加蓮Be! (煮卵9)
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Why did you become an “IDOL”?
秋も終わりのプロローグ


デレミリシャニ小説増えろ。



次は加蓮に…入れようね!(ダイマ)


 

何故、少女達はアイドルを目指すのか。

 

花屋の少女は答えた。

 

「新しい何かを、見たかったから、かな。なんにもやる気なくて、私には向いてなくて。でも、プロデューサーは、私の笑顔がいいって言ってくれた。だからかな。」

 

ツンデレ太眉は言った。

 

「あ、アイドルになった、理由?そうだな、最初はそんな目指してたわけじゃないんだけどさ、気がついたら目指してて、本気になれて、なりたくなってた…からかな。あ、これ凛と加蓮には言うなよ!絶対だかんな!」

 

そして、北条加蓮は告げた。

 

「すっごく遠くて、それでも憧れて、絶対無理だって馬鹿にされて、それでも諦めきれなくて、いつだって私を励ましてくれた。そんな存在になって、今苦しんでる子達を救ってあげたい。支えになってあげたい。子供の頃の、私みたいに。」

 

きっと誰もが、アイドルを目指している。

夢を追うもの、理想を見たもの、希望を目指すもの。

そして誰でも、そのために犠牲を払う。

金と、時間と、努力と、人生と。

 

 

 

 

 

―――時には、命さえも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

First stage(第一章)

 

Why did you become an “IDOL”?(何故あなたはアイドルになったのですか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、久しぶりじゃない。」

 

もう草葉も枯れ、コートを欲すようになってきた秋も終わりの通学路。

怠い身体を引きづってひぃこら歩いていると後ろから声をかけられた。

このロリボイス、そのくせ完全に保護者目線な声を出す俺の知り合いは一人しかいない。

 

「なんすか、このみ姐さん。」

 

馬場このみ。

765プロ出身のアイドルだ。

なんとこの幼女(見た目)は、142cmとかいうクソチビのくせに24歳というおば…お姉さんとかいうキャラ盛りウーマンなのだ。

ちなみに俺と絡むと身長より更に一回り幼くなる。

 

「むー。可愛くないわねぇ。久々にあった美人アイドルへの対応がそれ?」

 

「あ、ごめんなさい。勿論忘れてませんよ。…よちよち、お母さんと、どこではぐれたのかな?」

 

「私はおねーさんよ!子供扱いしないで〜!」

 

ほら、こんな風にちょっと煽るとすぐに腕と足をじたばたさせる。まるで小五だな。

 

「あ、そうだ。俺姐さんに聞きたいことあるんすけど。」

 

「何よ、珍しく素直ね。なんでも答えてあげるわよ!」

 

「実年齢は?」

 

「24って何度も言ってるわよね!?なんで信じないのよ!?」

 

「じゃ、なんでアイドルになったの?」

 

「…どうやら、それは真剣な話みたいね。」

 

うむ、こういう所が姐さんの嫌いなところだ。

冗談交じりで話してる最中だってのに、こういう本題はどんなに自然に混ぜてもすっと引っ張りだしてしまう。

こっちは目的も照れも隠してるってのに、実に卑怯だ。

 

「何?もしやアイドル目指してるの?」

 

「その冗談は笑えないし、その年齢も笑えない。正直詐欺だと思う。起訴。」

 

「…適当に返した私が悪いけど、アンタ、そんなんじゃまともに生きていけやしないわよ?」

 

「余計なお世話なのです。僕ちゃんは成績優秀、運動神経抜群のスーパー中学生なのです。」

 

「人気皆無の癖して、生意気な口をよく叩けるわね…。で、私がアイドルになった理由、だっけ?」

 

「ええ、まあ。別に話したくなきゃそんなに詮索しようってほど気になる訳でもないですけど。」

 

「別に私は隠したい過去とか、言いたくない事情とかがある訳じゃないし、可愛い後輩くんのお願いともなれば教えてあげるわよ。」

 

そして、腕組みをして、顎に手を当てて、うーんと唸る。

こういうとこもなんか大人ぶってる子供っぽいんだよなぁ、こいつ。

 

「私がどういう経緯でアイドルになったのかって話したっけ?」

 

「いいや聞いてませんよ。」

 

「私、初めは事務員を目指してたのよね。765プロの事務員さんをちょっと前に商店街で見たのよ。なんかアイドルの営業を手伝ってあげてたみたいなんだけど、なんか、いいな…って思って。」

 

「アイドルになってないじゃん。」

 

「それで事務員になるために面接を受けにいったらね、アイドルのオーディションだったのよ!笑えるでしょ?」

 

「面接官の気持ちになったら笑えない。」

 

「なんか変だと思ったのよね、ダンスさせられたり、歌わさせられたり、どんな風になりたいの?とか聞かれたりして。」

 

「いや気付けよ。」

 

「で、プロデューサーが出てきて、『これから頑張っていきましょう』なんて言うもんだからビックリしちゃって。そしたらいきなりトレーニングルームに連れてかれたから、まさか事務員もトレーニングするんですかって言ったら、プロデューサーさん目を丸くしちゃったのよ。あれは傑作だったわね。」

 

「あんたの思考回路が傑作だわ。」

 

「でもまあ、そんな始まり方でも続けられるのは、やっぱり、楽しいからじゃないかしら。他の子と一緒にお仕事したり、ファンの人達と触れ合ったり、たくさーんの人に憧れてもらうこと…とかね。」

 

「…やっぱり、姐さんのこと嫌いっすわ。」

 

「正直になれない子は、お姉さん嫌いよ?」

 

ったく、このロリババァは。何だって、1番聞きたいことをピンポイントで当ててくるんだ。

 

「あーあ、聞いて損した。時間返せよな、全く。」

 

「人に聞いといてその態度でいいわけ?そんなんだと私にだって考えがあるわよ?」

 

「はっ!好きにやれよ!このみ姐さんの攻撃なんて一切怖くないね!」

 

「育ちゃんに言いつけるわよ!」

 

「すんませんでした!」

 

土下座、敢行である。

24歳は煽れても、10歳には勝てない。

それが俺、北条 大河(ほうじょうたいが)。弱冠15歳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このみ姐さんと別れ、学校を目指す。

俺の通う高校は、創立34年とかいう、特に面白みもなければ歴史もない普遍的な高校だ。

強いて特徴を上げるとすればこの無駄に傾斜が厳しい坂道だ。

行きは下りなのでまだマシだが、帰りは登ることになるわけである。俺は帰宅部だし、昔鍛えていた名残りで体には自信があるので気にならないが、部活に入ってるやつは可哀想だな、散々しごかれた後この坂を上るわけだし。

そいつらは入る中学を間違えた。受験しなかったお前が悪い。ざまーみろってんだ。

 

「何ニヤニヤしてるのよ。気持ち悪いわよ、大河。」

 

「あ…?何だ志保かよ。」

 

「…静香じゃなくて残念だった?」

 

後ろから話しかけてきたのは、同じクラスの北沢志保。

ツンデレの入った美少女なのだが、どうしてか俺はこいつを飲み屋のオッサンにしか見れない。はて、どうしてだろうか。

 

「いいや?もがみんを一人でイジってると周りの目が冷たくなるから好都合。」

 

「評価がダダ下がりってところは分かってるのね…。」

 

「そうしてでもイジる価値はあると思うんだよね、俺は。つかもがみんは?」

 

「静香はもう学校に着いてるはずよ。この前社会頑張るって言ってたじゃない。」

 

「あぁ…。あいつの社会2番目に壊滅的だからな…。」

 

もがみんの勉強出来る度はこの3人の中だと1番低い。いやクラス内順位はトップ10に入れるくらいなのだが志保一位、俺二位なので到底太刀打ちできないのだ。

 

因みに俺らも総合で勝ってるだけで理系は負けまくっている。それでももがみんが一番ダメなのは社会科が赤点スレスレレベルを飛んでるからだ。誰だよマッサーカーって。社会科の先生だって冗談で言ってんだよむしろ先生がマッサーカーだよ。

 

ついでに言えばトップレベルで壊滅なのは美術。受験科目にこそ入っていないためまだマシだが、評価1を免れるために俺と志保は毎学期暗躍させられている。多分彼女は感想文の分量だけで1を逃げ切っている。或いはイケメンと美少女の土下座で回避している。

 

…今学期こそはもがみんにも頭下げさせよう。あいつも顔はいいんだから。

 

「大河こそ、勉強はいいの?高校、いい所行けそうなのに。」

 

「いやそんなレベルの高いとこ行かねーって。俺が行くのは一番近くのトコだよ。」

 

「どうしてあそこなの?大河ならもっと上目指せるでしょ。」

 

「俺ん家から電車無しで行ける唯一の高校だろ、あそこ。」

 

電車の中とかマジ勘弁。満員電車だってのに無駄にスペース取りに来るババアとか、はしゃいで暴れ回るガキどもとか、松葉杖の人や高齢者とか妊婦とか病人とかが乗ってきても知らんぷりのクソ社畜共とか、そんなのと一緒に電車に乗るなんて死んでも御免だ。

 

「そんな理由で?…後で静香に謝っておきなさいよ。」

 

「はぁ?何で俺が。」

 

「大河ってなんで地頭はいいのにこういう所で鈍感なのかしら。静香が不憫よね。」

 

「…?」

 

たまに志保の言ってることがよく分からない。これぞ世に聞く電波少女?青髪になってから出直してこい。そしたら俺にも青春が来るかもしれない。

 

「あ、そうだ。水道寄ってこうぜ。」

 

「どうして?」

 

「手を冷たくしてもがみんの背中に突っ込む。」

 

「それ、セクハラだと思うけど?」

 

「………。」

 

「はい、これ。保冷剤。」

 

「ひゃっほい!流石志保!分かってる!」

 

こういうとこだよな、このノリがおっさんにしか見えねぇんだな。

 

5分かけて手を冷やした。冬ももうすぐだからな。キン↓キン↑に冷えてやがる!

 

「行くぞ!志保!」

 

「あっ、ちょっと!」

 

「止まるんじゃねぇぞぉぉぉ!!」

 

志保の静止の声も無視して、爆走する俺。もがみんに対する悪戯の時だけは、唯一全力を出せるのが俺クオリティ。

 

「大河が元気な時って、大概碌なことがないんだけど…。大丈夫かしら…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室に行くと、何だか今日は人が多かった。

それでも俺の目はもがみんをハッキリと映し出す。つか他の人の顔とか殆ど覚えてない。大抵志保かもがみんしか見てないから。

 

こっそりともがみんの後ろに回る。勉強中のこやつは周りの声とか音とか耳に入れない。簡単に後ろにつけるって訳だ。

 

クラスメイトもまた何かやらかすのか、って目でこっちを見てる。いやいや止めろよおまいら。

 

まあご期待に添えられるよう頑張りましょう…!クラス中に響き渡れ!もがみんの可愛い悲鳴!

 

「そこは飛鳥時代…だよ!」

 

パチッ!

 

「ッ!?」

 

凄い勢いで振り向かれた。あれ、悲鳴とかを期待してたんだけどな。

 

「ッ〜!?」

 

何か表情がぐるんぐるんめぐってる。これはあれかな、驚きすぎて声も出せないやつかな。

 

「何してんのよ!」

 

「ふげらっ!」

 

横合いから志保の飛び蹴りが頬に突き刺さった。いや、首上はないだろ死ぬぞ。

 

「い、痛ぇ…。女子の火力じゃねぇ…。」

 

「静香、取り敢えず保健室に行きましょう。制裁は下したわ。」

 

「う…グスッ…うん…。」

 

志保が何故か泣いてるもがみんの手を引いて教室を出ていった。

残されたのは、俺、散乱した机、その他女子生徒の冷たい視線と、男子からの暖かい視線。え、なにこれ俺が直すの?

 

「………………。」

 

「………………。」

 

 

仕方ないなあ直してやろう。

 

 

 

一応直したのだが、女子からの視線が止むわけでも、志保達が帰ってくるわけでもなかったので、居た堪れなくなって教室を出てきてしまった。

 

目的もなく出てきてしまったので、暇である。

こういう時は相談も兼ねてあいつに電話するのが得策だ。

 

プルルルルルルル、プルルルルルルル、ガチャ。

 

「ヤッホー、学校の時間に掛けてくるなんて珍しいね。どしたの、大河君?」

 

「あ、甘奈(あまな)。今大丈夫?相談したい、つかさせろ。」

 

電話相手の名前は大崎甘奈。

学校も学年も別、というか先輩だが、何故縁があるかと言えば、それはオンラインゲームが原因である。俺は趣味としてオンラインゲームを嗜むのだが、その時相当の廃プレイヤーを見つけた。そういう人がいるとどうしても話しかけたくなる性分なもので、ついボイスチャットで話しかけてしまったのだ。大抵は何も返ってこない、酷い時はそのまま通信切断なのだが、この時は返ってきた。

 

…まさかこんなギャルギャルしい奴が廃ゲーマーだとは。世も末だな。

 

しかもこいつ、アイドルとか抜かしやがる。ギャルで廃ゲーマーでアイドルとかキャラ盛りすぎだろ。いい加減にしろよ、って言ったんだけどね、ググってみたら出ちゃったからね、しょうがないね。

 

でも逆に言えばギャルアイドルもゲーマーアイドルも知り合いにいるしそのくらいキャラを盛らないとアイドル界隈では生きていけないのかもしれない。

 

そんなこんなで交流が始まり、オンゲーで出会ったりして、遂には連絡先まで貰ってしまったので、一応人生の(ゲーマー)の先輩として相談に乗ってもらったり乗ったり乗ったり乗ったりしている。甜花ちゃん甜花ちゃんうっせーんだよなこいつ。はっ倒してやろうか。

 

「させろって。まあ暇だからいいけどー。で、また志保ちゃんともがみんちゃんに何かしたの?」

 

俺は状況を正確に伝えた。

俺が悪くないこと。提案者は俺だがさせたのは志保だということ。以前やった時はあんまり怒られなかったこと。保冷剤を持っていたくせして俺を悪者にした志保は許されないこと。頬骨がまだジンジンすること。

 

それら全てをちゃんと伝えた。

 

「大河君が悪いね。」

 

「はぁ!?何でぇ!?」

 

「いつも通り大河君視点の脚色が入ってることを差し引いても、女子の素肌を服に手を入れて触るなんて訴えられたら100パー負けだからね?」

 

「でも違うじゃーん前回も怒られなかったし今回だって志保は協力者なんだからあいつがキレるのはおかしいやーん!」

 

「うーん…。色々聞いていい?」

 

「何?」

 

「そもそも制服で背中に手って入れられるの?」

 

「入れられないから引っ張って無理やり突っ込んだ。」

 

「他の男子はどんな顔してた?」

 

「暖かい視線を送ってきた。」

 

「もがみんちゃんのバストサイズは?」

 

「何でそんなこと聞くんだ?76。」

 

「逆に何で言えるの…?で、とっても嫌な予感がするから一応聞くんだけど、『パチッ』って音、しなかった?」

 

「あぁ…?したかも。」

 

「…フロントホックって知ってる?」

 

「何それ、格ゲーの新技?」

 

「…二人が戻ってきたら全力で謝ること!分かった!?」

 

「え?甘奈もそっち側?いや謝んないけど?」

 

「謝れ。」

 

「はい。」

 

ロリババァ以外の年上に対して俺の勝ち目はない。大人しく負けを認めよう。

 

「じゃあ切るけど、ホントに謝ってよねー!」

 

「あーちょっと待って。」

 

「何?釈明なら聞かないけど?」

 

「いや、そういうんじゃなくてさ。甘奈、お前アイドルじゃん?」

 

「そうだけど…。何?今更改まって。」

 

「何でアイドルになろうと思ったんだ?」

 

「甜花ちゃんの可愛さを皆に知ってもらいたいから!」

 

キーンって耳鳴りした。声がデケェんだよ。

 

「は?マジ?」

 

「…って、最初は思ってたんだけどさ、やってるうちに、楽しくなってきて。でも…。」

 

「でも?」

 

「…ううん。楽しいからだよ、やっぱり。プロデューサーさんは面白いし、千雪さんは優しいし、甜花ちゃんは可愛いし。ただの楽しい放課後じゃない。アイドルとして輝きたいって思えるようになったんだ。」

 

「………………。」

 

「あー、ごめんこめん!急に語っちゃって、キャラじゃないよね…!」

 

「いい話だったよ。ありがとな。いいんじゃねぇの?アイドルになりたい理由を語れる奴は、本気でやってる奴だけだろ。」

 

「そっか…。じゃあ良かった。」

 

「サンキュな、こんな突拍子もないことに答えてくれて。」

 

「いつもの悪ふざけじゃないんでしょ?分かるよ、大河君とは付き合い長いもん。」

 

「そうか?じゃあ俺が今何考え」

 

「志保ちゃんともがみんちゃんにちゃんと謝ってよ?じゃーね☆」

 

ピ。

 

電話切られた。なんでバレてん?エスパー?

 

 

 

 

 

大人しく教室に戻ると、仁王立ちする志保と、ちょっと赤くなった目で座るもがみんがいた。どうやら逃げ道はないようですね…。

 

「何か言うことがあるんじゃない?」

 

「すいませんでしたぁ!」

 

「私じゃなくて、静香によ。」

 

「静香さん!すみませっんでしたぁ!」

 

「静香。謝ってるけど。」

 

ガタッ!っと立つ!

タッタッタッ!っと走る!

ドゴォ!っと殴る!

ドスッ!っと壁にぶつかる!痛い!

 

「まだ…許したわけじゃないから!」

 

そのままもがみんは教室から外に出ていってしまった。

ふぇぇ…。なんであんなに怒ってるのさぁ…。俺が何したって言うんだよぉ…。

 

「なんだ今のパンチ…。それヒロインがしていいやつじゃないだろ…。」

 

「で、自分が何しでかしたかは気付けた?」

 

何だよその満面の笑み…。いつもお前微笑しかしねーじゃんクールキャラの笑顔を安売りするなよ能面かよ。

 

「な、何って…。せ、セクハラ?」

 

「セクハラで許されるレベルを超えてると思うけど?」

 

「…手ぇ突っ込むってそんなあかん?前は許されたし、今回だって志保は止めなかったじゃねぇか。」

 

「フロントホックの奴なんて買うから…。どっちにせよこの事件は起きたのかもしれないけど。」

 

「あ!それそれそのフロントホックっての!何なんそれ?甘奈も言ってたんだけど。」

 

「…気になるなら自分で調べなさい。お姉さんに聞いてみたらどうかしら。このセクハラ大明神が。」

 

志保も出て行っちゃった。マジかよポール。

 

志保まで俺を見捨てるなんてっ…!これいつぶりだろ。確か前回は夏休み終わった後に『お前らなんか太った?』と聞いた時以来だ。数ヶ月前じゃねーか全然いつぶりとかじゃねぇわ。

 

しかしあの時は自分でもデリカシーないかとも反省できたし姉貴にもガチギレられたから分かるんだけど今回は一体なんだ?理由が分からないと謝りようが無いぞ?

 

やっぱり何か『フロントホック』とやらに原因があるのだろうか。姉貴に聞くのは論外として誰かに聞いてみれば解決するかもしれない。

 

なので前の席の女子に聞いてみた。

 

「ねぇ、フロントホックって何?」

 

ビンタされた。なんでさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の授業は移動教室が多い。

だから俺が志保ともがみんともう一度話すチャンスを得たのは6時間目の社会の授業だった。こいつら昼休みまで教室以外のとこ行きやがった。どこいってたんだよ飯も食わずに探したのに。おかけでお腹ペコペコだよ。

 

まあ何故授業中が話すチャンスなのかと言えば、俺と志保ともがみんは奇跡的に席が横並びだからだ。

 

北沢、北条、最上、と、なんか『き』から『ほ』までが少なすぎだろとか『ほ』から『も』が多くないか?とか色々言われそうだがそうなってしまっている以上仕方が無いだろう。

 

つまりは横にいる、しかも社会人のおじいさん教師は私語とか気にするタイプじゃない。

このチャンス、活かさねば!

 

「なんでさ。」

 

俺の周りだけ、ポツンと空いていた。

志保は右の、もがみんは左の席の奴に教科書を忘れたからと借りに席を移動させやがった。おい志保、お前社会置きっぱにしてんの俺知ってんだぞ。おいもがみん、お前に至っては朝広げてたの見てんだぞ。そして前の人は保健室に行きました☆…君さっき笑いながら友達とご飯食べてたよね。そこまでするか普通。

 

ここまで怒られたのは流石にずっと前だぞ…?前回の太った事件は怒られはしたが、すぐに機嫌を直した。具体的にはうどんと猫のぬいぐるみで。チョロ過ぎかよこいつら。今回もそれでいけねーかな。

 

こいつらの怒り具合は大体パンチとキックで観測できる。それに応じて俺は対応せねばならない。まあそんな怒ってないでしょ多分。

 

もがみんのパンチは過去最高の威力だった。細腕クソザコナメクジパンチャーのもがみんのパンチで俺がダメージを受けるなんて初めてだ。

 

志保のキックはいつも通りかちょっと上くらいだった。だが志保が首上を狙ってきたのは今回が初めてだ。

あ、ごめん嘘だった。俺がどんなにイケメンかを語った時にハイキックで頭を撃ち抜かれたんだった。ちなみに黒だった。大人びたいお年頃なのかもしれない。…とまあ、数回くらいしかない。格闘家の脳震盪での死亡事例とか話したらあんまり蹴ってこなくなった。それを煽ったら顔面に膝入れられたけど。

 

ええと…いつもの威力の数倍の攻撃と、あの態度。んで真面目なこいつらが授業をないがしろにしてまで俺を避けてくる…と。

 

 

 

前言撤回。どちゃくそ怒ってる。この小説は早くも終了ですね。

 

 

 




人物紹介

北条大河
どこにでもいるアイドルホイホイ、中学生タイプ。作者の趣味によりほぼクール専用。ロリババァ特攻持ちだが、年下だけには弱い。あと年上だけには弱い。同級生だけにも弱い。どうやらお姉さんがいるらしいが、一体何条加蓮なのか!?

北沢志保
ツンデレ中学生…君ホンマに中学生?
大河のお目付け役であるが、静香の可愛いとこも見たいと思ってる。しかし弟も大好き。つまりバイ。
保冷剤を渡したのは大河の頭を冷やそうと思っただけだし、私に罪はない。って言うつもりだったけどそんなこと言ってる場合じゃない。時間が無い方。

???
名前の判明していない謎の中学三年生。絵が壊滅的で、うどんが好きで、「最上」「もがみん」「静香」と呼ばれているが、その正体は一体…?時間が無い方。

大崎甘奈
甜花ちゃん甜花ちゃん甜花ちゃん甜花ちゃん甜花ちゃん甜花ちゃん甜花ちゃん甜花ちゃん

馬場このみ
ロリバ。

まるで小五(将棋)だな。
魔力吸収してきそう。


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意外ッ!それは姉!

これがシリアス。



加蓮のフェスガシャ…来なよね!(来ない)


「むーりぃー…。」

 

もう教室には俺以外はいない。

とうに日は暮れ、赤い夕日が体を照らす。

 

あれから色々と釈明とご機嫌取りを続けてはみたのだが、どれも手応えは感じられなかった。まさかぬいぐるみとうどんが効かないとは…。もがみんは揺らいでたが志保に止められた。完全にあっちサイドっぽい。

 

というか志保がキレて手に終えたことなんてない。あいつがキレて手に負えるのは自分にされたことに対して起こった時。もがみんが許し、そしてOKを出すまで志保は怒り続ける。だからいつもはチョロ過ぎもがみんを落とすのだが今回は徹底的だ。いつもならうどんで首を容易に縦に振るのに。あの子もしやうどんで誘拐できるのでは?

 

「はぁ…。最後の手段、使うしかねーかなぁ…。」

 

大人しく鞄を持って、玄関まで歩いていく。

誰もいない廊下に、階段に、俺の足音が反響し、大きく響く。

 

「知んなかったぜ…。この学校、思ったよりも足音響くんだな。」

 

これまでは、1人で帰路につくなんてことは無かった。どんなに怒られても、大抵は下校時刻までには許してもらって、お詫びにゲーセンとかうどん屋に寄って枯れてく財布を呆然と眺めるだけだった。財布枯れちゃうのかよ。眺めるだけなのかよ。少しは抵抗しろよ。

 

「何だかなぁ…。ずっと、1人でいいと思ってたのにな。」

 

子供の頃は、ずっと1人でいいと思ってた。俺がどんなになってでも、助けてやりたい。ただそれだけだった。

 

でも、いつの間にか隣には志保がいて、もがみんがいて、このみ姐さんや甘奈がいて、たくさんの人がいて。

 

 

 

―――いつの間にか、1人になるのが怖くなっていた。

 

 

 

きっと、昔の俺ならばここまで許しを得られなかったらもう切り捨てていただろう。大切かどうかなんて関係ない。目の前にいなければ守れないなんてことはない。大切だから隣にいなきゃいけないなんてことも無い。

 

でも俺は求めていた。人の温かさを求めていた。これ以上失うのは嫌だから。もう一度失うのが嫌だから。

 

 

 

もう、あれ以上失うのは嫌だから。

 

 

 

「ねぇ、どこまで行くの?」

 

「あ?」

 

不意に後ろから話しかけられた。

振り向いたら姉がいた。

派手なメイクにネイル、着崩した制服、オレンジ色の髪、頭の後ろに生えてる謎のチョココロネ。うん、こんなビッチみたいなチョココロネは俺の姉貴しかいない。北条加蓮(かれん)。そいつ以外は。意外ッ!こいつが姉!何にも意外じゃないな。

 

「…何してんこんな所で。」

 

「何してん…って、こっちのセリフだけど。今からどこいくのよ。今日はご飯当番あんたでしょ?」

 

「いや嘘つくなよお前だろ。」

 

「ちぇっ…。バレちゃったか。帰宅途中に自分の家通り過ぎてく程悩んでんだったら、その辺もあやふやかなって思ったんだけどなぁ。」

 

「あぁ…。マジかよ俺…。」

 

俺と姉貴の学校は逆方向。道端で出会うとすればそれは片方が行き過ぎた時くらいだ。

そこまで志保ともがみんのことで悩んでるとは、自分でも驚きだ。

 

「なになに?相談乗ったげよっかー?どうせ女の子関係なんでしょー?全くあんたも隅に置けないねぇ。」

 

「違ぇよ。お前にする相談なんかあるかよ。明日の夕飯何にするか考えてただけだっつーの。」

 

「明日の当番は無し。お母さん仕事休みだよ。」

 

「………………。」

 

「今日の分はまだしも、明日の分は忘れちゃうくらいには悩んでるんだねぇー。へぇ〜?そうなんだ~?」

 

「………………。」

 

「何か言うこと、あるでしょ?」

 

「ソウダンニノッテクダサイ。」

 

「それだけ?」

 

「…何が望みだ。」

 

「ここに4名様以上限定のスイーツバイキングの割引き券がありまーす!」

 

俺は脱兎の如く駆け出した!

しかし既に回り込まれていた!

肩を掴まれる、痛い!JKの力じゃない!

 

「ちょ、ちょっとぉ〜?逃げない、でよー…!まだ…何にも言ってないでしょ!?」

 

「嫌、だね…!そこに行くくらい、なら!このまま一生悩み続けるね!」

 

ぐぬぬぬぬ…!なんちゅう力だ…ビクともしねぇ!ビクともしねぇってJKに使っていい言葉かおい!こいつの場合ジャイ(J)(K)の略だろ…!

 

むんずと頭を掴まれる。っていうけど、あれ、結構可愛い言い方だよね。怖さ半減くらいにされてるよね。

 

「痛い痛い痛い!ギブギブですギブしますぅ!待って離してミシミシ言ってミシミシ言ってるってば馬鹿馬鹿お前中学の頃絵筆片手でへし折ったの忘れたわけじゃねぇだろうな!?」

 

「聞こえなーい。」

 

持ち替えが入った。今度は首だ。もうこれ耐久問題とかじゃないガチで生き死にに関わってくるぅ!

 

「助けてください何でも言う事聞きます行きますスイーツバイキング行かせていただきますあと加蓮様のふくよかなおっぱいが背中に当たって至福のひとときに御座いました!」

 

「よろしい。」

 

首から手は離され、路上にへたり込む俺。

今度は制服の襟を掴まれ俺は引きずられていく。ちょ、摩擦って知ってますか?

 

「ドナドナドーナ…ドーナ…。子牛をの~せ~て~。」

 

 

 

 

 

家に到着し、俺を投げ捨てた加蓮は、『先に行ってて、お米研ぐから。』と言い残し、キッチンへと向かっていった。

俺は階段を登り自分の部屋にブレザーと鞄を投げ捨てて加蓮の部屋に向かう。

 

加蓮の部屋は俺の部屋の隣の隣にある。

隣の扉には「加蓮」と札がかけられている部屋だ。…と加蓮の部屋だと思って開けてみると違うのだ。これが。部屋を開けてみれば加蓮のアイドルとしての歴史というか写真やら新聞の切り抜きやら雑誌やらCDなとが保管されている、いわば加蓮の倉庫みたいな場所だ。なんでこんなに集めんのさ親バカってレベルじゃねーぞ。

 

そしてその隣にある1番広い部屋が加蓮の部屋だ。解せぬ。俺ももう高校生にもなろうと言うのにこんな狭い部屋で何をしろというのか。エロ本の隠し場所すりゃない。せめてベットがいいな。…いや、買わないけどさ。

 

そういや加蓮のベットの下にはエロ本とか隠してあるのかな。探してみよ。

 

部屋に入って、一瞬でその気を無くした。

 

「汚なっ…!」

 

大量のポテチの空きゴミ、脱ぎ捨てられた洋服や下着、漫画やゲーム機が散乱し、学校の教科書であろうものがしわくちゃになって放置されている。

 

「チッ…。このためにこの部屋にしやがったなあいつ…。」

 

仕方なく、俺は片付けを始める。菓子のゴミをゴミ箱に突っ込み、洋服を畳み、漫画を棚に戻し、ゲーム機を箱に戻し、教科書を真っ直ぐ伸ばして邪魔にならないところに重ねておいておく。…ん?なんだこれ。

 

よく見ると、ベットの下から何かピンク色のものが見えている。持ち上げてみると、ブラジャーだった。なんだブラジャーか。と思ったが何かが違う。なんだこれ、留め具が前についてる?へぇー。こんなタイプのやつもあるんだ。

 

「姉の部屋でブラジャー片手に何してんのよ。変態。」

 

「そうなったのはお前が部屋片付けないせいだろ。嫌なんだったら片付けろ。つか遅えよ。俺掃除し終えたじゃねえか。」

 

俺はベットの上にブラジャーを捨てて、ようやく人の座れるスペースとなった部屋に壁にもたれかかるように座り込む。

加蓮ももう今更ブラジャー如きでいじる気もないようで、大人しく椅子に座った。

 

「で?」

 

「で?、とは?」

 

「あんたが相談があるって言ったんでしょ?だから優しい加蓮お姉様が相談に乗ってあげようって言ってるじゃない。」

 

「誰も乗れとは言ってないし、強要したのお前だし、優しいお姉様ってどこにいんの?」

 

「ふーん。あんたが志保ちゃんと静香ちゃんの相談事家まで持ち帰ってくるの珍しいじゃん。」

 

「…何故バレた。」

 

「ふふーん。秘密。で、何があったのよ。」

 

しょうがない。『誰』がバレてるなら別段隠すような内容ではない。

 

俺は状況を正確に伝えた。

俺が悪くないこと。提案者は俺だが

 

「そういうのいいから。どうせあんたがやったんでしょ。正直に言いなさい。」

 

俺は状況を

 

「言え。」

 

「はい。」

 

今度こそ捏造もなければ改竄もなければ脚色もない事実を話した。

 

「で?続きは?」

 

「いや…今ので終わりだけど。」

 

俺が志保にまで見捨てられた話を終えたところで、まだ続きを催促されたが、当然そんなものはない。強いて言うならば教室でぐでってたくらいだ。

 

「…ないんだ。じゃあ何を悩む必要があるの?」

 

「何をって…そりゃ色々あるだろ。どうすりゃいいのか、分かんねえし。」

 

「仲直りしたいんでしょ?だったら謝るだけでいいじゃん。」

 

「いやいや謝ったよ?さっきも言ったやん。でも許してもらえなかった。」

 

「それは謝ったとは言わない。本当に仲直りしたいなら謝って謝って、物で釣って、媚を売って、土下座して。そしたら許してくれるよ。友達なんでしょ?私だって凛とか奈緒とかと喧嘩するけどさ、最後にはそうやって許してくれる。互いに頭を冷やせばなんとかなるって。」

 

「そんな…もんなのか?」

 

その感覚はこいつも友達の感覚狂ってる気がするけど。友達いない歴はこいつも大概だしな。

 

「そんなもんだよ。はいじゃあ解決!私ご飯作るから、呼んだら来なさいよー?あとラッキーだよ大河。今日は材料がちょうどあったから大河の好きなコロッケだよ!」

 

楽しみにしててねー、と1階へと駆け下りていく加蓮。

 

「はいはい楽しみ楽しみ。」

 

でも俺は知っている。

我が家の冷蔵庫には、コロッケの材料なんて入ってないこと。

そして加蓮は、帰りには何も買ってなかったこと。

俺が掃除をしていた間、どこに行っていたのかも。

 

「…ったく、証拠隠滅が下手すぎんだよ。バレバレだっつーの。…こりゃあ頑張るしかありませんなぁ。」

 

加蓮の倉庫部屋のゴミ箱には、コンビニの袋と、レシートが捨てられていた。

 

 

 

 

 

「志保!静香!話がある!」

 

俺の教室に入ってからの第一声は、それだった。

もう二人共教室にいて、二人で勉強を教えあっていた。なんかにこやかだったのに、俺を見るなり複雑そうな顔をして、目を背ける。あらら、時間が解決してくれる作戦は失敗のようで。

 

「…何の話よ。」

 

志保が答える。静香は話してくれる気は無いようだ。

 

「昨日の話だ。…昨日は本当に悪かった!謝って許してもらえるか分かんねえけど、謝る!」

 

俺は土下座した。プライドが無いのかなんて言われそうだが、加蓮にも母親にも、ましてや5歳下の小学生にしまくってる身としては最早そんなものは存在しない。

 

「取り敢えず謝ってるって感じだけど、第一大河、自分がなんで避けられてるか分かってるの?どうして静香が怒ってるか、理由が分かって謝ってるの?」

 

「分からん!俺に女心なんて分かんねえし、フロントホックの意味は姉貴も教えてくんねえし、俺パソコンもスマホ持ってねえし、辞書にも乗ってなかった!でも違うって分かったんだ!静香に俺が何をしたかってのは罪であって俺の行動理念とは関係ない!俺が何かして静香が傷ついたってんなら謝んなきゃダメなんだ!」

 

「許さない…って言ったら?」

 

「許してくれるまで土下座する。」

 

「それでも許さないって言ったら?」

 

「志保には家まで行って陸と全力で遊んでやる。静香には週末うどんを作りに行ってやる。」

 

「「う…!」」

 

やはりこの最終兵器、強い!

相手はうどん大好きっ子と超絶ブラコン。このまま押せば行けるっ…!

 

「も、物で釣ろうって言ったってそうはいかないわ。」

 

「じゃあ何でもする!俺が出来ることなら何でもだ!だから、許してくれ!」

 

再び地に頭をつける。

しかし返答はない。ダメか…?

 

「ねぇ、大河。どうして、どうしてそうまでして許して欲しいの?」

 

「静香…?」

 

静香が喋り出す。こういう時は全部志保に喋らせる感じだから珍しいな。

 

「だって、普通に考えてこんなの嫌な筈!皆がいる教室で、土下座までさせられて、何でもするなんて約束までしようとして…。そうまでして私達と友達でいたい理由って何!?そこまでして私達と一緒にいて何が楽しいの!?」

 

こんなにズケズケ言う静香は珍しい。いつもは志保に全部言わせて、あんまり喋らないし。なんかの心境の変化でもあったのかもしれない。

 

「何で、って言われてもなあ…。うーん…。そだなぁ…。俺さ、お前らが怒ってむくれてんのあんま好きじゃねえんだよ。俺はお前らにはいつも笑ってて欲しい。お前らの笑顔が見たいんだよ。それに、志保も静香も可愛いし、それだけで男子にとっては一緒にいたい理由になんじゃねーの?」

 

「か、かわっ…!」

 

「それにさ、お前らといると楽しいんだよな。静香をからかって、志保に怒られて、俺が冗談言って、静香の恥ずかしがってる顔が見れて、んで志保に蹴られて、静香に殴られて…。あれホントに楽しいのか?俺もしかしてドMなのか…?」

 

「いい台詞の途中でそれはないでしょ…。」

 

「…ま、信じるって決めたわけだし。それに、一緒にいて楽しいからだよ。それじゃダメか?」

 

「うん…。すっごくいいと思う。私も大河と一緒にいると楽しい。直ぐにからかうし、常識もデリカシーも欠けてるし、正直責任取って欲しいけど、楽しいよ。…じゃあ、志保は?」

 

「え…?私?」

 

「そう!志保が私を思ってくれるのは嬉しいけど、過保護が過ぎると思うの!私、別にそんなに怒ってないし、正直昨日殴った時点で気は晴れてたの!でも志保は許さないオーラバンバン出してたから志保も何かされたのかと思ったら何もされてないし!私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、だったら大河だって友達なんだから気を使ってあげてよ!」

 

いつもとは逆の立場、志保が怒られ、静香が責める。妹に叱られる姉みたいだ。

 

「は、はい!」

 

「いつもいつも全部二人でやっちゃってさ!私の意見とか最後の志保の聞いてくる『って言ってるけど、許す?』だけじゃない!私も2人と喧嘩したい!3人で喧嘩して、きちんと言いたいこと言い合って、それが友達なんじゃないの!?」

 

「「ご、ごめんなさい。」」

 

普段はあまり喋らない静香が、ここまで怒鳴ってることはそうそうない。確か前回は…。いや前回なんてない。マジで初めてだ!

 

そんな人の裏の顔というか本性というかなにか初めて見たものへ対しての驚きようを見せる俺と志保は、大人しく返事しちゃう。これはランキング改定ですね。

 

「じゃあ仲直り!」

 

俺の右手の小指と、志保の左手の小指を、静香は結ぶ。そして俺の左手と静香の右手、静香の左手と志保の右手も同様に結んでいく。

 

「これで仲直り。それとこれからはちゃんと喧嘩するって約束!いい!?」

 

「…ええ。」

 

「…おう。」

 

「「「指切った!」」」

 

教室のど真ん中に出来た円は、切れること無くそこに残る。それはまるで、俺達の仲は切れないことを象徴しているのかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの…。なんで指切ったのに離してくれないんすか…?」

 

「許したこととさっきのことはまた別だから。陸の笑顔、楽しみにしてるわ。あと何でも権もね。」

 

「うどん。今月。毎週。いい!?」

 

「痛い痛い切れってお前等違うそうじゃない切ると折るは違うもの別物だから馬鹿馬鹿馬鹿あと何でもって言ったけどせめて回数制でお願いしますぅ!」

 

前言撤回。早く切らせろ。

 

 




紹介

最上静香
遂に名が判明した時間のない方。うどん、もがみん、逆に他に誰がいるの?って思われてそうだからマジで皆が知らない奴にしようかと思ったけどしずしほ見たい…見たくない…?元はクソザコナメクジコミュ力無口系クソザコナメクジパンチャーうどんウーマンだったが、この作品中では大河と志保のおかげ(せい)でレベルアップ。この件により消極的P大好きもがみんの未来ちゃは潰え、Pの胃に風穴が開く。


北条大河
何でもする方。フロントホッカー。


北沢志保
今ルートを大河にするか静香にするかPにするか陸にするか悩み中。


北条加蓮
ついにタイトル回収!なお出番。


4人以上で割引のスイーツバイキングのチケット
都合の良いマジックアイテム、こんなのあるかい!って思ったお前、ちょっとお口チャック。3+1は4であるという当然の事実はそれは地獄だという証拠。

壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁
壁 大河 机机机机 加蓮 壁
壁 ?? 机机机机 ?? 壁
通路通路通路通路通路通路通路

はい絶望。


陸を…笑顔に…。
俺は…スマイルワールドを捨ててしまったぁぁぁ!!!


うどん。今月。毎週。
通い妻召喚の呪文。


なんでもするから許してくれ!
ん?今なんでもするって言ったよね?


フロントホック
何故タグが付いていないのか、この小説の七不思議である。


ランキング
1位 育様
2位 はぐらかさない方
3位 加蓮
4位 もがみん←NEW!
5位 志保
6位 甘奈

圏外 もふもふな方

論外 ロリバ


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うどん

うどん









あ、今回のミリシタ2周年のSS確定ガチャの結果はまかべーとぷっぷかさんでした。いやーたまには知り合いに引かせてみるもんですね。

…ということで、言ってたとおり二人の参戦が決定しました。(言ってない)



「ひでえ目にあったぜ…。」

 

学活前の時間の、クラス全体を巻き込んだ大騒動。考え無しに行動したが、そう言えば志保や静香は俺と違って人気者なんだからそりゃ質問攻めくらいされますよね。俺は逃げたけど。誰も追いかけてこないけど。…べ、別に寂しくなんてないし!俺には杏奈がいるから!

 

「どうか…したの…?大河…?」

 

「おーよしよしなんでもないぞー杏奈ー。お前は自由にゲームしてていいからなー。」

 

俺は今、保健室のベットの上で、逆マッサージチェア(命名俺)―――望月杏奈(もちづきあんな)を撫で回していた。

 

こいつこそが甘奈と違うガチゲーマーのアイドルだ。奴は時間的には廃だが、こちらは腕前もやばい。俺のサムスが勝てる日は来るのだろうか。

 

ちなみに今は授業中だが、普通にフケている。何が悲しくてあんな宣言した後に隣の席に座れるかよ。何されるか分かったもんじゃない。保健室の教師は保健室にいることの方が珍しいうえに、鍵もかけないので、ゆるゆるセキュリティなのだ。

 

という噂を聞き、授業の新たなサボり場所として検討するために初めて保健室に入ったら人がいた。それが杏奈だ。寝てた。つんつんしても起きない。つんつん、ぷにー。よーしよしよしよしよし。

 

「………………。」

 

めっちゃ目が合った。不味い、この外見は通報されたらタイーホだ!

 

「もっと…。」

 

はい即堕ち。

 

と、何故だか杏奈は俺がここに来ると確実にいるので、ここは俺の癒しスポットとなっている。志保も静香も知らない唯一の場所だ。そうだよね、保健室って中に誰がいるか分からないから入るのちょっと躊躇うよね。

 

今は俺のお膝の上、うーんやわこい。流石の杏奈も制服だ。本当は部屋着を持ってきたいと言っているのだが、それだと見つかった時に使えなくなると言ったら大人しく引き下がった。にしても杏奈って何年生なんだろ。制服で学年が判断できないので、上履きかジャージを見れば分かるのだが、こいついつもスリッパだし、ジャージなんて見たことがない。こいつ運動出来んのか?

 

どうしても知りたいならアイドルとしてプロフィールを見ればいいのだろうが、それは嫌だ。甘奈の時は命令されたから見たまでだ。最近のギャル強すぎでは?いや、一人クソザコがいたな。淫乱ピンクビッチギャルが。

 

杏奈が体を捩らせ、ポジションを整える。俺もポジションを整えたい。

 

「眠く…なって…きた…。」

 

「んーじゃ寝ていいぞー?」

 

「うん…。膝…。」

 

杏奈は俺の膝に頭を乗せて、スヤスヤと眠ってしまった。可愛い。これ今日もう授業いっかなー。

 

「な、何をしてるのよ大河!」

 

「げ。」

 

保健室の扉を全力で開け放ったのは静香。ちょ、なんでバレてん?エスパー?

 

「シーッ!」

 

クソっ不味い!見つかったのは100歩譲って許すとして、ぜってーこいつ騒ぐ!

 

「な、何してるのよ…!その子はまさか…!」

 

更に不味い!杏奈がアイドルだと知っているならこれはスキャンダル!たとえそこに恋慕の感情がなくともスキャンダルスキャンダラースキャンダレスト!

 

「あ、あのな、もが。」

 

「静香。」

 

何でもする権①

静香って呼べ。

 

「あのな、静香。違うんだ。」

 

「まさか…この学校の七不思議の一つ!保健室の眠り姫!?」

 

……………。

えぇー…。

 

「そこー?」

 

俺はもっと違うリアクションを求めていたんだが…。なんというか、その、『誰よその女!』みたいな。彼女がな訳でもないんだからそんなことある訳ないか。

 

「て・い・う・か!どうして授業をサボってイチャイチャしてるの!?志保に感謝しなさいよね。代返してあげてたんだから。」

 

「あー別に良いのに。」

 

「よくないでしょ!もう私達も3年生なんだし、内申書のことも気にしないと!」

 

「いや別に内申書とか使わなくてもあんな偏差値低い高校余裕やろ。」

 

所詮は田舎にある高校だ。たいして偏差値も高くないし、別に入るのにそんなに苦労するところでもない。今から全力で勉強すれば学年最下位でも余裕で入学できる。

 

「偏差値が…低い…?あそこ、70近かったわよね?やっぱり腹立つ。」

 

「は?そんなないだろ。」

 

「え?」

 

「え?」

 

「だって、大河の行く高校って…。」

 

「ああ?あの一番近いとこ。」

 

「………………はぁ。」

 

「え、何その溜息。また俺なんかした?」

 

あとそのギュッと握った握り拳は何?またボディ?

 

「いえ、いいわ。大河がそんなんだって、もう充分分かったし。」

 

何故か落胆された何でや!あそこの高校の偏差値が低いからか!そりゃダメだな!

 

「ん…。大、河ぁ…。撫で、て…。」

 

「おーよしよしよしよし。杏奈は可愛いなぁ…!」

 

いつの間にやら起きていた杏奈の呟きに、俺の両手が反応する。フッ…。ハナコすら手懐けた俺の技で瞬殺してやるZE☆!

 

「杏奈。」

 

不意に、杏奈の頭が誰かによって掴まれる。静香ではない、この細いくせに謎のオーラを放っている腕は…!?

 

「志保!?しかもゴリラモード!?」

 

説明しよう!ゴリラモードとは!志保がガチで怒った時に顕現するモードで、いつもの戦闘力に加えてステータスも大幅にアップするぞ!具体的な数値を説明すれば、人の頭を掴んだときゴリゴリって音がするレベルってちょっおまっ待てよ初めて見る杏奈にも説明してやらんと駄目だろ違うからゴリラモードってのはゴリゴリっていう音と阿修羅の如き怒りを掛け合わせただけであって決して動物のゴリラではなくって待って聞こえてるゴリゴリって音聞こえてんじゃーーー

 

志保は左手を離し、既に用済みとなった大河を投げ捨てる。

 

「杏奈。あっちでお話があるの。良いわよね?」

 

杏奈は脱兎の如く駆け出した!

しかし既に回り込まれていた!

肩を掴む!ヤバイ!JCの力じゃない!こりゃまさにジャイ(J)(C)だ!

 

「い・い・わ・よ・ね?」

 

ドナドナドーナ…ドーナ…。子牛を…ってあれ、なんかデジャヴ。

 

「ああ、杏奈よ…。こうやって純粋無垢な少女がこの世からまた失われていくのか…。」

 

「純粋無垢な少年は消えてないみたいだけどね。」

 

「んで何か用だった?わざわざ探しに来るなんて珍しい。」

 

「私がうどん以外のことで大河を呼びに来ることがあった?」

 

「…心にひびが入った。もう生きていけない。」

 

なんだようどん以外のことで呼びに来ることがない男子ってそうだよ俺だよ。変に静香のご機嫌取りばっかしてたらうどんだけプロフェッショナルになっちったよなんだようどんだけプロフェッショナルって。香川県民かよ。

 

「もうそういうのいいから早くっ!次の時間家庭科でしょ!」

 

「家庭科…だと…?」

 

ファサァ

俺は上着を脱ぎ捨てる。

そしてポケットに入っていたハンカチを三角巾代わりに巻く。

 

「…さあ、エプロンを持ってこい。」

 

戦いが、始まる。

 

 

 

 

 

「いい加減にしろよてめえ!ガトーショコラだってんだろうが!」

 

遂に家庭科の教師が壊れた。あんた学校で優しい先生ランキング1位だったじゃん。どしたのそんなに怒って。もう更年期か…年には勝てないもんだなぁ…。

 

―――事の発端は、一学期に遡る。

 

俺の学校は3年の家庭科はほぼ全てが調理実習なのだ。そして初めての調理実習の日、友達少なめ(二人)の俺は班を志保と静香と組んだ。つまりうどんキチがいる班なわけだ。小麦粉を使う料理だったのだろう、小麦粉が用意されていた訳だが、俺が冗談で『何作んの?うどん?』と言ったら静香が目をキラキラさせだした。こうなったら志保にも止められない。そうして皆が四苦八苦しながら料理を完成させる中、うちだけうどん食ってた。そしたら怒られた。当たり前だよなぁ…。ところが次も材料に小麦粉があったもんだからうどん姫が発狂。催促される俺。しょうがなく作る。家庭科教師ガチギレ。そして、俺VS家庭科教師戦争勃発。前回はお好み焼き粉でうどん作った。今回は遂に粉物無しでのガトーショコラをテーマにしてきた。まあうどん作ったけど。

 

「ホント…。どうやってこの材料からうどんができるの?」

 

志保が聞いてくる。なんでそんなこと聞くんだ?現に静香はうどん食ってる。これは原理が分かってる奴の顔だ。

 

「別に説明してもいいけど…。じゃあまず材料を全部混ぜる。切るものがあったら切る。」

 

「へぇ。」

 

「で、水に入れて蓋を閉じて茹でる。」

 

「その後は?」

 

「いや完成。」

 

蓋を開けたらうどんが完成していた。簡単だなあ、やっぱりうどんって。面倒臭いときは俺もうどんにしちゃうからなぁ。

 

「ちょっと待ちなさい!何故チョコと砂糖を混ぜて水に入れて茹でたらうどんになるのよ!」

 

「んな事言われても…。そうだな。先生、青に黄色混ぜると何になる?」

 

「緑。」

 

「白と黒なら?」

 

「灰色。」

 

「チョコと砂糖を茹でたら?」

 

「………。」

 

「ね、うどんになるでしょ?」

 

「なる訳ないでしょ!?ほら、見てみなさい!あなたの言う通りに作ったうどんよ!?どこがうどんよ!」

 

先生が持ってきた鍋には、中に茶色い謎の液体が入っていた。いや…何したらこんなんになるんだ。家庭科の先生のくせして失敗しすぎだろ。

 

「茹でが足りないんですよね、茹でが。貸してください、ほら。もう一回蓋して、茹でる。はいうどん。」

 

はいうどん。

 

「…北沢さん。うどんって…何なのかしらね。」

 

「さあ…。私にも分かりません。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は変わって、既に放課後。

 

「ごめんね、じゃあ陸のことお願い。」

 

志保はそれだけ言うと坂を全力で駆け上がって行った。どうやら今日は、いつもの何か(・・)ある日らしい。そういう時は志保は決まって俺達に弟の陸を幼稚園まで迎えに行かせる。あいつが最愛の弟をほっぽり出すなんて、どんな用事なんだか。だから陸が俺と静香にばっか懐くんだよアホめ。

 

「頑張ってねー!」

 

しかも静香は志保が何をやっているか知っているらしい。なんか不平等な気もするが、女同士のどうこうとか言われたら引き下がるしかないのだよね。ま、詮索する気も今はないし。

 

「じゃ行こう、大河。」

 

「あ、ゴメンなんだけど俺用があるから1人で行ってくんね?じゃ。」

 

「ちょ、ちょっと大河!?」

 

静香の引き止める声をガン無視して、俺はそそくさと学校の方へと逃げ出す。陸との触れ合いを逃すのは実に心苦しいが、やらねばいけないこともあるのだ。

 

「杏奈ー?入るぞー。」

 

保健室の扉を開く。別に許可とかいらんだろ。教師もどうせ居ない。

 

「あ…!ちょっと…!ダメ…!」

 

シャアッ!

 

赤い彗星の如くベットのカーテンが閉められた。てか今赤い何かが見えた気がしたんだけど何だ?制服にそんな色入ってないよな。

 

「あ、杏奈ー?」

 

もしかしてなんかダメなタイミングだったか…?なんかボタンはめる音…あと何か拭いてる…?ああ、何か零して着替えてたのか。こりゃ悪いタイミングで来ちまったな。

 

「わ、悪ぃ。着替えてるとは思ってなくてよ…。」

 

「そ、そう…!着替えてた…!」

 

カーテンを開けて、こちらへと指をピンと指してくる杏奈。顔赤いな。風邪か?

 

「大丈夫か?顔赤いぞ。」

 

「え…ちょっと、今は近づかな…。」

 

額に手を当て、熱を確かめる。うん、この季節だってのに汗をかいてる。

 

「風邪か?一人で帰るのは無理だよな。」

 

「え…そう、うん…!杏奈…風邪かも…!」

 

再び指を指してくる。反応が不思議だ。まるで俺が言ったことに合わせて嘘をついているような…。そんなに酷い風邪なのか…。

 

「よし、じゃあ俺が背負って帰るか。もう準備出来てる?早めに出ないと杏奈の門限引っかかっちまうかも知れねえし、急ぐぞ。」

 

「え…っと、うん…!」

 

背中を杏奈に向けると、首に手を回して背中に体重を預けてくる。そういや珍しいな。俺が首に腕を回されて怖くないアイドル。人間の急所を差し出す行為なのか、おんぶって。あれ、このみ姐さんも怖くないな。ってことは単純にサイズの問題か。

 

にしたって軽いなこいつ。ちゃんと物食ってんのか?うーん、今度飯とか作ってってやった方がいいのかな。でも一応アイドルなんだし、自分の健康管理をとかをプロデューサーとかがなんかやってたりしないモンなのかねえ。つーか俺うどん以外に得意料理ないし。栄養どうこうとかは管理できないけどね。

 

「そういや、お前の家ってどこだっけー?」

 

「zzz…。」

 

「ありゃりゃ、寝ちったか。」

 

流石七不思議にもなる眠り姫といったところか。俺が一緒にいるときはいつでも寝てる気がする。結構ゲームするの好きって聞いてたんだけどな。夜にやって昼寝てる感じか?なんか不健康な生活してそうなくせになんでこいつのほっぺたぷにぷにしてるんだろ。アイドルっていう生き物は身だしなみとか整えてなくても天使みたいになれる奴なんだろうか。つまり姉貴とあのビッチは非天使。メイクするとか無いわー。所詮JKとかは全員嘘つき。

 

「あ、大河じゃん。ヤッホー☆」

 

「で、出たなクソギャルビッチ!」

 

噂をしてたら影が差しやがった。杏奈といつも分かれる道で迷っていたら、目の前に淫乱ピンクが現れた。こいつはビッチ。城ヶ崎…ビッチ。俺の姉貴をあんなんにした一番の原因。というかあんな純粋だった加蓮がギャルになるなんて逆にどうやったんだこいつ。こいつの妹はただのギャル。やっぱりJCとJKの差は大きすぎる。来年になるともしや志保や静香もこんなになるのか…?

 

「く、クソビッチて…。相変わらず口が悪いわねこのクソガキは…!」

 

「うるせえビッチ!まさかお前杏奈までビッチにする気か!この純粋無垢な天然記念物をこれ以上世俗に触れさせ黒く汚して世を自分色に染めて悦に浸るのがそこまで楽しいか!?もう止めてくれ!もう男共は女子の深い裏とか、暗い闇とか、そんな打算的なものが存在するとか考えながら生きるのは辛いんだ!邪推しながら生きていきたくない、俺達に女子高校生の夢を見させてくれ…!」

 

「そんな必死にならなくても…。ていうか、その背負ってる子…もしかして杏奈ちゃん?」

 

「もう既にッ…毒牙にッ…!クソッ!」

 

「既に毒牙にっていうか…もとから杏奈ちゃんって結構黒

 

「美嘉お姉ちゃん…一緒に…帰ろ…?」

 

いつの間にやら俺の背中から降りていた杏奈は、ビッチの背中にしがみついていた。ちょっと駄目!その背中追いかけちゃいけないやつ!てか首絞まってない?まあ杏奈の軽さなら大丈夫か。できれば絞めて貰って欲しいけど。

 

「ちょ…杏奈ちゃん…!ごめんごめん私が軽率だったから…!ギブ…!ギブゥ…!」

 

HAHAHA!杏奈の体重で人の首が絞められるわけないじゃないか。何必死になって死にそうなふりしてるんだこのビッチめ。マジ許さんからな今度俺もお前の首にぶら下がってやろうか。

 

「じゃあ…大河…。私…美嘉お姉ちゃんと帰るから…。また、ね…。」

 

「おう。ビッチに襲われないように気をつけろよー。」

 

「襲うか!」

 

ビッチの背中にコアラの如く掴まる杏奈が、段々と…って目的を見失ってた。何の為に陸陸タイムを捨ててまでこっちに来たのか分からないぞ。

 

「ちょっと待って杏奈。」

 

「ん…?」

 

呼び止めると止まってくれた。正確には止まったのはビッチだが。

 

「何…?」

 

「いきなり聞くのもどうかと思うんだけどさ、杏奈さ。…どうしてアイドルを目指したの?」

 

「ふーん。大河ってそういうの気になるんだー!へぇー!ふーん!」

 

「黙ってろクソビッチ。テメエには聞いてねえ。」

 

「酷くない!?毒強いよ!?」

 

騒ぐビッチはこの際無視だ。俺は杏奈と話してるんだから。

 

「…えっとね。」

 

「…話したくないなら、無理には聞かないぞ。」

 

「…ううん。Pさん以外に話すのは…多分初めてだけど…ちゃんと…話す。美嘉お姉ちゃん…降ろして…。」

 

「え?う、うん。」

 

ビッチは言われた通り杏奈を降ろす。杏奈が自分で立とうとするなんて珍しい。アイドル業から離れた場所で自ら動くことなどそうそうしない彼女が、自分の足で立っている。この姿は、きっと俺の知らない杏奈だ。

 

「スゥー…ハァー…。うん…。」

 

「イエーイ!杏奈チャージ完了!今日もビビッと頑張るよー!」

 

「杏奈…ちゃん…?」

 

「………………。」

 

「それで、私がアイドルになりたい理由、だっけー!?そうだねー。私は昔から、ずっと暗い子で、友達もいなかったんだ…。でも、ゲームに出会って私は変われたんだ!弱い現実世界の自分を捨てて、強い仮想世界の自分になれる。そんな世界に、私は魅入られたんだ。でも、私だって、このままじゃ駄目だって分かってた。この狭い世界でだけ、私がかっこよくいられるなんて、意味がないって。…だから!私はアイドルになろうとした!アイドルでいられる時だけ、私は輝いていられた!元気な私でいられる場所が、そこだった!初めて友達って呼べる人ができて、初めてゲーム以外の楽しみができた!それが、私にとって、何よりも楽しかったんだ!」

 

手振りを付けた住宅街での少女の独白は、そこで終わり、彼女の言う『かっこいい』瞬間というのも、そこで終わってしまったのかもしれない。元気な杏奈の面影はもうなく、いつものような杏奈に戻った。

 

「…だから…杏奈は…アイドルに…なった…。やっぱり…不純…かな…?本当の杏奈を見せないで、ファンの人…騙してるのかな…?私…だって、分かってるの…。それじゃあ…前までと一緒だって…。アイドルになった意味なんて…ないんだって…。でも…本当の杏奈を見せるのは…怖いよ…!ファンの人が離れていくのは…嫌だよ…!」

 

「…何が不純だってんだよ。いいじゃん。誰だってかっこつけたい時だってあるだろ。それに、お前は今でもかっこいいよ。自分の弱さに向き合って、正面切ってぶつかり合ってる。それは強いことだよ。それに、杏奈がたとえどんな性格をしていたって、ファンも離れていったりしないよ。杏奈は可愛いからな。」

 

「うん。騙してるなんて誰も思ってないって。今の元気な杏奈ちゃんも、いつもの静かな杏奈ちゃんも、どっちも杏奈ちゃんだよ★」

 

「だったら…良かった…。」

 

あの元気状態は体力に響くのか、そのまま杏奈は糸の切れた人形のように倒れこむ。それをビッチが支える。流石ビッチ。女に対してもビッチ。クール属性も混ぜてくビッチ。ビッチオブビッチ。ふーん、ビッチじゃん。

 

「zzz…。」

 

「今度こそホントに寝ちゃったみたい…可愛いなぁ…。なんか小さい頃の莉嘉みたい。」

 

「まさかお前あの妹半分ビッチに加えてまだ妹ビッチを量産する気か!?」

 

「私もビッチじゃないし、利嘉もビッチじゃないわよ!あの子まだ中学生よ!?」

 

「JCにてビッチとは…。城ヶ崎一家、恐るべし…!」

 

「もうめんどくさいから帰っていい?私。」

 

本当にめんどくさそうな顔された。止めろよな、そういう顔されると俺レベルの対人関係プロフェッショナルにもなるとどれくらいガチで嫌がってるか簡単に分かってしまうんだから。その顔はマジで嫌がってる顔。つーか大体相手がガチで嫌な顔してるからこのスキル意味ねーな。

 

「じゃ、お前にも一応聞いてやるよ。なんでアイドルになったのか。」

 

「一応って…。私は別にたいそうな理由なんてないけど?ただ憧れて、ただやりたくて、だから頑張って、勇気出して、それでなって今私はここにいる。信念とか、そういうのはなってからだし。…で。そんなこと聞いて、どうするの?」

 

「さすビッチ。理由が薄すぎてリアクションに困るレベルオブザビッチ。」

 

「はぁ…。ホンットツンデレかってくらい分かり易いよね、大河って。痛いところを突かれると、急に余裕なくしてつまんなさそうに人の事煽るもんね…。」

 

「は?勘違いするなし。別に図星じゃねぇーですし。」

 

「加蓮のこと、ずっと気にしてるんだ…。アンタのことは大嫌いだけど、そういうトコ、可愛くないなあ…。」

 

「チッ…。やっぱ、敵わねえなぁ…ビッチには勝てねえや。」

 

やっぱりアイドルとかいう生き物やばすぎ。どうして俺の思ってること当ててくんの?アイドルはみんなエスパーなの?

 

「まだ…割り切れないの?いいじゃん。誰にだって、夢を目指す権利はあるでしょ?」

 

「…分かってるけどさ。だから知りたいんだ。そこまでしてアイドルを目指す理由を。別に、アイドルじゃなくたって人に夢を与える仕事はいくらでもある。どうして、アイドルなのかって。」

 

「それは私にも分かんないなぁ。まさか本人に聞くわけにもいかないし。…じゃあさ、一回来て見たら?ライブ。はいコレ、チケット。」

 

「チケット?何のだよ?」

 

「加蓮の初ユニットライブ。プロジェクトクローネの。まだもうちょっと後だけど、受け取っておきなって。それで、あんたの目でその理由、確かめなよ。…じゃ、そゆことで★じゃーねー★」

 

…くそぅ。どこがPaアイドルだ。どうみたってCo全振りじゃないか…。

 

あーあ、かっけーな。あいつ。

 

 

 

 

 

 

 




紹介

望月杏奈
スイッチのオンオフとついでに裏表もある黒杏奈。むっつり。小動物的可愛さで獲物に近づいて狩る。天敵に志保をもつ。赤。多分こいつが1番キャラ変されてる。保健室でナニしてんだこいつ。P大好き杏奈とすり替えておいたのさ!こいつがアスカだとすると、志保はトウジで多分もがみんはレイ。

ビッチ
淫乱ピンク処女。クソザコメンタル。Coだろこいつ。

もがみん
香川県民になりたい。

志保
一体何の用でどこプロダクションに行っているのか!?バックダンサーの絆も抜け駆けの前には無駄なり。

大河
ビッチ嫌い。

家庭科教師
大河殺す。

七不思議
1.保健室の眠り姫(狸寝入り)
バレバレ杏奈。
2.家庭科室の錬金術師(うどんファンタジスタ)
うどんは錬金術の産物だった…?
3.303教室の絶対領域(見えないパンツ)・黒
黒とつけたのは大河。他の人は未確認。
4.303教室の謎空間(ミステリーサークル)
大河の周囲にできる。
5.家庭科室のうどん姫(埼玉県民)
原理はよくわからないけどうどんが食べられるならそれでいい。
6.303教室の観測者(前の席の子)
しずしほ以外で大河とコミュニケーションをとる事の出来る珍しい存在。演劇部である。
7.303教室の山と平原(絶対格差)
303最大のタブー。この発言をすると志保が怒り、それに憐れみを感じて静香が怒り、志保が落ち込み静香が自己嫌悪し、志保が慰めさらに静香が格差を知り落ち込んで志保にキレての無限ループ。唯一解決できそうな大河にそんな気を使ったこと言えるはずもなく、前回は1ヶ月半経ってからクラスの奴の2週間にも及ぶ演技指導のもと、大河の活躍によって事なきを得た。





8.303教室の山と谷。

あーあ、お前死んだぞ。




またボディ?
顔は目立つからボディにしな、ボディに。

ゴリラモード
志保、加蓮、甘奈は既に会得している。

うどん
はいうどん。

首を差し出しても(おんぶしても)怖くないアイドル
絞められたらやばい。

杏奈の体重で首を絞められる訳が無い
彼は特殊な訓練を受けています。真似しないでください。

エスパー
ユッコ「アイデンティティの崩壊。」

ビッチには勝てねえや…。
大河が勝てるもの、このみ姐さん。以上。

はいこれ、チケット
なんでこいつ何の関係もないプロジェクトのチケット君持ってんの?それはそうとバンダイナムコエンターテインメントフェスティバル行きたいよなぁ!?(祈願)





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エスケープ、出来るとでも思っていたのか!?

あ、久しぶりです煮卵⑨です。
帰還報告に入れようと思ったけど面倒くさいし自慢だし禁書関係なし活動報告じゃないのでこっちに書きます。ちなみに前書きでもない。

・加蓮のフェスガシャ…来なよね!2話前書き(6月11日投稿)
→来た…フェス限(8月31日~)。出た。
・バンダイナムコエンターテインメントフェスティバル行きたいよなぁ!?(祈願)…3話後書き(7月22日投稿)→行けた。(10月20日)

…これもしかして書いたらいける?

ミリオン7thお願いします!ミリオン7thお願いします!

あ、後3話のタイトル変えました。なんでって言われたら受験期間中思ったより文字数かけて話数が伸びたら7話でおさまらないから。じゃあ投稿すればいいのにって?い、忙しかったんだよぉ?(しおり欄から目を逸らしつつ。)






人には、たった二つ、やりきらなければならない時がある。それは、『絶対に勝たなきゃいけない時』と『絶対に逃げ切らなきゃいけない時』だ。つまりは詰んだ。

 

 

壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁

壁 大河 机机机机 加蓮 壁

壁 渋谷 机机机机 神谷 壁

通路通路通路通路通路通路通路

 

 

な、詰んだろ。

 

「じゃあまず加蓮と奈緒で行ってきなよ。私達は待ってるから。」

 

「そう?ごめんね凛。行くよ奈緒、目指せ全品制覇!」

 

「えぇぇ!?お、おい!凛達二人きりで置いてっていいのかよ。ちょっと可哀想じゃないか?」

 

「………………。」

 

席に着くなりコロネともふもふは逃げた。

あーあ、死のっかなー。

 

逃げ場は無し、敵は3人。1人はクソザコ、あと2人は序列2位と3位か…。無理じゃねえか。キレた静香さえ手に負えないのに、それより上のやつが2人だぞ。諦めてあるがままで死を受け入れるのが正解なんじゃないか?ていうか姉貴が弟殺そうとしてんじゃねぇよ。スイーツ(笑)全品制覇してそのカロリー総量に絶望しろ。

 

「ねぇ大河。最近学校とかどうなの?」

 

「ドウトイイマスト…?」

 

「好きな子とかいるの?」

 

「イヤートクニイナイッスネ。」

 

「ふーん、別にいいけど。」

 

なんかしょうもない会話が繰り広げられている。

無表情が怖いが別にキレてる訳ではないのか…?

と、取り敢えず何か話の種を考えて何とか場を繋ごうとしたその時。

 

ガタンッ!と、横から音がした。

そっちを向いた。

志保と静香だった。

 

「あーあ、私知らないわよ。」

 

トレイ拾ってる場合じゃねえだろ志保さんあんたこの状況をどうにかしないと親友が殺人犯になるぞおい。しかも俺今日は二人の誘い忙しいからって断ってこっち来てんだぞはい死んだこれは死にましたね!

 

「大河…?私達の誘いを珍しく断ったと思ったら…こんな所で別の女と何してるの…?」

 

「は?大河、この女誰?」

 

「………………。」

 

早く帰ってきてくれ奈緒様…。序列2~5位が全員揃っちまってるよ…。あんただけが頼りだよ…!

 

「私は大河のクラスメイトで親友で隣の席でいつも一緒にご飯を食べたり遊びに行ったりしている最上静香です。じゃあ行くよ大河。暇なら私達と一緒に食べるの!」

 

「私は渋谷凛。大河には色々恩もあるし、今日はお礼も兼ねて誘ったの。だから連れてかれる訳にはいかないよ。先客は私だし。…加蓮と奈緒も、気を利かせてくれたみたいだし。」

 

引っ張る静香と、離さない凛。千切れる俺。いや千切れんな。

 

「じゃ、お好きなだけどうぞ。静香、私先に席に戻って食べてるから、大河連れてくるかどうかは好きにしていいけどさっさと帰ってきてよね。」

 

「あるぇ!?志保様!?見捨てんの早くない!?」

 

(クソが!多分奈緒様は加蓮の時間稼ぎにあっているはず…!そして志保は裏切りやがった…!誰か最低でも中立に立ってくれる人が居なければ、俺に未来はない!誰か、誰かいないのか!?)

 

「…あれ、もしかして大河ですか?」

 

神は俺を見捨てなかったらしい。横から話しかけてきたのは、俺の知り合いだった。でもなあ甘奈とかビッチの方が良かったなぁこんな対人能力のないやつ連れてこられてもなぁ…。まあ巻き込むけどね。人柱になってもらうけどね。

 

「ひ、灯織!こっち来いこっち!な!俺とお前の仲だもんな!」

 

「は、はぁ。」

 

大人しくここまで来て座る。よくそんな空気読めずに座れるね君。ある意味では完璧な人選だな。多分普通の人ならこんな殺気むんむんのところに座れませんよ?凛と静香はトンデモナイ目で灯織を睨んでる。アイドルどころか女子どころか人間がしてていい目じゃねえぞそれ。

 

風野灯織(かざのひおり)。こいつも甘奈と同じ283プロのアイドルらしい。確認は取ってないから詐称されてる可能性があるし、人格破綻者。対人能力皆無で、脳内で話を完結させる電波野郎。勘違い主人公とキャラ被ってんぞ、さっさと異世界転生してこい。

 

「私は何故呼ばれたのでしょうか…。」

 

「あなた大河の何ですか?部外者は関わってこないでください。」

 

「そうだよ、今大河は私のものか加蓮のものかで議論をしてるんだから。あ、でも加蓮はいらないって言ってたから私のだね。」

 

「聞き捨てなりません!まず二択なのがおかしいですし、大河は私と志保のものです!」

 

どっちのでもねえよ強いて言うなら杏奈のものだ。

ていうか何かアクション起こせや灯織、俺なんのためにお前をここに召喚したと思ってんだよ。てか早く戻れや加蓮と奈緒。トイレの前から覗いてんのバレバレだからな。あとそこの金髪と茶髪。金髪はガッツリ見すぎだし茶髪はムッツリ見すぎだ。でも多分283の子だよねごめんね灯織取っちゃってすぐ返すから。

 

的な視線を灯織に送ったら、凛の後ろを指された。凛立ってるから後ろから余裕ですり抜けられた。良かった。静香と凛が戦争してなかったら抜け出すことは不可能だった。と言えばこの2人が揃ってくれたことはむしろ僥倖と言うべきであるか。店長からしたら災害なのだが。

 

「どうしたんですか…?何か喧嘩していたようですが…。」

 

「うん、説明すると長くなるけど、世の中には逆らっちゃいけないやつが何人かいるんだなって。」

 

「そうなんですか。もしかして一人で来てるなら、相席しますか?それなら真乃とめぐるを紹介しますけど。」

 

「面白そうね、私も一緒にいいかしら?」

 

怖すぎる凛と静香と一緒に食べるのは無理だと悟った俺は、灯織ともう二人の新キャラと食べることに決心を固めようとしていたところで、背後から志保が現れた。

 

「あ、てめ志保!裏切りやがったなこんちくしょう!あんな地獄に置き去りとかふざけんなよ!」

 

「元はと言えば大河が嘘をついたのがいけないんでしよ。で、その人は?」

 

「チッ…。後で覚えておけよな。…こいつは風野灯織。ちょっと知り合った程度だけど、ま、顔見知りってトコだ。あとアイドル。」

 

「風野灯織です。よろしくお願いします。」

 

「北沢志保です。大河とはクラスメイトですが…その気ならこちらもその気なので。」

 

なんだそれ、また電波発言か。それにもう流石に志保もアイドル程度じゃ驚かない。

 

八宮(はちみや)めぐる!真乃と灯織とユニット組んでます!よろしくね!」

 

「さ、櫻木真乃(さくらぎまの)です…!むんっ!」

 

「え…?3人同時…?」

 

と思ったら横からも飛んできた。おい志保同時って何やねん。その言い方だと俺が三股かけてるみたいじゃねえか。

 

「いや違うからね絞めないでね。俺そこの茶髪と金髪は知り合ってないからね。」

 

流石に3人同時に来たら志保もキレるのか…。いやちょっと待てよそもそもなんでアイドルと知り合いになったら怒るんだ?

 

もしかして志保…アイドルキチなとこあるからファーストコンタクトは紹介とかじゃなくて追っかけとか奇跡的な出会いとかを夢見てんのかな。フッ…。蒼いな。アイドルなんてそこらじゅう歩いてんだからな。すれ違ったやつは全員アイドルだと思っといた方がいいぞ。証拠にビッチと妹ビッチ、このみ姐さんと灯織と後何人かは道ですれ違った出会いだ。草むらからポ●モンが出てくるより出てくる。むしよけスプレーも効かない。無敵か?

 

「ねぇねぇ一緒に食べよーよ大河君~混んでて6人席に座らせられちゃったからさ、志保ちゃんも一緒に!色々聞きたいこともあるしね〜!」

 

「そうですね、一緒に食べた方が美味しいと思います、むんっ!」

 

「…って言ってるけど?」

 

「大河次第でしょ。あんなのと同じ店内でのうのうとスイーツが食べられるなら、それもいいんじゃない?」

 

志保が目線を送る先、それは俺が逃げてきたところだ。未だ逃げたことが気付かれていないのはあの2人が張り合うことを目的にしているのか、或いは一瞬でも気を抜けば命を落とすレベルの戦いをしているかのどちらかだ。多分後者。だって殺気がえぐいもんな。メンチ切りあってるだけなのにカップが割れてんもん。…あ!ちょっと店長、警察はダメだ!あいつらアイドルだぞ!警察如きに制圧出来るもんか!あれ、それに狙われてる俺はどうなるんだ…?

 

「一緒にさせてもらおうな!一緒に!」

 

すかさず俺は283の3人が座ってた席の一番奥に隠れる。対面にめぐるさん、横に真乃さん、灯織の順で詰めていき、俺の隣に志保が座った。

 

「逃げなくていいの?大河。」

 

「考えが甘いな志保。あの2人から逃げたところで何になる?捕まって殺されるだけだ。ならば逃げたと思わせて撒く、それしかない。」

 

「カッコよくダサいこと言わないで。それに撒くって言ったって…。あの凛って人は知らないけど、静香が大河を見間違うわけ無いと思うけど。」

 

「そうなんだよなぁ…。」

 

それこそが問題だ。店外に出て撒こうものなら死は免れないが、店の中で撒くってどうするんだ。

 

「変装する、なんてどうでしょう。店の中で撒いて逃げ切るならそれしかないのでは?」

 

「なるほど、一理あるな。灯織、褒めてつかわす。」

 

「はぁ…。」

 

例えば変装してあっちが勝手に見失う分には言い訳のしようもある。さっきからどっちの所有物(もの)という言い争いは、俺をどちらが着せ替え人形にするかという戦いの筈。何故だか俺は昔から着せ替え人形になる宿命みたいなとこがある。ソースは加蓮。だから俺の姿を見誤った時点でその権限は奪われて当然。

 

「でも、変装って言っても…どうやってやりゃあいいんだかね…。志保、今すぐ買ってこれたりしない?」

 

「別に頼まれてもいいけど、その間に見つかったら仲裁は出来ないわよ。塵が残るか残らないか、どっちがいいのよ。」

 

「うぅ…。」

 

ぐぅの音も出ねぇぜ。

 

「つまりは、大河さんが変装できれば良いってことですか?眼鏡くらいなら貸せますよ!むんっ!」

 

「ああ、それならマスクとニット帽くらいなら貸せますけど…。」

 

「変装!?じゃあこれ貸してあげるよ!じゃーん!さっき撮影で使ったウィッグ!貰ってきちゃったんだー!」

 

「揃   っ   た   。」

 

「いや馬鹿言ってんじゃねえよ志保。これ全部女物じゃねえか。」

 

「だからこそよ。あの2人と言えど大河が女の子になってるなんて思わない筈。そこの心理的大穴を突くのよ!」

 

「なんでちょっとハイテンションなんすかねぇ!?着ないよ流石に男としてのプライド全捨てじゃねえかアイドル3人の前で女装男子とか頭いかれてんのかてめぇら!普通のJKですら絶望するレベルやぞ!」

 

「てもいいの大河君?そのプライドを守るために命投げ捨てちゃって。これも別に返さなくていいからさ。ほらほら〜。」

 

めぐるさんはウィッグを振りながら近付けてくる。真乃さんは眼鏡をケースから取り出して机上に置く。おい灯織、マスクはいいとしてどうしてニット帽と上着を机に置くんだ。

 

「ちなみに言っておくけど、ちょっと前に静香のパンチ喰らったでしょ?あれ、半分の力も出てないわよ。」

 

「凛、あるスタッフさんがアイドルに手出そうとしたとき、素手で壁に穴開けてたぞ。…加蓮がトイレにいる今しかないぞ!」

 

「私、大河の女装個人的に見たいです。さっき助けてあげましたよね?」

 

「………………………………。」

 

Coアイドルには勝てなかったよ…。

 

 

 

 

 

「ぷっ…ぷふっ…!」

 

「くっ…か、可愛いじゃんか大河…!フフフッ…!」

 

「うっ…ぶふっ…!」

 

「あはははは!可愛いじゃん!」

 

「わ、笑ったら可哀想ですよ!」

 

こいつらぜってー殺す。特に志保と奈緒と灯織は骨の髄まで殺す。めぐるも殺す。真乃さんしゅき。

 

ーーーあれから15分、それだけの時間が流れていても慣れることは無いようで、4人はずっと笑い続けてる。おい流石にいい加減にしろ。ちなみに喧嘩もまだ続いてる。あのちょっと流石にいい加減にして頂けませんでしょうか…。

 

ついでにカメラ係に任命された奈緒はシメてカメラは奪った。俺がこんなことになってるのにアイツがしゃしゃってこない筈がないのはお見通しだ。証拠さえ抑えれば永遠にいじり続けられるもん。

 

「…!?大河がいない…!」

 

「ッ!?どこにッ!?」

 

ようやく二人が俺のいなくなったことに気付いた。灯織については?…ってそんなこと言ってる場合じゃねぇ!こっち来た!俺はニット帽を深く被り、マスクをできる限り上にあげる。女装が何だ!生きるためならしょうがねえ!

周囲を見渡し自分の連れを確認した両名は、この席へと一気に駆け寄ってくる。

 

「志保!大河は!?」

 

「奈緒!嘘ついたら許さないよ!」

 

「さあね?もう逃げたんじゃないかしら。」

 

「こ、この席は見ての通りだ…。」

 

「「チッ!」」

 

ダンッ!という足音をかき鳴らし、二人の少女は入口へと駆け出して行った。信じられるか?少女のことを示すのに『ダンッ!』だぞ『ダンッ!』。

 

「ま、何はともあれ助かってよかったじゃないか大河。…私は凛に何されるか分からないけどな。うん、嘘はついてない筈だよな…?」

 

「静香に本当のこと言ってあげた方が良かったかもしれないわね。…ま、私としては好都合なのかもしれないけど。」

 

「疑われもしない俺って一体…。」

 

絶望感と感傷に浸る者。

 

「ねえ大河君。283プロに来る気ない?放課後クライマックスガールズっていうイロモノユニットに女装男子として参加するとかしてみない!?」

 

「め、めぐるちゃん!初対面なんだからもうちょっと気を使おうよ…!」

 

「それなら346プロに入りなよ大河。KBYDっていうバラエティ専用ユニットに入るといいとずっと思ってたんだよね。大河って化粧の乗りとかすっごくいいし。あ、店員さん、椅子貰えます?」

 

「加蓮…。その台詞は紗枝さんに失礼だぞ…。」

 

人の不幸でメシウマする者。…いつの間にかオレンジコロネが帰ってきやがった。チッ!奈緒を仕留めたのがバレたか!

 

「あ、そっちの3人の子達は283の子だよね。私は北条加蓮。奈緒の友達で、そこの端っこで女装してる大河の不肖の姉。よろしくね!確か3人とも私と同い年だよね?」

 

「あ、先輩…敬語の方がいいですか?」

 

志保が気付く。まあこの3人が同い年には見えないよね。外人っぽいめぐると大人しそうな真乃様は外見以上に年下に見えるし、灯織はくそ小さいし。

 

「ああ俺も灯織以外には敬語使った方がいいのかね。」

 

「何で私は省かれてるのですか…。」

 

「別にタメ口でいいんじゃない?私は距離縮まった気がしてそっちの方がいいなー。」

 

「そ、そうですね!あんまり畏まられても、困っちゃいますから…。」

 

「…てか大河お前なぁ!私の時はノーコメントでタメ語スタートだったくせに!これでもお前より2つも上なんだぞ!」

 

「「「「え…?年上…?」」」」

 

真乃、灯織、めぐる、志保の4コンボ。純粋無垢なる4人の攻撃は奈緒の心にクリティカル。多分静香いたらリーサルだったね。

 

「くっ…!初対面のやつらには突っ込み辛い…!」

 

「だってお前どう見ても俺よりランク下やん。戦闘力及び人間性で俺より下やん。具体的に言うと高二の数学の問題を俺に教えてもらってる時点で。」

 

「ぐぬぬぬぬ…!あんまり調子に乗るなよ大河!」

 

「は?お前に何が出来んの?」

 

「みりあに言いつけ」

 

「すんませんでしたぁ!」

 

土下座敢行である。まじで幼女は駄目。

 

そして写真を何枚も撮られ(目だけは腕で隠し通したが。)俺がパシリにされ、会計も俺になった。これって然るべきところに持ってったら処してくれんの?日本の司法は信じていいの?

 

そんなこんなで2時間の制限が終わり、俺達御一行は帰宅することに。伝票は俺が持っている。なんでさ。

 

「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね。」

 

「ん。待ってるわ。」

 

加蓮がトイレに行った。今がチャンスか。

 

「…なあ。なんでお前らアイドルになったの?」

 

「は?急に何言ってんだ大河。」

 

「テメーには聞いてねぇよもふもふ。クソして寝ろ。あと灯織も聞いたからもういい。」

 

「ってことは、真乃さんとめぐるさんね。まあ嫌ならこんな男のおの字の尊厳もない可愛い可愛い大河ちゃんの質問に答える必要なんてないと思うけど。」

 

「べっつに良いよー!って言っても私、友達が勝手に応募しちゃったからなんだよね。まあ、私も乗り気だったし、楽しいからね!」

 

「わ、私はプロデューサーさんにスカウトされて、自信の無い自分を変えたくて…かな。ところで、こんなこと聞いてどうするの?」

 

「…いや、大した理由じゃないんだ。気にしないでくれ。」

 

強引に話を切り上げる俺に、めぐる達は不思議そうな顔を浮かべる。ま、突然こんなこと聞かれても困るよな。志保も何か考え事をしているように俯く。あーこれ俺が空気変にしちゃった感じですか。

 

「あ、ごめんごめん。マジで何もないから気にしないで。興味本位だから。あと会計はしとくからもう解散でいいよ。じゃね。」

 

「はぁ…。ありがとうございます。」

 

「あ、ごめんね!ありがと!」

 

「す、すみません…ありがとうございます。むんっ!」

 

3人はドアから出ていく。うん、この初対面の奴らはいいんだ。あと灯織とか言うチョロインも。でも後ろの2人はそうもいかない。

 

「そこまでして聞きたかったことなの?それ。わさわざ薄い財布をもっと薄くして、アイドルとの楽しい時間を無駄にして、そうまでして、聞きたいことなの?」

 

「ああ…。俺にとっては、大事なことなんだ。何よりも、な。」

 

少年は後ろ手に手を振りながら店を出ていく。それを追うことは、志保には出来なかった。

 

 

 

ーーーだって私には、資格がないから。

 

 

 

「いいのか。」

 

「いいんです。今の、私では…。静香を探さないといけないので、今日はこれで。ご迷惑をお掛けしました。」

 

そうして、オレンジ色の夕焼けに、奈緒だけが店前に残された。

 

「本当に大河はシスコンだな。…そんなんでいいのかよ、加蓮。このままでいいのか、加蓮ッ…!」

 

 

 

 

 

「いいわけないじゃん。…でも、どうすればいいか分からないからこんなのになってるんじゃん…!」

 

壁に隠れて、その姉は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




紹介

渋谷凛
大河キチその4。今作はハイライトありそう。策略家しぶりん。隙まみれしぶりん。勿論Pもすこ。静香!そこだ急所だ急所を突いてまゆにまで返却しろ!

神谷奈緒
もふもふ。弄られ役。珍しくほいほいされてないタイプ。でも俺はだいすこ。原作通り弄られキャラではあるが、大河の存在もありあんまり弄られてない。

風野灯織
冷静クール、こいつは珍しく敬語キャラ。こいつにフラグは存在するのか。どうせまのひおだしよくない?(めぐひお過激派への挑発。)静香とか凛とか重い子と合わせたけどイメージではつむつむとどっこいどっこいのウザさがありそう。

櫻木真乃
むんっ!(物理)
真乃さんしゅき

八宮めぐる
ウィッグを持って帰るご都合主義の味方。

警察如き
国家権力を片手で握りつぶすアイドルの鑑。

変装
新ヒロイン。

ウィッグ
仕事で貰ってくるのも当たり前。スイーツバイキングに持ってくるのも当たり前。当たり前だよなぁ!?

揃   っ   た   。
揃っちゃった。

ちょっとハイテンション
志保もそっち側の人間。

半分の力も出てない
主人公に全力で殴り掛かるヒロインなんている訳ない。

壁に穴開けてた
ヒロインなら壁に穴ぐらいよゆーで空けられる。

クールアイドルには勝てなかったよ…。
真のラスボスはCuアイドル、異論は認めん。

この席は見ての通りだ
見ての通り、大河がいる。嘘は言ってない。なおこのことを報告すると凛にオシオキされた。どうでもいいけどオシオキってカタカナで書くとエロいな。マジでどうでもいいな。

ダンッ!
力強き踏み込み。でもむんっ!の方が強そう。

放課後クライマックスガールズ
イロモノユニット。

KBYD(可愛い僕と、野球、どすえ)
バラエティ専用ユニット。

紗枝さんに失礼
ユッキとカワイイボクにはなんとも思えない。

みりあに言いつける。
死の呪文。

マジで幼女は駄目
ランキング1位は育。つまり幼女。つまりランキング1位は幼女。

目だけは腕で隠し通した
セルフ目線入れ。




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或いはその花の名を知るように

 

その日は、もう秋が始まった、通り雨の後の少し冷える夕方だった。

誰もいない公園のブランコに座り、私―――渋谷凛は風に揺られていた。

 

(どうすれば、いいのかな…。)

 

新たな可能性に賭けてみたい気持ちはある。きっと私は、新たな景色を見れる気がする。そのためにアイドルになったんだから。でも、ここまで私を連れてきてくれた卯月と未央を裏切ることはできない。卯月は、迷ってくれてる。私と一緒にやりたい気持ちと、私に頑張って欲しいという葛藤で、今すぐにでもどうにかなりそうだ。未央は私を怒ってくれている。私の裏切りを、抜けがけを、怒ってくれているのだ。

でも、加蓮も、奈緒も私を信じて、待ってくれている。そこにある可能性を夢見て。二人で。

 

『でも、私、このチャンス逃したくない…!私は、凛と奈緒ともっと三人で歌ってみたい…!』

 

加蓮に、言わせてはならないことを、言わせてしまった。

彼女は、私に『裏切れ』、と言っているのだ。

New generations(卯月と未央)ではなくて、TriadPurimus(私達)に賭けろと。

こんなこと、言わせてはならなかった。

友達に、こんなこと。

 

「何泣いてんの?お前。」

 

気が付けば、目の前には少年がいた。私と同じか1個上くらいか、そんな少年が泥だらけになって話しかけてきた。

 

「別に…何でもいいでしょ。」

 

「あっそ。何でもいいけどそこどけよ。」

 

その言い方に、カチンときた。多分、苛立ちの理由は他にもあったけど、私は少年に冷たい声で返す。

 

「嫌…。私がどこに行くかは、私が決める。」

 

嘘つけ。自分の進む道すら、分かってない癖に。

 

「へぇ。じゃ足どかせ。早くしないとパンツ見えるぞ。」

 

そう言って少年は地面に耳をつけ、まるで覗きのような態勢をとる。私は咄嗟にスカートを抑えた。

 

「な、何!?」

 

もしかして、こいつが最近出るっていう不審者なの…!?こんな人通りの少ない場所で遭遇するなんて、なんて不運な…。

 

「あ、そういうのいいから、マジで足邪魔。おーあったあった。」

 

少年は手に掲げたそれをドヤ顔でこちらに見せてくる。

 

「…何それ。」

 

仕方なく聞いてあげた。この男面倒くさそうだな。

 

「友達がなくしたって泣いてっから探してやってんだ。にしてもマジでアイツ黒猫大好きだな。」

 

少年が持っているのは、黒猫のストラップだった。少し汚れてしまっているが、大切に扱われてきたのだとひと目でわかる。

 

「てかあんた暇だろ?探すの手伝えよ。」

 

「私達初対面だと思うんだけど?」

 

「だから何だよ。探せや。」

 

「…別にいいけど。」

 

どれだけ考えで答えは出ていない。ならば、気分転換に捜し物に乗ってみるのも手かと、少年は砂場を探し始めたので、それに倣って砂場を掘り始める。砂場…?

 

「本当にこんなところに埋まってるの?友達って同年代の子じゃないの?」

 

「いや、同い年だぞ。こんなストラップしてるくせして黒猫にかっ攫われたんだと。今探してんのは猫好きじゃなくてうどん好きの方だからうどん探せよ。」

 

「うどん…ね。分かった。」

 

「…探してる間くらいなら好き勝手話していいぞ。俺が答えるとは限らないけど。」

 

「ッ…。何か知ってる訳…。」

 

「知るかよ。でもあんな顔でブランコで揺れてたら気付くわ。今時ドラマでもあんな分かりやすい演技しねえぞ。テレビには出れないタイプだなお前。」

 

「なんかムカつく…!」

 

いふぁい(痛い)ひっふぁるなふぁか(引っ張るな馬鹿)ふぁふぇふぉ(やめろ)ふぉのふぃんにゅう(この貧乳)!」

 

「え?」

 

顔を変形させるほどに引っ張ってみた。

 

「ギブギブギブギブですはいごめんなさい…。」

 

「…じゃあ、勝手に悩みとか言ってていいの?」

 

「言ってろってんのが分かんねえのかこのひん…。品のある女性め。」

 

ちょっと脅すとビビるのか。なんか面白いな。

私はゆっくり口を開く。いつもならこんなことは絶対しないけど、どうしたんだろ。弱ってるのかな、私。

 

「…ねぇ、あんたならどうする?ずっと仲の良かった2人と、新たな可能性を秘めた2人。どっちを選ぶ?」

 

「はぁ?ずっと居た方に決まってんだろ馬鹿じゃねぇのお前…。金と権力でダチ売る気かよ…。」

 

「そ、そうじゃなくて…!例えが変になっちゃうけど…。お父さんとお母さんに、2人ずつ人を紹介されて、どちらかと付き合わなきゃいけない。でもどっちも裏切れない。どっちも大切な友達だから。でも舞踏会に誘われた日は一緒で、5人一緒に行くことも出来ない。そんなことがあったら、あんたならどうする?」

 

「俺には仲のいいやつなんて2人しかいねぇ。そいつらと行くに決まってんだろ。」

 

「…屁理屈ばっか。まともに答える気ないでしょ。」

 

「誰も答えるなんて言ってねぇぞ。お前が勝手に話し始めただけだ。」

 

「ッ〜!ホントムカつくッ!」

 

イタズラを成功させた後の小学生みたいな笑顔で笑われる。もう1回ほっぺた引っ張ってやろうかな。

でもすぐに、少年の顔から表情がなくなった。

 

「…選べねぇんなら最初から行くなよ。5人揃ってお留守番だ。」

 

「でも!それじゃあ奈緒と加蓮が…!」

 

彼女達にとってのチャンスを、潰すことは出来ない。

 

「じゃあどっちか見捨てろ。たった1回きりだろ。1回くらいいいだろ。」

 

「…よくない!」

 

一緒にここまで来た仲間を裏切ることなんて出来ないッ!

 

「よくなくねぇよ…!ダチってんなら、そんくらい笑って許せなくてどう済んだよ…!友達が輝けるなら、それに越したことはねえだろ!?いい加減に現実を見たらどうだよ!ああッ!?…お前は飛びたいんだろ!?じゃあ飛べよ!お前を地に堕ちたままでいて欲しい誰かの言うことなんて聞くな!重りは全部切り捨てろ!薄情になれ!」

 

少年は吠える。立ち上がって吠える。覚悟の足りない灰被りに、覚悟を見てきた少年は叫ぶ。

 

「それがッ!アイドルってモンだろ…!」

 

「………………!」

 

「一人取り残されるのは悲しいよ。自分だけ輝けないのは悔しいよ。でもさ!だったらお前はそいつら全員のために一生お家でお茶会か!?そんな事のためにアイドルになったのか!?そうじゃない、『何か』を見るためにここまで来たんだろ!その『何か』が何だか分かんねえからここまで走ってきたんだろ!その『何か』を確かめたかったから!ここまで飛んで来れたんだろうが…!これまでの仲間の想いを、これまで仲間の努力を!無駄にするってのか!?ああ!?」

 

「なんで私が…アイドルだって…。」

 

「新しい世界を、景色を見たいんだろ?…進めよ。んでさ、加蓮も連れてってくれよ。一緒に景色、見させてやってくれよ。…もうその涙はいい加減に見飽きたんだよ。ったくどいつもこいつも、人を笑顔にする仕事のやつが、そんな顔してていいのかよ。」

 

少年は、ハンカチを投げ渡してきた。

 

「でも…うどんは…。」

 

「ハッ。んなの方弁に決まってんだろ。俺がアイツらの事で分かんねえ事があるわけねーだろ。」

 

その手からぶら下がるのは、うどんのストラップ。

 

そして彼が浮かべた顔は。

軽薄そうで、気だるげで、でも真剣な時はいつだってその目に鋭さを宿すその顔は、どこかで見たことがあって。

 

「じゃあ…もしかしてアンタ…!」

 

「姉貴、泣かしたら殺す。」

 

「うん………!」

 

信じよう。

羽ばたこう。

奈緒と加蓮と、三人、一緒に。

 

 

 

 

 

「これでいいんだな、ビッチ。」

 

「いい加減に名前覚えてくんない?美嘉、あるいは美嘉姉で。」

 

「悪いな。俺の姐さんはこのみ姐さん、姉は加蓮とあともう1人だけだと決まってるんだ。」

 

「…にしたって、あんたが乗るとは思わなかったわ。あんたならあえて崩壊させて、加蓮をアイドルにさせないようとするのかと思ったのに。」

 

「馬鹿言え。…これ以上、アイツから夢奪われて、俺が平気なわけねーだろ。」

 

そう言うと、ビッチはキョトンと、不思議そうな顔をした。

 

「だったら…どうして止めるのよ。夢を目指す加蓮が、あんたはずっと見たかったんでしょ?」

 

「馬鹿も休み休み言えってんだ。頭ゆるゆるビッチかお前。そういやビッチかお前。」

 

「はぁ…。一回一回毒吐かなきゃ人と喋れない訳?」

 

「…一瞬の夢のために、一生を投げ捨てるなんて馬鹿のすることだって言ってんだよ。まだアイツは高校生で、これから楽しいこといくらでもできんだぞ。それがアイドルやってたせいで一生歩けませんとか、あと三ヶ月の命ですじゃあ…あんまりにも報われねえじゃねえか。」

 

「見てきてるあんたが言うと説得力が違うわねー。…こういうときだけ、かっこいいと思えちゃうんだから。ホント、あんたって卑怯だよね。」

 

「加蓮のこと、頼んだぞ。美嘉。」

 

「…うん、任せて★」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まあまあ真剣な過去編だったので、ふざけた話はコッチでしようと思うんだ。異論は認めん。或いは飛ばすんだ。

シャニ次のユニット発表ってマ?幼馴染要素あるの?大河とどう絡ませんの?え?詰んだ…?しかも4人ユニット…?というこてゃ3周年で4人ユニットも来る…?というか毎年増えるとしたらそのたびにこの小説に絶望が巻き起こる…?早く終わらせないといけないのか…?無理やん、はー諦めよ。



それはそうとがわ゛い゛い゛な゛ぁ゛あ゛ざぐら゛ぐん゛










書いたらその通りになると聞いたのでシャニ2ndがコロナで潰れませんようにとだけ言っておく。



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そして一輪の花が咲くために

シリアス回!だけど!今日から!デレマス!総選挙じゃあぁぁぁぁぁ!!!
加蓮に!清き!一票をぉぉぉぉぉ!!!今度こそ!総合優勝じゃあぁぁぁぁぁ!!!
加蓮に…入れようね!(ダイマ)



ボイスの方は大石泉、砂塚あきら、八神マキノ辺りを推しておきます。


私は、不幸だったんだって。

ずっと、周りにそう言われてきた。

親にも、友達にも、先生にも、『お前は不幸』と、まるでレッテルを貼り付けられるように口々に言われ続けてきた。

私は、それがずっと嫌だったんだ。

 

どうして、私は『不幸だから』で全てを片付けられてしまうの?

どうして、私は『不幸だから』で夢を諦めなきゃいけないの?

 

だったらあんた達は、『不幸だから』って言って、全部諦めて受け入れられるの?

 

私は全然不幸じゃない。

確かに身体は弱く、子供の頃は不自由な暮らししかできなかった。

大人の怖さを知ったし、家族にも迷惑を沢山かけた。

 

でも私には夢があった、希望があった、両親もいた、五体満足だった、未来があった、命があった。

 

そして―――

 

 

『しったか気取ってんじゃねぇよこの社会の犬共が!そうやって憐れんでりゃあ心傷ついた少女に心打たれた観衆が靡くと思ったら大間違いなんだよ!』

 

『医者どころか人間の誇りも捨てたド畜生が!穢れた手で加蓮に触ってんじゃねぇ!』

 

『そうじゃないだろ、そうじゃねぇんだよ!お前らが加蓮に掛けてやる言葉は謝罪の言葉じゃねえだろ!『愛してる』って!たったそれだけだろ!』

 

 

 

―――大好きで、ツンデレで、面倒くさがりで、ちょっとズレてて、可愛い可愛い(大河)がいたから。

 

 

 

 

 

私が初めて弟の顔を見たのは、私がまだ1歳の時だった。

私はその時から身体が弱く、大体は布団の上で咳をしていた。

その時に生まれる子供、身体を崩し入院することになったまだ1歳の娘。

両親達は本当に苦労していただろう。

父は仕事をして金を稼いで、母と弟の面倒を見て、私の体調も慮って。

 

そうして、大河が生まれた。

 

泣きじゃくる赤ん坊に少し気味の悪さを覚えながら、おずおずと右の人差し指を差し出す。

弟はそれを不思議そうな目で見た後、不意にそれをギュッと掴み、にぱぁっと笑ったのだった。

 

それを見て、私は退院したらこの子と沢山遊ぼうと思った。元気な子だったら外でキャッチボールとか、大人しい子だったら部屋の中で折り紙でも折ろうか。

 

そうして、その思いを募らせた私は春を過ごし、夏を過ごし、秋を過ごし、冬を過ごした。

 

私は、未だベッドの上だった。

 

春が過ぎた。夏が過ぎた。秋が過ぎた。冬が過ぎた。過ぎた。過ぎた。過ぎた。過ぎた。

 

私は、ずっとベッドの上だった。

 

「治らない…ってどういうことなの!?」

 

「医者の話では、命に別状がある訳では無いらしいんだ。だけど加蓮はベッドから立ち上がることはできないそうだ…。治療とリハビリを続ければ可能性はあるらしいが…前例は、殆ど無いらしい。」

 

夜、私はなんでか寝付けずにいると、少し空いたドアの隙間から、ほのかな明かりと共に両親のそんな会話が飛び込んできた。

病名は、頭に入ってこなかった。

 

「治ら…ない…?」

 

それはつまり、私は一生ここにいるということか。

他の子のようにオシャレもできず、他の子のように好きなものも食べれず、他の子のように遊ぶこともできず、他の子のように友達と話すこともできない。

 

私は、全てを奪われたんだ。

 

8歳の私は絶望を知り、心配させてたまるかと昼は気丈に振舞って、1人で夜な夜な泣き続けた。

 

私を支えてくれたのは、大河だけだった。

 

両親は、真実を伝えられない罪悪感か、はたまた看病することの無意味さにか、それとも不治の病への莫大な投資からか、段々と私への態度が素っ気なくなっていった。

 

父はやがて病院に顔を出さなくなり、母は生活必需品を持ってきてくれるだけの存在になった。

 

きっと、私のことを心配じゃない訳では無いのだ。

でも2人には、大河をちゃんと育てる必要が、義務がある。

だから、多少私に冷たくなっても、私の入院代を払ってもらえてるだけありがたいと感じるべきなのだろう。

 

でも、大河は違った。大河だけは。

 

毎日。言葉の綾でなく本当に毎日、大河は病院に顔を出した。

家からそう近い訳でもない、大きな病院に、1人で、自転車で、傾斜のある坂を上りながら。

 

駄目だと思った。

これ以上私のために彼に時間を使わせてしまったら、大河の人生までも滅茶苦茶になってしまう。

私が大河をここに縛り付けてしまったら、大河は私と同じ人生を送ることになるのだ。

友達も、夢も、何もかも失って、独りになってしまう。

そんなのは嫌だった。自分がそうなるよりも、家族がそうなってしまう方がずーっと嫌だった。

 

『は?別に姉ちゃんのために来てんじゃねーし!違うし!看護師さんと仲良くなりたいからだし!』

 

『姉貴の為に来てなんか悪いの?俺はこっちにいる方が楽しいからいいんだよ。あんな奴らとつるむより、姉貴に勉強教えてやる方がな。』

 

『加蓮1人で苦しむよりはいいだろ。家族なんだ。一緒に苦しませてくれたっていいだろ。』

 

大河は、決して私を独りにはしなかった。

 

クラブにも委員会にも入らず、友達と遊びにも行かず、打ち上げにも行かず、授業が終われば決まって私のいる病院に来て、学校の勉強を教えてくれたり、クラスの出来事を教えてくれたり、今の街並みを教えてくれたりした。

 

『あーもうだからさぁ!分数の掛け算は下と上で約分できるわけ!あー違う違う割り算は引っくり返して掛け算にするんだよ!』

 

『今日は運動会だったんだけどさ、皆嫌がるんだわ、長距離走。でもって大抵クラスのお調子者か弾かれ者が走るわけでさ、俺が案の定選ばれたんだよ。手抜いていいよな?』

 

『病院のちょっと前になんかパン屋がオープンしててさ、ちょっと買ってきてみたんだ。食おうぜ。…え?看護婦に止められてる?んなのバレなきゃいいんだよ、お堅いこと言うなって、ほらほら美味いぞ〜。』

 

でも、いつでも大河が傍に居てくれるわけでなかった。

大河にも学校の授業や行事があったし、働く両親のために家事もこなしていた彼に、それだけの余裕は無かった。

 

―――そんなひとりぼっちの私の心を埋めてくれたのは、テレビに映るお姫様(アイドル)だけだった。

 

初めてそれを見た時、私の中で何かが変わった気がした。

これだ。って思った。

私もこんなふうになりたいって、輝きたいって、夢を与えたいって思った。

 

「先生。私にリハビリをお願いします。」

 

「…何を言っているんだ。リハビリがどれほど辛いことなのか、分かって言ってるのか。君の足は、まずリハビリができるほどに動かない。しかも、治る見込みもないんだぞ。いたずらに身体を痛めつけるだけだ。辞めておきなさい。」

 

主治医には、そう返された。

どんなに頼み込んでも、許されることは無かった。

それから、1年が過ぎた。

 

それでも私は、アイドルを諦めきれなかった。

一晩中その姿を見て泣き、一日中医者に頼み込んで、断られて、気を紛らわすためにアイドルの姿を見る。

1年経っても、私はアイドルを夢見た。

だから、あんな怪しそうな医者に、頼み込んだんだ。

 

「お願いします…!私に、リハビリを…!」

 

「ふ、フヒッ!いいよ、けどさぁ、僕だって上司に逆らってやる以上、それなりの対価は頂くよぉ…?」

 

その男は、医者にあるまじき不潔な男だった。

太っていて、眼鏡で、髪は脂でテラテラしていて、まるで医者に見えない男だった。

後で知ったことだが、そいつは院長の息子で、コネで入っただけの医学のいの字も知らない男だったらしい。

今考えてみてもその時の私は、頼るべき人を間違えに間違えたのだろう。

 

「対価…ですか…?でも、私個人で今渡せるものなんて…。」

 

「あるじゃないか…。ここになぁ!」

 

男は、私の服の襟を思いっきり引っ張った。

ブチブチッという音とともに、ボタンが弾け飛んだ。

桃色と白のチェック柄の服の合間から、飾り気のない白の下着が露わになる。

 

「え…?だ…だ―――むぐっ!」

 

状況が理解できなかった。

叫ぶまでに、口を塞がれ、ベッドに押し倒される。

 

「ふ、ふ、フヒヒィッ!前から君のことは気になってたんだよねぇ!こんなに可愛い娘が、病院でただ寝てるだけなんて勿体ないだろう!?」

 

男の舌が、私の肌に触れる。

 

(き、気持ち悪いッ…!だ、誰か…!助けて…!)

 

「助けなんて来ないよぉ?部屋の前には関係者以外立ち入り禁止の貼り紙をしておいたし、君の両親は今お仕事中だろう?そして弟も今は学校だ。他の医者も別件でこの病院にはいないし、看護師は貼り紙で入ってこれない!君は諦めて僕を受け入れるしかないんだよぉ!」

 

(嫌…!嫌ぁ!助けて、たすけて大河ぁ!)

 

「俺の姉貴に―――」

 

「ひょ?」

 

「穢れた手で触ってんじゃねぇよ!」

 

バキッ!

 

「ぐえっ!」

 

私に覆いかぶさるようにしていた男の右頬を、後ろから全力のハイキックで蹴飛ばしたのは、それは―――

 

「な、何故ここに入ってきた!関係者以外立ち入り禁止の貼り紙が見えなかったのかぁ!」

 

「悪ぃな。関係者だ。」

 

 

 

―――北条大河、私の自慢の弟だった。

 

とは言え、大河はまだ小学生。

大人である強姦魔(医者)には、力から何から劣っているだろう。

 

「ふーん…。君、一人かぁ…!」

 

男の表情(カオ)が、愉悦に歪む。

 

「ダメぇッ!大河!逃げて!」

 

「邪魔しやがってぇ!ここで死ね!」

 

男は拳を振りかぶる。

大河は、その拳を。

 

()で、受け止めた。

 

「え…?ぐ、ぐわあぁぁぁぁ!!!い、痛いよ、痛いよぉぉぉ!!!」

 

「………………。」

 

大河は、叫ぶ男に対して何も感情を持たないかのような顔で、見つめ続ける。

まるで、それが当然かのように。

人を傷つけたことを、なんとも思っていないように。

 

それからの事は、ハッキリとは覚えていない。

だからこれは、大河から聞いた話だ。

男の叫びを聞きつけた医者や看護婦が押し寄せ、その惨状を目の当たりにした。

そして未だ血に濡れた鋏を握りしめる大河を拘束し、警察を呼んだ。

 

状況証拠で見ても、そうでなくても院長の息子。それに目撃者は加蓮()しかおらず、監視カメラもない。

男が院長の息子であり、罪を逃れるための証言を男がし、それを大河が否定しなかったことから、大河は警察に連行されかけた。

 

「悪い…加蓮。でもどうしても放っておけなかったんだ…。」

 

そうして大河は、私のベッドの下から、ボイスレコーダーを取り出した。

男は捕まり(塀の中)、院長は飛ば(左遷)された。

そして、大河は、私の願い(想い)を知っていた。

それだけだった。

 

 

 

でも、私はそれだけでは済まなかった。

 

「嫌…!嫌だ!近付かないで!」

 

男の人が、急に怖くなった。

同じ患者でも、医者でも…実の父親でさえも。

触れられることも、近付かれることも、話すこともできなくなった。

どうしても、怖いのだ。

急にこの人が豹変したらって。この人が暴れたらって。今度こそ、私は乱暴され尽くしてしまうのではないかと。

 

「落ち着け!大丈夫!大丈夫だから!」

 

でも、大河だけは大丈夫だった。

大河だけはそんな事しないって、心のどこかで感じてたから。

 

それからの私は、今まで以上に大河に依存するようになった。

大河がいないと、不安で何もできなくなった。

怖くて、恐ろしくて、あの背中だけが安心を与えてくれた。

このままじゃダメだって、心のどこかでは理解しているけど、感情がそれを許してはくれない。

 

私は大河の寄生虫になった。

 

 

 

『いいぜ、今日は学校サボるわ。ずっと一緒にいてやる。』

 

『怖くなったら直ぐに呼べ。一瞬で駆けつけてやるから。』

 

『俺は自分の人生が無茶苦茶になるより、加蓮の傍に居れないことの方がやだね。』

 

『姉貴を守んのが…弟の仕事だろうが…!』

 

 

 

しかし、私が中学生になろうとしていた頃、転機は訪れた。

地元で行われた、病気の子供達へのチャリティーイベント。

そのステージに立ったのは、アイドルだった。

 

キラキラとした衣装。輝く照明。綺麗な歌声。汗が光るダンス。

病気で動かない身体でもなく、男に怯える心でもなくて、一人で何でもできてしまう。

全部、私にはないものだった。

それが憎たらしくて、疎ましくて―――

 

 

―――私は彼女に、拳を振るった。

 

 

バチンッ!って音が響いた。

 

「ちょ、ちょっと君!?何してるんだ!?」

 

「れ、麗さん、下がってください!」

 

周りの大人達が、警戒の色を露わにする。

周囲の子供達の、ざわめき声が消える。

車椅子を押してくれていた両親は、周りに頭を下げ、私を叱責する。

 

それでも、私は、アイドル―――青木麗を睨み付けることを止めなかった。

 

「下がれ。子供が怯えているだろう。ここは私が何とかする。」

 

青木麗は、何事も無かったかのように前を向き、少し赤くなった頬を気にすることもせずに、加蓮に向き直す。

 

「何故…拳を振るった。その理由を聞こう。」

 

「話す必要なんてない!話したって、あなたには一生かかっても分からない!此処(病院)にいるってことが、出られないって事が、どんな気持ちかって、あんたみたいな人に気持ちが分かるっていうの!?たった一人で、歩くことさえままならない…!歌声を届けようにも、ステージに立つことさえできない…!あなたが笑顔を振りまけば、ファンに笑顔を届けられる!あなたがテレビに出演すれば、あなたの家族はきっと喜ぶ!あなたがどんなにアイドルに気持ちを掛けてるのかは知らない!私が思ってるよりもずっと苦労しているのかもしれない!私が考えるよりももっと厳しい場所なのかもしれない!でも、だったらッ!…そこにすら立てない私は、一体どうしたらいいんだ!」

 

「…続けろ。」

 

そのアイドルの一言に、私を取り押さえようとしていたスタッフや両親たちの手が止まる。

まるで、私の叫び(八つ当たり)を、受け止めてくるような。

 

「ッ―――!!!」

 

それが、その哀れみが、私の怒りを加速させた。

 

「…ふざけないで!ただ歩けることがどれだけ幸せなのかも知らないくせに!こんなイベントを開けるだけで恵まれてることも忘れたくせに!アイドルを『目指せる』、ただそれだけを望みとして、渇望して、求め続けて!それでもッ…手に入らなかったものを…!私の前で振りかざすな!」

 

「くだらんな。」

 

「なッ…!私の願いを、命を懸けてでも叶えたいこの願いを、何も知らないあなたが―――!」

 

「何も知らないからこそだ!」

 

目を見開き、両の足を地につけ、アイドル(青木麗)は叫んだ。

 

「甘ったれるなと言っている!望みがなんだ、求めるからなんだというのだ!幸せ?恵まれている?そんなものは関係ないな(・・・・・・・・・・・)なりたければなればいい(・・・・・・・・・・・)だろう!お前の怪我だか病気だかは知らんが、その程度のものでお前のアイドルへの道が閉ざされるというのなら、所詮それはその程度の覚悟ということだ!何の障害があろうと、自力で乗り越えて見せろ!それがアイドルだ!そうまでしてでも、人はトップアイドルを目指すんだ!」

 

アイドルは、私の膝に、一枚の紙きれを投げ渡してきた。

 

「ここまで追い付いてこい。お前の覚悟、見届けてやる。」

 

その紙には、『346プロダクション』と書かれていた。

去っていくアイドルの姿を見つめながら、加蓮は後ろで呆然としている両親へと呟いた。

 

「お父さん、お母さん…決めた。」

 

 

 

「私、アイドルになるよ(・・・)。」

 

 

 

 

 

「無理だ…。無理なんだ加蓮ッ…!お前にはまだ伝えていないが…。お前は、アイドルにはなれないんだ…。お前がアイドルのファンなのは知ってる!それに勇気づけられてきたことも!でも…!お前の体は、そうなれないようになってしまったんだ!」

 

病室で、改めて私の想いを両親に伝えると、父は激しい剣幕で私を怒鳴った。

でも、私は負けられない。

私は「なりたい」じゃない。「なる」って決めたんだから。

 

「知ってるよ、そんなこと。お父さんとお母さんには迷惑かけることになると思う。でも、無理じゃないよ!不可能じゃないんだよ!治るかどうかなんて分からないでしょ!?1パーセントでも可能性があるなら私は挑戦したい!」

 

「そうは言ってもね。加蓮。あなたが夢を追いかけたいことには私達も嬉しい。でも、理想だけじゃどうにもならないのよ。リハビリって口では軽々しく言えるかもしれないけど、それがどんなに辛いものか分かっているの?動かない足で、痛む体を引きづって、それで治る保証もないのよ?そんな苦痛、あなたに耐えられるの?」

 

「耐えられるッ!私は、アイドルになるためなら何だって犠牲にできる!たとえそれが…命だとしてもッ!」

 

「加蓮…。」

 

優しい口調の母を、激しい声で弾き飛ばす。

私の覚悟は、そんなものでは無い。

 

「加蓮、お前の覚悟は伝わった。リハビリ代はどうするんだ?アイドルになってからの資金は?情けない話、今の俺達に余裕なんてない。お前をアイドルにするには、どう考えても金が足りないんだ。」

 

「ッ…!」

 

それを言われると、弱い。

私自身が資金を持っていない以上、どうしたって払うのは親頼りになってしまう。

両親(スポンサー)が首を縦に振らない限り、私のアイドルへの道は永久に閉ざされる。

 

しかしそのとき、横槍が入った。

 

「だったら、俺の入学金を使えよ。」

 

「…大河!?いつから聞いていた!?」

 

いつの間にか空いていたのか、扉のところで腕を組んでいた大河が、そう言った。

 

「ダメ、もうこれ以上大河を縛れないよ!これ以上私の人生に巻き込んでしまったら、大河は本当に私一人のために人生を狂わすことになる!それはダメ、それだけはダメ!」

 

「『1パーセントでも可能性があるなら私は挑戦したい』じゃなかったのか?加蓮のアイドルへの憧れは、弟一人犠牲にできないほど軽いモンなのかよ。…どのみちお前は、他のもの見てる余裕はないんだ!踏み台なんて振り返ってる暇があるんなら、もっと先へと進んどけよ!」

 

「…いい加減にしろ、大河!お前が加蓮のことを好いているのは知っているが、人のために自分が不幸になるなんて間違ってる!その代償行為は、誰一人として幸せにはならない!」

 

「だったら、これ以上加蓮から夢を奪うつもりかよ!望んで、焦がれて、失って、失って失って失って!…これ以上、何を奪うつもりだよ!」

 

黙り込む父と母。

きっと、彼らも答えは持っている。

どう反論すべきなのかもわかっている。

でも、それを言う資格は自分たちにはないとも気付かされる。

 

 

 

―――だって、本当に加蓮と真っ直ぐぶつかっていたのは、大河だけだから。

 

 

 

「それに、俺も自分から不幸に身を落とそうってわけじゃない。」

 

大河は、机の上にある高校のチラシを置く。

 

「これを受ければ、学費はタダでいいはずだろ。これで、何迷うことなく、加蓮はアイドルを目指せるんだろ!?」

 

そこに置かれた高校は、偏差値ほどそう高くないものの、給与型奨学金―――つまりは国から手当を受け取れるようだ。

これで、資金面はクリアできるはずだ。

そこまでしても、両親は首を縦に振ろうとはしない。

 

そこまてしても、どうしても怖いと思ってしまうのだ。加蓮がこれ以上壊れるのが、大河にこれ以上のめり込む加蓮の姿なんて見たくないと。

 

小学生が学費のために高校を決めるなど早急すぎるし、第一この高校で満足できるかも分かっていない。もし他にやりたいことや行きたい場所ができたとしても、彼に選択肢などもうないのだ。

 

だから、否定しよう。

彼の全身全霊を、こちらも全力で否定しよう。

それが、息子と娘に対する、唯一の贖罪なのだと、父は思い、口を開

 

「ビビってんじゃねぇぞ!!!」

 

「「ッ!」」

 

「どこまで逃げれば気が済むんだよ!加蓮が治らない病気であることを隠して!俺の学費をこっそり貯めてることも隠して!加蓮の願いからも俺の思いからも逃げようってのか!?ぶつかって見ろよ!1回くらい!全身全霊で、ぶつかって来いよ!尤もらしい理由つけてなあなあで対応してれば大人になれると、大人であれると思ってたのかよ!お前らの思いやりは全部保身のためじゃねえか!娘の願いを叶えてやれない自分達は、正しい行為をしてるんだって周りにアピールしてぇだけか!?心の底から!本気で喋れよ!」

 

「…んだよ。」

 

「あ!?聞こえねぇよ!」

 

「もう嫌なんだよ!なんで加蓮なんだ!?どうしてウチの娘ばかりが不幸な目に遭わなければならないんだ!ただ病弱なだけだった!でもちょっと元気な子だった!テレビでしか見ることのできないアイドルに憧れているだけの、ただの女の子だった!物でも壊したか!?人でも殺したか!?何もしていない!加蓮は何もしていないんだ!なのに…なんで、なんだって加蓮ばかり奪われなければならない!他の奴らはどうしてのうのうと暮らしている!?俺はそれが憎くて憎くて仕方が無いんだ!神はどうして…加蓮を助けてくれないんだって、何度呪ったことか!何故救われない…!どうして報われないんだ…!そうでなきゃ、どうして加蓮は生まれてきたんだって言うんだッ!!!」

 

「…いい加減にして。加蓮がこれ以上泣いているのをもう私は見たくない!アイドルへの憧れも、それに対する熱意もすっごくよく知ってる!でも、それ以上にッ!…あなたが悲しんでる姿の方がもっと知ってるの!!!お母さんですもの、知らない筈がないでしょう!それを加蓮が隠そうとしてるのもよく分かってる!…ならどうして!散々奪われて、失って、悲しんで、悔しんで!どうしてあなたは…何処かを目指すのよ…!?もうこれ以上あなたが苦しむのを見たくないの…!ねえ加蓮!お願いだから!あなたはこれ以上奪われてはいけない!ねえお願いよ…。なんでも好きなもの買ってあげる…。なんでも好きなことさせてあげる…。だから、だから…。もう、あなたは涙を流さないで…!」

 

父は壁に拳を打ち付け、母は泣き崩れ落ちる。

 

私の責任だ。

私がアイドルになりたいとなど言わなければ、お父さんもお母さんもこんなに悲しまずに済んだのだ。

こんなにも怒る父を見たことはなかった。

こんなにも嘆く母を見たことはなかった。

どれもこれも全部、私のせいなのだろう。

ずっと、我慢させてきた、私のせいなのだろう。

 

(アイドルは、皆に笑顔を届けなきゃ、ダメなのにッ…!)

 

「二人の気持ち、すっごく伝わったよ…。でも、それを聞いても私の気持ちは一切揺るがない!お父さんを絶望させるかもしれない!お母さんをまた泣かせるかもしれない!それが分かっていて、それがどれだけ親不孝で、どんな我儘で、それがこれまで養われてきた恩を仇で返す行為だと知っていても、でも、それでもッ…!私はアイドルを目指すんだ!これしかなくて、これしか選べなくて…それが『北条加蓮』なんだよ!」

 

「「………………。」」

 

娘の叫びに、二人はしばらく何も喋れなかった。

私達の娘は、こんなにも自分の意見を真っ直ぐ貫き通せる子だったのか。

私達の娘は、ここまでの覚悟ができているのか。

 

先に口を開いたのは、母だった。

 

「我儘…ね。そうよね、そう。…ねえあなた。加蓮が、私達に我儘言ったのって、いつぶりかしら…。」

 

「我儘…。そういえば、加蓮が自分のやりたいことを言ってくれたのって…。」

 

「初めてだよ、親父、お袋!加蓮は…姉貴は初めて我儘言ったんだ!叶えてやれよ!欲しいもの全てを我慢して!家族の温もりさえ我慢して!たった1人で戦い続けてきたんだぞ!…少しくらい、我儘言ったって…いいじゃねえか!」

 

大河の決死の言葉に、二人は心を揺らす。

 

「家族の温もり…か。ちゃんと向き合えてたのは、大河だけだったのか…。決めたよ。金は俺がなんとかする。大河も手伝ってくれるみたいだしな。だから、全力でやれ、加蓮。お前は家族の『夢』だ。俺達の想いを、お前に託す。」

 

「これまでごめんね…加蓮。一緒にいてあげられなくて、支えになってあげられなくて。でも、これからは違うから…!私達家族が、あなたのこと全力で支えるから…!だからあなたは、あなたの好きなように、あなたの我儘を、貫き通しなさい。」

 

「…違ぇよ、母さん、親父も。そうじゃない、そうじゃないんだ。加蓮にかけてやれる言葉は、謝罪の言葉じゃない。…そうだろ?」

 

「ああ。」

 

「そうね。」

 

「俺達に本音を告げてくれて

 

「私達に我儘を言ってくれて

 

「「加蓮、ありがとう。」」

 

 

 

「―――うん!」

 

 

 

涙を流しながらも、少女は笑顔でそう答えた。

 

 

 

 

 

そして。

私は今、此処にいる。

 

「緊張してる?奈緒、加蓮も。」

 

「あ、当たり前だろ!こんなデカいステージで、こんなにも大勢の前で、こんなフリフリの衣装着て踊って歌うんだぞ!そりゃ凛は経験あるから落ち着いてるのは分かるけど、私は初めてなんだからな!うぅ…。」

 

「奈緒はやっぱり緊張しまくってるね…。加蓮は?思ったよりも冷静だけど。」

 

凛がこちらに話を振ってくる。

一番年上のはずの奈緒がこんな状態で、一番年下である凛に支えられてるなんてなんだか間抜けな姿に見えるが、私も正直言ってそこまでの余裕はない。

 

「まさか。私も内心バクバクだよ。」

 

「にしては、冷静なように見えるけど?」

 

「うん。大河と麗さんにみっともない姿見せられないしね。それに―――

 

 

 

―――私の目指すところは、まだまだ上にあるから。

 

 

 

さあ、幕開けだ。

北条加蓮(アイドル)を観客共に見せてやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




父親は道を閉ざす。
母親は手を引いて止める。

そして不幸が、地獄へと足を引っ張った。

その道は、少女が突き貫いた。
その手は、少女が振りほどいた。

その不幸を、弟が消し飛ばした。

そしてその奥にアイドルは待っている。
さあ、進め。頂点まで、一直線に。



















※こっからふざけます。しんみりしてたい人は見ないで。そして加蓮に投票して。


























北条大河
『親父』『お袋』姉の『加蓮』呼び。鋏を人に向ける。高校決めてる。両親にキレて諭しに行く。

こいつまだ小学生だぜ…?

どちゃくそシスコン。
ほんへと言ってること違い過ぎだよなあ!

北条加蓮
病弱強化。病名は知らん。
なりたい一点張りマン。

青木麗
アイドル→トレーナーに転向した設定。
『ここまで追い付いてこい。お前の覚悟、見届けてやる。』
嘘はついてない。

デブ医者 ※こんなの読まなくていいから加蓮に投票して。
彼は生まれながらにして勝ち組だった。父親は医者、母親は弁護士。その上一人っ子であり二人の愛情を全て受けて育ってきた。忙しい両親に代わって面倒を見てくれていた祖父母は有名企業の元社長で今も相談役として活躍している。彼の欲しいものは何でも買ってもらえたし、勉強ができなくても運動ができなくても誰からも怒られることはなかった。両親は学校に多額の寄付を送っていて、教師陣も彼に怒ることはできなかったし、したものは次々に地方へと異動させられていった。何でも欲しいものを買ってもらっていた彼は、クラスでも表面上では逆らえるものはなく、仲良くなることが全生徒の目標だった。中学でも彼の性格は変わらず、彼の暴虐は続いていった。そして中学二年生の冬、遂に彼は一線を越えた。何でも言うことを聞く男子生徒を使って、クラスでも人気の高かったマドンナ的存在に襲い掛かったのだ。そして彼はそれを成功させ、他の男子生徒は法を犯した彼が居なくなると、期待していた。しかし、そのまま彼は逮捕されるどころか退学させられることもなくのうのうと学校生活を送っていた。それもそのはず、女子生徒は学校にも警察も襲われたことを訴えなかったのだ。もし訴えれば、彼の祖父母が相談役をしている会社に勤めているその父親が、職を失ってしまうのだと考えたのだ。泣き寝入りした女子生徒を見て彼は気付く。自分は、何をしても許される存在なのだと。彼の暴虐はそこからヒートアップしていく。高校に入り、彼は街でも有名な不良グループに入った。そこでも彼は金と権力を用いて不良を顎で使い、女をひっかえとっかえする生活を送っていた。そこで彼は遂に権力にも金にも屈しない人間を見つけた。しかし、その男すら彼が殴っただけでノックアウトされてしまった。彼は肉欲と暴力のまま生き、権力を誇示するために父に頼んで医者になった。看病という名のセクハラを可愛い患者を見つける度にしまくり、脅迫用の写真を撮って、好きなように性欲のはけ口とした。ある日、彼は用事で他の病院を訪れた。そこにいた少女に、彼の心は打ちぬかれた。その名は、北条加蓮。面会しに来るのは、弟のみ。検査も一週間に一度。病室に来る人間はいない。彼の口は、醜悪の笑みを見せた。計画の実行は、その翌日だった。彼女がリハビリを望んでいることも、彼女の主治医がそれを拒んでいることも、彼はもう掴んでいた。そうして、彼は少女に襲い掛かった。しかしそれは、本来対策の済んでいた筈の男に阻まれた。北条加蓮の弟、北条大河によって。相手は小学生だった。腕力でも、策略でも、負ける訳が無かった。これまで、負けたこともなかった。なのに、何故か自分の身体は傷つけられていた。なのに、何故か自分は牢に収監されていた。初めて知った敗北だった。どうしてか、何故か。何故自分は負けたのか。権力も財も腕力も何もかも劣っているたかが小学生のガキに何故自分が負けたのか。20年後、彼は懲役を終えて久しぶりに社会に戻った。そうして彼は、コンビニに入って、新聞を見た。その表紙には―――

「なんだよ。そりゃあ俺の負けに決まってんじゃねえかよ…。」

その表紙には。













あ、嘘です。










そういや結局ノクチルプロデュースもしてなければコミュも見てないのでよく詳細を分かってないのですけど、浅倉は財布を持ってない人ってだけ分かってればいい感じですか?


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弟と、姉

「うぅ~。寒いなぁ…。」

 

ちょうど地球をアイスピックでつついたら、真っ二つに割れて中から杏奈が出てきて大きい杏奈と小さい杏奈二人が眠っている姿を眺めながら凍死できそうな気温で、もうコートか杏奈は手放せない。

 

「お前は冬でも元気だったもんなぁ…。ガキの頃は冬でもお前に連れまわされてしんどかったんだぞ。風邪でも引こうもんなら加蓮の見舞いに行けなくなるし、お前の姉貴にも怒られるし。いや待てよ。なんでお前のせいで風邪引いてんのに俺が怒られてんだよ。ブラコンが過ぎるぞ。」

 

俺は、独りで呟く。白い息が零れて、何でか虚しくなってきた。

 

「何で、なんだろうな…。神様ってのを、俺は信じてないけどさ、どうして…。神様ってのは、幸せにならなきゃいけない人に限って、不幸を持ってくるんだろうな。」

 

例えばそれは、アイドルを夢見た病弱な少女。

例えばそれは、歌声を失った蒼の歌姫。

 

例えばそれは、姉が大好きで大好きで、歌が大好きで、素直で、真面目で、純情で、元気で、頼りになって、相談に乗ってくれて。

 

―――そして、子供の頃に死んでしまった、俺の親友。

 

「ごめんな。そろそろ俺行かなきゃいけないんだ。また、来るから。今度は…もっとたくさん話そうな。」

 

俺は、花束を墓前に置いて、そこを立ち去った。

『如月家之墓』、と書かれた墓石を後にして。

 

 

 

「…大河?」

 

「ッ…!?」

 

後ろから、良く澄んだ高い声が聞こえてきた。

振り向かなくても分かる。子供の頃、家族以外で唯一たくさん聞いた、二人目の『姉』の声。

 

「千早、姉…。」

 

蒼の歌姫は、白い雪のようなコートに身を包んで、青い髪を冷たい風に靡かせていた。

 

 

 

 

 

「毎年…来てくれてたの?」

 

近くにあったベンチに座って、久しぶりに千早姉と会話を交わす。

だというのに、心の芯から冷え切った感情しか湧いてこないのは、本当に寒空の下と言うだけが原因だろうか。

 

「ああ、優の命日と、年にもう何回か。千早姉は…?」

 

「優が死んでから、初めて。大河も、私の事件、知ってるでしょ?765プロと961プロの。」

 

「そういや、アイドルになったんだってな…。さすがに聞いたよ。あんだけニュースになったらな…。なんとか…なったのか?」

 

「うん…。仲間が解決してくれて…私もやっと優と向き合えるようになったの、かな…。お姉ちゃん失格だよね、もう8年間も経つのに。」

 

「優なら許してくれるだろ。あんなに優しい奴だったんだから。」

 

「そう…かしら。」

 

二人の間に、気まずい沈黙が流れる。

会話が、続かない。顔を、合わせられない。

 

「いつから…だろうな、ガキの頃はくっだらねえ会話ばっか続けてられたのに…どうして、なんだろな。」

 

「そうね…。やっぱり、私達が私達でいられるのは、あの子がいたからなのね、きっと。」

 

俺と、千早姉と、優。

俺が子供の頃、確か小学一年生くらいの頃なのだが、もう既に加蓮のお見舞いに通っていた。

友達もおらず、勉強も余裕で、他に行くところもない、子供時代だった。

だから基本的には、加蓮の病室に行って、面会時間が終わる頃まで色々話し続けていた。

しかし、いつもいつでも加蓮に面会できるわけではなかった。

一日中検査の日もあったし、病院に行っても面会できない日もあった。

 

(どうすっかなー今日は。)

 

そしてその日も、病院に行ってから面会を断られた。

だがしかし、今日は土曜日で図書館も空いていなければ、宿題も終わっている。

やることがない。暇だ。

だから俺は、病院の近くの公園に来ていた。

 

ベンチに座って、雲一つない青空を眺めていた。

 

「お姉ちゃん!歌ってよ!久しぶりに聞きたいな、お姉ちゃんの歌!」

 

「まだ治ったばっかりなんだから、無理しちゃダメでしょ、優。今日の夜歌ってあげるから。」

 

青髪の少女と、手を繋がれた少年が、大きな声で話していた。

 

「ねえ…駄目かな…お姉ちゃん?」

 

「仕方ないわね…。一曲だけよ。」

 

「やったー!お姉ちゃん大好き!」

 

何とも微笑ましい光景だ。

姉と弟の、普通の光景。

俺にも或いは、そんな未来があったのかもしれないが。

 

「じゃあ、何を歌おっか?」

 

「もちろん!いつもの!」

 

「本当に優はその歌が好きね。いいわよ。じゃあ、歌うわ。『自分REST@RT』!」

 

そして少女は歌い始める。

その青い髪を揺らしながら。

そのきれいな肌を煌めかせて。

その歌声を響かせて。

 

「その歌…!」

 

俺は思わず、飛び起きて指をさしてしまっていた。それも仕方ないだろう。その少女が口ずさんでいた曲は、加蓮が大好きなアイドルの一番のイメージソングだったのだから。

 

「えっと…。な、何か…?」

 

「君もお姉ちゃんの歌聞きたいの!?ほら、お姉ちゃん、歌ってあげなよ!」

 

「ちょ、ちょっと優!迷惑でしょ!」

 

「いや…。嫌じゃなければ、歌ってくれないかな。」

 

その時、そう答えたのは単なる気まぐれか。

或いは、普通に生きていれば有り得た筈の加蓮の『可能性』を見たかったのか。

今となってはそれはもうわからないけれど、確かにその時俺はその歌声を聴いて、一筋の涙を流したのだった。

 

それからというもの、俺と千早姉と優の三人は、毎週土曜日に病院の前で集まって色々なことをした。ある時は歌を歌って、ある時は花で冠を作ったり、好きな歌やアイドルの話をしたり、とにかく、色々なことを。

 

それから、一年の月日が過ぎた。

 

ある土曜日の日、俺がいつもの公園に行くと、そこには千早姉しかいなかった。

 

「あれ、優は?」

 

「…だわ。」

 

「え?」

 

「死んで、しまったの。いえ…私が、私のせいでッ…。」

 

「は…?」

 

優が死んだ?

頭が、真っ白になった。

意味が、分からない。

 

「もう、大河とは会えない…。ごめんなさい…!」

 

走り去っていく少女に、声をかけてやることさえできなかった。

 

 

 

零れ落ちた雫は、草むらに紛れて、消えてしまった。

 

 

 

それからはもう、千早姉と会ったことは一度もなかった。

ただ彼女の母親を名乗る人に、優の墓の場所を教えてもらってからは、それっきりだ。

 

 

 

それから8年が経った。

 

「…今日はもう、帰るわね。ここにずっといるのは、あんまり耐えられる自信が無いの。悲しみを乗りこえたとしても、私の罪は消えない。私は一生、十字架を背負って生きなきゃいけないんだから。」

 

再び、少女は俺から去っていこうとする。

 

「待てよ。」

 

「ッ…。」

 

「十字架背負うんだろ。だったら、俺からも逃げんなよ。そうだな…。毎週土曜日、ここに来る。俺は待ってる。千早姉は忙しいだろうし、無理しなくていいし、嫌なら来なくていい。でも、俺は待ってるから。」

 

「…どうして!?私は大河から優を奪った!私が憎くて憎くて仕方がないんでしょう!?殺したくてたまらないんでしょう!?あの子は人気者だった!あの子のために何人もの人が悲しんで、涙を流した!お父さんとお母さんがバラバラになったのだって、優がいなくなったから!私が全部壊したのよ!」

 

「違うよ。別に、俺は優と遊びたいから一年も通ってたわけじゃないよ。千早姉がいて、初めて行きたい場所になったんだよ。…今更どうこう言ったところで、優が帰ってくるわけじゃねぇだろ。…だったらさ。あいつが天国から笑って眺められるように、俺と千早姉だけでも仲良くやろうぜ。そんで歌ってくれよ。優と二人で、全部聞いててやるから。」

 

「大河…。」

 

「千早ちゃん!」

 

千早姉の後ろから、赤いリボンを付けた女性が走ってきている。なんだ、人を連れてきていたのか。別に一緒に来ればよかったのに。

早足で歩く少女は、千早姉を庇うようにして俺と千早姉の間に割って入る。

 

(そうだよな…。傍目から見たら言い合って泣かしてる奴と友達だもんな…。そりゃ止めるか。)

 

庇われた千早姉の困惑した表情と、怯えながらもその前に立つリボンの少女。

その繋がれた手を見て、俺は笑った。

 

「なんだ…。良い友達ができたんじゃねぇか…。」

 

「千早ちゃん、この人…。」

 

「千早姉。話してやれよ。自分のこと、優のこと、大好きな歌のこと。気が済むまで、その友達と、優に。」

 

俺は振り返ることなく墓地を後にする。

そしてようやく、二人から見えないところまで来て、近くにあったベンチに座り込んだ。

 

「あーあ、アイドルになった理由。聞きそびれちまったなぁ。」

 

空を仰ぎみて、呟いた。

或いは千早姉、或いは加蓮、或いは静香。

 

「踏み出せてないのは、俺だけか…。」

 

空は、紅色(あかいろ)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで、たった今俺は静香の前で土下座させられている。え?何が『というわけで』なのかだって?そんなん俺が知りたいわ。朝学校に来て扉開けたら膝に踵落としされたんだぞ。膝に踵落としってピンポイントが過ぎるだろ。

 

「私が何で怒ってるか、分かるよね大河。」

 

「ええーと…。静香を置いて帰ったこと?」

 

「と?」

 

「ええー…静香を騙したこと。」

 

「と?」

 

「えっとぉ…。誘われたのに行かなかったこと?」

 

「そんなことで私は怒ったりしないわよ!そもそもお姉さんとの約束が先だったんだからそれを優先するのは当然でしょ!問題は、どうして嘘をついたのってことよ!」

 

「はぁ!?俺を勘違いして見逃したのはそっちだろ!嘘なんてついてねーし!?」

 

「そ、そのことじゃないわよ!私が言ってるのは、そのことを聞いたらあのお店には行かなかったし、あの渋谷凛と喧嘩することだってなかったんだから!」

 

「勝手に喧嘩し出したのはお前やんけ!」

 

「そ、そうだけど!」

 

扉が開き、溜め息交じりに志保が現れる。

どうやら教室に入る前から事情は察していたようだ。

 

「何朝から二人で痴話喧嘩してるのよ。教室の外まで響いてたわよ。」

 

「あ、おい志保!なんか朝から静香がいちゃもんつけてきやがって…!」

 

「ちょ、ちょっと大河!」

 

志保が来た途端、急に焦り始めた静香は、俺の服を引っ張って教室の端っこまで連れていく。

 

「(どうした急に。)」

 

「(志保、昨日の事気にしてるみたいなのよ。志保って結構アイドル好きじゃない?だから昨日ほとんど話せなくて怒ってるみたいで…。)」

 

「(それお前のせいじゃん。はいこの話しゅーりょー。)」

 

志保のご機嫌取りに何故俺が協力する必要があるのか、志保が言ってくるならまだしも。というか志保なら有無を言わさず従わさせる。弱みの一つ二つ切ったところで奴にとって数千はある内のたった一つだ。どんだけ握られてんだよ。

 

「…何話してたのよ。」

 

「さあ?なんか静香がゴチャゴチャ言ってたけど聞いてなかった。」

 

「何?珍しいわね。大河じゃなくて静香が私に隠し事なんて。」

 

「ち、違うわよ志保!今日の帰りに大河の家にお邪魔しようって話をしてたのよ!ね?大河?」

 

「は?何の話?」

 

「(ちょ!話を合わせなさいよ!)」

 

「(やだよ。なんで俺が静香のいうこと聞かなきゃいけないんだよ。俺怖くない奴には圧倒的上位からマウント取りに行くから。どう考えてもお前は怖くない。)」

 

厳密にいうと怒ってないときの話だが。まあ俺と静香vs志保の対面でこいつが怒ることはない。つまりマウントを安心してとれる。

 

「(りっくんに何教えたか志保に言ってもいいの?)」

 

「すいませんでした。」

 

頭を下げて平伏する。今日も白かよ。代り映えしないな。

 

「で、志保。行く?」

 

「そうね…。実は大河の家って入ったことないわよね。私の家に呼んだことはあったけど。」

 

「じゃあ今日は放課後は大河の家ね!はい終了!」

 

(ま、加蓮も親も居ねえし別にいっか。)

 

 

 

 

 

「ふーん。家に呼ぶような仲なんだ。しかも二人同時に。まさか大河がプレイボーイだったなんてねぇ。」

 

「何でいんねん。」

 

志保と静香を引き連れて家に帰ると、何食わぬ顔で姉が居やがった。おいおいアイドルさんよぉ、仕事はどうしたんだい。学生とは言えアイドルは仕事の一環。サボるのはご法度だぜぇ?

 

「今日は撮影が早く終わったから、Pさんが早く帰してくれたんだよねー。ラッキーだなぁ。志保ちゃんと静香ちゃんと腰を据えて話すチャンスに巡り合えるなんてね。」

 

「私も…ちゃんと大河のこと聞いて、話したいと思ってました。私としても、都合がいいです。…本当は、志保に話させてあげたいんですが、なんか今不機嫌みたいで、すみません。」

 

「………………。」

 

「ううん、いいの。理由、聞いちゃったし。」

 

「ッ…!聞いて、いたんですか…。…あの、加蓮さん。二人きりで、話しませんか。前回はあんなで、きちんと話せませんでしたし。」

 

さっきまで黙っていた志保が、加蓮がボソリと呟いた一言により、急に話し出す。

加蓮が何を言ったかは聞こえなかったが、志保はどうやら興味を持ったらしい。

 

「いいよ。…ごめんね静香ちゃん。大河と部屋に行ってなよ。」

 

「は、はい…。」

 

と、俺らは何故だかリビングから追い出されてしまった。

仕方なく静香を俺の部屋に連れてきて座らせた。何モジモジしてんの?トイレなら一階だったんだけど。

 

「何?」

 

「何…って。別に大したことないけど。…大河の部屋、初めて入ったし。思ってたより、綺麗にしてるんだなって。あと、なんか物とかもないし、ちょっと寂しいなって。」

 

「寂しい?男子中学生の部屋なんてこんなモンじゃねえの?」

 

子供の頃に買ってもらった勉強机に、申し訳程度に差し込まれた短編小説、本棚には何冊かの教科書類。布団で寝る俺にはベッドなんてものは置いておらず、確かに質素に見えるかもしれない。

 

「えっちな本とか、ないんだ。」

 

「人の部屋入るや否や何言ってんだお前。もしかしてお前も淫乱に成り果てたのか。お前も高校生に近づいてあのクソビッチと同等になろうとしてるのか…。静香、これまで楽しかったぜ…。」

 

「ち、違うから!志保が言ってただけだから!いきなり縁を切りに来ないで!」

 

時は流れるのも早く、もう中学三年生も終わりに近づこうとしている。つまりはもうJCの恩恵は掻き消えようとしており、もうすぐJKともなるのだ。つまりはビッチ。杏奈もあと1、2年でビッチになるのか…?

 

「アイドルの雑誌とか、一冊もないんだ。結構意外。お姉さんがアイドルなら、少しはそういうの興味持ったりするんじゃないの?」

 

「ま、関係者が近くにいようが、興味がない奴は興味がないってだけの話なんじゃねえの?」

 

まあ俺の場合は少し顕著になるのかもしれないが。

 

「じゃあ、さ。もしもアイドルが告白なんてして来たら、大河はどうするの?」

 

「え?杏奈だったらいいに決まってるしビッチだったら駄目に決まってね?」

 

即答である。当たり前である。

 

「違うよ…。大河の個人的な好みじゃなくて、例えばテレビに出てるようなアイドルが大河のこと、好きって言ったら…大河は、どうするのかな、って。」

 

「何でそんなこと聞くんだ?何、ラノベでも読んだの?確かに姉貴のせいでアイドルと関わることは多くはなったけど、俺のこと好きなんて言う奴いないだろ。」

 

「だから、もしもの話。もしも、大河の事。好きな人が居たら?」

 

「…もしもいたら、ね。…多分、断んじゃねえのか?俺、好きな奴いるし。」

 

「え…?好きな、人…?」

 

「…まあな。」

 

「どんな人…?」

 

「そんなことお前に言わなきゃならないか?」

 

「ダメッ!」

 

「何キレてんだよ…。まあ、別に、大した奴じゃないんだよ。ただ、前に一歩踏み出してて、すげーな、って。」

 

「そう、なんだ…。」

 

なんでか、気まずい。あっちからしてみたら興味本位で聞いてきただけなんだし、そっちから話しかけてくんねーかな。

 

「ふざけないで!」

 

パシンッ!と。下から音が響いてきた。

 

「今の声ッ…!」

 

「加蓮ッ!」

 

階段を転がり落ちるように降り、リビングのドアを開ける。

そこには、振り抜かれたであろう志保の手と、赤く腫れた加蓮の頬があった。

 

「何してんだ…志保…!」

 

確かにこいつは暴力的だ。すぐ蹴るし、殴るし、頭突きもかます。

でも、理由もなしに人の姉に手を出すような奴ではない。

 

志保は、何も言ってくれなかった。

 

「志保ッ!」

 

「いいの大河!私が、悪いの。志保ちゃんを怒らせたのは、私だから…!」

 

「志保!?何してるの!?」

 

「ごめん…。でもッ…!何でもない…。」

 

そのまま、志保は部屋から出ていってしまう。

ちょっと迷った後、静香もそれを追うようにして部屋から出ていってしまった。

 

家の戸が閉まる、大きな重い音がした。

 

「何が、あったんだよ…加蓮。」

 

「うーん…別に大したことじゃないし、大河が気にすることじゃないよ。」

 

アハハと、いつもの様に飄々とした顔で、ヘラヘラしながら崩れた家具の配置を直していく加蓮。

まただ。また、こいつは何か隠す時、絶対にこんな顔をする。辛いことを周りに悟らせないよう、無理をして。

 

「んなわけねぇだろ!」

 

怒鳴った俺に、一切怯むことなく、加蓮は続ける。

 

「そんなことあるよ。私だって、いつまでも大河にばっか迷惑かけれないんだ。あんな悲しい顔見せられたら、尚更。」

 

何も言えなくなった俺を一瞥して、加蓮は二階へと上がっていってしまった。

 

「なんで…だ。」

 

静寂にまみれたリビングで、ソファに倒れこんで俺は一人、呟いた。

 

「どうしてッ…全部全部、こうにも上手くいかねえんだ…!」

 

Project Kroneの秋ライブまで、後3日。

 

 




加蓮に…入れようね!(挨拶)



一応シリアス回なんで少し離して書きます。








え?加蓮ダイマはシリアスにはいいのかって?挨拶は大切だろ?

はい、本当はもっと早く出す予定だったんですけどPカップ環境が闇過ぎて苦しんでいて遅れました。
まあこれまでと比べたら早い方なんでへーきへーき。
取り敢えず一章分は書き終えたので出し放題の余裕です。実質ニートだからね、しょうがないね。(出すとは言ってない。)

後、この先の展開書いてたら一話の文字数がイカれたんですが分けた方がいいんすかね?




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繋がれた手を離さない

加蓮に…入れようね!(自然な挨拶)


志保と大河に出会ったのは、中学二年生に進級してからだった。

 

その頃は、内気で伊達メガネをかけていて、うどんが大好きなただの中学生で、特筆するところなんてせいぜい友達がいない所くらいの私だった。

あとはまぁ、イジメを受けていたくらいだろう。

何かをしてしまった訳では無いが、まともに周りとコミュニケーションを取る事すらできない私は、ターゲットとしては抜群だったのだろう。

先生や家族に相談する勇気も、反抗しようと思う精神力もない私は、されるがまま、サンドバッグにされていたのだった。

 

それは進級してからも変わらず、放課後になると必ず呼び出され、水をかけられたり、持ち物にラクガキをされたりした。

 

何故私がイジメを受けているのか、ちっとも分からなかった。

 

別に変な行動を取ったり、彼女達の気に触るような事もしていない筈だし、目に付くような目立つ生徒でもない。

だからこれは、きっと天災か何かなのだと考えていた。

人には抗うことの出来ない、自然の怒り。

私にはどうすることも出来ない、イジメ。

 

ほら、何にも変わらない。これは仕方が無いことなのだと、私が不幸なだけだと。

 

って、

 

自分に嘯いて、今日も私は、机に突っ伏した。

 

 

 

 

 

「お前か、うどんが好きだって奴は。」

 

始まりは唐突だった。

昼休み。無事昼食を食べ終えた私は、再び机の上で寝ている振りをしていた。

イジメっ子は隣のクラスなので授業中は流石に干渉してこない。

でも昼休みは違う、憂鬱な時間。

 

誰かが私の席に近づいてくる足音がする。

周りの喧騒がピタリと止む。

今日もどうやら、私は酷い目に合わされるらしい。

殴られるのかな、ラクガキされるのかな。プールとロッカーは、やだな。

 

でも、伏せた頭越しに聞こえてきた声は、いつもと違っていて。

ぶっきらぼうな、男の声だった。

 

「おーい、寝てんのかー?寝てんならつむじ押しちゃうぞー。身長が止まって摂取カロリーが全て体重に早変わりするぞー。」

 

「えっと…あのぉ…。」

 

それは嫌だな。

というか有名人なんだからあまり注目を集めないで欲しいのだが。

 

体を起こして、その人方に向く。

北条大河。学校内でも屈指の問題児。

テストの点数は高く、授業態度も先生からの評価も悪くは無いのだが、生徒から見ればその傍若無人な立ち振る舞いは、目に余るものがあるのだ。

 

「おはよ。」

 

「あの…つむじ押すのやめてもらっていいですか…。」

 

体を起こしてなお、執拗につむじばかりを押してくる北条君。

話しかけた意図も説明してくれないし、これ以上目立つのもマズイ。

 

「ちょっと大河。それを世間一般ではセクハラって言うんだけど知ってるかしら。」

 

「知らないな。」

 

「しょうがないわね、私も大河のを押してあげるわ。」

 

「ちょおまっ。ゴリッっていってるゴリッって!物理的に縮めようとすんなボケ!」

 

さらにその後ろから現れたのは北沢志保。

この人も問題児…という程ではないが、学校内全体でも屈指の戦闘力を誇るらしく。度々生徒指導室に連行されるところを見かける。結局の所、悪いのは彼女ではないので事情聴取程度らしいが。

 

「で、最上さんに絡んでなんのつもりよ。大河が他人に興味を持つなんて珍しいわね。」

 

「いやぁ隣のクラスでこいつがうどん好きだっていう噂聞いてさ。美味いうどんの作り方とか教えてもらおうと思って。」

 

「はぁ…。てことはやっぱりお姉さん絡みね。毎度毎度いい加減にして欲しいわね。過ぎたシスコンは気持ち悪いわよ。」

 

「うっせ。ブラコンよりはマシだね。…で、知らね?俺料理とかやったことないからできれば簡単に作れるヤツで。」

 

うどんの、作り方を、教わりたい?

わざわざインターネットが普及したこの時代に、こんな影の薄いいじめられっ子に、トップカーストの2人が?

 

…そんなわけがない。多分、あの人達の策略だろう。この2人を信じた私を馬鹿にするつもりか、この2人をいじめに巻き込んで自分達の立場を確立させる気だろう。

なら、関わっていいことは無い。あちら的にも、こちらからも。

 

「あの…それが今日は…。」

 

「じゃあ決まりな。帰りに昇降口で待ってっから。」

 

私の反論も聞くことなく、北条君は教室の外に行ってしまう。

 

「あ…待っ…。」

 

「あ、そうそう。」

 

声が何とか届いたのか、北条君はドアの前で立ち止まった。

 

「報酬前払いだ。謹んで受け取れ。」

 

北条君の弾いた何かが、私目がけて飛んでくる。

何とか手で弾き、腕で弾いて、おでこに当たって止まってくれたそれは。

 

「放課後、よろしくな。」

 

うどんの、キーホルダーだった。

しかも、私が欲しかったやつ。

 

(やっ…!どこのコンビニでも当たらなかったのに…!今日は最高のーーー)

 

「おい最上ぃ。」

 

後ろから、女子にしてはやや低めの声が聞こえてきた。私の、嫌いな音。

肩を組んできて、その香水の匂いに、鼻を顰めさせられる。私の、嫌いな匂い。

頬に当たる染めたであろう金髪が、鬱陶しくてたまらない。私の、嫌いな色。

 

「今日の放課後、プールな。…来なかったら、分かってんな…?」

 

「………。」

 

「分かってんのかって聞いてんだよ!」

 

「は、はい…!」

 

「それでいいんだよ。はっ。」

 

(やっぱり私には、幸運な日なんて、1日もないんだ…。ごめんさない、北条君、北沢さん。約束、守れそうにないです…。)

 

心の中で2人にそう謝って、私は再び視界を落とした。

 

 

 

6時間目の数学を終えて、クラスの皆は思い思いに放課後を過ごしている。

すぐに帰る者、部活へ向かう者、友達と話す者。

私もこんな風に、なんて高望みはしないが、こういう光景を魅せられると世界の理不尽さを感じる。

まるで自然災害だ。

私にしか訪れない台風、地震、津波。

世界がのうのうと回っている中で、私だけが唯一災害に苦しめられている。

或いは、私が受けることでクラスの優しい人達が苦しまなくて済んでいるのかも知れない。

 

(だったら、いいかな。)

 

皆が苦しむのよりは、私が苦しんでいる方がいい。私はもう慣れたし、そして何より誰かが傷つくところなんて見てられない。

 

「最上。迎えに来てやったぜぇ!」

 

例えばほら。私はきっと、誰かがこんな風に連れていかれるのを見ていたとしても何も出来ない。

きっと、皆のように黙って受け入れるだけなのだろう。

ほらね、やっぱり自然災害だ。

 

「ほらよ!お前の大好きな水だよ!たんと飲めよ!」

 

頭から水を掛けられた。

 

この季節のプールは使われていないこともあり緑色の、変な色の水だ。

 

「うっ…。」

 

ちょっと、口の中に入っちゃったかな。苦くて、変なぬめりけがあって、気持ち悪い。

 

「立てよオラ!ほらプールに飛び込みだ!」

 

プールの中に蹴り飛ばされた。髪、痛みそうだな。眼鏡、割れてないかな。制服、明日までに乾くかな。

 

どこか他人事のように、プールから上がろうとすると、取り巻き達が私の鞄を漁っているのが見えた。別に…壊されて困るものなんて入ってーーー。

 

「駄目ぇ!」

 

プールから這いずり上がって、取り巻き達がからそれをひったくる。

 

「てめえ反抗してんじゃねぇぞ!」

 

「それ寄越せオラ!」

 

私は取られまいも地面に蹲ってそれを守る。

背中を蹴られ、踏まれ、息が出来なくなりそうになっても必死に守る。

 

(駄目…!駄目なの!これだけは駄目!他の何を傷付けられても、これだけは…!)

 

「へぇ…。んなに大切なものなのかよ。じゃあこうしようぜ。」

 

ボスの女は、ポケットから彫刻刀を取り出した。

そして、顔に下卑た笑いを貼り付けて、言った。

 

「それぶっ壊されるのと、一生消えない傷を顔に付けられるの、どっちか好きな方、選ばせてやるよ。」

 

「ッ…!私は…どうなっても、いい…です…。でも、これだけは、傷付けないで…!」

 

即答だった。

悩む暇すらない、答えだった。

 

「「アヒャヒャヒャヒャ!」」

 

「ボス、こいつアホですぜ!たかがキーホルダーの為に、人生終了モンの傷負わされるんすから!」

 

「ならお望み通りさっさと、やってやりましょ!先公が来る前に!」

 

「馬鹿な女だな!そんなもんに、何の価値があるってんだ!」

 

「本当にそうだよ…!ただのコンビニのペットボトルに付いてたってだけの話だっつーのに、どんだけうどん好きなんだよ…!女子が易々と肌差し出してんじゃねえよな…!」

 

「えっ…。」

 

私も、イジメっ子共も、その4人目の登場に驚く。

振り上げられた彫刻刀を、腕ごと掴み取っているのは。

 

「北条…君…?どうして…?」

 

北条大河、だった。

 

「どうしてはこっちのセリフだ馬鹿。なんでこんなもののために人生掛けてんだ。たかだか100円もしないモンに。」

 

「だって……だったから。」

 

「あぁ!?」

 

「初めて!だったの…!誰かから、物、貰うのは…。」

 

私が振り絞って出した声を、彼は少し固まった後、全力で笑い飛ばした。

 

「…フフっ。ハッハッハッハっ!そうかそうか、そうかよ!お前、おもしれえ奴だな!」

 

「そ、そういう北条君はどうしてここに来たの…!?この季節に、何の用で、プールに…。」

 

「はぁ?言ったろが。忘れてんじゃねえぞ。『放課後、よろしくな』って。」

 

「え…?」

 

本心から、そう言っていたのか。

本当にただ、それだけのために、私と話して、ここまで来て、助けてくれたのか。

 

「いつまで夫婦漫才やってんだオラ!ならまずはお前からだ、北条大河!」

 

「興味深い話ね。」

 

「「「ッ!?」」」

 

「私も混ぜてもらえる…?」

 

「あ、アンタは!」

 

「この学校全員が総力を上げても倒せなかったという…」

 

「「女番長、北沢志保!」」

 

プールの入口に、北沢さんが立っていた。

すごい恐れられようだな…。

 

「クソ!一旦引くよ!覚えてやがれ!北条大河、次はお前だ!」

 

「この男に手を出すとどうなっても知らないわよ…?ま、好きにしたらいいけど。」

 

イジメっ子達は、北沢さんの脇を避けて、プールから逃げ出して行った。

 

「大丈夫?なんだかこれが初めてじゃなかったみたいだけど。手伝えることがあったら言ってね。協力するわ。」

 

「あ…えっと…はい…。…じゃなくて!どうして首を突っ込んだりしたんですか…!こんなことしたら、今度はあなた達が標的に…!」

 

北沢さんは少し笑った。

 

「私、強いもの。気にすることなんて何も無いわ。ま、大河はそうじゃないかもしれないけれど。」

 

北条大河はちっとも表情を動かさなかった。

 

「人を助けるのに理由が必要かよ。…人が苦しめられるのに理由がいらないってのに。」

 

「理由…ですか…?」

 

「世界に何万人貧困で苦しむ人達がいると思う。世界どれだけ戦争の流れ弾で死ぬ人がいると思う。一体世界に何人、理不尽で夢を諦めなきゃいけないやつがいると思う?…だからだよ。俺がお前を助けたって思うのなら、それが理由だ。これで満足か?ならうどんを作ろう。」

 

「はい!…えっ?ふぇっ!?」

 

「行くぞ志保。ついでに陸をモフらせろ。」

 

「陸に触ったら殺すわよ。」

 

「過度なブラコンも気持ち悪いから。ほれ行くぞ走るぞ。こけたら引きずってくからな。」

 

前の2人が駆け出す。

私も駆け出した。

2人について行こうとか、青春の1ページを刻もうとかそういう訳ではなくて、ほら、えーと。転んじゃうし。

 

 

 

北条君の手は、温かかった。

 

 

 

 

 

連れていかれたのは、北沢さんの家だった。

一戸建ての割にはだいぶ広く、なんと風呂までお借りさせていただいた。

 

ということで、私と北沢さんは今正座させられている。

 

「え、何?俺がおかしいの?普通に考えて人家に呼んどいて、2人で風呂でイチャイチャする?もう暇が暇を呼んで家の中のクローゼット全部開けて志保の下着の傾向でも」

 

「は?」

 

「と、とにかく、普通そんなに長く風呂入りますかって言ってんだよ。むしろ中で死んでんじゃねえかっていう言い訳と共にラッキースケベ的特攻でも仕掛けようかと」

 

「は?」

 

「…ごめんなさい。」

 

北条君も正座しちゃった。

 

「んでまあ、別に誰が悪いとかはどうでも良くてさ、もう7時だけど大丈夫なのって話だよ。もがみんの門限とか。」

 

「あ…私は大丈夫です。」

 

というかもがみんってなんだ。私か。返事しちゃったけど。

 

「つか陸は?」

 

「保育園でお泊まり。」

 

「謀ったな貴様ぁ!珍しく易々と家に上げたと思ったら貴様、そういう事かぁ!」

 

「うどんは夕食になりそうね。」

 

「聞けやオラァ!」

 

「フフフ…!」

 

「何笑ってんだオラァ!」

 

「あ…。あの、ごめんなさい…。楽しそうで、こんな会話したことないし、いいなって…。」

 

「そいつは良かった。」

 

「え…?」

 

「どうやら俺らは、もがみんの友達第1号と2号みたいだな。」

 

ニヒヒと、彼は笑った。

 

「あら?ということは私が1号よね。なんていったって私は静香(・・)のほくろの数を数え終わったのよ?」

 

「待って。それ以上言わないで。もがみん、お前。友達ならこれくらい当たり前って言われたろ、言われたな?……何処までやられた…?」

 

「何処までって…全部よ、大河。」

 

「俺の友達傷物にされてるぅ!?」

 

「…?」

 

なんかどうやら驚かれているようだが、洗いっこって友達でもやらないのかな。傷とかは…つけられてないけど。

 

そんなこんなで、うどんを食べ終えたのは10時を回った頃だった。うどんの作り方?1教えたら100で返されましたが?

 

『えっと、うどんはね。材料をまず』

 

『はーん。こうね。』

 

完成。

 

はい回想終了。

むしろ途中のお喋りと喧嘩が殆どを占めていた。

 

「もう10時回っちまうな…。さすがに帰るか。もがみんはどうする?」

 

「泊まっていく?弟もいないし。」

 

「ううん、大丈夫です。今日はありがとうございます、2人とも。」

 

「敬語はいいってんのになぁ。まあいいや、送ってくよ。家どこさ。」

 

「待ちなさい。大河に送らせたら確実に大河は送り狼になって静香が傷物にされてしまう…!私も行くわ。」

 

「ざけんな。もうおめぇが傷物にしてるやろがい。つかお前まで連れてったらお前も送る羽目になるだろ。やだわ、トンボ帰りさせられるなんて。」

 

「私は別に一人でも大丈夫よ。その辺の不良如きが私に勝てると思ってるの、大河。」

 

「はぁ?お前だって見てくれは美少女なんだから襲われるかもしんねえだろ。」

 

「え…?」

 

「そしたら不良が可哀想だろ。」

 

「パイルバンカー!」

 

「なしてさ!」

 

そのまま喧嘩を眺めること15分。取り敢えず今のは北条君が悪い。

 

「フッ…。弱くなったな、志保。まさか俺に負ける時が来るなんてな。」

 

「漫画だったらクソみっともないわよ、大河。」

 

当然、志保さんの勝ちである。

うつ伏せに倒された大河君が、文字通り尻に敷かれている。

 

「な、もがみん。俺の強さは折り紙付きだろ?」

 

「いや…そんな組み敷かれた状態で言われましても…。」

 

「まあ、送ってもらいなさい、静香。これにも盾になるくらいは役に立てるでしょうし、むしろ心配なのは静香の方ね。襲われないと思うけど、それ未満は確証できないわ。」

 

「…?」

 

その時、私はその言葉の意味が分からなかった。

しかし、その帰り道で、私は嫌という程その意味を実感するのだった。

 

 

 

「しっかしなー。お前みたいなやつが虐められるなんて、だいたいそういうのって、なんか可愛くないやつがやられたりするもんじゃないの?お前可愛いのにな。」

 

「うっ…!」

 

「最近は違うの?やっぱ僻みとかで虐められたりすんの?まああいつらお前と違って可愛くないしね。」

 

「うぐぐ…。」

 

「つか誰かに頼れよな。お前みたいに可愛いやつなら男子も女子も協力的になってくれるやつ多いと思うぞ?」

 

(心臓が…痛い…!)

 

どうやら天然だろうし、口説いてる意思とかそんなのは微塵もないし私なんか口説く人もいないだろうけど、それでも女子として心に響くものがあるのだ。

『可愛い』『綺麗』『美人』『魅力的』。この3分で既に合計20回は言われた。ナンパ師でもそんなに言わないぞ。

 

「あの…もうここまででいいよ。…ありがとね。」

 

もうそろそろ私の家の近く。ホントはまだちょっとあるけど、これ以上北条君と一緒にいたら私の心の方が持たない。

 

「あ?そか。じゃあな。また明日学校で。」

 

「あ…うん、明日、また。」

 

その一言と、彼の後ろ姿を見て、再び心の底で認識した。

 

「『また』…か。」

 

(ああ…私はもう、独りじゃないんだ…。)

 

私が、孤独じゃなくなった瞬間。それが今日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、その次の日、学校に行って私は、久しぶりにキレた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつものように、下駄箱に大量投入されているゴミやら泥やらを玄関の外に捨て、私の机が投げ捨てられている階段の下側に向かい、それを抱えて階段を上っていた時。

 

(…?重、い…?)

 

何をされてもいいように、自分の荷物は一つたりとも学校に残すことはない。

毎日の荷物は重くなるものの、毎朝こうして三階まで運ばされる机が軽くなるのは楽でいいとも考えていた筈なのだが。

何かが、入っている。

忘れ物でも、したんだったっけな。

何も、されてないといいな。

 

机の中から、一冊の教科書を抜き出して、確認する。

 

(良かった…。落書きされても濡らされてもな………。)

 

パタッ、と。

数学の教科書が、床に落ちた。

 

「許せない…。」

 

私は、机を置いて3階へと駆け出した。

 

「絶ッ対!許せないッ!」

 

―――落とされた教科書の裏には、汚い字で『北条大河』と書かれていた。

 

 

 

「貴方達…!私だけならまだしも、北条君達を巻き込むのは…!え…?」

 

駆け出した私は、隣の教室で、もっと驚く光景を見た。

 

「てめえがやったんだろ!」

 

「じゃあ俺の机もお前がやったんだろ?」

 

「んなことやってねえよ!」

 

「じゃあ俺もそんなことしてない。」

 

「てめえッ!」

 

互いに怒鳴り合う…いや、怒鳴っているのはいじめっ子の方だけで、北条君は冷静に見えるが。とにかく彼らは言い争っていた。

そしてその横には、真っ二つに割れた机。

 

「証拠がなけりゃあ罪には問えない。そうだろッ…!?お前らがずっとやってきたことだ!教師共が!生徒達が!たったそれだけを理由にしてずっと見て見ぬ振りしてきたことだ!胸糞悪いってモンじゃねえぞ!」

 

北条君が周りを睨みつけると、皆が下を向いて俯いてしまう。

彼らは、悪くないのに。

悪いのは、私なのに。

 

「…この程度で済まされたこと、感謝しろよな。次、真っ二つになるのは…持ち物だけじゃ済まねえぞ。」

 

「チッ…!」

 

周りも騒がしくなってきて、このままでは教師が来て面倒なことになると察したのか、いじめっ子達は大人しく教室から出ていった。

 

「北条…君…!なんで、どうしてこんなこと!こんなことしたら…!」

 

「こんなことしたら、なんだよ。俺らにまで被害が及ぶとでも?だったらお前はどうなんだよ。お前が辛い思いしている事実と何が違う。現状が変わらないことは、お前が苦しみ続けるってことだ。これで俺に標的が向くならまだマシだね。お前一人が苦しんでそれで皆が助かって何が楽しい。俺はお前が俺を理解できないことよりも、他の全員がお前を助けないことの方が理解できないね。何の権力も力も持ってないカス女如きに、ただ勇気なんていうチンケなモンも出せないクソ共がよ。反吐が出んぜ。」

 

「ど、どこに行くんですか!?」

 

北条君は、これだけ失礼なことを言い残した後、教室から出ていこうとする。

呼び止めて、弁明させなければ、また新たな軋轢が生まれてしまう。

 

「こんなクソ共といられるかよ。サボる。」

 

私の伸ばした右手は、空を切って虚しく落ちる。

 

(駄目…だった。)

 

私じゃ、北条君の助けになることはできない。

このままじゃ、北条君も私と同じような目に合う。

それだけは、死んでも嫌だ。

だから私は、もう一人の知り合いに助けを求めた。

 

「き、北沢さん!北条君が!北条君が!」

 

「そう焦らないで、静香。正直言って、ここまでは全部読めてたから。」

 

「分かってるなら、なんで…!」

 

「大河は、そういう奴なのよ。過去に何かあったみたいだけど、人が理不尽に貶められているのを見ると、ああなっちゃうのよね。それ以外じゃ案外まともなのよ?まあその様子だと、帰り道でその恐ろしさを味わったみたいだけど。」

 

「そ、そんなことないですッ!」

 

「どの道あの状態の大河にいうことを聞かせるなんて無理だろうし、まあ時間が経てば多少は落ち着く筈よ。その時になったら教室に戻ってくるから、もしまだ意見を曲げないって言うのなら…そうね、昼休みくらいにもう一度来れば話ができるかも知れないわよ。もしも、あのいじめっ子達が怖くないのなら、の話だけどね。」

 

北沢さんも、協力はしてくれなかった。

言うだけ言って、彼女は自席へと戻っていく。

 

(ど、どうすれば…!?)

 

友達なんていなかったし、こんなときどうしたらいいのかなんて分からない。

でもこのまま放っておけば、北条君が何かをされるのは確実。

私に何か、できることがあるのだろうか。

 

大人しく自席で、寝た振りをすることしかできない、私に。

 

 

 

 

 

「ねえ、話があるの…。」

 

「あ?最上てめえ、私らになんか命令する気か?北条と北沢にたまたま気に入られたからって急に調子に乗りやがって。今に見てろ…!後悔させてやるからな…!お前も、北条も北沢にも…!」

 

「その話を、しに来たの。それに命令じゃなくて、お願い。…あの二人には、手を出さないで。その代わり、私には何をしてもいいから。」

 

「はぁ?」

 

「私が二人を拒絶すれば、多分あの二人はもう関わってこない。そうした方が、あなた達にとっても都合がいい。違う?」

 

「…なんでんなことをしようとする。てめえにとって、私達に復讐するチャンスだろうが!舐めてんのかてめえ!」

 

「そんな理由じゃないわ。…私のせいで、他の人が傷つくのは、見たくないの。それだったら、私が傷ついた方がいい。」

 

「…最上てめえ、気持ち悪いなぁ。だったら見せてみろよ、その偽善者精神。」

 

いじめっ子のリーダー格は、天井に向かって指先を向ける。

 

「…何よ。」

 

「飛び降りろ。そうしたら、認めてやる。」

 

もしも、お前にそんな勇気があればの話だけどよ

と、言い残して彼女は教室から出ていった。

 

 

 

 

 

「どうしたら…いいのかな…。」

 

私は、屋上で一人、遠くを見ながら呟いた。

既に陽は紅く染まり、横合いから校舎を照らす。

 

下を見れば、そこには地面。

一本の木々も、クッションになるような花壇も、そこにはない。

飛び降りれば、間違いなく、死ぬ。

 

「やっぱり無理だよ…私には。」

 

初めは、飛び降りるために来た。

でも、駄目だった。

どうしても怖いのだ。

 

(どうして、だろうな。去年はいつ飛び降りるかしか、考えてなかったのに。)

 

ガチャン、と後ろで扉が開かれる音がした。

先生かな、屋上は本当は立ち入り禁止だから怒られるかな。

そう思って、振り返って謝ろうとしたら。

 

眼前いっぱいに見えたのは、北沢さんの綺麗な顔と、涙の溢れる目尻だった。

 

地面に叩きつけられた。

 

「痛ッ…!」

 

「何ッ…してるの…!?貴方、本当に飛び降りられて私や大河が喜ぶとでも思っているの!?馬鹿じゃないの!?」

 

「え…?」

 

「いい加減にして!誰かを救うために誰かが苦しむなんて間違ってる!もっとちゃんと、自分のことを大事にして!」

 

どうやらトンデモナイ勘違いをされているようだ。いや、あながち勘違いでもないのだが。

 

「落ち着いて、北沢さん。私、飛び降りる気なんてないの。」

 

「え…。じゃあなんで屋上なんかに…。」

 

「まあ、最初は飛び降りる気でいたんだけど…。ちょっと怖くなって。…でも、やっぱり飛び降りるべきだったかもしれない。」

 

「…またそうやって!」

 

「だってッ!…私には分からないから!人の痛みも、苦しさも、分からないから…!だったら、私が苦しんだ方がいい…!他の人が苦しんでる、なんて抽象的に言われても分からないよ!苦しんでるってどれくらい…!?どれだけ辛いの…!?どれ程悲しいの…!?死んじゃうくらい悲しいかもしれない、殺したいくらい苦しんでるかもしれないッ!…だったら、私が請け負った方が、生産的だよ…!私には何にもないから!私が死んだって、悲しむ人なんて誰一人としていない!友達も、家族も、もう、全部失った私が全部請け負って死んだら、それが一番皆が幸せになれる世界じゃない!」

 

「…だったら、どうしても飛び降りなかったの?それが全部、本当の静香の気持ちなら、今飛び降りるのが正解だったんじゃないの?」

 

「それは…!怖かった、から。」

 

「何が怖かったの?」

 

「え…と、痛いのとか、苦しいのとか。」

 

「嘘ね。それが怖いなら、静香は人の苦しみを請け負おうなんて思わない。ねぇ…本当は気づいてるんでしょ。もう静香は、飛び降りられない。気づいてるから、分かってしまったから。今飛び降りたら、悲しむ人がいるって。今飛び降りたら、自分が後悔するって。」

 

「そんなこと…あるわけないよ…!私が死んだって…誰も…!」

 

「少なくとも、私と、どっかで馬鹿やってるシスコンは悲しむわよ。…私達は、もう友達なんだから。」

 

「そんなこと言われたって、知らないよ…。友達って、私達は昨日あったばかりで、名前と顔くらいしか知らなくて、ずっと遠い関係じゃない…!そんな関係、いつ消えたっておかしくないじゃない…!だったら、今無くした方がずっと楽! 失いたくなくなる前に、今!大切になって、失うくらいなら…!最初から無い方が良かったッ!」

 

「逃げないでよ、静香ッ!」

 

「ッ…!」

 

北沢さんは、叫んだ。

初めて、目が合った。

顔を抑えられて、前しか見れないようにして、初めて、北沢さんの顔を見れた。

 

泣いていた。強い少女は、私の為に溢れる程の涙を流していた。

 

「逃げないで…自分から逃げ出さないでッ!周りのせいにしないで…!いつだって貴方が一人なのは貴方の責任よ!失いたくないなら、掴んで離すなッ!そうしたら誰も…もう貴方からは離れない!」

 

「嘘ッ!お父さんもお母さんも、そう言って私の前からいなくなったんだ!それが、たかが友達を信じろって!?無理に決まってるじゃない!お父さん達が離れていったのは私のせいだって分かってるよ…!北沢さんと北条君が裏切るような人じゃないって言うのも分かってるッ…!でも、それでもッ…!失うのは、怖いよ…!」

 

「私は居なくならない!私は静香が求める限り、絶対に離れないから!」

 

「言葉で言われたって…信用できないよ!」

 

「ッ…!」

 

そこで、もう北沢さんは口を閉ざしてしまった。

当たり前だ。たかだか昨日会ったばかりの知らない女子を、信用したいと思うはずもない。

それなのに言葉で言われても信じられないなんて、どうしようもないじゃないか。

 

「いいぜ志保。よくやった、お前はよくやったよ。…だから泣くなって。お前と俺じゃあキャリアが違うんだからよ。」

 

北条君が、いつの間にか現れていた。

北沢さんの頭をポンポンと叩いて、優しそうに笑う。

 

「悪いなもがみん。志保はまだ一年目だ。許してやってくれや。」

 

「北条君が何を言ったって無駄だよ。私はそういう(・・・・)風になっちゃったんだから。もう誰も信じられない。その本質はきっともう変わらないから…!」

 

私の叫びも、北条君は特に気にすること無く遠くを見据えて口を開く。

 

「『祇園精舍の鐘の声』―――って知ってるか?国語の授業でやったろ?この世のものは、いずれ変わる。不変のものなんてない。そういう意味の文章だ。形あるのはいずれ壊れてなくなる。それは別に、形があろうとなかろうと違うモンでもねえ。誰かへの想いとか、誰かとの関係とか、そういうのも全部薄れて、いつかは消えてなくなるかもしれない。」

 

「やっぱり…そうじゃないですか…。だったら、別に…。」

 

「…でも、じゃあなんで人って、そういうの大切にすると思う?どうせいつか失うものを、どうして後生大事に抱えて生きると思う?…それはな、残る(・・)からだよ。想いは残る、繋がりは残る。だから人間は、それを紡ぐんだよ。」

 

「残る…。」

 

「だって、だったら何で人は生きるんだよ。人が生きることに何の意味もないのなら、どうして人は死を怖がって、生きることに執着するんだ。繋がって、繋いで、そうして人は『何か』を残す。或いは自分の大切な人の為に。或いは名も知らぬ少年少女たちに。例えばもがみんの両親が急に居なくなったって。例えば志保がもがみんの前から急に居なくなったってさ。お前は絶対に忘れないだろ。そいつらと過ごした、たった一日でも。それでいいじゃねーか。お前の中に『何か』があるなら、『何か』が残ったなら、それでさ。」

 

「でも…でも!それじゃあ私は誰も信じられない!私は私のままで、何も変われて、ない…!」

 

「…ならこうするか。」

 

北条君はニヤリと笑って、柵の外を見据える。

何を―――ッ!?

 

「駄目ぇ!」

 

ガシッ!

 

何とか、間に合った。

 

唐突に走り出した北条君の身体は、私が掴んだ手だけを残して完全に宙へと投げ出される。

私が手を離せば、それこそ四階分の高さから落下し、最善をとっても死は免れないだろう。

 

「な、何がしたいの…!?ちゃんと掴んでッ…!じゃないと、北条君が…!」

 

「んなの怖くねぇよ。…だって俺は、もがみんがたとえ体力の限界が来たって、この手を離さないって知ってるから(・・・・・・)。あと。」

 

急に重さが消えた。

 

「志保が引っ張りあげてくれるって、分かってるから(・・・・・・・)。…うげぇ!痛ぇ!志保てめぇ!高く放り投げすぎなんだよ馬鹿野郎!」

 

北条君は、仰向けになって屋上に寝そべっていた。

北沢さんが、襟を掴んで投げたのだろう。

 

「その言い草、もう一回落ちてみたいらしいわね。いくわよ。」

 

「ちょっ待って!お前俺が高所恐怖症だったさて分かって言ってますよね!?止めような、な!?」

 

「高所恐怖症なんて気持ちの問題よ。落ちたら治るわ。」

 

「そりゃあ死ぬからな!馬鹿じゃねぇの!?馬鹿だよお前!男子中学生を片手で持ち上げられるとことかガチでリターンしてるとことか!…あーちょっあの、謝るんで謝るんで。許せしてくださせぃぃぃ!!」

 

真顔で少年を持ち上げる北沢さんと、暴れながらも焦り出す北条君。

今まさに窮地を脱したのに、まるで子供のような喧嘩のやり取りをする彼らを見て、私も馬鹿馬鹿しくなって思わず笑ってしまった。

 

ううん…そうじゃ、ないよね。

 

「ねぇ。二人とも。」

 

「んー?」「何?」

 

「違うかなぁ…。うん、そうだ。『志保』。」

 

「…フフっ。何よ、静香。」

 

「『大河』。」

 

「どうした、もがみんよ。」

 

 

 

「…私と、友達になってください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、私と志保と大河の三人の、おバカで楽しい中学校生活が始まった。

イジメっ子は大河が復讐なんて出来ないくらいに圧倒的な力量の差を見せつけられズコズコと引き下がっていき、大河は周りのクラスメイトの反応なんて気にすることも無く、志保が一人で全ての喧嘩を請負って、一緒に帰って、喧嘩して、ゲームセンターに寄って、うどんを食べて。

 

三人で、一緒に過ごした。

 

 

 

 

 

―――だから、こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。

 

 

 

 

 

「志保!どうしちゃったの!?志保、待ってよ!志保!」

 

前を走る志保は、どんどんと遠ざかっていく。

当たり前だ。運動神経には元々雲泥の差があるのに、志保は荷物も持っていない。

 

「志保!約束したでしょ!喧嘩するって約束したでしょッ!逃げないでよ!そう言ってくれたの、志保でしょッ!」

 

「ッ…!」

 

その言葉に、志保はようやく立ち止まった。

そして、息を切らせて私も追いついた。

 

「どうしてなの…?ねえ、志保!どうして大河のお姉さんを殴ったりしたの!?志保は知ってるでしょ!?自分の拳の重さを知ってる筈でしょ!?なのに…なんで…!?」

 

「………………。」

 

「志保は悪者しか殴らないって決めたんじゃないの!?大河に教えて貰ったんでしょ!」

 

「いいのよ!あの女は悪者だから!あの、女は…!」

 

「いい加減にしてよ!志保、たった数分話しただけで、大河のお姉さんの全てが分かったって言うの!?それだけで、根っからの悪人だって決めつけられるの!?」

 

「ーーーにするのはそっちじゃない…。」

 

「え?何!?聞こえないよ!」

 

「いい加減にするのはそっちでしょって言ってるのよッ!」

 

「え…?」

 

初めて、かもしれない。

志保の怒号を、誰かにぶつける怒りを聞いたのは。

 

「いつも…いつもいつもいつも大河の影に隠れて!自分では何にもしない癖に無理な頼みばかり人に押し付けて!いつだって嫌なことは人にやらせる癖に!どうしてよ…!どうして静香が選ばれるの!?私の方がずっと大河のことを想っていたのにッ!大河が困ってる時は道を指し示してあげて、大河が間違えた時は道を正してあげたのにッ!他の女は大河に頼ってばかりで何にもしてはくれない!なんで好きなら…大河のことを1番に想ってあげられないの!?大河がどれだけ苦しんでるか、誰も、誰も知ってあげてない!そんなの理不尽よ…!一人で苦しんで死ねなんて…そんなの大河が可哀想よ! 」

 

志保の言っていることが、何一つ理解できない。

大河が苦しんでいる?

私が選ばれた?

何それ、全然分からない。

 

「志保…。それってーーー」

 

「話しかけないでッ!私に関わらないでッ!…これ以上私に…静香を憎ませないで…!」

 

泣いている。

強い志保が、誰のためでもない、自分のために泣いている。

いつでもクールで、冷静で、なんでも頼れて、すごかった少女。

その仮面はとうに剥がれ、普通の少女がそこにはいた。

 

志保が、歩き出す。

追いつける。ただ歩いているだけの志保なら、私だって追いつける。

言わなければ。

追いついて、言わなきゃーーー。

 

 

 

 

…なんて?

 

 

 

 

 

気がつけば志保は、もういなかった。

 

 

 

「どうして…なのかなぁ…。」

 

私の、せいなのかな。

私が、自分の身を弁えなかったから。

 

「どうしてこんな風に…なっちゃったのかなぁ…。」

 

 

 

 

 

765プロダクションのオーディションまで、後3日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




繋がれた手は固く結ばれる。―――しかし、一度離れれば、もう、届かない。
















加蓮に…入れようね!(読んでいただきありがとうございます!)
はい、煮卵⑨です。ストックはあるのに遅くなったのは暇すぎて逆に色々やれ過ぎて遊んでました。悪いか。悪いな。
もう一話総選挙が終わる前に出すと思います。(出すとは言ってない。)
期待しないで待っててくれよな!



まあ、誰に入れるにしても投票を忘れるようなことはないようにしましょう!投票期間は5月15日~19:00だ!多分あってる。投票権がもし余ればぜひ加蓮に!





そういや古澤頼子さんに一目惚れしたのでボイスの方も余っていればぜひ。




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加蓮に…入れようね!(い つ も の)


私が北条大河と出会ったのは、たった二年前。中学校に進学してからの話だ。

 

私は、子供の頃から強かった。

 

学校では敵無しだったし、そこらの中高生で手に終えるようなガキでもなかった。

別段、格闘技やスポーツを習っていた訳では無いが、私はとにかく喧嘩が強かった。

 

「志保ちゃん…。助けてぇ…。」

 

「どうしたの、その怪我…。」

 

「タカシくん達が、公園を使わせてくれなくて…ズビッ使おうとしたら、蹴っ飛ばされちゃったぁ…。」

 

「すぐ行くわ。」

 

なんて、傭兵みたいな真似をして、横暴を振りかざす悪ガキ共を、バッタバッタと薙ぎ倒す小学校生活を送っていた。

 

私が戦うのは弱い者の為、私が戦うのは悪とだけ。私が戦うのは正義を信じる為。…そして、大好きだった、父の為に。

 

父は、私が8歳の時、急にどこかに消えてしまった。

理由も分からなければ、行方も分からないまま、もう5年の時が経とうとしていた。

別段母と上手くいっていなかったということもなければ、他に悩みがあったとも思えないような、普通の父の姿だったのだが。

 

『正義の味方に、なりたかったんだ。』

 

父は、よく、私にそんな話をしてくれた。

子供の頃は、ずっと弱気な少年だったのだと。

消極的で、内気で、頼りにならないような男子だったと。

それでも、譲れないものがあったのだと、父は言った。

 

『理不尽に苦しんでいる人がいるのを、黙って見過ごすわけ事も出来なくてなぁ。弱っちい癖に、すぐにイジメっ子の前に飛び出して、いつもボコボコにされてたよ。』

 

フッ、っと父は思い出したかのように笑う。

 

『それでも…どんなに体が痛くとも、助けた子から言われる言葉でそんなの全部吹き飛んでしまう。「ありがとう」って、ただたったの一言でもな。』

 

私はその時、どう思ったのか、どんなことを考えていたのか、それはもう、覚えていないけれど。

 

『だから志保も、弱い者を助けられる人になりなさい。』

 

でも確かに言えることは、私は、正義の味方に憧れた。という事だ。

そしてもう一つは、その会話を最後に、私は父と一度も話さないまま、会うことも無くなってしまった。それだけだ。

 

それから、私は『正義の味方』になった。

 

いじめられている女子を慰め、困っている老人を助け、暴力に訴える男子をボコボコにした。

それがいつの間にか尾ひれがついて、中学校に入学してからは誰も私に挑んでくる者はいなくなっていた。

そんなこんなで、私はこの中学校の女番長、と呼ばれるようになってしまった。

 

 

 

その頃、だろう。

彼と、出会ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…。中学生になったとはいえ、別にあんまり変わらない感じがするわね。」

 

中学入学初日は、何事もなく終了を迎え、特に代わり映えもしない面々に少し安堵しながらも、教師の親交を深めようとしている営業トークを聞き流す。

志保の席は一番後ろ、廊下に面した好物件で、左隣の子は小学校から仲もよく、しばらくは心配することなく学校へと来られそうだ。

 

ガラガラガラ。

 

と、教室の入口から音がするまでは、そうだった。

 

「あら…えっと、北条君…かしら。」

 

担任教師も、少し戸惑っている。

それもそうだ。単なる公立高校で、別に不良だらけという訳でもない学校で、初日から遅刻はよく目立つ。

そして、その少年の目。

この中の誰一人にさえ興味がないのではないかとすら思えてしまうような目が、彼の第一印象だった。

 

「はい。」

 

少年の返事はそれきりで、空いた席を見つけると勝手に座り込んでしまう。

 

(全く呆れた…。すみませんの一言も言えないのかしら…。)

 

その姿はまさに不良そのもの。服装はなんと私服であるし、遅れたことに対する謝罪も、弁明もない。

これで普通の生徒に暴力を振るうようなら、志保な迷うことなくボッコボコのメッタメタにするのだが、生憎ただの素行の悪い奴にそこまで義理立てする必要は無い。

『正義の味方』は、先生とかそういうのとは違う、悪を力で倒す、そんな存在なのだ。

それに、志保とてそこまで暇人でもない。

 

 

 

『君、アイドルに興味はないかい?』

 

街を歩いている時に、急に声をかけられた。

その時は母と弟も一緒だったので、人見知りの志保でもまともに話すことも出来た。

その、顔が逆光で見えない男は、765プロダクションの社長だと名乗った。

 

『君、ティンと来たよ!どうだい?アイドル、やってみる気は無いかい?』

 

返事を延期してから、もう一週間となる。

…本当は、断るべきだと分かっている。

自分の容姿が並外れたものだとは思えないし、ダンスや歌の経験もなく、アイドルになりたいという覚悟もない。

 

しかし。

 

北沢志保には父親がいない。

母は女手一つで、私達姉弟を育ててくれている。弱音を聞いたことは無いが、そこに金銭的余裕がないのは明白だろう。

中学生という身分で、まともなお金を稼ぐことが出来るのは、精々が新聞配達がアイドルくらいのものではないだろうか。

バイト禁止の中学校であるが、アイドルとして働いている者は何人かいるらしい。

それは入学前から噂になっていてたーーーかくいう志保も友人から噂で聞いたのだがーーーどうやらそれは真実らしい。

担任教師に確認してみたところ、

 

『う〜ん。それは私の一存で決められることじゃないけど、北沢さんがやってみたいなら、私達に止める権利はないわ。その場合は校長先生と話して決めるしかないけれど、ね。』

 

許可はどうやら降りたようで、後は私の気持ち次第。

…母と弟のため、と考えるならばどう考えたってやるべきなのだろうが、私くらいの覚悟で芸能界に入っていいのかという疑問もあれば、失敗するのでは、という恐怖心もある。失敗して稼ぎがなければ、アイドルに費やした時間がその分だけ無駄になるわけで、むしろ家族に迷惑をかけることになるかもしれない。

 

(本当に、どうしたら、いいのかしらね…。)

 

北条君がそれ以上の反応を見せないことを察したのか、先生は話を次へと進めた。

 

 

数分後、全ての話を終えた先生は、今日はもう授業時間は終了していると話す。

 

「でも、クラスでの親睦を深めたいから、時間がある人は残って―――

 

ガラガラガラ。

 

すると何と、遅れたにも関わらず北条君は即座に荷物を手にして教室を後にしてしまった。

彼が学校にいた時間など、精々3分程のものだろう。

 

(ホントに…なんのために来てるんだか…。)

 

別に私には、関係ないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が…委員長、ですか…?」

 

「うん!お願いできないかな?」

 

私達が入学してから、数日経った後。

弟が熱を出してしまい、その看病のために学校に遅れて登校した時の話だ。

 

「なんかね、今日はクラスで委員や係を決めたんだけど、皆が揃って『北沢さんなら任せられる!』って言ってたから…!信頼されてるのね、北沢さん。で、どうかな。やってくれたり…しない?」

 

「別に、構いませんよ。」

 

きっと誰もやりたがらないだろうし、皆が私に任せられるというのならやってもいいと思う。別に面倒くさい仕事を面倒くさがるような性格でもないし。でも、もしもアイドルになるのだとすればもう一人にその事情を伝えて謝らなくてはいけない。仕事、負担になってしまうかもしれないから。

 

「先生、もう一人の学級委員は決まっているのですか?」

 

「えぇ…。決まっては…いるのだけど…ね。」

 

「?」

 

 

 

 

 

「なんで私があなたみたいなのと学級委員をやらなくちゃいけないのかしら。」

 

先生曰く、もう一人はもう仕事を資料室で始めているらしく、急いでいった先には。

 

「あぁ?こっちだってやりたくてやってんじゃねぇっつの。騒ぐな糞餓鬼。」

 

件の問題児、北条某が居たのだ。

 

「糞餓鬼って…あなた、私と同い年でしょ…!?」

 

「だからどうした。精神が肉体に追いついてないって言ってんだ低脳。」

 

「はぁ…!?ホントムカつく…!この分じゃ謝っておこうと思ったのが馬鹿みたいね…!」

 

「何を謝ろうってんだ。」

 

「私は!スカウトされて、アイドルになるから!仕事をあなたに押し付けてしまうことを謝ろうと思っていたのだけれど!あなたみたいのが相方なら心置き無く押し付けられるわ!助かったわよ!」

 

「…アイドルになる気なのか。やめとけ。お前程度の覚悟で成れるもんじゃない。お前を縛る枷が増えて終わり、ついでにお前も潰れて終わりだ。」

 

「何を偉そうに言ってるのかしら!会って間もないあんたに私の評価を定められたくはないわね!」

 

「だってお前、分かりやすい。」

 

「は…?」

 

「責任感は人一倍強い。でなきゃわざわざ俺にアイドルについてのことを言う必要は無い。友達が沢山いると思っている。でなきゃ俺なんて不良とまともに話せるわけがない。でも、本人がそう思い込んでいるだけのぼっち野郎。でなきゃ委員長なんて引き受けるわけが無い。」

 

「あんた…!…ちょっと待って。『思い込んでいる』って何よ?」

 

「あぁ?もしや未だに気づいていないお花畑野郎か?もしかしなくともお前は周りから嫌われている。そりゃあ当たり前だ。暴力的で、正義を騙る面倒くさい女。それがお前の周りからの正当な評価だ。お前は今回も『頼れる』だの『任せられる』だの言われて引き受けたんだろ?はっ、チョロすぎて笑いが止まらねぇな。」

 

「そんなはずないわよ!私は友達を信じる!初対面のあんたなんかより、ずっと信じられるもの!」

 

「だったら勝手にしな。お前が誰にどう裏切られようと、俺には関係ない。」

 

と言って、まとめられた資料を卓上に置いて北条は部屋から出ていってしまった。

 

「勝手なやつ…。」

 

私はその資料を胸に抱えて、先生の所へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー、志保ちゃん。」

 

「え、ああ、おはよう。」

 

昨日のことを考えていて、返事がちょっと変になってしまった。

別段それを気にすることなく、隣の席に座った友達は鞄から荷物を取り出し始めた。

 

『もしかしなくてお前は周りから嫌われている。』

 

志保は首を振ってその考えを振り払う。

自分の友人を疑うなんて、『正義』らしくない。

 

(そうよ…!なんであんな変なやつの言うことなんか間に受けなきゃならないのよ…!)

 

どうせ当てずっぽうで自分を貶しただけだ。それ以上の意味は無いだろう。

 

志保は名簿を見てようやく名前を知った、北条大河の席を睨みつける。

しかしそこには誰もおらず、その行為は無駄となったが。

 

始業のチャイムがなっても、そこは空席のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだい、やってくれる気に、なったかい?」

 

仲の良い友達5人と、談笑しながら校門を出ようとしたその時、唐突に黒い影から話しかけられた。

その姿に周りの友人達は驚きを隠せないようだが、私はもう見慣れてしまった。

 

「皆ごめん。ちょっと待ってて。」

 

皆に一言言ってから、765プロダクションの社長―――高木社長を道の端まで引っ張っていく。

 

「なんで学校まで来るんですか…!?そもそもどうやって…!」

 

「君のお母さんに聞いたのさ。いや、はぐらかすのは良くないね。君のお母さんが、私に直接電話をくれてね。『志保がやりたいと言うなら、やらせてあげたいんです。』と言ってくれたんだ。…いいお母さんを持ったね。」

 

「…でも、私はやりたいだなんて一言も…!」

 

「やりたくないのなら、無理強いはしないよ。アイドルに全力で取り組めない人は、輝きの向こう側はと辿り着くことは出来ない。…だがしかーし!君に、もしも『本気』があるのなら!何を恐れることがあるか!他に何もいる筈はない!君は美人だ!アイドルを大勢見てきた私が保証しよう!歌やダンスなんてうちの先輩達から好きなだけ学べばいいさ!…だから、手を取ってくれないかい?」

 

その差し伸べられた手を、私はどうしていいのかも分からずに社長の顔と交互に見てしまう。

彼は、そんな私の反応を否定とは受け取らず、小さな咳払いを挟んでから再び話し始めた。

 

「…おっと、すまないね。つい熱くなってしまった。何も返事を今聞こうって訳じゃあない。ただ、私の覚悟を知ってもらいたかっただけなんだ。すまないね、級友との談笑の時間を邪魔してしまって。…一週間後、また来るよ。その時に返事を聞かせて欲しい。」

 

黒い影は去っていく時も黒い。

それだけくらいしか、頭に入ってこなかった。

 

「志保っ!志保スカウトされたの!?」

 

「ってことはアイドルになるの!?いいなぁ〜!」

 

話が終わるや否や、友人達が駆け寄ってくる。

 

「え…っと、まだ迷ってるの…。」

 

「えー!?志保なら可愛いし絶対人気出るって!ライブとかやる時は呼んでね!絶対行く!」

 

「皆…。」

 

やはり、皆は私のことを応援してくれる、かけがえのない友達だ。

信じていて、良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてことがあったのよ。やっぱり、あなたの言うことはでまかせだったみたいね。」

 

時は巡って、それから四日後。

再び教師に呼びつけられた北条大河と志保は、これまた再び資料室での資料探しを命じられていた。

 

「…で、それを俺に伝えてどうしようって言うんだ。」

 

「あなたの言っていることは間違っていることを証明しに来たのよ。」

 

「わざわざんな事のためにご苦労なこった、興味無い。俺は知ってるし、分かってる。お前は知らないし、分かってない。それだけだよ。それ以上でも、以下でもない。」

 

「…私が、分かってない…?何の話よ。」

 

「言ってんだろ、知らないって。悩んだって無駄だ。だってお前には…。いや、何でもない。」

 

「何よ、最後まで言いなさいよ。」

 

「仕事は終わった。帰る。」

 

北条大河は、終わってもいない仕事を投げ捨てて、教室を出ていってしまった。

でも私には、それを止められなくて。だって。

 

―――その目は、とても悲しそうな目をしていたから。

 

 

 

 

 

そうして、その翌日から、私を渦巻く環境の、何かが変わってしまった。のだと思う。

 

でもきっと、私には、何も分かっていなかった。

間違いも、正解も、何一つ分かっていない、手のひらの上で踊る、ピエロだったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、朝一番に投稿してきた私の机には、油性ペンで大きく『死ね』、と書かれていたのだった。

 

「何…これ…?」

 

誰の、仕業だ?

私を恨んでいる人?私が気に食わない人?

これは…イジメ…?

 

『お前が誰にどう裏切られようと俺には関係ない。』

 

「もしか…して。」

 

一つの可能性が、頭をよぎる。

でも…そんなわけが…。

 

「志保ちゃん!何これ!?誰がこんな酷いこと…!」

 

「はぁ!?許せない!」

 

「私、雑巾持ってくるね!」

 

思考の渦に飲み込まれそうになった私を、呼び戻してくれたのは皆の声だった。

 

「皆…!ごめん、ありがとう。」

 

疑うことなんて、そんな必要なんてなかった。私の友人達は、その落書きを見るや否や、驚いたような、怒ったような顔をして、すぐに消すのを手伝ってくれた。

 

「犯人の目星、つかないの?」

 

なかなか消えない黒い落書きを、消そうと躍起になって擦っている間に、友達の一人が尋ねてきた。

 

「ううん、分からない。だって、入学してから誰かに何かをしたことなんて…。まさか…。」

 

「誰か思い当たる節があるの!?」

 

私はそちらの席をチラリと見た、直ぐに逸らしたとはいえ一瞬でも見てしまった。

 

北条、大河。

 

私のことを嫌っていて、私とよく関わっていて、私に私を『知らない』って言った男。

 

頭の中でそんなわけが無いって、どんなに否定しても、彼くらいしかいない。

でも彼は、悲しそうな顔をしていた。私に何が起こるのか知っているはずの彼は、私に対して悲しそうな目をしていたのだ。

 

だから、違うって分かっていた。だから、直ぐに目を逸らして、友達になんでもないって伝えた。

 

でも、友達は皆、私が何を隠そうとしていたのか、分かっていたのだ。

 

それはきっと、『友達だから』なんてくだらない理由でなくて、もっと重い、何か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日に、またその事件は起きた。

でかでかと油性ペンの太字で『死ね』『もう来るな』『ゴミ』なんて、中学生が思いつく限りの罵詈雑言が机いっぱいに描き殴られていた。

 

でも。

 

昨日と違ったのは、それを書いているのが私の友人であったことと、書かれている机が北条大河のものだったという事だ。

 

「ちょっと…!皆何してるの!?」

 

「志保!どうする?」

 

「どうするって、何を…?」

 

「志保は、なんて書きたい?」

 

「…え?」

 

頭をガツンと殴られた気分だった。

なんて、書きたいかだって?

そんなもの、何も書きたくないに決まっている。なぜ私が彼にいじめのようなことをしなくてはならないのか。いつもの優しいみんなはどこに行ってしまったのか。

 

なんで私がやられて怒ってくれた皆が、同じことを人にしているの?

しかも、確たる証拠なんてない、冤罪に限りなく近い犯行だ。

 

立ち尽くす私を、不思議そうな目で見つめた皆は、直ぐにその作業に戻って思い思いの悪口を書き殴っていく。

 

それを止める人は、誰もいない。

 

私の友人達はクラス内でも強い立場の人間で、北条大河は、クラス内でも嫌われ者の異端児で、だから誰も止めようとしない。

彼は何もしていないのに、私の友人達は彼を傷つけているのに。

 

それを止める人は、私も含めて、誰もいない。

 

そして始業のチャイムがなって、ようやく教室へと入ってきた彼は、自分の机を一瞥した後、何を気にした様子もなく、自分の席に着いた。

 

私の後ろを通る時に、聞こえたその声は果たして気の所為だったのだろうか。

 

 

 

『やっと、これで、分かったか。』

 

 

 

遅すぎたけど、分かったよ。

私は、心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「志保、ご飯食べよ!」

 

昼休み、賑やかさを段々と増していく教室で、隣の席の友人が誘ってくる。

 

「ごめん、今日は学級委員で仕事入ってるから、また。」

 

「そっかー…。頑張ってね!」

 

「うん。」

 

私は席を立って教室を出ていく。

今のは、嘘だ。

確かに仕事を頼まれてはいるが、昼休みにやれとも言われてないし、ましてや今週中の仕事でもないし、なんだったら教室外で行わなければならない仕事ですらない。

 

そんな嘘をついてでも、今は彼女達から距離を取りたかった。

 

人間というものが怖くなった。

 

どうして、さっきまで人に悪意を向けていた顔を、平気で笑顔に変えて話しかけることが出来るのか。

 

 

 

私は、屋上へと向かい、そのノブを引く。

ガチャという音が一度だけ鳴って、それで終わった。

私は屋上へと向かう階段の一番上の段に腰を掛けて、膝を抱えて蹲った。

 

「正義って、一体なんなのかしらね…。」

 

「知るか。」

 

「ッ!?北条大河!?」

 

独り言のつもりだったのに、返事があった。

顔を上げると、階段の下から北条大河がこちらに上ってきていた。

片手にはパンの入った袋、ここで食事をとる気だろうか。

 

「なんで私がいるのにここに来るのよ。」

 

彼は私の言葉を無視して階段の端に腰掛ける。

真ん中に座っていた私は逆側の端に詰める。

彼は別に私に用もなく、ただただご飯を食べるためだけにここまで来たらしい。ここまで徹底したボッチ道を辿っているといっそ清々しい。

 

「あんた…ボッチならボッチらしく人がいる所には近づかないようにとか出来ないの?普通人がいたら避けるでしょ。」

 

「構って欲しいのか。」

 

「は、はぁ!?そ、そんな訳…!」

 

「じゃあ黙れ。」

 

「………。」

 

「………。」

 

「…ねぇ、構って欲しいって言ったら、話、聞いてくれるの?」

 

「嫌だね。」

 

「はぁッ…!?じゃあ分かった…!私は勝手に話すから、暇だったら聞いててよ…。」

 

「………。」

 

「私、あんたを馬鹿にしてた。真面目に登校してこないし、授業中はずっと寝てるし、この世界のこと、なんにも分かってない愚かな人間だと思ってた。」

 

「だからあんたのいう私がひとりぼっちっていうのも、僻みか何かかと思ってた。」

 

「でも、違ったのね。私は本当に、ひとりぼっちだった。」

 

「私が友達だと思っていた人達は、友達なんかじゃなくて、もっと悍ましい、何か。」

 

「私が、『正義』が嫌う『悪』なのかもしれないわね。」

 

「彼女達は…いえ、もしかしたら人間っていうもののは最も『正義』からかけ離れてるものなのかもしれないわね。」

 

「じゃあ私は…どうしたらいいのかしらね。」

 

その問いかけに、答えはなかった。

 

「やっぱり、あんたみたいな奴が、答えなんかくれるわけないもんね…。変な事言って、ごめんね。」

 

私はお弁当を包み直して、その階段をあとにするべく立ち上がった。

 

「知るかって言ってんだろ。」

 

後ろから声がした。

 

「…何よ。それはさっきも聞いたわよ。」

 

「だから。…どうしたいかは自分で決めろ。この世に正義なんてない。精一杯生きようとしているやつが苦しんで、人を陥れようとするやつばっかが得をする世界だ。だったら、正義とか悪だとか、そんなモノに俺の世界を汚されてたまるか。だから―――どうしたいかは自分で決めろ。その選択が、正義だ。」

 

私は、振り返らなかった。

『この世に正義なんてない』

私の生き方を、父を、否定されてるような気がして…気がしたのに、それを違うって言えなくて。

 

それがなんだか、悲しかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからというもの、私はあからさまに友人達を避けるようになった。

どう接していいか分からなかった。

自分の『正義』を貫ける自信もなかったし、北条大河のいう『正義』を信じる勇気もなかった。

 

誰も、信じることは出来なかった。

 

それに対して取った選択は、孤立。

誰とも関わらなければ、誰も信じず、誰も疑わずに済む。

最初から信じることがなければ、裏切られることも無い。

 

…それで、いいのかな。

父の、大好きだった父の教えに背き、自分の『正義』がなんだかも分からないまま自分の向かう先を決めても。

 

いや、それでいい。仕方ない。仕方がないのだ。

だって、あんなに優しい親友達が、あんなに非道な仕打ちができる人間だったのだから。

人は見かけで判断できないと言うけれど、内面を見たところでそれはまるで変わらない。

 

「ああ…。高木さんに、電話で謝らないと…。アイドル、やっぱり出来ませんって…。」

 

口に出してみると、少し溜飲が下がった気がするけど、それと同時に未来というものが黒く曇った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「志保…!志保ってば!ねぇ!お願い!無視しないで!これまでのことは謝るから!だからお願い!仁美達を助けてよ!お願いだからっ…!」

 

「え…?」

 

今日は高木社長に答えを出す日で、だから家に帰りたくなくて、ただ意味もなく自分の席から虚空を見つめていた。

そんな時に、親友の1人が耳元で叫んでいるのに気づいた。

 

「今、なんて…?」

 

私を頼っているのか?

私が露骨に避けているのに、それでも私を信じてくれるのか?

 

「やっと返事してくれた…!あのね、仁美達があっちの公園で喧嘩に巻き込まれてるの!捨てられた猫がいたんだけど、その子を可愛がってたらいきなり横から猫に暴力を降ってくる上級生がいて…!仁美達も抵抗してるんだけど、そいつがすっごい強くて…!お願い、志保…!虫がいいのは分かってるけど、助けてっ…!」

 

まるで、台本でも読んでいるような台詞だった。どうせ今回も、良いように利用しようとしているだけだろう。

 

(ま、それでもいっか…。)

 

どっちにせよ、罪のない猫が傷つけられているのを黙って見て見ぬ振りをするわけにもいかない。

 

「いいよ。行ってあげる。」

 

「本当…!?志保、ありがとう…!」

 

正直言って、全てがどうでもいい。

今の私には、その感情しか湧いてこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園に着くと、親友達が砂に汚れて、立ってるのもやっとというような状態で1人の女性と相対していた。中には血を流している娘もいるが、その年上の女性の方がひどい怪我だ。4対1で善戦するようならば格闘技経験者なのかとも思ったが、さすがにそんなことも無いだろう。単純に力の、年齢の差だ。ならば、志保が負けることなど有り得ない。

 

「志保…来てくれたんだ…!お願い、あいつから猫を取り返して!」

 

女性は、左手で猫を抱き抱えている。片腕で4人とやり合っていたのなら、まあまあな腕ということか。

 

「その猫を離しなさい。さもないと、痛い目見るわよ。」

 

「嫌です。絶対に離しません。」

 

「そう…。私は穏便に済ませたかったんだけど、残念。」

 

私は駆け出して、女の腹めがけて拳を放つ。

これ一発で、音を上げるだろう。

 

「ッ…!」

 

「やるわね、私の拳を受けて立っていた人は久しぶりに見るわよ。」

 

女は猫を庇うようにして、私の拳を受けてそれでも立っていた。

でも無駄だ。私は何回だって悪を殴るし、いつか限界は来る。

 

私はもう一度拳を振り上げ、そして振り下ろす。

 

「いい加減にしろっ…てめぇは!」

 

それを、受け止められた。

北条大河の、左手に。

 

心に、小さな穴が空いた気がした。

 

「あんたも…そっち側に付くっていうの…?残念ね。…あんたはきっと、悪いやつじゃないって、思ってたんだけど。」

 

「ああ付くね。少なくとも、何にも分かってないお前よりは、ましな行いしてると思うぜ。」

 

低い姿勢から放たれる右ストレート。それを軽く躱して鳩尾に打ち込む。

 

「グハッ…。」

 

流石に男子、一発では倒れない。

腹を抑えながらも放たれた上段蹴り。

それを簡単に受け止め、背負い投げ。

 

「もう終わり?」

 

「終わるかよッ!」

 

倒れた体勢から下段回し蹴り。それを蹴り抜くことで吹っ飛ばし、バランスを崩したところでもう一度蹴り飛ばす。

数メートル吹っ飛んだ後、彼はベンチにぶつかって止まった。

もう起きないだろう、久しぶり全力で人を蹴ってしまった。

 

「はっ…。番長様とやらも、大したことねぇな…。」

 

「ふぅん…。意外と根性あるのね。」

 

再び立ち上がった北条大河は、全力ダッシュでこちらへ迫ってくる。

速さで対抗するべく右ストレート、それを首を捻って回避された所で視覚外から鳩尾に膝蹴り。

 

「グッ…!」

 

今度は、倒れなかった。

 

「ッ…!」

 

掴みかかろうとしてくる北条大河の腕を避け、左側面側から顬へと向けてハイキック。

フラフラながらも立ち続ける北条大河の頭を掴んで膝蹴り、曲がった北条大河の膝を蹴って飛び膝蹴り。

 

何歩か後退するも、まだ倒れない。

 

右フックが飛んできたのを、体を屈めることで躱して、腹に一発、顎に一発。浮いた体に回転を加えたボディブロー。

 

足で踏ん張って、土を削って、何メートルも交代しながらも、彼は、倒れなかった。

 

「どう…して…?」

 

彼は、誰がどう見たってボロボロだ。

口からは血が垂れ流れて、全身には痣や擦り傷がついていて、膝ももう崩れ落ちてしまいそうで―――しかし、それでも立っていた。

 

「どうして立つの…!?そんなボロボロで、無理して、格好つけて!そうまでして、どうして…!」

 

『悪』を、守るの?

あなたは、『悪』じゃないのに。

 

「簡単だね…。お前が、弱いからだ…。」

 

「嘘よ!私はどう考えたって強い!拳の威力だって、他の子よりも、ずっと!」

 

「フッ…。弱ぇよ。馬鹿じゃねぇのかお前。そんな信念もなんもねぇ拳、痛くも痒くもないね。強い奴ってのは、信念が違えんだよ。お前みたいに流されてそれでも自己満浸ってるようなんじゃない。命掛けてでも、一直線に走れるやつ、そういう奴が、本当に強いんだよ。」

 

私が…弱い。

強くないと、誰も救えない。

だから私は強くあろうとした。

人を助けられるように、人を守れるように。

 

でも、そうじゃないんだ。

誰かのために(・・・・・・)力を振るえる人が強いんだ。

 

「どうしたの志保!とどめ!」

 

「やっちゃえやっちゃえ!」

 

「後ちょっとで倒せるよ!」

 

「骨の一本くらい折っといた方がいいって!」

 

親友達の、野次が聞こえた。

 

(あ、れ…?)

 

なんで、私はこんなことをしているんだ?

どう見たって、私の方が『悪』じゃないか?

 

(でも、でも…。私は猫を傷つけられたくなくて。猫のために…。あれ…。でも、猫…。)

 

猫は女性の腕の中で何かに怯えるようにして丸くなっている。

少し血の滲み出ている部分もあり、小さな弾丸でも当たったかのような傷跡だ。

 

それはおかしい。

 

だって、女性は素手だし、そんな跡がつくようにどうこうできるわけがない。

それに、何より。猫が好きな志保なら知っていて当然のこと。いや、常識的に考えれば当たり前のこと。

 

 

 

猫が、攻撃してきた人間に懐く筈がない。

 

 

 

だったら、まさか、もしかして、私は…。

 

「嘘、でしょ…?」

 

「ふ…。ふふふっ!ふふふふふふふっ!」

 

下卑た、本当に同じ人から発せられたのかと疑うような笑い声が聞こえてきた。

 

「やっと気づいたんだぁ!?そう、私達が猫を撃ったんだよ!ホント、棚からぼたもちってこういうことを言うのかなぁ?あんたが最近私たちに反抗的だから、鬱憤晴らしに公園で猫を撃ってたらなんか偽善者が飛び出してきて、反抗もしないで猫庇って撃たれてやがんの!これは傑作だって無理矢理猫引き剥がして虐めてたら、まさかそんななんにも感じてなさそうな顔して殴ってきたからさぁ。あ、これは使えるなって閃いちゃったのよ!私って頭いいから、志保を使えば志保もその女も酷い目に合わせられると思ったらさらに北条大河まで出てくるなんて!まさに一石三鳥よ!」

 

「仁美…。ッ…!許さないッ!」

 

「ストップ!別に私はあんたに殴られたっていいけど?私、言ったわよね?私は頭いいから。この動画、撮ってるのよ?志保、あんたが他人に暴力を振るっているシーンを。それに、この動画にはそこの女と北条大河が、傷だらけの猫と映ってる!これを上手く編集すると、あら不思議!猫を虐める男女二人!仕舞いには締め殺そうと!…なんて、そんなことも出来るのよ…?ふふふ…!笑いが止まらないわ!はははははっ!」

 

「ッ…!」

 

私は、今更どうなったっていい。たとえ中学を退学させられても、家族と別れることになっても、アイドルになれなくたって。それは私の過ちの罪滅ぼしの一つに過ぎないだけだ。

でも、後ろの二人は違う。

私に巻き込まれた、善意ある一般人だ。

この二人を巻き込むことは出来ない。

 

「そうよね、なんにも出来ないわよねぇ!?このデータが流出されたくなかったらあんた達は今から私達の奴隷よ!」

 

「悪いがそれはできない相談だな。」

 

「フン…。北条大河、あんた反抗的だね。でも無駄。もうどうしたってあなたが悪者であることは絶対なの。」

 

「そいつはどうかな。」

 

北条大河はポケットから機械を取りだしそのスイッチを押した。

 

『そう、私達が猫を撃ったんだよ!ホント、棚からぼたもちってこういうことを言うのかなぁ?あんたが最近私たちに反抗的だから、鬱憤晴らしに公園で猫使う撃ってたらなんか偽善者が飛び出してきて、反抗もしないで猫庇って撃たれてやがんの!これは傑作だって無理矢理猫引き剥がして虐めてたら、まさかそんななんにも感じてなさそうな顔して殴ってきたからさぁ。あ、これは使えるなって閃いちゃったのよ!私って頭いいから、志保を使えば志保もその女も酷い目に合わせられると思ったらさらに北条大河まで出てくるなんて!まさに一石三鳥よ!」』

 

そっくりそのまま、機械は仁美が発した言葉を繰り返した。

 

「えっ…!?」

 

「悪いな、俺は頭がいいし、こういう手合いには慣れてんだ。立場が分かったらさっさと失せろよクズども。」

 

「クソっ…!覚えてろよ!いくよっ!」

 

仁美は、他の仲間達を連れて公園から出ていった。

 

「…ったく、無茶させるぜ。レコーダー守りながら喧嘩すんの大変なんだからな?」

 

「ごめんなさいっ!」

 

私は、とにかく頭を下げた。

これで許される問題でないのは分かっている。

私は人を冤罪で傷つけ、犯罪者の片棒を掴ませようとまでしたのだ。

 

「ああ?謝んのは俺にじゃなくてあの人にだろ。ま、俺もすまなかった。正直、止めようと思えばいつでも止めれた。でも、どっちが悪者かなんて俺には分からないし、当事者同士で蹴りつけろとまで思ってたよ。あんた、凄いやつじゃねぇか。信念があって、貫き通せる覚悟がある。これじゃ申し訳が立たねぇ。なんか詫びさせてくれよ。」

 

「…大丈夫です。謝罪も御礼も、私は受けとりません。私は猫を守りたくて、でも守る力がなくて。…でもあなた達が助けてくれました。おかげでこの猫を助けることができたのです。感謝こそすれど、責めようと言う気はありませんよ。」

 

「…あの、やっぱり怒ってます?目が怖いんですけど。」

 

「嬉しいと感じているのですが…残念。とにかく、この猫は私がお医者さんまで連れていこうと思います。お二人も、気をつけてください。」

 

それだけ言うと、水色の髪をした女性は相も変わらず無表情のまま、猫を抱えて公園から去っていった。

 

「…ふぅ。お前ももう帰れよ。俺は疲れたから送ってやってなんてやんねぇぞ。」

 

「いらないわよ。…あんたは?」

 

「寝てから帰る。」

 

北条大河は、公園のど真ん中で寝そべる。

ぶっきらぼうにも見える行為だが、今の私ならこの行動の意味が分かる。…ようになった、気がする。

 

「痛くて動けないんでしょ。」

 

「んなわけねぇだろ。ノーダメージだノーダメージ。」

 

「しょうがないわね。」

 

私は彼の体をお姫様抱っこの要領で抱えて、ベンチまで運ぶ。

 

「やめろ。軽々と持つな。ゴリラかお前は。」

 

「あんたこそ何よ。体重、40ちょっとしかないでしょ。ちゃんと食べてるの?」

 

「お前は俺のおかんか。いいから下ろせ。」

 

弁がたつやつに弁論で戦うなど具の骨頂。聞こえてないふりをして運んでいく。

そしてベンチに彼の半身を下ろして、頭を私の膝の上に載せる。

 

「…なんのつもりだ。」

 

「美少女が膝枕してあげてるのよ。直ぐに傷も治るかもしれないじゃない。」

 

「…膝が固くて痛」

 

「3回だけ許してあげる。あと1回。」

 

「まだ1回しか言ってねえだろ。」

 

「さっきゴリラって言った。」

 

「………お前中一にしてはおっぱいでか」

 

ドゴッ

殴った。

 

「痛っ!殴った!殴ったぞこいつ!あと1回許すって言ったじゃん!」

 

「セクハラを許すとは言ってないわよ。はぁ…。くだらないことやってないで、体を休めなさいよ。」

 

「俺の体をボロボロにしたのも追撃を加えたのもお前だけどな。」

 

「それは…!確かに、うん。私が悪いのよね。」

 

「急にしおらしくなんなよな、やりづれえったらありゃしない。」

 

「…あんた、この前アイドルなんかやめろって私に言ったじゃない?」

 

「言ったか?」

 

「言ったのよ。あんたにとってはどうでもいいことでも、私は傷ついたし、やっぱりそうなのかって納得しちゃったの。私、別に皆と比べても可愛いわけじゃないし、暴力的だし、アイドルになる意味も、覚悟も何にもなかった。言われて当然だなって、納得しちゃった。」

 

「…それでいいのか?」

 

「何よ、あんたがやるなって言ったんでしょ。」

 

「ああ、言ったかもな。でもこうも言ったぞ。『どうしたいかは自分で決めろ』って。…結局、人が目指す夢を止める方法なんてないんだよ。本当に、何を失ってでもやりたいことがあるやつは止めたって聞かない。出来ないって分かってても、心のうちでは諦めてても、いつまでも頭のなかには一つの感情しかない。」

 

「一つの、感情…?」

 

「『やりたい』。それだけだよ、それだけあれば十分なんだよ。信念があるやつは強い。でも、生まれた時から信念を持ってるやつなんて居ないんだ。やってる途中に芽生える信念だってある。だから、あとはお前の気持ち次第だ。アイドルを目指したいって気持ちは、あるのかないのか。そしてそれを諦めないままに走り続けることが出来るのか。決めるのはお前だよ。美麗を決定する民衆でもなければ、面接する面接官でもないし、お前を支える家族でもない。最後に結論を下すのは、お前だ。」

 

「私が…。ねぇ…ちょっと付き合って欲しい場所があるんだけど。」

 

「は?満身創痍なんだけど。」

 

「私が運んであげるから!行くわよ!」

 

「ちょっ、おまっ!」

 

「あんたが言ったんだから、最後まで付き合ってよね!」

 

「付き合う、付き合うから下ろせ!街中をお姫様抱っこで駆け回るつもりかお前は!」

 

なんか叫んでる気がするけど気にしない!

私は決めた、走り出すって!

だからーーー後はもう、駆け抜けるだけだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します!高木社長はいらっしゃいますか!?」

 

寂しさが見え隠れする商店街を走り抜け、使い込まれた階段を駆け上がり、ボロボロの扉を開け、開口一番私は叫んだ。

立ち上がり、答えたのは緑髪の女性。

 

「えっ…と、どちら様でしょうか…。」

 

「あー俺俺だよ小鳥さん。すみませんね、うちのがハッスルしちゃって迷惑かけて。」

 

「…もしかして、あんたの知り合い?なんで?」

 

「色々あんだよ。つか早く下ろせ。お前は初対面の人の前で男子をお姫様抱っこしてんだぞ。いい加減に自覚しろ。」

 

「えい。」

 

ドスッ。

 

「いっ…てぇなコノヤロウ!投げ捨ててんじゃねぇぞ!」

 

「それより、高木社長はいらっしゃいますか!?私、伝えたいことがあるんです!」

 

「私に用かな、北沢君。」

 

奥の、ついたての先から出てきたのはなんども見た不思議現象、逆光で黒くて見えない男、高木社長だ。

 

「あの、社長…。」

 

「安心したまえ小鳥君。彼女は私の客人だ。…少々やんちゃだがね。」

 

「あの!高木社長!」

 

「そう慌てないでくれ。まずはお茶でも入れようか。小鳥君、頼むよ。…返事、聞かせに来てくれたのだろう。」

 

「…はい。ですがこれからこの男を病院に連れていかなければならないので、簡潔に済まさせて頂きます。」

 

「構わねえよ。大した怪我じゃないって言ってんだろ。」

 

「…病院には行ってもらうわよ。私の病院送り記録を破られるわけにはいかないもの。」

 

「…それ誇ってていいのか?お前アイドルに勧誘されてんだぞ。それにさっきの女の人は行ってねぇと思うし諦めろよ。好きなだけ話せ。…俺もこのおっさんには言いたいことがあるしな。」

 

「そう…。高木社長…。時間は貰えましたけど、私が言いたいことは二つしかありません。私はアイドルになりたい。そして、そのためにはどんな苦痛にも耐えてみせます。この言葉と、あとは私の在り方を見ていてください。私が出せる『覚悟』は、これだけです。これ以上は、信じてもらう他ありません。信念も、何もありませんが…私はアイドルになりたい、アイドルになって、輝いてる世界を皆に見せてあげたい。…私きっと、『正義の味方』になりたかったんじゃないんです。私、その『正義の味方』が作った、優しさに溢れてる世界を見たかったんだと思います。でもそれは、拳を握る『正義の味方()』が居たら成り立たない世界。だから私、拳を握るのを止めて、マイクを握って、歌って、踊って、世界に優しさを届けたい。…だからお願いします、高木社長。私の行き先を、教えてください。」

 

「何せこちらから誘った身。君が真剣ならばそれ以外に理由はいらないよ。歓迎しよう、北沢志保君。765プロへようこそ。」

 

これで、第一歩だ。

今度こそ、正しい方へと進んで、人に夢を届ける。

私の夢は、始まったばかり―――

 

「お前、話終わったか?」

 

「は?いいところなんだからあんたは空気読んで帰りなさいよ。私はこの感動をしばらくここで噛み締めてから帰るから。」

 

「家に帰って噛み締めろ。なんだったらお前が帰れ。悪いけど今からお前のプロダクションディスるし。…黙って見てりゃ、随分とゆるゆる面接になったようだな、高木社長さんよぉ。」

 

「…大河君。久しぶりだね。」

 

「俺は久しぶりな気がしねぇよ。今でもここで言われたこと、はっきりと思い出せるぜ。」

 

「…あの時は765プロは出来たてで、まともにアイドルをプロデュースできるような環境じゃなかった。実質誰かをプロデュースしている余裕なんて、うちにはなかったんだ。」

 

「事情は知ってる、だから初めにこんなとこに来たんだ。どうやらアイドル12人も集めたらしいじゃんかよ。それが13人になったって、問題はなかったと思うけどな。」

 

「大河君…。私を、恨んでいるかね…。」

 

「いや全然。」

 

「え?」

 

「あんたは社長としては一流の判断をした。現状使えない駒を捨て、少しでも輝きの強い原石を拾って集めて磨いて育てる。天才と秀才とを総取りできる最高の手腕だな。」

 

「………………。」

 

「でもあんたはプロデューサーとしては三流、いや、それ以下だな。お前は中にダイヤモンドの入った宝箱を、ミミックかもって手放した。そして、その鍵はもう空いている。恨むならあんたの方だぜ、おっさん。過去の自分を恨む時はすぐにでも来るかもな。その時まで首を洗って待ってろ。…765は346がブッ潰す。」

 

そうして少年は、親指を立てて下へと向けた。

彼と高木社長に、何があったかは知らない。

きっと私が踏み込んではいけない場所なのだろう。

だから取り敢えず私は。

 

「年上の方には敬語を使いなさい!」ジャーマン・スープレックスッ!

 

「フゲェッ!」

 

「すみません高木社長、うちのが。」

 

「いや、構わないんだが…。君達はどうやら面白い関係になっているようだね…。」

 

「ええ、恩人です。」

 

「恩人を地面に叩きつけてんじゃ…ねぇ!」

 

躱した。遅いな。

 

「避けるんじゃねぇボケェ!」

 

「避けるわよ。だって遅いんだもの。」

 

「人がいい話してんだから邪魔すんなよ!」

 

「嫌よ。私、自分だけが分からない話されるの嫌いなの。」

 

「…大河君。君はさっき、私がトップアイドルの卵を見逃してしまったと言ったね。でも。どうやら君は私にセカンドチャンスをもたらしてくれたようだが?」

 

「ハッ。それはこいつ次第だね。正直言って星一だぜこいつ。努力値ガン振りでようやく役にたつかって言うところだな。」

 

そもそもこいつの例え話は長くて専門知識を要する。だから話についていけないのだ。

だから取り敢えず私は。

 

「訳分かんない話してんじゃないわよ!」スカイ・ブルースープレックス・ホールドッ!

 

「理不尽ッ!」

 

「取り敢えず私が罵られているのわ感じたわ。何よ星一って。こんな可愛い美少女星五に決まってんでしょ。」

 

「格ゲーなら間違いなく星六枠だな…。」

 

「話、終わった?じゃあ病院に行くわよ。本当のプロレスラーじゃあるまいし、これだけの大技を喰らって無傷とはいかないでしょ。」

 

「てめぇがやったんやろがい!」

 

「じゃあ高木社長。私達はこれでお暇させて頂きます。後日母と一緒にまた訪ねさせて頂きますので、また。今日はありがとうございました。」

 

「チッ…。あばよおっさん。ま、もう会うこともねえだろうけどよ。」

 

 

 

 

 

二人の若者が、扉を開けて去っていく。

 

「北条大河君…か。面白い存在だな…。」

 

手元にある書類は、合計で12枚。

どれもが高木自身で認めているアイドルの素質がある者達だ。

 

伝説のアイドル、日高舞が電撃引退をしてからはや11年。

それからというもの、アイドルというコンテンツは低迷を続けている。精々が、961プロが知名度を誇っている程度だ。

 

だがしかし、彼ならば、或いは。

 

「私も、プロデューサー探しに、精進せねばな…。」

 

彼に負けてはいられない。

そのために、彼女達を導く存在が、必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとにこのまま帰る気?お前バカなの?自分の息子が女子にお姫様抱っこで持って帰ってこられた時の気持ち考えたことあんの?」

 

「知らないわよ。だって私、お姫様抱っこで抱えられて家に持って帰ってこられたことないもの。」

 

「いいから下ろせよ。ごちゃごちゃ言っておいて結局のところお前がやりたいだけだろ。」

 

「ええそうね。『どうしたいかは自分で決めろ』、じゃなかったのかしら?それに、あんたもう立てないでしょ。」

 

「は?んなわけねーじゃん。」

 

「抵抗、一切無くなってるけど?」

 

「…仮にそうだとしてやるよ。でも家の前では下ろせよ。親か姉に見つかるとやばい。」

 

「え…何やってんの大河。」

 

角を曲がるとオレンジ色の髪色をした、チョココロネ型のツインテールみたいな髪の人が、大河の名前を呼んだ。

年齢的にも、制服を着ているところを見ても母親ではないだろうし、こんなひねくれた奴に友達がいるはずもない。

 

「ああ、お姉さんですか。すみませんが家までの案内お願いしてもいいでしょうか、多分、この状態だと言ってくれなさそうですし。」

 

「えと…。君は大河の…彼女さん?」

 

「違います、敵です。でも教わったこともあったので、今日のところは助けてやろうかなと。」

 

「プッ…。大河、この子面白い子だね。またなんか無茶したことについては帰ってから説教するとして、こっちだよ。えーと…。」

 

「北沢です。北沢志保。」

 

「じゃあ志保ちゃん。こっち。家に着いたらお茶でも飲んでく?」

 

「遠慮します。ご迷惑はかけられないので。」

 

「遠慮しちゃうのかー…。あ、大河持つの変わろっか。重いでしょ流石に。って言ってもうちここなんだけど。」

 

大河のお姉さんに遭遇して、せいぜいが30秒くらいでその家に着いた。

あまり初対面の人と話すのは得意ではない。年上ともなれば尚更だ。大河を捨てて帰るとしよう。

 

ポイッ

 

「痛ぇ!」

 

「では、私はここで。」

 

「おい!投げ捨てんなよ!」

 

「えー。志保ちゃん帰っちゃうのー?お詫びにお茶でも飲んでいきながら大河の恥ずかしい話聞かせてよー。」

 

「すみませんが、急いでいるので。」

 

この人は、なんというか、苦手だ。

軽く話しているようで、でももっと重いものを抱えているような、ちぐはぐな感じ。

そして初対面でも馴れ馴れしく、でも奥底では一歩距離を置くような。

なんというか、嫌な人だ。

 

「でも大河家まで運んでもらったし、なんかお礼をしたいんだけどなー。」

 

「だったら…先輩として語ってやれよ、自称アイドル候補生。」

 

「先輩…?もしかして志保ちゃん、アイドルなの!?」

 

「ええ…まあ、さっきなったばっかりですけど…。」

 

「いいよね!アイドル!志保ちゃん可愛いし、きっとトップアイドルになるって!え?じゃあサインとか貰っていい?私が志保ちゃんのファン一号!」

 

この人がファン一号は嫌だ。

何かいけ好かない。

申し訳ないが、適当な理由をつけてサインは断らせてもらおう。

すると、下から声がした。

 

「悪いな姉貴、こいつのサインはダメだ。」

 

「…大河?」

 

「こいつのファン一号は、俺だからな。サインも一番は俺だ。」

 

「え…?」

 

「だからさっさとアイドルになれよ、志保。サインかけるようにしておけよ。帰るぞ加蓮。」

 

「ふぅん…。まあいいや。じゃね、志保ちゃん。」

 

二人はドアを開けると何事も無かったかのように普通に入っていった。

今言われたことを心の中で反芻し、思い起こす。

私は膝を抱えて考え込んだ。

 

(ファン?あいつが?あんだけ文句言って人の事ゴリラとか言ってたやつが今更ファン面?いやいやありえないでしょデリカシーが無さすぎでしょ…!)

 

でも、なんでだろうか。

『嬉しい』って、思ってしまうのは。

 

「ああーもう!絶対許さないからぁ!」

 

私の叫びは近所中に響き渡って、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは忙しい日々が始まった。

勉強に運動にアイドルに、どれも手を抜くわけにはいかない、特にアイドルは考え方の違いから仲間とも衝突することもあったし、先輩に噛み付いたり、同僚に喧嘩を売ることもあった。言葉選びが下手で、素直に物が言えなくて、不器用な私は何度も何度も失敗して、挫けそうになった。

 

でも、いつだって隣には大河が居て、途中からは静香も居て、二人が支えてくれて。

 

この三人が居ればどんな困難だって乗り越えられる。そんな気がしていた。

 

…その筈、だったのに。

 

 

 

 

 

私は家に帰って、枕を涙で濡らしていた。

誰にも助けを求められなくて、一人でどうにかするしかなくて、でも一人では何にも出来なくて。

 

「お姉ちゃん…どうしたの…?」

 

「なんでもないわ…。陸、ちょっとあっち行っててね。」

 

「でも、お姉ちゃん泣いて―――」

 

「陸!」

 

「あ…。ごめん、なさい…。」

 

最低だ。

私に気遣う陸の好意すら、私は素直に受け取れない。

 

でも私は、こんな理不尽を許したくない。

でも私は、こんな世界を愛したくない。

 

何が『正義の味方』だ。自分も、家族すら救えなくて、一体何を守れるというのだ。

 

「…どうして…こうなっちゃったんだろう…。」

 

 

 

 

 

■■■■■■まで、あと3日。

 

 

 

 

 

 

 

 




真っ暗闇で一人彷徨う。―――光を塗りつぶしたのは自分自身だ。










読んでいただきありがとうございます。
加蓮に…入れようね!(感想待ってます。)

投票期間は明後日まで!0時更新じゃないから余裕を持って、15日になった瞬間にデイリーを片っ端から拾って投票しましょう!

え?小説の進捗?誰か興味あるのか?

後3~6話で一章は終了です。3万字くらいあるかもだけど、ぜひ読んでね(はあと)

なお、構成上一気に三話くらい飛んでいくので少し更新が遅くなるかもしれません。誰も気にしてなさそう。










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輝きの向こう側にあるもの

うおおおおおおおおおおおおおやったああああああああああああ優勝だああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!

加蓮が優勝したので乱舞して投げまくります。後悔するのは将来の私。
頑張れ。


翌日。

どうしていいかも分からない、何をすればいいかも分からない、ただの惰性で気が付くと俺は学校にいた。

誰もいない階段。談笑も聞こえない廊下。明かりもついていない教室。

そこに居るはずもないと分かってながらも、右隣の席を眺めてしまう。

 

あれから、他に俺にできることはなかった。

加蓮がまともに取り合ってくれることはなかったし、志保が電話に出ることもなかった。

静香には繋がったが、どこか上の空で、事情を知っている様子でもなかった。

 

あと出来ることといえば、志保に直接話を聞くことくらいだ。

それも、可能かどうかは分からないが。

志保も静香も来なければ、俺に学校でやれることなんて無い。

だから、俺は二人が来るまで突っ伏して過ごした。

 

 

始業のチャイムと共に、扉が開かれる。

そこに居たのは、静香だけだった。

担任が入ってきて、事務連絡をして。

 

優等生である北沢志保は、学校に来なかった。

 

 

 

それから俺と静香は、休み時間には授業の構造上あまり話す時間が無く、きちんと話し合えたのは昼休み、昼飯を一緒に食べる時だった。

机を合わせて、対面するように座る。

いつもはあるもう一つの椅子は、今はない。

 

「静香…。何があったか、分かったか…?」

 

「ううん…。志保は、何にも言ってくれなかったから…。」

 

「優等生の志保がサボったんだ。言ってくれる気は、無さそうだな…。」

 

「うん…。どう、しようか。いつまで来ないつもりなのかな…。」

 

「明日は土曜だし、このままじゃ来週の月までは話を聞けそうにない、か…。静香。家に行こう。志保の家に行って、逃げ場のない状態で、きちんと話し合おう。今日の放課後、学校から直接でいいか?」

 

「大河…。それだったら、私に行かせてくれないかな。女同士で、話したいことがあるの。」

 

「構わない…けど、本当に一人で大丈夫なのか?」

 

「うん。だって私、志保の親友なんだよ?大河はその間に、お姉さんに話を聞いてほしいの。志保からの情報だけじゃ、どっちに非があるかなんて確かめようがないし、何があったか完全に把握するまでは、叱ってあげることも出来ないと思うし。」

 

「それもそうだな…。よし、分かった。じゃあ志保のこと、頼むぞ…。」

 

「そっちもお姉さんのこと、お願いね。」

 

そんな会話をして、今日の静香との会話は終わった。

やはりぎこちない、そんな一日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ…!やられた…!」

 

6時間目の授業を終えて、荷物を抱えて大急ぎで家に戻り、加蓮の姿を探した俺の目に、一番最初に目に止まったのは、食卓の上に置かれていた書き置きだった。

 

『これからライブの日まで、奈緒の家に泊まって練習するー。ライブの日には帰るね♪』

 

やはり昨日、聞き出しておくべきだった。

俺は奈緒の家や電話番号は知らない。

凛の家や電話番号は知っているが、加蓮と奈緒がライブの練習をするのに、そこに凛がいないわけが無いだろう。

それに加蓮だってその対策をしていないわけが無い。今から連絡をとったところで教えて貰えるわけもない。

美嘉なら…いや、加蓮の身内は加蓮側に付いてるに決まってる。電話に出てくれるとは思えない。

他に346の知り合いで、奈緒の家を知ってそうな奴…駄目だ。そもそもアイツらがユニットを組んだのはここ最近の筈だ。デビューしてる奴らとの関わりは殆ど無いだろう。

なら…。

 

「346に、突っ込むしかねえな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美嘉。守衛から電話だ。なんでもお前の知り合いを名乗る奴が来ているらしいぞ。」

 

「ふーん…早かったかな。ありがとうございまーす。もしもしー?」

 

『レッスン中すみません、美嘉さん。それで、不審者の件なんですが…。』

 

「知らないよ。」

 

『え?』

 

「だから、知らない。私の知り合いが来るなんて聞いてないし、来るわけもない。申し訳ないけどお引き取り願っておいてもらって。」

 

『は、はい…。』

 

来た男の名も、目的も分かっているが、私は会うわけにはいかない。

しかしそれにしても流石は姉弟と言ったところか、抜群の読みをしている。

そりゃあ大河が頼るとしたら私が適任だし、奈緒ちゃんの家を知っている大河の知り合いも私くらいのものだが、それでも時間指定、更にはニアピンとは。

 

『おいっ!美嘉!何嘘こいてんだよ!出てこい!俺は加蓮に会わなきゃいけないんだよ!』

 

電話口からけたたましい叫び声が聞こえた。そんな大きな声出さなくても聞こえてるっつの。

 

「嘘なんてついてないよ。私はあんたなんて知らない。私は大河が優しいことを知ってるし、受けた恩を返さなきゃいけないのも理解してる。だから、忘れることにしたの。」

 

『はぁっ!?』

 

「だから、私は、あんたのことなんか知らない。答えも持たずに突っ走ってきた、今の加蓮に対してどうすることも出来ないあんたなんか、知らない。少なくとも、来週の月曜まではね。ちなみに他の子達も同じだから、他の子にアプローチ取って煩わせないで。ライブの子もいるんだし。」

 

『君っ!返したまえ!…すみません美嘉さん、処遇、どうしますか。警察を呼ぶことも考えた方がいいと思いますが…。』

 

「ん〜。まあ放っておいていいんじゃない?多分もう、逃げてるだろうし。」

 

『え?あ、あの野郎…!』

 

「やっぱり。それだったら特に何もしなくていいよ。どうせもう来ないだろうし。そゆことで。じゃーねー★」

 

電話を切って、レッスンに戻る。

 

(ホンットに、二人とも強情なんだから…。挟まれる私の身にもなって欲しいもんだよねぇ…。)

 

まあ、そこが彼らの楽しいところなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう、するか…。」

 

346プロへの特攻の結果、得られたものは特になし。強いて言うなら美嘉は完全に敵ということが再確認出来て、346から情報を引き出すことは不可能ということが分かっただけだった。

他に出来ることなどあるはずもなく、考えることは一つだけ。

 

(答え…。加蓮が、何と戦ってるのか、か。そんな事言われても、何が起きたか未だに分かってない俺が、答えを出せるようなことなのか…?)

 

「あら、またまた奇遇ね、こんなところで何してんのよ。」

 

「…このみ姐さんか。悪い、今急いでんだ。また今度な。」

 

下を向いて歩いていたからか、前に立ち塞がられるまで気付けなかった。

 

「にしては、ゆっくり歩いてたように見えたけど。」

 

「今そういうの無理なんだよ。今日は付き合えるテンションじゃねぇんだ。分かってくれ。」

 

「ふーん…。ごめん、皆。予定変更。宅飲みの予定だったけど…もう一軒ハシゴよ!」

 

「「「了解でーす!」」」

 

「は…?」

 

このみ姐さんの後ろに、三人いた。

俺が勝てるのはこのみ姐さんだけ、相手が年上、三人ともなれば勝ち目はない。

 

「ドナドナ(ry

 

 

 

 

 

連れてこられたのは居酒屋。奥の席に押し込まれて、俺の隣に一番若そうなツインテールの女性、その隣にウェーブ髪の巨乳の人、目の前にはこのみ姐さんで、その隣に歌のお姉さんみたいな人。なんで俺は毎度毎度奥側に閉じ込められるようにして座らされるのか。逃げるからか。なるほど。

 

「じゃあ取り敢えず皆ビールでいいかしら?大河はオレンジジュースでいいわよね?」

 

「注文よりも前に説明することがあるんじゃないのか?まあ、別にいいけど。」

 

「店員さーん!ビール4つにオレンジジュース1つ!」

 

注文を取りに来たバイトは、明らかに不審そうな顔をしたが、大人しく注文を取って厨房の方へと戻っていった。ああもうパターンが見えてる。

 

「じゃ、自己紹介と行きましょう!この子はいつも話してる北条大河君。生意気よ!以上!」

 

「適当がすぎるぞロリババア。言っておくが俺がビビってんのはお前じゃないから何の容赦もしない。俺は男女平等主義だから遠慮なくいくぞ。」

 

「ね?生意気でしょ?じゃ麗花ちゃんから反時計回りで行きましょう!」

 

(つっても初対面だぞ。そんな軽く喋れるわけが…。)

 

「大河君ですね!私は北上麗花、誕生日は5月17日で20歳、おうし座、AB型です!長野県出身の趣味は登山で、スリーサイズは…」

 

「ああもういい!いいからお前の情報はそれで!もう黙ってろ!初対面なのに馴れ馴れしいんだよ!」

 

(くっ…油断した俺が馬鹿だった…敵はミリオン!杏奈を除けば全員イカれた野郎共というのは志保から聞いていたはずだ…!でも、まあ、次の人は乳以外は大人しそうだしなんとか…!)

 

とおかわふーか(豊川風花)にううにふぁい(22歳)くわつふつかうまれの(九月二日生まれの)おとめづぁうぇす(乙女座です)ちうぁけんしゅつしんで(千葉県出身で)しゅみはけんけちゅ(趣味は献血)しゅりーしぁいじゅは(スリーサイズは)ううぇかりゃきゅうじゅ(上からきゅうじゅう)

 

「誰かそいつの口塞げ!もう完全に出来てんじゃねーか!まだ6時前だぞペース上げすぎなんだよ!」

 

「ちょっと止めるの遅かったわね。そんなに風花ちゃんのバストサイズが気になったのかしら?」

 

「てめーのまな板よりは知りたいね。」

 

「あぁん!?もう一遍言ってもらえる!?」

 

「お前そんな風貌で耳だけは年増なのかね!」

 

「ヤル気…?」

 

「上等だ、表出ろ。」

 

「わーい!このみさんと大河君仲良しですね~!」

 

またぷりょでゅーしゃーしゃんが(またプロデューサーさんが)みじゅぎのしごと(水着の仕事)とってきた(とってきた)んでしゅよ(んですよ)…?わらしはいあだって(私は嫌だって)いっあのに(言ったのに)~!」

 

「皆さん!」

 

机に手をドンッと叩きつけて歌のお姉さんが立ち上がる。

 

「風花ちゃん、お酒によってあんまり変なことをすると、後で後悔するってもう十分思い知ってるでしょう!麗花ちゃんも、初対面の人にそんなに絡まない!そういうの苦手な人もいるんだから…!このみさんも、喧嘩してないできちんと仲良くしましょう!大人なんですから!」

 

「お、おお…。このみ姐さん、こういう人、こういう人沢山連れてきてよ!四人が四人とも頭おかしいとか思ってたら普通に良い人いるやんけ!」

 

「大河君もです!いくら親密とはいえ、目上の人には敬語を使いましょう!それに、口も悪いですよ!」

 

(初対面でもきちんと叱るのか…!本当に歌のお姉さんみたいだけど、結構まともそうじゃねぇか…!)

 

「フッ…。所詮それはお酒の力に頼った第一形態。第二第三の歌織ちゃんにひれ伏すといいわ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間後、俺は頭を抱えるしかなかった。

 

「んもー!暑いー!脱ぎます!」

 

「脱ぐなボケ!着ろ!」

 

酔うと脱ぐ、最低の酒癖の女。それは歌のお姉さんこと、桜守歌織さんだった。

 

既に机上は大量の空き瓶が並べられており、店員が既に数回は片付けに来ているのにこれである。

それで酔わないわけもなく、最初から既に出来上がっていた風花さんは十数分でダウン、そこから三十分ほどでストッパーこのみ姐さんがダウンし、こうなった。

歌織さんはたった今ダウンして、残るは一人。

 

「なぁ…いつまで飲んでんだ、お前。」

 

「えへ、大河君も飲みますかー?」

 

「飲まねぇよ馬鹿じゃねぇのか。」

 

麗花は未だにチョビチョビと飲み続けている。少しずつ飲んでいるとはいえ、喋る時と食べる時以外はジョッキから口を離すのを殆ど見ていないので相当飲んでいるはずだが、こいつは化け物か。

 

「大河君ー。」

 

「何だ。」

 

「大河君は、何に悩んでいるんですかー?」

 

北山麗花は、笑顔のままそう尋ねた。

 

「…何か、知ってんのかよ。」

 

「ううん。ぜんーぜん知らない。このみさんが誰かを急に飲みに誘う時は、絶対その人が悩んでいるときだから。私のときもそうだったし。」

 

「意外だ。こんなぽわぽわした奴にも悩みなんてあるんだな。」

 

「とうーぜーん。大河君も知らないんだ~。悩んでない人なんていないんだー。悩むから、進めるし、悩むのが、人間なんだよー。」

 

「誰の受け売りだ。」

 

「バレちゃった?このみさんでーす。」

 

「…で?そんなこと聞いてどうするんだ。俺の悩み、お前が解決してくれるってのか。」

 

「ならば解決してあげましょう!私だってプロデューサーさんみたいにできますよ!」

 

麗花は胸を突き出してえっへんとする。横に規格外がいるので更地にしか見えない。

 

「今日あったやつにどうこうできるようなもんじゃねぇよ。それに、こんな酒の席で暗い話なんてするもんじゃねぇだろ。」

 

「んー…。じゃあ大河君のこと、いーっぱい教えてください!それだったら楽しいです!」

 

「別にいいけど…。俺の話なんて聞いて何が楽しいんだか。」

 

それから、麗花は矢継ぎ早に質問を繰り出してきた。身長や特技などのステータス的なものから、交友関係などのプライベートな所まで。別にいいとは言ったがそこまで聞くか普通?

 

「大河君は、お姉さんと、その暴れん坊ちゃんな友達の事で悩んでるのかー…。」

 

「あ?ちょっと待て、何の話だ。」

 

「え?違うの?」

 

「いや、違わねえけど…。」

 

「それで、好きな人がいると。」

 

「は!?いねぇよ。」

 

「分っかりやす~い♪」

 

「本当に分かりやすいですね、この子。」

 

「…さっきまで酔い潰れてたくせしてこういうタイミングで起きんのかよ。」

 

麗花と、さらに目覚めた風花さんによって、俺の問い詰めが始まる。起きてたんじゃねえのか?こいつ。

 

「ねぇねぇ!いつから好きなの!?」

 

「どういう所を好きになったんですか!?」

 

「ああうるせぇ!年甲斐もなくはしゃいでんじゃねえ!悩み聞くんじゃねーのかよ!」

 

「えーそんなことより恋バナしましょこ~い~ば~な~!」

 

「私も聞きたいです!私は色恋沙汰には疎かったもので!」

 

「そりゃあ疎くもなるだろうな!」

 

少なくとも酒の席では一生付き合いたくない。ちなみに麗花は素面でも関わりたくない。

 

「いいですよね…。好きになるって。好きになることも、好きになってもらうことも、憧れます…。」

 

「勝手に憧れてろ。…俺も、別に好きとかじゃねえよ。憧れてるだけだよ。あいつの生き方に。」

 

「え~つまんないですよ大河く~ん。はいはーい!だったら私その暴力女ちゃんの話聞きたいでーす!なんか昔の志保ちゃんに似てますよねー♪」

 

「あ…?麗花、お前今何て言った。」

 

「…さっきから気になってたんですけど、なんで私だけ呼び捨てなんですか〜。私も姐さんってつけてください~!」

 

「うるせぇっ!お前なんか麗花で十分だ!それより、何でお前が志保の名前を知ってるんだ!それも、今の志保も知ってる口ぶりじゃねぇか…!」

 

「え?大河君の言う暴力女って志保ちゃんのこと?あんないい子をそんなふうに呼んだら駄目ですよ~♪」

 

「麗花ちゃん空気読んで…!大河君。君が志保ちゃんと知り合いなのは分かったんですけど、何をそんなに驚いているんですか?志保ちゃんがアイドルってこと、聞かされてなかったってことですか?」

 

「いや…知ってる…けど。…志保は、今も(・・)アイドルなのか…?」

 

「今もって、ずっとアイドルですよ?」

 

まさに予想外。

志保は確かに765プロにいたし(・・・)、そしてこの目の前の女が765プロのアイドルというのは有り得る可能性であろう。

だが。

 

 

 

『良かったのか。アイドル、辞めちまって。』

 

『ええ。私はやりたいことをやり尽くしたわ。信念を持って、最後までやり遂げた。やり残すことはもうないわ。』

 

『ならいいけど…。いい仲間もできたんだし、これから―――』

 

『大河。』

 

『…いいんだな。』

 

『うん。』

 

北沢志保は765プロを二年の夏の終わりに辞めている(・・・・・)

先輩達、オールスター組のバックダンサーとしてミリオンスターズである志保と、他に6人のアイドル候補性が抜擢されたライブ。

そこで、志保は色々な壁にぶつかって、俺らに涙さえ見せた。

それでも、彼女は再び立ち上がって、仲間と共にライブを成功させた。

 

それから一週間後、彼女は俺にそう告げたのだった。

 

だから、その言葉の意味が理解できなかった。

 

「志保がまだ…アイドルを辞めていない…?」

 

それは、別に悲しむべきことではない。

一匹狼を貫いていて、静香くらいしかまともに女子の友達がいない志保が、他に交友関係を持っているというのなら、それはむしろ喜ばしい事態だ。

だが、では何故俺に嘘をついていた?

 

「どう、して…だ?」

 

「え~大河君そんなことも分かんないんだ♪そんなこと簡単でしょ~。志保ちゃん、好きなんだよ、大河君のこと~。」

 

「そんな訳ねぇよ…。あいつが、俺のことなんて。お前、だいぶ酔ってんだろ。酔っ払いの戯言だろ。」

 

「ん~。大河君て随分とめんど~くさいしぇいかくなんですね~♪気付いてるのに、気付かない振りをしてるにゃんて~。」

 

「気付いてる…?俺が…?そんな訳が―――」

 

ねぇだろ、とは続けられなかった。

 

志保が俺らを陸を迎えに行かせる。…何の為に?

志保が未だにアイドルのことを調べている。…何でそんなことをする?

志保が加蓮に対して激高する。…それは何故?

 

(そういう、ことか…。)

 

それはきっとあいつがアイドルで、

レッスンや仕事が忙しかったからで、

ライバルと成り得るアイドルのことを調べていて、

 

「俺の…ためか…。」

 

加蓮が、俺にとってのお荷物だと思ったから、殴った。

 

(違うんだよ志保…違うんだ…!)

 

志保に対する答えは見つかった。

でも、それはきっと彼女を苦しませる答えで、彼女を納得させる答えではない。

 

「もう…。麗花ちゃんは言いたいことだけ言ったらダウンするんですから…。あの、大河君。私は、大河君が何に悩んでいるのかは分かりませんけど、相談に乗ることくらいならできますよ。」

 

「いや、もう相談したいようなことは無いんだ。解決はしてる、から。」

 

「でも、何かあるんですよね。何も無い人はそんな顔したりしません。そんな暗い顔した人に、悩みがないなんてことはありません。…これでも私は元看護師なんですから。頼れる人をやってきましたから。」

 

「そんなに簡単な話じゃねえんだよ。俺は、友達の想いを無駄にしちまった…!友達が心配してくれてても、俺にとってその想いは意味が無いものなんだ。あいつは、そのために悩んでくれているってのに…!」

 

「…少し、私の昔の話をしても、いいですか?」

 

「…好きにしろよ。」

 

「私、さっきも言った通り、看護師だったんです。看護師って言っても、勿論色々な人がいます。事務的な看護をする人もいれば、全部を尽くすような人もいました。皆、その人のことは馬鹿にしてましたよ。時間の無駄だって、一人に時間をかけすぎだって。その看護師は、それでも懸命に自分の出来ることをやり続けました。不安がってる子供を安心させるために。気難しい老人と仲良くなるために。死にゆく人達と、親密になるために。無駄だったって思いますか?その看護師の行動は。受け入れてもらえるかも分からない、受け入れてもらったとしても、すぐに別れることになるその想いは、無駄だったって、思いますか?」

 

「それとこれとは…!」

 

「無駄になる想いなんて無いんです。人を想うことに不必要なことなんてないんです。人を想うことで、人に想われることで、助けになってることだってあるんです。大河君はその想いを受けても何も感じませんか?無駄にしてしまって申し訳ないと思ったり、想って貰っていることに気付いて心が温かくなったり…。何にもなかった、無駄だったって、思いますか?」

 

「でも…。俺は志保に全部やらせちまった。伝えなかったから。俺は皆に、そういうことひた隠しにしちまうから。」

 

「だったら…伝えてあげればいいじゃないですか。伝えてなかったけど、俺はこうだ、って。お前の想いは無駄になったかもしれないけど、俺は嬉しかった、って。友達なんですよね、だったら大丈夫ですよ。」

 

「…俺、あんたと酒の席以外でファーストコンタクトしたかったぜ。」

 

「そ、それは私の方が思ってます!」

 

「ありがとな。全部、何とかなりそうだ。答えも、覚悟も、全部決まった。」

 

「それなら良かったです。私も誰かの役に立てたなら、嬉しいですから。じゃあ申し訳ないんですけど、ちょっと…眠らせてくださ…zzz。」

 

「赤ちゃんかよ。」

 

まあ癪だが、この大人達に助けられたのは確か。まあこのみ姐さんと歌織さんは何の役にも立ってないが。

 

(寝かせておいてやるか…。まだ8時前だし、ある程度俺も時間に余裕はある。)

 

ちょうど、もう一つ答えを出さねばならないこともあるのだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間経った。

起きない。

 

「よくもまあ全員ぶっ潰れるよね。店とか俺とかに対する迷惑考えてねえのか。」

 

いくら声をかけても、体を揺すっても、一向に起きる気配はない。なんだ、どさくさに紛れて乳でも揉めばいいのか。しかしそれで起きられた場合誰に対した攻撃でも俺は死ぬ。なんてったって765には育様とやよい様がいる。一報を届けられた時点で死は免れない。

 

仕方なく、このみ姐さんのスマホを奪い、ロックを解除してLINEを開く。

 

(上から適当に…4Luxury、これはこの4人のグループか。んで北上麗花、桜守歌織、豊川風花ときて…。プロデューサー、こいつはやめておこう。俺の知り合いはチラホラいるが…未成年ばっかだなやっぱり。…この人でいいか。)

 

俺はトーク的に酒飲み仲間であり、結構親交の深そうな『百瀬莉緒』という女性に電話をかける。

 

『もしもし、このみ姉さん?』

 

「あー…百瀬莉緒さん?」

 

『そう、ですけど…。これ、このみ姉さんの携帯よね。あなたは?…もしかして彼氏さん?嘘でしょ!?このみ姉さんにもついに春が!?』

 

「えっ、違います違います。俺はあのー、このみ姐さんの友達的な…。」

 

『今日は打ち上げだって言ってたのにもしかして抜け出して秘密の密会!?しかしこのみ姉さんに飽きた君は、次の標的を見つけるためにこのみ姉さんの携帯を勝手に使って私に連絡を…!』

 

「あーうっせぇ!てめぇもしかしなくてもアイドルだな!?ミリオンスターズだな!?頭ミリオン野郎だなてめぇ!なんでこうミリオンの奴らは総じて人の話聞かねえんだよ!」

 

『もうー怒らないで♪ちょっと茶化しただけじゃなーい。』

 

「切るぞ。」

 

「ああ待って待ってちゃんと聞くってば。もう、せっかちなんだから♡」

 

ミシッ、ミシミシッ

 

どうやら、ゴリラモードとは極度の苛立ちによる一時的なパワー上昇のことを指すらしい。今全力を込めれば俺でも机くらい砕けるんじゃないかな。

 

「このみ姐さんに会った。飲み会に連行された。4人ともブッ潰れた。迎えに来い。はよ。」

 

「あ…。なんか、ごめんね。」

 

まさかこの女にすら同情されるとは。良かった、ミリオンと言えど限界はこの位か。

 

「他の三人の家とか分かるなら送迎お願いしたいんだけど。」

 

「いいけど…今出先だからすこーし時間かかるわよ?プロデューサー君呼んでおく?」

 

「止めとけ。ここら一帯更地になるぞ。」

 

「…なんかよく分からないけど止めておくわね。えっと場所は…。」

 

「今送った。」

 

「ここだったら今から1時間くらいで行けるわ。ちょーっと待っててね。あ、皆の身体とか触っちゃダメよ。このみ姉さんならいいけど。」

 

「この寸胴のどこを触れというんだ。アホみたいな事言ってないではよしろ。」

 

プチッ

 

これ以上関わると面倒くさそうなので強制的に電話を切る。喋るようなタイプに喋らせるのはアホのやることだ。

俺は机の上に並べられただいぶ残された料理を消費しつつ、酒瓶の中身をチェックする。…ない。どうやら酔いつぶれる時に料理は食いきれなかったようだが酒は飲み尽くしたらしい。流石酒飲み共。俺がどうにもできない部分は何とかする。じゃあまず頼むなって俺は言いたいけどな。

 

それから1時間程で、百瀬莉緒はやってきた。

 

「ごめんね~ちょっと遅くなっちゃった~。」

 

明るい髪色に扇情的な服装、母親みたいな話し方。こいつまさか…。

 

「ビッチか?」

 

「え?」

 

「ビッチか。早くこいつら持ってけ。言っとくけど俺は金も持ってないからな。」

 

「分かってるわよ。流石に学生に奢らせるわけにはいかないわよ。」

 

「じゃああとこれも食え。」

 

「これは?」

 

「残して帰るわけにもいかねえだろ。俺は甘いのは食えねえんだよ。」

 

「ふーん。へーえ。可愛いところあるじゃない。こんなに甘くて美味しそうなのに。モグッ…って辛ぁい!辛ぁい!何よこれ!?」

 

「あーそういやカラシつけたらいけっかなーって思って食おうとしたけどやっぱり無理だったんだっけ。悪い。」

 

「ッ~!少年君もしかしなくても馬鹿ね!?馬鹿よね!?」

 

「よく言われる。褒めてもらって照れるよな。」

 

「皮肉ってんのよ!…ったく、このみ姉さんから聞いてた通りのクソガキ君ね。」

 

「じゃあまともに話は通ってなさそうだな。北条大河だ。よろしくな、ビッチ。」

 

「…さっきから気になってるんだけどビッチって私のことかしら?」

 

「それ以外に誰がいる。お前しかいないだろビッチ。」

 

「ビッチじゃないわよ!私はまだ…!あ。」

 

「あ…。なんか、ごめん…。」

 

これは申し訳ないことを聞いた。俺にもデリカシーはある。ここらでこの話は打ち止めておくべきだろう。

 

「あーもううっとうしい!大河君!このみ姉さんの家分かるわよね!?私は風花ちゃん達を連れて帰るから、このみ姉さんお願いするわよ!いい!?」

 

「なんだ更年期か…。」

 

「ムキー!なんて失礼なことを!」

 

(今時『ムキー』はないだろ…。こいつもしかしてビッチというよりは…。)

 

「売れ残り?」

 

「グフッ…。噂には聞いていたけど、これが天然年上殺し…!幼女への耐性を皆無にする代わりに、年上のお姉さんに対して無邪気な言葉責めを繰り出す、北条大河二第必殺技の内が一つ!『年増殺し』…!」

 

「自分で年増って言っちゃうんだ。」

 

「百瀬莉緒のメンタルと財布に大ダメージ!こうかはばつぐんだ!」

 

「心は餓鬼なんだな…。じゃあお前今日から渾名バーローな。」

 

「…もうこれ以上一緒に居ても禄なことがない未来が見える。さらばよ!少年君!このみ姉さんを頼んだわよ!送り狼にはならないように!」

 

もも…ビッ…バーローは器用に三人を抱えて走り出し、自動ドアで引っかかって醜態を晒していたので知らないフリをした。

 

「ふぅ…。おんぶでいいか。」

 

起きていたらおんぶなんて子供っぽいことは断固として拒否されるのだが、逆にそれ以外をすれば俺が豚箱にドーンだ。罪状は幼女誘拐、異論はない。

 

ロリバを背負って、夜道を歩く。

この辺りの道は、少し感慨深い道だ。

自宅からは離れているので、あまり通ることはない道だが、それ故に人通りも多く、たくさんのアイドルと出会った住宅街だ。

 

この道は灯織と。

あっちの方の公園で利嘉と。

向こうのスーパーで育様と。

 

「んで、ここで俺らは出会ったんだよな。このみ姐さん。」

 

「…いつから気付いてたのよ。」

 

「最初からだバーカ。あんたが酒に潰れるタマかよ。それもたかが30分で。」

 

「バレバレってわけね…。ああもう、敵わないんだから。」

 

背中で、よく通るロリバの声が聞こえる。

わざわざ打ち上げまで潰して、こうなるように仕向けていた訳だ。

 

「大人ってのは、大変だな。」

 

「そうでもないわよ。子供の方が、どうにもならない悩みってのはあるもんよ。だから、大人は子供に頼られなきゃいけないのよ。」

 

「悪いがこのみ姐さんが寝ている間に解決しちまったよ。麗花は頭はおかしいけど役に立ったし、風花さんは答えまで導いてくれたし、歌織さんは役に立たなかった。」

 

「それはあくまで志保ちゃんとのことでしょ?私達は加蓮ちゃんとのこと、一言も聞いてないわ。」

 

「…それはあくまで家族の問題だ。どこで聞いたか、何を勘ぐっているのか知らんけど、大人とは言えど首突っ込み過ぎなんじゃねぇのか?」

 

「違うわ。大河のそれは家族間の問題じゃなくて、姉弟間の問題よ。だったら、姐さんであるこの私が干渉しても何にも問題ないでしょう?」

 

「屁理屈ばっかりかよ。」

 

「あんたよりはマシね。それに、大人は本当のことばっかりは言ってられないのよ。」

 

「…話すことなんざねえ。話したところで、どうにかならない。この問題は俺だけの問題だ。俺がどうにかする問題だ。他の奴が正解を導き出していいもんじゃねぇ。」

 

「違うわ。私が干渉していい問題じゃないのかも知れないけれど、解決するのが必ず大河じゃなきゃいけないわけじゃないのよ。大河は、大河のお姉さんと話して見る事ね。大河が悩んで答えを探そうとしている間にも、彼女は彼女なりの答えを見つけているかもしれない。大河が奔走する必要はないのよ。」

 

「…このみ姐さんは、どうしてそうやって、憎まれ役ばかりするんだ。さっき風花さんと一緒に起きて、俺に答えをくれたらそれで良かっただろ…。今そんなことを言って、俺に憎まれる必要なんてないだろ…。それであんたは、あんたの望む頼れるお姉さんっていう肩書きを得られんじゃねえかよ。どうして、あんたは…!」

 

「あんたと同じよ。誰かに傷付いて欲しくないから。誰かに苦しんで欲しくないから。そして、誰かに、認めて欲しいから。」

 

「認めて、欲しい…?俺は、んなこと思ったことねーよ。自己犠牲で認めてもらったところで、ちっとも嬉しくねえよ。」

 

「違うわよ。大河が認めて欲しいのは、助けてあげた誰か。すっごくいい子で、なのに世界はそれを認めてなくて、大河はそれが許せないんでしょ?私も一緒だから分かるわ。私、大河は本当は凄いんだって、皆に知って欲しい。口が悪くてひねくれ者で、すっごく不器用なくせして実は寂しがり屋で、でも人のために誰よりも頑張れる子だって。…だから、自信を持ちなさい、大河。大河が決めた答えに、決して間違えなんてない。おねーさんのお墨付きよ。」

 

「…あんたにも、そっくり返すぜ。その言葉。自信が無いのはどっちだよ。いつも人の重荷背負うくせに、結局後悔して、本当に伝えていいのか分からなくなって、引いちまう。だから俺が話しかけるまで一切喋ろうとしなかったし、居酒屋で会話に入ってくることすらしなかった。…俺は、あんたの答えが間違ってるなんて、一度も思ったことねぇよ。俺はあんたが大好きなんだよ。あんたの気遣いが大好きなんだよ。…だから、好きなだけ泣けよばーか。」

 

自信満々なのは、自信が無いことを隠すための盾。

大人ぶるのは、大人になれない自分を騙す鏡。

 

「あんたってのは、あんたってのは…!」

 

「痛って!叩くな!担いでんだから―――」

 

「どうして…!大人しく助けられないのよ…。人を助けなきゃ、助けてもらうことすら拒むなんて、生意気よ…!」

 

このみ姐さんの顔が、俺の背中に埋められる。

気丈に振舞って、自信なんかないくせに、自分がやらなければって思って、誰をも助けようとして、それが解決へと繋がらないと、誰よりも嘆いて苦しむ。

 

初めてあった時から、彼女はこうだった。

 

「私…大河に嫌われてるのかなって、思ってた。生意気で、大人ぶって、なんにも出来ないくせに出しゃばって、正直に大河を認めてあげられない、ダメな大人な私を、大河みたいな本当に優しい人は嫌いなんじゃないかって…。それでも、大河は優しいから…。救ってくれようとして、関わってくれてるんじゃないかって…!私、怖かった…。」

 

「んな俺が器用に見えっかよ。俺は自分が大切にしたい人間しか守ってやんねえ。俺はあんたが好きだから、頼るし、頼られるんだよ。だから、今だけは。俺の背中の上だけでは、大人じゃなくていいぜ。」

 

「もう!むかつく!むかつく!酒の味も分からない子供の癖に!」

 

「痛って!殴ってないでさっさと泣けよ!」

 

「誰が泣くもんですか!…あんたの前で泣くほど、子供になるつもりなんてないわよ!私は…お姉さんなんだから…!」

 

「…ったく、やりきれないなてめえは。」

 

(んな号泣されてたら、なんて煽っていいかなんて分かんねえよ。)

 

家へと向かう間、背中に染みる温もりは、留まることを知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ、疲れて寝てしまったようだ。

泣き疲れて眠るとはどう見てもお姉さんでは無いのだが、今回ばかりはそこにも目を瞑っておいてあげるべきだろう。

 

階段を上がって、扉の横に置いてある植木鉢の下をまさぐる。

あった。

 

(まだ場所変えてねえのかよこいつ…。)

 

アイドルだと言うのに、危機意識の欠片も無い行為だ。

まあそのおかげで、このみ姐さんを起こさずに家まで届けられるのだが。

 

家の中は、案の定というか、なんというか、めちゃくちゃ汚かった。

飲み終わったビールの缶の山、脱ぎ捨てられた服、ましてや下着までら落ちている。うわーお、子供用かな?

音をどうにか立てないようにできる限りの片付けをし、布団を敷いて、このみ姐さんを無理やり押し込んで、家をあとにする。

 

「今日はありがとな、このみ姐さん。」

 

今日一日、収穫がなかったわけでは無い。

さっきの4人からは解決の答えと糸口を貰ったし、静香も動いてくれている。

346からの情報には期待できなさそうだが、美嘉の言った『少なくとも月曜日までは』というのは、日曜日―――つまりは加蓮のライブで何かアクションがあるのかもしれない。

このみ姐さんの言う通り、それを待ってみるのも、一つの手、なのかもしれない。

 

「静香の方を、手伝うか…。」

 

今どれほどの進捗状況なのかは分からないが、明日は彼女の家に訪れてみるのもありなのかもしれない。

 

(志保の方は、時間をかけてしまえば、多分、一生どうにもならなくなってしまう可能性がある。あくまでこれも可能性だが…起きてしまったらそれこそ終わりだ。一刻も早く見つけないと…。)

 

加蓮の方は、別に怒られている訳でもなければ、避けられている訳でもない。避けるにしたって家族。いつかはぶつかることになるし、あいつが逃げたまま終わるとは思えない。

 

しかし志保は別だ。逃げるようなタマじゃないやつだったはずなのに今日学校に来なかったこと、加蓮を殴ったこと、行先を告げずに出ていったこと。

 

今のあいつにとっては考えられないことが、志保には起きている。どうにかしなければ、マズいかもしれない。

 

何故だかは分からないが、昔からアイドルとの交流は深くなりやすく、それ故に番号を持っているアイドルも大勢いる。

それだけ聞けば羨まれることも数多くあるのだが、大体は頭のネジが数本とんでいるようなやつばかりなので、あまり嬉しいものでもなかったのだが、ようやく役に立つ時が来たようだ。

 

「志保がアイドル以外の友人以外を頼ることは…流石にないか。」

 

あれからまだ2年。彼女の心の傷はまだ癒えていないだろう。

その心を癒したのは他ならぬ静香だったと思うのだが、一体何故、あそこまで亀裂が入ってしまったのか…。

 

「考えても、仕方ない、か…。」

 

もう夜も遅く、今から誰かに連絡を取るのもあまり得策ではないだろう。

明日に備えて、寝ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は影、あいつは光。

俺が影でいるから、あいつは光の中で笑っていって欲しかった。

影の中から、光はよく見える。

笑う姿、頑張る姿、輝く姿。

沈んだ水底でも、その笑顔を見てていられれば、俺は十分満足だった。

 

…なのに、どうして?

 

 

 

なんであいつは、こっちを見ている?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起きると、既に時刻は10時を回っていた。

どうやら昨日はさすがに疲れていたのと、家に着いたのが12時を過ぎていたのもあって、だいぶ寝入ってしまっていたようだ。

 

(まあ…静香の起きる時間を考えれば大したこともないだろ…。)

 

しかし、考えては見たもののどう動くか。たとえ探す対象が加蓮から志保に変わったとして、手がかりが増えるようなことは無い。アイドルに頼っていると仮定しても、765プロの知り合いから情報を聞き出せるとは思えない。

 

「可能性は…ゼロじゃないか…?」

 

俺は一つの電話番号を打ち込んで、電話を掛ける。

 

『もしもしやっほー。どうしたの?大河君。』

 

「甘奈。今、いいか。」

 

『どしたのー?別にいいけど。』

 

「志保。知らないか。」

 

『志保ちゃん…って、大河君がよく話してる志保ちゃんのこと?…そんな事言われても、私、志保ちゃんの顔すら知らないし。どうかしたの?』

 

「いや、知らないならいいんだ。忘れてくれ。」

 

俺は通話を切って、再び連絡先一覧に目を向ける。

甘奈が知らないとすれば、283は無関係。

765でもないだろう。このみ姐さん達からそんな話は聞かなかった。

346は頼れる可能性が0とは言えないが、加蓮がいる可能性がある以上、限りなく0に近いと言えるだろう。

 

「…駄目だ。」

 

考えがまとまらない。思考がグチャグチャで、まともに答えの出せる状態じゃない。

 

「外でも、歩くか…。」

 

犬も歩けば棒に当たる。俺が歩けばアイドルに出会う。加蓮や志保、或いはどちらかに繋がるアイドルとの出会いが有り得るかもしれない。それが叶わなくても気分転換くらいにはなる。

適当に飯を食べてから、俺は家を出た。

 

 

 

 

 

近場の公園に来て、ベンチに座る。

思えば、公園では様々なことを体験してきた。

千早姉の歌を、優と一緒に聴いた公園。

悩んでいる凛に、姉を任せた公園。

そして、志保と、全力で喧嘩した公園。

 

どれもこの公園とは違う場所だが、いつだって人の気持ちと気持ちとがぶつかって、何かが変わって、何かを変えられた場所。

今も、ここに来れば何か解決するんじゃないかって期待してきたものの、やはりそれは期待のしすぎと言うものらしい。

平和すぎる数十分間を十分味わってから、俺はベンチを後に―――後ろからとんでくるシャウト。

 

「タイガ?タイガだろ!?ラッキー!今電話掛けようかと思ってたところだったんだよ!」

 

「あ?んだよジュリアかよ…。」

 

ジュリア。765プロ出身のアイドルで、向こうのにわかとは違う、ガチの方のロックアイドルだ。ギターも弾けるし。あとイケボ。

 

「なんだ藪から棒にうっせーな。なんで俺に連絡すんだよ。」

 

「助けてくれよ!これから仕事があるのにレイとリクが追いかけっこを止めてくれないんだ!なんとか止めてくれよ!」

 

このロック野郎がこんなにも慌てて一体何が起きているのかと思えば、なるほどこれはどうしようもないような光景が広がっていた。

 

「こんな所で何してんだ、陸。それに麗花も。」

 

なんと二人共が知り合い。こんなにも年の離れた最早親子にすら見える北沢陸と北上麗花が、二人でジャングルジムの中で追いかけっこをしていた。ん?幼稚園児かな?

 

「あ!大河兄!」

 

「あー!やっほー大河君!昨日ぶりだね!」

 

陸と麗花が突っ込んでくる。陸は受け止め麗花は避けた。

 

「タイガ…もしかしてどっちとも知り合いか!?助かったぁ…!」

 

「なんでこんな状況になってんだよ。そもそも陸とどうやって出会ったんだ。」

 

「それが、さっきあったシズカって子が…。」

 

「…静香が来てたのか?」

 

「タイガまで知り合いか。ホントに、昔からアタシの知ってるアイドル全員と知り合いだな、タイガは。ま、シズカはまだアイドルじゃないか。」

 

矢継ぎ早に繰り出される情報に、一瞬思考が停止する。

 

「…ちょっと待て。聞きたいことがいくつもある。まだ(・・)?静香はアイドルになる気なのか?」

 

「タイガは聞いてないのか?まああの様子だとシズカはオーディションを受けてくれなさそうだけど。」

 

「事が片付くまでは保留ってことか…?それと、『まで』ってどういう事だ。まるで俺と静香以外に誰かもう一人知り合いが噛んでるみたいな言い草だな。…志保か?」

 

「驚きだ…。流石の洞察力だな、タイガ。」

 

「それで陸を置いてどっかに行った…。ってことは志保を見つけたってことか…?」

 

「一人でボソボソ喋られてもアタシは何が起きてるかサッパリなんだけどなぁ…。」

 

「ああ…いいや。サンキュなジュリア。陸はこっちで預かるから仕事行けよ。」

 

「こっちは助かるけど…。タイガの事だし、また何かあるんだろ?出来ることがあったら言えよ?」

 

「安心しろ。もう俺がすべきことは全部見えてる。お前の力を借りるまでもないさ。」

 

「ったく、タイガは中々恩返しさせてくれなくて厄介だな。でも絶対返してみせるからな。生憎アタシは義理堅いタイプなんだ。じゃ、今日はこれでサヨナラだ。レイ!行くぞ!」

 

この間もずっと空気を読まずに遊んでいた麗花と陸は、俺達の呼び掛けに戻ってくる。

そのまま麗花を引き連れたジュリアは車に乗って去っていった。

 

「…俺らも行くか。と、その前に、電話するからもうちょっとだけ待っててな、陸。」

 

陸に了承を取り、静香の携帯電話に連絡をかける。

志保を見つけたのならば話を付けてしまうべきだ。

 

(出ねえな…。)

 

2コール、3コールと、コール数が重なっていくにつれて不信感が募る。いつもならすぐに出るのに、電源も切れていないはずな訳で、何かあったのだろうか。

さらに数コールが鳴った後、電話に反応があった。

 

『もしもし?』

 

「静香か?大河だけど、志保、見つかったか?」

 

『大河…!こんなタイミングで掛けてきて、こんな時間にようやく確認!?馬鹿じゃないの!?』

 

「あ?なんでそんなにキレてんだよ…。タイミング…?あ、もしかして俺が連絡して見つけた志保に見つかった?いやーごめんごめん。」

 

なんかいつもタイミング悪い節あるんだよね。こういう漫画みたいなことよくあるんだよね。

 

「ごめんごめんじゃないでしょ!?折角覚悟決めて私が…!」

 

「だったら志保を…。」

 

今日の午後に、と言いかけて、止めた。

どう考えたって静香も志保も、きっと俺も冷静じゃないし、俺もすべての腹が決まったわけじゃない。静香や志保だって、返事を決めかねている可能性だってある。

 

(それに今日は、土曜日だ。)

 

「いや、静香。明日の夜。そうだな…夜7時頃に、学校の屋上に来てくれ。志保にも伝える。志保に代わってくれ。」

 

「それはいいけど…。」

 

少しの時間が空いて、今度は電話から志保の声が聞こえてくる。

 

「何。」

 

「明日の夜7時。学校の屋上で待ってる。伝えたいことがあるんだ。別に来なくたっていい。そしたら静香と一緒に星でも見るさ。」

 

「何が言いたいわけ。」

 

「俺や…できれば止めて欲しいけど、静香のことを恨んだり、避けたり、そういうのを止めろとは俺には言えない。俺だって嫌いな奴と仲良くしろなんて言われても言うことは聞かねーよ。でも…家族は違うだろ。」

 

「ッ…!」

 

「友人なんて希薄なモンだ。切ろうと思えばいつだって切れる程度の関係だ。でも…陸泣かせんなよ。姉貴だろうが、テメェ。」

 

「陸は…。」

 

「今隣にいる。昨日は静香が面倒みてやったみたいだ。家くらい帰れ。どうしても会いたくないなら追わない。知ってるだろ。お前は、独りぼっちの寂しさを知ってるだろ。」

 

「分かったわ…。今日は、帰る。」

 

「それと…。そんな希薄なモン、後生大事に抱えてるやつもいる。友情は大切です、なんて甘い台詞は吐かねえけどよ、ここまでされてあんなこと言ってくれるなんて多分アイツくらいだと思うぜ。じゃあな。」

 

返事は聞かないまま、通話を切る。

伝えたいことは伝えた、アイツから聞くことなんて今はない。聞くなら明日の夜だけで十分だ。

 

(あとは陸をどうするかだな…。家に帰してもいいが、俺も一緒にはいてやれないし、一人で家に放っておくのもなぁ。)

 

迷惑をかけてもいい奴…。あ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ~い!美嘉~!練習やってる~?」

 

「えぇ…。昨日シリアスに突き放さなかったっけ…?」

 

「お前年下の世話とか得意だろ。陸置いてくから夜まで頼むわ。」

 

「え?は?誰を頼むって?」

 

「み、美嘉さん!さっきの少年は逃げてしまいました。…その、幼い子供を置いて…。ど、どうしましょうか…。」

 

「あ、あいつ~!」

 

しかしこの怒りは、たった五分後に北沢陸というめちゃめちゃかわいい存在によってかき消されることになるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

墓の前にあぐら座りをして、夕暮れを背にして優の墓と対峙する。

掃除は先週したばかりで、まだ綺麗に光沢を保ったままだ。

冬の風が全方位から吹くこの場所は、家にあるありったけの防寒具を着込んでも寒さを感じるような場所だ。

 

「よーく考えたら、こんな寒い場所に呼んで話そうぜ、って言ったって寒すぎてまともに会話できそうにないよな…。ま、来るかどうかなんて分かんないけどよ。」

 

今の時刻は午後4時半。あちらはアイドルで時間の融通も聞かないだろうし、数時間くらい待つことも視野に入れているのだが、そんな寒い時間に来てもらってもそれはそれで困る。どこか入れる店でも探しておいた方がいいのかもしれない。

 

(ま、俺スマホとか持ってねえし調べようもないんだけどな。)

 

それから二時間くらい、俺は走馬燈みたいな映像を見つつ、天国の優と会話していた。

 

「え?天界には歌の上手い天使が居るって?千早姉より?本当かよ。あ、そういやさ、天使ってやっぱり可愛い女の子とかいるの?それても金色とか銀色とかあるあのションベン小僧みたいなガキだらけ?あれなんか周りにも天使…しかもめちゃくちゃ可愛いな。おい優。この8年間独り占めかよずりいなあはは。」

 

「た、大河君!?誰と話してるの!?」

 

「あ?お前誰?天使?」

 

優と二人で天使について語っていると、後ろから天使の横やりが入った。

いやこいつ天使じゃねえな。頭にリボン付けた天使なんていない。

 

「天海…春香…?どうしてここに…。」

 

「そんなこといいから!早くどこか屋内で話そう!?ね!?っていうか軽っ!君本当に男子中学3年生!?」

 

俺は天海さんに背負われるようにして連行され、ドーナツを人だと思って敬称すらつけているイカれた店に連れ込まれた。

俺を座席に座らせて、注文をしにいく天海さん。しかしトップアイドルなのに何の変装もしてないでいいのか?いや、リボンが無いけどそれだけで…いや待て、あそこで注文してるのは誰だ…?あんな絶望的なまでに普通な人俺は知らないぞ…?

 

「大河君。コーヒーでよかったかな?取り敢えず体を温めて。」

 

眼の前に置かれたカップのコーヒーで手を温めつつ、ちびちびと飲んで体をあたた…アッチ!こんな熱いものが飲めるか!さてはこいつ暗殺者かなんかか!?

 

「で?誰?」

 

「私だよ!天海春香だよ!」

 

「まさか。リボンのついてない天海春香なんて存在するか。」

 

「するよ!私はいつもどうやってお風呂に入ったり眠ったりしてると思われてるのかな!?」

 

「あんま騒ぐと周りにバレるぞ。アイドルなんだから気にしろよ。」

 

「大河君が言い出したんだよね!?」

 

こんな庶民派なお店にアイドルが、しかも男と来ているのがバレたらボロボロに言われるだろう。主に俺が。

 

(ま、ただアイドルってだけならあっちにはドーナツ野郎、トイレの前にはチョコ野郎が居るから別に珍しい光景って訳ではなさそうだな。)

 

「で…。なんで天海さんが…?キモいな。春香でいいか?それか春香姉。」

 

「ちょっと憧れる呼び方だけど千早ちゃんに恨まれそうだから春香でいいよ。」

 

「そうそうそれ。千早姉呼んでた筈なんだけどなんで春香が?誰も来ないパターンは想定内だったけどあんたが来るのは想定外なんだけど。何?人身御供?」

 

「ううん?千早ちゃん本当は来たがってたんだけど、今日歌のお仕事が入ってて、監督さんが厳しい人でね。オッケーは出てたんだけど、『監督を満足させるまでは帰れない』ってまだ残ってやってるの。それで大河君が寒い中待ってたら申し訳ないし、連絡先も知らないからって、私が代わりに来たの。」

 

「そいつはどうもご苦労様だ。ここの代金は俺が奢らせてもらうよ。」

 

「大河君の分のコーヒーしか頼んでないけど、一応ありがとう。」

 

少し冷めてきたコーヒーをちびちびと飲みながら、こっそり春香の顔色を窺う。

しばらくここに居座るつもりなのか、既に防寒具を外してニコニコと俺がコーヒーを味わうのを見守っている。

正直に言って、何を考えているのか全く読めない。

 

「で…?千早姉が来れないって言うのは伝わった。他に何かあるのか?金なら無いし、芸も無いぞ。靴ぐらいなら舐めれるけど。」

 

「プライドも無いのかな?後よくさっき奢るとか言えたね…。別に、見返りを求めてる訳じゃないけど、ここまで来て何もせず帰るってのもね。」

 

「何かしたいことでもあんのか?さっきも言ったけど金なら無いし、金なら無い。」

 

「三回言うほど大事なことだったかな?どこかに遊びに行くんじゃなくても、大河君のお話を聞ければそれでいいかなーって。」

 

「俺の話…?面白い話なんてないぞ。うーん…。話せても精々幼女と街中のもやしを買い漁った話と、謎の白髪美人と一日でここら周辺のラーメン食べ比べブログを作ってアクセス数がブログサイトランキングで未だ一番を飾っていることぐらいかな。」

 

「両方結構面白い話だと思うんだけど!?しかも多分両方知り合いだ!違うよ!そうじゃなくて大河君自身の話!」

 

「俺自身…?それだと知り合いの復讐がらみに巻き込まれてヤンキー30人と廃工場でガチンコバトルした話と、詐欺グループを潰すために本社に乗り込んで証拠を隠密行動で集めた話とどっちが聞きたい?」

 

「なんでそんな波乱万丈な生活送ってるのかな!?中学3年生だよね大河君!?ってそうじゃないよ!大河君の普通の人となりが知りたいだけだよ!」

 

「普通の人となり…?それ昨日も聞かれたな。なんでアイドルってどいつもこいつも俺の個人情報聞き漁りたがるの?」

 

「易々とアイドルの名前を出すからじゃないかな…。」

 

溜息をつかれた。失敬な。アイドルの知り合いなんて両手両足で数えるほどしか居ないぞ。…確認取れてる奴は。

 

「まあいいけど。聞きたいことがあったら好きに聞いて貰って構わねえよ。3個につきドーナツ一つな。」

 

「あっ、たかるんだね。別に奢ってあげるのは構わないけど、あんまり女性にそういうことするのは止めた方がいいと思うよ?」

 

なんていいつつ、春香は種類の違う小さいドーナツの詰め合わせみたいなやつを追加注文して、机の上に置いた。

 

「お前小さいドーナツで数稼ぐなんて卑怯だぞ!」

 

いつも笑顔が代表的なアイドルの怒った顔とかも見てみたくてつい言ってみた。

 

「大河君男の子なのに心が狭いよ!」

 

と言いつつも春香はなんか2ダースぐらいドーナツが入ってる家族パックみたいなやつを買ってきた。

 

「…春香さ。絶対将来悪い男にコロッと引っかかるから気をつけろよ…。いいよお前の純粋さに負けたよ好きな事好きなだけ聞けよ。」

 

「え?いいの?」

 

それから十数分間、春香は様々なことを聞いてきた。

学校のことや就職のこと、家族のこと。麗花とは違っていかにも女子女子しいような質問ばかりだった。

でもまあ勿論、女はいくつになっても根本は変わらないみたいで、いちばん面倒くさい質問はこれだった。

 

「大河くんってさ、好きな人、いるの?」

 

「…言わなきゃダメかよ。」

 

「なんでも聞いてって言ったよ?」

 

なんでもないような顔をして、思ったよりも自分の容姿と立場を使うのを躊躇わないようだ。思ったよりも強かであった。

 

「さっきの発言、取り消すわ。お前は騙される方じゃなくて騙す方だ。悪女だ悪女。」

 

「酷い言われ様だね…。で?好きな人は?」

 

「なんでツッコミ合戦になっても主題を忘れないの?普通そこは流されてくれるもんじゃないの?」

 

「結構聞きたいからじゃない?それとも言えないのは私が知ってる人だからってこと?」

 

「何?千早姉って言わせたいの?姉って言ってんだろうが。姉に恋するやつがどこにいんだよ。いや居たなぁ…弟に恋してる奴。」

 

「…千早ちゃんのことは、好きじゃないの?」

 

「好きだよ。でもそれは恋愛的な意味じゃない、と思う。そもそも恋愛なんてどうなったら好きとか全然分かんねぇんだよ。好きってなんだ。どうなったら好きなんだ。それを明示してくんなきゃ教えようもないだろ。あ、命を賭けられるとか、人生を棒に振ってでもとかいうのは無しな。俺それだったら好きな奴数十人単位でいるぞ。」

 

「それは…随分と献身的だね…。でも、そう言われてみれば、『恋』ってなんなんだろうね?私も将来は結婚とかするのかなぁ…。」

 

「それも、アイドルを辞めた後の話なんじゃないのか?一体何時になんだよ。お前四十路でもやってそうだよな。」

 

「…女の子に年齢の話をし・な・い。本当にデリカシーというデリカシーをお姉さんに取られてきたんじゃないかってぐらいデリカシーないね、大河君。」

 

「異議あり。姉貴もデリカシーとかないしそれはない。」

 

「まあ幽霊が見えない人は幽霊が見える人を一般人だと思うし、そういう事だよね。…にしたって、考えたこともなかったなぁ。アイドルを、辞める時かぁ。」

 

「やっぱり歳か?身体的とか精神的に限界を感じた時とかか?それとも、満足したらか?ドームツアーとか、武道館とか、何か目標を達成したら、とか?」

 

「…何か、聞きたいことがあるんでしょ?私は、遠回しより直接的に聞かれたいな。」

 

「はぁ…。お前は、っていうか、アイドルってはどいつもこいつもニュータイプかよ。」

 

茶化しても、春香は一切表情を変えない。

これはどうやら本気の、真正面からのぶつかり合いがお好みのようだ。

 

「…姉貴が、アイドルでさ。俺は、あんまやって欲しくないんだ。身体弱いし、前に怪我した時もあった。それに…。」

 

「寂しいんだ?」

 

「………お前さぁ。」

 

「ふふふ。だって大河君、分かりやすいんだもん。」

 

真面目な話を茶化されて、それでもなんだか嫌な気持ちはしない。

むしろ、少し心が楽になったくらいだ。

これが、『天海春香』なのだろう。

 

「じゃあそれでもいいよ。…寂しいし、心配なんだ。でもアイツは辞めようとはしない。お前らは、どこまで行ったら辞めるんだ。何を掴めば止まるんだ。どこまで走れば気が済むんだ。俺はいつまで、心を痛めながら生きていたらいいんだよ。」

 

「ずーっと、じゃないかな。」

 

「誤魔化したりは…しないんだな。」

 

「私、そういうの苦手だし、本音をぶつけてきてくれた相手から逃げるのは、卑怯だと思うしね。ずっとだよ、多分。どんなに歳を重ねたって、どんなにファンが増えて大きなステージで歌えたって、私達はそれで終わろうとはしない。だって、楽しいんだもん。CDを出せたり、レギュラー番組を貰ったり、映画に出演したり、そういう成果を得ることだけじゃない。仲間と一緒に頑張ったり、ダンスや歌で出来ることが増えていったり、人間として成長したりとかだけでもない。ただ、『アイドルであること』。それが…楽しいんだ。」

 

「…そいつは、止めようがねぇな。止められる理由がねぇ。あーあ、聞いて損した。…俺のやってる事は、無駄ってことか。」

 

「無駄じゃないんじゃない?無駄なことなんて、何一つないよ。大河君はお姉さんのことを想っているし、お姉さんはその想いを受け取っている。…それだけで、きっと、十分なんだよ。」

 

「…そうかい。じゃあ俺は、そろそろお暇させて頂きますよ。明日に備えて寝なきゃいけないんでね。」

 

「結局、ドーナツ食べなかったじゃない。」

 

「こいつは手土産だ。人質を取り返しに行く。事務所にはドーナツ野郎は居ないはずだしな。」

 

「また変な人生送ってるね…。人に手土産買わせるんだ…。」

 

「悪いな。」

 

少年は紙幣と何枚かの硬貨を机に叩きつけて、言う。

 

「俺は、羽振りのいい人間なんだぜ?」

 

少年はそれを捨て台詞にして、店を出ていった。

大量のドーナツを、肩に背負って。

 

 

 

 

 

 

 

「1円単位で正確だと、羽振りがいいとは思えないけど…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ〜い美嘉。陸を迎えに来たぞ〜。」

 

「は!?アンタどうやって中に…。」

 

「警備甘すぎ。知ってるか、美嘉。3メートル以下の壁は壁って言わないんだぜ。はいお土産。」

 

「あ、ありがと。…じゃなくて!3メートルがどれだけ高いか…でもなくて!今は入ったら駄目!」

 

馬鹿だな美嘉は。もっと早く言ってくれないとどう考えたって間に合わない。俺はやると決めたら即やる人間なんだ。もう扉を開けて何故駄目と言ったのか原稿用紙に書き起こせるまである。

 

「ほらほら〜加蓮お姉ちゃんだぞ~!」

 

「や!助けて!奈緒お姉ちゃん!」

 

「…何やってんの、お前。」

 

扉の先では、自分の姉が他人の弟を襲っていた。滅茶苦茶ビビられてる。

 

「…大河?」

 

「うわあああん!大河兄ぃ!」

 

悪魔の手から命からがら逃げ延びた陸は、俺の身体に飛びついてきた。うわ…ガチ泣きだこれ。

 

「うわぁ…。いやこれはな無いわぁ…。身内にこんな子供を泣かせる奴がいるなんて認めたくねぇ…。お前ショタコンかよ…。」

 

「な、な、なんで大河が居るんだよ!?マズイぞ、隠れろ加蓮!」

 

「いやもう遅すぎだろ。お前は髪型だけじゃなくて頭の中身までもふもふしてんのか。」

 

奈緒が頭のいかにも悪そうな発言をする。この何も無いレッスン室でどこに隠れようと言うんだ。

 

「…美嘉姉?」

 

「それでこっちに飛び火してくるのはおかしくないかな!?大河が連れてきた子なんだから大河が迎えに来るから早く帰りなよって何度も忠告したよね私!?」

 

「さっさと帰ろうぜ陸…。お前も可哀想に…こんな奴らの慰みものにされて…。」

 

「…聞きたいこと、あるんじゃないの。」

 

加蓮は急に真面目な顔をして、俺だけを見据えてそう言った。

確かに加蓮を探してたのは確かだ。でも、

 

「そんなモンねぇな。」

 

「本当にいいの?」

 

「明日、全部教えてくれるんだろ?」

 

「…そのつもりだけど。」

 

「ならいいさ。行くぞ、陸。帰りに美味しいステーキ食べに行こうな。」

 

「待って、大河。…これ、明日のライブのチケ」

 

「そのイベントはまあまあ前にやった。そこの淫乱ピンクビッチが。」

 

「…美嘉姉?」

 

「これは私が悪いやつだ!ごめんってお節介して!で、でも私が渡したのは一般席だし、受け取っておきなよ、大河。」

 

「いいや、一般席じゃないと意味が無い。俺はお前の弟としてじゃない、一人のファンとして、精々楽しませてもらうさ。美嘉の用意したやつメチャメチャ後ろの席だけどな。」

 

「…美嘉姉?」

 

「しょうがないでしょ!?私一切関係無いライブなんだから!それに加蓮に気付かれない為には関係者席取れなくて大変だったんだからね!?」

 

「ははは美嘉は所詮その程度の力無きビッチ!これがビッチの限界よ、フハハハハ!」

 

「美嘉姉…この程度だったんだね…。所詮カリスマギャルなんて幻想なんだね…。」

 

「ホントにアンタら仲良いよね!?心配してたこっちの気にもなって欲しいんだけど?」

 

「じゃ、美嘉もうるさくなってきた事だし、帰るわ。腑抜けたパフォーマンスしたら途中で帰るからな?」

 

「そっちこそ、途中で興奮しすぎて警備員に追い出されないでよね?」

 

「私をガンスルーするところまで息ぴったり!なんなんアンタら!?」

 

いつもの姉弟とビッチのしょうもない皮肉り合いを済ませて、俺は346プロを後にした。

 

ステーキを食ってから陸を志保の家まで届けて―――志保はいなかったので会うことは無かったが―――俺は帰路に着いた。

 

家に着いても、共働きで残業だらけの両親も、明日はライブが控えている加蓮も、居るはずもなく。

真っ暗の広い家の明かりをつけても、虚しくなるばかりだった。

 

(寂しい…か。)

 

あまり考えたこともなかったし…いや、考えるのが怖くて避けていたのかもしれない。

加蓮が退院して、俺も病院に行く必要がなくなって、自由な時間が増えて。

でも加蓮はアイドルとしての活動に精を出すようになって、その資金の為に両親も必死に働いて、俺が加蓮にやってやれることもどんどん少なくなっていって、加蓮が少しずつ1人でなんでも出来るようになって。

 

その頃だろうか。俺が、加蓮がアイドルを目指す理由について考え始めたのは。

最初はただ事情も知らずに姉の望む願いを叶えてやりたいって、ただそれだけだった。

でも、俺は大人になるにつれ現実を段々と理解し始めて、軽々しくなればいいと言っていたものがどれだけの重さを持っているものか知り始めて。

 

そして、加蓮が怪我をして。

 

怖くなった。自分の身勝手な発言のせいで加蓮が苦しんでいるんじゃないかと。もう二度と居たくない場所から今度は一生出られなくなるんじゃないかと。そうなるかもしれないリスクを負ってでも、何故そこまでアイドルに傾倒するのか。

 

加蓮の分からない部分が、俺にとっての一番怖い部分だった。

 

加蓮のことならどんなことでも知ってた。どんな事でも気付けた。どんなことでも理解出来た。

でもそれは子供の頃までで、もう彼女の想いも、理由も、やりたいことも分からなくなってしまった。

 

「教えて…くれるんだよな。加蓮。」

 

呟いたのは夢か現か。それも分からないままに、意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで、優勝だ!加蓮が一位だ!やったぜ!奈緒もいるぞ!やったぜ!四位だ!私のおかげだ!そんなわけねえな!

はい、煮卵⑨です。当初の目標を達成させたので特にどうこうせずに普通に投稿を続けます。取りあえずここ数日一章が終わるまでは連射します。もう満足よ…。加蓮に投票した人、ありがとな…。









え?字数多すぎ?知らん。


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君に伸ばすその手

三連打①


始業のチャイムと共に、扉を開く。

そこに座っていたのは、大河だけだった。

担任が事務連絡を始め、早く座れと促され。

 

 

 

親友である北沢志保は私とは一緒に来てくれなかった。

 

 

 

それから私と大河は、休み時間には授業の構造上あまり話す時間が無く、きちんと話し合えたのは昼休み、昼ご飯を一緒に食べる時だった。

机を合わせて、対面するように座る。

いつもはあるもう一つの椅子は、今はない。

 

「静香…。何があったか、分かったか…?」

 

「ううん…。志保は、何にも言ってくれなかったから…。」

 

「優等生の志保がサボったんだ。言ってくれる気は、無さそうだな…。」

 

「うん…。どう、しようか。いつまで来ないつもりなのかな…。」

 

「明日は土曜だし、このままじゃ来週の月までは話を聞けそうにない、か…。静香。家に行こう。志保の家に行って、逃げ場のない状態で、きちんと話し合おう。今日の放課後、学校から直接でいいか?」

 

「大河…。それだったら、私に行かせてくれないかな。女同士で、話したいことがあるの。」

 

「構わない…けど、本当に一人で大丈夫なのか?」

 

「うん。だって私、志保の親友なんだよ?大河はその間に、お姉さんに話を聞いてほしいの。志保からの情報だけじゃ、どっちに非があるかなんて確かめようがないし、何があったか完全に把握するまでは、叱ってあげることも出来ないと思うし。」

 

こんなの本当は嘘だ。自信なんてない。

けれどこれ以上、大河に負担をかけるわけにもいかないのだ。

 

「それもそうだな。よし、分かった。じゃあ志保のこと、頼むぞ…。」

 

「そっちもお姉さんのこと、お願いね。」

 

そんな会話をして、今日の大河との会話は終わった。

やはりぎこちない、そんな一日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「志保…どうして…?」

 

6時間目の授業を終えて、荷物を持ったまま急いで志保の家に向かうと、そこに志保の姿はなかった。

チャイムを鳴らして、それに応えたのは、志保の弟である北沢陸だった。

 

「おねーちゃん、静香姉の家に泊まるって。違うの?」

 

「うん…。多分、大河の家に行ってるんじゃないかな。」

 

「えー。僕も大河兄と遊びたいよー。いいなーおねーちゃんだけー。」

 

「ごめんね、りっくん。今日は我慢してね。…お母さんは?」

 

「お母さんは今日は仕事遅くなるって、さっき、電話で。」

 

「…そっか。」

 

まただ。また一つ、絶対的なものが破壊された感じがした。

志保が、家族想いのあの志保が、大好きな陸をおいて一人でどこかに行ってしまうなんて。

 

「陸…そもそも今日は、どうやって幼稚園から帰ってきたの?」

 

「一人で!」

 

「一人で…!?危ないじゃない!何かあったらどうするの!?」

 

「でも…一人でちゃんと帰ってこれたよ!」

 

「そういう問題じゃないでしょ!?途中で車に轢かれたりしたら!?怖い人に捕まっちゃったらどうするの!?そんな危ない行動二度としないで!」

 

陸の目から大粒の涙が溢れはじめる。

だがそんな短絡的な行動を、許す訳には…

 

「でも……………から。」

 

「え…?」

 

「おねーちゃん…。怒ってたから…。僕がなんかいけないことしたのかなって。でも、ぜんぜん思いつかないから、しっかりしなきゃって…。一人で帰ってこれたら、おねーちゃん、ほめてくれるかなって、思ったから…。」

 

「りっくん…。」

 

私は陸を抱きしめた。

陸は私の腕の中で泣き始めた。

これが正しい行為なのかは分からない。

陸がした行為は、決して許せる事じゃない。再び同じことをすれば、今度こそ命の危険に晒されるかもしれない。

 

(でも…これは違うよッ…!)

 

私はこの寂しさっていうものが、どんなに辛く苦しいものかを知っている。

到底子供に耐えられるものなんかではなく、私だって支えてくれるものの存在がなければどうなっていたかは分からない。

 

悲しそうに涙を流す陸を見ると、志保への怒りが沸きあがってきて、それはお門違いだって理性が叫び始める。

志保をああしたのは、私だ。

だからこれは、私の罪なのだ。

 

(やっぱり私、何にも出来てないな…。)

 

大粒の涙に紛れて、一筋の雫が、地面に垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陸は、泣き疲れて眠ってしまった。

取り敢えず布団を出し、その中に眠せてあげる。

 

「どう、しよう…。」

 

志保は今はああで、志保のお母さんは志保が作ってくれると思っていて、つまりは夕食を作らねばならないのだが。

 

私には、料理の腕はない。

 

幸い陸の好物であるハンバーグの材料は殆ど揃っているので、買い足す必要すらないのだが、私が作ろうとすればたちまち黒焦げのダークマターになってしまう。

それに、こんな状況では、大河に頼るわけにもいかない。

 

冷蔵庫には『材料代』というメモと一緒に1000円札がマグネットで貼られていた。

あまり褒められた手段とは言えないし、成長中の陸に食べさせるのは気が引けるのだが、このお金を借りて近場のコンビニでお弁当を買ってくるしかないだろう。

 

そう思って、家を出ると。

 

「あっ…。」

 

「最上静香さん…だったよね。」

 

「渋谷…凛、さん…。」

 

あんまり、会いたくない人に、あってしまった。

 

「あんまり会いたくなかった、って顔してるね。顔に出やすいんだね。」

 

「そ、そんなこと思ってません!」

 

「なんか奈緒みたい…。ごめんね、前は。大河の前だと、どうしても感情的になっちゃって。謝りたかったんだ。」

 

「…え。あ、私も、すみませんでした…。あの時は大河が私達に嘘をついたのかと思って、テンパってしまって…。」

 

「「………………。」」

 

「フフっ…なんか不思議だね。喧嘩していた方が喋れるなんて。じゃあ、行くね。」

 

「ま、待ってください!」

 

歩きだそうとする凛さんを、呼び止めると半身で振り返ってくれた。

 

「何?」

 

「加蓮さん…何があったか知りませんか。志保と…私の友人と、何かあったみたいで、二人とも、話してくれなくて。このままじゃ駄目だと思って、でも、私には何も分からなくて…。大河が辛そうにしてるの、見ていられないんです。教えて、貰えませんか…?」

 

「…ごめん。私はそれを教える訳にはいかない。加蓮との約束だし、何より。大河にそれを教えてしまったら、これまでと一緒だから。何にも…進めないから。」

 

それだけ答えると、再び彼女は歩いていこうとする。

 

「待って!」

 

「まだあるの…?姉弟間の事情に、あんまり人が口を出すのはどうかと思うけど?」

 

「もう一つだけ、聞かせてください…。」

 

「…いいよ。答えられることなら、答えてあげる。」

 

これは、ある意味では先程の質問よりも重大なことだ。

応えて貰えるかは分からないが、それ以外にどうすることも出来ない私には、ここで聞いてみるしかない。

 

「渋谷…凛、さん…。」

 

「………………。」

 

「料理、できますか…?」

 

「は…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…。普通会ったのが二回目の人に料理を任せる?」

 

「すみません…。私、茹でる以外のコマンドは全滅してるので…。」

 

「だったら出来るものを出せば良かったんじゃないの?」

 

「…りっくん、志保が居ないと寂しいみたいで、せめて、好きな物を食べさせてあげたいと思って…。」

 

「ふーん。ま、別にいいけど。」

 

凛さんは、エプロンをつけると手際よくハンバーグを作っていく。

その腕は、志保や大河にも勝るとも劣らないものだった。

 

「すごい…。料理、こんなにできるんですね…。」

 

「このくらいが普通じゃないかな。大河もこのくらいできるはずだし、志保さん?って人もある程度料理はできるんでしょ?」

 

「そう、ですね…。やっぱり二人とも、なんでも出来て凄いですよね…。」

 

「…料理している間だけなら好き勝手話していいよ。私が答えを出せるとは限らないけど。」

 

「…わたしが悩んでること、知ってるんですか?」

 

「ううん。私はそういうのあんまり上手く分からないから。でも、聞いてあげることは出来る。答えを出せるかは分からないけど、答えを考えてあげることは出来る…って言っても大河の受け売りだけどね。」

 

「…じゃあ、話させてください。こんな悩み、志保にも、大河にも、言えなかったので…。」

 

「………………。」

 

静寂に、料理の音だけが響く。

 

「私、志保に言われたんです。『いつも大河の影に隠れて!自分では何にもしない癖に無理な頼みばかり人に押し付けて!』って。それを言われて、すっごい悲しくて、言い返そうともしたんですけど、それが、本当のことだって気付いてしまって。私…何にも出来ないんです。勉強も、運動も、大河みたいに誰かの悩みを解決してあげることも出来ないし、志保みたいに誰かを守ってあげることも出来ない。いつだって私は、救われて、守られてばかりいる。全部人にばかり任せて、私は結局、何も出来ていない。だから、今回もこうなったんだと思います。私に何にも出来ないから、解決してあげることができないから、こうなってしまったんだと、思います。」

 

「それで?」

 

「それで…って、それだけです。私の悩みなんて、それだけです。」

 

「…何を悩む必要があるのかは私にはよくわからないけど。だって友達に助けてもらうなんて、普通の事じゃないの?出来ないことがあって、助け合うことが出来るから、友達なんだと、私は思ってるけど?」

 

凛さんは振り向かずに答える。

少し、怒っているような口調で。

 

「私じゃ、大河も志保も、助けられないんです。私は何も出来ないから。」

 

「だったら、何か出来るようになればいいんじゃないの?」

 

「何か…。」

 

「私だって、最初から料理ができたわけじゃない。大河だって、最初から人の悩みを解決できたわけじゃない。その志保さんだって、子供の頃には誰かから守られて来たはずでしょ?最初からなんでも出来る人なんていないんだよ。でも。何かを為すことが出来るようになるには、覚悟が必要なんだ。」

 

「覚悟…。」

 

「そう、一歩踏み出す覚悟。歩みを進められない人には、何も出来るようにはならない。それで失うものや傷つくものだってあるかもしれない。…でも、それでも変わりたいって言うんだったら。進んでみなよ。自分が信じたい道を。」

 

凛さんは、答えと、盛り付けられた二人分のハンバーグを残して、家から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は影で、彼らは光。

輝く空から手を差し伸べて、私の手を取ってくれた二つの光。

それがなければ私は底から上がってこれずに、ただ朽ちるのを待つだけだった。

 

だったのに、どうして…?

 

 

 

 

 

どうして光が朽ちて、影がのうのうと生きているの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ます。

いつもとは違う景色に、少し戸惑いを覚えながらも、昨日は志保の家に泊まらせてもらったのだと思い出す。

隣には陸。目尻にはうっすりとだが涙の跡。

 

やっぱり、私じゃ志保の代わりにはなれないのだろう。例えば凛さんの言うように何か私が変われたとしても、ここにいるのは志保じゃないといけない。

中学生の財力、底が知れているとはいえ、いつまでも家に帰らないのは何の解決にもならない。今日は土曜日だからまだいいとして、このまま欠席を重ねれば学校側も不審がるだろうし、お母さんだって気が付くだろう。

その前に、解決しなければならない。

 

ぐぅ~。

 

「静香お姉ちゃん…。お腹減った。」

 

「その前に、ご飯にしよっか、陸。」

 

時計を見れば既に11時。

覚悟を決めるには、少し遅い寝起きだったかも、しれない。

 

 

 

 

 

朝食はなんとかなった。

志保のお母さんはどうやら会社に寝泊まりする日もあるようで、料理面に関しては今度こそ終わったと思ったが、どうやら北沢家の朝食はパン派らしく、トースターでチンで終了だ。流石に私でもこれは出来ると思ったらそんなことは無かったので陸に何とかしてもらった。

陸に軽蔑されるかとも思ったが、どうやら姉の為に何かできることをしたいという陸の気持ちを汲み取った故の行動だと思ったのか、なんかお礼を言われた。お礼を言うのはこっちです…。

 

「陸。休日はいつもどうしてるの?」

 

「家族皆で遊びに行ったりー、お姉ちゃんとお買い物に行ったりー、お絵描きしたりー公園に行って遊んだりしてるー。」

 

「じゃあ静香お姉ちゃんとお絵描きしよっか!」

 

「それはいや。」

 

「えっ…。お姉ちゃんお絵描き上手いよ!」

 

「静香お姉ちゃん!僕公園に行きたいな!」

 

「そう?じゃあそうしよっか!その後に外でお昼ご飯食べよう!公園の近くに美味しいうどん屋さんがあるの!」

 

「ホント!?大河兄のとどっちが美味しい!?」

 

「大河。」

 

「あっ…そこは譲らないんだね…。」

 

支度をして、家を出る。

こんなことをしていていいのかは分からない。こんなことをしているのなら志保を今すぐに見つけだし、問いたださなければならないのだろうが、志保を見つける手段も、見つけてかける答えも、頼れる人も、私には無い。

 

大河に頼ることはできない。これ以上の負担は彼にとってもキャパオーバーだろうし、私には志保と大河以外の知り合いなどほとんどいない。

 

(私に出来ることは、精々が志保が帰ってくるまで陸を寂しくさせないこと。役に立っていないと言われてしまえばそれまでだけど、今できることをやるしかない。…オーディションは、難しそうかな。)

 

明日は、765プロダクションのオーディションだ。

志保に追いつくため、私にも特筆できるような何かを得るため、そして、生活費を稼ぐため。安易かとも思ったが、やってみるだけならばタダである。それができればと思って、送った書類であったが、どうやら無駄になりそうだ。

 

「静香お姉ちゃん、どうかしたの?」

 

陸がこちらを見上げて尋ねてくる。心無しか、握る手の力がギュッとなった気がする。

 

「ううん、何でもないよ。」

 

陸に、これ以上心配をかけてはいけない。

再び気を引き締め直して、私はその手を握り返した。

 

 

 

 

 

志保の家から一番近くにある公園は、町の中でも一番大きい公園で、土曜ということもあり賑わっているにも関わらず、まだまだスペースが有り余っているような有様だった。

さて、何をして陸と遊べばいいのかと考える間も、尋ねる間も与えずに、陸は幼稚園の友達と思しき群れへと突っ込んでいった。

 

(まあ…そっちの方が私的には助かるけど…。)

 

無駄かもしれないが、志保を見つけるための思考を巡らせる。彼女の行きそうな場所、彼女が頼りそうな人。

 

(765プロダクション…?いえ、それなら大河の方に情報が入ってくるはずだし、あそこの社長さんが学校をサボるなんて許すはずがない。他に…。他に頼れそうな場所なんて、ある?だって志保、少なくともアイドルとしての活動をしている時以外は常に私と大河と一緒にいるはず…。私の知らないところで関係性を作っているなら…。ううん、そんなことを考えても私に答えは出せない。私が予測できる範囲だけでも、考えを巡らせなきゃ。)

 

何かが引っかかっている。解決できるかは分からないが、何か手掛かりとなるような記憶が、どこかに引っかかっている気がする。

 

「静香お姉ちゃーん!」

 

「ん…?どうしたの、陸?他の子達まで、引き連れて…。」

 

「歌って!」

 

「え…?」

 

「いつも志保お姉ちゃんが歌ってくれるから、皆で聞いてるの!」

 

(そんなことまでしてるんだ…。でも、私、歌とか全然歌えないしな…。)

 

とは言え、陸をのお願いはできる限り叶えてあげたい。というより、これだけの数の園児達を前に期待を裏切ることも出来まい。

 

「下手でも怒らないでよ…?じゃあ…私の好きな歌でいい?」

 

「うん!」

 

「じゃあ、『蒼い鳥』。」

 

これは、私の好きな曲。

前テレビで聞いた、如月千早さんが歌っていた曲。

暗闇の中の私に、輝きを見せてくれた歌。

一人ぼっちの私に、勇気を与えてくれた歌。

私に、アイドルという存在を、教えてくれた歌。

 

「えっと…以上、です。」

 

「すごーい!」

 

「うまーい!」

 

「しほおねぇちゃんくらいうまーい!」

 

満面の笑み、拙い拍手、賞賛の言葉。

何とか満足させられたようでよかった、のだが。

 

「うん!本当に上手かったよ、シズカ!」

 

問題は、園児の中に一人どう考えても年齢が合わない人がいることだろう。

 

黒髪にギターを持った、可愛いというよりもかっこいい容貌の女性。声までもかっこいい、というかどこかで聞いたことのあるようないい声だ。

 

だが私は、彼女が誰だか知らない。何度も言うが私に大河と志保以外の知り合いは数える程しかいない上、この女性はその中の一人ですらない。何故名前を知っているかは分からないが、陸もいるし、少し警戒しておいた方がいいのかもしれない。

 

その女性は、園児の間を縫って私の前までずんずんと進んでくる。

 

「なあシズカ、頼みがある!あたしにはアンタが必要なんだ!」

 

前言撤回。要警戒人物のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギター、ですか?」

 

「ああ。」

 

話を聞かせてもらい、どうやら警戒はしなくても大丈夫だろうと思えるようになった頃、女性は話を切り出した。

なんでも、ギタリストとして活躍している自分の歌に合う歌声が中々見つからず、公園で気分転換をしていた際に私を見つけて、この声しかないと思ったらしい。たかが一度歌った程度の素人にそんなことを任せていいのだろうか。

 

「それにアンタ、ピアノもできるんだろ?セッションとかもしてみたいな。」

 

「何故私がピアノをできるって知っているんですか…?」

 

「おっと、警戒しないでくれよ。あたしはきちんと…って言ったらズルいかも知れないけど、アンタのことは前から知ってたんだ。」

 

「私のことを…?志保か、大河から聞いたんですか?」

 

「おっと、シホとも知り合いなのか!?世間は狭いなんて、よく言ったモンだね。」

 

「私と志保の関係性を知らないのに、私も、志保も知っているんですか?本当にあなた、何者なんですか…?」

 

「そう警戒しないでくれって。シホとシズカ、二人の情報を一遍に手に入れられる場所があるだろ?」

 

「…同じ学校の人ですか?」

 

「学校まで一緒なのか。でもハズレだよ。もう一つだけあるんだ。その答えは…直接見せた方が早いかな。」

 

女性の黒髪が外され、その下からは特徴的な赤い髪が…。

 

「ってまさかあなたジュリア!?」

 

「しーっ!そんな大きな声出したら…!」

 

ジュリア。それは765プロ所属のアイドルで、そのクールな振る舞いとギターのテクニックで観客達を魅了してきた、最近になってさらに人気が増してきたアイドルだ。

そんな名前を、人通りの多い公園という場所で叫んだらどうなるか。

 

「ジュリア…?」「ジュリアがいるの?」「あ、もしかしてあの子…!」「ジュリアだ!」「サイン貰いに行こうぜ!」「俺ジュリアの大ファンなんだよ!」

 

「マズい…!逃げるぞ、シズカ!」

 

「え…ちょ、ちょっと待って!」

 

手を引かれるまま、私はジュリアと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば、安心かな。」

 

「はぁ、はぁ、はぁ…。走るの、速すぎです…。」

 

「むしろシズカは体力をつけなきゃダメだ。アイドルには体力だっているんだぜ。」

 

揶揄う様な彼女の口ぶりに、生憎上手く返すジョークは持ち合わせていない。

寧ろ皮肉のような言葉しか、口からは流れてくれない。

 

「…いいんです。どうせ765プロのオーディションは多分受けられませんから。何回か連続で行われてますけど、前回が最後って言っていたのにまたやったのは、最後の補充要因を選んで、ってことですよね。だったら私、明日のオーディションには行けないので。」

 

「な…!?そんなのダメだシズカ!あたしにはアンタの歌が必要なんだよ。」

 

「そんな事言われても、困ります…。それに走って逃げてしまったので陸を置いてきちゃったから、戻らないと。」

 

「なあ頼むよ。765プロに入ってくれよ…。アンタなら絶対合格する。あたしが保証するからさ…。」

 

「私には…時間が無いんです。…次の765プロのライブ。志保も出ますよね。それの合同練習、いつからですか。」

 

「なんでそんなこと…。確か、月曜日からじゃなかったか?」

 

「やっぱり…!だったら尚更、ここで立ち止まってはいられない…。ジュリアさん!志保の居場所、知りませんか!?」

 

「シホの居場所?あたしはそんなにシホとプライベートで関わったりしないからなぁ…。電話してみるか?」

 

「多分、電源切ってると思います。それに、繋がっても、きっと出ない…。なんでもいいんです!最近何か変わったこととか、言っていたこととか!」

 

「本当になんでもいいなら…。これ。このウィッグ。これはシホから貰ったものだ。『最近人気なんだから、その目立つ髪色くらいは隠しなさい』って。」

 

「ウィッグ…?」

 

私はジュリアさんが持っているウィッグに目を向ける。何の変哲もない物だが、どこかで見た覚えがあるような…?そもそも、何故志保がこんなものを持っていたのか。プレゼントとして渡すものにしては志保らしくないし、でも志保の私物とも思えない。だったら貰い物だが、こんなもの貰って帰るような性格でも無いはずだ。

 

思考がどんどん加速して、私に答えの情景を掴ませようと、溢れるように記憶が思い起こされる。

大河と喧嘩して、仲直りして、うどんを作って貰って、陸を任されて、スイーツバイキングでまた喧嘩して、大河の家に、いや待てよ?スイーツ…バイキン…グ?

 

「そういう…こと…!ジュリアさん!陸のことをお願いします!私行かなきゃ!」

 

「え、ちょっと待てよ!シズカ!何が分かったんだよ!つーか陸って誰だよ!?」

 

私の出せる全力で、私は走り出す。

向かう先は―――283プロダクション。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた!すみません!」

 

283プロダクションの入口前で、スイーツバイキングの時の三人を見つけた。

あちらはこっちをよく覚えていないようで、不思議そうな顔をしている。

…むしろその方が、好都合だ。

 

「北沢志保さん。ここにいると思うんですけど。」

 

その質問を吐いた途端、三人は分かりやすく狼狽して、私から目を背ける。

 

「あっ…!スイーツバイキングの時の人ですか!し、志保ちゃんはちょっと、どこにいるか分かりませんけど…。」

 

「す、すみません。私達も志保さんとは一回会った程度の仲なので、静香さんの期待には添えないと思います…!」

 

「志保ちゃんがどこにいるかなんて、し、知らないよ!?う、嘘じゃないからね!?」

 

見つけたのがこの3人で、本当に良かったと思う。こんなにも分かりやすい反応をしてくれると、躊躇っていた体も動きだすというものだ。

 

「すみません!」

 

「あっ!」

 

「ダメ…!」

 

「ストーップ!」

 

3人の横を駆け抜け、階段を上がって、ドアを勢いよく開く。

そこには、驚いた顔のアイドル達と、全てを理解したような顔のプロデューサーと、レッスン室で必死に練習する、志保の姿があった。

まだ、こちらには気づいていない。

 

「君が、静香ちゃん、だよね?」

 

「そうです。…志保を、迎えに来ました。」

 

「いいよー。連れて帰って。…てかあの子いつまでいる気なのさー。もう朝からぶっ通しで4時間くらいやってるけどー。休めと言っても『私は平気です』の一点張りー。やってらんないんだよねぇー。」

 

そこで言葉を区切って、その男は作業していた手を止めてこちらを向いた。

 

「君なら。連れて帰れるんでしょ。」

 

「分かりません。でも、言わなきゃ。言わなきゃいけない事が、あるんです!」

 

「じゃあ言ったらいい。それを止める権利は、僕にはないし。」

 

「…ありがとうございます。」

 

レッスン室の前で、深呼吸をする。

やっと、追いついた。

伝えたいことは決まっている。

それを受け入れてもらえるかは分からない。

もしかしたら、もう二度と話を聞いて貰えないかもしれない。

 

それでも…。それを言う覚悟が、私にはあるのか。私はそれを負う覚悟が、あるのか。

 

「志―――」

 

プルルルルル!

 

「「ッ!?」」

 

私のポケットの中の携帯電話が、着信音をかき鳴らす。

その大音量は、私に着信を知らせるという役目を果たしながらも、私の存在を志保に知らせるという大失態を犯してくれた。

 

「志保…。」

 

「…電話、出たら?」

 

「う、うん…。」

 

志保の言う通り、携帯電話を開いて応答する。

こんなにも完璧なタイミングで掛けてきてくれたんだ。大した用事でもなければ怒鳴ってやろう。

 

「もしもし。」

 

『静香か?大河だけど、志保、見つかったか?』

 

「大河…!こんなタイミングで掛けてきて、こんな時間にようやく確認!?馬鹿じゃないの!?」

 

『あ?なんでそんなにキレてんだよ…。タイミング…?あ、もしかして俺が連絡して見つけた志保に見つかった?いやーごめんごめん。』

 

「ごめんごめんじゃないでしょ!?折角覚悟決めて私が…!」

 

『だったら志保を…いや、静香。明日の夜。そうだな…夜7時頃に、学校の屋上に来てくれ。志保にも伝える。志保に変わってくれ。』

 

「そ、それはいいけど…。志保、大河が、代わって欲しいって。」

 

私が差し出した携帯電話。もしかすれば拒絶されるかとも思ったが、案外志保はすんなりと受けとった。

そのまま彼女は後ろを向いて電話をしたから、二人の話の内容は分からなかったが、志保が少し言いくるめられてるのは分かった。こういう手合い、あの男は最強だ。

 

「もういいわ。」

 

通話の切れた電話が私に返される。どうやら大河に怒りをぶつけるのはまたの機会になりそうだ。

 

「何よ。話は終わったでしょ。出ていって、練習の邪魔。」

 

冷たくあしらう志保。でも、きっと、それは気丈に振舞っているだけ。

 

「まだ終わってない。大河は明日に言いたいことを回したみたいだけど、私はまだ、志保に言いたいこと、言えてない。」

 

「話すことなんて無いわ。」

 

「私にはあるの!逃げないでよ、志保!」

 

彼女はこちらを向かない。でも、その裏にある彼女の表情は、きっと憂いを帯びている。それが、今の私には分かる気がする。

 

「また自己嫌悪?」

 

「ッ…!静香なんかに何がッ!」

 

「分かるよ。去年の夏も、ちょっと前に学校で喧嘩した時も、大河のお姉さんの時も、今だって。志保が怒ってるときは、いつだって…自分に怒ってる。周りに当たってしまう自分に、大河と私の間を取り持てなかったことも、大河が苦しんでいることも、私のことを疎ましく思っちゃうことも。…私も、今はそうだから。」

 

「静香なんかに、私の気持ちが分かる訳ないでしょ!全部持ってるくせに!努力することも知らないくせに!最初から全部与えられた人に、与えられなかった人の気持ちなんて分かる訳が無いッ!」

 

「分かってないのかもしれないよ。分かんないから、私は今、自分ができることの精一杯をする。持っていないことも、努力していることも、どうやって伝えたらいいかなんて分からないよ…。でも、だから!結果で、示すよ。私が、どれだけ大河の事想ってて、私が志保の事、どれだけ大切にしてるかって事。全部。『欲しいものを、掴んで離すな』。そう言ってくれたのは志保でしょ。私は我儘だから全部欲しい。だから、一つだって手を離したりなんかしない。…志保だって、私と同じなんじゃないの?欲しいもの全部我慢して、それでいいなら私は止めない。でも、私は絶ッ対、あきらめないから!志保が掴む手を伸ばすのをやめても、私がその手を掴んでみせるから!」

 

「…勝手にしたら。」

 

このまま突っぱねても私が帰らないと考えたのか、志保は荷物を脇に抱えて『ありがとうございました。』とだけ言い残して、283プロダクションから出ていった。

残された私にも、ここに残る用は無い。

私も志保に倣い、礼を述べてからここから立ち去ろうとしたその時、後ろから私を呼び止める声がした。

 

「あの、最上静香さん、で、いいんでしたよね。」

 

と、聞き覚えのある声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風野灯織さん、っていうんですね。」

 

事務所近くのカフェに案内された私は、目の前の女性の名を尋ねた。

前回あった時は途轍もなくみっともない姿を見せてしまったので、改めて私も自己紹介をする。

 

「私は最上静香です。前回はお恥ずかしい姿を見せてしまってすみません…。」

 

「いえ、あまり気にしていないので大丈夫です。」

 

「それで、なんで私を呼び止めたんですか?何か用でもあったんですか?」

 

「いえ…。こんなこと、他の事務所の方に聞くのはどうかとも思ったのですが、283プロダクションの仲間達に聞けることでもないので…。すみません。」

 

「いえ、私は構いませんけど…。何ですか?」

 

「実は…私、少し悩んでいることがあって…。友達…真乃と、めぐるのことなんです。私、二人とユニットを組んでいるんですが、二人はいつでも社交性があって、仲良く過ごしていて…私だけ、本当の意味で、仲間になれていない気がして。あの、静香さん…。静香さんは、どうやって大河や志保さんと一緒に、あんなに信じあって行動できるんですか?」

 

「…仲間、ですか。私にも、よくは分かりません。正直、今この瞬間にも志保は私のことを友達だと思ってもらえているかは分からないし、大河だって私のことを一番には思ってくれていないみたいだし。…でも、友達だって、親友だって今はハッキリ言えます。嫌われてるとか、避けられてるとか、そういうの関係なしに。私は親友でいたいし、そのために行動する覚悟はできてますから。灯織さんも、仲間であるとかあんまり気にしなくてもいいと思いますよ。大事なのは、仲間でいたいかどうかと、それを伝える覚悟があるかどうか。それだけだと、思うので。」

 

「静香さんは、強い人なんですね…。私はそんな楽観的にはなれません。どうしても、怖くなってしますんです。真乃やめぐるが、そんなことするような人じゃないのは分かってますけど、でも、もしかしたら優しいから付き合ってくれてるだけなのかもしれないって、考えてしまうんです。」

 

「悪い方に考えが向いてしまうのは分かります。私もよくやってしまいますから。でも、案外何とかなることだってあるし、意外に人生は悪いことだらけじゃないんです。それは自分の気の持ちよう次第だってこともあるし、自分が何か変えられることだってある。全てが世の中のせいだって決めつけて諦めて。それで人生こんなものだって決めつけるのは楽でいいですけど、私は絶対に後悔したくないんです。だから、決して諦めない。欲しいものは全部掴む。それだけの志さえあれば、何の問題もありません。…って私は思います。すいません、生意気なこと言って。」

 

「…覚悟、ですか。わざわざ、こんな時間を割いていただきありがとうございます。少し、考えてみようと思います。」

 

灯織さんは二人分の飲み物の代金を机上に置くと、悩ましそうな顔をしながらカフェから出ていった。

 

(覚悟、か…。)

 

自分自身、覚悟は決まっている、とは思うのだが、何かモヤモヤしてしまう。

私自身の力で何かを為せたことはないし、ただ自信がないだけなのかもしれない。

 

(自信なんて、簡単に得られる物じゃないしな…。)

 

志保を見つけて、言葉をぶつける機会もできて、もうやれるだけのことはやったのだと思う。

鞄の中から、一枚のコピーされた紙を取り出す。

赤い字で表記されている、765プロダクションのアイドル募集という文字。

 

「行って、みよっかな。」

 

信念はなくても、覚悟はある。

どのみち、仕事を探す必要はある。

ならば、少しくらい夢を見ても、いいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

珍しく早起きした私は、昨日用意したお気に入りの服を着て、いつもは帽子をかぶるくらいしか整えることのない髪の毛を櫛で整えて、いつもより余裕たっぷりに、何もない家を、出た。

 

電車賃を使うことも控えて、あまり歩き慣れない道をのんびりと歩く。

面接時間には大分余裕があるし、周りの景色を楽しみながら一駅分ほど離れた765プロダクションへと向かう。

 

(こんなところにバッティングセンターなんてあったんだ…。あ、こっちにはなんか渋い感じのカフェもある。…ここって猫カフェかなぁ。すごい、きっと志保や大河と来たら…。)

 

「そっか、そういうこと、か…。」

 

このモヤモヤした気持ちは、恐怖、だったのだ。

覚悟は決まっている。伝えたい言葉も私は持っている。失敗したって、諦めるつもりもない。

 

―――でも、怖いものは、怖い。

 

私一人でこんな場所に来ることはない。大河か志保に誘われて、連れられて、こういうところに来るのだろう。私にとって、それは当たり前のことで、今がおかしな状況なだけで、だから平常心でいられる。

でも、それが覆ってしまうかもしれない。もしこのままの関係が続いて、モヤモヤした関係が続いて、二人が離れていったら。

だって、既に志保や大河とどこかに来ることは『きっと』ってなってる。それが『もし』に変わってしまえば、私は今度こそまた一人になってしまう。

 

(もう、やだな…。一人で過ごすのは、嫌だ。)

 

幸せな世界を、幸せな関係性を築いてしまったからこそ、私はもう一人になることすら怖くなってしまった。

昨日までは良かった、志保とぶつかり合うのがいつかも分からないままに、ただ目的は『見つける』ことだけだったから。

そして見つけた後も、私は覚悟を決める前にぶつからざるを得なくなってしまった。

 

だから、『その時』が来るのが、怖い。

 

今ここでゆっくりと歩いているのも、きっとオーディションが怖いからなのだろう。

落ちるのが当然と考えていても、それでも選ばれないのは、切り捨てられるのは、怖い。

 

マイナスなことばかり考えていて、気が付けばもう、765プロの前で。

時間はまだたっぷりとあるけれど、いつまでたっても胸の中のモヤモヤは収まらない。

 

「あの、もしかして765プロダクションの応募者の方でしょうか?」

 

その時、後ろから声を掛けられた。

その人は、休日なのに何故だか制服を着ていて、その無機質な目はしかし、情熱の籠った様子で、こちらの目を真摯に見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このまま765プロダクションの前に居たって仕方がない。どうせオーディションの時間はまだまだ先だし、近くの公園にベンチに、二人で腰掛けた。

 

「………………。」

 

「………………。」

 

何も、会話が生まれない。

私は人見知りだし、隣に座った女性も特にコミュニケーションが得意なわけではなさそうだ。

しかしこのままの空気でオーディションまでの時間を過ごすのは、辛いものがある。

ただでさえ、私の内心は恐怖に埋め尽くされていて、これ以上何かが流し込まれれば、たちまちに決壊して崩れてしまうだろう。

 

「緊張、していますか?」

 

「え?」

 

突然、隣の女性が口を開き、私は驚いて疑問を口から零してしまう。

 

「…と、すみません。驚かせてしまいましたか。表情が強張っていましたし、何よりすごく、怖い目をしていたので。」

 

「えっと、そんなに、ですか?」

 

「はい。すごく。」

 

「そう、ですか…。」

 

これからのオーディションに、けして聞きたいとは言えない情報を伝えられてしまって、少し落ち込んでしまう。

 

「あなたは、何故ここに来たのですか?」

 

「私が、ですか。私は…。」

 

なんで、アイドルになりたかったのか。

それは、大河の横に立つことのできる、対等な存在になりたかったから。

だから、私にはアイドルになりたい理由なんてない。

そんなままで、今のままの心持ちで合格できるとは思えない。

私にとって、アイドルとは『目標』ではなく、『手段』。

本当にアイドルになることを夢見ている人に敵う訳が無い。

 

「…私は、自分に価値が欲しくて、何者かになりたくて、友人と対等になりたくて、だからです。…不純、ですよね。本気でアイドルを目指している人の中に混じるのは、その人達に失礼、なのかもしれません。」

 

「それの、何がいけないことなのでしょうか。」

 

「だって、他の人に失礼じゃないですか。他の、真剣にファンの人達を楽しませたいがためにアイドルになりたいと思ってる人達に、失礼です。」

 

「確かに、アイドルになりたいと思ってこれまで頑張ってきた人も、たくさんいると思います。純粋にファンの人達、いえ、誰かに笑顔を届けたいという気持ちが強い人も、いるとは思います。…では、私達の想いが、それに劣っているという理由は?確証は?そんなものありません。私は強くなるために、あなたは対等になるために。ここしかないからって思ったからこそ、ここに来たんじゃないのでしょうか。引け目を感じる必要なんてありません。私は、私の想いをぶつけるだけ、ですから。…よし、がんばるぞ。」

 

「想い…。」

 

「行きましょうか。もうそろそろオーディションの時間です。」

 

「あの…!最後に、名前だけ教えてもらえませんか…?」

 

女性は振り向き、風にたなびく髪を抑えながら

 

「765プロダクションで、再び会う時に教え合いましょう。」

 

と、少し茶目っ気のあるような笑顔でそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーディションも終わり、日も暮れてきた7時頃。

私は自分の通っている学校の前で、途方に暮れていた。

 

「7時に学校の屋上にって…日曜日の夜に学校に入れるわけないじゃない。大河、何考えてるんだろ。」

 

勿論警備員もいなければ、某警備会社の機能も働いていると思うので、勝手に入ることはできない。

こればっかりは大河にもどうにもできないと思うのだが、どうするつもりだったのだろうか。

 

「…何してるの。こんなところで。」

 

振り向くと、志保の顔。

昼とは違って、感情が昂っているようなことはないみたいだ。

それは、この話が良い方に傾いているのか。或いは、悪い方に傾いているのか。

 

「あ、志保。大河、屋上って言ってたけど、入れないじゃない?警報だって働いてると思うし。」

 

「…静香は知らないのね。こっちよ。」

 

志保は知った顔で学校の周囲のフェンスに沿って歩いていき、正門から少し離れたフェンスの下の方に手をかける。

させて強い力を入れるまでもなく、その部分はめくれて人が通れるほどのスペースが生まれる。

 

「ここ、警備とかは校舎内までないから、別に入れるわよ。それに…ここ。この扉だけは何故だか知らないけど警備とか働いてないからいつでも入れるわ。」

 

志保が指差したのは木造の扉。彼女の言う通りにどう見ても警備の入り込む隙間の無いようなアナログさで、実際に開いてみれば特に異常が起こることもなく簡単に校舎内に入り込むことができた。

ここまで来れば後は簡単で、特に屋上に鍵のかかってないこの学校ならば、苦も無く屋上にたどり着くことができた。

 

「…大河は、まだみたいだね。」

 

「そうね。」

 

「………………。」

 

また、これだ。

何か用があったり、話すことがあれば私は志保と今でも一応は会話をすることができるが、それがなくなれば話す会話の種がなくなって、気まずい空気が流れる。

 

(でも、言わなきゃ…。ちゃんと向き合うって決めたんだから。もう、自分の気持ちに嘘はつかないって。)

 

「志保。私、志保に言いたいことがあるの。」

 

「また?そんなにたくさん喋るような子だったかしら。」

 

「大事な話。多分、大河の話より大事で、大河には聞かせられない話。…大河のこと、好きなんでしょ?」

 

「…今更?気付いてないのは鈍感な大河くらいだと思ってたけど、静香も気付いてなかったのね。」

 

「今日、伝えるつもり?」

 

「…そんなこと、できるわけないでしょ。私は静香を許せない。でも、大河は静香を見捨てたりなんかしない。私はそれすらも許せない。」

 

「いいよ。志保が私を許せないのと、志保が自分の気持ちに嘘をついたまま過ごすのは、まったく別の話でしょ。…私を言い訳にして、逃げたりなんかしないでよ、志保。」

 

「…言い訳?私が、いつ、あなたを言い訳にしたって言うの?」

 

志保が私を睨み付けて、鋭い声で言葉を放ってくる。

いつもは後ろで見ていたその姿も、今日は真正面から対面しなければならない。

 

「今も、これからも、ずっとだよ。志保でも怖いんでしょ。自分の気持ちが否定されるのが。フラれるのが、怖いんでしょ。でも、今日で志保はその気持ちにさよならしなきゃいけない。」

 

「今日…。」

 

「私、今日、大河に告白して、気持ちを伝えるよ。選ばれたんでしょ、私。このままだと志保、何も伝えられないまま終わることになるよ。…それでも、いいの?」

 

「…あーあ。」

 

志保は服が汚れることも厭わずに、屋上の床に寝そべる。

私は倣って横に寝そべろうとして…それをやめて志保と逆向きに志保の頭側に寝転んだ。

 

「…どうしたのよ、わざわざ変な所に。」

 

「今日だけは、ううん。今だけは、敵同士だから。横には居られない。」

 

「はぁ…。たった3日で、随分と大人となったのね。ちょっと前まで、横どころか後ろにすら居なかったのに。もう私より前に居るなんて。」

 

「いろんな人の助けがあったの。いつも私って助けられてばっかり。強く、ならなきゃなぁ。」

 

「…そう、ね。私も、踏み出さなきゃ。…私も、伝えるわ。大河にこの気持ち。…いいの?私が先で。」

 

「いいの。それでも、私は負ける気はないから。」

 

私は輝く夜空の星々に手を伸ばす。

前から、届かないものだと、そう決めつけて諦めていた。

でも、伸ばせば届くって、教えてくれた人が居た。

伸ばす。この手を。

たとえ星に手が届かなくったって、伸ばした分の手は、私のものだ。

もしかしたら月くらいは、手に届くかもしれない。

 

「お邪魔だったか?心配してきてやったのに。俺無しでも仲直りできるんなら俺は帰るけど、時と場所を考えてそういうことをしろよ。」

 

頭上から、つまりは扉の方から、大河の呆れた声がする。

その声に私と志保は飛び起きて、自分たちの現状がまるでバカップルのそれに見えることを考え直して、跳ねるように距離を取った。

 

「で、お前らの話し合いは終わったのか?お前ら内で和解できるって言うならそれに越したことはないんだが…。」

 

「そんな訳ないでしょ。私は、静香も大河のお姉さんも絶対に許せない。私が二人を許すためには、二人が大河を諦めるしかない。…大河が悪いのよ。誰でも彼でも助けるから。自分がどれだけ周りに心配されてるかも知らないで…!」

 

志保が声を荒げるようにして大河に怒鳴り散らす。

それに、少し申し訳なさそうに大河が返す。

 

「知ってるよ。知ってる。どいつもこいつも自分の都合何か考えないで他人の事ばっか考えてよ。バカなんじゃねえのかって。」

 

「大河が言えたことじゃないでしょ!?大河は周りの人のせいで不幸になってる!他人を助けて、他人に構って、他人の為に生きている!そんなのおかしいわよ…!だったら、大河は何の為に生きているの!?人に利用されるだけされて、そのままポイだなんて、そんなの人間じゃなくて人形よ!」

 

志保の目から、涙が伝う。

志保の涙、これで見るのは4回目で、私はその時により彼女が泣く理由は違うものだと考えていた。

でも、違ったのだ、彼女が泣く理由は、いつだって一つだった。

人の為、人を守る為、そして、人を助けると願う為に、彼女は涙を流すのだ。

 

だから、私はこの論争には介入しない。

人と人とがぶつかり合って、そして双方が互いを想っているのならば、もう既に、それ自体は解決しているようなものだ。

すれ違いが擦りあって、そうして答えを出せたのなら、きっと、私達は、もう一度。

 

 

 

私達は寝転んで、三角形のように頭を突き合わせて。

広く、蒼く、遠い空に私は手を伸ばした。

 

 

 

 

―――もう一回、友達に、なれるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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挫けても、灯りはここに

三連打②


始業のチャイムと共に、扉を開く。

そこには、誰も居なくて、あるものは私を移す鏡だけだった。

 

北沢志保()は、学校に行かなかった。

 

遠くに響く学校の鐘の音は、とても新鮮な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が、北沢志保ちゃんね。」

 

少し髪のボサついた、目には隈を浮かべる少し暗い雰囲気の男が、そこに入って来た私に、尋ねてくる。

 

「はい…。今回はありがとうございます。無茶なお願い、聞いてもらって。」

 

「おー。聞くよー。ちょー聞いちゃうよー。僕はアイツらのお願いには弱くてねー。押されっぱなしなんだよねー。」

 

「あの…。単刀直入に聞いてもいいですか。」

 

「何ー?彼女?いないよ?」

 

「違います!…どうして、765プロ所属の私に、283プロのレッスン室(・・・・・・・・・・・)を使わせてくれるんですか…?」

 

283プロダクションのプロデューサーは、キーボードを打ち込んでいた手を止めて、液晶から目を離してこちらに向く。

 

「えー…。それ聞いちゃう?それ聞いちゃうんだー、黙って使っちゃえばいいのに。真面目だねー君。色々理由はあるけど、別に聞きたくないでしょー?」

 

「だって、あまりにも不自然です!敵事務所のアイドルの為に、わざわざ練習場所を貸してくれるなんて…。何か裏があるんじゃないかと疑ってしまいます!」

 

「裏?あるに決まってるじゃないか。」

 

「…。」

 

「イルミネーションスターズの三人が私達に出来ることならなんでもするのでって言ってくれたんだよ。はは、君のおかげで楽しい休日が過ごせそうだよ。」

 

「あなた…まさか…!」

 

「そうだね、そのまさかだねー。」

 

「この…クズ…!」

 

「来週の日曜日は他に行ける人も誘ってバイキングさ。はははーやったねー。」

 

「は?」

 

「え?何?志保ちゃん今僕にクズって言ったよねー?なになにー?ナニを想像したのー?ねーねー教えてよー。志保ちゃーん。」

 

「ッ…!」

 

「うぉううぉう怒らないでよ。冗談じゃん冗談。拳を握りしめないでよ。君のグーは人を再起不能にする程なんでしょ?そんなの喰らったら僕みたいなヒョロヒョロ野郎一撃じゃーん。」

 

「待ってください…。なんで、私の拳の威力を知っているんですか…?」

 

「はははー。勿論調べさせてもらったよー。そりゃあ檻の中にライオンを入れる時にはその実力を測っておくものだろう?万一にも、檻を壊されちゃあたまらないからねー。これも理由の一つだねー。君を通じて、765プロの実力を測る。まあもし君がお利口な動物園生まれのライオンなら、その動物園ごと狩らせてもらおうと思うけどね。」

 

「私を見ても何にもなりませんよ。私の先輩達は、本物のバケモノ揃いですからね。」

 

「はははー楽しみだねー。僕とはづきさんはこの辺の机で一日中書類に追われてるだろうし、なんかあったら言いに来てねー。全員は来ないと思うけど、何人かは練習しに来るかもだから、適当に挨拶だけはしておいてねー。気難しい子とかはいないと思うから大丈夫だと思うけどねー。はい、これ鍵ー。帰る時に返しに来てねー。」

 

「何から何まで、ありがとうございます。」

 

鍵を受け取り、レッスン室へそそくさと向かう。

 

「あーもう一つだけいい?」

 

「はい。何でしょうか。」

 

「さっき僕さ、色々理由あるって言ったけどさー。勿論その中でも強いのはイルミネの三人が頼んできたとか、皆でバイキングとか、どうせ今日は外に出れることなく業務だとか、レッスン室が空いてたとか、そういう理由の方が多いんだけどさー。…たとえプロダクションが違おうと、プロデューサーはアイドルの力になりたいって思いが、心の奥底にちびっとだけあったんだー。」

 

「…。」

 

「…困ってんなら、頼りなよー?」

 

先までの何を考えているか分からないような表情を崩し、283プロのプロデューサーは、柔和な顔つきでそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…。」

 

自主レッスンを初めてから、三時間と言ったところか。

私は一旦レッスンを休憩し、部屋の壁にもたれかかるようにして座っていた。

アイドルになった頃は十数分で限界だったというのに、全力のレッスンではないとは言え、私にも随分体力がついてきたものだ。

 

でも、全く足りない。

悩みによるストレス、泣き腫らしたことによる睡眠不足。

スタミナの枯渇も早く、ダンスのキレも落ちている。

 

それに。

 

「不細工な、顔…。」

 

上手く、笑えない。

まるで張り付いたような、偽物の笑顔。

きっと殆どの人は気付かない、でもぎごちない顔。

 

それが、私には醜く見えて仕方がない。

 

先輩達の包むような優しい笑顔。

同僚達の輝くような眩しい笑顔。

 

どれも、私にはなくて、手に入らなくて、それがとっても妬ましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは、確かいつのことだったか。

静香が大河に貰ったお気に入りのストラップを無くしたと、涙を流しながら訴えかけてきた時。

大河は、二つ返事でそれに応え、その捜索に町中を駆け回って、泥んこになりながらもストラップを持って帰ってきたのだった。

 

それが何故か、とても嫌で。

歪な行為と分かっていながら同じように、私は大河に助けを求めた。

黒い猫のストラップをなくしたと、捜すのを手伝って欲しいと。

大河はお前もかよ。ってちょっと笑って、迷うことなく捜して、見つけて、持ってきてくれた。

それは、とても嬉しいことのはずなのに。

 

 

 

私は狡い人間で、私は狭い人間だった。

 

 

 

「私は…大河にとって特別じゃなかったんだ。」

 

一人と独りが出会って、殴りあって、和解して、一緒にいるようになって、もう三年間にもなる。

最初は独りで居た大河が、私と一緒にいるのが嫌じゃなさそうで、それがとっても嬉しくて。

 

でも、静香が来てから全てが変わった。

 

大河にとって、私だけ、ってものが減っていって、どんどんその差が詰められて、そして追い抜かれて、遂には無くなった。

 

静香だけが、大河の特別になった。

 

大河は、自分はしっかりしているって思い込んでいるけど、態度に全てが出ていて、三年も一緒にいれば大体分かる。

 

静香には恋慕、私には友愛。

愛であることに違いはないけれど、その愛は私が求めているものとは少し違う。

 

ずっと、それでいいと思っていた。私の恋は叶わなくても、他の娘に敵わなくても。

大河が、いつも辛いことを背負ってしまう大河が、幸せになれるんだったらそれでいいと思っていた。

 

でも、きっと大河が選んだ先に、大河の幸せはない。

 

大河は周りの問題全てを解決してしまう、近くにいる人の悩みを、その重さに関わらず、何でも、その身を呈してでも。

 

静香が悪人とは思っていない。彼女はいい娘だ。優しく、頑張り屋で、可愛く、ハッキリと物事を言える大河なんかには勿体無いくらいのいい娘だ。

 

でも、彼女は頼ることを覚えてしまった。頼れる人を知ってしまった。頼れる人のいなかった人生を送っていた少女が、頼れる存在を知ってしまったらどうなるか。

簡単だ。その答えは依存以外の何物でもない。

 

(あーあ…。まただ。)

 

何度考えても、堂々巡りで答えが出ない。

これからどうするのかも、静香と大河にどう接していくのかも、何もかも。

 

 

 

「おーきーてーくーだーさーいー!」

 

「…!?」

 

瞼を開く。赤い髪と、綺麗な柔肌が、視界いっぱいに広がっていた。

 

「え…あっ…!痛っ…!」

 

「あ、すみません!大丈夫ですか!?」

 

驚いて、もたれかかっていた壁に後頭部をぶつけてしまった。

 

「え、ええ…。えっと、あなたは283プロのアイドルかしら…?」

 

「はい!小宮果穂です!北沢志保さんですね!?よろしくお願いします!」

 

「はい。よろしくお願いします。」

 

「それで!あっちのお掃除してるのが杜野凛世さん!あそこでストレッチをしているのが有栖川夏葉さんと西条樹里ちゃんです!」

 

彼女が少し下がると、後ろにもう三人。

一人は会釈、一人は軽く手を上げ、もう一人はずんずんと近寄ってきた。

 

一人、圧倒的に敵対心むき出しの人がいる。

一人は無表情、一人は笑顔だったというのに、この人は睨んでままこちらへ向かってくる。

やはり他所のプロダクションのレッスン室で安眠してしまうことは失礼にあたる。謝らなければ。

 

「あの…すみません、眠ってしまっていたことは私の落ち度です…ですから―――」

 

「アナタ、昨日は何時に寝たの?」

 

「え…?寝ては…いない、ですね。」

 

瞼を開かれ眼球を確認される。私は何をされているのだろうか。

 

「…はぁ。うん、睡眠不足は多少解消されてる。でも心理的ストレスは睡眠だけでどうにかなるものじゃないわ。こんな状態で練習なんて、アナタ何考えているの!?」

 

すごい剣幕で怒られているが、初対面でこんなに怒られる所以が分からない。

 

「果穂、樹里、凛世!智代子が戻ってきたら直ぐに出発よ!ほら、アナタもすぐ準備なさい!」

 

急に元気そうに、有栖川さんは立ち上がった。

 

(何が…始まるの…?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…。どうして、こうなったの…。」

 

息を整えながら、私の口からそんな言葉が零れた。

もう既に太陽はオレンジに染まって、横から照らす光が眩しい頃合だ。

 

私は今、公園で鬼ごっこをしている。

 

もう一度言う、私は今公園で鬼ごっこをしている。

 

「本当にどうして…。」

 

「ごめんね、巻き込んじゃって…。」

 

私が休憩のためにベンチに座ると、隣に後から合流してきた少女が座った。

 

「えっと確か…園田さん?」

 

「智代子でいいよ、志保ちゃん。」

 

彼女は辛そうな顔に無理に笑顔を浮かべながら、未だに走り続けている杜野さん以外の三人の方を見る。

 

「私達のユニット、放課後クライマックスガールズっていうんだけど、すっごく元気!って感じでしょ?本当に放課後にクライマックスなんだなって、初めて見た時からすごいキラキラしてるなって感じで、憧れてたんだよ。」

 

「本当に、凄いと思います。これだけ走れる体力も、年齢層がバラバラなのに皆で楽しんでいるところも。」

 

「そうなんだよ。でも私は少しチョコが好きなくらいの普通の高校生だったから、初めは少し着いていけてなかったの。」

 

「そんなことがあったんですか…?」

 

「凛世ちゃんも実は対応力すごくて。一歩私が下がって見ている感じだったの。…でもね、放クラの皆は、一歩さがって、私と一緒に走り出してくれたんだ。背中を押して、肩を叩いて声を掛けてもらって―――」

 

「―――私は、皆の横に立てたんだ。」

 

「何の話ですか?」

 

「うぇっ!?えっと別に、大した話じゃなくて、私の過去の話でもしようかなと…。」

 

「あのプロデューサーさんの差し金ですか。」

 

「ははは…バレバレだね…。」

 

当たり前だ。こんな話をするような流れでもなかったし、私を慰めようとしているようにしか聞こえない。

 

「なんでわざわざそんなこと…。今日あったばかりで、多分週末が終われば、もう会わないでしょうに。」

 

「プロデューサーさん、あんなだけど、本当にアイドルのことよく見てて…。きっと、志保ちゃんが悩んでて、誰にも相談できていない状態なのも気付いてる。そして、プロデューサーさん自身には解決出来ないことだってことも分かってる。」

 

「でしたら…。」

 

「でも、何とかしたいって思っちゃうんだって。悩んでいる人を、放っては置けないんだって。誰かが困っていたら、助けてあげたい。」

 

「…その考え方、きっと自分の身を破滅させますよ。人にはできることとできないことがあるんです。無理も重なれば、何も無いまま終わるだけです。」

 

「…。」

 

「園田さんは、それでいいんですか…!?プロデューサーに頼ったままで、それでいいんですか!?」

 

「…確かに、プロデューサーさんは頼れる人で、私達もよく頼っちゃうし、でも頼りきりじゃいないよ?私達もできることはある。それがどんなに些細なことでも、助けになってるといいなって思うしね。」

 

「それが…押し付けていい理由にはなりません。自分のことを人に任せるなんて、駄目です…。自分のことは、自分でやる。それが普通で、当然です。」

 

「それじゃ駄目だよ。人にはできることとできないことがあるもん。誰かに頼って、誰かに頼られて。そうじゃないと私達はなんのために一緒にいるのかな、ってなっちゃうよ。なんのためにアイドルはいるのかな、ってなっちゃうよ。ファンの人に応援してもらって、それを糧にして、頑張る。それがアイドルの仕事でしょ?ファンの人から勇気と心の支えを貰って、あとはチョコを一口食べて、私達はファンの人達に幸せを届けてあげる。それって、私はとってもいいことだと思うよ?」

 

「…それは、一般論じゃないですか。実際それで苦しんでいる人もいる。人に押し付ける人と、押し付けられる人。そういう風に世界が二分出来てしまうなんて、そんな世界、理不尽です…!」

 

「でもプロデューサーはこの仕事が楽しい、って言ってくれてるよ?…勿論、世界中の人が、人に頼られて嬉しい人だとは思ってない。顔も名前も分からないような人を、絶対に助けてあげられるなんてほど傲慢じゃないよ。でも、身近なプロデューサーさんくらいなら助けてあげられると思う。だって、手が届くでしょ。」

 

「手が…届く…。」

 

「チョコ!いつまで休んでんだよ!志保も!もう行けるだろ!」

 

「もう~?」

 

「太るぞ!」

 

「い、行きます!ほら志保ちゃん、行くよ!チョコのカロリーは怖いんだから!」

 

「待ってください園田さん、私は、まだ…!」

 

「ちーよーこー!それと、まだ中学生なのに志保ちゃんは大人び過ぎ!考えるだけじゃどうにもならないことだってあるよ!それに、考えることが裏目に出ることだって!だったら、身体を動かしてみようよ!皆といれば、悩みなんて一瞬で吹っ飛んじゃうんだから!」

 

智代子さんに手を引かれるまま、私は駆けだした。

 

 

 

「え?君たち今日レッスン入ってたよね?智代子、君がストップをかけないでどうすんの。君しかいないでしょ。」

 

「す、すみません…。」

 

結果、6人揃ってプロデューサーさんに叱られた。当たり前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、志保ちゃんは今日どうするのさ。」

 

「どうするって…?」

 

「家に帰れるの?帰れるんだったら構わないけど、まさかこのまま283の事務所で寝るとか言わないよね。駄目だよー?機密書類とかもあるんだし、僕も君をそこまで信頼してない。」

 

やっぱり、駄目か。

その選択肢を取れれば一番だったのだが、それができないのならば野宿くらいしか取れる選択肢はない。

 

「大丈夫です。泊めてくれる友達くらい、何人もいるので。」

 

「はははー。だったらここなんて来ないでしょー。それに、『友達の家に泊まるじゃなくて』、『泊めてくれる友達くらい、何人もいる』ってー。それは少なくとも今日は泊まれないってことでしょー。嘘が下手だよねー志保ちゃーん。あははははー。」

 

「っ…。」

 

「頼れって言ってるのが分かんないかなーこのお馬鹿ちゃんめーはははー。まあ頼れって言っても僕の家に泊まらせる訳にはいかないんだけどねーあははははー。」

 

「プロデューサーさん?」

 

「…はははー。はづきさんこれは違うよー。一種のコミュニケーションだからセクハラとかではなくて―――あ、はい、すみません。じゃあお金あげるからどっか適当に泊まってきなよー。」

 

「…借りられません。借りを作る訳にはいきませんし、返す余裕もありません。」

 

「えー。アイドルなんでしょー?別に返さなくてもいいけどーお金を稼ぐ算段くらいあるんじゃないのー?」

 

「そんなに…売れてるわけじゃないので。いいんです。これ以上借りを作るつもりもないので。寝床くらい、自分でなんとかします。」

 

「志保さん!今日お家に帰れないんですか!?じゃあ私の家に来てください!」

 

いつの間にかレッスン室から抜け出したのか、小宮さんが横から話に入ってきた、

 

「小宮さん…。そういう訳には…。」

 

「お母さんに言われてるんです!友達ならいつでも連れてきていいからねって!泊まっていってもいいのよって!だから心配なしです!」

 

「いえ、そういう問題じゃなくて…第一、私達は今日あったばっかりで…。」

 

「ジャスティスレッドなら、困っている人を放って置いたりしません!さあ、行きましょう!」

 

「ちょ、ちょっと…!」

 

バタン!

 

「出ていっちゃったねー。」

 

「そうですね。…じゃあレッスンの続きですよ?早く皆立ってくださーい。」

 

「え゙っ!?まだやるんですか!?」

 

「勿論ですよー?サボった分、きちんと練習してもらいますからねー。」

 

「でも果穂が…。」

 

「では始めまーす。」

 

「まだまだ行けるわ!」

「上等だ!」

「自己鍛錬に、励みましょう。」

 

「あ〜んもう!放クラの体力馬鹿!」

 

そんな声をBGMにして、私は小宮さんに手を引かれるままに走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連れていかれたのは、一般家庭と比べれば少しだけ大きい一軒家だった。

 

「ただいまです!お友達を連れてきました!」

 

大きな声で帰宅を知らせて、小宮さんは靴を脱ぎ捨て、洗面所の方へと向かい、手を洗い始める。

少しすると、奥の方から女性が歩いてきた。

 

「あら果穂。おかえ…り?えーと。そちらの方は?」

 

「はい!志保さんです!今日帰る場所が無いと言うので泊めてあげようと思って!」

 

小宮さんは言いたいことは言ったと言わんばかりに靴を脱ぎ捨てて家の中の方へと走っていってしまった。

 

「え、えーと…。果穂の同級生…って訳じゃないわよね?283プロの子?」

 

「いえ、765プロのアイドルなのですが、今は事情があって283プロで練習させてもらっていて。…すみません。すぐに出ていきます。」

 

「いえいえ。いいのよ、泊まっていって。事情も聞きたいところだけど、話せないのなら聞くことはしないわ。大したおもてなしは出来ないけれど、そこは勘弁してね。」

 

「いいん、ですか…?でも私、今会ったばかりで…。」

 

「そんなこと気にする家庭じゃないのよ。そんなこと気にしてたら果穂を育てるなんてやってられないわよ。それに、果穂が好きになる人に、悪い人はいないって信じてるから。」

 

「愛されてるんですね。果穂さん。」

 

「そうね。元気が一番なんて言うけど、元気が過ぎるほどに激しい子で。…でも、何故だか果穂が頷いたことに対しては、強くは当たれないのよねぇ。潜在的に何かを見抜く力でもあるのかもしれないわねぇ。志保ちゃんは悪い子じゃないって。私はそう感じるもの。」

 

「…本当に、お世話になっていいんですか。私みたいな不審者、追い返しておいた方がいいと思いますけど。」

 

「構わないって言ってるのに、なかなかに強情な子ねぇ~。うーん。じゃあこういうのはどうかしら。今日一日果穂の面倒を見る。そうしたら私はあなたを今日一日この家に泊めてあげる。こういう条件を付けてあげれば、甘えてくれるかしら?」

 

「…。じゃあ…お言葉に、甘えさせていただきます。」

 

「うん、よろこんで。じゃあ名前と年齢だけ聞かせてもらえるかしら。」

 

「北沢志保、14歳です。」

 

「流石に…小学生じゃない、のよね。」

 

「当たり前です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の中に入ると、まさに普通の一軒家の様子のような家庭だった。

薄型のテレビがあり、その前にソファがあり、床には色の混在したカーペットが敷かれ、窓には淡い色のカーテンが付けられている。ダイニングと思しき場所には長方形の角が取れたような横に長い机が置かれており、その上に温度計やティッシュの箱、花瓶に入った花などが置いてある。

別段多くの家を訪れたことのあるわけでない志保だが、果穂さんの強烈なキャラとは正反対に、纏まっているような印象を受ける。

 

「志保さん!何してるんですか!ジャスティスVが始まりますよ!早く早く!」

 

もう既に準備を終えてソファに座っていて横の空いた席を叩く果穂さん。

どうやら座って一緒に見ろということらしい。

こういう手合いは慣れたもの、もう陸と何年も暮らしている身の私は、言うわれるがままに座って番組が始まるのを待つ。

 

そして始まるジャスティスV。始まったばかりでまだ導入部分だと言うのに、既に果穂さんのテンションはMAXで普通の日常回に対してすら喜びの叫びを放っている。

 

そうして序盤、中盤へと話が進んでいき、敵の怪人が悪さをしていく。

 

「あぁ!違います!レッドは何もしていません!」

 

どうやら今回はメンバー内で仲違いするよう敵の怪人にしむけられている回で、レッドが敵の策略に嵌められて孤立してしまう。

 

しかし終盤、仲間の絆によってその誤解は払拭され、最後には五人の力を合わせた必殺技で敵怪人を倒す。

 

「すごいです!本当にジャスティスレッドはかっこいいです!志保さん!私のおすすめの回があるので一緒に見ましょう!」

 

「果穂。遊ぶのもいいけど学校の宿題はきちんと終わらせてるの?アイドルと言っても、勉強を疎かにしちゃダメなのよ?」

 

「え、えっと…宿題は終わってます!」

 

その時に一瞬入口のところに置かれていた鞄をチラっと見たのを私は見逃さなかった。

その鞄を開け、ファイルを開くと、中からはテスト対策の問題がずらりと。

 

「…果穂。」

 

「す、すみません…。」

 

「はぁ…。じゃあちゃんとこれを終わらせたら、一緒に見てあげるから。頑張ってね。何か分からないことがあったら聞いてくれれば教えてあげられるから。」

 

「はい!ありがとうございます!志保さん!」

 

大人しく机に向かい、プリントを解き始める果穂。

最近の小学生は反抗的な子供が多いという話を聞いていたが、見た目には反してだいぶ素直な子の様だ。

果穂が勉強している間に、私は洗濯物を取り込んでいたお母さんのもとへと向かう。

 

「あの…何か家事で手伝えることはありますか?何かしていないと落ち着かなくて。家でもやっているので一通りならこなせると思います。」

 

「そうねぇ…。って言っても、特にやることなんかは…。あ!そうね。急な来客だったから、今日の夕ご飯が少し少なめになっちゃうかもしれないって思ってたのよ。だから何か今から買ってきて、一品作ってくれないかしら。お金は渡すから。」

 

「それくらなら是非やらせてもらいたいですけど、いいんですか?もしよろしければ夕食全て作るくらいはしたいのですが。」

 

「お客さんにそんなにしてもらえないわよ~。」

 

「でも…!」

 

「私の料理を振る舞いたいの。それじゃあ駄目かしら。それに私、他の人が作った料理も食べてみたいのよ。家庭を持つと、他人の手料理の味なんて全然味わえなくてね。果穂はアイドル業で忙しいし、主人は料理できないから。あなたが泊まるって言った時、チャンスって思ってたのよね。」

 

「お母さん…口が立つってよく言われませんか。」

 

「お母さんが娘に負けてるようじゃダメなのよ。娘が幼稚園児とか小学生とか、転々とやることを変えている間に、私はもう12年もお母さんをやっているのよ。大人しく甘えなさい。」

 

はい、お金。と手に握らされて返すこともできずに受け取ってしまう。

私が少しじっとりした目で睨みつけても、果穂のお母さんはにこにこ笑顔を崩さない。

 

「…分かりました。行ってきます。」

 

「は~い、行ってらっしゃい。」

 

根負けした私は、大人しく買い物へと出かけることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近場のスーパーに向かい、自分が作る料理の食材を求めて探し回る。

いつもとは勝手の違うスーパーだが、もう何年も料理もやってきたし、食材の買い物もしてきた。それほど時間もかからずに終えることができた。

買い物を終えて、片手にエコバックをひっさげてスーパーから出ようとした時、

 

「あ…。」

 

「お…。北沢志保さん、だよな?」

 

神谷奈緒さんが、目の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

要冷蔵の物はないかとか、疲れるだろうから座れる場所に行こうだとか、今は寒いからどこか屋内に移動しようだとか、様々な気遣いを受けた後に、私と神谷さんは近場のカフェで対面していた。

 

「それで…何か用があったんでしょうか。私と神谷さんって、あんまり接点は無かったと思うんですけど。」

 

「私も別にこれと言った用があるわけじゃないんだけど。近況でも聞こうかなと思って呼んだだけだよ。…資格は、手に入ったのか?」

 

「………………。」

 

「その様子だと、資格を手に入れるどころの騒ぎじゃないってところか。大河と喧嘩でもしたのか?」

 

「ッ…。」

 

「図星か…。はぁ…。加蓮と大河の喧嘩じゃ終わらないのかよ。つくづく面倒な関係性を作るのが得意だよな、大河って。…で?そっちの方は、そっちで解決できそうなのか?」

 

「別に…喧嘩をしているわけではないです。ただ、私が許すことができないだけ、です。きっと、それは解決なんてしない。それが解決するときは、二人の人が夢を諦めないといけませんから。」

 

「せっかちだな。それ以外の道が無いなんて、絶対って言い切れるのか?あいつは絶対に意見を変えないとか、そいつは私の気持ちなんて分からないとか、全部決めつけて自分の中で何もかも完結させてないか?…伝えなきゃ、何も始まらないぞ。」

 

「分かってます…!でも…でもッ!」

 

神谷さんは飲み物に手を付けて、一つの大きな溜め息をついた。

そして立ち上がると、一枚の紙幣を机に置いた。

 

「迷うのは分かる。怖いのも分かるよ。その踏み出した一歩が崖になってるかもしれない。…でも。立ち止まっていたら、置いてかれるだけだ。」

 

わざわざありがとな。とだけ言い残して、彼女は店内から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、おかえりなさい。」

 

果穂の家に戻ると、掃除機をかけていた果穂のお母さんが出迎えてくれた。

 

「すみません、遅くなってしまって。」

 

「ううん。構わないわよ。ちょうど私も今から料理を始める所だったし、一緒に作りましょ。」

 

掃除機を押し入れにしまう果穂のお母さんに、エコバックをもってついていく。

キッチンにつくと、志保の家に比べても圧倒的に広く、高性能なようだった。

 

「すごい、本格的なキッチンなんですね。設備もきちんと整っていますし。」

 

「そうなのよね~。別にプロ、ってわけじゃないんだけど。昔からすっごく好きで、この家を建てる時から夫に『ここだけは譲れないー!』っておねだりしたら気前よく買ってくれて…。本当にあの時は嬉しかったわ~。これだけ広ければ、娘と一緒に料理も出来るしね。まさか、実の娘よりも先に他のところも娘さんと一緒にするとは思わなかったけどね~。」

 

「…すみません。」

 

「気にすることじゃないわよ。むしろ予行練習になって良かったわよ~。あの子、料理も出来るかも分からないし、できる子と取り敢えず二人で料理はできるのか、って言うのも確かめたいことだったし。さ、お手並み拝見と行こうかしら。」

 

「お手柔らかにお願いします。」

 

少し緊張するようなことを言われながら、私は料理を始める。

包丁やまな板の場所が分からなかったり、キッチンの高さが違っていたりと、少々やり辛い部分もあったのだが、何とかいつも通りミスなくできた。

 

「あら、ハンバーグ?いいわね~家庭の味って感じがして。」

 

「はい。…弟が、いつもねだってくるので。」

 

「弟さんがいるのね。じゃあ、今日は帰らなくてもいいの?」

 

「今日は、母が家にいるので、大丈夫だと思います。」

 

「…そう。それならいいけど、あんまり家族を心配させちゃダメよ?」

 

「あ!志保さん!帰ってきたんですね!すみません、ここの問題を教えてもらいたくて…。」

 

キッチンの入り口にいつの間にか来ていた果穂が、問題集の一点を指さして尋ねてくる。

無論教えると言ったのは私なのだが、まだ夕食の準備は終わっていない。

 

「ごめんね、果穂。まだ料理が終わってないから…。」

 

「教えてきていいわよ、志保ちゃん。」

 

「でも…。」

 

「私じゃ教えられないし、後は私がやっておくから。行ってあげて。」

 

「…すみません。」

 

そのお言葉に甘えて、私はリビングの果穂が勉強している横に座る。

パッと見た感じでは、その問題は小学6年生の算数。

流石にそれくらいは教えられる。

 

「ここなんです!ここの計算がどうしても合わなくて…。」

 

「ああ、ここはね…。」

 

と、幾つかの質問に答え、何個かのアドバイスをして、果穂が再び問題に集中し始めたところで、キッチンに戻る。

すると、既に夕食の準備は終わっていて、全ての料理が皿に盛りつけられていた。

 

「あ…。終わってしまっていましたか。手際、いいんですね。」

 

「そう?もうあれから15分くらい経ってるわよ?」

 

「そんなにですか…?」

 

時計を見れば確かにそれほどの時間が経っていて、既に食事の時間となっていた。

 

「果穂と勉強するの、楽しかった?」

 

「ええ、まあ…。弟に勉強を教えることもあるので。」

 

「そう。じゃあ、料理運ぶの、手伝ってくれる?」

 

「はい…。」

 

何か意味ありげな聞き方に、思わず顔を顰めてしまうも、杞憂だったかと果穂のお母さんの言う通りに料理を運んで、夕食の準備をする。

果穂の課題を中断してもらい、食卓につかせて三人揃って『いただきます』と言って、食事を始める。

話すのは、他愛もない会話ばかりだ。果穂が今日どこに行っただとか、アイドルとしてどんなレッスンをしたか。

でも、それがなんだか心地よくて、私は自然と笑顔になれた。

 

(どうしてだろ…。私、静香と喧嘩してから、全然自然に笑えなかったのに。)

 

「志保さん!どうかしましたか?」

 

「ううん。なんでもないわ、果穂。話、続けて。」

 

色んな話を聞いて、夕食の後には果穂とゲームをして、一緒にお風呂に入って、一緒の布団で寝て。それが、今の私にとって、何よりも心地よくて。何故だろうか。

 

「家族で過ごすの、久しぶりだからじゃないの?」

 

翌日、朝食を作っているのを手伝っている最中に、果穂のお母さんは私の問いにそう答えた。

 

「…何で、そんなことが分かるんですか?」

 

「志保ちゃん、あんなに料理上手いのに、誰かと料理したことないでしょ?だから、お母さんとか、仕事で忙しくて、あんまり一緒にいられていないんじゃないのかなって。」

 

「…確かにその通りですけど。」

 

「どう?楽しかった?仮初でも、家族といられる時間ってのは貴重なものなのよ。」

 

「はい。…楽し、かったです。」

 

「でも、それはやっぱり仮初なの。本物の家族と一緒にいるのが、あなたにとってもベストなことだと、私は思うわよ。それまでは、ここにいてもいいからね。」

 

「敵いませんね、本当に。お母さんって生き物は。本当に逞しい。」

 

「そうね。じゃ、果穂を起こしてきてくれる?今日は朝から事務所に行くって言ってたから。」

 

「はい、分かりました。」

 

2階へ上がり、随分と寝起きの悪い果穂を何とか階下へと引きずって連れてきて、顔を洗わせて目を覚まさせる。

それでも本調子には程遠く、昨日の果穂の元気な姿とはまるで違う、目なんて横一線で描けるような状態だ。

朝には弱いのかもしれない。

 

しかしそれも少しの時間で、朝食を食べ終えた頃には意識も覚醒したようで朝のレンジャー番組を見ている。

 

「うぉー!すごいです!頑張ってください!レッド!」

 

本当にこういった作品が好きなようで、昨日やったゲームもそれをモチーフにしていたものだった。

その一途さには憧れてしまう。一つのものをこんなにも追うことができるなんて。

 

「ほら、果穂。終わったら出るわよ。朝早くからレッスンがあるんでしょ。」

 

「あ!もうこんな時間なんですか!?すみません!すぐに準備します!」

 

時間に余裕自体はあるのだが、あまり家に長居して時間ギリギリに現場につく癖はつけない方がいい。

公共交通機関の麻痺や、唐突なアクシンデントによって到着時間に乱れが発生する場合だってある。

そしてその遅刻は、それを言い訳にするわけにはいかない場合だってある。

アイドルという職業には多くの人が関わってくるため、自分一人の勝手な行動が大勢に迷惑をかけたっておかしくはない。

 

と、言っても、ここまで焦られると寧ろこっちが申し訳ないのだが。

 

「志保ちゃん?今、いい?」

 

「お母さん。何か?」

 

「一応、感謝を伝えておこうと思ってね。お父さんは単身赴任中で、果穂はアイドル業が忙しくて、志保ちゃんが来てくれて少し賑やかになって、楽しかったわ。」

 

「…なんか、寂しい言い方しますね。」

 

「志保ちゃん、もしかしたらもうここに戻ってこないかもしれないじゃない。今日も泊まっていったていいけれど、志保ちゃんも家に帰るかもしれない。だから、一応お別れと、餞別。」

 

果穂のお母さんは、風呂敷に包まれた直方体状の箱を二つ、私に手渡してきた。

 

「これ、お弁当。お弁当箱は、果穂に渡してくれていいから。」

 

「ありがとう…ございます。何から何まで。」

 

「いいのよ。温かい家庭が恋しくなったらいつでもいらっしゃい。…本物にはなれないけど、癒してあげるくらいはできるわ。」

 

「はい。…行ってきます。」

 

「は~い、いってらっしゃい。」

 

温もりの籠った餞別を手に、私は果穂と283プロダクションに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよーございます!」

 

「おはようございます。」

 

「あれー果穂ちゃん今日は早いねえ。その理由はもしや後ろにいるお姉さんのおかげかなー?」

 

「はい!志保さんが時間を教えてくれたんです!おかげで夏葉さんよりも早く着くことができました!こんなの初めてです!」

 

果穂は、『誰もいない事務所なんて新鮮です!』と言って、事務所内を走り出してしまった。

 

「まだ来るのー?君は君できちんと事務所あるでしょー?しかも広いしー。」

 

「すみません…。端の方でいいので、今日も場所を貸してもらえませんか…?」

 

「ま、別にいいけどー。僕はアイドルたちが不満を持たなきゃそれで構わないしー。…でもさ、いい加減にしなよ。大人には迷惑かけていいけど、君のこと信じてる人達待たせるのは、ホント、いい加減にしなよ。」

 

「…分かってます。」

 

私は荷物を脇に置いて、端の方でダンスレッスンを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれー?誰ー?もしかして新しいアイドルさん?」

 

1時間ほどダンスの練習をしていると、赤い髪の二人組の女性が入ってきた。

一人は朗らかそうな笑顔で、一人は不安げそうな顔をしている。

 

「いえ…事情があって個々の練習場を使わせていただいてます、北沢志保と言います。」

 

「北沢志保…。あ、もしかして765プロの!?わーすごーい!この前のライブにも出てたよね!すっごーい!本物のアイドルだー!」

 

「なーちゃん…私達も、アイドル…。」

 

「あ!そうだった!私は大崎甘奈、こっちは甜花ちゃん!私の可愛いお姉ちゃんなんだー。」

 

「甘奈さんと甜花さん、ですか。邪魔にはならないようにしますので、申し訳ないですが、少しだけスペースを借りさせてもらませんでしょうか。」

 

「全然いいよー。私達、今日はレッスン室は使わないから。」

 

「ありがとうございます。」

 

その時、甘奈さんの携帯から着信音が鳴る。

 

「あ、大河君だー。」

 

甘奈さんはすかさず電話を手に取り、応じる。

 

(大河君…。まさか…。)

 

「もしもしやっほー。どうしたの?大河君。…どしたのー?別にいいけど。志保ちゃん…って、大河君がよく話してる志保ちゃんのこと?」

 

(やっぱり、大河のこと…!探してるんだ。283プロまで手を伸ばしてるなんて。)

 

こちらを見てくる甘奈さんに、私は伏し目がちに首を振る。

その意図を悟ってかどうか、甘奈さんは大河と通話を続ける。

 

「…そんな事言われても、私、志保ちゃんの顔すら知らないし。どうかしたの?」

 

大河はそこで捜すのを諦めたようで、通話は終わったみたいだ。

でも、甘奈さんの目は、私に対する追及を止める気はないみたいだ。

 

「やっぱり、志保ちゃんって大河君がよく言ってるあの志保ちゃんなんだね。…なんで大河君は志保ちゃんのこと探してるの?」

 

「それは…。」

 

「言えないならいいよ。でも、私に連絡が来たってことは、志保ちゃんは連絡を絶ってるってことだよね。それはなんで?」

 

「…大河の周りの人は、誰も大河を大切にしていない。それが、私は許せない。それで私は彼女たちを傷つけて…。」

 

「へぇ…逃げてるんだ。でも、大河君は覚悟を決めてるみたいだよ。」

 

「………………。」

 

「志保ちゃん、行きなよ。行って、ちゃんと話をしてきなよ。」

 

「…何故あなたが口を挟むんですか。甘奈さん。あなたには関係の無い話のはずです。」

 

「あるよ。大河君は、答えを決めたんだよ。だったら、それを受け入れるかどうかはともかく、志保ちゃんはちゃんと聞き届けないといけない。」

 

「だからなんで!あなたが口を挟んでくるんですか!?例えばその自論が正しかったとして、なんであなたが…!」

 

「私が、大河君の友達だからだよ。大河君が苦しんでるのが、分かるからだよ。志保ちゃん、大河君の親友なんでしょ?だったらなんで、一番に大河君の言葉を聞いてあげないの?仲違いすることもあるよ。口論になることもあるよ。大河君デリカシーないし、無神経だし、口下手だから。だから、ちゃんと聞かないと、ダメじゃないの?」

 

「…何にも知らないくせに、知ったような口で話さないで!」

 

「それが嫌なら!知ってる志保ちゃんが、理解してる志保ちゃんが、ちゃんと聞いてあげるべきでしょ!?それが出来ないなら、大河君は何の為に答えを見つけようと頑張ってるの!?大事な人達のためじゃないの!?誰にも届かない言葉なんて、自分で抱えて平気なはずないよ!…あんな辛そうな大河君、初めて見たよ。いい加減にしなよ。なんで、自分が一番大河君のこと考えてるなんて、他人は大河君のこと考えてないなんて言いきれるの!?一番大河君のことを考えてないの、志保ちゃんだよ。逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げて。それで?その後どうするの!?」

 

「どうするって…!そんなの、分かりません…。」

 

「な、なーちゃん…。」

 

「…ごめん、甜花ちゃん。もう行こっか。」

 

二人の女性は、去っていってしまう。

最後まで、甘奈さんは私に厳しい目を向けていた。

 

「どうしたら、いいんだろ、本当に…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「志保ちゃんー。いい加減に休みなよー。もう何時間続けるつもりなのさー。君に倒れられるとこっちが迷惑なんだけどー。」

 

「大丈夫です。倒れたりなんかしませんから。邪魔なら邪魔だとハッキリ言ってもらえれば、私はすぐにでもここを出ますし。」

 

「…それならいいけどー。」

 

もう、283のプロデューサーがレッスン室に入ってきて、私に注意をするのも4度を超えた頃、私は一息をついて再びスマホから音楽を流し始める。

自分の出来自体には細かく思うところはないが、鏡を通して全体的に見て見るとどうしようもなく物足りないような気がする。

それが何なのか私には分からないけれど、しかし見つけようにも不足している物すら分かっていないのだ。どうしていいかなんて、分からない。

 

プルルルルル!

 

「「ッ!?」」

 

その時背後から、響き渡るような携帯の着信音が聞こえてくる。

そちらの方に振り替えると、どこで嗅ぎ付けたのか、静香の姿があった。

 

「志保…。」 

 

「…電話、出たら?」 

 

「う、うん…。」

 

私の言う通りに従って、 電話に出る静香。

話し相手はどうやら大河のようで、やはり彼女達は二人の協力体制で私を探していたらしい。

 

「志保、大河が、代わって欲しいって。」

 

静香がこちらに携帯電話を手渡してくる。

私は一瞬迷ったけれど、大河に対して冷たく当たる必要はないと電話を受け取る。

既に静香に見つかったのなら、もう隠れ逃げることも叶わない。

 

「何。」

 

『明日の夜7時。学校の屋上で待ってる。伝えたいことがあるんだ。別に来なくたっていい。そしたら静香と一緒に星でも見るさ。』

 

「何が言いたいわけ。」

 

『俺や…できれば止めて欲しいけど、静香のことを恨んだり、避けたり、そういうのを止めろとは俺には言えない。俺だって嫌いな奴と仲良くしろなんて言われても言うことは聞かねーよ。でも…家族は違うだろ。』

 

「ッ…!」

 

その言葉に、思わず唾を飲み込んでしまう。

そうだ、自分のことばかりで何も考えてはいなかったが、家には陸がいる。

でも、他には?

母親は昨日、仕事は早く終わる予定のはずだったが、母の仕事の終わる時間が変わることなんてよくあることだ。残業になることもあれば、そのまま一日帰ってこないことだってある。

 

『友人なんて希薄なモンだ。切ろうと思えばいつだって切れる程度の関係だ。でも…陸泣かせんなよ。姉貴だろうが、テメエ。』

 

「陸は…。」

 

『今隣にいる。昨日は静香が面倒みてやったみたいだ。どうしても俺らに会いたくないなら追わねーよ。でも、家くらい帰れ。お前が一番、独りぼっちの寂しさ、知ってるだろ。』

 

「分かったわ…。今日は、帰る。」

 

『それと…。そんな希薄なモン、後生大事に抱えてるやつもいる。友情は大切です、なんて甘い台詞は吐かねえけどよ、ここまでされてあんなこと言ってくれるなんて多分アイツくらいだと思うぜ。じゃあな。』

 

通話が切られ、私は静香に携帯を返す。

 

「もういいわ。」

 

しかし携帯を返しても、静香に帰る様子は見受けられない。

どうやら簡単には帰ってくれないようだ。

 

「何よ。話は終わったでしょ。出ていって、練習の邪魔。」

 

冷たくあしらっても、引き下がる様子のない静香。

いつの間に、強い人間になっていたみたいで、気付かなかった。

 

「まだ終わってない。大河は明日に言いたいことを回したみたいだけど、私はまだ、志保に言いたいこと、言えてない。」

 

「話すことなんて無いわ。」

 

「私にはあるの!逃げないでよ、志保!」

 

私は静香から目を逸らす。

今更、逃げずにどうしろというのか。

静香を思いっきり貶して、傷つけて、諦めさせろというのか。

 

「また自己嫌悪?」

 

「ッ…!静香なんかに何がッ!」

 

図星を突かれた。静香になんか分からないと思っていた気持ちを、きっと静香は本当には分かっていない。

 

「分かるよ。去年の夏も、ちょっと前に学校で喧嘩した時も、大河のお姉さんの時も、今だって。志保が怒ってるときは、いつだって…自分に怒ってる。周りに当たってしまう自分に、大河と私の間を取り持てなかったことも、大河が苦しんでいることも、私のことを疎ましく思っちゃうことも。…私も、今はそうだから。」

 

「静香なんかに、私の気持ちが分かる訳ないでしょ!全部持ってるくせに!努力することも知らないくせに!最初から全部与えられた人に、与えられなかった人の気持ちなんて分かる訳が無いッ!」

 

「分かってないのかもしれないよ。分かんないから、私は今、自分ができることの精一杯をする。持っていないことも、努力していることも、どうやって伝えたらいいかなんて分からないよ…。でも、だから!結果で、示すよ。私が、どれだけ大河の事想ってて、私が志保の事、どれだけ大切にしてるかって事。全部。『欲しいものを、掴んで離すな』。そう言ってくれたのは志保でしょ!?私は我儘だから全部欲しい。だから、一つだって手を離したりなんかしない。…志保だって、私と同じなんじゃないの?欲しいもの全部我慢して、それでいいなら私は止めない。でも、私は絶ッ対、諦めないから!志保が掴む手を伸ばすことをやめても、私がその手を掴んでみせるから!」

 

「…勝手にしたら。」

 

これ以上、ここにいては私はきっと絆されてしまう。

どうしようもなくまっすぐで、どうしようもなく正直な静香の事が、私は好きだから。

だからこそ、私は彼女を許してはいけない。

彼女を許せば、私は二度と自分を許せなくなってしまうから。

 

私は荷物を持って、283プロダクションを飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…。」

 

283プロダクションからある程度距離を置いてから、私は走る速度を緩めた。

ここまで離れた場所なら、静香も追い付くことはないだろうし、他のアイドルに見つかることもないだろう。

 

「ふぅ…結構早いのね、志保さん。」

 

「え?」

 

後ろを振り向くと、283プロダクションのジャージを羽織った、オレンジ色の髪色の女性が、対して息も切らさずに仁王立ちしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちよ、こっち。」

 

「ちょっと、どこに連れていこうって言うんですか、有栖川さん。私は事務所には戻れませんよ。お礼や謝罪なら後日向かいます。」

 

驚いた私の手を取った有栖川さんは、私の意思などまるで気にしないかのようにすさまじい力で引っ張ってくる。

 

「そんなものを求めている訳じゃないわ。私が求めているのはあなたが来てくれること。果穂が、どうしてもあなたと食べたいって。お母さんの作ってくれたお弁当を、志保と食べたいって、聞かないのよ。」

 

「あ…。」

 

優し気な言い回し、しかしその言葉には怒りが乗せられているように感じ、ガツンと頭を打たれたように感じる。

 

陸に続いて、今度は果穂だ。

私は、一体何をやっているんだろう。

 

「その様子じゃ、忘れてたって訳ね。…あなた、本当にどうしたいの?プロデューサーの好意も、果穂のお母さんの好意も、さっきの友達の好意だって、全部受け取らないで、逃げたまま生きるつもりなの?」

 

「…そんなこと、あなたには関係ないじゃないですか。」

 

「ええ、関係ないわ。私がとやかく言うことじゃない。あなたの人生よ。あなたが好きにすればいいわ。でも、果穂はあなたに好意を抱いているの。それを裏切るのは、私が許さない。私の、私達の大切な仲間である果穂を傷つけるのは、私達が許さないわ。…私はそれはあなたにも当てはまるものだと思う。あなただって、仲間を傷つけられるのは許せないでしょう?だからあなたは、あなた自身を許せないのよ。」

 

「どこに…行けばいいんですか。」

 

「連れていくわ。その前に、その辛気臭い顔、どうにかしなさい。」

 

両手を使って私の頬を捏ね回す有栖川さん。

さっきまで私に怖い表情を突き付けていたのだから、怒っているのかとも思いきや、私の顔を捏ね回して遊んでいるみたいで、表情には笑みが見て取れる。

 

「うん。これで少しはマシになったかしら?」

 

有栖川さんの離した頬からは、ジンジンとした熱さがあった。

 

 

 

 

 

 

「あ!志保さん!こっちでーす!」

 

事務所近くの公園まで戻ると、放課後クライマックスガールズの4人が、ご飯には手もつけずにレジャーシートを敷いて待っていた。

もう時計の針は2時を回っている。

皆お腹が空いていているはずなのに、お弁当箱の蓋は開かれてすらいない。

 

「すみません皆さん…。私のせいで…。」

 

「違うよ、志保ちゃん。私達が待っていたかったら待ってたんだよ。」

 

「食事は…大勢で食べた方が…美味なのでございます。」

 

「いいから早く座れよ、志保。アタシ、腹減っちまったよ。」

 

園田さんも、杜野さんも、西城さんも、たった一度追いかけっこをしたくらいの仲なのに、こんなにも優しく接してくれる。

 

「果穂のお母さんがお弁当を作ってくれたって聞いたから、私達も作ってきたの、お弁当!」

 

五人が五人とも、横にある弁当箱…というよりも重箱を取り出し、その蓋を開ける。

どう考えても一人分には見えないそのサイズと内容量、それが五人分。加えて私に作ってもらった果穂のお母さんの弁当箱。

 

「お昼というより、これはもう…お花見、ですね。」

 

もう葉もすべて落ち、鋭い風が体に突き刺さる。

でも、何だか温かい、そんな空間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は彼女たちに感謝を告げて、事務所の近くで別れる。

他にすることもない私は、自分の家への帰路につく。

家に帰っても、電気もついていなければ、誰もいることもなかった。

多分大河がまた陸を連れまわしてるのだろう。

 

誰もいない空間、それはいつものことだ。

陸が生まれるまでは両親も共働きで、歳不相応にしっかりしていたので、家に一人で残されることも多かった。

弟が生まれてからはそれも少なくなったが、それでも孤独を感じることが多かった。

 

でも、大河と出会えた。静香と出会えた。

二人と出会えて、私の孤独は孤独じゃなくなった。

二人が家に来て、陸が二人と仲良くなって、それが普通になって。

 

でも、いつからか気付いてしまっていた。

大河の周りの人達が、静香や加蓮さんが、そして私が、大河の重荷になってしまっているのではないかと。

そんな人が何人も、何十人も彼の周りには居る。

 

何故だかは分からないけれど、彼の周りには悩んでいるアイドル達がすぐに集まる。

保健室にいた杏奈や、スイーツバイキングで出会った櫻木さん、風野さん、八宮さんなんかがいい例だ。

彼にとって、一人二人を助けるのは簡単な話だ。彼の能力を用いれば、それだけのことを簡単にやってのけることができる。

じゃあ、それが三人だったら?四人だったら?それ以上だったら?何十人、何百人となれば、彼にも限界は絶対に来る。その時に彼は絶対に誰も見捨てられない。彼は優しいから。

 

 

 

…じゃあ、彼は誰に助けてもらえばいいの?

彼は独り、誰かの為に尽くして、誰にも尽くされないまま。そんな奴隷みたいな一生を送らなければならないの?

誰も彼を助けてあげられない。でも、彼に助けられなければ駄目になってしまう人もいる。じゃあどうしたらいいの?

 

世の中には、どうにもならないこともある。

選択を迫られても、選べない人もいる。

だから、選択肢が舞台から降りるしかないことだって、きっとある。

 

私は流れる涙を拭って、楽しそうに帰ってきた陸を優しく抱き留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、私は陸と目一杯遊んだ。

朝から陸と一緒にパンケーキを作って、昼からは一緒にカラオケに行って、夕方は一緒に朝の戦隊番組を見て、私は家を出た。

 

「お姉ちゃん、どこに行くの?」

 

「大したことじゃないわ。ちょっと出てくるだけだから。」

 

「…また、居なくなっちゃやだよ。」

 

「…心配ないわ。今日はお母さんも絶対帰ってこれるって言ってたし、私も…そうね、一時間もあれば帰ってこれるから。」

 

「ホント!?じゃあ帰ってきたら一緒にゲームしようね!」

 

「ええ、約束するわ。」

 

一時間もあれば、十分だ。

二年間を清算して、たった二人の友人との関係を捨てるだけ。

そんなもの、一時間もあれば十分だ。

 

(大丈夫、私には家族が居る。私はアイドルとしての目標もある。私は私。周りが少し変わっても、それはちょっと前の私に戻るだけ。何にも、変わらない。)

 

私は靴を床でトントンと履いて、家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校に着くと、校門の前でうろうろしている見覚えのある姿が目に入る。

静香はどうやらどこから入っていいいか分かっていない模様だ。

 

「…何してるの。こんなところで。」

 

「あ、志保。大河、屋上って言ってたけど、入れないじゃない?警報だって働いてると思うし。」

 

「…静香は知らないのね。こっちよ。」

 

私の中学には代々受け継がれている秘密の通路というものがいくつか存在する。

たとえば今通っているフェンスの隙間などは、警備にも見つからず学校に侵入できるという悪用されたらたまらないものなどだ。しかしそれを用いてアリバイを作ろうとしても生徒達全員が見破れるので無駄だが。

それほど有名な場所なのだが、静香は知らないらしい。

 

「ここ、警備とかは校舎内までないから、別に入れるわよ。それに…ここ。この扉だけは何故だか知らないけど警備とか働いてないからいつでも入れるわ。」

 

私はある扉を指さし、入るように促す。

ギシギシと音を立てながら扉が開く。

それから私達は、階段を上り、扉を抜けて屋上に出る。

 

まるで絵の中の世界のような、幻想的な宙が、目の前にあった。

その星々の輝きは私の背中を押しているのか、それとも私の手を取って引き留めているのか。

結局、それは自分で決めろということなのか。

 

「…大河は、まだみたいだね。」

 

「そうね。」

 

「………………。」

 

静香はこれ以上語らない様子だった。 

私もそれでいいと思っている。どうせ今日別れる関係。今から深くしようだなんて無駄以外の何物でもない。 

しかし静香は口を開いた。彼女はやはり、私の様には考えていないようだ。

 

「志保。私、志保に言いたいことがあるの。」

 

「また?そんなにたくさん喋るような子だったかしら。」

 

何も彼女が私の考えをも見抜いている訳でもあるまいし、最期に喋っておこうという意思もなく、ただ志が変わったのかもしれない。

 

「大事な話。多分、大河の話より大事で、大河には聞かせられない話。…大河のこと、好きなんでしょ?」

 

「…今更?気付いてないのは鈍感な大河くらいだと思ってたけど、静香も気付いてなかったのね。」

 

私としては正直に言って気持ちは出していったつもりだが、鈍感コンビは気付いていなかったらしい。教室内の人は全員気付いていたみたいだが。

 

「今日、伝えるつもり?」

 

「…そんなこと、できるわけないでしょ。私は静香を許せない。でも、大河は静香を見捨てたりなんかしない。私はそれすらも許せない。」

 

「いいよ。志保が私を許せないのと、志保が自分の気持ちに嘘をついたまま過ごすのは、まったく別の話でしょ。…私を言い訳にして、逃げたりなんかしないでよ、志保。」

 

「…言い訳?私が、いつ、あなたを言い訳にしたって言うの?」

 

カチンと来た。私は私なりに全てのことを考えて、皆の為になるように行動している。

それを称賛しろとは言わないが、そういった風に言われるのは腹が立つ。

 

「今も、これからも、ずっとだよ。志保でも怖いんでしょ。自分の気持ちが否定されるのが。フラれるのが、怖いんでしょ。でも、今日で志保はその気持ちにさよならしなきゃいけない。」

 

「今日…。」

 

「私、今日、大河に告白して、気持ちを伝えるよ。選ばれたんでしょ、私。このままだと志保、何も伝えられないまま終わることになるよ。…それでも、いいの?」

 

「…あーあ。」

 

私は屋上に倒れこんで、綺麗に光る星を見上げる。

こんなこと、思ったことなんて無かった。

まさか静香に言い負かされる日が来るなんて。

初めて会った時から、さっきまでだって、この少女は気弱で、控えめで、守ってあげなきゃいけない人間だと思っていたが、それは私の思い違いだったらしい。

 

私に倣い、静香は私の隣に寝転ぼうとして、少し離れたところに寝転んだ。

いつもはすぐに触れ合うほどに近くの隣に寝そべるのに、今日は気まずいのか何か考えがあるのか、まるで時計の針が6時ちょうどをさすような感じで、私達は寝そべっていた。

 

「…どうしたのよ、わざわざ変な所に。」

 

「今日だけは、ううん。今だけは、敵同士だから。横には居られない。」

 

「はぁ…。たった3日で、随分と大人となったのね。ちょっと前まで、横どころか後ろにすら居なかったのに。もう私より前に居るなんて。」

 

「いろんな人の助けがあったの。いつも私って助けられてばっかり。強く、ならなきゃなぁ。」

 

(強く…なる…。)

 

私はこの数日で、随分と弱くなった。

周囲の人達が優しすぎるせいで、もう私は孤独には戻れないかもしれないから。

繋がれないと駄目な、弱い人間になってしまった。

 

「…そう、ね。私も、踏み出さなきゃ。…私も、伝えるわ。大河にこの気持ち。でもいいの?私が先で。」

 

「いいの。それでも、私は負ける気はないから。」

 

私は自分の掌を眼の前に持ってきて、それを見つめる。

今まで、何も掴んでこなかった手だ。

父も繋ぎ止められず、友とも繋がっておらず、唯一掴めたのは手を差し伸べてくれた大河だけだった。

でもそれも離してしまって、陸の手すらどこにあるか分からなくなって。

 

私の手が、今更何かを掴めるのだろうか。

守るべきものすら、見失った私に。

 

「お邪魔だったか?心配してきてやったのに。俺無しでも仲直りできるんなら俺は帰るけど、時と場所を考えてそういうことをしろよ。」

 

足元から、大河の声がする。

真面目な話をしようって時にも、ふざけた軽口から入らないと気が済まないらしい。

 

「で、お前らの話し合いは終わったのか?お前ら内で和解できるって言うならそれに越したことはないんだが…。」

 

「そんな訳ないでしょ。私は、静香も大河のお姉さんも絶対に許せない。私が二人を許すためには、二人が大河を諦めるしかない。…大河が悪いのよ。誰でも彼でも助けるから。自分がどれだけ周りに心配されてるかも知らないで…!」

 

私は大河の考えを即刻否定する。

私の意見はどこまで言ったって変わらない。

大河が不幸である限り、私は彼を許せない。

 

「知ってるよ。知ってる。どいつもこいつも自分の都合なんか考えないで他人の事ばっか考えてよ。バカなんじゃねえのかって。」

 

「大河が言えたことじゃないでしょ!?大河は周りの人のせいで不幸になってる!他人を助けて、他人に構って、他人の為に生きている!そんなのおかしいわよ…!だったら、大河は何の為に生きているの!?人に利用されるだけされて、そのままポイだなんて、そんなの人間じゃなくて人形よ!」

 

他人の為に生きることは正しいことなのだろう。

でも、自分が不幸になってまでそれをして何になるのか。

それも、今日昨日会った程度の関係でも。

 

気付けば視界が滲んで、雫が床に零れる。

私は泣いていた。いつの間にか、泣いていた。

 

「なあ、志保。俺さ、これまで沢山の人に頼られてきた。迷ってる王女様に、道標を示してやった。呑んだくれに、あんたは正しいんだって伝えてやった。ギターが好きな少女に、お前のやってる事は間違ってないって伝えてやった。病弱なお姫様を、舞踏会まで連れてやった。それと、暴力女に正義ってモンを教えてやったり、いじめられっ子の友達になってやったり。」

 

知ってる。そんなことは知っている。大河の努力は、誰よりも知っている自信がある。

 

「大変だったし、苦労もしたよ。なんせ相手がアイドルだ。一癖も二癖も個性がありやがって、テンプレみたいに解決することなんて出来なくて、色んな知識や技能が必要で、ぶつける言葉が必要で、悩まさせられたもんだ。」

 

「だったら大河は…!」

 

「でもな、志保。」

 

大河と、正面から向き合う形になる。 

 

「俺がいつ、辛いだなんて言ったんだ?」

 

「…え?」

 

考えが、まとまらない。言ってる意味が、分からない。

 

「で、でも!大河は大変だって、苦労したって…!」

 

「大変だった、苦労もした。でも、俺はそれで幸せだったんだよ。人を助けられた、背中を押せた、何かができた。それだけで、俺は十分なんだよ。人を助けることが、俺の生きがいだったんだよ。だからさ、志保。逃げんなよ。」

 

「………………。」

 

「助けてやる、護ってやる。それが俺にとって幸せなんだ。だから、自分と距離を置かせて助けるなんて非合理なやり方、やめてくれ。お前のことだ、自分が迷惑をかけてるって、俺はそれを助けるって。それに気づいていたからこそ、俺から離れようとしたんだろ。自分は何も出来ないって、俺に迷惑をかけたくないって。だから、離れた。俺に迷惑をかけそうなやつごと巻き込んで、俺から離れるよう仕向けたんだろ?でも、それじゃあ駄目だぜ。」

 

大河の顔を、見ることができない。

私がやってきたことは、全て無駄だった。

いや、むしろ大河にとっては邪魔以外の何物でもなかった。私の行いは、彼の為になんてなっていない、独善的で自分勝手な行いだった。

 

「なあ、知ってるか志保。友達って、助け合うモンらしいぜ?俺も最近知ったんだけどな。」

 

「ふっ…。………………。」

 

静香が笑う。笑えない、何にも、笑えない。助けられるがままに助けられて、その恩を仇で返すような真似をして。

 

「だから、迷惑でもなんでもかけろよ。俺はそれが、嬉しいんだからな。」

 

「私…バカだったんだ。大河の為になるって思って、でも結局そんなの独りよがりの自分勝手で。私、何にも出来てなかったんだ…。」

 

「それで、いいんだ。お前は俺を想ってくれていた。それだけあれば、十分なんだ。」

 

「よくない…!私、何にも出来てない!大河の為に、何にも…!」

 

「できてるよ。俺はお前に想ってもらえてた。その行いが無駄になったとしても、その気持ちは無駄にはならない。すっげー嬉しかったんだ。…だから、それじゃ駄目か?」

 

「駄目な訳、ないでしょ…。」

 

「そいつは良かった。」

 

大河は、こちらに手を伸ばす。

これを掴めば、私達はまた、もう一度友達になれる。

でも、それじゃ嫌だ。

戻れるなら戻りたい、でも元の関係に戻ったら、もう私は先に進めない。

静香も、大河も、きっと前に進んでいる。

私だけ、勇気を出して踏み出さないままじゃ、ダメだと思うから。

 

「私、ずっと、大河に伝えたいことがあった。でも、迷惑かけちゃダメだって、ずっと、押し留めてきて、でも…私…大河の事が―――

 

「俺さ!」

 

大河が、私の台詞に被せるようにして大声を上げる。

 

「なりたいものが、できたんだよ。だから、これからはお前らにも迷惑をかけると思うし、もう一人ですべてはやれない。今度からは、俺からも迷惑をかけるよ。迷惑をかけて、助け合う。それが、友達、ってモンなんだろ?」

 

(友達…。)

 

私は続きを言おうかとも思ったけど、やめた。

溜め息をついて、皮肉気に喋る。

 

「あーあ。ホントに大河ってずるいわよね。言わせてすら、失恋すら、させてくれないんだ。」

 

「なんのこっちゃ分からないな。」

 

その意図は分かっている。どうやら鈍感系主人公の座は投げ捨ててきたようだ。

 

「そこ、イチャイチャしないで。私だって大河に言いたいことあるのに、二人だけの世界作られると、私完ッ全に蚊帳の外なんだけど!」

 

静香が割り込んで入ってくる。

話が終わったと判断したようだ。

 

「あ、ごめんね静香。年季の入った夫婦みたいな掛け合いをしちゃって。もう出合って3年も経つからしょうがないと思うんだけど。」

 

「私と一年しか変わらないでしょ!」

 

怒る静香。こちらも随分と変わったものだ。

 

「私が言いたいことなんて大したことじゃないの。私が伝えられることは一個減らされたわけだし。私、このまま足手まといのまま終わらないから。大河に救ってもらう存在じゃない、大河のこと救ってあげられる存在になる。だから…それまで少し待ってて。」

 

「…助け合うのがダチなら、お前が俺を助けられるようになるまで俺が助けてやるよ。ま、少なくても中学三年生らしく学力的な所で助けてもらうところはほぼないだろうけどな。特に社会とか俺らが助けないとお前高校入学すら怪しいだろ。しばらくは俺らに救ってもう存在だなこりゃ。」

 

「もう!うるさい!それも何とかするから!」

 

「前回のテストは静香の答えでは平安時代に明治政府が作られていたことになってるらしいけどね。」

 

怒る静香が可愛くて、新鮮で、でも懐かしくて。

 

「もう!志保まで!なら理科で勝負しましょ!あの星は何か答えて!」

 

「うわ!こいつ理系マウント取ってきた!くそやんけ!」

 

「ほら答えられないでしょ!?じゃああっちは!?」

 

静香がそういって、私は分かるけど黙っていて、多分大河も分かっていて黙っていて。

 

そして二人が隣にいる。それだけでもう、私は満足だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校の近くで、大河と別れる。

私は静香と二人、夜の町を歩く。

 

「フラれちゃったね、志保。」

 

「何よ。静香だってフラれたじゃない。」

 

「私は言おうともしてないし、まだ負けてないから。」

 

「あら?逃げないんじゃなかったの?」

 

「戦略的撤退。私はまだ、大河に相応しい人になれてないから。相応しくなれてから、改めて。」

 

「その前に私が奪うから。油断してると一人前どころか半人前になる前に奪っちゃうわよ?」

 

「言ってなよ。私も、負けないから。」

 

二人の間に、沈黙が流れる。

 

「…今日、大河は答えを出してくれたし、私もそれを受け入れたけど、でも…。実際には何も解決してない。大河が苦しくないって言ったって、大河にかかる重荷の量は変わらないし、それの限界だってすぐ来るかもしれない。だから。」

 

「私達で大河を支える、でしょ?」

 

「分かっていたのね。」

 

「親友ですから。」

 

ふふんと決める静香に、苦笑が漏れる。

 

「私だって、このまま助けられるままじゃ終わらない。次のステップアップも考えてる。凡人のままで終わる気はないよ。だから…私がもしダメになりそうだったら、大河の前に、志保が私を助けてね。」

 

「ええ、約束するわ。必ず。」

 

そこで、私達は別れた。

道のりだけで言うならまだ一緒にいることも出来たけれど、私にとってまだこの一節は終わっていない。

 

玄関の扉を開け、靴を整えて脱ぐ。

その間にも、ドタドタと大きな音を立てて近づいてくる人の足音。

 

「おねーちゃん!」

 

「陸、あんまり大きな音を立てちゃダメよ。近隣の人に迷惑だわ。」

 

「あ、ごめんなさい…。」

 

おっと、帰って一番に言うセリフはこれじゃなかった。また姉モードに入ってしまって肝心なことを言うのを忘れるところだった。

 

「陸、ただいま。」

 

「うん!おかえり、おねーちゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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結局、答えはそこにあって

三連打③


起きると、時刻は7時過ぎだった。

ライブは2時から。終了は6時頃。ゆっくり準備したって余裕で間に合う時間で、むしろ静香達の方へ向かう方が時間がかかる。

 

顔を洗い、飯を食い、服を着替え、歯を磨き、トイレに行って、靴を履く。

 

「よし、行くか。」

 

最後に財布の中のチケットを確認し、俺は家を出発した。

 

 

 

 

 

普段乗ることがそうそうない電車に乗り、自分が知らない都会へと足を踏み入れる。

時間だけで言うなら、まだ10時すら回っていない。

だと言うのに、会場前には大勢のファン達の姿がある。

それぞれが今からのライブを楽しみに、何人かは談笑し、何人かはイヤホンで曲を聴き、何人かは購入したグッズを見て目をキラキラと輝かせていた。

こういう場所は意図的に避けてきていたので、イメージすらもしていなかったが、賑やかで、全員が楽しそうだ。

もう秋も姿を消し、今だって極寒の中で、開場時間まで2時間以上もあるというのにこの人数だ。

 

(皆、本当にアイドルのことが好きなんだろうな。)

 

取り敢えず加蓮のグッズでも買おうかと、物販に並んだ。

 

 

 

 

 

そうして開場時間となり、あれ程の人数が所狭しと会場の中へと入っていく。

俺もそれにならって会場の中に入り、席を確認する。

 

「えっと…こちらですと、立ち見席になりますね。」

 

立ち見席らしい。

 

(なんなん?アイドル関係者からチケットもらって1番後ろのフェンスて立ち見とか…。)

 

まあ前の方の席のある混雑した方に行かされるのもそれはそれでと言った感じなのでポジティブに考えよう。

 

開場して1時間。立っているだけで疲れるなんてほど体力ないわけでは無いが、若干しんどくなって来た頃。

 

隣に誰かが立った。

こうもだだっ広い後ろ側で、わざわざなんで俺の隣まで来るのかとそちらの方へと顔を向けると、そこに居たのは妙齢の女性だった。

その顔には最近見た覚えがあり、記憶の底から引っ張りだして見れば、その女性は。

 

「どうしたんだ、美城さん。このプロジェクトの最高責任者が、一番後ろから見物か?」

 

「そういう君は北条大河だな?噂に聞いていた通りよく回る口だな。」

 

Project Krone(プロジェクト クローネ)。加蓮の初ライブにプロジェクトされたグループ。その最高責任者でありプロデューサーも兼ねている女性、それが目の前の女、美城常務だ

 

「俺のことをご存知かい。調べ学習はキチンとやってるみたいだな。何か用か?」

 

「いいや。私はただこのライブを見に来ただけだ。一番後ろからだと、私が最も見たいものがよく見える。それと、君に謝りに、だな。」

 

「謝る?初対面の俺に、何を謝るってんだ。」

 

「君のことはキチンと調べてある。君の言う通りにな。だからこそ、謝罪はして、誠意は見せておかないといけない。これは、経営者としての誇りだ。…北条加蓮を、プロジェクトクローネに勧誘したのは私だ。私のせいで君のお姉さんはこうも苦しく、辛い目に遭っている。済まなかったな。」

 

「…黙れよ。ライブ、始まるぞ。」

 

 

 

照明が暗くなり、ステージだけがライトで明るくされ、ステージが始まった。

 

「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

会場内を響き渡るファン達の歓声。

出てきたアイドルのイメージカラーに、ファン達のサイリウムの色が一斉に変化する。

 

その光で照らされた、横にいる美城常務は、少し歪んだ、悲しそうな目をしていた。

 

ライブが始まる。速水奏が、塩見周子が、大槻唯が、宮本フレデリカが、アナスタシアが。歌い、踊り、輝き、煌めく。

 

ファンの決死のコールと、それに応えんと全力でシャウトするアイドル達。

そして次に現れるはずの二人組を待つファン達。

しかし次にでてきたのは、三人組。

ファン達の動揺、セットリスト通りではない進行。ほぼ初めてのライブに、困惑する三人組。

 

でも、俺がすることは、最初から一つだけだ。何がどうなっていようと、たとえ誰も、何も叫んでなんかいなかったとしても、俺が加蓮にしてやるのは、これだけ。

 

 

 

 

 

「頑張れーッ!加蓮ッ!」

 

 

 

 

 

俺の言葉を皮切りに、ファン達も声をはりあげ始める。

そして、青い光が空から舞って、彼女達の歌が始まった。

 

 

『夕暮れ差し込む光 照らす鍵盤 そっと 指を乗せて あの日の気持ち 旋律描き出す』

 

 

あいつの始まりは、いつだって寂しく、一人だった。描いた旋律は、誰の耳にも届くことなく、ただ夕焼けに散っていった。

 

 

『気高く咲く花見つめ 姿重ねた 奏でる和音響き 静寂に木霊した』

 

 

でも、一輪の花が彼女を縫い止めて、三つの音がここに重なった。

 

 

『目を閉じて感じる 暗闇 光る波紋 今すぐ この波あなたに 伝えたくて』

 

 

目からだけじゃない、耳からも、いや、体全体に叩きつけられるような鼓動が、振動が、体を突きぬけていく。

 

 

『激しく溢れ出るこの気持ち 大事な事伝えたい 過去を 今を 未来 繋げる 言葉を探すよ』

 

 

過去から導かれ、今を繋いで、未来を目指す。そこに言葉なんて必要なくて、ただ感情をありのままにぶつけるだけ。

 

「なあ、美城常務…。」

 

「何だ。」

 

「加蓮を…アイドルにしてくれて、ありがとう。」

 

すると驚いたような顔の美城常務が、こちらを見て返事をした。

 

「…憎まれ事の一つでも受けるとは考えていたが?」

 

「俺じゃ駄目だった。俺じゃあ加蓮をここまで連れてくることはできなかった。だから、ありがとよ。」

 

 

『鮮やかな色纏う波紋は 風受けて飛び立った。』

 

 

(ああそうか…だから、加蓮は…。)

 

「なあ、俺、決めたよ。」

 

「何をだ?」

 

「俺、――――になるよ。」

 

 

『キラキラとひかる 眩しい空へと…』

 

 

青い光が、星空のように凪いで、歓声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女達に会っていかなくてもいいのか?私がいれば、会って話すことくらいはできる。」

 

「いいんだよ。加蓮は答えを聞かせてくれた。答え合わせなんて家に帰ってからで十分だ。」

 

美城常務の誘いを断り、俺は電車に乗る。

時間はもう6時を回っている。

急がなければ、約束していた時間に間に合わないだろう。

 

俺は電車から降りて、急いで学校へと向かう。

そして、閉ざされている校門の柵を飛び越え、鍵のかかっていないドアから校舎内へと入り、屋上への階段を駆け上がる。

屋上にたどり着くと、既にその扉は開かれていて、そこからは静香と志保の声が聞こえてくる。

どうやら二人して寝転んで宙を見上げて、話をしているらしい。

頭を寄せ合って、まるで心を許し合った親友のように。

 

「お邪魔だったか?心配してきてやったのに。俺無しでも仲直りできるんなら俺は帰るけど、時と場所を考えてそういうことをしろよ。」

 

俺がそういいながら屋上に入っていくと、静香と志保は飛び起きて互いに距離を取る。

そして気まずそうにそっぽを向いて二人とも髪を弄りながら顔を赤らめる。ホントにゆるゆりですか?

 

「で、お前らの話し合いは終わったのか?お前ら内で和解できるって言うならそれに越したことはないんだが…。」

 

「そんな訳ないでしょ。私は、静香も大河のお姉さんも絶対に許せない。私が二人を許すためには、二人が大河を諦めるしかない。…大河が悪いのよ。誰でも彼でも助けるから。自分がどれだけ周りに心配されてるかも知らないで…!」

 

俺の甘い考えは、即刻否定される。

どうやら二日間会えなくても、志保の頑固な考え方は変わらないようだ。

 

「知ってるよ。知ってる。どいつもこいつも自分の都合なんか考えないで他人の事ばっか考えてよ。バカなんじゃねえのかって。」

 

「大河が言えたことじゃないでしょ!?大河は周りの人のせいで不幸になってる!他人を助けて、他人に構って、他人の為に生きている!そんなのおかしいわよ…!だったら、大河は何の為に生きているの!?人に利用されるだけされて、そのままポイだなんて、そんなの人間じゃなくて人形よ!」

 

志保は、涙を流しながら、吠える。

静香は特に介入する気もないようで、俺達のやり取りをずっと見つめている。

 

(…覚悟、か。)

 

いつだって、1人の人を傷つけることは、覚悟がいるものだ。

或いはこれを伝えなければ、志保は『しあわせ』なまま平穏に過ごせるのかもしれない。

それでもいいと思っていた。元々彼女は1人であって、俺も1人だった。ただその関係が清算され、リセットされ、元に戻るだけ。

でも、それを許さない奴がいた。1人から救ってもらったからこそ、誰も1人にさせないと、そう心に誓った少女がいた。

 

もう、頼れる弟は卒業だ。

もう加蓮は、何も出来ないお姫様じゃない。

舞踏会で踊る、アイドル(シンデレラ)なのだ。

 

だから、これからは。

 

「なあ、志保。俺さ、これまで沢山の人に頼られてきた。迷ってる王女様に、道標を示してやった。呑んだくれに、あんたは正しいんだって伝えてやった。ギターが好きな少女に、お前のやってる事は間違ってないって伝えてやった。病弱なお姫様を、舞踏会まで連れてやった。それと、暴力女に正義ってモンを教えてやったり、いじめられっ子の友達になってやったり。」

 

俺はフェンスに手をかけて、夜空を眺めながら言う。

 

「大変だったし、苦労もしたよ。なんせ相手がアイドルだ。一癖も二癖も個性がありやがって、テンプレみたいに解決することなんて出来なくて、色んな知識や技能が必要で、ぶつける言葉が必要で、悩まさせられたもんだ。」

 

「だったら大河は…!」

 

「でもな、志保。」

 

俺は体を向け直し、志保に正面から向く。

 

「俺がいつ、辛いだなんて言ったんだ?」

 

志保にしては珍しく、大きく目を見開いて、潤んだ瞳でこちらを驚愕の表情で見ていた。

 

「…え?で、でも!大河は大変だって、苦労したって…!」

 

「大変だった、苦労もした。でも、俺はそれで幸せだったんだよ。人を助けられた、背中を押せた、何かができた。それだけで、俺は十分なんだよ。人を助けることが、俺の生きがいだったんだよ。だからさ、志保。逃げんなよ。」

 

「………………。」

 

「助けてやる、護ってやる。それが俺にとって幸せなんだ。だから、自分と距離を置かせて助けるなんて非合理なやり方、やめてくれ。お前のことだ、自分が迷惑をかけてるって、俺はそれを助けるって。それに気づいていたからこそ、俺から離れようとしたんだろ。自分は何も出来ないって、俺に迷惑をかけたくないって。だから、離れた。俺に迷惑をかけそうなやつごと巻き込んで、俺から離れるよう仕向けたんだろ?でも、それじゃあ駄目だぜ。」

 

志保は、俺の方を見ようともしない。だったら、振り向かせるだけだ。

 

「なあ、知ってるか志保。友達って、助け合うモンらしいぜ?俺も最近知ったんだけどな。」

 

「ふっ…。………………。」

 

静香が耐え切れずに笑った。真剣な台詞を吐いたつもりだが、どうやら面白かったらしい。今更口を真一文字に結んでももう遅い。もうシリアスな空気感はブチ壊しである。

 

「だから、迷惑でもなんでもかけろよ。俺はそれが、嬉しいんだからな。」

 

「私…バカだったんだ。大河の為になるって思って、でも結局そんなの独りよがりの自分勝手で。私、何にも出来てなかったんだ…。」

 

「それで、いいんだ。お前は俺を想ってくれていた。それだけあれば、十分なんだ。」

 

「よくない…!私、何にも出来てない!大河の為に、何にも…!」

 

「できてるよ。俺はお前に想ってもらえてた。その行いが無駄になったとしても、その気持ちは無駄にはならない。すっげー嬉しかったんだ。…だから、それじゃ駄目か?」

 

「駄目な訳、ないでしょ…。」

 

「そいつは良かった。」

 

俺は志保に向けて手を差し出す。

それに対して、志保は俯いて、何か悩んでいるように見える。

まるで、これを伝えてもいいのかと。迷惑をかけないのかと。

そして、決心して顔をあげ、口を開く。

 

「私、ずっと、大河に伝えたいことがあった。でも、迷惑かけちゃダメだって、ずっと、押し留めてきて、でも…私…大河の事が―――

 

その先を聞くことが、人間として、北条大河が北沢志保にしてやれる精一杯の誠意だと思う。

でも、親友としての正解はきっとそうじゃない。

 

「…俺さ。なりたいものが、できたんだよ。だから、これからはお前らにも迷惑をかけると思うし、もう一人ですべてはやれない。今度からは、俺からも迷惑をかけるよ。迷惑をかけて、助け合う。それが、友達、ってモンなんだろ?」

 

口を開いていた志保は、続きを言おうとして、やめた。

そうして、溜め息をついて、空を見上げる。

 

「あーあ。ホントに大河ってずるいわよね。言わせてすら、失恋すら、させてくれないんだ。」

 

「なんのこっちゃ分からないな。」

 

やれやれと溜め息をついた志保と、とぼける俺。

これでいいのかは分からないけど、俺にできる最高はこれだ、って思っただけだ。

 

「そこ、イチャイチャしないで。私だって大河に言いたいことあるのに、二人だけの世界作られると、私完ッ全に蚊帳の外なんだけど!」

 

「あ、ごめんね静香。年季の入った夫婦みたいな掛け合いをしちゃって。もう出会って3年も経つからしょうがないと思うんだけど。」

 

「私と一年しか変わらないでしょ!」

 

(…なんだろう、静香と志保が俺の知らない内に仲悪くなってないかこれ。)

 

「私が言いたいことなんて大したことじゃないの。私が伝えられることは一個減らされたわけだし。私、このまま足手まといのまま終わらないから。大河に救ってもらう存在じゃない、大河のこと救ってあげられる存在になる。だから…それまで少し待ってて。」

 

「…助け合うのがダチなら、お前が俺を助けられるようになるまで俺が助けてやるよ。ま、少なくても中学三年生らしく学力的な所で助けてもらうところはほぼないだろうけどな。特に社会とか俺らが助けないとお前高校入学すら怪しいだろ。しばらくは俺らに救ってもう存在だなこりゃ。」

 

「もう!うるさい!それも何とかするから!」

 

「前回のテストは静香の答えでは平安時代に明治政府が作られていたことになってるらしいけどね。」

 

「もう!志保まで!なら理科で勝負しましょ!あの星は何か答えて!」

 

「うわ!こいつ理系マウント取ってきた!くそやんけ!」

 

「ほら答えられないでしょ!?じゃああっちは!?」

 

なんて、静香が言って、俺らは星を見上げて、寝転んで三角形のように頭を突き合わせて、広く、蒼く、遠い空を見上げていた。

 

 

 

 

 

そうして俺らはもう一度、『友達』になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあな。気を付けて帰れよ。また、明日な。」

 

「うん、また明日。」

 

「明日、学校でね。」

 

その後俺達は、星を見上げて、笑って、冗談を言い合って、そして学校の前で別れた。

俺には、後一仕事残っている。

家に戻ると、既に父親も母親も帰ってきていて、加蓮の初ライブの祝勝会ムードだ。

食卓には豪華な料理がたくさん並べられていて、というか大量のポテトが並べられていて、両親は既に酔いつぶれていた。おい。

 

ポテトをずっとカジカジしてる加蓮は、俺に気付くと片手をあげた。

 

「よ。」

 

「よ、お疲れさん。ライブ、良かったぜ。」

 

「大河が真っ直ぐ応えてくれるなんて、明日は槍でも降るの?」

 

「奈緒と凛は良かった。」

 

「よかった、槍は降らないみたい。」

 

いつも通りしょうもない掛け合いから始まる姉弟の会話。

そのまま流されて話すことだって俺達にはできたけれど、俺達はそれをせず、ただ無言の時間を過ごした。

 

「…理由、分かってくれた?私がアイドルを続ける、理由。」

 

「ああ、見りゃ、分かるよ。」

 

「そ、なら、良かった。」

 

そう、彼女は俺に一切語ってはくれなかったけれど、ライブを見に行けばそんなもの簡単に分かった。伊達に15年も弟をやっていないのだ。

 

「…あんな景色、他じゃ見れないもんな。」

 

吠えるような歓声、煌めくペンライト、輝くようなファンたちの笑顔。

アイドル達の流す汗と、ファンたちの流す涙と、きっと、あの会場にはたくさんのものが詰まっている。

一番後ろからだと、それがはっきりと分かった。

 

「そう。それが私が、アイドルを止めない理由、アイドルを続ける理由。アイドルを諦めない、理由。」

 

「気持ちが変わる訳…ないよな、あーあ。俺がこっち側に連れてこられるとはねぇ。」

 

「姉が弟に負けるわけにはいかないの。大人しく私がトップアイドルになるの見てなよ。」

 

「やだね。俺が大人しくしてる訳ないだろ。俺は俺で、お前に追いついて追い越して、上からふんぞり返って笑ってやるよ。」

 

「は?何?あんたアイドルにでもなるつもり?」

 

「んなわけねーだろ。やりたいことってのは別にあんだよ。」

 

「何?何する気?あんた。」

 

「んー。」

 

 

 

加蓮が最後のポテトを食べ終え、次の袋へと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、プロデューサーになるよ。」

 

 

 

「…は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




加蓮一位おめでとおぉぉぉぉぉ!!!(復唱)

これにて、加蓮Be!の第一章は終わり、残すはエピローグだけとなります!
ちゃんと二章も考えてるから心配すんなよ!でも期待はすんなよ!

この速度で連射したのでエピローグ出した後はいつ帰ってくるか分からぬ。気長に待つがヨロシ!






最後に、本当に!加蓮一位ありがとう!おめでとう!
ありがサンキュー!!!



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この先に続くエピローグ

窓から入る日光が、心地よく感じる冬の昼下がり。

可奈が歌い、杏奈がゲームをし、星梨花が宿題をし、亜美と真美がいたずらをする。

いつも通りの日常の姿だった。

 

「皆、おはよう!」

 

「「「おはようございます!」」」

 

扉を開け放って大声で挨拶をするプロデューサーに対して、たくさんのアイドル達がそれに返す。

そう、ここは765プロダクションライブシアター。

765プロダクションのアイドル達が公演をするべく作られた劇場(シアター)であり、今では専らミリオンスターズのメンバー達が仕事間の時間を潰したり、今日の仕事の予定を確認したり、ダンスやボーカルの練習場にしている場所だ。

 

「あの…後ろの方々は…?」

 

琴葉さんがプロデューサーさんに、皆が疑問に感じているであろうことを尋ねる。

その言葉通り、プロデューサーさんの後ろには多くの人影が見え、目を輝かせている者、鼻歌を歌っている者、分かり易すぎるくらいに緊張している者など、多種多様だ。

 

「ああ、この子達は新しく765プロに所属するアイドル達だ。負けないように、でも仲良く、そして楽しくやってくれ。未来、お前から自己紹介、頼むぞ。」

 

「はい!春日未来!アイドルになるために部活を辞めてきました!私、アイドルになる気持ちだけは絶対ぜーったい、誰にも負けないつもりです!よろしくお願いします!」

 

「私、伊吹翼でーす!辛い練習とかはあんまり好きじゃないけど、楽しくってモテモテで幸せなハッピーライフのために頑張りたいと思いまーす!」

 

「し、白石紬と申します。アイドルを目指すために金沢から参りました。どうぞよろしくお願いします。」

 

「……よし、がんばるぞ。…真壁瑞樹と言います。トップアイドルを目指しています。よろしくお願いします。」

 

「最上静香といいます。私自身、何か特別な存在になりたくてここに来ました。才能は無いかもしれません。でも、努力はできます!努力して、トップアイドルになろうと思います。これから、宜しくお願いします!」

 

それぞれが次々に自己紹介をし、個性のある美少女達がズラリと並ぶ。

その中には静香の姿。ジュリアから聞いていた話ではあるが、やはりこうした場で実際に対面すると少し不思議な気持ちにとらわれる。

まあ、そんなことより。

 

「あの、プロデューサーさん。一ついいですか?」

 

「ん?どうした志保。」

 

「新しいアイドルの仲間達が増えるのは喜ばしいことですけど。…その横に居る卑しい顔をした男は誰ですか。」

 

「おいおい、卑しいとは何だよ卑しいとは。もう数年来の友人じゃないか志保くふぅん。」

 

「その名前の呼び方止めて。数年来ってまだ3年だし、あんまり馴れ馴れしくしないで。」

 

「お?志保と知り合いか?まあでも、君のことを知らないだらけな人なわけだし、一回自己紹介してもらえるかな?」

 

「…半分くらい顔見知りなんだけどな。ま、いいや。俺の立場ってモンも示しておかねえといけねえし。俺は、これから765プロダクションの二人目のプロデューサー(・・・・・・・)になる―――

 

少年は、ニヤリと笑った。

 

「―――北条大河だ。よろしくな、クソアイドル共。」

 

本当に、半数くらいが、息を飲んだ。

 

 

 

                            To the next stage_.

 

 

 




短っ!マジで短っ!いるこの話?

というわけで一章終了です。
第二章はチュパカブラとぴにゃこら太とデビ太郎での全面戦争編です。
嘘です。今の時期だとチュパカブラ一強になりそう。

できれば早めに上げたいけど、無理な気がするので待ってて♡






ミリオンのライブ生放送連打ってマ?




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What kind of〝IDOL〟do you want to be ?
始動


 

 

少女たちは夢に辿り着く。

子供の頃から夢を見て、輝く場所を想い描いて、ようやくそこに辿り着く。

でも、それは単なるスタートに過ぎない。

ゴールはまだまだ、その先に。

 

 

 

―――飛び越えろ、頂点すら置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Second stage(第二章)

 

What kind of〝IDOL〟(あなたはどんなアイドルに)do you want to be?(なりたいのですか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?何のつもり?」

 

「何のつもりってなんだよ。俺は今日からプロデューサーで、お前らはその子分みたいな?そういう説明をされたい感じ?」

 

「プロデューサー業はそんな都合のいいものじゃないんだけど…。それより、どうしてプロデューサーに…?いやそもそも何で了承したんですか、赤羽根さん。」

 

1月某日。

クリスマスイヴ、クリスマス、大晦日、お正月、三が日を越え、既に冬休みも終わりに近づいた時期。

俺は自己紹介をした瞬間に志保に詰められ、襟を掴まれながら恫喝されている。こいつッ…上司を脅すなんてなんて奴だッ…。

 

「いや、俺は志保と大河君が知り合いだなんて知らなかったし、それに…彼は優秀なプロデューサーになる。俺が保証するよ。ちょっと口は悪いけどね。」

 

「ま、赤羽根さんは分かってくれてる訳だから、黙って跪くんだ、志保よ。」

 

「…後、すこーし態度が大きくて、ちょーっと人生舐めてるみたいだけどね。」

 

笑顔に見えるが、このタイプは怒っても笑顔だ。多分ヤバい。

 

「…ま、冗談はここまでにして、仕事の話をしようか、赤羽根さん。俺は何をすればいいんだ?優秀な事務員も増えたみたいだし、事務作業しかやることない、なんてことにはならないんだろ?」

 

「勿論。元々俺一人で何とかなっていたわけじゃないうえに、新しいアイドル達も入ってきたからね。流石にこれ以上はアイドル達の負担になると思ったわけだ。…何が言いたいか、分かるよね?」

 

笑顔は崩さず、しかしプレッシャーを強めて。怒っているわけではないだろうが、試されているような感じだ。

 

「足手まといを育て上げる暇はないってことだろ。それに、アイドルとの信頼構築に時間がかかってるようなどんくさいのも駄目。そしたら俺は都合いいよな?なんてったって半分くらい知り合いだ。なぁ?」

 

俺が周囲を見渡すと、言った通り反応を示す奴もちらほら。と、いうより765に居るなんて知らなかった奴も何人かいる。

というか殆どがそうだ。一応765のホームページを見漁ってきたのだが、どうやらあそこに書かれてるだけのメンツがアイドル全員ってわけではないようだ。

 

「足手まといになる気もない。基本的ステータスは優秀だから、概要だけ教えてくれれば後は自分で何とかする。分からないところはきちんと聞く。失敗は誤魔化したりしない。基本的に朝から晩まで働ける。持病は無い、通勤は電車で2駅。他に質問は?」

 

「…うん。君の情報は十分貰ったし、今すぐここで聞きたいと思う情報は無いよ。で、今日の仕事なんだが…無い。君にできる仕事は無いよ。」

 

「は?」

 

「そもそも中学生を働かせたりなんかできないよ。少なくとも来年度の4月までは君はここの社員じゃない。」

 

「じゃあなんでここに連れてきたりなんかしたんだ?大人しく4月以降に呼べば良かっただろ。」

 

「でも、仕事をしなければ別に何をしたっていいわけだ。だから暫くの間、君はアイドルとの交流をしてほしい。まずはアイドルの皆と仲良くなること。それが、俺が考える最高のプロデュースって奴さ。」

 

「アイドルとの、交流ね…。あんまりコミュニケーションは得意じゃないんだが…何とかやってみるよ。」

 

俺は取り敢えず、知り合いらへんから話しかけてみることにした。

 

 

 

「嘘ばっかり…。アイドルと仲良くなるなんて息を吸うより早いくせに…。」

 

「嫉妬か?志保。」

 

「はぁ?プロデューサーさんでも、あまり変なことを言ってると蹴り飛ばしますよ?」

 

「ホント怖いな、志保…最近になって、というか今月の初め辺りから段々手を出すまでが早くなってないか…?まあ、にしたってウチのアイドルだぞ?癖のある女の子ばっかりだ。大河君といえども、そう簡単には…。」

 

『なんや大河君!めっちゃおもろいやん~!』

『エキサイティングなアートですね!タイガ!』

『肉じゃがどうですか!?大河君!』

 

「…何か言うことは?」

 

「…大河君に教える仕事の内容、纏めておくよ。」

 

私とプロデューサーは、揃って溜め息をついた。

 

 

 

 

 

「はぁ!?高校に行かないつもりって言うの!?」

 

学校も始まって数日。既に始業式も終わって皆受験モードになっている時、しかし俺と静香と志保は机をくっ付けて食べていた。

勿論他の奴らも同じように集団で食べている奴もいたが、勉強を本格的に始めようとしている奴らも少なくはない。

別段進学校というわけでもないが、流石に推薦の奴らはもうすぐそこに試験が見えてるわけで。

つまりは叫んだ静香は、白い目で周囲から見られてすぐに着席して声を静める。

 

「…って、そんなことより、高校に行かないって正気?」

 

「義務教育はもう終わる。就職に関してはプロデューサー。何か問題があるか?」

 

「あるでしょ…!もしプロデューサーになれなかったら!?中卒じゃどこも雇ってなんかくれないよ!?」

 

鎮めながら声を荒げるという離れ業をやってのける静香。役に立たなそう。

 

「そうだとしたら?お前らだってそうだろ?受験前でもアイドル活動を続けてるわけだ。未来の可能性を切り捨てて、今の可能性に投資する。俺は本気だ。冗談でも、酔狂でも、ましてやお前らの為とかでもなく、本気だ。」

 

「…別に、プロデューサーを目指すことを責めてるわけじゃないよ。大河が自分の夢を持てることって立派だと思うし、私だって応援したいとも思う。でも、それは高校に行きながらだってできることじゃないの?将来の可能性を削るって言ったって、私も志保も高校には行くつもりだし、そんな中でもアイドルとしての高みを目指すための努力は欠かすつもりもない。大河ならできるでしょ?高校に行きながらだって、大河は…。」

 

「俺は勿論それくらいできるし、そのことについても考えたよ。でも、それは限界のある職業に限る。アイドルは体力に限界はあるし、休息だって重要な仕事だ。自分の身体を資本にするわけだからな。勉強にしたって、赤羽根さんの話じゃあ移動時間や待機時間にコツコツやれば高校の勉強にもついていけるって話だ。でも、プロデューサーに限界はない。やることなんて幾つだってある。仕事の確保、書類の提出、他のアイドルの研究。それが、52人。当然、俺だけじゃなくて赤羽根さんが担当することもあるし、アイドル本人がどうにかする問題だって多いはずだ。でも俺はそんな中途半端で終わらすつもりは無い。夢に向かってひたむきに走る奴は、それだけに集中させてやりたい。だから、俺は全部やれるようになりたい。だから時間が必要。だから高校に行かない。あんだーすたん?」

 

「…言ってることは分かるけど、それで大河が不幸になったら本末転倒だよ。また志保が逃げ出しちゃうよ。」

 

「静香、ヘッドロック。」

 

「…ごめんって。」

 

軽口を叩く静香を、一口で黙らせる志保。

どうやら力関係は確定してるらしい。

 

「その辺も自分で考えてるよ。ほら、これ。」

 

俺は机の中から一枚の紙を取り出す。

 

「高卒…認定試験。」

 

「これに受かれば高校はいかなくても大学に通う資格は手に入る。そうすりゃもし失敗しても大学に通いなおして就職することだって可能だ。」

 

「むぅ。ホント、大河ってこういう時入念に入念が込められてて崩せる気がしない…。志保、志保からも何か言ってくれない?」

 

「私は別に、止める気なんてないわ。大河の人生だし、リカバリーも考えてるし、別に問題は無いんじゃない?」

 

志保は飲んでいる水筒から口を離して、一旦息をついてから返事をする。

なんか娘の反抗期に対する母親見たいな返しだなこいつ。

 

「志保までそっち側なの…?じゃあ勝ち目ない、好きにしてよ…。」

 

「ま、私達が言えることはないわね、家族が賛成してるなら。」

 

「………………。」

 

「…話してないんだ。」

 

「バレバレすぎて悲しくなってくるわね。」

 

俺の決死の誤魔化しは通用せず、二人には筒抜けだ。

そう、一番の大問題。それは家族。

まだ話していないどころの騒ぎじゃない、アイドルと関わっていることすら話していない。

加蓮には話してはいるが、それも『いつ』という話はしていない。多分アイツは高校進学後、いや、多分大学卒業後の就職的な話として捉えているだろう。

まあ最悪こいつは何とかなる。相手にしなくても問題は無い。というか絶対に敵に回るとも限らない。

 

大問題は両親だ。

過去には加蓮がアイドルになるとかならないとか言ういざこざで、両親には多大なる心配と迷惑をかけている。

その際に俺は加蓮がアイドルになるための資金提供として、スカラシップの話をしたわけだ。

正直その時はその場しのぎさえ通ってしまえば何とかなると思っていた。

現に何とかはなったのだが、今ここでそれが効いてきている。

 

(今更高校に行かないとか言ったら、めっちゃ怒られそうだな…。)

 

スカラシップだってギリギリのラインを切り抜けたのだ。

正直今回ばかりは勘当すらあってもおかしくないレベルの話だ。

 

 

 

 

 

「で、どうしたらいいん?」

 

「それ…、なんで私に聞くんですか?絶対聞く相手間違ってますやん。」

 

事務所のソファで寝転がりながら、俺は見下ろすようにして眺めてくる横山奈緒に問いかけた。

既に学校で二人に話してから一週間。

静香と志保はもう受験も近いので、大きな仕事以外はレッスンにもあまり来ていない状態だ。

だから実は、話していないこともバレていない。

 

「そんなん私に聞かれたって、そもそも志保とか静香とか、大河には聞く相手がおるやろ?そっちに聞いたらええやん。」

 

「聞けるわけねーだろ。あっちには啖呵切ってプロデューサーになるって言ってんだ。しかも話してないって言ってからもう一週間だ。俺のプライドが許さねえ。」

 

「…ほぼ赤の他人に相談してる時点でプライドズタボロだと思いますけど。…なあ、百合子はどう思う?」

 

奈緒は隣の白机で読書をしている七尾百合子に声を掛ける。

どう考えても俺の対応をするのが面倒くさくなった反応だ。

 

「え、私ですか!?」

 

「私には手が負えへん…頼んだで、百合子!」

 

百合子に全投げする奈緒。

そして給湯室の方に鼻歌交じりに歩いていく。自分より年下に押し付けていいんですか?

 

「そんなこと言われましても…。えっと、両親に…プロデューサーになることを伝えづらい…でしたっけ?」

 

「ついでに高校にもいかない。むしろこっちのことの方が伝えづらい。キレられそう。」

 

「高校にも…!それは、怒られそうですね…。やっぱり、高校に行くのは社会の常識みたいになってますからね。」

 

「って、待ちや!よくよく考えたらなんで百合子がおんねん!」

 

何故か大声で走りながら戻ってくる。ギャグアニメで見たな、その動き。

 

「百合子!大河のしょうもない話に付き合ってる場合じゃないやろ!受験生やんか!後1ヶ月少しで試験なんやろ!?勉強しいや!ほら、帰り!」

 

「嫌です!家に帰ってしまったら本が読めないじゃないですか!勉強はい~や~で~す~!」

 

必死の抵抗虚しく、百合子は奈緒に引きずられてそのまま部屋の外まで行ってしまった。

所詮百合子は文学少女、スポーツ少女の奈緒には力では敵わないのだ。

 

「結局、何の相談にもならなかったな。」

 

そう、別に俺もただただ日和り続けてるだけではない。

志保や静香には聞けていないが、他の奴らに相談してみたりもしているのだ。

だがしかし、いかんせん場所が悪い。

 

『そんなことよりガールズトークしましょ!ガールズトーク!私、このみ姉さんとの馴れ初めとか聴きたいわ!』

 

『そんなことより野球しようぜ!野球!今なら琴葉も居ないし、今しかないって!』

 

『話聞いてましたか!?大河くん、なら、一から説明しなおしますよ!まずアイドルちゃん達はですね…。』

 

ミリオンに期待した俺が馬鹿だった。

そして今日結局なんの成果も得られなかったわけで。他の日に比べればまだマシだったが。

 

「さてと、どうしますかねえ。」

 

時期が時期、時間が時間だけあって既にシアターにはアイドルはいない。

もう誰かに相談できるわけでもなし、帰ろうとして鞄を持って事務所から出る。

 

「じゃ、帰るんで。まあ俺が言うことじゃないけど戸締りちゃんとしてくださいね、赤羽根さん。」

 

バタンとしまった扉の先で、赤羽根健治はボソッと呟いた。

 

「俺に頼ってくれても、いいんだぞ…。」

 

 

 

 

 

事務所を出て、俺は駅に向かわずに線路沿いを歩く。

いつもなら電車で帰るところだが、今は考える時間が欲しい。

考えるのに、この夕暮れの線路沿いは心地の良い空間だ。

まあ、家に居ると気が気でないというのも感想の一つだが。

 

(思い切って、打ち明けてもいいのか?だがそれでダメだと言われたら?今回ばっかは俺に分が悪い。言葉巧みに騙し騙しやってこれたこれまでとは違う。だって、これは非があるのは俺で、反論も弁明もできない。)

 

じゃあ夢を諦めるのか、と聞かれれば、答えはノーだ。

 

(…新居でも、探すか。一応な。)

 

「あら、そこのあなた。落としたわよ。」

 

「あ?」

 

思考を巡らせていた時、不意に後ろから透明感のある声が掛けられた。

後ろを振り向くと、青髪の女性が何かを持った手をこちらに差し出し、隣で銀髪の女性が眠そうにしていた。

 

「…へぇ、あなた、765プロダクションでプロデューサーをしているのね。」

 

彼女が手に持っているのは、どうやら俺が落とした一枚の紙きれ。

それは、765プロで試験用に作った俺の名刺、それを記念にと渡された一枚だ。

しかしあちらばかりがこちらの情報を握っている訳でもない。

たまたまには近いが、俺も彼女たちを知っている。

 

「そういうアンタらは、速水奏に塩見周子だな?346の、Project Kroneのアイドルだろ。」

 

「真面目に調べているみたいね。流石に優秀な事務所には優秀なプロデューサーさんがいるのかしら?」

 

「…もしかして、対抗意識持ってる?」

 

「ッ…。」

 

「だったら、止めてくれ。俺はまだ成り立てのぺーぺー…でもないな。なってすらいない。俺はまだ765プロのアイドルの情報を叩きこむのに精一杯だ。アンタらのことは調べ切れてたわけじゃない。たまたまProject Kroneのライブに行く機会があって、そこで見させてもらっただけだよ。」

 

「それはそれでムカつくわね…。えっと、北条、大河?……北条?」

 

「赤の他人だ。」

 

「…ってことは、あなたが加蓮の弟ね。隠したって無駄よ。加蓮がいつも大河大河うるさくて、嫌でも覚えちゃったんだから。」

 

「何が目的だ。」

 

「別に、目的があったわけじゃないけれど。そう言われると何か強請(ねだ)ってみたくなるわよね。それなら…加蓮の秘密な情報とか、聞きたいわね。」

 

「ああいいぜ。ならどっか話せる場所に行こうか。」

 

「それでいい?周子。」

 

「なんでもいいけど、お腹空いたーん…。」

 

「ふふ、それなら、カフェにでも行きましょうか。」

 

 

 

 

 

(そりゃあ加蓮の弟ですものね…。これくらいは考えておくべきだったわ…。)

 

近くのカフェに入ってから僅か1分。既に奏は後悔していた。

注文を店員に頼んで席に着き、さてどこから聞いてやろうかと企んでいた時、目の前の少年は急に口を開いた。

話を聞いてみるに、どうやら両親にプロデューサー業のことを伝えられないことを悩んでいるようで、しかしそれに対して軽く相談に乗ってやろうとしたら、待ち構えていたのは加蓮の重々しい過去を匂わせるような話と、尽力した際に請け負った代償の話。

本人は軽い気持ちで語っているつもりかも知れないが、聞くこちら側の身から言わせてもらうなら『最悪』だ。少なくとも夕方のカフェで聞くような話ではない。

 

「で、どうすりゃいいと思う?」

 

そんなの知ったことではない。と言うか何と答えさせるつもりなのだこの男は。

こちらは、大人びているだなんだと言われてもまだ高校生。

人生経験だって他の高校生と比べればあるだろうが大したものではない。

こんなに重い話に対してすぐさま答えを出せるほど大人じゃないのだ。

兎に角、今は当り障りのない答えを出して、自分自身に決めてもらうしかなさそうだ。

 

「大河君。あのね―――

 

「シューコちゃん的には、大河君が何を悩んでいるのか分かんないんだけどなー。」

 

「あぁ?」

 

私が口を開こうとした瞬間、ストローで最後の一口を飲み切った周子が、割り込んで私達の会話に入ってくれた。

彼女本人が私を想ってくれたわけではなさそうだが、結果的には助かった。

 

「だって、加蓮ちゃんが我儘を言ってアイドルになったのに、どうして大河君の我儘は認められないの?それってふこーへーじゃない?」

 

「不公平…って言ってもな。親にだって親なりの事情がある。子供二人共にそんな自由に動かれたら、困るんだろ。金だって工面しなきゃいけないし、何より子供をきちんと育てないといけない。約束だってしたわけだしな。」

 

「そんなの、加蓮ちゃんだっておんなじだよ。大河君だけが認められない理由にはならない。…理屈ばっか並べて、怖いんじゃないの?否定されるのが、立ち止まらされるのが。怖いんでしょ。はははー、おかしな話だよね。今まで誰よりも人の為に尽くしてきた人が、自分の望みを口に出した瞬間誰からも見放される。」

 

「ちょっと周子…!」

 

段々雲行きが怪しくなってきた。

こういう時、周子は言いたいことを言うだけ言う。相手の気持ちがどうなっても、自分が正しいと思うことを言う。

それは美徳だが、しかし棘でもある。

 

「…そう、だな。怖えのか、俺。そりゃそうか。『正しい』ことしか、してこなかったもんなぁ。自分で決めたことなんて、初めてだったもんな…。」

 

「でも、怖がる必要なんて私は無いと思うけど?じゃ、後よろしくー。」

 

周子は開いたカップを持ってレジの方へと向かう。

どうやら追加注文をする為に向かった様だが、説明全ては私に投げつけるようだ。

 

「ここで人に押し付けるの…?ホント、周子は自由が過ぎるわね…。えっと、周子が言いたかったのは多分。大河君がこれまでやってきたことは、無駄じゃなかったってことだと思うわ。大河君がこれまで誰の為に何をしてきたのかは私達には分からないけれど、人の為に何かを為せる人って言うのは、言外に周りから認められてるものなのよ。あなたが何かをしたいって主張してくれたら、きっとあなたの周りの人はあなたのことを応援してくれるわ。案外ね、人って見ているものなのよ。『正しい』ことを、してきたんでしょう?なら大丈夫よ。否定されたって、これまであなたのやってきたこと全てが否定されるわけじゃない。だから…自信を持ちなさいな。こんな時にまで、加蓮の事ばかり考えていないでね。」

 

「…気付いてたのか。」

 

「そりゃあね。こんな重い話してくるなんて、よほどの変人か、或いは、その現状を伝えて誰かに加蓮のことを想わせる優しい優しい弟君くらいしか居ないでしょうしね。」

 

「…帰るわ。」

 

「あら、北条家の血には、攻撃力は高くても、守備力が低いなんて特徴が遺伝するのかしら?」

 

「言ってろ。」

 

少年はこちらに顔も向けずに立ち去っていく。

それと入れ替わるようにして、周子が新しいカップを持って席に戻ってくる。

 

「あれ?大河君帰っちゃったの?」

 

「ええ…何とか。…そのコーヒー代、奢るわね。」

 

「ホントー!?ラッキー!」

 

周子が居なければ、胃痛で倒れていた。

これくらいは、必要経費だ。

 

 

 

 

 

「なあ、俺。プロデューサーになりたいんだ。」

 

「いいぞ。なったらいい。」

 

その日の夜。今日は早く帰ってきた親父とお袋、それに加蓮を加えた食卓が始まった瞬間、俺が切り出した話題は一瞬にして終わった。

 

「待て、は?今なったらいいって言いましたお父上?」

 

「言ったが?母さん、醤油取ってくれ。」

 

「いやいやいやちょっと待ってくれ。プロデューサーだぞ?アイドルを、プロデュースする奴。分かってる?」

 

「分かっているとも。娘がアイドルなんだからそれくらいは調べるさ。で、どこの事務所に入るんだ?」

 

「えっと、765プロだけど…。いや、そうか。つーかもう入ってるんだ。高校には行かないで、本職としてやるつもりだ。」

 

「何を言っているんだ!大河!」

 

(や、やっぱりか…。高校に行かないってのは流石に親父も―——)

 

「そういうのは早く言いなさい!私達が挨拶する前に入るだなんて!迷惑かけてないだろうな!」

 

(違うやん…全然的外れなところやん…。)

 

「本気で、言ってるのか?俺がプロデューサーになるのを、止めたりとか…。」

 

「何だ?止めて欲しいのか?」

 

「そういうわけじゃないけど…。じゃあ、お袋は?いいのか、これで。」

 

お袋と加蓮はこの間も他愛もない話をしていた。本気か?こいつら…。

 

「あら、別にいいんじゃない?悩んで、自分で決めたことなんでしょう?」

 

「お母さん、大河は止められると思ってたんだよ。人のことは死ぬまで背中を押し続ける癖に、いざ自分の番になると、自分のことが信じられずにビビッて尻尾巻いて逃げる。」

 

「じゃあ背中を押してあげたらいいのかしら?こう?」

 

「お母さん背中を押すってのは物理的な意味じゃなくて…。」

 

どこまで言っても、俺が予想した通りの状況にならない。

どうやら奏の言っていたことは、本当なのかもしれない。

 

「構わないさ。大河が幸せになれるなら、それで。後悔は、しないんだな?」

 

「…しないよ。」

 

「ならいい。頑張れよ。」

 

親父は俺の頭をポンポンと、赤子でもあやすかのように軽く叩く。

なんでか暖かい、大きな手だった。

 

 

 

 

 

「と、いうわけで。今日から正式に我が765プロのプロデューサーになる、北条大河君だ。皆も、もう何ヶ月か一緒に過ごして彼のことを分かってきたはずだから、これからは彼も頼りにして、アイドルとして頑張っていってくれ!」

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

「よろー。」

 

そうして4月。涙ながらに杏奈との学生生活を終え、静香と志保も近くの女子高への入学を決めた春先。

俺は遂に、765プロダクションの正式な社員となった。

 

「じゃあ、大河君から一言もらえるかな。ここからは友達感覚ってだけじゃいられないからね。」

 

赤羽根さんから許可をもらったので、一歩前に出てアイドル達を見据えて、俺は言葉を発した。

 

「大したことは言えねえが…黙ってついてこいカス共、俺が、トップアイドルに、してやる。」

 

新年度初の志保のドロップキック。色は勿論、黒だった。

 

 

 

 

 

 




紹介

北条大河
中学生って嘘だろもう。

北沢志保
母。

最上静香
娘。

「静香、ヘッドロック。」
力関係の縮図。


勿論黒。



…なんか、シリアスだと紹介書き辛いな。







ミリシタ3周年なので2期開始です。
嘘です。他で色々やってたらこうなってました。すまんて。





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裏側の者たちの夜

 

 

「おい、未来。もう行くぞ。」

 

「は~い!」

 

俺はヘルメットを投げて未来に渡し、鍵を差し込んでエンジンをかける。

大分扱いには慣れたが、こいつは何ともじゃじゃ馬で、アイドルを運ぶというのも少しひやひやしてしまう。

 

「うわ~!大河君のバイク乗るの私初めて~!」

 

「あれ、そうだっけ?」

 

「そうですよ!いっつも静香ちゃんと志保ちゃんばっかり乗せてるじゃないですかー!」

 

「それはあいつらの家が近くで、送迎してやってるってだけだろ。つか早くしろ。今日の仕事がどれだけ重要なのか分かってんのか。」

 

「えー?でも写真撮るだけですよね?」

 

「…誰から聞かされた。」

 

「翼。」

 

「ごめん、俺が悪かった。」

 

誰だアイツに伝言を頼んだ奴は。見つけたら絶対許さん。

 

「あのな未来。宣材写真って何だか分かるか?」

 

「勿論知ってますよ!お母さんによく詰め替え用の方を買ってきなさいって言われますから!」

 

「それは洗剤だ。ごめんな難しいこと聞いて。で、宣材写真って言うのはだな、お前がこれから仕事をしていくのに、最初に仕事を持ってくる側の人間が見るお前の写真のことだ。」

 

「…?それって…結構大事な写真じゃないですか?」

 

「だからそうだって散々言っただろうが!昨日も一番気に入ってる服で来いって言ったし朝も髪の毛整えて来いって言ったよな!?あぁ!?」

 

「ひぃ~!」

 

俺は未来の頭を横からぐりぐりする。

これが俺が765プロに来て学んだ最高峰の技術、律子の姉御から学んだ『頭ぐりぐり』だ。効果は抜群、今なら志保にも勝てるかもしれない。

 

「取り敢えず向こうでメイクしてくれる人が居るから、その人に後は任せる。だから早く乗れ、飛ばすぞ。こうなるって思ってたからサイドカーまで外してきたんだぞ。」

 

「わーい!大河君やっさし~い!」

 

後ろに乗った未来がヘルメットをきちんとつけているのを確認して、俺はバイクのアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 

途中で三回警察に止められた。たった30分で、だ。

 

「まー大河君ちっちゃいもんねー。」

 

「頭ぐりぐりぃ!」

 

「痛い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でーす。」

 

「お、大河君。未来はどうしたんだ?」

 

「現場からそのまま帰しましたよ。流石にもう暗いですし、結構疲れてたみたいだったんで。で、また残業ですか、赤羽根さん。」

 

デスクに座って、パソコンから目を離さずに話かけてくるのは赤羽根さん。もう6時も過ぎているので、他のアイドルは全員帰ったようだ。

 

「本当にこのままの状態でいいんですか?俺、まだ余裕ありますよ?」

 

「俺だってこれまで大勢のアイドルをプロデュースしてきたんだ。これくらいで音を上げたりはしないさ。」

 

俺が正式に765プロのプロデューサーになった初日。

俺は赤羽根さんと共に社長室に呼ばれ、これからの方針について話していた。

 

『大河君には、未来、静香、翼、瑞希、紬。この5人を中心にプロデュースをしていってもらおうと思ってる。』

 

『つまり、新しく入ったメンツ、ってことか。あんた、俺を舐めてるのか?』

 

『どうして、そう思うんだい?』

 

『アイドル52人の内、たったの5人。じゃあ他の47人をあんた一人で何とかする、って言ってんだろ?しかも新人。仕事なんて多くはない。プロデューサーのやる仕事も少ないはずだ。つまり、俺よりあんたの方が10倍以上優秀だ。ってそう言いたいのか?それじゃあ俺を雇った意味がないぜ。』

 

『これまでそうっであったわけだし、何より俺は、君がそんな器用な人間には思えないよ。君は、一度に何人ものアイドルから頼られて平気な人間じゃない。大河君、君は人間のドラマに正面から立ち向かってしまう人間だ。それじゃあ。何人ものアイドルをプロデュースをするなんてできない。』

 

『じゃあアンタは出来るってのかよ。アイドル一人一人に、正面切って立ち向かわないなんてことが、できるって言うのか。』

 

『まあ無理だろうね。俺だって、別に理性的な人間っていうわけじゃない。むしろどちらかというと情熱的な人間…って、自分で言うのは違うかもね。』

 

『だったらアンタにも無理だろ。…あんまりガキ扱いするなよ。俺は自分で社会に出てきた。年齢なんてくだらないもので、下に見てんじゃねえぞ。』

 

『いいや、俺にはできるし、君にはできない。大河君の年齢なんて関係ない。君は、きっといくつになってもそのままだよ。…君には、切り捨てることはできない。君は頼られたらすべてを助けてしまう。そこに優劣なんかなくて、順に素早く助けられるんだと思うよ。でも、それじゃあアイドル業界じゃ生きていけない。一度の失敗で引退に追い込まれるアイドルだって少なくない。俺は現に、そういったアイドルを何人も見てきたよ。並列作業でどうにかなる世界じゃない。この扱いが嫌なら、実力で示して見せてくれ。』 

 

それから一週間、俺は5人のプロデュースを始めて、そしてその厳しさを知った。

それぞれの癖は強い、それぞれ好きなことと嫌いなことがあって、つーか自由人ばかり。

こいつらのことを知るだけで、相当の時間がかかってしまった。

 

「で、どうだい。プロデュースには慣れてきたかい?」

 

「ま、ぼちぼちですよ。」

 

「何か困っていることはない?」

 

何より、一番辛いのはクライアントから仕事を取ってこようとする時だ。

あちらは与える側、こちらは享受する側。

だからこちらが下手に出るのは理解できるのだが、あちらはこっちを舐めてかかってくる。

それも当然で、まだデビューもしていない新人アイドルなんて、あっちからしてみれば替えはいくらでも効くわけだ。

 

「だからと言って、ウチのアイドルの悪口を言うのはどうかと思いますけどね。」

 

「それに反応して、拳を振り上げるのもどうかと思うけど?」

 

「静香が止めたから大丈夫ですよ。」

 

「アイドルに止めさせちゃダメでしょ…。」

 

癖が強いとは言え、皆良いところばかりで、それが分からない奴も分かろうとしない奴もクズだ。

そう思ってブン殴ろうとしたら横に居た静香に止められた。志保直伝のヘッドロック付きで。

すると仕事を貰えた。これでいいのか…。

 

「そう思いません?」

 

「そう思う情熱はいいけど、プロデューサーはもっと冷静に。不満を全部請け負うのもプロデューサーの仕事の一つだ。君がキレてしまったら元も子もないよ。」

 

「ま、善処しますよ。」

 

俺は適当に相槌を打ちながらソファの机にノートパソコンを広げて電源を入れる。

デスクトップの背景はTriad PrimusのCDジャケット。何か文句あるか。

 

「仕事を残しているのか、大河君。」

 

めっちゃ絡んでくるなこの人。寂しがり屋か?

 

「ま、仕事って言ったら仕事ですね。」

 

「無理なんじゃないか?朝は新聞配達をしてから事務所に来て、事務所から帰ってから内職を続けるなんて。」

 

「…バレてたんすか。流石、仕事が早いですね。」

 

「ま、伊達に何年もプロデューサーをやってないさ。何だ、給料に不満でもあるのか?」

 

「実家暮らしだぞ。必要な金なんて大したことねえですよ。…あんな良いバイクにこんな最新のパソコン貰ったら、小遣い一月2000円の俺には負債が大きすぎるんですよ。」

 

「そのパソコンは君に必要だと思ったから買ったもので、経費扱いになってるから安心していいし、君のバイクはお父さんが就職祝いに買ってくれたものだろう?何でもかんでも返せばいいってもんじゃないぞ。」

 

「サイドカーまで買われたんすよ?姉貴もアイドルで借金だってある。家庭に負担をかけるわけにはいかないんですよ。」

 

「それで君が倒れたら元も子もない。それに、プロデューサー業を蔑ろにしてもらっちゃ困るよ。…どれどれ、何が終わってないんだ?俺が手伝って―――何、してるんだ、これ。」

 

「はい?ライバルになりそうなアイドルのピックアップと、仕事に対しての必要な能力と、スポンサーが好きそうなアイドルの傾向ですよ。出てきたばかりのアイドルとこれから仕事の枠を競ってオーディションをするんですから、ライバルの得手不得手と、どういう風に練習のスケジュールを固めていくかくらいは知っておきたいでしょ。」

 

「にしたって、こんなグラフまで使って…これ作るのに、どれくらいかかるんだ…。」

 

「んー、一人当たり精々1,2時間ってとこですかね。だから未来と翼、静香と瑞希と紬で半日も掛かってませんから。迷惑はかけませんよ。」

 

「…ちょっと待ってくれ。一人1,2時間って、もしかしてライバル一人や、受けるかどうかも分からない仕事のオーディションに対して半日掛けてるってことか!?」

 

「いやいや。静香や瑞希は物分かりがいいんで大した時間はかかりませんよ。それに、翼はセンスですべてを何とかしようとするんで最近はまず作らなかったりもします。未来はアホなんで結構説明に手間かかりますし、紬はメンタルクソ雑魚なんであんまりライバルの長所ばっか説明すると溶けるんでどう崩すかを中心に置いて作ってますね。」

 

「…そりゃあ終わらないわけだ。アイドル一人にかける時間が異常だよ、大河君。」

 

「刃向かってみろよ、って言われたんでね。全員に本気で立ち向かって、それで成功させてやるよ。…すみませんね、俺、負けず嫌いなもんで。」

 

「変なエンジン入れちゃったなぁ…。」

 

呆れ顔で溜め息をつく赤羽根さん。でも俺は知っている。

 

「そっちこそ、俺のリカバリーの為に仕事増やしてんのバレバレですからね。だから止めないんでしょ。俺が無理してるの。」

 

「…無理をしている自覚はあるのか。よかった、ワーカホリックじゃあないみたいだね。」

 

「でも、アイドル達だって無理をしてる。それなのに、俺だけ楽なんかしていられない。」

 

加蓮の努力なんて、アイドルの努力なんて、今まで一切見てこなかった。

苦しんでいるのは知っていた。辛いのも知っていた。

でも、知っていたつもりになっていただけだった。

実際に目で見るとそれは全く違って見えて。

 

静香が汗だくになりながら倒れそうになるまでダンスの振りを一生懸命に練習し、

未来が昼食も取らずに歌の音程を練習し、

瑞希がアイドルの作る表情について念入りに研究し、

紬は本番で噛まないように、何度も台本を練習し、

…まあ、翼はそれらを才能で何とかしているところがあるが。

 

それでも、皆、必死に頑張っている。

 

「ま、休みの日はちゃんと休みますよ。どうせシアターに来て暇してる奴らと遊んでるだけですけどね。」

 

「休みの日までシアターに来るつもりかい?構わないけど。仕事ばかり熱心にしてると、青春の一ページを失うぞ。」

 

「それは実体験ですか?それに、俺の友達はアイドルしかいないんで、友達に会うならここに来るか346に行くか283に行くかしかないんですよ。」

 

「俺の心と自分の心同時に破壊するなんて君、やるね…。それにアイドルしか知り合いが居ないなんて、まるで小説の設定みたいだ。」

 

「ま、絶対にそうって訳じゃないですけどね。大体アイドルだったし、そうかどうか分からない奴もどうせアイドルだろって思ってますよ。現に志保だってアイドルだったわけですし。」

 

「おー。やっているかね我らがプロデューサー諸君!」

 

「あ、高木社長!お疲れ様です!」

 

ガチャリと、

扉を開いて入ってきたのは765プロの社長である高木社長。

俺は挨拶もそこそこに帰り支度をする。

 

「おつでーす。じゃ、俺帰るんで。」

 

俺は高木社長が開いた扉をそのまま掴み、事務所を出ていこうとする。

 

「まだ私の事が憎いかね、大河君。」

 

「憎い…?」

 

俺は後ろから呼び止められる。

事情を知らない赤羽根さんは、困惑するばかりだ。

 

「別に、んなわけじゃないですけどね。もうずっと前の話だし、言いたいことは3年前に全部言った。ま、避けてるのはそう言うことを言われたくないからですね。むしろずっと引きずってるのはあんたの方じゃないんすか?」

 

「私とて、気にしていないわけではないよ。できることならあの時の選択をやり直したいくらいさ。私は善人で在りたかった。でも、上辺ばかりのことも言っていられない年と、立場になってしまった。」

 

「ま、ある意味では感謝してますよ。俺はあんたみたいになりたくなかった。目の前で困っている人を、誰一人見捨てず助けられる人間になりたかった。その意思を持ってしてここまでこれたんだ。だから、あんたのことは嫌いだけど、感謝はしてるぜ。」

 

「じゃあ、どうして765に来たんだい?美城常務の紹介なら、もっと多くの選択肢があったはずだが?」

 

「俺もびっくりだよ。紹介したのがよりにもよってここだとはな。」

 

Project Kroneのライブのあの日。

俺は隣に立った美城常務にお願いごとをした。

プロデューサーになりたいからコネを貸せ、と。今考えてみればあんな横柄な態度でよくいうことを聞いてくれたなと思うが。

そして彼女が提示したのは765プロ。

ライバル、しかも筆頭に人材を渡すなんて、案外何とかなるものだと考えてはいたが、未だに彼女の真意は分からない。

 

「だが、彼女の誘いを断ることも出来た筈だ。君なら別の場所でもプロデューサーは簡単にできるだろう?」

 

「ま、俺も考えましたよそのくらい。誰があんたみたいなやつの元で働くか、なんてな。でも…ここに、本気でアイドルを目指す奴が居た。友達の為に、『何者か』になろうって奴が来るって話も聞いた。じゃあ、アンタが嫌いってだけの理由で、俺が逃げ出すわけにはいかねえだろ。」

 

「なら、もう少し仲良くしたって…。」

 

「それとこれとは話が別ですよ、赤羽根さん。」

 

俺は掴んでいた扉から手を放し、事務所から去る。

 

「なんだか分からないですけど、大変ですね、社長…。」

 

「胃が痛いことだよ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相談?お前が?俺に?」

 

「だから何度言えばわかるの、そうだって言ってるでしょ。」

 

家に帰って一息つけば、つく前に連行された。

再び加蓮の部屋に運搬され、またまた壁に背を付けて俺は座った状態で、何故だか偉そうな加蓮と対面している。

そんな偉そうな加蓮の言い分は、346プロダクションのシンデレラプロジェクトの話らしい。

 

「でもそんなこと俺に関係なくね?俺765のプロデューサーだし。」

 

「真剣な話なの…!私が、凛を無理矢理引っ張ってきたから、卯月ちゃんが、どうにも…。」

 

「どうにも?」

 

「私も聞いた話だから、詳しく分かっている訳じゃないんだけど。卯月ちゃんの様子がおかしいみたいで。最近だとまともに話もできてないみたいで。」

 

「自分が凛を奪った。とでも思ってんのか?だとしたらお門違いも甚だしいぜ。」

 

「でも…実際に、卯月ちゃんは苦しんでいて、凛も迷っていて。今更Triad Primusの仕事をなくすわけにもいかないし。」

 

「お門違いなのはお前じゃなくてその島村卯月って野郎だよ。凛がいなきゃ駄目なんて、まるでガラガラを欲しがる赤ん坊みたいなモンだぜ。高校生、それもアイドルになって、それでも周りに安心を求めてる場合じゃない。周りは全員ライバルなんだ。頼ってばかりいたって、何にもなんねえよ。」

 

「ホント…大河は厳しいなぁ…。でも、お願い。凛から話を聞くだけでもいいから。…私じゃ、ダメだったから。」

 

「…いいぜ。凛から話を聞く程度なら構わない。対して時間もかからないだろうし、凛には言いたいこともあるしな。でも、話を聞いて卯月とやらの状況に俺が介入するかは分からないぞ。」

 

「それでいいの。ありがとね、大河。」

 

加蓮が柔和で、しかし儚げな表情をする。

俺はそれを見て、話は終わったと判断し、自室に戻る。

 

加蓮には、まだ無理だ。

他人のことに気を遣えるような暇、彼女には無かった。

ずっと独りで生きてきた、ずっと独りで進んできた。

悩めども彼女には、島村卯月の気持ちは分からないだろう。独り以外の道なんてなくて、誰にも頼れることなく進んできて、独りで立ち上がった彼女には。

でも助けたい。自分を救ってくれた凛のために、役に立ちたい。

だから、ガラにもなく俺に打ち明けてきたのだろう。

 

(弟に逆戻り…ってわけでもないか。)

 

彼女はこれまで、選ぶことなんてできなかった。

でも今回は、選んだ。

 

それがどれほどのことかは、俺には分からないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ?悩んでる奴はこの公園でブランコに揺られてなきゃいけない法則でもあるのか?」

 

その翌日、4月も始まってもう半分が経とうとしている時。

俺は加蓮に頼まれ、凛と話すために、凛と初めて出会った公園に来ていた。

しかし、彼女は今が一番忙しい時期で、今日も仕事が伸びてしまっているらしく、待っている状況だ。

どうせシアターに行っても特にすることもないので、俺はその公園でノートパソコンを用いて仕事をしていたら、見覚えがあった顔を見かけたので話しかけてみた。

 

「ほわっ…。えっと、大河、君?」

 

「久しぶりだな、真乃さん。」

 

櫻木真乃。たった一度スイーツバイキングで遭遇しただけ、しかももう4ヶ月近く経っている。

しかし彼女は俺のことを覚えてくれていたようで、顔を上げて微笑んだ。

そこに彼女が持っていた、笑顔の温かみは見受けられないが。

 

「えっと、悩んでるって…?」

 

「あ?悩んでるんだろ?そんな顔して俯いて、ブランコでゆらゆらって。アイドルはここで悩む義務でも付けられてんのか?」

 

「………。」

 

「…聞いてやろうか?答えを出すことも、きっと俺ならできると思うぜ。」

 

「大河君、自信家なんだね…。」

 

「できることはできるって言うのが普通だろ。自信があるというのならそれはこれまでの実績があるからだ。それに、人の悩みなんて、大抵大したことはない。本人以外から見てみればな。」

 

それを聞いて、しかし彼女の表情は寧ろ翳ったように見えた。

 

「実績…。」

 

「まあ、話すってことだけでも解消される悩みもあるしな。…で?悩み、あるのか?話すのか?」

 

「………………。」

 

「ま、いいよ。ないなら俺は行くぜ。」

 

悩みなんて実は無かったのかもしれないし、おせっかいが過ぎたのかもしれない。

俯いた真乃さんを置いて、俺は後ろ手に手を振りながら公園から去る。

凛には申し訳ないが、待ち合わせ場所を変えさせてもらおう。

 

「大河君!」

 

「何だ?」

 

「あ、あのね、あるよ……あるの、悩み事…!」

 

「じゃ、教えてくれよ。何せ俺は、世話焼きなもんでね。」

 

俯きがちな少女は、それでも前に進むために手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




紹介

春日未来
頭ぐりぐりを恐れる普通の中学生。
しかし大河は恐れていない珍しい中学生。

律子の姉御
最強。


頭ぐりぐり
律子の姉御から学んだ最終兵器。
中学生組には効果は抜群らしい。なお朋花。


「大河君ちっちゃい」
らしい。(未来調べ)





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瑠璃色に輝く

 

 

 

「みんなのこと、すごいなって…灯織ちゃんもめぐるちゃんも、他のユニットのみんなも みんなみんな、すごくって、素敵で、プロデューサーさんも、特別だって言ってて…私もそう思ってて…でも、そんなみんなの真ん中に立って、私…私、どうしていいかわからなくって…!みんなのこと…とっても、とっても大好きなのに……何にもできてなくって…。」

 

「自分に才能があるのか分からなくて、不安、ってことか。」

 

「うん…。」

 

真乃さんが話を終えて、俺はそれを軽く要約して返す。

それにしても、そんな悩み方をするタイプには見えなかった。彼女達は、随分仲が良いように見えたから。

 

「それは、真乃さんが目指す場所次第じゃねえかな。トップアイドルになりたいなら、自分が自信があってこれならできるっていう『強み』が無いなら、それを見つけるか、或いは作らなきゃいけない。…でも、真乃さんの目指すアイドル像が別のものなら。まあ、やっぱりあんたの悩みなんて大したものじゃなかったってことさ。」

 

「私の目指す、アイドル像…。」

 

「ああそうだ。真乃さん、そもそもあんたは、どうしてアイドルになったんだ?今、どうしてアイドルを続けてるんだよ。」

 

アイドルになった理由がどうかは分からないが、今ここまで悩んでいるということは、それなりの信念に基づいてアイドルを続けているということだろう。

だから、俺はそれを問わねばならない。それによって、彼女に対する俺のアプロ―チは180度変わるだろうから。

 

「私は、トップアイドルを目指したい…!でも、それ以上に、今はイルミネーションスターズのみんなと…283プロダクションのみんなと、一緒に羽ばたきたい!」

 

「なら、真乃さんの長所とか、何かとか、そんなのはどうでもよくないか?真乃さんには仲間が居る。隣にいてくれる誰かが居る。それの何が不満なんだ。」

 

「でも…!私、何にもできてない。何の役にも、立ててない…。」

 

「能力があることだけが、人の役に立つってことじゃないんだぜ。何かしてくれなきゃ、お前は友達を見限るのか?違うんじゃないのか。お前は、灯織や、めぐるを。能力だけ見て友人だと思ったのか。」

 

「そんな、こと…!」

 

「じゃ、相手方だって同じだよ。灯織もめぐるも、他の283の奴らも俺は殆ど知らないけどさ。でも、素敵で、特別なんだろ?じゃあ、真乃さんが何もできていなくたって、そんなの気にするやつなんているのかよ。」

 

「…。」

 

「ま、俺から言われたってどうにもならねえよな。俺にはそいつらの気持ちを予想することはできても、代弁することはできない。人の気持ちなんて、他人には分かりっこないからな。本人から直接聞くしかねえよ。」

 

「…大河、君。」

 

「だから、後は任せるよ。じゃあ、俺は行くぜ。」

 

俺は今度こそ真乃さんを置いて公園を離れる。

すると、公園の方から聞き覚えのある声二つが、真乃さんを大声で呼ぶ声がした。

 

「「真乃ッー!」」

 

信頼と信用の悩み事は、当人達が伝え合うことでしか解決しない。

他人が何と言うよりも、友人が一言言ってくれるだけで充分なのだ。

 

「やっぱり、優しいんだね、大河は。」

 

「…凛か。悪いけど、場所、変えさせてもらうぞ。思い出の場所なんて、更新されるもんだからな。」

 

「うん、いいよ。」

 

俺は凛を連れて、別の公園に歩く。

 

 

 

この辺りは公園が多く点在し、少し歩くだけで別の公園に辿り着くことができた。

凛はブランコに座り、俺はブランコの周りの柵に腰かけた。

 

「で、結局のところ相談って何なんだ?」

 

「えっと…卯月。島村卯月っていう私の友達の話なの。前に大河に話したでしょ。私がTriad Primusに入ることを決めて、見限ることになってしまった。私の、親友。」

 

「そいつが?どうしたってんだ?」

 

「私も、卯月がどうしたのかは、よく分かってないの。でも、私と、卯月と、未央。三人でnew generationsだった。でも、私がTriad Primusに入ってライブをして、未央が演劇っていう道に一歩踏み出してから、どうしてか元気が無くなっちゃって…。new generationsっていう私達を繋いでくれた何かが、少しずつ崩れていって。卯月は途中でいろんな仕事をしようとして、でもそれも失敗しちゃって。理由を聞こうにも、卯月は養成所で練習を始めて。プロデューサーに聞いても『何とかする』の一点張りで。…私達は、卯月が来るのを待っていた。でも卯月、クリスマスライブにも来なくて。舞踏会には来たんだけど、アイドルとしての活動はしないで、裏方で。それからも、全然事務所に来ないで、養成所でずっとレッスンしてて。…来週、Spring Festivalっていう春の定期ライブがあって。そこで出れないと、卯月は、もう…。」

 

「クビってことか。ま、3ヶ月も活動してなきゃそうにもなるわな。」

 

「今は、活動休止中ってことになってるけど…。」

 

「もうファン共も限界迎えてるってことか。じゃあ、もう346そのものから猶予を貰ったとしても無駄だな。その島村卯月本人が、戻る決意をしない限り無理だよ。」

 

「ねえ、どうしたら、良いと思う?私は、どうしたら…。」

 

凛は、俯いて、スカートの裾を握りしめて問う。

まるで、自分が選んだ選択を、後悔するかのように。

それを前にして、俺は無責任に答えた。

 

「別に、何にもしなくていいんじゃね?」

 

「え…。本気で、言ってるの…!?このままじゃ卯月、アイドルを辞めることになっちゃう!あんなにアイドルとして輝くことを夢見てたのに!こんな、こんな終わり方なんて!」

 

「それは、お前の勝手だろ。本人がそう思っているかも知らないで、そう思い描いてるって勘違いしているだけじゃないのか?」

 

「そんなことない!卯月は、私達に何度も言ってくれた!アイドルとして輝こうって!一緒にトップアイドルを目指そうって言ってくれた!」

 

凛は立ち上がって俺に怒鳴る。

友人は悪くないと、悪いのは自分だと責めるように。

 

「それが本当だとしたら、なんで島村卯月は事務所に来ない?どうしてライブに来ない?…別にその理由に深いものがあったって俺は知らねえよ。でも、俺は、アイドルっていう職業に対して舐めた真似してる奴を俺は認めない。悩んで進めなくなってるわけじゃない。悩むことからすらも逃げ出した奴を、俺は許せない。」

 

「大河みたいに、ううん…。加蓮みたいに、誰もがそんなに強くないよ…。何かがあって、逃げ出したくなるときだってあるよ…。」

 

「…なあ凛。可能性ってのは、掴もうと足掻かなきゃ掴めないモノなんだよ。練習してるとか、夢があるとか、そんなものは関係ないんだよ。目指すところがない奴は、何にもなれない。他人がどうこうしたって無駄だ。」

 

「じゃあ卯月の事は見捨てろって言うの!?さっきの子は助けてあげたくせに!」

 

「…真乃さんは、目指す先を失っていた。自信が無くなっていた。でもそれは彼女が気付いてないだけで、そこに有ったんだよ。でも島村卯月は違う。目指す先があるんだろ?なのにその一歩を踏み出せていない。周りに支えられてると気付いていながらも、その支えを掴もうともしない。…俺は、一人きりで生きろって言ってるわけじゃない。加蓮が周りとは違う生き方をしてきたってのは分かってる。だからこそ俺は、差し伸べられた手を振り払う奴が嫌いなんだ。それを心の底から待ち望んでいる奴に届けられないその手を、簡単に無視できてしまいそうなやつが、嫌いで、俺の手には負えない。一番の信頼を置いている人間からも助けを求められない奴は、完全な部外者の俺の言うことに耳を傾ける筈が無い。」

 

「待って、どこに行くの…!」

 

「悪いな。俺は765プロダクションのプロデューサーなんだ。他事務所のアイドルに費やす時間は無い。」

 

「待ってよ大河…!大河なら、なんとかできるんでしょ…!卯月と、私と、未央で、もう一回、new generationsとして、あのキラキラした舞台に…!」

 

「買いかぶり過ぎだぜ。俺にもできないことはある。」

 

俺は公園を出て、バイクに跨る。

今度は、少女は、涙に濡れたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私を呼び出すなんて、そう簡単にできることではないんだぞ。アポイントメントくらい取り給え。」

 

「あ、そういや昇進したんですってね。おめでとうございます。」

 

「世辞から入るということは、また頼み事か?」

 

嘆息しながらもベンチに座り、俺の差し出した無糖のコーヒーを受け取って一口飲む美城じょう…いや、専務か。

 

「いや別にあんたに媚は売らないですよ。他ルートから入ってもよかったんですけどね、あんたに聞きたいこともあって、ちょうどいいとも思ったから。」

 

「何だ、言ってみろ。」

 

「…あんた、優しいんだな。ちょっと前までは、自分の主義に会わないアイドルはどんどん潰してたんじゃないのか?」

 

「…皮肉を言う為にここに来たのか?」

 

「いいや、真剣な話をしに来たんだ。この話は導入だよ。…島村卯月の、プロデューサーに会わせろ。」

 

彼女の表情に、鋭さが灯る。

 

「…少し、意外だな。君が他所のアイドルプロデュースに口を出すとは。君みたいなタイプは自分が認めたアイドルにのみ注力する、私と似たタイプかと思っていた。」

 

「俺だって自分のトコのアイドルが一番さ。だが、今は少し時間があってな。それに凛の頼みだ。無下にはできねえ。…できることなら、人が夢を追うことは応援してやりてえからな。」

 

「…なるほど、昨日渋谷が私に島村卯月に関して言ってきたのは君のせいというわけか。しかしこんな事態になっているなら、断ったのではないのか?何故態々私を経由する。」

 

訝しげな表情でこちらを見る美城専務。

どうやらあちらさんも、こっちの真意すべてを把握しているわけではないみたいだ。

 

「理由は三つある。さっきも言った通り、一つにはあんたがどうして島村卯月を解雇しないのかを知りたかった。これは興味本位だ。別に答えがもらえなくたって構わない。」

 

「他の二つは?」

 

「島村卯月を救いに来た。これは、あんた経由じゃないと難しい話だと思ったからな。」

 

「何故私を経由する必要がある?」

 

「島村卯月の問題は、もうアイドル達だけじゃどうにもできない部分まで来ている。いや、アイドル達じゃどうしたとて裏目にでるようになっている。美嘉やら加蓮やら凛やら。知り合いなら山ほどいるもんでね。情報は簡単に集まった。…そもそもの話、あんたは問題をきちんと認識しているのか?島村卯月という破綻しているアイドルは、何故破綻したのか分かっているのか?」

 

「私は直属ではないからな。理由については分かっていない。」

 

「それじゃあ二流だ。プロデューサーとしてな。一流のプロデューサーは、その状態を確かめて戻ってこれるか吟味し、それにかける苦労とを計算して決める。」

 

「君は自分が一流だといいたいのか?」

 

「いいや三流だ。俺は、助けられなくても助ける。無理でも、不可能でも、苦労との採算が合わなかろうと。俺は誰も見捨てない。助けられなくても助ける。そう誓ったんだ。」

 

「たとえライバル事務所のアイドルだとしてもか?」

 

「だとしても、だ。」

 

専務の見極めるような視線を受け止めて睨み返すと、専務は何度目になるか分からない溜め息をついて目を逸らす。

反りの合わない俺に呆れたのか、自分の甘さに気付いたのか。自分の甘さを認めるようなタマじゃない、多分前者だ。

 

「…君なら救えるのか。島村卯月を。担当している、優秀なプロデューサーでもどうにもできなかった。それを、君のような成り立てが。なんとかできるというのか?」

 

「できるね。そもそも、俺以外に解決できるのは数えるほどしか居ねえだろうな。これは優劣の話じゃない。経験の話だ。うちのプロデューサーや、あんただって厳しいんじゃないのか?」

 

「経験?君はまだ初めて3ヶ月だろう。それで君が経験を上回ってるというのか?」

 

「プロデューサーとしての経験じゃねえ。俺は知ってるんだよ。苦しんでいるアイドルの気持ちってやつをな。」

 

俺は専務に向けて手を差し出す。

専務はその手に一枚の名刺を置いた。

そこに書かれているのは「シンデレラプロジェクト担当プロデューサー 武内」という文字。

どうやらこいつが、島村卯月を担当しているプロデューサーらしい。

 

「どーも。」

 

「待ちたまえ。理由が三つあると言ったが、まだ二つしか聞いていない。最後の一つを教えてから行き給え。」

 

「聞きたい?」

 

「聞かせろ。」

 

「…恩返しだよ、バカヤロー。」

 

さて、次はこの武内という奴に連絡を入れて話をせねばならない。

これすら失敗してしまえば、島村卯月は決して助からないのだから。

 

「顔を背けても、真面目な顔をしても、照れた赤い顔は隠せていないぞ。」

 

「カッコつけてんだからそういうのやめてくれませんかねぇ!?」

 

 

 

 

 

「で?そのプロデューサーには会えたの?」

 

「お忙しいらしいぞ。CP(シンデレラプロジェクト)っていう受け持ってるプロジェクトが、去年の年末のライブでだいぶ人気が出てきたらしくてよ。未だに仕事を請け負うのでてんてこ舞いだってさ。」

 

俺は美城専務との話を終えて、貰った番号に電話をかけたが、しかし忙しいということで事務員さんに断られてしまった。

別に俺はいつでもいいとも言ったのだが、それすらも門前払いだ。

 

「全く、大河ってばまたその辺り考えずにどんどん進んでっちゃうんだから。どうするの?その…武内さん?その人に会わなきゃ卯月ちゃんも助けられないんじゃないの?」

 

「…どうでもいいけどさ、もしかしてお前って志保よりもアイドルオタだったりするのか、静香。」

 

卯月ちゃんて。年上ぞ?ライバルぞ?一応。

 

「べ、別にそんなんじゃないから!意地悪なことばっかり言ってると、そのうどん、没収だからね!」

 

「ご無体なことするなよな。俺は飯も食わずに専務の会議が終わるまでまだ冷える中で立って待ってたんだぞ?2時間だ2時間。何をそんなに話すことがあるのかねえ。」

 

俺はうどんを一口啜る。うむ、美味しい。

 

「それも事前に話しておかなかった大河のせいじゃない。346プロダクションはアイドル事業だけが仕事じゃないから、専務になったなら仕事量も馬鹿にならないんでしょ。会えただけでもラッキーって考えなきゃ。」

 

静香が机にお茶をおく。うむ、湯気が立っていて味わい深そうな色だ。やはりお茶は熱いものに限るな。

 

「…って何事務所の給湯室で夫婦漫才してんねーん!」

 

その空気に耐えかねた横山奈緒が、大声を張り上げて割って入る。

俺と静香は別に漫才をしているわけでも夫婦な訳でもないんだけど…。

 

「「夫婦?誰と誰が?」」

 

「アンタらや!何やねんアンタら!私が給湯室に入ってからのたった数分間で何杯分の砂糖を飲ますねん!私は普通にお茶を飲みに来たのに、気いついたらブラックコーヒー飲んでたわ!」

 

「まあまあ落ち着けよ奈緒。いいか?呼吸は『ヒッ、ヒッ、フー』だぞ?」

 

「それはラマーズ法や!あーもう…!新しくプロデューサーさんが入ってくるって言われてようやくツッコミ役が増えて私が楽になるっておもたのに、なんでボケ役に回ってるねん!普通プロデューサーさんってそういうの止めてくれる役回りちゃいますん!?」

 

「俺はそういう常識とかに囚われないタイプだから。」

 

「…助けてぇぇぇ!美奈子ぉぉぉ!!!」

 

泣き叫びながら奈緒は給湯室から走り去っていく。キャラ崩壊ってレベルじゃねえぞ。大丈夫か。

 

「本当に、大河のせいでこの事務所どんどん腐ってきてる気がするわね。いや、元々の事務所の雰囲気とかを知っている訳じゃないけど。」

 

「確かにそれも一理あるな。」

 

俺は食べ終えたうどんの容器と紙コップをゴミ箱に捨て、静香と共に控室に戻る。

そこでは。

 

「にひひ…甜花のドン●ーは、負けないから…。」

 

「んふふー。杏のワ●イージに勝てると思わないでよねー。」

 

「杏奈の…ク●パに…勝てる訳…ない…。」

 

甜花、甘奈、双葉杏、諸星きらり、杏奈、百合子、徳川まつり、このみ姐さんの計8人でマ●カーをしていた。

中でも甜花と杏と杏奈は格が違う。場合によっては下5人と一周差をつけることもあるくらいだ。

それに続いてまつりや甘奈、百合子が善戦し、きらりも何とかそれに喰らいついている。

このみ姐さん?万年最下位だ。

 

「まさかここまで大きくなるとはな。俺も思わなかったよ。」

 

「別に私はいいけど、律子さんがこっちに来たら大目玉じゃないの?」

 

「それな。やばいよな。ったく、最初は甜花と甘奈だけだったてのに、ここまで広がっちまうなんてな。」

 

そう、元々はこのゲーム大会、甜花が人と触れ合う機会にと甘奈が発案したもので、元は甘奈、甜花、俺の三人だけで始めたものだったのだが、スマブラをやるようになってからは杏奈が参戦を表明し、そのまま芋づる式に百合子やまつりが吸われていき、どこで聞きつけたかガチ勢が揃うという噂の元、きらり同伴の杏が通うようになって。

まあ、それからゲーム部みたいな感じで動いている。このみ姐さんの枠は大抵そこにいた暇な奴で、メンツの中で仕事で来られない場合も誰かが吸われてくる。最早俺は入っていけない。奴らレベルが高すぎる。

 

「いくら律子さんがこっちに来ないからと言って、よく誰も止めないわよね。赤羽根プロデューサーはまだしも、社長とか、琴葉さんとか、止めそうな人はいくらでもいるのに。」

 

「このみ姐さんとかもな。止めようとして吸われてるんだからどうなんだって感じだけど。赤羽根さんはアイドル達の親交が深まることに関しては肯定的だし、琴葉だって迷惑をかけない遊びなら怒ったりはしないと思うぜ?」

 

それにこれは、俺の描いている未来への一歩にもなることだ。

律子の姉御が来たところで、俺は負けたりしない。

 

 

 

「反省しなさい、大河君。」

 

「はい…律子の姉御…。」

 

ゲームは、一日一時間までになった。

 

 

 

 

 

その晩、俺は346プロダクションの前でスマホを弄りながら時間を潰していた。

このスマホも、高校入学祝い―――入学していないがまあそれはいいとして―――で親に買ってもらったものだ。

まあ支払いは俺名義の通帳になっているので、親は承認しただけということになっているが。

最近の科学力の進歩はすさまじく、立ったままでも色々情報を纏められるようで、随分とお世話になっている。

 

「何、してるんですか?」

 

「んー、出待ち。」

 

「通報させてもらっても?」

 

「いいわけねえだろこの鬼、悪魔、ちひろ。」

 

緑の服を着ていなくても、この挑発的な態度と威圧的な口調は忘れもしない。

千川ちひろ。346プロダクションの事務員。鬼であり悪魔でもある。

俺が加蓮の付き添いで346プロダクションに初めて来た時、守秘義務とか子供はとかなんとか言われて、俺だけが応接室から追い出された。

あまりも暇だし仲間外れにされた俺は、適当に近くの部屋に入ってみた。

そこに、その頃の俺程度の身長と変わらないような、身だしなみにも全く気を遣わない金髪の女の子がいたのだった。

カー●ィをした。仲良くなった。

それで俺と双葉杏との馴れ初めは以上で、さしたる問題はないのだが、ここからが問題だった。

 

俺と杏が二人で遊んでいるのを、千川ちひろに発見されたのだった。

状況!俺!(中学生になった男!)杏!(見た目は幼女)一緒のソファ!(操作方法について教えてもらってた)はだけた幼女!(杏の基本装備だ。)

有☆罪!

と、彼女の中で審議がなされたようで、俺はそれ以来心外な幼女愛好者(ロリコン)という称号を彼女の中で得て、彼女からひどく嫌われているというわけだ。

 

「待っていても、もう年少組の子は帰ってしまいましたよ。」

 

「何で年少組を待ってるって事になってんだよ。俺が待ってるのは武内っていう男だ。」

 

「…プロデューサーさんに、何か御用ですか?」

 

彼女の声から明るい色が失われる。さっきからそんなものはなかったが。

 

「ってことはあの時の電話で拒否ったのはお前か。…いいか?今回の俺は真剣だ。下手な邪魔してんじゃねえぞ。」

 

「他所の事務所のプロデューサーと公的な場所でもない場所で、自分のところのプロデューサーさんと合わせる訳には行きません。あなたがいかに真剣であろうとも、です。」

 

「一人の少女の人生がかかっているとしても、か?」

 

「…加蓮ちゃんから聞いたんですか。それなら尚更合わせる訳には行きません。余計なことをされてプロデューサーさんの邪魔をされては、それこそ卯月ちゃんの人生が狂ってしまいますから。」

 

「そう言い始めて、何ヶ月経った。後何ヶ月待つつもりだ。プロダクションはもう答えを出してる。島村卯月は答えを出せない。武内にはどうにもできない。時間はお前らの敵だ。…なあ、どうするんだ?テメエのトコのプロデューサーを信じるのも、俺を疑うのも、お前の勝手だ。でもそのお前の勝手が、一人のアイドルの将来を殺している。今この一瞬、お前が俺を止めているこの一瞬にでも、だ。」

 

「ッ…!」

 

「千川さん。そこまでです。…私は、彼と話してみたいと思いますから。」

 

「へえ…。お前が、武内か。」

 

千川ちひろの後ろから、大柄で不愛想な男が歩いてくる。

その恐ろしい顔は、凛や加蓮から聞いていた特徴にぴったり当てはまった。

 

 

 

 

 

「ここは私が奢りますので、お二方とも好きなものをご注文ください。」

 

武内と、そして渋って着いてきた千川が横に並び、机を跨いで座っている。

俺はアイスティーを、千川はカフェオレを頼み、武内はブラックコーヒーを頼む。

無言だった俺達は、店員が机に飲み物を置いたのを皮切りに、話を始める。

 

「じゃあ、まずは聞きたい事がいくつかある。俺は人づてに話を聞いただけで、全体像を掴めている訳ではない。本来ならば島村卯月から話を聞きたいもんだが、流石にそういうわけにもいかないからな。それに、本人から話を聞けないのなら、多くの視点から問題を見つめることは大切なことだ。聞きたいことは大きく分けて三つ。一つは島村卯月が抱える問題についての理解。二つ目はお前がそれに対してとった行動。最後に島村卯月のタイムリミットだ。」

 

「タイムリミットは、今週末のSpring Festivalです。条件は島村さんの出場、及び4、5月中の出演数次第だそうです。」

 

「俺の協力する範囲は島村卯月の復活までだ。出演数の話は俺にはどうにもできねえからな。」

 

「そちらについては私の方で何とかする方法は揃えています。…ですが。」

 

「復活の方法だろ。いいからお前と島村卯月の間に何があったか話せ。分かる範囲でいい。」

 

「正直な話、私が分かっていることも多くはありません。私が知っているのは、島村さんの元気が秋の終わり頃から少しずつなくなっていたこと、彼女が一からやり直したいと言って養成所で練習をしていたこと、その二つだけです。」

 

当たり障りのない、淡々とした事実だけを述べていく武内という男。

まるでプロデューサー視点の話には聞こえない。

 

「事実なんてどうでもいい。お前の主観の話を聞かせろ。」

 

「ですが…。」

 

「人の心の問題を話してんだぞ。事実だけ抜き取って科学の話をしたいんじゃない。お前から見て、島村卯月がどう映ったのか。それを知りたいからここに来たんだ。」

 

武内は、自分の頼んだコーヒーに目を落とし、液面に映った自分を見つめている。

自分の中で、彼女―――島村卯月がどのような存在なのかを、確かめているのかもしれない。

 

「…島村さんは、笑顔が、素敵な方でした。島村さんの笑顔は、周りの方々も元気づけるような、明るい笑顔が魅力的な方で。…ですが、秋頃から、段々とその笑顔が曇ってきていて。その頃は、渋谷さんや本田さんがProject Kroneや演劇など、CPの活動から離れつつあった時なので、戸惑いから来るものだと思っていたのですが、結局のところ、CPとして活動できるシンデレラの舞踏会にも参加していただけませんでしたので…別の要因があるのかと思いました。何度かそれを問いただしたのですが、明確な答えは帰ってきませんでした。最近では、養成所にも顔を出してもらえず、家を訪問しても『体調が悪い』としか言ってもらえず…。正直、手詰まりの状況です。」

 

「その間、島村卯月はお前にコンタクトを取ってきたことはなかったのか?」

 

「いえ。島村さんは養成所からのスカウトだったのですが、『何故私を選んだか。』と一度聞かれたことがあります。」

 

「お前は何と答えたんだ?」

 

「笑顔、と。答えました。」

 

「…ちなみに、凛と本田未央の魅力は何だと思う?」

 

「笑顔です。彼女たちの笑顔は、それぞれ違う魅力があって、周囲のファンの方々を楽しませられるものだと思っています。」

 

「なるほどね…。」

 

今、武内から得た情報と、凛や加蓮、ついでに美嘉と杏ときらりから手に入れた情報を頭の中で集約する。

そして、自分が島村卯月になったつもりで考える。他者の視点からでは想像もできないようなことを、本人は考えているかもしれない。

 

「…大体掴めた。多分な。」

 

「本当ですか!?」

 

机に手を突き、思い切り立ち上がる武内。

まだ遅くない時間とは言え、夜である時間帯。この風貌の男が声を荒げれば周りの人間も気が気でないだろう。

 

「落ち着けよ。」

 

「ですが…島村さんを…!」

 

「…そういう、トコじゃねえの?お前が、島村卯月を助けられない理由。分かってない。何もしてない、何もできてない。だから。」

 

「何をッ…!プロデューサーは頑張ってます!毎日の業務をきちんとこなしながら、それでも卯月ちゃんを諦めないで必死に頑張って!あなたみたいな人に何が…!」

 

「じゃあお前は、島村卯月に対して何をしてやったんだ?」

 

「私、は…。」

 

「何もしてやらなかったんじゃないのか?踏み込まず、引きこもって、当たり障りのないアイドルへの関わり方をして。逃げてんだよ、お前は。お前の考え方が狂ってるのはどうしてきたかじゃない。どう想ってきたかだよ。お前はずっと、一体の人形を相手に寄り添ってきたんだ。でも本当はそうじゃなかった。一緒に歩んでいるのは人間だ。それもただの人間じゃない。島村卯月っていう、17歳の女の子だよ。…だから、気づかない。島村卯月が何に悩んでいるのかに。どうして苦しんでいるのかに。」

 

「………………。」

 

「なあ、才能が認められた時っていつだと思う?試合で勝った時か?収入を得た時か?企画が通った時か?そんなもんはそれぞれの価値尺度次第だ。当たり前だよな、そんなこと。」

 

価値尺度なんて人次第。でも、人のそれを理解しないままにしていいわけでもない。

 

「でも、一人の少女はそれがすっごく高かった。他人の輝きを1番強く見てやれるからこそ、それを追いついて乗り越えるのは、その少女には到底無理だった。どんなに走っても、その壁にすら追いつけない。必死に抗っても、むしろその壁は離れていくばかりだ。壁の向こうから友達が応援してくれている。でも、そのせいで彼女たちは歩みを止めざるを得なくされ、彼女たちの行く先は時間が経てば経つほどに黒く染っていく。…なぁ、耐えられると思うか。たった17歳だぞ。そんな年端も行かない少女が、それだけの重圧を受けてなお、1番大切な人達を苦しめている現実、『普通』の女の子に乗り越えられると思うか。」

 

あなたは認められている、なんて言われただけじゃ、信じられない奴だっている。他人が同じように評価を受けていて、尚且つ他人が自分より遥か上を登っているのならば、自分自身の可能性に絶望するのも何ら不思議な話ではない。それは暗に、自分は他人の下位互換だと言われているようなものなのだから。

 

「なんで認めてやらない!なんで赦してやらない!よく頑張ったなって、お前はもう既に、レベルアップを果たしているって、告げてやるだけだろ!それはお前にしかできないだろ!?ずっと競ってきた友人達や、頑張ってるかどうかなんて分からない赤の他人()でもない!一緒に歩んできたお前だけだろ!」

 

まるで天啓でも受けたような、そんな考え方は有りえなかったとでも言いたげな顔する二人。大人には、もう分からないかもしれない。大人が評価されるのは、そういう明確な条件が定められているから。

 

でも子供にはそんなものは無い。評価をするのは大抵身近な大人で、そのガイドラインに沿ってレールを歩けば褒められ、外れれば怒られる。簡単な道のりだ。

でも、アイドルとして、大人の道を一歩踏み出せばそれは全く異なったものとなる。

ファンという、存在さえあやふやな沢山の大人たちが、自分勝手に自分達を評価する。

そこに優劣も正解もなくて、何をすれば正しい道を行けるのかなんて分からない。

それを導くのが、プロデューサーの役目だ。

 

「それで全てがどうにかなると思うなよ…!島村卯月はもうギブアップ寸前だ。きっと誰がなんと言おうと、自分を信じることなんでできない。自分はダメなやつだと、輝けるような存在じゃないと信じているからこそ、他人の声で靡くような簡単な状況になっていない。伝えるんだよ。おまえがどう思ってきたかを。島村卯月が努力してきたことに、意味があったって教えてやるんだよ!…それで初めて、島村卯月はスタートラインに立つことが出来る。そこから階段を駆け上がれるかどうかは、島村卯月次第だ。」

 

「伝えること、ですか…。」

 

「言っておくが笑顔、なんて抽象的に言われたところで理解できない奴だっているんだ。お前が勝手に理解しているだけで、島村卯月にとってはその答えは逃げているだけにしか聞こえないかもしれない。伝えることを躊躇うなよ。伝えなきゃ、何も始まらまない。伝えて壊れることがあっても、修復することはできる。進まない以上にどうにもならないこともないぜ。」

 

武内は、俺の言葉を噛み締めて、店の机を見つめている。

千川ちひろは、それを辛そうな顔で見ている。

 

「…俺は、これで帰るよ。」

 

俺は自分の分の代金を卓上に置いて、店から出る。

どこまで行っても部外者は部外者。助言はできても解決はできない。

それができるのは、主人公(アイツ)だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、大河。」

 

「お、灯織。」

 

店から出てバイクを取りに行く途中、通りがかりに灯織に会った。

 

「…真乃さんの方は、どうにかなったのか。」

 

「うん。ありがとう。大河のおかげ。真乃は、あんまり前に出て話すタイプじゃないから、ああいう機会を作ってくれて、本音で語れて、良かったと思います。」

 

「俺も一応お前に礼を言っとくよ。体験っていうのは大きなもんだからな。似たような奴が、想いを伝えるのが下手な奴が、同じような悩み抱えてることもある。その解決は経験済みだ。まあまあ楽で助かったぜ。」

 

「…?」

 

意味が理解出ていなさそうに首をかしげる灯織。分かられるのも面倒だ。放っとこ。

 

「ああいや、分かんなくていいよ。分かんないように話してるし。」

 

「…大河はいつも私の知らないところで話を解決させるからモヤモヤします。」

 

「はっはっはー。お前にだけは言われたくねえ。ほれ。乗ってけ。」

 

俺は灯織にヘルメットを投げ渡す。

勿論彼女は取れずに頭にガコンッと当たる。

 

「………………。」

 

「いや、取れろよ…。んな恨めしそうな目で見ても謝らないからな。」

 

「…それはいいですけど、乗ってけ、とは?」

 

「送っていくっていってんだよ。もう夜だぞ。勘付け喪女。」

 

「も、もじょ…?」

 

ゴチャゴチャ面倒なので無理矢理ヘルメットを着けさせ後ろに乗せる。

こいつの家は確か俺の家と逆方向。

確か一駅だか二駅だか隣で、橋を渡らなければいけなかったはずだ。

 

夜の明かりが灯る街並みが、綺麗な川の水面に映り、それを美女を後ろに乗せて眺めながら走る。

これはこれで風情が…あるわけねーだろ灯織だぞ。

 

「大河っ!速い速い止めて止めて無理無理むーりぃー!」

 

「うるせえ!黙ってろマジで事故るぞ!後、腹に手ぇ回して掴まるのはいいから絞めるのを止めろぉ!」

 

絶叫は闇夜に消え、腹痛は朝まで続いた。

 

 

 

 

 






加蓮の誕生日に投稿もコメントも残さない加蓮主役のアイマス小説を書いてる奴がいるってマ?

マジです。



記念日がないと投稿できないんかこの猿ゥ!

猿です。



加蓮…出てないしね…。





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暗闇の底の底で

 

 

 

 

 

「じゃあ、島村さんはどうにかなったってことね。良かったわ。」

 

「まだ絶対じゃないけどな。とにかくSpring Festivalへの出場は固まったっぽいぞ。実際にそこでどれ程のパフォーマンスを出せるかは分からないし、仕事がどれだけ来るかもあの武内って奴の技量次第じゃないのか?」

 

「その技量次第では、大河は完全に敵に塩を送ったわけだけど?」

 

「そうか?他所のアイドルが窮地から救われたってだけでボロ負けするアイドルなら、そもそも足りてないだけだろ。俺が育ててやりたいのはトップアイドルだ。トップを目指す奴が、島村卯月一人に負けてたんじゃあダメダメだ。むしろ強くなってくれるって言うなら、良いライバルにはなるかもしれないしな。」

 

「へぇ。意外ときちんと考えてるのね。」

 

「なあ、めちゃくちゃどうでもいいんだけどさ、お前、最近静香と別々にいない?」

 

一息つこうと、目の前に置かれたコーヒーカップを手にした志保はビクンッ、と、身体を跳ねさせた。

零しはしなかったものの、何やら図星か何かをついてしまったらしい。

 

今は休日の昼下がり。まあ休日と言っても俺が休日なだけで志保は学校だったわけだが。

何故だか俺は、志保に連れられて映画を見に来ていた。

 

「な、何の事よ。」

 

「いや、今日だって静香来てないし、最近だってあんまり一緒にいるの見ないし。何?また喧嘩か?取り持ってやろうか?」

 

「余計なお世話よ!仲良しこよしで学校じゃあクラスメイトに勘違いされるくらいなんだから!」

 

「それはそれで問題だろ…。」

 

勿論本気で静香と志保の仲が悪いとは思っていない。

こいつらが一緒に登校したりシアターでつるんでいるのもよく見かけるのだが、やはり一緒にいる時間は減ったように思う。

静香もアイドルという仕事が増え、忙しくなったのだろうが、それにしたって、と言う感じだ。

 

「そもそも今日は静香が仕事でしょ!だからたまたま暇だった大河を呼んだだけよ!」

 

「今日は静香の仕事は4時で終わりだぞ。ちなみにお前は今日はレッスンも仕事もない。」

 

「チッ…!下手に優秀で面倒くさいわね…。」

 

「舌打ちとかすんなー。お前はオフとは言えアイドルだぞー。」

 

俺は背もたれに寄っ掛かりながら空を見上げる。

今日も、晴れだ。

何一つ困ったことなんてなくて、俺のプロデュースしているアイドル達もどんどんと育っていって、俺の信頼度や赤羽根さんからの信用度も上がっていて。

 

「ったく、贅沢だな。」

 

「何がよ。私みたいな美人と休日を過ごせること?」

 

「馬鹿言え。お前と一緒に過ごしたい奴なんざ超サイヤ人くらいだ。強い奴と戦えるとワクワクするような

 

顎をブチ抜かれた。我上司ぞ?

でも最早殴られ過ぎてリカバリーが早くなりすぎた。プロデューサーをクビになったらスタントマンにでもなるか。虎ぐらいなら勝てるかもしれない。

 

「ちげーよ。何か、だいぶ落ち着いちまったなーって思ったんだよ。昔の俺は認めないと思うが、いや、今の俺も認めないけど、俺は加蓮に縛られてた…んじゃねえな。俺が加蓮から離れられなかった。折れちまうのが何より怖かった。眼の前で光ってた指針が急になくなっちまうのが怖かったんだろうな。いや、認めないけど。」

 

「…それが、加蓮さんが安定してアイドルとして輝き出したから、やることが無いっていうこと?」

 

「やることなんていくらでもあるんだけどな。主に未来と紬のせいで。でも、緊迫感が無くなったのは確かだよ。俺が気を抜けば折れて消えてしまいそうな奴も居なくなって、安心したって言うか、逆に安心できないって言うか。」

 

「どうして?心配事が一つ減ったのだから何を不安がるようなことがあるって言うの?」

 

「ネガティブシンキング、なのは分かってるんだけどな。どうやら心労事があり過ぎて、何もないと勘ぐっちまうようになっちまったもんでな。」

 

これは悪いことなのかも知れないが、でも、どうしても思ってしまう。

普遍的な日常は、いつか崩れ去ってしまう。

 

加蓮が病気で立ち上がれないと知った時。

優が死に、千早姉とも会えなくなった時。

このみ姐さんが、初めて弱みを漏らした時。

加蓮が、大きな怪我を負った時。

志保と、公園で殴り合った時。

静香と、屋上で叫びあった時。

凛に、加蓮を任せた時。

 

―――そして、加蓮が、あのライブ会場に立った時。

 

どれだって、俺が労した苦労は多大で、心労も多大で、いつ失敗して誰かを傷つけてしまうかと言う恐怖に怯えながら俺は戦っていた。大切な人だから、大好きな奴らだからこそ、どうにもならないことがないように、必死に走って、戦って、何とか打ち勝ってきた。

いつ敗北が来てもおかしくない。綱渡りの現状で走ってきた。

 

「そう、だな…。ちょっと、怖いんだ。今気を緩めて、何かが起きた時に、俺がもう一度成功できるかどうか、分からないから。俺の担当アイドルが躓いた時に、救ってやれるのは俺しかいないんだからな。」

 

「…そうね。私から言えることは一つだけ、だと思うわ。」

 

「言えること?」

 

「そう。アイドル達を代表して、プロデューサーに言いたいことよ。―――あんまり、私達を舐めないで。失敗して、全部丸投げして。それで大河に全部押し付けるなんて思わないで。いい?プロデューサーに支えてもらっていることは事実ではあるけど、でも自分一人で立てない訳じゃない。私達は人間よ。再び立つことだって、できるわ。」

 

そう言い切る志保の目は、強い信念に満ちていて、その後ろに輝く夕日と相まって、とても綺麗な姿に見えた。

 

「…お前、良い嫁さんになりそうだよな。」

 

「…な、何を―――

 

「ほら、行くぞ。映画、始まっちまうぞ。」

 

俺は席を立ち、背中には靴の跡が付いて、顔は思いっきり地面に叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冗談のつもりだった。

単なる世間話だと、思い込みの激しすぎた与太話だと、ネガティブになりすぎた俺の夢物語だと、そう思っていた。

でも、俺は忘れていてはいけなかった。

世界はあまりにも理不尽で、人生はこんなにもクソッタレだということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は、瑞希の写真撮影に同行していた日だった。

有名雑誌の新人アイドルを紹介するという企画の様で、ここで名を売れれば人気は急上昇し、次の仕事にも繋がるとい凄く重要な仕事だ。

しかし、瑞希は表情を表に出すのが得意ではない。

そのせいで、あまり撮影の方は上手くいっていないようだ。

 

「うん…、よし、撮影時間も膨大にあるわけじゃないから、君は最後に撮ろう!次の子、スタンバイして!」

 

瑞希の撮影中、カメラマンが大声で叫ぶ。

瑞希は衣装に上着を羽織り、スタジオ内の休憩用の椅子に座る。

俯いて元気のなさそうな瑞希の隣に、俺は深く腰掛けた。

 

「プロデューサー。私、どうしたらいいのでしょうか。表情を、自分では出しているつもりなのですが。」

 

「…ま、そりゃそうだ。カメラマンからしたら、新人アイドルなんて大抵元気いっぱいだ。瑞希みたいなタイプは珍しいだろうからな。でも、だから何だよ。カメラマンのいうことが絶対か?アイドルはカメラマンの言うこと聞いてりゃ人気になれるのか?そうじゃない。カメラマンにも好みってモンがある。お前がその好みに合わないってだけだ。」

 

「でしたら、むしろ…。」

 

「だから何だっていうんだよ。カメラマンが気にくわなくてもいい。お前の目指すアイドル像って奴に賭けてみろ。お前は新人の中でも一番強い奴だ。もしもそれがダメって言いだしたなら、俺がブッ飛ばす。だから、お前はお前らしくいけ。信念を曲げた奴は曲げた分だけ弱くなる。今この一瞬じゃなくて、これからの全てを考えろ。何とかならねえもんは、俺が何とかしてやるから。」

 

俺は瑞希の頭をポンポンと叩く。

瑞希は持っていたタオルで、顔を覆う。

 

(どの辺に表情が出てないのか、俺はカメラマンに聞きたいところだけどな。こんなにも表情豊かな奴、あんましいないだろ。)

 

「飲み物、買ってくるな。」

 

瑞希が頷いたのかどうかは分からないが、俺はそのスタジオを出て、自動販売機に向かう。

その前でそう言えば何を買えばいいのかとも思い直したが、そんなものは知らないので取り敢えず適当に選んでスタジオに戻る。

 

するとスタジオの前に来たところで、あちら側から扉が思い切り開かれた。

それを避けて、俺の身体は仰け反って、持っていたペットボトルを落としそうになる。

出てきたのは、瑞希だった。

 

「おっとっと…。危ねえよ瑞希。落としかけたじゃねーか。なんだ?そんなに喉が渇いてたのか?」

 

「それどころじゃありません!」

 

瑞希が、柄にも無く大声を張り上げる。

 

「んだよ、何かあったのか?少しカメラマンにごちゃごちゃ言われたからって、そんな気に病む必要―――

 

「お姉さんが、事故に遭いました…!」

 

 

 

「…は?」

 

なんて、言った?

 

「今スタッフさんから電話を取り次いでもらって、志保さんからで、お姉さんが、仕事中に事故を起こして病院に搬送されたと…!」

 

 

 

理解が、追い付かない。

誰が?加蓮が?何を?事故を?何で?どうして?誰のせいで?

意味ガ、ワカラナイ。ニンシキガ、オイツカナイ。

 

 

 

「プロデューサーッ!」

 

「ッ!?」

 

「早く行ってください!何してるんですか!」

 

「でも…お前が。まだ、撮影が終わって…。」

 

「いいから!行ってください!私自身のことは、私自身で何とかしてみせますから!」

 

「ッ…!行ってくる!すぐ戻ってくるから!それまで…!」

 

俺はバイクの鍵だけを持って、スタジオから走り出す。

 

 

 

 

 

「志保ッ!瑞希から聞いた!病院はどこだ!」

 

『大河。まずは落ち着いて。』

 

「いいから教えろッ!すぐに行く、俺が行くから!」

 

『落ち着いてって言ってるでしょ。一度深呼吸をして。気持ちを落ち着けて。そうしないと私、何も話さないから。』

 

「ふざけてる場合じゃねえだろ!」

 

『ふざけてなんかないわよ!…大丈夫だから、落ち着いて。加蓮さんはまだ手術中だけど、命の心配はないってお医者様は言ってたし、まだ大怪我って決まったわけじゃないから。それよりも大河が焦って途中で事故を起こす方が怖いわ。…無傷で起き上がったら、弟が自分のせいで事故に遭ったって聞いたら、加蓮さんが可哀想だわ。これ以上、悲しむ人を増やさないで。』

 

「ッ…。分かった。落ち着いた。悪い…、志保。で、どこにある。」

 

「283プロダクションの一番近くにある市民病院よ。場所、分かるわよね?」

 

「すぐに向かう。事故は起こさない。無傷でいく。だから…それまで加蓮を頼む。」

 

「…承ったわ。」

 

バイクにキーを指し、エンジンをかける。

スタンドを蹴り上げ、飛び乗って、アクセルを思いっきり踏む。

 

(大丈夫だ、落ち着け。ただ怪我をしたってだけだ。どうせどっか擦りむいたってくらいだ。そこにいた奴らがちょっと焦って大事にした程度の話だ。)

 

 

 

楽観視することにした。楽観視できる未来を願った。

良い方に考えれば、現実もそうなるかもしれない、未来もそう有るかもしれない。

病院に行ったら、足にちょっと包帯を巻いた加蓮がいて、焦って急いできた俺を揶揄いながら、一緒に家に帰る。

 

そんな、普通の未来を、祈って、いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神様は、残酷だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病院について、手術室へと向かう。

場所なんて分からなかったけど、止まりたくなかった。

走って、走って、それで、辿り着いた一つの部屋の前に、見知ったいくつかの顔があった。

 

 

 

笑顔で話しかけようとした。俺は、どうせ大したことなかったんだろ、って言って、それでそいつらと、大げさだよな、なんて話をして、それで、それで、それで。

 

 

 

奏が泣いていた、目を覆って泣いていた。

親父とお袋は俯いていた。生気を失った様な顔で、俯いていた。

美城専務は壁に拳をついていた。悔しそうに、拳をついていた。

志保は目を逸らした。辛そうな顔で、目を逸らしていた。

 

「お前ら、何、ふざけてんだよ。ドッキリか?プロデューサーを狙ったドッキリなんて、テレビで流したって…。」

 

分かっているだろ?お前は要領がいい奴で、理解力がある奴で、完璧なんだろ?

察しはついてるだろ?これから自分に叩き付けられる現実と、その現実がいかに非情なものなのかを。

 

 

 

白衣を着た医者が、俺の前に立って、淡々とした口調で告げる。

 

「命に別状はありません。しかし足の損傷が激しく、切断とまではいきませんでしたが、もう、動かすことはできないでしょう。…端的に言わせていただきます。」

 

ゴチャゴチャ言われたって分からない。俺が知りたいのはただ一つだけで、それ以外の何物でもない。でも、聞きたくない。聞いてしまえば、受け止める時が来るから。受け止めて、また絶望しなくてはならないから。

 

 

「北条加蓮さん…あなたのお姉さんは、再びアイドルとしてステージに立つことは、ほぼ100パーセント不可能です。」

 

 

 

―――神様って野郎は、どうしてこんなにも、クソッタレなのかに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

医者は部屋から出ていき、残された部屋の中には、静寂だけが残っていた。

 

「クソが…。」

 

呟いたって、何も変わらない。

 

「クソがッ…!」

 

ドンッ!

 

壁を殴りつけたって、何にも変わらない。

 

「クソがクソがクソがクソがクソがぁッ!」

 

ドンッドンッドンッドンッドンッ!

 

「どうしてッ…どうしてまた加蓮なんだ!一体何回奪えば気が済むんだ!一体どれだけ苦しめば救われるんだよあいつは!美城専務…!あんたは加蓮をトップアイドルにすんじゃねぇのかよ…!なんでこうなってんだよ…!なんで、どうしてッ!奪うくらいなら…最初から与えんなよッ…!高いところから叩き落とすのがそんなに楽しいか…!?やっと、あんなに苦労して手に入れたモンを簡単に奪ってそんなに愉快か…!?ふざけてんじゃねぇよ!人の夢を何だと思ってんだよ…!一つしか拠り所のないやつの気持ち…考えたことあるのかよ…!命よりも大切な夢追っかけてる奴の気持ち…それを奪われたやつの気持ち、考えたことあるのかよ…!」

 

俺が専務の襟首を掴みあげても、彼女は噛み締めた歯の力を抜くことはなかった。

 

「なんで、また、加蓮なんだ…!?いつだってあいつじゃねえか!どこまで残酷なんだよこの世界ってのは!何回だ…あと何回、加蓮から奪えば気が済むんだ!何を奪えば気が済むんだ!どこまで不幸にすれば気が済むんだッ!…どうすれば!加蓮は幸せになれるんだよッ…!」

 

「大河…もう止めて…!誰も悪くなかった。今回のことは、不幸な事故だったの!」

 

「誰のせいでもない…?不幸な事故だった…?そんな戯言が、通ってたまるかよ!だったら加蓮は…俺はッ…!一体どこにッ!握りしめたこの拳を叩きつければいいんだよッ…!」

 

壁に叩き付けた拳から、血が流れていく。

 

「もうやめて!大河!これ以上、自分を責めないで…!大河は悪くない、その拳は、あなたが握っていていいものじゃない。…どうしても振り下ろさないと気が済まないなら、私に振り下ろして!」

 

パンッ!

 

少女の左頬を、少年の拳が躊躇せずに撃ち抜いた。

吹っ飛ばされた少女は、なお拳を解かない少年に、腫れ始めている頬をも気にせず、殴られた痛みも気にせずに、少年を抱き留める。

 

「これで満足したなら、落ち着いて…。心を鎮めて、大河…。泣いていいのは、喚いていいのは、その場で本当に一番苦しい人だけよ。今はそれはあなた。でも、それはここまで。大河がそんなんで、どうやってお姉さんに会いに行くのよ。」

 

「ああクソ…!悪い…志保。俺、だっせえなぁ…。癇癪起こして、八つ当たりして、女殴って…。一番辛い奴の事なんか無視して、自分勝手に振舞ってやがる…。痛そうだ、志保…。俺が…やったんだな…。」

 

「痛くなんてないわよ。信念の篭ってない拳なんて、痛くも痒くもないわ。だから、あなたの信念を、ここで取り戻して。あなたは北条大河。アイドルのためならなんでもする、最高のプロデューサー。まだ、加蓮さんはアイドルよ。目から輝きを失わない限り、彼女は、アイドルよ。だから、大河も輝きを諦めないで。」

 

「…志保。」

 

「何よ。」

 

「一瞬でいい。…泣かせてくれ。」

 

「一瞬と言わず、気が済むまで。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

少年の怒号が、部屋内に響き渡る。

 

それは、怒りに満ちた怒号と言うよりは―――悲哀に満ちた、絶望に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に。本当に一瞬で、彼は自分を取り戻した。

 

「じゃあ、行ってくるよ。もう、起きてるんだろ、加蓮。」

 

「ええ、いってらっしゃい。」

 

明らかに無理をして、気丈に振る舞って。それでも、彼は、前を向く。

本当に一番辛いのが誰なのか、本当に一番悲しいのが誰なのかを一番近くで見てきたから、彼は、下を向かない。

 

「志保!?その頬…今看護師さんに言って氷持ってきてもらうから…!」

 

大河が部屋から出ていくのと入れ替わるように、部屋に静香が入ってきた。

状況は理解できていないようだったが、静香は周りを見渡して、取り敢えず私の頬が赤く腫れていることに気付いたらしい。

 

「いいの。静香、いいのよ。」

 

「でも…!」

 

「この痛みは、もう少し味わってないといけないものだから、いいの。それに、傷なんて全然痛くないもの。」

 

「そんなわけないよ!だって、こんなに痛そう…!」

 

「そうね…痛い。」

 

傷つけ、傷つけられることの痛み。

それを知らない訳ではなかったが、でも、実際に味わうまで、分かってなんていなかった。

 

「―――人に傷つけられるのって、こんなにも、心が痛い…。私、知らなかった…。」

 

拳を握ることは、何も間違いというわけではない。

大切なのは、その痛みを知って、理解して、立ち向かうこと。

少女は、今、初めてスタートラインに立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ。」

 

「よ。」

 

病室に入ると、既に目覚めて横に置いてあったルービックキューブで遊ぶ加蓮の姿が見られた。なんでんなモン置いてあんだ。手術直後じゃないのか。

 

「その様子じゃ、奏は大丈夫みたいだね。良かった。」

 

「ま、詳しくは聞いてないけど、見たトコ外傷は無いみたいだったぞ。ま、心的外傷はどうかは分からんが。…それより俺は、お前がそうやって飄々としてることの方が深刻だと思うけどな。自分で気づいてるんだろ?いや、医者にも聞いたはずだな。お前の足が、もう動かないってことを。…泣き叫んでも、この部屋なら誰にも聞こえないぜ。」

 

「…何で?泣く必要、ある?」

 

本当に、彼女は、心の底から本当に平然とした顔でそう言い切った。

 

「…悲しみの限界を超えて、感覚が麻痺ったのか?お前は、夢を断たれたんだ。こんな絶望、溜めこんで、先延ばししたって意味はない。起きたばっかで悪いが、突きつけさせてもらうぜ。」

 

「うん、で?」

 

「は…?」

 

「だから、何?私はもうアイドルをできない、って。たったそんな医者の一言で、私が諦めるように見える?その言葉、私は子供の頃に耳が腐るほど聞いたんだけど?別に道を取り上げられた訳じゃない。ただスタートラインに戻されただけ。ダイスも私は握ってる。ゴールへの道も開けてる。それで、何を泣けって?」

 

「…はぁ。本当に、お前は強い奴だよ。諦めるなんて毛頭思っては無かったが、そういう時は涙の一つでも流すのが女として風流なんじゃないのか?」

 

「うーん。ま、そうなのかもしれないけど。私今怒ってるから、泣いてる余裕なんてないの。」

 

「怒ってる…?何に?」

 

まさか俺の考えている通りに神様やら人生やらにキレているわけではあるまい。この女は泣きごとなんてこれっぽっちも言わない。たとえ自分が不幸だったからと言って、それを運だのしょうがないだの不確定なものでまとめられるのが大嫌いだ。

アイドル達やスタッフにキレている、というわけでもないはずだ。

 

「私は、あんたにキレてんだよ。大河。あんたは765プロのプロデューサーなんでしょ。今はアイドルに付き添って仕事中なんでしょ。…じゃあ何で、今、ここにいるわけ?」

 

「おまっ…んなもんお前が心配だったからに決まってんだろ!また、事故に遭ったって。お前がまたアイドルできなくなるかもしれないって、こっちがどれだけ心配したと思ってんだ!」

 

「じゃあ、もう終わったでしょ。私は平気。もう行ったら?」

 

「テメェ…!」

 

「…大河、私はね。独り立ちしたかった。独りで生きていけるって証明したかった。じゃなくちゃ、私はこの先ずっと大河に寄生し続ける羽目になるって思ったから。だからアイドルになったんだよ。…私は独りでも平気。でも、大河には独りで平気じゃない誰かが待ってるでしょ?だから、早く行ってあげて。」

 

頭に浮かぶは、ポーカーフェイスな、でも感情がハッキリとした一人の少女。

眼の前に居るのは、既に立ち上がった信念の強い姉。

 

…もう、弟は卒業だ。

 

「…悪い、行くわ。」

 

「はいはい。次来るときは、メロン丸々一個。甘い奴ね。」

 

「馬鹿いえ。お前なんか葡萄一粒で十分だ。」

 

俺はそれを捨て台詞にして、走って駐車場に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撮影現場に戻ると、既にその施設の灯りは消えていて、駐車場にも一台の車の姿も無かった。

その中で、出口の前で佇む少女が一人。

その表情は曇りに満ちて、聞かずとも何があったかは分かりそうなものだった。

 

「瑞希…!…悪い。」

 

「プロ、デューサー。ごめん、なさいッ…!あの後、他の皆さんの撮影が終わってから、私の撮影になって…。私、頑張ってカメラマンさんの期待に沿えるように、表情が出せるように頑張ったんですけど、どれだけやっても駄目でっ…。最後にはカメラマンさんに、呆れられて、舐めてるのかって言われてっ…。仕事を、外されてしまってっ…。」

 

「俺の、せいだな。俺が、行ったのが間違ってたんだ。」

 

「止めて…ください…!それだけは…駄目です…!私なんかのために、プロデューサーの選択を誤ったものに…しないでッ…!」

 

「…お前は、優しいんだな。三年前から、何にも変わらない。あの日から、猫を護ったあの日から、優しくて、強いな。」

 

「ごめんッ…なさい…!ごめん、なさい…!」

 

「謝るな。別にこの程度の仕事俺がいくらでも取ってきてやるよ。別に今回がラストチャンスなんて言うわけじゃない。初めから成功する奴なんていないんだ。瑞希は瑞希の魅力を信じて、突き進めばいいだけだよ。」

 

「でも…でもッ…!」

 

「次は、絶対俺が隣にいてやる。それで、お前のこと助けて、カメラマンがぐうの音も出ないくらい完璧な写真にできるように、俺が手伝ってやる。それが売れればお前は人気爆発で、仕事の量だって鰻登りだ。…だからさ。」

 

「ッ…。」

 

「泣くなよ、瑞希。」

 

夕焼けがオレンジ色に照らすアスファルトの上で、一つの雫が零れ落ち、一本の茎が折られた。

 

だが、勘違いするな。

タンポポは、踏まれたって起き上がり、そして強く、美しく咲く。

彼女は今、更に強く、美しい、一人のアイドルになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 



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出来損ないのスタートライン

 

 

「大河君。お姉さんの方は…。」

 

「え?姉貴?赤羽根さん、よく知ってますね。たしかあれ、情報統制されてるんじゃなかったでしたっけ?」

 

中々泣き止まない瑞希を乗せたバイクで、泣き止むまで町中を走り回った後で家に送ってから、俺はシアターへと戻ってきていた。

最近はどうやら俺のことを心配しているみたいで、今日も赤羽根さんはシアターにいた。

 

「色々と繋がりがあるからね。…問題は、ないのかい。」

 

「ないない、オールオッケーさ。…もう、十分に泣いた。ガキの頃に散々泣いて、『大人』になってまた泣いた。十分すぎるよ。もう、下を向くのは御免だ。だから…様子見は、やめるぜ。」

 

「そういうと思ったよ。でも、君のやろうとしていることは危険だよ。実力の伴っていないアイドルが、身の丈に合わないステップに踏み出すことは、崖登りをするようなものだよ。踏み外せば、谷底に真っ逆さまだ。」

 

「分かってるよ。俺の勝手で、アイドル達を殺す気はねえよ。でも、もう手は届く。自分の身を削って一歩進ませるだけだったあの頃とは違う。今はアイドル達に手が届く、支えてやれる。背中を押してやれるんだ。無謀な挑戦だというのは分かってる。でも、もう立ち止まってばかりじゃいられない。アイツらも、もう我慢の限界みたいだぜ。」

 

「…下積みは大事なことだ。積みあがっていない人間は、高く登ることはできない。土台がしっかりしていなければ、すぐにでも倒れて崩れて一から再スタートになる。彼女達はまだ子供だ。止めるのは君の役目だろ?」

 

「…赤羽根さん、あんた、本当に静香達の下積みができてないって、土台が全くないって、本気で思ってるのか。」

 

「当たり前だよ。まだ彼女達は765プロに入って3ヶ月と経っていないんだ。レッスンを頑張っているのも知っている。アイドルについて学んでいるのも知っている。でも、その程度(・・・・)で、本当に765プロダクションという場所でやっていけると思っているのかい?もしかして、君はテレビや雑誌の中で見ているアイドルが、見える程度の努力しかしていないとでも?正直に言えば、君は自分を過大評価しすぎている。確かに君の能力は凄まじいよ。物覚えもいい、仕事の能率もいい、アイドル達の信頼関係もだ。だから、少し調子に乗ってしまったようだね。大河君、君は、何でもできたからこそ、何でもできると思い込んでしまっているよ。…いや、君がもしもアイドルになっていたとしたら出来るのかもしれない。でも、アイドルとして実際に輝こうとしているのは静香達だ。君じゃない。」

 

「それを分かった上で、俺は言っているんだ。俺は、俺がしょうもない人間だと言われるのはもう慣れてるし、どうでもいい。だが、俺が認めた人間を否定されるのは気に食わねぇ。そういうの、見てから言えよ。何も知らないまま、何も分からないまま、否定するな。それは、努力してきた人間への冒涜だ。…なぁ赤羽根さん。アイツらが一日にどれくらいレッスンを重ねてるのか知ってるのか?俺が出した課題に加えて、自分で考えた練習をどれだけ重ねているのか。アイツらがどれだけ真剣なのかを見もせずに、勝手なことばっか言ってんじゃねえぞ!」

 

「…。」

 

「…すんません。熱くなりすぎました。」

 

「…いいさ。俺だって、少し言い過ぎた。実際、五人の実力も全く分かってない訳だしね。君に釘を刺そうと思っていたけれど、どうやらその必要はなかったみたいだ。君はきちんと分かっている。分かった上で、君は無理に進もうとする。茨の道をその身を持って道としながら。…止めても、無駄かい。」

 

「…止めて止まるんなら、最初からこんなこと言わないっすよ。」

 

「はぁ…。どうやら、社長はとんでもない少年を拾ってきたみたいだね。分かったよ、大河君。仕事については俺の許可が下りたものには参加させる。よほど無謀なものでもなければ許可を出すよ。それと、再来週の日曜日、新人5人で一曲の歌を振りつけ込みで発表してもらう。そこには、社長と俺、それと何人かの765プロのアイドルで評価させてもらう。それで合格だろうと判断したら、君に全てを任せる。勿論、バックアップはさせてもらうけれどね。分かってはいると思うけど、そこで不合格ならしばらくの間…そうだね、俺が許可を出すまでは一切の仕事はさせない。完璧に仕事場で活躍できるようになってから始めてもらう。ずいぶん時間はかかると思うけど、大きな挫折をさせて育てるようなやり方にはしたくないからね。折れるアイドルは、俺も見るに堪えない。」

 

「いいすっね、それ。そういう方が燃えます、俺も、きっとアイツらも。」

 

まるで子供同士が企みを考え合うように、俺と赤羽根さんは夜のシアターで笑みを向け合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加蓮さんが怪我した翌日。

赤羽根プロデューサーに集められた私、静香、瑞希の三人は、普段なら所属アイドルは入ってこられない社長室に集まっていた。

ノックして部屋に入ると、そこには赤羽根プロデューサー、高木社長、小鳥さんの三人が、重々しい空気で座っていた。

 

「おお!来たか来たか!静香君、志保君、瑞希君!まあまあ、まずは座ってくれ!」

 

私達に気付いた社長が、その重々しい空気を打破しようと陽気な声で話しかけてくる。

 

「社長、いいです。私達を集めたってことは、話があるんですよね。大河の、お姉さんの話で。」

 

「…察しがいいね、志保君。その通りだよ。北条大河君のお姉さん、北条加蓮。瑞希君はあまり事情に踏み込んでいる訳ではないみたいだが、名前に聞き覚えは?」

 

「…346プロダクションの、Triad Primusの。」

 

「そう、大河君のお姉さんはアイドルというわけだ。そして昨日、怪我をした。様態がどうなったかは私達には情報が入ってきてはいないが、上の方で話し合ってから公表するそうだ。」

 

「あの…それは分かったんですけど、加蓮さんの怪我が、どうして私達だけに関係があるんですか?そりゃあ怪我したんなら大河だって落ち込むと思いますけど、それだったら皆に協力してもらって。」

 

「志保君。静香君は、知らないのか。」

 

「ええ。知ってるのは私くらいだと思います。前に加蓮さんが怪我した時、まだ静香とは知り合っていなかったので。」

 

静香と瑞希は、二人して怪訝な顔をする。

それもそのはず、彼女達二人は、今どれだけ加蓮さんと大河が絶望の淵に立たされているのかを知らない。

昨日だって、『怪我』の一言で片付けられて、実際に何があったのかも分かっていないのだ。

『大きな怪我』。それがまさか、アイドル生命を断つものだとは、微塵も思ってないだろう。

 

「大河のお姉さん…加蓮さんは。生まれた時から体が弱い子供だったの。病院のベッドから起き上がることも出来ずに、もう、起き上がれることはないかもしれないって言われて。それでも、加蓮さんは自分の夢の為に必死に努力した。そうして、彼女はここまでのアイドルになった。でも今回。事故で彼女が怪我をして、多分、今度こそ、彼女はもうアイドルには戻れない。」

 

「「………。」」

 

「安心して。大河も、加蓮さんも、まだ諦めたわけじゃない。二人が折れることは、決してないわ。」

 

「…それまで、私が支えなきゃってことでしょ、志保。」

 

「…でしたら最上さんが申したように、皆さんで支えれば。」

 

「大河君きっての希望だ。このことは誰にも教えないでくれと。」

 

静香と瑞希の決断を、社長が言葉で遮る。

 

「勿論、SNSや雑誌で知られてしまう可能性もあるにはあるが、大河君のお姉さんが北条加蓮だと知っているのは765プロではこの部屋にいる者だけだ。…大河君は、お姉さんのことで憐れまれるのが嫌だそうだ。そう思うアイドルが居なくたって、心配されるのも嫌だと。プロデューサーである彼が、アイドルである皆に、一切の迷惑をかけるわけにはいかないと。そう、言っていたよ。」

 

「何故君たちにこの話を高木社長がしたのか。分からない君たちじゃないと思うけど、一応念押しをさせてもらうよ。勿論俺や社長、小鳥さんだってサポートはするつもりだよ。でも、きっと彼はそれを受け取らない。そして、君たちのサポートもきっと受け取らない。彼は、彼自身が独り立ちをして、そうして人を支えようと戦っているから。」

 

「それを支える。たとえ大河が受け取らなくたって、私達は勝手に彼を助けます。侮らないでください、赤羽根プロデューサー。私も、静香も、多分瑞希も、それだけの覚悟は持っています。」

 

「…それなら安心だね。どういった形で大河君のお姉さんの件が発表されるかは分からないけれど、俺達の方針は決まった。君達には負担をかけることになるけれど、俺達も努力するから。頑張って欲しい。」

 

「分かりました。…それで、とうの大河本人はどこにいるんですか?」

 

「戦いに、行くそうだよ。お姉さんの友人の為に。」

 

 

 

 

 

ある日、私と奈緒は346プロダクションの会議室の一部屋に呼び出されていた。

私と奈緒が、薄暗く窓もない部屋にちょこんと座り、そして加蓮の姿は無い。

 

「な、なあ凛…。本当に、どうして私達が集められてるんだ?加蓮がいないならTriad Primus関連の話でもないはずだし…それにこんな上の階の会議室なんて入ったことないし…。」

 

「確かに、今回は何か変だね。プロデューサーからの事前の話も無かったし。」

 

奈緒の顔が少し曇り、私も少しだけ心配になってきた。

暗い雰囲気の会議室だということが響いているのか、それとも加蓮がいないことが響いているのか。或いは胸の内のなにかザワザワとしたもののせいなのか。

それを判断する前に会議室の扉が開いて、あまり知らない何人かの顔がぞろぞろと部屋に入って来る。

その中でよく知っている顔はTriad Primusとしてのプロデューサーだけで、その他の人達は顔を見たことがある程度のものだった。

しかし顔を見たことがある程度と言っても、どの人も346プロダクションのお偉いさんだ。

 

「渋谷凛と、神谷奈緒だな?君たちに伝えなければならない事がいくつかある。頼んだ。」

 

その中でも一番のお偉いさんが口を開いて、Triad Primusのプロデューサーに話を促す。

とても話し辛そうに、プロデューサーは口を開いた。

 

「渋谷さん、神谷さん。落ち着いて、聞いて欲しい。昨日、北条さんと速水さんがユニットとして仕事をしていたのは二人とも知っていると思うけど、そこで…北条さんが怪我を負った。」

 

「え…?」

 

「安心して!命に別状はないみたいだから。重要な器官や脳には損傷は無かったらしいから…。でも、足に大きな怪我を負って、もうステージに立つことは…。」

 

「…どういう、こと?プロデューサー!ねえ!どういうこと!ステージに立てないって、じゃあもしかして加蓮はもう…!」

 

詰め寄る私にプロデューサーは顔を俯かせて、何も答えない。

まるで、私の言ったことがその通りで、反論なんてできないかのように。

 

「凛!落ち着けよ!…今騒いだって、もう結果は変わらない。私達にできることを探す、それが今一番大切なことだろ!」

 

声を珍しく張り上げる奈緒の目は赤く、潤んで、でも涙は一滴も流れていない。

強い少女だった、奈緒は。自分のことになるとすぐに泣くくせに、他人のためにならその涙を堪える。

 

「そこで君達には話がある。Triad Primusとしての仕事は今すぐキャンセルを入れて、渋谷と神谷の二人で新ユニットを組み直す。この後、緊急会見と言う形で公表するつもりだ。怪我をした仲間のために、残りの二人が意思を継いで新しい道を踏み出す。ストーリーをとしてはこれくらいあればファン達も納得するだろう。ユニット名やコンセプトは後回しだ。とにかく時間が無い。北条のことが私達以外の場所から報道されれば、不信感が募るばかりだ。会見まであと一時間。話す内容については原稿を用意しておくが、移動中にできる限り覚えておいてくれ。よし、向かうぞ。」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!何、言ってるんですか?私達でユニットを組んだら、加蓮の帰ってくる場所が…!」

 

「渋谷、貴様は話を聞いていなかったのか?北条の復帰は不可能だ。ならば次にとるべき行動は北条のファン層の確保だ。北条は初ライブでコアなファンも増えた。そいつらを逃がさないためにやるべきことは君達の中に北条の存在を出すことだ。すぐに行動に起こさなければ、先に離れられてしまう。」

 

「待ってくれ!加蓮は…加蓮はこんなことで諦めたりしない。子供の頃だって不可能だって言われていたけど、それでもリハビリを頑張って、ここまで来たんだ!それまで、加蓮が帰ってくるまで!Triad Primusは加蓮の戻る場所としてそこになきゃいけない!なあプロデューサーさん!そうじゃないのか!」

 

「そうだよプロデューサー!私達二人なんて嫌だよ!三人一緒じゃなきゃ!」

 

「………。」

 

プロデューサーは返事をしない。

彼は優しい人だが、その優しさ故にあまり意見を大声で言ってくれるような存在ではない。

ましてや相手は相当上の立場の者。意見を言うのは荷が重そうだ。

 

「我儘を言うな!そんな不確定な可能性に賭けられるものか!行くぞ!あまり時間もない。会見が始まる!」

 

「そんなことを言わされるくらいなら、私は行かない!加蓮を見捨てて進むくらいなら!私は進みたくなんてない!」

 

「…そうしても構わんぞ。そうなれば、私達はTriad Primusごと切り捨てる。それとnew generationsもか。正直に言えば、我が社のイメージを損なうアイドルを在籍させ続けるくらいなら、お前ら程度のアイドルを切り捨てるのは大したダメージではない。」

 

「ッ…。」

 

私がアイドルを辞めさせられるのは最悪構わない。きっと奈緒もそれほどの覚悟はしている。

でも、卯月や未央は違う。彼女達を巻き込むわけにはいかない。

それに、今逆らって加蓮まで辞めることになれば、本当に彼女の戻る場所は無くなってしまう。

 

「行くぞ、あまり面倒をかけるな。」

 

その言葉に頷くほかなく、私と奈緒は彼らに着いていった。

 

 

 

車の中でのことは、あまり覚えていない。

台本を渡され、大きな流れを説明された。

この男が加蓮の怪我やこれからについて説明し、最期に私達がその意思を継いで精進していく、という話で会見をまとめるらしい。

移動時間は、精々10分にも満たなかったと思う。

でも、私の頭の中では様々な考えや思いが巡って、まるで一日中考え続けたかのような感覚だった。

 

そうして、車から降りた頃には、私の覚悟は決まっていた。

 

「奈緒。」

 

「言わなくても分かってる。」

 

奈緒も、私と同じことを考えているようだ。

茨の道になるかもしれない。

 

でも、私達は、捻じ曲げられたレールの上では走りたくないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会見…始まりましたね。」

 

「ああ…まさかこんなに早く始まるとはね。静香と瑞希と社長が出ていったばっかりで、俺と志保しかいないなんて。やっぱり社長じゃなくて俺が付き添うべきだったな…。」

 

「でも外で皆見てるんでしょう?赤羽根さん、少し落ち着いてください。346プロが下手な出方をするとは思えませんし、そもそも私達がどうこう言ったところで346プロの決定は覆りません。今更慌てたって何も変わりませんよ。」

 

「本当に志保は少し見ない間に大人になったなぁ。でも、考えたくないことだけど、346プロダクションが大河君のお姉さんを手放すって言うなら765プロでヘッドハンティングするっていうのも一つの手かも知れないからね。絶対無関係と言うわけにはいかないさ。346プロがぐらつくようなら、俺らの方でもアイドルを出さなきゃいけないこともあるかもしれないしな。」

 

「ま、狙うのは勝手ですけど、受けるとは思えませんよ。」

 

「どうしてだ?」

 

「勘です。ほら、会見、始まりますよ。」

 

扉を開いてスーツの男性が二人と、渋谷凛さん、そして神谷奈緒さんが続いて入ってきた。

男性の方も見たことがある。346プロダクションの中でも結構偉い立場の存在だ。

 

「今回は、集まっていただき―――

 

男が口を開いて、現状を説明していく。SNSでも少し噂になっていたから、北条加蓮が怪我をしたということに報道陣が動揺することはなかったが、その怪我が治る見込みがほぼ0という発言には流石にどよめいた。

そしてこれからの方針について、彼らは北条加蓮が治るまでは渋谷凛と神谷奈緒、二人のユニットを新しく再編成し、北条加蓮の意思を継ぎ、そして彼女の回復が実現すれば再びTriad Primusを再結成する、という旨の話をした。

 

「なるほどな、北条加蓮は切り捨てつつも、他の事務所には渡さない。北条加蓮の意思を継ぐという姿勢を見せることで、北条加蓮一人推しのファン達も逃さないように、って言うところかな。中々の手腕だけど、少し強引すぎるかな。」

 

「そういうこと、関係者の前では黙ってた方がいいですよ、赤羽根さん。」

 

「うおっと、すまん…。」

 

「…どうやら、赤羽根さんの言う通りみたいですね。強引に行き過ぎた。昨日の今日で会見を無理矢理開くからこうなるんですよ。確かに早いところ次の方針をファンに伝えないと不信感が募るのは分かりますけど、でもそれ以上にどうにかしないといけない部分があるのに。…ただの駒だと思っていると、痛い目を見ますよ。ねえ、赤羽根さん?」

 

「…間違いないな。」

 

首をかしげて見せる赤羽根に、鼻を鳴らす志保。

二人の目に映っていたのは、二人のアイドルの、決意の籠った目だった。

 

 

 

 

 

「では最後に、北条加蓮と同じユニットであった渋谷凛と神谷奈緒から、彼女に対する想いと、これからの活動に対する考え方を示してもらって、この会見を終わりたいと思います。では、頼むぞ。」

 

男が私達の方を見て台本通り話せと促してくる。

私は奈緒と目を合わせて、同時に頷く。

このまま会見を終わらせれば、一番いい結果となって終わるだろう。

346プロと私達は不幸な被害者として終わり、これから頑張っていく姿は情込みのものになるだろうし、北条加蓮という少女は悲劇のヒロインとして世間から励まされる。

 

―――でも生憎、うちのお姫様は悲劇のヒロインじゃなくて、世界を輝かせるヒーローを願っているんだ。

 

「こんにちは。Triad Primusの渋谷凛です。私達が今から言う言葉、絶対に聞き逃さないでください。」

 

私の声に、報道陣は少し困惑したような、しかし一歩詰め寄るような姿勢を取った。

男は少し顔を歪めたが、少しくらいアドリブを含めて感情的に話した方が世間の同情を買えると考えたのか、席を立つことも口を開くこともなかった。

観衆のざわめきが消え、そして静寂に包まれてから私は口を開いた。

 

「私、渋谷凛と隣の神谷奈緒。元Triad Primusの二人は、北条加蓮がアイドル業に復帰するまで、ライブへの出場を辞退します。」

 

静寂がひと際強くなり、そして爆発した。

 

「な、何を言っているんだ渋谷!北条加蓮が回復する可能性はほぼ0だ!そんな簡単なことも分からないのか!ライブに出ないということは、お前らはアイドルを捨てているということとほぼ同義だ!」

 

「勿論。アイドル業に関しては続けます。写真集や雑誌のお仕事は受けさせていただきますし、映画やドラマにだってオファーがあれば有り難く承諾させていただきます。…でも、ライブだけは。ライブだけは、三人がいいから…!」

 

「ふざけるな!つまりお前らは一生ライブに出場しないつもりなのか!そんな勝手が許されるか!いいか!お前らは社会人なんだぞ!子供としては見られていない!一時の感情に流されるな!」

 

「そっちこそ!一時の感情に流されるなよ!私と凛は、アンタらに話をされた時からこう言おうって決めてたんだ!私と凛と加蓮!三人揃ってTriad Primusなんだ!一人でも欠けたら、それはTriad Primusじゃない…!」

 

「チッ…。話が通じないガキどもがッ…!たとえばそうして!どうするつもりだ!new generationsはどうする!?神谷だって他のユニットとしての活動が今後あるかもしれない!それを諦めてでも、有りえない可能性を信じるというのか!馬鹿馬鹿しい!貴様らの戯言にはうんざりだ!いい加減に―――

 

「いい加減にするのは、テメェだろうが!」

 

男の怒号を、報道陣の中の一人の叫びが遮った。

 

「分かんねえのかよ…!アイドル業界に長いこと居て!たくさんのアイドルを見てきて!それで、こいつらの言ってること、分かんないって本気で言ってるのかよ!諦めたくないんだ…!このまま終わりたくないんだ!奈落の底に落とされて、それでも這いずりあがってこようと必死にもがいてる親友を、必死に信じて!これまで一度だって止めたことないその足を止めてでも、それでも3人で居たいんだ!3人で走りたいんだ!3人で進みたいんだ!どうして分からない!どうして気付いてやれない!お前らはアイドルを導く存在じゃないのかよ!ならどうしてッ!こんなに簡単なことも分からないんだ!無関係の俺でも分かる、単純なことに!…仲間を信じて、明日を夢見て!もう一度この3人で歌える日が来ることをスタートラインで待っていたいっていうその覚悟が、自分の夢を贄に捧げてでも叶えたいその夢が、一つも分からないって言うのかよ!」

 

「何も分からんド素人が!黙っていろ!アイドル達の気持ちなんぞ関係ない!こいつらは人形だ!人形に気持ちを尋ねる奴がどこに居る!」

 

返す男の叫びには、誰も返答をする者はいなかった。最初に抗った少年のような声すらも、返されることはなかった。

しかし、それに代わって男に突き刺さったのは、報道陣の冷ややかな視線。

民衆に色んなことを言われ、そして視聴率や販売冊数を伸ばすためにギリギリのラインの工夫を重ねてきている彼らも、人間をまるで道具のように扱うその男の言い草を見逃すことはできなかった。

彼らとて、各々様々だが、夢見たことはある。希望を持ったことはある。学生の時なら、尚更。

言葉にこそしないがその視線は、男を二歩、三歩と退かせた。

 

「もういい。下がりたまえ。」

 

その空気を意にも介さないように、一人の女性が扉を開く。

 

「美城…専務…!何故…!?」

 

「君はもう下がれ。これからの処分については後で追って伝えさせる。」

 

「しかし…!」

 

「下がれと言っている。四度目はないぞ。」

 

「ッ…。」

 

男が憎らしげに美城専務を睨みながら退出するのを確認すると、彼女はマイクの前に立ち、手を付き、口を開いた。

 

「まずは私の部下の非礼を詫びよう。申し訳ない。少なくとも私は、アイドルとは、可能性を秘めた原石だと思っている。磨き方を誤れば、ただの路傍の石となる。粗雑に扱い使い捨てるなど言語道断。渋谷、神谷。君達の意思は喜んで受けよう。君達のライブへの参加は君達の意思に委ねる。しかし、渋谷の方はnew generationsの方のライブには参加してもらう。神谷は北条の抜けた穴を埋めるように、仕事に邁進してもらおう。…それで、君達の希望は叶うか?君達の二人…いや三人の『夢』は守られるか?」

 

「「…はい!」」

 

「それだけ聞ければ十分だ。二人とも、下がって休むといい。それ以上の質問は私が引き受けよう。」

 

僅か一瞬で、これまでの全てを無かったことにしたその圧に、会見はそれ以上の盛り上がりを見せることなく、つつがなく終了した。

 

 

 

 

 

「また、君に助けられるとはな。」

 

「いいや、助けられたのは俺の方さ。俺だけじゃ、どうしたってこういう結果にはならなかったからな。」

 

会見が終わり、部屋から退出した美城が角を曲がると、そこには背を壁に預けた北条大河が腕を組んで立っていた。

 

そもそもの話だが。

今回、美城は遠方に出張中だったために、会見を開くことすら知らなかった。

それを伝え、そして呼び戻し、間に合わせたのがこの男、北条大河だった。

 

「いいや、君が私の部下の独断を先んじて私に伝えなければこうはならなかった。それに、あそこまでの失言をさせなければな。そして私に反感を持つ部下達も把握できたしな。…まさか、ここまで強引な手を使ってくるとは。というか、君はどうやってこの情報を得たんだ?」

 

「企業秘密だ。アンタや赤羽根さんにもあるようなツテって奴が俺にも幾つかあるんだよ。というかあんなの赤子の手をひねるより簡単だ。人をキレさせるのが俺以上に得意な奴が居るかよ。」

 

「それにしては、随分と感情の籠った言葉に聞こえたがね。」

 

「………。」

 

「…本当に、感謝しているよ。」

 

「…アンタも、随分変わったモンだな。結構前から噂は聞いてたんだよ。いきなり来て、これまでのユニットや活動全てをブッ壊して、自分に必要だと思ったものだけを優遇する。本当にどうしたんだ?島村卯月に感化でもされたか?」

 

「感化されたのだとしたならば、それは君だよ、北条大河。元より島村卯月は去年度いっぱいで切り捨てる予定だった。しかし、北条加蓮に絶対に何とかすると言われてな。それに乗ったのはただの気まぐれだが、本当に何とかして見せたのは君だ。…私とて、アイドルが輝くのを好んで邪魔したいと思っている訳ではない。しかし、世間はそう甘くはない。輝ける存在は、いいや、私達が輝かせることのできるアイドルは、極少数だ。私はその極少数に、必死に努力している少女達を選択したいだけだ。努力していないアイドルは居ないが、それで輝けるかどうかは別の話。私は、少しでも可能性のあるアイドルを応援していたい。そうでなければ、彼女の達の努力が水の泡となる。」

 

「あの三人がそうだったって話か?でも、島村卯月はお前にとって可能性のほぼないアイドルだったんじゃないのか?」

 

「そう思っていたんだがな…。どこかの誰かがおせっかいにも何とかしてしまったから。可能性は私達が見限るモノではなく、私達が切り開くモノ。そいう考え方もあると知った。」

 

「ある意味で、頑固すぎるよな、アンタ。じゃあ最後に、もう一つだけ聞かせてくれ。速水奏、今日はどこに居る。」

 

「…彼女は体調不良で今日は自宅療養だが、何か、あるのか?」

 

「いや、別にアンタに関係する話じゃねえんだ。俺の撒いた種だ。だから回収するのも俺の役目。じゃ、俺は行くぜ。面倒事はアンタに押し付けるよ。加蓮の想い、アンタなら大切にしてくれそうだしな。」

 

少年が廊下の角を曲がり、その背中が見えなくなったところで、後ろから渋谷と神谷の二人が追い付いてきた。

 

「専務!加蓮の病院、どこですか…!」

 

「やはりその話か。」

 

北条大河が逃げ出した時点で、その問題についての話だというのは勘付いていたが。

 

「すまないが、それについては話せない。たとえ君達であってもだ。」

 

「そんな…!私達は加蓮の親友です!何の規則や機密があるかは知りませんが、そんなもの…!」

 

「規則や機密程度で、君達に隠すことはしないさ。これは、北条加蓮本人たっての希望だ。本人の強い意志で、彼女の病院の情報は秘匿させてもらっている。家族や責任者である人間しか、この情報を伝えるわけにはいかない。」

 

「…加蓮、が?」

 

「『二人に迷惑はかけられない、心配もかけたくない』、彼女は、そう言っていたよ。」

 

「あの…馬鹿ッ…。」

 

これ以上、彼女達にしてやれることはない。

美城は、次に打つ一手を決めるべく、事務所へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「あはは…。本当に馬鹿だね、二人とも。」

 

加蓮は、力の抜けた腕をどうにか動かして、テレビのリモコンの電源ボタンをおした。

プツン、と音がして、再び病室に静寂が戻る。

 

「あれは、彼女達の独断の様ですよ。加蓮ちゃん。」

 

「…ちひろさん!?どうして…?」

 

自らの目元を拭い、千川ちひろを向かい入れ、横の椅子に座ってもらう。

大丈夫、きっと、気付かれていない。私はそんなに、弱くない。

 

「加蓮ちゃん、あなたの処遇を伝えに来ました。多分テレビでも見てたと思うけど、加蓮ちゃんは回復するまで346プロダクションに在職。解雇することはありません。回復次第様子を見ながら復職となります。…それと、見てたとは思うけど、加蓮ちゃんが回復するまで、凛ちゃんはnew generations以外のライブを、奈緒ちゃんは全てのライブで、出場を停止します。勿論、彼女達の申し出があればこの決定は覆るけどね。」

 

「ホント、馬鹿ですよね…。こんな、いつ治るかも分からないってのに…。」

 

「加蓮ちゃん、早く治さなきゃいけなくなりましたね。早く治さないと、二人が待ち疲れちゃいます。」

 

「………………。」

 

「…本当に、病院の場所を伝えなくていいんですか?二人とも、寂しがってましたよ?」

 

「それで、いいの…。」

 

「辛い、選択になりますよ。」

 

「…うん。」

 

少女の頭が緑色の服の女性の肩に乗せられ、小さな声で嗚咽を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前も、こういうところで悩むのが好きなのか?」

 

いつもの線路沿い。そこで少女は、線路越しに街を流れる大きな川を眺めていた。

どうも絵になっているようで、傍を歩く人はチラチラと目線を送っている。

それもそのはず、その少女はアイドルで、その少女は美人で、その少女は速水奏だったからだ。

 

「…大河君。私を、責めに来たの?」

 

「は?お前何言ってんだ?慰めに来てやったってのに、その言い草かよ。」

 

「でも、加蓮は私のせいで怪我をした!私を庇ったせいで、加蓮は…!」

 

「そう、加蓮が言ったのか?お前のせいで私は怪我をしたって。お前のせいで、私はアイドルを続けられなくなったって。そう、言ったのか?」

 

「そんなことッ…!言うわけない…加蓮は、優しい子だから。そんな、こと…。」

 

「なら、どうしてそんなことを言う。加蓮はお前を責めない。怪我した本人がそう言うんだ。誰がお前を責められる。」

 

「でも、私は…!」

 

「…それ、止めろ。誰かに責められなきゃ自分で自分を許すことも出来ねえのか、てめえは。お前が勝手に傷つくのは好きにしろよ、でも、他人を巻き込むな。お前がそうやって悩んで、下を向いて。一番傷つくのは誰だと思う。加蓮だよ。お前がそうやって苦しんでいるから、それは自分のせいだって勝手に思い込む。…本当に、おめでたい奴ばっかりだよな。どいつもこいつも、何でもかんでも自分のせいにする。いい加減にしろよ。後ろで転んだ奴に手を差し伸べれば、それが絶対の助けになるって思ってるのか。そうして止めた足を見て、一番後悔する奴だっている。見捨てて進むことが助けになることだってある。俺、言ったよな。加蓮をよろしく頼むって。」

 

「でも…私は加蓮の為に何も出来なかった!大河君に頼まれたのに…何にも…!」

 

「勘違いすんなよ。赤の他人に、加蓮の全てを任せるわけねえだろ。…俺が言いたいのは、加蓮のこと分かってやって欲しいってだけだよ。あいつはもう、ひとりで何でも出来ちまうんだよ。アイツは全部ひとりで手に入れられちまうんだ。…だからこそ、支えてやれる理解者って奴が、手に入らないのさ。」

 

「…。」

 

「どうかお前が、加蓮にとっての『理解者』になってくれることを願うぜ。」

 

少女は、前を向いた。

夕陽が、彼女の目を焼いた。

 

 

 

 

 

 



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リスタート/未来を目指すこと

 

 

 

「じゃ、お前らに取り敢えず伝えなきゃいけないことがある。」

 

翌日、事務所についた俺は、新人5人―――未来、静香、翼、瑞希、紬を一つの部屋に集めて、話を始めた。

ここに集まるまでに志保の表情が険しかったが、まあいつもの心配性だろうと放っておいた。

静香と瑞希も少し様子が変なのは妙だが、まあ姉貴が事故に遭ったことまでは聞いているのだから当然かもしれない。

 

「再来週の週末。そこまでにお前らには一曲仕上げてもらう。ダンスの振り付け、5人のフォーメーション込みでだ。」

 

「「はぁ!?」」

 

驚いたのは静香と紬、声こそ出さないが、瑞希も目を見開いている。翼は興味なさげに爪を弄り、未来は菓子パンを楽しそうに食べている。これは話聞いてないやつ。

この反応は正直に言えば予想ができていたものだ。何と言ったって、これは実質ライブと何ら変わらない。客の目やトークなども無いが、未経験の彼女たち5人がやるというのには荷が重すぎる。

もしもこれがソロでの披露ならばまだ荷が軽いというものだ。問題はこれが5人でやるということ。ライブ経験なしで、果たして連携や協力が取れるのか、と言う話だ。

本来ユニットとは、相当の練習を重ね、互いのことを理解して初めて一つになり、完全なパフォーマンスができるというものだ。

しかし、この5人にはそれがない。

確かに同時入社ということで話しているところもたまに見かけるが、それも精々友人未満と言う程度の物。

協調性やコンビネーションを期待するのは難しいものと言える。

 

「ほ、本当に言っているのですか!?私達はまだ新人!下積みも十分とは言えないのですよ!?それを、赤羽根プロデューサーや765プロダクションの先輩達に見せるなど…あなたは、私達に恥をかかせようというのですか!?」

 

「何、お前。もしかして一回の恥もかかずにトップに登りつめようとでも思ってんのか?その程度の覚悟なら、田舎に戻った方がいいぜ。調子に乗るなよ、三流アイドル。」

 

「なっ…!」

 

「…他の奴にも言っておく。俺は、今回お前らが成功するとは思ってるが、失敗したとしても問題は無いと思っている。結果的にお前らのデビュー時期は俺がどうこう言う前と変わらないだろうし、こういう実践経験を積んできている赤羽根さんと先輩アイドル達が身内贔屓無しで評価してくれる機会はそうあることじゃない。何かあったとして、精々失うものはお前らの羞恥心と多少の信頼程度だ。こんなに分の良い賭け、無いだろう?」

 

「そ、そんなん言われても…!」

 

「いいじゃないですか、やりましょう、皆さん。」

 

一番最初に肯定の意思を表明したのは、静香だった。

俺の側に向きを変えて立って、他の4人に向けて話し始める。

 

「私達新人。多分この数週間で分かったと思いますけど、仕事のチャンスはほぼないです。765プロダクションっていうネームバリューがあっても実力主義のアイドルの世界では限界があります。…ここで、皆で協力して、先に進みませんか!?このまま名前を少しずつ売って、技術を身に着けて、ゆっくり歩くのも一つの手です。でも、それじゃあ劇的に成長できたりしないです!挑戦してみることで、得られることもきっとあります。…やって、見ませんか?」

 

「私は、やろうと思います。静香さんの言う通り、ここで足踏みしていたら一生前には進めません。一歩、踏み出す勇気。折れない心。それらを手に入れるためには、踏み出してみるしかありません。…それに私、実は賭け事は好きなのです。」

 

「ん~。よく分からないんですけど、それって、この5人で踊ったり歌ったりできるってことですよね!じゃあやりたいです!絶対楽しいですよ!」

 

「うーん。美希先輩に見てもらえるならやりたいかなぁ~。あとあと、楽しい曲のダンスとかもした~い!」

 

「み、皆さん…。」

 

瑞希の返答を皮切りに、未来と翼も賛同してくる。まあこの二人はやりたいと言う気はしていた。

4対1の構図になれば、紬も簡単に落ちる。

 

「それじゃあ、やるっていう方向で良いな?取り敢えず、練習のスケジュールは組んでおくから、今日ここで決めておきたいことが二つある。一つ目は、何の曲目をやるかだ。この5人だと結構方向性もバラバラだからな。どの方向性に合わせるか、どんな風に歌いたいか、お前らで決めてくれ。でだ、もう一つ。決めなきゃいけないことがある。それは―――」

 

 

 

 

 

「マジで、どうするか…。」

 

その夜、俺はまたも事務所でパソコンとにらめっこしていた。

毎度の事ながらアイドル達は帰らせた後、小鳥さんは合コンに行った。鬼気迫る顔をしていた。

 

「また残業かい。本当に君は居残りが好きなんだね。」

 

「んな訳あるですかい。さっさと家族のいる家に帰りてーですよ。」

 

「…本当に君は大人の心を抉るのが得意だね…。お願いだから小鳥さんにあんまり色々言わないでくれよ…?」

 

「何で小鳥さんの話ですか?」

 

「マジで自覚ないのか…。まあいいや。で、今度は何で悩んでいるんだ?」

 

「ふぅ…。赤羽根さんが出した例の課題の奴っすよ。」

 

「お?やっぱり怖気づいたか?」

 

「んなわけがあるですかい。…正直、この課題に対して俺はどうこう悩むつもりはないっすよ。成功するのは目に見えてる。なら合否を気に掛ける心配はない。」

 

「その自信で、何を悩むことがあるんだ?」

 

「…センター、ですよ。」

 

「…なるほどね。」

 

センター。中心。中央。真ん中。中枢。意味で言うならそれだけだが、アイドルにとってそれは全く違ったものになる。

センターは一番注目の集まるポジションで、一番輝くアイドルで、ユニットを纏める存在で。

 

「一番人気になりやすい場所…か。本当なら実力かイメージで決めるトコなんすけどね。」

 

「実力の差も無く、確たるイメージが無いユニット。普通なら経験者を置くところだけど、それもいない、か。」

 

「…ここは、後に響きますよね、やっぱ。」

 

「…そうだね。一度ユニットで組んだメンバーが再結成したら、どうしてもその時センターだった人に対して一歩引いてしまう。力関係…というのとは少し違うかもしれないけれど、彼女達にそういう印象が植え付けられることは有り得るだろうね。」

 

客に見られることはないライブ。ファン側からの印象に関しては問題は無い。だがしかし、ならば適当にと投げ捨てていいものでもない。

 

「大河君の考えは纏まっているのかい?勿論、アイドルへの贔屓目や情とかは抜きで。」

 

「…あんまり、ですね。年齢やまとめ役として期待できそうなのは、瑞希ですけど。瑞希のセンターは完全にユニットの方向性がまとまらない気がするんですよ。未来と翼とはそれは多分合わない。特に未来なんかは元気、って感じの奴ですから。いやまあ、そういう意味では俺の中での『センター』っていう像に一番近いのは未来ですけどね。でもやっぱり技術的に見れば一歩遅れている。それに、周りのフォローも出来るか不安ですよ。技術だけで言うなら翼ですけど、アイツは自由でユニットそのものを瓦解させかねない。いっそのことメンタルの弱い紬を置いて育てるって考えもありますけどね。」

 

「静香を置くことは?考えてないのかい?」

 

「…それが一番、でしょうね。技術的にも申し分なし。真面目ですから纏め役にもなれるし、努力家だから必死にやれる。責任感も強くて投げ出すこともしない。」

 

「そこまで君の中で答えが出てるのなら、静香をセンターにしたっていいんじゃないか?売り出すときにまたイメージで決め直す方法もある。」

 

静香がセンターに立つこと。一つの像としてそれを想像することは難しくはない。

 

「…近すぎたから、ですかね。静香の考えが分からないんです。アイツが何を考えてこの試練に乗って、俺に賛同してくれたのか分からない。いや…多分、意図的に(・・・・)俺に隠してるんでしょうね。」

 

「意図的に…?」

 

「まあ、事務所に入る前に色々ありましてね。多分その時の件で、アイツは俺に感情を見せることが迷惑になり得ると考えてる。」

 

少し悩んで、やっぱり言うことに決める。どう考えてもそうだし、止めろと言ったものを止めなかったのは赤羽根さんだ。

後輩が咎めても問題は無いだろう。

 

「…赤羽根さん、怒らないんで正直に話してください。話しましたよね。加蓮のこと、俺の姉貴の事。静香と瑞希、それと多分志保にも。」

 

「…ふぅ。勘付くのが早すぎるよ。君ならいつか気付くとは思っていたけど、まさか初日からとは…。」

 

「こうなるから嫌だったんですよ。同情も哀れみも好きにしろって感じですけど、気を遣われてコミュニケーションが円滑に進まないのが一番難しくなる。」

 

「う…。すまん…。」

 

「とすると、アイツらの選んだ曲に合わせてみるしかないっすかね…。」

 

「もう一つ、手を忘れてるんじゃないか?大河君。」

 

「はい?」

 

「手伝うつもりはなかったけど、半分妨害みたいなこともしちゃってるからね。一つ助言だ。本人達の中に、やりたいって人はいなかったのかい?」

 

「…まあ、あんまり進んでやりたいって感じではなさそうでしたね。」

 

「それはきっと、不安と、周りに対する配慮だろうね。失敗するのが怖いから、他人からそのポジションを奪うのが怖いから。そういう感情で引いてしまう子は多いよ。何たってまだ学生だからね。自分の成果よりも仲間のことを気にするものさ。本心を聞き出すのは難しいことだけど、それを引き出してみてから考えるのも、君にならできると思うよ。」

 

「引き出す、ですか…。」

 

(考えてみれば、最近静香とあんまり話してないな…。)

 

友人だった関係性は、アイドルとプロデューサーに代わり、これまでの関係性とは少し変わってしまって、少し距離ができた感じだ。

 

「分かりました、じゃあちょっと話してみますよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなところに…私のチェックしてない新店が…!」

 

「なんかちょっと前にできたらしいぞ。まだ口コミもほぼない店だ。」

 

翌日の夕方、俺は新人5人を全員集めて、事務所から少し離れたうどん屋に来ていた。

竹内Pが言うには隠れた名店らしい、あ、竹内Pとはあの後仲良くなりました。竹ちゃんはいいやつだった。悪魔とは違えんだ。

 

「ほら、いつまでも目をキラキラさせんな。写真を撮るのを終わりにしろ。店舗の写真何枚撮る気だよ。食べログまとめの人かお前は。」

 

暖簾を潜って、アイドル達を座らせる。

こんな場面がもし撮られれば文春砲レベルかもしれないが、まだこいつらはアイドルとして認知されていない。

だから周りには俺が最悪でもハーレムクソ最低野郎くらいにしか見られていないはずだ。それも問題だな。

 

「じゃ、奢ってやるから好きに頼め。ただし未来てめーは駄目だ。」

 

「えぇっ!何でですか大河君!」

 

「お前の自由に頼ませてたら破産するわボケ。中卒の安月給舐めんな。」

 

それぞれが好みのものを頼み、丼がバイトの学生によって席に運ばれてくる。

それぞれが割り箸を割り、手を合わせて「いただきます」と言って、食事が始まる。

 

「えーっと、じゃあ、食いながらでいいんだけど、お前らに聞きたいことがあって―――。」

 

箸を止めて顔を上げる瑞希と紬。止まらない未来と静香と翼。完全に店選択を間違えた。未来と翼の前に食べ物を置くべきではなかったし、静香をうどんと関わらせるべきではなかった。

 

「じゃあお前らにだけ先に聞くわ。5人のライブの、センターの話なんだが―――

 

途端に、横に座っていた三人の食事音が消えて、三人ともが箸を止める。

 

「…なんだ、やっぱりお前らも気になってたのか。素直じゃないんだな、お前ら。それで、だ。聞きたいのは一つだけだ。センターをやりたい奴、手を上げろ。」

 

こんなことを言われても、勿論彼女達に反応は無い。これで反応があるのなら、既に前回の時点でその手は上がっていたはずだ。

 

「…言い方を変えるか。手を上げない奴はセンターにする。センターをやりたくない奴は?」

 

翼がピンと真っ直ぐ手を上げて、紬がおずおずと手を上げて、最後に瑞希がそれに続いた。

未来はぽけーっとした顔で天井を見上げている。何かを考えているのか、いないのか。

そして肝心の静香は、食べ始めたばかりのうどんの丼を見つめ、映る自分の姿と対峙している。

 

(翼は単純にやる気の問題。紬は失敗への不安。瑞希は役不足による辞退、だろうな。未来は多分、センターへのイメージが固まっていない。自分がセンターになった未来を想像しきれていないんだろう。静香は…。)

 

揺らぐ目線、しかし決意の籠った瞳。

 

(覚悟はある。情熱もある。足りないのは…。)

 

「…(ちから)、か。ならもう一つ条件追加だ。お前らの誰がセンターになっても、俺が全力でサポートしてやる。失敗は有り得ない。俺が問うのは、やるか、やらないかだ。それ以外の要素は全部切り捨てて考えろ。」

 

静香と未来の手は、挙がらなかった。

 

「じゃあ、もう一度聞く。この中で、センターをやりたい奴は?」

 

手を挙げたのは、静香一人だった。

目を閉じ、震えた手を挙げる静香。他の四人は、それぞれが俯き、真剣に考えているようだ。

しかし少し待ってみても、他に手は挙がらない。

 

「翼は?」

 

「ちょっとやってみたくはなったけど、もしやれるなら初めてのセンターは美希先輩の前でが良いな~。」

 

「瑞希?」

 

「やる気概はあります。失敗を恐れなくてもいいというのは分かりました。ですが、それを含めても私では役不足だと感じます。失敗がなくても、成功の質に違いはありますから。」

 

「紬。」

 

「…人を支えるというのは、私にはいささか難しいと思います。」

 

「なるほどな。このままだと、センターは静香ってことになる。それでいいのか、未来。」

 

「えっと…はい!私なんかより、静香ちゃんがセンターの方が―――」

 

「ここで逃げたら、もう終わりだぞ。今しかない。後々どうこう言ったとしても、一旦決まってしまえばもう周りからの認識は傾くことになる。『センターは静香だ。』『未来じゃない。』口には出さなくても、心の奥底にその想いは隠れている。だから、今しかないんだ。静香がセンターに決まっていない今だけが、静香と未来が同じ土俵に立っている唯一の瞬間だ。…どうする、未来。退くも、進むも、今だけだ。」

 

「…私。」

 

「…未来。私に余計な心配をしてるのなら、今すぐ辞めて。そんなお節介は必要ないわ。未来がセンターを退く理由が私に対しての心配なら、それほどに私を貶す事は無いわ。だってそれって、立候補したら私に勝てるって言ってるようなものでしょ。だから、未来。やる気があるなら、戦いましょう。どちらがセンターに相応しいか、きちんと決めましょう。」

 

「…うん。大河君、私、やってみたい!出来るかどうかは分からないけど、私、やってみたいです!」

 

「よく言った。好きなだけ食っていいぞ、未来。」

 

そんなことを言えば、先程までの真剣な眼差しはどこへやら、未来は再びメニューを見ながら目をキラキラさせる。

静香はまたうどんと二人きりの世界に没頭したらしい。

その不思議な雰囲気に影響されて、ギスギスとした空気は掻き消え、6人での食事は比較的良い終わりを迎えたと思う。

 

 

 

結果は残酷なもので、それは叩き付けられるもので、でもそれは進まなかったら得られなかった物で、センターは静香になって、未来はセンターになれなかった。

しかし、踏み出したかそうではないかは、彼女の未来を大きく変える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ。」

 

「…また来たの?大河。」

 

俺は手土産のメロンを加蓮の側の棚に置いて、丸椅子に座る。

 

「悪いが丸々一個は無かったぜ。8分の1で勘弁しろ。」

 

「そんなことはどうでもいいんだけど、本当にこんなところに来てる余裕あるの?聞いたよ、今度新人の子達で試験があるんでしょ?そっちの練習はしなくていいの?」

 

「ま、今は俺が手ェ出せる状況じゃないしな。事務所でトレーナーに指導受けてるよ。…ていうかその情報どこで知ったよお前。ライバル事務所だぞテメェ。」

 

「志保ちゃんが色々教えてくれるの。それより、大河が直接見てあげなくてもいいのって話。トレーニングに直接手を出せなくても、そういう時プロデューサーは見てくれてるのが普通でしょ?」

 

「ま、それが普通だろうな。特に俺なんかはアイツら以外誰も担当していないし、仕事も全部終わってる。まあだからここに来てるわけだけど。」

 

「だったら付いててあげなよ。私の言ったこと、もう忘れたの?」

 

声こそ荒げないものの、加蓮の声色には確実に怒気を帯びていた。

本気でお怒りの様で、顔はこちらにも向けていない。

 

「まあそんなに怒るなよ。俺にも考えがあって、アイツらの側にいる訳にもいかない。他のアイドルのプロデュースに手を出すのは赤羽根さんから禁止されてるし、それに仕事が終わった後だとここに来られないんだよ。凛とか奈緒とかに追跡されるからな。」

 

「ッ…。」

 

これは嘘だ。流石にあの二人と言えど、そこまではしない。まあ嗅ぎ回っているようではいるようだが。

でも、鎌をかけたら馬鹿が引っ掛かった。普段ならこういう手合いはあちらさんのものだが、ここだけは引け目を感じているようだ。

 

「…お前が決めたなら、俺はどうこう言うつもりはない。お前は強いし、独りでもどうにか切り抜けていけるのかもしんねえ。でも、一度人との繋がりを知ってしまうと、そいつは独りで居ることに弱くなる。昔はお前には、守るものはなくて、願うものしかなかった。でも、今は守るものもあって、夢も眼の前にある。過去の自分が耐えられたものに、今の自分が耐えられるとは限らない。でも…俺はそれを、弱くなったとは思わない。人との繋がりを知っている奴は、強い。それを否定するのは、否定された側にとって相当辛いことだと思うぜ。俺も、皆にそれを強いているから、分かることだけどな。」

 

加蓮は顔をこちらに向けない、まるで必死に自分の表情を隠すかのように。

何度も見た、この動き。目を拭うと赤くなって、泣いていたことがバレるから、そっぽを向いて外を見ていると言い張って。

 

「伝えたくなったら俺を呼べ。直々にここまで来てやるよ。耐えられなくなったら俺を呼べ。俺はいつでも駆けつけてやる。俺は確かにプロデューサーだ。でも、その前にお前の弟だ。家族に頼ることって、そんなに悪いことかよ。少なくとも俺は、お前に頼られたら嬉しいぜ。照れくさくて恥ずかしいことだけどな。」

 

「………。」

 

「俺も、俺の育てたアイドル達も、お前が少し弱音を吐いたくらいで崩れない。俺は誰かを救うために、ここまで強くなってきた。誰かの弱音を受け入れるために、俺はここまで大きくなってきたんだ。頼れよバカ。そのために、俺はここまで来たんだからな。」

 

「何それ…。私の為にプロデューサーになったの?」

 

「最初はな。でも今は違うよ。ちゃんと今は、きちんとした理由を持ってる。だから、ありがとな、加蓮。」

 

わざわざ女の涙を指摘する程、粋を持たない人間ではないつもりだ。

そもそもの目的、メロンを届け終えたのだから、大人しく病室を出ることにした。

 

病室を出ると、速水奏と目が合った。

彼女はさっと目を逸らすが、思い直したかのようにこちらの目を見つめてくる。

その目を見れば、俺には何も言うことはない。

後ろ手に扉を閉じて、俺は速水奏の横を通り過ぎた。

 



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リステップ/最上を超えること

 

 

 

「お疲れさん。どうだったすか、はづきさん。」

 

「大変でしたよ~。大河君、どうして私なんかに任せたんですか~?」

 

俺は病室から直接765プロに帰ることはせずに、色々な店で時間を潰してから事務所に戻った。

丁度、新人組の練習が終わり、全員が家に帰される頃に。

 

「それに、今日皆初めてのレッスンだったんですよね~?もし大河君がいられないにしたって、他のトレーナーさんに頼んだ方が良かったんじゃ~?」

 

「だからっすよ。アイツらの綻び、多分俺じゃ見つけられない。綻ぶ前に、俺はどうしたって見つけて、どうにかしちまう。それじゃ、一時的に直してやっただけだ。いつまた罅が入るか分からない。」

 

「だから全部壊してから罅のないよう取り戻す…ですか~?面倒くさいことしますね~。自分の実力に思い悩むのではなく、自信を持ってなお、そんなやり方をするなんて~。大河君らしくないですね。直せるなら、何度でも直せばいいのに。」

 

「…そうしてやれるなら、俺もそうしてやるけどな。」

 

「まあ、他のプロダクションの経営方針に口を出したりはしませんよ。私は所詮事務員ですから~。それより、あんなに空気の重い場所でトレーナーさせたんですから、ちゃんと報酬は払ってもらいますよ?」

 

「マッサージと、283への貸し、でしたっけ?別に283プロに何かすることは構わないっすけど、765プロ優先で動かせてもらいますよ?」

 

「それでいいですよ~。私、マッサージしてもらえればいいですし、その条件はプロデューサーさんが付け足しただけなので~。」

 

「…そういや、283のプロデューサーには会ったことねえな。どんなやつなんすか、そいつ。」

 

「ふふっ、秘密でーす。」

 

いつものように、何を考えているのか分からないような顔で、はづきはそのままソファに倒れこんだ。

 

「…って馬鹿野郎!他所の事務所で寝ようとしてんじゃねえこのクソ事務員!」

 

まあ、万年睡眠不足事務員が俺程度の騒音で起きる訳が無く。

たまたまサイドカーを付けてきていた自分に、感謝をするしかなくなる事態に陥った。

 

「そもそも、開いてんのか…?」

 

一応恩を受けた相手で、しかし家なぞ知ったこっちゃなく、自宅に連れて帰るわけにもいかないため、俺ははづきを連れて283プロにまで来ていた。

 

283プロに着くと、一応電気はついていて、誰かはいるようだった。

というか誰かいないんじゃ困る。はづきの家は知らないし、流石に事務所に捨てて帰る訳にも行かない。

 

サイドカーからはづきを背負って、283プロの階段を上る。

扉を開けて中に入ると、ソファに座った茶髪の女性が、俺を驚いた顔で迎えた。

 

「あ…えーっと…。」

 

「あー…。俺は怪しいヤツじゃなくてですねー…。」

 

そういえば、完全に失念していたが、一般人はアイドル事務所に入ることなど普通は許されない。765と346に入り慣れた俺は、そういった一般常識を忘れていた。

ついでに言えば知り合いがいれば大丈夫だろうと思っていたが、283の知り合いは高校生しかいない。今の時間では家に帰されているだろう。

 

「はづきさんを送ってきた、って言ったら信じてくれます?」

 

「はづきを…。」

 

今考えた言い訳では、さすがに納得してはくれない。

はづきはいつも寝ているが、流石にどこでも、とまでは行かない。

道端で倒れ込んだり、運転中に寝たりとかはしない。事件や事故になるような寝方はしない。

 

だが今は、見た感じ事件だ。

知らない男が、はづきを背負って事務所に押しかけている。

誘拐事件か、脅迫事件か、茶髪の女性もやや緊張した顔つきをしている。

 

(…今からでも、甘奈を呼ぶか?でもこんな時間に高校生を1人で歩かせるのもなぁ…。アイツ、アイドルなわけだし…。)

 

「あの…失礼ですけど、お名前伺ってもいいですか?」

 

「ああ、俺すか?北条大河ですけど。」

 

「まぁ!」

 

手を叩いて、急に朗らかな笑顔になる女性。

それはそれで怖い。

 

「あなたが甜花ちゃん達が話してた大河君ね!さあさあ、座って座って。」

 

「はぁ…。」

 

何故かソファに座らされ、暖かいお茶を注がれ、手厚くもてなされる俺。

理由は分からないが、『甜花の言ってた』ということは、なにかあいつらが話したのだろうか。

 

「まあ、もてなしてくれるのはありがたいんだが、そもそもあんたは誰だよ。どっかで見た事はあるけど、なんか出てこねーや。」

 

「あっ…ごめんなさいね。名乗りもせずに。私は桑山千雪っていうの。甘奈ちゃんと甜花ちゃんと『ALSTROEMERIA』っていうユニットを組んでます。甘奈ちゃんと甜花ちゃん、知ってるでしょ?」

 

「なーる…。どっかで見たとは思ったが。またアイドルかよ。で?なんでお茶なんか出したん?俺、はづき置いて帰るつもりだったんだけど?」

 

「お礼…言いたくて。」

 

「お礼?俺ら初対面だけど?なんかお礼されるようなことしたっけ?」

 

「まあ、私が直接してもらったわけじゃないし、私がお礼を言うのも変なことかもしれないんだけど。…でも、言いたくて。甘奈ちゃんと甜花ちゃんを、笑顔にしてくれてありがとうって、伝えたかったの。」

 

「アイツらを…?そりゃあ、連れだしたりはしたけれど、それは刺激と社会復帰のためで、別にアイツらのためになってたかどうかなんて考えてねえよ。特に甘奈は甜花と一緒だったからよかったけど、283プロでの時間も大切にしたかったんじゃねえのか?」

 

「でも、甘奈ちゃん、最近元気なかったから。甜花ちゃんも、外に出て、自分の好きなことをやれて、自分に少し自信が持てたみたいで。全部仕掛け人は大河君なんだろうな、って私は思ってるの。大河君って、凄い人だなって。」

 

「凄いことなんてねえよ。俺は適当に生きて、適当にやりたいことやってるだけだ。それで他人が救えるなら、ラッキーだろ。」

 

「それが、凄いことだと思うの。100パーセント誰かの為になるのならきっと誰しも行動を起こせると思うわ。だって、成功するなら、それをして得られるメリットの方が多いんだもの。それでも多くの人が踏み出せないのは、失敗して、失うのが怖いからだと思う。それでも前に踏み出すことって、すっごく勇気のいること。」

 

桑山千雪は、窓の外の月を見つめて呟いた。

 

「大河君は、凄い子なのね。」

 

「…それは、多分違うよ。俺が凄いんじゃない。凄いのは、アンタらだよ。失敗するのが怖くない訳ないだろ。怖えよ。いつだってクソ怖ぇ。人の人生を背負う勇気もねぇし、人の夢を抱える強さもねぇ。でも、アンタらはそれでも進むだろうが。アンタらはそれでも止まらないだろうが。人の助けなんか借りなくたって、独りでだって、アンタらは突き進むだろうが。だから俺は手を貸すんだよ。独りで進んで倒れられるくらいなら、二人で進んで共倒れだ。そっちの方が、まだ近くに居られる。ちょっとは怖くなくなるだろ。」

 

「…甜花ちゃん達が気にいるのも分かるわね。大河君、本当に二人の事考えてあげてる。」

 

「もう帰ろうぜ。俺は褒められるのが苦手なんだ。照れるからな。」

 

「ふふ…可愛いところもあるのね。」

 

そんな冗談を言い合いながらも、千雪さんとついでにはづきを送っていった。

 

 

 

 

 

「だから翼!ここのステップはもう少しゆっくりにしてって…!」

 

「えー?ここはもっと速い動きにした方が見栄えするってー。次の動きにもスムーズに繋がるし。なんで静香ちゃんはゆっくりにしたがるの?」

 

「それはッ…!」

 

2回目の合同練習。その雰囲気はハッキリ言って『最悪』の一言に尽きた。

5人が5人とも個々人で練習を積み重ねていて、それが故に一人ずつのダンスや歌声は悪くないのだが、全員で合わせるとなると一切の調和が取れずにバラバラになる。

理由は単純明快で、リーダーの静香はハッキリと分かっていて、でもそれを指摘できない。

 

(やっぱり、こうなったか…。)

 

翼と、他メンバーとの、技術差。

元よりオーディションからダンスはトップクラスだったらしく、ダンスだけで言うならば新人クラスははるかに凌駕している、とは赤羽根さんの談だが、実際に見れば素人の俺でも分かり易すぎるくらいに格差が表れていた。

それに必死で喰らいつこうとしているのが静香、しかし運動神経からか無理矢理体を動かしている感じが否めない。

瑞希は踊りに関しては完璧とも言えるが、どこか機械的で躍動感が無い。

未来と紬は技術的にも体力的にも付いていくのがやっとと言ったところか。

 

どこまでもバラバラで、そして翼が一人で突っ走っていく。調和など取れるわけも無い。

…開始からもう一時間も経つ。そろそろ動き時だろう。

 

「悪い、ちょっと仕事があるから抜けるわ。お前らでレッスンしておいてくれ。」

 

わざとらしげに溜め息をついてから、それだけ告げてレッスン室から出ていく。

 

「ちょっと、逸り過ぎじゃない?まだ入ったばかりなのに、そんな育て方でいいの?」

 

ドアの外では、志保が壁に背を付けて待ち構えていた。

腕を組んで何故だか偉そうに。何処視点なんだ貴様。

 

「さぁね。んなもんは俺にも分からねぇよ。でもどこかでぶつからなきゃいけないんだ。今ぶつかっておくべきじゃないか?」

 

「ここで躓いて、立ち上がれなくなったら?」

 

「この問題は、時間を置けば解決する問題じゃない。上達した後なら、受け止められる問題か?」

 

「それも…そうね。でも、アイドルに持つ『夢』の像は、きっとそれぞれ違う。あまり一つの方向だけからのアプローチは危険だと思うわよ。」

 

「わあってるよ。…なんだか、最近のお前は完全に相談役だな。なんだ?ヒロインの座は降りるのか?」

 

「花嫁修業よ。いいお嫁さんはいい相談役にもなれないといけないもの。」

 

「…そんなこと真顔で言われても、反応に困るぞ。」

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。今日はもう、解散にしましょ。」

 

酷く暗い声をした静香の声によって、ようやく重い雰囲気の練習に一区切りがついた。

しかし誰も達成感や高揚感を見せず、皆が皆重い空気のままへたり込んだ。

その中で一人、静香だけが扉の外へと出ていった。

誰にも話しかけることなく、誰にも頼ることなく、でもどうしようにもどうにもできない。

きっと、5人が5人とも感じている。彼女ではリーダーには役不足だと。

でも、それを言い出すことは誰にもできない。だって、じゃあ自分はリーダーになれるかと考えれば、答えはノーだからだ。寧ろ彼女はよくやっている方だろう。皆の不満を爆発させず、何とか心の内で留めさせている。

 

それも、きっと限界だろう。翼のフラストレーションもいつ暴発するか分からないし、紬も自分が足を引っ張っていることは理解している。未来も、この現状をどうにもできないことを歯がゆく感じている。

 

(そして、それはきっと私も―――。でも。)

 

真壁瑞希は、立ち上がった。

その場で足踏みをすることは、もうしない。

覚悟を持って立ち向かうことは、もう教えてもらったから。

 

 

 

 

 

「紬さん。話したいことがあります。」

 

それから3日後。再びの合同練習の帰り道に、瑞希は紬を呼び止めた。

振り向いた彼女の表情は酷いもので、覚えたてのメイクでは目の下の隈を隠し切れなかったようだ。

 

「…真壁さん。何の用ですか?私、これから行かなきゃいけないところがあるのです。」

 

「それは、話をしてからでも遅くないと思います。一度抜けると言ってしまっては、戻ってくる時にきまりが悪いでしょう。」

 

「ッ…。なんで…。」

 

「分かります。そんなに思いつめた顔をされたら、尚更。」

 

驚いたような表情、しかしきっと、誰もが気付けるはずだ。あんなに思いつめたような顔で、失敗する度に覚悟を決めているような顔をされては。

 

「でも、私が抜けるのが一番だと思います。私以外の皆さんなら、伊吹さんのパフォーマンスに十分ついていけます。ユニットとしての調和を見てもらうなら、その方が―――」

 

「駄目です。抜けさせません。白石さんを含めたあの5人で、きちんと赤羽根プロデュサーの許可を得て、皆さんと一緒にデビューしましょう。」

 

「でもッ…。うちが下手やから…!皆に、迷惑かけてしまう…。だったら…!」

 

白石紬は、下を俯いて告白した。自分の弱さを認めて、でもそれから逃げ出そうとしている。

それを、真壁瑞樹は許さなかった。

 

「迷惑。そんなもの、好きなだけかけてください。形ができない部分は確認しながら練習しましょう。追い付かない部分は、ゆっくり踊るところから始めましょう。どれだけかかったって構いません。何度だってやりましょう。」

 

「なんでッ…!うちなんかに、なんでッ…!?」

 

「白石さん。あなたも、夢を見たのでしょう。進む先に、未来を見たのでしょう。だったら、そう簡単に希望を捨てないでください。眼の下の隈も、体にできた痣も。あなたがたくさん努力したことは分かります。でも、あなたは一番簡単で、一番重要な努力をしていない。」

 

「…。」

 

「仲間に、頼ることです。あなたの練習を一番間近で見ていて、そしてあなたの努力の懸命さを知っていて、そして私達ユニットのことを一番知っている。私達に。」

 

「真壁…さん…。」

 

「私も、完璧に教えられるとは限りません。ダンスが得意とは言えませんから。でも一人でやるよりは、二人。違いますか?」

 

「……もう少しだけ、頑張ってみます。」

 

少女の行く先は、90度変わってレッスンルームへと変わっていた。

 

 

 

 

 

「つーことで、今日も合同練習な訳だが…翼、ちょっと来い。他の奴らは練習始めとけ。」

 

5人ユニットの発表が来週に迫った日曜日、昨日も練習だったこともあり午後からの練習だが、始める前から俺は翼だけを連れて別室に連れていった。

既に翼のレベルは完璧に近い。これ以上の練習は必要ないくらいに。しかしユニット活動ということで他と合わせるレッスンは必要な訳だが、そうなるとむしろ周りのレベルがそこまで達していない。

 

「つまりは、お前はしばらくレッスンに参加する意義が無いってことだ。」

 

「えー!?やったー!しなくていいんですねー!?」

 

「ま、悪いがその代わりに別の事をやってもらう。少なくとも、本気でやっても褒められない今のレッスンよりは楽しいと思うぜ。」

 

「気づいてたんですかー?だったらもっと早く止めてくださいよー。」

 

「じゃあそこで質問だ。何故お前は静香に叱られてたと思う?答えは簡単だ。紬が下手だから。ここまではいいな?」

 

「…まぁ、分かってはいましたけど。でもそれはどうしようもないことじゃないですか。下手だから抜けて、とは言えないですし。」

 

「だったら教えてやればいいだろ?お前の得意分野なダンスなわけだし。」

 

「ちゃんと教えましたけど、何度やっても変わらなかったんです。だからもう面倒かなって。」

 

「そういうことだよ、俺が今言いたかったことは。」

 

翼の言葉を遮って、俺はある部屋の扉を開けた。

そこはまた別のレッスン室で、しかし壁に大きなスクリーンが下げられており、部屋の真ん中にはプロジェクターがあった。

そして俺はプロジェクターの横に、鞄から出した大量のDVDを置いた。

 

「お前がどうしてこうにもダンスが上手いのか。それは確かにお前の運動神経もあると思うが、俺の考えは集中力にあると思っている。元からダンスは得意だったが、最近もっと周りと差ができているのを分かってはいるんだろ?そのレベルアップは、鏡の前で踊ることが基本となったから。お前の観察眼は、鏡に映せばミスを見逃さない。だからだ。だから俺はこの部屋を用意した。」

 

一枚のDVDを束の中から抜き取り、DVDプレイヤーに入れて再生する。

その映像は、5人の集合練習の動画、ダンスレッスンの動画だった。

しかしそれは後ろから撮られていて、記念やプロモーションには見えない動画だった。

 

「見極めてみろ。お前と他の違いを。何がどう違うのか、何が悪いのか。どう間違っているのか。星井美希なら、それくらいすぐに終わらせるぜ?」

 

この単語を出すことは、少し卑怯な気がしたが、でも、それで翼は実際に動き出した。

何より、この興味津々な目を見れば、止めることすら引けてしまう。

 

(あっちのフォローに入るのは、まだ…。いや、でもな。)

 

俺はその部屋でノートPCを広げ、自分の作業を進めることにした。

 

 

 

 

 

「大河君、今、いいかい?」

 

翼が画面に向かってから約二時間。紙とペンを掴んだ翼は、延々と何か読めない図のような文字のようなものを書き殴り続けていた。

その時に、赤羽根さんが入ってきてそう言った。

俺は翼の方を一瞥するも、どうやら赤羽根さんが入ってきたことにも気付いてない様子。

 

「…少しだけですよ。」

 

俺は渋々とパソコンを脇に置き、赤羽根さんに連れられるまま一つの部屋に入った。

そこはあまり使われていない倉庫。俺も存在は知っていたが使ったことなど一度もない。

 

「で?何の用ですか?」

 

「君の、アイドルの育て方についてだ。」

 

「…俺の指導方法に関して、赤羽根さんは口を挟まない。少なくとも来週の五人のライブまではそう。違いましたか?」

 

「確かにそうだね。でも俺は君のそんなやり方を認めたくはない。」

 

「…そんなって、どんなですか?」

 

「自覚がないとは言わせないよ。君は分かってあの5人をそのままにしている。大河君、プロデューサーは時にアイドルに試練を与えることもある。でも、それは放ったらかしにしていいって言うことじゃないんだ!」

 

赤羽根さんの大声が、狭い倉庫内に響く。

この男は、怒るときも、叱るときも、いつだって諭すようなものだった。

そんな赤羽根さんが、声を荒げて怒鳴っている。これだけ見ても、彼のアイドルに対する想いというものは凄まじいものだと分かるだろう。

 

でも、だからこそ俺はそれを否定する。

 

「嫌ですね。」

 

「なっ…!?大河君、君、本気で…!」

 

「俺は、試練を与えてるつもりはないですよ。試練を与えられる奴は、自ら手を伸ばしてそれを掴みとった奴です。手すら伸ばしてないアイツらに、試練を与えてやる気なんて毛頭ないです。」

 

「大河君、君は…。」

 

「今、あの中で手を伸ばしたのは一人だけ。一人はそれを掴んだだけで、一人はぶら下がった餌に飛びついただけ。もう二人は、或いは駄目かも知れませんね。」

 

「無責任なことを言うな…!大河君。君は彼女達のプロデューサーなんだ!」

 

「ああ、俺がプロデューサーだ。手を伸ばす気が無いなら、俺が直接つかんで引きずり上げる。…大人しく手を伸ばしておけば簡単だったんですがね、まぁ。」

 

「…君のその考え方は分かる。でも…俺には我慢できない!見ていられないんだ!困っているアイドルを、何もせずにただ黙っているだなんて!」

 

「何とかしますよ。何とかできる。それに赤羽根さんだって対策はしているんでしょう?ビビり過ぎじゃないですか、流石に。」

 

「…君は、君は―――

 

「じゃ、俺はもう行きますよ。これ以上は翼に怒られますからね。」

 

少年が開け放ったドアが閉まるのを、赤羽根はただ見守ることしかできなかった。

―――自信過剰になっている訳ではない。彼は出来ないことを弁えられる人間だ。

―――対処できなくなっている訳ではない。彼は他人に頼ることのできる人間だ。

 

では、この違和感は、どこから来ている?

 

 

 

 

 

「大河!分かった!」

 

元の部屋に戻り、PCを再び開いてから約40分。

翼が俺には読めない字で書いてあるノートを広げ、自慢気に俺に見せてくる。

 

「…まずは言語化から始めような。お前、それを一字一句説明できるか?指示語は一切使わず。「ここはこう」じゃあ誰にも伝わらない。部分を指定して、方向を指定して、程度を指定しろ。そこまでできたら持ってこい。俺はアイツらの様子見てくるから。」

 

「えー?面倒くさいんですけどー!折角ここまで絞り込んだのにー…。」

 

「あと少しだろ。頑張ってみろ。最後までやり遂げれば、何か見えてくるかもしれないぞ。」

 

これで一つの問題は解決。試験は来週だが、このペースなら十分に間に合う。

鼻歌にダンスでも付けたくなるような陽気な午後が始まると思えば、そんなわけもなく。

 

「…思ってたよりも、だいぶ早かったな。」

 

俺が4人のレッスン室の扉を開けると、分かり易いくらいにひどい雰囲気が漂っていた。

紬は足を抱えて座り込み、未来と瑞希がそれを慰め、静香の姿は無かった。

この状況だけで、何があろうなど聞かずとも分かるというものだ。

 

「瑞希。静香は、どこまで言葉にした?」

 

「…何も、です。何も言わずに、走っていってしまいました。」

 

「なるほどね…。」

 

なら、全員言葉にせずとも理解はしているわけだ。

問題は対処法と、それの伝え方。

 

「…瑞希、紬のこと、頼めるか。」

 

「はい…。何とかしてみせます。だから、プロデューサーは…。」

 

「わーってるよ。静香のことを一番分かってるのは俺だ。俺が行くしか…。」

 

一人、脳裏に浮かんだ奴がいたが、しかしそれは一瞬で掻き消えた。

独りでは、どうにもならないことがある。それはたとえどれほど優秀な人間でも。

人に頼ることも知らない、雛鳥ならば尚更。

 

 

 

 

 

どこ行くにもアテは無く、壁に背中を預けて足を抱えて、うずくまる。

変われたと思っていた。変われたと信じていた。

でも、結局それは、ダメダメだった私が『普通』になれただけで、まったく特別なんかじゃなくて、何も、できない。

 

「また、ここにいたのね。2年前から、何も変わってない。」

 

「…志保。」

 

「中学二年生の時、大河が静香に話しかける前から、私は静香を知っていたわ。あの時も、あなたは階段の下のスペースで、そうやって蹲って泣いていた。あの時は、静香がイジめられて泣いているなんて思いもしなかったわ。あなたのしている眼は、助けを求めているような眼じゃなかった。」

 

「………。」

 

「それはきっと、助けを求めていなかったんじゃなくて、助けを求めても誰も助けてくれると思っていなかったから。…でも、今は違うんじゃない?静香には、友達ができて、仲間ができて、好きな人もできた。頼れる人に、どうして頼らないの?」

 

「…じゃあ、一体誰に助けを求めればいいって言うの!?誰かにこの問題が解決できるの!?誰かに解決も出来ない無理難題を押し付けて!それで、頼り切って、依存して!…じゃあ。それじゃあ!私は、いつになったら、大河みたいになれるの…!?」

 

「…静香のいう独り立ちにどういう意図があるのかは知らないけれど、少なくとも、人は一人(・・)では生きていけないわ。誰かの助けを借りずに生きることなんて、この世界では到底無理よ。でも、独り(・・)で生きることはできる。静香なら分かるでしょ?」

 

「…無理、だよ。独りで生きるなんて。絶対。」

 

「じゃあ、どうして誰にも頼らないの?無理だと分かっているのなら、誰かに頼ればいいじゃない。大河に頼れないから何?静香、あなたはこの前の一件で何を学んだって言うの?」

 

「何を…って、私は何も成長できてない。何も学べなかった。だって、今だって私はどうしたらいいか分からない…!誰かに頼ってその場を凌いで、一体何になるって言うの!?」

 

「答えが出せないことは、静香がここで蹲っていていい理由にはならないわ。」

 

「じゃあ…じゃあ!志保が答えを教えてくれるって言うの!?誰も傷つけずに!誰も不幸にならずに!どうにかできるって言うの…!?」

 

「私にはどうにもできないわ。人間関係なんて門外漢だもの。だから、立ちなさい。答えが出せないなら答えを知っている人に聞けばいいのよ。折角この事務所に入ったんだから、ここである必要性を見いだしなさい。」

 

志保は私の腕を掴んで無理矢理立たせ、強引に引っ張る。

私は、それにされるがままに連れていかれるだけだった。

 

 

 

 

 

「プロデューサー…!静香さんは…!」

 

「どうやら俺が行く必要はないみたいだ。あいつには優しい優しいプリンス様が付いてるみたいだしな。」

 

志保が静香を連れていったのを見届けて、俺は声をかけることを諦めてレッスン室に戻った。

紬は既に帰路についたのか、姿は見えなかった。

 

「紬は一人で帰したのか?」

 

「やはり、マズかったでしょうか…。一人の時間も大切かと思ったのですが…。」

 

「判断は良かっただろうな。でも、紬は一人で考えると考え込み過ぎて自滅するタイプだ。支える奴がいる。俺が行ってもいいけど…瑞希、もしできるならお前に―――」

 

「行ってきます。元はといえば、最年長の私がやるべきことなのですから。」

 

「悪いな。面倒事ばっかり押しつけちまって。」

 

「ですが、これはいつかはぶつかる問題です。白石さんにも、最上さんにも、私にも。…任せてもらえるなら、それは私にとってきっと光栄なことなのだと思いますから。」

 

「無理はすんなよ。お前が潰れなくても、紬は分からない。まだ日が浅すぎてどこまで踏み込めるかなんてさっぱりだからな。」

 

「…分かっています。でも、行ってきます。」

 

駆け足で出ていく瑞希の後ろ姿を見送って、そして俺は立ち尽くす未来に向き直った。

 

「で、だ。俺が、何を言いたいか分かるか?静香も、紬も、他人に任せて、お前に何を言いたいか、分かるか?」

 

「…。ごめんなさい。私、何にも―――」

 

「そんなことが聞きたいんじゃねぇよ、俺は。俺はお前の根幹が知りたい。」

 

俺の言葉に、未来は困惑しながらもキョトンとした顔を浮かべる。

 

「静香が何を想っているかも、瑞希が何を願っているかも、紬が何に怯えているのかも、翼に何をするべきなのかも、多分俺は分かってる。対策も取ってある。未来だけが、お前の事だけが、俺は分からない。リーダーに手を挙げるだけの勇気があって、でも手を差し伸べることはできなくて。現状を打破しようとしなければならないことは理解していても、でも何もしない。お前が一番理解に遠い。」

 

「………。」

 

「何か、あったんだろ?お前みたいなタイプの奴が動けない理由ってのは、大抵経験則によるものが多い。過去に何かやらかして、それがトラウマになってしまうタイプの。」

 

「…あの、私、実は―――

 

「いいよ、話さなくて。俺が知りたいのは何が怖いのかと、それを受けてどうしたいのかだけだ。わざわざ辛くなる話なんてしなくていい。…もっとも、お前が誰かに話して、それで何かが救われるってんなら聞いてやるけどよ。それが辛いなら、無理すんな。」

 

「………」

 

「紬が、離れていくことが怖いのか?お前が何かアクションを起こすことで、お前が何か言葉をかけることで、アイツがいなくなってしまうのが。」

 

未来は、言葉を発することなく、ただ頷いた。

 

(意外だな。未来みたいなタイプはそういうのは度外視して突っ込むタイプだと思ってたが。…それ以上に過去にトラウマがあるって事か?或いはその時の境遇が紬と似たものだった、ってことか…。)

 

「何とかしてやる…っていう約束はできない。紬がこれからどう動くのかは、俺にも読み切れない。でも、お前が想いを伝える場を用意してやることはしてやる。伝える言葉は、決まってるか?」

 

今度は、彼女は首を横に振った。

 

「それだけは。それだけは俺は変わってやれない。俺の言葉が必要なのは、紬じゃない。俺がたとえあいつにどんなに必要性を説いたとしてもそれじゃきっと届かない。届いたとしてもそれは表面上だけだろうし、ステージの上に立てば俺は隣には居てやれない。未来、お前が言葉を届けるんだ。これはお前にしかできないことだ。」

 

「でも…私、怖いん、です。私が変なこと言って。それで、紬ちゃんが、夢を…。」

 

「諦めることになったら、か。それは冒涜だぜ、未来。」

 

「ぼう…とく…?」

 

「その考え方は、紬に対して失礼って事だよ。お前が何かを言う。それで紬が諦める。それならそこまでだ。アイドルっていう職業は、人の発言一つ二つで歪められるくらいなら、そいつはそもそも器じゃないって事だ。夢を思い描くのは一瞬でも、夢を叶えるまでは長い長い道になる。誹謗中傷だって受けるだろうな。たかが仲間の一言すら受け止められないくらいなら、今諦めた方が紬の為だ。」

 

「そんな…!」

 

「で、お前は紬がちょっと言われたくらいで、アイドルを諦めると思っているわけだ。」

 

「そんなことないです!紬ちゃんは、アイドルになりたいって心の底から思ってて! …あ。」

 

「んだよ。きちんと分かってるじゃねーか。お前の過去は過去で、紬は紬だ。まだ会って一月も経たない奴に、何かしてやりたいくらいに信頼を置けるなら、そいつは充分すげーやつだろ。だったら、お前らしく笑って、それで言いたいこと言ってやれ。お前らしくあれ。それで何か躓いたら、周りが何とかしてくれる。俺が何とかしてやる。ぶつけたい思い、明日までの宿題だ。」

 

頭を軽くぽんぽんとしてやれば、彼女はいつものような屈託のない笑顔で元気に返事をした。

 

「はい!」

 

 

 

 

 

「結局、何の解決にもなっていないと思うけどね。」

 

「ずいぶん厳しいんですね、プロデューサー。」

 

そうして、未来、静香、翼、紬。瑞希、5人の仮ユニットのテストの日となった。

シアターのライブ会場を借りてのテスト、客席に見物人はちらほら居て、初ライブとしては中々にハードルの高いものと言えるだろう。

その客たちは勿論765プロに所属するアイドルで、先輩で、技術的にも上にいる立場の者だ。ひ弱なメンタルではいつものパフォーマンスを見せられない。

それに、今日使う機器は曲を流すものだけで、歌やダンスの実力が如実に出てしまう。

 

それに又聞きとはなるが、どうやら色々といざこざもあったようで。

まあ、初めて組むユニットともなれば多少何かが起こることはよくあることだが、それにしても中々に大きな問題だったようだ。

それは北条大河によって解決されたみたいだが、しかし彼女達の技術差は一週間で埋まるようなものではない。

一人の突出した天才は、『合わせる』という考え方を持たない。

 

「自分で出した課題とは言え、少し無理を言いすぎたかもな…。」

 

「それが分かってて言い出したくせに。プロデューサー、人が悪いですね。」

 

「気にしてるんだ、言わないでくれ律子…。」

 

隣に座るのは審査員の一人として選んだ秋月律子。その他の審査員としては社長に加え、春香、千早、ジュリア、麗華などなど、それぞれが一線級の活躍を見せるアイドル達だ。

まあ交友が深いアイドル達なのが唯一の不安要素だが、彼女達は真面目だ。贔屓目で見ることはしないだろう。

 

「そう言えば、春香。なにか途中で相談されてたみたいだけど、なんだったんだ?」

 

「そうですね…。一言で表すのが難しい相談内容だったんですけど、端的に言うんだったら、技術の差、についてです。」

 

「まあ、それについてか。いいアドバイスはあげられた?」

 

「うーん…。正直、あんまり自信はないんですけど、その壁は、私も…私達もぶつかったものでしたし。」

 

春香は横の席で眠る美希の寝顔を愛おしそうに眺めながら呟く。

 

「でも、思っていることを…。いえ、思っていた(・・)ことを伝えただけです。あの時できなかったことを、私は伝えただけです。」

 

今回は、彼女達の為に大河君以外の人も立ち上がったようだ。

しかし、それだけではどうにもならない。時間と言うどうしようもない障壁がある以上、少しばかりの助力があっても変えられることなど一掴みだ。

 

そうして幕が上がり、立ち並ぶ5人の姿が見える。

しかにそこに赤羽根の思い描いていた少女たちの姿は無く。

不安や憧れの表情の差はあれど、誰もこの状況に恐れを抱いていることなどなさそうだ。

 

「おいおい…。一体どんなマジックを使ったっていうんだ、大河君…。」

 

ステージが始まり、そして歌が終わり、そして会場には静寂が訪れた。

その一幕は、ジュリアのそれが無ければ拍手すら忘れるような完璧なもので、それが意味することは、赤羽根の思惑は完膚なきまでに敗北したということだけだった。

 

 

 

 

 

春日未来は想いを伝えた。

 

『私は紬ちゃんと一緒がいい!一緒にアイドルやりたい!』

 

最上静香は気持ちに気付いた。

 

『誰かに楽しさを伝えるなら、まずは私達が楽しまなくちゃ。』

 

伊吹翼は喜びを知った。

 

『そう!ほらね!出来たでしょ!?』

 

真壁瑞樹は友達になった。

 

『たとえテストが失敗しようと成功しようと、これで私達はずっと友達です。』

 

そして、白石紬は諦めなかった。

 

『もう一度、お願いします!』

 

テストの結果など言うまでも無く、つつがなく終了し。

そして5人は765プロダクションの正式なアイドルとなった。

 

 

 

時は既に夜遅く、真っ暗な事務所の中にパソコンの光だけが灯っている。

パソコン画面を見つめていた大河が文字を打つ手を止め、大きく背伸びをすると、事務所に照明が付いた。

 

「こんなくらいところで作業すると、目が悪くなるわよ。」

 

「お疲れっす、律子の姉御。いやいや、一人でこんな広い部屋の電気使ってたら勿体ないっすよ。」

 

「あんたの765プロのイメージってどうなってんのよ…。流石にこの程度で経済面が終わったりすると思ってないわよね?」

 

「え?でもこの事務所アイドルも雇えないくらい貧困だったんじゃないんすか?」

 

「一体いつの話をしてるのよ…。今は50超のアイドルをプロデュースする大手事務所よ!人数じゃあ他の事業も手掛けている346プロには勝てないけれど、アイドル事務所といえば5本指には入るくらいの有名事務所なのよ?自覚はある?」

 

「ま、流石に冗談ですよ。でもまあ、節約は大事だね、ってことを実行に移しているだけですって。」

 

なんていうしょうもない掛け合いを流して、律子の姉御はソファに座った。

別に仕事が残っている訳でもないようで、背もたれに背を預けて肩をもみほぐしている。

 

「つーか、アンタアイドルでしょうが。こんなところで道草食ってないでさっさと帰って寝たらどうですかい。寝不足はお肌の敵っすよ。」

 

「今はそんな余裕ないわよ。時期も時期で、しかも新人がデビューするんだから、事務仕事だってたくさん増えるし、それを音無さんと新人ちゃんで捌くのは無理があるわ。私も事務員として仕事をこなしているところよ。」

 

「そりゃあ、新人のプロデュース係としては万々歳ですわ。頼りになるっすね。」

 

「…にしても、凄いわね。大河君。ぺーぺーの新人を、たった3ヶ月でデビューさせるなんて。養成所に通っていたわけでもない新人のデビュー時期としては中々早いもんよ。問題を抱えているなら尚更ね。」

 

「そんな大したことはしてないですよ。アイツらがアイツらなりに頑張った。俺はその手助けをしただけです。」

 

「それが凄いって言ってんのよ。何せ大河君が高校生になるまでは私がプロデュースしていたし。レッスンしかしていなかったにしても、私にも問題点は見えていたわ。そして、それは私には解決しきれないことも。大胆な解決方法でびっくりしたわ。まさか紬をセンターに置くなんて(・・・・・・・・・・・・・・・)。」

 

「…もしかして赤羽根さんになにか頼まれました?どうやって俺が問題解決したのか聞いてこい、みたいな。」

 

「…勘の鋭い子ね。その通り、プロデューサーにそれとなく聞いてみてくれないか、って頼まれたわよ。というか、その様子じゃプロデューサーに何か聞かれたとき断ったでしょ。わざわざ自分で聞きに来ないって事は。」

 

「まあ、そりゃ身内とは言え出世が絡めばライバルですからね。教えてやる義理は無いって言うか。」

 

「そこをなんとか、ってお願いしたら?」

 

「他言無用でいいならって返しますよ。律子の姉御にはいろいろ世話になってますからね。」

 

「それはプロデューサーにも当てはまることじゃないのかしら?」

 

「俺はプロデューサーっていう職業が大っ嫌いなもんで。赤羽根さんにはその職業を恨んでもらってください。」

 

「大河君もプロデューサーでしょうに…。まあ、黙っているって約束すれば聞けるわけね。なら聞きたいわ。どうして紬をセンターに置いたのか(・・・・・・・・・・・・・・・・)どうして翼があそこまで(・・・・・・・・・・・)人に教えられるようになっているのか(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。どうやって、あそこまで崩れたユニットが復活したのか。」

 

「…見てたんすか。趣味の悪いこった。」

 

「プロデューサーにお願いされてたのよ!私の趣味みたいに言わないで!大河君は新人だから、どうしようもなくなりそうだったら助けてやってくれって。絶対プロデューサーには頼らないからって。…そう言われていただけだからね!」

 

「まあそりゃそうでしょうけど。赤羽根さんのことですから保険かけてるのは分かってましたし。で?なんでしたっけ?紬をセンターに置いた理由?そんなん紬が下手くそだからっすよ。1週間という限られた期間の中での話としては頭がおかしいくらいには上達しましたけど、そのレベルの練習をユニットのメンツはやっているわけですし、上達速度は周りの方が上ですし。だからこそセンター。片側に紬を置けば対称側の人間との差が目に見えるようになる。だから比較対象のいないセンターかつ技術差が割れないように後ろに置いて歌メインで張らせた。それだけですよ。」

 

「なるほど…って納得がいく話じゃあないわね。よくもまあ、プロデュース業を始めて一ヶ月でそんな思い切ったことをできるわね…。」

 

「この方法も、ギリで採用したその場凌ぎの案ですけどね。翼の対称におけるレベルまで静香がダンスを仕上げたからこの無茶苦茶な方法を採用したんすよ。翼が理論を手に入れただけであそこまで自分に取り入れることができるとは思っていなかったですけど。どうやら静香は理論派だった、ってことでしょうけど。」

 

「それも、気になるところね。翼が静香にダンスを教えているところ、私もチラッと見たけど、あんなに丁寧に人に教えられるような子じゃなかった。確かに翼のダンス技術が飛びぬけているのは認めるけど、説明するのは壊滅的に下手だったわ。完全に感覚だけでダンスをやっているタイプで、あの子が人にダンスを教えられるとは思えないけど?」

 

「翼はダンスを教えていたわけじゃないっすよ。アイツには自分のダンスの動きを見せて、完全な位置を覚えさせた(・・・・・・・・・・・)。指の動き、腰の捻り具合、膝の使い方。それを静香と紬に徹底的に指導させた。それだけっすよ。静香と紬が努力したから仕上げきれたってことで。俺が特に何かをしたわけじゃない。」

 

「そう?私は十分すごいことだって思うわよ?思いつくことはいつだって天才の特権で、採用することはいつだってリーダーの証よ。誰にでもやろうと思えばできることだからこそ、誰にもそう簡単にはできない。ファーストペンギンっていうのは、若い子にしかできないのかもね。」

 

「俺を持ち上げたって無駄ですよ。俺が伸びてどうこうなる話じゃない。俺がしてやれることなんて、アイツらを支えてやることくらいっすから。それしかしてやれないからこそ、できることは何だってしてやる、それだけですよ。」

 

「そう。…次の仕事は決めてるの?プロデュサーからはこのテストに合格したら、ある程度自由にやらせてもらえるって言うのは聞いていたけど?」

 

「当初の予定通り、あの5人を引き続きプロデュースしていくつもりですよ。赤羽根さんも余裕ができるまでは5人を集中的に支援してくれって言ってましたし、今の俺がこれ以上抱えられるのかも判別付かないですし。取り敢えずあの5人をユニットとして形にしていく、当面はそうさせてもらおうと思ってます。」

 

「5人組のユニットねぇ…。まあ大河君のことだから心配はないと思うけど、人数が多いユニットは色々問題にぶつかることが多いわ。助けが必要だったら、ちゃんと言うのよ。」

 

「ホント、頼りになる姉御っすねぇ。」

 

そうして、彼らにとって長い長い二週間が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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リユニオン/翼で羽ばたくこと

 

 

「と、いうわけで、志保貸してください。」

 

「君は突拍子もないことを言わないと気が済まないのかい?大河君。」

 

その翌日。俺は赤羽根さんと仕事の詳細を決めるべく会議室に来ていた。 自由にやっていいと許可をもらったはいいが、流石に誰にも知らせずに仕事をバンバンと取るほどリスキーな事は無い。 それに会社側も何をどうプロデュースしているかを把握していないと問題が起きた時に対処しにくいし、宣伝をするときも方向性を決めあぐねることとなる。

 

「で?志保を貸せって言うのはどういうことだい?君はあの子達5人をプロデュースして行くっていう話だと思ってたんだけど?」

 

「あいつら5人、っていうか志保込みの6人すかね。俺は3人組を2つ、プロデュースして行くつもりです。」

 

「ユニット活動か…。なるほど、新人アイドルのプロデュースとしてはユニット活動は悪くないけど、それだけに重要だよ。まず一つ目に、初めて組んだユニットは、良くも悪くもそのアイドルのイメージを決定づける。クールだったり、元気だったり、歌に力を入れたりダンスに力を入れたりとかね。まだ彼女達のことを完璧に把握出来ていない状態でイメージを決定づけてしまうと、それを覆すのは難しくなる。そして二つ目。初のユニット活動というものは、何かしらが起きやすい。これは俺の経験談だから明確な根拠はないけれど、仲違いだっり体調が崩れたり…普段と違う環境で違うことをさせられるのは、学生の身には重いんだろうね。友達を責めることは、友達に責められることよりも辛いことだ。そして、責められないこともね。足を引っ張っていることが分かっているのにそれを気を遣って秘められることは、罪悪感で押しつぶされそうになる。俺はそんなアイドルを何人も見てきた。そういうことができるのは、固い信頼関係を持ったメンバー達だけだ。確かに今回のテストで多少なりともそれは得られただろうけど、流石にまだ早いと俺は思うよ。」

 

「長いっす。途中から聞いてませんでした。」

 

「君はホントにッ…って怒っても無駄なんだろうね。君は忠告を聞かない。何故なら分かっているから。分かったうえでその結論を出したと自信を持っているから。そして何かがあっても自分で受け入れるから。強い子だよ。でも、だからこそ―――上に立つと心配になるんだ。君が折れてしまわないか。」

 

「挫折…っすか。俺はもう、散々折れましたよ。折れ飽きました。ここまで歩みを止めずに進んできたことは俺の功績ではないですけど、でも折れることはない。進んできたし、進んでいける。」

 

それを聞き、彼の覚悟と受け入れたのか、赤羽根プロデューサーはそれきり仕事の話に戻って彼を問うようなことはしなかった。 そして全ての段取りを終え、北条大河は礼を述べてから会議室から出ていく。

 

「だからこそ、怖いんだよ。茨の道を仕方なく進むことと、選んで進むことはまるで違う。そこには、君が選んだという責任が付きまとうから。子供には重すぎる、責任が。」

 

赤羽根健治のその呟きは、誰に届くことなく閉じられた扉にぶつかって、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と未来と翼で、三人ユニット?」

 

「ああそうだ。」

 

翌日、レッスン室に志保を加えた6人を集めた俺は、宣言する。

 

「それと同時に志保、瑞希、紬の3人でユニットを開始する。イメージとしては静香達のユニットは混色。方向性も、技術力もバラバラで、だからこそ可能性の塊。イメージとしては346プロの『new generations』だ。そして志保達のユニットのイメージはクール。かっこいいという意味よりは感情の起伏の少なさ。悲しさ、儚さを含んだ青色のユニット。イメージとしては『Triad Primus』…よりはもっと機械的で繊細なイメージだ。文句は今だけ受け付ける。ある奴手ぇあげろ。ないな?じゃあ解散。」

 

 

「ちょっ…ちょっと大河!展開が早すぎて着いていけてないんだけど!?」

 

「え?今言ったことが全てだけど?」

 

静香の抗議に、俺は淡々とそれだけ返す。 三人一組でユニットを組む。それだけ。

 

「ユニットを組むのは分かりました。でも、それだけの情報では私達としてもこれから先どう動いていくべきなのか分からない、というわけで。その辺りを教えてほしい、ということです。稼働時期、ライブ、仕事、衣装、コンセプト。それらを聞けないと、流石に不安が残ります。」

 

「まあ…正直に言えば、何も決まってない。としか言えねえな。俺としては、この3人ずつで組ませることは決めていた。プロデュースしていく方針も決めてある。赤羽根さんに話してなかっただけでレッスン中からな。取り敢えずは、下地作りに精進してもらおうと思っている。顔も名前も知らない奴がユニットデビューしたところで、誰も見向きもしない。仕事を取って有名になるか、有名な仕事を取るか、お前らが速攻でこの舞台に上がるには、それしかない。三人の仕事も何とかして取ってくる。その中で、お前ら三人の思うコンセプトを考えてみてほしい。さっき言ったのはあくまで俺のイメージだ。それに囚われて下位互換ユニットにはならないでくれよ?」

 

「当面の仕事の予定は無いってこと?」

 

「流石にな。勝手も分からないままにお前らを仕事に行かせるのは危険だし、俺もまだ勉強中だ。仕事を取れるまでの間、当面はレッスンに励んでもらったり、ユニットで友好を深めてもらったり、ユニットの方向性を定めてもらったり…。仕事は無いが、やることはいくらでもある。忙しくなるぞ。」

 

「「「はい!」」」

 

 

返事は上等。そこに見え隠れする不安さえ隠しきれれば。

 

 

 

 

 

 

仕事は好調に進んでいった。 俺も赤羽根さんがする仕事を見学させてもらったりして仕事のいろはを学んだし、6人もちょくちょく仕事をこなしながらレッスンで互いの長所や弱点を教え合い、学びながら歌やダンスの上達を図っているようだ。 まあ仕事と言っても服のモデルだとか、あまり有名でない雑誌の穴埋めだとか、名前が売れるような仕事は流石に入ってこないが。

 

「コネが欲しいな、コネが。」

 

「なんてこと口に出してんのよ。こんな場所で。」

 

春はそろそろ終わりを告げ、夏の暑さがちらちらと顔を見せ始める頃、俺は静香と志保を引き連れて件のスイーツバイキングに来ていた。

前回『Triad Primus』の三人と来て、この二人とは来なかったツケとして連れてこられた。奢りだそうだ。俺の。

 

「コネ…って仕事のこと?」

 

流石の大手スイーツバイキングでもうどんは置いていないということで静香も会話に参加する。 まあ当事者の一人であるのだから流石に参加しないのはどうかと思うが、暗い話をする為に遊びに来たわけではない。これでは俺の愚痴会である。奢ったんだからそれくらい許されそうだけど。

 

 

「ま、お前らに色々仕事を持ってきてやりてーなって話だよ。最低でも名前を覚えてもらえるような奴。」

 

「その話、夢はあるけど、まだ私達には早いのかとは思うわ。名前を覚えてもらうって、ユニットで有名になってからの話じゃない?○○っていうユニットの誰っていう覚え方をされて、それからソロの仕事をこなして、ようやく一人のアイドルとして認知される。」

 

「そのユニット単位の仕事がねーからコネが欲しいんだよね。」

 

「コネ…とは違うけど、765プロダクションのアイドルだったら話くらいは来るものじゃないの?」

 

「そういうのを大河が受けとるわけないでしょ。ただでさえプロデューサーと半分仲違いしてるみたいなものなんだから。」

 

「仲違いとは失礼な。俺が一方的に大嫌いなだけだ。」

 

「あんまり変わらないじゃない!」

 

「つーか、そんな話はどうでもいいんだよ。おじさんと俺の仲良しこよし場面なんて。お前らの各ユニットの話をしたかったから呼んだの。どうだよ。親交具合とか、上達具合とか。まあ上達の方はレッスンとか見てるし分かるけど、親交については管理とかしてねーしな。」

 

「私の方は…別段、大きな問題は無いと思うわ。瑞希さんも紬さんも普通の人だし、レッスンや仕事の話をする分には問題ない。でも、親交と言われれば疑問は残るわね。私含めて積極的なタイプとは言えないし、765プロ外で会うことはないし。」

 

「私の方は、結構上手くやれてるつもりよ。未来も翼も話しやすい存在だし、この前レッスンの後にカフェに寄ってお茶をしたわ。来週はオフの日にショッピングに行く予定があるし、良好と言っても差し支えないかとは思う…けど。どうしてそんなことを聞くのよ。」

 

「ユニットを組んでそのチームワークを客に披露すんだぞ?仲が良いに越したことはない。まあ世の中には不仲なアイドルユニットとかもあるらしいけど、それを隠しながら客前に出れるようなお前らじゃないだろ。…なんてものは結局建前だけどな。お前らの対人能力の悲惨さは前の一件でよく知ってるし、アイドルっていう職業を選んだお前らに、普通の友人はそうそうできるもんじゃない。遊べる時間を合わせることすら困難だし、悩み相談も一般人からしたら雲の上の話だ。」

 

「…つまり、何が言いたい訳?」

 

「今くらい青春しとけって事だよ。このままアイドルを続けるにしろ、どこかしらで区切りをつけて辞めるにしろ、高校生の数年は青春まっさかりだろ。無論レッスンを軽々しく扱っていいっていうわけじゃねえけど、逆を言えば今しかできないこともある。」

 

「全然説明が伝わってこないんだけど…?」

 

「しょうもない腹の探り合いはやめにしようぜって話だよ。今更三人一緒じゃない行動を増やしたところで、お前らに対する俺の評価や感情が揺れ動くわけじゃない。面倒くせーから三人で予定組もうぜ。まあ女二人で行きたいとかなら話は別だけどよ。」

 

「「………………。」」

 

「…あのさ、逆に聞くんだけどバレてないとでも思ってたんか?あからさますぎるだろお前ら。卒業してから三人で集まったのなんて今日含めて数回もないし、今日だって俺が無理矢理連れてこなかったら何とか理由付けて断る気だっただろ。つーか最後までお前らに三人ってこと黙ってたら来なかっただろ。」

 

「…何でもかんでもお見通しってわけね。まさか契約内容も筒抜けだったとは、流石にそこまでは読み切れないわよ。」

 

「え、だって静香の鞄の中にルーズリーフ切り取った契約書あったし…。お前らさ、中学生じゃないんだからああいうの卒業したら?」

 

「な、なんで人の鞄の中身勝手に見てるのよ!」

 

「今時あの文章はどうかと思うぜ。昭和のおっさんじゃねえんだから。」

 

「文章は静香が考えたわよ。」

 

「ちがっ…!志保の裏切り者!」

 

あまりにも普通で、普段通りで、それが久しぶりな気がして、思わず笑ってしまった。 そんな俺の反応に訝し気な表情を浮かべる二人が、一層俺の笑いを誘った。

 

「最近いいことなんてあんまりなかったからな。なんか、こういうのやっぱり良いな。目指す夢は美しくて尊いものだけど、身近にあるしょうもない現実は何より楽しい。…なぁ、今度ユニットで出かける時は俺にも声かけてくれよ。一緒に遊びに行こうぜ。」

 

「百合の間に挟まる男は馬に蹴られて死ぬわよ?」

 

「百合を創造してるのはしずしほだけだろ。」

 

「私は百合じゃなくて大河派だけど。」

 

「聞いたら未来が泣くわよ。」

 

「私は未来ももらっていくから大丈夫よ。」

 

「じゃあ俺は瑞希を貰ってくわ。」

 

「…ああいう子がタイプなの?」

 

「嘘だよ嘘。俺は静香にゾッコンだ。」

 

「あら?私の事は好きでいてくれないの?」

 

「勿論志保の事も心の底から愛してるぞ。」

 

「浮気者ね。刺されて死ねばいいのに。」

 

「おめえが言い出したんだよな!?」

 

いつも通りの、或いは去年の冬からずっとなかった、そんな馬鹿馬鹿しい会話をしながら、俺達は一日を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分…遅い帰りだったな。」

 

「ストーカー復活か?それに監視対象の奴の前に出てくるなんて、良い度胸してるな、奈緒。」

 

「相変わらず、憎まれ口は達者だな、大河。」

 

家の前、表札の横に背中を預けて立っていたのは弱い方の奈緒―――神谷奈緒だった。

 

「凜のストーキングが終わったと思ったら今度は奈緒かよ。いい加減、加蓮がお前らに求めていること、分かんないかな。」

 

「分かってる、つもりだよ。大河ほどじゃないけど、私だって加蓮がどう思ってるかは分かってるつもりだ。」

 

「じゃあ、どうしてここにいるんだよ。…あんま、怒りたくねえんだけどさ。俺も、加蓮も、父さんも母さんも。元に戻るために必死に努力して、繕って、周りに心配をかけないようにしてるんだよ。そうすることで、誰かの迷惑にならないようにしてるんだ。お前らだけが、前を向けてない。独りで進むことを決めた奴に、追いすがってんじゃねえよ。」

 

「…前を向くことって、そんなに偉いことかよ。誰かに迷惑かけるって、そんなに責められることかよ。繕うことも、努力することも、そりゃあ知らない仲なら気を付けるべきことだろうけどさ、私は加蓮にそんなこと求めてないんだ。それはただの偽りで、虚構だ。」

 

「お前がどう思うかを加蓮に押し付けんなよ。それはお前のエゴだろ。」

 

「押し付けるもんだろ。エゴくらい。友達なんだから。」

 

「加蓮は、お前らを友達として見てるんじゃない。ライバルとして見てるんだ。そんなエゴ、あいつが受け取って嬉しいわけねぇだろ。」

 

「受け取らせるよ。数ヶ月分の文句と一緒に。」

 

「加蓮に文句を言うために、わざわざ家まで来たのか?ご生憎様だが、アイツはもう結論を出してる。お前がこれ以上何か言ったところで、ノイズにしかならないであろうそれを、俺は伝えるつもりなんてない。」

 

「ノイズ…って、自分で言ってるじゃないか。大河も、分かってるんだろ。加蓮が正しい道を進んでるかどうか。…いや、幸せな道を辿ってるのかどうか。」

 

「それは言葉の綾だ。揚げ足を取るなよ。それに、俺に加蓮の道を定める権利なんてない。アイツが決めた道を、応援してやる。弟ができることなんて、それくらいだ。」

 

「でも、私の言ったことを伝えてはくれないんだろ?定めてるじゃないか、道。」

 

「今日はよく口が回るな。」

 

「大河が自滅してるだけだ。私は何もしてない。」

 

「………。」

 

何も返せない俺に、奈緒は再び口を開いた。

 

大河、お前―――

 

「いつまで、〝弟〟やってるんだ?」

 

その言葉は、他の言葉より少しだけ、心の奥に刺さった気がした。

 

 

 

 

 

 

「いつまで…って。生まれてから死ぬまで、俺はアイツの弟だよ。当たり前だろ。」

 

少しの間を持って発せられた言葉は、まるで無理に言い訳か誤魔化しを紡いだものにしか聞こえなかった。

 

「そんなトンチンカンなことを聞いてるんじゃない。…いや、大河も、迷ってるのか。」

 

「なんだよ、迷うって。弟であることは事実であって迷うべき事象じゃない。それだけは揺るがないし、揺るがせさせない。」

 

「違うよ…。分かってんだろ、私が何を言いたいかくらい。聡い大河なら当たり前に。お前はもう、弟を卒業するんじゃないのかよ。加蓮なら、全部受け止められるよ。アイツはそんなにやわな奴じゃない。大河が1番知ってるんじゃないのか?」

 

「でも…!」

 

「私さ。加蓮が怪我したって聞いた時、死ぬほど焦って、ビビって、泣きそうになった。アイツの過去は聞いてたし、これからだって時にこんなの無ぇよって思った。それで記者会見があって、私と凛は初めて大人に抗って、専務と大河がどうにかしてくれて、加蓮が私達を拒絶して。色々あって、感情がグチャグチャで。でもその時、私は悲しいより嬉しいが勝った。加蓮はきっと辛くて苦しくて、でもそんなことより、私達のことを想ってくれていた。加蓮の夢は、出会った時からトップアイドルになることだって、ずっと言ってた。そのためには何をも犠牲にできるって。私はそれを見て、どこか違う世界の人間なんだなって思ったよ。私にはそんな覚悟はなかったし、大人に言われるがままに連れてこられて、流されるままに流されてここにいたから。」

 

「でも、加蓮は。私達のことを考えてくれてた。トップアイドルになることよりも、私達がトップアイドルになることを夢にしてくれていた。あいつは、別の世界の人間なんかじゃない。加蓮は、友達を大切にできる立派な、私達みたいなやつなんだ。だからさ、大河。私、大人になるよ。強くなる。誰かに救われてここに立つような存在じゃなくて、誰かに言われてここに立つような存在じゃなくて、自力で掴み取ってここに立てる人間になる。誰かのためでも、誰かのおかげでもない。自分のために、自分のおかげで、凛と加蓮とここに立つよ。」

 

「いつまでも弟を背負わないでくれ、大河。お前のそれは甘美で、暖かくて、だからこそ体を預けてしまいたくなる。その背伸びした優しさは、お前の助けたい誰かと、そしていつかお前を殺すよ。私は、一人で立てる。それは加蓮も、凛も、そしてお前の大切な誰かも、きっとそうだ。私達はお姫様じゃない。転んでも、立ち上がれる。それでも、どうしようもなくなったら、私達を助けてくれよ。私達の伸ばした手を、掴んで引っ張りあげてくれ。得意だろ?そういうの。」

 

彼女は屈託のない笑顔で俺に笑いかけ、そして右手をこちらによこした。 それが何を意味するのか、俺は分かって、いつもみたいに分からない振りをしようとして、でも出来なくて、ポケットから出したスマートフォンを操作し、電話を繋いで渡した。

 

それを答えととって満足したのか、奈緒はスマートフォンを受け取って、されるがままの俺の頭を、髪の毛がボサボサになるくらい荒々しく撫でた。

 

 

「頑張ったな、大河。」

 

 

 

 

 

 

 

「逃げるなよ。先に言っておくけど。」

 

後にも先にも、こんな脅しじみた文言から始まる電話は初めてであった。

そしてその忠告は真っ当で、私はその声を聞いた時には既に通話終了のボタンを押しかけたところだった。

 

「ついでに、大河に後でごちゃごちゃ言うなよな。これは私が無理やりかけてるようなもんだし、責任は加蓮にもあるんだから。」

 

「なんで…こんなことするの…。」

 

「こんなこと…ってのは、加蓮の居場所を突き止めようとしていることか?コンタクトを取ろうと大河に迷惑をかけたことか?それとも…拒絶しても、追いかけてくることか?」

 

「………。」

 

「舐めんな、バカ。加蓮がこれまでどんな体験をしてきたかは知らない。でも、私は友達を大切にする。困ってたら手伝う。頼られたら助ける。バカやったら、一発張り手を入れて、それで手を差し伸べる。友達、舐めんな。」

 

「心配するな?…しないわけないだろ!いつだって平気な顔して!諦められないくせに諦めたようなフリして!気を遣わせないようアホみたいに気を遣って!隠せないのに隠そうとすんな!無理できないのに無理をするな!迷惑をかけないようにされることが迷惑だ!抱えきれないことを抱えられた方が面倒だ!」

 

「私はバカだ!可愛くもない!歌もダンスも下手だ!志も夢もない!でも、友達は大事にするんだよ!ユニットとしては仲間でも、アイドルとしてはライバルでも、でもその前に私達は友達だろ!かけがえがないから大事にするんだ!お前のことが心の底から好きだから頑張れるんだ!逃げるなよ!向き合えよ!私の事が好きだって言うなら、私にちゃんと立ち向かえ!それが友達ってもんだろ!わからず屋の馬鹿な加蓮に教えてやる!それが!友達なんだよ!」

 

「私がトップアイドルになれればいいんじゃない!加蓮がトップアイドルになることだって答えじゃない!それは勿論凛もだ!私達で、トップアイドルになるんだろ!?私達で、Triad primusで!頂点に立つんだ!」

 

「待つ、待てるよ!何ヶ月でも、何年でも、何十年でも!その怪我治して、もう一度立ち上がってこい!」

 

「私達の夢は、もうそこまで来てるんだ。私達に、夢を諦めさせないでくれ。」

 

 

 

 

 

 

「…お前さ、いつの間にそんなにかっこよくなったんだよ。どうしようもなくポンコツで、どうしようもなく心配性で、どうしようもなくどうしようも無いお前は、どこに行っちまったんだよ。」

 

「私がかっこよくなったってんなら、それはきっと大河のおかげだよ。凛みたいに劇的に救われたわけじゃない。加蓮みたいに完璧に守られたわけじゃない。でも、北条大河の頑張りは、誰かに成果を与えるだけが成功じゃない。お前の奔走する姿が、誰かの救いになることだってある。...お前はさ、プロデューサーよりアイドル向きだと思うよ、実際。お前の懸命に走る姿は、踏み出す勇気のないやつに、一歩前に押してやる力がある。止めんなよな。たとえ失敗しても、お前が走り続ける限り、その失敗はただの失敗では終わらないから。」

 

「失敗を望まれるなんて、俺も敵が増えたもんだ。」

 

「え、いや、違う違う!失敗して欲しいって訳じゃなくて…!」

 

「…フッ。わーってるよ。」

 

俺は奈緒の横を通り抜けながら、そのモフモフをわしゃわしゃと掻き乱す。

 

「お、おいっ!何すんだよ!」

 

「お姉さん面ご苦労様。…ありがとよ。」

 

後ろ手に手を振る俺に、奈緒は後ろから叫んだ。

 

「負けないからな!Triad Primusは、誰にも!」

 

「抜かせ。ボコボコにしてやるよ。」

 

俺と奈緒は再びは振り向きあって、そうしてまた笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「電話、もういいのかしら?」

 

「うん…。もう大丈夫。」

 

「声、扉越しでも聞こえてきたわ。いいユニットメンバーを持ったわね、加蓮。」

 

「うん。本当に、私には勿体ないくらいだよ。…奏もさ、もう、お見舞いなんて来なくていいんだよ。今の時期だと忙しくなる頃だろうし、それに―――」

 

「加蓮。」

 

冷えきった声で、私の声を奏は遮る。

 

「あなたのさっきの電話。もう内容を忘れたの?友達だから心配する。友達だからお見舞いに来る。それの何がいけないの?」

 

「罪悪感で来られても、迷惑だよ。罪の恩赦を私に求めないで。私は奏が悪いなんて思ってないし、他の人だってそう。だから、もう止めて。」

 

「そうね。最初は罪悪感だったわ。事故の時、あなたが私を突き飛ばして、あなただけが大怪我を負って。…私だったら良かったのにって何度も思ったわ。加蓮じゃなくて私が怪我すれば良かったのにって。でも、今は違う。加蓮が私を助けてくれた。そうしてくれなかったら、私は怪我どころじゃなくて命まで落としていたかもしれない。だから、罪悪感じゃないわ。命の恩人に、できることをする。私はそうしているつもりよ。」

 

「………。」

 

「もうそれ、止めなさいよ。人を拒絶するのだけは一人前なのに、そんな顔をしてたら逆効果よ。本当に、あなた達姉弟はお節介の塊から生まれてきたみたいな存在。私は大河君に救われた。私はあなたの理解者になりたいって思わせてくれた。独りが好きで、でもそれは周りに迷惑をかけたくないからで、いつも笑顔で、でもそれは周りに心配をかけたくないからで、いつも真っ直ぐで、それだけは自分の夢のためで、でも本当は大河君のためで。夢のためになんでもするのに、周りの助けを借りない。矛盾にも似た、あなたの欲望のぶつかり合い。」

 

「だって…!私の夢か、もしかしたらそれ以上に!みんなのこと、大切にしたいから…!」

 

「言えるじゃない。ちゃんと、自分の口から。それが言えたら上出来よ。だから次は、我儘になりなさい。私たちは、我儘に応えたいと思っているのだから。それが、私に出来る数少ない恩返しなんだから。」

 

「私は加蓮の理解者になれるとは思ってない。ていうか、誰かの理解者になるってとっても難しいことだから、多分誰かの理解者になることなんて、私には一生かかっても無理かもしれない。でも、辛い時に友達と他愛もない話をしたい、なんて、誰もが思ってる事だわ。」

 

「心の準備ができたら連絡して。次はもうちょっと賑やかに来るわ。激おこの2人でも連れて、ね。」

 

と、彼女は茶目っ気を見せながら蠱惑的に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

「結局、あのテストは無駄になっちゃったみたいだね、大河君。」

 

「もう、認めてもらえるんすか?」

 

「まあ、まだ危うい部分はあるけどね。簡単な仕事とはいえいくつかこなす内に多少は勝手が分かってきたみたいだし、そろそろもう一つ先に進んでみてもいいんじゃないかい?」

 

「…正直、迷ってます。」

 

「珍しいね、君が迷うだなんて。」

 

「仕事は取れました。特に志保達の方は結構有名な雑誌に乗せてもらえるみたいで、ユニット名を決めて送り出すで充分だろうとは思います。あの三人は結構雑誌とかには写真乗せてましたし、黙ってればクールで通る。心配は特にないっす。...でも。」

 

「でも?」

 

「静香達の方は…本当にどうしたもんかな…。」

 

「仕事、取れそうなのかい?」

 

「取れそうというか、こっちの承諾待ちっすけど。」

 

「新人なんだ。ある程度は割り切って引き受けないと仕事なんて回ってこないぞ。」

 

「…そうっすよね、何弱気になってんだか俺は。たかがテレビだろ。あざす!赤羽根さん!静香達呼んできます!」

 

走り出した大河を見守りながら赤羽根は少し感傷に浸っていた。

 

(大河くんも頑張ってるな。まだまだ経験は浅いけど、プロデューサーとして一生懸命やっている。これなら任せる人数を増やせる日もそう遠くはなさ…)

 

いや待て。 さっきあいつ、なんて言った?

 

テレ…ビ?

 

「おい!ちょっと待て!」

 

 

赤羽根は駆け出したが、もうけして若いとは言えない体。現役高校生に追いつけるはずなどなく。

 

 

 

「「「やる!!!!!」」」

 

扉を開けた時には、もう手遅れだった。

 

 

「んあ?どうしたんすか赤羽根さん。息めっちゃ切れてますけど。」

 

静香達にテレビ出演の仕事の話をすると、二つ返事で了承の返事が返って来た瞬間、赤羽根さんは扉を思い切り強く開けて入ってきた。 そして俺の肩を掴んで、部屋の外に連れ出す。

 

「大河君!テレビ出演ってどういう事だ!?というかどこからそんなツテ引っ張ってきた!」

 

「どういうこともこういうことも、赤羽根さんがやったらいいって言ったんじゃないすか。はい、これ企画書っす。」

 

俺は先方から渡された数ページの紙を渡す。 今回話を貰ったのは有名な生放送音楽番組。 本来ならペーペーの静香達に話など回ってくるはずも無いが、今回は新人特集らしく、どこかから話を聞き付けてきた番組Pから話を貰った。新人とはいえ765プロ。他所の仕事では三人ともそれなりの評価を得ていたし、運と実力で掴み取った仕事と言えるだろう。

 

「にしたって…!いや、分かってる。大チャンスだ。テレビ出演がこの新人の時期に来るなんてそうあることじゃない。でも、危険すぎる!ライブも未経験の彼女達が、生で楽曲を発表するなんて!テストの時のライブ会場とは違うんだ!照明や舞台演出に頼ることも出来ない!観客も彼女達の味方は誰一人として居ない!一度失敗すれば、大きく後退することになる...。これは、そういう仕事だ!」

 

「やりますよ、赤羽根プロデューサー。私達はやります。」

 

部屋の中から静香が顔を出し、赤羽根さんの言葉を遮った。

この部屋に防音機能などない。赤羽根さんの怒号も筒抜けだったろう。

 

「失敗すれば、次はない。それでもかい。」

 

「それはライブだって一緒ですし、そもそも全ての仕事においてそれは言えることです。」

 

「見てる人の数が違うって言ってるんだ!取り返しがつかないことになるかもしれない!」

 

「それもいつかはぶつかる壁です。いえ、むしろこれしか仕事がない今ミス無しでできなくて、逆にいつならできるようになるんですか!」

 

「かかるプレッシャーはこれまで受けたこともないようなものだ!それに君たちが耐えられるとは思えない。」

 

「それは都合がいいですね。ここを抜ければ、もう怖いものなんてない。」

 

「…どうしてそんなに強い覚悟を持てるんだ。失敗するのが怖くないのかい。こんな半ば賭けみたいなやり方で、ブーストをかけなきゃいけないほど君たちの才能は燻っていないよ。地道に、ゆっくりでも。君たちはその舞台まで辿り着ける。」

 

「私、賭け事は嫌いです。堅実な方が好き。でも、目の前にチャンスがあるのに、求めている人が沢山いるものを悠々と見逃すなんて出来ません。無謀かもしれない。でも無策じゃない。私には未来と、翼と、そして大河が居ます。失敗なんて、ありえません。」

 

「それに私には、目指す人がいるんです。その人、どんどん進んじゃうから。ゆっくりなんてしてられません。」

 

「…未来」

 

「私も…失敗は怖いですし、たくさんの人の前でパフォーマンスなんてちょっと緊張するけど…でも静香ちゃんと翼が居るから。隣に2人がいれば、怖くは無いです。」

 

「翼」

 

「私は失敗しないし、それに、アイドルなんだから、みんなに輝く姿を見せないと。違いますー?」

 

「プロデューサーとアイドルは似る、なんてよく言ったものだね。。誤算だったよ。…そんなに言うのならやらせてあげるといい。バックアップも全力を尽くす。ぶちかましてこい。…えーと。そう言えばユニット名は?」

 

「あ…。」

 

 

「ダンスレッスンが終わったら、4人で決めないといけないわね。」

 

「はは…。締まらないな、君たちは。」

 

 

 

 

 

 

ダンスレッスンも終わりを迎え、後は帰るだけとなった俺たちは、帰りに近場のファミレスに寄ってユニット名について話し合っていた。

俺は書記を務め、3人の話を聞いているがまとまる様子を一向に見せていない。

まずは未来の案。『いちごヨーグルトぽむぽむ』。マジで意味が分からない。ぽむぽむって何?いやそもそもアイドルユニットで食材入れてくるのも不思議ではあるしそれがヨーグルトなら尚更だ。いちご単体じゃダメなの?

次に静香の案、『ドリームガールズ』。昭和の匂いがぷんぷんする、マシなように見えて厨二病を引き摺っている静香らしい案とも言える。

そして翼の案、『Ledy Love Pink』。俺は書記なので言われた通り書いているだけだが、どう見てもスペルミスだ。ネーミングセンス以前に勉強をさせるべきかと思わされている。まあそのネーミングセンスが真っ当かは置いておいて。全員学生なのにこのピンクピンクしいのはどうかと思うが。

なんて色々内心では思っているが、俺は一番最初に出した案、『アンタッチャブルチェックメイト』を却下されてから発言を許されていない。あの時の三人の冷ややかな視線はそれはもう凄かった。もしかして初対面かと思っちゃったもん。

 

それからも彼女達の白熱のユニット名決めは続き、書記という職業が要らないことが発覚した後の俺がドリンクバー係にされてはや2時間。完全に日は落ち、当たりは暗くなり始めた。

 

「おい、流石にもうタイムリミットだぞ。これ以上は高校生とは言えど連れ回せねぇ。」

 

「えー!でもまだ決まってないよ!?」

 

「やっぱり私の案が―――」

 

「いや、それだとだから私達の方向性と―――」

 

「あーもううるさいうるさい。堂々巡りになるから黙れ。…未来、今食べたい食べ物。」

 

「え…っとイチゴパフェ?」

 

「静香」

 

「月見うどん。」

 

「翼]

 

「それじゃあポップコーン!キャラメル味のやつ!なになに?奢ってくれるんですかー!?」

 

「んなわけねぇだろ。『ストロベリーポップムーン』。ユニット名はこれで決まりだ。」

 

俺は卓上の伝票をかっさらい、レジへと向かう。後ろでは小娘三人がぎゃあぎゃあと騒いでいるがもう知ったことではない。プロデューサー権限でユニット名は固定させてもらいます。4時間あって決められない方が悪い。

三人を送り届けるために店の前で待っていたが、思ったよりも反抗というか反応というか、そういったものはなかった。3vs1クラッチを要求されるくらいの覚悟はしていたのだが、意外にも三人は大人しかった。

 

「じゃ、俺は未来を送っていくからお前らはギリギリまで二人で帰れよ。それともタクシー代出すか?」

 

「そんな距離じゃないし、そんな時間でもないでしょ。まだ9時よ。大河は過保護すぎ。行きましょ、翼。」

 

未来と、静香と翼とついでに俺の家は完全逆方向。俺が送って帰れるのもサイドカーをつけたとしても2人が限界。それに、未来を一人で返すのがこのメンバーで1番不安であることから、最近はこの別れ方が多い。 ちなみに志保達の方は大抵紬を送って帰る。 最年少は志保なんだけどなあ。

 

「大河君!」

 

「あ?」

 

バイクを飛ばして、夜の道を走る。

 

「ユニット名!いい名前だと思う!」

 

「マジで?俺のネーミングセンス絶望的って散々煽られてきたから適当に付けただけだけど?」

 

「それでも!私は好きだよ、『ストロベリーポップムーン』!」

 

「そいつは良かった。」

 

「絶対成功させようね!テレビ出演!」

 

「…たりめえだ。」

 

 

 

 

 

 



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空に羽ばたく道の途中で

 

 

 

 

 

あの日、天海春香から答えを貰ったあの土曜日。

それから毎週、千早姉は来る日は毎回春香を連れてきていた。

千早姉は優の事情を事細かに話したらしく、春香もお墓参りをさせて欲しいと頼まれ、そして俺の取り付けた約束の日である土曜日に毎度来ているらしい。

その約束からもう半年近く経っているが、仕事などのやむを得ない時以外はこうして3人で集まり、優のお墓参りをし、その後どこかで食べて帰る、という一連が流れとなった。

 

「で、ユニットの方はどうなの、大河。」

 

「やっぱ気になんの?」

 

本日は例のドーナツ屋に来ている。なんだかんだ行く場所を決めてないとここに来ることが多い。最初に来ちゃうとループするの、めんどくさいから結構あるよね。

 

「それはそうでしょう。後輩だし、私達が審査したわけだし。正直、結構期待してるのよね。初心者にしては凄いパフォーマンスだと思うし。

 

「そりゃどーも。そうだな...最近だと、テレビ出演が決まったよ。」

 

「「ゴホッゴホッ」」

 

何気なく放ったその一言に、春香も千早姉も飲んでいたドリンクを咳き込む。 汚いな、アイドルなんだから気を使えよな。

 

「て、テレビ出演!?まだきちんとデビューもしていないのに!?」

 

「凄いね大河君!?そんな仕事簡単には取って来れないよ!?」

 

「そんな言うても新人特集だよ。周りの出てくるヤツらだって新人だし、765プロってことで声がけした程度だろ。」

 

「あのねぇ!大河、そんなに気軽に言ってられることじゃないわよ?新人特集、なんて銘打ってるかもしれないけど、その中にあの子たちよりも経歴が浅い子なんて一人もいない。新人なんてあくまでユニットをいつ組んだか、デビューをいつしたかの違いでしかないわ。中にはテレビ経験者やユニット経験者だって何人もいる。下手を切れば大コケするわよ!?」

 

「は?コケるわけないだろアイツらが。」

 

「大河君の信頼って、とっても暖かいけど、時々すっごく重いよね...。」

 

「確かに技術とか、メンタルとかも勿論あるわ。でも、本番だからこそ起きることだってある。親バカしてると足を掬われるわよ。」

 

「親バカじゃなくて客観的な意見だと思うけどなぁ。緊張しても、それを呑み込めるようになってる。まだ発表曲は完璧とは言えないけど、でも当日までに仕上げてくるに決まってる。心配する要素はない。」

 

「いっつも思うのだけれど、大河のその呆れ返るほどの胆力ってどこから来てるのよ…。勿論緊張とか心配とかしてキャパオーバーになられるよりはプロデューサーとしてはいい傾向なんだと思うけど…。」

 

「俺は思われてるほどには俺自身のことは信じてねぇよ。俺が実際にライブをするってんなら正直緊張しまくって本番中にギブアップするかもな。でも、俺が信じるのはアイドルだけでいい。しかもあんなに頑張ってる姿を見れる奴らだ。信じることなんて息をするより簡単だ。お前らだってお互いのこと、それほどに信じてんじゃないの?最前列で努力を見てきて、最前線で人柄を見てきてんだから。」

 

「それを言われると弱いけど…。でも大河君はそれだけじゃダメなんじゃないかな。大河君は背負う立場になってしまったから。100パーセント、絶対、間違いなく、確実。そんなもの、この世にはないよ。色んなものが混じりあって、直ぐに色を変えるこの世界に、完璧なんて存在しない。より近いとか、高い低いはあるけれどね。大河くんがしなきゃいけないのは、成功への信頼じゃなくて失敗への対策じゃないかな。その対策が不必要なら上々。必要なら用意した甲斐があった。用心をすることにしても損は無いと思うよ。」

 

「身が引き締まるよ、お前らと話してると。気も遣わなければ容赦もしない、そっちの方が好みだけどさ。つったって、ステージに殴り込みするわけにもいかねぇし、俺が当日にできることなんてあるか?」

 

「うーん…。具体的に何をって聞かれちゃうと私達も正直分からないんだけど、そういうのはプロデューサーが知ってるんじゃないかな?」

 

「俺が赤羽根さんのこと大嫌いっての知ってて言ってる?」

 

「好き嫌いで担当アイドルを危険に晒すの?」

 

「…春香ってさ、レスバ最強格だよな。」

 

「それは時々私も思うわ。春香に言いくるめられたことは何度もあるけど、春香を言いくるめたことは一度もないもの。」

 

「ずりーなぁ。特に立場上言いづらそうなことを飄々と言ってのけるその胆力と、それを言っても俺達は春香のこと嫌わないだろうっていう信頼が透けて見えるのが一番ずりぃ。」

 

あーあ。と言って俺は伸びをして背もたれに体を預ける。

相談事を春香に仕掛けたのが、今回の俺の敗因であろう。

 

 

 

 

 

 

「赤羽根さん。相談受けろくださいゴラ。」

 

「事務所に入ってからの開口一番がこれとは、恐れ入ったね。」

 

翌日の事務所。俺はドアを空け放つや否やそう宣言した。

事務所内にも何人かアイドルは残っていたものの、最早これは様式美。誰も気にも留めず、それぞれが行っていた作業に目を落とした。

 

「にしても、凄い皆ドライっすね。こんな舐めた態度プロデューサーがされてるのに、文句も付けないんですから。」

 

「それは大河君。君がほぼ毎日ドアを開ける時に僕に敬語のような攻撃力高めの叫びをぶつけてくるからじゃないかな。」

 

「端的に言うと?」

 

「慣れかな。」

 

「そりゃあ怖い。」

 

「で?ホントは何が怖いんだい?」

 

「今度は熱いお茶が怖い。」

 

「いつも思ってたんだけど、その毎回の掛け合いなんなの?」

 

「大喧嘩。」

 

「違うだろ…。恵美も、そろそろレッスンの時間だろ。寛いでないで早く準備してね。」

 

「はいはーい。」

 

絡んできた恵美を赤羽根さんは軽くあしらい、俺の方へ向き直した。

 

「で?大河君の相談って?正直、俺に頼ってくるようなことはないんじゃないかと思ってたよ。」

 

「赤羽根さんトコのアイドルに入れ知恵されたんすよ。俺も正直相談するつもりなんてなかった。でも…まぁ。やりたくなくてもやらなきゃいけないのが社会人って職業でしょうしね。」

 

「俺のトコって、それは君のトコでもあるだろうに…。内容を聞こうか。俺に答えられることなら、相談には乗るよ。いや、場所を変えようか。こんなだだっ広い場所でわざわざしなくていいだろうしね。」

 

 

 

 

 

「奢るよ。何がいい?」

 

「どうも。じゃ、コーヒー。無糖で。」

 

「大人っぽいね。」

 

俺の選択に皮肉ることも驚くこともなく、赤羽根さんは自動販売機に千円札を入れ、俺が頼んだ無糖のコーヒーと、自分の分であろうアイスココアのボタンを押した。

ガコンと落ちたその缶の片方を掴み、こちらに寄越してくる。

 

「やっぱり憎いなぁ。」

 

「俺のことかい?それとも、プロデューサーという職業かい?」

 

「どっちもっす。」

 

俺は、赤羽根さんがいつもブラックでコーヒーを飲んでいるのを知っている。

しかし、赤羽根さんは俺が甘いものが苦手だということは知らないだろう。

つまりは、そういうことだ。 赤羽根さんは俺の視線に気づき、弁明のために口を開く。

 

「ああ。そういう事か。別に君と交換する用じゃないよ。今は糖分が欲しい気分だったんだ。」

 

「今もっと嫌いになりました。」

 

「その嫌悪は、同族嫌悪。ってやつかな。まあ、ぶっちゃけってしまえば君の指摘した部分もあるけれど、それで言うなら君だって人に気を遣っているじゃないか。それを棚に上げて俺の行動を否定はさせないよ。」

 

「いい迷惑だっつってんですよ。赤羽根さんが気を遣うことに対して気を遣わされる俺の身にもなってください。人のためを想った行動が、必ずしも人の為になるとは限らない。」

 

「でも、人を想うその行動は、いつだって誰かに何かを与えているよ。…おかしいな。君はその理屈を知っているはずだ。その辺に、君の言う相談っていうのが関わってくるのかな?」

 

「俺に…アイツらのために俺がしてやれることって、なんですか。想ってる。信じてる。それが許されるのって、友達同士の大喧嘩まででしょ。俺はもう、それで許される立場じゃない。ガキじゃないんだ。失敗しちゃった、ごめんなさいじゃダメなんだ。なあ。教えてくれよ赤羽根さん。俺には後、何が出来る。何でもやるよ。アイツらのために、何が出来る。」

 

「想ってあげること、信じてあげること、じゃないかな。他には何もないよ。」

 

「…それじゃあ!それじゃあダメだろ!もう、んなもん十分してる!もっと!もっとしてやらないと!大見得を切ったのは俺だ!アイツらのための成果を出してやらないと!そのためにできることを見つけないと!」

 

「大河くんがどう思ってるのか、どう見えているのかは分からないけれど、プロデューサーができることなんて大したことじゃないんだ。アイドル達のスケジュール管理とか、仕事を取ってくるとか、真に頑張らなきゃいけないのはアイドルなんだ。勿論、プロデューサーがいないと回らない部分はあるけれど、ダンスや歌のステップアップに携わることなんてできないし、解決できる悩みなんてちっぽけなものばかりだ。だからこそ、できることをするんだ。誰でも出来ると思うかい。しょうもないと思うかい。でも、それは時折恐ろしい程の力になる。彼女達は、そう言ってくれたよ。それも、君の言う『余計な気遣い』ってやつに入るのかい?」

 

「俺に出来ることは、もうないってことですか。」

 

「君は十分するべきことをしているってことだよ。後は彼女達が何とかするはずだ。彼女達は、俺達が思っているよりも、ずっと強いよ。」

 

「…。」

 

俺の沈黙を納得と捉えたのか赤羽根さんは飲み終えた缶をゴミ箱に捨て、仕事に戻るように促した。

 

(納得できたかといえば、正直ノーだ。)

 

だが、俺が納得できるかどうかの話ではない。これは、俺が認めるかどうかの話。今は、静香達を、赤羽根さんを、そして俺自身を信じるべきだ。

無糖のコーヒーの缶を俺はゴミ箱に捨て、自らのデスクに戻る。

無糖を選んでよかった。

甘いものが苦手であること以上に、俺の胸の内は吐き気で一杯だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちぐはぐだ。)

 

あまりにも、ちぐはぐ。

赤羽根にとって、相談を受けること自体は予想の範疇だった。

自分のことを嫌っている彼が自分に相談するということは驚く部分もあったが、彼は赤羽根が担当しているアイドル達とも親しい。

その中で、彼を諭してくれる存在も何人か候補に上がるし、納得もできる。

 

しかし、その内容は予想の範疇を超えていた。

 

「失敗への、過剰な恐怖。それと、自信の無さ?いや、自信はある。信頼もしている。じゃあ…。」

 

そもそも、会話の導入から北条大河らしからぬ動きだった。こちらへの一直線な仕掛け。これはいい。横柄な態度、冗談交じりの切り込み。皮肉屋な彼の一部分としてこれも十分受け入れられる。

だが、こちらを憎いと称した発言。それを同族嫌悪と自分は示したが、同族嫌悪(それ)を否定することもせずに、行為そのものを拒絶した。 彼が765プロのプロデューサーとして活動を始める前に、彼のリサーチは既に始めていた。特に彼は、765プロ内にも親密な間柄の人間も多く、そういう意味では調査のしがいはなかったが。

 

豊川風花は、彼に想いの意味を伝えた。

 

彼がそれをどう受けとったかは測りかねるが、邪険にするような性格でもないのもこれまでの期間で理解したつもりだ。

赤羽根の見当違いだったか、或いはそこにそのちぐはぐの答えがあるのか。

 

(これまで以上に、気にかけた方がいいかもな…。)

 

今でこそ、赤羽根はプロデューサーの中でもベテランという称号を受けている。それが真実がどうかはさておいても、事実として50人にも及ぶアイドルのプロデュースを一挙に引き受けていることは確か。

勿論個々人での対応に任せている部分や、律子や小鳥さん、社長や新人の青葉にも協力してもらっているが、赤羽根の手腕によるところも大きい…だなんて評価を受けているようだ。 だが、赤羽根とて成り立ての時は何度も躓いて来た。

焦って空回りし、周りに迷惑もかけた。

赤羽根には手に負えず、結局アイドルに救われる形となったこともあった。

それを乗り越えられたのは、アイドル達に、そしてアイドル達を応援するファンに支えられたから。

彼の周りに、そういった存在がいないとは思っていない。

でも、彼がそれに頼るかどうかは、また別の話。

一貫性のない彼の挙動。ちぐはぐの理由。

これを紐解くことが、或いは助けになるかもしれない。

 

 

 

 

 

「珍しいな。お前が自主練なんて。」

 

「そう?でも、やれることはやっておきたいかなーって。」

 

俺は翼に呼び出され、レッスン室を解放するために事務所まで来ていた。 テレビ出演の仕事はもうそこまで迫っているが、未来も、静香も、翼も、実力を発揮出来れば新人アイドルの中では突出した実力を持っている。 それだけのお墨付きを、前線を張っている765プロアイドルから頂いていた。 後は三人での細かい調整と、どれだけダンスを合わせられるか、そして―――

 

(メンタルか…。)

 

翼がこのように自主練を頼んできたことなどこれまで一度もなかった。 それだけ、プレッシャーがかかっているのかもしれない。

 

鍵を開けてやり、翼をレッスン室に通し、俺は自分のデスクに着いた。

既に当日のメンバーは出演者側である俺達には提示されている。が、その情報を集めようにも元々新人特集ということもあり、ほぼ得ることもできなかった。

勿論無名の新人ばかりというわけではなく、一ユニットに最低二人、多いところでは三人程、ダンスや歌でのし上がってきた経験者がいる。

それで言えば、全員がきちんと新人なのは765プロくらいかもしれない。

 

既に共演者の出演作は回収し終えている。その中である程度の傾向は絞れてきた。

その情報収集で得た結果として、一番に挙げられるのは―――

 

(圧倒的に、ダンスが弱い。)

 

ダンスの経験者も何人かは混じっているようだが、経験者といえど本当に齧った程度の者が多いようで、一番の実力者でも未来とトントンくらいだろう。

その中に名を挙げていない実力者が居る可能性は否定しきれないが、どちらにせよ今回の鍵は、翼になる。

 

俺は、レッスン室の扉を見つめる。

翼には才能がある。才能からなる自信もある。彼女がこれまで得てきた成功体験は、彼女の失敗というイメージを塗りつぶしていたはずだ。

『ストロベリーポップムーン』にセンターという概念はない。それは三者三様の特徴をそれぞれ打ち出す『new generations』を元にしている部分から来るものだ。

静香には、センターであった重圧がある。センターと明言されていない今でも、センターであった事実は消えない。そして、センターで在り続けられなかった後悔も。

未来には、才能がないという焦りがある。静香には歌が。翼にはダンスが。それぞれが引っ張ったからこそ、先のテストを合格できたという無力感が、或いはそこに。

 

翼が、何にも無力感さえ示していた翼が、さらに進もうとしている。

彼女は十分に進んでいる。後は、後腐れなく彼女に歩ませてやれば、それだけで3人は成功する。

不安を感じることも、きっと隠しているだけであるのだろう。

だから、お前らは凄いんだぞと、自信を持っていいんだと、伝えてやればいいのだ。

 

人の心を、自在に操ることなど出来ない。

俺はメンタリストでもなければカウンセラーでもない。

自分にできることを、やるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「さて。分かってるとは思うが、明日が収録本番だ。生放送じゃないから放送事故は起きても放送されないが、人数も人数、時間も時間だ。多少の失敗にいちいち取り直してはくんねーぞ。でも明日本領を発揮できないようじゃ話にならん。今日はあくまで調整だ。無理だけはするなよ。」

 

「「「はい!!!」」」

 

そして、迎えた収録前日。午前の集合で解散は12時。疲労を残すことだけは避けたいため、最後の確認のために765プロのレッスン室を借り受ける。

 

(或いは同世代からの叱咤激励があればとは思っていたが…さすがにこの時間じゃな。)

 

土曜日とは言え、流石に朝も早い。それに、居たとしてもなんと声をかけたら良いか分かっている人など、一人もいないかもしれない。

 

(緊張…してそうだ、流石にな。)

 

失敗するという不安から来ているそれは、きっとどこまで行っても信じられない自分自身への感情。

それを完全に取り除いてやることは、きっと俺にはできないから。

 

そして僅かながらの練習を終えて、3人を集める。

 

「そしたら、今日は終わりだ。まあ明日ってことで緊張してる部分や不安な部分もあると思うが、お前らの出来は完璧と言っていいほどだ。思い出してみろ。未来、お前は入った当初、子供みたいなダンスしかできなかった。でも今はここまで育った。静香、お前の元々褒められてた歌は、ここに来てから抜群に成長した。そして翼。お前の元々あったダンスの実力のおかげで、この3人はここまで来れた。自身を持っていい。明日、全力見せるぞ。そのためにも、今日は休め。」

 

三人それぞれ、自身の荷物をまとめ、帰り支度を始める。

いつもある会話はそこにはなく、やはり明日のステージを考えてのことだろう。

 

俺はそれを見届けることなく、自分のデスクに戻る。

俺には、やることがある。アイツらは成功する。それは絶対だ。その絶対の先、そして絶対のない世界だからこその失敗への代案。

あの三人の長所は、『可能性』。バラエティも、雑誌も、ラジオも、パフォーマンスも、それぞれ彼女たちに役割があって、それを回転させていくことで真骨頂を発揮する。

俺の見立てでは、明日の成功により三人を欲しがるコンテンツの先は、既に仕事柄名刺を渡しているディレクターやカメラマンがいるところが多いだろう。その中で、『次』に繋がる仕事を探しながら、それぞれの方向性を試していく。中にマッチするものがあればメインに据え、なければこのまま万能型として多方面に展開する。それが売り出し方としては上々のものだろう。

未来ならその元気さ、静香には歌、そして翼のダンス。彼女達にはそれぞれ秀でたものがあり、その長所を推すことで最終的には一人でも仕事を貰えるようになるだろう。

 

(頑張れとは、言わない。)

 

あるがままに結果を残せば、それがアイツらのスタートラインになる。

見せつけろ、世界に。私たちは、ここに居ると。

 

 

 

「あれ、雨か…。天気予報でそんなこと言ってなかっただろ。」

 

傘、忘れたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。未だに止まない雨の中。

事務所では、俺がデスクに座り、未来と静香がソファで話していた。

その内容は、今日のステージのこと。どんな不慮の事故にも対応し、1つも妥協しない彼女の姿が見て取れた。

 

「遅いね…。翼、何かあったのかな。」

 

未来は取り出したスマートフォンの時刻を確認して、呟く。

その時刻は既に集合時間を5分ほど超過しており、勿論収録時刻まで余裕を持った時間ではあるが、何の連絡もないのは不穏である。

 

「…俺、電話かけてくるわ。」

 

二人に断って、階段で翼の電話番号を押す。

コールが10に達しようとした頃、ようやく彼女は電話に出た。

 

「もしもし…。」

 

「何してんだ翼!もう集合時間過ぎてるぞ!今どこだ!」

 

「あれ…?ごめんなさい、もうそんな時間だった…?すぐに…行くから…。」

 

何か、様子がおかしい。

まるで全力疾走の後かのような激しい息切れ。電話から聞こえるやけに近い雨の音。

そして―――

 

「翼…?おい、翼!」

 

ドサッ、っと人の倒れるような音。

 

俺は、階段をかけ降りた。

 

 

 

 

 

 

 

捕まえたタクシーに金を払い、傘を差して降りる。周囲を見渡すも人影は無い。

翼の家の前、そこには誰もいなかった。

あるいは俺の勘違いで、電波が悪くて切断されたのかもしれない。家の中でのんきにご飯を食べていて、「もうちょっと待って~」なんて、呑気に言って来るかもしれない。そう思うと、なんだか笑いが込み上げてきた。本当にそうなら、どう叱ってやろうか。さっさと現場に連れて行って、あの二人に頭を下げさせよう。

 

俺は再び翼のスマートフォンに通話をかける。

その着信音は、すぐそこから聞こえてきた。

門を開けて、その発信源の方を確認する。

そこに。

 

 

 

雨に打たれる、金髪の少女が、頬を紅潮させて倒れていた。

 

 

 

 



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迷い道

 

 

 

 

「翼!おい!翼!」

 

呼びかけるも、返事は無い。

荒いが呼吸をしていることから息はある。

とにかく、このまま野ざらしにしていては翼の体に障る。そう判断した俺は、翼の体を抱え、翼の家の中へと入る。

鍵はかかっておらず、呼びかけても誰かが返事をする様子はない。

俺は洗面所らしき場所のタンスからタオルを複数枚取り、翼に羽織らせる。

そして2階へ上がり、『つばさ』と書かれたプレートの下げられた部屋に入り、ベットに寝かせ、布団を被せる。

 

「医者にみせた方がいいか…翼の体を温めるのが先か…いや、いっそのこと救急車を呼んだ方が…。」

 

「大河…?」

 

「翼!大丈夫か!待て、起き上がるな!そのまま寝てろ!」

 

意識を取り戻した翼は、俺の忠告を聞くことなく、布団を除け、立ち上がる。

彼女は、フラフラで、真っ直ぐ歩くことすら出来ないような足取りで、進み出そうとする。

 

「駄目だよ…。未来と、静香が、待ってる…収録に遅れたら、他の人とか、迷惑、かけちゃう。だから…行かなきゃ…!」

 

その目は、何度も見たことがあった。

その、怒りさえ感じられるような執念の篭もる目が、まるで静かに燃える灯火のような目が、俺を焦がす。

 

止められない。

この目をしてるやつは、きっと誰であろうと止められない。

だから。

 

「いいから、今はゆっくり休め。収録、延期になったんだ。この雨で機材がいくつかイカれたらしくてな。機材の調整が終わってから、また撮り直すってことになった。だから、今は寝てろ。」

 

「本…当?よかった。足、引っ張らずに…済んだ…。」

 

―――嘘を、ついた。

きっと彼女が正常なら、瞬時に見抜かれそうな嘘だった。

きっと俺と翼がプロデューサーとアイドルだけの関係ならすぐにバレる嘘だった。

それだけ、彼女が正常じゃない状態で

それだけ、彼女が俺を信頼しているということだろう。

 

俺はそれを、利用した。

最悪最低の形で、利用した。

 

翼が寝息を立て始めたのを確認し、俺は三箇所に電話をかけた。

一本は翼の家族。要件は翼が倒れたこと。

一本は今日の現場のディレクター。要件は出演辞退。

そして最後の一本は、283プロダクションに。要件は、代役。

 

「もしもし、はづきさん?お願いがあるんだ。」

 

「急にどうかしました?唐突ですね〜。」

 

「283の新人アイドル、今日の新人特集の穴埋めに使いたい。貸してくれるか。」

 

「…それは流石に、私では判断しきれませんので、プロデューサーに代わりますね。」

 

「頼む…。」

 

何十秒間の保留音の後、その男は電話に出た。

 

「はいもしもし、初めまして、北条大河君。僕は283プロでプロデューサーをしてる者だ。それで、ウチのアイドルを貸すって言うのは?」

 

「ウチのアイドルが病欠で、今日収録の新人特集に出られなくなりました。代役をお願いしたいです。」

 

「へぇ〜。それで、内容は?」

 

「…一曲披露と、後は自己紹介、簡単な質問タイム。時間は合計で10分強。それ以降は番組とMC次第です。」

 

「なんで僕たちに頼むのさー。765プロダクションにはウチよりもっと多くのアイドルがいるでしょー?それに、君は346プロダクションにもコネがあるはずだ。そっちに頼ればー?」

 

その軽薄な言い草に、少しイラついた。

今は一刻を争う。少しのズレで、こいつらのトップへの道は固く閉ざされてしまう。

YESかNOか。聞きたいのはそれだけだ。

 

「…アンタも分かってて言ってるだろ。どっちのプロダクションにも、新人と呼べるようなユニットは無い。346には一つだけあるが、それは新人特集に出演してる。アンタのどこしかないんだ、頼むよ…!」

 

「はははー。そんな怖い声で言われちゃうとなー。こっちも、それに応えて、こう返事をしてあげよー。」

 

一泊置いて、通話から聞こえた声は

 

「調子に乗るなよ、クソガキ。」

 

ドス黒い、悪意の詰まった声だった。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと君さ、調子、乗りすぎじゃない?自分がどれだけアホなこと言ってるか分かってんの?電話一本で何でも思い通りか?周りに優しくされ過ぎて頭がおかしくなったか?こっちには時間がない。いいから黙ってアイドルを貸せ。お前が言ってるのはこういうことだ。こっちに提示できるメリットは?俺がお前の為に何かしてやる必要性は?たかが高校生だから優しくしてください?社会のしゃの字もないから助けてください?ちょっとさ、社会舐めすぎじゃない?」

 

「都合のいい話だってのは分かってるんだ!でも、俺にはここしか頼れる場所がないんだ!だから…頼む…!」

 

「チッ…!何もだ!今俺が割いてやってる時間で何にも理解できてない!テメェが出せるモン出せって言ってんだよ!俺と、お前らは、敵同士なんだ!何もできないガキなら、諦めて喚いてろ!お手て繋いで助け合いしましょ、相互扶助の世界ですよ、そんなクソみてえな和気藹々なおままごとやっててえなら、今すぐにその看板下して幼稚園からやり直せ、このクソッタレ!」

 

「待っ――」

 

「待ちなさい。」

 

思い切り受話器を叩きつけてやろうと腕を振り上げると、その腕はデスクの前に立つ少女の声によって止められた。

黛冬優子。283プロダクションのアイドルだ。

まるで何事もなかったかのように、プロデューサーは態度を翻した。

 

「どうしたの冬優子?何か用事?」

 

「その電話の相手に用があるわ。代わりなさい。」

 

「なーに?冬優子に関係ある電話じゃないから気にしないでよー。」

 

「関係あるわよ。だってふゆ、ユニットデビューの話をしたアイドル関係者なんて、一人しかいないもの。」

 

交錯する視線。

先に折れたのはプロデューサーであった。

 

「ふぅ…。救うの?冬優子がそうしたいなら止めないけど、相手はライバル会社だし、それにクソ…礼儀のない高校生だ。」

 

「その口調、ふゆの前以外で出してないでしょうね。…救うわよ。馬鹿でも、クソガキでも、アイツはふゆのこと救ったんだから。」

 

「あーあー。憎いねぇ。本物のヒーローさんは、いつだって救われる立場にいる。」

 

「そりゃそうでしょ。ヒーローに救われた人がみんなヒロインで居たいわけじゃない。ヒーローに救われた人間もまた、ヒーローになり得るのよ。」

 

彼女はプロデューサーの手から受話器をひったくり、あの突如の状況でも保留ボタンを押しこちらの会話をシャットアウトしたプロデューサーの気遣いに舌打ちし、ボタンを押して通話に出た。

 

「あー、もしもし。大河?」

 

「冬優…子?」

 

「何よその疑問形。アンタが必要だって呼び付けたんでしょ。…話は大体聞いてるわ。私が、ストレイライトが助けてあげる。」

 

「いいのか…?だって…。」

 

「あーもううるさいうるさい。助けを求めて受けたら動揺するってアンタどんだけ面倒くさいのよ。アンタのことだから、またどこぞの女を助けに走ってるんでしょ。さっさとそっちに行きなさいよ。ふゆは、受けた恩はきちんと返す、義理堅い女なの。今度付き合いなさい、それでチャラよ。」

 

「ありがとう…助かる…!」

 

詳細な仕事内容を聞いた後、しつこいくらいの感謝を受け、通話を切った。

 

「じゃ、私は愛依に話つけてくるから、アンタはあさひのバカ捕まえてきて。」

 

「本当に言ってるー?もう僕おじさんなんだけどなぁー。」

 

「うっさいわね、働きなさいよ。プロデューサーは、アイドルのやりたい事のためならなんでもやるんでしょ!」

 

「横暴だー!そんな勝算のない仕事にーウチのアイドルは送り出せませんー!」

 

「何言ってんのよ。」

 

本当に、何の話をしているのか分からないとでも言うように、彼女は答えた。

 

「私たちはストレイライトよ。私たちは―――誰にも負けない。」

 

あー。これはずるい。

こんなこと言われたら、どんなに嫌でも従ってしまうのが、プロデューサーなのだから。

 

 

 

 

 

「はい。代わりはそのユニットで。はい。そちらでお願いします。はい。ありがとうございます。…では、今の内容通りでお願いします。最後に、ご迷惑おかけして、本当に申し訳ございませんでした。」

 

「いやいや?別にこっちは新人ユニットが規定組数揃えばどうでもいいんだから。代わりを用意してくれたなら何にも言わないよ。…ま、俺はいいけど、むしろマズイのは君じゃないの?他プロダクションのユニットを10分ちょっとで用意したのは君のコネを羨ましいとも思ったけど、君は今、敵に塩を送っているわけだけど?」

 

「責任は、自分で取ります。…悪いのは全部俺ですから。」

 

「クビにならない事を祈っててあげるよ。君はその若さにしてはやり手だ。仲良くお仕事を回せる未来があればいいなと思うよ。じゃ、俺はこれから打ち合わせだから。」

 

「はい。ありがとうございました…!」

 

通話を切り、椅子に腰かける。

今の電話で、今日の収録に関する電話は最後。

これでなんの問題もなく、翼達は次の仕事に臨める。

業界的には評判は痛手かもしれないが、少なくとも民衆にはそれは分からない。次の仕事も探してやれば十分スタートダッシュを切れるはずだ。

通話ボタンを切ったスマートフォンで、再び電話帳を開く。

したくない電話だが、しないわけにもいかないだろう。

 

「もしもし、赤羽根さん、今大丈夫ですか。」

 

「もしもし?何かあったのか?今収録打ち合わせ中の時間だろ?」

 

「今日の仕事。キャンセルしました。」

 

「はぁ!?なん…何か、あったのかい。」

 

赤羽根はこんな時でも冷静だった。

反応を隠し、重要な要素の部分だけを聞いてきた。

 

「翼がダウンしました。体調的に大事ではなさそうですが、収録に出れるような状態じゃないです。」

 

「…分かった。俺の方から代役を探して―――」

 

「いや大丈夫です。代役は立てましたし、番組の方にも連絡入れてあります。正式な謝罪は後日向かうつもりなので。」

 

「…なんで。大河くん…どうしてッ…!」

 

「すんません。他に連絡するところがあるので、切ります。」

 

ブチッ。

返答を待たずに、俺は通話を切る。

続きは、聞きたくなかった。

切った途端に再び電話がかかってくる。

繋がっていた電話が切れたから、また別の電話がつながったのだろう。

 

「もしもし、静香か?」

 

「ちょっと大河!どこに行ってるのよ!さっきのLINEは何!?今日の仕事はキャンセルになったって…ちゃんと説明して!」

 

「今は翼の家にいる。」

 

「翼に…何かあったの?」

 

「倒れた。熱もあるし、体もふらついてる。症状は重くなさそうだが、暫くは安静にしてないと。」

 

「…そう。分かったわ。未来には私から説明する。私も行った方がいい?」

 

「いや、翼の家族には連絡が着いた。仕事を切り上げて帰ってきてくれるみたいだ。それまではここに残る。家族に引き継いだら、俺も事務所に戻るよ。」

 

「分かった。でも、絶対に謝らないでよ。」

 

「…なんでだよ。俺の、せいだろ。翼の体調に気づけなかった、俺の。」

 

「違うわよ。悪いのは翼。自分の体調管理をしなかった、私や大河に相談しなかった、翼が悪い。…なんて言われても、どうせ大河は納得しないわよね。じゃあ、翼が治ったら、大河と翼は、二人で私達に頭を下げて、ご飯でも奢ってよ。それで、私達はこれまでと一緒。一緒に、スタートラインから走り出しましょう。」

 

「…いつも、ありがとな。」

 

「ううん。これは私なりの恩返しだから。じゃあ、翼のこと頼んだわよ。」

 

切る前にそんなことを言われ、静香との通話は終わった。

頼まれた、とは言えなかった。

隣に伏せる翼を目にして、そんなことは口が裂けても言えなかった。

 

事情説明は終わった。

後は翼の家族を待って、引き継いで、それで終わり。

そう怖いことなんてない。翼はただの風邪かなんかで、数日安静にしていれば治るもので、また3人揃って、ストロベリーポップムーンはリスタートできる。

次の仕事は、確保出来ている。

 

でも、どうしても。

不安が、拭えない。

 

 

 

 

 

 

 

思えば、前兆はあった。

翼から来たLINEは、あまり落ち込んでいる様子を見せなかった。謝罪の言葉は貰ったが、そう落胆している様子は無かった。

きっと、伊吹翼にとっては、失敗のうちに入らない、まだスタートダッシュは切れるという想いなのだろう。天才の彼女には。

―――って、考えることを放棄した。

 

思えば、前兆はあった。

大河の態度は、あまりにも平然としていた。それが取り繕ったものなのかは私には分からなかったが、この仕事に賭けていたのは大河も同じだと思っていた。きっと、色々対策してくれているから問題に感じていないのだろう。

―――って、信頼って言う言葉で切り捨てた。

 

思えば、前兆はあった。

赤羽根の挙動は、あれから確実におかしかった。失敗した大河や自分たちに声をかけるわけでもなく、だが釈然としないことがあるかのようにこちらを見ている。きっと、心配しているが、大河の成長のために言葉にして激励することはしないようにしているのだろう。

―――って、分かった気になって自分を納得させた。

 

私だけだった。気付けるのは、治せるのは、繋ぎ止めるのは、きっと私にしかできないことだった。

でも、私には何も出来ていなかった。

 

最上静香は、何も分かっていなかった。

北条大河の、愚かさなんて。

 

 



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イカロスの翼

 

 

 

「ご心配お掛けしましたー!伊吹翼、復活でーす!」

 

扉を強く開け放って翼が事務所に現れたのは、彼女が倒れてから二日後の事だった。

 

「翼…!良かった、私も未来も心配してたのよ。体調はもう平気なの?」

 

「完璧!これで次までの収録に、もっと仕上げられるから!足引っ張らないように!」

 

「…収録、って?」

 

「あれ?大河から聞いてないの?私達のテレビデビュー!」

 

テレビ、デビュー?

それはこの前、辞退したことになったあの新人特集の話であろうか?

いや、それともまた大河がどこかからテレビの仕事を取ってきたということか?

きっと後者だ。だって、そうでないなら―――

 

「何騒いでんだ。…翼。治ったのか。」

 

「うん!大河もありがとう!私あのままだったら治るのにだいぶ時間かかってたみたいだから、収録の振替間に合わなかったかも!大河のおかげ!」

 

「ああ…そういや、まだその辺対処してなかったな。…テレビの仕事はなくなった。代打を頼んで、もう収録は終わったよ。」

 

「え…?」

 

途端、翼の表情が固まる。

未来と静香の方からも、息を飲む音が聞こえてきた。

 

「でも…でも大河は延期だって!延びたから、大丈夫だって…!」

 

「そうでも言わなきゃ、お前は止めても行くつもりだっただろうが。アイドルなんだ。体調に気を使え。」

 

「…なら!今から番組担当の人に掛け合ってくる!その人の連絡先教えて!」

 

「ダメだ。それにもう撮影は終わってる。今更どうしようもない事だ。」

 

こちらに伸ばした翼の手を払うと、彼女はその場にへたり込む。

なんでこんな反応をする。仕事が一回ポシャっただけだ。カバーなんて簡単だし、落ち込むような事じゃ――

 

「…しん、じてたのに。」

 

「あ?なんて?」

 

「私、プロデューサーさんのこと、信じてたのにッ!」

 

翼は、開け放った扉から出ていった。

虚をつかれた俺達は、それを追うことも出来なかった。

初めに動きだしたのは、未来だった。

 

「大河君…。今の話、どういうこと?翼、まるで何も聞かされてなかったみたいに…!」

 

「何も聞かせてなかったんだ。そりゃそう見える。」

 

「なんで…!なんで何にも教えてあげなかったの!?翼、可哀想だよ!」

 

「教えてどうなるもんでもないだろ。倒れてるアイツに向かって、お前のせいで仕事はパーって言ってやればよかったのか?」

 

「違うよ…!なんで、こんな、私でもッ分かるのに…!」

 

少女は心の内を吐き出すように叫ぼうとして、止めた。

きっとそれを言えば、大河を傷つけると分かっているから。

 

「…私は、私は大河君が私達のために頑張ってるって知ってるし…悪い事をしたなんて、口が裂けても言えない…。でも、でもッ!…こんなの、こんなの!あんまりだよ!」

 

翼の後を追うように、未来は言葉を残して閉まりかけた扉を押しやって、走っていってしまう。

何も分からない。何でも分かっていたと思い込んでいたアイドル達の言動が、何も分からない。

 

「未来!…大河、私は大河ともう一年以上一緒にいて、心を許してもらえてると思ってる。でも、それでもッ!何にも分かんないまま、言われたって分からないよ…!分からないまま押し付けられたって、辛いだけだよッ!大河のこと、全部は理解出来てない…。だから全部言われないと、伝えてくれなきゃ分からないの!私達は大河みたいに…全部は分からないから…!」

 

ごめん、とだけ残して、静香は扉から走り去っていった。

そして、俺だけが事務所に残った。

何が起きたか分からなくて、静香の吐き捨てた言葉が反芻して、そしてようやく、俺は理解した。

自分自身の、愚かさに。

 

(俺か。俺が、やらかしたのか…。)

 

俺は背中からソファに身を投げる。

 

ツケが、回ってきたのだろう。

姉一人をたった一回プロデュースしただけで、なんでも出来るって信じてた。

精々中学生くらいの、普通の女の子なんだ。不治の病なんかなくて、何にも悩みなんてなくて、それで…アイドルのために命なんて賭けられるわけが無いと、そう思っていた。

 

ようやく、理解した。俺と、みんなとの、認識の齟齬。

 

俺は、結局のところ、765のアイドル達を通して、北条加蓮をプロデュースしているのだ。

なにも言わずとも、伝わってくれる。加蓮なら、理解してくれる。彼女自身が体のことを一番に理解しているから、言わなくても分かるって、そう驕って、このザマだ。

 

「これが、俺の末路か…。」

 

「アンタ、何もしないつもり?」

 

首をあげると、そこには伊織と赤羽根プロデューサーがいた。

3人が開けっ放しにした扉から、仁王立ちになるようにして。

 

「俺には、追いかける資格なんてねぇよ。俺は主人公なんて柄じゃない。俺は、誰も見えてなかった。アイドルの気持ちが分かんないやつには、プロデューサーをやる資格はないんだ。赤羽根さんが行ったほうかいい。そしたらきっと、全部丸く収まる。」

 

俺は地面を見つめ、二人から目を逸らす。

でも、胸ぐらを掴まれて、強制的に目を合わさせられた。

 

「資格資格って…アンタいい加減にしなさいよ!?資格があるとかないとかじゃないの!あの子達はアイドルで、今迷っていて、そしてアンタがプロデューサー!それだけじゃない!なんでそんなに単純なことが分からないのよ!」

 

「分かってんだよッ!」

 

「ッ…。」

 

「どうして欲しいのかなんて分かってる!資格なんていらないって分かってる!それが北条加蓮(・・・・)ならな!生き甲斐にして、逃げ道なんてなくて、そのためだけに生きてる奴なら俺はなんでもしてやれる!命を賭けてる奴になら俺は命を賭けられる!それだけの価値があるって、俺は知ってる、理解してる、信じてる!…でも、これからがあって、それ以外があってッ!たかがそれだけの女の子に、お前の人生は今から破滅するけどそれで良いですかって、そう聞けば良かったのか!?アイドルを、諦めることになるかもしんねぇんだぞ…!人の体は脆い、少し間違えれば怪我をして、病気になって、夢を追うことを諦めなきゃいけない!ボタンの掛け違いで、命を落とすことだって有り得るんだぞ…!ただの風邪だって適当抜かして、崖から突き落とせばよかったって言うのかよ!」

 

「そうじゃない…そうじゃないわよ!やっぱりアンタ、全ッ然分かってない!何が『分かってる』よ!何にも分かってないじゃない!未来も、静香も翼も!この中の誰一人だって、アンタに答えなんて求めてなんかないのよ!年齢もさして変わらないくせして、大人ぶってんじゃないわよ!」

 

「答えをもたらすのがプロデューサーだろうが!」

 

「違うわよッ!答えに導くのがプロデューサー!アンタはあの子達を、産まれたばかりの小鹿か何かだと思ってるの!?そんなことない!アイドルになる覚悟がたとえアンタのお姉さんに劣っていたとしても!あの子達はちゃんと歩いて行ける!道を間違えても、きちんと進んでいける!でも、まだあの子達は羽ばたいたばかり!だからアンタが必要なのよ!ゴールにいて誘導してくれる誰かじゃなくて!隣に立って、一緒に迷って、歩んでくれる、アンタが!」

 

「…だったら尚更!赤羽根さんが行ったほうが良いだろうが!アイドルと一緒に歩くことの出来る、赤羽根さんが…!」

 

「それは違うよ、大河君。」

 

「違わねぇ!」

 

「違うんだよ。確かに俺は君とは年季もキャリアも違う。正直に言えば俺が行けば多分解決するだろうね。それを否定はしない。それを否定してしまえば、俺がこれまで一緒に歩んできた765プロダクションのアイドルに失礼だから、そこは偽らない。」

 

「だったら!」

 

「でも!…それじゃ何にも成長しない、進んでいけないんだ!俺が何かを彼女達に告げて、そうして彼女達が立ち上がれたとしても、彼女達が成長したとは言えないんだ。だって、それは逃げているだけだ。大河君、君から逃げているだけなんだ。俺がプロデュースしてきたアイドルは、臆病な子もいた。悩んでいる子もいた。迷ってる子もいた。全てを諦めかけた子もいた。全てを背負いこもうとする子もいた。…でもッ!誰一人として、彼女達は逃げたりなんかしなかった、最後には俺の隣まで追いついて、追い越して、俺にアイドルとしての彼女達の姿を見せてくれた!逃げたらダメなんだ、逃げたら終わりなんだよ、北条大河!」

 

「でも…俺は、アイツらを裏切った…。裏切って騙して、アイツらの信用を失った。俺なんかが行ったところで…。」

 

「本当に、臆病者なのね、アンタ。とっくに分かってるんでしよ?アンタがプロデュースしてきた子って、全力で、本気でアンタが向かっていくのを、無下にする子達だったわけ?…背中を押してあげなきゃ、前を向くことすらできないなんて、やっぱりアンタ、半人前よ。」

 

「んなこと、とっくに分かってるよ。自分が、どんなレベルかってことくらい。」

 

「でも、だからこそ、半人前のあの子たちにはピッタリなのよ。自分と似た、近しい存在が。あの子たちにとって、いちばん身近で、頼もしい。だから…行ってこい!」

 

伊織の強烈な張り手が、背中に叩きつけられる。

痛みを伴うその激励は、自信の籠った強い衝撃だった。

 

 

 

 

 

「いっつも思うんだけど、アンタ、後輩に甘すぎじゃない?こんな仕事を他所に回す真似、一発解雇が当然の所業よ。報告も連絡も相談も怠って、結局こうなって。アンタの頼みだから激励くらいはしてやったけど、大河の言う通りよ。アンタが行って、大河はクビ。それが一番の選択肢だったわ。そもそも、あの日大河から相談があればこんな結果になってない。」

 

「…それは、どうだろうね。実際問題、ウチから出せる新人ユニットは、未来達か、志保達だけで、志保達はユニット曲も持っていないような状態だ。結果としては大河君の顔の広さに救われた形になってしまったかもね。大河君が今回したことは良いことではないけど、番組側から見れば『仕事に穴を開けたプロデューサー』から『広い関係性を持つやりやすい相手』になった訳だしね。」

 

「何それ。アンタ、アイツの行動が正しかったっていうの?せめて一言連絡はするべきでしょ。何をするにも許可を取るべきだった。それは変わらないわ。」

 

「…それに関しては、俺の責任かな。」

 

「はぁ?教育不行き届きとでも言うつもり?」

 

「違うよ。大河君に信頼して貰えなかった、俺が悪いかもってことさ。彼がプロデューサーという職業を嫌悪している以上に、俺は彼の理解者になるべきだったんだ。それが、今回の原因で、だから手助けしてあげたかった。」

 

「アンタが信頼されてたらどうだっていうのよ。アイツ、どうせ1人で背負い込むタイプよ。どうせ無駄ね。」

 

「そうでもないさ。大河君が1人で背負い込むのは、1人で背負い込まないといけないからで。…分かってたんだろうね、お姉さんの時みたいになるって。俺や社長に話を通せば、静香と未来、2人で出ろ(・・・・・)って言われるって。」

 

「…新人特集だから、だれもユニットの内容なんて知らない。3人が2人になっても、変わらない、ってこと?何それ。アンタも、社長も、そんなこと言うわけが―――」

 

「伊織が大河君の立場だったら、ないって、言い切れる?現に346プロダクションのお偉いさんの一部はそういうことをしようとしていたし、大河君が俺達をそこまで信用しているかと言えば、きっとそんなことは無い。彼は次のあの三人の為に。三人一緒に、きちんと1から進めるように。番組に穴を開けたユニットじゃなくて、まっさらな状態で次に挑めるようにした。自分の信頼や、信用さえ犠牲にして。」

 

「それで、どうなるってのよ。アイドルを裏切ったのよ。それでどうやってプロデューサーに戻るつもりだったって言うわけ?」

 

「それも、大河君の中ではきっと計算の内だよ。翼にその日言えなかったからって、連絡できなかったわけがない。ここまで引っ張って、あまつさえ俺に後処理を任せようとしたんだ。失敗した時のアフターケアまで、つくづく自分を勘定に入れない。いっそ清々しいね。」

 

その苦虫を噛み潰したような表情を見て、一つの可能性が伊織の中に浮上する。

まるで普通の人が思い浮かぶような策ではない、むしろ思考することさえ馬鹿げているような策。

 

「本気…?最初から自分がプロデューサーから外れるつもりだったってこと?自分を悪役にして、アンタを正義の味方にして、それで…?」

 

「凄いよね。失敗する気がさらさらなかったのか、失敗しても良いとさえ思っていたのか。でも、何にせよ、大河君は本気でアイドルのことを考えている。」

 

「何それ。バッカじゃないの!本気で、本気で自分が身を引いてでもあの子達の為になろうとしたなら、とんだ大馬鹿よ!…そんなことされて、あの子達が成功したって、喜ぶわけ、ないじゃない…!」

 

少女の目には、涙が浮かぶ。

信頼を拒絶されること。それ以上に怖いことが、少女達にあるだろうか。

 

「…こんなことに付き合わせて悪かった、伊織。でも、俺は大河君に諦めて欲しくない。こんな事で躓く子じゃない。こんな所で、悪役で終わるような、単純な人間じゃないよ、大河君は。」

 

 

 

 

 

 

 

「未来。」

 

静香がそこに追いついた時、未来は体育座りをして泣いていた。

きっと、自分が翼みたいにされたら、本当のことを教えてもらえていなかったら、なんて考えて、泣いているのだろう。

それは、信頼されていない証。裏切られた証。

 

「静香ちゃん…。大河君は、きっと正しいと思うけど…私は、やだよ。本当のことも教えてくれない信頼関係なんて、やだ。」

 

「未来は間違ってないわ。大河が選んだ道は、きっと正しくない。大河はきっと、こうなることが分かってたから。大河だもの。言動では理解してないつもりでも、絶対分かって、こうした。それで自分を嫌いになってくれれば、悪者は自分になるから。北条大河という悪役を恨んで、ストロベリーポップムーンを成功させようとした。体調を崩した翼も、その翼のことを気付けなかった私達も被害者で、大河が加害者。」

 

「ちがう…!そんなの違うよ…!大河君は、悪くない…!」

 

「悪くないことは無いと思うけどね。でも、そう思ってくれるなら、大河のこと、許してあげて欲しいの。大河は馬鹿だし、全部一人でやってしまうけれど、大河はそれでも私達に傷ついて欲しくないんだと思う。私も詳しくは知らないけど、多分病気とか、怪我とか、そういうどうしようもないものに絶望をさせられてきてるから。きっと、私達にそんな思いさせたくないのよ。こんな思いするのは、自分だけで十分って思ってるんでしょうね。」

 

「許すとか、そういうのじゃないよ。…隠し事、しないで欲しい。ちゃんと全部、言って欲しい。私、あんまりそういうの気付けないから…全部伝えて欲しい!」

 

「よく言えた。それじゃあ、行きましょ、未来。伝えて欲しいなら、私達もちゃんと伝えなきゃ。想いを、ちゃんと言葉にして。」

 

静香は未来の手を引いて、立ち上がらせた。 人に救われてきた少女の一歩目にしては、随分と上等な、そんな一歩目だっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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泣き空、のち

 

 

「翼!」

 

事務所近くの河川敷。

その坂部分に、翼は腰掛けて蹲っていた。

雨がまだ降る曇天の中、少女は腕を抱えて、座り込んでいた。

俺の叫び声に、翼は顔を上げる。

 

「来ないで!」

 

「嫌だ!」

 

俺は、立って逃げようとする翼の腕を掴む。

 

「離して!大河となんか話すことは無い!」

 

「俺にはある!俺の話を聞いてもらえなきゃ、俺は諦めらんねぇ!信じてくれなくてもいい、だから…!俺の話を、聞いてくれ…!」

 

俺の叫びに、しかし彼女の抵抗は無くなっていた。

翼が、目を見開いて、驚いている。

視界が、歪む。

これは、多分、雨じゃない。

 

(ああ…俺、泣いてんのか…。)

 

正直言って、この先は話したくない。

この先は、不幸な少女が不幸になるだけの話だ。

でも、話さなきゃいけない、そうでなければ、俺も、翼も、きっと前には進めない。

 

「北条加蓮ってアイドル、知ってるか。」

 

「…体調を崩して、今は活動停止中の346プロのアイドルでしょ。…知ってる。」

 

「それは間違いだ。体調は崩れてない。原因は怪我だ。…右足をやって、手術をしなきゃ二度と立ち上がることは出来ない。でも持病で、手術に耐えられるかも分からない。手術をしたところで、リハビリをしたところで、もうアイドルとして舞台に経つことすら出来ないかもしれない。活動停止中…って銘打ってはいるけど、実質引退みたいなもんだ。…北条加蓮。」

 

 

 

「俺の、姉貴の話だよ。」

 

俺の目尻から、頬を伝って、雫が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「アイツは、俺の姉貴が怪我をするのは、初めてじゃないんだ。」

 

「丁度、3年前くらいかな。アイツがアイドル目指すって練習初めて、1年そこらの時期だった。」

 

「レッスン中に足が絡まってステージから落ちかけた仲間を助けるために、自分が落ちたんだ。アイツ、病弱で、小学校の間はまともに運動もしたことなくて、そんな鈍臭い奴が助けに行ったって、何にもならないだろ、ってみんな思ってた。」

 

「実際、それはそうで、アイツはステージから落ちて、後頭部で着地した。直ぐに救急車が呼ばれて、手術になった。」

 

「手術は成功した。でも、医者は暫くは安静にって言ってた。」

 

「打ったのが頭だからな。何があるか分からなかった。でも、アイツは…。いや、俺は馬鹿だから、そんな事考えてもみなかった。」

 

「手術が成功したんだからきっと大丈夫なんだろうって、アイツが練習を再開したのを止めることはなかった。」

 

「そんでまた、アイツは倒れた。」

 

「そんときに、俺は横にいた。なんなら練習を手伝ってくれって、アイツに言われてたからな。倒れたアイツを揺すったり声をかけてみたりして、倒れたっていっても体調不良かなんかだろうって思って、緊急事態だと思ってなかったんだろうな。アイツが救急車で運ばれたのは、俺がアイツの名前を呼び続けてるのを不審に思ったお袋が119してから5分後だった。」

 

「医者は言ってたよ。後数分遅れたら間違いなく死んでたって。」

 

「怖かったよ。俺が呑気に考えてる間にも、アイツら死に向かって進んでいたなんて。救えるのは俺だけだった。後一歩で死ぬところだった。後遺症も残らずに復調したのは奇跡だった。」

 

「…無茶、しないでくれ。止まれって言ったら止まってくれ。一時の成功のために命を賭けないでくれ。それは、輝き続けるべきお前らがやる事じゃない。」

 

「怖いんだよ。俺は。お前らが夢のてっぺんで栄光を掴めないことより、夢の途中で果ててしまうことが一番怖い。…死なないでくれ。死んだら、終わりだ。お前らの死は、他の奴らより身近にあるんだ。足が動かなくなった、手が動かなくなった。体が思い通りに動かない。今までみたいに笑えない。傷が残った。激しい運動ができない。他の奴らなら辛くて苦しくて、でも精一杯生きていこうって頑張れるものでも、お前らはそれだけで夢を奪われるんだ。」

 

「お前らのステージは、俺が用意する。お前らが万全なら、お前らにはいつだって最高の舞台を用意してやる。お前らには『次』がある。…裏切って悪かった。信じてやれなくて悪かった。お前らのこと、信じるよ。お前らが自分のこと大切にするって信じる。絶対成功するって信じる。だから、俺の事も信じてくれないか。過保護でビビりだけど、俺はお前らをトップアイドルにする。世界で輝けるアイドルにする。それまでずっと、俺は居るから。」

 

 

 

 

 

 

 

「私、別に大河に嘘つかれたことが辛かったわけじゃないの。」

 

「まあ、それも嫌だったけど、それ以上に私は、未来と静香に迷惑をかけたことが、耐えられなかった。」

 

「私ってさ、すっごーく優秀でしょ?だから、私はいつでも1等賞だった。」

 

「かけっこでも、勉強でも、ゲームだって、なんだって一番になって、一番最初にたどりついて…でもだからいつも、一人だった。」

 

「私がゴールに辿り着いてから、私のところに誰が来ることなんてなかった。」

 

「ハハ、当たり前だよね。だって、私の後を付いていくことは辛いことで、付いてきてもそこに私はもういないんだから。」

 

「だから私、嬉しかったんだ。未来と、静香。二人が、必死に私に追いつこうと頑張ってる。二人が伸ばした手は、もうすぐそこまで来ていて、気を抜けるような暇なんてなかった。才能にかまけて、弛んでいる暇なんてなかった。」

 

「でも、追いつかれたくはなかった。だから必死になって練習した。いつもはそんなことしないのに、二人に置いてかれたくないって。二人の横に立ちたいって。」

 

「練習って、あんなに大変なんだね。私、知らなかった。それで、柄にもないことをして…体調を崩した。私は、二人の努力を無駄にしたくなかった。あんなに辛いことをずっと続けてきた二人が、私のせいで立ち止まるなんて許せなかった。それだけは、私のプライドが許さなかった。その時私は気づいたの。私は、二人をライバルとしてみていた。初めてで、嬉しかったんだ。」

 

「今までみんな諦めて、誰も私に追いつこうなんて思っていなかったから。私が居なくても、思いっきり進んで欲しかった!だって、私と一緒に走ってくれたのは、二人しかいなかったから…!私が二人を立ち止まらせて、二人が走れなくなっちゃうのも、二人が他の方に走っていくのも嫌だった!それだったら…私を置いて走り去ってくれた方がまだマシだった!…それだったら、またいつか一緒に走れるかも、しれないから…!」

 

そこで、少女の独白は終わった。

まだ小雨の降り続く、陰った雲間の下で、少女は語った。

少女はもう、下を見ていた。

俯く少女をきっと、北条大河は救えない。

 

でも、後ろから、傘が差された。

誰もいなかった少女の周りには、もう孤独なんてなかった。

 

「バカね、翼。」

 

「静香ちゃん…?未来…?なんで、ここに。」

 

息を切らした二人の少女が、彼女の目線を上げさせた。

 

「バカ、ホントにバカなんだから…!私だってきっと、一人ならここまで来られなかったわ。翼がいて、未来がいて、他の765プロのみんながいて。だから絶対に追いついてやろうって思えて、頑張れたの。だから…翼がいなきゃダメ。」

 

「私は、アイドルのこととか、ライバルがどうとか、よく分かんないけど…それでも、翼と一緒に走りたいッ!色々言われても分かんないけど、私はとにかく、翼と一緒がいいの!」

 

『翼がいなきゃダメ。』

『一緒がいい。』

 

 

それは、ずっと独りぼっちだった少女には、重くて、暖かくて、そして何より嬉しい言葉だった。

最初は、翼だった。感情が決壊して、泣きながら2人を抱きしめた。

次は未来で、我慢していた静香も耐えきれなかった。

持ってきていた傘のことなどすっかり忘れて、それを投げ捨てて、結局3人は互いを抱き合って、延々と泣き続けた。

 

雲が晴れて、光が指して、彼女達を照らした。

 

 

 

 

 

 

 

「大河君。君には、ストロベリーポップムーンの担当プロデューサーから外れてもらう。」

 

事務所に戻った俺達を迎えたのは、社長の無慈悲な宣告だった。

…覚悟はしていたが、実際打ち付けられると、少し、辛かった。

 

「そんな…!社長!今回のことは、私が悪くて、大河は―――」

 

「翼君、君の意見なんて関係ないんだ。大河君は我社に送られた仕事を他社に送ってしまった。それが問題だと言っているんだ。収録日を伸ばしてもらうことが出来なかったなら、二人だけでも出せばよかった。そうだろう?なんだったら、翼君抜きの二人でユニットを組むことだってできたはずだ。まだ発表もしていないんだからな。」

 

「でもッ!」

 

「翼。いいんだ。俺は、お前らが3人で走り出せるだけで、それだけで構わない。クビにならなかっただけありがたいもんだよ。」

 

「でもッ…大河!」

 

「引退するわけでも、クビになるわけでもない。精々ちょっと顔を出せなくなるだけだ。つーか、そんなこといいからシャワー浴びて来い。風邪、ぶり返すぞ。」

 

ここで俺は退場だ。

元より描いていた二つ目のプランに漕ぎ着けたんだから、これ程のことはないだろう。

なのに、どうして。

 

俺は扉を閉め、階段を下って、ビルから出る。

 

「こんなに、悔しいんだろうな。…アイツらの輝く姿が、見れねえのは。」

 

北条大河、ストロベリーポップムーンのプロデューサーを解任、及び二週間の謹慎。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソォッ!」

 

社長の握り拳が、社長室の壁に叩きつけられる。

それでも壁に一切の傷はなく、社長の手から少しの血が流れた。

 

「やめてください社長!なんでこんなことを…!」

 

「私は、また大河君から奪ってしまった!彼の大切なものを、大切な居場所を、また奪ってしまった!彼に、協力すると決めたのに…!」

 

「…だったら、処分を下さなければ良かったのでは。確かに彼のしたことを見逃す訳にもいきませんが、社長が認めれば765プロのみんなだって…。」

 

「そういうわけにも、いかんさ…。今回の事が漏れれば、うちの事務所は『他事務所に仕事を渡すことを認めている』事務所になってしまう。よその事務所が妙なやり方で仕事を奪いに来るかもしれん。大河君に処分を下さなければ示しがつかない。…そういう意味では、クビにするのが一番なんだがな…。」

 

「それは社長でも認めません。俺も、多分アイドルたちも、全力で抗議すると思いますよ。」

 

「分かっているさ。彼のような人材を手放す訳にはいかないし、アイドルからあんなに好かれているプロデューサーもそうはいない。君を除いて、だがな。」

 

「それは…どうでしょうね。確かに俺はアイドル達との絆を深めて来れたと思ってますけど、あくまでそれはアイドルとプロデューサーとして。…俺には、最近の彼女達は、まるで友達のようだと思うんです。みんな砕けた話し方で、遠慮もなくて、事務所なんて関係なくて、いつも笑ってる。大きな友達の集団。彼は、そうなるように動いてるって、最近思うんですよ。彼の望む世界を作るために。…俺は協力しますよ。正直、大河君の最終的な目的はよく分からないけど、きっとそれは幸せな世界です。」

 

「私とて、そんなことはわかっているさ。でも、それだけで立ち回れる時は終わってしまった。正直、君が羨ましいよ。君のように、自由に歩んでいける存在が。」

 

「変わってなんか、あげませんよ。」

 

「私もさ。この重圧は、時に心地よい。アイドル達を支えられていると、実感できるからね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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いつもと違ういつもの場所

 

 

 

 

 

 

 

翌日、事務所内の雰囲気はあまり良いものとは言えなかった。

北条大河は、765プロの面々にとって、軽い存在ではない。

あるいは友達として、あるいは相談相手として、彼がいる事務所内は、当たり前のものとなっていた。

それが無くなる。当たり前が無くなる。一定期間のものと分かっていても、気落ちした感情を立て直すのはそう簡単ではない。

それは、伊吹翼にとっては尚更である。

 

「何やってんのよ、翼。こんなとこで座ってないで、レッスン始めるわよ。」

 

「静香ちゃん…?レッスンって、でも私達…。」

 

翼はその翌日にも事務所に訪れていたが、やはり大河の居ない事務所というものには寂しさを感じられずにはいられず、倉庫の近くの段差に腰かけていた。

それを、レッスン着に着替えた静香が迎えに来た。

 

「何言ってんのよ。別に仕事がなくたってレッスンくらいするわよ。未来はもうレッスン室に行ってストレッチしてるわよ。」

 

「…なんか、意外かも。静香ちゃんの方が落ち着いてるの。大河と、ずっと仲良しだったんでしょ?それがあんなことになったら、もっと動揺してるかと思ってた。」

 

「そんな事しないわよ。大河の何でも一人でなんとかする癖なんて、見飽きるほど見てきたから。どうせ、私達が何かしようとしたって、大河は一人で何とかして、大河は一人で全部背負い込む。それを一々気にしていたら、こっちの身が持たないわ。」

 

「でも…それじゃあ大河はずっと一人なの?一人で、何でも背負わされて、辛くないの…?」

 

「だからでしょ。どうせ大河は、気がついたら勝手に重荷を背負ってるんだから。私たちにできるのは、その重荷をおろしてあげる事じゃなくて、その重荷にならないために努力することと、一緒に背負えるくらい強くなること。そのために、一々落ち込んでたら追いつけないのよ。ほら。」

 

静香は、こちらに手を伸ばす。

翼はそれを掴んで、立ち上がった。

 

「静香ちゃん、なんかお姉ちゃんみたい。」

 

「年上ですから。一つしか変わらないけど、困ったことがあったら、ちゃんと言うのよ。次からは、絶対。」

 

静香はその手を引き、レッスン室の方へと歩んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

「ライブ、ですか?」

 

レッスンを始めてから数十分後。

扉を開けた赤羽根は、一枚のチラシをこちらに見せてきた。

 

「ああ。定期的765プロのアイドルを集めてライブをやっているのは知っていると思うけど、今回はそれの拡大版だと思ってもらえればいい。できる限りのアイドルは都合を合わせるし、大規模なライブにするつもりだ。そこで…君達ストロベリーポップムーンをデビューさせようと思っている。とうだ?やってみないか?」

 

「やります。やらせて、ください。」

 

「返事は上等だね。ストロベリーポップムーンにとって、大きな門出の舞台にするつもりだ。ここでどれだけのパフォーマンスを見せられるか。それが君達の明暗を分けるから、それだけのパフォーマンスを期待してるよ。」

 

「心配ありません。もう、私達はほぼ完璧な所まで来てますから。あとは仕上げるだけで、二週間も必要ありませんから。」

 

「…そこで、なんだけど、一つ話したいことがある。今回のライブ、二曲やってみないか?」

 

「…二曲っていうと、今やっているのと別にもう一つってことですか。新しく。」

 

「そうなるね。曲と振り付けは既に出来上がってる。歌詞も…明日か明後日にはできるらしい。聞いてみるかい?」

 

「「「勿論です!」」」

 

赤羽根は持っていたPCに円盤を移し、再生ボタンを押す。

PCから流れるのは、明るく、そしてどこか切ない曲。

振り付けも簡単とは言わないが、全力でやれば何とかなる、いや、なんとでもして見せると、翼は語った。

 

「やります。やって、見せます。」

 

「よし!そうしたらトレーナーを呼んでくるから、振り付けを覚えるところから始めよう!」

 

「「「はい!」」」

 

大河は今は居ないから、残された私達には進む義務がある。

一瞬だって下を向いてる暇なんて、ない。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、ストロベリーポップムーンの練習は再開した。

最初は翼の復調に合わせて、だがそれも途中からはお構い無しになり、翼は病み上がりとは見えないキレのある踊りを見せていた。

それに遅れまいとする未来と静香。間違いなく、彼女達は翼はのそれに迫っている。

 

「…翼。言いたいことがあるならハッキリ言って。それは『気遣い』じゃなくて、『遠慮』よ。」

 

「…うん。静香ちゃん、足が全然動いてない。ステップに躍動感がないよ。疲れてるなら休憩すれば?」

 

「上等ッ…!負けるか!」

 

「未来、最後の動き雑すぎ。最後だから見られてないと思った?気抜かないで。」

 

「ごめんッ!修正する…!」

 

「で、私は突っ走りすぎ。二人に合わせて調和を取る。そんなこともできないんじゃまだまだ。」

 

「ふざけないで、そのまま突っ走って。私と未来が合わせる。未来!できるでしょ!?」

 

「できる!なんとか、する!」

 

最初はそのギスギスした空気感に割って入ろうとしていた赤羽根だが、キョトンと、何をしているのかと疑問をぶつけられた。

喧嘩を止めようという腹積もりで入っていったのだが、彼女達にとってこんなものは喧嘩ではない。絶対に友情がちぎれないと分かっているからこその、強気の言い合い。それは、彼女達の技術をどんどんと向上させていった。

トレーナーが来てのレッスンも飄々とこなし、まるで疲れを感じさせず、最終的には休憩中にも踊りを続けるという徹底っぷり。

勿論そんなことをされて怪我でもされては溜まったものじゃないこちらとしてはそれを止めるが、次は休憩しながらも配置や意識の確認や共有を始め、レッスン室に入ってから一瞬たりとも気を抜いている様子は見られなかった。

これは、大河が居なくてもやってやるという意思表示なのか、あるいは元々こうだったのか、彼女達のレッスンをろくに見れていなかった赤羽根としてはどちらと断定は出来ないが、きっと後者だ。

そうでなければ、彼女達が入ってからの僅かな時間で、これほどのパフォーマンスをすることなどできない。

ダンスは言うことなし。歌唱力も三人とも十分持っている。衣装制作やセットの設営も何一つ滞りなく進んでいる。

問題があるとすれば。

 

「いい加減にしてください!いえ、赤羽根さんにそれを言うのはお門違いだと私も思いますけど、流石に限界です!最初、明後日って言いましたよね!?もう四日ですよ!まだ出来ていないんですか!?」

 

―――歌詞の方であった。

歌詞を作っている人からの連絡は一切来ておらず、こちらからの催促には生返事。

結果週末になっても何の音沙汰もないのでは、静香の怒りも分かると言えよう。

 

「静香の気持ちも分かるけど…こればっかりは俺がどうこう言って早くなるもんでもないし…。催促はしてるよ?でも流石にほんしょ…事情があって難航してるみたいだ。」

 

「難航って言われても、こちらとしても歌詞なしで歌唱練習なんて出来るわけないですし、歌詞次第ではダンスの細かい部分も変わるかもしれないじゃないですか!…分かりました、赤羽根さんから言えないなら私が直接言います!連絡先か名刺、渡してください。」

 

「いや、それもちょっと…。」

 

「でしたら!再度催促を送って、いつまでに歌詞ができるか言質を取ってください!いいですか!?」

 

「はい…。」

 

いつの間にやらこんなにも強くなり、事務所に面接に来た時とはまるで違って、赤羽根は驚かせてばかりだ。

…いや、それは未来も翼もで、未来の楽観したできるという宣言は、確信のあるものに変わっているし、翼の傲慢で自分勝手な言動も、今では自信が故の仲間に発破をかける行動に様変わりしている。

生意気で、まだ子供だが、北条大河という存在は、謹慎を喰らっていても節々に感じる。

 

(負けて、られないな…。)

 

先輩であり、同業であり、ライバルである赤羽根は、電話に手をかけた。

まずは意趣返しの為に、作詞家のケツを叩くところから始めよう。

 

 

 

 

 

 

「で、結局何してんのよ、アンタ。」

 

「そりゃあ可愛い可愛いプリンセスのために、人が食べれば7回死ぬと呼ばれる激辛ラーメンにお供させていただいているわけですが?」

 

後日。

大河は代役の謝礼として、黛冬優子を連れて近所に最近オープンしたラーメン屋に来ていた。

そこの看板メニューは、激辛ラーメン。

1辛から7辛まで選べるこの店には、未だ7辛をクリアした人間はいないということで、界隈の中では少し話題になっている店である。

 

「つーか男連れて来る店がこんな漢魂満載なトコでよかったのかよ。見ろよ周り。一人も女性客居ねぇぞ。…あ、嘘。端の方にラーメンマスターが。」

 

「いるんじゃない。ていうか、ふゆはアンタのこと男として意識してるとでも?」

 

「は?こんな男らしい男そうそういないが?」

 

「あと20cmは身長伸ばして出直して来なさい。」

 

「いいだろう。喧嘩がお望みなら表出ろよ。相手になってやるわ。」

 

「まだ気にしてんの?もう無理じゃない?前会った時から変わってる?」

 

「伸びてるわボケ!舐めんな!」

 

「何cmくらい?」

 

「…6mm。」

 

「…ふゆ、割と使ってるシークレットブーツのお店があるんだけど、紹介する?」

 

「余計なお世話だわ!気を遣われた方が傷つくんだから止めろよな!」

 

久しぶりに会う機会ではあったが、冬優子の毒舌は変わらないようで。

しょうもない掛け合いの押収もまるで3年前と何も変わらないような、そんな会話の内容だった。

 

「で?ふゆ達の収録した映像。先に見たんでしょ?どうだった?」

 

「…バレてんのかよ。」

 

目を逸らして話を逸らしても、きっと彼女は受け付けない。

仕方なく、俺は口を開くことにした。

 

「見たよ。凄かった。間違いなく、あの中でお前らが一番だった。先言っといてくれよ。ああなるならもっと下手くそなユニットに助けを求めるべきだった。」

 

「またそんな言い方して…。大河って真正面から人の事褒められないの?」

 

「つーか、デビューしたては無理があるだろお前ら。普通にトップレベルのダンスしてましたけど?」

 

「ああ、あさひ?あの子は天才よ。クソガキだけどね。」

 

「…お前もだよ。三年前はあんなガッチガチのダンスだったってのに、一丁前に上達しやがって。」

 

「それはむしろあんたのおかげでしょ。ふゆがアイドルで居られるのは、大河のおかげじゃない。プロデューサーになったって聞いた時は心臓が飛び出でるかと思ったけど、元々素質はあったのかもね。」

 

「プロデュースの才能がか?」

 

「人の背中を押してあげる才能。」

 

その言葉に、俺は返しを失った。

…そんなものがあったら、こんな失敗していない。翼の背中を押してやれなかった俺に、その言葉は責任が重すぎた。

押し黙った俺に、冬優子は大きい溜息を一つ。

 

「あーあー嫌ね。目の前に別の女がいるってのに、また他の女のことで悩んでる。浮気者は刺されるわよ。」

 

「そりゃあ、悩むよ。結局俺は信頼っていう言葉を押し付けて、なんでアイツが無理をしたかなんて、一つも分かっちゃいないんだ。理解してやれてないんだ。次、同じことがあったら、またきっと、俺は同じことを繰り返す。また、アイツらのこと苦しめる。」

 

「やっぱあんた、プロデューサーの才能ないわ。人が人の事、100パーセント理解できるとでも思ってるの?私もきっと大河のこと理解できてないし、それはあんたもそう。だから分かるために頑張って、分かるためにもがくのよ。」

 

「分かってやれなきゃ、どうしようも無いだろ。分かってやれずにそいつのためそいつのためって、そんなのただの押しつけだ。障害は取り除いてやらないと。前に走ろうとしてるアイツらに、できることはそれだけなんだから。」

 

「重いわね。あんたの愛情。あんたって、理解しないと人も助けられないの?でも、理解してなくても、救える人もいる。その証拠に、あんたの目の前にその実例はいる。…それとも、ふゆのこと100パーセント分かった気でいた?ふゆを救った時、あんたは決めつけて救わなかった?ふゆが、あんたのお姉さんを怪我させて、引退を考えたって。」

 

黛冬優子。

俺が救った、救えたらしい、女の子。

レッスン生の合同レッスンで、加蓮と一緒になり、加蓮が身代わりになって助けられた女の子。

そして、その一件を苦に、アイドルを辞めようとした、速水奏と同じ境遇の女の子。

加蓮を苦しめた元凶で、加蓮が助けてあげてと俺に頼んだ初めての女の子。

 

「違ったのか…?加蓮を怪我させて、それを気に病んで…。」

 

俺は彼女に叫んだ。

辞めるなと。諦めるなと。お前がそこで諦めたら、救った加蓮はなんのために怪我したのだと。

滅茶苦茶だった。手を差し伸べるには、歪すぎる姿だった。

だが、まるで呪いのような言葉で、彼女は再びレッスン生に戻った。周りからの視線は酷いものであったけれど、ライバルに助けられ、その恩義さえ忘れてステップアップしたろくでなしと冷たく罵られても、彼女は曲がらなかった。

その下手くそだったダンスを拍手が生まれるようなレベルまで仕上げて、彼女はユニットとしてデビューした。

 

「あんたがいきなり訪ねてきた時、それで急に語り出した時、ふゆは意味が分からなかった。大河の言ったことなんて、ふゆは全部分かってたから。わざわざ分かってる事を言われても、ふゆの考えがどうこうなるわけでもなかった。…私が本当に辛かったのは、大河のお姉さんが怪我をして、それを喜ばなきゃダメなんだって思ったこと。私を庇ってくれたんだから多分、私はそんなことしちゃダメなんだろうけど、でも、誰かの夢が潰えるのは、見てられなかった。私は大河のお姉さんに感謝をして、それで復帰できるように祈れても、他のアイドルにはそうしてあげられない。だって、アイドルって人気商売じゃない?私が輝けば輝くほど、見えないところで誰かが夢を諦めるのよ。その人の立場になって考えたら、続けていく自信がなくなった。その時よ。あんたが来たのは。」

 

店主からラーメンを渡され、割り箸を割って、 平然とそれを食べ始める冬優子。

まるで、過去の思い出話かのような。大した話をしているわけではなさそうな、そんな日常感であった。

 

「なんかごちゃごちゃ言ってるなとか、そんなの分かってるとか、好き勝手やるやつだなって、そんな所かしらね。あんたの第一印象は。」

 

辛いわね、なんてボヤきながら、麺を冷ましながら啜る冬優子。

ラーメンが届いても箸さえ手に取れない俺を横目に、彼女は話を進める。

 

「でも、私は、ふゆは。あんたのその好き勝手さを勝手に汲み取って。好き勝手やろうって思えたのよ。アイドルを諦めた誰かは、きっとふゆが頑張った地獄に耐えられなかっただけ。辛い現実に向き合えなかっただけ。ふゆは、そうならない。だからその人の身になって考えるだけ無駄って。そう思えるようになれたの。」

 

「…。」

 

「あんたが誰かを救うことに固執してるのはよく分かったわよ。でも、理解していなくても、支離滅裂なことを言っていても、励まそうとしていなくたって、人は勝手に助かることだってあるのよ。目の前で自分のことを救おうとしてる奴がいるのよ。それだけで、元気になれるじゃない。自分は必要な人間だって。誰かに想われる人間なんだって。それだけで、幸せなのよ。」

 

「そんな…もんか?」

 

「そんなもんよ。それでもあんたが我慢ならないなら、直接聞きなさい。何で悩んでるか、悩んでいたか。理解できないことを考察してどうすんのよ。あんたが信頼に足る人間なら、ちゃんと話してくれる。あんたみたいな誰にでも救いの手を差し伸べる人間なら、みんな信じてくれる。きっとね。」

 

「なんか…悪いな。貸しを返しにしたのに、結局またお前に救われてる。」

 

「これてまた貸しね。一生貸しを作り続けて、ふゆで縛ってやるわ。怖いわよ?私。」

 

「じゃ、毎回悩みを持ってきてやるよ。貸し作りやすいようにな。」

 

「あんたは悩むのが仕事みたいなもんだし、それでいいんじゃない?悩み続けるのが、あんた達の在り方なんだから。…麺、伸びるわよ。」

 

ようやく手を付けたラーメンは、スープを吸って伸びていて、でもしっかりと辛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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君との明日を願うから

 

 

 

「歌詞、できたって。はいこれ。」

 

静香がそれを赤羽根から手渡されたのは、週も開け、月曜日になってからの事だった。

 

「赤羽根さん。本気で言ってます?今週の日曜日はもうライブなんですけど。」

 

「それは、できないってこと?」

 

「…なんか大河みたいになってきましたね、脅し方。何とかしますけど、それと歌詞が遅れたことについては話が別です。私達ができるかできないかに関わらず、ちゃんと追求しますからね。」

 

「容赦ないなぁ…。一応、歌ってもらった音源がある。後で君達のスマートフォンにも入れるから、よく聞いておいてね。」

 

赤羽根から手渡された4枚のCD。三人それぞれのパートと三人分のものが1枚のそのCDには、白い部分にそれぞれ『春日(北上)』『最上(如月)』『伊吹(ジュリア)』と書かれたそれは、自分達の名前が書かれているのが自分達のそれぞれのパートだということは理解できたが、その後に書かれた括弧の中身が意味不明だった。

 

「赤羽根さん…これ…。」

 

「ああ。音源がないと覚えにくいと思って、レコーディングしてもらったんだよ。その三人だから音程のミスとかはないと思うけど、もしあったら言ってね。」

 

「いやそうじゃなくて!音源を貰えるのはありがたいですけど!なんでこんな豪華メンバーなんですか!?765プロで言えば五本の指には入るメンバーじゃないですか!」

 

「なんでってそりゃあ…。あー、まあ色々あってね。彼女達が自分から志願したんだよ。じゃあ、早速だけど聞くか。」

 

「なにか誤魔化しましたね?…まあいいですけど、聞くのは少し待ってください。歌詞が出来たら、三人で聞こうって約束してるんです。」

 

「そう。じゃあ俺は先に準備しておくよ。」

 

それから待つこと数分。未来と翼が事務所に現れ、歌詞ができたことを伝えた。

三人がイヤホンを付け、赤羽根が再生ボタンを押す。

 

流れ出した曲は、散々聞いた曲。

歌詞がなくてもテンポ感だけでも掴むべく散々聞いたそれを、明るい希望を見せる歌詞が彩った。

 

「いい歌…!凄いね!こんな歌、ステージで歌えるんだね!」

 

「この感じの歌詞なら、もうちょっとダンスは弾ける感じにアレンジした方がいいかも!」

 

「うん…たしかにいい歌詞。こんなに遅れてダメダメでも困るけど、これならライブ、成功させられそう!」

 

三人はそれぞれの反応を示したが、そこに否定的な反応はなかった。

それだけいい物になっていた。元々、音源はいい物であったが、歌詞がそれを輝かせていた。

まるで今の自分達にピッタリな、そんな歌詞だった。

 

「よし!あと一週間!完璧に仕上げるだけだ!頑張ろう!」

 

赤羽根の宣言を受けて、少女達は動き出した。

 

「それで、この曲、なんて曲なんですか?」

 

「え?あー…まだ決まってないみたい。」

 

「は?」

 

かっこよく宣言した赤羽根は、その余韻に浸れることなく、再び静香に激怒されることになるのであった。

 

 

 

それから。

彼女達三人は、より一層レッスンに励んだ。

特に歌詞が無かったぶん歌唱の仕上げが遅れたことについては冷や汗ものだったが、最終的には先輩達にレッスンを頼み込むことさえして乗り切った。

音程やリズムなどはそれで合格点レベルまで上達し、乗せる想いは歌詞がまるで彼女達に向けて作られた様なものであるために十二分と言えた。

体調管理も万全。誰一人として欠けることなく、ライブ会場の控え室で準備を進めている。

彼女達の出番は後半。前半はいつも通りのライブをし、後半にサプライズとして自分達がステージに立つ。

ライブは既に開始しようとしており、静香達も準備万端で、衣装に身を包んで後はステージに立つだけだ。

しかし、彼女達の表情は優れない。

何故なら。

 

「結局、この曲のタイトルってなんなんですか〜?もうライブ始まりますよ〜?」

 

曲のタイトルが、未だ送られてきていないからであった。

曲のタイトルと言っても、曲自体はできていて、モニターに出すことも無く、ただ静香達がタイトルコールとして発表するだけのものではあるが、ないと困るのは確かである。

今来ればよし、本番までに来ないと詰み。そういうものであった。

 

「ホントに…!危機感のない作詞家!こんなんじゃ、作る歌詞がどんなに良くても仕事回ってこないわよ!リアルで会ったらぶっ飛ばしたいくらいだわ!」

 

「わー…。静香ちゃん激おこだねー。」

 

「怒りたくもなるでしょ!本来、私達が練習を始めた時点で全て完成しているくらいが普通なの!それが当日できてないって…!」

 

「お疲れ様でーす…っと、お怒りだな、静香。そんな静香に朗報と言えば朗報があるよ。…曲名、決まったって。」

 

「ようやくですか!?それで曲名は!?」

 

「そう焦るなって。作詞家の人が、これまでの謝罪も込めて、会場の近くまで来てるらしいんだ。行って、本人から直接聞いてきなよ。静香達にも、言いたいことがあるみたいだし。」

 

関係者入口の前で待ってるらしいよと、赤羽根は告げるだけ告げて控え室から出ていった。

 

「どうする?静香ちゃん。ぶっ飛ばすチャンス手に入ったけど?」

 

「…謝りたいなら、謝らせてくらいはあげるわ。二人とも、最終確認はもういらないわね?歌詞も、ダンスも、頭に入ってるわね?多分もう確認してる時間はないから、聞いておくけど。」

 

「うん!」

 

「勿論!」

 

「じゃあ、行きましょ。曲名、いいものだといいけど。」

 

 

 

歓声が振動となって、ここまで伝わってくる。

随分とステージまで離れた通路であるのに関わらず、その熱狂ぶりは感じられた。

進む中、三人が口を開くことはなかった。

 

前回の収録では、全員がアウェーであった。

だが、今回はある意味では、自分達だけがアウェー。

今更となってその現実は彼女達に襲いかかっていた。

緊張しないはずがないだろう、ましてや、彼女達を励ます存在は、今はいないのだから。

 

数分歩けば、関係者入口はすぐそこまで見えてきて。

静香はその扉を、押し開いた。

 

「よっ。」

 

「大河…!?」

 

北条大河が、そこには立っていた。

 

「なんでここに…?じゃなくて、赤羽根さんに作詞家の人が見えたって…。」

 

「だから来たじゃねえか。作詞家が。」

 

全てに、合点がいった。

作詞が遅いのも、歌詞がまるで自分達のことを示しているようなのも、音源を用意したアイドル達があんなにも豪華だったのも、赤羽根が催促に対して曖昧な返事を行っていたことも、全て。

 

「大河が…作ったんだ、この歌。」

 

「感想はどうよ。色々試行錯誤したから、気に入ってもらえると嬉しいわ。」

 

「すっごいいい曲だと思う!私、初めて聞いた時泣いちゃったもん!」

 

「私も、結構好きな歌かも。今聞くと、尚更。」

 

「…静香は?ノーコメントは寂しいぜ。」

 

「…納期に間に合わないなんてありえないし、遅れる謝罪も送ってこないのも論外。あまつさえ、ライブ当日にようやく曲名が届くなんて、プロの世界としてありえない。」

 

「辛口だなぁ。勘弁してくれよ。作詞なんて初めてで、どう手をつけたらいいかなんて分からなかったんだから。」

 

「じゃあ、どうして大河がやったのよ。それこそ、プロに頼めば良かったじゃない。」

 

「…想いを伝えたかったから、かな。俺、あんまりこういうこと真正面から言うの得意じゃないんだ。照れ屋で、クール気取りだから、歌詞に乗せるくらいしか伝え方が分からなかったんだよ。」

 

「…。」

 

大河は、後ろを向いて、空に大きく映し出される月を眺める。

 

「曲名、決めたんだ。この曲の名前。『君との明日を願うから』。…俺は、お前たちに途中で折れて欲しくない。途中で諦めて欲しくない。途中で挫折して欲しくないんだ。お前達の、明日を…。アイドルとして、輝き続けるお前らが、明日も明後日も輝いて、その光が消えないまま、走り続けて欲しい…!そんな、願いを込めた曲だ…!」

 

「…うん。いい曲名だと思う。好きだよ、私。大河の作った歌。」

 

「俺は、今日の俺は、その扉を抜けられない。お前らの横に立ってやることはできない。俺は、関係者じゃないから。でも、ファンとして、ストロベリーポップムーンのファン1号として、お前らのライブ見届けるから、しょうもないパフォーマンスしたら、ぶっ飛ばすからな。覚悟しとけよ。」

 

最後までこちらを向くことなく、大河は歩いていった。

こちらを向かなかった理由など、聞く方が野暮だろう。

 

「未来、翼。私、正直言ってちょっと緊張してた。」

 

「うん。私も。」

 

「…えー!二人もそうなら言ってよー!私だけかと思って怖かったんだからー!」

 

未来のその叫びに、私も翼も口元を綻ばせる。

さっきまでそんな余裕なかったのに、心に随分ゆとりができた。

 

「会場に私達のことを見に来た人なんて居なくて、私達が出ていったらお客さん達に非難されるんじゃないかって、少し怖かった。」

 

「静香ちゃん。それ、今でもそうなの?」

 

「違うでしょ?だって…。」

 

「うん。最低でも一人は、私達のこと待ってるファンが、客席にいる。それ以上必要なこと、ない!」

 

三人は円を描くように並び、手を重ねる。

 

「ほら、未来。センターはあなたなんだから、掛け声お願い。」

 

「あ、そうだった!それじゃあ、ストロベリーポップムーン、始動と致しまして〜〜〜行くぞ!」

 

「「おー!!」」

 

そして、幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

会場は熱気に包まれていた。

765プロが定期的にライブを行うことは通常運転だが、俗にいう初期メンバーが参加することは少なかった。

その忙しさ故それは当然であったが、今回のライブでは大規模ということもあり、雪歩、伊織、真、響、あずさ、真美の6名が参戦しており、それだけで多くのファンが押し寄せていた。

それに加えてミリオンスターズからもジュリアや歩、歌織など、頭角を現し始めているメンバーも参加しているともなれば、これだけの熱気があるのにも納得できるだろう。

 

これはある意味、大きな試練である。

これだけの熱気の中、突然知らないアイドルが、知らない曲を、知らない踊りで魅せる。

少なくとも、一瞬空気が衝撃で凍ることは間違いない。問題は、その凍った空気が砕けて弾けるか、そのままキープされるか。

その二択によって、彼女達の運命は大きく左右される。

 

赤、青、黄、それぞれのイメージカラーに身を包んだ彼女らが、舞台仕掛けによってステージに現れる。

どよめく会場。少なくとも先までの熱狂していた反応とは違うそれを受けても、三人は揺らがない。

一身に前を見据え、マイクを持って、そして歌った。

 

『それぞれの瞳が願うのは いつだって同じ夢』

 

最初のフレーズを歌って、観客は吠えた。

知らないアイドル、知らない姿、知らない曲、知らない踊り―――それくらいの事、楽しんでしまえるのが、ファン達の純粋なところで、輝かしい姿だった。

喜ぶ観客の姿を見て、嬉しそうな未来。

当然のこととでも言わんばかりの静香。

胸の内の充足感を抱きしめている翼。

 

三者三様の姿が、またファン達を沸かした。

 

彼らの多くは、彼女達のぶつかりを知らない。

彼らの多くは、彼女達の結束を知らない。

彼らの多くは、彼女達が歩んできたドラマの中身なんて、知ったことではない。

 

でも、涙する。

 

その歌詞に、そのメロディに、魂を乗せるアイドルの姿に、その想いに、涙する。

 

北条大河という人間は、今まで『客観的なアイドルの視点』と『主観的なプロデューサーの視点』しか知らなかった。

今日、初めて実感した。

人に認められる、喜びというものを。

 

未来達が可愛いからというだけが、彼ら達の熱狂の理由か?…否。

765プロのライブだから、選ばれた曲はそれだけの付加価値を持ち、賞賛されるのか?…否。

 

そうでなくても、そう思えた。

北条大河の想いが、綴った歌が、彼らの歓声を支える理由になると。

彼女達のパフォーマンスを、支える理由になると。

 

不安だった。初めてやる作詞が、本当に三人のためになっているのか。

むしろこの努力は、誤った方向に向いていて、認められない努力ではないのかと。

 

(ああ…なんだよ、一緒じゃねぇか…。)

 

初めてなのは、彼女達も一緒だった。

間違っているかもしれないのは、彼女達も一緒だった。

じゃあ…怖いのは、不安なのは、俺だけじゃないじゃないか。

 

でもその不安を大河はもう、振り払ってやる必要なんてなかった。

メロディが終わっても湧き続ける歓声を受ける彼女達に、もう不安かどうかなんて、聞く必要も無いだろう。

 

ステージを捌け、彼女達がそこに居なくなっても、歓声は止まなかった。

ある意味では事故とも言えるその爆音の中に、彼女達のことを紹介してくれという想いの中に。

 

そして、ひとひらの雪が舞い降って。

 

 

 

―――透明なアンドロイド達が、起動した。

 

 

 

 

 

 



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Melty Fantasia

 

 

 

「私達も…ですか?」

 

そして、二週間前。北沢志保、白石紬、真壁瑞希の三人は、静香達とは別のレッスン室に集められ、大河の代役としてプロデューサー業を請け負っている秋月律子から束になってる資料を渡されていた。

その表紙に書いてあるのは、765プロの大規模なライブが開催される旨。

だがしかし。

 

「私達、そもそも持ち曲というものがないんですけど…。」

 

志保達三人は、静香達のテレビ出演の裏で、雑誌撮影や新服のモデルなどを勤めていた。

あちらには劣るがこちらも大事な仕事。上手く回ればファンも仕事もついてくる。新人に任された仕事としては大役で、それも成功を収めたと言ってよい感触であった。

紬の緊張はカメラには映らないし、瑞希の幻想的な印象はむしろ静止した世界の方がよく映えた。

代わりに、と言ってはなんだが、彼女達には持ち曲というものも、振り付けも、なんならユニット名すらない。

 

「曲も、ユニット名も、コンセプトも、そこにあるわよ。その資料、ライブの資料は半分くらいしかないから。」

 

渡された資料を捲ると、その裏に別にホチキス止めされていた資料が目に付いた。

曲の歌詞、ダンスの振り付け、そして衣装の設定案まで、ありとあらゆる私達のユニットデビュー内容についてが事細かく書かれていた。

 

「また大河、ですか。」

 

「分かるの…?凄いわね、志保。」

 

「えぇ。いくらイメージが機械的だからといって、ユニット名に『スノーアンドロイド』なんて付ける人、大河しか居ませんから。」

 

「ま、ユニット名は新しいものを考えるとして、あんた達は実際、パフォーマンスを完成させれば、ライブへの出場は可能ってこと。大河君は楽曲の出来的に五分五分だと考えて言わなかったみたいだけど、曲は間に合った。どうする?やってみる?」

 

「やりたいです。静香達もやるんですよね。だったら、置いてかれるわけにはいきません。」

 

二人は?と聞こうとして振り向いて、聞く必要もなかったと思い直した。

二人の目は情熱に燃えていた。なんと言っても共にデビューした静香達は一気にステップアップをしかけ、その間にゆっくりと歩んでいたこちらは、ずっとフラストレーションが溜まりっぱなしで、大きな仕事を求めていた。

大河があちらにかかり切りだったこともそれに拍車をかけている。

 

「三人とも、意思は固いみたいね...。そしたら、トレーナーを連れてくるから、曲を先に聞いてていいわよ。」

 

と、律子はPCを置いて部屋を出ていった。

 

「聞いてみましょう、私達の曲...わくわく。」

 

「ええ。じゃあ押すわよ。」

 

流れ出した曲は、悲しげで、寂しげで、幻想的な曲だった。

想起されるのは氷の心。無機質な瞳。そして、熱い想い。

ダンスも機械的で、でもどこか、人らしくもある、そんな曲だった。

 

「...行けそうですね。私達はダンスが苦手ですけど、この曲のダンスは難易度だけで言えばそこまでです。ですが...。」

 

問題は、ただ踊ることではこの曲の真価を発揮することはできないことであろう。

感情を乗せる、それはきっと私達が最も苦手で、できていない部分。

 

「やるしかないでしょう。私達が弱い部分と言えど、それを通らずにこの業界で生きていくことなどできません。...いえ、そもそも私は踊れるかどうかからなのですが。」

 

「白石さんが苦手なのは連続した動きの対応だから、多分大丈夫かと。この曲はゆっくりで転換に速度は要求されてないですから。」

 

「とにかく、踊ってみましょう。やってみることから始めるのが、大事だと思いますから。」

 

トレーナーの到着を待ち、一つずつの歌を、動きを確かめながら通していく。

こちらには、ダンスの天才はいない。

こちらには、歌の秀才もいない。

こちらには、元気溢れるセンターもいない。

 

一つずつ、一歩ずつ、ゆっくり進んでいくしかない。

才能がないことを悔やんでも、才能が降ってくるわけでも、神が奇跡を起こしに来る訳でもない。

なら、前に進むしかないだろう。一歩でも、一センチでも。

 

「うん。初日にしては及第点ね。ダンスもある程度覚えれているし、歌詞やリズムも合ってきてる。」

 

息切れをしながら膝に手をつく三人を、律子はそう評した。

それは確かな事実で、一日のレッスンでここまでしっかりと覚えられる彼女達は、新人と言い張るには少し難しいほどであった。

しかし、三人の表情に喜びといった感情は見られなかった。

 

(全然駄目...。まるで感情が乗ってない...!)

 

三人は言葉を交わしていないが、きっと他の二人も同じことを考えていると悟っていた。

北沢志保は、クールな女の子だ。

白石紬は、緊張しいな女の子だ。

真壁瑞希は、機械的な女の子だ。

彼女達は、表現を前に出すということにおいて、最も向いていない。

 

果たしてそれは長所か短所か、あるいは長所にしてしまえばとも彼女達は理解しているが、この曲に対しては完全に短所だ。

 

これは、どう見ても恋の歌。その歌に想いが載っていないなど、誰が認めてくれようか。

 

帰り支度をそれぞれが進める中、口を開いたのは瑞希だった。

 

「皆さん...今日の曲を歌って、どう思いましたでしょうか?」

 

その問いに、返事をすることは出来なかった。

自分がダメなのは分かりきっていて、そして他の二人もダメなのも分かっていたから。

それを口に出すことは、今日という一日を否定することになるから。

 

「私は...ダメダメだと思いました。私も、お二人も。」

 

しかし、瑞希はそれを簡単に言ってのけた。

遠慮もせず、気遣いもせず、堂々と、はっきりと。

 

「この歌は恋の歌で、その感情は全く乗ってなくて、味がしないガムみたいな、そんな歌だったと思います。」

 

「それは…正直私も感じました。でも、私は恋をしたことなんてなくて...。」

 

「では北沢さん。北沢さんは、恋をしたことはありますか?」

 

「あります...でも、今になってみれば、本当に、心の底から好きだったのかは分かりません。ただ助けてくれた人を必要だと感じて、恋愛漫画の主人公を気取っていただけかもしれないです。」

 

「じゃあ、今から映画を見に行きましょう。最近公開されたこの映画。見たいと思っていたのです。」

 

そう言って瑞希がカバンから取り出したのは、映画のパンフレットであった。

 

「映画...ですか?今から?それに、今の話と何の関係が?」

 

「恋愛映画ですから、これを見れば恋の歌のことも、少しは分かるかもしれません。お暇であれば、是非三人で。」

 

断ることもできたが、断らないこともできた。

その誘いに乗ったのは、きっと暇だったから、そんな軽い気持ちではあっただろう。

実際問題、その映画を見て何か感じたかと言えばそんなことは無いし、何か変わったかと言えばそんなことも無い。

 

「まあ、そうでしょうね。」

 

映画館から出て、近場のカフェに入ってそれぞれが注文を終えた後、そう問いただした志保に、瑞希はあっけらかんとそう答えた。

 

「そんなあっさりと...。恋愛映画を見て勉強するんじゃなかったんですか?」

 

「勿論、そう言う一面もありますけども。でも一番の目的は、仲を深めることですから。」

 

「仲を...?」

 

「私達と、静香さん達。何が違うのか考えてみました。技術も才能も想いも、きっと何もかも違いますけど、でもそれは変えられないもので、変えられるもので違うところを探しました。」

 

「それが...『仲を深めていること』ということですか?」

 

「ええ。彼女達は年齢も近しいですし、皆さん活発で、仲が良いと感じています。対して私達はきっと、仲を深められていません。」

 

「そんな...!私は北沢さんのことも真壁さんのことも本心から尊敬しています!」

 

「ええ。それは伝わってきてますし、嬉しいことです。でも、尊敬してることと、仲良きことはきっと違います。互いに遠慮なく。簡単に言ってもこれほど難しいことはありません。相手に否定されることはないと信頼しきれること。私達はそれだけの関係性になれているでしょうか?」

 

その言葉に、私も白石さんも肯定できなかった。

現にさっきも、互いの欠点を分かっていながら主張できなかった。

 

「誰かに強くはっきり言うことは、怖いことでしょう。嫌われてるかもしれない。疎まれているかもしれない。そう感じる心を、相手は持っているかもしれない。ですから、約束しましょう。私達は、ずっと友達だと。何があっても、私達の絆は途切れないものと。」

 

彼女は、小指を差し出した。

私も、白石さんも、アイコンタクトを送りあって、おずおずと小指を差し出した。

三人の小指が絡まり、それが切られた。

 

奇しくも、先程見た恋愛映画のエンディングと同じ構図であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日あの後何があったのよ、逆に…。」

 

翌日のレッスン、彼女達の雰囲気は既に昨日とは全く異なったものとなっていた。

 

「北沢さん。サビ前、少し遅いように見受けられます。」

 

「了解…。修正します。」

 

「真壁さん…。多分、最初の歌い出し、音程が半音ズレてます。」

 

「なるほど、気付きませんでした。ありがとうございます。」

 

そこにはまだ遠慮が見られるものの、周囲に目を向けてさえいなかった昨日のレッスン模様とは打って変わって、そこでは指摘し、切磋琢磨する少女達の姿があった。

確かに横に翼達がいる以上、その選択肢を取ることは理想であるように思えるが、あれは彼女達の才能があってこそできること。

他人のミスの指摘は、自分がある程度パフォーマンスを完成させているかつ、そのダンスや歌について正確な理解をしていることが前提である。

それは、志保達にはできないことだ。

しかし勿論彼女達はそれを理解したうえで方針を取っていた。

 

「今のところ、志保さんと紬さんでズレがありました。どちらが正解でしたか?」

 

「え?あー、紬ちゃんの方ね。志保ちゃんはテンポが半分ズレていたわ。…よく気付いたわね。私も言うほどじゃないかと思ってスルーしたのに。」

 

彼女達は、できないことをできないと言える子供達であった。

ダンストレーナーやボーカルトレーナーに合間合間の時間で疑問をぶつけ、共有する。

 

そして彼女達には、翼達にはない才能があった。

 

「うーん…。この部分、どうしても遅れちゃうわね。」

 

「それなんですけど、トレーナーさん、お話があって…。その部分、簡略化できませんか?」

 

「簡略化?」

 

「はい。できていない部分を延々とできないままいるより、できるようにして次へ進んだ方が、ステップアップは早いと思うんです。」

 

「ちょ、ちょっと待ってください北沢さん!そこの部分は、私ができていないだけで、二人はできているじゃないですか!また足を引っ張るのは嫌です、だから、そのまま…!」

 

「違います、白石さん。ここの簡略化は、次のダンスへのつなぎとして、一番効果的な部分だから簡略化しているだけです。白石さんができないというのも一つの理由ではありますけど、私達には時間が無い。一日二日の猛特訓でなんとかしてしまえる才能もない。だから、できることをしていくしかないんですね。可能な限りファンの人に思いを伝えるしかないんです。簡略化した状態で全てが完全にできるようになってから、元に戻すという手もあります。できないとできるは明確化して、私達の出せる最高値を、有る時間で出す。それがプロです。」

 

「はい…。」

 

「レッスンの後、私達も練習に付き合いますから。そんな悲しげな顔をしないでください。」

 

自分の弱さを受け入れる覚悟と、他人の弱さを受け止める覚悟。

彼女達には、それがあった。

 

最年少ながら先輩として厳しい現実を淡々と潰していく志保。

その現実に押し潰されそうになってもファンのことを考える紬。

その二人を優しさで包む最年長の瑞希。

 

いいユニットだと、律子は思った。

 

白石紬。彼女は翼を除けば新人の中で一番の才能の持ち主である。

彼女の透き通るような肌と、流れるような白髪。メイクもなしでここまで映える(・・・)存在もなかなか珍しい。

運動神経や性格に難があるが、このユニットでは対処も、成長させることも、どちらとも容易であろう。

 

(あるいは、ここまで考えて大河君は…。)

 

きっと彼は、白石紬を育てあげることができる。

きっと彼は、白石紬を間に合わせる事ができる。

それを、委ねた。志保と瑞希に。

少しファンタジックな考えのように律子には思えたが、実際それで彼女達は、育てられるだけ育て、間に合わせられるだけ間に合わせるという、第三の選択肢を選びとって見せた。

それができるであろうと予感させるくらいには、秋月律子は北条大河をかっていた。

 

「ったく、可愛げがないわね。子供なんだから一丁前に壁にくらいぶつかりなさいよ。」

 

いや、ぶつかるのも時間の問題か。

理知的であるだけではどうしようもない壁が、もう彼女達には迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達、不完全だと思うんです…。トレーナーさんは何が問題だと思いますか!?」

 

「えっと…。」

 

それから一週間。彼女達の努力は着実に実を結び続け、一歩一歩進んでいった。

しかし、ライブまで後5日まで迫ったところで、彼女達の成長はピタッと止まった。

それを伸び悩んだと悟った彼女達は、上達のための手掛かりを探すも、未だ見つかっていない。

トレーナー達も言い淀んではいるが、思い当たる節はあるのだろう。しかしそれを伝えることは少し憚られる。それは、伝えることが彼女達のプラスにならない事だから。

 

「はーいストップ。三人とも、一旦休憩。休憩が終わり次第ミーティングよ。あなた達の疑問の答え、教えてあげる。」

 

律子の言葉に表情を変える三人。しかし逸ることなく、一度吸水をして汗をタオルで拭いた。

そして息を整えて、三人は律子の前に並んだ。

 

「それで…私達の疑問の答えと言うのは、私達の不完全さへの対処、ということですか?」

 

「いえ。対処の話ではなくて、理由の話よ。あなた達の伸び悩みと不完全に見える理由。伸び悩みの方は心配する必要はないわ。あなた達の技術が完成のラインに差し掛かったから。おめでとう、あなた達は100点のパフォーマンスを手に入れたわ。このままライブに出場しても大丈夫。」

 

「そんな、そんな筈がないです…!現に私達のパフォーマンスには、明らかに何かが欠如しています!100点満点なんて、そんな…!」

 

「誰が満点なんて言ったのよ。あんた達のパフォーマンスは100点であって、満点じゃない。それがあなた達に足りないもので、どうしようもない部分。…先に話しておくわ。あなた達が今週のライブに100点を大きく超えるパフォーマンスができることは、ほぼないわ。」

 

「「「………。」」」

 

生まれる沈黙。

それを律子は無視して、話を続ける。

 

「あなた達は上達した。初心者にしては、多分類を見ないくらいに。だからこそ、壁にぶつかったのよ。誇りなさい。そういう意味では、あなた達は初心者がぶつかりようのない壁にぶつかるまで成長した。」

 

「違います…!私達が聞きたいのはそんな子供騙しの言葉ではなくて、壁の意味と、乗り越え方です…!」

 

「表現力の壁。あなた達がぶつかったのは、一言で言えばそれよ。」

 

表現力。

同じ歌詞でも、同じ踊りでも、込める想いによってその受け取らせ方は様々。

あるいは。強く激しい、メロディさえ崩壊させかねない荒々しい歌は、激情を。

あるいは。弱く儚い、流れるように折れてしまいそうな踊りは、切なさを。

 

彼女達では、それに手は届かない。

 

「対策なんて言えるほど殊勝なものでもない。誰でも乗り越えられる、単純な壁。沢山演じて、沢山踊って、沢山歌う。それが解決策。表現力は、経験がものをいう世界。たとえあなた達が天賦の才を持っていたとしても、5日じゃ間に合わないわ。」

 

あるいは用意された曲がもう少し単純明快なものなら、彼女達は何とかして見せたかもしれない。

しかし、これは恋の歌。

感情の機微を表出することは、彼女達にはまだ無理だ。

 

「…どうにかすることは、できないのでしょうか。」

 

「どうにかすることは出来ないし、する必要はない。デビューしたての子が気にする内容じゃないから。そのままでいい。あんた達はそのまま出れば、それで十分成功と言えるわ。」

 

パフォーマンスだけで言えば、反対のレッスン室で練習している翼達と遜色ないものであろう。

曲目自体のダンスの派手さに違いがある分、あちらの方に見栄えは軍牌が上がるが、それでも単純な技術だけでは負けていない。

秀才が天才達に太刀打ちしている事実として、それだけでも十分すぎるぐらいだ。

 

「…分かりました。このまま細部を詰めます。」

 

納得していない様子ながらも、志保達はダンスのレッスンに戻る。

理性的な子供だ。

不可能と言われても限界を越えようともがくこと、それは美徳に見えてプロとしては失格に値する行為だ。

でも、それを簡単に受け入れられないから、子供なのだ。

無茶を通そうともがくから、子供なのだ。

それを諦めてしまえることは、あるいは大人にもできない、大事なこと。

凄い、子供達だ。だからこそ、申し訳ないことをしてしまった。

 

このままでは、喰われる(・・・・)

翼達のパフォーマンスに、喰われる。

 

(次のライブまで持ち越してデビューするなら、志保達で話題は持ち切りだった。でも、今回は翼達と真っ向勝負させてしまう形になる。)

 

そして、彼女達に勝ち目は無い。

相違点はある。落ち着いた雰囲気の曲であるとか、統一感があるユニットであるとか。

でも、話題性でいうならどう見てもあちらの勝ちだ。

全員に違う個性があって、違う方向性があって、違う向きを向いている三人が、一緒に暴れる。

合計のステータスは同じ程度でも、特化された何かは、民衆の話題の種になる。

デビューにおいて、話題性をかっさらうことは、そのままファンの獲得に繋がる。

同じ事務所と言えど、その層の取り合いになることは必須、そして、それに負けることも。

 

北条大河なら、どうするだろうか。

…違うだろ。

 

「今は、私がプロデューサー。あの子達を引っ張るのは、私!」

 

秋月律子は、再びPCに向き直り、動画の再生へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あー律子っちマジで分かってねー。マジでウザくね?」

 

「それ、何の真似?紬。」

 

レッスンの帰り道。帰り道は違えど近くの喫茶店に集まるようになった三人は、今日も今日とて最早指定席になった角の席に座り、お茶していた。

 

「え、えっと、最近の若者はこういった会話をすると聞いたのですが…!」

 

「どんなサイト参考にしてるのよ…。後、やっぱり敬語は外れないの?私だけ外してると先輩にタメ口聞いてるろくでなしだと思われる気がするんだけど。」

 

「まあまあ志保さん。敬語は距離感を置くためだけのものでは無いですから。最近では夫婦間で敬語というのも少なくない話だと聞きますし。」

 

「…じゃあ私も敬語で―――」

 

「「それは駄目です。」」

 

「なんで…?」

 

「それは北沢さんが私達より先輩だからです。年齢の話ではなくて、アイドルとしての経歴のーーー」

 

「はい名字。紬、これで今日17回目。敬語は許容してるけど、こっちは許容してないから。」

 

「あっ…うぅ…。」

 

三人は誓いを立てた。

仲良くなろう、と言って仲良くなれるくらいの社交性があるなら、既に彼女達は親友になっている。だから、いくつかの約束事を作った。

ずっと絆は途切れないこと。途切れるとすれば、その前に理由を告げること。

そして敬語を付けないこと。これは提案した志保しか守っていない、形骸化したルールになってしまったが。

そして三人は名前で呼び合うこと。敬語ルールに関して「さん」を付けることは問わないが、苗字はきちんと言及する。

そして、言いたいことはきちんと言うこと。

それが紬の今日の言いたいことであったのだろう。おかしな話し方で話題が逸れたが、結局はそれは瑞希と志保にとっても話題に出すべきことだと思っていたことだった。

 

「本当に何もしなくていいんでしょうか…。トントン拍子に事が運んで、浮き足立っているとは自分でも思いますが、このままのパフォーマンスでファンの方々皆さんに認めてもらえるとは到底思えません。まか…瑞希さんは、そうは思いませんか?」

 

「納得出来ていないのは事実です。ですが、同時に解決策も思いついていないことも事実です。無理をすれば、パフォーマンスそのものが崩れかねません。」

 

「なら、このままでいいとおっしゃるのですか!?」

 

「いいえ。無策で無理をするのはやめて、三人で策を練ろうという意味です。そして現時点で思いついていないことから、私達だけでは難しいと考えます。…ですから、作詞の方に聞きに行きませんか?」

 

「作詞の人…?」

 

「私達はこの歌のことを、殆ど何も知りません。歌を知ること。それが私達にとって一番大切な事だと考えました。そして、誰がそれにいちばん詳しいかも。」

 

「なるほど。それが作詞の人というのは分かったけど、その人の連絡先とかは分かってるの?瑞希。」

 

「ええ。お二人が良ければ連絡しておきます。お話を聞いていただけるかは分かりませんが、私達は、できることをしましょう。できないことに挑むことは、きっと勇ましく、達すれば世界から賞賛を受けることなのでしょうが、私達は、私達ができることの中で、可能な限りの時間で、最大限の成果を。」

 

できることをする。できることはやる。

これも、三人で立てた誓いの一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

練習がオフになった翌々日。既にライブは後3日にまで控えた日に、三人は集まって作詞家の自宅を訪れていた。

瑞希が連絡したところ、直接会って話したいとのことで、作詞のマネージャーの方からも許可が出た。

それで自宅へ呼ぶのも如何なものかとは思うが、作詞家の方は女性ということで、少し変わった人だなと思いつつも了承。

今は教えてもらった住所へと三人で歩いているところだが。

 

「あの、ちょっと待ってくれない?一回落ち着きたいんだけど。」

 

三人は、教えられた住所の前で固まっていた。

表札にかけられた苗字は『北条』。

そして志保は、ここに2回来たことがある。

アイドルになった日、アイドルと喧嘩した日。

彼女にとって因縁の場所。

 

「ここ、大河の家なんだけど…。」

 

隣の二人が、眉をひそめているのが、視線を向けずとも分かった。

 

「どういう、ことですか?プロデューサーが作詞していたと?」

 

「いえ、ですが担当の方は女性だと仰っていましたし…。」

 

などと、三人で門の前で騒いでいたのが悪かったか、鍵が開く音がし、扉が開かれた。

 

「あらあらどうぞいらっしゃい!大河のところの子でしょ?どうぞ上がって!聞きたいこといっぱいあるんだから!」

 

「あ、あの。失礼ですがお名前を伺っても…。」

 

「私?北条奏多(・・)。職業は、作詞作曲兼、派遣の会社員兼、大河と加蓮のお母さんやってます。よろしくね?」

 

三人は、今度こそ絶句するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね、あんまり時間取れなくて急に呼びつけちゃって。」

 

「い、いえ。無理を言ったのは私達なので…。」

 

中に入ると、テーブルに人数分のお茶と、お菓子が置かれていた。

手土産を渡すと更に朗らかに笑顔になった彼女は、それを開けながらも志保達に座るよう促す。

彼女も席に着いて、志保達の持ってきていた手土産を一口食べ、こちらに向き直した。

 

「ええと、志保ちゃんと、瑞希ちゃんと、紬ちゃんね。あなた達が、私の曲歌ってくれるんですって?」

 

「はい。ですが、正直表現の部分で詰まっていまして、それをお聞きしたいと思ってご連絡させて頂きました。奏多さんが、この曲に込めた想い、それを聞きに。」

 

「最近の子は真面目なのねぇ。…じゃあ紬ちゃんに聞くわね。この歌、どんな歌だと思う?」

 

「えっ、えっと…。」

 

「ゆっくりでいいわ。あなたの心のままに聞かせて。」

 

「私、私は、恋の歌だと思いました。切なくて、寂しくて、悲しい、恋の歌。」

 

「…そうね。いい解釈だと思うわ。じゃあ瑞希ちゃん。あなたもこの歌、寂しさや切なさを感じた?感じたとしたら、どんな部分から?」

 

「…この歌詞には、誰かを想う気持ちを伝えようともがく誰かを、私は感じました。でも、上手く伝えることができない。儚かった想いが、無限に続くまでになったのに、それが届かない。私はそれを、切なさと感じました。」

 

「なるほど。面白いわね。それじゃあ志保ちゃん。あなたはこの曲を唄う主人公って、どんな子だと思う?」

 

「主人公…ですか?」

 

「ええ。私の作る歌には、必ずと言っていいほど物語があって、主人公がいる。こんな歌を唄う誰かは、どんな子だと思う?」

 

「私は…。」

 

「ゆっくりでいいの。すぐに答えを出そうとしなくて。だから、あなたの思う正解を、言葉にして、私に伝えて欲しい。」

 

志保は、目を瞑る。

初めて聞いた時のこと。歌っている自分達の姿。

少女は馳せる。思いを馳せる。

 

「奏多さん。分かりました。」

 

「どんな人間だった?その子。」

 

「主人公は、アンドロイド。心を持つことを禁じられ、命令がままに行動するアンドロイド。…でも、出会った。心を揺さぶる存在に出会って、恋に、落ちました。感情を持つことは許されず、リセットされかけて。その子は、反抗した。恋の感情を、忘れたくなかったから。」

 

「結末は、どうなったと思う?その子は、幸せになれた?その物語はハッピーエンドになった?」

 

「ハッピーエンドにはならなかったと思います。きっとアンドロイドは記憶を消されて、誰かとの思い出を失ってしまう。でも、その子は幸せだった。一度だけでも、知ることのなかった幸福を、味わうことができたから。初めての恋を、過ごすことができたから。」

 

「うん。なるほどね。いいストーリーだわ。どう?今なら、できること、増えたように思えない?」

 

「…はい。何か、掴めた気もします。でも、この解釈は本当に正解なんですか?この曲の物語は、これで正しいんですか?」

 

「不正解なんてないわ。人の数だけ正解があるの。それを決めるのは、それを魅せる人達と、それを見る人達。あなた達がどう魅せるかは、あなた達の自由。そうだ、それなら一つ私の我儘を言っていいかしら。ユニット名、決めた?」

 

「いえ…まだ候補を絞ってる途中です。」

 

「じゃあこれ。入れておいてくれると嬉しいわ。」

 

そういって奏多は、一枚の紙切れに何かを書いて此方に見せてきた。

『EScape』

そう、綴られていた。

 

「Escapeっていうのは、逃げる、っていう意味。リセットされまいと逃げるアンドロイド達を表してるの。それで、EとSが大文字なのは、ESと、Capeで別れているから。ESっていうのはエス、イドとも言うけれど、心理学用語で、心を突き動かすエネルギーを指す。簡単に言えば、本能的な欲求のこと。Capeはそのままケープ。体を覆って暖かみを感じる、防寒具。本能的な欲望を包む、それって、心のことだと思わない?だから、EScape。」

 

「「「…。」」」

 

「難しかったかしらね。例えば曲名のMelty fantasia。Meltyは溶けるって意味のMeltの形容詞系、fantasiaは幻想曲。溶ける幻想曲。アンドロイドの恋が幻想だというのなら、それが溶けることって、いい事なのかしら、それとも悪いことなのかしら。恋心が消える、悲しいことなのかしら。凍った心が溶けていく、優しいことなのかしら。…考えることは楽しいことよ。思考を巡らせ続けなさい。限界のその先に進むために、必要なのは無理な努力だけじゃない。飛び越えられないハードルなら、下げてしまえばいいだけだわ。あなた達は、きっと賢い子達。考え続けなさい、あなた達にとっての正解を。魂を燃やし尽くすのは、ステージ上だけで充分よ。」

 

彼女がそう告げて、壁に掛けられた時計が鳴る。

5時ちょうど。

あるいは彼女の予定の中には、ここまで計算づくだったのかとさえ、疑いたくなる完璧さであった。

 

 

 

 

 

 

最後まで礼儀正しい少女達を見送って、奏多は玄関で笑っていた。

恋の歌。恋愛の歌。

彼女達は、そう言った。

だが奏多は、そう思って曲を作った部分など、一つもない。

途中までの志保の解釈は、奏多と同じであった。アンドロイド達が心に触れ、それを奪われまいと逃げる物語。

しかし、奏多の正解の中では、彼女達は恋には落ちなかった。

Melty fantasia。この曲は、心に出会ったアンドロイド達が、理想郷から逃げ出す逃避行の物語。

変化のない生きやすい世界か、新しい世界を知るための辛く厳しい船出か、少女は選択を迫られる。

それでも少女は船出を選ぶ。知らない世界へと漕ぎ出す。頂の景色を見る為に。

彼女の、自慢の娘のように。

 

(それはきっと、恋も同じ。誰かの知らない部分を知るって、恐ろしいことで、楽しいことだから。)

 

教えられたのは、こちらも同じだ。

あそこまで深々とお辞儀をされたのは、少し貰いすぎだったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思えば、初めから答えは出ていて。

それに気付けなかった私達が、ただ間抜けなだけだったのかもしれない。

私達には所詮できることしかできなくて、見せれる景色もちっぽけで、だから、ちっぽけの綺麗な景色を見せるだけ。

 

 

 

 

 

答えは得た。

覚悟も決まった。

さあ、起動せよ、アンドロイド達。

世界が、君達を、知る時が来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷めやらぬ熱狂の中、一粒の雪が宙から落ちた。

しんしんと、しんしんと、少しずつ降り積もる雪に、観客達は口を閉ざす。

暗いステージに一つ指すスポットライトが、降りゆく雪を照らす。

青い光を纏う少女達が、起動した。

 

悲しいメロディが流れ出す。

切ない物語の、表表紙が開かれた。

アンドロイドは唄う。

アンドロイドは踊る。

それは、どうみたって先程の3人より下手くそだった。ぎこちない踊りも、どこか出切っていない声も、比べ物にならない。素人目でも分かるそれを、しかし誰一人として目を逸らすことなどできなかった。

誰かを想うその声は、きっと初めて知った感情で、だからこそ、どう伝えていいのか分からない。

まるで、初めて恋をした時のような、そんな初々しさが、そこにあった。

戸惑い、疑念、困惑。

それを乗り越え、アンドロイドは歌う。

 

切ない曲だ。

悲しい曲だ。

熱狂に包まれた客席は、凍りついたように静寂に包まれる。

それでも、そこには涙があった。

 

(伝えるのが下手くそで構わない。伝えたことのない想いは、ぐちゃぐちゃで、理想的とは程遠いけど、どんな下手くそでも、伝えられる想いは、暖かいから。)

 

静香達は、世界を震えさせた。

志保達には、それはできない。

だから私達は、皆の心を揺さぶった。

できることなんてちっぽけで、見ている世界も矮小で、だからこそ、彼らの心の狭間に問いかけた。

 

「私達は、想いを伝えるよ。…あなた達は?」、と。

 

曲が終わる。

世界が終わる。

物語は、終わりを迎える。

彼女達の第一章の幕は降り、裏表紙が閉じられ、会場には、静かな拍手が鳴り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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What do you want to do when you become an 〝IDOL〟?
To the next start


 

 

 

 

 

「会っていかないの?アイドル達に。」

 

会場から出ていく人の波に乗って歩く俺を呼び止めたのは、聞き覚えのある声だった。

 

「生憎今の俺は謹慎中なんでね。つかお前、こんなところで何してんだ、凛。」

 

「うーん。敵情視察かな。」

 

振り向けば、黒髪をなびかせる、渋谷凛が立っていた。

彼女ときちんと面するのは、随分と久しぶりのことに思える。勿論、ストーキングされていたのは最近のことだが、会話をしようと両者が思っているのは、だいぶ前のことだろう。

 

「こんなところで話しかけやがって。お前の正体がバレたらボコられるのは俺なんだからな。」

 

「じゃあバラしてみよっか?」

 

「大痛手を喰らうのはむしろお前だぞ。」

 

「休止中のアイドル、熱愛報道って?」

 

その一言に、俺は少し返事に詰まる。

こいつがわざわざこんなところで呼び止めたなら、それ相応の理由があるのは分かっていたはずだろうが。

 

「大河には、ちゃんとお礼しておこうと思って。加蓮の件で、大河には怒られてばかりで、お礼する機会を失ってばかりだったから。ありがとう。私達の居場所を守ってくれて、ありがとう。」

 

「…俺は、別にお前の居場所の為に戦ったわけじゃない。加蓮の為に、戦ったんだ。姉貴の居場所の為に、戦った。お前らはオマケだよ。お前らだけなら、きっと俺は何もしなかった。薄情者だからな。」

 

「嘘。そんなこと言って、卯月も助けてくれた。やっぱり大河、プロデューサーに向いてるよ。天職かもね。」

 

「先週には向いてないってバッサリ否定されたけど?」

 

「大河は多分、理想のプロデューサーなの。皆の理想のプロデューサー。助けてって言ったら助けてくれて、守ってって言ったら守ってくれて、甘くて優しい、お兄ちゃんみたいな人。」

 

「兄貴って。そんなガラじゃねえよ。」

 

「でも、それはあくまで理想論。きっと大河にもどうしようもないことはあるし、許容量がある。全てのアイドルは救えないし、私だけのプロデューサーにもなってくれない。だから、理想のプロデューサー。」

 

「…じゃあ、駄目じゃねえか。理想でもなんでもない。向いてるか否かで言えば向いてない。俺はプロデューサーの器じゃねえんだよ。」

 

「でも、そこがいいの。結果も、経過も、成果として残らなくても、自分の為に頑張ってくれる姿が格好いいの。それ見てるだけでなんだが頑張ろうって思えてくるから。夢は夢。理想は理想。それでも私は、その伸ばした手を、信じたいんだ。だから、ありがとう。その手を伸ばしてくれて、ありがとう。」

 

「…ったく、どいつもこいつも俺の知らない所で勝手に成長しやがって。クソが、置いてきやがって。」

 

「追いつこうとしてるんだよ。大河、背中で語るタイプだけど、私達は、隣で歩みたいから。」

 

凛は、俺の左側に立って、手を掴んだ。

俺はその手を振り払い、少し走って振り向いて応えた。

 

「嫌だった?私と手を繋ぐの。」

 

「まだ早えよ。そういうのは、せめて追いついてからにしろ。」

 

「うん、分かった。追いつくよ。大河にも、加蓮にも、奈緒にも。私が多分、一番後ろにいるから。」

 

そう言って笑う少女の笑顔は、久しぶりに見た笑顔だった。

こんなに、綺麗に笑うのだなと、口から苦笑が零れた。

 

少女達は足を踏み出した。

ある者は大きなジャンプで一足飛びに。

ある者は小さく歩幅を合わせて確実に。

ある者は、誰かの背中を追いかけて。

そしてある者は、スタートラインの線を踏み越えて。

タイミングは違えど、速度は違えど、夢は違えど、少女達は歩み出す。

はるか遠くの、ゴールを目指して。

 

―――君が描くその未来には、一体何が見える?

 

 

 

Third stage(第三章)

 

What do you want to do wh(あなたはアイドルになって、)en you become an 〝IDOL〟?(何を為したいですか?)

 

 

 

 

 

 

 

「ということで、俺!復帰おめでとう!はい拍手ー!」

 

静まり返る事務所で、無表情でこちらをみる瑞希だけが、拍手を返していた。

 

「おめでとうじゃ!ないでしょ!普通に考えて有り得ないから!デビュー前のユニット二つもほっぽり出して謹慎になるようなプロデューサー!」

 

「待て静香。その話は…翼が…。」

 

「静香ちゃん…?」

 

涙目で静香の方を見つめる翼。

まだ少女は、その責任を受け入れられていないのかもしれない。

 

「翼…。で、大河になんて吹き込まれたの。」

 

「え、名前を呼んだら静香ちゃんの名前を呼びながら涙目で俯けって。そしたらデザート奢ってくれるって。」

 

「志保。」

 

「ええ。」

 

復帰直後の俺を迎えたのは、志保と静香のダブルハイキックであった。

白と黒と翼の裏切り。

今日の俺の感想は、それで以上だった。

 

 

 

 

 

 

「でだ。今日集まってもらったのは他でもない。昨日のライブの話だ。…ストロベリーポップムーン、よく走りきった。EScape、よく魅せつけた。感想戦は後だ。まずは、仕事の話と行こう。」

 

俺はデスクにしまいこんだファイルを取り出し、中から数枚の資料を取り出す。

 

「昨日のライブを見て、いくつかのやり手がお前らに気付いた。ユニット単位の仕事もいくつか来ているが、まあこっちは受けないメリットはほぼない。特別なことをしろってわけじゃない。シンプルにパフォーマンスを見せる場であったり、インタビューを受ける場であったり、お前らがお前ららしくやってくれば問題があるようなものでもない。こっちは特に問題がなければお前らのスケジュールと示し合わせながら引き受けていくつもりだ。んで。」

 

俺は色別に仕分けられたファイルをデスクから取りだし、それぞれの前に置いていく。

 

「問題はこっち。お前ら全員に、今のユニット活動とは別の、新しい仕事がある。しかも面白いことに、一つ一つが割とデカめだ。こっちに関しては、受ける受けないは個々人で決めろ。負担はこれまでより増える。それは確実だ。それも加味して、自分がどのラインまで踏み込めるのか、自分の目指す目標の糧になるのか、それを考えて決めろ。」

 

俺は、白いクリアファイルから、一枚の紙を取り出す。

 

「まず紬。お前には演劇のオファーが来ている。そんなに出番が多い役じゃないが、キャラとしては重要なキャラだ。」

 

「え、演劇ですか!?」

 

俺は驚いている紬を無視して、その手に資料を握らせ、次に水色のファイルから紙を取り出す。

 

「次に瑞希。お前にはドラマのオファーだ。役は主要キャラとは言えないが、最初から最後まで出番のある、アンドロイド役。この仕事は一旦入れると撮影で他の仕事をすることは難しくなる。考えて選べよ。」

 

「ドラマ…ですか。」

 

瑞希に資料を渡し、次は赤いファイルから資料を取り出す。

 

「未来。お前には作曲家から直指名だ。お前にピッタリの曲があるから歌って欲しい、らしいぞ。曲の発表は作曲家次第だが、多分765のライブ内になると思う。」

 

未来は新曲、という部分に目を輝かせ、俺からファイルをひったくるようにして読み始める。

 

「翼。お前にはダンサーの仕事だ。最近人気の出てきたハーフのアイドルがバックダンサーをご所望だ。割と知名度は高いな。フリーにしてはなかなかに破格だけど、お前なら十分にやれるだろ。」

 

俺から黄色いファイルを受け取った翼は、ジュースを飲みながらそれを眺め始めた。

俺は最後に、青いファイルを二つ、静香と志保の前に並べた。

 

「そして最後に…静香と志保。お前らに同じ番組からオファーが来てる。番組名は、『歌唱王』。文字通り歌の上手さでチャンピオンとゲストが戦う番組だ。ゲスト側は公募もやってて、動画での審査とオーディション形式で決める、ガチのやつだ。一人欠員が出たらしく、そのオーディションに出ないかと、そういうオファーだ。ゲスト枠は、あと一人。二人とも受けるも、片方だけ受けるも、どちらも受けないも、好きにしていい。…ついでに追加情報だ。今の『歌唱王』のチャンピオンは、765プロダクション、如月千早だ。」

 

俺がそう締めるも、返事を返す奴はいない。

それもそうだ。流石にこれだけの重大な決断を一人で即座には決めかねるだろう。

 

「よし分かった。そもそも今日はライブ明けでそんな重めのレッスンをしようってわけじゃなかったし、今日は解散にしよう。でも、一つだけ条件がある。全員、一人で帰れ。一人で悩め。次の道は、自分で決めろ。自分の方向性、一遍自分で決めてみろ。その背中は、俺が押してやる。だから選べ。お前らの選択を、俺に見せろ。」

 

「相談することは禁止ということですか?」

 

「ま、強制力はないが、守れ。俺は介入できないが、お前ら一人ずつの選択を見てみたいもんでな。ほら帰った帰った。悩む時間が無くなるぞ。」

 

最初に出ていったのは、翼と瑞希。それに続いて静香と志保が部屋を出て、最後に未来が出ていった。

 

「いや帰れよ。」

 

紬は、部屋を出ていかなかった。

資料をカバンに仕舞うだけ仕舞い、仁王立ちで俺の前に立ち塞がる。

 

「感想戦、されてません。」

 

「は?」

 

「ですから…昨日の感想戦です!それを聞くまでは帰れません!」

 

「そんなことかよ…。」

 

「そんなこと…!?そんなことと申したのですか!?私はあんなに頑張ったのに、そんなことと一蹴するのですか!?」

 

「いや、それは今の問題点じゃないだろ。お前、仕事はどうするんだよ。決めたのか?」

 

「勿論、受けさせて頂きます。私のような若輩者にとって、貰える大きなお仕事は、ありがたく受けるべきですから。」

 

「…違う。考え方がまるで違うよ。名のある仕事がお前の身になるとは限らないんだ。そんな甘い考えで選択を決めるな。その選択なら感想戦なんて開いてる場合じゃねえ。とっとと帰れ。」

 

「確かに私の選択の仕方は甘いのかもしれません。ですが、今回のライブで、私に足りないものは経験することだと思いました。志保さんにも瑞希さんにもあって、私にないもの。経験と、信念。確固たる信念が、私にはない。過去があって、未来を想った。私にはその経験がない。だから、何でもやってみて、経験して、私自身を強固にしたいのです。揺らがない自分と、心の中の信念を、この手にしてみたい。自分自身の根幹を、はっきりとさせたいのです。」

 

「…紬。お前はさ、多分あの6人の中でドベだ。運動音痴だし、すぐ弱音を吐くし、諦めは早いし、想いの強さも大したことがない。」

 

「な…!?そ、そのような辱め、あなたはデリカシーというものがないのですか!?ライブの翌日くらいは―――」

 

うるさい紬の頭に手を乗せて、その口を閉じさせて、俺はわしゃわしゃとその頭を撫でてやる。

 

「だから、よく頑張ったな、紬。よく着いてきた。よく、諦めなかった。」

 

紬は、暫く固まったように動かず、何も話すこともなかった。

数十秒後、スイッチが入ったように急に動きだした紬は、頭に置かれた俺の手を払い、カバンを持って捨て台詞を残して扉から出ていった。

 

「こ、子供扱いしないでください!」

 

部屋に一人残された俺は、状況がはっきりと飲み込めず、疑問を呟いて口に出してみた。

 

「一体全体、なんだってばよ…。」

 

「青春してるね、大河君。」

 

「おはざいます、赤羽根さん。」

 

入れ替わるようにして部屋に入ってきたのは、赤羽根であった。

手にしたファイルを見るに、先程のデカめの仕事の話をしに来たのだろう。

 

「まあ、色々と言いたいことはあるけれど、復帰おめでとう、大河君。初日から仕事が多くてすまないね。」

 

「叱らないんすか。俺を。」

 

「叱って欲しいのかい?」

 

「はい。」

 

「…そこまで愚直に答えられると気まずいんだけど、君は罰を受けた。それ以上のことが君に必要なら、それは社長が決めることだ。俺がどうこうすることじゃないよ。」

 

「でも、俺は次も同じことをしますよ。人に頼ることも知ってます。人は一人で全てを行うことが出来ないことも。でも俺は、誰かに頼ることよりも、自分の身を削った方がいい時があることを知ってます。それが最善なら、俺はそうします。」

 

「そう思うなら、そうしたらいい。君が正しいと思う行為は、きっとそれだけ正しい行為なんだろう。叱られたいって言ったって、君は叱られてもどうせすることを変えないんだ。ならもっと有意義なことをした方がいい。」

 

「…。」

 

「君に信頼されようと思うよ。君が身を削ることよりも、君が俺に頼ることの方が、よりいい結果になるということを証明する。これなら君はアイドルのために俺を頼るようになる。プロデューサーが嫌いな、君でもね。」

 

「…どうすかね。それでも、俺は自己犠牲とか好きな年齢なんで、自分を投げ打つかもしれませんよ。」

 

「そんなことしないさ。君は今回、アイドル達が自分をどれだけ信頼していて、君が傷つくことをどれだけ嫌に思っているか実感したはずだ。アイドル達のことを、あるいは自分より大切にしている君が、アイドル達が嫌うことをするはずがない。」

 

「卑怯っすね。赤羽根さんも、アイツらも。」

 

「卑怯でいいさ。そんな単純なレッテルで、仲間を守ることができるなら。」

 

「それが、プロデューサーの答えっすか?」

 

「いや?これは、俺の、赤羽根健治の答えだよ。」

 

屈託なく笑うその男に、いつもの皮肉も出るはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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Grow up with (no) me

 

 

 

「断るやつもいるとは思ったがな。まさかお前らとは。」

 

翌日。一人ずつから答えを聞き、それぞれの答えを受け取った後、少女達は自分のためのレッスンに励みに行った。

未来は、すでに出来上がっている楽曲を聞きに、音無さんのところへ。

紬は、演劇の経験がある他のアイドルに話を聞きに。

静香と志保は、それぞれ別のトレーナーにボーカルレッスンをしに。

 

そして仕事を断った翼と瑞希は、俺のデスク前のソファに背中を預け、それぞれ思い思いの行動をしていた。

 

断るなら、志保か紬だと思っていた。

自分には過ぎた舞台だと、そう断るかもとは思っていた。

 

「断った理由、聞いてもいいか。」

 

「え?何の話?」

 

「仕事の話だよ。翼、お前の中ではデカい舞台で踊れるチャンスだったはずだろ。」

 

「えーだってその仕事。バックダンサーじゃないですか。私、手加減するの好きじゃないんです。」

 

そのやる気のない言葉の内に、間違いなく自分は頭ひとつ抜けているという自負と、ボーカルを食い潰すという未来が見えているという思いが、受けて取れた。

 

「それに私、今歌いたい気分なんです。今のままじゃ、誰かに歌を教えられないから。大河が教えてくれた、人に教えること。案外、楽しかったから。だから歌の仕事取ってきてください〜。」

 

首をソファの上に持たれさせ、翼は再びスマホで見ていた前回のライブ映像を再生する。

話は終わり、と言いたいのだろう。

 

「瑞希。お前はどうしてだ。アンドロイド役とはいえ、感情の機微を表現する仕事だ。受ければその幅も広がる。お前にとっては絶好のチャンスだと思ったが?」

 

「私は…そうですね。誰かを支える、サポートすることに楽しさを覚えました。誰かのできないことを、私が代わりにして、私ができないことを、誰かが支えてくれる。そういうチームワークというものに、憧れを覚えました。」

 

「なら、むしろ受けるべきだったろ。現場で求められるのはそういう技術のはずだ。」

 

「私が支えたいのは、会ったこともない演者さん達では無いですから。」

 

瑞希は机の上のコップを手に取り、中を飲み干す。

問答は終わりだと。私の決定は揺るがないぞ。という意思表示らしい。

話の終わり際くらい、口で言えよとは言わなかったが。

 

「…そしたら、お前らどうすかっね。他の奴らと同じように仕事をやりつつでも、多少時間は空いちまう。他の仕事はユニットごとだから三人ずつ固まって準備する必要があるし、空いた時間のレッスンって言っても何の練習をするかっていうことになるし…。適当に軽めの仕事でも―――」

 

「タイガ!シズカ貸してくれ!」

 

真面目な相談をしていた空気をぶち壊し、開け放たれた扉から顔を出したのは、勿論知り合いである。

 

「ジュリア。いい加減に学習しろ。どんなに勢いよく扉を開けても俺はYesとは言わないし、どんなにお前が笑顔でも静香は貸せない。」

 

「はぁ!?なんでだよタイガ!ライブまではそのレッスンがあるって我慢し続けてきたのに、ライブが終わってもその返事かよ!」

 

「だからさっきも言っただろうが!静香は次の仕事のために調整中で、お前のライブに貸せるほど暇じゃねぇんだよ!」

 

「それじゃ困るんだよタイガ!ライブの時間、シズカがいる前提で動かし始めてるんだから!」

 

「了承を取ってから話を進めろボケ!」

 

「うるさ~い!何の話ですか?」

 

頭の上で交わされる口喧嘩に一切気に止めることもなく小説を読み続けていた瑞希はともかく、イヤホンを貫通する大声を出していた二人に、翼はイヤホンを外して尋ねる。

 

「…ツバサか。なぁタイガ、ツバサとミズキは今暇なのか?」

 

「あぁ?まあそうだな。暫くはユニットごとの仕事と、レッスンくらいしか。」

 

「じゃあ、二人をシズカの代わりに借りてっていいか?どの道人員はいる。新人って言っても、サブボーカルくらいならできるだろ?」

 

「いやで~す。お断りしま〜す。」

 

「は?ツバサ、もう一度言ってくれるか?」

 

「伊吹さんは、嫌と言ってましたよ。ジュリアさん。」

 

「アタシはミズキじゃなくてツバサに聞いたんだ。アタシのライブが足掛かりになると胸を張って言える程じゃない。でも、新人で仕事がない状態なら、多少の好き嫌いで断っていい世界じゃないんだ。それが、アイドルっていうものだ、ツバサ。」

 

ピリついた空気。ジュリアはきっと生意気な新人を諌めるくらいの気持ちだろうが、先に逆鱗に触れたのはジュリア。俺が窘める必要も無いだろう。

 

「もしかしてジュリア先輩、私がダンスじゃない仕事を受けたくないって意味で断ったと思ってます?」

 

「違うのか?だったら、なんで―――」

 

「ジュリア先輩、今、静香ちゃんの代わりって言いましたよね。私が静香ちゃんの、代わり?まるで、私が静香ちゃんより下で、静香ちゃんが居ないからしょうがなく、みたいに言いませんでした?」

 

立ち上がった翼は、正面からジュリアを見据える。

その目は、笑ってもいなかった。怒ってもいなかった。どこか感情さえ失っているように見えるその目は、しかし目を逸らせない圧力を放っていた。

 

「私は静香ちゃんの代わりじゃない。伊吹翼。一人の、アイドル。静香ちゃんが欲しいなら他を当たって下さい。私を代役としてしか必要としてない舞台に立つつもりはないですから。」

 

飲んでいた紙パックをゴミ箱に捨て、ジュリアを一瞥して部屋を出ようとする翼に、俺は後ろから待ったをかける。

 

「待てボケ翼。ちょうどいいだろ。歌の仕事だ。伊吹翼を見せてこい。今回は、ブレーキなしで突っ込んでいいぞ。ジュリア、今のはお前が悪い。責任とって持ってけ。瑞希、支えてこい。今回のじゃじゃ馬はワケが違うぞ。」

 

「その言葉を待ってたよ、大河。本気、出していいんだよね?」

 

「その代わり仕事はダンスがメインじゃない。やれるならやってみろ。…まさか、昨日のが限界ってわけじゃねえだろうな。」

 

「勿論!」

 

目の前でトントン拍子に進む話。了承したわけでもない当人が待ったをかけるのは当然のことと、ジュリアが声を上げる。

 

「おい!待ってくれよタイガ!確かに実力を知らないままに侮ったのは悪かったけど、まだ一緒にやると決めたわけじゃない!」

 

「一遍歌わしてみろ。言いたいことはその後で聞いてやる。」

 

「…タイガがそう言うなら。でも、あんまりな出来だったら追い返すからな。」

 

「誰に言ってるんですか?ジュリア先輩?」

 

視線をぶつけながら部屋を出ていく二人。

扉が閉じられたタイミングで、瑞希も手にしていた本を閉じた。

 

「いけるか、瑞希。思ってたより翼、暴れそうだけど。」

 

「絶対はないですから。確約はできません。ですが、仲間と紡いだ時間を誤魔化すことは、絆の否定にほかなりません。」

 

「…なんか変な本でも読んだか?言い回しが分かりにくいぞ。」

 

「では、簡潔に行きましょう。結果で語りますので、まあ、期待はしていて頂けると嬉しいです。」

 

少女は小さな会釈に笑みを浮かべて、部屋を出ていく。

 

少女達は、成長した。

俺がいないことで、頼れる人間を失ったことで、背負うものも、覚悟も、より深まったのだろう。

それは嬉しいことで、しかし同時に、その成長が見られなかったことを、少し寂しくも思う。

 

(まあ、構わねえさ。)

 

彼女達の成長は、まだ始まったばかり。

続く彼女らの躍進を見据えられるだけ、幸せと言えよう。

 

 

 

 

 

 

翌日から、本格的な彼女達のレッスンが始まった。

それと同時に、俺にも圧倒的量の仕事が降り掛かってきた。

受け持つアイドルの人数は変わっていない。

そろそろ増やしても良いとも相談はしていたが、波が落ち着くまではそれも無理かもしれないとさえ思うほどだった。

 

大半のウェイトを占めているのは、移動と仕事の拒否の連絡。

移動に関しては、それぞれが別の場所で活動を始めるだけに仕方の無いこと。

紬の演劇に関してはまだ台本を渡された状態だが、既に現場入りしている。現場に慣れるためと、空気感を掴むため。

流石に初日から問題を起こされても堪らないので、俺は紬に付いている。

 

そして未来。彼女は曲の練習をするだけだが、作詞家に熱が入りすぎていて、自らレッスンルームを取り、自前でボーカルトレーナーを用意し、自分の希望の歌い方を伝授している。765のレッスン室を使ってくれた方がこちらも移動が楽で助かったのだが、既にやる気十分の作詞家にケチをつけるわけにもいかず、そのレッスンルームにも出向いて挨拶をして来た。

 

翼と瑞希は765でのユニットレッスン。ジュリアから連絡は来ていないが、拒絶されるような実力でもない。ここは問題が起きなければ放置していても大丈夫だろう。瑞希を出したのはその為だ。問題も起きないと言って過言では無い。

 

そして、静香と志保。期せずして対決という形になってしまった二人。元々赤羽根さん担当だったということで、志保は赤羽根さんが担当している。そちらに気を割く必要はない。

問題は、静香の方。

彼女にとって、一人での仕事は初めて。

勿論未来も紬もそれは同じだか、静香の場合、いつも頼ってきていた親友がライバル。

相談できる存在が居ない中で、やり抜く必要がある。

俺も他の仕事を見なければならない。ずっと横にはいてやれない。

 

その時思い出されたのは、北沢陸の顔。

 

(…いくらアイツが友達少ないからと言って、ゼロではないだろうし、最悪家族に相談もできるだろ。確かアイツ、()がいるって言ってたしな。)

 

「おっと。」

 

スマートフォンが振動し、新着メールが来たことを知らせる。

 

そんなことを気にしている場合では無い。

まずは、返信しても返信しても減らない、仕事のメールを片付けなければ。

 

 

 

 

 

 

 

「さて。久しぶりだな。志保と一緒に動くのは。」

 

「そうですね。」

 

赤羽根の運転する社用車の後部座席で、窓枠に肩肘をつきながら、北沢志保はそう答えた。

今回の仕事、静香と志保は同事務所とはいえライバルになったわけで、流石に勝敗をつけるオーディション形式で共に行動するのはどうかと言う話があがり、ユニットのために借り受けられていた志保を赤羽根が担当するということで話が着いた。

 

「気のない返事だな。やっぱり大河君の方がよかったかい?」

 

「ええまあ、それは。」

 

「…あんまりストレートに言われるとくるから、できればオブラートに包んでもらえると助かるよ。」

 

「プロデューサーのこと、信頼してないわけじゃないですよ。むしろ手腕に関しては大河よりも安心できます。でも、大河の方が気楽ですし、それに…。」

 

「大河君のこと、好きなのか。」

 

「はい。」

 

「…意外だな。そういう素振りを見せるタイプじゃないと思ってたよ。」

 

「まぁ、告白する前に振られたので一々気にするだけ馬鹿馬鹿しいかなって。ひた隠しにするほどのことでもないですし。」

 

「じゃ、今回無事に一位を勝ち取って、格好いいところ見せないとだ。」

 

「勿論…そのつもりですよ。」

 

先程までの抑揚のない返事とは違い、最後の一言には殺した感情がみてとれた。

無理に感情を押し殺したような、そんな言葉の詰まり方だ。

 

「志保。はっきり言うよ。今回のオーディション、全メンバーが開示されてない以上、明確な指標を出すことは難しいけれど、現時点で一番の強敵は、765プロダクション所属、最上静香だ。そしてもう一つ付け加えるとすれば、今の志保の歌じゃ、静香には敵わない。」

 

「…随分はっきりと言うんですね。」

 

「ぼかしてあげた方が嬉しかったかい?」

 

「いえ…現実を見ない限り、理想は越えられませんから。それに、単純な力比べだけで、アイドルは語れません。」

 

「その想いは大いに結構。少なくとも前のライブは、ストロベリーポップムーンにEScapeは劣っていなかった。でも、オーディションじゃそうはいかない。あるもので戦った君達の戦い方は素晴らしいとも思ったけど、今回君を評価するのは審査員で、ファンじゃない。彼らが細かい工夫を得点としてくれるかは、分からない。」

 

「でも、ないものはないので。…増やしますよ、あるもの。時間はあんまりないですけど、できることをやらないのは性にあわないので。」

 

「そうかい。じゃ、俺もできることくらいはしておかないとな。」

 

赤羽根はスマートフォンを取り出し、下書きにあったメールを取り出す。

文書におかしな点がないかを確認し、送信ボタンを押した。

 

「…では、一つできることをお願いしてもいいですか?」

 

「なんだ?志保から頼み事なんて珍しいな。」

 

「律子さんが…もし彼女が悩んでいるようでしたら、手助けしてあげて欲しいんです。」

 

「律子が?何か悩んでいるのか?」

 

「確実ではないんですが、ライブ終わりの律子さんは少し元気がないように見えました。私達の前に出さないようにして、ですけど。」

 

「理由に何か思い当たる点は?」

 

「こんなこと言うと、失礼かもしれないんですけど。何もできなかったから。自分しかそれは出来ないと息巻いていたのに、それは自分じゃなくても良かったんだって。そう思ってるから、かも知れません。」

 

「EScapeにとって、律子は不要だったってことか?」

 

「いえ、そんな事ありません。結局、最後に私達に答えを授けてくれたのは奏多さんでしたけど、律子さんが居なければそこに立つことさえ私達にはできなかった。場所をとって、トレーナーに依頼して、ライブまで練習をすることは、当然のように見えてプロデューサーがいないとできない事で。壁を破ってくれる存在が私達には必要でしたけど、道を用意してくれる人がいなければ、壁にすら辿り着けない。当然のことです。律子さんには、頭が上がりません。」

 

「そこまで分かっているなら、自分で言ったらいいじゃないか。なんでわざわざ俺を通すんだ?」

 

「身の程は弁えています。ただの子供の身で、そこまで踏み込むのは大河くらいです。そういうことは自分より経験が深い人が言ってこそですから。私は、何も知りませんから。せめて、もっと世界を知ってからじゃないと。」

 

「だから受けたのかい?静香と競って、千早と戦う、この仕事を。」

 

「それもありますけど。…静香に言わないでくれます?これから言うこと。」

 

「…聞かれたくないのか?話すなって言うなら話さないし、無理に聞くつもりないよ。」

 

「負けたくないんです。静香にだけは。ずっと私の後ろに居て、私が手を引いて。その関係は私にとっては歪な心地良さを与えてくれていましたけど、静香は足を踏み出して、私の隣に立った。それは歓迎すべきことで、成長を祝うべきよいことで。でも…それ以上は行かせない。私が先輩で、私がアイドルとして上で、それを示したい。恋敵としても、友達としても、一人の人間としても、まだ追い越されるには早いんです。」

 

「負けたくない、か。」

 

「才能の一言で諦められないんです。静香にはあるし、私にはないけど、それでも負けない、負けられない。私が私のプライドを誇るために、絶対に、勝ちます。」

 

才能、それは今何より赤羽根が感じていること。

頼れる仲間は、時として同じ目標を競い合うライバルになり得る。

 

(俺もまだ、負ける訳にはいかないな…。)

 

「志保、今日はこの後予定あるか?」

 

「この後は事務所に戻って少し歌の練習をしてから帰ろうと思ってましたけど…なんですか?」

 

「2時間、貸してくれ。最強のボーカルトレーナーを用意した。」

 

赤羽根は、スマートフォンのメールフォルダに届いた、北上麗花からの絵文字だらけのメールを確認し、ハンドルを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 



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I will wing for __

 

「大河君!」

 

「プロデューサー!」

 

「タイガ!」

 

「うるせえ!」

 

期間が少し空いたある日。

未来、紬、ジュリアの三人が、共に俺のデスクに物凄い剣幕でにじり寄ってきて叫んだ。

 

「だって〜!大河君一回も現場に来てくれてないよ!あの作詞家の人張り切っててちょっと怖いし!」

 

「な…!演劇の稽古場に来ていないと思ったら、春日さんの方を見に行っていたわけでもないのですか!?アイドルを捨て置いてパソコンとにらめっこなんて、あなたには人の心が無いのですか!?」

 

「おいタイガ!いい加減に今日はもう少し粘ってみろ以外の答えを聞かせてもらうぞ!あんなに自信満々だったツバサが、まるで使い物にならない!抑揚も、転調も、はっきり言ってメチャクチャだ!ライブも迫ってる!もう限界だ!今日中にどうにもならなければ突き返すぞ!」

 

「…一遍に面倒事持ってきやがって。もうちょっとこう、分割できないのか。せめて一日おきくらいに。」

 

「そもそも…人が話してるんだからイヤホンくらい外せ!」

 

ジュリアが荒々しくイヤホンを引っ張ったことで、パソコンに接続されていたイヤホンが引っこ抜かれ、再生されていた曲が大音量で部屋の中に響く。

 

その瞬間、あれ程騒いでいた三人は、言葉を失った。

流れ出したのは、静香が歌っている音声。

加工もチューニングもしていない、生歌をスマートフォンで撮影しただけの音声が、三人の動きを止めた。

俺はパソコンを操作し、停止ボタンを押す。

 

「悪いな。ちょっと成長期の面倒見てたんだ。しょうがねえから今日は構ってやるよ。ほら、一人ずつ言ってみろ。」

 

「い、今の静香ちゃん!?前から凄いと思ってたけど、こんなに…!」

 

「いや感動してるのは分かったけど。何か相談があってきたんじゃないのか。」

 

「こんなの聞かされたら悩んでる場合じゃないでしょ!早く練習して静香ちゃんに追いつかないと!じゃ!」

 

未来は大暴れして荷物を持って部屋を出ていく。それでいいならこちらも楽だが。

しかし部屋を出る直前、彼女は閉じる扉から顔を出して、言い残して行った。

 

「あっ!大河君、今度ちゃんと見に来てね!私、静香ちゃん程じゃないけど、ちゃんと上手くなってるんだからね!」

 

「台風みてえなやつだな…。で、紬は?」

 

「私も春日さんと同じです。これといった相談のつもりできた訳ではありません。忙しいのは分かっていますが、プロデューサーにはアイドルの仕事模様をもう少し把握していて欲しいということを伝えに来たのです。」

 

「あ?相談ねえの?意外だな。あのキャラ、恋愛絡みの心情割と多めだと思ってたけど。その辺指導入らなかったのか?」

 

「ええ。監督さんから二、三問題点を頂くこともありますが、十分修正可能な範囲です。…初回よりも私も幾分か成長しています。その度合いくらいは見に来て頂きたいと。お伝えしましたからね!」

 

一礼を俺とジュリアに一つずつして、紬は部屋を退出した。

残ったのは、静香の歌声を聞いてから固まって動かないジュリア。

 

「なあタイガ。今からでもいい。一日二日くれればいい。静香をアタシに預けてくれ。静香なら、それで十分歌える。」

 

「お前にとって、最上静香はそれほどか。」

 

「だから聞かせたんだろ。アタシに。今の歌声、生歌で、音質も高くなくて、それであれだ。アタシのライブに登場するだけで、アタシごと喰われてもおかしくない。自慢じゃないが、アタシの注目度は最近じゃ割と上がってきてる。静香に損はさせない。だから…頼む。」

 

ジュリアは、頭を下げる。

それほどに、彼女は静香のことをかっているらしい。

 

「頭を下げられてもな。アイツは今、姉妹喧嘩中なんだ。何を言われても貸したりできねえよ。それに、お前には静香以上の才能を渡してるだろうが。」

 

「ツバサを、ダンサーとして使えってことか?ダンサーが一人じゃ見栄えがしないし、ツバサクラスのダンサーを今から集めるのは無理だ。」

 

「ちげーよ。翼に歌を歌わせろ。どうせまだ歌わせて(・・・・)もねえんだろ。」

 

「散々歌わせた!でも、ツバサは使い物にならない。音程もてんでバラバラで、全体的に下に音がズレてる。それに、音程を直してもあの歌い方じゃツバサの声を殺すだけだ。あの低音ベースの歌い方は、ツバサには合ってない。」

 

「そこまで分かってんならお前が直してやれよ…っと。」

 

悪態をつきながらも、椅子から立ち上がる。

 

「一時間。一時間だけ付き合ってやる。それで直らなかったら、好きなだけ文句を言わせてやるよ。」

 

 

 

 

 

 

「プロデューサー?珍しいですね、顔を出すなんて。」

 

「何してんだ瑞希。お前がついていながら。」

 

扉を開けると、疲労困憊の様子の翼が地べたに寝転がり、瑞希がスマートフォンを構えながらパイプ椅子に座っていた。

 

「そこまで期待されるとむしろ困りますが…ストップをかけるより、そのまま進ませてあげた方が、翼さんのためになると思ったので。」

 

「あ!大河!聞いてくださいよ〜!ジュリアーノが私の歌を認めてくれないんです〜!私、全力で歌ってるのに〜!」

 

「はいはい。取り敢えず一回通しで歌え。今回の曲じゃない曲…『君との明日を願うから』でいいか。」

 

「なんでですか?今回の曲じゃないと…。」

 

「歌えばわかる。さっさと歌え。」

 

文句を呟きながらも、翼は歌った。

その歌は、ジュリアの言っていた話とは全く違っていて、歌いだしだけで十分だった。

 

「な…!?お、おいツバサ!ちゃんと歌えるのかよ!アタシとやった時はふざけてたってことか!?」

 

「まあ待てジュリア。翼を初めて歌わせた時、一人で歌わせたか?」

 

「…何の話だ、タイガ。アタシからもう話すことはない。ツバサを連れて出ていってくれ。」

 

どうやらご立腹のようで、俺の質問に答えようともせず、ジュリアは出口を指さした。

彼女は音楽を愛している。だからこそ、音楽に真剣に取り組まない人間を、彼女は好まない。今の翼のように、まるで俺が来た時だけか、ジュリアと歌っていない時だけ真面目に歌うように見えている人間は、彼女にとって世界一憎い存在と言えるだろう。

 

「いいから聞かせろ。お前のその態度、翼に失礼にも程があるだろ。本当にお前の思う通りなら、俺が認めるわけが無い。なんなら答え合わせだけでいい。歌わせたことないだろ。一人でも、その合わせてた曲以外も。」

 

「それが?なんだっていうんだ。」

 

「瑞希。曲、録画してるだろ。翼とジュリアが歌ってるやつをくれ。」

 

「はい、どうぞ。」

 

俺は瑞希から手渡されたスマートフォンの再生ボタンを押し、その動画を再生する。

そこから流れる音楽は、ジュリアの言う通り良いものとは言えなかった。

ジュリアの声は音取りから何まで完璧だが、翼の声が上下して、それがノイズとなっている。

 

「ま、今回はジュリアが勘違いしていることが悪いってわけじゃねーしな。お前にごちゃごちゃ文句を言うのはやめておこう。」

 

俺はイヤホンを外し、不機嫌なジュリアに落ち着くよう促し、翼の方へ体を向け直す。

 

「今回悪いのはお前だからな、翼。」

 

「え…?なんで!?私、手なんて抜いてないよ!本気だった!私、そんなこと―――」

 

「そんなこと心配してるわけねえだろ!」

 

「痛い痛い痛い痛い!ぐりぐりやめてぇ!」

 

俺は翼の頭を両サイドからぐりぐりする。

これは律子の姉御の普段の動きを研究し尽くして習得した、頭ぐりぐりver.2だ。その威力は従来の威力の約3倍。

翼には効果抜群だろう。

 

「お前の今回の悪い点は3つ。1つは伊吹翼の本気を出さなかったこと。」

 

「ほらやっぱりそうじゃないか!ツバサは本気じゃなかった!それは、私にとって一番許せないことだ!」

 

「最後まで言わせろよ…。違うぜジュリア。伊吹翼の本気を見せなかっただけで、翼は本気を出していた。お前がバカにしたそれが、翼のサブボーカルとしての本気だ。」

 

「…はぁ?」

 

「つまり…お前に遠慮した歌い方をして、翼は全力を出せていなかった。」

 

「…アタシに?」

 

「前回のライブ、翼は伊吹翼として全力を出した。それは、全力さえ受け止められる静香の歌唱力と、他の歌声に掻き消されない未来の歌声があったから。でも今回は違う。ジュリア、お前がメインで翼がサブだと、どうしたって低音でメインを張ってるお前に対して、高音のサブである翼が浮く。声量を絞ればお前に力負けして、声量を上げればお前のボーカルへの異質感になるおまけ付きだ。だから翼は、自らを低音側に持っていって合わせようとした。いくら天才って言ってもな、まだアイドルになって二曲目だ。そんな道理は通らない。」

 

「アタシの…アタシのせいだっていうのか!?」

 

「だから違ぇってさっき言っただろうが。悪いのは翼だ。翼、お前の悪いとこその2。相談しろ。初対面なんだから力量だって把握出来てない。そんな状態で普段と違うパフォーマンスを試すなら、まず周りに言え。」

 

「…ごめんなさい。」

 

「ついでに3つ目。できないことをできないまま押し切ろうとするな。お前の実力があればあるいは修正しながらやって見せるかもしれないけど、お前の集中力はミスを正確に把握しないと修正力が働かない要素だ。他人の歌声が混じったまま自分の修正点を探すって、聖徳太子じゃねえんだから。一旦練習を離れて自分の正解を見つけてからにしろ。以上だ。」

 

「悪かった!」

 

俺の言葉の終わりを掴んで、ジュリアはすぐに翼に頭を下げた。

それは誇るべき姿勢ではあるが、今回の発端は翼だ。そのジュリアの勘違いも、翼が一言言えば起こるはずのなかったこと。

 

「反省すべきは翼だ。お前の謝意は分かったけど、あんまりされると翼が図に乗る。止めとけ。」

 

「いや。アタシも決め付けで判断した部分はあったし、それで萎縮したなら言い出せない空気になってたかもしれない。それに、『表面だけで人のこと見てるやつはろくでなし』、だろ?」

 

「…ま、気の済むまで謝ればいいんじゃね?」

 

人の黒歴史を持ち出してまで謝りたかったのか、あるいはたまには俺に反撃をしたかったのか、真相は定かではないが、やりたいようにやらせておけばいい。

俺は、能天気に端で拍手している瑞希に声をかける。

 

「なに呑気にしてんだ。瑞希、俺はこうならないようにお前を送ったんだ。なんで見過ごした。お前は気付いてたはずだろ。」

 

「いえ。プロデューサーが来なければ後少しで面白いものが見れると思いまして。伊吹さんのことです。一度掴めば、ライブまでには間に合わせるでしょう。」

 

「…それは最上静香の劣悪なレプリカにしかなり得ない。俺は、伊吹翼として飛ばせるべきだと思ってる。」

 

「そういう意味では、プロデューサーはベストなタイミングで来たのかも知れません。今の伊吹さんは、伊吹さんの歌と、ジュリアさんの声と、最上さんの声と、そして自分の失敗した経験があります。…これも計算の内、ですか?」

 

「そんな計算づくでプロデューサーしてねぇよ。俺はお前らを信じるだけ。たまに助言して、裏方するだけだ。おいジュリア。謝り終わったか。そしたら翼だけ引き取って別部屋で練習さすけど、それでいいか?」

 

「そのことなんだけとな、ツバサ。一つ提案があるんだ。…この歌のメイン、任されてみないか?」

 

「え…?」

 

彼女の口から零された一言は、想定内ではあったが、予想外の言葉だった。

初めてジュリアと翼の歌の録音を聞いて、気付いた。

翼をこのままサブで練習させるより、翼とジュリアのメインサブを入れ替えた方が、話が早い、と。

ジュリアの声は支えにも向いているし、この曲は高音の翼が自由に歌った方が雰囲気にあっている。

ジュリアの歌の上手さは折り紙付き。今からサブに回っても問題なく歌いきるだろう。

ジュリアがサブに回ることに、何の問題もない。

これが、ジュリアのライブということを除けば、だが。

 

「本気で、言ってるんですか?私はジュリアーノにも負けるつもりはないですけど、でもこれは、ジュリアーノの曲ですよね。それを、そんな簡単に。」

 

「簡単にじゃないよ。アタシだってアタシが前に居ないことは悔しいさ。でも私にはギターがある。歌だけに集中することはできない。…それに、見てみたいんだ。ツバサが全力で、吠える歌を。」

 

「ジュリアーノがそれでいいなら、私は全力で挑みますよ。」

 

「ハモリは、ミズキに任せたい。少しメインが荒れるけど、頼んでいいか?」

 

「ええ。誰がメインであろうと、元よりそのつもりです。」

 

「…ライブメンバーは決まりだな。それじゃ、ユニット名でもつけておくか?」

 

「アタシ達にそういうのは要らないよ。今回組んで、もうこの三人で組むことはきっと二度とない。一夜限りの全力投球だ。」

 

翼とジュリアが、それぞれのパートの音程を確認して、練習して、そして瑞希のハモリも合わせて、ちょうど一時間。

彼女達のスタートの歌が、締めくくられた。

 

 

 

 

 



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Begin to walk that road, with you.

 

 

「な、なんなん!?」

 

「おい、何をウチのアイドル虐めてんだよ。」

 

翌日、本番まで折り返し地点まで迫ってきたということで、たまにはと紬の現場へと足を運んでいた。

しかし現場で見つけた紬は、なぜか他の出演者らしき人達に壁に押しやられていた。

というか、その後ろ姿は最近見たばかりのもので。

 

「凛…。なんでここにいる。」

 

「あれ、大河。久しぶり…じゃなかったね。そういえば。」

 

振り向いた少女は、渋谷凛。

ということは、隣にいる茶髪の女性は。

 

「本田未央、か…。」

 

「ん?なになに!?みおちゃんのことを知ってる人はっけーん!あれ?見ない顔だね!見学の人!?私は本田未央!よろしくね!」

 

「北条大河。よろしく。」

 

「あーっ!君が噂の大河君!?話はしぶりんからよく聞いてるよ!よろしくねー!」

 

本田未央。

島村卯月、渋谷凛と共に、『new generations』を構成する3人目のメンバーであり、現在は演劇で活躍を見せる、346プロのアイドルである。

 

「この作品、本田未央も凛も参加してなかったはずだろ?何してんだ?」

 

「一人初日にキャストを降りた人がいて。未央はその代役。私は今日見学で来させてもらってるだけだよ。」

 

「ぷ、プロデューサー、この方、お知り合いなのですか!?先程の目、私をライバルとして仕留めるつもりの目でした!346プロダクションとは、そんなにも物騒なアイドル事務所とでも言うのですか!?」

 

「隠れんな隠れんな。ヒールで隠れんな。」

 

「あっはは!つむつむ、大河君からはみ出てるじゃん!」

 

「初対面でも俺は遠慮なくグーで行くぞ?」

 

「なっ…!たとえプロデューサーでもそんなこと許しません!本田さんは私のことを気遣ってくださる、優しい方ですから!」

 

「あっ!つむつむまた本田さんって呼んだ!みおちゃんでいいのに!または未央でも可!」

 

「…なんか面倒なことになってんなぁ。」

 

問題になってなかったと放置しておいたら、何故か紬が346プロのアイドルに絆されていた。

本田未央には演劇の経験があるうえに、この陽キャっぷりだ。

確かに困っている紬を介護しそうな存在ではある。

こちらとしてはもう少し一人でも活動できるようにしておきたかったのだが、わざわざ好意を無下にする必要もないだろう。

 

「どーもな。本田さん。ウチの紬が迷惑かけたみたいで。」

 

「ん?全然!つむつむには私が先輩にしてもらったことを返してあげてるだけだから!私、弟いるし、年下の子の対応とか慣れてるから!」

 

「そいつ高二だぞ。」

 

「えっ。」

 

「ちなみに俺もお前と同年代だからこれ以上のボケは要らないぞ。」

 

「えっ。」

 

フリーズした本田を放置して、俺はこの演劇の台本に目を通す。

作品としてはよくある、姫のために戦う侍達の物語。

メインは侍達の殺陣。紬が務める姫役は、最後に助けられて少しシーンがあるだけ。これならば初心者の紬にもと思い仕事を請け負うことを決めたが、そこで隊士の一人への恋愛描写がある。

それを乗り越えればこの作品での紬の成長は十分だと考えていたが。

 

「ところで、本田の役はなんなんだ?」

 

「これまでと同じように接していいなんて、つむつむはなんて優しい先輩なんだ〜!…ん?私の役?」

 

紬に土下座さえ敢行していた本田は、砕けた態度への許しを得て抱きついていたところで、ようやくこちらに反応した。

 

「私の役はメインの子だよ。台本だと隊士Aって書いてあるかな?」

 

隊士A。それは、この作品の主役で、紬の恋愛相手。

合点がいったと共に、溜め息が出た。

初日から主役級が降板。その代役として346プロからの代役の派遣。

降板したという時点で元の役者に何かあったのは間違いないだろうが、問題は代役。

武ちゃんではないだろう。彼はそんなに好戦的ではない。

 

(専務か…。)

 

降板までは偶然。しかしぶつけてきたのは確実に狙って。

765から紬を出すことは周囲も知っている。

これは美城専務からの挑戦状ということだ。

 

(怠い喧嘩吹っかけられたなこりゃ。)

 

静香のことも、未来のことも、翼と瑞希のこともある。

これが、複数人背負うこと。

これが、プロデューサー。

これでようやく、スタートライン。

 

 

 

 

 

 

俺が来ているということで、監督はわざわざ紬の喋るシーンを合わせてくれると言った。

が、肝心の紬がボロボロだった。

 

「あれ?紬ちゃんどうしたの?前回のあの全力の演技はどこいっちゃったのさ!」

 

監督はそういうが、まあそんなことを言って不調が直るタイプでもない。

何度かリテイクするが、セリフも噛みまくり、棒読みも酷く、前に自慢していた監督にも認められているという紬の演技は、そこには微塵もなかった。

 

「ま、そしたら一旦休憩いれよっか。紬ちゃんも、深呼吸して、水でも飲んでからリトライしよう。」

 

監督の好意により、一旦練習はストップ。

俺の元に戻ってきた紬に、俺は声をかけた。

 

「どうした?俺に見せたい演技があるんじゃなかったのか?」

 

煽るように言うも、返事はない。

それほどに緊張しているのか、あるいは何か問題があるのか。

 

「あの、プロデューサー。大変な失礼なお願いではあるのですが…。」

 

「ん、なんだ。言ってみ。」

 

「帰っていただけませんか!?」

 

耳がキーンとなった。

他のキャストの人もその大声にこっちを見ているし、当の本人は紅潮させた顔で真剣にこちらを見ている。

どうしていいかも分からず、呆然してた俺の手を掴んで、凛が俺をスタジオから連れ出した。

扉を閉めたタイミングで中からワッとどよめく人の声がしたが、その内容までは掴めない。

俺はその時も未だに手を掴まれたままに着実に、出口へと向かっていたからだった。

 

「この辺ならもういっかな。」

 

「なんで俺連れ出されてん?」

 

ようやく凛が手を離してくれたタイミングで、ずっと疑問だった言葉をぶつける。

紬に追い出された理由など、思いつくはずもなかった。

 

「俺なんかやっちゃいました?」

 

「うーん、まあ白石さんからしたらだいぶやり辛かったんじゃない?」

 

「あいつが来いと言ったが?」

 

「…じゃあ無自覚かな。今回は大河に非は無いし、別に気にしなくてもいいと思うよ。」

 

「原因が分かってるなら聞きたいんだが。これからずっとこの調子でも困るし。」

 

「うーん、ダメ。ライバルの手助けするほど私も余裕あるわけじゃないし。強いて言うなら、もう多分来ない方がいいかも。」

 

「俺が原因で緊張なり何なりしてるってことか?知り合いの前だと恥ずかしい的な?」

 

「そういう側面はあるとも思うけど…いや、言っちゃえばそれも正解なのかもしれないけど、50点くらいかな。その回答は。」

 

「つったって、その100点とやらの回答を貰えないままに帰るわけにも行かねえだろ。挨拶回りもしないとだし、そもそも紬の出来は見ておかないと。」

 

「じゃあ、私達と見に行く?」

 

「あ?」

 

凛はカバンから関係者席のチケットを取り出し、こちらに見せてくる。

 

「大河も持ってるんでしょ、関係者席。私達と一緒に本番見に行くなら、白石さんの邪魔にならないようにしてあげられるけど。」

 

「本番まで行くなってことか?」

 

「そういうことじゃない?」

 

凛が指さす俺のポケット中の機械は、紬からの謝罪と、凛からの申し出を断るわけにはいかなくなるほどの、見にこなくていいという旨の文章が長々と綴られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、紬もとはね。流石大河。ろくでなし。」

 

「何がろくでなしか説明してから罵ってもらえる?俺も原因分かってないのに。」

 

「分かられても困るから二度と思考しないでもらっていい?」

 

「いいわけないだろ。」

 

夕方。太陽は既に落ち、街灯がつき始める頃合の時間。

俺は事務所近くのカフェに、志保と来ていた。

 

「それにしても、なんか久しぶりに話したな。謹慎前に話して、そっからライブ翌日に話して終わりだもんな。」

 

「本当は今日も誘われるつもりなかったんだけど。ていうか事務所にいた私を強引に連れ出したのは大河じゃない。」

 

「赤羽根さんに誘拐されてから喋れてなかったしな。たまには喋れないと志保ルートが閉ざされるぞ。」

 

「ええそうね。どこかの馬鹿は少し見ないだけで新しいルート開拓してるし。もう少し監禁しておくべきだったわ。」

 

「物騒な言い方すんなよ。通報しようかと思っちゃうだろ。」

 

「…それでも、大河とは話す訳にはいかないでしょ。私と大河は、ライバルなんだから。」

 

俺の皮肉をぶった切って、志保は目の前のグラスに入ったコーヒーを眺めて呟いた。

 

「…別に俺とお前がライバル同士なわけじゃないだろ。」

 

「でも、大河は静香を応援するんでしょ?それじゃあ、私の敵ってことになる。」

 

「お前も応援してるよ。俺らとしては、どっちが勝ち上がっても765vs765の構図は作れる。そこで千早姉が勝ってもチャレンジャーが勝っても、俺らには損は無い。」

 

「それは、プロデューサーとしての意見でしょ。北条大河としての意見は?」

 

「質問の仕方がズルいぞ。」

 

「先に回答でズルしたのは大河でしょ。」

 

それを言われれば、言い返す言葉もないわけで。

 

「それでも俺は、お前が頼ってくるなら応えるつもりだ。赤羽根さんができなくて俺ができることなんて、たかが知れてるだろうけどな。」

 

「それは、静香に頼られている途中でも?」

 

「それでも、だ。そんな状況で俺に何ができるは知らねえけど。」

 

「…じゃあ、一つだけいい?私の出番だけでいい。私が歌う、5分間だけでいいから、私の事だけ応援して。私だけを見ていて欲しい。」

 

「フルで歌うのは最終選考だけだ。もう残ったつもりかよ。」

 

「ええ、勿論。」

 

「俺が応援しても、実力がつくわけじゃねえぞ。」

 

「分かってるわよ。」

 

「…本当に、5分だけでいいんだな。」

 

「欲を言えば…なんて呑まれるほど、きっとバチが当たるわ。5分もあれば充分よ。だってこれは、初めて私だけを見てもらう5分なんだから。」

 

その当てつけに、俺が返す言葉はない。

俺の視界の中心には、いつだってアイツがいたから。

 

志保は財布からお金を取り出そうとしたが、それは俺が断った。

ここで志保に金を出させれば経費で落ちない、なんて、男の見栄もへったくれもないことを言い放って。

 

「静香のレッスンがもう終わる。乗ってくか?」

 

「今静香に会っても、ちゃんと話せる自信がない。私は自分で帰れるから、静香のこと送ってあげて。」

 

「そういうだろうと思ってたよ。ヘルメット被って先乗っとけ。静香のレッスンが終わるまであと30分ある。お前ん家に送って戻って、それでちょうどくらいだろ。」

 

「腹の立つ気遣いね。殴っていい?」

 

「いいわけないだろ。」

 

志保が後ろ側でヘルメットを被っていることを確認してから、俺はバイクのアクセルを入れた。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様。」

 

「…まだ居たんだ。」

 

「そりゃな。帰る時言えよ。送っていくから。」

 

「また、気遣って貰っちゃった?」

 

「ああ。アイドルとプロデューサーなんだ。遣うだろ、気くらい。」

 

「…大河さ。なんか、面白い話してよ。」

 

「なんだその合コンの時に振られる最悪な質問の形式の話題の振り方は。」

 

「いいから。してよ。」

 

「面白い話だぁ?そうだな…。最近だと仕事でミスした赤羽根さんが溜息をついてたこととか?」

 

「それは大河にとって面白い話でしょ。むしろ赤羽根プロデューサーの配属なんだから、私にとってはマイナスじゃない。他!」

 

「他にだぁ?後は…ってなんで話題振って拒否されてんだ俺。面白い話なんてそういくつもねぇよ。なんでそんなこと聞く。なんか、悩みでもあるのか?」

 

「…そういうの、かな。」

 

「は?」

 

「私がなにか悩んでるとするなら、大河の、そういうところかなって。そうやって気を遣われるの、なんかやだなって。きっとアイドルとプロデューサーって関係ならこれくらいは当たり前で、私はありがとうを伝えるべきなんだろうけど、私は大河とそんなよそよそしい関係性になるの、嫌だなって。」

 

「俺は前までも気を遣ってたぜ?そういうのに気付けるように、成長したんだよ、お前が。」

 

「ううん。大河は気を遣ってる。その返答だって、どうせいつもみたいに用意してたんでしょ?中学生の時はいつも志保と口喧嘩して、私の事イジって、でも、あの瞬間が一番楽しかった。人は変わらずにはいられない。それは関係性だってきっとそう。でも私は、それを取り繕いたくて仕方ないの。」

 

「…難しい相談だな。仕事の話をして、スケジュール管理をして、精神面のケアをして、それでいて今まで通りでいなきゃならねえなんてな。プロデューサーってやつは、大変だ。」

 

「違うよ。前の大河みたいに戻ってくれればいいの。常に悩みが無いか腹の中ずっと探ってるみたいな感じじゃなくて。」

 

その図星を突かれて、俺はどデカいため息をついて、背もたれに体重をかけた。

 

「そんなに、余裕なかったか、俺。」

 

「うん、なかったよ。翼のことがあってからは、特に。…なんか、トラウマになってるみたいだよ。」

 

それは、静香の言う通りで、本当にトラウマになっているのかもしれない。

原因は分かった。でも、二度と起こらないという保証は無い。いつかまた俺がやらかして、アイドル達の道を閉ざしてしまうかもしれない。

 

責任。

この二文字を意識するようになったのは、きっと俺が大人になったからで、きっとこれまで通りじゃいられなくなったからだろう。

これまでの俺は、きっと人を救うことに面倒を見てやるくらいの気持ちでしか挑んでこなかった。

でも、今は違う。

怖い。失敗することが。

 

北条大河とは、こんなにも弱い人間だったのか。

北条大河とは、こんなにも脆い人間だったのか。

 

「大河ってさ。プロデューサーっていう職業のこと、勘違いしてると思うの。」

 

「あ?」

 

思考を遮ったのは、静香の声だった。

 

「気遣ってもらえるのは嬉しい。大切にしてもらえてるんだなとか、気にしてもらえてるんだなとか、その人の想いが伝わってくるから。だから、私の気遣いもちゃんと受け取って欲しい。下手すぎて、届かないかもだから、ハッキリ言うけど。…私、ちゃんと志保と戦えるよ。友達で、お姉ちゃんみたいな存在で、私の手をずっと引いてくれていた志保とでも、私は戦える。ううん、戦いたいの。それで、ちゃんと証明したい。志保が居なくても私はこんなに強くあれるんだってこと。それでも、私は志保と一緒に居たいってことも。だから、私の事ばっかり心配しなくていいよ。私の事ばっかり見てなくていいよ。今、支えて貰えなくても、私を支えてくれる人が居るってことが分かれば私は平気だから。」

 

「お前のことだけ気にしてる訳じゃない。比重は寄ったかもしれないが、俺はプロデューサーしてるよ、ちゃんと。」

 

「白石さんのところ、今日初めて行ったんでしょ。翼と瑞希のところは一度行ったきり。未来のところにはまだ行ってもない。」

 

「紬からはもう来るなって言われたよ。翼のところはもう俺無しで大丈夫だ。未来もレッスンルームには行けてないが歌はきちんと聞いてるし、作詞家からレポートは送られてきてる。問題は、ないよ。」

 

「最近、志保と話した?」

 

「ああ、さっき話してきた。まああいつは赤羽根さんの担当だ。何かあっても赤羽根さんならなんとかしてくれるよ。」

 

「じゃあ、望月さんとは?横山さんは?このみさんは?杏ちゃんは?灯織さんは?大崎さん達は?」

 

「会ってないからな。話すこともないさ。」

 

「前は、電話もしてたのに?」

 

その言葉に、言い返すことも出来なかった。

あの静香にカマにをかけられたと、返すことも出来なかった。

 

「ほら。大河、全部に余裕がなくなってる。今まで普通にしてきたこと、できなくなってるよ。」

 

「仕事が増えて、忙しくなった。当然のことだろ。」

 

「それは、心も?」

 

今度こそ、返す言葉を出し尽くしたようだ。

俺の口からは、皮肉も言い訳も出ていくことはなかった。

 

「余裕がないのは、きっと考えすぎだからだと思う。確かに大河の言う通り、現実って厳しいし、世の中って辛いことも多いけど、世の中って案外優しくて、現実って案外幸せだよ。」

 

思えば、最近誰かと自然に話せたのはいつだろうか。

何の思慮も気遣いもなく話せたのは、稽古場で本田と話した時と、さっき志保と話した時の前半くらいではないだろうか。

 

「大河って、不思議だよね。誰よりもアイドルのこと信じてるのに、誰よりも自分のことを信じてない。アイドルが平気で越えられそうな段差にさえ、大河はスロープをかけようと必死になってるみたいに。どんな壁でも乗り越えられるとは言わないし、言えない。私にそんな才能も、時間も、勇気もないから。だから、ただ隣にいてくれたらいいよ。いつもみたいにすっ転んだ私を笑って、手を差し伸べて、背中を押してくれれば。等身大の大河でいいの。だから、止めたら?背伸び。」

 

「…生憎、背伸びをしないと小さすぎて気付かれないんでね。ヒールを履いた紬と変わらないとは自分でも思わなかった。」

 

「成長期なのは、心だけってこと?」

 

「うるせーな。そういうお前は伸びたのかよ。」

 

「伸びたよ?ちゃんと。」

 

「それにしては一箇所成長期から外された哀れな部位があるみたいだけどな。」

 

「どこのこと言ってるの?」

 

「胸。」

 

ドゴッ

 

「ぶん殴るわよ。」

 

「ぶん殴ってから言うな!遠慮すんなって言うから遠慮しないでやったのに!」

 

「それは遠慮してないんじゃなくてデリカシーがないって言うのよ。」

 

「ハハハッ。そりゃそうだな。」

 

思わず、心のうちから笑い声が出た。

思えば、いつか静香と志保に今まで通りつるもうと言ったのは、自分のようになるなと言う警告か、はたまた自分のことを助けてくれというSOSだったのかもしれない。

 

翼の時からじゃない。きっと俺は、加蓮の時から必死だった。必死すぎて、周りが見えていなかった。

 

救われてばかりだ。アイドル達に。

俺が折れても、曲がっても、彼女達は俺以上に俺のことを理解し、道標となってくれる彼女達に、俺は何を返せるのだろうか。

 

「勝とうな、静香。」

 

「ええ、言われなくても。」

 

俺と静香は、拳を合わせる。

 

―――返すとかじゃない、歩くだけだろう、共に。

 

 

 

 



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Go! Bastard!

 

 

「違うわ!ダメ!そんなんじゃダメよ未来ちゃん!もっと自由に!羽ばたくように!」

 

レッスン室に入ると、そんな怒号が耳に入ってきた。

その、美声である事には間違いのない声は、しかし違和感を伴うことでその感情をマイナス方向まで持っていった。

なんてったって、この口調で男である。

本人に言えば立ち所に否定されるであろうその事実は、彼、あるいは彼女が俗に言うオカマであることを示していた。

 

「オカマ先生。挨拶ぶりでご無沙汰してます。未来のプロデューサーです。」

 

「その呼び方止めろって言ってんだろ!…ジェニファー先生と呼んでちょうだい。」

 

「止めて欲しいならせめて髭は剃りきれ。つーか脱毛しろ。その髭の残り方にジェニファー要素はねえ。」

 

鎌野響(かまのひびき)、通称カマセン。自称ジェニファー。しかしそんな不名誉な渾名とは裏腹に、彼、あるいは彼女は数々のアイドルを表舞台まで押し上げる楽曲を作ってきた才能の持ち主である。

 

「私は女の子だから、『彼』は止めてちょうだい。」

 

「心を読むな。で、どうだよ、未来は。」

 

「…そうね。私の曲にピッタリな子ではあるけれど、やっぱり自分に自信がない瞬間がままあるわ。アンタ、とんでもないやつらと組ませたわね。」

 

「目に見える評価値だけが、背中を押してくれる。そういうことだろ。ある意味では未来が一番才能があるんだけどな。育てられないタイプの、先天性のものが。アンタもそれに惹かれて誘ったんだろ?ジェニファー先生?」

 

「それが分かってるならさっさとここに顔を出してアドバイスしていきなさいよ。私が言っても無駄。それくらい、アンタなら分かってるでしょうに。」

 

「ま、忙しかったもんでね。」

 

適当に会話を切り上げ、俺は休憩中の未来に近づいていく。

目を閉じ、指でトントンとリズムを測り、ボソボソと呟いている。

先程の自分の歌のミスを、組み直そうとしているのだろう。

 

「未来。」

 

「あれ?大河君!いつの間に!っていうか全然来てくれないじゃん!私、成長具合を見て欲しかったのに!」

 

「悪い悪い。忙しかったもんで。で、どんな感じだよ。もうマスターしたか?」

 

「うーん…。まだちょっと、かな。振り付けと音程は覚えたけど、その表現がうーんって感じ。」

 

「カマセンはなんて?」

 

「カマセン?あ、ジェニファー先生?ジェニファー先生は、もっと自由にーって言ってたよ。あとは翼が生えてるみたいにおおらかにって。」

 

「なるほどね。ま、その辺頑張れや。俺は伝えに来ただけだから。ライブ日程、決まったぞ。前回と会場は一緒。つまりはキャパやら客入りも一緒。違うのは、ステージ。今回は花道ありだ。好きに暴れて来い。」

 

俺は鞄から出した資料を、未来の前に広げておく。

それを珍しく真剣な目で見始めた未来を余所に、俺はレッスン室にあったパイプ椅子を広げて座り込む。

その様子を見ていたカマセンは、ジーッとこっちを見つめていたが、これが最適解だろう。褒めるのはその後でいい。

 

「あんまり見つめるな。キモイぞ。」

 

「あらやだ。乙女に見つめられてそんなこと言うなんて、綴じるわよ。」

 

「お前が乙女なのは星座だけだろ。綴じるな。」

 

「大河くーん!こことステージ、どっちが広いー?」

 

「横幅ならステージ。縦幅ならここだ。お前の立っている位置から五歩。大体縦幅はそのくらい。横幅で言えば両サイド2ターンくらい出来る。それ以上行くと客から見えなくなるが、すぐ壁ってわけじゃないから、ぶつかったりはしない。」

 

「花道って大体どれくらいの距離?幅は?」

 

「そんなに長い花道じゃないからな…精々長さ20m、幅は10mくらいか。明確や数字がほしければ調べるけど?」

 

「うん!お願い!」

 

カマセンは、俺のほうに擦り寄ってきて、小声で話した。

表現がキモくなるのはカマセン仕様。慈悲は無い。

 

「ちょっと。あんまりいじめるのは可哀想よ。もっと気にかけてあげなきゃ。女の子の扱いが下手ね、アンタ。」

 

「女の扱いは下手だろうな。デリカシーなさすぎて産まれる前からやり直せって何度も言われてきた。」

 

「そこまでは言ってないわよ。」

 

「でも、アイドル達が欲しいものは分かってるつもりだよ。分かってないこともあったけど。でもまあ、今回は正解みたいだ。…歌、聞かせてくれよ。まだ生歌は一回も聞いてないんだ。」

 

フンと鼻を鳴らして未来の前に戻るカマセン。

 

たった三分。

精々原稿用紙四枚分程度。

それだけで、春日未来のパフォーマンスは進化した。

北条大河が来てから、レッスン終了予定時間までの一時間。

そのうちの僅か30分で、彼女は楽曲を完成させた。

 

 

 

 

 

 

「大河君、今日は送ってくれるー?」

 

「ああ。だからさっさとシャワー浴びてこい。」

 

16時半。

5時まで取っていたレッスンルームを最後まで使うことなく、カマセンは練習を早めに切り上げた。

 

「なんかさっさと終わっちまったな。未来ならまだ踊れたと思うぜ?それともなんか気に入らなかったのか?」

 

「逆よ。あのパフォーマンスをしてくれるなら、もうレッスンなんて要らないくらい。」

 

「なんだよ、もう完成か?まだライブまである。この程度でアンタの理想は終わりかよ。」

 

「その話をする前に、その手法を聞かせてくれないかしら。私は作詞家だけれど、指導者として幅をきかせたこともある。私にはできていなかった。アナタ、未来ちゃんに何をしたの?何を与えたら、そこまでの急成長を見せるの?」

 

「アンタには、あれが成長に見えるんだな。」

 

「はぁ?そりゃあそうでしょ。二時間練習してようやく少しづつ見えてきた自由さを、アナタはものの数分で演出して見せた。種も仕掛けもないとは、流石に信じてあげられないわよ。」

 

「俺には、未来が丁寧さを捨てて、少し暴れ気味にやったようにしか見えなかったよ。それをアンタが成長と呼ぶのなら、未来に必要なものはたった三つ。思い描く力と、負けん気と、ストッパーだけだ。」

 

「…ふぅん。前の二つは理解したわ。思い描く力。アナタが伝えたのはステージの大きさ。彼女はそもそも、想像力が凄い。得た情報を、まるで体験してきたかのように出力してみせる。それは私も、ただ歌をプレゼントする以上の理由として認めている部分ではあるわ。」

 

「…なるほどね。」

 

「そして負けん気。あなたは前のライブを思い出させて、ユニットメンバーの二人というライバルを連想させた。未来ちゃんの中で、一つのラインを生み出させて、目標に確かさを付与させた。浮き足立つ気持ちは随分と抑えられたかもしれないわね。でも、ストッパーはよく分からないわ。アナタがストッパーだったってこと?何のストッパーなのよ、それ。」

 

「そりゃ、何してもいいっていうストッパーだろ。安全装置、って言った方が分かりやすいか。アイツ、俺がいれば何やらかしてもいいと思ってやがるからな。好き勝手、やりたいようにやったんだろ。あれがアンタの望む形ならそれはたまたま噛み合っただけだ。ラッキーだったな。」

 

「それも、アナタの掌の上と感じてしまうのは、少し疑心暗鬼すぎるかしらね。」

 

「さてね。好きなように受け取ったらいいさ。」

 

「…アナタって、性悪よね。ま、いいわ。アナタの考えを話してもらった以上、私もアナタの詰問に答える義務がある。先に結論から言わせてもらうけれど、これ以上未来ちゃんをやる気にさせないでくれる?」

 

「…意図を聞かせろ。キレるのはその後にしておいてやる。」

 

「あらやだ。向上心の高い子ね。最近の若い子には珍しいくらいに。でも、ここは譲れないわ。アナタにとってのゴールが遥か先にあるように。私にとってのゴールというものも、ある意味遠くにあるのよ。」

 

「ゴール、ね。聞かせてくれよジェニファー先生。アンタのゴール。」

 

「もしかしたら、あなたの思う未来ちゃんの才能と、私のそれには大きな乖離があるかもしれないわね。私は、等身大の春日未来という女の子に驚かされた。はっきり聞くけれど、未来ちゃんに来た大口のオファー、私だけでしょ?」

 

「…よく分かったな。」

 

「そりゃあ誰でも分かるわよ。あの三人組の中で、彼女にだけ才能が見えなかった。元気で、これぞアイドルみたいな形ではあるけれど、隣には歌唱力の化物とダンスの天才。多くの大手はこっちを求める。当たり前ね。取れるほどの大手なら、こっちを狙う。」

 

「じゃあ、なんでアンタは未来を選んだんだよ。ジェニファー先生。まさか溜めてた曲に合うから、なんてサムい理由じゃないだろうな。」

 

「それがほとんどかもしれないわね。でも、この曲を世に出すつもりはなかったから。ある意味では私を大きく揺さぶったのは彼女よ。最近の世の中は、アイドルに溢れすぎている。生き抜くために個性を磨いて、他にない自分だけの強みを求めている。私は、そんな業界があんまり好きじゃないの。私にとってのアイドルは、もっと身近で、もっと普通で、それでも綺麗に輝く、そんな存在なの。未来ちゃんは、ファンの子達が私もああなりたいって。そんな言葉を言わせる、等身大のアイドルなの。普通で、自由で、可愛い。それが私のゴール。この曲、『未来飛行』を作った時に、私が歌って欲しいと思ったアイドルの姿、それが彼女。」

 

「珍しいな。アンタみたいなの。競争社会で、より上を求めない存在。」

 

「それでも、アナタみたいな人達はもっと上に行くんでしょう?今しかないって思ったのよ。私の夢を叶えてくれる存在は、今の未来ちゃんだけだと思ったから、連絡したのよ。」

 

「これから成長していく未来は、アンタにとっては不愉快ってことか?」

 

「あら、悪い言い方をするわね。そんなんじゃないわよ。私の理想と世の理想は違うってこと。私も少しとはいえレクチャーさせてもらったもの。教え子の活躍を喜ばない先生がどこにいるもんですか。それに―――」

 

ジェニファー先生は、濡れた髪を乾かし切ることもなく走ってきた未来を指さして、言った。

 

「普通のアイドルでありながら成長していくことも、あるいは未来ちゃんならできるかもしれないわよ?」

 

「なになに!?何の話してるの二人とも!」

 

「未来。」

 

「え?もしかして私の事!?て、照れるよ〜。」

 

「服、裏表逆だぞ。」

 

「え。」

 

未来は自分の服に視線を落とし、顔を真っ赤にして服を脱ごうとし、そして俺の存在を思い出したのかさらに顔を紅潮させ、驚くほどの速度で走り去っていった。

 

「ま、どうかね。ちょっとそれにしては抜けすぎかもな。」

 

「…今のがおっちょこちょいだといいわね。違ったら本当に策士よ。」

 

「え、何の話?」

 

「そうだった。こっちもアホだった。」

 

「喧嘩なら買うぞオカマ。」

 

 

 

 

 

一番初めに本番を迎えたのは、紬であった。

だが結局最後まで、彼女は俺が来ることを拒み続けたので、アイツが今どれだけの実力を持っているのか分からない状態ではある。

しょうがないので赤羽根さんに屈辱に頭を下げ見てきてもらったが、問題は無いとのこと。

ならばこそ、俺が見に行くことを嫌がる理由が分からないが、しかし本番くらいは目に留めておきたい。

と、甘言に安易に乗ってしまった過去の俺を、現状殴りたいというのが本音である。

 

「ブフッ…。た、大河?なんでまたお前そんな格好してるんだ?」

 

「おうクソもふ。笑ったな。後悔させてやろうか。」

 

某日。俺はなんとかするとの凛の発言に、紬の舞台の数時間前に集合をかけられ、愚かにもそれに乗ってしまった。

その結果がこれ(女装)である。

 

「大丈夫大丈夫。大河、顔は中性的だから簡単にはバレないよ。私達と一緒にいれば346プロのアイドルだと思われるんじゃないかな。」

 

「そんな次元のことを心配してるわけじゃないんだが?」

 

「え、えっとぉ…に、似合ってると思いますよ!」

 

「よぉし分かった。島村卯月、てめえ畜生だな?」

 

「ち、畜生ですか!?畜生ってなんですか…?」

 

と、こんな感じで、今日のパーティは凛と奈緒に島村卯月を加えた4人パーティである。

公演には本田未央が出る。島村卯月の目当てはそっちだろう。奈緒は凛の付き添い半分、本田未央を観ること半分くらいだろう。

 

いつもなら百合の間に挟まるなとか、女侍らすなとかいう邪念込みの視線を感じることが多いが、今日はそれがない。

内心楽だと思っていたのも束の間、襲ってきたのはナンパの大群。

そりゃそうだ。こちらにはアイドルが3投。普通にしていれば狙う男が湧くのも道理だ。

と、思いきや。

 

「ねぇねぇ。俺らと遊んでかない?」

 

「俺らまじ暇でさー、あ、勿論奢るからね!」

 

「忙しいの?ならLINEだけでも交換しとこうよ。今度遊ぼ?特に…。」

 

「「「そこの小さい子!」」」

 

「あぁ…?」

 

小さい子。その表現は間違いなく俺よりも奈緒や島村卯月に適した言葉であろう。

しかし彼女達は靴でその底上げをしていて、腹の立つことにこの中で一番小さいのは俺である。

 

「死にてえのか、てめえら。」

 

「え?」

 

そこに3つの綺麗なオブジェが作られてからも、俺達4人はことある事にチャラそうな男に絡まれ、大抵のそいつらの目的はまさかの俺。

 

「もうなんか、破壊したいよな、全てを。」

 

「流石に性根は腐っても加蓮の血縁。顔はいいもんな。」

 

「あんまり調子に乗るなよ奈緒。俺はスカートでも上段蹴りくらいするぞ。」

 

「私が悪かった。」

 

「チッ…俺が来るの分かってながらそんなに身長盛りやがって。」

 

「私は盛ってないよ?」

 

「てめえは俺より元々身長上だろ言わせんな。」

 

「す、すみません。凛ちゃんから男性の方が来ると聞いて、私、あんまり身長高くないので…。」

 

「よし分かった。お前は二度と俺を励ますな島村卯月。刺さってる刺さってる。」

 

「え、す、すみません!何かしてしまいましたか!?」

 

「凛。こいついつもこんな感じなの?俺のこと実は嫌いとかじゃなくて?」

 

「え?まあそうだね。悪気はないから気にしないであげたら?」

 

「無茶苦茶言うなぁ。」

 

「いいから行くぞお前ら。未央の公演が始まるぞ。」

 

会場に入ると、座席は満席であった。

俺達が通された関係者席は二階席だったが、上から見ても空いてる席はほとんど0であった。

 

「めっちゃ盛況だな。演劇っていつもこんな集客率してんのか?」

 

「そんなことないと思うよ。今日の公演はただでさえ大手事務所から一人ずつ出てきてるし、それに、監督が監督だからね。」

 

「有名な監督なのか?」

 

「呆れた…。知らないで来たの?未央が出るってのもあったけど、私達はこの監督の演劇を見るチャンスなんてそうそうないから来たのに。」

 

「ま、有名なら悪いことはねえか。ウチのへなちょこアイドルをどれだけ上手く使えてるのか、見せてもらおうじゃねえの。」

 

照明が落とされ、幕が上がる。

その舞台に初めに上がったのは、本田未央であった。

壁に背をつけて話す彼は、紬―――姫と話していた。

仲睦まじげに話す二人は、しかし立場の違いが故に顔を突き合わせて話すことさえ許されない。

一隊士と一国の姫。この物語は、そんな二人の関係を記すところから始まった。

 

声だけとはいえ、MCすらあれほど嫌がっていた紬が、声のうわずりを抑えて話せている。それだけでも、俺からしてみれば進歩だ。

 

そして、姫が連れ去られ、隊士達が誘拐した犯人達から姫を取り返すべく戦う、ストーリーの大筋がやってくる。

ここでも紬のシーンは極わずか。

捕まった牢の中で助けを乞う、それだけ。

照明一つの簡素な状態で、少女は呟く。

 

「助けて…。」

 

ただそこに、『美』があった。

メイクはしている。衣装も彼女に似合う和服。

だが、それだけでは説明しきれない美しさが、観客の目を奪った。

目が離せない。離せば後悔する。そうとさえ思わせる情景であった。

その描写の後に、本田の演じる隊士の泥臭い戦いのシーンが対照的に描かれる。

 

(なるほどね。有名って言うだけはあるみたいだ。)

 

寡黙で静かで儚げで美しい姫。

雄弁で元気で激しく熱血な隊士。

 

場面転換と殺陣を使って、この二つを対照的に、そして鮮やかに描く。

この演劇は、そんな作品だった。

 

そして、隊士は遂に犯人達の大将を倒しきり、捕まっている姫の元へと駆け寄る。

安否を確認するも、姫はそれに素っ気なく返すだけ。

隊士はそのいつもと変わらない姫の態度とその胆力に、大きく声をあげて笑うのであった。

 

そして舞台は変わり、最初のように壁に背を預けてそれ越しに話す二人の姿が。

隊士は姫を救った。それによって変わったことは、褒美をもらって少し贅沢な暮らしを出来るようになったくらいで。

何も変わらない、普通の毎日が帰ってきた。

 

「私は、それでもあなたの事を愛していますよ。」

 

「…えっ?ひ、姫!今なんと!?」

 

「二度は言いません。」

 

「そんな!すみません!もう一度!もう一度だけ〜!」

 

―――たった一つ、隊士が本当に欲しかったものだけを残して。

 

「い、いい話だったな〜。」

 

「奈緒。お前アイドルとして致命的なまでにすごい顔してるけど大丈夫か?この世全ての花粉に襲われたみたいな顔してるけど。」

 

「なんだよ!大河は感動しなかったのか!?こんな泣けるストーリーそうそうないだろ!」

 

「いやストーリーなら割とあるだろ。」

 

この場合、褒めるのはストーリーではなく、構成と見せ方であろう。

ストーリーで言えばありがちな部類だ。しかしそれを強弱でメリハリをつけて見せた。

そしてキャスティング。本田未央のセリフを増やし、紬のセリフを削ってその魅力は視覚に頼る。この二人だけではない。全員と特色を理解し、それにあった演出を加えている。

 

「んだよ。いい監督に当たっちまったな。」

 

「何それ。いい事じゃないの?」

 

「紬は言われたことやっただけだな。成長したかと言われれば、怪しい。まだ手放しで喜べる場面じゃない。」

 

「とか言っちゃって。大河、すっごく嬉しそうな顔してるよ。」

 

「は?嘘だろ?」

 

「うん嘘。でも、楽しそうなのはホントなんだね。」

 

「チッ…可愛げのないことしやがって。」

 

「大河君はどうします?私達は未央ちゃんに会いに楽屋に行ってみようと思いますけど。」

 

「あー…。付いていかせてくれ。来たのバレたら怒られそうだけど、伝えときたいことがある。」

 

島村の案内について来た俺達は、プレートに演者楽屋とマジックペンで紙に書かれた切れ端が挟まっている部屋の前で立ち止まる。

あまりにも簡易的ではあるが、ここがどうやら楽屋のようだ。

 

「失礼しまーす。」

 

まあ、これは奈緒が悪い。

本田から得た了承は、あくまで楽屋に来ることであって、それはノックもせずに確認もせずにドアノブを捻っていいという訳では無い。

つまり、端的に中の状況を説明しろと言うならば。

 

小太りの白髪混じりのおっさんが、パンツ一丁で腹踊りをしていた。

 

「「「………。」」」

 

「へ、変態だァー!」

 

一瞬の静寂の後、奈緒だけが叫んだ。

凛も、島村も、驚きのあまり声も出せないようだ。

 

「変態とは失礼しちゃうね。僕は皆を笑顔にしたいと思っているだけなのに。」

 

「いいから服を着ろ!おい未央!誰だよこのおっさん!」

 

「あれ、未央ちゃんのお友達?これは恥ずかしいところを見せてしまったね。」

 

そう言って男は名刺を取り出し、こちらに差し出す。

 

「監督の永露結弦(ながつゆゆづる)。よろしくね?」

 

「その名刺どこから出した!?どこから出したか言ってみろ!」

 

「え?そりゃあ…。」

 

「やっぱりいい!いいから黙って服を着ろ!」

 

渋々、と言った感じで服を着始める永露監督。首を傾げながらも和服を着直すその姿に、そういえば練習を見に来た時に紬に指示を飛ばしていた人だなと思い出す。

半裸でなければもう少し早く出てきそうな顔をしていたが、いかんせん見た目のインパクトが強すぎて出てこなかった。

 

「まあいいわどうでも。」

 

「どう考えてもどうでもいいでスルーできる出来事じゃないだろ!」

 

「いや俺紬に話あるから来ただけだし。別に監督が変態でも襲われなきゃいいだろ。」

 

「私に話…?失礼ですが、どなたで…?」

 

「あー。そのままで来ちゃった。」

 

俺はウィッグとメガネを外し、カバンにしまう。

 

「なっ…プロデューサー!?」

 

「悪い悪い。来るなって言われたけど流石に見逃す訳にも行かんし、これならバレないって凛が。」

 

「あー…。しぶりん、大河君来てるなら言ってよ。ちょっとマズいかも。」

 

「え?なんか駄目だった?」

 

「つゆちゃん、心は男の子だけど、好きなのも男の子だから…。」

 

思えば、隊士という男の役に本田が抜擢されたのは何故なのか。

隊士Aの元々のキャストが出るのを止めたのは何故なのか。

この演劇に、男性のキャストがいないのは何故なのか。

もう少し、考えておくべきだったのかもしれない。

 

「うわぁ!男の子だ!」

 

「死に晒せ!」

 

飛びかかってきた小太りのおじさんは、体重の割によく飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「おい本田、なんだよこいつ。」

 

「えー…演劇の関係者の中では有名な話なんだけどね。つゆちゃん、男の子を見ると興奮して襲っちゃうんだって。」

 

「犯罪者じゃん。」

 

「うん、まあ。キャストが女の子だけだといい人なんだけど、男の子だとセクハラをかまして干されてるの、この人。」

 

「エロ監督じゃなくてつゆちゃんと呼んで。」

 

「最悪の自己紹介すんな。訴えられたいのか。」

 

「って本人が言うからつゆちゃんって私達は呼んでるけど。まあ、すごい人だよ。演劇に関しての才能は多分界隈トップクラスだし。」

 

「いやむしろそのせいで落胆が凄いんだよな。カマセン然りコイツ然り、なんだって俺の周りにはろくな指導者が居ないんだよ…。」

 

「なんだ、ジェニファーちゃんの知り合い?なら手を出す訳にはいかなくなったなぁ。」

 

「違ったら手を出すみたいな言い方やめろ。ろくでもない奴同士でつるむな。」

 

「で?そう言えば君、名前は?前回、話す前に帰っちゃったじゃない。」

 

「え?あー、白石紬のプロデューサー、765プロダクション所属、北条大河です。よろしくお願いしてました。…あれ?でも、俺初日に挨拶しに来ましたよ?」

 

「初日…?あー、僕がセクハラで訴えられてた時?それは居ないよ。」

 

「いや俺が悪いみたいに言われましても。普通の監督は警察のお世話にはならないから。」

 

「改めて、永露結弦だ。これから打ち上げだけど、大河くんも来て親睦を深めていかないかい?」

 

「いやできれば紬連れて帰りたいんですけど。悪影響だってアンタ。」

 

「なっ…!プロデューサー!あなたは私から初めてできた事務所外の交友関係を奪おうと言うのですか!?」

 

「懐いてるのが余計めんどくせぇ…。いいよ行ってこいよ。反省会はまた今度な。」

 

「あ、そうそう、大河くん。」

 

この空間に居続けることは不利益になると察した俺は、さっさと退出しようと後ろを向いたところで、永露監督から声をかけられた。

 

「紬ちゃん、光るよ。でも、僕だけじゃそれはなし得ない。積めば積むほど出るもの、な〜んだ。」

 

「へいへい、分かってますよ。」

 

なんと腹の立つことに、ここまでふざけた性格性癖をしていながら、実力は確かなのが、カマセンもエロカンも誠に面倒な存在なのである。

 

「…理由、聞き忘れたな。」

 

会場の出口を跨いだところで思い出した、紬が俺の同席を断った理由について。

 

「まあいいか…。」

 

俺が居なければ駄目、ではなくて、俺が居ると駄目、ならなんとでもなるだろう。

どうせ授業参観に親に来て欲しくない子供の気持ち、みたいな何かだろうと、俺は思考を打ち切った。

 

 



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