我が手には星遺物(誤字にあらず) (僕だ!)
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原作開始前
どういう…ことだ…
「どういう…ことだ…」
発言者「遊戯王ZEXAL」天城カイト。
「私は! 私自身と遊馬でオーバーレイ・ネットワークを構築!! 来い! 遊馬!!」
「かっとビングだぁー! オレー!!」
「「エクシーズ・チェンジ! ZEXAL!!」 」
「どういう…ことだ…」
簡潔にいうと「カードゲームで戦っていたら、対戦相手がいきなり現れた別の人間と合体した」。それはこんな反応になっても当然である。
だが、デュエリストが別の何かと融合するのは、遊戯王ではよくあることなため、よく訓練された決闘者たちはさほど驚かなかったとか。
さて。
色々と言いたいことがあるが、ワタシを見ているどこかの誰かさんがいたとして、その人にこう聞いてみることにしよう。……
もしも、いつのまにか己が別人になっていたらどうしますか?
重ねて聞くと、もし、そのなった別人が知っている人物だとしたら?
その答えは人それぞれだろうし、なった時の状況、なった人物の置かれている環境、その将来によって、いくらでも変わってしまうことだろう。
……まあ、何を言いたいかといえば、ワタシの場合は「あっ、これはダメですね(白目)」と思ったってだけのことだ。
―――――――――
目覚めたワタシがいたのは、見知らぬ病室だった。
そこを病室と判断した理由は、ワタシが寝ていたベッド以外は特にこれと言ったモノは無く、部屋の端に洗面台と鏡、そして簡易的なイスがふたつほど備え付けられてる程度だったから。あとは、なんとなく独特の薬品臭さがわずかにながら感じられたからというのもある。
そう言った室内の情報を得られたのは、目覚めたワタシが寝ぼけ眼で「ここ、どこ?」と辺りを見渡したから。大体わかったところで、ベッドで上体を起こしていた身体に、その視線の高さに、それと首を動かすのにつられてフワフワサラサラとなびく長い髪に……とにかく色々と違和感を覚えて、まさかまさかと慌てて鏡の前まで駆けて行った。
鏡に映った『
ワタシが記憶している姿よりも
けれど、問題なのはその他服装などの点がズレているために、どうにも「そうだ!」とは断言できそうになかったのだ。
というか、判断しきれないのは
状況はわからないが、病室なので検査服っぽいものを着せられてるのは仕方ないとして、
ゴッ!!
頭に走った衝撃と共に、視界がチカチカ点滅して、尻餅をついて……右手側からはガタゴトと何か硬いモノが落っこちたような音が。
その音を聞いて、「きっと頭への衝撃はソレが落ちてきたからだろう」とまだズキズキと割れるように痛む頭を押さえながら、音のしたほうへと目を向けると、そこにあったのは――
棒状の杖の端、その片側には球体と杖に巻き付くような装飾が。反対の端にはまるで鍵のような板状のギザギザの装飾が……それぞれについているという、なんとも特徴的な杖は言うなれば『
何故、そんなモノがここに?
もっと言えば、なんで頭の上から降ってきた?
だが、それ以上にワタシのまだまだ痛む頭の中では「ヤバイヤバイ、マジでヤバイ」という言葉がBGMのように繰り返されていた。
そう、もうほぼ確定してしまったのだ。
今のワタシが、その身体が
―――――――――
頭上から『
『
『
そんな事もあったが、その後ワタシはベッドの上で数人の人間からワチャワチャうるさく話を聞くこととなった。
《
水属性・レベル2・魔法使い族・通常モンスター 攻 0 守2100。
……専門用語(?)が混ざっている上、これだけだと何を言ってるのかわからない部分も多々あるだろうが、「そういう設定を持った
自分自身がその《
何がダメなのか? 簡潔に言えば、《
どこから説明すればいいかいまいちわからないが……まず『遊戯王』の
もっと言えば、「OCG」の中でも「テーマ*1関係」、「特定
「星杯」というか「星遺物」の
とにかく問題となるだろうことは、何の因果かワタシがなってしまった《
まず、彼女のフレーバーテキストにあるように、初めは森で兄と幼馴染、その他森の民と共に、星神に祈りを捧げて暮らしてきた。
しかしある時、兄や幼馴染と共に《
その旅が、まあ……その、大変なのだ。
細かい所は追々説明するとして、大まかな流れだけ
――――イヴちゃんの一生―――――
一行と
↓
↓
幼馴染&兄&守護竜&リース、
↓
幼馴染&兄&守護竜&リースと
↓
リース「助けに来たよ……な~んちゃって!!」 イヴちゃん「」←乗っ取られ《
同様に、
↓
「トロイメア」との戦闘に入るが……兄「こいつらはオレが引き受けた、先に行きイヴを助けてくれ!」 幼馴染&守護竜「任せろ!」
↓
イヴリース「どっかーん!」 幼馴染&守護竜「ぐわーっ!?」
↓
イヴリース「あはははっ!!」 幼馴染「も、もうだめなのか……」
↓
守護竜「がおー!」 その時、不思議なことが起こった!! イヴリース「きゃ~!?」 身体の主導権をなんとか取り戻すイヴちゃん 。
↓
イヴリース(イブ)「この状態がいつまでもつかはわからない。なら……!」 イヴリース(リース)「や、やめろー!?」
↓
イヴリース、ZIGAI。
↓
兄が駆けつけた時、そこにはイヴちゃんの亡骸を抱き抱える幼馴染と泣く守護竜が。マモレナカッタ……
――――FIN――――
……で、終わらないのが、この物語だ。
この後も、基本的にはロクな目に逢わない物語が続く。
そう。なんと、幼馴染と守護竜のもとを去った例の兄が、イヴちゃんの遺体と何かの装置、そしてイヴちゃんを模して作られた機械人形を用いて何やら研究(?)を始めたのだ。
察しがいい人ならばすでに気付いてるだろうが、兄の目的は
その目論見は見事成功。イヴちゃんを模した機械人形《オルフェゴール・ガラテア》*14は動きだした。だが、完全なる復活にはまだ及ばない。
故に、兄は「オルフェゴール」
の軍団を作り、塔を築きあげていくのだった。
……が、運命の悪戯か、数年前別れた幼馴染と守護竜、そして別れた後に彼らが多数の部族をまとめ上げた軍団「パラディオン」*16との抗争へと突入することとなる。しかし、兄は、かつての仲間との戦いを前にしても決して止まることは無かった。
その執念もあってか、戦況自体は「オルフェゴール」軍団が圧されていたが計画は進められていき《オルフェゴール・バベル》……否、《
リース「復活ありwww」
兄「……はっ?」
そう。兄は妹を蘇らせようとしていたのだが、実際はリースの手のひらでコロコロ転がされていたのだ。
この後、兄が大変なことになったり、リースが超進化しちゃったり、実はイヴちゃんはイヴちゃんで別経路で復活を成しちゃったり(結果的にはある意味兄の
そして、戦いは最終局面へ――――――
―――――――――
…………と、まぁ「星遺物」の
その結末は、
そもそも、原作やアニメシリーズとは違って「OCG」関連のストーリーは、通常カードに書かれているテキストや各テーマのカードの絵、「Vジャンプ」*19などの雑誌類で先行公開された際に書かれる情報などから推測するしかないのが基本なのだ。
「マスターガイド」*20と呼ばれる公式本が出て、その中で取り上げられたりするまでは考察の域を脱せない、公式見解の無い状態である。
……とはいえ、だ。
いくら甘く見積もったとしても、《
ついでに言えば、《
というか、「
「DT世界」は結局、最後はなんだかんだで小さな希望が残ったりちょっとした救いがあったりしたが、世界はボロボロ、登場人物の大半は死亡、かわいこちゃんは基本ロクな目にあわない……その上、神様たちは揃いも揃って世界をリセットしようとするというトンデモだ。
関連性のある「
故にワタシは「あっ、これはダメですね(白目)」という結論に至ったわけだ。
――――それはどうかな? *22
一度冷静になって考えれば、見えてくるものもある。
仮にワタシが《
ワタシの記憶している限りでは、《
軟禁という意味では
それに、病室にあるベッドや洗面台等を見てわかる範囲ではあるが「星遺物」ストーリーの世界の生活水準からは良くも悪くもズレている。ファンタジー云々もあるが、あの世界では
むしろ、これはワタシに馴染みのある「遊戯王OCG」の存在する世界と同じくらいの水準に思える。
あとは……周囲の人間、その他か。
将来イケメソになりそうな
環境が違ったとしても彼らが揃い踏みした場合「爆弾を抱える」とまではいかないかもしれないが、ワタシは自分の置かれた状況を楽観視することはできなくなるだろう。
特に兄。味方としては頼もしいけど、病む可能性を秘めてしまっているため、取り扱い注意だ。
まあ、その3名が不在であっても――むしろ不在なら一層やばくなるかもしれないが――一番の問題児である《
……こんなことなら、最後までこの病室に残ってワタシに話しかけていた女の人から色々と聞いておくべきだったなぁ。
《
なにはともあれ、今後の事を考えるためにも早く情報を集めたいものだ……。
―――――――――
良い話と悪い話、どっちを先に聞きたい?
ワタシはもっぱら「悪い話を先に」派。
悪い話だが……衝撃の事実、ワタシは喋ることが出来ないらしい。何故だ?
それが判明したのは、例の女の人とワタシを抱き抱えたあの男の人、その他2名が病室に来た時。聞きたいことを聞こうとして口を動かそうとするも声が出ない――――どころか、思ったように口そのものが動かせなかったからだ。
《
……それは超個人的な興味であって、問題はコミュニケーションがロクにとれそうも無い事だ。ついでに、喋れないことを察した女の人が筆談用にと紙とペンを渡してきたりもしたが、書こうと思うと何故か身体が固まり、手だけは怖いくらい震えてペンを落してしまった。
つまりワタシは、辛うじて首を縦、横に振って意思表示をすることくらいしか出来なかったのだ。
そして、良い話……ワタシは身元不明らしい。
それの何が良い話なのかって?
主人公な幼馴染も、槍持ったシスコンお兄ちゃんも、
フラグなんて無かった!!
……不明ってことは後々何かしら判明する可能性ももちろんあるわけで、絶対安心なんてことは言えない。それに、ワタシが《
けど! この世界はわかる限りじゃあ以前ワタシが居た世界とほぼ同じような世界なのだ。「星遺物」ストーリーのような過酷な状況にまでいくわけがない。
何故か得た《
あっ! 「これからの人生」で思い出したが、とりあえずではあるけど身元不明のワタシのことを預かる人が決まったそうだ。
「少女とはいえ、悪い人かどうかもわからない身元不明の人を預かるって色々と大丈夫なの?」という疑問がありはしたが、拘束されて牢屋生活っていうのも、逆に寒空の下にこの身一つで放り出されるのも勘弁なワタシとしては有り難いので、提案されたままに頷くことで流れに身を任せることにした。
ワタシを引き取るのは、ワタシのことを知ってる風に言ってた
女の子と言ってはみたが、少し幼くなっている《
まあ、《
なにはともあれ、フラグは折れ消え去った。
これからは、将来の夢でも気長に探してみることにしよう。
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1-1
今後、主に勘違いパートになるであろう《
「特異災害対策機動部」。どこからともなく現れ、原則的に一般的な兵器を無効化してしまい、人を襲い炭化させる……そんな人類の敵である「認定特異災害・ノイズ」*1が出現した時、その対応に当たる政府機関だ。
その中でも、あたし
そんな組織の本部であるリディアン音楽院*5の地下施設を、あたしは公私共に相方と呼べる存在である
「正体不明のエネルギー反応に、謎の
「あたしもだ。いやっ、わかってるのはわかってるんだけど、なんて言うか現実味が湧いてこないというかなあ?」
あたしが首をかしげなから言った言葉に「ええ」と相槌を打ちつつ頷く翼。
そんな翼を横目で見つつ歩いていく……と、不意に思いつくことがあった。
自分としてはしっかりと考えた上での選択のつもりだった。けれど、周りからしてみれば突拍子が無いことだったかもしれない。多少強引で、少なからず迷惑の掛かる行為だったとはわかってはいる。
ただ、あの時は勢いの必要性もあって、翼には断りも無く推し進めてしまった。既に決まったことだけど、だからといって罪悪感が無いわけじゃあない。
「ただでさえ忙しくなってきてるってのに悪いな、翼」
「気にしないで。奏が言い出さなかったとしても、その時はきっと私が言ってたもの。それに……」
「どっちにしろ、旦那や了子さんが黙っちゃいなかった、か」
言いたいことがなんとなくわかって被せるように先に言ってしまったんだたけど、そのことに何か不満を言うこともなく、翼はしっかり頷いてあたしをジッと見るばかり。まあ、それならそれでいいんだけどさ。
あの少女、二課では最初はただ単純な保護だけのはずだった。だけど、
「最初はあの子が抱えてた
「ええ。身元が全然わからなかったのもそうだけど、それ以上に、あの正体不明の
保護されたあの子が抱えていた杖の
保管方法、監視体制を何度か変えてみても一瞬のうちにあの子の下へと移動してしまう。
そんなわけで、翼が言ったようにあの子自体の保護についても考えざるを得なくなった。あのまま施設送りっていうのもあんまりいい気はしてなかったから、個人的には良かったっていうか安堵感があったりもした。
とまあ、翼の言ったその通りなんだけど……いや、
「
旦那や了子さんがウチの手元におくように判断したのは、あの現象が
そういったリスクを含めて、あたしが面倒見るって言った時に難色を示したんだろうさ。万が一の場合に武力的には取り押さえることができるっていう利点もあるだろうけど、数少ないシンフォギア装者*7の私生活空間に――無防備な部分に――わざわざ危険因子を潜り込ませるのはヘタすりゃ命取りだもんな。
まぁ、結局は旦那の根っこの
実のところ、世話役を引き受けた事を含めてあたしがそうまでしてあの子にかまおうとしてきたのは、旦那たちのような仕事としてとか、義務感とか、仁義なんて理由とはまるで違った。
だからと言って、単なる思い付きとかそういうのじゃない。……言ってしまえば、ただの独りよがりな自己満足。
運命……っていうと、変に壮大な感じになるから……「
そんなことはここまで一度も口にしてないけど、翼も
それが不快感はあんまりないけど少しこそばゆい気がして、軽く咳払いをしてからいつものようにニカリと笑って見せることにした。
「まっ。なにはともあれ、結局はあたしが自分から言って引き受けたんだ。やるべきことはちゃんとやらないとな。よーし、これから忙しくなるぞ!」
「そうね。もちろん私も最大限手伝わせてもらうわ。なんでも言ってちょうだい」
「あー……炊事・洗濯・掃除そういった家事
「奏……」
―――――――――
「――つまり、あの杖は
「ええ。あれほどしっかりと残ってる
数年前の、
その少女が目覚めてから二度目となる接触をした了子君に、俺、
しかし、思っていた以上にあの杖の形状をした聖遺物に関してはドン詰まりの状態らしかった。
聖遺物研究の第一人者であり、俺の知る限りでは最も聖遺物に詳しいであろう了子君にすら見当が付かない代物だったとはな。骨が折れる案件になりそうではあるが放っておくわけにもいかない。なにしろ、どこかに厳重に保管しておくこともままならないのだからな。
「既に起動していて、計測される波形パターンはあの少女が発見された時と同じく
「実験をしてみないと断言はできないけど、一応はフォニックゲイン*9反応を示してるっぽくはあるの……でも、そのあたりはねぇ? どんなに厳重に保管してもあの子の下に瞬間移動しちゃうんだから、ちょっと調べるだけでも一苦労なのよ~。いっそのこと、あの子のそばでやっちゃったほうがいいんじゃないかしら?」
それはそれで色々と不安要素がある気がするのだが……?
いや、しかし、あの少女の人となりがわかりさえすれば、そういうことも手段の一つとして取れなくはない。了子君の様子からしても、
「すると、彼女自身は?」
「それなんだけど、本当に
その物言いに俺はひっかかりを感じてしまう。
「
おそらく、顔に出ていたのだろう。いや、それ以前に最初からそう言うつもりだったのかもしれない。
了子君は肩をすくめながら首を振った。
「私だって好きでこんなこと言ってるんじゃないわよ? けど、ここまで手がかりが何も無いと保護にしろなんにしろ対応に困っちゃうの。……私たちもそうだけど、あの子にとっても後々不都合が出てきてしまうわ」
「そう言う視点で、か。しかし、無いモノには期待も文句も筋違いだ。俺たちにできるのは、そうした事態を想定しての準備を怠らずにいくことだ。それに、彼女自身が何かしら喋ってくれる可能性は十二分にあるからな。そのためにもちゃんとしたコミュニケーションを取り、信頼を得なければな」
「そうねぇ。でも、あの様子じゃあ期待薄な気もするけど……何かあったのかしら?」
確かに、
それ以上に心配なのが、見知らぬ人、場所に対しあまりにも落ち着き過ぎていること。瞬間移動した聖遺物の事もあって初対面でありながら多少強引に抱き抱えたりしたこともあったが抵抗どころか動揺もしていなかった。それはまるで何をしても無駄だと悟り、全てを諦め受け入れているように感じられた。
了子君の言う通り、これまでに何か精神的なショックになることに遭遇してしまったのだろう。それこそ、あの杖の聖遺物が関わっているのかもしれない。
しかし、希望が無いわけではない。
彼女は目覚めてすぐ、自身の居る部屋を一通り確認していた。まるで人形のような機械的な淡々とした調子での確認作業のようでもあったが……原動力となる何かがあったのだろう。安全欲求による危機回避のためか、ただ単純な好奇心からか、もっと別の何かなのか……。
なにはともあれ、彼女のことを買って出てくれた奏君にばかり任せておかずに、俺からも積極的にコミュニケーションをとっていくべきだろう。
「……近いうちにジ〇リ映画でも借りて持って行ってみるか」
―――――――――
「三年前のあの事故を境に姿を消した餓鬼と聖遺物が、何故今になって? 起動した聖遺物のチカラがあったとしても、単身でどうこう出来る奴では無かったはずだが……それに、アメリカではなく縁もゆかりも無いはずの日本に?」
「まあいい。興味深い部分もあることだ。
《星杯を戴く巫女》が現れた場所。
指令と映画。
約三年前に、アメリカから消えた子供と聖遺物。
とりあえず色々とばらまくだけばらまくお話でした。
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ファンサービス
「ファンサービス」
発言者「遊戯王ZEXAL」Ⅳ(フォー)。
希望を与え、それを奪うことで相手に最も美しい顔をさせてあげること。またその行為。
(例)
自分のファンだという相手に対し、「チャンピオンであるⅣにも勝てるんじゃないか?」と思わせるほどのハンデを与え「勝った!」思わせるほどの見せ場を与えた上で、実は全然平気&あっという間に逆転して相手のエースモンスターをいたぶりながらオーバーキル。オ敗者にはデュエルフィールドにお墓をたててあげるオマケ付き。
「
リアルもヴァーチャルも《
名乗ることすらできなかったワタシに与えられた名前「
改めて顔合わせをしてから、ワタシが喋れない・書けないという二重の意味で伝えようが無かったために議論され付けられてしまったワタシの名前。
例のワタシを知っている様子だったメガネの女の人は「それでいいんじゃないかしら? 髪も青いし」とか適当なことしか言ってくれなかった。《
というか、あの人は二人きりの時と他に人がいる時とではまるで態度が違う。具体的に言うと、他に人がいる時は雰囲気が丸くなる代わりに、まるでワタシのことを知らないかのように振る舞うのだ。……実は、ワタシは彼女の隠し子でそれを察せられないために……無いな。
いや、今この場にいない人の話はひとまず置いておこう。
ワタシを寝かしつけようと、向かい合うようにして共にベッドで横になっていた《アモウ カナデ》――字では
その手はちょうど髪がかかっていたワタシの
しかし、その手を払い
触れた手から伝わってくる温もりが嫌いではなかったというのもあるけれど……それ以上に、こうして先に寝入ってしまうほどカナデが疲れている原因が、こうした下に生活させて貰っているワタシにもあるのではないかと思え、払い除けた際に起こしてしまうかもしれず気が引けてしまっているからだ。
彼女と共に生活するようになってから一週間と少し。《
おかげで、ワタシ一人でも困ることなどそうそうなくなった。
……とは言っても、一人での外出は禁止であり、カナデの借部屋とワタシを保護した組織――トッキブツとかいう変な名前だった――とを行き来するだけの生活。ゆえに、ワタシがすることが許されている事といえば、それこそ家事や読書くらいだ。
カナデが時折「翼もこれくらいできたら」だの何だの呟いていたのが少々気になりはするけれど、それ以外に問題は……。
いや、不満はあるにはある。
それはインターネットどころか、テレビすらも使わせてもらえないことだ。というか、距離を置かされているというべきか? まあ、テレビに関してはカナデといる部屋にいる以外ではワタシが主に行く場所――トッキブツのメディカルルームや研究室――にはそもそも無いので、意図的に離れさせられているのかは微妙ではある。
おかげで、色々と確認しておきたいことがあるにもかかわらず、全くと言っていいほど情報を集めることができていない。
まぁ、なにはともあれ、何故か得たワタシの《
ワタシは、頬に触れたままのカナデの右手に静かに自分の右手を重ねて、その温もりを確かに感じながら目を閉じた……。
―――――――――
「――――、――――ぞ」
不意に意識が覚醒
少しばかり息苦しさを感じてしまう程度の締め付け。反射的にもがいて逃れようとするが、思った以上に身体が動かない。
何故……いや、その答えはすぐに得られた。
意識を手放す直前までと同じくベッドに寝転がっているワタシ、そのすぐ目の前に、正に眼前と表されるべき距離にカナデがいたからだ。近すぎて実際にはほとんど胸部あたりしか見えないのだが……。
この状況に真っ先に思い浮かんだのは「寝ぼけて抱き枕にされてしまったのでは?」という可能性だったのだが、どうやらそれは違うらしい。カナデはワタシをガッシリと抱きしめながらも時折ポンッポンッと背中をふんわり叩いており、その上、優しく言い聞かせるかのように何か言ってきているのだ。
「大丈夫、落ち着けって。ここには葵を虐めるヤツはいないから、な?」
「落ち着くのはそっちだ」とか「苦しいんですけど」などと言いたいところだけれど、残念、ワタシのお口はいうことをきいてくれない。
肩でも背中でも叩いてなんとか「放してくれ」と意思表示ができたらよかったんだろうが、抱きしめられている体勢やそもそもの体格差の関係もあって、何度か身体を動かし試みてみたが上手くいかなかった。
「何かあっても、あたしが護る。だから大丈夫……」
やはり、そのカナデの言葉と声色からして、何故こうなったかはわからないけれど少なくともカナデ自身は至って大真面目にワタシをギュッと抱きしめ優しく背中を叩いているということはわかった。
ということは、詳しくはわからないが「落ち着け」と言っている以上、逃れようともがくのは逆効果だろう。……実のところ、冷静であるつもりだったが寝ている最中にいきなりという事もあって、案外ワタシも混乱していたのかもしれない。
さて、抵抗をやめ大人しくしたわけだが……やはりと言うべきか、先程考えていたように天羽奏はその腕に込めていた力を緩めてくれた。まだ完全には放してはくれなかったが、身体を押し付けられるほどではなくなったのでようやくちゃんと顔を見ることが出来るようになる。
ワタシを見るカナデは、笑っていた。ただ、その笑顔は普段のカラッとした軽快な笑みとは違う、ホッとした安堵感から自然と漏れ出したような柔らかい笑みだった。
「おはよう、ってのも変か。まだまだ暗いし」
外は全然真っ暗闇。深夜そこらの時間帯、確かに「おはよう」ではおかしいだろう。
そんなことよりも、さっきのアレは何だったのだろうか? いったい、何があって……と聞きたいところではあるんだけど、あいも変わらずワタシは喋ることが出来ない。聞こうにも問うことが出来ない。
よもや、ここまで自分自身に困ってしまうとは。記憶にある前のワタシも含めても、これ以上無いくらい面倒くさい。
「大丈夫か? もの凄く
ワタシを撫でながらカナデが言ったことを聞いて、おおかた理解し納得した。
なるほど、寝ていたとしてもすぐ隣にいる
結果、ワタシは落ちつくというか、目覚めて混乱したわけだが……なにはともあれ結果オーライということにしてしまえばいいだろう。
しかし、「恐い夢」か。
言われてみれば何か見ていたような気もするな……?
海、波飛沫のあがる音。
緑の髪をした人物、突き出される手。
浮遊感、衝撃、冷たい海にのまれる感覚。
そんな声が聞こえたような聞こえなかったような?
……って、それってまるで、遊戯のカードである《封印されしエクゾディア》*6とそのパーツカード*7を投げ捨てた
どんな夢見てるんだ、ワタシ。
「そんな顔するなって。さっきも言ったけど、もし何かあってもあたしが護ってやるから、な?」
はたして、ワタシはどんな顔をしていたのだろうか? またもや、カナデにギュッと抱きしめ撫でまわされだしてしまう。
「■■……」
ん?
今、ワタシのことを抱きしめているカナデの呟きが、変に耳に残った。
聞こえたのは人の名前のようだった……が、聞き覚えはまるで無い。よく聞く「
もちろん、ただ単にワタシがたまたま
……身元不明という立場もあるが、喋れない・書けないワタシは学校なんて縁が無いのだが、それはまた別の話だ。
「あのころの■■もちょうどこのくらいだったっけ?……いやっ、どっちにしろ重ね合わせるのは悪いよな、
んん?
「あのころ」とか「だった」とか、過去形なのが……うん、気のせいだよな。きっとワタシが気にし過ぎてるせいで、脳内で勝手になんでもかんでも変な方向に捻じ曲げて受け取ってしまっているだけだ。そうに違いない。
カナデが昔亡くなった誰かをワタシに重ねて見てるとか、そういうのじゃあ決してない…………はず。
これ以上何か聞いてしまってはワタシの精神衛生上よくない。
もしも
「……おやすみ、葵。恐い夢もあたしが追い払ってやるから」
ワタシの意図を感じ取ってか、カナデはそう言ってから撫で回していた手を止め、抱き締めも数段ゆるくなった。それでもやはり放してはくれなかったが。
……まあ、先程寝付く前にも思ったように、存外ワタシは人の温もりというのは嫌いではないので、これはこれで良しとしよう。今度は文字通り包まれるほどの温もりなので、悪い夢は見ないのではないだろうか。
先に寝息をたてはじめたのがカナデだということはご愛敬である。
―――――――――
翌日。
カナデはツバサと音楽活動でどうたらこうたらあるそうなので、いつものようにワタシはトッキブツに預けられることに。学校の時とかもそうなのでもう何度目になることやら。こっちもむこうも完全に慣れたものである。
ただし、それなりの役職を持っている面々は時折難しい顔をする。「彼女とセイイブツは~」とか「セイイブツの回収を~」とか事あるごとに
「星遺物」テーマで研究施設と言えば魔法カード《
……あれ? じゃあなんで「
「――――ふん、だんまりか。以前からお前は……今はそれ以上か。わかりきったことだ。自主性の欠片も無いお前が一人でどうこう出来るはずもないのだから……となると、なおのこと今までの動向が……いや、どちらにせよお前には選択肢など無い。まだ
……何の話だ?
メディカルチェックを終え医務室で二人きりになり、雰囲気も変わり普段とは別方向にお喋りになったワタシを知っているっぽい女の人――
それは「ワタシが忘れているんじゃなくて、実はリョーコさんが勘違いをしているだけでワタシは人違いなのではないか?」という懸念だ。なんとなくうろ覚えではあるが、リョーコさんやその他数人うっすらと思い出しかけている顔はあるのだが……それこそ昨晩のことではないが夢で見ただけの存在くらいに
しかし、リョーコさんとの会話――正確には喋っているのはリョーコさんだけなのだが――はまるで噛み合わない。言葉を返せてないのだから当然のことだと感じるかもしれないが「そうだったかも?」なんて思うことがまるで一つも無いのでどうにもそんなことを考えてしまう。
ホント、何を言ってるんだろうかリョーコさんは……。
「もう少し判断が早ければな。起動された杖の件もだが、ココに匿われることが無ければもう少し駒として使い勝手も良くなるが……今から距離を離そうにも正攻法では無理があり、力技ではどちらか片割れを失いかねん。時限式であろうと失われるのは現段階では問題がある。天羽奏を中心に思った以上にご執心なのが面倒だ。……
オイ待てコラ。
あまりの唐突な発言にキャラがブレてしまったが今はそれどころじゃない。
話の流れからして、ワタシが保護された場所は、そのカナデの家族が亡くなった発掘跡地で……おいおい、それじゃあやっぱりアレなのか? 昨晩カナデが言ってた人物はそこで亡くなったカナデの家族の誰かなのか?
「あのころの■■もちょうどこのくらいだったけ?」とか言ってたから、何年前の出来事かはわからないが今のワタシの大きさ考えるとおそらくその人物はカナデよりも年下と思われる。ということは「
「妹」ならヤバくないか?
だってさ、カナデにとって死んだ妹の代わりがワタシで、そのワタシにカナデはご執心でって、何それフラグたちまくりな予感っ!?
ん?
……あれ? あれれ? いつの間にかワタシが《
いや、落ち着いて考えればわかる。心配ないとわかるはずだ。
まず、ワタシは《オルフェゴール・ガラテア》のような人形ではない。……中身が純粋な《
次に、ワタシやカナデを取り巻く環境。世界観は勿論だが、
最後に、兄《
結論、ワタシの取り越し苦労である。
自分が《
べ、別にビビったわけじゃあない。断言しよう。
「大体、お前は――――」
「失礼する……っと。何かあったのか?」
「別にたいしたことないわよ~? 女同士水入らずでコミュニケーションをとってただけっ♪」
……実は、さっきまでのは闇人格*10 *11だとかそういうのだったりしないだろうか?
さて、そのゲンジュウロウさんだがトッキブツの総司令官、つまりここで一番偉い人だそうだ。
ワタシの印象としては、熱血漢的だがほど良い距離感を心得ている兄貴質の面倒見の良い親戚のおじさんみたいな感じ。
一応何度か面と向かって会話(私は喋ってない)したことはあるが、その時も内容をなるべく噛み砕いて優しく言い聞かせるような感じだった。というか、ワタシがいることを意識してか、仕事をしている姿さえも人当たりがいいというか子供受けがよさそうな軽快な
……実は裏でヤバイ実験を主導してるとかだったらショックだ。まあ、カナデも所属してることを考えるとそんなことはあり得ないだろうけど。
「それで? どうしたのよ、いきなり。そもそも、貴方は一応今日はオフだったはずでしょ?」
「いやなに。いい加減、年頃の子供を室内に縛りつけておくのはいかがなもんかと。まずは練習で俺が散歩がてら街に連れ出してみようと思ってな」
「まさか今から? そんないきなり、護衛も監視も無しに……って、弦十郎君にはいらない心配よねそれは」
「おうっ! その辺りの手配はすでに終えているさ!」
「そういう意味じゃないんだけどねぇ~?」
よくわからないが、どうやら今からワタシはゲンジュウロウさんと街へとおでかけをすることになったようだ。
住んでる家と、地下にトッキブツ本部のあるリディアン音楽院までの道しかほぼ知らないワタシからすれば、とんだ大冒険である。
メディカルチェックの際にリョーコさんに預けておいた「
これで、一定距離離れたり、ワタシの意思どころかちょっと考えただけでも手元に瞬間移動したりしていた「鍵杖」の持ち運びが随分と楽になったのだ。トッキブツ様々である。……十歳そこらの女子がバットケース背負ってるのもいささかおかしいかもしれないが、「
そうしてゲンジュウロウさんに連れられて医務室を出て行く際に、リョーコさんがワタシだけを呼び止め、「女の子のお話よ。すぐに終わるから」とゲンジュウロウさんだけを先に行かせた。
また、小難しいことをきかされるのだろうかと内心面倒に思ったのだが、その表情や声色からしてそういうわけでもなさそうだった。
「……念のためにいっておくけど、あんまり影響されないようにね?」
…………?
はて? どういうことだろうか?
―――――――――
リョーコさんに言われたことが気になって少し身構えてしまったが、ゲンジュウロウさんに連れられてたどり着いたのは、なんてことはない前いた世界でもあった至って普通のレンタルビデオ店。
「もしかして、そこで選ぶラインナップが何か変なのか?」とも考えたが、見た目十歳そこらの
そうして選ばれたものの中には、いわゆる日アサの女児向けアニメ劇場版や、ジ〇リ、海の向こうのネズミさんのところのヤツ……それ以外にもいくつか見覚えのある
でも、ずらっと並んだパッケージを見て「あれ?
そうして、特に不満も問題も無くレンタルビデオ店をあとにしたワタシとゲンジュウロウさんだったが……
「ん? どうかしたか?」
道沿いのとある店の前。そこではワタシは足を止めた。
ガラス張りの向こう側に見える店内には、商品棚の他に、イスが備え付けられたいくつかの長机が置かれているスペースが。そこでは老若男女は言い過ぎかもしれないが年齢性別様々な人たちがカードゲームを和気藹々と、時に真剣そのものの様子で楽しんでいるのが見えた。
これはいい。前の世界でもそうそうなかったぞ、こんないい雰囲気のカードショップは。
「なんだ、カードゲームに興味があるのか?」
無いわけがない。
前いた世界はそういう世界ではなかったが故に仕事になったりはしなかったものの、生活のすぐそばにカードゲームがあるくらいにはワタシにとってかけがえのないものだったのだから。ワタシ自身が《
声の無いワタシの反応からどれほど読み取ってもらえたのかは不明だが、ゲンジュウロウさんは「なるほど、なるほど!」と何故か満足気に呟きながら頷いた。
「実は、前に縁あってカードゲームを題材とした劇場版アニメを観る機会があってな。そこから少しばかり脚を突っ込んだ時期があって、今でもたしなむ程度ではあるが俺もやっていたりするんだ」
意外や意外……と驚くことは無かった。
だってゲンジュウロウさん、見た感じからして良いデュエルマッスル*12 *13してるから「あっ、やっぱり?」と思うくらいですんなりと受け入れることができたのだ。
「ならば、簡単にではあるが俺がレクチャーしようっ! もちろん、
手持ちのカードもおこずかいも無いワタシにとっては有り難い。至れり尽くせりとは正にこのことである。
正直に言おう。ワタシは《
「やろう! ヴァン〇ード*14!!」
希望を与えられ、それを奪われる。その時、人は一番美しい顔をする……らしいから、きっと今のワタシは美しい顔をしているんだろう。*15
・名前を呼ばれない
・たったと思ったフラグがすぐ消えた(消えてない)
・関連会社の関係上の問題
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1-2
クロスオーバーしている両作品用語やネタが多いため行っていましたアンケート「あとがき等での本編登場元ネタの簡単解説の有無」の結果ですが、「(シンフォギア・遊戯王)両方」が6割ほどだったので、次回の更新までに各話編集する予定です。
……が! 正直にいいますと、どこからどこまで解説すればいいか迷っております。遊戯王のルールとか「モンスターカード」等のカードの種類関係はいらない……ですよね?(自信無し)
また、あくまで「簡単解説」ですので、そこまで公式設定のように詳しくは書く予定はありませんあらかじめご了承ください。
そして、予想以上に長くなってしまった今回。
でも、早く原作突入しないといろんな意味で保たないのでガンガン進めていきたい……。
あたしの一日は、
眺めに眺めある程度気がすんだところで、葵を起こさないように気を付けてベッドから出て簡単に身支度を整えてから朝飯の準備にとりかかる。
んで、色々準備してたらそのうち葵が起きてくる。日にもよるけど、6時30分くらい。前日にあたしが明日は早い事を伝えると葵も合わせるかのように早く起きる。
そこからは流れだ。洗面台に連れてって、髪やら顔やら歯なんかも軽ーくキレイにしてから、ダーッと朝飯へGO。そんで食べ終わったら片づけをして改めてふたり揃って身支度をする。……このあたりは、最初のころこそあたしが手を貸してたけど、最近は葵一人でも出来るように。でもまだ、ちょっと危なっかしい部分があるからいちおうは近くで見守っておく。
身支度の時には葵の健康状態の確認をついでにしておく。素人に毛が生えたくらいの知識だし、定期的に
そして、そこからはその日その時々によって準備をしたり、ゴロゴロしたり、絵本を読み聞かせたり……まあ、そんな感じだ。
さてさて。
でもって、今日はといえば午後からしか予定が入ってないから午前中は葵とゆっくりゴロゴロとするか、翼を誘って葵の服でも見に行こうかー……って、考えはとっくに吹っ飛んでた。
理由? 当然、葵だ。
とにかく、翼に一本連絡入れといてから葵を
そう。考えてた予定とかをほっぽりだして葵を連れてここまで来たのは、葵の健康状態が悪そうだったからとか葵の持ってる聖遺物が何か変だったとかそういうのじゃなかった。
その理由は――
「旦那ぁ! 弦十郎の旦那はどこだぁっ!!」
「ぬおぉっ!? 奏か。どうしたんだ、いきなり大声を張り上げて」
「どーしたも、こーしたもねーってば!
――葵の体調
気付いたのは、今朝だった。
けど、「なんか違うなー?」って思ったのは昨日歌の仕事を終えて日が暮れた帰り際に葵を引き取った時から。まあ、まだまだ子供だし疲れて体力の限界が近づけばそんな風にもなるかと思って特には気にせず、やった事と言えば、普段よりも早めに寝かしつけたくらい。
いや、だってさ、オフだった弦十郎の旦那が世話してたってことは聞いてた。だから、安全面では安心してたけど、あのパワフルさに疲れちゃうんじゃないかとは最初から思っていたんで、迎えに行ったその日には「ああ、疲れてんだろーな」くらいにしか思わなかった。
でもって、今朝。
寝起きの顔は「まだちょっと眠いのかな?」くらい。で、洗面台の前であたしが手を貸すまでボーッとしてた時には「ん?」と疑問には思った。朝飯で
そこからはババッと手早く準備を始めた。外傷がないか確認のために脱がせるついで着替えさせ、それら身支度と並行して「痛い所は無いか?」とか「気分が悪かったりしないか?」とか聞いた。……首を振ったり頷いたりして葵が出した返答は「痛い所は
「こりゃ、あたしの知らない間に何かあったな」と。同時に原因は弦十郎の旦那以外ありえないという半ば確信に近いものもあった。
だから、こうして朝一から特機部二本部に突撃をかましたわけだ。
「なぁに~? 朝から賑やかねぇ」
「了子君」
と、弦十郎の旦那に詰め寄ってたら、旦那の背の陰からひょっこりと了子さんが顔を出してきた。
さっきまで
それはさておき、「実は――」って昨日から今朝にかけて葵の様子が変って言うか異様に落ち込んでいることについて、そして、昨日は丸一日オフだった弦十郎の旦那が何か知っているに違いない――というか、原因なんじゃないか?――ってことで問い詰めてたんだと了子さんに説明した。
「昨日? 弦十郎君が街に連れ出して、レンタルショップで映画を借りた後そのまま鑑賞会をするとか言ってなかった? あっ、もしかして何か変なモノでも見せたりしたんじゃないの?」
「そんなことはない。俺の趣味関係無しに子供向け作品か子供から大人まで楽しめる名作しか選ばなかった。具体的に言えばデ〇○○ーやジ〇リ……」
「それ、本当に大丈夫だったのか? 「も〇の〇姫」みたいにホラーというか恐い描写がある作品だっていくつもあるだろ? どっちも家族や身近な存在と
未だに葵は心を開いてはくれてない。
頷いたり、首を横に振ったりして反応を示してくれはするけど、一向に話してはくれない。何度か、口を開けてパクパクと動かしてまるで喋ろうかどうか迷うような仕草をみせたこともあったけど、結局は口を閉じちまって喋らないままだった。
色々と不満に思うところもあるけど、方向性が多少違うけど他人とロクに口をきかなかった時期のあるあたしとしては、話すことを強要したりする気にもなれずとにかく待つことを個人的に決めたりもしたからそこを葵自身にどうこう言う気は無い。
ただ、別の問題というか心配事がある。それはもちろん葵がそうなった原因。
葵がそんな風になってしまった原因は、これまでの足取りがまるで判明してないから全然わからないんだけど、推測は立てられる。その手に持つ謎の完全聖遺物、それが絡んだゴタゴタに巻き込まれた結果に違いない。戸籍無し・個人情報不明の身元だからどこでどうなったかはわからないけど、十中八九、そこで家族などといった身近な
だから、そこを変に刺激を与えてしまうようなことは避けるべきだと思う。
……ってわけで、弦十郎の旦那にそのあたりを確認して、もしもの事態も考えて――半分くらい決めつけみたいに――非難の目を向けてみたんだが、まるで心当たりが無い様子で首をかしげるばっかりだった。
「そのあたりも大丈夫だったと思うんだがなぁ……。というより、その様子だと奏はタイトルを確認していないのか。家や休憩室でいつでも観れるようにと葵君に持たせて送り届けたはずだが?」
「んんっ? そういや、袋のほうは見たような……?」
あのレンタルした時にDVDを入れてくれる手提げ袋。確かに旦那の言う通り、その袋は昨日迎えに行った時に持ってて……うん、ちゃんと葵が持って帰ってた気がする。確か、今はテレビのそばの棚の上に置かれてるはず。
でも、そうやって旦那が「大丈夫だ」と判断した
となると……
「旦那と借りた映画関連じゃなかったら一体何が葵をあんな風にさせてるんだ? どこか痛むのか聞いても首振るばっかりだったしあたしも一通り見たから、怪我とか病気とかのせいじゃないとは思うんだけどなぁ……?」
「今日は予定に無かったけど、メディカルチェックしてみる?」
了子さんもそう申し出てくれてるわけだし、お願いするかなぁ?
「……あー、心当たりならあるにはあるんだが、なぁ?」
あごに手を当てて考え込んでいた旦那が、珍しく踏ん切りの悪い感じで口を開いた。
言い方からしても、あんまり自信が無いのかもしれない。
「レンタルビデオ店の帰り道にカードショップにも寄ってな。色々と触ってみてもらったんだが、段々とテンションが下がっていってな」
「それじゃんかっ!!」
むしろ、それしかないじゃん。
ていうか旦那、自分でもテンション下がってるってわかってたんなら、葵の不調の話をふった時点でそのこと話そう? 借りたもののこと聞いたり悩んだ時間はなんだったんだよ……。
「弦十郎君。カードゲームを少しかじってるのは知ってたわ。別に、貴方の好きなアニメーション映画やそのカードゲームとやらを否定するわけじゃないわよ? それらにだって山ほど良い所はあるもの。けど、「イヤ」と言えそうにないからってそれを押し付けるのは、ちょーっとどうかと思うわよ?」
「誤解だっ! そもそもカードショップに立ち寄ったのは、葵君が店を覗きこんで興味を示したからであってだな……」
あぁ、よかった。了子さん的にも流石にダメだって判定が出てくれた。
旦那には旦那の言い分があるっぽいけど、あたしはもちろん了子さん側の立場だわ。
だけど、それとこれとは別だ。
「あの時の俺の、どこが悪かったんだか……いや、理由は定かではないが彼女の気を損ねてしまったのも紛れも無い事実。ここは、ちゃんと謝罪をするのが筋ってもんだな」
「んー。理由もわかってないまま謝るっていうのは、逆に怒らせちゃうかもよ?」
まぁ、怒鳴り込んじまったりしたけど、旦那は子供っぽい所もあるけど締めるところはしっかり締める出来る大人だってのは、あたしだってこれまでの付き合いで解ってる。了子さんの言うような不安も解るけど……うん。旦那ならそれでも頑なに頭を下げてくだろう。
だとするとあたしは……葵が拒絶するようなことも考えて二人の間に入る仲介役でいようかな。もちろん、いらないって言われたって、意地でも割って入るつもりだけど。
「怖い悪役・ダークヒーロー系やホラー系は避けて、第一にマスコット系、次にかわいいキラキラした美少女系、それでもダメならイケメンキャラだと思ったんだがなぁ……?」
……大丈夫だよな?
―――――――――
朝、奏から「翼、一大事なんだ! 特機部二に来てくれ!」と連絡を受けて急いで支度して本部へと向かった。
通信機による緊急の無線連絡ではなかったからノイズ出現による出動のような緊急性のある
そして、今――
「…………」
「…………」
――私は、本部の通路脇の一角にある休憩スペースのベンチに、タオルケットに
どういう状況……なのかしら?
当事者であるはずの私が疑問に思うって、自分で言ってておかしいのはわかってる。
けど、しかたないの。なんで奏が慌てて
「……ね、ねぇ?」
「…………」
沈黙による静寂に耐えられなくって隣にいる葵に声をかけて見るけど、当然と言うべきでしょうけど返事は無かった。……それどころか、私の方へと視線を向けることすらしてくれてない。
本当にどうすれば……!?
ただ奏を待ってるだけでいいなら、このまま静かに待ってればいい気もするけれど、以前奏に「私にも手伝わせて」みたいなことを言った手前、じっと待っておくなんてほとんど何もして無いような状態でいることは避けたいわ。
というか、せめてこの子を預けてく時に奏が何があったのか教えてくれてれば、何かしらできたのに……。
「ううぅ……奏は意地悪だわっ……!」
そもそもの問題として、これまでにあった葵と私との接する機会が間に奏がいる
私はもちろんだけれど、葵のほうも相手との距離感を測れずにいる。その結果、さっきのように話しかけても互いにどうしていいかわからずに、コミュニケーションがとれないという結果になるわけで……決して、決して無視されたとか眼中に無いとかそういうのではない……はず!
そう。何か共通の話題を出してみたら……?
ひとつ思ったのだけど、こんな風に何も喋らない葵だけど、客観的に見て奏とは不思議と通じ合っているように見える。……厳密には、奏が察しが良すぎるように思える。
そう見えるだけで通じ合っているというのは私の勘違いか、
「奏とは上手くやっていけてる?」
「…………」
「何でもないわ」
私の言葉に反応してこちらを見た葵の
くっ! こんなはずでは……!
でも、冷静に考えてみれば、葵のほうに多少なりと問題があるとはいえ相手は他でもない奏。
……
「……変なこと聞いて、ごめんなさい。私、なんだか少しおかしいみたい」
「…………」
謝る私に向けられる視線は、咎められてるようにも呆れてるようにも感じられ……それを一身に受け止めるのは、私には難しかった。
故に、隣の葵へと向けてた視線を正面に戻して……それでも落ち着けず、
あぁそれにしても、いっそのこと最初のように無関心でいてくれる方が私には…………反応されなかったのが嫌なはずだったのに、何言ってるのかしら。何というか、奏と葵のことを考えてると、こう……モヤモヤするというか、その――――
……不意に、肩に何かがフワッと触れたのがわかった。
目を瞑ってしまっていた事もあって、少しビックリしてしまった私は、ハッと目を見開いて自身の肩へと目を向ける。そこには見覚えのあるタオルケットがかけられてて……
そこへ、私の脚への軽い衝撃と重さ。
決して重いわけではなく、しかしそこにあるふんわりとした重量感。釣られるように正面を向くと、視界の下半分くらいが青い何かに占められてて――
「えっ」
――具体的に言えば、葵が私の膝の上に座ってた。
奏と葵が一緒にいる時に時々している体勢、それにそっくりで、さっき私の肩からかけられたタオルケットの両端は葵の両手によって前方に持っていかれてて……そう。私と葵、二人を包み込むような形になってた。
「――って、ちょっ、ま待って!? こういうのは奏の役目で!」
「…………?」
「っ!」
振り返りながら首をかしげるその姿は、「ダメ?」と甘えてくる
それに……これまで年下の子と接する機会が少なかったということもあるけれど、こうして甘えられるのも、その、悪くない気がするわ……!
「わ、わかったわ。少しだけだからね」
「…………♪」
どうして
けれど、私も悪い気はしなかったし、私の膝の上で足をユラユラ揺らしている葵もこころなしかご機嫌なように思える。感情表現があまり豊かとは言えない葵にしてはこう、わかりやすいというか……ええ、とにかく良いことじゃないかしら?
私は、自然と目の前の流れるように長い青髪を撫でていた。
どれほど経っただろう?
不意に葵の頭が動いた。
「…………?」
「どうしたの?」
私もつられるようにそっちへと目を向け――
「へぇー」
「あらー?」
「ほうっ」
――通路の曲がり角から顔を覗かせている人達と目が合った。
「えっ」
本部内ということもあって、当然私の見知った顔ばかりではあった。
ニヤニヤと笑う奏。
頬に手をそえて微笑む
感慨深そうな顔をした
そう、見知った顔。見知った顔だからこそ、私は足の先から髪の先まで熱くなって……!
「ちょっと目離してた間に、なんか随分仲良くなってないかー?」
「違うの、奏っ!? これは、その……!!」
「わーってるわーってる。葵があたしの膝に乗っかってる時、隣でジーッて見てたもんな」
っ!? そ、そんな! 見られてたっていうか、そのあたりもバレてたの!?
もっともっと恥ずかしくなってきて、ますます顔が燃えるように熱くなってしまう。
そんな私をよそに、奏は腕を組んでうんうんと頷いてる。
「羨ましかったんだろー? だからって、あたしのいない時に隠れるようにやらなくたっていいじゃんかー」
「違うわっ! 羨ましかったのは、むしろこの子がであって……って、そうじゃなくて! これはこの子のほうから乗ってきたのっ!」
「何それ!? 羨ましい!」
「奏ぇ!?」
「だって、あたしの時はこっちから抱き寄せないと全然乗ってくれないのに~!」
そ、そうだったかしら?
……でも、思い返してみれば、確かにいつも奏が葵を脇から抱えあげて膝の上に乗せていたような……?ということは、葵が自発的に膝の上に乗ったのは私が最初?
それは、奏に申し訳ない気が……するけれど、心のどこかに喜んでいる私がいる。
すると、自分でも気付かないうちに自然とまた葵の頭へと手が伸びてしまってて、さっきまでと同じように髪を撫でていた。
と、こんどは櫻井女史が少しかがんで、座ってる私たちの顔を覗きこむようにして来た。そして私と葵を何度か見比べてから、その微笑みを一層朗らかにした。
「あらあら、そうしてるのを見るとふたりは姉妹のようにも見えるわね」
「私とこの子がですか? ……ハッ!?」
指摘され意識してみると、こう、胸の奥になんとも言えない感覚が……。
それが何なのかと考えようとした思考は、唐突に打ち切られた。不意に視線を強く感じ、そっちへ目を向けると……そこには唇を尖らせた奏の姿が。
「つーん」
「奏。お前の気持ちは察せなくもない。だが、俺が言うのもおこがましいかもしれんが、その反応はいささか
「別にーそんなこと無いって。大丈夫問題なーし。あたしは、旦那をことごとく拒否って不機嫌になった葵を慰めて、そこで友好を深めるから」
「待て。俺が許されないことは確定済みなのか!?」
不満げな奏に叔父様が何やら言っているけれど……いったい何のことなのかしら? もしかして、奏が
私は膝の上で気ままに体を揺らし「我関せず」といった様子の葵のことはひとまず置いておき、事の成り行きを見守ることにした。
――――――――――――
外で用事を済ませ、徒歩で本部へと帰る道中に俺は頭を悩ませていた。
というのも、俺のせいで何やら調子がおかしくなっていた
しかしそれは、俺の謝罪が悪かったというよりは、葵君自身が自分の
「申し訳なかった」と頭を下げてれば、葵君はむしろ困り慌てふためいた。
「俺が何か悲しませることをしてしまっただろう?」と問えば、首を横に振り否定した。
「怪我や体調不良ではないんだろう?」と問えば、しっかり頷いた。
「何か気に障ることがあったのか?」と問えば、反応を返さなかった。
「俺たちには話せないことなのか?」と問えば、小さく首を振ったのちに首をかしげた。
結果、葵君自身でも自分の
そこになにも思わないほど俺は無関心ではいられない……のだが、だからと言って何かしらの解決策を見いだせるわけでもない。
簡単に思いつくことと言えば、プレゼントか何か、なにかしらを与えて喜んでもらうとかそのくらい。しかし、それはそれで問題がある。
「まいったな。あのくらいの子に何をやれば喜んでもらえるかなんて、わかったもんじゃないぞ」
参考になりそうな身近にいた子供といえば……まあ、真っ先に思い浮かぶのは戸籍的には姪にあたる翼だろう。しかし、参考になるかどうか改めて考えると……素直には頷けそうには無かった。
どうしたものか……。
そんな事を考えながら歩いていた最中、ふと道沿いにあったある店が俺の目に留まる。
「ラ・ジーンT8?」
店の看板にはそう書かれていた。「T8」の意味はよくわからんが……まあ、店名は気にしたところであまり意味は無いだろう。
ガラス越しに見える店内は、少し
「ん? ああ、なるほど。あのショーケースからして、持ち帰りもあるのか」
そこで俺はピンと閃いた。
女子には甘いもの。特に子供となれば、基本的に甘いものが好きな傾向は強いという認識がある。アレルギーに関してもこれまで報告は受けていないので、食事関係では出ていない……つまりは大丈夫なはずだ。
「我ながら安直だと思うが……」
謝罪の意を込めて……そして言い方がアレかもしれんがご機嫌取りに甘いものを手土産に持って帰ってみるのは悪くはないんじゃないか?
ついでに、普段がんばってくれている皆への差し入れも買ってみるとするか。
「いらっしゃい。よく来たねぇ」
店内で俺を迎え入れたのは、独特の雰囲気を醸し出すマスター。銀髪と、それと年齢不詳感を煽る同色の
そんなマスターを含め、悪い雰囲気ではない喫茶店だった。時間が時間なら、客は少なからず入っているだろう。
ショーケースの前に立って商品を見渡し、葵君への手土産と皆への差し入れを吟味する。
「ぬぉお!? こ、
と、そこで目に留まるモノが……留まらざるを得ないモノがあった。
「ああ、
「
ショーケースに並べられているケーキをはじめとした
その中で一つだけ異彩を放つモノが……主に見た目と値段が他とは違う。
しかし、悪くない!
なによりも、その見た目からしてインパクトが強く、一目で見て凄いとわかるのがいい! あと、個人的には名前も
「マスター!
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当然だろ? デュエリストなら(当然じゃない)
また、大体大丈夫だとは思っていますがあくまで「シンフォギアも遊戯王もわかっている作者」が感じた「解説が必要そうなところ」であるため、全てをカバーし切きれていないかと思います。もしも「ここの解説も必要だと思う」と感じる場面がありましたら本編の感想とともにご指摘お願いします。
悲しい、とても悲しい話だ。
この世界に遊戯王
ついでに言えば、
何を言ってるか解らない? 気にするな。
わかりやすく言えば、原作「遊戯王」もアニメ「遊戯王シリーズ」も存在せず、それらの物語が紡がれる世界でもないというわけだ。
いやぁ、この事実を知った時は驚きを通り越して呆然としてしまったものだ。
その衝撃は尾を引いて、知った後丸々24時間ほどは半ば魂が抜けてしまったような状態。夜中などに目覚めてしまっては、暗闇の中で遊戯王が存在しないことが思い返され静かに泣き、涙で枕を濡らしてしまったくらいだ。
泣いてたことには気づかれなかった様だが、その気の落ちようは隠しきれず、おかげでカナデたちには心配をかけてしまい随分と気を遣わせてしまった。
特に、ツバサとゲンジュウロウさんは大変だった。
ツバサは、ワタシがボケーっとしていた上に寝起きだったこともあって、数度話しかけてくれていたのに聞き流してしまい、ハッとして聞き返そうと――としても、喋れないから表情で訴えかけることしかできなかったが――したけど、その時にはワタシ以上にツバサが凹んでしまってて、どうしたものかと困った末に「カナデが喜ぶんでいたことをやってみたらどうだろうか?」と行動を起こした。
結果、ツバサは元気になった……が、カナデが「あたしのところにも来いよ~!」と事あるごとに膝の上に乗るように言ってくるようになってしまったのが少々厄介だ。
ゲンジュウロウさんは、自分のせいで
遊戯王が無いことにショックを受けはしたが、それは別にゲンジュウロウさんに何か非があったわけじゃない。
と、そこで一段落してそれ以降は毎日至って普段通りの生活を――――とはいかなかった。
視線が凄い。主に
忘れてしまいそうだけど、はたから見ればワタシは「変な杖持った身元不明の少女」とかいう怪しさ満載の存在だ。首に縄を繋がれてないけど監視やらはいくらあってもおかしくは無い。故にそういう視線は覚悟しているつもりだが……うん、この手のものはこそばゆい。そしてなにより申し訳なさがある。
特に気にかけてこないのはリョーコさんくらい。他に誰かがいる時ならいざしらず、二人きりになればこちらのことなど関係無しに語りまくる「闇リョーコ(ワタシ命名)」になるのだから、ワタシの状態をそう心配するはずない。
さて、今現在カナデやツバサが学校で放課後活動をしているだろう中、ワタシは今日も今日とて
しかし、これはとても重要な任務。必ず達成しなければならない。
とあるものを持っていた男性職員に、行動や身振り手振りで何とか意思を伝えようとする。
「え? コレが欲しいの? 捨てる予定だったからいいけど……」
これで、鉛筆とカッターと厚紙が揃った! そう……カードが無いなら、作ればいいじゃない。
カードはつくった。
つくるって言っても「創造」レベル*3 *4はワタシには無理なので、あくまで小学生あたりが「ぼくのかんがえたさいきょうカード」として自作したものレベルのクオリティでの作製である。
気分は
「どうしたの。葵ちゃんと何か話してたみたいだけど?」
「梱包の底にあった紙を欲しがってさ。捨てるつもりだったし、あげたんだ。何かお絵かきか工作でもするんじゃないかな?」
「へぇ。ようやくと言うか、随分と歳相応なことを……って」
「……!?」
「ダメでしょ、こんなもの持ち歩いてちゃ」
ああっ!
「遊ぶのはいいけど、危ないから刃物は持っちゃダメよ」
「普段から聖遺物持ち歩いてる子にそんなこと言っても、違和感しか感じないですね」
そんなことを言った優男職員さんが女性職員さんに睨まれてるけど、私にとってはさほど重要ではない。
むむむ……カッターを取り上げられてしまった。
まさか、ここに来て周りの人たちから気にかけられていることが
とにかく、カードをつくるにはカッターなりハサミなり切るためのモノが必要になる。しかし、この
解決策は……気乗りはしないけど、リョーコさんのところに行くか。あの人なら一々どうこう言ってきたりはしないだろう。
あと、あのカッター、カナデの
―――――――――
「いきなり来たかと思えば、一体何を……おい、紙を切るのにメスを使うなっ。チッ……ほら、これでも使え」
気にしないどころか、ご丁寧にハサミを貸してくれた。ただ、投げ渡すのは流石にどうかと思う。
しかし、ありがたいことに違いない。さっそくそのハサミを手に取り、厚紙をチョキチョキ切ってしまおう。
手の大きさの関係で多少ハサミが持ち辛くはあるけど、ギリギリ許容範囲内。記憶の中にあるカードサイズ*6に合わせて切っていく。
「一体何を……大きさ、形からして……ああ、ヤツの影響か。それも、随分と変な方向に……」
リョーコさんの独り言をBGMにし、黙々と厚紙製カードを量産していく。カードの
……テンションが上がって、なんだか語彙力がおかしい。いや、これがいつも通りかもしれない。
「ああ、そうだ。伝え忘れていたが、近々お前に対するテストを行う予定だ」
……? テスト? 知っているとは思うけど、ワタシは字は書けないぞ?
…………。
……あれ? それじゃあ、カードの効果どころか名前すら書けないんじゃないですか? えっ、カードつくれなくないか? 自分自身を慰めることすらできないのか、ワタシは。
「せいぜい、自分の価値がその希少性と奇異性だけで無いところを見せてみるんだな」
何のテストかは知らないが、随分と期待されていないようだ。
けど、そんなことはどうでもいい。今、重要なのはカードの形に厚紙を切り取ったところで何も書き込めないんじゃないかということだ。もし本当にそうだった場合、テンションだだ下がりもいいところだ。
何も書かれていないカード型の厚紙だけで出来ることなんて……あれ? 意外と思いつくような気がする。
微妙に気落ちしながらも作業を続けていると、小気味良い音とともに部屋の扉がひらいた。入ってきたのは研究職員などではなく、よく見知った顔であるカナデだった。
「よっ、葵。
「あら、お迎え? もうそんな時間だったかしら?」
相変わらずの素早い変わり身で人当たりのいいほうのリョーコさんになったリョーコさん。何故か、あからさまにワタシのやってる
カナデもカナデで、チラッとコッチを見ながらも
「トレーニングの予定も無かったから、そのつもりだったんだけど……ここに来る前に外から帰ってきた源十郎の旦那と会ってさ。なんか皆にも配るから葵を連れてこいーって言われてさ」
「ケーキでも入ってそうな箱を何個か見せて言ってた」そう付け加えるように言ったカナデの表情は普段よりほんの数割増しの笑顔のように見える。おそらくは、甘いものは嫌いじゃないんだろう。ワタシも嫌いではない……が、別段好きなわけでもない。
そんな事を考えながら、ワタシは移動するために切った紙やらハサミやらを片付ける。ついでに「鍵杖」もいつものようにバットケースに入れて斜めがけの肩ひもを通して背負いこむ。
「弦十郎君が? 新しく発見された聖遺物の現場確認に、私の代わりに行ってもらってたはずだけど……その帰りにどこか寄ってきたのかしら?」
「新たな聖遺物だって? そんなのあたしは聞いた憶えがないんだけど……それに、なんで了子さんは行かなかったんだ?」
それにしても、リョーコさんや職員さんたちだけじゃなくカナデも
遊戯王OCG含め、遊戯王関連はことごとく存在しないと思われるこの世界に何故星遺物はこんなにも知れ渡っているんだろう? というか、話からして星遺物は存在してるのか?
「まだ調査段階だからっていうのもあるけど、急に決まった
「なら、今あたしに言って良かったのか? まあ、大体わかったからいいけど」
「別に絶対に隠さないといけないことでもないし~」と軽く返しながら、先に部屋から出て行くリョーコさん。
……大丈夫だろうか、この組織。
そんな考えが口に出るはずもなく、ようやく片づけを終えてからワタシはカナデに手を引かれ研究室を後にした。
―――――――――
カナデに連れられた先は、すでにずいぶんと賑やかな雰囲気が漂っていた。
流石に職員全員が集まっているわけではないだろうけど、幾人もの人が集まっているようだ。
ワタシからカッターナイフを取り上げた女性職員が「あったかいものどうぞ」と、飲み物が入っているのだろうカップを配って回っているのが見える。
飲み物の他に、皆さんが何か持っているあの包みの中身は……いわゆるシュークリームだろうか?
と、奥のほうでは、先に研究所から出ていたリョーコさんがゲンジュウロウさんと何やら話しているようだ。そのそばには、飲み物の入ったカップを乗せたお盆を持ったツバサもいた。
「旦那が呼んでいた」みたいなことを言ってたこともあってか、カナデはソコを目指しているようで、ワタシもつられるままに歩いていく。
「寄り道のほうもいいけど、どうだった? 発見されたっていう聖遺物は?」
「様々な方法で計測されたエネルギー反応。その数値の割にはエコーでの埋まっている部分の規模がデカイ。おそらくは、発見者が報告した巨大な聖遺物の一部というのは誤りで、アレは聖遺物もしくはその欠片が納められた遺跡の一部が地表に露出したものだろう」
「確かあの辺りでは二週間ほど前に小規模な地滑りがあったらしいし、その影響で地表に出てきたのかしら? 小山に埋まった遺跡……正確な規模にもよるけど入り口を見つけるのも一苦労しそうなうえ、力尽くで壁をこじ開けるのもかなりの準備が必要でしょうね」
「どちらにせよ、当分は手を付けられんだろう。情報露出防止の為の規制強化と万が一の事態を考えての監視体制を整える……今から出来るのはそのくらいだろうな」
聞こえてきた話に、「星遺物にカケラも何もないだろう?」と首をかしげてしまいつつも、彼らのそばまで歩み寄って行く。
と、真っ先に気付いたのはツバサ。「奏、連れてきたのね」と呟きながら微笑んでいた。
その呟きで気づいたのか、ゲンジュウロウさんもこちらに目を向けて軽く手を挙げてきた。
「おおっ、来たか! ほら、食べてけっ」
そう言ってゲンジュウロウさんは、シュークリームの入った包みを
カナデは自然な流れでそのシュークリームをワタシに手渡そうとし――それにゲンジュウロウが待ったをかけた。
「ああ、違う違う。そいつは
「じゃあ、葵の分は?」
ワタシにはシュークリームを上げようとしていないことに、口をとがらせたカナデ。そのことを気にしてかせずか、ゲンジュウロウさんはその笑みを一層ニカリと輝かせつつ、もったいぶるかのように「はっはっはっ!」と曖昧に笑うばかり。
何故かツバサも「ふふっ」と小さく笑っているのが見えた。なんだろう? ワタシタチよりも先に来てたし、ゲンジュウロウさんがこんなわけのわからないことをしている理由を知っていたりでもするんだろうか?
「実はだな、葵くんには皆とは別に特別なものを買ってきたんだ」
「今日は随分と贔屓が過ぎるわね~?」
リョーコさんにちゃかされつつもゲンジュウロウさんが取り出したのは……
プリンだ。
しかし、ただのプリンではない。プリンの上にクリームやフルーツが乗っているタイプの、
まあ、一昔前ならまだしも、(この世界ではどうかはしらないが)今になってはそう珍しくはないタイプのプリンだ。
だがしかし、今、ワタシの目にうつるソレにはいくつもの他にはないであろう特徴があり……ワタシの中にある何かがただものじゃない雰囲気をビンビンに感じ取っている!
まさか、
若葉マークのような形をしたホワイトチョコの板が3枚乗っていて、それぞれに切れ込みのようなものが2つ――見る人が見れば一対の目だとわかる――描かれている。
そしてプリンの容器には、雪の結晶のような見覚えのあるマークが……!
ワタシの中の確信めいた予感が、ゲンジュウロウの言葉で真の意味での確信に変わる。
「「トリシューラプリン」という名のプリンだ。強そうで美味そうだろう?」
「トリシューラプリン」。前の世界も含めて、実際に見るのは初めて……だが、ワタシにとっては馴染みのあるもの。
遊戯王のゲームである「タッグフォース」*7に登場する食べ物だ。ただし、数人のキャラのストーリー中の会話文などでしか登場せず、どういった見た目なのかなどといった情報は無いにも等しい。間違いないのは美味しいと言うことくらいか。
ゆえに当然、本物だろうか?という疑問もあるが、そんなのはワタシの奥底からわき上がってくるこの興奮の前ではささいなものだ。
「強いか美味いかはおいとくとして、「トリシューラ」なんて大層な名前ね」
「んん? なーんか聞いたことあるような……無いような?」
おかしそうに笑うリョーコさんや首をかしげているカナデ。
もしも、ワタシが自由に喋る事が出来るとすれば、それはもう大変なことになるだろう。ふたりにこれでもかというほど、「トリシューラプリン」のことを……それのモチーフとなっている「氷結界」*8の切り札的存在《氷結界の龍 トリシューラ》*9 *10のことを語りだすだろうから……。
「なんでも店一番の人気商品らしく、最後の1個だったんだ。せっかくなら、葵君に食べてもらいたくてな……あーっ……その、受け取ってもらえるだろうか?」
「トリシューラプリン」を受け取ることを断る理由なんてあるわけがない。
「……っ!!」
「お、おう。葵くんにあげるために買ったんだ。遠慮せずに食ってくれ」
頷くワタシにそう言って差し出してきたゲンジュウロウさんの手の中から、待ち切れずに半ば奪い取るようにして「トリシューラプリン」を手に入れる。
おおっ、こ、これが! あの……あの「トリシューラプリン」!!
「人気が高い・価格が高い・カロリーが高い」の三拍子で、ネオドミノシティのデュエルアカデミア*13学生やその他キャラにも人気っぽかったあの「トリシューラプリン」!
底のほうはどうなっているんだろう?
おおっ! 底にも「氷結界」のマークが彫られてる! カラメル色がバックにあるから、マーク自体もまた違った印象になるねー、これは新たな発見だ。
「……! ……!」
「葵っ、こけてこぼしちゃったら大変でしょ? それを一度置いて座りましょう?」
おっと、嬉しくて嬉しくていつのまにか小躍りしてしまっていたようだ。
確かにツバサの言う通り。こぼしてしまうなんてそんなもったいないことは出来ないし、そんなことになったらワタシは泣いてしまうだろう。
近場のテーブルに「トリシューラプリン」を置き、そばのイスに飛び乗るようにして座る。……うんっ! 手に持たず、置いてあるだけの「トリシューラプリン」もまた風情がある! ……気がする!!
「気に入ってもらえたようで何より……だが、ここまではしゃぎまわるとは。やっぱりアレなのか? 女子供は甘い菓子が別格なほど好きなのか?」
「当然それは個人の好みによるわよ。きっとこの子が特別甘いものが好きだったんじゃないかしら? さて、突っ立ってるのもアレだし、私たちもシュークリームを食べましょう?」
「~♪ ~~♪」
「ふふっ、鼻歌まで歌って。はいっどうぞ」
「トリシューラプリン」を眺めていると、付属されていたのだろうプラスチック製の長めのスプーンをツバサが差し出してくれた。すくう方とは逆の端に「氷結界」のマークの装飾があるそれを受け取りながら、お礼の意を込めて頭を軽く下げる。
さあ! ついにこの時が来た!
食べようっ! ……けど、この完全な状態を崩すのが心苦しくもある。しかし、食べてみたいし、食べないという選択肢は無い。腐らせたりするわけにもいかないのだから。
ならば、食べるほかない。けれど、どこらへんから食べていくのが正解なんだろう? 悩む、悩むなぁ~♪
「奏? なんだかいつもより静かな気がするのだけど、どうかしたの?」
「いや、元気になってなによりなんだけど……あたしが何した時よりも喜んでて、凄い複雑な気分」
「そ、そうね……」
と、不意にカナデとツバサの「「いただきます」」という声が聞こえ、自分がいただきますをしていないことに気付いた。
どこから食べるかとか以前にそれは「トリシューラプリン」や作った人に失礼だろう。
さぁ手を合わせて……言えない!? くそ、なんてことだ!? ……これまでの食事でもそうだったね、忘れてた。
しかし、口には出せないけど心の中では言ったんだ。誰がどう文句を言おうと食べてやる!
「んくっ。……にしても、葵が食べてるプリンの名前。なんか聞き覚えがあるような気がしてるんだけど……とりせっ……なんだっけ?」
「「トリシューラ」ね。とっても広ーい目で見ると、奏ちゃんとは全くの無関係ってわけでもないのよ?」
「へっ? そうなのか?」
美味しい! 上にのってるフルーツや生クリームがプリンそのものの甘さをころしていない!
というか、単純にプリン部分が美味し過ぎて、他が何とかおいて行かれないように必死にしがみついてるって感じがするくらいプリンが凄い!!
はっ!? 底のカラメルと合わせるとどうなるだろう?
スプーンの長さを活かして、なんとか底のほうからすくい出せないものか……?
「神話に登場する武具の名前だ。インド地域の神話に登場する神・シヴァが持つ
「櫻井女史の言ってた無関係ではないとは、神話の神が持つ槍という意味では奏の「ガングニール」と似た立ち位置だということだったんですね」
「あーそういえば、聖遺物についてちょっと勉強した時に記録を見たような気がするなぁ」
ん? 食べるのに夢中で半分聞き逃してたけど、今、《氷結界の龍 グングニール》*14の話してた?
あの
……他がヤンチャし過ぎただけ? 知ってる。つまりはグングニールは優等生だったんだと思う。
しかし、何故遊戯王OCG含め遊戯王のカードは無いのに「トリシューラ・プリン」は存在するんだろう?
名前だけなら偶然かもしれないけど、トリシューラの顔のデザインや「氷結界」特有の雪の結晶のようなマークまで一致しているのは偶然だとは到底思えない。
実は今は衰退してるけど、昔に遊戯王が流行していた時期があってその名残で……?
もしくは、遊戯王OCGとは全く別の何か――例えば、ゲームや漫画など――で「氷結界」キャラが存在している……?
いいや、もしかするとワタシのような
なんにせよ、ゲンジュウロウさんが「トリシューラプリン」を買ってきたお店には、一度行ってみたいものだ。
喋れない・店の場所がわからない・おこづかい無い・一人じゃ出歩けない……と、ないない尽くしで行ける気が全くしないけれども。
と、ふとワタシの方へと向けられた視線に気がついた。
視線の主は……ツバサか。どうやらワタシの食べる「トリシューラプリン」に目を奪われているようだ。まぁそれも仕方のないことだとは思う。「トリシューラプリン」の持つパワーは
しかし、そんな目で見られてはワタシも何もしないわけにはいかない。
ワタシは、プリン本体と上のクリームをほどよくスプーンに
「……?」
頭に疑問符を浮かべ少し首をかしげるツバサ。
少しじれったく、喋ることはできないもののなんとかワタシ自身の口をゆっくり大きく開けてから閉じる……食べるマネをして見せる。擬音をつけるのならまさしく「あーんっ」である。
少し細められていたツバサの目がハッと見開かれ、
「……! え、ええっ!? ちょっ、そんな……こんな人前で……!?」
「いーなー翼ぁ。葵~? あたしにはー?」
心配しなくても、カナデにもあげる予定だ。だからそんなにふてくされないで欲しい。
そしてツバサは、なんでそんなに恥ずかしそうなのだろう? 子供にあーんしたりされたりするのは、そう気にすることじゃないと思うんだけど……相手は異性とかじゃなくてあくまで
実はこの「あーん」は、ふと思いついた事があったゆえの行動なのだ。
ワタシの行動の半分ほどはカナデと共にあり、ツバサとも結構な付き合いとなっている。
そのふたりにも「トリシューラプリン」の美味しさを知ってもらうことで、いつかふたりに連れられて外出する時に「例のアレがあるお店に行ってみるか!」と思ってくれるんじゃないかという下心のある打算的な発想である。
仕方ないじゃないか、行きたいんだもの。
次回、ついに奴らが登場……予定。
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1-3
イヴちゃん視点でのお話しとそれ以外とで、解説量が違いすぎる件。
いちおう大丈夫だと作者が勝手に思っておりますが、もしも「これはわからんだろ」等用語がありましたら、感想とともにご報告をお願いします。
そして! たくさんのUAや感想、誤字脱字報告、お気に入り登録ならびに評価ありがとうございます!
みなさんの期待に応えられるよう、また満足していただけるように作者なりのぺーすではありますが、がんばらせていただきます!
今回のお話は、遂に奴等の登場です!
最近、俺に
これは、特機部二の職員の皆が葵くんのことを自然と気に掛けるようになったことが大きな要因だと考えられる。喋りこそしないものの、葵くんは奏たちについて行くその姿からか、もしくはその持ち前の愛嬌と人当たりの良さからか、周囲からの評判は中々のもののようだ。職員たちからすればまるで親戚の子と接するかのような感覚なのだろう。
中には、俺に対しての苦情のようなものもありはするが……それを言ってくるのは、主に奏と時々翼、そして了子君といった葵くんと接する時間が比較的多い面々からだ。
なんでも、自作でカードらしきものを作っただとか、厚紙や紐、輪ゴムを使ってそのカードの束を腕に固定するためのものと思われるものを作ろうとしているだとか。加えて、左腕を胸の前あたりに水平にあげて構え、その左手の上のあたりからまるでカードを1枚引くかのような動作を、朝一番によく繰り返しするようになったという報告も受けている。
その謎の行動を目撃したというのは、もちろん葵と共に暮らしている奏だ。ある日、普段ならそろそろ起きてくる時間になっても寝室から出てこないから、こっそり見に行ったらベッドのそばでまるで素振りのようにその行動をしている葵がいたのだとか。
奏曰く、「よくわかんなかったけど、妙に様になっててかっこよささえ感じた……けど、翼には見せたくない光景だった」とのことだ。
……そして、眉を顰めて「どんな
いや、それは本当に俺のせいか?
腕にカードを固定? そこからカードを引く?
俺はそんなことをするものを葵くんに見せた覚えはない。だいいち、そんなことをするカードゲームは知らないし、カードショップでそんなことをしている人物も見たおぼえが無い。
話は多少それるが、俺は映画が好きだ。いわゆるアニメーション映画が特に好きだ。
老若男女から評価を受ける大衆向けのものから、子供騙しだなどと侮ってはいけない子供向けだって観る。時には、たまたま目に入ったからなんとなく借りてみるなんてこともあるくらいには、自分で言うのもなんだが守備範囲は広いと思う。
多少たしなんでいるカードゲームも、そうやってたまたま手に取ったカードゲームアニメの劇場版から興味を持ちテレビアニメシリーズを多少観てから登場したキャラと同じようなデッキを作って実際にやってみたのが始まりだ。
何を言いたいのかといえば、
葵くんは俺が知らないカードゲームを真似しての行動である可能性がある。もしくは……誰も知らない自分で考えたカードゲームをやろうとしているのかもしれない。
しかし、気になるな。
葵くんが真似している、あるいは想像しているカードゲームとはいったいどういったものなのか……? できれば、教えてほしいものだ。
―――――――――
あくる日の事。
すべきことはある程度し終え手が空いたため、休憩がてら葵くんと話をしてみることにした。
――のだが、肝心の葵くんが見当たらない。
「すまない。葵くんを見なかったか?」
本部内を周っている最中、職員を見かけるたびそう聞いてみはするが、それらへの返答は大抵「見ていない」もしくは「朝方には見た」といったものばかり。俺と大差無い状況の者ばかりのようだ。
こうして足を運んだ休憩スペースにもいない。
他に葵くんがよく居る場所と言えば……
「ここ以外だと医務室や
可能性は全く無いとは言えない。
特に、俺が直接確認するわけにはいかない女性用のお手洗いのほうにいた、もしくは現在もこもっている可能性。腹の調子が悪くなったりしたのであればそういうこともあり得るかもしれない。が、それならそれで、医務室のほうに行っているんじゃないかって気もするんだがなぁ?
ひとまず司令室まで戻りながら探してみるとしよう。
それでも見つからなかったら、アナウンスで呼びかけてみる他あるまい。用事としては私的な理由が強く大々的に呼び出すものどうかと思うのだが……何処にいるかもわからないままなのもどうかと思う。その場合は、仕方ないな。
「やはりと言うべきか、ここにもいないな」
そうして戻ってきた指令室だったが探しに出る前とは
「なんだか難しい顔しちゃって、どうかしたのー?」
「了子君か」
ひょいとコッチに顔を向けてきたのはいつもの白衣姿の了子君だった。
そう言えば、一通り周った最中に葵くんに会わなかったが了子君とも会っていなかったな。
今はひとりのようだが、もしかするとついさきほどまで一緒にいたりして、何か知っているかもしれない。
「葵くんを知らないか? 少しばかり聞いておきたいことがあったんだが、本部を一通り周ったはずなんだが、何故か見かけなくてな……」
「えっ? あの子なら、おつかいに行ってるわよ?」
「そうか――――……?」
どうしたものかと、腕を組んで目を瞑って考え込み――そうになったその顔をあげて、再び了子君のほうへと向けた。
聞き間違い……ではないよな? いや、そうであってほしい気もするが、あいにく「
「おつかい……だと……!?」*1
だがしかし、聞き返さずにはいられなかった。
目を見開く俺をよそに、訊いてもいないのに了子君はペラペラと喋り続ける。その内容は……どうやらおつかいという発想に至るまでの簡単な経緯のようだ。
「身元とか不明なままだけど、素行を見てる限りじゃあ悪い子ではなさそうじゃない? だから、引きこもりっぱなしで不満が溜まってそうなあの子のためにも、社会勉強のためにおつかいを頼んでみるのよ。ついでに監視の目がないように見せかけて、本当に何も裏が無いか、何かしでかさないかを確認……って、伝えてなかったかしら?」
「……聞いてないな」
「あ、あら~? でも、大丈夫っ! 監視と護衛はちゃーんとついてもらってるから! もちろん、あの子にはバレないように、ねっ?」
途中から目を泳がせていた了子君だったが……相変わらずの切り替えの早さで、最後にはサムズアップとウィンクまでキメてみせている。
経緯も言い分もわかった。
了子君の意見や考えを全否定はしない。俺としても葵くんの扱いに関しては思うところはあったのだからな。
とはいえ、今回のことに関して了子君には色々と言うべきことは組織的にも個人的にもある……が、ここはひとまず置いておこう。
早急に手を打つべきなのは、おつかいに行っているという葵くんへだ。
「そんなに心配しなくてもいいんじゃないかしら? 他所の誰かと通じてるんじゃないかって疑いだって実際のところは全然してないし、おつかいだって年齢の割にはしっかりしてるあの子なら問題無いと思うわよ? きっと迷ったりもせずにちゃちゃっと買い物済ませて帰ってくるってば!」
「そのあたりはあまり心配していない。ただなぁ」
確かに、葵くんは同じ歳頃の子よりも落ち着き過ぎているほどだ。子供のようにはしゃいでいる姿なんて、それこそあの「トリシューラプリン」を与えた時くらいのものだ。
かといって、内向的かといえばそうでもない。喋りこそしないものの人と接すること自体は積極的でむしろ社交的であると言える。その上、視ていればわかるが何か物事に没頭していない限りは周囲に常に気を配っている節がある。これは一見警戒しているようにも思えなくも無いが、そこから彼女の起こすアクションが手伝いかスキンシップかなので違うとすぐにわかる。
また、奏が言うには「葵は、少なくとも
というのも、自宅と本部との行き帰りの際に何度か――初めはちょっとした悪戯心だったらしい――寄り道したり道をわざと間違えてみたりして、それから「どの道行ったらいいんだろうなぁ?」と葵に聞いてみるということをしたそうだ。すると、自宅に帰る時は6割がた正解し、本部へは百発百中で道を当てられるらしい。リディアン音楽院の建物が見える範囲からなら当てることが出来ても納得だが、離れていたり建物のせいで中々遠くが見えない市街地で聞いても迷わなかったそうだ。
そういう話を聞いたことがあったから、葵くんが迷子になるという心配もしていない。いざとなれば、
と、まぁこのように、これまでそこそこの期間葵くんの行動を観察することができたわけだ。そこで彼女は思考能力や判断能力その他諸々、あらゆる面で一般的なレベルよりも高い水準であることがわかっている。
故に、葵くんがおつかいをすること自体にそこまでの心配はしていない。ひっかかることといえば、彼女が持ち歩いている杖の完全聖遺物に関係することや、音楽の仕事で本部にも葵くんのそばにもいない奏と翼のことだ。
特に後者は「なんでそんな大事なイベント、あたし(私)がいない時にやったんだ!?(ですか!?)」と後々ワーワー言われそうで……。あいつら、葵くんがひとりでおつかいするって聞いたら、某おつかい番組のように隠れてついて行くに違いないからな。
「もうっ、仕方ないわねぇ。起動実験の事前準備も一段落したところだったし、心配性な弦十郎君のためにちょっと様子を見に行ってくるわ」
「了子君!? 待っ……行ってしまったか」
そんな風に考えをめぐらせていた俺を見てどう思ったかはわからない。だが、了子君は俺が止める間も無く軽い足取りで指令室を出て行ってしまった。
「……司令。監視システムのカメラで彼女を探してみますか?」
何とも言えない静けさが漂っていた指令室で、待機していた一人の男性オペレーターがかけてきた声はよく耳に入った。
彼が言う監視システムというのは、街の防犯カメラやその他カメラを拝借しノイズ発生時の対応の際にそれらを活用するそのシステムのことを指しているのだろう。確かに、街の監視カメラを網羅するだけでなくいざとなればドローンを飛ばせるあのシステムなら、葵くんを見つけ出すことはそう難しくないだろう。
だが……
「いや、アレはあくまでノイズが発生した緊急時の避難誘導や駆逐すべきノイズの捕捉のための
「葵ちゃんはただの少女ですが、正体不明の完全聖遺物を所持する保護監視対象なのですから、建前としての理由も十分にあるのでは?」
「フッ。なんだ、俺よりもお前たちの方が随分と葵くんのことを心配しているんじゃないか?」
女性オペレーターの言葉を聞いて納得すると共に感じた
その光景から、葵くんがいかに職員たちに受け入れられているのかが見て取れる。
皆の気持ちも汲んで、葵くんの様子を確認させてやりたいところではあるが――――
『―――!! ―――!! ―――!!』
突如、本部内に警報が鳴り響く。
この警報……! そして観測された反応パターンは――
「ノイズです!」
「なに!? 現場周辺の映像の確保ぉ! シンフォギア装者への通信も頼む!!」
「了解っ!」
「発生地点は――――」
示された場所は、本部から近いと言うほどではないがそこまで遠くも無い街中。
……不味いな。ノイズの行動次第だが、この時間帯ならば民間人への被害も少なくない状態になりかねない。迅速な誘導が必要となってくる。
「住宅地が近いため、避難させるべき民間人の数が……ですが、反応からすると発生したノイズの数はあまり多くはないようで……えっ!?」
「どうしたっ!?」
「ノイズ発生地点付近の路地周りに特機部二や一部政府関係者が持つ通信機と同じ反応が複数あるようです! まさかと思いますが、これは――」
女性オペレーターが
「葵くん……!?」
おつかいに出たと聞いていた葵くんがそこにいた。その手には買った物が入ってるのであろう手提げのエコバッグが。その背中には例の杖が入っているバットケースが背負われていた。
ということは、オペレーターの言っていた通信機の反応というのは、おそらくは了子君が葵くんにつけたという監視・護衛のためのエージェントだろう。
そして、その葵くんの視線の先には……大人と同等かそれ以上の大きさの人型ノイズが1体、立ち塞がっていた。
その距離、おおよそ10メートル。ノイズがその気ならいとも簡単に詰めることが出来てしまうだろう距離。それが0となった時、ノイズの持つ
「まずい!」
葵くんとノイズとは、意図的に距離を離していた。
理由は色々とあるが、謎の聖遺物を持つ葵くんが奏のようにノイズに襲われた過去がある可能性が指摘され、ノイズを観た場合の彼女の反応が予測できなかったからだ。
故に、ある程度落ち着き彼女から事情を聞き出せるまで、テレビやインターネットを遠ざけて彼女が得られる情報に規制をかけた。その上、本部内でもノイズに関する話やノイズへの対抗手段である「シンフォギア」に関しても極力葵くんには触れられないようにしたのだ。
そんな葵くんだが、はたしてノイズを前にして正常な状態でいられるものか……!
「奏と翼は!?」
「二人とも、すでに現場を目指し移動を開始しています! しかし、数分……いえ、いくら早く見積もっても十数分はかかってしまうかと……」
「なっ!!」
これから十数分もの間、ひとりの少女がノイズから逃げ切ることが出来るだろうか? 今葵くんのそばにいるのは1体だけだが、周囲にはまだ別のノイズもいることも考えると常識的に不可能に近いだろう。……いや、「近い」なんていう表現も不要か。
せめて、手を差し伸べてやれる大人がいれば……いや、いるにはいる。周囲にいるであろう監視・護衛をしていたエージェントたちだ。
だが、彼らもノイズ相手には無力だ。葵くんを、子供一人を抱えて逃げることはできるかもしれないが、おそらくは自分自身が生き延びることに必死になる者が大半だろうため期待は出来ない。仕方のないことではあるが……しかしそうなっては困るのが俺たちであり、現場にいる葵くんだ。
俺は数分前に了子君も出た指令室から廊下へと続く扉へと足早に向かう。……が、その背中に声をかけられてしまう。
「司令っ、どちらへ行かれるおつもりで!?」
「ココから俺が直接行ったほうが早いっ!」
「いけません!! いくら司令でも、ノイズ相手には無理があります!」
「だからと言って、ここで黙って見ておくことなど――――」
「葵ちゃん、杖を取り出してノイズに接近!? 交戦するようです!」
「なにっ!?」
予想外の葵くんの行動に、つい身体ごと映像の方を向いてしまう。
するとそこに映されていたのは、いつの間にかバットケースから杖を取り出して構えている葵くんの姿だった。
ヒタヒタと……しかし軽快な足取りで歩み寄ってくるノイズに向かって、杖を横薙ぎにせんとばかりに構えて駆けて行く葵くん。
「殴りかかっ――る勢いのまま素早く反転し、そのまま逃走を開始!」
ノイズの2,3メートル手前で杖を横に振るい、その勢いで半回転して来た道をここまで駆けてきた速度よりもより速く走りだした葵くん。
つまりは、自らノイズとの距離を詰めてしまっただけというあまりよろしくない結果になったわけだ。
だが、ヤツらにしては珍しく、あっけにとられたかのようにノイズが数秒間停止していたために、葵くんとの距離は再び開いた。ノイズの行動次第だが逃げきれなくはないかもしれない。
「
「よしっ! 葵くんの逃走経路を予測し、避難誘導はそのルートから離れさせることを優先させろ! 彼女の周りにいた人員には避難誘導の協力を!」
本部のある方向とは別方向へと逃げ出した葵くん。ただでさえギリギリだった「俺が出て現場に急行する」という作戦の実行はこれで無理が過ぎるものとなってしまった。
だが、その逃走方向が装者たちがいる方向だというのは不幸中の幸い。絶望的な状況には違いない……だが、どれだけの足しになるかはわからんものの、間違い無く良いほうへとむかっているはずだ。
「逃走先にノイズが!?」
「葵ちゃん、防御態勢――倒れ込んで避けました!」
「ああ。見えている……」
杖を両手で持ち水平に構えた葵くん。
その葵くんに、丸々とした身体に短い手足と尾を持つ一部でオタマジャクシ型ノイズと呼称されるノイズが跳びかかったが、葵くんは倒れ込むことによって跳びかかってきたノイズの下にあった空間へと滑りこみノイズとの接触を回避してみせたのだ。
「葵ちゃん、素早く立ち上がりそのまま逃走を続行! これは、案外簡単にこのまま逃げ切れるんじゃ……」
確かに、男性オペレーターである彼が言うように、当初想定していた事態よりもかなりマシな状況だといえる。
最初に遭遇した人型ノイズについ先程回避したオタマジャクシ型ノイズを含め、葵くんを追うノイズは数を増やしているが、彼女のとっさの判断・機転、そして想像していたよりも高い身体能力による逃走速度もあって装者との合流まで逃げきれそうに思えなくも無い。
ノイズに追われながらも逃げる葵くん。
正面からも数体ノイズが来ていたため、十字路を左手に曲がった――のだが、何故だ……!!
「ええっ!? こ、今度は民間人の女の子がっ! 逃げ遅れたのかもしれません」
俺も含め、
そう。今の今まで気付けなかったが、曲がった先には避難誘導が行き届いていなかったのだろう葵くんよりも数歳年上に思える少女が葵くんの方へと向かって駆けて来ていたのだ。しかも、勢い余ってか二人はぶつかって尻餅をついてしまっていた。
あいかわらずの素早さですぐさま立ち上がっている葵くん。
ぶつかった相手である少女の手をすぐさま取り、その手を引いて再び逃げようとする葵くん。だが、どうしたことか少女は立ち上がったものの葵くんの後を追おうとはせず、むしろ抵抗しているようなのだ。
映像越しでは何を言っているかは不明だが、どうやら少女は葵くんが行こうとしている道とは逆へと避難しようとしているようだ。……手早く地図に目を通してみると、一番近場の避難シェルターへは少女が行こうとしている道が最も近い道筋だ。
だが――――
「ノイズ、二人に接近します!!」
少女もその目で見て気づいたことだろう。
自身が行こうとしていた道。その左右の曲がり角から複数体のノイズが顔を出し自分たちの方へと向かって来ていることに。本当にそちらへと向かっていたらどうなっていたか――――その想像さえできてしまっただろう。
抵抗をやめた少女が、葵くんが逃げようとしていた――さきほどまで少女が通って来た――道へと身体を向けた。
だが、ノイズたちが二人のすぐそばまで接近してきてしまっている。
葵くんは一手を打っていた。
少女の手を引いていた手とは逆の手で持っていた完全聖遺物である杖を、追ってくるノイズたちに向けて思いっきり投げつけたのだ!
しかし、杖はノイズ達をすり抜けて地面に転がってしまった。
「……位相差障壁*2!」
「あの聖遺物じゃあ、ノイズに有効打を与えられないのかっ!?」
現代科学では再現不能、異端技術の粋である完全聖遺物である、葵くんが持つ完全聖遺物。そんな超常的なモノにそのチカラに望みがかかっていたのだが……どうやらノイズが多少驚いた程度で効果を成さなかったようだ。
だが、俺の目に写る画面向こうの葵くんは、まだ諦めた様子ではなかった。
「いや! 葵くんの様子からして効果云々……そもそも倒せるなどとは思ってはいなかったんだろう。あくまで逃げるための一瞬の時間稼ぎだ」
そう、葵くんは投げた時には自分よりも背のおおきい少女の手を引いてすでに走り出していたのだ。
地面に転がりノイズたちにもスルーされていた杖だが、次の瞬間、空いていた葵くんの手に杖がおさまっていた。その光景は俺にも見覚えがある。
そして、また再びノイズへと投げつけられる。ぶつかったりなどはしないが、ほんのわずかにノイズの動きに抑制をかけられているようでヤツらは不自然な動きをしている。
なんとか隙をつくりつつ逃走する葵くんと少女。
その視線の先に、新たな影が現れた――が、それはノイズでは無かった。
黒のスーツを纏った男性。避難誘導に手を貸してくれている例の護衛兼監視のエージェントだろう。
駆け寄ることこそしなかったものの、声をあげつつ身振り手振りも加えて「早く来い、あっちへ避難するぞ!」といったことを伝えているのだろう。それは、葵くん……ましてや必死について来ている少女にとっては希望であり、あと一歩頑張るための活力となる。
「……っ」
オペレーターの一人が息を呑む音が嫌というほど聞こえてきた。
息を呑んだ理由はわかる。葵くんたちを誘導しようとしていたエージェントが、どこからか現れ翼を折りたたみ急降下してきた
一生に一度あるかないかなどと言われていたノイズとの遭遇率。しかし今現在、場所に多少のばらつきはあるものの、少しずつ……だが確実に発生件数は増えてきていた。
この仕事をしてきた中でも、何度か目にしてきた……そしてこれから先、目にしてしまうだろう。取り乱したり動揺してはならず、同時に慣れてしまってはいけない光景。
思うことは色々とある――が、今は捨て置いておかねばならなかった。
なぜなら、そのエージェントがいたのが
そう。葵くんと少女は人が炭素化するその光景を目の前で見て、走るのをやめて固まってしまったのだ。
「葵ちゃん!」
「足を止めるなぁ!!」
急な外出という事もあって葵くんには通信機器の類を持たせることができていない。故に、ここで葵くんに向かって声を張り上げても決して届くことは無い……だが、叫ばずにはいられなかった。
逃走劇を嘲笑うかのような挟み撃ち。これまで仕留め損なっていたのは、この状況を作るためなのではないかと思わせるほど出来過ぎた
その時、黒い影が葵くんと少女にかぶさり、小規模の煙と共に二人がその場から消えた。
「あっ、今のは……もしかして!」
しかし、俺の目では確かに捉えることが出来ていた。
「緒川か!!」
特機部二の中でも一位二位を争うほどの身体能力の持ち主で、忍の一族の末裔である
『お待たせしました。葵さんと民間人の確保完了。このまま、現場から離脱します!』
「頼んだぞ!」
「緒川さんが来たってことはっ……!」
そう。緒川は特機部二に所属しているが、表の顔は
つまり、彼が居るということはそのアーティストたちも現場そばまで来ている……そういうことだ。
『よう』
ここ最近は、寄り添い優しく投げかける声やふてくされた声、軽快に笑う声ばかり聞いていて忘れかけていた――――出会った頃によく聞いた、刺々しく触れたものをすべて切り裂いてしまいそうな雰囲気を漂わせる声。
そしてもう一人も、静かに、だが確かに、言葉の内に熱い熱を秘めさせていた。
『随分と楽しそうに
『あたしらも交ぜてくんないかなぁ?』
位相差障壁を持つノイズへの唯一の対抗手段、『シンフォギア』。
それを纏った二人が、葵くんを追い詰めていたノイズたちの前に立ち塞がったのだ。
『
『あなたたちにとっての鬼は奏と私よ! 覚悟なさい!!』
奏が纏う第三号聖遺物「ガングニール」のアームドギア*3である槍が――
翼の纏う第一号聖遺物「
――――ノイズを
頼もしい限りで、助かったことには違いないし、ありがたいのだが……周囲の被害は押さえてくれないものか?
感情が入ってか普段以上に暴れ回る二人を見て俺が感じたことは、今はまだ口に出さないほうが良いだろう。
とにかく、助かったのだから、な…………。
フォントとか色々と少しずつお試し中。
次回、例の場所へ。
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ならサ店に行くぜ‼︎
相棒こと表の遊戯によって仕向けられた杏子とのデート。その行き先を決めるときの一言がこれである。
連載当時のナウでヤングな読者からもなかなかの評価を貰ってしまった表現であり、闇遊戯の独特のワードセンスが光る台詞。なお、アニメ版である「遊戯王DM」では言っていない。
お待たせしました。……分割して早めの投稿をして見ようかと考えている、今日この頃。
前回の話とかぶる部分があるから、そのあたりは短くおさめられるかなーなんて思っていましたが、全然そんなことはなかったです! 原因は、無口なのにその分内面が騒がしいイヴちゃんでしょう。あと、イヴちゃんの扱う遊戯王ネタの数々。
……つまり、作者のせいですね!
最近、カナデやツバサとの距離が縮まった。精神的な意味合いではなくて
こうして街中を歩いている時には、決まって二人で左右から挟んでワタシの
……心配なのはわかるが、ちょっと鬱陶しい。
そうなった理由というかきっかけは分かっている。
先日、襲われたのだ。ワタシが、
そう。あれは数日前、リョーコさんにおつかいを頼まれたあの日……
―――――――――
おつかいを頼まれたワタシは、すぐさま理解した。
なるほど、これが先日言ってたワタシを試すためのテストか。
しかし同時に、頼まれたおつかいのメモ書きの内容を確認して首をかしげた。いくらなんでも簡単すぎるのだ。
買ってくる物が多いわけでもなく、間違えてしまいそうな紛らわしい物なわけでもない。行先だって、地下にトッキブツ本部があるリディアン音楽院からそう遠くない店だけ。かといって数か所店を跨ぐような面倒なものでもない。
というかそもそも、道に迷うことはまず無いだろう。手書きとはいえおおよその地図があるというのもあるが、行先とトッキブツとの位置関係を理解していれば本当に何の心配もいらないのだから。なんとなくの感覚ではあるが、トッキブツのある方向はどこにいても何故か分かってしまうのだ。
テストのことを話していた時随分と期待していない様子だったが、リョーコさんの中でどれだけワタシの評価が低いのかが気になってしまう。
色々と引っかかる部分もあったが、それでもワタシは言われるままおつかいへ向かった。
なぜなら、おつかいは一人で外出しても悪く言われない……というか、一人で外出するのがおつかいなのだから当然か。そして、つまりそれは、ずっと気になっていた例の「トリシューラプリン」をあつかっているお店もそれとなく探すことが出来る恰好の機会だということ。場所や店名すら知らないが、なんとかなるだろう。きっと「ターミナル・エイト*1」みたいな感じの名前のお店だろうから。
そう。言われてすぐに手早く準備を済ませおつかいに向かったのは他でもない、おつかいをさっさと済ませて「トリシューラプリン」のお店を探すためである。
そんな下心あっての行動をとったからか、買い物を終えて「さてどっちの方を探しまわってみようかな?」などと適当に歩いていたワタシの前にそいつは現れた。
ポヒョン♪
よくわからんサイレンが聞こえてきて「なんだろう?」と首をかしげた直後、ソレは――そのモンスターは奇妙な音と共にワタシの目の前に現れた。
寸胴な身体に手足を持つ人型のモンスター。その大きさは大の大人とそう変わらないくらいだが、そのどことなく丸みを帯びたシルエットは「着ぐるみ」か何かのようで生物味は無い。なにより、その体色が銀というか白というか透明というか……ザラザラふわふわギラギラと、こう、揺らいでいたのがそのモンスターの非現実感を煽っていた。
ポヒョポヒョ音を立てながらゆっくりと二足歩行で歩み寄ってくるモンスター。
それを見たワタシは、背負っていたバットケースから素早く「
一昔前のワタシなら意味不明なモンスターに恐れをなして逃げ出したことだろう。
だがしかし、ワタシはモンスターと……
ならば、やるべきだ!
その決意の根幹にあるのはもちろん「トリシューラプリン」のお店を探したい思いである。そこはブレなかった。
ヤル気満々で「鍵杖」を構えたまま走り出し、モンスターまであと数歩――――その時、ワタシの身体に悪寒が走った!
何故? 原因はあるのか?
この間、実に1秒たらず!
――――《
一部状況を除き、返り討ちにあって破壊されてしまう。
つまりはほぼ間違い無く「敗北」。というか、
シリーズにもよるが、遊戯王の作品内では「基本攻撃力至上主義」が根強く、
実際は違う。特殊な効果を持っていたり、種族・属性・
「どんなカードでも存在する以上、必要とされる力がある」*2……とある伝説のデュエリストはそんな言葉を残している。
が、今回ばっかりは《
とまぁ、そうして逃走を始めたワタシだったが、次なる困難がワタシを襲った。
そう。先程対峙したモンスターと似た体色をした別のモンスター――まるで人ほどの大きな饅頭に尻尾がついたかのようなヤツ――が、路地の先にいたのだ。
丸いモンスターまでの十数メートルの間に脇道は無く、引き返せば間違い無くさっき逃げた相手である人型モンスターと鉢合わせてしまう。
しかし、この時すでにわたしの中では次なるプランがあった。
確かに《
妙な雰囲気ではあるが
《
その隙を見て通り抜ける。これで攻撃力がなくても突破できる。
そんなことを考えながら走り続け距離を詰めていくと、丸いモンスターがこっちへと圧し潰そうとするように――といっても半分くらい正面衝突になりそうな高さなのだが――跳び上がった。よくよく見れば、そのずんぐりとした図体にはアンバランスな細めの脚がいつの間にか生えていた。
しかし、これは好都合。跳びかかってきたところを正面から受け止め隙を作ってから突破する。うんっ、いける!
そう判断していたワタシは、跳びかかって来ているモンスターへと向いて「鍵杖」を水平に素早く構え、いつでも受けられるようにして――――その時、ワタシの身体に再び悪寒が走った!
なんでまた? 原因は? ……わからないが、さっきもそうだったのだから今回もその予感に従ったほうが良いのではないか? ならばと、受け止めるより先に、自ら後ろ向きに倒れ込み――跳びかかって来ていたモンスターの下を通り抜ける形でやり過ごした。
呆けるヒマも惜しく、バッと立ち上がって逃走を再開。それと同時にあのモンスターたちのことを考える。
再び感じた悪寒……まさかとは思うが、やつらは《
その割にはポンポン出てくる。ほら、路地の先の方からまた10体弱。
いやまあ、ある時期から大量展開が基本になってきた遊戯王では高攻撃力のモンスターがフィールドを埋め尽くすことは多々あるが……5~7体以上はさすがにルール違反だろう*4?
相手の攻撃を避けてるワタシもおかしい? ……回避確率*5が何%かあったんだよ、もしくはアクションマジック*6。
冗談はさておき、正面方向から来るモンスターたちをどうするか……。
当然ながら倒せるとは思えない。かといって、あの群れの合間を縫って回避するなんて芸当は出来る気がしない。じゃあ、打つ手無しか……そんなことは無い。
幸いなことに、やつらとワタシとの間には十字路があるのだ。単純明快、曲がってやつらがいる道とは別の道を進めばいいのだ。……曲がった先にモンスターが待ち伏せてるかもしれない? それはさすがに無いだろう。こんなやつらがそこまでポンポン出てくる環境って、いつの間にこの世界は世紀末と化したんだろう?
ちょっとだけ楽観視をしながらも十字路を右へと曲がる。左へは行かなかった理由? 自分でもよくわからないけど……左腕をよく切り落としてた*7からだろうか?
そうして曲がった先には、ワタシの睨んでいた通り、例の謎のモンスター
勢いがあって止まれなかったのと予想外だったこともあってぶつかってしまい、尻餅をついてしまう。ちょっと痛い……が、さすってる場合ではない。あのモンスターたちがもうじき追いついてくる。
急いで立ち上がり、同じように尻餅をついて「パンなんて銜えてないのに――」だのなんだの言っている女の子の手を取って、無理矢理引き立ち上がらせてそのまま走り出す――――はずだったが、何故か抵抗された。女の子が言ってることをよくよく聞いてみれば、アッチのほうに「避難シェルター」なるモノがあるとか。……そんなものを用意するとか、よく出てくるものなのかあのモンスターたちは。というか、ワタシはあの時左に曲がってればよかったのか?
過去の自分の選択に少し後悔しつつも、目先の問題を第一に考える。「でも、アッチはダメ。もうすぐ横道からやつら出てくるから」と伝えようにも、あいもかわらずワタシの口はいうことをきいてくれず何も言葉を発せない。
手を引っ張る
と、不意に抵抗していた力が抜けたのがわかった。
まあ、「こっちだって」って言いながらアッチへ振り向いたのは、目の前にいるワタシにはよく見えた。そこで動きをピタリと止めた事と、抵抗が無くなった事。そして、女の子越しにワタシからもあのモンスターたちがチラッと見えた……だから当然女の子の目にも入ったんだろう。理解したんだろう。「よくわからないけど、なんかヤバい」って。
「の、ノイズ……!?」
あっ、何か知ってるっぽい。どうやらあのモンスターたちは「ノイズ」というらしい。
そこではたと気付いたのだが、その「ノイズ」とやらは案外世間一般に知られているのではないだろうか?
この女の子が呼び名を知っていたこともそうだが、最初に聞いたサイレンといい、女の子が言っていた「避難シェルター」といい……。うん、やはり一般常識レベルなくらいの存在なんだろう。
何はともあれ、だ。
状況がわかったのなら……というわけで、手を一度クイッと引いてから改めて手を引いて走り出す。今度こそ女の子もついて来てくれた。
問題は、追い付いてきたノイズたちとの距離が少し近づき過ぎていること。
走り出すと同時に手に持つ「鍵杖」をノイズに向かって投げつけた。
やけっぱちと言われては否定はしきれないこの行動。しかし、考え無しというわけでもない。
攻撃と判定されるか否か。判定された場合は
そして、「鍵杖」は何故だか知らないが少し念じれば
そんな風に考えていたのだが、逃げだした横目でノイズの方を確認したワタシが見た光景は、目を疑ってしまうものだった。
そう、人型ノイズに「鍵杖」がぶつかった――かに見えたのだが、何の抵抗もなさそうにすり抜けていき、地面に音を立てて転がった。
――――なるほど。「攻撃対象にならない」効果*8持ちか。
確か、「
逃げながら、女の子の手を握ったのとは逆の手に「鍵杖」を呼び戻し、もう一度追ってきているノイズへと――今度は丸い形のノイズへ――投げつけてみる。
やはりと言うべきか、人型ノイズの時と同じく「鍵杖」はすり抜けてしまった。どうやら「攻撃対象にならない」効果は「ノイズ」カテゴリモンスターの共通効果らしい。
なんとか逃げ続けれてはいるが、事態が好転したとは言い辛いこの状況。
心配なのは、まだ走り始めてあんまり経っていないのにもう息切れし始めた女の子だ。……いや、この場合、未だに息切れ一つ起こさない《
なんにせよ、この状況がいつまでもつかはわからない。そして、崩れるとしたら間違い無く
そんな中、またもやと言うべきか正面方向の路地の先……その脇道から何者かが出てくるのが見えた。
しかし、先程の女の子と同じで、ノイズではなかった。いかにもな感じの黒メガネとスーツを装着した大人だ。何やら手を振りながら声を張り上げているようだが……どうやら、例の避難シェルターへと誘導しようとしてくれているようだ。誘導の方向からして、女の子が最初に向かおうとしていた後方の避難シェルターに迂回するのか、別のモノがあるのか……どっちなのかは分からないが、あてがない以上従うべきなのだろう。
女の子の手をギュッと握って離さないよう意識した上で、走る速度を少し速めようとしたその時――――空から降ってきた何かが黒メガネスーツの人にぶっ刺さった。
ソレがなんなのか一瞬わからなかったが、例の独特の体色と同じ感じだったのでおそらくはノイズなのだろう。
たちまち色を変えていき……黒い砂のようなナニカになって崩れた。
「ひぃ」
わずかな風に乗ってサラサラと散る
――――「道連れ系*10破壊」効果持ちかぁ。
そりゃあ、守備力がいくらかあったところで意味が無いだろう。感じた悪寒から、攻撃を防御せずに避けたワタシの判断は正解だったわけだ。
「鬼畜モグラ*11」……いや、どっちかと言えば《異次元の戦士》*12の破壊バージョン効果といったところか? そして、これも共通効果なのだとしたら「ノイズ」モンスター群は随分と尖がった性能のテーマのようだ。面倒なことこの上ない。
そんなことを考えていると、元人の黒い粉の塊がある路地先に一対の翼を生やした――おそらくは黒メガネスーツを貫いたのと同種だろう――ノイズが数体、舞い降りてワタシ達の行く先を塞ぐかのように一列に並んで浮遊している。
そして、後方からはポヒョポヒョという独特の足音が。振り向かなくても分かる、これまでワタシ達が逃げ続けていたノイズたちが追い付いてきたんだろう。
……つまるところ、挟み撃ち。路地の端と端をそれぞれ数体がかりで塞がれたのだ。
絶望的とも言えるこの状況。
繋いだ手ごしに隣にいる女の子の震えが伝わってくる中、ワタシは「緊急事態なんだし、塀とか家とか壊しても怒られないかな?」と道の脇にある建物を壊すことを考えて「鍵杖」を強く握った。
だが、ワタシと女の子の冒険はここで終ってしまったのだ。
なぜなら、突如現れたどこかで見たこのとある男性が
―――――――――
その後についてだが……
いつの間にかトッキブツ本部のすぐそばまで連れてこられて、とりあえずひと息つけた。
途中から一緒に逃げた女の子にはお礼を言われそのままちょっとお話をしていた。もやは当然だが、実際に声を発しているのは女の子だけである。
だが、その途中にワタシたちを救出してくれた男性――後々思い出したのだが、カナデとツバサのマネージャーだった――が「お話があるので……」とか言ってその女の子を何処かへ連れていってしまった。いったい、彼は何者だったんだろう?
そして、「はてさてどうしたものか」とひとり首をかしげていたワタシはといえば、どこからか颯爽と現れたカナデとツバサに捕まった。というか、カナデに跳びつかれるようにしてガッチリと抱きしめられたのだ。ツバサもツバサでゆっくりとだが近づいてきて、カナデとは逆方向から優しくギュッと抱きついてきた……いわゆるサンドイッチ状態である。
ふたり揃って、「一緒にいて護ってやれてれば……」とか「もっと早く駆けつけられなくてごめんなさい……」とかそんな感じの実現不可能なことばっかり言って、挟まれたワタシからしてみればたまったもんじゃなかった。
いやだって、実際のところ、あのノイズというモンスターは攻撃が
心配だったという気持ちはとてもよくわかったが、ワタシのことはいいから
そして、落ち着いたふたりに連れられて向かった本部では、ちょうどワタシにおつかいを頼んでいたリョーコさんがゲンジュウロウさんからお叱りを受けているところだった。なんでも、報告を怠っただとか、肝心な時に行方不明だったとか……知らない所で色々あったみたいだ。
「そういえば、おつかいした物って逃げてる最中にどっかにやっちゃったんだよなー」なんて思っていたら、女の子を連れていったはずの例のマネージャーさんがどこからか現れ、無くしたと思っていたおつかいした物が入った袋をリョーコさんに渡してくれていた。
ついでに……後日の話になるが、やはりと言うべきか学校や歌手活動の関係でどうしても四六時中カナデやツバサはワタシと一緒にいるわけにはいかないので、これまで通りトッキブツに預けられたりするのだが……。
そんな中で、またリョーコさんとふたりっきりになる機会があって、ふたりっきりになった瞬間から「思ってた以上に使えなかった」や「昔のほうがましじゃなかったか?」、果てには「
途中アクシデントがあっておつかいは完遂できたとは言い難い結果だったが、いくらなんでもあんまりではなかろうか?
あと変化があったことといえば、GPS付きのケイタイを持たせてもらえたことだろう。それだけは嬉しかった……
電話での通話はもちろんメールを打つこともできなかった――それはもう割り切っていた――だが、ウェブで「遊戯王」と打って検索することすら
けれど、ゲンジュウロウさんから貰った無線通信機もあるから、変にかさばってるんだよねぇ……。
―――――――――
……と、そんなことがあって、
今現在では冒頭にあったように、本部内だけでなく街中でもふたりでそれぞれワタシの手を握り左右を固めて歩くようになったわけだ。
ふたりは髪型を変えたり帽子やメガネを着用して、歌手としての身バレを防止しているようだが……「仲良しすぎる」とか言って視線を集めたりしてしまってないだろうか? 「仲の良い姉妹と姉の友達」くらいにしか見られていないなら大丈夫なんだけど……。
そんな心配事が頭を過りはするが、「トッキブツの本部に居たい」だとか「
何故なら……
「今日の葵は、いつもに増してご機嫌ね」
「そりゃなぁ? 前に旦那の買ってきたあの「トリシューラプリン」の店に行くんだからな」
そう! ついに、ついにこの時が来た!
カナデの手作りのおやつやデザートをごちそうになること十数回。
「一口貰ったから美味さの次元が違うのはわかってる……けど、食べる前の反応からここまでテンションが違うのはなんでなんだよぉ」などと落ち込むカナデを(時々ツバサと一緒に)慰めること数回。
最後のほうではワタシも空気を読んではしゃいでみせたことがあったけど、カナデには
その後も紆余曲折あり、やっと例の「トリシューラプリン」を扱うお店に行くこととなったのだ!!
周囲の視線がちょっと気になる程度で、どうこうブレるワタシではないのだよ!
「弦十郎の旦那からは、この辺りだって聞いたんだけどなぁ……?」
「奏、あのお店じゃあないかしら?」
「おおっ、それっぽい」
ツバサが指差したほうへと向かってみれば、いかにもそれらしい外観の店舗が。
その入り口付近に掲げられている看板には、独特の書体で「ラ・ジーン T8」と書かれている。それがこのカフェの名前なのだろう。
ん? 「ラ・ジーン T8」……?
「T8」はおそらくはワタシが予想していたように「ターミナル・エイト」由来のモノだろうけど……「ラ・ジーン」だと!?
「
有名なのは、ガニ股歩きのウエイトレス・ガニ子ことステファニー。そして
当然ながら、そんな事に考えが回るのは
カナデとツバサは「ちょっと変わった名前だな」程度にしか思わなかったようで、ワタシの手を引いたままお店へと入っていくのだった。
―――――――――
店内は中々に小綺麗なものだった。
入り口から見て左手にはいくつかのテーブルと椅子が並べられたカフェスペースが。右手にはL字に設けられたショーケースと、そこから奥へと伸びるカウンター席、その間には行き来するスペースとお会計があった。
「いらっしゃい。よく来たねぇ」
カウンター奥にいたこのカフェのマスターらしき人物からそう声をかけられた。
銀色の髪とお髭のおじ……おに……? いやおじさん、なのだろう、きっと。
うーん? 遊戯王シリーズをほぼ全て知っているつもりではあるが、この人のような
しかし、そこまで考えると、むしろワタシのような別
「
「ええ。葵も座れそうな椅子だから、それでいいんじゃないかしら?」
「席についてメニューをじっくりと眺めるのもいいけれど、ここのショーケースで実物を見て決めるのもいいんじゃないかな? 用意しておくよ、飲み物は。先に注文してくれていればね」
はぁ、なるほど、コーヒーとか紅茶とかを作って貰っている間にスイーツ類を吟味する。そういうのもありか。
このショーケースには、お持ち帰り以外でもそういうことが出来るという利点があるんだなぁ……他の客が多ければ出来ないだろうが、「ケーキも作りたてじゃなきゃヤダ!」とかいうこだわりがなければ普通に良いだろう。
「んん、コホンッ……失礼。飲み物のメニューはこちらだよ」
そう言ってメニュー表らしき物をショーケース越しに渡すマスター。
……? 風邪って感じでもなさそうだけど、何とも言えない咳払いをするなぁこの人は。……実は、ふたりが
「ふーん、そういう選び方も悪くないかもな。ほい」
「ええ。結構種類も多くて迷うかもしれないものね。はいっ、わからない
……なんで、自然にカナデ
だからといって、これに悪ノリしてワタシ
どれどれ……? ショーケースの中身も結構な種類がありそうだったが、飲み物のメニューも中々に豊富だ。これは悩む……わけないな。
ワタシは決めたメニュー表の中の
「もう決まったの? ……凄く早かったけど大丈夫かしら?」
「さーて、葵は何を飲みたがって――」
「「ブルーアイズマウンテン」、1杯3000円!?」
やっぱりあったよ、「
最初期のころから高攻撃力の最上級モンスターといえばこのモンスターというくらい強力で、漫画やアニメでの使用者である
これを見つけたら、頼まないわけにはいかない。当然だろ?デュエリストなら。
「コーヒーはすごく苦いけど、葵はちゃんと飲める?」
「そこかよっ!?」
正直に言うと、ブラックは飲めない。が、聞くには「ブルーアイズマウンテン」は「苦みばしったパワー」が特徴なのだという。ソレを体感してみたいから、まずは何も入れずにブラックで……といきたいところだ。
「もっと、ほら! 値段のことで、ぼったくりかーとか色々あるよなぁー?」
「そうかしら? お茶も一級品となるとかなりの値段になるのだから、コーヒーもそういうのがあったりするんじゃないかしら?」
「……そういや、忘れてたけど翼のところってなんだかんだ凄い家柄だったよな。そこら辺の感覚、微妙に違ったりして……? いや、それともあたしがおかしいのか?」
へぇ、それは初耳だ。ツバサはあんまりそんな雰囲気を感じた事が無いから意外である。
ってことは、同じ苗字で「叔父様」と呼ばれているゲンジュウロウさんも、良い所の出なのかな? ツバサ以上に似合わないなぁ。
「場所聞いた時に弦十郎の旦那がわざわざ駄賃をくれたのは、これを見越して……? いや、まさかなぁ? 他のメニューはちょっと名前が変なのはあるけど、普通の値段だし…………なぁ、葵。ホントにそれでいいか?」
そこまで念押しされると、流石に申し訳ない気がしてくる。
仕方ない。「ブルーアイズマウンテン」はまたの機会――具体的に言えば、何とか収入源を得た後に――個人的に来店できた時に注文することにしよう。
となると、代わりの飲み物を何にするかだが、ワタシはまたもや迷わずメニューを指差した。
「別のものにするの? ……これは」
「さすがに1杯3000円は……ああ、「
これしかあるまい。
まぁ、実際のところは「ブルーアイズマウンテン」以外であれば飲み物にはそう
「私はこの「抹茶ラテ」をひとつ」
「あたしはこの「カプチーノ」でいいかな」
「承ったよ。出来上がるまで、ゆっくりと選ぶといい」
そんな事を言ってマスターはカウンター奥へと向かっていった。
促されるままに……というか、当然の流れなのだが、ワタシ達はショーケースの方へと視線を移した。
「じゃあ、選ぶかぁ。っても、葵はもう決まってるようなもん……!?」
「どうしたの、かな……で?」
二人の視線の先には、「2700円」と表記された「トリシューラプリン」が。
「プリンひとつでこの値段……!?」
「葵に一口貰ったから美味しいのは知ってたから、この値段には納得だわ」
「原価もそこそこに高いけど、その値段は「ブルーアイズマウンテン」に合わせただけだよ」
「合わせたって何をどう!?」
カウンター向こうから聞こえてくるマスターの声にツッコミを入れるカナデ。
攻撃力基準でって意味ですね、わかります。
いや、まあ、そもそも「トリシューラプリン」は「人気が高い・価格が高い・カロリーが高い」で知られている物なのだが……いくら何でもそこまで高くないんじゃないかな、いちおう頑張ればアカデミア生も買えるものだし……いや、買えるか、この値段なら。
しかし、この値段で人気商品っていうのは凄いな。
「ああ……コッチか。旦那が見越してたのは絶対コッチだ。おかしいだろ、この値段はさすがにさぁ」
「でも、「トリシューラプリン」以外は普通……普通? だと思うわよ?」
「値段はな? 商品の半分くらい名前は微妙に変だし、形がわざわざパズルのピースみたいな形になってたり皿のほうがピースの形になってたりもするし……なんだよこれ」
「普通に美味そうなのが、なんだかなぁ……」と呟くカナデと、それを見て苦笑するツバサ。
パズルのピースの形とスイーツ……どう考えても遊戯王に存在する
その特徴を頑張って活かそうとした結果、そうなったんだろう。ここのマスターの努力がうかがえる。
……いやぁ、やっぱりあのマスター絶対にそうだわ。「遊戯王」関連のものが存在しないこの世界に、なんでそんな人がいるのかは不明だが……トリシューラの攻撃力の事も知っているし、間違い無く
このイヴちゃんボディにかかっている「喋れない&字が書けない」という謎の制限が無ければ、色々と根掘り葉掘り聞いているのに……本当につらい。
そんなワタシだが、これ以上どうこうできるわけでもないので、いったん諦めてそんな思いは表に全く出さず自分が今日食べるものを選ぶことにした。
―――――――――
なお、最終的にカナデ、ツバサ、ワタシが注文したのは「ミィルフィーヤ」「シスタルト」「ホーットケーキ」。それぞれ《マドルチェ・ミィルフィーヤ》《フレッシュマドルチェ・シスタルト》《マドルチェ・ホーットケーキ》のモチーフとなったモノを彼らをモチーフにして作ったとかいう、再翻訳みたいな状況だった……が、それがわかるのも
頼んだものを互いに食べさせあったりもしたが、どれも値段以上に美味しかったんじゃないだろうか?
そして、マスターが「今度は昼時にでも来てみるといいよ。時間限定の人気商品があるからね」と言っていたが……最近、カナデたちも忙しくなっているし、次来れるのはいつになることだろう?
ついに始まる奏と翼「ツヴァイウィング」のライブ。
緊張する翼とそれを励ます奏。その水面下で行われる特機部二による完全聖遺物の起動実験。そして、己の悲願をなすために暗躍する謎の人物。
幾人もの意図が絡みあいターニングポイントを迎える。
次回、「1-4&俺、方向音痴だからな」デュエルスタンバイ!
……盛大そうに言ってみるだけ言ってみました。
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1-4 & 俺、方向音痴だからな
ついにはじまりましたね、シンフォギア五期「XV」。
まあ、この作品には関係ない……けれども巫女関係のことはどうするか少々考え中。
すでに何度かしていますが、タグの整理をまた近々する予定です。今度は主に平行世界云々のあたりを一応追加してみる予定。他にも……
そして、今回のツヴァイウィングライブ序章。イヴちゃん視点とそれ以外とがまざる構成となっています。初めての試みとなるのでどうなるかが少々不安です。
一番の問題はネタをあまり挟めなかったこと……とは言っても、頭おかしいことになる予定なので、今は少し休むくらいの気持ちでいた方がいいのかも?
そして、シンフォギアの舞台の立地関係がイマイチよく分かっていないので、色々と捏造してたりぼやかしたりしています。ご了承ください。
ある日のこと……
「今度、少し離れた
「とは言っても、人混みが苦手だったりすれば無理して来なくていいからな? ……出来れば観に来て欲しいって、あたしも思ってるけど。あははっ」
最近忙しそうにしていると思っていたが、「ツヴァイウィング」……つまりはカナデとツバサのコンビによるライブが大々的にあるらしい。
しかし、アーティストとしてのカナデとツバサを知らないワタシが、「ツヴァイウィング」のファンから数少ない席を奪うような真似をしていいものなのだろうか?
そんな考えもあったが、どうやらコレはいわゆる関係者席的なものだそうだ。ならば、変に気を遣う必要もないだろう。
その翌日、ふたりと共にトッキブツへと赴いたワタシに、マネージャーさん――ようやく名前を知ったが、
「提案なんだが、「ツヴァイウィング」のライブ……もし
「あくまで見学ですので、なにかしらの労働を強いたりすることはありません。問題があれば僕がすぐに対応しますし、もちろんライブ中にはステージを観ることが出来ますよ」
……と、そんなことを言われたのだ。そばにいるカナデとツバサだが、少し不満そうにしてはいるものの特に口出しはしてきそうには無かった。
んん? もしかして、ふたりは……いや、ゲンジュウロウさんとシンジさんも含めた4人は互いに知っていたんじゃないだろうか?
というのも、関係者用のチケットを用意するとなるとふたりのマネージャーであるシンジさんが知らないはずがないだろう。そして、裏方見学の話ももしカナデたちが知らなかったなら今ごろ不満やら何やら言っているはずだ。しかしそんな様子は無い。
つまり、4人はあえてワタシの意思によって判断させるようにしているんだろう。どちらが正解とか、そういう話じゃなくて。
そうだな……自分たちの最高のライブを出来るだけお客さんと同じ視点で見て楽しんでほしい「
ふふっ、どうだろうか、この推理力は? 「見た目は
……なんでだろう? このフレーズの元である
さて、状況を整理しよう。
ワタシには「お客さんとしてライブに参加」、「シンジさんと共に裏方で見学」、ついでに「トッキブツ本部で待機組と共にお留守番」の三つの選択肢が与えられたわけだ。
どれもに利点があり欠点がある。
ならば、ワタシが選ぶべきは……
―――――――――
いつもとは少し違う街並み。移動時間からしても、
道に立ち見渡すワタシも、いつもよりも少し違う――もちろんカードに描かれているような巫女服ではなく現代社会に合った――服を着て、長い髪がライブ中に邪魔にならないように結って……と、ちょっとばかりおめかしをしている。……違和感があるとすれば、背負っている「鍵杖」用のバットケースがミスマッチ過ぎることだろう。
そして、手には
まぁ、つまりワタシは「お客さんと共にライブに参加」することを選び、楽しむことにしたのだ。
さて……
――――で、会場はどこだ?
どうしてこうなった……。
2、3日前からカナデやツバサと同じホテルに一緒に泊まっていたのだ。事前のリハーサルの時などは別行動となっていたが、それでも大体一緒にいた。
そして今朝方、最終確認やその他諸々で入場開始のずーっと前からライブ会場に行かないといけないそうで、また別行動になることとなった。
それでも、ワタシは特に何の心配もしてなかった。ふたりのことは心配いらないだろうし、自分のことに関しても、カナデとツバサを迎えに来たゲンジュウロウさんとシンジさん曰く「入場開始時間の前のちょうどいい頃に迎えを手配する」という話だったのだから、何の心配もしていなかった。
……じゃあ、なんでこんなことになったのか?
「
今、これまで以上にカナデたちと別行動を取ることが多くなったため、ワタシの手元にはおこづかいとして支給されたお金がある。おそらくは、喉が渇いた時の飲み物代やお菓子などの間食用に用意してくれたんだろう。
そしてこのおこづかい、決して高い金額ではないが「ツヴァイウィング」のグッズ……安めのものなら1つくらい買えるとは思える金額である。
そりゃまあ、カナデやツバサ、マネージャーのシンジさんに何とか意思を伝えることさえできれば、グッズの一つや二つ手に入れることは難しくないだろう。しかし、ふたりのことを応援したいのであれば……例え、自分で稼いだのではなく保護者から貰ったおこづかいであっても、それを使い自分で買ったほうがいいのではないか? そう思ったわけだ。
ならば本来の時間よりも早めに行かねばと身なりを整え、必要なものを持ち部屋を出て、ホテルのロビーでフロントの人たちに手を振ってから出発した。
ここの土地勘なんて当然無かったが、ライブ会場がドームのような大きな建物だというのは知っていたし、大きなライブなら案内板のようなものが掲示されているだろうし、同じようにライブに行く人も多いだろうと踏んでいたのでそう心配してなかった。
……と、思ってたのに
いや、軽率な行動を反省するのはまた後でいい。今は会場にたどり着くことを第一に考えなければ。
いちおうライブの時間までまだあるとは思うけど……はてさて、どうしたものか?
色々手段は考えられるが毎度のように壁として立ち塞がるのは「喋れないこと」だ。このせいでほとんどの手段が実行不可もしくは無謀という判定を下さざるをえなくなってしまっている。一番の敵が
持たされたケイタイと無線機は……先程確認したら、お亡くなりになってしまってた。なぜか? 持ち運びが面倒だからと「鍵杖」持ち運び用のバットケースに一緒に詰め込んでいたところ、鍵の部分の出っ張りが思いっきりめり込んで機体が砕け割れてしまっていたのだ。喋れない&書けない&打ちこめないで、連絡手段としてそもそも息をしていなかったケイタイ達だったが、本当に使い物にならなくなってしまった。
というか……だ。もういっそのこと、一度トッキブツ本部へと帰るのもありかもしれない。
先にも思ってはいたが「ライブ会場はトッキブツから離れた場所」みたいなことを言ってたわりに、思いのほかこのあたりからも歩いていけそうなくらいには近い距離にトッキブツ本部があるっぽいのだ。アレだろうか? ちびっ子ボディな
まあ、そのあたりの事情は現段階ではいくら頑張っても想像することしかできないからひとまず置いておこう。とにかく、案外近いのだ。トッキブツに帰れば……そこで身振り手振り頑張って迷ったことを伝えることができれば、なんとかしてもらえるんじゃないだろうか? 伝え損なったら、強制お留守番&見に来なかったからとカナデとツバサに悲しまれることになってしまうのだが……そこはワタシの腕の見せ所だろう。
このまま街中でつっ立っててもどうしようも無いので、トッキブツに戻ることにしよう。
ワタシは第六感もしくは自分の帰巣本能(?)であろう感覚に従い、歩き出した。
―――――――――
最終確認も済ませ、衣装やメイクもバッチリきめた状態で、あたしは暇を持て余していた。
身体を冷やしたりしないようにと渡された簡易的な外套を纏って……ジッとしてるのも性に合わないし、とりあえず機材やらなんやらを搬入するためのコンテナとかがあちこちにあるバックヤードを散歩していた。
「ふぅ……」
と、ブラブラ歩いてたあたしの耳に聞こえてきたのは、これまでに何度も聞いたことのあるため息。一足先に準備を終えてた翼だろうな。
そう思って聞こえた方へなるべく足音を消し行ってみると……ほらいた。小さめのコンテナに腰かけてる。なんか物憂げな表情してるし、また大真面目に考えなくていいことまで難しく考えちゃったりしてんだろうな。
ここはひとつ、スキンシップを取って
ってなわけで、あたしは足音を消したまま死角から翼へ近づいていき、ガバッと抱きついてやった。
「つーばーさっ!」
「きゃっ!? か、奏!?」
「ため息なんてついちゃって。はっはーん、まさか翼、緊張しちゃってたり?」
「当たり前でしょ、櫻井女史も今日は大事だって……そういう奏はどうなの?」
「んー? 過去最高に緊張してるかなー?」
「えっ!?」
信じられないって様子で目をまん丸にしてあたしを見てきた。そんなに意外だったのか?
ていうか、翼が驚いたのとほぼ同時にあっちの陰のほうから「むぅ!?」とかいう声が聞こえてきたんだけど……まあ、誰なのかは大体見当はついてるんだけどな。
「なんだよ弦十郎の旦那ぁ、ガールズトークに聞き耳立ててたのかー?」
「あぁいや、開演時間も近くなってきたからその前に一度様子を見ておこうと思って二人を探していただけだ。他意は無い」
あたしが声をかけると、少しバツの悪そうな顔でそう言いながら角から出てきた弦十郎の旦那は「しかし――」って話を続ける。
「以前からこの開演前の時間は奏に落ち着きが無くなりがちなことは知っていたが、まさか今回に限って普段以上だとは」
「やっぱり、完全聖遺物の起動実験だから? 櫻井女史も、人類の未来に関わる重要なことだって言って――」
「えっ、そこは別に気になんないけど?」
あたしが呆気にとられてそう言うと、ふたりして「え?」と軽く首をかしげた。
「だって、そっちのほうは旦那や了子さんたちに任せてれば、何の心配もいらないだろ? あたしら担当だって、あたしと翼――両翼そろった「ツヴァイウィング」はどこまでも飛んでいける。完全聖遺物起動のためのフォニックゲインの一つや二つ、楽勝さ!」
「奏ぇ……そうね、私も奏と一緒ならどんなことだって乗り越えられる!」
目を輝かせ、パァーッと咲くような笑顔をあたしに向けてくる翼。
旦那も納得したように見えた……が、まだなにかあったみたいで、表情のほうはいまいちだ。
「自信も気合も十分なのはわかった。……となると、緊張の原因はいったい何なんだ?」
「それはー……自分たちで誘っておいてあれだけど、あたしらのアーティスト活動を
自慢じゃあないけど「ツヴァイウィング」は十分有名どころのアーティストになっている。ちょっと探せば情報なんてそこらへんに転がってるようなもんだ。
それに、あたしたちの方から直接見せてみたりしたことこそ無かったけど、
だから、改めて恥ずかしがったりするこたぁ無いはずなんだけど……なんだろう?
葵がライブに来ているって考えるだけで、こそばゆいというか……胸の奥が苦しくなるほどキュッと締まるような気もするし、それ以上に熱く燃え上がるような感覚もある。あたしの高鳴り脈打つこの鼓動は……んんー、自分の身体と気持ちのはずなのに、色々入り混じってていまいちよくわかんないや。
けど――
「もちろん、嬉しい気持ちもいっぱいあるよ? だから……なんていうか、むしろ心地いいんだよ、この緊張感はさ」
「そうか……なら心配はいらないな」
安心した様子で口元に笑みを浮かべた源十郎の旦那。その旦那のほうから通信機の呼び出し音が鳴った。
「ああ……そうか……わかった。すぐ行く」といったやり取りを通信機ごしにした旦那は通信を切ってから改めてこっちを向いて――
「今日のライブ、任せたぞ」
――そうあたしたちに言ってからその場を離れていく。
「任されたっ! 大暴れしてやるかんな!」
行く背中にむかってサムズアップしながらそう声をかけたら、旦那も一度だけ振り返ってイイ笑顔でサムズアップを返してからまた歩き出していった……。
っと、さっきから変に静かになってる翼はいったいどうしたんだろ?
「ウウゥ……アオイモ、ミニ…キテ……フゥ……ダイジョウブ…ダイ、ジョウ……」
「あっはっはっは! 翼ってば、あたしの話聞く前よりガッチガチになっちゃってるじゃん!! そんなんでどうすんのさ」
「だって! 葵が来てるのよ!? ライブに来て観てほしかったのは本当の気持ちだったけど、言われてみればもの凄く恥ずかしいというか緊張するというかその……振り付け間違ったりしないか、失敗して葵に幻滅されないか心配で心配で……!」
「落ち着けって。そんなんじゃぁ、成功するもんも成功しなくなるってもんだ」
焦り慌てて口早にネガティブなことを言い出す翼。
あたしは、そんな翼の
「にゃ、にゃぬぃ……こぬぁ…………った。いったいなに!?」
「熱狂する観客の中で全部忘れて馬鹿みたいに声をはりあげたくなる、そんな楽しいライブを見せつけてやろうな? それこそあの葵が「一緒に歌いたい!」って思えるくらいにさ」
「……! ええ、それはいい考えね。私たちも、
あたしの言葉に思うところがあったのか、さっきまでの慌てっぷりから一変して一気にイキイキとした表情になる翼。そんな翼につられてか、いつの間にかあたしもより一層笑っているのが自分でわかった。
憎きノイズ共を一匹残らずぶっ潰したい。そのチカラを得るため己の身を命を削り、血反吐を吐いた。そして得たチカラでノイズを倒すために歌を歌いだした……それらは紛れも無い事実。
でも――――
「奏」
「ん? どーした?」
「私、奏の歌う歌が好きよ。最近は特にね」
「なにさ、いきなり? 小っ恥ずかしいじゃんかー」
「……どうしてかしら? 今言っておかないといけない気がしたの」
「あっはは! なーに言ってんだか……でも、ありがと」
けど、今のあたしにはこの身体がこの歌がそれだけのためのモノじゃなくなってた。
最初に気付いたのは命張って民間人の避難指示とノイズの誘導をしていた「特異災害対策機動部一課」の人達に感謝されたときだっけ? けど、一度気付ければ、思い返してみればそれ以前にいくらでも気付けるはずの
その
あたしの歌で、誰かの日常を護り、誰かを勇気づけ、誰かを幸せにしてみせる。
きっとそれが――――先に逝った
「いくぞ、翼」
「いこうっ、奏」
そう、今日はあたしはここで歌う。
こんなあたしの隣に立ち、共に歌ってくれる翼に
家族の温もりを思い出させてくれ、けれど独りで心の傷を抱え続ける葵に
このノイズが湧き出る、理不尽な世界に生きる人達に
この歌声を届けるために――――
――――――――
トッキブツ本部――もとい、その地上部分「リディアン音楽院」というものは「小山」だっただろうか?
いや、自問自答する必要も無いくらいおかしいことだとは解ってる。けど、この小山――とは言っても、そこらの建物より全然大きいんだけど――を前にワタシの第六感が「ここがトッキブツ本部です」と言っているのだ。
今見えてないだけで、小山の裏にある? いや、リディアンのそばにこんな形の山があった憶えはない。それに、ワタシには裏手とかじゃなくてやっぱりこの小山がリディアンな気がしてならないのだ。
リディアンの上にどこからか大量の土砂が降ってきた? だがしかし、この小山には草や木がしっかりと根付いているように見える。山そのまままるごと降ってきたなら……ダメだ、そんなことはあり得ない。非ぃ科学的だ!*1
しかし、山かぁ……。少し登ってみるべきか?
トッキブツ本部うんぬんは抜きにして考えてみると、ある程度の高さがある場所であれば周囲を確かめることが出来るだろうことがわかる。そうすれば地下に本部のあるリディアンを――ではなくて、当初の目的である「ツヴァイウィング」のライブ会場らしきものを見つけることが出来るかもしれない。
時間が惜しいこともあって「とりあえず行動あるのみ」の精神で、極力木や草
特に問題なのは背の高さがある木たちの多さ。これでは、この小山の中によほど開けた場所でもない限り、辺りを見渡せそうにない。いや、木を登れば見えなくはない……か? 登れるかな、ワタシ。
そろそろ、ライブの時間がヤバイような気がしてきた。もうすでに始まってたりする? アウトだったり……?
いやいや、諦めるなワタシ。まだ、まだ打つ手はあるはずだ……たぶん。そうであったらいいな……。
しかし、本当にどうしたものか。もはやアテも無くどうしようも無い。
やっぱり、個人的に唯一のアテだった自分の第六感によるトッキブツ本部探しが意味無かったのが痛い……。
――、―――――――!?
不意に、声が聞こえてきた。
簡潔に言えば「誰かいるのか!?」的な大きな呼び声。その声の大きさと力強さに少々ビビりつつ草藪からこっそりと顔を出して声のした方を覗きこんでみた。
するとどうだろう。草藪や木々の先――距離にして4~50メートルほど先だろうか? 平地ではないうえ障害物が多いためわかり辛い――に、どこか見覚えのある格好をした人物が見えた。
ワタシの気配を察して声を投げかけたのだと思うが、場所まで正確にわかっていないのかキョロキョロしている様子。……というか、なんでこんな山の中にいるんだ? っていうか、誰かと喋ってる? 通信機か何かだろうか?
しかし、案外都合がいいかもしれない。
あのトッキブツの黒スーツさんならワタシのことはしっているだろうし、保護してもらえばなんとかなるかもしれない。やはり喋れないことがネックとなるが、トッキブツ本部やライブ会場に連れてってもらうことも不可能な話ではない……はず。
そう判断したワタシは立ち上がり、明後日の方へと歩いて行こうとしている黒スーツさんの方へと歩き出し――――
そして、顔を地面にぶつけるほど、盛大にこけた。
「なんでぇ?」と思いつつ、痛む顔をさすりながら足元へと視線を移す。
そこには、地面から独特の光沢のある暗い色の
一見して、木の根か何かが飛び出しているのかと思ったのだが、それにしては長いし綺麗な曲線過ぎる。石……大きな一枚岩の端……なのか?
しかし、黒みがかった藍色とでもいうのか、この独特の色をしたモノ……ワタシは何処かで見たことがあるような……?
何気なく足元の地面に埋まってるその
その瞬間、視界が光に埋め尽くされ……ワタシは悲鳴を聞きながら、浮遊感に襲われた――――――
――――――気づけば、目の前にあった……というか、足元から視線のずーっと先にまであったはずの斜面が……
代わりに、足元にはほとんど周囲の平地と同じ高さになってる地面と、それを覆うように倒れている木々や草花が。そうそれは、まるで小山がボカンと崩壊したかのような光景で……って、えっ?
オイオイ、待て待て、ちょっと待て。
おかしいぞ? おかしいだろう?
なんで、なんで、
なんで、ミニチュアサイズの《
似た光景をワタシは知っている。
魔法カード《
もしかして、ワタシの目の前にあるコレも「星杯のチカラ」なのだろうか? だとしても、なんでここに?
ふと思い出す。こける原因の足元にあった埋まった
……つまり、あれか? つまずいた出っ張りは小山に埋まっていた《星遺物―星杯》の一部突出していた部分で、ワタシがなんとなく触れたせいで《星遺物―星杯》が起動しちゃったのか?
起動した結果《星遺物―星杯》が小さくなって、小山を形成していた大部分が無くなったから地盤が保たなくなり……それで崩れたのか!? 色々とおかしいでしょ!?
だって、《
まさか、そんな……いや、
『――――!』
あまりの予想外の唐突過ぎる出来事に呆然としかけていたワタシの耳に、誰かの声が聞こえてきた。
はっ!? そういえば、さっき聞こえた悲鳴の主……あの黒スーツさんも巻き込まれていたハズ。このボソボソと聞こえる声は、あの人のものか!? 無事なのか!?
故意ではないにしても、自分の行いのせいで誰かが死んでしまうのは流石に避けたい。
立ち上がり、声の聞こえた方へと向かって行きながらあちこちを見渡し探した。
運良く黒スーツさんは案外早く見つかった。倒木に埋もれたりすることも無く倒れていた……が、息はしているようではあるものの、気絶していてとても喋れる状態では無さそうだ。
では、さっきの声は?
『――さん、どうしたんですか!? 今の音はいったい!?』
おっ、さっきの声は黒スーツさんのそばに落ちている無線機からのようだ。
これは……以前に、厚紙をくれたりもした優男風の男性オペレーターさんの声だ。ずいぶんと焦っている様子でこちらに通信をよこしているようだ。……しかし、どうしたものか。喋れないワタシにはどう返事も出来ないぞ?
『いったい何が……まさか、遺跡の中の
遺跡? いやそれよりも「
MA☆TTE!?これは事故だ!*2
いや、ほぼ間違い無くこの惨状はワタシの行動によって引き起こされたものだが、その、故意ではないし何と言うか……!!
『えっ、友里さんどうし――起動実験の現場で完全
ん? 今度は通信の向こうで何か話しているようで……えっ?
「
それで爆発って、なんで!? ライブ会場にも被害がって、その爆発でなのか!?
そもそも
ワタシのせいなのか? それもワタシが「星遺物」を
爆発音。
それが聞こえた時には、すでにワタシは走り出していた。目指すべき方向は、すぐにわかった。
なぜなら、もうもうと上がる黒煙が爆発のあった場所を――「ツヴァイウィング」のライブ会場を――教えてくれているのだから。意外にもここから近そうだ……なんというか、耐震強度が心配になってしまう形状をした近未来的な大型建造物だ。
カナデ……! ツバサ……!
全力で走る。
この前ノイズから逃げた時よりも一層速く、このイヴちゃんのちびっ子ボディのどこにそんな力があるのかわからないくらいの速度で走る。
障害物にぶつかりそうになれば、勢いに任せて思いっきり踏み込み――
――――あの小山跡地にて目の前に浮いていたはずの小さな《星遺物―星杯》が、何処かへと消えている事に気付いたのはライブ会場にたどり着いた時……ある光景を見た時だった。
違う道(ただの迷子)
さあ、ここまで情報が出揃えばここから先の展開をわかってしまう人がいるのでは? 特に適合者
だとしても!!
今回のツヴァイウィングライブ関係に限らず、感想欄等での展開予想や原作ネタバレは禁止ですよ! 作者「僕だ!」のメンタルが削られるだけでなく、他の読者の楽しみを奪ってしまいかねないので。
け、決して、簡単に展開予想できてしまうようなお話しか考えられないから、追い詰めるのはやめて欲しいとかそういうのじゃないです……そういうことにさせてください。
ルールとマナーを守って楽しくデュエルしよう!
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1-5&みんなまとめてやっつけてやる!
切りがいいところが見つからず、結局この作品の最長記録を更新してしまう結果に。
注意!
作品に付いているタグを確認し理解した上で、読み進めてください。
前回に引き続き、視点が何度か変わります。ご了承ください。
「暴走だと……!?」
これまで順調そのものだった完全聖遺物「ネフシュタンの鎧」の起動実験。しかし、突如起こった地響きの後に告げられた「聖遺物が暴走する」という事実に、ライブ会場の下に秘密裏に設けられた実験施設が混乱に満ちた。
そんな中、俺の思考は加速する。
確かに、実験を始めるにあたり、当初の予測とは異なっている部分はあった。思っていた以上にフォニックゲインの高まりが早かったのだ。
その原因はおおよそ見当がついている。ここ最近報告にあった奏のシンフォギア適合指数の上昇だ。大幅なとはいえずむしろわずかな変化だったが、その現象に了子くんも驚いていた。その適合指数の上昇が歌によって発生するフォニックゲインの量にも影響が出てるのではないか――という、仮説だ。
しかしそれでも想定の範囲内に収まるものだったはずだ。それに、今観測された完全聖遺物の極端な数値の変化は、人っ子一人の歌で生みだされるフォニックゲインでどうこうなるものではない。
では、どうしてこんな事態に陥ったのか?
考えられるのは、起動実験に使っている機材の方の異常から連鎖的に起きた事象である可能性。直前のチェックでは何の問題も無かったはずだ。だが、想定外のエラーが起きて……いやまさか、偶然ではなく何者かが意図的に引き起こしたのか? 考えたくはないが、
俺の視界は閃光に包まれ、轟音と衝撃がこの身を襲った。
―――――――――
1曲目だったとは思えないほどの盛り上がりをみせる会場。歓声は地面を奥底から震えあげさせるほど。
そして、その会場の熱気に負けないくらいの熱量が、奏やその隣にいる翼の内から湧きあがってきている。
さあ、この熱が逃げてしまう前に2曲目の「ORBITAL BEAT」へと――「ツヴァイウィング」がいこうとしたその時、地面が本当に揺れ動いた。
ライブ会場にいる誰もが動きを止め「何事か?」「地震か?」と状況を把握しようとする中――――その思考がまとまる前に、まるで畳みかけるかのように新たな異常が発生した。
ライブ会場の中央付近が突如爆発し、炎と黒煙が吹きあがったのだ。
呆然とした沈黙が、悲鳴によって塗り替えられる。
それだけでは終わらない。
ライブ会場の状況はそこからまた一転する。
ソレに気付いた奏と翼は大きく目を見開き、同様に気付いた一部の観客たちは恐怖に顔を歪める。
どこからか湧き出してくる異形の
――――ノイズだ!!
誰が叫んだか、その声を皮切りに会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化すライブ会場。
ただただ人間を狙い迫っていくノイズ。逃げ惑う人々。地上から、上空から襲いかかってくるノイズによって、他人が次々に炭素へと変えられて崩れ去っていく。
その現実が人々の恐怖心に拍車をかけ、誰もが悲鳴をあげ、抗いようの無い脅威から逃れようと我先にと出入り口へと殺到する。その目には周りの人たちのことなどマトモに映ってなどいない。
そんな周囲の人間の様子を確認してかせずにか、真っ先に行動を起こした人物が2人。
他でもない「ツヴァイウィング」の2人。対ノイズ組織である特異災害対策機動部二課、通称・
「Croitzal ronzell gungnir zizzl」
「Imyuteus amenohabakiri tron」
ふたりは聖詠*1を歌い、その身にシンフォギアを纏い――ノイズの大群へと向かって身を躍りだした。
―――――――――
「「
あたしと翼の口から出ていた言葉は、会場のどこかにいるはずのあたしたちが招待した葵の名前だった。
「邪魔だぁーっ!!」
纏ったシンフォギア「ガングニール」。その両腕に装着されていたガントレットが合わさり変形した
「退きなさい!」
翼も、その身に纏う「
シンフォギアが持つ能力によって「調律」されたノイズはお得意の「位相差障壁」で攻撃を受け流すことが出来なくなる。そうしてあたしたちの攻撃によって破壊されたノイズは時間によって自壊する時と同じく、その身体を炭素へと変えて崩れていく。
「翼っ!」
ひとっ跳びですぐそばまで寄り、背中合わせに立ち構える。
そうして背後にいる翼へ向けて声をかけた。
「爆発した下がどうなってるかもわかんねぇし、判断を仰いでるヒマも無い。今は全力でノイズ共を全部潰すことだけ考えるぞ!」
「ええ。心配だけど、葵を探すのはその後ね」
「こいつらがいたら、結局葵も危ねぇからな!」
葵は希少な完全聖遺物を持っている。けどそれは決して対ノイズ用のものではない。ノイズ相手に戦い打ち勝つどころか、自分の身を守ることすら危ういレベルだ。
そんなノイズを倒せるのは、他でもないあたしたちシンフォギア装者だけだ。
これ以上の言葉はいらない。あたしと翼は合図を送ることもなくノイズの密集している方へと同時に踏み出す。
「「はあぁぁーーーーっ!!」」
一発目を叩き込みそのまま歌う。胸の奥底から浮かんでくる歌詞を自然と紡いでゆくと、不思議と力が湧き身体が軽くなる。振るう槍の一撃一撃の威力が上がり動きも洗練されていく。
ちゃんと避難できてる奴が何人いるだろうか?
その中に葵はいるだろうか?
あたしは知っている。
大雑把な表現にはなるが、葵は歳の割には頭がいい。家事にしろ何にしろ、一度教えれば大抵覚えるし、一度失敗したことは二度と失敗しない。同様に観察力や判断力も高いから、とっさの事態にも対応が出来る。
その強みがわかりやすく表に出たのは、このあいだノイズが発生した時――後に、葵を知るためにも記録を確認したんだけど――良くも悪くも偶然が重なりながら、とっさの判断や行動によって多数のノイズから逃げ続けることが出来ていた。
そしてあの時、同時に葵の強さ以外にも
葵は優しい。逃げている最中に会った女の子、葵は一度握ったその子の手を離そうとはしなかった。例え、女の子がその場から動こうとせずとも、自分よりも足が遅く逃げる速度が落ちてしまおうとも、手を離したほうが生き残れる確率が上がるとしても、葵が女の子のことを見捨てようとしたことは決してなかった。
あたしは葵がそう強くも優しくあることを嬉しく思いつつも、心配でならなかった。
ノイズにまた襲われた時があったとして――今まさにこの
「周りを見捨てろ」なんてことは言いたくないし、葵には誰にでも優しいその心のままでいてほしいとも思う。だけど、だからこそ逃げて生きてくれと願ってしまう。
くそっ! 頭から離れてくれやしねぇ!!
翼と話したように、あたしだって
ああ、この
けど、それだけじゃない。もう二度と大切な人を失わないためのチカラであり、あたしのような思いをする奴がいなくなるよう一人でも多くの命を救うためのチカラでもあるんだ。ただでさえ自分の身を削るなんていう親不孝なことして……こんなところで迷ってちゃあ、葵にも、
どこから聞こえてきたのか、確かめる間も無く――動かした視線の端に、崩れていく二階席の一部が映った。
「きゃぁーっ!?」
悲鳴が聞こえた。崩れ落ちていく二階席の瓦礫に交じって逃げ遅れたのか、隠れていたのか一人の13、4歳くらいの女の子が落下しているのが見えた。
そして、それに気づいたのはあたしだけじゃなかった。
悲鳴からか別の何かなのか……とにかく女の子に気付いた人型ノイズの数体が、女の子の落下した地点へと向かって動きだしたのだ。その行動は、間違い無く女の子を
それを見過ごせるあたしでは無い。
「このくそっ!」
翼から距離が離れてしまうが、どうこう言ってられる状況じゃない。
つられてついて来ようとする数体を流れるように叩きのめし、女の子のほうへと全速力で向かう。
見れば、恐怖に震える女の子へと、ノイズが形状変化して弾丸のごとく――いや、大きさ的には砲弾か――飛びかかっていく、ちょうどその時だった。
女の子と襲い来るノイズとの間になんとか割って入れたあたしは、前に構えた槍を高速回転させることで飛びかかってきたノイズを弾き飛ばすと同時に大きな損傷を与え炭素へと還していく。
「駆け出せ!!」
少し振り返りながら背中ごしに言葉を投げかけ逃げるように促すと、女の子は小さく頷き走り出そうとする――が、どうにも速さが走るという表現が合わないくらいに遅い。横目で確認してみれば、女の子の表情は歪んでいて、まるで片足を庇うようにしてなんとか足を動かしているようだった。
そうかっ! さっき落ちた時にあの子は足を負傷してしまったんだ! ただ単にくじいただけなのか、それとも骨にまで異常が出ているのかはわからないが、歩くだけでも精一杯なんだろう。
けど、それじゃあノイズから逃げきるなんて無理な話だ。
……いや、今回のノイズの発生がすでに打ち止めなのはわかっている。数はそれでも山ほどいはするが、厄介な飛行型ノイズの姿はもうない。地上戦力のみなら、あたしたちで引き付けつつ追わせないように立ち回れば、女の子の一人や二人逃がせないことは無いはずだ。
と、巨大なイモムシに角と口がついたような大型ノイズが一体迫ってきた。
一度息を吸うような動作をしてから、その口から緑色の液体のようなものをあたしたちの方へと大量に吹きかけてきた。噴出してきたソレは時に小型ノイズをそこから生み出すこともある正にノイズの身体そのものといったモノであり、当然のように人を炭素化させる性質を持っている。
そんなモノを吹きかけられちゃあひとたまりも無い。あたしはさっきノイズを弾き飛ばした時と同様に槍を高速回転させて緑色の液体のようなものを弾き飛ばして、あたし自身やその後方の避難しようとしている女の子の身を護った。
そして、攻撃が少しでも緩んだ瞬間が反撃のチャンス。そこから一気に攻勢に移る。
「奏! ……くっ!?」
離れた所から翼の声が聞こえてきた。離れてしまったせいか、さっきまでよりも押されているみたいだ。
くそっ、手を貸したいけどそうも言ってられない。逃げるのに時間がかかりそうな後ろの女の子のこともある――が、同型の大型ノイズがもう一体こっちに来たというのもある。翼の方へ行かなかった事を喜ぶべきか、コッチに来たことを悲しむべきか……そんな感想は倒してしまった後でいいっ!
もしも、この大型ノイズがもう一体と同じように緑のを噴きかけてきたとして、あたしはそれを防ぎきれるだろうか? ――いや、防ぐんだ。
歌っていた歌こそ途切れてしまいギアの出力が下がったけど、あたしはまだまだ戦えるっ、もう1体デカブツが増えようが、あたしは後にいる女の子を守り切ってやる! 一人でも多くの命を救ってやる!!
二体目の大型ノイズが息を吸うかのように上体を反らし、噴き出す体勢へと入って――――
――――は?
崩れたところとは別の二階席から、青く長い髪をなびかせて躍り出たのは――
二体目の大型ノイズにむかって、
「「葵っ!?」」
あたしと、遠くにいる翼との声が重なった――――
―――――――――
時間は少し遡る……
―――――――――
ようやく、たどり着いた! カナデとツバサの……「ツヴァイウィング」のライブ会場に!!
ドーム状の建物は破壊の痕がみられ、所々から黒煙が上がっている。
見れば、真正面の出入り口……そこの瓦礫や
しかし、なんということだ。
「
「ノイズ」だ。
今、目に見える範囲にはいないようだが、あの
ただの爆発事故レベルなら直撃さえしてなければ大丈夫だろうと思っていた。それに裏方としてマネージャーである
ワタシとあの女の子は小柄だから2人まとめて抱えあげることはできただろう。しかし、いくらシンジさんといえど、カナデとツバサを連れてノイズから逃げ出すことが果たしてできるだろうか?
そこにワタシが行く……あの、ノイズに対して何もできずに必死こいて逃げ回ってただけのワタシが。果たして、それが何になるのだろうか?
いや、
ワタシは再び走り出す。今度はドームの外周を回るようにして。
助走があればこのドームの屋根の上まで跳べるんじゃないだろうかとも考えはしたが、それはいくらなんでも厳しいだろうって判断に。結果、搬入口や売店なんかの裏口を探しそこから侵入してみることに……。
――――!!
突如、ワタシの目の前にあった外壁の一部が小さな爆発を伴って崩れ落ちた。
巻き上がった砂煙によって見え辛くはあるが……部屋? いや、その部屋の壁にも穴が空いていてその先に通路が続いているのが見えた。原因は不明だが、どうやら外壁一枚だけでなく真っ直ぐに穴が空いたようだ。
不可解である……が、奥から必死の形相で逃げてくる十数人ほどの人が見えてきたから、おそらくはこの人たちの誰かもしくは複数人が何らかの方法で瓦礫その他諸々に埋もれかかった出入り口とは別に外への道を力づくで
が、正直に言って今はそんなことどうだっていい。
とにかくカナデとツバサだ。ワタシは我先にと外へと出てくる人々の間をすり抜けるようにしてライブ会場の建物へと入っていった。
ああ……通路に複数個所、黒い塵が固まっている場所がある。外で見たよりも数が少なく感じるのは、きっと施設内に侵入してきたノイズの数が少なかったからだろう。代わりにと言ってはなんだが、外に比べ風が無いから人の形がはっきりとわかりやすい……。
違うはずだ。これらはカナデやツバサではない。
爆発およびノイズの襲撃があった時、何をしていたかは知らないから断言はできないが、彼女たちがいるとすればバックヤードかそれこそステージ上かだ。
どちらにせよ、この建物の構造をよく知らないワタシにはまず中央にあるであろうライブステージへと向かうのが単純明快な行動方針となるだろう。
走る、走る、走る。
黒い塵が所々に積もった階段を駆け上がった先には、夕焼けへと染められていく空とそこに舞う黒い塵。
視線を少し下へとずらせば、体色は違えども見覚えのある形をした
それら人物が誰かなど見定めるヒマも惜しく、走ってきた勢いのまま客席から飛び出す――――その先には、人を襲おうとしているもう一体の大きな
空中で、ワタシに
「ノイズ」は、共通効果として「攻撃対象にならない」、そして「戦闘を行う時、自身と相手を破壊or墓地送り」または「攻撃した時、自身と相手を破壊or墓地送り」という
前者に対しての対策は現時点では無い。だから、この捨て身の突進も無意味だろう。
しかし、後者は何とかできるかもしれない。問題は条件を満たせているかどうか……そして、満たせているのであれば、倒すことは出来ずともワタシ自身を肉壁とすることであの
そう。それは《
イメージするんだ、チカラを得たあの姿を。あの《星遺物―『星杯』》の鈍い色の光沢を持つ外殻と、同色の鎧を纏った《
そう、ワタシは――――《
「『かっとビングだ!』」
「「葵っ!?」」
聞き慣れた声がふたり分耳に入る。
勢いに乗ったまま、大きく振りかぶった「鍵杖」を叩きつける。
その一撃は――――確かに、大型
~!?
一発で倒しきることは出来なかったようだが、大きく抉り損傷を負わせることが出来た。大型
と、そんなこと考えている場合じゃない。殴り飛ばせたことで先に倒れた大型
するとどうだろう。側頭部を損傷していた大型
巻き込まれて倒れたもう一体のほうの大型
そこには二人いて、そろって目をまん丸に見開いている。
ひとりは
ななな、なっ! 何だぁあの子はっ!? 見た瞬間に背中にゾゾゾォッ!と悪寒が駆け上がったぞ!! なんでだよぅ!?
なんでそんな意味不明な子と一緒にいるのさ、カナ……でぇ?
カナデ? その手に持ってるのは?
「剣」? 「ス●カバー」?
にしては、
うーん、なんだろう? いや、知ってる気がするぞーあの形は。
そうだね、「
ははははっ、カナデが「槍」持ってるぞ?
「槍」だよ、「槍」。
家族大好き暗い過去持ち姉が、シスコンが「槍」を持っちゃってるよ。
槍のおねえさんだね!
あーっはっはっはっはー!!
性別以外アウトじゃないかーっ!?
タスケテ!
ツバサー! ツバサー!!
どこだー!? どこにいるー!?
ワタシは知っているぞ! いるんだろう、どこかに!?
さっき声聞こえたんだもん!! 聞いたんだもん!!
……ああっ!? 人型とかまん丸ノイズたちに囲まれてる!?
ひとりで刀持って戦ってるぞ!?
何でそんなところにいるんだよ!?
今行くぞ!
―――――――――
大型ノイズを
「『みんなまとめてやっつけてやる!』」*7
そんな事を言って、ノイズの群れへと突進していく葵。
なんで、
いや、そこじゃあない。
葵が、喋ったんだ。
ああ、葵は踏み出したんだ、一歩前へ。実際にというわけではない、精神的にだ。
何がきっかけだったかは分からない。あたしたちのライブが歌が……だったら、嬉しいな……。
杖を振るってノイズを殴り倒していく葵が、声を上げて戦う姿が、それが嬉しくもあり、頼もしくもあり……寂しくもある。
そう、あたしは――――
――――葵に、気を取られすぎていた。
ーー!!
衝撃。
吹き飛ばされた。
とっさに受け身を取ろうとしたが上手くいかず、十数メートル地面を転がり最終的には壁か瓦礫かにぶつかって止まった。
どこもかしこも痛む身体。揺れる視界と、少し朦朧とする意識。
視線の先には、先にあたしらに攻撃してきていた方の――巻き込まれて倒れていただけで、炭素へと還っていなかった大型ノイズがいた。起き上がりと共にその太い首を振るってあたしを横薙ぎにし吹き飛ばして……?
「ひぃぁ……!!」
女の子の小さな悲鳴が聞こえた。
ぶっ倒れたあたしにはもう見向きもせずに、大型ノイズがあの女の子の方を向いたのか……。
「なに、やってんだ……あたしはぁあっ!!」
軋む身体に鞭打って跳びだし大型ノイズへと飛びかかり、槍をふるった。
女の子に向けられていた大型ノイズの頭をよそへとはじき飛ばす。……逆に言えば、倒すには至らない程度のダメージしか与えられていない。
のけぞった大型ノイズが、その体勢から流れるように再びあの緑の液体を噴き出してくる!
女の子と大型ノイズとの間に立ち、槍を回転させてはじき飛ばす――
「ぐぅううー!!」
――けど、
さっきの……葵が乱入する前と同じ、一体だけからの攻撃であるにもかかわらず、あたしはその攻撃を防ぎきれそうにない!
なんでだよっ! 歌を歌わな過ぎたか!? ダメージを受け過ぎたか!? いや、もっと単純に、
槍にヒビが入り、シンフォギアの一部が砕け散り、身体中にさらなる痛みが走った。
けど、退くわけにはいかなかった。倒れるわけにはいかなかった。なぜならあたしの後ろには――
「ぇ……」
――小さな声だった。けど、あたしには何故か嫌なほどはっきりと聞こえた。
つられて振り返れば、胸元から
ノイズの攻撃によってただの人間が血を流すことはない。なら、アレは……?
わかってしまう。他でもない、自分がよく知っているものだったから……今、この時にあの女の子の胸にぶっ刺さるモノなんて限られてるんだ。なら、間違い無く、さっき飛び散ってしまったあたしのシンフォギア「ガングニール」の砕けた破片だ。
そう、あたしのシンフォギアが、あたしの失態で――――
「あぁああぁぁーーーーっ!!」
大型ノイズの噴きかけてくる攻撃が自身に当たるのも構わず、強引にその中を進む捨て身の一撃で大型ノイズを葬ってみせる。ただでさえあちこち痛んでいた身体だったが、そこにさらにいくつもの傷を受けることになった……が、そんなことはどうでもよかった。
あたしは後で胸元から血を流し瓦礫に倒れかかっている女の子へと駆け寄り肩を掴む。
「おいっ、死ぬな! 目を開けてくれ!」
うっすらとしか開かれていない瞼の奥の瞳には、生気が感じられない。
痛みか、恐怖心か……もっと別の何かか。この栗毛色の髪の女の子から、生きようとする気力というものが薄れているのがわかった。
「生きるのを諦めるな!!」
その言葉が伝わったのかどうかはさだかじゃあないが、瞼が動いた。口も少しとはいえパクパクとゆっくり動いた。
息は……何とかしているみたいだ。だが、それだけだ。気持ちだけでなく、生命維持に必要な処置も施さなければいけない。そのためには、当然ノイズが邪魔だ。
「……悪い。あたしはいつだって気持ちばっかり先走って肝心なところで空回りしやがる。薬頼りのシンフォギア装者の半端者。復讐も、人助けも、ついでに姉代わりとしても半端にしかできなかった……」
会場を見渡す。
離れた所には、囲まれながらも「
けど、ふたりのその状況が著しいものかと言えばそうでもない。特に葵の方は、はたから見ればすぐわかるが戦い慣れしてない。一体ずつ着実に倒しているようだけど、むしろ良くここまでもっていると思えるくらいだ。
そして、包囲している連中とは別に、あたしたちの方へと向かってくるノイズも2,30体いる……か。
「けど、それでもやることには筋を通す。意地でも、何が何でも……お前を、翼を、葵を……みんなを守るためなら! 全力全開で思いっきり歌ってやるよ、あたしの命……全部乗せの歌を!!」
そうだ。半端者のあたしでも自分の全部を賭ければ、みんなの未来への道を
シンフォギア装者への
歌を聞いてくれるのは山ほど。けれど、憶えていてくれるのは
生き残るのは翼、葵、そして名前も聞けていないファンの女の子。……あたしの歌を、生きていた証を憶えていてくれる人が、最後の最後まで3人もいるんだ。あたしには勿体無いくらい上等な舞台だ。もう、この「絶唱」で燃え尽きるとしても、恐れることなんて何も無い……!!
「
そして、最期の歌を紡いだ。
「Gatrandis babel ziggurat edenal―――――」
「いけない、奏!
悪いな、翼。こんなことになっちまって。翼は真面目が過ぎるからな、気を付けなきゃどっかでポッキリ折れちまう……ああ、やっぱりちょっと心配だなぁ。
「『そんなことしちゃいけない!』*8」
葵は優しい子だ。あたしが言わなくてもきっと支えてくれるだろうけど……翼のこと頼んだよ。そして、葵自身の幸せも見つけてほしい……あたしがそうだったように、きっと葵の手をとってくれる温かい奴がいるはずだから。
「うたが……きこえる」
こんな状況でおかしいだろうけど、あたしらのライブに来てくれて、本当にありがとな。……あんたのことはふたりに丸投げすることになっちまうけど、大丈夫だ、絶対助かる。だから……生きてくれっ!
あたしの中の全部が解放され、そのチカラがノイズだけを呑み込んでいくのが……薄れてく感覚の中でわかった――――
「――――!!」
…………曖昧になった聴覚に、小さくだけど、確かに翼の声が聞こえた気がした。
「かなでぇっ!!」
「どこだ、翼。真っ暗でお前の顔も見えやしない」
声は聞こえた。けど、瞼は開いてるはずなのにそこには翼も、何も見えない。
薄れてる身体の感覚が、誰かが倒れてたあたしの肩を抱いて上体を起こさせたのがわかった。……ああ、この温かい手は翼の手だ。間違い無い……装者になるために血反吐を吐いていたあたしの手を何度も握ってくれていたあの手だ。
「……悪いな、もう一緒に歌えないみたいだ」
「どうして、どうしてそんな事言うの? 奏はいじわるだ」
どうして、か……わかるんだ。いろいろ
けれど、なんの偶然か残されたこの時間、あたしは見えないがそばにいる翼に力の限り笑いかける。
「だったら翼は、泣き虫で弱虫だ……葵よりも、よっぽど子供っぽいな」
「それでもかまわない。だから、ずっと一緒に歌って欲しい」
……ああ、わかる。あたしだって未練が全く無いといえない。翼のことも、それこそ葵のことも。
けど、どこかで満足しきっているあたしもいるんだ。
「翼、勝手で悪いけど……葵の事、頼んでいい…………」
「えっ……かな、で……?」
―――――――――
気付けば、目の前にいたノイズたちは全部消滅していた。
状況を理解できず何事かと首をかしげていたが、駆けて行くツバサに気付いてワタシもとりあえずついて行った。
カナデだった。
目から、口から、体のあちこちから血をダラダラと流しているカナデが、力無くツバサの腕に抱かれていた。
目は開かれてはいるが、どこか淀んでいて焦点があっているようには見えない。
口は動きツバサと話をしているが、その声にはいつもの軽快さが影も形も無い。
ノイズには、勝ったのか? 負けたのか?
いや、そこは間違い無く勝ったんだろう。もうノイズは一体もいないのだから。
だがそのかわりに、幾人もが黒い塵となり、カナデが相打ちか何かで破壊されるんだろう。ただ、それだけ――――
――――カナデが
ああ、そうだ。
この建物の入り口に瓦礫と供にあった
黒い塵に変えられ、破壊されたんだ。
血を流して、死んだんだ。
黒い塵に変えられて、破壊されるんだ。
血を流して、死ぬんだ。
攻撃されて、破壊されるんだ。
攻撃されて、死ぬんだ。
《
カナデは死――イヤだ。
《
カナデは「シスコン」気味で「槍」持ってて強くて……「兄」ではなく「姉」。リーチだ。《星杯に誘われし者》に最も近い存在と言っても過言ではないだろう。
ああ、なんと恐ろしい。そんな存在のせいであんな過酷な運命に巻き込まれたくなどない。ワタシには無理だ。
でも、
いちいち構ってくるところも、ちょっとしたことでも本気で心配してくれるところも、オシャレさせようとしてくるところも、喜ばせようとおやつやデザートを作ってくれるところも、風呂には極力一緒に入ろうとするところも、
だから、イヤなんだ。
だから、死んでほしくないんだ。
だから、泣いてしまうんだ。
だから、視界がぼやけるんだ。
だから――――どうしようもなく、そばにいてほしいんだ。
「『―――――、―――』」
……? ワタシは何をいっ――――
―――――――――
両親の仕事に妹と一緒について行ったあの皆神山の聖遺物発掘現場。
遺跡の中でいきなり現れたノイズに、あたしと妹を真っ先に逃がそうとした両親。
けど妹は逃れきれなくて、あたしだけが生き残った。
独りだった。苦しかった。辛かった。
家族を失ってから、ずっと今の今まで長く続いた――――わけじゃなかった。
情報を手繰り寄せ、「対ノイズ」のチカラを得るために殴り込みのように組織のもとへ行った。自分の身を売り込み実験体まがいに扱わせ、そしてついに「シンフォギア」を纏えるようになり、あたしは家族を奪ったノイズへの復讐に燃えた。
けど、あたしは復讐にどっぷりとつからせては貰えなかった。余計なお世話だと、当時は鬱陶しいと思っていた周囲からのお節介が始まったんだ。
その周りの温もりを、はねのけてしまっていた時期もあった。それでも、あたしなんかに手を差し伸べ続けてくれるもの好きは山ほどいたんだ。
そして、いつの間にかあたしのほうが折れ、そこから遠くない未来……あたしは
「奏っ、目を開けてっ!」
そう、翼もその手を差し伸べ続けてくれた一人。翼がいたからあたしは――――
「どうしてっ! どうしてなのっ!?」
翼がいたから――…………ちょっと揺らし過ぎじゃないか?
「イヤよ、返事をしてかなでぇー!!」
翼……ガクガク揺らされたら――――
「イタイだろ、この馬鹿ぁ! 乱暴に揺するんじゃねぇよ!!」
「かなでっ!!」
「ぐはっ!? 抱きつくな、抱き締めるなぁ~! 痛いって言って……
なんで痛いんだ? さっきまでは体のあちこちの感覚はうっすらとだけだったし、傷や負荷によるダメージなんていっそのこと気持ちいいほど感じられていなかった。
その上、泣きはらしている翼が確かに見えているし、耳のほうも問題無いっぽい。……いったい、どういうことだ?
わっけわかんないけど、とりあえず生きてて声が出せてるんだ。動くのは……やっぱり関節とか筋肉とかどうこう以前に全身どこもかしこもが痛みやがって、まともに力が入らない。これじゃあ、肩を貸してもらわなきゃ立つこともままならなそうだ。
「とにかく、奏は絶対に目を閉じたりしないでね! 下の施設か本部に何とか連絡を取って救助を要請するから! 到着までに私の方で応急処置をして……!」
「いやいや、あたしは……よくわかんないけど、大丈夫だって。だから、あの女の子を先にしてくれ、翼。胸の傷からの出血がヤバいことになるかもしれないし……救助のほうは、こんな大事があったんだからもうすでに向かって来てるだろ、絶対」
そんなことが出来ないほど、無能なやつ揃いじゃないからな
「ええ、そうね、わかったわ。あの子と奏を、ね。……あっ! 葵にも手伝ってもらえば……ちょっと、葵――――――」
翼が固まった。
つられるようにして見たのは、あたしから見て右手方向……瓦礫にもたれかかった女の子がいるのとは反対方向だ。
あたしと翼「ツヴァイウィング」をイメージした巨大な一対の双翼の舞台装置と、そのさらに奥には水平線に沈んでいく夕日――それらを背景に、夕焼けの逆光に照らされた葵がいた。
綺麗だった。夕焼けの逆光の中、青く長い髪をなびかせた葵は――――そう言えたかもしれない。
「あお……い?」
なんでだよ、意味わかんねぇよ。
けど、嫌でもわかってしまった。どうしてそうなるのかという過程はわからなかったけど、原因はそうとしか考えられなかった。
目が見えなくなり、耳も近くでなければ聞こえなくて、身体の感覚も薄く……痛みも無く、死ぬんだと確信できるほどだったあたし。
しかし、何故か目も耳も問題無くなり、身体が痛みを……生命活動の危険をうるさく伝えてくる状態まであたしの身体は
理屈はわからない。けど、わかってしまう、あの逆光の中に見える光を灯さないあの瞳を見ると――アレはつい先程までのあたしと全く同じ症状なのだと。
さっきまでのあたしの症状を、葵が肩代わりしたんだと。
「…………めて…れ……」
葵は、右足が膝下あたりまで、左足にいたっては付け根まで
「……やめ゛てくれぇっ!!」
守りたいものも守れなくて! むしろ守られ生かされてっっ!!
また、残されてー!!
今、あたしが感じているこの激情は、さっきまでの翼と葵の心と同じなんだ。
残されるものの苦痛を自分が一番知ってるつもりのくせに、あたしはその痛みを
「なん……でぇ! だんで――ゴホッ!?」
痛んで声を出すどころか息も難しくなる喉。
軋んでまともに動いてくれやしない身体を引きずり、這ってでも進みながら、あたしは消えていく葵に手を伸ばし続ける。いかせやしない――――けれど、あたしの手はいっこうに届きやしなかった。
「『―――――、―――』」
「えっ……あ」
葵が口を動かし何かを言った……が、もう首元まで光の粒子になってしまっていたためか、声には出しきれなかったようだ。
けど、その口の動きが見えていたあたしには確かに見えた――
――――ねえさん、大好きだ――――
――そう言っていたように、見えたんだ。
最後まで――葵の髪の先から指先まで光になるまで宙に留まっていた――杖が、ゴトリッと地面に落ちた。そして、その杖もまたあたしの目の前で、葵を追うかのように光の粒子になって散っていった…………
そう。もう葵は、あたしを残して、あたしのためにと……ああ…………ああぁ! ああぁあぁぁ!!
「――――――――――――!!!!」
声にならない声を張り上げて、痛む喉が、胸が、身体のあちこちが…………あたしがどうしようもなく生きているんだという事実を、突きつけ続けてきやがった。
―――――――――
「あ…お…い……?」
夕焼けに呑まれるように葵が消えて――――
「かなでぇ……!」
いつの間にか腕の中からいなくなってた奏は、地面に頭を擦り付けるような体勢で這いつくばり、血反吐を吐きながら叫び続けていて――――
「どう、したら……!?」
奏に頼まれた女の子が、胸元の傷から流した血だまりの中で瓦礫にもたれかかったまま――――
「叔父様! 緒川さん……っ!?」
一番初めに爆発し煙をあげた
「誰か……だれかーーーーぁっ!!」
――――私の声に、答えてくれる人は……誰もいなかった。
―――――――――
場所は変わって「特機部二本部」。
その指令室は慌ただしい雰囲気につつまれていた。
当然だろう。聖遺物があるとされる遺跡の襲撃(?)に加えて謎の地震、さらには完全聖遺物の起動実験中に聖遺物の暴走、ノイズの発生……ダメ押しで原因不明の通信障害。
こんな事態に平常運転など不可能だ。
そんな
「新たなエネルギー反応発生!」
「今度は何さ!? まだ、ライブ会場の
「場所は……
まさかの自分たちのいる場所での謎のエネルギー反応に、指令室内が一気にざわつく。
「学院内のカメラで発生地点周辺の確認を行います!」
「この波形パターン、葵ちゃんが発見された時と同じ!? いや、微妙に違う……?」
「映ります!」
優男風のオペレーターが何かに気付くのとほぼ同時に、正面のモニターにリディアン音楽院の何カ所かで撮られたカメラ映像が画面を分割して映し出された。
「「あれは……!?」」
その中の一つの画面に映っていたのは、リディアン音楽院のとある校舎そばの緑の芝生の茂る校庭の一角。
そこで杖を抱くようにして眠る、どこかトラディッショナルなヘソ出し衣装を着た
やった! タグ通りの「原作死亡キャラ生存」だ!
「シリアル」? 色々とおかしいですし、次回からがあれですからねぇ……?
あと、一期が終わるまでにこれ以上に真面目な話は一切無い予定なのでご了承を。
《
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1-6&だがヤツは…弾けた
「希望を与えられ、それを奪われる。その瞬間こそ人は最も美しい顔をする」……そんなファンサービス精神の感じられる美しい顔を見ましたか?
シンフォギアXVよりも全然笑って見てられるからこの作品は「シリアル」。きっと、そのはず。
そして、最近、よく分からないタイミングで日間ランキングの上位らへんにこの作品があったらしく、たくさんの方の目に入ったそうです。ありがとうございます!
うれしさがある反面、クロスオーバー等々、結構人を選ぶ作品だと思っているため、申し訳ない気持ちもあったり無かったり……。
そんなこんなで最新話。
短くまとめようとしたはずが、余裕の一万字越え。いろんな意味でタグが本気を出してきます。……たぶん、きっと、メイビー。
あぁなんだ……?
重い瞼に半ば隠されている視界に見えてるのは、天井。寝かされている……?
薬品の臭いがイヤに鼻につく……病院? いや、
身体を動かそうとする――が、妙に感覚が鈍い。
不可解だけど、この感覚には覚えがある。以前、何かの麻酔だかなんだかを使った処置を受けた後に目ぇ覚ました時も、こんなわっけわかんない感じだったなぁ。
と、上手く動かせない身体をなんとか動かそうとしている中で……ある感触に気付く。
手があった。横たわったあたしの右手を握る手が。
この温かさをあたしは知っている。翼の手だ。……そうだ、昔っから、シンフォギアの適合指数を上げるための実験に付き合って無茶やって倒れたり、LiNKERぶっこんでは薬害を取り除くための処置を受けたり……何かとぶっ倒れてしまうことが多かった。そして、その度によく翼はあたしの手を握ってくれてたんだ。
なんとか、首と視線を動かしてみれば、ベッドわきのイスに座り、ワタシの右手を握ったままベッドの端に頭を預けて寝ている翼が見えた。
……看病か何かしてる間に、寝ちゃったのか?
そういや、昔からここや医務室にはよく世話になってるけど……どうしてあたしはこんなところで寝てるんだ……?
「あっ…………ああっ……!!」
そうだ!
生かされたんだ、葵に。葵自身を糧にして。
不意にあたしの右手を握っていた手に込められた力が少しだけ強くなった。
「ん……はっ!? 奏っ! 目を覚ましたのね!!」
少し身じろぎをした後、バッと跳ねあがるようにして目覚めた翼。
漏れ出していた声で起こしてしまったのかもしれない。
「よかった。全然目を覚まさなかったから、私……! どこか痛んだり、変な感じがするところがあったりしない?」
痛み……?
身体中に鈍い痛みが走っている。
でも、それ以上に自分の手では触れないドコカが痛みやがるんだ……。
「奏? どうし――」
「悪い……ひとりにさせてくれ」
痛む喉から絞り出した言葉は、そんなものだった。
「ぁ……」
何とも言えない、蚊の鳴くような小さな翼の声が聞こえた。
……もっと言うべき事があるような気がする。行動で示すべき部分もあるような気もする――――けど、目を向けることができそうもなかった。
燃え滾る復讐心や、装者としての務めとかも……でも、そんなことは考えられそうにない。「死に物狂いでも、あたしには何もできない、何も守れない」そんな無気力感に包み込まれてしまって、どこかどうでもよく思えてしまってる。
こんなの、葵が命を張ってまで救ったこの命に申し訳が立たないこともわかってるけど……本当にあたしのどこからも力が湧いて来やしなかった。
あたしのどうしようもない弱さを見せてしまっている事への情けなさや、心の奥底にある申し訳なさがモヤモヤとして、翼の顔が見れそうになく顔を
と、そんな時、扉の開閉音が聞こえてきた。
「様子はどうだっと。起きていたか、奏」
入ってきたのはどうやら弦十郎の旦那らしい。
旦那は「調子は……聞くまでも無い、か」と、
「奏に
「ううん、ついさっき起きたばっかりで、とてもじゃないけれどそんな話には……それに、奏がひとりにして欲しいって……」
翼の言葉に弦十郎の旦那が「そうか」と短く返事をしたのが聞こえた。けど、素直に出て行ってくれるわけではないみたいで、背けたままの視線を動かさなくてもそこにまだ居るのが気配でわかった。
「地響きから始まった一連の出来事に関しては、翼から報告を受けた。立場的にも個人的にも、俺から言ってやるべきことはあるだろう……が、それより優先してお前に話しておくべきことがある」
「……なんだよ」
「葵のことだ」
「んなことに、これ以上何があるって言うんだよ。葵は、葵は……あたしを庇って……! あたしのせいで――」
「
喋ってたあたしの言葉を遮るように言った旦那の一言は、確かにあたしの耳に入ったはずなのに全然理解できなかった。
わけがわかんなかったあたしは、つい弦十郎の旦那のいるほうに顔を向けてしまっていた。そこで、旦那の額や腕とかに包帯が巻かれていることをようやく知る……けれど、今はそれどころじゃあない。
「どういう……ことだよ」
「先にも言ったように、葵君がライブ会場でどうなったかは翼から聞いた。だが、今、細胞……その遺伝子レベルで葵くんと同一人物である少女が、ココに収容されている。その一致率は99.9%、指紋や虹彩などといった他のあらゆるデータでも調べたが、葵くんのものとほぼ完全に一致していた」
その内容は、信じ難いものだった。色々とツッコミどころがあるというか、どうしてそんなことになってるかとか……いや、それ以上にその少女とやらの話がどうしてもあたしの頭から離れない。
そんなに一致する人物が、本人以外に果たしているだろうか? けれど、葵は確かにあの時……あたし達の目の前で消えたはずだ。なら、どうしてその葵がここにいるんだ?
「ライブ会場での出来事の正確な時間が記録できなかったことと、エネルギー反応の観測システムが正常に機能していなかったこともあって、当時の状況は詳細には判明していないが……ライブ会場にて葵君が消失したその直後、本部の真上に位置する「リディアン音楽院」にその少女は現れた。今現在の状態で調べられる限りの事柄では、その少女が葵君であることはほぼ間違い無いという判断がされている。あとは未だに戻っていない意識が回復してから本人に確認が取れるかどうか……」
そうだ、あたしの「絶唱」の負荷を肩代わりした――
この二つを繋ぐもの……それは、もしかして……
そんなあたしの推測を肯定することを、弦十郎の旦那が言うのだった。
「詳細は、今もなお了子くんが調査しているが……現段階では
あのライブ以前はノイズに効力が見られなかった完全聖遺物の杖。それが持つ能力が……?
その可能性は十分にあるとは思う。なぜなら、聖遺物――特に完全聖遺物というものはその逸話や伝説に準じたチカラを持っているそうだ。そもそもの数が少ないんだけど、特機部二が保有してるって言う「デュランダル」なんかはその少ない実例……とかなんとかいう話を、前に了子さんから聞いた気がする。
あぁ、そんなことより、今は……
「なぁ、旦那……そいつに会わせてくれないか? 葵かどうか、あたしが……あたしが確かめたい」
あたしの申し出に、弦十郎の旦那はあたしの顔を数秒見つめ返した後……「はぁ……」とため息を吐いてから頷いた。
「……わかった。翼、すまないが手を貸してくれ」
「あたしから言っといてなんだけど……いいのかよ?」
「ダメだと言ったところで、今のお前は
―――――――――
あたしはどこからか用意された車イスに座らされた。
大袈裟だって言ったんだけど、そんなあたしの意見は却下されて半ば無理矢理乗せられた。
車イスに腰掛けさせられて着いた先は、あたしがいたのとは別の医務室。聖遺物の研究室のそばに備え付けられた場所だった。あたしも、以前に実験後の応急処置の時なんかに利用したことがある。
その部屋のベッドに検査衣で寝かされていたのは、出会ってからというもの、毎日のように一緒に過ごしてきたのと瓜二つの……いいや、何一つ変わりの無い、青く長い髪の女の子――葵だった。
「見ての通り、特にこれと言った外傷も無い。奏や翼どころか、俺よりもよっぽど健康体だ」
旦那の話を聞きながら、車イスを押してくれている翼に頼んで葵の眠るベッドへと寄せてもらう。
身体が痛むのも構わず、あたしは横たわる葵の顔へとゆっくりと右手を伸ばす。
そして――――触れた。触れることができた。あの時、伸ばしても届かなかった手が。二度と触れることはできないと思っていた
そこに
「…………っ」
「葵?」
「今、確かに……!」
ああ、確かに動いた。翼が言うように、あたしがなでた手に反応するかのように、ピクリッと動いたんだ。
あたしと翼だけでなく弦十郎の旦那も固唾を飲んで見守る中、徐々に持ち上げられていく瞼の奥には、焦点はまだ定まっていないようだがあの時のような――夕暮れのライブ会場で見たような――光の無い目ではなく、あたしの見知った
「おいっ、葵。あたしのことわかるか?」
あたしの声に葵の首がゆっくりと動き、こっちを向いた。
そしてちいさな口が、その唇が動いた。
「……『
目をパチクリとさせながら葵が言ったのは、そんな一言だった。
「誰が男らしいっていうんだよ、このっ」
あたしを誰かと見間違えたのか、それとも
そんな考えを自分の中で紛らわせるために、あたしは多少乱暴になりながらもその頭を、髪をワシャワシャとなでつけた。
葵はと言えば、ワタシの方へと手を伸ばして来て……それを止めた。
……?
それがなんなのかはわからないけど、あたしは葵の頭をなでていた手を離して、それをそのまま伸ばされた葵の手へと持って行く――――が、その途中でまた葵の口が動いた。
「『彼女は
「「「えっ?」」」
あたし達の声が重なった。
視線の先の葵はその声に驚いたのか、目をまん丸に見開く。
いやそれだけじゃない。まるで慌てたかのようにベッドから上半身を起き上がらせた。その顔は……青くなっていってることに、今更気づく。
「『冗談は顔だけにしとけ!』」
葵がまたベッドの上でガタガタと動き出し……枕元のベッドと接していた壁に手を付けた。
そして、葵が放った言葉に呆然としてるあたし達の前で葵は――――
ガンガンと壁に頭を打ち付けだした。
……? …………!?
「あ、あおいぃっ! なにしてん……ぐあっ!?」
葵の奇行を止めようとして立ち上がろうとして、あたしは足元から崩れ落ち葵が寝ていたベッドへと半ば倒れ込んだ。自分が思っている以上にあたしの身体はボロボロのようで、立ち上がる事すらままならなかったようで……いやっ! あたしのことより、葵はっ!?
「『出た! シャークさんのマジックコンボだ!』」
頭を壁に打ち付けながら、そんなわけのわかんねぇことを……!
「奏っ!」
「落ち着けっ! くっ、思った以上に力が……強い!」
崩れ落ちたあたしにかけより助け上げてくれる翼。
そして、弦十郎の旦那が葵を羽交い締めにして奇行を止めてくれていた。けど、葵は旦那の腕の中で暴れ続けている。
「『表出ろ、この野郎!!』」
と、そんな時だ。
隣の聖遺物の研究室の方から誰かがやって来た。
「なんだか騒がしいけど……どうしたのー? せっかくの機会なんだから聖遺物のほうに集中したいのに~」
「了子君、いいところに!」
葵を羽交い締めにしている弦十郎の旦那が、入ってきた了子さんに加勢を頼む――――その前に。
「『ドクター、鎮静剤を! 早く!』」
葵が、そんな事を言った。
「この子、自分の状況よくわかってるみたいだし、案外大丈夫なんじゃ……?」
「了子君!?」
「了子さん!?」
「櫻井女史!?」
―――――――――
弦十郎の旦那が葵を押さえつけている間に了子さんが何かの薬を投与し……眠るように徐々に大人しくなっていき瞼を閉じた葵。
意識を失った葵を再びベッドに寝かした後にまた自傷行為にはしらないように「念のためだ」と難しい顔して拘束具を付ける旦那と、ベッドの上の葵の身体を触ったりして何かを確かめるように調べる了子さん。
一通り終えたふたりは、隣の研究室で待たされていたあたし達のそばまで来た。
「呪いが強まった……? いや、逆にこの子の何かが弱まった?」
「櫻井女史? それで、葵の容体は?」
「え、ああっ! そこだけど……やっぱり根本的な原因はつきとめられそうにないわ。いくつかの要素から推測は出来るんだけど、逆に言えばそれだけよ」
「何でもいいっ!葵はどうしちまっ――ゴホッ!!」
「かなでっ!」
「落ち着け、奏。お前の身体も万全じゃないんだ――」
「はぁはぁ! …これが、落ち着いてられっかよ……! エフッ…」
翼に背中をさすられながらも、そっちは気に留めずに了子さんや旦那の方を見る。それはもう睨み付けているのと同じようなモノだったと自分でもわかってる。けど、そんな事はどうでもよかった。
「おそらくは「完全聖遺物」の代償もしくはその負荷による身体への影響でしょうね。「蘇生能力」なのか「身代わり能力」、はたまたその二つの併用か……そう考えるのが妥当じゃないかしら?」
あたしの視線は特に気にした様子も無く、いつもの調子で語り始める了子さん。
それが少し頭にキはしたが、その内容があたしには無視できないモノだった。
「
「前例?」
「憶えているか? 葵と初めて会った時のことを……いや、彼女は意識が無かったから「会った」というのは不適格か? ともかく、皆神山の発掘跡地近くで巨大なエネルギー反応があり、ノイズの可能性も考え急遽奏と翼を向かわせたあの時だ。その時の葵くんの見た目を……服装を憶えているか?」
あの時……当然、覚えている。
最初旦那は翼だけに行かせようとしてた。あたしの過去を考えての判断だったんだろう。まあ、結局はあたしの耳に入ってあたしのほうから一緒について行くように申し出たんだったか。思うところはもちろんあったけど、翼一人に行かせるのは不安だったからな。
その時の葵の服装……?
確か、かなり短めの筒状のスカートに、ほぼ帯の1枚布で胸あたりを隠し、腕にふりそでみたいな変に長い袖が着いていて……そして、全体的にこのご時世に見かけないような、かといってどこか外国の民族衣装でもない、なんとも言えない不思議なデザインの格好だったと記憶にあるな……。
けど、それがどうかしたんだろうか?
「今回「リディアン音楽院」にて発見された際にも
「前々から言ってたじゃない? あの子が全然お喋りしない理由……それがあの
了子さんにそこまで言われて、あたしも二人が言いたいことがなんとなくわかった。
あたしが理解したことが分かったのか、旦那は一回大きく頷いてからまたしゃべり出した。
「
「そしてさっきの自傷行為は、今回の出来事にそれらを含めたストレスから……というよりは、問題になってた言語能力の不備に起因してるんだと思うわ。きっとこの子の思考自体は正常なまま、だからこそ自分の異常に気づいて苦しんでるのよ……いっそのこと頭の中までおかしくなれてたら――」
「了子君」
「あ、あらっごめんなさーい。不謹慎よね、さすがに」
重たい空気があたし達の間に流れる中、まじめな顔をした了子さんが改めて口を開いた。
「原因を特定できないからなおのことなんだけど、今後また蘇生能力とか聖遺物の能力を使った場合にあの子の身に何が起こるかは……誰にもわからないわ」
―――――――――
「あたしのせいだ」
自分のいた医務室へ戻された後、ひとりになってからまた葵のいる部屋へと車イスを使って自力で来ていた。
そして、眠りについている葵の前で、ひとり懺悔のように語りかける。
「あたしが強ければ……いや、いつも通りに戦えているだけでよかったはずなんだ……」
どうしてあんなことになってしまったのか……それは、きっとあたしが葵のことを「あたしが守ってあげなきゃいけない存在」だと自分で勝手に決めつけていたからだ。だから、あたしの前で戦いだした葵にあんなにも唖然としてしまったんだ。
「あの時、あたしが唖然としてなけりゃ――一緒に戦ってれば、あの子も、葵も傷つかなかったんだ!」
そうだ。そのせいで民間人の女の子にあろう事かあたしのギアで傷を負わせてしまい、最終的に葵を死まで追い詰めてしまった。
あれさえなければ、変にダメージを受けることも、時間でギアの出力が下がっちまうこともなかった。だったら、残って居たあのくらいのノイズは倒せていたはずだ。そこに翼と葵がいたのだから、なおのこと。
「ごめん……葵は頑張ったのに、一歩踏み出したのに! あたしのせいでその道を塞いじまったっ、踏みにじってしまったんだ! 本当に、ごめんなぁ……!!」
強く、強くなろう。
身も、心も、今度こそこんな思いを二度としないように……!!
―――――――――
「私のせいだ」
部屋の奥から聞こえる奏の嗚咽を廊下で聞きながら、私は小さく呟いた。
「私が弱かったから……それは、葵にすら理解されていたんだ……!」
危機に駆けつけた葵は、奏を一瞥しただけですぐに私の方へと来てしまった。それも、大型ノイズのうち1体にとどめを刺す事も忘れて。
それは、私がノイズ達に押されていたから――少女を守って戦う奏よりも危険な状態だと判断されてしまったからだ。
「
あの戦いのさなか、私の頭の中に「絶唱」という選択肢が無かったわけじゃ無い。
けれど、私はそれを否定した。「また、奏と一緒に歌いたい。いつか、葵と一緒に歌いたい」その気持ちが、装者への負荷を考慮しない危険を伴った「絶唱」の使用をためらわせたのだ。
「我が身かわいさで……そんなもので、私は奏に十字架を背負わせて……っ!!」
そう。私の選択は、逆に私にとって大切なものを失いかねない結果に結びついてしまったのだ。奇跡的にふたりは死にはしなかった……しかし! 大きな傷を与えてしまったのは紛れもない事実!!
そして私は、ただ守られていただけだ!
私は剣……私が
私がやらずに誰がやる!
私は、強く……強くならねばならんのだ!!
―――――――――
「いいんですか、司令? 特に奏さん、彼女自身絶対安静にすべき状態です」
葵くんの寝る医務室、それが奥にある扉の前にいる翼を廊下の曲がり角の陰から様子を見ていた。そんな俺のすぐそばに、いつの間にか緒川がいた。
「いや、ふたりには少しの間時間が必要だろう。そのためにも、ここは下手に手出しはできん。……しかし、俺がこうやって見守り続けておくわけにもいかんか」
「今現在の特機部二は、かなり危うい状況におかれてますから」
ライブ会場で起きた出来事はもちろんだが、その裏で起きていたことも……「完全聖遺物」である「ネフシュタンの鎧」の紛失。
影も形も、カケラさえも残っていないことから、実験の際に過負荷によって破壊されてしまったとは考え辛い。そして、周りの状況、証拠などから「ネフシュタンの鎧」はあの騒ぎに乗じて何者かに盗まれたと考えられる。そこの責任問題や後始末が残っている。
「上からどやされるのも今から頭が痛い。だが、今回のライブ関係の情報操作のほうが数倍手間も気もつかう。それだけ大切なことであるのは確かだ。ついでに、
「一筋縄ではいかない問題ばかり積み上がっていますね」
「これもまた俺たちの仕事だ。緒川は俺がこっちを片付けているあいだ翼たちを見守ってやってくれ」
「はい、特機部二の一員として。そして、マネージャーとしても……」
―――――――――
――リースのせいだ。
夜になったのだろうか? 誰もいなくなった部屋のベッドで寝転ぶワタシが出した答えがコレだ。
どれもこれも、諸悪の根源は《星杯の妖精リース》であることに疑いは無い。
薄まった意識の中で周りの会話が断片的にではあるが聞こえてきて……ワタシは一人、心の中で「いや、そうじゃない」とツッコミを入れ続けていた。
曰く、「セイイブツによる身代わりの負荷で脳がやられた」。
曰く、「セイイブツによる蘇生の副作用で言語能力に異常が出た」。
曰く、「しかし、櫻井氏が言うには精神面は真っ当なままでそれ故にストレスフルで奇行に走るらしい」。
だから、そうじゃない。……そうだけど、そうじゃない。
まず、
そう、《星杯神楽イヴ》の持つ効果である。
《星杯神楽イヴ》
水属属性・リンク2(左/右)*1・魔法使い族・効果モンスター
①:リンク状態*2のこのカードは戦闘・効果では破壊されず、相手の効果の対象にならない。
②:このカードのリンク先のモンスターが効果で破壊される場合、代わりにこのカードを墓地に送る事ができる。
③:このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動できる。手札から「星杯」モンスター1体を特殊召喚する。
対ノイズに効果があるかもしれないと考えたのは、この①の能力だった。
ノイズの「攻撃対象にならない」効果によってこちらの攻撃が通らずとも、向こうからの攻撃は受け止め「攻撃した時、自身と相手を破壊する」効果を《
実際は、生き残りどころかカナデとツバサが一緒に戦ってくれてたし、何故かノイズへの攻撃は普通に通ったので、何とも言えないのだが……「攻撃対象にならない」効果は何かしらの発動条件もしくはコストがあったのだろうか?
そして、あのライブ会場で
まず②による「破壊の身代わり」効果によって、無茶をして死ぬところだったカナデの代わりに、ワタシが
まあ、正直に言うと②の効果を使おうと思ったりはしていなかった――が、おそらくは「カナデに死んでほしくない」と言うワタシの意思によって発動されたのだろう。尤も、先程会ったカナデがボロボロだったことを考えると身代わりとして引き受けられるのはあくまで
しかし、カナデたち人間へのダメージが、モンスターに対するダメージなのか
そして、
それ以前に今のワタシは《星杯を戴く巫女》であっても別の同名カードというわけなのだが……いや、それを言ったら《星杯を戴く巫女》から《星杯神楽イヴ》になった時点で別カードになって元々の《星杯を戴く巫女》は墓地にいっているんだし、情報が少ない事もあって深く考えたところで現時点では無意味なのかもしれない。
……というか、だ。コレってもしかして、ワタシ自身が《
しかし、本当に考えるべきことが増えてしまった。
最初、兄や幼馴染、幼竜、そして妖精に怯えて存在を探っていたが、下手すると
確かめる方法は……《星杯神楽イヴ》になってもう一回墓地送りになってみる、とか?
うーん、それは気が進まない。
もしも手札に《星杯に誘われし者》や《星杯に選ばれし者》がいないどころか《
いや、今語るべきことはそこから少々ズレてしまっている。
重要なのはワタシが直面している問題だ。
ワタシ自身でもわかっている。思ったように喋れない……否、
そう、先程目覚めたら医務室で、目の前にカナデが、その周りにはツバサやゲンジュウロウさんがいたあの時を例にしよう。
(カナデ? 生きてるのか!?)
「……『
(へっ?
「『彼女は
(ひぇっ!? 今、腕が動いてカナデのお腹なぐりそうになった! あぶなっ!?)
「『冗談は顔だけにしとけ!』」*5
(カナデに言ってるんじゃないよ!? そんなショック受けた顔しないで!)
「『出た! シャークさんのマジックコンボだ!』」*6
(この頭がいけないのか!? この頭かぁ!! 止めるなぁ!!)
「『表出ろ、この野郎!!』」*7
(ああああああ!? 何でけんか腰!? いっそころして!!)
「『ドクター! 鎮静剤を、早く!』」*8
パニック状態とはいえ、我ながら「キャラ崩壊」レベルのヒドイ慌てっぷりである。しかたないね、ワタシは
とにかく、これは《
話を戻そう。
この異常を周りの人たちは「
この異常、正確には、《星遺物―『星杯』》を――そのチカラを手に入れてからなってしまっているのだ。
それに気づいたのは……実は意識を失う本当に寸前のことだった。
それまでにも「ん?」と首をかしげてしまいそうになることもあったが、大体合っていたし目の前のことに精一杯でそこまで気にするヒマも無かったから軽く流してしまっていた。
そして、気付かざるをえなかったのは、あの時――カナデが死にかけ、涙で視界がぼやけたかと思った後――目の前が真っ暗になった後だ。
(何で真っ暗に!? ってか、身体中痛い!!)
「『城之内くん、大好きだ』」*9
……? ワタシは何を言ってるんだ?
アレだよ? そのセリフ自体は嫌いじゃないよ? あのシーン、遊戯王の中でも屈指の名シーンだとワタシは思っているし。……一部から特殊な扱い受けてるセリフだけど、普通にこれまでの積み重ねとか一言では言い表せない二人の「YU-JYO」がステキな
だが、しかし……何故ワタシが
その後、目覚めてからより一層わけのわからないこと言いだしたこのちびっ子ボディにワタシは混乱したわけだが。
投与されたのだろうお薬の影響がまだ残っているのか、イヤに冷静になっている頭で考えて、ようやくワタシは
「『当然だろ? デュエリストなら』」
いや、その理屈はおかしい――というか、やっぱりおかしいぞ、ワタシのお口は。
ああ、何がわかったかといえば――――
――リースのせいだ。
そう、これが最初の考えへと繋がるのだ。
会った事も無いのに《星杯の妖精リース》のせいにするのは流石におかしい? それは違う、ちゃんとその考えに行きついた理由があるのだ。
《星遺物―『星杯』》とそのチカラを手に入れて、思ったこととは全然違う「遊戯王
……よく考えてほしい。するとわかるはずだ。そうじゃないんだと。
《星遺物―『星杯』》とそのチカラを手に入れて、思ったこととは全然違うが「遊戯王
つまりこれは「異常な状態になった」のではなく「異常な状態が一段階改善された」のだ。
そして、その鍵となったのが
リース「わたしがいなくても、ちゃーんと7つの星遺物を巡って起動させてくださいねー? じゃなきゃ、アナタはずーっとこのままお喋りできませーんwww」
ワタシの脳内に、そんな声が聞こえてきた気がした。
結局のところ、この状況は《星杯の妖精リース》によって仕組まれた結果であるということだ。
でも、どうしたものか……?
私生活とかその辺りの環境の整備はカナデやゲンジュウロウさん、トッキブツの人たちにおんぶにだっこなワタシが旅をしてまわるなんて無理な話だしなぁ……。これからすぐにでも出来そうなことといえば、
リースのせいでワタシが夢見た平穏な暮らしなんて影も形も無くなりそうだ。なんてことしてくれたんだよ、奴は。
「『絶対に許さねぇぞ、ドン・サウザンドォォォォォッ!!』」*10*11
あっ、流石に今回はドンさん関係無いです。
次回は、原作1話のあのあたりまでの、細かい話を数回に分けて短期間で更新できたらなーと思っております。
こらっ、そこ「どうせ、また長くなる」とか言わない! 「僕だ!」が一番そう思ってるんですからね!?
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なにこれぇ?
でも、更新は別に早くならなかったよ!
前回のイヴちゃんに続き、あの人がある種の「キャラ崩壊」をします。
また、奏と翼の私生活とかそのあたりに「捏造設定」が含まれています。ご注意ください。
あと、今回を含め3回ほどで原作第一話の時間軸に行く予定です。
ようやく退院である。
いや、これを退院と言っていいのだろうか? だって、ワタシが収容されてたのはあくまでトッキブツ本部であって、病院ではないのだから。
そう、あれから数日間ワタシはトッキブツ本部での生活を強要されたのだ。いや、まぁ一緒に暮らしているというかほぼ保護者なカナデがボロボロだったことを考えると仕方ないのかもしれないけど。
その間はといえば、行動制限がかけられ、一日に2,3回精密検査を受けさせられ、さらにはカウンセリングも数度行われるという厄介極まりない至れり尽くせり状態だった。
特にカウンセリングはヤバかった。主にカウンセリングをしてくれる職員が。
考えても見てほしい。真剣にカウンセリングしても相手から返ってくる言葉が意☆味☆不☆明なことばかり……そんなの怒り狂うか、頭がおかしくなるかだろう? ……
では、実際はどうだったか。
まともな会話になってなかったはずなのにいきなりどうしたのかと最初は思ったが、職員が泣きながら何か言っているのをよくよく聞いてみれば――
「あんなに良い子だった葵ちゃんが、どうしてこんな目にあわなくちゃいけなかったの……」
また、別の人は
「ううっ……キミが周りからどんな目でみられていようと、俺たちは絶対にキミの味方だからね!!」
etc……。
簡単に言えば、トッキブツの職員さんたちの頭の中にあるこれまでのワタシというものが変に美化されたのか、ワタシの奇妙な言動はそのまま受け取られること無く「悲劇の少女」的なフィルター越しに見られるようになってしまっていたのだ。……そんな感情的な人が多数いて大丈夫なのだろうか、
そして、泣き落としとは果たしてカウンセリングだろうか?
結局、まともにカウンセリングを出来てそうなのはリョーコさんくらい。
けれど、そのリョーコさんも「ランダム? いえ、3割くらいはこの子の意思通りの言葉になってるっぽいかしら?」とか見当外れなことを言い出す上に、他の人の目がないと以前と同じように
……えっ? カウンセリングの必要性?
思ったように喋れないこととか現状に困っているのは間違い無いのだけれど、それももうすでに自分の中で折り合いを付けている。つまりはあんまり必要無い。
新たなカードが登場すれば、それを組み込んだ新たなデッキを作り上げ……。
ワンキルのキーカードが禁止カードとなったら、新たなループコンボを編み出し……。
ルール改変でこれまで出来ていたことが思うようにできなくなっても、新たな展開ルートを確立し満足する。
カテゴリなど細かい部分を見れば栄枯盛衰はあれど、何らかの形で残っていき
というか、そもそもワタシをカウンセリングしたいのなら、デュエルでやれって話だ。……ワタシ、未だにカード持ってないけれど。
あー……話を戻そう。
そう、このたびワタシはトッキブツ本部での検査生活から解放され、元通りの生活に戻ることとなったのだ。
――が、ここでひとつ問題がある。
しかし、当然ながらワタシの扱いは「
だからと言って、トッキブツの人たちはワタシをこのままトッキブツ本部で生活させる気が無いようだ。小耳に挟んだ話だと「ストレスが~」とかそういったワタシを想っての判断らしい。……ゲンジュウロウさんが特にそういった傾向にある気がするが、気遣いしまくるというか、身内には特にだけど情に厚いよね
じゃあ、ゲンジュウロウさんたちがどういう判断を下したのか?
それは――――
―――――――――
「それじゃあ、頼んだぞ
「はい、司令。葵のことは、おはようからおやすみまで私がしっかりと面倒をみます!」
そんなに気合入れることなのか?
「『えらいハリキリボーイがやってきたじゃねえか』」*1
おっ、今回は比較的マッチしたセリフが出てきたな。年齢的にも性別的にも、どっちもボーイじゃないけど……あれ? これって、ワタシの判断基準が低くなってるだけ?
指令室にて向かい合ったツバサとゲンジュウロウさんが、無駄に真剣な顔をしてそんなやりとりをしている。
そう。ワタシはこれから数日間、ツバサと共に生活をすることになったのだ。
両脇に松葉杖を携えたカナデが、ふたりのやりとりを見てまるでゴーヤを丸かじりでもしたかのような顔をしているのは、いったい何故だろう?
「では、
「えっ、ちょっと待て、翼っ!!」
……なんでカナデはそんなに慌ててるんだ?
別に
「ああ、そこに関しては既に緒川に手配してもらっている。そろそろ
「はぁっ!?」
いいのか、それで? いやまあ、マネージャーだし、あのシンジさんだから良からぬことはしでかさないだろうけど……例のライブの一件があったとはいえ、国内屈指の女性アーティストの「ツヴァイウィング」の家だぞ?
えっ? ワタシはいいのかって?
別に問題は無い、今のワタシは《
そんな中で「では迎えに行ってきます!」と指令室を後にするツバサ。ずいぶんと
突っ走るツバサを、カナデも松葉杖ついて追いかけて行った。きっとシンジさんに一言物申しに行ったんだろう。
「おっと、そうだ、葵にも話がある。なに、そんなに難しい話でもない。ただ単にこれからは定期的にこづかいを支給しようって話だ」
なんと、それは普通に嬉しい。
「『踊れぇ、遊星! 死のダンスを!』」*2
おいコラ、変なこと言うんじゃない、気を悪くさせてしまいかねんだろう!? ゲンジュウロウさんならそんなことは無いとは思うが、前言撤回されてしまってはたまったものじゃないんだから!
「「死」と「ダンス」……アニメーション映画の題材になってそうだな。今度探してみるか」
スルーするどころか斜め上の受け取り方をしたよ、この人。
いや、怒られるよりは数倍マシなんですけど……なんだか釈然としない。
そうして渡されたおこづかいだが……中々の額だった。今現在小学生レベルのちびっ子ボディのイヴちゃんにしてはだが。それでもあのライブ前に貰った額とは大幅に違った。
なんでも、ワタシがトッキブツにいる時に度々している職員さんたちのお手伝いへのお駄賃も含まれているそうだ。
「なぁ、葵」
そんなおこづかいを受け取りホクホクとしていたワタシだったが、しゃがんで顔を寄せてきたゲンジュウロウさんに耳元で呟かれ、少し驚いてしまった。即座に「むっ、すまない」と謝られたが……まあ別にいいか。何故このタイミングなのかはわからないが、
「翼のこと、頼んだぞ。俺たちが思っていた以上に根を詰め過ぎているみたいでな……元の生真面目な性格が災いしてしまったようだ」
えっ? さっきワタシのこと翼に頼んでたんじゃぁ……というか、それってワタシに頼むようなことなのか? もっと慎重に扱うべきでは?
とはいえ、ツバサとは立場的にもこれからもよろしくしていくわけだし、個人的にも嫌いではないから全然OKだ。
「『嫌だ…オレは負けたくないぃぃぃぃ!!』」*3
ワタシのお口は断固拒否らしい。そして、後半はいつもの会話通じてない系。ただ、ワタシの意思に関係無く叫んだために周りの職員さん達はビックリしてしまっている。
……大声で(決闘者以外には)わけわからないことを叫びだすとか、客観的に考えると本当に嫌になるなぁ……。
そんな事を考えていると、ゲンジュウロウさんがワタシの肩に手を置いて大きく頷いてきた。
「なに、あくまで俺たちが用意している別のアプローチと並行して、生活環境の改善の試みをってだけの話だ。それに、いざという時の補助として緒川を近くに待機してもらっているから、何かあったらすぐに補助を受けられるぞ」
……大丈夫なのか、それは。プライバシー的にも、シンジさんのお休みも。
―――――――――
しかし、ワタシの認識も予想も……何もかも甘かったのだ。
それを思い知らされたのは、緒川さんがまとめて持って来てくれた荷物――ご丁寧に厚紙製の自作のカード(白紙)と試作デュエルディスク(デッキホルダー部分だけ)もちゃんとあった――を持ってツバサの家に上がらせてもらった時……
ワタシの荷物の置き場所を決めてから、お風呂等の設備の場所の確認のため一通り案内してもらった。それが一段落したところで、お手洗いを借りたのだが――――
グチャ~
――――リビングダイニングにもどってきた時の様子がコレである。
本当に人が住んでいるのか疑問なくらい小奇麗だった部屋が、ものの1,2分ほどで空き巣に入られたかのような凄惨な場へと一変してしまっていた。
ワタシの荷物あたりにはギリギリ触れられていないみたいだが……なんだこれ。本や筆記具、小物などはもちろん、衣服など下着をはじめとしたありとあらゆる種類が散乱していた。この量、散らかっている物だけで着替え一式がいったい何セットできるだろうか?
それにしてもこれは酷い、ツバサのファンが見たら何と言うか……。
「『彼はもう終わりですね』」*4
「あ、葵っ!? これは、その、探し物をしていてそれで……そうだ! もうじきお腹が減ってくるころじゃないかしら? ワタシが葵のために考えた夕食の献立を作ってくるわ。少し散らかっちゃってるけど、好きなところでゆっくりしてて!」
少し……少しってなんだっけ? まさかとは思うが、これ以上に散らかっていることがあるのか……?
初めて来た家で勝手がわからないし、物のそもそもの配置もおおよそでしかわからないが……結局ワタシは、ツバサがキッチンで料理をしているうちに散らかった衣服を分別して畳んだり、わかる範囲だけでも片付けることにしたのだった……。
―――――――――
そして今現在、一通り片付け終えたわたしはひと息ついた。
あの時、カナデがあんな顔をしていたのかようやくわかった気がする。知っていたのだろう、ツバサのこの致命的な欠陥と言っても過言ではない悪癖を。何かしら理由はあったっぽいが、ほんのわずかな時間であれだけちらかされてはたまったものじゃないだろう。
例外? もちろん、ノイズと妹である。両親に関しては、目の前にいる相手がワタシだからかこれまで中々話題に出てこなかったからわからない。
思い返せば、ツバサが家に来た時にカナデはいつもワタシの相手をするようにしむけたり「今日の
……あれ?
そういえば、カナデってツバサをキッチンに入れた事も無かったような……? うん、皿洗いをするって申し出にすら、ワタシの世話を押し付けてそれを理由に断っていたような……。
そんなツバサが、ひとりで料理とかできるのか?
いやいや、まさかそんな。ここで一人暮らししてるっぽいのに料理の一つや二つ出来ないわけがなかろう!
それにあれだ。カナデだってできるんだ。「最近上手くなってきた気がするんだよなぁー」とか本人は言ってたが、元から普通においしかったんだ。まぁ、確かに一緒に生活するようになった当時のカナデの料理は、おいしい料理って言うよりはコスパ重視のサッと作れてサッと食べれる感じのモノが多かったのは多かったが、それくらいだ。
だからきっとツバサも大丈夫……と思いながらも、一休みを早々に切り上げたワタシはキッチンへと足を向けていた。
―――――――――
「奏ぇ……」
両手と両膝を床につき
何故だろう……あのあたりだけ暗くなっているように見える。
キッチンの様子は、さっきのリビングダイニングに負けず劣らずのヒドイありさまになっていた。……いや、取り返しのつかなさを考えれば、コッチのほうが一段とヤバいだろう。
フライパンの上でマルコゲになった頭の付いた魚……形的にイワシか? しかし、姿焼きにするとしても、コンロの下にグリルがあるんだから、そっちのほうが簡単なのでは……。
まな板の周囲には大小様々、細切れまである形に統一性がみられない「野菜クズ」としか表現しようの無いものが散らばっている。ついでに言えば、まな板は傷だらけなうえ真っ二つに割れている。
ゲンジュウロウさんから「
だったらワタシに任せるってどうかと思う。根を詰め過ぎてるなら、ワタシがそばにいてワタシに付き合わせる形でほどほどに休ませればいいんだから。けど家事は……そりゃあまあ人並みには出来てると思うよ? でもさ、今のワタシは推定小学生レベルのちびっ子ボディのイヴちゃんだよ? 大丈夫?
というか、シンジさんはどうした? この惨状を前にしても見て見ぬふりなのか!?
それとも、そばで待機してるってだけで実は監視も何もしてない状態でコッチからの救助要請待ちとか? プライバシーは守られてるけど、それはそれで……いや、それ以上に待ち時間中は何してるんだ?
もうシンジさん呼ぼうかな? 家事の世話でも教育でも、ギリギリワタシがやってあげられる範疇ではあるけど、どうにもなぁ……。
「私は……私はぁ!
このアーティスト、ガチ泣きである。
サキモリって料理と何が関係あるの? あと、その妙な責任感は……?
……うん? もしかして、これがゲンジュウロウさんが言ってた「根を詰め過ぎてる」ってやつなのか?
なるほど、確かにおかしい気がしなくも無い。自責の念が強過ぎるというか、それでいて自分だけでどうにかしないといけないと思い込んで、それで空回りしてる感じ……あと、気のせいか「
しかし、どうしたものか……?
とりあえず、ツバサを泣き止ませることから始めようか。
この物理的にカオスなキッチンへと意を決して入る。その足音で気づいたのか、ツバサが顔をあげてワタシと目があった――――するとどうだろう、ツバサはより一層ボロボロと涙を零し始めたではないか。
「ごめんなさい……! 奏と暮らしてる時は奏がやってくれて、奏と離れてからは緒川さんに頼りっきりで……でも、強くならないと、一人でできるようにならないとって頑張って、葵の前だからと見栄を張ってしまって……! 結果、このような無様をさらし、葵の抱く理想をマモレナカッタ…………私はっ無力だ……!!」
なるほど。以前は――きっとワタシが来る前だろう――カナデとツバサは一緒に生活していたのか。だから、カナデはツバサのこの残念さを知ってたんだな。そして……今はシンジさん頼りだと。
私生活の改善と強さの関連性、それとワタシのツバサへの理想像云々はひとまず置いておくとして……むしろ力は有り余ってるんじゃないだろうか? じゃなきゃまな板は割れないだろう。
「『力及ばず何の結果も残せませんでした、許してくださいってかぁ?』」*5
「ごふぅ!?」
「事実だけど改めて言われると、凄まじく胸が痛む……ううぅー!」
うわっ、どうしよう、ツバサがまた俯いて泣き出した!! これじゃぁ泣き止ませる所の話じゃぁ……待てよ? さっきのセリフ、まだ続きがあったような――――
「『許してやるよぉ!』」*6
――――ほらきた! 今日はこのいうこと聞かないお口も、けっこう調子いいのかもっ!
「あおいっ!!」
許されたのがそんなにも嬉しかったのか、感極まった様子でツバサはワタシに跳びつき抱きついてきた。
ツバサの涙とかで濡れた服は、
……それにしても、ツバサってもしかしなくてもワタシが意思とは違うこと口走るようになってるってこと、忘れてないかな?
ツバサが落ち着くまで待ち、火元の確認をしてからこの悲惨な状態となったキッチンをツバサの手を引いて後にした。理由は簡単、シンジさんへのヘルプコールだ。
その為に、一旦荷物の中にある無線機を取りにリビングダイニングのほうへと行くことにしたのだ。
以前に持っていた無線機は
待てよ? カナデやツバサのマネージャーなのだから、ツバサがシンジさん個人への連絡先を知ってそうだし、手慣れてそうだから任せたほうが良いのかもしれない。
しかし、さっき片づけをした時にツバサのケイタイは見かけなかったし、ツバサに言葉で伝えようにもワタシはこんな状態だし……やっぱり、ワタシの無線機で何とかしたほうが良いかな?
さて、確かコッチのカバンのこのあたりに……って、あれ? 視界の端に映ったツバサがなんだかキョロキョロしてる?
不思議に思って振り返ってみると、ワタシが見てきたことに気付いたツバサもコッチに視線をとめた。
ツバサは1,2度口をもごつかせてから、ようやく喋りだした。
「ねぇ、葵……? さっきよりも少し、いえ、そのー綺麗になってないかしら? まるで、何時も完璧な緒川さんとは違う誰かがやったような。まさか……」
んん? それってどういう……ああ、なるほど。来た時にあんなに綺麗だったのはシンジさんが掃除したからだったのか。道理でこんなツバサの家なのに綺麗なわけだ。
「『オイオイこれじゃ…Meの勝ちじゃないか!』」*8
「ああ……うあぁぁ~!」
ツバサが、膝から崩れ落ちてしまった……。
―――――――――
その後、どうなったか……簡単に説明しよう。
駆けつけた緒川さんが、キッチンをちょちょいと片付けてあるモノで夕飯を作ってくれることに――――だが、事前に言われていたこととはいえ、いきなり呼びつけたことは流石に悪い気もしたので、ツバサがごちゃごちゃに切った野菜を有効利用したカレー作りを、以前カナデと作った時のようにシンジさんを手伝った。
何故かツバサに泣かれた。
少し目元が赤いままのツバサと一緒にお風呂に入り、いつもカナデとやっていたように髪や背中を互いに洗いっこしあった。癖っ気のあるカナデと違い、ワタシと似てストレートな髪質だったツバサの頭はとても勝手がよく、我ながら過去最高に上手く洗ってあげられたと思った。
もちろん、あがってから髪をしっかりと乾かしあい、その後、カナデの時と同じようにツバサの髪の毛のケアをしながら、寝るのにじゃまにならないようにその髪を軽くまとめ上げた。
何故かツバサに泣かれた。
お皿はシンジさんが洗ってから出ていったらしく、綺麗に片付けられていた。そこに感謝しながらもツバサをなんとかなぐさめようとしつつ、寝る準備をし、ほど良い時間になってからワタシの方から手を引いてツバサと一緒の布団で寝ることに。
何度も謝ってくるツバサに、カナデがそうしてくれたように、優しく抱きしめて、背中をトントン優しく叩いてあげた。
何故かツバサに泣かれた。
感想。「思ってた以上にツバサのメンタルがヤバいんじゃない?」と、流石のワタシも嫌というほど察した。
そして、日が昇り翌日。
今、トッキブツ本部にいるワタシの目の前では――
「奏。私、私ね……葵に家のこと全部負けてたのっ」
「……知ってた」
「かなでぇーっ!!」
――神妙な顔をして頷くカナデと、昨日ぶりに膝から崩れ落ちていくツバサの姿があった。
「『なにこれぇ?』」*9
翼が泣く理由。
①まだ幼さが残っているから。
②家事ができない自分が不甲斐なく思えたから。
③家事その他諸々がイヴちゃん(葵)にすら劣っていたから。
④擬似的だが家族の温かさを感じたから。
⑤略された部分でも名言・迷言で煽られたりしてたから。
正解は~……全部!
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1-7
「あるモノ」に関する前後編の前編のようなお話です。
初めてのNINJAさん視点で書いたのですが、正直これでいいのか不安だったりします。
そして、書くのが遅くなるのは大体「シンフォギア要素」と「遊戯王要素」とをすりあわせようとして、さじ加減の調整に四苦八苦するお話の時だと気づいた今日この頃。
「というわけでー……皆神山に行くわよ、おちびちゃん♪」
「「「はぁ!?」」」
葵さんが翼さんと暮らすようになってから数日たったある日。特機部二の司令室にて了子さんが唐突の発言に視線が集中しました。
ただし、葵さんだけは大きく頷きます。
「『進路をアルカトラズに取れ! 全速前進
「何言ってるんだよ了子さん!? それも、よりにもよってあそこに……」
「葵、あるかとらずなんて名前の場所は長野県には無いはずよ。家に帰ったら一緒に地図で見てみましょう?」
「また唐突に……おつかいの時も大概だったか。あの時に比べれば、実行する前にこうして話してくれているだけマシなのか。
「ねぇ? 私が言うのもアレだけど……翼ちゃん以外の2人、この子の言ってることスルーし過ぎじゃないかしら?」
了子さんが言っていることは尤もなんですが、翼さんも翼さんで正面から受け取りすぎだと思いますよ……。
一緒に生活しているためか葵さんの謎発言を真面目に受け止めるようになってしまいました。
……翼さんはもともと真っ直ぐな性格ですし、加えて天然な部分がありましたから、それらが変に作用してしまったんでしょう。個人的には心配ではありましたが、葵さんとの仲そのものには悪影響は無かった――それどころか、会話が比較的スムーズになった影響か、ふたりの距離は縮まったようにすら感じられました。
しかし――――
「そんなこと言われても、何をいってるのかわからんものはわからんし……なぁ、奏?」
――――と、まぁ風鳴司令がおっしゃるような感想が一般的で、翼さんのは少し特殊なんですけどね。
話をふられた奏さんはといえば、バツの悪そうな顔をして髪をかいています。
「あたしは、その、こんな葵になんて言葉かけたらいいかがいまいちわかんなくてさ……ごめんな、葵」
頭を下げてまで謝罪する奏さん。
対する葵さんは慌てた様子で首を横に振り、それから律儀に一度ピタリと止まってから口を開きます。
「『今はまだ私が動く時ではない』」*2
…………。
「……みんな。参考までに聞きたいんだが、今のはどういう意味かわかるか?」
「んなこと言われたって、あたしもわからないし。あーっと……脈絡ないから、言いたい事とは全く関係無いのかもしんないぞ?」
「けど、前みたいに伝わらなくても自傷行為にはしってないから、案外伝わらなくてもいいことを言ってるのかもしれないわね~」
葵さんの発言に司令や奏さん、了子さんまで大真面目に考えだす……中々に奇妙な光景ではありますね。
しかし、どういう意味か、ですか……「気にしていない」という意味で「動かない」そういう考え方ができなくはないかもしれません。
葵さん本人に聞き確認をすれば、頷いてくれるかもしれません。発言は無理でも、精神面では異常は無いそうですから、YES/NOを仕草で示すことはできるはずです。
「奏たちは、さっきから何を言っているんだろう?」
「『シャケ召喚』」*3
……本当に翼さんは、なぜ葵さんの発言になんの疑問も抱かないんでしょうか?
今度、機会を見てちゃんと話しておいたほうがいいかもしれません。
そして、当初の話からだいぶ逸れてきましたから、このあたりで軌道修正に入るべきでしょう。
「葵さんの意思の確認方法については、ひとまずまたの機会に検証・考察することにしておいて……話を戻しましょう」
先にも考えていたように、葵さんの身に起きている例の現象は頷くなどの動きには影響が出ていないと思われます。そこを元に葵さんに確認を取れば、少なくとも彼女の発言を誤って解釈することは無くなるでしょう。
それについては後にしておくとして、先の了子さんの発言の真意に戻ってもらわなければ。
「意思の確認? よくわかりませんが、葵を長野県の皆神山に連れていくって話でしたよね?」
憶えてくれているのはありがたいんですけど……やはり翼さんには、ここでの話が一段落してから一度お話をしておくべきですね。
「理由はおおよそ予想はつくけど……葵の過去、なんで
「む? 何故わざわざあそこに……? 葵君から聞けばいいのだから、場所ではなく意思疎通の問題ではないのか?」
「長い間一緒に生活してた奏ちゃんはわかってたみたいだけど、この子、昔の記憶は結構曖昧で……。
「なっ!? そんな……そうなの?」
了子さんの言葉に、僕を含めここにいる全員が――特に翼さんが――驚いているようです。
やはりと言うべきか、葵さんが
「『ダメだ、終わったビングだ俺……』」*4
「あはは~……相変わらずねぇ?」
……ただ、葵さんの発言の後の反応からすると、当然ながらと言うべきか理解しているとは言い難いようですが。
「じゃあ、行くのは思い出すヒントを探しにというわけか。俺としても、
「そうですね。葵さんの身の安全確保は勿論ですが、精神面での不安要素も多々あります。しかし……」
僕と目があった風鳴司令が小さく頷きながら「そうも言ってられん、か……」と呟きました。
そう。奏さんや翼さんには伝えていないことがあるのですが、その中のいくつかは今回の件に関わりそうな案件。中には、
もちろんそれら全てをひとまとめに考えることは出来ませんが……この機会を逃さない方が良いものもあるのは事実です。
そして、当然ながら司令や僕以外の皆さんにも
「感覚とか感情のことは今初めて聞いたけど、あたしは元から反対だ。そんなロクでもなさそうな
「その出来事がこの子に……この子の持つ聖遺物に関係するなら、つまりは今後私たちが関わってしまうであろうことよ。それを未知のままにしておくのは危険じゃないかしら?」
奏さんと了子さんがそれぞれの意見を真向からぶつけ合い、睨み合っています。
翼さんは……いつの間にか座って、膝の上に乗せた葵さんの髪で三つ編みの練習をしているようです。……それでいいんでしょうか?
司令も彼女たちを見て同じようなことを思ったんでしょう。「はぁ~」と悩まし気にため息をひとつついてから胸の前で腕を組み、口を開きました。
「奏、了子君、ふたりの意見はどちらも間違ってなどいない。だからこそ、判断が難しいんだが……」
「となると、後は葵さん本人の意思次第ではないでしょうか?」
僕がそう言うと、皆さんの視線は自然と葵さんへと集まっていきます。
その多数の視線を受けながらも、普段と変わらぬ様子で葵さんは話しだしました。
「『自分は――』」
―――――――――
それから数日後、僕はとある駅のホームに来ていました。
電車を待つ列に変装を施して、交じっています。そして、視線の先には同じく列に並んでいる了子さんと葵さんの姿が。
そう。おふたりは長野県の皆神山にある聖遺物発掘現場跡地へと向かっているところです。
その道中、一定の距離を保ちながら護衛するのが僕
そして耳元の小型通信機からは、本部に残っている風鳴司令や「ツヴァイウィング」のおふたりの声が聞こえてきます。
『本当に良かったのかよ、弦十郎の旦那?』
『正直、了子くん発案で葵君が動いて、そのうえ皆神山……これほどまでのフラグがくると、むしろ何も起きない可能性さえ見えてくるな』
『現実を司令の好きなアニメーション映画と一緒にするのはどうかと……』
『冗談だ。葵くんがあそこまで行きたがるとは思わなかったというのが正直なところだな』
確かに、あの指令室での葵さんの発言には少なからず衝撃を受けましたね。
――自分は何者なのか、どこから来たのか、その答えはここにある*6*7
「ここにある」という部分には少しひっかかりはしましたが、風鳴司令を真っ直ぐに見つめているその振舞いからして、葵さんの「行きたい」という意思は本物だというのは疑いようがありませんでした。むしろ、確信めいたものさえあの子の中にはあるのではないかと思えるほどに。
そして、おそらくそれは僕だけでなくあの場にいた皆さんの共通認識だと思います。
『葵のあの様子、言おうとしたことと別の事を言ってしまってるって感じじゃぁ無かったからなぁ……ていうか、行くならせめてあたしが快復してからにして欲しかったんだけど』
『それを言うなら、何故私も同行してはいけなかったんですか? 葵と了子さんでは万が一のノイズへの対応が不十分なのでは?』
小声で「いくら緒川さんたちも陰ながらついているとはいえ……」と不満をもらす翼さんには悪いですが、少々込み入った事情があってのことなので、謝るのはまたの機会ということにしてもらいましょう。
『そこに関しては、少しばかり思うところがあってだな……もちろん、対策もちゃんとしているぞ』
『ワケ有り、ですか……』
『あたしたちとしては、そのワケをちゃんと話して欲しいんだけど……はぁ~』
『すまない。大人の事情というやつで、現段階では話せなくてな』
こちらには音声しか届いてませんが、翼さんと奏さんの不満たっぷりの雰囲気は通信越しでもヒシヒシと感じますね。これは、全員無事に帰れたとしても、結構なお小言を貰ってしまいそうです。
……と、通信先である本部の方に気を取られている内に、時間がきたようですね。
「どうやら、電車が無事到着したようですよ」
『緒川、例のブツは?』
「事前に葵さんの荷物に取り付けてあります」
司令の問いに答えながら、動き出した列の流れに従って進んで行きます。
前のほうにいる了子さんと葵さんが僕よりも一足先に車内へと踏み込まれていますね。……まぁ、ふたりよりもさらに先に別のエージェントが乗り込んでいるので、僕の視界から離れたこのわずかな時間でもよほどの事態でも無い限り問題無いでしょう。
『司令、一体何を葵に?』
『マイクだ。周囲の音を拾い、葵君と周りの人とがする会話を
『いや、それって普通に盗聴じゃん!?』
今回はそんな大規模の作戦というわけではなく、あくまで葵さんが皆神山の発掘現場跡地へと訪問するだけ
奏さんに盗聴と言われたこれも、そんな色々な事情の一つというわけです。
『まあ、そうなるな。あくまで
『みられ方も何も、その通りなような……?』
『それに、緒川の護衛の件もマイクの件も、葵君には話は通している。気にするな』
翼さんからの「そうなんですか?」という問いかけに、不自然にならない程度に短く「ええ」とだけ答えておきます。
そして、自分の座席へと腰を降ろします。
了子さんと葵さんが座っている席の斜め後ろの席で、直接だけではなく座席や室内所々にある金属製の装飾の反射からふたりの表情等を覗き見ることができ、なおかついざという時にすぐに対応できる距離と位置であるので安心です。
「席に着きました。本格的に会話を始めるならここからでしょうね」
『なら、緒川は予定通りに……』
「はい、わかりました」
その通信を受けたちょうどそのすぐ後に、僕の耳には斜め前方向から聞こえてくる小さな声と、マイクが拾った声が通信機越しに聞こえてきました。
もちろん聞こえてきたソレは了子さんと葵さんの会話です。……
「そういえば、おちびちゃんってこういった乗り物も初めてよね? 大丈夫~? 腰抜かしちゃったりしない?」
「『おぉ、こわいこわい』」*8
『あおいーっ!?』
『葵が怖がってるじゃんか! 早く降ろしてあげろよ!』
通信機の向こう側が一気に騒がしくなりました。普段はそれほど感じられませんが、やはり「ツヴァイウィング」のおふたりはあのライブ以前と比べて葵さんに対し過敏になりましたね。
『二人とも落ち着け。声色ではそこまで怯えているようには思えない。となれば、意思とは別の言葉を口走っているだけかもしれん。緒川、どうだ?』
「……いえ、至って普段通りですね。意思の合否はわかりませんが、本当に怖がっているとは考えにくいのでは」
『なら心配いらんだろう』
風鳴司令はそう言い切りましたが、通信機の向こう側はまだ少々騒がしくあります。原因は言わずもがなあのおふたり。こちらからの情報だけでは納得できていないのでしょう。
……多少無理をしてでも、隠しカメラ等を取り付けておいて、本部に映像も送れるようにしていた方が良かったでしょうか?
「ほーらおちびちゃん、さっき売店で買ったカフェオレよ~」
この発言は、自分の好物を貰った子どもの反応……のようにも思えなくもありませんが、やはりと言うべきかどこかおかしいです。
『カフェオレとは、新作ケーキの名前か何かでしょうか?』
『いや。俺たちが知っている「カフェオレ」だと思うが……』
『でも、葵は甘いケーキ類とかが好きだし、カフェオレが好きって意味なら発言としてはそんなに間違いじゃないよな?』
ほら、本部の方でも
データ収集目的とはいえ、そもそも葵さんの発言を真正面から受け止めて解析しようとすること自体が間違いなような気がするんですが……まぁそれは今更な話ですね。
「ふふふっ。あなたは旅になれて無いだろうから、何かあったら遠慮無く言ってちょうだいね? お手洗いも早め早めに、気分が悪くなっても我慢なんてしないで……ああっ、そうね、万が一に備えて酔い止めも今のうちから飲んじゃ――」
「『うるさい
「はぁ?」
僕の気のせいでは無いでしょう。車内の空気が一瞬で冷え切りました。
重圧と言いますか、了子さんの言葉から感じられる威圧感が一気に車内の雰囲気を塗り替えてしまったのです。
僕も、一瞬臨戦態勢に入りかかってしまうほどでした。
『緒川、葵君は……?』
司令に言われ、反射を利用し自分の席から動かず確認した葵さんのその顔は――――
「白目をむいてますね」
『……そうか』
『あー』
『こんな時に、私はそばに居てあげられなくて……!』
出発早々この状況。
もはや僕の頭の中には「前途多難」という言葉しか思い浮かびませんでした……。
了子さんの思惑、司令と緒川さんが隠している事、イヴちゃん(葵)が積極的な理由、皆神山……
伏線っぽいものを仕込めるだけ仕込む。全部回収できるのはいつになるかは「知らん、そんな事は俺の管轄外だ」(作者なのに)。
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1-8
前回に引き続き緒川さん視点と、あと少し弦十郎さん視点でのお話になっています。
つまり……葵ことイヴちゃんが何を考えてるのか全然分からないって事ですね!
葵さんの「
そんな独特の重苦しい空気になった車内から解放されたのは、駅についてからでした。
そこからは公共の機関を活用しながらの移動でしたが、皆神山の山道の途中近くまできたところで徒歩での移動に切り替わります。今現在、聖遺物の発掘現場跡地は正規のルートから外れていますし、人避けのためにあえて車などでは進み辛いような道になっていますので。
さて、そうして皆神山の聖遺物発掘現場跡地を目指し、山道を歩き続けている了子さんと葵さんの様子はといえば……
「異常が起きるにしても、不思議よね。言葉が喋れなくなるっていっても、根本的に声が出なくなるわけでも、声帯の不調で思った通りの
「全く関係の無い事ばっかりを言ってるってわけじゃないみたいだし……何か法則性があるのかしら? 当然、あなたも気になってるでしょう?」
「『だって当然だろ? デュエリストなら』」*3
「ん~? おちびちゃんはあいかわらずみたいだし、深く考えなくてもいいのかしら?」
関係の修復自体は案外簡単なもので――というのも、思った通りに話せないとされている葵さんは今の状況ではどうしようもありませんが、葵さんがそういう状態であると相手がキチンと理解して冷静になれれば――了子さんが戯言だと聞き流せさえすれば、そもそもの性格として至って真っ当な葵さんが実際に口以外で問題を起こすことも無いので、ケンカなどになったりすることはまずありえませんので。
変わって、僕を含めた護衛メンバーは、歩く二人からは極力見えないようにしながらも周囲を付かず離れずの距離で護衛を続けています。……とはいえ、葵さんは気づいていない様子ですが、一方了子さんは歩いている途中で軽く他所へと目を向けてから手を振っているのがみえました。おそらくは、別の護衛の誰かに気付いたんでしょう。司令が事前に護衛を配置するとは伝えていたので驚いたりする様子はありませんね。
「『君の瞳に何が見える?』」*4
「どうしたのよ、いきなり上を指差して……雲……は、今日はあんまり無いし空かしら?」
「『天~~~~~……join!』」*5
「……まぁ、おちびちゃんが楽しそうでなによりだわ」
会話こそ独特ですが、遠足か何かのような軽い足取りで手を繋いで歩く了子さんと葵さんは、親子かそれに近い関係に見えなくもありませんね。
そんな微笑ましさも感じられそうな光景を見守りつつ――――僕は耳元の通信機から聞こえてくる声に意識を傾けます。
『くっ! やはり多少無理を言ってでも、私がついて行くべきではなかったか!?』
ツバサさんは、最初から最後までずっと葵さんの心配ばかりしていますが、時間が経つにつれ徐々に落ち着きが失われつつあります。
普段の乙女らしさのある口調も段々と――いえ、そこに関しては今回だけに限らず「ここ最近」といったほうが正しいかもしれませんが……。
『葵が歩き疲れてたりしない? ちゃんとコマメに水分摂ってるか?』
そう言って僕に確認を取ってくる奏さんは、今回の件に限らずそうですが普段は至って普通
さきの「葵さんが新幹線を怖がっているのではないか?」という時も、一気に取り乱してましたからね。
『ふむ、今度ハイキングにでも連れて行ってみるのもいいかもしれないな。近場にどこか良い場所は無かったか……?』
司令は、まるで休日の行楽の予定を考えるお父さんですね。
緊張感が無いのが少々気にはなりますが……何かが起きると決まったわけではないですから、気を張り詰め過ぎずにほどほどにという意味では決して間違いではないでしょう。
とまぁ、目の前の光景とは打って変わって騒がしさの感じられる
「そろそろ件の聖遺物発掘現場跡地につきます。ここからが本番……ですね?」
『ああ、そうだな。先に警備していた連中にも連絡をまわしておこう。実力行使も有り得るから、気を引きしめておくようにともな』
司令の言った「実力行使」というのは間違いではありませんが、現状僕に与えられた最優先任務はあくまで「
もちろん、そんなことにならずにおふたりが旅を何事も無く無事に終えられるのが一番なのはわかっていますが……何事も無ければ無かったで、
『これがさっき言ってたワケ有りの? 随分と荒っぽい空気ですが、本当に大丈夫なんですか?』
『これって、まるで葵と了子さんが渦中にあるような……まさかっ!
『なっ!?』
一足先に思い至った奏さんの言葉に、おそらくは目を大きく見開き、口もあんぐりと開けてしまっていることでしょう。アーティストの風鳴翼としては人前では見せてはいけない
「奏さん、翼さん、落ち着いてください」
『これが落ち着いてられっかよ! 聖遺物持ってるからって、葵はまだちいせぇ子供なんだぞ!!』
『そうです! 葵に何かあったら……その様子、緒川さんはご存知だったんですね!?』
「もちろんです。
『『なっ!?』』
より一層驚くおふたりに風鳴司令は「緒川にそうするように言ったのは、俺だがな」とわざわざ付け加えて、おふたりの不満の矛先を自分に向けさせるようにしてから話しだします。
『あのライブ以降、葵君が外出した際に
『ただ者じゃないだろ、それ』
「これは、葵さん本人も気づいていたらしく、囮の件と共に話した所すんなりと了承したのもそのためだったようです」
そう。囮の話をした際に僕なりに葵さんとの意思疎通を図りました。
発言は知っての通り意味を持つ言葉だけれど意味不明、字を書こうとすれば絵とも象形文字ともとれそうな線がのたうちまわるばかり。タブレットを使った文字入力もキーボード式、フリック式、音声入力……その他様々に試したのですが、どれもデタラメになってしまうという結果に。
最後に、これまでの経験である程度の意思表示が可能だと判明している
そうして
追跡してくる人がいることに『気付いていた』。その姿を『見た』が『ユラユラ』していた。その人は『たぶん男』。会ったことは『有るような無いような』。
――といった結果となったわけです。
『ユラユラ』というのは葵さんが両腕を広げて波打つ様に動いたからなのですが……遠目だったから曖昧にしかわからないのかと問えば、そうではなく本当にその姿が揺らいで見えたそうです。おそらくは、その追跡者が持っているとされている聖遺物の効果による認識阻害の結果なのでしょう。
そこまでで了承と聞き取りを終えて――のはずだったのですが、ふと以前に葵さんが奏さんと翼さんと共に喫茶店へと行った時の話を思い出しました。
その時、最初に飲み物を頼む際に「ブルーアイズマウンテン」という一杯3000円のコーヒーを選んだあとに「牛乳」に変更した、という話です。
注目すべきは、葵さんが自ら選んだという点。
つまりそこからは「既にある選択肢の中から選ぶことは出来るのではないか?」という仮説が立てられるのです。
結果は、
0~4回……それは葵さんが一つの質問に対する返答の為に
謎の発言と同じく聖遺物の副作用による障害の一部なのか、質問や回答の形式に問題があったのか……はたまた、葵さんの幼さゆえの思考能力の限界からなのか……謎は深まってしまったかもしれません。
なので、この話に関しては葵さんの精神的、肉体的負担も考えて今後何度かに分けて要検証ということになりました。
……とまぁ、そんな意思疎通の実験もありながら確認した
勿論すぐに解決する問題ではありませんでしたが、その時の話し合いもありましてこうして今日、葵さんの過去の一件のついでに囮調査も兼ねることができたのです。
「それで、今日も……」
『ああ。友里と藤尭のふたりが確認をしたが、
司令から名前を出されたオペレーターであるお二方、
ただ、気になる点が少しありますが……。
『これまでにもそんなことが……はっ!? 葵が一人で出歩くことは無かったはず、なら私が一緒にいたときにも……!? 何故、私は気付けなかった!』
『結局危ないことには間違い無いだろ! なんであたしらを……!!』
と、仕方のないこととはいえ、色々と知った「ツヴァイウィング」のおふたりが黙っちゃいられないといわんばかりに騒々しくなってきてしましたが……その対処は今はあちらにお任せしておきましょう。
『心配するな。そのため緒川には葵君の身の安全を最優先で本腰を入れてもらっている。ふたりとも、こちらからの緒川への通信は一旦制限をかけるぞ。緒川……頼んだぞ』
「はい」
もちろんこちらからのコールや緊急時には繋がりますが、ここから僕は一旦目の前のことだけに集中することとなります。
危険性が一気に増すのは、発掘現場跡地に入ってからです。なので、できれば
「さて、今のところは……異常無し。今までの傾向だと第一陣と第二陣の間にいるはずですが……ソレもハズレですか」
皆神山に到着するまでの道のりで確認されたという追跡者。しかし、今現在僕を含めたエージェントたちの中にその姿を確認できた者はいません。
現状であと考えられるのは、
しかし、葵さんが認識できたということを考えるとその線も薄いでしょう。となると――――
「さとられてしまいましたか」
葵さんたちを中心に第一陣、第二陣、第三陣と取り
取り囲んでいるエージェントは互いに見えるギリギリの距離であり物理的に囲いきっているわけではないので、スキを突けばいくらでも外へ逃れることは出来るでしょう。本部が確認した影が現時点でもまだ近くにいる可能性は低いかもしれません。
「この先に王だなんて、そんなピラミッドとか古墳じゃないんだから……しかも、それじゃあ死んじゃってるわね」
っと、ついにおふたりが、坑道のように掘り進め整えられた発掘現場跡地に入ってくようです。
追跡者の尻尾を掴めなかったことは残念ではありますが……今回はそれだけじゃありませんし、切り換えて行きましょう。
そして、その人物がいなくとも、
―――――――――
「「開かずの間」?」
一旦落ち着かせた奏と翼に
俺は「ああ」と頷きながら答え、話を続ける。
「正確にはその先に空間があるかは不明なんだが、皆神山の発掘現場にはそう呼ばれている場所があったんだ」
「空間があるかわからないのに「開かず」とは……いったいどういうことですか?」
当然と言えば当然の疑問に翼は首をかしげている。
「発掘現場である遺跡を形成する石や土、山そのものを形成する岩々……それらどれとも異なる物質の人工物が遺跡のある壁の一部にあってな。発見当時に音波で調査をしたらしいが……全体像は掴みきれず、一部判明した形からして地中深くへと続く通路のようなものの先端らしかったそうだ」
「けど、その通路は閉ざされていたってわけか」
「ああ。さっき言った通り、その通路を形成している
大きな岩盤などという自然物ではなく、表面上にもムラの無い間違い無く人工物であろうソレを形成する物質。金属質なのはほぼ間違い無いが地球上で確認されているどの物質とも異なるモノで、金属同士を掛け合わせた合金でもなく……精密検査をしようにも、全く傷つかないソレからはカケラの採取すらままならず、正体不明の物質のままというわけだ。
「「その壁に沿って掘り進めれば、どこかに入り口が見つかるのではないか?」という意見もあったそうだが……今現在、費用や重要性、危険性など様々な面で問題視されあの発掘現場は凍結、跡地扱いとなったわけだ」
それらの要因の一つには、奏とその家族が巻き込まれたあのノイズ発生の一件も当然入っているが……今わざわざ言うことでもないだろう。
当の奏はそのことに触れることも無く――仮に気づいていても言いはしないだろうが――片眉を跳ね上げて疑問を投げかけてきた。
「でも、なんで今回そんなところの話が出てくるんだ? まさか、葵の記憶に関係あるかもってことだったり?」
「もちろんそれも可能性として考えてはいるが、問題はここ最近この発掘現場跡地に
「謎の人物が……まさか! さっき話に出ていた葵をつけ狙う者と同じ人物だというんですか!?」
「直接的な証拠は無いが、複数回その存在を確認されながらもその正体を認識できないという事態を考えると……葵君の追跡者と同じチカラを使って正体を隠しているというのもおかしい話ではないだろう」
「追跡者」と「皆神山の発掘跡地への侵入者」。確信を持てるような証拠こそないが、今言った姿の隠し方以外にふたつを繋ぐもの……それは他でもない葵君ではないかとも考えられなくもない。となれば、当然気になるのが初めて俺たちの前に姿を現した葵君が、何故この皆神山にいたのかという話になるのだが……。
それ以外にも考えなければならない点はある。
「時に、ふたりは「一瞬で影も形も無くなった遺跡」を知っているか?」
「司令が葵に「トリシューラプリン」を買って帰ったあの日に下見に行っていたあの遺跡ですね」
「ああ……あのライブの日の地響きの原因だったっていう
そう、それはふたりが言うように、俺が以前に下見に行った小山の地表にその一部を覗かせた遺跡であり、「ツヴァイウィング」のライブの日に姿を消し小山が崩壊するに至った遺跡だ。
そこの監視を務めていたエージェントからの目撃談等から「何者かの襲撃によって破壊された」という結論に至ったのだが……それにしたって、それなりの大きさがあったと思われる遺跡の痕跡がまるで残っていないという不可解な事態に、破壊ではない何かが行われたのではないかという憶測までとんでいる、未だに謎の多い事件だ。
それが、今回の件と何の関係があるのかといえば……
「緒川を連れ添った葵君に資料を並べられて指摘されるまで俺も気づかなかったが……
先にも述べたように「開かずの間」を形成する物質の正体は未解明のままだ。だが、残されていた資料に記されていたそれら特徴は、下見にいったあの日に見た遺跡の一部分の材質とが酷似しているように思えたのだ。
しかし、葵君は何故あの資料を……おそらくは了子くん経由で閲覧し手に入れたんだろうが……そのあたりについては、ふたりが帰ってきてから改めて確認する必要があるだろう。
だが、今はひとまず置いておこう。まずは目の前のことだ。
「では、遺跡に侵入していた謎の人物は、ライブの日に遺跡を破壊した襲撃犯とも同一人物である可能性が……?」
「待てよ? それじゃあヘタすりゃ――――」
――――!!――――!!
突如けたたましく鳴り響く警報。
これは……!!
「このパターンは、ノイズです!!」
「場所は……皆神山!?」
警報に続いて緊迫した様子でオペレーターのふたりから伝えられる情報。
当然、指令室の空気が一変する。
「いわんこっちゃねぇ!」
「駆けつけようにも、ここからでは時間が! ……葵は!?」
「聞こえるか、緒川! 例の――――」
不測の事態に直面した場合の対策として
「っ!! 新たなエネルギー反応観測! 位置は……同じく皆神山です!」
「何ぃ!?」
「これって
―――――――――
「まさか、このタイミングで来ますか……」
僕の視線の先には通路を塞ぐかのように現れた人型のノイズ。そう。了子さんと葵さんの護衛の為に、発掘現場跡地に入っていた彼女らに続くようにいこうとした矢先に、ノイズが現れ行く手を塞いだのです。
それだけでなく、発掘現場跡地の周囲を取り囲むように配置されていたエージェントたちが驚いている声が遠くから聞こえてきます。ここだけでなく、遺跡の周囲……皆神山のあちこちで発生しているのかもしれません。
触れた時点でアウトなノイズ。それと通路との隙間を縫って奥に進んだであろうおふたりを追うことは……正直、厳しいですね。
ここはあえて退くことでノイズを跡地の遺跡内部へと続く通路から引っ張り出すくらいしか……。これにはノイズたちが僕ではなく遺跡の奥へと進んだおふたりを目指して動く可能性というリスクもありますが――――僕の目論見通り、ノイズたちは僕を追いかけて通路の外へと出てきてくれました。
と、ちょうどその時、耳元の通信機から風鳴司令の声が聞こえてきました。
『聞こえるか、緒川! 例の――――』
司令が
突如、地鳴りと共に、足元が大きく揺れ始めたのです。
「――――っ!? 地震? いや、これは……!?」
地震による地滑りではなく、比喩でもなんでもなく足元の地面が崩れ始めたのです。
その瞬間を直接見るのは
そう、これはあのライブの日に遺跡を監視していたエージェントの報告にあった「遺跡の襲撃に伴う山の崩壊」。崩れる山の規模に違いはあるでしょうが、その現象に違いないでしょう。
この山で崩れる遺跡といえば、聖遺物発掘現場跡地とそこから「開かずの間」で繋がっているであろう謎の空間。
ならば――――
崩れる山の上で、脚をとられぬよう、倒れる木々に気を付けながら何とかやり過ごし……ほんの一分足らずで
見渡すとみえるのは、山だったとは思えない岩や石がゴロゴロと転がっていて草木が乱雑に倒れている光景。そこには僕と同じく無事だったエージェント複数人の他に倒れた木の下敷きになってもがいているエージェントも見受けられました。
先程まであちこちにいたはずのノイズが何故かいませんが、今は幸運だということにして救助を優先すべき――――
――――そうだ! 中に入った了子さんと葵さんは!?
そう頭に思い浮かぶと同時に入り口があったあたりへと駆け寄る。……が、当然、入り口もその先の通路も影も形も無くなってしまってます。
「絶望的」そうとしか言い表せない状況に、思考が一瞬止まり……その耳に小さな爆発音が聞こえ、反射的にそちらへと向き直ります。
砂煙を噴きあげながら岩々が砕け数メートル上空へ打ち上げられる。そこから続くように飛び出してきた
報告にあった服と鎧を纏い、見慣れた杖を片手にもう反対には了子さんのことをしっかりと掴んだ葵さんが地面から飛び出してきた。
無事着地した葵さん。どうやら怪我はなさそうで――――
――――言っていることは、深く考えなくていいでしょう。とりあえず、今は……。
―――――――――
「「葵っ!!」」
また長い旅路を終えて帰りついた地下の特機部二本部。
帰って真っ先に、跳びつくように葵さんにひっついた奏さんと翼さんは、「怖かったよな、もう大丈夫だ!」「怪我は無い?」などと言いながら葵さんのあちこちを見たり触ったりして無事を確認した後、ふたりで挟み込むようにして葵さんを抱きしめています。
指令室の床に正座していた――おそらくはおふたりにするように強要されたのでしょう――風鳴司令がゆっくりと立ち上がりながら口を開きました。
「色々と言うべきことはあるが、まずは……無事に帰ってきてくれてよかった」
「まぁ、この通りピンピンしてるし、私もこの子のおかげで何ともないから大丈夫よ~」
おふたりのことを心配している、もしくはその姿を見て安堵している指令室にいた
一見すると、あんなことがあった後だとは思えないほど本当にいつも通りですね。
「すまない。俺の見通しの甘さもあって」
「いいのよ、弦十郎くん。今回は私が急かしちゃってた部分もあるし、事前の考察も含めて私の責任もあるわ」
頭を下げる風鳴司令に、「いやいや」と待ったをかけ自分の責任でもあるという了子さん。葵さんは……「ライディングデュエル」とはなんなのか不明ですが、おそらくは「気にしていない」と言っているのでしょう。……いえ、やはり発言に関してはわからないことが多くて判断に困りますね。
「それで今回の一件である仮説が立った。そのことを共有し意見を聞いておきたいのだが……いいか?」
さて、司令の言う「仮説」とはいったい……?
「「ツヴァイウィングライブの襲撃犯」、「謎の物質で作られた遺跡の襲撃犯」、「葵君の追跡者」……これらは
「「「なっ!?」」」
「えっ」
「『ゑ?』」*16
流石の了子さんでも予想外だったのか、珍しく呆けた声を漏らしている様子。
そして、葵さんも意味不明な言葉ではなく普通に驚きの声をあげていますね。
「遺跡の襲撃犯と葵の追跡者との共通点に関しては、先程聞きましたのでなんとなく理解は出来ますが……」
「なんでここであのライブなんだ? 確かに、弦十郎の旦那が下見した遺跡が破壊された日で、場所も近所ってほどじゃないにしろ近くはあるけど……それだけじゃそうだとは言い切れないだろ?」
「もちろんその通りだ。だがしかし、
あの時、遺跡が破壊され起こった地響きの直後に
これを偶然と片付けてしまうのは、あまりにも出来過ぎている気はします。
「前々からされていた推測で、ライブ襲撃犯および、その下で行われていた完全聖遺物起動実験で扱われていた「ネフシュタンの鎧」が奪われた一件の黒幕には「
葵さん以外が頷きます。あのノイズを使役できるとは思えないこともあってか保留とされましたが……
「今回の出来事、もしかして……」
「緒川も気付いたか。聖遺物暴走の一件こそ無く順序の逆転はあるが、「ノイズの出現」と「遺跡の破壊」が立て続けに起きているんだ。……ライブの日と同じく、な」
指令室に驚きの声とそれに交じって息を呑む声が聞こえてきました。
「待ってくれ旦那! 今日とあの日はまるで違うじゃないか!?」
「そうです! あの時と違って、怪我人こそいても死者はいません……これが同一人物による犯行だとは思えません!!」
「その必要が無かった……ということだろう。あるいは、そもそも人の命に対して何の関心も抱かない
納得できず「どういうことだ」という気持ちが顔に出ているおふたりのために、ぼくなりの考えを司令の言葉に付け足します。
「つまり、犯人には別に目的があり、それを成すための混乱の規模を目印にノイズを出現させているだけで、そこでのノイズによる犠牲者は計算にいれていない――入れる気が無いわけですか」
「そして、あの日に遺跡の破壊をわざわざ聖遺物起動実験と同じタイミングで実行したのかは、周囲の目や本部からのサポートの分散のため。何らかの方法による遺跡破壊で現場との連絡や地響きによって実験施設を浮足立たせ、細工を施し聖遺物を暴走させる。そこにさらに大量のノイズを使役し暴れさせることで注意をそらす……そうすれば、「ネフシュタンの鎧」の強奪はよりやりやすくなるだろう」
確かに、そう考えてみれば偶然とは思えない一連の出来事に繋がりが見えてこなくはありません。
「そうなると、今回は目的が遺跡の破壊だけだったので、発掘現場跡地への侵入のために周囲の人々の注意をそらすべくノイズを出現させ、周囲を固めていた僕らエージェントがノイズへ対処しようとしている隙に遺跡に侵入。これにはライブの時ほどの混乱は必要でなかったので、結果的に死者が出ないほどの数のノイズしか現れなかった……そういう予測ですね」
僕の言葉に頷く風鳴司令でしたが、一転して眉間にシワを寄せ首をかしげ「ただ……」と自信なさげに言葉を続けました。
「これまでに侵入した際に……もしくは、了子くんたちが去ってから破壊を行えばよかったのに、なぜわざわざ危険をおかしてまで特機部二のいるこのタイミングで破壊を実行したのかがいささか疑問であるうえに、そもそも何故あの謎の物質で出来た遺跡を破壊するのかその目的と手段がまるで見当がつかない……了子くんはどう思う?」
「えっ!? あ、あーと、その~……ねっ? 私にはそういう着眼点はなかったわ! …………流石に、ちょーっと考える時間が欲しいかなぁ?」
…………?
話をふられた了子さんはこれまた珍しくかなり焦った様子です。ということは、了子さんにとって風鳴司令の推測はそれほどまでに予想外のものだったのでしょうか?
「なぁ、旦那」
「ん? どうした奏」
「了子さんも時間が欲しいって言ってるし、葵も疲れてるみたいだから今日のところはここまでにしとかないか?」
言われてみれば、確かにどことなく表情が疲れているように見え、顔色も良くないですね。
帰りの道中ではそんな様子は無かったはずですが……帰りついて気が抜けたのか、はたまた奏さんと翼さんに会えて安心したのか、今になって疲労がドッとでてきたのかもしれません。
「そうか……この話はまたの機会にということにしておこう。葵君、今日はよく頑張ってくれた、ゆっくり休んでくれ」
そう言いながら、司令は葵さんの頭を撫で回します。
元々の体格も、司令の性格的もあってか多少の荒っぽさのある撫で方ですが、葵さんは嫌がったりする様子は無く受け入れています。
とはいえ――――
「旦那ァ?」
「叔父様?」
――――葵さんに色々あった後だと、過保護なおふたりは黙ってはいませんね。
翼さんなんて、立場ををわきまえるなどと言って頑張っていた「司令」呼びがすっかり抜けてしまってますし。
葵さんと風鳴司令の間に割って入り司令にくってかかる奏さんと翼さん。そんな様子を見て、指令室にいた皆さんの雰囲気もいつの間にやら和んでいました。
……葵さんは、元気が無くなろうと、周りの空気がどうであろうと、葵さんのままですね。
そこに安心感を覚え始めている僕はそろそろ気を付けないといけませんね……。
葵ことイヴちゃんが何を考えていたのか?
発掘現場跡地の中で何があったのか?
「開かずの間」の正体は?
緒川さんと司令が用意してたという策とは?
謎は数多く残ったままですね。
次回で原作前が終了します。ラストはイヴちゃんの内心の分かるお話であり……あの例のカフェ回です。
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お楽しみはこれからだ!+α
一週間ぶりの更新です。
「『非力な私を許してくれ…』」
この一週間でいったい何作の他の新作小説が現れ、何話の最新話が更新されていることか……
こんなマイペース更新な作品を呼んでくださり、そして感想、誤字報告、お気に入り登録、評価付与してくださる読者の皆々様には感謝しきれません!
そんなこんなで、原作開始前の最後のお話です!
イヴちゃんの中身はハイテンションでキャラ崩壊気味!? 過去最多文字数更新! もう少しで2万字突破!? 内容的にも色々詰め込みすぎな気がする最新話をどうぞ!!
ねぇ、『もう一人の僕』*1。
――――
知ってた?
レポートみたいなのを見て、そこに書いてある字が「
………………。
…………。
……。
まぁ、一人『AIBO』*2ごっこはここまでにしておこう。
何故「
―――――――――
時間もあるし、トッキブツ本部にあるセイイブツの資料片っ端から読み漁ってみよう――ってわけで、リョーコさんの
資料の文面を見た瞬間、頭に
「聖遺物」って何さ?
「聖遺物」はセイイブツだけど、せいいぶつ違い?
もしかして、みんなが言っていたセイイブツは「聖遺物」?
ってことは、「聖遺物」って「星遺物」とは関係無い?
あれ? じゃあ《星杯の妖精リース》は……?
「星遺物」ストーリーは関係無いの?
とまぁこんな具合に頭の中で考えがグルグルと回る。
だが、まだ他のセイイブツに関する資料も、「星遺物」ではなく「聖遺物」に関する資料ばかりだと決まったわけじゃあない。そう思ってドンドン読み漁っていったのだが……お察しの通り、どれもこれも「聖遺物」とばかり書かれていて「星遺物」の文字はどこにも書かれていなかった。
「さっきから、何をコソコソとしているかと思えば……」
しかもこの感じ、今のリョーコさんはいわゆる闇リョーコさん(ワタシ命名)のようだ。グチグチとお小言をいただいてしまいそうな予感……そう思ったのだが――
「熱心なことは構わんが散らかすな。あと、お前のようなヤツには価値が理解できんだろうが、こんな
――所々にトゲはあるけど、思っていたよりもキツくはない。いや、むしろ「あれ? もしかして心配してくれてる?」ってくらいにはマイルドな言い回しな気がする。
まぁ、実際になにかやっちゃった時にはもの凄い怒ってくるって事はわかってるんだけどね! ワタシ、知ってる。
そんなことを考えていると、不意に目の前に何かを差し出された。
もちろんそれを渡してきてるのは闇リョーコさんなんだけど、これはいったい……?
「お前が探している資料はこっちだろう。とっとと持って行け」
「『
何を言ってるんだろうか、この人は? いや、それはワタシもだけどさ。
内容は……?
……待て。この「開かずの間」っていうの、さっき見た《
真偽はさておき、確かにこれはワタシが探していた「
ということは……もしかして、この闇リョーコさんは「
「姉が過保護なら、妹も妹か……家族ごっこもここまでくると感心すらしてしまいそうだ」
……そんなことを言われて「ん?」と思って改めて目を通してみたら、この「開かずの間」がある山「皆神山」というらしい。以前、闇リョーコさんが言ってたけど、
なるほど、闇リョーコさんが考えてることはなんとなくわかったし、「
にしても、困ったな。
この「開かずの間」は気になるけど、ただでさえ許可が下りそうにも無い遠出になるのにそんな曰く付きの場所となれば「行きたい!」なんて言ったところでダメに決まっている。特にカナデは……絶対に許してくれないだろう。
どうしたものか……。
「……いや、こいつは前からそういう生き方をするヤツだったな」
―――――――――
……と、まあそんなこんなあって「
そして、皆神山の聖遺物発掘現場跡地についてだが……ワタシの知らないうちにトントン拍子に話が進んでいた。もちろんそれは「行く」方針でだ。
どういう…ことだ…!?
数日後ついに決行された。
電車の中でこのいうこと聞かない口がリョーコさんに向かって「『うるさい
実はとある事情でこの皆神山行き決行の前に、ゲンジュウロウさんやシンジさんと情報交換や事前の打ち合わせをしていたのだ。
特にシンジさんとはそれはそれは念入りに……いや、あれは打ち合わせと言うか質問攻めというか、
シンジさんはいざという時に頼りになる人ではあるけど、一対一で面と向かって相対するのはさすがに緊張感がハンパない。言っておくが、別に「シンジさんみたいなイケメンとふたりっきりなんてキンチョーする~」なんてそんな脳内ピンク色の思考なわけじゃない。むしろワタシの中の
そんなシンジさん相手にワタシのことに関する質問や答えのわかりきったクイズなどを何度も出され続けたのだが――事前にシンジさんが紙に書いて用意して問いの度にさし出してくるいくつもの
って、今はそれじゃなくて、ちょーっと前から時折ワタシのことを追跡してきている
打ち合わせの際にシンジさんから「葵さん、あなたを追跡している人物がいることはご存知ですか?」と聞かれ知っていたので頷いたら驚かれたのだが……まぁとにかく、監視カメラ等で何度も確認されて何とか尻尾を掴みたいって話だった。
あと、知ってる人かどうかも聞かれたのだが、それには肩をすくめてみせながら「わからない」と書かれた紙を指差した。いちおうごく稀にだがチラッと顔が見えることがあるんだが……見たことがあるような気はするんだが、名前やどこで会ったかが思い出せないのだ。今のワタシの知り合いの範囲なんてすっごく狭いから、そんな悩んだりするはず無いんだけど……何故だろうか? しかも、むこうはむこうで何故か毎度驚いた顔をするんだよなぁ。不思議なことばかりだ。
そんな
周りを取り囲んでいるはずの人たちの動きが少し気になるところだけれど……きっと大丈夫だろう。なんせシンジさんもいるんだし。
「ほら、そろそろ入るわよ」
まぁ、入り口にいたところで何も始まらないからね。
「『王を救うのだ! 全軍突撃ー!』
「この先に王だなんて、そんなピラミッドとか古墳じゃないんだから……しかも、それじゃあ死んじゃってるわね」
ワタシがいつものように変なセリフ口走ったせいで言いだしたんだけど、王が
エジプトと遊戯王――特に原作漫画やDM――は切っても切れない縁があるが、さすがに今回は…………そういえば、皆神山がピラミッドだとか何とか言う話を噂程度にだが聞いたことがあったような? 星遺物が発掘されていた遺跡がこうしてあるわけだし、この世界だと本当に王族が眠る古墳か何かだったりするのかもしれない。
そんなこんなで遺跡発掘現場だった皆神山内部の坑道へと突入したわけだが……
「……ふんっ、このあたりで十分か」
ワタシと手を繋ぎながらも半ば先行するように歩いていたリョーコさんが、そんなことを言いながら手を離しちょうど通路のT字のつきあたりで急に立ち止まったのだ。
いや、口調や雰囲気からしてこれはリョーコさんじゃなくて闇リョーコさんか?
「付けられていたマイクも、
なっ!? 「開かずの間」のせいにするだって!? 「
そもそも勝手に他人のせいにするなんて、なんてヒドイことをするんだ!(《鎖付きブーメラン》*4)
「『俺カードに選ばれすぎぃ!』」*5
もういつものことだけど、色々と違うね。
「呑気にそんなことを言っていていいのか?」
む、それはどういうことだろうか?
ポヒョン♪
ちょっと気の抜ける奇妙な音。
聞き覚えのあるその音が後ろのほうから聞こえ、ワタシは反射的にバッと振り返った。
もうかなり遠くなってきていたワタシたちが入ってきた出入り口に見えたのは、まるで着ぐるみかゆるキャラのようなあの独特のシルエット。逆光で若干見え辛くはあるが、人型ノイズ数体が入り口をふさぐように並んでいるように……って、あれ? 模様とか腕の向きからして、
うん。やっぱりコッチ側に背中をむけてるし、外へと向かって進んでる。なんなら、外から悲鳴が聞こえてきてる――――って、ヤバイじゃないか! ワタシがというよりは外の人たちが!
ポヒョン♪
……今の音、やけに近くで聞こえたような……?
さっき振り返った時とは打って変わってギギギッと軋む音が聞こえそうなぎこちない動きで音のした
「おおっと、外だけに展開するはずが、私としたことが通路の中にまでノイズを出現させてしまったー。戦わなければ命が危ういなぁー?」
おいおい、この状況で何ニヤニヤ笑って――――って! 今言ってる感じからして、ノイズって闇リョーコさんが操ってるのか!?
「『私に近づく者は地獄の業火に包まれる』」*6
「こんな時でも余裕……ふんっ、今のお前にはこの程度は苦でもないということか?」
いや、いつも通りに思っている事と別の言葉が勝手に出てるだけだよ!
それにしても、この仕打ち、あれか!? あれだな!! さっき言ってたことからして、マイクの事で一旦引っ込めてたけど「
とはいえ、闇リョーコさんがノイズを操っていることに驚きはしたけれど、今ワタシの置かれた状況はそこまで焦るほど大変なわけじゃない。
なにせ、前とは違って今のワタシはノイズを倒せることをあのライブで実証してみせたのだ。ノイズの1体や2体、恐れる必要も無い。
ワタシの中に眠っている《
次の瞬間、ワタシの視界が一瞬光に包まれたかと思えば力漲る久しい感覚を感じ、確認するとやはりと言うべきかイメージした通り《
「ほぅ? 報告には聞いていたが、それが……お手並み拝見といこうか」
そう言う闇リョーコさんは余裕の様子で壁を背に立っている。
……あれ? もしかして「BBA」発言のせいじゃなくて、《
確かリョーコさん自身は「
あの「ツヴァイウィング」ライブ以降一度も《
ワタシとしても色々と気になるところではあったんだが、ライブでの一件もあってかワタシがノイズと戦えることが判明してからも、戦闘訓練とかそういうのは出来ていなかった。ゲンジュウロウさんが頷かなかったっていうのもあるが、それ以上に訓練に参加しようとするとツバサが涙を溜めて――泣き付ついてきて止められてしまうからだ。原因がなんであれきっとワタシが一度死んだあのことがトラウマなのだろう。カナデ? カナデは何も言わないよ? ただ、眉間にシワを寄せてもの凄く難しい顔をするだけで……まあ、確かにそれも色々とやり辛い要因ではある。
外のこととかなんでここまでするのかは説明つかないけど、なんとなく闇リョーコさんの意図はわかった。外のシンジさんたちも気になるし文句も言いたいし他にも色々あるけど……何はともあれ、目の前の問題を解決してからだ。
「『こうなりゃ正真正銘のダイレクトアタックだ!』」*7
なんだか猛烈に嫌な予感がするが、そんなことは関係無い。
通路の幅や高さに気を付けつつ「
すかっ
してません。むしろすり抜けました。
――じゃないっ!
ほらっ、観察してた闇リョーコさんも目をまん丸にして呆然としちゃってるじゃないか!
ノイズが倒せないとなれば、これからどうしなければならないかも一変する。
ワタシはノイズへと向けていた身体を一転させ、闇リョーコさんの手をふん捕まえてT字通路のノイズがいる方とも、ノイズたちによって塞がれていた入り口とも別の通路へと駆け出した――――否、逃げ出した。
「……はっ!? いや待て、何がどうなっている!? 貴様はノイズを倒せるんじゃなかったのか!?」
それはワタシが聞きたい!
ノイズの共通効果である「攻撃対象にならない」効果は特定の条件下でなければ適用されないという風にも考えられる。すると、ライブの時と今とでは状況が何かしら違い、それが原因で今はワタシの攻撃が通っていないということになる。《
が、その「特定の条件下」というのがわからないから、現時点ではどうしようもないんですよ!
「くそっ、放せ! 何故私まで一緒になって逃げねばならんっ! ……無駄に力が強いなぁ!?」
何故って、そんなの言うまでもないだろう!? ノイズは危ないんだぞ? そんなヤツに襲われでもしたら…………あっ、ノイズって闇リョーコさんが操ってるんだっけ? そりゃあ、逃げる必要無いな、テンパってるわワタシ――ぬわっ!?
「なっ!? 貴様手を――ぐっぅ」
「『
あ痛っ!?
「立ち止まってもいいんじゃ?」って思って、いちおう
にしても、なんだかデジャブを感じるな。
何かにひっかかってこけて……ちょっと前にもこんなことあったよね?
そんなことを考えながら立ち上がろうと視線をあげて行くと、独特の質感を持った壁が視界の左端にあることに気付きそちらを見た。
はー……もしかしてこれが「開かずの間」だろうか? となれば、今こうして何となーく感じているこの感覚ってやっぱり――――なんて考えていると、視界が眩しいまでの閃光に塗りつぶされた。
あっ、これ、あの時と一緒だ。「
元に戻った視界。そこに見えるのは壁にポッカリと開いた穴と、そこに浮く「腕部と胸部の装備を中心とした防具」のミニチュアサイズの発光物体。
見る人が見ればわかる。カードに描かれていたことは無いが、これが《
浮遊しているミニチュアサイズの《
そのことを深く考えるヒマを与えてくれるはずも無く、事態は動き続ける。
《星遺物―『星杯』》の時と同じく、OCGの「星遺物」ストーリー内の星遺物と違ってその場に在った星遺物はなくなってしまった。何故そうなるのかは、やっぱり現状ではわからないな。
ん?
ワタシの思考を肯定するかのように、地響きと共に目の前にポッカリと開いてる穴――《星遺物―『星鎧』》があったであろう場所――を中心に床が、壁が、天井がひび割れ崩れていく。
「なっ……!? 次から次へと、何事だというんだ!?」
声に反応して振り向けば、ようやく立ち上がった様子の闇リョーコさんが騒いでいて……その十数メートル後ろにいたノイズはといえば、ちょうど崩れていく床と共に下へと落ちていっていた。おそらくあの床の下方には、ワタシたちのそばの壁から一部を覗かせていた星鎧とは別のパーツがあったのだろう。そして、あのノイズの姿は数秒後のワタシたちの姿かもしれない……そんなのはゴメンである。
思いつく策は力押しもいい所だが、何もせずに生き埋めだなんて願い下げだ。なので、多少根性論で乱暴な力ずくの作戦であっても、やってやるしかない。
「鍵杖」を持っていない方の手で闇リョーコさんの腕を捕まえ、そばまで引き寄せてから「鍵杖」を構え、そして――振りかぶる。
その結果は――――
「『トムの勝ちデース』」
―――――――――
崩れていく山の内部から命からがら脱出しながらも気の抜けるセリフをぶちかましてしまったあの後。
トッキブツ本部へと帰るまでの間は……まぁ、何事も無かった。リョーコさんからの視線が多少刺さりはしたが、すぐそばにシンジさんたちがいたためか闇リョーコさんが出てくることも無かったので、のんびりと帰ることが出来たのだ。
とは言っても、シンジさんから渡された通信越しにカナデとツバサから色々と言われたりもして、ゆっくりと休めたわけではないのだが。
そして、その道中にワタシの中では
それは「クローラー」というカテゴリのカードたち……「星遺物」ストーリーにてイヴちゃん一行が最初に相対する敵である、《星遺物―『星鎧』》の周囲に生息している「機怪」と呼ばれる機械のような虫のような存在たちの軍勢だ。
ストーリー上で彼らは、昔から生息しているが比較的大人しい存在――なのだが、イヴちゃん一行が起動させるために《星遺物―『星鎧』》に近づいて行ったところ凶暴化、大乱戦となるのだが……。
その乱戦のことはここで説明する必要は無いが、問題は今回確信をもってでは無いもののワタシが《星遺物―『星鎧』》に接近し接触・起動させたわけだが……そこに「
いやまぁ、《
しかし「どうして?」「何故?」に対する答えがワタシの中から出てくるわけもなく、トッキブツ本部へと帰り着くのだが……そこで、そんな疑問が吹っ飛ぶ事態となるのだった。
「「ツヴァイウィングライブの襲撃犯」、「謎の物質で作られた遺跡の襲撃犯」、「葵君の追跡者」……これらは
「「「なっ!?」」」
「えっ」
「『ゑ?』」
いや、確かに今回やライブの日の時といい、「星遺物」を回収したために意図的にではないとはいえ山を崩し、その上他人を巻き込んでしまっていることも悪いと思っている。
だがしかし、だ。
ライブ襲撃の件には関係無いし、ワタシが
でも、主張しよう。「星遺物」以外はワタシは関係無い!!
―――――――――
それから数日後……
「ん~……! ったぁ。こうやって外をのんびり歩くのも、すっごく久々な気がするなぁ」
「実際奏は
ワタシの右手をカナデが、左手をツバサが握って歩くお昼時。
今ワタシたちは、ようやく快復に至ったカナデの快気祝いにと三人でお出かけ中である。
とは言っても、あくまで「
行先が例のカフェ「ラ・ジーン T8」であることから察することが出来るが、おそらく
――――――
最近のワタシは自分で言うのも何かアレだが、目も死ぬ勢いで気落ちしていた。
原因がなにかといえば……まあ、他でもないこのイヴちゃんのちびっ子ボディなのだが。
《星遺物―『星鎧』》を起動させて言語能力に何か変化があったか確認したのだが、特に無かった。ここまでなら、ワタシの推測が間違えていたのかなーとへこみはしても大ダメージにはならなかっただろう。
じゃあ、何があったのか?
たぶんダメだろうと思いながらも一応確認のためにとペンを持ったところ、変に力もかからず「あれ?」と思って動かしてみたら、
やった! これで――――!!
大歓喜で思ったことを紙に書いていき「できたっ!!」と字を書いた紙を机の上から取り上げて自分の目の前で広げてみた。
『スsでgヴnイiはh前t名eノ当g本nのaシrたtワsがスgでnイおiアyるaイsrてッoなfニe話z世おiモg時何o様l皆てoシpまaメ初I』
「『絶対に許さねぇぞ、ドン・サウザンドォォォォォッ!!』」*13
いつだかぶりにワタシのお口がドンさんのせいにした。
そして、その時ワタシがいた場所がトッキブツ本部だったこともあって、ちょっとした騒ぎにもなった。
なお、この時書いた紙は「預かるわ」と言ったリョーコさんが持って行ったのだが、数日後――
「う~ん……わかんない♪」
――そう言って匙を投げたのである。
櫻井理論の提唱者である天才とはなんだったのか……。
――――――
とまぁ、そんなことがあった。
事件に巻き込まれた後ということもあってか、
理由はともあれ、ワタシには嬉しいことだからいいんだけどね。
……っと、そんなことを考えていたらもうカフェに着いたようだ。
入り口をくぐり店内に入ると、時間帯のせいか前に来た時と違って席の半分くらいが埋まる程度にはお客さんが入っていた。
「いらっしゃい。よく来たねぇ」
そんな白い髪とお髭のマスターに出迎えられ、ワタシ達は軽く挨拶を返した。
さて、注文だが……どうしようか?
おやつじゃなくてちょっとしたお昼くらい、軽く食べておきたい……けど、やっぱり前回食べれなかった「トリシューラプリン」を食べたいというのも素直な気持ちだ。前に見た時に他にも気になるモノはあったし、本当に迷うなぁ。
と、その前に飲み物か。
それじゃあまずはメニューを貰わないと。
「『じいさん、その『
「んん~? キミの手元にカードとやらがあるようには見えないんだが?」
ワタシのお口が勝手なことを言ったら、マジレスされた。
まあ、おっしゃる通りなんですけども。だけど、そこは
しかし、ワタシの方にも非があったとはいえ、そう返してこなかったってことは、遊戯王ネタにあふれたカフェを
と、自分で言うのもなんだけどいつも通り決闘者なワタシと違って、ツバサとカナデは随分と慌てた様子。原因は……うん、わかってたけど、ワタシの意味不明な言動のせいだ。
「この子、少し変なことを言ってしまうことがあって……!? その、気にしないでください」
「本人には悪気は無いから……店長さん? 何してるんだ……?」
ショーケースから離れて、何やらカチャカチャとしているマスター。それを見てカナデが疑問を口にしたんだけど……振り返ってきたマスターは不思議そうに首をかしげて言葉を返してくる。
「何って「ブルーアイズマウンテン」を注文しただろう? 用意をしているのさ、それを淹れるために」
「「えっ」」
出身はともかくやっぱりこの
さっきのセリフ「ブルーアイズホワイトドラゴン」と「ブルーアイズマウンテン」とを問題無く結び付けられてるわけだし、間違いはないだろう。
色々と聞いてみたいことはあるが……ワタシはこの通り、思ったこととは別のことを言ってしまうからどうしようもない。その上、相手が
待てよ? この人なら《クリフォート・アセンブラ》のテキスト表記でももしかして……?
「「ブルーアイズマウンテン」を?」
「っていうか、それって確か一杯3000円の……!?」
スッと近寄ってきたマスターが、ワタシたちにしか聞こえないような大きさの声で言ってくる。
「お金は気にしなくていい。無事だったことへのお祝いのようなモノだからね」
ああ、そういえばこのマスターって変装してる
あのライブの後に無事に店に来てくれたんだから、そのくらいのサービスをしてきてもそうおかしくないかもしれない。
「ああ、そうだ。前言ったように、お昼時に来てくれたから残っているよ。「トリシューラプリン」と対を成すこの店もう一つの看板メニューが」
「ほら、そこに」とマスターが示すショーケースそばのカフェの一角には、四角いボックス状の機械が――見た目だけで言えば、コンビニなんかでアイスが入っているあの装置のようにも見えなくはない。どうやら機能は冷凍ではないようだけど……保温か何かだろうか?
「「
「むしろ採算度外視さ。アレルギーが無いのであれば、オススメするよ」
「? いったいどういうメニューなのかしら?」
三人そろってそのボックスに近づき――ワタシはちょっと背伸びをしながら――中を覗きこんだ。
「なにこれ?」
「はんばーがー……ですか?」
こ、これは……まさかっ!?
「「ドローパン」さ」
「「ドローパン?」」
説明しよう! 「ドローパン」とは!?
デュエルを勉強する学校「デュエルアカデミア」、そこの購買で売られているパンである!
丸パンが上下半分に切られて間に具が挟まっている、ただそれだけ……それだけなのだが……!!
「至って普通のパンさ、
そう! そうなのである!!
マスターの言う通り、数多く売られている「ドローパン」のその中身は様々で多種多様。そして、それは売られている状態――ハンバーガーのように紙に包まれている状態――では中身がわからないようになっているのだ!
つまり「
「なるほど、だからアレルギーを……」
「ってか、それってロシアンルーレットか何かかよ」
カナデの言うことは的を射てはいる。
中身の具は、当然人によっては不味いと思えるものや、パンと合うのか疑問なものも入っている。アタリハズレの判断基準は人によってマチマチだろうが、確かにロシアンルーレット呼ばわりされても仕方ないだろう。
「『お楽しみはこれからだ!』」*15
まあ、確かにたのしみではある。食べることにも、ふたりのリアクションにも!
なんとか、カナデ達にも食べさせたいなぁ……。
「もちろん、衛生管理はしっかりとしているから、心配しないでほしい」
「ケーキじゃなくて、小腹が満たせるサンドイッチとかを……って思ってたけれど、何が入ってるかわからないっていうのはちょっと恐いかも」
「そうか? あたしは結構興味あるよ」
くいつきは、ツバサはいまいちでカナデはノリノリっぽい。
もちろん、ワタシには買わない理由が無いね!
「奏だけじゃなくて葵まで……な、なら私も」
最終的に、ワタシに釣られるようにしてツバサも「ドローパン」を買うことに決めたようだ。
「今日はまだ
「1/21というと、そうそうソレには当たりそうには無いわね」
「あたしとしては、どっちの意味で大当たりなのか聞きたいけどなぁ」
真面目な顔でワゴン内の「ドローパン」たちに目をやるツバサに対し、カナデはマスターのほうをむいて苦笑を浮かべている。
ワタシ? ワタシは、買うと決めた瞬間に値段を確認して三人分のお支払いの用意をしたよ。あとはこれとレジカウンターに出すだけ。マスターのもとへと行ってしまえば、後でカナデたちから「あたしが払う」だのなんだの言われても知った事じゃなくなる。
そんな事をする理由は……そう大したものじゃない。あえて言うなら、アニメで遊城十代が先にお金渡してから取って食べてたからとか、自分の分を先に渡すのなら一人の分だけじゃなく皆の分やってたほうが良いかなとか、そんなものだ。
「……なるほどね。うん、確かに受け取ったよ」
さあ、ふたりが真剣に「ドローパン」を選んでいるスキにお金を渡し終えたぞ!
となれば、後は引くだけだ!!
悩む必要などない、ただ自分の感覚を――
「『ドロー!!』」*18
さあさあ! 中身はなんだろなっ?
なかみの確認以上にかぶりつきたい衝動にかられ、紙の包みを開こうとしたワタシの手が、掴まれた。
「コラ、
「ええ、それに支払いも――」
「支払いは問題無いよ。今回はもう、ね」
マスターの言葉に揃って「「えっ」」って顔を見合わせるふたり。
だけど、首をかしげて不思議そうにしながらも、「
「こっちの「ブルーアイズマウンテン」もできたよ。砂糖とミルクも用意したから、一緒に持って行くといい」
「あっはい、どうも」
「んじゃあ、あたしらもさっさと決めるか」
わざわざ砂糖とミルクを用意したのは、きっと「ブルーアイズマウンテン」が他のコーヒーよりも苦みが特徴的だから、マスターが気をきかせてくれたんだろう。
でも、ワタシは意地でもブラックで飲むけどね。
「っと、これでいっか」
「じゃあ行きましょう」
早く開けてかぶりつきたい衝動をなんとか抑えながら渋々従い、ほどよい席へとむかう。
そして――――
「それじゃあ、たべましょうか」
「……そうだ! なぁなぁ、ふたりとも。一口目を食べる時、中身を見ないでせーのっで同時に食べてみないか?」
「『お前のノリを見せてみろ!』」*19
おおっ! わかってるね、カナデは。
こういうモノは、包み紙を開けて中身を確認してから食べるのは邪道というものだと、私は勝手に思っている。そんなことをしては面白みに欠けてしまうだろう?
「あっ、葵は変なのだったらすぐペッってしていいからな」
しかしまぁ、相変わらずのワタシへの気遣いではある。
「奏、私は?」
「翼は……頑張れ、アーティストなんだし」
「それは関係あるのかしら?」
あるんじゃないかな? ライブの一件で今は休止中だけど、アーティストなんだからテレビ映えとかもろもろ……そういうのを考えると、プライベートとはいえオエッっちゃうのはダメでしょう。
「開けたか? じゃあいくぞ、せー……のっ!」
カナデの合図と共に、3人そろって自分の「ドローパン」にかぶりつく。
さあ、中身は…………――っ!?
「これは、エビ……この味に大きさからして「伊勢海老」かしら? 素材を活かした素朴な味付けだけど身がしっかりしてるから、食べごたえもあって美味しいわね」
「ふこぉっ!? なんだ、はぁ「豆腐」!? 薬味がちょっとしたアクセントになってるけど全体的には地味な味だし……普通に合わないわ、これ。パンに挟んで食べるもんじゃないだろ……」
「そう? ヘルシーでいいんじゃないかしら?」
「それは翼が良いもん食べれてるから言えるんだって。あたしにひとくちくれよー」
「えっ!? ま、まぁ奏が良いならいいんだけど……あら? そういえば葵は……?」
「タマゴパン? 葵ってそんなはしゃぐほどタマゴが好きだったっけ?」
「おぼえはないけれど……あれ? 気のせいかしら、周りの人たちが何だか……?」
気のせいではない、気のせいではないのだよ!
周りから聞こえてくる「羨ましい……!」とか「今日はあの子かぁ」とか「いいな~」とか諸々の言葉、それはワタシが引いたこのたまごパン――正確には普通の目玉焼きが挟まれたパン……ではなくて、
「黄金の雌鶏が1日1個しか産まない黄金の卵で作った目玉焼きを挟んでいるのさ」
「ホント、真っ金々だな……大丈夫なのか、食べ物として」
「でも、凄く美味しそうに食べてるわ」
「この私が全身全霊をもって作った究極のパン、美味くないはずが無いじゃないか」
マスターの言う通り、問題無く食べられるし、思っていた以上に美味しいぞこの「黄金のたまごパン」!
こうしてワタシのテンションは最大まで高ぶったことは、最早言うまでもないだろう。
―――――――――
「あぁ……やはり特別だよ、キミは」
―――――――――
「弦十郎くん、例の話聞いた~?」
「例の……? ああ、あの欧州諸国の政府が火消しに追われているというアレのことか」
指令室に不意に現れた了子くんが言ってきたことに一瞬首をかしげてしまったが、すぐに思い当たる
「そうそう! 欧州に突如出現してユーラシア大陸中心へ向かって進行したって言うアレよ」
了子くんの言葉は当然ながら俺だけでなく指令室にいた他の面々の耳にも入る。
その中でも、情報を観る機会があったのかオペレーターのふたりが反応を示す。
「私たちの耳にも入ってきてます。特異災害の一種ではないかと言われてますね」
「けど、通常兵器を扱う軍隊によって迎撃・鎮圧したって話でしたし、ノイズとはまた別のモノなんじゃないですか?」
「一般人たちの間では「政府が秘密裏に開発した生物兵器」や「宇宙からの侵略者」なんていう噂まで出てきてる始末だ。俺たちからしてみれば、何かしらの聖遺物が関わっているか、そもそもそれ自体が聖遺物か……。どちらにせよ、情報統制が行き届かないほどの規模な出来事でネット上を中心に情報が拡散している状況、他国のことだが他人事としてみてられんな」
もし仮に、その出来事が欧州ではなく日本で起きていたとすれば……あまり考えたくないな。
「それで、撃退されたっていう「
「無理だな。あくまで俺たちは日本政府直属の機関だ。よそまではおいそれと手を伸ばせん……了子くん、わかって言ってるだろう?」
「まぁ、そうだけど……ちぇ~、だ」
……しかし、今回の欧州での出来事、俺としても気になるモノではある。
ネット上で得られる目撃情報だけで不確かな部分はあるが、機械のような蟲たちの進行ルートは確かにユーラシア大陸の中心付近に向かっていたらしい。……だが、そのルートの延長線上には
そして、情報からおおよその出現時間を割り出し、時差などを計算すると……虫型機械が出現したのは、
しかし、ここまで物理的に離れた距離では関連性も何も……俺の考え過ぎなのか?
「本当に……偶然、なのか?」
―――――――――
「欧州……まさか
「いや、だとしても今回のようなことを起こし
「ようやくまとまってきた策、その邪魔さえしてこなければいいのだが……」
適合者「欧州、だと……!?」
決闘者「『分かるように説明しろ』」
適合者兼決闘者「それは常在戦場の意志の体現『だって当然だろ?
この作品の一般読者「『どういう…ことだ…』言ってること、全然分かりません。でも
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原作前メモリア(仮)
【メモリアEP】ある年のクリスマス・イヴ
ただ、一週間が一日くらいというか、時間の感覚がおかしく思えるほど忙しなく暮らしています。
と、そんな中で本編もそこそこに書いてしまっていたクリスマス・イヴのお話です。
タイミング的には、挿入されている部分の通り原作開始前の……え?「もうとっくにクリスマス・イヴは過ぎてる」?
……クリスマスのイヴちゃんなんで、「クリスマス・イブ」です《大寒波》
冬も深まり空気は一層肌寒く、陽は短くなる。
街では、緑が活気を消し寂しくなっていた街路樹のいくつかが、木の葉の代わりに
そういえば、今朝見たテレビ番組ではちょっと贅沢なスイーツや面白おかしいパーティーグッズ、小洒落た小物など、ナウなヤングにバカウケしそうな情報が取り上げられていたっけ?
ふと視線を移してみれば、街を行き交う人たちも
そして、思う。
――――遊戯王年末放送恒例、落下回の時期か……*1
年末なんて、受験生とかがピリピリしていたり、お祝いムードだったりする中で落ちたり亡くなったりと、縁起でもないことだが……遊戯王だから仕方ない。
まぁ、恒例とは言っても、実際のところは主に「5D`s」とそれ以降の作品で一部で言われているレベルのものなんだけどね……。*2
「……なぁ、翼。葵のやつ、なんかいつもに増してボケーッとしてないか?」
「言われてみれば……何か考え事かしら?」
と、そんなことを言ったのは、ワタシの左右に並んで一緒に歩いているカナデとツバサ。ワタシと手を繋いでいるのとは逆の手でそれぞれ先程買った食材が入った買い物袋を持っている。……つまるところ、ああだこうだ考えながらワタシが街中を歩いていたのは、カナデたちとの晩ゴハンの食糧調達帰りだったというわけだ。
「もしかして、この街の雰囲気に呑まれて驚いてるんじゃないかしら?」
「ああ、なるほど――――って、ん? ……あー……そっか。そういえば、葵ってクリスマスのこと知らないかもしれない可能性もあるのか」
ん? 《オルフェゴール・クリマクス》*3がどうしたって?
……違うって? うん、知ってる。
クリスマスだろう? クリスマス。
デュエルして、ケーキ食べて……デュエルする。それが決闘者のクリスマス。……カップルタッグデュエルとか、トナカイかソリに乗ってライディングデュエルとかやり出すのかもしれないけど、それはあくまで上級…いや、超級者の悪ふざけだろう。
つまりは、ワタシにとってはやはりケーキを食べる日程度のものだ。
「ってことは、葵はサンタさんからのプレゼントは何もお願いしてないわけか……」
「それはそうでしょうけど、それ以前にサンタクロースのこともよく知らないでしょ。帰ったら一度ちゃんと教えてあげるべきじゃないかしら?」
「そうだなー。あと、せっかくだし、葵の為にもあたしたちで準備でもしてみようか」
《サタンクロース》*4? アイツの時代は、来る前に終わったよ……。
色々と独特なモンスターで、彼と《溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム》*5、《洗脳解除》*6を入れたデッキを昔組んだこともあるが……今どきは「壊獣」*7のほうが強力でサポートカードも多いから日の目を見ないんだよね《サタンクロース》って。それこそクリスマス時期にちょっと話題に上がるくらいかな?
「葵の好きな「トリシューラプリン」とか? でも、プレゼントが食べ物ってのもなんかイマイチな気がするしなぁ……いや、ケーキをあのカフェで買うってのは普通にアリだな」
「参考になりそうなのは……小さい頃、叔父様が私にくれたプレゼントかしら? 山ほど貰ったけれど……」
なにはともあれ、カナデとツバサはなにやら考えてくれているみたいだ。
ワタシもふたりに何かしてあげられないか、考えてみようかなぁ……。
―――――――――
「奏、翼。すまないが、今月の24日は予定をあけといてくれないか?」
クリスマスのことをふたりが相談していたのが昨日のこと。
カナデとツバサの
色々と予定やら準備を考えていたんだろうふたり――特にカナデは不満そうに眉を顰めているのがワタシの視界の端に見えている。
「なんでだよ、旦那ぁ。あたしたちに仕事とかは入ってなかったし、入る予定も当分なかったはずだろ?」
というのも、例のライブで色々あってからというものの、カナデたち「ツヴァイウィング」の活動は一時休止となっていてそのままなのだ。
絶唱の影響でカナデが大怪我を負っていたのも理由の一つ、それは少し前に全快したんだけど……それ以前に、喪に服すというほどでもないものの、ライブでのノイズ被害のことを考えての活動自粛がまだとられている。
活動再開は、確か来年の春先ごろからの予定だったはず。けど、何か理由があって前倒しにするんだろうか?
と、考えたんだけど、どうやら
そして、その理由を話しだすゲンジュウロウさん……ではなく、彼の後ろからピョンと顔を出したリョーコさん。
「二課でクリスマスパーティーを開催しよっかって話になってねー。それで、何かダミーの予定を入れてからの当日サプライズも考えたんだけど、せっかくなら準備から楽しんでもらおうってことでこうして予定を開けてもらううことにしたの」
「なるほど、それでですか……。しかし、その時期は皆今以上に忙しくなるのでは……」
「暇と言えばウソになるが、そんなに余裕が無いほど切羽詰まっているわけじゃぁない。それに、忙しいからといって仕事を詰め込んでいてはむしろ効率は悪くなる。時には気を休ませる時間もあるべきだろう」
なるほど……どうやら、トッキブツ内でのクリスマスパーティーへのご招待のお話だったらしい。
その話を聞いていたカナデとツバサは、仕事などでは無い事に安心した様子で……いや、むしろパーティーにはノリ気なようで興味深そうに、そして期待に目を輝かせながらゲンジュウロウさんたちと話を続けた。
ワタシはといえば、カナデとツバサについていくつもりなのでクリスマスの予定に関してはふたりの意思におまかせすることに。というわけで、なんとなくで聞きつつも会話に参加せずに、そのなりゆきを見守るだけとなった。
………………。
…………。
……。
話をまとめると……今、話し合っている面々に加え、「ツヴァイウィング」のマネージャーも務めているシンジさん、アオイさんや
あとは、パーティー内でプレゼント交換を行うから、各自プレゼントをひとつ用意しておくように……とのことだ。そのプレゼントに関する制限は「高すぎるモノは禁止」だけとのこと。ワタシのような子供が参加しているのもあるだろうし、そもそも高いモノだと遠慮や自分のと比べた際に……と言う理由で設けられた制限なのだろう。
そして――――
「それと、今後のことも考えて、葵君には色々と経験してほしくてな。まずは見知った
――――そんなゲンジュウロウさんの言葉が聞こえ、ワタシは申し訳無さ以上に「今度のクリスマスパーティー、しっかりと楽しまないと!」というある種の使命感を覚えるのだった……。
手始めに、準備からだ。
そうだなぁ。ワタシもプレゼント交換に参加するわけだから、そのプレゼントの選択から全力で挑むべきだ。きっとパーティー当日までに、カナデとツバサのどちらかが……あるいはふたり揃ってワタシをプレゼント選びの買い物に誘って連れ出してくれることだろう。
だけど、それでいいんだろうか?
以前から月々お小遣いをもらっている。色々と使ってはいるもののある程度は貯まってるし余裕はある。……ここは、自分ひとりで考えて買いに行くなり、素材を買って自分の手で用意すべきではないだろうか?
そんな考えに至ったワタシは、買うにしろ手作りにしろとにかく「クリスマスのプレゼント交換に適したプレゼントとは何だろうか?」と考え……ハッと思いつく。
―――――――――
「いらっしゃい、よく来たねぇ」
「『俺のことを忘れたか!?』」*8
「? どうしたんだい、そんな興奮した様子で……」
「『さん、だ!』」*9
「ほう……なるほど。作りたいんだね、
「『シビれるぅ~!』」*10
「もちろん手を貸すさ。準備しておくよ、必要な機材と素材を。そうしたら、描こうか……君のイメージ通りに」
―――――――――
プレゼントの準備を終えて、ついに迎えたクリスマスパーティー当日。
ワタシは「これか?」「これもいいんじゃ…」「こっちもカワイイじゃんか!」とカナデとツバサに着せ替え人形にされた末に選ばれたサンタ風コスチュームを着て行ったんだけど……パッと見はただの大きめなサンタコートなのだが、その下はヘソ出しサンタ服というものだった。
「可愛いけれど、さすがに寒そうね」だとか「なんでか似合ってる気がする……けど、露出が多い気が……」とか言われた結果サンタコートを羽織っているのだが……実を言うと《
そんなワタシの格好はさておき、始まったクリスマスパーティー。特にハプニングが起きたりすることも無く、問題無く皆楽しそうに盛り上がって進行していった。
そして、プレゼント交換も問題無く…………
テーブルをグルッと囲んで並び、用意したプレゼントを隣へ隣へとグルグル回していって途中で止める。って
その方法の性質上、ひとりが自分以外のプレゼントになったのなら必然的に全員自分以外のプレゼントが手元にいくのだが――――
「これは……ほうっ、マグカップか! このあいだひとつ取っ手を折ってしまっていたからちょうどいいな」
「おっ、あたしのは弦十郎の旦那のところにいってたかぁ! 葵は……って、
「どうしたの、奏――あら? そのプレゼント……
――――そう、どういうわけか、ワタシの用意したプレゼントだけはワタシの手元へと来ていたのだ。
ツバサの発言に、それぞれ自分の手元のプレゼントを見ていた参加者たちの視線がワタシへと向き、同時に漏れた「え?」という声が重なった。予想外の出来事に驚いているようだ。
……まぁ、どうしてこうなったかっていう理由は
と、同じくその理由に気付いたらしいシンジさんが「そういえば…」とそのことについて喋りだす。
「思い返してみれば、葵さんの座っている位置がいつの間にか違う場所へと移っていますね……その影響でこの状況になったのでは……?」
そう。ワタシは最初プレゼント交換のためにテーブル周りに並んで座っていた時とは違う位置に移動してしまっていたのだ。それがワタシだけが自分の用意したプレゼントが手元に来た原因だ。
他所に準備しておいていたプレゼントを取りに行ってる人を待っている間、カナデやツバサ、アオイさんの膝の上を行ったり来たり……で、なんやかんやあってみんな集まってきた時には、ワタシの座った場所はズレており、目の前には最初に座った時に一旦テーブルの上に置いていた自分が用意したプレゼントとは別のプレゼントがあった……おそらく、他にも目の前に別のモノがあって「あれ?」と思った人が1,2人いるはずだが……おそらくはワタシと同じく「まあいっか」とプレゼント交換を始めてしまったんだろう。
で、グルッとプレゼントを回した結果、何の偶然かワタシだけ自分の手元に自分のプレゼントが……という結果になってしまったわけだ。
まぁ、冷静に考えればこれで良かった気がする。
というのも、あのプレゼントを考えている時のワタシは気負い過ぎ――というよりは変にハイテンションになってしまっていたらしく、今思えばプレゼントの選択が尖り過ぎていた気がしたのだ。
今の気持ちは、なんていうか……こう……「ワタシ以外が貰っても喜びそうにないし、これで良かったんじゃね?」といった気持ち。諦めとかそういうのじゃなくて、これが最もいい結果なんじゃないかと思えるくらいには、我ながら一般向けではないプレゼントチョイスだったと今更ながら反省している。
そんなわけで……気にせず、カナデやツバサが止めたり「私のと交換しよう」なんて言い出す前に、包装紙を開けて自分で用意したプレゼントを広げてしまう。
「
「ええっと……機械の、ゴリラ……かな? いやっ、なんで!?」
アオイさんとサクヤさんの言う通り、ワタシの用意したプレゼントは
……もしこの場に訓練された決闘者がこの場にいたのであれば、それが何なのか一目見て気付いたことだろう。
そう、描かれたその機械のゴリラは《スクラップ・コング》*11*12!
知っている人は知っている、遊戯王OCG界の芸人枠とでも言うべきモンスターカード。自虐芸や滑り芸……ではなく、
そもそも、「プレゼント交換」と聞いたワタシの頭の中に
魔法カード《プレゼント交換》*13*14と、そのイラスト内に描かれている《スクラップ・コング》のTシャツを思い出したのがいけなかった!!
例のカフェのマスターに頼んで、パソコンで描いた絵をアイロンで貼れるシートに印刷するために機材、道具一式をそろえて貰って自作した――絵はうまく描けなかったからマスターにも手伝ってもらったけど――Tシャツだけど、冷静に考えてみればこんな《スクラップ・コング》のTシャツが一般ウケするはずが無い!
……え? ワタシ?
ワタシは普通に嬉しいよ? このTシャツ。ヤケクソとかそんなの無しで、小躍りしてしまうくらいには嬉しい。
非決闘者にはシンプルに意味不明なデザインは別にワタシには問題無いし、遊戯王ネタが込み込みって点では、デュエルに飢えている
「『ふはははーー。スゴイぞーカッコいいぞー!! 』」*15
さっそく、広げて自身の身体に合わせてみる。
……うん、作ってた時からわかってたけど、ちびっ子ボディなワタシには少々大きいサイズだなぁ。でも、寒くない夏場とかの部屋着にはちょうどいいかもしれない。丈的にワタシが成長するまで、いっそのことTシャツじゃなくてワンピースのように着てしまってもいいかもしれない。
「うーん……なんだかすごく喜んでいるみたいだし、このままでいいんじゃないかしら~?」
「なんというか釈然としない部分もあるが、それもアリ、か。どちらにせよ、子供の葵君には別のプレゼントも用意しているしな」
「たしかに、嬉しそう……だな。「トリシューラプリン」の時といい、葵の好みのツボはイマイチわかんないなぁ……」
「そ、そうね。……ねぇ、奏。今回のコレはいいとしても、今のうちに――――」
「ああ、服の好みというかセンスは早いうちに矯正してたほうがいいよな? アレは……」
ふふんっ♪
なんだかんだで《
本当に、足りないものはデュエルくらいだなぁ~。
―――――――――
翌日。
カナデとツバサに挟まれて寝ていたワタシが目を覚ますと、その枕元には大小
ひとつ目は、
ふたつ目は、「ツヴァイウィング」の楽曲「逆光のフリューゲル」のサビのオルゴール。
一際大きな箱に入っていた3つ目は、立派なCDプレイヤー。
と、ついでにそのすぐそばに4つ目の小さな包み――近場のショッピングセンターに入っている洋服屋で使える商品券。
そして最後の5つ目は……千年パズルが描かれた黒いTシャツだった。
サンタクロース……いったい何者なんだ……っ!?
地味に存在する、明かされていない設定。
これをきっかけに、
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原作・一期
2-1
お盆は休みだけど休みじゃ無い、「僕だ!」です。
放置していたTwitterを使って、更新予定や更新報告、その他シンフォギア諸々の呟きをちょこっとつぶやいていく予定です。
https://twitter.com/na44COP6ODdbmL5
そして今回、更新期間が空いた割には……短いです!だいたい、遊戯王成分が少ないせい。
原作主人公・立花響ちゃん視点で、原作の通りのような色々と違う部分が見え隠れしているような……そんなお話となっています。
リディアン音楽院、その高等部。
その校内にある食堂で、わたしは友達と一緒にお昼を食べていた。
「CD~CD~♪ 「ツヴァイウィング」CDの発売日~♪」
ゴハンの途中でもそんな言葉がついつい出てしまうくらい、今日のわたしはハイテンション!
「ツヴァイウィング」。天羽奏さんと風鳴翼さん、二人一組のアーティスト。人気は国内有数だっていうのは、もう言うまでも無いかな?
わたし、
2年前、「ツヴァイウィング」のライブ会場に偶然にも特異災害「ノイズ」が出現して、多数の死者・行方不明者がでた事件があった。それをきっかけに「ツヴァイウィング」は活動を休止してたんだけど……少し前からまたアーティストとしての活動を再開して、それからは休止前の勢いを取り戻して――ううん、それ以上の勢いで人気爆発中なんだよね!
「立花さんってば、今日は一段と賑やかですわね」
そんな言葉に反応して目を向けてみると、斜め前に座ってる
「ビッキーが「ツヴァイウィング」のファンってことは知ってたけど、まさかここまでとはねぇ」
いつからか独特なあだ名でわたしを呼ぶようになってた
「もうっ響ってば、朝からこんな調子なんだから」
「だって発売日なんだよ!? 初回特典つきのやつなんて、凄くて凄くてそれはもう……売り切れ必至だよ!」
幼馴染の
「うーん……響が
そう。何を隠そう、わたしがこの春から通っているこの「リディアン音楽院」の高等部には「ツヴァイウィング」のひとり・翼さんが在籍してるんだ! ……アーティストのお仕事でいない時がけっこうあるらしいけど。
ちょっと前までは奏さんも「
でも、そういえば……
「翼さんのこと、この食堂で一回も見たこと無いんだよねぇ? アーティスト活動があるのは知ってるけど、こうも会えないのは……それだけ、忙しいってことかな?」
「確かに、言われてみれば……
「翼さんは、お昼になると何処かへ行ってしまわれるとか。噂では他所にいる奏さんに会いに行っているのではないかと言われてましたわね」
わたしの疑問に頷いてくれた未来に続いて詩織ちゃんがそんなことを言った。
なるほど。打ち合わせとかがあるのかもしれないし、そうじゃなくてもお昼休みだけでも一緒にいるっていうのは有り得るかも? 雑誌の特集記事とかでも仲がすっごく良い感じだったし。
「噂と言えばこの学校、入学直前に亡くなっちゃった髪の長い女の子の幽霊が度々現れる話が……」
「学校に幽霊だなんて、そんなベタな……アニメじゃないんだから」
こんな感じに、お友達と一緒にお昼休みを賑やかに過ごした。
あー、でも、早く放課後にならないかなぁ~?
―――――――――
「はぁ、はぁ、特典♪ はぁ、はぁ、CD♪ はぁ、はぁ、特典♪ はぁ、はぁ、CD♪」
学校が終わってすぐの放課後。同じ部屋に住んでる未来には先に帰ってもらって、わたしは「ツヴァイウィング」の新CDを買いにCD屋さんにむかってた。
初回特典付きのCDを求め、呼吸にちょっとした掛け声を入り混ぜながらわたしは歩道をひた駆ける! ……とは言っても、軽いジョギングくらいなんだけどね。
さぁ、この曲がり角を曲がったこの通りに、目的地であるCD屋さんが――
「はぁ、はぁ……ふぅ……。CD屋さんまだあと少し――……えっ?」
あちこちのガラスが割れている、曲がり角すぐにあるコンビニ。
黒い煤の塊が、あちらこちらに……そのうちのいくつかは、まだ
「これ、まさか……ノイズのっ!?」
間違い無い。
こんな状況を作りだせるのはノイズ以外には有り得ないんだから。
じゃあ、そのノイズたちはどこに?
ノイズは、人を炭素化させる時に
ノイズは人間
「きゃあああああああああっ!」
「っ!?」
聞こえてきた悲鳴。その聞こえ方からして、場所はそんなに遠くないみたい。
そう判断する
「さっきの声、確かこっちのほうから……あっ!」
「やあぁぁぁ……」
壁を背に、ノイズたちに迫られている女の子が。涙をにじませて今にも泣き出しちゃいそうな顔をしてるのが、遠目でもわかる。
けど、まだだ。
運の良いことにノイズたちとの距離がそこそこある。諦めるには、まだ早い!
「こっちに――ううん、今行くからね!」
一見したところだと怪我とかは無さそうだけど、実際はどうかはわからない。仮に本当に無かったとしても、状況が状況だけに、腰を抜かしちゃったりしてて満足に動けるとも限らない。それに、あの女の子がわたしの方に走ってくるよりも、わたしがあの子の方へと走った方が合流は絶対早い。ノイズとの距離は詰まってしまうかもしれないけど仕方のないことっ、なんとしてもあの子を助けるんだ!
「もう大丈夫! 走れる? さあ、お姉ちゃんの手を掴んでっ!」
「でも、ママが……」
全速力で駆け寄って声をかける。そうしたら、顔をあげた女の子がわたしに言ってきたのはそんな言葉だった。
聞いてすぐに
「はぐれちゃったんだね? ……わかった、逃げながら探そう! だから、ノイズが来る前に……っ!」
「う、うん!」
迫ってくるノイズ。
「もしかしたら、この子のお母さんは…」っていう、イヤな考えと不安な気持ちに「そんなはずない!」って言葉でフタをして、しっかりと……けど、痛くないように気を付けて女の子の手を握ってあげて走り出す。
必ず、この子をお母さんのもとへ連れて帰ってあげなきゃ!
走る、走る、走る……。
ノイズとの距離は縮まらなかった。でも、一生懸命走ってるはずなのに広がりもしなくて、それどころかシェルター目指して曲がろうとした十字路や脇道の先からわたしたちを追って来てたのとは別のノイズたちがコッチに来てたりして、結果的に追いかけてくるノイズがドンドン増えていくばかりだった。……他に襲う
数を増やしたノイズたちから逃げているわたしの背中には、あの女の子がいる。
そうなったのはノイズから逃げてる最中、女の子が足をもつれさせてこけてしまったから。
わたしが手を握ってあげてたから、血が出ちゃうような擦り傷ができるほど盛大にはこけなかったけど、それでも足が一回完全に止まってしまった。
「お、おねえちゃん……! もう、にげられないよ……」
こけた時、女の子はそんなことを言ってた。
息が苦しくて、体のあちこちが痛くなって……それでも、グッとこらえて走ってきた。だけど、一度転んで止まってしまった足は、もう思うように動かせなくて……それで、弱音を吐いちゃったんだ。
でも、だからって諦めない。見捨てたりなんて絶対しない!
「大丈夫……お姉ちゃんがおんぶしてあげるから! ――さあっ!」
――――というわけで、今は女の子をおんぶして走ってるわけだけど……どうしよう、
もちろん女の子をおんぶしたことがじゃない。重さはそんなに気にならないし、それがあってもなくても息も足もいつかは限界がくるんだから、今更どうこうなるわけじゃない。それに、こうしてこの子を助けたことに後悔なんて全く無いんだから。
問題なのは、今走っている方向が避難シェルターから離れていく方向……海岸沿いの工業地帯に突入しちゃってることだ。……よくよく考えてみると、偶然なのかわかんないけど、シェルターの方へと行こうとするとその道にノイズが見えて結局は別方向に行かなきゃならなくなってばっかりで、これまでにまともに避難シェルターの方にいけてたことが無かったような……?
……あっ!?
そんなことを考えながら走ってたからか、それとも限界ギリギリでも鞭打って無理させてきた身体が悲鳴をあげたのか、今度はわたしがさっきの女の子みたいにこけてしまった。
「きゃあ!?」
わたしがこけちゃったから、背中からしがみついてた女の子も一緒になって倒れちゃうわけで……地べたとの間にはわたしがいるけど、勢いとか衝撃とかはあったのか、わたしから手が離れてちょっとずり落ちてしまったみたいだ。
でも、怪我とかはしてないみたいで――ついでに、おんぶされてる間に体力がいくらか回復してたのか――わたしの上から避けて立ち上がってくのが、背中の感覚でなんとなくわかった。
わたしも急いで立ち上がって、顔をあげる。
「い、いたた……だ、大丈夫? ごめんね、怪我はしてない?――っ!?」
顔をあげて見えたのは、方向からしてわたしたちを追って来てたのとは別のノイズたち。
それに気づいたわたしは、限界なんてとっくに超えてる身体をなんとか動かし、急いで立ち上がった。そして、ヤツラがいるのとは別方向への逃げ道を探して――――固まる。
気付かないうちに、工業地帯の一角で挟み撃ち――いや、袋小路に追い詰められてた。
後ろから追ってきてたノイズなんて、もうあんなところまで……!
こんなの……もう……
「……おねえちゃん。わたしたち……しんじゃうの……?」
わたしが漏らしちゃった不安を感じ取ってか、女の子がそんなことを言った。
こっちを見上げてくるその目には涙が溜まってた。その小さな体は震えてた――それだけじゃない。わたしの体も、疲労とは別の何かで震えてしまってた。
死ぬ……? 死んじゃう……? わたしたち、ここでノイズに――
―――――――――――!
――――生きるのを諦めるなっ!
「…………っ!!」
あの日、あの時――突然の出来事に逃げることすらできなかったわたしを、目の前でみんなが
ノイズに震えて動けなかったわたしに力をくれた声が――痛みで、熱さで、冷たさで、意識も何もかも手放してしまいそうだったわたしを引き戻してくれた声が、聞こえてきたような気がした。
そうだ、わたしはあの人たちに救われたんだ。
絶望と言う名がふさわしい、あの惨劇の最中で。あの時、わたしを救ってくれたあの人は、とても優しくて、力強い歌を口ずさんていた……。
わたしは……わたしは、あの人のように凄い人間じゃない。ただただ他人の為に頑張ることしかできない、小さな小さな存在だ。だから、きっと出来ることなんて限られてる。
それでも、わたしがしなきゃいけない……――何か出来ることが、きっとあるはずだっ!
「お、おねえちゃ……」
そばで震える女の子を安心させる――――わたしを奮い立たせる言葉が、
「――かっとビングだ!」
「かっと……びんぐ…?」
ポカンとした顔で聞き返してくる女の子に、わたしは目一杯の笑顔で頷いてみせる。
吹けば飛んでしまいそうなほど小柄で、ちょっとの衝撃で折れてしまいそうなほど細くて……わたしなんかよりも幼い青い髪の女の子が、勇ましくノイズへと跳びかかっていった時に言ってた謎の言葉。
意味なんて当然全然わからなかった。不安なんて無い、心配なんていらない、その力強い言葉は確かにわたしに何かをくれたんだ。
――――その歌は、わたしの口から自然と紡がれていた。
「Balwisyall Nescell gungnir tron……」
光が、わたしの視界を塗りつぶして――――
―――――――――
特異災害対策機動部二課。通称「
特異災害「ノイズ」を、櫻井理論を基に聖遺物の欠片で作られた「シンフォギア」を用いて駆逐する実働部隊である彼らの本部――リディアン音楽院の地下にある施設――の指令室は、複数個所に現れたノイズへの対応に追われて慌ただしい空気に包まれていた。
そんな中、新たなエネルギー反応を観測しそれの特定に着手したオペレーター2人が、その手を素早く動かしながら報告をしていく。
「反応、絞り込みました! 位置特定!」
「ノイズとは異なる高質量エネルギーを検知!」
「――まさかこれって、アウフヴァッヘン波形!?」
オペレーターの驚愕に染まった声に、指令室と通信先がにわかにザワつく。
『まさか、私たち以外のシンフォギア装者が……?』
静かに、しかし確かに困惑の色が見え隠れする声。予想外の出来事は、別の場所でノイズへの対応に追われていた風鳴翼にもだったようだ。
さらに、今観測された波形と過去に計測されたデータとが参照されていき……新たな事実が判明する。
「ガングニールだとっ!?」
特機部二司令官・風鳴弦十郎の声が、指令室内に響く。
『ガングニール!? なんだってあたしのと同じ聖遺物が……!?』
自身のシンフォギアと同じ聖遺物の反応を示したことに一番強い反応を見せたのは、翼と同じく別の場所でノイズと戦闘を行っていた天羽奏だった。
そして――――
「『闇の扉が開かれた』」*1
―――――――――
光に包まれた視界が晴れた時、わたしの格好は変なことになってた。
少しぴっちりとしたボディスーツになってて、その上から鎧?があちこちにくっついてて……でも、別段動きにくいとかそういうわけでもなく……?
「え……えええ? なんで!? わたし、どうなっちゃってるの!?」
この格好……全身が見えるわけじゃないけど、なんだか、あの時わたしを救ってくれた人の――奏さんの――格好に似てるような……?
それに、なんだろう? 胸の内側から、歌が浮かんでくる! 優しくて、それでいて力がこんなにも溢れて――
「おねえちゃん、かっこいい!」
さっきまで震えてた女の子が、目を輝かせてわたしのことを見てきてた。
そうだ……なんだかよくわからないけど、確かなのは、わたしがこの子を助けなきゃいけないってことだよねっ!
あの日の、奏さんや、
あの女の子とはいったい誰なんだ……?(節穴)
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まるで意味がわからんぞ!
XV第7話でテンションがおかしくなってる「僕だ!」です。
それもそうだろう。心臓部とも言える聖遺物は簡単には手に入らず、「シンフォギア」そのものもそう簡単に作れるものではないのだから
それこそ、「シンフォギア」の根幹にある理論「櫻井理論」の提唱者その本人であるリョーコさんくらいしか作れてないらしいし……あれ? それじゃあ、闇リョーコさんあたりが横流ししてたりする可能性があるんじゃなかろうか? あの人、未だに謎が多いし、ノイズのことも物的証拠こそ無いものの関わってるっぽいし……敵か味方かいまいち判断できないんだよなぁ。
「早急に現場の状況確認を! 奏と翼は目の前のノイズの駆逐が終わり次第、現場へ急行してくれ!!」
『今ちょうど全部ぶっ潰したとこだ。すぐに行くっ!』
『こちらも同様に。ほど近いのでこのままの状態で向かいます』
ゲンジュウロウさんの指示に応えて、通信の向こうからカナデとツバサの元気な声が聞こえてきた。どうやら、怪我も無く元気にノイズたちを
……ノイズ討伐にワタシも出ないのかって?
2年前のライブ以降、そして「皆神山」での出来事でより一層、ツバサが拒否するのだ「葵は戦わなくていい。私たちだけで十分だ」って。それに対してカナデは複雑そうな顔をするんだけど……結局は口出しはしてこなかった。あれはなんだったんだろう?
まぁワタシとしても力になりたい半面、あの「皆神山」での出来事で判明した「ノイズに有効打を与えられない」事に対しての解が得られていないため、積極的にノイズと戦おうとは中々……それでも、いつまでも原因不明のままではなく戦ってみて検証すべきだとは思うのだが、ノイズ出現って人命に関わる事態なのが基本だからなぁ。
「聞こえるか緒川。シンフォギア装者であろう人物の確保を……荒事にはならんとは思うが、いちおう気を付けておいてくれ」
『わかりました』
あっ、外でカナデたちのサポートにあたってたシンジさんも謎の装者への対応に加わるみたいだ。あの人が動くなら大丈夫だな。
「ドローンからの映像、きました! 女の子が幼い子を
うわぁ、すごいなぁあの子、高い所とかからもピョンピョン跳んだりしてる。本人もそうだけど、抱っこされてるちびっ子もオエッってならないのかな?
あっ、跳びかかってきたノイズを片手でぶん殴った。カナデたちの時と同じく、ノイズ
……ん? あの顔……いや、気のせいか?
「外見的特徴、奏ちゃんの「ガングニール」に似通っている部分が確認できます。……おそらくシンフォギア装者で間違い無いかと」
「そうか……すまない、友里も緒川と共に彼女の確保にまわってくれ」
「はい。民間人保護の手配もしておきますね」
「ああ。状況からしてあの小さな子は保護者とはぐれた可能性がある。子供を探している親御さんがいないか情報の確認も頼む」
気配りの出来る男、ゲンジュウロウさん。ちびっ子の方へはもちろんのことだが、謎の装者が女の子であることを確認して女性の
……しかし、そもそも男性の装者というのも有り得るのだろうか? 疑問ではある。
そうそう。今席を立ったアオイさん。ワタシと顔をあせる機会が多かった女性オペレーターで、その名前はフルネームで
ワタシの名前が「
だが、そうやって同じ「アオイ」になったからか他人には思えなくなっていき、ワタシのことを何かと気に掛けるようになったそうだ。そんな話を聞く前も後も、確かに何かとかまってくれる人ではあった。おそらくはカナデとツバサ、ゲンジュウロウさんにリョーコさん、シンジさんまでを除けば、一番お世話になっている……いや、やらかしてくるリョーコさんや過保護なカナデとツバサのことを考えれば、ほど良い距離感にあるアオイさんはむしろ何かと遠慮がいらずワタシとしても接しやすい相手であったりする。
……まぁ、メイゼリフばかり言ってしまう様になった時に「あんなに良い子だった葵ちゃんが、どうしてこんな目にあわなくちゃいけなかったの……」と泣かれた時は、色々と困ったし、なんか自分が悪いことした気になってしまって罪悪感が大変だったが。
「しかし、彼女はいったい……?」
おおっと。アオイさんの退出した扉の方をジッと見てたら、いつの間にか事態はすすんでしまっていた。
画面の向こうでは謎の装者の女の子に代わって駆けつけたカナデとツバサがノイズの群をバシバシやっつけているし、その画面を見つめるゲンジュウロウさんは難しい顔をして何か呟いている。
「うーん……仮に、奏ちゃんのとは別の「ガングニール」の
リョーコさんも首をかしげてそんなことを言ってる。
ワタシだけだろうか? あの子にどこか見覚えがあるのは? 見た瞬間に、ちょっとビクッてきたんだが……?
見たことある気がするって言ってるだろう?
何で逆の……いや、そもそもこんなセリフは…………あったような、なかったような……? ワタシが口走ったってことはどこかであったセリフなんだろうけど、すぐにパッとは思い浮かばないなぁ?
「装者の新入生って意味ではその通り……なのかな?」
「いや待て」
ワタシの言った事を真に受ける男性オペレーターの言葉に、ゲンジュウロウさんが待ったをかける。そりゃそうだ――
「あの少女……どこかで見たことがあるような気がしたが、今年入ったリディアンの新入生だとすれば、あるいは……?」
「それなら、あのシンフォギアの出所はともかく、装者としての適性については説明がつかなくは無いわね」
――アナタも真に受けるんかい。
というか、リョーコさんが言ってるのは……ああ、そういえば「リディアン音楽院」って装者としての適性のある子を集める意図もあるとか言ってたっけ?
そうこうしている間に、ノイズはカナデたちが全滅させたようだ。現場にシンジさんやアオイさんを含め二課のひとたちが集まってきてる。
あっ、アオイさんが謎の装者の女の子に飲み物の入ったカップを渡してる。声は聞こえないが、きっと「あったかいもの、どうぞ」って言っていることだろう。春とはいえ夜は夜、そこそこ冷えてはいるから外での活動の後の温かい飲み物はちょうどいいだろう。
んん? あの女の人は……ああ、抱き抱えられてたちびっ子のお母さんか。ノイズが出現した中、親子共に無事でよかった。
いつの間にかシンフォギアが解除されてるっぽいあの女の子も、そんな親子を見て安心している様子が遠目からでも見て取れた。逃げるにも戦うにも邪魔になってしまいそうなちびっ子を見捨てたりせずに抱えて逃げていたあたりからもわかってたけど、本当に良い子だな。
……まぁ、そんな彼女は黒スーツ&サングラスのエージェントたちに囲まれてしまったわけですが。あっ、シンジさんがゴツイ手錠まで用意してる。この扱いは、もはや凶悪犯か何かのような気もするが……まぁ、あのシンジさんだし、指示出してるのもゲンジュウロウさんなわけだから何か考えがあってのことで、あの子を悪いようにはしないだろう。
「困惑はしてるけど暴れたりはしないみたいだし、とりあえずは大丈夫そうかしら?」
「そのようだな。体調の方は見た限りだと怪我も無くしっかりとしていそうだが……メディカルチェックの用意はしておいてくれ」
「それはもう、バッチリよ~」
用意はバッチリでも、むこうがそれに応えてくれるかどうか……いやまあ、あの様子からして普通にいい子っぽいし、コッチが変な事しない限りなんだかんだで付き合ってくれそうではあるか。
というか、シンジさんの後をついて歩きカナデとツバサに挟まれてオロオロしているその様子からして、なんていうかごくごく普通の一般人感がハンパなく感じられるんだけど……。
うん、今ワタシが考えても答えは出ないことだな。
「となると後は……アレだな」
「……はっは~ん? そういうことね」
顔を見合わせ頷きあうふたり。
いったい何を言っているんだろう?
「歓迎会だな」
「歓迎会ね!」
―――――――――
なにはともあれ、唐突な歓迎会である。
あれからそう経ってないのに、トッキブツ本部内に会場とか飾り付けとかパーティーグッズとかが用意できている事は、驚くべきか呆れるべきか……。
可愛らしくデフォルメされたネコのイラストなどと共に「ようこそ2課へ」や「熱烈歓迎!」、それに「立花響さま☆」などとデカデカと書かれた横断幕まで吊し上げてて……なんていうか、力の入れ所、間違ってるよね?
ワタシか? ワタシはそこらに飾り付けられてる折り紙の輪飾りを作ったよ。
ノリノリじゃないかって? いやだって、ここのトップのゲンジュウロウさんが
それに、ゲンジュウロウさんたちも何の考えも無しにいきなり歓迎会なんて開こうとしているわけではないようだ。ノイズに襲われてた矢先にいきなり連れ去られる……そんな緊張を解かせる&敵ではないということのアピールらしい。
効果があるかどうかはひとまず置いとくとして、まあ納得は出来た。
シンジさんから、謎の装者及び
「ようこそ! 特異災害対策機動部二課へ!!」
「えっ?」
破裂音、そして飛び交うリボンと紙吹雪。それらを前に困惑する女の子。まあ、そうなるよね。
しかし、手錠をしたままの人をここまで楽し気に歓迎する
手元に残ったクラッカーのゴミをまとめながら、ワタシはそんなことを考える。
「ハァ……緊張感のない」
「あっはは、だと思った」
シンジさんと共に女の子を連れてきたツバサとカナデが、それぞれため息を吐いて頭を抱えたり苦笑を浮かべたりと、目の前の出来事を何とも言えない様子で見ていた。
「さあさあ、笑って笑って~」
「……えっ! ちょ、手錠を付けたままの写真なんて――あ」
女の子を抱き寄せて、自撮りで一緒に写真を撮ろうとするリョーコさん。
呆然としてた女の子は、反応に遅れつつも逃れようともがいていたが撮られてしまったようだ。彼女にとってはとんでもないものが記録として残ってしまったわけだが……シンフォギアの肌露出有のピッチリとしたボディスーツも手錠とは別方向に黒歴史化しそうだと思うのは、ワタシだけだろうか?
「ね、立花響ちゃん? 私は櫻井了子。あの櫻井理論の提唱者なのよ?」
「櫻井……理論?」
リョーコさんによる唐突な自己アピールに首をかしげる女の子改め、
と、リョーコさんのおかげであることが判明した。この子が聖遺物やシンフォギアの研究に関わったことがないということだ。
もしも、彼女がそう言った研究機関の関係者なら、「櫻井理論」という言葉、そして櫻井了子の名を本気で知らなそうな反応はできないだろう。……超演技派の可能性もありはするが、このヒビキちゃんがそんな人には見えない。
だが、そうなるとあのカナデと同じシンフォギアはなんだったのか、何故ヒビキちゃんが持っていたのか……そういう部分が引っかかってくるのだけど……。
「そ、それよりあの、どうして初めて会う皆さんが、わたしの名前を……?」
「我々二課の前身は、大戦時に設立された特務機関なのでね。調査などお手のものなのさ!」
軽快な笑顔を見せるゲンジュウロウさんだが、ワタシは知ってるぞ。それが、調査と呼べるか微妙なラインだったということを。
ノイズ出現区域のすぐそばで回収されたカバンに、彼女の生徒手帳など個人特定に至る物品が入っていたため判明したのだ。なお、ワタシの発言から何故か進められてた今年度入学者の中から特定する作業も、ほぼ同時にヒビキちゃんを特定することが出来たらしい。だから、色々と微妙なラインなのである。
けど、このカバンいい加減返してあげないと。色々あって、途中で落としていったかどうかしたカバンのことは忘れてしまっているのだろうが、間違い無く後ほど気づいて困り果ててしまうだろう。
実はそのカバン、既にある程度の調査・確認はすませていて、返却の用意は出来ている。厳密に言えば、この歓迎会の会場の脇にすでに持って来ていつでもOKな状態なので、手早く返してしまってもいいんじゃないだろうか?
というわけで、クラッカーのゴミを捨て終えたワタシは、駆け足でそのかばんを取ってくることに――
――あれ? 一緒に置いてあったはずの生徒手帳は……?
って、見てみればヒビキちゃんの前にいるリョーコさんが、いつの間にか
「――なんて、ホントのところは響ちゃんの生徒手帳をちょ~とばかり拝見させてもらったの♪」
「ああ~っ! それ、わたしの! それにカバンまで……!? 何が「調査はお手の物」ですか!? 返してくださいよぅ!」
そう言って、いつの間にか手錠を外して貰ってたらしいヒビキちゃんが、リョーコさんから半ばふんだくるような勢いで生徒手帳を取り返し、その勢いのままカバンを持ったワタシの方へと来て――
「……あっ」
寸前で止まったヒビキちゃんと、ワタシと、目と目があって――
「あなたは、もしかして……!」
――――っ!?
……気づけばワタシは、跳び上がって数歩後ろにさがってしまっていた。それも尻餅をついて。もちろんカバンをその場に落してしまっていた。
なんだろう、この身体の芯から冷え切るような感覚……!?
画面越しに見た時も見覚えがあるような気がしたのと共に「あれ?」と違和感を覚えたが――今、パッとその顔を正面から迫ってきたヒビキちゃんを見た瞬間、背筋がゾゾゾーッとしたんだけど!? なんでだ!?
でも、こうしてじっくりと見てるぶんには、特に何にも感じないんだよなぁ?
……
あぁそうだ!
この子、
――――って、あ、ちょっ!?
「あなた、葵に何をしたの? 返答次第では……っ!!」
「ごっ、ごめんなさい! その、何をしたっていうか――」
「それはあたしも聞きたいなぁ? あぁ?」
「ふえっ? ちょっ奏さんまで――ひぃ!?」
待て待て待てぇい!?
木刀を首に突きつけるな! 第一、ツバサは
あとカナデはカナデで、ワタシと女の子の間に割って入って睨みつけないっ、ガンつけする不良か! ていうか、もしかしてあの時の子だって気づいてない!?
そもそもキミたち、アイドル系のアーティストぉ! しちゃいけないことだってあるってば!!
よりにもよって、その子はファン! 「
「『君も俺のファンになったのかな?』」*5
「! はい! ええっと、ファンになったというか、前からっていうか……その、どう言えば……と、とにかく! 助けてもらったことのお礼がずっと、すーっと言いたくって!! あっ! それは翼さんや奏さんにもなんですけど……」
ファンなのか!?
途中迷うように言葉に詰まりながらも真っ直ぐな目で見つめてきながら話すヒビキちゃん。おそらく内容は、ワタシの予想している通り、あの「ツヴァイウィング」ライブの時のことだろう。
そのことに気付けている人はワタシ以外にはいないのか、とりあえず目に見える範囲では首をかしげたり、頭に疑問符を浮かべ呆気に取られている人ばかりで、納得しているような様子の人はゲンジュウロウさんやリョーコさん含め、見当たらなかった。
まあ、このままヒビキちゃんが話してくれれば、みんなわかるだろうしそう気にすることでもないか。
「『だって当然だろ? デュエリストなら』」*6
「人助けが、あたり前……! そっ、それでも! 本当に、ありがとうございましたっ!!」
そう言って深々と腰を曲げて頭を下げてくるヒビキちゃん。数秒
……ワタシ、何も言う気はなかったんだけど?
というか、この様子じゃあ
「ゴホンッ……よくわからんが、とりあえず話はひとまずまとまった……ということでいいのか? ああっ、奏と翼はひとまず下がっていろ」
よくわからない空気を変えたのは、一つ咳払いをして喋りだしたゲンジュウロウさんだった。
ゲンジュウロウさんに言われたカナデたちは素直にヒビキちゃんの前から退いた。それを確認し頷いたゲンジュウロウさんが改めて口を開く。
「さて、君をココに呼んだ理由だが、協力を要請したいことがあるんだ」
「……もしかして、さっきのあのチカラのことですか? 教えてください!
「いやぁー、このおちびちゃんが言ってたことは関係無いから、ね? でも、気になるのはわかるわ。っと、その前に、質問に答えるためには二つばかりお願いがあるの」
苦笑いをしながらも、ズレそうになった話を修正していくリョーコさん。
しかし、これでようやく本題に入れそうだ。
なんというかだいたい半分くらい、ワタシのせいで変なことになってて、本当に申し訳無い気持ちがある……。けど、現状ワタシ自身ではどうしようもないんだよなぁ、このいうこときかないお口は。
「……とりあえず、脱いでもらいましょうか?」
「へ……な、なんでぇ~!?」
そんなヒビキちゃんの叫び声が、本部に木霊した……。
―――――――――
「脱げ」と言ったのはメディカルチェックのためだったそうです。
知ってたよ? ワタシも、これまでに何度も受けた事があるんだから。
そのメディカルチェックを終えた頃には、日は暮れ、夜も夜。
ノイズとの戦闘などなど色々とあったことも加わり、ヒビキちゃんは立ったまま寝そうになったりするほどお疲れモードで、まともにお話できるような状態ではなかった。
カナデとツバサに、ワタシも眠くならないか心配されたがワタシ自身は別段眠気に負けそうになったりなどはしなかった。
そんなわけで、今日はとりあえずお開きにして、詳しい話はまた後日に機会を……ということになり、解散。
ヒビキちゃんはシンジさんが連れて行き、ワタシはカナデとツバサに連れられてカナデの家に帰ることになった。
ああ、そうそう。
ワタシだが、カナデが退院してからはカナデの家とツバサの家を行ったり来たりして暮らしている。とは言っても、どちらかの世話になっているというわけではなく、
それって、もうどちらかで3人で住んだらいいんじゃないかな?って思ってたりする。そもそもワタシが来るまではカナデとツバサで一緒に住んでたっていうし。
そして、風呂に入ったり髪を乾かしたりと、軽く身支度を整えてから、3人一緒に布団で川の字になって寝ることに。当然のようにワタシはふたりに挟まれて寝転んでいるのである。
まあ、こうしている時点でわかると思うが、ワタシは寝ようとしてはいるもののまだ意識は全然ある状態だ。
「……くゥ……くゥ」
規則正しい寝息をたてているのは、ワタシが天井を向いて左手側にいる翼。すっかり熟睡しているようだ。
そして、反対方向にいる奏だが……
「……わかってる。あの子は葵と一緒だ。あたしとは違って、自分のためじゃなくて他人のために一歩踏み出せる――踏みだせてしまうヤツの目だ……」
ワタシの頭をほんのりと撫でながら、何か呟いているんだ。これはいったい……?
「みんなはまだ分かってないみたいだったけど、あの子がシンフォギアを……それも「ガングニール」となったら、
あぁ……カナデもカナデなりに、色々考えてたんだな――――いや、考えてもまとまりきらなかったからこそ、あんな感じだったのか。複雑な心境の中、答えが出せずに、かといって周りにそれを悟られるわけにもいかず……周りの流れに任せるっていうか、いつものノリで
全部を知ってるなんて口が裂けても言えないけど、
それでカナデなのだが、裏表が無いサッパリとした性格――というのも、決して間違いではないのだが――他人に見せるのがそちら側ばかりでそういう
「家族の仇討ちだって、二課に自分を実験体として売り出すような真似して時限式の装者に無理矢理成ったあたしがどうこう言えた立場じゃないのはわかってる……。けど、あの子はあたしとも翼とも違う、コッチ側の人間じゃない。コッチに来たら、絶対どっかで後悔する。けど、きっとあの子は……間違い無く、装者として戦う道を選んじまう……! あたしは……あたしはどうすれば、どうしてやれば、
……しかし、困ったことにワタシが何かしてあげられるわけではないのが現状である。
過去に起きた事は過去のこと、ヒビキちゃんがどういう道を選ぼうとそれはあくまで彼女自身の意思の話。そして、残されたのは……結局のところカナデの気持ちの問題って部分になると思う。それを解決するなんて難しい。ワタシが喋れないことを考えればなおのことだ。むしろ、どうしろというのだろうか?
こんなワタシでも出来ることなんて……それこそ、そばに居てあげることくらいだろう。
「っ……わ悪い、起こしちゃったか?」
「『邪魔しに参った』」*7
ヨジヨジと動き頭上方向へと移動する。そして、疑問符を浮かべているカナデの隙をついて頭を軽く抱くように腕を回してしまう
「っ!? あお――――」
背中のほうへ伸ばした左手でトン…トン…と軽く叩きながら、右手では頭をゆっくりと撫でてあげる。
「葵……? ごめ――いや……ありがとうな……」
お礼を言われるほどのことじゃない。それに、なんだかんだでお世話になってるわけだし……けど、このくらいのことしか出来ないっていうのが申し訳ない。
せめて、子守唄のひとつやふたつ歌えでもすればよかったのだが……。
……………………。
………………。
…………。
「すぅ……すぅ……」
優しく抱きしめ撫でていると……気づけば、何時の間にかカナデは寝息をたてはじめていた。
……ふむ、良い寝顔だ。ワタシもあとちょっと続けてから眠りにつくことにしよう。
「――――――――― ―――~♪ ――――――――― ―――~♪ 」
地味な勘違いを続けているイヴちゃん。
それはいいとしても、色々と問題が……?
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2-2
ネタバレですが、今回は本当に一言も喋ってないぞ、それどころか……大丈夫か主人公!? もっと話に絡めよ! 名ばかり主人公になってしまうぞ!!
……ま、まあ、色々と初々しい響ちゃんと共に、今しか味わえない(かもしれない)静かなひとときを味わっておけばいいのだと思います。たぶん……。
『おらおらぁっ!』
『ここから先、鼠一匹通れると思わないで!』
通信越しに聞こえてくる声。
山林に現れ市街地へと向かおうと移動を開始したノイズに対し、駆けつけた装者たち――奏と翼が己のアームドギアである槍と刀を振るい、次々に
そんな中――――
『うわわああぁぁあぁ~!? ちょ、ちょっとタイムぅ! って、ひゃぁん!!』
――――3人目のシンフォギア装者として二課に所属することとなった響君は、数体のノイズに追いかけ回され、跳んだり転がったりして不格好ながら逃げ回っていた。
『お~い。無理だって思ったら、いつでもこっちに来ていいぞー? あたしらがソイツらもぶっ倒すからさ』
『奏がそうやって甘やかすから、成長しないのよ。……せっかく人里離れた場所に出現して周囲を気にせず余裕を持てるんだから、今回こそちゃんと戦ってみせなさい』
背中合わせに立って離れた場所で走り回っている響君に向かって声をかける奏と翼。いい具合にアメとムチになりそうなふたりそれぞれのスタンスだが……。
『そ、そうなんですけど……ううぅっ!
「1ヶ月経っても、大きな進展は無し……か」
装者たちの戦いを映し出した映像を前にした俺の一言に、指令室にはなんとも言えない空気が漂った。
……いや、決してここにいる連中が響君に対して失望したなどと言うことでは無い。……むしろ、あれくらいが
あの日、突如現れた新たなシンフォギア装者、立花響君。
日を改めて行われた、彼女への説明やメディカルチェックの結果の報告。それらを終えてから、俺は改めて彼女へ特異災害対策機動部二課での対ノイズ作戦行動への協力を申し出た。
その答えは――
――――わたしのチカラで誰かを助けることが出来るなら!
――そう。彼女は共に戦うことを選んでくれたのだ。
しかし、響君のノイズとの戦闘は上手くいっているとは言いがたいものだ。
こうしてノイズと相対するのは初めてでは無い。なのに逃げ回る……いや、
以前にも、ノイズに逃げ回るしかできないことがあり、帰還した際に前線から下がり戦わない道を選ぶことを勧めてみた事がある。しかし、彼女は頭を下げて「戦わせてください!」と頼み込んできた。その目には確かに強い意志が感じられた。
人命第一に考えれば、ノイズ相手に戦える人間は一人でも多い方がいいことはわかりきっている。故に、響君本人が「嫌だ」と言わない限り、力を貸して貰うことしか俺たちには選択肢は無い。だが……
「響君は他が為に己の危険も省みず一歩踏み出すことができる。それはある種の美徳であり尊ぶべき心ではある……だが、翼のように幼いころから戦闘訓練を受けてきたわけでもない彼女のような一般人が、戦場に出ることを恐れない……果たしてそれは正常なことなんだろうか?」
「もしくは2年前のアレに巻き込まれた結果、変わっちゃったとか?」
メディカルチェックの結果、響君がなぜ「ガングニール」のシンフォギアを纏えているのかという理由が判明すると共に、とある事実が浮き彫りとなった。
二年前の「ツヴァイウィング」のライブの最中起きた惨劇。
死者、行方不明者11,591人という多くの犠牲者が出た近年稀に見ぬノイズ災害。……いや、裏で操っていた何者かの存在が示唆される今、もはや「事件」と言うべきかもしれない。
響君がそのライブ会場にいた生き残りで、その際に砕け散ったカナデのシンフォギアの
しかし、「融合症例」が判明したのはつい先日。シンフォギアを纏ったのもこの前のが初めてだと言っていた。
そう、響君の今の
言い方は悪いが、その時精神的なリミッターがどこかが壊れてしまったか、性格そのもののどこかが歪んでしまったんだと考えられる。
そして、それが戦場に赴くことを望んでも、最後の一歩で引いてしまい逃げるほか無い状態になる原因にも……いや、いくら炭素化が防げるとは言っても、武器が――アームドギア無しでノイズと戦わなければならないという状態では、精神的に後向きになってしまうのも当然。
「その可能性は捨てきれない。だが、了子くん。そのことには極力触れないようにしてほしい。……特に、奏と翼の前ではな」
俺たちや他の大人たちの思惑等々あってのライブとその裏の聖遺物起動実験だったが、自分たちのライブで起こってしまった惨劇にふたりが何も感じないはずが無い。さらには誰かの心をこうも蝕む原因になったのではないかと考えれば、なおさらだ。
もちろん、
「それは別にいいけど……でも、たぶんもう気づいてると思うわよ?」
「仮にそうであっても、だ」
「わかったわ」
了子君が頷くのを確認してから改めて現場の映像へと目を向ける。
「しかし、どうしたものか……」
響君の心は前に進もうとしていても、戦闘技術と身体が追いつけていないのが実状。ただ、戦闘技術の習得や身体作りなどは、訓練を積んでいけばおのずと出来上がっていくもので時間の問題であると言える。
しかし、響君が抱えている一番の問題は、やはり先にも述べたようにシンフォギアでの戦闘に置いて
一応はシンフォギアの基礎性能を用いれば殴ったりするだけでも、ノイズを一方的に炭素化させることは可能だが……やはり武器の有無は戦う者への精神負担へと直結するのも事実だ。
そして、ソレとは別の懸念も……。
責任感が強ければ強いほど、上手く力が伸ばせず時間だけが過ぎて行けば行くほどプレッシャーに押しつぶされてしまいやすくなる。心が折れてしまえば、再び立ち上がることは……。
だからと言って、俺たちが何かヒントをくれてやれるわけでもないからな……。現状で、俺たちに出来ることはそれこそノイズ出現時のサポートや彼女の生活環境を極力整える程度のことだけだ。
……なんとも、もどかしいものだな。
「戦場のことは、先輩装者であるふたりに任せるしかない……か」
実際にノイズが出現した時もそうだ。
いくらガタイがデカかろうが、腕っぷしに自信があろうが、俺たち大人は無力だ。シンフォギアを纏うことの出来る――まだ子供である彼女たちに頼らざるを得ない。そうしなければ、俺たちは人っこ一人すら守り通すことができないのだから。しかし、それは心に少なからず傷を持つ彼女たちに戦うことを強いてしまっていることに他ならないのだ。
画面越しに見える、ノイズを全て排除し終えた現場。
肩を落とす響君と、その頭を軽く撫でて笑い慰めようとしている奏。そして、少し離れた位置で額に片手を当ててため息を吐いている翼。
三者三様の装者の姿を、俺はジッと見つめ……彼女たちの行く末が少しでも良いものになるよう尽力せねばと、改めて自分の胸の内で誓うのだった。
―――――――――
授業の全てが終り、夕暮れの赤くなりだす陽の光に照らされ始めた教室。
いつの間にかひとり残ってしまってたわたしは、力なく机に突っ伏した。
「つ、疲れたー……やっと終わったよぉ~」
ここ最近、学校・特訓・ノイズ退治と忙しいからなぁ……。
ノイズと戦うことのできる唯一の手段。了子さんの「櫻井理論」でつくりあげたっていうシンフォギアシステムによる装備「シンフォギア」。
それは、伝承や神話に出てくる物のカケラを中に入れたペンダントのような形で普段は持ち歩いてるらしくって、奏さんと翼さんにその現物を見せて貰ったりもした。
たしか、今の技術では作れない「せいいぶつ」って物を「トクテーシンプクのハドー」……つまりは歌で起動してその力をエネルギーに変換して鎧に再構成したのが「シンフォギア」ってことらしい。了子さんがそんな風に教えてくれた。
ただわたしの場合、2年前のライブでの一件で胸に刺さり、摘出できなかったシンフォギアのカケラがその役割の代わりとなっているとか。
まさか、そんなチカラがわたしの中で眠っていたなんて……。
それなら、もっと早くに目覚めてれば救えていた人が何人もいたんじゃないかな?
……ううん、今のわたしを見ればわかる。思ったように身体を動かせない、戦うこともできない、奏さん達はすぐに出せたっていう「アームドギア」を出せない……そんなので、誰かを救えていたかな……?
いや、二課に来るのが早まり訓練も早く受けられるようになってて、そうしたら今頃は――――
――――けど、そうなってたら、わたしの生活はどうなってたんだろう?
今よりも……それとも……?
「――き?」
「ひーびーきー?」
「ぅ、ふわぁ!?」
「み、未来っ!? いきなりなにさぁ?」
「いきなり何って、響が、放課後になってもボーっとしてるからどうかしたのかと思って……それで何回も呼びかけたんだけど、全然反応してくれないんだもん」
「ご、ごめん……」
まさかそんなに深く考えこんじゃってたとは。未来に悪いことしちゃったなーって思って、わたしは頭を下げる。
わたしの謝罪に未来は許すわけでも、怒るわけでもなく……わたしの顔をのぞき込んできた。
「響、疲れてるんじゃない? ただでさえ新しい生活が始まってそんなに経ってないのに、いつもの人助けだったり、「大事な用事があるから」って毎日のように出かけて行って……」
そう。実は最近、わたしは頻繁に未来とは別行動で余所へと出掛けてる。
まぁ、その行き先って言うのは二課なんだけどね?
奏さんや翼さんの予定を聞いて時間の有る時を確認して、シュミレーションルームで特訓をつけてもらえるようにお願いしたりして鍛えてる。ふたりともアーティストとしての仕事があって忙しいのに――特に奏さんはよく――付き合ってくれる。
わたしはまだまだ弱い。でも、少しでも早く強くなって――――
「って、ああっ!? もうこんな時間! 早くしないと……!!」
そうだった!!
今日も放課後に、奏さんに訓練をつけてくれるように頼んでたんだった!!
シンフォギアの戦闘において欠かせない「アームドギア」。使われている聖遺物や使用者の心情によって姿形を変える、対ノイズ戦闘の要になる武器のことだ。
奏さんと同じ「ガングニール」っていう聖遺物のシンフォギアなんだし、きっと似たような槍を出せてもおかしくないはずなんだけど……だから、そのイメージとか感覚を掴むために奏さんと一緒に訓練してもらえるように頼んでたんだ。
早くシンフォギアを使いこなせるようになって、皆の力になれるようにならないといけないんだから!
そうやって飛び起きたわたしの目に、不満そうな未来の顔が映った。
「また、大事な用事……?」
「……うん」
そんなわたしの答えに、未来は数秒の間を空けてからため息を吐いた。
「……あんまり遅くなっちゃダメだよ」
「わかった。それじゃあ――」
「あと……無茶はしないでね?」
未来の表情がさっきまでとは少し変わった。
ノイズと戦う際に必要な知識や戦闘技術を得るための基礎訓練。さっき言ったように、「アームドギア」を使えるようになるための個人的な特訓……それに加えて、ノイズが出現した時の緊急の出動。
それを「用事があるから」ってだけの嘘で隠し続けていれば、そりゃあ未来だって不満があるだろう……だけど、そんなわたしのことを心配をしてくれてる。
だからこそ、後ろめたさがより一層強くなっちゃう……。
でも――――
――――シンフォギアのこと、そしてあなたがその装者であることは、極力他人に話しちゃダメよ?
――――機密の保持以上に、人命を守らねばならないんだ。シンフォギアやその技術を目的に、君や君の周囲の人間の身柄が狙われかねない。そうなれば……。
考えたくはない。だけど、了子さんや司令が言おうとすることはわかってしまった。
だから、未来には嘘をつき続けることにした。未来を騙すことは心苦しいけど、そうすべきだと思ったんだ。
そう、未来には
「ごめん……行ってくるねっ」
―――――――――
「響……」
慌てた様子で教室を出ていった幼馴染の姿を見送っていたら、いつの間にか自分でも気付かないうちにため息を吐いてしまってた。
わかってる、響が何か隠し事をしていることは。
でも、聞けない。響だって聞かれたくないから、隠してるんだってことも私はわかってるんだから。
けど、だからと言って、このまま知らないままでいいなんて思ってなんてない。
本人が「趣味だ」って公言してる「人助け」で、何か危ないことに首をツッコんでるんじゃ無いだろうか?
もしくは、悪い人達の嘘にコロッと騙されて何かさせられてるとか……。
「やっぱり、響が帰ってきたらちゃんと聞いた方が……」
「未来ちゃんっ♪」
いろいろ考えてた私の後から、不意に声をかけられた。
「え……あ、あれ? 弓美ちゃん?」
聞き覚えのある声に振り返ってみれば、そこにはクラスメイトである
「どうして
「あー、うん。そのつもりだったんだけど……ちょっとね」
弓美ちゃんは明後日の方向を向きながら、どこかわざとらしく人差し指を自分のあごに当てる仕草をした。
「実は、他でもない未来ちゃんに用があったの。できれば響もいれば確認も取れて手っ取り早かったんだけど……まあ、あの様子だとねぇ。色々と難しそうだし、先に未来ちゃんだけでも、ね?」
「私と……響にも? どういうこと?」
「良いタイミングで良い情報掴んでくる、お助けキャラみたいな? ……あっ、でもその表現だと一周回ってゲーム的過ぎるかしら?」
「うん、弓美ちゃんがいつも通りだってことはわかったかな……」
「それほどでも……うん、褒められてないじゃん! まあ別にいいんだけど」
「いやぁ~」って照れるように頭をかく仕草をしかけながらもツッコミを入れる、いわゆる「ノリツッコミ」をして……それがまるで何も無かったかのように切り替える弓美ちゃん。
「それで、用って?」
「響となんだか上手くいってない感じでしょ? そのことで、さっき言ったようにちょっとお助けしようかなって思って。で、その前に、一旦未来ちゃんと話したかったわけ」
「……っ! もしかして、何か知ってるの!?」
「うんと、そこはね「知ってる」というか「予想通りなら」ってことになるんだけど……」
「教えて! 響はどこで何をしてるの!? 危ないこととか、悪いこととかさせられてたりは……!?」
「そういう心配はいらないと思う……けど、そこを話すのは、あたしでも無理なんだよね。話す人が響からあたしに、話す相手が未来ちゃんから仮に変わったとしてもさ。だから、響が未来ちゃんの事が嫌いになったとかそういうことはないんじゃないかしら?」
そんな心配はしてない……とは、言い切れないかも。心の奥底では、そんなふうに響がわたしのことをどう思っているのか、悪い風に思われているんじゃないかって気にしてたかもしれない。
……そう、私には
「あっ、でも響が脅されてるとかそういうのじゃないからそこのところは安心していいと思うよ。むしろ、あそこの人たちって基本気遣いの出来る人ばっかりだし……むしろ、過保護気味でこんなに頻繁になってるのかも?」
聞く限りでは、響の「大事な用事」っていうのはそう心配することじゃないらしい。ソレを聞いて安心できるかって聞かれたら、全部不安がぬぐいきれるわけじゃないし、やっぱり心配なのは心配だけど……ちょっとだけ、心に余裕ができた気がした。
でも……弓美ちゃんは、なんでそんなことを知ってるんだろう?
そんな私の疑問を余所に、弓美ちゃんはペラペラとお喋りを続ける。
「
「うんっ。……うん? あの子?」
「えっと、なんて言えばいいのかな? その筋の知り合い……って言うと、悪い人みたいに聞こえちゃうわね。あたしの恩人
話を通せる……でも、弓美ちゃんが「あの子」って言うって事は年下か少なくとも同年代の子だよね?
響の「大事な用事」っていうのは結局よくわかんないままだけど、そんな子供の言うことが偉い人にまで届くっぽい環境は、安心できるような、不安になるような……?
「あと、あの子はちょっとおかしなところもあって勘違いされがちだけど、中身は凄いお人好しだから……言うなれば、響の「類友」な幽霊さんかな?」
その「あの子」って「類は友を呼ぶ」そんな間柄の……つまりは響みたいな人助けが趣味みたいな人なのかな?
なんというか、弓美ちゃんと話せて色々と知れたような、むしろわかんないことが増えてしまったような、そんな気がしてきた。
「その子とは近々会うことになったから、こっちのことは一旦あたしに任せてちょーだい! それじゃ、また明日!」
そう言いながら手を振ってかけだして行ってしまった弓美ちゃん。
それにしても……
「幽霊……?」
幽霊といえば、このあいだ
まさか……ね?
「あの子」とはいったい誰のことだ?
それに、あの前回の歌ってるぽかったあの事にはノータッチなのか?
「『いずれわかるさ、いずれな』」
ドルベ有能、「僕だ!」無能。
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待たせたな、俺がキングだ!
話が、進まない!!
太陽がお空のてっぺんあたりで輝いている――はずの――時間。まぁ、地下だからそれはわからないのだが、時計の針が指し示す時間は間違って無いはずだ。
そう、今、地下――
本部のとある一室で、カナデとツバサと一緒に
空っぽになった
「ったぁ~! 食った食った」
「もう、奏ったら……」
らしいと言えばらしいのだが、食後のお茶を一杯飲んだカナデが大きく息をついてからどっしりと背もたれに体重を預け、お腹をポンポンと軽く叩いた。
その様子に「はしたない」と言いたげにため息をついたツバサだけど、見ればわかるが呆れきっているというわけではなく、むしろ微笑ましそうにしている。ボロボロだったカナデを知っているために元気なその姿が嬉しいのか、はたまた……まぁ、二人揃って楽しそうだからなんだっていいか。
そんな二人を見ながらも、ワタシは手を動かす。
何と言うことは無い。ただ、空っぽになった重箱を重ねたり箸をまとめたりと片付けをしているだけだ。
さて、この洗い物たちはウチに持って帰ってから――いや、まだ時間はあるし、後で本部内にある洗い場を借りて洗ってしまったほうが良いか。
なら、まとめるだけまとめて、ひとまず置いておくとしよう。
重箱をテーブルの端に置き、座り直してワタシの前あたりに置いておいたお茶の入った湯呑を手に取る。うん、いい感じに色の出ているお茶だ。
ツバサも、そしてカナデも追加でもう一杯注いでいたようで、また湯呑に口をつけ傾けていた。三人そろって食後のお茶タイムである。
「最近はあたしはほとんど見てるだけで作っちゃうようになったんだから、葵ってば本当にあっという間に料理が上手くなったよな」
「ええ、そうね。今日のはより一層美味しかった気がするわ……少し複雑ではあるのだけど」
ふたりに褒められて、嬉しい限りだ。
「『俺もいるぞ!』」*1
うん、ワタシのお口は通常営業である。
だが、ワタシが思うにカナデの料理の腕も初めのころ――正確にはワタシが出会ったころ――から随分と上手くなったと思う。それこそ、ワタシの作ったものがまだまだだと思えるくらいに。それに、ワタシは好きだぞ? カナデの作った料理。
あと、小さく呟いてるツバサは……まずはおにぎりから始めようか。
作っているのは見たこと無いが、
「……さて、名残惜しいけれど、そろそろ教室に戻らないと」
「おぉ、もうこんな時間か。あたしも今日は緒川さん達と仕事のことで打ち合わせや下見があるからなぁ。んで、その後は学校終わった翼と合流して撮影……っかー、考えるだけで今から疲れちまいそうだ」
立ち上がるツバサ。続いてカナデも立ち上がり、大きく伸びをした。
「そういえば、葵の今日の予定は?」
「なら、サ店に行くぜ!!」*2
ツバサからの問いに答える、ワタシの言うこときかないお口。
その通りなのだが、ちょっと気が早い。
「
それまでは……いつも通り、本部でノンビリとしておくかな。
誤解を与えないためにも、一緒にカフェに行く約束をしている相手から来た連絡の文面の画面をケイタイに映してふたりへとさし出してみせる。
「なになに? 連絡相手は……
そう。カフェに一緒に行くのは
――――――
初めて会ったのは……闇リョーコさんから、あのおつかいと言う名のテストに出され街中でノイズと追いかけっこをしたあの時……そう! あの時、曲がり角でぶつかって、それから一緒に逃げたちょっと年上っぽい女の子がユミだったのだ。
――今思えばあの時のノイズって、自然発生ではなくワタシへのテストのために闇リョーコさんが発生させたものだったんだろうな。
あの時は、二人揃ってシンジさんに回収されて逃げ終えた後、お礼を言われたりとちょっと話しただけで――ユミは機密保持のための同意とかその関係で、ワタシはカナデとツバサに確保され――すぐに別れ、互いに名前も知らないまま日常に戻ったのだが…………何の偶然か、後に街中で再会することとなったのだ。
確かアレは、おつかいの一件から約1年。ノイズによるライブ襲撃があってからだと……小刻みに思い起こすのも面倒なので、端的に言えば今から約8か月前だ。
ある時期からパッタリと例の追跡者の痕跡も、ワタシが視線を感じることも無くなったのと……あと、ゲンジュウロウさんを中心とした大人たちが何やら話し合った結果、色々と条件・制約ありではあるもののワタシ独りでの外出が認められるようになったのだ。流石のワタシも「大丈夫か?」と思いはしたが、正直に言って、カナデたちがいないと家か本部かで待機がほとんどだったワタシは制限のかかっていた生活が窮屈で退屈になってきていたので、なんだかんだで嬉しかった。
そうして週に1、2回、ひとり(時々シンジさんやエージェントが陰ながら同伴)で街中へ出歩くようになったのだが、その3回目に立ち寄った店――もともと嫌いではなかったがゲンジュウロウさんの影響もあってはまり気味なアニメ映画を求めて入ったレンタルビデオ店でたまたま会ったのだ。
ユミが先に「あっ!」と声を出してしまい、ワタシがそれで気付いた……といった感じだった。
まあ、例の機密保持の件で、ノイズに襲われた際のことやシンフォギアのこと、その他諸々二課のことは
ワタシからしてみれば、数少ない顔見知り、それも歳も比較的近い――比較対象の身近な人がカナデとツバサを除けばほぼ
「『やられたらやり返す! それが孤高なる鮫の流儀だ!』」*3
――と、時期的に既に《
迷言をユミが真に受けたり、自己紹介さえままならなかったりと、
それ以降、幾度となく交流を続けてきて、今では互いに友達だと思えるほどになった。
これほどまでの間柄になれたのはワタシから接触していったというのもあるだろうが、それ以上にユミがワタシのメイ言やアセンブラテキストなメールにも引かず、また折れずに真正面から向き合い続けてくれたからだろう。今では、メイ言に関しては以心伝心には程遠いものの、どういうことかワタシの想いと言葉とのズレの有無を瞬時に判断できるようになっており、
何故判断できるのかは「……なんとなく?」とのこと。変な間があったのは気にはなるが、彼女が現時点でのワタシの一番の理解者なのかもしれない。
……ついでにだが、再会した当時のユミはワタシのことを「頭のおかしな子」……ではなく「日本語が喋れなかったけど、サブカルチャーで独特な言葉ばかりおぼえてしまった残念な異国の美少女」という認識で見ていたらしい。
うーん、ある意味間違ってない気がしなくも無いなぁ。
――――――
と、まぁそんなこんなでユミと友達となったワタシ。共通の話題は、もっぱらアニメである。
そんなユミから先日「相談があるの、会えないかな?」と連絡があり都合をつけたというわけだ。
「……なるほど、約束をしていたのね。あのカフェに行くのはいいけど、お小遣いは使い過ぎないように。もちろん、夕食を食べれなくなるほど食べちゃダメよ? あとそれと――」
「まぁ、ツバサが言うほどキッチリカッチリしなくていいけど、何事もほどほどに、な? そんでもって、しっかりと楽しんできなよ」
ワタシの頭をワシャワシャと一通り撫でた後、「んじゃ、行くか」と声をかけてから、本部の外へと向かう為にエレベーターのある方へ共に歩き出すカナデとツバサ。
その後ろ姿を手を振りながら見送るワタシ。
さて、見送り終えたらさっそく洗い物を済ませるとするか。
―――――――――
「他が為に力を振るう、か……ん? 貴様、どうかしたか?」
用があって洗い終わった重箱を手に訪れた
どうかしたというか、預けていた「鍵杖」と普段それを入れてるバットケースを回収しに来ただけだ。
ここ1年ほどで判明したことだが、ワタシの「鍵杖」は「
とは言ってもそれを理解しているのはワタシだけで、周りの人たちはいつトンでくか気が気じゃないとか。リョーコさんも預ける度に「時間との勝負」と言わんばかりに何かしらの作業に取り掛かるのだ。……今日はもう終わっているようだが。
「なんだ、荷物を取りに来ただけか。ほら、とっとと持って行け」
言われずとも、そうするつもりだ。
そもそも「鍵杖」だけであれば、別に
ちょっと念じてしまえば勝手に持って行けるが「
闇リョーコさんから受け取った「鍵杖」を
さて、これで準備完了。洗い終えた重箱を一旦家に持って帰り、その後そのままカフェへと
「待て」
――と、思ったら闇リョーコさんに引き止められた。
何用だろう?
「…………何故あの時、私を助けた? お前には私を恨む理由こそあれど、助ける理由は無かったはずだ」
いやまあ、ワタシなんかがリョーコさんを助けることが出来る機会なんてそうそうないから悩む必要も無いんだけど……十中八九、「皆神山」での不意の《
……今思えば、
彼女が「お前には私を恨む理由こそあれど」と言っていたが、
第一、その感情は今前にいる……いわゆる「闇リョーコさん」に対するものか? そもそも「リョーコさん」と「闇リョーコさん」は、ワタシは区別しているが本来どこからどこまでと分けられる存在なのだろうか?
そんな感じにウンウン悩んでいれば、ワタシの身勝手なお口が考えがまとまるよりも先に動きだした。
「『とんだロマンチストだな!』」*4
この状況でそのセリフは、一歩間違えれば闇リョーコさんを怒らせてしまうと思うんだけど……。何してくれてるんだ、ワタシ。
えっ? 「遊戯王のメイ言は大抵そんなのばっかり」?
……そうだね。うん、その通りだ。全部が全部そうだとは言わないが、多いのは確かだ。
正直に言うと、ワタシは『関係ねぇよ! 妹と一緒に地獄に逝け!!』*5*6をカナデの前で言ってしまわないかがずっと心配で心配で……。だって、そんなことになったら死ぬよ? 奏の手でも、自害でも、二重に死んじゃうよ?
と、目の前にいる闇リョーコさんは、表情からしてさほど反応を示したようには見えなかった。いつもの戯言だと流してくれたのかもしれない。
「……ふんっ、馬鹿らしい。聞くだけ無駄だったか。常日頃から周りに流され、選択する際も保身か逃げかしか考えん、お前はそういうヤツだったな」
鼻で笑う。その矛先はワタシへか、それとも何かあると思いその疑問を口にした自分自身へか……ワタシへか、どう考えても。
しかし、ワタシがどのようなヤツかなど自分自身では判断しかねる。
流されるか、保身か、逃げか。もしも、闇リョーコさんの言った通りなのだとすれば……少し寂しい気がする。
「……勘違いするなよ。目撃者や証拠隠滅の手間が省けたのは事実だが、貴様が何もせずとも自分の
――――ツンデレかな?
ワタシではなく、闇リョーコさんにツンデレ疑惑が……ううん、それっぽい言葉であっても、ツンデレでもなんでもない本心な気もする。たぶんソッチが正解だろう。
しかし……本当にどうしたんだろう?
事があったすぐ後にではなく、何故今になってリョーコさんは「皆神山」でのことを聞いてきたんだろう?
心の変化か、環境の変化か。はたまた、ただの気まぐれか……。
そんな疑問を持ちながら、ワタシは「
―――――――――
「いらっしゃい、よく来たねぇ」
少なくとも週に一回は来店するようになったカフェ「ラ・ジーン T8」。
アゴから口周りにかけて生えている整えられた銀色のお髭がチャーミングなマスターが、カウンターの奥からいつものセリフで出迎えてくる。
「『僕はナム、よろしくね!』」*7
「あぁ。待ち合わせの相手ならもう先に来ているよ」
ツッコミ不在。
……いやまぁ、
仕方ないね、突っ込んだところで返ってくる言葉も大抵が
とまあ、そんなやりとりがあってから、適当なモノを注文して受け取ってから……指し示されたユミが待つ、カフェの店内でも一番奥にある席へと向かった。
ふむ。約束の時間通りだったはずだけれど、どうやらユミの方が先に来ていて待ちぼうけをくらわせてしまったようだ。何とも申し訳ない。
「『待たせたな、俺がキングだ!』」*8
「いやいや、あたしが終わってすぐに走ってきちゃっただけだから、気にしないでってば。それにしても、元気そうでなりよりね、葵っ♪」
うん、ワタシの引きが良かったのもあるだろうが、意思疎通に問題無し。
ユミも元気そうでなによりだ。
それにしても、放課後すぐに走ってきていたとは……そこまで楽しみにしていてくれたのであれば、ワタシは嬉しい。
「どうしよう、見栄張っちゃった……!」
……と思ったのだが、ユミの雰囲気が一気に沈んだ。
そう言えば、元々今日会うようになったのはユミから「相談がある」って言ったからだった。ということは、走ってきたのはそれだけ急いで何とかしたい問題だったからなのだろう。
……別に、落ち込んでなどいない。「ワタシに会うのがそんなに楽しみだったのか」などと、ちょっと勘違いしたのが恥ずかしかっただけである。
何はともあれ、まずはその相談とやらを聞くとしよう。
――――――――――
ふん……ふん……フゥン。
……なるほど。
周りのことも配慮して機密事項に関する個人名や専門用語を避けた分かり辛い会話ではあったが、聞いた話をまとめると――
凄く仲が良い友達ふたりがなんだか上手くいってないみたいで、聞いてみればどうにもその内の片割れが用事だとか何とか言って急にどこかへ消えてしまうって話。でもそんなことがありそうなのって対ノイズである二課しかないんじゃ? タイミングも聞いた限りじゃあノイズが発生した時と被ってることが多いし……。
――的なことらしい。
確かに安請け合いだ。
話を聞いている途中で、そのいきなりいなくなる人物が、クラスメイトに「ビッキー」という名のあだ名をつけられたこと。またその外見的特徴。その上、今年リディアン音楽院に入ったということで、ワタシの知っている装者のヒビキちゃんであることは判ったのだが……もしも、二課関連ではなかったらどうするつもりだったのだろう?
また、ワタシに話をしたところで解決に直結するとは限らないのだから……うん、やっぱり安請け合いである。
ヒビキちゃんが忙しい理由も、ノイズ発生の緊急出動があるのは事実。だが、総合的な時間で見ればシンフォギアの扱いおよびその戦闘が上手くいかないが故のトレーニングが一番だ。そしてそれを望んでいるのは他でもないヒビキちゃん。ゲンジュウロウさん等の上の人間を動かして時間や緊急出動に制限をかけたところで、ヒビキちゃん自身の気持ちの問題をどうにかしないと精神的ストレスで結局は異常をきたすだろう。
「最初は「アニメだったらこういう時どうするんだっけ?」程度だったんだけど、内容はだいたい予想がついたし、ちょっとくらいだったらふたりの力になってあげられるかなーって感じで……。でも、未来ちゃんと話してたら雰囲気に酔ったというか、ノリにノッちゃって……本当にごめんね」
「ホントはちょっと相談に乗るくらいのつもりだったのに~」とやや落ち込み気味に言うユミ。
機密に関わることは本当に喋っていないようだけど、ほんとちょっとした拍子に喋っちゃうんじゃないかと思える境界を歩いてるな、ユミは。逆にいうと、テンションが上がってもそのラインで留まれるということなのかもしれないが。
そうだ。
シンフォギア関連の……
だから、その「ミクチャン」って人の「響が何をしているのか」という不安を拭ってあげることは出来ない。むしろ、その子、知ってしまったほうが暴走するんじゃないだろうか、とワタシは懸念してしまっていたりもする。
じゃあ、ヒビキちゃんの私的な時間をどうにか守ることができるかと問われれば、先にも述べた通り、今のヒビキちゃんが抱えている問題をなんとかしないといけない。しかし、その解決策なんてポンと出てくるのであれば、ヒビキちゃんが悩むこと自体無かっただろう。
ついでに言えば、ゲンジュウロウさんあたりに説明して協力を仰げば、頷いてもらえさえすればいくらかは強制的にヒビキちゃんの活動時間をおさえられるだろう。だが、そもそもこのワタシのいうこときかないお口が交渉やら進言ができるかどうかは怪しい所である。厳しいだろうな、きっと。
だが、ユミが後悔している「ノリにノッちゃってちょっと見栄張っちゃった」というのは……あーうん、そういうのはわからんでもない。
だから、呆れて物も言えなくなり協力もしないなんてことは絶対無い。
ワタシもその昔、デュエルで熱くなってアニメみたいに「コイツで
あっ、それで別に怒られたりはしなかったよ? アレだ、なんだかんだで先輩も結構なデュエル脳だったのだ。
ユミも何かとアニメ好きだし、現実とアニメを混同はしないが、ワタシとユミが知り合うきっかけとなったあの
その結果が、今回の暴走気味空回りなわけだが……一概には否定できない。
まあ、それ抜きに考えても、友達であるユミのお願いは聞いてあげたいし、それが二課の仲間であるヒビキちゃんのためのことであるので、なおさら無下にする理由が無い。
しかし、なぁ……?
「……で、響のスケジュールとかそのあたりのこと、どうにかなりそう? やっぱり無理?」
無理寄りの無理……黒に近いグレーだろう。
一に、
二に、根底にある問題を解決できない限り、ヒビキちゃんと「ミクチャン」なる人との関係改善が期待できない。その根底にある問題――ヒビキちゃんの戦闘能力の改善、「アームドギア」の発現、ついでにここ最近頻繁に現れるノイズ――も、現時点では具体的な解決案も無いので、どうしようもない状態だ。
故に、難しい。
それがワタシの答えだ。
「『権力ってヤツか…』」*9
「ああ、なるほど。確かに上の偉い人がいないこの場で結論は出せないよね。それに、響自身の気持ちの問題もあるし」
何故伝わった?
大体合ってる。
言ってる本人であるはずのワタシが言うのもおかしいだろうが、今のでその内容を理解するのは無理があるだろう。「権力」で「上の偉い人」を連想できたとしても「響自身の気持ち」あたりはどこから出てきたんだ!?
そんな驚異的な超理解を発揮したユミだが、ちょっと悩むような素振りをした後に改めてワタシへと顔を向け口を開いた。
「ここで結論を出せないっていうのはわかった。なら……葵ちゃんに響のことをお願いしてもいい? 今のところはその返事だけでいいわ。葵ちゃんにも都合があるのも、自由が利かない部分があるのも承知で言っちゃうけど……少しだけでも気に掛けてあげられない?」
それには断る理由も無い。
同じ
ユミに頼まれたとなれば、今までよりもより一層力を入れるというだけだ。
「うんっ! それだけの返事を貰えたら、あたしとしては十分、安心できるわ」
どうしてこれで安心できるんだ!?
もし、これで本当にワタシの意思が伝わっているのならば、もはやエスパー……いや、もうユミが
しかし、ヒビキちゃんを気に掛けてあげるかぁ。
……さて、ワタシなんかに出来ることがあるだろうか?
「……あとはあたしが未来ちゃんを説得して落ち着かせるだけ、かぁ……」
……ん? どういうことだろう?
「あたしが放課後に例の事情知ってるっぽい知り合いに会いに行くって知ったとたん「私も一緒に行く! 直接会って話をしたいの!」って言い出して追いかけてきたんだから。流石に機密ギリギリの話に混ぜるわけにもいかないし仕方なかったけど……アニメじゃないんだから、塀を跳び越えたりして逃げるなんてことするわけ――――ないんだけど、やっちゃったんだよねぇ、あたし」
あっ、走って来た理由って「ミクチャン」に追いかけられたからだったのか。
……そうまでしないと逃げきれないって、どういうことさ。
「はぁ~……明日の学校、気が進まないわー……」
理由があったとはいえ、そんな逃走劇があった後だから当然か。
まっ、ワタシには関係の無い話だ。ワタシは諸々の事情で学校には通ってないし、そもそも今のイヴちゃんの年齢的にリディアンの高等部には入れないからね。
「『知らん、そんなことは俺の管轄外だ』」*12
「え~、ちょっとヒドくなーい?」
―――――――――
その後は、時間の許す限りユミと駄弁った。
……ま、まあ、実際はちょっと遅めになっちゃって、カナデとツバサに叱られちゃったんだけどね?
関係無い(フラグ)
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宇宙から振ってきたよ
ドルベ有能、「僕だ!」無能。
大変遅れてしまいました!! 理由は大体イヴちゃんのせい。つまり「僕だ!」が無能なせい……絶対に許さねぇドン・サウ(以下略)
まさかの二連続イヴちゃん視点オンリーでございます。
そして、いまさらながらのXV8話感想……「大体遊戯王だった」。たぶん次回当たりに石版でデュエルしだす……もしくは、相手が神だし世界の始まりの話があると思われる。
リディアン音楽院のとある校舎の廊下。
揺れている原因? それはもちろん、目の前にいる女の子のせいである。
「響が何をしてるのか知ってるんだよね? 私、ヒビキのことが心配で心配で……危ないことしてたりしない!? 響に何か無理矢理させてたり――」
許可をもらって先に帰り、家にあるもので夕ご飯の準備をしてあげようかなーなんて思って、ゲンジュウロウさんたちにウチに先に帰っておくことを何とか伝え本部から出て地上まできたのだが……放課後のリディアン敷地内で――もう、一部部活生くらいしか残っていないだろうと思われる夕暮れ時に、その子に出会い、詰め寄られた。なお、彼女が
肩あたりまで伸びている黒髪、白い大きなリボン。……それらの特徴から、この子がユミが言ってたヒビキちゃんの親友の「ミクチャン」だということはすぐにわかった。
数日前、ユミと例のカフェで会ったその翌日の夜に――
『未来ちゃんとの話し合いは無事しゅ~りょ~したよ! ちょっと不満げではあったけど、いちおうは納得してくれたみたい』
――って、内容のメッセージがアニメキャラのスタンプと一緒に来てたけど……コレ、全然納得しきれてないやつだよね!?
というかヒビキちゃんの親友だって聞いてたから、ヒビキちゃんと同類の元気っ子か、人助けに奔走するヒビキちゃんを「あらあらまあまあ」と見守る包容力高めの子……どちらにせよ、もっとお人好しな人だと思っていたんだがなぁ。思ってた以上にアバンギャルドな子っぽいぞ?
いやっ、もしかしたら
じゃあ、今何でこんなことしてるのか、その原因を考えると……やっぱり、ヒビキちゃんなんだろう。性格に問題があるのではなく、
「お願い! 教えてっ、幽霊さん!」
そもそも、なんなんだ? その「幽霊さん」って。
確かにワタシはライブの時に《星杯神楽イヴ》の効果『②:このカードのリンク先のモンスターが効果で破壊される場合、代わりにこのカードを墓地に送ることができる』を使って、無茶な絶唱の負荷により
あっ幽霊と言えば、あの時会ったユミから「いるはずの無い初等か中等くらいの女の子が高等部のリディアン音楽院でたびたび目撃されてるから「高等部に上がる前に亡くなった子の魂がさまよっているんだ」って、噂になってるわよ」とか言う話をされたっけ。
………………。
…………。
……。
ああ、今ようやくわかった……
ユミの言ってたことちゃんと聞いておけば……いや待てよ? なんでミクチャンの中で
今度、カフェで一杯奢ってもらわねばいけない気がする。もちろんその時には「ブルーアイズマウンテン」は選ばないよ? 「3000円奢れ」とは流石に言えないもん。
……と、目の前の少女の腕によって、揺らされ続けているがさすがにちょっと気分が悪くなってきた。
だからと言って力ずくで振り解いては怪我をさせかねないし、彼女の質問に答えることをそう簡単に決めるわけにもいかない。……第一、ワタシが思った通りのことを言葉で伝えようとしたところで、
さて、どうしたものか……?
――? ――――?
……ん? 気のせいか、今、声が聞こえてきたような……そう、それも聞き覚えのある――
「お~い? みくー? どこ行ったのー!?」
おおっ、助けを求めたワタシが幻聴を聞いたわけではないみたいだ。
遠くからギリギリ聞こえる程度ではあるが、確かにヒビキちゃんの声が聞こえてきてる。それも、わたしの気のせいじゃなければだんだんと近付いて来てるはず。
「待たせ過ぎちゃったから……でも、わたしの荷物取りに行くっていってくれて走って、でも教室にはいなかったし……じゃあどこに――――あっ、いた! ……って、葵ちゃん!? えっええっ!? ふたりして何してるの!?」
ちょっとまだ遠いが、廊下のつきあたり……その曲がり角からヒビキちゃんがヒョッコリ出てきた。
喜びから困惑へと一転するヒビキちゃんの表情。それもそうか。探していた親友を見つけたはいいが、その親友が顔見知りのちびっ子の両肩を持って揺らしている――乱暴な言い方をすれば「掴みかかっている」――のだから。
「あっ、えっと、これは……」
対するミクチャンも、自分の状況を見てか慌てた様子でワタシから手を離した。おそらくは、これまで高ぶってしまっていた気持ちがヒビキちゃんの登場によって一気に引いたんだろう。
ワタシの肩から手を離して、一歩さがった。
「ごめんね? 私、ちょっと頭に血が昇ってたみたいで……どうかしちゃってたみたい」
「本当だよ、未来ぅ。未来がそんなことになっちゃうなんて、一体なにがあったのさ~?」
いやいや、あなたの
しかし、このほんの数秒の間でもわかったことがある。
事前に話を聞いていなかったり、さっきの怒涛の詰め寄りが無かったら気付かないだろうくらいに、ふたりの間に流れている空気は和やかなものの様に感じられる。もちろんそれは、ミクチャンがすぐに引いたからなのだが……。
例え一度引いたとしても、この状況に出くわしたことは変えられない。今から取り繕うことは出来たとしてもお互いに違和感というかしこりが残るのは間違い無い。……聡明な人ならばそうなることは当事者でも気付けるだろう。
なので、おそらくは……ヒビキちゃんとワタシとがそろったこの状況をミクチャンは逃さない。覚悟を持って問いただしてくることだろう。
さて、そうなってしまったら……どうする?
ワタシ自身はどうするべきか、何が出来るかを考えていたら、不意にヒビキちゃんが「あっ、そうだった」と声をあげワタシたちの顔を交互に見てから、その両手でそれぞれワタシとミクチャンの手を握った。
「えっと、初対面だよね? だったら、まずお互いに紹介から……こっちはわたしの幼馴染で親友の
「えっ、あ……どうも?」
突然紹介されて戸惑い気味だったが、ヒビキちゃんの勢いに流されるように軽く頭を下げる「ミクチャン」改め「
まあ、そのミクちゃんのことは話には聞いてたし大体知ってる。
というか、リディアン音楽院に通ってることなんて今ここにいるのと制服着てるので、事前に聞いてなくてもすぐにわかることだろう。
「それでね未来っ、この子は葵ちゃん! 葵ちゃんは……葵ちゃんは……?」
あっ……。
「どうしたの、響? この葵ちゃんって子はどういう子なの? まさか本当に幽霊ってことは無いよね? 響とこの子の関係は?」
「えーっと……あ、あっれ~……?」
ズズイッとミクちゃんに顔を寄せられ、ミクちゃんとワタシの手を握ってた手をパッと離し目を泳がせながら顔をそらすヒビキちゃん。
開始一分足らずでこの有り様、ヒビキちゃんが自分から真っ先に墓穴を掘ってしまった感が。どうするつもりなんだろうか?
考えていないだろうなぁ、勢いだけで言っちゃってた感があったし。……つまりは、この状況をワタシがどうにかしないといけないのか? 普通の意思疎通さえ難易度高いのに……いろんな意味で無理じゃないかな?
ミクちゃんは、あわあわ言いながら目を…そして頭を回しながら「あーでもないこーでもない」と考えている様子のヒビキちゃんからはすぐには聞き出せないと考えたのか、今度はワタシの方を向いてその目でジーッと見つめてきた。
「
さて、何の用だろう、って尋問ですよね?
逃げてもいい……わけないか。
「迷い込んできたわけじゃないよね? どこから来たの?」
家……いや、
「『デッキならさっき君と一緒に宇宙から降ってきたよ』」*1
「……普段はどんなことしてるの?」
本部と家とを行ったり来たり、時々お出かけ。
「『《
「響との関係は?」
先輩と後輩です。
「『遊星よ、今の俺とお前がまさに追う者! 追われる者!』」*3
「えっとじゃあ、弓美ちゃんとの関係は?」
友達です。
「『俺もだ。初めて会った気がしないぜ』」*4
「……真面目に答えてる?」
至って真面目に答えてるんだけど、このちっちゃなお口が……。
「『質問が多いぞ、貴様。デュエルをすれば全てがわかると常々ほざいてるそうではないか』」*5*6
ミクちゃんはそんなこと言ってないんだよなぁ。
ほら、見て。目の前の未来ちゃん、笑っているけど、コメカミ辺りがピクついてるよ。
……事情知らない人からすれば、今のワタシって頭おかしくてくそ生意気な
そんなワタシも、いうこときかないお口に慣れてきちゃって多少喧嘩腰だったり挑発じみた発言でも慌てなくなってきたりもしてる。だって、慌てたところでどうしようも無いってことは嫌と言うほど理解させられたからね。
「えっとね、未来っ! 葵ちゃんは周りの影響を受けやすいって言うか、保護者の人の影響でアニメとかのセリフ何かをすぐマネっ子しちゃったりしてて……それで、今みたいなわけわかんないことを言ったりすることがあるだけだからっ!」
ワタシと未来ちゃんとの間に沈黙が流れたのを見計らってか、割って入ってきてフォロー(?)をするヒビキちゃん。
ある意味間違っては無いけど、それは別にゲンジュウロウさんのせいじゃないからね? いやまぁ、確かにゲンジュウロウさんの影響でアニメ映画をよく見るようにはなったけど、ソレと
……あれ? そういえば、ヒビキちゃんってワタシが変なこと言うことをちゃんと知ってたっけ?
もちろん、ワタシはこんなのだから自分から伝えることは出来ないし、そもそもヒビキちゃんと接する機会はこれまで多くは無かったから困った事はなかったんだが……。おそらく、これまでにゲンジュウロウさんかカナデあたりから話を聞いてはいたんだろう。そうじゃなきゃ、ワタシが喋ってる時にもっと「ええっ!?」とかリアクションがあったと思う。
さて、そうやって見つめ合うワタシとミクちゃん、そしてその間でオロオロするヒビキちゃん。
最初に新たな行動を起こしたのは、大きなため息をついたミクちゃんだった。
「はぁ……仕方ないなぁ。わかっちゃったから、私はもうこれ以上は響にも葵ちゃんにも何も聞かない」
「ほ、ほんとっ!?」
「その子のことも含めて、響は私に知られたくないんだってことはよぉーくわかったもの」
「うぐぅ……!」
ヒビキちゃんが罪悪感からか胸を押さえてのけぞる。
頬を膨らませていたミクちゃんが――「ふふっ」と
それを見て、わけがわかんない様子で目をパチクリ瞬かせるヒビキちゃん。ワタシもかしげてしまう。
「色々と思うところはあるけど……わかったから。凄く凄く悩んだ上で、響が私に「知られないようにする」って選んだんだって。その答えを出すために、今してたみたいに辛そうな顔をしてたんだって思ったら、これ以上問い詰めたりするのはちょっと気が進まない、かな?」
「未来……」
「でも、大丈夫ってわけじゃないんだよ?」
ミクちゃんが、ヒビキちゃんの右手を取って両手でその手を包み込むように握る。
「響が「大丈夫」って「へいき、へっちゃら」だって言っても……私の胸の奥が不安でズキズキ痛むの。本当に危ないことじゃなかったとしても、
握っているその手に、ギュッと力が籠ったのがはた目から見てもすぐにわかった。……それだけの気持ちが、その言葉に込められているということだろう。
「響の「ただいま」に、「おかえり」って言わせて……絶対に、無事に帰ってきて……!」
目尻に涙を溜めながら紡がれた言葉。
その言葉に、一拍おいてから――ヒビキちゃんが握られてなかった左手も使って、ミクちゃんの手を握り返した。
「うん、約束するよ。未来が嫌がるようなことには絶対にしない! いつだってわたしはこの手に感じる温もりのもとに帰ってくる。……だって未来はわたしのひだまりなんだもん。他に代わりなんていない唯一無二の大親友なんだよ? この手は絶対に離さない……この約束は、絶対の絶対だからっ!」
「響……」
互いが互いに両手で相手の手を握り、おでこがコツンと当たってしまいそうなくらいの距離で見つめあうふたり……。
ふつくしい……
友情がだよ? それ以上じゃない。異性だろうと同性だろうと、仲が良かったら恋愛的な方向に持って行くって流れは良くないと
そう、ただ単に仲良きことは良いことであるってだけだ。
しかし、これは一見いい感じにまとまったように思えるが、実際のところ半分くらいはミクちゃんによる「我慢します」宣言だよね? その内絶対爆発するよ?
……あっ、もしかしてヒビキちゃんって遊戯王と「K●NAMI」繋がりで、爆弾処理系恋愛ゲーム*7の主人公だったりする? 女の子だけど。
……って! だから、恋愛的なやつじゃないってば!!
「『俺もいるぞ!』」*8
「「ひゃっ!?」」
あっ。見つめ合ってたふたりが、そろって跳び上がった。
……邪魔をしてしまって申し訳無い。
「あ、葵ちゃんっ!? 忘れて……なんかないよっ!? うん、忘れてないから!!」
「べべべつにおかしなことは……! そう、あれよ葵ちゃん。ほらっ「指切り」みたいなおまじないだから、決してイチャイチャしてたとかそういうのじゃないから、ねっ?」
慌てて手を離して、その手をワチャワチャ動かしながら顔を赤くして喋りまくるヒビキちゃんとミクちゃん。その反応がより一層疑惑を……いや、どうでもいいか。
「あー! そうだ! レポートも提出できたんだし、早く帰って未来と約束してた流れ星見に行く準備をしないと!」
「そ、そうだねっ。……さっきは本当にごめんね、葵ちゃん」
しかし「流れ星を見に行く」か……。関係がギクシャクしてるっぽい話を聞いていたが、そういう約束は普通にできていたらしい。
それに、この前情報番組で「流星群が~」とかどうとか言ってた気がする。それが今日だったのか。
ワタシも都合さえあえばカナデやツバサと一緒に見てるのもいいかもしれない。そのためには、まずどうにかして伝えなければ……あぁ、でもふたりには休める時にしっかりと休んでほしい気も――――
―――! ―――! ―――!
むむっ!?
これは、無線の着信音――本部から通信がとんできたのか!
そう思って無線機を取り出したのだが……
はて? 連絡が来ている様子がないぞ?
……よくよく聞いてみれば、その音は少し離れたところから――駆け出そうとしていたヒビキちゃんたちのいる方から聞こえてきてた。
ヒビキちゃんの手には、光が点滅している通信機が。
ふたりの表情は……ああ、曇ってしまってる。照れて恥ずかしそうに笑ってたさっきまでとは別の意味で見ていられない。
唇を歪ませながら、それでもヒビキちゃんは無線機を自身の耳元へと持っていった。
……ふむ、ならば
『むっ、何故……? ん、これは……そういう、ことなのか? いちおう緒川を――』
聞こえてきたのはゲンジュウロウさんの声だった。
ふむ、上手く出来た……のか?
何はともあれ、無線の向こうでは何やら困惑させる出来事が起きているらしい。……まあ、その原因はおそらくはワタシが通信機を起動したせいだろうから、特に気にせず聞く態勢のままでいる。
『「もしもし? あの、また何か……?」』
おおっ、耳に当てた無線と目の前からヒビキちゃんの声が聞こえてくる。
この通信がどういう形式なのかあまり理解はできていなかったのだが、指令室でゲンジュウロウさんがマイクとか持たずに言っていることと現場のカナデやツバサとの三人で話していたりしたので「もしかしたら」と思ったのだが……どうやらゲンジュウロウさんとヒビキちゃんとの通信に上手く割って入れたようだ。
……まぁ、割って入って混ざったところで、音声のみで映像の無い通信なんてワタシには発信できる内容がメイ言。つまりは必然的にほぼ聞く専門で、ワタシに出来ることはほとんど無い。
それでも、なんだか嫌な予感がしたから、こうして通信の会話を聞くことにしたんだが……さて、いったい何があってゲンジュウロウさんはヒビキに通信を?
『ああ、響君、突然だが
『「……はい――――――えっ」
奪う。ヒビキちゃんのその手にある無線機を。
「……?……??」
「ちょ、どうしたの、葵ちゃん? えっと、返して欲しい、んだけど……」
『やはり、葵君が一緒にいたのか……しかし、いったい何を――』
何がなんだか分かってない様子で固まっているミクちゃん。その隣で困惑しているヒビキちゃん。
ゲンジュウロウさんは……まあ、気付いてたよね。
せっかくヒビキちゃんとミクちゃんとが手を取り合ったのだ。そして今夜の流れ星を見に行く約束……それを邪魔するのは、あまりにも無粋だろう。
ならば、ワタシが動くべき! ワタシがユミとした「響を気に掛けてあげる」っていう約束もあるのだ。今申し出ないでどうするっ!!
こい……こい……!
いい感じの、ワタシの想いを伝えることのできるセリフよ……こい!!
「『やはりキサマらのデュエルからは、鉄の意志も鋼の強さも感じられない』」*9
「えっ……?」
『葵君?』
あ、やめ、ちょっと待とうぜ?
「チカラが足りないからまだ出さないほうが良い」って話なら今日ヒビキちゃんを出動させない理由になるからいいけど、もうちょっとマイルドな言い方を……
「『半端な気持ちで入ってくるなよ……デュエルの世界によぉ!!』」*10*11
――あ。ヤバイ。もうダメ……。
「でゅえ……? じゃなくて! わたし、半端なんかじゃないよ!? もっと……あの日沢山のノイズを倒してた翼さんみたいにっ、ワタシを救ってくれた奏さんみたいに……小さくっても立ち向かってた葵ちゃんみたいに! ワタシもノイズから誰かを――みんなを救いたいんだっ!! そのためのチカラをわたしは持ってるんだよねっ! だったら、わたしは――!」
あっ、いや、言い返してきたぞ!
そうだ、負けるな、折れるんじゃないヒビキちゃん! ……って、今日休ませるためには折れた方がいいのか? でも折れちゃったら、絶対今日明日で復活できるレベルじゃないオーバーキルなんじゃ?
「『戦う理由や信念なら、どんな弱小決闘者の胸にも秘められているだろうさ! 重要なのは…それに押しつぶされるか…それを守りきるかだ!』」*12
「…………っ!!」
唇をかみしめて、一歩さがり……うつむいてしまう。
ああ……。
『落ち着け、葵君っ! いったいどこからどこまでが――!?』
「『ここは俺の戦場だ!』」*13
「違うんです」と弁解しようとしてコレである。
奪っていた無線機の通信を切り、立ち尽くしているヒビキちゃんの手に押し付ける。
「あ……葵ちゃん、わたしは……」
悲痛な表情でワタシを見て……でもそれ以上は言葉が出てこないのか、また口を閉じてしまう。
が、視線はまだワタシを捉えている。なら――まだ、やりようはある!!
「……え?」
「ええっ!?」
ミクちゃんとヒビキちゃんの驚く声が聞こえるが、そんなことは気にせず指を綺麗にそろえて、おでこを地面に擦り付けるくらいにくっつけて……土下座だ。
言葉や文字だと思うようにいかないが……
「ちょ、やめてよ葵ちゃん! そんなことしないでっ!! 悪いのは、悪いのはわたしのほうなんだから……」
「そんなことは無いよ響っ! 詳しい事情を私は知らないけど、葵ちゃんは絶対言い過ぎてる!! ……けど、土下座はさすがに……」
悪いのはヒビキちゃんじゃなくてワタシのお口である。
その原因は……根拠も無いけど、きっとドン・サウザンドってやつのせいなんだ!
「『へぇ、デートかよ。お前もやっとその気になったんだな。頑張れよ、相棒!』」*14
何言ってるんだ、
「「で、デートっ!?」」
またちょっと違う声色で驚いているふたり。その顔は、土下座をしているためワタシには見えない。
「そそそんなぁ、デートだなんて!? 響とふたりっきりでおでかけだけど、別にそういうのじゃなくって……!!」
「……っ! ……もしかして葵ちゃんが通信の邪魔したのって、わたしと未来が流れ星を見に行くのを……?」
「えっ、そうなの? だとしても、もっと言い方が……」
え、何、この流れ? そうだけど、そうじゃないっていうか、その……。
…………うん、結果良ければ全て良し、だ!!
勢いに任せて、有耶無耶な感じですませ、ワタシが現場に直行する! それでオールオッケーだ!
土下座で折りたたんでた脚を一気に伸ばして跳び上がるように立ち上がり、そのまま駆け出す!!
「チーム・サティスファクション、いくぜ!!」*15
背後から、ヒビキちゃんとミクちゃんの声が聞こえるが、それを無視して駆け抜ける。
そして、リディアンの敷地から出たあたりで立ち止まり……
『……言いたいこと、聞きたいことは色々とあるが……ひとまずは、今回は葵君が出動するということでいいのか?』
つけっぱなしだった無線機から聞こえてきたゲンジュウロウさんの声に対し、頷く。
ただし、ワタシが視線を向けるのは、
「どうやらその気のようです……どうします?」
『音声通信だけでは分からんから、意思を確認するために先んじて緒川を向かわせていて正解だったな。……ノイズの駆逐はカナデとツバサが中心で行く、葵君は緊急時の戦闘に備えつつ民間人の避難誘導にあたってくれ。緒川はそのまま葵君を連れて避難区域へ向かい、そのままサポートを』
「わかりました」
……なるほど。駆除しながら発生位置周辺の民間人を逃がす……が、量が多いと言ってたし、住宅地から離れているとはいえ撃ち漏らしが出てくる可能性もある。その対応に当たるのが、ヒビキちゃんの代打のワタシというわけか。
……うん。今回のノイズに果たしてワタシの攻撃が通るかは不安があるが……なんとかなりそうだ。
「失礼します」
そんなことを考えてたら、いわゆるお姫様抱っこの要領でシンジさんに抱き抱えられていた。
そして、シンジさんはワタシを抱き抱えたまま凄いスピードで走り出し……それとほぼ同時に、通信機からまたゲンジュウロウさんの声が聞こえた。
『どこまでが君の真意だったかはわからない。故に、あの鋭すぎる発言については葵君を叱りつけるには情報が足りんのでそこは保留にしておく。……今回は響君を出動させたくなかった、そういうことか?』
頷く。すると、「YESです」とシンジさんが呟く。おそらくは彼の耳元についている小型の通信機から
『そうか……今回の件よりも前から思うところはあったが、人助けの精神は輝かしいが、ノイズと戦うには弱く、脆く、優しく……あまりにも一般人だ。葵君から見てもそうだったということか……』
弱さや脆さは未熟ゆえかもしれないってところを除けば、おおよそ同意である。しかし……最終判断はヒビキちゃんがすべきだと、ワタシは勝手に思う。
だって、弱さも脆さも、ワタシは勿論カナデやツバサも持ち合わせている物なんだから。問題は、それに対してどう向き合えるか……ヒビキちゃんが覚悟を持てるかだ。
『今一度、考えるべきだな。融合症例とは言え、響君をこちら側へと……戦場へと引き込むのは。彼女には辛いだけかもしれん。……今ならまだ、引き返せるはずだ』
そんな声を聞きながら、ワタシはシンジさんに抱き抱えられたままノイズ発生現場へと向かう。
さあ、二課の一員として働こう!
ノイズ拡大範囲を広げず、人的被害をださないようにキビキビとやろう、ワタシにできることを。
少なくとも、ヒビキちゃんとミクちゃんが心おきなく流星群を見れるくらいには……ね。
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2-3&僕だ!
「『非力な私を許してくれ』」
……なんだか、毎回言ってるような気がする。
本当に無能。
本編ですが、伏線っぽいのをちょっと回収してたり、増やしてたりして謎が謎を呼んでいます。
原作を知らない人は何が変かわからないだろうので大丈夫かと思いますが、適合者の方々のほうが首をかしげるかも知れません。伏線回収・判明するまで少々お待ちください。
あと、イヴちゃんの存在や内心以外がシリアス気味で、シリアルタグをどうしようか迷い中……。
XV9話感想は……一部を除いて風鳴はどっかおかしいって話ですね。
リディアンにて、
あの後、ワタシはシンジさんにつれられるがままにノイズ発生地点から最も近くの市街地の周辺で、ヒビキちゃんの代打として避難誘導
そんな、ワタシにとって久々な外での二課の一員としての活動なのだが……こう言ってはなんだがヒマである。
民間人の避難誘導が比較的スムーズであるため、ここまでそこまで苦労していないのだ。……まあ、ヒマがある一番の理由は「
カナデとツバサが出現し近くで防衛線を築く形を取りながら殲滅しているので、まだ肉眼で見える距離にはノイズが見当たらない。そのため、人々がパニックを起こしたりすることも無く避難できているのも余裕がある要因の一つだろう。
だがコレ、ここ最近のノイズの出現が多発していて民間人がノイズに対する危機感を持っているが故で、見える範囲にいなくても「見当たらないから私は大丈夫」みたいな慢心をすることが無いからで、素直に喜べることではない気もする。
……まあ、とにかくワタシとしては良くか悪くか余裕があるのだ。
だって、誘導しようと下手に声をあげようとするものなら、このワタシのお口はほぼ間違い無くいらないことを言うだろう。
だから、シンジさんや他のエージェントの方、表向きの実働部隊「一課」のみなさんの真似をして腕を振って避難先を示したり、時に肩を貸したり、子供をおんぶしてあげたり……そういった身体を使って誘導しようにも、この
だから、ワタシはもっぱらシンジさんのそばに居て避難誘導されている――ように見せかけて避難している集団の中でも常に「ノイズの発生した方向」に一番近い位置につき、万が一の時、真っ先に間に入れるようにしておくことにしたのだ。
順調そのものである避難誘導。
耳元の機械で常に本部と連絡が取れるシンジさんが、そう特別慌てた様子も無い事からして
……余裕ができ、色々と考えを巡らせることができるようになって気付いたのだが……果たしてカナデとツバサはワタシがこうして避難誘導の活動をしていることを知っているのだろうか?
特にツバサは、戦闘訓練のような安全性がある程度確保できているものでも、周りを巻き込んで絶対に参加させてくれなかったほどワタシが戦うことを嫌がっていたくらいだ。万が一の時にしか戦う予定は無いとはいえ、あんまり良い顔しそうにない気がするんだよね……。
ま、まあ、その辺のことはワタシが出動することを許可してくれたゲンジュウロウさんが何かしらの手をすでに打っている……と思うことにしておこう。
どちらにせよ、カナデとツバサから「心配いらなかった」とか「出撃させて良かった」と思って貰えるような仕事ができなければ、帰ってからが面倒なことになると考えられる。ならば、一生懸命取り組むだけ――――
――ん?
私たちが避難誘導している方向とは別の、市街地の路地の先……突き当りのガードレールの向こう側にうっそうとした雑木林のようなモノが見えているのだが、その林の中へと
ああっ、やっぱり気のせいじゃなかった!
この
あの林の奥に家があるのだろうか? それとも家への近道とか?
どちらにせよ、今はノイズ発生中の緊急時。万が一のことも考えてシェルターへと避難してもらわねば。
シンジさんは……いつの間にか、ちょっと離れた所で何やら大きな荷物を持って来てしまっているおばあちゃんの対応に当たっている。他の人達も、
ここはワタシが、チョチョイっと行って声をかけて……それでも(言語能力的に)無理だろうから、最終手段で力ずくで引っ張って避難させればいいだろう。
《
思い立ったが吉日……かはわからないが、とにかく木々の隙間から後ろ姿がチラ見えするあの子を見失ってしまわないうちに、パッと行ってパパッと連れて来よう。
そう考え、ワタシは走り出した……。
―――――――――
「チッ! ノイズを追加しても出現させた場所の周囲どころか、避難している連中のほうにも居やがらねぇ、どうなってやがるんだ……!?」
いら立っている様子で何やらブツクサ言っている女の子。
「こんなんじゃあ、計画が……それ以前に、本当に
何、意味わかんないこと言ってるんだろう? ……ってことじゃないぞ? それは特大ブーメランだって流石のワタシもわかってる。
近づくにつれてわかったが、随分と
カナデたち装者の格好にも似ているような気もするが、アレ以上に上半身が鎧のようにゴテゴテしているというか……肩周りから前方へ向かって並んでいるっぽいピンク寄りの紫色の大きなトゲたち。それに、大きなトゲと同色で、左右に長く伸びているトゲ付き紐――
逆に下半身は……多少の模様や靴っぽい装甲がありはするが、質感に違いはあるがほとんど「白タイツ」っぽい何かというか。シンフォギアのピチピチボディスーツとはまたちょっと違って……何か貧弱そうである。
とはいえ、今のは追いかけているワタシから見た――後ろから見た――感想。正面などのデザインを見たらまた印象が変わるかもしれない。
いや、しかしあの鎧の女の子は本当に何者なのだろうか?
その格好ももちろんだが、それとは別に一つ気になるのが、先程彼女が言っていた「ノイズを追加しても発生させた場所の~」という言葉。
あの子が日本語が残念な子でない限り、彼女も闇リョーコさんと同じく「ノイズを発生させ操る能力」を持っていることになる。なぜそんなことが出来るのかは不明だが、倫理的に考えてそんなことをする人は一般社会的には正義の味方ではない、おそらくはワタシたちにとっては敵の立場の……あれ? でも、闇リョーコさんは
とにかく、民間人と一緒に避難させていい
「っ! 誰だ!?」
気付かれた!?
「いやっ誰だよ!?」
おっしゃる通りです。
しかし、こちらへと振り返ってきて見えた正面側も、やはりと言うべきか変わった見た目だな。
鼻上からおでこ辺りまでは半透明のバイザーのようなモノで隠れており、その上部や両サイドは、上半身の鎧部分と似た質感の装甲が展開されており、見方を変えれば、顔から上半分を覆い正体を隠すための仮面のようにも見えなくもない。
そして、背後からも確認できたように、肩から半円状に前方へと伸びる装甲からは大きな桃紫色のトゲが数本伸びていて、正面からだとその刺々しさがよく感じられる。
あと……鎧の胸部は形状が独特で、何故か脇あたりと下ち――もとい南半球が見えるようになってる。作った人の趣味だろうか?
「なんで、こんなところに子供が……森を抜けたあっちの方に避難してる奴らがいるからソッチに――」
「は、ハァッ!? こいつ、いきなり何言って――ドコ見てんだよ!」
そりゃあもちろん、あなたがチラ見せしてきているそのたわわな「
言っておくが、やましい気持ちなんて無い。むしろ、ある種のコンプレックスだ。
歳相応と言えばそうなのかもしれないが、今の
だがしかし、まだ
そのため、これでもかと見せつけられると何とも言えない気持ちになるのだ。
つまり、ワタシが悪いんじゃなくて、その「オッP」を見せつけるような鎧のデザインが……これ見よがしにそんな鎧を身に着けてくる目の前の女の子が悪いんだと思う。
「アタシが悪いって言いたいのか!?
「坊や」って、何の話だ? ワタシが言うのもなんだが、この子、何かおかしくないか?
あっ、そうでもないみたい。表情が変わった……自分が変なこと言ったってきっと気付けたんだろう。
ハッと目を見開いて――――
「
――――ゑ?
「『ゑ?』」*11
何言ってるんだ、この子は?
ん? 「
まさかとは思うが、「《クリボー》」を「くり
となると、この子はくりちゃん? もしくは、下の名前じゃなくて苗字が「クリハラ」とかであだ名で「くりちゃん」みたいな呼ばれかたをしてたとか……でも、それって「名前を知ってる」とか言えるほどのレベルじゃないよね? もしかして、この子は頭が残念なのだろうか? それとも頭に血が昇って思考回路が変になってるとか?
「待てよ? その長い髪、バットケース――テメェがあの葵か……! なるほど、どおりで……アイツが言ってたがタダモンじゃねぇな」
あの葵がどの葵かは知らないが、バットケースを常日頃から持ち歩いている女の子なんてそういないだろうから、きっとワタシで間違い無いだろう。
だって、しかたないもん。「鍵杖」をそのまま持ち歩くわけにはいかないし、一定距離離れたりちょっと意識するだけで手元に瞬間移動しちゃうんだから。だったら、やっぱり何かしらの
「アタシはお前なんぞに負けやしねぇ! アイツに……
ヒシヒシと感じられるプレッシャーからして、この鎧の子、《
―――先史文明期の巫女―――
―リーンカーネーション―――己の因子を持つ者の意識を喰らい蘇る―
―――アメリカ―――集められたフィーネの器―無表情―――
―無関心―――温もり―仲間―苦しみ―叫び声―家族―――――
―――白い歯―赤いベニ―――薄い笑―――愉悦―
―人―――茶色―誰―――眼鏡―痛い―白衣―――
―――フィーネは
―眠り―――完全聖遺物「ネフィリム」―――起動―
―――歌―閃光―炎上―――熱い―家族―焼ける―――歌―
衝撃。
地面が、木々が、葉たちの合間から覗く空が――ワタシの視界の中でグルングルンと回り回る。いや、ワタシが吹き飛ばされ、転がり回っているのか。
背中から木に――バットケースが半ば木にめり込みながら――ぶつかり止まった。あちこちが痛い……。だが、こんなところで寝る趣味は無い。体勢を整えながらめり込んだバットケースを掴み、それを引き抜き支えにしながらなんとか立とうとする。
「――? ―――――!」
鎧の女の子が、近づいてくるのが見える。何か言っているが……よくわからない…………。
……あぁそうだ、そうだった。あの時、崩れゆく「皆神山」内部でリョーコさんに感じた感情は――――
こちらを睨み歯を食いしばっている鎧の女の子が、桃紫の茨を握った右手を振るうのが見えた。
―――――――――
今わたしがいるのは、ノイズが出現したらしい場所からも、その周囲の避難区域からも離れた場所。
二課の人たちが戦っているんだろう戦闘音っぽい音が、時折凄く遠くのほうからギリギリ聞こえる気がする程度だ。
住宅地から離れた自然公園のような場所。
このあたりには人工の光が少なくて、夜になると道のりは暗いけどその分邪魔な光が少なくて空の星が良くハッキリと見えるスポット――って、ここに来るまでの道中に未来が教えてくれた。きっと、今日こうして流れ星を見に行くって決めた時から、良い場所が無いか探して調べてくれたんだと思う。
その情報通りなんだろう。確かに部屋の窓から見る夜空とは星の輝きが違うように思える。
雲がところどころにあるけど、その雲の影がわかるくらいには月と星の光があたりを照らしている。それだけ輝いてるってことは十分に天体観測
なのに――
「響ったら、心ここにあらずって感じね」
「うええっ!? そんなこと――」
「私には言わなくていいよ。嘘も、本当のことも」
「えっ?」
どういうことなのかわたしが聞くよりも先に、ビニールシートを敷いた芝生でわたしの隣に腰を降ろしていた未来がわたしの右手を左手でとり――手を繋いだ。
「対抗手段、そんな話はテレビでもネットでも見かけない。被害も出続けてる……あったとしても、難しかったり少なかったりすんじゃないかな? そんなモノの存在を公表はいろんな意味で難しいだろうね。……それが理由なんじゃないかって、私が勝手に思っておくから」
え? あ、あれ? わたしがノイズと戦ってることを……それに、シンフォギアのことを知って――――んん?
よくよく思い返してみると、「シンフォギア」はもちろん、「ノイズ」とも一言も言ってない――二課やシンフォギアのことは機密だから未来は意識して言わないようにしてる? けど、わたしがそうだったように、聞く人が聞けばすぐにわかるような内容になってる気がする。
「響は……だから――ううん、私の知ってるままの響なら「自分と同じような思いをする人が一人でも少なくなるように」って人助けをするって……戦うってわかってる」
いやいや、だからなんで未来がそのことを知ってるの!?
だって、今日の夕方、リディアンにいたころはまだ知らなかったはずだし…………ああっ!!
そうだ! 葵ちゃんに色々言われた時にわたしってば「ワタシもノイズから誰かを――みんなを救いたいんだっ!!」とか「そのためのチカラをわたしは持ってるんだよねっ!」 って未来のいる前で言っちゃてた!?
「大丈夫、大丈夫」って言ってたけど、実はそこそこ危ないことしてたって未来にしられちゃってた!? ……あれ? でも、未来が今話してることからしてそこはセーフなのかな?
あっでも、風鳴司令や了子さんに、未来
未来は「勝手に思っておくから」とかちょっと変な言い回しをして聞かなかったことにしようとしてくれてるけど……だけど、こういうのはちゃんと伝えて謝らないといけないよね?
と、そんなことを考えてたわたしの手を、未来がギュッと握った。
「たしかに、響には足りないモノがたくさんあったのかもしれない。でもね、響の「誰かを助けたい」って気持ちは間違ってなんかない……これまで響のおかげで救われた人たちが――その命が間違いだなんてことは、誰にも言えないんだもん。だからそれを疑ったりしなくていいんだよ」
未来……。
「えーっと、もしかしてわたしが何を考えてたか――」
「わかってるよ? 上の空だった理由……葵ちゃんに言われたことでしょ?」
「あはははっ、未来は凄いなぁ」
「なんていったって、響の幼馴染なんだから」
そう言って微笑む未来に「かなわないなぁ」って思っちゃいながら、観念して今のわたしの本心を吐き出してしまうことにした。
「わたしを休ませるための演技だったみたいだけど……それでも、葵ちゃんの言葉は確かにわたしに突き刺さったんだ。弱い意志で、半端な気持ちで、その上自分の中の理由に押し潰されてて……それを否定したくっても、できなかった」
葵ちゃんのあの気迫。わたしよりも小さくて全然年下なはずなのに、その存在感に気圧された……って言うのもあったけど、その言葉にわたしは言い返せなくなってしまったんだ。
「助けようとしてたはずなのにいつも奏さんや翼さんに助けられて。今度こそちゃんと戦おうと思ったはずがずっと逃げてばっかり。みんながサポートしてくれて、訓練だって時間を作って親身に教えてくれてたのに、わたしは全然成長できなくて足引っ張ってた……その罪悪感がいつの間にかわたしの中でプレッシャーになってた」
いっこうに発現できない「アームドギア」。それもあって、戦うことは本当にままならなかった。それは沢山訓練を積んできた今でも変わらない。きっと、今ノイズの前に立っても逃げ回ることが精一杯だろう。
でも――――
「でも、もう少し――――ううん、もっと頑張れる。わたしは未熟で、他の人に迷惑だってかけちゃう。でも……誰かを皆をノイズから救うことは間違いなんかじゃない! 今できないからって諦めることが――今だけじゃなくて
どこからどこまでが演技だったかはわからない。だから、もしかしたらあの言葉は葵ちゃんの本心……わたしへの素直な感想だったかもしれない。
だから、だからこそ、伝えないと。
わたしはまだ頑張れる。奏さんたちみたいにノイズからみんなを守ることを諦めないんだって!
「その意気だよ、響。私には、それこそそばに居てあげることくらいしか出来ないけど……あっ、葵ちゃんに伝えに行く時、私もついていこっか?」
「えー……うーん? ど、どうしよう?」
そばにいてほしいっていうのもあるけど、未来がわたしのポカのせいで色々知っちゃってることを謝ったり、万が一の事を考えて未来の身を守る方法が無いかとか風鳴司令に相談もしてみたい……だから、葵ちゃんに会ってからそのまま二課に未来を紹介するっていうのも、こうなってしまった以上ありなのかもしれないよね。
「あっ!」
突然、未来が出した声にちょっとビックリしてしまう。
いったい何が――
「流れ星っ!」
「ええっ!? どこ? どこどこ!?」
未来が指差す先の夜空へと視線を移す。
ああっ、もう消えてしまったみたい。でも――――
「「わぁ…………!」」
――――未来が見たのとは別の新たな流れ星が走っていった。
ひとつふたつじゃない。時に連続で、時に数秒の間をあけて……次から次へと、夜空で流れ星が輝く。
ふたりで見上げる夜空をゆく、いくつもの流れ星。
その握った手に未来の――わたしの陽だまりの温もりを感じながら、輝く星たちを見る。
暗い闇の中を確かに光る星の輝かしさが、わたしたちの
どれだけの時間――短かったような、長かったような――流れ星に見入っていると、ふっとあたりが薄暗くなった。
「あっ」
「月が隠れちゃったね」
見れば、一塊の雲がちょうど夜を照らしていた月に被ってしまってた。
でも、雲で隠れたのは月の周りだけ。流れ星は、より暗くなったことでよく見えるようになったり――――
「って、あれ? 流れ星も終わっちゃった!?」
「偶然じゃないかな? 流星群ってその時々によるらしいけど、何回かに分かれて流れたりするらしいし……むしろ、さっきみたいに一気に沢山流れるほうが珍しいらしいよ?」
「イメージの問題なのかな? ……どっちにしても、さっきのが見れたのはラッキーだったんだね!」
「誰かの日頃の行いのおかげかも。それじゃあ、また流れないかもう少し待ってみよう?」
微笑みながらの未来の提案に「うんっ!」と頷き返す。
そうして再び一緒に空を見上げる――
月が隠れた薄暗闇の中、不意に、見上げているわたしたちの前を
「「……!?」」
その影が通り過ぎたのとほぼ当時に、わたしの
触れたそれはまるで雨みたいだったんだけど……あの影は、雲にしてはいくら何でも速すぎるしそんな遠くのもののようには思えなかった。そもそも、その影は私たちの上を通り過ぎた後、
わたしは反射的に立ち上がって、その影と未来との間に割り込んだ。
「離れないで!」
「響っ、い、今のって、もしかして……!?」
「わかんない。けど――」
――何かいる。
わたしと一緒でいつの間にか立ち上がってて、背後で震え気味で声をかけてくる未来。その未来を守るためにも、わたしは考える。
影は、野生動物なのか……はたまた、ノイズなのか。
距離は、10メートルくらい。もし跳びかかって来たら、わたしは対応できるだろうか? 万が一を考えて、シンフォギアを纏っていたほうがいいかもしれない。
考えがまとまりきって動き出そうとしたその時、雲に隠れていた月が徐々に顔を覗かせてきたみたいで、その雲が落としていた影による暗闇が段々と引いていきだした。
未だに動かない影にも、徐々に月明かりが当たってきて、その姿が――――えっ
「あおい、ちゃん……!?」
少し前に会ったばかりの、小さいながらに凄みのある青く長い髪が綺麗な女の子。
その髪は乱れ、土や泥、葉っぱや折れた枝なんかが付いてしまってて……。
夕方着ていたのと同じ服は所々が斬られてたり、破れてたり……そこから見える素肌の体のあちこちに内出血をしたような打撲の痕。それだけじゃなくて腕や顔に擦り傷、切り傷……他にも何かが刺さったような怪我まで……!? 赤い、赤い血が溢れ
「あぁ、ああっ……!!」
「いやぁあああぁあぁぁーーーーッ!!」
混乱、わからなくなりそう。
でも、未来の悲鳴が寸前のところでわたしを踏みとどまらせた。
葵ちゃんを助ける。未来を守る。
病院? 二課の司令たちに連絡?
それもそうだけど、葵ちゃんの安否確認と、安全の確保だ。
駆け寄ってしゃがみ込み、断片的な知識で息と脈を確認する。
……うん、まだ生きてる! 応急処置を、いや、その前に連絡を――
ふと、固まる。
葵ちゃんは何かと戦って傷ついたんだろう。それは間違い無い。
でも、
けど、もしかしたらノイズ以外と? そんな、
「チッ、こんなところにまだ人が……ずいぶん呑気なヤツもいるもんだな。いや、アタシらがいつの間にか区域外に出ちまってたのか」
「っ!?」
声が聞こえてきたのは後ろのほう、影が――葵ちゃんが飛んできた方向から。
振り向くと、そこにはたぶんわたしとそう歳の変わらなそうな女の子が。わたしたちがここに来るために歩いた道とは違う、道の無い自然公園の森のほうから白い何かを着てコッチへ歩いてきてた。
「んなこと、どうでもいいか。お前ら、怪我したくなけりゃ家に帰りな。巻き込まれても知らねぇからな」
そう言って着ている鎧から伸びるピンク色のトゲトゲしたムチを半ばから持ち、風切音をさせながらクルクルと軽く振るう女の子。
「なんで……なんで葵ちゃんをこんな目に! 葵ちゃんがあなたに何かしたの!?」
「はぁ、知り合いだったのか? 別に戦う理由なんて、わざわざ教えてやる必要はねぇだろ?」
「そんなことないよっ! 二人の間で何かあったとしても……こんな怪我させなくても、何か誤解が、すれ違いがあっただけかもしれないじゃない!ノイズじゃない、わたしたちは人間なんだ! ちゃんと話し合えば分かり合えるはずだよ!?」
「オイオイ、戦場でなに生ぬるいこと言ってやがる……ん? その顔よく見てみりゃぁ
っ!? なんでわたしが「ガングニール」の融合症例だってことを知って……!?
いや、それより今は、この子をなんとか止めないと!
「なんで……こんなことするのっ!?」
「さっきから、何度も何度も……邪魔だったからっつーものあるけど、ただの暇潰しさ。攫うターゲットのお前がどこにもいなかったから、代わりに完全聖遺物を持ってるっていうそいつを叩き潰してたんだよ」
「わたしの……代わりに……!?」
葵ちゃんがこんなボロボロになったのは、わたしのせい……?
痛めつけられて、血だらけになって、息も絶え絶えになってるのは……わたしが、わたしがっ!!
ううんっ、後悔するのは後でいい! 今は、
そして、わたしが助かる方法も! そうじゃなきゃ――――!!
だったら……どうする!?
わたしは、いちおう持ち歩いていた通信機を取り出してそれを未来へと投げ渡す。
「えっ、これって……」
「未来っ! 葵ちゃんを連れて離れて、
「でもっ!?」
「わかんないことだらけだと思うけど、お願い! わたしは……この子に集中しなきゃいけないからっ!!」
「嫌! また響を置いて逃げるなんて、わたしには――」
「
「っ!!」
わたしが守りたいもの――未来を守る。
だけど、それだけじゃなくて、わたしも無事に帰れなくちゃならない。だって、未来と約束したんだもん。わたしの「ただいま」に未来が「おかえり」って返す……それだけの、だけど大切な約束。
未来が葵ちゃんの腕をとって、肩を貸すようにして歩き出すのを確認してから、わたしは改めて未来たちと謎の女の子との間に立ち、相手を見据える。
そして……シンフォギアを纏うために、歌をくちずさむ。
「Balwisyall Nescell gungnir tron……」
「へぇ~ヤル気かよ、融合症例?」
女の子は隠れていないその口元に笑みを浮かべてる。
……「アームドギア」が無い、持つ物のない手を一応はそれっぽく構えては見るが、ちょっとでも気を抜けば今にも震えだしてしまいそうなこの身体。もちろん、ノイズでもない誰かを倒す覚悟なんてできてるわけがない。
だけど、わたしは立ち向かう。
勝つことも、戦うこともできないわたし……だけど、
そんな危険をおかしてでも……わたしには、守りたいものがあるんだっ!!
「お前に、コレを受けきれるとは思えねぇけどなっ!」
そう言って女の子は、着ている鎧から伸びてるピンク色のトゲトゲのムチを叩き付けるように――ではなく、まるで鋭く尖った先端を突き刺してくるかのように、真っ直ぐ勢い良く伸ばした。
――きたっ!!
あの子の言う通り、正面から受け止めるなんて出来ない。
けど、僅かにでも身体をズラしてから横から力を加えれば……シンフォギア腕部の装甲を活かして何とか耐えつつ
わたしにギリギリ当たらない……狙いが外れた? それともワザと当てないように? 本当は戦いたくないとか……。
違う、これは――――
「避けて、未来ーーーーっ!!」
振り返りながら力の限り叫ぶわたしの視界には、世界はまるでスローモーションのように見えた。
葵ちゃんに肩を貸しながら歩いて行ってた未来の顔が振り向き……目を見開いた。きっとまっすぐ迫ってくるトゲのムチが見えたんだ。
とっさに身体を捻って避けつつ倒れ込んでしまおうとした未来だったけど、それよりも早く女の子の振るったムチが叩き込まれる。
2メートルくらい地面を転がる未来――――それだけでまだマシだったんだ。
そう、ムチを叩きつけられたのは葵ちゃん。未来は肩を貸していたために半ば引っ張られるような形で倒れてしまったのだ。
今すぐ駆け寄りたい。でも、それはできない。
この女の子を止められるのは、この場にわたししかいないんだから。だから――――衝動のままに、女の子に跳びかかって……両腕を捕まえてから勢いのまま地面へと押し倒す。
「なんで……! わたしが狙いだったんじゃ……!?」
「そうさ。お前が今回のターゲットだ。けど、それ以上にあいつが邪魔なんだ、アタシを舐め腐ったあいつを叩き潰さねぇと気が済まねぇんだ、よっと!!」
「ぐぅ!?」
わたしの下にいた女の子が脚を跳ね上げてきて、わたしは蹴り上げられ数メートル飛ばされてしまう。
体勢を立て直したわたしが目にしたのは、一足先に立ち上がってたんだろう女の子が、
「それに、お前程度を捕らえるのなんて楽過ぎんだよ!
かかげられた何かが光を放って、その光から
光の中から現れた異形の存在。
見たこと無い形だけど、まさかこれって……!
「そんな!?
まるでフラミンゴとか首の長い鳥の首から上だけのものに短い足がついたかのようなフォルム。
女の子がノイズを操った事への衝撃と、初めて見るタイプのノイズに驚いて硬直してしまっていたその隙に、ノイズのくちばしのような部位から
「うわぁ!? ……な、なにコレ!? 取れないし……うご、けないぃ……!?」
ネバネバしながらも強度のあるその「トリモチ」みたいな白いソレは、わたしと地面、そしてノイズのくちばしとを繋げる形で固定されてしまった。
あの女の子が言っていたように、わたしはいとも簡単に捕らえられてしまったのだ。
「フンッ、そこでおとなしく指咥えてな」
「未来っ、葵ちゃん! 逃げて!!」
「誰が逃がすかよっ!」
なんとかまた葵ちゃんを支えて歩き出そうとしていた未来だったけど、そこに向かってまたムチの一撃が叩き込まれた。
聞こえてきた音は、さっきとは違って、堅いもの同士がぶつかるような音だった。
何故なら……
「逃げてばっかりだったが、ようやく戦う気になったかよ! 随分とスロースターターだな、テメェは」
「『一見正しいように見えた攻撃……しかし、それは大いなる間違い!!』」*12
「そうか、よぉっ!!」
その言葉を皮切りに、葵ちゃんと女の子の戦いが始まってしまった。
「やめてーっ!!」
止めようにも、言葉だけじゃあ止まらない。
動こうにも、拘束されてるから腕をちょっと動かすくらいしかできなくて、どうにも……いや、「アームドギア」があればあるいは……!?
そう、せめてそこそこのリーチのある武器が手にあれば、拘束しているノイズに攻撃が届く! そうなればノイズは倒せるし、結果拘束も解けるはず!
出てきて!!
そう念じて手を開いたり握ったりする……けど、ウンともスンとも言わなかった。
「どうしてっ! どうして出てこないの、わたしの「アームドギア」!? 出て来いよぉ!!」
出ろっ! 出ろっ!! 出ろ、出ろ、出ろ、出ろぉッ!!
今出なくて……戦えなくって、守れなくってどうするって言うんだ! むしろ、
わたしがこうしている間にも、葵ちゃんは一人で女の子と戦ってた。
いや、あれは戦いなんて言えない……!
「どうしたどうしたっ! 同じ完全聖遺物同士でも随分と差があるみてぇだなぁ!?」
「アタシの「ネフシュタンの鎧」が強いってだけじぇねぇ! アタシとテメェ、所持者の力量差がこの結果だぁーッ!!」
めいいっぱいの力で振るわれたんだろう水平に撃ち込まれたムチに、ついに葵ちゃんは浮きあがり、ノイズに捕らえられてしまっているわたしのすぐそばまで飛び転がってきた。
まだ、その息づかいは聞こえている……けど、もう立ち上がるほどの力が残っていないのか、倒れ伏したまま。
「最後まで自分からはかかってこなかったな……いや、防戦一方になるしか無かったんだから当然か」
「なんで、なんで……!」
「いちいちピーピーと五月蠅い……ちょうどいいか。そいつにトドメをさすついでに、お前にもちょいと眠っててもらうぜ? 騒がしいと運ぶには手間だからな」
女の子が着てる鎧の両肩あたりから生えてるいくつかのピンクのトゲやムチがほのかに光り出し……それが収束していく。
大きくなるにつれ、激しく音を立てながら。
「これで、終いだっー!!」
ひと一人なんて簡単に丸々入ってしまいそうな大きさの光球……内部でバチバチとはじけているのがわかるそのエネルギーの塊を、女の子はムチを振り下ろすような動作でそれをわたしたちのほうへと撃ち放ってきた。
拘束されてるわたしも、倒れてる葵ちゃんも、逃げることなんて出来るはずも無い一撃。
「ダメェええぇぇー!!」
「――えっ」
「なぁ!?」
エネルギーの塊との間に割って入って来たのは――未来。
大きく手を広げ「大の字」で立ち塞がろうとしてる。けど、あんなの、生身の人が受けたらひとたまりもない、そもそも防ぐことなんて……!!
「どうして、なんでここにっ!?」
「あの時みたいに、響を置いて逃げるなんて――自分だけ安全な場所にいるなんて、絶対に、絶対に出来ない! そんなことしたら、わたしは響の親友を名乗れない!!」
「未来――逃げてぇー!!」
「くそっ!?」
女の子が何か焦ったかのように声をあげてる――けど、そんなことはどうでもいい。
だって、もう、バチバチと音を立てるエネルギーの塊がすぐそこまで……でも、わたしには動くことすらできない!!
もう、ダメ……!
そう思ってしまい、目をギュっと瞑ってしまった。
「なっ!?」
女の子の声はさっきの焦りとは違う感じの……
あ、あれ?
ついさっきまでエネルギーと言うか風の流れは感じられてたから、わたしの感覚がおかしくなっちゃったとか、そういうことじゃないはずだけど……じゃあ、なんで?
何がどうなってるのか確かめようと思うよりも先に開きだしたわたしの瞼。
そうしてその目に映ったのは――
「……ぅぁ……ぁっ!!」
――肩で息をしながらも両手で杖を地面と水平に構えて立つ、葵ちゃんの背中だった。
聞かなくてもわかるに決まってる。
相手の必殺の一撃を、瀕死になりながらも防いだんだ……わたしたちを守るために……!
「……あ、えっ……?
一瞬固まってた未来が何か言いながら、片膝をついてそのまま倒れそうなほどフラフラ揺れる葵ちゃんを支えようとその両肩を持ってあげて……でも、それ以上はどうしようもない様子だ。
「……癪だが、その丈夫さだけは認めてやるよ! けど、優れているのは……最後に立ってるのはアタシだぁ!! テメェはおとなしく地面と添い寝しときな!」
なおも声を荒らげる女の子。
それに反応したかのように、葵ちゃんも力無くも未来の手を払いのけて一歩前に出て……また、杖を構えた。
助けたい! でも、何もできない。
もう……見てられないっ!!
「ダメだっ! 葵ちゃん……お願いっ、逃げて! ううんっ、もう起き上がらなくてもいい、だからこれ以上は――――!!」
「何度でも受け止めてやる! 全部吐き出せ、お前の悲しみを!!」*13*14
「「……!!」」
聞こえてきた息を呑む音は、わたしから聞こえたのか、それとも前にいる未来から聞こえたのか……。
――違ったんだ。
倒そうとしたわけでも、そもそも戦おうともして無くて、わたしがしようとしたような時間稼ぎの囮でもない。
何かを感じ取った葵ちゃんは、最初からあの女の子の中にある悲しみと真剣に向かい合ってたんだ……! 自分が、どれだけボロボロになっても……ッ!!
「――だよっ……」
伏せるように下を向いていた女の子が――肩を震わせながら、勢い良くその顔を跳ね上げ、叫ぶ。
「なんだよっテメェはぁ!? 最初っから最後まで、アタシのことを
怒りを露わにした女の子の、ムチを突き刺すような鋭い一撃。
これまでの何よりも速く、葵ちゃんの喉元へと向かって伸び――――!
ドガァンッッッ!!
「な……アタシの一撃がッ!?」
あがった土煙がだんだんと晴れていく中、空から降ってきた赤い流れ星が――わたしと同じ「ガングニール」のシンフォギア装者である
「名前も、その目的も、聖遺物の入手経路も関係ねぇ――――」
わたしから見えるその背中は
燃えるような赤髪は風になびき、本当の炎の様に揺れ動く。
その声は、アーティストとして歌ってる時の
「――――今、ここで消えろ」
その周囲の3つの「遊星ギア」を止めに手分けして進む遊星たち。遊星と彼らを度々助けていた「謎のDホイーラー」がたどり着いた「太陽ギア」にはその守護者がいなかった……のだが、謎の光を受けた「謎のDホイーラー」はその失っていた記憶を取り戻しヘルメットに着いていたバイザー(兼サングラス?)を外しその素顔を遊星に明かす……そう、遊星たち「チーム5D‘s」の一員のメカニック、ブルーノの……アンチノミーの素顔を。その際のセリフである
1、ライブ事件の裏で盗まれた「ネフシュタンの鎧」所持
2、ノイズを召喚、操る(ありとあらゆる惨劇の黒幕の可能性)
3、
「『
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2-4
感想欄で見た「キネクリボー」がツボにはまった「僕だ!」デス。Twitterで調べてみたら、シンフォギアXDの「絆結ぶ赤き宝石」イベントのころに「キネクリボー」発言している先駆者がいたようです。つまり、この作品が世に出る前から、適合者は決闘者だったわけです(可逆)。
その「キネクリボー」の本名は今回のお話で地味に出てきます。
「『今明かされる衝撃の真実ぅ~!』」
とはいえ、コレまでに色々フラグはあったんですが……色々と「大丈夫かな、これ」と思いながら書き上げました。
……シリアルどこ行った?
――――アタシが
隠れるようにして建つにしては立派な洋館。フィーネとアタシとが拠点として活用している邸宅でのことだった。
フィーネ……アタシのいちおうの保護者であり、雇い主であり、取引の相手でもある、そんな存在だ。
スタイルの良い金髪の女性なんだが……その日は珍しく外行き用か何かの服をしっかりと着ていた。普段、邸宅内では全裸かそれに一枚羽織るかくらいの格好しかしてないから少し驚いた――――慣れちゃいけないもんに慣れちまってる気もしたが、それは二の次三の次、
そんなフィーネから数枚の紙束資料を渡されながら伝えられた
「お前が
フィーネの言葉に耳を傾けながら、写真付きで書かれている情報に目を通す。
ターゲットの「
前から装者やってた二人は、シンフォギアの
そして……わざわざ
「どちらにせよ、この二人を同時に相手取らない限りは「ネフシュタンの鎧」で後れを取ることは無いだろう。いや、仮に二人と同時に戦うとしても立ち回りさえ多少意識すれば十分勝てる」
まあそうだろうな、とアタシは思った。
「ネフシュタンの鎧」は完全聖遺物ということもあって攻撃力・防御力共にシンフォギアのそれを上回るものだ。
その上、最大の特徴として「自己再生能力」がある。これは、装備した者が傷を負おうがその傷を再生させるもので、ただでさえ十分にある防御性能を根本から底上げするようなものだ。
まぁ、その再生力の代償として、再生の度に体が「ネフシュタンの鎧」に浸食されていってしまうが……それでも、力づくではあるが
「……が、あくまで
最後に改めて今回の一件の確認をしてきたフィーネにアタシは頷き返そうとし――――ふと、あることを思い出してそれを止め問いかけた。
「なぁ、フィーネ。アタシの記憶が確かなら、こいつらとは別に完全聖遺物を持ってるヤツがいなかったか?」
詳しく憶えちゃいなかったが前に1,2回そんなやつの話を聞いた気がして、多少そのあいまいな記憶に不安を感じながらも聞いてみた……。
するとフィーネからは、案外さらりと答えが返ってきた。
「あぁ、
「装者二人の情報はこうしてまとまってるのに、なんでその葵とかいうのの資料は無いんだ?」
「何故も何も、そもそもアレと戦闘すること自体想定していないからな」
想定してない?
それはおかしいんじゃないだろうかとアタシは首を傾げた。
「完全聖遺物をそれも少なくともふたつも持ってる上に使用許可まで持っている、二課の一大戦力だろ? これから先、間違い無く戦う相手じゃないのか?」
そう確か、アタシの聞いた話じゃあ前にあったっていう例のアーティストのライブで起きたノイズの襲撃。その際に完全聖遺物を持ったソイツが参戦したことで流れが大きく変わって「少なくとも装者のどちらか一方は死ぬ」とされていた想定がくつがえされたって話だったはず……。
ノイズ相手だったとはいえ、そんな戦況を覆せてしまうようなヤツへの対策をせずに野放しにしてもいいもんなんだろうか?
そんな疑問を抱いたアタシにフィーネが言った言葉は
「第一、仮にお前がアレを相手にした場合……もはや勝負にもならんからな」
「なっ!? 「ネフシュタンの鎧」でもか?」
「当然のことだ。「ネフシュタンの鎧」だろうと、
そして、アタシは使うつもりも無い
「じゃあなんだぁ? もしもソイツと作戦中のアタシとが鉢合わせたら、逃げろってのか!?」
「それも手だな。とにかく相手にするな、こちらの損害にしかならん」
アタシらが絶対に損するだって!?
フィーネは……っ
ふざけんな、ふざけんじゃねぇよ……!!
ここまで不快感だろうと痛みだろうと、耐えて耐えて耐えてきたんだ! 手も足も出ねぇ相手だと!?
なにより、フィーネが一片の迷いも無くそう考えてるってのが気に食わねぇんだ!!
確かに、アタシとフィーネとは目的のために結託してるある種のビジネスパートナーのようなもんで、そんな良い仲だとかマトモな間柄ってやつじゃなかったかも知れねぇ。だけど……だからこそ、チカラに関しては――そして目的のための任務遂行の熱意と結果くらいは――正当に評価されてると思ってた。それくらいは認められてるって思いたかった……!
なのに、それすらも……ッ!!
違う、違うんだ。
仕組まれたかのような嫌な事件の中で出会っただけの、目的のために利用し利用される関係でしかないはずなんだ、アタシとフィーネは。
なのに、なんで……なんでこんなにも「認めて欲しい」って思ってんだよ、アタシ……
フィーネに心許せる相手であって欲しいと、アタシもあいつにとってそういう存在でありたいと……心のどっかであたしはそう思ってしまってるんだ……!
あぁ、ムカつく……
ヒトの胸見てアホなこと言うこのふざけたガキが!
何故かアタシを――この
ぶっ飛ばしてもコッチに殺気も向けてこねぇ気味の悪いコイツがっ!!
アタシをアタシじゃなくさせるんだ!!
「なにしてんだよ? 恐いのが……痛いのが嫌ならそのチカラを振りかざしなっ!」
―――――――――
指令室は不測の事態に少なからず騒々しくなっていた。
その不測の事態というのが、万が一の場合の護衛として緒川と共に避難誘導にあたっていた葵君が姿を消したことだ。
「目撃情報はあったのか?」
『幸いにも。避難中の民間人の中に脇道を走っていくのを見た方がいました。その人が言うには、どうやら葵さんとは別の女の子がその林にいるのを見たとも言ってましたので……』
「その少女を追って避難経路から抜けてたんだろう。葵君は、根は真面目で正義感の強い真っ直ぐな子だ……向こう見ずなところがあることは否めんがな」
葵君のことを考えると毎度思ってしまう。もしも、まるで呪いのような言語能力の不備が無ければ、彼女はどのような子だったのか。そして、そんな彼女が周りにどのような影響を与えただろうか……と。
きっと今よりも輝かしいものに違いない、そんな確信じみた物が俺の中にはあった。――それ故に、葵君がああなってしまわざるを得なくなる状況を作ってしまったことを、自身の無力を今でも後悔してしまう。
いかんな、今は目の前の事態への対応をしなければならないというのに。
しかし、笑い事ではないのだが、ふと目を離した隙にどこかへ行ってしまうのは、本当に子供らしいというか何と言うか……。
そんなことを考えていると、オペレーターの友里から待望の報告がきた。
そう、通信機は会話が難しくとも、持たせておけばこういう時に役立つのだ。
「葵ちゃんの通信機の反応絞り込めました! 情報通り市街地脇の林に……しかし、思った以上に奥まった場所まで行ってしまっているようです」
「場所がわかったなら十分だ。緒川、いけるか?」
『もちろんです。そちらからの情報通り、葵さんのいる地点へと向かいます』
「頼んだぞ」
緒川のいる場所から葵君のところまでは結構な距離がある――――が、同時にノイズが発生した地点からも離れている。万が一の事を考えても、身の安全上の問題は無いだろう……もしかすると、生い茂る木々に方向感覚を狂わされて迷子になったりはしているかもしれんが。
「「『「!?」』」」
俺と、オペレーターをしていた友里と藤尭、そして通信越しの緒川が同時に
「
そう。葵君の通信機から感知できる反応が、レーダー上で数十メートル分を一気に移動したのだ。
おそらくは瞬間移動などではなくあくまで速い速度で移動した結果、ラグが起きてそう見えたというだけなんだろうが……問題は、何故そんなことになったのか、だ。緒川や俺は出来るかもしれないが、あの距離を超スピードで移動するなど葵君には出来ないはずだ。では、今さっきの現象は……?
それに、もう一つ気になるのが、その移動の後にいまのところ葵君が移動をしていないことだ。もしも、何かしらの理由――例えばノイズに追われているなど――があっての逃走・超速移動だとすれば離脱するまで止まるはずもない。ならば――――
「っ!? 葵ちゃんがいた地点に
「至急、正確な見地と波形の確認、過去のデータとの参照を行いますっ!」
なっ、まさか……!?
「そうかっ移動した葵君に気を取られていたが……彼女を移動させた存在が!」
しかしそれは、先程の葵君の移動が彼女の意思ではない可能性が露わになったのだ。検知されたエネルギー反応の事も考えると……嫌な予感がする。
「急げっ緒川! 相手は未知、あくまでも葵君の確保と離脱を最優先に――――」
「葵ちゃん、移動を開始! さっきの移動ほどの速度ではありませんがかなりの……っ!? また、トんだ!?」
「高質量エネルギー反応も追うように移動しているようです!」
……!! やはりと言うべきか、観測されたエネルギー反応は
くそっ、暴れているのが市街地でないのは民間人を巻き込まない点では良いが、監視カメラ等を介して状況を確認できないのはもどかしいものだ!
「予測進路先に観測用のドローンを飛ばせ!それと、エネルギー反応の検知結果はどうした!?」
「絞り込みから参照まで終えました。ですが、
「……未知の反応、だと!?」
今日の今まで俺たちの前に姿を現わしていない新たな聖遺物だというのか!?
そんなことが起こる可能性は無いとは言い切れないのは事実。
だが、決して戦闘向けの性能ではないとはいえ完全聖遺物を持っている葵君を逃げる他無いほど圧倒できるようなモノがそうポンポンあって良いものでもない。
未知の相手に対し、打てる手は極力打っておきたい。
本来なら事が無事に終わるまで葵君が出動していることは伝えるつもりは無かったのだが……そんなことを言っている場合ではなくなった。
通信回線を別のものへと繋ぎ――――ノイズと戦っている
「ふたりとも、聞こえるか?」
『ん? ああ、旦那か』
『司令、またノイズの追加発生ですか?』
「一刻を争うかもしれん事態だ。避難誘導にあたっていた葵君が別の場所で何者かに襲撃されている! 今、緒川に追跡をさせているが相手はノイズとは異なる高質量エネルギーを発する謎の存在、緒川だけでは手に余るかもしれん」
俺の言葉へのふたりの驚きと焦りが、通信越しでも伝わってくる。
『なっ!? 葵が避難誘導の護衛に出てたのか!?』
「葵君本人たっての志願だ」
『だからって、あの子を戦場に出すなんて……それも、今は襲われてる!?』
「勝手だとは解っているが……物言いは後で聞く、今は手がひとつでも多く必要なんだ」
「司令っ!」
そこまで言い終わったのとほぼ同じタイミングで、藤尭が声をあげた。
「葵ちゃんの通信機からの反応消えました! ですが、襲撃者と思われるエネルギー反応が変わらず移動を続けていることから、おそらくは通信機が破壊されただけで、葵ちゃんは逃走を続けていると思われます!」
「くっ……! すまないが、そちらの状況がまとまり次第現場へ急行してくれ!」
『わかった! こっちのノイズ共を速攻で片付けて――――』
『奏っ!!』
奏の了解の意を伝える通信に、割り込むように張り上げられた翼の声が指令室内に響き渡った。
『ここは私に任せて葵の所へ行って!』
『!?』
『残ってるこの程度の数のノイズを斬り伏せられないほど、私の
その申し出を聞いて皆驚いてはいた……が、確かにこれまで大きく分けて2回発生した分のノイズは7,8割がた片づいている。そして、今の翼の実力を考えれば、時間はかかりさえすれど残存ノイズ相手に後れを取ることは無いだろう。
なるほど、その判断は正しく思える。
『……わかった! 頼んだ、翼!』
『葵のこと、頼んだわよ奏っ!』
「奏、葵君がいるだろう現在位置と予想進路だ。あと、こちらからのサポートは……」
『いや、いらねぇ! 走った方が早ぇーよっ!』
体力に多少不安要素が出はするが、ヘリや車を手配するよりもその足で走った方が合流は早いだろう。
あとは……
巨悪や怪獣に立ち向かえるほどの力を持ち合わせてはいないが、それでもノイズ相手でなければやれることはあるはずだ。それに……やはり妙な胸騒ぎがする。
「司令っ、響ちゃんが!!」
「響君だと? 手が欲しいのは確かだが、都合
「違いますっ! 響ちゃんの通信機の反応に例の敵性体が接近しています!」
「なにぃ!?」
何故そこに響君が……!?
理由はともかく、おそらく葵君が逃げているだろう場所はすでに避難区域から出た範囲。
「申し訳ありません。自分がもっと早くに彼女のことに気付いていれば……通信を試みますっ」
「ああ。過ぎたことよりも現状への対処優先だ。反省会はその後でいい。……それと、俺も今から出る」
「「ええっ!?」」
「嫌な胸騒ぎがおさまらんからな。もちろん、俺も通信機を使って引き続き対応をしていく。何かあればすぐに言ってくれ」
そう言い残し、驚くオペレーター二人をよそに俺は早足で指令室から出る。
葵君、響君、無事でいてくれよ……。
―――――――――
「未来っ、葵ちゃん! 逃げて!!」
「誰が逃がすかよっ!」
ノイズに捉えられた響の叫びに、「響を助けたい」と「響の言う通りにしなきゃ」という意識が混雑していた私の頭の中が「
けど、さっき吹き飛ばされた衝撃を思い出してしまい、身体が固まって動けなかった。
地面にぶつかる衝撃。
――でも、それはついさっき感じたものとは違った。痛い、とギリギリ思えないくらいの、走ってこけるよりも全然柔らかな感触だった。
聞こえた甲高い音に振り返ってみれば、私たちの背後から迫っていた棘の鞭を誰かが防いでいるのが見えた。
それは、
理解した。私が肩を抱えて連れて行こうとしてた葵ちゃんが私を突きとばしてから、私と相手の変な鎧を着た女の子との間に立って、立ち向かっていってるんだってことを。
「逃げてばっかりだったが、ようやく戦う気になったかよ! 随分とスロースターターだな、テメェは」
「『一見正しいように見えた攻撃……しかし、それは大いなる間違い!!』」
「そうか、よぉっ!!」
「やめてーっ!!」
戦いはじめる鎧の女の子と葵ちゃん。そして、それを止めたい一心で叫んでいる響。
私は……私には、何が出来るの?
響を助ける? でも、囚われた響のそばにはノイズが……。
極論、響を助けられるなら私はどうなってもいい。だけど、ノイズを私じゃあどうにもできない上に、下手をすれば目の前で炭素化させられて響の心に大きな傷を作ってしまいかねない。
でも、だからって、このまま何もしないだなんてことは……!!
――! ――!
不意に音が聞こえてきた。それは決して大きくは無い振動音。
音を頼りに発生源を辺りを見渡し探してみると……逃げ込もうとしていた林の中の手前の方の木の根元、そこに響から受け取っていた通信機があるのが目に入った。
吹き飛ばされた時に手元から何処かへ行ってしまってたけど、その時に
私は急いで駆け寄り、
初めて見るタイプの通信機だったけど、なんとか操作は……っ!
『ああっ、やっと繋がった! 響ちゃん? 大丈夫!?』
聞こえてきたのは、初めて聞く大人の女性の声だった。
「助けてくださいっ!」
これまでの恐怖や緊張感からか、焦りからか……色々と考えてたはずなのに、とっさに出てきた言葉は、その一言だった。
『っ!? その声、あなたは一体……!?』
「響の親友で、一緒にいたら、葵ちゃんが血だらけで……!! 響を、葵ちゃんを助けてください!」
『落ち着いて、救援はもう近くまで向かってるから。早急な対応のためにも、できるだけ状況を教えてくれないかしら?』
「私たちを守るために、変な鎧を着けた子を葵ちゃんがなんとか相手をしてて、でも、ドンドン怪我が……! 響はその子が出したノイズが吐き出したモノに捕まってて、どうしたらっ!?」
通信越しに聞こえてきた声は、今度は若い男性の声みたいで、焦った様子がイヤに伝わってきた。
『やっぱりさっきの反応はノイズの……まさか、操ってるのか!? しかも新型を!?』
『となると、そこにいるのが
「白くて、ピンクの棘と鞭が付いてます……あっ、今「ネフシュタン」だとか何とか言いましたっ!」
大声をあげながら変な鎧の子が葵ちゃんを吹き飛ばす。……その時に言っていた言葉からあの鎧の名前らしき単語を通信機の向こうへと伝える。
すると、大人の女性と男性の声に、一段と驚きと焦りの色が浮き出てきた。
『ネフシュタン……まさかあの「ネフシュタンの鎧」ですって!?』
『そうか!
『急いで司令へ連絡を!』
そ、そんなに大変な情報だったのかな、その「ネフシュタン」ってもののことは……?
通信機から聞こえてくる声が、安心感じゃなくて私の中の不安感をかきたてる。
いや、きっとあっちも忙しくて大変ではあってやれることを目一杯やってるはず、そうに違いない。それに、さっき言ってたようにすぐに助けが――
「これで、終いだっー!!」
――そんな声が聞こえた。
とっさに向けた視線の先では、鎧の子がバチバチと音を立てる大きな光の球を撃ち出そうとしてるその瞬間だった。
その
「ダメェええぇぇー!!」
「――えっ」
「なぁ!?」
――――気づけば、足が勝手に動いてた。
通信機も投げ捨てて、響と葵ちゃんの前に両手を広げて立ってた。……そんなことで何が変わるわけでもないと、心のどこかでは思いならがも、そうせずにはいられなかった……!
「どうして、なんでここにっ!?」
「あの時みたいに、響を置いて逃げるなんて――自分だけ安全な場所にいるなんて、絶対に、絶対に出来ない! そんなことしたら、わたしは響の親友を名乗れない!!」
「未来――逃げてぇー!!」
そうだ……
その後も、何故か私だけ助かってしまった。私は、そんなこと望んでいなかったのに……。
こんなの自己満足だってわかってる。
だけど……だけど、私はっ! 響を守りたかったんだ……!
私は目を瞑って、その光に呑まれる瞬間を受け入れた……
「なっ!?」
鎧の子の驚く声が聞こえた。
痛みは無い……なんで?
瞼を上げて目の前を見る、そこには――――
「……ぅぁ……ぁっ!!」
――肩で息をしながらも両手で杖を構えて立つ、女の子の背中がそこにはあった。
私は……響も含めた私たちは、また葵ちゃんに守られたんだ……。
やっぱり、私には見覚えがあった……知っていたんだ。この鈍い藍色のような鎧と独特の意匠の服を着た葵ちゃんのことを。
流れに揉まれ、握られていた手は離れてしまった。
探すこともできないまま、迷い込んだ……
だけど、そこにすらノイズは侵入してきていたみたいで何人もの人が炭素化されて、通路のあちこちに散ってて……。
突如、軽い衝撃と音と共に通路の片面――ライブ会場の建物の外周側――に穴が開いた。
ノイズか何かによるものかと思ったけど、その奥にも穴が見え……壁が壊れた際に起きたんだろう舞い上がった
はぐれてしまった響が中にいるかもしれない、そう不安を感じたけれど周りにいた人に「ここにいちゃあ危ない!」って手を引かれ、私はそのままライブ会場を脱出した……。
でも、薄い土埃の中……他の人たちは気付かなかったのかもしれないけど、私は確かに見たんだ。変わった格好をした、長い髪の小さな女の子を。
埃の中に紛れてすぐに見えなくなったけど……すれ違ったあと振り返って見た、ライブ会場の中心に向かって走っていくその背中を。
その姿と、今、私と響の前で光球を防いだ葵ちゃんの姿とが……重なって見えた。
「……あ、えっ……?
私がそう言ったのとほぼ同時に、片膝をついて……そして倒れそうになった葵ちゃんの肩を抱きしめ支える。
「……癪だが、その丈夫さだけは認めてやるよ! けど、優れているのは……最後に立ってるのはアタシだぁ!! テメェはおとなしく地面と添い寝しときな!」
だけど、鎧の子がそう言ったからか、フラフラになっていながらも葵ちゃんは立ち上がってまた両手で杖を構えた。
「ダメだっ! 葵ちゃん……お願いっ、逃げて! ううんっ、もう起き上がらなくてもいい、だからこれ以上は――――!!」
響の叫びが、私には嫌と言うほど聞こえている。でも、葵ちゃんは聞こえていないかのようにその場を動かず、ジッと鎧の子の方を見ている。
どうしてこんなに傷ついても立ち上がるの? 私たちがいるから? でも、だからって逃げもせずに一方的に痛めつけられるなんて……私には、私には理解が出来ない――
「何度でも受け止めてやる! 全部吐き出せ、お前の悲しみを!!」
力強いその言葉を聞いて、私の中で何かが「すとんっ」とはまるような音がした気がした。
ああ、だから葵ちゃんは……そして、私の中にあるこの気持ちは……
なおも声を荒らげる鎧の子の鋭く伸びる鞭の一撃が、また葵ちゃんへと迫り――――
ドガァンッッッ!!
何かが空から降ってきた。
鞭の一撃を防いだソレは……舞い上がった土煙の中から姿を現したその人は、私も知っている人だった。
そこにいたのは「ツヴァイウィング」の
あのライブに響を誘ったのは、他でもない、私。「
響が纏った「なにか」とよく似たものを纏っていて、その上大きな槍のようなモノをその手に持っていた。
そして何より、奏さんから感じられるその気迫は鎧の子と同じ……ううん、それ以上に恐ろしく思ってしまうもので、私は思わず身体を震わせてしまう。
そんな私の前に、ついに体力も気力も尽きてしまったのかふらついていた葵ちゃんが、後ろ向きに倒れ込んできた。
とっさに受け止めようとするも上手く力が入らず、支えきれなくて私もそのまま地べたの芝生へとペタンと座り込むように倒れてしまった。
「名前も、その目的も、聖遺物の入手経路も関係ねぇ――――今、ここで消えろ」
そんな声が聞こえ、慌てて視線を戻すと――そこには突進の勢いのまま手に持つ槍で鎧の子のお腹を貫いた奏さんが!
さらには、その槍の先端部分が回転をはじめて、血が……!?
「――……」
「えっ」
私に力無くもたれかかっている葵ちゃんから何かが聞こえた気がして耳を寄せる。
…………。
奏さんの回転する槍から発生した竜巻に呑まれ、宙へ吹き飛ばされる鎧の子。
そんな光景を前に、その言葉が鎧の子に向けられたものなのか、それともあの奏さんへ向けられたものなのか……私には判断しきれなかった。
―――――――――
「うらぁあーッ!!!」
「ぐうぅ!?」
ありえねぇ……!!
目の前の相手が歌う耳障りな歌を嫌と言うほど聞かされながら、アタシは内心悪態をついた。
最初の不意打ちに近いいきなりの突進からの攻撃はまだいい。
だが、なんだこれは。
身体にいくつもの傷を作り血を流し続けているのは
もしも「ネフシュタンの鎧」が……その再生能力が無かったら、アタシはすでにここで敗れ倒れていただろう。そのくらいに、実際に受けたダメージはアタシのほうが断然多い。
「肉を切らせて骨を断つ」。その言葉が的確なほどに
その結果が、体中の切り傷から血を流す
なんでだッ!?
アタシの想定より時間制限がもっと長い……? いや、連続投入のリスクを考えずにここに来るまでに薬を追加して来たのか?
仮にそうだとしても、たかが時限式装者のシンフォギアに完全聖遺物である「ネフシュタンの鎧」が後れを取るなんてことは、認めらんねぇ……!!
――――こちらの損害にしかならん。
あの言葉は葵ってヤツ相手にアタシじゃあ敵わないとフィーネが言い切ってのものだった。実際はアタシが一方的に痛めつけたのだが……しかし、そもそもワタシは葵に相手にすらされてなかった。
そして……もう一人と一緒になってるのと戦っても勝てるとフィーネが判断していたはずの天羽奏に拮抗されてる……いや、むしろ劣ってしまっているかもしれない状況にまで持ち込まれてしまってる。それはつまり、
そんなわけがねぇ!!
「邪魔だぁああっ!!」
突き振るった
「なっ! このっ!!」
もう一方の茨の鞭を
「……考えたんだよ。いくらでも治る奴相手にどうトドメを刺せばいいのか」
「んなことっ知るか! ……チィッ! 離しやがれ!!」
「単純さ。最大出力で、粉々に吹っ飛ばせばいいだけだよなぁ?」
アタシの背中に悪寒が走った。
シンフォギアのことは
シンフォギア装者への
「まさか、「絶唱」を……!?」
返答は無かった。ただ、その口元には獰猛な笑みがうかんでた。
「ただでさえこの「ネフシュタンの鎧」相手じゃあ無駄撃ちになるかもしれねぇってのに……テメェみたいな半端者が歌ったらどうなるか、犬死だぞっ!?」
「お生憎よく知ってるんだよ、生き永らえちまったもんでね。あたしはどうなってもいい、お前をぶっ殺せるならなぁ!!」
くそっ!? 鞭を引こうがどうしようが離さないどころかビクともしやがらねぇ!?
このままぶっ放されたらどうしようも……!
「止めてください! 奏さんっ!!」
そんな声をあげたのは、ノイズに捕まったままのあの甘ったれた「融合症例」だった。
「奏さん、言ってましたよね!? シンフォギアでノイズからみんなを……街の人達を守ってるんだって! なのに、そのシンフォギアで人を殺すだなんて、そんなの……っ!!」
あいかわらず甘ったれた事を言ってる「融合症例」を
槍から放たれた衝撃波がノイズを……
「ぐあ゛あっ!?」
「響ぃーっ!?」
「とっとと二課を辞めたほうがいいぞ、一般人。戦場はお前が思ってるほど甘くない……悪い、あたしのせいでまきこんだのに、な」
「融合症例」と一緒にいた奴が、悲痛な叫びを上げるがそれを見ることも無く、またアタシに向きなおる。
「今の隙に、懺悔は済ませたか」
「ハッ! 懺悔することなんて……いやっ、懺悔する神なんざどこにもいやしねぇよ!!」
「……なら、地獄で会おうぜ」
そう言った
こんなところでおとなしく地獄に逝く気なんざ無い。
最悪、
問題はそのタイミング。早すぎても遅すぎてもダメだっ!
…………?
再び
口をぱくつかせるばかりで、
それだけじゃない。アタシにはわかる、鞭越しに伝わってくる力が格段に落ちていることが。
これなら――っ!!
「どぉぁりゃやぁああぁぁっー!」
二つの鞭を同時に思いっきり引っ張る。
予想通り、さっきまでの抵抗が嘘のように
「がぁっ!?」
大きく立ち上がる土煙と共にそんな悲鳴に似た声が、そしてアタシの鞭から力が抜けた。
引っ張ってみれば、鞭の先端部分が手元へと戻ってきた。どうやら
……にしても、なんだったんだ?
やっぱり第一に考えられるのは、薬の効力切れによる適合指数の低下。だが、それにしたって急降下過ぎる……それに、
わからない……が、もう終わった事だ。どうでもいいな。
20メートルほど先で地面に倒れ伏していながら、なおも立ち上がろうともがく天羽奏を見据えてアタシは攻撃態勢に入る。
「最後だ。ひとおもいにぶっ飛ばして――」
「Gatrandis babel ziggurat edenal――――」
耳障りな歌が聞こえた。
視線の先にいる天羽奏が――違う。顔をあげたそいつの口は動いてないし、その目は驚愕に染まっている。
じゃあ、さっき
そう思い首を動かしてそいつがいた方へと目を向けるが、意識はあるものの例の民間人に肩を貸してもらってようやく立てているような様子で歌えるような状態じゃなさそうだ。
ついでに、葵ってヤツは木にもたれ掛けさせられて眠っているように目を閉じていて、コイツもまた違う。
だが、まだ、歌は続いている。
いったい誰が……?
聞くのも嫌な歌だが、耳を澄ませて探る……上かっ!?
ハッと見上げれば、月をバックに落ちながらも空中で歌う奴が一人。
遠目だがわかった。「ツヴァイウィング」のもう片割、
歌が……終わる。
それと同時に、辺りに蔓延していたエネルギーが一気に
「貴様のような外道相手……卑怯などとは言わせないッ!!」
「絶唱」の反動からか、口から血を、目からも血涙を流している
だが、馬鹿正直に受けてやるわけがない。
当然ここから離脱するに決まっている。ただ避けるだけではなく、
なら――――ッ!?
動きだそうとして気付く。
いつの間にか、自分の身体が上手く動かせないことに。
ギリギリ首や手元を少し動かすのは出来るが、コレじゃあ逃げるなんてことはとても出来るもんじゃない!
「くそっ!? なんで――っ!?」
身体が何かで縛られているというわけではない。だが動けないのは事実。
でも原因が……っ!
目に入ったのは、月明かりで出来たアタシの
「なっ、まさかこんなちっちゃなモンで!?」
理屈はわからない。しかし、直感でそうだと感じた。
あの小刀を取る……動けねぇから出来ねぇよ!? あとは何か手が……っ!
「はぁあああああぁぁーっ!!」
振り下ろされた「絶唱」の一撃が、アタシをあたりを包む――――
―――――――――
「くっ、まさか
葵さんを追って入った林。そこには
方向感覚を狂わせる基礎的なものではありましたが、それでも少なからず足止めを受けてしまうことに……焦りがあったとはいえ、忍びでありながらこのようなモノにかかってしまうとは。
葵さんを襲撃した人物は葵さんを追跡しながらこういった結界を仕掛けた……?
いえ、もしくは葵さんが入り込んだ時点で仕掛けられていたのでしょうか?
しかし、どちらにせよあの結界、 我々以外の忍びの者がこの国にいる可能性が……!?
何はともあれ、全速力でようやくたどり着いた葵さんたちのいる場所は――――どうやら、一足遅かったようです。
と、車道の無い道なき道から飛び出してきた車がドリフトしながら急停車。
運転席から風鳴司令が飛び出してきました。
「くそっ! 緒川、お前も間に合わなかったか……」
「申し訳ありません。敵の方が一枚上手でした」
そう言いながらも、歩きだす僕と司令。
その視線の先には――――
先程聞こえてきた翼さんの「絶唱」で十数メートル一直線上に
その破壊痕のそばには、顔周りを中心に血を流し、片膝をつき肩で息をしながらも握った
離れたところには、奏さんがシンフォギアが解除された状態でうつ伏せに倒れています。
それとはまた別方向には支え、支えられながら立つ、呆然とした響さんと、夕方に響さんと一緒にいるのを見かけたご友人。
そして、そのそばの木に凭れかかった状態で目を閉じている葵さんが……その身体はパッと見える範囲だけでも数多くの傷を負っているのがわかりました。
「今は、彼女たちの救護が先決だ! 救急の者が来るまでそう時間はかからんが……それまで緒川は響君たちを頼む」
「はい」
姿を消した襲撃者のことが気になりますが……優先順位が違います。
今回の一件で
終わり方がちょっと納得がいかないというか、しっくりこないというか……そのうち微修正するかもしれません。
まとめ
響「つらい」
未来「つらい」
奏「つらいし痛い」
翼「痛いけど防人れて満足」
OTONA「不甲斐ない大人ですまない」
OGAWA「襲撃者が忍びかもしれない…!?」
キネクリボー「つらいし死ぬほど痛い」
フィーネ「部下が言うこと聞かずに勝手なことしてる」
イヴちゃん「スヤァ……」
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2-5
なお、予定とは違って今回書く内容が増えたがためにイヴちゃんパートが無くなってメイ言・遊戯王語録が0。心情描写や明かされる謎など、地の文多めとなっています。
……シリアルどこいった? な、シリアス回です。
圧倒的遊戯王要素不足!!
それと、Twitterやあらすじで書いていますが、シンフォギア五期勢登場決定&「星遺物」ストーリー最新版適用に伴うプロット改変行いました。これまでのお話にはほとんど変化はありませんのでわざわざ読み返す必要もありません、ご安心ください。
Twitterでやってた更新予定の報告からも大きく遅れてしまいました、大変申し訳ありません。
……謝罪フェイズに移行しますが、なにかありますか?(優先権放棄の確認)
あの夜、
「ネフシュタンの鎧」の持つ
それでも何とかなったのは、身体の自由がなかなかきかない中、ノイズを出現させそれを操ることの出来る完全聖遺物「ソロモンの杖」をなんとか使えたから。
そうしてなんとか生き残ったものの、その代償は決して小さなものじゃなかった。
本来なら、どんだけ甘く見積もっても死ぬくらいのダメージを受けたが、それを「ネフシュタンの鎧」の再生能力によって生き永らえた……けどそれはその分、自分の身体が「ネフシュタンの鎧」に浸食されたってことだった。
「死ぬよりはマシ」それは間違ってない。でも、浸食によって感じられる鈍痛と「自分じゃない何かに置き換わっていく」違和感……これ以上の再生は危険だという確信を得てしまった。
「
そして――――
「うわぁあああぁあぁぁーーーーッ!!」
拠点の洋館の一角に設置された装置に
そう、これこそがフィーネが用意した「ネフシュタンの鎧」の浸食に対抗するための手段。
体組織に入り込んできた「ネフシュタンの鎧」を電撃によって一時的に休眠状態にし取り除く……その最中だ。
これもまた「死ぬよりはマシ」……死ぬほどの身体的ダメージを再生した「ネフシュタンの鎧」、その代償の浸食を電撃を耐えて帳消しにする。痛くて苦しい、それでも生きるためなら……目的のためなら耐えられるものだ。
そうだ。痛みよりも何よりも、フィーネの言葉が……その態度がアタシには耐えがたいものだった。
――――なんだ、その
アタシと葵との戦いに割って入って来た装者の「絶唱」のせいで……。
でもっ! あの「
――――勝ち負けなんぞ、どうでもいい。「融合症例」はどうした?
っ!? そ、それは……
――――
「うう……! ぅあがああぁぁああぁー!!」
そもそも、あのまま邪魔が入らなかったとして、アタシは本当に
何度も立ち上がり続け、その力強い眼差しを決して逸らしてこなかった
アタシは本当にフィーネの力に――――
――――
「…………ーっ!?」
電撃による痛みと共に、あの時感じた胸を締め付けられ首を握りつぶされ息もままならないような感覚が、アタシの中に蘇ってきた。
フィーネがアタシの――
……よりにもよってアタシの嫌いな歌がフィーネには認められている。
だから素直に喜べないって言うのもあるが、それ以外はまるであって無いようなもの……いや、むしろ邪魔だとすら思われているんじゃないかという不安がアタシの中のイヤな気持ちをより一層濃くしてる。
「……はぁ……はぁ」
いつの間にか、アタシの視界に雷電は見えなくなっていた。
けれど、「ネフシュタンの鎧」を一時休眠状態にするための
電撃はこなくなってるはずなのに、アタシの身体の奥底のあたりが……まるで何かでえぐり取られたままそこにナイフがぶっ刺されてるような痛みが、全然治まりやがらない。電撃も、何もされていないはずなのに……。
足音がする。
しかし、それは遠ざかっていくように、アタシには聞こえた。
つまり……
「ふぃー……ね……っ!」
手を伸ばそうとしてもそれは叶わず、何とかつなぎとめていた意識も段々とアタシの手からこぼれ落ちていく。
遠のく意識、暗転していく視界に映ったのは、振り返って
……都合のいい
だからきっと、アタシが見たもんは現実……でも、気のせいであって欲しい。
フィーネがこっちに向けた目が、本当にアタシを見ているのかと思うくらい冷ややかなものだったから……。
―――――――――
いつの間にか「シンフォギア」が解除されてて、何故か未来に肩を貸してもらってたわたし。
離れているのに感じられる、トンデモない光と衝撃波に何とか耐えて……回復した視界に見えたのは信じられないほど抉られた地面と消えた鎧の女の子。顔から血を流し肩で息をする翼さん。そしてそれよりも向こうに見える、倒れ伏している奏さん。
その光景に呆然としちゃっていると、いつの間にか人影が増えていた。
それは風鳴司令と緒川さんだった。
駆けつけた風鳴司令が奏さんと翼さんの方へ行き、緒川さんがわたしたちの方に来て……色々とお話をしてくれたはずなんだけど、いろんなことがあり過ぎた後であんまりよく憶えていない。
それにすぐハッとなって、緒川さんに後ろにいる葵ちゃんをなんとか助けてほしいって言って、頷いた緒川さんのソッチの処置をそばで見ていただけだったし……。
それからあんまり経たずに沢山の人が来て、奏さんと翼さん、そして葵ちゃんをタンカに乗せて車に運び込んで……わたしも別の車に乗せられた。未来も、緒川さんや周りの救護の人に頼み込んでわたしと一緒の車に乗りこんでた。
未来はずっとわたしの体のこと心配してたっけ? 「何処も痛くない?」とか「本当に我慢してない……?」とか言って、何回も聞いてきたんだ。
おかしいよね? だって、
でも、お胸とおへその間あたりのお腹を触られて、わたしは痛みに顔を歪めちゃった。
すぐさま未来に服をめくり上げられ――上手く覗きこめなかったし鏡も無かったから私からは見えなかったけど――未来曰くそこには数センチ幅の青ジミがあったそうだ。
「内臓や骨が~」なんて話も聞こえてきたけど、わたしとしては、そもそも何でそんな怪我がわたしのお腹にあるんだろうって疑問が――――
――知ってる――
――だけど、知らないふりをした――
――嘘だと思いたかった――
……あぁ、そうだ……わたし、
思い出したら、いつの間にかボロボロと涙がこぼれだしていた。
その涙の意味もわからず、ただ衝動のままにわたしは未来の温もりにすがりつき――抱きついて、抑えきれない涙と嗚咽をあふれさせた。
そんな夜が明けた翌日、わたしは未来と一緒に事情聴取を受けることに。
日が昇るまでは怪我のチェックや処置、未来とふたりで過ごしたりする時間を貰えたけど、日が昇ってちょっとしたら呼び出しを受けたんだ。
未来は不満そうな顔を――わたしに対しては不安そうな顔を――してたけど、でも仕方ないことだと思う。状況が状況なだけに、司令たちも少しでも早く正確な情報が欲しかったんだろう。
とは言っても、事情聴取の前にわたしから司令へと問いかけをしたんだけどね……。
内容はもちろん――――
「司令、奏さんたちの容体は……?」
「……全員命に別状は無い。ただ、何の問題も無いわけではない、軽く見積もって1,2週間は安静を余儀なくされるだろう。葵君だけはもう少しかかるだろうが……それでも時間が解決してくれる程度だ」
わたしなんかよりも沢山痛い思いをしただろうみんなは、とりあえずは大丈夫らしい。
特に葵ちゃんは、傷だらけで血もいっぱい流してたから凄く心配だったんだけど、それなら一安心……なのかな?
「さて、周囲の状況や大体の事の流れはおおよそ掴んではいるが……出来る限り正確に、詳しく知りたい。当時のことを詳しく教えてもらってもいいか?」
不安が残りつつも始まった、テーブルを挟んで風鳴司令とわたしたち…1対2での事情聴取――なんだけど、わたしなんかより未来がシャキシャキと答えていってくれたから、何も難しいことはなかったんだけどね?
いや、むしろわたしとしては、話を聞きながらほんの少しだけど度々変化を見せる司令の表情が気になって気になって……特にわたしがふたりを止めようと声を上げてからの出来事について「奏さんが響をノイズごと吹き飛ばして……!」って未来が言った時には、目に見えて凄く複雑そうな顔をしてたから……。
事の流れを話した後、例の変な鎧を身に着けた女の子のことなどいくつか質問されて……。
そして……司令がひと息ついたから「終わりかな?」って思ったら、イスから立ち上がった司令が――
「先程話に出た奏の行動も、これまで対ノイズを強いてきたことも含め、ここで謝罪させてほしい。本当に申し訳なかった……ッ」
――つむじが見えるくらい、キッチリカッチリ90度で深々と頭を下げてきた。
「うぇええっ!? そんな頭を下げられても……!? そ、それに司令が悪かったわけじゃなくて、わたしや状況が悪くって――――あっ」
「だからいいんです」って言うよりも前に、
だから、一旦言いかけてたことをひっこめてから……改めて口を開いた。
「あの、謝罪がいらない代わり――って言うと何か変な気もしますけど、お願いしたいことがあるんです」
「なんだ? 俺が出来る範囲であれば……」
顔を上げた風鳴司令のことを見ながら、わたしはその
「さっき、わたしが奏さんと女の子を止めようとしてノイズごと吹き飛ばされた時のことを話してた時、司令の表情が気になって……理由があるんですよね? 知りたいんです。奏さんが何の理由も無くあんなことするとは思えませんから」
その言葉の奥底には「そう思いたい」という気持ちもあるけど……それは口には出さずに「お願いします」って、今度はわたしのほうから頭を下げた。
「……関わりが無い、とは言い切れんが」
なんとなく迷っている様な司令の声色。続いて「しかし……だが……」って呟きも聞こえてきた……司令にしては珍しい気がするんだけど、かなり迷っているみたい。
そんな司令の表情を見てみたい気もする。だけど、頼んでいる手前、今、頭を上げるわけにはいかない……!
「わかった、話そう……ただし、他者には決して話さない事を約束できるか? そして君たちにはしてもらわなければいけない、奏の――いや、奏だけでなく、翼と葵君も抱える傷に踏み込む覚悟を」
なんで奏さんだけじゃなく葵ちゃんも?
疑問には思ったけど、退くわけにはいかない……わたしは下げていた頭を跳ね上げて、その勢いのまま大きく返事をする。
「……はいっ!」
「聞かせてください、奏さん達になにがあったのか」
わたしだけじゃない。未来も同じ気持ちだったみたい。
自然と伸ばし、ギュッと繋いだ手で
「まずは、奏が
――――――
わたしたちは聴いた
「皆神山」で起きたノイズ襲撃事件を
奏さんとその家族を襲った惨劇を
国を守るため鍛えられてきた翼さんを
文字通り血反吐を吐いてノイズへの復讐に燃えた奏さんを
ふたりが手を取り合うまでの決して平坦ではない道を
因縁の「皆神山」に突如現れた
心に傷を負い、声を出すことすらできなかった葵ちゃんを
葵ちゃんと少しずつ心を交わしていく「ツヴァイウィング」を
いつしか心を開き、周りの人たちのために行動するようになった葵ちゃんを
「ツヴァイウィング」ライブの惨劇……そしてその裏側を
暴走し、さらには騒ぎの最中盗まれた完全聖遺物「ネフシュタンの鎧」のことを
何者かによって操られ襲撃して来たとしか思えないノイズの行動を
さらには近場で起きた謎の遺跡の襲撃と、その絶妙過ぎるタイミングを
そして、わたしも知っていたこと……奏さんと翼さんが戦い、遅れて
惨劇の中歌われた「絶唱」と、その
奏さんを聖遺物のチカラで助け――身代わりとなって散った葵ちゃんを
そんな葵ちゃんが別の聖遺物のチカラで離れた場所で復活をしたことを
でもそれの副作用によって、葵ちゃんの言語能力がおかしくなってしまったことを
葵ちゃんは狂った自分に苦しみ自分を傷つけ
自分の「絶唱」のせいで葵ちゃんの未来をうばったと奏さんが悔み
翼さんがそんな状況を作ってしまった無力な自分を責めた
出会う前の3人のことを
わたしたちは聴いたんだ
――――――
隣にいる未来の手を握ってる手が震えていた。
本当に、未来がいてくれて良かった。
じゃなきゃ、わたし一人の心じゃあ覚悟はすぐに折れてしまっていただろうから。
自分の家族をノイズで
あの沢山の犠牲者を出したライブの惨劇を引き起こし……
そしてまた、家族と呼べるほどの存在を――葵ちゃんを
そんな存在を目の前にしたからこそ、奏さんはあんなに殺気立っていたんだ。
――――奏さん、言ってましたよね!? シンフォギアでノイズからみんなを……街の人達を守ってるんだって! なのに、そのシンフォギアで人を殺すだなんて、そんなの……っ!!
あの時、わたしが言った言葉……奏さんはどう思ったんだろう?
……ううん、その答えがあの時の一撃だったんだ。
でも――――
――――
「響君」
司令の力強い声に意識が引き戻される。
「君の考えていることは、おおよそ見当がつく。……どちらが悪いなどと言い切るのは難しい話だ。奏もわかっているはずだ、人と人が手を取り合い平和に過ごせるほうが良いに決まっている事なんて。だが、感情の話は別だ。家族の……自分の人生を歪めた相手かもしれん相手とわかり合おうなんてそうそう思えんさ」
「実際にあの少女がそうだとは断言しきれない部分もあるのだがな」と付け加えて言う風鳴司令。
何故そういう考えに至ったのか、それを聞く暇も――わたし自身そんな余裕も無くて、わたしが何か言うよりも早く司令が諭すように言ってきた。
「改めて言っておくが、決して響君の考えや想いが間違っているわけではない。ただ、物事はそれだけでは丸く収まってはくれんということだ」
「……はい」
……「そんなことは無い」そう言いたかった。
でも、言えない。
あの
スッキリとしないまま、わたしたちの間に言葉が行き来しない時間がほんの少しだけだけど流れた。
それを変えたのは、風鳴司令の「さて」という切り替えの一言からだった。
「これからの君の活動についてだ。……響君はどうしたい?」
「えっ」
どうしたいか……?
そんなの決まってる。今度こそちゃんと、ノイズからみんなを守るために……
「これから先、またあの少女と――いや、俺の見立てでは、あの少女以外の人間とも戦わなければいけない事態に陥ると考えている。その時、響君は戦えるか?」
そうだ。どうしてか詳しくはわかんないけど、あの鎧の子は「融合症例」のわたしを
それに、もしかするとあの子だけじゃなくて、他の誰かと戦うような場面にであってしまうかも……。
「狙われているとわかっている以上無関係ではいられんだろう。だが、君がこのまま装者として戦い続けなければいけないわけではない。……君の優しさは美徳ではある。だが、そんな君にとって
……確かに、司令の言う通りかもしれない。
今回のことでわかった。わたしの理想が、必ずしも他の誰かにとっても望ましいことではないということが。そして、わたしは相手と向き合って話す――そんなスタートラインに立つ資格すらないってことも……。
こんな事間違っていると説得することが出来ず、守りたいものすら守れず……かといって、
「わたしは……わたしは――――」
でも……諦めたくない。心の奥底には、どうしても諦めきれそうにもない
だから、それ以上の言葉は出すことが出来なかった……。
「なに、いますぐ答えを出さなくてもいい……というよりも、今、答えを出してもらったとしても……その望み通りに出来るとは限らんのだ。情けないことに、な」
「えっ、えっ? わたしなんかがいなくなっても問題無い気が……?」
司令の言ってることがよくわかんなくって首をかしげるわたしに、隣に座っている未来が「もうっ」って不満そうにほっぺを膨らませてこっちを見て口を開いた。
「響は「なんか」じゃないの! それに、よく考えてみて、響? もしも今、ノイズが出現したらどうなると思う?」
「どうなるって、それは当然、いつものように一課の自衛隊の人たちが街の人達の避難誘導をしたり、ノイズの進路を誘導したりして……その間に奏さんや翼さんが――――あっ」
鎧の子から重い一撃を受けてしまった奏さん。「絶唱」を歌ってその反動を受けた翼さん。あれからまだ一度も会えてないけど、さっき司令から聞いた怪我の容態からして、あの二人が昨日の今日で満足に動けるほど――ノイズと戦えるほど――回復しているとは到底思えない。
加えて、完全聖遺物っていうものを持ってて戦える葵ちゃんも、満身創痍って言ってもいいんじゃないかってくらい血だらけで怪我だらけだったし、戦えるはずが無い。
ああ、色々あり過ぎた上に自分の
今、ノイズが発生したら戦える人がいない……いや、
「本来ならば、響君の意思に関わらず一旦出動を禁じ戦線から離れて話し合う時間や考える時間を作るつもりだったんだが……情けないことに、君たち装者の力を借りなければノイズから十分に人命救助もできんのが二課の実態だ」
眉間のシワが深まる司令の険しい表情。握っているその拳からは血が滲むほどに強く強く握り込まれてて……司令の想いが、これでもかというほど伝わってくる。
「あんなことがあった翌日に頼むようなことではないのはわかっている……だが、奏や翼が復帰するまでの間だけでいい、頼む! 力を貸してくれ……!!」
風鳴司令がまた頭を下げた。それも、さっきよりも一層深く深く下げられていて……。
今、わたしにしか出来ない
でもそれは、本当にわたしに出来ることなのかな?
いろんな不安があるし、相変わらず「アームドギア」は出てこないし、一人じゃ恐いっていうのもある。それに、やっぱり人と戦うなんてことは出来ないししたくない。
……だけど、このまま逃げたいとは思えなかった。
せめて、奏さんや翼さん、葵ちゃんが元気になるまで、町を…町の人たちを守りたい……!
そして、その時が来たら――――!!
「はい……! こちらこそ、みんなを助けるための協力をさせてください!!」
―――――――――
事情聴取を終え、響君とその友人である未来君の帰りの案内を緒川に任せ、俺は本部の通路をひとりで歩いていた。
「対ノイズ行動ができなくなるという最悪の事態は避けられた、か」
汚い手にもほどがある。しかし、背に腹は代えられんというのも事実。
選択肢があるようでほぼ無いと言える選択を迫り、協力をこぎつける……言ってしまえば、そんな脅迫にも近い手段を取ってまでしなければノイズから人々を護れない。
子供たちを護らねばならん大人という立場でありながら、俺はなんと無力なんだろうか……。もしも、この拳でノイズを殴ることが出来るのであれば、彼女たちにあんな辛い思いをさせなくて済んだだろうに……。
「実戦はもちろん、シミュレーターなどの訓練環境のサポートをこれまで以上に……だがしかし、私生活への配慮もより一層慎重にせねばな。それに、精神面は……ううん、そこは未来君にも支えてもらうしか他あるまい」
少し前から感じられていた響君の不調も、彼女への隠し事やすれ違いによる精神的な部分が大きかったそうだ。……今後の事も考え、特別に「外部協力者」という形で一時的にでも
「しかし、
事情聴取を終え、別れようとした際に未来君ひとりだけ残って俺にしてきた問いかけから判明したことだ。
――――あの、この二課ではライブの来場とか、あの現場にいた事を隠蔽操作したりすることは出来たんですか? ……したりはしなかったんですか?
最初聞いた時は何故そんなことを言うのかがわからなかったが……詳しく聞いてみれば、おかしなことが起きていたことがわかった。
曰く、未来君は響君と共にあの「ツヴァイウィング」ライブに来ていた。
爆発とノイズ発生でふたり手を繋いで避難しようとした……が、人混みに揉まれて途中で離れ離れになってしまった。
迷いながらも他の人たちとなんとか逃げたはいいが、正面出入り口から離れた建物内部へ行ってしまったうえに、響君がどこにいるのか……ちゃんと逃げられているかどうかがわからなくなった。
そんな中、壁に穴が一直線にいくつも開き外へと続く道となって、どこにいるかもわからなくなってしまった響君を心配しながらも周りの人に手を引かれて外へと避難した。
その途中、すれ違う形で
後に響君が会場の中で大怪我を負った状態で救助されたことを知ったという。
そして、不可解なことに気付いたのは入院していた響君が退院してからだそうだ。
正確には違和感自体はそれまでにも感じていたそうだが……クラスメイトを中心に悪質なイジメへと発展していった。いや、クラスメイトだけではなく周りの多くの人間が響君へと言葉の――それだけでは終わらない悪意をぶつけていったのだという。
ライブ生存者に対する「
理不尽な災害である「ノイズ」。「ツヴァイウィング」のライブでそれに襲われながら生き残った者たちへと向けられた悪意。
原因はいくつかあっただろう。
あのライブでの死者はノイズによるものだけではなく、正面の出口などの一か所に人がなだれ込むことによって発生したドミノ倒しによる圧死や、避難経路を我先にと行こうとする者たちによっておこされた暴力行為によるものなど、人による
上のこともあり被災者やその遺族に政府からの補償金がいったことでさらに過熱。周囲から「税金泥棒」として認識・揶揄されてしまったこと。
そして……自分の友人や家族が死んだにもかかわらず存在する生存者……「なんでアイツが死んでコイツが生きているんだ」という、ノイズという「災害」に向けることの出来ない矛先を、収めることの出来ない
それらがまとまり、広く伝染・拡大した結果できた大きすぎる流れが、ライブを生き残った者たちを呑み込んでしまったのだ。
その結果、生存者たちの置かれる環境は……人の世の地獄とでも言うべきものだった。
政府もその社会の流れに気付きはしたが、遅かった。その上、下手に手を出したところで止めるどころか火に油を注ぎかねないと上層部も対応に困った出来事だ。
そもそも彼らが「税金泥棒」などという誹謗中傷をされる原因が政府からの補償金……それが間違いだったわけではないが、同様に生存者たちへのヘイトをより高めてしまいかねない可能性が高かったのも事実。
だからと言って何もできないことの言い訳にしてはならんのだが……規模が大きすぎて被害者加害者含め全体像を把握しきれなかった事もあり、俺たちに出来た事は地道な情報操作による勢いの衰退くらいだった。
それが、響君の周りで起きてしまったのだ。
そう、
未来君は響君を助けようとした、守ろうとした。
そして「私もライブ会場にいたんだ」と明かしたんだという。
だが、
未来君はクラスメイトから「そんな嘘つかなくていいよ」「ライブの時、親戚の所に行ってたのは知ってるんだから」と言われたそうだ。
また、マスコミがどこかから入手した情報や、何の正義感からかネット上で情報を拡散していた者たちが出した情報にも……ライブの生存者たちの名前の中に「小日向未来」の名前はどこにもなかったのだという。
結果的に言えば、生存者である響君を庇い関わり続けたことによって未来君も周囲から少なからず嫌がらせを受けるようになった。しかし、決して「生存者に対する行為」ではなかったそうだ。
わけがわからなくなった未来君に追い討ちをかけた事がある。
未来君が嫌がらせを受けるようになってから、自分のいない所で響君が「自分は一人でライブに行ってた」ということを態と言ってまわってたということ。
さらには、親戚の所には行ってなどいないことを知っている未来君の家族が「いつか事実を知られてしまい、自分たちも誹謗中傷を受けてしまうのではないか」と恐れて引っ越しを決めたこと。
それらが、未来君を苦しめた。自分が守ろうとして何もしてあげられなかった親友に逆に気を遣われ守られていたことが……その上、またあのライブ会場の時の様に、自分だけ逃げ出して無事でいられてしまうことが……。
その後も
そんなことがあり、ずっと疑問に思っていたのが「何故
そして、今、それが出来そうな組織……俺たち特機部二に話を聞きたかったそうだ。
結論から言えば、
つまりは、結局謎だけが宙ぶらりんのままだ。
「しかし、仮に人為的に誰かが情報を改変したとして――未来君がライブ会場にいなかったことにして、それが誰の何の得になるというんだ?」
仮に存在しているものとする「犯人X」の意図が掴めない。
ライブの襲撃にも少なからず関わりがあるだろうあの鎧の少女――もしくは、他にもいるかもしれないその仲間たちの仕業だと仮定しても……やはり、そんなことをする理由は無い様に思える。
「あの夜に、緒川や俺の救援の進行妨害をした者といい……俺たちの
そしてもう一つ、気になることが俺にはあった…………
「未来君の話が本当なら、葵君はライブ会場の建物の外にいたことになるが……
―――――――――
沢山のモノを護れず、かけがえのない
私は無力だった。
しかし、今は違う。
完全に守り切ることは出来なかった。
しかし、それでも自分ひとりだけでノイズを引き受けて奏を行かせたことで、最悪の事態を防ぐことが出来た。
自分ひとりでノイズたちを倒しきった後に現場へ駆けつけ、地に伏せた奏を追撃から護ることが出来た。
あの時は迷い歌えなかった「絶唱」で敵を撃退し、奏を、葵を、そして立花たちもみんな護ることが出来た!
――――どうして?
暗闇の中から見えてきたのは……おそらくはどこかの病室だろう。
そこのベッドに、
フンワリと浮かんで自分の周りの景色を眺める……幽体離脱というやつだろうか? それとも……ただの夢?
いや、そんなことより――――
――――なんで、葵が泣いているの?
――泣かないで。
そう言って涙を拭ってあげたい……だけど、ベッドにいる
――何があったの?
そう問いかけ寄り添ってあげたい……だけど、上から見ているだけの私はそばにいけない。
――――どうしてなの……!?
そんな私の疑問に答える人はいなかった。
けど、葵の口が動いた。
「――――――――― ―――~♪ ――――――――― ―――~♪ 」
歌が……
聴いたことの無い歌が聞こえてきた――――
次回、今度こそ本当の本当にイヴちゃん回。
イヴちゃんが何を考えていたのか
記憶を取り戻した結果どうするのか
そして、フィーネに対しては……
もちろん、遊戯王ネタ盛り沢山です! 明日更新!
お楽しみに!!
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なんだよ、なに見てんだよ
イヴちゃんパートの欠点……注釈補足量の多さ。一周回って1人だけ軽すぎる。
そんなこんなの最新話!
昨日、更新された文をまだ読んでいない方は、そちらを読んでからどうぞ!!
――――うわあああぁあああっ!!??
体中に走る
それに伴う、熱と痛み。
逃れようにも拘束され動けず、襲い来る電撃に耐えることしか許されない。
一度おさまっても、また襲い来る。大抵の場合その出力が増加されて。
熱い。
痛い。
苦しい。
電撃を受けている存在を見る誰かの顔は――――
―――――――――
「『何? レベルを持たないならレベル0ではないのか!?』」*1*2
「……お前は、寝言までおかしいのか?」
痛たたっ!?
体中が痛むぅ!? ……って、あれ? どこだここ?
跳び起きた――というか、跳び起きようとしてまた倒れた――ところは当然ベッドなのだが、部屋の様子がどうにもしっくりこないというか。
カナデの家でもなければ、ツバサの家でもない。でも、どっかで見たことがあるような……?
「相変わらずのマヌケ顔に戻ったが、さっきの狼狽っぷりは……いったい何の夢を見ていたんだ?」
ん、先程から声のしてる方へと目を向けてみると、予想した通りの人物がそこにはいた。
何の夢って……うーん?
電撃、痛み、叫び声とくれば……たぶん、あれだな。
「遊戯王5D‘s」主人公・遊星が、収容所で電撃拷問を受けている場面だな。
物語の鍵となる人の腕に宿る「赤き竜の
とはいっても、そんな内容よりもパンツ一枚にひんむかれた遊星の姿や電撃後のレ●プ目、迫真過ぎる叫び声……そして、収容所の所長である太った男・
まぁ冷静に考えてみれば、開始から数話で主人公が逮捕・裁判で有罪・「社会不適合者」呼ばわり・シティでの生活権の無い事を示す烙印を押されるホビーアニメってどういうことだ、って話なんだけども。
……あれ? ワタシが跳び起きた時に言ってた
ま、まぁそんな夢のことはひとまず置いておいて……現状把握の時間だ。
わたしが傷だらけでベッドに寝ている理由……
落ち着いて思い出せ、何かあったはずだ。
って、ああっ!!
そうだそうだ、あの
あの後、どうなったんだろうか? というか、あれからどれくらいの時間ワタシは寝ていたんだ?
そしてここはアレだな。うっかりしてたが見覚えがある……
政府の息のかかった病院であっても、ワタシを入院させるのは問題があったんだろう。ワタシ自身の特異性はモチロン、「
というか、なんだ
ベッドに寝っ転がっているワタシを、まるで残念なものを見るかのような目で見てきて……ああ、うん。
そしてコレである。
いやまあねぇ? 心地良いとは言えない視線ではあったけれども、そんな不満タラッタラな態度は流石にどうかと思うぞ?
仮にも上司であり、保護者でもあり、
「気にするな、大したことではない……いつも通り過ぎて面白みが無かっただけだ」
イスの脇にある簡易的な机にマグカップを置いたフィーネが、
んっ? ……お?
な、なにしてるんだ、この人は……!?
「
考えを読もうと、その顔をしっかりと見ようとするんだけど、上手く見えない。
だってフィーネってば、そっぽむきながらなでてるんだもの。……何? 照れてるの? なんで? 意味わかんないんですけど?
「あの「融合症例」・立花響を戦場から遠のかせるような真似をした時にはどうしてくれようかと思ったが……まさか、あえて遠のかせることによって周りからの救援が遅れるようにして、そこに
えっ……え? なんのこと――いや、ヒビキちゃんがミクちゃんと流星群観に行くためにワタシが民間人の避難誘導&護衛の代打をかって出た流れのことか。
でもって「けしかける」……もしかして、「アイツ」ってのはオッP*8なクリボー(仮)ちゃんのことか?
うん、わかったけど、わからないです。
なんのことかはわかった。だけど、なんで褒められているのかがよくわからない……というか、わかりたくない気が……。
「その上、あえて手傷を負った状態でいることによって立花響が戦わざるをえない――「戦わなければ」と思わせる状況にし、さらには
なおもワタシの頭をなでながら「その知略、正に身を削る献身……悪くない」などと言うフィーネ。
明後日の方向見てるので、ギリギリ横顔がチラッと見えるくらいなんだけど……口元が微妙にニヤついてるのと……あと、こころなしか顔が赤みを帯び出るような?
ツンデレ……というか、まさか、人を褒め慣れていないとか?
いやいや、「リインカーネーションシステム」とかいうので、蘇って何度も人生歩んできてるはずのフィーネがそんなはずないだろう。
「……くっ! まさかお前を褒める日が来るとは……!!」
ワタシ限定か。
そんなに、褒められたことってなかったか?
……いや、そもそも
だって、ワタシたちがフィーネと会うのなんて基本遠目で見たって程度だし……あとは、たまに実験の時や、もしくは
――と、そんなことを考えている最中に、割り込むような形でフィーネの声がワタシの耳に入った。
「そう、上手くいっていたというのにアイツが余計なことをしたせいで……! よりにもよってお前を狙い続けるなどという愚行を。「戦うな」と言い聞かせたというのに……勝手が過ぎるアイツはこれからは使えそうもない、か」
それ、本当にちゃんと伝わってたんですか?
というかまずあのクリボー(仮)、ワタシのことよく知ってるっぽかった割には仲間どころか完全に敵扱いだった。それによりフィーネがクリボー(仮)に「
まあ、実際は仲間でも手下でもなく、
フィーネはそうは思ってないみたいだけど……それはそれ、
「子供も何も、お前の方が年下だろう。まさかとは思うが、例の杖の聖遺物は持ち主を不老不死にするなどという力があったり……はしないか。
なんかよくわからんうちに勝手に納得したぞ、このフィーネ。
というか、最初の方は「また変なこと言ってる」みたいな反応だったのに、今のは言葉のままに受け止めるのか? いったい、どこを基準に判断しているんだろう?
ワタシは怪訝な顔をして……はいなかったんだろう。
ワタシのことを見ていたフィーネは「さて」とワタシの寝ているベッドから離れていった。
「いい加減、お前が目を覚ましたことを連中にも伝えなければな。おそらく……いや、ほぼ間違い無く風鳴弦十郎が真っ先に来るだろうから、それまでに色々と気持ちを落ち着けておけ」
「『ン熱血指導だ!』」*11
あっ、今度は「何言ってるんだコイツ」って顔された。
そんな部屋から出ていく
……さて、ワタシはこれからどうしようか?
間違い無くこの
故に、ノイズやあのクリボー(仮)ちゃんを使って裏でなにやらやっているフィーネは敵であり、ワタシは止めるべきなんだろう。
けれど、
さっきの様子からもわかるように、フィーネはワタシのことを仲間……もしくは、ちょっと使える手下くらいの認識でいるっぽいことは抜きにしても……だ。
そうあの時思い出した
――――
だって、考えてもみてほしい。
フィーネは大昔から生き続けている存在。その始まりは「先史文明期*12の巫女」だという。
憶えていて欲しい、「巫女」はロクな目に合わない。
遊戯王の歴史……漫画、アニメ、
アニメでは「萌えない巫女*13」と呼ばれるキャラやOCG出身のカードの精霊《海神の巫女》*14が登場していたりするし、OCGでは《
それらの全てがロクな目にあっていないかと言われればそうではないのだが……ご存知《
さらに言えば、「星遺物」ストーリーと関連性が示唆されている「
その《ガスタの巫女 ウィンダ》なのだが、「星遺物」ストーリー以上に長くなってしまうので本当に端的に言うと……
数々の戦乱に巻き込まれたうえに、かつての恩人に攻め込まれたりなんたりありながら、絶体絶命の状況の中で最後の頼みの綱である「ガスタ」*18が崇めていた神に祈りを捧げていたら、神――《
《創星神sophia》「お前ら争い過ぎ、一回全部壊してから新しく作り直すわ」(意訳)
なんと崇めていた神は、リセット系神様だった……が、そもそもそんなことを知ることも無く《ガスタの巫女 ウィンダ》は神が復活した際に神の波動を受けて死亡。
あまりにもあっけない最期だった。
しかし残された者たちが力を終結させて《創星神sophia》を撃破!
~おしまい~
……で、終わるわけもなく何十年も後に《ガスタの巫女 ウィンダ》はその身体を球体関節の人形に変えて復活。生者・死者関係無く「シャドール」*21の一員《エルシャドール・ミドラーシュ》*22として暗躍していく……。
しかしそれは、さきの神《創星神sophia》とは別の封印されていた「創星神」《
まあ、そんなこんなあって最後にはちゃんとした身体で復活を果たすのだが……見ての通り、散々な目にあっている。
「星遺物」ストーリーの《
故に「巫女はロクな目にあわない」、特に神様が絡んだらほぼ間違い無く……それがワタシの認識だ。
話を戻そう。
フィーネは「先史文明期の巫女」である。
「星遺物」ではないが、神話絡みのものも多々ある「聖遺物」に関わりが深い。
故に、この世界の神の有無やフィーネの神との直接的関係は不明だが……何かあってもおかしくはないだろう。
フィーネはこれからロクな目にあわない……もしくは、今、ロクな目にあってないその最中である可能性がある。そう考えられるのだ。
そう考えると、なんていうかこう……
そう、ワタシの
だけど、どうしたものか。
あのクリボー(仮)ちゃんのことも気になるし、ノイズを操ってあれこれしているっぽいのはさすがに止めたい。
だって、あのライブの襲撃も……もっと遡れば、カナデとその家族を襲った「皆神山」の惨劇も、フィーネが裏で糸を引いていたと考えられるわけで……そこに何とも思わないわけではないんだから。
けど、だからってフィーネを目の敵にできないのも事実なんだが……。
せめて、フィーネの目的が何なのかがわかれば、止めることも、もっといい方法を探すために協力することもできると思うんだけどなぁ……。
「起きたと聞いたが……ん、まさか本当だとは」
ウンウン悩んでいたところ、そんな声が耳に入った。
ドアの開閉音と共に聞こえてきたその声に視線を動かすと、この病室にゲンジュウロウさんが入ってくるのがちょうど見えた。随分と驚いた顔をしている……が、その向こう側には喜びの感情があることが見て分かるくらいにはその表情はほころんでいた。
その後には
「むっ! 葵君、無理に身体を動かすんじゃない。まだ、寝たままでいい」
「『くそっ、肋骨の2,3本はもっていかれたか…力がはいらねぇ』」*25
動こうとしたところをゲンジュウロウさんにその手で押さえられ、止められた。
「押さえられた」と言っても、実際はぽんと軽く手を添えた程度でしか無いんだけども……それでも、ワタシの動きは止められたため、そのままベッドの上で大人しくすることにした。
しかし、おっかしいなぁ? 本当に肋骨が折れてたとしても、決闘者ならそう問題も無く活動できるハズなんだけど……
「まあ、実際は肋骨どころか腕や脚の骨がいくつも損傷してるからね~? 本当に一番大変だったのは出血のし過ぎで失血死しかけてたことだったんだけど」
いつもの明るくのんびりとした声でそんなことを言うリョーコさん。
……あれ? 実は結構やばかったのか、ワタシ?
「だからこそ驚きよね。こんなに早くに起きるなんて」
「ああ。他のふたりが未だ目を覚まさない中、まさか
前言撤回。十分丈夫っぽいです。
まあ、あれだよね? 決闘者って意識不明になっても自力で復活したり、デュエルで心臓が止まってもなんだかんだで生きてたり、緊急治療を受けるほどの大怪我だったはずなのにその1,2日後に普通に出歩いてたり、腰を強打しながら崖を落下しても全然平気そうに立ち上がるし……。なんというか、丈夫なだけでなく生にしがみつく力が強いというか……ね?
「何はともあれ、生きていてくれて……本当によかった!」
「そうねっ。まあ、勝手な行動した事とは話は別で、そのあたりの罰はちゃーんとあるからね♪」
「『カワイイ爬虫類ドン!』」*26
勝手な行動って、クリボー(仮)ちゃんがワタシに襲いかかってきたこと……ではないか。ゲンジュウロウさんがいる前で言ってるし、クリボー(仮)ちゃんじゃなくてワタシに対して言ってるっぽい。
となると……ああ、勝手に避難誘導から離れたことかな。すぐに戻ってくる予定ではあったけど、結果的に離れてそのままになっちゃったわけだし……それに、あそこでちらっと見えたクリボー(仮)ちゃんを追いかけなかったらこんなことにもならなかっただろうからなぁ。
となると、その罰とやらはしっかりと受ける他あるまい。
「俺としては、こうして生きてくれているだけで……」
「弦十郎くん、そういう甘さがいけないのよ? 立場の問題や建前の必要性も考えて、ちゃんと締めるところは締めとかないと!」
「それはそうだが……しかし、葵くんが一方的に痛めつけられここまでの傷を負ってしまったのは、俺たちのサポートや力不足、少なからず気の抜けていた部分など、こちらの非もあるわけでだな……」
ワタシをよそに、なにやら話し合いというか討論を始めたゲンジュウロウさんとリョーコさん。
その話を聞きながら、ベッドの上で
い、言えない……!!
記憶を取り戻した際の隙をつかれてしまった最初の一撃と続く二撃目以外は――
――――
――――なんでだ? アレか? 何回か殴り合ったりとかやりとりをしてからボッカーンってなる戦闘演出的な猶予なのかな?
――――……そもそも、「破壊=死」って認識であっているのかな?
――――うーん、なんでだろう?
――――
――って、理由であえて自分から攻撃を受けに行ってたなんて、絶対、ぜーったいに言えない……!!
しかも、途中で段々と思うように動かなくなっていった結果、たまたまヒビキちゃんたちと合流して巻き込んでしまったたなんて……口が裂けても――っ!
そんな時、不意に感じた。
え、やば、思ってたことが本当にそのまま口に出たら色々とバレてしまう……!?
自分から攻撃を受けようとしてたなんて知られたら、ゲンジュウロウさんなんかは「もっと自分の身を大事にしろ!」って怒って……いや、それならまだマシだ、下手すれば敵認定――は言い過ぎかも知れないけど、絶対何か疑われたりする気がするッ!!
それに、リョーコさんやその裏にいるフィーネに知られるのもマズイのでは!? だって、さっきは褒めてたけど、それが決闘者以外にはわからないだろう思考による行き当たりバッタリだったってことが知られるわけで……!!
このとき、ワタシは初めて願ったかも知れない。「意思とは関係無い意☆味☆不☆明なことを口走ってくれ!」と。
「『フフフフフッ、フハハハハッ! ァワア↑ッハッハッハッハッハーッ!!』」*27
引き当てたのは特に意味の無いものだったが……全力の高笑いだったために、怪我にものすごく響いて痛いなんてもんじゃなかった……。
ゲンジュウロウさんとリョーコさんには
……いたいぃ。
「デュエル脳」や、それが重症過ぎるとかそんな事以前に、どこか頭のネジがとんでいるイヴちゃん……まあ、そのあたりは初めてノイズと遭遇したあたりの話の頃から読者のみなさんから言われてましたが……。
次回!
「はーい、順番を守って並んでくださいね〜?」
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2-6
色々と言いたいことはあるけれど……それらはまた別の機会に!!
さあさあ、やっぱりなったよ! シリアスに!!
ちゃんと仕事しようぜ、イヴちゃんよぉ? 一応は主人公なんだろう?
というわけでイヴちゃんの活躍の場、装者たちへのカウンセリングへと突入していきます!!
『待たせたな、俺がキングだ!!』
後頭部……背中……私は、今、寝ている……?
暗い? いえ、これは
聞こえてこない。特に、何も……時折聞こえていた
足音も聞こえない。息づかいも自分のモノ以外は。
もちろん、近くからは誰の気配も感じられない。
だけれど――
この感覚には、覚えがあった。
「……緒川さん?」
重たい瞼を持ちあげながら、その思い浮かんが人の名前をなんとか口にでき……すると、寝ている私の枕元近くに急に気配が感じられるようになった。
次第にハッキリとしてきた視界。天井を見上げていたその端では私の想像した通りの人が。
「おはようございます、翼さん。調子はいかがですか?」
いつもの爽やかな笑みを私に向けながらのその問いかけに、私はゆっくりと上体を起こしながら答える。
「そう悪くはありません。……ただ、多少の違和感が身体にありますが、それもおそらくずっと寝たままだったせいかと。動けば治ると思います」
手を握って開いてを数回繰り返したり、軽く肩を回してみたりしたけれど、痛みなどの異常は感じられずそう問題無く動かせた。
ダルさはある程度あるものの……うん、大丈夫そうだ。
「そういう緒川さんは、何故ここに?」
「仕事の合間を縫って、つい先日目を覚ましたばかりの奏さんの様子を見に来て、そのままこちらにも来たんですよ。まさか、目覚めるちょうどその時に立ち会えるとは思いませんでしたが」
……ああ、そうだ。私はあの夜「絶唱」を歌って……。
私があの場所に――奏が「ネフシュタンの鎧」を纏った少女と戦っていた場所に――たどり着くまでの出来事は断片的にしか知らない。だけど、激しい戦いが行われていたのは知っていて、そこで少なからず傷を負っていたのは間違い無いだろう。
「あの、奏の様子は……?」
「筋をいくつか痛めているほか、左腕の骨折が大小2か所と肩の脱臼。ですが、安静にしていれば何の問題も無く治る程度です。奏さん本人の様子は……ギプスをうっとおしそうにしてましたね」
「それ以外は至って元気でしたよ」と言う緒川さん。
……だけど、気のせいだろうか? その表情が一瞬固くなったように思えたのだけど……
それを問い質す――より先に、あることを思い出した。
奏が負傷し、私も出動は難しい……となれば、二課はノイズを撃破するには厳しい状態なはず。果たして大丈夫なのだろうか? 場合によっては多少無理をしてでも私が出るべきじゃあ……?
「緒川さんっ、ノイズへの対策は――」
「心配いりませんよ。こんな時だからこそ、皆、可能な限りの備えをしています。それに、響さんが至らない所はありながらも一生懸命に協力してくれてますから。あれから一度だけノイズが少々出現したのですが、彼女の頑張りもあり人的被害は0で済みましたよ」
嘘は言っていない様子……ですが、言葉の端々からいろいろと気遣いが見受けられます。
言葉通り、
ノイズと戦えるのは私たち装者しかいない。
そうしておかなければ、また……
「葵さんも元気ですよ」
「え?」
緒川さんの唐突な一言に、私は首をかしげる。
いったい何を言っているんでしょう?
「むしろ元気過ぎるくらいで、一番の重傷であるにも関わらず余裕そうで、随分と暇を持て余している様子でした……実際、絶対安静にもかかわらず医務室から脱走を試みようとしてましたし」
「未然に防ぎましたけどね?」と付け加える緒川さん。
元気でジッとせずに自由奔放な葵というのは想像しやすいのですが……今、気になる言葉が聞こえました。
「葵は、本部に――医務室にいるんですか?」
本部にいるというのはまだわかる。
奏が大きな負傷を負ったのであれば、入院やら何やらで家で過ごすことは出来ないだろう。わたしもこうして政府の息が掛かった医療施設に入院している……となれば、葵をひとりで生活させるわけにはいかない以上
しかし、何故、医務室に?
「ええ、負傷の度合や彼女の特殊な事情も考えて、以前と同じく
「葵が怪我を!? ――――あっ」
驚き、「何故!?」と考えようとして――すぐに思い当たった。
そうだ、あの夜ノイズとの戦闘中に奏を「ネフシュタンの鎧」の少女の下へと先に向かわせたのは、他でもない、葵が襲撃を受け戦っているという報告を受けたからだった。奏でさえ傷を負わされる相手なのだ、葵が無傷だと思う方が難しい。
しかし……何故私は今の今まで、葵は何ともないと思っていたんだろう?
はっ……!?
あの出来事があったからに違いない。
「翼さん? どうかしましたか?」
「いえ、実は……不思議な体験というか、夢らしきものを見たんです」
不思議そうにする緒川さんに、ポツリポツリと思い出しながら、何時ごろ見たのかも正確にはわからない……幽体離脱して眺めたかのように見たあの光景のことを話した。
病室で眠る私を。そのそばで泣く葵を……。
「――ということがあって、場所も
「なるほど。それで怪我をして本部で絶対安静で療養をしていると聞いて驚いたんですね」
緒川さんの言葉に私は頷いてみせ……その後すぐ首をかしげてしまった。
「しかし……今にして思えばおかしなところが多かったですし、本当にただの夢だったんでしょう。……けど、何故あんな夢だったのかしら?」
「おかしなところ、ですか?」
「あ、はい。葵の着ていた服が一番最初に「皆神山」で発見した時と同じ、あの独特の意匠の服だったんです。あと、結局あんなに泣いている理由も聞けずじまいでしたし……」
こうして今、思い返しながら話したことでようやく気付いたけれど……あの光景を現実であった実際の
やはり、あれは私が見た夢……にしても、やっぱり引っかかる部分があるのだけど……。
私の話を聞き、あごに指を当て「ふむ……?」と考えるような仕草をとっていた緒川さんが、数秒の間を置いてから口を開きました。
「服装についてはわかりそうもありませんが、泣いていた理由についてはおおよそ見当がつきますね」
「本当ですか!? 教えてください!」
「そんなに難しいことではありませんが……翼さんの見た夢というだけあって、答えは案外身近なところにあるのでは?」
……はて? それはつまり……どういうことなんでしょうか?
「その葵さんが、翼さんだったんですよ」
……?
…………??
「……緒川さん、私の話をちゃんと聞いてましたか? ベッドに寝ていたのが私なんですよ?」
「聞いてましたよ」
「えっ、じゃあ……なぞなぞ、ですか?」
そう言うと、あろうことか緒川さんは小さく「ふふっ」と笑ったではありませんか。
そのことを非難するよりも先に、緒川さんが軽く頭を下げてきました。
「意地悪をしてすみません。ですが、僕はなるべく翼さん自身の
「?……は、はあ」
「翼さんなら大丈夫です。だって、あなたは――――」
何かを言いかけた緒川さんでしたが、唐突に「おや、いけませんね……もうこんな時間ですか」と言い出し、後は最低限のやりとりをしただけで病室を出ていってしまった。
いやしかし、きっとあの戦闘の事後処理や私と奏のアーティスト活動の方の対応もしてくれていて忙しいんだろう。むしろ、先程の話す時間をとってくれたことに感謝しなければ。
緒川さんからの連絡を聞いてその顔を見せに来るだろう叔父様に、何をどう話すべきか考えをまとめようとしながらも……頭の中では、どうしてもさっきの緒川さんの言っていた「
「いや、そんなはずは……風鳴として、防人としての使命を果たすべく研ぎ澄まされた私とは違い、葵はあんなにも可愛いのだから。……そ、それに、私なんかとは違って女子力も高いし……」
思い出されるのは、葵とひとつ屋根の下、寝食を共にする日々。
くっ! 炊事・洗濯・家事全般、それら全てが葵の足元にも及ばないどころか、ことごとく葵の仕事を増やす結果になったあの時のショックは忘れられない……!
その上、そこに快復し復帰した奏が加わってからというもの、台所で二人仲良く並び一緒に料理しているのを他所から眺める時の疎外感といったらそれはもう……。それに耐えられず、並び立てるようにと一人で料理の特訓をしようとして……案の定失敗してしまい緒川さんに迷惑をかけてしまったりもした。
「と、とにかく、葵は私とはまるで違うんだ……なら?」
可能性としては、そもそも緒川さんの言ってたことが間違っているっていうことも考えられなくも無い。
けど、あの緒川さんがそんな見当はずれなことを言うとは思えない。
もう一度、一から考えよう。
そう思い、目をつむり、あの夢で見た光景を頭の中でつくってみる。
ひとつの病室に、ベッドとイスがひとつずつ。
ベッドに
……これでいい。
ここからだ。葵は
イスに座っているのを葵から
するとどうだろう、椅子で座っている
「――えっ」
そんな声が、口からこぼれ出していた。
イスに座る
そう、いつの間にかベッドに寝ていたのは奏になっていた。
――――いや、違う。
私は知っているんだ、こんな光景を。
あの「ツヴァイウィング」のライブの後、葵の持つ聖遺物のチカラによって一命をとりとめながらも中々目を覚まさず、このまま眠るように亡くなってしまうんじゃないかと思うくらいの状態の奏。その奏が眠るベッドのそばに居続けた私。
あの時だけじゃない。もっと前にもこんなことがあった。
奏が家族の仇・ノイズへの復讐に燃え、そのための手段「シンフォギア」を得るために、自らを適合指数を上げるための薬・Linkerの被検体としてその身を差し出し、文字通り血反吐を吐きながらも適合しようと何度も試行錯誤を繰り返し、時に倒れた奏の手を取ったあの時も……多少の違いはあれど、この光景に通じるところはあった。
あぁ! そうか……そういうことなのね……!!
緒川さんの言葉の意味は、あの葵の涙の理由は――――
―――――――――
――――だって、あなたは心が通わぬ道具などではないんですから。
伝え損ねた……いえ、やはり僕の口から何から何まで伝えるのは、それは違うでしょう。
さて。
「ツヴァイウィング」休養に関しての情報操作や、仕事先への挨拶周りなどを済ませた僕は今、とある方々の護衛に付いています。
「ほーら、響。あともうちょっとだよ」
「はぁふぅ……お、おー……!」
そう。ノイズを操り、過去に奪われた「ネフシュタンの鎧」を身に纏う少女。その彼女が標的としていた響さんと、襲われた場にも居た友人の未来さんの影ながらの護衛。それが、「ツヴァイウィング」のおふたりの休養中僕に課された任務の一つです。
あの夜、戦闘のあった現場から逃走した痕跡がわずかながらに見つかり潜伏場所こそ発見できませんでしたが、少女の生存を確信できました。故に、あの少女……もしくはいるであろう彼女の仲間が、いつ何時襲撃してくるかわかりません。ですので、こうして僕や他のエージェントが交代で陰ながら護衛をするよう手配をしているのです。
そんな護衛対象のおふたりが何をしているのかといえば、自由な時間を利用した自主トレーニング……基礎補強の長距離走です。
元々の基礎的な身体能力は高かった響さんですが、こういったトレーニングを常日頃からやること自体は間違ってはいません。事実、ここ数日間の護衛中観察しただけでも以前よりもグッと伸びているということがわかります。単純な身体能力だけで言えば対ノイズ戦闘には問題の無いレベルでしょう。
しかし、彼女にはまだ足りません。決定的なものが。
体は出来上がってきています。
心も……ここ最近の成長速度からしても、一皮むけた上にどこかカッチリとはまったように感じられました。
問題は
「師事を仰げる相手がいなかった……ということですか」
でなければ、あんな中途半端なものにはならないでしょう。
出来るのであれば、僕が手ほどきをするというのもなくは無いのですが……響さんの身体的に――それ以上に精神的に
風鳴司令は
ここは、いっそのこと二課のエージェントを中心に、その手の政府関係者が会得している護身術を教え、そこから発展させていく形で……いえ、流石に僕が勝手に決めていい話ではありませんね。本部に戻った時に、司令に相談することにしましょう。
それにしても――――
「か、完走~っ……へふぅー」
「お疲れ様。はいっ、このタオル使って」
「あっ、ありがと未来~」
――――響さんの特訓に同伴している未来さん。当り前の様に特訓に付き合っていますが、大した息切れも見られず……彼女も大概並の域を超えているような気がしますね。
―――――――――
「「デュランダル」護送任務……か」
ここ最近、あまりにも頻発しているノイズの発生は、この特機部二本部の深層にて厳重保管されている完全聖遺物「デュランダル」*1を何者かが狙っていて起こしているものではないかという疑念があったが、それが今回の襲撃により、政府の上層部が実際に移そうと考えたんだろう。
良くも悪くも日本にとって数少ない完全聖遺物、大きな
政府が保管先に選んだ永田町最深部の特別電算室……通称「記憶の遺跡」が
今いる人員で可能な限り最善で安全な「デュランダル」輸送法を考えなければならない。
――なのだが、そこに難色を示したのがつい先日目覚めたばかりの奏だった。その左腕にはギプスが付けられて吊るされている。
「だからって、なんでアイツが――
「それはもちろん、これまでのようなノイズの夜襲撃が予想されているからだ。
「んなこたぁねえ! 利き手は十分使えるんだ、あたしが出ればいいだろ!?」
「う~ん? 常識的に考えて無理があるわね。片腕以外にもいっぱい傷を負ってるんだし、本当に片手だけで戦えるのか……輸送する「デュランダル」の事を考えたらなおのこと不可能じゃないかしら?」
了子君の言う通り、いくら何でも無理がある。
奏の負った傷の中で、目立った怪我は腕の骨折だ。だが、戦闘の中でその他にも沢山の傷を負っている。正直に言えば、「絶唱」を放った翼の方がまだ何倍もマシな状態だ。
それにしても……響君や未来君から話を聞いた時からそんな気はしていたが、奏の中で響君という存在は中々に複雑なものとなっているようだ……。できることなら、それをなんとかしてやりたいが……確実性も無ければ、今はそんな余裕も無い。立場もあって。目の前の問題をなんとかすることを優先せねばならん。
だが、しかし……こうも難色を示す奏を諫めるには、どうすればいいのやら。上から押さえつけることもできなくは無かろうが……それでいいのかと思う俺がいる。
「なら、こうしましょう? シミュレーターを使った特訓で実際に戦ってみせて……実際に片腕でも問題無く戦えたのであれば作戦を奏ちゃん中心で組み上げるわ。それでいいでしょう?」
「ああっ! 判り易いし、それで問題無いな!」
と、俺が考え込んでいるうちに、何時の間にか勝手に話が進んでいた。
そして、俺が止めるよりも先に、奏はトレーニングルームへと足早に行ってしまうのだった……。
「了子君!? 今のはあまりにも……」
「仕方ないでしょう? あの様子だと口で言い聞かせても素直に聞いてはくれないだろうし……作戦本番に勝手に出動されたりして下手にひっかきまわされるよりも、ここでちゃんとした理由を作っておいて止めた方がいいじゃない?」
「それはそうだが……」
「それに、あの体調じゃあいくら奏ちゃんでも満足に戦えないわよ。そんな心配しなくってもいいって~」
本当に、そうなのだろうか……?
俺の脳裏には、片腕だけでも十分に
しかし、トレーニングルームでの出来事は、俺たちの予想の斜め上をいくものだった――――
「なんで……! 歌が、浮かんでこねぇ……!?」
―――――――――
「「ガングニール」のシンフォギアには異常無し。奏のメディカルチェックも同じく……か」
「おそらくは心理的な問題によるものなんでしょうけど……これと言った前例も無いわけだから、解決策はパッとは思い浮かばないわね」
……トレーニングルームのすぐわきにある一室。あたしもそこにいて、そのそばで弦十郎の旦那と了子さんが何か言ってるけど、あたしの耳には上手く入ってこなかった。
あの
――――知っていた。
あの時……
時限式ゆえの活動限界を超えて負荷のことなんか考えずに暴れ続けた一時的な反動だと思ってた……けど、それは数日経った今でも解消されてなかった。
その感覚に、憶えはあった。
だって、それがあたしにとっては当たり前だったから。家族を奪ったノイズに復讐したいとチカラを求めて
その
なんでだよ……? 原因がわからない。
まだ復讐は終わってなんかないのに……むしろ、やっとその黒幕が見えてきたってところだっていうのに……!
まだ、まだ……ヤルべきことが……ッ!!
「…………そうだ」
「奏?」
「奏ちゃん?」
「
「……いいえ、奏ちゃん。Linkerは正常に効力を発揮してたわ。問題はもっと別の所に――」
了子さんに言われなくてもわかってる。
Linkerがいつも通りのものだったってことくらい、この身で嫌と言うほどこの薬と付き合ってきたあたしには――それがどうして違うのかとかいう薬の調合の違いはわからなくたって――別の
でも――
「だったら、もっとLinkerをよこせよっ! 濃度上げるなり、量を多くするなりすれば上がった適合指数頼りで無理矢理にでも……ッ!!」
「落ち着け、奏っ! そんなことをすればお前は――いや、そんな事をしたところで」
「だったら指咥えて諦めろっていうのかよ!? あたしは「ガングニール」の装者だ! ノイズを……それを操る胸糞悪い奴らを全部ッ全部! ぶっ潰さなきゃらんねーんだよッ!!」
こうなったら、了子さんのすぐそばにある机の上のLinkerを奪ってでも……!!
弦十郎の旦那によって力尽くで止められるかもしれないけど、隙さえつければ全然可能性はある!
タイミングを見計らおうとふたりを観察しようとし……気付いた。
この部屋に、左手、左足にギプスが巻かれ、その他にもあちこちに包帯を巻いた葵が入って来たことに。その後ろにはオペレーターの友里さんがいる……旦那たちにようがあったのか、ただ単に散歩か何かなのか……。
弦十郎の旦那と了子さんは、その立ち位置のせいか、アタシに神経を向けているせいか葵たちには気づいていないみたい。
松葉杖を突きながら一人でコッチに向かってくる葵。こんな戦えなくなった情けない姿を知られるのは嫌だけど……背に腹は代えられない。
旦那たちが葵に気づけば……気が反れ、隙が出来るだろう。なら、アタシが声を上げてやれば……!!
――――今は大事な話をしてるんだ出ていっててくれ、葵っ!!
その言葉はあたしの口からは出てこなかった。
変わりに
違和感
息苦しさ
痛み
そうだ、こう……一気に肺の中の空気が押し出されてたんだ。
いつの間にか、身体が密接するほどの距離まで来ていた葵。視界の下の方にギリギリ頭頂部が見える程度だ。
ピョン!と跳び付かれて一気に距離が縮まったのか?
その衝撃で息が詰まったのか?
眼前の、突然の葵の登場に驚いてか、大きく目を見開いている旦那と了子さんから目を離し……葵へと目を向けた。
「あ゛……あ゛お゛ぃ゛……?」
痛い。苦しい。うまく声が出ない。
その理由を――――知った。
シリアスに割って入る、カウンセリング(物理)。
……と言うのは冗談で、ついにフィーネに鞍替えして暴れる気になったのかな?
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非力な私を許してくれ
足りないフォニックゲインは錬金術由来で何とか……って、考えたら、あの炎みたいなエフェクトは……!って思ったけど、よくよく考えたらそれ「AXZ」で出来なかった奴だった件。
「あ゛……あ゛お゛ぃ゛……?」
そんな凄い声を出しているカナデのお腹には、
Q.《(無言の腹パン)》の誘発効果は、任意効果ではなく強制効果なのですか?*1
誰か、助けて……!?
事の始まりは、
そもそも、全く動けないとなればワタシだっておとなしくしていた。だが、何故だか知らないが回復力がもの凄く高いらしく一番重傷だったのに真っ先に快復しそうな勢いで治っていき、ちょっとした支えさえあれば歩き回れる状態にまでなってしまったのが悪い。
そんなこんなでたまたま立ち寄ったトレーニングルームに、ゲンジュウロウさんとリョーコさん、そしてカナデがいた。
「なにしてるんだろ~?」なんて感じに軽く聞き耳をたて覗いたら……修羅場というか、もの凄く剣呑な空気でした。主にカナデが。
詳しいことは知らないけど、どう考えても摂取量には注意が必要そうなお薬――確かリンカーとかいうシンフォギアを使うためのブーストアイテムみたいなの――を「沢山使ってやる!」みたいなこと言っているカナデがいたのだ。なんか、シンフォギアが纏えないとか何とかそんなこと言ってたし、けっこう切羽詰まった様子だった。
だからといって、カナデに無茶をして欲しいとはワタシは全く思わない。
シリアスな場面にメイ言をブッこんでしまうリスクや、羞恥心を捨てることなど……ある種の覚悟を決めて、《
その結果が、この腹パンである。
――――彼女は瑠璃なのか?『彼女は瑠璃ではない』
いやまあ、確かに止まるだろうよ? カナデの動きはさ。
でも、もっとやりようあるだろうっ!?
思えば、口だけでなく表情や仕草に名言・迷言の影響が出ていることはこれまでにもあった。腹パンだって、あのライブの一件で一回死んでから最初に目覚めた後に『彼女は
しかし、今回は言い訳が出来ないくらいガチで入ってしまっているので、どうしようもない……。
あっ、ようやく拳を引いた。
って、あ、アレ? 拳を引いたのはいいんだけど、その腕は脱力するどころか、むしろギュッと筋繊維が縮こまって力を溜めてる感じっていうか……もしかしなくても、もう一発ヤル気っ!?
ちょ、まッ!! 止ま――――
「『キサマがどうすべきか教えてやると言ってるんだ!』」
――――おおっと!
今度の拳は、今度は先の腹パンで若干身体をくの字に曲げていたカナデの
そのアッパーカットは吸い込まれるように顎に命中し、元々よろけていたカナデの身体は浮きあがり、後方へ――
ハハハハハッ……現実逃避、ダメですか? もうやだぁ……なんでとまんないのぉ……!?
シンッと静まった空間に苦しそうにむせるカナデの息だけが響く。
そんな中一番最初に動いたのは――――
「……なっ! なにをしているんだ、葵君っ!?」
我らが
でかした! けど、止めるのもっと早くても良かったよ!? 具体的には最初の腹パンした時点!!
ワタシの視線の先では、苦しそうに肩で息をして目を白黒させながらもワタシの方を見てくるカナデが。
そして、カナデに駆け寄るアオイさん……それと、ノンビリと歩きながら近づきつつも、カナデだけではなくワタシのこともチラチラと見ているリョーコさん。
「久々の奇行かしら……? それにしては突発的過ぎるし、自分自身じゃなくて周りを傷付けるのも初めてだし……ちょっと気になるわねぇ」
「了子君!? 冷静なのは結構だが、そんなことを言っている場合では――」
「『なんだその目はっ!?』」
何をしようとしているのか、ワタシの体は羽交い締めにされながらももがき続けている。
そして、当然の様にいうこときかないお口も……
「『そんな捨てられた飼い犬のような目をしているから、鬼柳に敗北したんだ!!』」*5*6
……うん。わかったぞ、このいうこときかないお口の意図は。
あれだろ? 心身共にボロボロっぽい色々と心配なカナデを叱咤激励して状態改善を図りたい……そういうことだろう?
いや、考え自体は悪くはないと思うけど……手をあげたらアウトでしょ!? というか、ヒビキちゃんをミクちゃんとの約束の流星群を見に行かせる時もそうだったけど、ワタシのお口、随分と刺激的過ぎやしないか? もうちょっと思いやりとか優しさとかがあってもいいんじゃない?
そして、
「誰?」って思われるならまだいいけど……今の話の流れ的に、もしかするとあのクリボー(仮)ちゃんが「
それに、今思い出したけどこのセリフ、死んだ鬼柳が恨んだだのなんだのってセリフが続くはずだ。となると、「あの子も死んで生き帰ったのか!?」とか「えっ、昔からの知り合いだったの!?」的な勘違いが加速するから、このお口をなんとか止めたいんだが……体は、ゲンジュウロウさんが押さえてくれてるからいいけど、お口は自由だしなぁ。
ま、まあ! 過程はともあれ、身体への負荷とか考えないお薬ぶっぱを止めることが出来たから良しとしよう(震え声)。
代償として、ワタシが完全にヤバイ人だけど……そもそも変なことばっかり口走ってたから、元からヤバイ人みたいなもんだし些細な
だから、さ? ノイズに奪われた家族のためにも戦いたいのはわからなくはないけど、一回冷静になって考えよう?
それが本当に家族のためになるのか、例え自己満足だったとしても他にもっとやりようがあるんじゃないか……とかさ。そんな生き急ぐ必要はないんだから、この機会に一回立ち止まって考えてみよう?
もう本当に、前の話と繋がらない意味わからないこと言うのはデフォってやつだね。今のは、個人的にはジャックのセリフの続きがこなかっただけで安心できたん――――
「……れよ」
――――だけどね……ん? 今、カナデが何か言ったような……?
まあ、おおよそ予想はつく。殴りかかったことに対する文句だろう。いきなりあんなにやられて何も言わないわけがない。もしも逆の立場だったら、ワタシだって……いや、まず叱るか。一応
なんにせよ、いらんことやらかしたのには間違い無いんだから、ワタシには真摯に受け止めるしかない。
真摯に受け止めると言って、コレである。やっぱり一番の敵は自分自身(のお口)じゃないか!
というか、自分の口から出てきた言葉に噴き出しかけてしまった!
嫌だぞ、そんな自分の言ったギャグに自分ひとりで爆笑する酔っ払いのようなヤツになるのは! ……でも、しかたないじゃない。登場シーンをはじめとしたあのキモイルカ*11*12が脳裏に浮かんできたんだから。やばいんだよ、破壊力が――――
「やめてくれよっ!」
…………っ!?
か、カナデ……? 何言ってるの?
ゲンジュウロウさんが止めてくれたから、もう殴ってないよ?
なのになんで、そんなにボロボロ泣いてるのさ……!?
「やめてくれっ……わけのわかんないこと言わないでくれ! わかる、わかってるんだッあたしのせいでっ!! あたしが憎いんだろ、ぶん殴りたくなるほど……文句だって恨みだって山ほどあるはずだ、だったらそういう態度でいいんだ……っ! 響もそうだ。無理して隠さなくっていい……戦ってくれなくていいんだよ! あたしが壊しちまったもんを、なんで自分達でさらに壊そうとするんだよぅ!!」
え、うん……?
あっ。なんか前後の繋がりがおかしいけど、なんとなくはわかった! わかったけど、どうしてそうなるの……っ!?
今更かもしれないけど……「シンフォギア」纏うためのお薬云々抜きにしても、奏の精神状態、危ういんじゃない?
え? なにそれ、何時から? 実は内心ずっとこんな感じだったとか? 「無理して隠さなくっていい」って、隠してたのはどっちだ!?
そんなカナデがなんやかんやあったうえにワタシが
いやまぁ、ワタシがしたくってしたわけじゃなくて、お口と同じで体が勝手にやらかしただけだし(震え声)。どれもこれも《星杯の精霊リース》ってやつとドン・サウザンドのせい――――なんて他人のせいにしてる場合じゃない! なんとか……なんとかしないと!!
まずは、ヒビキちゃんの時と同じく土下座から……って、ゲンジュウロウさんに羽交い締めにされてるから出来ないじゃないか!? どうしてこんな状況に……うん、それもワタシが原因だね! 本当にどうするの!?
いや頭を下げたところで勘違いが進むだけになりかねないから、まず根本的な問題である誤解を解かなきゃ! ちゃんと伝えて……それが出来れば苦労してないよっ!? だったら、今できることは……!?
「恨んでるっていうならいくらでも殴ってくれよ! 嫌いだっていうなら、なんで笑いかけてくるんだよ!? あの時も、今回だって、あたしのせいなんだぞ!? 死にぞこないだって、情けない奴ならそうだって罵ってくれよ!! 侮辱しろよ!! そばに寄り添ったりしないでくれ!! なんで何もあたしを――馬鹿かっ! 言えないんだっ、それも、言葉もあたしが奪ったんだ。だからこんなに…………
お腹を抱えるように前のめりにうずくまっていくカナデ。
もう、聞こえてくるのは小さくか細い嗚咽だけになっていた……
――と、ワタシの視界がグルッと変わり、カナデたちが見えなくなった。
身体が勝手に動いた……のではなく、ワタシを羽交い締めにしていたゲンジュウロウさんが反転したのだ。
「……ふたりは奏を頼む」
「は、はいっ」
「りょうかーい。こっちは任せといて~」
アオイさんとリョーコさんの声が背後から聞こえる中、足をぷらーんとしたままワタシは運ばれ、部屋の外へと出てしまう。
このまま残ってたところで何が出来たかわかったもんじゃなかったし、これでいいのかもしれない……が、やっぱりスッキリしないし、何もできなくともそばにいたい。
……いや、カナデを苦しめているのは他でもない
部屋から出て数歩出たところで、自動で扉が閉まった。
そこでゲンジュウロウさんは羽交い締めを緩め、ヒョイっとワタシを持ち替えた。いわゆる「お姫様抱っこ」……いや、足ではなく腰ごと持たれているから横抱きか?
いや、そんなことしてくれるくらいなら、いっそのことワタシがカナデにしたみたいに、殴るなり投げるなりして壁にぶつけてほしいんですけど……。
「すまない」
……? こっちが謝るべきことはあっても、ゲンジュウロウさんがワタシに謝ることなんて無いだろう?
むしろ、ワタシが謝るべきだ。ゲンジュウロウさん達に……他でもないカナデに。上手くは喋れないけど、それでも……。
「奏も言っていた例の言語障害の影響もあってか言葉や言い方はアレだったが、キミの伝えたい気持ちはわかった……だが、今の奏には、君の想いは届きそうもない」
ワタシの想いが届きそうにもない……? これは、アレだな。ワタシのこのいうこときかないお口が言った事を、なんか変な風に受け止めれ変換し勘違いしちゃってる感じだな、きっと。
となると……はて、ワタシは誰のどんなセリフを言っていただろうか?
確か、そう「喋らないで」って……ああ、いや、違う。それはカナデがワタシに言ったことであって、ワタシが言った事じゃない。
「そいつは俺の台詞だ。大人であり、なおかつ自身の能力が高いと自負しておきながらも……対ノイズ戦闘も出来ず、サポートもこの通り……てんでダメだ」
小さくため息をついたゲンジュウロウさんは、それを最後にキュッと口を閉じた。
「……そんな俺だが、ここはどうか任せてくれないか?」
長い沈黙の後、ゲンジュウロウさんがそう言ったのは……ワタシを例の医務室のベッドに下ろした後だった。
いったい何の……いや、今の状況からしてカナデのことだろうか?
「父親代わりなんてことは口が裂けても言えないが、これまでそこそこの期間、上司としてだけではなく
「あそこまで気に病んでいると気付けず、何もしてやれてなかった俺が言うのもおかしいかもしれないがな……」とも、小さく呟いたゲンジュウロウさん。見上げたその顔は、あからさまには歪んではいなかったものの、どこか怒りにも似たものが感じられた。その対象はきっとゲンジュウロウさん自身……悔しさや不甲斐なさといったものだろうか……?
というか、ワタシには決定権も拒否権もないだろう。頷く他無い。……というか、ワタシのことなんてどうでもいいから、カナデのことをお願いします。
「それはそうと……殴るのは、流石にどうかと思うぞ?」
あっ、はい。
―――――――――
ワタシは、その驚異的な回復力で全快とはいかずとも一般生活にはほぼ支障が出ないレベルまで回復していた。
数日だけで骨もほぼ完ぺきに元通りというありさまに、ゲンジュウロウさんやリョーコさん&
その他にも外で色々あったらしく、何やら慌ただしくしていたが……ワタシはよく知らない。
あんまり関わってないっていうのもあるけど、あんまり意識できなかった。率直に言うと、
あれから本部をウロチョロ散歩したりもしたが、
あの時、
……カナデは元気にしているだろうか?
彼女は随分と自分自身を責めてた。自虐……自罰的と言うかなんでもかんでも自分のせいにして背負いこんでしまってる感があって心配なのだが、何かしてあげられないものか?
そもそも、ワタシの喋りが
とはいっても、もはやワタシとはまともに口きいてくれる気はしないんだけど……
ううん、カナデのことはゲンジュウロウさんに任せておこう。
本人がそう言ってたんだ。それに、あの時やらかしたことでよーくわかったが、平常時ならまだしも切羽詰まった状態なんかにワタシが入っていくのは、
けど、場合によっては――――ゲンジュウロウさんがダメっぽかったら、
……しかし、やることが無いとなると少し困るな。
というか、このまま全快した場合、ワタシはどうなるんだろう?
やっぱり、このまま本部暮らし続行か? となると、やれることは本部の雑務のお手伝いするくらいだろうか? それはそれで、別にいいけれど……何より、本部ならばほぼ間違い無くどこかしらのタイミングでカナデに会えるだろうし。
と、そんな時、病室のドアが開いた。
「カナデかな?」って思ったけど、入って来たのはヒビキちゃんとミクちゃんだった。
「やぁ! 葵ちゃん、久しぶりー!」
「おじゃまします」
……そういえば、ヒビキちゃんやミクちゃんと会うのもなにげに
でも、話には聞いてはいた。確か、昨日か一昨日かに聞いた話じゃあ、作戦の要だとかどうとか言ってたっけ?
あと、今朝というか昨晩というか……未明?
あの時はボケーッと聞いてて「フィーネ嬉しそうだなー……カナデ、ちゃんとご飯たべたかなー?」なんて思ってたけど、今更ながら「暴走」ってロクでもなさそうな響きだな。あれだろ? 味方だったはずの奴らがウイルス感染し暴走、一転して敵側にっていう。*15
でも、ヒビキちゃんは見たところ何の問題もなさそうな様子。「暴走」とやらも大きな問題にはならなかったんだろう。
隣にいるミクちゃんも……あれ? なんで一般人のはずのミクちゃんが
「いや~、追加で出されたレポートに手間取っちゃって、こんなじかんになっちゃってさぁー」
「響っ、そういう話は後でもいいでしょ? 今はあの用事の方を優先しないとでしょ?」
「ああっ! そうだった!!」
ふむ。ミクちゃんがなんでいるかは分かんないけど、何やら用事があるらしい。
「ええっと、それで用事って言うのは、その……――――」
一歩
いきなりなんだろう……って、ああっ!
ヒビキちゃんのことだから「わたしが未来と流れ星を見に行ったせいで、巻き込んで怪我させちゃってゴメン!!」とか、そんな感じにあの夜のことを謝ろうとしてるんだろう。
あれは、ワタシの勝手で軽率な思い付きによる行動と、追いかけたのが本当に偶々ノイズ事件の裏にいたクリボー(仮)ちゃんだったからであって、ヒビキちゃんがあやまることではない。むしろ巻き込んじゃったのってワタシの方だし……だから、そんな頭下げなくてもいいんだけどなぁ?
「葵ちゃん、
いーよいーよ、そんな気にしないで。ヒビキちゃんのせいじゃなくって、間が悪かったというか、ワタシが……ゑっ?
「お願いします!」
…………どういう…ことだ…!?
い、いいい、一旦落ち着こう? ねっ?
ほら、ベッド脇のテーブルに置かれたこの「ブルーアイズマウンテン」コクが違うだろぅ……って、これはちょっと前に様子を見に来てくれたアオイさんが持って来てくれた
「『半端な気持ちで入ってくるなよ……デュエルの世界によぉ!!』」
んん? なんか聞き覚えがあるのは決闘者として当然なんだけど、なんか
って、落ち着くどころかケンカ腰だよ。やめようぜ、カナデの時の二の舞になったら……イヴちゃんの身体だから心苦しいけど、流石のワタシも自分で自分の口を縫い付けちまうよ?
「うん、半端な気持ちかもしれない……だって、あの鎧の子と戦う決心なんてついてない。昨日だって、逃げるので精いっぱいだった。起動した「デュランダル」で一応なんとかなったけど、でもそれも……わたしの望んだものじゃなかった」
下げていた頭を少しだけあげ俯き気味な体勢になったヒビキちゃん。
その影の落ちた顔は悲しそうで、そして悔しそうで……つらそうだった。
だけど――――
「――でも……だとしても!」
――――その目には、燃えるかのように熱く……そして強い意志が感じられた。
「悔んでばっかりじゃいられない、戦えるように……強く、もっと強くならなきゃいけないんだ。わたしは立ち止まってなんてられない……前に進んでいきたいんだ! だって、誰かを救うことはきっと間違いなんかじゃないから!!」
それは、ワタシが眺めるばかりの、視線の先にいるだけだった伝説の――本当の
「『そうだ、オレにチカラなどない!』」
そうだ、ワタシは
それに乗っかって、なんとなく思ったように……時に成り行き任せに過ごしているだけで、ワタシ自身が何か成したことなんて、無い。
「『誰かを助けることなどできるはずもない!』」
助けたものだって、きっと、ワタシがしなくたってカナデやツバサが……他の人が助けることができたばかりで、そこに出しゃばって良い所取りでかすめ取っていった功績に過ぎない。
その時のチカラだって、ワタシのチカラじゃなくってあくまでもただの借り物のチカラ……
「『ただ俺は傷ついていく仲間から目をそらすことはできないだけだ!』」
そのくせ、自分の感情を優先で勝手なことして……結果、それがみんなを悩ませ、苦しめて……
そうだ。カナデがそうだったように、あのライブの時や今回の事だって……ワタシの行動や言葉がかえってみんなに辛い思いをさせてしまうような状況を作ってしまってる気がするんだ。だけど、だからって……
「『仲間が救われることをただ願うことしかできないんだ!』」*16*17
……こんな
他の人は案外どうでもよくて、身内には生きていて欲しい。出来る限り、笑顔でいてほしい。
カナデも、ツバサも、ゲンジュウロウさんも、アオイさんも、ユミも、ヒビキちゃんも、ミクちゃんも……どこかで元気にしていると信じている、
そんな無茶を押し通そうにも、ワタシに出来ることなんて限られてて……だから、このままじゃあ無理だってわかる。
ワタシの出来ることなんて、MAXで借り物のチカラで打算的に動くくらい。でも、それさえも、自分を傷つける行為になりかねない……そうなれば、優しさが過ぎるみんなを苦しめてしまうだろう。……でも、きっと押し通そうとするだろう、ワタシは、ワタシの出来る限りを超えて。
そんな雑魚以下の足を引っ張る厄介者でしかないワタシが、主人公のような輝きを持ってるヒビキちゃんに教えることなんて……いや、そもそも、戦おうとする……ココにいること自体が…………
「だからだよ」
ッ!?
……ヒビキちゃんが、ベッドに寝てたワタシの手を取って、その両手で包み込むようにしてギュッと握ってきた。
「わたしは奏さんに救われた、翼さんに守ってもらった。そして――
……違うよ、ヒビキちゃん。そんなのは、決闘者たちの言葉に印象を引っ張られた
あの
顔を逸らす……が、ワタシの手を握ってた内の片手が放され、それがワタシの頬に当てられてクイッと再びヒビキちゃんの方へと視線を戻された。
「恐いんだよね。またあの子に届かないかもしれないって思ったら。それに、凄くいたかったんだから恐がっても仕方ないよ。……つい最近までわたしは勘違いしちゃってたけど、奏さんも翼さんも、葵ちゃんだって普通の子なんだもん。ワタシの知らない辛い思いもして、色々背負って……それでも頑張って戦ってるだけで、わたしが勝手に思ってたようなヒーローなんかじゃない」
「だから、さ」と、優しく言い聞かせるかのようにヒビキちゃんが言葉を続ける……。
「わたしに葵ちゃんの人助けのお手伝いをさせて? 色々教えてもらってもすぐには上手く出来ないかもしれないけど……それでもきっと、届くよ! 1人よりも、2人なら! 絶対に!!」
何度でも言う、それは、勘違いだよ……!
そりゃあ、フィーネと関係のあるっぽいクリボー(仮)のことも放ってはおけないよ? 『何度でも受け止めてやる! 全部吐き出せ、お前の悲しみを!』ってセリフに反応したあの子の顔は、救いを求めることも忘れたかのような、苦しそうな顔だった。
事情なんて知らないけど、何とかしてあげたい。でも、出来るか出来ないかとは話は別だ! 話を聞いて、なんとか気持ちを理解できたカナデにすらかけられる言葉の無い今のワタシには――――!!
「「かっとビング」だよっ!」
――――それは……ッ!!
「あのライブの時に、葵ちゃんがわたしにくれた言葉……辛いリハビリや行き場の無い怒りに苦しんだ時、頑張ってもダメかもしれない、何をしても変わらないんじゃないか……そんな時に、ノイズに立ち向かっていく葵ちゃんの姿と一緒に思い浮かんで、不思議と勇気をくれる言葉なんだ…………なーんて、言葉の意味がわかんないから、本当はこんな時に使っていいものなのかはかわかんないけど――――」
困ったように笑う
嬉しいからじゃないし、困ってるヒビキにじゃない……自分に対して、だ。
「『それは勇気をもって一歩踏み出すこと……』」
「葵ちゃんっ」
ワタシが
「『それはどんなピンチでも決して諦めないこと……!』」
「うん!」
デュエリストたるもの、最後の最後まで諦めないものだっていうのに……!!
「『それはあらゆる困難にチャレンジすること!』」
「うんっ!!」
ワタシは、デュエリスト失格だ!
――――今は、そうだとしてもっ!!
――――――――――
「良い雰囲気なところに水はさせないけど……響ってば、葵ちゃんの言うことがズレたり変になったりすること忘れて……ううん、きっと大丈夫だね。だって――――」
「「かっとビングだよっ!
「――――ふたりとも、あんなに笑ってるんだからっ」
イヴちゃんが活躍するカウンセリング回といったな……間違ってはいないだろう!?
……折れてからの復帰が早いのも決闘者ならでは。なお、それが連続して成長がみられなかったら色々ヤバイ。なので、きっとイヴちゃんは成長してくれる……はず!!
あっ、あと奏の内心や歌えない理由とか、「デュランダル」のこととか、未来さんのこととかは、それぞれの視点で補完というか掘り下げられていきますので、少々お待ちください。
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2-7
XV最終話……熱く、燃えた。これで、シンフォギアアニメシリーズが終わるのかと思うと……! この想いは語りきれません。
欲を言えばという部分はもちろんありますが、それでも、ここまで熱くなったのは指折り数えるほどしかありませんので、満足状態です!!
と、そんなこんなでXV最終話まで見たことにより、またもやプロットに変更が加えられました。その影響もあって今回や次回の話の出来事に前後入れ替わるという事態になりました……大体フィーネまわりの事なんですよね……。
「……んんっ」
目を覚ます。そこは、私が通っているリディアン音楽院の寮とは別の、借屋の寝室だ。
起きなければいけない……けれど、寝起き独特の気だるさが私を布団の中から出させてはくれない。
寝返りを打ち――――気付く。
いない。隣で一緒に寝てたあの子が。
「まさか……!」と思い、跳び起きて同居人の姿を探す。
寝室を一通りグルッと見て見つからず……廊下に出たところであることに気付く。
――いい匂いだ。
出所は、もちろんキッチンのほう。
匂いに誘われ向かってみれば……袖までしっかりとあるタイプのエプロンを身に着けた探していた同居人・葵が、踏み台に乗ってフライパン片手に何か作っていた。
そう。外傷がほぼ無く「絶唱」の負荷も想定より軽かった私と、沢山の傷を負いながらも驚異的な回復力をみせた葵。その二人で今は生活をしている。
これまでにも私の
……と、葵もキッチンを覗きこんでいる私に気付いたみたいで、振り返って「どうしたの?」とでも言いたげに首をかしげてきた。
「お、おはよう……その、また――……いえ、なんでもないわ」
言いかけたことを止めたのは、葵に思い出させてしまったり、変に刺激してしまわないため。
つい先日……そう、それこそ私と共に生活を始めて一夜明けた朝、
全ての部屋を見てまわっても葵が見つからずその代わりに発見したのは葵の通信機とケイタイ、そして前に葵が厚紙で作った何か……それらがあることからして、勝手にちょっと出かけた程度だとは思ったけれど「こんな朝早くから?」と言う疑問もあって、万が一の誘拐の可能性を考えた私は、すぐさま緒川さんに連絡を取った。
果たして、葵は…………
その場所は……奏の家だ。そう、葵が本部から出て生活を始めた際に最初に暮らした場所であり、最近では葵と奏と私との三人で
緒川さん曰く、「本部で休養している時に、奏さんを探すかのように歩き回っている様子がありました。そして本部にいないとなれば――そう考えて奏さんの家に行ってみたんでしょう」とのこと。だとしても、わざわざ早朝に……日中だと何処かへ出かけているかもしれないと考えたのかしら?
そんなこともあって、その時の事と奏の事は極力話題に出さないことにしたのだ。
だから、さっき「またいなくなったのかと思って」という言葉を寸前のところで口に出さずに留めた……というわけだ。
とは言っても、そんな事情は当の本人が知るわけも無く、私が言った「なんでもない」の一言に葵はいっそう首をかしげてしまうわけだけど……どう考え折り合いをつけたのかはわからないけど、納得したかのように大きく頷いた。そして――――
――――イイ笑顔での顔でのグッドポーズ。そのまま調理に戻る葵の姿を見ながら、私はつい笑みを漏らしてしまった。
「ふふっ、なら少しお願いするわね。私は急いで顔を洗ったりしてから手伝うわ」
そう言ってから私はキッチンを後にした……。
私が支度を終えてから行くと、もう朝食は出来上がっていた。
身支度に余計に時間がかかったとか、そういうわけじゃない……ないったらない。
白飯に味噌汁、焼き鮭に和え物といった所謂「和食」と言って思い浮かぶもの……そんな朝食が既にテーブルに並べられている。
準備をしてくれていた葵は、一足先に自分の席についていたから、一言「お待たせ」と言ってから私も座りにいく。
「『世界最高のワインにゴルゴンゾーラチーズ。そして世界最高のコミック。これこそ私の至福の時デース』」*3
「……とりあえず、漫画本を読みながら食事をするのは行儀が悪いんじゃないかしら?」
……葵の言ったことのどこからどこまでが本音かなどということは判らなかったから、とりあえず言葉そのままに受け止めて、その感想を返してみる。
するとなんというかこう、神妙な顔をして葵は大きく二度頷いた。……つまり、葵も同意見ということだろうか?
な、なにはともあれ、私たちは朝食を食べはじめることにした。
「ん? もう行くの?」
朝食を食べ終えてからすぐに、忙しなく動き回っていた葵。見てみれば、動きやすそうな運動用のジャージを着て、例の杖の入ったバットケースとリュックを背負っていた――見る人が見れば野球少年ならぬ野球少女ってところ?
食べるのも妙に速いとは思ったけど、私が知らないだけでもしかして何か用事でもあるのかしら? 本部で基礎訓練か、体力作りに町内をランニング? ……それとも、別の何か? もしかして本当に野球だったり……
「『イテキマース☆』」*4
表情や身振り手振りも特に変わったところは無いから、ほとんどその言葉通りな意味合いなんでしょうね……。
理由は聴けなかったけれど、とりあえず出かけることは間違い無いみたい。
「ええ、いってらっしゃい。私もアーティストと装者、両方の
気にはなったけれど、葵が頑張って答えようとしても思った通りに答えられるとは限らない。むしろ、思うようにいかず葵に嫌な想いをさせてしまう可能性の方が高い気がする……だから、私はそのまま送りだすことにしたのだ。
すると、大きく一回頷いてから葵はトテトテと音が聞こえてきそうな軽い足取りで外へと向かって行った……。
「さて……どうしたものかしら?」
葵が一足先に出かけて行き、一人残された私は
とはいっても、選択肢は限られているんだけど……
とりあえず、一番問題が少ないだろう解決方法をなすために、私は通信機を取り出して
「緒川さん、今、時間はありますか?」
『はい、問題ありませんよ。どうかしましたか?』
「ええっと……実は、昨晩と同じ状態で……
『なるほど、そういうことですか。すぐに向かいます』
昨日の今日であったため、緒川さんも端的な説明で理解してくれたようで二つ返事で了承してくれた。
さて、後は待つだけだけど……緒川さんが来る前に今ある分の洗い物を片付けておいたほうが良いんじゃないかしら……?
この後、来てくれた緒川さんに苦笑いされました……。
―――――――――
「っと、こんなところか」
敷地はそこそこ広いが建物自体は言うほど大きくは無い日本の古き良き平屋一軒屋。
そんな俺の家の台所で俺はひとり頷く。
こんがりと焼けたトーストに目玉焼きとベーコン、それに付け合わせのサラダ。
……俺としても少しばかり手抜き過ぎでは?と思ってしまう内容の朝メシ。だが、事情が事情なだけに、少し多めに見てほしい所である。……いや、むしろこういう状況だからこそちゃんとしたモンを用意するべきなのかもしれんが……なにはともあれ、だ。
作ったものを全部食卓へと運んだ俺は、廊下を通ってある場所へと向かった。
「おーい、朝メシが出来たぞ。いい加減起きたらどうだ?」
そこまで声を張り上げたつもりはなかったが、十分に聞こえたんだろう。寝ている居候――奏がモゾモゾと動き出した。
「……ん~。あおい……ぃ」
……おそらくは寝ぼけているんだろう。
丸まった毛布に抱きついたままの奏が、蕩けたような声で
「起きている時も、そうやって甘えでもできたらお前も葵も苦労せんだろうに」
目の前の光景に、俺の口からはいつの間にやら本音が漏れ出してた。
っと、
「ん……んん~っ? …………っ!!」
――――ついには、その長い髪をあばれさせながらバッと跳び起きた。
周りをキョロキョロと見渡す奏の顔は赤く……俺と目があったことで、より一層赤く染まった。
「ようやっと起きたか。ほら顔を洗ってこい」
「……うん、わかった」
らしくないしょぼくれた返事をして立ち上がり、早足で歩いて行く奏。
廊下を歩くその背中を見送りながら、俺は短くため息をついた。
「そこまでしおらしくなると、こっちの調子も狂うんだがなぁ」
「で、どうだ? 葵とは話せそうか?」
ある程度身支度を整えた奏と向かい合う形で囲んだ食卓。
用意しておいた朝メシを食べ進めある程度いったところで、俺はトーストにかじりついている奏にそんな問いかけをした。
モグモグと口を動かしながら、俺から視線を逸らすように明後日の方を見てしまった奏。
数秒経って、口の中のものを飲み込んでようやく、呟くような小さな声で問いへの答えが返って来た。
「……わかんない」
「夢の中では上手く出来ていたのにか?」
「っそこを掘り返さないでくれよぉ……。夢は夢なんだし上手くいってる感じの雰囲気だったって言うか」
段々といつもの
とはいっても、本調子からは大分遠そうではあるが……それでも、ここ数日の様子を思い返せば随分とよくなったものだ。
「そもそもさ、昨日も言っただろ? あの時はなんかこう……葵の事とか響の事とかがいっぺんに来て、頭ん中とかそこらへんがゴチャゴチャ~ってなって、言ってることもそうだけどそれ以上に言おうとしてることがわかんなくなるっていうか、いや、でもあれもあたしの本音っちゃあ本音なんだけどさぁ……」
コロコロ変わる表情や身振り手振りで、何とか自分の中にあるモノを表現し伝えようとする奏。
俺は、それを受け取り、咀嚼し、解釈・理解に努める。
「つまり、だ。葵を前にして、普段の自分でいられるか、あの時の様に激情的になってしまうかわからず、不安なんだな」
「……ん」
元気や勢いのない調子。頷くだけの手短な返答。
気力が無い、意気消沈している……というよりは、ただ単純な戸惑いにも思えなくもない。あるいは、奏自身がそう言ってたように奏の中でもまだ整理がつききってはおらず、安定していないのか。
……ついでに、今の奏はそれに加えて先程の寝ボケを見られたことへの羞恥心もあるから、よりわかり辛いな。
しかし、
「アニメーション映画に限らずだが、自分自身と向き合うことが強くなるための一つの関門なのは定番だ」
「や、なんだよこんな時にいきなり」
「――だがな、奏。今のお前が向き合うべきなのは、自分自身ではなくて他でもない響君や葵君だ」
小さく――しかし、確かに――ビクリッと身を震わせた奏。そして、またもや視線を逸らし、口をとがらせた。
「だから、それができるんだったら苦労しないってば」
「シンフォギアを纏えなくなり戦えなくなったという事実から、響君や葵君に負い目を感じたがために感情が爆発した――――そう思ったんだが、俺としたことが単純な前後の読み間違いをしてしまっていたようだな」
自分で言い、勝手に納得し、また話す……わざとそのようにしてみせて、立て続けに言葉を投げかけ続ける。
「
「な、なんでそうなるんだよ……?」
「じゃあ聞くが……あの時、葵が言っていたことを聞こうとしていたか?」
俺の問いに、今度は奏が完全に固まった。
「おそらく聞けば「ああっ」と思い出すだろうが、何を言っていたかもすぐには思い浮かばないくらい憶えていないだろう? 他でもない、思い出したくも無い自分の失敗の記憶が「おかしなことを喋る葵君」という形で明確に存在しているんだ。目をそらしたくもなるだろう。そのせいで辛い思いをさせてしまっていると思っていればなおさらな」
「…………」
「だが、だからこそ、だ。お前は目をそらさずにちゃんと向き合って話さなければいけないんだ。まずは、葵君とだ。手始めにあの時言われたことを思い出すところから始めてみるといい……葵君は、おそらく奏が思っているほど自分の意思とは関係のないことを言ってるわけではなさそうだった。故に、ちゃんと向き合いさえすればそこに答えは出てくる」
「答え?」
わずかに首を傾け聞き返してきた奏に、俺は頷いて見せながら応える……。
「ああ。それは葵君が言っていたそのものの意味であり、奏が知っておくべきことだ」
「葵が言っていたこと……」
俺の言ったことを繰り返すように呟き、何か考え込むように静かになった奏。
ゆっくりとではあるが、口や手を動かして朝メシの続きを食べてはいるが……見たところ心ここに在らずといった様子で、良くも悪くも熱心に考え込んでくれたようだ。
俺も、自分のメシを再び食いだしながら、俺もこれからの事について少しだけ考えることにした。
……そういえば、その葵君は今日、了子君のカウンセリングやメディカルチェックの予定も無い自由な日だったはずだが……今、何をしているんだろうか?
―――――――――
学校がお休みの日の早朝。
「戦い方を教える」ということで、葵ちゃんと一緒に秘密の特訓をすることになった響とそのサポート兼付き添いの私・小日向未来。
そんな私たちの暮らしている寮に葵ちゃんが朝早くから侵入してきたの。
前日の段階では本部のトレーニングルームで待ち合わせって話だったはずなんだけど……葵ちゃんに待ってもらって準備を整えた私たちが、案内されるがままに着いた先は、地下に二課の本部がある「リディアン音楽院」……じゃなくて、どうしたことか近所の小山だった。
舗装されていない山道をある程度入っていったところで、
「ここで着替えるの?」って聞いたら葵ちゃんは首を横に振り、まさかと思い「もしかして、上半身になにも着ないで特訓を?」って聞いたら頷いたから、二人で改めて葵ちゃんを全力で止めて説得した。
……結局、あの凶行はなんだったんだろう? 特訓……というか、乾布摩擦とかだったのかな?
もしくは、葵ちゃんの周りの人で上半身裸で特訓する人がいて、そのマネで……? パッと思い浮かんだのは、司令官というそんなに肉体労働系じゃなさそうな立場なのに、服越しでもわかるほど筋肉がスゴそうだった弦十郎さん。けど、良識的な人だったし、葵ちゃんみたいなちっちゃな子の前で
その後も、ちょっと変だった。
私と響が見ている前で、左手の手の甲の上に右手をそえるような姿勢から「ドロー!」って掛け声で右手を勢い良く水平に振るって、そして、また左手の手の甲の上へと戻し……を何度も繰り返したり……
同じ要領・動作を滝の目の前でして、振り抜く右手で流れ落ちる滝の「面」を一瞬断ち斬る……その動きを何度も繰り返したり……
木の枝や岩の上なんかを――時に空中でクルクル前転しながら――ピョンピョン跳びまわるうえに、空中でまた「ドロー!」って掛け声と共に右手を動かしたり……
……うん。やっぱり、ちょっとだけ変……
そして、今は…………
「な、なんでこんなところにクマが……!?」
巨大な野生動物というノイズとはまた別方向に非日常的な脅威を前に、足が震える私や響の視線の先、2,30メートル。
10メートルほどの距離で向かい合っているのは、大人の男の人くらい大きい野生の熊と葵ちゃん。
――グゥルルルゥ……!
四足歩行の熊がこっちに敵意むき出しで、鋭い目で睨みつつ口の間からは鋭く尖った歯をのぞかせている、
いやっ、もう、その両
「葵ちゃん、危ないっ!?」
響の叫び声も届くこと無く、葵ちゃんは――――
「『熊を一頭伏せて、ターンエンド!!』」*5
ドシンッ!という大きな音と共に、地面と空気が揺れ……その後に力強いそんな声が聞こえてきた。
私たちの目の前には、
「『気持ちまで守備表示になっちゃダメだ!』」*6
そう言ってギュッとガッツポーズを作って振り返る葵ちゃん。
私たちが唖然としている事なんてお構い無しな立ち振る舞いだ。
……ううん? 結局コレはどういうことなのかな?
ほら、私の隣にいる響だって、ちょっと俯き気味になっちゃって……
「葵ちゃんの言ってることも、やってることも全然わかんないや……でもっ、やってみるね!!」
勢い良くはね上がった響の顔は、とってもやる気に満ちた顔だった……って――
「――やるの!?」
「当然ッ! だって、こーんな大きなクマを難無くやっつけちゃうんだよ!? あんなことが出来るくらいになれるんだったら、やるっきゃないでしょ!」
白い歯を見せたイイ笑顔でこっちを振りむいてくる響。私から手を離し、腕を広げてみせて熊の大きさを表現しようとしたり、葵ちゃんが見せた身軽なフットワークと腕の動きを形だけでもとマネしようとチョコチョコ動き回って……
とってもカッコイイくって、かわいらしい……って、それはおいといて、だ。
「うぅ、強くなるとかそういう次元じゃ無いような……って、葵ちゃんと特訓をするのを薦めた私が言えないかぁ」
そう。強くなろうと悩む響に葵ちゃんとの特訓を提案したのは、他でもない私だったのだ。
というのも、私としては響には出来れば戦ってほしくはない……けど、きっと響は人助けのためにその手を伸ばそうとするんだろうって、私はわかってしまう。
――――何度でも受け止めてやる! 全部吐き出せ、お前の悲しみを!!
葵ちゃんの言葉を聞いた時、私の中で何かがはまった……。
「ツヴァイウィングライブ」の惨劇の中、ノイズがいるライブ会場中心部へと向かって行く葵ちゃんとすれ違った時……
あの夜、私やノイズに捕らえられた響を守るためにボロボロでも前に出て……そして、あの鎧の子と戦わずに向かい合おうとしていた姿……
その姿が、響に重なって見えた。
それは、その後弦十郎さんから葵ちゃんとツヴァイウィングのふたりの過去を聞いた時、確信に変わった。
ああ……葵ちゃんは響に似ているんだ
誰かのために動ける――動いてしまう
そのためには、
……そんな、子なんだって
だから、私は心配になった。
きっと私が響に対してそうであるように、この子も心配してくれる人の気も知らないかのように突き進んでしまうんだろう……って。止めても止まらないんだろうって。
他人のために独りで突き進んでしまう……。
なら、いっそのこと独りでよりも二人で突き進んでくれた方が、ふたりとも独りでよりも安全なんじゃないか……だから、ふたりが一緒に強くなるようにっていうのが、響に葵ちゃんとの特訓を提案した経緯なんだけど――
ふと意識を目の前の光景に戻せば、しゃがみ込み倒れている熊をゆすって意識を確認(?)している葵ちゃんと、その横で「どろーっ!」ってさっき葵ちゃんがやってたことのマネを自分なりにしてみている響の姿が。
判断を、早まっちゃったのかな……?
そんな言葉が頭に
不安なことは沢山ある。だけど、私は親友の響と、私たちの恩人である葵ちゃんの事を支えるって決めたんだ! 今さら立ち止まったりなんてしないんだからッ!
……そういえば、熊を投げたこともそうだけど、素手で滝を切ったり木の上や岩の上を縦横無尽に跳んで回る葵ちゃんって、こんなちっちゃな子だとは思えないくらい超人的というか……人間離れしてるよね?
やっぱり、あの
「……でも、この杖を使ってないのはなんでなんだろう?」
私のそばの木に、半ば投げ捨てられるように放られ立てかけられたバットケース、その中身の事を思い出して呟く。
それに、この辺りに滝や――というかそもそも川も――飛び出した岩がいくつもある岩場なんてあったかな? あと、クマなんて生息してないはずなんだけど……?
翼が緒川さんに頼んだこととは?
奏が歌えなくなった原因の詳細と奏の本心は?
で、結局
あいも変わらず、謎ばっかり残していくスタイル。
そして、《
『どういう…ことだ…?』
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お前もLDSか?+α
今回はTwitterで予告したように、今回はイヴちゃん視点で恒例の「例のカフェ回」です。さらにさらに、まさかのキャラも登場!?
……あいも変わらず、謎を増やしたりしてます。『非力な私を許してくれ』
ワタシは悩んだ。
「ヒビキに何を教え、どう鍛えるべきか」と。
カナデと色々あって、ワタシのちょーっとだけ気持ちが弱っていたところでヒビキからの「わたしに戦い方を教えてください」というお願い……最初こそ断ろうとしたものの、なんやかんやあって『かっとビング』でお願いを受け入れちゃったわけなんだけど……。
いや、別に勢いで引き受けちゃっただけだから気が変わったとか、ヒビキちゃんに戦い方を教えたくないってわけじゃあないんだよ?
ヒビキは、戦えるようになりたい。それもノイズを倒せるだけでなく、クリボー(仮)ちゃんのような話せる相手には、相手を押さえたり攻撃をいなしたりして言葉を交わせる余裕が持てるほどに……だ。
目指しているモノも
だけど、出来る気がしなかった。
だって、中身は
ならばと、
何をどう教え、どう鍛えてあげればいいのかわからない。
もう引き受けてしまったことではあるが「今からでも頭を下げて断るべきか?」という考えさえ浮かんで……
――そいつはどうかな?*3
手札・フィールド、墓地……その他諸々の情報をまとめ上げ、活路を拓く
ごく端的に言えば、ヒビキは目標のために強くならなければいけない。
ならば、
何を言っているかわからないって? よく考えてみよう。
真の決闘者は強い。
もちろん個人差はあるけれど身体面・精神面共に一般人のそれを越え、超人的な能力を発揮することなんて
ならば、それは生まれついてのものかといえば……そういう例もあるにはあるが全部が全部そうだというわけでもない。そう、
何? マジック&ウィザーズ……
それは大きな間違いである。
デュエルの結果を無視するような
そう、
故に、だ。
決闘者の様な確かな意志と臨機応変な思考を教え、決闘者特有の技術を身につけさせ、決闘者の様に身体を鍛えれば……ヒビキは
そういう結論に至ったわけだ。
―――――――――
――というわけで、ワタシはヒビキちゃんを一人前のデュエリストとすべく準備をし、実際に行動に移ったわけだが……この短期間でわかったことがある。
ヒビキちゃんは逸材だ。その吸収力スポンジの
今朝も今朝とて、早朝特訓でデュエルの基本と言えるドローの練習を『アン、ドゥ、ドロー!』*5の掛け声でやったところだ。
今日は平日でヒビキたちは学校が普通にあったため、長くは出来なかったが密度の濃い特訓になったと自負している。……学校? ワタシが? 無理です(断言)
それにしても、タオルや水を用意してくれたりとサポートに徹してくれているミクちゃんだが……ワタシの気のせいでなければワタシとヒビキが特訓している姿に熱い視線を送ってきている気がするのだ。
……あれは、羨ましがっていたんだろうか?
だとすれば、自作カード(白紙)と紙製デュエルディスクはヒビキ分を作ったばかりだけど、この際だしミクちゃんにも作って特訓に参加させてみようかな?
ほら、やっぱり人数は多い方が楽しいし、ヒビキも親友が一緒の方が力が入るだろうから……いや、それとも「危ない目にあわせたくない」とか言っちゃうかな? まぁヒビキが言うと「
とにかく、検討しておこう。
さて、学校にいかない……というか、いけないというよりも言語能力的に言っても無理が過ぎるワタシだが、今は
徘徊しているわけではなく、ちゃんと目的があっての行動だ。勿体付けて言えば、ある場所へと向かっているところだ。
最早半分くらい習慣になっている部分もあるが、今回は
さあ、いざ行かん! 「ブルーアイズマウンテン」を飲みに! 今日はそんな気分!!(本音)
入り口の扉をほどほどの力で開け放つと、扉に付いたベルの音が小気味良く響いた。
「いらっしゃい、よく来たねぇ」
カウンターの向こうにいるカフェの
それはそうと、この前「特訓できそうな場所は無いかなぁ?」って相談した時に教えてくれた
「『我が名は――アテムっ!!』」*6
特訓中以外だとやっぱりほとんどいうこときいてくれないワタシのお口も、いつも通りで安心感が……あるけど、本当の意味で安心はできないね何言い出すかわかんないから。
むしろ迷惑……だけど、この世界で数少ない「遊戯王」を感じられるモノだからなぁ。なんというか、自給自足すぎやしないかな?
「気に入ってくれたようで何よりだよ。これからも好きに使ってくれ。僕の私有地だからね、あそこは」
そう言ったマスターの銀色のお
というかあそこ、私有地だったのか。詳しいことは知らないが、維持管理費とか税金とか色々大変なんじゃ? マスターは実は結構な資産家だったりするのかな?
いやだってこのカフェ、今はお昼少し前の変な時間帯とはいえお客さんは他にいないし、ピーク時は満員な事もあるけどそう儲かっている風には思えないんだよね……。他に副業やってるとか? いや、
って、んん?
カウンター奥の扉から誰か出てきた。
パンツスタイルの給仕服という服装からして、このカフェのウェイターさんだろう……って、この店にマスター以外の店員さんっていたっけ?
そのウェイターさんは、そこそこの身長があるプロポーションも顔つきもスラッとした印象を受ける若い大人の女性だった。
おそらく結構な長さがあるだろうやや緑がかったブロンド髪は、給仕の邪魔にならないようにクシュクシュと編んで後頭部あたりにまとめ上げられている。確かアレは……ギブソンだかブイヨンだかそんな名前の結び方……いやフィッシュだったかな? 前にツバサが「女子力を身に付ける」と言ってコッソリ買ってた雑誌に、あんな髪型が書いていた気がするんだよな…………余談だが、ワタシの髪使って三つ編みすらできないツバサがそんな髪のまとめ方を習得できるはずはなかったので、その雑誌は今現在封印されている。
とにかく、そのウェイターさんは肩より下には降ろさないようにと、大量の髪をまとめ上げていたのだ。
というか、マスター、ようやく人を雇ったのか。このカフェをひとりで回すのはいくらなんでも大変なのでは?と思っていたが……
しかし、そうなると初めて雇われたと思われるこの女の人のことが気になる。……まさかとは思うけど、マスターの娘さんとか?
さて、そのウェイターさんだが、カウンターむこうからイスやテーブルのある
気になり観察しようとジッと見ていたワタシと目があうウェイターさん。
「……いらっしゃいませ」
声も表情も「ぶっきらぼう」の一言と言って差し支えの無いものだった。お世辞にも接客業が向いているとは思えない……が、まだ、その判断は早いかもしれない。なんとなくではあるが――特に表情が――強張っているというか、変に固くなってしまっているような気がするのだ。もしかすると、この女の人がただ単純に自然に笑えず、かといって営業スマイルも獲得できていないほど経験不足なのかもしれない。
そんな緊張なんてしなくていいと思うよ?
だって、目の前にいるのはただの
「は、はあ……?」
「何言ってるの、この子」という顔で、首をかしげるウェイターさん。
しかし、ワタシは動じない。誠に不本意ではあるが、そういう反応には慣れてしまっているから……。むしろ、馬鹿にしたり挑発したりしていないだけまだマシだと思うくらいだ。
「あぁうん。大体あっているよ、間違ってるけど」
「えっ!?」
えっ? 何があっていて、何が間違っているんだろう?
マスターの一言に首をかしげる……が、そんなワタシ以上に、ウェイターさんが目を白黒させ困惑していた。
そりゃそうか。わけのわからないこと言ってたのに上司がそれを肯定したんだもの、驚きもするな。
「彼女はつい先日からウチの手伝いをしてくれるんだ。これでも一応、僕の身内のようなものさ……まぁ、お試し期間のようなものだからどれだけの付き合いになるかはわからないけど、よろしくしてやってほしい」
そして、そんなウェイターさんのことはそう気に留めてない様子で、ワタシへと語りかけてくるマスター。
この自覚があるのか無いのかおいてけぼりにしていく感じ……ウェイターさん、身内とか言われてたし、きっと普段からこのマスターにこれくらいかそれ以上に振り回されているんだなーってことがすぐに感じ取れた。
……うん、マスターが言ったからとかじゃなくて、普通に優しくしてあげたい。
「『貴様と俺様では「三」と「万」、9997ほどの違いがあるのだ』」*10
「……!?!?」
ご、ごめんね? 優しくするどころか、困惑しているところに追い討ちかけちゃって……!
って、マスター、今、声は抑えられてたけど肩振るわせて笑ってたよね?
ワタシを笑うのは別にいいけど、ウェイターさんの方を笑ってるんだったら対応を考えるぞ……対応? 何か出来る事あるっけ? ……うん、ないな。非力な私を許してくれ
「ふふっ……それで、今日は何がいい? お昼にはまだ早いから、飲み物だけにするかい?」
いや、今日は特に用も無いし、早めのお昼って感じで「ドローパン」と「ブルーアイズマウンテン」で、そのままお昼時までノンビリとするつもりなんだが……。
というか、そろそろ約束してた時間だし、注文はあの人が来てから一緒でもいいかな?
「『今夜の特別ゲストを招待しよう』」*11
「待ち合わせかい? いったい誰と……」
誰って? たまたまヒマがあったらしく、昨日のうちに「暇潰しに付き合ってみようかしら~」って言ってきた――
「へぇ~、ここが例の「トリシューラ」の……案外普通ね? もうちょっと面白おかしい所だと思ってたんだけど……」
――リョーコさんだよ。
いやいや、リョーコさん。「ドローパン」や「ブルーアイズマウンテン」、「トリシューラプリン」といった遊戯王シリーズ登場メニューや、「マドルチェ」を中心としたモンスター関連のメニューばっかりならんでいる時点で、色々とおかしいと思うよ、このお店。
まあ、大体このお店の
いちおうこの前「あなたは決闘者なの?」って
って、あれ?
「おぅ……」
「……!!」
気のせいか、マスターの口から魂みたいなのが抜けかけているような……?
それに、ウェイターさんもガッチガチに固まってる……「子供が苦手なのかな?」とか考えてたけど、もしかしてワタシ相手で緊張してるっぽかったアレはまだマシだった可能性が?
なんにせよ、注文してもいいですか?
いや、ダメっぽい。ちょっと待つかな……。
―――――――――
結論から言うと、マスターは案外すぐに復帰した。
ウェイターさんのほうはかなり時間がかかった……というか、未だに肩に力が入っている感じがするくらい固い。
やっぱり重度の人見知りなのかな? お試し期間とか言ってたし、もしかしたら人見知り克服の特訓の一環だったりするのかも? よくわからないが、きっとこれからも会うことになるだろうし、陰ながら応援しておこう。
で、妙な空気を作るきっかけとなったリョーコさんはといえば……
「ふむ……「トリシューラ」以外には聖遺物に関係しそうなものは無かったな、用心してきてみたが無駄足か。ただの偶然、たまたま読んだ物語か何かで「トリシューラ」を知りそれを商品の名前に使ったというだけで、私の考えすぎだったか……?」
……と、そんなことを呟いている。
座っている彼女の前のテーブルに置かれているのは、「ブルーアイズマウンテン」ではない普通のコーヒーと《クイーンマドルチェ・ティアラミス》……まあ「ティラミス」だ。
なお、ワタシは予定通り「ブルーアイズマウンテン」と「ドローパン」を注文したわけだが……ドローパンの中身は「焼きそば」だった。つまりは縦に割ったか横に割ったかの差くらいしかない「焼きそばパン」である。「黄金のたまごパン」を外してしまったショックもあるが、ゲテモノでない安堵感と普通過ぎて面白みのない何とも言えない感じが混ざって、おいしいんだけどなんとなくモヤッとした。
にしても、微妙に
もう一つの人格というか、そのネコ被っているのを隠してる理由をちゃんとは聞いたことは無いから的確なことは言えないけれど、隠すんなら隠すでもっとちゃんと徹底したほうが……まぁ、カウンターからは離れているし、他のお客さんもいないからそう気にする必要も無いだろうけど……。
「それに、さっきの感覚……ハッ、有り得ん。奴が接客など……丹精こめて食事を作り、それを人に提供するなど、それこそ天地がひっくり返りでもせん限りな」
え、なに? 話からして、
……いや、ただの人違いっぽいか。だとしても、
「でも、大丈夫? そーんな一杯3000円のコーヒーなんて飲んじゃって。……今日くらい私が払ってあげても良かったんだけど?」
リョーコさんからの、ありがたい申し出ではあるけど……ワタシは首を横に振る。
毎回高い物を注文してるわけじゃないし、そのあたりはちゃんと予定を組んでやりくりしてるから気にしないでいいよ。
「遠慮するわねぇ……。普段頑張ってくれてるぶんのご褒美のつもりなんだけどなぁ」
……そうだなぁ、ご褒美っていうなら、ワタシの意見を聞いて欲しいかな?
クリボー(仮)ちゃんの事も凄く気になるけど、フィーネが何を目的としてノイズを使って人々を襲うのか……そして、なんでノイズ対策の中心に身を置き、そのうえノイズの対抗手段となる「シンフォギア」を作り与えるのか……。
まぁ、ぶっちゃけて言うと、フィーネの目的とやらはノイズによる被害者をこうも多数出さねば成せないことなのか?と問いたいんだけど……教えてくれるかな?
「『お前の言う未来とは本当に輝かしいものなのか?』」
「……?」
「『例えモーメントが歴史から消えても、人の進化の行き着く先が欲望や誘惑に囚われるならば、お前の生きた未来と何の違いがある。それで本当に世界は救われたと言えるのか?』」
「…………」
「『本当に未来を救うためには、みんなの心が正しい方へ向かい、モーメントと共に繁栄できる未来を作らなければいけない――今を救わなければきっと未来も救われない! そうじゃないのか、
うーん……。
フィーネが教えてくれるかどうかじゃなくて、ワタシのお口が聞きたくないみたいだ。……なんでですかねぇ?
というか、遊星さんのイイセリフはいいんだけど、今は世界滅亡とかそんな規模の壮大な話じゃなかろうに…………
ノイズを扱ってあんなに人々の犠牲を出すのも気にせず色々やっているのって、もしかして本当に世界規模の問題に立ち向かうためになりふり構ってないからだったり?
いや、そんなまさか……ッ!?
頭
痛い
熱い
背中
痛い
高く鋭い音
熱い
「貴様ぁッ!思い上がりが過ぎるぞ……!!」
匂い……コーヒーか、それも匂いからして「ブルーアイズマウンテン」ではないな。熱いのはコーヒーで……ああ、横に目をやれば割れたカップとコーヒーが床に飛び散って……つまり、ワタシは店内の床に横になってるわけか。
――繋がった。額の痛みは、リョーコさんもしくはフィーネが投げたコーヒーカップが当たったからで、その衝撃やら何やらでふらついてイスごと後ろにたおれちゃったんだな。で、中身のコーヒーと共にカップが床に落ちて……こうなった、と。
つまり――――
「
どこがどうなったのかはわからないけど、ワタシのお口から出た
熱い……よりも先に、謝るべきだろう。誤射とはいえ
ベチャリッ!!
伝家の宝刀DOGEZAのために、まず立ち上がろうとしたワタシの顔に何かが叩き付けられた。
あんまり痛くは無いけど、これは……甘い。さっきリョーコさんが食べてたティラミスか。
「興が削がれた。今回は戯言だと聞き流してやる……だが、次は無いと思え」
そんなドスのきいた声が聞こえた。
……手でティラミスを拭ったときには、店内にはもうリョーコさんの姿は無かった。
「どのあたりがフィーネに刺さったんだろう?」と考えていると、視界を奪われ、そして、左手に何かを握らされた……。
顔を軽くグリグリされた後に解放され、目を開けば……ティラミスで汚れたタオルを持ったマスターが目に入った。そして、わたしが握らされたのもまた別のタオルのようだ。
見てみれば、カウンター奥のほうにいるウェイターさんは、床に飛び散ったものの掃除のためにかモップを持って来ている。
「ウチのシャワーを使うといい、これで拭いた後にね。その姿で出歩くわけにはいかないだろう?」
ああ、確かに。
頭を中心とした身体も、服も、コーヒーやティラミスで無茶苦茶に汚れてしまっている。……服、奏が買ってくれたお気に入りのワンピースだったんだけどなぁ……シミにならないと良いんだけど。
騒がしくしちゃったこととか、汚しちゃったことは、本当にごめんなさい。そして、タオルとそれとシャワーのことはありがとう、素直に受け取らせてもらいます……。
「キミは大事な常連さんでもあるからね、気にしなくていいさ。それに……」
何か言いかけたマスターだったけど「いや、なんでもないよ」と途中でやめてしまった。……気になるけど、今はそれよりも服の方だ。
と、目の前のマスターの顔が、床の汚れへの対応をしているウェイターさんへと向いた。
「ここの掃除と服の代えは僕がするから、キミはこの子のことを頼むよ。彼女が今着ている服を洗ってあげるといい。シミにならないようにね」
「はい、わかりました」
そう返事をしたウェイターさんは、ワタシの手にあったタオルで手早く全体を拭ってくれた後「こっちだ」とワタシの手を引いてカウンター奥の扉、その奥へと案内してくれた。
―――――――――
そうやってシャワーを借りたわけだが……マスターの趣味だろうか? 浴室はやけに広かったうえに、全体的に装飾がゴテゴテしてた気がする。
何はともあれ、ワタシ自身はキレイサッパリした。お湯をかけた時に
よかった。そんなことになってたらカナデやツバサに隠さないと凄く心配させてしまうだろう。そうなれば、変に気苦労させてしまう――――カナデ、心配してくれるかなぁ……。
カウンター奥の扉の先にあった階段から上がった2階のおそらくは生活用のスペースである一室にいるワタシ。用意してもらった服を着て、イスに座って髪を念入りに乾かしていたところ、何か瓶を持ったマスターとウェイターさんがやってきた。
……二人して来てるけど、お店は大丈夫なのだろうか?
「服は今洗濯しているところだ。まだ時間がかかるから、今度来店した時に返そう」
「ああ、そうだね、それがいい。……それと、これは塗り薬だよ。塗るといい、物がぶつかった個所や火傷を負ったところにね」
そう言ってワタシに薬瓶を渡してくるマスター。
だが、そこに割って入ったウェイターさんが薬瓶を横取りして「私が塗ろう」とその蓋を開け始めた。
……うん、そうだね。カップがぶつかったおでこも鏡を見ないとわかんないし、ワタシでは見えないところがどうかなっているかもしれない。なら、このままウェイターさんにお願いして診てもらうことにした方がよさそうだ。
ワタシはイスに座ったまま服を着崩し、いつでも脱げるようにしてから改めてイスにどっしりと座った。
ウェイターさんは、そのイスのそばにしゃがみ込んで、まず手始めに、ワタシのおでこに薬を塗りだした。……塗りはじめに、ちょっとひんやりしてビクッとしちゃったのは秘密である。
「……少し、いいか?」
ん、どうかした?
ワタシが気付いてなかっただけで、どっか火傷になってたりしてた?
「もしも……もしも、だ」と言ってから語り出すウェイターさん。どうやらワタシの身体の怪我の状況とかそういう話じゃないっぽい。
とりあえず、ワタシはそのお話に耳を傾けることにした。
「
あーっと……つまり、簡潔に言えば「犠牲を伴う選択への賛否」の話かな。
正直なところ、デュエルではよくある事なんだよなぁその手の話は。召喚のための
そして、それを良しとするか、悪とするかの線引きは凄く曖昧なものだ。原作やアニメなどでの描写に関して、決闘者たちで議論に発展するくらいには……。
生け贄にされるということで嫌な顔をするモンスター。モンスターを弾丸にすることを拒むデュエリスト。気にせず自爆特攻するモンスター。やむを得ず犠牲にしてしまうことに謝るデュエリストに、それに無言で応えるモンスター。自らデュエリストに自身を生け贄にすることを勧めるモンスター。きてくれた相棒を手札コストに利用するデュエリスト。自身のライフを削ってまで特定のモンスターを守り続けるデュエリスト。特定のカードを捨てて暴走するデュエリスト……良くも悪くも、本当に様々である。
それらが正しいか否かの結論は判断基準によって結果は変わるだろう。
モンスターとデュエリストとの信頼関係や、状況下で必要な犠牲か否かのモンスターの理解とデュエリストの配慮、根性というか精神論……もう本当に色々な要因があって、正確な答えは無いと思われる。
だがしかし、デュエルとは人生であるが、同時にデュエルでの犠牲とリアルでの犠牲は――一部を除いて――話が別だ。
それこそ、さっきワタシのお口が口走ったセリフで言えば、人類最後の生き残り「
「Z-ONE」にとっての現在――人類滅亡の絶望の未来を回避するために、その未来で滅びたシティを基につくられた空に浮かぶ廃墟の城「アーククレイドル」をネオ・ドミノシティに落とす。シティでの人々の営みやその人命などを軽んじる行動に出るのだが……。
それは、数多くの積み重ねられた絶望や残されたわずかな時間で確かな
……とある世界線*16では、「アーククレイドル」をシティに落して「モーメント」が歴史から抹消された未来が出てくるのだが……その結末は、ここで言わなくてもいいだろう。
とにかく、だ。
「Z-ONE」の行動……何かを犠牲にして、何かを救うことは完全に悪だとは言えない。だが、それ以外の答えが無いとも言いきれないし、そもそも絶対に正解があるような話でもない。
そして、誰か一人がひとつの選択肢を選んだとしてもそれが最終的な結果となるとは限らない。「Z-ONE」が犠牲を払ってでも絶望の未来を回避しようとしたが、それを阻止しようとする人物が多方面にいたように……。
力あるひとりが示す答えがあっても他の人たちが他の解を出し邁進すれば別の結果が生まれる。……そして、成せなくとも、犠牲を払ってでも成そうとした「Z-ONE」がいたことによってはじめて生まれる可能性が――そこに人々の想いや努力が積み重なって初めてあらわれる「輝かしい未来」が――あるのも事実なのだ。
話を戻そう。
ウェイターさんが求めているのは、素晴らしい世界のために犠牲を払ってでも事を成すか、否か。それに対する
タイムリミットなどがどういう状況で、迫っているのがどういう問題なのか。また、何故その犠牲を強いる方法に至ったのかという経緯やその正確性……そういった情報が余りにも足りないんで、ここでは結論は出せません、だ。
「『知らん、そんなことは俺の管轄外だ』」*17
コレハヒドイ。
わかんない、って意味合いは大体あってるけど、あんまりにもつっぱね過ぎじゃあないかな?
ほら見ろ、ウェイターさんが怒っているのか悲しんでいるのかわかんない、複雑そうな
いや、まだだっ! まだワタシの考えは、伝えるべきことは残っている!
さぁ……! こい、こいっ!!
だけど――――!!
「『だが、しかし、まるで全然っ! この俺を倒すには程遠いんだよねぇ!!』」*18
……ダメでした。
もの凄くイイ笑顔(当社比)でいきなりそんなこと言い出す
「そ、そうか」
――怒りも悲しみも消えて、もの凄く困惑しているウェイターさん。そうなるよね。
ため息と共に、ワタシは大きく肩を落とすのだった……。
――――――――――――
薬を塗った後、「本部の人へのお土産用に」とスイーツをいくらか買って店を出た
そんな彼女を店内から見送ったふたり――
「どうだったかい、彼女は?」
「不思議な子でした。確かに、何かしら特別な感じもしますし、貴方が目をつけた理由もわかります。それに彼女が言っていたことには考えさせられる部分もありました。ですが、最後の方は……むしろ危険人物のように思えるくらい、歪んだ……」
ウェイターさんの言葉に、マスターは目をまたたかせ首をかしげた。
「おや? キミには伝えてなかったかな? 彼女の言語能力の不備を」
「聞いてはいます、アレがそうなのですか? 確かに不可解な部分もありましたが……」
ウェイターさんは思い返す。
……思い返してみれば、たしかに大抵変だった。ズレが無いような気がした部分も、よくよく考えてみればどこかおかしいような気もする。
けれど、やはりどうにもしっくりこなかった。なにより、「今を救わなければきっと未来も救われない!」といったあの言葉と、遠目でも見えたその横顔――その目に宿るチカラが言語能力のエラーによるものだとは、ウェイターさんには到底思えなかったから。
「そうだとは思いきれないようだね、下手に噛み合っている部分があったからこそ。しかし事実なのさ、言っている事と思っている事との差異はね」
そう言ったマスターは、一度大きく頷いてから……
「彼女は言ったんだよ、「情報が少なすぎて判断できない」と。そして……「だけど、もしもそんなことになった時には手を貸すよ」とね」
「本当にそうだとして……いや、そもそも何故、貴方は彼女の言葉が理解出来るんですか?」
ウェイターさんが投げかけた当然の疑問。
それを聞いたマスターは髭の奥でニヒルに笑う。
「当然だろう?
「? それは、
そう指摘しても「
「それで? どう判断するんだい?キミはさ」
「正直に言うと、私は貴方を信用はしきれません。ですが……いえ、だからこそあの子の事を見極めたいと思います」
「それはそうと……事情は分かりましたが、勝手な行動は控えてください。あと変装もそうですが、それ以上に口調を直した方がいいのでは? フィーネにバレますよ」
「まあ、あるだろうかね、今日のようなことも。ポロッと素が出ないように気を付けるよ、これまで以上にさ」
「いや、今もその口調が……」ウェイターさんは、そう心の中でツッコミをいれた。
そんな、オリキャラタグ無しなのに名前の出てこないカフェのマスター&ウェイター。おそらく適合者の読者はその正体にお気付きでしょうが……みんなには内緒でお願いしマース!!
解らない方は、とりあえず本編中で出てきている字面通りに受け止めてもらえれば大丈夫です。
あと、ウェイターの表記はあえて「ウェイトレス」ではなく「ウェイター」にしていますので、よろしくお願いします。
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2-8
感想返信も遅れてしまっていますが、まとめて変身しますので少々お待ちください!
つまり「僕だ!」――じゃなくて、ドンなんちゃらのせいなんだ!!(いつもの)
今回……ものすっごく不親切というか、わかり辛い表現になっている部分があります。
というのも、今回
大変申し訳ありません、ご了承ください。
………え? ズレがあるのはいつものことだ、って?
『まぁな!』
そして、以前にもこの子が登場した回に指摘されたのですが、この作品では結構原作と他人の呼称が変わっているキャラがいたりします。主に
「えーっと? コレがアッチだから……コッチの道ね」
あたし、
……まあ、ノイズはびこるこの現実は、下手なアニメよりもスリリングでデンジャラスなんだけどね……?
そうそう、そのメールの相手はあたしのちょっと変わった友達・
一時期……数日間連絡が取れない状態だったんだけど、少し前から返信が返ってくるようになった。
それによれば、なんやかんやあったらしく返信どころかケイタイ等にも触れられなかったらしい。具体的に何があったかは教えてはくれなかった……けどまあ、メールの文面と電話ごしだけの確認しかできてないけど、とりあえずは元気そうで一安心。
――なんだけど、なーんか引っかかるのよねぇ?
なんというか、こう、言葉の端々から不安感というかそんな雰囲気があるの。連絡が取れない間なにかあったのは間違い無いだろうけど、それを引きずっちゃってるんじゃないかって気がして、あたしの方がドンドン心配になってきちゃった。
というか、その
うーん、学校で会ってる響と未来ちゃんはいつも通り……いや、むしろ最近は今まで以上に密接になってる気さえするくらいなんだけど、もの凄く落ち込んでたりはしないからきっと一緒の所にいる葵ちゃんもそこまでヤバイ状態にはなって無いはず。もしも何かあったなら、それこそ後日お礼をひとりで言いに来た未来ちゃんが何か言ってきたはずだしね……今思えば、あの時未来ちゃんに何か知らないか聞けばよかったかな?
大丈夫だとは思う、けどやっぱり気になる。
そんなわけであたしは友達として「今度、時間ある時に会わない~?」って気軽に誘ってみることに。
その結果は、思ってた以上にすんなりと葵ちゃんが「OK」を出したってだけで「あたしの気にし過ぎだったのかなー」って思うくらい。
でもねぇ?
出された条件――というかそこでの雑談混じりの話を要約すると「この日の昼前からでいい?」、「朝からある特訓が終わった後にー」ってことだったの。
位置情報とは別に送られてきたデータ――
「小さめとはいっても、山で特訓だなんてそれこそアニメか何かじゃない」
――――結論。別の意味で気になってきた。
まぁ、そんなこんなで山道に入っていったわけだけど……うん、虫対策を用意しといてよかった。
さて、ここから先はケイタイ端末のネット上のマップには詳細が描かれてないのよね? とりあえず道なりに歩いていれば、画像の場所や何のかは知らないけど訓練をしてるっていう葵ちゃんの痕跡が見つかるかしら?
「―――! ―――!」
と、数分歩いたところで、さっそく威勢のいい声が聞こえてきた。きっと特訓とやらの掛け声か何かでしょうねぇ。
そう思い、道なりに進み――脇道との分岐点に差し掛かったあたりで、その声は脇道の先の方から聞こえてきている気がしたから、ソッチへと進んでみることに……って、
歩きながらも、耳を澄ませる……
「―――! ―――!」
聞こえてくる掛け声(?)だけど……コレ、葵ちゃんの声じゃないような?
特訓としか聞いてなかったし、他に誰か一緒にしてるかどうかって話は聞いてなかったけど……他の人がいるなら乱入しちゃあ悪い気もする。
「―――! ―――!」
……でも、気のせいかしら? この声、葵ちゃんの声じゃないんだけど、どこかで聞き覚えが……?
バシャバシャと勢い良く水が流れ落ちる音とせせらぎのような音とが聞こえてきた。きっと、例の滝が近づいてきてるんだろう。この脇道の先に滝が?
……ってことは、滝の音に負けない大きくよく通る声だったのね、この掛け声は……。
と、道の両脇にずっと続いてた林が数メートル先のあたりで途切れてることに今更気付いた。そしてアタシが歩いてるこの道の先に十数メートル木の無いスペースがあって、
「特訓の邪魔しちゃ悪いし、少なくとも一段落つくまではコッソリ様子見かしら?」ってわけで、林の境界線にある木の一つの陰に隠れて、そこからそろーりと特訓している誰かさんを覗いてみる。
そこにいたのは――――
「ドロー! っドロー!」
滝つぼの、滝の前あたりに不自然なほど自然にど真ん中にそびえる岩に立ち、肩幅ほど足を広げた体勢で掛け声と共に右手を滝の中へと横薙ぎに振るう人影。
見覚えのある白いリボンで、いつもと違い少し高い位置で髪を一纏めに結んでいるジャージ姿の
「――いや、なんで?」
なんで未来ちゃんがここに? 何してるの? もしかして、葵ちゃんと一緒に特訓してたのって未来ちゃんなの? だとすれば……あたしが葵ちゃんに未来ちゃんと響の関係のこと話して頼んでから、何かあって――いやいやっ! なにがあったらこうなるのよ!?
そして、あたしの気のせいじゃなければ、そこそこの大きさがありそうな滝の流れに、未来ちゃんが腕を振ったその一瞬だけど確かに切れ間ができて滝の向こう側の地肌が見えた気が……!?
「ぐるるぅ、クゥン」
「いやいや、一週間そこらじゃあんなになるわけ……え?」
「グゥ?」
聞こえてきた声に振り向いてみれば、下手にガタイの良い大人よりも大きそうな
――って、え?
「くまぁっ!?」
あたしが声をあげる。
っと、熊の顔つきが変わった。まるで敵を睨めつけるかのような鋭い眼光が――あ、あれ? よくよく見てみれば、
「グゥルルルゥ……!」
「はぁあああーーーーっ!!」
聞き覚えのある声が近づいて――離れてく。
それと共に、あたしのすぐそばを風が通り過ぎた。
「熊を一頭伏せて! タァーーーーンエンドッ!!」
地響き。それはまるで地震が起きたのかと思ってしまうほどの。
「で、できた! ……じゃなくって!?」
それを起こした――あたしの後ろにいた熊を投げ飛ばした――張本人は、投げ飛ばすために腰を低くしていたその体勢を戻して、コッチに勢いよく振り向いた。
「大丈夫ですか! 怪我は――――って、あれ? 弓美ちゃん!?」
「どうしたの響――え、弓美ちゃん? どうしてここに……って、もしかして?」
熊を伏せてターンエンドした人は、あたしもよく知るクラスメイト・響だった。
そして、騒ぎを聞きつけ遅れるようにそばへ駆け寄ってきた未来ちゃん。
しかもその未来ちゃん、足元が濡れている様子がまるで無い。つまりは、あの滝つぼのど真ん中の岩から川岸まで余裕でひとっ跳びだったってことで…………あ、いや、滝を切り裂くのに比べたら全然常識の範疇なんじゃないかしら?
「どうしても、こうしても葵ちゃんが……だいいち、アニメでもこんなトンデモ特訓は……」
と、葉っぱが揺れる音と共に、上から――きっと数あるの木のうちのひとつの上からだと思う――誰かがあたしのすぐそばに跳んで降りてきた。
まあ、その「誰か」っていうのはあたしが探してた葵ちゃんなんだけど……
「確かに、あるような気もするけど「
あたしのツッコミに葵ちゃんは笑うばかりで、響と未来ちゃんは首をかしげてた。
―――――――――
特訓の予定は一通り終わっていたらしく、ひらけた場所の芝生の上に広げられたレジャーシートの上に揃って座ることになった。
そして、なんであたしがここに来たのか……というか、あたしと葵ちゃんの関係とその出会いについて一通り話したんだけど……。
「へー、弓美ちゃんと葵ちゃんって結構前からお友達だったんだー! 初めて知ったよ……はむっ!」
「そうそう。で、今日お昼に誘っても葵ちゃんが首を振ったのは弓美ちゃんとの約束があったから……ってことみたい」
「……フライングで一人で食べだしちゃってるじゃないの。そのお昼」
そう言いながらあたしが目をやるのは、響が手に持つおにぎり。その出所は未来ちゃんが膝の上に置くようにして持っているバスケットの中。
ご丁寧に準備よく手を洗うための水と
「んくっ! それは違うよ! これは運動の後の塩分補給、お昼じゃなくて……そうっ、いわゆるブランチってやつだと思うから!」
「だと思う」って、そこはせめて断言しときなさいよ。ちゃんと理解せずに言ってるのがわかってアホの子感が溢れ出しちゃってるじゃない。ほら、隣の未来ちゃんが苦笑いしちゃってるし。
「それにこのおにぎりは塩分とエネルギー補給ができるだけじゃなくって、未来の愛情たっぷりで凄く美味しいんだよ!」
「も、もうっ響ったら、そんなこと言って~……!」
苦笑いから一転、恥ずかしそうに顔を赤くしながらもどこか嬉しそうに笑う未来ちゃん。
……うん、何かのアニメで見たような光景だ。主にラブコメ系で。
「と、まあこんな感じに未来のおかげで特訓が順調なのはいいんだけど、アームドギアは未だに全然出せそうにないんだよねぇ? 身体を動かせるようになる特訓が大切なのはわかるけど、アームドギアを出すための特訓もしたほうが良いんじゃ……?」
「『甘ったれるな!』」*3
「うぇえ!?」
「響? そもそも、葵ちゃんは翼さんたちみたいな装者じゃないんだから、アームドギアのことはわからないんじゃないかな?」
「あっ、それもそっか。うーん? どうすれば……なんとなくフワァーとしたチカラが出てくるのは判るんだけどなぁ? あー……んっ!」
そう言って半分ほどの大きさまでなったおにぎりを一口でほおばった後、目を瞑って腕を組んで考え込むような仕草をする響。……もちろん、口は閉じてはいるけどモグモグと動いてる。
あたしからすれば、微妙に話が噛み合ってない気もするんだけど……それ以上に、あたしみたいな部外者が聞いていいのかわかんない話になってきてたりするんだけど……?
よくわかんない単語とか、何故かここで出てくる知ってる有名人の名前とか……。
でも、響はモグモグしてるけど内容自体はそこそこ真面目そうな話をしてるし、あたしが横槍を入れちゃって止めてしまっても悪いし、このままちょっと黙っておいたほうがいいかなぁ?
と、口に入ってた分のおにぎりを食べ終えた響が「それに……」って話を続けた。
「もしかしたら……だけど、さ。これって――アームドギアを出せないのって、わたしのせいかもしれないんだ」
そこから響が話しだしたのは、「デュランダル」とかいう物の輸送任務で戦えず、逃げ回ってたーって話だった。
そして結局は、逃げきれなくって、でも上手く戦えなくって……最後はその「デュランダル」とかいう物を意図せずに使ってしまい、
って、だ・か・ら! コレってあたしが聞いていい話なの!?
「――――で、そんなことがあって、わたしは改めて――ううん、初めて自覚したのかな? わたしは助けを求めてる人の手を握りたいんであって、なんでも壊せる…壊せてしまう
――――恐いんだ、誰かを傷付けることが。
アニメじゃないんだけど、そんな声が聞こえたような気がした。
だらんと伸ばした右腕を抑えるように左手で持つ響のその両腕は、どちらがとは言いきれないけど確かに小さく震えているように見える。
……と、話を聞いてた葵ちゃんの口が動いた。
「えっ……わたし、の……闇?」
「……ううん、それは違うよ。アレはデュランダルによって引き起こされた暴走だって了子さんが言ってたでしょう?」
……あれ? なんだか変な気がするけど……気のせいかしら?
と、とにかく!
考え込むように黙ってしまった響と、その肩に手をそえてあげ優しく声をかける未来ちゃん。
そして、葵ちゃんはと言えば―――
「『3つだよ3つ。考えることを忘れないで。生きるための3つのこと。帰るための3つのこと。敵を倒す3つのこと。考えることでキミはまだ生きられる』」*6
――――立ち上がって、人差し指を1本だけピンッと立ててから響のことを見て喋りだした。
「『お前が言った仲間同士で争うだけが人間の姿じゃねぇ。自分の思いを…魂を仲間に託してともに戦うこともできる。人はそれを絆と呼ぶんだ』」*7*8
「え? ちょ、わたしそんなこと言ったっけっ!?」
「ううん、言ってないよ? きっと葵ちゃんの
アレって何さ?
未来ちゃんが言ってることはよくわからないけど……? 響も響で何でそんな慌てたように驚いてるのかしら?
と、そんなふたりの様子を知ってか知らずか、葵ちゃんは折り曲げていた中指も立ててまた口を開いた。
「『オレを勝利に導いてくれたのは……「見えるけど見えないもの」だぜ!』」*9*10
「えーっと……どういうこと?」
「さ、さあ?」
揃いも揃って首をかしげるふたり。
葵ちゃんが、けっこう勝負の核心をついてそうなこと言ってるのに……ここはあたしが口出ししたほうが? いや、でもやっぱり、あの政府組織のなんとかって所に所属してないあたしが聞いていい話っぽくないし、半端にしか知らないわけだから……。
そんなことを迷ってるうちに、葵ちゃんが薬指まで立てて「3」をつくり示して、また喋りだす。
「『かっとビングだ、オレっ!』」*11
「あっ、それはわかるよ! 勇気をもって一歩踏み出し、どんなピンチでも諦めず、あらゆる困難にチャレンジする……そう、かっとビング!!」
「気のせいかな? なんだか勢いに誤魔化されてるような……?」
うん、
でも、響の様子からして葵ちゃんが伝えたいことはだいたい伝わっているっぽくもあるのよねぇ?
しっかし、響にとってさっきの言葉がそれほど気に入るものだったのかしら?
ふんすっ!ふんすっ!と鼻息を荒くする響がまるで小学生くらいの子供の様に「はいはい、はーい!」って手を上げて葵ちゃんへと質問を投げかける。
「言ってること半分くらいわかんなかったけど、その3つをしっかりすればもっと強くなれますか!?」
葵ちゃんは3本指を伸ばしていた手を解いた。そして、
「『デュエルとは、モンスターだけでは勝てない。
そう言って、今度はおにぎりを投げた右手を胸元へと動かしつつ、ピンと立てた親指で自分の胸をトンと指し示す葵ちゃん。
……
最初こそ「そんなこと聞かれても」っていったのに、普通に口に出てる言葉が案外まともになってきてるというか、今さっきの言葉は――――いや、でも、なんかおかしい……?
あっ、そうだ、
普段はそう気にしてないからか一瞬わかんなかったけど……これって副音声になれちゃってたせい?
うん、まぁどっちにせよ、葵ちゃんは勿体ぶって言いがちなのよね。
格好つけたがると言うか、遠回しすぎるっていうか、ね? そりゃ誤解もうんじゃうわよ。
葵ちゃんの真っ直ぐな眼差しを受け止めてた響。
が、数秒の間をあけて首をコテンッとかしげてしまった。
「えっと……そもそも、デュエルって言葉は葵ちゃんからよく聞くけど、何なのかは一度も教えてもらってないんだけど……?」
「「…………」」
ふたり――とついでに未来ちゃんとあたし――の間に、何とも言えない空気と沈黙が流れて……それをぶっ壊したのは、葵ちゃんの威勢の良い声だった。
「え、行くの!? そんないきなり……!」
「用は済んだ」と、いきなり走り出す葵ちゃん。
用が済んだっていうよりは、恥ずかしさを紛らわせようとしているようにしか思えないんだけど、そこをツッコんだら葵ちゃんがより一層暴走しちゃいそうだから黙っとこうっ。
とにかく、あたしは葵ちゃんを見失わないよう、後を追いかけていくことに。
っと、その前に……
「あーっと、なにがなんだかわかんないけど、無理しない程度に頑張ってね~響ぃ~! 未来ちゃんも~!」
ふたりにそう言いながら大きく手を振ってから、改めてあたしは葵ちゃんを追いかけだした。
走ってく葵ちゃんがようやく止まったのは、小山を下りきったあたりだった……。
「『だが、切れ味は受けてもらう!』」*15
「え? 別に用ってほどの用は無くて、単純に最近会えてなかったなーって思って。……後はまぁ、電話ごしの声がなんとなく元気が無いような気がして……あたしの思い過ごしだったみたいだけど?」
「『俺は飢えている、渇いている、勝利にッ!!』」*16
「えっ、ちょ待って! 何があったのよ!?」
「『ファンサービスは僕のモットーですから』」*17
「はぁ!? 奏さんを殴ったぁ!? そんなのあたしじゃあどうしようも……ああん、もうっ! わかったからそんな顔しないでってば~!?」
―――――――――
走り去るふたりの背中を見送る響と未来。
その姿が見えなくなったあたりで、響が彼女としては珍しく大きなため息と共に頭を抱えた。
「葵ちゃんが言ってた3つのやつ、「かっとビング」以外って結局どういうことなの~!? 未来ぅ~教えて~!!」
「いや、そんな学校の宿題じゃないんだから、私にだってわかんないよ!? それに、これってアレかもしれないでしょ?」
縋りつく響に待ったをかける未来。
「アレ? さっきも言ってたけど……アレってなに?」
「風鳴司令が言ってたよね? 聖遺物による言語能力への影響……言ってることと思ってることとのズレが生まれるって話」
「憶えてる?」と聞かれ頷く響――だったが、「でも……」と言葉を続けた。
「さっきの葵ちゃん、自分の言ってることが変になってるって感じには見えなかったんだけどなぁ? わたしがそう思ってただけだったのかな? ……ん? んんんっ?」
「どうしたの、響?」
「あのさ、弓美ちゃんって葵ちゃんの
それは当然の疑問だった。
何故なら、彼女らがこうして特訓してるのだって
だからこそ、今回、
もしも言葉と意識のズレのことを知らなければ、弓美はここにはたどり着けなかっただろう。
その疑問に「確かに」と頷きながらも、未来の頭にはあることが浮かんでいて……その可能性について響に伝える。
「それは――ほら、アニメとかである「チュウニビョウ」とかいうので変な喋りをしてる人がいたりするじゃない? 弓美ちゃんはそれを理解してそうだし、その延長で葵ちゃんの喋りもわかってたり……むしろ気にならなかったりするのかも?」
「あぁー……なるほど!」
本人たちの与り知らぬところで新たな勘違いが発生してしまった。
果たして、本当に勘違いをしているのは誰なのやら……。
――――――――――――
「
そこにいた夕日に照らされなお炎のように赤く染まる髪がなびく背中に、その声はかけられた。
「……ひとりか?」
「ええ」
「そっか」
街を眺めるラフな格好をした赤髪の娘と、フルフェイスのヘルメットを小脇に抱え赤髪の娘の隣に歩み寄るライダースーツの青髪の娘。
目を合わせることも無く、短く淡々としたやりとりだった。
「久しぶり、ってほどではないかしら。葵とは違って、本部で何度か顔を合わせて――――「翼」……なに、奏?」
「こうして、今日だけじゃなくって何回も考えてきたんだけどさ……」
視線の先には、
その周りには、あの日とは違い至って穏やかな日常を過ごす人々がいる。
「あたしは――――「ツヴァイウィング」は、ここまでみたいだ」
あの惨劇の日と同じ夕焼けの
次回「ツヴァイウィング」
……なお、サブタイトルがこれになるというわけではない模様。
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2-9
『ドルべ有能、「僕だ!」無能』……もはや判りきったことなので、もう二度とこの言葉は使いません! というか、使わないように努めます……そうじゃないと本当にダメだ。
はいっ! というわけで「ツヴァイウィング」解散危機!?
心情や情景を描き表したくて、説明的になり過ぎたくなくて……で、話の中の要所要所を落としどころにちゃんと落としたくて、四苦八苦した結果の最新話です。
結論から言うと……それは、あとがきで!!
「あたしは――――「ツヴァイウィング」は、ここまでみたいだ」
聖遺物の暴走とノイズの襲撃……2年前の惨劇の現場となったライブ会場が見える高台で、あたしはその言葉を口にした。
チラリと視線を横に向ければ、おそらくバイクに乗ってここまで来たからなんだろう――ライダースーツを身に纏った翼が。あたしと並び立ち同じようにあのライブ会場を見つめるその
「そう、それが奏の選ぶ道なのね」
「ああ……」
――――よかった。
泣いてほしかったわけじゃなった。
引き止めてほしいわけでもなかった……むしろ逆だ。
ただ、凛と立っていて欲しかった。
あたしが居なくても大丈夫だと――あたしの役目は終わったのだと、思わせてほしかった。
この胸の内にこびりついている未練を、迷いを断ち斬って欲しかっただけだ。
翼の横顔から視線を戻し、あたしは改めて、夕日に照らされた街中に在るあのライブ会場へと目を向ける。
あの惨劇の起きたライブ会場……あぁ、まだ諦めがつかない。
戦いたい、どんな方法を使ってでも。
だって、まだあたしは復讐を遂げられてはいない。むしろこれからなんだ、ノイズを操る
恐い。
――他の誰かが傷つくのが恐かった。それが自分のせいなのだと思えばなおのこと恐ろしく身体が震えてしまいそうだった。
自分が傷つくのはどうでもよかった。痛いのだっていくらでも我慢できた。目指すものがあったから、支えてくれるものがあったから。
でも、それらさえも自分のせいで壊してしまう――――あのライブの時だってそうだ。
楽しませようとし、悲劇をうみだした。
守ろうとし、守られた。
自分を犠牲としてでもなそうとし、逆に犠牲を強いてしまった。
いや、ライブの時だけじゃない、葵が「ネフシュタンの鎧」の奴に襲われたあの夜だって……。
結局、あたしに何ができただろうか?
あたしは、諦める理由が欲しかった。弱いあたしが逃げることが出来る理由が。
そう。あたしが安心したいがために、翼にこんなことを言ってしまってるんだ。……否定してほしくない肯定してほしいと勝手に思い、それが自分がこの胸の苦しみから救われるのだと思い……。
だから、もうこのまま――――
「
「っ」
あのライブで、ステージへ向かう時繋がれた手と同じ手が、隣に立つ翼に握られた。
「「ツヴァイウィング」は何も終わりなんかじゃない」
言葉に釣られ顔を向け、同じく顔をあたしの方へと向けてた翼と目が合った。
その表情はさっきと変わらず穏やかなものだった。夕日に照らされたその微笑みに目を奪われ、その迷いの感じられない眼にあたしの中の「何か」が揺さぶられた。息をするのを忘れるほどに――――
「私たちの歌う舞台は戦場だけじゃない。あのライブ会場にあるステージだって「ツヴァイウィング」の歌う舞台……そうでしょ、奏?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
けど、そのかけられた言葉で現実に引き戻らせられ、一度大きく息をしてから答えを返した。
あたしたちはふたりで一つ「ツヴァイウィング」。それは装者としてだけではなくアーティストとしてのあたし達の事でもある。翼はその後者を指して、まだやれるのだと言いたいんだろう……けど、それはあたしのただの未練だ。
「……ぁっ、確かに歌えはするだろうけど――いや、歌えるかどうかじゃない。翼は知ってるだろう? もう歌う理由が無いんだ、戦えなくなったあたしには……」
そうだ、あたしの「歌」の始まりは、あの「皆神山」での事件で家族を奪ったノイズへの復讐を誓ったあの時から始まったモノ……復讐のためのチカラを得るための手段だ。
だから、
「……ねぇ、奏。憶えてる? あのライブの日の事を」
「っ!!」
観客が、ノイズが、入り乱れる阿鼻叫喚の地獄絵図。
悲鳴・助けを求める声・断末魔、合わさる不協和音。
それらが消えていったのは、あたしが振るった槍のおかげか?
否、人が塵となって消えていっただけ。
一歩踏み出し、加勢に来てくれた葵。
あたしは呆けて吹き飛ばされ、いらない傷を負うあたし。
ひとり孤立しながらも奮闘する翼と、それを助けようと駆け出す葵。
あたしの背後で飛び散る、
笑みを浮かべたその口で、声に出せない声を紡ぎながら光と散る葵――――
――――目を瞑れば、その光景がありありと浮かんできやがる!!
葵の
まだ幼さの残る翼のそばにいることを
強くなろうとすることを
二課の仕事と復帰したアーティスト活動の両立を
新たな装者として現れた響を
その響の指導を
「憶えてるさ、忘れられるわけがない」
「ええ、私だってそう。叔父様や緒川さんが「対策を怠った大人側の責任だ」などフォローを入れてくれたとしても、あの時感じた自分の弱さと未熟さは――それが引き起こしてしまった事態は――今でも時に夢に見てしまうほど」
「なら、どうして――」
――そんな顔をしていられるんだ。
口から出かけた言葉は、飲み込んだ。疑問ではあった、けれどその答えを知っているような気がしたから。
そうだ、翼はあたしがそうあれと望んだように……出遭ったころの幼く脆い時と違い、あたしがいなくても一人で立てるような、しっかりと心に一本
「だからこそ私はあの夜、奏と葵の足を引っ張りたくなくてノイズを一手に引き受けた。
だからその隣には、あたしはもう必要無い。
それは戦場だろうと、ライブステージだろうと……
「
繋がれた手に込められたモノが、ギュッと強くなった。
自然と、あたしの視線が握られた手と手へ、そして、そこからまた腕を伝って翼の顔へと移る――けど、今度は視線が交わることは無かった。今日にて初めて曇った翼の表情……うつむく
「確かに、護れたものはあった。だけど、私は
なんだよ、その「せいかい」ってやつは?
翼が愚か者だっていうなら、今のあたしはなんだって言うんだ? それ以下か?
いや、なんであたしはそんな答えを求めてるんだ……っ。
執着を迷いを断ち斬りたいんじゃなかったのか。ダメなヤツだってわかってそれでいいんじゃないか。同情や情けで、居座りたいだなんて思っちゃいない……足を引っ張って、惨めに縋りつくなんて…………
「ねぇ奏、憶えてる? あのライブの惨劇
あぁ、
なんでまた、そんな顔が出来るんだ。
憶えてるさ、あの良くも悪くも落ち着かない感覚。けど、それがなんだっていうんだ。
「ライブ開演前に、葵が来るって意識した私がガッチガチに緊張してしまったあの時……奏が言ってくれた言葉――――」
――――熱狂する観客の中で全部忘れて馬鹿みたいに声をはりあげたくなる、そんな楽しいライブを見せつけてやろうな? それこそあの葵が「一緒に歌いたい!」って思えるくらいにさ――――
「――――
「ねぇ、奏。ノイズへの復讐――今の
――――お前は何故躍るんだ?
「――――っ」
ここにいないはずの人――葵の声が、聞こえてきた。
どこかにいる? 違う。
通信機や携帯越しに? 違う。
そうだ……あの時の、葵の言葉。
解らなかった。気にも留めてなかった。通り抜けてしまっていた。
それが今、あたしに届いた……あたしの中でズッシリと音を立てるかのようにして。
あの時の葵は、あたしを見て何を思ったんだろう。
――――なんだその目はっ!?
――――そんな捨てられた飼い犬のような目をしているから、キリュウに敗北したんだ!!
あたしはあの時、どんな目をしていただろうか?
――――キサマがどうすべきか教えてやると言ってるんだ!
いきなり殴りつけてきた葵が、本当に伝えたい
――――ワクワクを思い出すんだ
あの時、葵が伝えようとしていたものは……
――――ねぇ奏、憶えてる? あのライブの惨劇ではなくて、ライブの前の事。ドキドキとワクワクが混ざった、あの高揚感が煮詰まっていく時間を
翼が思い出させてくれた、あの時のあたしの言葉は……
――――熱狂する観客の中で全部忘れて馬鹿みたいに声をはりあげたくなる、そんな楽しいライブを見せつけてやろうな? それこそあの葵が「一緒に歌いたい!」って思えるくらいにさ
ライブの時、あたしの内にあった想いは…………!!
******
憎きノイズ共を一匹残らずぶっ潰したい。そのチカラを得るため己の身を命を削り、血反吐を吐いた。そして得たチカラでノイズを倒すために歌を歌いだした……それらは紛れも無い事実。
でも――――
けど、今のあたしにはこの身体がこの歌がそれだけのためのモノじゃなくなってた。
最初に気付いたのは命張って民間人の避難指示とノイズの誘導をしていた「特異災害対策機動部一課」の人達に感謝されたときだっけ? けど、一度気付ければ、思い返してみればそれ以前にいくらでも気付けるはずの
その
あたしの歌で、誰かの日常を護り、誰かを勇気づけ、誰かを幸せにしてみせる。
きっとそれが――――先に逝った
******
「……はははっ」
「奏?」
「なんだよ、なんなんだよぉ……」
答えはとっくの昔に見つけていたんだ、あたしは。
装者だからこそ出来ることがあっても、装者じゃないと出来ないことだけじゃないことも――わかってるはずだったんだ。
苦しいから、辛いからとイヤなことから目を逸らした……その中に胸の内にあった答えも自分で隠してしまっていたのか。
――――お前は目をそらさずにちゃんと向き合って話さなければいけないんだ。まずは、葵君とだ。手始めにあの時言われたこと思い出すところから始めて見るといい……葵君は、おそらく奏が思っているほど自分の意思とは関係のないことを言ってるわけではなさそうだった。故に、ちゃんと向き合いさえすればそこに答えは出てくる。
弦十郎の旦那が言ってたことが、嫌と言うほどよくわかった。
ただ……答えは、旦那が後回しにしておくべきと言ってた「自分自身」の中にあったんだけどさ。いや、葵たちのことと向き合ったからこそ気づけたから、まちがいじゃあなかったのかも。
でも……ああ、そうか……
「……馬鹿だな、あたし」
得ていた答えの通りに出来ていたなんて言えない。あのライブでの惨劇で成せなかったからこそ、あたしは自分で自分の答えを握りつぶしてしまってたんだから。
「誰かの日常を護り、誰かを勇気づけ、誰かを幸せにしてみせる」それが、何一つ成せなかった……そんな弱く不甲斐ない自分を隠した。
どことなく自負に駆られているように見えた翼に、大変な目にあい精神的に不安定な葵に、襲撃や聖遺物の強奪の後処理に追われる二課の皆に……そして、あたしのせいで本来の日常を失ってしまいこっちに足を踏み入れざるを得なくなってしまった響に、不安を心配をさせないためにと、強い
翼も、葵も、響も……誰も彼も、あたしが勝手に思ってたほど弱くないってのに。独りよがりにもほどがあるだろ、我ながらさ……。
頬に伝うモノと繋いだ手の感覚を確かに感じながら、滲む夕焼けの街を、あたしはひとしきり……眺めた。
「……いいのかな。戦えないあたしがあそこにいても……」
「ええ。それに、今の奏の目を見たら、きっとそう遠くないうちに……また歌えるわ。もっとも、そこからまた何処へ進むかは奏次第だけど」
「そう、か……」
翼の言う「歌う」という意味は、いわずもがなそういうことだろう。
あたしにはとてもじゃないけど、
けど、纏えなくてもいいと思えるようになったけど……それでも「翼が言うなら、きっとそうなんだろう」とか思ってしまってる自分がいた。
……というか、ココでそう言ったってことは、なんだかんだで翼が「装者としてもまた隣にいてほしい」って本音がどこかに思ってるんじゃないか? ……カッコ悪いけど、少しだけ嬉しく思ってしまってた。
「なにより、あの子たちは待っているわ、奏のことを」
「……自分で言うのもアレだけどさ? とんでもないぞ、今のあたしは。装者じゃなくなったとかそれ以前に絶対嫌われてるだろ、葵や響に……」
弱くなった
不格好だろうと他人のためにと戦おうとした響を自らの手で傷付けた。葵を否定し、一生懸命の言葉は聞き入れずに一方的に怒鳴り散らした。
翼からの答えは……一層輝かしい微笑みだった。
「装者としての奏でも、アーティストとしての奏でもない……あなたを
翼に手を引かれ、あたしは歩き出す――――
―――――――――
用意周到に準備されてたヘルメットを被らされ、翼の後ろにくっついて乗ったバイク。
風を切って向かった先は――――翼の生活してる借家。つまりは、今翼と一緒に生活している葵がいるであろう場所だ。……いくつかの窓からは、中からの光が漏れ出している。
もう日も落ちてきた時間だし、リディアン音楽院の学生寮にいる響に会うのは難しい。さらに本部は葵や響がいない時を見計らって行ってるから優先順位は低い。
だからこその、翼の
翼と並んで立つあたしは、玄関前で大きく深呼吸をして……んん。
っていうか――
「どんな顔して会えばいいんだ……?」
「そうね……思った通り、感じたままでいいんじゃないかしら?」
「いやいやッ!? それはそれで、あたしがまたワーワー言って喧嘩っつーかその……なんかなっちまうかもしれないだろ!?」
「奏なら大丈夫だと思うけど……? それに、人をいきなり殴ったりしたことは一度奏からちゃんと叱っておかないと、葵のためにならないわ」
「色々と思うところはあるけど、それはそれで別問題! また後で!!」
叱る? いや、それよりもまずあたしから謝るべきことが色々あるだろ?
本当、何から話を切り出せば……第一、葵はあたしとちゃんと話をしてくれるのか……?
と、あたしの耳に「ガチャ」っという玄関戸の開く音が入ってきた。
「ちょ、翼、待って! まだ、心の準備が……!?」
止めようとして……固まった。
翼は未だに、あたしの隣に立ったままで一歩も動かず、戸のノブに手をかけてなど――触れてなどいない。
つまり、戸を開けたのはあたしでも翼でもない第三者。
他でもない、あたしたちがいる外ではなく、内側にいた人物――――葵。
いつかあたしがプレゼントして着せてあげたエプロンを身に付けた葵が、開いた戸の向こう側にいた。
「あお…………っ!」
あたしが何か言い出すよりも先に、葵に手を握られた。
続いて反対の手で、隣の翼の手も握る葵。
そしてそのまま、家の中へと引っ張る葵。
「って、ちょ、待てよ!?」
「ふふっ……」
「いや、なんで翼は笑ってるのさ!?」
慌てるあたしを他所に、葵は引っ張り続ける。
バタバタになりつつなんとか玄関で靴を脱ぎ散らかして上がり、そのまま話も出来ぬまま引っ張られて…………
「……って、ここって洗面台?」
連れて行かれた先は、風呂場横の洗面台。
いったいどういう……って、葵がいなくなった!?
「まあ、そうね。こんな時間だし、先に、ね」
って、なんか呟きながら翼が手を洗い出して――
「ほら、奏も。家に帰ってからの手洗いうがいはちゃんとしないと。葵も台所で改めて手を洗ってるはずだし……」
「え、えぇ?」
よ、よくわかんないけど、言われるがままに手を洗ってそのまま翼の後をついて行き……行き着いた先は、ダイニングルーム。
並べられたイスとテーブル。その大きなテーブルに途中まで並べられているのは、
……え? 3人分?
「なぁ、翼? いつの間にあたしが来るって連絡したんだ?」
「してないわよ? あそこで会った後、そんなことしてるところ見た?」
そう言われればそうだよな。連絡してりゃそこをあたしが見えるはずだし。
じゃあ、あたしを連れてこれるって確信してて……? それとも、緒川さんあたりがこっそり見てて……?
「ずっとよ」
「は?」
「いつ帰ってきてもいいように、って。朝も晩も、葵は家にいる時はいつも奏の分も用意してたわ」
「……ホントか?」
「ええ。特に夜なんて二人で食べた後に、寝てしまうまでずっとこの部屋にいたわ」
……つまり、葵はあたしの帰りを待っていたのか?
脳裏に浮かんだのは、作っても誰にも食べられずにテーブルに残った食事。それを見ながらも、自分のイスに座り続け……しだいにそこで船をこぎ始める葵の姿だった。
いや、いつ帰ってくるなんて確証は無いんだし、そんなことしてても……でも、そうしてでも待っていたかったってことなのか? あたしを?
「……その食事ってどうしてたんだ?」
「捨てるわけにも、私がふたり分食べるわけにもいかなかったから……葵が出掛けたり、寝てしまった後に緒川さんを呼んで食べて貰ったわ……ついでに、食器の方の片付けも」
最後にポソリと言った事は別の意味で気になるけど……それは、また後で翼に色々聞くことにしよう。
と、トタトタと足音が近づいてきた。
現れたのは湯気の立つ料理を3人分、大きなお盆に乗せて運ぶ葵だ。アレは……確か「ビーフストロガノフ」とかいう料理だっけ? いつか出たテレビ番組で見た気がする。
それを持ってくる葵の表情は、あたしがよく知るイイ笑顔だった。
あたしは必死に悩んでたってのに、まるでそんなことを感じさせないような葵に少しモヤモヤしつつ……気づけば、あたしは笑ってしまってた。
「……たっく、仕方ないなぁ本当に」
「……?」
「っと、こうでいいか?」
首をかしげる葵から料理を取り上げ、あたしが配膳して聞いてみる。
どの皿が誰のと言うわけでもなかったようで、「大丈夫」と言う風に頷いてきた。
そうしてから、改めて葵に向きなおった。
「謝ったり、叱ったり、色々言わなきゃなんない事……話したい事があるんだ。あたしは葵の言いたいことをすぐには分かってやれないから、きっと葵に苦労させるだろうし嫌な思いだってさせてしまうと思う。……でも、付き合ってくれるか」
「『だって当然だろ? デュエリストなら』」
頷きと共に返ってきた葵の言葉を、なんとかわかってやれないか考えつつも、あたしはあたしの素直な気持ちをぶつけることにした。
「でも、今はまず葵が作ってくれたものを久々に食べたいんだけど……いいか?」
言いながら、自分で照れくさくなって笑ってしまいつつも言い切った言葉。
葵は勢い良く何度もブンブン頷き、真っ先に自分の席についた。
その様子を笑う翼やあたしもそれに倣って、いつもの自分の席に座った。
そして、手を合わせて……
「「いただきます」」
「おかえり」
……ばっか。いただきますじゃなくて、なんでこのタイミングで……
「ああ……ただいま」
・
・
・
結論
答えはすでにあった。けど、間が悪かったり、まだ未熟な部分があったりでこじらせて話が厄介になってた。
尤も、残りの原因の半分くらいは他でもない、色々勝手にやらかしたり意☆味☆不☆明なこと言ったり殴りかかったりした
……絶対許さねぇぞ! ドン・サウザンドぉッ!!(いつもの)
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覚悟しろよ!この虫野郎!!
ツイッターのほうで宣言してた時間よりもさらに遅くなってしまい、大変申し訳ありません!
最近追加された「歌詞使用」に関する事に四苦八苦していたら、気づけば余計時間がかかってしまってました! 使えるのはいいけど、慣れるのはまだ先っぽいです。
ありがとう、ユミ……!
キミが教えてくれた「ビーフストロガノフ」はカナデが泣いて喜んでくれたぞ!!
「仲直りもとにかく笑顔になってから! 美味しい料理は食べた人を笑顔にする!」って言われて「まず食べて貰えるかが問題なんだよなー」なんて思って不安になりながらもやったかいがあったよ!! ユミには今度なんかお礼しなきゃな。
にしても、カナデったら「ビーフストロガノフ」を気に入ってくれたみたい。これからは週1くらいのペースで作ってあげようかな? 今回みたいに初めてだったり、時々だからいいんだろう。月2くらい……気の向いた時くらいが良い塩梅かな?
ただ、気になる事がある。
何故か晩ゴハンを食べはじめるタイミングでカナデに「ただいま」って言われたことなんだけど……アレは、なんだったんだろう? 変だったのはカナデだけじゃなくツバサもだったな。なんかすっごい驚いた後にポロポロと涙を溢れさせながら
……いや、ワタシは
あれはきっと、ワタシが「いただきます」と言おうとして「おかえり」的なセリフを引いてしまったんだろう。我ながら《名推理》*1である。
だがしかし、あったっけ? そんなメイ言やメイシーン……あるにはあるな、思い当たるのが。
まぁそうじゃなかったとしても、遊戯王にそんなセリフはいくらでもある。表遊戯あたりがどっかで普通に言ってた気がするし、特別変でもない至って普通の言葉だもの。
ただ、当時の事をワタシがよく憶えてないっていうか、一連の流れは憶えてるし何か言った気もするんだけど、カナデやツバサの反応が引っかかるまで自分が何を言ったのか全然気にも留めてなかったからなぁ? 本当に「おかえり」的なことを言ったんだろうか?
現実逃避はここまでにしよう.
いやまぁ、ワタシの発言のこともちゃんと考えとくべきだとは思うよ?
でもさ、それ以上に……今のワタシの置かれている状況がマズいんだ。
「「「「「…………。」」」」」
場所は、カナデとツバサが普段から使ってる
というのも、またカナデとツバサと3人で暮らすようになってからすぐに、近々あるとある音楽フェスに「ツヴァイウィング」が参加することが急遽決定したのだ。
あのクリボー(仮)ちゃんとの戦いで負傷したふたりは、表向きには「過労による体調不良」だとか「リハーサル中の怪我」などといった理由で休養になっていた。その後の復帰ライブとして、関係者に多少の無理を言いながらもフェスに参加することになったのだとか……詳しいことはよく知らない。あとは……その会場が、2年前にライブをしたあの会場だってことくらいかな。
まぁ、そんなこんなで最近のカナデとツバサは、本番に向けて急いで練習や打ち合わせで忙しくしてるってわけだ。で、今日のワタシはレッスンの見学というか応援に付いてきた。
――だというのに、何故かその真ん中あたりに立つワタシと、それを見つめる5人+α。
――――この状況で、今からひとりで
……一応、ワタシの周りにいる
まず、レッスン用の服装になっているカナデとツバサ。言わずと知れた、今現在の日本の中でも有数のアーティスト「ツヴァイウィング」のふたりである。
続いて、いつものスーツ姿に眼鏡をかけているシンジさん。「ツヴァイウィング」のマネージャーであり
そして、いつものことだが赤系統の暖色ワイシャツが妙に馴染んでるゲンジュウロウさん。
オマケに、ある意味ではワタシとは一番付き合いの長いリョーコさん
「+α」は、カナデとツバサの指導のためのトレーナーさん等々「ツヴァイウィング」の裏方数人だ。カナデたち装者と関わる立場なのだから、十中八九、
……と、まあ、そんなメンツの前でアカペラで歌えと言うのだ。もちろん「話を要約すると」だが。実際はもっとなんか話してたんだがよくわからなかったから半分聞き流した。
難しい話はよっぽど理由が無いなら
アカペラってのもそうだけど、プロやら何やらの前で歌うって……下手に知っている人が多いこともこの妙な緊張感や気恥ずかしさに繋がってる気がする。
例外的な存在である
……というか、だ。
思った通りの言葉が口から出てこないワタシに何をどう歌えと言うんだろうか? ワタシがちゃんと喋れないことは、カナデたちもいわずもがな他の人たちもわかってるよね?
そのあたりの理解が怪しいラインはトレーナーさんたち。この状況なら、あの人たち的には「そんなことより、早くツヴァイウィングのライブのためのレッスンしない?」って感じになってるはず……なんだけど、なんで真剣な顔してワタシを見てるんですかねぇ? 何がどうしてそうなった?
そんな見ず知らずの人たちの視線に「どういうこと?」とついつい首をかしげてしまった
おそらくは、そのワタシの仕草を
「……もう一度聞くが、本当に葵君は歌っていたのか?」
半信半疑といった様子で問うゲンジュウロウさん。
うん、何の話か知らないけど、気になるよね? わたしも気になる……だってワタシ、
「はい。先日負傷し、入院して寝ていた際に、枕元で泣き顔の葵が歌う夢を見ました」
頷き、自信満々な様子で答えたのはツバサ――――
って、夢じゃないか!?
「あたしは夢かどうかわかんないけど、3人で川の字になって寝てた夜中に寝付けなくって、その時起こしちゃった葵があたしの頭とか撫でながら歌ってくれたんだ」
あー……それはなんとなくワタシの記憶にもあるから夢じゃないね。
確か、
言葉ではマトモに励ませそうもないワタシは、行動で示そうと思って、抱き締め頭をなでつつ背中をトントンしてあげて……
「そもそもこの話、翼があたしの知らないうちに一皮むけた気がしたから、なんでだろー?って思ってそのことについて聞いたら、その夢の話を疑問に思って緒川さんに話してソコから自分を見つめ直せた……って聞いて、「そう言えばあたしも葵の歌聞いたことあるわ」って思い出したのが始まりだったんだ」
カナデの話の最中に名前が出てきたシンジさんに、自然と視線が集まった。
「ええ、その夢については聞いてます。ですが、あくまで夢の話、翼さんの記憶や深層心理から構成された
「いえ、その認識で間違い無いかと。あの時の葵が傷ひとつない状態だったこと。私のいた医療施設ではなく本部の医務室に葵はいたこと。幽体離脱したかのような視点等……現実では考え難い状況でしたので。ですが、奏と互いに体験した際の事を話しているうちに、
「つまりは同一の歌だった……と」
「そうも一致すればあたしのが現実じゃなくて夢だったとしても、なんかあるだろーなーって思って。あたしの勘もなんかビンビンきてるしさ」
……色々と初耳なんだけど?
っていうか、まずは家で3人だけの時にでも理由を説明して「歌ってみて」って言ってくれない? それならまだ心に余裕は出来るだろうし、気恥ずかしさはあってもふたりだけ相手なら全然いけると思うからさぁ……。
「話の流れは大体わかったけど、わざわざこういった場所でやる必要は無いんじゃないかしら?……第一、ふたりが聞いたそれが夢だった可能性もあるわけだし?」
「いや~、すっごく良い声だったから、家や本部とかじゃなくって少しでも良い環境で聞きたいなーって」
「それは、まあ……その、葵にアーティスト活動に興味を持ってほしいという下心もあっての事なんですが……」
呆れ気味のリョーコさんの言葉に、口を大きく開けて笑いながら答えるカナデと、少し顔を赤くしてどこか恥ずかしそうに言うツバサ……うん、カワイイ。
そして、わかったぞ。トレーナーさんとか裏方の人たちのあの爛々とした目は、奏たちのせいだったんだな。
きっとふたりは、今言ったようなことを前にも話したんだろう。……となれば「あの「ツヴァイウィング」がベタ褒めする歌声ってどんなものだろう」って興味を抱いちゃったんじゃないか? もちろん、みんながみんな本気では無くて野次馬根性な人もいるだろうけど……あとは、職業病じゃないけど、関わっている以上
「それで、実際のところどういう歌だったんだ?」
と、ここでゲンジュウロウさんが当然の疑問をカナデたちになげかけた。
それはワタシも知りたいな。
本当にワタシが歌ったかどうかはわからない。だが、そもそも知らない歌だったらふたりが聞いたのは
「あたしらも初めて聞く歌だったよ。葵のオリジナルか……もしくは葵の生まれ故郷かに伝わる歌だったんじゃないか?」
「歌い出しは確か……「りんごは浮かんだ――」と。」
ん? その歌詞……ああっ、
ワタシが前いた施設で、よく聞いてたから憶えてる。
一緒にいることの多かった姉妹が歌ってた歌で、そう長い
「りんごは 浮かんだ お空に――」
正に咲くような笑顔が特徴的なよく笑う……でもそれ以上によく泣いてワタシに抱きついてきた妹。
「りんごは 落っこちた 地べたに――」
妹やワタシのことを常に気遣いつつも涙こそ流さないものの、唇をキュッと締めて我慢してるの丸わかりな……時々決壊して泣いてしまってた姉。
「星が生まれて 歌が生まれて――」
泣き虫な姉妹だった。
……いや、あそこの子たちはよく泣いてたから、特別泣き虫とかそう言うわけじゃなくて歳相応か環境の問題だったのかも?
「ルルアメルは 笑った
歳といえば……あの
「星がキスして 歌が眠って――」
あのころの詳しい年齢を記憶できていないし、あれが何年前だったのか正確には憶えてないんだけど……今やっと
「かえるとこはどこでしょう…? かえるとこはどこでしょう…?――」
とにかく、あの
「りんごは 落っこちた 地べたに――」
時に、姉が泣く妹をあやしワタシを抱きしめて――
時に、妹が暇を持て余して口ずさみ――
時に、大した理由も無く一緒に――
「りんごは 浮かんだ お空に――」
――歌った
……って、あれ?
何故?
そんな疑問もそこそこに、歌が途切れたことでワタシのまわりが一気ににぎやかになった。
まず、拍手。
そして、それに紛れてチラホラと声が聞こえてきた。
「ほうっ、これはなんとも……不思議と心の落ち着く歌だったな」
「歌詞については疑問が残りますが、おふたりが推していたのも納得の歌声ですね」
そんなことを言ってるのは、ゲンジュウロウさんとシンジさん。拍手をしながら優しい笑みを受けべて
同調するようにトレーナーさんたちもちらほら頷くなどといった反応を示している。
「施された呪いが例の聖遺物の影響で過重負荷となり深まったのが時間経過で緩和された……? いや、「歌」だったからか? それとも……」
ゲンジュウロウさんたちから少し離れた
……もちろん、言ってることはワタシにはよくわかんないことである。
そんな周りの様子を観察してたワタシにドンッと衝撃が。
痛い……とかは特に無く、むしろやーらかい。でもって、ギューッときた。
「凄いぞ葵~! カワイイしキレイだし、声の方もさぁ……! このっよーく頑張ったぞーうりうりーっ!」
「ええ、私が夢で聞いたものより、より一層良い歌声だったわ」
いつの間にかワタシに抱きついているカナデと、ゆっくりと歩き近づいてきてすぐそばまで来たツバサ。
最初の衝撃は、駆け寄ってきたカナデが半ば跳び付くように抱きついてきた結果だったんろう。ちょっと驚きはしたが……ニッコニコなカナデが、微笑んでるツバサが楽しそうでなによりである。
けど、抱きついたままグリグリする頬擦りはもう少し手加減してくれないかな、カナデ? 痛いとか苦しいとか酔いそうとか、そんなわけじゃないんだけどとにかく対応に困る。
逆にツバサは、そんな微妙に離れた位置からチラチラ見てないで抱きついてきてもいいんだよ? それとも、もしかして頬擦りされたい側? ……あっ、頬擦りのせいで微妙に揺れてる頭を遠慮気味に撫でてきた。
と、不意にカナデが頬擦りをピタリと止めた。
「どうしたんだろう?」と目を向けてみれば――目をキラキラと輝かせテンションが高まってそうなカナデが、ワタシを真っ直ぐに見つめてきてた。いったいどうした――――
「なぁなぁ! 葵もあたしたちみたいにステージに立って歌ってみないか?」
「奏っ!? 気持ちはわかるけど、いくらなんでも急すぎるわ」
「それはそうだけどさぁー……ああっ! もちろん、すぐに今回のライブでってわけじゃなくていいからさ! なっ?」
いや、時期とか関係無しにちょっと無理があるかな……。
現状でギリギリ羞恥よりも歓喜が勝っている程度。これで観客数が増えて、ヒラヒラしたカワイイ衣装着てとなると、間違い無く羞恥が勝ってワタシが茹で上がったかのように真っ赤になってしまうだろう。
それに――
「『覚悟しろよ! この虫野郎!!』」*2
コレだからなぁ。
「ふーん? この様子だと、やっぱり言語能力が完全に治ったというよりは「歌は歌える」程度みたいねぇ? 原因はわかんないけど……」
いつの間にか復活していつも通りになっていたリョーコさんは、最後に「
それを聞いてか、カナデはガックリと肩を落としてしまった。
「え~……」
「まぁ、この状態でステージに立たせたりするのは、いろんな意味で危険だな」
ゲンジュウロウさんが言った様な――他の人も想像しているだろう様な事態になるだろうね、きっと。
ワタシが喋れば、十中八九「放送事故」とかそういう類の事件になってしまうだろう。意味不明ならまだいいが下手すれば炎上待った無しだよ……。
にしても、気になる。
「何が?」って……今の歌、歌声――――
思い出してた姉妹の声に寄せてしまってた声だったのか、それともそのまんま《
誰しも知っている話だけど、自分に聞こえている声と実際他人に聞こえてる声って違う。だから、現状では実際どんな声だったかはワタシには判断しかねるのだ。
……
いや、でも歌えるってことがわかったのは大きい。
また歌ってみればいいだけだ。
「葵」
ん? どうかしたのツバサ?
「他の歌は歌えたりはしない? その……例えばだけど、私たちの歌とか、ね?」
……え? つまりはアンコール?
ど、どうしよう……?
アーティスト本人の前で歌うとか、それってハードルがかなりはね上がってる気がするんですが……しかも、やっぱりアカペラなんですよね?
あー……うー……っ。い、家じゃダメ? やっぱり、例えその歌の
あっ、でも、なんか今、口が動きそうになってる――――?
―――――――――
悲報……いや、
もしかしたら、歌う歌すらランダムかもしれない件について。
「ツヴァイウィング」の曲歌おうとしてたはずなのに、何故か「遊戯王ZEXAL」のED「僕クエスト」*3を歌い出してた。
いや、まだそれはいい……よくないけど、いい。
これ、そんな歌じゃないよね? ねぇッ!?
祝! 使える遊戯王ネタが増えたよ!
ついでに謎もいっぱい増えた!!
そのうち、ツイッターの方でアンケートとかやる予定です。内容は……今回の最後のでわかるかもしれませんが、歌関係です。
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2-10
投票期間を設けました。10月25日00:00までの予定です。
大変長らくお待たせしました!!
「コード検索で「ガングニール」じゃでねぇぞコラァ!?」と奮闘(?)してました。
……でも今冷静に考えてたら、「実は途中まで「グングニール」で検索しちゃってた?」と凡ミスしてた気も……?
そそそ、そんな、未だに「ガングニール」を「グングニール」だと勘違いし続けているイヴちゃんじゃないんだから!?
そして!
予告していた通り!アンケートをハーメルンとTwitterでやります!!
ハーメルンでのアンケート内容は「立花響に合う遊戯王OP・ED」!
「僕だ!」の中で既に決まっている曲もありますが、それとは別に選ばれた曲は響が聴く&歌うかも!? とにかく本編に登場し、場合によっては響の精神状況や成長に影響が!?
『ルールとマナーを守って、楽しくデュエル!』
ライブ会場のステージ裏。
並び立つのは、出番を待つ奏と私。
つい先程までそばにいてサポートをしてくれていた緒川さんも、既に他所へと行ってしまっている。
私たちの視界からはモニター越しに見える会場。そこでは、他のアーティストがステージ上に立ち、会場の観客を大いに沸かせている。
事実上の「ツヴァイウィング復帰ライブ」とはいえ、あくまでもそれはフェス全体の内の一部でしかない。だから当然、あそこで盛り上がっている観客達の中には葵もいるんだろう。あの熱狂した会場内にいるのかと思うと、もみくちゃになったりしてないか、会場の熱気にあてられていないか等々……少し心配な気も――
――……まさかとは思うけど、
何を好きになるかなどと、そ、それはまぁ、葵の自由よ? でも……ちょっと複雑な気持ちになってしまう。
そんな中、隣にいる奏がため息とも深呼吸とも判別のつかない大きな息を吐いた。
2年前のライブの時の前例もあって「まさか奏も葵の事で?」と思ったけれど、その表情からしてなんとなく葵関係ではない気がして、問うのを一旦止めた。
けれど、またすぐに私はその理由がなんとなく察することが出来た。今日の出来事を少し思い返してみればわかるだろうことだった。……そして、私の方から話をふった。
「海外進出のお誘い、ね」
「いや、まぁその手の話自体は前から結構きてたけどさ。とはいえ、あんな熱烈勧誘が来るとは思わなかったなぁ」
「まさか、ライブ前にプロデューサーが直々になんて誰も思わないわよ」
「だよなぁ……非常識とかそんな話のレベルじゃないじゃん」
最終リハーサルの準備前に私たちの前に現れた、メトロミュージックのプロデューサー、トニー・グレイザー氏。
これまで数度にわたり直接顔を合わせるのは――それも、面と向かって話しするのは――初めてだった。
海外の企業の中でも有数の、その中でも名のあるプロデューサーからのオファー。一度でも世界の舞台を夢見た者であれば……仮にそうでなくても、腕に自信があり自身がどこまでいけるかと上を見据える者であれば、オファーを受けない理由は無いだろう。
「お誘いを受けたからといって、そう簡単に頷けるものではないものね……」
――――が、そういうわけにもいかない場合も……ある。
「ノイズ発生の問題は、今回の
「えっ!?」
奏の言葉に一瞬耳を疑った。……けど、どうにも聞き間違いではない様子。
海外でアーティスト活動をするにあたって一番の障害となっているのは、ノイズである。立花響という新たな装者が加入しているとはいえ、無理がある……というより、彼女一人に全て任せてしまうということは、私にはどうにも容認できそうになかった。
しかし、もしもそのノイズの活動がおさまる時が来たとすれば……夢を追いかけてもいいのかもしれない。
もちろん実力的な問題もあるにはある。オファーがあったからと言って必ず成功するわけがない、そう生優しい世界ではないと十分に理解しているつもり。けれど、それでも奏と共になら……この「
だからこそ……許されるのであれば、いつの日か夢見た世界の舞台を目指してみたい。私はそう、思っている。
「で、でも……いいのかしら?」
「いいも何も無いだろ? つーか、あたしを引き止めたヤツがなーに言ってんだか」
私の問いに、不満そうに――かつ、ワザとらしく――頬を膨らませた後に、ニカリッと軽快に笑う奏。
その笑みにつられて、私も笑ってしまう。
「奏は相変わらずイジワルだ」
「そういう翼は……少しは泣き虫がなおったか?」
「かもしれないわね」
私たちは顔を合わせて、また笑った。
ひとしきり笑ったところに、ふと気づく。
他所から眼鏡をかけた緒川さんが静かに駆け寄ってきているのが見えた。
見れば、モニターの向こう側にいるアーティストのステージがクライマックスへと移って行っているのが見て取れた。っということは、ついに奏と私の出番が目前まで迫ってきたんだろう。
特に声を掛け合うことも無く、共に立ち上がり……自然と、また顔を見合わせ――頷き合う。
「いくぞ、翼」
「いこうっ、奏」
成長しているようで、足踏みを続けていた私たちが、本当の意味で再始動するその第一歩となるステージへと向けて――――
――――あの時と同じように、手を繋いで。
―――――――――
「……ねぇ、響」
「ん、どうかした未来?」
翼さん達も参加しているフェスの会場となっている
「どうしたっていうか……その、響もライブ観に行きたかったんじゃないかなーって思って」
「あ~それはまぁねぇ?「ツヴァイウィング」のいちファンとしては当然だよー」
足をパタつかせながら笑って言う響。
けど―――
「でも、
その表情はクルリと一転した。
どこか悲しくさびしそうな……けれど、その目には力強さが感じられる…そんな顔。
「ノイズによって失われる命だけじゃない。誰かの日常も……奏さん達と葵ちゃんの約束も、私が守りたいものだからね」
「響……」
そんな響に寄り添うべく、私は
……特訓は一緒にしたけど、私にはシンフォギアは無い。共に戦うことはできない……最近、それがとてももどかしく思えてきていた。
けど、何故だかその響の表情がまたコロッと一変した。
「そ・れ・に~♪」
「それに?」
「実は奏さん達とは今度カラオケに行く約束してるからね~。だったら、ライブだって我慢できる! やっぱりちょっと気になるけど……あっ、もちろん未来も一緒にだよっ!」
それって、つまり、日本屈指のアーティストであるツヴァイウィングとカラオケ!? あのそう広くは無い密室でツヴァイウィングの生歌を――――って、あれ?
「それ、初耳……いつそんな話をしてたの?」
「あれー? えーっと……そういえばあの時は晩ゴハン作るために、一足先に未来が帰ったちょうどその後だったんだ! 奏さんと翼さんが来たのは!」
「え? もしかして、その時
「違うよ? 奏さんから
「……それ、怒られたりしなかった?」
「んーん。ひとしきり笑った後に「ライブがおわってからな」ってOKしてくれたよ?」
私としては奏さんに関しては、色々事情はあったとしても響を攻撃したことに思うところはあるわけで……でも、ちゃんと謝ったらしい上に、当の響が気にしてる様子はもうないからこれ以上私がとやかく言うのは筋違いだよね?
でも、どう……なんだろう?
奏さんが響の特訓を手伝えなくなったっていうのは、話に聞いてた「奏さんがシンフォギアを纏えなくなった」からだよね。ノイズへの復讐のために必死になってきた奏さんからすれば、大問題。その延長線上にある「歌」に対してもあまり良い気はしないはず。そこを響がつつくようなマネをしたら……
……ううん、でも、それならアーティストとしての活動を再開して歌ったりはしない、かな? なら……私の気にし過ぎ?
それはそうと……
「「ツヴァイウィング」のふたりとカラオケって……当然規模はライブとは比べられないほど小さいけど、別の意味ですごいね」
「ファンなら喉から手が出るほど……ううん、それ以上に恐れ多過ぎるレベルだよ!!」
――そんなこと言ってるけど、ソレを頼んだのは他でもない響だよね?
そうツッコミを入れようとし――――
―――! ―――! ―――!
響の方から鳴り響く、幾度となく聞いた
当然、響はすぐさま反応して通信機を繋げ――私もその響の耳に、身体ごと自身の耳を寄せた。
「はい、響です!」
『ノイズが出現した! すまないが、至急出現地点まで急行してくれ!』
聞こえてきたのは、司令さんのいつもの力強い声。その特徴的な声は、通信越しでもよくわかるものだった。
その声が聞こえたとほぼ同時に、端末にノイズの出現地点の情報が来たのか立ち上がっり、方向転換をして駆け出す響。私もそれについて行く。
『すぐに、翼も向かわせる。それまでノイズの市街地への進行をなんとしても――』
「いいえっ、翼さんには伝えないで、そのままライブに専念させてあげてください! もちろん、葵ちゃんにも! 今回は
『…………!!』
そんな、司令さん顔負けのハキハキとした声に通信の向こう側の声が止まった。
……私は、周りに会話を聞いてしまっている人がいないか少しドキドキしてたけど、どうやら杞憂だったみたい。
「お願いします!!」
『……「幸い」と言っていいかは分からんが、現時点で観測されているノイズの出現数はそう多くは無い。人命第一……防衛限界のラインを想定し、ノイズが一体でもそこを越えた時点で翼も動かす』
「……! はいっ、やり遂げてみせます!!」
『だが、決して気を抜くな! 響君だけが出てきたとあれば、間違い無く君を狙って鎧の少女も現れ戦闘は避けられないだろう。むしろ、今回のノイズは
「望むところです!」
響の要望に応えながらも、予防線を引き、さらには忠告を付け加える司令さん――――の言葉に半ば喰い気味に返事をする響。
『無謀に思えるが……何故だか、一周回って頼もしく感じてしまってるな』
「葵ちゃんと未来との、特訓の成果の一端です!!」
そう……かな?
葵ちゃんとの特訓の結果、傍から見ても響が強くなったのは事実だ、私だって身体能力が上がっている実感はある。それに、何と表現したらいいのかいまいちわからない変な自信がついたのも確か……。
「じゃあ、いってくるね……未来」
「いってらっしゃい。私はみんなの避難のお手伝いをしてるから」
「う~、わたしとしては、未来には遠くに逃げといて欲しいんだけど……」
「言わせないよ? だって、響のと同じ「人助け」なんだもん」
「響の想い……ついでに葵ちゃんの分も一緒に、
「……うん!」
―――――――――
「こんなもんなんかに頼らなくても、あんたの言うことくらいやってやらぁッ!」
「『ソロモンの杖』を私に返してしまって、本当に良いのかしら」
半ば押し付けるようにフィーネに渡したのは、
「バビロニアの宝物庫」からノイズを呼び出し操る
「アイツらよりも、アタシの方が優秀だってとこ見せてやるッ!アタシ以外に力を持つ奴は全部この手でぶちのめしてくれるッ! ……
「……ふん。ならば、おびき寄せる分のノイズはこちらで出してやるとしようか」
――――せいぜい、失望させてくれるなよ。
そんなフィーネの声が、アタシの頭の中で反響した。
――――――
街はずれの屋敷でフィーネとした、そんなやりとり。
それが今朝の事。
……そう、
だけど、
「フィーネに認めてもらうこと」は、また別の話……。けど。聖遺物等のチカラの事を考えると目的達成をスムーズにするためには十分意味のあることだと――――
――でも、違うんだ。
『ネフシュタンの鎧』の浸食を退けるために電撃を受け続け、最後には気を失ったあの時……何も言わずに離れていくアタシが感じていた感情は、ひと昔前に感じてたものとは変わっていたのだと思い返せば返すほど自覚させられた。
アタシと
見捨てないで。
そんな目で見ないで。
認められたい。
そばにいて――いさせて――。
確かな
だから、だからっ、フィーネの求める
これは、アタシの目的を達成するための通り道に在るんだから、何も悪くない……はずだ。
だというのに――ッ!
なにより、フィーネから得た情報で「
けれど、その考えを嘲笑うかのように……
夕焼けで染められた世界……遠目でもわかる。飛び散り、舞う「黒」。
ノイズが生みだし、ノイズが成る「炭素」。
「解放全開! いっちゃえ ハートの全部で!――」
炭素の塵が散れども散れども聞こえてくる、アタシの大っ嫌いな歌。
「進むこと以外 答えなんて あるわけがないっ――」
その歌は……聞き覚えがあった。
「見つけたんだよ 心の帰る場所 Yes!――」
あの時だ。
融合症例以外にも、外部へと護送される完全聖遺物「デュランダル」も奪取しろと命じられた、あの時。
あの時の
奥底に怯えを潜ませた眼で、足を震わせながらも逃げに逃げ……追い詰められてようやく拳を握った、小動物染みた雑魚でしかなかった。
「届け! 全身全霊この想いよ――」
ヤツの歌で「デュランダル」が起動しなければ……
「響け! 胸の鼓動
「ノイズ共が、数分足らずで……全……滅…ッ!?」
事前の想定の範囲内ではある。
しかしそれは「
断じて
「やっぱりいた……! 久しぶりだねっ!」
――――アタシの思考をブッた切る、明るい声。
まるで、先程まで戦ってなどいなかったかのような、息切れも感じられない、あふれんばかりの馬鹿丸出しな笑顔。
その笑顔はアタシには気味悪いとさえ感じられた。
それ以上に……こんな奴が、あの逃げ回るだけの、口先ばかりで綺麗事言うだけの甘ちゃんがこの短時間で、ノイズを全滅させてここまで来たことに……!
それだけじゃねぇッ!! アタシが必死こいて大嫌いな歌を何べんも歌って完全聖遺物「ソロモンの杖」を起動させたっていうのに、逃げ回って歌っただけで「デュランダル」を起動させたことも……っ!
なにも! かも! 気に入らねぇッ!!
「テメェ! どんな小細工しやがった……答えろ、答えろよ、融合症例ぇッ!!」
「――ユーゴショーレイなんて名前じゃない!」
答えじゃない何かを大声で伝えようとしているとわかる、
いったい何を――――
「わたしは立花響15歳! 誕生日は9月の13日で血液型はO型! 身長はこの間の測定では157cm! 体重は……もう少し仲良くなったら教えてあげる! 趣味は人助けで好きなものはご飯&ご飯ッ! あと……彼氏いない歴は年齢と同じッ!!」
開いた口が、塞がらなかった。
そう、自己紹介。こいつ、いきなり戦場でなに言ってやがる……!?
気が狂った……じゃなきゃ、なんだって言うんだッ!?
「そして、デュエルの事もっとよく知りたいデュエリスト見習いやってます!!」
「でゅえる? でゅえりすと? なんだよそりゃぁ融合症例で装者じゃないのか!? くっそ! わけわかんないこと言いやがって! いったい何を――――」
「わたしもよく知らないッ!!」
…………は?
「はあああぁぁーーーーっ!? なっ、なめてんのかぁッ!?」
ヘソで茶沸かせるほどに、アタシのイライラは立ち上り……吹っ切れた。
頭に血が昇った。だから、フィーネに言われた「融合症例を捕縛し連れ帰る」という任務も忘れ――――その身に纏った「ネフシュタンの鎧」全身全霊のエネルギー弾の一撃をぶちかます。
逃げるヒマなんてあるわけがない!!
――――――!!!
響く轟音。
巻き起こる衝撃波。
立ち上る土煙。
「ハァ、ハァ……ちぃッ! アタシとしたことが、やり過ぎちまったかぁ?」
あの夜、ノイズに囚われた
フィーネが「
「――それはどうかな?」
「…………は?」
「ハァッ!!」
そんな掛け声と共にバッ!と霧散する土煙。
晴れた先にいるのは、拳を握り、その両手を腰あたりで構える……多少の汚れこそあれど、無傷といって差し支えないだろう
「まだだ! まだ、語り合おう! ぶつけ合おうっ、想いを! 私たちのデュエルでッ!!」
――――だから、デュエルってなんだよ!?
デュエルを知らないデュエリスト見習いの決闘者・立花響!!
「『どういう…ことだ…』」
次回! 決闘者無双!!
え? すでにっていうか、これまでもずっとそうだった?
※注意※
感想欄でのアンケート回答等の行為はハーメルンでは禁止されている行為です。ご注意下さい。
もしも、選択肢以外に「響にはこの歌がいいだろ!?」、「『どうしてDホイールと合体しないんだ…』」等の意見がありましたらハーメルンの感想欄ではなく、Twitterのほうにお願いします。
反応を返せるか、対応をどうするかは未定ですが、全てに目を通します。
Twitterのほうでは、各曲のリンク等を乗せられたらなーと思っています。
また、Twitterのほうでは、次回やるかもしれない「風鳴翼に合う曲」の候補募集! 出来れば理由などもいだたきたいのでハーメルン感想欄では削除の危険があるためあくまでTwitterでの募集ですのでご了承ください。
「かもしれない」というのは、Twitterである程度まとまっていた場合、そちらで決定するかもしれないからです。
※追記※
投票期間を設けました。10月25日00:00までの予定です。
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2-11
歌詞を載せられるようになったのはいいけれど、戦闘描写と心情描写と普段からのアレコレを織り交ぜつつ表現しようとすると混乱しますね、これは!
先日締め切ったハーメルン及びTwitterでのアンケートの回答、ご意見、ありがとうございました! 正直言っていろんな意味で驚きました。
その件については結果と共に、あとがきで書かせていただきます。
そして、先に謝っておきます。
「僕だ!」は決闘者なので本編中や感想欄、Twitterでの次回予告などで思いっきり実際とは異なることを言ったりしてブラフをはったりします。それはミスリードだったり、ぼかした回答だったり、するのですが……まあ、本当に色々とあるのです。
それは、数日前の事……
ひとり残って時間ギリギリまで自主特訓をして感覚を掴もうとし、そこに翼さんを連れて現れた奏さんが攻撃してしまったことやその他対応、シンフォギアを纏えなくなって訓練に付き合えなくなったこととか色々を謝られた時――――つまりは、さっき別れた未来に話した「奏さん達と一緒にカラオケ行く」って約束をしたあの時の一連の出来事でのことだ。
奏さん達と一通り話をし一段落したあたりで、日が落ちかけていることに気付き……「そろそろ帰る用意しないと、ゴハン作ってくれてる未来を待たせちゃうな」ってことで帰りの支度を始めたあたりだった。
「というか、極論、今のままで別にいいんじゃないか? あたしと響は違うんだし」
何気ない感じで奏さんがポロッとこぼした言葉。
わたしはつい、手に持ってたタオルを落してしまった。
「ええっ!? そ、そんなぁ……!」
「ちょっと、奏!? いくらなんでも――」
「いやっ、ふたりが考えてるような意味じゃないって! なんていうか、こう、大元の目的というか――「アームドギア」を出そうとしてた時の気持ちがまるで違うからさ」
止めを入れようとした翼さんにも「待った」をかけた奏さんが一旦咳払いをする。
首をかしげてしまいながらも、わたしは奏さんが続ける言葉に耳を傾ける。
「あたしは復讐のためにノイズを全部ぶっ倒したいから武器が欲しいってそんまま思ってて、「ガングニール」が元々槍だったこともあってそのまま「槍」として形になったわけで……でも、だからってそうじゃないといけないわけじゃないだろ? いっそ発想を逆転させてさ、もう武器としての「アームドギア」を想像しないで救助のための道具としてイメージしてみたらどうだ?」
……? えーっと……つまり、どういうこと?
アームドギアは武器だけど、武器じゃなくてもいいんじゃないかって……? だから、わたしにはそのままでもいいって言った? なんで? というか、そもそも武器以外のモノの形にアームドギアは成るのかな?
一緒に聞いていた翼さんもわたしほどじゃなくても困惑してるみたいで、おでこに右手を当てて大きなため息をついて首を振ってた。
「救助の道具って……発想はひとまず置いといても、出来る出来ないがわかるほどシンフォギア装者という例が少ないから何とも言えないというか……でもやっぱり斜め上過ぎる発想じゃないかしら?」
「そりゃあ、極端なこと言ってしまったかもしんないけど……とにかく、槍とか武器にこだわらなくてもいいんじゃないって言いたいわけだ。響がしたいって思ってる「人助け」に必要なのは――大事なのは、助けたいって思うその響の気持ちだろ? ある程度戦える程度になってるなら「アームドギア」のことで足踏みしてないで、
奏さんは、親指を立ててそれで自分の胸を指し示しながらそう言った。
……んん? なんだかデジャヴっていうのが? えっと、前の時は確か……そうそう、葵ちゃんが――――
「なーんて。今回謝った一件もそうだけど、自分の身体のことも度外視したり目的以外の事は
「それだぁっ!!」
「「!?」」
わたしの視線の先、跳び上がるのかってくらいにビクッ!と身体を
……あ、あれ? もしかして、もの凄く大きな声出しちゃってた?
って、そうだけどそうじゃなくって!!
「それですよっ、奏さん!!」
「お、おう? ……どれ?」
―――――――――
そう、
わたしが見失いかけてたモノを。
「ふっ……と! やぁ!」
横薙ぎに振るわれた鎧から伸びるトゲトゲのムチみたいなのを紙一重で避けつつ、トゲの無いところを掴んで「一本背負い」の要領でブン投げた。
――もっとも、持った場所が中途半端で悪かったのかトゲが手に刺さり、叩き付けたあたりで手からムチが離れてしまったんだけど。鎧の子はなんとか受け身を取れた様子。
「うぐ……! こんのッ!!」
わたしは「アームドギア」を……武器の形をとるそれをいろんな面で特別視し過ぎていた。
わたしには
だけど、人を傷つけるのはわたしの望む在り方じゃないから、
その奏さんや翼さんは、
いや、前からわかってることなんだ。「使う人次第」なんだってことくらいとっくに。
それは正しい考え方で……
「クソ、クソ、クソ、クソォッ!!
怒りの形相の鎧の子。その頭上でまるでプロペラみたいにグルングルンッと振り回されるムチ。
その形のまま、円盤状のエネルギーの塊ができて――コッチに向かって放たれた! それも、途中で4つほどに分裂してっ!!
わたしにとって「アームドギア」を持つ意味ってなんだろう?
戦う為に攻撃手段を増やすための武器?
心の内の不安を拭いとるための
助けを求める人達に戦えることを明確に示して安心させるための旗印?
違う、そうだけどそうじゃない。
「アームドギア」はそれらのための手段ではある。
その手段はあるに越したことはない、でも、わたしの目的のために必ずしも必要なのかと問われれば、そうとも言えない。わたしに必要なモノ……わたしに足りなかったモノ。
拳を握った顔の前あたりで
「とりゃぁああぁぁー!!」
――――一発目が直撃するその直前に、振り払うように解放する!!
「んなぁっ!? また、かき消した――いや、
わたしの眼前で形を保てなくなり、砕け、粉々に散るエネルギーの塊。
あんぐり口を開けて驚き足を止める鎧の子。その隙を逃さず、一気に懐に入り――アッパー! 着地して、そのまま
「…………ッ!?!?」
最後の回し蹴りこそ入り方が半端だったけど、それ以外はクリーンヒットと言える連撃。鎧の子もたまらず足が浮き、数メートル先へと吹っ飛んだ。
あの子がついさっき言ってたことは大体合ってる。そしてそれは――今のも、最初のデッカイ一撃をしのげたのも……葵ちゃんに教えられ、奏さんに気付かせてもらったモノ。
「見えるけど、見えないもの……」
「ッご……テメェ……いきなり何を言い出して――」
あの後、葵ちゃんから何故か手渡された「未来の作ってくれたおにぎり」。
そして、その後葵ちゃんが「デュエルとは、モンスターだけでは勝てない。
それらが繋がった。
「それは、
武器なんてものに意味は無い――――いや、あらゆるモノや行為に…全ての物事に意味なんて本来無いんだ。
でも、
「未来の作ってくれたおにぎり」に、わたしが他には無いモノを確かに感じたように!
ライブの会場での惨劇の時、翼さんの闘う姿に、守ってくれる奏さんの背中に、飛び入り参加した葵ちゃんに……胸の
女の子を抱えて逃げてて初めて「シンフォギア」を纏ったあの時、わたしの歌に恐怖による震えが吹き飛ぶアツイ熱がこもってたように!
そう、本当にわたしが求めていたモノは――――他でもないわたし自身の中に既にあったんだ!
「握った拳に込めたその意味も、願いを込めた歌もッ! 形が無くてもココに在る想いがわたしのっアームドギアだーーーーッ!!」
――見えるけど、見えないもの――
奏さんが「武器じゃなくてもいいんじゃないか?」って言って人助けに必要なものは別のモノだって思い出させてくれたのと同じように、本当に大事なのは――
「シンフォギア」を纏うよりずっと前から在った、わたしの中にあった「
この手をノイズを倒す拳にも、助けを求める人へと伸ばす手にも変え――恐怖に立ち向かえる勇気を湧かせ――見た人に生きることを諦めさせない背中にする――そんな確かな「チカラ」!!
「武器が無いことがアームドギアだって言いてぇのかよ……! そんな寝ぼけた甘ったれの考えで戦いやがって……お前、舐めてんのかッ! このアタシを――雪音クリスのことを!!」
ギリッっと睨みつけてくる鎧の子は、もうわたしのことから目を離しはしないだろう……それはむしろ好都合! わたしはあの子を知りたいし、あの子にわたしを知ってほしいから!
そして、わたしの耳は聞き逃さないっ!
「クリスちゃんって言うんだね! 改めて、よろしく!」
「よろしくねぇよ!?」
「くそっ」と吐き捨てるように言ってから「このままじゃ……」と何かを呟いているクリスちゃん。
この様子なら、まだ会話を続けてクリスちゃんの気持ちを、意識をもっとコッチに引き寄せて……!
「アーマー・パージッ!!」
「うわぁっ!?」
クリスちゃんが唐突に発した謎の言葉を引き金に発生する衝撃波とも言えそうなくらいの突風と、謎の光。
とっさに腕で顔周りを隠し、飛び散る細かな砂や小石から守って――
「Killter Ichaival tron」
――そんなわたしの耳に、歌が届いた。
「歌!? それも……もしかしてっ!?」
初めて聞くものだけど、不思議と既視感がある。
まるで、似たようなものをどこかで聞いたような……いや、そんなレベルじゃない。何時も聞いてるし、私も歌ってる……って、
「歌わせたな……アタシに歌を、歌わせたなッ!!」
「うそっ……
そう、段々と晴れてきた土煙の全体的に赤い色をした「シンフォギア」を纏ったクリスちゃんだった。
なんで……!? 確か、シンフォギアは、希少な「聖遺物のかけら」が必要な上に、一般には
つまりは、クリスちゃんがシンフォギア装者だっていうことは、いろんな意味で予想外というか有り得ないと考えられてたというか……想像さえされてなかった事だよね!?
けど――――
「教えといてやるよ……アタシは歌が大っ嫌いだ!」
「ええっ!? さっきのとっても良い声だったのに、勿体無い!!」
「うっせぇっ! 路上ライブじゃねぇんだ、拍手してんじゃねぇぞ!!」
――――そこに、わたしは希望が見えた。
「そんでもって、通りにはいかねぇぞ! 馬鹿猪!!」
「えっ、イノシシ!? どゆこと!?」
クリスちゃんの言ってることに反応してしまいながらも、わたしは
「疑問…? 愚問! 衝動インスパイア 六感フルで感じてみな――」
クリスちゃんがその両手に持ったのは、「銃」のような……昔使われていたっていう「クロスボウ」のようなアームドギアで――
「絶ッ! Understand? コンマ3秒も 背を向けたらDie――」
――そこから放たれた矢の形をしたエネルギー弾が、わたし目がけて高速で飛んできた!
その数は両手の指でも足りないくらいっ!?
「わっ、わわっ!? と、ちょっ、おっとと!」
避けても避けても、次々に放ってくるために減ること無く――むしろ増えてるんじゃないかってくらいの、わたしに飛んでくる矢たち。
「心情…? 炎上! 強情マトリクス 沸点ピークで くだけ散れ――」
クリスちゃんは、その場から狙う様に撃ってくることもあれば移動しながら撃ってもくるから、飛んでくる矢の軌道が入り乱れていて避けるのが一層難しくなってるっ!
「Motto×5 Break!! …Outsider――」
あぁ、そういえば熊と戦ったりはしたけど、遠距離戦の特訓とかは全くしてなかったっけ?
ノイズも遠距離攻撃っていうよりも、突っ込んでくるヤツが基本で……あっ!?
「うあァッ!?」
「ハァっ!
かすってしまった事に一瞬気を取られ、そこにわき腹に一発入ってしまい走ってた勢いのまま転がるように倒れてしまった。
けど、そのまま止まらずに、今度は転がった勢いですぐに跳び上がるように立ち上がり、また走り出す。
「傷ごとエグれば 忘れられるってコトだろ?――」
けど、時間を稼ぐことで、わたしのもくろみは少しずつだけど確かに進んでいる。
いつだったか了子さんが言っていた。「装者の歌う歌は、その装者の
「イイ子ちゃんな正義なんて 剥がしてやろうか?――」
あの夜、葵ちゃんが「『何度でも受け止めてやる! 全部吐き出せ、お前の悲しみを!』」って言葉にクリスちゃんは確かに反応した。きっと何か思うことがあった――クリスちゃんの中に吐き出せていない「悲しみ」があったに違いない。
なら、それを歌から解き明かして……!!
――が、今度こそ左足にその矢が当たってしまった。
「どんくせぇな! こんままだと目ぇ瞑っててもハチの巣に出来ちまうぜ!?」
クリスちゃんの言う通りだ。シンフォギアの防御性能のおかげで大きな傷にはなってない。けど、確かな痛みと少しの違和感がある。そう経たずに痛みは退く程度のダメージだけど……逆に言えば、それまでは今までのように逃げ回ろうとしたところで、避けきれない。
なら!
足の痛みを我慢してしっかりとその両足で立ち「
その腕を――あの「ドロー!」って言う謎の特訓の様に――振り抜く!
するとどうだろう!?
アームドギアになり損ねたエネルギーを用いて、相手の攻撃を
白っぽい鎧を纏ってたクリスちゃんの攻撃を防いでいたのもこの方法――なんだけど、今回は問題があった。
「ぅうっ!?」
また足に、そして同体にも数回の衝撃がはしった!
攻撃はある程度防御できるし、その気になって腕を振るえば大きなエネルギーの塊による一撃も――たとえそれが4つに分裂しても、威力にもよるけど対応できる。
……
クリスちゃんもそれに気付いたんだろう。
アームドギアが「クロスボウ」のような片手持ちのものから、
「HaHa!! さあ It's show time――」
これまで以上に苛烈で、断続的な銃弾の嵐。対応しようにもどうしても間に合わず、痛みに耐えて跳び退いても当然の様に銃弾の嵐はすぐに反応して追ってくる。
しのごうにもジリ貧。でも、あの大きさなら動きに制限が出るはずだし、銃身に長さがあるから接近戦で隙のできる
「火山のよう殺伐Rain さあ お前等の 全部×5――」
また、ガチャリガチャリと何かの機械が動くかのような音が聞こえてきた。
今度はクリスちゃんの手元のアームドギアじゃなくって、腰あたりの武装から長い箱のようなモノが左右に伸びて――って、あの箱に開いてる穴からのぞいてるのって小型だけどミサイルなんじゃ――!?
「否定してやる そう…否定してやる ぅーーーーッ!!」
バラ撒かれるように発射され、よりにも寄って一直線じゃなくて様々な軌道を描いて飛んでくる無数のミサイルは、わたしの真後ろ辺りを除いた多方面から微妙にズレたタイミングで飛んできて、防御は――逃げ――――
ぁ――――――っ!?
連鎖するように起こる爆発――――だけど、
爆発の直前、確かに見た。青い輝きを……囲まれかけながらもまだギリギリ距離があった時に、無数のミサイルに雨の様に降り注ぐ短刀を。
爆発で巻き起こった煙と土埃が晴れていくと見えてきたのは、輝きを放つ白と青で彩られた盾――
「っんなんだよっ、こんなところに壁が!?」
「否、剣だ!」
――ううん、剣の先端が地面に刺さっていた。
それは形を巨大に変えた「
「翼さん!?」
「お前は、あん時の……!」
ミサイルを撃墜し、爆風からその刀身でわたしを守った「
助かった……でも、ライブは――!?
巨大な剣を消し、わたしの隣へ降り立った翼さんにその疑問を投げかける。
「どうしてココに!?」
「当然でしょ? 防人である私が出動しない理由があるかしら?」
「でも……」
「安心して。私たちのステージは終わっているから」
あっ、そっか。「ツヴァイウィング」はあくまで今回のライブにいくつも参加しているアーティストの一組でしかない。もちろん準備や終わった後の事もあるだろうけど、実際に出演している時間はソロでのライブと比べそこまで長くは無い。
「なるほど」と納得し、でも同時にそんなに時間が経ってたのかと驚く。
「ペチャクチャ悠長に話してんじぁねぇぞ!!」
しびれをきらしたクリスちゃんが、再びミサイルを発射してきた!
でもっ!!
「はあぁぁ……! ドローッ!」
「シィッ!」
振るったわたしの腕が右手方面のその半分くらいを爆散させ、反対側から飛んできたものは翼さんがその斬撃で切り伏せるっ!!
「動けるかしら、立花?」
「はいっ! まだやれます!!」
視線を合わせることも無く、それぞれ拳と
「ハァ! 数が
そう言って再びアームドギアをかまえるクリスちゃん。
そんなクリスちゃんの頭上の空に飛び交ういくつもの影。いつの間にか現れてた、羽を生やした飛行型ノイズ。
そうか! 数の差なんてノイズの物量作戦、もしくは他の所に飛ばして分断させるってことも!?
空飛ぶノイズの一体が、羽を
「あぶないっ!!」
とっさの動きで引き起こされた身体の痛みなんて、知った事じゃなかった。
跳び出し、クリスちゃんへ一直線に向かって行く!!
「なっ……ッ!?」
いきなりの突進に驚いた様子のクリスちゃんがわたしに狙いを定めようとし――その動きが止まる。ちょうど、その顔に上空から降下してくるノイズの影がかかってソッチに目を奪われたから。
クリスちゃんの身体にわたしがぶつかり、ふたり揃って地面を転げた。
止まったところで目の前のクリスちゃんの身体に怪我が出来て無い事を確認し、すぐに立ち上がって視線を移す。
すると、さっきまでクリスちゃんがいたあたりの地面にノイズが突き刺さってた。やっぱり、あのノイズはクリスちゃんを狙って……!?
クリスちゃんは目を見開いて「なんで……?」って呟いてて――――このノイズたちのことを、クリスちゃんはわかってなかった……?
ノイズはクリスちゃんが操ってたんじゃ? なら今のはいったい……?
「今度こそと息をまきながら……命じたこともできないなんて」
「この、声は……」
聞こえてきた声に視線を動かすと、数メートル先にある電波塔かなにかの足場にいつの間にか誰かが立っていた。
黒い鍔広帽とサングラスを身に着けた長い金髪の女性の姿。その手には、あの夜、ノイズを操ってわたしを捕らえたクリスちゃんの手にもあった「杖のような何か」が……まさか、アレがノイズを操る聖遺物で、さっきのノイズはあの女の人が!?
「あなたはどこまで私を失望させるのかしら……?」
「フィーネっ!?」
フィーネ?
今、クリスちゃんがあの女の人の事をそう呼んだけど……もしかして、クリスちゃんの仲間? でも、だったらなんでノイズにクリスちゃんを襲わせたりしたんだろう?
立ち上がったクリスちゃんが、フィーネって人を見上げながら声を張り上げた。
「なんでこんなのを
あのフィーネって人が、クリスちゃんにわたしを攫って来るように言っていたって事に驚き……続いて、クリスちゃんの口から出てきた「戦争の火種」、「人は呪いから解放される」、「バラバラになった世界」といった言葉に頭がついていかなくなって呆然としてしまう。
「ふぅ……もうあなたに用は無いわ」
クリスちゃんの声には特に反応を返すことも無く、そう吐き捨てるように言って背中をむける
「なっ!? 待て、フィーネ! 待ってくれよッ……!!」
追いかけようとフィーネのいる方へと駆け出すクリスちゃん。その叫びにも似た声は、まるで迷子になった子供が親を探す泣き声の様に聞こえ……伸ばそうとした手を、わたしは止めてしまってた。
「クリスちゃん……!」
「立花っ! 気にかかるのはわかるけれど、周囲に散ろうとしてるノイズを放ってはおけないわ。手を貸して!!」
翼さんに言われて気付く。
空を飛んでいるノイズの数が増えていて、大半はコッチに狙いを定めているみたいだけど、残りの数体は旋回しながらちょっとずつ移動を始めているように見えた。
あのフィーネって人も、クリスちゃんのことも気になるけど、このノイズたちを放っておいたら大変なことになることは目に見えている。
わたしは伸ばしかけていた手を再び握り締めて拳をつくり、かまえる。
「……っ。はい!」
ノイズを全滅させた後、クリスちゃんも、あのフィーネって人も……何の手がかりもなく、追いかけるのは困難になっていた……。
原作よりも早く、別方向に成長を遂げてしまっている響。正しいかどうか? 『知らん、そんなことは俺の管轄外だ』。
そんな響がクリボーことクリスちゃんに状況一転され押されてしまった理由……熊の相手ばかりしてた。対策不足。
あとは、まだ明かされていないクリスのシンフォギアに使用されている聖遺物の名前……そして、何やってるの主人公。色々と語り足りないですね。
さて、「立花響に合う遊戯王OP・ED(本編で聴く&歌う!?)」アンケートの結果についてです。計589票ありがとうございました!
1位は「遊戯王GX」OP2である「99%」でした!!
……とは言っても今回の投票、パーセンテージを見ればわかる通り、上位3位は30%、29%、27%とかなりの接戦。特に百票を超えるあたりまではほんの1,2票差で追い越し追い越されを繰り返していて、最終結果も含めもの凄く驚かされました。
なので、2位3位の「絆」と「太陽」も優先度は低くなるものの本編中にて響に絡ませてしまおうと思います! 「鏡のデュアル・イズム」は歌詞の内容的にも歌っている人の片方で中の人ネタ的にももう少し伸びるかと思ってましたが、そんなことは無かった……。
そして、Twitterのほうで受け付けていたご意見も反映をしていきたいと思います。
Twitterでの「翼に合う遊戯王OP・ED(本編で聴く&歌う!?)」アンケートもご意見も含めありがとうございました!
呟いたように、響はイメージとガッチリはまる歌がすぐに思い浮かぶのですが、翼は中々結びつかなくて迷っていましたので、大変参考になりました。
次回あたりにまた新しいアンケートを行いたいと思っています。
内容は大体同じで対象キャラと選択肢が変わったものとなる予定です。
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驚くのは、まだ、早い!
遅れたのは誰だ!? ドン・サウザンドってヤツのせいか!? いいや「僕だ!」。
予告していた通り、アンケートを行います!
アンケート内容は「天羽奏に合う遊戯王OP・ED」!締め切りは11/2の00:00を予定。
「僕だ!」の中で既に決まっている曲もありますが、それとは別に選ばれた曲は奏が聴く&歌うかも!? 場合によっては、デュエットも……!?『デュエルをするんじゃないのか!?』
詳細は後書きの方で!!
『ルールとマナーを守って、楽しくデュエル!』
つい先日、「ツヴァイウィング」をはじめとしたアーティストたちのライブを観に会場に突入したのだが……うん、自分でわかる程度にテンションがおかしくなっている。
なんというか、こう、一回テンションが振り切って一周回ってしまってからそのままで戻ってない感じ。とは言っても、そんなハッチャケてしまっているわけじゃなく、あくまで身体の中心がいつも以上にポカポカしているっていうか……別に熱があるとか、風邪ひいたとかそういうわけじゃないよ?
そんなワタシは、今日も今日とて早朝特訓!
とは言っても、ちょうど今はその特訓の合間の小休憩中。ヒビキとミクちゃんと並んで座って、水分補給したりしながらお喋りしてるんだけどね。
で、今しているのは、ライブのあっていた時の話――まあ、正確にはヒビキが「相談があるんだけど……いい?」って話を切り出して来たかと思ったら、なんかそういう話になっていったってだけなんだけど。とにかく、その時、ライブ会場から離れた場所でヒビキが出会い戦ったのが、あの夜にあった例の鎧の子・クリボー(仮)ちゃん……もとい「
……ワタシとしては、クリスって名前のあの子が「クリボー」に反応したってことがしっくりこないというか、むしろ良く反応したなーって妙な感心さえ抱いてしまっていたりする。「
「雪音クリス」……「ユキネクリス」…………クリボー……「キネクリボー」……
……はっ!? な、なんか今、変な電波を受信してしまってたような気が…!
ん? 電波……? なんだ、デュエリストにはよくあること、そんな慌てることじゃないな。
「――――ってことがあって、風鳴司令たちは「イチイバル」*1って言ってたシンフォギアを纏ってさ。それからは遠くからの射撃と爆撃が基本で、こっちは何とかしのごうとするので精一杯。翼さんが来てくれるまではいわゆるジリ貧ってやつで……」
っと、そんなことを考えてしまいながらも聞いていたヒビキの話が一段落したようだ。
ほう……ライブが終わった後、会いに行ったらカナデだけでツバサがいなかったけど、ヒビキのところでそんなことがあってたから《増援》に向かっていたからだったんだね。
ヒビキの隣にいるミクちゃんも詳しいことを聞くのは初めてだったのか、少し驚いたような――そして、心配しているような表情をしている。
「クリスちゃんとはこれからも戦わなきゃいけないかはわかんないけど……もしも、あのフィーネって人や新型のノイズが何か撃ってきたりしたらどうすればいいかなーって悩んでてさぁ……」
「何か無いかなぁ?」という視線をワタシへと向けてくるヒビキちゃん。
……ちょっと遠回し気味な言い方ではあったけど、つまるところ遠距離攻撃の対策・特訓がしたいってことかな?
そういえば、ドロー力や基本的な身体能力強化以外はほとんどしてなかったね。あとは、ノイズとか接近して戦うのが主体の相手しか想定してなかったのは確かだ。
いつも、ワタシがいない時でもヒビキの特訓に付き合ってくれてた
まぁ、検討とは言っても、やること自体はワタシの中ではもう決まってるんだけどね。
具体的には、もっとリアルファイトを意識した決闘者的特訓を取り入れていく方針だ。
今のご時世、決闘者たるものリアルファイトも嗜んでおかなければならない。 そうでなければ、もしも相手が
……注意すべきは、相手がちゃんとしたデュエリストだった場合。その際には自らリアルファイトを仕掛けて行ってはいけない。何故なら
とにかく、そういった注意点こそあれど、リアルファイトの技術・知識は得ておくにこしたことはない。
……というわけで、だ。
自作のデュエルディスク(紙製)とデッキ(白紙)がちゃんと腕に装着できているかを確認してから、ワタシは立ち上がった。
「習うより慣れろ」――っていうよりは、ワタシが上手く喋れないから説明無しに見てもらうんだけど……とにかくそっちのほうが手っ取り早いからね。まずはお手本というか、何をするのかを目で見て、身体で感じて理解してもらうとしよう。
ほらっ、よーく見といてよー?
「『馬のままで
「あれ? もしかして、特訓再開?」
「えっと……そうじゃないみたいだけど?」
ワタシが手で制すと立ち上がろうとしてたのを止める……けど「じゃあどうしたんだろう?」って揃って首をかしげるヒビキとミクちゃん。
ワタシの視線の十数メートル先には1本の木。
足は肩幅ほど開きつつ、その木に対して正面で向かい合うようにして――――そこから、デュエルディスクを着けた左腕を後方へとやり、右手はデュエルディスクに装着されたデッキの
そして――
「『ファイナルターン!』」*3
――身体の捻りを解放する力と、ドローの勢いとを活かし、そのままドローしたカードを投げ放つッ! ……何がファイナルなのかとかツッコミたいけど、このお口がわけわかんないのはいつものことだからスルー!
カッ!!
「「……えっ?」」
小気味良い音と共に、カードが木へと刺さった。その深さはカード全体の1/3から半分ほど……。
そう、ワタシが2人に見せたのは「カード手裏剣」いわゆるカード投げだ。
遊戯王シリーズに代々受け継がれてきた由緒正しい
うーん……しかし、今回のワタシのカード手裏剣は正直イマイチの結果。もうちょっと深く刺さるか、欲を言えば貫通してくれればと思ったけど……まぁ、
「ねぇ響。今葵ちゃんが投げたあのカードって、私たちが貰ったものと同じもの……だったよね?」
「う、うん。この厚紙でできた紙の札のはずだけど……え? あ、あっれれー……?」
目をパチパチと瞬かせているミクちゃんとヒビキ。
そんな所悪いけど、まだもう1つ見せたいんだけど……いい?
「『驚くのは、まだ、早い!!』」*4
「ええっ!? まさかこれ以上のことが!?」
「これ以上って……投げたらブーメランみたいに手元に返ってくる、とかかな?」
と、そんなことを考えながら、投げたカードが刺さった木へと歩み寄っていき……刺さっているカードを右手の人差し指と中指で挟むようにして持ち、引き抜く。そしてそのまま左肩のあたりまで持っていき――――振抜く!!
「『ドローッ!』」*5
キィーーーーン……!
小さく……しかし、確かに鋭い音が辺りに響き渡る。
「え……」
「うそ……!?」
ドローの軌道上に
……うん、実演の為とはいえ、木には悪い事をしてしまった。せめて、これらは後で有効利用するとしよう。
「シンフォギアを纏っていれば、似たようなことはできるかもだけど……斬るというか、叩き折る? というか、実はあのカードの横っ側が、凄い刃物になってるとか?」
「まさかそんなことは……もしそうだったとしても、刃わたりというかカードの長さの問題であんな風に寸断はできないんじゃないかな……?」
離れたところから見ていたふたりが何か喋ってるなーなんて思って耳を傾けてみれば、まぁなんとも的外れなことを話しているではないか。
このカードは普通にただの紙だよ?
遊戯王世界のカードは知らない。前述の通り、物に刺さったり斬ったりできる上に、柔軟性があって多少の荒い扱いでは傷つかず、雨の中でも、水に浸かっても案外平気……そのくせ手で破れる不思議。なんという謎素材。
「えっーと、じゃああの木は先に切れてた……?」
「それはもう種も仕掛けもある
そんな……こんなことで現実味
と、お喋りを続けているヒビキに、投げたり木を斬るのに使っていたカードをヒビキへと投げ渡す。
……あっ、反応はできたけど指で
「へ? ひゃ、あいたっ!?」
「響っ!?」
痛さからか、それとも弾いてしまったカードをなんとか取ろうとしてか、ワタワタと動くヒビキ。そして、そんな彼女に駆け寄るミクちゃん。随分と慌てた様子だけど……?
「ゆ、指、切れてないよね……っ?」
「うん、切れたり刺さったりどころか傷ひとつ無いよ。それに――ほら、やっぱりわたしや未来が持ってるのと同じだよ、コレ」
カードを拾い上げて、心配するミクちゃんに手渡すヒビキ。そしてその視線を今度はワタシへと移した。
「……で、その、葵ちゃん? 凄いってことはよくわかったんだけど、今のを練習するのが新しい特訓なの?」
そうだけど、あくまでも最終目標だ。段階を踏まなきゃいけないっていうのもあるけど、優先順位の問題が一番だ。
今のヒビキがまず最初にすべきことは、今のに関連はあるけれど別のこと。
「じゃあ……?」
「なんでこんなことを?」と言いたげな視線をむけてくる……。
さて、どう説明したものか……。
言葉で説明しようにもお口はいうこときかないし、そんな都合よくメイ言が上手く説明してくれるとは思えない。しかたがないので、ワタシはジェスチャーで今からする特訓の内容を伝えることにしよう。
まずはワタシ自身を指差す――
「葵ちゃん?」
続いて、ヒビキを指差し――
「え、わたし?」
そして、
「
「もしかして、葵ちゃんが響に投げたカードを避ける特訓?」
イェス!
ワタシが実演したせいもあって話が広がり過ぎてズレちゃったけど、そもそもは「遠距離攻撃対策したい」って話だったよね? だから、まずは射撃(?)に慣れていき対応できるようになってもらい、そこからヒビキ自身も遠距離攻撃手段として「カード手裏剣」を習得。並行して「遠距離攻撃なんて知ったこっちゃねぇ!」と言わんばかりに一気に距離を詰める技術も習得。
カードで居合斬りは、もののついで。「カード手裏剣」の扱いが上手くなったら習得してみよう程度のものだ。
「……それってわたし、ズタズタのボロボロにならないかな?」
「大丈夫なんじゃないかな? さっきの指の時みたいに切れないように加減してくれるんだから」
「ああっ! だからさっき、いきなり投げ渡してきたんだ!」
え…………そうだよ!
それに、仮にちょっと力加減を間違えてしまったとしても……当たらなければ問題無いから大丈夫さ!
「『だって当然だろ? デュエリストなら!』」*6
「っ! ……はいっ! 頑張ります!!」
「……まぁ、なんにしても、さっきの話に出てたようなクロスボウとかガトリングみたいな銃よりは遅くて危険性も低いだろうから、そんなに心配しなくってもいいよね?」
――――――
その特訓がどうなったか……掻い摘んでお伝えしよう。
「39……40ッ! お、終わった~」
「直撃4回、かすったのが6回……」
「う~、思ったより全然速かったよぅ。避けるだけじゃなくて叩き落としたり弾いてもOKだったらもっと楽だったと思うけど――「『何勘違いしてるんだ?』」――ふぇ?」
「『まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ!』」*7*8*9
「え? あのカードの
「よ……よくわかんないけど、マズい気が……!?」
「『まず1枚目、ドローッ! ……っ、モンスターカード!! 追加攻撃!』」
「とっ…!! さっきよりも速――」
「『2枚目、ドローッ! モンスターカード!!』」
「きゃん!? え、後ろからって、まさか、さっき避けたのが曲がっ――ちょ待って! タイム、タイム~ッ!」
「『まだまだぁッ!!』」
「ひゃぁ!? 今度は浮きあがって……っいや、なんでそんな軌道に!? というか、まだくるのー!?」
ドローッドローッドローッドローッドローッドローッドローッドローッ
モンスターカード!モンスターカード!モンスターカード!モンスターカード!モンスターカード!モンスターカード!モンスターカード!モンスターカード!
ウワーッ!?
ヒビキィーッ!?
……この後、ノイズの警報が鳴って出動要請が来るまで無茶苦茶《
―――――――――
「とぎれとぎれ オルゴールのように 儚げなこの Beating heart――」
「遠く遠く 孤独のシリウスをただ見つめる――」
そんな、楽しくも激しい特訓があったのも昨日のこと……
「Ah 果てない戦慄 羽ばたいたこの――」
「Ah メロディ――」
「Burning heart――」
「Burning heart――」
日本屈指のアーティスト「ツヴァイウィング」が目の前で歌っている。その距離は、本当に手を伸ばせば届きそうなほど。
ライブ会場ではまずありえないだろう状況……今、ワタシたちがいるのは街のとあるカラオケ店の一室。ここいるのは、ちょっとした変装をしたカナデとツバサ、そしてヒビキとミクちゃん……オマケでワタシだ。
「届け――」
「 強く 強く 戦う この胸に――」
「響いてる――」
「奏でるまま――」
なんでも、カナデたちの間で約束をしていたとかなんとか。んで、今朝「あたしらはいくけど、葵も一緒にくるだろ?」と誘われた――――もとい、カナデとツバサの顔に「葵の歌声を聞きたい」、「一緒に歌ってみたい」って書いてる気がしたので承諾した。
「この闇を越えて――」
「この闇を越えて――」
……とまぁそんなことがあって、今に至るわけだ。
で、今、ふたりが歌ってたのって「
「イェーイ!!」
「うわぁ~……なんて言っていいのかわからないくらい、凄いね……」
テンション爆上がりなヒビキはモチロンだが、あのミクちゃんですら語彙力が残念になっている。
対するプライベートなツヴァイウィングふたりはといえば――カナデは、ヒビキとミクちゃんの歓声に笑顔でこたえながら、ライブの時とはちょっと違う感じでノリノリで楽しんでいる様子。ツバサは、少し顔を赤く染めてどこか恥ずかしそうにしてる……とは言っても、嫌がっているという感じはしないんだけどね。
ワタシ? ワタシは……
いや、まぁねぇ? 予想は出来てたよ?
漫画もカードもアニメも無かったし、この前カナデたちの前で「僕クエスト」歌った時の周りの反応も「葵が聞いたこと無い歌歌ってる」って感じだったから、そんな気はしたけども……はぁ~。
とはいっても、そんなワタシもカナデとツバサの歌でテンション上がってきちゃってるんですけどね? 凄いね、歌の――ツヴァイウィングのチカラは。
「奏さん、翼さん!! 凄かったです! キレイで、かっこよくて……とにかく!ドキドキがこう、ドーンッ!ってなる感じで!!」
「こんなに凄いと、この間の響じゃないけどふたりのファンにちょっと申し訳ないですね」
そんなことを言いながらも嬉しそうに笑っているミクちゃん。
と、「ありがとー」って軽く返しながらマイクをテーブルに置くカナデ。
「いやぁ~デッカイ会場で歌うのもイイけど、たまにはこうして身内だけでカラオケで歌うってのもいいもんだねぇ♪」
「私も……けど、ステージとは少し違う緊張感が……」
そう言って視線をワタシの方へチラチラ向けてくるツバサ。
この間のライブの時は、ワタシも会場にいたから大して変わらないんじゃないか? って思ったけど、ああいう時は他にも沢山の
ひとしきり拍手をした後、ワタシの両隣に座り直したふたりにドリンクを手渡す。
テーブルに置いてるモノだから何もせずとも自分たちで取って飲むだろうけど、言葉の不自由があるワタシとしては、拍手以外にも何かしらねぎらいというか今の気持ちをふたりに示したかった。だから、このあまり意味の無いだろう行動をするのだ。
……そんなワタシの気持ちが伝わったかはいささか不明だが、ふたりは微笑んで「ありがとう」って受け取ってくれた。んっ!
一口、ドリンクを飲んで喉を軽く潤したカナデが、「んで?」と口を開く。
「おふたりさんは一緒に歌うのか? それとも別々?」
その言葉を向けられたヒビキは、目をパチパチと瞬かせて……大きく口を開けた。
「え……あっ! 聴き入っちゃってて、何歌うかとか全然考えてなかったッ!?」
「あはははっ……お客さんになっちゃってたね」
「どーしよ!?」と慌て出すヒビキの隣で、軽く苦笑いを浮かべてるミクちゃん……あの様子だと、ミクちゃん自身もすっかり忘れてて考えてなかったんだろう。
……まぁそうなれば、ワタシが出る絶好のチャンスではないだろうか?
このカナデとツバサが盛り上げてくれた場の空気をぶった切ることになってしまう可能性も十分にあるが、ヒビキたちを急かしたり慌てたままの状態で歌わせたりするよりはいいだろう。それに、ワタシのギャンブル性はどのタイミングで歌おうが大して変わんないわけだし……。
というわけで、ワタシはマイクを手に取って立ち上がる。
「えーっと……おおっ? 葵ちゃん、いっちゃう~?」
「……えっと、その……歌えるんですか?」
ワタシじゃなくて、ツバサにやや声をひそめて聴くミクちゃん。まぁ、心配になるのは、自分で言うのもアレだがわかる。
が、その不安を拭うかのように、ツバサが
「理由はわからないけど、ただ単純な会話と比べて、歌の方はそこまで意味不明なことにはならないみたいなの」
「とは言っても、歌えるっぽいのはあたしらも知らない歌ばっかりなんだけどさ。それでもすっごく良いぞ、葵の歌は」
「ええ。音楽無しでも私たちの歌に負けないくらい……うらやましく思えるくらい、綺麗な歌声よ」
うん、親ばか(?)気味な雰囲気もあるし、やっぱりむず痒いけど……ふたりに褒められるのは悪い気はしない。
しないから、褒められるのはいいんだけど――
「ツヴァイウィングのおふたりが良いっていう歌声……!」
「もしかして、ツヴァイウィングに続く新たなスターの誕生の瞬間に……ううん、貴重なその前段階に立ちあえてたりするのかな、わたし達!?」
――ハードル上げるのヤメテ。
第一、アレだよ? 何を歌うかはランダムなんだよ?
それに、好き嫌いが別れるような歌い方というか声色だったりする曲もあったりするし……
いや、ウダウダ言っても仕方がないし……もう後は、自分のドロー力を信じるしかないッ!!
マイクを口元へと近づけ、息を吸い――――歌う。
「うつむき笑う その頬を伝う 涙一粒――」
よりにもよって、「ティアドロップ」*12ですか……!?
「強がる君の裏側に 隠すため息 笑顔は曇って――」
いや、悪いわけじゃないよ? 歌詞も優しいし、むしろワタシ的には好きな歌だ。傷付き、痛みを知り、誰かに寄り添う歌……でも、ねぇ?
「砕けて散ったガラスの様に 僕に突き刺さる――」
思い出すんだ。あの色々事情やそもそもの状況的問題があったとはいえ、敵とはいえスッキリ終わらない後味の悪いデュエルがあったり、仲間内でギスギスしたり、主人公・十代に向かって恨み
「胸の痛み さらけ出していいよ――」
「デュエルは楽しいことだけじゃない」。良くも悪くもデュエル馬鹿だった十代が大きく変わることとなる出来事。成長のプロセスとして必要な段階だったといえばそうかもだけど……
「いつでもその笑顔 救われてきた僕だった――」
暗い雰囲気やその中での出来事があったからこそ生まれたモノもたくさんあって、あの積み重ねがあったからこそ、その後の物語や
「今だけ泣いていいよ ずっとここにいるから――」
キャラ同士で受け渡されるバトン、熱くなるデュエル、超展開……良いことも沢山あった。
けど、やっぱり……何とも形容しがたい苦しさがある。
………………。
…………。
……。
「うつむいていた顔を上げて 君が 笑う時まで――」
一曲、歌い切った……そして、改めて思う。
「やっぱり、ワタシは好きなんだなぁ」って。
うん、それは間違い無い。
爽快感も苦痛も、明るさも暗さも、おふざけも真面目も、鬱展開も超展開も……色々ひっくるめて大好きなモノだ。
……まあ、そんなワタシの感想はいいとして、だ。
以前の「僕クエスト」の時の様に、周りがどうかなってしまってないか今更ながら心配になった。
そんなわけで、すぐさま視線を動かし確認してみれば……
「えーっと、未来? 手までギュッと握って、どうしてこんなにくっついてるの?」
「……ダメ?」
「だめっていうか……ね?」
「なんだか今の歌聞いてたら、響の事が頭に思い浮かんじゃって……」
「……そ、そう? ……拍手したいんだけどなぁ」
並んで座ってたヒビキとミクちゃんがくっついてイチャイチャ(?)してた。
泣いたりはしてないけど、ちょっとミクちゃんの表情が……
――――って、ん?
袖をクイッと引かれたかと思ったら、そのまま引っ張り込まれて――並んで座ってるカナデとツバサの間にスッポリとハマった。……いや、これまでもふたりの間に座ってはいたけれど、それはもう密着してしまう距離になってしまってる。
「……なぁ、葵? 今の歌って深い意味があったりする……「僕」か「君」、どっちかが葵だったりするのか? 何か辛い想いしててそれが今の歌になったりは――」
「そうよ? とっても良い歌だったけど……もしも何か悩みがあるんだったら私たちに相談してくれていいのよ?」
無いよ!?
あえて言うならば「デュエルしたい」だけどもッ!
くっそ、こうなったらヤケクソだぁ!
別の歌を歌って上書きしてやらぁ!
力尽くで抜け出して再びマイクをしっかりと握る。
こい! なんかいい感じの、こいッ!!
こい――――!
―――――――――
楽しいカラオケだった。
……結論から言えば、何故だか知らんけど「GX」祭だった。あれかな? ワタシのお口がそんな気分だったのかな?
やっぱり雰囲気明るい曲は受けが良く、特にヒビキは好きそうだった。「特訓の時に聴けたらテンション上がって上手くいきそうだよね」とか……わかる。
作業用BGMじゃないけど、意味のある有意義なものだと思う。例えば……「5D`s」の一部の歌は乗り物乗ってる時とか高速道路で聞きたくなるね。
簡単な録音機材を用意して録ってみようか?
何を歌えるかはランダムとはいえ、録音したものを選んで流すのは何にも問題無いだろうし…………あれ? もしかして、この方式で意思表示出来たりしないか?
『――装者の皆のほうも無事、終わったようだ。葵君も協力ありがとう』
っと、そんなこんな考えていたら、避難誘導のお手伝いが無事終わったようだ。
どうも、お疲れ様でしたゲンジュウロウさん。
「粉砕! 玉砕! 大喝采!」*13
『ああ、事後処理や各種確認はこちらでやる。葵君は普段通りの生活に戻ってくれて構わない。お疲れ様』
っと、さて、どうしたものか……
カラオケを終えて、カナデとツバサとは「取材の仕事があるから」と別れた。
それから、流れのままヒビキやミクちゃんと行動を共にしていたのだが、ノイズの出現の警報が鳴り響き事態は一転。ヒビキは装者として現場へ急行、ミクちゃんは避難誘導に……そして、ワタシも避難誘導なんだけど、比較的ノイズ出現個所に近い場所の人口密集地へと急行した。というのも、ミクちゃんと違ってワタシは一応いざという時の最低限の対ノイズ戦力扱いできるからね。
とは言っても実際はノイズに遭遇することは無かったんだけど……。
にしても、最近またノイズの出現頻度が上がっている気がするなぁ? 何が……って、
そして、響を中心に、何曲かインストールのフラグが……?
※注意※
感想欄でのアンケート回答等の行為はハーメルンでは禁止されている行為です。ご注意下さい。
具体的には「○○に一票!」、「○○がいいです!」などの回答がアウト。「○○にしました」、「○○は合いそうかも?」などの投票報告・特定の曲感想はグレー……だと思います。それ以外の判断ラインは曖昧ですので……。
もしも、選択肢以外に「奏さんにはこの歌がいいだろ!?」、「『お前もセブンスターズの刺客か!』」等の意見がありましたらハーメルンの感想欄ではなく、Twitterのほうにお願いします。
またTwitterでは、各曲のリンクや選考理由等を乗せています。参考にどうぞ。
アンケートの締め切りは11/2の00:00を予定。
―追記―
「限界バトル」は(GX OP1)ではなく(GX ED1)でした!
大変申し訳ありません、訂正します……が、アンケートは1から始めるわけにもいかないため、このまま続行させていただきたいと思います。
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2-12
大遅刻をしてしまったこと、アプリゲームの「シンフォギアXDU」の方で「ゴジラコラボ」が来て変なテンションになってること、一部必要性が薄い内容を削ったりして執筆量を減らしてもこのありさま……その他諸々……本当に申し訳ありません。
そして……一部適合者の方々にも謝らなければ……
と、最後のソレはひとまず置いといて、最新話です!
二課の司令官としての仕事の無い休暇。もちろん緊急事態には対応するが……それ以外の時間は至って自由だ。
そんな俺は、
――――「雪音クリス」
黒幕であると推測される「フィーネ」の存在と出現も見過ごせないことではあったが、それ以上に響君の口からその名を聞いた時に……あの鎧の少女が彼女だったことに驚かされた。
父親は雪音
NGO活動団体に所属し、バルベルデ共和国にて公演を行いつつ、難民救済を目的としたボランティア活動をおこなっていた。拡大する戦線に巻き込まれて孤立し情報が途絶えることとなる。後に二人が死亡したこと、その二人の娘・雪音クリスが行方不明になったことが判明。
バイオリニストと声楽家の親を持つ、音楽家のサラブレットである「雪音クリス」を――対ノイズへの切り札となる「シンフォギア」の開発、その装者となり得る可能性が高い存在を政府は見逃さなかった。
俺を含めた複数人に「雪音クリス捜索・帰還」の命令を受け行動することになったのだが――――最終的には、様々な事件に巻き込まれたことで、遂にはその任務を言い渡された人間は俺一人しか生き残らなかった……。
それからさらに数年後……今から二年前。雪音クリスは発見され保護、日本へと帰国することとなるのだが、再び行方不明となってしまった。
その後、何処で何をしているかなど消息は掴めなかったが……まさか、こうして俺たちの前に現れるとは。
「運命」などという言葉で済ませるわけにはいかない、目の前に迫った現実。
……俺も俺なりに、過去とのケジメを――そして大人としての責任を果たさなければならんな。
そのためにも「雪音クリス」を見つけ出し、面と向かって話をしなければならない。
まず、前回のノイズ発生地点。
次いで、「雪音クリス」が持っている「シンフォギア」に使われている第2聖遺物「イチイバル」のアウフヴァッヘン波形を観測した発生地点と消失地点。
そして、ノイズを操っている「フィーネ」に執拗に追われているという状況を基に、逃亡者の心理を推理。
最後に、
それらをふまえて、「雪音クリス」が逃亡した方向、潜伏していると考えられる地点を割り出す――――が、今日、数か所候補地と考えた場所を周ったが……「雪音クリス」と出会うことは無かった。
今、たどり着いた廃墟――おそらくはノイズ被害に遭った結果、そうなったのだろう家――には、誰かがいたようではあるのだが……昨日・今日のものではなさそうで、仮に「雪音クリス」の痕跡だったとしても既にこの近辺からは離れてしまっているだろう。待ち伏せしたところで収穫は無いだろうから、別の場所を探したほうが良い。
「公安の頃の勘が鈍ったか……。次はあの辺りに行ってみるとするか」
―――――――――
……柔らかい。
……ん? 柔らかい? アタシが普段寝ているベッドもここまで柔らかく、いい匂いがする
――――違う。
アタシはノイズに追われ、撃退して逃げて――また新たなノイズが現れて追われるまでには多少の時間はあったけど……。
それでも、ままならない休息、食べる物や飲む物もロクに無い状態での連続の戦闘。
ひもじい思いやら何やらしたのは初めてじゃなかったけど、それでもアタシの体力と精神力は削られていった。で、新たに現れたノイズ共をぶっ飛ばして、路地裏を通って身を隠しながら移動して……その途中で倒れて――――
薄らボンヤリとしてた意識に鞭打ち覚醒させて跳び起きる――!
アタシが寝てたのは……小洒落たベッド。
見覚えの無い室内は、どことなくフィーネの邸宅にも似たような雰囲気もある……が、あそこまで広くない。けど、その手ごろな広さとそこに在る物たちが妙な生活感を醸し出してて、アタシにはそれがそう嫌なものじゃなかった。
そして……
「というか、ここ……どこだ?」
路地裏で倒れた後、ノイズやフィーネに発見されたのなら今アタシがいるのは「あの世」か何かになるんだろうけど……にしてはどうにも現実味がある。……もちろん、死んだことなんて無いから、「あの世」とやらでの感覚はわかんねぇけど。
あの装者連中のいる二課とかそう言った政府機関に発見されたのなら、こんな部屋に拘束も無しに放られるのはありえない。
どっちにせよ、生きているのも、拘束も何もされていないってのも不思議だけど……それ以上に「シンフォギア」であるペンダントが普通に枕元に置かれていることが信じられない。そんなの「逃げるなり、暴れるなり勝手にしてください」って言っているようなもんじゃないか。
可能性としては、ここにアタシを連れてきたヤツはアタシや「シンフォギア」のことを知らないってこと。
異国情緒のある日本的ではない内装以外は至って一般的な家に見えるし、フィーネ、はたまた二課の連中関連の人間では無く、全く関係の無い一般人がアタシを拾ったのかもしれない。
ベッドから立ち上がり、窓際に歩んでいって窓の外の様子を確認する。
まっ昼間……か? 思っていたよりも時間が経っていないか、あるいは丸一日とかそんくらい眠りこけてたか……。そして、ここは2階か。
このまま「シンフォギア」を持って窓から外へと逃げ出すのもアリだ。
……けど、こんなところまで運んで寝かせた奴のことが少し気になる。どんな奴かは見当つかないが、最低限の礼くらいは言わないと気がすまないし……それに、アタシが元々着ていた服――フィーネから与えられた服の
「……未練タラタラじゃねぇか、あたし」
そんな独り言を呟いてしまいながらも歩き、極力音を立てないように気を付けながら部屋から出た。
耳を澄ますと――――話し声が聞こえてきた。出所は部屋から出てすぐにある廊下の脇に在る階段……その、下の方からだ。つまり、1階のほうに人がいるんだろう。
ゆっくりと階段をおり、声のする方へ行く。そして、出所だろう場所の前にあるドアへとぺたりとくっつく。
一旦息を整えてからノブに手をかけ、こっそりとドアを少しだけ開けて覗きつつ聞き耳を立てた。
覗いてすぐに確認できたのは、アゴから口周りにかけて
「うーん……と言われてもねぇ? そう簡単に頷けることではないから……」
肩をすくめて首を振ったじいさんは、アゴ髭をいじりながら困ったように呟いている。
そのじいさんが話している相手は……
じゃあここは一般人の家じゃなくて二課関連の――!? いや、あるいはアタシを探してた二課の連中がここにいるって嗅ぎつけて来たのか!?
どっちにしろ、逃げるしか……! くそ、まさかもう包囲されてたり……いや、さっき外を見た時はそんな様子は――――
「『君も俺のファンになったのかな?』」*5
何言ってんだ? アイツら?
「ああ、もちろん洗脳でもなければ君に恋心を抱いているわけでもないから安心を……いや、ある意味では抱いているかな? 恋心をグゥッ!?」
じいさんの頭に、何処からか飛んできたお盆が激突した。
その飛んできた方向には、この扉の向こうにいる残りの一人……やや緑がかったブロンドの長髪の女が。
「……はっ!? 頭のおかしな言葉がきこえてきたもので、つい」
「ふぅん……嫌われるよ、冗談が通じない面白みのない人は」
「笑える冗談にしてください。あと、喋り方を矯正するのではなかったんですか?」
お盆の当たった自分の頭をなでながら体勢を戻すじいさんに、敬意を持ってるのか微妙な態度で何か言ってる長髪の女。
……逃げることも忘れてしまってたな、アタシ。それくらい意味不明だったからしょうがない……とアタシはそんな言い訳を自分に言い聞かせる。
――――クゥ~ゥッ
ッ!? 今の、もしかしてアタシの腹の……!?
とっさに、お腹を押さえる――がそんなのでおさまるわけも無く、けっこう響いてしまった。
赤くなっていくのがわかるくらい顔が熱くなっていって……って! 今の音、もしかしなくても、ドアの向こうの連中にも聞こえて!?
押さえてたお腹に落してしまっていた視線をバッとあげると――――3人と視線が合った。
アタシと3人との間に流れた沈黙……。
それはほんの数秒だけで、破ったのは長髪の女だった。
スッとアタシの隠れているドアのところまで近づき、半開きになってたドアを開け放った。
恥ずかしさやら何やらで逃げることも忘れてたアタシは、ただその女の顔を見ることしかできないでいる。というか、ここでようやくドアの向こう側の全容を知れた。なんかよくわかんねぇけど結構広そうだ……が、アタシのいるドアのところは机か何かよくわかんないモノで半ば囲まれているみたい。
「起きたか。どうだ? どこか身体に不調があったりはしないか?」
腹の鳴った音をスルーしてくれた(?)けど、その恥ずかしさや初対面の相手ってこともあって「ああ、まぁ……」と曖昧な返事をしてしまう。
「言っておくけど、君に提供する食べ物は無いよ」
そんな長髪の女の気の遣った言葉とは打って変わって、髭のじいさんは随分と直球にアタシの腹の音のことに関して言ってきた上に、淡々と冷たく……いや、それが普通だ……
「こちとら追われる身だ。んなもん期待して――」
「そう、まだ汚れている状態の君には店内での飲食をさせるわけにはいかない。まずは風呂に入ってくるといい。濡れタオルで拭いたただけでは取れない汚れは沢山あるからね」
「――ねぇよ、さっさと拘束す……ん?」
アタシが喋ってる最中に、割って入ってきたじいさんの言ってることが、一瞬よくわからなかった。……まぁ、こうしてなんとか噛み砕いて理解しようとしてても、よくわかんないままなんだけどさぁ!?
と、今度は長髪の女が軽く頭を下げてきた。
「すまない。あまりにも汚れていたので、勝手ながら着替えさせ身体を軽く拭かせてもらった」
「ちょ……!? 着替えさせられてたしそんな気はしたけどっ、でも……いや、そうじゃねぇよ!! テメェら政府の……二課の連中なんじゃ――」
そこまで言って――ハッと思い出す。ついさっきまで考えていたことを。
けど……こうしてより近くで顔を見たけれど、以前資料で見た装者連中はモチロン、二課の主要な面子にも、この髭のじいさんや女はいなかったような気がする。それに、アタシの言ってたことに「……?」と首をかしげてる様子の2人の様子からして、アタシのことはよく知らないみたいだ。となると、やっぱりこいつらは政府連中とは関係無い……のか?
あと、さっき「店内で~」とか何とか言ってたし、謎のふたりの人物の服装やこの鼻をくすぐる匂いからして、ここは何かしらの食べ物屋なのか……? そんなのが政府機関と関わりがあったりするとは、考え難い。
となると、
アタシを見ても特に拘束しようとするわけでもなく、ポケーッと阿保面さらしてやがる。まさかとは思うが、無能を演じておいて、実は呼んである増援がくるのを待って確実にアタシを捕まえようと? 路地裏に倒れてたアタシを見つけたのが
そんなことを考えて固まってしまっていると、何を思ったのか髭のじいさんが「ポンッ」と手を打って頷いた。
いったい、どうしたっていうんだ?
「ああ、なるほど。確かに困惑するだろうね、初めて来た建物で「風呂に入って」と言ったところで場所がわからないのだから」
「はぁ!? 別にそういうことじゃあ……!」
「彼女には着替えや部屋の用意をしてもらうから……君に案内を頼もうかな? 以前に利用したことがあるからわかるだろう? それに、抱えて来た君も彼女ほどでは無いものの汚れているからね」
じいさんの言葉に頷く女と、サムズアップして応える
アタシの意見とか放っておいて勝手に進む話の流れにおいてけぼりを受けつつも、路地裏に倒れていたアタシをココまで連れてきたのが
そこに言いたい事もあるけど……やっぱりというか、そんな暇をくれるわけもなく――――
「実のところ、お風呂の方は既に準備してあるんだよ。ゆっくりしてくるといい」
「ちょっと待て! 誰も風呂に入るなんて言ってないだろ! 第一、
と、アタシが言いかけたところで
「『アルカトラズへ進路を取れ! 全速前進DA!』」*6
―――――――――
「風呂……無駄にデカくね?」
たどり着いた風呂場。そこにはすでになみなみと湯が張られた浴槽が……ただし、面積だけでも軽くベッド2つ分くらいの広さがある。
もっと言えば、
「って、オイッ!? なんでお前が脱いでるんだよ!!」
「『俺が輝くためには、もはやこんな制服は必要無い!!』」*7*8
「どう見ても制服じゃねぇだろ!?」
薄手のパーカー&短パンという、何処をどう見ても学校とかの制服には見えない、ただの私服を脱いでいる
「つーか、お前が入りたいならひとりで勝手に入っとけ! アタシは――――」
アタシは……?
――――ゴツンッ!!
思考が止まりかけたアタシの耳に、そんな音が聞こえてきた。
ハッとして視線を動かせば、そこには仰向けに倒れている
お湯でビッショリ濡れているみたいだし、浴槽に入るつもりだったか洗うつもりだったかドッチなのかはわかんねぇけど……とにかく! お湯で体を流してから歩こうとして滑って転んじまったのか!?
気づけばアタシは、風呂場ん中に入って駆け寄ってしまってた。
「んな!? おまっ……大丈夫か!? 血は、頭割れたりとかは」
「『ライディングデュエルではよくあることだ』」*9
「ライディング……? なんにせよ、よく有ろうが無かろうが危ないことには変わりないだろ」
そう言いながら
怪我は……特にはしてないみたいだな。
「……っ!!」
と、アタシがドコを触ったせいかはわからなかったが、
「わ、悪ぃ!痛かったか!? 」
血は出てなかったけど……たんこぶか何かか? それとも、外からは判んねぇだけで骨か頭ん中に異常が……!?
頭の様子を見ようとし……その頭が横に振られた。
その葵に指差されたのは、肘。そして……
……あっ、もしかして、打ったのは頭じゃなくて……
つまりは、尻餅着くように倒れて肘をついて何とか頭をぶつけることは回避したけど、そのまま倒れてしまってあの体勢だったのか。でもそれだと、肩あたりも心配だ……ああ、パッと見だけど脱臼とかもしてそうになく異常無し。
腕をスムーズに動かしてみてるところからすると、そっちも骨が折れたりとかはしてないみたいだけど……ちょっと赤くなってて痛そうだ。お、おし……もう一方の方も、特に異常は無さそうだな。
けど、素人目で見ただけだ。何かあったら悪いし、医者なり何なりちゃんとしたトコロで診てもらった方が……
「『お楽しみはこれからだ!』」*10
「んなこと言って、泣いてるじゃねぇか……つーか、そんなにはしゃぐほど風呂に入りたいのかよ」
なんか危なっかしい。
あの夜、アタシから逃げ回ってた時も所々どんくせぇ感じはしてたけど、なんか目が離せねぇ――っていうより、目を離したらまたさっきみたいに怪我しそうになるんじゃねぇかって、気が気じゃない。
「くっそ、服がビショビショに……脱いじまったほうがいいか」
既に一杯お湯を被ってた
そうだ。どうせならアタシも入って、監視っていうか目を光らせといたほうがいいだろうし、そうすりゃ心配事もなくなる。でもって、風呂に入るならこの濡れてるこの服も脱いだほうが良いなんてことは、
羞恥心も、それほども無い……0ではないけどな。
第一、相手が相手だし、それこそ親が補助的な理由も含め子供と風呂に入るとかと同じだろう。生憎アタシには縁が薄かったからよくは知らないけど……まぁ
あとは……異性はもちろん、同性でも裸を見られるのはいい気分じゃないけど、相手はただの
それに、裸やそれに近いもんを見たり見られたりするのは、ある程度慣れちまってるからなぁ……抵抗はあるけど、諦めをつけられなくはないというか理由さえあればやりきれなくも無い。「ネフシュタンの鎧」の浸食を退ける時のアタシの格好はまぁそうだったし、屋敷の中をほぼ裸でうろついてたりしてたからな、フィーネのヤツは――――
……ん?
「って、なにしてんだよ、アタシ」
色々ウダウダと考えながらも、いつの間にか服を脱いで
しかも、風呂桶持って、身体に湯をかける寸前のところ。
で、
何故か、風呂用のイスのそばで膝をついて立ち……片手でイスをポンポン叩いて、もう片方で石鹸と柔らかそうなネットのホワホワを握ってた。で、キラキラした目でアタシを見てきて……?
つまり……洗う気なのか?
「いや、座んねぇぞ!? 自分の身体くらい、自分で洗えるし洗わせねぇよ!!」
「…………!?」
「ガーンッ!」って効果音が聞こえそうなくらいあからさまに凹む
それに加えて、さっきこけた時と同じように涙目になって、今にもワンワンと泣き出しそうな表情に――――
「わ、わかったわかった! ……だからそんなメソメソするんじゃねぇ! 見てるコッチがムシャクシャすんだよ!!」
そう言って、
……感想を言えば、悪い気はしなかった。
肌が傷付きそうだったり痛かったりもせず、かといって洗えていないわけでもなく……うん、気持ちいい……って言ってもいいかもしれない。
「……んっ」
――って、なんでコイツ、背中だけじゃなくてアタシの前のほうまでッ!?
まあ確かにダメとは言ってねぇけど、そこは違うんじゃないか!? 普通、他人に洗ってもらうのって手が届きにくい背中だけだよな!?
しかも、コイツ、横とか前とかに回り込んでくるんじゃなくって後ろからそのまま手を伸ばして洗おうとしてきやがるッ!まぁ、それなら見られないからいいんだけど……ってことにはならないッ!!
つまりは、わずかに――でも確かにある――体格差のせいで、コイツが後ろから抱きついてきてそこで動くような形にィッ!?――――!?
「クゥオラァッ!!」
「振り解くと危ないかも」とかいう考えもどっかへすっ飛んでいってしまって、アタシは力任せに振り解いた。
何言ってやがんだ、このド変態ッ!?
い今、チクって……ビーって言って!?*13*14……き、気のせいか!?
振り返って見れば、軽く尻餅をつくような形でぺたりと座り込んでしまってる
背中から手を回して来てた時のコイツは、その伸びてきてた腕からしてしゃがみ込むような体勢だった。だから、そこまでの勢いでは倒れ込まなかったのか……?
自分でやっておいてなんだが……どこか、安心してるアタシがいた。
「『暴☆力☆反☆対!!』」*15
「誰のせいだと思ってんだ!? このスットコドッコイッ!!」
まぁ、しでかしたことと言ってることはなんも変わらないんだけどなぁ!?
「大きな声が聞こえたが……どうかしたか?」
不意に、脱衣所のある扉のほうから聞こえてきたのは、あの長髪の女の声。
そういえば、着替えとかを用意するとかそんな話をしてた気が……それを持ってきたのか?
「あ、いやっ! 大したことじゃねぇから気にすんじゃねぇ!」
「……? そうか。ならばいいんだが」
「ゆっくりと温まるといい」と言ってから、足音が聞こえ……気配が次第に扉から離れていった。
って、なんでアタシ、
アタシの身体を洗うことは諦めた様子で……何故か今度はシャンプーとか髪を洗うためのモノを周りに集め出した
ああ、そうか。
逃げ回る姿を、ボロボロになってた姿を、泣きだしたその姿を――
……全然違うのにな。
コイツは独りじゃない――周りに仲間がいる。
コイツは無力じゃない――確かなチカラを持ってる。
コイツは、戦争に巻き込まれ、パパとママを失ったアタシほど弱くは無い。
でも……そうやって否定しても、何故か未だに重なって見える。
目の前のコイツは楽しそうにしていて、同じ年頃のアタシでは有り得ない笑顔をみせてやがるのに……。
「……なぁ」
結局はふたり揃って身体も髪を洗い終え、広い浴槽で一緒にお湯に浸かってしまってたアタシ。
長い髪を手慣れた様子でまとめ上げてから風呂に入ってノンビリしてた
「お前、なんでアタシを二課に連行しなかったんだ?」
当然の疑問。
本来、二課の一員であるコイツがアタシを捕まえるのは至極当然のこと。見逃す理由は――ましてや、こんな風に一緒に風呂に入ったりするなんて理由は――あるはずが無い。
「『セトは
「セトって誰だよ!? まさかの人違いじゃねーか!」
しんみりさせる気も無いのかよ、この馬鹿は!?
いや、待てよ……?
もしかして、コイツ……「ネフシュタンの鎧」着けてる時にしか会ったこと無いから、アタシのことわかっていないのか? そんなまさか……いや、天然なのかなんなのか的外れなこと言うし、こけたりしてどっか抜けてる感じもするから、ありえる……?
「……いや、だからなんだってこった」
フィーネには捨てられ、ノイズをけしかけられる始末。だが、だからと言って二課の連中に捕まるつもりはない。
じゃあ、アタシは――――これから、どうするんだ?
フィーネのことは諦めきれてない。けど、拠点だった邸宅に行ってみたところで門前払い、言葉を交わすことすら叶わなかった。
そうなった原因は、アタシの不甲斐なさなんだろう。アタシ自身がフィーネを満足させるほどの
巡り巡って、戻ってきやがった。
だからと言って、でも、フィーネの言う通りにしてれば、本当に「戦争の無い世界」になったのか? そんな疑念すら湧いてきてる……。
「アタシは……どう、したいんだ……?」
アタシのことだ。アタシ以外にその答えを知ってる奴なんていない。
だから、当然、この
「『ああ! それってハネクリボー?』」*17
「……お前、絶対わかってんだろ」
―――――――――
十二分に風呂を堪能してしまったアタシと
頭ん中のモヤモヤ感はともかく、頭がスッキリしたのは数日ぶりにまともに洗えたおかげだろう。……
着替えたり髪乾かしたりして……結局のところ、あの店の所に戻ってきたのは1時間以上経ってただろう。
そこにいたのは髭のじいさんだけで、アタシらを見ると「戻ってきたかい」と呟いてから指で店内のとある場所を指し示しながら続けて言った。
「持っていくといいよ、そこにある軽食系を。飲み物はコッチで用意しておくからね」
示された場所へカウンターを越えていくと、冷蔵機能とかがついてそうな機械の商品棚が。
そこには、サンドイッチの詰められたパックなどが、その隣の箱(?)にはハンバーガーらしき紙に包まれたものが山ほど入っていた。
……というか、何が何だかわからないし、単純に色々あって悩む。
そんなアタシを他所に、隣の
「『ドローッ!』」
……なんか嫌な意味で聞き覚えのある掛け声と共に、山の中からひとつの包みを抜き取ってその手に持った。……よくわかんないが、決まったみたいだ。
なにはともあれ、アタシもさっさと決めよう。
そう思ったのだが――――
~~♪ ~~♪
電子音が聞こえてきた。
と、
あれは――通信機……いや、携帯?
それを操作して耳元に当てる
そして、その携帯を指でコツコツと叩いた。
『――? ――――?』
「『なら見せてやろうかぁ? もっと面白いものをよぉ!』」*18*19
『――。――――!』
「『イマイキマース☆』」*20
最後にそう言った
で、なんか膨れっ面気味で、アタシのほうにトテトテと駆け寄ってきた。
「『ラッキーカードだ、コイツがキミの所に行きたがってるぜ』」*21
…………。
……は?
「……なんだったんだ、今の。電話の会話もそうだけど……」
「なにやら、呼び出された様だったね。まぁ、彼女には時たまあることさ、気にしなくてもいいだろう。……それと、貰ってしまったものは食べてしまっていいさ。あとは、このコーヒーも」
「なんでわかったんだ?」と思ってしまう説明をしながらカウンターから出てきた髭のじいさんが、手近なテーブルへとコーヒーカップを置いた。
続いて「砂糖とミルクはご自由に」と言って、それらが入った瓶も……。
コーヒーは……いや、どうでもいいか。
なんにしても、空腹の中での久々のまともな食事ってこともあって、その誘惑に負けてしまったアタシは、
「終わったぞ……ああ、自分が寝かされていた部屋を憶えているか? あそこを好きに使っていい」
アタシ好みにコーヒーをなんとか調整。
その後、包みを開け、匂いにくすぐられた空腹感から我慢できずバーガーにかぶりついたあたりで、カウンター奥の扉――少し前にアタシも出てきたところ――から、どこかへ行ったままだった長髪の女が出てきて、アタシに向かってそう言ってきた。
風呂といい、食事といい、身の回りの支度といい……見ず知らずの人間に対して、お人好しが過ぎるぞ、コイツら。
アタシには、それが心地良過ぎて気持ち悪かった……。
「どうしてアタシみたいなわけわかんねぇヤツに、こんなことしてんだよ。何が目的だ……」
「直球だね、含みも無しに」
そう言ってアタシの問いに答えたのはじいさん――――じゃなくて、それに割って入るようにして口を開いた長髪の女が先に答えた。
「どうもこうも無い、助けない理由が無かった。そして、目の前で路頭に迷っているのであろう君を見過ごすのは、私の良心が許さなかった」
「それだけだ」と付け足して言う、女。
淡々としてる印象のある人だけど……なんというか、根のお人好しな感じが滲みだしてきやがってる気がする。
対して、じいさんのほうもこれまで通りの調子で言う。……ただし、女の方とは違って、その内容はこうしてアタシを助けているとは思えない、お人好しとは離れているだろう思考のものだった。
「今この瞬間、困っている人間なんて山ほどいてキリが無いものさ……だから僕はどうでもいい、君に限らず誰に対しても。
髭のじいさんが言った「彼女」ってのは、きっと
それがなんでそこまで手の平を返すほどの理由になるのかはわかんねぇけど……。あれか? 実はこのじいさんと
「もしも彼女に嫌われたらと考えると、震えが止まらないね」
「どういう力関係なんだよ、あんたら」
「ふっはっはっはッ!」
アタシのツッコミに、何故か声を上げた笑うじいさん。
そんな様子を見てため息をついている女……あの人、きっと苦労してんだろうな……
と、ひとしきり笑った髭のじいさんが「それに――」ってまた喋りだした。
「この世の中……長い歴史を見ればなおのことだけど、よくあることだろう? 家無しや孤独になることなど。ノイズがたびたび発生している昨今など親が、子が死に
「……っ!?」
「戦争の――争いの無い世界の実現」。その目的のために、アタシはいろんなことをしてきた。力を持った連中を押さえつけ、戦争なんて起こさせないようにする……単純明快なものだ。
そして、フィーネが言っていた「呪い」を解いて、バラバラになった世界を――人々をあるべき形へと戻す。……そうすることで、成せると信じていた。
ノイズも、成すためのチカラのひとつだった。
現代兵器による攻撃を受け付けないノイズは……それを操る「ソロモンの杖」は、現代兵器を持って増長した連中をぶちのめすにはもってこいのチカラ。
……けど、疑問を持ったことが無いわけじゃない。準備のために必要なプロセスだとしても、これは正しいのか……今、そして未来に起きる「戦争」を止めるという大義があってのもので、それによって将来守られる命は山ほどある。アタシもアタシ自身に言い聞かせてたけど……どう、だったんだ?
髭のじいさんが言った言葉が、アタシを揺らす。
アタシの嫌いな奴らが関係無い奴まで巻き込んで殺し合ってた「戦争」と、アタシらがノイズを使ってやってたことは……
「不安かい? 苦しいかい?」
「っ! な、何がだよ!?」
「わかるだろう? そんなことは言わずとも」
ジッとアタシの事を見つめるじいさん。
アタシはその鋭い視線に固まってしまう。
――が、次の瞬間、それが嘘のようにニコッと笑った。
「彼女はまた来る、その時に問えばいいさ」
「……なんで、
「そういう奴なのさ、あの子は――――それに、どうやら君自身も捨てたもんじゃないらしいよ。ほら」
じいさんが指差したのはアタシの手元……アタシの食べているバーガーだ。
「その
まあ、見た目以外に違和感が無いのが違和感だと思えるくらいで、かなり美味いし、レアだってのもまあわからなくもない。
けど――
「コレ選んだのは、アタシじゃなくて
「最終的に手に入れ、食べたのはキミさ。それだけでも……いいや、そのシチュエーションも含めて
「……わっけわかんねぇ」
そう吐き捨てるように言ってから……アタシはもう一口かぶりついた。
……うん、やっぱり美味い。でも、それだけだ……
「にしても、下手だね……食べるのが。反対側から脇からと、中身がこぼれちゃってるじゃないか。せっかくの「黄金のたまごパン」がもったいない……追加でもうひとつあげようと思ったけど……迷うね、コレは」
「う、うるせぇッ!」
「こんなにこぼして……布巾だ。あと、少し待っていろ、新しい着替えを用意する」
「うっ、悪ぃ……それと、テーブルはアタシで掃除する」
「でも、大丈夫? 教えたほうがいいかしら?」
「で、できるぞ! そんくらい!!」
この後、うっかりコーヒーカップを割っちまったせいで、じいさんには苦笑いされ、女のほうには……特に何も言われなかったのが逆に怖かった。
何考えてるんだ、イヴちゃん!?(それは次回以降)
『なんとかしろ、遊作!』
大丈夫だよね!? 表現的に「R-15」で!?
『当り前ではないか』(半裸の超官感)
ていうか、本名出てないのに目立ち過ぎじゃないかな、カフェのマスターとウェイターさん!?
名前呼ばないスタイルのキネクリボーのせいで、なおのこと判りずらいことになってるぞ!?
そして……『すまねぇ、嬢ちゃん!』(エンジョイ!)
「クリみく」、「みくクリ」大好き適合者の皆様、本当に申し訳ありません!!
「響と未来の仲が修繕済み」、「イヴちゃんが事前にフラグ立ててた」等々の理由により、クリスと未来ちゃんの絡みフラグが立ちませんでした!!
これまではイヴちゃんがいながらも「奏と翼」、「響と未来」といった原作に在る絡みは「それはそれ、これはこれ」で確立させていたのですが……今後、どうなるかは……『いずれわかるさ、いずれな』
さてさて、前回実施したアンケート「天羽奏に合う(聴かせたい)遊戯王OP・ED」投票参加、ご意見ありがとうございました!!
全391票の投票の結果結果……
1位! 遊戯王GXの最初のED「限界バトル」!!
実は、これで奏に良くも悪くも転びそうなフラグが立つことになるのですが……そもそもですし、今は関係無いのでひとまず置いておきましょう!この曲が登場するまで!!
以降は、少し票があいて2位の「明日もし君が壊れても」と3位の「魂ドライブ」が十数票差で、その半数ほどで4位の「アーティスト」となりました。
これらの楽曲の扱いについては、この投票結果と今後の展開との相談となる……かもしれません。
次のアンケートは……今回大活躍(?)したクリスちゃんことキネクリボー(逆)の……流れで、わかりますね?
イメージはすぐ纏まって候補も響に次いですぐに決まるんですが、問題は「あれ? これシンフォギア二期以降のクリスのイメージじゃね?」ってなることです。……まあ、クリスちゃんが関連曲を披露できるタイミングは一期には残ってないんで、それでいいきもしてます。
とにかく、おたのしみに!&参加よろしくお願いします!!
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イラッとくるぜ!
何度も予告を打っておきながらズルズルと更新が遅れる上に、うっかり忘れてて「イヴちゃんがノイズを攻撃できたり、できなかったりする理由」が入るお話をすっぽりと抜かしてしまい、書くタイミングを逃してしまった「僕だ!」です。
……きっと、どこかでまた機会が……ある、はず。あと、「余罪カウンター」みたいなのも導入したほうが……?
そして! ちょっと時間が経ってしまいましたが、新たな「星遺物」ストーリー関連カード、《星鍵士リイヴ》の情報がありましたね!!
気づけば「星遺物」デッキをいじってる今日この頃……ただ、あの効果と縛りじゃあ悪用されてしまう気がして規制かかるんじゃないかって不安で一杯だったりします。
予告していた通り、アンケートを行います!
アンケート内容は、まだ、この作品ではその魅力や深みを出しきれていないですが「雪音クリスに合う遊戯王OP・ED」となっています!
締め切りは11/17の00:00を予定。
「僕だ!」の中で既に決まっている曲もありますが、それとは別に選ばれた曲は奏が聴く&歌うかも!?
詳細は後書きの方で!!
なにはともあれ最新話!
1に「デュエル」、2に「裸の付き合い」、3に「スキンシップ」で、4に「食事」、5は……最近急上昇中の「歌」かな?
何がって、相手と仲良くなるための方法だよ。
え? それらを一緒にするってだけで難易度が高い?
なら、一番ハードルが低いデュエルをすればいいじゃない。ちょっとした
デッキが無い? ……『ああ、俺もだ』*1
つい先日、それらの1と5以外を実行した相手がいるのだが……うーん、悪くは無いんだけど、いまいちだった。それに、正確には4の「食事」は中途半端に終わったというか、始まる前に終わったし。
その、親睦を深めた相手というのは……話には聞いてた、あの下ちt――もといオッP*2が印象的だった鎧の女の子。実はシンフォギア装者だったっていう「
何故、そんなことになったのか?
それはつい先日、カナデたちとカラオケに行った日の事。ヒビキとミクちゃんと一緒にいる時にノイズが出現し、ワタシは避難誘導の手伝いをしたのだが……終わったあと別の場所にいるミクちゃんに会いに行ってみるか、本部に行くか、そのままどっかへ行こうか迷っている時に、細い路地に転がっているモノを見つけた。
それが、気を失っているキネクリボーちゃんだったのだ。
カードは拾った*3*4……じゃない、(キネ)クリボーは拾った。うん? それってモンスターカードを拾ったわけだから、やっぱり「カードは拾った」でいいんじゃないかな?
……《キネクリボー》なんてモンスターカードはない? 知ってる。
とにかく「
顔を見ただけでは「ン? どっかで見たような顔だけど……?」と判別はつかなかったけど、運ぼうとして抱えた時に
「『デカけりゃいいってもんじゃない』」*6
――――と、負け惜しみじみた
そして、思ったわけだ。
「キネクリボーちゃんと皆とが、仲良くなれないかなー」と。
ヒビキ
それでワタシはなーんとなくではあるが、キネクリボーちゃんの
戦争の被害者といえる存在が、新たな争いの火種となったり色々と葛藤したり、戦いに身を投じたりすることは遊戯王でもいくつか例がある。
「戦争」やそれに近い経験から「理想」を見出してソレを実現しようとするとか、「復讐」だったり「諦め」だったり……。その他諸々……詳しく描写が無いものもあったりする。
正しいか否かとかそんな次元じゃないものもあれば、志はいいけれどその過程が……ってもの当然ある。
必ずしもそれらが理解・解決されるわけではないのだが……個人的には、何かしらの落としどころが欲しいと思ってしまったりするわけだ。
それが、ワタシがキネクリボーちゃんをこのまま放っては置けない理由……彼女自身がどう転ぶかはわからないが、ちゃんと行く末を見て見たいというワガママだ。
……なんというか、自分で言うのもアレだが、欲張りだなワタシは。
えーっと……なんだっけか?
とにかく、そいうこともあって、だ。思うところは幾らかありはするものの、ワタシとしてはその理由を無視するというのはできそうもなかった。
……できれば、あの話の時に難しい顔をしてたゲンジュウロウさんから話を聞ければよかったんだけど、残念ながらワタシのお口はいうことをきいてくれず、問いかけることは叶わなかった。……あの感じ、なんか知ってそうだったんだけどなぁ……。
んで、話をちょこっと戻すと、キネクリボーちゃんは何かの組織のトップだったのか、計画の発案者だったのか、あるいは
なら拾っていいよね――じゃなくて、
キネクリボーちゃんと二課の皆との間を取り持つキッカケを模索するためにも、キネクリボーちゃんの本心を引き出す必要がある。
そのために、まずは二課にも
っで、キネクリボーちゃんとコミュニケーションを取って、解決の糸口を見出せたかといえば……最初の方で言った様に、あまり上手くいっていない。
そもそもそういう子なのかもしれないけど、あれ以降2,3度会っているんだけど未だにツンツンしてる。
何か言いたげにしてるけど、視線を向けて首をかしげたりして催促しても「何でもねーよ、この馬鹿っ!!」みたいなこと言われるだけという……うん、ワタシ鈍感じゃないからわかるけど、これって「デレ」が表層に出てきてない「ツンデレ予備軍」とかそんなんじゃないかな?
付け加えると、そんなキネクリボーちゃんの様子を見たマスターやいたりいなかったりするウェイターさんは微笑ましそうにしたり、小さくため息をついたりと各々反応をしてて、そっちはそっちで楽しそうだった。
とにかく、だ。なんというか、こう……一歩、足りない気がするんだ。
キネクリボーちゃんの背中流してあげてた時に、その小さな背中が寂しそうに見え、時々カナデたちにやるように抱きしめてあげることにしたのだ。
今思えば真っ裸ではしたことなかった……けど、それ以上に問題だったのが、石鹸のせいで上手く抱きしめられなくてツルツル滑ってた時に触れたキネクリボーちゃんのオッPにまた「イラッ」としてしまったこと……。だから、邪魔だろうからねじ取ってさしあげようかと掴みーーイヴちゃんのちびっ子ボディの小ちゃなおててにはオッPは余りあったために掴みきれずにモニャモニャしてしまい……まぁ最後には怒られたわけだ。
そのせいだろうか……?
いやっ、やっぱりデュエルでぶつかり合えてないのが問題なんだろうな!
―――――――――
と、まあ、そんなこんなで今日も今日とて以前よりも増えたカフェ
最近、ノイズが発生しても「イチイバル」の反応が無いことに「もしや――」、「どこかで倒れて――」などと不安そうにしているゲンジュウロウさんやヒビキには悪いけど、まだもうちょっと待っててもらうとして……ワタシはキネクリボーちゃんと仲良くなることを第一に考えてよう。
――――なんて感じに突入したんだけど……
「いらっしゃい、よく来たねぇ」
いつも通りのマスターがいるだけでした。
平日の朝一じゃない微妙な時間ってこともあってか、お客さんもゼロ。
ウェイターさんは今日もおやすみ?
キネクリボーちゃんは……裏か、上の階かな?
「『
「いいや、二人とも上だよ、都合のいいことにね」
へぇ~仲良くお喋りしているのか、それとも何かの準備でもしているのか……
……って、「都合のいいことに」? いったい、何のことなんだ?
「なに、大したことじゃあ無いよ。この前、ウチの従業員が持って帰ってきた
ん? お土産?
昨日とかその前の時とか……ウェイターさんがいなかった時、ただのお休みとかじゃなくて何処かへ旅行でも行ってたのかな? ――って、それなら今じゃなくて、むしろウェイターさんがいる時のほうがいいんじゃない? なんでウェイターさんやキネクリボーちゃんがいないのが都合がいいんだ……?
そんな疑問を抱いているワタシの事なんて目に入っていないのか、それともワザと知らんぷりしているのかは定かじゃないけど……マスターは「これだよ」と言いながらカウンター下からその「
「面目ないことに少し時間がかかってしまったのさ、予定していたよりもずっとね」
うん……
え、いや、時間がかかったとかそんなことはどうでもいいんだけど……
カウンターの上に置かれたのは、十数~二十センチほどの光り輝く
いや、
――――《
それは、「星遺物」ストーリー*8に登場する3つ目の「星遺物」……
「
理由は詳しくは不明だが、《
そんな、喫茶店にあるはずのない――「お土産」などとして持ち帰られるはずもないモノである《
第一、なんでもうこんなミニチュアサイズになってるんだ!? だって、コレって「星遺物」そのものっていうか、そのチカラの具現であって「星遺物」が起動してないと現れないんじゃぁ……?
……いや、そもそもこの世界の「星遺物」がワタシの知っている「星遺物」とが
だって、
それだけなら「カードでは描写が無かっただけ」とも言えなくはないだろう……が、決定的に異なっているのは、
と・に・か・く!!
色々とわかんないことはあるけれど、《
それホンモノかどうかなんて、ワタシが実際に手に取ってしまえば……!
少し背伸びしながら手を伸ばして、カウンターの上に置かれたソレに触れる。
すると、どうだろう。
ミニチュアサイズになった《
……うん。やっぱりなんか違うな、この世界の「星遺物」は。
それを言ったら、《
「フム、
――――違和感を覚えながらも確かにホンモノではあった《
というか、だ。
前々からなんとなく感じていたけど、このマスターはワタシと同じ
……ん? でも、「ソレ
うう~ん。気にはなる……が、今、最優先に確認すべきは、
それは「
『星鎧』を入手した時にワタシは「
それに、「上にいる」ぽいことをさっき言ってたから命にかかわるような事態には遭っていないだろうけど……。
どうだったんだ? 「
うーん、《
「ほう? そんなのがいるのかい? ……いや、それだったら確か――――」
と、マスターが何かいいかけたところで、カウンター奥の扉が開いた。
そこから出てきたのは、いつものように髪をまとめ上げ給仕服を身に纏ったウェイターさんだった。で、ワタシと目があった。
「来ていたのね。それはちょうど良かった、少ししたら支度を終えたあの子が降りてくるから……どうかしましたか?」
カウンター越しにワタシに話しかけてきてたウェイターさんだったけど、マスターに向けられていた視線がきになったのか、途中で止めて口調を多少変えそっちへと向き直って問いかける。
「いやぁ、
「はっ!? すみません、つい」
言っている途中で、ウエイターさんがマスターの頭をお盆で叩いて!? いや、「つい」ってなにさ……!?
……なんかちょっと前にもウェイターさんがマスターに手を上げてたような気が?
というか、さっきワタシが言うまで「
それに、マスターって仮にもウェイターさんの上司っていうか雇用主だよね? そんなこと言ったり叩いたりしたら――
――んん? 「痛いねぇ」と、少し背中を曲げた体勢で叩かれた頭を片手でさすっているマスターが、さする手と腕でウェイターさんからは隠すようにしてもう片方の手を口元に人差し指を当てワタシに「しーっ…」としてきた。
どういうことだろう……え? もしかして、「
「はぁ……ヤツラを倒すために、ふたりが無理をしてしまったというのにっ局長がこんな調子では合わす顔が……」
「今は店長、あるいはマスターだよ。気を付けてくれ」
……? なんか自然に戦ったっぽいこと言ってるのとか、話してることの一部はわけわからんけど……どういうことだ?
あと、気を付けるといえば「
「? いったい何の――そうか、君は確か言葉が……」
ワタシの発した言葉に一瞬首をかしげたウェイターさんだったが、ワタシのお口はいうこときいてくれないことを知っていたのかすぐに「ああ」と納得したように小さく頷いた。
そして、今度は難しい顔をする。まぁそうだよね、何言ってるかわからない上に聞き返してもまともな返答が返ってくるかも怪しい相手に、どう言葉をかけるべきか……そんなの悩んでしまうに決まっている。
と、そんな困った状況を見越してか、ウェイターさんが何かを言う前にマスターが割り込んできた。
「そうそう、襲ってきたヤツラの部品や核は厳重に管理しておいたほうがいい。死人がでかねないのさ、ひょんなことから暴走して」
「なっ!? 確か今はプレラーティが解析していたはず、彼女に連絡を……というか! だからそういうことはもっと早くに言っておいてください!! 大体貴方はいつもいつも適当なことを――――」
溜まりに溜まってたものでもあったのか、マスターに説教を始めるウェイターさん。
ゴメンナサイ。そのこと、ワタシが今初めて言ったばかりで、マスターは悪くないんです……。
あと、知らない名前が出てきたなぁプ、ぷれまいお……?
……そうだ、名前といえば、いまさらだけどワタシってこのふたりの名前知らないな。まあ、困ってはいないし、知ったところで呼べないから今はとりあえずいいか。
「こんな時間なのに、今日はやけに賑やか……って、何してるんだこの人らは」
と、ワタシが今日ここに来た第一の目的といえるキネクリボーちゃんが、奥の扉から出てきた。……そういえば、ウェイターさんが一番最初に「もうすぐ降りてくる」的なこと言ってたね。
説教している様子を見て――それに割り込む気が起きなかったのかキネクリボーちゃんはカウンターを越えワタシの方へとやってきて、顔を寄せてきた。
「なぁ、また
途中、何故かわずかに言葉を詰まらせながら耳打ちするように問いかけてくるキネクリボーちゃん。
マスターが何かしでかしたと言えば、まあその通りではあるのだが……マスター的にはワザとそうしているというか、矛先がワタシの方に向かないようにしてくれているというか? そんなことしなくってもいいのに……でも、マスターが代弁してくれないと「
「『どういう…ことだ…』」*13
「もしかして、お前もあれの原因はわかってないのか?」
うん、そうだね。今はそんな感じに思っててもらえたらいい。なのでコクリと頷いておく。
「そうか」と言葉を返してきたキネクリボーちゃん。
すると、今度はふたりとワタシとを数回交互に見た後……ワタシのほうで目を止め、口を開いた。
「あの様子だとまだかかりそうだから、あ、あーっと……アタシらはアタシらで話してみる、か? お前にはちょっと聞いてみたいことがあるし……」
おっ、ちょっと顔を赤くして、不器用な感じでありながらもお喋りのお誘いをしてくれてるぞ!!
前までは何か言いたげにしてても結局は話せず仕舞いだったことを考えると、これまで数回会ってきた中で距離を仲良くなれたってことだろう。もしくは、ただ単純にキネクリボーちゃんが勇気を出したのか、ウェイターさんあたりがワタシの知らないところで背中を押したりしたのか……。
なんにせよ、お断りする理由は無いよね! これを機にもっと距離を詰めて、キネクリボーちゃんの内心や、これからどうしたいかを聞きだせるようになれば万々歳だ!!
「『いい加減にしろシェリー! お前の親父さんは、そんなことのためにそのカードを託したのか!?』」*14
いや、もっとマイルドに……なんで開幕でヘッドバットかますんですかねぇ!? 第一、まだそんなに突っ込んだ話をするつもりはなかったんですけど!
いきなりで意☆味☆不☆明だし、このセリフをぶつけるのに適した相手がいる……ん? いたっけ? そんな子がワタシの周りに……いないよね? いないはずだ……何を考えているんだワタシは?
と、とにかくっ! そんなぶっぱなしで当たるわけないから、なんとか適当に誤魔化してから――――
「人違いやら、わけわかんねぇこと言うだけならまだしも! テメェ……ッ!! 」
――――当たったよ! わけわかんないけど、クリティカルっぽい!!
当たった場所は多分地雷とか
キネクリボー……ユキネクリスの、その怒気のこもった声と殺気マシマシの鋭い視線に、ワタシは冷や汗を流すしかなかった……。
色々とおかしなタイミングの『星盾』の登場とその入手経緯!
変化が無いようで実はすでに1,2つある(?)イヴちゃん!!
そして、今回の最後……奏の時といい、フィーネの時といい……自分から死地に突撃してないかな、イヴちゃんのお口は?
※注意※
感想欄でのアンケート回答等の行為はハーメルンでは禁止されている行為です。ご注意下さい。
具体的には「○○に一票!」、「○○がいいです!」などの回答がアウト。「○○にしました」、「○○は合いそうかも?」などの投票報告・特定の曲感想はグレー……だと思います。それ以外の判断ラインは曖昧ですので……。
ですが、それらも含め、もしも選択肢以外に「クリスにはこの歌がいいだろ!?」、「『デュエル開始の宣言をしろ、磯野!』」等の意見がありましたらハーメルンの感想欄ではなく、Twitterのほうにお願いします。
またTwitterでは、各曲のリンクや選考理由等を乗せる予定です。参考にどうぞ。
アンケートの締め切りは11/17の00:00を予定。
※追記※
01:23
設定していたアンケートの質問内容に誤りがあったため、誠に勝手ながら一旦削除し、修正してから再開させていただきました。そのため一旦票数がリセットされてしまいましたので、すでに投票してくださっていた方には誠に申し訳ありませんが再度投票をお願いします!
申し訳ありません!!
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2-13
いろんな意味で、最長で最低だった「僕だ!」です。実現できなかった予告を垂れ流したままにしてしまったりしたままズルズルと2週間も更新せずにいて、本当に申し訳ありません。
更新してない間にもUAや感想、お気に入り登録や評価をつけでくださった方々がいてありがたい限りだったというのに……不甲斐ないばかりです。
自分で考えて決めたシナリオで気が滅入ってすぐに墓地行きしてしまうクソ雑魚《ワイト》メンタルな「僕だ!」に、どうかお力を分けてください……。
……と、イヴちゃんの登場割合の問題で不足気味な遊戯王成分を地味に補給しつつ、ようやく今回更新することができた最新話でございます。
キネクリボーことクリスちゃん回! 途中第三者視点を交えながらも、主にクリスちゃん視点となっている今回のお話。
彼女の迷い、葛藤、心の闇、そして原作と異なる歩み出し……
その結果、過去最長よりも長くなり、普段の2倍近い文章量となってしまっています。「僕だ!」が思い描いていた通りに描写しきれているかはわかりませんが、お付き合いいただければ幸いです。
……あと、内容そのものには直接関係無いのですが、名前を意地でも呼ばないクリスちゃんに手を焼いています。特に彼女の視点内での表現には色々迷走していますので、何かあればよろしければご指摘お願いします。
「『いい加減にしろシェリー!!お前の親父さんは、そんなことのためにそのカードを託したのか!?』」
意を決して、アタシの胸の奥にあるモヤモヤのことを、そしてこれからのことを相談しようとした矢先のことだった。
シェリー? 誰の事だ?
カード? 何の話だ?
謎の発言……アタシを無性にイラつかせた。
「わけわかんねぇこと言うだけならまだしも! テメェ……ッ!! 」
それは、意味不明だったからか、なんでもわかっているかのような物言いだったからか、それが
なんにせよ、その言葉はアタシに突き刺さりやがった。
「なんでお前がパパの……アタシの親のことを知ってるのかなんてことは聞かねぇよ」
「けどな、
気づけば、
仮にアタシのパパとママが何をしていたのか――なんで死んだのかを
そう、ただこの
――――ううん、アタシだってわかってる。じゃなきゃ、アタシ自身そもそもコイツに相談なんて持ちかけようとはしなかった。あの
コイツは、アタシが何か言うより前から全部わかってやがったんだ。さっき言った過去はもちろん、アタシが悩んでいることも、その理由――アタシが
だけど……いや、
アタシを知っているから何だっ。パパたちの活動を知っていたから何だっ! 言われた言葉がアタシにぶっ刺さってるから何だッ!!
アタシとその周りの事情を知ってて、そこからパパたちの気持ちを推測できて……それで憐れんで、同情してきたとして、ただそれだけじゃないか!!
「お前に、何がわかるっていうんだよッ!?」
声だけじゃなく、胸ん中の衝動が――想いが、そんまま一緒に出てきやがって自然と声を張り上げてしまっていた。
アタシが掴みかかっている眼前の
「『ああ…わからねぇ…わからねぇさ! お前やハルトの憎しみも悲しみも!』」
――――それでも、視線をそらしたりせず力強くアタシに言葉を投げかけてきた。
また「ハルト」なんてアタシの知らない人の名前らしき単語が交じってはいたけど……その言葉に、胸がズキズキと痛み、アタシは悲しく……
なんで…だよ…… アタシの
なんで、心のどっかで「理解してほしい」って思ってるんだよ、アタシは……ッ!?
『だけど俺はお前とデュエルした! デュエルを通じてお前を知っちまったんだ! デュエルは新しい仲間を…絆を作ってくれる』」*1
涙ながらに、けど力強く――――ん? 「デュエル」? どっかで聞いたことがあるような……?
あれは、いつのことだったか? あの融合症例も言っていた言葉……そうだ、あの「ツヴァイウィング」のライブがあっている裏で融合症例を捕らえるために動き――最終的に何も出来ずフィーネに捨てられるキッカケとなったあの時だ。
たしか
――――『何度でも受け止めてやる! 全部吐き出せ、お前の悲しみを!!』
「……!!」
あの夜の言葉が、蘇った。
胸倉を掴んでいた手が緩み、
名前を知ってたことといい、あの
けど、それじゃあ足りないのだと、
……けど、説明がつかない。
捨てられ、路頭に迷ってたアタシを、全く害にはならないと断定するかのようにこうして二課に連れて行かずに匿っているのは、
まるで、悩み揺れるアタシの心を理解しているかのようなその態度は――もしや、その「デュエル」とやらで本当にアタシの事を知ったから……なのか?
「まさか、そんなバカなこと……」、「第一、あの
眼前で、涙を拭った
そして――
「『お前の魂はまだここに囚われたまま。だが、そこから脱出する道の見つけ方もお前はわかっていないようだ。……お前に道は見つからない!』」*2*3*4
またわけのわからないことを――――と、切り捨てることはやっぱり出来そうもなかった。
さっきから
「……なら、教えてくれよ。何もかも失って地獄を見て、勝手な大人どもに振り回され、好き勝手されて……ようやくそこから抜け出した先で手に入れたチカラ、それをくれたヤツの言った「世界から争いを無くす方法」を信じ
滲む視界。頬を伝う
……気づけば、今度はアタシが涙を溜め、そして流していた。
もう、十分だ。否定したくても……イラついているこの気持ちといい、今嫌と言うほど自覚したモノが、目を逸らしてはいけないんだってアタシの中の良心が、アタシ自身に訴えかけてきてるから。
アタシがやらかしてきたことは、例え本当にその先に「平和」という大義があったとしても許されることじゃない悪いことだってことは。だからこそ、一度誰かにちゃんと怒られた方が、この苦しみから解放されるんじゃないかと……ならば、アタシのことをわかっているだろう
そして、教えてほしいんだ。アタシはどうすれば…どうしたらよかったのかを――――
「『情けなくはない。そして謝る必要もない』」
求めていた、叱りつけるわけでもなく……かといって許すような言葉でも、怒りをぶつけてくるようなものでもない。
「『旅立った人達はお前の人生から完全に消えたわけではない。先の場所に行っただけだ。私はそう信じている。……ただ、私は彼らのもとへ行く時それに恥じぬよう生きていくだけだ。お前とは違う』」*5*6
もしも、本当に「あの世」なんてものがありでもすれば、確かにいつか会うことになるだろう。
果たしてその時、アタシはパパとママに恥じることなく顔向けできるだろうか?……なら、どうすれば――――「
最後に付け加えるように言われた言葉がアタシの中で反響する。そして――頭に血が昇り熱くなっていくのが、アタシ自身よくわかった。
こうも頭に血が昇る理由も、
「なんだよっ、今のアタシは恥じるべき存在だって言うのかッ!!」
「『少なくとも今のお前はな』」*7
間髪入れずに帰ってきた答えに、アタシは一瞬息を飲んでしまった。
「わかって、るよ……」
何か言い返したい、でも言い返せない。わかっているから。
けれど、認めてしまうのが恐ろしくて、歯を食いしばり、唇を噛み、痛むほど両手で拳を握りしめ……俯いてしまう。
考えが、想いが、思い出が頭ん中をグルグル回る。
「じゃあ……なんだよ。今の世界がおかしいって思っても「仕方ないことだ」って何もしないで泣き寝入りしときゃよかったのか……あのまま何にも考えずフィーネの言いなりになってりゃよかったのか? ……あんなことあった後でも「パパとママの遺志を継いで歌で世界を平和にする」って言って、現実見えねぇ頭ん中お花畑なロマンチストでい続けりゃよかったってのかッ!?」
そういれたならよかったかもしれない。どれも楽だ、こんな重圧も苦しみも無かっただろうから。特に、あの夢を追い続けられれば、パパとママを感じ続けて寂しさも紛らわせ、かつ、あの世で胸を張って会えただろう。
でも――――
「そうさ……アタシは
――――実際そうはいかなかった。見たくも無い
そして、戦場を離れても、アタシにあのころの日常が戻ってくるはずも無く、アタシは別の闇を――アタシん中の闇を見た。
「アタシの歌は、人を殺すだけの兵器――ノイズを解放するためのもんになったッ!」
目的の為にと、フィーネに言われるがままに嫌っていた歌を何度も歌い、やっとの思いで完全起動させた「ソロモンの杖」。
対人において、一方的に蹂躙できる兵器は、本来のアタシの計画……「戦う意思とチカラを持ったヤツを片っ端からぶっ潰す」において、敵だと判断していた
「歌ったこの手に握らされたのは、あの
今でも思い出せる。フィーネの所で「
出てくるアームドギアは「イチイバル」の原典である弓じゃなく、むしろ拳銃なんかに近いクロスボウ。そして、変形する先は銃火器・兵器。それを知り、その目で、手で感じたアタシは震え、呼吸も乱れた。……今だって、その恐怖が薄れているわけじゃない。イラつくもんを「ぶっ壊す」って衝動に変えて、恐怖を抑え込む――いや、見て見ぬふりをしてるだけに過ぎない。
「
「『泣き言を言う暇があるなら私を倒してみろ!お前の魂を燃やしたデュエルで!』」*8
大っ嫌いな歌を、口ずさむ――――
「そこまでだよ」
――――突如、目の前に掌が現れた。
驚き、口をつぐんでしまう。
その手の持ち主は、
「流石に困るからね、店内で暴れられるのは」
……そうだっ。
店でこんな色々と機密に関わりそうな言い合いをしてたことを不覚に思いながらも、アタシのイライラと熱さは収まらず――むしろ、いっそう強くなっていく。
「……ッ!」
この苛立ちを……そして、その奥にある「何か」をどうしていいかわからず、
―――――――――
「……なんでだ」
アタシの口からこぼれた呟き。
それは、ついさっきまで
今の、ワタシだ。
貸し与えられたこの二階の一室。そこにあるベッドの上で、膝を抱える体勢で毛布に包まって座っているワタシ自身。
今いるこの部屋は二階だし窓はあるから、もしも今
つまり、さっきのアタシの行動に、合理性なんて無い。
……でも、こうしてゆっくりと考えてみると、理由はわかってきた。
パパとママが死んで、攫われて、異国の戦場で転々としてきた。そんな時間が何年もあったってのに、
それは元々の
いつからかなんて詳しくは思い出せない。けど、フィーネのところにいた時にも似たような感情があった気もする……つまりはフィーネに拾われてからの時間がそうしたという可能性もある。そして「
ふと思い浮かんだのは、
「……つーか、ほんの数日だけで
「そういう線引きの基準はひとそれぞれ、そう気にする必要はないんじゃないかしら?」
ここのふたりのことが嫌いじゃなかったからというのもあるかもしれない。それ以上に、やっぱりアタシは自分で思っていた以上に寂しがり屋だってこと――んん?
ウダウダ考えながらの独り言に誰かの声が。予想外で反応が遅れてしまったけど顔を上げて周りを見渡す。
あの店員の女がいつの間にか、両手にマグカップを持ってこの部屋の扉んとこに立って……って!!
「なっ! なんで勝手に入ってきてんだよ!? 」
「何故と言われても……鍵が開いていたから、むしろ入ってきてほしいのかと思ったんだけど?」
「……!?」
言われて思い返してみれば、確かに駆けこんで多少乱暴に扉を閉めたのは覚えはあったけど、鍵は……どうだったか、記憶に無い。
でも、アタシは別に誰かに追いかけて入ってきてほしかったとかそういう
どう返せばいいか、なおかつなんというか恥ずかしさがどこからか湧きあがってきて、結局のところ俯くことしかできなかった。きっとアタシの顔は真っ赤になってるなぁ。
そんなアタシに気付かなかったのか――あるいは、気付いたうえでスルーしてくれたのか、女は「カプチーノよ」と手に持つマグカップのうちの片方をワタシにさし出してくる。……ちょっと迷ったけど、拒否する理由も無かったから「ん」と一言だけ反応を返しながら受け取った。
で、女はといえば、そのままベッドに座るワタシの隣に並ぶように座った……
「……アイツは?」
香る湯気がたつカフェオレにひとつ口をつけてから一言、アタシは問いかける。
「5分くらい前に帰ったわ。予定が他にもあったんじゃないかしら? 二階に上がった貴女の事は気にしてはいたけれど、私と店長に挨拶をしてから出ていったの」
「そっか……」
今、アタシが飛び出してからどれくらいの時間が経っているのか知らないから、
「色々と思うところはあったんでしょうけど、あの子の言ってたことは話半分程度で受け止めておくといいんじゃないかしら」
もう一口カプチーノに口をつけたところで、店員の女の人がそんなことを呟くように言った。
この人や
いったい、どうしたっていうんだ?
「詳しくは知らないけど、あの子は言葉が……言語能力がおかしくなっているらしい」
「言語……が?」
「ええ。あの子と一緒に店に来てた人物が話していたことを偶然耳にしたのよ。「思った通りに言葉が出せないだ」とか、「杖のせい」だとか」
いやっ、
言葉の方の問題はもちろんだけど、それ以上に「
完全聖遺物「ネフシュタンの鎧」。完全聖遺物ゆえの攻撃・防御性能の高さ以上に特徴的なのは装備者に付与される「再生能力」。ただし、その驚異的な能力には、再生するたびに
つまり、あの夜、アタシと戦った時なんかにも
――にしては、ずいぶんと的確にアタシに色々と言ってきてた気がするが……?
「なぁ、思ったように言葉が出ないって、結局はどんくらいのものなのかわかるか?」
「私には判断しかねるわ……ただ、店長曰く「
「じしょ…自傷!? って、つまりッ!?」
今日
でもそうなると、アタシにぶっ刺さってたあの言葉たちはいったいどれくらいが
そして……あのやりとりの中でアタシの中に生まれた
……ん? 待てよ?
「今の話からして、
「……らしい。正直、彼の言っていることも話半分……いや、それ以上に疑ってかからなければいけないもの。信憑性は高いとは言い難いわ」
「疑ってかかるって……どんな親子関係だよ」
いやまぁ、パパとママに対してはモチロンふたりの夢にも散々なこと言ったりやったりしてきたアタシが言うのも変だけど――
「え?」
「? どうかしたか?」
「ん?」と隣に座る互いの顔を見合わせて……数秒後、女のほうが先に「ああっ!」と声を上げた。
「なるほど。
「あっ」
言われて気付いた。確かに、さっき、アタシはそんな風なことを言ってた。
でも、普段はそんなこと考えたりはしたこと無かったんだけど……だって、じいさんがやったことに容赦なくツッコミというか物投げたり叩いたりしてるし……なら、なんでだ? 無意識……って、そんな関係が感じられる場面なんて遭遇したこと無かったんだって! 後は……アタシがそんな関係を求めてい――――いやいや、違う違うっ! んなわけない!!
とにかくっ! この女の人と
「わ、悪い……」
「気にしないで。確かに、
二回言った……。
散々な評価の店長もアレだけど……それ以上なこの人の父親っていったい……?
気にはなる。けど、その疑問を口にはしない。
だって、この
ちびちび飲んでいた手に持つマグカップの
「……私は、貴女のご両親のことをほとんど知らない。それこそ、先の言い合いの中で断片的に出てきた部分くらいだ」
「なんだよ、いきなり……」
「貴女の今の状況も含め、ご両親がやってきたこととその結果の全てを手放しで褒められるものではないかもしれない。けれど、
「ある種の」って言い回しが多少引っかかりはしたけど……それ以上に、これだけで終るとは思えない
「……これは、私の無責任で身勝手な願望。他人には……特に貴女には本来聞かせるべきじゃない独り言よ」
呟くようにそう付け加えてから、改めて口を開こうとしている店員の女。それをアタシが何かを言って遮ってしまうのが心惜しかったから、何も言わずに……言えずにいた。
「ご両親の成してきたことをそばで見、ふたりの夢をよく知る貴女にはその遺志を何かしらの形で継いで欲しい。良かった部分、そうではなかった部分、その中で出来ることと出来ないこと……それらを貴女なりに考え、形にし、目指し、成し遂げていってほしい」
けど、不思議と聴き入ってしまっていた。
「貴女の目指すと決めた
「そんなの……本当かよ?」
「さぁ、どうかしら? 私の経験則だから、どこまで信用できるものかは判断しかねるわね」
「……はっ、本当に無責任だな」
――でも、何故かイラつきはしてなかった。
それは、隣に座る
そうだ、パパとママの「歌で世界を平和に」なんてそんな夢見がちで鼻で笑われてしまいそうな活動に、支援をしてくれたり一緒になって活動をしている人たちがいた。奏でる音楽に心をひとつにし、一緒に歌っていた人たちがいて――パパとママの「夢」のひとかけらが、あの場所には確かにあったんだ。
……あの時の活動は、物資に紛れ込むように入ってきた爆弾によってパパとママが死に――他の人たちも、戦禍に巻き込まれ今
ついさっきは突っぱねてしまった
そうっ。アタシが
何かを掴むことができた。そのきっかけをくれた隣に座る店員の女へと改めて視線を向け――ふと、今更なことに気付く。
呼ぶべきこの人の名前、それをアタシは知らなかったということを。
いや、何日も居座る気も、ましてやこんなふうに会話をするようなことになるとは思いもしなかったんだ。そんな名前を憶えることも、ましてや呼ぶことなんて無いと決めつけてしまってたんだから、知るわけも無い。
聞こうと思い口を開きかけ……それをつぐんだ。
今のアタシには、この
聞く時が来るとすれば――それは
そうやって、少しずつ踏み外してしまっていた道を正していくことが……きっと、いつかパパとママのトコロへ行った時に、恥じずに胸を張っていられるようにするための「道」だと思うから……。
「……なぁ」
「ん? どうかしたかしら?」
「あー……っと……なんでもない」
「アンタにも夢を理解し力を貸してくれる一人でいてほしい」とか「またいつか心から楽しんで歌えるようになったら聴いてほしい」なんてことは、勢いに任せるにしても恥ずかし過ぎて口には出せなかった。
照れ隠しで傾けたマグカップ――だったけど、気づけばいつの間にか飲みきってしまっていたみたいで中身はカラッポ、口には何も流れ込んではこない。
……けど、アタシの身体も胸の奥の方も温かくなってた。
―――――――――
――――翌日の日が昇り出すより少しだけ前の早朝。
洗濯されてしまわれていた
激流に呑まれ、迷い、踏み外してしまったアタシにようやく見えてきた「道」を進む、そのための第一歩。
……けど、部屋に手短に書置きは残しておいたものの、やっぱり何も言わずに勝手に出ていくのは気が引けた。
前に進むためにやるべきことを考えた上で、いつまでもこんな風に世話になっていてはいけない……そう判断しての行動。すべきことがわかったから、
一歩、二歩と歩み……足を止めてしまう。
数日間だけだとはいえ、やっぱり名残惜しく思えてしまって……「これで最後、振り返って一回だけお辞儀を」と自分に言い聞かせて、振り返り改めて店とその上にある住居スペースを見た――――
「っ!?」
――――大きく目を見開かざるを得なかった。
だって、ついさっきアタシが出てきたばかりの扉の前に、
「ああ、遠慮しないで行ってくれて構わないよ」
レンズのあたりで光がチカつきだしたスマホを構えたままのじいさんが、そんなことを言いながら小さく手を振っている。
「……止めないのかよ。つーか、何してんだよ、それ」
「僕が追いだしたんじゃなくて、君が自発的に出ていったんだってことの証拠映像を撮ってるだけさ。恐いからね、後で彼女にドヤされるのは」
じいさんが言う「彼女」ってのは、アタシのことを匿うように頼んでいた
「はぁ……なんていうか相変わらずだな、アンタは」
保身的というか、
「まぁ、止めねぇなら何だっていいよ」
店へと振り返っていた身体を改めて前へと向けてから、軽く手を挙げ振りながら「じゃあな」と言い残して、アタシは歩き出す。
「また来るといい。歓迎するよ、客でも
「……っ!?」
不意に背後からかけられた言葉に、アタシの足も何もかもが止まった。
悪くはしてこなかったけど、アタシのことなんて
驚きと困惑と……「また来てもいい」という喜び。それらが混じりに混ざって、ついまた振り返ってしまいそうになった――けど、その衝動をあと一歩のところで押し留めた。……ここで振り返ったら、またズルズルとカフェに居座ってしまいそうな気がしたから。
それでも、何か言葉を返したい。
だけど、こんな時なにを言えばいいかわからない。
……ふと思い浮かび、口に出ていたのは、
「なら、アンタはそれまでこの店続けといてくれよ……今度は自分で引いてやるからな、
言い切ってすぐに、アタシはその場から駆け出していた。
ああ、そうだ。きっとまたアタシはあのカフェに行くんだ。ヘンテコなマスターと愛想が悪い店員さんに見られながら「ドローパン」なんかを食べたりして……ふたりに「食べるのが下手だな」とか言われてアタシが頬を膨らませて――――でも、結局はなんだかんだで皆で笑うんだ。
そのためにも、ノイズを――「ソロモンの杖」をなんとかしないといけない……! フィーネと、これまでアタシがやってきたこととも向き合わなきゃいけないんだッ!!
身体にいっそう力が入り、人影の無い早朝の街をアタシは強く地面を蹴って駆けて行く――――フィーネの活動拠点となっている邸宅を目指して。
―――――――――
「今更のことだからね、
駆けて行ったクリスの背中が見えなくなったところで、店の扉の前に立っていたマスターが独りポツリと呟いた。
「むしろ、今は増えてくれた方が彼女が……」
彼は
「今度彼女が来た時のために、「ドローパン」の母数を増やして「
そんな風に独り言を呟きながら、マスターは店内へと戻っていく。その足取りは、こころなしか軽やかなものだった…………。
―――――――――
「なんだよ…これ……!?」
日が完全に地平線から顔を出しきったころたどり着いたフィーネの邸宅。
その邸宅のある敷地内に入ったアタシがまず真っ先に感じたのは、
――コイツら、どこかの兵隊か?
ゴーグルやマスクをしている奴が多かったり、その他服装面からして、どこかの国の特殊部隊か何か……だと思う。兵種の区分や特徴などその辺りに詳しくないあたしには、軍人は軍人としてしか区別できないから曖昧で断言はしきれないけど、とにかく兵士だということはわかった。
倒れている連中の中でも、比較的出血が少ないひとりに駆け寄る。
望み薄なことはわかっている。けど、そう動かずにはいられなかった。
うつ伏せだった体をなるべく優しくと意識しつつ、その重さに負けないように頑張りながらなんとかあお向けに変え、手袋を外させ、服の袖部分を半ば強引にまくり上げ、脈を計る。それと同時進行で、顔の方の装備も外して――――唇をかみしめた。
「……くそッ」
見えたのは虚ろな目。
どこの国かはわからないけど、もうすでに息を引き取っていたその異国顔の男性――その瞼を下ろしてやって、脈を計るために手に取っていた腕ともう片方の腕を仰向けに横たわる男の胸元へと持っていき、その両手を胸の上で重ね合わせた。
……この男の人がどこの何を信じている人間なのかはわからない、けど、これが今のアタシがしてやれる最大限のことだ。例え、この人が、アタシの忌み嫌う
アタシは立ち上がって、眠る男を――周囲で倒れている、もう助からないと一目見てわかる量の血を流している人たちを一瞥してから、駆け出した。
一つ分かった事があった。
この人の体はまだ冷えきってはいなかった。おそらくは……アタシがカフェを出る前、昨晩から今日未明にかけて
つまりは、言うほど時間はたっていないのかもしれないわけだ。さっきの人は手遅れだったけれど、まだ助かる見込みのある人がいるかもしれない。……甘ったれた希望的観測だけど、それでも全滅したと断言してしまうには早いはず。
そして、やっぱり気掛かりなのは……ここにいるはずのフィーネはどうしているのか。あと、この軍人たちがフィーネの敵であり、彼らを殺めたのがフィーネだった場合……「ソロモンの杖」を持っているはずのフィーネは、何故ノイズを使わずにこの人たちを殺したか……。可能性としては、二課にノイズ発生を検知され場所を特定されることを避けたかったからだろうか?
なんにせよ、アタシはここを探索し、フィーネを探し出さなければならない。
駆けるアタシは、邸宅の中へと足を踏み込んだ……。
「ここも、か……」
戦闘痕やその影響でか一部が崩れた邸宅の中。その状況は外とは大差のないものだった。いや、地面に血がしみこまない分、見た目や臭いは数段悪いかもしれない。
邸宅内でも、何人かそれほど血を流していない奴もいた――――けど、確認をしてみれば、やはりというべきか誰も彼もすでに手遅れだった。
そう、この比較的大きなホールである一室に倒れていたこの男も、すでに……。
「夢」への「道」を見出し、これまでの過ちをなんとか少しでも正していこうとした矢先に突きつけられる現実に、アタシの胸は否応無しに痛む。
……まだだ、この広いホールの全てを確認できたわけじゃない。人も物も、まだなにかあるかもしれない。フィーネ自身やその研究関連の物もごっそり無くなっているが……そっちもまだ断言しきれない。
そう考え、動こうとしたアタシの耳に、複数人の足音が聞こえてきた。
……いや、すでにそこそこ大きな足音になっている。つまりは、もう結構近くまでその何者かわからないやつらは来ているということだ。目の前の事に気を取られ過ぎていて、意識が向かず気付けなかったか……っ!?
隠れたり、どうするか考えがまとまるよりも先に、その足音の主たちはアタシのいる部屋に入ってくる。
幾人もの黒服サングラスの男たち……その先頭に立って入ってきたガタイの良い赤みがかった髪の男が、固まり目を見開いた。
「……!?
「なっ、ち、違う! アタシじゃないッ! やったのは……」
赤みがかった髪の男の驚いた顔とその声に、とっさにそんな弁解の言葉が口から出てきていた。……正直、アタシのやらかしてきたことはここの惨状以上だろう。けど、それでもここのことは否定していたかった。
そんなアタシに対して、男は制止するように掌を突き出し、その上で軽く首を振ってきた。
「……いや、勘違いさせてすまない。ここの事を君がやったなどと疑ってはいないよ。
「なっ」
コイツ、なんでアタシの名前を……!?
と、ここでふと気付いた。先頭に立つこの男の顔に見覚えがあることに。
ああ、そうだ! 前に、フィーネから見せられた資料、その中にあったデータの二課の総司令官・
そして、アタシの名前を知っていたのは……まさか、あの
部下なんだろう黒服たちに指示をとばしてから、改めてコッチに向きなおったオッサンを見ながら、そんな風に考えてたんだけど――――
「バイオリン奏者の雪音
――――オッサンが言ったことからして……どうやらアタシの予想以上に、このオッサンはアタシの事を知っていたようだ。
「ふんっ、よく調べているじゃねぇか……」
「なに、当時ちょっとばかり関わってたのさ。帰国直後に消息不明になった際に、捜査員の一員として参加していただけのこと――とはいえ、その件に関わった多くの者が死亡・行方不明という結末での幕引きとなったから、このあたりのことを詳しく知っている者はほとんどいないがな」
オッサンの語った内容に思うところ――その死亡・行方不明にフィーネが関わっているんじゃないかとか――は少なからずあったけど、問いかけるのは止めておいた。なぜなら、それよりも今は、目の前の状況とこれからのことを優先して考えるべきだと判断したから。
「んで? そんな出自だから悪い奴じゃねえだろうって、疑わなかったりこんな呑気にお喋りしてんのかよ? これまで何度もあんたの所の奴を襲ったりしたのにか?」
「なに、そこだけで判断したわけじゃないさ。……単純な話だ。この惨状の下手人なら、わざわざ脈を取って生死確認をせずに頭や首に一撃かますだけだからな」
「ゆえに、君は違う」と言い切ったオッサンに、アタシは目を見開き……その後、細める。
「……見てたのか?」
「いや、ここにたどり着くまでの数人の遺体の状態と、その君の手を見て推測できただけだ」
言われてアタシは視線を下ろし、自分の手へと向ける。……ベッタリとではないものの少なからず血に濡れていた。
アタシが触れてきたのは、生きてそうな見込みのある出血の少ない奴だけだったが、それでも体勢を整えさせるためや脈を計るために袖やら腕やらを触ったりした。その時についてしまっていたんだろう。……今の今まで気付かなかったな。
「……アタシは何も出来てねぇよ。むしろ、これ以上に、染みつくほどアタシの手は……」
下ろした視線の先にあるアタシの両手。これまでやらかしてきたことを考えれば、この両手はきっともっとドス黒く汚れてしまっているだろう。
だから……何とも言えない気持ちになってしまって……。
「君は……」
そんなアタシへ、オッサンは何かを言おうとし――
「風鳴司令ッ! こんなものがっ」
――他所から声が聞こえ、オッサンもアタシも自然とソッチへと視線が動いた。
見れば、十数メートル先にいる黒服が、倒れている兵士に付いた何か――アレは紙…か?――を持って――――
「イカンッ! それに触れるなッ!!」
「――っ!?」
オッサンが大声をあげた――――そのすぐ後、轟音と共に爆発、一帯が揺れた。
閃光と音からとっさに身を守るべく行動したものの、視覚と聴覚とが一時的に馬鹿になりやがる。
そんな中、ふいに違和感を感じ……いや、第六感とでも言ったらいいのか何かでアタシは上を見上げた。
そこには、崩れてくる天井がっ!? でも、不意の事で身体は思うように動かず――
「え……」
――気づけば、
「どうなってんだよ、こいつは……!?」
「なに、君を抱えて瓦礫から避けただけだ。なにぶん急だったが身体のどこかが痛んだりはしていないか?」
「いや、そういうことじゃねぇよ!?」
爆発物だと気付いたこととか、その後の高速移動とか……!?
しかも、アタシだけじゃなくて、黒服も抱えてるぞ、このオッサン!? 単純計算で人間ふたり抱えて高速移動したんだぞ!?
そもそも、それも爆発のトリガーになった何かがあったであろう場所――このオッサンが抱えている黒服が元々いた場所に行った後、改めてアタシんところまで戻ってきて瓦礫から逃げたんだからトンデモないスピード……爆発から倒壊までのタイムラグがあったとはいえ、それでも身体能力やら判断力もおかしい……。
気を失っている様子の黒服と、アタシをゆっくりと下ろす。
よくよく見てみれば、黒服を抱えていた方の腕の
「しっかし、最近デスクワークが多かったからか……少し鈍ってるな。ヘタすりゃギリギリ間に合わんほうになってしまっていたかもな」
「ギリギリじゃなくて、全然間に合わないだろ、フツーは!?」
「そうか? アニメでなくともアクション映画なんかでもよくあることだ、爆発や倒壊の際に、良くも悪くもギリギリなことは」
「何の話だよッ!?」
「そもそも、なんでギアを纏えない奴が、アタシを守ってんだよ!」
シンフォギアはなにもノイズへと有効打を与えられるけだけじゃない。鎧としての防護性能、そして微量ではあるものの単純に身体能力の補助なんかもある。少女だって、下手な大人よりは丈夫だし強くなるものだ。
だから、本来はシンフォギアを纏えるアタシが、このオッサンや周りの黒服共を守るべき立場だったはず……。
そういう考えの下、アタシが言ったことに目の前のオッサンは首を振って言ってくる。
「俺が君を守るのは、ギアの有る無しじゃなくて、君より俺の方が少しばかり大人だからだ」
「なんだよ、それ……大人ってのは、そんな立派な奴じゃないだろ。利益に、力に呑まれて自分勝手にする奴らだろ。そのせいで、パパとママは……その「夢」は……」
「世の中の全部の大人が……俺が目指している「格好いい大人」ってのが、
「……ああ、そうかもな」
オッサンの言いたいことが大体わかって、アタシは曖昧ながらも頷き返す。
だからといって、今さっきの高速移動が大人が出来るものなのかといえば、そうじゃないだろってアタシは否定するけどな?
「――そうだ。アンタにも一応おしえておくけど、アタシが見た限り、研究機材やらなんやらココにあったはずの物はほとんど無くなってる。フィーネはとっくにどっかへ行っちまってるみたいだ」
「やはり、すでに放棄されていたか」
「アタシとしてもハズレだった……もうココに用は無い」
「その様子だと、一緒に来ることはできないか?」
「……ああ」
引き止められるかと思ったけれど、予想外にもオッサンは「そうか」と言うだけだった。だたし、その
そんな、オッサンが何か自分自身の中で決めたのか何なのか知らないが、一度大きく頷いてから、アタシにまた語りかけてくる。
「君は、君が思っているほどひとりぼっちじゃない。お前がひとり道を往くとしても、その道は遠からず俺たちの道と交わる」
「アタシの目指してるもんもソッチに近いのかもしれない……けど、こんなアタシの手じゃあアンタら正義の味方の手を――」
「なに、そうとも限らん。人ってのは、自分で思っているほど自分の事を客観的には見れんものだ。君の評価も、君の考えているほどのものではない。それに……どんな手だろうが、手を取り合ってはいけない理由にはならんさ」
気休めにもならない、ただただ都合のいい優しい言葉。
……でも、そんな真っ直ぐな目で見つめられ、大真面目で真剣な表情で断言されてしまったら……「もしかしたら」と思ってしまう。
「なんだよっ……アンタも、あのちびも、あの融合症例も。とんだお人好し集団じゃねぇか。いや、二課だけじゃなくて
熱くなってしまった目頭を隠すように……そして覚られないようにオッサンに背を向け、枠も窓ガラスも割れて意味をなしていない窓の外を見る。
……と、ふと思い出した事があり、それを口にした。
「――そうだっ、『カ・ディンギル』! アタシが追い出されるより少し前にフィーネが言ってた言葉だ。それが完成目前で、完成すれば計画の最終段階に移れるとか……それ以上は、アタシも知らないけどな」
「そうか……だが、十分に有用な情報だ。感謝する」
「気にすんな。借りを少しだけ返しただけだ」
そう言って、アタシは壊れた窓から外へと飛び出し、その場を離れていく。
行先は……この邸宅以外のフィーネが行きそうな場所。
アタシは走り出す…………。
―――――――――
去って行ったクリスの背を見送った弦十郎は、手元に取っておいた紙へと視線を移した。
――――「I Love You
そう書かれた紙は、先程の爆発のトリガーとなった仕掛けの一部……書いたのは、おそらくは「フィーネ」と名乗った女性。
その正体が
「フィーネの残した『カ・ディンギル』という言葉……おそらくは、兵器か何かだろうと思うが……」
やっと掴んだ数少ないフィーネとその目的の手掛かり、逃すわけにはいかない。
ノイズを出現させ操る「ソロモンの杖」、十二分な攻撃性能と防御性能そして再生能力を持つ「ネフシュタンの鎧」……などといった完全聖遺物。そして今はクリス君が持つ「イチイバル」を元としたシンフォギアをも所持していたことを考えると……必然的に『カ・ディンギル』も聖遺物が関連していることは予測できる。
だが……情報不足は否めない。
となると、やはり『カ・ディンギル』という単語から情報を絞っていく他無いだろう。もしかすると、名前がそのまま『カ・ディンギル』という聖遺物が――あるいはそれに関連する聖遺物があるのかもしれない。
「……気はすすまんが、了子君に聞いてみるか」
そう考えて、了子に聞くことも含め、弦十郎は次の行動を検討する……。
それにしても、だ。
弦十郎には引っかったことがあった。雪音クリスの、弦十郎や彼が所属する二課への態度が思っていた以上に軟化していることだ。
最後に
だが、実際はどうだっただろう?
心を開いているかと問われれば否だろうが、弦十郎の言葉を素直に聞く程度には落ち着いていたし、噛みついてきたりはしなかった。それどころか、どこか一本芯が通っている様な様子さえあった。
二課が雪音クリスの所在を見失っていた間に、彼女に何かしらの好転があった……といえば良いことではあるが、はたしてそれだけで響たちや二課に向けていた敵対心がこうも消え去るだろうか?
「可能性があるとすれば……
先程の会話の中で不意に出てきた「あのちび」という言葉。
それが指すのは――弦十郎や響と連ねられたことを加味すれば――十中八九、二課で保護していることになっている葵のことだろう。
葵とクリスとの接触は、奏がシンフォギアを纏えなくなった境であり、翼が「絶唱」を使ったあの夜だけ。その時、クリスは過剰に痛めつけるほど葵に対して強い敵対心を持っていたはず……ならば、何故その葵を「お人好し」とするのか?
答えは簡単、あれ以降、再びクリスと葵が出会っているからではないか?……そう弦十郎は推理したわけである。
その話が弦十郎のところまで来ていないのは、「問題無し」と判断された今現在、葵への監視が薄くなっていて行動を完全には把握していなかったから。そして、葵の言語能力の異常によって、出会ったことを伝えたくても伝えられなかったから……それが、弦十郎にとっての
ならば、
「考えたくはないが、その時は俺の手で…………奏や翼には、酷過ぎる」
その予想が外れていることを祈りつつ、弦十郎はエージェントたちへと改めて指示を出すのだった……。
この作品、キネクリボーちゃんのサポートメンバーが多すぎて、原作での名シーンが……とお嘆きの適合者の皆様、大変申し訳ありません。……「僕だ!」も大好きですよ、原作のカッコイイOTONA。
今回の一件に限らず、色々と無くなったり改変されたイベントは有りますがね……防衛大臣殺害されちゃう一件が有耶無耶だったり、響ちゃんとクリスのやりとりの回数が減ったり……。
そして、登場している時間が少ないくせに当然のように加速する
かなり前に集計したアンケートですので、読者の皆様は結果はすでに十二分にご存知かと思いますが、以前に実施したアンケート「雪音クリスに合う(聴かせたい)遊戯王OP・ED」の結果について書かせていただこうと思います。
投票参加、ご意見ありがとうございました!!
全320票の投票の結果結果……
遊戯王ZEXALの2つ目のED「切望のフリージア」が1位に選ばれました!!
横並びな2~4位と3倍以上の差をつけての堂々の1位でした。正直な話、ここまで一強になるのは「僕だ!」には予想外で少し驚きました。
それと、Twitterの方でいただいた意見の方もアンケート結果とは別に登場候補リストに入れていますので……アンケート上位も含め、お楽しみに!!
そして、次のアンケートですが……少し間が空いてから歌とは関係無いものを実施します。
具体的には、適合者の方々なら予想がつくであろう「出番が欲しい」あの子に関するアンケートになる予定です。
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イヤッッホォォォオオォオウ!
『待たせたな、俺がキン――――(
大変お待たせしました!
そして、感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます!
なにより……いつも誤字脱字報告をしてくださってありがとうございます!! 毎度毎度結構見落としてしまって……申し訳ないやら、ありがたいやら。
話があまり進まない、「カ・ディンギル」が「カ・ディンギル」で「カ・ディンギル」なお話です。
そして、スマホアプリ「戦姫絶唱シンフォギアDXU」で開催されている「ゴジラ」とのコラボイベント……「欲を言えば」って部分や『どういう…ことだ…』って部分もあるにはありましたが、個人的には大満足でした!
……あれだから、コラボとかクロスオーバーって、互いへのリスペクト(デュエル)は必要だけど、同じ土俵に立たせる以上設定とか理論とかはあいまいになるものだから……。それに、シンフォギアははちゃめちゃするもんだし。まあ、一番はあの並行世界の隊員の丈夫さかなぁ……バァニングゥ……。
『敵の目的について収穫があった』
昨日、ワタシのいうこときかないお口のせいで怒らせてしまったキネクリボーちゃんに会うために、ひとり「
この通信に参加しているのは、ゲンジュウロウさんやワタシ以外に、本部にいるアオイさんたちオペレーターさんたち、カナデとツバサ、そしてヒビキである。
ヒビキはもちろんだが、どうやらカナデとツバサも別々の場所にいるらしい。ワタシが知ってる限り、家を出るのは一緒だったはずだが……仕事ではなく、学校関連で何か用があって別々になったのだろうか? それとも……?
『……了子くんには、まだ繋がらないのか?』
『はい、朝から連絡不通でして……』
……と、どうやらワタシが気になった別行動しているカナデたちとは別に、なにやら問題が発生しているらしい。アオイさんがこころなしか不安そうに現状の報告をしているのが聞こえた。
とは言っても、それがリョーコさん…もとい
『翼と響も見たっていうフィーネってやつが何しようとしてるのか何かわかったってのか?』
『目的そのものの判明までは至らなかったが、そして、ヤツを取り巻く状況もな』
『あの
『そちらに関してはこっちで裏付けや対応を取る。お前たちに知っておいてほしいのは、ヤツの目的に関わるモノについてだ』
『それで、叔父様? いったい何なんですか?』
『「カ・ディンギル」。それがフィーネが目的のためにつくりだしたモノだそうだ』
『かでぃんぎる? 聞いたことも無い言葉ですね……?』
「カ・ディンギル」……「カ・ディンギル」ッ!? ……聞き間違いじゃなくて、そう言ったよね!?
そうだそうだっ、「カ・ディンギル」に関連するモノが「星遺物」ストーリーに――それも、色々とフラグを持ってくる「槍のおにいちゃん」に――出てくるからって、過剰反応し過ぎだよ。
第一、「カ・ディンギル」関連のモノが出てくるのって、7つある「星遺物」が全て起動した後の話だからね? そーんな、まだ3つしか起動してない状況でどうこうなるはずが――――
――――でも、舞台もそうだけど、《
そもそも「星遺物」自体が「星遺物」ストーリー内に出てくるモノとは変化があるから、違う箇所があってもおかしくない。「星遺物」があった場所の位置関係とか、関連するカテゴリのモンスターが出てきた場所やそもそもの有無、先日カフェで手に入れた《星遺物―『星盾』》が《
だからストーリーに関わってくる「カ・ディンギル」の関連物も色々違っててもおかしくはない……。
『ええっと……? それって結局何なんですか?』
『情けない話だが、決め手が無く「わからん」というのが現状だ。ただ、「ネフシュタンの鎧」や「ソロモンの杖」といった完全聖遺物を扱ったり、聖遺物のカケラを利用して作成する「シンフォギア」にまで手を出していた事を考えると、聖遺物……果てには先史文明に関わる何かであるとは思うのだが』
『ああ、それで弦十郎の旦那は了子さんとの通信を……』
カナデたちはカナデたちで何か言っているけど……ワタシとしてはそれどころではないので、半ば聞き流し、自身の思考の方へと意識を傾ける。
さて、その「カ・ディンギル」――
それは遊戯王
《
金色と灰色を基調とした、馬の上に人型の上半身が跨るようにくっついた身体を持つ巨大な機械族ランク8*3エクシーズモンスター*4。《
というのも、このカードの登場時点では公式からの設定情報などが無く、……カードイラストの流れの前後が不確かだったり、詳しい経緯がわからないため断言が出来ない部分がある。故にカードイラストや名前・効果等で推測することしかできず、
そんな「カ・ディンギル」――もとい《
やはりワタシ的にマズいのは、説明した通り《
『――となると、考えられるのは、聖遺物そのものかあるいは聖遺物を利用した何かでしょうか?』
『これまでのフィーネのしてきたことを考えると、あまり良い予感はしないが……
「『ふはははーー。スゴイぞーカッコいいぞー!! 』」*5
うーん……? しっかし、わからないのは
最初も最初、
色々あって《
つまり、本来であれば7つ目までの「星遺物」が――全ての「星遺物」が起動した状態で無ければ登場しないはずの存在なのだ。
今、ワタシが確認している起動したこの世界の「星遺物」は
であれば、だ。フィーネが言ったという「カ・ディンギル」は《
けど、やっぱり安心できない。
何か情報があったなら、考察して、検証して、危険性を判断して――――
『や~っと繋がったわ~。ゴメンね、寝坊しちゃった上に、通信機の調子が良くなくて~』
うぉっ!?
不意にリョーコさんの声が聞こえてついビクッとなってしまった。
やっぱり何の問題もなさそうに、いつのも調子で喋ってるリョーコさん。裏にいるであろう
うん? ほとんど聞き流してしまってたけど、カナデたちは何の話をしてたんだろう。……まぁ、通信越しの雰囲気からして、良くも悪くも変わってないかな?
『……無事か。了子くん、そちらでは何も問題は起きなかったか?』
『んー? 寝坊したせいでゴミを出せなかったりしたくらいで、特には……何かあったの?』
『いやっ、何も無かったのならいい。それより、聞きたいことがある――「カ・ディンギル」。この言葉が意味するものは?』
「何か心当たりは無いか?」と、問うゲンジュウロウさん。
その問いに数秒考えるような間をあけてからリョーコさんは答えた。
『……「カ・ディンギル」とは、古代シュメールの言葉で「高みの存在」。転じて「
――――あ、うん。「
やっぱり「カ・ディンギル」は《
さて、件の《
その
しかし、それ以前の……《星遺物―『星杯』》のチカラを得た姿である《
そして……槍や、下半身にあたる馬の脚の付け根、人型の肩部分などなど、複数か所にみられるのは、「オルフェゴール」の本拠地でありイヴ蘇生計画の要である
あとは、「頭部などが「
しかし、
紹介した通り、「塔」なのだ。……そう、今さっきリョーコさんが「カ・ディンギル」について言ってた中で出てきた「
……つまり、
とはいっても、それでもこれもやはり出てくるには早い。
というのも、名前のカテゴリからもわかるように《オルフェゴール・バベル》は、イヴちゃんが身体を《星杯の妖精リース》に乗っ取られて死んだ後……
でも、
……うん? 思考が巡り巡って戻ってきた気がするぞ。
そんなこと考えていると、通信越しにゲンジュウロウさんの疑問の呟きが聞こえてきた。
『もし、本当に何者かがそんな塔を建造していたとして、何故俺たちは見過ごしてきたんだ?』
『旦那の言う通りだよな? デッカイ塔なんてあったら、嫌でも目に付くだろ』
『でも、私たちが気付けていないのは事実。なら、
ゲンジュウロウに続き、カナデもツバサもウンウン唸って悩んでいる様子。それは、通信越しの声からもよくわかるほどだ。
『えっ? ……あ、うん、わかった』
……? 今の声はヒビキっぽいけど……どうかしたんだろうか?
『すみません、少しいいですか?』
と、次に聞こえてきたのはミクちゃんの声だった。通信をしていたヒビキの隣にいて話を聞いていたのかも。
突然の事にちょっと驚いた。……けどまぁ、一応彼女も外部協力者として二課の関係者になっているから、そう何か気にする必要も無いか。もう以前のように隠したりする必要も無いし信頼もしているから、ヒビキもこうして通信をかわったんだろう。
『未来君か、どうかしたか?』
ゲンジュウロウの問いに、ミクちゃんは「先史文明の技術とかはわかりませんが……」と言ってから、自分自身の考えを口にしてくる。
『推測というか、勝手な想像になるんですけど……大きな塔が隠せないなら、その外側をダミーで包んでしまったり、すでにある建物の内部構造を改造してしまったり……そうやって、私たちが見ても違和感を持たない建造物に偽造してしまっている可能性はありませんか?』
『なるほど……確かに、今の今まで気付けていない以上、そういった偽造による隠蔽の可能性を考えた方が自然か』
となるとワタシたちがやれそうなことは、その「カ・ディンギル」らしき大型建造物を探して、その周りや内部に不審な点や何か手がかりが無いか探すことくらいだろうか?
あるいは、ここ最近建てられた、あるいは改装工事などがなされた建物を調べあげてその発注元とか関連企業の情報を洗ってフィーネの関係者を探す……とか?
……まあ、フィーネは他でもない
それこそ《オルフェゴール・バベル》みたいに、湖か湾内の真ん中にドドンッと建っててくれれば判り易いんだけど……それじゃあ、今の今まで気付かれないわけないか。
『とにかく、ようやく掴んだ敵の尻尾。このまま情報を集めれば勝利も同然。相手の隙にこちらから全力を叩き込むんだ。最終決戦、仕掛けるからには仕損じるなッ!』
『了ー解っ!』
『了解です』
『はいっ! 了解ですッ!!』
カナデ、ツバサ、ヒビキ、そしてワタシが元気良く返事を返す。
……ワタシの発言に誰もツッコミを入れてこないのは、もはやいろんな意味で慣れたものである。
――――それにしても、もし仮にフィーネがつくったという「カ・ディンギル」が《オルフェゴール・バベル》そのものか、それに準ずるものだったとして、だ。《
まあ、あの方法でまともな蘇生が出来るかは、いささか疑問ではあるけど……それでもフィーネの目的の候補として頭の片隅にでも置いておこう。
―――――――――
そうやって威勢よく「カ・ディンギル」捜査……のはずだったのだけど、それは中断された。
というのも、始めて早々、飛行型を中心とした多数のノイズが街に出現したため、それらへの対応を優先せざるをえなかったからだ。
『聞こえているな? ノイズ進行経路に関する最新情報だ。同時多発的に出現したノイズの進行経路先には東京スカイタワーがあることが判明した』
……が、ゲンジュウロウさんから提供された情報の内容からして、なにも「カ・ディンギル」とは無関係なことではなかったみたいだ。
『東京……スカイタワー……』
通信機越しにヒビキの声。
確かめるように呟く様子からして、おそらくはヒビキもゲンジュウロウさんが言わんとする意図を理解したんだろう。
そして、それを肯定するかのように本部にいる男性オペレーター・フジタカさんの声が聞こえてくる。
『「カ・ディンギル」が塔を意味するのであれば、スカイタワーは正にそのものじゃないでしょうか?』
その通り。その通りなんだけど、タイミングが余りにも出来過ぎている。
十中八九、「罠」だろう。
色々と知らない状態だったら断言はできなかったが……リョーコさんが
そのことを伝えたい……が、やはりというべきか、ワタシのお口は思った通りには動いてはくれないわけでして。
《星遺物―『星盾』》を手に入れたというのに、これといって変化が感じられないとは……ただ単にワタシが気付けてないだけだろうか? まさかとは思うけど、本当に何にも変わってないとか……?
『真偽はともかく、スカイタワーには俺たち二課が活動時に使用している映像や更新と言った電波情報を総括制御する役割も備わっている。破壊されるわけにはいかない。翼と響は、東京スカイタワーに急行だッ!』
『『はいっ!』』
そう。ゲンジュウロウさんの言う通り、状況的に罠だとわかっていてもそれにのるしかないだろうし、最善であろうことも想像に容易い。まぁ、そのあたりもこうなると予想した上で
『奏と葵君は、周囲の民間人を近くのシェルターへと避難誘導しつつ自分たちも避難してくれ。ふたりの合流は無理にしなくていい、身の安全を第一に行動してくれ』
続いて、カナデとワタシには、ツバサとヒビキとは別の指示が出された。
ノイズに攻撃出来たり出来なかったりする不安定なワタシはもちろん、
「『バイクに乗ったままデュエルだって!?』」*8
とはいっても、それが正しいか否かは微妙なところだが。
ワタシだって戦える。「たぶん」ではあるけれどほぼ間違い無く対ノイズ戦闘も問題無くなっている……はずだもの!
それに――――
『そいつは無理な相談ってもんだろ、旦那?』
――――カナデはカナデで、黙っちゃいられないだろう。
ワタシの知らない所でツバサがなにかしらの説得をしてくれた結果、「シンフォギアが纏えなきゃ、ノイズを倒せなきゃ存在意義が無い」に近いレベルで思い詰め、自分のことなんて二の次三の次だった状態から復活をはたしはした。とはいえ……あのカナデが大人しく避難してくれるとは思えない。
戦う
『目の前で死にそうなってるヤツらを見捨てて逃げるなんて、アタシには出来ねぇよ……ッ!!』
訂正。現時点で思っていた以上にギリギリな状態な模様。
驚いたり何か口走ってしまうよりも先に、足が動き出し――全速力で駆け出していた。カナデが今、どこで危機的状況に遭っているのかも知らないまま……いてもたってもいられずに。
というか、本当にどこにいるんだ、カナデッ!?
カナデェエェェェーッ!!
『ハルトはどこだ! どこにいるっ!?』
今回は叫びますねぇ……
名前が出てきたカードたちの補足説明は、また追加する予定です。……本編内で少し触れている部分の事とか、どこまで書こうかちょっと悩んでいます。
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2-14&おせーよ、ホセ
書きたかった事が上手く描けているかが心配なお話。
感想は今夜まとめて変身していきます。少々お待ちください
みんなとの通信の最中、遠くから――だけど、確かに――あたしの耳に入ってきたのは幼い女の子の助けを呼ぶ声だった。
気づけば、翼たちが呼びかけてくる通信への返事もそこそこに、あたしは声のした方へと走り出していた。
走りながら感じたのは、人影の少なさもだけど
近年の――特にここ数日のノイズの頻発もあっての避難行動の早さからの被害の減少……であってほしいけど、実際どうかは今は確かめようが無い。……あるいは、今回に限ってはノイズたちが「東京スカイタワー」を目指しているという普段とは違う行動をとっているからこその被害の少なさかもしれない。
声がさらにはっきりと聞こえてきた。
目に留まったのは、車が
そして、そこにいた。
大人の女性が、瓦礫と瓦礫のあいだの空間にいた。幸い、瓦礫同士が重なり合った間に
そのそばにいる女の子……その子が助けを求めていた声の主らしく、むこうもあたしに気付いて呼びかけてきた。その時女の子はあたしを「かなでさん」って呼んできたから、きっとアーティストとしてのあたしを知っているんだろう。その子は、大人の女性が通るには狭い隙間でも通れる子供の身体だったから抜け出せたのか……あるいは最初から瓦礫に巻き込まれなかったのか。
なんにせよ、このままではいけないことは一目瞭然だった。
壊れた建物内にガス栓やその元があって破損していれば、何かの拍子で引火してしまってもおかしくない。さらには突っ込んだ車の事を考えれば、火災関係ではなおさら危険度が高くなる。そして……現状近場には見あたらないけど今この街にはノイズ共が出現していて、瓦礫の中で息を殺していれば見つからないなんて保証なんて無い以上、安全とは言えない。
総合的に見ても、一刻も早くここから離れ……「東京スカイタワー」から離れる方へと避難すべき。
瓦礫の隙間の女性の力でも、ましてや外にいる女の子の非力な力ではどうしようもないだろうけど……あたしが手助けをすればまだやりようがある。
例の車が暴走した傷痕である、壊れたガードレールや標識の一部を使えば、テコで動かしたり……少しでもズラせればそこに壊れた物を挟んで少しずつ広げることもできるはず。
手早く近くの使えそうなものを集めながらも、同時に「
と、そんなあたしの様子を見て、どう思ってか――あるいは、それとは関係無く思うところがあったのか――瓦礫の隙間の中にいる女性が、あたしに向かってこう言ってきた。
娘を連れて逃げてほしい――――と……
―――――――――
「断る!」
腕を絡めつつ半ば肩で担ぐようにしながら持ったポールを瓦礫の間にねじ込みながら、あたしは女性の「お願い」をキッパリと断る。
……しっかし、思っていたよりも作業がはかどらないな……。
身体作りのトレーニングやダンスのレッスンとかは日常生活ではそう意識することはなかったけど、以前よりも非力になって……いや、これまで素でこういったことをすることがなかったし、比べていた感覚がシンフォギアを纏った際の補助補正有りの時のモノなんだから、そりゃあ非力にも感じるか。比較対象が悪すぎる。
それでも、前進はしている。
焦らず、慌てず、瓦礫を崩してしまわないようにしながら、着実に抜け出せるだけの大きさに隙間を広げていく……そうすれば問題無い。
「きっとアタシはアンタの想いの半分もわかってないかもしれない……けどな、
声と、想いと共に湧きあがってきた力がテコを利用して伝わっていき、ぐぐっと瓦礫を動かした。
この状態をなんとか保って、その間に広げた隙間の端に何かを挟み込んで固定していけば――――と、
それは、他でもない瓦礫の中の女性の子供――助けを求めて声を上げていたあの女の子の手だった。
女の子の姿を見て、あたしはいつの間にか笑みを浮かべてしまった。
それと同時に、より一層
押し広げ、もう一段階押し広げ……やっとのことで、女性が十分通り抜けられそうな広さまで穴を広げ――
女性の左足から、血が流れていた。いや、少し歪んでいてその部分の肌の色も……これは折れている。
崩壊した際に振ってきた瓦礫がぶつかったのか、どこかで挟んでしまったのか……潰れたりちぎれたりしていないが、歩くことも困難なレベルなのは一目瞭然。こんな状況もあってまたもや「まだマシ」と思ってしまいながらも、何故自力で這い出そうとしなかったのか、「娘だけでも」と言っていたのかを理解する。
自分は逃げられないと諦めているから――諦めるだけの理由があったから、だ。
それでもあたしは手を伸ばす。隙間に半ば身体を突っ込みながら。
伸ばした手は――握られない。ならば、とググイッとこっちから掴みかかって無理矢理にでも引っ張り出そうとする。
「大事な人たちができて、「失いたくない」って思って……この気持ちがあの時の父さんと母さんの想いなんじゃないかって感じても――理解は出来ても、心の傷痕は残る! 子供だったから、チカラが無かったから仕方ないって自分に言い聞かせても、後悔は消えてはくれやしない!」
諦めるなんてことは出来やしない。
自分の中に溜まっていた想いを、八つ当たり気味にぶつけながら、引っ張り出した女性の左脚への応急処置を始める。傷を洗い流したり冷やしたりするのは無理だが、まずはここから避難するために必要なだけの処置だ。
痛みに我慢してもらいつつ手早く整え、近くに転がっていた棒切れとあたしの持ってたハンカチとで、急ごしらえの添え木だ。
女性の背丈・体重の問題というよりも今のあたしの非力さゆえに、女性をおぶっての避難は距離的に無理。だから、あたしが肩を貸す形で怪我をした左足を支えてあげて歩いて避難する……現状、それしかない。
「この子はあんたといることを望んでいるんだ! 助けたいって頑張ってるんだ! だから――――」
振り解こうとする女性の腕を、何か言おうとする女性の口を抑え込むように、あたしは力づくで肩を貸し、立ち上がって……一方的に喋り続ける。
歩くよりも遅い速度だったとしてもそれでも足は絶対に止めず、女性を引っ張る様にしてでも歩を進めながら……。
「生きるのを諦めるなっ!」
ふと、軽くなり、その一歩一歩の足取りもわずかにながら速くなった。
大きく怪我をした足のほうの肩をあたしが支えたのに対し、いつの間にか反対側を女の子が支えて歩きだしていた。
速いとは決して言えない足取り。でも、確実に速くなっている。
女の子の支えが増えたから……いや、それ以上に感じられるモノ。他でもない母親の足取りが――身体にこもる力が変わっていた。「ここで死んでなるものか」そんな想いを乗せた力強い足取りに……。
逃れられない「運命」とでもいいたいのか……「スカイタワー」へと向かって飛んでいた飛行型ノイズの一部が、その進行方向を変え走ってるアタシたちの方へと飛んでくるのが視界の端に見えた。
足を動かしながらもソッチへと目を向ける。
飛んできているのはどれも小型の飛行型ノイズ、大型が来ていないだけマシ……とは言っても1体だけでも問題なのに数十はいそうな数が飛んできているんだから、どうしようもならないくらいヤバイ。
けど、女の子は、逃げ出さずに母親を支える。
あたしも支え歩き続ける――
諦めるな。
けど――
足を止めるな。
このままじゃぁ――
絶対、助けるんだ。
誰か……翼――――
――――
「!?」
開いた風穴から広がっていく様にボロボロと崩れていき……ついにノイズはその身体を黒い炭素の塵へと変え霧散する。
そんな中でも、1体、また1体と……そう数えるヒマも無いほど次々に穴が開いて崩れていく。――そして、気付く。ノイズに開く風穴の延長線上の地面や建物に刺さった
一瞬、陰り――次の瞬間、あたしたちの後ろに何かが落ちてくるような音がした。
音に反応し、首をねじって振り返る。落ちてきた――いや、どこからか
いや、わかっていた。二課のふたりではないことは。
あたしが前に実際に会った時とは格好は変わっていたけど、その赤い姿を一応資料では見たことはあったし、アームドギアの基本形がクロスボウだって知ってたから、ノイズに風穴開けた赤い光の矢を見てすぐにわかった。
でも、「なんであいつが!?」という疑問がわきあがってくる。
あの夜、葵を痛ぶっていた鎧の少女。そして、後に翼や響と交戦したという「イチイバル」のシンフォギア装者でもある少女……雪音クリスだと。
「っ、お前……なんのつ――」
「そんな口動かしてる暇があるなら、ソイツら連れてとっとと逃げやがれッ!!」
「!」
赤いシンフォギアを纏ったその背中ごしに言い放たれた言葉に、あたしは一瞬息を呑み――すぐさま前を見て、止めてしまっていた足を再び動かしだす。
「テメェらの相手はこっちだ、くそノイズ共! 雁首揃えて並んで来やがれッ!!」
雪音クリスの挑発じみた声を、その戦闘音を聞きながらも、あたしは必死に歩んでいく――――
……ほどなくして、あたしたちは窮地を脱した。
とは言っても、避難シェルターへとたどり着いたわけじゃない。その少し手前で、二課で見たこともあるエージェントの人たちが主導で避難していた十数人の集団に出会うことができたのだ。それに、「東京スカイタワー」からはかなり離れている上に、周囲の状況からしてノイズの出現はこの辺りでは今のところは無いようで……もう安全はほぼ保障されたも同然だろう。
こうして、あたしや女の子が支えながらも痛みを我慢し無理して歩いてもらっていた母親はエージェントの一人に抱え上げられ、歩くのと変わらないかむしろ速めの速度ですぐそばの避難シェルターまで行ける。当然、怪我も無く自分の足でしっかりと歩ける女の子も何の心配もいらない。
……だとして、あたしは今からどうする?
まず、第一は……
となれば、今回のノイズ発生時に弦十郎の旦那に言われていたように、女の子やその母親と一緒に避難するか?
あるいは、このまま救助活動を続けて見るか……あとは、どこかにいるだろう葵を探してみる……? さすがにあてが無い上に、連絡して場所を特定しようにも――――
「
どうすべきか考えてたあたしに、不意に声がかけられた。
その声は、母親をあたしと一緒に助けた女の子の声で……視線を向けてみれば、いつの間にかあたしのすぐそばまで戻ってきていた女の子と、その子を力づくで連れて行っていいのかどうか迷ってアタフタしているエージェントが様子をうかがい――少し離れたところでは別のエージェントに抱えられた
というか、この子はいったいどうして……?
「かなでさん、あのおねえちゃんも助けてっ!」
この女の子が言う「あのおねえちゃん」というのは、状況的に考えておそらくはさっきあたしたちを助けたあの雪音クリスのこと……か?
自分たちを
……あたしもそんな考えが全くなかったわけじゃない。
でも、その選択肢は
以前のあたしなら迷いながらもそうしただろう……けど、今のあたしは
ノイズと戦うことができないのだから、今からあの戦場へ戻っても何もできることは無く、むしろ足手まとい……いや、足手まといになるヒマも無く、死んでしまってもおかしくないレベルで戦力には数えられない存在だ。
「かっとびんぐだよ、かなでさんっ!」
「!!」
あたしが「できない」、「無理なんだ」と言おうと口を開いたその時に、何の偶然か遮るように元気に言い放たれた舌っ足らずな女の子の
「かっとビング」。その言葉は、あの時――あの惨劇のライブ会場に突入して大型ノイズに跳びかかった葵が言い放った言葉……あたしが葵の口から初めて聞いた言葉だ。
あの時、その場にいたのは、足を汚しながらもなんとか逃げようとしてた
なのに、なんでこの子が?
あたしの知らない所で葵が言ってて、それを聞いたのか?
……いや、それよりも今はあたしの胸の中に湧いてきた、この想いだ。
熱くなる、燃え上がるようなこの胸の奥の
あのライブの時……何も喋らず、ただただ幼く守られるだけだったはずの葵は、一歩踏み出し変わった。
今も、あたしと同じで弦十郎の旦那には「避難しろ」って言われていたけれど、きっと葵は、今もどこかで誰かのために頑張っているに違いない。あの子はそういう子だ。
今、あたしが立ち止まってしまっているのは、本当に仕方のないこと……なのか?
――チャラッ…
音が、聞こえた。
――――きっとそう遠くないうちに……また歌えるわ
シンフォギアが纏えなくなったあたしが別れを切り出した時に、装者でなくともこれまで通り「ツヴァイウィング」としてともに歌ってほしいと引き止め手を取ってくれた翼の言葉が思い起こされた。
あの後一応試しもしたが、やっぱりシンフォギアは反応を示してはくれなかった。……だけど、翼の言葉もあってか、あたしは多少の無理を言ってそのままペンダントを持つ許可を貰った。文字通り、それはただの「お守り」としてだ。
救助活動の最中、チャラチャラ揺れるのが嫌で首からさげていたのをポケットに入れてしまっていたはずの、
目を向けてみれば、あたしの手の中で、
そう、まるであたしの胸の奥にある
「――Croitzal ronzell gungnir zizzl」
あたしの口が、懐かしささえ感じるその唄をくちずさんでいた。
胸の内の歌が……忘れかけていた
自分の手を、身体を――その格好をいちいち見て確認しなくても、どうなっているのかが手に取るように解かる。
だから……あたしは目を輝かせている女の子と、その少し先で目を見開いているその子の母親とつきそうエージェントを見て、一度だけニカリッと笑ってみせる。
「……今のは、他のヤツには秘密だぞ?」
「! うんっ、がんばって!!」
大きく頷いた女の子から、いまいち受け答えになっていないセリフを受け取ったあたしは、その子に背を向けて駆け出す。
ライブステージとは別の、あたしにとってもう一つの「歌う舞台」である戦場を目指して――――
―――――――――
「……ちっ!」
撃ち抜けども撃ち抜けども数が減らないように思える空を舞うノイズ共に、つい舌打ちをしてしまいながらも、引き金を引くその手を止めず、駆けまわる足も止めず……アタシは戦い続ける。それがアタシのすべきことだから……。
「くそッ!!……あの人たちも、ちゃんと避難しているだろうなぁ!?」
矢を放ちながら愚痴交じりに思い起こされたのは、ここ数日世話になっていたカフェの店長と店員の顔。
そもそも、さっき「
そうして逃げるアイツらからノイズの相手を引き受け、大立ち回りをしてノイズ共の注意を引くように戦っている中でも、
「けど……なんにせよ、コレはアタシがケジメつけねぇといけねぇんだ……!!」
こうして空を我が物顔で飛び回って人を襲っているノイズたちは他でもない「ソロモンの杖」により呼び出され操られている……そう、パパとママの「夢」を踏みにじってしまっていたアタシがやってきたこと、その負の遺産。
だから、アタシが
――音。
所々に瓦礫のある今の町の状況じゃあなんてことない、ガラッと何かが少し崩れる音だった。
「ッッッ!!」
それでも、十分すぎるスキ。
狙ってか否か、そのスキに数体の飛行型ノイズがアタシ目がけて急降下してきていて――!!
当然、アタシもすぐに対応する。
とっさに転がり、体勢を立て直すのもそこそこに両手の
けど、打ち漏らしてしまった。
降下軌道を変えた1体が、回避行動から未だに体勢を整えきれていないアタシへと
勢い良く突っ込む。その距離、もう1メートルを切って――――
次の瞬間、
いや、「風」というには荒々しい……「疾風」、「突風」……「豪風」が一点を中心に吹き抜けて
それの正体は「風」ではなく「人」。
「テメェ、なんで戻ってきて――というか、シンフォギアは纏えなくなったんじゃなかったのか?」
アタシの言葉に、ふり返った
「まぁ、色々あったんだよ」
「……ハァ?」
「ようやく気持ちに整理がついたというか、自分を知れたというか……
だからって、歌えるように――シンフォギアを纏えるようになるものか?
そう疑問に思いはしたけれど、何故だか
「それに……
そんなことを言いながら、こっちへ振り返っていた天羽奏がそいつ自身の正面へと顔を向けた。
何かと思えば、空のむこうからまた新たな飛行型ノイズが何体もコッチへ向かって来ていた。それらへの対応のためにアタシから目を離したんだろう。
それだけじゃない。第六感とでもいうのか、ハッとして振り返っていれば、アタシらの後方からも複数の飛行型ノイズが飛来してきているのが見え――――今度はアタシは天羽奏から目を離し、後方から飛んで来ていたノイズ共を見据える。
「さっきの女の子が言ってきたんだ――」
――――かなでさん、あのお姉ちゃんも助けてあげて!
「――ってさ」
背後から聞こえてきたその言葉に、アタシは目を見開いてしまう。
それは、ついさっき一瞬だけ顔を見た程度の相手の身を案じるお人好しなその女の子に対してか、あるいはその言葉で敵のアタシを助けた目の前の
「事情も知らずに、無茶言っちゃってさ。自分や母親を助けられたんだからっていうのか、それともお前なんかがヒーローにでも見えて無事であってほしかったのか……なんにせよ、トップアーティストだからってあたしに夢見過ぎだろ。あたしがノイズを倒せるって疑いもしなくてさ」
「ゲーノーカイなんて夢みせんのが仕事じゃねーか。それに……助ける理由がソレだとして、助けない理由なんてそれこそ山ほどあるだろ?」
「ああ、あるさ。だけど、その前に確かめておかなきゃいけないことがある。……お前の目的とか――――」
「遺された「夢」のためだ。少なくとも、昨日からは……な」
間髪を容れずに、今のアタシの目的を言えた。心から決めたことなんだから、当然だ。
……けど、簡単に取り返しのつくものでは無いこともあって、胸を張って言い切ることは
それを感じ取れたのかどうか……その上でどう思ったかはわからない。けど背後の
「とりあえず今は、街で暴れてるノイズが先だ。そうだな……お前もせめて今くらいは、あの子が望んだようなヒーローになってみたらどうだ?」
「んなことアタシの知った事じゃねぇよ。アタシはアタシの夢のために、フィーネをぶっ飛ばす。手始めにこの邪魔っけなノイズどもを全部ぶっ潰すだけ……協力じゃねぇ、ただの一時休戦だ」
視線の先のノイズ共を睨みつけながら、改めてアームドギアを構える。
背後からも、アームドギアを構え直したんだろう身じろぎの音が聞こえてきた。
「はっ、なら、そういうことにしとこうか」
「おいっ、今笑って――」
「ないない」
いや、振り返らなくてもわかる。
楽しくてじゃない。
アタシは知った、その想いを。
状況も、時期も、家族を奪った敵も違う。でも、
もしも、出会う時期や出会い方が違えば、アタシらの立場が今とは違った……友達とか、もっといい関係になってたのかもしれない。何の拗れもなくわかり合えたのかもしれない。
けど、現実はそうはいかない。少なくとも、アタシはそんなことが許される立場じゃぁない。
パパとママの「夢」を胸を張って継げないのと同じで……この
それでも、今は――――
「あっ、言っとくが、確実にお前がやった葵をボコした件は全っ然許してねぇからなっ!?」
「え、あー……それは、今度あのちび本人に直接ちゃんと謝るから、な?」
「ふっ」
「はっ」
一瞬の間を置いての、互いに鼻で笑うかのような小さくふきだしたかのような笑い。
そんな何とも言えない会話を最後に、アタシらはそれぞれ目の前のノイズの殲滅を開始する。
自身の
―――――――――
ワタシだよ、葵ちゃんことイヴちゃんだよ。
通信越しにカナデが無茶しでかしそうな雰囲気をビンビン感じて居ても立っても居られず、あても無くガムシャラに走ってたら……見つけたのは、カナデじゃなくてツバサでした。
ワタシの登場にツバサは驚いていたけど、それでもすぐに気を立て直してワタシに避難するよう強く促してきた……けど、ワタシは当然素直に聞き入れることは出来なかったけども。
「カナデのことも、みんなのことも心配。手助けしたい」と必死に伝えようとしても。相変わらず口から出てくる言葉が無茶苦茶でまともに伝わんなかった。それでも「カナデのことが心配で慌てている」ということはわかってもらえたみたいで……少し悩んだ後、ツバサはワタシが避難せずにこのまま活動を行うことを許してくれた。
……まぁ、ツバサからも連絡はとれないらしく、結局のところカナデの行方はわからずじまい。だからといって街中駆けまわるわけにもいかない。ならば、と、ワタシたちは
当初、ツバサたちが受けていた指令通りの目的地。
カナデのことを諦めたわけじゃない。けど、現実問題、何処でどんな大変な目にあってるかわからないカナデを探して駆けまわるのは、いくら何でも無駄が大きく思えてしまう。
ならば、今回の騒ぎの発端であるノイズを――「東京スカイタワー」へと向かって集まってくるノイズたちを片付けてしまって、状況の早期解決を目指した方がいいんじゃないか?ってわけだ。
その道中に大暴れして、ノイズを倒しつつ引き付けるのももちろん忘れてはいけない。ノイズの数を減らし、自分へと注意を向けることは、きっとどこかで何かすべきことをしようとしているだろうカナデからノイズの襲撃を減らせる……はずだ。
そんなわけで、その姿を《星杯を戴く巫女》から《星杯神楽イヴ》へと変えたワタシは、ツバサと共に「東京スカイタワー」へと向かって駆け出したのだった…………
―――――――――
ツバサと一緒になってノイズの群れへと
すると、そこには――――
「てりゃーーーーっ! シッ!!」
――――
は~っ、シンフォギアって
って……なんだ、やっぱり装者って
「あっ、翼さん!…と、葵ちゃんも!?」
「『僕だ!』」*1
「え、ええ。その、色々とあってね。あなたは?」
「わたしは未来に近場だった二課の本部に避難するように言ってから別れて……それからわたしは「
「奏さんのことは心配でしたけど……わたしがやれることをしなきゃって」と小さく付け加え呟いたヒビキ。きっと色々と迷った末にカナデを信じてノイズと戦うことを選んだんだろう。
と、ワタシと一緒に、急降下してきたノイズを斬り捨てているツバサが「ところで……」とやや遠慮気味に口を開く。
「えっと……
「えっ? 何言ってるんですか翼さん、カードが武器なわけないじゃないですかー、ヤダなぁ~」
「『ルールとマナーを守って楽しくデュエルしよう!!』」*2
「そ、そう……?」
釈然としていない様子で、首をかしげるツバサ。
いやまぁ、その気持ちはわからなくもない。特に、ついさっきヒビキがやったようなカードの使い方をしたのを見た後なら、なおさらのこと。
ワタシ個人としては、カードが剣ならデュエルディスクは盾だし、カードは投げたりデュエルディスクで射出する弾丸だし……あと、お金としての側面もあったりなかったり……。
「……とにかく、今はスカイタワーに群がってるノイズをなんとかしましょうか」
未だに少し困惑した様子のツバサが、多少強引ではあるけど真っ当な軌道修正をしてきた。
見上げて見れば、これまでワタシたちを襲ってきたのと同型の小型飛行ノイズの群れの他に、飛行船ほどもありそうな大型の飛行ノイズが3体、スカイタワーを中心にグルグルと旋回していた。
小型の数もさることながら、あの大きさのは……。なにより、旋回しているヤツらのいる高さが問題だ。攻撃性能はイマイチな《
「う~ん……手が届くわけないし、カードを投げても狙い通りに当たるかどうか……。それに、あのおっきなのにはカード手裏剣が効くかも微妙な気がします」
「そうね。せめて近づければいいのだけど、悠長にタワーを登っていたらタワーごと壊されて大損害になるのは目に見えてるし……」
でも、このままじゃあどうしようもないのも事実なんだよねぇ。
……それにしても、こんだけ沢山の
あっ、ダメだ。《ブラック・ホール》は《
「せめて、なんとかノイズたちの注意を引ければ、駆けあがるなり何なりして――」
「3人だけでどうにかしようだなんて、つれないこと言うなよなッ……っと!」
そんな声が聞こえた――かと思えば次の瞬間、
「まだまだ足りねぇっ! 全部もってけ、クソノイズ共ッ!!」
小型の群れも、3体の大型も。
襲い来る無数の槍を、矢を、ミサイルを避けることがかなうはずもなく
……え? 今のでいっきに全滅? 凄すぎない?
その光景に目を奪われながらも、ハッとなってワタシたちは声のしたほうへと顔を向けた。
そこには――――
「奏さん! それに、クリスちゃんもっ!?」
「『おせーよホセ』」*5
「ちゃんっ!? ほせ……!? ……ふんっ。少しはマシになりやがったと思ってたけど、相変わらず鈍クセェみたいだな、立花響っ。……つ、ついでに、あお……おちびも元気そうでなによりだ」
ちょっと変な反応もしつつも、憎まれ口をたたきながらヒビキから目を逸らすクリボーこと「イチイバル」のシンフォギアを纏ったクリスちゃん。
こころなしか頬が赤みがかっていたり、以前のように「融合症例」とは言わずにいるあたり……うん、なんとなくいい感じがする。そして、ちゃんとワタシのことを見て……あっ、すぐそらしちゃった。
と、今の今まで声を詰まらせていたツバサが、カナデへと駆け寄りながら口を開く。
「奏っ! その格好は……!?」
「おいおい、翼が言ったんじゃないかー? 「また歌えるようになる」って」
微笑みながら言ってきた奏の言葉に「そうだけど……」とどうにも驚きを隠せない様子のツバサ。でも、嬉しそうだってことは、その横顔を離れたところから見てでも一目でわかった。
にしても、準備周到だったんだなカナデは。
まぁ、結局なんで纏えなくなってたはずのシンフォギアを纏えるようになったのかはイマイチわかんないままなんだけど……そんなことは「結果オーライ」でいっか。
「ねぇ、奏は……いえ、
カナデに寄り添うツバサが、クリボーの方を見ながらそう言った。その目には、ヒビキとは違って警戒の色が見られる。
視線をあわせない――あわせられない、クリボー。
問われたカナデもどこか困ったように頬をかきながら、口を開いた。
「あーっとだな……どこから話すべきか――――」
――! ――! ――!
と、横槍を入れたのは警報――ではなく、携帯の着信音。
「わわっ!?」と声をあげたヒビキが、申し訳なさそうにケイタイを取り出して電話にでた。
「未来? どうしたの――――え、
モブには喋らせないと言った……けど、それは「原作に登場しない・セリフの無いモブ」の話っ! 原作に出番とセリフがあれば名前が無くても喋るんだよ……!!
「かっとビング」の女の子……いったい、どこの子なんだ……!?
そして、地味にすごいことになって色々とフラグもたった奏と、地味に「デュエリスト型ギアver.1.00」とかになってそうな響。
装者は決闘者だった!(違う)
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2-15
世界の流れに置いていかれて、色々、ヤバイくらい書くべきこと書きたいことがあるんですが……そんなことより、本編書けって話ですし、とりあえずこの前書きでは一つだけ……
『マスターガイド6』がヤバイ(語彙力)
そして、その辺りのことは……「今後の話には組み込むけど、イヴちゃんの中身は『マスターガイド6』の内容は知らないままで書き進めていく」ことにして、これ以前のお話の中でのイヴちゃん内の考察等は(※個人の意見です)ってことにして修正とかは特にしない方向で行こうと思っています。
今回のお話、諸事情により視点は一転二転する上に、それぞれの間で時間がほぼ同時期だったり、結構経っていたりします。ご了承ください。
「カ・ディンギル」。
それがノイズを操っている
話を隣にいた響の持つ通信越しに聞いてた私は、すぐケイタイからネットで調べてみた……けど、出てきたのはゲームの攻略サイトくらいで「
その正体……とまではいかなくても、どういうものかを真っ先に突き止めたのは、遅れて通信に参加した
二課に所属している研究者兼技術者の大人な女性で、響も普段からお世話になっていて私も何度も会ったことのある人なんだけど……その了子さんが「カ・ディンギル」というのは「高みの存在」、転じて「天を仰ぐほどの塔」だと教えてくれ、響や翼さん、奏さんたちはその調査に乗り出すことになった。
でも、すぐ後にノイズが発生して、それで……色々あって、今、私はリディアン音楽院の地下にあるシェルターに避難していた。
他に私や響と同じクラスの友達の
他の
……そう、私がいるのはリディアンの地下は地下でも、私も響と一緒に度々お邪魔していた秘密基地のような「二課本部施設」じゃなくて、表向きある学校内での避難場所である「地下シェルター」にいる。
「東京スカイタワー」近辺でノイズが出現してから響と別れた私は、
けど、問題が起きた。
リディアン音楽院がどこからか現れたノイズの群れに襲撃された。
民間人の避難誘導を終えた緒川さんと私が、ノイズへ注意を払いながら二課本部へと降りるエレベーターへと乗った。そこへ駆けこんできた了子さん。
その了子さんが……二課の敵だっていう
エレベーターに入って来た時点では私は特に違和感は覚えなかった。あえて言うなら「通信してから時間はそれなりにあったはずなのに、まだ本部に来れてなかったんだ。もしかして、家が遠かったり……?」なんて考えていた程度。
……でも、今思えばあの時、一緒にいた緒川さんの雰囲気が少し変わってたような――――ううん、もし「櫻井了子=フィーネ」のことをあの時知っていたとして、
それに、もしわかってたならわざわざ本部に入れることをするとは……だけど、事実了子さんが本部に入るのは止めなかったのだから…………予想してなかった、確信が無かったから迷った、あるいは――
―――――――――
今、私の前に立ち塞がっているのは、私や
本部の最深部へと続くこの通路で拳銃を片手に私と対峙していた緒川慎次は、今しがた天井に穿たれた穴から降ってきた風鳴弦十郎と入れかわるようにしてこの場から姿を消した。
……
疑問に思わなくも無いが、それ以上に今は最深部に安置されている「デュランダル」の確保が優先される。こちらにも懸念材料は多いため急ぐに越したことはない。
そのためにも、まずは目の前の風鳴弦十郎への対処を早急にしなければなるまい。
しかし――――
「
風鳴弦十郎はその鋭い視線を私から離さず、拳を握り構えたその姿勢のまま口を開く。
「通信でキミに「カ・ディンギル」の話題を振ったすぐ後にノイズが「東京スカイタワー」を狙った時点で確信した、キミが
「ふん……つまりは有り合わせの対策でしかないだろう? いくら貴様が超人的な身体能力を持っていたとしても、その程度の応急処置じみた対策では「ネフシュタンの鎧」との
心中では「それでも、敵にはならんだろうが」と呟きつつ、一歩踏み出す。
近づくため――ではなく、足元に転がる
それをあえて口にせず、口角を釣り上げる――しかし、私の眼前にいる風鳴弦十郎の身体・視線・表情からは、全くもって動揺や迷いは感じられなかった。
それにしても……本気で勝てるつもりでいるのか、
肉弾戦による傷はモチロン、通常兵器による損傷も再生できる。唯一の懸念材料といえば、それこそ私が向かっている先――この本部の最深部――に保管されている、無限のエネルギーそのものとさえ言える完全聖遺物「デュランダル」くらいだろう。周囲への被害を省みず、アレのエネルギーの奔流で焼き尽くされようものなら…………だがしかし、厳重に保管されている「デュランダル」はいくら最高司令官であっても持ち出せはしない。それこそ、保管設備の破壊や
なんにせよ、
……しかし、根拠の無い自信と気合で押し切りかねないとも思えてしまうのが、風鳴弦十郎という男でもある。
だが、
まるで「見透かしているぞ」とでも言い出すのではないかと思えてしまうほど真っ直ぐな眼。
実際にはそんなことはないだろうが……余裕ともとれてしまいそうな堂々としたその態度に、私は少なからず苛立ちを覚える。
だから――だけでなく、手早く済ませて計画を進めるという意図もあるが――私は半歩踏み出すのと同時に、「ネフシュタンの鎧」の左右から伸びる1対の茨を用いて、機動力を削ぐ足元と、それを避けた先の致命傷となり得る首元を狙った二連撃を……速く、鋭くくり出すッ!!
しかし、ほぼ同時に風鳴弦十郎も動く。
避けるのではなく、こちらへと向かって一直線に距離を詰めてきた。
が、茨の軌道をわずかに調整するだけで対処できるレベルだ。その勢いのまま拳を振りかぶってくるが、その前にヤツの脚と首元に致命的な一撃が入ることは目に見えている。
こちらのほうがわずか一手……ほんの一瞬だけだが確かに早い。その拳は間に合わめり込む――――
「ガ…ぁ…………ッ!?」
――――
聖遺物と完全な融合を果たしているとはいえ、その基盤となっているのは間違い無く
故に感じた。自分の身体の中から、嫌な音が聞こえてきたのが。
とっさに腕を振るい、「ネフシュタンの鎧」の茨も用いて振り解きそのまま打ち付けようとする。だが、万全の状態では無い事もあってか風鳴弦十郎には悠々と避けられてしまう……。
しかし、一旦距離を取ることはできた。
いったい、どういうことだ?
風鳴弦十郎の超人的な身体能力は把握している。その上で先程は完全に動きを読みきっていたはず……。だというのに、その予想に反して、ヤツは私の攻撃を避けきり強烈な一撃を私に叩きつけてきた。
「映像と
「確かに、キサマのことを甘く見ていた部分はあったようだ。しかし、結果は変わらん。「ネフシュタンの鎧」の
相変わらずのあえて口角を釣りあげ、鼻で笑ってみせ――
――違和感。
そして気付く。
鈍く、しかし焼けるかのようなジリジリとした痛みが未だに続いていることに。
呼吸による僅かな動きだけで、嫌でも認識せざるを得ない痛み。
痛みが私に教えているのは、他でもない身体の損傷――生物が元来持ち合わせている生存のため必要な
「な……」
自然と落された
風鳴弦十郎の拳がめり込みできた痣、内出血、歪んだ肉や切れた筋、折れたりヒビが入った骨……それらが
あまりの予想外の出来事に思考が入り乱れ――――
「ぜぁっッ!!」
「――――――っ!?!?」
目の前の敵はそのスキを逃すはずも無く、私の身体に再び――いや、続いて
困惑し平静を欠いた思考の中では、今しがた風鳴弦十郎からどのような攻撃を受けたかすらマトモに観測出来ず、そんな中でも苦し紛れの反撃もロクな手応えが無い。
「……ぜだ…? 何故、 治らん……ッ!?」
「想定通り、ノイズ対策に用意していたモノが効果覿面のようだなッ!!」
口から漏れ出した疑問に、答えは返ってこなかった。が、
しかし、未だに風鳴弦十郎からの攻撃は止まらないっ。
「ぐぅぅっ!!」
痛みに耐えつつ、悪あがきでも抵抗しながら思考を巡らせる。
今、私の身に起きている異常は、偶然などではなく「ノイズ対策に用意していた
しかし、ノイズ対策だと? 二課の――いや、世界的に見ても明確な「対ノイズ」のモノなどそれこそ「シンフォギア」以外に在りはしない。そんなものがあれば、とっくの昔に二課の活動でも使われているだろう。
例外的に、完全聖遺物は何かしらの効力を持つ物もある――――が、それは全てが全てノイズを消滅させるに至るわけではない。それぞれの持つ
第一、完全聖遺物となるとそう簡単に持ち出したり使用が許されるわけではない。それこそ、例外的に
そもそも、特別なんのアクションも無しに「ネフシュタンの鎧」の再生能力を封じるようなマネが出来る聖遺物など聞いたことも無い。
私は今の今まで聖遺物研究の第一人者である櫻井了子として、二課を含む日本政府全体が保管してきた聖遺物はその見た目と能力を全て把握している。もっと言えば、私はアメリカ政府側でも活動をしてきたが、あちらでもそのようなモノはなかった。あえて挙げるのであれば
故に、今、風鳴弦十郎が使えるような聖遺物で私が知らぬものなど――――いやっ、あった!
「っ!! まさか、貴様――――「
「風鳴の秘宝」。
それは、古くから続く
もちろん興味を持ち、何とか調べようとしたこともある。
しかし、いくら問い詰めようと懇願しようと
「ならば」と、それらしい理由を並べたり、コネなんかも可能な限り使って、なんとか日本政府からの要請として秘宝の調査協力を「風鳴家」に求めたことも……。が、裏で何かあったのかもしれないが、それさえも退けられ――やはり「風鳴の秘宝」の正体に至ることは出来なかった。
「
いや、そうでなければ現状に説明がつかない。逆に言えばその存在を考慮すれば、風鳴弦十郎の謎の自信にも納得がいく。
ただ、その「風鳴の秘宝」の姿が見受けられないことが多少気にはなる。
私の予想では、その秘宝は風鳴のルーツである
私の見当が外れていてもっと別の形をしたモノのか、あるいは完全聖遺物ではなく聖遺物のカケラが持つ力を、シンフォギアのような「歌」では無い何かで増幅させているのか……。なんにせよ、その姿はパッとは見当たらない。
「「ノイズ対策」……そうか!
思い当たったのは、「ネフシュタンの鎧」の起動と奪取のために仕組んだあの「ツヴァイウィング」ライブの一件があった後に、表向きは
だが、そう考えると今このタイミングで風鳴弦十郎が切り札を隠し持っていたことに納得がいき――――同時に、疑問を超えて怒りにも似た激情が湧き上がってきた。
「国からの要請でさえ門外不出だった秘宝を持ち出すどころか、よそ者に預けるまでするとは
「さあな。あいにくその辺りは俺の知ったことじゃぁない。俺はただ、万が一に備えて出来ることをしてきただけだっ!!」
くり出された拳をなんとか凌ぐ。
最初は予想外だったその拳にも大分慣れてきた。しかし、完全に無効化することも出来ず、加えてこれまでに蓄積してきたダメージもあって、ついには膝をついてしまう。
「……このまま大人しくお縄についてもらおうか」
そう言った風鳴弦十郎は、これまでと同じく私の予想を超えた速さで……いや、その上を行く拳を振り抜いてくる。
無慈悲な一撃。この一発で確実に私を沈めるつもりなのは明白。
受けるわけにはいかない。
退くわけにはいかない。
この
力を込め、立ち上がりながら――カウンターを狙った一撃を放ちながら――――
「弦十郎君っ!!」
「っ!?」
フィーネではなく、櫻井了子としての顔と声で目の前の男の名を呼んだ。
自分の因子を持つ存在が聖遺物が発する「アウフヴァッヘン波形」をあびた時、その人間の中で上書きする形で地上に再誕することが出来る。それが
つまり、少なくともこの身体はフィーネとして目覚める前は、間違い無く風鳴弦十郎の同僚であり仲間だった。向こうにもその意識はあるだろう……となれば、情に厚いタイプである風鳴弦十郎が何とも思わないはずが無い。
その読み通り、ヤツの両眼は大きく見開かれた。そして――――
「ぬ、グッ……ゥ」
「ぃッ!か……ぁ!?」
拳の勢いは弱まったし、直撃は避けられた。だが、これはどうよく見ても
風鳴弦十郎の拳はズレ、私の脇腹をとらえ――その勢いに合わせて私が反射的に身をよじったことで、結果、身体にめり込むことは無く衝撃の多くを受け流すことができた。だが、それでも肋骨を含めた骨の幾らかに異常が起きているためお世辞にも無事とは言い難く……やはりというべきか、「ネフシュタンの鎧」の再生能力が発揮されておらず、傷が癒える気配がない。
対して、私の腕の、そして茨のスペックを最大限振り絞りくり出した突きの一撃は風鳴弦十郎の腹を貫き、ヤツは身体をくの字に曲げて――――――
――――チャガッラッ
数多の傷を負った結果荒くなっていた私の息づかいに交じって、硬質感のある音が私の耳に届いた。
その音の発生源はすぐにわかった。が、同時に
風鳴弦十郎の腹を貫いたはずの、「ネフシュタンの鎧」から伸びた桃色の茨。それが通路の床に落ち音を立てた。
そう、私が茨を引き抜いたわけでも、風鳴弦十郎自身が引き抜いたわけでもなく、ヤツの身体からこぼれ落ちたわけだ。
つまり、起死回生の一撃は
更に、気付く。つい先程殴られた場所とは――加えて言うなら、これまでの攻撃で設けた覚えの無い
視覚、そして痛覚が伝える現実に混乱しながらも、私はある可能性に思いたつ。
――まさか、
「ネフシュタンの鎧」の再生能力を封じるだけでなく、自身が受けるダメージを相手に押し付けるなどという因果干渉レベルの事象まで操る聖遺物だとでもいうのか、「風鳴の秘宝」は!!
あるいは、複数の聖遺物を同時に……?
再生能力が発揮できず、蓄積しつづけたダメージによってついふらついてしまい……数歩下がりながらも、通路の壁に手をつきなんとか体勢を保つ。
「くっ……まさか、ここまでとは。貴様、演技を……いや
何故か無い私が貫いたはずの腹部を注視していて――あるモノに目が止まる。
黒い
それが、風鳴弦十郎の身体のあちこちにまとわりついていた。
「「
「……っ」
以前、半分事故で起動した完全聖遺物「デュランダル」を手に取った
それとは細かい症状は違うものの、風鳴弦十郎もあの時の融合症例のように
だがしかし、風鳴弦十郎は完全には飲み込まれず踏み留まっている。
それは完全聖遺物「デュランダル」と謎の聖遺物(?)「風鳴の秘宝」との差異からか、あるいは「融合症例の少女」と「超人的な身体を持つ大人」という差異からか、それとも風鳴弦十郎の内にある義務感、正義感、その他もろもろの気合か――――はたまた、先程私の口から出てきた櫻井了子の言葉が引き留めたのか。
なんにせよ、私が一瞬「私の意表を突き、隙をつくるための演技ではないか?」と考えてしまっていた「負傷していないにもかかわらず、身体をくの字に曲げて動きを止めた」ことは、外傷ではなく「風鳴の秘宝」の暴走を押し留めようとしていたためだと理解した。
同時に、もはや目の前の
私は傷付いた身体に鞭打ちながら、つい少し前までと立場が変わって膝をついてしまった風鳴弦十郎の脇を通り抜ける。
「上にいた時、
「ま、待て……ぐッ」
ついには倒れ伏してしまいながらも引き留めようと声を上げる風鳴弦十郎を無視する。
その頭の中は、口にした言葉とは異なることを考えていた。
暴走していてもいなくともあの「ダメージを相手に押し付ける能力」がまだ有効だった場合――――生命力が高いからといって確実にトドメを刺そうとすれば、逆に私が致命傷を受けてしまう。しかも、どの程度の負傷から押し付ける効果が発揮されるかもわからない現状、一度弱い攻撃で様子を見た上でトドメを刺すというのもやはり大きなリスクがつきまとう。そもそも、並の攻撃ではこの男を傷付けられん気さえするのだからなおのことだ。
ならば、風鳴弦十郎が所持しているはずである「風鳴の秘宝」を奪取してから……というのも、やはり危険だろう。
「窮鼠猫を噛む」などという言葉があるように……いつもの気合でもどうにもならずに倒れた風鳴弦十郎であっても、おとなしく身体をまさぐらせてはくれないだろう。それに「風鳴の秘宝」の姿形を知らないのもこの手段を取らない理由である。
であればと、極力安全策を取ろうとすれば……それこそ時間的な問題になってくる。
もちろん、装者たちが戻ってきたところで、私が負けるとは思わない。
だが、目的達成のための計画に支障が出る程度の被害を受ける可能性は捨てきれない。その可能性を0にするには、装者たちが来る前にある程度まで準備を済ませておく必要があるだろう。
ならば、行動不能に陥っている風鳴弦十郎相手にここで時間を費やすのは得では無い。
それに――「風鳴弦十郎にはまだ何かあるかもしれない」――そう、私の中の警鐘は鳴り響いている。
私は計画を推し進めるために、完全聖遺物「デュランダル」がある最深部を目指して歩を進めた……。
そして――――
―――――――――
未来からの「リディアンがノイズに襲撃された」っていう通信がきて――それが途切れてすぐに、気づけばわたしは駆け出してた。
最短で、真っ直ぐに、一直線に……それでも、リディアン音楽院までの道のりは長くて、随分とかかってしまってた。
もしかしたら、わたしの体感が長かっただけで、実際はもっと短かったのかもしれないけど……とにかく、たどり着くことはできた。
「未来……みくーーーーっ!!」
リディアンまであと少し!って辺りで嫌でも気付いてたけど……遠目からでも見えていたリディアンの校舎は影も形も無く崩れていて、瓦礫の山でしかなくなってしまっていて……呼んでも、呼んでも、いくら呼んだって未来からの返事も、その姿も……っ!
「こいつはいったい……!?」
後からの足音と声にハッと振り返ったけど、そこにいたのはようやく一緒になってノイズと戦うことができたクリスちゃんだった。
その後ろからは、クリスちゃんに続いてわたしを追いかけてきてたんだろう翼さんと奏さん、そして葵ちゃんも走ってきてた。
「ただ単にノイズが襲ってきただけなら、校舎そのものがここまで壊されるものなの……!?」
「状況的に、
奏さんの言った
「未来が
そんな絶望的な考えが浮かんでしまったわたしの耳に、わずかだったけど確かに瓦礫の上を歩く音が届いた。
聞こえてきたのは、瓦礫の小山のひとつ向こうから。わたしやみんなが来た方向とは反対方向からだった。
誰かいるんだっ!!
居ても立っても居られなくて、わたしは駆け出した。
小山を越えた先に見たのは――見えた人は――――
「了子さんっ!! 無事だったんですね」
独特なお団子ヘアで白衣を着たその姿を見て、駆け寄りながら「みんなは、未来は!?」と問いかけようとして――――
そんな私の横を疾風が通り過ぎ――銃声が響いた。
そして――了子さんの左頬に赤い一線が引かれた。
「クリスちゃん!? 何して――――!」
銃を撃ったのが誰かは、すぐにわかった。持ってる人をわたしは独りしか知らなかったから。
だから、振り返ってアームドギアを構えたクリスちゃんを止めようと――
「やっぱりかっ……見た目は多少変わってるが、今のアタシの目は騙せねぇ。状況証拠も十分すぎっぞ……フィーネ!!」
「は?」
「な、櫻井女史が……!?」
「…………えっ」
クリスちゃんの口から出てきた言葉に、奏さんも、翼も――わたしも固まった。
「うそ、ですよね……? だって、了子さんはいつも、わたしたちを……」
信じられない。
でも、確かに、こんな状況で、
グルグルグチャグチャ、考えも気持ちも、わかんなくなるくらいまぜこぜになってしまって――――おさまったのは、いつの間にか頬の傷が無くなってる了子さんの口角がニヤッとつり上って、今まで見てきた優しい笑顔とは違う、その笑顔を
「いささか早いが……まぁ許容範囲内だな。にしても、半分予想してはいたが、まさか私の手駒を連れてノコノコやって来たか」
そう言った了子さんが白衣を脱ぎ捨てたかと思えば、一瞬淡い光を放って――――次の瞬間、その格好が一変した。
見たことが無いはずなのに
「ハッ! 誰が手駒だ、自分から捨てたくせに……いや、もうアンタとアタシの道は違えてる。そもそも違ったんだよっ、見ているモンが!! アンタの下で犯してきたアタシの罪は……消えたりなんかしない。でも、戦いの火種を増やしては潰して、力も罪も無い人たちの犠牲の上で成り立たせる平和なんてあんたが言ったやり方なんかじゃ不可能だったんだ! パパとママの「夢」は……そんなモンじゃあねえ! それをアタシは実現してみせる! それをアンタに、潰させやしねぇぞ!!」
ようやく手を取り合えたクリスちゃんの決意の言葉。
それを聞いて、敵だからとわかり合おうとせずに戦ったりはせずに、向かい合おうとしてきたことはきっと意味が無くなんてなかったんだ!って思えて、どこか胸の奥辺りがほっこりとした。だから、わたしは改めてクリスちゃん助けたい、一緒にいたいって思えた。
きっとわたしの望んでる世界も、クリスちゃんの言う「夢」の中にあるモノだと思うから……。
「お前の意志など、私にはなんの興味も無い」
だけど、了子さんはそれを心底興味が無いかのように切り捨てた。
凄く冷たい目でクリスちゃんを見て、一度鼻で笑ってから嘲るように言ってくる。
「第一、お前のような多少歌のチカラを持ってるだけで子供の遣いも出来ん、使えん無能など手駒にもならん。それなら、雑魚でも頭が回り使いようのある奴を手元に置くさ」
クリスちゃんの表情が歪んだ。
それは怒ってるような、悲しんでいるような…………
「…………え…………?」
頭の中に、ぽっかりと真っ白な穴が、空いた。
それでも、自然と体は、
後ろへ振り返った先に見えたのは……
やめて!意味不明な体の不調で出てくる迷言で、勘違いされて皆との関係が悪化したら、闇のゲームで
お願い、死なないで
あんたが今ここで倒れたら、奏さんやキネクリボーとの約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、フィーネに勝てるんだから!
次回「
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城之内死す!(なお本編では)+α
過去最長!(だいたいイヴちゃんのせい)
超展開!(遊戯王ではよくあること)
イヴちゃんがおかしい!(いつものこと)
俺ルール!(遊戯王ではよくあること)
書きたかったことを表現しきれてるか不安!(ドルべ有能、「僕だ!」無能)
プロットはあるけど半分くらい勢いで書きました! 勢いで呼んでくれぇ……!
そして、今回のお話ですが、構成の都合途中に第三者視点での文が入っています。
「『僕だ!』」
なーに言ってるんだ、この
……
…………
………………
冗談だ、他でもない《
いや、その、違うんですよ。
「またなにかやらかすんだろうなー。その前に彼女の目的くらい特定して対策なり説得なりできればいいなー」程度に考えて、この言うこときかないお口のせいで上手くいかずにそのままだったフィーネこと闇リョーコさん。そんなフィーネが街でノイズを大量発生させるどころか地下にトッキブツの本部があるリディアンまでも襲撃しだした。で、それに対して文句の1つ2つ言ってやろうじゃんか、ってワタシの中ではそうなってたはずなのに……どうしてこうなった。
「…………え…………?」
ほらみろ、いきなり名乗り出たりするからヒビキが「何言ってるの?」って顔で振り向いてきちゃって――――うん? にしては、ワタシの予想とは違う
それに、ヒビキ以外のみんなもギギギッと軋むような音が聞こえそうな感じで振り返ってきて、まるで信じられないモノでも見るような顔をワタシに向けてきてる。
いったい、どうしたっていうんだろう?
「まさか、葵が……
「ははは……違うだろ? ほら、いつもの「思った通りのことが言えない」ってやつなんだろ? そうなんだろ……だから、そんな目をしないでくれよ、葵ぃッ!!」
え……あっ!?
そ、そうだ! 学生としてではないけど何度も通っていてなんだかんだで愛着のあったリディアンの校舎が跡形も無くボロボロになってたのがショックで、ちょっと呆然として話を半分くらい頭に入ってきてなかったけど――ワタシが『僕だ!』っていう前にみんながしてた話は「ココに私の手駒がいるけど、
そこに颯爽と『僕だ!』と宣言する人物が、身内にいた。
味方陣営に入り込んで友好を深めて……で、ここぞって時に敵としての正体を現す……ほぼ完ぺきに今のワタシの状況にピッタリ合致しちゃってるじゃん。これで『ジャンジャジャーン! 今明かされる、衝撃の真実ぅ~』とか『楽しかったぜぇ、お前との友情ごっこ~!!』*3とか言いだした時には、もう役満だろう。
決闘者としては
というか、フィーネとは前からの知り合いではあるけど、手駒とかじゃないから!! ……でも一部事実があるから、完全に否定はしきれないのがツライっ! 仲間や知り合いというか、元・上司と部下というか、もっと正確に言えば研究者と
「このちびが、フィーネの手下だったってのかっ……はっ!? だから、アタシの名前を知ってやがったのか……!!」
クリスちゃんは続けて「でも、じゃぁなんであの時……」なんて言ってるけど――その「あの時」が何のことかはイマイチわかんないが、とにかくきっとどっかですれ違いをおこしちゃってるから! ワタシが
それに、ワタシの方へと振り向いてるせいでわかってないみたいだけど……「
というか、今気づいたけどあの
……って、今、そんなことはどうでもいいじゃない!?
とにかく、一刻も早く誤解を解かないと!
今さっきの『僕だ!』発言が、さっきカナデが言ってたみたいに毎度おなじみの「思ったこととは別の言葉が口から出てきてる」ってヤツだったってことを理解してもらう為に……
いやいやっ!? まぁ知った仲ではあったけど、別にそんな「これから一緒にトッキブツを内部からズタボロにしようぜ!」みたいなノリする仲良しじゃなかったから! むしろ、昔から痛めつけられたりしてたし、最近だって熱いコーヒーブン投げてぶっかけられたりしたし!
……だからって、フィーネをぶっ飛ばしたいとか思ってるわけでもないからなぁ……。以前にも言ったけど、フィーネっていうのは先史文明期の巫女さんらしい。そして、ワタシの知識から導き出される印象として「巫女」ってのはロクな目にあわない。《
……それじゃあ、ワタシって結局どっちの味方なんだろう?
なんかもやもやするが、今は目の前の現状をなんとかするのが先じゃないか? 前後の話の流れを完全無視した意味不明なことを言いまくって、頭おかしい子判定受けることによって話を有耶無耶にするしか……! そんな上手く事が運ぶ保証はないし、できるかなんてわかんないけど、何にもしないわけにはいかない!
さあ、言おう! 大きく口を開けて意味不明なことを――あっ、さっきの『友情ごっこ』とか真ゲス関連はノーサンキューだから。言うなよ? 絶対言うなよ、ワタシのお口っ!!
「なんでダンマリなんだよ……応えてくれっ、嘘だって言ってくれよ葵っ!!」
…………。
「言うなよ」とは思ったけど、本当になんにも言わないなんてどうかと思うんですけど!?
なんかおかしくない? ワタシのお口。いやっ、おかしいの前からだけどもっ!! それに、さっきの『僕だ!』の時だって、なんか違和感があったし……
「葵ぃ、どうして――」
「ハァン。なに、単純なことだ。貴様らの言葉にわざわざ応えてやる必要もないと判断されたのさ。そう、そもそも「
自分の身体のことを、あーだこーだ考えていると、いまだにワタシに呼びかけるカナデに、その姿を嘲笑うかのような調子でフィーネが何か語りかけてる。
ワタシはちゃんと応えようと思ってるよ? いうこときかないお口がいつも以上にいうこときかないだけで。
それに、間違い無く
「……ウソだ」
「嘘であるものか。コイツは最初から櫻井了子がフィーネであることを――アメリカと繋がりのあるスパイであり、ノイズを出現させ操っていることを知っていた。それを密告していない時点で……答えは明白だろう?」
「葵は、葵はそんなやつじゃぁ……!」
え、あ、うん……その辺りは弁解のしようがない。
思った通りのことを
それが今、この状況を作り上げる要因になってしまったことは反省して謝るべきだ……その前に、やれることをやるのが先だろう。でもそれ自体が、やっぱりお口のせいで難しいってトコに巡り巡って戻ってきやがったよ……。
「本当の名も知らず、いつまでそうやって「葵」と呼び続ける? いい加減、あの時ノイズに消された妹の幻想から目を覚ましたらどうだぁ?」
「違う! あたしは葵をあいつとはっ――――本当の名……?」
「
「「「――!!」」」
フィーネではなく、櫻井了子としての彼女と接点があったカナデ、ツバサ、ヒビキが息を呑んだのがわかった。
そして、フィーネの発言はワタシにとっても驚きのものだった。
確かに、最初のころはちょっと納得いってなかった部分もあったけど、もう今更だし、正直なところ「
そんな軽い感じのワタシとは違い、周りのみんなは主に精神的な意味で深刻な状態のように見えた。
……教えたくないわけじゃない、というかむしろ知ってて欲しい。だから今すぐにでも「イヴ」って名前を伝えたいんだけど……言えるかどうかが問題だ。頑張って口を動かそうとしてみる。
と、ショックを受けながらもツバサが、ワタシを睨みつけ――にしては弱々しい目で――口を開いた。
「何故……何故なの? 素性を、本心を隠し続けて……私達は、奏は! あなた自身を打ち明けるには
「な……」
ようやくお口が動いたかと思えば、なんでそんな心にもない
ツバサなんて、正に絶句といった様子で一瞬固まってしまってる。
いくばくかの時を経て復活したツバサが、キュッと一度唇を噛んでからまた何かを言おうと口を動かし――――その前に、ガッと一歩ワタシの方へと踏み出してきた
「アタシだけじゃない……仲間のコイツらも、カフェの二人も……みんなずっと騙し続けてたってのか! そんな真似して、お前は何とも思わないのかよ!?」
「な……!? なんで……アタシは、お前を……信じたコッチが…馬鹿だって、いうのかよ……――ッ!!」
ギリッっという奥歯を噛み締める音がここまで聞こえてきそうなほど歯を食いしばるような顔をして、ワタシを睨んだ
―――って、なんでさっきから、変に会話が成立するようなセリフばっかり出てくるんだ!?!?
そんな天性のドローセンスはいらないからっ! いやっ、ドロー運は欲しいけど、こんな時に発揮してくれないでいいよ!?
「そんな……嘘だよ……!」
そんな声が聞こえてきて、ハッとし反射的にソッチを見た。
そこにはワタシのほうをしっかりと見て、なんとか笑おうとした強張った笑顔を浮かべたヒビキが。それが、今にも泣きだしてしまいそうなのを我慢した精一杯の顔だっていうことは――決壊寸前だってことは、すぐにわかる。
「だって、わたしたちのことを敵だったなら、なんであのライブの日、わたしを…わたしを護ってた奏さんを助けたの……? なんで二課のみんなのお手伝いをしてたのっ? なんで戦い方を教えてくれたのっ、あんなに一緒になって修行をつけてくれたの!?」
「『希望を与えられ、それを奪われる。その瞬間こそ人間は一番美しい顔をする……それを与えてやるのが俺のファンサービスさ!』」*8
「……そんな、笑って……っ!」
大仰に両腕を広げたりしながら語り、ニタニタ笑うワタシを見てついにポロポロと涙を零し始めてしまうヒビキ。
今、やっとわかった……
もしかして、コレがちょっと前に例のカフェで《
いやっ思い返してみれば、シンフォギアを纏えなくなったカナデに腹パンしたあたりも自由が利かずに勝手に動いてた節があるし、100%《
でも、原因が不明となると……というか、「どっちにしろ」っていったほうが正確かもだけど、現状の打開には全然繋がりそうにないんですけどー!?
「ふははははっ!! キサマらのその絶望に染まって苦しみ歪んでいく顔、なかなかの見せ物じゃないか!」
頭を抱えて転げまわったり、
「特に、出来そこないの装者である天羽奏……どちらか片割れが死ぬくらいがちょうどいいと考えていたライブ襲撃の際に生き延びたこと、そして歌えなくなったはずなのに今こうしてまたシンフォギアを纏っていること……予想外な部分はあるが、見逃しておいた価値はあったようだなぁ?」
ケラケラ笑うフィーネとワタシの間で挟まれ、絶望と怒りとか色々混じった
そんな中、嗚咽に交じって泣きながらこぼしたヒビキの言葉が耳に入ってきた。
「了子さん……葵ちゃん……!! なんで、こんなことを……」
「何故だと? そうだな……わざわざ教えてやる必要も無いが、冥土の土産に――――」
高々と挙げられたワタシの人差し指が指し占めすは、暗い
「……攻撃? 月を、ですって?」
「どういうことだ!?」
知らん、そんなことは俺の管轄外だ。
そうツバサとクリスちゃんにいいたかったが……今度は動いてくれなかった。
いやだって、このいうこときかないお口から勝手に出てきた言葉だもん。ワタシが知っているわけもない。そもそも王国編の俺ルールのように
「これまでで得てきた情報だけで私の意図をそこまで読み取り、確信に至るまでの予測を行うとは。やはり、頭の回りは尋常ではないようだな……もはや、どこまで理解しているのやら」
――――ゑ?
き、気のせいかな? フィーネがまるでワタシの「月を攻撃」発言を肯定するかのようなことを言いだした気がしたんだけど……?
「まぁいい、すでに準備は終えたのだ。じきにその目で直に見ることになる――
地響き。
フィーネの背後、瓦礫の山が勢い良く散った。その瓦礫の下から何かがせり上がってきて、ズンズンと空へと向かって伸び――――そびえ立った。
金、紅、その他諸々…色とりどりの原色で描かれた壁画。それで構成された天高くそびえる円錐と円柱の中間くらいのカタチの巨大な
まさかこれが「カ・ディンギル」!?
ワタシの知ってる「
「なっ、あの模様……地下の二課本部へのエレベーターが通っている空間の壁に描かれていた壁画――――まさかっ! 「カ・ディンギル」はそのまま塔として建造せずに地下に隠して……それも、こちらの懐に!?」
「んなっバカな……!!」
予想外の展開に、ツバサとカナデが声を上げる。
見れば、さっきまで泣いていたヒビキもあまりのことに涙が引っ込んでしまったようで、でも状況についていけずに疑問符を浮かべてワタワタと慌ててる。
「これが「カ・ディンギル」! 失われた相互理解、人類の不和の元凶である「バラルの呪詛」、その発生源である月を
高らかに、そう告げるフィーネ。
その言葉に連動してかどうかはわからないが、「カ・ディンギル」出現の際とはまた違う低い地鳴りが辺りに響いた。
なんというか、こう……徐々に強まっていってるような振動……。
「バラルの……呪詛?」
聞いた言葉を理解できず、反芻するかのように呟くヒビキ。
ワタシも、どこかで聞いたような気がするその言葉が少し引っかかっていた。
そして、そことは少し別の個所にくいついたのは、
「人類の不和の元凶だって……? どういう意味だよっ、それじゃあまるで世界で起きてる戦争とかが全部ソレのせいって話になるぞ!?」
「その通りだ。先史文明期、存在した「統一言語」が突如失われ――――いや、
「ノイズもだと!?」
ノイズに対し並々ならぬ感情があるだろうカナデが特に強い反応を示した。
そして、その言葉を聞きながらワタシは思い出していた。
「バラルの呪詛」。その言葉を聞いたのが、例のカフェにてワタシのお口が何か言ってそれを聞いてた
確か「バラルの呪詛のもたらしたモノがどーいったものかも知らないくせに~」みたいな感じだった気がする。そしてなるほど、と納得してしまう。フィーネは知っているというか嫌と言うほど直に感じたんだろう、相互理解を失った人類が殺し合うその様を。
ワタシのお口があの時何を言ってしまったのかが今ひとつ思い出せないが……そのあたりの事を不用意につっついてしまったんだろう。
そりゃぁワタシに切れてしまうのも当然だし、「バラルの呪詛」を毛嫌いするのも仕方な――――
「月を穿つ……まさかっ! 「
――――いけど、それとは別に、コレはやり過ぎじゃない?
さっき「天変地異」がどうたらこうたら言ってたし、呪いとやらが解けたとしても、ロクなこと起きないよね? どうするつもりさ、この地球を。
そしてなんでわかったんだクリスちゃん!?
あれだろうか? 銃とかマシンガンとかミサイルとか……銃火器をシンフォギアで使うから「カ・ディンギル」の構造を見てキャノン砲みたいなモノだって理解できたのだろうか?
――――って、
「ふん、今頃気付いたか。今アレには二課の深層部で保管されていた完全聖遺物「デュランダル」が生み出す無限大のエネルギーを元にしたエネルギー砲。そして、この無駄話をしている間にもエネルギーの充填が進んでいき――――もうすぐ、射出に至る! もはや、誰にも止めることはできない!!」
どういう……ことだ……
―――――――――
人類の不和の元凶である呪いを、月を撃ち抜き消し去る。
それはおそらく「世界平和」を目指すクリスにとって他には無いだろう夢を叶えるための手段だろう。
だが、クリスにとってはとても喜べるものじゃなかった。
フィーネの言葉の端々から多大な犠牲が起きることを察し、両親から受け継ぐべき「夢」とは――想いとは違う、過ちだとわかってしまったから。
だから迷い――――しかし、彼女は決心する。「なんとしても砲撃を止めなければならない」と。
単純明快な阻止方法は「カ・ディンギル」の破壊だが、「ネフシュタンの鎧」を纏ったフィーネは、クリスたち装者と「カ・ディンギル」との中間位置に立ちふさがっている。直に壊しに行った場合、邪魔をしてくるだろうフィーネに勝てるかどうか以前に、エネルギーチャージ完了が目の前である今、先に砲撃が発射されてしまうことは目に見えている。
迅速で、確実な一撃。それをフィーネの届かない範囲で。それがクリスがすベきこと。
彼女が導き出した答え。それはシンフォギアのチカラによって生み出した人よりも一回り大きいくらいのミサイルに飛び乗って天辺へ、その先の上空を目指して飛び、そこで全身全霊の「絶唱」を放ち、「カ・ディンギル」の砲撃を相殺――あるいは砲撃を逸らす――すること。
どこまで思い通りにいくかなんてわからない。けど、それしかないとクリスは直感していた。
フィーネの意表をつけるのは、ミサイルに乗って飛ぶという荒業を初めて見せるその時だけだろう。
つまり、奇策としても、時間的にも一度きりのチャンス。
――――お前の思い通りに、させてたまるかよっ!!
息を潜めてから、クリスは心で叫びながらミサイルを出現させ――飛び乗る。
完璧なタイミング。
クリスの視界の端には、一瞬遅れて「何事か」と気付いたフィーネの目を丸くした顔が見えていた。
「…………ぇ?」
瓦礫の上に尻餅をつく形で倒れ込んだ身体――その腰回りに、
ミサイルの出現から始まるいきなりのことに困惑していた周りも、そしてクリス自身も――――杖を放り捨て飛びついてきた
クリスを乗せることなく飛んでいったミサイルは、予定通りの軌道で「カ・ディンギル」の上を通り過ぎていってしまう。
真っ先に困惑から回復し状況を理解して口を開いたのは、口角を釣り上げ嗤うフィーネだった。
「はっはっはっはっは!! 捨て身の突進か、何をしようとしていたかは知らないが――――無駄になるか否か以前に、何も為せないとは! 笑いがとまらんなぁ!!」
呆然としていたクリスは、そのフィーネの笑い声を聞いて、ようやく砲撃の阻止を失敗したことを理解した。
その原因が他でもない、つい数分前まで信じていた相手であり……実際は敵の手駒だった
そして遂に「カ・ディンギル」からの砲撃が発射される、その時が来てしまった。
「そうやって地に這いつくばり見るといい! 月を、呪いを穿つその瞬か――あっ?」
空を見上げたフィーネが――彼女につられて見上げていた装者たちが――固まる。
否、それは欠落ではなく
地球と月との間に、いつの間にか現れ、落下してくる
その
月を穿たんと発射された「カ・ディンギル」の高エネルギーのレーザー砲の
遠く上空から飛来してきているためその巨大さと形を正確に捉えることは困難だが、地上へ向かっているほうの先端は細く尖っていて、逆に上空の方の先端は極端に膨らんでいるように見えた。
全容を
むしろ砲撃を――高エネルギーの奔流を、弾き、掻き分けるようにして、速度は減少してしまいながらも壊れることも無く、ほんの少しずつだが落下を続けてる。
謎の巨物に弾かれた砲撃はといえば、一部は霧散し、一部は逸れ……結局は、そのほんの一部が月の端あたりを抉るだけに留まった。
その月の損害は、どう見てもフィーネが本来期待していた結果からは遠く離れていた。
そして、遂に「カ・ディンギル」から放出されていたエネルギーが収まる。落下を妨げるものが無くなった巨物は、ゆっくりと落下を続け――――ほどなくして、地響きを立てて止まった。
「カ・ディンギル」の砲身の先端から、色の無い闇のような巨大な宝玉が埋め込まれている膨らんだ巨物の先端が顔を出すかのような形で地上に落ちた謎の巨物。
その意味不明な展開と目の前の異様な光景に、「カ・ディンギル」の周りにいた誰もが呆然としていた。
ただひとり、冷や汗を流しながら目を泳がせている「
―――――――――
なんでこのタイミングで《星遺物―『
OCGの登場順というか、「星遺物」ストーリー内での登場準的に考えて「
それともあれか?
「カ・ディンギル」からバベル……前に話した事もある*12「
いやまぁ、あのあたりの話って、カードイラストの時系列の前後関係がいまいち不明なところもあって、《星遺物―『
仮にそうだったとしても、今の状況、もしも《星遺物―『
そして、ついさっきまでワタシが腰に抱きついていた
みんなよりも先に上空に何かあることに――そして、知識があったからその正体に気付いたワタシが、さらになんか飛び出そうとしていた
とにかく!
なんで「星杖」が降ってきたのかとかわからないことは色々あるけど、偶然にも「カ・ディンギル」の砲撃から月を守ることができた上に、砲身に栓をしてしまったから
そのフィーネはといえば――――
「どういう……ことだ……」
――――この様である。
ココにいるみんなの気持ちの代弁、ありがとうございます。
仕方ないよね、
「なんだアレは……? 何で出来ている? ……わからない。カ・ディンギルの砲撃に耐えて……なぜそんなモノが今ココにピンポイントで……っ! いや、
《
「キサマの仕業かぁッ!! どういうつもりだぁあ!?」
どうしてそうなった!?
違うから! ワタシ、じゃない!!
ワタシが《
「『素晴らしい……美しいよ、その苦しみにゆがんだ
なんで今日のワタシのお口はトコトン煽っていくスタイルなんですかねぇ……!?
「ふざけたマネをぉーーーーッ!!」
フィーネが腕を振り抜き――――衝撃!!
一瞬遅れて理解する。
ついさっきまでそばにいたはずの
つまり、ワタシはフィーネによって「ネフシュタンの鎧」の茨を巻きつけられ、投げられその勢いのまま学院の校舎の瓦礫の上に叩きつけられたんだろう。
「まさか、米国との決別を察し
「『違う、絆を選んだんだ! 俺たちの絆が運命を超えて行く!』」*17
どこからか響いてくる振動で、さらに身体中が痛みながらもワタシの口から出てくるカッコイイセリフ……
それは
「くくくっ、くははははぁはははっ!!」
ほら、フィーネもありえないことが馬鹿らしくって、ワタシの拘束を解いてあんなに笑ってる――――
「ふふふっ、感じるか? この振動を。「カ・ディンギル」は既にすでに
――――ゑ?
「なっ!?」
「なんですって!?」
「そんな……!」
「はぁ!?」
「誰も一撃だけなどとは言っていないだろう?」
そう言って笑うフィーネ。
それはそうだけど、あんな極太レーザーみたいなのをそう何発も撃てるはずが――あっ、そういえば「カ・ディンギル」のエネルギーの
なら、充填時間さえあれば何発でも……あれ?
「しかし、今、「カ・ディンギル」は
「なっ!? そんなことになったら、アタシらや……フィーネ、お前もっ!!」
「ああ、
フィーネが愉快そうに――しかし、目には怒気を灯らせ――
「キサマの言う「絆」とは、そいつらに「カ・ディンギルと心中してくれ」と頼むことなのかぁ? それは随分と滑稽なものだな!」
……徐々に強くなってく振動が、エネルギーの充填が進み暴発の時間が刻一刻と近づいていることを告げている。
第二射があるというだけでキツイものがあるというのに、《
そんな極限状態――――それ以前に、ワタシの過去のことやいうこときかないお口のせいもあって精神的に追い詰められていた装者のみんなに、冷静な状況分析、迅速な対応ができるだろうか?
むしろ、誰が敵か味方かわからない上に常識外れでどうしようもない事態に絶望しても仕方ないだろう。
だが、しかし…………
「大丈夫」――ワタシはそう、伝えるために口を動かす。
「え……?」
――――え?
「『君たちと過ごした時間は最高に楽しかったよ』」*20
……なんか、消えることを目前とした人が言いそうなことを、ワタシのお口が口走っちゃってるんですが……真剣に考え、シリアスな感じではあったけどちょっとなんかズレてない?
いちおうそんな
まぁそれ以前にお口が……ね。
ワタシは
その姿は当然、ここに来るまでノイズと戦っていたこともあって《
《星杯神楽イヴ》は、《
それは正しい。
ならば、《星杯神楽イヴ》は「他人が受ける破壊効果の身代わりとなる」能力を持っているか?
いや、
それはあくまでOCGカードの効果であり、「星遺物」ストーリー内でそういった描写は見受けられなかった。
であれば、カナデの身代わりとなったことのある《
それはどうかな?
確かにOCG効果は持っている。だが、それならばワタシは《
だが、ワタシが《星杯神楽イヴ》と成ることができるようになったのは、偶然《星遺物―『星杯』》を起動し手に入れてから……それ以前から出来てもおかしくないような気がするが、実際はそうはなっていない。ならばOCG仕様ではない……?
ならば、こう考えてはどうだろうか?
そして――《
デュエリストとしての記憶を思い返す。
アニメにおいて……「GX」等で登場するデュエルモンスターズの「精霊世界」ではデュエルでなくともモンスターを召喚し、チカラを借りることが出来ていた。そして、「GX」の主人公・十代や一部デュエリスト、「5D‘s」のサイコデュエリスト*21などなど、彼・彼女らはデュエル外でも現実にモンスターを呼び出していた。それも、
ならば、《
それならばOCG仕様の「種族と属性が異なるモンスター2体」という条件と、「「星杯」を手に入れるまで
そう、ワタシはモンスターを、手に入れた星遺物を、チカラだけでなく何かしらの形で呼び出すことが出来る……間違い無い(確信)。
当然だろ? デュエリストなら*22
そして、最後のピース。
つい先程、《星遺物―『星杖』》が「カ・ディンギル」の砲撃をものともせず、壊れることも無かった事実。
――――勝利の方程式は完成した*23
「カ・ディンギル」へと突進するワタシに、当然フィーネは反応してくる。しかし、そこには迷いが見られる。
これまでの会話・得られた情報からして、フィーネとしても「カ・ディンギル」の破壊は避けたい事態なんだろう。しかし、あんなに巨大なモノ……どうしようもない状況ならば――といった心情の際が今、この状況だろう。
なんとかして「
だからといって、もしも「カ・ディンギル」が破壊されるだけで他が――装者たちが無事というのは許せざる事態。
ならばならばと、やはりこのままなのも最善とは言い難い……そんなところだろう。
だからこそ、動いてもすぐさまワタシを止め、トドメを刺してこようなんてことはしてこない。見極めようとする、ワタシのしようとすることを。
それが明確な隙。
その隙を逃すこと無く、さらに畳み掛けるっ!
迷いを見せるフィーネが何かするよりも先に、ワタシは
《
「んなっ――――!?」
絶句するフィーネが、カナデたちのいる瓦礫の広がる地面が、ワタシの足元から一気に離れていく。
そんな中、ワタシは両膝を曲げ足に力を込めていた。
《
《
跳び上がり、勢い余って跳び越えかけたその時、「
光を放ち、《
「カ・ディンギル」から顔を出していた大きく膨らんだ先端部分に埋め込まれた宝玉。これまで暗い闇に染まっていたそれが本来の「
そして――これまで自らの手で手に入れてきた《星遺物―『星杯』》や《星遺物―『星鎧』》がそうだったように――起動した《
さぁ、こい! 《
思い出して欲しい。
先程、《
破壊耐性を持たない攻撃力500で守備力2500の《
そして、形状的に考えても、棒状の杖と比べて盾の形の方が防ぐことに適していることは最早議論の必要は無いだろう!
「カ・ディンギル」から射出されたエネルギーの奔流が、ワタシが地上へ向けて
その勢いからか、少し打ち上げられるような浮遊感を感じはしたが、『
何度も撃てるっていうなら、何度でも受け止めて――――
…………
え、ちょっ待って。なんで?
――――ワタシの思考は、時折エラーを起こしながらも、高速回転を始める……
いや、一定以上のステータスがあれば「戦闘破壊」「効果破壊」でもないことも《
というか、そもそも《
だから、もし仮に「カ・ディンギル」の砲撃の判定が「直線上にある
……ん?
いやいや、確かに地上のカナデたちからは離れたけど、少なくともそばに《
リンクモンスターである《
対して、《
前をリンクマーカーの上下左右、他斜めのどこに当てはめるのかと問われれば……おそらくは「上」。フィールドに出せばイメージが湧きやすいのだが、EXモンスターゾーン*25にリンクモンスターが召喚された場合、上および左右斜め上のリンクマーカーは相手のフィールドを指す。前に敵――「カ・ディンギル」やフィーネがいることを考えれば現状にも当てはま――――つまり、左右に誰もいない今の状態の《
でも、なんかおかしい気が……?
ああ、そっか。
EXモンスターゾーンには融合・シンクロ・エクシーズ・ペンデュラム・リンク等のモンスターを
《星杯神楽イヴ》と《星遺物―『星盾』》が縦に並ぶ状況って、《星杯神楽イヴ》がEXモンスターゾーンにいて、その
え? でも、実際のところ今《
どっちなの!?!?
遊戯王において位置関係関連のルールは、それこそ「遊戯王VRAINS」の開始と共にOCGでも新規参戦した「リンクモンスター」が登場するまで扱いは結構ザツだったよね!? デュエルフィールド無しでの野良デュエルでの惨劇を忘れたか!!*26
第一、リンクモンスターである《
というか、リンクモンスターをEXデッキから通常のモンスターゾーンに出す方法は「既に存在するリンクモンスターのマーカーの先に出す」だけしかないから、他のリンクモンスターが存在しないワタシは今回だけに限らず、最初からずーっと《
イヤイヤ、イヤイヤイヤッ!?
ありえないっ、そんなことないっ、だってそうでしょ!? そんなこと言い出したら、これまでや…そして今日もノイズと相対して
それに、あの約2年前にあったライブの惨劇の時にワタシがカナデのダメージを肩代わりして
もしそうだったとしたら、何故今はそんな扱いになってないのかとかいう疑問が増えるんですけど、そこのところはどうなって――!?
―――――この時の思考――時間にして、数秒足らず……
熱っ! あ、もうダ――――――――
「『ウワァーーーーッ!!』」*28
―――――――――
状況に思考が追い付かない……そんな中、
その後、星遺物を立て続けに召喚したことや『星杖』を起動し回収したことも――目の前で起きていることだというのに、奏には何一つ理解できなかった。
「『ウワァーーーーッ!!』」
「あお、い……?」
それでも、葵の叫び声は奏の耳に嫌と言うほど聞こえてきた。
それでも、その身を挺して砲撃を止めようとした少女が苦しんでいることを――その状況に胸の奥底が痛み、叫びたがっている自分がいることを――奏は頭での理解ではなく別の何かで「
「ああ……」
何をする間もなく、奏の視線の先で
果たして……「燈」色の輝きを持つ『
そのはるか上空に在る月もまた、第一射目での損傷以外に何か傷が増えた様子は無い。
だが、しかし……
少女が足場としていた大地から伸びた『
砲撃が終わり上空から徐々に落ちてき始めた『
――
奏の中に湧いてきた感情は、怒りか、悲しみか、後悔か、あるいは……しかし、それは彼女自身にもわからなかった。
叫びたくなる衝動を抑えて、奏はあたりを見渡し
「どこなんだ……どこにいるんだよ……」
憶えていたのだ。
「絶唱」を唄った自分の身代わりとなって消えた――光の粒子となって散ってしまったあの時、少女はそのすぐ後に
「お願いだ……いるなら返事をしてくれよっ、葵……!!」
自分たちの間にはこれしか知らないのだと、呼び続けていた名前を呼び……足場の悪い中を、少女を探して彷徨いだした。ただひとりの少女ことしか頭になくなった今の奏には、他の物も目には入らず、声も聞こえてはいなかった。
あたりの建物は「カ・ディンギル」以外全て瓦礫となり視界を遮るものはそれこそ「カ・ディンギル」しかない。
にもかかわらず、少女の姿は――少女と彼女が保有していた杖などの
「――――ぁあぁぁっ!!!!」
奏の中で、何かが外れるような音がした――――
途中から味方側に平常な精神状態の子がいなくなってしまった件。
そして何より
肉体的ダメージは現時点ではほぼゼロなのに壊滅的状況……『なにこれぇ?』
フィーネもフィーネであまりの事態にやけ気味……そんな彼女の詳しい心情云々は今後明らかに……!?
そして、今後の話の主人公はどうなる!?
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2-16(キズナ)
反応を返すのは少し時間が必要となりますのでご了承ください。
原作と変わってるようで、変わってなくて、でもやっぱり変わってる……そんな物語。
視点がコロコロ変わったり、今までの過去最長のさらに3割増しくらいの長い文章になっていたりします。
ちゃんとお話として表現しきれているか、まとめきれてるか不安ですがよろしくお願いします。
聖遺物らしき見たことも無い大きな盾によって「カ・ディンギル」の砲撃はなんとか防がれた。
葵が盾と共に光となって散っていった空……私は見上げた視線も身体も動かせずにいた。
――――消えゆく者に、名乗る名前は無い
葵が、私たちに本当の名を――自身の素性を一度たりとも教えようとすらしてくれなかった事に対して私が真意を訪ねた際、葵が言い放った言葉が私の頭の中で思い起こされていた。
だが、それはとんだ見当違いだった。
「まさか、あの時の言葉は……!!」
そうだ、あの言葉は「
つい忘れてしまいがちではあるけれど、葵は明確な原因のわからない言語能力の異常を抱えている。けれど、あの言葉は嘘偽りの想いではないと私は不思議と確信を持っていた。葵はあの時点で
人々の営みを、人命を護る自己犠牲。
そんな葵の姿は、防人としては尊ぶべき
あの夜……「ネフシュタンの鎧」を纏った雪音クリスに対し、自身への反動も省みず「絶唱」を放ち倒れた私。その行為が過ちだと、他でもない
バゴォンッっ!!
硬い何かが砕ける音が聞こえた。
見れば、捻って上半身を「カ・ディンギル」のほうへと振り返ったフィーネが、あの茨を高速で伸ばし一撃を放っていた。瓦礫が吹き跳び、地面をえぐり突き刺さっていたのを、鎧の根元を持って引きぬき何やら呟いて……?
「今、
フィーネの呟きに違和感を覚える。
アイツ……? この状況でこの場所の現れるような人物で、フィーネが警戒・攻撃するような存在が……?
真っ先に思い浮かんだのは
と、私は一拍置いて
その「死」を越える事象……葵の持つ完全聖遺物のチカラ、「蘇生能力」を。
まさか、あそこに葵が!?
たしか以前に
ならば、その時の様に葵が現れ、それに気づいたフィーネが始末しようとして……!?
いやっ、フィーネがあの一撃を放ってからの一部始終を見ていたが、先程のような光の粒…あるいは血のような葵があの場にいたと考えられる物証は一瞬たりとも見て取れなかった。それに、さっきフィーネ自身が呟いていたように、奴の勘違いだったのだろう。
だがしかし、葵があの時の様にこの周辺に
もしそうなら、フィーネよりも先に見つけ出さないと――でも、そのフィーネから目を離すわけにもいかない。だからといって、やっぱり葵を放っては置けな――――
ほんの少し前にも体感したその揺れを、「カ・ディンギル」崩れた学院の校舎の下から姿を現した後に忘れるはずはなかった。
「まさか!?」
この揺れは「カ・ディンギル」が地上に出現した時と、その砲撃のエネルギーの充填の際に起きていた振動だ。つまり――――
もう三発目が、くる!!??
あのとんでもないエネルギーを必要とする砲撃を、すでに二度撃っているにもかかわらずエネルギーは衰え知らず。これまでと変わらない速さで充填されていっているように思える。
これがエネルギーを無尽に生み出す完全聖遺物「デュランダル」のチカラだというの!?
一発目は棒状の巨大な謎の聖遺物が空から降ってきて砲身に突き刺さったことで防がれ、無理矢理押し留められて暴発一歩手前だった二発目は、盾の聖遺物を用い葵がその言葉通り全身全霊で防いだ。
しかし、アレが今みたび発射されたとして、月を守る
……! いや、まだ充填が始まったばかりのはず! ならば、発射前にエネルギーの充填を止める、又は「カ・ディンギル」そのものを破壊してしまえば阻止できるはず……!!
そんな私の思考を他所に、フィーネは私たちのことはすでに眼中に無いかのように目を向けることもなく、今ここに姿のない者に向かって語りかけはじめる。
「あんな巨大な聖遺物を如何にして手に入れ隠し持っていたのかは知らんが、そんなことは多少のズレこそ
芝居がかったかのような
「いくら蘇れたとして、何度も死ぬ苦痛に耐えられる? 痛覚を遮断できるわけでもあるまいし、オマエの精神はいつまでもつ? ……尤も、砲撃を防ぐことを次も見逃してやるつもりはないがな!!」
先程のように身を挺して砲撃を防ぎ続ける。私にも考えられなくはない
けどそれはフィーネの語った通り、何度も死をその痛みを体感するということ。常人であればそんなのは耐えられないことは目に見えている。加えて言えば、葵が抱えている言語能力の異常が「蘇生能力」の代償による異常である可能性も捨てきれないため、なおのことその
そうだ……! これ以上、葵を苦しめるわけにはいかない!
砲撃を防いだという実績で、フィーネの中で葵と私たちとの警戒度の差が生まれたにしてはいささか極端で疑問が残る――が、今ばかりはそれが幸いする。
その明確な隙を突いて、なんとか「カ・ディンギル」を破壊できれば……!!
「――――ぁアァぁっ!!!!」
「っ!?」
フィーネの隙を突つ、そのタイミングを見定めようとした私の耳に入った叫び声にハッとし目を向ければ、そこには奏の姿が。
けど、何か違和感が……私と奏との距離、いつの間にここまで離れている……?
……いいえ。「突如」なんていったけど、もしかしたら私は自分で思っている以上に
「奏っ!?」
「――――――――!!!!」
より一層怒気に溢れ悲痛に満ちた叫び声と共に、
それはただの色ではなく、離れていようと嫌と言うほど感じられてしまうほどの刺々しい
初めて見る奏の姿に唖然としつつ――――しかし、思い当たる
「……まさか『暴走状態』!?」
以前、立花が完全聖遺物「デュランダル」の護送をした際に、偶発的に起動してしまった「デュランダル」を保持するためにソレを手にしたことによって成った
あの時は、立花の纏うギアとなっている体内の「ガングニール」のカケラと起動した完全聖遺物「デュランダル」、その2つの聖遺物のチカラのぶつかり合いによって発生・増幅された破壊衝動が立花の中で抑えきれなくなったため発症した。
聖遺物のカケラと融合してしまっている――融合症例である立花だからこそ起こり易いと考えられるそうだが、融合症例でない私たちでも決して起こらないとは言い切れない症状らしく、複数の聖遺物の同時起動の他にも装者の感情の変化によっても起こりうるという。
……もっとも、それは敵であった
しかし、思い返せば、つい少し前まで奏がシンフォギアを纏えなくなっていたのも、感情――その精神状態が起因となってしまっていた。そう考えると、装者の精神状態とシンフォギアとが密接なことはほぼ確実。であれば、もしも装者の感情が何らかの原因で怒りや憎しみといった破壊衝動へと繋がる
その
ノイズに家族を奪われ、その復讐心からシンフォギア装者となった奏を私は知っている。血反吐を吐いてまでギアを纏うことに執着した姿を、手に入れた
なら、今はあの頃よりも激しい衝動に駆られているのだろう。それは、あの頃は持っていなかったチカラを持っていながら護れなかったからか、あるいは葵の素性云々やフィーネの言動に揺さぶられ不安定な精神状態になってしまっていたからか……。
「騒がしいと思えば、キサマか天羽奏。身の丈に合わない
「ガァアァァッ――――!!!!」
黒く染まりきった奏が叫ぶ、「カ・ディンギル」による地響きに劣らぬほど大気を震わせる咆哮。
周囲の瓦礫を砕き散らすほどの力で踏み抜かれた一歩で飛び出す奏。そのまま真っ直ぐにフィーネへと叩き付けられる
「破壊衝動による暴走か。瞬間出力やそこから来る破壊力は確かに脅威が無いとは言い切れない。だが、その動きはあまりに愚直でワザとでもなければ当たる気もせん…………そもそも完全聖遺物と比べれば、シンフォギアなど
横薙ぎに振るわれた「ネフシュタンの鎧」の茨は、隙の大きい大ぶりな攻撃後だった無防備な奏の横っ腹へと吸い込まれるように叩き込まれ――巻き付くように奏の身体を拘束し、その勢いのまま振るわれて浮き上がり――――地面へと叩き付けられた。
「グハァッ……!!」
「奏ぇっ!!」
「奏さん!?」
葵の事を、そして目の前の状況を整理するので精一杯だった未熟な私。けれど、奏のうめき声を聞き、頭の中のモノを振り払いようやくその場に縫い付けられていた足が動いた。暴走する奏を止めるためか、そんな奏を傷付けるフィーネを打ち倒すためか、どちらなのかは、私自身にもわからなかった。
走りだしたのは私だけじゃない。奏の名前を呼び駆け寄る、悲痛な表情をした立花。
そして、視界の端に映る赤いシンフォギアを纏った少女・雪音クリスの姿。
走る私たちが共に見据えるのは、反撃をしようとする暴走した奏を足蹴にするフィーネ。その口元は不敵な笑みに歪んでいて――――
「ようやく迎える世界の変革……それまでの暇潰しに、踊ってもらおうか」
―――――――――
学院に現れたノイズから逃れ、緒川さんと共に二課本部に降りている最中に
シェルター内を移動した理由は、実は他にもあった。
二課の本部でよく響と一緒にお世話になっていたオペレーターの男性・藤尭さんが、詳しくはわからない何かの機材を持って通路を駆けている姿を見つけたから。
「この緊急事態に何か手伝えることが少しでもあれば」というのは建前。地上の様子が――「東京スカイタワー」近辺でノイズと戦っていたはずの響の事が少しでもわからないかっていうのが本音だった。
そばにいたクラスメイトの3人もついて来てしまうっていう想定外のこともあったりしたけど、藤尭さんはついていくことを認めてくれた……あるいは、事情説明とか追い払ったりとかする時間も惜しいほど急を要する事態だったのかも。なんにしても、私としては有り難いことだった。
はたして、外の様子を私たちは知ることができた。
破壊されたリディアン音楽院の防犯カメラなどをはじめとして、万が一を想定したシステムを万全とは言えない環境の中でなんとかその一部を利用することが出来、外の
鮮明とはいえないけどディスプレイに映ったその映像。そこには校舎の瓦礫の上に立つシンフォギアを纏った響と翼さん、纏えなくなっていたはずの奏さん、あと話では何度か聞いていた雪音クリスちゃんって子。そして、あの独特の衣装と鎧を纏った葵ちゃんも。相対しているのは、特徴的だった頭の上にお団子状にまとめ上げられていた髪をおろし、その髪色を金へと変え……服も、見慣れた白衣ではなく鎧に変わった
戦わずに何か話しているみたいで、映像だけだった私たちにその内容は伝わってこなかった。けど、すぐに藤尭さんが外に生き残っている機器が無いかの捜索とアクセスを行い集音できないかを試すと言って凄いスピードで操作を始めた。
と、そのほとんど同時に、私たちのいる部屋に緒川さんと風鳴司令が入ってきた。ふたりとも目立った怪我こそ無いけれど、服の所々に汚れや疵があった。特に、緒川さんに肩を借りている風鳴司令は明らかに普段の力強さが感じられなくなってた。
司令と緒川さんは自分たちの身体のことも早々に、私たち共に藤尭さんがつけたディスプレイから外の様子をうかがい……険しい表情になった。
「やはり、葵君は……フィーネの……くっ!!」
呻きながら立ち上がり部屋の外へと行こうとする司令、そしてそれを止める緒川さん。
「いけません、司令! 今の状態の貴方にできることは何も――」
「だからと言って、このままだと……! あいつらがあの子と戦うことなど出来るはずがない! させるわけには、いかんだろ!!」
断片的な情報でしかない言葉だったけど、それでもわかってしまった。葵ちゃんがフィーネの――私たちの敵であり、響たちが戦わないといけない相手なんだと。
信じられない反面、納得できてしまう部分もあった。シンフォギアと異なるチカラを持った完全聖遺物の運用。そして寝食を共にしてた奏さんや翼さんに次いで、何かとそばにいることがあった
「そんな……そんなの嘘だ! あの子が裏切る悪役なんて、絶対ありえない!!」
ビックリしてしまうほど響いた大きな声。その声の主は、私についてきてて話を聞いてしまってた板場弓美ちゃんだった。
二課のこととかシンフォギアのこと、ここ最近の一連の
ふたりが一緒にいるところは数回しか見たこと無いけど、それでもわかるくらいに傍から見ても仲が良さそうに思えるコンビだった。弓美ちゃんは葵ちゃんが悪い奴の仲間だと思えないんだろう……私もそうであって欲しいと思う。
けれど状況が――そして、藤尭さんの尽力によって聞こえてきた外のみんなの会話と、その画面越しに見える表情が――葵ちゃんとフィーネの関係を……私たちの敵であるということを、確信に変えさせる。
『嘘であるものか。コイツは最初から櫻井了子がフィーネであることを――アメリカと繋がりのあるスパイであり、ノイズを出現させ操っていることを知っていた。それを密告していない時点で……答えは明白だろう?』
衝撃的な事実を突きつけるフィーネの言葉も――――
『『希望を与えられ、それを奪われる。その瞬間こそ人間は一番美しい顔をする……それを与えてやるのが俺のファンサービスさ!』』
響や奏さん達に対してあざ
それでも、弓美ちゃんは信じて疑わなかった。「あの子が誰かを傷付けることなんてするはずが無い」、「ちょっとオッチョコチョイで変人でも、悪役なんて務まらないおバカさんなのよ」って。
果てには「何とか外に出てあたしが問い詰めてやるんだから!」なんて言い出すほどだった。もしも
その全く疑いもしない様子が流石に気になって、なんでそう断言できるのか私は聞こうとしたけど…………シェルターに複数の悲鳴が響き渡り、タイミングを逃してしまうことに。
大きな揺れ。
地鳴り。
そう、それが「カ・ディンギル」の出現と
………………
…………
……
そこからは一転二転する怒涛の展開だった。
砲撃を防ごうとしたクリスちゃんの邪魔を葵ちゃんがしたかと思えば、空から巨大なナニカが降ってきて、フィーネの仲間で二課に潜んでたスパイだと思ってた葵ちゃんがそのフィーネを実は裏切ってて、そして……「カ・ディンギル」のまさかの二発目の砲撃を、葵ちゃんが命がけで止めて……っ!!
そこまででも部屋の雰囲気は「悪い」なんて言葉だけじゃ表せないほどとても沈んだものになった……。
だけど、そんな私たちを現実は休ませてくれるはずも無くて、事態は刻一刻と変わっていく。
三発目の砲撃の充填開始。奏さんの暴走状態への変貌。その奏さんの強襲をものともせずにフィーネが迎撃したことが皮切りに始まったフィーネ
こうして画面越しで見ててもわかる。響たちはフィーネに遊ばれてる。
単純な力の差だけじゃあないと思う。精神的余裕の無さが、そこから来る焦りが響たちの行動を鈍らせ、さらには連携が取れなくなっている。そもそも、これまで連携をする機会なんて無かったクリスちゃんがいるだけでなく、周りの事なんて眼中に無い様子で暴れるように何度もフィーネに襲い掛かり続ける奏さんがいることも状況の不利に拍車をかけてしまってる。
どう考えても限界を超えた動きで酷使してしまっている奏さんを止めないといけない。だけど、充填の始まっている「カ・ディンギル」も止めないと大変なことになる。そして、フィーネはそれらを
そんな様子を見守ることしかできない私たち……
そして、葵ちゃんのことを信じ続けていた弓美ちゃんは今――――泣き崩れている。
二度目の砲撃の時――砲撃の光で画面が白まり、その轟音が聞こえてくる中で葵ちゃんの叫び声が遠くに聞こえたあたり――で、弓美ちゃんは膝から崩れ落ち声を上げて泣き出してしまったのだ。
へたり込んで嗚咽をもらす弓美ちゃんのそばには、詩織ちゃんと創世ちゃんが寄り添ってあげている……けど、ふたりは弓美ちゃんにかける言葉が見つからず――ううん、それに加え画面越しに見る現実離れした現状についていけなくて、口をつぐみ苦しそうに歪めるだけだった。
……と、女の人に肩を貸した友里さんが、他にも数人の避難者を連れて入ってきた。その中には、学年は違うけれどリディアン音楽院の生徒もいた。
「む、どうした」
「連絡通路の崩壊と一部シェルターが破損し安全面が不確なため、避難場所が減少。本来の収容可能人数よりも超えてしまっていて……」
「いや、この状況だ。やむをえまい。とは言え、ここもあまり良い状況とは言えないが……」
申し訳なさそうに言う友里さん。この状況下で出来ることがどれくらいあるかはわからないけれど、それでも一応ココは今、仮の対策本部的な立ち位置になっている。シンフォギア等の機密情報を取り扱う以上、一般人がそばにいることは好ましくないからだろう。……それを言ったら、私たちリディアンの学生メンバーもアウトな気もするけれど。
対して、風鳴司令は問題無いと力強く頷き承諾する。けど司令さんの表情はどこか優れないように思える。「良い状況じゃない」って、ここのシェルターは別段崩れかけだったりはしないはずだけど……ああっ、でも、現状で外の状況がわかってしまうというのは、わからないよりも恐怖や不安で精神面でよくない。それは、戦ってる響たちの事を知らない人たちにとってもきっとつらく苦しいものに違いない。
「あっ!「かっとびんぐ」のおねえちゃんだ!」
「「えっ」」
不意に、肩を貸された女性の隣に寄り添っていた幼い女の子が部屋の雰囲気からは場違いの明るく元気の良い声をあげて軽い足取りで駆け出した。
でも、そのお母さんらしき女の人は片足を怪我していたからかとっさに動いたり駆け寄ったりはできないみたいで――女の人に肩を貸していた友里さんも同じく――止めることが出来ず、女の子はそのまま私たちのいる藤尭さんのそばまで来てしまった。そして、画面を覗きこんで「あっ、やっぱりだ!!」って言って
「かっと、びんぐ……だと?」
「うんっ!!」
つい口に出てしまっていたかのように聞き返した司令。周りの人たちが首をかしげている中、女の子はそんなの気にした様子も無く「奏さんと助けてくれたおねえちゃんも……あっ! 翼さんもいる!がんばれー!」って、まるでテレビのむこうの主人公を応援するかのようにはしゃぎ出した。
と、この時遅れながらも偶然気付いた。私以外に、女の子の言葉に周囲と異なる様子を見せた人が、
そう、それは泣きはらした顔を両手で覆って嗚咽を漏らしていたけどハッと顔を上げた
「かっとビング」という言葉。私には二人の口から聞いたことがあった。
初めては葵ちゃんの特訓を一緒に受けた時で、
響はそれ以前にも――あのツヴァイウィングライブでの惨劇の最中助けられた際にも――聞いたことがあったらしく、「
……そういえばあの日は、確か弓美ちゃんも特訓してるとこにいたっけ? だから、今、反応したのかも。
そして、それから幾らか時期をあけてから……落ち込んでいた葵ちゃんを励ますために、今度は響が言った事があった。
でも、なんでこの子が「
私の知ってる範囲では、「かっとビング」を言ってる時にこの子がいた記憶は無い。なら、響を見て言ってる気がするから、どこか私の知らない所で響が言ってて……?
「ねぇ、響の事知ってるの?」
「……? うんっ!」
少しの間を置いてから頷き、返事も早々に女の子はモニターの方へと視線を戻して食い入るように見つめた。
そんな女の子に変わって、女の子のお母さんなんだろう女の人が友里さんに肩を貸してもらったまま私の質問に答えてくれる。
「あの、詳しいことは言えないんですけど……前にこの子が事件に巻き込まれた時に助けてくれた人がいたんです。その意味は私もわからないんですけど、以来娘は「かっとびんぐ」という言葉を口にするようになったんです」
「きっとあの子が娘を助けてくれて、その時に」と、そのお母さんは言ってて、確信は持ててはいない様子だけどおそらくはその通りなんだろう。
それを裏付けるように、友里さんの「たしか、響ちゃんが初めてシンフォギアを纏った時に助けた――」という小さな呟きがかすかに聞こえた。
どうやら、シンフォギアに関わる特秘事項だから口止めされてて、それが何時どのタイミングでの話なのかは、比較的最近から二課に関わるようになった私にはわからないけど……とにかく、そんなことがあってこの女の子は「かっとビング」という言葉を知ったんだろう。
そういえば、
「ああっ?!」
言葉の意味を思い出しそうになったところで、モニターを見ていた女の子が声をあげた。すぐそばにいる藤尭さんの顔は強張っていて目も見開かれていて――
「響っ!!」
――その視線の先に映し出されていたのは、吹き飛ばされたのか勢い良く瓦礫の上の倒れこむ響の姿。
大きな声が出てしまい、この手が届くはずもないのにそばに行きたいとモニターへと駆け寄ってしまっていた。
いや、倒れたのは響だけじゃなかった。
クリスって娘もより高く吹き飛ばされてたのか、一拍遅れて離れたところに転がり倒れた。また少し離れたところでは剣を杖代わりにしてなんとか立っている翼さんがいて……フィーネとまだ戦えそうなのは、現状黒くなっててボロボロになりながらも未だに獣のように飛びかかり続けている奏さんだけだった。
いえっ、翼さんも瓦礫につきたててた剣を引き抜いてふらつきながらも構えた。クリスちゃんも、ゆっくりとだけどなんとか立ち上がれたみたい。でも、響は……倒れてピクリとも動かない。最悪の事態を想像してしまい震えが止まらなくなって、頭も真っ白になってきて――
「おねえちゃんたち、大丈夫なの……?」
――遠くに聞こえる女の子の声に、言葉を返すことができなかった……。
――――――――
ノイズの襲撃を受けて混沌とした町、崩れ落ちたリディアン音楽院の校舎。アニメがあって、学校で皆で過ごす楽しくって刺激的な時間も、ちょっと退屈だったり憂鬱としちゃうこともある日常はあっけなく壊れた。
それだけじゃない。この非日常は、あたしの友達を傷付け奪っていってる。
わかってる、本当に痛いのは今戦っている響たちのほうだ。あんなバカでっかいレーザー砲を一身に受け止めた葵ちゃんだッ。
でも、息が出来なくなりそうなほど痛く苦しくて、溢れ出す涙が止まらなかった。
アニメを観てて、困難に立たされたキャラに感情移入をして胸が苦しくなった体験なんて山ほどある。けど、今の
戦ってる響やツヴァイウィングの人たちから目を背けたい。葵ちゃんが死んでしまったことを忘れ去りたい。現実逃避に走りたい。こんな辛くて苦しいのはアニメの中だけでいい。
現実は楽しいことばかりじゃないし、退屈もする。そして、それ以上に理不尽、ノイズはヒーローの登場なんか待ってくれず犠牲者はでるし、そもそも世間一般的に「ノイズへの有効対策は無い」のが常識、ヒーローなんていなかった。もちろんあたしみたいな人が絶体絶命の危機に遭ったとしても、アニメのようにご都合主義で覚醒からの超展開なんて起こったりしない。
だけど……
あの言葉を聞いて思い出したんだ! あの日、死んでしまってもおかしくなかったあたしの手を引いて助け出してくれたあの子のぬくもりを……! このまま泣きわめいているだけでなんていられないッ!
覚悟を決めたあたしが胸に抱くのは、目の前の現実に引き戻してくれた――今にも泣き出しそうになっている女の子がさっき言ってた――「かっとビング」の言葉とその意味。それが勇気をくれた。
両手で拳を作って、脇を締めて、グッと力を込めて――――
「ガンッバレーーーーッッッ!!」
突然の大声に、目をまん丸に見開いたみんなの視線があたしに集中したのが、確認しなくたって
それがどうしたっ。気にしないで、ポカンとしてる女の子に心底不思議そうな表情をなんとか作って「どうしたのよ?」と話しかける。
「ほらっ、一生懸命立ち向かってる子がいるのよ? あたしたちが応援しないで誰がするっての! それがきっと、みんなのチカラになるんだからっ!」
「……! うんっ!!」
目尻に涙が浮かんだ目を一度二度とパチクリと瞬いた女の子だったけど、一転してイイ笑顔に変わって大きく頷いた。
あたしが「あの○○を応援するみたいにねっ」って
「まけないで、おねえちゃん! がんばれー!」
「翼さん、奏さん! かっとビングだー!!」
「ちょ、ちょっとユミ!?」
「こんな時にこんな場所で騒いでは……」
「それに「応援がチカラに」って、アニメの話でしょ!?」
創世ちゃんが、詩織ちゃんが、未来ちゃんがあたしを止めようとしてきた。
響や葵ちゃんが所属してる組織の事はよく知らないけど、どう考えても場違いなことは百も承知。常識的に考えても間違った行為だってこともわかってる。
だから、女の子との応援も、この想いも、あたしの我儘なんだ。
でも――
「アニメを真に受けて何が悪いっ!ここでやんなきゃ、あたしアニメ以下だよッ!非実在青少年にもなれやしないッ! この先、葵ちゃんと響の友達と胸を張って答えられないじゃない!!」
「!!」
「ノイズに立ち向かうチカラなんてあたしにはない。
――あたしの中にある想いは、限界突破して止められそうにもなかった。
気づけばまくしたてるように、口から言葉があふれだしていた。
「自分の事を全然考えないで葵ちゃんが命張ってまで守ろうとしたんだ! いつもお節介ばっかり焼いてる響が必死になって立ち向かってるんだ! 当り前のはずの明日をつかみ取るために!! なにもしないでただ助けられるのを待ってるなんてあたしには出来ない。だって、あたしはあの子たちの友達なんだから! だから、あたしは信じて応援するんだ! 守ろうとしてるもののために、ただのありふれた日常のために、生きるためにただ一生懸命に立ち向かってる響たちを――あたしだって一緒に守りたい! 「応援がチカラになる」! 成功率0%だとか絶対無理だと証明できないなら、あたしは何でも全力全開でやってやるわ!!」
あたしは言いたいことを言いきった。その全部が全部あたしの本心だったとは言い切れない。恐いのは恐いし、自信なんて言うほど無い。あの子たちに顔向けできないからって意地張っちゃってるし、振り絞ったなけなしの勇気で自分自身を奮い立ててる部分が大きい。だけど、こうしてぶちまけたことを後悔なんてしてない。
恐いほど静かな数秒間の後……怒鳴り声をあげる人も、
でも、何故か――
「ふっ……ふっははははッ!」
――何故か、笑う人が一人だけいた。
「風鳴司令……?」
「俺としたことが余計なところで足踏みをしていたらしい、そこまで言われてようやく重い腰をあげるなんて大人として恥ずかしいもんだ。それに……なるほど。確かに、
モニターを操作してたおにいさんやその人と同じデザインの服を着たおねえさんも、までもが呆然とする中でシェルター全域にまで響いてそうなほど高らかに笑ったのは、赤いワイシャツの下に鍛え抜かれた筋肉が見え隠れしている男の人――未来ちゃんが「風鳴司令」って呼んでる人だった。
……言ってることはよくわからないけれど、あたしの言葉のどこかにヒントを見出して、そこから地上の響たちを助ける算段を立てた、のかな? でも、その方法って? それになんでこんなにも笑って……?
「藤尭、スピーカーでも何でもいい、外部へ音声をつなげられるモノとその経路を確保しておいてくれ。こっちはなんとか非常用の電源の確保に行く」
「ちょっ司令!? 何をする気ですか!」
「なに、声援を――
それを聞いたおにいさんは「え、いや、まさか……?」「可能性は0とかそんなレベルじゃぁ……」と不安気に呟いて――でも、そのすぐ後、手は素早く動きキーを叩きはじめた。その手捌きにはまるで迷いが見られない。
と、肩を貸していた女の人を用意したイスに座らせたおねえさんが、どこからかタブレットのような機材を持ち出して藤尭さんの隣で何やら作業を始めた。
ふたりと入れ替わるかのように、今度はスーツを着た――あの日、葵ちゃんと一緒に私を助けてくれた人で、葵ちゃんは確か「シュウジさん」とか呼んでた――おにいさんが風鳴司令に近寄って口を開く。
「しかし、司令。確か、あちらの施設の方は全てが全てではないですが崩壊している部分が……それに、電気系統の不全を考えると主電源を非常用に切り替えたとして、上手くできるかどうか」
「大丈夫だ、身体の調子も大分戻ってきてることだ、俺が直接修復に行く。通路が塞がっていようとこの拳で打ち砕くさ」
「状態にもよりますが、大きな振動などで瓦礫やその周囲がさらに崩壊を起こす可能性も十分考えられますから、そのような力づくの行為は――」
「何もしないわけにもいかんだろう。それに……よく言うものだろう? 道とは自らの手で切り拓くもんだとな」
とんとん拍子で、まるで最初から決まっているのかって思ってしまうほど素早く問答を風鳴司令とするスーツのおにいさんは少し呆れてて……でも、どこか嬉しそうに笑い頷いた。
立ち上がり部屋の外へと向かおうとする風鳴司令に、自分でも気付かない間に「待って!」と声をかけてしまってた。
「あたしもついていくわ! アニメでもあったりするじゃない、大人じゃあ通れない瓦礫の狭い隙間とかがあった時、あたしみたいな小さな体格の人が役に立つ、って時が!」
「覚悟は――――いや、聞くまでもないか」
睨みつけるような険しい表情を私に向けた風鳴司令だったけど、すぐに口元を緩め「フッ」と笑みをこぼした。
応えるようにサムズアップをしニカッと笑う。
……涙の跡はまだ残ってるかな? 残り赤くなっている目元は? あたしの
「あたりまえよ、
ココは理不尽な現実だ。ましてやあたしはアニメに
あたしは立ち上がれる、勇気をくれる
待ってて、響! おやっさんとあたしが――――あたしたちが「歌を届ける」からね!!
―――――――――
力が、入りきらない。
打ちのめされて吹き飛ばされ、瓦礫の上に前のめりに倒れ込んでて、ただでさえ傷付いて痛む身体を一層刺激してその痛みで声にならない悲鳴を上げそうになる――が、そんな声さえ出せないほどわたしの身体は言うことを聞ける状態じゃなかった。
むしろ、そういったズキズキとした痛みも薄れていってしまうほど、少し気を抜けば意識が遠のいてしまいそうな状態。
「今確かに物音が……また気のせい、なのか? しかし、ここまで蘇りの兆候が見られないのは、いったい……?
ぼんやりとだけど聞こえてくる了子さんの声。
痛む首と重い瞼をなんとか上げて見えたかすんだ世界では、ところどころから血を流しながらも暴れる
――――■■■よ
あぁ……もうその姿さえぼやけていく様に感じ、意識が遠のいていくのがわかった。
なんとか意識を手繰り寄せようとするけど、どうにもなりそうになかった。
それは、目の前の現実に心のどこかで諦めが生まれてしまったからか、あるいは
――――3つだよ3つ
そんな中、聞き覚えのある声がわたしの頭の中に響き、意識が急浮上した。
ハッとして再び上げることができた
「あ、れ……ここは?」
暗闇に包まれた空間。
だけど、どこまでも平らな地面にはうっすらボンヤリと輝く極彩色の光の
そんなわたしを見下ろすようにして誰かが立ってる。
「あおい……ちゃん……?」
視線を動かせば、あの独特なデザインをした服を着てる葵ちゃんが、そこにいた。
――でも、ありえない。
だって、葵ちゃんは「カ・ディンギル」の砲撃で……。それに、仮に話には聞いてた復活をしたとしても、さっきまでいたはずのリディアン音楽院とは大きくかけ離れたこの場所にいるのはおかしい。
夢……なのかな? なら、葵ちゃんやこの場所のことにも説明はつく。
それとも、葵ちゃんは復活できなくて、わたしももう死んじゃってて、ここがあの世だったりする……?
うつ伏せに倒れてたところから腕の力でなんとか上体を起こした体勢までは来れたけど、そこで腕と脚に力が入りきらずにへたりこんじゃって立ち上がるまではできず、その場に座り込んでしまう。
「ゴメンね、葵ちゃん」
力を振り絞るために
自分で言ったのに一瞬「なんで?」って疑問に思ったけど、でも確かにわたしは葵ちゃんに謝りたいことがいくつも思い当たってしまった。
弟子で、それ以前から友達だったのに、裏切ったりしないと信じてあげられなかったこと。本当の事を教えて貰えなかったほど頼りなかったこと。暴走した奏さん、翼さんやクリスちゃんを守れなかったこと。「カ・ディンギル」の砲撃を止められず月を壊そうとする了子さんに負けてしまったこと……たくさん思い浮かんでは上手く言葉にできず、上げた顔をただ俯かせることしかできなかった。
葵ちゃんの――でも、どこか違和感を感じる――声。
「遊星」という知らない
いつものわたしなら、誰の名前なのかなんて大して気にすることも無く自分の
もしここがあの世じゃなくて、わたしがまだ生きていたとしても……今から立ち上がって、了子さんを倒して、砲撃を止める……なんてことできっこない。そんな姿が、
「……無理だよ。わたしなんかに……ううん、わたしだけじゃない。翼さんやクリスちゃん、奏さんだって死に物狂いで了子さんと戦ったんだよ。それでも……全然届かなかった。このままじゃあ月が……世界がどうなっちゃうのかわかんないのに……リディアンや二課のみんなの――
勉強に四苦八苦しながらもクラスメイトと楽しく過ごしていた学院、ド素人だったわたしの「誰かの助けになりたい」なんて我儘を受け入れサポートしてくれた二課の人たちがいた本部も……日常は、わたしの帰るべき場所は散乱した瓦礫と同じく崩れてしまった。
そんな怒りや悲しみが入り混じった激情を乗せていたはずのこの拳は、あまりにもあっけなく了子さんに弾かれてしまった。わたしの唯一といっていい戦う手段であるこの身体もいうことをきいてくれなくて……もう、戦う
『遊星』
また短く呼ばれた誰かの名前。その呼びかけが、葵ちゃんがわたしに向けたものだってことはわかる。
反射的に俯いてた顔を上げちゃってた。けど、すぐには葵ちゃんの顔を直視はできなかった。
恐いんだ。葵ちゃんにどんな目で見られているかを考えるのが。
友達だからどうだとか、年上・年下だからああだとか、弟子と師匠だからこうだとか……でも、そんな葵ちゃんとの関係以上に、ただ単純にこんな弱い自分が嫌で嫌で仕方なかった。
怒られるかもしれない。「無理だ」って言ったわたしに対しての失望されたのかもしれない。もう、わたしを見てくれないかもしれない。
パシンッ!!
「――――えっ」
音。
痛い。
左頬。
一瞬の間を置いて、ようやく理解した。
わけがわからず、わたしを
怒っている様子も、失望してる様子もなく、ただただ真っ直ぐ視線をわたしに向けていた。そのブレることのない視線には、全くと言っていいくらい迷いが感じられなかった。まるで、未だなおわたしのことを信じ疑っていないかのように透き通った眼で、眩しくて目を背けたかったけど――同じかそれ以上に魅き寄せられ、目が離せなかった。
『遊星、お前にはまだやるべきことがある。粒子と粒子を繋ぐ遊星粒子のように、人の心を導き、人の心を繋ぐのだ。その先に必ず新たな境地が見えてくる』
誰かの名前だと思っていた言葉に「
「人の心を、繋ぐ? そんなこと、わたしなんかにできるわけが……」
葵ちゃんの眼に引き寄せられ上げていた視線をまた伏してしまう。
人の心。
『ツヴァイウィングライブの惨劇』。
突如出現したノイズによって、沢山の人が犠牲となったあの日。
でも、ノイズに襲われて亡くなった人ばかりでなく、我先にと必死に逃げようとしたり様々な要因が重なった結果
クラスメイト、親友、家族……そんな親しい人を失えば、理不尽に怒りが湧くのもわかる。人の手には負えない災害という扱いのノイズに向けてもやるせないだけだってことも理解できる。
けど、なんでそんな憤りが、
シンフォギアっていう、ノイズに対抗できる手段を手に入れたわたしは戦うことを選んだ。
あのライブの日、ノイズたちへと立ち向かう翼さんたちのように強くありたい。
ノイズから守ってくれた奏さんたちのように誰かを守りたい。
そして――あの誹謗中傷を受けた日々のわたしのように、助けを求めていても声も上げられずにいる人に手を差し伸べてあげられるようになりたかったから。少しでも多くチカラが欲しかった。
痛みを、苦しみを知っているからこそ、この
けど、だからこそ……わたしを、わたしの家族を、親友を傷付けた
胸の奥が、痛んだ。
わたしの中に浮かんだ考えが間違ってるって事はわかってる。でも、頭の中をゴチャゴチャにかき乱すナニカは静まってくれない。
暗く深いソコへと沈んでいく――――
座り込んでいたわたし。その膝上に
うだうだと考えていて目の前の事から意識がそれていたからか、あおいちゃんは気付かないうちにすぐそばまで来て膝立ちになって視線を合わせてきてた。なにより、その表情がさっきまでの力強いモノから変わってて、
その表情が、その手の温かさが……
誰なのかという答えにたどり着くよりも先に、握る手を伝って葵ちゃんからわたしへと極彩色の光が伝ってきて――声が聞こえてきた。
――本当に、これがあの子の助けになるのね!
――前に道を聞いたら、案内までしてもらっちゃって……
――自転車倒しちゃった時に手ぇ
――ワシも助けてもらったことがあるんだ。なら……
顔とあんまり聞き覚えの無い声。なんとなく聞いた覚えのある声。
年齢も、性別もバラバラの、いろんな人たちの声……。
――自分の事だってあるのに、毎度手を貸してくれた
――立花さん、風鳴さん……どうか無事に……そして、少しでもお力になれれば
――
クラスの人、先生、上級生の先輩の声。
――あの日、娘を助けてくれたお礼を、恩返しを、少しでもできれば……
――あきらめないで! 「かっとびんぐ」のおねえちゃん!
どこかで聞いた覚えのある女の人の声と、
――腕っぷしはなくとも、俺たちに出来ることを……
――今できる最大限を、一生懸命な響ちゃんに!
――翼さんと奏さんを支え、ふたりと共に戦う覚悟を持ち全力で響さんにお力添えするのも僕の務め!
――装者の皆だけで背負う必要は無い! 独りでも、4人だけでも決してない。俺たちもついているッ!!
藤尭さん、友里さん、緒川さん、司令……
――状況も、どうしてこんなことになってるかもいまひとつわかりませんが、それでも……っ!
――ビッキーが頑張ってる、立ち向かってる! 力を貸したいと想う理由がそれ以上に必要なはずがない!
――受け取って! あたしたちの全力全開の
詩織ちゃん、創世ちゃん、弓美ちゃん。
どこからともなく聞こえてきた、みんなの声。
ここが、あの世や夢の世界、妄想のモノじゃないならみんなはきっとどこかにいる――まだ生きている!
そして――――
――響っ。
通信が途切れてしまってから、ずっと聞きたかった
ただ一言、名前を呼んだだけ。
頑張って、でも傷付かないで。立ち上がって、でも無理はして欲しくない。護って、でも護りたい。
ううん、
みんなの沢山の想い。大元になってる部分も、向いている方向もバラバラなモノだけど、それはきっとぶつかり合わなきゃならないモノなんかじゃない。だって――――
『ああ、それがお前の役目だ』
まるでわたしのたどり着いた
するとどうしたことか、了子さんと戦ってる間も、倒れてこの不思議な場所に来てからも……今までどれだけ力を振り絞ろうとしても湧いてこなかった
「あはははっ、ゆーせーりゅうしとか、新たな境地とか……言ってる
「わたしはこんなところで立ち止まってなんていられない。だって、独りじゃないから……まだ歌える、頑張れる! 戦えるッ!」
両手は葵ちゃんに握られたまま、座り込んでいたわたしは自分の両足で、その湧き上がってくる活力のまま勢い良く立ち上がる。視線の高さ関係が葵ちゃんとワタシとで入れ替わって、今度はわたしが見下ろす形になる。
微笑みを消して真っ直ぐ透き通った眼でわたしを見る葵ちゃん。それに対して、目を背けたくなることもなく――ようやくわたしは自信を持って力強い笑顔を返すことができた。
見つめ合う、静かな数秒間。
葵ちゃんがスゥっと目を瞑ったかと思えば、一瞬の間をあけて、これまで以上の一層輝く笑顔をみせてくれた。まるで満足したかのように。
そして――葵ちゃんは黄色い光の
「えっ、まって……!!」
「まさかこれって成仏して…とかそういう!?」と思って、さっきまで握ってくれてた手を掴もうとするけどその指は光の粒をすり抜けるだけで――――でも、そんな慌てたわたしの様子を見てかどうかはわからないけど、葵ちゃんだった光の粒たちの流れがわたしの身体を包み込んだ。
『私はいつでもお前のそばにいる、遊星!』
……そんな言葉を残して、その光の粒がわたしの中に流れ込みきってしまった。
そして――――
――――3つだよ3つ
!!
また、あの言葉が……!?
――――考えることを忘れないで。生きるための3つのこと。帰るための3つのこと。敵を倒す3つのこと。考えることでキミはまだ生きられる。
あぁ! 思い出したっ!
3つのこと。あの特訓の時、葵ちゃんがわたしに言った言葉を。
ぁ…………わたしってなんてバカなんだろう。大事なことを忘れちゃってた……!
まだ、何も終わってなんかいないってことを。今までのわたしがフィーネに負けたのは当然だったってことを。
そして、みんなの想いだけじゃない。他でもないわたし自身の中にも答えは確かにあったってことを!!
あぁ、そうか……そうだったんだ。
だからあの時、葵ちゃんは
葵ちゃんには、確かにおかしなところはあった。
けど、そこに意図はあった。たとえ、多少のズレじゃあすまなかったとしても、その声を発してた葵ちゃんの奥底には――葵ちゃんの中に心は確かにあったんだから、なにも無意味だなんてことはない。少し考えれば当然のことだった。
あの子が、思い通りにいかない中でも、見て、聞いて、悩んで、必死に考えた末に抱いた想いが、
奥底から湧きあがって、全身にみなぎるチカラ。それにつれて深い海の底から浮き上がるような感覚――そこに、また声が聞こえてきた。
――――世界を救い、フィーネを救ってやってほしい!
「……えっ?」
―――――――――
最初に
それでもなお私の前に立ち続けているヤツが、今、10mほど前にいる。
確かに
前提として、戦闘能力ではなく単純な装者としての適性はコイツが他よりも一段格下――薬頼りの時限式だ。そう、本来であれば実力云々以前の問題で最も長期戦に適していない。
だというのに、コイツは未だに戦い続け、倒れてもこうして立ち上がってくる。いや、そもそもコイツは少し前からシンフォギアを纏うことすら出来なくなって、装者として使い物にならなくなっていたはず……。しかも、それだけじゃない。
「ハァ…! ハァ…! ハァ…ッ!」
立ち上がった天羽奏の荒い息づかい。
唸り声や叫び声ではなく、ただただ身体の調子と息を整えるための呼吸をしているのだ。
そう、最初こそ確かに暴走状態となっていた天羽奏だが、時間経過か別の要因かは不明ではあるが途中から様子が変わったのだ。
暴走状態が解け理性を完全に取り戻すわけでもなく、力を使い果たしギアの強制解除と共に意識を失うわけでもなく――――
興味。
しかし、それ以上に不確定要素の強いモノだと断定し、今ココで消すことに決め優先順位を多少切り替える。天羽奏本人がこの状態を意識してやっているかどうかなど、どうでもいいことだ。とにかく消す。
「カ・ディンギル」の第三射目の発射はもう直前まで迫っている。
私の勝ちだ。だが、勝ちを確信し誇らしく語ることもせず、かつ「カ・ディンギル」のほうにも目を向けない。向ける必要も無い、立っているのは目の前の天羽奏だけなのだから、発射までコイツを押さえておくのが最低限、仕留めることが今私が求める最大の結果。
「Gatrandis babel ziggurat edenal――――」
「っ! 暴走状態での絶唱……だと……!?」
完全融合を果たしその力を遺憾無く発揮できている完全聖遺物「ネフシュタン」であれば、シンフォギアの絶唱程度凌ぐことはそう難しくは無い。しかし、暴走状態という出力は高くとも本来であれば歌うことすらままならない状態での、瞬間火力の高い絶唱は完全に未知数。ましてや、「カ・ディンギル」を守りきれる確証はない。
もちろん天羽奏もフィードバックでただではすまないだろうが、ヤツの眼に迷いは見られない。侮ってはいけないと私の頭脳が警鐘を鳴らしている……だが!
「貴様の歌に最後まで付き合ってやる義理は、無いッ!!」
これまでの装者を適当にあしらってきた攻撃とは違う必殺技の一撃。
聖遺物と完全融合したこの身体の力を最大限に活かした茨の鋭い一撃がヤツの喉元へと叩き込まれ――
「ぎぃっ!?」
――貫く寸前で手に持つ槍の腹で防がれた。
が、防いだとはいっても反射的な反応であったためか完全にではなく――また、腕に力が入りきらなかったのか――数m後ろへ押し出され倒れ込み、その勢いのまま1,2回転がる。絶唱も自身の槍に押し潰される形で息が圧迫され途切れた。
つくりあげた隙。
それを逃すこと無く、突き出した茨だけでなく反対の手で操るもう1本も合わせた2本の茨で、すぐさま無防備をさらしている天羽奏へと全身全霊の一撃を文字通り叩き付け――――っ
「これくらい、へいき、へっちゃら……!!」
私と天羽奏との間に突如現れた
「「なっ!?」」
一番最初に倒れ伏したはずの立花響の登場に、私だけでなく立花響の後ろで倒れている天羽奏も目を見開いていた。その眼にはより理性が戻ったのと同時に、暴走状態の黒も随分と一気に引いていったのがわかった。
立花響が茨を押し返すのと、私が茨を引くのとはほぼ同時だった。
その腕は、「平気」と言った割にはギアの装甲は半ば砕け、所々から血も流れ出しているのが見える。
「立花響。お前、まだ立てたのか。だが、そんな体たらくでいったい何をしようというんだ?」
「了子さん……
顔がやや伏せられた状態のヤツの口から出てきた言葉は、私に笑みを浮かばせ、天羽奏を絶句させるものだった。
「はッ! ようやっと諦めたか! 貴様らの足掻きが何と無意味か理解したか? このさきの天変地異の狂乱を乗り越えた続く、統一言語を取り戻した未来がいかに素晴――「そうじゃ、ありません」
私は眉を顰める。
「なにぃ? ……いや、もはや関係無い! 今ぁッ! 充填を終えた「カ・ディンギル」は発射される! この第三射目で私の悲願は果たされるのだからなっ!!」
ようやく……本当にようやくだ!!
歓喜に震え上がり、大笑いをしてしまいそうになるのをなんとか抑えて、発射直前となった「カ・ディンギル」を振り返り、見上げ――――
――――「カ・ディンギル」の中段あたりに大きなヒビが入り、そこから幾筋もの細かいひび割れが広がっていくのを見た。
「…………は?」
コロコロと、ガラガラと……ヒビの入ったところから段々と崩れ落ちていく。
その規模が、崩れる範囲が広がっていき――砲撃の発射の瞬間、ちょうど半ばくらいの高さから上の部分が全て吹き飛んだ。
「カ・ディンギル」に発射直前まで集束されていたエネルギーは、砲身のヒビ割れや一部崩壊で術式が不完全になったからか、砲撃とは呼べない勢いで噴出し月へと届くこと無く、道半ばの空中で霧散してしまっている。
そう……最早この「カ・ディンギル」の砲撃は、月を穿つどころか砲撃としての効力などカケラもなくなってしまったのだ。
「ば……
「わたしは何もしてない……何も、してあげられてなかった……っ!!」
伏せ気味だった立花響の顔が上げられ、その表情が私の目に入った。
「ただ、これが葵ちゃんが迷った末に出した「答え」の……その結果です」
「ナニィ!?」
「空から降ってきたあんな大きな物を受け止めて、蓋されてギリギリまで無理矢理閉じ込められて、月を壊すほどのエネルギーで内側から圧迫されて――保つわけがなかったんです。だってそれは、どう考えても「カ・ディンギル」が本来想定してた負荷よりもずっと大きかったんですから」
「!!」
言われてみれば、その通りではある。
あんな巨大なモノを…ましてやソレを意図して「カ・ディンギル」に突き刺し栓をするなどという状況を…そんな考えを想定できるはずがない。そんな想定外の衝撃に耐えられるか否かなどの検証や、見越しての補強など、到底無理だ。
「そんな限界を超えた状態で何とか建ってる「カ・ディンギル」は、自身の砲撃のエネルギーに耐えられなくて壊れたんです。誰も殺さないし、誰も死なせない――なるべく現状を保ったままにしようとした……それが、あなたの敵にも味方にもなりきれなかった葵ちゃんが何とか絞り出した、苦肉の策だったんですよ」
限界以上だったのはわかったが、今のこんな絶妙なタイミングで? 敵でも味方でもない? それがヤツの苦肉の策だと?
頭が理解しきるよりも早く、新たに理解が出来ないことを立て続けにぶちまけてくる
「葵ちゃんは、あなたのことを何かから助け出したかった。それが何からなのかわたしにはわからない――――けど、だから葵ちゃんはわたしたちに情報を渡したりしてあなたの敵になることは出来なかったんだ。でも、やってることは間違ってるって伝えて止めたかったから、あなたの味方のままじゃいられなかった――あなたを助け出したかったから……でも、みんなで手を取り合いたかったから――誰にも明かせなくて独りで抱え込んじゃったんだっ」
「貴様、何を言って…!?」
「その手をあなたに差し伸べていたはずなんです! きっとあったんだ、あなたに向けた葵ちゃんの言葉が……伝えたかった想いが!!」
―――――――――
――――なんだその目はっ!?
葵の、言葉……
――――そんな捨てられた飼い犬のような目をしているから、キリュウに敗北したんだ!!
――――キサマがどうすべきか教えてやると言ってるんだ!
自分のせいで誰かが傷ついてしまう事を恐れ、護りたいものを護れなくて自分自身の在り方を見失った。そんなあたしがシンフォギアを纏えなくなって焦り、自暴自棄になったところを非難を受けることを覚悟で止めて、そしてその原因に
もっとも、情けないことにあたしはその答えに気付くのに、結構時間をかけてしまって迷惑かけちまったんだけどさ。
――――ワクワクを思い出すんだ
……ははっ!
あんな時でも――いや、今だったとしても「そうあって欲しい」って、コッチの都合も心の整理もそこそこにそんな無茶な注文をつけてくるに決まってる。
あぁ、そうだよな葵。
怒りも悲しみも憎しみも……この胸の中に渦巻いてるモンは、間違い無くあたしのモノで消しようがない。そう、元々あたしが歌うようになったきっかけは、今と同じような復讐心だった……けど、あたしが見出した歌は違うんだ。
そう、ツヴァイウィングとして活動する
シンフォギアを纏う
ソレがみんなの――他でもないあたしの本当の願いだってのに、見失ってちゃダメだってのはちゃんと教えてもらってたはずなのに、怒りに囚われて暴走しちまってたなんて……本当にあたしは仕方のない姉貴分だよな。
でも、もう見失ったりなんかしない。今のあたしは独りで戦ってるんじゃなかったんだ。翼や響、クリス、そして弦十郎の旦那や二課のみんな、ファンの子に、そして
だからあたしは――――!!
―――――――――
――――…………。
あの子の言葉……
私は自分で言うのはどうかと思うけれど、葵とは良い関係を築けていたと思っていた……でも、実際はどうだっただろう?
――――進路をアルカトラズに取れ! 全速前進DAだ!
あの子が言った言葉を真意をよみとろうとせずにそのままの意味で捉えてしまったり、お世話をしようと思ってたのに逆に身の回りの世話をされたり……そう、私は間に奏がいてくれたからなんとかなっていた部分がある。
でも、そのままでいいなんて最初のころから思ってなかった。
――――…………♪
まだ会ってそう経ってない頃、奏に呼ばれて二課の本部で唐突に二人きりにされた時……コミュニケーション能力不足、そして嫉妬と不安でどうすればいいかわからなかった不器用な私に寄り添い微笑んでくれた葵に……。
――――りんごは 浮かんだ お空に
――――りんごは 落っこちた 地べたに
葵と奏を襲い傷付けた「ネフシュタンの鎧」を身に纏った人物に「絶唱」を放ち倒れた私に、夢にまで現れてきて涙と表情、そしてその歌で自己満足ではなく本当の意味で護るということを気付かせてくれた葵に……。
そして……奏と共に、唯々
だからこそ、葵の言葉を、想いを、歌を人一倍理解しようとした。
その上で、素敵な歌声を持つ貴女と「ツヴァイウィング」とでステージに立ちたかった。一緒に歌いたかった。私の我儘でもある……けど、知ってほしかった。私の知る幸せを、葵に感じてほしかったから。
……葵。やっぱり私はどこか自己満足なところが残ってて、貴女にちゃんと寄り添ってあげられていなかったかもしれない。
もっとそばに居てあげられたなら何か違ったんじゃないかと思ったりもした。
でも、もう大丈夫。
誰よりも優しい貴女の想いは他でもない私の胸の内に温かく灯っていて、進むべき正しい道を照らしてくれているから! だから私は、まだ立ち上がれる!!
だから私は――――!!
―――――――――
――――何度でも受け止めてやる! 全部吐き出せ、お前の悲しみを!!
あいつの……言葉、だと?
――――いい加減にしろシェリー!!お前の親父さんは、そんなことのためにそのカードを託したのか!?
……あぁ、忘れるもんか。ふざけているようで、そのくせアタシん
――――お前の魂はまだここに囚われたまま。だが、そこから脱出する道の見つけ方もお前はわかっていないようだ。……お前に道は見つからない!
――――旅立った人達はお前の人生から完全に消えたわけではない。先の場所に行っただけだ。私はそう信じている。……ただ、私は彼らのもとへ行く時それに恥じぬよう生きていくだけだ。お前とは違う
結局のところ、どんなものでもチカラってのはどれもそう変わらないんだと思う。いや、仮に違ったとしても一番大事なのはアタシ自身の心だったんだ。
アタシの歌はぶっ壊すことしかできなくて、起動させてしまった
けど、アタシの中にあるチカラってのは、本当にそれだけのチカラなのか? それに、それを持つアタシの想いは何も意味をなさないモノなのか? パパとママがくれた歌のチカラはそんなもんだったってのか? 違う、よなッ!!
おまえの……葵のような底抜けな優しさも、どんだけ窮地に立たされようと耐える丈夫さも、折れない心の力強さなんてあたしには真似できやしないけど……二度と迷わない! 受け継いだ夢は叶えるまで絶対になくしたりしない! もう、自分の本当の気持ちに嘘をついたりしねぇっ!
だからアタシは――――!!
―――――――――
「ヤツが私に向けた言葉だと?」
向かい合う響とフィーネ。
互いに向けられた視線をそらすことなく――しかし、フィーネは不機嫌そうに眉を跳ね上げた。
「……そんなものに何の意味がある? いちいち記憶することも煩わしい!」
対照的に、その言葉を聞いた響は悲しみに顔を歪めた。しかし、泣きだすわけでもなく――かといって、その瞳の奥に怒りの炎を宿らせているわけでもなく――声を荒げるフィーネをジッと見つめていた。
「第一、ヤツの口から出る言葉は「バラルの呪詛」をより
「そんなこと、ないです!!」
段々とヒートアップし声が余計に大きくなっていっていたフィーネに負けず劣らずの大声で、響は否定し大仰な語りを立ち斬る。そして自身の胸に手を当て、どこか苦しささえ感じられそうな歪んだ表情になって言葉を紡ぎ出した。
「たしかに、変なことも言ってて聞いてもわけがわかんないこともあった。そのせいで葵ちゃん自身はきっとたくさん傷付き苦しんでた……でも、だからってそれで葵ちゃんは諦めたりしなかった! 葵ちゃんは何も感じずに……何も考えずにいたわけじゃない! 了子さん――ううん、
「知っている? 何故今更そんなことを口にできる? ヤツの正体に気付かず、幻想を抱き続けていたキサマらが!」
響はフィーネの言葉を否定することも肯定することも無く、ただ目をつむり胸に当てた手をギュッと握りしめ拳を作った。
後悔が無いわけじゃない。嘆きたくもある。
だけど、それでも歩むことを決めた響の意志は曲がることは無かった。立ち上がり、前を向き、この世界の――
「
カッ!と目を見開き、勢い良く脚を多少の前後のズレをうみつつ肩幅ほどに開き、その両手で拳を作って構える。
「わたしが葵ちゃんに代わって伝える……あなたを止めてみせる!」
そして――――どこからともなく、
仰ぎ見よ太陽を よろずの愛を学べ
歌だった。
響や翼といったリディアン音楽院の学生、奏や
朝な夕なに声高く 調と共に強く生きよ
装者たちとフィーネしか見当たらないこの瓦礫だらけの場所で鳴り響く歌……それを聞いてか聞かずか、響は高らかに声をあげる。
「
響の奇妙な数え方を疑問に思いつつ、不可解な言葉にその意図を探ろうとするフィーネ。
だが、それを探る暇も無くフィーネの思考は乱れた。
何故なら、小石ほどの大きさの光球が彼女の足元の瓦礫の下から湧き出してきたのだから。
遥かな未来の果て 例え涙をしても
いや、漂いはじめた光球はひとつふたつではない。
フィーネの足元だけでなく、周囲一帯からいくつも湧きあがってきていた。
「
誉れ胸を張る乙女よ 信ず夢を歌にして
「何処から聞こえてくる、この不快な歌――――歌、だと? まさか!?」
あることに気付いたフィーネの双眸が大きく見開かれる。
そう、彼女の周囲を、辺り一帯を漂う光球の正体は可視化されるほど高密度となった
もし仮にこの場でフォニックゲインを測定することができたのならば、ここにいる装者
知らぬ者が見れば、無数の光球が舞い散るの幻想的な光景。だが、フィーネはこの光景を誰よりも理解している。偶然ではないことを――しかし、意図的に起こされた必然な結果としてはありえない規模だということも、彼女自身が培ってきたもの全てがそう結論付けている。
「そして――――葵ちゃんがあなたに伝えたかった
だからこそフィーネは困惑し、硬直し、響の言葉に耳を傾けてしまっていた。
そして気付けない。響の後ろにいた奏が――そこから離れた場所で力無く倒れていた翼が、クリスが――立ち上がったことに。
「お前が言った仲間同士で争うだけが人間の姿じゃねぇ。自分の思いを…魂を仲間に託してともに戦うこともできる。人はそれを絆と呼ぶんだッ!!」
あたり一帯を
それらが奏に、翼に、クリスに――それぞれの装者たちの周りへと集まり、傷だらけだったシンフォギアと共にひとまとまりのヒカリの奔流となって、装者の身体を包み込んだ……!!
「まだ戦えるだと!?
何を支えに立ち上がる!?
何を握って力に変える!?
鳴り渡る不快な歌の仕業か?
……そうだ、お前が纏っているものはなんだ?
心はたしかに折り砕いたはず!!
まさか
『バラルの呪詛』に歪められたアレが力だと言うのか!?
相互理解を失った人が成せるはずがない!!
ならばおまえは何を纏っている!
それは私が作ったものか?
おまえが纏うそれはいったいなんだ、なんなのだッ!?」
目の前の光景に追いつけず、
その「答え」は、立花響の……いや、装者たちの胸にあった。
「「願い」の力が!」
「「想い」の力が!」
「「夢」の力が!」
「わたしたちの――みんなの力がっ!」
――――集いし星の輝きが、新たな奇跡を照らし出す!
『橙』、『青』、『赤』、『黄』。
星の如き輝きを持つ無数の粒子を纏った
――――光さす道となれ!
「これがわたしたちの」
「「「「シ・ン・フォ・ギィィッ――ヴウゥワアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」」」」*7
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2-17
「いい……」
そんな決闘者的世間話はさておき、寝落ちして途中で止まってしまっていた最新話、ようやく更新です! 大変長らくお待たせしました!
「なん……だと……」
『橙』。『青』。『赤』。『黄』。
白を基調に、それぞれの色の光そのものを纏っているかのようなシンフォギア。
さらに、彼女らのギアからは部位・数・形状に多少なりとも差異はあれど、光で形成された
本来であればありえない目の前の現実に驚愕し――しかし、ほぼ同時に自身の思考は
『
かつて、シンフォギアを製作する際に構想した最終決戦機能のひとつ。
『絶唱』と同じく――だが、異なったアプローチで――ギア本来の出力に限りなく近づけることを目的とした形態。しかし、これまでの実験・実戦共にその予兆すら見せることの無かったモノ。
そもそも、シンフォギアシステムには、総数301,655,722種類のロックが施されている。そのうちのいくつかを、装者の経験や心象、戦闘能力に合わせて解放し運用しているのが
なぜそうなっているのか? それは、あくまで装者一人の
仮に、完全聖遺物に近いほどの大きなチカラを引き出せたとしても、それを纏い扱う装者が
だが、先にも述べた通り
しかし、だ。目の前の4人が纏うモノは、以前に
おそらく、
けれど、それは机上の空論を現実に落し込めた形態変化。装者の気質・戦闘スタイルに合わせて変化するシンフォギアの機能をさらに拡張した強化。従来ではありえない飛行能力などの機能追加。そして、そんな無理矢理の運用による装者への負荷を最小限に抑制。それらを本来ではありえないほどの出力のフォニックゲインを用いることで可能にしている。
「装者」と「シンフォギア」が導き出した最適解とでも言うべき限定解除にて形を成した
ありえない。
ありえない。
だが、今、眼前に在る。
――――その手をあなたに差し伸べていたはずなんです! きっとあったんだ、あなたに向けた葵ちゃんの言葉が……伝えたかった想いが!!
ふと、
他の装者に……そして立花響自身に立ち上がるチカラを、『
いや、それだけじゃない。
また別の声も、続けざまに記憶の片隅から呼び起こされていた。
――――お前の言う未来とは本当に輝かしいものなのか?
――――例えモーメントが歴史から消えても、人の進化の行き着く先が欲望や誘惑に囚われるならば、お前の生きた未来と何の違いがある。それで本当に世界は救われたと言えるのか?
――――本当に未来を救うためには、みんなの心が正しい方へ向かい、モーメントと共に繁栄できる未来を作らなければいけない――今を救わなければきっと未来も救われない! そうじゃないのか、
呪いに歪められ相も変わらず微妙にズレた――だが、妙に私をイラつかせる――その言葉。アレにはどういった意図があったというのだろうか?
聞いた時からわかっていた。ヤツが、月を破壊し「バラルの呪詛」を解き失われた「統一言語」を――人類の相互理解を取り戻すことを
だから、私は激昂した。理不尽にも唐突に取り上げられた「統一言語」の価値を、相互理解が失われたことで起きた数々の悲劇を、人々がそうあるべき本来のカタチの尊さを――それらをどうとも思わないかのような物言いに、私は何も知らぬ小童の戯言だと聞き流すことが出来ず、その怒りのままヤツを痛めつけた。
だが、しかし。
私が読み取るに至らなかったあの時のヤツの真意が――もしそれが、立花響が言った
絶望を前にしても諦めず歩み続ける精神が。
思いなどという形の無い不確かなモノを信じ力に変えんとすることが。
その場に居ない力無き者…倒れた者…人々が思いを託し紡いだ絆が。
奴等が『
何故、
「認めてなるものかぁーーーーッ!!」
認めない! あってはならないっ!
そんなことは
そうだ……!
湧き上がるこの衝動が、誰かに止められようものか!
そう、
―――――――――
「認めてなるものかぁーーーーッ!!」
眼下で瓦礫の上に立つ、フィーネの絶叫。
それと共にその手に掲げられたのは、どこから取り出された「ソロモンの杖」。
「ソロモンの杖」が輝き、無数に
ノイズはあっという間に瓦礫に埋もれたリディアン音楽院の跡地を埋め尽くして――いや、決して狭くはないリディアンの敷地をも越え、少し離れた町にまで大量の様々な
あのライブの日の比にもならない大量のノイズ。けど、不思議とあたしの心は落ち着いていた。
スカイタワー周辺でのノイズ発生に続き、フィーネとノイズによるリディアン音楽院襲撃。そういったことがあってすぐ後だから、あのノイズたちのいる場所はすでに人々が避難した後で人命の心配をしなくていいという一種の安心感があったからかもしれない。……もちろん、人がいないからってノイズ共を野放しにして置く気は無い。それにアッチもあたしたちのことを敵として認識いるのがわかるから、衝突は間違い無く起こるだろう。
それでも、やっぱり不安は無かった。
纏ったこのシンフォギアから力があふれるからか。葵の言葉を思い出したからか。あるいは――
「「カ・ディンギル」を失っても衰えるどころか増すばかりのフィーネの執念、放っておくわけにはいかないわ」
「はいっ! 葵ちゃんから受け取った意志も、わたしの中の想いも言ってます! フィーネさんを止めないと、って!」
「あったりまえだ! 自棄か何かは知らねぇけど、これ以上暴れさせやしない……誰も犠牲に何てさせやしない!」
――離れていても耳以外のどこから聞こえてくる
それがあたしの背中を押してくれていた。
「ああ……いくぞ、みんな!!」
「オォリャアァァーーッ!!」
「はぁっ!」
両手で構えた
「墜ちろ、
数もさることながら、その変幻自在な飛行で装者へと迫ってくる厄介な飛行型ノイズ。それらを背中と腰回りから展開された武装から、直線的だったり時に弧を描く曲線的な誘導型の赤いレーザー光線を発射し、余すことなく飛行型ノイズを撃ち抜き――オマケにと地上のノイズまでも面制圧の乱射で霧散させる雪音クリス。
「負けてらんねぇな!!」
あたしも槍を自分の身体に添わせるように構え、
幾らかの時間を経て、自分だけでも結構な数のノイズを倒したと自信を持って言えるくらいになった時……あたしは上空に一旦とどまり、一度状況を確認した。
追加で出現したのか、あまり減っていないように思えるノイズ。
「だったら、周囲のノイズへの対処もそこそこに元凶であるフィーネを叩かないといけないか」と視線を動かそうとしたところで不意に違和感を感じた。
「なんだ……?」
あたしが動きを止めたのとほぼ同時、偶然か否か、ノイズの動きが変わったことに気付く。
ほんの一瞬前まであたし達めがけて襲ってきていたのに、急にその動きを止め不自然なほど揃った動きでどの
奴等が向いたのは、「ソロモンの杖」で奴等を出現させ操っているはずのフィーネがいる方向。それが操っているフィーネの意思だとして、一体何をしようっていうんだ?
いざとなれば、すぐにでも多少強引に
「なっ!?」
「一体何を……!?」
まるで切腹するかのような光景に目を見開く翼をはじめ、皆がフィーネの奇行に目を奪われた。
そして気付く。フィーネの口元に笑みが浮かべられていることに。
と、動きを止めていた全てのノイズ共が一斉にフィーネへと殺到しだした。
しかし、その動きはフィーネを襲うためにと言うわけではなく、ただ単純にフィーネめがけて集まっているようで……集まったノイズがぶつかり合い結合し、一つの塊になっていっていた。
その融合し大きくなっていくノイズの身体に呑み込まれるようにしてフィーネは取り込まれ――いや、あれは
「まさか!?」なんて叫ぶ間も無くフィーネはノイズに埋もれ、その姿は見えなくなった。それでも次々に集まっていくノイズは重なり合い、積み上げられ、空へ空へと伸びていく様に形が整いはじめる。
その自重を支えるためか、まるで根を張るかのようにノイズの塊の根元付近からゴポゴポと沸き立つように流れ出たノイズ肉が瓦礫を呑み込みながら地面へ――そのさらに下の地下へと浸透していくのが上空から見て取れた。
「オイオイ!? 何だよ、アレはっ!?」
あたし達装者全員の気持ちを代弁する雪音クリスの驚愕の声が響いたころには、その高さはあたし達がいる上空を越えたあたりにまで達していて、そこでようやくその成長を止めた。
「カ・ディンギル」よりはひと回り小さい――けど、並大抵の建物よりは大きいソレ。
ソレはまるで生き物のように蠢き、その中腹辺りから上が数か所
しかも、その手には「カ・ディンギル」の砲撃の原動力となっていたはずの、剣のカタチをした完全聖遺物「デュランダル」が握られていた。
「まだ全てが終わったわけではない、否、終わらせはしない! そして……我が手中にある3つの完全聖遺物、そのチカラが貴様らを葬るにこと足りぬわけがあるまい!!」
3つの完全聖遺物……フィーネが完全な融合を果たしていた「ネフシュタンの鎧」。さっき腹に刺したノイズを操る「ソロモンの杖」。そして、あの手に持つ剣「デュランダル」。
っ、そうか! 地下にまでノイズの身を伸ばしたのは、地下で原動力の完全聖遺物「デュランダル」をその手中に収めるためだったか!? となると、その無限のエネルギーを活用できるわけで……まさか「カ・ディンギル」と同じ「砲台」としての機能があるのか、コレには!?
いや、そうとも言い切れないか? あくまで手に持っているだけなんだから。
それに、地上から伸びる筒状の形だけならば
フィーネがいるあたりより少し下の部分から伸び広がっている複数本の突起物が
そういえば昔、聖遺物のことを勉強した時に「
――――ワタシの知ってる「赤き竜」と違う……
「ん? なんか言ったか、翼?」
「えっ? いえ、別に何も……?」
気のせいか? 今、確かに誰かの声が……
「余所見とは随分と余裕だなぁ!!」
フィーネの声にハッとし気を引き締め、すぐさま行動に移す。
視界には、首をわずかに動かし下から上へ薙ぎ払うかのように振るわんとする「赤き竜」。その矢印のような形をした頭の先端から発射された
「あっ! 町が……!」
「クソッ――――
「なん……だと……?」
いや、固まったのはあたしたちだけじゃない。フィーネさえもその光景に固まった。
「あれは……
「葵が出したのと……っ!?」
翼の言う通り、大地を抉り焦がし町へと迫っていたはずの
それも、葵が「カ・ディンギル」の砲撃を防ぐのに使った
違うのは、全体が半透明のオレンジ色だということ――よく見れば、ソレは正六角形の板状の物体が集まって形作られていることだろう。
その違いが一体何を意味するのか、あたしには全然わかりそうもなかった。
けど、まさかアレは葵が……?
「ここにきて邪魔立てするか!? 錬金術師ぃいぃぃぃーーッ!!」
怒り心頭のフィーネの絶叫。
それが状況がイマイチ飲み込みきれないあたしに「あの盾は葵が出したモノではない」ということを理解させた。
もしあの半透明の大盾を出現させたのが葵だとわかったのなら「葵」と――とは
なのにフィーネの口から忌々し気に吐き出されたのは『
『
なら、今、フィーネの砲撃を防いだ「盾」は、葵じゃなくて『
「よくわかんないけど、町の事は気にしないでいいってことですね!」
拳を握り直し、改めてフィーネの方へと向き直った立花に、あたし達は頷きかえす。
「ええ。これで背後の憂いは無くなったわ」
「へっ! なら、遠慮なくブッバなしてやる!」
「だなっ。どこのドイツかは知らないけど、気の利く奴もいたもんだ!」
拳を、剣を、銃を、そして槍を構え、あたし達は飛んだ。
葵から――みんなから受け取った想いを束ねたこのチカラで、フィーネとその野望を止めるためにっ!!
―――――――――
「困るんだよ。街が――店やその近所が壊れでもしたら」
リディアン音楽院の敷地と町との間。人や車が行き交うための道路のそばにいくつもある緑地帯の一角、木々の陰に身を潜ませ事態を見守る人物が一人。
銀髪、そして同色の顎から口周りにかけて生えそろった
「あるからね。ウチの店にまた来るっていう、少女との約束が」
そう言う店長の手には、ガラスのような光沢を持つ拳大の橙色の
彼の背後、雑木林の奥から不意に人影が現れる。
どこから現れたその人物は、少し前から「ラ・ジーン T8」でパンツスタイルの給仕服を着て接客をしている女性だった。……尤も、ウェイターとして活動している時とは服装も纏っている空気も違っているため、同一人物だと言われても気付けない人もいるかもしれないが。
そんな店員が「報告です」と、実に事務的な態度で告げる。
「構成員たちへ世界各地での捜索の指令を発信。指揮を取らせ息のかかった者たちも使い、各要所からの捜索網を展開。本部では情報の操作・隠蔽を行いつつ収集された情報、捜索結果の随時報告の整理と現場への指示を――」
「
部下からの報告もそこそこに口を挟み、切り上げさせた店長。
彼は手に持っていた橙色の
「納得のいく説明を聞かせてください」
――そんな店長の背中に、先程までの事務的な様子とは打って変わって強い声色をしたウェイターの言葉が投げかけられた。
「本当に大切なのであれば、隠すなどしてから手元に置き危険から遠ざければいい。何故、こんな見捨てるような真似を……!」
「見捨てる気なんて無いよ、欠片も。信じられやしないだろう、こんな現状じゃあ」
ウェイターの方へと振り返ることも無く、店長は動じた様子も無く淡々とした調子で――しかし、その声と瞳の奥底に確かな堅い意志を携えて――答える。
そんな店長が右手の
「長く置いておくわけにもいかないんだよ。僕らの手元には。それは彼女自身の為であり、世界の為であり……他でもない、僕の為に。今は、特にね」
「いったい、彼女とこの世界に何の因果関係が――」
「いずれわかるさ。いずれな」
笑みを浮かべながらそんなセリフを言い放ち、手に持つ白い
「ココの事は頼んだよ。フィーネの暴挙の妨害と、店を守ること……その姿は決して見せずに」
ふと振り返った店長が「
「復活した彼女――それと雪音クリスの命を護る場合はその限りでは無い。あと……一人二人、減っていたほうがいいくらいだからね。見捨てるべきだよ、僕らの悲願の為に他の装者は」
言い終えた店長は「用は済んだ」と言わんばかりに、店員の返答を待つこと無く一瞬の光を伴ってその姿を消した。
残された店員も店員で、一方的に言うだけ言って姿を消した店長に対し特別文句を吐くこともなく、その表情にはほんの少し前まで感じられた怒りの感情はカケラも存在せず――――呆れか諦めか、大きなため息をついた。
「
どこか慣れさえ感じられる店員の呟き。もし第三者がいたとすれば、その表情や言葉の
そんな、行く先を憂うような表情をしていたのもほんの数秒。
多少沈んだ気持ちを切り替えるように、軽く首を振った店員は木々の影から覗くようにしてその視線を空へと向けた。
彼女の視線の先では青、橙、黄、赤のシンフォギアを纏った装者。
フィーネの操る「赤き竜」の
中でも店員の目にとまるのは『赤』。
「雪音クリス……」
シンフォギア装者の中では唯一『
何故、装者の中でも
喫茶店に来て、話し、交流があったからか? ……いや、それなら天羽奏や風鳴翼の方が来店回数も、内容はともあれ会話回数も多い。
店員は考えに考えたが、候補はあがれど遂には確信のある答えは見当がつかなかった。
疑問はある。だが、状況が状況。
そもそも、店員個人としても雪音クリスに対しては特別思い入れがあったので、その命を守ることに対し特に異存はなかったのだが……。
こうして、万が一の事態に対応できるよう
―――――――――
トンデモない姿になったフィーネとアタシたち装者の戦い。
戦況はアタシたちが押してはいるけれど楽観視できる状況じゃないってことは、当事者であるアタシ自身が嫌というほどわかっていた。
ただでさえ強力なチカラを持つ完全聖遺物。それが3つも揃っている。しかも、そのうちひとつが「無限の再生能力」、また別のひとつは「無限のエネルギー」ときたもんだ。
いくらアタシたちの纏っているギアが通常のシンフォギアを超えたシンフォギアだと言っても、際限無く回復し無理矢理にでも長期戦に持ち込まれその上で終わり無く砲撃を撃たれ続ければ、間違いなくコッチが先に限界が来てしまうのは目に見えてる。
にしても……あんなにも再生能力を多用して、フィーネは何の問題も無いのか?
浮かんできた疑問。あの完全聖遺物「ネフシュタンの鎧」を纏ったことがあるアタシだからこその疑問なんだろうけど……それにしたって、あまりにもいき過ぎた能力の行使に思える。
損傷の大半がノイズの集合体が構築した部分で、いくらでも代えが効くからか? いや、アタシたち装者4人の攻撃は流石のフィーネも完全には防ぎきれはしていない。だから、人のカタチをしたフィーネの身体にも何度も攻撃は通ってはいる。けど、やっぱりその時の傷もいとも容易く再生してしまっていた。
アタシの身におきていたのは使用に伴うネフシュタンによる生身の浸食、そこからくる拒絶反応――けど、拒絶反応の無い完全な融合をすることができた今のフィーネには――生身と聖遺物との境界が無くなった身体にはそんなリスクは存在しないってことなのか?
「いくら刃を通せども、その度にすぐさま再生されてしまっては
いっぺんにやられてしまわないよう、攻撃を分散するために上空で展開しそれぞれが離れて飛んでいるアタシたち。
それでも何の問題も無く聞こえてきたツヴァイウィングの
「だったらどうするってんだ? まさかとは思うが、いまさら諦めようだなんて言いだしたりしねぇよな?」
「当り前よ」
「だよなぁ、翼。けど、いつまでもこうしてるわけにもいかない。……だったら、発想を変えて全力全開の一発に賭けてみないか?」
「発想を変えて……それってどういう?」
「完全聖遺物がヤバイっていうなら、コッチだってそれを利用しない手はないだろ?」
完全聖遺物を? けど、そんな貴重なもん持ってるわけも無い。いったいどうやって……?
アタシたちの疑問に答えるように、その姿が遠目に見えた天羽奏が不敵な笑みを浮かべ
「ぶっ飛ばそうぜ、
フィーネの3つの完全聖遺物のうち、唯一融合を果たしていない完全聖遺物「デュランダル」――――それがアタシの切り札……!?
今回のお話の引きが、原作を知らなくてもわかる今後の展開のネタバレな件について。
これでどうやってラストを盛り上げる気なんだ……?(目に見えた伏せカードブラフ)
次回! 一期最終回「ヒダマリと流れ星」!
たぶんサブタイトルは違うものになるけど、デュエルスタンバイ!!
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2-18
思い付きによる変更や執筆速度等々、遅れに遅れただいま完成!!
誤字脱字(いつもの)……ご報告、いつもありがとうございます!
基本第三者視点、途中でフィーネ、響、第三者、響、フィーネの視点になってまた第三者と少々面倒なことに…
原作改変、捏造設定マシマシ。
登場人物たちの今後の課題、伏線たくさんの最終話!
ちゃんと伝えられているか、表現できているか不安ですが、よろしくお願いします!!
装者たちの動きが変わった。
彼女たちと対峙しているフィーネはそう感じた。
これまで、フィーネの居座る「赤き竜」の中央部になんとか攻撃を通そうと、多方面から攻撃し「赤き竜」の肉を削っていこうとしていた。結果から言えば、削ることは出来たし、フィーネに対しても何発も攻撃が届いた。
だが、それらは「ネフシュタンの鎧」の再生能力もあって全てが無に帰した。
そんなことがあってか、装者たちの動きが消極的になっていた。
諦めた――というわけではないことはフィーネはわかっている。だからと言って、長期戦を「ネフシュタンの鎧」相手に挑んできているわけでもないことも、当然わかっている。
はかっている。
そして、その時は――来た。
「クリスちゃん!」
「おう!
クリスの絶叫と共に展開され発射された無数の弾道ミサイル。
『
「舐めるなよっ、この程度で越えられると思っているのか!?」
しかし、防ぎきれない量、威力でないとフィーネには判断でき――事実、余剰エネルギーからうみだした障壁で威力を減衰させれば、あとは「赤き竜」のその身を寄せて壁にすることで、ミサイルの爆炎はフィーネまでは届かなかった。
が、フィーネにとって予想外の事態が起きた。
とっさに張った障壁で減衰させてもミサイルの威力は竜の身を削るほどあった。けれど、それは想定を下回る被害でしか無く不審に思い――同時に気付く、
故にフィーネは自身の読みが
フィーネの視線の先……開かれた「赤き竜」の前面は、クリスが放った無数のミサイルによる爆発の煙で視界が塗りつぶされている。
あの煙のどこから、いつ、どんな攻撃がくるかと考えさせ、気を張らせ、焦らし……少しでも隙を増やそうという算段なんだろう、とフィーネは判断した。
「だが、わざわざ乗ってやる必要もない」とも思い、行動に移した。
自身から見た前方、開かれた「赤き竜」の胴周辺にエネルギーを何層かに分けて集めておき、とっさの判断ですぐさま障壁を張れるようにしておく。同時に「赤き竜」の羽から伸ばした触腕の数本を煙の漂う開かれた前面へと伸ばし、それらを一気に振るうことで煙を払い散らす準備をする。
「目眩ましなど小癪な真似が上手くいくとでも……うガアァッ!?」
伸ばした触腕で煙を払おうとした、ちょうどその時。
とてつもない衝撃がフィーネを襲った。
それも、開けた前方ではなく背後から――そう。目暗ましで前方に意識を向けられていることを逆手に取っての奇襲。
フィーネにとって完全な死角である、ノイズによって形成された「赤き竜」の背中。その肉壁が攻撃の障害になる事も構わず――それを見越した、
双星ノ鉄槌‐DIASTER BLAST‐
「赤き竜」の胴に、その横幅半分に少し満たないくらいの直径の穴が穿たれた。
「赤き竜」のノイズ肉は容易に抉られ吹き飛ばされた。けれど、完全聖遺物「ネフシュタンの鎧」との融合を果たしているフィーネ自身は多少削られてもすぐさま再生。そのフィーネが「赤き竜」と一心同体になっている接合部分である内部の台座部分もその大半が吹き飛ばされはしたものの、中に在ったフィーネの足部分は削りきれずやはりこちらもすぐさま再生を始める。
大きく穿った「赤き竜」の胴さえも、周りからどんどん寄せて集まるようにして修繕がされていく。
だがしかし、
回転し突き進んだ
「なっ! 「デュランダル」を狙って……!?」
「そいつが切り札だ!」
「勝機をこぼすな、掴み取れ!」
渾身の一撃で「赤き竜」を穿った奏と翼が声を張り上げる。
「ちょっせぇっ!!」
回転しながらも自然落下を始めた剣のカタチをした「デュランダル」に銃撃を放ち、弾くその勢いで浮き上がらせ軌道を修正するクリス。
そして、浮かびあがった「デュランダル」へ向かって飛び手を伸ばす響。
「届けぇえぇっ!」
「デュランダル」をその手で掴み取った響は、『黒』に染まった――
―――――――――
どこまでも黒く、黒く……そして冷たく沈む闇。
その中で沸騰し湧きあがるように押し寄せてくる破壊衝動。
この感覚を
完全聖遺物「デュランダル」。
まだ起動していなかった「デュランダル」の護送中に、「ネフシュタンの鎧」を纏っていたころのクリスちゃんが襲ってきて戦闘になって、その戦いの中でわたしの歌に反応してか起動してしまった「デュランダル」。
それを渡すまいととっさに伸ばした手で掴んでしまい――暴走した。
あの時は、「デュランダル」が起動してすぐだったこともあってか、破壊衝動のままその刀身から溢れ出てくるエネルギーを全てクリスちゃん目がけて解き放ったことで一時的に「デュランダル」内とわたしの中のエネルギーがスッカラカンになりわたしが意識を手放したことで収拾がついた。
思考が、恐怖がわたしをより闇の深くへと堕としていき…………より深く沈んだ闇の中で、
うごめく闇の中で私の前に現れたのは、周りの闇よりももっと黒いわたしのカタチをした
【壊せ、潰せ、殴り飛ばせ】
【ノイズも敵も、誰も彼も】
【人を殺して自分は生きた殺人者と】
【そんなことを言った奴らを】
【そんな心無いことを言うに至る人間を】
【助けるの? 護るの? なんで命を張らなきゃいけないの?】
【友達だから、家族だから、仲間だから違うって?】
【そいつらも、結局はみんなしてわたしを傷付ける】
【わたしはあのライブ生存者】
【沢山の人を傷つけた、今更何を躊躇う】
【壊せ、壊せ、壊せ】
【■■■、■■■、■■■】
【■■■!■■■!■■■!】
【■■■!!■■■!!■■■!!】
目の前の私のカタチをした闇の口から、破壊衝動の言葉が溢れ出してくる。
そして、わたしの中からも破壊衝動の感情が湧きだしてくる。
けれど、
知っているから……葵ちゃんが教えてくれたから!
わたしの使命「人の心を導き、人の心を繋ぐ」その意味を!
わたしは独りじゃない。
繋いだこの手が築き上げてきたものが――「見えるけど見えないもの」が! 離れていても、わたしとみんなとを繋いでくれている!!
――正念場だ! 踏ん張りどころだろうが!
――強く自分を意識してください!
――昨日までの自分をっ!
――これからなりたい自分をっ!
二課のみんなの声が
わたしの背後の闇に穴が開き、光が差し込んだ。
――心の闇から目を逸らすな! 真正面からぶつかってくんだ!!
――屈するな、立花! 貴女の胸の覚悟、私に見せてくれ!
――みんながお前を信じ、お前にかけてるんだ! お前が自分を信じなくてどうすんだよ!!
装者の仲間たちの声が
穴から広がるように闇が砕けていき、そこから漏れ出す
――あなたのお節介を!
――あんたの人助けを!
――今日はあたしたちが!!
クラスメイトの友達の声も
暖かな光に引き寄せられるように、わたしの身体も光へ――現実へと引き戻されようとしていた。
だけどわたしは、
目を向けるのは、背後の光じゃなくて目の前にあった、『わたしのカタチをした闇』。
ソレは、光に照らされたからと言って消えたりはしていなかった。
けれど、黒い影は光にかき消され、その姿がわたしの目からもシッカリと見えるようになっていた。
「あぁ……
『わたしのカタチをした闇』は、紛れも無くわたし自身だった。
そして、その
【どうして】
その言葉と一緒にポロポロと零れてくる涙。
【どうして恐くないの】
「何が」恐くないのか……その意味は、
だから、それに対する答えはもうこの胸の内にある。それを
「ううん、恐いよ――でもね、
【……】
「わたしなら、わかるはずだよ? だって――」
――響ぃーーーーッ!!
「ほらっ」
「
「
闇の世界、その全てを照らしだした。
そう、「
―――――――――
「ツヴァイウィング」ライブの惨劇。
あの日を機に、
辛い思いをし、長いリハビリを終えてなんとか戻った家。再び通えるようになった学校。
そこにはもう以前までの日常は無くて、心無い人たちの誹謗中傷、暴力……そんなものばかりが立花響の生きる日々を彩っていた。
彼女にとっての救いは、
立花響と一緒にライブ会場に行き、惨劇の中を生存していながら「ライブには参加していなかった」ことになっていた小日向未来は、参加していない証拠があがろうと「自分も生存者だ」と言い立花響を守り擁護しようとし――「殺人犯の肩を持つから」と言う理由で嫌がらせを受けるようになる。
けれど、そんな状況も長くは続かなかった。
何故なら、
ある日の放課後、立花響が小日向未来に手をあげた。それだけじゃ飽き足らず、口汚く罵り、彼女自身だけでなく彼女の持ち物まであたったのだ――それも、部活動で残っていた生徒たちが見ている前で。
結果、立花響は「やっぱりそうだったのか」と一層の悪意を向けられ、小日向未来は立花響の暴力の被害者として同情され庇護され……こうして、ふたりの
数カ月……
それは短くもあり、当事者にとっては長く苦しい日々。
けれど、それもまた変わる。
その区切りになったのは、あくる日の朝。
早朝も早朝、まだ日が昇り顔を出しはじめた頃。
投げられた石で割られた幾枚もの窓が見える立花家、その玄関。
玄関や門柱、敷地の塀には、剥がしても剥がしても、何度も貼られる誹謗中傷の張り紙。心無い言葉での落書き。
そんな場所で数カ月ぶりに一対一で対面した立花響と小日向未来。
静かなノックと聞こえてきた声で、来訪者が普段来る人間じゃなく小日向未来であることに気付いた立花響が、心配してついてきた母と祖母を下がらせ自分で対応することにした――目的は「小日向未来を傷付ける」ただそれだけだった。
「なに? 大した用じゃないならさっさとどっかに行って欲しいんだけど……ていうかアンタ、どっか他所へ行くんでしょ? 良かった、周りをウロウロされてウザったかったからせいぜいする」
大きなバッグを背負い、そして手にもまた別のバッグを持った小日向未来に向けられた言葉。
学校で誹謗中傷の切れ間に聞こえてきた「小日向未来が親の都合で引っ越しする」という噂話からして、本当にライブの生存者であることが露見するのを恐れた小日向家が計画した引っ越しが今日。小日向未来はその荷物を持って別れの挨拶をわざわざしに来たんだろう――――立花響は、そう判断した。
これまでの感謝でも、恨み辛みでも、泣きごとでもなんでも自分たちには必要無いものだから……と。
「
「――――えっ」
下げられた頭。
かけられた言葉。
立花響はすぐには理解できなかった。
小日向未来が、あろうことか世間からの誹謗中傷の矛先である立花家に居候しようと大荷物を抱えてきたということを。
「響が出ていけっていっても私は諦めない。わたしは、絶対にここに住む――響を独りになんてさせない!」
「アンタ、何言って……!? ば、馬鹿か! とっとと出ていけっ!!」
「やだよ! ダメって言っても、入れてくれるまで玄関の前にずっといるっ! 自分の気持ちに、嘘をつきたくなんて無いから!!」
「そんなの、すきにすれば――――っ!?」
今はまだ陽の昇りだした早朝。人がいるはずもないからこうも静かだが、
またいつもの連中が群れを成して立花家の前で騒ぎ立てるはずだ。……もしそこに小日向未来がいたとすれば、どうなるだろう? そこで「立花響の親友だ」、「私もライブの生存者だ」なんて言ったらどうなるだろう? その言葉の真偽関係無しに向けられるだろう、悪意の矛先が。
だから、立花響は拳を突きだす。言葉の
手をあげ、口汚く罵った
「ウザいんだよ! 目障りなんだよ!! なんで放っておいてくれないのさッ!? 同情なの? 何なの!? そうやって手を差し伸べて助けようとする自分に酔ってるのか!? この――偽善者!!」
「偽善者でいいよ!! それで響のそばにいられるなら! だから――――もう自分を傷付けないで…!」
手から離れ落としてしまった荷物なんて構う様子もなく――突き出された拳を受け止めた手で包み込み、そのまま小日向未来は立花響の
ふたりの環境が
それをこの時の彼女たちが知る由もない……。
―――――――――
「……そう。わたしはあの時、間違えた」
未来は「自分を傷付けないで」って言ってくれたけど、わたしは
わたしのせいで自分が傷付くのは自分が苦しいだけ。
けど、わたしのせいで
――――『それがお前の心の闇か』
修行を受けていた時……
未来はその破壊衝動を「デュランダルのせいだ」って言ってくれてたけど、それ以上に葵ちゃんが言った言葉が心に残っていた。
自分の大事なモノを守るために、他の誰かを…全てを傷付けることも
逃れようがない、わたしの中に確かにあった
今はもう違う。
未来が間違いを教えて、道を示してくれた。
未来がそばにいてくれて、その身で感じた。
だからわかった……奥底にあった
「だからわたしは……わたしはもう
【……そっか。今の、
零れた涙をぬぐった
【ねぇ、みんなを…
「ううん、わたしだけじゃダメだ――これからは、
【……!?】
「そうすれば、きっとこの手は届くから!」
そうだ、確かに間違えた。
傷付く未来を見たくない自分のために、わたしは未来を傷付けてしまった。
方向が、手段が間違っていた……けど、その奥にあったはずの「傷付いて欲しくない」という「想い」だけはきっと間違いなんかじゃない!!
だから――
―――――――――
装者の内からの負の感情の爆発。
シンフォギアに用いられた聖遺物の欠片と完全聖遺物との拒絶反応。
過程こそ違えど、同じ『暴走状態』。
融合症例である立花響は、身体と聖遺物との繋がりが密接であるため暴走状態への移行が比較的容易に起こり易く、同時にそこからの破壊衝動への抵抗が難しいと考えられる。
ついさきほどまでしていた「カ・ディンギル」をめぐる攻防戦にて、『暴走状態』に陥っていた天羽奏が見せた
天羽奏は終盤には『暴走状態』から脱し、「完全な克服」とはいかなかったが――しかし、ある意味で厄介そうな――「理性と暴走を併せ持った状態」に成った。ソレが偶然だったとして、可能性が
例え先に述べたように通常のシンフォギア装者以上に暴走の影響を大きく受けやすいだろう融合症例である立花響だからと言って、絶対にありえないとは言い切れない……そう思えてしまっていた。『暴走状態』であるまま理性を保つなどという荒業でなくても、ただ単純に『暴走状態』を克服する可能性も捨てきれない。
前回、工業地帯にて「デュランダル」が起動し『暴走状態』となった立花響がくり出した一撃から、その範囲と威力のデータは得てありこの頭の中にすでに入っている。
そこから割り出された予測では、『暴走状態』での「デュランダル」の一撃はノイズの肉の壁と「ネフシュタンの鎧」の再生能力をもってすれば凌ぎきることは十分可能である。
幸いにも、今現在、装者共の意識はこちらへはほとんど向いていない。
立花響は、握った「デュランダル」によって『暴走状態』になりながらもその破壊衝動を抑え込もうとし、顔周り以外が闇に呑まれながらも必死に抵抗を続けている。
他の装者共は、そんな立花響のもとに集まりその腕に、背に手をそえて支えるように付き添い、立花響に対して何か必死に声をかけている。
いきられているのであれば地下で大人しくしておけばよかった連中も、何を思ったか無理矢理道をこじ開けて地上へと飛び出し、
なんにせよ、すぐさまコッチへは手を出してくることは無い。
ついでに、念には念を入れて「赤き竜」の羽の根元から数本の触腕を伸ばし、装者共を
その要因は主に二つ……ヤツらが纏う
そんな妨害を片手間にしながら、本命の準備を早急に行う。
無限のエネルギーを持つ「デュランダル」が手元から離れてしまった今、「
残留しているエネルギーを基に、「赤き竜」の身体も担っているノイズの肉――その一部を変換しエネルギーへと精製、
時間にしてほんの十数秒足らず。
未だに
エネルギーを錬成しかき集め、「デュランダル」の無い現状において最大限まで出力を高めた
突如、肩に何かが触れた。
そこに勢いなどなかった。けれど、先程までは確かに存在せず――しかし、気づけば
手。
私がいる「赤き竜」内部の空間、誰もいないはずの背後から伸びた手。
そこには、肩を引くほどの
空飛ぶ装者共は、未だ「赤き竜」から数十メートル先「デュランダル」を持つ立花響のそばから誰一人離れてはいない。
当然、空へ飛ぶことの叶わぬ風鳴弦十郎たち二課や、立花響の友人ら一般人であるはずもない。
ならば、この戦いを陰から見ている錬金術師か?
――
何故、私は振り払わない?
何故、私は動けない?
何故、私はこうも
「
その手が置かれた瞬間から、
振り返り際に見えた、私の右肩に乗った左手の
そこから遡るように伝う視線に映る腕には、浅黒い御肌と紺の御衣。
半身を隠すかのように纏われた
その下の上半身には黒を基調とした鎧。
鋭く透き通った眼に、凛々しく整った眉。
そして、いつか見た蒼天のように澄み渡った青の逆立った頭髪。
見間違えるはずが無い。
背後から私の肩に手を置いたのは、「あの
ずっと望んでいた、「あの御方」との再会。
何故
今まで
何故「バラルの呪詛」を?
聞きたいことが山ほどある。
言いたいことはそれ以上にある。
特に、この胸の内の想いは、「あの御方」がその姿を消したあの時から今もなお燃え続けている。否、薄れるどころかより深く激しくなっていっている。
「バラルの呪詛」により統一言語を失った今、その想いを口にしたところで「あの御方」に伝わるのか不安にかられた――が、
そうだ。幾度もの人生を越えても衰えること無い…むしろ日に日に増していった
引き止められたのだ、「あの御方」に。その眼に、その表情に視線と心が奪われて。
どこか
否定か。
拒絶か。
その意味が解らず、答えを求め無意識に伸びた手。
伸ばした手は「あの御方」に
私の肩に確かにあった感触――その手の先や、他、足先等、四肢の末端から
伸ばそうとも、握ろうとも、かき集め抱き締めようとも、そこにはもう身体は無く空ぶるばかり。最後に残った「あの御方」も刻一刻と失われていく。
ほんの数妙間での消失。であるにもかかわらず、これまで繰り返してきた人生と同じくらいの長い時間に感じられる時間の中……
哀しそうな
今になって現れたのは?
昔のように声をかけてはくれなかったのか?
先史文明期よりいくつもの人生を越えた今現在、姿形を変えずに隠れておられたのか?
いくら我々「人間」とは異なる存在とはいえ、そんなことがありえるだろうか?
光の粒となって消えてしまったのは何故なのか?
本当に先程の人物は「あの御方」本人だったのか?
今の「あの御方」は、幻だったのか?
ならば、誰が見せた?
あそこにいる装者共か?
どこかから干渉をしてきていた錬金術師か?
それ以外の第三者か?
否、否っ!
私以上に「あの御方」の姿を、その仕草を、その表情を知り得る者がこの地にいるはずが無いィッ!!
まさか――――
――――
何故?
ナゼ?
なぜ?
「うおおおおぉぉおぉーーーーっ!」
――――私に残されていた、最後の反撃のチャンスを逃してしまったということだ。
―――――――――
「うおおおおぉぉおぉーーーーっ!」
地上からの呼びかけが――響を呼ぶ
響は身体を覆っていた『黒』を打ち払い、その姿を
その両手で握るはより一層強い輝きを放つ「デュランダル」。
「なぁ、なんか……変じゃないか!?」
「変って……まさか立花に何か!?」
「そういうのじゃなくって、アタシが前に見た「デュランダル」が、もっとこう……ギンギラギンな感じだった気がするって話で!?」
「言われてみれば、記録映像で見たのに比べておかしい気が……」
確かに、翼の言う通り「デュランダル」護送任務の時、クリスとの衝突のさなか響が起動した「デュランダル」を彼女が手にした際、響は聖遺物同士の反発がおきそれが精神へ直に影響したため暴走状態になってしまい黒く染まった――が、「デュランダル」自身はその無限に感じられるほどのエネルギーを光り輝く閃光の如く噴出していた。
しかし、今の「デュランダル」が放つエネルギーは、眩しいほどに輝く光だけでなく、ソレ全体を覆おうとするような
ひかり輝く閃光と、赤黒い輝き。もはや別物のように思え――それどころか『暴走』の影響が完全聖遺物のほうに移行し制御不能になってしまっているのではという未知数の予測さえ出てくる始末。
しかし――
「ん? 大丈夫だろ? そんな悪い感じはしないし――むしろ、なんか妙な安心感すら感じられるくらいじゃないか」
――そう奏が言ったように、騒ぎ立てていたクリスとツバサ自身、違和感を覚えつつも不思議とその輝きに恐れは抱いておらず、いつの間にか受け入れてしまっていたのだ。
「奏さん! 翼さん! クリスちゃん!」
赤黒い輝きを纏った「デュランダル」を
彼女の『暴走状態』復帰後、開口一番の言葉は「お願い」だった。
「お願いがあります! 私を――――」
―――――――――
装者たちに支えられた立花響が高らかに掲げ構えた「デュランダル」。
その刀身から放たれる赤黒い光は、いくつもの人生を渡り生きてきた
その拡散気味だった輝きは一つに束ねられ、天高くそびえ立つ光の柱となり――今、私の前に立ちはだかる。
「何だ、その輝きは……!? そのチカラ、何を束ねた!?」
「響き合うみんなの歌声がくれたっ、シンフォギアでぇええぇぇぇーーーーーーっ!!」
咆哮と共に振り下ろされた「デュランダル」。
その太刀筋の延長となる光の柱が「赤き竜」を頭から呑みこみ、縦に斬り裂いていく――――いや、
「ネフシュタンの鎧」と融合した身体が――その延長線上にある「赤き竜」を形成するノイズ肉が異常を感じる。
まるで沸騰したかのように泡立ち沸き立つのだ、「赤き竜」の身体がボコボコと。
ソレとほぼ同時に「ネフシュタンの鎧」の再生能力の不全が感じられた。斬り裂かれた「赤き竜」の身体が……余波を受けた自分自身の肉体が
――――ひとつだけ、思い当たった。
この事態を起こすに至った現象に。
「完全聖遺物同士の対消滅……!?」
全く同じ聖遺物同士でなくても起こり得るが、発生条件の未確定さや、実験のコストの面でロクに実験などは行われず「起こり得る」とだけ判断された現象。
それが今、目の前で――この身で起きている!?
……叫び声はあげなかった。
あげられなかったわけではなく、あくまで「あげなかった」。そして、抗いもしなかった。
ノイズによる襲撃をかけてから、風鳴弦十郎に、
そして、あの時見た「あの御方」の姿が私の中で
「だが……遅すぎた。なにもかも全て、もう――――」
「そんなこと、ないですよ」
光の中。
憎たらしい顔と、ソイツの伸ばす手が見えた。
―――――――――
光の柱は消えた。
「赤き竜」もその姿を完全に消し、辺り一帯はリディアン音楽院校舎の瓦礫と、その瓦礫が吹きとばされ更地になった大地……そして半ばから折れた「カディンギル」のみとなっていた。
「とんだ
そこに、空から降りてきた
「特に天羽奏……お前は私を殺す道理はあれど、助ける義理など無いだろう」
地におろされ、更地に残る大きめの瓦礫にもたれかかるように地面に座ったフィーネ。
その問いに、自身の髪をワシャワシャとかきながら奏が口を開く。
「そりゃあまぁなんとも思ってないわけじゃあないし、色々と言いたいことはあるけどさ……葵が言ってた気がしたんだ。「
面倒くさそうにして――けれど「仕方ないなぁ」と呆れ気味に――奏は笑みを浮かべた。
「櫻井女史。既に起きた出来事は、無かったことにはできません……でも、これから変わっていくことは出来るはずです。そして、確かに貴女によって失われた人命があります。けれど櫻井女史のチカラによって守られた命、救われた命があるんです。それは、きっとこれからも……」
「……無駄だ」
「フィーネさん、あなたはこれで本当に納得できてるんですか? 本当は――」
翼に言葉だけで答えたフィーネだが、響の問いかけには静かに首を横に振ってから返した。
「完全な融合を果たしていた――
ハッとした響。
それを見てか見らずにか、どこか申し訳なさそうに目を合わせず明後日の方向を見て「だから――」と言葉を続けようとしたフィーネ。
ガララッ…
見上げたフィーネの双眸が、見開かれた。
砕けた。
遠く、遠く、はるか上空。それも宇宙。
故に聞こえるはずが無いのに、その音は聞こえてきたような気がした。
砲撃がかすり、わずかに抉れた部分。そこから広がるひび割れがいつの間にか大きくなっていたのか――――「月」という球形の天体、その一部が剥がれ落ちたのだ。
「な――――」
「カ・ディンギル」がそうだったように、フィーネが穿とうとした月もまた時間を置いて壊れたというのだろうか?
いや、それはありえない。
第一射目は葵が空から落したモノに逸らされかする程度。第二射目は葵による盾の捨て身の行動で完全に防がれた。三発目は砲身が崩れ砲撃は霧散し月には届かなかった。
「ならば」とフィーネは別の可能性を考える。
第三者……例えば、途中干渉してきた「錬金術師」が何らかの手段を用いて月の破壊をうながした……?
しかし、フィーネはそれを否定する。手段はもちろん、目的が不明だ。ただ単に月を破壊したいのであれば、それこそフィーネを止めようとする装者を妨害すればいいだけなのだから。
ならば、なぜ? 答えは出ない。
何にしても、事実は事実。
フィーネの悲願は、達成されかけているのだ。
「何故だ」
月遺跡の機能が不全を起こすには十分な破損を与えられている。完全にではないが「バラルの呪詛」を……その呪いを撃ち砕く一歩手前まで来ているはずだ。
だというのに、力無く瓦礫にもたれかかり座ったフィーネの顔は苦痛に歪んでいた。
「ナゼ……なぜこうも、笑えんのだ……っ!!??」
「そんなの、言われなくても自分でわかってるんだろ、フィーネ」
そのクリスの表情は、フィーネと同じように目尻に溜まった涙が今にも零れ落ちそうなほど歪んでいた。
「心のどこかでわかってたんじゃないか……「こんなの違う」って。アタシの受け継いだ夢がそうだったように、あんたの目指したモンは、呪いも人もぶっ壊した先に本当にあったのかよ……!」
そう言ったクリスはフィーネの元を離れ、他の装者と共に「月の欠片の落下予測」と「欠片の落下による被害」を計算して慌てふためく二課のメンバーの元へと寄っていき――他の装者たちと共に一つの覚悟を決めることになる。
「
……力無く座り込んだフィーネのそばで握った拳を震わせていたクリスの心境は、果たして彼女自身が吐いたその言葉だけで伝わりきっただろうか? ――「バラルの呪詛」がある限り、それは不可能だろう。
それでも、フィーネの中の「何か」を動かすには十分だったことだけは、確かな事実だ。
「胸の歌を、信じなさい」
「……はいっ!」
たった一言、それだけの言葉にどれだけの力があるか。
理論も答えも無く、そのフィーネの言葉に響が応え、3人の装者も頷き……そして、落下してくる月の欠片目がけて空へと飛んだ。
「風鳴、弦十郎……か」
「ああ……」
皆が装者たちを心配そうに――あるいは涙ながらに――見送り見つめ続ける中、ただ一人、風鳴弦十郎だけはフィーネの隣に静かに腰を下ろした。
並び座り、共にソラを見上げたままの静寂の一分半。
先に口を開いたのはフィーネだった。
「……3年だ」
「…………?」
「6年前、アメリカの研究施設での事故に巻き込まれ
弦十郎に口を挟む隙を与えることも無く――かくいう弦十郎も口を挟む気はさらさら無いのか黙って聞いているのだが――フィーネは「忠告」をした。
「
「『錬金術』……科学と魔術が分化される以前に存在したというオーバーテクノロジー、か……」
その呟きを肯定することも否定することも無く、フィーネは4色の光が
「このことは……アイツらには、言うだけ無駄だな。わたしにさえ手を伸ばしてきたんだ。例え、
最後には、まるで隣にいる、遥か遠く
砕けた。
月の欠片が、4つの光の筋が貫き、バラバラに。
フィーネの身体が、四肢の先のあたりから、ポロポロと。
「成した、か。繋いだ絆で
そう呟くフィーネの目には、もうすでに光は映っていなかった。
それでも、その夜空を――砕けた月の欠片が降り注ぎ、燃え、流れ星となって輝く
「嗚呼、
その笑みは、音楽院を襲い、駆けつけた装者たちを嘲笑った時とは異なり、見たものを安心させるようなどこまでも優しい笑みだった。
「もしも、お前の言葉を、想いをちゃんと理解できていたのなら……あるいは、もっと昔に出会えていたなら……
初めてあの少女のことを
そして――問いただす時間も残されてはいなかった。
完全に砕けきった
皆神山で天羽奏の一家を襲った惨劇。裏で「ネフシュタンの鎧」の起動実験を行っていた「ツヴァイウィング」ライブで起きた惨劇。そして、ノイズのリディアン音楽院襲撃と「カ・ディンギル」による月破壊未遂……
様々な事件の黒幕であった
幾何かの時、流れ星に交じって、
互いの無事を、一度はもう二度と会えないとさえ思った再会を果たす人々が笑い合い、涙を零して
まずは真っ先に舞い降りた、響が太陽のように輝く笑みを浮かべて――――
「
次回から、エピローグ&小話導入の予定
主人公・イヴちゃん! 何処でなにやってる!?
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1.5期
3-1+俺と、俺とデュエルしろぉーーーーっ!
葵ちゃんが荒ぶった(端的)
言ってしまえば、ギャグに振り切ったネタ回。
これまでの溜まりに溜まった鬱憤をぶっとばす…『だが奴は…弾けた』的な内容。
やりたいことを詰め込みに詰め込んだ勢い重視のお話で、書き方もちょっとだけ違うようにしてたから、文章の雰囲気も……?
で、当然の如く謎は出てくるという。
そんなお話にお付き合いしていただければ幸いです。
そして、このお話の最後に今後の物語であるアニメ2期「G」に関わるアンケートを行います。
どちらかといえば、シンフォギア原作を――その中のとあるキャラを――知っている人向けのアンケートなのですが、物語の内容自体は知らなくても大丈夫なはずの内容なのでもしよければお答えください。
期限は次回の更新までの予定です。
今わたしがいるこの地下施設からは見えないけど、空に浮かぶ月はその一部が欠けていて、その周りにはまるで土星のような輪が浮かんでいる状態。それがあの日の戦いが残した傷痕、そのひとつだ。
欠けた月。比較的大きな欠片は地球へと堕ちてきそうになってわたしたち装者が撃ち砕いたんだけど、砕いたものの一部や中やそもそもそこまで大きくなかった月の欠片は、地球へと落ちることなく月の引力と自転と……あと何かの影響があったりなかったりして、それらが集まり流れて輪を作ってるとかなんとか。
話が難しくって、翼さんが説明してくれたけどイマイチわかんないままなんだよね……。
「はぁ~……」
廊下をひとり歩くわたしの口からため息が出てきた。
なぜなら、わたしの親友・
月の欠片を壊し地上に帰った後、再会を喜んだわたしと
というのも、騒動の規模が規模だけに国内外共に完全に隠しきることは出来ず、諸々の対処・処理などが終わるまではわたし達シンフォギア装者を「行方不明」扱いにした方が何かと都合が良く……二課本部が実質機能不全に陥っていることもあって安全面で見てもそうしたほうがいいという判断があったからだ。
そのため、装者は司令たち大人が一連の事を終わらせるまで行方を
こうして、わたしは未来と離れ離れになった……。
仕方のないことだってわかってはいるんだけど、
あーあ。出したいわけじゃないのに、またため息が出ちゃって……
「はぁ~……」
「そこまで元気が無いなんて、らしくないわね」
「あっ、翼さん!」
わたしが見逃してただけで先にいたのか、それとも他と繋がる廊下から来たのか。気づいたら、すぐそばに翼さんがいて――つい立ち止まっちゃったわたしに「このまま行きましょう」と促して、そのまま並んで歩いてくことになった。
どうやら、わたしと同じで装者たちの生活スペースになってる大部屋に帰ってる最中みたい。
あれ?そういえば……
「わたしは「ガングニール」の件でいつもの定期簡易検診だったんですけど……翼さんはどうして?」
「少し、叔父様との話があったの。……あぁ、そのついでにテレビを導入するって話をされたわ」
「テレビ!?」
ほぼカンヅメ状態の装者のことを気遣ってくれてか、司令たちは度々なにか物を持って来てくれてた。
これまでにも、本やトランプ、簡単なボードゲームとかだったけど……まさか、テレビとは!
「事態の収束も見えて来て、私たちが元の生活に戻れる日にも目途がついてきたそうよ。だから、その時のことも考えて今のうちから外の
「ウラシマってやつですね! ……勉強も」
「貴女らしい心配事ね」
校舎が壊れたリディアン音楽院は新校舎の手配やそれまでの仮の学習場所の確保、諸々の態勢を整えるため…そして襲撃のメンタルケアや極秘情報関連の情報統制とかもあって数日間の休校が余儀なくされたけど、今は再開されている……らしい。
そんなわけで、わたしは学校に行けない間遅れないようにって教材を渡されてやってはいるんだけど……ここでも未来の存在を痛感してる。いつもは未来に助けて貰ってたからなぁ。奏さんや翼さんも教えてくれたりはするんだけど……なんて言うんだろう? こう、しっくりこないというか、なんというか?
でも、自分ひとりでやるのよりはいいはずだし、この後にでも翼さんにお願いしてみようかな……。
そんなことを考えて、お願いするために隣を歩く翼に目を向け――わたしは気付いた。翼さんの眉間にシワが寄って、眉毛がヘナッてなっていることに。
「ど、どうしたんですか!? 」
「その……今になって、ちょっと気になったことがあって」
気になること……?
「奏と雪音、ふたりきりでも大丈夫かしら……?」
翼さんが零した不安は、わたし達がいないことで部屋に残されている2人のことだった。
クリスちゃんこと、雪音クリス。
司令が色々と融通したりアッチコッチに手を伸ばしているとは言っても、二課所属装者だったわたし達とは立場がちょっと違うこともあって、クリスちゃんは事情聴取とか大変だった……。とはいっても、今は一段落してそんなことはなく、わたし達と一緒だ。
そして……言われてみれば、確かに部屋にあの2人だけってことは初めてだったかもしれない。どちらか1人だけのことや、わたしや翼さんといった第三者がいることが大半だったから……。
で、翼さんが心配してるのは、奏さんが家族を失った皆神山でのノイズの襲撃や、ライブの惨劇&その裏であった「ネフシュタンの鎧」強奪、最近のことではわたしが未来と流れ星を見に行ったあの夜の葵ちゃんをトコトン痛め付けた件……などなど、それらにフィーネさんが……フィーネさんの下で聖遺物のチカラを引き出していたクリスちゃんが少なからず関わっているから、そこで二人の間に不和が起き亀裂が入る――あるいは争いになるんじゃないか、ってことかな?
うーん。でも……
「大丈夫ですよぉ。あの時だって、合流した時に先に連携取ってたし……それに、これまでの生活の中で見た感じだと、あの二人なんだかんだで気があってそうじゃないですか!」
「……そうね。心配のし過ぎよね」
実際、わたしや翼さんが話しかけた時よりも奏さんが話しかけた時の方が反応が良かったりすることも多かったし、奏さんもクリスちゃんのこと気にかけてるみたいで悪くない雰囲気で……
そんなこんなで、普段から他の人に対してもツンツン気味なクリスちゃんが素直になりきれてない感じはするけど、それでもわたし達を含めクリスちゃんとの関係は悪くない感じ。
奏さんだって、フィーネさんに対しても一旦怒りの矛先を引いたんだから、一緒に戦えたクリスちゃんと分かり合えないなんてことはない――また、手を取り合うことが出来るって確信を持てる。
だから心配はいらないと、わたしは思ってる。
そんなこと話しているうちに私たちが滞在してる大部屋についちゃった。
それぞれでノンビリしてるのか? それとも、ふたりで話したり遊んだりしてるのかな?
そんなことを想像しながら、ドアを開ける。
「奏さんっ、クリスちゃん! たっだい――」
開け放ったドアの先。部屋のど真ん中あたりで2人が向かい合って立ってた。
「――ま……って、そんな手の取り合いは望んでないよっ!?」
わたしがクリスちゃんを、翼さんが奏さんを――後ろから羽交い締めにしていがみ合ってたふたりをなんとか引き離す。離してしまえばさすがに暴れなくなった……けど、ふたりとも息を荒くして相手を睨みつけ続けてる。
まさか、翼さんの不安が的中するなんて……!!
「ふたりともどうしたの!?」
「いったい何が……!?」
わたしと翼さんの問いかけに、睨み合っていたふたりがそれぞれ捕まえてるわたし達をバッ!と振り返りながら、相手を指差した!
「「だってコイツがっ!」」
「アタシの会ったチビは偽物だって言いやがるんだ!!」
「葵のことをスケベ親父みたいに言ってきたんだ!!」
「「……え?」」
どういう……ことなの……?
―――――――――
奏とクリスだけになった室内。
それぞれが自身に割り当てられたベッドに腰を下ろしたり、寝転んだりしながらノンビリと過ごしていた。
そんな中、不意に声をかけたのはクリスからだった。
「なぁ。そんだけデカいと、やっぱ大変なのか?」
「ん?」
「なんのことだ?」と、内心首をかしげた奏だったが、クリスの視線が自分の胸に向かっていることに気付き「合点がいった」と軽く頷き答えた。
「あー、まぁそこそこには――って、あんただって十分デカいだろ?」
「はぁ!? そ、それはそうかもしんないけど……!」
奏が言うように、クリス自身の胸囲もかなり大きな部類に入る。その上、身長が比較的低いためにより一層胸囲が際立って見えるため、実際の数字以上の印象を見た者に与えていた。
そのことを指摘されたクリスが、顔を赤くしながら自身の胸を隠すかのように己の腕で自分自身を抱いた。
クリスの
「そうじゃなくって、揉まれんだろっ!」
「も、揉まれるぅ~? いや、何言ってんだ!?」
勢い任せに吐かれたクリスの言葉に、流石の奏も顔をほんのり赤くし慌てふためく。
男女の関係になる特定の異性がいるわけでもなく――ましてや、不特定多数の相手がいるわけでも、異性からのそういった接触を良しとするような軽い女ではない奏。彼女は、この手の話題に対し特別苦手意識があるわけではないが、決して得意なわけではないのだ。
そんな奏以上に顔が赤いクリスが、さらに声を荒げて言い放つ。
「だーかーらー! あのチビと一緒にいることが多いから事あるごとに揉まれてんだろ、そのデッカイ胸を!!」
「え?」
「……え?」
ふたりの間に流れる沈黙。
なんとも言えない表情で見つめ合う数秒。
「揉まれて、ないのか?」
「……あんたは揉まれたのか?」
顔を赤くして明後日の方を向き視線をそらしながらも、小さく――しかし、確かに頷くクリス。
「いつ?」
「……風呂に乱入された時」
より一層顔を赤く染めたクリスに、奏は青筋を立て――本人も意図せずに――ドスのきいた声を漏らした。
「ハァ?」
「は?」
―――――――――
「それで、言い争いになって――」
「――掴み合いになっちゃった……と」
頷くふたりを見て頭を抱える翼さん。もちろん、わたしも「どうしてそうなった」と内心頭を抱えてる。
奏さんとクリスちゃんもそこそこ落ち着いてきたみたいで、わたし達を間に挟んで向かい合って座ってる。時折視線が重なって軽く睨んだりしながらも跳びかかったりすること無く、これまであったことを説明してくれてた。
「だって、ありえないだろ? デカイ胸だからって揉もうとするとか葵がすると思うか!?」
経緯はわかったし、こうして奏さんが言おうとしてることはわかる。
確かに葵ちゃんがそんなことしてるところは見たこと無いし、想像するのも難しい。
だけど……
「
「ついでに櫻井女史の反応を考えても、間違いなく同一人物でしょうね」
わたしと翼さんがそう指摘したら奏さんもその辺りに関しては図星だったみたいで、何かがグサッと刺さったかのような大袈裟なリアクションをとってバツの悪そうな表情をした。
「うっ! それはそうだけど……じゃ、じゃあ、なんであたしは揉まれてないんだよ!?」
「そこなんですか!?」
「別に揉まれたいとかそんな趣味とかはないけどさ……なんか悔しいじゃんかぁ!」
そこ、悔しがるところなのかな?
隣にいた翼さんの「主張というより、ただの駄々ね」って呟きに同意しつつ、その翼さんにこっそりと顔を寄せる。
「奏さんが負けず嫌いなことはなんとなくわかってましたけど……」
「葵の事となるとより一層ね。葵が初めて自分から膝に座ったのが私だった時、奏の作った何よりも買った『トリシューラプリン』の方が葵が喜んだ時……色々あったわ」
翼さんがその頃を思い浮かべたのか、渇いた笑みをもらして遠い目をした。
付き合いが長い分、わたしの知らない所で色々あったんだろう。……気にはなるけど、今は詳しく聞けそうにも無いかな。
その奏さんはといえば、嫉妬交じりの言いがかりに近いものだったことがバレたことを理解したからか、開き直ったかのように胡坐をかきながら頬を膨らませあからさまな「
……それもまた画になるところは奏さんのズルい所だと思うなぁ。
「じゃあ二人は、葵がしたって思うか? クリスが言ったみたいに胸を揉みしだくなんてことをさ」
「揉みしだくって。でも、確かに想像できませんよね?」
って、あれ? 翼さんが顎に手を当てて何かを考えてるような仕草をして……?
「翼さん?」
「もしかして、だけれど……その原因って奏にあるんじゃないかしら?」
「「「えっ」」」
神妙な表情をした翼さんの言葉に、わたしだけじゃなくそっぽを向いてたクリスちゃんや頬を膨らませてた奏さんも一斉に顔を向け、ちょっと気の抜けたような声を漏らす。
「そもそも、奏はスキンシップが多い方でしょう」
「確かに……」
そんな印象あるにはあるし、思い返してみれば確かに多い。
翼さんの肩を引き寄せたり、葵ちゃんをだっこしたり、わたしの髪をワシャワシャ撫でまわしたり、葵ちゃんを膝の上にのせたり、翼さんに抱きついたり、葵ちゃんとくっついて仮眠したり……
「結構前からそうだけど、特に葵に対してはその傾向が強いわ。一緒にいるからよく見かけるのもあるでしょうけど……。例えば、一緒に寝た時は葵はよく奏に抱きしめられたまま寝ることがあって、そういう時は大抵……その、奏の胸に顔が埋もれてるから」
「「ああ……」」
……うん、その様子は簡単に想像できてしまう。
わたしの視界の脇では「なるほど」といった様子でクリスちゃんも頷いてた。
そして、そのままクリスちゃんの視線が動き――それにわたしもつられて――胸元の
なるほど……あそこに葵ちゃんの顔が……!
「な、なんだ? そんなジロジロ見るもんじゃないだろ……!?」
と、さすがに恥ずかしいみたいで、奏さんが視線から逃れようとするかのように身じろいだ。
「とにかく、そういった経験から胸に対して関心が強くなっていた可能性が高いんじゃないかしら? あるいは、ただ単純に自分との違いが気になったのかもしれないわね」
「あっ、それもわかるかも。小さい頃なんかは特にそんなことがあった気がしますけど、大人との違いや男の人との違いが気になる時期がありますもんね!」
わたしがそう言うと翼さんは「そういうこと」って返してきて、奏さんも納得した様子で――だけど、面白くなさそうに――頷いた。
クリスちゃんだけは「そういうもんなのか?」って首をかしげてるけど……。
うーん、あと他の可能性は……もしかしたらだけど、奏さんほど身長の無いクリスちゃんの立派な胸を見て、自分の胸の成長を気にして――は、流石の葵ちゃんでも時期が早すぎるよね。確か、まだ10歳ちょっとかそこらだって話だったし。
「断言はできないけれど、胸を揉んだ件に関しては奏の影響は考えられるわね、だからって奏が悪いわけじゃないけれど。……とにかく! お互い意地を張ったりケンカ腰になったりと悪い部分があった。特に奏は「お前の会った葵は偽物だった」なんては言い過ぎよ」
「それは……悪かった」
「……おう」
奏さんが謝って、それをクリスちゃんが素直に受け取った。
睨み合ったりなど、ふたりの間に険悪さはもうなくなっていた……けど、どこかギクシャクした感じが残ってしまってて、どっちが先でもなく居心地悪そうに目をそらしてしまい何とも言えない空気が漂ってしまう。
どうにかしようにも、無言のまま顔を見合わせたわたしと翼さんの間でも「どうしたものか」というアイコンタクトが行われるばかり。
とにかく、何か雰囲気を変えられるような話題を出せれば……さぁ、なんて切り出せばいいかな?
――と、そんな時、部屋にノックの音が鳴った。
続いて聞こえてきたのは風鳴司令の声。
「邪魔するぞ、いいか?」
「旦那? いや、別に入ってきて問題無いけど……?」
司令の突然の訪問に調子を乱されたのか、奏さんの声色もさっきまでとは一転した。それに、クリスちゃんがかもしていた空気感も変わった気がする。
とりあえずは一安心かな……あれ?
その答えは、部屋に入ってきた司令が
「はぁ?
「ああ。そんな立派な物じゃないが……ん? まだ伝えてなかったのか?」
あっ! そう言えばテレビを持ってくるって話、
で、まだ奏さんやクリスちゃんには伝えられてない……司令が来るのが思ったより早かったってのもあるけど、単純に伝えるヒマがなかったからね。
「その、色々とあったので……」
少し目を泳がせながらも申し訳なさそうに言う翼さん。
アレは仕方がないと思う。まさか奏さんとクリスちゃんが取っ組み合いのケンカをしてるなんて予測できないよね。そのことを司令には……変に心配させちゃうのもあれだし、一応解決というか一段落はしたから、わざわざ言わなくてもいいのかな? どうだろう?
そんなわたしの表情や翼さんの言い
「……で、あっという間だったな」
クリスちゃんの言う通り、本当にわずかな時間で作業を終えてしまった司令と緒川さん。テレビがちゃんと映ることを確認した後、挨拶もそこそこにすぐに何処かへ行ってしまった。
目処はついたとは言っても、まだまだやらないといけないことが沢山あって忙しいのかな?
それでもわざわざふたりして来たのは、わたし達のことをなるべく隠すためか。それとも、ただ単に様子が気になったからかな?
「こんな時間だと、どんな番組があるんだろうな」
そう言って奏さんがリモコンでチャンネルを変えていく。
……けど、時間のせいか、なんというかどれも似たり寄ったりの報道番組ばかり。奏さんもどうにもピンとこなかったのか「とりあえずコレでいっか」と適当な報道番組にしてリモコンを置いた。
世間の様子を知る事が建前上の目的のテレビ導入だったし、これで正解なのかも?
『――――デ共和国から、ジャーナリスト□□さんでした。続いては国内の話題です』
ちょうど話題が切り替わるところだったみたいで、映像とテロップが切り替わった。
『現場の○○さーん?』
『ハイッ! 今わたしは、こちらの○○県の△△漁港にお邪魔していまーす!』
映し出されたのは漁港そばの市場。そして女性リポーターさんの姿。
『月の異変による影響が心配されていましたが、今年も例年通りの漁獲量で問題は無いそうで……この通り! 朝一番が過ぎても市場には沢山のお魚が並んでいます!』
あぁ……白いゴハンに合いそうな新鮮な魚たちが……!
そうやって市場を一通り案内しながら女性リポーターさんは、今度は市場に隣接された売店と飲食スペースへと向かって――――ていうか、これって……
「外に出れない今、生殺しなんじゃ……」
「だな」
「そうね」
「……なら、チャンネル変えたらいいじゃねぇか」
クリスちゃんに
……元通りの生活に戻ったら、あの市場じゃなくていいから似たようなものを食べに
『漁師さんかお店の方のお子さんでしょうか? お子さんがいますので、お話を聞いてみたいと思います!』
女性リポーターがそう言うと共にカメラが動き――
「えっ」
――映ったのはイスに座って何やら食べている、透明ではない
服装は見慣れないもので、髪型も普段と違う纏め上げられ結ばれてたけど――――それでも、その目、その顔はよく見知ったもののように思えた。
「
自分の目が信じられなくてバッ!バッ!と首を動かし、みんなの顔を見た。
真っ先に反応を返してくれたのは翼さんだった。
「だと思う……けれど、断言は難しいわね……」
それもそうか……。世の中には自分と同じ顔の人が3人はいるとか言う話も聞いた事あるし、絶対に葵ちゃんだとは言い切れないよね。
「ああ。そっくりさんの可能性も
「どっちにしろ、一応はおっさんに言ったほうがいいんじゃないか?」
確かに!
司令たちも司令たちで情報網を持っているだろうから、テレビに出たら気付くとは思うけど、念には念を入れて「らしき子が出てた」って、わたし達からもちゃんと伝えておいたほうがいいよね!
と、遂に葵ちゃんらしき女の子に女性リポーターの持つマイクが……!
『海鮮丼、おいしいですか?』
女性レポーターと中継の繋がっていたスタジオの空気が固まったのがわかった。
そしてわたし達もピタリと動きを止め――
『え、ええっと……どんなお味かなぁ?』
『『俺と、俺とデュエルしろぉーーーーーーっ!!』』*3
((((あっ、
――わたし達装者4人の心が一致した瞬間だった。
必死のフォローをなんとかしようとしつつも中継を切り上げようとする女性アナウンサーと、予想の斜め上の放送事故に慌ただしくなるスタジオをよそに、わたし達は司令へ連絡をとるのだった…………。
―――――――――
漁港でモグモグしてたらどこか見覚えのある黒服さんに囲まれ、何事かとオロオロしていたら今度こそ見知った顔のシンジさんが現れて回収されたイヴちゃんです。
さあさあ!
ドナドナと移動しながら事情聴取という名のお喋りをしながら、そんなこんなで何日ぶりかよくわかんないけど、みんなのもとへ戻ってきました!
とは言っても、いつもの見知った本部じゃなくて、どこかもよく知らない施設の地下なんだけどね。
ぶっ壊れてたもんね。地上のリディアン音楽院は完全に崩壊してたし、地下のトッキブツ本部もまともな状態ではないんだろう。というか、「カ・ディンギル」が残ったままらしく……そりゃあ戻ったり出来ないわ。
そして、この施設の今いる
そう、
クリスちゃんといえば……フィーネのことも、ワタシが消えた後の事の顛末と共にシンジさんから聞いたんだ。
……
どうやらフィーネも最期の最後で改心したみたいで、あともう少し早ければ……っていう残念な気持ちと、「半分くらい勘違いなんだけど…どうしよう」って気持ちとが入り混じってて……
そんなフィーネにワタシがせめてしてあげられることといえば、忘れ形見ってほどではないかもだけど、彼女が残していったクリスちゃんのことを気に掛けてあげること。あと、その他の残していっちゃったモノへの対応を考えてあげるくらいかな?
それはそうとして、そのクリスちゃんは今――――
近くにはいるはずなんだけど……
というのも、感動の再会を果たした瞬間、カナデとヒビキが――視界の端では遅れるようにしてツバサとクリスちゃんが――飛びついてきたのだ。
で、モミクチャにされながら
ヒビキたちが離れたのは言いたいこと言えたのと、冷静さを取り戻せたからだろう。
アレだね。自分より慌ててる人とか見るとかえって冷静になっちゃうやつ。カナデの様子を見て一歩引いた視点で観れるようになって、落ち着いて……ってことだ。
そんな、カナデに抱きしめられたまま撫でられてるワタシの耳に、そこらへんにいるんだろうみんなの話し声が聞こえてきた。
「それで……なんで葵ちゃんはあんなところにいたんですか?」
「ああ。なんでも、彼女を保護したのが漁師の方で、その方の証言では
ゲンジュウロウさんの言う通り、ワタシは海を漂っていたところを漁師さんに引き上げられて保護された。
まぁ、正確にはそこに至るまで一晩中泳いだりしてたんだけどね! しょうがないよね、だって
「なんだそりゃ? そんな状況、水難事故かホラーくらいだろ」
「というより、よく無事だったわね。体温や食事……そういった面で色々と危なかったんじゃないかしら?」
自分でも、よく無事だったと思う。
この生命力の高さ。
と、ようやく満足気な顔になったカナデからワタシは解放された。
そんなワタシの頭をポンポンと軽く撫でながらゲンジュウロウさんがみんなに向かって言う。
「と、まぁこれからは葵君もここで生活することになる。よろしく頼むぞ」
「やったー!」
「任せとけって、旦那!」
「はい! ……それは構わないのですが、事情聴取やその他の対応は……?」
「これから時間を見て一応は実施するつもりだが……ここに連れてくるまでの様子からして、望み薄だからな」
ツバサの問いにゲンジュウロウさんが何とも言えない顔で答える。
ゲンジュウロウさんの言う通りで、ここに来るまでシンジさんが一生懸命根気強く相手をしてくれたけれど、知っての通りワタシのお口はいうこと聞いてくれないから、事情聴取もマトモにできたものではないのである。
そんな色々と不明な
「……ま、まぁ! 退屈はしそうにないな」
どことなく「しかたなくだぞ!」的な雰囲気を漂わせての発言に加え、ほんのり顔を赤くしているクリスちゃん。相変わらずのようだ。
そんな他の装者たちとは一味違うクリスちゃんが可愛らしくて、ついつい口元が緩んでしまうワタシ。
「《クリボー》!」*4
彼女は《クリボー》ではない(セルフツッコミ)
「
ナイスツッコミ!
……って、あらっ? なんか、みんながワタシとクリスちゃんのことを見て固まった?
いったい何が――って、カナデがクリスちゃんに詰め寄って……!?
「うらやま――ズルい!!」
「は、はぁっ!? なんでだよ! 初対面からわけわかんないアダ名つけられたコッチの身にもなりやがれ!!」
「アダ名でも何でも、葵から名前呼ばれるなんて……あたしなんて一回も無いぞ!?」
あ、うん。ゴメンナサイ。
言い訳すると、ワタシは普通に「カナデ」って呼んでるつもりなんです。ただ、このいうこと聞かないお
軽い言い争いを始めるカナデとクリス。その間に入るツバサとゲンジュウロウさん。
……と、そこからヒョコっと抜け出してきたヒビキが顔を寄せてきた。
どうしたんだ?
「ねぇ、葵ちゃん。クリスちゃんはなんて言うの?」
え? ヒビキったらどうしたっていうんだろう?
そんなこと改めて聞くなんて……そりゃあクリスちゃんは「クリスちゃん」だよ。
って、ワタシたちの話を聞きつけたのか、言い争いもそっちのけでカナデが寄ってきて――
「もう一回!」
――今度はそのカナデからかい!
だから! クリスちゃんは「クリスちゃん」だって!!
……なんで、カナデだけじゃなくて
ワタシは悪くない! コレも全部ドン・サウザンドってヤツのせいなんだ!!*10
「……からの?」
ねぇ、カナデ。
フリなの? ネタフリなの?
でも、いくらふってもクリスちゃんは「クリスちゃん」だよ?
「《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》」*11
いうこと聞かないお口は、ワタシと違ってちゃんとお約束は守るみたいです(白目)。
そんな気遣いするなら、普段からワタシの意図をくみ取って欲しんだけど……?
「ほら間違った!」
「お前らが執拗にききまくるからだろっ!?」
そんなことで喜ぶんじゃないよカナデ! そしてケンカするな! 子供かっ!?
って! カナデが急接近してきて――!?
「葵っ! 「
意地でも呼ばせる気だね、カナデはっ!?
ううぅ! 言える自信が無い……けど、失敗するってわかっててもカナデの勢いに押されてしまって口が動き出してきて……!
「『
知ってた。
前にもこんなことあった気がする。……いつだったか? それこそ無言から喋れるようになったあたりでだっけ?
「リピート アフター ミー! 「奏」!」
なぜここで英語!?
でも、こうなったらトコトン付き合ってやる!
「カナデ」!
「『逆巻く銀河よ! 今こそ怒涛の光となりて姿を現すがいい! 降臨せよ、我が魂!』」*13*14
長い上にカナデ関係無くない!?
「か! な! で! かーなーでー!!」
……なんだろう。この、飼ってるインコとかに言葉を憶えさせようと何回も何回も繰り返し聞かせてる感じ……。しかも、心無しかヤケクソ気味になってないか、もうっ、カナデったら。
「『私たちが向かうのは、一条の光さえ失われた絶望と言う名の未来…』」*15*16
「なんでだーーーーっ!?」
非力なワタシを許してくれ……
非力なワタシには、のけぞった勢いのまま倒れてしまったカナデのそばに駆け寄ってあげることくらいしかできない……。
「必死だな」
なんか、本人は隠そうとしてるっぽいけど隠しきれてない、まんざらでもなさそうな表情してるクリスちゃんがカワイイ件について。
あっ、その発言にショックを受けたのか、倒れたカナデが「げふぅ!?」とか言いながらビクついた。
「……というか、なんだか意味深なこと言ってる気がするんですけど」
ヒビキ。そんな深読みしてるとフィーネみたいに勘違いをして大惨事に……いや、ヒビキはもうこれまでにたくさんしてきてたか。
「むしろこれは、遠回しに奏のことを呼ばないことを暗喩してるんじゃないかしら……?」
ツバサはツバサで、自分の言ってる事がカナデに追い討ちかけちゃってること気づいてる?
ほら、またカナデが白目でビクついてる。もしココがギャグ漫画の世界だったのなら吐血してることだろう。
と、唐突に手を高らかに挙げたヒビキが、声も張り上げた。
「じゃあ、次、わたしもやってみます! たーちーばーなーひーびーきっ!」
あ、はい。そういう流れなのね?
あぁ、でも、ヒビキは元からなんと言うかフレンドリーな子だから、その場のノリとかそういうのじゃなくってただ単純に「お友達だし師弟関係なんだから名前で呼び合いたい!」みたいな感じだったり?
まあ、ワタシだって呼べるものなら呼びたいんだけどね。
それじゃあいくよー……「ヒビキ」!
……うん。やっぱ無理だな。
でも、なんとなくカナデの時よりは手ごたえが感じられる気がする。
「わたしは立花響15歳! 誕生日は9月の13日で血液型はO型! 身長はこの間の測定では15――「『凡骨デュエリスト』」*20
長い! 名前を呼ばせたいだけのはずなのに、名前の紹介以降の蛇足が長いよヒビキぃ!!
「自己紹介キャンセル!? ……デュエリストは合ってると言えば合ってるのかな? でも、ボンコツって、なんかあんまり良い意味じゃなさそうなんだけど……?」
「デュエリストはともかく、「凡骨」は平凡な、凡才なといった意味合いよ。立花の言う通り、決して良い意味ではないでしょうね」
「はぁ!? コイツが凡才とか、何の冗談だよ!?」
せやね。
それに、凡骨こと城之内くんも特別凡人ってわけでもないしなぁ……。
まぁ、周りが闇人格持ちだったり前世持ちだったりしてる中じゃあ、凡人というか一般人か。
「そうだっ! 「ビッキー」! クラスの子がつけてくれたアダ名なんだけど……どうかな?」
ビッキー? なに、そのわからないようでわかるくらいのギリギリを攻めたアダ名は?
「『レベルを持たないということは、レベル0ということだ!』」*21*22
「何の話!?」
今のに限らず大抵関係無いから気にしなくていいよ……?
……と、まぁ大方の予想通り、ヒビキに対しても相も変わらずいうこと聞かないお口は健在ですね。
コレハヒドイ……とまではいかなかったこともあってか――あるいはそもそもの精神状態の差なのか――ヒビキはカナデのように倒れてしまったりすることなく、少し悔しそうな顔をする程度だった。
「ううぅなんでクリスちゃんだけ……? はっ! そうだ! わたし達にはまだ翼さんが残ってる!」
「ええっ!? わ、私もするの……!?」
「そんなこと言って、後々二人きりになった時とかに言わせてみようとか考えてたんだろ?」
クリスの指摘に、図星だったのか「ぅっ……」と言葉を詰まらせるツバサ。
そして、覚悟を決めたように一度深呼吸をし――改めてワタシの方へと向き直って口を開いた。
「あの、葵? 風鳴翼……言える?」
ここまでの経験からしてたぶん言えないと思うけど、とりあえず言うよ?
「ツバサ」っと。
ブックス!*25
「人の名前……なのかしら?」
うん……一応ね。
って、あっ! ゲンジュウロウさんがメモとってる!? その人、この世界にいるはずもないから気にするだけ無駄なのに!?
え? 「もしかしたら、葵君の過去に関係があるかもしれん」とか考えて、情報をまとめようとワタシの発言を一々記録するようにしたとか? ……言ってること変って知ってるよね!? それともあれか? 勘違いしてたフィーネの最期の言葉の事もあって、全部が全部関係のないことじゃないかもしれないとか思って……!?
やめろー! 勘違いが加速するー!!
「それにしても……盾、ね。何とも私らしく無い……」
いやいや、サキモリって守る人のことでしょ?
だからこれってあながち間違ってないんじゃないかな? ……あっ、いや、ツバサがドルベだったら、ポンコツサブリーダー的存在なうえ肝心なところで守り切れない残念な人になっちゃってダメか。
……いや、ドルベにはドルベの良い所はあるんだよ? でもソレはソレ、コレはコレ。
とにかく、ドルベ≠ツバサだよ!
「そう「
「翼さんの、ノリツッコミ……!?」
なんでドルベ関連が続いたし?
それもなんでソード? 他のもう一体がいただろう?
……ねぇ。ワタシのいうこと聞かないお口、こんなにバグってたっけ?
アレから星遺物を新たに入手したわけでもないはずなのに……今気付いたけどメイ言だけじゃなくて「カード名」まで言えるようになってる? なんで? もしかして、
そんなワタシの思考を他所に、クリスちゃんたちは謎の盛り上がりを見せていた。
「というか持ちネタなのか、ソレ。なんか前にアンタと戦った時に似たようなこと言ってたの聞いた覚えがあるんだけど……」
「あっ! それって、わたしとクリスちゃんが戦ってた時――加勢に来てくれた翼さんがおっきな剣で銃撃を防いでくれてそれをクリスちゃんが「壁か!?」って言ったあの時のことだよね!」
「言った様な気はするけど、ネタとかそういうのじゃなくて心意気よ! ……気を取り直して……葵っ! 翼よ、つばさ!」
諦めずに立ち向かう「かっとビング」がフィーネとの決戦で勝利を掴むきっかけになったって話は聞いた。……この不屈の精神もそこから来てるものなんだろうか?
ワタシ自身、いうこと聞かないお口の予想外の変化にちょっと嫌な予感もするし、もうよしておきたいんだけど……
……しかたない、これで最後だよ? 「ツバサ」。
「コフッ……!?」
ツバサが倒れた。
「翼さん!? 翼さーん!!」
「はぁ!? なんで今ので――って、オイッ! あお、チビまでぶっ倒れたぞ!?」
圧倒的ブーメラン発言ッ!
胸ネタで使われるメイ言がなぜここに!? そして、不幸にも翼さんにも伝わってしまったのかぶっ倒れてしまったから後で何を言われることやら……。
《
もれなく
倒れたワタシ。
しかし、その頭部には地面にぶつかる衝撃は感じられず――代わりになんだか馴染みのある柔らかい感触に後頭部が包まれた。
……
その胸囲の格差を嫌と言うほど感じ、追加ダメージを受け……ワタシの視界は真っ暗になった。
どうしてこうなった
葵不足に陥ってしまってて、ちょっとタガが外れ気味な奏……。
まあ、一番おかしいのはやっぱり「葵」ことイヴちゃんなんですけど。
そして、まえがきで書いたようにアンケートを行いたいと思います!
そのアンケート内容は……「セレナ」の容姿についてです!
最近ではアプリゲーム「シンフォギアXDU」のムービーにて登場した「並行世界のセレナ」が大人な姿で適合者たちの間で話題になったりもしたのですが……アニメ基準のちびっ子ボディからどう変化するのか?…というアンケートとなります!
※注意※
感想欄でのアンケート回答等の行為はハーメルンでは禁止されている行為です。ご注意下さい。
具体的には「○○に一票!」、「○○がいいです!」などの回答がアウト。「○○にしました」などの投票報告はグレー……だと思います。それ以外の判断ラインは曖昧ですので……。
アンケートの締め切りは次回の更新までの予定です。
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3-2
もっと計画的であるべき人間……それが「僕だ!」
前回のアンケート、沢山の回答ありがとうございました!
想定以上の投票数、そして上位の競り合いには大変驚かされました。
結果は前回と今回のあとがき後に掲示しておきます。そして、結果はもちろん今後のお話に活かさせていただきます!! こうご期待!
それでは行動制限中の日常回、奏とクリス視点でよろしくお願いします!
「ルナ・アタック事件」の後処理のため、装者達を一時的に「行方不明」扱いにして行動制限もとい保護した状態で生活させることになった。
そんなあたし達のちょいと窮屈な生活は、保護された
そうして迎えた、葵も一緒になってから二日目の朝……
「『アン、ドゥ、ドロー!』」*1
「アン、ドゥ、ドロー!」
朝目覚めてから朝食までの時間。
これまでも
あたしとしてはそこそこ見慣れた光景ではあるんだけど、人によっては「異様」とまで表現しそうな気もするが……。
「『アン、ドゥ、ドロー!』」
「アン、ドゥ、ドロー!」
自作のカードの束を固定する物を着けた左腕を胸の前あたりに水平にあげて構え、そこからカードを1枚右手で勢い良く引き抜くの動作。ソレを二人並んで何度も繰り返ししてる。
あたしだけじゃなく翼も特別気にしていない――それどころか、むしろ微笑ましそうにしているくらいの様子。
ただ、装者の中では一番付き合いが短いだろうクリスだけは困惑した
「……なぁ、
「ん? ああ。葵の方はいつからだったかほぼ毎日、
「そ、そうか」
「って、クリスは知ってたのか? アレが遊びとかじゃなくて特訓だってこと」
「……まぁ、な。あのバカの
そう言うクリスはどこか遠い目をしてた。
敵対していた事も含め、あんまり良い記憶じゃないんだろう。それに、少なからず自信を持っているはずである自分の攻撃を、まさかカードなんてモノで対処されたとなればかなりのショックになることは簡単に想像できる。
あたしだって、もしも振るった槍がカードに止められた――あるいは弾かれたり斬り落されでもすれば、夢に見てうなされてしまう自信がある。
と、ベッドに座って葵たちを眺めてたあたしの隣にいた翼が、話を聞いていて思い出したことでもあったのか「そういえば…」と話に加わってきた。
「最近だと、奏と雪音が合流する前…腕装甲から出現させたカードを投げて飛行型ノイズを切り裂く――というか撃ち抜いてたわね」
翼が言ってるのは、あの時――スカイタワーに集まってきてたノイズたちを殲滅したあの戦いのことだろう。空を飛ぶノイズ相手に響はどうやって戦ってたんだろうって思ってはいたが、まさかそんなことになっていたとは……
あたしも驚いたが、視界の端に苦笑いを浮かべ口角をヒクつかせているクリスが見え「まぁ、そうなるわな」と内心笑ってしまった。
「じゃあ、そのカードが響の
「本人曰く違うそうよ」
アームドギア関連以外でシンフォギアが作り出すモノなんて無いと思うんだが……いったい何なんだ? あるいは響の勘違い?
あ、いや、でもフィーネとの戦いではそういったモノを使ってた覚えがないし、それとなにか関係が……って、その辺りの記憶が無いのはあたしが暴走してたからか。
「『アン、ドゥ、ドロー!』」
「アン、ドゥ、ドロー!」
まぁ、そんな風にあたし達が話している間も葵と響はその動作を続けているわけだけど……構えた左腕も引き抜き振るう右手も、その動きに疲れは全く見られなくてこのまま一日中でも出来てしまうんじゃないかと思ってしまうほどだ。
「なぁ。あの掛け声はなんかブレたりしてない気がするんだが……アレで合ってるのか?」
「……さぁ? さっきも言ったけど、普段はしてないし」
「葵の発した言葉の、法則性に関しては緒川さん達も調べてはいるそうだけど……そもそもわからない単語・人名らしきモノが多くて難しいそうよ」
翼の言葉に「はーん」と肯定か否定かもわからない曖昧な相槌を打つだけのクリス。
と、ここまでは葵と響を見ながら話しをしていたクリスだったけど、不意にその顔をあたし達の方へと向けてきた。
「アンタらはやらないのか? 特に……ソッチは何かとつけて、あの間に割って入ったりしそうな気がするんだが」
「あー……響の特訓は何度か付き合ったことはあったけど、あの特訓自体には参加したことは無いな。あたしや翼には必要無いもんだったし」
あからさまにあたしの方を重点的に見てくることに少し思うところはあるが、質問には一応ちゃんと答えてみせる。
もうすでに「槍」と「剣」という
もしも、ただ単に特訓としてじゃなく遊びとして何か明確なルールや面白みがあったのなら、葵に付き合う形でやるのもやぶさかではないんだけど……そういうことも全然無いしな。
「それに、あの特訓は私たちが色々とあってどうしても葵の時間が少なくなっていた時に始められたもので、その経緯もよくは知らないの」
あの頃は……その、あたしがシンフォギアを纏えなくなってることが判明した直後で、意地でもシンフォギアを纏おうとしたあたしが
その後は、あたしは心ん中のモヤモヤが晴れるまで葵とは会おうとは思えず弦十郎の旦那ん
一応、後々に響から大まかな話は聞いて「響が葵に戦い方を教えてくれるよう頼み込んで、葵が響に合った戦い方を教えることになった結果」のその一部が
「なんていうか変な関係だよな」
「変って……けどまあなぁ」
「言いたいことはわかるわ」
クリスの呟きに、あたしと翼は頷くのだった。
「朝練しゅーりょー」
「だよねぇ……熊さんがいないから張り合いが無いし、未来もいないから一緒に特訓できないし特製おにぎりも食べらんないー!! う~……なんだか不完全燃焼気味ぃ」
と、どうやら特訓を終えたらしい。
特訓量に関しては……この部屋だと仕方のないことだろう。環境的にも用具的にも葵たちがやってた特訓が出来るわけも無いんだからな。
以前に……葵と和解出来た後に特訓を見に行ったことも実はあって、その時に特訓の一連の内容は一通り見たんで知ってはいるけど、ダンベルは無いし、身の丈を越える丸太は無いし、飛び跳ねまわるほどの広さも木も岩も無いし、滝も無い……まぁそんなのがある室内があったら見てみたいもんだけどさ。
「
「いや、マジモンの熊だ。妙に人っぽいけど」
「えぇ……」
会釈はするし、葵や響のような特訓しているヤツしか襲い掛からないし、葵の言葉に頷いたり「ガウ」とか「グゥ」とか答えたりするが……背中にファスナーがあったりはしなかったんで、あれでもちゃんとした生き物としての熊なんだろう。
「投げ飛ばしたり、組み手をしたり……小日向は――ああ、その未来って子もまだ投げるまでには至れてないそうだけど、立花と一緒に特訓しているそうよ」
「ソイツ、装者じゃなかったよな? それで生身でやれるって……!?」
翼の言葉に頭を抱えるクリス。
確かに、いくらあの熊相手だからと言って「熊と素手で戦え」って言われても普通はできないよな。身体能力ももちろん問題だけど、まず立ち向かえるほどの胆力が無いだろ。
「
肝は据わってるけどそれ以外はそこまで特別おかしなところは無いし、幾度か会った感じだとむしろ響ほどじゃないがお人好しの部類で、礼儀作法も身についててむしろ接しやすい奴だったし、そんなに力む必要のない肩の力を抜いていい相手だと思うんだが……
……今の話を聞いた後じゃあ無理な話か。
―――――――――
朝練を終えた葵と響が改めて身支度を整えたちょうどそのすぐ後、緒川さんと連れのエージェントが朝食を届けに来た。
今日の朝食はパンとスープとサラダと目玉焼きとベーコン……とまぁそんな感じの洋食系だった。
音頭は朝から元気いっぱいな響がとった。
「いっただきまーす!」
「ちげーよ……つーか、目の前にもうあるし、「今日は」も何も初めてだろ!?」
葵の言葉に律儀にもツッコミを入れるクリス。
響は響で「葵ちゃんってエビフライが好きなのかな?」って呟いてる。
……あれ? どうだったっけか?
以前なんの機会だったかエビフライを食べた時、「トリシューラプリン」ほどじゃあなかったけど、葵のやつ、結構喜んでいたような気もするような……? 手間はかかるけど、今度作ってやろっかな。
「つーか、ソコは譲らないんだな」
「どうした、クリス? なんかあったか?」
「いや、別に」
……?
なんだ? あたしらのこと見て……?
どうかしたのかと釣られるようにあたしの隣に座る葵を見る…が、特に変わった様子は無い。いつも通り、その小さな手でしっかりキレイに食べてる。
そのむこう側、あたしとは反対の葵の隣に座っている翼も見る…けど、やっぱりというかこっちも別段変わったところは無い。育ちが良いこともあってか葵以上に綺麗に食べてる。
「じゃあなんで?」とあたしは首をかしげ、テーブルの反対側に座るクリス――その隣に座ってる響に目をやる。もしあたしらに何かあるんだったら、クリスの隣の響も気づいてるんじゃないかと思ってのことだったんだが……
「はむはむ……ほふぇ?」
パンをうまそうに頬張り一生懸命に噛んでいる響。あたしの視線に気づいて「どうしました?」って目で見てきた。
……うん、この様子じゃあ、あたし達になにかあってたとしても気付いてなさそうだな。クリスが何か言っていたことへのヒントにはなりそうにない。
「ホントにそう大したことじゃないから、気にすんなって」
「んー……ならいいんだけどさ」
でも、どうみてもあの視線……しかも「大したことじゃない」って、つまりは大事じゃないだけで間違い無く何かはあるんだろう。
……何がだ?
いやまぁ、葵の言う事が普段ちょっと変なのは今に始まった事じゃないからいいんだけどさ。唐突なのも時々あることだし……
と、そんな風に自分の中でクリスの事も葵の事も結論付けて、改めて朝食を食べはじめた。
……食べ始めたんだが、どうにも視界に気になるモノが映ってしまう。
それは、他でもないクリスなんだが……これまで気になっていた「クリスからの視線」じゃなくて――
「にしても、相変わらずだなクリスは」
「箸が苦手なだけかと思ったら、フォークやスプーンでも
――そう。クリスの食事風景というか、それによる周囲への被害…汚れだ。
食べ物のカスやソースはクリスの皿の周りに散乱し、その口元もどうみても必要以上の汚れが見受けられる。バクバク豪快に食べている響とはまた別の豪快さ――というか、不器用さ(?)がその原因だとは思うが……一応食うには食えてるんだよな。
「うるせぇ、食えてっから問題ねぇよ」
さすがに自覚があるのか口を尖らせながらも、顔をわずかに赤くしてバツが悪そうに目を逸らした。
……まぁ、今はいいとしても後々の事を考えると矯正しておいたほうがいいよな?
今度、旦那に相談してみて――――
「『ですが笑えますねぇ』」*8
「テメェ!!」
気のせいか?
こういう時に限って、葵の言葉って相手を煽ろうとしている節があるんだよな……。
「気にするな雪音。いくら幼い葵に劣っていることがあってもそう卑下することは無いわ」
「なんでお前はそんな温かい目を向けてくんだよ!?」
「あぁ……こっちも色々あるんだよ。これから接していればどういうことかわかると思うけどな」
あたしは内心頭を抱えた。
クリスのこともそうだけど、いい加減翼の家事全般のほうも何とかしたほうがいいのかもしれないな……。
―――――――――
率先して朝食の片づけをしようとするおちび。そしてそれに付き添うようにして手伝い始める天羽奏と風鳴翼。
「なぁ、なんであのおちびに教わろうと思ったんだよ」
他3人が離れた隙を見て、アタシは隣に座る立花響に静かに
立花響は、ちょっとだけ困ったような
困ったような表情をしていた理由は、悪い意味でアタシが関わってしまっていたからだったようだ。
というのも、立花響が本当の意味で戦う意志を持ったのが、完全聖遺物「ネフシュタンの鎧」を纏ったアタシがおちびを痛めつけ、その最中に公園で流れ星を見ていた立花響とその友人を巻き込むこととなったあの夜だったらしい。
最終的にはあたしが風鳴翼に「絶唱」をブッ放されて退散したあの
その中でコイツは、アタシに立ち向うおちびの姿から大切な
「友達で師匠で、恩人で……わたしの憧れで、目標の人なんだ」
いつもの元気爆発な立花響には似つかわしくない静かな言葉。
気づけばアタシはそのうっすらと笑みを浮かべたその顔から、目を離せなくなってしまっていた。
「ただ戦うだけじゃない、倒すだけじゃない。人を守って、相手を敵だと断言せずに手を差し伸べられる。自分のため、誰かのために譲れないことがあってぶつかり合ってしまっても、相手の想いを否定するんじゃなくて異なる道も示し照らしてあげられる、そんな人になりたいんだ」
そう言われて、アタシも思い出していた。
あの夜、おちび――
何故かアタシの名前を知ってて驚き、それ以上のこと――アタシがこれまで置かれていた環境――も、そんなアタシが抱いている気持ちも全部知っている風に言う葵が、あの時のアタシは容認できなかった。だから、より徹底的に痛めつけようとしたんだ。
それでも葵は自分からは決して攻撃しようともせず、ただただ真正面から向かい合ってくれた。そして……行き倒れたアタシに何も言わずに救いの手を差し伸べてくれた。
だから、なんとなくわかった。
立花響が言っていることも……その奥にある想いも。
「フィーネさんがそうだったように――やってることは正しくなくても、ソコにある想いが間違っていない――そんな人たちに本当の希望を思い出させてあげたいんだ」
「そう、だな」
――――胸の歌を、信じなさい
そう言い残し、アタシらが月の欠片をぶっ壊している間に消えてしまったフィーネ。
フィーネには言いたいことが山ほどあったのに……
けど、悲しそうに――しかしどこか満足した様子で
「チビやアタシ達とも、もっとちゃんと向かい合って話せていたら……なんか違ってたのかもな」
「だからこそ、手を伸ばし続けるんだよ。何年か、何十年か、わたし達がおばあちゃんになった後か……いつかフィーネさんが何処かで目覚めた時に、「統一言語」なんて関係無く人と人は分かり合えるって――もう、あんなことをしなくたっていいんだって思えるように」
「ああ。そんな世界にしてやんなきゃな、アタシ達が」
今、その彷徨っていた部分が、どこかにストンと落ちはまったような気がした。
立花響のことを、葵のことを、ふたりの関係を――そして立花響の目指してるモノとその想いを知れて、本当に良かった……そう思えた。
「……で?」
「…………(あ~)」
寝転び大きく口を開け、さっき歯磨きをした歯と口内を見せるおちび。
そんなおちびを膝枕して、大きな胸が邪魔になりながらも開けられた口の中を覗きこむ天羽奏。
「よし、よし……よし! 虫歯無し! 喉の腫れ無し! 口内炎も無し!」
「『当たり前ではないか』」*9
「アレもいつもやってることなのかっ!?」
「ええ。日課ね」
真顔どころかむしろ「それがどうしたの?」とでも言いたげに頷く
その前は、おでこをくっつけた上でその腕で抱き寄せてギュッとするとかいう意味不明な検温して「ちょっと温かいけど、メシ食べた後はこんなもんだな」とか言ってたし……!
いや、抱きしめる必要は無いだろっ!!
「葵が朝起きてすぐにあの運動するようになる前は、朝一番にやることがこの簡易健康チェックだったのよ」
「どっちにしろやってたことに間違い無いじゃねーか!」
「葵は、身元不明の保護対象かつ謎の聖遺物の所持者――それもそのそばから離すことが出来ない特殊な例で身体への影響も考えられることもあって、体調の変化には人一倍気を付けておかなければならなかったのよ」
そうだけど、そうじゃねぇーよ!!
「んじゃあ、次だ。ばんざーい」
「『
おちびが着ていた服を脱がし、指の先からくまなく
「子供なら普通か? 子供相手なら普通の範囲内なのかっ、アレは!?」
「…らしいよ?」
「っははは」と乾いた笑みを浮かべてる
あの変な特訓してるお前も大概だかんな!?
世の中、これが常識的なのか?
それともアタシの周りにマトモな奴がいないのか……?
どっちにしろダメじゃねーか!?!?
……次回、さっそく行動制限解除までとびます!
そして、今後の展開にも大きく関わってくるだろうあのOTONAも登場!? その他、賑やかな人たちも……?
次回の更新は一週間後くらいを目指してます。(遅刻魔)
そして!
まえがきでも触れた「セレナ」に関するアンケート結果!
全体の30%の票を得て「『あの時と一緒だな』(ちびっ子ボディ)」が1位に決定しました!
2位の「『ふつくしい…』(大人な体型)」も最終的には27%と3%差での敗北でしたが序盤では追い越し追い越され、中盤ではほんの数票差と大健闘でした。Twitterでも呟いていましたが、この2位の結果も何とか使えないか物語とのかねあいも考えつつ検討中です!
あと、2期に入る前にもう1つぐらいアンケートをしたいかな、と悩んでいます。
お題は、「セレナ」以上に原作関連の、その上からリ先まで見据えて上でのアンケートで
ただ、本当に物語にも結構絡むことなので、自分で決めるべきかと悩んでます。
実施する際には、またよろしくお願いします!
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3-3
最新話、つなぎだけどこれまで以上に大事なことが起きます!
書き方の問題で、いつも以上に地の文が内心とその他でごっちゃになってしまった気がしますが……よろしくお願いします!
何日か前から聞かされていた通り、行動制限が解かれる。
そんなわけで、これでやっと
けど、そんな気分が変わっちゃうことが起きた。それはお昼前のこと……ううん、
その原因っていうのが――――
「なぁ、葵がどこ行ったか知らないか? それにクリスの姿も見えないんだが……」
――――葵ちゃんと、クリスちゃんがいなくなってた。
朝起きて、朝ゴハン食べた時までは確かに一緒にいたはずなんだけど……言われてみれば、気付かないうちに本当にフッといなくなっちゃってたんだ。
奏さんの呟きがきっかけになって「あれ?」「そういえば」と、その場にいたわたしと翼さんもそのことに気付き疑問に思った。
当然だけど、今わたしたちがいる共同生活しているこの部屋には見当たらない。
となると、施設内の
疑問は色々とあるけれど、何もせずにこの場に留まっておくっていうのもどうかってことで、とりあえず奏さんと翼さんと一緒にトイレやシャワールームにいないか確認しに行った。
……結果は、悪い意味で予想通り。葵ちゃんとクリスちゃんはどこにもいなかった。
「となるとあとは外? いやまさか……」って話が、共同生活部屋に一旦戻ったわたし達三人の中で広がった。
その確認をどうするか……まだ勝手に出るわけにはいかないし、まずは司令か誰か大人に連絡を取って――と、そこにちょうど良く風鳴司令が現れた。
これでなんとかなる、そう思ってわたしはホッとしたんだけど……そんなわたしの予想を裏切り、事態は予想外のものになってしまった。司令の――――
「二人は、今、取り調べを受けている」
――――って、言葉で。
わたしだけじゃなくて、奏さんと翼さんも驚くを通り越して、一瞬完全に固まってしまっていたんじゃないかってくらいピシッと停止してた。
元に戻ったふたりは司令に一気に詰め寄り、揃ってワーワーギャーギャーと司令を問い質しだした。……もちろんわたしも言いたい事聞きたい事があったけど、ふたりの勢いに押されて一歩退いたとこで話を聞くことしかできなかった。
だって、クリスちゃんの取り調べってとっくの昔――葵ちゃんがテレビに映って保護されたころ――には、すでに終わっていたようなものだって聞いてたし、本人もそんなこと言ってた。葵ちゃんも保護されてからここに来るまででほとんど色々と確認は終わってたらしいし、一緒に過ごすようになってからも何度か司令や緒川さんに連れられてお話をしに行ったりもしたし、十分にやって終わったモノだと思ってた。
……というか、葵ちゃんのおしゃべりはあいかわらずよくわかんないから、YES・NOくらいならまだしもそれ以外はなんとなくの感覚で意思というか感情を受けとれるかどうかってモノだよね? それで出来る取り調べってかなり限られてそうだから今更何を聞くのかちょっと疑問だよ……。
疑問といえば……
司令の性格からして、良くも悪くもキッパリ言ってしまうと思ってた。けど、今の問い詰められてる司令はどこか困ったように眉間にシワをきゅっと寄せ眉毛をハの字に傾けてて……なんというか、こう、ハッキリとしない
詰め寄っていた翼さんが動きを止め、数秒口元に手を当て考えるような仕草をしてからハッ!?と顔を上げた。
「緒川さんがいないのは、ふたりを連れだしたのが緒川さんだからですか?」
翼さんの発言には妙な説得力があった。わたし達が気付かない間にふたりがいなくなったのも「あの緒川さんなら」って思ってしまっている自分がいたんだもの。
けど、これまでにも司令だけが――そして逆に緒川さんだけがここに来ることもあった。だから今、司令だけしかいないことが緒川さんがふたりを連れだしたことへとはすぐには結びつきそうには無いと思うんだけど……それでも、こうして言ってるってことは翼さんの中では確信めいたモノがあるのかも?
その翼さんの考えが正解だってことを肯定するようにほんの少しだけ――でも、確かに――司令がピクリと動いた。
もちろん翼さんもそのわずかな反応を見逃してなかった。目を細めてまた考え込むような仕草をし――
「……! まさか、
そして――唐突に翼さんの口から出てきた言葉。
目は大きく見開かれていて、声色からも察せるけれど凄く驚いているようで――それでいて、どこか悲しそうに思えた。
そんな翼さんは、わたしや奏さんが声をかける隙も無く部屋から跳び出して行ってしまった。
いったいどこに? まさか、あの勢いのまま外へ出て葵ちゃんたちを探しに……って、それは流石に無いか。でも、それならなおさらどこへ行こうっていうんだろう?
行先のわからなさに思考が埋め尽くされ、追いかけるための一歩が踏み出せなかった。
考えに考え、ヒントになりそうなモノがなかったか直前までの翼さんが言ってたことを思い返し……その一部が疑問となって口から自然と漏れてきた。
「いまさっきの「おとうさま」って……?」
「文字通り、翼の
奏さんはそう言ってから、「そうなんだろ」と確認するように風鳴司令に視線を向けた。
でも、なんで司令はそのことを隠そうとするような様子を……?
そしてもう一つ。別の疑問も湧いてきた。
なんで翼さんはあのタイミングで自分のおとうさんに思い当たったんだろう? そんないきなりポンと出てきそうにないんだけど……?
司令に向けられた奏さんの鋭い視線。わたしの口から煮詰まった疑問が出てきそうになった――その時、誰かが部屋に入ってきた。
戻ってきた翼さんでも……もちろん、クリスちゃんや葵ちゃんでもなかった。
「司令、こちらの書類の件で……って、あ…あれ? 何かマズい時に来ちゃった?」
入ってきたのはオペレーターの藤尭さん。わたし達の様子もしくはこの場の雰囲気を感じ取ってか、一瞬固まってからスススーッと退室しようとする。
けど、それを止めたのは司令だった。
「いや、構わない。それに、わざわざ来たということは、重要性の高い用件なんだろう?」
「あ、はい。葵ちゃんの保有している聖遺物に関してで……」
そうして、話しながら風鳴司令は藤尭さんを連れて部屋を出ていってしまった。
司令にしては本当に
ふたりだけになってしまった部屋の中で、ワシャワシャと自分の髪をかいた奏さんが大きなため息を吐いてから「翼の父親の事なんだけど――」って言って、私に話しかけてきた。
「あーっと……あたしも直接会ったことは1,2回しかないし、軽く挨拶を交わした程度なんだけどな。政治家か何かやってて、二課がこうして活動出来てるのもその人の活躍が一役買ってるとか。なんにせよ、あたし達装者とは別の方法で国や人を護ってる人だ」
……よくわからないけど、味方で色々凄い人だってことはなんとなく伝わってきた。
けど、それならなおさらわからない。
「それじゃあ、なんで翼さんはあんな顔を……?」
「有力な家系ゆえの跡取りとかでってのもあるんだが……とにかく、色々とあってその親父との関係があんまりよくないんだよ」
ズキンッ!!
頭を強く揺さぶられたような――それだけじゃなくて、胸に大きな
声が出ない。頭が真っ白になりかける。
そうなる理由は
「……響になら、いいか」
そんなわたしの様子をどう見たのか、少しの間ジッと黙っていた奏さんが静かに口を開き、話しだした。
「昔に言われたらしいんだ、「お前が私の娘であるものか」って」
「…………え?」
「他所の家庭……それも結構な由緒正しい家柄ってヤツってこともあって最初は口挟まなかったんだけど、流石にそこまで聞いたら一発言ってやらねえと……って、動こうとしたことはあったんだけど、正規の手順でアポ取って会おうにも「忙しい」の一言で突っぱねられ、無理矢理にでも会おうとしたら緒川さんに実力行使気味に止められるしで、どうしようもなくてさ」
そして、翼さんたちが出ていったドアの方を向く奏さんの横顔を見て思う。
奏さんはお父さんを、ノイズによってお母さんと妹と共に失っている。
そんな奏さんにとってかけがえのない相棒である翼さんの父親との不和。そのことをどう思っているのか……。今のわたしだって優しい気持ちと恐い気持ち、悲しい気持ちが混ざりに混ざって何とも言えない訳の分からない感じになってしまってる。
「んで、見ての通り旦那は旦那でどっちつかずって感じで、珍しく頼りにならないんだよ。一番ワケ知ってて、一番口挟めそうな立場、その上本人も思うところは十分にありそうなのは見ててわかるってのに」
最後に「結局、あたしにできたのはいつものあたしとして翼のそばにいてやることだけだったよ」って付け足した奏さんの顔を、わたしは見る余裕が無かった。
どうして翼さんのお父さんはそんなことを言ったのか……
なんで緒川さんと司令は翼さんや奏さんの味方をしないのか……
――――! ――――!
突然鳴り響いた音に、わたしは意識を引き戻された。
「この警報音…!?」
「ノイズか!」
「ソロモンの杖」は二課の手で厳重に保管されているから、これまでフィーネさんがやっていたように誰かが使ってノイズを呼び出すことは出来ない。
けど、ここ最近の頻発したノイズ出現の原因が「ソロモンの杖」だったというだけで、ノイズが根絶したわけじゃない。頻度は減るもののこれからも、偶発的な自然発生のノイズによる特異災害は起こり続けるんだろう。
そして、こうなったらわたし達装者は行動制限がどうとかいって、動かずにいるわけにもいかない。きっとすぐ手元の通信機に出動の要請と外へ出る許可とが同時に来るはず……!
「いくぞ! 響!」
「はい!」
通信が来るよりも先に、外へ出るために駆け出す奏さんを追いかけわたしも走り出す。
頭の中に在ったモヤモヤを振り払って…………
―――――――――
朝飯を食べ歯磨きを終えたあたりで、気付いたら抱えられててそのまま車に乗せられ連れ出されてた。
……もし文字で書き表すなら、本当にこれだけなんだよな。わけわかんないくらい手際よく運ばれてしまってたんだよ、
連れ出されたのは、
共通点は最終結果はともあれ、フィーネ側に与していたふたりだ。政府側でも、その敵対組織側でも誘拐するには十分な理由があるだろうさ。
でも、アタシは別段焦ったりしてないし、ましてや暴れて逃げ出そうとはしていない。
アタシ達を連れだしたのは
この人に関しては、そこそこ関わりがある。それにあの御人好しな
なにより、おちびが心を許している感じもある。……信用すべきではないけど、現時点で暴れて逃げだしたりするほど警戒しなくてもいいだろうって判断だ。
最悪、監獄みてぇなゴツイ所に連れて行かれると思ったけど……黒塗りの車から降ろされたアタシ達を待っていたのは、時代劇に出てきてもそう違和感を感じないデカイ和風の屋敷だった。建物もデカければ、日本庭園のある庭も広く、それらを取り囲む塀だって端から端までの距離が半端ない。
想像していたのとは別方向に圧倒される雰囲気があるな、これは。
んで、おそらくは「応接間」ってやつだろう座敷に通されたアタシ達は、向かいに誰もいない机を前にして、座布団の上に座って待たされている。
……座布団が良いモンだから大丈夫だと思ってたんだが、正座、結構キツい。慣れないことはやるべきじゃないか……。
「辛かったら崩してくださって構いませんよ」
アタシの右斜め後ろ、部屋の端で待機していた緒川慎次がそんな風に声をかけてきた。
ありがたい。ありがたいんだけど……なぁ。
首を動かし視線をズラす。緒川慎次がいるのとは逆、アタシのちょうど左っ側へと。
「…………?」
視線に気付いたのか、おちびがコッチを見て「なぁに?」とでも言いたげに首をかしげてきた。
そのおちびは、アタシと同じ様に座ってる――――そう、座布団の上に正座で、何の苦もなさそうにして、だ。
いや、
そもそも相手がおちびだし、対抗意識を燃やす理由なんて
そう自分に言い聞かせ、変な意地を張らずに足を崩そうとし――――そこに足音が聞こえてきて、数秒の間に
「すまない。こちらからの急な呼び出しだというのに、待たせてしまったな」
入ってきたのは、ど派手なわけじゃないけど見るからに安物ではない和服を着た男。白髪混じりなのか地毛なのかわからないが、青みがかった灰色っぽい色合いの髪と、四角寄りの型をしたメガネをかけてるのが特徴か?
年齢は50代前後あたり……か? 近いのは、例のカフェの店長あたり……いや、アレは生えそろった
そんなことを考えてる間に、机を挟んでアタシ等が座っている対面に腰を下ろしたメガネのおっさん。
「さて。キミ達にこれからいくつかの質問をしていくが……いいかな?」
「お――は、はい」
「おう」と答えてしまいかけたのをなんとかひっこめ、言い直してから改めて姿勢を正して前を向く。
覚悟は決めた。――さぁ、やってやる……!!
―――――――――
メガネのおっさんとの会話は、アタシの予想を大きく下回りあっけなく終わってしまった。
っていうのも、聞いてくることが大体アタシらがこれまでの取り調べで聞かれてきたことの繰り返しに近いものだったんだ。
嘘を言っていないかの確認のため、供述や証言にブレが無いかあえて同じようなことを聞いてる? いや。にしては、わざわざこんな
なんにせよ、このメガネのおっさんとの拍子抜けな面談は終わった。
アタシ等は帰るために、足が痺れてないことを確認しつつまずはその場から立ち去ろうと立ち上がり――
「キミはもう少し残りなさい」
「なに……?」
――けど、おちびだけ引き止められた。
あからさまに、不自然だ。
「何言ってやがる、コイツが残るならアタシも残るに決まってるだろ! それとも、アタシの目がない所でコイツに何するつもりなんだ……!?」
ここまでおとなしくしていた態度と言葉使いを取り繕うのもやめ、アタシはドカリッと座り直した。
当然おっさんもいい顔はしない――と思ったがそれほどでもなく、静かに目を瞑っただけ。むしろ淡々とした様子だった。
「緒川。彼女をさがらせなさい」
メガネのおっさんは短くそう言ってきた。
抵抗するために、おっさんを視界に入れたままアタシは軽く身構える――けど、アタシの後ろにいた緒川さんが何かしらの行動に移す気配が無い。
「どうしてだ?」と視線をソッチに移そうとした――その直前に、緒川さんの声が聞こえてきた。
「お言葉ですが、彼女にも話の場にいて貰った方が良いかと。事情を理解している者がいた方が、何かと都合が良いのではないでしょうか?」
「……」
「お考え直しください。事を焦っては、かえって良い結果に結びつかないことはご存知でしょう」
まるで言い聞かせ諭すかのように言う緒川さん。
正直なところ、ココに連れ去られた際のあの
「『ドゥヒン☆』」*1
合間に変な声が聞こえてきた気もするが、そんなことを気にしてられないくらい張りつめた空気があたりを包んでいた。
そんな静寂が数秒……数十秒、いや、もっと続いたか?
「…………確かにその通りだな。私としたことが、少しばかり冷静さを失っていたようだ」
ようやく聞けたその言葉に、アタシは内心ほっと息をついた。もっとも、まだ安心はしきれないと思い、その心の緩みを表には出さないよう気を付けてはいた。
つーか、今この場で冷静さを失うってどういうことだよ? 特別何かあった気はしないんだけど……アタシが気付いてないだけで本当に何かあったのか?
それともずっと前から? 例えば……アタシらがここに呼ばれたのも今朝いきなりだったし、早朝か昨日の夜中とかに? それならそれで、とっくに何か対処してそうだけどなぁ……。
「では、改めて話をしていこう」
ひとつ息をついたメガネのおっさん。アタシの顔を見た後その視線を隣のおちびに移した。
わざわざこうしてココに呼びつけて、さらには
おっさんは、ジッとしてる
「……報告によれば、普段天羽奏の下で生活していたそうだが、そのほとんどが翼と共に――
これまでの事情聴取の時から変わり、うっすらと温かみを感じられる声色で葵に問いかけはじめたおっさん。
「翼はキミ達に迷惑をかけてはいないかい? あの子は少し不器用なところがあってな。忙しさを理由に、礼儀作法以前の私生活の部分を幼い頃から気に掛けてやれなかった
メガネのおっさんの顔は、申し訳なさそうな――けど、どっか恥ずかしげでいて嬉しそうな表情だった。
「――って、親!?」
「ああ。……名乗っていなかったか。どうやら、私はそれほどまでに焦り先走ってしまっていたらしい」
はぁ~……。
言われてみれば、そのスッとした雰囲気が風鳴翼に似てなくもないような……でも、言ってもその程度しか似てない気がする。まあ、アタシもママ似で風貌はパパとはあんまり似てなかったし、親子でも異性だとそんなもんか。
……ん? ってことは、話の流れからしてさっき言ってたこのおっさんが冷静さを失ってた原因って「
その為に、事情聴取という建前で
「
メガネのおっさん――もとい八紘さんは軽く会釈をし、あたしと隣に座る葵はそれに応えるように頭を下げた。
顔を上げた時にみえたのは、小さく頷くおっさん。その頷きの意味はよくわからないが、大したことない小さなことだからそう気にしなくていいだろう。
おっさんが「では改めて」と口を開いた。
「翼はちゃんと食事を取っているだろうか? 規則正しい生活は心がけているだろうが、あの子はストイックな部分もある。歌手や装者の活動を優先してその他をおろそかにしないか心配でな……」
……なんだ、フィーネの下にいたころ与えられた情報には全くと言っていいほど出てこなくて、ここ最近アタシたちがしてた共同生活の中で全く話題にも上がらなかったから、もう亡くなっているのか
自分のいない時の、この堅苦しいメガネのおっさんもなんだかんだあの
あぁ……なるほど。
アタシをどっか他所へやってから話そうとしたのも、
そんなメガネのおっさんと風鳴翼のことが微笑ましく――同時に、
ああ、うん……おちびはそうだよな。質問にマトモに答えられるわけがない。
本人の意思はどうとかおいといて、その場に合わないこと言うのは目に見えてた。
引き合いに出すのもおかしいかもしれないが、むしろ今日はこれまで大人し過ぎたくらいで、普段ならもっと変なこと言ってこの場をかき乱していただろうって思う。だから、大目に見てやってほしいってわけじゃないけどさ……本人もどうしようもないわけだしなぁ。
「…………」
いや、まぁ、仕方ないとは思うけど……これまでの事情聴取中にもあったことだし、これまでの会話的に考えても報告とやらで
それでも、この反応ってのは……案外うっかりさんか、天然なのか?
「…………」
視線を向けられた緒川さんも、困ったように苦笑いを浮かべるばかりで特別反応を返すことが出来ずにいる。
んで、当然のようにアタシの方に二人の視線が集まってくる――――
「……あー、今、何言ってたのかはわかんねぇけど、こいつは特別苦労したりはしてないと思うぞ?」
――――そんなことされても、アタシに出来るのは知ってること・見た光景を話すことくらいしか出来ないんだけどな。
まぁ、たぶん緒川さんもある程度は知っているだろうから、そこからメガネのおっさんにも話は行っているだろうけど……それでも、わけわかんないままよりは実際に話を聞いた方が幾分気分が良いだろう。
「私生活や体調管理は問題無い……っていうか、
「そうか」
「まぁ、おっさんが言ってたように不器用だったけどな。服たたんだり食器洗いとかは
「そうか……」
さっきのと同じ言葉なはずなのに、随分と聞こえ方が違ったけど……仕方ないよな。
前からわかっていた風だったとはいえ生活能力が
瞼を閉じて数秒間のゆっくりとした呼吸……それで心の整理をつけられたのか、おっさんは「すまない。少し考え事を、な」と言ってからまたアタシ達に向かって問いかけてきた。
「あともう一つ……「ツヴァイウィング」に海外進出の話があるのは知っているかな」
「海外進出!? マジか……!」
「これまではシンフォギア装者としての活動もあって、その誘いを断っていたが……『ソロモンの杖』が二課に保管された今、これまで非常に頻発していたノイズの発生は落ち着き、そう遠くない内に歌手活動に精を出すことができるようになるだろう」
世界進出。歌手にしろ何にしてもかなりデカイ事で、そう簡単なことじゃないだろう。
そんな話が来てたことにも驚いたが……それ以上に、アタシも加担していたノイズ騒動でその話を流していたってことへの罪悪感が、少なからず溢れてきた。ソレと同時に、確かに、『ソロモンの杖』が使われなくなってから0まで激減したノイズの発生件数の事を考えると、おっさんの言う通り余裕はできて海外進出も不可能じゃないだろう。
けど――――
「世界の舞台に立ち歌を人々に届けることは、翼にとって幼いころからの夢なんだ。だが、生真面目な翼は防人としての義務などと自身の夢を二の次にしてしまうかもしれない……キミ達に背中を押してやってほしい」
――――その時、葵の存在は
でも、様子を見るに
となると、
夢、か……。
それも、歌でのってなると、モノは違えどアタシとしては見過ごせないものだ。
ああ、なるほど。もしかすると緒川さんがアタシをこの場に残したのは、「ツヴァイウィング」が海外進出した際の代打の保護者候補としてなのかもしれない。
もちろん、二課の本部内で保護でもいいし、もしくは二課所属の誰か大人が引き取っても問題は無い。けど、やっぱり最初っから積極的な人間がいたほうが置いていく側も心配が少しは薄れると思うし……
で、たまたま一緒に呼んでいたアタシに白羽の矢がたった、って感じか。
ま、まあ、アタシは別に世話好きってわけじゃないし面倒なのは嫌だけど、
「そっ、そういうことなら、アタシも応援するし、もしもの時は――――「『断る』」*4*5*6――――へ……?」
アタシが預かるのを、葵が嫌がった……? うそ、だろ……!?
あ、いや、まだその事をアタシが言う前に断ったから……もしかして、アタシのことじゃなくって「翼の背中を押してやってほしい」っていうおっさんのお願いを断ったのか!?
それはそれで驚いてしま――――って、だから!
「『ハハハハ! 走れ走れー!迷路の出口に向かってよー!』」*7
ほら! やっぱりわけわかんねぇ!!
っていうか、ここまで比較的静かだった分を取り戻すかのような騒ぎっぷりだな!? 顔もカワイイ顔してるはずなのに、やけに怖い笑顔になってるように見えっぞ……!?
ほら! 八紘のおっさんは首かしげるどころか呆然としてるし、あの緒川さんでさえも片手でとはいえ頭抱えるなんてリアクションをとってるぞ!?
「『マーカー無しかよ。クズはクズ同士庇い合いか?』」*8*9
……アタシもそんな丁寧で清楚な喋りはしてないと自覚してるけど、
いや、本人にそんなこと言う気は無いってのはわかってるつもりなんだけど……こうも目の前でイキイキと喋られたら……なぁ?
ドゴォッ!!
そんなことを考えていたら、大きな音が辺りに響いた。
発信源は……アタシの隣、つまり葵の方。
見れば、葵が両手を目の前の机の天板に付け、その手と手の間をめがけるように叩き込まれてる頭突き――というか、自分の頭を叩き付けて――――って!何やってんだ!?
まさかコレが、話には聞いていた「言語能力の異常によるストレスからくる自傷行為」なのか!?
いろんな意味で驚かされ、より一層困惑してしまう――が、あることを思い出す。
確か、昔に頭を壁にぶつけた際には自分から何度も何度も叩き付けていた、と聞いた。ってことは、コレもまた何回も机にするんじゃ……!?
「止めないと!」って気持ちは、アタシだけじゃなく当然そばにひかえてた緒川さんにもあったんだろう。
葵を抑え込もうと動いたアタシよりもワンテンポ早く緒川さんの手が伸びてきて――――
葵の発したこの場の空気からズレた間の抜けた声に、拍子抜けを受けたかのようにアタシと緒川さんは取り押さえる寸前のところでピタッと動きを止めてしまった。
……いや、ある意味で葵の
というのも、葵が懐から取りだしたのはケイタイだったんだ。しかも、なにかしらの操作をされてすでに通話状態になっている。
……え? もしかして、今の「もしもし」の時にはもう繋がってた、のか? まさか、あの取り出す一瞬で操作をして……!?
『葵っ! 無事だったのね! ――って、まぁ、テレビに出てたのを見たから知ってるんだけど……だからって心配してなかったわけじゃないんだから!』
部屋の中に響き渡る声。
確かハンズフリー状態だとかそんな機能だったか……? とにかく、ケイタイを耳元につけなくともあたし達まで声は届いてきた。
ケイタイから聞こえてきた声は、女性――というか女の子の声のようだった。アタシよりも幼い……
なんとか思考を巡らせる――けど、どっかズレてしまってるのに困惑してて修正がきかない――アタシやおっさん、緒川さんが半分付いていけていない状況。
そんなの関係無しに、
『それで、自由になったの? というか、こうして電話してきてる時点である程度予想はできるけど……』
「『デュエル開始の宣言をしろ! 磯野!』」*12
『ふぇ? え、いやまぁ構わないけど……いきなりどうしたのよ』
わけのわからないお喋りに振り回されている通話相手――――って!「構わない」って言った!? 「デュエル」とかいうののことを知ってるのか、
いやいや、待て待て! そもそも
『あなたは馬鹿にしてるのか? あるいは、本当はツバサを応援なんてしてないんじゃないの?』
……ん?
「『ハッキリ言うぜ……羽蛾! お前、弱いだろ』」*15
『誰かに応援するように言われないと背を押してあげたいと思われないような人だって、ツバサのことを思ってる? なら、見る目が無いか、ちゃんと見てないかだ!』
「『どうしてあんたは帰ってきたとき、あいつらに優しくしてやらなかったんだよ!どうして復讐なんてくだらないこと、やりはじめちまったんだよ!』」*16*17
『ワタシはツバサを笑顔にしたい! 家でも、外でも、助けたい。楽しくて、助けてもらってて、あったかくて……歌手も装者も、ツバサで大好きだから』
いや、まてよ……?
「『分かるさ!父ちゃんがいなくて、どんなに寂しい思いをするのか俺には分かる!あいつらはみんな、あんたがいなくて寂しかったんだよ!不安で泣きたくて一生懸命だったんだよ!』」*18*19
『アナタがツバサのことをどれくらいどのように想っているかは他人のワタシには量る事はできないし、実際に何をしてあげてるかは知らないけど……でもそれで本当にツバサは笑顔になれてるの? 街に出た時に辛そうな顔をするのはなんで!? 家族でいる人といない人だから!?』
葵の後を追うように話す通話相手、これはまるで――――
『陰で支えてること、見守ってることで『満足』してるって言うなら、ワタシはアナタを絶対に許さない!』
――――
「『借り物の言葉で語るな!俺と話したければお前自身の言葉で…デュエルで語れ!』」*22*23
『ソレはただの自己満足だ! 例え、本当にそれでツバサが助けられていたとしても、ツバサ本人のココロまで届かなきゃ意味が無い。辛さは……寂しさは癒されやしない! あいた穴は、他ので埋められやしない!!』
葵の話す間がいつもより少し開いている気がすることや、通話相手の言ってることが所々
「『デュエルとは相手との対話。そこで使う言葉は誰から習ってもいい。大切なのはそれをいかに使いこなし相手に自分の意思を伝えるかだ。そこにこそデュエルの神髄がある!』」*24*25
『心配なら、まず見てあげなきゃ。何かしてあげたいなら、そばにいてあげなきゃ。親なら、まずは自分で背中を押さなきゃ……そのほうが、きっとツバサもがんばれる』
……そこまでで言いたいことを言い終えたのか、葵が黙った。
続いて、通信相手のほうも黙ったため、あたりは一気に静かになった。
「ふふふ……なるほど。
数秒間漂った静けさを消したのは、八紘のおっさんの呟くような大きくない声だった。
その顔にうかべられた笑いは「満面の笑み」とか言われるモノとは全くの別物で、嬉しさにあふれたモノじゃなかったけど……どこかスッキリとしたような、フワッとした薄い笑み。
きっと、アタシと同じように葵の言葉とあの通信相手の言葉との関係性や信憑性を考えたりしたうえで、通信相手の言葉を――あるいはどっちともの言葉を聞き入れたんだろう。そして……何かを感じた。あの笑みからして、悪いことじゃない。
その気持ちは、アタシにもなんとなくわかった。
だからこそ、か。アタシも
『あのー……葵? あたしの気のせいじゃなかったら、あんた以外の声が聞こえた気がするんだけど……誰かいるの? ていうか、聞いてるの?』
「『知らん。そんなことは俺の管轄外だ』」*26
『――へ? ツバサってあの翼さんのことで、相手はお父さん!? マジの!? あああ、あたしっそんな人に偉そうな事言ってたことになってるの~~!? 翼さんに顔向けできない、知られたらファンに何言われるか、ていうか過激なのにはコロ……!? ……きゅぅ~』
遠くに聞こえる倒れる音と、ガンッと床に堅い何かがぶつかるような音とがケイタイから響いてきて……まさか、気絶して倒れて、ケイタイが手からこぼれ落ちて……?
よくわからないが、そんないきなりぶっ倒れたりするものか?
「『ああ! それってハネクリボー?』」*27
「アタシじゃねぇよ!」
通信を切っているのか、ケイタイを操作しながらの葵の言葉についつい反応してしまいながらも、アタシは考える。
風鳴翼やその親の事、海外進出の事を知ったり、
―――――――――
「通訳……?」
葵とクリスが屋敷を出た旨をわざわざ通信で伝えてきた兄・八紘の口から出てきた言葉に風鳴弦十郎は首をかしげた。
『その反応だと、やはりこれまでにそのような存在がいたことはなかったようだな』
「知っての通り、緒川を中心に発言の記録と翻訳・解明を行ってはいるが進展は無いのが現状だが……何かあったのか」
『ああ。詳しくは、帰還する緒川からあるだろうが……話しておきたくてな』
そこから聞いたのは、今日屋敷であった事の大まかな流れと、その中で起きた謎の通信相手との
『話を終えてから通信機を緒川に調べさせてみたんだが……
「なに?」
『そしてそれは彼女にとっても予想外のことだったらしい。取り返そうと通信機器を操作していた緒川のそばにいた彼女も、緒川の呟きを聞いて驚いた顔をしていたからな』
「つまり、通信相手を何かしらの意図で
『彼女の意思をくんでなのか、あるいはその人物にとって都合が悪かったからかはわからんがな』
その場にいた者がやったのでないなら、遠隔で……? それも、ただ一度だけの通話、そのピンポイントだけを狙って介入し改ざん・隠蔽ができるだろうか?
弦十郎は悩む。「絶対できない」とは言い切れず、かといって現実的でもない。まるで自分たちの常識の範疇から飛び出してしまった事象だ。
しかし、だからこそ弦十郎にはある可能性が浮かんできていた。
「『錬金術師』か……」
『報告にあった「
「ルナアタック事件……いや、その前のノイズ騒動から度々不可解な事象があったのは事実。関わりは不明だが、『錬金術師』の存在は無視してはおけないだろう」
『それとは別に、通訳の方も少し探ってみる必要があるな。こちらは『錬金術師』が関わっているともいないとも言い切れんが……なんにせよ話を聞く必要はあるだろう』
「ああ。頼む、兄貴」
★各キャラの
奏:言葉というか、どっちかといえば表情や動きを見て判断する。
翼:何とか解読しようと考える。時折天然で真に受けてしまう。
響:基本字面通りに受け取る。が、ソレとは別に心で感じようとする。
未来:疑って深読みする。ただ考えてもあまり意味が無いことは気付けない。
クリス:話半分に聞く。が、ツッコミが止められない。
通話相手:最初期は違和感を感じたりしてたけど今は……「なんでみんなわからないんだろう?」
某店長:『当然だろ? 決闘者なら』
次回……
翼、危機一髪!
クリス、仏壇を買う。
弦十郎、案件!?
を書いて、二期「G」へと突入する予定です。
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