GOD EATER〜神喰いの冥灯龍転生〜【修正版】 (夜無鷹)
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原作前
第一話 冥灯龍誕生


戻ってまいりました。
旧版で頂いたご意見をもとに、覚えている限り修正と加筆をしましたが、私の知識不足でまた問題が出てくるかもしれません。
その際には、私にコソコソっとお教えくださいませ。

それでは改めて、よろしくお願いします。


【加筆修正:あり】



何の変哲も無いある日、俺は学校の帰りにふとこんな事を思ってしまった。

 

 

 

転生ってありえるのか、と。

 

 

 

実際あったらあったで夢があるし、一度と言わず体験できるなら体験してみたい。

 

ゲームの中にいるモンスターを間近で見てみたいとか、このキャラと実際に話をしてみたいとか………まあ、憧れなんてものがあったのかもしれない。興味本位だというのも認める。 

 

そして何より、自分が思い描いた妄想が現実になったなら、さぞ楽しい日々が送れること間違いなしなはずだ。

 

 

 

 

……そう思ってしまった自分を、釘バットかつフルスイングで頭部を吹き飛ばしてやりたい、心底。

 

 

さあ、前置きはこの辺にして今の状況を把握しよう。

 

俺は今、目を開けていながら視界がほぼ真っ暗である。かろうじて周囲が青白いなと感じるくらいで、ここが何処なのかさえ見当がつかない。

身体を丸めた状態で動くことが出来ず、言うなれば卵の中にいるような感覚。背中やら尾骶骨あたりやら人には無い違和感があり、これはおかしいと早々に人ではないと察する。

 

だが何となく、外に出なければという使命感めいたものが湧いてくる。雛鳥か、俺は。

丸まった身体を全体的に広げるように伸ばせば、俺を押し込めていた殻がピシッと音を立てヒビが入り始める。

 

よっしゃ、頑張れ俺!外界はすぐそこだ!

 

とほんの気分で(りき)んだ瞬間、俺自身も予想だにしなかった高エネルギーが放出され、殻の一部が瓦解した。

俺は重力に従い背中から落ちるように外へ出た。

 

な、なんじゃありゃアアアア!

 

地面にぐったりして胸中で驚きの声を上げていた。

第三者視点で見たら相当ヤバイ事になってたと思うんだが、やっぱこれ人の範疇に収まらないどころか生物なのかすら危ういんじゃねーの?

いや、れっきとした生物なんだろうけど、化け物と呼んだ方が相応しい生まれ方だよ。

 

と、ともかく、俺は気付けば人外転生を果たしたわけだ。夢は夢のままの方がいい時だってあるんだよ。ありがた迷惑だコンチクショー。

………はぁ、なってしまったものは仕方がない。とりあえず、何に転生したか自分を把握しよう。

 

起き上がって目についたのは、金属光沢にも似た輝きを放つ前脚。磨き上げた銀色のように見えるが、妙に輝かしい青白さもある。

長い首を動かし背中を見やれば、青白く炎のように揺らめく膜を有した巨翼。今のところ使う予定がないので折り畳むと、蒼炎の灯る黒い外套(マント)のように見える。

尻尾も似たような膜を揺らめかせ優雅にしなる。

しかし、これだけ輝いて見えるというのに後脚は真っ黒だった。

実際の体色は黒なのか?

 

んー……なーんか見た事あるなコレ……。

あ、モンハンのプレイ動画見て「かっけぇ」って思ったモンスターだ。

名前は確か………冥灯龍ゼノ・ジーヴァだったか。

こういうモンスターの骨格は、マガラ骨格って呼ばれてたな。翼の自由度が高そう。

 

つかそれより………マズくね?か、狩られる……!圧倒的狩猟対象じゃねーか!

モンハンの世界はマズイ!モンスター(化け物)以上にハンター(化け物)な奴等が跋扈(ばっこ)してる世界はマズイ!

は、早く逃げねば……でででも、どうやって?

 

は!飛ぼう!飛べば奴らも追ってこれまい……。

 

と考えたのだが、外に飛び出そうにも空が見えない。

前脚で踏む地面には規則的に線路が敷かれ、材質と空間を考慮すると地下鉄が走る地下空間だと推察した。

モンハンに地下鉄?そんなのあったか?

崩れたコンクリート製の支柱……所々の壁が瓦解し、トンネル周辺の土が線路内へ流れ出ている。

廃線、老朽化……にしてはあまりにボロボロだ。

 

それと、そこかしこで大小様々な結晶が仄かに光を放ち、この空間を照らす照明代わりになっている。

 

ひとまずゼノ・ジーヴァに転生(?)してしまった俺は、出口を目指して線路沿いに歩き出した。

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

歩き出して四十分足らず。崩落した穴を片っ端から通り続け、地下線路空間よりも数倍広い空間に出た。砕かれた支柱は変わり映えしないが、地面には規則的に白線が引かれている上、上下左右関係なく崩壊し吹き抜けのようになっていた。

俺がいる階層以外も首を伸ばして覗いたりして見て回った。

完全に崩壊した階層も含め全体的に似た造りとなっており、錆び付いて裂かれた傷のある廃車も数台見つけた。どうやらここは地下駐車場跡であるらしい。

 

そして厄介な事に、危機的状況に遭遇した次第であります。

無用心に歩き回っていたら、三匹のモンスターに絡まれました。

ただ、これがモンハンのモンスターじゃない。

別の狩ゲー、ゴッドイーター産のオウガテイル三匹である。

ということは、だ。ここはゴッドイーターの世界だとほぼ断定できる。

しかし、何故ゴッドイーターの世界にモンハン世界のゼノ・ジーヴァとして生まれたのか疑問が残る。考えるのが面倒だから、暇な神の悪戯としておこう。

さて、そんな事を悠長に考えている場合じゃない。オウガテイルさん達が、今にも俺に飛びかからんとしている。

 

……よし、逃げよう。

ハンターじゃないけど、アイツらも俺にとっちゃハンターだよ!逃げよう逃げねば逃げなければ……喰われる!

 

俺が古龍種にあるまじき逃げ腰で身体を反転させた時、飛びかかってきた三体に尻尾が直撃し吹っ飛んだ。

五秒も経たないうちに飛んだ先でドチャッと、叩き付けられた音がしてゆっくりとその方向へ顔を向ける。

 

あれ?オウガテイルさん、動かなくなってしまわれた………?

 

吹き飛んだ先の崩れた支柱の根元で倒れたままピクリとも動かないオウガテイル三体に、俺は恐る恐る近寄って前足の爪で小突いてみた。

すると、待ってましたと言わんばかりにオウガテイルが飛び起き、突き出した指に噛み付いてきた。

俺は反射的に振り払おうと手をバタバタと振るが、オウガテイルの執念が成せるワザなのか離してくれない。

 

待って待って!ごめんなさい!調子に乗りました!

 

右手の指に一体、左手首あたりに一体、俺の後ろに回り込んで右足に一体と、肉食獣に囲まれてる草食動物の気分だよ。

 

しかし、ガシガシ噛まれている感覚はあるのに、痛いかと聞かれたらそうでもない。甘噛み程度に伝わってくる感じだ。

ゼノの鱗やらが硬いのだろうか?いやけどな……気にしたら頭が痛くなるタイプのヤツだろうか?

 

と、とりあえず、それほど痛くないのならオウガテイルが可愛く思えてくるが、されるがままというのも何かな……。

やり返すくらい……良いよな……?

 

俺は、前足を上げ指に噛み付いているオウガテイルに牙を立て、殺すつもりで顎を閉じた。

一瞬弾かれるような抵抗を感じたが、時間が経つにつれ牙がオウガテイルの身体に侵入して行き、悲鳴にも似た鳴き声が鼓膜に刺さって反響する。

一定まで牙が刺さると一段と固い物に接触し、さらに力を込めると飴玉を噛み砕いたような感覚が伝わってきた。

 

直後、オウガテイルは力無く項垂れ、俺の顎に全体重を預ける姿勢になった。

 

今噛んだのは……コアか?

音といい感触といいグロテスクだな。外殻と骨のバキバキって音が生き物っていう実感を持たせているようで………まあ、結局は弱肉強食だから。

俺だってアラガミに逐一慈悲かけてたら、そのうち殺されて喰われるからね。

 

なんか俺………生まれて一時間経たずに野生動物に染まってきてるな。

前世は人であったことを忘れるな!どう死んだのか忘れてるけど!

 

顎の力を緩め、オウガテイルが地面に落ちると黒い粒子状に変化し、音もなく霧散していった。

 

他二体は異変を察知したらしく、戸惑いながら俺からゆっくり口を離し距離を取ろうと後退している。

様子見しながら威嚇するように吠えるオウガテイル二体。

俺が一歩近付けば、前のオウガテイルが一歩退がり、背後にいるもう一体が右手側に回り込んで来る。

 

ど、どうしよう……あ、そうだ、突進しよう!突進して、えーと……なるようになれ!

 

俺は前方にいるオウガテイルに向かって地面を蹴り、突進の勢いに任せて頭突きをかます。

正面から俺の頭突きを受けたオウガは力負けし、怯むとともに横倒しになった。

そこへすかさず牙を突き立て、先の一体同様に身体を裂いてその一部を口に含んだ。

 

獣肉っぽい風味なんだけど、鳥って感じもあるし………味は可もなく不可もなく、どちらかといえば不味いの部類に入る。筋張った繊維質の旨味がない鶏肉といったところ。

グルメじゃなければ許容できる範囲だが、一般的にも好んで食べようとは思えない味。

 

引き剥がした肉の奥には、不思議な色を煌々と放つ球体の塊があった。アラガミのコアだろう。

それもついでに取り出して一応噛み砕いてから、ごくんと飲み込む。あ、喰って大丈夫だったか……?

 

さて、次は最後の一匹だ。喰えるなら、それに越した事はない。

さぁ、かかって来い!

 

サバイバルで生きていく覚悟を胸に、勢いよく背後を振り返る。

しかし、そこに最後のオウガテイルの姿は無かった。

逃げやがった!俺の食糧!

ああ……喰おう喰おうとか思ってたら余計に腹が……。

 

腹ごなしもろくに済んでないし、餓死……するのか分からないが、これは本格的に外へ出る努力をせねばなるまいて。

地下ばっかにこもってちゃあ折角の古龍種クオリティ身体能力が退化する……かもしれない。目が退化するのは避けたいな。深海魚みたいな残念顔にはなりたくない。つか、ゼノ・ジーヴァの外見が退化で珍生物になってしまっては至極勿体ない。

 

さて、上へ行く穴を探しながら散策を続けよう。

ここは一発、動画で見てたゼノビームなるものを発射してみたいが、生き埋めはごめんだ。制御も上手くできるかどうかわからないし。

思い切りが大事な時もあるだろう。ぶっちゃけ、そん時はそん時だ。今は、慎重に生き抜く事を考えていこう。

アラガミは俺にとって食糧になる。倒せるか倒せないかは相手によって異なるだろうが、ゲーム上の雑魚………さっきのオウガテイルとかは難なく食糧にできそうな気がする。

倒して捕食しつつ、ゼノ・ジーヴァとして強さを磨いていこう。

 

上の階層への穴を、後脚で立ち上がりながら登っていく。

穴が見つからない時は、背中にある棘で刺し崩し強行突破した。

出口を目指し幾度か同じ事を繰り返していった後、最上階もとい地上一階に出ることが出来た。

 

長かったような短かったような………地上に出る為とはいえ、地下探索は案外楽しかった気もする。アラガミとの遭遇が、地下駐車場での一回だけだったのは運が良かったのだろう。

満腹にはならずとも腹ごしらえはできたし、生まれたてにしては上々だ。

 

外の景色は……廃墟ばかりだな。それもそうか。ゴッドイーターの世界だし。

倒壊しきった建物が多いが、乱立するビル群からここは都心部だったことがうかがい知れる。

んー……ゲームのフィールドにはない景色だが、荒廃したビル群ってのは似通ってるな。もしかして、フィールドとして使用されている場所と近かったり?

戦闘フィールド名は『贖罪の街』だったな。

 

道路として整備されていたひび割れたアスファルトに出て、キョロキョロと辺りを見回しながら道なりに歩く。

元々交通量の多い大通りだったようで車線が多く、巨体である俺ことゼノ・ジーヴァが歩いても、道幅に多少なりとも余裕があった。

脚を進めるたびに、ボロいアスファルトに尚更亀裂が入る。

 

これから強くなるにあたって何処に行こうか。

なるべくならゴッドイーター……ここが極東支部であるなら、第一部隊の面々には遭遇したくないな。

なら、所在を特定されないよう方々を飛び回ろうか。

アラガミは世界中に散らばっているため、食糧には事欠かない。寝床は……その時になんとかしよう。

 

さあ、暇な神の悪戯でゼノ・ジーヴァという古龍になってしまったわけだが、死なないようこれから頑張って生き抜こうと思う。

 

歩き続けて廃れた公園跡に来た俺は、蒼炎色の幽膜を揺らめかせ巨翼を広げる。

一度二度、三度四度と羽ばたきを繰り返し、浮力を得た巨体が空中に浮く。

ビル群の最上階まで飛び上がったところで首をもたげると、数百メートル先の大穴の空いた一際大きな高層ビルが目を引いた。

あ、やっぱり『贖罪の街』だったんだな、ここ。

 

俺はとくにあてもなく、空を飛ぶ。自由気まま、時々超危険な放浪の旅。

無双は目指さない。しかし、強さは求めてアラガミ()を喰おう。

ゴッドイーター世界での、冥灯龍ゼノ・ジーヴァ生活開始だ。

 

 

最後に言っておく。

 

夢を見ていた。ただの妄想だ。

それが現実になるなんて、他の奴らが狂喜乱舞しようと俺は断言する。

 

 

 

 

 

 

 

ありがた迷惑だコンチクショー。

 

 

 

 

 

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

極東支部アラガミ観測記録

 

・初観測における第一の記録

本日、贖罪の街周辺にて奇妙な反応が観測された。

一時は新種、既存アラガミの堕天種など様々な憶測が飛び交ったが、詳細は不明。

しばし街を放浪し、街の外へ移動を開始した未知のアラガミの反応を追ったが、数分後その反応は途絶えた。

一先ず、所属している神機使い達には注意喚起をし、万が一遭遇したとしても戦闘は控え逃亡を優先するよう伝えた。

今回観測した未知のアラガミについて今後、調査を最優先とする事をゴッドイーター全員留意されたし。

 




【加筆・修正箇所】
『生まれた空間の描写とオウガ遭遇戦の加筆』


読了ありがとうございます。
だいぶ前の事ですが、玄関を出たらカエルがダイブして、頭の上に乗っかる事態に……。
そのせいで、変な耐性がつきました。カメムシ二匹が良い例です。何も嬉しくねぇよ……。

それでは、また次回。


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第二話 泡沫


※ご意見を頂き、加筆修正したものに差し替えました。
加筆修正前のお話は旧版にてお読みいただけます。

【旧版:二話 泡沫】


転生してから一週間が経った。

今のところ神機使いとの直接の接触はなく、飛行している最中にアラガミから追われた難民を見かけるのみだった。

 

俺にとっての食糧であるアラガミには地上空中問わず絡まれたが、物理攻撃で粉砕するなど意外とどうにかなっている。

前脚で殴って潰したり、翼や尻尾で薙ぎ払ったりと、体の動かし方についてはだいぶ慣れてきた。

 

あと、一回だけゼノビームを使ってみた。

………的になったアラガミは食糧の任を果たせなくなってしまったよ。

地面が融解するくらいの熱量を持っているとは、微塵も思わなかったんだ。それでアラガミも溶けてしまうなんて予想もしなかったんだ。

それからだな。アラガミ相手に脳筋プレイを始めたのは。

 

だから、ゼノ技はしばらく練習が必要だ。ビームやら熱球やらあの……爆破?的なやつも、威力制御が出来るに越したことはない。

モンハン世界のハンターが人間を辞めてる次元だから気付きにくいが、常人からしたらあの火竜の火球でさえ災害級だ。

燃えるし熱いし痛いし速いし飛ぶし竜だし。竜だし。何十苦だよコレ。

そん中で古龍種ともなれば、破壊力は別格。ゼノビームで「薙ぎ払えェ!」的な事はしたくないからな、正直。

技習得なら、今のところ熱球だけで十分な気がする。

 

さて、長々とここ一週間を振り返ったが現在、俺は山間部にいる。

人目から隠れるため……とは言ってもこの巨体だ。完全に隠れきれるわけじゃなく、前脚や頰、翼、尻尾の幽膜が青白く光るせいで簡単に居場所が割れる。

つい先日、息を潜めて難民達が過ぎ去るのを待っていたが幽膜を見られ、「彷徨う霊魂だ!」や「アラガミだ!」などと絶叫し脱兎の如く散り散りにさせてしまった前科がある。

 

俺が喰うのはアラガミだけだってのに………アイツら、生きてっかなぁ……。

 

山間の谷を、茂みや木を薙ぎ倒しながら歩く。

なるべくなら助けてやりたいが、俺の姿じゃあ逃げられるだけだしなぁ……。

無事を祈っておくか。

 

何と無く人肌恋しく思っていた時、数メートル先で土を舞い上がらせて地面からアラガミが生えてきた。

昆虫の蛹と拷問器具で有名なアイアン・メイデンを融合させたようなアラガミ、コクーンメイデンが左右に並んで二体現れた。

 

んー……お前らはお呼びじゃねェ。

 

俺は右前脚を右から左へ振り、二体を根本から刈り取るように地面から引き剥がして握り潰した。

コアごと破壊したため喰う暇もなく、二体のコクーンメイデンは霧散する。

 

コイツら、クッソ不味いんだよ。虫みたいな変な体液出るわ、外殻は鉄臭いわ、喰える肉無いわで、今のところ一番食糧に適さないアラガミだった。一口喰って熱球で消し炭にするくらい衝撃的……いや、個性的な味だった。

お前の不味さ、伝えられるなら後世に伝えていきたい。

 

そうそう、ここ一週間の経験で学んだ事がある。

 

ゼノ・ジーヴァこの身体、並みの雑魚じゃあ傷一つ付けられないらしい。

さっきのコクーンメイデンの砲撃や棘、オウガテイルの噛み付き、頭突きなどをちょっとした失敗で受けた事がある。しかし、どれも蚊に刺された程度で、素晴らしい強度だと感心したもんだ。

体格差も要因の一つなのだろうが、そもそもの防御力と言うか……そういうのがアラガミと比べて格が違うらしい。

 

攻撃してきたオウガテイルさんもコクーンメイデンさんも、さぞ驚いたことだろう。

「あれ?おかしいぞ!」とか思ってただろうなぁ……声聞けないから、ちょっと惜しい気もするけど。

 

まあ、そんなこんなである程度無理がきく上、雑魚狩りなら何も気にせずやりたい放題できる事がわかった。

 

俺は潰した感触を拭うように前脚を地面に擦り付け、また幽膜を揺らしながら谷を歩く。

頭に冷たい何かが降って弾けた。

その感覚は次第に前脚、背中、翼、尻尾と全身に広がり、踏み締める地面には次々とシミが出来ていた。

 

ザァザァと周囲で鳴り出した音に首をもたげて空を見上げれば、どんよりとした灰色の雲に爽快な青は覆い隠されていた。

土砂降りの雨だ。土砂崩れとか起きなきゃいいんだが。

まあ、丁度いい。身体の汚れは洗い流せるし、なんかで匂い消しにもなると言っていた。匂いを消す必要はない気がするけど。

 

しばらく歩き続け視界が開けた。

崩壊した古民家らしき建物が点在し、雨によって湿り気を帯びた荒れた田畑が視界の大部分を占めている。

山の麓、盆地にある廃村だ。

 

人の住んでいた形跡が残っているとはいえ、村も街も廃れ方に大差がない。

何だろうなぁ………ゲームだったから客観的に見れていたものが、こうも実物を前にすると驚きや落胆というより、人の文明の脆さを痛感する。

感傷に浸るわけじゃないけど元人間として……思うところはある。

 

俺は廃村内の探索を開始した。

 

屋根のない家屋に誰か隠れていないか上から見てみたり、かろうじて形を保っている家に関しては覗き込んだりした。

残った家屋の半数を見たところで、はたと気付いた。

 

コレ……アラガミが餌探しているように見えるんじゃなかろうか。

そうだよ!俺は今ゼノ・ジーヴァ人外じゃねェか!怖い以外の何者でもねェよ!

 

なーんて心境を頭抱えながら声にしてみたが、ただの龍の咆哮だよ。

繰り返していくうち「アオーン」とか「キャイン!」とか、情けない犬の鳴き声にも似てきて非常に恥ずかしくなった。

こんな図体しておきながら、こんな鳴き声出すとは思わなかったんだよ。

 

「はっ……は、あうぐっ!はっ…はっ…!」」

 

うわっ、ビックリした。

左手側の廃墟の陰から男一人、息を切らしてもなお走ることをやめず俺の前に飛び出してきた。

 

おおお俺か?俺のせいなのか?いやあ待て待て。ウェイトだウェーイト、そう早まるな俺。やれば出来る子、それがゼノ・ジーヴァ()

 

その人は気付かず走ってくると泥濘(ぬかる)んだ地面に足を取られ、俺の鼻先ですっ転んだ。

俺に気付いてたらこうはならねェよな。よっしゃ、俺のせいじゃない!

って、おかしいだろ。何でザ・モンスターな俺の方に走って来てんだよ。

 

……あれ? この人……先日見かけた難民の一人だな。

 

男は慌てて顔を上げると焦燥の瞳に俺を映し、一瞬で驚愕と落胆……絶望の表情を浮かべた。

 

「はっ…はっ……っ!あ……また…アラガミ……!」

 

泥塗れの顔。

一回俺と出会った以降も、ずっと山中を駆けずり回っていたのだろう。仲間がいないのは気になるが……。

 

ん?待てよ……?「また、アラガミ」って言ったなこの人。

 

男は逃げようと立ち上がり元来た方へ向かって走り出したのだが、廃屋の陰から今まで見た雑魚とは違うアラガミと鉢合わせしてしまった。

腕を組んだ人型の胴体に手と翼が一体化した長大な翼手……シユウだなアレ。

あ、アイツから逃げてたのか!

 

いやいや、そんな事より!目の前で人が喰われるなんてグロテスク極まりない光景は見たくねぇぞ!

ゼノ・ジーヴァ、人助けしますッ!

 

「ヒィッ!し、死にたくねーよ……誰かぁ!ゴッドイーター……助けてくれよ……!」

 

翼手を広げるシユウを前にして男は逃げもせず、その場にうずくまって頭を抱えていた。

 

戦意喪失、逃亡意識の消失。前後に逃亡の隙は無し。放浪の男にとっては挟み撃ちも同然だ。

肩を震わせむせび泣く男に、シユウは翼手を伸ばす。

 

俺は咄嗟に咆哮を上げながら駆け出し、驚き飛び退こうとしたシユウを頭から口に収め牙を立てた。

眼前にいたシユウが消えていることに気付かず、男は俺の身体の下で未だ助けを求める言葉を連ね震えている。

 

そうなるのも仕方ない。

もし人に転生していたなら、とどうしようもない事が頭を過る。

その時々の状況に寄るだろうが、言語を操る人間にとって、如何に言葉という意思疎通の方法が便利かを痛感させられた。

 

出来ないことは嘆いたところで解決しない。

ゼノになった俺は、瞬時な頭の切り替えと思考が大事………ああああ! お喋りしたいなァァアアア!!

 

心の叫びに思わず体が連動し後脚のみで立ち上がった瞬間、口の中で暴れているシユウからバキッという破砕音がした。

直後、シユウの鼓膜を突くような鳴き声や、暴れることで訴えてくる抵抗の意思がパッタリと止んだ。

そして何より、先程までひしひしと感じていた生命の気配が───消え去っていた。

 

シユウの血とも取れる赤い体液が、止めどなく下顎を伝い流れ落ちる。

千切れた脚や手も、雨と混じった体液の水溜りへ落下した。

 

い、勢いで殺っちまったぁぁ……!

ま、まぁどっちにしろ殺るつもりだったし? 結果オーライだ。

 

口内に残った胴体を数回咀嚼。

食感は……パッサパサの赤身肉って感じだな。まあ……及第点。鉄分豊富そうな味が気になる。

味わう気は湧かず、肉塊ごとコアを噛み砕き飲み込むと、落ちたシユウの手脚や体液は黒い煙となって霧散した。 

 

「あれ…?死んで、ない………?」

 

いつまでもアラガミが襲ってこないことに気付いた男は、恐る恐る顔を上げて周囲を窺いつつ身体を起こした。

それから後ろを振り返り、軽く悲鳴を上げた。

 

しかし、目を剥いて涙を流しながら後ずさるわりに、立ち上がって走ろうとはしなかった。腰が抜けて立てないらしい。

 

襲う気は無いんだがなぁ……。態度で示そうにも、一挙手一投足が恐怖の対象だからどうにもならない。

俺はとりあえず、身体を倒して元の四足歩行の体勢に戻った。

両前脚を付いた瞬間、土砂降りの雨で出来た水溜りを踏み飛沫が舞う。

 

 

「う、うわァァァ!いやだァァァ!」

 

 

俺が鼻先を近付けると、男は叫びながら反射的にシユウの来た方へ走り出した。

 

そっちに行ったらまた鉢合わせするんじゃねーのか!?

泥に足を取られ躓つまずきながら、形振り構わず男は走る。

 

お、追い掛けた方が……いや、それじゃあイタチごっこだ。だからと言ってこのまま放っといたら、絶対アラガミに喰われてあの人は死ぬ。

 

んぁ"あ"あ"あ"もうッ!

人助けするって宣言してんだ。最後まで通すのが筋ってもんだろ、悩んでる場合じゃねぇよ俺!

 

叩き付けるような雨の中、逃げた男を追って駆け出す。

だが、パニックに陥った男が逃げ込んだのは、巨体の俺では身動きの取りにくい森の中。

木々を薙ぎ倒しながら男の姿を探すが、どこを見ても深緑の葉が視界を遮る。

 

さらに木を根元からへし折る。

すると倒れゆく木の影に探し人が……恐怖に顔を歪ませた男が、尻餅をついた状態でそこにいた。

 

俺に対する心象は最悪だろうが、生きていたことに一先ず安堵する。

同時に、俺は気付く。

 

 

見付けた後の事を考えていなかった。

 

 

 

その時、顔の横を一発の光弾が掠めた。

 

「外したッ……!」

 

何処からの射撃だ……?

 

俺は弾が飛んできた方向を見据え、一本の木の陰に隠れている人物を見付けた。

スナイパー型の巨大な武器を携えた黒い短髪の女性。

 

あの容姿……ヤバイ!あのキャラだ!

 

俺は即座に踵を返して廃村へ戻る。

だが、そんな俺目掛けて彼女は何発も撃ってくる。一発二発掠ったが、いくらアラガミ対抗武器と言えど直撃しなければ決定打にならない。

 

このままじゃ追っかけ回されっぱなしだ。仕方ない。飛んで逃げるか。

 

俺に、あの人達と争う意思はないからな。

 

 

幽幕をなびかせ翼を広げる。数度の羽ばたきによって浮力を得て、雨の空を舞う。

 

……次は、どこに降り立とうか。

 

 

飛び立った俺を、彼女は神機を構えて呆然と見上げていた。

言葉が話せたら色々と変わったかもしれない。

 

本当にこの世界は………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、夢は夢のままがいいと思っている。

いつかそれが叶うなら、妄想だとしても夢を見る価値はあるからだ。

しかし、叶わなくていいものもある。それは、実際に体験しないと分からない。

 

良いも悪いも、自分都合の夢の中じゃあ判断できない。本来出来ないことが、何でも出来るようになるのが妄想のテンプレ。

だから、楽しいんだ。だから、夢のままが良いんだ。

 

それでも、夢が夢で終わる世界ってのは………俺は、望んでねェ。

 

 

 

 

  

◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️

 

 

 

極東支部アラガミ観測記録

 

 

・先日初観測されたアラガミの第二の記録

出撃した任務にて取り逃がした討伐対象を捜索中、(くだん)のアラガミに接触。

咄嗟に撃った結果アラガミは怯んだ末、廃村にて飛び立ち逃亡。一時的な撃退に成功した。

 

補足として、アラガミとの接触時、付近に一般人の姿を確認。アラガミ撃退後、一時的な保護対象として捜索したが消息不明。

 

今までに例を見ないその姿形から、新種のアラガミと推測。西洋の竜に酷似しており、翼や身体の各所に見られる幕は蒼い火の様にも見え、霊魂や死者を導く灯火など……俗に言う『あの世』を連想させる。

 

撃退後、討伐対象だったシユウ三体のうち見失った一体を捜索したが発見出来ず。飛び去った竜型のアラガミによって捕食された可能性がある。

その巨体から大型アラガミ以上の強種である可能性を提示する。

 

 

報告者『第一部隊・橘サクヤ』



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第三話 魚は上手い


この話はスルーで構いません。
なので、もう一話投稿します。

【加筆修正:なし】


廃村を発って三日後。俺は海沿いの街に降り立った。

街と言ってもお察しの通り、アラガミによって踏み荒らされた荒廃した場所だ。

元オフィスビルと思われる建築物も形を保って残っているが、飛行中に数棟視界に捉えただけで街なんてのは見る影もない。

 

俺は砂浜に伏せて、半身を海水に浸らせていた。

鳥が水浴びをする要領で翼を動かし、海水を叩き上げ全身に浴びる。

 

あ~、気持ち~………。水浴び、砂浴び、日光浴………動物でもリラックスっていう感覚があるんだなぁ。

温かい風呂が良かったけど、汚れは取れるからまあ、いっか。

 

それにしても、初めましてのゴッドイーターが第一部隊の橘サクヤだったとは………ただ、ゲームとは少々服装が違っていたな。何歳か若い感じもあったし……ゲームの時間軸よりも前の時間軸なのか?

だとしたら、第一部隊に主人公(プレイヤー)がまだ所属していないことになるな。

あーけどなぁ………それでも怖いよなぁ、あの部隊。本当に接触は控えたい。もう遅いけど。

 

さて、と……狩るか。

 

この近辺は海沿いだけあって、水への適応能力を持つグボロ・グボロが体感として多く感じる。

現に海水浴で(くつろ)いでいる俺の左右から、グボロが二体ずつにじり寄ってきている。

 

まずは、一体が先陣を切って突進してくる。

俺は頭を上げて、そいつの顔面に熱球をぶつける。

 

ビームは物体を融解して貫く感じの技だが、熱球は燃焼の性質を持っており消滅させずに焼くという調理工程を可能としている。

見た目はともかく、熱球は火球と同じ扱いでいいらしい。まあ、やろうと思えば火力は上げられるため、呼び方は熱球のままにしておく。

 

熱球が直撃した一体目のグボロは、白煙を上げて真っ黒焦げになってしまい動かなくなった。

火加減間違えたな………。「こんがり上手に焼けましたぁ!」を狙ってたんだが、うん………練習あるのみだ。

 

俺は完全に砂浜に上がってから後脚だけで立ち、残り三体を見やる。

一体目が丸焦げになったことで奴らの警戒度が上がったらしく、俺から距離を置いて中長距離の攻撃を仕掛けてくるようだ。

グボロといえば突進攻撃以外に、砲塔からの水球連射攻撃が印象的だ。

三体が歩みを止め俺に砲塔を向けていることから、三方向からの水球同時発射を予測する。

 

念の為、攻撃は何としても回避しておきたい。

同時発射の水球………バラバラだったならともかく、同時ならタイミングは取りやすい。

水が相手なら、熱量の極めて高い技で蒸発させてしまえばいい。

 

だが、俺はアラガミを食糧としているので、グボロ自体は形を残したまま仕留める必要がある。

だから、水球を蒸発させたあとで、直接仕留める。

 

俺は上げた上半身を前に倒して、地面についた両前脚に力を込め砂の下に手を埋める。

 

三方向のグボロが、同時に水球を一発ずつ発射した。

直撃するタイミングを見計らって、地面に押し込む様に更にグッと力を込める。

瞬間、俺を覆う範囲で円柱状に蒼白い炎が地面から噴き出した。ゼノ自身が持つエネルギーの奔流と言うべきか。砂中に埋めた両前脚から流し込んだエネルギーが、物理的な影響力を得て地上に顕現。

原理は、ゼノビームや熱球と同じだ。その性能も、性質も。

 

俺が発生させた蒼炎柱に、三発の水球は当たった傍から蒸発していく。

さすがの熱量だな。水なんかものともしねェ。

 

エネルギーの炎柱が徐々に砂の中へと鎮まり、グボロ三体がここぞとばかりに距離を詰めて来ていた。

まだだ。まだ、終わらんよ!奴らの移動中は俺のターン同然だ!

 

両手を砂に埋めたまま、俺は一つ咆哮を上げる。

 

至る所で砂を巻き上げながら、蒼炎が地雷の様に爆発が起こり始めた。

這いずるグボロ三体の足下でも埋められた地雷が反応する様に、一回、二回、三回………爆発で吹っ飛んだ先でも一回、二回と、軽くお手玉状態だった。

初使用にしては、なかなか手応えがよろしい。

 

爆発が終わった頃にはグボロは瀕死で、自慢の砲塔やヒレがボロボロになった身体を引きずりながら方向転換をしていた。

三体中の一体はあまり爆発に巻き込まれなかったのか、潰れた砲塔を未だに向けている。

まず最初に、ソイツへ接近し砲塔ごと頭を砕いてトドメをさす。

二体目、戦闘不能。

 

続いて、逃亡を図るグボロ二体。

俺から見て左側にいたアイツらは、無理なものは無理だと悟る頭を持っているらしい。端的に言えば、左二体のグボロは頭脳派、右二体のグボロは脳筋派だったようだ。

まあ、小さい子の思考力に毛が生えた程度でしかないが。「攻撃が効かない!瀕死になった!よし、逃げよう!」的な。

 

さて、俺の意外な俊敏性を見せてやろう。巨体だから、一歩の距離が長いぞ。

 

大量の砂を巻き上げながら猛進し、ボロボロのヒレを一心不乱に動かして逃げる片方のグボロの背ビレを噛み砕き、やっとこさ一体目実食。

んー……肉と魚を掛けた様な味だ。生肉の食感に近いが、厳密に味を表現するとしたら焼いたクジラ肉の味に近い。

今まで喰ったアラガミの中で一番マシな味だし、魚の様な生臭さがあるものの上手く焼けばどうということはなさそうだ。

 

そう悠長に喰っていたら、逃げた二体目との距離が妙に開いてしまった。

食べる量なら今喰ったグボロと、先に仕留めた二体で事足りるな。四体目は……練習がてらゼノビームの餌食になってもらおうか。

 

ゼノ技の根源であるエネルギーは普段身体中に溶け込んでいる様な感覚で、「魔力がこんなに……!」とか、そんな少年漫画みたいに感じ取れるものではない。潜在している感覚がない点で言えば血液と同様。エネルギーの底が分からない点で言えば、出し切るまで分からない体力と同様。

しかし、エネルギーを寄せ集めるその場所に意識を少しでも向ければ、エネルギーは形を得て一つの技に昇華される。

まあ、ゼノビームと熱球における俺の見解だけどね。

炎柱と爆破は、地中に流し込んだエネルギーの意図的な暴発っていう表現が正しいかと思われる。

 

さあさあ皆さん、ゼノビーム発射準備が整いましたところに、標的となるグボロが背中を見せて直線上にいるではありませんか。

こんな絶好の機会において某誤射姫さんのように、「射線上に入るな」と言うのは野暮でございましょう?

 

それではゼノビーム、いっきまぁすッ!

 

集中して一点に溜めたエネルギーを口から解き放つ。

一直線に放たれたエネルギー光線は、ゼノ・ジーヴァ特有の蒼白い輝きを纏ってグボロの背後へと迫る。

直撃。接触したものをことごとく溶かしながら、無慈悲にその胴を貫いていくほぼ防御力無視の一撃。

身体だけじゃなくコアさえも溶かすのだから、アラガミにはひとたまりもない。

 

ん?ビームの行き先?グボロ通過して………えーと……ど、どっかに当たって消滅すんじゃないかな、多分。

ま、まあ、それはともかく、コアを失ったグボロはいつも通りご臨終なされた。

 

よし、お焼きになられたグボロとミンチになられたグボロを喰うとしますか。

 

さっきも言った通りグボロは、味に関しちゃあほぼ普通の魚だ。生食に関しては、な。

まず、お焼きになられた方にかぶりついた。

火力調整が失敗したこともあり、鱗や表皮が焦げ臭い。だが、うん……結構イケるぞ、焼きグボロ。

アラガミの特徴である形質を真似るという点が良い働きをしているのか、魚を多く捕食してきただろうグボロは焼いた時の風味が魚に似ている。

 

オウガテイルやコクーンメイデン、シユウはギリギリ肉の風味を感じられたが、様々な物を捕食したせいで旨味がなく雑味が混じっていた。

だが、それら全てを克服!とまではいかないが、グボロは一番いい味を出してる。

 

焼きグボロ、主食にしちゃおっかな。

あ?生グボロ?いや、もう焼きグボロで腹八分目だからいいや。

 

俺は焼きグボロを喰い終わったあと、横にあったミンチグボロを手で払い飛ばして海に沈めた。

はー、満足満足。あとはどっかで睡眠取れれば文句なしだな。

雨風しのげる場所………はどう見たって無いから、瓦礫山に寝そべるしかないか。

なるべく平坦な瓦礫山………まあ、なかったら力業で平坦にしてやる。

 

そんな俺の思惑を知ってか知らずか、意外とあっさり平坦な寝床が見つかった。

まだ倒壊しきっていないビルの真ん前。俺が丸くなっても余裕のある空間だ。

ふう………まだ日は高いけど、その分直接日光が全身に当たって暖かく野宿日和だな。

と思いながら体を丸めて瞼を閉じた。

 

しかし、どーも眠れない。なんか、ザワザワってする。

………は!これがあれか!少年漫画でよく見る「殺気を感じる!」って奴か!

おー、良いぞ良いぞ!

 

って、いいわけあるかァァァ!

 

俺はすぐさま飛び起き、勢いよく首を振って周囲を見渡す。

だだだ誰だ?おおお俺、俺だってやればできるんだよ!い、いいのか?ぜ、ゼノビーム撃つぞ!

首を伸ばして恐る恐るビルの陰を覗き込むと、さらに陰へと回り込む人の足が見えた。

 

逃げてる……?また難民か?なら俺は、早々に退散した方がいいかもしれないな。

 

人影を追うのをやめてこの場から離れようと頭を持ち上げた時、ガラス板の無くなったビルの窓辺で腰を抜かした人達が俺を見上げていた。

これは本当に退散するしかないな。

ビルから視線を外して一歩下がると、俺の後脚に何かがぶつかった。

咄嗟に振り返る。すると、足元に尻餅をついた少女が大粒の涙を流して固まっていた。

 

ビルの上階から女性の叫び声が聞こえる。

なるほど、隠れ家を抜け出して来ちゃったのか。んで俺を見かけて、ビルの周囲を走り回り撒こうとしてたんだな。

でもおかしくね?あのザワザワって、人の気配って事だったのか?

うーん……まあ、いっか。

 

少女から目を離し前を向こうと首を動かした瞬間、俺の横っ面に一発の光弾が直撃した。

あ"ー!イッタァ!流血はしねェけど、(すね)ぶつけた並みにイッテェ!

あの子以外にいたのか!つーか、俺目掛けて銃ぶっ放すつったらあの方々しかいねェじゃねーか!

被弾した衝撃で俺が呻いていると、ビルの陰から見覚えのある派手な格好の青年がちらりと姿を見せた。

赤い髪をかき上げ、したり顔で銃を構えていた。

 

「僕の華麗なる陽動を、有効に使ってくれたまえよ」

 

え、え………エリック上田氏ィィィ!

エリック・デア=フォーゲルヴァイデ氏じゃないですかァァァ!まだハイスピードハンティングされてなかったんだな!

まぁ、お前の陽動には乗ってやらねェけどな!

 

そして俺の後ろ、ちょうど少女が腰抜かして泣いてる辺りにもうひとつ別の気配があった。

 

「チッ………余計な事しやがって………」

 

こ、この声は………!

俺はビルから離れようと、右手側の瓦礫山へ方向転換しながらチラッと背後を見やる。

すると、フードをかぶった褐色の青年が少女を抱えて、俺の動向を窺っていた。

ソ、ソーマ・シックザールさんじゃないですかァァ!もうヤァダァ!にーげーるー!

そう決断した時の行動力は凄まじい。俺は即座に、瓦礫山へと駆けだした。

 

小山の頂上で振り返ると、疑念と困惑、警戒の眼差しで睨んでくるソーマと、髪をかき上げ鼻につくキザな表情で

俺を眺めるエリックが少女を挟んでビルの前に並んでいた。

 

ゴッドイーターに見つかっては、長居は出来ない。また、移動しなければ。

俺は、瓦礫と砂を舞い上がらせて空に羽ばたいた。

 

 

 

 

空を飛行しながら、俺は思う。

もし、俺の働きかけで未来が変わるなら、この世界での目標………夢にしてもいいのではないか、と。

原作の改変が俺に出来る唯一のこと………特権として考えてもいいのではなかろうか。

 

エリック上田氏。お前を、ネタキャラから脱却させてみようと思った。

 

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

極東支部アラガミ観測記録

 

・華麗なる第三の記録

最近、極東で話題になっている新種のアラガミに遭遇したけど、僕の敵じゃなかったよ。

僕の華麗過ぎる射撃に恐れをなして、負け犬のように飛んで逃げてしまったからね。今までの記録を読んだけど、そこまで危険視するほどでもないんじゃないかなぁ。

でも、あのアラガミの幻想的な姿には僕も少々見惚れてしまったよ。

何はともあれ、まことしやかに噂される程の危険性は感じなかったね。

それより、僕の華麗なる撃退劇の一部始終を知りたくはないかい?

アラガミの頭部に命中した弾丸………実に華麗だ、華麗過ぎる。

君たちも、華麗なる僕の妙技を見習いたまえよ。

 

報告者『エリック・デア=フォーゲルヴァイデ』

同行者『ソーマ・シックザール』

 

 



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第四話 微かな光明


ここから、旧版とは異なった感じになります。
と言っても、大幅に変わる訳ではないので悪しからず。

【加筆修正:あり】



転生して一か月が経った。

俺が群れているアラガミを蹴散らして、極東のゴッドイーターに出くわして逃げるというパターンが日常として定着している。

でもね?俺は声を大にして言いたい。

 

パト◯ッシュ………ボクはもう疲れたよ………。

 

だってあいつ等、アラガミ絶対ぶっ殺すっていう思考の塊なわけでしょ?

いくら人を襲わないでアラガミばっか喰っててもさァ、一種の偏食傾向としか捉えてもらえないんだよ。ベテラン勢からは。ホントにベテラン勢は怖い。恐怖を感じる。

 

ただ、神機使いになって日が浅い新人は俺を見ると、全員じゃないが悲鳴を上げて一目散に逃げていく。

ああいう反応だと非常にありがたい。帰ったら上官やらリーダーからこっぴどく叱られるんだろうが、俺として人間相手に戦うなんてことをしなくて済むからな。

逃げても別に追いかけないし、戦っても手は出さないし、逆に俺が脱兎だし………。

 

そんなことを徹底的に心がけていたせいか、俺に対するゴッドイーター達の認識が少しずつ変化してきている気がする。先手射撃に遭遇する回数が減ったからだ。

おそらく、人を怖がるアラガミもしくは、ゴッドイーターを恐れるアラガミというレッテルを貼られているかもしれない。後のアバドン扱いになりそう。いるのか知らんけど。

とは言っても、根本的な部分は変わらない。俺は、倒すべきアラガミという認識のままだ。人によっては、俺を、人を恐れるアラガミとして先手必勝とばかりに撃ったり斬ったりしてくる。

 

逃げるからって弱いと思うなよ!

 

まあ、大抵そういう先走ったことをするのは、俺の噂を聞いた新人神機使いに多い。

そういう時は渾身の斬撃を一発受けてやると、「クッソ(かて)ェ!」と言って怯んでいただける。

あとは俺が逃げるか、ベテランに咎められゴッドイーター達が引き下がるかになる。

絶対に倒されないチュートリアルの敵みたいな立ち位置になりつつある。迷惑極まりない。

 

そんな俺は今、どんよりと暗い平原地域に来ている。

フィールド名で言うなら、『嘆きの平原』。俺はその戦闘区域を見下ろせる場所にいる。

ちょっと一眠りしようかと思い身体を丸めていたのだが、ドーナツ型の戦闘区域を徘徊している小型アラガミが急に一方向へ動き出し、何が起きたのかと気になって様子を見ていた。

 

すると、子供二人が息を切らして走っていた。紺色の髪と薄い水色の瞳を持った十二、三才くらいの少年と少女。

大人は誰一人として見当たらず、少年に手を引かれる少女が幾分年下にも見えることから、兄妹の関係だろう。

 

ま、見たからにはってヤツだな。

 

二人を追うのは、ザイゴート四体。

熱球ぶつけて即殲滅したいが、外して二人に当たったらと考えると、下りて物理攻撃で潰した方がいいか。

 

二人が通り過ぎ、後を追ってザイゴートが俺の前に差し掛かった時、飛び降りと同時に全体重をかけて二体を押し潰す。

急な乱入者にザイゴートは二人を追うのをやめ、その標的を俺へと変える。

軽く焼却処分だな。

俺は残り二体が攻撃行動に移る前に、熱球をお見舞いして燃やしてやった。

 

さあて、と……あの二人はどうしたかな。

 

キョロキョロと見回し、物陰で縮こまっている二人を見つけた。

おー、無事だったか。

で、ここからが問題なんだよねぇ……子供二人をほっとくわけにいかんでしょ?

しかし、俺はモンスター。何かしらの意思表示が出来ればいいんだが……。

 

「お、おにいちゃん……」

「大丈夫だリイサ。アラガミなんか、オレが追い払ってやる!」

 

そう言って少年が取り出したのは、ボロボロに刃こぼれしたナイフ。その切っ先を犬座りする俺に向けて威嚇している。

つか、やっぱり兄妹だったのか。そんで、少女の名前はリイサ、と……。

 

どう挨拶をすればいいのか頭を悩ませ、何もしないよりは、と鼻先を近付けてみる事にした。

距離が縮まるにつれ二人の表情は一層強張り、少女を庇う少年の手はあからさまに震え出した。手の震えに呼応し、金具が緩んでいるらしいナイフはその使い物にならない刃をカタカタと鳴らす。

 

「う……く、来るな!!」

 

ナイフを構えたまま、怯える妹を背に庇って一歩後退(あとずさ)る。

来るなと言われて近寄るのが化け物です。大丈夫、お兄さん変なことしないから。

 

さらに顔を近づけると、少年は勇ましく声を上げながらナイフを振りかぶった。

恐怖と兄としての責任のままに振ったナイフは、俺の鼻先に直撃。

ガキィンッと金属同士の接触音染みた音が響いた瞬間、拮抗することもなく瞬く間に亀裂が広がり、打ち負けた刃は無情にも空中に砕け散った。

 

「あ……父さん、の……」

 

絞り出した消え入ってしまう声。

膝をついた少年は、手元に残った(つか)をただ呆然と見つめる。

起こってしまった現実の非情さにうちひしがれていた。

 

何この罪悪感。泣きたい。

おおお俺のせいか?俺のせいだな、うん。

 

「お、お兄ちゃん!また、アラガミが……!」

 

少年の後ろで怯えているリイサが、俺から見て左手側を指差す。

またザイゴートなどの雑魚かと思いそちらを見やる。約六十メートル先に中空を漂うアラガミの姿があった。

………違う、小型じゃない。中型アラガミだ。人間の女性と蝶が融合したようなアラガミ、サリエル。あいつのレーザー面倒なんだよなぁ。

 

どうにか二人と意思疎通を図りたいのだが………他のアラガミから守るっていう姿勢を見せれば案外いけるか?

 

考えるより、今は行動か。

よし、それでいこう。

 

まず、俺はサリエルと正面から向き合う。

サリエルを追って移動しようものなら確実に二人は奴に捉えられ最悪、お陀仏。

よって俺は、一歩たりとも動くことは許されない。願わずとも背水の陣だよ!やったね!

 

………はい、ということで今回(まと)になってもらうのは、うざったいレーザーを使ってくるサリエルさんです。

 

サリエルは浮遊しある程度距離を詰めてくるが、俺の手や首が届かない場所で移動をやめてしまう。近接で戦闘に入るのは不利と判断したらしい。

意外と頭良いなチクショウめ。

サリエルはスカート部分を広げ、自身の周囲に四、五個の光球を発生させる。

 

レーザー対決か。ならばよろしい、戦争だ。

 

俺も喉のあたりにエネルギーを溜めてゼノビームの発射準備が整った時、サリエルの光球がレーザー光線に変化し向かってくる。

交わって一本に収束したサリエルの光線を、俺は渾身のゼノビームをもって真正面から迎え撃つ。

 

俺が放ったゼノビームはサリエルの光線を物ともせず、蝕むように容赦なく呑み込んでスカートを広げたままの奴をも呑み込んだ。

 

溜めたエネルギー分が全て吐き出され、ビームが収縮していく。

ビームが消えたその場には、サリエルの欠片という欠片すら残っていなかった。

我ながら末恐ろしい威力だな、ホント。

 

呆気なかったと一息つくと、真上から降ってきた複数のレーザーが俺の背中や翼に直撃した。

じんわりと仄かな熱が伝わってくる。

 

光線撃ったあとに敗北を悟って最期の足掻きをしたようだ。

ま、俺を仕留める決定打には、どう足掻いても成り得ないがな。ゼノ・ジーヴァ万歳だよ。

 

手足をゆっくり動かし、尻尾が外周の壁にぶつかりつつも、細心の注意を払いながら背後にいる二人に向き直る。

少年もリイサも目を丸くして俺を見上げていた。

 

下手に動くと、それが微動でも恐怖を与えてしまうらしい。

二人が何かしらのアクションを起こすまで、俺はその場に座って待つことにした。

すると、一分経ったくらいで少年が疑問を抱き始めた。

 

「……襲ってこない……?」

 

俺は肯定の意として首を縦に振る。

ソウデース。ワターシ、ヒト、オソイマセーン。ゼンリョウナ、バケモノデースヨ。

 

少年の後ろでじっとしていた妹のリイサが、俺の反応に興味を持ったらしく恐る恐る口を開く。

 

「アラガミさん、言葉がわかるの……?」

 

肯定。

イエスかノーで答えられる問答なら、首の動きだけでどうにかなる。会話内容は限られるだろうが、何も意思表示出来ないよりはマシだ。

 

「えっと……助けてくれたの……?」

 

大いに肯定。それはもう二人が引くぐらいの必死な首振りで。あまりにも勢い良く縦に振り過ぎて、首筋辺りから嫌な音がしたが気にしない。

ゆっくりと確実に首筋が痛み出したが、気にしない気にしない。……痛い。

 

「お前……どういうつもりなんだよ。オレたちを助けるって……」

 

眉を潜めた少年の言葉には、戸惑いと疑心が滲んでいた。

あのですね、イエスかノーで答えられる質問をください。

念じろってか。念じて通じるなら苦労しねェし、俺はエスパーじゃねェ。

タダーノ、ゼンイデース。ワターシノ、ココロノコエ、トドイテマースカ。

 

二人をじっと見つめそう念じていると、時間を置いて少年が諦めたように───。

 

「……やっぱり言葉がわかっても、話せるわけないじゃないのか」

 

と、刃の無いナイフをそっと鞄にしまいながら口を開いた。

俺の念を返してくれ。真面目に念じた俺がアホみてェじゃねェか。

少し拗ねて予期せず漏れた俺の低い唸り声に、少年はビクッと肩を震わす。

 

「ア、アラガミさんは、お名前……あるの?」

 

兄より順応の早いリイサが、突拍子もないことを聞いてきた。

名前なぁ……この容姿で人名を使ったら、威厳もへったくれも無さそうだ。だからつって、名前を覚えてるかと訊かれたら、そういう訳でもない。

まぁそれはこの際置いといて。

 

個人の感性に寄るだろうが、俺としてはモンス名を言った方がしっくりくる。喋れないがな。

ま、あるか無いかで聞かれたら、「ある」の方だろう。

 

肯定だ。

 

「そうなんだ……えっとね、わたしはリイサ!お兄ちゃんは、ショウって言うの!」

 

急にリイサの表情が明るくなった。

どういった心境の変化だ?兄弟のどっちかが駄目だとどっちかがしっかりするあの原理か?

例外は……言ってやるなよ。

 

さて、これから二人はどうするのだろうか。

大人は一人としていない。

詳しい事情を聞ければ早いのだが、まあ知っての通りだ。

どうしたもんか……。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。これから、どうするの?」

 

ナイスだリイサ。もう俺の代弁者だよ。

察してくれる奴は大好きだ。話が早く進むからな。

ハッとしたようにショウが腕を組んで考え込むが、周囲に(そび)える壁を睨んで険しい表情を浮かべる。

 

「どうする、かぁ……壁を越えようにも高くて登れそうにないし……うーん……」

「あの建物の中を通ったらどうかな?」

 

辺り見回していたリイサが指差したのは、ドーナツ型の平原周囲に点在する廃ビル。

壁を越えるには充分な高さがあり、もし建物内の階段が健在なら、ちょうど良い階で平原の外に出られる。

リイサの提案を聞いたショウは迷った後、首を横に振った。

 

「建物の中でアラガミに遭遇したら、走る以外にも階段を上がったり下りたりで、体力を多く消耗するかもしれない。隠れられる場所があれば、大丈夫だと思うけど………」

「そう、だね……体力があるわけじゃないもんね……。無理、なのかな。約束したのに……」

 

良い打開策が思い付かず、二人は次第に気が沈んでいく。

約束……まあ、詳しい経緯は知らないが、どうにも二人はここから離れなければならないらしい。

壁を越えるか……ふーん……。

俺は頭を抱えているショウの背中を、ほんの小突くつもりで鼻を近付けたのだが思いの外強かったようで。

 

「うわっ!?」

 

押した拍子に前へ転んでしまった。

 

「な、何すんだよ!お前やっぱり……!」

 

身体を反転し情けなく尻餅をついている姿勢で、ショウは俺への怒りをあらわにする。

壁を越える?俺に任せればノープロブレムだ。

俺は怒れるショウを無視し、目線と顎で自身の背中を差し示す。

気付け心の友リイサよ!

 

「……?お前、なにしたいんだよ」

「乗せてくれる……ってことかな?」

「はぁ!?」

 

俺がまた肯定の意で首を縦に振ると、尚更ショウは目を見開いて驚く。

 

ザッツラーイト!

思い切って乗っちゃいなよYOU!

こんな珍妙で善意に溢れた化け物、そうそういないゾ!

俺は早くしろとばかりにショウの服のギリギリに噛み付き、抵抗を許さずズルズルと足元まで引き寄せる。

 

「待って!ズボン、ズボン脱げる!わかったから放せよ!ズボン脱げるって!」

 

うるせェ!タ○ザンを見習えタ○ザンを!アイツ腰布一枚でジャングルヒャッホーしてんだぞ!

お前もパンいちで街を駆け回れる気概を持て!全裸で駆けろ!

変質者の仲間入りだ!うん、そりゃ駄目だ!

 

俺が口を離すと、立ち上がって土を払うショウの傍にリイサが歩み寄ってくる。

 

「お兄ちゃん……乗せてってもらお?」

「リイサ……けど」

「大丈夫!アラガミさん、まだ私たちを食べてないもん!」

 

そう俺の足元で言い切ったリイサは、浮かべた満面の笑みとは裏腹に、後ろに組んだ手はショウの死角で小刻みに震えていた。

 

決意したリイサも、観念したショウも、俺が人外だから不安が拭えない。

二人にとって、これはひとつの賭けに等しい。

俺がいくら本心から「人は喰わない」という態度を示しても、人間である二人には「アラガミだからいつか」という疑念が自然と湧く。

何となく………もどかしいな。

 

俺は二人を背中に乗せる。

 

いつまでも一緒というわけにはいかないだろう。

確かに俺は、そこらの雑魚程度だったら十中八九勝てる。

しかし、これから人の子供を護りながらとなると、その勝率は下がるかもしれない。

最悪の場合……何てこともある。

 

だからと言って、預ける当てがあるのかと聞かれたら答えられない。

 

 

───いや、ひとつだけ思い付いた。

 

俺は極力避けたい連中だ。

ただこれも賭けになる。

この二人の事情を知らないし、適性があるのかも知らない。

俺は、奴等の拠点には出向けない。明らかに迎撃対象だ。

もし二人が何やかんやで辿り着けたとして、適性が無ければ門前払いされる。

 

それでも、可能性が無いわけじゃない。

 

 

二人を、ゴッドイーターに会わせる。

 

 

両翼を広げて羽ばたく。

ここを抜けたら、視界の開けた場所に降り立って、わざとゴッドイーターに見つかるように行動しなければならない。

 

見境なくアラガミを殲滅しまくって、強力なアラガミであることを誇示した方が手っ取り早いか?

今までそういう行動は避けてきたからなぁ………。喰うためか、完全に敵対している奴しか狩らなかったもんなぁ………。

 

んー、まあ頑張ろう。死なない程度に。極東の連中に殺されない程度に。

 

分かり切った前途多難なこれからに頭を悩ませて飛び上がった俺は、『嘆きの平原』を囲む壁を二人の人の子と共に越えた。

 

 

 

目標は『ゴッドイーターに会う事』

 

 

俺は俺なりに、頑張って人助けをするよ。

 




【加筆・修正箇所】
『兄妹とのやり取り全般の変更と加筆』

今現在ゼノは文字を書かない方向になっているので、今後の加筆修正にもその影響が出ています。
文字を使った意志疎通のある話は現状、文字を使わない方向ではまとめにくくなっています。あの白いヤツの件もありますし……。

なので、旧版全ての話をこっちに持ってくるかは、未だに未定です。すみません。
リクエストを消化しつつ、書いていこうと思います。

それでは、また次回。


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第五話 神喰らう者


この話から、旧版との差異を明確には書けなくなります。
特に今回と次々回までの三話分は、コミュ方法が変更になったため、その影響が出た話となっています。
なので、旧版のどの話が元になったかを記載することにします。
加筆修正のみなら【加筆修正の有無】、全体的な書き換えなら【元になった旧版の話】を前書きに載せておきます。
読むかスルーか、一つの判断基準にしてもらえればと思います。

【旧版:第五話 遭遇】



『嘆きの平原』を離れて一日が経った。

俺は今、住む人の居なくなった難民キャンプからある程度離れた場所に横たわっている。

ゴッドイーターに見つけてもらおうとアラガミを蹴散らしながら歩いていた時、背中に乗っていたショウが食べる物が無くなったから探したいと言ってきたのだ。

 

そこで、ちょうど目に付いた難民キャンプで食べ物を探す事になり、現在に至る。

 

俺みたいに、アラガミが喰えりゃあ苦労はないんだがな。

そもそもアラガミ倒せねェから、どうしようもないんだけど。

 

それで、食料を漁りに行ったのはショウのみで、リイサは俺と一緒にお留守番。

暇潰しがてら、俺の名前当てを始めた。

 

やり方は簡単。だが、地味かつ根気がいる方法。

リイサが五十音順に一文字ずつ言い、それに対して俺が首を振ってイエスかノーを答える。

忘れないようイエスと答えた文字のみを順番通り地面に書き出し、やっと俺の名前を伝えられるという寸法だ。

 

いやー……ひたすら地道。

 

最初は俺の名前を知らなくてもどうにかなるという事で昨日は過ごしたのだが、今日になって二人の心境が変わったらしく、「知らないのは何か嫌だ」と率直な感情論で五十音順ローラー作戦が決行された。

 

そして、やっと『ぜの・じー』まで伝えられた。

やったよ俺!首が痛い!

 

「えーと次は……『ば』!」

 

濁音の“は行”が始まり、俺は頷いて少し首を傾げる。

音はほぼ同じだが、細かいことを言うとちょっと字が違う。

 

「同じだけど同じじゃないの?じゃあ……『ゔぁ』?」

 

リイサは、自身が口にした音を近くに落ちていた鉄パイプで地面に大きく書き出し、俺が聞き間違えないようにしてくれている。

発音に関しては微妙な違い。字面で言ったらそっちです。

正解ということで、俺は頷いた。

 

これまでに伝え、リイサがメモ書きした文字列の最後尾に『ゔぁ』を付け足し、やっと俺の名前が完成。

あー長かった……まあ、一番苦労したのはリイサなんだが。よく声枯れなかったな、偉いぞ。

 

「えーと、次ね」

 

そう言ってリイサが五十音の頭を口にしかけた時、俺は終わりの意味を込めて軽く鳴いた。

 

「どーしたの?」

 

俺の声に気付いたリイサは、不思議そうに首を傾げる。

ストップ。それで終わり。

要望付け足すと、平仮名のままだと『ゆるふわキュート』な感じがするから、こうカチッとしたカタカナに変換してほしい。

俺は鳴き声で伝わらなかった『終わり』の意思を、首を横に振ることで再度表した。

 

「これで終わり……なの?」

 

そうそう、そうです。

あとはカタカナに変換してくれると………。

 

「リイサ!食べ物いくらか見つかったぞ!」

 

脱け殻の難民キャンプで食料を発掘していたショウが、両手に幾ばくかの缶詰めを抱え走ってきた。

息を切らしつつ、リイサの傍らに見付けてきた缶詰めを広げ、どれを食べたいかと兄貴らしく気を配りながら相談している。

缶切りは必要ないようで、プルトップに指を引っ掛けフタを開けるタイプのもの。子供でもイージーオープン。

二人はひとつひとつ手に取り、楽しげに言葉を交わして子供らしく無邪気に笑う。

 

いいなぁ……この二人もあと数年したら、いっちょまえに青春を謳歌するんだろ?

同年代の男女が人目を(はばか)らずキャッキャウフフとか……羨ましいこと山の如しだコノヤロウ。

それに比べ、俺はいつまでゴッドイーターとアラガミ相手にキャッキャウフフ(戦場鬼ごっこ)しなきゃならねェんだよ。もう殺伐し過ぎてて……あ、思い出したら目から汗が……。

 

それより、カタカナ変換をお願いしたく……。

 

「これ、歯触りがちょっと……」

 

と、ショウがひよこ豆を頬張ってボソリ。

言うわりに食ってんじゃねぇか。つか、あのさあのさ、俺の願い聞いてくれませんかね。喋れないけど。

 

不満を伝えようとして怪物らしく唸ってみるが、気にされず。

今度は懇願するように情けない声を出すが、見向きもされない。

出会った当初はあんだけ怯えてたのに、たった一日で何だこの落差。飼い主に構ってもらえない犬の気分だよ。

……って、誰が犬だ!ゼノ・ジーヴァの威厳はどこ行った!お兄さん、泣いてもいいかなァ!

 

届かない心の声を並べるたび、涙が滲んでこぼれそうになる。上向いていよう……。

諦めと同時に首を持ち上げると、遠くの方で何かが動いているのが見えた。

人……じゃないな。黒い四肢と特徴的な赤いマント、猫科動物のような顔つきの……ヴァジュラか、あれは。

 

とりあえず、念のため二人にはアラガミの事を伝えなければならない。

(うな)れ、俺のジェスチャー(りょく)

 

俺はどうすれば気付いてくれるか頭をフル回転。

導き出された答えに従い、俺は───右手でたしたしと地面を叩いた。

 

俺は真剣だぞ。

 

「な、なんだよ急に……砂が目に入ったんだけど」

 

ショウは心底迷惑そうに顔をしかめ、むず痒い感覚を除こうと目を擦る。

そんなあからさまに……反抗期か。

なあ、缶詰め食ってる場合じゃねぇんだよ。

伝わる?このフィーリング。

 

「……食べたいのかな?お腹すいたの?はい、あげる!」

 

わざわざフタを開け、満面の笑みでツナ缶を差し出してくるリイサ。

違う、そうじゃない。

素っ気ない態度を取って断りたいのだが、ああ何てこったい!

 

紳士な俺じゃあ断れねェ、ありがとう!

 

ツナ缶を口に入れてもらうため、頭を二人の手の届く一にまで低くし、顎を下げて舌を出す。

考えを汲み取ったリイサは、俺の舌の上でツナ缶をひっくり返す。

咀嚼(そしゃく)。マヨネーズかドレッシングが欲しい。

 

──って、アラガミがいるって伝えたいんだよ、俺は!

 

伝わらないじれったさに、再度地面をたしたし叩けば……。

 

「もっと食べたいの?ちょっと待ってね!」

「食いしん坊だなぁ……ツナ缶って、そんなにうまいんだ……」

 

問一、俺の気持ちを答えなさい。

 

A…伝わらない!

B…もどかしいよ!

C…焦れったいよ!

 

アンサー………全部です。

 

頭を抱えて巨体をごろんごろんと右へ左へ転がると、次第に心情が鳴き声に現れ始める。

「アウゥゥ……」とか「グゥゥゥ……」とか、悶えながら砂を巻き上げてジタバタを繰り返す。

 

「ど、どうしたの?サバ?サバがいいの?」

「水煮か?味噌煮か?えーと、全部あげるから落ち着けよ!」

 

俺の反応をどう捉えたか、二人は自分が食べる分も構わずに、かき集めた缶詰めのフタを全て開け始める。

違うんだよなぁ……けど、微笑ましいな。

久々に人の優しさに触れて……涙がこぼれそうになるわ。誰か、ハンカチ持ってきて。

 

俺に好き嫌いはあるのかと二人が相談している脇で、腹と顎を地に付けたまま遠方を警戒する。

辺り一帯がほぼ瓦礫と化しているなか、この目立つ巨体を隠すには視界を遮るものが少な過ぎる。

辛うじて、人間二人が身を隠せる壁跡が点在している程度だ。

 

で、俺がのたうち回って目を離してしまったヴァジュラの行方を探しているのだが……おかしい。見付からない。

壁跡が点在しているからと言って視界が悪い訳ではなく、逆に見易いくらいだ。ヴァジュラだって壁跡には身を隠せない。なのに、見付からない。

 

どっかに走り去ったか?

なぜ?

アラガミ()でも見付けたのか?

なら、どうして騒がしくなかったんだ?

違う。別の理由がある。

だとしたら……。

 

「……のちゃん。ぜのちゃん。どーしたの?」

 

呼び掛けられてハッとする。

意識を向ければ、フタの開いた缶詰めを手に、不思議そうに見上げてくるリイサ。

 

「眠くなったのか?それとも、昨日眠れてなかったのか?」

「じゃあ、お寝んねする?」

 

すまん、お寝んねという言い方はやめて欲しい。子供みたいじゃねーかよ。

しかしまあ……いなくなったアラガミをどうこう言っても仕方無いか。

 

それ(缶詰め)、もう一個食うからくれよ。

 

眠気はないことを示すため、両前足を立て、ググッと背筋を伸ばしお座りの格好をする。

それから肘を少し曲げ、二人の傍へ頭を近付ける。

ゆっくりと口を開いた。

 

「なんだよ、忙しいやつだなぁ……」

「ふふっ、でも……」

 

──その瞬間。突如として鈍器で殴打されたような衝撃と鈍い痛みが、油断していた俺の頭部を襲った。

 

左側から叩き込まれた、強烈な横凪ぎの斬擊。鱗に傷を付けるには至らなかったが、斬擊が重い打撃に変化してしまった。

意識外からの重擊により脳が揺さぶられ、視界が歪むと共に平衡(へいこう)感覚すら危うくなり、倒れまいと踏ん張るも足元がふらつく。

 

頭がぐわんぐわんする……。

あーマズイ……これはマズイ……。何がマズイって色々とあるが第一に、俺にとって嫌なモンが見えたのが非常にマズイ。

あーもう、面倒くさい……。

 

体勢を崩しかけ、歪む視界をハッキリさせようと首を振れば、身の丈程もある武器を携えた人物が隙ありとばかりに跳躍し突進してくる。

 

俺の目の高さより少し上。軽々と跳んだその人物は両手で、重厚感のある赤いチェーンソー型の神機を上段に構えた。

 

今度は脳天狙うつもりか!容赦ねぇなオイ!

下痢やらハゲになったらどうすんだ!ふざけんじゃねェ!

……って俺、髪生えてなかった。

 

低い風切り音を鳴らし振り下ろされた神機を、寸でのところで顔を横にずらして避ける。あっぶなッ!

そんな的確に頭ばっか狙わないでくれるかなァ!頭を集中的にタコ殴りされるモンスターの気持ちが分かったわ!

 

神機を空振った彼は俺の目を真っ直ぐ見据えながら、顔のすぐ横を落下していく。

着地すれば必ず奴は、追撃行動を取る。距離を置ければ体勢を整えられるだろう。

 

……いや、着地するまでのたった数秒の間に、距離を取って体勢を整え、正面から対峙できるよう身体を回転させられるのか?

……どう考えたって時間が足りない。

右斜め前に跳び、身体を反転……跳んでから反転させる間に背後を狙われる可能性がある。

 

迷えば迷うほど……着地の瞬間が差し迫るほど、焦りと危機感が増大していく。

 

時間が足りない。距離を稼ぐより、動かないで何かしら行動を起こすのが現実的か?

目眩(めくら)ましのような……一旦、時間稼ぎをするべきだろうか。

 

奴の足先が、地面に触れる。

着地の反動を和らげるように両膝を曲げ、また狙いを定めるようにキッと睨んでくる。

 

時間切れだ。行動を起こさねば。

 

俺は、右の前足に体重をかけ更に力を込めて粉砕。足下の細かくなった多量の瓦礫片を、着地直後の奴に向けて(すく)うように巻き上げた。

砂と細かい瓦礫片による目眩まし。

一瞬面食らったように目を見開いたかと思えば、彼は冷静に神機の盾を展開し砂と小石を防ぐ。

 

一時的に視界を遮ることに成功した俺は、この隙に翼を羽ばたかせ身体を少々浮かせてから百数十メートル後退。

その際に起こった風により、煙幕のように舞い上がった砂が二度目の目眩ましとなった。

 

後退後、慣性に従う巨体を両手両足の踏ん張りで支え、着地と同時に姿勢を低くし、砂煙の先にいる天敵を警戒。

 

ぼんやりと浮かび上がる人の影。

前触れもなく吹いた一陣の風が、双方を遮る砂の煙幕を奪い去っていく。

 

目眩ましの消えた静寂の中、赤い神機を携えたその人物は、呆然とする子供二人と俺の間に仁王立ちし、ベテランの余裕からか警戒する素振りを見せずタバコをふかす。

その堂々とした出で立ちはさながら、怪物に立ち向かう救世主(ヒーロー)と言ったところ。

 

数秒の睨み合いの後、ベテラン神喰い(ゴッドイーター)は気だるそうに白煙を吐いて口を開く。

 

「ヴァジュラの討伐に来たんだが……例のアラガミがいるなんてなぁ。ツイてんだか、ツイてないんだか」

 

突然の出来事に硬直する子供二人を背に庇い、赤い神機を肩に乗せて正面から俺と対峙する。

 

 

雨宮リンドウ。

俺が勝手にラスボス認定しているゴッドイーター。

 

 

……最悪だ。いつかは接触してしまうだろうと思っていたが、唐突過ぎる。

心の準備は当然のこと、逃げの一択だった俺じゃあゴッドイーター相手にどう立ち回るかの経験も積んでいない。

 

発狂事案だよチクショウめ。

 

 

 

………泣いていいですか?

 

 

 




唐突ですが、古龍は死なない設定って公式なんですかね?
まあ、そうじゃなくてもゼノのモチーフで設定の穴埋め出来るかな、とは思ってたんですけど……死なないのか、死んでも復活するのかが気になってしまった次第です。
死体(?)は放置? それとも研究で回収?
ちょっと調べる必要がありますね……。

それでは、また次回。


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第六話 本音と建前


旧版二話分の複合、加筆した話になっております。

【旧版:第五話 遭遇、第六話 誰が為に】


糸が張っているような、そんな空気だった。

緊張のあまり、身体中の至る箇所から脈打つ感覚が伝わる。

小さな音の集まりが時間の経過と共に集約し増大して、次第にそれが極度の緊張によって引き起こされた心音なのだと気付く。

 

うるせェ。

意識せずとも感じる増幅された鼓動と、早鐘を打つ心臓の音が、ひどく鬱陶しい。邪魔で邪魔で仕方がない。

 

正面から睨み合う膠着(こうちゃく)状態が続く。

どちらが先に動くか。先手必勝とは言うが、必ずしもそうとは限らない。

 

 

───怖い。

 

 

下手をすれば死ぬかもしれない。

しかし、人としての記憶がある以上、最低でも一回は死んでいる。

死んだ経緯とか名前とか……諸々が虫食いだらけで抜け落ちてはいるが……。

それでも、一度死んでいるのは確実なんだ。

そう頭では分かっていても、やっぱり………怖いな。

 

 

───けど、それ以上に怖いことがあると思ってしまうのは………何でだろうな。

 

 

戦闘の口火を切ったのは、リンドウだった。

弧を描くように疾走。

 

初動を捉えた俺は、真っ向から突進。

距離は百数十メートル。簡単に詰められる。

遠距離、中距離でリンドウを潰そうと思えば、出来ないこともない。

ブレス、ゼノビーム、ビッグバン等、乱発なり飛翔して狙い撃ちなりすれば、地形変化付きで撃滅は可能だろう。

 

子供二人を巻き添えにして、何も感じないのであれば。

 

非常に残念だが俺は、そこまでの鋼鉄メンタルを持ち合わせていない。

 

双方がほぼ同時に走り出したことにより、一見長く感じるこの百数十メートルという距離は、十秒も経たずして互いが互いの近接攻撃範囲内に入るまでに縮まる。

リンドウは旧型神機。必然的に近接攻撃しか行えない。その行動制限に乗っかり、俺もこの場では近接攻撃のみを徹底して行う。

堂々と、正面からの真っ向勝負。

 

いざ、尋常に───。

 

 

 

 

 

───なんて、俺がするわけねェだろ。

 

 

 

俺の顔面に向け、リンドウが神機を振りかぶる寸前。

両の前足でブレーキをかけ、ある程度スピードを殺してから後ろ足で地面を蹴る。目前の障害物を跳び越えるように。

 

「なッ……!」

 

呆気に取られるリンドウ。

彼の真上を跳び越え着地する際、殺しきれなかった突進の余力を歩いて逃がしながら身体を反転させ、再度リンドウと正面から向き合う。

 

自身の攻撃を予測し、跳び超えて避けるとは微塵も思わなかっただろう。

何と言うか……してやったり感がある。

 

だが、俺がそんな事を思っているとは露知らず、当のリンドウは唖然とした表情から徐々に不安と恐怖、悲痛の入り交じる複雑なものへと変化していった。

 

「お前ら何してんだ!早く離れろッ!!」

 

リンドウが絶叫を飛ばした先には、呆然と座り込むショウとリイサがいる。

彼が背後に庇ってた二人は、真っ向から攻撃を跳び超えて避けられた為に、現在は俺が二人の最も近くにいる。

居場所が真逆になったのだ。

 

リンドウの予想が外れ、ゴッドイーターの彼にとってあってはならない事態になってしまった。

 

しかし二人は立ち上がるどころか、俺に敵意剥き出しのリンドウを見詰め、ただ戸惑っている様子だった。

立場の違い、視点の違い。

子供二人には、捕食されないという認識が根付いている。

逃げる理由が無ければ、逃げる必要も無くなる。

 

一方リンドウは、一向に動く様子のない二人を見てどう解釈したのか、苦々しげな表情で疾走。

百メートルくらいだった距離が五十メートル程まで縮まると、俺を見据えたまま空いている片手をウエストポーチへ伸ばす。

 

取り出したのは、スタングレネード。

それを、俺の眼前目掛け全力で投げていた。

破裂する直前、閃光によって目を潰されまいと両の瞼を閉じる。

 

直後、金属的な音を響かせ、俺の下顎に衝撃が走った。

即座に状況把握出来ず、うっすらと瞼を開ければそこには、神機を振り抜いたリンドウの姿があった。

 

誰もが称賛するであろう綺麗なアッパーカット。

衝撃が雷撃の如く顎から脳天へと突き抜け、脛をぶつけたような耐え難く鈍い痛みがリンドウの本気を報せている。

 

あ"あ"あ"あ"あ"顎割れたァァァァァ!!

絶対割れたよコレ!

ケツ顎になってんじゃねェかなコレッ!!

 

リンドウが容赦なく振りかぶった神機に、俺は抵抗の一つもしていない無防備な頭を突き上げられた。

一回目の横っ面に食らった時同様、倒れまいと前足を踏ん張ろうとしたが思うように力が入らない。

 

あ、コレ………。

 

そう察した時には、全身が脱力し重力のままにぶっ倒れていた。

ピヨッた……のか? 二擊目で?

頭上に星は回っていないが、身体を起こすために手足を動かそうとするも上手くいかない。

 

身体の自由がほとんどきかず、討伐するには絶好のチャンスだと言うのに、当の狩人(リンドウ)は目を丸くして佇んでいた。

戸惑いを隠せない、そんな様子だった。

 

「どういう事だ………?」

 

誰に問うわけでもなく、率直な疑問を呟く。

彼の正面には、少年が立っていたのだ。

倒すべき怪物と自身の間に、守る対象である子供が立ち塞がっている。

一つの例外もなくアラガミを(ほふ)ってきた彼にしてみれば、理解に苦しむだろう。

 

思考を巡らせようと理解の追い付かないリンドウとは打って変わり、何かしらの意思を持ってショウは俺に背を向けている。

 

「……あんた、いきなり何してんだよ」

 

声変わり前の高い音は喧嘩腰の言葉を紡ぎ、静かに怒りを滲ませる。

爪が食い込んでいるのではなかろうかと思うほど固く握り締めた拳は、溢れる感情を抑えるかのように、微かに震えていた。

 

そして、遅れてショウの隣に並ぶリイサ。

目一杯に両腕を広げ、自分に出来ることを成そうとする。

 

「あ、あのね!ぜのちゃんは、ぜのちゃんは悪くないの!本当だよ!だから、えっと……えっとね……」

 

普段は大声を出さない少女が、言葉足らずながらも必死に声を張り上げ伝えようとしていた。

少女の言葉に理屈はなく、段々と上擦っていく声はただ情に訴える。

 

「オレ達は、コイツに助けられたんだ。気まぐれだったとしても、それは事実に変わりないし、アラガミを何度も追い払ってくれた」

 

静かに、それでいて強く、自分達しか知らない事実を言葉と態度で示す。

神機の殴打による軽い脳震盪(のうしんとう)状態がある程度回復し、俺はゆっくりと身体を起こす。

俺が動いたことで反射的に神機を握る手に力が入るリンドウだったが、神機を構えるまでには至らなかった。

 

──否。

 

「なのに……ゴッドイーター(アンタら)は一回も、助けに来なかった」

 

敵意(神機)を向けるのは違うと気付いた。

俺からすればショウの言葉はまぁ……厳しい言い方だろうが、自分勝手なものだ。

俺が介入したことで(こじ)れてしまった可能性も認める。

運がなかったのもあるだろう。

 

だが……いや、だから、ショウの言わんとしていることは……。

 

「本当に助けてほしい時に限って、アンタらは来ない……あの時だってそうだった」

 

八つ当たりだ。

 

「一緒に行動してた人達みんな……アラガミの餌になった。何回も、何回も、何回も……それでもゴッドイーターは……来なかった」

 

悔しそうに唇を噛み締めるショウ。

一切口を挟まず聞き入るだけの想いが、言葉と共に溢れ出ている。

 

「何があっても大丈夫って……絶対に護るって……アラガミになんか負けないって……母さんも父さんも、あんなに笑ってたのに……死んだッ……!」

「お兄ちゃん……」

 

リイサが心配そうに兄を見る。

ずっと一緒にいて、自然と気付いてしまう事があっただろう。

例えば、兄だから弱いところは見せられない、とか。

何をするにしても『兄』という逃れられない立場と責任が、小さな両肩に重くのし掛かる。

 

「だから……一度も助けてくれなかったゴッドイーターより、オレは……一度でも助けてくれた化物(コイツ)を信じる方がいい」

 

言い切ったな。

困った顔をしながらも何も言わないあたり、リイサも同意見のようだ。

立ちはだかる二人を前にしたリンドウは、いつのまにか完全に臨戦態勢を解いていた。俺を警戒する視線さえも外れ、今は固い意志を宿す子供二人と向き合っていた。

沈黙が降りる。

 

き、気まずい……。

ほら折角人に会ったんだからさァ。こんなご時世だし、人間同士仲良くすべきだと思うんだよ。

よし、俺がその切っ掛けを作ってやろう。

 

無防備にいつまでも背中を向けているショウ。

俺はその背中を、鼻で軽く押してやった。

隙ありッ!

 

「うわっ!?」

 

不意打ちにショウは何の反応も出来ず、受け身もしないまま前方に倒れ込む。

その後、直ぐに振り返っては飛び出すように起き上がり、子供らしく頬を膨らませて俺の目と鼻の先にまで歩み寄って来た。

 

「何するんだよ、いきなり!イタズラするなよ!」

 

俺の親切心だ。有り難く受け取れ。

 

さらに悪戯心で牙を剥いて低く唸って見せると、ショウは怖じ気づいたのか一歩引いた。

しかし、対抗心が芽生えたというか、子供ながらの意地というか、息を飲んで引いた一歩を踏み込むと、俺を真似て歯を剥き出しにした。

 

「こ、怖くないからな!お、オレはその……助けてもらってばかりだと……じゃなくて!お前、ゴッドイーター相手にやり返したりしないから……ば、化物のくせに意味わかんねーよ!」

 

な、なんだ?何が言いたいんだコイツは?

イタズラの話じゃないのか?

頬が赤くなっている。怒っている……のか?

 

矢継ぎ早に繰り出された言葉を聞いて考えてみるが、どうも文句ばかりをツラツラと並べられているようにしか思えない。

だが聞いているうちに───気付いてしまった。

 

「何でだよ……優しくするなよ……中途半端なんだよ、お前……」

 

泣いちゃいない。涙はない。

それでも、グズっている。

 

「化物らしくいろよ……!おかしいよ、お前……!」

 

情が移った。

随分と遠回しだが、そのせいで、俺に対し芽生えてしまった感情がある。

まあ、あれだ。恥ずかしくて正直に言えねェんだな。

『心配した』なんてことは。

 

ったく、可愛い奴め。

 

「……あー……少しいいか?」

 

今まで黙っていたリンドウが、気まずさを紛らわすように頭を掻いていた。

口を挟むべきか迷っていたようで、声を聞いたショウとリイサが顔を向ければ、言いづらそうに頬を掻く。

 

「その、なんだ……悪かったな」

 

そう言うとリンドウは、新しく取り出した煙草に火を着け軽く吸い、白い煙を吐いて苦笑した。

しかし、詫びの言葉を聞き届けたショウは、どこか腑に落ちない様子だった。

 

「……オレ達にじゃなくて、コイツに言えよ」

 

と、俺を指差した。

ん?俺?俺なの?いや、何でさ。

リンドウは一切間違ったことをしちゃいないはずなんだが……ゴッドイーターってそういうもんだよな?

 

しかし彼自身は、ショウの言い分に一理あると解釈したらしい。

俺の前にいたショウと入れ替えで同じ場所に立つと、神機を地面に突き刺し、アイテムポーチすらも外して地面に置いた。

 

「………悪かった」

 

敵意はない。その分かりやすい意思表示が、武装解除。

俺でさえ、ふざけた状況だと思っている。

それでもリンドウは、誠心誠意、文句一つ言わず謝っていた。

 

大人だなァ……。

 

あ、そうだ。

ゴッドイーターに会ったら、二人を任せようと思ってたんだが……。

 

「お兄ちゃん。約束、覚えてる?」

「約束……?あ、ああ!もちろん覚えてるよ!」

 

そういえば、そんなこと言ってたな。

どう訊けばいいのか分からねぇし、思い付きもしねぇから詳細は知らないが、相当大切なものだってことは察しがつく。

 

だから二人は、必死にアラガミから逃げたのだろう。

その大切な約束を果たす為に。

 

 

だが俺は、その単語を口にした瞬間のショウの表情が気掛かりだった。

歯切れも悪く、何より───。

 

 

 

 

表情が暗く曇っていたから………。

 

 

 

 




これ書いてて思ったのが、「トラップどうしよう」でした。
スタグレは閃光玉と同じ作用だからいいとして、ホールドとか封神はどうしようかと……。
ヴェノムは毒の付与として、ホールドはシビレ罠、封神は何ぞや状態です。どっちもオラクル細胞の活動を阻害する何かしらの成分を付与するんですかね。

ま、古龍だからトラップ系は無効ってことで良さそうな気もしますが……武器スキルでの付与もありますよね。
今のところゲーム性のあるもの(回復アイテムとか)は出してませんが、その内……。

次回で旧版五話、六話分は終了です。
それでは、また次回。


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第七話 同じ空の下で


すみません、飽き性が出てしまって少し離れてました。
しばらくこの状態が続くと思います。それでも、更新をお待ちいただけるなら幸いです。

そして、トラップの扱いに関してのコメント、ありがとうございました。
皆様の意見を参考にしつつ、もう少し考えてみようと思います。

【旧版:六話 それは誰が為に】



「お兄ちゃん。約束、覚えてる?」

 

リイサの不安そうな顔が、オレの本心を見透かしているようで言葉が詰まった。

無意識に目線が泳いでしまうほど、動揺した。

 

「約束……?あ、ああ!もちろん覚えてるよ!」

 

言葉に嘘はないけど、守らなければと思っているけど……。

 

 

それでもオレの心は、複雑な感情の狭間でひどく、揺れていた。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

その少年は、浮かない顔をしていた。

それは俺の目から見ても明らかで、調子が悪いとかではなく、バツが悪いという雰囲気のものだった。

 

「その約束っての、何なのか聞いていいか?」

 

アイテムポーチを装着し直しながら、リンドウが二人に訊ねる。

俺も興味がある。いや、興味本位で聞いちゃあ駄目な話だろうが、まあこの場にいるんだから仕方ない。ああ、仕方ない仕方ない。

 

リンドウの問いに答えたのはショウ……ではなく、兄の様子を窺っていたリイサだった。

 

「えっと……お母さんとお父さんが言ってたの。自分達に何があっても、例えいなくなったとしても絶対に、極東支部に行ってねって……」

「それが約束か」

「うん……」

 

リイサの表情に影が落ちる。両親を思い出してしまったのだろう。

ま、その約束があったからこそ、頑張ってこれたのかもしれねぇ。俺がゴッドイーターとの遭遇を第一目標にしたのも、間違いじゃなかったわけだな。

 

少し安堵したが、リンドウの反応は良いものじゃない。

口にし難い何かしらの不安要素があるのだろう。

そういえば、そんな話やってた気がするな……外部居住区に住む為の条件みたいなヤツ。

 

「パッチテスト、受かったんだ。適性はある」

 

ショウが、リンドウの不安を察した。

パッチテスト、適性……ああ、そうか。あの壁の内側に入るには、ゴッドイーターになれる素質が必要だったっけ。

 

一人適性があれば、当人とその家族は壁の外よりも安全に暮らせる。気休め程度だろうがな。

それでも、家族の安全が確保されるんだから、行かない手はない。

 

ショウだって家族(リイサ)を想って極東支部目指したんだろうなぁ………。

 

「……そうか」

「けど」

 

言葉を区切ると何故か、腹這いで待機している俺のすぐ傍へと歩み寄ってくる。

その行動をじっと見ていると、ショウは怖じ気付く様子もなく、撫でるように俺の顎へ手を置いた。

 

「偶然……そう偶然、適性があるって出ただけなんだ。本心じゃない」

 

……ん?今、何つった?

あ、ゴメンねぇ。ちょっとお兄さん耳が遠くなったみたい。

もう一回、言ってくれる?

 

他の二人も俺と同様に引っ掛かるものを感じたらしい。

誰からも目を逸らしているショウの言葉に、彼を正面に捉えたリンドウが眉をひそめる。

 

「……どういう意味だ?」

「本気でゴッドイーターになろうだなんて、思ってなかった。仕方なく……仕方なく、行こうってなったんだ……!」

 

ほーん……。

ちょっとお兄さん、頭が足りないみたい。

見た目に反して鶏並みの脳味噌しか詰まってないから、知能が低いんだよねぇ……ゴメンねぇ。

 

もう一回、言ってくれる?

 

依然としてショウにはペットを愛でるように顎を撫でられてるが、俺から少々距離を置く他二人の表情が、心無しか強張っている……気がする。

 

別に俺は怒っちゃいない。ああ、怒っちゃいない。

ただちょっとだけ、そう、ちょっとだけ………腹の底が煮え立っているだけだ。

 

「けどさ!今はコイツだっているし!他のアラガミより何倍も強いコイツが一緒なら、外にいたって心配ねーよ!リイサもそう思うよな?な!」

「そう、だけど……お兄ちゃ……」

「だよな!リイサもコイツと一緒の方がいいよな!」

 

リイサの言いかけた言葉に被せ、自分の味方であることを強調させるショウ。

満足げな彼を、口をつぐむ少女は悲しげに見つめる。

 

何をそんなに必死になってんのかは知らねぇが、とりあえず、極東支部に行きたくねぇのは分かった。

 

だが何故、一向に俺を見ようとしないのだろうか?

 

俺に歩み寄って来た時だって多少視界に入っていただろうが、目を合わせるなんてことは一切なかった。

『約束』の話が出た途端ずっと、視線は下向き。

どれだけ語気を強めようと、胸を張って言えはしない。

本人はそれを、自覚している。

 

「アラガミ倒してくれるし、何よりオレ達を護ってくれる!それに、死んだりしないし……楽しかったし……」

 

尻すぼみになる言葉。

俺から手を離し、ショウが振り向く。

 

「お前も、楽しかったよな……?」

 

(すが)るような目をしていた。

同時に、言い知れない不安を抱えているようにも見えた。

 

まぁ……分からんでもない。

両親が存命中の時は、家族揃って極東支部の居住区に住んで、ずっとアラガミに怯えず暮らせると信じていた。

その理想に向かう道中、家族が欠けるとも思わずに。

 

だからつって、同情で「はい、そうですか」と受け入れる訳にいかないんだよな、これが。

約束を(ないがし)ろにするようになってしまった責任は負う。

嫌われてでも、リンドウと共に行くよう仕向けなければ。

 

「なあ、お前も楽しかったよな?そうだよな?」

 

同意を求め、小さな手を伸ばす。

一度失った心の寄り所を、掴んで離すまいと。

 

やめてくんない?

その子供を全面に押し出した甘えの眼差し。

心にグッサリ刺さってる。心苦しいんだけど、ホント。

 

(すが)るような目を直視すれば、根底に刻まれた影すら持たない何かが締め上げられ、悶えるように騒ぐ。

 

触れようとショウが伸ばした手から顔を逸らせば、罪悪感が胸を刺す。

拒絶された事を理解出来なかったショウは一拍置いて、また近寄っては手を伸ばしてくる。

それを拒めば、また同じように……幾度か繰り返し、これではキリが無いと頭を持ち上げれば今度は前足へ──。

 

そんなショウを俺は、手で払い除ける。

受け身もなにもなく正面から決定的な拒絶の意思を浴びせられ、ショウは驚きの声すら上げずに地を転がった。

 

「お兄ちゃん……!」

 

俺とショウを交互に見、リイサは呆然と倒れている兄のもとへ駆け寄る。

少し、力が強かったかもしれない。

リイサに起こされたショウの頬や手足には、擦り傷がいくつも出来ていた。

 

痛ましいと思ってしまう。

非情になりきれてないな……中途半端、か。

こうやって揺れているのだから、確かに否定できない。

 

「なんで……オレ……わけ分かんねーよッ……!」

 

ショウは叫ぶ。俺の行動の意味が汲み取れず、突き放されたショックで頭を抱える。

 

「ぜのちゃんは言葉がわかるから、それで──」

「うるさいッ!」

 

そう言い放って耳をふさぐ。

 

俺だって、説得できるならしたい。

護ってやれる自信がないのだと、誰の為に約束したのかと、誰に生かされたのかと。

 

───まだ、家族がいるじゃねぇか、と。

 

そんな漫画みたいなセリフを並べて、ああしかし、結局は仮定の話なんだと思い至る。

文字を試しに書いてみたことはあるが、お世辞にも綺麗とは言えないミミズの這ったような字だった。

ゼノの手は大きすぎて、細かいことには向かない。

 

俺じゃあ、上手い誘導の方法が見付からない。

 

ふさぎこんでしまったショウを直視できず、顔をそらしたままどこにも飛んで行かない俺を、リンドウが静観していた。

少し顔を動かして意識を向けていると、俺の視線に気付いたリンドウはタバコの煙を吐きながら空を仰ぎ見る。

 

俺もそれにつられ空を仰げば、遠方から低い機械音が微かに聞こえてくる。

目を凝らす。

こちらへ一直線に向かってくる小さな黒い物体。

 

──帰還用ヘリだ。

 

さっさとお(いとま)した方がいいか。

あちらにとっては正体不明の怪物。俺が身動き一つとらないとしても、警戒心からそう易々と降りてきはしない。

 

それにレーダーか何かで俺の存在を確認済みで、交戦を想定した精鋭のゴッドイーターを乗せている可能性もある。

あんなちょこまか動く奴ら数人を相手にするなんざ、真っ平ごめん被る。

へ、ヘタレじゃねぇかんな! 勘違いすんなよ!

 

「さっさとどっか行った方が良いぞー。お前さんも面倒事は嫌だろ、な?」

 

諸々を察したリンドウが言う。

ありがたいが、こんなモヤモヤした心境じゃあ素直に……。

 

「ぜのちゃん、お兄ちゃんもね、分かってるんだよ。でもね、あのね、寂しくなっちゃうから、ワガママ言っちゃったの。けれど、大丈夫だよ!」

 

後押しするようにリイサが笑う。

 

「だって、わたしのお兄ちゃんだもん!」

 

妹からの最大の賛辞。込み入った理屈も根拠もないが、どんな励ましの言葉よりも強く、誇らしい。

如何なるものにも代えがたい兄妹の、信頼の証。

 

何故だか、ひどく懐かしく感じる。

 

後ろ髪引かれる思いはあれど踵を返し、ヘリが来る方向とは真逆へ歩き出す。

チラッと背後を見てショウの様子を窺うが、依然として俯いたまま。

プロペラの音を聞きながら歩き、ふと思う。

 

 

やっぱり、嫌われるのはイヤだなぁ……。

 

 

何が怖くて人間に牙を剥けないのか。

ただキャラに愛着があるからとか、元々人だったからとか、そんなちょっとした抵抗心によるものだと……そう、思っていた。

 

見覚えのあるキャラならともかく、顔の知らないモブには、愛着なんてものは通用しない。

元々人だったから。人が人を殺せるのだから、そんな理由で化物が人を殺せない道理はない。

 

じゃあ何で、と理由を突き詰める過程で思い出されるのは、あの兄妹の俺を見る目。

心臓も腹の底も、騒がしくてむず(かゆ)い。

 

俺でさえよく分からない衝動。他人にしてみれば俺の行動は奇妙に見えるだろう。

もし俺が、人に牙を剥くのを躊躇う理由を理解したのなら、それは他人が首を傾げるような、アホみたいな理由かもしれない。

 

……ま、今は深く考えなくてもいいか。

 

答えの見付からない問題を頭の片隅に押し退け、淡い白の光を放つ翼を広げる。

数度羽ばたけば風に乗った砂が周囲を漂い、巨体が宙に浮く。

 

ヘリが飛ぶ高度よりも高く、より空に近い場所で滞空し反転。慕ってくれた兄妹に激励と、別れの挨拶を。

 

深く吸い込んだ空気を全て押し出すように、人語には程遠い音を乗せて吐く。

この世界に来て初めて行った、本気の咆哮。余韻が空に吸われていく。

 

俺の声は、届いただろうか。

 

 

 

あてもなく、自由気ままに空を行く。

アラガミ喰って、差し迫る危機ってのもないからなあなあで生きて、ゴッドイーターに追っ掛けられても死ななけりゃあそれでいい。

 

嫌なものはイヤだ。

この思いに明確な理由はなく、ただ心の赴くままに俺はこれからも、生きていく。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

『グギィアゥオオォォォンッ!!』

 

空高く、透過性のある巨躯を持つ龍が咆哮を上げた。雄叫びと共に胸の赤光が、より猛々しく鮮やかに輝く。

 

咆哮の余韻が彼方へ消えた頃、巨龍は悠々と旋回し何処かへ飛び去っていった。

 

「短い間だったけどありがとね、ぜのちゃん……」

 

龍の行方を目で追いながら、少女が寂しそうに呟く。

 

「オレ……嫌われたかな……?」

 

蹲り顔を伏せた少年が、声を震わせて言った。

 

「なんであんな……正直に言えば良かったのにオレは……」

 

不安と後悔を吐き出す少年。同時に膝を抱える手にも力が入る。

 

「お兄ちゃん、たぶんだけどね、もし嫌いになってたらぜのちゃんは、鳴かなかったと思うよ? 飛んでっちゃう前に振り返ったりとかも……」

 

妹の言葉が届いていないのか、少年は顔を伏せたままで表情が窺えない。

 

「あーまあそう落ち込むな。それより、どうするんだ?」

 

そう問えば、少女は口ごもって目線を逸らす。

しかし、答えは思いの外早く出された。

 

「行くよ。一緒に」

 

少年が土を払って立ち上がる。

表情にまだ影が差しているが、薄氷色の瞳には確固たる意思が宿っていた。

 

「アイツは、約束を破ろうとしたオレの弱さを見抜いてたんだと思う。後ろめたさとか、甘えとか……だから、怒ったんだ」

 

少年は近場に落ちていた鞄を拾い上げ、軽く中身を確認してから肩にかける。

 

「オレお兄ちゃんなのに、自分のことしか考えられなくて……」

「それだけ分かりゃ十分(じゅうぶん)だ。誰かに甘えたいってのも、その歳と境遇を思えばまあ、当然だな」

「そうだけど、ずっとこのままじゃ駄目なんだ」

 

子供ながら……いや、非力な子供だからこそ、少年は決意した。

 

「オレは、強くなりたい」

 

少年の言う強さが力を持つことなのか、精神面なのか、それとも両方なのか。

何はともあれ、大切なものの為に少年は大人になろうとしている。

 

「……そうか。まだ先の話だろうが、頑張れよ新人」

「アンタだって、余裕でいられるのも今のうちだからな!」

「失礼だよ、お兄ちゃん!」

 

吹っ切れた兄妹は無邪気に笑う。

 

「だから、ゴッドイーターになれたらオレに───」

 

少年の言葉の最後の方が、降り立つヘリのプロペラ音に掻き消され聞き取れなかった。

 

「ん? 悪い、もう一回言ってくれ」

 

聞き返すと少年は口をつぐんで、何も言わずそっぽを向いてしまう。

 

この少年がこれから何を成し、得ていくのかまだ分からない。

多少の不安を抱えているが、それでも頭上に広がる空は雲一つなく澄み渡っていた───。

 

 




現在、九話を書いているのですが、書き直しに伴う物語の展開に悩んでしまって……それが前書きにある離れてしまった原因でもあります。

ゼノの咆哮を文字に書き起こしましたが、頭の中で咆哮を再生するたびディアブロスが乱入してきてました。
今でもひょっこり顔を出します。

それでは、お読みいただきありがとうございました。

また次回。


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原作開始《無印編》
第八話 誰が呼んだかその名は


【旧版:八話 変化】



夕暮れの小高い丘に、巨躯の龍が鎮座していた。

 

初観測から一年と数ヶ月。

とあるゴッドイーターからの報告により『ゼノ・ジーヴァ』という名称が付けられたそのアラガミは、非常に稀有な存在であった。

 

幾度かの目撃情報はあるものの同一個体と思われる行動が多く、個体数が極端に少ないと考えられている。

アラガミの習性なのか、強大であるにも関わらず直ぐ様飛び去ってしまうため交戦記録が少なく、また討伐に至っては一つとして例がない。

 

斬撃が斬撃の意味をなさない超硬度の体表。

今日までの期間に目撃した『未知のエネルギー』を行使する能力。

そして、あの巨翼で一目瞭然の飛翔能力。

 

大まかに判明しているアラガミとしての特徴は、以上の三点。

攻略法は掴めず未だ模索中。

可能性として、斬撃が無意味なら打撃武器を用いる、トラップを多用するなどの案があげられている。

 

───だが。

アラガミが一目散に逃げるため、試す機会がない。

更に、先程も言ったように潔い脱兎であるため自然と交戦記録が減り、それに伴って手に出来る情報も減る。

 

寝床、または住処(すみか)を決めたらしく、ここ一年は『鉄塔の森』付近での目撃が一段と多い。

そのため、任務の合間を縫って調査班が派遣されたりする。

 

双眼鏡を覗き、かのアラガミの観察を続けながら無意識に息を吐く。

アラガミは一向に動かない。退屈だ。

 

「……あのさ、ゴッドイーター見て逃げるんだったら、ほっといてもいいんじゃね?」

 

そんな事を言えば。

 

「アホ。今は害がなくても、今において脅威と思える要素があるなら、この先俺達にとって無害になり得る絶対の保証はない。早めに対策練らないと、ただ犠牲者が出るだけになる」

 

なんて言葉が返ってくる。

だから偵察しているんだ、と付け足されて。

可能性の話をされたら、ぐうの音も出ない。

 

そうやって初観測から一年以上経った今でも、ゼノ・ジーヴァの情報を地道に集めているのだ。

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

夕暮れの空って、綺麗だなぁ……。

 

身体は巨大、心は臆病、その名は俺、ことゼノ・ジーヴァです。

視界の端にチカチカと嫌な奴等が見えるが、襲ってくる様子は無いので放置しておく。

手に持ってる何かに光が反射して居場所がバレていることに、奴等自身は気付いていないらしい。

 

間抜けなんだか慎重なんだか……。

 

まあ最近は、ゴッドイーター相手の荒事が目減りしてるからな。俺の努力が報われた気がする。

 

目指せ、好感度マックス。

 

 

さて話は変わるが、日々あてもなく飛び回っているうちに、ゲーム上で戦闘フィールドになっていた場所の位置を頭に叩き込むことが出来た。

現在地からどの方角に位置するか、多少考えはするものの辿り着ける。極東支部も例外ではない。

行く気はないけど。

 

大体の土地勘は掴めたから、本格的に拠点が欲しいところだ。殆んど誰の干渉も受けず、身を隠して熟睡できるような隠れ家的な拠点が好ましい。

いや、拠点というか巣だな、巣。

 

そうそう、あのガブリンチョされる華麗な彼の、最期の舞台も把握している。

華々しく散ってしまわれぬよう、事前に頭上注意を促したい。

 

そこで、俺のイレギュラー特権を行使させてもらおう。

通用するか分からんがな。

 

俺が覚えているゲーム知識にはない、いわばモブに関する不測の事態はどう足掻こうと拾いきれるものじゃないが、せめて脱線が決定している路線は変更させてやりたい、と切に願う。

 

その為に行った俺の努力は、定期的に見に行くことである。

 

現在地は例の現場『鉄塔の森』から少々離れた場所に位置する。

丘とは言っても自前の巨体で視界の高さをカバーしているだけで、斜面はなだらかなものだ。

 

本来ならもっと離れた場所、一帯を一望できる場所がいいのだが、『鉄塔の森』から随分と離れてしまったら異変を感知出来ないし、そもそも視力は常人より少々優れている程度。

どこぞの民族でもない限り、米粒以下の動体を目で見付けられはしない。

 

 

そして今日も日課の、『鉄塔の森』巡回の時間が来る。

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

(とび)のように『鉄塔の森』上空を旋回すること五分。

結論から言えば今日も成果はなかった。

 

オウガテイルが群れで追いかけっこしてたり、コクーンメイデンが地面から「こんにちは」したり、ザイゴードが暇そうにしてたりと、上空から見ている分には非常に平和だった。

 

途中でボルグ・カムランが乱入し、手当たり次第に食い荒らして行ったが、まあそれはそれ。

傍観していた俺にとっては対岸の火事に他ならない。

 

触らぬ神に祟りなし。

エリックさんのためにも、キレイに掃除していってね。

 

小型アラガミの楽園を蹂躙していくカムランさん。

一通りお掃除が終わり、悠然と歩き去ろうとするカムランの背後に不穏な影が───。

 

 

「あっはは! 見ぃつけたぁ!」

 

 

トレードマークのブラストを携えて、ハイテンションな彼女に味方は戦々恐々。

射線を気にして立ち回っても、被弾すればキツイお言葉が飛んで来る。

誰が呼んだか彼女は誤射姫。

素晴らしき誤射率で多くのプレイヤーをハートキャッチ(物理)してきた第二部隊の紅一点。

 

台場カノン様、降臨でございます。

 

「その盾、何発打ったら壊れるのかなぁ! 試してもいいよねぇ!」

 

あらやだ怖い。「答えは聞いてない」って続きそう。

カムランの振り向き様にブラストをぶっ放す。避ける余地がなく、正面から高火力の銃撃をくらう。

しかしカムランさんは倒れない! めげない! 逃げない!

 

逃げてェェェ! 超逃げてェェェ!

俺は我関せずを貫くけど、応援してるからさ!

 

お空で。

 

 

と、ここで攻防を繰り返していたカムランが、誤射姫様に背後を見せるという暴挙に出た。

体力回復のため、一時撤退し飯食いに行くらしい。

 

現在の交戦地はマップの大体M地点。

そこから引き返し、反時計回りでA地点へと向かう。

ミッション開始時にプレイヤー達が待機している辺りだ。

 

「逃げちゃうのぉ? ねぇ、今すっごい無様だよ! あっはは!」

 

ハイテンション誤射姫様は逃走を図るカムランを射程範囲内に納めながら追いつつ、隙あらばその後ろ姿目掛けブラストをぶっ放す。

 

「逃げるなら、ちゃんと逃げてよねぇ! 当たっちゃうからさぁ!」

 

鉄塔の森にカノン様の高笑いが木霊する。

追いかけっこを楽しんでおられる……。

楽しげな誤射姫のことは露知らず、A地点の餌場に辿り着いたカムランは体力回復を試みる。

 

──が、餌にはありつけなかった。

瞬間、餌場を前にしてカムランは前肢を持ち上げ、現れたもう一人の敵に向かい威嚇行動をとった。

 

「すまない、遅れた。これより討伐に加勢する」

 

カムランを挟んで向かい側にいるカノンさんに、そう声を発した。

青のジャケットを着用し、使用する神機はバスターブレード。放つ言葉の端々に生真面目さが滲む短髪の青年。

 

ブレンダン・バーデルが合流した。

 

直後、彼は攻撃の隙を作るためスタングレネードを投げつける。

同時にカムランは盾を構え自身の視界を遮り、ブレンダン先生に向かって一直線に突進を行った。

 

咄嗟にブレンダン先生は右へと飛び退き、投げたスタングレネードは勢いを得たカムランの盾によってあらぬ方向へと弾き返される。

 

宙を舞うスタングレネード。

目視で砂粒程の大きさだったのが、段々と大きく見え───って、え?

 

 

刹那、視界が真っ白に染まった。

 

 

 

──目が、目がァァアアアア!!

声を圧し殺し、滞空したまま両手で頭部を覆う。

何というミラクル。

カムランが傍観してる俺を恨んでやったのでは、という考えが(よぎ)る。

 

だが、安心召されよ俺。

目が利かなくなるのは一瞬だけだ。

落ち着け……落ち着け……どうせ地上の奴等は、滞空してる俺に気付いちゃいねぇだろ。

 

しかしカムラン、テメェのことは疑ってるからな。

カノンさんのブラストとブレンダン先生のバスターの餌食になればいい。

 

騒がず、下手に動かず、その場でただ時間が過ぎていくのを待つと、真っ白だった視界が次第に色と風景の輪郭を取り戻していく。

 

同時に、下方に垂れている尾先にヒヤリとした感覚が伝わる。

どうやら予想外のハプニングに気を取られ、ずっと同じ高度で滞空していたつもりが徐々に降下してきてしまったらしい。

 

これは、いかんぞ……。

 

現在の位置関係はまず俺から見て最奥の、初期待機地点すぐ傍の餌場付近に固定砲台もといカノンさん、そしてB地点とC地点をカムランが右往左往し、ブレンダンが隙あらばと縦横無尽に翻弄している。

俺はそんな彼等を、C地点の海側にある壁越しに見ている。

 

極力目立たないよう翼を折り畳んで全身を縮こまらせ、壁に爪を立ててへばりついた上で、上部の平らな箇所に顎を乗っける。

コンクリートの壁とボルグ・カムランという遮蔽物はあるが、恐らく、二人にはオペレーターから何かしらの連絡が入ったはずだ。

この巨体では隠れられる場所もないし、どう頑張ったってバレる確率が高い。というか、バレる未来しか見えない。つかもうバレてるだろ、コレ。

いっそのこと海に入って泳いでどっか行こうか……。

 

「ああもう、小賢(こざか)しいなぁ……!」

 

カノンさんのお怒りボイスも聞こえてくる。

そして、盛大な射撃音が一発。

 

放たれた弾丸はカムランの上を通り過ぎ、俺へと一直線に向かって──横っ面に直撃した。

爆弾の破裂をもろに受けたような衝撃。

間も無く訪れる浮遊感。

 

あ……落ちる……。

 

そう認識したときには既にコンクリートの壁から手足が離れ、巻き上げられた大量の海水が白い飛沫となって視界を覆っていた。

体が沈む。海面が遠ざかる。水が全身にまとわりつく。

 

あばばば…泳がなければ……泳がなければ……。

 

まず翼は畳んだまま浮上を試みる。

骨格的に人間の泳ぎ方が出来ないため、必然と犬掻きの要領で手足を動かす。

首を限界まで伸ばし、空気を求める。

 

窒息するかもしれないという危機感に煽られ、泳ぐという行動に無駄な動きが加算されてしまう。

端から見れば、じたばたと溺れているように見えるだろう。

今あのハイテンション罵倒誤射姫に見付かったら、俺のメンタルがマッハで溶ける。

 

慣れない犬掻きで藻掻いて頭が水上に出ると、鼻腔を通る空気の感覚に一瞬安堵した。

 

しかし、変わらず響く戦闘音。

興味本位で覗きに行けば、また誤射姫の餌食になってしまうかもしれないと、岸を目指して泳ぎながら身震いする。

 

願わくば、もう二度とカノンさんにはエンカウントしたくない。

 

 

出来るだけ音を出さないよう泳ぐこと十分弱。

俺が目指した岸は、『鉄塔の森』マップのF地点付近から確認できる灯台のある場所。

陸地から沖の方へ突き出たここは、アラガミがいなければフィッシングスポットになり得そうな場所だった。

 

まあ近場に工場跡があるから現実的には難ありだろうが、景観だけであれば実に雰囲気がある。

 

しかし、上がれそうな場所がない。

浮力があるとはいえ、この巨体だ。手足が疲れる。

上陸場所を探し岬をぐるりと回れば、陸沿いに消波ブロックが積まれていた。

 

ブロックに手を掛け崖をよじ登るように上陸した。

そして数歩も歩かないうちに泳いだ疲れが手足に押し寄せ、長年放置されたアスファルトの上で腹這いになる。

普段使わない筋肉を集中的に使った時の感覚。

重りを乗せられている気分だ。

 

あーもう疲れた。歩きたくない動きたくない、働きたくないでござる。

今日の見回りはカノンさんがいるからいいよね、終わりで。

飛んでゴッドイーターのいる場所にも戻りたくねぇし、ここに休憩場所移動するか。

 

幸い灯台のあるこちら側も、俺が寝そべっている海岸沿いのボロ道路を挟んで工場跡地が広がっている。

やる気を出して掃除すれば寝床として申し分ない。

 

 

 

……はぁ、エリック早く来ねぇかな。

 

 

 




お久しぶりです。
書きかけだったものをどうにか締めて投稿させていただきました。
書き方を忘れたのは内緒。
次はどうしましょうか……考え中です。

それと、MHWのアップデート来ましたね。
いやぁもう……まだやっていない方がいらっしゃるかも知れないので一応伏せますが、アイツが滅茶苦茶カッコ良かったです。
あの必殺技見て、この作品に出してゴッドイーター達と敵対させてみたいと思いました。マジやべぇ、どれくらいヤベェかと言うとマジやべぇ。

ということで、また次回お会いしましょう。


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第九話 イレギュラー


お待たせしました。
前回の更新から4ヶ月経ったようですね。
……遅くなってすみません。

大筋は旧版と変わっていませんが、新しく書いたお話になります。
旧版にあったものがなかったり、なかったものがあったり、新しく入れてみたり……今後、展開していければいいなと思っています。

【旧版:十話 立場と距離】



先日の諸々の成り行きにより住み処を移動してから、特に何の進展もなく二日が経過した。

極東支部の偵察班も今のところ姿は見えず、俺を見失って今は捜索しているのかもしれない。

 

俺としては解放された気分だ。

相変わらず昼夜関係無しに襲ってくるアラガミを除けば、比較的平穏な時間だったと言える。

 

ふとゼノになってから今までの事を振り返ると、襲撃してくるアラガミに対して『またか』と呆れ気味になるのは、成長したと取るべきか、順応したと取るべきか。

何に対して、とは明確には言い表せないのだが、『染まってきたな』とつくづく思う。

 

話が逸れたな。

 

住み処の移転先は工場跡地。

建造物は殆んどアラガミに喰い荒らされ、モヒカン数人を配置すればどっかの世紀末と遜色ない様相を呈している。

 

移動して来てからの二日間は、就寝スペース確保のため周辺の掃除をしていた。

人の拳くらいの石片がそこら中に転がってはいるが、この巨体と比べたらただの砂利同然。快適な更地に整備出来た。

小型アラガミの邪魔が入りながらも、せっせと掃除した俺を褒めてやりたいね。

 

壁の残骸なんかもあるにはあるが、全て破壊するとなると素直に面倒。定住する気が皆無な上、アラガミの姿を隠す程の面積は無いから、視界の妨げになろうと捨て置く。

 

さて、本題だ。

俺が『鉄塔の森』近辺に居座っている本来の目的は、エリックの死亡イベントを潰すこと。

折角だからという精神で介入しようと決めた訳だが、自分でもまあ何とも浅はかだなぁと……浮かれてたんだろうな。

だからと言って今更『やめた』なんて言う気もない。

 

介入する事に関して俺は、ゴッドイーターに対して一線を引くことにする。

あちらが俺に対して警戒を解くのは大いに結構だが、俺の警戒心が緩んでしまう可能性がある。つか緩む。

そうなれば、誰かが何かを企むかもしれない。たぶん。

 

頭がアホの子になった俺は、その渦中にいても、何も気付かないだろう。

そうならないために、早い段階での思考による自衛を図る必要がある。

一線を引くのは、俺自身がゴッドイーターに肩入れし、無用心に警戒を解かないための予防線だ。

 

『信用』や『信頼』は二の次三の次。

生存率向上の為、あいつらについて『知っている』状態を維持し続けなければならない。

 

……まあ、一年前のあの兄妹関係の出来事に関してツッこまれると、言い訳すら思い付かねぇがな。やっぱ浮かれてたんだなぁ……。

 

さてと、以上を踏まえ愛しのエリックをどうやって死なせないようにしようか。

焦らされ過ぎて新しい扉が開きそう。乙女心に目覚めそう。

 

誰得ルートの可能性を自身に感じつつエリック上田ルートの回避策を考えるも、大目的のみが脳内をぐるぐると回るだけで作戦の取っ掛かりさえ浮かばない。

 

行き詰まったな……。

軽く整地したスペースで腹這いになり、両前足を組んで顎を乗っける。

道路を挟んで向こう側はすぐ海。

朝日が水面を照らし、穏やかに揺らぐ波が白光を纏って輝いていた。

 

鉄塔の森(フィールド)』には俺が降り立てる空間はなく、地上でエリック達をそれとなく支援するならば、フィールド外からひょっこりアクションするか、無理やりフィールド内に降り立ち何やかんやする他ない。

前者はともかく、後者は建造物を踏みつけにするためフィールド破壊不可避。崩落にゴッドイーターが巻き添えになる事が予想される。

俺の体重でフィールドがヤバイ。

 

と、なると……地上での支援はフィールド外からのアクションが妥当だろうか。

 

フィールド上空からの介入方法は……中近距離のブレスか、遠距離ゼノビームによるオウガ打倒が候補か。

だが、正確性に欠ける。着弾地点との距離が離れるにつれ、狙った場所との誤差が生じる可能性がある。

感覚で言うなら、ブレスの場合は銃や弓矢などの射撃武器に近く、ビームは高圧洗浄機で遠くの的を狙う感覚……だろうか。

例えが武器と洗浄機という差は置いといて、射撃のスペシャリストでもない限り、狙いやすいのは高圧洗浄機もといゼノビームだ。

それでも、エリックを巻き込むかもしれないという懸念は拭えない。失敗したら『てへぺろ』じゃ済まないからな。

 

……え、じゃあ、どうするのよ俺。

フィールド外からひょっこりする?

壁からひょっこりする?

やだちょっと可愛くない? 俺、可愛いくない?

ひょっこりゼノちゃん良くない?

いやん、恥ずかしいよぉ……とか言っちゃってさ!

幼女だったら尚良、し……。

 

………。

 

俺は両手で目を覆い隠し、頭を抱える。

脳内で急激に膨らみ暴れ狂った妄想は一瞬の静寂によって鳴りを潜めていき、直前までの気分の昂りを客観的に捉え始める。

 

何だろう……恥ずかしいとか思う以前に、俺、疲れてんのかな……。全く別物だが、ランナーズハイ的な……気分がハイになるヤツ……。

あの兄妹のこともあるし、上手く言い表せないが幼女ってお前……駄目だろうよ……。

 

ヤバイ、泣けてきた……俺の精神状態に俺が泣いた。

 

他の方法考えよう……殆ど関わらず、キッカケのみを作る方法……。

 

頭を抱えたまま、目的のため思考を回す。

しかし妙案と呼べるものはなく、エリック上田ルートを絶対に回避できる介入方法は浮かばなかった。

負傷させ警戒が強化される可能性、俺の出現に気を取られオウガに殺られる可能性……俺が考えた方法は、どちらかの欠陥が必ず含まれる。

 

ならば……賭けよう。

これに含まれるのは、後者の可能性。

直接あいつらに危害を加える訳ではないが、一時的な警戒は仕方ないとする。

必要なのは、エリック達の警戒心と視野の広さ。

これは俺にもどうにも出来ない。だが、絶対に必要な要素でもある。

 

俺が提供するのはキッカケだけであり、恩を売ってマスト討伐対象にならないよう立ち回るのは決定事項。

エリックを助けるにしても、その過程であいつらを負傷させればブラックリスト入りは時間の問題となるため、少しでも敵対姿勢が強まる可能性がある介入方法は除外する。いらん敵を作らない為だな。

 

……まぁ、これだけエリック上田ルート回避について語っておきながら言っちゃ悪いが、俺の介入が意味をなさずゲームのシナリオ通りに進んだとしても、俺に実害はない。

逆に助かったとしても、害もなければ益もない。

薄情だがエリックに限って言えば、百億パーセント助ける意味がないんだよ。俺にとっては。

 

だから、完全に俺の自己満足だ。

 

さぁ、イベント介入で試される俺のイレギュラー力。

見事エリックの運命を変えることができるのか!?

そして、俺は討伐リスト除外に近付けるのか!?

次回、唸れイレギュラー力、エリック上田とは呼ばせねぇ。

 

シナリオ外の可能性を掴み取れ。

 

 

 

 

……やっぱり俺、疲れてんのかな。

 

気が付くと、朝日だった太陽が頂点に差し掛かろうとしていた。

 

ああ、そろそろ巡回の時間だ。

うまく現場に居合わせられればいいんだが……。

 

寝転がって凝り固まった身体を伸ばし、真正面の道路へと歩み出る。

地味な作戦を引っ提げ、今日で決着が付くようにと願いながら仮の住み処を飛び立った。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

『鉄塔の森』A地点。

一人の青年が周囲を見回しながら、ゆっくりと足を踏み出す。

今、共に行動する人物がいないことを考慮しアラガミが出現しないか警戒しているが、肩に余計な力が入り強張っていた。場慣れしたゴッドイーターにはない、新人の特徴である。

そんな彼の名は、伊澄ショウ。

雨宮リンドウに伴われ、一年以上前に極東支部へとやって来た。一ヶ月前に十五歳を迎えたショウは新型神機の適合試験を受け見事合格。その後ダミーアラガミとの戦闘訓練、先輩ゴッドイーター同伴の実戦を経験。

そして今回も実戦経験を積むため、別の任務に出ていた先輩ゴッドイーターであるエリック、ソーマと合流し、ミッションを行うことになっている。

 

「そう言えば、あまりいい話聞かなかったな……」

 

遠くに待機している二人の姿を捉えたショウはふと足を止め、出撃前に聞いた話を思い出す。

ミッションに赴く新人をからかうというより、先輩からの警告という意味の強かったその話は、結果としてショウの中に取っ付きにくい性格の二人という印象を与えた。特にソーマに対しては噂話を耳にしたことで言い知れぬ不安が芽生えていた。

 

「……噂は噂。誰が一緒でも、だよな」

 

ショウは自身の経験からそう呟き、エリックの奥でそっぽを向いているソーマを見据える。

一回、二回とゆっくり静かに深呼吸すると、不思議と彼に対する不安は薄らいでいた。

完全とは言わないまでも踏ん切りがついたショウは、一度止めた足を二人と合流するため再び進める。

それとほぼ同時、待機状態だった二人のうちエリックだけがショウの到着に気付き、手を振って駆け寄ってくる。

双方が一歩、二歩距離を縮めた瞬間──。

 

『緊急です! 作戦エリアに接近する敵性反応を検知しました。周囲を警戒してください!』

 

全員の小型インカムから、オペレーターを務めるヒバリの切迫した声が流れる。

突然のことにエリックは間の抜けた声を漏らし、上の空だったソーマは弾かれたように周囲を警戒し始める。

ショウも同様に近辺を見回し、いつアラガミが出現してもいいよう身構える。

──だが、いくら待てども敵影は現れない。

 

「……本当に反応があったのかい?」

 

痺れを切らしたエリックが息を吐き、髪を掻き上げながらインカムの向こうのヒバリに訊ねる。

 

『はい、こちらのレーダーでは確かに……』

 

直後、作戦エリア内を一陣の風が吹き抜けたかと思うと、数秒の間、明るかった景色が影に隠れたかのように暗がりに包まれた。

風の音だけとは到底思えない、轟音と共に。

 

刹那、形容しがたく、しかしショウにとっては聞いたことのある大音声が、その場にいる三人の頭上に降り注ぐ。

 

検知した敵性反応が上空にいると理解した三人は、その姿を確認しようと顔を上げる。

だが、上空の存在を視界に捉える寸前、ソーマが一歩前にいるエリックの襟首を鷲掴み、後ろへと投げ飛ばした。

 

「い、いきなり何を……!」

 

思わず尻餅をついたエリックは状況を理解出来ず、声が上ずる。

しかし直ぐに、ソーマが自身を後ろへ投げた理由を知った。

 

「アラガミが上から……!?」

「ボーッとするな!!」

 

驚くショウを叱咤するソーマ。

それもそのはず。直前までエリックが立っていた場所に今は、直ぐ傍の貯水タンクから飛び降りたオウガテイルが唸り声を上げていたのだから。

 

「ひぃぃぃ!!」

 

先程の自身の立ち位置とオウガテイルの立ち位置を照らし合わせ、あり得たかもしれない最悪の結果を導き出したエリック。

もしもの結果に情けない悲鳴を上げた彼を尻目に、ソーマは対峙するオウガテイルを即座に斬り倒す。

重い一撃をもろに受けたオウガテイルは、反撃する余地もなく沈黙。

そして息を吐く間もなく、第二波のアラガミ複数体がC地点に出現。

取り乱していたエリックも取り繕うように戦闘態勢に入り、援護射撃出来るようソーマの背後に行き神機を構える。

 

「おい、新型。呆気に取られている暇はない」

「あ、ああ、ここからが本番だな」

「そ、そうさ! 僕のように、華麗に戦ってくれたまえよ」

 

吠えるオウガテイルと刺を飛ばすコクーンメイデン。

近接を担う二人は降ってくる刺を掻い潜り接敵、三人目は射撃によって前衛二人を援護する。

三人で行うミッションが開始した。

 

一方でフィールドに影を落とす敵性反応は一度咆哮を上げて以降、攻撃を仕掛けてくる事も鳴くこともなく、上空での旋回をただ繰り返していたのだった──。

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

無事任務を遂行した三人は極東支部に帰投するため、『鉄塔の森』を離れ回収ポイントへと向かっていた。

 

「そう言えばあのアラガミ、ゼノ・ジーヴァだったかい? 変わらず訳の分からないアラガミだよ」

 

過去に一度遭遇した際の様子も絡め、エリックは率直な感想を述べる。

任務開始直前、上空に姿を現したゼノ・ジーヴァは結局、戦闘中も特に乱入してくる気配もないまま討伐対象のアラガミの掃討を完了し、三人の無事を見届けるかのように何処かへ飛び去っていった。

 

「まあ、追加で戦闘……ってならなくて良かったと思うんだけど……」

「僕の華麗なる姿に恐れおののいた結果さ」

 

と、自身の醜態を忘れ髪を掻き上げるエリック。

その様子にショウはどう言葉を返せば良いか分からず、苦笑いを浮かべた。

 

「……この辺りだな」

 

二人の会話には入らず、黙々と先を歩いていたソーマが立ち止まる。

風景は砂と瓦礫の終始殺風景なものだが、回収ポイントとして指定された場所は特に石片が脇に寄せられており、誰かが意図的に作り出したような空間のように思えた。

 

「ここが回収ポイントかい?」

「そうだ」

「はあー……疲れたぁ……」

 

ショウは衣服に土が付くのも憚らず、両足を伸ばし腰を下ろす。

目的地に到着した三人は帰還するためのヘリを待つのみとなり、周囲の警戒をしつつも互いに微妙な距離を取り軽く気を休める。

会話らしい会話はあまりなく、強いて言えばエリックが先輩風を吹かせ、いかにして華麗な戦闘を行うかという話をショウに聞かせていた。

 

「───今の話を肝に銘じれば、君も華麗に戦えるようになるさ」

「へー、そうなんだー……」

 

後半部分は完全に興味が失せ、何一つエリックの話が頭に入っていないショウは、締め括りの言葉に棒読みの相槌を打つ。

しかし、あからさまに無関心な態度でもエリックは気にしないどころか棒読みの相槌をポジティブに捉え、終わったと思われた華麗なる話を再び始めた。

 

「次は僕の華麗なる活躍を──」

「いや、もう満足……」

 

ショウの本音はエリックに届かなかった。

今度は脚色されたと思われる話を聞かされ始め、ショウは助けを求めるようにソーマへ視線を送るが、そっぽを向いていて救援要請を受け取ってはくれなかった。

ショウは落胆と共にうつむき、エリックの話を聞き流しながらただ砂を見る。

どこにでもある砂。まばらに見える半透明な粒が他の砂よりも綺麗だと感想を抱くのみで、集めようとも持って帰ろうとも思わない。

 

──だが。

 

「……ん? これ……」

 

そのありふれた砂の中にひとつだけ、他とは違うものを見つけた。

ショウが好奇心で拾い上げたそれは指先に乗るほど小さく、しかし異様な存在感を放つ代物であった。

半透明にも銀灰色にも見えるその結晶の内部には青白い淡光が宿っており、消え入りそうな幽かな光を結晶全体に纏わせていた。

 

「エリック、これ見たことあるか?」

 

拾った結晶を手の平に乗せ、恍惚と自身の活躍話をするエリックに差し出す。

 

「話の腰を折らないでくれたまえよ……」

 

一瞬不機嫌そうにしながらも、エリックはショウの質問を無下にすることなく差し出された結晶を凝視する。

 

「おや? 見たことないね」

「そうか……ソーマは?」

 

距離を置くソーマにも拾った結晶を見せる。

結晶は非常に小さいため傍まで近寄り注視しなければ確認できないのだが──。

 

「知るか」

 

ソーマはその場から一歩も動かず、軽くショウを一瞥した上でぶっきらぼうにそう答えた。

一名を除いて先輩が知らないと断言した結晶。

危険物という指摘は一切なく、石あるいは結晶が何らかの被害をもたらしたという話も聞かないため、新素材として調べてもらうか、お土産として妹に持って帰るか、二つの選択を天秤にかける。

 

「……渡してみるか」

 

悩んだ末、頭の中の天秤は、僅差で調べてもらう方に傾いた。

いくら危険物と指摘されなくても、未知の結晶体に変わりはない。

分からないものを無闇矢鱈に民間人、ひいては肉親に渡すわけにはいかない。

 

興味のわかないエリックの話が、二度目の締め括りを迎える。

ショウは結晶を、そっとポケットに忍ばせたのだった──。




今回の話、字数が6000字を越えました。初ですね。

以前、活動報告でリクエストして頂いた『モンハンの鉱物』の、可能そうなものを出してみました。

補足するなら、任務が終わった彼らの回収ポイントになったのは、寝床を移転する前のゼノが一年以上寝床として利用していた場所です。
一話にもちょこっと描写はしてたんですけどね。ついさっき確認しました。

他に書きたいことがあるのですが、長くなりそうなので後で活動報告に上げとこうと思います。

それでは、また次回。


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第十話 廃都の幽火

お久しぶりです。
仕事が多忙だったのと、人理修復の旅に出ておりました。

久々の投稿のため、不安と緊張が入り乱れています。


エリックイベントを経て、俺は《鉄塔の森》から場所を移し《贖罪の街》に来ていた。理由は定住場所を探すためだ。

 

今は特にあてもなく街中を歩いている。

 

今のところ差し迫ったイベントは無いだろうし、これから起こるリンドウの退場イベントは完全な退場ってわけじゃない。一悶着あるが、復帰することは確定している。変なちょっかいを出さなければの話だろうが……。

後の展開で生存という結果さえあれば、半アラガミ化していようが現段階で首を突っ込む必要性はない。

 

というか、俺が介入したせいで物語の筋が拗れると面倒臭い。

そう考えると、必要最低限の行動以外は自制した方がいいか。

アホ面ひっさげてむやみやたらに神機使いとエンカウントするより、ほとんど人目につかないような場所に籠ってるのが最善だろう。

 

よし、ニートするか。

 

そんな訳で、定住場所を探すことにした。

かの弩級アラガミ、ウロヴォロスと同等であろうこの巨体が休める空間って時点で選定難易度高めな訳だが、この他にゴッドイーターとアラガミに睡眠を極力邪魔されない場所という条件が加わる。

するとどうだろう。候補地なくね?

 

まあ広さに関しては、無ければ作ればいいじゃない理論で用意するのもひとつの手だが、それは地上の場合のみに限られる。

ゴッドイーターやアラガミとの遭遇率を下げる条件を優先すれば、地下なんかが候補になる。あんな暗がりで見通しも悪く、行動範囲が地上よりも限定される地下に喜び勇んで足を踏み入れる輩はそうそういないだろう。

そんな俺にとって好条件の地下で、空間確保のためにブレスやらなんやらブッ放せば、あら不思議。生き埋めゼノの完成だ。

 

とまぁ生き埋めはあくまで極論だが、地道に掘るにしても時間が掛かるし効率が悪い。

広さを取るか、安眠を取るか。選択肢があって無いようなものだ。野外で行動する限り敵勢に遭遇しないなんてのはまずあり得ない。

 

 

って、思うじゃん?

全くとまではいかないまでも、俺が望む条件に近しい場所がない訳じゃない。

《贖罪の街》には、あの場所がある。俺がオギャった地下空間だ。

 

しかし、ここでさらに問題がある。恥ずかしながら、場所を覚えていない。

なんせ一年以上も前のことだ。道なりにただ歩いただけで、生誕の地から地上への順路を覚えようと思ったことは一切ないし、また戻ってくるなんてのも当時は全く頭になかった。

 

ここに来てから早一週間。廃れた公園を寝床とし、俺が生まれたあの場所への入り口を探して街を練り歩く日々。

手がかりはこれっぽっちも無かった。

 

だが、ひとつだけ気になる事はある。

 

《鉄塔の森》からここに移動してきた初日、小型アラガミの洗礼を受けた。

その時は特に腹が減っていたわけではなかったため、ある程度の傷を負わせ撤退を促すようにした。

 

思惑通り、小型アラガミは傷を癒すため俺の前から撤退。遠ざかっていく後ろ姿を目で追っていたところ、地下通路に降りていく階段へ真っ先に向かって行っていた。

小型アラガミは特に躊躇う様子もなく、まるで何処に向かうか決めているかのように階段を降りていった。

 

地下に餌場があるということだ。

地上のよりも回復効果の高い餌場が。

 

本家ではゼノ・ジーヴァ生誕の地には、生体エネルギーが凝縮し結晶化した龍結晶がある。

ゼノがいる本家フィールドほどではないにしろ、それなりに大きい結晶が、俺がオギャった空間のそこかしこにあったのを記憶している。

 

結晶の元となる生体エネルギーは本家とこっちで違うだろう。本家(あっち)は古龍の死骸が瘴気の谷で分解されて……って感じだったと思うが、こっちには瘴気の谷なんて場所はない。

 

じゃあ、こっちの龍結晶の元になった生体エネルギーはどこから来るものなのだろうか。

古龍のような生物に限らない、超自然由来のエネルギーとか? それこそ純粋な地脈エネルギーが……とかだろうか。

 

あ、駄目だコレ分からん。

つか龍結晶とか生体エネルギーとか今考える事じゃない。そもそもこっちの結晶を龍結晶と呼んでいい代物なのかが疑問だが……。

とにかく、便宜上こっちの結晶も龍結晶と呼ぶとして、生体エネルギーの塊である龍結晶はアラガミにとってこれ以上にない体力回復の糧となる。たぶん。

 

どのキャラか忘れたけど、本家でも「力が湧いてくる」って言ってた気がする。

触れるだけでそんな感覚が生まれるなら、龍結晶に宿るエネルギーが何かしらの影響を与えていることになる。

力が湧くという言葉から連想するとしたら……細胞の活性化、身体機能の向上あたりか?

影響範囲は治癒力とか筋力とか……アラガミだったら細胞同士の結合力、だろうか。

 

もしそんな効果があるなら回復薬……こっちじゃ回復錠だったっけ。作られそうだな。まあ、人体に害が無ければだけど。

つかそもそも回復錠って作られてなかったっけ?

ゲームではハーブとかが材料だった気がするけど、回復アイテム使用して回復するHPゲージってゲームの仕様だからなぁ。

 

あれ、HPゲージって現実世界に変換すると何になるんだ?怪我の度合いか? 無くなったら戦闘不能になるから、その認識で大丈夫な気がするけど……だとしたら、怪我が瞬時に治癒する薬なんて作れるわけないよなぁ。

 

てか、あれ? そういえば俺、最初なに考えてたんだっけ?

 

そう思い至ったあたりで、ここ一週間の寝床となっている公園に戻って来ていた。今日も何の収穫もなく街を一周してしまったようだ。

 

数十年前までは子供が遊んでいたであろう遊具は、錆びと風化、アラガミの捕食により元来の姿がほぼ消え失せている。

辛うじて遊具周りの鉄柵や支柱が残っている程度だ。

そんな寂れた公園の中央で腰を下ろし一息つく。

ついでに翼も地面に付け力を抜く。

 

考えていた事の掘り出しと整理をしようと空を見れば太陽が傾いており、爽やかな青が鮮やかな橙色に染まっていた。

 

俺が生まれた地下空間を探して一週間。どんな順路で地上に出たのか、どこから地上に出たのか、夜の内に集中して思い出さないと、建造物を破壊して強行手段を取るしかなくなる。

それか、原点回帰を諦めるしかない。

 

体が小さかったら、こんなに悩まなくて済んだのになぁ……。

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

夕陽が地平線の彼方へと去り、静かな廃都に降りた夜闇の中、青白い淡光を放つ幽幕は炎のように揺らめく。おいで、おいで、と誘うように。

 

思考に耽る彼の真後ろで、関わることに消極的な彼の思惑とは裏腹に、ふらふらと尾の幽光に引き寄せられたソレは、しばらく幽幕を不思議そうに目で追って白い手を伸ばす。

長大な尻尾が左右にゆっくりと揺れるたび、幽幕もひらひらとなびいて伸ばした手から逃げていく。

 

「うー……?」

 

白い少女は滑るように離れていった幽幕と、何も掴んでいない自身の手を見比べて小首をかしげる。

あっちへひらひら、こっちへゆらゆら。

淡光に釣られた少女も、あっちへとことこ、こっちへぱたぱた。

 

けれど、気付かれてはいけない。

一口で食べられてしまうかもしれないから。

 

でも、興味を駆り立てられて仕方がない。

少女は勉強熱心だから。

 

だから、この生物のことを知りたい。

アラガミではないのに、アラガミと似た気配を感じるから。

 

知りたいという一心のままに幽幕を追い掛けていると、大きく左右に振られていた尾の振り幅が次第に狭まっていき、ついには地面の上でゆったりと伸びたまま動かなくなった。

 

少女は恐る恐る歩み寄り、夜風に揺れる幽幕を手に取る。

 

持っているという感覚がないほどに軽く、薄い。

千切ろうと思えばいとも容易く出来そうでありながら、意外にも頑丈で、親指の腹で撫でると滑らかで非常に手触りが良い。

 

そしてよく目を凝らすと、何百、何千と枝分かれした青白い淡光の線が葉脈、あるいは毛細血管のように幽幕の表面を走っていた。

この淡光の線が集中している幽幕の縁とその付近は特に頑丈で、アラガミの気配が入り交じった不思議なエネルギーを感じる。

 

少女は興味の引かれるままに、唇で幽幕の端を()んだ。

 

「んー……うー?」

 

もごもごと何度も唇で食むうちに、今までに食べたどんなものよりも味があることに気が付く。と言っても、あれらと比べたらマシ程度で、けれど少女はそれが「美味しい」ことなのだと思った。

 

今度は幽幕の表面を削るように噛んでみる。

削いだ薄皮を何度か咀嚼する。

 

「うーんー……」

 

小首を傾げ、確かめるようにゆっくりと噛み、眉間にシワを寄せてまた噛む。

 

少女は考える。

これは何なのだろう、と。

人としては幼い思考回路で、何回も何周も考えた。

けれど本能が、細胞が告げている。

 

これは混ざりモノ。解明不可。模倣不可。

形を真似たところで、意味がない。本質が違う。

どの形になれば速く走れるとか、力が強くなるとか、泳げるとか、そういう次元の話ではない。

 

この白く大きな生物は、《そういうもの》としてここに在る。

形の無いものが形を持ったかのような生物。

 

概念(そういうもの)》を真似ることは出来ない。

けれど、《コア》を取り込むことが出来ればあるいは──。

 

そこで少女は、考えるのをやめた。

いや、やめざるを得なかった。

 

視界の端にチラリと映る、中空の発光体。

恐る恐る目を動かし、顔を向けて正面からソレを捉える。

 

「あ………」

 

息が詰まる。掴んでいた幽幕がはらりと落ちていく。

この青白い幽幕が唯一の灯りである闇の中、ついさっきまでそこには無かった橙色の光が八つ。

 

──少女を、凝視していた。

 

地の底から這いずり出てくるような低い唸り声。

威嚇にも聞こえるけれど、巨龍の纏う空気が、伝わってくる微かな気配が、強張る少女に疑問を抱かせる。

 

 

『なぜこの生物は動揺しているのだろう』と。




活動報告におまけを投稿しました。
ゼノは少女らしいので、擬人化少女verを描きました。
擬人化認めない、という方はスルーでお願いします。

話は変わりまして、昨年末から仕事が繁忙期状態になり、なかなか時間が取れずにいました。
ただここ数日は早めに帰れたので続きを書いた次第です。

また明日から仕事が忙しくなるので当分、投稿は出来ないと思います。すみません。

それでは、良いお年を。


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