何だ」

 

「エヒトが死んだとして、お前達は

 いつまでも狂乱の神が残した

負の遺産に縛られ続けるつもりだ?

いつまでその憎悪や蔑みを子供達

に継がせ続けるつもりだ?

憎悪の継承だと?バカバカしい」

「何だと!?貴様っ!人間の肩を持つ 

 のか!人間が、帝国がどれだけ!」

 

「高々帝国兵しか見た事の無いような奴が、

 偉そうに『人間を語るな』!」

 

私はゼルを遮り叫ぶ。

 

「貴様等は、人間の一体何を知っている。

 帝国兵以外の人間を、見た事がある

 のか?ずっと、樹海の中に籠もっていた

 貴様たちが、一体外の何を知っている

 と言うんだ?祖先から教わった事以外、

 一体人間の何を知っていると言うのだ!」

 

私の叫びに、族長達は俯く。

こいつらはそうだ。族長の座に納まって

置きながら、外を何も知らずに、人間を

一概に『悪』としている。

 

「この樹海の外に、一歩でも足を

 踏み出したことの無い貴様達が、

 人間の何を知っている。シアや、

 ルフェア達の方が、よっぽど

 人間というものを知っている。

 ……無論人間にも汚い面はある。

 だが、その一面だけしか知らない

 奴らが、偉そうに人間を語るなど

 言語道断。……シア」

「あ、はいっ」

 

「あなたはこれまで、いろいろな場所

 を巡ってきましたが、そこで

 出会った人間は、悪人だけでしたか?」

「え?そんな事無いですよぉ。

 キャサリンさんや、ちょっと

 怖いですけどクリスタベルさん。

 あと、助けたアンカジ公国の人達とか、

 あ、そう言えばリリィさんも普通

 に接してくれましたね。王都に

 居る時、香織さんやユエさん達と

 一緒にお茶したこともありましたし。

 まぁ後、ブルックの町の人達も

 ちょっと頭のネジがぶっ飛んでます

 けど、いい人達でした」

 

そうだ。シアの言うとおりだ。

確かに亜人を差別する人間は居るだろう。

だが、それが全てではない。

 

私達の世界でもそうだ。人種間の争い

はある。だが、その垣根を越えて絆を

結んだ者達も居る。

 

かつて、私のオリジナルを倒す為に、

国家の枠組みを超えて大勢の力が

結集したときのように。

 

「確かに亜人と人の差別問題は簡単に

 解決する物ではない。だが、それ

 は終わらせなければならない。

 時代を次に進めるためには、

 新しい事を始めなければならない。

 ……そのための、新時代の

 始まりの町。それがアルファ・シティだ。

 多種多様な人種が暮す町、

 『多種族共生都市』だ」

 

私の言葉に、後ろでカムやパル、

ハウリア兵やティオがうんうんと

頷き、ハジメと香織、シアと

ルフェアはどこか嬉しそうだ。

 

族長達は、ひそひそと互いに話し

合っている。

 

「一つ聞きたい」

「何だ?」

その時、アルフレリックが口を開いた。

「そのアルファ・シティとやらを

 治めるのは、誰じゃ?誰が

 町を治めるんじゃ?」

アルフレリックの問いかけに、族長達

は会話を止めて私を見ている。

 

そんな物、決まっている。

「それは『法』だ。ルールだ。

 ルールが人々を律するのだ」

「ルール、じゃと?」

「そうだ。例えばの話。Aと言う

 人物がBと言う人物から無理矢理

 金や物を奪ったとする。その場合、

 Aが人間だろうが亜人だろうが、

 牢屋に5年閉じ込める。無論

 貴族や平民など、身分の違いは

 一切認めん。偉かろうが貧しかろう

 が、最低5年は牢屋行きだ。更に

 その間に、町の清掃活動といった

 奉仕作業に従事して貰う。無論

 脱走などしようものなら、どんな

 奴であろうと即射殺する」

「それは、人間の貴族にも適用される

 のかの?」

「当たり前だ。アルファ・シティは、

 良い意味でも、悪い意味でも平等だ。

 貴族だろうが王族だろうが、法という

 ルールを守れないのなら牢屋に

 ぶち込むだけだ。そこに、亜人や

 人間等という種族の違いもまた

 存在しない。窃盗を行えばどんな

 奴だろうが、牢屋にぶち込む。

 それが『法』という物だ」

 

「良い意味でも、悪い意味でも平等、

 と言う訳じゃな」

「そうだ。それと、付け加えるがもし

 アルファ・シティへ行く事を本人

 の意思で希望している場合、

 例え族長でもそれを妨害する事は

 許さん」

「な、何だと!?」

「部族の長だからといって、個人の

 自由意志を奪うな。そう言って居る

 のだよ。彼等は自分の意思で外

 に出て学ぶ決心をしたのだ。それを

 貴様等の勝手な考えで邪魔された

 のであっては、たまらんからな」

「貴様ぁっ!」

族長、特にゼルとグゼが私に、

襲いかからんばかりに睨み付けて

いるが……。

 

「分かった。私の方から広めておこう」

「ッ!?アルフレリック貴様っ!」

頷くアルフレリックに戸惑うグゼ。

更に……。

「僕も賛成だね」

「ルアっ!?」

狐人族の族長ルアも手を挙げて賛成の

意思を示す。

 

「ルア貴様っ!?人間たちの都だぞ!?

 そんな場所に同胞を!人間がどれだけ

 の事をっ!?」

「確かに、人間がどれだけ酷い事を

 してきたか。親や周りから今まで

 散々聞かされたよ。……でもさ、

 その話、一体何時まで語り継ぐ

 つもりだい?それに、彼等の言う

 僕達は外を知らないって言葉。

 正直反論出来ないよね?」

「ぐっ!?そ、それは……」

ゼルはルアの言葉に声を詰まらせる。

 

「正直、僕は子供達に誰かを憎め、

 なんて教えたくは無いよ。

 そんなのはもう、教育じゃなくて

 洗脳とか、呪いだよね?」

「だからといって人間の町だぞ!?」

そこに反論するグゼ。

 

「そうれもそうだけどさぁ。

 ねぇ新生司。そのアルファ・シティ

 は法があるわけだけど、その法の

 執行者は誰になるんだい?」

「それはガーディアン。つまり

 機械歩兵だ。彼等は命令された

 通り法を守る。機械なので当然

 賄賂なども通じない。むしろ

 賄賂を渡してきた時点で相手を

 確保するだろう。彼等は人間では

 無いから、欲に目が眩んで、

 なんて事も無いからな」

「成程ねぇ。……なら、僕はやっぱり

 賛成だね。僕も、新しい時代という 

 物を見てから死にたいね。

 だからこそ新しい時代の始まりの町、

 アルファ・シティにはとても

 興味がある」

 

こうして、アルフレリックとルアは

アルファ・シティに関して肯定的な

意見を貰う事が出来た。

 

ちなみにその後、カムを新たな族長

として迎え入れるとか言っていたが、

カムは『Gフォースの司令として

忙しいから断る』と言って思いっきり

それを蹴った。

 

「陛下からの命令もあるので、これから

 も継続して樹海とフェアベルゲンを

 守る事は約束しよう。だが勘違い

 するな。我々はあくまでもGフォース。

 陛下の忠実なる部下であり、仲間だ。

 Gフォースは陛下の軍隊だ。

 間違ってもそれ以外から指示を聞く

 事は無い」

とカムが言うと、アルフレリックは

盛大にため息をついた。

 

「では、Gフォースは我々フェアベルゲン

 の外部協力者、と言う事ではどう

 かの?立場は対等じゃ。我らは

 お前さん達に守って貰う、と言う

 訳じゃ。何か、対価として

 求めては居らんか?」

「ふむ。……では我々Gフォースの

 やり方に口出ししない事だな。

 守ってやる事は約束しよう。

 ただし、やり方はこちら流だ」

「……分かった」

 

こうして、Gフォースはフェアベルゲン

と対等の地位にある外部協力組織

として認められたのだった。

 

若干一部の族長たちが不満そうだったが、

帝都を一撃で吹っ飛ばしたGフォース

を相手に声高に否定するほどの猛者は

居ないのだった。

実際、カムなんか『俺達に手を出したら

MOABでここを吹っ飛ばすぞ』と

顔で言っていた。しかも殺気ましましで。

なので強く物を言えなかったようだ。

 

 

その後、私達はアルフレリックの

恩返しの一部、と言う事でフェアベルゲン

に滞在している。部屋と食事も用意

されていた。

 

夜になれば、あちこちで宴会騒ぎだ。

何故か、あれほど下に見られていたカム

やパルが席に招かれている。更に

カムの計らいで、ハルツィナ・ベース

から手の空いている兵士たちが何人

かやってきたが、皆好意的に

受け入れられている。

 

「まぁ、良いことだ」

「ん?どうかしたの?お兄ちゃん」

私はそんなカム達の様子を木々の上、

オープンテラスのような場所から、

ルフェアと共に食事をしながら見守っていた。

「いや、何でも無いよルフェア。

 ただ、カム達が輪の中心に居る

 のは上官として気分が良いだけさ」

「そっか。うん、そうだね。カムさん

 達は、今回の亜人族解放の中心

 だもんね。あ、もちろんお兄ちゃん

 も色々頑張っていたけどね」

「ふふっ、ルフェアにそう言って

 貰えるのなら、頑張った甲斐が 

 ありました」

笑みを漏らす私。

 

ちなみに、すぐ傍ではティオが控えて

おり、ハジメ達は少し離れた所で

食事をしている。シアは今、カム達の

方へ行き、一緒に食事をしながら

笑っている。天之河たちは、居た。

ここから少し離れた席で話をしながら

食事をしていた。

 

……何だかんだあったが、今回は

ハジメのおかげで良い方向に進んだ

方だろうと私は考えていた。

 

仮に、Gフォースが帝都をまるごと

吹き飛ばして、住民を全員殺してしまった

とあっては、正直対外的なイメージが

悪い。だが、ハジメと香織のおかげで

被害は最小。更に言えば、ハジメ達

二人は、あの時MOABの衝撃から

帝都民を守った事で、共に

『守護神ハジメ』、『守護女神香織』

と言う大層な二つ名で帝都民から

慕われていた。……肝心の二人がその

二つ名を聞いて羞恥に悶えていた事は

差し置いても、私だけでなく二人の

名前が良い意味で売れるのは良い事だ。

 

そう考えながら私は果実酒を飲む。

ちなみに今、私の体の中では敢えて

アルコールを分解しないようにしている。

最初は、ちょっとした気分だった。

だが、慣れない平和への言葉を散々

口にしたせいか、今日は少し、

『酔いたい』気分だったのだ。

 

その時ふと、テーブルの上にあった

飲み物、果実酒と果実水が殆ど

残っていない事に気づいた。

おかわりを貰ってこようと、席を

立とうとした時。

「お飲み物のおかわりです」

声がして、顔を上げるとそこには

アルテナの姿があった。

 

「アルテナ。どうしてここに?」

「いえ。亜人解放の英雄である司様に

 少しでもお礼をと、申しまして」

そう言うと、彼女は私のグラスに

果実酒を注ぎ、更にルフェアの

グラスにも果実水を注ぐ。

 

「それではこれで」

「えぇ。ありがとうアルテナ」

そう言って私は彼女に微笑みかけた。

「っ、い、いえっ!ではこれで!」

彼女は顔を赤くしながら去って行った。

何だったのだろう?

と思って居ると……。

 

「…………」

目の前でルフェアが不服そうに頬を

膨らませていた。

「ルフェア?どうしましたか?」

「む~!どうしました、じゃないよ

 お兄ちゃん!お兄ちゃんって最近

 モテ期なの分かってる!?」

「モテ期?私がですか?」

「そうだよ!エリセンではレミアさん

 に一目惚れされるし!王都に行ったら

 行ったで何か八重樫さんの態度も

 怪しいし!あとアルテナも!

 さっきだってお兄ちゃんに笑顔

 向けられて顔赤くしちゃってさ!

 それにリリィ王女!あの人もぜーったい

 お兄ちゃんの事が好きだよ!」

そう、だったのか。彼女達が……。

 

「ふ、ふふっ」

「え!?何笑ってるのお兄ちゃん!?

 まさか、誰か好きな人が!?」

「あぁいえいえ。違うよルフェア。

 ただぁ、私を好きになる人間がこんな 

 にも居るんだなぁって思って。

 私は、ずっと、傷付けるだけだった

 のに、こんなに慕われるなんて。

 皮肉だなぁ、と」

可笑しな物だ。散々、人の血でこの体を

汚してきた私が慕われるなんて。

あぁ、ホントに皮肉で笑みが止まらない。

 

「お兄ちゃん、もしかして酔ってる?」

酔う?あぁ、そうか、このふわふわした

感覚が、酔うと言う事なのか。

「ふ、ふふっ、そうなのかも、しれま

 せん、ねぇ」

む、うっ。いかん。段々思考が乱れて

きた。しかも、眠い。このまま、で、は……。

 

そして、私は意識を手放した。

 

 

「あ~~お兄ちゃん寝ちゃった」

テーブルに突っ伏した形でそのまま

寝息を立て始める司。

「もう、しょうが無い旦那さん

 なんだから」

そう言うと、ルフェアは席を立って

司を背中に背負った。

……何だかんだで戦いの中で鍛えられた

ルフェアだけあって、成人男性程度の

司一人くらいなら背負えたのだった。

 

「姫っ、そのような事は僕の妾が」

そこに駆けつけてくるティオ。

「ううん。大丈夫だよティオお姉ちゃん。

 私がお兄ちゃんを部屋に運んでおく

 から、休んでて良いよ」

「御意」

ルフェアの言葉にティオはすぐに下がる。

 

その後、ルフェアは司をおんぶして彼の

部屋に向かっていた。

 

そして、誰も居ない廊下を彼女一人が

歩いていた時。

 

「……ろ」

「ん?」

後ろの司が何かを呟きだしたのだ。

やがて、声のボリュームが上がっていく。

 

「生きろ。……生きろ。生きろ。生きろ」

生きろ、そううわごとのように

繰り返している。

 

それは、司の中にある『ゴジラ』として

の『生存本能』の叫びだった。

 

生物ならば、誰しもが持つ生存本能。

ハジメ達の世界へと逃げ延びた時、司

はこの本能の声に従って生きた。

だが……。

 

「生きろ。……生きて、どうする?」

やがて彼は、自分自身に問いかけた。

「生きて、何をすれば良いんだ?」

それが、彼には分からなかった。

 

あの時の演説で、司が自分の生きる

理由を見いだせなかったと言ったのは、

ここに由来していた。

進化し、力を得て、自我を獲得した

司は、ゴジラは、悩んだ。

 

自分に番いはいない。歳も取らない。

老いない、死なない。

それは生物としての『頂点』を意味する

が、同時に生物としては『異質』だった。

 

生命は生まれ、育ち、番いを得て、

子をなし、子を育て、年老いて、

次の世代へ託し、死ぬ。

 

それが生命のサイクルだ。

だがゴジラは、そのサイクルの外側に居る。

 

子孫を残すことも無く。死ぬ事も無く。

ただただ生き続ける。理由もなく。

宛もなく。ただただ彷徨い続ける。

 

そして、答えを見いだせないまま、司

は人として育った。

だが、どれだけ時を重ねても、司が

生きる理由は、生きろと囁く生存本能

に従う以外、無かった。

 

だが、それにも変化が生まれた。

そう。この世界にやって来たのだ。

 

「生きろ。生きろ。生きて、どうする?

 生きろ。生きろ。『守れ』」

「あっ」

その時、後ろで呟く司が新たな言葉を

呟いたのだ。

 

「生きろ。守れ。生きろ。守れ。

 守れ。ハジメを、香織を、仲間を、

 みんなを守れ」

生きる意味を見いだせなかったゴジラ。

それが、変わったのだ。この世界で、

友と絆を深めた事で。

 

彼女や新たな仲間と出会う事で。

 

「仲間を、みんなを、ルフェアを守れ。

 生きて、守れ。大切な、仲間を。

 家族を。……失わぬ、ように、

 生きて、守って、戦え」

 

それが、今の彼の生きる理由だった。

 

孤独だったゴジラが、いつの間にか、

愛する存在と、仲間に囲まれていた。

隣に誰かが居てくれる温もりを知る

事が出来た。

 

もう、ゴジラは、司は孤独ではない。

だからこそ……。

 

「守れ。命に、替えても、皆を……。

 ルフェアを、守れ」

 

彼はその身を賭けて仲間と愛する人を

守る。彼自身の本能が、心の中で

常にそう叫んでいるのだ。

 

彼の言葉に、ルフェアは笑みを浮かべ

ながら顔を赤くするのだった。

 

やがて、ルフェアは部屋に着くと静かに

司をベッドに寝かせ、彼女はそのまま

添い寝のために彼の横に自分の体を

横たえた。

 

ルフェアは静かに司の横顔を見つめる。

「大丈夫だよ。私達は、ずっと

 お兄ちゃんの傍に居るよ」

そう言うと、ルフェアは彼の頭を

自分の胸に抱いた。

 

「私達はお兄ちゃんより弱いかも

 しれないけど、ずっと、傍に

 いるから。ずっと、一緒だから。

 だから、これからもよろしくね」

『チュッ』

 

ルフェアは、司の額にキスをして……。

 

「私達の、『怪獣王』様」

 

『チュッ』

そう呟き、頬にキスをするのだった。

 

     第70話 END

 




次回からハルツィナ樹海の大迷宮に突入します。
お楽しみに。

感想や評価、お待ちしています。


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第71話 大樹の中へ

今回からハルツィナ樹海の大迷宮編です。
あと、私情なのですが、私はシフト制の会社に就職したので、休みが不定期で平日に更新される事が増えると思いますので、よろしくお願いします。


~~~前回のあらすじ~~~

アルフレリックの使いであるアルテナに

呼ばれてフェアベルゲンへとやってきた

司たち。そんな中で、司はアルフレリック

からのお礼に対して、彼が考えていた

アルファ・シティの話を広めることを

提案。他の族長たちに反対こそされた

ものの、アルフレリックなどからは

納得を得られた。その日の夜。司は

ルフェアとの食事の中で酒に潰れて

しまい、ルフェアは司を部屋に運ぶ中で、

彼の本能の呟きを耳にするのだった。

 

 

宴会騒ぎのあった翌朝。私達は

ハルツィナ・ベースに連絡を入れてから、

フェアベルゲンから直接大迷宮の入り口

と目されている、大樹へと向かう事に

した。

 

基地に通信した際。

「皆さん。それに司様。どうかご無事

 の帰還をお祈りしています」

通信機から聞こえるリリィの声。

しかしそれは傍に居た皆にも聞こえて

いた訳で……。

 

「え、えぇ。分かりました」

私でも若干、声が引きつるほどの

圧迫感をルフェアが放っていた。

傍に居たハウリア兵達はガクブル。

カムに至っては……。

「さ、流石は皇后様ですな。陛下の

 妻に相応しいオーラです」

そう言って冷や汗を流していた。

……何だか、昨日よりもルフェアの

威圧感がパワーアップしている気が

するが、考えないでおこう。

『これ以上、お嫁さん候補増やさないでね?』

とルフェアが視線で訴えている気がするが、

気にしないでおこうと思う私だった。

 

その後、私達は亜人族たちに見送られ

ながら、徒歩でフェアベルゲンを出発

した。

 

大樹までの道のり、襲いかかってくる

魔物の対応は、天之河たち4人に任せている。

オルクス以外で魔物との戦闘経験が無い

彼等のウォーミングアップのためだ。

 

とは言え、霧の影響で間隔が狂っている

ので苦戦を強いられている。

どうしようもない時は……。

 

「あらよっ!っと!」

蒼司が対応している。今も、息切れの

合間を狙って天之河に襲いかかった猿の

ような魔物を、蒼司がヴィヴロブレード

のガルグイユで切り裂く。

 

「気を付けろよ。奴らは霧の中から

 奇襲してくる。ヒット&アウェイ、

 一撃離脱戦法って奴だ。んでもって 

 奴らは霧の中でもお前等が分かる。

 無闇に突っ込むなよ。思うつぼだ。

 谷口以外は、カウンター狙っていけ。

 んで谷口は防御担当だ。気をつけろ

 よぉ、どっから来るか分かんねぇ

 からな」

蒼司は4人に的確な指示を出していく。

 

そうやって、魔物を退けながら彼等は

大樹、ウーア・アルトへと向かっていた。

その道中。

 

 

「ハァ、分かってた。分かってたけど、

 この差は大きいわね」

列の後ろの方を歩いていた、ジョーカー

タイプCを纏った雫は、前を歩く、

同じくジョーカーを纏ったハジメや

香織の背中を見つめながら息をついた。

 

「性能に違いがあっても、ジョーカー

 を纏ってるのなら戦闘力にそんな

 に差が無いって思ってたけど……」

雫は、まず最初に司たちが『お手本』

と称して樹海の魔物と戦った時の事

を思いだしていた。皆、各々得意な

武器を使って、殆ど一撃で倒した

のだ。ハジメなど、後ろから襲い

掛かってきた魔物を、脇の下から

トールの銃口を覗かせ、振り返る事も

無く背後の敵を射貫いたのだ。

それを見た雫が、『南雲君って

ニュー○イプなの?』と、割と

真剣に首をかしげたりしていた。

 

もちろんハジメはニュータイ○など

ではなく、ジョーカーに内蔵

されているレーダーが得た情報から

瞬時に相手の位置を計算し、そこ

にトールの炸裂弾を見舞っただけだ。

 

ちなみに、何故雫がニ○ータイプ

と言う単語を知っているのか聞くと、

ハジメに興味を持った香織が以前

そっち系のアニメを見ていたのを

付き合わされたらしい。

 

まぁ、話を戻すと、雫にとって

ハジメや香織とは、そこまで差は無い

だろうと思って居たのだが、彼等の

動きを見て、『これが大迷宮攻略者か』

と驚嘆し、二人と自分の差を痛感して

いたのだ。

 

「格が違うわね。大迷宮をいくつも

 攻略してるだけの事はある、

 って事かしら?」

そう言って苦笑する雫。

「大丈夫だ雫。大迷宮さえクリア出来れば、

 きっと俺達だって強くなれるさ。

 大迷宮を攻略すれば強くなれるって、

 実際南雲達がそれを証明してるん

 だからな。それに神代魔法が手に

 入れば、更に強くなれるはずだ」

「そうだな光輝。っしっ!腕が鳴るぜ!」

「うん、頑張ろうね!」

「そうね。私達もハジメ君や香織達には

 負けてられないわ」

 

 

どうやらやる気だけは十分なようだ。

……まぁ、やる気だけでどうにか

なるほど、大迷宮は甘くは無いが。

そんな事を考えながら歩いていると、

大樹にたどり着いた。

 

巨大な枯れた木である大樹を見上げながら

天之河たち4人が驚いているのを無視

して、石版に歩み寄った私は宝物庫

の中から無造作に攻略の証を取り出す

とそれを裏面の窪みにはめ込んでいった。

4つ全てをはめ込むと、石版の光が、

地を這って大樹へと向かい、今度

は大樹の部分で紋様が浮かび上がった。

 

「ふむ。次は再生の力かの?」

「じゃあ、任せて」

呟くティオと、そう言って前に

出るユエ。そして彼女が紋様に

手を翳し、再生魔法を発動すると、

枯れていた巨木が瞬く間に、青々

と葉を茂らせた姿を見せた。

 

翠を取り戻したウーア・アルト。

その時、大樹の幹が左右に割れる

ように開き、巨大な洞を造り出した。

「ここが真の大迷宮への入り口、

 と言う訳ですか」

そう言うと、私は振り返る。後ろでは

ハジメ達が決意に満ちた表情を浮かべ、

天之河たちは緊張感のある表情を

浮かべている。

 

「……行きましょう」

そう言うと、10人が頷く。そして私は

更に同行していたカム達の方へ視線を

向ける。

「カム、基地に居るリリィ王女たちを

 頼むぞ」

「はっ!命に替えても、必ずや

 守り抜いて見せますっ!」

敬礼をするカムに、他の兵士達も続く。

 

私達は彼等に見送られながら洞の中

へと進んでいった。

進んでいった先にあったのは、ドーム状

の広い、行き止まりの空間だった。

「行き止まり、か?」

周囲を見回しながら天之河が呟く。

 

と、その時後方の隙間が音を立てて

閉じ始めた。

慌て出す4人。

「落ち着け。ドアが閉まってるだけだ」

そんな中でも蒼司と私達7人は

至って平静だ。

 

と、次の瞬間、床に魔法陣が現れ、光

を放ち始めた。と同時に、ハジメ達

6人が流れる動作でジョーカーの

システムで各々武器を取り出す。

「うわっ、何だこりゃ!?」

「なになに、何なの!?」

「取り乱すな。ただの転移魔法陣だ。

 ……それより、武器を構えておけよ?」

そう言って私もヴィヴロブレード、

朱雀を抜く。

 

「転移した先で、即魔物に囲まれる

 可能性もあるぞ?」

そう言って注意を促す。蒼司も

ガルグイユを抜いて臨戦態勢だ。

 

そして、私達の意識は一瞬暗転した。

 

次に気づいた時、私達は樹海のような

場所にいた。

「巨木の中に樹海、か」

ぽつりと呟きながらもトールを構えて

周囲を警戒しているハジメ。

ユエ、シア、ルフェア、香織、ティオ

も各々武器を構えて周囲を警戒

している。

「ッ、みんな、大丈夫か」

天之河が呼びかけると、雫と坂上、

谷口が頷く。

 

「ここが、大迷宮の中なのか?

 新生、ここから先はどうするんだ?」

「まずはこの階層を探索しましょう。

 上に登るにしろ、下に降りるにしろ、

 道の入り口のような物があるはずです」

「あぁ、分かった」

私の言葉に天之河が頷くが、一方で

私は……。

 

『蒼司、分かってますね』 

『おうよ』

私と蒼司は、お互いに同一の存在であり、

超常の力を持っている事から、脳波

だけで会話が出来た。所謂テレパスだ。

ここに飛ばされた直後、レーダーを見て

分かったのだ。すぐ傍に敵が居る。

数は『5人』。

『こいつらも、流石にジョーカーの

 IFFの信号までは偽造出来ません

 でしたか』

『出来たらその方が怖いけどなっ!』

『それより蒼司。頼むぞ。正直、

 私では『彼女』は撃てない』

『オーライ。その代わり、『こっち』

 を頼むぜオリジナル』

「えぇ、分かりました」

私は静かに呟く。

 

「お兄ちゃん?どうかし……」

次の瞬間。

『バババンッ!』

私のタナトスの爆裂弾が、ユエ、

ティオ、雫の頭を吹き飛ばす。

 

『ズババッ!』

蒼司のガルグイユが、坂上とルフェア

の首を切り飛ばす。

 

余りのことに、ハジメ達は驚き

対応出来ていない。

 

5人の頭を失った体が音を立てて

地面に横たわる。すると、天之河

がすぐさまハッとなって、次の

瞬間私を睨み付けた。

 

「何をしている新生!雫と龍太郎を!

 どういうつもりだっ!」

今にも聖剣を抜きそうな天之河。

「よく見ろ。これが本当に貴様の

 幼馴染みか?」

そう言って私はタナトスの銃口を

雫と坂上の体に向けた。

 

すると、その体がドロリと溶けて、

赤銅色のスライムになったかと思うと、

そのまま地面のシミになった。

 

「なっ!?これって……!?」

驚く天之河。ハジメ達も同様だ。

「偽物ですよ。ここへ転移してくる時、

 大迷宮で神代魔法を手にする時に

 感じる。頭の中を覗かれる感覚。

 それと同じような物を感じました。

 恐らく、それの応用でパーティー

 メンバーの数人を無作為に選択。

 偽物とすり替え、オリジナルは

 別の場所に転移させたのでしょう。

 そして、偽物に気づかないまま

 一緒に居た場合は、隙を見つけて

 偽物が襲いかかる、と言うのが

 このスライムの役目でしょう。

 しかし……」

 

随分攫われたな。5人か。しかも

ルフェアまでも。……こうなったら。

「全員、ここを動かないで下さい。

 まず私と蒼司が周囲を探してきます」

「えっ!?い、いやっ!それなら

 大人数で探した方がっ!それに

 また偽物が現れないって保障も

 無いしっ!」

ハジメの言葉には説得力がある。

だが……。

 

「私と蒼司は、体内で特殊な粒子を

 生成し、驚異的な速度で移動が

 出来ます。残念ながら今の皆では

 付いてくる事が出来ません。

 なので、ここで大人しくしていて

 下さい。10分以内に戻ります。

 蒼司、お前は……」

「俺は雫と龍太郎を探す。お前は

 早く嫁さん見つけてやんな」

そう言って笑みを浮かべる蒼司。

「分かった。では行くぞ」

 

「「クロックアップッ!!」」

「ちょっ!?つかっ!?」

 

 

ハジメが声を掛けるよりも早く、司と

蒼司はクロックアップで加速し、次の

瞬間にはテレポートしたのでは?と

ハジメ達が思う程の速度でその場から

消えてしまった。

 

その場に残されてしまったハジメ達。

「何だか、司くん焦ってたように

 見えたね」

「うん」

香織の言葉にハジメが頷く。

「焦ってた?新生がか?」

首をかしげる光輝。しかしハジメ達

だからこそ、長く彼と一緒に居た

彼等だからこそ、僅かな態度の差

から司の焦りを感じ取ったのだ。

 

「しかし南雲、どうするんだ?

 あいつの言うとおり、ここで

 待つのか?」

光輝の言葉に、ハジメはしばし考えて

から……。

「そうだね。今はここで待とう。

 下手に別れると、誰がオリジナルで

 誰が偽物か分からなくなって、

 最悪疑心暗鬼に陥るから。

 それは避けたい。だからこそ、

 司の言った通り10分後に二人が

 ここに戻ってくるまで待とう」

それがハジメの案であり、香織や

シア、鈴が頷いた事もあって、

彼等はここに残る事にしたのだった。

 

 

一方、その頃、雫はと言うと……。

「グギャァ……」

一人、しかもその体が『ゴブリン』に

なったままで樹海の中を彷徨っていた。

彼女が気づいた時には、武器の青龍も

纏っていたジョーカーも無くなり、

気づけば醜いゴブリンになっていた。

 

『みんな、どこに居るの?……怖い。

 怖いよぉ』

身を守る武器も鎧も無くし、醜いゴブリン

へと成り果てた雫は、トボトボと樹海を

彷徨う事しか出来なかった。

 

だが……。

『……皆にあって、どうするのよ』

その時ふと、彼女は水たまりを見つけ

のぞき込んだ。

そこに映るのは醜いゴブリンだ。

人の言葉を話す事も出来ないし、自分が

雫である証になる物も、何も無い。

 

つまり、彼等と合流出来ても、魔物と

間違われて殺される恐れさえあるのだ。

かといって、ここに留まって居ても

生き残れる保障など無い。

先ほど彼女は、蜂型の魔物の群れを

命からがらでスルーしたのだ。

 

そう言う意味では、雫はもう『詰み』

のような状況であった。

 

そして、その状況が雫の不安を煽る。

『嫌だ。嫌だ。死にたくない。

 死にたくないよぉ……!』

雫(ゴブリン)は、一つの木に背中を預け、

そのままズルズルと腰を下ろして座る

と、膝を抱えて体育座りの姿勢で

膝に顔を埋めた。

 

『私、このまま死ぬの?嫌だよ。

 そんなのヤだぁ。……まだ、やり

 残したこと、いっぱいいっぱい

 あるのに。こんな、こんな所で……』

彼女の瞳から涙が流れる。

 

『死にたくないよぉ……!』

ギュッと膝を抱える雫。

 

と、その時。

「ほら、もう泣くなよ、雫」

不意に聞こえた声に雫(ゴブリン)は

バッと音がしそうな勢いで頭を上げた。

見ると、彼女の眼前で、蒼司が膝を突いた

姿勢で立っていた。

 

『蒼司ッ!?私の事が分かるの!?』

「グギャッ!ギャギャギャッ!」

思った事を口にしようとする雫だが、

傍目にはゴブリンが喚いているように

しか聞こえない。

 

しかし……。

「当たり前だろ?」

蒼司はさも同然と言わんばかりに首を

かしげた。

ちなみに、と言うかこの時蒼司は

テレパスの応用で雫の心、つまり

思って居る事を読み取っていただけだ。

 

「ほら」

そう言って手を差し出す雫(ゴブリン)。

雫は、静かにその手を取り立ち上がった。

そして雫(ゴブリン)は蒼司を見上げる。

 

「ん?どうした?」

『蒼司、あなたは……。どうして私

 だって分かったの?それに、こんなに

 早く来てくれるなんて……』

「何故分かったのか、だって?

 そんなの決まってるだろ?俺は、

 お前の護衛だぜ?……俺は、雫が

 どこに居ようが、どんな姿に

 なろうが、真っ先に駆けつけて、

 真っ先に見つけて、助ける。

 ……それが、俺がここにいる理由

 だからな。俺は、雫専属の騎士、

 ナイトみたいなもんだからな」

『ッ!』

 

蒼司の言葉に、雫は胸の内が高鳴る

のを感じた。そして、彼女は更に戸惑い

を覚えた。

 

雫は、帝都からハルツィナ・ベースに

戻るアルゴの中で司と話し、彼への

恋心を改めて自覚する結果となった。

 

だがそれは、雫の中にあった天秤が

司の方に傾いただけだった。

今、彼女の中にある天秤に乗っている

のは、一方が『司』。

そしてもう一方が『蒼司』であった。

 

どちらも厳密には同一人物だ。

髪色や性格が異なるだけで、二人は

同じボディを持っているのだ。

 

どこか無感情で時に冷酷なれど、仲間の

ためならば茨の道すら突き進むと

公言する司。

 

普段はおちゃらけているようでも、

やる時はしっかりと自らの使命を

果たし雫を守る蒼司。

 

傍目には、真逆の性格に見える二人

だが、仲間を守る為に全力で戦う

姿勢はなんら変わらない。

そこに雫は惹かれた。

 

そしてその天秤は、一時的に司の方へ

傾いたに過ぎない。蒼司の方へと傾く

可能性はまだ残っていたのだ。そして、

それが今、再び蒼司の方へ傾いた、

と言う訳だ。

 

そして……。

「さてと、んじゃ行くぜ雫」

『え?』

雫(ゴブリン)が首をかしげた直後。

「ほいっと!」

雫の手を引いた蒼司が、彼女を両手で

お姫様抱っこしたのだった。

 

『あっ、な、なななっ!?』

これには戸惑う雫。なんせ人生初の

お姫様抱っこだったのだ。それがこんな

形でなど、女として少々見過ごせない

のだった。

 

『ちょっ!?待ってよ蒼司!

 こ、こんな格好でお姫様抱っこ

 なんてっ!』

「ん?ゴブリンのままじゃ嫌か?」

『当たり前でしょっ!』

と、抗議する雫だったが……。

 

「心配するなよ。……人間に戻っても、

 その時はまたしてやるさ」

耳元で囁かれた言葉。

『ッ~~~!?!?!?!?』

それだけで雫(ゴブリン)は顔を

真っ赤にするのだった。

 

「さてと、行くぜ。みんなと合流

 しねぇとな。『クロックアップッ』!」

蒼司が呟くと、二人は消えるように

その場を後にしたのだった。

 

 

一方、その頃の司は、ルフェアを探して

あちこちを走り回っていた。

途中で何匹もの、蜂の魔物の群れや

オーガの群れと遭遇したが、鎧袖一触。

クロックアップ状態のまま軒並み全滅

させて先を急いだ。

 

そして、見つけたのだ。

 

岩に腰掛け、『あっち向いてほい』で

遊ぶ、ゴブリンと化したルフェアとユエを。

それは、普通の人間だったら、ただの

ゴブリンが遊んでいるように見えた

だろうが、相手の頭の中を読める私

ならばすぐに彼女達であると分かった。

 

 

「ルフェア!ユエ!」

私はクロックアップ状態を解除に彼女達に

声を掛けた。

『あっ!お兄ちゃん!』

「ギャッ!グギャギャッ!」

『ホントだ。司だ』

「ギャッ!ギャギャッ!」

思考が読めるので、何と言おうとして

いるのかは分かるが、やはり口頭での

会話は無理があるな。

 

「二人とも、無事でしたか?それに

 しても、二人は何故ここに?それも

 遊んでいたんです?」

『うん。だって、お兄ちゃんが迎えに

 来てくれるって、信じてたから』

『私も。……出来ればハジメに迎えに

 来て欲しかったけど』

 

二人の、それぞれ私とハジメに対する

信頼が色々限界突破しているのは、

この状況で遊んでいられた二人を

みれば分かる。

 

「分かりました。では、掴まって

 下さい。皆のところに戻ります」

私が手を出すと、ルフェアとユエ

(のゴブリン)が私の手にしがみついた。

私は2人がしっかり掴まっている事を

確認すると……。

「では行きます。『クロックアップ』」

クロックアップでその場を後にした。

 

 

樹海の中で動かずに司と蒼司の帰還を

待つハジメ、香織、シア、光輝、鈴の

5人。2人が出て行ってから2分後。

「ただいま戻りました」

「おっす、ただいま~」

「あっ!お帰り2人と、えぇっ!?」

彼等に気づいたハジメが真っ先に

声を掛けたが、彼は2人がゴブリン

を連れてきた事に驚いた。

そしてそれは光輝達も一緒だ。

 

「ふ、2人とも!なんでゴブリンを

 連れてきたんだ!?魔物だぞ!?」

光輝はそう言って聖剣に手を伸ばした。

それを見た蒼司がため息をつくと

説明しようとしたが……。

 

「待ってっ!」

それよりも早くハジメが光輝を制止した。

「なっ!?なんで止める南雲!」

「ごめん、でも待って」

ハジメはそれだけ言うと、司の方に

歩み寄り、彼の左手に抱かれていた

ゴブリンを見つめる。

 

 

私がゴブリン(ユエとルフェア)を下ろし、

蒼司も同じようにゴブリン(雫)を

優しく下ろした。

そして、ゴブリン(ユエ)とハジメが正面

から向き合う。

傍目に見ると、ゴブリンがハジメを

睨み上げているようにしか見えないが……。

 

「もしかして、ユエ、ちゃん?」

静かに問いかけるハジメ。

『コクン』

するとゴブリン(ユエ)が頷く。

「えぇっ!?」

するとハジメの後ろにいた香織が

驚いた声を上げる。シアも同様に、驚いた

表情を浮かべている。

「つ、司さん。これって……」

「恐らく、これも大迷宮の試練なの

 でしょう。最初の偽物とは逆です。

 偽物を偽物と見抜けないのなら

 それまで。逆に、姿を変わった程度

 で仲間を仲間と見抜けず殺して

 しまったのならそれまで。

 ……もしかすると、ここはチーム

 としての力を測る場所なのかも

 しれませんね」

「チームとしての力?」

私の言葉に谷口が首をかしげる。

 

「もっと言えばチームメンバーの

 絆でしょうか?強大な敵、即ち

 エヒトに力を合わせて立ち向かう

 事が出来るかどうか、と言った

 内容を試すのではないでしょうか?」

「それでユエさんやルフェアちゃん。

 雫さんがゴブリンに?」

首をかしげるシア。

「恐らくは。……しかしこのまま

 では会話が成立しませんね」

 

仕方無い。ここは……。 

私は元の世界に居たときから開発

していたヘッドギアを調整して

創造。ユエ、ルフェア、雫に

被せた。

 

「司、それは?」

「これは、元々向こうの世界に居たとき

 に開発していた物です。喉頭がんを

 患った患者は喉頭、つまり喉仏ですが、

 これを切除しなければなりません。

 それはつまり声を失う、と言う事。

 そんな患者を救うために、思った事、

 表層意識の思考を読み取り、声として

 発生する事が出来るヘッドギア

 です。まぁ、簡単に言うと頭の中の

 声を変換して生み出す装置、とでも

 言っておきます」

そう言って、私は3人にヘッドギアを

付けた。

 

そして……。

「あ~。あ~。あっ、声が出た」

雫のゴブリンのヘッドギアから、彼女

自身の声が聞こえた。

「ハジメ、聞こえる?」

「うん。聞こえるよユエちゃん」

ユエの方も問題なしだ。

「流石お兄ちゃんだね」

ルフェアの方も異常なしのようだな。

「どうやらこれで会話の方は問題無い

 ようですね」

「だな。……しかし、まだティオと

 龍太郎が見つかってねぇな。

 急いで探した方が良いかもな」

「そうだな。さて、では諸君。

 これから我々は残りの二人である

 ティオと坂上を探す。道中でも

 魔物と遭遇する可能性があるので、

 各自はゴブリンになってしまった

 ルフェア、ユエ、雫のフォローを

 行う事を心がけて欲しい。

 シアとハジメ、香織、谷口は3人の

 サポートを。私と天之河、蒼司は

 前衛で敵を倒す」

 

「「「「「「了解」」」」」」

「ま、任せて!」

「わ、分かった!」

ハジメ達が返事を返し、谷口と天之河

もそれに続く。

 

「よし。では行くぞ」

私達は早速移動を開始した。

 

その道中。

「そう言えば、どうして南雲は

 あのゴブリンがユエさんだって

 分かったんだ?」

天之河が素朴な疑問を投げかけた。

「あ、それは鈴も気になる」

しかしそれは彼だけの疑問ではなかった

ようだ。谷口以外にも、シアや香織も

聞きたそうだ。

 

「あ、え~っと、ただ、なんとなく、

 かな~。あのゴブリンは普通の

 ゴブリンじゃない。最初はそう

 思って、後はなんて言うのかな?

 第六感、みたいな?」

何とも曖昧な答えのハジメ。そこに。

「その答えは簡単」

ユエ(ゴブリン)が語った。

 

「それはハジメが、私を愛してるから」

そう言って笑うユエ(ゴブリン)。見た目は

嘲笑っているように見えるが、実際には

どや顔を決めているのだろう。そして

ユエは香織に目を向け……。

「ふっ」

と、小さく笑った。

 

「ッ!」

その仕草に、香織はオーラを漲らせる。

それだけで、彼女のユエに負けないと

意気込む彼女の気概がどれほどの物かを

語っていた。

しかし傍に居た谷口はガクブルである。

雫(ゴブリン)もどこか引きつった表情を

している気がする。

「な、南雲君は、愛されてますな~」

震えながらの谷口の言葉に、ハジメは

苦笑を浮かべるだけだった。

 

しかし、話題を振った天之河は、どこか

面白くなさそうだった。

 

と、そんな事をしながら歩いていると……。

 

『ザッ!』

不意に影が私たちの前に飛び出してきた。

咄嗟に武器を構える天之河だが……。

「ちょいまち」

それを蒼司が制止した。

 

よく見ると、影の正体はゴブリンであり、

彼、いや、『彼女』は司の前で地面に膝を

突いている。

 

「あっ、私もう分かりましたよ」

「奇遇だねシアちゃん。私もだよ」

その姿を見ただけで、彼女達はゴブリン

の正体を察した。

 

私は静かにゴブリンに歩み寄る。すると、

ゴブリン、いや、ティオは静かに頭を

下げる。その頭に、私はユエ達と同じ

ヘッドギアを取り付ける。

 

「ティオ、これで思った事が声になる。

 ……話してみよ」

「はっ。……不肖ティオ・クラルス。

 主の前でこのような醜悪な姿をさらす

 事を、どうかお許し下さい。また、

 マスターから頂いた大切な鎧と、剣を、

 妾は……」

そう言って、ティオは体を震わせる。

 

「申し訳ありませんマスターッ!

 この罰は如何なる形であっても償い

 ます故、どうか……」

そう言って体を震わせるティオの肩に、

私は優しく手を置く。

 

「良い。良いのだティオ。お前が無事で

 何よりだ」

そう言って、私は優しい声色で語りかけた。

「装備ならばいくらでも作れば良い。

 だが、命はそうではない。例え私に

 死者蘇生が出来ても、忠臣である

 ティオを守れない事の方が辛い」

「マスター」

ゆっくりと私を見上げるティオ。例え

ゴブリンになろうと、彼女は彼女だ。

 

「よくぞ無事であった。ティオ・

 クラルス」

「ッ!もったいなき、お言葉。

 ありがとう、ございます」

彼女は静かに俯き、涙を流している。

本当に慕われた物だ。そう思いながら、

私はティオに手を差し出した。

 

手を取って立ち上がるティオ(ゴブリン)。

こうしてティオとも無事合流した

私達は、最後の一人である坂上を

探して樹海の更に奥へと向かうのだった。

 

     第71話 END

 




今回からは樹海の大迷宮ですが、個人的に言って
雫と蒼司にスポットを当てていく可能性が高い
です。

感想や評価、お待ちしています。


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第72話 仮初めの夢

今回は夢の話ですが、スポットは雫に当ててます。


~~~前回のあらすじ~~~

帝都での戦いを終え、本来の目的である

樹海の大迷宮へと向かう司とハジメ、

光輝達。彼等は真の大迷宮に突入

直後、ユエ、ルフェア、ティオ、雫、

龍太郎が偽物スライムとすり替わり、

5人は姿を変えられてしまう。司と

蒼司によってユエ、ルフェア、雫が

ゴブリンの姿で発見され、その後に

ティオも合流。残りの一人である

龍太郎を探して司たちは樹海を

歩き回るのだった。

 

 

ティオと合流後、しばらく歩いていると

私達はオーガと戦う、空手の技を使う

オーガを見つけた。これならば誰もが

分かった。あれが坂上であると。

こうして無事、全員と合流した私達は

この階層を突破するために先を急いだ。

 

そして、今私達の前には、巨大な樹の

モンスターが立ち塞がっていた。

それと戦うのは天之河、坂上、谷口

の3人だ。更に香織と蒼司が

フォローに入っている。

 

しかし、香織と蒼司が前に出る事はしない。

あくまでも回復と、危険な攻撃への対処

だけだ。

そして……。

「こうなったら!光輝!神威だ!」

「何っ!?だが龍太郎!あれは!」

「このままじゃ俺達が負ける!

 お互い決め手に欠けてるしよ!

 だから決めてくれ光輝!」

叫ぶ坂上に天之河は迷う。が……。

「大丈夫!その間は鈴達が守るから!」

谷口の言葉もあって……。

「分かった!頼む!」

 

そう言って天之河は神威のための詠唱を

始め、無防備な彼を香織、蒼司、坂上、

谷口たちが守っている。

私達はあくまでも傍観者の立場を

決め込む。

 

正直な所、私としてはここで彼等の

自信を粉々に打ち砕き、彼等が

『井の中の蛙』である事を知らしめる

つもりだった。

彼等がどれだけオルクスで修行を積んだ

としても、それは所詮、一つの場所で

戦ったに過ぎない。

私達の経験に比べれば雲泥の差だ。

 

そして、実際……。

「みんな、行くぞっ!『神威』っ!」

天之河の放った光の奔流、神威。それが

トレント擬きの魔物を飲み込む。

「やったかっ!」

僅かに笑みを浮かべる天之河。

 

隣でハジメが。

「あ、それダメフラグ」

とか言っていた。

そして、実際その通りになった。

 

光が収まった時、そこには無傷のトレント

擬きが立っていた。

その事に、天之河、坂上、谷口、更には

後ろで見ていた雫まで呆然となっている。

 

「どうやら、途中で阻まれたな」

「え?」

そう言って天之河の前に立つ蒼司。

肝心の天之河は首をかしげるだけだ。

「周りを見ろよ。大量の木片が散ら

ばってるだろう?」

「た、確かに。でも、奴の周りに木

 なんて……」

と、天之河が言った時。

「ねぇ!見てあれ!」

谷口がトレント擬きの方を指さした。

 

見ると、トレント擬きの周囲で次々と

木々が生み出されていく。

「まさか、固有魔法?」

ポツリと雫が呟く。

「あぁ。多分な」

そう言って蒼司がガルグイユの背でトン

トンと肩を叩く。

「あれが奴の能力さ。咄嗟に大量の

 木々を自分の前に生み出し、神威

 を防ぐ盾として使ったって訳だ。

 まぁ、惜しかったな天之河」

そう語る蒼司に、天之河はどこか

悔しそうに唇をかみしめる。

 

「さて、と。こっからは選手交代だ。

 下がってな」

そう言うと、ガルグイユを手にした

蒼司が前に出る。直後、トレント

擬きだけでなく、周囲の木々からも

同じように、枝や根、葉っぱや

果実を使った攻撃が繰り出される。

 

「危ないっ!」

咄嗟に谷口が叫ぶが……。

「はっ。温いな」

そう言って、蒼司がガルグイユを振り抜いた。

刹那。

『ヴァァァァァァッ!』

ガルグイユの切っ先が、『空間』を切り裂いた。

そして、彼に向かっていた攻撃は切り

裂かれた空間の狭間に飲み込まれていく。

葉と果実は飲み込まれ、枝と根の槍は

半ばからへし折られる。

「へっ。だから言ったろ?温いって」

そう言って笑みを浮かべる蒼司。

 

「な、何だ?!今の!」

蒼司の攻撃に、坂上が驚いている。

天之河たちもだ。

「今のは空間魔法の応用だ」

そんな彼らに私が説明する。

「空間を切り裂き、限定的な『世界の

狭間』を造り出す。そしてそこに

敵の攻撃を落とす、と言う訳だ。

攻防一体の技、『ディメンション

イーター』、と言った所か」

と、私が説明していると、トレント擬き

は再び大量の木々を生み出そうと

している。

 

「はっ。させるかよ」

そう言うと、蒼司はガルグイユを構えて腰を

落とす。そして……。

「クロックアップ!」

そう叫んだ次の瞬間、その姿が消え、神速

のスピードで次々と木々を切り裂いていく。

「な、何だ!?何が起きて!?」

戸惑う天之河。

「ご心配なく。あれは蒼司の攻撃です」

「ど、どういうこと?」

谷口も首をかしげている。

「あれは『クロックアップ』。体内に

 特殊な粒子、『タキオン粒子』を

 生成する事で可能になる、超高速

 移動です」

「それが、クロックアップ?」

「えぇ」

首をかしげるハジメに私は頷く。

 

「タキオン粒子を体内で生成出来る

 私と蒼司のみが、現在使う事の

 出来る能力です。そして、クロック

 アップ中の敵を視認するには、

 自らもまた体内にタキオン粒子を

 循環させる必要があります。

 ……最も、光の速さ以上、超光速で

 動くタキオン粒子を普通の生物

 に入れてしまえば、体がバラバラ

 になってしまいますがね」

タキオン粒子に耐えられるのは、

並大抵の生物ではない。

ジョーカーのシステムにクロック

アップを組み込むことも考えて

いるが、まだ実装出来ていない。

 

つまる所、今現在タキオン粒子を

制御し、クロックアップが使えるのは

私と蒼司だけだ。

そして更に言えば……。

タキオン粒子を使っての必殺技もある。

 

その時、全ての木々を切り終えた

蒼司がトレントの正面、私達の前方に

現れた。

「残るは親玉1匹だ。……さて、片付ける

 としますか」

そう言うと、蒼司はガルグイユを鞘に

戻して左手で鞘を握り、腰を落とす。

所謂居合い斬りの姿勢だ。

 

それを隙と見たのか、トレントが蒼司に

向けて根の槍を放つ。無数の槍が彼に

向かう。だが……。

 

「『ライダー……』」

 

次の瞬間。

 

『キンッ!!!!!』

 

甲高い音と共に、トレントが切り裂かれた。

 

「『スラッシュ』、なんてね」

 

一拍の間をおき、上下に真っ二つにされた

トレントの上半身が音を立てて倒れた。

 

「な、何だ今のは、一瞬で……」

「あれはタキオン粒子を利用した必殺

 技、のような物です。一時的に

 ブレードの切断力を極限まで高め、

 あらゆる物を切り裂く技です。

 体内でタキオン粒子を生成する、

 私達だからこそ出来る技です」

と、驚く天之河に説明する私。

後ろでハジメが『サソード』と

呟いていたが無視した。

 

 

「ふぃ~。終わった~」

そこにガルグイユを鞘に戻した

蒼司が戻ってくる。

「さっ、何かフロアボスみたいなの

 倒したし、次に行こうぜ?」

そう言ってさきを促す蒼司。

だが、そんな彼の言葉に、光輝は静かに

歯がみしていた。

 

自分の大技を使っても倒せなかった

相手を、楽々と討伐した蒼司。

しかも彼は若干ではあるが、オリジナル

である司に、能力などで劣っている

と言うのを、光輝は知っていた。

『クソッ』

司や蒼司との格の違いを感じ、彼は

悪態をついた。

 

と、その時、背後でメキメキ、と音が

したので咄嗟に振り返り剣を抜く光輝。

 

見ると、斬られたはずのトレントが

再生した。そのことで一瞬、彼等の間

に緊張感が走るが、襲ってこない事を

ハジメ達が訝しんだちょうどその時、

この大迷宮の入り口のように木が

左右に割れて洞の入り口となった。

 

「成程。あれ自体が扉だった、って

 訳ね」

そう言って、抜きかけていたガルグイユ

を戻す蒼司。

「どうやらこのフロアはクリアした

 ようです。行きましょう」

 

 

私がそう言うと、皆が構えを解いて

先頭を歩く私に続いた。

そして、洞に入れば先ほどと同じように

扉が閉まって魔法陣が輝く。その時。

 

「お兄ちゃん?大丈夫だよね?」

隣に居たルフェアが聞いてくる。

だがその声に不安の色は感じられない。

そこには、確たる信頼があった。

「えぇ。どんな事があっても、私は

 貴方を見つけます、ルフェア」

 

そう言って、私が微笑んだ直後、私達

は再び光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

朝。私、八重樫雫は『いつも通り』の

ベッドで目覚める。何気ない朝。

自分の部屋。何もおかしくない。

違和感などない。

朝起きて、朝の稽古をして、朝ご飯を

食べて、着替えて、家を出る。いつも

通りの日常。

 

そして、いつも通りの交差点で、私は

『彼等』を見つける。

「おはよう、蒼司、司」

「おぉ雫、おはようさん」

「おはようございます、雫」

そこには、私と同じ高校に通う『双子』

の男子がいた。

 

双子の兄、『新生司』。神童とまで謳われ

た稀代の天才少年。頭脳において

右に出る者はいないとまで言われた、

どこか無感情だけど、実は親しい人に

はとても優しい私の友人。

 

もう一人は司の双子の弟である『新生蒼司』。

兄の司とは逆で、明るい雰囲気で元気

いっぱいのスポーツ系男子。体を動かす

事が得意で、将来はオリンピック選手かと

期待されている程。 

 

片や頭脳。片や肉体。

全く逆の性格の、天才双子。それが私の

友人だ。学校に行けば、そんな彼等や

香織達との日常が始まる。

 

私と彼等の出会いは、子供の頃の事だ。

当時、光輝という男子に僅かな恋心を

抱いていた私だが、周囲の女子達の言葉と

光輝の態度から、私の心は疲れ切っていた。

 

そんなある日、私の家の道場に蒼司と司が

やってきた。彼等は近くにある孤児院で

育った双子で、蒼司は運動の才能を私の

父に見込まれてやってきた。司は蒼司に

無理矢理引っ張ってこられた感じだった。

 

そんなこんなで、道場に新しく二人が

加わったけど、あの頃の私は、まだ

そんなに心に余裕が無かった。そんな

ある日、私は夕暮れの公園で一人、

ブランコに座っていた。

 

それは、学校の帰り、女子達に言われた

言葉を引きずっていたからだ。

彼女達は私に、『男みたいな貴方が

どうして天之河君の傍に居るのよ』と、

嫉妬交じりに突き付けられた言葉。

以前は、女である事すら疑われた

言葉を掛けられた。

 

本当は、女の子でありたかった私に

とって、その言葉は何よりも来る物が

あった。

 

なぜこんな事になったんだろう。

私が道場の娘だから?剣術の才能が

あったから?……そう思うと、私は私の

剣の才能を見いだした祖父を、恨みそう

になっていた。

 

と、その時。

「おいおい。何辛気くさい顔してるん

 だよ?」

聞き覚えのある声に、顔を上げると、

目の前に蒼司が立ってた。

 

私がしばし彼を見つめてから、再び

俯くと、彼は隣のブランコに乗って

立ち乗りを始めた。

「どうしたよ?落ち込んでるのか?」

すると彼に図星を当てられ、私は

ますます口を閉ざした。

 

しばしの沈黙が続いた。が……。

「ったく」

そう言って、蒼司はブランコから

飛び降りて着地した。

 

「お前に何があったか知らねぇけど、

 八重樫道場の門下生はみんな家族、

なんだろ?」

「ッ」

彼の言葉に、私は一瞬息を呑んだ。

そして、気づいた時には彼が、私の顔

をのぞき込もうと、ブランコに座る私

の前でしゃがみ込んでいた。

 

「家族がそんな顔してちゃ、心配になる

 だろ?」

「ッ!」

彼の言葉に、私は子供ながらに顔を赤くした。

そのせいで再び私は俯いてしまう。

すると……。

 

「なぁ雫。過去っては昔だ。昔は、

 変えられないから昔なんだよ」

そう、蒼司は子供ながらに難しい事を

言い出した。

でも……。

 

「だからさ、今を最っ高に楽しく

 生きてた方が、人生の勝ち組だぜ?」

 

その言葉と共に、夕陽をバックにした

彼の笑みは、その時私の頭の中に

刻みつけられた。

そんな彼を私は呆然と見つめていた時、

蒼司は私の手を引いて歩き出した。

 

「あっ!ちょっ!?どこ行くの!?」

いきなりの事で戸惑う私。

「何って買い食いだよ買い食い!

 まぁ俺を信じて付いて来な!

 美味いもん食わせてやるよ!

 嫌な事があっても、美味いもん

 食えば大抵忘れるさ!」

 

そう言って、彼は私の手を引いて

歩いた。……今にして思えば、この時

私は初めて、異性に手を引かれていた

のかもしれない。

 

そして私達は、商店街でいろいろな物を

買って食べた。コロッケとか、フランク

フルトとか。……その時の私はまだ

理由は分からなかったけど、蒼司と食べる

物が全部、私は美味しく感じられた。

 

その後、家に戻った私はお母さん達に

怒られた。蒼司も、彼を探して道場に

来ていた孤児院のおじさんに怒られ、

耳を引っ張られながら帰って行った。

 

でも、その前に……。

 

「また何か嫌な事あったら俺に言え

 よな?また楽しい事一緒にやろうぜ」

 

そう言って笑う彼の言葉を、私が

忘れる事は無かった。

 

それからと言う物、私は蒼司と居る

時間が増えた。休み時間には一緒に

遊んだ。何だかんだで一緒に行動する

事も増えた。その時間が、私はとても

幸せだった。

 

でも、それだけじゃなかった。

 

蒼司もまた光輝に負けず劣らずの

イケメンだった。そして、そんな彼と

一緒にいる事が増えて、私は再び

女子達の反感を買ってしまった。

 

ある日、私がお手洗いから教室に戻る

と、お守り代わりに持っていた蒼司との

プリクラが、くしゃくしゃにされて

ゴミ箱に捨てられていた。それを見つけて

拾った時、クラスの女子達がクスクス

と笑っているのに気づいた。

 

私は目尻に涙を浮かべながら彼女達に

詰め寄ろうとするが、それを蒼司が

抱き留めた。

「離して!」

「落ち着けよ雫。ここで問題を起すと

 色々不味いだろ?」

「でも!」

「安心しろよ。また一緒に撮りに

 行こうぜ?今度はもっと可愛くさ。

 な?」

そう言って宥めてくれる彼を前にして、

私の怒りは少しだけ収まり、自分の

席に戻った。

 

でも、それが逆に彼女達の更なる嫉妬を

買ってしまった。

私はその一件以来、あまり学校でトイレ

に行かなくなった。でも、やっぱり

人間だから、生理現象には勝てなかった。

 

私はおトイレを済ませて急いで教室に

戻った。その時。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇんっ!」

女の子の泣き声が聞こえてきた。

何事だろう!?と急いで教室に入ると、

一人の女の子が倒れて泣いていた。

 

そして、その前には司が立っていた。

更に彼の足下には、虫の死骸が転がっていた。

どう言う状況なのか分からなかった。

その時。

「やれやれ。あのバカ共、兄貴を

 怒らせやがった」

近くに蒼司が立っていた。彼の言う

兄貴は、当然司の事だ。でも、

怒らせたって?どういうことなの

だろうか?

 

私が悩んでいると、それを見透かした

ように蒼司が答えてくれた。

 

「あいつら、雫の鞄にあの虫の死骸

 入れようとしてたんだよ。んで、

 それにブチ切れた兄貴が一人を

 ぶん殴ったって訳」

「え?」

 

その時、私の中に、一瞬何かが

跳ねた気がした。更に……。

 

「ちょっと何するのよ!私達が

 何したのよ!」

「女の子を殴るとか最低!」

口々に、殴られた女の子の取り巻きが

司を罵倒するけど……。

 

「ほう?だったら、女だからと他人の

 鞄にこんな物を入れて良いとでも?」

そう言って司は足下の虫の死骸を、

女の子達の方へ蹴っ飛ばす。すると

女の子達が短く悲鳴を上げるが……。

 

「思い上がるなよクズ共」

次の瞬間、司から子供の私でも分かるくらい、

怒気が放たれた。

「黙っていればいい気になって、

 雫にちょっかいを出しておいて、

 加害者が一転して被害者面か。

 ……ふざけるなっ!」

司の怒声に、クラスに居たみんなが一瞬

で震え上がる。

 

「二度と雫に手を出すな。……もし、

 また彼女に余計な事をしてみろ。

 ……この程度で済むと思うなよ」

司の脅しの言葉に、彼女達は震え上がって

何度も頷くだけだった。

 

その後、先生がやってきて私達は話し合い

をするために別室に呼ばれた。そこには

私の両親や司の居る孤児院のおじさんも

いた。最初は先生におじさんが謝って

ばかりだった。

 

でも、司がボイスレコーダーを取り出して

再生すると、先生の表情が一気に

強ばった。

 

司は、実は影で先生に彼女達のいじめを

止めるように話をしていた。それも

3回も。司は2回目と3回目の時の会話を

再生して、逆に先生を職務怠慢だと

糾弾。それに怒って盗聴だと叫ぶ先生

だったけど……。

 

「喚くな!教師は生徒を守るもの!

 それが自分の評価ばかり気にして、

 いじめを見過ごしてきた貴様が、

 今更偉そうに何様だ!貴様に人を

 教える資格などない!この音声は、

 貴様の職務怠慢の証として、

 然るべき場所に提出させて

 もらう!」

「このッ!ガキがぁっ!」

 

すると、先生が怒って司に掴み

かかる。そして、その手が司の体を

掴んだ次の瞬間。

 

「クズがっ」

そう言うと、司は見事な背負い投げ

で逆に先生を投げ飛ばし、壁に

叩き付けてしまった。

 

「これで、暴行事件成立だな。

 暴行罪はただ服を引っ張るだけでも

 成立する。両手で掴みかかれば、

 十分だろう。それと知っているか

クソ教師。現行犯はな、警察でなくても

 逮捕出来るのだよ」

 

そう、静かに語る司。更に……。

 

「貴様の怠慢のせいで、雫がどれだけ

 苦しんだ事か。刑務所の中で

 じっくり反省するんだな」

 

その言葉を聞いたとき、私のハート

は高鳴った。

そして理解した。司は、『私のためだけ』

にここまでの事をしてくれたのだと。

 

その後、先生は職務怠慢で懲戒免職処分。

更に司の言うとおり暴行罪で逮捕された。

 

でもそのせいで、学校内に司の悪い噂が

広まってしまった。

ある帰り道。私がその事を司に聞くと。

 

「放っておけばいいのですよ。

 そんなの」

「え?」

彼はただそう言うだけだった。

私には分からなかった。なぜ自分の

悪口を言われているのに、彼は平然と

していられるのか。

 

「どうして?みんな司の悪口を言ってる

 んだよ?司は、私の事を助けてくれた

 のに……」

「だから、ですよ」

そう言って、振り返る司。

 

その時彼は、とても柔らかい笑みを

浮かべていた。

 

彼のそんな優しい表情をみたのは、

初めてかもしれないと、この時私は

思った。でも、それだけじゃない。

 

「雫が、そう思ってくれているのなら

 それで十分です。……貴方を守れた

 のなら、家族を守れたのなら、例え

 他人から罵られようと、十分です」

 

彼の優しい笑みと共に紡がれた言葉で、

私は顔を赤くし、心臓を高鳴らせた。

 

私を守る為に、汚名を被る事すら

厭わない司の姿勢。それはまるで、

お姫様を助けるために危機に立ち向かう

王子様のようだった。

 

そして、そんな事があったからだろう。

 

私は、司と蒼司という双子に惹かれていった。

 

蒼司とは色んな場所に二人で遊びに行った。

 

司には勉強を教えて貰ったりした。

 

3人で一緒に出かけた時は、私が待ち合わせ

場所におめかしして、一番についちゃって

ナンパされて時、二人がものすごい剣幕で

やってきてナンパ男を退散させた事も

あったっけ。

 

あぁ、あの時、蒼司が言っていた、人生は

楽しんだ方が勝ち組、と言う言葉はその

通りなのかもしれない。

『彼等』との生活は楽しくて、温かくて。

そして、時折胸がときめく。

 

誕生日に彼等からプレゼントを貰った時、

どうしようもなく嬉しかった。

バレンタインにチョコを渡したら、とても

喜んでくれて嬉しかった。

ホワイトデーにお返しを貰って、とても

嬉しかった。

冬には蒼司と一緒のマフラーに巻かれたり、

受験勉強で司に教えて貰ったり。

春には3人だけでいろいろな場所に行った。

夏は皆で海に行っり、一緒の夏祭りも

楽しんだ。

秋には、二人といろいろな場所で体を

動かしたりもした。

 

 

彼等との日々が、私にとっては至福の

日々であった。

 

『こんな日常がずっと続けばいい』と、

私は思っていたのだった。

 

心のどこかで、今の現実に違和感を覚えながら。

 

 

 

 

 

 

~~~変わって、現実世界~~~

「ふ、あ~~~」

そこは真っ暗な空間で、先ほどの魔法陣

の部屋と似ているが、二回りくらい

大きい事と、透明感のある黄褐色の物体

が円形に並んでいる事以外は、似ていた。

 

そんな空間の壁に背中を預けて欠伸を

しているのは蒼司だ。その傍では、

司がPCを開いてカタカタと何かの

データを開発していた。

 

そして、棺のようにも見える物体の中

では、ハジメ達10人が眠っていた。

 

この棺のような中で、彼等は夢を

見ていた。自分にとって理想の世界をだ。

雫の傍に、王子様のような司と蒼司が

居て、いつでも助けてくれたのも、

それが作られた仮想現実、夢だからだ。

 

だが、司と蒼司は違った。彼等は夢の

中に入った瞬間。

『『あぁ、これは夢だな』』

と理解したのだ。元々ゴジラである二人

の頭は人のそれとは出来が違う。なので

頭の中に押し込められていた『現在の

状況』をすぐさま思いだし、僅か数秒で

夢の世界を破壊して帰還した、と言う訳だ。

 

そして二人は今、仲間の帰還を待っていた

のだ。

 

そして……。

「おっ?おいオリジナル、まずは一人

 ご帰還だぜ?」

「えぇ、分かってます」

棺の一つが輝きだしたかと思うと、

物体が端から溶け出し、中に居た者、

ハジメを静かに横たえた。

 

 

「どうやらハジメが一番みたいだな」

そう言うと、蒼司は彼に歩み寄り頬を

軽くペシペシと叩く。

「お~い、起きろハジメ~。朝だぞ~」

(朝じゃないが)そう言ってハジメを

起す蒼司。

やがて、静かにハジメが目を開いた。

 

「う~ん、あれ?蒼司?」

「おう、おはようさん。気分はどうだ?」

「ここは、大迷宮の中?……そっか、

 あれは、やっぱり」

「あぁ、大迷宮が見せた夢だ」

ハジメは頭を抑えながらも立ち上がる。

 

「どうでしたか?ハジメ」

「あぁ、うん。夢を見たんだ。司と

 蒼司がいて、ユエちゃんやシアちゃん。

 皆と同じ学校に通って、皆で

 楽しく過ごしてた。……でも気づいた

 んだ。あれは確かに僕達が目指す

 理想だ。でも、僕達はまだ理想に

 たどり着いてない。って。そしたら

 夢の中のみんなが問いかけてきたんだ。

 ここは理想の世界だ。ここにいれば

 良いって。でも、僕はそれを断った。

 与えられた仮初めの理想じゃなくて。

 自分の手で、本当の理想を手にしたい

 からって」

「成程。流石はハジメ、と言った所

 でしょうか」

私の言葉に顔を赤くするハジメ。

 

やがて、そのままユエやシア、香織も

棺から解放された。

ユエはハジメと結婚して王妃になって

12人も子供をもうける夢をみたらしい。

シアは、里を追い出される前から私達

と知り合いで、守られる夢を見たそうだ。

香織もハジメと似たり寄ったりで、平和

な世界でハジメや私達と平和に暮して

いたらしい。

 

だが、皆その平和に疑問を覚え、そして

それを突破してきた。と言う事だ。

 

次に、ルフェアとティオが目を覚ました。

 

ルフェアが見た夢は、私が王として世界を

統治し、私の妻として何不自由ない、

平和で幸せな生活を送っていたと言う。

 

ティオも、かつて竜人族が人間に襲われる

以前から私と知り合っており、その圧倒的

な力によって守られ、私が竜人族の

神として君臨し彼等を人族から守り、

ティオは私の妻、兼、巫女として共に

竜人族を導いて居た、と言う。

 

ちなみにだが、どうやらゴブリン化

していたユエ、ルフェア、ティオ、

雫やオーガになっていた坂上は元に

戻っていた。

どうやらあのステージをクリアした時点

で元に戻ったようだ。

 

だが、天之河、雫、坂上、谷口の4人

は未だに棺の中だ。ハジメ達との協議

の結果、彼等が起きるまで少し待つ事

にした。食事をしながら待って居ると……。

 

棺の一つが光り輝いた。雫の物だ。

雫が戻ってくると、香織が駆け寄り、

私達も歩み寄る。

「どうやら無事、夢から覚めたようですね」

「え?ゆ、夢?」

「えぇ。大迷宮は、貴方に夢を見せたの

 です。本人にとって理想の現実を、

 夢という形で」

「そう、だったんだ。あれが……。

 ッ!!!」

だが、突如として雫の顔が真っ赤になった。

 

 

司達は知らない事だが、それも仕方無い

だろう。なぜなら彼女は夢の世界で

蒼司と司を相手に甘々な日々を過ごして

来たのだからだ。

 

雫はその後、部屋の隅で……。

「な、なんであんな夢見たのよ私!

 い、いや、確かに、あんな風に

 なれたら、私も……。じゃなくてっ!」

と、ブツブツ言いながら悶々としていた。

 

 

その後、私達は更に天之河たちの復活を

待って居たが、3人とも戻ってこない

ので、仕方無く強制的に棺を破壊して

3人をたたき起こした。

 

天之河と坂上はともかく、どうやら

谷口は中村恵里関係の夢を見ていた

ようだ。……親友と思って居た相手

からの裏切り。それはやはり、普段

明るく振る舞っている彼女の心に

傷を付けたのだろう。

雫と香織が谷口を宥めている。

 

だが……。

「今お前達が見ていたのは、ただの

 幻、夢に過ぎない。……気持ちを

 切り替えろ。ここは大迷宮だ。

 ……隙は死に繋がる。

 悔やむのは、ここを生きて脱出

 してからにしろ」

私がそう呟くと同時に、部屋の床に

魔法陣が現れた。

 

「行くぞ。大迷宮はまだまだ続く」

 

そして、私の言葉を合図にして私達は

三度光に飲まれた。

 

     第72話 END

 




まぁ前々から言ってるんですが、ハルツィナ大迷宮は主に司と蒼司と雫を
主軸に書いていくつもりです。

感想や評価、お待ちしています。


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第73話 試練の先の試練

今回はあのスライムの話しですが、原作とは大分展開が異なります。


~~~前回のあらすじ~~~

大迷宮に突入し、早速仲間と分断されたり、

ユエ達がゴブリンになったりしつつも

進んでいく司たち。トレントモドキの

フロアボスを倒した彼等は先に進む。

そこは挑戦者の理想の世界を夢として

見せる罠が待ち構えていた。雫は

そんな中で、司や蒼司と共に過ごす夢

を見る。

その後、無事に突破した司達は次なる

フロアへと移動するのだった。

 

 

私達が転移した先は、密林だった。ほぼ

全ての木の高さは同じだが、奥に一際

高い樹が見える。

更に皆をスキャンするが、どうやら

偽物は混じっていない。

 

「どうやら、今回は偽物も無し。

 夢のような空間に送られる事も

 無いようですね」

「そっか。……にしても、あれって

 目印だよね?」

そう言ってハジメは遠くに見える

一本の巨木を指さす。

正直怪しいと感じるが……。

「とにかく、あそこへ行って

 みましょう。次のフロアに

 続く手がかりが、どこかにあるはず

 ですから」

 

そう言って、私達は歩き出す。

しかし……。

チラリと振り返れば、天之河と谷口が

どこか意気消沈としている。

恐らく、先ほどの夢関係だろうが……。

 

「ハァ。天之河、谷口」

私は足を止め、ため息をつきながら

振り返る。

「そうやって下を向いたままでは、

 大迷宮に殺されるぞ。集中出来ない 

 と言うのなら、外へ続くゲートを

 開いてやるが?」

「なっ!?ま、待て新生!やる気なら

 ある!」

「そ、そうだよ!鈴だってあるん

 だからね!」

咄嗟にやる気を見せる二人。

 

「だったらもう少し周囲を警戒しろ。

 悩んでたら殺されました、などと

 言う状況が大迷宮ならありえるのだ。

 ……死にたくなければ、うじうじ

 してるよりもっと警戒心を強く持て。

 でなければ、死ぬぞ」

最後、言葉の圧を強める私に、二人は

一瞬戸惑う。

 

私はそんな二人を一瞥し歩き出す。

「戦えるのなら付いてこい。無理そう

 なら私に言え。外に送り返す。悪いが、

 『足手まとい』を連れて行く気はない」

ハジメ達が続き、天之河と谷口は、

それぞれ坂上、雫と香織に励まされ

私達の後に続く。

 

しかし、どこまで行っても魔物は出てこない。

風の音も、虫たちの羽音も聞こえない。

静寂だ。だからこそ、私達が葉をかき分け

進む音だけが、嫌に大きく聞こえる。

 

「……静かですね。まるで、嵐の前の

 静けさだ」

「うん。嫌な静けさだね」

ハジメは私の言葉に頷きながらも、

リボルバー、トールを構えている。

ここが大迷宮である以上、『何も無い』と

と言うのはおかしい。

 

「総員、警戒しておけ。何が来るか、

 分からないぞ」

私が警戒を促すと、ハジメ達は頷き、

少し遅れて天之河たちも緊張した

面持ちで頷く。

 

直後。

「……ん?」

最後尾を歩いていた天之河が何かに

気づいて上を見上げる。

「雨か?」

「ホントだ。ポツポツ来てるね」

彼に次いで谷口も気づいた様子だ。

 

だが、直後に、ハジメや私、蒼司がその

異常性に気づく。ここは大迷宮の中だ。

つまり『自然の雨』など降らない。

「ッ!シールド展開!」

そして真っ先にハジメがジョーカーの

防御システムを手動で立ち上げ即座に私達

を覆うエネルギーシールドを形成。私も

その上からシールドを展開する。

 

直後。

『ザアァァァァァァァァッ!』

滝のような雨が降り出す。だが、それは雨、

もっと言えば水滴ではなかった。

ドロリとした、粘度の高い液体が

シールドの上を流れていく。

「これって……」

ルフェアがシールドの上を見上げながら

ポツリと呟く。

「やはりただの雨では無い、か」

更にティオが液体を見ながら呟く。

「あっ!皆さん周りを!」

その時、シアの声が聞こえ、私達は周囲

を見回した。

 

見ると、周囲の地面や樹といったあらゆる

場所から、乳白色の物体、スライムがにじみ

出て来る。そしてそれを見た瞬間、ハジメ

の中で嫌な予感がした。今、自分が

展開している結界は、ドーム型で、足下

の地面には展開していない。

つまり……。

 

『ドバッ!』

自分達の足下から、同じようにスライムが

飛び出してくる、と言う事だった。

タッチの差で対応が間に合わず、一気に

膝下あたりまでスライムに浸かって

しまう。

 

 

「ちっ!」

突然の襲撃を見抜けなかった自分自身

への舌打ちをしながらも、私は

ジョーカーZの体表から雷撃を放つ。

バチバチと音を立てながらスライムを

焼き払っていく紫色の雷撃。

「総員、その場をあまり動かない

 ように!私の紫電で侵入した

 スライムを焼き払います!」

しかし、傍には生身の天之河たち3人が

いる。思いのほか、消去に手間取っていた。

その時。

 

「おらぁっ!引っ付くんじゃねぇ!」

坂上が覆い被さろうとしていたスライム

を殴った。奴は私の与えたグローブ型の

武器で殴る。最近アップデートした為に、

このグローブには衝撃増幅装置が

内蔵されている。打撃の衝撃が増幅され、

相手のボディを内側から破壊するための

装備だ。

その結果。

 

『ドパァッ!』

『ビチャビチャッ!』

周囲にスライムがぶちまけられ、生身の

天之河や谷口に降りかかった。

坂上に文句を言う2人。

幸い、それ以外の私達全員と雫はジョーカー

を纏っているので、表面が僅かに濡れるだけ

で済んでいる。蒼司は体に雷撃を纏って

近づいてくるスライムを片っ端から

塵芥にしている。

 

しかし……。

「外は凄い事になってますね」

内部のスライムを粗方焼き払った私は

シールドの外に目を向けた。外では

相変わらずスライムの雨が降り注ぎ、

あちこちからスライムが溢れ出している。

もはや外は乳白色の液体の海となっている。

 

やむを得ない、か。

このまま事態を放っておく訳にも行かない。

上も地面からも、殆ど無尽蔵に沸いてくる

このスライム。対処しないわけには

行かない。

 

「……やるか」

ポツリと呟いた私は、ジョーカーZの

装着を解除すると、静かにシールドの

方へと歩み寄る。

「司?」

それに気づいたハジメが私の方に

声を掛ける。

「どうするの?」

「少し連中に対処してきます。

 ハジメはこのままシールドを

 最大強度まで引き上げ展開を

 続けて下さい」

「うん、分かった」

ハジメは特に疑問も抱いた様子も

無く、シールドの強度を引き上げる。

では……。

私は無言で跳躍し、シールドをすり抜け

スライムの海に飛び込んだ。

 

 

「なっ!?新生っ!?」

それを見ていた光輝が慌てだし、龍太郎と

鈴も同じように驚き戸惑う。

「おい南雲!新生は何をしてるんだ!?」

「大丈夫だから、落ち着いて天之河君。

 司が何とかしてくれるから」

戸惑う光輝を落ち着けるハジメ。

「しかし……」

と、光輝は納得出来ないと言わんばかりだ。

 

だが……。

「む?」

ティオが何かに気づいて視線を外に向けた。

そして……。

「これは……!」

外の様子に戸惑った。

 

なぜならスライムの海が『沸騰』している

からだ。

 

乳白色の海が、ボコボコと泡立っていく。

そしてついに……。

『ジュォォォォォォォッ!!!!』

乳白色の海が、一瞬で蒸発してしまった。

更に、それに合わせて周囲の木々や草花、

大地や天井の壁までもが、『燃え上がった』。

 

あちこちで火の手が上がる。炎が世界

全体を真っ赤に染め上げていた。

それは正しく『地獄絵図』。

天井付近の壁の中に潜んで居たスライム

も、その熱で瞬く間に蒸発していく。

 

「し、シールド外部の温度が、えっ!?

 ろ、6000度!?どうなってるのこれ!?」

「まるで、人工の太陽」

驚く雫の隣で、ポツリと呟く香織。

 

と、その時、燃えさかり倒れた木々の

向こうから司が見えた。だが……。

 

今の司は、限定解除をした姿だった。

 

腰から漆黒の尻尾を生やし、背中には

巨大な背鰭を背負っている。

そしてその体から莫大な熱量の

熱エネルギーを周囲に放出していた。

 

「そうか。そう言う事かの」

そして、そんな彼の姿を見てティオは

納得していた。

「何か分かったんですか?ティオさん」

そんなティオに問いかけるシア。

「うむ。シア殿も覚えて居るであろう?

 グリューエン大火山で、マスターは

 煮え滾るマグマの海へと飛び込み、

 その熱を奪う事でマグマを冷やし

 固めてしまった」

話をするティオ。しかし、マグマの海に

飛び込んだとか、聞いたことも無い

話で、近くにいた光輝たちが驚いていた。

 

「今回はその逆じゃ。自らの力を、高熱の

 エネルギーとして周囲に放射しておる

 のじゃ、マスターは」

「成程、そう言う事ですかぁ。

 相変わらず、司さんは色々規格外

 ですねぇ。まぁ、今更ですけど」

呆れ気味に苦笑するシア。

 

最も、更に驚くべき結果になった。

 

炎が燃え盛っていた紅蓮の世界が、

突如として、一瞬で青く凍り付いて

しまったのだった。

燃え盛る炎さえも、一瞬でかき消え、

残った木々の残骸と大地と天井が、

一瞬で凍り付いた。

 

「な、何だ今度は!?」

「ぜ、全部凍ってやがる」

驚く光輝と龍太郎。

それも無理はない。ほんの一秒前まで

燃えていた紅蓮の世界が、今度はクリアな

氷結の世界となったのだ。

急激な変化に、驚くなと言うのが無理な

話だ。

「単純な話であろう?マスターは熱を

 奪うも放つも自由自在なのじゃ。

 先ほどまでは熱で全てを焼き払った

 のじゃ。そして今度は逆。全ての

 熱を奪ったのじゃ」

「い、いや、けどよぉクラルスさん。

 それってそんな簡単な事じゃ……」

ティオの言葉にそう呟く龍太郎。

 

「まぁ、確かに普通でも無いし簡単でも

 無いのも確か。しかし、妾の

 マスターに常識と言う物は通用せぬ。

 妾も、マスターと旅してそれを理解した。

 初めて見た時は、今のお主たちのように

 驚いた物だったのぉ」

そう言って、こんな状況だというのに

過去を思い返すティオ。

その言葉に、光輝達3人が戸惑って

いると……。

 

「戻りました」

背鰭と尻尾を展開し、上半身裸の

司が戻ってきた。

「お帰り司。流石だね」

そう言って出迎えるハジメ。

「ホントに。もう驚かないって何度も

 決め手も、絶対どこかで驚かされる

 からねぇ、司くんには」

香織は諦め気味に苦笑しながら呟く。

「確かに」

「まだまだ驚かされそうですぅ」

それに頷くユエとシア。

 

「私はちょっと楽しみ。お兄ちゃん、

 次はどんな事するの?」

「妾も興味があります。マスター

 の力はいつも妾を興奮させるのじゃ」

笑みを浮かべるルフェアと、どこか

恍惚とした表情のティオ。

皆、司の尻尾と背鰭には一切驚きは

しない。

 

しかし、一方で雫や光輝たちはそうは

行かない。

「つ、司、そ、それって……」

雫は、震える手で司の尻尾や背鰭を

指さす。

 

「……」

その事に、司はしばし悩む。

『雫は信頼している。しかし、この場

 には外野の天之河たちもいる。

 ここで話す事は出来ないか』

そう考えていた司。その時。

 

「まさか、お前のそれが、ゴジラ

 とか言う名前と関係あるのか?」

光輝が、鋭い視線で司を睨み付ける。

しかし……。

 

「誰がその名を口にする事を許した」

 

次の瞬間、圧倒的な『圧』が光輝に

襲いかかった。

それだけで光輝の体から汗が噴き出す。

「あ、うっ」

光輝は、何かを言おうとするが、口が

言葉を発する事を拒否するように

僅かに動くだけだ。

 

「……その名で私を呼んで良いのは、

 その名の意味を知る者たち。私が

 真に信頼する者たちだけだ。

 貴様『如き』が、気安くその名を

 口にするな」

 

今、司は圧倒的なまでの『怒り』を

静かに滲ませていた。

 

『ゴジラ』の名を知る事は、司から

全幅の信頼を得ている証でもある。

共に旅をしてきたハジメ達や、彼の

仲間であり部下として戦うGフォース

のカムやパル、ハウリアの兵士達

だからこそ、その名を知る事を、

司から『許された』と言っても良い。

 

そして、だからこそ、許可も無く

その『名の意味』を知ろうとした光輝を、

司は許せなかったのだ。

 

「お前如きが、その名の意味を理解する

 必要は無い。一生な。そして忘れろ。 

 その名を。貴様には、過ぎたる名だ」

 

そう、光輝を突き放す態度を取る司。

やがて彼はパチンッと指を鳴らす。

するとシールドの向こう側に広がる

氷結の世界が消え去り、そこには

ただ、何も無い地面だけが広がっていた。

 

その地面の先には、巨樹だけがぽつんと

立っているだけだった。

それは司が、巨樹をゴールと考え、

『それ以外』の全てを焼き払ったからに

他ならない。

 

そして、司は密かに天之河たちの体に

浸透しつつあったスライムの『媚薬』

の効果までも概念干渉能力で無効化

していた。

 

やがて、司は背鰭と尻尾を吸収すると

新たな服を創り出して纏い、静かに

歩き出した。

ハジメ達が何も言わずに続く。

それに遅れて、グッと歯を食いしばる

光輝をフォローしながら続く。

 

しかし、光輝が憎悪を滾らせた目で

司の背中を睨み付けていた事は、

言うまでも無かった。

 

『しかし、快楽の地獄か。どうやら

 ここは仲間の絆を試す大迷宮の

 ようだな』

頭の片隅で、司はそんな事を考えながら

先を急ぐのだった。

 

一方で……。

『……その名の意味を知る事は、信頼の

 証、かぁ』

雫は一人、そんな事を考えながら司たち

に続いていた。

『じゃあ、意味を知らない私って、司

 から信頼されてないのかな?』

名を知る事が信頼の証ならば、

知らぬと言う事実は、『信頼されていない』

と言う証にもなるからだ。

 

その事実に、雫は内心落ち込みかけた。

だが……。

『そう落ち込むなよ雫』

その時、ジョーカーを通して蒼司の

声が聞こえてきた。

蒼司の方を向く雫。

 

『ここには外野が多い。だから

 オリジナルは話さないだけさ』

外野、と言うのが光輝や龍太郎、鈴で

ある事は、雫にもすぐに分かった。

『お前は十分オリジナルから信頼

 されてる。そうしょげるなって』

そう言って雫を励ます蒼司。

『ホントに?私って、信頼されてる

 のかしら?』

『当たり前だろ?そりゃ、確かに

 一緒に旅はしてこなかったかもしれん

が、オリジナルはお前を信頼してる。

 だからジョーカーを与えたし、

 俺を護衛として生み出した』

『そう』

 

頭の中で頷きながらも、雫はどこか

不安そうな表情で司の背中を見つめて

いたのだった。

 

やがて、巨樹へとたどり着いた一行は、

これまでと同じように洞の魔法陣から

次なる場所へと転移した。

 

次の場所も洞の中。但し正面には出口が

あり、そこから光が差し込んでいた。

「……どうやら、今回は偽物も夢も

 無しのようですね」

司は全員を見回し、確かめてから前を

向く。

そして、彼は更にリボルバーである

トールを抜く。

 

「行きましょう。全員、気を抜かないように」

司の言葉にハジメ達が頷き、各々の武器

を手に取り、歩き出した彼に続く。

更にその後を光輝達と蒼司が続く。

 

やがて、外に出ると、彼等は自分達が

巨大な枝の上に立っている事を知った。

振り返れば、先ほど出てきた洞は

巨大な樹の幹に空いている物だった。

司たちは、巨木から伸びる枝の上に

出てきた形となったのだ。

 

周囲では巨大な枝が幾重にも混じり合い、

さながらフェアベルゲンの空中回廊の

ようであった。

上を見上げれば天井が見える。

 

「……成程。そう言う事ですか」

「何か分かったの?司」

ポツリと呟く司に声を掛けるハジメ。

 

「えぇ。恐らく、この巨木こそが

 本当の大樹なのです。そして、

 私達が入り口と考えていたあの

 樹は、文字通り氷山の一角だったの

 です」

「じゃあ、あれが大樹の、ほんの先端

 だったって事?」

司の言葉に首をかしげる香織。

「えぇ。恐らく」

「大樹って、このサイズはもう樹じゃ

ないわよね」

「うんうん。もはや大樹ってレベルじゃ

 無いよね」

呆れ気味に呟く雫の言葉にルフェアが

頷く。

その時。

 

「む?」

「あれ?」

司、シアの順に何かに気づいた。

「音響センサーに感あり」

司がそう呟くと、巨木を見上げていた

ハジメたちが一瞬で周囲に武器を

向けながら円陣を作り、互いの

背中をフォローしあう。

 

それに一拍遅れて光輝達4人も武器を

構える。

「シア」

「はい。聞こえました司さん。

 この音って……」

「えぇ。下の方から何か、羽音の

 ような物が聞こえました。

 確認します」

そう言って私は枝の通路の淵に立ち、

眼下をのぞき込んだ。

 

遙か下方、暗い闇の奥に目を向け、

ジョーカーのメットのズーム機能で

目標を確認したのだが……。

 

「ッ!……これは」

 

それは、『司でさえ』も一瞬の嫌悪感と

鳥肌を覚える程の相手であった。

しかし司はすぐに冷静さを取り戻す。

「……本当に、この大迷宮もまた、

 いろいろな意味で嫌らしい」

嫌悪感を丸出しにしながら、吐き捨てる

ように呟く司。

 

「つ、司?どうしたの?何が見えたの?」

いつもの戦闘時には冷静な司が、

珍しく取り乱している事を感じたハジメが

声を掛けた。

すると……。

「……。何というべきでしょうか。

 自分の目で確認して欲しいですが、

 相応の精神的ダメージを覚悟して

 覗いた方が良いと申しますか」

「「「「「「????」」」」」」

司の言葉に、ハジメ達は首をかしげ

ながらも、そっと淵に歩み寄り、

メットのズーム機能を使って眼下に

いる『それ』を見た。

見てしまった。

 

「「「「「「ッ!?!?!?」」」」」」

すると、6人とも一斉に淵から

後ずさりした。ハジメはすぐさま

メットを取って深呼吸をしている。

香織は、メルジーネの時のように

ガタガタと体を震わせ、同じく

震えるシアやユエと抱き合っている。

ルフェアはしきりに『忘れよう』と

連呼し、ティオもブルリと体を

震わせている。

 

「一体、皆何を見たのよ?」

その様子を傍で見ていた雫が、入れ替わる

ように淵に立って下を見下ろす。

「あっ!?ダメ雫ちゃん!」

咄嗟に香織が止めるが、遅かった。

 

雫もメットのズーム機能を使って、

見てしまったのだ。

 

眼下にうごめく、数万は降らないであろう

数の『ゴキブリ』を。

 

「………。ふぅっ」

しばし無言で立っていた雫だが、

見てしまったせいか、次の瞬間息を

ついて膝から崩れ落ちそうになった。

「うぉっと危ねぇ!?」

危うく淵から落ちそうになったのを、

蒼司が手を引いて止める。

「だ、大丈夫か雫!?一体何が!?」

 

眼下をのぞき込んでも見えない光輝や

龍太郎達が、事態を飲み込めずに

戸惑う。すると……。

 

「見ろ」

司が、手首の端末から空中にディスプレイ

を投影し、そこに眼下でうごめくゴキブリ

達の姿を見せた。

「「「ッ!?!?!?」」」

すると3人も息を呑み、顔を真っ青にして

しまう。

 

「き、気持ち悪いよ~~」

鈴は口を押さえている。光輝と龍太郎も

気持ち悪そうに顔を青くしている。

「つ、司、これは……」

「えぇ。……考えたくは無いですが、

 あれが下にいる以上、あれと戦う

 可能性があると私は考えます」

そんな司の言葉に、皆が更に顔を

青くする。

 

「……ここに留まっても仕方ありません。

 とにかく、今は進みましょう。

 いざとなれば、私の放熱能力で全てを

 焼き払うつもりですから」

と、司は先ほど、世界を紅蓮に染めた力を

使う事を示唆した。

「うぅ、そう、だね。とにかく、下は

 見ないで進もう」

その言葉に、ハジメ達が何とか進む事を

決心し、重い足取りながらも歩き出した。

 

前方に見える、枝が合流している大きな

足場へと向かう一行。

そして、そこにたどり着いた時だった。

『『『『『ヴヴヴヴヴヴヴヴッ!!!!』』』』』

 

大量の不快な羽ばたき音が聞こえてきた。

「ま、まさかっ!?」

歩いていたハジメが、メットの下で

表情を引きつらせる。

そして、慌てて通路の淵から下方を

確認すると、ゴキブリたちがこちらを

目指して昇ってきていた。

 

直後。

「総員っ!火炎放射器のシャマシュを

 展開!一匹でも多く焼き払え!」

司の、珍しく切羽詰まった声が響き、

ハジメ達は火炎放射器であるシャマシュを

取り出し、眼下に向けてすぐさま炎を

吐き出した。

 

「うぉぉぉぉっ!汚物は消毒だぁぁぁぁっ!」

「来ないでぇぇぇぇぇぇっ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

ハジメや香織、ルフェアたちが叫びながら

火炎放射をぶっ放す。

ユエやシアも、同じように魔法や

アータルで攻撃し、更に光輝達も

各々の攻撃でゴキブリの群れを攻撃する。

 

だが、それだけではゴキブリの群れは

ビクともしない。大海から数リットルの

水を抜いても、水位が全く変わらないのと

同じだ。そして、まるで一つの個体のように

一丸となったゴキブリが縦横無尽に

飛び回り、司たちの通路の上に出ると、

Uターンして彼等に上から向かってきた。

 

「ちぃっ!ゴミ虫がっ!」

司は、状況に憤りながらもシールドを

展開する。直後、黒い濁流となった

ゴキブリがシールド目がけて殺到する。

 

それによって鈴が気絶しかけたり、雫が

変になったりしていた。

「ちっ。厄介な」

「どうするよオリジナル。シールドは

 破られねぇだろうが、このままじゃ

 こいつらの精神がやべぇぞ?」

舌打ちをする司に声を掛ける蒼司。

「やむを得んか。こうなれば、周囲を

 放射エネルギーで焼き払って……」

そう言って、司があの時と同じように

背鰭と尻尾を展開しようとした時。

 

『ザザァァァァァァァッ!』

ゴキブリが一旦、それも一斉に退いた

のだ。

「何?」

その事を訝しみ、警戒する司。

すると……。

ゴキブリは空中で球体を作り、さらに

その周囲で円環と線を自分達の体で

形作り、空中に幾何学模様を浮かばせた。

それは……。

 

「あれはっ!?魔法陣!?」

意図を察したハジメが叫ぶ。

「ちぃっ!?ゴミ虫の分際でっ!

 奴らの魔法陣を完成させるな!

 総員攻撃開始っ!」

司のかけ声に応じ、空中の魔法陣を

破壊しようと全員が攻撃を再開するが、

別のゴキブリたちが自分達を盾として

それらを阻止する。

 

そして、魔法陣が完成してしまったのか、

中心の球体が赤黒い光を放ち、それが

姿を変え、最終的には全長3メートル

ほどの異形のゴキブリとなってしまった。

 

更に奴の周囲に魔法陣が形作られる。

その中央に浮かぶ、ゴキブリの球。

恐らくサイズからして、部下となる

中規模のゴキブリを作るつもりだろう。

「ッ!早々何度もっ!」

それに気づいて、真っ先にハジメが

動いた。

 

だが……。

突如として、足下から魔力の奔流が

吹き出した。

「ッ!?ちっ!」

それがハジメ達を飲み込もうとした

刹那、司は瞬間的に体内のリミッターを

解除し、ハジメ達や、生身の光輝達に

最大限の防御結界を付与した。

 

だが、その結果、自分自身への防御を、

疎かにしてしまったのだ。

 

通路となる枝の裏に潜んで居たゴキブリ

達の魔法が、彼等に襲いかかる。

 

やがて、赤黒い光が弾け、閃光が彼等を

飲み込む。しかし、その閃光が止むと、

無傷のハジメ達が姿を見せた。

 

「な、何なんだ。今のは……」

爆音も何も無い、攻撃には思えない魔法

に訝しむ光輝。

だがそれはハジメ達も同じで、彼等も

しきりに周囲を見回すが、特にダメージ

を受けた様子は無い。

 

「皆っ!大丈夫!?」

自分のジョーカーからシールドを展開し、

ボスゴキブリやゴキブリたちとの間に

壁を作りつつ、周囲を見回すハジメ。

「うん、なんともない」

「はいです」

「うん、大丈夫」

ハジメの言葉に香織、シア、ユエの順

に反応する。

「私も大丈夫だよ、ハジメお兄ちゃん」

「妾もじゃ」

更にルフェアとティオも答える。

「あぁ、俺達も大丈夫だ」

「俺もだぜ」

「鈴も、大丈夫」

「私もよ」

更に光輝、龍太郎、鈴、雫が答える。

 

「俺も大丈夫だぜ」

更に蒼司も答える。しかし……。

 

「ただ、オリジナルがやべぇぞお前等」

そう言って、蒼司は冷や汗を流しながら、

彼等を守った司に目を向けた。

 

ボスゴキブリを警戒していた彼等は、

蒼司の言葉を聞き、後ろにいる司の

方へと振り返る。すると、そこでは……。

 

「ぐっ!?が、がぁっ!あ、ぎっ!

 がぁぁっ!」

 

『悶え苦しむ』、司の姿があった。

頭を抑え、その場をのたうち回る司。

「ば、バカなっ!?何故マスターに!?

 妾たちにさえ、効果が無いと言うのに!」

その現実に戸惑うティオ。その時。

「そうじゃねぇっ!」

蒼司が彼女の言葉を否定した。

 

「司がお前等全員を守ったのさ。

 あの、精神攻撃からな」

「精神、攻撃?」

蒼司の言葉に首をかしげながら

呟く香織。

 

「そうさ。受けた瞬間に解析したから

 分かったが、あれは好感度を逆転

 させる魔法だ。憎く嫌悪する程に

 好意を抱き、愛おしく思う者ほど

 嫌悪感を覚える、クソみてぇな

 魔法を奴はぶっ放してきたのさ……!」

 

そう言って、蒼司は何故か、額から

大量の汗を流し、体を震わせながら

ボスゴキブリを睨み付ける。

「それをオリジナルが受けたのさ。

 お前等を庇った結果、自分の防御が

 疎かになっちまったって訳だ」

「しかしっ!?マスターの力ならば、

 そのような攻撃ではっ!?」

「あぁ。完璧には効かない。

 ノーガードでそんなの食らったって、

 大した問題はねぇ。けどよ、

 ダメージ自体は、あるんだよ。

 どんだけすまし顔でいようがな。

 ……そして、それが、最悪なんだ。

 うっ!?」

額に脂汗を浮かべ、蒼司がその場に

膝を突く。

 

「蒼司っ!?どうしたよ!?」

慌てて駆け寄ろうとする雫。

『バッ!』

だが、それを蒼司自身が手を上げて

制止した。

「悪い、雫。今の、俺に、近づくな。

 俺は、オリジナルとリンクしてる。

 ……だから、流れ込んでくるんだよ。

 中途半端に、精神攻撃なんて食らった

 せいで、暴れ出してるオリジナルの、

 『ゴジラの破壊衝動』って奴が……!

 ぐぅっ!?」

胸を押さえ呻く蒼司。

 

「そ、そんな、ゴジラの破壊衝動って!?」

戸惑うハジメ。

「……元々、俺とオリジナルの、更に

 そのオリジナルであるゴジラは、

 ぐっ、人間の核兵器開発が生み出した、

 化け物だ」

「え!?」

蒼司の言葉に、雫が戸惑う。

 

「放射能汚染に耐える為に、ゴジラは

 ゴジラと呼ばれる怪物に、進化、

 せざる、を得なかった。苦しき進化

 の果てに手にした、生命の輪廻を

 超越した存在。それが、ゴジラだっ。

 ……だが、だからって、ゴジラは

 なりたくてゴジラになったんじゃない。

 人間の、エゴが生み出したん、だ。

 ……だからこそ、ゴジラは人間を

 許さない。望まぬ苦しみの進化を

 強要した、人間、を。あぐっ!?」

 

「蒼司っ!」

近寄ろうとする雫だが、それを咄嗟に

香織やティオが止める。

「そして、だからこそ、残ってるん

 だよ。その心の奥底には。

 普段無感情なくせに、その最奥に、

 それはずっと在ったんだよ。

 『憎悪』が。自らをゴジラへと進化

させた、世界に対する『破壊衝動』がっ!」

蒼司がそう叫んだ次の瞬間。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

己の中で暴れ回る破壊衝動と憎悪に、

司が絶叫する。

そして、その体がボコボコと膨れ上がり、

皮膚が裂け、血と肉が飛び散り、骨が

折れて、その体を再構成していく。

 

そして……。

 

『ゴアァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!』

 

司は、ゴジラ第4形態へと為ってしまった。

 

そして彼は、憎悪を滾らせる瞳で、

ハジメ達を、世界を見下ろすのだった。

 

今、最大最強の仲間が、彼等の敵として、

立ちはだかってしまうのだった。

 

     第73話 END

 




って事で、原作よりもっとピンチにしてみました。

感想や評価、お待ちしてます。


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第74話 告げる思い

遅くなりましたが、最新話です。展開はオリジナルです。


~~~前回のあらすじ~~~

引き続き、ハルツィナ樹海の大迷宮を攻略

しているハジメや司たちの一行は、媚薬

効果を持つスライムの海を難なく突破し、

次なる階層へと降りた。そこで待っていた

のは、ゴキブリ型の魔物であった。

更に魔法を放つボスゴキブリ。司はその

魔法から皆を守ろうとするが、それが

仇となって、新生司という存在の奥底

に眠っていた、『ゴジラの破壊衝動』が

覚醒し、暴走してしまうのだった。

 

 

『ゴアァァァァァァァァァッ!!!!』

 

ゴジラの咆哮が、階層一帯に響き渡る。

憎悪と殺意を乗せたその咆哮に、

ハジメ達は恐怖と畏怖を感じ、その体を

震わせる。

 

かつて、オルクスでヒュドラと戦った時、

司はヒュドラの咆哮に対して、ゴジラの

咆哮を返し、ハジメ達を鼓舞した。

 

だが、今はその逆だ。

咆哮に乗せた敵意が、ハジメ達の体を

貫き、彼等の恐怖を煽る。

 

そして、漆黒の怪獣王は、その瞳で

小さき者達、大切な仲間を、憎悪に

満ちた目で見下ろす。

 

それだけで、ハジメ達の体は金縛りに

あったように動かなくなる。

 

それこそが、怪獣王の覇気。

怪獣王のプレッシャー。

怪獣王の、絶対的な力が成せる事。

 

「う、ぐっ!ク、ソォ!」

蒼司が立ち上がろうとするが、頭の

中で暴れ叫び回る破壊衝動で、立って

いるのがやっとだ。

 

尻尾をユラユラと揺らしながら、ゴジラ

はハジメ達を見下ろしていた。

と、その時。

 

『ギチチチチチチッ!!』

 

結果的に背中を見せてしまっていたハジメ

達の背後にいたボスゴキブリが、羽を

広げて飛び上がった。

更にその周囲を中型のゴキブリと、無数の

ゴキブリたちが囲む。

 

だが……。

「バカ、がっ」

蒼司が脂汗を浮かべながらそう呟いた。

刹那。

 

『『『『カカカカカカッ!!!!』』』』

 

ゴジラの口と背鰭と尻尾の先で光が瞬いた。

次の瞬間。

 

口、尻尾の先、背鰭から、カクカクとした

動きで直角的に曲がる幾十、幾百もの、

紫色のレーザーが放たれた。

 

口からはまるでレーザーバルカンのように。

背鰭からはまるで対空機銃のように。

尻尾からは、まるで主砲を撃ちまくるように。

 

正しく戦艦。

正しく要塞。

そう思わせる程の、濃密な砲撃が繰り出される。

 

レーザーの雨が、ゴキブリたちに襲いかかった。

瞬く間にゴキブリたちが蒸発していく。

ボスゴキブリは、何とかゴキブリたちを盾

にして攻撃を凌いでいる。

だが、それだけだ。

 

万物を焼き払うレーザーの雨が、ゴキブリ

達を確実に削り取っていく。

すると、ボスゴキブリは自分の周りを

ゴキブリたちで球状に覆い、盾とした。

 

だが、それも小手先の策に過ぎない。

それを確認したゴジラは、レーザーの

照射を止めると、口を大きく開け、

その中に黒い球体を生成し始めた。

 

「ッ!?」

それを見た蒼司の表情が青ざめる。

「全員ッ!今すぐ床に死ぬ気でしがみつけ!

 でねぇと、『あれ』に飲まれて死ぬぞ!」

「な、何だよ!あれってっ!」

叫ぶ蒼司に声を荒らげる光輝。

「バカっ!あれは、『マイクロブラックホール』だっ!」

 

だが、蒼司の言葉に、皆が呆然となる。

そして次の瞬間、顔面蒼白になりながら、

彼等は各々に出来る事をし始めた。

 

ハジメや香織、ルフェアは何十と言う層の

シールドを展開。ユエはシールドに加えて魔力

の結界を作る。シアはアータルを槍状に

して地面に突き刺し、それを抱くように

している。

ティオや光輝、雫などは玄武や聖剣、青龍

を床に突き刺してしゃがみ込む。鈴も結界

を準備し、龍太郎は拳を床に突き刺して

アンカー代わりにしている。

そして各々が準備を終えた、刹那。

 

『ドウッ!』

 

ゴジラの口から、黒い塊が発射された。

突き進んだ黒い光球、マイクロブラック

ホールは、ゴキブリたちの眼前で炸裂し、

膨張。同時に圧倒的な重力場でもって、

ゴキブリたちを飲み込む始めた。

次から次へと飲み込まれていくゴキブリたち。

そして、最後はボスゴキブリも、だ。

 

必死に羽を羽ばたかせて逃げようとするが、

光さえも捕え、逃がさぬその重力に、

羽虫如きがあらがえる訳も無く、

黒き重力という死神の腕に捕らわれた

ボスゴキブリは、ブラックホールに

飲み込まれ消えた。

 

そして、ゴジラとゴキブリたちの間に居た

ハジメ達は、必死に耐えていた。

「踏ん張れよお前等!あれに飲み

 混まれた死ぬぞ!だから死ぬ気で

 耐えろ!ここで死んだだけなら、

 あとで司が生き返らせてやっからよ!」

「その言葉全然安心出来ないっ!!」

蒼司の言葉に雫がツッコむ。

とは言え、周りはそれを聞いて笑う

どころではなかった。

 

だが、黒き闇の恐怖は終わった。

 

やがてゴキブリが全滅すると、ブラック

ホールもまた自然消滅する。

 

吸い込まれそうな闇の消失に、鈴や

龍太郎達は息をつく。だが……。

 

 

『グルルルッ』

 

前方から聞こえたうなり声に、彼等

はハッとなって前を向く。

 

そこでは、ゴジラがハジメ達を見下ろして

いたのだ。その視線に、彼等の体が再び

震え、硬直する。

「く、クソッ!何だよこれ!?どうする

 光輝!」

その時、状況に理解が追いつかない龍太郎

が叫び、その声で光輝は我に返った。

そしてすぐさま、思考を巡らせる。

 

『どうする?どうするどうするどうする!

 考えろ!考えろ!逃げるのか!?

 戦うのか!?』

そう考えながら、光輝はゴジラを見上げる

が、すぐに悟る。

『無理だ。勝てる訳、無い』

相手の圧倒的な威圧感に、闘争心など

沸いてこない。正しく蛇に睨まれた蛙、だ。

そのプレッシャーを前にしただけで、

戦意は音を立てて崩れ去る。

 

そして、その恐怖から、光輝は一歩

後退る。

「に、逃げよう」

更に光輝は、震える口でそう呟いた。

「ッ!?本気で言ってるの!?」

それにハジメが食ってかかる。

「暴走しているとはいえ、あれは司

 なんだ!置いていける訳!」

「じゃああの『化け物』をどうする

 つもりなんだ!?」

「ッ!今、なんて言った!」

光輝の『暴言』に、ハジメがジョーカーの

腕力でもって彼の襟首を掴み上げる。

 

「どんな姿になろうと、司は司だ!

 僕の親友だ!誰であろうと、それを

 罵る事は許さないっ!」

「テメェ!止めろ南雲!」

怒声を張り上げるハジメ。それを止めよう

更に声を張り上げ、二人を引き離そうと

ハジメに掴みかかる龍太郎。

 

そして、彼が突き放すようにハジメの

押しのける。

それによってハジメが数歩下がる。

「新生があんなに為ってるんだぞ!?

 ここに残ったって、あいつに

 殺されるだけだろ!?」

「だからって!置いていけるか!

 司は僕達を守ってあぁなったんだ!

 無責任に、自分達だけ逃げられるか!」

言い争うハジメと龍太郎。光輝も、

逃げるべきだ、と言わんばかりの表情だ。

 

対してハジメやその後ろにいる香織や

ユエ、ルフェアたちは、『逃げる事など

論外』と言わんばかりの表情だ。

その時。

 

「バカ、今、俺等が言い争ってる、

 場合じゃ、ねぇだろ」

大量の汗を浮かべながら、蒼司が二人の

間に割って入り、ケンカを仲裁する。

「逃げる、つってるが、やめとけ。

 ぐっ。……今、ここでオリジナルを、

 放っておいたら、必ずこの大迷宮を出て、

 暴れ回る。樹海や、ハルツィナ、ベース。

 更には、王国や帝国。ありと、あらゆる

 場所を、あいつは破壊しながら、暴れる。

 暴走する、破壊衝動のままに、な」

その言葉に、シアやティオがジョーカーの

メットの下で表情を青くする。

 

「そしたら、エヒトとの戦い、どころ 

 じゃねぇ。俺達が、元の世界に帰る

 以前に、こっちの世界が、破滅、

 しちまう」

「だ、だったら止めないと!」

蒼司の言葉に戸惑いながらも声を荒らげる雫。

 

「そう、だ。ここで、あいつを、

 オリジナルを止めるしかねぇ……!」

そう言って、ゴジラと化した司を見上げる

蒼司。

「け、けどよぉ!?相手はブラックホールを

 ぶっ放してくるような相手なんだぞ!?

 俺達でどうにか出来る訳!?」

「いや、大丈夫だ」

相手の危険性に戸惑い、及び腰になって

いる龍太郎だが、それを蒼司が否定する。

 

「あいつは、今も俺達を、睨み付ける

 だけで、攻撃はしてこない。多分、

 ゴジラという本能に、新生司と言う、

 理性が、抗ってんのさ」

「抗う?」

「そうだ。アイツが、今ギリギリの所で、

 本能を抑え込んでる、今が、チャンスだ。

 とにかく、一度、アイツを殴って

 正気に、戻さねぇと、やべぇ。

 破壊衝動が、ドンドン大きくなって

 やがる。早いとこ、片付けるぞ」

 

そう言って、ハジメ達の方を向く蒼司。

「分かった。やろう」

 

そして、ハジメが一歩前に出る。

「正気かハジメ殿!?姿が変わった

 マスターが相手なのだぞ!?」

するとティオがそう叫ぶ。

「分かってる……!分かってるよっ!

 今も、体の震えが止まらない」

ハジメのジョーカーが、カタカタと

震える。

しかし、ハジメは「でも」と呟き

ながら右手で左手を押さえ付け、強引に

震えを止める。

 

「ここで、司を止めなきゃ世界が滅ぶ!

 『司が生み出した今』って言う世界を、

 司自身が滅ぼしてしまう!だから、

 それを僕達で止めるんだ!」

ハジメは、司であるゴジラを見上げながら

叫んだ。

 

「G・フリートも、ウルの町での事も、

 王国で大勢の人を助けたり、ミュウちゃん

 を助けたり。司は、これまで多くの命を

 守ってきた!それを、司自身が

 壊してしまう前に!僕達で司を『止める』!」

ハジメは叫び、自分自身を鼓舞する。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

そして、彼は雄叫びを上げながらジョーカー

最強の力、モードGを解放する。

 

ハジメのジョーカー0から紫色のオーラが

吹き出し、金属の尻尾と背鰭、背鰭状の

パーツが四肢に展開される。

 

「止める!絶対に!」

そう言ってハジメは大きく息を吸い込む。

そして……。

 

「司ァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

あらん限りの声で叫んだ。

すると……。

『グルッ、ルゥッ』

ゴジラが一瞬、苦しむように呻いた。

「ッ!?南雲君の声が、届いた?!」

それに驚いている雫。

 

「そう言う事、だ。お前ら、今まで

 一緒に旅してきた、だろ?だったら、

 その旅で、紡いだ絆をっ!

 声と力にして、あいつにぶつけろ!

 それが、アイツをたたき起こす方法だ!」

そう言って作戦を伝える蒼司。

 

「だったらぁっ!」

すると、次の瞬間ハジメが飛び出した。

 

『ゴアァァァァァァァァッ!』

それに反応してゴジラが口からレーザー

の雨を降らせるが、それは乱れ打ちと

言っても過言でないほど、精度の

低い物だった。

 

「これくらいならっ!」

そう言ってレーザーの雨を掻い潜って

ゴジラに接近するハジメ。

 

「司っ!僕は、感謝してるよっ!」

 

そして叫ぶハジメ。それだけでゴジラ

の動きが鈍る。

「向こうの世界でも、僕の友達で

 居てくれた事!そして、この世界に

 来て、皆に笑われていた僕に、手を

 差し伸べてくれた事!司が

 いたから、僕は生きてここまで来る

 事が出来たんだっ!だからこそ、

 今ここで伝えるっ!」

 

「ありがとうっ!司っ!」

 

『グゥッ、クァァァァァァッ!』

 

ハジメの言葉に、司が、ゴジラが、

まるで泣いているカのように切ない咆哮

を上げる。

しかし、それでもゴジラは再びレーザー

の雨を口から放つ。

ハジメは咄嗟に、それをモードGの

エネルギーを前面に収束させ、シールド

にする事で防いだ。

 

「グッ!?」

モードG発動中だが、それでもゴジラの

熱線は、レーザーはジョーカー0を

大きく後ろへ押し戻す。

だが、それでもハジメは諦めない。

 

「司は、どんな存在であろうと司だ!

 僕達の大切な仲間だ!

 だから、絶対に見捨てたりなんてしない!

 司が自分を見失ってしまったって言う

 のなら……!」

そう言って、ハジメは空間を蹴って飛ぶ。

 

「ぶん殴ってでも!司を正気に戻す!」

 

そして、再び襲いかかってくるレーザーの

雨を掻い潜り、ハジメはゴジラの眼前に

躍り出た。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

そして、彼は振りかぶった拳を振り下ろした。

『ドゴォォォォォォンッ!』

ゴジラの頭に拳が命中し、その巨体が

蹈鞴を踏む。

 

しかしゴジラはすぐさまハジメを睨み、

その口に熱線のエネルギーを収束させる。

だが……。

 

『ドドンッ!』

次の瞬間、顔の周囲に命中した攻撃の影響で

ゴジラは怒号にも悲鳴にも似た咆哮を上げ

ながら集めたエネルギーを霧散させて

しまった。

 

「ッ!?今のはっ!」

ハジメは驚きながらも、攻撃の主、

香織の方へと視線を向けた。

 

そこでは、同じようにモードGを発動

した香織が、両手に一丁ずつミスラを

持ち、構えていた。

 

「そうだよね、ハジメくん」

そう言うと、香織は片方のミスラを投げ捨て、

もう片方を両手で持ち、ボルトを操作して

次弾を装填する。

 

「これまでの旅の中で、私達は何度も

 司くんに助けられてきた。司くんが

 いたから、どんな時でも私達は

 戦いに勝つことが出来た。……その

 事を感謝しているのは、ハジメくん

 だけじゃないよ?……だから!」

そして、香織は再びミスラの狙いを

ゴジラに定める。

 

そして、彼女のジョーカーから溢れ出た

オーラがミスラ全体を覆い、その性能を

飛躍的に強化する。

「止めるよっ!私達がっ!」

『ドンッ!』

 

次の瞬間、ミスラから強化された19ミリ弾

が発射される。それは、一般的な艦砲射撃

の威力を更に超える物であった。

『ドゴォォォォォォンッ!』

 

『ゴアァァァァァッ……!』

攻撃が腹部に命中し、ゴジラは苦悶の叫び

を漏らす。

しかし、次の瞬間には、すぐさま体勢を

立て直して口から放射線流を放った。

 

が……。

「行け……!『黒淵球』……!」

次の瞬間、ゴジラと香織の中間地点に突如

として現れた黒い球体が、放射線流を

飲み込んでしまった。

 

それは、ユエの新必殺技、『黒淵球』だった。

これを一言で説明すれば、ブラックホールだ。

重力魔法を操る事が出来るユエだからこそ、

司という無限の魔力リソースを生かして

マイクロブラックホールを作る事が出来るのだ。

そして、今はその黒淵球で放射線流を飲み

込み無力化したのだ。

 

そして……。

「私は、ある意味貴方に助けられたのかも

 しれない。司」

静かに、しかし確かに聞こえる声で、ユエが

語り出す。

 

「司が居たから、ハジメが大迷宮の、私の

 封印されていた場所まで来れたのかも

 しれない。司がハジメを守ってくれた

 から、ハジメと私は出会う事が出来た。

 ……暗い孤独から、ハジメが、司が、

 皆が私を救い出してくれた」

 

そう語るユエの周囲に、漆黒の蛇神、

八岐大蛇が顕現する。

 

「……楽しかった。皆と一緒に旅をして、

 ハジメや香織、司が教えてくれた

 見た事もない、ハジメ達の世界に心を

 踊らせたりもした。一緒に美味しいを

 食事を食べた。……その思い出は、

 今だって、私の中にある。

 司たちが私を助けてくれたから、

 今私はここにいる。……だからこそ、

 私も戦う。この思いで、貴方を、

 司を止める……!」

 

次の瞬間、八岐大蛇が口から火炎や

電や風の刃や氷の砲弾を、雨あられと

打ち出す。

モードGによって強化されたその攻撃

の威力は、簡単に地形を変える程の

物だ。だが、それでもゴジラの体表を

貫く事は出来ない。

 

今度は、ゴジラが口にエネルギーを収束し、

光線ではなく、光球として放った。

一点に収束されたその紫色の光球は、全て

を消し去る熱量を持っていた。だが……。

 

「させないですぅっ!」

次の瞬間、光球の前に立ち塞がった、

モードGを解放したシア。

彼女は圧倒的なまでのエネルギーを

その手にしたアータルに纏わせ、

光球に叩き付けた。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

アータルと光球がぶつかり合い、衝撃が

周囲に拡散する。それだけで、ハジメ達の

足場になっている枝に亀裂が走る。

「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

そして、その競り合いにシアが勝った。

真っ二つになった光球が霧散し消滅する。

 

「司さん。私だって、とってもとっても、

 感謝してます」

そして、次はシアが思いを打ち明ける番だ。

「司さんのおかげで、私の家族は強くなる

 事が出来ました。大切な物を守れる

 くらいの、世界一強い亜人族になる事が

 出来ました。父様も、パル君も、みんな。

 司さんが居たから、強くなれたんですっ!」

 

そう言って、シアは空間を蹴ってゴジラに

突進。口から放たれるレーザーの雨を、

背中のブースターを吹かして回避し、

掻い潜り、その眼前に接近する。

 

「そして、私もぉっ!」

 

次の瞬間、アータルの刃部分がアックス

モードからハンマーモードに変化し、

ゴジラの横っ面をひっぱたいた。

『ドゴォォォンッ』という爆音が

響き渡る。

 

「私も、司さんに出会って、皆さんに

 出会って、こんなに強くなれました!

 皆と一緒だから、どんなピンチだって

 へっちゃらでしたっ!その感謝の

 想い、どんな時だって、忘れた事は

 無い、ですぅっ!」

更にもう一打。アータル・ハンマー

モードが振るわれ、ゴジラの頭部に

叩き付けられる。

 

『ゴアァァァァッ……!?』

頭部に攻撃を食らい、ゴジラの体が

僅かにフラつく。

 

それでもやはりゴジラだ。

どれだけ攻撃を受けようとも、すぐに

体制を立て直し、反撃してくる。

今はまだ、司と言う理性とゴジラという

本能がせめぎ合っている段階だからこそ、

攻撃の精度は低い。だが、それでも

当るときは当るのだ。

 

『ドドォォォンッ!』

「くぅぅぅっ!?」

レーザー数発がシアに当る。

シアは咄嗟にアータルを盾にして直撃は

防いだが、後ろに押し戻されてしまい、

着地した。

そして、ゴジラはその瞬間を狙ってシア

目がけて放射線流を放つ。

 

が……。

「させは、せぬっ!」

次の瞬間、横合いから放たれたティオの、

G・ブラスターによる砲撃が、放射線流と

ぶつかり合い、せめぎ合う。

だが、それだけではない。

 

「妾には、ブレスもある事をお忘れか!」

ティオが手を翳し、そこからブレスを放つ。

モードGの後押しを受けて数十倍に強化

されたブレスが、ゴジラの体に命中し、

放射線流の照射を止めさせる。

 

ゴジラは、忌々しげに呻きながらティオ

を見下ろす。

だが、それでもティオは動じない。

 

今度はティオを焼き払おうと言うのか、

ゴジラが再び口にエネルギーを貯める。

そんな中で……。

 

「マスター。妾は、マスターと出会えた

 運命に感謝しております」

ティオは、構えを解くと静かに語り出す。

 

「自らを強者と驕っていた妾は、マスター

 と出会う事でその驕りを捨て、今は

 こうしてマスターを主と仰ぎ、共に

 旅をしています。旅の先々でマスターの

 起す奇跡を見る度、妾は貴方様への

 忠誠を何度も誓ってきました。

 その力は敵となる全てを引き裂き。

 守るべき物を、必ず守り抜く。

 それは即ち、『全てを滅ぼす事が出来、

全てを守る事が出来る力』。それこそ

が、ゴジラのゴジラたる所以。マスター

がマスターたる所以。如何なる敵にも

屈しない大いなる力の化身。それ

こそが、ゴジラであり、マスター」

 

そう言って、ティオは静かにゴジラを

見上げる。

と、次の瞬間、ゴジラがティオ目がけて

放射線流を放った。

 

「大いなるマイマスターよ。貴方様が

今、苦しんで居られるのなら。なればこそっ!」

しかし、それもティオの強化されたブレス

で相打ちとなってかき消される。

 

「大いなる獣の神、ゴジラに仕えたる忠臣!

不肖ティオ・クラルス!大いなる

 マイマスターの為、今は全力の想いと

 力で持って、御身の敵となりましょうぞ!」

そう言って、全身から紫色のオーラを放出する。

 

次の瞬間、ティオが飛び出し、ゴジラの

顔面を思い切り殴りつける。

『ドゴォォォォォンッ!』という爆音が

響き渡り、空気を震わせる。

 

咄嗟に反撃しようとするゴジラ。だが……。

 

「妾も同じですぞ!マスター!マスター

 に出会い、仕え、その力と強さ、そして

 優しさに、妾は惚れたのじゃ!」

『ッ!?』

叫ぶティオ。すると、ゴジラの動きが一瞬

鈍くなる。

 

「妾の偉大なるマスター!その力に!

 その心に!誰が何と言おうと、

 マスターは、世界最強にして絶対の、

 最高で、最善で、最大の、王たる存在じゃ!

 何度でも妾は叫ぶ!妾は、偉大なる

 覇王!新生司!またの名を、ゴジラに

 仕える忠臣、ティオ・クラルス!」

そう言うと、彼女は自分の右拳を左胸の

装甲板に叩き付けた。

 

「この体、この魂の一片まで!

 全てマスターに捧げた、龍である!」

 

『グッ、ゴアァァァァッ……!』

 

ティオの叫びに、ゴジラが苦しそうに呻く。

それは、司という理性がゴジラの本能に

抗っている事に他ならない。

 

だが、直後。ゴジラの体表から四方八方に

レーザーが放たれる。

それはもはや乱射だった。狙いも付けず、

唯々、四方八方に撃ちまくっているだけだ。

 

「ぐっ!あと、あと一押しだっ!」

咄嗟に結界を張って全員を守る蒼司が

叫ぶ。

 

そして、最後となれば、『彼女』しかいない。

 

静かに、彼女、ルフェアが結界の外へと

歩み出る。

「ッ!?危険だ!戻って!」

咄嗟に光輝が声を上げるが、そんなの

お構いなしにルフェアはゆっくりと、

しかし確実にゴジラの方へと歩み寄っていく。

 

もはや錯乱状態と言っても良い程に、

苦しみの咆哮を上げながら周囲にレーザー

を撃ちまくるゴジラ。

それがこの広大な空間の壁や大樹の枝

を撃ち、焼いていく。

 

正しくレーザー雨。しかしその全てが、

『当らない』。

ルフェアの近くに着弾する事はあっても、

彼女に掠りもしない。

 

「……お兄ちゃんは、ずっと、人間が

 憎かったんだね」

そんな中で、彼女は静かにゴジラへと

語りかけ始めた。

 

「自分自身を汚染して、苦しめて、

 ゴジラという存在にした人類が。

 ……でもね、お兄ちゃん。

 私は、不謹慎かもしれないけど、

 その過去を否定したくない。

 ……だって、お兄ちゃんがゴジラ

 にならなかったら、こうして

 私とお兄ちゃんが出会う事だって

 無かったんだよ?」

 

その言葉に、ゴジラはびくりと体を

震わせる。

 

「ううん。それだけじゃない。

 お兄ちゃんがゴジラとして、ここに、

 この世界に来たから、救われた人

 だって、きっとたくさん居る。

 ミュウちゃんや王国の人達だって

 そう。お兄ちゃんが居たから、

 助けられた人達だって居る」

 

やがて、ルフェアはジョーカーの

装着を解除する。

そしてゴジラも、次第に体から

レーザーを放つのを止め、眼下の

ルフェアを見下ろしている。

 

大きな巨獣を、たった一人の小さな

少女が見上げる。

それは、蟻が人間を見上げるような物。

それだけのサイズの違いがあった。

 

ゴジラはその脚を少し動かすだけで、

ルフェアの命を簡単に奪えてしまう。

だが、ゴジラは、司は、そんな事は

しない。ただ静かに、ルフェアを

見下ろしているだけだ。

 

「確かに、勝手な人ってたくさんいる。

 私を身勝手に捨てた親もそう。

 亜人を奴隷としか思ってない人間も

 そう。皆、最低な奴らばっかり。

 お兄ちゃんをゴジラにした奴らだって、

 自分の都合でお兄ちゃんを苦しめて、

 なのに自分達は苦しい思い一つしないで。 

 周りに苦しみを押しつけて、楽して

 生きてる。……考えるだけで、私は

 そいつらを殺したくなる」

 

そう言って、ルフェアは拳を握りしめる。

だが、直後に彼女は『でもね』と呟く。

 

「お兄ちゃんが、ゴジラになったから、

 私はお兄ちゃんと出会って、お兄ちゃんに

 救われたの。お兄ちゃんを大好きに

 なれたの。お兄ちゃんの、奥さんになれたの。

 ……酷い奥さんだよね。お兄ちゃんの

 苦しい過去を、否定じゃなくて肯定

 してるなんて」

そう言って、苦笑を浮かべるルフェア。

 

「でもね、今のお兄ちゃんが居たからこそ、

 私はここで生きていられる。あの日、

 お兄ちゃんに助けられたから、ここで、

 こうして立っていられる。

 ……そして、孤児で孤独だった私は、

 お兄ちゃんに救われて、そして……」

 

ルフェアは、静かにゴジラに向かって

両手を広げる。

 

「私は、貴方(ゴジラ)に出会って、貴方(ゴジラ)に恋をした」

 

そんな彼女の言葉に、ゴジラは苦しそうに

うめき声を漏らす。

 

そんな中、ルフェアは部分的にジョーカーの

脚部を展開。内部にある重力制御装置を

使ってふわりと浮かび上がると、ゴジラの

眼前まで浮かび上がった。

 

それに気づいて、ゴジラは眼前のルフェア

を見つめる。

 

「私は、お兄ちゃんがどんな存在だった

 としても、愛してる。どれだけ

 血に汚れていても、どれだけ人を

 憎んでいても。……人でなかった

 としても」

 

そう、呟きながらルフェアはゴジラへ、

あと少し手を伸ばせば触れる距離まで

近づく。そして、静かに口先に

触れる。

 

「私、ルフェア・フォランドは、

 何時如何なる時でも、苦しくても、

 貧しくても、いつでも」

 

『チュッ』

 

ルフェアが、ゴジラの口先に口づけをする。

 

「私は、未来永劫、ゴジラの妻として、

 ゴジラと共に歩むことを、誓います」

 

それは、紛うことなく彼女の意思。

確固たる決意であった。

 

そしてその告白は、破壊衝動に負けそう

になっていた、司を覚醒させるのに、

十分な言葉となった。

 

『ゴアァァァァァァァッ……!!』

 

静かな叫びを上げるゴジラ。

 

やがて……。

 

『パァァァァァァァァッ!』

 

その体が、光に包まれ始めた。

やがてその光は次第に小さくなり、

光は人型へと変化する。

 

そして、人型になった光。

静かに眠る『新生司』を、ルフェアは

優しくお姫様抱っこで抱えると、

ゆっくりと下降していき、フワリと

通路の上に降り立った。

 

そのまま、ルフェアは地に膝を突き、

司を解放する。

 

「う、うぅっ」

 

やがて、数秒もすれば、司が呻きながら

目を覚ました。

 

「ル、フェア」

「うん。私はここに居るよ。お兄ちゃん」

静かに、ルフェアの頬に手を伸ばす司。

そして、彼女は自分の手で司の手を掴み、

自分の頬まで運ぶ。

 

「あぁ、温かい。ルフェア」

「もう、大丈夫だよ。お兄ちゃん。

 私はずっと、お兄ちゃんの傍に居るから」

「えぇ、ありがとう。ルフェア。

 ……暗闇の中、荒れ狂う苦しみと

 憎しみで、おかしくなりそうだった

 時、貴方の、声が聞こえました。

 おかげで、こうして、無事に

 戻ってくる事が出来た。

 ……ありがとう、ルフェア」

 

「ううん。お礼なんて、大丈夫だよ。

 だって私達は、ずっとお兄ちゃんに

 助けられてきたんだから。

 ほら」

そう言って、視線を司から移すルフェア。

彼も視線を追って動かすと……。

 

「司~~~~!」

「司く~~~ん!!!」

向こうからハジメや香織、ユエや

シア、ティオたちが駆けてくる。

 

「お兄ちゃんには、私だけじゃない。

 皆もいる」

 

そう言って、ルフェアは司の頭を

撫でる。

 

「お兄ちゃんはもう、一人じゃないよ」

 

 

その言葉は、私の中に深く染みこんできた。

 

あぁ、そうだ。そうだな。

 

「私はもう、孤独などではなかったのだな」

 

 

司は彼女に抱かれながら、涙を、

嬉し涙を流した。

 

そして彼は、とても、とても柔らかい

笑みを浮かべるのだった。

 

     第74話 END

 




次回は、もしかしたらライダー編を投稿するかもしれません。
と言うか、交互に投稿しようかなって思ってますので、
ご了承下さい。

感想や評価、お待ちしています。


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第75話 乙女の悩み

今回はハルツィナ大迷宮のラストと、その後の雫にスポットを当てた話しとなります。


~~~前回のあらすじ~~~

大迷宮のラスボス、ボスゴキブリの攻撃から

ハジメ達を守った結果、精神攻撃を受けて

暴走する司、すなわちゴジラ。

その出現に、光輝達は撤退を進言するが、

ハジメ達は仲間として司を見捨てないと

叫ぶ。そして、蒼司の提案からハジメ達は

ゴジラに、司に次々と自分達の思いをぶつけ、

最後はルフェアの活躍もあって、司は

元に戻る事が出来たのだった。

 

 

「皆、すまなかった」

今、私はハジメ達を前にして深く頭を

下げていた。

「私自身の防御が甘かったばかりに、

 皆に大変な迷惑を掛けてしまった」

「いや、良いんだよ司。結果的にこうして

 みんな無事だったんだし。ね?」

ハジメがそう言うと、香織達がうんうん

と頷く。しかし、それでも私自身が

納得出来ない部分がある。

 

「そう言って貰える事自体は、嬉しい。

 だがそれでも仲間を危険に、それも

守るべき自分自身で晒すなど、

言語道断です」

そう言うと、私は勇者たち3人の方に

体を向けた。

 

「天之河、坂上、谷口、雫。お前達にも

 迷惑を掛けた。申し訳無い」

そう言って私が頭を下げると、3人は

とても戸惑った様子だった。

「許してくれ、などと言うつもりはない。

 だが償いのチャンスが貰えるので

 あれば、可能な限り3人の要望を

 出来る範囲で聞こうと思って居る。

 ……今は、それで納得して貰えない

 だろうか」

「え、えっと……」

私の言葉に天之河が戸惑い、坂上や

谷口も戸惑っているのか、何も言わない。

 

すると……。

「もう大丈夫だから、頭を上げたら?」

と、雫が私に声を掛けてきた。

「雫」

「今の司を見てれば、どれだけ

 私達に謝りたいって思ってるのか

 分かるし。それに、司は私達を

 守ってあぁなっちゃったんでしょ?

 確かに驚いたりもしたけど、もう

 終わった事なんだし、結果全員

 無事なんだから。もう良いんじゃない?」

思わぬ相手からのフォローに私は

しばし戸惑う。

 

そこに……。

「そうだね。もう済んだ事だし。

 ……それに、あれはしょうが無いよ。

 あれは僕達への罰だったんだ」

「え?」

不意に呟かれたハジメの言葉に、私は

呆けた声を出してしまう。

「私と戦う事が、罰?」

「うん。今日、司と戦ってみて、改めて

 思ったんだ。僕達って結構、司を

 頼りすぎてたな、って」

「私を、頼りすぎ?」

「うん。……僕が今ここでこうして

 いられるのは、司が僕の為にジョーカー

 を作り、更に無双の力を発揮する武器を

 与え、そしてそれらを強化し続けて

 くれたからだよ。そして、肉体的に僕

 を鍛えてくれたのも司だ。

 極論を言えば、今の僕の強さは、司の

 存在無しには為しえなかった物だ。

 今の強い僕という存在は、司の存在が

 あってこそ成立している。

 そう言っても過言じゃ無いと思う」

 

「そして、それは私達も同じ」

更にハジメの隣に並ぶユエ。

「司に貰った腕輪やジョーカーの

 おかげで、私達はどんな敵と

 戦っても、楽勝だった」

 

「でもそれは司さんが居てくれたからですぅ」

更にハジメを挟んだユエの反対側に立つ

シア。

「私達だけじゃ持つ事の出来なかった

 武器や装備。それは全て司さんから

 与えられた物ですから」

 

「でも、それだけじゃない」

更に香織も、シアの隣に並ぶ。

「司くんの力があれば、どんな困難でも

 突破出来た。……きっとその事実に、

 私達はどこかで甘えていたのかも

 しれない。『司くんがいるから大丈夫』、

 『司くんが何とかしてくれる』。

 ……実際、これまで何度か悪い人達

 と戦ったりもしたけど、私やハジメくん

 の手は、血で汚れていない。これも

 全て、司くんのおかげ」

 

「そんなマスターのお力に甘えていた

 我々に、大迷宮は罰を下したのじゃ」

ユエの隣に並ぶティオ。

「ここは、仲間の絆を試す大迷宮だと、

 マスター自身が仰っておられました。

 そして我々はこれまで、マスターの

 お力に時に守られてきたのです。結果、

 マスターという存在が我々の精神的

 支柱となっていたのも事実。そして

 大迷宮は、そんな妾達の精神的支柱、

 即ちマスターを我々の敵とする事で、

 我々の絆の試した、と言う事なの

 でしょう。……怒りと憎しみに

 暴れ狂う仲間を見捨てず、仲間の

 為に命を賭けて戦えるのか、と」

 

「……そうか」

と、私はポツリと呟く。

その時、隣に立っていたルフェアが

私の右手を優しく握ってくれた。

 

「私達は、これまで何度もお兄ちゃんに

 助けられてきた。だから今日は、その

 恩返しとしてお兄ちゃんを私達が

 助けた。それだけだよ」

「ルフェア」

そう言って笑みを浮かべるルフェアの手

は、とても温かく感じた。

 

……かつて多くの命を奪い、他者と繋ぐ手

を持たなかった私が、今は彼女とこうして

手を繋ぎ、彼等と絆で繋がっている。

 

確かに、私の中のゴジラとしての本能は

人を永遠に許さないだろう。

 

だが、それでも私は、ここで、この世界で、

彼等と繋がる事が出来た。

 

ゴジラという獣を受け入れてくれた、彼等と。

 

だからこそ、より一層強く思う。

 

『彼等と共に生きたい』、と。

 

やがて……。

 

「さぁてと、これで無事ここの試練も

 終わりみたいだぜ?」

私の復活に会わせて本調子に戻った

蒼司が通路の先を指さす。

 

見ると、四本に伸びていた通路に対し、

5本目の階段のような、さっきまで

無かった通路が生まれていた。

 

「あれ?あんな通路あったっけ?」

谷口が通路を見つめながら首をかしげる。

「さっきまでは無かったが、恐らくあの

 ボスゴキブリがここのボスで、それを

 倒す事があの階段の出現条件だった

 んだろう。……つっても、俺等は

 司の相手とかしてて気づくどころじゃ

 無かったしな」

そう言って肩をすくめる蒼司に、雫や

ユエたちが『確かに』と頷く。

 

「行こうぜ。試練が終わったとは言えここ

 は大迷宮だ。あんまり長居はしたくない

 だろ?」

と言う蒼司の後押しもあり、私達は休憩

もそこそこに階段を登る始めた。

 

登った先にあった洞に入ると、案の定

魔法陣が発動し、私達は転移した。

 

そして、私達がやってきたのは大樹の

頂上にある庭園だった。庭園の淵から

見える眼下の霧の海がそれを証明していた。

 

ハジメ達は最初戸惑い、そもそも

アルゴでここに来た時に大樹を見つけられ

無かった事から何らかの人の手が、それも

かなり強力な認識攪乱の類いがある事が

分かった。

 

「まぁ、それはともかくとして。ここが

 ゴールなのは間違い無いでしょう」

私の言葉にハジメ達が頷き、光輝達4人が

驚いている。

 

やがて中央にある小さな島、石版のある

島に足を踏み入れる。

すると、周囲の水路が魔法陣になっていた

のか、若草色の光を放ち、いつものように

記憶を読まれ、知識を頭の中に刻み込まれる。

 

直後、石版に絡みついていた枝が形を変えて

人型になると、様々な事を話し始めた。

 

自分が『リューティリス・ハルツィナ』

である事や大迷宮の悪魔的な所業の数々に

対する謝罪など。

大迷宮のコンセプトなどだ。

 

だが、やがて彼女の口から、ここで得られた

神代魔法、『昇華魔法』の真の意味。

そして、全ての神代魔法を手にする事で

実現する『概念魔法』の事を聞く事が出来た。

 

更に概念魔法で生み出されたアイテムである

『導越の羅針盤』を手にする事が出来た。

 

リューティリスの言葉から、これは恐らく

エヒトの居場所を探るための物。しかし

これがあれば私達は元の世界の位置情報を

観測する事が出来る。

 

やがてリューティリスは最後のエールの言葉

を送ると、再び枝となってしまった。

 

それを見届けた私は、手の中にある

羅針盤に視線を落とす。

 

「そう言う事ですか。あの日、ミレディ

 が言っていた意味は。……この羅針盤

 を手にして元の世界の座標を知り、

 そして概念魔法で世界を超える魔法を

 創造する」

「ッ!それじゃあ……!」

私の言葉にハジメや香織、雫や谷口たち

が驚きながらも、その表情に喜びを

浮かべていた。

 

「えぇ。……地球帰還への、明確な

 ビジョンが見えてきました」

そう言って私が笑みを浮かべれば、皆

喜んだ様子だった。

 

ともあれ、私達は新たな魔法を手にした。

ちなみに、私達の中ではルフェア以外が

昇華魔法を手にした。だが、雫達5人は、

雫と蒼司以外これを入手する事が出来なかった。

 

どうやら大迷宮に認められなかったようだ。

まぁ、彼等にはあまり期待していなかった。

付いて来たいと言うから来させただけで、

過度な期待はしていなかった。なので、

予想通り、と言った所だ。

 

「ともあれ、これで大迷宮攻略は完了です。

 一旦ハルツィナ・ベースに戻りましょう。

 皆も私と戦い、疲れたでしょうし、あの

 ゴキブリ共も、かなり精神にダメージを

 与える存在でしたから」

と私が言うと、ハジメ達が苦笑しながら

賛成と言ってくれたので、私達は一度

ハルツィナ・ベースに戻る事にした。

 

そして大迷宮を出る途中で、私は天之河

が小さく、悔しそうな表情を浮かべて

いるのを見逃さなかったのだった。

 

 

ハルツィナ大迷宮を出た私達は、外で

待っていたカム達と合流し、基地

へと帰還した。皆が皆疲れていた事もあり、

基地に戻った直後に解散。それぞれ

思い思いの食事や風呂などを堪能した後、

割り当てられた部屋へと入っていった。

 

 

しかし、そんな中で1人寝付けない

人物がいた。

 

雫だった。

 

彼女は大迷宮から戻ってきた後、何故か

上手く寝付けず、結局まだ夜が明ける前

に青龍を手に部屋を飛び出し、夜の基地内

で警備をしていたハウリア兵から、人気

の無い訓練場の場所を教えて貰い、

そこで今、彼女は青龍を振って鍛錬を

していた。

 

いや、正確に言うのならば、鍛錬に

よって何かを振り払おうとしていた

のだった。

 

『ダメ、ダメ、ダメッ!』

 

何度剣を振って無心になろうとしても、

何度でもその脳裏に浮かぶ2人の男の顔。

 

蒼司と司の顔。

それが彼女を悩ませていたのだった。

 

今、彼女は2人の男への思いで揺れていた。

昨日の大迷宮の中で見た夢は、今も彼女の

中に鮮明に浮かんでいる。

 

心に傷を負っていた自分を助けてくれた

王子様のような2人の言動と思い出は

今も脳裏に焼き付いている。そしてあれは、

『自分が望んだ理想』を夢として見せた

物。つまり雫はあんな光景を心の中で

望んでいた事になる。

 

『私は、司が好き!あの時アルゴの中で

 そう思ったじゃない!じゃあ、それで

 良いじゃないっ!』

そう、心の中で叫ぶ雫。しかし直後、

これまでずっと自分を傍で支えてくれた

蒼司の顔が頭をよぎる。

 

『でも、司にはルフェアちゃんがいるし、

 それに蒼司なら、相手も居ないし。

 あぁでも!あぁもうっ!』

彼女自身、既に司にも蒼司にも、好意を

抱いている事は誤魔化しようのない

事実であった。

 

だが、問題もあった。それは司と蒼司

の2人に対して、同じくらい心を許し、

同じくらいの思いを抱いている事だ。

あの夢の中で、司と蒼司の2人が

同時に現れたのがその証拠だ。

 

やがて数時間、青龍を振っていた雫

だったが、攻略開けで休む間もなく

鍛錬をしていたのだ。肉体にたまった

疲労感は相当な物であり、それによって

彼女の思考は次第にまとまらなく

なっていった。

それもあってか、雫は『今は元の世界に

帰る事が最優先』として自分を何とか

納得させ、結局自分は司と蒼司の

どちらが好きか、と言う問答を半ばで

放棄した。

 

その後、彼女は部屋に戻るために歩き出した。

しかし……。

 

「ん?」

前方の方から声が聞こえてきた。

 

今、雫が居るのは基地の一角にある訓練場だ。

雫はその更にその一角にある運動場で

青龍を振るっていたのだが、今通り掛かった

体育館のような建物の、僅かに開いた

扉から人の声が聞こえてきたのだ。

 

「この声。……蒼司と、司?」

聞き覚えのある声だと分かって、雫は

扉の隙間から中をのぞき込んだ。

 

そこで行われていたのは……。

 

『ズドドドドドドドドッ!!!』

 

超高速の戦闘だった。

 

司と蒼司が、展開された結界の中で、

拳と足だけを武器にして戦っていたのだ。

分身したかと見まがう程の速度で、残像

を残しながら繰り出される拳。

それがぶつかり合う度に火花を散らし、

脚と脚がぶつかり合うだけで爆音が

響き渡る。

 

結界の遮音機能も機能しては居るが、

それでも音が外へと漏れる程だった。

「はっ!これが昇華魔法かよ!すげぇ

 ぜオリジナル!普段の数倍、力が

 漲ってくるぜ!」

「私もだ。……成程、昇華魔法。

 これは使える」

そう言って会話をしながらも2人は

戦った。

 

お互いに蹴り、殴り、攻撃を続ける。

更に攻撃を受けて皮膚が破け血肉が

飛び散る程の重傷を受けても、昇華

魔法で強化された治癒能『力』が

一瞬でそれを再生させてしまう。

 

「また一歩『第10形態』に近づいた

なぁ!オリジナル!」

「えぇ、ここに来て、進化スピードも

 上がってきていますよ」

 

そう言って、最後に拳をぶつけ合った

所で、司と蒼司は構えを解いた。

 

雫は、その圧倒的な戦闘能力に目を

奪われていた。

 

改めて突き付けられた2人の強さに

愕然としながらも、雫は思いだした。

司の真名。ゴジラという単語を。

 

『もしかして、司が強いのって、その

 ゴジラだから?でも今の司は確かに

 人間だし、それに放射能汚染がどうの

 ってあの時蒼司は言ってた。じゃあ、

 司は何なの?人、じゃないの?』

 

そんな悩みを抱えていた雫だったが……。

 

「所で。お~い雫~!」

「ッ!」

突然、中から蒼司に声を掛けられた雫は

ビクッと体を震わせた。

「んな所でのぞき見なんてしてねぇで

 早く入って来いよ~」

そう言って雫の入室を促す蒼司。

 

やがて数秒の間を置き、雫が静かに部屋の

中へと足を踏み入れた。

「き、気づいてたの?」

「あぁ。……俺達の感覚は人のそれを遙かに

 超えるからな。小さな息づかいでさえも、

 俺達は捉える事が出来る」

「ッ」

 

人のそれを遙かに超える、と言う単語が

雫の脳裏にゴジラという名を思い出させた。

 

「ねぇ」

「ん?」

「大迷宮で、蒼司が言ってたでしょ?

 ゴジラがなんなのかって。司は、

 その事を聞こうとした光輝に怒って

 たけど……。私には、教えてくれないの?

 私に、それを聞く資格は無いの?」

 

どこか、悲しげな表情で2人を見つめる雫。

その表情に、蒼司は真剣な表情でオリジナル

である司へと目を向けた。

「司よ。雫は良いんじゃねぇか?」

「えぇ。そうですね。……雫には、私の

 真名について。そしてゴジラについて

 知る権利はあるでしょう」

「ッ、それじゃあ……」

 

「えぇ。お教えしましょう。……私の

 存在の全てを。……かつて破壊神と

 恐れられた獣の話しを」

 

その後、司と蒼司、雫は場所を移し、

人気の無い基地の食堂で話し始めた。

雫は最初、蒼司が作ったココアを飲み

ながら話を聞き始めたが、すぐに

そんな物の存在など忘れてしまう程に

司の話に聞き入っていた。

 

司がそもそも雫達の世界とも違う世界

から来た事。

その世界で放射能汚染に耐えた事で

進化した超進化生命体である事。

やがてゴジラとして人の前に姿を

現し日本を襲ったこと。

人間のヤシオリ作戦の前に敗れた

オリジナルが、急激な進化によって

細胞の一部を異世界、つまり雫達の

世界へと飛ばした事。その細胞の一部が

成長した存在が自分である事。

人との対立を避けるため、今の第9形態

へと進化し、完全な人間への擬態を果た

した事。

 

そして、生きろと囁く本能の声に従い、

あの高校で雫達と出会い、転移される日

まで自分を人と偽り生きてきた事を。

 

その話が終わる頃には、ココアはすっかり

冷めてしまっていた。

 

「そ、そんな。じゃあ、司は、人間じゃ

 無いの?」

「えぇ。……この体は、結局の所人間の

 形をしているだけの事です。

 雫も大迷宮で見たでしょう?あの黒い

 ケロイドが固まったかのような巨躯を。

 ……あれが、第4形態の私なのです」

「ッ!?あれが、第4、形態?」

 

「えぇ。……かつて私のオリジナルは、

 その第4形態の時に人間に敗れました。

 しかし私は、世界を渡った後、その

 反省から海底で進化をひっそりと続け、

 やがて第9形態へと至り、自らを

 隠す意味で人間社会へと紛れ込んだ

 のです」

「じ、じゃあ、前に話してくれた孤児院の

 話しとかは?」

「あれは本当です。私は自ら孤児の

 振りをして、孤児院で保護されたの

 です。……もっとも、私には最初から

 親など居なかったのですが」

そう言って、司は冷えたココアに口を

付ける。

 

しばし、3人が沈黙する。

 

「雫、あなたは以前、帝都でMOAB投下を

 行った時、私を悪魔と言っていましたね?」

「そ、それは、私の勘違いって言うか、その……」

「いいえ。……大勢の人を殺した事が悪魔の

 所業と言うのなら、私は悪魔と呼ばれるに

 相応しい」

「え?」

「私がまだオリジナルの一部であった頃、

 オリジナルは異世界の東京へと侵攻し、

 そこで、万単位の人間を殺したの

 ですよ」

「ッ!」

 

司の言葉に、雫は息を呑む。

 

「東京を焦土に変え、数多の命を奪い、

 やがて私は、オリジナルは倒された。

 その一部が逃れ、成長した姿が私です。

 であれば、私のこの体は、ハジメや雫

 たちと出会う前から、既に血で真っ赤に

 汚れていたのですよ」

「そ、そんな……!」

司の言葉に、彼女は静かに項垂れる。

 

「なぁ、雫。俺達は人間じゃない」

蒼司が静かに雫へと語りかける。

 

「俺達は人間の振りをしているだけだ。

 ……それでも、今は人として、

 オリジナルはハジメ達と共に旅をし。

 俺はお前達と共に戦った。

 それは、事実だ」

そう言うと、蒼司は静かに立ち上がった。

 

「例えこの身が人にあらずとも、俺は

 お前達を、お前を、仲間と思って

 接してきた。……俺を化け物と罵るのも

 構わない。でも、それだけは、覚えてて

 くれ。……俺は、必ず、命に替えても

 お前を守る」

「ッ!」

それだけ言うと、蒼司は食堂を後にした。

雫は彼の言葉に戸惑い、心臓が高鳴る。

 

必ず守ると言う言葉。それは、王子様が

お姫様に囁くような。少女漫画の主人公が

ヒロインに囁くような台詞。

しかし、そこに一切の嘘が無い事は、

これまで蒼司と接してきた雫だからこそ

分かる。

 

 

やがて、司もカップを手に立ち上がる。

「雫。……私は、人間ではありません」

「……うん」

「それでも、私は雫の事を、大切な友人

だと思って居ます」

「ッ。……うんっ」

大切な友人という言葉に、雫は嬉し涙

と悲しみの涙を流す。

その声は、嗚咽に震えていた。

 

ゴジラの名を知るに相応しい存在として

認められている事への嬉し涙。

 

彼にとって自分は『友人』という立場であり、

女として見られていない事への悲しみの涙。

 

やがて、司が歩き出し、しかしすぐに足を

止めた。2人は互いに背を向け合う。

 

「雫、私の真名を教えたと言う事は、

 それは私が貴方のために、時に全力で

 戦うと言う証でもあります」

「……うん」

 

雫は震える声で頷きながら再び嬉し涙を流す。

 

「……雫の言うように、私は悪魔のような

 所業を、罪を犯してきました。それでも、

 今は思うのです。この繋がりを、ハジメ

 や雫達と紡いだ絆を、大事にしたいと。

 ……私は、そんな皆とこれからも 

 一緒に生きていきたいと思って居ます」

 

それだけ言うと、司は歩き出す。

そして食堂を出て行く、去り際……。

 

「だからこそ、雫の未来は、私が必ず

 守ります。例え貴女から怪物と

 罵られようと」

 

そう、語るのだった。

 

1人食堂に残された雫。

「無理、無理だよ。やっぱり……」

彼女は静かに涙を流す。

それは、苦悩の涙だ。

 

「どっちか1人なんて、選べないよ。

 司も、蒼司も、2人とも、好きぃ」

絞り出すような弱々しい本音。

 

司と蒼司は、いつも彼女の傍に寄り添い、

彼女の為に戦った事もある。

 

司は、彼女との絆を守りたいが為に。

 

蒼司は、彼女を守ると言う今ここで

生きる理由の為に。

 

彼等は確固たる決意で雫の傍に

立ち続けた。

そして、これからも命がけで彼女を

守るつもりだ。

 

そんな男達に、一体誰が惚れるなと

言えるのか。

 

いつでも傍に居て、時に愚痴を聞いて

くれた相棒でもある蒼司。

 

例え離れていたとしても、ピンチには

必ず駆けつけてくれた司。

 

今、八重樫雫という少女の中で、

恋心を乗せた天秤は激しく揺れ動いていた

のだった。

 

果たして、彼女と蒼司、司の三角関係は

どうなるのか?

 

それはまだ、誰にも分からない。

 

     第75話 END

 




って事で司と蒼司、雫の三角関係です。まぁ司と蒼司は別にライバルでも
何でも無いんですけど……。
読者様の意見で、蒼司が司の分身なんだから、2人が元に戻ればそれで
丸く収まる、みたいな意見も貰っては居るのですが、それでは
少し面白く無いかなぁ、と思いまして、今後、正確には雪原の大迷宮
の、あの場所で雫がどっちとどうなるか、決まると思います。
お楽しみに。

感想や評価、お待ちしています。


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第76話 神化

今回はオリジナルの話+めっちゃ長いです。いつもの1.5倍くらいあります。
あと、話の中でティオが色々キャラ崩壊しちゃってる、かもしれないです。
ご了承下さい。


~~~前回のあらすじ~~~

無事、元に戻った司はハジメ達全員に謝罪

した後、彼等があまり暴走を気にして

いなかった事もあり、すぐに大迷宮を攻略。

そんな中で地球帰還への明確なビジョンを

描く事の出来る情報をゲットするのだった。

一方、絆を試す大迷宮の影響で、雫は

司と蒼司の事を知りながらも、2人への

想いの間で激しく揺れていたのだった。

 

 

あの後雫は、涙を拭うと、フラフラと自室

に戻り、ベッドに飛び込むとようやく眠り

についたのだった。

 

それから数時間後。起きてこない事を心配

した香織によって起されたのは、12時

を過ぎた後だった。

遅めの昼食を香織と共に取っていた雫。

しかし、ふと彼女はある事に気づいた。

「あれ?そういえば、司たちはどこ?

 南雲君や光輝達は見かけたけど……」

「あぁ、司くんならルフェアちゃんやティオ

さんと一緒にフェアベルゲンに行ったよ。

 蒼司くんは基地の人達と訓練中」

「へ~。でも、どうして司がフェア

 ベルゲンに?」

「雫ちゃん、覚えてるかな?帝都から

 帰ってきた後、司くんがフェアベルゲン

 で言ってたじゃない?新しい街を作る

んだって」

「あぁ、そう言えば。もしかしてそれ

 関係で?」

「うん。街を作るの、本格的に始動

 するんだ。って今朝言ってたの。

 今日はまずフェアベルゲンの

 アルフレリックさんとの話し合いと、

 午後は候補地の下見だって」

「……司って、結構忙しいのね」

「うん。……今にして思えば、司くんって

 結構仕事ばっかりしてるんだよね。

 ……でも、それは自分が強くなるため

 じゃない。私達のため」

そう言って、香織は自分の左手首にある

ジョーカーを右手で撫でた。

 

「私達の身の安全のために、今よりも

 強い武器を。今よりも硬い防具を。

 今にして思えば、司くんが休んでる

 時間って、そんなに無かったのかも

 しれない。夜中に起きたら、部屋の

 隅で結界張ってパソコンポチポチ

 してた事だってあるし」

「……仲間のために、か」

 

その話を聞いた時、雫はつい数時間前に

聞いた事を、思いだしていた。

 

共に生きる番いもなく、たった1人で

孤独に耐えながら生き続けていたゴジラ

が出会った、大切な仲間。

だからこそ、ゴジラたる司は彼等に

対して自分が出来る事を、惜しまなかった。

ジョーカーとそれに付随する数多の

強力な装備の開発。

それは全て、この弱肉強食の世界で

自分の大切な仲間が、生き残る為だった。

そして、雫自身も、その1人だ。

 

そう思うと、雫は静かに俯く。

「私って、もしかしたらずっと司に

 助けられてばかりだったのかな?」

「え?」

「……当たり前のように前の、AI

 だった頃の蒼司からアドバイス

 貰って、愚痴聞いて貰って、

 そもそもこんなに凄い物も

 プレゼントされて。……当たり前に

 使ってたけど、これは、司が

 いなかったら私達が手にできなかった

 力よね」

「……うん」

雫の言葉に静かに頷く香織。

 

「ある意味、ここにいる人達の殆どが

 司くんの、ゴジラの、その庇護の元に

 あるって言えるかも。そう言う意味で

 言えば、今の司くんは立派な

 守護神だね」

「……守護神ゴジラ、か。頼もしいわね」

そう言って、2人は笑みを漏らす。

 

「そして、今その力は広まってる」

「うん」

 

2人は、今ある世界のために動き出した

司の背中を思い出す。

「何だか、変わったわよね、司」

「うん。昔は、もっと無感情だった気がする。

 でも、最近は何て言うか、前より

 感情豊かに、人間らしくなったかなって

 思ってる。そんな司くんが、私はとっても

 頼もしいって思ってる。……そして、

 だからこそ私は司くんの友達でいよう

 って思ってる」

「え?香織?」

「私は南雲くんが好き、って言ったけど、

 でもだからって司くんを支えない理由

 にはならない。……かつて、人の

 エゴでゴジラになった司くんは、

 人間を心の底では憎んでいる。

 ……その憎しみを、私が拭う事は 

 出来ないかもしれない。でも、

 ここで私達が、司くんの友達で

 なくなったら、彼の気持ちを、

仲間を思いやる気持ちを、

踏みにじってしまったら。きっと

司くんは絶望する。絶望して、

ゴジラとして、きっと人を滅ぼす」

「ッ」

雫は香織の言葉に息を呑んだ。

 

「『ゴジラに苦痛を与えたのが

 人間なんだとしたら、それを癒やすの

 もまた、人間であるべき』」

そう、宣言するように香織は、真っ直ぐと

雫を見つめながら語った。

 

 

「って、私は勝手に思ってるんだけどね」

そう言って、最後の方で苦笑する香織。

しかし……。

「そっか。……やっぱり、香織は強いね」

「え?そ、そうかな?」

雫の突然の褒め言葉に、香織は頬を

僅かに赤くした。

 

と、その時。

「ただいま戻りました」

食堂に司と、彼に続いてルフェアとティオ、

シア、カムが現れた。

「お帰り司くん、ルフェアちゃん。

 カムさんとシアちゃんも」

「ただいまですぅ香織さん」

4人が席に着くと、奥からお茶の

入ったコップを持ってくる香織。

 

「ありがとうございます、香織」

「うん。あ、所で話し合いの方は

 どうなったの?順調?」

礼を言う司に、結果が気になっていた

香織が問いかけてみた。

 

「えぇ。そちらは問題ありませんでした。

 フェアベルゲン側との話し合いの結果、

 あちらとこのハルツィナ・ベースを

 繋ぐために、フェアベルゲンに出張所の

 ような物を建てる事になりました。

 出張所にはシフトで10人から20人

 のハウリア兵と配下のガーディアン

 部隊を配備。彼等は有事の際に

 フェアベルゲンを防衛するのが

 主任務となりますが、それとは別に

 フェアベルゲンとベースを繋ぐ

 ハブのような物でもあり、

 アルファシティへの移住を考える

 亜人達の受付窓口として機能する事に

 なりました」

と、そんな説明を聞きながら自分も椅子

に座り直す香織。

 

「午後は候補地の下見だっけ?どこに

 行くの?」

「この樹海からそう遠くはありません。

 候補地ですが、ちょうど樹海と

 ブルックの町の間の中間地点に

 しようと思って居ます」

「へぇ、そうなんだ」

と、会話をしている2人だが、雫は

ブルックの町、と言う単語が分からなかった。

 

「ねぇ2人とも。ブルックの町って何?」

「あぁ、えっとね。あそこは私達がシア

 ちゃんと出会った後に初めて立ち寄った

 町なの」

「規模は大きくありませんが、そこそこ

 治安の良い町です。加えて、そこで

 ギルドの受付をしている女性と

 面識がありまして」

「へ~。でも、それだけで?」

「いえ。本音を言えば、そこにいる

 女性、キャサリンさんを頼って、と

 言っても良いかもしれません。

 何せ、今各地にあるギルドのギルマス

 の、およそ半数が彼女の教え子だった

 そうです」

「え?それ、凄くない?」

「えぇ。加えて、彼女は以前中央のギルド

 で働いていた経験もあります。

 言わば、トップの人間だったのです。

 彼女の影響力はとてつもない物です。

 そして、彼女の影響かブルックの町

 のギルドもしっかりした物でした。

 加えて、あの町は他と比較しても亜人

 に寛容な町でした。だからこそ、

 真っ先にアルファシティと繋がる

 に相応しい町だと考えたのです」

 

「繋がる?ってどう言う意味?」

「まず、アルファシティ設立の目的ですが、

 ここで行うのは我々の、つまり現代

 社会の技術を学ぶ、言わば『学園都市』

 を作る事が一つ」

そう言って人差し指を立てる司。

 

「次に、人と亜人が暮す多種族共生

 都市としての目的。この二つが 

 主な目的です」

「うん。あの時長老さん達の前で

 そう言ってたよね?」

「えぇ。そして、学園都市のその先に

 ある目的は、『技術の波及』です」

「技術の、波及?」

「はい。……学園都市で学んだ事が

 世界に広まる事で、この世界の

 生活水準を引き上げるのです。

 例えば地方での上下水道の完備。

 物資の物流強化。各都市を繋ぐ 

 道路の完備。情報伝達速度の向上。

 即ち、技術や経済の発展です。

 特に、医療などの発展は急ぐべき

 でしょう。この世界における医療は

 基本魔法がベースとなっていますが、

 誰しもが使える訳ではない魔法が

 一手に医療を担うのは危険です。

 使える者がいなければ、助からない命

 もありますから」

「な、成程」

 

「アルファシティは、そう言った新しい

 技術を学び、世界中に広めていく

 職人を育成する場でもあります。

 そして技術が普遍的な物となって

 広まれば、世界規模での経済活動の

 活性化。技術革新などにも繋がります。

 そしてだからこそ、シティは閉鎖的な

 環境ではダメなのです。そこで、

 亜人にも比較的寛容で、かつ我々が

 信頼出来る人物がいる町とシティを

 繋ぐ必要があるのです。外とシティを

 繋ぐために」

「それが、ブルックの町?」

「はい。午後も昼食を取って少し休憩

 した後、すぐに予定地の下見と、ブルック

 の町へと行きキャサリンさんに色々

 話す予定です」

「司、結構忙しそうだけど、大丈夫

 なの?過労とかは……」

「ご心配には及びませんよ、雫。

 私なら、最低10分でも眠ればそれで

 疲労回復が出来ますし、それに、

 この程度で疲れたと音を上げる程の

 肉体は持ち合わせていませんから。

 それに……」

「そ、それに?」

 

「世界を変えると言うのなら、この程度

 で疲れたなどと言ってられませんよ。

 加えて、フェアベルゲンとハルツィナ・

 ベースの道路を通す作業に加え、更に

 ここから樹海の外に繋がる道路の

 建設作業も控えていますから。

 やる事は山積みですから」

そう言って小さく笑う司に、雫は

心をときめかせた。

 

やがて、軽い昼食を済ませると、司は、

今度はルフェアとティオだけを伴って

基地を出てブルックの町の方角へと

オスプレイMK2で飛び立った。

 

飛び立っていくオスプレイを、食堂の窓

から見上げる雫と香織。

 

「本当に、変わったわね。司」

「うん」

2人は食後のお茶を飲みながら今も

食堂でのんびりしていた。

 

そんな中で……。

「それにしても、皮肉ね」

「え?」

不意の雫の言葉に、香織は首をかしげた。

 

「人を心底憎んでいるはずのゴジラが、

 つまり司が、今はこの世界を、人型

 種族を、救うための街を作ろうと

 している。お互い憎悪してばかりの関係を

 変えようとしている。……それって、

 とっても皮肉な事じゃない?」

「それは……。うん。確かに、皮肉かも」

 

やつて、人を憎悪し、人と戦い、人を

殺し、人から憎まれた存在である

ゴジラが、今は人を救うために

動いている。もちろん、それは今の

仲間たちがより良い未来を勝ち取るためで

あり、全人類を救うなどと言う崇高な

目的がある訳ではない。

 

だが、それでも今の司は、結果的に人型

種族のより良い未来のために動いている。

かつて、人を憎悪したゴジラが、である。

彼女達には、それがとても皮肉な事に

思えてしまったのだった。

 

 

 

基地を出発した私達は、まず予定地となる

草原へと向かった。

たどり着いた目的地は、なだらかな丘陵地帯

で、草原が地平線の向こうまで続いていた。

遠くには森林も見える。

「うむ。……ここなら問題ないか」

 

予定地は、都市を建設するのには問題無い

広さだった。念のため地下の土壌汚染などを

調べてみたがこれも無し。

ここで問題無いだろう。

 

そう確認した私はすぐさま基地に通信を

繋ぎ、リリィ王女とカムに報告をした。

ここで、リリィ王女にも報告したのは、

土地を手に入れるに当って彼女の

協力があったからだ。

だだっ広いだけの草原とはいえ、ここは

王国の領土内だ。勝手に都市を建てる訳

にも行かないので、リリィ王女に頼んで

エリヒド王を説得して貰った。

 

と言っても、救国の英雄の頼みなら

お安いご用、と言ってかなりあっさり

土地の権利をいただけた。

これで、都市建設の土地の準備は

整った。

『それでは、陛下』

「あぁ、すぐに第1次作業部隊を派遣し、

 宅地造成を始めてくれ。計画書類は

 既に渡してあったな?」

『はい。既に計画書類はコピーを終えて

 関係各部署に配り終えています』

「よし。ならば出来るだけ早く始めて

 くれ。急かすようですまないが、

 頼むぞ」

『はっ!陛下の命のままに!』

 

そう言うと、カムは通信を切った。

そしてその後、私達はキャサリンさんに

このことを話すためにバジリスクで

ブルックの町へと向かった。

 

その道中。

「やはり、我が偉大なるマスターは、

 世界を治める器に相応しいお方でした」

急にティオがそんな事を言い出した。

「どうしたティオ?何故今、そんな

 事を?」

「大した意味はありません。しかし今、

 マスターは世界を変えようと動かれて

 おられます。その傍には、妾を始め、

 姫やハジメ殿が控え、支え。更に

 その下にはカム殿たち、即ち

 Gフォースが存在し、マスターの

 家臣として戦っております。

 その皆が精強なる力の持ち主であると

 同時に、太陽のように眩しい魂を

 持っておられます。

 そして、そのような精強な者達を

 束ねるマスターは、正しく世界を

 収めるにたる王の器」

と、ティオはうっとりとした表情で

私を褒め称えた。

 

「王、か。私が世界を統治する理由は無い。

 王などに興味は無い。私の願いは、

 ハジメやルフェア、香織やユエ、シア、

 ティオ。これまで出会った人々と共に、

 平和に暮すことが出来れば良いのだ」

そうだ。それが今の私の願いだ。

それ以上の事など望んでは居ない。

 

「そうですか。しかし、マスターは

 間違い無く王の器であると、妾は

 確信しております」

「そうか。まぁ、褒め言葉と受け取って

 おく。……それより、見えたぞ」

私の視線の先に見える町、ブルック。

……この町にやってくるのも、久しぶりだ。

 

そして、町の外でバジリスクを止め、私は

2人を伴ってあの日と変わらない門で、

あの日と同じ門番の青年にステータス

プレートを出して中へと入れて貰った。

 

とはいえ、変わった事もあるにはあった。

「ッ、おい、見ろよ」

「あぁ、あいつだろ?」

何やら私を見るなりヒソヒソと話す連中が

大勢居る。

何だ?と思って聴覚を強化して聞き耳を立てる。

 

「聞いたか?王都に攻め込んだ魔人族を

 撃退したっていうG・フリートの事。

 あのコートの男がその指揮官らしい」

「噂じゃ、人の姿をした神様だって

 聞いたぜ?何でも、死者を生き返らせた

 とか」

「それを言ったら、数万の魔物に襲われた

 ウルの町を、アイツとその仲間。更に

 部下を呼び寄せて撃退したって話もあるぜ」

 

どうやら私とG・フリート、Gフォースの

事を話しているらしい。……順調に私達の

力について話が広がっているようだ。

これは良い傾向だな。

更に道中……。

 

「「「「お久しぶりですっ!師範!」」」」

不意に私達の前に飛び出してきた人影たち。

それを見た瞬間、ティオはキョトンとし、

ルフェアは苦笑。私はため息をついた。

 

「マスター?この人達は?」

状況が理解出来ないティオが私に問いかけてくる。

「彼は、まぁその、なんだ。……実は

 私達がこの町に滞在していた時、

 ハジメを相手にスパーリングを

 していたのだが、そこを見られてな。

 私やハジメに弟子入りしてきた、

 と言う訳だ」

「弟子入り、ですか?」

「と言っても、教えた事などたかが

 しれている。相手に胸ぐらを掴まれた

 時、返す方法や、簡単に相手を倒す

 方法などをな。もっぱら護身術講座

 だったが……。それでもこれだ」

 

「師範!師範に教えて貰った技、

 酒場で絡まれた時に使ったら本当に

 出来ました!」

「私も、変な男に絡まれた時、師範の

 おかげで自分の身を守る事が

 出来ました!ありがとうございます!」

 

何とまぁ、師範として慕われている。

ここを出てから既に数ヶ月は経っている

はずだが……。

「まぁ、そうか。私の教えた技術が

 役に立っているのなら何よりだ。

 それより、私達は用があるので、

 失礼させて貰う」

 

「「「「「はいっ!また、ご指導ご鞭撻の程、

   よろしくお願いします!」」」」」

……おい待て。何故また教える事に

なっているのだ。

 

と、内心思いながらも口に出すと面倒

な事になりそうだったので、私は

ため息だけつくと歩き出した。

 

そして、私達はギルドにたどり着いた。

「ようこそギルドへ。って、あら?

 おやまぁ懐かしい顔だこと」

入り口から入ると、受付カウンター

には、キャサリンさんの姿があった。

相も変わらず壮健な様子で安心した。

「お久しぶりです、キャサリンさん」

「あぁ、久しぶりだねぇ。……にしても、

 もう1人の優男や、他の女の子達は

 どうしたい?姿が見えないけど」

「彼等は無事ですよ。今は別行動中です」

「へ~そうかい。……にしても」

そう言って、キャサリンさんはティオに

目を向けたい。

「なんだい、アンタも嫁さんの他に

 女手込めにしたのかい?こんな可愛い

嫁さんがいるのに、罪な男だね~全く」

 

彼女の言葉に、傍の食事処にいた男の

冒険者達の、私を見る目が嫉妬を

帯び始める。

ちなみにルフェアはキャサリンさんの

言葉で顔を真っ赤にしている。

 

「それを言うなら、3人も美女を

 侍らせていたその優男、ハジメは

 どうなるんです?」

「あはははっ!確かに、あの坊やの

 方がよっぽど大罪人だねぇ!

 人間、見た目じゃ分からないもん

 だねぇ!」

そう言って笑うキャサリンさん。

 

 

ちなみに、この時基地で射撃訓練を

していたハジメが、盛大なくしゃみを

したのを、後で香織達から聞いた。

 

 

「さて、では世間話はこれくらいにして」

私がそう言うと、キャサリンさんも私の

雰囲気が変わったのを理解したのだろう。

真剣な眼差しだ。

 

「キャサリンさんと、出来れば町長さんに

 重要なお話がありまして」

「へ~。……にしても、ただのギルドの

 受付嬢のアタシに?」

「……フューレンでギルド支部長を

 しているイルワ・チャング氏に

 聞きました。かつて、ギルド本部の

 ギルドマスターの、秘書長を

 していた事を」

「へ~。それで?」

キャサリンさんは試すように私を

見ている。その眼光の鋭さは、

ただ年を食っただけでは出せない。

それ相応の力や経験を持つ物の

鋭さだ。

 

「現状、私達はある事を進めています。

 そのある事に協力して欲しいのです。

 この、ブルックの町に」

「成程ねぇ。そのある事については

 後で詳しく聞くとして、何故この

 町なんだい?」

「理由は3つ。一つはこの町が他の

 町や都市と比べて亜人に寛容である事。

 二つ目は、このブルックの町は亜人の

 生存圏である樹海から他の都市と

 比べて近い事。そして、3つ目は、

 貴方です、キャサリンさん」

「おや?アタシかい?」

 

「えぇ。私が今、この場で最も信頼出来る

 ギルド職員は誰か、と聞かれれば、 

 恐らく真っ先にキャサリンさん。貴方の

 名前を挙げるでしょう」

「へ~。それは光栄だねぇ」

「だからこそ、私は貴方に協力を頼みに

 来た次第です」

 

そう言うと、私とキャサリンさんはしばし

無言で視線を交わす。

やがて……。

 

「それで、アンタ何がしたいんだい?」

静かに私に問いかけるキャサリンさん。

「そうですね。簡単に言うのであれば、

 今のこの、3種族が互いを憎み 

 殺し合い世界を破壊し、多種族が

 平等に、互いを尊重し合い生きている

 世界を作る。そのための下準備を

 始める所です」

「はい?」

 

私の言葉に、キャサリンさんはパチクリ

と目を瞬かせた。

やがて……。

「そいつは、本当なのかい?ここまで、

 長く争いが続いた。それを、アンタは

 本気で終わらせる、と?」

 

「……近く、私や私の仲間は、この

 世界で3種族の対立を煽る悪意の

 元凶と戦うでしょう」

「……」

キャサリンさんは、黙ったまま私の話

を聞いている。

 

「そしてそれに勝利したとしても、

 煽られ蓄積された憎しみは、そう

 簡単に消える物ではありません。

 仮に、その煽る元凶が無くなったと

 しても、彼等の対立は今後、数十、

 もしくは数百年続くでしょう。

 幸い、今の私には、繋がりがある」

「繋がり?」

 

「はい。今の私には、亜人族の国、

 フェアベルゲンに対する影響力と、

 人の国、ハイリヒ王国、アンカジ

 公国に対する影響力があります」

「……おやまぁ、いつの間にか、とんでも

 無い奴になっちまったねぇ、お前さん」

「えぇ。……そして、だからこそそれを

 生かして、今と言う世界を破壊し、

 新しい世界を作るのです」

 

「……。アンタ、下準備がどうとか

 言ってたねぇ。何をする気だい?」

「……今、この世界で必要なのは、

 互いの種族に対する理解です。

 身体的な特徴と能力を抜きに

 すれば、彼等は同じ言葉を話し、

 同じように生きている。自分達に

 そんなに変わらない存在だと、

 人々に教えるのです。

 ……そのために、ブルックの町と

 樹海の中間となる地点に、新しい

 都市を造ります」

「はぁ?都市だって?」

「えぇ。……多種多様な種族が、

 法律というルールの下、平等に

 暮す都市。そこでは貴族も奴隷も

 関係無く、皆が等しく1人の人と

 して様々な事を学び、生活する

 チャンスが与えられるのです。

 それが、私が目指すこの世界の

 平和への第一歩。始まりの都市、

 『アルファシティ』です」

 

「それが、アンタのやろうとしている

 事なのかい?」

「えぇ」

「本気で、戦いを終わらせる気かい?」

「……戦いが終わらなければ、私の

 仲間も、そして、この世界で暮す

 人々も、本当の平和には

 たどり着けない。……誰かが、

 終わらせるために尽力するしか

 無いのです」

「それが、アンタだと?」

「……これは私情ですが、私は、私の

 仲間や友人、大切な人が平和に

 暮らせればそれで良いのです。

 ですが、中途半端はしません。 

 未完成の平和では、いずれ崩れ去る。

 だからこそ、本当の平和を目指す

 のです」

「はは、仲間のために世界平和ねぇ。

 くくっ、何かやるとは思ってたけど、

 とんでもない事言い出したもん

 だねぇ、この坊やは」

 

そう言って、キャサリンさんは私の目を

真っ直ぐ見せる。私も、彼女と視線を

交差させ、外さない。

 

やがて……。

「良いだろう」

「ッ」

彼女は頷いた。

「賭けてやろうじゃないの。アンタの

 言う、本当の平和への計画って

 奴に」

「キャサリンさん。……ありがとう

 ございます」

 

俺が右手を差し出すと、キャサリンさん

も手を出し握手を交わした。

 

 

この時、ティオは後ろで司の背中を

見つめていた。

『多くの人を惹きつけ、世界のあり方を

 変えようとするマスターは、やはり

 妾がお仕えするにたる、立派なお人じゃ。

 ……じゃが』

彼女にとって、司は太陽だ。それほど

までに眩しい存在だったのだ。

しかし同時に、彼女は考えてしまう。

自らの心の奥底に眠る『復讐心』が、

平和へと歩んでいこうとする司の

やり方に、少なからず反発していた事に。

 

『妾は、妾は……』

 

そして、彼女は深く考え込んでしまうのだった。

 

 

その後、キャサリンさんの協力もあって

町長の説得は驚くべき程簡単に行った。

 

まぁ、実際には、こことアルファシティ

を繋ぐメリットとして、樹海と大峡谷の

魔物の素材が流れて来やすい事。

アルファシティの名前が広がれば、中継地

としてウルの町に人が集まる事。

アルファシティを中心にインフラ整備が

始まれば、真っ先にウルの町がその

恩恵を受けられる位置にある事。更に、

この話を受けてくれれば、Gフォースから

優先的に物資を融通する事や、非常時に

町へ優先的に人員を回す事などを

約束した。とまぁ、とにかく

色々なメリットを前面に押し出したおかげ

かもしれないが……。

あと、今回はティオも活躍した。

 

彼女は、私が王都やアンカジ公国で起した

奇跡を語り、魔人族との戦争が本格的に

なってきた今、世界最強の軍隊である

Gフォースと、その上に位置する

G・フリートとその庇護を受けられる事の

重要性などを話し、彼の説得に協力

して貰った。

 

ともかく、彼等のOKを取り付ける事が

出来たのは僥倖だった。

 

今後、ブルックの町は人族のアルファシティ

移住への窓口のような存在になる。

逆に、アルファシティからブルックの町を

経由して様々な物資を各地へと運搬する

ハブとしても使えるだろう。

 

アルファシティに関しては、今後シティが

出来る旨を伝えるポスターを町やギルド

の掲示板に貼って貰った。これに興味を

持った者達への説明は、キャサリンさんが

申し出てくれた。

本当に、彼女には頭が上がらない。

 

しかし、これでアルファシティが完成した

際の、移住への窓口が出来た。

亜人族はフェアベルゲンから。

人族はブルックの町から。

それぞれ流れてくるだろう。

 

次は、都市の建造だが、こちらは時間が

かかる。それにもう日暮れだ。

私達は、私の転移ゲートで一気に

ハルツィナ・ベースへと戻った。

 

「ただいま戻りました」

食堂へ行くと、多くのハウリア兵、

天之河たち、ハジメ達が集まっていた。

「あっ、お帰り司。どうだった?」

「無事、ブルックの町の町長と

 キャサリンさんの協力を取り付けて

 来ました。これで、アルファシティ

 が完成した時、ブルックの町から

 ある程度人族が流れてくるでしょう」

「そっか。じゃあ次は都市造りだね」

「えぇ。計画は、次の段階に移行です」

 

と、その時。

「やはり、マスターは王に相応しい器の

 持ち主じゃな」

「ごもっともですな、ティオ殿」

まだ先ほどのような事を言っている

ティオにカムやハウリア兵たちが

うんうんと頷いている。

 

彼等の反応に私は内心苦笑していたが、

ふと、以前ティオに何か褒美を、と考えて

そのままになっていた事を思いだした。

ティオには、これまで色々世話になって

いる。私と彼女の関係が、主と従者ならば、

何か褒美の一つでも取らせるべきであろう。

 

「ティオ」

「はい、何でしょうマスター」

「これまで、共に旅をし、よく戦って

 くれた。そこで、褒美を取らせようと思う」

そう言うと、周囲の者達がざわめく。

「褒美、ですか?」

 

「そうだ。ティオ、お前は、何を望む?

 以前から言っていた力か?」

「……」

私の問いかけに、ティオは無言で俯き、

しばし何かを考えていた様子だ。

 

「以前、大火山で話したと思うが、私の

 力、権能を他者に与える事は可能だ。

 私の血肉を喰らい、糧とする事で、

 お前は私の眷属となり、そして生命を

 超越した力を手にする事が出来る」

私の言葉に、それを知らなかった天之河や

カム達が驚愕の表情を浮かべている。

 

やがて……。

「……以前の妾ならば、恐らく二つ返事

 でマスターのお力を欲したでしょう」

ティオは、静かにその場で膝を突き、

俯いたまま語り始めた。

「ですが、今の妾は、悩んでおります」

「悩む、とは?」

 

「……マスター。妾は、大いなる不敬を、 

 マスターに働いていた事を、ここに

 告白し、同時に謝罪したくおもいます」

「えっ!?」

ティオの言葉に、近くにいたルフェアが

驚いたように声を上げる。

 

私はただ、黙ったまま彼女の告白を聞く

事にした。

「……我ら竜人族は、遙か昔、大勢の

 者達をその庇護下に置き、共に歩んで

 いました。正義と道徳を是とし、邪悪に

 立ち向かい、弱き者たちを守る。

 我らの収める国の民や、周囲の国々の

 者達からも、真の王族とまで言われた、

 我ら竜人族。……しかし、ある日を 

 境に広まった、竜人族は魔物という

 噂が元となり、我ら竜人族は、迫害を、

 受けたのです」

そう語るティオの体は震えていた。

 

「そして、妾たちは裏切られ、大勢の者が

 殺されたのです。妾の友も、両親も、

 全てっ!うっ、うぅっ」

やがて、彼女は堪えきれなくなった嗚咽を

漏らす。それを見て、ルフェアが涙を

流しながら彼女を優しく抱きしめた。

 

信じていた者たちからの裏切り。それは、

饒舌に尽くしがたい痛みであろう。

そんな裏切りの中で多くを失えば、

尚更だ。

 

もし、私が、仮にだが、ハジメ達からの

裏切りに合えば、絶望し、今度こそ

ゴジラの本能の赴くままに、全てを

破壊するだろう。

 

「ティオ」

やがて、彼女の嗚咽が小さくなる頃を

見計らって私が声を掛ける。

 

「お前が、私に近づいた理由は、やはり力か」

「はい。……マスターほどの力を見て、

 学び、会得出来れば、もう、誰にも

 負けぬと、二度と、あんな事には

 ならない。今度こそ、残された部族を

 守り、そして、裏切りの黒幕に勝てる

 と、思ったのが、はじまりです。

 加えて、マスター達ほどの力があれば、

 黒幕の注意も引ける。いずれ、奴とも

 相まみえるだろう、とも」

「そうか」

 

要は、黒幕であるエヒトと戦える程の

力を手に入れる事と、万が一奴と戦いに

なった時、私とエヒトが戦う事も、想定

していたのだ。

 

「妾は、愚かにも過去の報復のために、

 マスター達を、利用しようと、考えていた

 のです」

ティオは震える口で真実をつむいでいく。

そして……。

「本当に、申し訳ありませんでした」

 

彼女は、そのまま床に頭を擦りつけた。

土下座だ。

その姿に、皆が戸惑う。そんな中で、

私は……。

 

「頭を上げろティオ。謝罪もいらない」

そう言って、彼女の前で膝を突き、その

体を起す。

 

「私も、同じだティオ。人間のエゴによって

 ゴジラとなり、人を大勢殺してきた。

 私は復讐者だったのだ。……感情があるから、

 我々は誰かを愛し、そして感情があるから、

 我々は敵を憎む。そして、その憎しみが

 報復を呼び覚ます。誰にも、ティオの

 誰かを憎しみを否定する権利などない。

 ……それに、利用といっていたが、

 ティオのおかげで我々も助けられてきた

 身だ。Win-Winの関係だったと思えば、

 納得も出来よう」

そう言って私は微笑みを浮かべる。

「マスター」

 

「それに、ティオは始まりに、以前の、と

 言っていたな?それはつまり、今は

 違うと言う事であろう?」

と言うと、私の言葉に周囲の者達が

ハッとなった。

 

「どうなのだ?ティオ」

「……確かに、以前の妾ならば、我ら竜人族

 を裏切った人間や亜人達。そして黒幕への

 報復心から、力を求めたでしょう。

 でも、今は違います。マスターと出会い、

 ハジメ殿やシア殿たちに出会う事で、

 人や亜人のあり方を知る事が出来ました。

 そして、今は強く思うのです。 

 エヒトを倒し、今度こそ、種族など

 関係無く、誰しもが平等に生きられる

 世界を作りたい、と」

 

彼女には、その決意があった。彼女の

瞳の中で、決意の炎が揺れていた。

「そうか」

私は静かに頷くだけだ。

 

「ですが、これまでマスター達を

 利用してきた妾に、マスターから

 お力を賜る資格など」

「それは違うぞ、ティオ」

 

私は俯く彼女の言葉を否定した。

「ティオ。お前は今、私や皆の前で

 真実を語った。罰せられる事も、

 覚悟していたのであろう?」

「はい。その覚悟も、既に」

「それを承知の上で話をすると言う

 のは、相応の覚悟が必要であったと 

 私は思う。……そして、その覚悟で

 話した理由は、謝罪だけではなかろう?」

 

「はい。……出来る事なら、妾は、まだ、

 皆と、マスターと共に、歩んで

 行きたかったのです」

彼女は涙ながらに語った。

 

恐らく、私が平和路線を唱えた事で、

かつての多種多様な人々が共存していた

竜人族が収めていた国の事を思いだし、

それがきっかけとなって、心の中の

後ろ暗い復讐心などが、再び燃え上がった

のかもしれないな。先ほど彼女が口に

した、利用しようとした、と言う考えも

また、彼女の無意識の内だったのかも

しれぬ。だが彼女は、そんな想いを胸に

秘めたまま、私達と一緒に居る事が

耐えられなくなったのだろう。

正義と道徳を重んじる彼女だからこそ、

偽り続ける事は、出来なかったのかも

しれない。

 

それを今、ここで吐き出した、と言う訳だ。

 

全く。私は素晴らしい忠臣に恵まれたものだ。

黙っていれば別に良かった物を。

私自身、今更その程度でティオをどうこう

しようなどとは思って居ない。

 

だからこそ……。

 

「面を上げよ、ティオ」

「は、はい」

再び視線を上げたティオ。私はそんな

彼女の顔を、ハンカチで優しく拭う。

 

「ティオ、お前に聞きたい。お前は、

 今でも私の家臣か?」

「はい。マスターが、お許しになるので

 あれば」

「もう一つ。お前の今の夢はなんだ?

 ティオ」

 

「妾の、夢は。今の、夢は……。

 マスター達の傍で共に戦い、そして、

 今度こそ、皆が平和に暮らせる世界を、

 作りたい。最後まで、竜人族の矜持を

守り死んでいった、両親のためにも。

エヒトの策略で命を落とした、友や

仲間たちのためにも。

そう、願っております」

 

「そうか」

……これほど高潔なる魂の持ち主は、

そうは居ない。

 

なればこそ……。

 

「ならばティオ・クラルスよ。私は

 今一度貴様に問う。私達と共に生き、

 エヒトと戦う覚悟はあるのか?」

「はい」

ティオは、迷う事無く頷いた。

 

「そうか。……であれば、私はお前に

 力を授けよう。お前の同胞達を守り、

 神にも挑み、勝ち得る力を与えよう。

 ……これからも私達と共に

 戦ってくれ、ティオ」

 

その言葉に、ティオは瞳に涙を

浮かべる。

 

「御意。マイマスター」

そして彼女は、震える声で頷く。

 

「ティオ、能力の譲渡は、私の血肉を

 取り込む事で行われる。その過程で、

 激痛に襲われるであろう。

 それでも、構わないか?」

「はい。大いなるマスターのお力を

 分け与えて頂けるのなら」

彼女の頷きを合図に、私は自分の右手の

親指の、付け根辺りの肉を食いちぎった。

それに天之河たちが驚く。

 

「ティオ」

「はい。マイマスター」

私は、驚く彼等を無視して、静かに瞳を

閉じたティオに、口づけをした。

 

そして同時に、私の血肉を彼女の中へと

流し込んだ。ティオは、それをそのまま

飲み込んだ。

 

私は抱き寄せていたティオの体を離す。

すると……。

 

『ドグンッ!!!』

「あぐっ!?!?」

大きな鼓動が聞こえたかと思うと、ティオ

の表情が歪み、両手で胸の辺りを

抑えている。

「これ、がぁっ!」

『ドグンッ!!!』

「あっ!がぁっ!」

 

彼女は全身を走る激痛に耐えかね、その場

で四つん這いになった。

『ドグンッ!ドグンッ!!!』

彼女の中で、私の血肉を取り込んだ肉体が

急激な進化をしている。その結果、

激痛が彼女の体を蝕んでいるのだ。

 

「お、おい新生!何をしている!

 このままじゃクラルスさんがっ!」

「黙っていろっ!」

喚き出す天之河を私が一喝する。

「余計な真似はするな!今のティオは、

 神化している所だ!余計な干渉は

 神化を不完全な物にする!」

 

誰もが、苦しむティオを助ける事が

出来ない。彼女が進化するには、この

痛みに耐えるしかないのだ。

と、その時。

 

「耐えて、見せるのじゃ!」

ティオが、ふらふらの足で立ち上がった。

『ドグンッ!!』

「ぐぅっ!?妾は、妾は……!」

『ドグンッ!』

「っぐっ!?マスターの、傍にっ!

 居たいっ!!マスターと、一緒にっ!!!」

 

そう叫んだ次の瞬間。

『カァァァァァァァァァッ!!!!』

 

ティオの体が青白い光に包まれた。

「これって……!」

余りの光量にハジメ達が目を背ける。

と、その時、ティオの髪色に変化が

現れた。

 

艶やかだった黒髪の毛先の一部が紫色

に変色したのだ。

次第に青白い光が弱くなっていく。

恐らく進化が終了したのだろう。

 

やがて、静かに開かれたティオの瞳。

しかしそれはこれまでの金色のそれと

違い、紫色の瞳へと変化していた。

 

やがて、青白い光が完全に霧散し、

ティオは毛先と瞳の色が変化した事以外、

変わっていなかった。

だが……。

 

「こ、これが、進化されたティオ殿

 なのか」

どうやら、ティオは体内からオーラや

力が溢れ出している様子で、見えずとも

体で感じる程のエネルギーがオーラと

なって、彼女の中から溢れ出していた。

 

ティオは、目を丸くしながら自分を

見つめている。

 

「どうだティオ。『神化』した気分は」

「ま、マスター。……正直、驚いて

 います。驚きで、まだ力のコントロール

 が、上手く」

そう言って、ティオは体を光らせたり

している。どうやらこれまでとは比較に

ならないエネルギー量に、制御が

追いついて居ないようだ。

 

「落ち着け。深呼吸だ」

「は、はい」

私の指示に従って深呼吸を繰り返すティオ。

 

やがて、体から発せられていた光と

エネルギーの波が落ち着いた。

 

「気分はどうだ?ティオ」

「は、はい。何というか、体は自分

 なのに、自分じゃないと言うか。

 ……不思議な感覚です」

「そうか。ともあれ、ティオ。

 お前は今日、神化した。今の

 お前は、この世界で最も『私に

 近い存在』となった」

「ッ、妾が?」

 

「そうだ。……そして、ティオ。

 お前に改めて問いたい。私は

 先ほどのお前の謝罪など気にして

 いない。誰しも思惑の一つや二つ

 持っている物だ。故に、ティオの

 私を利用しようとした云々は、

 一切不問にするつもりだ。

 これについて、ハジメ達の意見も

 聞いておきたいのですが?」

そう言って、私は彼等の方に話題を

振った。

 

帰ってきた彼等の答えは……。

「そうだね。司の言うとおり、誰しも

 心がある。だから誰かを憎く思ったり

 もする。それに、別に利用されてた

 なんてこれっぽっちも思ってないし。

 僕も異議なし」

「うん。私も。これからも、一緒に

 旅をしよ。ティオさん」

「悪いのは、あのクソ神。ティオも

 被害者。それに、私も気にしてない」

「そうですぅ!それに、ティオさんだって

 土下座までして謝ってくれたんですから、

 もう気にしてないですよ!」

ハジメ、香織、ユエ、シアは皆、ティオ

を許すそうだ。

そして、最後は……。

 

「ティオお姉ちゃん」

「姫」

「私も、お姉ちゃんの事、気にしてないよ。 

 でももし、お姉ちゃんがその事を

 気にしてるのなら、今から私が言うことを

 ちゃんと実行する事」

「そ、それは一体?」

 

「私からの命令はただ一つだけ。

 今日からお姉ちゃんはお兄ちゃんの

 眷属になった。だからこそ、お兄ちゃん

 の眷属として、お兄ちゃんを、そして

 私達という仲間を、全力で支え、

 守り抜く事。これが私からの、

 たった一つの命令。どう、出来る?

 まぁ気にしてないなら別に良いん

 だけど」

と、呟くルフェアにティオは……。

 

彼女はその場に膝を突いた。

 

「不肖、ティオ・クラルス。本日を

 持って我が主の眷属として、改めて

 姫を、そしてハジメ殿達仲間を

 守り抜くために、全力で戦う所存で

 あります」

「うん。よろしくね、ティオお姉ちゃん」

 

こうして、ルフェアはティオに罰を与えた。

だがこれで良かったのかもしれない。

ただ許すだけが全てではない。時には

罰も必要なのだ。ティオが、折り合いを

付ける意味でも。

 

さて、と。

 

「ティオ」

「はい。マイロード」

ん?何やら、ティオの呼び方が変化しているが……。

 

「ロード、とは?」

「はっ。妾は今を持ってマイロードの眷属。

 即ち貴方の僕です。であればこそ、それは

 もはやマスターと仰ぐだけではいけないと

 思い、ロード、君主と呼ばせていただこうかと」

な、成程。まぁ良い。

「分かった。好きに呼べば良い。……では、

 改めて。お前は、既に竜人族という

 枠組みの外にいる。私の血肉を得て

 神化したお前は、既に神の一歩手前だ」

「はい」

 

「そこで、神化したお前に、私から一つの

 『二つ名』を送る」

「二つ名、ですか?」

 

「そうだ。……今のティオ、お前は、

 『神』の力を持った『黒』き『龍』

 だ。だからこそ、お前は、今日から

 こう名乗るが良い」

 

「『黒神龍』、と」

 

「黒神龍。黒き神の龍」

ティオは、驚いた様子で、目を見開き

私を見上げている。

しかし、付けておいてあれだが、些か

中二病の臭いがするな。

「……不服か?」

念のためティオに問いかけてみるが……。

 

「いえ」

彼女は笑顔でそう言った。

そして……。

 

「マイロード。改めて、この場で宣誓を

 行わせて下さい」

「うむ。許す」

 

「はっ。……では、我が名はティオ・

 クラルス。偉大なるロード、新生

 司様の眷属。我は主の剣となりて

 卑しき神とその僕を討ち払い、

 主の盾となりて皆を守る為に

 戦う事を、ここに誓います。

 ……そして」

 

ティオは、立ち上がり、私の前で

もう一度膝と手を床に付けた。

「我が生涯の全てを賭けて、貴方様の

 お側に仕え、支え、共に戦う事を、

 どうか改めて、お許し下さい」

その言葉に、私は……。

 

「許す」

そう言って彼女の肩に手を置いた。

「これまで、よく仕えてくれた。

 そしてこれからも、共に戦うぞ。

 『黒神龍ティオ・クラルス』」

「仰せのままに」

 

そう言って、ティオは私を見上げ……。

「マイロード」

 

目尻に涙を浮かべながらも、笑みを

浮かべ頷くのだった。

 

こうして、私は、始めて眷属を作った。

それは、私を主と仰いだ黒き竜だった。

そして彼女は今日から黒き神の龍。

『黒神龍』となったのだった。

 

 

こうして、世界は変わっていく。かつて

人に恐れられた破壊神は、その輪を

広げながら、今ある世界を『破壊』し、

新たな世界を『創造』するために、

動き出したのだった。

 

      第76話 END

 




え~って事で、ティオはこの作品内で、3番目か4番目くらいの強さを
身につけました。
う~ん、ちょっとやっちゃった感がありますが、何卒
ご了承下さい。

感想や評価、お待ちしています。


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第77話 動き出す計画

今回はオリジナルです。シュネー雪原にはまだ行かず、ちょっと寄り道する感じです。


~~~前回のあらすじ~~~

大迷宮攻略を終えた司たち。そして司は

ハルツィナベースへ戻ると、多種族共生都市

であるアルファシティ建設に向けて

動き出した。候補地の下見やウルの町での

キャサリンとの再会と話し合いなどが

行われる中、ティオは司から褒美を与え

られる事になった。しかし彼女はそんな

司の前で、自分の中にあった、復讐の為に

司たちを利用しようとしていた、と言う

僅かな、しかし後ろ暗い思いを告白する。

しかし、それを受け入れた司たちの思い

もあって、彼女はゴジラたる司から

血肉を分け与えられ神化。

司の正式な眷属になったのだった。

 

 

ティオに私の血肉を与え、ティオが

黒神龍に神化してから約1時間後。

 

今、私やハジメ達。カム達。勇者達と

リリィ王女は基地の一角にある

滑走路の上に立っていた。そして私達の

見つめる先では、深呼吸をしているティオ

の姿があった。

 

「ロード、では……」

「あぁ。見せてくれティオ。神化した

 お前の新しい、龍神としての姿を」

「マイロードの御心のままに」

 

彼女がそう言った直後。ティオの体が

黒い光に包まれ、やがてその光が膨張

するように巨大化していき、一つの形と

なった。そして……。

 

『ズズンッ』と音を立ててその巨体が

滑走路の上に立った。

 

「あ、あれが、ティオ、さん?」

その巨体を見上げて驚いているハジメ。

その隣で香織達も驚きから開いた口が

塞がらない様子だ。

誰もが、龍神となったティオを見上げて

いた。

 

 

背中で揺れる左右4対。合計8枚の漆黒の翼。

 

ゴジラ第4形態のそれと比べて、スラリと

しながらもその巨体を支える巨大な足。

 

光を受けて輝く、鋭い爪を持った巨大な腕。

 

頭頂部で後ろに向かって生える2本の角。

 

腰元から伸びる巨大な漆黒の尻尾。

 

そして背中に生えた1列の、白い背鰭。

 

もし今の彼女を、私達の世界の伝説の動物に

例えるのなら、龍としてのバハムートと

言った所だろう。

 

その巨体は優に30メートルを超える。

まだまだ第4形態の私には及ばないが、

この世界では巨大な部類だろう。

以前のティオの竜の姿と比べても、

見違える程神々しくなっている。

 

そして肝心のティオ(龍神フォーム)は

自分の手をマジマジと見つめている。

私は空中に巨大な鏡を創り出して

ティオの前に設置した。

 

「ティオ、それがお前の新しい姿だ」

『こ、これが、妾?』

改めて自分の変化に戸惑っているのか、

彼女は驚きながら体のあちこちを

見回し、巨大な手で触っている。

そして以前の竜の姿のように今は

テレパスのようなもので私達と会話

している。

 

「先ほども言ったように、今のティオは

 私の血肉を取り込んだ事で神となった。

 つまり神化したのだ。加えて私の因子

 を取り込んだ事で、より私に近づいた

 と言う事だろう。背中の背鰭がその

 尤もたる所だ」

『妾が、マイロードに?』

「そうだ。私の因子を取り込み、融合を

 果たしたティオは、言わば半分ゴジラ

 と言っても差し支えない。

 そして、今のティオの姿はティオ自身

 が持つ龍の因子と私のゴジラとしての

 因子が混じり合い生まれた。

 と言う事だろう」

 

「じゃあ、もしかして新生君の事を

 食べたら皆、神様みたいになれるの?」

その時、後ろに居た谷口から呟きが

漏れ、皆がそちらを向く。

「おい鈴。何だってそんな。と言うか

 新生を食べるって」

勇者が谷口を注意している。

「ご、ごめん。言い方は悪いけど、

 でも実際その通り、だよね?」

 

「確かに、表現としては間違っていない。

 だが、単に私の血肉を摂取しただけ

 では、逆に私に喰われる結果となる」

「司に、喰われる?どういうこと?」

「それだけ俺達の体が特別って事さ」

首をかしげる雫に答えたのは蒼司だ。

 

「正確には俺達の体を構成する細胞が、

 って意味だが、知っての通り俺の体は

 元々オリジナルの左腕ぶった切って、

 それをベースに作られた。つまり、俺

 やオリジナルの細胞は、細胞レベルで

 驚異的な増殖スピードを持ち、更に

 周囲のエネルギーや物質を取り込んで

 成長する。俺達の細胞には、元素変換

 を行う力があってな。例えば空気や水

 があれば、自分に必要な栄養や

 エネルギーを生成する事が出来る。

 詰まるところ、俺達はそもそも食事

 すら必要無い。更にその元素変換の際

 に発生する崩壊熱すら自分の力に

 変える」

と、説明する蒼司だが、脳筋の坂上や

あまり理系が得意ではない谷口などは

大量のハテナマークを浮かべていた。

 

それに苦笑する蒼司。

「まぁ、問題はその元素変換能力だ。

 周囲の物質を取り込んで自分のエネルギーに

 しちまう能力は、一歩間違えばありと

 あらゆる物質を取り込む。例えば、

 俺達の血肉を摂取した人間の栄養や、

 臓器とかをな」

「ッ!?」

蒼司の言葉に、勇者の顔色が悪くなる。

「細胞は生きようとして周囲のエネルギーや

 物質、まぁ臓器なんかを無闇やたらに食い

荒らす。結果、取り込んだ生物を内側から

壊すって訳さ」

「お、おい新生ッ!?お前そんな

 危ないものをティオさんに食べさせた

 のか!?」

「安心しろ。それは制御されていない細胞

 を摂取した場合の結果だ。あの時

 与えた細胞は融合に適した物になるよう

 分け与える段階で調整している。

 現にティオは無事神化し、こうなって

 いるだろう」

そう言って私は神々しい姿のティオに

視線を向ける。

 

「詰まるところ、陛下の了承無しには、

 神に至ることは出来ない。と言う訳

 ですな」

龍神フォームのティオを見上げていたカム

が静かに語る。

「そうだ」

 

カムの言葉に頷いた私はそのままティオに

視線を向けた。

 

「どうだティオ。改めて、今の姿の感想は」

『はい。以前の時よりも、何倍にも力が

 増しているのが分かります。今ならば、

 何者にも負けない。そんな自信さえ

 浮かんできます』

「そうか。とは言え、その力は強大だ。

 これまでの感覚で力を使えば、この

 世界を破壊してしまうかもしれない。

 当面は力の感覚を掴むように訓練

 だな」

『分かりました。マイロード』

 

そう言うと、龍神フォームのティオが

黒い光に包まれ、それが縮小して人の

サイズになると、いつも通りの人の姿

をしたティオが現れた。

 

しかし、髪の毛先の色の変化と瞳の虹彩

の色の変化は一時的なものではないらしい。

実際今もそうだ。

 

念のため先ほど、女性陣に協力して

貰ってティオの体にそれ以外の変化が無い

事は確認済みだ。まぁ、見たところ体に

問題は無いので大丈夫そうだろう。

 

しかし……。

「さて、Gフォースの諸君。聞いて欲しい」

私が振り返ってそう言うと、その場に居た

ハウリア兵たちがバッと音がしそうな

勢いで姿勢を正している。

 

「明日からアルファシティの宅地造成。

 更にはその後もインフラ整備や

 建物の建築作業が開始される。 

 しかし、だからといって樹海の防衛を

 疎かには出来ない。帝国は条約で

 不可侵を誓ったとは言え、それ以外

 で亜人を奴隷にしようと狙って来る輩

 が居ないとも限らない。また、

 各地の大迷宮を狙う魔人族の動向も

 警戒しなければならない。皆には

 多忙を強いてしまうかもしれないが、

 よろしく頼む」

「「「「「はっ!陛下の御心のままにっ!!」」」」」

敬礼をしながら叫ぶカム達に、私は

笑みを浮かべていた。

 

だが一方で、皆の後ろで天之河が歯を

食いしばるような表情をしている事に、

一抹の不安を覚えたのだった。

 

 

とは言え、奴に構っている暇は無いし、

奴も私なんかに構われては返って

嫌な気分になるだろうと思って特に

何かをする、と言う事はしなかった。

 

それ以上に、今はアルファシティ建設に

始まる『PW計画』が開始されたばかりだ。

ちなみに、PWとはピースウォーカーの

頭文字を取ったハジメが命名した、私達

による世界平和へ向けた行動の総称だ。

『平和への歩み計画』、何とも優しいハジメ

らしい名前であり、皆もそれを気に入った。

 

と言う訳で、今の我々はそのPW計画を

始めたばかりだ。なので忙しい。だから

天之河に構っている暇は無かったし、

その辺りは幼馴染みの雫や坂上、

谷口辺りがフォローするだろうと私は

思って居た。

 

 

そうして、ティオが神化した翌日から、

早速宅地造成が始まった。

私は現場に赴き、作業に支障が無いかを

確認する。

とは言え、宅地造成だけでも数日はかかる。

その間私はティオの訓練に付き合ったり

ハジメ達とアルファシティでの法律に

ついて話し合っていた。

更に造成作業をしていたのが、ジョーカーを

纏ったハウリア兵やガーディアンであった

為、魔物を使役している魔人族による攻撃

の前準備と勘違いした冒険者と一悶着

あったが、ハジメや香織が上手く宥めて

くれたおかげで問題にはならなかった。

他にはフェアベルゲンやウルの町へ行き、

人々に学びたい技術についての情報や

生活をするのなら絶対に欲しい物を

聞いて回った。

 

そうやってここ数日。私は働き続けた。

今は昼食を取りながらPCで法律の草案を

まとめている。

 

この世界の教育の現状からして、難しい

法律は理解出来ない可能性がある。

なので小難しい法律は無しにして、数も

少なめにする。

ハジメの提案で、シティで暮す際の

一番の法律を決めておいた。

それは、『ものが欲しければ働いて

稼いで買え。他人からの略奪は重罪に処す』。

と言う物だ。

ここに更に、『罰則は人種、亜人種、貴族、

平民、奴隷を問わずに処す物である。

いかなる例外も存在しない』とした。

 

とは言え、それで犯罪が起らないとは

限らない。なので出来るだけ簡単な

法を作る事になったのだが、そもそも

簡単な法など存在しないような物

なので、草案をまとめるのも一苦労だ。

加えてこちらの世界では私やハジメ達

の世界と文化や考え方に違いがあるので、

そこにも配慮しなければならない。

 

更に警備部隊であるガーディアンの編成。

あらゆる状況に対処するためガーディアン

の思考ルーチンの作成。犯人や市民との

会話のための対話機能の開発と実装。

非殺傷兵器、所謂テーザー兵器の開発。

街の設計図から監視カメラの設置位置の

逆算などなど。やる事は多い。

 

おかげで最近、ルフェアと愛し合う機会

がめっきり減ってしまった。彼女は

笑みを浮かべながら頑張って、と応援

してくれているが、内心申し訳無い

気持ちもあった。

 

体力や精神面では問題無いが、こうも

多忙を極めている状況だ。毎日が忙しい。

睡眠時間も1日1時間だ。

まぁ、私ならそれ以下でも問題無いの

だが。

 

と、そんな風に働いていた時だった。

「司。少し休んだら?」

「はい?」

朝の5時。PCに描いた設計図にある、

街の建物の配置を再検討していた所で

起きてきたハジメに声を掛けられた。

 

「いくら司の体が人間とは違うと言っても、

 もう一週間丸々、働き詰めだよ司。

 ブラック企業の社員じゃないんだから、

 少しは休まないと」

「しかし、計画を遅らせるわけには……」

「いやいや、遅れる以前にスケジュール

 結構前倒しになってるからね?

 宅地造成だって2週間以上掛かる予定

 だったのに、司が自分から作業しちゃって

 もう殆ど終わっちゃってるじゃない。 

 だからちょっとは休まないと」

そう言って私の肩を叩くハジメ。

 

「それに、いざって時エヒトとの戦いに

 なって司が不調、ってのは最悪だし」

「……確かに、その通りですね」

ハジメの言い分も分かる。と言う訳で

仕事はしばらく休みになった。

 

とはいえ……。

 

「暇だ。暇過ぎる」

 

基地の自室でお茶を飲みながら

休んでいたのだが、元より私には趣味

と呼べる物が殆ど無かった。

大体の空いた時間はルフェアとイチャつく

か、新兵器の開発だったり既存武装の

アップデートだったりをしていたのだが、

それもダメとなると一気に暇になったのだ。

 

「暇なのは良い事だよ。お兄ちゃん」

「ルフェア」

そこへ、キッチンへお茶のおかわりを

淹れに行っていたルフェアが戻ってきた。

かと思うと、お茶を注いだカップを

テーブルの上に置き、私の膝の上に

腰を下ろした。

 

「こうして一緒にいられるのも、何だか

 久しぶりだし」

「えぇ、そうですね」

 

私は静かにルフェアを後ろから抱きしめる。

そのまま彼女の頭を優しく撫でながら、

彼女の匂いを嗅ぐ。

花のような甘い香りは、私の一番好きな

匂い。私の妻の匂いだ。

 

「やぁ、もうお兄ちゃん。私の匂い嗅ぐ

 のはダメだってばぁ」

「すまないルフェア。とても良い香りが

 しているので、つい」

頬を赤くするルフェア。その姿の全てが

愛らしい。

 

私は謝罪の印に、彼女の額にキスをする。

すると……。

「もう、お兄ちゃんのエッチ。

 ……したく、なっちゃったよ?私」

そう言って、顔を赤らめるルフェア。

 

そして、私の我慢は吹き飛んだ。

 

私はルフェアをお姫様抱っこで持ち上げる。

「きゃっ、お兄ちゃん?」

「ルフェア。私は今すぐあなたとしたい。

 ……嫌、ですか?」

流石に強引過ぎたか?と内心思ったが……。

 

「そんな事ないよ」

『チュッ』

ルフェアは笑みを浮かべながら私の頬に

キスをした。

 

「私も、お兄ちゃんとしたいなぁ」

 

と言う事で、私は部屋を薄暗くし、ルフェア

とベッドで愛し合った。

 

 

それから数時間後。

汗だくになったルフェアと私はシャワー

を一緒に浴びた後、今はお互いに裸の

ままベッドに並んで体を預けている。

 

そんな時だった。

「お兄ちゃん」

「ん?」

ルフェアが私に声を掛けた。

 

「無理だけはしないでね?お兄ちゃんが

 無理して倒れたら、私すっごく

 悲しくなっちゃうから」

「大丈夫ですよルフェア。今日

 ルフェアと一緒に居られたから、

 十分に英気を養うことが出来ました」

そう言って私はルフェアの額にキスをする。

 

「そっか。……でも、どうしてお兄ちゃんは

 そこまでするの?街を作るのが簡単じゃ

 ないのは分かるけど、何て言うか、

 すっごい急いでるみたいだよ?お兄ちゃん」

「……」

 

急いでいる、か。……確かにルフェアの言う

事は正しいのかもしれない。

それは……。

 

「ルフェア。私がオリジナルであった頃の

 話を、覚えて居ますか?」

「うん。ゴジラとして、ハジメお兄ちゃん達

 の世界とは別の日本って国を襲ったん

 だよね?」

「はい。……あの世界で、私が見聞きした

 事、やった事と言えば、誰かを殺し、

 傷付け、傷付けられ、恨まれ、恨み。

 それくらいでした。人と交わす言葉を 

 持たなかった私にはそれしか出来なかった。

 ……それが、ハジメ達と出会い、そして

 このトータスで皆と出会う事で変わった。

 そして思うのです。争いは悲しみや

 憎しみの涙しか生まない。

 そして今、この世界では三種族が

 互いを憎み合い、戦争で失った者達への

 悲しみに包まれている。

 ……結局の所、かつての私と、今の

 この世界の戦争は、=なのです」

「お兄ちゃんと、戦争がイコール、って?」

 

「あの日の私も、戦争も悲しみや憎しみしか

 生まない。だから、今の私は止めたい、

 いえ。私の大切な人達が、戦争の中で

 悲しんだり、誰かを憎んだりするのを、

 止めたいのです」

 

今なら分かる。かつてのオリジナルの私に、

大切な人達を奪われた者達の、怒りが、

憎しみが。今の私も、もしルフェアを

失ったなら、怒り狂うだろう。

考えただけでも恐ろしい。だが、それが

今の世界では当たり前になりつつある。

 

戦争という行為によって、誰しもが

大切な人を奪われる可能性がある。

 

その時ふと、私はオルクスで遭遇した

魔人族の女の最後の言葉、ミハエル

と言う名前を思いだした。

 

彼女にも、愛する者が居たのだろう。

その者にしてみれば、私は憎き敵だろう。

そうやって、戦争は悲しみと憎悪しか

生み出さない。何の生産性も無い

破壊行動。それが戦争だ。

 

だからこそ、そんな戦争とは無縁の平和

を、皆に与えてやりたい。皆が家族や

友人と平和に暮らせる街を作ってやりたい。

 

私の大切な人達の笑顔を、守りたい。

 

それが私の決意だ。

 

 

と、その時。

 

「出来るよ、お兄ちゃんなら」

隣にいたルフェアが、私に体を寄せた。

「だって、お兄ちゃんはゴジラ

 なんだから。何だって出来るよ。

 ゴジラは、お兄ちゃんは、『王様』

 なんだから」

「ルフェア」

「そして、私は、私達はそんな王様を、

お兄ちゃんを助ける。私にはお兄ちゃん

みたいな力は無いけど。それでも、私は

ずっとお兄ちゃんの隣にいるから」

「ルフェア」

 

私は、優しく彼女を抱きしめる。

 

「お兄ちゃんなら、ゴジラなら出来るよ。

 だって、ゴジラは世界だって壊せる力

 があるんでしょ?だったら、世界を

 平和にすることだって出来るよ!」

 

そう言って笑うルフェアの言葉に、

私は元気を貰った気がした。

 

「ありがとう、ルフェア」

 

私は彼女を抱きしめながら、静かに

感謝を述べた。

 

そして、改めて決心した。

私にとって大切な人々が、仲間が、

平和に暮らせる世界を、必ず創ると。

 

そのために、必ずエヒトを倒す、と。

 

その後、カム達からの提案で、しばらく

休めとまで言われた。

どうやら働き過ぎで周囲に、逆に心配を

かけてしまっていたようだ。

 

と言う事で、更に数日はのんびりしている

事になった。

 

そんなある日。

「どうぞ」

「ありがとうございます、司様」

今、基地の応接室にリリィ王女とアルテナが

居て、私が対応していた。

彼女達がここにいるのは、王国やフェア

ベルゲンからの移住希望者について話し合う

ためだ。

 

私達のPW計画の第一歩であるアルファ

シティ建設計画を知った2人は、私達

への協力を申し出てくれたのだ。

まぁ大きな計画なので、協力者は

多い方が良いだろうと考え私は受諾。

 

アルテナには、現時点でアルファシティへの

移住を希望している亜人達の名簿と、彼等の

学びたい技術についてアンケートを取って

貰った。リリィ王女にも、基地の通信機を

通じて王都のメルド団長や愛子先生たちと

連絡を取って貰い、私の方からアルファ

シティについて軽く説明をした後、移住者

を募る張り紙や、希望者への説明を

行った。

 

人数に関しては、かなり多いと言えた。

亜人族の中では帝都で奴隷にされていた

者達が多く移住を希望。王都の方では

私に助けられた者達やその紹介を受けて

希望した者も居るようだ。

 

一応説明の段階で、亜人と人の共生を

目指していると説明をしており、それを

拒絶する者達は移住を断ったと言うが、

その数は精々半分程度らしい。

それほどまでに学びたい事が残った彼等には

あると言う事なのかもしれないが。

 

ともあれ、これで移住者の方は問題無い。

街が出来上がっても住む者達がいなければ

意味が無い。

ともあれ、予定地の造成作業は粗方

終了。もうすぐ建設作業に移れる。

 

この建設作業については、カム達の

たっての希望で彼等と建設用の重機

やそれの操作用に専門技能をインストール

したガーディアンの混成工兵部隊が

担当することになった。おかげで私は

それ以外の事に集中出来る訳だが……。

 

「思って居た以上に希望者は多い

 ですね」

私は2人と共に応接室で2人が

持ってきてくれたリストに目を通して

いた。

リストを見ると、第一次移住希望者は

現段階で約2400人。900が亜人。

1500が人族だ。正直、数は均等に

なるようにしたかったが、それは

贅沢な悩みという奴だろう。ただ、

数に差があると少数の方が迫害を

受ける可能性はある。

 

実際、同調圧力として数が少ない事や

マイナーな物は人であれ考えであれ、

排斥されやすいと言うのは私達の世界

でも同じだ。そうならないように

街の住人は皆平等の権利を持っている事

の周知を徹底させなければならないな。

 

「司様としては、これで多い方なの

 ですか?」

「えぇ。正直、人と亜人の間の差別意識は

 まだ根強いと思って居ましたから。

 共生を詠ったとしたらそれに反発して

 あまり人が集まらないと思っていました」

「そうですね。……ただ、ハイリヒ王国では

 熱心な教会信者でも無い限り、あまり

 亜人に差別的な物ではない人もいると

 思いますよ?と言うか、王国では奴隷を

 禁止しているので、滅多な事では

 亜人と接する機会もありませんし」

首をかしげるリリィ王女に答えるが、

彼女から教えられた言葉は少し予想外

であった。

 

「ふむ。しかし、それを言うのなら亜人側

 の希望者は帝都で奴隷として捕らえ

 られていた者達も多いですね。彼等は

 むしろシティへ来たがらないのでは?」

「それが、聞いたところによると彼等は

 あまり人と共生するつもりは無いよう

 です。どちらかと言うと、司様や

 Gフォースの皆さんの庇護の元、

 新しい技術を学びたい、と言うのが

 本音のようです。彼等は人というより、

 救世主のような司様やGフォースの

 兵士達を信頼している、と言う所

 でしょうか」

「そうですか」

 

まぁ、それは仕方無いだろう。実際、人に

虐げられてきた彼等が、人と平等に、など

と言われて早々納得出来る者は少ないだろう。

と、私は心の中でアルテナの言葉に頷いた。

 

その後、ある程度リストに目を通し終えたので

2人に新しいお茶を出している。

 

「それにしても、驚きました」

「ん?」

「まさか司様が街を作るなんて。初めて

 お会いした時は、どこか寡黙な方だと

 思って居ただけでしたが」

「そうですね。と言うか、私自身こう

 なるとは思っても居ませんでした。

 最初は元の世界に戻るために戦う、

 と言い出して旅に出て、今では

 街を作ろうとしている。あの頃の

 私では考えられない事です」

リリィ王女の言葉に苦笑しながらも

頷く。

 

すると、何やらリリィ王女の傍で彼女

を横目で睨んでいたアルテナが私の方に

視線を移した。

「あ、あのっ!司様が街を作るとの事

 でしたが、将来的には国を創られる、

 と言う事ですか!?」

「え?」

アルテナの言葉に戸惑っていると、

何やらリリィ王女がハッとなった。

 

「国造り、ですか?」

「はいっ!司様のG・フリート。更に

 その下にGフォースがある事からも

 司様のお力は計り知れず、そして

 そんな司様の収める街があると

 すれば、そこはもはや司様の国

 ではありませんか!?」

「いや、それは、どうなのでしょう?

 私の世界では、国と定義する場合、

 領土、国民、主権の3つが揃って

 いる事が前提条件ですが、まぁ

 実際問題、領土もありますし国民と

 呼べる市民も居ます。主権とは

 物理的な実力の事を指すので

 軍事力がある以上、あるとは言えますが……」

 

「では、つまり司様には国を作り

 その王族になることも出来ると言う

 訳ですね」

「いや、そこでなぜ笑みを?」

何やら恍惚とした表情で語るアルテナに私は

分からず首をかしげるばかりだ。

すると……。

 

「あ、あの、司様?」

「えぇ、はい?」

何やらリリィ王女から声が掛かった。

「も、もしもの話ですが、もし司様が

 建国なさったとしたら、その時は

 王国との友好の証として、私との

 結婚も、なんて」

「えぇ?」

 

いや、確かに以前帝都のパーティーの時

そんな事を言っていたが、ここでそれを

出しますかリリィ王女。

顔を赤くしながらの王女の言葉に私は

戸惑う。

更に……。

 

「そ、それであれば、フェアベルゲンとも

 友好の証として結婚など如何でしょうか!

 私も既に結婚に適した年齢ですし!」

何やらアルテナまで自分を推してきた。

「えぇ?」

これには戸惑う。まさか彼女もそこまで

私に気があったとは。正直、そこまで

の事をした認識など無いのだが……。

 

すると……。

「ちょ~~っと待った~~~!」

バンッと音を立てて部屋のドアが開き、

そこからティオを連れたルフェアが

入ってきた。

「ルフェア」

「お兄ちゃんのお嫁さんはこの私なん

 だからねっ!王様になったら、妃は

 当然私なんだからっ!」

 

私の声も無視して全力で自分がお嫁さん

宣言をしているルフェア。

しかし2人は……。

 

「それはどうでしょう!司様が王と

 なれば、当然国家間の付き合いも必要

 になります!であれば、当然政略

 結婚なども起こりえる事です!」

「そ、それを言ったらフェアベルゲン

 長老の孫娘である私もその立場に

 ある事は間違いありませんっ!」

「その政略結婚が嫌でお兄ちゃんに

 助けられたお姫様が何言ってるの!

 あとアルテナも!もうお兄ちゃんの

 嫁に森人族の私が居るんだから

 諦めてよ!色々被ってるんだし!

 種族とか金髪とか!」

何かいろいろな理由付けをしている。

そしてそれに反論するルフェア。

 

3人は三つ巴の態勢でお互いに火花を

散らしていた。

「モテモテですね、ロードは」

すると笑みを浮かべながら私の傍による

ティオ。

「これがモテ期という奴なのか?

 とはいえ、なりたくてなった訳

 ではないのだが」

「例えその歩む道が覇道であったとしても、

 ロードは間違い無く王の1人。

 であれば、誰もがその力に惹かれましょう。

 特に、今の王は世界の平和のために

 動かれている。そんな王を好きにならない

 女などいますまい。知性も武力もカリスマも。

 この世界でロードを越える者など、もはや

 居ないのではありませんか?」

「そうだろうか?」

「えぇ。貴方様の僕として、共に長く

 旅をしてきたからこそ、妾はそう

 思います」

「そうか。……所で、ティオは

 ルフェアを姫と呼んでいたのだから、 

 彼女に加勢するかと思ったのだが?」

「それは確かにそうですが、ここからは

 彼女達自身の戦いです。姫がロード

 の心を射止められ続けるか。或いは、

 2人のどちらかがロードの心を

 射止めるか。……恋の戦争はいつでも

 ガチンコ勝負。それを外野の妾が

 言うのはどうかと。それに、僕

 たる妾は愛人でも構いませぬぞ?」

そう言って笑うティオに私も苦笑する。

 

で、結局3人はお互いをライバルとして

恋の争奪戦条約(?)を締結し、直接間接の

妨害無しの恋愛争奪戦をする事になった

らしい。

 

……何気にそれを許しているルフェアは

結構寛容なのだな、と、私はその時暢気に

思って居たのだった。

 

ちなみに翌日からお昼時になるとリリィ

王女やアルテナがお弁当を持ってきたり

作業中にお茶を淹れたりしてくれる

ようになった。

そして案の定ルフェアも同じような事を

するようになった。

 

 

ちなみにこれに影響されてかハジメ達の

正妻の立場をかけた抗争も激化して

いたりいなかったり。

 

 

そんなこんなで忙しいながらも平和な

日常が続いていたある日。

「王都に戻りたい?」

昼食を食堂で、皆で共にしていた時に雫が

その話題を切り出した。

 

「うん。元々ハルツィナ樹海の大迷宮を

 攻略したら一度戻るつもりだったん

 でしょ?司は」

「えぇ。一応愛子先生達に攻略完了の

 報告などをしてから次のシュネー

 雪原に向かうつもりでした」

「ならお願い出来ないかな?それに

 あの映像の人の言葉や貰った

 アーティファクトの力で地球に

 帰られる算段も出来た訳だし、

 それを話して皆を安心させて

 上げたいの」

「成程」

 

何とも優しい雫らしい提案だ。

私はチラリとカムの方を向くが……。

「ここは八重樫さんの言うとおり、王都の

 ご友人たちを安心させては如何ですか、

陛下。幸い建設作業でこれと言った

問題もありませんし、仮に起ったと

しても陛下のお力ならばすぐに

駆けつける事も可能のはずですし」

ふむ。確かにカムの言うとおりだ。

 

それに、今はオルクスの大迷宮に潜って

いるはずの清水の事も気になる。

王都に戻って色々先生達への報告やら

何やらをしなければな。以前通信で

先生やメルド団長にPW計画の事も

話すと言ってあった事だし。

 

「分かりました。では明日の午前10時。

 アルゴで基地を出発し一旦王都へ

 戻ります」

と言う事だが、全員OKを貰った。

 

これで明日には私達、勇者達、リリィ王女

たちは一旦基地を離れて王都に戻る。

 

 

しかし、その夜。

 

「クソッ!クソッ!クソクソッ!」

誰もが寝静まった時間帯、光輝は1人

あてがわれた自室で壁を殴りながら

悪態を付いていた。

 

「何で、何であいつがっ!何で新生がっ!

 あいつばっかりっ!」

 

光輝には理解出来なかった。勇者でも無く、

かつては協調性も無かった司が、国や

仲間を救い、大勢の者達に慕われ、

剰え世界を平和にするために動いている

現実を、彼は理解出来なかった。

 

いや、正確に言えば……。

「世界を平和にするのは、勇者の俺の

 はずなのにっ!」

 

なぜその役目が自分ではないのか、と

憤っていたのだ。

 

だが彼は気づかない。自分が『歪な正義』

を持っている事。もっと言えば、

『自分の信じている正義』こそが、『絶対』

であると信じ切っている事の『愚かさ』を。

 

 

勇者の根底にある、自分の正義を絶対と

信じる所以は、彼の祖父の影響だ。弁護士

であった祖父が聞かせた、理想的なまでの

正義の話を聞き育った彼は、その

理想的なまでの正義を信じるようになった。

 

だが現実はそう上手くいかない。人は

誰しも挫折や失敗を経験する事で学習

する。例えば理想は所詮、実現しがたい

事だからこそ理想なのだという現実。

 

だが、光輝の高いスペックは結果的に

彼の人生から挫折や失敗というものを排除

してしまった。

ゆえに彼は自分の考える正義こそが正しい

のだと、そう思い込むようになった。

 

その結果が、自らの正義を疑わない、と言う

歪んだ正義を生み出した。

 

対して司は、ある意味リアリストであった。

理想は所詮理想である事を理解している。

それを実現するのは並大抵ではない事も

理解している。

そして人間の薄汚い部分も、良く分かっていた。

 

だからこそ、正義なんて物は掲げない。

なぜなら、世の中には正義の名を借りた悪意

があるのだから。

 

犯罪者の名を晒し、犯罪者の家族さえも攻撃

する。そして自分こそが正義なのだと悦に浸る。

だが、それは所詮、安っぽい正義感を満たす

ためだけの、悪意ある行動に過ぎない。

 

光輝が、理想的な正義、性善説を信じるような

人間であるとするならば。

 

対して司は現実を知り、性悪説を理解している

存在である。

 

司がかつて、愛子に、『誰も殺さず、自分の

手も汚さない生き方を、優しいが役に

立たない』、という旨の事を言ったように、

彼は理想が綺麗である事は理解している。

だが、それゆえに綺麗すぎる理想は、

夢物語に等しい。

 

だからこそ司は理想ではなく現実を見る。

現実を見た上で策を考える。

 

自分達は戦争をする。その戦争の中で

生き延びるために、出来る事は何かと

思考を巡らせた。

 

チートスペックだから等と驕らずに

仲間の安全を考え武器や防具を与える。

 

こちらが優勢だからと油断せずに

倒すべき敵は倒す。

 

仲間を守る為ならば血に汚れる事も

構わない。

 

殺して良いのは殺される覚悟がある

者だけ、と言う意思を忘れずに、

戦場で戦う。

 

現実主義の司と。

理想主義の光輝。

 

だが、理想は理想であるが故に、この

地球よりも非情なこの世界では簡単に

実現することも出来ず。

 

逆に現実を理解した上で動く司は、

どこまでも相手や自分の利益を読み、

策を実行する。

誰も正義や道徳で動く者ではないと

知っているから、利益を考える。

だからこそ人を動かせる。

 

そして、仲間のために血に汚れる覚悟

があるからこそ、仲間のために戦い、

悪魔と罵られる事も恐れないからこそ、

司は慕われるのだ。

 

だが、光輝にはそれが理解出来ない。

 

いや、理解しようとしない。

なぜなら自分の正義こそが正しいと、

自分の考えこそが正しいと、疑う事を

知らないのだから。

 

だから……。

 

「こんなの、何かの間違いだっ……!

 いつか力をつけて、俺がっ!」

 

勇者の瞳は、勇者と呼ばれるにはとても

思えないほど、酷く濁り始めていた。

 

 

病的なまでに理想の正義を信じた『つけ』

を払わされるのは、そう遠くない未来

であるが、勇者にその未来を知る由は

無かったのだった。

 

     第77話 END

 




次回はライダー編を投稿するかもしれません。

感想や評価、お待ちしています。


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第78話 賛同者

こっからしばらくはオリジナル展開が続きます。
作中のPW計画関連で色々動くためです。

80話辺りからシュネー雪原に向かう(かもしれない)予定です。


~~~前回のあらすじ~~~

改めて神化したティオの龍神としての姿を

確認した司たち。その後、改めて計画を

進めていた司だが、余りにも作業に集中

していた事から、ハジメからの提案で

少し休む事になりルフェアと愛し合う

中で、自らの計画に対する思いを

再認識していた。一方で着々と

進む計画。そんな中、雫の提案で

彼等は一度ハイリヒ王国の王都に戻る

事になった。

だが、司たちやハジメ達の与り知らぬ所

で光輝は司に対する憎悪を深めていた。

 

 

高高度を飛行する1番艦アルゴ。

今艦橋にいるのは私達G・フリートの

メンバーと勇者一行。リリィ王女とその

護衛の女性騎士数人。私は操縦席に

座ってアルゴをコントロールしていた。

また周囲のオペレーター席にはハウリア兵

が数人待機している。

 

私達が王都に到着後は、同乗している

ハウリア兵によってアルファシティへ

資材を運搬する予定だ。そのために

何人かのハウリア兵を乗せ、カーゴには

物資も積んでいる。

 

王国側には、メルド団長や愛子先生たちの

ジョーカー経由で王都郊外の草原付近まで

行き、そこからオスプレイMKⅡで

降りる事になっている。

 

そしてその草原付近までやってきた。

「ふぅ。ここまで来れば大丈夫でしょう。

 後はオスプレイに搭乗して降下します。

 操縦を変わってくれ」

「お任せを陛下」

手近なハウリア兵に操縦を変わってもらい、

私達は格納庫のオスプレイに乗って

アルゴを発艦。予定の地点に降下して

いった。

 

「ん?あっ」

その時、窓の外を見ていたハジメが何かに気づいた。

「どうしたのハジメ君?」

「ほらあそこ見て!」

「あそこ?」

窓越しに眼下を指さすハジメ。それに気づいて

香織、更に雫達まで傍の窓から眼下の

様子を見ていた。

 

彼等の視線の先、草原の上では……。

 

「みなさ~~~ん!お帰りなさ~~い!」

愛子が両手を大きく振って叫んでいた。

その傍にはメルド以下数十の騎士と兵士。

更に愛子の護衛として愛ちゃん護衛隊の

6人が待っていた。

 

 

やがて音を立てながら着陸するオスプレイ。

プロペラの回転数が小さくなり、風が

少し収まると後部のランプが開いてそこ

から私達が降りる。

「みんな~~~!」

「あっ!愛子先生っ!」

すると先生が駆け寄ってきて雫が反応する。

 

「みんなお帰りなさい。道中は大丈夫

 でしたか?」

「はい。この通り皆元気ですよ。

 先生こそ大丈夫ですか?」

「心配してくれてありがとうございます

 南雲君。でもこちらはこれと言って

 問題もありません」

「そうでしたか」

 

問題無い、と言う事で彼女の生徒達

であるハジメや雫達は安堵した様子だ。

と、そこへメルド団長達が歩み寄って来た。

「お帰りなさいませ姫様。帝国での

 話しは我々も存じております。大変

 でしたな」

「メルド団長。出迎えご苦労様です。

 ですが司様もご一緒でしたし、これ

 と言って問題はありませんでしたよ」

そう言って笑みを浮かべるリリィ王女。

 

すると、メルド団長は何かを察したのか

私の方を一瞥してきた。

「それは何よりです。それでは馬車を

 用意していますので、こちらへ」

「はい。分かりました」

そう言って馬車の方へ歩いて行くリリィ

と護衛の騎士達。

 

「おぉい!ハジメ達も来い!王都に

 戻るぞぉ!」

「あっ!はぁい!」

積もる話もあるハジメ達だったが、

メルドに呼ばれたので、一旦中断して

馬車へと向かった。

 

そして、王都へと戻り、更にそのまま

王城へと向かう馬車。

そんな馬車の中では……。

 

「「…………」」

『バチバチッ!!!』

 

ルフェアとリリィ王女が無言で火花を

散らしながら私の両隣に座っていた。

向かい側に座るメルド団長とティオ。

彼等は何やら微笑ましそうに笑みを

浮かべていた。

……この状況のどこが微笑ましいのか

是非私は教えて欲しかった。

 

「リリアーナ王女様~。ちょ~~っと

 お兄ちゃんとの距離近くありませんか~?」

若干苛立ち交じりの言葉で話しながら

ルフェアは私の右手を取り抱きしめた。

「あら?そうでしょうか?救国の英雄

 にして私の大恩人。ましてや私の、

 将来夫になるかもしれない男性ですし、

 遠慮する事がありますか~?」

そう言ってリリィも受けて立つ、と

言わんばかりの表情だ。

 

2人は再び無言で火花を散らしていた。

正直、いたたまれない。

「あ~。メルド団長。あとティオ。

 笑ってないで何とかしてください」

なので2人に助けを求めた。

 

のだが……。

「いやいや。俺達は気にしないからどうぞ

 続けてくれ」

「この状況を続けろと?正直いたたまれない

 のですが?……と言うか、仕える王族

 がどこぞの馬の骨とも知れぬ男に

 言い寄っているのにそれで良いん

 ですか?」

「おいおい。司のどこが、どこぞの

 馬の骨、なんだ?むしろ世界最強の

 男だろ?」

そう言って笑みを浮かべるメルド団長に

ティオがうんうんと頷いている。

「それに、リリアーナ王女がお前と

 結婚すれば俺の祖国はお前の加護を

受けて安泰間違い無し、だからな。

個人的にはリリアーナ王女を応援

したくもなる」

「はぁ、仮に結婚したから、としても

 私が王国を守るかどうかは分かりません

 よ?」

「くくっ、そうか?だが、蒼司やお前と

 接してみて分かったが、お前達は

 義理堅い性格だ。約束を守る性格と

 言っても良い。……確かに、前の司

 ならそうはしなかったかもしれない」

どこか懐かしむような表情で語るメルド団長。

 

「初めて会った時の頃は、どこか人形の

 ようで不気味に思った物だった。実際、

 問答無用で檜山を殺したりしそう

 だったからな。情け容赦が無い、冷徹。

それを絵に描いたような人間だと思った。

 だが今では何かに理由を付けて俺達の事を

 助けてくる仲だ。……正直、俺自身 

 驚いてるんだ。司、お前は変わったな」

その言葉に、私はどこか『嬉しい』という

感情を抱いた。

……あぁ、そうか。この人は、メルド団長は

私をよく見ていてくれた人なのだな。

ハジメたちのように。だからこそ、私が

変わったと分かるのだろう。

 

「……そうですね。実際、今の私は、

 亜人と人族の対立を終わらせるために、

 PW計画なんて物を主導する立場にある。

 過去の私からしたら、考えられない事です」

「俺は、お前なら出来ると思うぞ?

 平和な世界を作ると言う計画を、

 成し遂げる事が」

 

「ふふっ。まだまだ計画は始まったばかり

 ですよ?その言葉は、些か買いかぶりなの

 ではないですか?」

「買いかぶりか?死者すら蘇らせたお前に

 出来ない事なんてあるか?それに、

 お前の周りにはこの世界で5本の指に

 入る猛者だっている。優しさの塊みたいな

 ハジメや香織もいる。強力な仲間もいる。

 そんな『お前達に』、出来ない事なんて

 無い。俺はそう思ってるし、それに、

 誰しもが平和を望んでいる。俺や、

 兵士達も」

 

そう言うと、メルド団長は表情を引き締めた。

空気が代わり、ティオとルフェア、リリィ

も表情を引き締めた。

 

「国王陛下に直談判したのだが、もし、

 力が必要なら俺達を頼って欲しい。いざと

 言うとき、お前達に頼る許可を陛下

 からも頂いている。

 俺やホセ、アランたち。そしてあの日、

 お前に助けられ生還した騎士と兵士

 合わせ500人。……いざと言う時は、

 お前の力になることを、ここに約束する」

そう言って、メルド団長は頭を下げ、

周りのルフェアたちは驚いている。

 

「その話し。兵士達は?」

「……皆同意している。騎士、兵士、

 俺達6人合わせ合計506名。皆、『恩人

のため、世界平和のために戦えるのなら

本望』と言っていた」

そうか。……ならば。

 

「理想は、争いの無い世界で、皆が笑い合う

 事。だがまず、そのためには今の戦争を

 終結させ、貧富の格差を是正し、互いに

 根付く差別感情を壊し、そして何よりも、

 この世界を盤上と、人々を駒と嘲笑う

 エヒトを倒さなければならない」

 

理想は、理想ゆえに、追い求める事は困難。

だが、それでも……。

 

「理想は理想ゆえに、追い求める価値が

 あると、私は考えています。 

 過去の私ならば、理想など妄言だと

 一蹴していたかもしれません。ですが、

 今は違う。理想を実現する事が

 出来れば、この世界は変わる。変える

 事が出来る。……だが、私達の進む

 道は、険しく、危険で、苦しい物に

 なるでしょう」

 

理想を追い求める道は、困難の連続で、

時に人はその困難に直面して挫折する。

その困難の連続と挫折があるからこそ、

理想を実現するのは困難なのだ。

 

「……それでも、構いませんか?

 世界を平和にすると言う、理想を

 追い求める覚悟がありますか?」

 

自分でも、この質問は愚問だと思っていた。

そして案の定。

 

「ふっ。愚問だな司。私は騎士だ。祖国

 を守る剣だ。……祖国に生きる者達。

 そして、いつか生まれてくる子供達が

 平和に暮らせる世界を創るために

 戦えるのであれば、それは騎士として

 最高の誉れじゃないか?」

 

メルド団長の答えは、半ば私が予想して

いたものだった。

……次の時代のために、新たな世代で

ある子供達のために戦う、か。

それはある意味、立派な大人の生き方

なのかもしれない。だからこそ、メルド

団長は信頼に値する。

 

「……ならば共に。この世界の、平和のため

 に戦いましょう」

「あぁ、もちろんだ」

私が手を差し出し、メルド団長も同じように

手を差し出した。

そして私達は固い握手を交わすのだった。

 

 

その後、王城に到着した私達はまず、リリィ

王女と共にエリヒド王に謁見。帝国との

婚約破棄について、エリヒド王はため息こそ

付いていたが、別段何かを言われる事は

無かった。後々、別室で私と二人きりに

なった時に、バイアスがリリィ王女を

レイプしようとした、と教えた時には顔を

青くしながらも、『やはり皇帝の息子か』

と言ってため息をつき、そのレイプを

未然に防ぎ、尚且つリリィに望まぬ婚姻を

させずに済んでよかった、と私を

労った。

やはりエリヒド王も国王である前に父親

だったのだろう。国王としては関係強化

から結婚を言い出したが、父親としては

望まぬ婚姻を強いる事に心を痛めていた

のかもしれない。

 

「改めて、貴殿には娘を救って頂いた

 礼をしなければな。ありがとう、司殿」

「いえ。どうかお気になさらず。それでは

 のちほど、私達が留守にしていた間の

 ジョーカー部隊の士気、練度の確認と、

 ガーディアンの警邏隊などの確認を

 したいのですが、何か大きな問題などは

 ありませんでしたか?」

「うむ。これと言って問題は起っていない。

 むしろ、貴殿から与えられたガーディアン

 たちのおかげで犯罪発生率の低下と、

 農業などの方面で生産率の向上が

 認められている」

「そうですか」

 

エリヒド王の話によると、休憩を必要としない

ガーディアン警邏隊は、犯罪が発生すると

常人離れした速さで駆けつけ、犯人逮捕も

確実。さらにそれ以外でも高齢者の補助や

農業などのサポートも、愛子先生主導で

行っていたらしい。

 

愛子先生やその護衛である愛ちゃん護衛隊の

ジョーカーには、ガーディアンへの指示機能

があるからだろう。

 

また、救国の英雄であり、民衆からシン様

と呼ばれる私の部下という事と、その働き

ぶりから、すっかりガーディアンは王都の

治安維持には欠かせない存在となっている

らしい。正直、ガーディアンが民衆に

受け入れられるか微妙だったが、大丈夫な

ようだ。それはそれでありがたい。

 

その後、本来ならPW計画について

エリヒド王とも話したかったのだが、

王のご好意でしばらくゆっくりされよ、

と言われてしまった。なので詳しい話しは

また明日、となった。

 

なので、私は王国騎士団、ジョーカー

部隊の練度の確認を行った後、愛子先生の

部屋を訪ねた。

理由は清水の進捗具合を聞くためだ。

 

清水は今、単独でオルクス大迷宮に潜って

いる。少し前、愛子先生とのやり取りで、

先生のところに清水から不定期で連絡が

来ているのを聞いていたので、その確認だ。

 

「一番新しいメールは、これですね」

先生は左手首の、待機状態のジョーカー・

フェアから投影式ディスプレイを展開し、

そこに届いていたメールを見せてくれた。

 

内容は、心配しないで欲しいと言う言葉と、

現在どこにいるか、と言う簡潔な物だった。

ちなみに、清水は今第120層にいるらしい。

日付は一昨日であった。

 

「早いですね。私達のマッピングデータが

 あるとは言え、この速度は正直予想外

 でした」

清水のジョーカー、タイプコマンドには

オルクス大迷宮のマッピングデータが

内蔵されている。しかしだからといって、

彼が潜ってからまだ1ヶ月程度。この速度

はかなりの物だ。

この分であれば、あと1ヶ月もあれば

清水も戻ってくるかもしれない。

……彼も力を付けていると言う事か。

 

そう思いながら、出されていたお茶に口

をつけていると……。

「変わりましたね」

不意に愛子先生が呟いた。恐らく、清水の

事だろう。

「えぇ。清水も、随分頼もしくなりました」

と、頷いたつもりなのだが、何やら先生は

少しキョトンとした表情だ。何故?と

思って居ると……。

 

「ふふっ、確かに清水君もそうですけど、

 新生君もですよ?」

「え?私もですか?」

「はい。……正直、前の新生君を見ていた

 事もあって、新生君が世界を平和にする

 って言い出した時は、ちょっと驚いて

 しまいました」

「まぁ、そうですね。少し前の私でしたら、

 そんな事は言わなかったでしょう」

そう言うと、私はお茶に口を付けた。

 

「変わってしまったと言うべきか。

 変わる事が出来たと言うべきか」

 

前者ならば悪い意味で。

後者ならば良い意味で、だ。

「ふふっ、それはもちろん。良い意味で、

 だと私は思います」

そう言って笑みを浮かべる先生。

 

「だからきっと、今の新生君が、最高に良い

 新生君だと思います」

「私が、ですか?」

「はい。『世の中で最も良い組み合わせは

 力と慈悲』。でしたよね?そして今、

 新生はその二つを持っている」

「……私に慈悲はありませんよ。敵として

 立ち塞がるのなら殺します。まぁ

 降伏するのであれば、捕虜として最低限

 以上の生活を与えるだけです」

そうだ。戦場で戦うのであれば、当然

お互い死ぬ覚悟が出来ているとする。

それは譲れないし、変わらない。

 

「そうですね。……でも、最近新生君が

 非致死性兵器の開発をしてるって、

 南雲君から聞きましたよ?」

そう言って笑みを浮かべる先生に、私は

返す言葉が見つからず、お茶を口にした。

 

現在、私は非致死性兵器の開発をしていた。

正直、自分でも何故それを作ろうと思った

のか良く分からない。ただ、作っておけば

役に立つだろう、と思い作り始めたのだ。

 

例えば、特殊なムースを内包した銃弾。

これは目標に当ると瞬時にムースのような

物が広がり、更に一瞬で硬化。つまり

目標を固めてしまうのだ。加えてこの

ムースにはナノマシンが組み込まれている

ので、万が一ムース弾が頭部などに当って

窒息しそうになった場合は、周囲のジョーカー

からの指示で即座にナノマシンを使って

ムースを分解出来る。

 

また、ボーラと呼ばれる二つの球体を紐

などで繋ぎ、回転して投げる昔の狩猟

アイテムを、銃から発射し相手を縛り上げる

『ボーラガン』も開発済み。ハジメのアイデア

で、更に電撃ショック機能をボーラ弾に

搭載することも検討中だ。

それと催眠ガスグレネードやトリモチを

発射するランチャー。

催眠ガスを散布する小型ドローンも開発中だ。

更に電撃を放つスタンスティックも既に

生産済み。前からあったノルンの

テーザー弾に加え、次々と非致死性兵器の

レパートリーが増えているのが現状だ。

 

「……正直、自分でもなぜそんな物を、

 非致死性兵器を作ろうと思ったのか

 謎なのです。以前の私なら、兵器は

 殺す為だけの存在だと考えていたのに」

「それだけ、新生君が優しくなれたって

 事だと思います。誰かの命を奪うのは、

 たくさんの悲しみや怒り、憎しみを生む。

 ……今の新生君も、それを止めたいんじゃ

 ないですか?」

「……その通り、かもしれません。悲しみ

 や怒り、憎しみは次の争いを生む。

 だからこそそれを止めなければならない。

 そのために私は……」

 

そう言って、私はテーブルの下でギュッと

拳を握りしめていた。

 

世界の平和、か。私には一番似つかわしくない

言葉と夢だろう。だがそれでも、そんな私なら

出来ると言ってくれる人がいる。

そんな私に協力してくれる友人や仲間がいる。

ならば、彼等の思いに答えよう。彼等と

共に、世界の平和への道、その険しい道を

突き進んでいこう。

 

そう、私は改めて決心していた。

 

その後、私達はクラスメイト達を集め、

樹海の大迷宮で手にしたアイテム、

導越の羅針盤によって、正確な地球の

座標を知る事が出来た事。更にあと

一つの神代魔法を習得すれば、概念魔法

が手に入り、それを使って元の世界へ

繋がるゲートのような物を作ればよい

事などを説明した。皆、揃って帰還

への明確なビジョンが見えてきた事から、

とても安堵した様子だった。

 

その後、更にエリヒド王やメルド団長、

愛子先生などに、PW計画の第一歩

であるアルファシティの事や、そこから

始まる多民族共生都市の誕生。更には

差別思想や制度の撤廃などの話をした。

 

そして更に、エヒトの本性を、私達が

大迷宮やノイントとの戦いで見て録画

した映像を見せ、兵士達や王子にも、

その本性を知らせた。無論皆戸惑っていた。

だが、ノイントをナノメタルで取り込んだ

事で見えてきた、かつて暗躍していた

ノイントの記憶は、彼等のエヒトとの

決別には、十分過ぎるものであった。

 

加えて、ハジメの説得も功を奏した。

 

「皆さんが、今ここで生きている理由は

 何ですか?家族が居るからですよね?

 お父さんとお母さんから生まれて、

 育って、そして今、ここにいる。

 ……兵士皆さんの歳なら、当然

 家族がいるかもしれない。妻が居て、

 息子や娘がいるかもしれない。

 そして、今日ここまで来たのは、

 紛れもない皆さん達の人生です。

 神様が皆さんに道を示した訳でも無い。

 エヒトから天啓を受けて、それに

 従ったことのある人は、この中に

 いますか?」

 

彼の問いかけに、誰も頷く者は居なかった。

 

「この国も、町も、村も、家族も。そして

 大切な人を過ごす時間も。その全ては、

皆さんが自分達で作り上げたものだっ!

それを、他人が奪って良い理由なんてどこ

にもないっ!何よりも、人々の幸せを、

踏みにじる権利なんて誰にも無い!」

 

誰もが、彼の言葉に、真摯に耳を傾けていた。

 

「でも、争いが続く限り、人は、人族

 だろうが亜人族だろうが魔人族だろうが、

 大切な人や場所を、失い続ける事になる。

 そして失った悲しみが、怒りや憎悪と

 なって、また新しい争いを生む。そして

 エヒトはそれを増長し、皆さんの苦しみを

 見て、嘲笑っている」

 

ハジメは、ギュッと拳を握りしめる。

 

「それが僕には許せない。……僕には、

 大切な人達がいる。愛する人。大切な

 親友。かけがえのない仲間。この世界

 で出会った友人。……もし、そんな

 僕の大切な人を、神が弄び、絶望

 した姿を見て笑っているなんて、絶対に

 許せないっ!……そして、この怒りは、

 皆さんも同じはずだ」

 

ハジメの言葉に、兵士達の表情が、決意を

固めたそれに変わっていく。

 

大切な人の絶望した表情を見て、嘲笑う

悪辣な神がいる。

 

そんな物、誰も許せはしない。

 

「だからこそ、僕達はエヒトと戦う。

 奴の生み出したこの世界のあり方と

 戦う。そして……。次の世代に生きる

 子供達が、笑って暮らせる世界を

 作る。それが、ピースウォーカー

 計画です」

 

静かに、しかし確固たる信念を持って

語るハジメ。その言葉に胸を打たれたのか、

或いは、彼と同じように護りたい者のために

戦う覚悟を決めたのか、兵士達は皆、

確固たる信念の表情で、静かに頷いた。

 

彼等もまた、真実を受け止めた強き人で

あった事に内心感謝しつつ、私達は

本題に戻った。

 

多種族共存という理想に向かうにあたって、

まぁそれに反発する民衆もいるだろう。

そんな民衆には『平和で争いの無い生活』、

と言う物を全面に押し出した説得などを

する事になった。

 

しかし三種族による争いの根は深い。

誰だって、自分の家族や友人、恋人を

傷付ける奴が憎いだろう。

だが、そこで彼等の家族や子孫が、

死ぬかも知れない戦争を続けるよりは

良いはずだ、として説得をする。

 

そして更に、愛子先生の提案があった。

 

『かつての三種族がそうしたように、

 人族、亜人族、魔人族が平和に暮らせる

 場所を作れないか』、と言う物だった。

 

無論、これには同席していた兵士達や

国王陛下は難色を示した。相手は魔人族。

つい先日王都を襲った連中だ。そんなの

と手を取り合おう、と言う気には

なれなかったのも分かる。

しかし……。

 

「……現状、魔人族との争いを、今後一切

 起こさないために我々が出来る方法は

 二つだけです。一つは魔人族との和解

 と、その先にある三種族共生社会の

 実現。もう一つは、二度と争いが

 起らないように、魔人族という種族を

 根絶やしにするか、です」

私の言葉に、皆驚いた後に俯いた。

 

「完全に争いの元を絶つには、その二つ

 しかありません。中途半端な戦争で 

 魔人族側を降伏させたとしても、彼等は

 反攻の時を待つだけ。二者択一。

 滅ぼすか、和解するか。それ以外に、

 戦争の火種を完全に消し去る方法は無い」

「しかし」

その時、メルド団長が声を上げた。

 

「和解するにしてもどうするんだ?

 あっちは俺達を完全に、下に見ている。

 加えて、人族と亜人族には司たちと言う

 仲介役とも言える存在がいるが、

 魔人族側との接点は殆ど無いんだぞ?」

「それに、こういっちゃ何だが、司って

 あのフリードとか言う魔人族の将軍の

 相棒の竜、殺してたよな?」

「あっ」

団長の言葉に続く蒼司の言葉に、ハジメが

ポツリと呟いた。

 

「お前、相当恨まれてるんじゃね?」

「……でしょうね」

そんなレベルで和解しようなどと、荒唐無稽

に思われる。

 

せめて誰か、魔人族の知人でもいれば……。

と考えていた時。私は頭の中で戦った

魔人族の顔をリストアップしていた。

しかし少ない。私が戦ったのは、

オルクスでの魔人族の女、とフリード、後は

清水を洗脳した魔人族の男。しかし顔を

知ってるのはあの女魔人族とフリードだけ。

 

う~む。

「……生き返らせてみるか」

 

と、ぽつりと私が呟く。そして周囲を見回す

が皆驚愕したような表情で私を見ている。

 

「どうしました?」

「いや。司ってもう常識をぶん投げた

 存在だなぁってみんな驚いてるだけ」

「「「「「うんうん」」」」」

私が首をかしげていると、ハジメの言葉に

香織やルフェアたち。更に雫たちや

愛ちゃん護衛隊の優花たちまでもが彼の

言葉に頷いていた。

 

「まぁ、と言う訳ですが、しかし当面の

 問題として、魔人族用の土地の確保と

 住宅地の建設。……また1から図面を

 弾き直して、ライフライン敷設に

 住宅の設計。……生活や文化の違いに

 も配慮するべきか。あとは食料生産

 のための農地開拓に……」

私は周囲の事も忘れ、頭の中で設計図を

1から組み上げていたが……。

 

「はいストップ」

そこをハジメに止められた。

「PW計画に参加してるのは司だけ

 じゃないんだから。そう言うのは、

 皆で考えないとね」

彼はそう言うと、周囲を見回す。

周囲にいるのは、ルフェアや香織達。

更に雫達や優花たち、愛子先生。

メルド団長たち。

 

「農地開拓だったら先生の出番ですね」

そう言って席を立つ愛子先生。

「じゃあ力仕事ならジョーカーを使える

 私達の出番かな?」

「いっちょ働きますかぁ!」

更に優花や明人と言った護衛隊の面々も

立ち上がる。

「やれやれ。土地でしたら、私達の方 

 から追加で提供します。良いですよね?

 お父様」

「うむ。平和のため、恩人の役に立てるの

 ならばよかろう」

更にリリィ王女も立ち上がり、上座にいた

エリヒド王も笑みを浮かべながら頷く。

「では、人を集めるのは余の仕事だな。

 街を作るとなれば人手も必要。

 そして人を集めるのであれば王族と

 シン殿の名前を使えば問題ないはず」

更にランデル王子も立ち上がった。

「王子や王女、陛下も動かれるのであれば、

 騎士団である我々が動かない訳には

 行きませんな」

そう言ってメルド団長。更には騎士アラン

たちも立ち上がる。

 

そして、誰もが私を見つめている。

 

「……簡単な道ではないでしょう。

 これまで、戦争をしてきた者達が

 手を取り合う。端から見れば、

 荒唐無稽の極です」

「でも、そうしなければ、この世界の

 戦争は終わらない。例え、僕達が

 争いを助長しているエヒトを倒した

 所で、憎悪が残ったままでは、意味が

 ない。その憎悪を糧に、また争いが

 起ってしまう」

私の言葉の後を継ぐハジメ。

 

「そんな繰り返しを止めるために、皆の

 力が必要なんです」

彼は、1人1人の顔をちゃんと見ていく。

 

そんな中にあって、メルド団長達や、

陛下たち。兵士達。愛子先生と護衛隊

のメンバー達はみな、一様にやる気

と決心に満ちた表情を浮かべていた。

もちろん、雫や香織、ルフェア達もだ。

 

 

「終わらせよう。僕達で。この世界の

 戦争を」

 

誰もが、ハジメの言葉に頷いた。

 

 

ここにあって、決意の表情を浮かべる

者達の願いは一つだ。

 

『平和な世界へ向かって歩みを進める』。

 

 

そんな中で私は、魔人族へのアプローチの

糸口となるかもしれない女。

 

大迷宮の中で出会ったあのライダースーツ

姿の女の事を思い浮かべていたのだった。

 

 

     第78話 END

 




って事でカトレア復活フラグです。

昇華魔法を得て更に強くなった司に不可能は無いのです。

感想や評価、お待ちしてます。


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第79話 復活者

大変遅くなりました。これはとりあえず、オリジナル回ですね。


~~~前回のあらすじ~~~

無事、王都に帰還した司たちは愛子やメルド

達に出迎えられ、馬車で王城へと戻った。

そんな中で、司たちは、PW計画のために

彼等の協力を取り付ける事に成功。

そして、司は魔人族との接触を図るために、

かつて戦った敵の女魔人族を蘇生することを

決めるのだった。

 

 

話し合いの結果、私達はそれぞれで動く事に

なった。メルド団長やリリィ王女、愛子

先生達は魔人族用の土地の開拓などを

任せた。また、民間から徴用される人々には

『新しい町造りの為に人手がいる』とだけ

説明する事にした。まだ、魔人族のための

土地と言うのは危険だと判断したからだ。

 

ハジメや香織たちには王都でジョーカー装備

の兵士達の教練をお願いしている。

そして私は、あの女魔族を殺したオルクスに……。

 

行く前に、天之河たちの元を訪れていた。

「早速ですまないが、天之河、坂上、谷口の

 3人にこれを渡しておく」

「えぇっ!?こ、これって!」

谷口が驚いているのも無理はない。

 

それは、『ジョーカーの腕輪』だ。つまり

待機状態のジョーカーに他ならない。

「……どうして、これを俺達に?」

天之河が睨むような視線で私を見つめている。

 

まぁ、今までの私の、彼等に対する態度を

鑑みれば怪しまれて当然だろう。だが、

これからはそうも言ってられない。

「単刀直入に言えば、戦える存在は1人

 でも多い方が良い。それがこれまで

 以上に強ければ尚更です。今後、我々は

 魔人族との戦争、そしていずれは

 エヒトとの決戦に備えなければならない。

 そのためにも、戦える人材は1人でも

 多い方が良い」

「だから、俺達にこれを渡す、と?」

私は無言で頷いた。

 

「正直に言えば、私と貴方達の関係は良好

 とは言えない。それは重々承知

 しています。………ですが、全面戦争が

 始まり、苛烈な戦いが展開されようと 

 している今。後顧の憂いを断っておきたい

 のです」

「って、どう言う意味?」

「……もし万が一、貴方達が死ぬような事が

 あれば、香織や愛子先生、雫達が

 悲しみます。私は、彼女達が悲しむ顔を

 見たくは無い。だからこそ、現状考えられる

 最高峰の鎧として、これを、ジョーカーを

 3人に渡すのです」

今の私の言葉に嘘はない。

 

私自身は、彼等を認めては居ない。だが、

彼等の死が私の仲間への悲しみとなるのなら、

私が手を打つ理由になる。

 

まず、谷口がおずおずとした様子で腕輪を

受け取った。

彼女にはユエと同じタイプウィザード、

魔術師が使うことを前提とした物を与えた。

加えて、機動性の低下と引き換えに装甲も

従来モデルより強化して防御力を向上させて

いる。

 

そして、私が次に坂上に待機状態の腕輪を

差し出したとき。

 

「新生。……すまなかったっ!」

「……はい?」

突然頭を下げてきた坂上に私は戸惑い、首

をかしげてしまった。

「なぜ、いきなり謝るのですか?私は、

 あなたに何かをされた覚えはないの

 ですが?」

謝られても、私には見当が付かなかった。

 

「……俺、ずっと前から、地球に居た時から、

 お前の事、気味悪いって思ってたんだ」

「……と言うと?」

「何て言うか、感情らしいの全然見せないし、

 無感情で、まるで人形みたいで、でも

 頭が良くて。何て言うか、映画のロボット

 みたいで。……正直、お前がどう言う奴

 なのか、全然分からなくて、怖かった

 んだ」

「そうですか」

 

成程。いや、しかし彼の言い分も分かる。

当時の私は今以上に感情に乏しく、また周囲

への関心も皆無に近かった。それを思えば、

私を気味悪がっていたと言うのもうなずける。

「それに、こっちの世界に来てからも、

 明らかに普通じゃない力を使ってるし、

 何て言うか殺人にも躊躇いがなさ過ぎて、

 お前って言う存在が良く分からなくて、

 怖かったんだ。だから、これまで俺、お前

 に、その……」

口ごもる坂上。

 

「あ、あの樹海での大迷宮の時も、南雲達

 がお前を助けるって言ってたのに、怪物に

 なったお前が怖いばっかりに、俺は……」

 

「気にしないで下さい」

このままでは、ずっと謝り続けそうだった

坂上を私が止めた。

「知らない、分からないと言う感情から

 来る恐怖は、誰にでもあるものです。

 特に地球に居た頃の私は、周囲への

 無感情もありました。無関心だったと

 言っても良い。そして、それ故に

 周りに怯えられたりしていたのだと 

 したら、それはコミュニケーションを

 怠っていた私にも原因があります」

「新生」

 

「だからこそ、これはお相子という奴です。

 そして、お互いを知ると言う事に遅い

 と言うのはないと、私は考えます」

そう言って、私はブレスレットを、

待機状態のジョーカーを彼に差し出した。

 

「元の世界に戻るため。エヒトを倒す為。

 この世界で生きる人々の未来を勝ち取る

 ために。今は1人でも仲間が必要

 なのです。あなたの力を貸して欲しい。

 龍太郎」

「ッ!」

私が下の名前で呼ぶ事が、どう言う意味

なのかは彼も分かっていたようで、少し

驚いた様子だ。やがて……。

 

「分かった新生。……俺の力で何が出来る

 か分かんねぇけど、俺も協力するぜ!」

そう言って彼はブレスレットを受け取った。

 

「ありがとう、龍太郎」

「良いんだって。これまで俺、お前に色々

 酷い事考えた訳だし、償いって訳じゃ

 ねぇけど、力になるぜ!」

「ありがとう、心強いよ」

 

 

どうやら、龍太郎とのわだかまりは何とか

出来たようだ。さて、最後は……。

「天之河。これを、あなたに」

そう言って私はジョーカーを彼に差し出した。

 

天之河は、しばし私とジョーカーを交互に

見つめていた。

後ろで見守る龍太郎と谷口は、不安そうに

見守っている。

 

やがて……。

「新生。……すまなかった」

「え?」

彼は突然、そう言って頭を下げた。私も訳が

分からず首をかしげた。

 

「俺は、今まで新生に、何度も酷い事を……」

「光輝、お前……」

後ろにいた龍太郎が戸惑った様子で声を掛ける。

 

「分かってる。今更謝った所で許して貰える

 なんて思ってない。……でも、これから、

 この世界は決戦に向かうんだろ?」

「えぇ。エヒトとの決戦の時は、恐らくそう

 遠くはないでしょう。遅くとも、数ヶ月後

 には始まるだろうというのが、私の予想です」

「その時、これがあれば、俺は皆を守れる

 のか?」

「……このジョーカーには、装備として

 殺傷兵器と非殺傷兵器の両方を搭載して

 います。そして、更に防御用の装備など

 も充実しています。なので、その問いかけ

 には、YES、と答えておきましょう」

「……分かった。なら、俺はこれで、

 みんなを」

天之河は、そう言ってブレスレットを

受け取った。

 

その後、私は彼等に各々のジョーカーの

説明をしてから部屋を後にした。

 

3人に渡したのは、優花たち、つまり

愛ちゃん護衛隊の面々に渡したのと同じ

ように防御力を重点的に強化しつつ、

それぞれの特性に合わせてある。

 

谷口には、ユエと同じウィザードモデルの

『タイプTS』。

これは防御力向上、と言う以外はユエの

ウィザードモデルと大差は無い。

 

次に龍太郎の物は、彼用に設計を見直した

最新型だ。

Eジョーカーやミュウのセラフィムのデータ

をベースに、通常のジョーカーよりも

マッシブに仕上げた『ジョーカー・

ケンプファー』。

このケンプファーモデルは、空手を基本

とする彼に合わせて近接戦闘特化型だ。

 

『肉を切らせて骨を断つ』、を体現出来る

ように機動性と防御力の両立には苦労したが、

おかげで抜群の格闘能力と機動性、生存性を

確立させる事が出来た。

武装も、打撃を強化する物や近接戦で

使える物を揃えてある。

 

そして天之河に渡したのは、メルド団長達

に渡したタイプKの発展改良型で、タイプKC

とは別に、天之河用のチューンと防御力

向上。近接戦闘用に機動性を高めた機体と

なっている。

 

 

これで、彼等もジョーカーを持った訳だが……。

 

私が部屋を出て廊下を歩いていると、前方の

壁に蒼司が背中を預けた状態で立っていた。

そして、私は彼の前で、彼の方を向くことなく

立ち止まった。

 

「何だ?」

「……良いのかよ。坂上や谷口はともかく、

 あの勇者君にまでジョーカーを渡しち

 まって?」

「……気づいていたのか?」

「そりゃもちろん。俺はお前で。お前は俺だ。

 そしてお互い見えずとも繋がってるからな。

 ……で?理由はあるのか?」

「龍太郎達だけで渡してしまえば贔屓と

 言われる可能性もある。それに、奴が

 死んでしまっては香織や雫が悲しみます

 からね」

「……にしたってどうなんだ?オリジナル

 だって感じてただろ?奴の言葉の嘘と、

 瞳の奥に映る、お前への憎しみを」

「……」

 

私は蒼司の言葉に黙り込んだ。

 

彼の言うとおり、私はあの時の謝罪が、

嘘である事を見抜いていた。なぜなら

あの時、天之河の視線が周囲に僅かでも

泳いでいたからだ。後ろで見ていた龍太郎

たちは気づかなかっただろうが、私に

掛かれば嘘を言っている事など丸わかり

である。

 

そして、その瞳の奥にある私に対する

憎しみもまた、隠し切れてはいなかった。

だが……。

 

「例えそうであろうと、奴がジョーカーを

 持った程度で私やハジメに勝つ事など

 出来はしないだろう。練度の差は、

 もはや数ヶ月で埋まる物ではない。

 まして、奴の覚悟の脆弱性は、お前も

 知っているだろう?」

 

戦争をする、などと言っておきながら、

相手を殺せないなど、奴の覚悟の脆弱性は

私も蒼司もよく理解している。

 

ハジメも、未だに人を撃つ事に躊躇いが

無い訳ではない。彼の優しい心が、その

足かせとなって、同時にハジメを苦しめている。

だがそれでも、藻掻きながらも戦うハジメに

比べて、その時々で自分に都合の良い事しか

理解しようとしない、やろうとしない奴

では、覚悟の差もまた然り。

 

「ジョーカーを与えたのは奴が生き残る

 ためだ。端から戦力としては、龍太郎達

 以上に、期待していない」

「成程。鎧は誂えてやるから、自分の身は

 自分で守れ、ってか?」

「決戦がどうなるかも分からないからな。

 我々があいつの子守をしている余裕が

 あるとも思えん。……正直な所、エヒト

 の反応も気になる」

「あん?そりゃまた、なんで?」

 

「奴はこれまで、この世界を盤上として、

 戦争をゲームとして楽しんできた。

 奴が大迷宮をそのままにしてある以上、

 恐らく全てを知る『全知』ではないの

 であろうが、神と呼ばれる力を持つの

 だから、『全能』とは言えるだろう。

 ならば奴はなぜ、愛子先生の偽物に

 引っかかった?」

「そりゃ、アイツが俺の作ったロボットを

 偽物と疑わなかったんだろ?」

「その可能性も、無い訳では無いが、

 逆に、こちらが有利と思わせておいて、

 最後の最後で逆転、と言うのも

 想定しておくべきだろう。そのために

 敢えて愛子先生の偽物をそのままにし、

 ノイントを私に『倒させた』とも考えられる」

「つまり何か?エヒトが俺等の予想以上に

 強敵かもしれないってか?」

「分からない、と言うのが本音だな。

 まぁ警戒こそすれ、油断だけはしないのが

 賢明だろう」

 

「そうだな」

私の言葉に頷く蒼司。

「ところで、オリジナルはまだオルクスに

 行かないのかい?あの魔人族の女、

 蘇生するんだろ?」

「あぁ。これからハジメ達に一言言って

 から行く。それと蒼司、留守の間は

 お前が私の代理としてハジメ達の事を

 頼む。彼等にも、お前を頼るように

 言っておく」

「オーライ。任されたぜオリジナル」

そう言うと、壁を離れて歩き出す蒼司。

 

だが……。

「そうだオリジナル。最後に1つ聞いて良いか?」

「何だ?」

私と彼はお互いに背中を向け合ったまま

静かに話す。

 

「もし仮に、天之河がお前に刃向かってきたら、

 どうする?」

「……倒すまでです。ただし、殺さずに」

「あいつがどんな事をしてきてもか?」

「……と言うと?」

蒼司の言う、どんな事の意味が分からず

聞き返した。

 

「アイツは、正に導火線に火の付いた

 爆弾だ。何時爆発して、アイツ自身の

 理性が吹っ飛ぶか分かったもんじゃない。

 そして、執念や怨念に捕らわれたのなら、

 どんな事をしでかすか分からないって

 事だよ。……例えば、雫達に手を出す

 とかさ」

「……正直、あの男も曲がりなりに勇者に

 選ばれたのです。仮にも自分自身で

 大切にしたいと考える彼女たちに、

 手を出しますか?」

「可能性としては、考えておいた方が

 良いと思うぜ?」

 

そんな蒼司の言葉に、私はしばし黙った後。

 

「……ならば、そのもしもが発生した時は、

 完膚なきまでに叩き潰します。

 完全に殺しはしませんが、四肢を砕き、

 何回か殺して生き返らせてを

 繰り返し、奴の心を粉々にして、

 現実をたたき込むだけです」

 

その言葉を最後に私は蒼司と別れた。

 

 

その後、ハジメ達へ、オルクスへ行く事を

伝えた後、私は真っ直ぐオルクス大迷宮で

あの女魔人族と戦った場所へと向かった。

 

空間跳躍で向かった場所に、あの女の遺体は

無かった。あったのは床をべったりと汚して

いる固まった血液。しかし服や骨の欠片など

は散乱していない。もしかすると、魔人族側

によって回収された可能性があるな。

 

だが、媒介となる血があれば十分だ。

 

その乾いた血に指先を接触させ、そこから

いつも通り、蘇生させる女のデータを

読み取りつつ、過去を観測していく。

 

すると、その過程で中村が魔人族と接触した

方法を知った。

 

どうやら魔人族があの女の遺体を回収に来ると

踏んでいたのか、遺体にメモを忍ばせていた。

そして回収に来た魔人族がメモに気づいて

中村と接触した、と言う訳か。

 

だが、今となってはどうでも良い事だ。

 

魂は、私に頭を吹き飛ばされる直前から

ダウンロード。同時に、観測して入手した

DNAデータを元に肉体を生成。

 

私が右手を前に翳すと、あの女の体が

再生され、同時にあの時と同じ服も

着せておく。

 

そして、最後に一旦私の中に保存した魂を

インストール。

 

これでいつも通り蘇生は完了だ。

 

そして、魔人族の女、カトレアが復活し

静かにその目を開いた。

 

「あ、れ?」

目を開いた彼女は、ふと周囲を見回し

次いで自分の体を見つめている。

 

彼女にしてみれば、大勢の敵に囲まれ

射殺寸前だったのに、気づけば自分は

生きていて、しかも周りに居たハジメ達が

居らず私1人だけが居る、と言う状況だ。

 

混乱するのも無理はないだろう。

「まずは、久しぶりだと言っておこう」

「は?久しぶりだって?」

目の前のカトレアは、相変わらず混乱した

様子だ。

 

「あぁ。お前の足下の血痕を見てみろ」

私の言葉に、カトレアは足下の血痕を

見つめながら、ジャリッと足を動かして

血痕が乾いている事を確かめている。

 

やがて……。

「あたしの血、かい?」

「あぁ」

どうやら彼女も理解したようだ。

 

「お前はあの時、確かに私が頭を吹き飛ばして

 殺した。だが、こちらも用があってな。

 この場に残っていた血痕を媒介として

 お前の体を再生し、同時に射殺直前の

 お前の魂を完全にコピーして、再生した

 体に入れ直した、と言う訳だ。そして、

 その再生した存在が、今のお前という訳だ」

「成程。ヤバい存在だとは思って居たが、

 まさか死人を生き返らせるとはね。

 だが何の目的があってそんな事を?

 あたしから同胞の情報でも抜き出そう

 って言うのかい?だったら無駄な事

 だね。そうなる前にもう一度、今度は 

 自分で舌をかみ切って死んでやるだけ

 の事さ」

 

その言葉に私は……。

「別に魔人族の情報を聞き出す為ではない。

 ただ、そうだな。ならば、これから

 お前に世界の真実を教えよう」

「は?真実、だって?」

「そうだ。お前達の今後に関わる真実だ。

 死にたい、と言うのなら、せめてその

 真実を聞いてからにしろ」

「ちょっと待て。私達の今後だと?

 一体どういうことだっ!?」

そう言って声を荒らげるカトレア。

 

「では先にこれだけ言っておこう。

 太古の昔から続く、人族、亜人族、

 魔人族の対立はある存在によって

 仕向けられてきた」

「何?なら私達の戦争は……!?」

「あぁ。お前達がやっている戦争を、

 影で操っている奴がいる。全ては、

 そいつが仕向けた事だ。多くの戦死者も、

 そいつが望んだ事だ」

「ッ!う、嘘だ。なら、あたしの戦友達は

 どうなるっ!?彼等は祖国を守るために

 死んでいったんだぞっ!」

そう言って私の襟を掴むカトレア。

 

「そうだ。大勢の者達が戦争で命を

 落とした。そして、それが全て

 黒幕の仕業だと言う証拠を、お前に

 見せてやると言うのだ」

そう言うと、私は彼女の手を払って、

空間跳躍のゲートを開いた。

 

「こっちだ。付いてこい」

そう言って私が促すと、彼女はしばし

悩んだあと、付いて来た。

 

私達が向かったのは、このオルクス大迷宮の

最下層にある、オスカー・オルクスの住処だ。

 

「ここ、は」

カトレアは、ゲートを超えた先の風景に驚いて

周囲を見回している。

「ここはお前が目指していた場所だ。

 オルクス大迷宮の最深部にして、

 解放者の1人、オスカー・オルクスの

 住処だった場所。そして、神代魔法を

 授かる場所だ」

「解放者、だと?反逆者の間違いじゃないのか?」

ほぅ、どうやら彼女は少なくとも反逆者の

話を知っているのか。

 

「残念ながら違う。まぁ、百聞は一見に

 しかず、と言う事だ。その目と耳で、

 直接確かめるが良い」

 

そう言うと、私はあの部屋にカトレアを案内

した。するとオスカーの指輪を私が持って

いたからか、脳内を覗かれる事なく、

オスカーの映像が投影され、あの日と

同じように世界の真実を告げた。

 

この世界の神々にとって、人族は皆等しく、

奴らを楽しませるための駒に過ぎない事を。

 

そして、オスカーの話が終わって映像が消える

のと同時に、カトレアはその場に崩れるように

膝を突いた。

 

「そん、な。なら、あたし達の戦いは、何だって

 言うんだ。大勢、戦争で、死んだんだぞ。

 残された者たちの悲しみは、どうなるんだっ!

 ふざけるなぁっ!!!」

 

悲しみの慟哭とも、怒りの咆哮とも取れる叫びを

上げるカトレア。

 

「私達は駒なんかじゃないっ!今を生きてる 

 命だっ!それを、それぉっ!」

歯を食いしばり、涙を流すカトレア。

私はそんな彼女の隣に立ち、懐からオスカーの

書記を取り出し、彼女へと差し出した。

 

「解放者には、人族、亜人族、魔人族と言った

 3種族の垣根を越えて多くの者達が集まった。

 リーダー格の7人も同じ。……皮肉な物だな。

 今では殺し合っている3種族が、当時は

 手を取り合い、神に挑んだ。

 そしてまた、神の敵として反逆者の

 レッテルを貼られた解放者達を倒したのも、

 3種族の人々だった。……本当に、

 皮肉な物だ」

すると……。

 

『ガッ!』

 

突如立ち上がったカトレアが私の襟首を

掴んだ。

「なぜ、なぜこんな物をあたしに見せたっ!?

 何の為にっ!!答えろっ!!」

 

「……今見て貰った通りだ。この世界に

 生きる命は、人族、亜人族、魔人族を

 問わず全て邪神、エヒトの手の内、

 と言う訳だ。そして恐らく、お前達

 魔人族が信奉する神、『アルヴ』も

 エヒトによって作られた眷属か

 何かの可能性が高い」

 

そう言うと、私は彼女の手を静かに払った。

 

「そして、この世界の現実を知ってもらった

所で、ここからが本題だ。今現在私

 には魔人族に対するツテがない。敵視

 されているのだから当然と言えば当然

 だろう。そこで、数少ない私が

 出会った魔人族を頼る事にした」

「それが、あたしかい。けど、さっきも

 言った通り同胞を売る気なんて無い

 からね」

「十分理解している。そして、そう言った

 類いの情報を求めている訳ではない。

 ……エヒトの根本的な目的は、戦争の継続。

 そのために奴は何でもやる。例えば

 私達を異世界から召喚したのも、

 恐らくお前達の上官、フリードが

 魔物を強化する術を手に入れ、魔人族

 の力が増したことに対する、対抗策

 として呼び寄せたのだろう。

 奴にしてみれば、片方が強くなって

 戦争が終わってしまう事は、避ける 

 べき自体のはずだ」

 

「まどろっこしいねっ!本題をいいなっ!」

「分かった。ならば言おう。エヒトに

 とって、この世界の平和、可能であれば

 3種族全ての恒久的な平和は、何よりも

 許しがたい行為だ。だからこそ、完全

 なる平和を目指す」

「はぁ?平和だって?」

どうやら私の言葉が予想外だったのか、

彼女は素っ頓狂な声を上げる。

 

「そうだ。例えエヒトの支配が終わっても、

 そのままでは戦争の火種は残ったままだ。

 だからこそ、エヒトの支配が終わった後、

 平和な世界を創るために、私と仲間たちは

 動き出した」

 

「……何をしようって言うんだい?」

 

「町を作る。そこは人族や亜人族と言った

 種族の違いによる差別を法によって規制し、

 誰もが等しく学び、生きるチャンスを

 与えられる町だ。当初は人族と亜人族のみ

 だったが、世界平和に向けて、3種族が

 共に生きる街を作り、平和への第一歩と

 する。それが、我々が始めた計画だ」

「平和、だって?本気で言ってるのかい?

 散々殺し合いをしてきたあたし達が、

 お互い手を取り合うだなんて。

 ははっ、アンタもあの勇者君みたいな

 事言い出すとはね」

嘲笑とも、苦笑とも取れる笑みを浮かべる

カトレア。

 

「あぁ、理想のような事を言っているのは

 理解している。だが、中途半端な

 終わりでは、いずれまた戦争が勃発する

 だけだろう。それでは永遠に、この世界

 における戦争の悲しみは、消える事は無い。

 ……お前の次の世代も、殺し殺され、 

 恨み恨まれを繰り返すだけになる。

 そして、それこそエヒトの思惑通り。

 例え奴が死んでも、奴の残した負の遺産

 に振り回されるだけだ」

「ッ!」

 

私の言葉に、彼女はギュッと唇をかみしめる。

 

「奴の支配を終わらせる上でも、奴の

 クソッタレな享楽をひっくり返す意味でも、

 そして何より、戦争で家族を失う悲しみを

 これ以上増やさない意味でも、平和への

 試みは、十分有意義ではないのか?」

「……それは……」

 

カトレアはしばし悩んだ様子だった。

やがて……。

 

「それで、あたしは、具体的に何を

 やらされるんだよ?」

静かに口を開いた。

 

「先ほども言ったように、平和へ向けての

 第一歩として、三種族が共存する、

 『多種族共存都市』の建設。しかし

 これに先だって、魔人族の町を作るにして

 も私は魔人族の文化的な風習などを一切

 知らない。そして知らずに建設し、

 魔人族を怒らせるような街を作ってしまって

 は本末転倒だ。だからこそ……」

「魔人族であるあたしにアドバイスを貰いたい、

 って訳か」

 

「そうだ。それに合わせて、臨時ではあるが

 魔人族の町の、魔人族代表としても仕事を

 して貰う予定だ」

「成程ね。しかし、魔人族はどうやって

 招くつもりだい?まさか、攫ってくるのか?」

 

「いや。……正直に言うと、我々は今相手を

 殺さずに捕える兵器を開発している。

 これにより兵士は生け捕り、民間人には

 投降を呼びかける。無論反発した者は

 捕えるか別の魔人族の町や村などに 

 送る」

 

「なっ!?それじゃあ攫ってくるよりも

 質が悪いんじゃないのかいっ!?」

「理解している。故郷を強引に捨てさせる事

 で、少なくない反発を招くだろう。

 だが現在のままでは、3種族が交流する

 機会すらない。多少強引ではあるが、

 その分、彼等には何不自由のない住居や

 生活を我々が提供する予定だ。

 寒さや飢えなどに困ることがないよう、

 全力で街を作る。それが我々のやるべき

 事だ」

 

「……」

 

私の言葉に、彼女はしばし黙っていた。

 

やがて……。

 

「教えてくれないか?平和って、何なんだ」

絞り出すような声で問いかけられた質問に、

私はしばし悩んだ後。

 

「あくまでも、私個人の意見だが……。

 平和である、と言うのなら、そうだな。

 自分の大切な人と、決して豪華な暮らしは

 出来ずとも、幸せに笑い、時に喧嘩し

 ながらも、他愛もない事で談笑したり

 出来る日々を、平和な日々と呼べるのでは

 無いだろうか。……戦争で誰彼が死ぬ、

 等という不安のない日々。子供達の、

 その成長を見守りながら、愛する人と

 共に歳を取っていける日々。

 他愛もない事で一喜一憂できる日々。

 ……毎日のように、誰かが死んで

 大勢の人が涙を流す事が無い日々。

 ……そう言う日々の事を、私は

 平和な日々だと思う」

 

「……お前なら、そんな日々を、あたし

 たち魔人族に用意出来るのか?」

 

「あぁ」

 

私は頷きながら、改めて彼女と向き合う。

 

「寒さに震える事も、飢えに苦しむ事も、

 病で命を落とす事も無い。平和で、

 安全に暮らせる町を作ると約束しよう。

 彼等自身の安全のために、町から外に

 出るな、等と言った命令はするだろう。

 だがそれ以外において、暮らしにおいて

 は何不自由無い生活をさせる事を

 誓おう」

 

私の言葉に、彼女はしばし迷った挙げ句。

 

「分かった。ならあたしは同胞のために

アンタに協力する。けど、勘違い

するんじゃないよ?あたしはアンタの

部下になった訳じゃないからね?」

「十分承知している。我々はお互い、

 対等な立場だ。だからこそ、これから

 よろしく頼む」

 

そう言って、私は右手を差し出すと、彼女は

しばし戸惑った様子だ。

 

「……どうした?」

「いや、何。あたしを殺そうとしていた

 アンタの記憶がまだ残ってるせいか、

 突然人が変わったみたいで、まだ

 驚いてるのさ。……けど、悪くは無い」

 

そう言って、彼女は私の手を取り、私達は

握手を交わした。

 

「改めて、あたしはカトレアだ。今だけは、

 アンタに協力するよ。あたし等の命を

 駒扱いした、クソ野郎に一泡吹かせる

 ためにね」

「あぁ。改めてよろしくたのむ。私は、

 新生司だ。好きなように呼んでくれ」

「OK、司」

 

こうして、私は魔人族の協力者を得る事に

成功するのだった。

 

 

その後、私は彼女に、人間になりすます事の

出来るカモフラージュを発生させるネックレス

を与えた。これを身につけると、周りには

彼女が人間に見えるようになる。

 

そしてカトレアを伴って王都に戻った私は、

とりあえずハジメ達とメルド団長達にだけ彼女

を軽く会わせた。

 

正直、天之河たちやこの国の兵士達ではまだ

反発される恐れがあるので、今は伏せておく。

 

カトレアには、魔人族用の町の建設に当って

色々とアドバイスを貰った。

 

下見への同行や、設計段階でのアドバイス。

注意すべき点や、一般人の最低限の生活の

様子などを聞き、町の設計を考えるのに大いに

役だった。

 

 

そして、そんな数日が過ぎたある日。

 

オルクスに潜っていた幸利が、王都へと

戻ってきた。

 

オルクスより帰還した幸利は、何というか、

逞しくなっていた。

 

以前は、どこか不健康そうな顔色をしていたが、

心なしか今では肌つやも良くなり、体も

以前より、ヒョロガリ、と言うイメージから

細マッチョに進化していた。

 

そして特筆して目立つのが、左頬に走る

一筋の傷だった。

 

「し、清水君っ!?そのほっぺ、どうした

 んですかっ!?」

その傷に気づいて愛子先生が心配して駆け寄る。

「だ、大丈夫だって先生。ただの切り傷だよ。

 傷跡は残っちゃったけど、ほら、何の

 問題も無いからさ」

駆け寄ってきた先生に対して、顔が近いせいか

その頬を赤くしながらワタワタしている幸利。

 

「幸利」

その時、私が声を掛けると彼は静かに笑みを浮かべた。

それに吊られて私も笑みを浮かべる。

 

「たくましくなったな、幸利」

「あぁ、おかげさまでな」

 

そう言って、彼は右手拳を掲げる。

それに気づいて私も……。

 

『ガッ』

軽く拳をぶつけ合うように私の右手拳を

彼の右手拳と交差させた。

 

「ただいま」

「あぁ、おかえり」

 

そうやって、友人、親友のようなやり取りを

した私達だった。

 

 

その後、清水を休ませた後、彼にアルファ

シティの事を話した。

 

共に旅をした事は無いが、私に言わせれば

彼もまた、立派なG・フリートのメンバー

だと思って居る。だからこそ信頼して、

カトレアの事も含めて全てを話した。

 

今は、私の部屋に幸利と、ハジメ達が

集まっている。

「成程ね。で、司たちはこれからどうする

 んだ?町の建設に力を入れるのか?」

 

「いえ。そちらはしばらく、カム達や

 メルド団長達に任せるつもりです。

 私達はその間、シュネー雪原の

 大迷宮に向かう予定です」

 

「っ、そうか。最後の大迷宮だな」

 

「えぇ。ここを攻略すれば、先ほど説明した

 概念魔法が手に入り、地球帰還と言う

 目的にもゴールが見えてきます。

 それに、エヒトとの戦いが迫っている

 以上、早めにこれを入手しておきたい

 のです」

 

「分かった。なら、司たちが留守の間、

 王都や愛子先生達は任せてくれ」

 

「お願い、出来ますか?」

 

「あぁ。伊達に単独でオルクスを踏破

 した訳じゃないからな。ジョーカーの

 性能だって十分引き出せてる自信が

 あるし、俺のタイプコマンドは

 ガーディアンやハードガーディアンへの

 指揮機能もある。大軍相手だろうが、

 そうそう負ける気はねぇって」

 

そう自信たっぷりに語る幸利。

 

本当に、彼も変わったものだ。と私は

内心関心していた。

 

さて、ではこれで後顧の憂いはなくなった。

 

ならば……。

 

「ハジメ、それに香織達も。私達は近日中に、

 シュネー雪原の大迷宮へと立ちます。

 いよいよ、最後の大迷宮です」

 

私の言葉に、皆がやる気に満ちた表情を

浮かべる。

 

「いよいよだね、司」

「えぇ」

 

ハジメの言葉に頷きながら、私は窓の外、

南の空へと視線を向けるのだった。

 

     第79話 END

 




って事で、次回からシュネー雪原に入ります。

感想や評価、お待ちしてます。


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第80話 雪原へ

大変遅くなりましたが最新話です。


~~~前回のあらすじ~~~

エヒトとの戦いに向けて、これまで対立して

いたと言っても過言ではない天之河たち3人に

ジョーカーを渡す司。

龍太郎とは無事和解を果たすも、天之河との

和解は、お互い表面上のままであった。

そんな中で司は、魔人族の協力者として

かつて敵同士であったカトレアを蘇生し

彼女に世界の真実を告げ、同胞を狂った神の

手から解放する、と言う彼女の意思もあり、

協力関係を築くのだった。

そしてオルクスに潜っていた清水も帰還し、

司たちは最後の大迷宮があるシュネー雪原

へと向かうのだった。

 

 

雲海の上を飛行する大型航空母艦、アルゴ。

そのブリッジで操縦席に座る司。後ろでは

ハジメ達が思い思いの時間を過ごしていた。

 

「マイロード」

そこへ、司の所にお茶を持ってくるティオ。

「あぁ、ありがとう」

司は、操縦を一旦オートにしてから

受け取り口を付けた。

 

 

「シュネー雪原までは、まだかかりますか?」

「いや。あと少しで付く」

この前の、ハルツィナ樹海の大迷宮で

手に入れた導越の羅針盤や、以前グリューエン

大火山でフリードから入手した情報のおかげで、

座標の情報を手に入れられたので、今はその

入り口に向かっているところだ。

 

そして、お茶を飲んでいると、アルゴ艦内で

ジョーカーの『ならし』をしていた天之河、

龍太郎、鈴の『3人と雫』が戻ってきた。

 

 

話は数日前。雪原の大迷宮へ向かうと彼等

に話した時に巻戻る。

その時、いの一番に谷口が、『一緒に

連れて行って欲しい』と言い出したのである。

 

「私としては別に構いませんが、理由を

 聞いても?」

「うん。……前、新生君と清水君が話してて、

 恵里の事をどうにかしようって言ってたのは

 鈴も聞いてたよ。でもっ、私も、もう一度

 恵里と話がしたいのっ!そのためには力が

 欲しい。新生君からジョーカーを貰ったけど、

 でも、これは鈴自身の力じゃない。だから、

 鈴自身が、力を付ける必要があると思うの。

 だから……っ!」

「……成程。そのために大迷宮へ再び挑む、と?」

 

『コクンッ』

私の言葉に無言で頷く谷口。

 

「新生。俺からも頼む」

すると天之河が彼女のフォローに出た。

「恵里の目的は俺だ。だったら、俺も彼女と

 話をするべきなんだ。それに……」

天之河はギュッと拳を握りしめている。

 

「このままじゃ終われないんだっ。雫だって

 神代魔法を手に入れたのに、俺はっ!」

そう言って悔しそうな表情を浮かべながら、

天之河は『あんな卑劣な精神攻撃をしてくる

場所じゃなければ俺だって攻略出来た

はずだ』、とか。『フリードが攻略出来たの

なら俺だって』、みたいな発言をしている。

 

正直天之河にそこまでの期待はしていないが……。

 

「悪い司。俺も連れてってくれ」

「龍太郎」

天之河に続いて龍太郎も私に声を掛けた。

 

ちなみに今ではお互い下の名前で呼び合う仲だ。

そして龍太郎はハジメとも和解を果たし、

今ではお互い格闘戦が得意とあって

互いに格闘戦で高め合う仲になっている。

 

まぁ、それは置いておいて。

 

「エヒトとの決戦が近いんだろ?だったら

 その時、俺が司たちの足引っ張らないよう

 に、俺は強くなりてぇんだ。頼む」

 

と、ここまで言われて天之河だけ置いて

行ったら逆恨みされそうだし、まぁ

勇者は役に立つとは思ってないから精々囮には

使えるだろうと私は考えていた。

なので……。

 

「分かりました。まぁ決戦も近いですし、

 その時のために少しでも経験値を積む事は

 必要です。それにジョーカーの慣し

も兼ねて実戦経験は必要でしょう。

なので、3人の同行を許可しましょう」

「ホントっ!?ありがとう新生君っ!」

 

と、言う事で3人の同行が決まった。

「ハジメ達は、構いませんか?」

「うん。僕達は別にいいよ。確かに司の言う

とおり、経験値は大事だからね」

どうやらハジメを筆頭に、誰も文句はない

ようだ。

 

さて……。

「それで、雫はどうしますか?」

「え?私?」

「えぇ。3人が付いてくる事ですし、雫も

 来るのかと思ったのですが?」

 

と言うと、雫は少しだけ悩んだ後。

「分かった。じゃあ私も行く。誰かが

 暴走しがちな龍太郎達をフォロー

 しないとね」

そう言って、笑みを浮かべる雫。

 

これでシュネー雪原に向かうのは……。

 

私、ハジメ、香織、ルフェア、ユエ、シア、

ティオの、G・フリートメンバー7人に

加え、天之河、雫、龍太郎、鈴(あの後

下の名前で呼んで良いと言われた)。更に

雫の護衛である蒼司を加えた、総勢12人

と言う事になった。

 

 

そして時間は戻って現在。

 

シュネー雪原は、東にあるハルツィナ樹海と

南部中央にある魔人族の国、ガーランド魔王国の

間に位置している。年がら年中吹雪に見舞われる

この雪原にある峡谷。その先にある洞窟、

『氷雪洞窟』がシュネー雪原に存在する

大迷宮となっている。

 

そして今、その洞窟の入り口近くまで行く

傍ら、12人で集まって作戦会議をしていた。

内容は、『大迷宮のコンセプトの予想』だ。

 

「大迷宮には、コンセプトがあるのか?」

「えぇ」

天之河の言葉に私が頷く。

 

「例えばオルクスなら、多種多様な状況に

 対処出来る対応能力。ハルツィナ樹海

 ならばチームワーク。ライセン大峡谷

 ならば魔力に頼らない戦闘能力など。

 迷宮一つ一つにコンセプトがあります。

 そして問題は、これから向かうシュネー

 雪原の大迷宮のコンセプトです」

「ねぇ司。司は前にここを攻略した

 フリードの頭の中から座標を読み取った

 んだよね?その時、試練の記憶は

 読み取らなかったの?」

「えぇ。座標を知る事が第1だったので、

 そちらの情報は後回しにしてしまい

 ました」

 

「う~~ん。大迷宮のコンセプト、ですかぁ」

腕を組んで首をかしげるシア。

 

「まぁ考えられる大まかな種類としては、

 3種類くらいかの?

 精神の類いか、戦闘力。あとは世界の 

 真実を知って耐えられるかどうか、

 と言った具合にの」

そう呟くティオ。

ふむ。

 

「私としては、恐らく戦闘に関する物か

 精神に関係する物だと思われますね」

「と言うと?」

私の言葉に首をかしげる雫。

 

「エヒトの真実を告げる大迷宮として、

 メルジーネ海底遺跡と、後々調べて

 分かったのですが神山の大迷宮が

 これに該当しますね。実際、エヒト

 関係の試練というのがこの2つの

 大迷宮に共通します。グリューエン

 大火山とライセン大峡谷も、特定の

 状況下での対処能力、と言う

 コンセプトが似通っています。

 オルクスを純粋な戦闘力の大迷宮と

 考え、除外すると……」

「ハルツィナ樹海のコンセプトと

 似てるかも、ってか?」

首をかしげる蒼司。

 

「可能性としては、と言った所ですが。

 似てると考えると、想定されるのは

 精神攻撃の類いかもしれません」

「精神攻撃、か。って事は幻影とかを

 見せる、とか?」

「あくまでも可能性ですからね。今の

 段階でそう断言するのは危険でしょう」

ハジメの言葉にそう応える私。

 

そして、そうこうしている内にアルゴが

峡谷の終わりに到着した。

しかし調べてみるとそこから更に1キロほど

ドーム状の通路が続いているらしい。

どうやら上に雪が積もっているのだろう。

……ここからは歩きだな。

 

「どうやら、ここからは徒歩のようですね。

 それでは各自、後部のハッチから地表に

 降下します」

「「「「「「了解っ」」」」」」」

 

「おうっ!いよいよだな光輝っ!」

「あ、あぁ」

ハジメ達がいつものようにやる気を示し、

龍太郎もやる気を示す中で、何やら

天之河は戸惑い気味だ。

まぁ、前回神代魔法と手に入れられなかった

樹海の迷宮とコンセプトが似てるかも、

と聞いた結果だろう。

 

 

後部ハッチに集まった私達は、蒼司以外の

各々がジョーカーを纏った。

 

私達はいつも通り。それに加えて、白に

黒のラインが目立つ龍太郎のモデル

ケンプファー。

黄色をベースカラーにした鈴の

タイプTS。

そして天之河の、白をベースに背中に

裏地が金色の、白いマントを纏った

『タイプAK』。

 

そして、出撃の時となりハッチが開いた。

雪が舞い込み、風が吹き荒れるが、

ジョーカーを纏った私達には吹雪も

寒さも関係無い。

 

「さて、それでは全機、降下するっ」

 

まずは私が先頭でジャンプし、ハジメ達

が続き、一拍遅れて天之河たちが続いた。

 

吹雪が吹き荒れる中、司のジョーカーZを

先頭に弾丸のように一直線に降下していく

12人。

 

「各員へ。どうやら降り積もった氷雪の

 下に峡谷が繋がっているようだ。

 各自、氷雪を突破後、着陸後は

 私のビーコンを目印に再集合。はぐれ

 ないよう留意せよ。行くぞ」

 

司が降下しながら右手を眼下に翳すと、

その手から衝撃波が放たれた。すると

クレバスのような裂け目の上に積もって

いた雪が崩れ、裂け目が露わになった。

 

「あそこだ。突入する」

 

そして、司たちはそのまま裂け目へと突入

していった。

最も、天之河たち4人は怖さからかスピード

にブレーキを掛けてゆっくりと、だが。

 

そして地表が見えてくると各自姿勢を反転させ

ながら着地。私やハジメは即座に武器を構えて

周囲を警戒している。

 

そして、数秒遅れて着地する天之河たち。雫

以外の3人はまだジョーカー操作に馴れない

のか着地も少し危なげだ。

 

「よし。ではこれより大迷宮の入り口を

 目指す。この吹雪では雪で視界も悪く

 なるだろう。なので、レーダーにも

 常に気を配っておけ。……行くぞ」

そう言って、レーザーライフルであるアテン

(寒冷地仕様)を携えた司が歩き出し、

同じくアテンの寒冷地仕様を手にした

ハジメや香織、ルフェア。アータルを担いだ

シアや腰元の玄武に手を掛けるティオ。

両手の感触を確かめながらユエが続き、

更に後ろに天之河、龍太郎、鈴、雫。

最後尾には蒼司が付き、私達は歩き出した。

 

一面白色に覆われた世界を歩いて行く。

先頭は私で、後ろをハジメや天之河達が

続く。

 

氷雪の峡谷は、普通に考えれば歩くだけで

凍傷、延いては凍死しかねない状況だが、

耐熱、耐寒装備抜群のジョーカーを纏っている

ハジメや私、天之河達。それと自分の周囲に

透明なフィールドを展開している蒼司は

何の問題も無く進んでいく。

 

視界が悪いのはレーダーやサーモグラフィー

でどうにか出来るが、風が強い。これでは

戦闘時など些か支障が出そうだ。

 

「風が少々厄介ですね。これでは射撃戦の際に

 悪影響が出そうです」

「マイロード、良ければ妾が風を

 散らしますが、如何致しますか?」

「出来るか?ならば頼む」

「御意」

 

ティオがそう言って風を散らそうとするが……。

「あっ!待って!それ鈴にやらせて!」

と、谷口が挙手してきたのだ。

 

そして彼女は、タイプTSの各部の

ジェネレーターを光らせると、『聖絶・散』

と言う魔法を展開した。

これは防御系の魔法である聖絶に、触れた

対象のエネルギーを周囲に分散させる性質を

付与したものだ。

 

ちなみにだが、谷口のタイプTSはユエの

タイプUとは違い、ハジメの提案で

神代魔法を付与したり、各部のオーブ内部に

魔法陣を描いてあり、詠唱無しで魔法を

発動出来るように工夫がされている。

 

これで風の心配も無くなり再び進む。

 

やがて私達の前方に、洞窟の入り口らしき

物が見えてきた。だが……。

 

「あそこが入り口のようだが、総員警戒せよ。

 敵の気配だっ」

私が警告を飛ばし、アテンを構えると、

他の面々も武装を展開する。

 

と、次の瞬間前方の入り口の中から影が

飛び出してきた。その数5。

その影の正体は……。

 

「えぇっ!?び、ビッグフット!?」

私達の世界でUMAの代表格である巨大な猿、

ビッグフットに似た魔物だった。

まさかの登場にハジメが驚きの声を上げる。

だが……。

「敵は敵。迎撃します」

そう言って私がアテンを構えるが、その前に

雫が青龍を掲げてそれを遮った。

 

「ごめん司。でも、私達にやらせて」

「……分かりました」

彼女の言葉を信じ、私は銃口を下げ、ハジメ達

もそれに続く。

 

「よしっ!光輝!龍太郎!鈴!行くわよっ!」

「お、おうっ!」

「っしゃぁ!初陣だぜっ!」

「絶対勝つんだからっ!」

雫の言葉に応じて天之河、龍太郎、谷口が前に出る。

 

まず最初に仕掛けたのは雫だ。

 

「はぁっ!」

青龍からエネルギーの刃を飛ばす。それは当れば

一撃で岩をも切り裂く威力だが、ビッグフッド

モドキ達はそれを散開して避けた。

だがそれは雫も想定していたようだ。

 

「鈴!」

「分かってる!2体は任せて!」

そう言って、鈴は彼女オリジナルの魔法を発動させる。

これは、彼女自身が考え、更に知識のあるハジメや

香織、ユエや更に私やティオにも協力して貰い

生み出した物だ。

 

「行くよっ!『九尾・炎』っ!」

彼女が叫ぶと、ジョーカー各部のオーブから炎が

吹き出し、それが形を為した。それは、炎で出来た

狐だった。その数9匹。

 

「行けぇっ!」

そして鈴が叫ぶと、炎の狐たちは二手に分かれ、

2体のビッグフッドモドキへ突進していった。

 

狐は鈴のジョーカーによって脳波コントロールを

受けながらビッグフッドの周りを飛び回り、その口から

炎を吐いて攻撃している。

 

これは鈴が、彼女なりにユエの大技である八岐大蛇

を真似て作った技だ。魔力の塊である八岐大蛇。

しかしあれはユエの繊細なコントロール能力が

あって成立する。今の鈴にあそこまで膨大な魔力を

形にする事は出来なかった。そのため、方向性を

そのままにハジメ達のアイデアを受けて完成した

のが『九尾』だ。そして九尾は、炎や氷、水などで

その体を構成し口などから炎などを発射して敵を

攻撃するのだ。

 

あれはハジメ曰く『ガン○ムのフ○ンネルをベース

に考えてみた』との事だ。

実際、ファン○ルみたいな動きで飛び回りながら

ビッグフットを攻撃する炎の九尾達。

 

四方から襲いかかる火炎放射に、回避に徹する

ビッグフット2匹。しかし奴らもやられっぱなし

ではなく、時折周辺の氷を砕いて九尾に投げつけた。

それが命中した九尾の1匹が煙りのように消えるが、

すぐさま鈴が新たな九尾を生み出す戦線に投入する。

 

そうして、鈴が2匹を足止めしている間に雫たち

がそれぞれ、1対1でビッグフッドモドキと

戦っていた。

 

雫は背中のスラスターを活用して高速で相手に

接近する。振るわれた相手の剛腕を紙一重で

回避し、背後に回った青龍が一閃。その背中を

切り裂く。

 

相手のビッグフッドモドキは『ギィィィッ!?』

と悲鳴を上げながら飛び退る。どうやら致命傷に

ならなかったようだ。直後、何やら奴は両腕を

頭上に掲げた。すると、雫の周囲の地面から

氷柱が飛び出してきた。咄嗟に回避する雫だが、

その氷柱はまるでミサイルのように彼女へと

向かって行った。だが……。

 

『ドドドドンッ!』

彼女は咄嗟に武装領域から召喚した武器、

フルオートショットガンの『タイタン』を

放った。これは、銃器の操作経験が無い雫や

龍太郎たちのために私が設計した装備だ。操作を

出来るだけ簡単にし、簡単に扱えるように

仕上げた。そして散弾銃ならば、何か狙って

当てる事は出来ないが逆に適当に弾を撃っても

命中させられる。

 

そして、放たれた散弾が氷柱を破壊する。雫は

右手に青龍。左手にタイタンを手に、散弾の雨を

振らせる。しかしビッグフッドモドキは氷を

操る力で、氷の道を作りそこをスケート選手の

ような動きで走り始めた。

 

雫が青龍を地面に突き刺し、タイタンを

リロードとして散弾を連射するが、相手は

縦横無尽に氷の道を創ってそれを回避する。

「当らないわね」

 

雫はそう呟くと手にしていたタイタンを投げ捨てた。

再び青龍を抜き構える。

 

そうこうしている内に、龍太郎や天之河と

戦い手傷を負っていたビッグフッドモドキ達も

同じように固有魔法で作った氷の道を

滑り始めた。

 

そして、3隊が縦一列に並びスピードスケート

のように意気揚々と氷の道の上を滑り始めた。

そしてそのまま天之河たちの方へと突進してくる。

 

「正面から来るのならっ!」

天之河は、装備していた専用の剣、『マスティマ』

を構える。彼の装備しているマスティマは、

私やティオ、カムや雫が装備している

振動剣、ヴィヴロブレードを発展させた

所謂『ビームソード』だ。そのため本来

あるべき刀身が存在しない。刀身は

柄の内部にあるバッテリーのエネルギーで

生成は出来るが、コネクターを接続した時

と比べて切断能力は格段に劣る。

 

有線式のコネクターをジョーカーから繋ぐ事

によって従来の朱雀や玄武、青龍を上回る

エネルギーを放出する事が出来る。更にその

圧倒的なエネルギー量を生かして、砲撃や

射撃。斬撃波を飛ばす事も出来る。

 

「はぁっ!」

彼がマスティマを横薙ぎに振り払うと、

エネルギーの刃が飛んでいく。

 

だが、奴らはそれをトリプルアクセルのような

華麗な動きで回避する。更にそれに驚愕する

天之河たちのすぐ傍に着地し、足を振るって

そこに備わった爪で天之河と雫を切り裂こう

とする。

 

「くっ!?」

「うわっ!」

2人はそれを咄嗟に回避する。

 

「この野郎っ!」

そこに龍太郎のケンプファーが殴りかかる。

今の彼の纏うケンプファーの両腕には手甲の

ような物が装備されている。これは所謂

パイルバンカーのような装備であり、打撃と

合わせて内蔵されているパイルが撃発。

衝撃で相手を内側から破壊する。

 

しかしそれも当らなければ意味が無い。

ビッグフッドモドキはイナバウアーの

ような動きで龍太郎の攻撃を回避する。

 

「ふ、ふざけやがッてぇっ!」

「落ち着きなさい光輝」

マスクの下で激怒した様子の光輝。まぁ確かに

舐めプも良い所なビッグフッドモドキの動き。

しかし雫がそれを抑えさせた。

 

と、その隙にビッグフッドモドキ達は三方向から、

フィギュアのトゥループのような動きで

迫ってくる。両腕を大きく広げ、その先の爪で

相手を切り裂こうとする動きは、さながら

ドリルマシンだ。

 

しかし……。

「はぁ。本当なら温存しておきたかったんだけど……」

雫はポツリと呟いた。直後。

 

「クロックアップ」

もう一度彼女は呟いた。直後、雫のジョーカー

タイプCの内部をタキオン粒子が流れる。

 

そして……。

『フッ!』

雫のジョーカーが消えた。それに魔物達が

戸惑うよりも早く。

 

『『『ズバババッ!』』』

3体の胴体が一刀両断された。鮮血をまき散らし

ながらビッグフッドモドキの骸が雪の上に転がる。

 

そして、何も無い場所に突如として雫の

ジョーカーが現れる。

 

『Clock Over』

と、同時に流れる電子音声。それを見ていた

私達は……。

 

「実戦用のクロックアップシステムはどうやら

 問題無いようですね」

「だね。にしても司の技術力は相変わらず

 だけど、何とか間に合ったね」

「えぇ」

私はハジメの言葉に頷く。

 

「神との決戦が近い今、ジョーカーシリーズの

 アップデートは急務でした。タキオン粒子を

 使用しての超高速戦闘が可能なクロック

 アップに対応出来るのはクロックアップ

 だけです。これがあるだけでも、戦闘は

 かなり優位になるでしょう」

そう語りながら私は彼女達の戦いへ視線を戻した。

 

「おぉら天之河っ!龍太郎もっ!お前等も

 クロックアップ使ってみろってっ!今のうちに

 なれておけよっ!」

そこに叫んで指示を出す蒼司。

 

「う、く、クロックアップっ!」

「おっしゃっ!クロックアップっ!」

天之河はどこか戸惑いながらも。龍太郎は

頷きながら、それぞれ音声コマンドにて

クロックアップを発動。一瞬で鈴が足止めを

していた相手をぶった切り、殴り飛ばした。

 

さて、これで戦闘は終了。私達は彼等の傍に

歩み寄った。

 

「どうだ?ジョーカーを使っての初戦は?」

「おぉっ!やっぱこれすげぇな司っ!

 何か、自分が何倍も強くなった気がするぜ!」

「鈴もっ!これのおかげで新魔法も簡単に

 使えるし、ありがとうっ!」

「あ、あぁ。やっぱり、すごいなこれ」

3人の感想を聞きつつ、天之河はどこか

釈然としない様子だった。

 

恐らく、私からもたらされたアイテムである事

を今も気にしているのだろう。まぁ良い。

 

「さて、では諸君。ここからは大迷宮だ。

 気を抜くなよ?行くぞ」

 

そして、私を先頭に皆歩き出した。

 

こうして私達の最後の大迷宮攻略が始まった。

 

     第80話 END

 




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第81話 驕り

大変遅くなりましたが、最新話です。


~~~前回のあらすじ~~~

最後の大迷宮であるシュネー雪原へと向かう司たち。今回は、光輝、龍太郎、鈴の3人も含めた合計12人で大迷宮に挑む事になった。ジョーカーを司より貰い受けての、大迷宮攻略。入り口前で現れたビッグフッド型の魔物も、新装備を持った光輝たち3人と雫の健闘もあって撃破。彼等はついに最後の大迷宮へと足を踏み入れたのだった。

 

 

私達が突入した洞窟はさながらミラーハウスのようだった。内部の通路は大きいが、壁が全て透明度の高い氷で出来ているためそこに人影が映り込んでしまう。だからミラーハウスのようなのだ。そして更に、ここは洞窟の中だと言うのに雪が舞っている。

 

しかもこの雪は極低温で、生身で触れれば凍傷は免れない。まぁ、今の私達はジョーカーを纏っているから問題無い。蒼司も、周囲にエネルギーフィールドを張って雪を防いでいる。

 

戦闘を、近接戦の心得がある龍太郎が進んで居る。『一番前は俺に任せろ』と言うので、彼に頼んだ。もっとも、内部に突入してから今まで一度も戦闘は無い。龍太郎の後ろを天之河、雫、蒼司、鈴の順に付いていく。更にその後ろを、私を先頭にティオ、シア、ハジメ、ユエ、ルフェア、香織の順で続いている。

 

皆、それぞれの武器を手にしたり、魔法を発動出来るようにした臨戦態勢のまま進んで居る。

 

そして……。

「ん?おい皆、あれ何だ?」

先頭を歩いていた龍太郎が何かに気づいて前方を指さした。それは、人、正確には魔人族だった。それが、壁となっている氷の中に埋まっているのだ。

 

「……龍太郎、天之河。調べるぞ、来てくれ」

「え?お、おぉ」

「おうっ」

俺が名前を呼ぶと、天之河の方は戸惑った様子だ。……まぁ、お互い相手に良い感情を持っていないのは百も承知。だがここは大迷宮でどんな危険があるか分からない。そして今の我々はチームだ。だから少しは協力して貰おう。

 

「他の皆は念のため周囲の警戒を」

そう言って指示を出し、私は2人と壁の傍に近づく。

 

「完全に氷に埋まってるな、こりゃ」

「あぁ。しかし、どうやったらこんな風になるんだ?見たところ、氷の壁に寄りかかった後、まるで氷の中に取り込まれたような……」

 

そう言って天之河が氷の方へ手を伸ばす。

「ッ、待て」

それを咄嗟に私が左手で遮る。

「な、何だよ新生っ!?」

「不用意に触るな。今天之河が言った通りなら、下手に触れると、氷の中に取り込まれる可能性があるぞ?」

「っ!?」

私の行為に最初は声を荒らげた天之河だが、その言葉を聞くと息を呑んで手を引っ込めた。

 

「にしたって、なんで魔人族がここに?」

「奴らの隊長でもあるフリードはここで神代魔法を手に入れた。それを知った他の魔人族たちが、第2のフリードになろうとここへ挑んだのだろう。だが、試練を突破する事は叶わずここで……。と言う事だろう」

龍太郎の言葉に応えながら立ち上がる。

 

「触れるだけでは取り込まれないかもしれないが、念のためだ。皆、壁には基本触れないようにしておこう」

私の言葉に、皆が頷く。そのまま私達は歩みを進める。幸い、内部はエコーロケーションによるマップ作成と、樹海の大迷宮で手に入れた羅針盤もあって、迷路のようにいくつも枝分かれしている大迷宮の中を迷う事無く進んで居た。

 

が……。

 

『ピクッ』

 

私の傍を歩いていた蒼司が何かに反応して眉をひそめた。彼は即座に振り返り、ガルグイユの柄に手を掛けた。それを前にして、私も即座にアレースを抜いて振り返る。

 

「蒼司?」

それに雫が問いかける。ハジメ達も一瞬理解が追いつかなかったのか、呆然としている。しかし……。

 

「足音、後方からだ」

「「「「「「っ!!」」」」」

蒼司の言葉にハジメや香織、雫や龍太郎、天之河、鈴らが息を呑み、即座に武装を構えた。ハジメや香織、ルフェアはアテンを構える。ユエは各部のジェネレーターを光らせ、魔法の準備を。シアとティオは、それぞれアータル・アックスモードと玄武を構える。天之河や雫もマスティマや青龍を構え、龍太郎と鈴も、それぞれ臨戦態勢だ。

 

だが……。

 

「ッ!?」

今度はシアが気づいて振り返る。

「皆さんっ!前からも来ますっ!」

「えっ!?」

シアの言葉にハジメが驚きの声を上げる。

 

「今から名前を呼ぶ者は来た道側の迎撃をっ!名を呼ばれなかった者は後ろを頼みますっ!割り振りは、私、ティオ、ハジメ、香織、ルフェア、シアの6名は前方をっ!残りの6名は後方の迎撃をっ!」

 

「「「「「「了解っ!」」」」」」

「って事は、俺らは後ろだな光輝っ!」

「あ、あぁっ!」

「や、やってやるんだからっ!」

 

後方は、雫、龍太郎、天之河、鈴、蒼司、それとユエに頼む。ユエの超火力の魔法と蒼司がいれば、恐らくは何とかなるだろう。

 

6人一チームに分かれた私達は背中合わせのまま敵を待つ。

「にしても、後方からってどういうこと?司の索敵能力にも引っかからなかったのに」

「可能性として考えられるのは、何らかの方法で隠れていたか、或いは仮死状態だったか」

私はハジメの言葉に応える。

 

「仮死状態、って?」

「あくまでも私の索敵能力は第1に『生命体を検知する事』を前提としています。仮に仮死状態だったならば、索敵能力に引っかからなかったとしてもある程度説明が出来ます。生命体を検知する力は、遠くまでの索敵を可能としていますが、反面生きていなければ捕捉する事が出来なかった、と言う訳です」

 

そう、話していると……。

「おしゃべりはそこまでだな。来やがったぜ」

そう言って警戒を促す蒼司。すると聞こえてくるうなり声。その恐ろしい声に鈴などはビクッと体を震わせている。

 

そして、前後の暗がりの中から現れた『それ』は……。

 

「ぞ、ゾンビッ!?」

 

現れたそれは、魔人族の軍服を着ているが、肌が真っ青で体のあちこちに霜がある。そしてその瞳を赤黒い光で爛々と輝かせている。だが魔人族だけではない。ここに来るまでに見つけた、氷壁の中に埋まっていた死体がチラホラといる。

 

大半は魔人族だが、人間の冒険者の姿もある。そしてそのゾンビを前にしてハジメが素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「だと良いがなっ!こいつらがゲームのゾンビと同じなら、頭吹っ飛ばして終わりだが、生憎ここは大迷宮だっ!そう簡単かどうかっ!」

 

ハジメの言葉に蒼司が応え、ガルグイユを構える。

 

「……来るぞっ。総員、戦闘態勢……っ!」

 

私の言葉に、皆が改めて武器を構え直した。刹那。

 

『『『『『ヴァァァァァァァァッ!!!』』』』』

 

本当にゲームのゾンビのような雄叫びを上げながら、氷漬けのゾンビたち、さしずめフロストゾンビ達が前後からこちらに向かって来た。

 

「射撃と魔法に自信のある者は頭部を狙えっ!それ以外は接近戦で囲まれないように留意せよっ!ジョーカーの装甲が突破される可能性は低いが、組み敷かれぬように注意をっ!戦闘開始っ!」

 

私の合図で全員が攻撃を始める。ハジメや香織、ルフェアなどは手にしたアテンから光線を放ち、ユエやティオ、鈴は魔法を放つ。私や蒼司、雫や天之河は手にしたアレースやガルグイユ、青龍やマスティマを振って斬撃を放つ。龍太郎は拳の衝撃波を飛ばして攻撃する。

 

攻撃を食らったゾンビは、どうやら内部まで凍っているのか砕け散り欠片が周囲に飛散する。

「こいつら、凍ってるから思ったより砕きやすいぞっ!」

「だったらぁっ!」

蒼司の言葉を受けて龍太郎はラッシュを繰り出す。ガトリングのように放たれる衝撃波が次々とゾンビ達を砕いていく。が……。

 

「むっ!?皆、あれを見るのじゃっ!」

戦っていたティオが砕けたゾンビを指さす。見ると、まるで時間を巻き戻すかのように体を粉砕されたゾンビの欠片が集合・合体し元通りになってしまった。

 

「再生するっ!?」

ハジメは驚きながらもそのゾンビの頭をアテンで撃ち、蒸発させた。流石に細胞レベルで蒸発してしまえば、再生のしようが無いのか頭を失ったゾンビは倒れて動かなくなった。

 

……かと思いきや、起き上がってきたではないか。

「嘘でしょっ!?頭無いのに何でっ!?」

これには驚き声を荒らげるハジメ。更に……。

 

「な、何か火属性の魔法使うとすんごい魔力量持って行かれるんだけどぉっ!」

鈴の悲鳴が響く。

「恐らく炎系の魔法が阻害されておるのじゃっ!」

鈴の声にティオが応える。

 

「鈴っ!ここは魔法を使わずに両掌にあるビーム砲を使って下さいっ!」

私は迫り来る敵を衝撃波で吹き飛ばしながら叫ぶ。

「あなたのタイプTSにはユエのタイプUと同じように、掌に魔力を純然なエネルギーに変えて放つビーム砲がありますっ!それを使って下さいっ!」

「う、うんっ!」

 

私の言葉に頷くと、鈴は両手からビームを放ってゾンビを迎撃し始めた。私は改めて前方を見据え、ゾンビ共を衝撃波で粉々にしながら吹き飛ばすが、再び合体して起き上がり、向かってくる。

 

「このっ!!」

その時、ハジメのアテンがゾンビの両足を撃ち抜いて消滅させる。そうか。足か。

「各自っ!アテンを使える者はこれに切り替えて奴らの足を狙えっ!頭が無くなって動けたとしても、足が無くなれば移動速度を低下させられるっ!」

 

「「「「了解っ!」」」」

私の言葉にハジメ、香織、ルフェア。更にアータルを地面に突き刺してアテンを取り出したシアが答え、アテンの熱線で次々とゾンビ共の足を消し飛ばしていく。

 

「蒼司っ、私と交代ですっ」

「了解っ!」

そして私と蒼司が位置を入れ替え、私もアテンを取り出して前方のゾンビの足を次々となぎ払っていく。

 

「司っ!今更だけどG・ブラスターは!?」

「いえっ。あの超火力では、下手に使うと洞窟が崩落する危険がありますので、今は……っ!」

確かに、ハジメの言うとおりG・ブラスターを使えばこいつらを消し去る事は出来るだろう。だが、洞窟というこの環境では……。大迷宮を破壊しかねないし、それでは神代魔法が手に入らない。

 

「にしたって、何なんだこいつらっ!?頭が無くなっても動くってっ!操り人形じゃあるまいしっ!」

その時叫んだ龍太郎の声に、私はピンときた。

 

「各自っ!時間を稼いで下さいっ!」

「どうしたのっ!?」

私の言葉に雫が叫ぶ。

「龍太郎の言葉で理解しましたっ。こいつらは恐らく、人形。操られているロボットのようなものですっ。こいつらの体内にコアである魔石などは発見出来ない事からして、どこかで何かがこいつらを操ってる可能性がありますっ」

「ガンダ○の○ァンネルみたいなものって事かっ!」

ハジメが私の言葉を聞いて叫ぶ。

 

「ならば操っている者が近くに居る可能性がありますっ。それを索敵するので、20秒、いえっ、15秒時間を下さいっ!」

「分かったぜオリジナルっ!お前等っ!気合い入れろっ!高々15秒。お前等なら余裕だろうっ!」

私の言葉を受けて蒼司が叫ぶ。

 

私はその場に膝を突き、自分の中の索敵機能をフル活用する。如何に秘匿しようと、コントロールしているのならその流れは必ず存在する。それを探す。この氷漬けのゾンビ達から情報を読む。1匹に狙いを付け、そいつを精査していく。…………見つけた。かなり厳重に隠されていたが、指示を飛ばすその力を。その主をっ!

 

「目標発見っ!前方の離れた地点に魔石と思われる反応ありっ!恐らくこれが、このゾンビ共を操っていると思われるっ!」

「じゃあその魔石を破壊しない限り、ずっと戦えって事っ!?」

私の叫びにハジメが答える。

 

「じゃあここでこうしててもダメなんじゃっ!?」

「えぇっ。香織の言うとおりです。ですから、早急に連中の包囲を突破しっ、魔石の破壊を優先しますっ!総員、私に続いて下さいっ!このゾンビの群れを突破しますっ!」

 

そう言って駆け出すと、私に続いてハジメ達が。少し遅れて雫たちが続いた。最後尾を蒼司が走る。私は前面に不可視の物理シールドを展開しながら走る。

 

ゾンビ映画で車がゾンビの群れを弾き飛ばしながら進むように、無数のゾンビ共がシールドに弾かれ宙を舞う。

 

そして、先頭を走る私に続くハジメ達。しかしその後ろを更にゾンビ共が『ドドドドドッ!』と地鳴りのような足音を響かせながら追ってくる。

 

「ひぃっ!?何か凄い勢いで追ってくるよぉっ!」

最後尾を歩いていた鈴が悲鳴を上げる。

 

「ちっ!各自っ、分かる物はスロットからプラズマグレネードを取りだして後方に投擲っ!少しでも時間を稼げっ!」

私の指示を受けて、ハジメや香織、ユエ、ティオ、シアらがジョーカーの左腰のスロットからプラズマグレネードを取り出し、スイッチを落とすと後方へと投げた。

 

数秒の間を置き……。

 

『『『『ドォォォォォォォンッ!』』』』

グレネードの炸裂と共に広がったプラズマに突っ込んだゾンビ達が跡形も無く消滅していく。が……。

 

『『『『『『どどどどどどどどどっ!』』』』』』

倒しても次が追ってきた。

 

「ダメだっ!完全に焼け石に水状態だよ司っ!」

「ならば仕方無いかっ。とにかく足を止めずに前進っ!奴らの相手はするなっ!」

「す、するなって言われてもぉっ!」

そう言って鈴は肩越しに振り返り、片手からビームを放つ。それがゾンビの腕を溶断し落としたのだが……。

 

『カサカサッ!』

千切れた腕がGみたいな動きで追ってくるではないか。

「ひやぁぁぁぁぁぁっ!リアルバイオはダメェェェェェッ!」

悲鳴を上げる鈴。香織とシアは、何も言わずに前だけを見て走っている。しかし、各機のバイタルデータを閲覧出来る私から見ると、かなり心拍数が上がっている。どうやら、2人もゾンビは無理なようだ。

 

「とにかく駆け抜けろっ!今は前だけを見て進めっ!」

全員が全力で地を蹴って駆ける。ジョーカーの補助もあってかなりの速度だが、ゾンビ共も負けじと追いかけてくる。それでもジリジリと距離を離していると……。

 

突如として我々全員が大きなドーム状の空間へと出た。空間はかなり広大で、大きさは東京ドームと同等だ。そして、ついにジョーカーのレーダーでも捉えた。今正に入ってきた入り口とは逆。前方の氷壁の中にあるコアらしき反応。

 

「香織っ!コアらしきものの位置データを送りますっ!」

「任せてっ!ミスラで狙撃するっ!」

 

香織は足を止め、19ミリのミスラを取り出し狙いを定める。が……。

「直上っ!敵機多数っ!」

ハジメの叫びを受けて香織以外が視線を上げる。見ると、上空から氷で出来た大鷹が無数に襲ってくるではないか。それがまるで、銃弾の雨のように襲いかかってくる。

 

「総員迎撃っ!香織をフォローしろっ!」

私が指示を出した次の瞬間、ハジメは両手に召喚したグリムリーパーのマシンガンで。ユエと鈴は掌のビーム砲で。ルフェアは2丁のバアルで。シアはアータルのラッシュモードで。ティオや雫、蒼司、天之河は斬撃波で。龍太郎も衝撃波を放って迎撃し、私もタナトスを撃ちまくる。

 

そして……。

 

「そこっ!」

香織がミスラの引き金を引いた。爆音と共に発射された19ミリが氷壁を貫き、コアを目指して突き進むが……。

 

何とコアが氷壁の中を泳ぐように移動し、ミスラの19ミリを回避したではないか。

「コアが動いたっ!?」

「ロードっ!それに皆もっ!恐らく、以前アンカジでオアシスを汚染したバチュラムの同類じゃっ!」

「それって水の化け物の、スライムモドキだよねっ!?」

ティオの言葉にハジメが迎撃しながら反応する。

 

「って事は、まさかこの周りの氷、全部アイツの支配下って事!?」

「恐らくはっ!」

ルフェアの言葉に答えるティオ。と、その時、周辺の氷壁から氷で出来た2メートルサイズの狼が現れる。更に追ってきたフロストゾンビと、空を舞う氷の鷹、フロストイーグル。その数は多く、3種類合わせれば1000に届きそうな勢いだ。しかもこれらは不死身と来た。

 

と、そこに更に、魔石の埋まっていた氷壁がせり出し、周囲の氷を取り込んで形を為した。それは、かつて私達がカトレアと戦った時に従えていた6本足の亀の魔物に似ている。だが、こっちは20メートル級の巨体を誇り、体も全て氷で出来ている。

 

更に奴が咆哮を放つだけで衝撃波が襲いかかるが、それは私のシールドを破壊するほどではない。

 

フロストゾンビ、フロストイーグル、フロストウルフの群れに、ボスらしき巨大な氷亀。

 

「各自、気合いを入れろ。ここが第1の正念場だ」

私が声をかければ、ハジメやルフェア達が各々の武器を構える。蒼司や天之河たちもだ。

 

「ここからは、こちらが全滅するよりも早く、あの巨大な亀の内部にある魔石を破壊しなければならない。なので、チームを2分する。片方は雑魚を引きつけつつこれを撃破。もう片方は、奴の撃破を狙う」

 

そう言って私はアレースの刃の切っ先を氷亀に向ける。

 

「さて、その人選だが。……天之河、龍太郎、鈴、雫、蒼司、それと香織。お前たちがあの亀をやるんだ」

「えっ!?」

私の言葉に驚いたのは天之河だ。

 

「なっ、ど、どうして俺達なんだ!?」

「……お前達は皆、自分達の意思でこの大迷宮に来た。各々、試練を突破し力を得るために。違うか?」

「「「っ」」」

私の言葉に、天之河、龍太郎、鈴の3人が息を呑む。

 

「お前達の力をこの大迷宮に示せ。でなければ、樹海の二の舞だ。お前達は神代魔法を手に入れられない。……同じ過ちを繰り返すつもりか?」

その言葉を受け取った彼等は……。

 

「分かったっ!俺達だけでやってやるっ!龍太郎っ!鈴っ!香織っ!雫っ!フォローを頼むぞっ!」

そう言って天之河はやる気を見せる。

 

「よぉしっ!そうだな光輝っ!いっちょやるかっ!」

「うんっ!フォローするよっ!」

「しょうが無いわねっ!行くわよっ!」

龍太郎、鈴、雫が答えそれぞれの武器を構える。私は香織と蒼司に目を向ける。

 

「2人は4人のフォローをお願いします」

「うん。任せて」

「OKだ、オリジナル」

2人の言葉を受けて、私は改めて周囲を見回す。ジリジリと雑魚たちが包囲網を狭めてくる。

 

それを前に私もアレースを構え、ハジメ達と並ぶ。

 

「雑魚はこちらで引き受ける。お前達の力を奴に見せつけてこいっ!」

 

そう言って私とハジメ達は雑魚目がけて駆け出した。天之河たちも氷亀、フロストタートルへと向かっていく。

 

 

~~~~

「よっしゃぁっ!切り開くぜぇっ!」

まず最初に動いたのは蒼司だった。彼はガルグイユを振り抜き、巨大な斬撃波を放ってフロストタートルまでの道を塞ぐ雑魚を粉砕してしまう。それがすぐさま修復されていくが、修復された傍から蒼司が切り裂き破壊していく。

 

「雑魚とフォローは任せろっ!お前達は奴に集中しろっ!」

「了解っ!行くわよ光輝っ!龍太郎っ!」

「あぁっ!」

「っしゃぁっ!」

 

雫が先頭で駆け出し、光輝と龍太郎が続く。

「はぁっ!!」

そして、まずは雫が一閃。有線でジョーカーと接続された青龍が圧倒的な熱量を持ち、それがフロストタートルの足を1本、切り裂いた。

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

更に龍太郎の渾身の一撃が、もう1本の足を殴って粉砕した。

6本の内、前足2本を砕かれたフロストタートルはバランスを崩しそうになり、顔が前のめりになる。

 

「まずはこいつの動きを止めるっ!光輝っ!トドメは任せたわよっ!」

「分かったっ!神威の準備をするっ!鈴っ!」

「うんっ!フォローするよっ!」

敵を倒すために準備を始める光輝とそれを守る鈴。

 

すると、足を止めた事で狙われたのか、2人目がけてフロストタートルが大口を開け、そこから氷雪のブレスを放った。怪獣の放つブレスもかくやの大きな渦が迫る。絶対零度の冷気は喰らった者を凍結させ、それに耐えてもブレスの中を飛ぶ氷片が相手を切り裂く。

 

が……。

 

「させるかよぉっ!!!」

2人の前に躍り出た蒼司の握るガルグイユが空間を切り裂き、ブレスは時空の裂け目へと消えていく。

それに驚愕した様子に僅かに後退るフロストタートル。それが隙となる。

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」

雫のタイプCと龍太郎のケンプファーモデルが攻撃を仕掛ける。振るわれる青龍の一刀が足を切り裂き、ケンプファーモデルの拳が頭の一部を粉砕する。

 

だが……。

『クルアァァァァァァンッ!!』

フロストタートルの砕けた頭が咆哮を上げた。直後。

「っ!?2人とも下がれっ!」

蒼司の声が響く。

「「っ!?」」

雫と龍太郎の2人は考えるよりも先に、その場を飛び退いた。

 

直後、2人がいた足下から氷の柱が飛び出してくる。

「ッ!?あいつの固有魔法かっ!?」

龍太郎は叫びながらも下がり、鋭い氷の柱を避ける。

 

「それでもっ!」

雫は飛び上がると空中をジョーカーに搭載されている空力を生かして、駆け抜ける。しかしその道を阻むように、無数のフロストイーグルが雫のタイプCに襲いかかった。が……。

 

「遅いっ!クロックアップっ!!!」

次の瞬間、雫のタイプC全体をタキオン粒子が満たしその姿が消えた。

「おぉしっ!俺もっ!クロックアップっ!」

更に雫に次いで龍太郎もクロックアップを発動した。

 

神速の域へと至った2人が戦場を駆け巡る。瞬く間にフロストイーグル、フロストウルフの群れが砕け散っていく。タキオン粒子を持たないフロストタートルには、2人の攻撃に対応する術が無い。2人の攻撃がその体を削っていく。

 

しかしフロストタートルも、負け時と自身の周囲や自分自身の体から氷柱を打ち出し、2人を遠ざけた。

 

『『Clock Over』』

 

そして、システムが自動的にクロックアップを停止させてしまう。タキオン粒子はジョーカー内部で生成される訳ではなく、こちらは蒼司、或いは司から補給を受けなければならない。なので内部に貯蔵された粒子を使い切ると、補給するまでクロックアップシステムは使えない。

 

「ちっ!攻めきれねぇかっ!」

「流石は大迷宮の敵。一筋縄じゃいかないわね」

龍太郎と雫は、マスクの下で険しい表情を浮かべながらも向かってくるフロストイーグルとウルフの群れを蹴散らす。

 

しかし、時間稼ぎは十分だった。

「雫っ!龍太郎っ!下がれっ!」

 

不意に響く光輝の声。2人が振り返ると、光が光輝の武装であるマスティマへと収束していた。

神威の準備は整った。しかも光輝のジョーカー、タイプAKにはユエや鈴のウィザードモデルとは逆に、エネルギーを魔力に変換するシステムが内蔵されている。ジョーカーが持つ莫大なエネルギーを魔力に変換して練り上げる事で、神威の威力を引き上げる事が可能なのだ。

 

そして、光輝の言葉を聞いて2人がフロストタートルの前から飛び退く。

「行くぞ化け物っ!『神威』っ!」

 

突きの動きから放たれた神威は、直径5メートルはあるかという光の柱となってフロストタートルへと突き進む。

 

しかしフロストタートルも、ただで神威を受ける気は無いようだ。その巨体を動かして神威に背を向ける。そして背中の甲羅を円錐状に変化させた。どうやら神威の力を分散して受け止めようと言う作戦なのだろう。

 

『ドガァァァァァァァァァッ!』

甲羅に命中する神威。それを防ごうとするフロストタートル。

 

しかし、ジョーカーのスペックやシステムによって強化された光輝の神威の威力は、フロストタートルの防御を打ち破るには十分だった。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

圧倒的な熱量を持つ神威の前に、氷の装甲は瞬く間に溶け出し蒸発していく。蒸発した水分によって水蒸気が発生し、周囲に広がっていく。

 

「証明してみせるっ!俺の強さをっ!そしてっ!もっと大きな力を手にするんだぁっ!」

 

咆哮を上げながら神威を放つ光輝。

 

『力の証明、ねぇ』

その時、敵と戦いながら蒼司は光輝の様子を見つめていた。

 

『お前は何の為に戦う。勇者君。……この世界の平和のためか、仲間のためか。……それとも或いは、『自分自身の正しさ』のため、か』

 

蒼司は、呆れつつも警戒するような視線を光輝に向けるのだった。

 

 

神威とフロストタートルの拮抗は、すぐに破れた。強化された神威の一撃は、防御を突破してフロストタートルを飲み込んだ。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

最後のダメ押しとばかりに、ありったけのエネルギーを魔力に変換して放ち続ける光輝。

 

そして、神威に飲み込まれたフロストタートルは、最後は全身を蒸発させられ、体内にあったコアである魔石も、神威の前に砕け散ったのだった。

 

そして、魔石が砕け散った事で、他の魔物達も次々と体を崩し、ただの氷片へと成り果てた。

 

「ハァ、ハァ、ハァッ!」

肩で息をする光輝。だが、彼はやがて視線を上げると、目の前に広がる神威によって削られた大地を見つめる。そして、敵が居なくなった事や、最後に砕いた魔石の感触。それらを受けて彼は……。

 

「よしっ……!」

小さくガッツポーズを浮かべていた。

 

「お~~い!光輝~~!やったな~~!」

そこに龍太郎が駆け寄ってくる。

「あ、あぁっ!」

光輝も、マスクの下で笑みを浮かべながらそれに答える。だが……。

 

『新生から与えられたジョーカーがあるとは言え、俺でもあの怪物を倒せたっ!そうだ、俺はこの前までの俺じゃない。俺だって確実に強くなっているはずだっ!これならっ!』

 

光輝は、マスクの下で密かに司と蒼司、そしてハジメへと目を向ける。

 

 

確かに光輝達は魔物を退けた。だがしかし、この勝利が『驕り』を生んでしまうとは、誰も思わないのであった。

 

     第81話 END




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