僕の恋人が次元一可愛いくて辛い。 (世嗣)
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僕の恋人が次元一可愛いくて辛い。
フェイトはドロドロに甘やかして甘えたい。
人には人生で最も幸せな時、というのがあると思う。
所謂絶頂期って奴だ。
人によっては学生時代かもしれない。部活のエースで友人も多かった。成る程それは確かに幸せだろう。
就職してからかの人も勿論いるだろう。努力を重ねて希望の職種へと就職できたのなら、確かにそいつも幸せだ。
もしかしすると何となく買った宝くじが大当たりした人もいるかもしれない。棚から牡丹餅のように転がり落ちてきた大金を前に「俺は幸せだーっ!」と叫んだりするんだろう。たぶん見たこともない親戚が増えるから気をつけてほしい。因みに宝くじが当たった人はだいたい金銭感覚がぶっ壊れて破産してる。
まあ詰まる所、『幸せ』の定義なんて人によって変わるってこと。
だから決して他人と自分の幸せを比べようとしちゃあならんと言うわけさ。
さて、前置きが長くなったが、結論を言おう。
僕の恋人が破茶滅茶可愛いので絶対に僕が次元世界で一番幸せです!
異論は認めん!
「くあ……少し朝寝坊しちゃったな」
仕事があるわけではないし、たまにはこうした日も悪くない。『彼女』も疲れてたみたいだし、まあこんな日だって悪くないだろうさ。
寝ぼけ眼のまま冷蔵庫から冷えた水を取り出すとコップに注いで一気に煽ると、それなりに意識がはっきりしてくる。
「今日の朝ごはん当番は、あ、僕じゃないや」
冷蔵庫に貼ってある食事の分担表には、僕の名前ではなく、今もベッドで睡魔に身を委ねている彼女の名前が書いてある。
「僕は昼ご飯か……」
ちらり、と時計を見る。
「十時半…………つまり10.5。四捨五入したら十一。ヨシ!」
まあブランチって言い張ればなんとかなるだろ。
冷蔵庫から袋詰めされたウインナーを取り出して包丁で口を開けると一掴み。
「ほいほいっと」
熱したフライパンに少量の水を入れ、取り出したウインナーを数本投げ込むと、蓋をする。直接焼くと焦げて肉汁が溢れてしまうからこうやって半ば蒸すようにして焼くのだ。
ぱちぱちと水が蒸発し、弾ける音が耳に心地いい。
その間に、買い置きしてあるコッペパンをオーブントースターの中に放り込んで2分程焼くと、ほんのり焦げ目をつけたそいつを取り出して中央部に軽くナイフを滑らせる。
ざくっと少し硬くなった表面は、一度刃を入れれば案外簡単に切れて、その柔らかな断面を覗かせ、そこから仄かな湯気を立ち上らせた。
よし、いい塩梅に焼けてる。このままさっさと作ってしまおう。
早くしないと『彼女』が目を覚ましてしまう。
後は、と冷蔵庫からケチャップとマスタードを取り出そうと手を伸ばして────
「あ──ーっ! ご飯作ってる──!」
「見つかっちゃったか……」
ばたばたと次第に近づいてくる足音。思わず苦い顔で、そちらを向き直ると、金糸のような髪が視界を覆った。
あー、いいにおいだなー。
「ねえ今日は私の食事当番だったよね?! なんで君がご飯作ってるのぉ!?」
「俺の方が早く起きてたし……」
「私のこと起こすだけなのに!」
「だってあんまりにも可愛い寝顔で寝てたから起こすのが忍びなくてさ」
「え、そ、そうかな……」
「次元一可愛かったよ」
「か、からかわないでよっ」
口では怒りながらも、そっぽを向いたせいで見える彼女の横顔はまんざらでもなさそうに赤く染まっている。
少し視線を落とせば寝起きのせいかパジャマのボタンが外れかかって、やたらと大きな胸部が溢れそうになっていた。
これはこのままにしていては危険だ。早々にしまう必要がある。
何が危険かって? 僕の理性とかだよ。言わせんな。せっかくの食事を冷やすのはアレだろう?
ぷちぷちとボタンを留め直してやりながら、頬を膨らませている目の前の女性に薄い笑みを見せた。
「とりあえず、おはよう、
「……おはよう」
拗ねたように挨拶を返してくれたのは『フェイト・テスタロッサ・ハラオウン』。
陽光を集めて束ねたかのような明るいブロンド、ルビーの瞳はきっとどんな宝石商でも値段をつけられない輝きを宿しており、手足は白魚のようにすらりと長く、メリハリのついた身体つきは女性、男性からも羨望の的なことだろう。
僕の恋人で、そして今同棲している、愛おしい
そんな彼女が、拗ねたような上目遣いで僕のシャツの胸元を掴んで睨んでいるのは、子どもっぽく見えてまた笑ってしまった。
「また笑った」
「そう頬っぺた膨らませないでよ、つつきたくなる」
「あ、もう、やめて、つつかないでよっ」
「ははは、まあ取り敢えずご飯食べよう。話の続きはその時に」
彼女──フェイトの
そして今までフライパンの蓋を外すと、むわりと湯気が立ち上り、その向こうに程よく焼き目のついたウインナーが姿を見せた。
手早く菜箸でウインナーを摘み上げると切れ目を入れていたコッペパンに入れ、内側にケチャップとマスタードをそれぞれ塗ってしまう。
うん、今日もいい感じにできた。
「できたよ、フェイト……って、そういつまでもいじけないでよ」
まだ少しだけ不機嫌な彼女の前に皿を置くと、対面に腰掛ける。
「はい、ホットドッグ。フェイトも僕が作るやつ好きだったろ?」
まだ答えないよ、この子。
「何がそんなに気に入らなかった? まあ確かにブランチだからいいかって作った僕も悪かったかもしれないけどさ……」
「…………もん」
「ん?」
「君に、私のご飯で、喜んで欲しかったんだもん」
んん。
「普段、私が執務官で忙しくて君のご飯作ってあげれてないから、今日ぐらいは君の喜んでる顔が見たかったんだもん……」
「可愛すぎかよ」
「も、もう真面目な話してるんだよ?!」
「あ、やべ」
あまりの可愛さについ本音が溢れてしまった。いかんいかん。
「もういいもん。どうせ君は私の手料理より自分で作った方がいいんでしょ。この薄情者」
「…………もし良ければ今日の夕飯はフェイトの手作りがいいなー、とか言ってみたり」
「ほんとに?」
「本当」
「もう当番破ったりしない?」
「しない! 聖王様に誓って!」
しないんじゃないかな。……たぶんしないと思う。まあちょっとは覚悟はしておいてほしいけど、黙っておこう。
僕が神妙に頷いておくと、フェイトがぱあっと表情を華やかせた。
「じゃあ許してあげるっ。ご飯食べよう、私お腹ペコペコ」
「はいはい、仰せの通りに」
くすり、と二人で笑い合うと、示し合わせた様に僕の作ったホットドッグに手をつけて、大きく頬張った。
焼いておいたパンはざっくりと香ばしさを増しており口に入れると、鼻孔を突き抜ける様に小麦の匂いが広がった。
ウインナーは半ば蒸した様に焼いたおかげか噛み切った時に、中からじゅわりと肉汁があふれる。その旨味をケチャップとマスタードと引き締め、旨味がより一層深まる。
「ん〜〜〜〜美味しい〜〜」
「いやあ、我ながらいい出来だよ、こいつは」
「シェフ、三つ星です」
「おっと、こいつは光栄ですね、マドモアゼル」
「えへへ、私のお抱え料理人に命じます」
「一緒に住んでるんだし半ばお抱えみたいなものでしょ?」
「かもね」
フェイトがまたホットドッグを一口頬張り、満足そうににへら、と表情筋をだらしなく緩めた。
ほんとに、いい顔して食べる。食わせ甲斐があるというか、笑顔にしてあげたくなるよ、フェイトは。
そうこうしていると食事が終わり、僕は何故かリビングでフェイトに膝枕されていた。
いやほんとになんで?
「だって朝と昼は君に働かせちゃったから、せめてたっぷり甘やかしてあげようって」
「だから膝枕?」
「うん、はやてが男の人はこういうの凄い癒されるんだって言ってたから。どう、癒されてる?」
「いやまあそりゃ確かに幸せって言えば幸せなんだけど……」
因みに今の僕はソファに腰掛けたフェイトの太ももに頭を乗せてる形だ。これは正座した状態の膝枕より引き締まったフェイトの脚の感触を感じて、とても癒されるのだが。
「視界がな……」
ちらり、と目線を上に向ければ、視界いっぱいに乳の壁が広がっていた。
うわーふぇいとはおっぱいがおおきいなぁ。
「やめようフェイト、これは、その、アダルティだ」
「え、でも……、まだ耳掻きとかしてないし……」
「これは僕らには早い────今なんて?」
身体を起こしかけて、フェイトの言葉に耳を疑った。
「えっと、耳掻き。してあげようかなーって、一応準備はしてあります」
「耳、掻き…………」
「えっと、興味ないかな?」
膝枕で耳掻き。しかも美人の恋人に。
それは男の夢の一つ。もちろん僕だってそうだ。
でもこんな真昼間からそんなこと、まるでバカップルみたいだし、耳の中をフェイトに見せるのはちょっと気恥ずかしい。
ここは鉄の意志で断ろう。
「悪いけど、今回は……」
「今なら耳元で、ふーってしてあげるよ」
「で、でも……」
「……そっか、嫌だよね、私なんかに耳掻きされるの……」
僕、は……………………!
「痒かったり痛かったりしない?」
「いや、そのすげー気持ちいい、です、ハイ」
「ふふ、良かったです」
恋人のしょんぼり顔には勝てなかったよ……。
と言うわけで生まれて初めて恋人に耳かきをしてもらっている。
「んっ」
「あ、ごめん、痛かった?!」
「いや、その気持ちよくて、声が……」
「ふふ、なんだかこうしてると君も子どもみたいだね」
「大の男に子どもはやめてくれよ……」
「私は別にいいと思うけどな。はい、反対側向いて」
かりかりと強くなく、けれども弱くなく、絶妙な力加減でフェイトに耳かきをしてもらう。
反対側に移るとフェイトは先ほどとは打って変わって話さなくなってしまう。
暖かな昼下がり、リビングには互いの息遣いだけしか聞こえず、けれどその静寂がどこか心地よかった。
そんな中、突然フェイトが小さく「幸せだなぁ」と声を漏らした。
「フェイト?」
「あ、聞こえちゃってた?」
「まあこれだけ近いしね」
「いや、最近クロノの子どもとエイミィとかを見てるとさ、なんかすっごく、いいなぁって、羨ましいなぁって、思うんだ。前まではそんな風にはあんまり思わなかったのにね」
不思議だね、とフェイトが続ける。その口調はとても優しくて、きっと今彼女もそれに見合う優しい表情を浮かべているのだろう。
「私もさ、あんな風に、なれるかな」
「……そうだね」
本当に、僕にもったいない女性だと思う。
見た目も性格もいいし、管理局でだって知る人がいないほどの有名人だ。
なぜ僕と付き合ってくれているのか、その理由は僕にはあまりわからない。
でも、確かに言えることは、フェイトに伝えたいことは、ある。
「幸せになれるかは、わからないけど、僕も──僕らも、幸せになれたらいいなとは思うよ」
「……僕
「うん、『僕ら』」
「私で、いいの?」
「君がいいんだ」
しばらく、フェイトはそう言ったっきり、何も言わなくなってしまった。けれどやがて、小さく小さく、声をこぼした。
「…………そっか、そうだね、私たちもそうなれたらいいよね」
僕はそれには何も答えなかった。その答えはちゃんと覚悟を決めた時に、自分の口から伝えたかったから。具体的に言うなら、まあ、給料三ヶ月分くらいのちっさな奴を添えてさ。
「はい、耳掻きおしまいです」
「……ん、少しこそばゆかったけど、まあ、いいもんだったよ。これからも時々やって欲しいかも」
「ほんと? よかったー、ちょっと心配だったんだ……って、これなんの手?」
「いや、耳掻き僕にも貸してよ。次はフェイトの番でしょ?」
「え゛?」
「僕ちゃんとフェイトにもこの気持ち良さを教えてあげたいんだ」
「……ええと、私は君が気持ちよくなってくれればいいから」
「駄目。今すぐその耳掻きを僕に渡して? あ、もしかして僕にされるのは嫌……?」
「そ、そんなことないけど、乙女的な、そのぅ…………」
「フェイト、さっき僕は君に身を預けたよ」
「…………」
「────」
「ソニックムーブ」
「あ、逃げた!」
まあ、これは、こんな感じの僕と彼女の日常を綴った物語。
きっと他人から見ればくだらなくて、ありふれていて、退屈にも見える物語。
でも、僕と彼女にとっては、とっても特別な『幸せ』な物語。
いや、これじゃあ足りないな。
僕らにとっては、何よりも大切で、とっても、とっても素敵な『幸せ』の記録だ。
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