七難八苦戦記 (戦国のえいりあん)
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登場人物一覧

ここの記事の内容は私の気分と物語の進行度で変わることがあります!

記事を更新しました!
このページを編集するのも久しぶりですね…
でも、こういう紹介文を作るのが好きなので、時間があれば頑張って編集しますよ!
今回は新キャラの説明が多いです!


●尼子家

 

 

 

○ 清河宗秀(きよかわむねひで)

 

 

年齢:26歳

 

一人称:俺

 

性別:男性

 

異名:なし

 

能力値: 統率:30 武勇:38 知謀:78 政務:79

魅力:90 お人好し:100

 

イメージCV:堀秀行さん

 

本作の主人公。戦国時代にタイムスリップした現代の青年で山中鹿之助との出会いを機に尼子家に身を寄せる。

その後、滅亡した尼子家を再興のために鹿之助たちと共に強大な勢力を誇る毛利家との戦いに身を投じることになった。

心優しく穏やかな性格でかなりのお人好し。だがここぞという時には周囲の者が驚くほど勇猛かつ大胆になる一面がある。暴力を特に嫌っており敵兵を殺害することに迷いを抱いている。自身は気づいていないが人を惹き付ける不思議な魅力を持ち、多くの人物から慕われている。知り合いも多く、本阿弥光悦を初め数々の芸術家たちや商人たちとの人脈を持つ。

絵が得意でその腕前は即興で描いた絵がプロが描いたと間違えるほどの腕前。きっかけは小学生の時にアニメにハマり自分も同じようなものを描いてみたいと思ったからだそうで、暇があればいつも練習し時には寝る間も惜しんで描き続けた結果、いつの間にかこうなったらしい。その絵は当時の芸術家である光悦や永徳たちも絶賛するほど。

 

 

○山中鹿之助(やまなかしかのすけ)

 

 

年齢:17

 

一人称:私

 

性別:女性

 

異名:三日月武者、山陰の麒麟児、

 

能力値: 統率:78 武勇:94 知謀:22 政務:16

魅力:80 ドM:100

 

イメージCV: 高田憂希さん

 

尼子家の家臣。名は幸盛。類稀なる武勇を持ち、戦場では小細工を好まず勇猛果敢に戦う。敵にも恐れられるほどの姫武将だが、重度のドMで変態。いつも一人で勝手に興奮し口癖である「七難八苦です…!」と言って周りを困惑させる。尼子家の再興を悲願とし、どんな困難と屈辱にも屈しない覚悟を示すために三日月に「我に七難八苦を与えたまえ!」と願った結果、本当に災難が絶えなってしまい、いつしか苦難がなければ落ち着かなくなり今の性格になった。武勇に優れるが知謀はからっきしで簡単な敵の策にも容易く引っかかる脳筋姫武将だが、その不屈の闘争心と尼子家に対する比類なき忠義は本物。

主人公の宗秀とは仲良しで互いに強い信頼で結ばれた戦友の間柄であり二人で尼子家の戦力の中心として重きを成す。

 

 

○立原久綱(たちはらひさつな)

 

 

年齢:32

 

一人称:わし

 

性別:男性

 

異名:なし

 

能力値: 統率:70 武勇:68 知謀:70 政務:74

魅力:76 強面:100

 

イメージCV: 稲田徹さん

 

尼子家の家臣。主君である義久の近習頭を務める。山中鹿之助の叔父にあたり髪色と瞳の色は彼女と同じ。姪である彼女のことを気にかける一方でその性格と言動に頭を悩ませている。

尼子家が滅亡後は、再興軍の中心人物として宗秀、鹿之助と共に新当主である勝久を補佐している。戦場では最前線で指揮を取る勇猛な武将で敵である毛利家からもその名を知られている。本人も気にしているが、強面であり家中の者たちからも畏怖されている。幼いころから鹿之助の面倒をみており家中随一の武勇を持つ彼女も久綱には頭が上がらない。厳格そうに見えるが人当たりもよく面倒見のよい性格で家中のまとめ役。

本作のオリジナルキャラクター。

 

 

◯尼子勝久

 

 

年齢:13

 

一人称:私

 

性別:女性

 

異名:尼子再興軍総大将

 

 

能力値:統率:40 武勇:28 知謀:60 政務:62 魅力:84 恋愛好き:100

 

イメージCV:豊崎愛生さん

 

尼子誠久の娘。尼子義久を除いた一門最後の生き残りで、父である誠久が「新宮党事件」で暗殺された時はまだ赤子だったことから命は助けられその後、縁のあった京の東福寺に預けられ寺娘として育てられた。十三歳になった頃、主家再興を志す尼子の遺臣である久綱や鹿之助たちと運命的な出会いを果たし当初は困惑し拒絶していたが宗秀の熱心な説得に心を動かされ尼子再興軍の総大将となった。

真面目だが内気な性格で誰に対しても敬語で話すが覚悟を決めた時は猛将であった誠久譲りか幼少ながらも芯の強さを見せる。幼い頃から寺娘として育った影響か信仰深く、時間があれば祈りを捧げ戦没者や散っていた仲間たちを弔っている。古典や恋愛に関する物語を読むことが趣味。

宗秀を父親のように慕っており、彼に強い信頼を寄せている。

本作のオリジナルキャラクター。

 

 

◯世鬼蛍

 

 

年齢:12

 

一人称:あたし

 

性別:女性

 

異名:なし

 

能力値:統率:40 武勇:12 知謀:79 政務:28

魅力:60 ドジ:100

 

イメージCV:上坂すみれさん

 

宗秀の忍び。正体は毛利家のお抱え忍者集団の頭領・世鬼政時の娘。武術も人並み以下で忍術の才能も全くないことから父である政時や里の忍者たちからも無能扱いされていた。とある任務で敵方の城に潜入したが、失敗して捕らわれ凄惨な拷問を受けていたが命からがら脱出し死にかけていた所を宗秀に救われた。その後は救われた恩返しと宗秀の人柄に惹かれた彼女が彼と"ずっと一緒に居たい"という願いから宗秀個人の忍びとなり再興軍の一員となった。

自身を救ってくれた宗秀に絶対の忠誠を誓っており、彼のためなら喜んで死ぬと言うほど。無口かつ無愛想な性格で里での経験から他人には閉鎖的で無関心だが、主君である宗秀には寂しがりやで素直な本性を見せる。拷問の影響で顔と身体には痛々しい傷跡が残っており特に左目は損傷が酷く後遺症によりほとんど見えなくなっている。武術の才能はないが隠密行動と諜報能力に優れ、破壊工作や流言工作を得意としている。本人は否定しているが、ドジな一面があり時にとんでもない大失態を引き起こしてしまう時がある。

本作のオリジナルキャラクター。

(名前の由来はゲーム・毛利元就の誓いの三本の矢のキャラクターから)

 

◯宇山久兼(うやまひさかね)

 

年齢:56

 

一人称:わし

 

性別:男性

 

異名:なし

 

能力値: 統率:60 武勇:48 知謀:74 政務:82

魅力:86 忠臣:100

 

イメージCV: 井上和彦さん

 

尼子家の家臣で「某聖」と恐れられた尼子経久の代から仕える宿将。家中からの人望も厚く兵たちからも慕われていた。第二次月山富田城合戦の際は兵糧を調達するために私財を投げうって兵糧を購入し、包囲されている中、それらを運び込む危険な作戦を行った。しかし作戦は半ば失敗に終わり、それが原因で主君である義久に内通を疑われ死罪を命じられた。死の間際、宗秀に武士の心構えと自身の信念について語り、宗秀や鹿之助たちに尼子家の未来を託して斬首となった。宗秀の精神面に大きな影響を与えた人物で久兼の言葉で宗秀は戦国時代を生きる覚悟を決めた。

本作のオリジナルキャラクター。

 

 

◯尼子義久(あまごよしひさ)

 

年齢:20

 

一人称:私

 

性別:男性

 

能力値: 統率:18 武勇:15 知謀:31 政務:40

魅力:20 悲運:100

 

尼子家七代目当主で晴久の嫡男。父・晴久の急死により家督を継ぐことになるも若輩で経験が浅かったため家中を上手くまとめることができなかった。毛利軍の進攻を阻止できず、出雲の大半を失い父祖が築いた勢力を奪われてしまうことになる。最後の拠点である、月山富田城で毛利軍を迎え撃つが、対応が後手に回り次第に疑心暗鬼に陥っていった。そして重臣の宇山久兼を謀叛の疑いで死罪にしてしまったことで、尼子軍は戦意を喪失しなすすべも無く降伏することになった。その後、安芸の円明寺に幽閉され余生を過ごした。

尊大でひねくれた性格だが、彼なりに尼子家をなんとかしようと陰ながら努力していたことが本人の口から明かされた。

本作のオリジナルキャラクター。

 

 

●毛利家

 

 

◯毛利元就

 

年齢:74

 

一人称:わし

 

性別:男性

 

異名:謀神、中国の覇者

 

能力値:統率:96 武勇:72 知謀:100 政務:98

魅力:89 家族思い:100

 

 

イメージCV:柴田秀勝さん

 

安芸の戦国大名。毛利弘元の次男。権謀術数を駆使し勢力を拡大し、一代で一豪族から中国地方をほぼ制覇した戦国時代屈指の謀略、戦略家。戦った合戦は生涯二百戦以上で、その並外れた知謀と軍略から「謀神」の異名で諸大名から恐れられている。しかし、同時にその数々の謀略が影響で商人を始めとした諸勢力から非常に嫌悪されている。すでに齢七十を越える老人で、長きに渡る戦の過労と嫡男である隆元を失った衝撃から生きる気力を失い生命の危機を迎えている。

家族を何よりも大切にし、その結束をくどいほどに訴えた。彼の長い説教に娘たちはうんざりしている。「三本の矢」や「百万一心」など彼の残した教えは五百年経った現代にも語り継がれている。

 

 

◯吉川元春

 

年齢:19

 

一人称:自分

 

性別:女性

 

異名:毛利の両川、豪勇の将

 

能力値:統率:90 武勇93 知謀:74 政務:59

魅力:78 腐女子:100

 

イメージCV:ゆかなさん

 

毛利元就の次女。武勇に優れ、元就をして「戦では元春には及ばぬ」と言わしめるほどの猛将。居合術の達人でもあり「姫切」という刀を愛用している。安芸弁で話し、少し乱暴に思われることもあるが根は清廉で剛毅な姫武将。「毛利上等」と刺繍された鉢巻を巻き、瓜二つの妹である隆景と間違えられないようにしている。

かなりの男性嫌いで兄である隆元以外の男は毛嫌いしている。

実は現代で言う腐女子で「太平記」「平家物語」を大変愛読し、読んでは妄想してにやにやする趣味がある。果てには「吉川太平記」(ただの腐女子本)と呼ばれる物を自分で執筆している。

(ちなみに本物の吉川太平記は日本の重要文化財)

 

 

◯小早川隆景

 

年齢:17

 

一人称:私

 

性別:女性

 

異名:毛利の両川、明智の将

 

能力値:統率:88 武勇:69 知謀:94 政務93

魅力:90 一途:100

 

イメージCV:茅原実里さん

 

毛利元就の三女。父親譲りの知謀を持ち「明智の将」と呼ばれる賢将。姉である元春とは対照的に物静かで冷静沈着な性格。毛利家の宰相として家中でも重きをなし、弓の達人でもある。水軍の統率にも優れ毛利傘下の水軍の頭領、村上武吉とは懇意の仲。表には出さないが精神面が脆く、最愛の兄の死が原因でその心が崩壊しかけたことがあった。父と姉による必死の激励によりなんとか立ち直ったものの、未だに兄の死を乗り越えられずに心の内で苦しんでいる。実はやきもち焼きな性格で、その際は大魔王の如き闘気を放つが本人は否定している。

 

 

◯穂井田元清

 

年齢:15

 

一人称:僕

 

性別:男性

 

異名:虫けら、毛利の四本目の矢

 

能力値:統率:65 武勇:64 知謀:58 政務:60

魅力:70 隆景好き:100

 

イメージCV:村瀬歩さん

 

毛利元就の四男。元春、隆景たち兄妹と違って側室から生まれた異母兄妹で父である元就からは「虫けら」と呼ばれている。しかし、それは側室の子であると冷遇されないための父と他の兄弟たちの措置で厳しくも愛情を持って庇護され育った。特に隆景を大変慕っており、彼女に罵倒されるのが彼にとって最大の喜びである。武将としては未だに未熟だが、村上水軍で見習いとして鍛えられた経験からいずれ「四本目の矢」となる存在として将来を嘱望されている。

 

 

●その他勢力

 

◯本阿弥光悦

 

年齢:18

 

一人称:うち

 

性別:女性

 

異名:寛永の三筆(晩年の異名)

 

能力値:統率:15 武力:12 知謀:82 政務:78

魅力:86 未来文化好き:100

 

イメージCV:原由実さん

 

京都出身の芸術家。刀剣の鑑定、琢磨を生業とする本阿弥家の長女。その他にも陶芸、茶道、漆芸など数々の芸術に携わったマルチアーティスト。能筆家としても著名であり後年には「寛永の三筆」の一人として後世の書道に多大な影響を残す。宗秀との出会いをきっかけに未来の文化に興味を持ち、彼の描く二次元イラストに感銘を受けその場で弟子入りし彼を「師匠」と呼ぶようになる。その後は二次元イラストの描き方を教えてもらうことを条件に再興軍に強力、軍資金などで宗秀たちを裏で支援する関係になった。

明るく前向きな性格だが、抜け目のない一面もあり芸術家とは思えないほどの切れ者。交友関係も広く、その人物は長谷川等伯、狩野永徳、千利休など数々の著名な芸術家たちと親しい。さらに公家とも繋がりを持ち、姫巫女や近衛前久らとも知己の間柄。

師匠である宗秀を敬愛しており、彼の一番弟子を自称する。

本作のオリジナルキャラクター。

 

◯狩野永徳

 

年齢:17

 

一人称:私

 

性別:女性

 

異名:なし

 

能力値:統率:10 武勇:9 知謀:60 政務:54

魅力:72 風景・動物画好き:100

 

戦国時代の芸術家。名は州信(くにのぶ)。戦国時代を代表する芸術家で数々の名作品を生み出し、当時の時代の画壇の中心となった狩野派の創始者。大胆かつ奔放な風景画と動物画を愛し、好きな動物は唐獅子。同じ芸術家である長谷川等伯と対立しており、彼女とは仲が悪く顔を合わせては口喧嘩をしている。

原作では信奈に姫武将の絵を描くように依頼されていたが、上手く描けずに頭を抱えた末に信奈からのしつこい取り立てから逃げるために呂宋までとんずらしたりするなど、ぶっ飛んだ一面を見せた。

やや口が悪く、尊大で分かりやすい性格で高笑いが特徴的。意外とうぶな一面もあり、甘い言葉に弱い。南海の果実であるパイナップルが好物でよく食べている。光悦や等伯同様に宗秀の二次元イラストに感銘を受け等伯と共に無理矢理弟子入りし、彼を「先生」と呼ぶようになった。光悦と等伯の三人でこだわりや作風などでよく言い争うが、なんだかんだで仲がいい。

 

◯長谷川等伯

 

年齢:16

 

一人称:私

 

性別:女性

 

異名:なし

 

能力値:統率:8 武勇:7 知謀:56 政務:40

魅力:76 少女絵好き:100

 

戦国時代の芸術家。名は信春。狩野永徳と同じく戦国時代を代表する芸術家の一人で、当時の画壇を脅かす長谷川派の創始者。侘びさびと風流を重視した可憐な少女絵を得意とし永徳の風景・動物画とどちらが優れているか競っている。

原作では朝倉義景の元で源氏物語や障壁画や信奈をモデルにした人物画を描いていた。

普段は物静かな性格だが絵に関しては強いこだわりとプライドをもち、自分の作品こそ優れていると自負している。しかし光悦から宗秀の描いた二次元イラストを見せられた時は素直に負けを認め、永徳と共に無理矢理彼に弟子入りした。宗秀のことを師(せんせい)と呼び、慕っている。純粋に宗秀に憧れを抱いており、彼に学んでさらなる高みを目指して真剣に学ぼうとする姿勢を見せるなど、勤勉な一面もある。

 




挿絵については、なかなかいい物が描けずに難航しています…主要キャラクターの挿絵はすべて作りたいのでいつになるかは分かりませんが、頑張って描きます!


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第一話 邂逅

 

時は戦国、各地で数多の群雄たちが割拠し覇を競い争った時代。

そんな時代の中、中国地方でも多くの群雄が中国の覇権をめぐって戦っていた。

 

この時中国で強い勢力を持っていた主な勢力は安芸を中心に勢力を拡大し後に中国地方の覇者となる毛利氏、梟雄・尼子経久の実力で急速に頭角を現した尼子氏、中国・九州の一部七ヶ国を支配し天下にも影響力を持った大内氏、山陰を支配した山名氏など多くの名だたる大名たちがお互い勢力を争っていた。

 

戦国初期から大内氏が強い勢力をほこり尼子氏と長くに渡って激戦を繰り返しており、後に中国の覇者となる毛利氏はこの時はまだ小さな豪族勢力の一つに過ぎず尼子氏と大内氏の二大勢力の間を従属しながら命脈を繋いでいた。

 

しかし、ある事件をきっかけに中国地方の情勢は大きく変化することになった。当時、大内氏の当主であった大内義隆が家臣の陶晴賢の謀反によって討たれる事件「大寧寺の変」が起こったのである。

 

当主を失った大内家は後継者として九州の大友家から義隆の養子として大内義長が迎えられることとなったが、その実態は傀儡に過ぎず実権は謀反した陶晴賢によって握られていた。だが、その晴賢も安芸を支配していた毛利元就との「厳島の戦い」に敗れ自刃し、傀儡であった義長もしばらくして毛利軍に攻められて同じく自刃した。

中国だけでなく天下にも影響力を持った大内氏はあっけなく滅亡したのだった。

 

大内氏を滅ぼした毛利氏は勢いに乗り隣国の尼子家に侵攻を開始した。

この時尼子家の全盛期を築いた謀聖・経久はすでに亡く、その嫡男も戦によって戦死していたためその嫡孫である、尼子晴久が家督を継いでいた。

この晴久と毛利元就は因縁のある間柄で長年に渡って互いの領土めぐって争った関係だったが、その晴久も突然の病によって急死し、その嫡男である義久がその後を継いでいた。しかし、若輩である義久は家中をうまくまとめることが出来ずに家中は不穏な空気に包まれていた。そんな中この期を逃さんとばかりに毛利軍は出雲に侵攻を開始し容赦なく尼子家を攻め立てた。

毛利軍の侵攻によって次々と領土を奪われ、尼子にとって命綱とも言える石見銀山を奪われただけでなく、味方していた国人や豪族も我先にと毛利に下っていた。支配していた出雲の大半を毛利に奪われもはや尼子家は風前の灯火の状況に陥っていた。

 

そんな出雲の国のとある町で、一人の青年が何やらぶつぶつと呟きながら歩いていた。

 

 

「参ったな…ここはいったい何処なんだ?」

 

頭を掻きながら町を歩く青年、彼の名は清河宗秀〈きよかわむねひで〉。

しかし、明らかに彼だけが町の人達と比べると極めて異端に見えていた。そう見える理由は彼の服装のせいだろう。

周りの人達は古風な小袖や着物を身につけているのだが、彼は見たこともないような服装していたのだ。

町の人たち全員が宗秀のことを凝視していた。

珍しそうに見る者、気味悪がって逃げる者など様々だった。

 

 

(目立ちまくってるな…まあ、こんなイレギュラーなのが一人歩いてたら当然か)

 

 

何故、自分はこんな場所にいるのか…それは宗秀にもまったく見当がつかなかった。気がつけばこの見知らぬ地へ立っていたのだ。

 

 

(この状況はもしかして、タイムスリップという奴か?)

 

 

アニメやゲームじゃあるまいし、夢だろう!多分…と最初は思って自分の頬をおもいっきりつねってみたが、激痛が走っただけで目が覚めることはなかった。つまりこの状況は夢などではなく現実だということだ。

とりあえず確信したことは、これは夢ではないこと、この場所は自分の知る世界ではないと言うことだ。

 

 

(それにしても…ここは何時代なんだ?風景から見るに昔の時代だってことは分かるが)

 

 

町の建物のほとんどが木造建築であり、巨大なビルや大型マンションなどを身近で見ながら生活していた宗秀にとってこの風景はあまり見慣れない光景だった。

 

 

(う~ん…これからどうしようか?)

 

 

とにかく今は現状を把握することが最優先だが、現時点ではあまりにも情報が少なすぎる。

まずは情報収集を優先するべきだと宗秀は考えた。

そうと決まれば、と何処か聞き込みが出来るような場所はないかと周りを見渡してみる。

 

 

(情報を集めようと思ったら…やっぱり酒場か…?)

 

「そこの南蛮人、止まってください」

 

 

それらしい店はないかと探していると突然、背後から何者かに呼び止められた。

振り返るとそこには一人の少女が立っていた。

 

 

「うん?…もしかして俺のことか?」

 

「あなた以外に誰がいるんです」

 

 

立っていた少女は、黒髪の碧眼にかなりの巨乳といった可憐な美少女だった。鹿の角をあしらった兜に何故か妙に肌を露出させた甲冑を身につけ腰に日本刀を下げていた。

驚いたな…まるでアニメにでも出てきそうな美少女だ、と宗秀は内心思いながら少女を見ていた。

 

 

「城下町に怪しい南蛮人がいると聞いて来てみましたが…なるほど、確かに怪しいですね」

 

 

宗秀のことを怪しそうに凝視する少女を余所に宗秀は彼女の姿を見ていて思ったことがあった。

町の人々の古風な格好や風景、そして彼女の格好…あくまでまだ推測だがこれらの事から自分がいるこの世界はもしや戦国時代か何かなのではないのか?と宗秀は考えていた。

そうだ、やっと会話してくれる人に会えた事だしこの子に聞いてみるか、と宗秀は少女に質問をしてみる。

 

 

「え~と、俺は別に怪しい者じゃないんだ。実はちょっと聞きたい事があるんだが…」

 

「こんな田舎に南蛮人がいること自体怪しいです。きっと他国の間者ですね!捕縛します!」

 

そう言うと少女はいきなり腰の刀に手を掛ける。

あまりに予想外の反応に宗秀は驚きを隠せなかった。

 

 

「は、はぁ!?待てって!俺は別に…」

 

「問答無用です!」

 

 

駄目だ…どう考えても話が通じる子じゃない、と判断した宗秀はすぐさまその場から逃げ去ろうとする。

しかし、その考えは瞬く間に打ち消されることになった。

 

 

「…動くな」

 

 

逃げ出そうと少女に背を向けようとした瞬間、宗秀の首筋に少女の刀が突きつけられていた。

恐らく次に妙な動きを見せれば問答無用で斬り捨てられてしまうだろう。彼女の殺気立った雰囲気に宗秀は恐怖で身体が動かなかった。

 

 

「わ、分かった!言うとおりにする!だから、その物騒なモノを下げてくれ!」

 

「…次に妙な素振りをすれば斬り捨てるぞ」

 

 

そう言うと少女はゆっくりと刀を下ろす。

…本気で殺されるかと思った、と宗秀は安堵の溜め息をつく。

 

 

「さあ、質問に答えてもらう。貴様は何者だ?」

 

「わ、分かったよ…それより、君こそ誰なんだ?」

 

「私は尼子家家臣、山中鹿之助だ」

 

(山中鹿之助…?どこかで聞いたことがあるようなないような…)

 

 

戦国時代に詳しい者ならその名前を知らない者はいないだろう。山中鹿之助…尼子家に仕えた戦国武将でその比類なき忠義と優れた武勇で名高い勇将で、命が尽きるその瞬間まで主家に尽くした人物である。

しかし、一般常識程度の歴史知識しか持たない宗秀は彼女のことが分からなかった。

 

 

「え~と…すごく馬鹿馬鹿しい話だと思うんだが、俺はだな…」

 

 

宗秀は恐る恐る少女に自分の知ることを全て話した。

自分が五百年先の未来の時代から来たこと、自身の名前、この町にやって来た理由など話せる範囲で伝えたのだが…

 

 

「未来から来た、だと?…ふざけるな!!そのような話信じられるか!」

 

 

…まあ、当然の反応だなと宗秀は思った。

例えばだが、初対面で出会ったばかりの人間が「私は未来から来ました!」なんて言ったらどうだろうか?信じられる訳がない。というより信じる気にもならないだろう。

 

「そうだな…じゃあ、これなんてどうだ?」

 

そう言うと宗秀はポケットからあるものを取り出して少女に見せる。取り出したのは未来の道具であるスマートフォンだった。

 

 

「なんだ?それは」

「未来の時代の道具さ。携帯電話って言うんだ。ほら、持ってみるか?」

 

 

宗秀はスマホを鹿之助に差し出す。鹿之助は警戒しながらゆっくりとスマホを手に取ると裏返してみたり、あちこちをつついてみたりしていた。

その行動が面白かったのか、宗秀はにやけながら鹿之助を眺めていた。

 

 

「う~む…これは何の道具なのだ?この突起は…って、うあああっ!!?ひ、光ったぞ!?」

 

 

スマホに付いてるスイッチを押していると、カシャッという音と共にスマホが光を放った。恐らくカメラの機能を使用してまったのだろう。

思わず鹿之助はその場に腰を落としてしまっていた。

 

 

「ははっ、いい反応だな」

 

「き、貴様!面妖な術を使って私を暗殺する気か!!」

 

「違うって、今のはカメラだ。ほら貸してみろ」

 

 

宗秀はスマホを取り上げると画面を操作するしてにやにやと笑いながらその画面を鹿之助に見せた。

そこには写っていたのは…

 

 

「え、ええっ!?わ、私がこの小さな箱の中にいるぞ!!?…しかもなんだこの顔は!!」

 

 

スマホの画面には鹿之助の顔が写っていた。

口をあんぐりと開けて驚愕した鹿之助の顔が…

 

 

「…ぷっ、酷い顔だな。ほら見てみろ」

 

「み、見るな~!!」

 

 

鹿之助は必死にスマホを取り返そうとするが、巧みに手を動かされてなかなか取り返せなかった。

ついに我慢が限界に達したのか、鹿之助は再び刀を抜き 顔を真っ赤にして宗秀に殺気を向ける。

 

 

「き、貴様~!!もう許さん!叩き斬ってくれる!!」

 

「おいおい、刀を使うのは反則だぞ」

 

 

やれやれ…とスマホを操作すると画面は再び真っ黒な画面に戻っていた。

ちなみに宗秀は電源を切っただけで、変顔写真を削除されていないなど鹿之助は知る由もなかった。

 

 

「…とまあ、こんな感じだ。こんな道具はこの時代には無いだろ?他にも色々見せてやりたいがあいにく今は持ってないんだ」

 

「むぅ……」

 

「頼むよ、未来から来たって話はこの際信じなくてもいい。でも俺は別に怪しいことをしようとしてた訳じゃないんだ。これだけは信じてくれ」

 

 

それでもまだ納得出来ないところがあるのか、鹿之助はなかなか警戒を解こうとしなかった。

しかし、答えが出たのか鹿之助は持っている刀をゆっくりと納めた。

 

 

「…分かりました。先ほどまでのご無礼をお許しください」

 

「ほ、本当か?俺の話を信じてくれるのか?」

 

 

「はい、あなたを信用しましょう」

 

 

その一言に宗秀は感激のあまり言葉が出なかった。ただ嬉しかった。この世界では素性の分からない怪しい存在である自分の言うことを信じてくれた…それが嬉しかったのだ。

 

「ありがとう!君にはなんて礼を言えばいいのか…」

 

「い、いえ、私こそいきなり刃を向けてしまってすみません…」

 

 

よかった…やっと会話ができる人に出会えた、と内心安堵した宗秀はさっそく鹿之助に色々と質問した。

その後、鹿之助から聞いた話で確信したのは、今いるこの時代が戦国時代であることだ。その他にも鹿之助と宗秀がいるこの国が出雲であること、近々この出雲で戦が起きようとしていることを聞いたのだ。

 

 

「い、戦!?」

 

「…はい。隣国の毛利家が我が尼子家を滅ぼそうと出雲の領内に侵攻しているのです」

 

 

言われてみれば町の建物のほとんどは空っぽで残っている住人も少く、その様子もどこか焦っているようにも見えた。

恐らく戦火を避け、町から逃げ出したのだろう。

 

(さっきから胸騒ぎが止まらない、なんとなくだが、これから戦が始まろうとしてるのが分かる気がするな…)

 

町の不気味な雰囲気に宗秀は不安を覚えた。これからこの地で戦という殺し合いが起きようとしているのだ。

早く元の時代に戻らなければ殺されてしまうかもしれない…そんな想像が脳裏をよぎった。

 

 

(とは言っても、これからどうするべきか…?)

 

 

行く当てもなく、頼れる者もいない…そんな状況の中一人でこの世界を生きられるのか?これから自分はどうすればいいのか?様々な思いが宗秀の中で渦巻いていた。

そんな不安いっぱいな表情が気になったのか鹿之助が尋ねた。

 

「あの…清河殿?どうかされたのですか?」

 

「あ、ああ…実は、帰る場所が無いんだ。これからどうすればいいのかと悩んでるんだが…」

 

「それでしたら、我が城に来ませんか?」

 

「…は?」

 

余りにも予想外な発言に言葉が出なかった。

さっきまで間者と言って斬ろうとまでしようとしていたのにあっさりと許した上、行き場の無い自分を城まで案内してくれようと言うのだ。

何か話がうますぎるような気が…と疑った宗秀は鹿之助に質問した。

 

「俺としては嬉しいがいいのか?もし、俺が本当に間者だったらどうするつもりだ?」

 

「大丈夫です。本当に間者ならそんなこと言いません。それにあなたは偽りを言うような人には見えませんから」

 

だが、本当に彼女の付いていって良いのだろうか?このまま付いていっても戦に巻き込まれることは避けらない。しかし一人で闇雲に動くのはさらに危険だろう。ここは一か八か話に乗ってみるべきではないか?と考えた。

 

「言っておくが、俺は戦をやったこともないし武器も握ったこともない…はっきり言って邪魔になるだけかもしれないが、それでもいいのか?」

 

「構いません、是非とも我が城に来てください。もしかしたら…あなたが居れば尼子家の窮地を救えるかもしれません!」

 

 

善は急げと言います。さあ、行きましょう!と鹿之助は宗秀の腕を掴んで歩き始めた。これから先どうなってしまうのか…そんな見えぬ不安を胸に宗秀は鹿之助の後に続いた。

後にこの二人が尼子家にとって大きな存在になることなど二人はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 




ずっと前から織田信奈の野望の二次小説を書いてみたいと思ってました。
小説初心者が書いた駄文で自己満足の作品ですが、よろしくお願いします。


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第二話 危急存亡

出雲の町で鹿之助に出会った後、宗秀は彼女の主君である尼子義久の居城月山富田城に案内されることになったのだが、この選択が宗秀にとって吉だったのか凶だったのかは分からない。

 

宗秀が城に付いて数日も経っていない時のこと、出雲に侵攻していた毛利家の大軍が月山富田城を包囲したのだ。毛利の侵攻は予想以上に早く何より前線で戦っていた尼子家の将兵がほとんどが戦わずして降伏していたことが原因だろう。極めつけには月山富田城の背後に位置し補給線であり日本海にも面している白鹿城も毛利傘下の村上水軍によって既に陥落していた。

 

毛利軍は約三万の大軍であることに対して尼子軍は一万程度の兵しかいない上に士気も低かった。補給線も断たれ逃げ道も失った尼子家はまさに絶体絶命の危機を迎えていた。

 

 

・出雲 月山富田城内

 

 

包囲されて数ヶ月、月山富田城内は重い空気と緊張に包まれていた。毛利軍の連日に渡る凄まじい攻撃により兵たちは疲弊し士気は下がる一方だった。鹿之助を初めとした将兵たちが必死に抵抗するもこのまま包囲が続けば陥落するのは時間の問題だった。

 

「叔父上、これでは城が落ちるのも時間の問題です…」

 

「うむ…何か策を講じなければならぬな」

 

鹿之助の隣にいる人物、彼の名は立原久綱。

尼子家の家臣で主君、義久の近習頭を務める男だ。年齢は三十代前半で家中でもそれなりの発言力を持ち、さらに山中鹿之助の叔父にあたる人物である。

 

(兵糧も残り少ないが…心配なのはそれだけではない…)

 

 

城内の兵糧が心許なくなる中、さらに追い討ちをかけるように状況が悪化し始めていた。誰が言い出したのか「城内に毛利に通じている者がいる…」そんな噂が城内に流れ始めていた。

 

(これでは戦どころではない、どうすればよいのだ…)

 

こんな状況をなんとかしようと当主、義久を初めとした重臣たちが必死に城内の混乱を沈めようと動いていたが、収拾は困難を極めていた。

 

「鹿之助、我らも城内の見廻りをするぞ。兵たちを激励し少しでも士気を高めねばならん」

 

「はい!叔父上」

 

そういうと鹿之助と久綱は城内の見廻りを始めた。兵たちの大半が負傷し戦意を失っている者、意気消沈している者など様々だ。そんな中一人懸命に負傷兵の手当てをしている者がいた。

 

 

「鹿之助!久綱さん、敵は退いたのか?」

 

 

そう、鹿之助に案内され月山富田城にやって来た宗秀だった。

 

 

「宗秀殿?こんなところで何を?それにその姿は…」

 

 

鹿之助が驚くのも無理はない。

宗秀の衣服が血だらけになっていたからである。さらに足元には薬と大量の包帯が転がっていた。

 

「…俺にも何か出来ることがあればと思ってな」

 

戦の経験が皆無な宗秀は非戦闘員として事実上の戦力外通告を受け城内の女子供たちと共に城内の奥で待機を命じられていたのだが、戦っている鹿之助たちの役に立ちたいと無理を言って負傷兵の手当てを買って出たのだ。

 

「勝手なことをしてすまない、だが俺も何か力になりたいんだ」

 

「…いや、助かる。お主には苦労をかけるな」

 

「別にいいさ、こんな状況なのに居候させてもらってる訳だしな」

 

 

前向きに振る舞ってはいるが、実のところ宗秀も内心は不安でいっぱいだった。戦の素人である宗秀でも分かっていた。すでにこの戦いはほとんど詰みに近い状況であるということに。

城内の足軽たちですら不安なのに戦とは無縁の世界で生きてきた宗秀が不安にならないはずがなかった。

 

「それより、これからどうするんだ?このままだと本当に落城は時間の問題だぞ?」

 

 

「うむ、実は宗秀。そのことでお主に聞きたいことがある」

 

「え?俺にか?」

 

「そうだ。未来から来たというお主の知恵を我らに貸してほしいのだ」

 

実は久綱もまた、未来から来たという宗秀に少し興味を持っていたのだ。最初は久綱も半信半疑だったが、あの鹿之助が推挙するほどの人物だ、と彼に一目置いていたのだ。

こんな緊迫した状況で未来から人間というなんとも馬鹿らしい話を信じたいと思うほど事態は深刻なのだ。

猫の手も借りたいとはまさにこのことだろう。

 

 

「…期待を裏切って悪いが、何も良策はないんだ」

 

「そうか、そうだな…」

 

こんな男に期待して損をした…そんな顔をしながら久綱はため息混じりに言った。鹿之助も少し残念そうな表情をしている。宗秀は申し訳ない気持ちと自分の無力さに心が張り裂けそうになった。

 

 

「…本当にすまん。後、どうでもいいかもしれないが、実は気になったことがあるんだ」

 

「気になったこと?なんだ?」

 

「最近の敵の様子を見ていたんだが、敵は何か焦ってるように見えるんだよな」

 

 

宗秀のその一言に久綱は一つ疑問に思った。

知略と策略を駆使し被害の少ない戦法を得意とする元就がなぜ連日に渡って強行な城攻めを行うのか?

かつて数年前にこの月山富田城攻めに失敗し、命からがら安芸へ逃げ帰った苦渋を元就が忘れていないはずがない。

 

 

「…確かに、言われてみればそうだ。此度の戦、あの元就らしくないやり方だ」

 

「ひょっとして何か早く決着をつけないといけない理由があるんじゃないか?あくまで予想だが…」

 

 

連日の戦でわしも少し焦っていたか、そのようなことに気付かぬとは…と自分自身を情けなく思うと同時に、この男、戦の経験がない割にはなかなか鋭い所を見ておるな、と宗秀に感心していた。

戦えずとも視野も広く我々とは少し違った考えを持っているのだろう。やはりこの男ならこの状況を変えられるのでは?そう久綱は考えた。

 

 

「…先ほどはすまぬ。どんなことでもよい、お主の考えを聞かせてはくれぬか?」

 

「とにかく、今できるのはただ勝機が見えるまで耐えるしかないと思う、たが、それも難しそうだが…」

 

「うむ…兵の士気も低い上に、兵糧も残り僅かだ。さらに将兵たちも疑心暗鬼になっておる。このままでは我らは内より崩れる」

 

「せめて兵糧だけでも何とかなればいいんだが…」

 

とは言っても包囲されている上に補給路も断たれていては兵糧を調達する方法はない、誰がどう考えても手の打ちようがないのだ。

 

「…とにかく、わしも何か策を考える。お主も何か良い考えがあれば教えてくれ」

 

 

そう言うと久綱は足早にその場を去っていった。

 

 

「宗秀殿!未来人なら奇跡を起こしてください!例えば、天から兵糧を降らすとか…」

 

「そんなことできるか!というか、お前も血まみれじゃないか!?何処か怪我をしたのか?」

 

「あ、心配しないでください。これはすべて敵兵の血ですから」

 

「そ、そうか。怪我はしてないんだな?」

 

「はい!私の武勇の前では毛利など敵ではありません!」

 

(やっぱり、めちゃくちゃ強いな…)

 

 

宗秀は改めて鹿之助の強さを実感した。

出会った時から只ならぬ雰囲気を放っていた彼女だったが、それは決して見せかけなどではなかった。

この数ヶ月、尼子軍が籠城に耐えられていたのもこの鹿之助の武勇とその配下の尼子十勇士たちの活躍があったからだと言ってもよいだろう。

また宗秀が家中で遠慮せずに話せる数少ない人物の一人でもあり、今では初対面の時よりも親しい間柄になっていた。

 

「ああ…戦が終わったら急にめまいが…」

 

「多分、疲れたんだろ。今日はゆっくり休んだらどうだ?」

 

すると鹿之助の腹の虫が大きな音を立てた。

普通なら恥ずかしがったりそれを否定したりする反応をするものだが鹿之助は違った。

 

 

「…お腹が空いてめまいが…はあはあ…七難八苦です」

 

なんと恥ずかしがるどころか興奮して悶え始めたのだ。しかもどこか喜んでいるようにも見えた。

 

「あ!お前また飯を食わずに戦に行ったな!?あれだけちゃんと食べておけと言っただろうが!」

 

「え?ちゃんと食べましたよ…?出陣する前に米粒が一つ入った汁を一杯…」

 

「そんなもん食べたうちに入るか!!…というか、お前ひょっとしてわざと飯を食わないようにしてないか?」

 

「ぎくっ!…そ、そんなことありませんよ?決して空腹だった時の状態に快感を覚えてしまったから敢えて食べていないなんてことはありません!」

 

 

数ヶ月、宗秀が彼女と過ごしていて分かったことあった。それは彼女がかなりのドMだということだ。鹿之助が尼子家に仕えて間もない時、どんな苦難にも屈しないという覚悟を示すために月に「我に七難八苦を…」と祈ったのだが、その後本当に苦難が怒濤の如く降りかかるようになってしまったのだ。数々の苦難が原因であのような性格になったのか、それとも素なのかどうかは分からない。ちなみに宗秀は後者のほうだと考えている。

 

「はあ、戦も強くて美人なのに、まさかこんな変態だったとはなあ…」

 

「変態じゃありません!私がこうなってしまったのは月に七難八苦を願ったからです!…多分」

 

「いいから、ちゃんと飯を食べるんだ。お前の武勇が尼子家の命綱なんだぞ。もし、戦ってる最中に倒れでもしたらどうするんだ?」

 

「わ、分かりました」

 

だか、こうして軽口をたたける相手がいてくれて嬉しいとも宗秀は思っていた。不安で押しつぶされそうなのに鹿之助と話すと不思議と気持ちが楽になるのだ。

 

 

「なあ、鹿之助?気を悪くしないで欲しいんだが、聞きたいことがある」

 

「はい?なんでしょうか?」

 

「この戦、勝てると思うか?」

 

「……」

 

 

恐らく城内にいる誰もが思っていることだろう。このまま戦っても勝機などほとんど無いのではないか?宗秀もその一人で、「無駄な抵抗をするぐらいならいっそのこと降伏すればいいんじゃないか?」と心の内で思っていたほどだ。しかし鹿之助だけは違った。

 

 

「心配ありません!!絶対勝てます!」

 

「…本気で言ってるのか?」

 

「はい!勝機は必ず訪れます。それまで耐えればきっと現状を打開できるはずです」

 

鹿之助は自信満々に言い放った。いったいどこにそんな自信があるのかと宗秀は驚いていた。

しかもまだ勝つつもりでいる。鹿之助はどんな苦難でも決して諦めることは無い。そんな彼女に勇気づけられた者たちも少なくなかった。

 

 

「すごな鹿之助は、お前がいるから尼子家のみんなも戦えるんだろうな」

 

「いえ、私など叔父上や皆様に比べればまだまだです」

 

「そんなことないさ、お前はすごいよ」

 

 

それに比べて自分はなんと無力で役に立たないのか…と宗秀は情けない気持ちでいっぱいになった。

五百年先の未来から来ておきながら自身にできるのは鹿之助や久綱が戦っているのを見守ることしかできないのだ。

 

「すまん…何の役にも立てなくて」

 

「いえ、そのお気持ちだけで充分です。私の方こそ申し訳ないありません。あなたを無関係な戦に巻き込んでしまって…」

 

「それはいいんだ。それよりも手伝えることがあったら何でも言ってくれ。俺もできる限りのことをやる」

 

「…分かりました。ですが、無理はしないでくださいね。」

 

「ああ、お前もな」

 

久綱や鹿之助ら将士たちの奮戦もあってかろうじて持ち堪えている月山富田城だったが、この籠城戦がさらに過酷なものになるなど尼子軍はまだ知らなかった。

後の世で「第二次月山富田城合戦」と呼ばれるこの戦いの火蓋が切られようとしていた。

 




不定期更新ですが、頑張って書きます。
時間があったら挿絵などを入れてみたいと思ってます!
ちょっと難しいですけど…


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第三話 第二次月山富田城合戦 前編

・出雲 月山富田城外 毛利陣営

 

 

一方、月山富田城に籠る尼子を包囲している毛利軍は依然として優位な状況を崩さなかった。

補給路と退路を封鎖した上に数ヶ月の籠城で、兵糧も残り僅かとなっている。このまま包囲を続ければ戦わずとも尼子に勝利できるだろう。毛利軍の総大将である毛利元就は近くの見通しのよい高台に本陣を置きじっと月山富田城を見つめていた。

 

城を眺めながら元就はあることを思い出していた。あれは数年前のこと、まだ毛利家が安芸一国も掌握出来ていなかった一豪族だった時のことだ。当時、大大名だった大内家に従属していた毛利家は大内義隆が率いる約四万の大軍が月山富田城を攻めを落とさんと侵攻した際にその先鋒を命じられたのだ。立場上断ることもできず、やむを得ず嫡男の毛利隆元と共に尼子攻めに加わることになった。しかし、元就はこの戦の無謀さに気づき敗北を確信していたが逆らうことはできなかった。

ちなみに「毛利の両川」と後に呼ばれることになる吉川元春と小早川隆景はまだ幼子でありこの戦には参戦していなかった。

そして肝心の勝敗だが、この戦は大内軍の大敗に終わることになった。当初は月山富田城を包囲して後に一気に力攻めを行ったのだが、尼子晴久の頑強な抵抗により城は落とせずに城攻めは難航した。さらに大内義隆の戦嫌いの性格が災いとなり「包囲していればいずれ降伏するだろう」と完全に油断していたのだ。元就や家臣の陶晴賢が必死に諫めたものの義隆は全く聞く耳を持たなかった。そんなこんなでこの包囲戦は一年以上も長引くことになってしまった。

 

しかし、一年以上も包囲されているのを黙って見ている晴久ではなかった。晴久は大内軍に味方する国人衆に寝返るよう内密に手を回していたのだ。大内軍は大軍ではあったがその大半が豪族、国人衆の寄せ集めに過ぎず結束は薄かった。さらにこの時、大内軍は兵糧に悩まされており軍中は不穏な空気になっていたのだ。結局、晴久の思惑通り多くの国人衆が離反し、さらに城から打って出た尼子軍との挟撃もあって大内軍は壊滅したのだ。

この時に敗走する大内軍の殿を命じられたのが、毛利元就だったのだ。

毛利軍は必死に尼子軍を食い止めたものの尼子軍の激しい追撃により壊滅的な被害を受けることになった。

だが、家臣たちの命懸けの奮戦で元就と隆元は命からがら安芸へ撤退することができたのだ。この時、残った兵はたったの七騎しかいなかったと言われている。

この大敗がきっかけで大内義隆は軍事、政治に意欲を失い後に起こる「大寧寺の変」の原因に繋がっていくことになるのはまた別の話だ。

 

あの屈辱を元就は決して忘れてはいなかった。

無謀な戦に狩り出され多くの臣下を失ったあの無念は死ぬまで忘れることは出来ないだろう。だからこそ自らの手でこの因縁のある月山富田城を落としてみせると元就は心を奮い立たせていた。

 

「おやっさん!失礼するけぇ」

 

「おお、元春どのか入れ」

 

 

陣幕の外から入ってきたのは一人の少女だ。

緑髪で白と緑を基準にした着物に右肩に黒い肩当を身に付け、頭に毛利上等と刺繍された鉢巻を巻いていた。

彼女の名は吉川元春。毛利元就の二女で「毛利の両川」の一人で豪勇の将として名高い姫武将だ。

 

 

「おやっさんの指示通り、城攻めを続けとるがやはり力攻めであの城を落とすのは無理じゃ…」

 

「ふむ…やはり、そう簡単には落とせぬか」

 

「特にあの山中鹿之助と尼子十勇士どもが厄介じゃな、奴らを何とかせねばならん」

 

 

包囲していると言えども籠城戦ではやはり籠城側に利があるのは分かりきっていることだ。かの孫子も城攻めは下策だと言うほど城攻めは難しいものなのである。ましてや元就が攻めている城は大軍を幾度となく退けた難攻不落の月山富田城なのである。

この時、毛利陣営側の元春もまた元就の今回の城攻めに関して疑問を抱いていた。いつもの父らしくない…身近でその戦を見てきた彼女だからこそ感じていたことだった。

 

 

「いったいどうしたんじゃ?いつものおやっさんらしくないけぇ」

 

「……」

 

「…おやっさん、隆景のことで焦っておるのか?」

 

「…!!元春どの…」

 

「焦る気持ちは分かる。自分も同じ気持ちじゃ…だが、今の攻め方ではこの城は落とせんけぇ」

 

元就ほどの男がこの戦いに焦っているのには理由があった。その理由は元就の三女である小早川隆景のことだ。豪勇の将と呼ばれる吉川元春に対して隆景はその父親譲りの知謀から明智の将と呼ばれるほどの知将だ。外見も姉である元春と瓜二つだが、性格はまったくの真逆で剛直な性格の元春とは反対に冷静で落ち着いた性格だ。

 

 

そんな隆景だが訳あって今回の尼子攻めには参加していない、正確に言えば参加することが出来なかったのだ。

それは宗秀がこの時代にやって来る少し前のこと、毛利家でとある事件が起こった。大内家を滅ぼし、次なる目標を尼子家に定めた元就は本格的に尼子攻めに向けて動き始めていた。ここで尼子家も滅ぼすことが出来れば毛利家は事実上、中国地方の覇者となる。

 

両川姉妹はもちろん臣下一同も気合いに満ち溢れていた。だがそんな矢先に悲劇は起こった、同じく尼子攻めに向かっていた元就の嫡男である毛利隆元が尼子家の刺客によって暗殺されてしまうという事件が起きたのだ。

この隆元の急死は毛利家に衝撃を与え、特に隆景の錯乱と動揺は激しく、立ち直れないほどの衝撃を受けてしまっていた。隆景だけでなく父の元就や元春も同様で、とても尼子攻めを行えるような状況ではなくなってしまっていた。

しかし、それでも今回の尼子攻めを継続したのは、失意と絶望の底にいる隆景を少しでも励まし助けたかったからなのだ。

 

 

(ふふ…わしともあろう者が情に任せ、このような愚策を取ろうとは…親の情とは恐ろしきものよ…いや、わしも老いたか…)

 

 

元就も既に齢七十を越えており、病に臥せりがちになっていた。元就にとっても隆元の死は大きくその後、彼はどこか生きる気力を無くしてしまったようにも見えていた。

だがまだ倒れるわけにはいかない、尼子という大敵を除くまでは…と元就は思っていた。

 

 

「元春どの、…戦法を変えるぞ。隆景どのや亡き隆元のためにも負けられぬ」

 

「お、おう!!この戦、必ず勝つけぇ!」

 

改めて冷静になった元就は戦法を変更し月山富田城攻略の策を練り始めた。尼子家の崩壊の危機が刻一刻と迫っていた。

 

 

・出雲 月山富田城内

 

 

その頃、月山富田城では当主である義久が重臣と臣下たちを集め、今後について対策を話し合っていた。

しかし意見はまとまらず、ただいたずらに時だけが過ぎていった。いざ一同で話し合っても誰も意見を言おうとしない。ただ「特攻です!!そして決死の覚悟で玉砕しましょう!!これぞ、まさに七難八苦です」と無謀な作戦を提案する鹿之助を除いては…

 

「ええい!何かよい策はないのか!?このままでは尼子は終わりだ!」

 

 

声を荒ぶらせ不機嫌そうに上座に座っている男、この者が尼子義久である。歳は二十代前半で豪華な着物に頭には鳥帽子を被っている。

父である晴久の急死によって突如、家督を継ぐことになった義久だったが、その状況は決してよいものではなかった。

まだ二十代の若輩で実績もない彼に従うものは少なく、この時点で支配していたいくつかの国人衆も尼子家に見切りをつけ始めたほどだ。しかし最大の不運はやはり隣国にあの毛利元就がいたことだろう。

義久なりに必死に尼子家を立て直そうと行動していたが、すべて空回りに終わっていた。

 

 

「何故皆、黙っておるのだ!何か申さぬか!」

 

「「………」」

 

 

しかし、一同は口を開かない。誰もこの戦況を打開できる策を持っている者などいないからだ。そんな重苦しい雰囲気の中、一人だけ口を開いた者がいた。

 

 

「殿、恐れながら申し上げます」

 

「む、久兼か。何か良案があるのか?」

 

口を開いたのは尼子家の重臣、宇山久兼という男だった。経久の代から仕える宿将で家中の人望も厚く将兵たちからも慕われていた。これまで疑心暗鬼に陥っていた城内が混乱することなく維持できたのも、この久兼の手腕があったからだ。

 

 

「はっ!戦況は我が方が圧倒的に不利、しかしこの月山富田城がある限り我らはまだ戦えまする」

 

 

久兼には確信があった。かつて大内軍の大軍に月山富田城を包囲された時、先代主君・晴久と共に戦い城を守り抜いた経験からこの月山富田城の守りの固さはよく分かっていた。勝つまではできずとも毛利が撤退するまで防ぐことは十分に可能だと考えていた。

 

 

「うむ…だが、兵糧はあと数日分しか無い。それはどうするつもりだ?」

 

 

やはり問題となるのは兵糧だろう。

どれだけ難攻不落の城を持っていても兵糧がなければその守りも容易く崩れる。兵糧が底を尽きれば数日ともたないだろう。

 

 

「兵糧については、拙者に考えがありまする。この件はお任せくださいませぬか?」

 

「…ふむ、そこまで言うのなら久兼に任せよう。よいか、必ず兵糧を手に入れよ。分かったな?」

 

「御意!」

 

 

少し一人になりたい、皆下がれ…と言い残し義久は奥の部屋へとまるで逃げるように入っていた。

しかしこの状況でどうやって兵糧を調達するのか?同じく話を聞いていた久綱はどうしても気になり久兼に尋ねた。

 

 

「久兼様、いったいどうやって兵糧を手に入れるのですか?愚かな私には想像できませぬ。」

 

「その事だが、わしの見たところ城の裏側の包囲がわずかに手薄だ、そこから兵糧を運ぶ」

 

「しかし…その兵糧は何処に?」

 

「案ずるな、城外裏の山岳の小道に兵糧を運ぶように近隣の商人に手配させておる。わしの私財で購入した量しかないがこれで数ヶ月は持ちこたえられるだろう」

 

「数ヶ月分でございますか…」

 

「そう言うな。あくまで一時的だが時を稼げる。このまま座して待つよりはよいはずだ」

 

「…そうですな、微力ながらこの久綱も協力致します。共にこの窮地を乗り越えましょうぞ!」

 

 

こうして久兼の提案した決死の兵糧輸送作戦が行われることになった。久綱や一部の重臣、臣下も賛同しそれぞれの働きもあって約二百人程の決死隊が編成された。

作戦の決行は二日後の丑の刻(午前一時)に行われることになったが作戦決行の前日、城内の者のたちを震撼させる出来事が起こった。

 

もはやこれまでと諦めた城兵の一部が毛利軍に投降したのだ。しかしその足軽たちは降伏を許されず一人残らず殺されてしまったのだ。それ以降、月山富田城の周りには柵が張り巡らされた。

 

 

この出来事に尼子軍は騒然となり、「毛利は我らを皆殺しにするつもりだ」と城内の混乱と動揺はさらに激しくなっていった。

 

 

「おのれ元就め…我々の心を折りにきたか」

 

「叔父上、兵たちが動揺しています。なんとか抑えていますが、あまり長くは持ちません…」

 

「一刻も早く兵糧を城内に運ばねばならん。鹿之助、予定通り明日の丑の刻に出陣するぞ。準備をしておけ」

 

 

「はい!十勇士たちと私の武勇で必ずこの作戦を成功させましょう!」

 

 

出陣するのは宇山久兼、立原久綱、山中鹿之助とその配下尼子十勇士たち以下二百の兵たちだ。

この作戦に尼子家の命運がかかっている、失敗するわけにはいかないと二百人の勇士たちが奮い立っていた。

そんな時、鹿之助と久綱の前に城内で雑務を手伝っていた宗秀がやって来た

 

 

「なあ!久綱さん、鹿之助」

 

「宗秀殿!どうされたのですか?」

 

「城外に兵糧を取りに行くって聞いたんだが、本当なのか?」

 

「ああ、この作戦にこの城の命運がかかっておる。必ず成功させてみせるぞ」

 

「そのことなんだが…俺にも手伝わせてくれないか?」

 

「…本気で言っておるのか?手薄とはいえ包囲を突破せねばならぬ、しくじれば死ぬかもしれぬぞ?」

 

確かに戦場に出るのは震えるほど恐ろしい…だが、何もせずにただ待っているほうが宗秀にとって恐ろしかった。

ここ数ヶ月、宗秀はろくに睡眠をとっていなかった。いつ城が落とされるのか、もし敵の兵士と鉢合わせになってしまったらどうするのか、ここに来てから宗秀の頭の中はそんなことでいっぱいだった。

じっとしているよりは戦っている皆の為に自分も戦いたい…そう思って今回の作戦に志願したのだ。

 

 

「構わない。戦うことはできないが…一緒に兵糧を運ぶぐらいなら俺にもできる」

 

「…いいだろう。今は一人でも人手が必要だ。明日の丑の刻、城の裏門に来い」

 

「ああ、分かった」

 

 

こうして宗秀もこの作戦に参加することになったが、彼にとってこの初陣は生涯忘れることが出来ないほどの深い傷を心に負うことになると同時に自身がどれほど過酷な時代にいるのかを実感することになる。




書いてて楽しいです!
そのうち登場人物一覧みたいなものを作ってみたいです


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第四話 第二次月山富田城合戦 後編

・出雲 月山富田城 裏門

 

 

作戦予定時刻である丑の刻が近づくなか、月山富田城の裏門では二百人の決死隊が出陣する時を待っていた。

手薄な包囲網を抜けると言っても決して容易なことではない上に、可能な限り迅速かつ内密に行動する必要があるのだ。もたもたしていればあっという間に包囲され二百程度の兵など簡単に壊滅するだろう。

 

久綱と鹿之助はすでに具足を身に付け、いつでも出陣できるよう準備を整え待機していた。

出陣の時刻まであと僅か…二人は昂る気持ちを抑えながらじっと時を待っている。そこへ自らこの作戦に志願した宗秀がやって来た。

 

 

「来たか…宗秀。覚悟はできておるな?」

 

「あ、ああ。大丈夫だ」

「よし、鹿之助。あれを宗秀に渡してやれ」

 

「はい!叔父上」

 

 

すると鹿之助は持っていた物を宗秀に差し出した。

鹿之助が宗秀に渡したのは足軽用の簡単な具足だった。

宗秀は手渡された具足をぎこちない手つきで身に付けると手足を軽く動かしてみた。

 

 

(これが鎧か…鉄製だからちょっと重いな…)

 

 

この時代の鎧は主に鉄製だが中には竹や和紙、皮革を使用した鎧も存在した。宗秀が渡されたのは鉄製で胴の部分にうっすら尼子家の家紋が描かれている

 

 

「ほれ、これも持っておけ」

 

「おっとと、…これは」

 

 

続けて久綱から軽く投げ渡された物はなんと刀だった。初めて手に持った刀はずしりと重く、刀を少し抜くと月の光に照らされて刀身が僅かに光を放つ。

 

「よいか、己の身は己で守るのだ」

 

「そ、そうは言っても俺は刀なんて使ったことないんだが…」

 

「丸腰よりはましだろう。さあ、行くぞ」

 

「……」

 

自ら決意したとは言えやはり不安は拭い切れなかった。もし、本当に敵と戦うことになってしまったら一体どうすればよいのか?そうなった場合、この刀で相手を殺さなければならないのか?

 

「心配しないでください!宗秀殿」

 

「鹿之助…」

 

「私と十勇士があなたを守ります。だから、平気です!」

 

 

そう言うと鹿之助は自信満々に握りこぶしを突き出す。今の宗秀にとってその言葉は何よりも心強かった。

 

「ありがとう。頼りにさせてもらうよ、俺も頑張る」

 

「はい!いざとなったら私の身体を肉壁として使ってください!」

 

「いやいや、そんなことしないぞ!?」

 

「大丈夫です!少々、刺された程度で私は死にませんから!槍で串刺しにされたって死なない自信があります!きりっ!」

 

「あ~…さっきのまでの俺の感激を返してくれ」

 

 

なんか色々台無しだ…とちょっとがっかりする宗秀だったが、鹿之助と話したお陰か、少しだけ気持ちが楽になった気がした。

彼女なりに自分のことを励ましてくれているのだろうか?そう考えたが…

 

 

「あ、…想像したらなんだかすごく痛そうですね…はあはあ…七難八苦です…」

 

 

…前言撤回だ、やっぱりただの変態か、と感動が一気に哀れみに変わる。

そんなやり取りをしている間に予定の時刻が来たのか、周りの足軽たちが整列し始めた。

 

「お主ら!何をやっておる!早くしろ!」

 

「す、すみません!叔父上」

 

「すまん!今行く!」

 

 

門前に久兼や久綱以下二百人の兵が集結した。

鹿之助と宗秀もその中に加わった。すると足軽たちの視線が宗秀に集中する。実は城内では宗秀はちょっとした有名人で「未来から来た男」「謎の南蛮人」などの名で知らない者はいないほどだ。さらに宗秀が足軽たちの手当てや雑務を懸命に手伝っていた影響で足軽たちや城内の女子供たちとも親しい関係になっていた。

 

 

「お!南蛮人の兄さん。あんた出るんか?」

 

「あ、ああ。俺にも手伝わせてくれ」

 

「お前さん戦えんのか?兄さんは城ん中にいたほうがいいんじゃないかのう?」

 

「まあまあ、こうやって手伝おうって言う奴もおらんじゃろ!なあ、あんちゃん!」

 

 

最初は殺気立っていて近寄り難かった足軽たちだったが話してみると皆、気のいい人たちばかりだった。

自分の子供の自慢話をする者、故郷の母親の話や耕している田んぼの話など、さまざまなことを足軽たちは話してくれた。そして、彼ら一人一人にも大切な人や家族がいるのだ。

 

 

「なあ、みんなは怖くないのか?」

 

「…そりゃあ怖ぇよ。でも、逃げることも出来ねぇしなあ」

 

「わしだって死にたくねぇよ…家には女房が居るってのに」

 

 

そうだ…誰だって死ぬのは怖いし、殺し合いなんてしたくないはずだ。みんなも戦っているのだ。

自分だけ逃げる訳にはいかない…と宗秀は持っている刀を強く握りしめる。

 

 

「お前は…確か城内の兵たちを手当てしていた者か。未来人などと言っておったな」

 

 

すると注目の的になっていた宗秀に気づいて先頭にいた久兼が宗秀に声をかけた。

宗秀もまた会釈して声に答える。

 

 

「どうも…宇山さんでしたよね?」

 

「うむ、お前も手を貸してくれるのか?」

 

「はい、戦ったことはありませんが…兵糧を運ぶ手伝いならできると思って」

 

「ふむ…では、戦は初めてか」

 

 

すると久兼は宗秀の肩を掴み真剣な眼差しで話す。

 

 

「よいか、戦は甘くないぞ。敵と出会ったら決して迷うな、殺すか殺されるか…道は二つだけだ」

 

「は、はい!」

 

「案ずるな、皆もいる」

 

 

久兼は改めて隊の先頭に立ち、高らかに号令した。

 

 

「皆の者!この戦の盛衰は我らの手にかかっている。必ずや兵糧を城へ運び入れるのだ!」

 

「「「おおおおおお!!!」」」

 

「出陣だ!皆行くぞ!!」

 

号令と共に城門が開き、二百の兵たちが堰を切ったように走り出す。そんな中、宗秀も足軽たちに遅れぬよう必死に走っていた。

しばらく行軍すると、毛利軍が設置した例の張り巡らされた柵が見えてきた。この柵を越えた先は毛利軍の陣中で、いつ襲撃されてもおかしくない。さらにその先にかがり火と毛利軍の足軽の姿が見えていた。

 

 

「宇山様。やはりここは包囲が手薄。あれならば突破出来そうです」

 

「うむ、ここからは速さが勝負じゃ。いかに速く突破し兵糧を運べるか…」

 

暗闇のおかげで敵はまだこちらに気づいていない。数ヶ月の籠城で尼子軍は城から出てこない、と毛利軍は油断しているはずだ。ここで奇襲を仕掛け混乱している間に兵糧を回収し城へ帰還する。作戦の大まかな流れはこの通りだ。

しかし、少しでも遅れれば尼子軍二百は数万の大軍の中に孤立してしまうことになる。まさに一か八かの賭けになるだろう。

 

 

「全軍に伝えよ、敵兵の首は打ち捨じゃ。我らの目的はあくまで兵糧を運ぶこと、討ち取ることではない。奇襲で混乱している間に敵陣を突破、その後山岳麓の小道を目指すぞ」

 

「「はっ!!」」

 

 

いよいよ戦が始まる…と宗秀の拳に力が入る。

足軽たちや久綱、鹿之助たちも武器を構え戦闘態勢に入る。

 

 

「あんちゃん!戦はわしらに任せな!」

 

「だが…」

 

「兄さんは今回の戦が初めてなんじゃろう?だったら、無理はせんでええんじゃけぇ」

 

 

情けないが足軽たちの言うとおりだ、今自分にできるのは戦うことではない、兵糧の輸送を手伝うことだ。

それに刀を使ったこともない自分が戦で役に立てるはずもないのだ、と宗秀は思った。

 

 

「…分かった。役に立てなくて本当にすまん…」

 

「いいってことよ!!のう、みんな!!」

 

足軽たちが笑顔で頷く。彼らと一緒ならきっとこの作戦を成功させられる…宗秀はそう思わずにはいられなかった。

そして、ついに久兼が攻撃開始の命を叫んだ。

 

 

「全軍、かかれぇ!!」

 

「「「おおおおおお!!!」」」

 

 

下知と同時に暗闇に潜んでいた尼子軍二百が一斉に毛利陣営に攻めかかった。予想通り毛利軍の足軽たちは油断しており、突然の襲撃に慌てふためいていた。

 

 

「て、敵襲じゃああ!!」

 

「尼子軍の夜襲じゃあ!」

 

 

毛利軍の陣中は大混乱に陥っていた。油断していたとは言え予想外の敵の乱れように久兼は少し驚いていた。少し疑問が残るが、この好機をみすみす逃すわけにはいかない。久兼は突破できそうな所を探す。

 

 

「皆!あそこから突破するぞ!わしに続け!」

 

 

敵軍の混乱と尼子軍の兵力の少なさもあり、二百の尼子軍はこの時ほとんど被害を受けずに毛利軍の陣を突破することに成功したのだ。

その後、尼子軍は行軍を止めずに全速力で目標である山岳を目指した。全力で行軍すること約二十分ほど、尼子軍は目標地点の山岳に到着した。

 

 

「着いたか、確かこの辺りと聞いたが…」

 

久兼は足軽たちに辺りをくまなく捜索させた。すると麓近くの茂みから一人の男が姿を現した。その格好からして久兼が兵糧を依頼した商人だろう。

 

 

「宇山様、お待ちしておりました」

 

「おお、お主か!兵糧はあるのだろうな?」

 

「はい、頼まれた品はこちらにございます」

 

 

男が指差すと木々の間に荷台に兵糧が積まれた荷車が二十台ほど置いてあった。

 

 

(…まさか、本当に用意しておるとはな)

 

 

実は久兼は商人が本当に兵糧を用意しているのか疑っていたのだ。なぜ大国であり勢いもある毛利家に味方せず、孤立無援である尼子家に肩入れしようとするのか?久兼本人もこの交渉を二つ返事で簡単に承諾された時は驚いていた。

 

 

「一つ聞きたいのだが、何故我らに兵糧を売ったのだ?お主たち商人は利で動くものではないのか?」

 

「確かに我々商人は利で動きますが、毛利様と商売するなどお断りでございます」

 

「そうか…まあ、そうだな」

 

 

そう言われるのも無理はなかった。毛利家は周辺の商家からの信用がほとんど無いのだ。理由は毛利家の現当主、元就が原因だった。謀神と畏怖されるだけあって元就は騙し討ち、裏切りを繰り返し数々の謀略と策謀を駆使して現在の勢力を手に入れたのだ。それは商家に対しても同じで、借金の踏み倒しや金銭を騙し取りなどを幾度となく繰り返して来たのだ。

これらの元就の所業は商家はもちろん大名家や国人衆も知っていることだ。

 

 

「それならば、今最も兵糧を必要とされている尼子様にお売りするのが我々にとっても良いと考えたのです。我ら商人は信用できぬお方と商売はできません」

 

「ともかく助かる。お主には感謝せねばな」

 

「いえいえ、私どもはきちんと銭さえ頂ければ何も要りません。では、宇山様。ご武運をお祈り致します」

 

 

そう言うと商人は振り返りもせずに去っていた。

商人にあそこまで言われるなんてどれだけ信用されてないんだ…?と宗秀はなんとも言えない顔をしていた。

久綱と鹿之助もまた呆れた表情をしている。

 

 

「当然だ。奴らは卑劣な策謀ばかり用いるのだ。まったくもって腹立たしいものよ…」

 

 

「その通りです!私たちも何度奴らに騙されたか…」

 

 

こうして無事に兵糧を手に入れた尼子軍だったが、本番はこれからと言ってもよいだろう。今度はこの兵糧を月山富田城に持ち帰らなければならないのだ。来た道を引き返すのだが、先ほどと同じように突破させてくれるほど敵も甘くは無いだろう。文字通りこれからの戦は命懸けになる。

 

 

「よし、兵糧は手に入れた!後は城へ戻るだけだ。恐らく毛利は陣を固めているだろう。なんとしても兵糧を持ち帰るのだ!皆、行くぞ!!」

 

 

久兼の号令に尼子軍は奮い立ち、士気は非常に高まっていた。回収した兵糧と共に再び行軍を再開した尼子軍は来た道を戻り始めた。そして、何の妨害もなく突破して来た毛利軍の陣営の前に再び差し掛かった。

宗秀も兵糧の積まれた荷車の運搬を手伝っていたがそんな中、何か胸騒ぎを感じていた。

 

 

(何か変だ…うまく行き過ぎてる気がする)

 

 

宗秀はどうにも腑に落ちなかった。それほど策謀に長ける男が包囲の一部を手薄にするだろうか?

まるでわざと自分たちを通したのではないか?次の瞬間、宗秀の背筋が凍りついた。

 

 

包囲の一部をわざと手薄にして自分たちを通したのだとしたら…?

 

 

 

(まずい!これは罠だ!!)

 

 

気づいた時は既に遅かった。毛利軍の陣営の前に差し掛かかろうとしたその直前、周りの茂みから毛利軍の伏兵が姿を現したのだ。辺り一面、毛利家の軍旗と足軽の大軍で溢れていた。あちこちで敵軍の銅鑼の音が大量に聞こえてくる。

 

 

「かかったのう!!おどれらはもう袋の鼠じゃ!!降伏せい!」

 

 

姿を現したのは豪勇の将、吉川元春だった。愛刀である「姫切」を手に尼子軍に向かって全速力で突撃してきたのだ。瞬く間に窮地に陥った尼子軍は統制を失い完全に混乱していた。

 

 

「ぬう…!どおりで容易く敵陣を突破できたわけだ…皆、血路を開け!こうなれば一つでも多く兵糧を城へ運ぶのだ!!」

 

「皆、落ち着け!!乱れてはならぬ!」

 

「十勇士たちよ!私に続け!我らで血路を開くぞ!!」

 

「「ははっ!!」」

 

 

久兼や久綱、そして鹿之助たちが必死に突破口を開こうと奮戦する。しかし毛利軍の凄まじい包囲攻撃によって足軽たちは次々と倒れていった。荷車を運んでいた足軽たちもなすすべもなく敵の攻撃によって壊滅していく。

幸いにも宗秀が運搬していた荷車の隊と残った僅かな荷駄隊は無事だった。

 

 

「あんちゃん!走れ!走れ!荷車が壊れるぐらいなあ!!」

 

「おおおお!!」

 

「っ!?兄さん!あぶねぇ!?」

 

 

隣の足軽が突如、宗秀を突き飛ばした。

飛ばされた宗秀はその場に倒れ、宗秀たちが押していた荷車は人力を失い、音を立てて崩れ落ちた。

よろめきながら立ち上がった宗秀の視線の先には、先ほど自身を突き飛ばした足軽が倒れていた。背中から血を流してぴくりとも動かない。

 

 

(う、嘘だろ…まさか、死んだのか…!?)

 

さらにその側には、足軽を殺した敵の足軽が血で染まった刀を手に立っていた。

そして宗秀に気づいたその足軽は刀を構えてゆっくりと近づいてくる。

 

 

「おどれも、殺しちゃる…!!」

 

(こ、殺される!!逃げないと…!)

 

 

宗秀は逃げようとするが、足が思うように動かない…先ほど突き飛ばされたせいで、足首を捻ってしまったのだ。四つん這いの態勢で必死に逃げるもあっという間に距離を詰められ…

 

 

「死ねやぁぁぁ!!」

 

 

しかし宗秀にはまだ運があった。

刀が降りおろされる瞬間まで死に物狂いで身体を動かしたことが功を奏したのか、刃は宗秀の左頬をかすっただけだった。

それと同時に宗秀の左頬に激痛が走った。

 

 

(…っ!!?痛ってぇ!!き、斬られた!!?)

 

 

左頬が燃えるように熱く感じる。手で触れると手のひらは血で真っ赤に染まっている。

 

 

「ちっ!!ちょろちょろ逃げよって…!」

 

 

 

足軽は再び宗秀を殺そうと刀を振り上げて迫ってくる。宗秀は混乱してまとも考えられなくなっていた。今、彼を動かしているのは「死にたくない…」という人間の本能だろう。

 

 

(どうすればいいんだ…!!どうすれば…)

 

 

その時、宗秀の頭にある言葉がよぎった。

 

 

『殺すか殺されるか…道は二つだけだ』

 

 

次の瞬間、宗秀は持っていた刀を抜き両手で構えた。足軽は刀に恐れることなく再び宗秀に斬りかかる。

 

 

「今度こそ死ねぇぇ!!」

 

「う、うおおおお!!!!」

 

 

宗秀は目を瞑り、力いっぱい刀を突き出した。

刀を通じて刃が突き刺さった感触が伝わってくる。恐る恐る目を空けるとそこにあった光景は…

 

 

「…っが!?…ごふっ!!?」

 

 

宗秀の刀は足軽の喉元に突き刺さり、足軽は持っていた刀を落としてまるで力が抜けたように立っていた。

足軽は大量に吐血すると崩れ落ちるようにその場に倒れ、そのままぴくりとも動かなくなった。

 

 

(し、死…んだ…のか?)

 

 

刀を持った自分の手がかつて無いぐらい震えていた。

そう、この男は間違いなく死んだのだ。

 

 

自分が殺した…

 

 

罪悪感、恐怖…などの言葉では表せない感情が宗秀の心の内に沸き起こった。何も考えられなくなった。無気力になり、その場に崩れ落ちる。

そんな時、無情にもそんな宗秀の前に新たな敵の足軽が数人現れた。

 

 

「こいつ…よくもやりやがったのう!!」

 

「ぶっ殺しちゃる!!」

 

 

もう駄目だ…俺はここで終わりだと、諦めた宗秀は静かに目を閉じた。これは当然の報いだ。自分は人を殺したのだから…

しかし宗秀は悪運が強いのか、まだ死ぬ運命ではなかったのかは分からない。

殺されようとしていた宗秀の前に間一髪で現れたのは…

 

 

「宗秀殿!!大丈夫ですかっ!?鹿之助が参ります!」

 

 

現れたのは鹿之助と十勇士たちだった。味方の退却を助けた後、行方不明になっていた宗秀を助けるために敵地に戻ってきたのだ。

鹿之助は槍で足軽たちを薙ぎ払い、宗秀に駆け寄った。

いったいどれだけの敵兵を斬ったのかは分からないが、鹿之助も全身血だらけになっていた。

 

 

「宗秀殿!お気を確かに!!」

 

「…あ、ああ。し、鹿之助か…俺は…生きてるのか?」

 

「ああ、よかった…!残った荷駄隊はどうにか城へ逃れ、叔父上たちも無事です。私たちも退きましょう!」

 

「っ…!?ま、待ってくれ!!まだ、生き残りが…!」

 

しかし鹿之助は黙って首を振る。

もう助けることは出来ない、これ以上この場に留まってはいかに鹿之助と十勇士たちといえども危険だ。

 

 

「十勇士たちよ!宗秀殿を守れ!月山富田城まで撤退するぞ!」

 

「「「ははっ!!」」」

 

 

鹿之助に支えられながら宗秀と十勇士たちは月山富田城へと退却し始めた。迫りくる敵兵は鹿之助と十勇士によって次々と倒されていった。

そして、遂に宗秀たちは月山富田城の門前まで戻ってきたのだ。

 

 

「山中様!!早くこちらへ」

 

 

門番が城門を開き、鹿之助たちを手招きしている。

しかし鹿之助たちの背後には追手が迫っており、その中には吉川元春の姿もあった。

 

 

「待て!山中鹿之助!おどれは自分が斬る!」

 

鹿之助たちと元春率いる軍団の距離はほぼ僅か、追い付かれそうになったその時だった。

 

 

「皆、射て射て!!さあ、鹿之助!早く城へ入るのだ!」

 

「叔父上!感謝いたします!」

 

 

月山富田城の矢倉から無数の矢が放たれ、毛利軍の進軍が一時的に止まった。

 

 

「くっ…!おのれ…!」

 

「吉川元春よ!勝負は預ける!だが、次こそは私が貴様を斬る!覚えておけ!」

 

 

そう言い残すと鹿之助たちは城内に退却していった。

これ以上の追撃は無意味と判断した元春も追撃を中止し陣へと戻っていった。

この作戦の成否だが、尼子軍が持ち帰れたのは、二十台の内のたった六台だけで、二百人いた兵たちも無事に城へ退却できたのは久兼と久綱、鹿之助たちも含め僅か七十人ほどだった。

 

結果的に兵糧は運べたものの、その量は僅かで、これによって月山富田城は士気と戦意を大きく失うことになった。

さらにこの戦いの後、尼子家の滅亡を決定付けるある出来事が起きることになる。

 

 

 




頑張って書きました!
現実の忙しさもあってペースが悪くなってますね…
でも、なんとか書きます!!


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第五話 尼子滅亡

 

・出雲 月山富田城外 毛利陣営

 

 

当初、力攻めによって月山富田城の攻略を目指していた毛利軍だったが、元就の作戦変更により包囲による持久戦に戦術を変更していた。

 

尼子軍によって行われた兵糧の輸送作戦だったが、当の元就は尼子軍の動きをすべて読んでおり、月山富田城の一部の包囲を緩めわざと隙があるかのように見せかけていたのだ。そして案の定、兵糧を運ぶために尼子軍はのこのこと城から出てきた、そこを伏兵で取り囲み一気に壊滅させる。これで尼子軍の輸送隊が全滅すれば城内の兵たちの士気は著しく低下するはずだと元就は考えていた。

だが、元就の狙いはこれだけではなかった。

元就は尼子軍を包囲する伏兵隊を務めた吉川元春にある命令をしていた。

 

 

「おやっさん!今、戻ったけぇ!」

 

「おお、元春どの、首尾は?」

 

「とりあえず、おやっさんの言ったとおりにしたが…本当によかったんかのう…?」

 

元春が元就から伝えられたのは「全滅させずに少しだけ城へ逃がせ」これが元就の指示だった。

しかし元春はこの指示にやや不満に感じていた。特に山中鹿之助と配下である十勇士たちを討ち取ることができなかったことが残念だった。その気になればあの時、鹿之助を捕らえることもできたはずなのだ。

 

 

(いったい今度は何を企んどるんじゃろうか…?)

 

 

今まで元就の数々の謀略を身近で見てきた元春は今回も何かしらの策なのでは…?と思っていた。

すると元就は不気味にも思える笑みを浮かべた。

 

 

「ふふ…元春どの。この戦…わしらの勝ちよ」

 

「え?それはどういう意味じゃ?」

 

 

確かに敵は兵糧の輸送も失敗し、士気も戦意も大幅に低下している。しかし、月山富田城はまだ健在で鹿之助たち一部の将兵はまだ徹底抗戦の構えを見せている。

勝ったも同然の状況ではあるが、まだ勝利を確信するのは少し早いのでは?と元春は思った。

 

 

「すぐに分かる。そろそろ仕上げじゃな…」

 

 

元就の策はすでに始まっていた。

 

 

 

・出雲 月山富田城内

 

 

同じ頃、城内の緊張と不安は頂点に達しようとしていた。輸送作戦も事実上失敗に終わり、兵糧も残り数日分ほどで将兵たちの士気と戦意も著しく低下している。

さらに降伏も許されぬ中、いつ毛利軍の総攻撃が行われるのか城内の者たちは気が気でなかった。

作戦から一夜空けた翌朝、鹿之助と久綱はこの絶望的な状況に動揺を隠せなかった。

 

 

「もはやこれまでか…」

 

「まだです!まだ負けてはいません!」

 

「…わしらの運命は決まったようだ。こうなってしまっては城を枕に討ち死にするまでだ」

 

「叔父上!弱気になってはなりません!勝機は必ずあります…!」

 

「鹿之助…お主も分かっておるだろう。もう我らに勝ち目は無いのだ」

 

「……」

 

 

鹿之助にも分かっていた。もはやこの戦の勝敗は決していることに…だが、それでも鹿之助は諦められなかったのだ。

あの夜、月に願ったあの誓いを一時も忘れたことはなかった。どんな苦難が自身を襲ってもこの命のある限り尼子家の為に戦い続けると…

 

 

「叔父上、例え負け戦であっても私は毛利に屈しません!」

 

「ああ、わしも卑劣な毛利に降るぐらいなら死を選ぶ。尼子の意地を見せてつけてやろう」

 

 

とは言え城内で戦える者はかき集めても数千にも満たないだろう。文字通りまさに玉砕である。毛利軍が総攻撃を仕掛けてきたその時こそ尼子は終わりだ。

鹿之助と久綱の他にも僅かではあるが、徹底抗戦を主張する将兵たちがおり、士気はまだ完全には失っていなかったのだ。

 

 

「ところで鹿之助、宗秀はどうしたのだ?」

 

「そ、それは…」

 

 

鹿之助は黙り込んだ。

あの戦場から奇跡的に生還した宗秀だったが、精神的衝撃があまりにも大きく鬱ぎ込んでしまったのだ。

理由は言うまでもなく初めて敵兵を殺害してしまったことだろう。

 

 

「あの戦から生きて帰れただけでも大したものだが…」

 

「はい、ですが…」

 

「…まあ、奴の気持ちもよく分かる。初めて戦を経験した者なら誰でもああなる」

 

 

とにかく今はそっとしておいてやった方がよいだろう、と久綱は言うがやはり鹿之助は宗秀をほっておくことはできなかった。戦から戻った時の宗秀の顔を鹿之助は忘れられなかったからだ。

 

 

「…私、宗秀殿を探してきます。やはりほっておけません」

 

「あまり時間は無いぞ、いつ毛利が攻めてくるか分からん」

 

「はい!すぐに戻ります!」

 

 

そういうと鹿之助は宗秀を探して城内を走り回ったが姿が見当たらなかった。いったい何処に…と内心不安を募らせる中、城内の者たちに居場所を聞きながら必死に宗秀を探し続ける。

そして、ようやく居場所を知る者を見つけることができた。

 

「南蛮のお兄ちゃんならあそこにいるよ。なんだか元気がなさそうだけど…」

 

 

教えてくれたのは城内にいた子供で、その指差した先に宗秀はいた。城壁の片隅に放心したように座り込んでいた。未だに具足姿のままで、身体に無数の血痕が付着していた。恐らく先の戦場から戻ってそのままずっとそこに居たのだろう。

 

 

「宗秀殿、ここにおられたのですね」

 

「……」

 

「あの…宗秀殿?」

 

「あ、ああ…鹿之助か…」

 

 

鹿之助の問いかけに宗秀は無気力に答えたが、すぐに顔を下に俯け何も言わなくなる。なんとか励まそうと思っていたが、いざ言うとなるとどんな言葉をかければ良いのかと鹿之助は困惑していた。

 

 

「…すまないが、今は一人にしてくれないか…」

 

「宗秀殿…」

 

「俺は…人を…人を殺したんだ…俺は人殺しだ…」

 

「でも、そうしなければ宗秀殿は死んでいました。やむを得ないことだったんです!」

 

「それだけじゃない…俺は何も出来なかった…誰も助けられなかったんだ…」

 

「……」

 

 

初めて人を殺してしまった罪悪感もあるが、宗秀にとっては何より一緒にいた足軽たちを助けることが出来なかったことを悔やんでいた。もっと自分が戦えたら…敵の作戦を早く見破っていたら…何故、戦えない自分が生き延びてしまったのか…宗秀の頭の中は後悔と無力感でいっぱいだった。

 

 

「みんな…死んだんたよな…気のいい奴らばっかりだったのに…」

 

出陣前に気さく声をかけてくれた足軽や宗秀のことを励ましていた足軽の姿は城内に無かった。そう全員あの戦で一人残らず討ち取られてしまったのだろう。

 

 

「宗秀殿…それが戦です」

 

「分かってる…!!だが…!!」

 

「戦では勝った者が正しいのです。死んだ者に言葉はありません」

 

「…っ!!そんな言い方ないだろ!!みんなにも帰る場所があって、大切な人もいるんだぞ…!」

 

「それが乱世なのです。あなたがいたという戦のない平和な時代では考えられないことでしょうが…」

 

「……」

 

「だから私たちは戦うのです。生きる為に、大切な人を悲しませない為にも」

 

 

自分が生きる為に相手を殺す、これが戦国時代…乱世なのだと宗秀は改めて実感していた。自分がいるこの時代がどんな世界なのかを…

 

 

「宗秀殿、一人で背負わないでください。戦ですべての人を救うことなど不可能です。それに宗秀殿は今回の戦が初陣だったんですから、何も出来なくて当然なんですよ」

 

「…そう…だな」

 

「むしろ初陣であの激戦を生きて帰れただけでもすごいと思います。だから…元気を出してください!」

 

 

そうだ、こんな所で落ち込んでいても何も変わらない。まだ戦は続いている上にいつ敵が攻めてくるか分からない状況なのだ。それに自分はまだ生きている…自分を庇って死んでいった足軽たちの為にも、そして元の時代に戻る為にもまだ死ぬわけにはいかない、と宗秀は必死に心に言い聞かせた。

 

 

「…そうだよな、落ち込んでる暇はないよな」

 

「宗秀殿…!」

 

「ありがとう、鹿之助。お前には助けてもらってばかりだな」

 

「いえ、私は何もしてません。ただ宗秀殿を少しでも励まそうと思っただけで…」

 

「お陰で少し落ち着いた、助かったよ」

 

 

もちろん人を殺したことについては、まだ後悔と罪悪感を拭いきれていないが、まずはこの戦を生き延びることが最優先だ。また人を殺さなければならない状況になった場合、同じことができるのだろうか?しかし殺らなければこちらが殺られる。そうなのであれば躊躇うわけにはいかない。

まだ、死ぬわけにはいかないのだから…

 

 

「鹿之助様!い、一大事にございます!」

 

 

そんな時、慌てた雰囲気で二人の元にやって来たのは尼子十勇士の一人である、亀井世界之介だった。

 

 

「世界之介か、いったいどうしたのだ?」

 

「とにかく天守へ…!清河殿も!」

 

「何かあったのか?」

 

「…宇山様が謀叛を企てていると家中で大変な騒ぎになっているのです!」

 

 

その一言に二人は耳を疑った。

信じられる訳がない。きっと何か間違いか敵の流言だ、何より共に戦った二人だからこそ分かっていた。久兼は決して謀叛など企んでいない。

 

 

「そんな馬鹿な!?宇山さんが謀叛なんかするわけがないだろ!」

 

「私も同意だ…宇山様ほど尼子に忠義を尽くしてきたお方はいない。何かの間違いではないのか?」

 

「今、義久様が宇山様を問い詰めておりますが…義久様はかなり疑っておられる様子です」

 

 

もし久兼が死んでしまえば城は完全に戦意を喪失し、戦わずして月山富田城は陥落するだろう。そうなれば完全にこの戦いは終わりだ。

 

 

「宗秀殿!行きましょう!宇山様を死なせてはこの城は持ちません…!」

 

「ああ!もちろんだ!行こう鹿之助!」

 

 

・出雲 月山富田城天守

 

 

宗秀と鹿之助がやって来ると、そこには尼子家の家臣一同と義久そして謀叛の嫌疑がかけられている久兼の姿があった。久兼は義久の前で堂々とした態度で正座しており、全く動じていなかった。そんな久兼に対して義久は怒鳴りながら話していた。

 

 

「久兼…!やはり、貴様は謀叛を企んでおるのだな!」

 

「殿、拙者は断じて謀叛など考えておりませぬ」

 

「偽りを申すな!!城内の者が口々に言っておるではないか!これが何よりの証拠だ!」

 

「それは毛利軍が流した流言です!殿、騙されてはなりません!」

 

「ええい!まだ申すか!!」

 

 

義久は完全に久兼が謀叛を企てていると疑っている様子で全く聞く耳を持っていなかった。義久がここまで疑っているのは、城内の兵たちや女子供の噂が原因だった。

元々、内通者が城内にいるという噂が流れていたがあの戦いが終わった後、その噂がより強く囁かれるようになったのだ。城内の誰が言ったか分からないがこう言った者がいた。

あの僅かに生き延びた兵たちの中に敵の間者が紛れていた…。そして久兼が間者を城内に引き入れる為にあのような無茶な作戦を実行したのでは…?そんな噂が城内で新たに流れ始めていたのだ。

 

 

「そうか…貴様は城内に敵を引き入れる為に私にあんな策を提案したのだな?」

 

「この状況で兵糧を手に入れるにはその策以外にありませんでした…!それ以外に他意はございませぬ」

 

「黙れ!ならば何故貴様だけがのこのこと城へ戻って来た!兵糧も持ち帰ったのはごく僅か…これだけの証拠があってまだしらを切るつもりか!」

 

 

久兼の必死の釈明も虚しく義久は考えを改めようとしない。そしてついに怒りが抑えられなくなったのか義久は久兼を睨み付けて言った。

 

 

「久兼!貴様は打ち首だ!!すぐにこやつを斬れ!」

 

「と、殿!!」

 

 

恐れていた事態に居ても立ってもいられなくなったのか、久綱を始めとした多くの重臣たちが床に頭を擦り付けながら言った。

 

 

「殿!久兼様は先々代、経久様の代から尼子家に尽くしてきた宿将にございます!どうか何卒、死罪だけはお免じください!」

 

「宇山様は城内の兵たちからの信望厚く、敵方にも名の知られたお方です。宇山様を死罪にされては城は持ちませぬ!」

 

「どうか…!どうかお考え直しを…!」

 

 

しかし義久はそんな久綱や重臣たちを見ていて次第に腹が立っていた。

…ずっとそうだった、今まで自身が言ったことすべてに口を出してくる。自分は貴様たちの操り人形ではない…!と義久は思っていた。

 

 

「黙れ黙れ!!私の命が聞けぬのか!この役立たず共め!元々はこんな事になったのもすべて貴様らのせいだろう!」

 

「「………」」

 

「久兼の死罪は変わらぬ!さっさと斬り捨てろ!」

 

 

その一言に、部屋の外で話を聞いてた宗秀は拳を握りしめて怒りに震えていた。今にも部屋に殴り込んで行きそうな雰囲気だった。だ、駄目です!宗秀殿!と身体を押さえる鹿之助を無理矢理払いのけて宗秀は部屋に怒鳴り込んだ。

 

 

「ふざけるな!!黙って聞いていたら好き放題言いやがって…!!」

 

「な、なんだ?誰だ貴様は!?」

 

 

一同全員の視線が宗秀に集中する。

だが宗秀は動じることなく半ば怒鳴りながら義久に言い放った。

 

 

「一体何様のつもりだ?あんたは人の上に立つ資格なんてない!!家臣をなんだと思ってる!!」

 

「貴様…!!下郎の分際でこの私にそのような無礼な言動を…!」

 

「うるせぇ!!こんな状況で身分なんて関係あるか!!みんな必死に尼子を守ろうと戦ってるんだぞ!あんたは今まで何か行動したのか!!こんな時に仲間割れなんかしてる場合じゃないだろ!」

 

 

一介の素浪人に過ぎない宗秀が大名の当主に暴言を吐くということは、本来なら久兼同様に死罪になってもおかしくない大事だが、重臣一同は宗秀の言葉を黙って聞いていた。そう重臣の誰もが言いたかったことを宗秀が代弁していたからだ。

 

 

「宇山さんを殺したら本当にこの城は終わりだ!そんなことあんたでも分かるだろ!」

 

「き、貴様ぁ……!!」

 

 

怒りが頂点に達したのか義久は部屋に飾ってあった刀を抜き取り、血走った目で宗秀を睨み付ける。

 

 

 

「これ以上何か言ってみろ…!!叩き斬るぞ!!」

 

「斬りたいなら斬れ!俺を斬って気が済むなら構わない。自分で自分の首を絞めてるってことにあんたが気づいてくれるならな」

 

「……っ!!」

 

「宇山さんを斬って誰が喜ぶと思う?敵の毛利元就だろうが!一緒に戦った俺なら分かる!宇山さんはあんたやみんなのために必死に戦っていたんだ!」

 

「……」

 

「あの決死隊の足軽たちだってそうだ!この状況をなんとかしようとして無茶な作戦にも参加してくれた…その人たちの思いを無駄にする気なのか!!」

 

「だ、黙れ…黙れ黙れ黙れぇ!!」

 

 

義久は持っていた刀をその場に叩きつけた。

なんと義久が泣いていたのだ。半ば泣き叫びながら大声で言い放った。

 

 

「貴様ごときに…貴様などに私の何が分かると言うのだ!私の苦労が!?私が家督を継いだ時から尼子は既に終わっていたのだ…!!私は私なりに尼子を守ろうとした…だが無駄だった…!家臣たちは次々と離れていった。私が何をしようと無駄だったのだ!!」

 

「……」

 

「お前ならばこの状況をなんとか出来たのか?もし、お前が当主ならこの困難を乗り越えられたのか?言ってみろ!!」

 

 

この時、宗秀は義久の気持ちを理解した。

彼は彼なりに尼子家をなんとかしようとしていたのだろう。しかし四面楚歌の状況に絶望し、自暴自棄になってしまったのだ。もし自分が義久の立場だったら…と考えると宗秀はやるせない気持ちになった。

 

 

「…もう貴様らの顔など見たくもない!降伏するなり立ち去るなり好きにするがいい!勝手にしろ!!」

 

 

 

そう言い捨てると義久は部屋を後に去っていた。

 

 

 

「ま、待て!話はまだ終わってないぞ!」

 

「もうよいのだ…宗秀」

 

 

久綱が宗秀の肩を叩きながら言った。

 

 

「久綱さん!だが…!」

 

「構わん、我らが言いたいことはすべてお主が言ってくれた。きっと殿の御心にも届いたはずだ」

 

「そうならいいんだが…」

 

「しかし、殿があれほど思い悩まれておられたとは…それを察せられなかった我ら家臣にも非がある」

 

 

二十代でいきなり当主になった矢先にこのような困難な状況が立て続けば誰でもこうなってしまうだろう。誰を信じて良いのかも分からず、自身の行動が少しでも失敗すれば御家を危険に晒してしまうことの緊張感、若輩ながらも義久は必死に戦っていたのだ。

 

 

「…すべて、わしの責任だ。拙者の力が及ばなかったばかりに…」

 

「そんなことない!宇山さんは必死に城のみんなを守ろうと戦っていたじゃないか!」

 

「宗秀の言うとおりです。久兼様のお働きは城内の誰もが知っております。不甲斐なきは我らの方です…」

 

「やはり、この罪は死をもって償う他ない」

 

「宇山さん!駄目だ!そんな命令聞かなくていい!」

 

「…主命には逆らえぬ。それにわしが生きていたところで尼子の滅亡は避けられぬだろう」

 

「久兼様…」

 

 

もう久兼を止められる者はいなかった。

久兼はその場を立ち上がるとゆっくりと歩み始める。おそらく城内の処刑場に向かうつもりなのだろう。

重ねて必死に久兼を説得しようとする者もいたが久兼の考えは変わらなかった。

 

 

「誰か、わしの介錯を頼めるか」

 

「「……」」

 

 

だが誰も名乗りを上げなかった。

これまで尼子ために戦ってきた忠臣を、人望もあり兵からも慕われている久兼を介錯したいと言う者などいるはずがなかった。

 

 

「ふむ…では、鹿之助。頼めるか?」

 

「わ、私が…ですか?」

 

「お主の腕なら任せられる。どうだ?」

 

「……分かりました。宇山様がそう仰られるのでしたら」

 

「鹿之助、もう…どうしようもないのか?」

 

「…はい。宇山様は一度決められたことは決して曲げられないお方、もう誰にも止められません」

 

「…くそっ!なんで宇山さんが死なないといけないんだ!」

 

 

その後、死装束に着替えた久兼は処刑場にいた。

その側には介錯を任された鹿之助や宗秀、そして久綱や多く重臣たちだけでなく、兵たちや女子供までもが処刑場に押し掛けた。

そして押し掛けた多くの人々が久兼の死罪に反対し、久兼の処刑を惜しんでいた。

 

 

「…わしはなんという果報者だ。もうこの世に未練は無い。あるとすれば、謀叛人の汚名を被って死ななければならないことか」

 

「宇山様、私たちは分かっております。宇山様は断じて謀叛人などではありません!」

 

「そうですぞ!必ずや我らが後世に伝えましょう!」

 

「後のことは頼んだぞ。尼子を…守ってくれ」

 

「「はっ!!我らにお任せを!」」

 

 

一方、宗秀は何も言えずにただ成り行きを見守っていた。

なぜ武士という者たちはそこまで死に急ぐのか?なぜ生きようとしないのか?死んでしまったらそこで終わりだ、と疑問に思っていた。この世界に来てからずっと考えていたことだ。平和な時代から来た自分と戦乱の時代を生きてきた武士たちと何がそこまで違うのか?同じ血の通った人間であるはずなのに。

そんな宗秀の表情を察したのか、久兼が声をかけた。

 

 

「宗秀といったな…何故そのような顔をする」

 

「…俺には分からない。なんでそこまで死に急ぐんだ?生きてさえいれば…」

 

「一つ教えよう。武士は主のために死ぬことこそ本望であり、主のために死力を尽くし戦う…それが武士なのだ」

 

「そこが分からないんだ、自分の命を賭けてまで主のために戦うのは正しいことなのか?」

 

「正しいかどうかなどわしにも分からぬ…だが主のために、主家ために戦うこと…それがわしの武士としての正しさなのだ。わしの死も主の…殿が命じられたこと、主の命ならば喜んでこの命を差し出そう」

 

 

主のために自身の命を捧げてでも戦い続ける、それがこの男、宇山久兼という武士なのだ。そんな生き様を宗秀は儚いと思うと同時になんと潔く強い信念なのだろうか、と心打たれていた。

 

 

「初陣を生き抜いたのなら、お主も立派な武士よ。宗秀よ己の答えを見つけてみせろ」

 

「俺の…答えを?」

 

「そうだ。これからお主は多く戦を経験するかもしれん、またはどこかの戦場で命を落とすかもれしれぬ。だが己の内に確固たる信念があればどんな困難にも打ち勝てよう」

 

「宇山さん…」

 

「お主の武士としての答えをあの世で見させてもらうぞ。宗秀よ強き武士になれ!」

 

「ああ…!ありがとう…宇山さん」

 

 

そろそろ逝くか…と言うと久兼は鹿之助を見つめた。

それを察したのか、鹿之助は持っている刀を抜き取ると大きく振り上げる。その場にいた誰もが固唾を呑んで様子を見守っている。

 

 

(大殿…晴久様…力及ばず申し訳ありませぬ。久兼もお側に参ります!)

 

 

久兼は静かに目を瞑り前のめりの体勢になる。

鹿之助は涙をこらえながら刀を久兼の首に勢いよく振り落とした。

 

 

「宇山様っ!御免!!」

 

 

ザンッ!!という音と共に久兼の首は落ちた…

その光景を見ていた兵たちや女子供は皆泣いていた。それだけではない、鹿之助や久綱、他の重臣たちすべてが涙を浮かべていた。

 

 

(宇山さん…見ていてくれ、俺は必ず強い男になって見せる!みんなを守れるような強い武士に!)

 

 

宇山久兼の死は城内の者たちに衝撃を与え、月山富田城は完全に戦意を喪失し、もはや戦などできる状況ではなくなってしまったのだ。誰もが敗北を確信し、毛利軍の総攻撃が始まるのをただ待つことしかできなかった。

しかし毛利軍は総攻撃を仕掛けてくることはなかった。なんとそれまで月山富田城の周辺に張り巡らされていた柵がすべて取り払われ、代わりに一つの立て札が立てられていた。

 

 

「降伏せよ、おとなしく投降するならば命だけは助けよう」

 

 

と立て札には書かれていた。

そう元就の策とはこのことだったのだ。最初に降伏を許さなかったのは、月山富田城の士気を低下させることと、兵糧を早く消費させるためだった。そしてぎりぎりまで追い詰めた時、降伏を許すという人間の心理を突いた元就の見事な作戦だったのだ。

これにより月山富田城からは投降者が続出し城内に残った兵は三百程度という有り様だった。

 

 

 

・出雲 月山富田城天守

 

 

「……」

 

 

天守の頂上で義久は城外を虚ろな目で見つめていた。

最早、勝敗は決した。戦うことはできない。自身に残されている道は二つしかなかった。

降伏するか…自害するか…義久はどちらかを決断するしかなかった。

しかし毛利方からは何度も勧告の使者が来ており、おとなしく降伏するのなら決して悪いようにはしないと。

だが義久は迷っていた。

 

 

(確かに降伏してしまえばすべてが終わる…だが毛利に降れば尼子を滅ぼした暗君として後世までそしりを受けるだろう…私は…私は…)

 

 

その数日後、義久は降伏を決断した。

それを承諾した元就は義久の身柄を安堵する血判書を送り、ついに月山富田城は開城することになった。

その後、義久は安芸の円明寺という寺に幽閉され今後も生きることになる。

こうして戦国大名としての尼子家はここに滅亡したのであった。

 




お絵描きしてたら遅くなりました…
現実の時間が少な過ぎますよ~!



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番外編 壱 仁将の死

毛利家が主役のミニストーリーです!
両川姉妹の兄、毛利隆元が死んだ直後を描いた物語です。兄・隆元が毛利家にとってどれほど大きな存在だったのかが語られます!

興味があれば読んでみてください!
個人的に毛利家が大好きなので、短めですが気合い入れて書きますよ!!


これは未来人である清河宗秀が戦国時代に現れる少し前こと、一人の男の死から始まった物語である。

 

 

安芸の戦国大名である毛利元就は出雲の尼子家を滅ぼさんと戦の準備を始めていた。長門、周防を支配していた大内家を滅ぼし、勢力を拡大した毛利家は勢いは正に天にも届かんばかりだった。

 

 

毛利家の次なる標的は出雲を支配する尼子家である。長年の宿敵であった尼子晴久も今は亡く、新たな当主である義久は家臣や国人衆の支持を得られておらず、その体勢は不安定ものとなっていた。これこそ尼子を滅ぼすまたとない好機と見た元就は直ちに尼子征伐の軍を編成し出雲への侵攻に乗り出した。出雲の石見銀山に尼子の領土を手中に収められれば毛利家の勢力は磐石なものとなるからだ。

 

・安芸 出雲国境

 

 

「父上、この山を越えれば尼子領内だ。いよいよだな」

 

「うむ、長い戦いにようやく決着が着きそうじゃな」

 

「おう!今の我らに敵はないけぇ!此度こそ尼子をしごうしたる!」

 

出雲の国境で毛利元就率いる毛利軍は陣を張り、出陣の時を待っていた。吉川元春や小早川隆景ら毛利家の有力武将たちのほとんどが従軍し、まさに総力を挙げての出征だった。だがこの面々の中でまだ姿を見せていない者がいた。

 

「それにしても遅いな、兄者はいったい何をやっているのだ?」

 

「まったく、兄者にも困ったもんじゃ…戦になるといつもこれじゃからなあ」

 

そう陣中でまだ姿を見せていないのは元就の嫡男、毛利家の二代目当主・毛利隆元だった。謀神と恐れられる元就の嫡男とは思えないほど地味で凡庸な男で戦は下手で謀略の才もなく、かつて妹たちからは「無能」、「穀潰し」と散々罵られていたほどだ。しかし隆元は妹たちや父にはない人徳と比類なき男気と器を秘めており厳島の戦いの直前、父に匹敵する知略を持つ隆景でも説得できなかった村上武吉を見事に説得してみせた上に彼をして「天下人の器」と言わしめたほどだった。

その後、険悪だった兄妹仲も良好になり家族が一致団結して戦うきっかけになったのはこの時だった。

 

そんな彼だが厳島の戦いに勝利した後、大内家から奪いとった長門、周防を統治することになったのだ。当初こそこれまでの毛利家の悪名や信用もあって民衆や国人はなかなか毛利になびかなかったのだが隆元はこれらをまとめ上げ見事にこれを治めたのだ。

 

そして今回の尼子征伐では周防より別動隊を率いて元就の本隊と合流し、共に出雲に侵攻する予定になっていた。戦下手な隆元はたまに兵たちの統率に手間取り行軍が遅れてしまうことがよくあったが、今回は様子が明らかに変だった。

 

「しかし、いくら何でも遅すぎるのう」

 

「…予定の期日をすでに二日も過ぎている。父上、もしかしたら何かあったのではないか?」

 

「ふむ…誰か隆元の軍に使いを出せ」

 

元就の指示で使番か陣中を飛び出していった。

そんな中、隆景は胸騒ぎを覚えていた。なぜか分からないが嫌な予感がする…と胸をぐっと押さえていた。

 

(兄者、いったいどうしたんだ?何かあったの…?)

 

「心配するな隆景。兄者のことじゃ、どこかで道草を食っとるんじゃろ」

 

「…だと良いのだが」

 

「景さま!姉上さまの言うとおりです!だから元気を出して下さい!」

 

隆景を側で懸命に励ます少年、彼の名は穂井田元清。元就の第四子で隆元や両川姉妹の弟にあたる。隆元たち兄妹とは違い側室の出自で父である元就からは側室と正室の差別を明確にするために「虫けら同然」と厳しく育てられていた。しかしそれは家中から側室の子と冷遇されないための措置であり、厳しくも自身を手厚く庇護してくれた隆景のことを大変慕っており「景さま」と呼んで崇拝しているのだ。

 

「景さまにそんな不安そうな顔は似合いません!さあ!気晴らしに僕を好きなだけ罵って下さい!さあ!早く!お願いします!」

「う、うるさい黙れ!空気を読め!」

 

「ああ…!景さまの「うるさい黙れ」が聞けるなんて!!僕はもう死んでもいいです…!ありがとうございます!!」

 

(まったく…元清にも困ったものだ)

 

しかし元清なり自分のことを励ましてくれているのだと思うと、そう邪見にもできなかった。口には決して出さないが、隆景はこっそりと元清に感謝していた。そんな時、陣中に使番が息も絶え絶えの状態で入って来た。今しがた使番を出したばかりなのにもう帰って来たのかと一同は思ったが使番は先ほどの者とは別人だった。

 

そう隆元の部隊の使番だった。

 

「隆元の使者か、いったい何があったのだ?」

 

「はあ…!はあ…!も、申し…上げます…!」

 

使番は疲労困憊で今にも死んでしまいそうな弱々しい声で必死に伝令を伝えようとする。その内容は陣中を凍りつかせるものだった。

 

「も、毛利…隆元様が…ご逝去されました…!」

 

その一言に元就を始めとした家臣一同が絶句した。

 

「…なん…じゃと…!!?」

 

「………え?」

 

「い、今なんと…!?」

 

その場の全員が耳を疑った。いったいこの者は何を言っているのか?という目で全員が使番を見ている。固まって誰も動かない中、最初に動いたのは元春だった。使番の胸ぐらを強引に掴み上げて叫んだ。

 

「おんどれぇぇ!!でたらめを抜かすなあ!!あ、兄者が死んだじゃと!?も、もう一回言うてみろ!!」

 

「はあ…はあ…隆元様は…亡くなられたのです…!!拙者、この目でご遺体を確認し申した…!」

 

使番は泣いていた。これまでの言動と様子からこの使番が嘘を言っているとは誰も思えなかった。

 

「隆元様が出雲に向かわれていた途中…国人の和智誠春殿が尼子征伐の前祝いとして宴に隆元様を招かれました。…しかしこの時すでに和智殿は尼子に通じており料理にはすべて毒が盛られていました…隆元様は酒を飲んだとたんに苦しみだし、間もなくして息を引き取られました…」

 

さらにその時、和智誠春はこう言い残したそうだ。

 

"恨むならば、父の元就を恨め!"と…

 

その後、和智誠春は一族郎党を連れ出雲へと逃亡した。さらに隆元の死はすでに尼子方に知れ渡っていたのだ。

 

「…そ、そん…な…嘘じゃ…!嘘じゃ!!あ、兄者が…う、うああああああっ!!!」

 

涙が止めどなく溢れてくる。

元春は膝から崩れ落ち、声にならないような悲鳴で叫び続ける。

 

「隆元…」

 

突然の息子の死に元就はあまりの衝撃にこう言うのがやっとだった。何故、数々の謀略と策謀に明け暮れ最も罪深いはずの自身ではなく隆元が死ななければならないのか。これがこれまでの数々の悪行の報いなのだろうかと元就は言葉を失っていた。

 

「…あ、兄…者が…死ん…だ…?」

 

しかし、最も衝撃を受けていたのは三女の隆景だった。最愛の兄の死という現実とそれを信じたくないという感情が隆景の心が激しく交差する。

 

「…は、はは…う、嘘だ…兄者が…兄者が死んだなど…嘘に決まっている…」

 

「か、景さま…?」

 

「そうだ…これは敵の策略だ…兄者が死んだと偽りの情報を流して我々を動揺させるためだ…そうだ…そうに…決まっている…」

 

「…隆景様…誠にございます…隆元様は…亡くなられたのです…!!」

 

使番が現実を突きつけるよう涙ながらに隆景に言う。

そして…次の瞬間、隆景の中で何が壊れた。

 

「…嘘だッ!嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだ!!!!」

 

絶望に満ちた狂ったような表情で頭を押さえながらもはや聞き取れないような激しい声で何度も叫び続ける。

 

「か、景さま!!お、落ち着いてください!!」

 

「た、隆景!!しっかりせぇ!!」

 

「隆景!!」

 

「…あ…あ…ああああああああ!!!!」

 

悲鳴と同時に隆景はその場に倒れた。

突然の隆元の死に毛利軍は騒然となり、尼子征伐は中止となり本拠・吉田郡山城への撤退を余儀なくされた。

特に小早川隆景の精神的衝撃は計り知れずその日を境に立ち上がることもできなくなってしまった。

しかし毛利家の悲劇はまだ序盤に過ぎなかった。




毛利隆元は決して無能なんかじゃありません!!目立ちませんけど凄い人なんです!!
是非、皆様も隆元のことを覚えて欲しいです!!


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第六話 新宮党の遺児

第二次月山富田城合戦は毛利家の勝利に終わり、尼子家は滅亡し出雲は元就に支配されることになった。出雲を手中に治めた毛利家は中国八ヶ国を支配する大大名となりその勢力は強大なものになっていた。

しかし尼子家は滅亡はしたものの、その影響力は完全に無くなった訳ではなく、出雲国内には毛利への恭順を拒む者や未だに抵抗する勢力も少なからず存在したのだ。

そんな中、主家が滅んでもそれを潔しとせず毛利家に抵抗しようとする者たちがいた。

この者たちによる尼子家の再興活動が後に大きな合戦を引き起こすことになるなどまだ誰も知らない。

そんな彼らが何処で何をしているのかというと…

 

 

・山陰近海

 

 

「うお~!!海だ!海ですぞ!!鹿之助様!」

 

「見てください!今、魚が飛びましたぞ!」

 

「よし!!それがしが捕ってくる!!いくぞ!!」

 

「なんだと!?抜け駆けは許さんぞ!私が先だ!尼子十勇士ばんざーい!!」

 

(…うるせぇな)

 

山陰近海をゆったりと進む一隻の船。初めての船にハイテンション状態の尼子十勇士たちの叫び声に若干苛立ちを感じながら宗秀は海を眺めていた。第二次月山富田城合戦の後、宗秀たちは城を脱出し米子へと逃れるとそこから日本海へと出航したのだ。その一同の中には山中鹿之助、立原久綱そして尼子十勇士たちの姿があった。

 

「まったく、奴らも困ったものだ」

 

「そういえば、鹿之助や十勇士たちは船に乗るのが初めてだって言ってたが、そうなのか?」

 

「うむ、これまで船を使う機会などまず無かったからな」

 

「へぇ、俺は何度か乗ったことがあるぞ」

 

米子から出航して数日、悪天候や時化もなく船は順調に目的地へと向かっていた。

 

「予定通りに行けば、もう数日で宮津に着く。そこからは歩きだ」

 

「結構、大変だな。京までの道のりは遠そうだ」

 

宗秀たちの行く先は京、現代で言う京都だ。ある目的の為に宗秀一同は京へと向かっていた。そう、ある人物を探すために…

 

 

・数日前 出雲 月山富田城内

 

 

時は数日前に遡る。月山富田城では投降者が続出しこれ以上の戦闘継続が不可能と判断した尼子義久は毛利元就に降伏することになった。しかしこの決断に鹿之助と久綱や十勇士たちは断固反対で、彼らだけで毛利陣営に斬り込もうとしたほどだった。宗秀の必死の説得でなんとか思い止まったものの鹿之助たちは毛利家に投降する気は断じてなかった。

 

「宗秀殿!なぜ止めるのです!私は決して屈しません!こうなったら敵陣に斬り込んで、討ち死にするまで!」

 

「いいから落ち着け!主君の命令に逆らう気か?そんなことしたら降伏を決めた義久の立場はどうなる!」

 

「いくら殿の命でも、そればかりは聞けぬ…卑劣な毛利などに降るなど断じて出来ぬのだ!!」

 

「気持ちは分かるが少し冷静なれ、もっと他に方法があるだろう」

 

いったいどんな方法があると言うのですか!?と顔をぐいぐい近づけて言い寄る鹿之助に驚きながら宗秀は淡々と自身の考えを話し始める。

 

「まず、俺たちが取れる手段は三つだ。一つ、このまま大人しく毛利に降伏する。二つ、討ち死に覚悟で敵陣に斬り込む。三つ、この城から脱出し再起を図る…このどれかだ」

 

この三つの内のどれかを選択しなければならないが宗秀は問答無用で三つ目の策を選択していた。今の自分たちにはもはや成すすべはない、ここは城を脱出し戦力を整え再び再起を図ることが現時点での最良の方法だと考えていた。しかし、久綱と鹿之助は黙り込んだ。

 

「どうしたんだ?二人とも。考えなくても分かるだろ?今の俺たちにはどうすることもできない。だからここは逃げて再起を図ればいい」

 

「確かにそうかもしれません…しかし、それでは逃げるだけでなく義久様も見捨てることになります。本当にそれで良いのでしょうか」

 

「殿には恐らく尼子家の再興など頭には無いだろう…わしらだけが生き残ったところで何ができるのだ?やはり敵陣に斬り込んで最後の意地を見せん!」

 

何故、武士という者はこうして死を急ぐのか?せっかくの生き残れる好機を自ら捨てようとしている。それこそ尼子家の未来を託してくれた久兼や死んでいった者たちが報われないではないか。

 

「まだ何もしていないのに諦めるのか?生きてさえいれば好機は必ず来る。このまま死ぬのは簡単だが、それはただ逃げるだけだ」

 

「宗秀殿…」

 

「どんなことがあっても諦めない、鹿之助、お前が俺に教えてくれたことじゃないか」

 

「あ…」

 

「生きるんだ。生きてさえいれば何とかなる!」

 

そうだ、この命がある限り尼子のために戦い続けると誓ったではないか。宗秀の言うとおり自分の死に場所はここではない、生きて尼子のために戦い続けることこそ久兼や散っていた者たちに少しでも報いられる方法ではないのかと鹿之助は考えていた。

 

「叔父上、宗秀殿の言うとおりかもしれません。ここは一か八か城を脱出し再起を図りましょう!!私たちはまだ負けていません!」

 

「鹿之助…お主まで」

 

「ここで逃げるのは主君を見捨てる行為だということは分かっています…ですが、私は諦めません!必ず…必ず私の手で尼子家を再興させてみせます!」

 

「それでこそ鹿之助だ。さあ、久綱さん。あんたはどうする?」

 

久綱は悩んでいた。実は久綱も話を聞いている内に宗秀や鹿之助と同じ考えになっていた。ここから脱出し再起を図ることには賛成だったのだが、その後のことを久綱は考えていたのだ。

 

「確かに再起を図るのは良いが、その後はどうするつもりだ?先ほども言ったが、義久様に尼子家再興の志がない限り我らが何をしようと無駄だぞ」

 

仮に宗秀たちがここを脱出し、兵を起こし毛利と戦ってもそれは尼子家の残党が勝手に行っているだけの私闘に過ぎないのだ。尼子家の当主だった義久に尼子家を再興する気持ちが無いのなら宗秀たちの戦いはまったくの無意味だ。そればかりか残党の蜂起を理由に義久に危害が及ぶ可能性もあった。

 

「なるほど…つまり尼子家再興のための「大義名分」が必要ってわけだな」

 

「そう言うことだ。義久様の代わりに尼子家の当主となるお方が必要なのだ」

 

「う~ん…義久に子供か親戚はいないのか?」

 

「義久様にはご嫡男はいられませんでしたし…他に尼子家の一門がいるという話は聞いたことがありませんね。叔父上、心当たりはありませんか?」

 

「…残念だが、尼子家の一門はある事件で多くが殺されておるのだ」

 

「事件?いったい何があったんだ?」

 

うむ、では話してやろうと久綱は語り始める。

それは義久の父である晴久が当主だった時、尼子家にはある軍団が存在していた。その軍団の名は「新宮党」と呼ばれ、謀聖・尼子経久の弟である幸久によって組織された精鋭部隊が新宮党だ。

 

この新宮党は尼子家の勢力拡大に大いに貢献し尼子家が出雲を始めとした周辺諸国を切り取ることができたのも新宮党の力があったからだと言ってもいいだろう。しかし、その一方で非常に重用された結果、その権限は主家にも匹敵するほどに大きくなっていた。晴久の代に新宮党の当主だった経久の次男・尼子国久とその嫡男の尼子誠久はそれらの権限を鼻にかけ、尼子家中で傲慢に振る舞っていたことから主家である晴久との関係に軋轢が生じ始めたのだ。

 

新宮党の増長を危惧した晴久はついに新宮党の粛清を計画。国久、誠久親子を暗殺しその一族の多くが殺されたのだ。この粛清で新宮党は壊滅し、晴久は家中を統一することに成功したが、尼子家が誇る精鋭部隊を自らの手で潰してしまったことで、尼子家の軍事力は大幅に低下することになった。この事件は「新宮党事件」として後世に伝わるが、その真意は未だに謎に包まれており、尼子家の軍事力の低下を狙った毛利元就の謀略だったという説や家中の統一を図るために晴久が敢えて行ったなどの説がある。

 

「あの時、晴久様が何を思ってあのような行動に出たのかはわしにも分からぬ」

 

その時、まだ尼子家に仕えて間もなかった久綱は事件に関与しておらず事件の真意は分からなかったのだ。

 

「そんなことがあったのか、その事件の時に生き残った奴はいなかったのか?」

 

「ああ、あの事件で新宮党の一族の多くが殺された。生き延びた者も僅かにいたが、尼子の一門でない者たちばかりだ。生き残った者など…いや…待てよ…」

 

思い当たることがあったのか久綱は深く考え込んだ。しばらく考えていると突如、そうだ!思い出したぞ!と言って久綱は話し始めた。

 

「一人だけ…!一人だけ生き残った者がいたのだ。誠久様には娘が一人おられたのだが、まだ年端もいかぬ赤子であった為に殺されず、寺で保護されたと聞いたことがある!」

 

「本当か!?何処の寺か分かるか?」

 

「う~む…確か京の寺の何処かに預けられたと聞いた。すまぬが何処の寺かはわしにも分からぬ」

 

「…いや、ちょっと待ってくれ。その子って赤子だったんだろ?いったい今何歳なんだ?」

 

「事件があったのは十年ほど前…おそらくだが十二か十三だな」

 

「…やっぱり無理だ。そんな小さい子を戦争に巻き込むわけにはいかない。別の人を探そう」

「だが、その娘以外に尼子家の一門は思い浮かばん。そのお方が我らにとって唯一の希望だ」

 

いくらなんでも無茶だ…主家再興のためとはいえそんな幼い少女を戦争の道具にすることなど間違っていると宗秀は思った。自分ですら戦場を経験して心が折れそうになるほど苦悩したのにその少女にも同じ思いをさせなければならないのかと。

 

「心配するな。戦場には決して出さぬ。ただ尼子再興の旗頭になっていただければそれでよいのだ」

 

「そういう問題じゃないだろ!それは俺たちの勝手な都合だ」

 

「…では、どうするのだ?他に何かよい策でもあるのか?」

 

そう言われると、宗秀は何も答えられなかった。

その少女を旗頭として擁立する以外に尼子再興の方法はないのだ。乱世だから仕方がないと言ってしまえばそれまでだが、自分たちがこれから行おうとしている事を考えると宗秀はやるせない気持ちになった。

 

戦国の世はどこまで残酷なのだと…

 

「分かった…でも、それを決めるのはその女の子だ、道を選ぶぐらいの権利はあってもいいだろ」

 

「いや、どんな手段を使っても説得してみせよう。出来なければ尼子家再興の夢は潰えてしまう」

 

「はい、叔父上!そのお方を必ず説得しましょう!」

 

「ところで宗秀。お主はどうするのだ?元はと言えばお主は尼子家とは無関係だ。これ以上我らに付き合うこともないと思うが?」

 

「……」

 

尼子家が滅んだ今、宗秀もまた身を寄せる場所を失ったことになり自身もこれから先のことを考えなくてはならなかった。

 

「あの…もし、よろしければ共に行きませんか?こうして一緒に生き残ったのも何かの縁です。どうですか?叔父上」

 

「…まあ、そうだな。今は同志が一人でも多く必要だ。宗秀よ、我らに手を貸してくれぬか?お主は何かと物知りだ居てくれば心強い」

 

ここで誘いを断れば晴れて自由になり未来へ戻る方法をじっくり探すことができるとも考えたが、宗秀の答えはすでに決まっていた。

 

「…乗りかかった船だ、俺も手伝うよ。何よりほっとけないしな」

 

もし仮に尼子再興の旗頭を擁立できたとしても相手は中国八ヵ国を支配する大勢力の毛利家なのだ。誰がどう考えても勝ち目が薄い戦いだが、鹿之助たちはすでにやる気でいるようだった。恐らく死ぬまで毛利家に抗い続け、いつかきっと命を落としてしまうだろう。しかし、そうはさせない…今度は俺が彼らを助ける番だと宗秀は考えていた。

 

「宗秀殿…!これからもよろしくお願いしますね!」

 

「ああ、長い付き合いになりそうだ。こちらこそよろしく頼むよ」

 

「うむ、そうと決まれば善は急げだ。早く城を脱出するぞ」

 

「ああ、城を脱出する手ならもう考えてある。急ごう」

 

その夜、宗秀たちは投降する兵や女子供たちに混じって密かに月山富田城を脱出した。そして、宗秀たちが城を脱出した翌日に義久は毛利家に降伏し尼子家は滅亡したのだ。その後、宗秀たちは尼子一門、最後の生き残りである尼子誠久の娘を探すために京へと向かったのだ。必ず彼女を見つけ出し尼子家再興の軍を起こすために一同は志を胸中に秘め出雲を後にしたのだった。

 

 

・現在 山陰近海

 

 

「…とは言っても、気が遠くなる話だな。寺と言ってもごまんとあるだろうし、一つ一つ探してたら何年かかることやら」

 

現状で分かっているのはその誠久の娘が京の寺の何処かに居る、ということだけなのだ。しかもその話は久綱が噂程度に聞いたものでしかないため確実に京にいるという保証はないのだ。さらに事件から十年近く経っていることもあり彼女がそのまま寺に居るのかどうかも怪しいもので手がかりはほとんどないと言ってよい。

 

「それでもやるしかないのだ、見つけられなければ、尼子家再興の志は露と消える」

 

「そうだな、少しずつ地道に探していくしかないな」

 

そうは言っても悠長に探している時間はあまりない。尼子家が滅亡して間もないこの時だからこそ挙兵の好機であり今なら尼子家の再興活動に協力的な勢力が少なからず存在する上に毛利家はまだ完全に出雲を支配したわけではないのだ。この状況をうまく利用するべきだと宗秀は考えていた。時が長引けば長引くほど反毛利勢力は各個撃破されますます状況が悪化することになるのだ。

 

「宗秀殿!叔父上!ここにおられたのですね」

 

「鹿之助か、初めての船はどうだ?船酔いはしてないか?」

 

「はい!私は平気です。それよりも今でも驚いています…!海はこれほどまでに広いのですね!」

 

鹿之助もまた船に乗るのが初めてだったが生まれて初めての航海が楽しいのか鹿之助はとても嬉しそうでウキウキしているように見えた。

 

「ああ、海はすごく広いんだ。この世界のほとんどは海なんだぞ」

 

「ほ、本当ですかっ!?田舎者の私はそんなこと知りませんでしたよ!」

 

「…ふ~ん、じゃあ世界が丸いっていうのは知ってるか?」

 

「え、ええっ!?そうなのですかっ!?この世界が丸い…そんなの信じられませんよ!!」

 

…いい反応するな、面白いと純粋な鹿之助をちょっとからかってやりたいと思った宗秀はあることを話し始めた。

 

「本当だ、嘘だと思うならここからこの海をずっと真っ直ぐ進み続けてみるといい、地球が丸いって分かるはずだぞ」

 

「嘘ですよ!そんなこと有り得ません!宗秀殿!嘘はよくないと思います!」

 

「その通りだ、お主の言うことをすべてわしらが信じるなどと思わぬことだ。この世が丸いなど信じられん」

 

「いやいや!?あんたも話に乗るのかよ!」

 

なぜか久綱まで話題に乗ってきたことに驚きながらも宗秀は気にせずに話し続ける。しかし、この世界に来てからこうして落ち着ける時間が無かっただけにこの気分の休まるひとときは嬉しく思えたのだ。

 

「まいったなぁ、地球儀でもあればいいんだが…あ!そうだ、俺にはこいつがあったな」

 

そう言うと宗秀は懐からあるものを取り出す。

そう…スマホだ!!

 

手慣れた手つきでスマホを操作し画面を見せる。ちなみに鹿之助というとああっ!!そ、それは!!と驚きながら宗秀から慌てて距離を取った。実はまだスマホを警戒しているのか口をへの字にしてスマホを睨み付けている。

 

「む?なんだこのおかしな箱は?」

 

「お、叔父上!気をつけてください!それは未来のまやかしの道具です!油断すると顔を吸いとられてしまいます!」

 

「まったく意味が分からん」

 

ちなみに鹿之助の変顔お宝写真はこのスマホにしっかりと保存されている。もちろん本人は知る由もないが…

 

「き、きっと!魂を抜いてその箱に写しているのですよっ!!ああ、なんて恐ろしいのでしょうか!!そして抜かれた私の魂は地獄の魑魅魍魎どもに八つ裂きに…はあ、はあ…七難八苦です…!」

 

「そんなわけあるか!!ほら、見てみろ。この小さいのが日本だ。この海の先がこうだ」

 

勝手に一人で興奮する鹿之助をよそに宗秀は久綱に世界の大陸が載った画面を見せる。

 

「な、なんと…目を疑うぞ!?この小さい島が日ノ本だというのか!!」

 

「ははっ、すごいだろ。日本がどれだけ小さい国なのか。世界はすごく広いのさ。こんな小さい国で俺たちは終わりの無い戦争をずっとしてるんだぞ。戦ばかり続けてたらあっという間に世界に置いていかれちまう。だから、さっさと乱世なんて終わらせないとな」

 

「……」

 

「宗秀殿…」

 

その後、しばらく三人で世界地図を眺めながら時を過ごした。途中から二人が急に話を真剣に聞き始めたことを不思議に思いながら宗秀は心行くまで会話を楽しんだ。そして、時はあっという間に過ぎ日が暮れようとしていた時だった。

 

「もう暗くなってきたな、そろそろ船内に戻ろう。話なら中でもできるだろ?」

 

「そうですね!行きましょう!早く続きが聞きたいです!!」

 

「う〜む…興味深いな、宗秀よ詳しく話を聞かせてくれ」

 

「はは、興味津々で聞いてくれて話し甲斐があるな。世界についてもっと教えるよ」

 

三人は船内に戻って話の続きをしようとするがその背後から複数人の声が聞こえ、気になった三人は振り向くとそこには釣り糸を垂らして釣りに興じる十勇士たちの姿があった。

 

「鹿之助様!見てくだされ!!拙者、魚を釣ったでごさる!」

 

「ふっふっ!あまいな!それがしのはもっと大きいぞ!」

 

「待て待て!よく見ろ、私の奴のほうが大きいぞ!!」

 

相変わらず十勇士たちはハイテンション状態でほぼ一日騒いでもその熱気と興奮は止まることを知らない。どうやら十勇士たち全員で船釣りを競い合っているようだ。

 

「十勇士たちよその魚はどうしたのだ?」

 

「「「釣りました!!鹿之助様もいかがですか?」」」

 

まさに息ぴったり、十勇士全員が声を揃えて言う。

 

「へぇ、船釣りか。ずいぶん釣ったんだな。しかも全部でかいな」

 

十勇士たちの足元には魚が大量に入った釣籠が何個も置いてあった。ちなみにどの魚もかなり大きいものばかりだった。

 

「はい!誰が一番大きい魚を釣れるのか勝負をしていたらいつの間にかこうなっておりました!!」

 

「しかし、なかなか決着が着かないのでござる…」

 

確かにどの魚も大きいが飛び抜けて大きな魚は一匹も見当たらなかった。十勇士たちが唸っている中、急に鹿之助が甲高く笑いながら言い放った。

 

「ふふ、お前たちもまだまだだな!ならば私がお前たちよりも大きな獲物を捕ってみせようではないか!」

 

「「「おお!さすがは鹿之助様!!」」」

 

「見ろ!話していたらさっそく大物が現れたぞ!私が奴を捕ってみせよう!」

 

鹿之助たちの視線の先には確かに巨大な魚がいた。釣籠の魚よりも二倍ぐらい大きい魚だ。しかし宗秀は、ただの魚にしては少し大きすぎないか…?と首を傾げていた。次の瞬間、鹿之助は思いもよらぬ行動に出た。

 

「鹿之助、いざ参る!!」

 

「…は?」

 

なんと!上着を脱ぎ捨て、甲板にあった縄を身体に括り付け流されないようにすると銛を片手に海に飛び込んだのだ。どうやら素潜りであの魚を捕ってくるつもりのようだ。

 

「ば、馬鹿っ!なにやってんだ!鹿之助っ!早く戻ってこい!!」

 

「宗秀殿!心配無用です!私は泳ぎは得意なんです!見ていてくださいね、必ずあの大物を捕ってきますから!」

 

「違うっ!!そうじゃない!そいつは…!」

 

そう宗秀たちが見ていた巨大な魚はただの魚ではなかった。その巨体と海面からのぞく大きな背びれ、その魚は紛れもなく…

 

「そいつはサメだぞ!!」

 

「……え?」

 

「「「鹿之助様っ~!!!??」」」

 

鹿之助の顔が瞬く間に青ざめていく。敵も恐れる猛将・山中鹿之助でもさすがにサメには敵わない、鹿之助は全速力で船に引き返す。というかサメに負けない速さで泳げるなんてあいつ化け物か!?と内心ツッコミながら鹿之助に手を伸ばした。

 

「は、早く手を出せっ!!」

 

「がぼ、がぼ…!!…そうなんですねっ!!…私は、サメに食べられて死ぬ運命だったんですね…!これから私は食いちぎられて…滅茶苦茶にされるんですね…!!がぼ、がぼ…七難八苦…ここに極まれり!!」

 

「馬鹿野郎ッ!!こんな時に興奮してる場合かあ!!」

 

その後なんとか救出された鹿之助は宗秀と久綱に拳骨を入れられ、十勇士たち共々一晩中説教されることになった。

その数日後、宗秀たちの船は宮津へたどり着き、一同は京へと向かった。

 




序盤からシリアス展開ばかりでしたけど、今回はちょっとほのぼのしてます!
次回はついにこの作品初のロリが登場しますよ!
実はイラストを描いてますので楽しみにしててください!


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第七話 再興軍結成

再興軍の総大将・尼子勝久登場!
ついに尼子再興軍が結成です!


尼子家最後の生き残りである尼子誠久の娘を探すために宗秀たちは京へと歩みを進めていた。

宮津にたどり着いた一同はそこから徒歩で京を目指すことになり、その道中でめぼしい寺を手当たり次第に調べながら少しずつ京へと向かっていた。しかし、その娘に関する情報は全くと言っていいほど手に入らず、代わりに手に入る情報は現在の京の状況と不穏な噂ばかりたった。

 

聞いた話よると現在の京は、畿内を中心に強い勢力を持つ三好家と足利将軍家との権力闘争が激化し、京の周辺は戦続きとなっているらしく、さらに三好家の家臣で悪名高い松永弾正久秀によって京の町は荒らされ、その治安は最悪なものになっているそうなのだ。

尼子家の娘の安否を案じる中、一同は京の町へと足を踏み入れた。

 

 

・山城国 京の町

 

 

「…酷いな」

 

「噂には聞いていましたが、まさかここまでとは…」

 

宮津から数日、京の町に到着した宗秀たちは町の凄惨な光景を見て言葉を失っていた。建物のほとんどは焼き討ちにされ黒煙が立ち上がり倒壊している建物も数多かった。さらに辺りには死体が散乱し盗賊や野盗もうろついている有り様だった。文字通り今の京は規律の行き届かぬ無法地帯だと言ってよいだろう。

 

(この様子じゃ無事かどうかも怪しいな…)

 

見たところ建物だけでなく寺も破壊され焼き討ちにされているようだった。これでは探す以前に生きているのかどうかも分からない。この事態にはさすがに久綱も戸惑いと焦りを隠せなかった。

 

「…生きていることを願うばかりだ」

 

娘の生存が半ば絶望的であると感じながら一同は京の町の探索を始めることになった。だが、やはり多くの寺は焼き討ちにされているか野盗たちによって荒らされていた。

 

「本当に酷いな、規律が無いと人間はここまでするものなのか」

 

「無理もありません、京は応仁の乱以来戦が繰り返されていたそうですし」

 

「その勝手な戦のせいで関係の無い人たちが大勢死ぬんだよな…」

 

そんな時、宗秀の視線に倒れている女性の姿がふと目に入った。背中を斬られたのか巨大な一文字傷がその背中に刻まれていた。年齢は十八か十九ぐらいだろうか苦悶の表情で事切れている。こんなか弱い女性であっても容赦なく殺されてしまう…

宗秀は思った、自分のいた現代がいかに平和で安全な世界だったのかを。現代には警察という民を守る組織があり公平な規律によって秩序が保たれ人々が平和に暮らしていた世界…そんな世界で生まれ育った宗秀にはこの光景は信じがたく受け入れがたいものだった。

 

(こんなことが、許されていいのか…)

 

このような犠牲者を無くすためにも早くこの戦乱を終わらせなければ、と宗秀は思うがすぐに我に帰る。

そんな大層なことが自分にできるはずがないのだ…

 

そのような綺麗事を言う資格など自分には無い。

戦国に革命をもたらし後世にまで語り継がれたあの『織田信長』のような人並み外れた才能や人々を惹き付ける魅力があるわけではないのだから。

 

「…とにかく、京の残ってる寺をくまなく探そう。期待は薄いがひょっとしたら無事かもしれない。急ごう!!」

 

「宗秀殿…そうですね!!きっと大丈夫ですよ!」

 

そうだ…今、俺にできることを精一杯やればいいんだ、と宗秀は心にそう言い聞かせた。その後、宗秀たちは京の町をくまなく捜索し娘がいないか訪ねて回った。その途中で盗賊と野盗に襲われそうになったことが何度かあったが、その度に鹿之助と十勇士たちが返り討ちにしたので事なきを得た。

 

しかし、やはり娘は見つからなかった。何件か被害を免れた寺があったが宗秀たちが訪ねた全ての寺に少女はいなかったのだ。そして、いつしか日が暮れ辺り一面が薄暗くなる中、宗秀たちは京の最後の寺を訪問しようとしていた。

 

「ここで最後か」

 

「うむ…ここに居なければ、完全に手詰まりだ」

 

「だ、大丈夫です!!きっとここに居ますよ!!」

 

「居ればいいんだがな…」

 

だが、宗秀たちも半ば諦め気味になっていた。ほぼ一日、京の町を歩いて回ったが少女はおろか人などほとんどおらず、これまで訪ねた寺もほとんどが無人だったのだ。

 

宗秀たちが訪ねた最後の寺は「東福寺」という寺で、ここも他と同様に荒らされていた。静まり返った境内に宗秀たちは足を踏み入れると早速、呼びかける。

 

「御免!!誰かおらぬか?」

 

「すまん!誰かいないか?」

 

すると寺の奥から警戒しながらぼろぼろの法衣を纏った坊主が現れた。杖を突きながら弱々しい歩みで宗秀たちの前にやって来る。

 

「…このような古寺に何か用ですかな?見ての通り金目の物は野盗どもにすべて奪われ何もありませぬが」

 

「いや、少し聞きたいことがありましてな。用が済めばすぐに立ち去り申す」

 

「聞きたいこと?何でございますかな…?」

 

「十年ほど前、この寺に赤子が預けられてはおらぬか?娘なのだが…」

 

「……」

 

その言葉を聞いて突如、坊主の表情が真剣になる。

 

「…失礼ながらどこでその話を?貴殿らは何者なのじゃ?」

 

「…!!何かご存知なのか?わしは尼子家に縁のある者で立原源太兵衛久綱と申す。この者たちも同じく尼子家に関わりを持つ者たちだ」

 

「…やはり、来られたか。拙僧の苦労は無駄ではなかったのじゃな」

 

「その口ぶり…まさか…!」

 

「…如何にも。この寺には尼子誠久様の娘、孫四郎様が居られます。訳あって拙僧が保護しておりました」

 

なんという幸運か娘は無事だったのだ。

もう見つけられないと諦めていた矢先、奇跡的にその少女に巡り会うことができたのだ。

 

「驚いたな、まさか本当に見つかるなんてな」

 

「ほ、ほら!宗秀殿!!私が言ったとおりでしたよ!!」

 

「そんな汗だくの顔で言われても説得力がないぞ」

 

「「「鹿之助様おめでとうございます!!尼子家ばんざーい!!」」」

 

鹿之助や十勇士たちも諦めかけていた少女の廻り合いに喜びを隠せなかった。これで彼女を尼子再興軍の旗頭として擁立すれば大義名分を得たことで堂々と毛利家と戦うことができるのだ。

しかし、問題はここからでその少女に再興軍の総大将になってもらうよう説得しなければならないのだ。

 

「是非、孫四郎様とお話がしたい。お頼み申す」

 

「…こんな所で立ち話もなんでしょう。皆様どうぞ中にお入りくだされ」

 

坊主に案内され宗秀たちは東福寺の本堂へと足を踏み入れた。やはり内部もひどく荒らされており床と壁の所々はひび割れ破損した仏像や木箱や道具が散乱していた。

 

「見苦しい本堂で大変申し訳ございませぬ…」

 

「いや、お気になさらず」

 

「では、孫四郎様を呼んで参ります。暫しお待ちを…」

 

「宗秀殿!もうすぐ会えますね!孫四郎様というのですか…どんなお方なのでしょう?」

 

「あ、ああ…そうだな」

 

ようやく探し求めていた少女と対面できると一同は息を飲んでいた。しかし、それと同時に宗秀は悩んでいた。これから自分たちの前に現れるのは年端もいかぬ少女で、その少女を自身の身勝手な都合で戦場に引き込もうとしている…この町の惨状を見て戦をまったく知らない子ではないはずだが戦の経験の無い民として暮らしてきた少女が急に一軍の大将になるなど無茶な話であり、もちろん彼女にとっても迷惑な話かもしれないと考え始めていた。

 

間もなくして坊主は一同の前に戻って来た。

そして坊主の後ろを内端な足取りで付いて来る少女、そう彼女が尼子一族最後の生き残り…孫四郎だった。

 

「皆様、孫四郎様をお連れしました。」

 

「…お、お初にお目に掛かります。孫四郎と申します」

 

少し緊張しているのか、ぎこちない仕草で宗秀たちに御辞儀する。その姿は一同の想像とはかなり違い坊主と同じくぼろぼろの巫女装束を身に付けたとても武家の娘の姿とは思えない出で立ちだった。紫髪に赤色のグラデーションが入ったロングヘアーに琥珀色の瞳の容姿で、年齢はやはり十二か十三ぐらいだ。

 

「貴方様が、孫四郎様ですな」

 

「は、はい!あ、あの…ただの寺娘である私に何かご用でしょうか…?」

 

「孫四郎様…貴方様はただの寺娘などではありません。貴方様は武家の娘…尼子誠久様の娘なのです」

 

「わ、私が…武家の娘?ひ、人違いではないでしょうか?確かに私は父の顔は知りませんが」

 

やはりと言うべきか坊主は孫四郎に自らの出生を知らせず今まで彼女を育ててきたのだろう。これまで隠していた真実を坊主が淡々と打ち明け始めた。

 

「孫四郎様、貴方は間違いなく武家の娘なのです。これまで隠していたのは貴方の身を案じられた誠久様の気遣いなのです」

 

「わ、私の父が…?」

 

「はい、誠久様は粗暴で傲慢なお方ではありましたが、孫四郎様…貴方のことだけは心の底から大切に思われていたのです。自身の死後、貴方がご立派になられるその時まで見守って欲しいと拙僧に頼まれたのです」

 

さらに坊主に孫四郎の保護を依頼したのはその誠久を暗殺した晴久だったという真実も聞かされたのだ。聞けば晴久は誠久たち新宮党を疎ましく思いはしたものの心の底から憎んでいた訳ではなく、家中を統一するためとは言え誠久たちを暗殺しなければならないことを申し訳なく感じていたそうなのだ。さらにあの傍若無人な誠久も実は娘を愛する一人の父親だったということ驚き、そんな誠久の弔いのために縁のあったこの東福寺に幼かった孫四郎を託したのだ。

 

「…そんなの…急に言われても…わ、私は…」

 

「孫四郎様…申し訳ございませぬ。ですが、これもすべて貴方をお守りするため、現にこうして貴方は今日まで生き延びることができたのです」

 

「……」

 

孫四郎は何も話せなかった。急に自分の出生を知らされ気持ちの整理ができずに混乱していたのだ。今日までただの寺娘として生きてきた自分が実は武士の娘であり、さらに毛利家によって幽閉されてしまった尼子義久を除けば自身が数少ない尼子家の血族の一人だということに。

 

「孫四郎様、心中お察し致します。…ですが、ご無礼を承知でお願い致します。どうか我らの願いをお聞きください!!」

 

「…お願い…ですか…?」

 

「はい、孫四郎様。どうか尼子再興の旗頭になって頂けませぬか?我々には貴方様が必要なのです!」

 

「…え…?わ、私が…?」

 

「今や尼子一門で生き残ったのは義久様と孫四郎様だけなのです。再興軍の総大将になることができるのは貴方様しか居られないのです」

 

「そうです!孫四郎様!どうか我らにお力をお貸しください!!」

 

「「「お願い致します!!」」」

 

久綱と鹿之助、さらに十勇士たちが孫四郎に向かって土下座する。彼らにとって尼子家再興は悲願でありそして生きている理由でもあるのだ。そのためには孫四郎が再興軍の総大将になるしか方法は無い、彼らにとっては偽りの無い切実な願いだったであろう。しかし、孫四郎の気持ちは違っていた。

 

「あ、あの…その…わ、私は…戦なんて…」

 

「な、何卒、何卒お願い致します!我らには孫四郎様が必要なのです!」

 

「し、心配ありませんよ!!孫四郎様は再興軍の旗頭になっていただくだけでいいのです!戦は私や十勇士たちにお任せください!」

 

孫四郎の様子から察するにあまり乗り気では無さそうに見えた。いきなり出会った武士たちから自軍の総大将になって欲しいなどと言われたら誰でも困惑する筈だ。それを察した久綱たちも明らかに焦りを見せ、口調がだんだんと早口になっているのが宗秀にも分かった。

 

「孫四郎様、拙僧がこれまで貴方を育てて来たのもいつか来るこの時ため…どうか尼子再興の旗頭として立ち上がるのです」

 

「お、お師匠さま…そんな…」

 

「お願い致します!!」

 

「どうか、お願いします!!さあ!!十勇士たちよ!お前たちも孫四郎様にお願いするのだ!」

 

「「「孫四郎様!!お願い致します!!」」」

 

「…ぅぅ…」

 

どうやら坊主も孫四郎が再興軍の総大将になってもらいたいと考えているようだ。しかし、これらのやり取りを見ていた宗秀は何とも言えない気持ちになっていた。これではどう見ても自分たちが無垢な少女を無理矢理言いくるめようとしているようにしか見えなかったからだ。

 

ふと孫四郎を見るとその腕は小刻みに震え、若干涙目になっていた。いったい自分たちは何をしているのか…宗秀はそう思わずにはいられなかった。彼女の気持ちも考えずに自分勝手な事ばかり言っている自分たちは傲慢な権力者のようだ。彼女を無理矢理、再興軍の総大将にしてもきっと彼女は自身の出自を呪いながら死んでいってしまうだろう。

 

そうではない…こうして彼女に会いに来たのは強引な方法で説得するためではない。すると、これまで黙っていた宗秀が口を開いた。

 

「孫四郎、聞いて欲しい。俺たちは君を総大将にしたいと考えているが、無理矢理という訳じゃないんだ」

 

「……」

 

「怖い思いをさせてすまない…いきなりこんな事を言われても困るよな?」

 

「……」

 

「でも、この話…俺は断って欲しいと思ってる」

 

「…え?で、でも…皆さまは私が必要だって…」

 

む、宗秀殿っ!?な、何を言っているのですかっ!!?と慌てる鹿之助たちを気にせずに宗秀は話し続ける。

 

「確かに尼子家再興のためには君が必要だ。でも、戦なんて怖いだろ?今までそういう光景を何度か見てきたはずだ」

 

「……はい。怖いです…思い出すだけで手が震えます…もう、あんなの見たくありません…」

 

「だったら断ればいい、俺たちは君を人生とは何も関係のない戦争に巻き込もうとしているんだ」

 

「……」

 

「はっきり言って無謀な戦になる、相手は中国八ヵ国を支配する毛利家だ…勝算はほぼ零に近い、そんな戦に君を巻き込みたくないんだ」

 

鹿之助たちと共に尼子再興のために戦うとは言ったがやはりこんな幼い少女を勝ち目のない戦争に参加させたくなかったのだ。

あんな思いするのは自分だけでいい、彼女にはこのまま老いて死ぬまで平穏に暮らしてほしいと思っていた。

 

「だから、君の正直な気持ちを聞かせて欲しい。遠慮しなくていいんだ、どっちを選んでも俺は君の選択を尊重するよ」

 

「……」

 

俺が伝えたいことは伝えた…後はこの子次第だ、と宗秀は孫四郎の決断を見守る。すると先ほどまで震えていた彼女の手がぴたりと止まっていた。そして僅かな静粛の後、孫四郎が話し始めた。

 

「…ほ、本当に…私が必要なのですか?」

 

「ああ、君の力が必要だ。君がいれば俺たちは堂々と毛利家と戦うことができる」

 

「…分かりました。この孫四郎、未熟者ですが協力させてください」

 

その一言に後ろで青ざめていた鹿之助と十勇士たちが歓喜の声を上げ、久綱も思わず安堵の表情を浮かべていた。

 

「本当にいいのか?後悔は無いんだな」

 

「…はい、私なんかをこれほど必要として下さる皆さまのお気持ちを無下にできません…それに…」

 

「それに?」

 

「嬉しかったんです…!初めて誰かに必要として貰えたことに」

 

孫四郎は微笑んでいた。恐らくこの決断も彼女の本心からなのだろう。まだ小学生ぐらいの子供なのになんと芯の強い心を持っているのかと宗秀は驚いていた。

 

「…父上にも言われた気がしたんです。お前も武士の娘なら逃げるなって」

 

「君は強い子だな、きっと親父さんも誇りに思ってるよ」

 

「…あ、ありがとうございます!戦は怖いですけど…一生懸命頑張ります!どうかよろしくお願いします!」

 

「ああ、言い遅れたが俺は清河宗秀だ。これからよろしくな」

 

「はい、宗秀さま。どうか皆さまに御仏のご加護があらんことを…」

 

こうして孫四郎は尼子再興軍の総大将として宗秀たちと共に戦うことになり孫四郎はその直後、尼子勝久と名を改め、ここに尼子再興軍が結成したのだった。

それと同時に彼らの数々の苦難の始まりでもあった…

 




次回からしばらくほのぼの回が続きます。
後、原作の時系列で言えば織田家が桶狭間の戦いで勝つ前ぐらいです!良晴も登場させるつもりです!
…かなり先の話ですけど


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第八話 本阿弥光悦と未来文化

第八話完成です!!
ここから挙兵のために再興軍が行動を開始します!



・山城国 京の町 東福寺

 

無事に尼子勝久を総大将として迎えることに成功した一同は今後の方針について話し合っていた。毛利家と戦うためにまずは兵を募り、軍備・兵糧を準備する必要がある。その他には未だに出雲で抵抗を続けている反毛利勢力との交渉や各地に散らばった尼子の遺臣たちとの連絡などやるべきことが山積みなのだ。

しかし、ここで早くも問題が発生していた…

 

「さて、それじゃ何から取り掛かろうか?」

 

「……うむ」

 

「え、え~と…」

 

あれほど挙兵に積極的だった久綱と鹿之助が今回はなぜか少し弱気になっていた。不思議に思った宗秀と勝久は思わず二人に尋ねた。

 

「ん?どうしたんだ二人とも?最初はあんなに乗り気だったじゃないか」

 

「い、いったいどうされたのですか?」

 

「そのぉ~…ちょっとだけ問題がありまして」

 

「問題?何かあるのか」

 

「…単刀直入に言おう、実はな」

 

そう言うと久綱は懐から袋を取り出した。取り出すと同時にじゃらじゃらと音を出すそれは間違いなく金銭だった。しかし問題は入っている金額だが、その総額はというと…

 

「この袋にわしと鹿之助の俸禄を合わせた銭がある。しめて二百貫(約四十五万円)だ…」

 

現代人の目から見ればそれなりの大金に見えるがこの時代の人から見ればこの金額は武士が俸禄(給料)で貰える程度の金額なのだ。軍備や兵糧を準備するとなれば今ある金銭の百倍ぐらいは必要になるだろう。これだけの金銭では戦どころか兵を集めるのも困難だ。

 

「情けないが軍資金はこれだけしか無いのだ…」

 

「あ~…そう言うことか」

 

「はい…戦を始める以前の問題なんです」

 

慌てて出雲を出発した影響で軍資金や兵糧のことなどまるで考えていなかったのだ。つまり身も蓋もない言い方をすれば今の宗秀たちは軍資金も無ければ兵糧も拠点も兵もない、文字通り裸一貫に近い状態なのだ。

よくこんな状態で中国の覇者である毛利家に挑もうなどと考えたものだと宗秀は自分たちの浅はかさに呆れていた。

勝久を再興軍の総大将として迎えられたのは良いが本当に大変なのはここからだったのだ。

 

「まずは軍資金を何とかせねばならぬな、となれば何処かの商家から金銭を借りるしか無い」

 

「ですが叔父上、私たちに金銭を貸してくれる商家があるでしょうか?」

 

「…やるしかない、それ以外に金銭を手に入れる方法は無いだろう」

 

だが望みはほとんど不可能に近いだろう。どう考えても勝算がほとんど無い再興軍に投資しようなどと微塵にも思わないはずだ。精々、鼻で笑われて門前払いをくらうのが目に見えている。

 

「姫様…我々はなんとか軍資金を調達します。ですが、この荒れ果てた京では何もできませぬ。ここは堺に参りましょう。あの地は商いが盛んな土地、微かに望みがあるかもしれませぬ」

 

「わ、分かりました…!久綱さまの言うとおりにしましょう」

 

「はっ!…失礼ながら姫様、拙者のことは久綱とお呼びくだされ」

 

「え…?で、でも…出会ったばかりなのに呼び捨てなんてできませんよ…」

 

「姫様、よろしいですか?貴方様はもう寺娘ではありませぬ。我らの主君なのです。家臣に敬語で話す主君はおりませぬぞ」

 

「そうですよ!姫様!私のことも鹿之助とお呼びください!」

 

やはり急には慣れないのか、普段から真面目で誰に対しても敬語で話す勝久は久綱たちを呼び捨てることに戸惑いを感じていた。だが久綱の言うとおり総大将となるからには君主と臣下の立場を明確にしなければならない。そうでなければ勝久が臣下たちから軽視され、命令を聞かなくなってしまう者たちが現れる恐れがあるのだ。

 

「さあ、姫様!遠慮は無用です!!」

 

「え、えっと…し、鹿之助…?」

 

「そうです!姫様、どうぞこれからは呼び捨てでお願いします!」

 

「あはは…やっぱり慣れませんね」

 

「それなら『肉奴隷鹿之助』なんてどうですか!」

 

「も、もっと言えませんよ!!?」

 

「あ…姫様に言われると思ったら興奮してきました…!はあ、はあ…七難八苦です…!」

 

「コラコラっ!お姫様に変なことを教えるな!」

 

この後、再興軍の当面の目標は軍資金の確保が最優先ということで一同の意見が合致し荒廃した京を離れ隣国の堺に向かうことになったのだ。堺は武家ではなく「会合衆」と呼ばれる豪商勢力によって支配された特殊な地域で、戦が絶えぬ戦国時代では珍しい中立地域なのだ。戦国時代の商いはこの堺を中心に動いていると言っても過言ではないだろう。

ほとんど一文無しの再興軍が軍資金を調達するためにはやはり堺に賭けるしかなかったのだ。

 

その翌日の早朝、堺に向かうことになった再興軍一同は東福寺を後にしようとしていた。勝久は坊主から渡されたお古の小袖を身に纏い別れを告げていた。

 

「…お師匠さま、長い間お世話になりました。孫四郎は行って参ります」

 

「孫四郎様、ご武運をお祈り致します。どうか大業を成し遂げられますよう」

 

「ま、また…会えますよね?きっと…」

 

「…拙僧はもう長くありませぬ。もう会うことは無いでしょう。拙僧のことは気にせずに自分の道をお進みなさい」

 

「そ、そんな…い、嫌です!」

 

「…孫四郎よ見苦しいぞ!そのように軟弱な考えでは乱世は生きられぬ!しっかりせぬか!!」

 

「ひっ!でも…お師匠さま…」

 

物心ついた時からずっと自身を厳しく育てた師でもあり優しく面倒を見てくれた育ての親と言うべき人物との別れは勝久にとって辛いものだった。最後に師として彼女に渇を入れたのも坊主なりの優しさなのだろう。

 

「強くなりなされ、父君に劣らぬ立派な武士に」

 

「…わ、分かり…ました…お師匠さま…どうかお元気で…」

 

勝久は坊主と強く抱き合うと涙ながらに別れを告げ、一同と共に東福寺を後にした。

その後、再興軍一同は京を出ると堺へと歩みを進めた。幸運なことに現在は三好家と足利将軍家との戦は一時的に膠着状態に陥っており、宗秀たちは戦に巻き込まれることなく京の街道を抜けることができたのだ。しかし、一触即発の状況であり権力闘争が収まるまではしばらく京に近づくことはできないだろう。

 

その日の夕刻、無事に堺へとたどり着いた一同はとある宿場に宿泊するとこれからの対策を考えていた。

話し合いの結果、久綱と鹿之助は堺中の商家と会合衆を訪ねて回り軍資金を援助してくれる商家を探すことになり残った宗秀と十勇士たちで堺の情報収集と探索をすることに決まったのだ。商家からの援助があまり期待できない以上、何か儲け話でも見つけ早急に軍資金を確保しなければならない。時が経てば経つほど挙兵の機会を逃してしまうことになってしまうからだ。

 

 

・摂津 堺

 

 

その翌日、一同は早速行動を開始した。

久綱と鹿之助は堺各地の商会との交渉に向かい、十勇士たちも情報収集のために全員が不在となっていた。そんな中、宗秀もまた十勇士たち同様に堺の町を探索していた。その傍らには再興軍の総大将となって間もない勝久の姿もあった。

 

「俺に付いてきてよかったのか?宿場で待ってればいいって久綱さんも言ってたが」

 

「い、いえ…皆さまが頑張ってるのに私だけ何もしないなんて嫌です…」

 

「だが、さすがにお姫様を連れ回す訳にはなぁ」

 

「大丈夫です。堺にはお師匠さまと何度か来たことがありますし、お邪魔はしませんから…」

 

「そうか、じゃあ一緒に回るか」

 

「は、はい!宗秀さま…じゃなかった…む、宗秀…」

 

「ははっ、やっぱりまだ慣れないか」

 

ちなみに宗秀は勝久のことをお姫様と呼ぶようなり呼び捨てにされることも別に気にしていなかった。二人はまるで観光でもするようにのんびりと話しながら堺の町を歩いていた。

 

「あ、あの…鹿之助から聞いたのですが…宗秀は未来から来られたとか…本当なのですか?」

 

「…まあな、でも最近未来から来たとかあまり気にしなくなったんだ。どうせ誰も信じないし自分で言ってて馬鹿らしくなってきたしな」

 

「え、えっと、私は本当だと思います。宗秀は他の人とは違う気がしますし…」

 

「へぇ、信じてくれるのか?よかったら理由を聞いてもいいか?」

 

「そ、その…なんと言うか、雰囲気…でしょうか?それに皆さまの中でも宗秀は私たちには分からない大きなことを考えているような…そう感じるんです」

 

す、すみません…!変なこと言ってしまってと慌てて勝久が謝る。やはり現代と戦国では価値観も考え方もまったく異なることを改めて実感した。だが、こうして自分のことを受け入れてくれる人は鹿之助や久綱だけでは無いのだと宗秀は少し喜びと安心感を覚えていた。

 

「いいんだ。信じてくれてありがとな、お姫様」

 

「そ、そんな、私は思ったことを言っただけで」

 

その後、しばらく堺の町を見て回ったが特に珍しい情報も無くただ時間だけが過ぎていった。町を歩く中、宗秀は堺の壮大で美しい町並みに圧倒されていた。様々な屋台に多くの店と商家さらに二人を飲み込まんばかりの人で溢れていた。

 

「それにしても…すごい活気だな。戦国時代の町とは思えないぐらい賑わってる」

 

「はい、この堺は日ノ本の商い中心地で全国から民と商人、職人たちが集まっているのです…」

 

「さながら戦国時代の東京だな」

 

「…え?とうきょう?」

 

「ははっ、気にしないくていい。こっちの話だ」

 

「ところで、お金の方はどうします?私もどうしていいか分からなくて…」

 

勝久の心配はもっともだ。

普通ならほぼ無一文の状態から短期間で軍備を整えられるだけの金銭を稼ぐなどほとんど不可能に近いだろう、

そう普通なら…

 

「心配するな、なんとかなる」

 

「え!?…じ、じゃあ、宗秀には何か考えがあるのですか?」

 

「まあな、上手くいくかどうかはまだ分からないが」

 

宗秀には考えがあった。この時代の人間に無いものを自分は持っている、五百年先の未来で生きてきた中で身につけた知識と見聞、そしてこの時代では測れない物事の価値観…これらの自分にしかない特別な力を使わない手はない、今こそ自分の力を発揮する時だと宗秀は心を踊らせていた。

 

まず宗秀が目を付けたのは商売だ。この時代では製造、販売されていない未来の品物の数々を宗秀は知っており、それらを何処かの商家に売り込む方法やまたは自分たちで売ることも方法の一つだろう。

この時代の人々に気に入られるかどうかは分からないが、きっと効果があるはずだ。そんな中、どのような商品を売り込むか思案している宗秀の目にとある建物が目に入った。

 

「ほお…立派な屋敷だな」

 

「あれ…?こんな所に屋敷なんてあったでしょうか?」

 

「なになに…本阿弥光悦邸?」

 

二人の目にあったのは広さ300坪ぐらいだろうか塀に囲まれた立派な造りの屋敷が建っていた。門の名札には「本阿弥光悦邸」達筆な字で綴られている。つい最近建てられた物なのか屋敷の造りが他の建物に比べるとまだ新しく見えた。

 

「あ!本阿弥光悦…思い出しました。京で有名な芸術家ですよ」

 

「へえ、芸術家か…そんなに有名なのか?」

 

「はい、陶芸、茶道に漆芸…特に達筆でとても美しい字を書く脳筆家としても有名な方です」

 

「す、すごいな…多芸多才にも程があるだろ」

 

「しかも歳は十八代ぐらいだと聞きますよ?」

 

「すげぇ…高校生ぐらいの歳なのか…天才って本当にいるんだな」

 

その若さでそれだけの技術と教養を持っているだけでなく、すでに高名な芸術家として世間から注目の目を向けられているなどただ者ではない。天才という言葉はよく聞くが、まさに彼女のような人間にこそふさわしい言葉だろう。

 

「と、とにかくすごい方なんです!でも…どうしてその光悦さまの屋敷が堺にあるのでしょうか?」

 

「さあな、でも本阿弥光悦か…一度会ってみたいな」

 

「…なあ、うちになんか用?」

 

「うお!?びっくりした!!」

 

気づくと二人の横に一人の少女が立っていた。

藍髪のポニーテールに桜の模様が描かれた職人のような着物を身に付け、片手に筆などの小道具の入った小包みを持っていた。見たところ年齢は十七か十八ぐらいに見え、まるで不審者でも見るような目で二人を睨んでいる。

 

「あんたら…うちの屋敷の前で何してはるん?人呼ぶで?」

 

「うちの屋敷?…ひょっとして君が本阿弥光悦か?」

 

「そうで、うちが光悦や」

 

そう二人の目の前にいる少女こそ、有名芸術家・本阿弥光悦その人だった。

 

「とりあえず帰ってくれへん?うちせわしなんやさかい」

 

はんなりとした京言葉で話すその姿はまさに優雅でしとやかな京女だ。ちなみにせわしは「忙しい」という意味だ。

 

「すまない、怪しい者じゃないんだ。あんまりに立派な屋敷だったから眺めていただけだ」

 

「ふ〜ん…まあええわ、お兄さんたち悪い人じゃなさそうやし」

 

「ところで綺麗な屋敷だが、最近建てた屋敷なのか?」

 

「うん、うちは元々京で暮らしとったけど、今の京はあないな感じやさかいここに引っ越したの。新しゅう屋敷建てるの大変やったのよね」

 

「こんなでかい屋敷を自分で建てたのか!?いくらかかったんだ?」

 

「うちの財産の半分かいな…ほんまに最悪やで」

 

戦の影響で光悦が住んでいた京の屋敷は野盗たちによって荒らされてしまったのだ。しかし抜け目のない光悦は京での戦を予想し早い段階で引っ越しをしていたことから家財や芸術品は無事だったのだ。

 

「ところでお兄さんたち、ほんまに何の用なん?泥棒ちゃうんは分かったけど…」

 

「君がすごく有名な芸術家だって噂を聞いてな、よかったら君の芸術品を見せてもらいたいと思ったんだが…」

 

「は、はい!私も見たいです!!」

 

「へぇ〜…お兄さんたち、うちの作品に興味があるん?お目高いなぁ、ええで見せたるわ。…特別やで?」

 

自身の作品に興味がある人を気に入る性格なのか光悦は上機嫌に宗秀と勝久を屋敷に招き入れた。屋敷に案内された二人は居間で光悦から茶と菓子を振る舞われた。その居間は上品な雰囲気の内装で所々に風景が描かれた掛け軸や高価そうな壺などが置いてあった。さらに窓からは堺の町の港を一望でき、その景色はまさに絶景だった。茶道にも通じているというのは本当のようで茶を点てている光悦の手は洗練され名人の風格を漂わせている。

 

「できたわぁ!さあどうぞ!」

 

光悦は笑顔で二人に茶を差し出した。二人はお礼を言うと差し出された茶碗を手に取り音を立てないように注意しながら静かに茶をすする。

 

「わあ…とても美味しいです!」

 

「ああ、絶妙な甘みとうまみだ。なんと言うか…味に深みを感じるな、まさに名人の味だ」

 

「あはは、おおきに。まあ、うちの茶はただの嗜みやさかい大したことあらへんけど」

 

「嗜みでこんな美味しいお茶が点てられるなんてもっとすごいです!!さすがは光悦さまですね!」

 

誉められるのは素直に嬉しいのか光悦は頬を赤らめながら微笑んでいた。気分を良くした光悦は早速、自身の芸術品の話をし始めた。どうやら彼女がこれまで作った作品の中でも最高傑作とも言える作品を二人に見せてくれるそうなのだ。その後、しばらくして居間の奥から戻った光悦はその芸術品を二人の前で自信満々に披露した。

 

「どや?これがうちの最高傑作…「不二山」やで!」

 

光悦が二人に見せたのは茶碗だった。

製法は楽焼で白釉を用いられており特に茶碗の下半部分が炭化して黒く変色しているのが最大の特徴だ。達人とも言える陶芸の腕前を持つものの何故か陶芸をあまりしない光悦が偶然、完成させたものだった。

 

ちなみにこの「不二山」は現存し、別名・楽焼白片身変茶碗と呼ばれ重要文化財として現代に伝わる日本の国宝でもある。

 

「これが…噂に聞く「不二山」ですか…初めて見ました!」

 

「…確かに凄いな。鑑定初心者の俺でもこの茶碗が名作だってことが分かるぞ」

 

芸術品の鑑定眼が薄い二人でも美しくそして素晴らしい作品だと思わせてしまうほどの名品なのだ。

自身の作品に厳しい光悦もこの不二山だけは自信満々に最高傑作だと認めていた。

 

「どや?すごいやろ、これ以上の茶器はちょっと手に入らへんよ?」

 

「ああ、御見逸れしたよ。君は間違いなく天才芸術家だな」

 

「えへへ、そう?うちなんか大したことあらへんで」

 

「謙遜しなくていいさ、もっと誇ってもいいと思うぞ」

 

「もう、誉めてもなんも出えへんで!そうや!他にもあんで!見せたるわ」

 

光悦は宗秀たちを気に入ったのかその後自身の作った作品の数々を披露してくれた。他の作品も名品と呼ぶにふさわしい作品で、特に脳筆家と言われる通り彼女が執筆した書物の文字はとても美しかった。そして自身の作品をあらかた披露し終えた光悦は二人に尋ねた。

 

「なあなあ、うちの作品を見せたった見返りってわけちゃうけど…よかったらお兄さんたちのこと聞かせてくれへん?あんたらほんまに何者なん?」

 

「あ…え、えっと…私たちは…」

 

「お姫様、いいじゃないか。芸術品を見せてもらった礼だ、話してもいいだろ?」

 

「そ、そうですよね…分かりました」

 

それに光悦は悪い人物ではなく素性を明かしても問題無いと判断した宗秀と勝久はそれぞれ簡単な自己紹介をした後、自分たちの目的やこれまでの経緯を話した。特に光悦が驚いていたのは宗秀が未来から来た人間だと言うことについてだ。

 

「ふーん、滅亡した武家の再興ねえ…」

 

「はい…今の私たちにはお金もなければ味方もいないのです…いったいどうすればいいのか分からなくて…」

 

「勝っちゃんも大変やなあ、…それよりもお兄さん!」

 

「ん?何だ」

 

「お兄さん、未来から来たってほんまなん?」

 

「…まあ、一応な。馬鹿らしいとは思うが」

 

「でも、証明する方法ならあんで。これからうちが言うたことをしてくれるなら信じたるわ」

 

「俺にできることなら構わないが…」

 

「簡単やで!うちに未来の芸術品を見してや!」

 

「は…?」

 

もちろん宗秀自身にも興味があったがそれ以上に光悦が気になったは未来の芸術…そして文化だったのだ。五百年先の未来ではどんな芸術品や文化が生み出されているのか、きっと自身の想像を越える素晴らしい物に違いない…そんな未知なる世界を思うと光悦は気持ちの昂りを抑えられなかった。

 

「さあさあ!早う見してや!」

 

「…と言われてもな」

 

「何でもええのよ?例えば、絵やらでもええで」

 

「…まあ、描けないこともないが」

 

「え!?お兄さん、絵の心得があるん?ほな、描いてみせてや!!」

 

「構わないが…たいした絵は描けないぞ。この時代じゃ鉛筆もペンも無いしな」

 

実は宗秀には絵の心得がありまだ彼が十代の小学生だった頃に現代で言うアニメにハマりそれがきっかけで二次元イラストを描くようになったのだ。そのハマり具合が尋常ではなく暇があれば絵を描き、時には寝る間も惜しんで描いていたほどだ。

そして、その腕前は友人から漫画家になれると太鼓判を押されるほどだったそうなのだ。

 

「しばらく描いてなかったからな、しかし筆で描けるか…?」

 

「えんぴつ?ひょっとしてこれのこと?」

 

「ああ、そうそう…って!?なんであるんだ!!?」

 

「ちょい前に、南蛮の商人から買うてん。せやけど使いにくいさかい捨てよう思たのよね」

 

「驚いたな、この時代に鉛筆ってあったのか…」

 

実は鉛筆は戦国時代末期に日本に伝来しており実際に天下人・徳川家康や独眼竜の異名で知られる伊達政宗などが鉛筆を使用していたと伝えられている。しかし、この時代ではまだ鉛筆は定着せず本格的に日本への輸入が始まるのは明治時代からである。

 

「よし…!鉛筆があるならラフイラストでも描くか…ちょっと待ってろよ」

 

そういうと宗秀はすらすらと鉛筆を走らせ、瞬く間にラフ絵を描いて見せた。描いた絵は戦国時代に因んで甲冑を身にまとった美少女のイラストだ。

 

「どうだ?これが俺の時代の絵だ。まあ、下手だしペン入れも色もついてない落書きだけどな」

 

「…す、すごいです!!こんな綺麗な絵は初めて見ました!これが未来の絵なのですね!」

 

「そうか?ただの落描きだぞ」

 

「そんなことないですよ!まるで生きてるみたいです!宗秀にこんな特技があったなんて驚きました!」

 

どうやらこの時代の人に二次元イラストは受けがいいのか勝久は深く感銘を受けているようだ。宗秀は落描きとは言っているが、その絵は即興で描いたものとは思えないほど見事な出来映えなのだ。それを見ていた光悦はその絵を睨み付けるように眺めながら全く動かない。

 

「……」

 

「すまん、今の俺の腕前じゃこれが限界だ。もっと上手い奴が描いたらもっとすごいんだがな」

 

「……す」

 

「ん?」

 

「すっっごい!!すごい!すごい!なあ!さっきのどないして描いたん!?」

 

高名な芸術家である光悦も同じく感銘を受けたのか、目を輝かせていた。

 

「こないなすごい絵、初めて見たわぁ!!未来にはこないなすごい絵ぇ描ける人がおるのね!」

 

「そ、そうか。気に入ってもらえて何よりだ」

 

「なあなあ!こらなんて言う絵なん?」

 

「ああ、それは二次元イラストっていうんだ。まあ、現実には存在しないような架空の人物をこんな風に可愛いく、または格好良く描く絵のことだ」

 

「"いらすと"って言うんや!すごいなあ…♪」

 

光悦は宗秀のイラストを眺めてうっとりしていた。

よほど気に入ったのか、何度も何度も角度を変えながらまるで地面でも舐めるかのようにイラストを眺め続けてはニヤニヤしている。この時、光悦は現代の二次元イラストに宿る不思議な魅力…いわゆる「萌え」の魅力に強く惹かれていたのだ。

 

「…知らへんかった、この世にこないなすごい絵ぇ描ける人がおったなんて…天下はほんまに広いわ。井の中の蛙大海を知らず、とはほんまこの事やわ!」

 

すると光悦は宗秀に向き直ると姿勢を正し、急に真剣な表情で話し始めた。

 

「お兄さん…いや宗秀はん。あんたは素晴らしい芸術家やったんどすなぁ、どうかこれまでご無礼許しとぉくれやす」

 

「おいおい、そんな大げさな…」

 

「うちの作品なんて宗秀はんの"いらすと"に比べればカスやで…ほんまに自分がどれだけ未熟か思い知らされたわ…」

 

「いやいや!!?君の茶器や書物のほうがこんな絵より百倍すごいと思うぞ!?」

 

「ううん、だってうちの作品にはあの絵みたいに人をときめかせるような魅力なんてあらへんもん!…そやさかい、宗秀はんにお願いがあるんやけど…」

 

「お願い?」

 

「…おたのもうします!!うちを宗秀はんの弟子にしとぉくれやす!」

 

そう言うと光悦は宗秀に深く土下座する。

だが、いきなりの土下座に宗秀もどうしてよいか分からず困惑していた。後世にまで残る作品を生み出す光悦の技術と自身の趣味で描く絵の技法とでは価値はまるで違うからだ。

 

「いやいやっ!?君はもう十分すごいだろ!?こんなこと教えるまでもな…」

 

「そうどすなぁ、これほどの業ただでは教えられへんと…だったら、うちの覚悟をお見せしまひょ!!」

 

「ちょっと待てっ!人の話を…」

 

「ちょい待っとって!!すぐ戻るさかい!」

 

「人の話を聞けー!!」

 

話も聞かずに光悦は居間から飛び出すと何処かへ走り去っていった。下駄を履く音がしたところどうやら外に行ったようだ。

 

「…な、なんだか大変なことになっちゃいましたね」

 

「…ああ、すごく面倒なことになりそうな気がするぞ」

 

このままこっそり帰ろうとも考えたがさすがにそれは手厚くもてなしてくれた光悦に失礼だと感じ二人はじっと光悦が帰ってくるのを待つことになった。しばらくすると光悦が息も絶え絶えの状態で居間へと戻ってきた。だが、その後ろに光悦と同じように謎の男が疲労困憊で立っていた。

 

「ぜぇ〜…ぜぇ〜…お、お待たせ…連れてきたで…」

 

「ふぅ…光悦はん、いったい何事ですかいな?急に屋敷に来てほしいなどと」

 

光悦の後ろにいる大柄な男。この男の名は今井宗久という者で堺の会合衆の一人だが宗久が経営する納屋はその中でも特に大きな利益を上げていることからその会合衆の代表のような存在でもあるのだ。南蛮渡来の片眼鏡が特徴的で岩ような大きな顔に商人とは思えない屈強な肉体、まさに頑固一徹という言葉がぴったりと似合う男だ。

 

「ん?そちらのお二人は?」

 

「あ、紹介すんで!こっちが友達の勝ちゃんとうちの師匠の清河宗秀はんよ!」

 

「誰が師匠だ!!」

 

「あ、あはは…」

 

「ほう、光悦はんの…それがし、会合衆の今井宗久という者、以後お見知りおきを」

 

「会合衆?じゃあ、あんたは商人か」

 

しかし宗秀はますます光悦が何がしたいのか分からなくなってしまった。覚悟を見せると言っていたがその覚悟の為になぜ商人を呼んできたのか?

 

「ところで、光悦はん。それがしに大切な用とはなんですかいな?こんなに慌てた光悦はんは初めて見ましたわ」

 

「そう!今日、宗久はんを呼んだのはほかでもあらへんわ!ちょいと取引がしたいのやで!」

 

「取引?」

 

そう言うと光悦は先ほど宗秀たちに披露した最高傑作・不二山の茶碗を宗久の前に出すと次の瞬間、信じられないことを口にした。

 

「これ、売るわ!確か六万貫やったけ?」

 

「…なっ!!?」

 

「……は!?」

 

「……え?」

 

なんと、あれほど自分の最高傑作だと自負していた不二山を売却しようと言うのだ。しかもその不二山の売却金額は六万貫…現代の金額で換算すれば約六億円ほどの価値になるのだ。

 

「ちょ…!?こ、光悦はん!?それがしがあれほど頭を下げて懇願しても首を縦に振らんかったのに…いったいどういう風の吹き回しでっか!?」

 

「簡単なことやで。これより価値があるものをうちは見つけた…それだけのことや」

 

「こ、光悦はん…」

 

「あ!それとその六万貫はそこの宗秀はんに全部あげるさかい」

 

「ちょっ!?こ、光悦はん!そ、それは…!!」

 

いったいさっきから何を言っているんだコイツはっ!?と宗秀は気が気でなかった。二次元イラストの描き方を宗秀に教えてもらうために後に日本の国宝と評価されるほどの芸術品を売ろうとしているのだ。さらにその売却金を宗秀にまるごと譲るとも言っていた。

 

「宗秀はん…!どや?これがうちの覚悟や!」

 

「あわわ…!ろくまんかん…ろくまんかん…」

 

勝久はその驚きの金額に動揺を隠せずただ"ろくまんかん…"と呟きながら目をぐるぐると回している。

 

「おいっ!!お前、自分が何を言ってるか分かってるのか!?」

 

「うん、うちは本気やで?」

 

「じゃあもっと駄目だろ!?よく考えろ!どう考えても君は大損だぞ!」

 

「え?六万貫じゃ足らへん?」

 

「違うっ!!君が損をするって話をだな…!!」

 

「損なんてしいひんもん!うちは本気で弟子にしてほしおすの!!」

 

光悦の目は真剣そのものでその言葉は冗談や悪ふざけなどではなく本心だった。

 

「うちが損するかなんか宗秀はんには関係あらへんやん?物の価値なんて自分自身が決めるものやで!うちにとって宗秀はんの業を教えてもらうことは今えらい大事なことなんや!!」

 

「光悦…」

 

「宗秀はんもお金欲しいんやん?宗秀はんはお金貰えて、うちは未来の業を教えてもらえる…それやったらうちも幸せだしあんたも幸せ…それでええやろ?」

 

そう言われてみれば宗秀は再興軍のための軍資金を手に入れられ光悦も未来の技術と伝授してもらえると考えればどちらにとっても悪い取引ではない。少なくとも光悦にとっては宗秀の絵の技法は自身の不二山を超える価値のあるものだと信じていたのだ。

 

「お願い!!一生のお願いどす!弟子にしとぉくれやす!おたのもうします!」

 

「……」

 

物の価値は自分自身で決める…光悦の言葉が宗秀の心に大きく響いていた。彼女にとってこの技術がそれほど価値があるのならそれを教えてもよいのではないだろうか?と思っていた。

 

「…分かった。そこまで言われたら断るのも失礼だな」

 

「え!?ほな…」

 

「ああ、教えてあげるよ。君の本気とその覚悟に俺も応えたいからな」

 

「…う、うわ~ん!!おおきに!!師匠っ~!!」

 

「うおっ!?いきなり抱きつくなよ!」

 

光悦は宗久に不二山を売却するとその売却金を宗秀に渡し取引は無事に終了した。その後、宗秀たちが宿場で過ごしていることを知ると光悦は喜んで宗秀たちを屋敷に招き、「好きなだけ居候してええで!」と挙兵の準備が整うまで光悦の屋敷で居候することなったのであった。

 

 

 

 




新たなオリキャラ、本阿弥光悦登場です!
ちなみに何故、本阿弥光悦なのかというと漫画「バガボンド」での光悦が個人的に気に入っていて自分の作品でも登場させたいと思ったからです!
光悦の生年月日や芸術品の製作日などが全然違いますけど、あまり気にしないでくださいね…

ちなみに鉛筆って戦国時代からあったんですねっ!!
作者の私もびっくりですよ~!


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第九話 忘れられた忍び

やっと九話が完成しました!
オリジナルキャラクターばかりですみません…



現在、再興軍は堺に住む芸術家・本阿弥光悦の屋敷にいた。宗秀が光悦と取引した結果、再興軍はなんと六万貫という大金を入手することに成功したのだ。

堺中の商家に頭を下げたが、なんの成果も挙げられず悔しさと情けなさを胸に帰って来た久綱と鹿之助は、宗秀から六万貫を見せられて言葉を失っていた。

 

・堺 本阿弥光悦の屋敷

 

 

「なんと…!わしは幻でも見ておるのか」

 

「む、宗秀殿っ!?こ、この金はいったいどうしたんですかっ!?」

 

鹿之助と久綱の目の前の土蔵には数えきれぬほどの大量の銭箱が置いてあった。

 

「貰ったんだ」

 

「貰っただと…!?そんな馬鹿な…!」

 

「これほどの金をどうやって…」

 

宗秀はこれまでの経緯を久綱と鹿之助にすべて話した。さらに光悦の計らいでこの屋敷を自由に使ってもよいことも伝えた。しかし、未だに信じられないのか二人は固まったままだ。

 

「というわけで俺はしばらく光悦に絵を教えないといけないんだ。だから兵集め、兵糧、武具の調達は二人に任せていいか?」

 

「あ、ああ。任せておけ」

 

「これだけあればさすがに足りるよな?」

 

「じゅ、十分過ぎます」

 

(…まさか二次元イラストで六万貫が手に入るとはなぁ)

 

こんなにあっさりと軍資金不足が解決するなど予想しておらず、宗秀本人もまた驚いていた。

 

「す、すごいです!宗秀のおかげでこんなにお金が手に入りました!」

 

「…はは、ただの偶然さ」

 

「そんなことありませんよ!これも未来人のお力なのですね!」

 

取引の一部始終を見ていた勝久はそれ以来、彼のことを本当に未来人だと確信するようになったのだ。軍資金が手に入った今これからするべきは軍備の増強と兵の募集だ。そんな時、一緒にいた納屋の当主・今井宗久が宗秀に声をかけた。

 

「宗秀はん、少しよろしいでっか」

 

「ん?宗久か、どうしたんだ?」

 

「話を聞かせてもらいましたけど、宗秀はんはこの金で挙兵ために軍備を整えるそうですな」

 

「ああ、そのつもりだ」

 

「どうでっしゃろ?よければその取引、それがしの納屋で引き受けまひょか?」

 

光悦から名茶器"不二山"を買い取った今井宗久はすこぶる上機嫌で、その表情は正にほくほく顔だ。そんな宗久が軍備増強のために動こうとしていた宗秀たち再興軍に突如、商談を持ちかけてきたのだ。

 

「確かにそれは有難いが、どういう風の吹き回しだ?」

 

「何、それがし宗秀はんに興味が湧き申した。あの癖の強い御仁の光悦はんがあそこまで惚れ込むのも納得しましたわ。是非、今後ともご贔屓に」

 

「まあ、理由はどうであれ軍備の調達を依頼する商家を探すところだったんだ。こっちとしても願ってもない、久綱さんもそれでいいか?」

 

「うむ、わしも異存はない。宗久殿、頼めるか?」

 

「承知致した、兵糧、武具のことはそれがしにお任せを」

 

こうして軍備と兵糧の調達は宗久の納屋に依頼することになった。だが、その前に兵を募る必要があり、次の目標は兵を集めることだ。久綱の話によれば出雲に尼子家の再興を願う者たちが潜伏しているそうで、その者たちと連絡を取り勝久の存在を伝えれば必ずその旗の元に馳せ参じてくれるはずだ。

 

その後、光悦の屋敷を拠点として行動し始めて数日経ったある日のこと、堺に衝撃の噂が流れていた。

 

 

・数日後 光悦の屋敷

 

 

「し、師匠~!!一大事やで!!」

 

「光悦?そんなに慌ててどうかしたのか?」

 

「師匠はしらへんどすか?今、堺は噂で持ちきりになってますで!」

 

「どんな噂だ?」

 

「…あの尾張のうつけ姫が駿河の大大名…今川義元を降伏させたんどすえ!」

 

光悦の話によれば、尾張の姫大名、織田信奈が駿河の大名で「東海一の弓取り」と諸大名から恐れられる今川義元が桶狭間の戦いで敗れ、降伏したそうなのだ。上洛を目指す今川軍の数は約二万に対し、織田軍はわずか二千にも満たない寡兵だった。誰がどう見ても織田家に勝ち目がない状況であったが、織田信奈は桶狭間で休息していた今川義元の本陣を奇襲しこれを見事に打ち破ったのだ。現代人であれば歴史にそれほど詳しくない宗秀でも知っている戦国時代の名合戦・桶狭間の戦いだが宗秀は一つ疑問に思っていた。

 

「ん?織田…信奈?信長じゃないのか?」

 

「信長?誰どすか?織田信奈!どすえ」

 

(織田信奈…?いったい誰なんだ?俺が知ってる歴史と違うな。それに、降伏?)

 

「それにしても、あのうつけ姫がなぁ…世の中分からへんわ」

 

自分が知っている歴史とは違う出来事が起こっていることに宗秀は疑問を抱いていた。宗秀が知っている歴史では奇襲したのは織田信長で今川義元は降伏せずに討死したはずなのだ。それらを考えている内に宗秀はある推測にたどり着いた。今いるこの時代は"自分がよく知る戦国時代とよく似た別の世界"なのではないかと。

 

だが、あくまで仮説に過ぎない話で確証があるわけではない。自身が戦国にタイムスリップしていることから何が起こってもおかしくないはずだ。

 

「ふぁ~あ…眠いな…」

 

「それよりも師匠!今日は何を教えてくれるんどすか?」

 

「う〜ん…そうだな、じゃあ今回はキャラクターの感情表現について教えてあげよう」

 

(勉強熱心なのはいいが、徹夜でしなくてもいいんじゃないか?俺は寝不足で倒れそうなんだがな…)

 

六万貫という莫大な軍資金を譲り受けた対価として光悦に現代の絵画法を伝授することになった宗秀は毎日のように光悦に教習を行っていた。それからというもの宗秀は光悦にせがまれて寝る暇もなく教習を続けているのだ。そのせいか宗秀の目の下にはクマができており、今にも寝てしまいそうな表情をしている。

 

(…まあ、六万貫も受け取ったんだ。その対価分のことを教えるのは筋だよな)

 

「そうや!今日は師匠に紹介したい友達がおるんどすえ!」

 

「友達?一体誰なんだ」

 

「入ってええで、永徳はん、等伯はん」

 

すると襖の奥から二人の少女が宗秀の前に現れる。その格好から見るにこの二人も光悦と同じ芸術家のようだ。

 

「ふははは!貴様が清河宗秀か。私は狩野永徳だ!覚えておけ!」

 

「私は長谷川等伯と申す、以後お見知りおきを」

 

「って!?何故、長谷川等伯がいるのだ!?」

 

「…それはこちらの台詞だ。友である光悦どのの招きに応じて来てみれば、思わぬ先客がいたものだ」

 

狩野永徳に長谷川等伯…二人とも戦国時代を代表する芸術家であり特に永徳は日本美術史上もっとも著名な絵師の一人で織田信長や豊臣秀吉といった天下人に仕え、「唐獅子図屏風」「洛中洛外図」などの現存する名作を生み出した偉大な芸術家だ。対する等伯も永徳に劣らない絵師で彼もまた「松林図屏風」という現存する名作品を残しており戦国時代の画壇の頂点である永徳を脅かすほどの腕前なのだ。これが原因でお互いに狩野派と長谷川派に分かれて対立していた。

 

「か、狩野永徳!?俺でも知ってる名前だぞ!すごく有名な芸術家じゃないか!」

 

「ほほう、私を知っているのか。まあ、私ほどの天才絵師ならば当然のことだ」

 

「…天才絵師だと?聞いて呆れるな、ちまたで話題になっているのは貴様の動物画や風景画よりも私の人物画のほうだと聞くぞ。…さては貴様、焦っているな?」

 

「…う、だ、黙れ!貴様のようなよっちい少女絵などよりも私の素晴らしく豪快な動物画や風景画のほうが有名なのだぞ!!」

 

「はいはい、二人とも喧嘩しいひんの」

 

睨み合う二人の前に光悦が立ち間を取り持った。二人か喧嘩すると光悦がそれをなだめる…お互いに芸術家としてライバル関係でありながらも絶妙なバランスで交流関係を維持しているのはこの三人であることが理由の一つだ。

 

「あんたらなぁ…いつもいつも喧嘩ばっかりして、もう少し仲良うできひんの?」

 

「それはできんな、私の豪快な作風の狩野派のほうが凄く、そして偉大なのだ!」

 

「…笑止な。私の繊細な詫びさびな作風の長谷川派のほうが優れている。時代は私を求めているのだ!」

 

「なんだと~!!」

 

「やるのか!!」

 

「もう!ええ加減にしてや!!」

 

(…仲いいな、この三人)

 

痺れを切らした光悦が怒号をあげた。いつも同じようなことで言い争う二人に我慢できなくなったことと自分こそが偉大な芸術家だと自負して譲らない二人のやり方に苛立ちを感じていたのだ。

 

「あんたら自惚れるのも大概にしてや!あんたらよりも凄い絵ぇ描ける人が天下にはいるんやで!」

 

「何?それは聞き捨てならんな。何者だそいつは」

 

「…まさか、光悦どの自身とでも言うおつもりか?」

 

「うちなんてまだまだ未熟者やで。そらうちの師匠の宗秀はんのことやで!」

 

「……ん?」

 

二人の視線が同時に宗秀に向けられた。眠そうな顔で二人の喧嘩をのんびり見物していた宗秀だったが光悦の余計な一言のせいで事態がさらにややこしいことになり始めていた。

 

「何?この男が?はは、光悦よ冗談はよせ、貴様らしくもない」

 

「私もにわかには信じがたいな、ならばその者の絵とやらを見せてみろ」

 

「ふふん、ええで!どうや?これが師匠の絵やで!」

 

そう言って光悦が自信満々に見せつけたのは、宗秀が最初に描いて見せた甲冑姿の美少女イラストだった。

 

「お前、まだ持ってたのか、その落書き」

 

「当たり前やん?こら師匠とうちの思い出の作や。大切なうちの家宝やで!」

 

「そ、そうか」

 

「二人ともどや?すごいやろ?二人にはこないな絵は描けへんどっしゃろ?うちの師匠はすごい人なんよ!!」

 

「な、な、なんだと…こんな絵は見たことがない…!なんと美しい絵なのだ…!!」

 

「…か、可愛い。どうやったらこんな美しい少女の絵が描けるのだ!?」

 

二人もまた二次元イラストの"萌え"の魅力の虜となっていた。一瞬でイラストを気に入った二人は喧嘩していることなど忘れてまじまじとイラストを見つめていた。

 

「どや?あんたらがどれだけ小さいことで揉めとったのかが分かったやん?師匠に比べたらうちやあんたらなんてまだまだやで!」

 

「…う、うむ、確かに…私の絵にはこの絵のように人をドキドキさせる魅力は無い…完敗だ」

 

「…私もまだまだ未熟だな。まさか、これほどまでに素晴らしい少女絵を描ける者がいたとは…天下は広いな」

 

「ふふん、己の未熟を思い知ったうちはすぐにこの宗秀はんに弟子入りしたのやで!うちが師匠の一番弟子や!」

 

「「な、何!?宗秀どのの弟子に!?」」

 

光悦はニヤニヤしながらまるで二人に自慢するように言い放った。というよりも光悦が二人を今日、屋敷に招いたのはこのことをただ自慢したかったからではないかと見ていた宗秀は薄々感じていた。

 

「うちは師匠に学んで師匠に負けへんような素晴らしい作品を作りたいの!あんたらはおもんないことで勝手に喧嘩しとき!ひょっとしたら知らへんあいさにうちがあんたらを追い抜いてるかもしれへんよ?」

 

「ず、ずるいぞ!光悦!宗秀どの!この永徳も弟子にしてくれ!い、いや弟子にしてください!」

 

「宗秀どのの腕前に敬服しました!どうか、この等伯も弟子にしてくださいませ!」

 

「…ちょっと待ってくれ、どうしてこうなった」

 

なんと戦国を代表する二人の有名芸術家が宗秀に土下座をしている。予想外の事態にすっかり眠気の覚めた宗秀は思わず頭を抱えていた。光悦一人を指導するのも一苦労なのにさらに二人も増えられてはとんでもない重労働だ。

 

(冗談じゃねぇよ…さらに俺の睡眠時間が減るじゃないか…!)

 

「あのな、弟子はもう光悦一人で間に合ってるんだ。これ以上増えても困るんだが…」

 

「そ、そんなっ!?で、では!私の覚悟をお見せしよう!私の最高傑作である"唐獅子図屏風"を貴殿に差し上げよう!」

 

「…私も覚悟をお見せします!我が最高傑作"松林図屏風"を貴方にお譲りします、どうか、弟子にしてください!貴方様の美しく魅力的な少女絵に私は心を奪われたのです!」

 

「コラコラっ!!お前ら、ちょっと待てッ!!」

 

「お~!!すごいどすなぁ師匠!どっちも天下に二つとあらへん芸術品どすえ!きっと売ったらとんでもない額に…」

 

「そんな物、受け取れるか!!」

 

すでに国宝級の芸術品を軍資金のために売り払ってしまったが、これ以上そんな国宝級の名品を受け取るわけにも売却するわけにもいかなかった。恐らく二人は自分が首を縦に振るまで決して諦めないと悟った宗秀は観念したように溜め息つきながら話した。

 

「はあ〜…ったく、もう勝手にしてくれ」

 

「本当でございますか!!ありがとうございます!どうかよろしくお願いします!先生!」

 

「感謝致します!この等伯、これより貴方様を師と仰ぎます!」

 

「やっぱし師匠は心広いどすなぁ。あ!せやけど一番弟子はうちやさかい忘れんといてや?」

 

(…いつか過労で倒れそうだ)

 

こうして光悦の屋敷で開かれるイラスト講習に狩野永徳と長谷川等伯も加わり、天下を代表する芸術家が一同に集結して未来の絵画法を学ぶという異様な光景が発生したのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

・数日後 摂津 堺 町の外れ

 

 

光悦や永徳たちに未来の絵画法を教える毎日を送る宗秀だったが、この日は久しぶりの休日で気分転換に堺の町を歩いていた。鹿之助や久綱は兵の募集や尼子家の遺臣たちとの連絡などで日々忙しそうに活動しており、勝久も大将と君主の心構えを学ぶために屋敷で学ぶ毎日を送っている。

ようやく自分の時間を確保できた宗秀は鹿之助に武術を教えて貰おうとしたのだが今日は鹿之助が不在だったため断念することになったのだ。戦国で生きると決めた以上、せめて自身の身の安全ぐらいは守れるようにならなければと考え少しでも武術を身に付けようと思ったわけだ。

 

「…平和だな」

 

町を歩きながら宗秀はふと呟いた。そう思ってしまうほどに堺の町からは戦の空気が感じられないのだ。数多くの群雄たちがこの堺に手を出さないのは、その強大な経済力と重要性が理由だ。貿易による莫大な利益に質の高い軍需物質を入手できるなど大名にとっても重要な地であるからだ。あの悪逆非道な松永久秀でも堺には手を出さないほどだ。

 

「ん…?ここは何処だ?」

 

宛もなく堺の町を歩いていた宗秀はいつの間にか町外れにいた。さすがに町外れの周りには少ない民家に井戸や物置用の土蔵ぐらいしかなく、珍しいものなど何もない。

宗秀は来た道を引き返そうとするがその時、視線にあるものが映った。

 

「ん?あれは何だ?人…か?」

 

視線の先に見える井戸にもたれ掛かるように倒れている人がいたのだ。ここからではよく見えないがフードのついたぼろぼろの黒い外套を身に纏っており姿は分からず、体格は見たところ子供のように見えた。きっと疲れてうたた寝してしまったのだろうと考え、宗秀は起こそうとその人物に声をかけた。

 

「おい、こんな所で寝てると風をひくぞ」

 

「………」

 

「もうすぐ暗くなるぞ、早く家に帰ったほうがいいんじゃないか?」

 

その人物は宗秀の問いかけに答えず全く反応がない。しかし放っておくわけにもいかず、なんとか起こそうと宗秀はその人物の外套のフードを取るがその姿を見た瞬間宗秀は絶句した。

 

「な…!?お、おい!大丈夫かっ!」

 

何とその人物は目を塞ぎたくなるどの重傷を負っていたのだ。頭部全体をまるでミイラのように包帯で覆われ、さらに身体中にも無数の包帯と痛々しい痣や刀傷の跡があった。見た目通り十三歳ぐらいの少女で弱り果て今にも呼吸が絶えてしまいそうなほど衰弱していた。

 

「おい!死ぬなよ!今、診療所に連れて行ってやるからな!」

 

宗秀は彼女を背負うと急いで町にある診療所に向かって駆け出した。

 

・数時間後 堺の町 診療所

 

 

町の診療所に大急ぎで駆け込んだ宗秀は少女を医者に任せた後、診療所の前でじっと待っていた。あの重傷ではもう助からないかもしれない、と不安を募らせながら待つこと数時間、診療所の奥から医者が姿を見せた。

 

「…終わりましたぞ」

 

「どうなんだ?あの子は助かりそうか?」

 

「治療があと少し遅れていれば手遅れでした。なんとか一命は取り止めましたぞ」

 

その言葉に宗秀は安堵のため息をつく。医者の話によればあの少女自身が行ったとされる応急処置もあってギリギリ命を繋いだそうだ。

 

「あの娘が自身で処置をしたようですが、あれがなければ手の施しようがありませんでしたよ」

 

「そうか、助かったんだな…よかった」

 

「失礼ですが、あの子は旦那の娘ですかな?」

 

「いや、赤の他人だ。あんな小さな女の子を放っておけなかったからな」

 

「このご時世に物好きなお方が居たものですな。実は旦那にお話があるのですが…」

 

すると医者は懐から何かを取り出し宗秀に見せた。

 

「ん?それは…苦無(くない)か?」

 

「あの娘が持っていた物です。この他にも手裏剣などいろいろ隠し持っていましたよ」

 

「それじゃ、あの子は…」

 

「はい、恐らく忍びの者でしょうな」

 

少女を助けるのに夢中で服装など気にしている余裕がなかったがまさか助けた少女が忍びだったなど思いもしなかったのだ。

 

「傷跡を見た所、あれは拷問の傷ですな。恐らく敵方に捕らえられたのでしょう」

 

「拷問!?こんな小さな女の子を…」

 

「…旦那、戦国の世では女子供も関係はありません。旦那も厄介な患者を助けてしまいましたな」

 

なんとか逃げ出してやっとの思いであの場所にたどり着いたのだろう。ひょっとしたら少女は追手に狙われているかもしれないと考えた宗秀は彼女を光悦の屋敷に匿うことにしたのだ。あそこなら鹿之助や十勇士たちもいる上にここより安全と考えた宗秀は医者から少女の身柄を預かると彼女を光悦の屋敷に連れ帰ったのだ。

 

ーーーーーーーーー

 

・堺 本阿弥光悦の屋敷

 

 

突然、宗秀によって忍びの少女が運び込まれた当初は光悦も少し戸惑っていたが"師匠がそう言うならしゃあないなあ"と承諾し少女を匿っていたのだ。あれから三日経っても少女は目を覚まさず時だけがただ過ぎていった。

 

「…この子、全然起きへんね」

 

「き、きっと、大丈夫ですよ!」

 

「とにかく、酷い怪我だったからな…目を覚ますまでしばらくかかるだろう」

 

「御仏よ、どうかこの子をお救いくださいませ」

 

心の底から少女を心配しているのか勝久は手を合わせて彼女の無事を祈っていた。そんな時、光悦は少女の側に置いてあった彼女の持ち物である忍び道具を珍しそうに眺めていた。

 

「ほえ~…すごいなあ、これが苦無かぁ!初めて見たわ。えーと…これが手裏剣かいな?」

 

「こ、光悦さま、勝手に見ては…」

 

「いけるいける!うちだってこの子匿うたってるんやさかい少しぐらい見ても罰は当たらへんわ!ほら、勝ちゃんも見て見て!」

 

「…え?えっと…じ、じゃあ少しだけ…」

 

「おいおい、お前たち」

 

見たこともない忍びの道具に興奮している一同の側でじっと眠っていた少女の瞼が突如開いた。弱々しく布団から起き上がると少女はゆっくりと周囲を見渡す。その視線の先には自分の忍び道具をいじって遊んでいる光悦たちの姿が目に映った。

 

「………あ!か、返して…!あたしの忍具…!」

 

「あ、起きた。なんや以外と元気そうやん」

 

「だ、大丈夫ですか?無事でよかったです…!」

 

「…い、いいから返して!…ッ!!?」

 

「おっと動くな、傷口が開くぞ。じっとしてろ」

 

少女は身体を起こそうとするがあまりの激痛に傷跡を押さえて踞ってしまった。そんな彼女を勝久と宗秀がゆっくりと少女を布団に寝かしつける。これまで気にしていなかったが少女の容姿は金髪のショートヘアーに碧眼といった姿で背丈は勝久とほぼ同じぐらいだ。額と左目には包帯が巻かれてまるでミイラのような姿になっている。

 

「とにかく無事でなによりだ、傷が治るまでは安静にしていろ」

 

「そうです、今はゆっくり休んでください」

 

「……あなたたちが助けてくれたの?」

 

「お礼なら師匠に言うてや、大怪我しとったあんたを医者に診せてここまで運んで来たんやさかい」

 

「……その、ありがと」

 

「ああ、気にするな」

 

目を覚ました少女だったがそれ以上は何も話さなかった。言えない事情があるのかどうかは分からないが、光悦や勝久がいろいろ質問しても何一つ答えずただ黙ったままなのだ。食事にもまったく手をつけず布団で眠っているだけの日々が続いた。

そして少女が目を覚まして数日経ったある日のことだ。

 

「あの子…大丈夫でしょうか?」

 

「ご飯も食べへんし、なんも喋らへん…ほんまになんなのあの子」

 

「困ったな、せめて何か食べさせないと危険だ」

 

何も話さないのはまだいいが食事を取らないのはさすがに宗秀たちも心配だった。少なくとも三日以上何も口にしていないのでこのままでは遠からず餓死してしまうだろう。

 

「よし、俺が食べさせてみるか」

 

「お、お願いします!このままでは死んでしまいます」

 

「師匠!どないしても食べへん時は無理矢理にでも食べさせたってや!」

 

そういうと宗秀は料理を持って少女の部屋に向かった。

部屋の前に着くと一声かけて室内に足を踏み入れる。相変わらず少女は身体を横に向けて寝ているままだ。

 

「お~い、飯を持ってきたぞ」

 

「……」

 

「…腹減ってるんだろ?遠慮するな」

 

「……いらない」

 

「とにかく何か食え。三日以上何も食べてないんだろ」

 

だが少女は無言で首を横に振る。これまで勝久や光悦が声をかけてもまったくの無反応だったのだが言葉を返してくれたことから自身を助けてくれた宗秀には少しだけ気を許しているようだった。

 

「…施しは受けない」

 

「そうか、いらないなら俺が食うぞ」

 

「……」

 

「お、今日は鯛の塩焼きか…炊きたての麦飯も旨そうだな」

 

「…うう」

 

宗秀が料理を解説する度に寝ている少女が反応し、ぴくぴくと動く姿が非常に面白い。遂には彼女の腹の虫が大きな音で鳴き始めた。しかし、それでも少女は横になったままだ。

 

「この味噌汁も旨そうだ。具はあさりに昆布、青ねぎまでついてるぞ。うん、いい香りだな」

 

「…うう…もう…やめてよぉ…」

 

「意地を張ってないで食えよ、泣くほど空腹なんだろ?」

 

「…頑張って我慢してるのに…こんなの拷問……鬼ぃ…悪魔ぁ…」

 

少女は涙目になりながらまるで駄々をこねるように宗秀に罵声を飛ばす。必死に我慢しているようだが腹の虫は治まるどころか激しくなっていく。

そんな彼女に宗秀は笑顔で料理を差し出した。

 

「ほら、食えって。誰も怒ったりしないさ」

 

「…し、仕方ない…そこまで言うなら…食べてあげる…」

 

「ああ、食ってくれ。頼む」

 

すると少女は料理が乗ったお盆を素早く手に取ると震える手で料理を口にし始めた。次第に手の動きが早くなり食べる速度が早くなる。心なしか彼女は泣いているように見え、ただ無言で料理を頬張り続ける。

 

「………」

 

「旨いか?」

 

「…うん…美味しい…」

 

「そいつはよかった。ほら、おかわりもあるぞ。遠慮するなどんどん食え」

 

その後、少女はおかわり用に持ってきた料理も含めすべてを完食した。箸を置き正座して姿勢を整えると少女は宗秀に深く礼をした。

 

「……あ、ありがとう…」

 

「気にするな、元気になったならそれでいい」

 

「……あ、あの…」

 

「ん?どうした」

 

「…どうして、あたしを助けたの…?」

 

てっきり何も話さないと思っていたがまさか彼女の方から質問してくるなど予想外だった。その質問に宗秀は笑顔で答えた。

 

「決まってる、目の前で死にかけてる人がいたら助けるのは当然だろ?」

 

「……それだけ?」

 

「ああ、他に理由が欲しいか?」

 

「…あなたは…優しい…でも、あまい…」

 

「…そうかもな、町の医者からも似たようなことを言われたよ」

 

この少女やあの医者がこう思うのも無理はない。誰もが自身の身を守るのも精一杯なこの戦乱の時代に他人を心配するなど随分と呑気なものだと呆れられているのだ。

 

「…もう、こういう事はやめたほうがいい…いつか死ぬ…」

 

「そうしたいんだが…どうも性分でなぁ」

 

「…あたしが…あなたを殺すと言っても?」

 

すると少女はいつ取り出したのか苦無を手に持ち目にも止まらぬ速さで近づくと宗秀の首元に苦無を突き付ける。あれほどの重傷だったにも関わらず数日間休息を取っただけでここまで動けるのはさすがは忍びと言ったところだった。しかし、彼女に殺意はまったく無くただ苦無を突き付けているだけだった。

 

「うおっ!?い、いつの間に…」

 

「…もし、あたしが刺客なら…あなたは死んでる…」

 

「…それでもいい。もし死んだらそれまでだったと諦めるさ」

 

「…馬鹿みたい…あなたのこと…心配してるのに…」

 

この戦国では彼の優しさは足枷になりそして欠点にもなる…そう彼女は言いたいのだろう。少女は苦無を下ろすと再び布団に横になる。

 

「……寝る…出て行って」

 

「あ、ああ、ゆっくり休めよ」

 

「………」

 

そう言うと宗秀は食器を持って部屋を後にした。気のせいか後ろから"……馬鹿"と聞こえた気がしたが、宗秀は構わずその場を去っていった。

 

そして、その翌朝のこと。なんとあの少女がいなくなっていた。一緒に持ってきた忍び道具や装束などもすべて跡形もなく消え去り代わりに少女が寝ていた布団の上に紙が一枚だけ残されていた。紙にはこう書かれてあった。

 

『世話になった…この恩は忘れない』

 

少女がどこに行ったのか検討もつかず結局、彼女のことは諦めることになり宗秀たちはいつもの日常に戻っていった。

そして少女が失踪してから数週間が経った日のことだった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

・堺 町中

 

その日、宗秀は堺の町中を歩いていた。光悦からおつかいを頼まれ彼女の馴染みの店に向かっていたのだ。ちなみに頼まれた品物は鉛筆や墨に紙など文具ばかりだ。その隣には時間が空いて暇をもて余していた鹿之助の姿もあった。時刻は夕暮れでいつもは人通りの多い堺の町中も静かになっている。

 

「紙に墨に鉛筆…頼まれた物は全部だな」

 

「はい!それでは屋敷に戻りましょうか宗秀殿」

 

「そうだ、よかったらこの後、武術の鍛練に付き合ってくれないか?」

 

「鍛練…ですか?」

 

「ああ、せめて自分の身の安全ぐらいは守れるようになりたいんだ。お前に教われば間違いない、頼んでもいいか?」

 

「宗秀殿…分かりました!この鹿之助、あなたを一人前の武将に育て上げましょう!」

 

私に任せて欲しい!と言わんばかりに胸を張って堂々と言い放つ。彼女ほどの腕前を持つ猛将から手ほどきを受ければきっと上達すると確信していた。

 

「ああ、頼む」

 

「はい!武芸に関しては私は容赦しませんよ!途中で根を上げないでくださいね」

 

「お、おう」

 

冷静に考えたらあのでたらめに強い鹿之助と立ち合わないといけないと考えると少し背筋がぞっとする。彼女に武術の鍛練を頼んだのは間違いだったかもしれないと宗秀は少し後悔していた。

 

そんな時、二人の近くで何やら騒動が起きていた。騒動が起こっているのはどうやら雑貨屋の前のようで刀を下げた山賊のような格好をしたごろつきと小さな少女を連れた親子が揉めているようだ。

 

「この餓鬼…俺様の足を踏みやがって…!許せねぇ!」

 

「ひっ…!かか様…」

 

「す、すみません、娘がご無礼を…どうかお許しください」

 

「うるせぇ!そいつをよこせ!ぶっ殺してやる!」

 

どうやらごろつきは酔っ払っているようでかなり気が立っているようだ。だが誰も見ているだけで止めようとする者はいない。そう誰も厄介事に関わりたくない上に危険な目に合いたくないからだ。ついには刀を抜き取り勢いに任せて母親を斬り捨てようとする。母親は娘を庇うが突如その前に何者かが現れごろつきの刀を受け止めた。

 

「ああん!?何だてめぇは!?」

 

「…あ、あなたは…」

 

「……早く…逃げて!」

 

(あの子は…!)

 

なんと親子を助けたのはあの忍びの少女だった。二本の苦無でごろつきの刀を受け止めているが傷まだ癒えていないのか徐々に気押され始めた。その間に親子は慌ててその場を逃げ出し事なきを得たが、今度はあの忍びの少女が危機に陥っていた。

 

「このくそ餓鬼!!邪魔すんな!」

 

「…ぐっ!!…う…あ…」

 

少女は胸部を蹴り飛ばされ店の壁に叩きつけられた。衝撃で傷口が開いたのか、苦悶の表情で胸を押さえて悶えている。邪魔をされたことに腹が立ったのかごろつきは少女を完全に殺すつもりで刀を振り上げる。

 

「死ねぇぇ!!…ぐふっ!?」

 

「いい加減にしろ、この酔っ払い」

 

ごろつきの顔面を殴りつけたのは宗秀だった。少女を守るように宗秀と鹿之助が前に立つ。

 

「この野郎っ…!どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって!みんなぶっ殺してやる!!」

 

「その辺りにしておいたらどうです?このまま立ち去るのなら見逃しますが」

 

鹿之助が腰の脇差を少し抜き取り、只ならぬ殺気を放つ。戦場で放つ殺気と同じで並みの者ならば恐怖のあまり逃げ出してしまうほどだ。ごろつきも例外ではなく死の危機を感じた彼は捨て台詞を吐いて去って行った。

 

「ふう、よかった。無駄な血を流さずに済みました」

 

「おい!大丈夫か!?」

 

「…へ、平気…」

 

「血が出てるじゃないか!すぐに手当てだ!」

 

「…ほっと…いて…あなたには関係ない…」

 

「馬鹿野郎!!関係あるに決まってるだろ!いいからじっとしてろ!鹿之助、その子を屋敷に運ぶぞ手伝ってくれ」

 

「…あ」

 

「分かりました。さあ、捕まってください」

 

「………」

 

その後、少女を光悦の屋敷に運び込むと開いた傷口の治療を済まし一室で再び寝かせていた。そんな彼女の元に心配になって見に来た宗秀の姿があった。

 

「具合はどうだ?」

 

「…もう大丈夫…」

 

「まったく、傷が治るまで休んでろって言ったのにいったい何処に行ってたんだ?」

 

「………」

 

少女は黙り込む。やはり何か事情があるのだと感じた宗秀は無理に追及するのを控えた。しばらくお互いに何も喋らない沈黙の時が続いたがその沈黙を破ったのは少女だった。

 

「…あたし…分からないの…これからどうしたらいいのか…」

 

「ん?君は忍びだろ?自分の里に帰ればいいじゃないか」

 

「……帰れない…」

 

「…どういうことなんだ?よかったら聞かせてくれ」

 

すると、これまで何も話さず黙していた少女が自分の過去を話し始めた。

 

「…あたし、忍術も使えないし武術もすごく下手なの…頭領や仲間たちからはできそこない、役立たずって言われてた…ある任務で敵の城に潜入したけどドジして捕まっちゃったの…」

 

「そうだったのか…」

 

「……なんとか助かったけど…もう里には戻れない…多分、死んだと思われてる…それに帰ってもあたしの居場所はもう無いの…」

 

少女は里に馴染むことができず孤立しており、仲間たちからはすでに死んだと思われているらしい。聞けば彼女の里の掟で任務に失敗した場合は"自ら命を絶つ"という掟があり任務から帰還しないということは即ち死んだと判断されるのだ。しかし、少女はそんな掟に納得しておらず、さらに死への恐怖心から自害することもできずに宛もなく彷徨っていたのだ。

 

「…あたし…死ぬしかないのかな…だけど…掟は絶対…でも…死ぬのは嫌…どうしたら…いいの…」

 

「馬鹿、死のうなんて考えるな」

 

「…簡単に言わないでッ…!あたしのこと…何も知らないくせに…!」

 

「ああ、確かに詳しい事情は知らないが、死にたいってなんて言ってる奴をほっとける訳ないだろ」

 

「……どうして?…なんであたしのことなんか気にするの…?あなたとあたしは…赤の他人なのに…あたしに関わっても…あなたにはなんの利点もないのに…」

 

「困ってる奴を助けるのは人として当たり前さ、こういう時は素直に甘えればいいんだよ」

 

「………」

 

「よく話してくれたな、ずっと一人で悩んで誰にも相談できなくて辛くて寂しかっただろう?よく頑張ったな」

 

「……あ…」

 

その言葉を聞いた少女はまるで堰が切れたように声を出さずに泣き始めた。きっと今まで胸の内を誰にも相談できずに一人で悩んでいたのだろう。

 

「それに、もし死んだと思われてるなら君はもう忍者として生きなくてもいいんじゃないか?自分の好きなように生きてみればどうだ?」

 

「…え…?忍びじゃない生き方…?…そんなの…考えたこともなかった…」

 

「だろ?例えば、諸国を旅していろんな物や景色を見るのもいいし、日本を出て海外に行ってみるのいいぞ。そうだ!俺と一緒に絵でも描くか?」

 

「……ふふ、あたし…絵なんて描けないよ」

 

「お?笑ったな。やっぱり笑顔が一番だ」

 

なんと少女が微笑んでいた。

これまで彼女の表情は無表情でまるで生気を感じなかったが、今の彼女の表情はとても明るくなっていた。

 

「だから死ぬなんて言うな、生きてればきっといいことがある」

 

「……うん…!ありがとう…あたし…頑張ってみる…」

 

「ああ、これから君の人生は自分で決められるんだ、君を縛るものはもう何も無い、そう考えたらなんだかわくわくしないか?」

 

(…自分の人生を…自由に…あたしはもう…あんな里の掟に縛られなくていい…!…だったら…!!)

 

「…大丈夫…もう決まった…」

 

すると何かを決意したのか少女は起き上がり急に宗秀の前にひざまずいた。その表情から涙は消え、真剣な眼差しで宗秀に自身の覚悟を伝える。

 

「…あたし…あなたの忍びになりたい…!」

 

「へ?俺の忍びに?忍びはやめるんじゃないのか」

 

「…それも考えたけど、あたし…あなたとずっと一緒にいたいの…!!それなら忍びのままがいいって思ったから…あたしに手を差し伸べてくれたあなたを忍びとして支えたいの…!」

 

「…でも、いいのか?俺なんかの忍びで」

 

「…ううん、あなたじゃなきゃ駄目…!!…あたし、武芸と忍術は駄目だけど…潜入と諜報が得意なの!あと破壊工作もできる!お願い…!一生懸命働くから…!なんでもするから…!!」

 

少し戸惑ったがこれは宗秀にとっても悪くない話だ。忍びは戦国時代で重要な存在であり自分たちに忍びが味方してくれるのは心強い。今後のために是非とも欲しい人材だと考えた宗秀の答えは決まっていた。

 

「…是非、力を貸してくれないか?今は一人でも戦力が必要なんだ。頼めるか?」

 

「…ッ!!うん!!ありがとう…!!これから、あたしの命はあなたの物…よろしくお願いします。…殿」

 

「ああ、よろしくな。…そういえば君の名前を聞いてなかったな?」

 

「…蛍(ほたる)です…世鬼蛍…これからお願いします」

 

こうしてくノ一の蛍が宗秀の忍びとして仕えることになったのだった。




書いてて芸術家三人組が面白かったです!
もう少し登場させてみようかな?と考えてます!


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第十話 旗印の元に

やっと書けました!
最近、忙しくてなかなか書けません…



・堺 本阿弥光悦の屋敷

 

忍びである蛍を仲間に迎えた宗秀は早速、彼女を鹿之助たちに紹介していた。出会った時から口も開かず、心を閉ざしていた彼女が再興軍に加わったことに鹿之助や勝久は驚いていた。しかし、蛍が忠誠を誓ったのは宗秀個人にであり再興軍や総大将である勝久に対してではなかったのだ。

 

「というわけで今日から共に戦うことになった忍びの蛍だ」

 

「……」

 

「お力を貸して頂けるとは心強いです。どうかよろしくお願いしますね、蛍」

 

「うむ!今日から我らは共に戦う同士だ!よろしく頼むぞ!」

 

「……」

 

鹿之助と勝久は快く蛍を歓迎するが当の彼女は無愛想に頷くだけで何も喋らない。そんな彼女が第一声に発した台詞がこうだった。

 

「……勘違いしないで…あたしが力を貸すのは殿にだけ…あなたたちと馴れ合うつもりはないから…」

 

「な、なんだと!?き、貴様ッ!姫様に対して無礼だぞ!」

 

「…話は以上だから…」

 

「あ、あはは…」

 

やはりと言うべきか彼女が心を開いているのは主君と認めた宗秀だけであるようで、それ以外の人物には無愛想というか無関心のように思えた。しかし、主君である勝久がこのように言われては忠義に厚い鹿之助が黙っていなかった。

部屋の空気が一瞬のうちに重くなる。

 

「…もう一度言う。私を侮辱するのは構わないが姫様を侮辱するのは許さん。今すぐ謝罪しろ!」

 

「……」

 

「聞こえなかったのか?謝罪しろ!」

 

「…大声で喚かないで…うるさい…」

 

「き、貴様ァ!!」

 

「や、やめてください!鹿之助!」

 

激怒する鹿之助を慌ててなだめる勝久だが、蛍はまったく気にする様子はない。謝ろうとするどころか迷惑そうにそっぽを向いている。このままでは鹿之助が蛍に襲いかる未来が安易に予想できた宗秀はため息をつきながら命令した。

 

「蛍、自己紹介ぐらいちゃんとしろ。紹介した俺の顔を潰す気か?」

 

「……分かりました…殿がそう言うなら…」

 

すると、そっぽを向いていた蛍は二人に向き直ると渋々膝まずいて改めて自己紹介を始めた。

 

「…私は…宗秀様の忍び…世鬼蛍…よろしく…」

 

「はい、蛍、よろしくお願いしますね」

 

「…覚えておけ、次に姫様を侮辱すれば命は無いぞ」

 

そんな鹿之助の警告も気にもせずに蛍は音も無くその場から立ち去った。これまでの態度から予想はしていたが、蛍はかなり性格に癖のある人物のようだ。

 

「宗秀殿!なんなのですか、あの者は!」

 

「まあ、大目に見てやってくれ。あんな性格だが根は悪い子じゃない」

 

「ですが…!」

 

「大丈夫ですよ、宗秀がそう言うのであればきっとそうなのでしょう。私は気にしませんから」

 

姫様がそう言うなら…と鹿之助も渋々、納得した。

こうして新たな仲間を加えた再興軍は着々と挙兵の準備を整えていた。久綱によって各地に散らばっていた元尼子家の旧臣たちと連絡がつき、少しずつ勝久の元に同志が集い始めたのだ。さらに鹿之助によって忠義に厚く腕に自信がある浪人たちも集められていたのだ。

 

そして、今日も久綱によって招かれた尼子家の旧臣たちが勝久と面会していた。

 

「ご両人、よく来てくださった。こちらが勝久様だ」

 

「わ、私が尼子勝久です。よろしくお願いします」

 

「「ははっ!!」」

 

久綱の招きに応じてわざわざこの場にやって来た二人の男だった。二人とも白髪の混じった初老の男で、屈強な身体に鋭い目付きをしている。まさに歴戦の勇士という言葉がぴったりと似合う風貌だ。二人は勝久に対して深く頭を下げる。

 

「お初にお目にかかりまする。それがし牛尾兵庫介と申しまする」

 

「拙者、赤穴五郎左衛門と申します!勝久様、お会いできて光栄にごさいます!」

 

「あの…素性の怪しい私ごときの為にご足労感謝します。久綱から聞いているとは思いますが、どうかお二人の力を私に貸してください」

 

「…この時を待ち望んでおりました。亡き経久様の築かれた尼子家の栄光を必ずや再興しましょうぞ!」

 

「我ら二人、勝久様の御為にこの命を捧げまする」

 

どうやら二人とも勝久が尼子一族の生き残りであることを信じているのか、迷いもせずに勝久に忠義を誓っていた。実際に勝久の存在はこれまで隠されていたことから彼女が本当に尼子一族の血を引く者なのか疑問に思う者たちも少なくないのだ。にも関わらずこの二人は正真正銘、勝久は尼子誠久の娘であると断言しているのだ。

そして、それには確固たる証拠があった…

 

「……うう、孫四郎様…ご立派になられましたな。亡き奥方様によく似ておられます」

 

「……えっ?」

 

すると勝久を見ていた牛尾兵庫介が突如、涙を浮かべていた。つい最近まで勝久が名乗っていた孫四郎という幼名を口にしたのだ。

 

「あ、あのっ!!兵庫介…私のことを知っているのですか?」

 

「…はい、産まれて間もなかった貴方様をお目にしたのは十年前でしたな。懐かしゅうございます…」

 

「あ、あなたは…一体…」

 

思わず勝久は二人を紹介した久綱を見る。久綱は無言で頷き説明し始めた。何故、この二人が存在を隠されていた自分のことを知っているのか。

 

「姫様…牛尾殿と赤穴殿はかつて晴久様に滅ぼされた"新宮党"の生き残りです」

 

「新宮党の生き残り…じ、じゃあ…!!」

 

「ははっ!かつて拙者と牛尾殿は貴方様の父君、誠久様に仕えておりました。…しかし、あの時殿を守り切れずやむ無く我々と僅かな家臣たちだけが生き延びたのです」

 

かつて牛尾兵庫介は尼子誠久の重臣で、赤穴五郎左衛門は新宮党の侍大将を務めていたそうだ。その後、出雲に隠れ住んでいた二人の元に久綱から伝えられた誠久の遺児である勝久の挙兵…これを聞いた二人は大急ぎで駆けつけそうだ。

 

「貴方様は正真正銘、誠久様のご息女にございます。我らの力、存分にお使いくだされ!」

 

「…あ、ありがとうございます。亡き父上に代わって礼を言わせてください…本当にありがとう…」

 

勝久の眼からとめどなく涙が溢れてくる。

こうして自分のことを知っている者がいる、覚えていないが確かに自分には両親がいたのだと。これまでずっと一人だと思っていた勝久はそれを思うと涙が止まらない。

 

そして、二人の話によれば出雲には尼子家の再興を願う者たちがいるようで、勝久が挙兵すると聞けば喜んで味方するという勢力も存在するそうなのだ。さらに二人はすでに五百の兵を準備しており、号令があればいつでもその元に馳せ参じると言ったのだ。

その五百の兵たちはあの第二次月山富田城合戦から逃げ延びた者たちに加えて、同じく兵庫介たち同様に生き延びた元新宮党の兵士たちによって構成されていた。

 

こうして続々と戦力を整える中、再興軍一同は来るべき時に備えてそれぞれ行動していた。

 

 

・後日 堺 本阿弥光悦の屋敷

 

 

「うおおっ!!」

 

「あまいですっ!そんな弱腰では敵は倒せませんよ!」

 

「ぐおっ!!?」

 

光悦の屋敷に庭で訓練用の槍を手に鍛練に励む二人の姿があった。涼しい顔で余裕そうに立っているのは鹿之助でボロボロで身体中擦り傷と土埃だらけになって片膝をついているのは宗秀だった。

 

「ぜえ…!ぜえ…!」

 

「どうしました?宗秀殿、貴方の腕前はその程度ですか?」

 

「まだまだッ!うおおおっ!!」

 

宗秀は体勢を立て直し、槍を構えて再び鹿之助に向かっていく。鹿之助に宗秀は勢いよく突きかかるがその一撃は容易くいなされ、代わりに強烈な反撃を食らう。

腹部に槍の柄で重い一撃を受け、思わずよろけながら後ろに倒れ込んだ。

 

「…ぐふっ!?」

 

「なんですかっ!それは!槍の持ち方は教えたはずです!正しく槍を持つことも出来ないのですかっ!!」

 

覚悟はしていたがあまりにもハード過ぎる…と宗秀は内心呟いた。戦国で生き残る為にどれほど厳しい鍛練でも死に物狂いで耐えてやるという気持ちだったのだが、なんと言っても過酷の言葉に過ぎる。鹿之助の言葉通り彼女の鍛練は厳しく、そして容赦が無かった。槍の持ち方と構え方を教えてもらってからいったい何度こうして突き飛ばされたことか。

 

「…ぜえ…!ぜえ…!」

 

「さあ、立ってください!宗秀殿!」

 

「し、鹿之助!もう今日は止めましょう!宗秀も限界です!」

 

二人の訓練を見ていた勝久が慌てて止めに入った。彼女が思わず静止させようとするほど鹿之助の訓練は厳しいのだ。勝久に言われると鹿之助は構えを解いた。傷だらけになった宗秀に勝久が濡れた手拭いを持って駆け寄った。

 

「そうですね、今日はここまでにしましょう」

 

「む、宗秀…大丈夫ですか?」

 

「…ぜえ…ぜえ…あ、ああ…すまない…」

 

完全に疲労困憊し険しい表情で倒れている宗秀に鹿之助が歩み寄り、笑顔で手を差し出す。先ほどまでの激しい一面は消え去り、いつもの真面目で明るい彼女に戻っていた。

 

「宗秀殿、すみません。お怪我はありませんか?」

 

「…ああ…今日も惨敗だ…俺もまだまだだな…」

 

「そんなことはありませんよ、この短期間でよくここまで成長しましたね。正直、驚いてます」

 

「そうか?お前にそう言ってもらえるなら自信がつくよ」

 

呼吸が整った宗秀は差し出された鹿之助の手を掴み、起き上がった。鹿之助の言うとおり宗秀は筋がいいのか、当初はまったく武芸の心得が無かった彼が僅か短期間で鹿之助が驚くほどの成長ぶりを見せたのだ。

もちろんここまで成長できたのは資質だけではなく、すぐにでも強くなりたいという彼の強い覚悟と努力あってこそだ。

 

「あの…宗秀殿、非常に言いにくいのですが…」

 

「ん?どうした?ひょっとして悪い所があったのか?」

 

「いえ、そうではありません。その…」

 

何か伝えたそうにしている鹿之助だがよほど言いにくいことなのか口をつぐむ。そんな鹿之助に対して宗秀は遠慮しなくてはっきり言ってくれ、と笑顔で答えると鹿之助は申し訳なさそうに話し始めた

 

「宗秀殿は武術の才があります、この僅かな時間でここまで強くなれたのは私も感嘆しました。ですが…」

 

「ですが?」

 

「…はっきり言って宗秀殿は武術には向いていません。…貴方は優しすぎるのです。先ほどの訓練でも刃に迷いがありました」

 

「…そうか。やっぱり分かるんだな」

 

鹿之助いわく、すでに宗秀は足軽程度の相手であれば対等以上に渡り合える実力を持っているのだが、彼の戦い方はどこか迷いを抱えているように感じるらしいのだ。宗秀の心にある"誰かを傷つけたくない"という気持ちが枷となって全力を出せないでいるのだった。

 

「…すまない、覚悟したはずなのにな」

 

「もっと早く言うべきでした。ですが、必死に訓練に励む宗秀殿のお気持ちを無下にできなかったのです」

 

宗秀は今でも悔やんでいた。あの時、初めて人を自分の手で殺めてしまったあの時のことを。この弱肉強食の戦国の時代ではやむ得ないと無理矢理自身に言い聞かせていたが、どうしても心のどこかで"これ以上誰かを殺したくない"と思う自分がいるのだ。

 

「宗秀殿、これ以上はやはり…」

 

「…いや、続けさせくれ」

 

「ですが…」

 

「…頼む!俺は強くなりたい…!宇山さんと約束したんだ、みんなを守れるような強い武士になるってな」

 

確かにまた誰かを殺すのは震えるほど恐ろしい、だがもうあんな思いはしたくなかった。誰も守れずただ怯えて逃げることしかできなかったあの初陣の時のように。あの時ほど自分の無力さを嘆いたことはない、今度こそ自分が大切な人を守れる存在になりたい…その思いに偽りはないのだ。

 

「わかりました。そこまで言われるのであれば私も止めません。ですが肝に命じておいてください。その情けはいつか貴方の命を奪います」

 

「ああ、覚えておくよ」

 

「…では、宗秀殿!明日もびしばし鍛えますから覚悟しておいてくださいね」

 

「ああ!…ところで鹿之助」

 

「はい?なんでしょうか」

 

「そろそろ俺に対して敬語で話さなくてもいいんじゃないか?」

 

「…えっ!?で、ですが…宗秀殿は未来人ですし私ごとき田舎者が気安く接するなど…」

 

「そんなこと気にしなくていい、前から言おうと思ってたんだが敬語で話されるとなんか調子が狂う。十勇士の奴らと話してる時みたいに接してくれ」

 

「………」

 

鹿之助は一瞬悩んだが決心がついたのか普段は誰に対しても礼儀正しく部下以外には敬語で話す彼女が対等な口調で言葉を発した。

 

「うむ!お前がそう言うのならば遠慮はいらんな。これからよろしく頼むぞ、宗秀!」

 

「ああ、それでいいぜ。よろしくな鹿之助」

 

この鹿之助が敬語で話さない相手…つまり彼女か宗秀を友と認めた証拠だった。これほどの猛将に友と認めてもらったことに宗秀は誇らしく感じる。

 

「お前ならすぐに私に追いつけるはずだ、私も共に鍛練に励むぞ」

 

「ああ、根を上げないように頑張るさ」

 

「うむ!早く強くなるのだぞ、私をボコボコにできるぐらいにな」

 

「…いや、それはいくらなんでも無理があるぞ」

 

「何を言うのだ!そうなって貰わねば困る!宗秀にボコボコにしてもらえる…ああ…気持ちよさそうだな…はあ、はあ…七難八苦だ!」

 

「………」

 

「あはは…」

 

口調は変わっても性格は変わらない、鹿之助はいつものように一人で勝手に興奮していた。

やっぱりこの変態と友達になるのはやめようか…と内心呆れる宗秀だが、多分それを言ったら余計に喜ばすだけになりそうなので言わなかった。それ以来、宗秀は時間があれば鹿之助に武芸の鍛練を頼み、徐々にその腕前を上げていったのだ。

 

 

◯おまけ

 

・堺 本阿弥光悦の屋敷

 

 

「師匠~!もっと"いらすと"について教えてや!」

 

「先生!私にも"いらすと"の極意を伝授してくれ!」

 

「師、今日もよろしくお願いいたします」

 

「あ、ああ」

 

光悦の屋敷にある一室で今日も二次元イラストの講習を行っている宗秀の姿があった。この三人が(無理矢理)弟子になってからというもの絵の描き方を教えて欲しいと強くせがまれる毎日を送っている。一室に集まるのは天下を代表する芸術家、本阿弥光悦、狩野永徳、長谷川等伯…普通に考えればあり得ない光景だ。

 

「先生からご教授される度に目から鱗が落ちる気分だ…先生こそ!天下一の芸術家だ!」

 

「おいおい、いくらなんでも天下一は言い過ぎだ。こんな落描きで天下一が名乗れるほど世の中あまくないぞ」

 

「ご謙遜を…これほど美しく心ときめく絵を描けるのは師しかおられません。貴方様こそ天下一です」

 

「はあ〜…頼むからやめてくれないか」

 

三人が弟子になってからというもの、毎日がこんな調子であり宗秀本人も戸惑い隠せなかった。勢いで弟子になることを承諾してしまったが、やはりあの時の判断は大きな間違いだったと後悔していた。天下の三大芸術家が光悦の屋敷に入り浸っている噂は瞬く間に堺中に広がり、知らない内に宗秀はちょっとした有名人になっていたのだ。

 

「今、堺で師匠の名前は噂になってんで、素晴らしい絵ぇ描く天才芸術家として!」

 

「お前のせいだろ、清河宗秀の一番弟子です!っていろんな奴に言ってればそりゃあ…」

 

「だってほんまのことやん?師匠がすごい芸術家なのは疑いようのあらへん事実なんやさかい」

 

これ以上話をややこしくしないでくれ…とため息をつきながら宗秀は呟いた。あくまで自分たちは挙兵の為に軍備を整えている最中であり、必要以上に目立つわけにはいかなのだ。

 

「まあまあ、少しぐらいならよろしおすやろ?師匠ほどの人を野に埋もれさせるのんはもったあらへんわ!」

 

「どこが少しだよ…お前、つい最近俺が描いたイラストを町で見せびらかして回ってたただろ」

 

「だって、師匠のすごさをみんなに伝えたいんやさかい!」

 

(まいったな…戦国時代に二次元イラストなんか流行させたらマズいよな…)

 

当たり前だが、戦国時代に二次元イラストなどの文化は存在しない。この時代でイラストを描けるのは事実上、宗秀ただ一人と言ってもいいだろう。下手に未来の文化などを流行させてしまっては歴史に悪影響が起こるのではないかと危惧していたのだが、その予感は半ば的中することになる。

 

それから数日後、光悦が見せびらかした宗秀の絵が堺中で話題になり、宗秀は天下の三大芸術家を越える天才芸術家として噂されるようになったのだ。それ以来、イラストを真似して描く者が続出しイラストは瞬く間に大流行し堺に新たな文化が広まることになった。

いわゆる、"戦国二次元文化時代"の到来であった。

 

「…どうするんだよ、もう収拾がつかないぞ」

 

「……殿が描いた絵が大人気……すごい…」

 

「はぁ〜…なんでこんなことに」

 

「…殿はすごい人…尊敬する…」

 

目を輝かせて喜ぶ蛍に対して、宗秀は青ざめた表情で頭を抱えている。連日、屋敷の前には宗秀の噂を聞いて一目会おうとやって来る人々が増えてきたのだ。

今や堺で有名人になった宗秀の前に勝久と鹿之助がやって来た。

 

「あはは…え、えっと…今、堺は宗秀の噂で持ちきりになってますね」

 

「おい、宗秀…お前の絵が素晴らしいのは認めるが我らの目的はあくまで尼子家の再興だ、それを忘れてはならんぞ」

 

「分かっているよ、まさか二次イラストがここまで受けるなんて予想外だったからな」

 

「ま、まさか…!尼子家再興の夢を諦めて芸術家になるつもりなのかっ!?そ、それは許さんぞ!」

 

「…うるさい…猪女は口を出さないで…殿がどうしようと勝手でしょ…」

 

「なんだと…?貴様、懲りずに減らず口を…斬られたいのか?」

 

「…あなたみたいな猪女、相手にならない…黙って…」

 

「…ほう?言ったな!面白い、忍びごときがこの鹿之助を倒せるか!!」

 

すると鹿之助が腰の脇差を抜こうとして構える。最初に出会った時からそうだったが、この二人の相性は最悪で顔を合わせては喧嘩ばかりしている。今日はついに鹿之助の堪忍袋の尾が切れたのか、本気で蛍を斬ろうとしている。凄まじい殺気に宗秀と勝久は慌てて止めようとするが…

 

「…ふ~ん…あたしとやる気なの…?じゃあ遠慮はいらないね…」

「さっさと構えろ。今日ばかりは我慢ならん!叩き斬ってくれる!」

 

「…あなたの秘密…ばらしちゃうよ…?」

 

「な、何?」

 

すると蛍はニヤリと笑みを浮かべた後、ジト目で鹿之助を見ながら言った。

 

「…あなた…この間…光悦の茶器を割って壊したでしょ…」

 

「なっ!?なぜその事を…!!?」

 

「…その後、慌てて証拠を隠滅しようとして必死に残骸を土に埋めるあなたの姿は滑稽だった…」

 

「な、な、な…!!?」

 

あれはお前の仕業だったのか…と宗秀は冷ややかな視線で鹿之助を見つめる。実は以前に光悦が大切にしていた茶器が急に紛失するというちょっとした騒動が起こったのだ。しかし、結局見つからず何者に盗まれたということで事は収まったのだが、茶器は盗まれたのではなくうっかりして割ってしまった鹿之助に隠されていたという真実が発覚したのだ。

その一部始終を蛍は目撃していたというわけだ。

 

「…あの茶器…いくらするか知ってる…?およそ二万貫だよ…」

 

「に、二万貫ッ!!?」

 

「ああ、たしか光悦がそう言ってたな。前に売った"不二山"の次にお気に入りの茶器だったらしいぞ」

 

「…あ~あ…ばれたら大変だね…あなたに弁償できるのかな…?」

 

蛍はクスクス笑いながら次々と鹿之助に正論を飛ばす。一方の鹿之助は先ほど殺気は完全に消え去り、ぐうの音も出ずに黙り込んだままだ。しかし誠実な鹿之助がこのような真似をしたのには理由があった。

 

「うう…す、すみません!姫様ぁ…私のせいでせっかく手に入った軍資金を無駄にするわけにはいきません!!こ、こうなった以上、この命をもって償うしかぁ…!」

 

鹿之助は涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら脇差を自身の腹に突き立てようとする。そんな鹿之助を勝久と宗秀が慌てて取り押さえた。

 

「し、鹿之助!駄目です!お金ならまた稼げますから!早まらないでください!」

 

「そうだぞ、こんな事で死のうとするな」

 

「う、うう…ひ、姫様ぁ…宗秀ぇ…」

 

「ちゃんと謝って弁償すれば許してくれるさ。ほら、元気を出せ」

 

すると鹿之助に対して高圧的だった蛍が急に問いただすのをやめた。蛍からすれば鹿之助がどうなろうと構わないが、そのせいで主君の宗秀に苦労をかけさせるわけにはいかない。蛍はため息をつきながら呟いた。

 

「…光悦は茶器を本気で盗まれたと思ってる…黙ってれば問題ないよ…」

 

「ほ、蛍…!」

 

「…そのかわり…あたしに謝るなら許してあげてもいい」

 

「ぐ、ぐぐ…き、貴様という奴はぁ…!!」

 

「…さあ…どうするの…?」

 

蛍は再びクスクスと笑いながら鹿之助を見下すような目で見る。しかし、今回ばかりは勝久と宗秀も鹿之助を擁護することはできない。元を辿れば鹿之助が茶器を割ってしまったことが原因なのだから

 

「ぐぐ…す、すまない…わ、私が…悪かった…」

 

「…ふふ…あたしの勝ち…」

 

「…く、屈辱だっ!!このような醜態を晒すとは…!そうか…!これは試練なのだな!この苦難を乗り越えて私は強くなるのだ!…はあ、はあ…どのような苦難にも耐えて見せるぞ!七難八苦万歳~!!」

 

「…この変態…気持ち悪い…」

 

「あ、あはは…」

 

この事件の真相は宗秀たちのみが知る事となり、事態は終息した。

 

 

 




次は久しぶりに番外編を進めてみましょうか?
そろそろ毛利陣営について触れるのもいいかもしれません。


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番外編 弍 崩れゆく毛利家

久しぶりに新作書けました!
今回は毛利編です!隆元が死んだ後、毛利家に実際何が起こったのか…
気合い入れて書いたので是非、読んで見てください!


突如として毛利家に起こった悲劇…

元就の嫡男、隆元の死は家中に衝撃を与えていた。この悲報に尼子家征伐のために出雲の国境に布陣していた毛利軍は直ちに陣をたたみ本拠地である吉田郡山城に撤退することになった。

元就を初めとした臣下たちも動揺し兵たちの士気も大幅に低下していた。こうなってしまっては戦どころではなく、元就は家中の混乱を収集しようと必死になっていた。

 

特に重体だったのは三女の隆景で兄の死を聞いた彼女の精神的衝撃は大きく、その日から起き上がることも出来なくなり自身の城である三原城の寝室で寝たきりの状態が続いていた。

 

しかし毛利家の悲劇はこれだけでは終わらなかった。

毛利隆元という男が毛利家にとってどれほど大切な存在だったのか、彼の死がどれほど大きなものだったのかを彼らは思い知ることになる。

 

 

・安芸 吉田郡山城内

 

 

「…皆、集まったな」

 

数日後、元就によって重臣たちが吉田郡山城に召集され評定が開かれていた。その中には吉川元春や穂井田元清、そして元就の娘婿である宍戸隆家と言った毛利家の将たちの姿があった。

だが評定の席には空席が二つあり、一つは毛利隆元の席、もう一つは小早川隆景の席だった。

 

「元春どの…隆景どのの具合はどうなっておる?」

 

「…あれから寝たきりじゃ、何も話さんし飯も食わん」

 

「あれほど取り乱された景さまを見たのは初めてです…無理もありませんね、だって兄上さまが亡くなられたのですから…」

 

「……そうか」

 

評定の場が沈黙の空気で満たされる。

元春や元清だけでなく家臣たちも浮かない表情で黙り込んでいた。なんとか家中の混乱は治めることができたが未だに動揺が続いていた。

それほどまでに隆元の死は毛利家に衝撃を与えたのだ。

 

「…おやっさん!仇討ちじゃあ!兄者を殺した和智誠春は断じて許さん!必ず自分が叩き斬る!」

 

「大殿、先陣はこの隆家にお任せを!必ずや義兄上の無念を晴らし、尼子家を討ち滅ぼすのです」

 

「…いえ父上さま!僕に先陣をお命じください!!卑劣な手段で兄上さまを殺した和智を許せません!」

 

「……」

 

彼らの言葉をきっかけに重臣たちも負けじと声をあげる。この場にいる全員が同じ気持ちであり、大切な存在である二代目当主を殺されて黙っている訳にはいかない。必ず隆元の無念を晴らさんと復讐に燃える毛利家だったが当の元就はじっと黙り込んだままだった。

 

「おやっさん!!どうして黙ったままなんじゃ!おやっさんは兄者を殺されて悔しくないんか!」

 

「そうです!義父上!ご命令を」

 

「…皆の気持ちはよく分かる。わしとて同じ気持ちじゃ。しかし…今の毛利家は戦どころではないのじゃ」

 

「父上さま…?それはどういうことですか?」

 

後日、その言葉の理由を毛利家の全員が知ることになる。その後隆元の仇討ちの為に毛利家臣たちは再び尼子征伐に向けて軍備の増強と徴兵を行っていたのだが準備は遅々として進まなかった。

 

 

・数日後

 

 

「な、なんじゃと!?それはどういうことじゃ!」

 

思わず声をあげて驚愕していたのは元春だった。

元清や隆家から聞かされた耳を疑う出来事に元春だけでなく元就や臣下たちも驚きを隠せなかった。

尼子征伐の為に軍備を増強するべく行動していたのだが突如、これまで毛利家と交渉していた商人からの軍資金の投資が止まってしまったのだ。

 

軍資金がなければ軍備の調達はおろか元就の得意とする調略だけでなく徴兵もできない上に国内の内政にも多大な影響を及ぼすことになる一大事だ。

 

「元清!いったいどういうことじゃ!何故、急に商人からの投資が止まったんじゃ!」

 

「…申し訳ありません。じ、実は…」

 

「なんじゃ!はっきり言わんか!」

 

「その…父上さまには銭は貸せないと、きっぱり断わられて…」

 

「……」

 

元清のその一言に元就と元春は思わず口をつぐんだ。この時、二人はあることを思い出していた。それは数年前に起こった毛利家の命運をかけた一大決戦である"厳島の戦い"が起こる直前のことだ。

 

あの決戦に勝利するために毛利家は瀬戸内海の水軍、村上水軍を味方に引き入れる為に奔走していたのだが、利によって動く彼ら水軍を動かすためには多額の金銭が必要だったのだ。しかし元就の権謀術数の数々によって毛利家は周辺の国人衆や商人たちからの信用はほとんど無く、どれほど頭を下げて頼んでも一銭すら貸してもらえなかったのだ。

そこでやむ無く隆景が村上水軍の説得に向かったのだが、銭が無い以上いくら弁舌と知謀に優れた隆景でも村上水軍を説得することはできず、そればかりか一歩間違えれば命を落としかねない危機に陥ってしまった。

 

そんな毛利家の危機を救ったのが当時は無能や穀潰しと批判されていた隆元だった。なんと隆元は父や他の者ですら借りられなかった金銭を見事に借り受けただけでなく銭も使わずに村上水軍を説得し、毛利家の勝利に大きく貢献したのだ。

 

それから以後、毛利家が金銭で頭を悩ますことは無くなったが、思えばそれは隆元が商人と交渉するようになってからのことだった。あの一件以来、商人との交渉はすべて隆元の名義で行っていたのだが彼が死んだ今、商人に信用してもらえるような人材が毛利家には存在しなかったのだ。

 

「じ、じゃが…!あの商家は少し前まで何も言わずに毛利家に投資してくれたじゃろう!」

 

「…それが、商人の皆さんが口を揃えて言うのです」

 

 

"隆元様がご存命なら何とかするのに…"と

 

 

「……」

 

「恐れながら、兵の募集も思うように進みません…これまで徴兵は義兄上が担当されていましたが、私が引き継いだ結果、この始末…申し訳ありませぬ」

 

「…兵だけではありません。援軍要請を依頼していた周辺の国人衆からも出兵の出し惜しみが発生しております。さらに各国の国人衆に不穏な動きが見られます」

 

口を出したのは毛利の宿老で古くから元就に仕える老臣の口羽道良だった。内政手腕に優れ、後年に"名家老"と謳われるほど人物だ。彼の口からさらに耳を疑う出来事が皆に伝えられた。

聞けば隆元の治めていた領内である長門の国で小規模な暴動が起こっているそうで、理由は言うまでもなく隆元が死んだことが原因だ。何とかこれらの鎮圧には成功したが多くの民が税や年貢を納めるのを拒み、さらに毛利家の各国でも収入が減少しているという事実だった。

 

「…特に金銭収入が著しく低下しております。このままでは備蓄している金銭を用いたとしても長くもっても半年ほど。大殿、ご決断を…」

 

「……」

 

「な、何故…兄上さまが亡くなられた途端にこんな…」

 

「兄者…」

 

その場にいた全員が言葉を失っていた。

隆元が死んだ途端に毛利家に数々の異変が起こり始めていた。

そして皆が思っていた。毛利隆元が見えない陰で父や妹たち、そして毛利家をどれだけ支えていたのかを…

 

…そう元就の言っていたのはこの事だったのだ。

 

この後、毛利家は減少した財政や各国内の治安維持の為に奔走することになり、とても尼子征伐を再開する余裕は無くなっていたのだ。毛利家の財政が回復するのは、数ヶ月後に再び行われる尼子征伐によって出雲の"石見銀山"を手に入れるまで続くことになる。

 

 

・安芸 三原城内 寝室

 

三原城は小早川隆景によって築かれた城で、瀬戸内の因島や大三島といった数々の島を治める村上水軍や小早川水軍を統括するために築かれたのがこの三原城だ。

 

十代で小早川氏を受け継いだ小早川隆景の見事な善政によって国が治められて平和が保たれていた。しかしそんな彼女の心は今、絶望の底で兄である隆元の死を聞いてから失神した後ずっと居城である三原城の寝室で寝たきりになっていた。

 

そんな隆景を心配して、大急ぎで三原城にやって来たのが村上水軍頭領・村上武吉だった。かつてはお互いに対立していた間柄だが現在では隆景のことを"小早川のお嬢"と呼んで信頼しており、傘下の海賊たちも皆彼女に心服していのだ。さらに城下の民たちも隆景を心配して連日、城門に数多の民たちが押し寄せる事態になっていた。

 

「…お嬢。入るぜ」

 

「……」

 

音を立てないようにそっと襖を開け、武吉は寝間着で寝ている隆景の側に腰を下ろす。しかし隆景は何も答えず横になったままだ。

 

「……」

 

「隆元のこと…聞いたぜ」

 

「……」

 

「…すまねぇ、お嬢。俺がいながら何もできなかった…!すまねぇ…!!」

 

武吉にとっても隆元の死は衝撃だった。

今でも彼の脳裏には隆元のあの姿が焼き付いて離れなかった。自分の命を省みず、妹たちや毛利家を守るために見せた死を恐れぬ勇姿と強き魂を…

 

自身が"天下人の器"と認めた男の後ろ姿を…

 

「……」

 

一方、武吉の言葉に隆景は反応を示さず、虚ろな瞳で今にも死んでしまいそうな表情でじっと動かない。今の彼女にはどんな言葉も届かない、まるでその姿は壊れてしまった人形そのものだ。

 

「…畜生ッ!隆元ッ!何故死んだ!早すぎるぞ!!お嬢を…妹を遺して死ぬなど許されると思うのか…!!」

 

武吉の悔しさと怒りを込めたその叫びが隆元に聞こえることは無かった。その後、武吉は毎日三原城に訪れ隆景を言葉をかけ、何とか立ち直らせようとした。

 

 

 




史実でも地味ですが、隆元は縁の下の力持ちとして毛利家を陰で大いに助けていたんです!
そんな隆元が格好よくて私の憧れです!

この後の物語は壊れてしまった隆景がどうやって立ち直ったのかを描いていこうと思っています!


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第十一話 八咫烏と中二病の伊達娘

新作、書けました!
今回は原作キャラが登場です!



 

宗秀たち再興軍が堺を拠点に行動し始めて約四ヶ月、潤沢な軍資金と尼子家の遺児の挙兵という大義名分の効果もあり、一文無しの裸一貫だった再興軍の戦力は大幅に増強されていた。

その中には牛尾兵庫介や赤穴五郎左衛門といった滅ぼされたはずの新宮党の生き残りや同じく尼子家の再興を志す者たちも勝久率いる再興軍に加わったのだ。

そんなある日のこと、勝久は宗秀や鹿之助たちを屋敷の一室に集め会合を行っていた。

 

 

・堺 本阿弥光悦の屋敷 屋敷の一室

 

 

「姫様!それは誠ですかっ!?」

 

「はい!久綱、皆に解説をお願いします」

 

「ははっ、牛尾殿や赤穴殿率いる元新宮党の戦力に加え、姫様の挙兵を聞き駆けつけてくれた同志たちと鹿之助の集めた手練れの傭兵や浪人たち…これらをすべて合わせると現在の我々の兵力はおよそ三千だ」

 

「三千か…よく数ヶ月でここまで集まったな」

 

勝久の号令があればいつでもその旗本に馳せ参じる手筈になっていた。しかもその三千の兵の大半は素人ではなく戦闘経験のある者や戦い慣れている歴戦の兵士が多かったのだ。

 

「武具、兵糧に関しても問題無い。宗秀が手に入れた軍資金もあって三千人分の武具を調達することができたぞ。兵糧についても約半年分の量を宗久殿が用意してくださった。後、二月ほどで準備が整う予定になっている」

 

「それに久綱に話によれば、まだ軍資金には余裕があるのです」

 

「ええっ!?あれだけ武具と兵糧を買ってもまだ軍資金が余っているのですか!」

 

もちろん三千人分の武具と半年分の兵糧を揃えるために支払った金額は軍資金をほとんど使いきってしまうほどの値段だったのだが、宗久が特別に割引をしてくれたそうで予定よりも少し安く、軍備を手に入れることができたのだ。

久綱の話によれば六万貫あった再興軍の軍資金の残金は残り一万五貫だそうだ。

 

「あれだけ使ってもまだ一万五千貫もあるのか」

 

「うむ、これもすべてお主の手柄だ。お主のおかげで軍備を整え、兵も集めることができたのだ。感謝するぞ」

 

「宗秀、私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございます!」

 

「私にも言わせてくれ。ありがとう!やはりお前はすごいな!さすがは未来から来た男だ!」

 

勝久や鹿之助とその場にいた再興軍の者たち全員が宗秀に感謝の言葉を伝える。それを聞いた当の宗秀は照れくさいのか苦笑いをしながら頭を掻いていた。再興軍がこれほど早く軍備を揃えることができたのは宗秀が手に入れた軍資金あったからだ。

 

「気にしないでくれ、それより、残った軍資金はどうする?」

 

「本題はここからだ。実はこの残りの軍資金をどう用いるか

皆で話し合いたい。意見があれば遠慮なく言ってくれ」

 

一万五千貫という大金があれば様々な使い道があるのだが、この余剰金をどう使うのか、再興軍全員で考えることになった。

 

意見は様々であり勝久の"もしもの時に備えて備蓄するべき"という意見や、鹿之助の"軍馬を揃え強力な騎馬隊を編成するべきだ!"という意見もあった。他の者からも様々な意見が出るのだがそんな中、宗秀は一つ疑問に思っていた。

それは誰かがきっと言うだろうと考えていたのだが誰もそれを口に出さないので思わず宗秀は口を開いた。

 

「…なあ、"鉄砲"を揃えるのはどうだ?」

 

そう、何故"鉄砲"が話題に出ないのか?宗秀は疑問に思えてならなかったのだ。現代人である宗秀は戦国時代と聞いて何を最初にイメージするのか、彼が脳裏に浮かぶのは"織田信長"や"南蛮貿易"…そして鉄砲なのだ。

鉄砲と言えば日本の戦国時代の戦争に革命をもたらす重要な物であることは現代人なら誰でも知っている。しかし宗秀のその一言に一同はなんとも言えないような難しい表情をしている。

 

「…あんな物が役に立つのか?」

 

「う~ん…鉄砲ですか…」

 

「宗秀、言いにくいのだが鉄砲など使い物にならないぞ?」

 

「おいおい、何でみんなそんな嫌そうな顔するんだ?」

 

鉄砲に対していまいちな反応する勝久たちに宗秀の疑問に思ったが宗秀以外の者が微妙な反応をするのにはちゃんとした理由があった。鉄砲の威力と重要性は理解しているが実は戦国時代の鉄砲には戦国時代の歴史に疎い彼では分らなかった致命的な欠点があったのだ。

 

その欠点はというと…

 

「えっと…鉄砲ってすごく高いですよ?」

 

「まあ、鉄砲だし仕方ないよな。いくらなんだ?」

 

「一丁、四千貫だぞ?」

 

「………は?」

 

鉄砲はまだ日本に伝わって年月が浅く国内での生産もまったく追い付いていない状況だったのだ。つまり鉄砲は非常に高価で入手しづらい貴重な物なのだ。

 

「そ、そんなに高いのか…」

 

「それに使用するには弾薬に加えて"硝石"という火薬が必要になりますし、これもすごく貴重でなかなか手に入らないのです。全部集めようと思ったらとんでもない金額になってしまいます…」

 

「…すまん、俺が考えが甘かった」

 

「確かに威力は大したものだが戦でまともに使えるとは思えん」

 

勝久たちの意見が当時の一般的な鉄砲に対する評価なのだ。これにはさすがに宗秀も諦めて引き下がることしかできなかった。しかし鉄砲の強さはこの中で一番よく知っている、いつになるか分からないが必ず鉄砲を用いて自分たちの戦をより有利にしたいと宗秀は内心思っていた。

 

そして話し合いの結果、勝久の提案した意見で方針が決まり、万が一に備えて残りの軍資金はひとまず屋敷の倉に備蓄することになったのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

・数週間後

 

その後、軍備を整えた再興軍は好機の到来をじっと待っていた。数ヶ月で三千の戦力を集めることに成功したが、だからと言ってすぐに挙兵できる状況ではない。

蛍が手に入れた中国地方の情報によれば現在、毛利家によって中国地方は完全に掌握されており、尼子家に味方していた豪族や国人衆の大半は鎮圧され毛利家による支配体制が少しずつ整えられているそうだ。さすがは謀神と畏怖される毛利元就だけあって行動が恐ろしく素早い。

 

しかし、中には良い情報もあった。

それはあの毛利元就の病が悪化しそれから危篤状態に陥っていることと、九州の博多を巡って大友家と毛利家の外交関係が不穏な空気になっていることだ。

もちろん再興軍にとってこれほどの好機はない、このまま元就が死に毛利と大友が戦を始めてくれれば挙兵する絶好の機会だ。こうした情勢もあり再興軍は、はやる気持ちを抑えてしばらく戦機をじっと待っていた。

 

それから数週間経ったある日のこと、光悦の提案で宗秀が二次イラストを描いてる瞬間をファンに見せてあげたいということで屋敷の大広間を解放し宗秀の絵に興味があるファンや民衆たちを屋敷に招き入れた体験会を開催したのだ。

しかし、予想していた以上にファンの人数が多く光悦の屋敷の門前は瞬く間に人で埋め尽くされ、屋敷周辺はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 

 

・本阿弥光悦の屋敷 光悦の部屋

 

 

「ええわ!ええわ!これで師匠の人気は鰻登り間違いなしや!」

 

「…おいおい、ちょっとやりすぎじゃないか?」

 

「さあ!師匠!"いらすと"を天下に広めるまたとあらへん機会やで!うちと師匠の二人で日ノ本の芸術のてっぺんに立ちまひょ!」

 

「あのなぁ…」

 

光悦の宣伝の効果もあって宗秀は完全に天才芸術家の有名人として堺の人々に認知されるようになっていた。幸いなことにこれだけ人気になっても今のところ裏で尼子家再興を手伝う協力者だという秘密は未だにばれていない。

 

「さあ!いきまひょ師匠!ふぁんのみんながうち達を待っとるわ!師匠の神技をみんなに見せたって!」

 

(はぁ〜…こうなったら腹をくくるか)

 

予期せぬ事態だが自分が描いた絵を多くの人々に気にいってもらえるのは悪い気分ではない。ならば皆に満足してもらえるような楽しく有意義な時間にしようと宗秀は改めて意気込んでいた。

その後、光悦に引っ張られながら宗秀はファンの皆が待つ大広間へと向かう。そして大広間の前に来ると襖をそっと開けて二人は室内に足を踏み入れる。

 

「みんな~お待たせ!こちらがうちの師匠、清河宗秀はんよ!今日はこないに集まってくれて嬉しいわぁ!楽しい時間にしまひょ!」

 

二人が入室すると同時に大広間は大歓喜の嵐に包まれる。部屋の中央を開ける形でファンたちが座わっており年齢層は若い者が多かったが中には子供や中年の人なども居た。

二人はファンたちに通されながら部屋の中央へ移動し用意されていた座布団の上に腰を下ろした。

 

「みんな、忙しい中わざわざ集まってくれてありがとう。こんなに俺の絵に興味を持ってくれる人がいて嬉しい、今日は楽しく有意義な時間にしたい。しっかり楽しんでいってくれ」

 

「「「おおっ~!!」」」

 

早速、宗秀は用意されていた机の上に紙を設置しイラストを描く準備をする。今や天才芸術家と謳われる彼の業がどんな物なのか…ファンたちが固唾を呑んで見守っている。もちろんだがこんな大勢の人たちに見られながら張り詰めた空気で絵を描くのは容易ではない。空気をリラックスさせるために宗秀は笑顔でファンたちに声をかけた。

 

「…みんな、そんなに固くならなくていい、描いてる場面が見たかったらもっと近くで見てもいいぞ。質問があったら遠慮なく言ってくれ」

 

当初はファンの皆も戸惑っていたが堺の町で知り合った顔見知りの子供たちが遠慮なく宗秀の側に行ったことを皮切りに他の人達も近くに寄り始めた。

 

「清河のお兄ちゃん!今日は何描くの~?」

 

「う~ん…そうだな、描いて欲しい物はあるか?」

 

「あ!じゃあ可愛い女の子を描いてよ!」

 

「よし、分かった。ちょっと待ってろ」

 

子供の要望に答え、宗秀はすらすらと鉛筆を走らせてイラストを描く。絵を進める度に周りから驚きや感心の声が上がる。瞬く間にラフイラストを描き上げた宗秀は子供にその絵を見せる。ご要望通り和風な着物を着た可愛らしい少女のイラストだ。

 

「ほら、出来たぞ」

 

「すご~いっ!!可愛い!」

 

「よかったらお嬢ちゃんにやるよ」

 

「ほんとっ!?お兄ちゃん、ありがとう!」

 

子供は嬉しそうにイラストを受け取りそのイラストを眺めていた。すると今度は別のファンからの要望があり今度は"格好いい侍"を描いてほしいという声があった。宗秀は笑顔で引き受け、再び鉛筆を走らす。これを機に場の空気が一変し見学していたファンたちからリクエストや質問の嵐が巻き起こる。

その後、時間はあっという間に過ぎいつの間にか半日が終わっていた。

 

「清河先生!ここはどうやって描いているのです?」

 

「ああ、そこは複数の線を描いて表現しているんだ。こうすると後ろに影が付いてるように見えるだろ?」

 

「おお!本当だ…!」

 

室内の盛り上がりは最高潮に達しており誰もが笑顔で楽しんでいる。彼らの喜ぶ姿を見て宗秀と光悦はこの体験会を開いて本当によかったと思っていた。しかし、その体験会もそろそろ終わりの時を迎えようとしていた時だった。

 

「お、おい!我も描いて欲しい絵があるぞ!」

 

「…ん?君は」

 

「あら?珍しいお客はんやな」

 

宗秀の前に現れたのは金髪の少女で服装は南蛮渡来のフードの付いた黒と金を基準にした外套で身にまとっていた。特に特徴的だったのは彼女の左目に付いている独特な紋章の眼帯だ。

そんな珍妙な格好した少女が目を輝かせながら宗秀を見ていた。

 

「ククク、清河と言ったな。なかなか見事な絵を描くではないか、その腕を見込んで我が命ずる!これから我の言う物を描いて見せよ!」

 

「へぇ、金髪の女の子とは珍しいな。どこから来たんだ?よしよし」

 

「こ、こら!我の頭を撫でるな!無礼だぞ!」

 

「ははっ、元気のいい奴だな」

 

撫でられて少し照れながら怒る少女を宗秀は笑いながらからかう。すると少女は宗秀を指差しながらカン高い声リクエストを言い放った。

 

『ククク、この魔王が貴様に命ずる!魔界に生息する伝説の禍々しい魔龍を描くのだ!!』

 

少女は眼帯を抑えて格好をつけながらリクエストを伝える。しかし何を言っているのか理解できない光悦や周りのファンたちは黙り込んで首を傾げていた。場の空気が一瞬で冷め切り静粛で室内が包まれている。

だが、この少女の意味不明なリクエストを理解した者が一人いた。

 

「…要するにドラゴンを描いて欲しいのか?いいぜ」

 

「…え!?ほ、本当に描いてくれるのか!?」

 

「し、師匠っ!?今の説明で分かったん?」

 

「まあな、で?どんなドラゴンがお好みだ?魔龍って言ってたから黒龍とかがいいのか?」

 

「う、うむ!それでいい!描いてみせよ!」

 

宗秀は少女のリクエストに答えてすらすらと鉛筆を走らせて黒いドラゴンを描き上げていく。彼女の珍妙なリクエストを理解できたのはファンタジーや二次元などの発想に慣れ親しんだ現代人だったからこそだ。

鉛筆を走らせる度に少女が興奮し喜びの声をあげる。

 

「こんな感じか。後は周りに稲妻を描いて……ほら、出来上がりだ」

 

描き上げたのはリクエスト通り全身が黒く身体中に複雑な紋様が入った黒龍だ。禍々しさを再現するために龍の周りに稲妻を描いている。

完成の宣言と共に少女を始めとして周りのファンたちからも歓声の声が響き渡る。

 

「おおっ~!!か、かっこいいっ!!すごいにょだ!!」

 

「気にいったか?ほら、君にやるよ」

 

「も、貰ってもいいのか!?」

 

宗秀から絵を受け取った少女は絵を何度も見て嬉しそうにはしゃいでいた。ここまで喜んでもらえると描いたこちらも嬉しい気分になってくる。

 

「もっと描いてほしいにょだ!次は悪魔を頼む!」

 

「ははっ、そう急かすな」

 

目を輝かせながら少女はまじまじと宗秀が絵を描く姿を見ている。その後、少女のリクエストに答えて何度も絵を描いている内に残り時間はあっという間に過ぎ、いつしか体験会は終了しファンたちも満足して帰っていった。

 

「ふぅ〜…終わったか、さすがに疲れたな」

 

「師匠、お疲れやす!今日の体験会は大成功やね!」

 

「…まあ、皆が楽しんでくれたならいいか」

 

無事に体験会を終え、二人はホッと胸を撫で下ろす。しかしあの金髪の少女だけは帰らずに一人だけ残っていた。

 

「ククク、見事だ!貴様の絵、気に入ったぞ!その腕を認め貴様を我の配下にしてやるにょだ!喜べ!フハハハハ!」

 

「…お嬢ちゃんまだいたん?おとんとおかんに怒られても知らへんよ?早う帰ったらええよ?」

 

「悪いな、今日はもうお開きだ」

 

子供の冗談だと思った二人は笑いながら少女の言葉を聞き流していたが、一方の少女は意外にも真剣のようで宗秀の着物の袖を引っ張って駄々をこね始めた。

 

「イヤだ~!!我と共に奥州に来るのだ~!!」

 

「ん?奥州?じゃあ、お前は日本人なのか?」

 

「ククク、その通りだ!我こそは破壊の大魔王、"黙示録のびぃすと"梵天丸だ!」

 

「……何言うてるのかさっぱり分からへんわ。ほんまにけったいなお嬢ちゃんやな」

 

(あ~…これはいわゆる"中二病"か、というか戦国時代にも中二病患者がいたんだな)

 

中二病の少女、梵天丸は意地でも宗秀を連れて行きたいのか屋敷から帰ろうとしない。聞けば梵天丸は最近、堺に建てられた南蛮寺に居候しているそうで偶然にもその南蛮寺は光悦の屋敷のすぐ近くにあるそうだ。

しかし当の宗秀はどうにも府に落ちない点があった。

 

「そもそも何で俺を連れて行きたいんだ?そんなに絵が気に入ったのか?」

 

「…そうではない、清河は我の言葉を理解してくれたし我のことを魔物だと恐れぬ。それに発想も極めて豊かだ!我の知恵と貴様の発想があれば奥州を平定し天下を狙えると思ったのだ!」

 

(子供なのにそんな事まで考えているのか、ただの子供じゃなさそうだな)

 

見たところ勝久よりも幼い子供であるにも関わらず、そんな点に着目している時点でただ者ではない。この梵天丸という少女も別の意味で光悦と同じ天性の才を秘めているのだろう。

 

「もっと…もっと清河と話がしたい!!お願いだ…!」

 

恐らくこれが彼女の本音だろう。

この梵天丸という少女はこの珍しい外見とその性格が影響で心の許せる友人や自分の居場所が無かったのではないのだろうか?思えば宗秀の絵を見ている彼女の姿は楽しくてはしゃぐ子供そのものだった。きっと遊ぶことも許されず寂しい思いをしていたのではないかと宗秀は思っていた。

 

「悪いな、先約があるんだ。お前と一緒に奥州には行けない」

 

「そ、そんにゃあ!?」

 

「でも、話ならいくらでも付き合うぞ。いつでも屋敷に遊びに来るといい」

 

「ちょちょっ!?し、師匠っ~!?」

 

「ほ、本当かっ!?」

 

「ああ、待ってるぜ」

 

その後、納得した梵天丸は嬉しそうに帰っていった。その日から毎日のように梵天丸が屋敷に遊びに来るようになり、屋敷内は騒がしさと賑やかさでさらに溢れるようになった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

・数日後 宗秀の部屋

 

それから数日後のこと。

宗秀は貸してもらっている屋敷の自室で一人、物思いにふけっていた。腕を組み難しい表情で彼が何を悩んでいるのかというと…

 

(どうすれば鉄砲をうまく集められるか…)

 

そう、宗秀は戦で鉄砲を用いることをまだ諦めていなかったのだ。戦国時代の戦に革命をもたらしたこの武器を用いない手はないと宗秀は強く思っていた。あの戦国最強と謳われた武田騎馬軍団ですら鉄砲の前に成す術もなく破れ去ったほどだ。

 

(…駄目だな、どう考えても予算が足りない。それに手に入る数も程度が知れている)

 

例え鉄砲を入手できたとしても数十丁程度では久綱や鹿之助の言うとおり大した戦力にはならないだろう。さらに戦国時代の鉄砲の精度は恐ろしいほど低く、訓練しなければまともに扱うどころか発砲することも難しいのだ。

 

「…悔しいが今の俺たちではどうにもできないのか」

 

「清河!難しい顔して何を悩んでいるのだ?」

 

「ああ、ちょっと考え事をしていたんだ。気にしなくていい」

 

「にゃ?そうか。それよりも清河!今日も未来の世界の事を聞かせて欲しいにょだ!」

 

「ほいほい、それじゃ今日は何を話そうか」

 

梵天丸は宗秀が未来から来た人物だと言うことを既に知っており、それを信じていたのだ。ちなみに宗秀が自身で話したわけではなく、光悦が勝手に自慢話も含めて宗秀の情報を話してしまったのだ。

 

「そう言えば、お前は俺のことをあっさりと信じてくれたよな?理由を聞いてもいいか?」

 

「ククク、決まっている。貴様のあの生きているような素晴らしい絵はこの時代の人間が描ける物ではない。それに我の考えを理解できる…これが未来人でなくて何だと言うにょだ!」

 

「そ、そうか…ありがとよ」

 

(そうは言うが、俺もこいつの考えていることなんてほとんど分からないんだがな…)

 

いわゆる中二病患者である梵天丸は平時から意味不明な台詞を言い放つ癖があるのだ。特に"ヨハネの黙示録"にかなりハマっているようで、ちょくちょくそれに関連するキーワードを織り交ぜながら喋っていた。

だが、たまに梵天丸の言葉に合わせて宗秀も中二病ぽい言葉を返して遊んでやることもあり、その時はとても喜んでおおはしゃぎするのだ。

 

「ククク、未来にはカッコいい台詞がたくさんあるにょだな、もっと我に教えるのだ!覚えて小十郎や愛(めご)に自慢してくれようぞ!フハハハハ!」

 

「……」

 

そんな梵天丸を見ていた宗秀はふと思いついた。変人ではあるが彼女は時折、万人を唸らせるアイデアや発想を口にすることがあるのだ。何か良いヒントが得られるかもしれないと考えた宗秀は梵天丸に聞いてみる。

 

「なあ、梵天丸。少し聞いてもいいか?」

 

「にゃ?何だ清河、カッコいい決め台詞でも思いついたのか?」

 

「そうじゃない、例えばの話だが…鉄砲を大量に集めようと思ったらお前ならどうする?」

 

「鉄砲?」

 

「ああ、鉄砲がとんでもなく高いのは知ってるよな?だがどうしても数百丁ぐらい手に入れたい。そんな時、どうしたらいいと思う?」

 

「フハハハハ!答えは簡単だ!そんなの無理に決まっているではにゃいか!!…大量の銭があれば話は別だと思うが」

 

梵天丸でもそれ以外の考えは浮かばないようだ。やはり鉄砲は諦めるしかないと宗秀が決意を固めようとしていたその時、梵天丸があることを口にした。

 

「そうだ!買うのが駄目なら貸してもらえばいいにょだ!そうすれば安上がりだぞ!」

 

「おいおい、貸してもらうなんてできるわけ……いや、そうか!その手があったか!!」

 

万策尽きたと諦めていた宗秀の脳裏にある考えが浮かんだ。梵天丸の口にした"貸してもらう"がヒントとなり宗秀はある妙案を思いついていた。

思わず宗秀は梵天丸の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「梵天丸、さすがだな!お前なら本当に奥州の覇者になれるかもしれないぞ」

 

「へ?ええ?ふ、フハハハハ!当然だ、この大魔王にかかればこの程度の知恵など容易いにょだ!」

 

誉められて喜ぶ梵天丸をよそに宗秀は早速、くノ一の蛍の名前を呼びながら手で合図を送る。すると蛍は音もなく一瞬で宗秀の前に現れ、その場にひざまずく。

 

「…殿…お仕事?」

 

「ああ、蛍。ちょっと調べて欲しいことがある」

 

「…うん…何を調べればいいの?」

 

「畿内とその周辺諸国を調べて、鉄砲を用いる傭兵集団がいないか調査してくれないか?」

 

「…分かった…あたしに任せて」

 

すると蛍は再び音もなくその場から姿を消した。

梵天丸の言った"貸してもらう"というキーワードをヒントに宗秀が導き出した答えはこうだ。"鉄砲が買えないのなら、鉄砲を専門とする傭兵を雇えばいい"という結論にたどり着いたのだ。この方法なら一丁の鉄砲に大金を注ぎ込む必要がない上に鉄砲を専門としているのなら扱いにも長けているはずだ。

 

(…思いついたのはいいが、そう簡単に鉄砲専門の傭兵軍団なんているか?)

 

最初に聞いたとおり鉄砲は日本に伝来してまだ月日が浅く、生産性も戦への影響力も少ないこの時期にそんな都合のいい傭兵部隊が存在するのだろうか?と疑問に思っていた。

 

しかし、そんな宗秀の不安は四日後に打ち消されることになる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

・四日後 宗秀の部屋

 

 

「…殿…お待たせ…戻ったよ」

 

「お疲れさん、それでどうだ?何か分かったか?」

 

「…うん…いい情報が手に入った…」

 

あれから四日後、蛍の帰りを待っていた宗秀はさっそく彼女が持ち帰った情報を聞く。

 

「…調査してみたけど、どうやら紀伊国に"雑賀衆"って言う鉄砲を専門にした傭兵集団がいるみたい…」

 

「驚いたな…本当にいたのか」

 

「…紀州は鍛冶が盛んな土地、日本で鉄砲の生産が高い技術で大きく進んでる…それに海にも面しているから貿易による利益もあって硝石と火薬も多く手に入る…」

 

蛍が調査した情報によれば、雑賀衆は紀伊国北西部の地侍たちによって治められた五つの地域がそれぞれ同盟を結び、それら連合軍が雑賀衆と呼ばれているわけだ。鉄砲が日本に伝来すると雑賀衆はいち早く鉄砲に目をつけ、優秀な砲手を育成すると共に鉄砲を用いた戦術を考案する強力な傭兵集団になったのだ。

 

「…頭領の名は『雑賀孫一』…本名は鈴木重秀…豪放磊落で自由奔放な姫武将だけど鉄砲の達人でその腕前は神業とも言われてる…」

 

「雑賀孫一か…彼女の力を借りられば心強いな」

 

「…雑賀衆は傭兵集団…銭さえあれば雇うのは簡単…でも傭兵なんて信用できない…いざという時に役に立たないから」

 

蛍が危惧するのも当然のことだ。当たり前だが銭で雇う以上契約者に対する忠誠心は無いに等しく、状況によってあっさり逃亡したり敵に寝返ってしまう危険も考えられるのだ。

 

「…その孫一と話がしたい。蛍、続けて悪いがこの文を孫一に届けれるか?」

 

「…いいけど…会ってどうするの?」

 

「信用できる人物なのか確かめたい、頼めるか?」

 

「……殿がそう言うなら…でも注意してね…傭兵なんて簡単に信用しちゃ駄目だよ?」

 

蛍は宗秀からの手紙を懐にとんぼ返りで再び紀州へ向かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

・翌日 宗秀の部屋

 

 

「……殿、手紙…渡したよ」

 

「お、おう。ご苦労だったな」

 

「…変なのも一緒に付いて来たけど…」

 

「なんやなんや!うちに会いたいちゅうからわざわざ来たったのに」

 

なんと蛍と一緒にいたのは雑賀孫一こと鈴木重秀その人だった。手紙を受け取って内容を確認した孫一は二つ返事でそれを承諾し「ええよ!今すぐ会いに行ったるわ!」と蛍に無理矢理付いて来てたのだ。

 

そんな彼女の身なりはというと、黒髪の一本結びで鳥を型どった髪飾りで髪を留めている。妙に露出度の高い着物の上に軽装の鎧を身に付け首元には黒いマフラーが巻かれていた。そして片腕に担いでいるのは愛銃である大型の種子島銃「八咫烏」だ。

 

「蛍、ありがとな。ゆっくり休んでくれ」

 

「…うん…また任務があればいつでも言ってね」

 

 

そう言うと蛍はその場から姿を消した。

早速、本題に入ろうとするが一方の孫一は宗秀をまじまじと見つめていた。

 

「さて、早速本話に入るか。まずは自己紹介だ。俺は清河宗秀、君が雑賀孫一だな?」

 

「…ふ~ん」

 

「ん?何だ、俺の顔に何かついてるか?」

 

「へぇ…あんたが清河宗秀はんか、なかなかええ男やなぁ」

 

「俺のことを知ってるのか?」

 

「もちろんや!清河宗秀と言えば今、堺で有名な天才芸術家やろ?それに、男前って噂も聞いとったけど…噂以上やで」

 

宗秀に興味津々なのか孫一はまるで品定めでもするかのようにじっと観察し続ける。そんな彼女に戸惑いながらも宗秀は本題に入るために話題を切り出した。

 

「今日はわざわざ来てくれてありがとう。早速だが君に依頼したいことが…」

 

「ああ、話ならあんたの忍びから全部聞いとる。うちら雑賀衆を雇いたいって話やろ?」

 

「そうか、なら話は早いな。是非、君たち雑賀衆の力を借りたい、報酬は相応の額を支払う」

 

「…悪いけど、お断りや」

 

なんと孫一からの返答は拒否だった。

もちろん孫一がこの依頼を断るのはれっきとした理由があった。

 

「あんたら、数千の兵であの毛利家と一戦交えるつもりなんやろ?確かにうちらは銭さえ貰えればどんな戦場にも行ったるけど、勝ち目の無い戦に参加するほどうちは馬鹿やない」

 

「……」

 

「うちから見ても勝算なんて無いに等しいで、ほんまにやる気なんか?」

 

孫一は鉄砲の名手だけでなく戦術や指揮能力も優れている。その彼女がここまで言うのなら間違いないだろう。しかし勝算が極めて低いことなど最初から理解している。それでも宗秀はめげずに孫一に提案する。

 

「ああ、勝ち目が無いなんて百も承知だ。だが、やってみなきゃ分からないだろ?」

 

「大した根性やけど、あんたのそれは勇気じゃなくて無謀や。時には潔く諦めるのも大事やで?」

 

「可能性が零じゃないなら俺は最後まで諦めない、微かにでも勝算があるなら俺は戦う」

 

「…宗秀はん、あんたはなんでそこまでするん?主君の為?それとも忠義の為なん?」

 

「ただの恩返しさ、尼子家の皆が助けてくれなかったら俺は今頃どこかで野垂れ死んでいたはずだ。何よりほっとけなかったしな。俺は家臣じゃないが、少しでも皆の力になれればと思って一緒にいる」

 

「…はあぁ!?じゃあ、あんたは尼子家の家臣ちゃうの?」

 

「まあ、協力者みたいな感じだな。それに総大将の勝久はまだ幼い、誰かが側にいて支えてやらなきゃならない」

 

(たったそれだけの理由でここまでするんか!?この乱世にこんなお人好しがおったなんて…)

 

恩返しの為とは言え、自身の命を賭けてまでこんな無謀な戦に協力するなどお人好しを通り越してただの馬鹿だと孫一は思った。しかし、この宗秀という男は本気だ。彼の言うとおり僅かな勝算に賭けて尼子家を勝利に導こうとしている。

自身の損得を考えず、ただ恩を返す為にだけに戦う…この男の姿を愚かだと思う一方で勇ましいと孫一は感じていた。

 

「…頼む!君たちの力を貸してくれ!ならこうしないか?報酬はもちろん払う。でも、いざという時は自分たちの安全を第一に考えてくれ。不利になった時は俺たちのことは気にせずに全力で逃げてくれて構わない」

 

「…ふふ、あっはははは!!」

 

「な、何だ?何かおかしなことを言ったか?」

 

「宗秀はん、あんたは面白い御仁やな。気に入ったで!…最後にもう一つ聞かせてや、あんたはその生き方に悔いはあらへんの?」

 

「後悔なんて無いさ、俺は馬鹿だから生き方を変えるなんて器用なことは出来ないからな、たとえ戦場で死ぬことになっても悔いは無い」

 

恐らくこの男の信念は死ぬまで変わらない。彼の眼を見ればそれが偽りで無いことが分かる。そんな彼の覚悟を見せられた孫一もまた一つ決断した。

 

「よっしゃあ!!うちも決めたで!」

 

「うおっ!?な、何だよ」

 

「協力したるわ!!雑賀鉄砲軍団の力、あんたに貸したるで!!」

 

ドッキュウウン!!と孫一が天井に向けて急に愛銃の八咫烏を発砲する。いきなり発砲するなどさすがに宗秀も驚愕したが孫一が撃ったのは空砲だったようだ。特に二人の部屋の天井で待機していた蛍は驚きようは尋常ではなかった。

 

「ほ、本当か…!」

 

「おう!うちらが味方するんや!勝利は間違い無しやで!」

 

なんと孫一が依頼を承諾したのだ。

宗秀の強き信念と覚悟が彼女の心を動かしたのだ。ちなみに先ほどの会話で何が彼女を動かしたのか全く分からない宗秀はきょとんとしていた。しかし雑賀衆を雇うにあたって孫一から条件があった。

 

「…ただし!条件があるで!一つは報酬をきっちりうちらに払うこと、二つ目はうちら雑賀衆は尼子家じゃなくて宗秀はん…あんたに協力する!せやからあんたの命令しか聞かん!」

 

「あ、ありがとう!恩に着るぜ。でも、何で急に協力する気になったんだ?」

 

「決まってるやろ!うちはええ男の味方やで!」

 

「そ、そうか…」

 

(ふふ…!ついに…ついにええ男に巡り会えたで!必ずあんたの心を射抜いたる!)

 

若干、孫一の視線に恐怖を感じたが何はともあれ雑賀衆を雇うことに成功した宗秀は早速、報酬について話を進めた。孫一は当初、宗秀たちにろくな装備や軍資金がないと見ていたのか報酬金額は大盤振る舞いの千貫ほどにしようと考えていたのだが、宗秀の口から驚きの金額が飛び出した。

 

「よし、じゃあ報酬は五千貫ってところでどうだ?」

 

「ええで!特別に千貫でええ……って、はあぁぁ!?ご、五千貫っ!?」

 

「ん?不満か?参ったな、苦労して何とか久綱や鹿之助から許可をもらったんだが、五千貫じゃ厳しいか?」

 

もちろん勝久の許可もすでに得ており、五千貫までなら好きに使っても良いと伝えられていたのだ。久綱と鹿之助の説得には骨が折れたが、宗秀の熱心な説得によって「お前がそこまで言うのなら…」と特別に承諾されたのだ。

 

「ほ、ホンマに五千貫も出してもらってええの!?」

 

「もちろんだ君の鉄砲の腕前は神業だと聞いてる、その力を是非俺たち貸してくれないか?」

 

「か、神業やなんて褒めるんがお上手やなぁ宗秀はん♪ますます気に入ったで!特別や!報酬は三千貫でええよ!」

 

「そ、そうか…これからよろしくな孫一」

 

こうして雑賀孫一率いる二百の雑賀衆が一時的に再興軍と行動を共にすることになったのだった。

再興軍が挙兵の準備を進める中、中国地方では毛利家と九州の大友家の対立が悪化し、一触即発の極めて危険な状況になっていた。そして、ある出来事をきっかけに九州にて新たな戦の火蓋が切られようとしていた。

 

 

 

 




再興軍が挙兵するまでもう少しですね…
早く戦のシーンが書きたいです!!
頑張ってがんがん書いていきますよ!!


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