魔法少女リリカルなのはStrikerS ~The After Reflection/Detonation IF~ (形右)
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《プロローグ》
Prolouge_Ⅰ ──Engage──


 どうもこんにちは。
 長編の方に関しては、実にものっそいお久しぶりの駄作者です。

 あわや逃亡かと思われていた方々には本当に申し訳ございません。スランプというほどではありませんが、なかなか一番最初というものを書ききれずに随分と遅れておりました。
 とはいっても、ツイッターのほうでは結構ssとか小ネタ的なものはやっていたので、そちらを見て頂いたのなら、サボりに見えたかもしれませんが、実際のところ間違っていない部分もあります(オイ

 とはいえ、設定かなり弄ってるので、大変なのもまた事実。
 ぶっちゃけ自分でも何やってんだろレベルで細かく設定決めてたりします(他から見るとどうなのかはよくわからないですが( ̄▽ ̄;)

 まぁ、そんな自分のアホさはさておくとして、
 やっとこさ前作であるRef/Det編より続くStS———その一つ目が出来ましたので、お送りいたします。
 
 五つあるうちの一つ目なので、実際に本編に入れるのはいつになることやら……。
 不安はまだまだ拭い切れませんが、とりあえず気長にお付き合いいただければと思います。

 残りはあとがきに回すとして、ひとまずご報告することは以上となります。

 では以下、恒例の簡易注意事項でございます。

 ・お気に召さない方はブラウザバックでお願いいたします。
 ・感想は大歓迎ですが、誹謗中傷とれる類のコメントはご勘弁を。

 それでは、本編の方をお楽しみいただければ幸いでございます―――!




序 新暦七〇年三月

 

 

 広大な次元世界の一角。

 古の地との関りを残したその場所には、ある小さな遺跡があった。

 取り立てて目立った特徴も無い、ただ時の流れに晒されていただけの遺物。見かけの上ではそうとしか見えない、と。ここを検めた少年、ユーノは訪れた遺跡に対し、そんな印象を抱いた。

 ……が、それは全くの勘違いであったと言わざるを得ない。

 否、検めた中身だけでいうのなら、きっと最初の見識も間違いではなかっただろう。

 けれど、

「……これ、は……?」

 目の当たりにした光景に思わず言葉を失ってしまうほど、何もなかったハズの遺跡は、一瞬にして異常へと姿を変えてしまった。

 

 廃れた遺跡を包む雪の幕。

 その荒れた白い世界を、機械仕掛けの兵器たちが埋め尽くしている。目の前の光景を形容するなら、おそらく誰であろうとこう称することだろう。

 ……ただ一言、魔窟だと。

 何故こうなったのか、原因など誰にも分からない。

 一つだけ確かなことは、この場所が戦場になってしまったという事。そして、たった今その戦場に、己が巻き込まれたという事実だけ。

 

 連鎖の始まり───最初の前兆は、こうして幕を開けた。

 

 

 

 事の始まりは新暦七〇年の春。

 ユーノが、友人である八神はやてから、ある依頼について聞かされた事が始まりであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ───『無限書庫』と呼ばれる場所がある。

 

 それは時空管理局・本局に置かれた、次元世界最大のアナログデータベースだ。

 次元世界に存在する有形書籍と情報の全てを納めているとされるこの場所は、管理局創設以前から存在していたとされる。

 誰が創ったのか、あるいは誰が拓いたのか。原初(はじまり)の何一つも定かではないこの場所は、その特殊性も相まって四年ほど前までほとんど使われずにいた。

 使われずにいた理由はさして難しいものではない。むしろ単純明快だからこそ、ここは誰にもまともに使われる事がなかったのである。

 一番古い記録は、確認されたもので約六五〇〇年前。

 次元世界の中心となっている第一次元世界『ミッドチルダ』と最も関りの深い旧世界、『ベルカ』の崩壊が約二〇〇~一五〇年前である事を考えれば、この施設の異常性が理解できるだろう。

 無論、単純に保管庫として使われていた可能性もある。この場合は書庫と中身の時間は一致し得ないが、どちらにせよ管理局保有以前から『無限書庫』には膨大な情報が納められていたという事だけは確かである。

 それが、この場所が使われることがなかった理由そのものだ。

 長い時間を経て納められてきた『無限書庫』は、今も尚、更なる叡智を蓄え続けている。

 無重力に保たれた書庫内は、空間が歪曲した果て無き空間になっており、無限という名に相応しい様相に保たれている。

 終わり知らずの天蓋を突く様な、数多の書架が螺旋を描く知恵の迷宮。或いは、底知れぬ魔性を納めた奈落の深淵か。

 さながらそれは記憶の墓場。見つけ出すことも容易ではなく、入って出てくる事さえ容易ではない。

 簡単には見つけ出せず、手に入りもしないもの。

 であれば、調べれば存在するはずの情報さえ、有用と判断されないのは必然である。

 しかし、それも五年前までの事。ユーノによって書庫が拓かれた事により、『無限書庫』は〝世界の記憶が眠る場所〟という、嘗て称された通りの姿を取り戻した。

 以来、『無限書庫』は正式に管理局の一組織として運用が開始された。ただ、当時の嘱託魔導師だったユーノによって拓かれた事と、元々使用されていなかった施設だった事もあり、『無限書庫』は完全な内部組織ではなく、施設を保有された外部委託部署というイメージであったが。

 

 そしてその日もユーノは、『無限書庫』で己の業務に従事していた。

 

 この施設では昼夜を問わず、集められた精鋭たちによる検索業務が行われている。

 開拓当時はその膨大な情報量も相まって慌ただしかったが、今はすっかり順調に軌道に乗った。

 未整理区画はまだまだ残っているが、情報の検索だけであれば、忙しすぎるという事態は無くなりつつある。それは嘗ての忙しさを思えば、やや物足りなささえ感じそうな緩やかさだ。

 ユーノが友人であるはやてからの通信を受け取ったのは、ちょうどそんな単調な作業に退屈さを覚え始めた時であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「───遺跡調査?」

 

 告げられた言葉を反芻するように訊き返すと、はやては『せや』と通信画面越しに頷いてみせる。

『内容は中にある遺失物(ロストロギア)の対処とかやなくて、本当に遺跡の開拓……。別に捜査官の領分から完全に外れてるわけやないけど、ちょっとだけ変わった依頼やなぁって』

「確かに……」

 そういって首肯し、ユーノはやや眉を顰めた。

 告げられた依頼の内容には、僅かに奇妙な部分がある。本来、はやての就いている『特別捜査官』に送られてくる依頼は、品物ありきの、事件性の高い案件がほとんどだ。

 しかし、いくら古代遺失物(ロストロギア)の調査という名目でも、捜査官本人に調査・開拓を依頼してくるケースは、皆無ではないにせよ、かなり珍しい部類に入る。こうした調査は、むしろユーノの様な学者魔導師や執務官に寄せられる事が多い。

 とはいえ、依頼された以上はそこに意味があるのだろう。

 拒否した後に何かあっては遅い為、はやては依頼を了承したらしい。だが、彼女一人では完全な調査には不十分だとして、ユーノへ同行を申し込んで来た、というわけだ。

「それで、僕に同行を?」

『うん。当てがないわけやないけど、ユーノくんに手伝ってもらえたら一番やと思って。……もしかして、都合悪い?』

「いや、それは大丈夫。最近は書庫も軌道に乗って来たからね」

 言って、ユーノは自身の背後に広がる書庫に目を向ける。そこでは、司書たちがそれぞれの業務に当たっているが、そこまで激務といった様相は見られない。

 すっかり軌道に乗った今の『無限書庫』には、開拓当時程の忙しさは無くなっている。故に、はやてからの頼みを受ける分には差し支えなく、何より友人の頼みを無下に断る理由もなかった。

 その旨を伝えると、はやては『おおきになぁ~』と朗らかに微笑むと、ユーノに頼まれ遺跡調査の日取りの詳細をメールで送った。そこから二言三言言葉を交わして、二日後の日曜日に待ち合わせした場所で会おうと纏めると、一旦通信を切った。

 

「ふぅ~……」

 通っている学校の屋上でユーノとの通信を終えたはやては、彼から了承を貰えたことにホッと息を吐いて、軽く伸びをした。

『仕事』の事は()()()では公に出来ない為、あまり人の来ない屋上で通信をしていたのだが、ちょうど終えたあたりで「はやて」と背後から声が掛かる。しかし、隠そうと焦ることはない。なにせその声の主は友人であると同時に、彼女の『仕事』の関係者でもあるのだから。

 名前を呼ばれ振り返ると、長い金色の髪を黒いリボンで一つに束ねた、紅の瞳をした少女の姿があった。彼女ははやての友人で、名をフェイト・(テスタロッサ)・ハラオウンという。

「どないしたん、フェイトちゃん?」

「昼休みの残りも少ないから呼びに来たんだ。それにわたしもちょっと気になってたし。……ユーノ、どうだって?」

「うん、了承してくれたよー。依頼された日時もそのままで大丈夫やったから、ええタイミングやったみたいや」

「そっか。最近の書庫、順調みたいだもんね。わたしもこの前お兄ちゃんからの依頼受け取りに行った時もユーノが迎えてくれたし」

「そうやったん?」

 フェイトの弁に、ふぅん、と頷きながら、はやては少し逡巡する。

「やっぱり最近、平和ってコトなんかなぁ……?」

「……例の依頼?」

 はやてから漏れた呟きに、フェイトはそう訊ねる。それに「うん」と応え、はやては言葉の続きを語り始める。

「明らかにおかしい、ってわけやないけど……やっぱり、珍しい部類やなーって思って」

「そうだね。わたしやはやてに回されてくる依頼は、どっちかっていうと事件寄りがほとんどだし……。調査っていうと、なんだか違うような気もするよね」

 そう。今回の依頼にはどこか、名状しがたい奇妙(おかし)さを伴って居る様な気がしてならない。

 本来、危険性が高い事件や関連する古代遺失物などに対する〝対処〟を専門とするのが、はやてやフェイトの仕事である。しかしはやてに渡された依頼は、むしろ()()()()の状態な上、即座に対処しなければならない危険性を孕んでいるというわけでもなかった。それこそ、そんなに危険な代物であるのなら、最初から緊急出動の要請が来ている筈なのだから。

「……でも、それも考えすぎかな」

 そういって、はやては終わらない疑念をそこで打ち切った。

「やるべき事はやる。備えを忘れるわけやないけど、まだ何にも分かってへんのに、疑い過ぎても動けなくなってまうし。とにかく今は、頑張ってみるよー」

 どのみち放っておくわけにもいかないのだ。ならば、出来る事は全力で挑む以外にない。

 ひとまず納得した様子のはやてに、フェイトも少し安心した表情を見せる。

「頑張ってね、はやて」

「ありがとうなー、フェイトちゃん。……せやけど、今回の依頼が本当にただ遺跡の中見て終わりやったら、わたしの出番、ほとんどなくなってまうなぁー」

 平和は良いが、存在意義を失ってしまいそうだ───なんて、少しおどけて見せるはやてに、フェイトも思わず笑みを零す。

「もう、はやてってば……。これ、ちゃんとした依頼(おしごと)なんだよ?」

「冗談やってばぁ~。まぁ今度の日曜日はユーノくんと遺跡デートって事にしとこーかなぁ~♪」

 ……()()()()()のはやては実に生き生きとしている。それを好ましく思う反面、根が生真面目なフェイトとしてはちょっとだけおちゃらけた態度を不満にも思う。

 なので、ちょっとだけイジワルしてみる事にしたらしい。

「…………そんなコト言ってると、なのはに妬まれちゃうかもよ?」

「うっ……」

 ボソッとした呟きだったが、はやてには効果覿面だった模様である。

「最近はなのはだけあんまりユーノに会えてないから、はやてばっかりズルい! ……なーんていってくるかも」

「ぅぅ……確かに。……にしてもフェイトちゃん、いつの間にそんなイジワル言うよーになったん? クロノくん(おにーちゃん)辺りの仕込みとか?」

「さあ……どうかな?」

 返答を暈して、そのままはやてに背を向けて歩き出す。意趣返しに成功して、フェイトは感じていた不満を解消出来て満足そうだ。

 ちょっとだけ口を尖らせてはやてもその後に続く。

 昼休みもそろそろ終わる。この分では、教室で待たせていたもう二人の友人たちと昼食を一緒するのは難しいかもしれない。なので、お昼の埋め合わせがてら帰り道にお茶でもしていこうかな───なんて考えたところで、フェイトは先の話に出てきた友人の事を思い浮かべた。

(こっちは逆に、タイミングが悪かったなぁ……)

 そう。簡単にアポをとれたユーノとは逆に、件の少女は今、此処とは違う場所で彼女自身の『仕事』を頑張っている。

 しかし、ある意味それはややタイミングがズレていた。

 あとで彼女が拗ねないと良いなー、と考えながら、フェイトは少し楽しそうにはやてと一緒に校舎へと戻って行った。

 

 場所は、日本のとある地方都市、海鳴市にある私立聖祥大付属中学校の屋上。

 かつて三度の厄災から地球(このほし)を守った〝魔法使い〟の内、()()がここに籍を置いている。

 しかし、残る一人。

 フェイトやはやてがここに居られるきっかけを作った少女は今───二人や、彼女自身に始まりをくれた少年とは離れた場所で、彼女自身の『仕事』に全力で挑んでいた。

 

 が、そのズレが離れた星々を結びつける。───それを知る者は、今はまだ、誰もいない。

 

 

 

行間 少しだけ遠くなったユメ

 

 

 

「───くしゅん」

 

 殺風景な荒廃した世界の片隅で、そんな可愛らしいくしゃみが響いた。くしゃみの主は白い戦闘装束(バリアジャケット)に身を包んだ少女で、その傍らには真紅の騎士装束(バリアジャケット)を纏った少女の姿がある。二人共魔導師の証である愛機(デバイス)を手にしており、幼い見た目とは裏腹に、ただの子供ではない事が伺えた。

 それもその筈だ。何を隠そう、彼女らはただの魔導師ではない。二人は時空管理局に所属する、戦技魔導師なのだ。

 名を、高町なのはと八神ヴィータ。二人はこの世界に、『教導演習』の為、遠征にやって来ていた。

 なので、本来ならば訓練中に気を抜き過ぎだ、と咎められてしまいそうなものだが、幸い今は演習の最中ではなく休憩時間。そうでなくても、ここ数日ずっと訓練尽くめの時間を過ごしていた。休みを入れたところで、張り詰めていた糸が緩み、気が抜けてしまうのも仕方のないことだろう。これは、そんな束の間の微睡みの時間になされた会話であった。

 

「なんだ? 風邪かよ、なのは」

 傍らで少し肩を震わせたなのはに、ヴィータはそう訊ねる。

 が、なのはは「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」と言って、鼻の頭を少し擦る仕草をして「大丈夫だよ」という意志を示して両手を顔の前まで持ってくる。

 その様子に、ヴィータはとりあえず大丈夫そうだと思ったのか、「ふぅん」と納得した呟きを零した。

「まぁ、それならそれでいいけどさ。こっからはもっと寒い世界に入るだろうし、用心はしとけよー?」

「うん。ありがとう、ヴィータちゃん」

「おう」

 そう言いあって、二人は先程配られたポットに入った飲み物を口にする。容器の保温性が高いおかげか、中身はまだ熱いくらいだった。

 取り込んだ熱が微かに漏れ出し、白い湯気と息がハッキリと見える。

 彼女らの暮らす海鳴市も春先で肌寒い日も多いが、此方の世界は未だ冬の中らしい。中学生になって以来、こうした遠征は少なくはないが───なのははなんとなく、普段の生活圏から離れた場所にいるのだな、と、改めて感慨にふけった。

「……みんな、今頃どうしてるのかなぁ……」

「そりゃあガッコーだろ、平日だし」

「ヴィータちゃ~ん……」

 素っ気なく返したヴィータに、なのははしょんぼりといじけた声を返す。

「……はあ、テキトーに返して悪かったって。

 でも実際そんなトコだろ。こっち来てからはやてとメールしてても、学校であった事くらいしか書いてなかったし───」

 と、そこまで行ったところで、ヴィータは不意に思い出した様に「あ」と言った。

「でも、そういや昨日……新しい依頼受けて、この近くの世界の遺跡に行くとか言ってたかな。なんか調査の依頼が来たとかって」

「へぇ、なんか珍しいね。はやてちゃんに来る依頼だと、発動した後のロストロギアの対処が多いのに」

「ああ。その辺ははやてもそーいってた。でも、なんか結構上の方からの依頼だから受けたらしい。ま、放っておく筋合いでもないからなー」

 何気なく言うヴィータに、なのはは「ふぅん」と相槌を打って、再び飲み物を口にしようとした。が、やや気を緩めたところで、ヴィータから爆弾が投下される。

「そんで、いつもと違うから専門家と一緒の方がいいかもって、ユーノに同行依頼するって言ってた」

「ぐ……む、……んぶっ⁉ ゆ、ユーノくんと?」

 急にヴィータがユーノの名前を出してきたので、なのはは思わずむせ込んでしまったが、幸いヴィータはあまり注意していなかったらしく、「おう」と軽く応じて話を続ける。

「アタシらもベルカ一家とか、ロストロギア一家とか言われてっけど、あくまで基本は戦闘系だしなー。調査ってんなら、そりゃユーノとかに頼んだ方が良いだろ」

 ヴィータの話を聞きながら、なのはは「そうかも」と何となく納得した。はやてたち八神家の面々は確かにそういった方面の知識は深い。けれど、あくまでもそれは知識や見聞であって、専門的な分析とは少々異なる。

 『騎士』として素晴らしい能力を持っていても、学問的な分析となれば、それは学者型魔導師らの仕事(せんもん)になる。そういう意味で、ユーノがはやてに同行する、というのは理にかなってはいた。……が、理屈では納得が出来ても、感情の方でも納得が出来るかというとそうでも無いわけで───

「…………」

 なのはは何となく、はやてが羨ましくて、ズルいなと思ってしまう。最近あまり会えてなかったので、尚更に面白くないと。そんな不満に囚われていた所為か、なのははヴィータが顔を覗き込んで来たのに気づくのが一瞬遅れてしまう。

「おーい。何ぼーっとしてんだよ、なのは」

「うぇっ、あ……な、何でもない、よ?」

「???」

 ヴィータはよく分かっていない様で、頭の上に疑問符を浮かべている。尤も、それも無理はない。なのはもいきなりだったから驚いただけで、実際のところ問題と呼べるような問題はないのだ。

 そんなのもあった、程度の認識だった事柄である。それに対する反応としては、冷静になって考えてみると、些か露骨すぎる反応だったかもしれない。

 あまり話題には出てこないが、なのはとユーノがお互いを憎からず思っているのは誰もが知っている。ただ、邪推された噂にならないのは、二人がまだお互いを「友達だ」と言って憚らないからだ。

 若干潔癖すぎるのではないか? と、思えそうな程に二人の間は清い。通常であれば恋慕が繋がっていそうな事さえ、まだそうでないというのだから質が悪い様にも思える。

 が、とはいっても───全くそういう感情(モノ)がないのか、と言えばそうでもない。

 

 二年前の夏、ある事件があった。その時なのはは生命の危機に瀕し、空の果てで独りになってしまった事がある。

 昏く深いその場所にいたのは、恐らく絶望と背中合わせに等しい。

 

 そんな『死』に一番近づいていた時───なのはは、長いようで短い夢を見た。

 

 そこで彼女は、満足して捨て去ろうとしていた命の価値を、自分が進む理由を確かめる事が出来た。

 暖かな場所へと帰ると決め、けれど昏い空で独りきりに戻ろうとしたその時。彼はなのはの事を迎えにやってきて、帰ろうと手を差し伸べてくれた。

 ちょうどそれは、彼女と彼の始まりと似ていた。そして、彼と交わした約束は、この先もずっと自分たちの出会い(はじまり)を、その先へ繋げて行くもので───

「??? どーしたんだよなのは、顔赤けーぞ?」

「……う、ううん、別に……」

 と、そこでヴィータから声が掛かり、なのはは慌てて生返事を返す。

 幸い、ヴィータは「ヘンなヤツ」と、さして深く考える事もなくなのはの百面相を流してくれた。追及されなかったのは良いが、逆にそれがなのはの中でその思考を加速させる。

 湖の底を掻いた様に、仕舞っていた思い出が表面に上がってきた。

 二人の居る世界には、いつの間にか微かな雪が舞い始めている。

 けれど、久しぶりに思い返した『約束』は、なのはの頬を熱いくらいに朱に染めた。

 そうした淡く甘い熱を抱きながら、なのはは遠征が終わったら直ぐに、彼に会いに行こうと決めたという。……しかし、そんな少女の柔らかな想いとは裏腹に、暗躍する影が徐々に近づき始めていたことを、今はまだ、誰も知らない。

 

 ───それが明らかになったのは、この会話の二日後。

 件の日曜日。はやてとユーノが、二人の居た世界の傍らにある遺跡を訪れた時の事だった。

 

 

 

古から続く路

 

 

 

 本局で待ち合わせたユーノとはやて、そして彼女に連れられてきたリインは、合流すると、早速依頼のあった世界へと向かった。転移門(ゲート)を抜けると、指定された世界の光景が目に飛び込んできた。

 今回の調査依頼があった世界は、かつてミッドチルダの祖となった世界の一つ、『ベルカ』が存在していたとされる場所の近隣に存在する無人世界である。

 無人世界に遺跡というのは、次元世界においてはさして珍しくも無いパターンだ。しかし二人が向かったのは、かつて覇権を振るった世界に近い割に、コレまで人目にさらされることも無く、ただ漠然と存在する離島のような扱いのまま放置された世界だった。

 時たま、忘れ去られた頃にふっと湧いたように認識されるのも、魔法によって広がり繋がれた次元世界ならではと言えるかも知れないな───と、乾き果てた昏い空と、岩と砂ばかりの殺風景な世界を眺めながら、ユーノはそんな事を思った。

 そうして短い逡巡の後、ユーノとはやては早速とばかりに目的地である遺跡を目指して動き出した。

 幸い転移地点から遺跡までの距離は程近く、遺跡に至るのはそう難しくは無かった。

 外側から見た遺跡の印象は、殆ど周囲の小山と変わらない。かろうじて入り口らしきものが見えるが、それもともすれば単なる洞穴に見えなくも無い。しかしだからといってそれが巧妙な隠蔽なのかと言えばそうではなく、そこまで厳重な防衛魔法や守護魔法が掛けられている様子も無かった。

 本当にただの自然の洞窟か、或いはこの世界に昔存在した生物によるものなのではないかと疑ってしまう程度には、あまりにもそこは遺跡らしからぬ場所であった。

 けれど、ここが『遺跡』だとして調査依頼が渡されている以上、その体を忘れるわけにはいかないだろう。そう気を取り直して、二人は早速中へ入って行く。───だが、勇んで内部調査を開始したまでは良かったものの、意気込みに反し、生憎と成果は今ひとつであった。

 

「うーん、思ったよりなんもあらへんなぁー……」

「ですねぇ~……」

 やや拍子抜けした様子のはやてとリインに、ユーノは「そうだね」と返しながら苦笑する。

 もちろん、二人とも任務としての本文を忘れるほど気を抜いてはいなかったのだが、それでも、此処の遺跡に目立った異変は確認出来なかった様だ。

 外観の通りかなりの年月を経てきたのは確かではあるが、かといって古代から封じられた危険遺産なども見当たらない。

 何のために造られ、何のために残されたのか。あるいは、何故残ってしまったのか。少なくとも遺跡の中を見た限りでは、それらの理由を見定めるのは難しそうだ。

 しかし、全てを見ないうちは帰るわけにはいかない。三人はそのまま、更に奥へと進んで行く。

 そして、遺跡の最深部へと足を踏み入れたが───

「……やっぱり、何もないね」

 結果は、薄々予測した通りのものであった。

 一応の警戒として解析魔法なども併用して進んでは来たが、罠の類はいっさい見つからなかった。それどころか壁も床も、何の面白みも無い平坦なものである。

 三人はただ淡々と先進み、最奥に至った。そこに小さな部屋らしきものはあったが、だからといって遺跡らしい形跡など微塵も感じられない。これでは外観と同様、部屋というより、ぽっかりと空いた空洞の様だ。

 まるで穴蔵である。人の手が加わっている様に見えるのに、人の形跡をまるで感じさせない。

 意図的に思えるのに、意図を残さない。

 ここは、いったいなんなのだろうか。むしろこれなら、奇跡的に出来た自然の産物と言われた方が納得できそうである。

 そうして、まるっきり見当が付かないこの遺跡に対し、ユーノとはやては答えの出ない逡巡を繰り返すものの……結局は何も無い目の前の光景に、三人はなんとするべきか分からなかった。

 一応、依頼には開拓も含まれてはいる。しかし、これ以上進むべき場所らしき形跡も見られず、いったい何を拓けば良いのかさえ分からない。

「本当に、ここってなんなんやろ? 一応、ベルカ由来らしいっていわれたけど、これだけやと……」

 困った様な顔を向けるはやてに「うん」と頷くユーノ。

 辺りを見渡しても、何もない。何も成せない、為す意味さえ見い出せない。このまま長々と、細かいところを調べていても埒が明かない。

「……とりあえず、最後にこの部屋を調べてから、一度外に出ようか」

「せやね。これ以上ここを調べるにしても、手がかりも無い状態やと、流石に非効率やもんなー」

「ですねー」

 そういって、最後の部屋を丹念に調べていく。

 ここが本当に自然に出来た似非の遺跡で無いなら、少なくとも鍵となるのはこの部屋である可能性が高い。無論、これまでの全てがフェイクで、実は途中に何かがあった、なんて可能性もゼロではないのかもしれないが……。

 ともかく三人で、暫く部屋の中を隅々まで調べて行く。

 魔法で造り出した明かりを翳しながら、壁伝いに左右から丹念に、何か人の痕跡らしきモノが無いかを探る。───だが、それらしきモノはなかなか見つからない。

(…………もしかすると、本当にここは自然物なのかもしれないな……)

 能面のような壁を見ていると、ついそんな思考が浮かんでしまう。しかし、半ば諦めが浮かびかけていたところで、はやてが何かをみつけたらしく、ユーノに声を掛けた。

「ユーノくん、これって───」

 はやてが立ち止まったところまでユーノが行くと、はやてが壁の中央よりやや下辺りを指さしていた。ちょうど、二人の胸より少し下辺りだろうか。そこに何やら、文字らしきモノが刻まれている。

 それは、

「……ベルカ語、みたいだね」

 壁の文字をなぞる様に指を這わせるユーノの呟きに、はやては「うん」と応える。古代(エンシェント)ベルカに造詣深い彼女だからこそ、直ぐにそれが分かったのだろう。そして、これで一つ分かった事もある。

「どうやら、依頼にあったベルカ由来っていうのは間違ってなかったみたいやね……」

 はやてがそういうと、ユーノも頷きを返す。

 そう。この壁の文字から、少なくとも何かしらベルカに関連する事は確かになった。

 勿論、ここがフェイクだという可能性はまだある。しかしこれは、何かしらの人の意志によって刻まれている。誰かが意図を持って刻まなければ、文字がこうして刻まれるなど有り得ないのだから。

 ここへ来て、漸く得た手がかり。何も無いように思えた中で見つけた一筋の光明に、心が少しばかり逸ってしまう。そんな昂揚を押さえながら、壁の文字を読み解いていく。

 幸いにして、文字自体を読み取るのはそこまで難しくなかった。けれど、難解だったのはその内容と、そして此処に刻まれた理由であった。

 

〝───我、此処に眠る。

    忌まわしき血を封じ、

    先の世を照らす光と、

    その絆を、永久(とこしえ)に願い、祈る者なり───〟

 

 単なる詩文、と言うわけでは無いだろう。しかしだからといって、何かの(まじな)いというワケでもなさそうだ。

 直感的に、あるいは字面そのものをそのまま呑み込むのなら───それはどことなく、墓標の碑文か、あるいは遺志。……しかし、遺した遺志に込められたものがとても(いた)ましく感じられるのは、何故なのだろう。

 分からない。分からなかったが、どこか哀しさを伴ったその碑文を、ユーノはもう一度そっと掌で撫でた。

「…………」

 そうしていると、何となく、胸の内にモヤモヤしたものが涌いてくる。

 ……冷静に考えるなら、あまりにも出来過ぎだ。こんな何も無い、しかも歴史的に振り返っても、殆ど忘れ去られた様な場所に、こんな謎めいた文章を遺すなど。

 人知れず死を迎えようとしたのなら、遺書めいた物は必要ない。

 誰かに気づいて欲しかったのなら、ここに来る必要もないだろう。

 だとしたら、これは誰かを埋葬せざるを得ない状況にあった誰かが───と、そう思いもしたが、碑文は刻んだ者の視点で書かれている。

 気づかれる為に残されたのならば、果たしてその意味は何なのか。

 果たして、何が正解なのか。

 答えは出ない。けれど、どうしてか───解りもしない筈なのに、刻まれていた文字に宿る何かが、二人の心を埋めていた。

 遺跡という事を考えれば、珍しくもないケースだ。

 神を祀り、王を讃えるモノ。逆に、罪人を磔て、咎人を戒める場合にだって同じようなモノが見られる事もある。……それどころか、時にそうしたものを隠すダミーだという事さえ。

 しかし、もしこれがダミーでないのならば。

 偽物でないのだとすれば、必ずここには意志がある筈なのだ。死の中に沈みながらも、何かを遺そうとした者の存在の痕跡が、必ず。

 そして、それは───

 

「───あった」

 

 ちゃんと、そこに在った。

 探し当てた壁の一部にあった仕掛けに触れてみると、隠されていた更なる深奥が姿を現す。長らく開かれる事の無かった扉からは、歪み擦れる音がする。しかし、滞る事はなく、本当の最後の部屋は開かれた。

 中に入ってみると、そこは先程の部屋よりも更に暗闇。照らす明かりさえ拒絶する、そんな闇に包まれた部屋であった。

 事実、明かりに魔法を用いようとすると、魔法が掻き消される。

「なんか、ちょっとざわざわするですぅ……」

「ユーノくん、これって……?」

「……うん。たぶん、AMF(アンチマギリングフィールド)だと思う」

 三人は、驚きを隠せなかった。ここまで魔法の痕跡をまったく感じさせなかったにも関らず、唐突に覗いたものは、魔法に類する中でもかなり異質なもの。

 何故、こんなところにあるのか。

 やはり、答えは出ない。

 未知だけが広がるこの場所で、一同は止まるよりも動く事を選んだ。

 そうして光を拒絶する深淵の内へ、少々躊躇いながらも、他に罠が無い事を確認しながら中へ入って行った。

 けれど、その恐れに反し、中にあったものは───。

 

 

 

 ***

 

 

 

「…………なんか、スッキリせぇへんなぁー……」

 出口へと戻る通路を歩きながら、はやては、誰ともなしにそう零す。

 普段人一倍朗らかな雰囲気を纏う彼女にしては珍しく、どこか愚痴めいた響きが伝わってくる。しかし、確かにそうだ、と傍らのユーノも思う。

 何も無かった、というわけではなかった。しかし、本当に何があったのか、と言えばそうでもなく。

「……これは……?」

 先程の部屋の中へ入ってみると、中には小さな棺が納められていた。……ちょうど、子供一人入りそうな大きさで、()()()()()()()()()が。

 本当に、趣味が悪いといえそうな結末であった。

 二人の前に墓荒らしが入ったのか、それとも別の要因(なにか)があったのか。

 今のままでは全てを明かす事は出来そうにない。改めてすべての痕跡を調査するための調査隊を依頼することにして、二人は遺跡から出る事にした。

「結局わかったんは、ここは確かに遺跡やったゆー事と…………誰かのお墓で、誰かがここを荒らした可能性があるっちゅーコトくらいかぁ……」

 はやての声に、ユーノも「……だね」と歯切れの悪い返事を返す。

 

 ───あの部屋にあったのは、()()()だった。

 

 中身を持たない、或いは持ち去られた後の残骸。空虚に空いた棺の中には、他に納められているものは何もなく、角ばった掌大ほどの何かを納める僅かな窪みだけが、中にあったであろう物の事を匂わせるのみ。

「なんだか……とってもモヤモヤするです」

「ホントや。なんやこう、むず痒い感じ……」

 はやてとリインの言葉に、「そうだね」とユーノも頷いた。

「遺跡調査はそう簡単なものじゃないけど……こういうのって、やっぱり慣れないな」

「やっぱり、ユーノくんがこれまで見て来た中にも、こういうのってあったん?」

 ユーノがそういうと、はやてはこう訊ねた。

 するとそれに対し、ユーノが「結構……かな」と言ってから、ぼんやりと上を向いてこれまでを思い返しつつ応えていく。

「書庫に入ってから巡って来た数はそんなに多くないけど、今回みたいに何も見つからなかったのは何回かあったよ。……でも、今回みたいなのは、あんまりなかったかも。なんていうかこう、御伽噺めいているのとかは」

 言われて、はやては妙に納得した気分になる。

 確かにユーノの弁は的を射ていた。

 罠一つない通路をはじめ、意味深な壁の遺文や何かがあったかもしれないと思わせる空っぽの棺。

 まるで解き明かせと挑発しているみたいなものの数々。

 ユーノの言う通り、これでは御伽噺の中に込められた秘密や、謎解き小説のトリックみたいだ。骸なのかは知らないが、何かの眠りを包む器なんて。───と、そこまで考えたところで、リインが何となく思い出した様にぽつりと呟いた。

「はやてちゃん。これって、前に聖王教会で聞いたのとちょっと似てませんか?」

「ああ、そういえばこれ……なんか、ちょっとだけ似てるかも」

「似てるって、何に?」

「あ、えっと、前に教会のおねーさんから聞いた話なんやけど……」

 聖王教会。はやての口からその名が出た時、ユーノは何となく意外な気がしたが、思い直すのにさして時間はかからなかった。

 はやてと八神家の面々は、生粋の『古代(エンシェント)ベルカ』の流れを汲んでいる騎士の一家である。はやて自身は固有スキルの関係でミッド式も使える為、魔導騎士というのが正確だが、ともかくかなりベルカとの関りが深い。

 加えて、捜査官としての活動もしているはやてなら、聖王教会と繋がりを持っていてもさして不思議ではないだろう───と、そんな益体も無い事を考えながら、ユーノははやての話の続きに耳を傾ける。

「ユーノくんやったらわたしより詳しいかも知れへんけど、あの棺が少しだけ……昔ベルカを治めてた王様の使ったっていう兵器(モノ)の名前と被って見えて」

「ああ、なるほど……」

 ユーノははやての言わんとする事を察した。

 かつてベルカを治めたとされる王が使ったとされる兵器は、戦乱の中にありながら、まるで死に逝く人々を弔う器の様な名を冠されていた。

 ───『聖王のゆりかご』。

 それが、今しがたはやての口にした聖王教会に置ける、共通の信仰対象である『聖王』が使用したとされる兵器の名前だ。

 『ゆりかご』は聖王家の居城でありながら、同時に巨大な空を統べる艦船(ふね)とされ、『聖王』がベルカの戦乱を止めた決め手であったと伝えられている。名前の由来は、この城でもある艦船を司る『聖王』が誕生から終生までを『ゆりかご』を中心として生活していた事からきているらしい。

 と、ここまではユーノはもちろん、ミッドチルダでなら比較的誰でも知っている有名な伝承である。しかし、はやての話には続きがあった。

「それもやったんやけど、あの棺の中にあった窪み……。アレがちょうど、教会で話を聞いた時に出てきた宝石に似てる思うて」

「宝石?」教会で聞いた話というのも気になりはしたが、ユーノはそちらの方を先に尋ねた。

 すると、はやては「せや」と頷いて、その宝石の事を語りだした。

「ホントはそんなにええ話でもないんやけど……昔のベルカでは今でいう人造魔導師技術みたいな、ロストロギアを移植して魔法の力をより引き出す技術がいっぱいあったらしくて。その中でも、『聖王』と関りのあるロストロギアの話があったんよ」

「『聖王』と関わりあるロストロギア……それが、さっき言ってた宝石?」

 ユーノがそう訊くと、はやてはこくりと頷いた。

 国々の諍いが激化していくごとに、ベルカではより強い力が求められていた。

 単純な話だ。戦いは、攻守双方に置いて力が求められる。それも国同士、魔法なんて通常の技術を逸脱した力がある場所ならば尚更に。

 故にベルカでは、そうした人の手による強化技術が著しく発展していった。

 ……皮肉なものだ。何時の時代であろうと、技術は常に争いの中で生まれ、地べたに広がった血が消え去った後の平和に活かされていく。

 そうしたベルカの風潮においては『聖王』も例外ではなかった。

 詳細こそ秘匿されているが、『ゆりかご』と『聖王』は対の存在であったとされており、互いの結びつきが圧倒的な力を振るう基になっていたという話だ。

 今となっては『ゆりかご』も『聖王』の血筋も絶えてしまっているが、聖王教会の存在からも判るように、古代ベルカの戦乱を鎮めた王の名は時を越えて信仰の対象になるまでに伝えられ続けている。

 この圧倒的な力となったとされているのが、先程はやての口にしていた宝石。

 通称、『レリック』と呼ばれるロストロギアである。

「わたしの聞いた限りやと、『レリック』は物凄いエネルギーの結晶体で……身体に埋め込んでリンカーコアとリンクをして膨大な力を身に宿す事と、『ゆりかご』とのリンクで『聖王』は内と外からの供給を受けて無敵に等しい力を持てる、って話やった」

「──────」

 理論自体は至ってシンプルで、伝えられる『ゆりかご』の強大さを思えば、納得しやすい話であった。

 ただはやての話の中に、ユーノは覚えのある項目がいくつかあった。

 強力なエネルギー結晶体と、外部からの魔力供給。……ユーノはかつて、それに近い物を、実際に見た事がある。

 ちょうどそれは、はやてたち八神家の皆と出会う半年前。

 なのはとフェイトが初めて出会った、ユーノにとってもこれまでの始まりとなった事件の中での事だった。……が、ユーノは「でも」と思い直す。

 多少似通っていたとはいえ、あの時の事件と今回の件は別の話だ。

 掘り返すのは今でなくても良いだろう。浮かびかけた余分な思考を呑み込んで、話の続きに戻っていく。

「そういえば、もう一つ良い? はやてが教会の人たちと仲良くしてるのは聞いてたけど、『聖王』の話が出てきたのってどうしてだったの?」

 先ほど一旦置いておいた、教会で聞いたという話について訊ねると、はやては「ああ」と頷いて話してくれた。

 大まかにまとめると、以前から懇意にしている教会の騎士のお姉さんが居るのだそうで、その人からここ数年の間に奇妙な事があったと訊かされたのだそうだ。

 その奇妙な事というのは、

「預言……?」

「うん。預言」

 という事らしい。しかし如何(いか)な魔法の世界とはいえ、魔法が技術として確立されている以上、『預言』とは随分と眉唾(オカルト)な話だ。

 けれど、ユーノははやての話を笑うでもなく、むしろ聞き覚えさえありそうな様子で、こう訊ねる。

「もしかしてそのお姉さんって、騎士カリム?」

「あれ、ユーノくんカリムの事、知っとったん?」

「直接会ったことは無いんだけどね。昔通ってた魔導学院が教会系列だったのと、あの稀少技能(レアスキル)の話は聞いた事があったから」

 ユーノがそう言うと、はやてとリインは「ふぅん」と納得したように二、三度首肯して、それから思い出したように、予言の説明に戻る。

「ああ、せやった。カリムの話に気をとられてもーて、予言の内容まだ話してなかった。ほんで、その『予言』ゆーのは───」

 そこから順を追ってはやては一つ一つ説明してくれた。

 騎士カリムの持つ予言のレアスキルは、いつでもどこでも未来予知ができるという自由なものではなく、ある特定の条件を満たした場合に限り、預言を行うことが出来る。

 しかし、預言は詩文の形でカリムの魔導書に綴られ、その意味を解読しなければならないというおまけつきの為、実用性の面では『よく当たる程度の占い』というのが本人の弁だ。

 だが、これが本当に只の占いに過ぎないのであれば、カリムの力が伝わるほど有名にはなるわけもない。

 つまり彼女のレアスキルには、そうなるだけの理由がきちんと備わっている。

 カリムの預言は、超能力の様な突然変異ではなく、れっきとした魔法に分類される力で、正式には 『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』という名称(なまえ)がある。

 この魔法は、漠然とした()()()()ではない。現実に存在する情報を総括、検討した上で予想された未来を弾き出す、()()()()。強いていうなら、データ管理と調査系の魔法の上位系であるともいえる。

 ただそうした予測を行える人間が少ない事や、先の預言の難解さや予言を行う為の条件が重なり、容易く扱えるものではないのが悲しい所である。

 加えて、そのほかの柵などから、あまり彼女の預言がすんなりと世間一般に浸透しないのも一因なのかもしれない。尤も、人々が預言というものを妄信してしまえば、それは本末転倒だが。

 ───しかし、それを置いても尚、無視できない事があったのだという。

 行われたここ数年の預言が、似通ったものが続いている。……否、似通ったものが続いたというだけでは正確さに欠けるか。

 より正確にいうのならば、数度同じ預言が為された後に、まるでそれが変質したかのような預言が綴られ始めたのだというのだ。

 最初に綴られた大まかな預言の内容はこうだ。

 

 

〝───(ふる)い結晶と無限の欲望が交わる地。

 死せる王の下、聖地より『彼の翼』が蘇る。

 使者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち。

 それを先駆けに、数多の海を守る法の船は砕け落ちる───〟

 

 

 というものだったらしい。

 それだけならば、さして不思議ではなかったかもしれないが、しかし、どうにもその預言は不可解な部分が多すぎた。

 そして、その預言が変質したと思しきものが、こうだ。

 

 

〝───(いにしえ)の世を継ぐ地にて。

 無限の欲望と虚無の意志が交わるとき、時の都が道を繋ぎ、古の血を継ぎし『王』を目覚めさせる。

 (ふる)き結晶によりて『王』らは翼を取り戻し、幾ばくかの諍いへ赴く。

 聖地より『彼の翼』飛び立ち、鍵となりて城へ至る。さすれば死者らは踊り、いずれまた輪廻()に還るだろう。

 地に聳えし法の塔は虚しくも焼け落ち、次いで海を統べる箱は砕け散る。やがて、世は終焉を迎え、再び憂いなき時代を綴り行く───〟

 

 

 元の文と比較しても、単純に分量が増えた、というだけには留まらない。

 増えた事柄が、最初の事柄をまるで補う様な……或いは、呑み込んで更なる何かを呼ぼうとしているようにさえ思える。

 少なくとも出鱈目だと切り捨てるには、余りにも大仰。

 単にカリムの預言が事実を予測するという性質から来るものだけではない、何らかの不気味さを伝えて来るものであるといえよう。

「確かに、嘘って切り捨てるには、少し……ね」

「うん……。内容の解読とか、解釈がどうなるかによって変わって来るもんやってカリムはゆーてたけど……やっぱり、なんか気になってまうんよ」

 はやては本当に気掛かりなのだろう。カリムと友人であるというだけではなく、大仰な預言を行えてしまうかもしれない古代の遺産や、そこに(まつ)わる様々な災厄の恐さを知っているがゆえに。

 そして、ユーノもそれらについては人よりも詳しい部類に入る。しかしそれにつけても、今日は色々と分からない事が多すぎた。

 そんな回答の出ない不明瞭さ。

 遺跡にしても、予言にしてもそう。

 捜査や探索において、直ぐに足掛かりを掴めるなんて事は、ほぼ無い。けれど、それにつけても今回のこれは、どこかモヤモヤしたものを残す。

 が、沈みかけた気分をユーノは頭を軽く振って振り払った。

 いつまで考えていても仕方がない。調べるにせよ、ここでは不足だ。

「とりあえず遺跡から出たら、直ぐに局の方に帰ろうか? 入るときに見た限りだと、ここの周りにはあんまり目立ったところはなかったから」

「せやね。このままここに居てもあかんし、一旦戻ったほうが良さそうや」

「それじゃあ、そういうことで。後は、僕の方でも一応ここの遺跡周辺の情報を調べてみるよ。ここは確かに遺跡だったから、何か分かるかもしれないし」

「依頼やし、そうしてもらえると助かるけど……ええの? ユーノくん、忙しないん?」

「大丈夫だよ。はやてに頼まれた時も言ったけど、最近書庫の方はだいぶ軌道に乗ってきてるからね。僕自身、この遺跡が少し気になってるっていうのもあるし───それに、あの預言の事も」

「え?」と、ユーノの言葉に、はやては少し驚いた様な声を上げる。

「もしかして……預言の方も調べてくれるん?」

「うん。はやての話を聞いた限りだと教会も気にしてるみたいだから、依頼が来るかもしれないし。早いか遅いかなら、先にやっておいた方がいいと思って」

 何気なく言うユーノだが、はやてとしてはなんだか申し訳ないと感じる。

 ……しかし、調べてもらえるなら、きっとそれが一番だろうという事も確かだ。

『無限書庫』を拓いたユーノの情報捜索は半端では無い。

 かつて、はやてたち八神家の絡んだ『闇の書』事件の折にも、ほとんど失われかけていた『闇の書』の本来の姿の記録を見つけたのもユーノだった。これがあったからこそ、『夜天の書』はその名を今に伝えられている。

 それにユーノ自身が口にした通り、教会側から依頼が来るのも時間の問題だというのも頷ける。

 カリムがそうするという話をしていたわけではないが、少なくとも教会内であの預言は、それなりに重く捉えられている様子だった。

 が、そうした理由を持っても、やはり心配は心配なわけで。

「……頼んだわたしが言うのもアレやけど、あんまり無理せんといてよ? ユーノくんが倒れたりしたら、わたしらも嫌やから」

「無茶は駄目ですよー?」

 と、はやてとリインがユーノにそう言うと、ユーノは「ありがと」と向けられた心配に対する礼を口にした。

「でも、本当に大丈夫だよ? 実際、そこまで大変な依頼は今のところないし」

「せやったらええんやけど、ホントに身体は大事になー? 万一の事があったら、頼んだわたしがなのはちゃんにどやされてまうよ~」

「ははっ、流石にそれはないよ。むしろ、それで怒られるなら僕の方な気がする」

「あー、確かにその可能性は否定できひんかも……」

「なのはさんならきっと、〝ユーノくん、あんまり無茶してると怒るよ〟っていうです」

「……確かに、言いそうかも」

 リインの物真似に苦笑するユーノ。そうして軽口を叩いている合間に、だんだんと沈んでいた気分も明るく変わり始める。

 穏やかに変わりだしていた潮目に合わせ、外からの光がはっきりと見え始めた。

 あと少しで、遺跡の通路を抜ける。

 そうしたら転移魔法でさっそく本局へ戻ろう、と、そう考えていた矢先───二人の脳裏を、図ったようなタイミングで走り抜ける緊急通信(シグナル)があった。

 

《──―緊急連絡! 緊急連絡ッ‼

 こちら戦技教導隊第〇九班、演習中に未知の機械兵器と遭遇し抗戦中! 高町・八神両名を中心として対処に当たっているが、敵の数が多く殲滅は難航! 付近にいる武装局員は至急応援求む……ッ‼》

 

 瞬間。流れ込んできた緊急事態を告げる念話(つうしん)を受け、穏やかだった意識は、一気に嵐の中へと引き込まれる。

「……ユーノくん!」

「うん、分かってる……ッ‼」

 緩やかな足取りから一変。即座に、外へと向けて走り出すユーノとはやて。

 そうして躍り出た先で、彼らが目にした光景は───

 

 

 

「これ、は……?」

 

 ───さながら、魔窟だ。

 そんな言葉が浮かぶ程に、目の前の光景は異常だった。

 白く静かなだけの遺跡の周辺を、突然現れた鋼の傀儡たちが埋め尽くしている。

 何処から来たのか、或いは涌いたのか。

 それさえも不明なまま、それらは急に現れた。

 ただ一つ、この状況で確かなことがあるとするならば、それは───先ほどの念話に混じった部隊名が、なのはとヴィータが演習参加していたものと同じだったという事のみだった。

 

 

 

未知の襲撃者 ──Engage_in_Unknown──

 

 

 

「ぐ……っの、ヤロぉぉぉ───ッ‼」

 煩わしさを振り払う様に轟く怒声と共に、真紅の少女騎士の振るった鉄槌が、鋼の傀儡を叩き壊す。

 思ったよりも手古摺(てこず)ったせいか、傍らからは相方の白い戦闘装束を纏った少女が名を呼んでくる。

「ヴィータちゃん!」

「問題ねぇ! それよりデカいの一発かませるようにしとけよなのは、この中で単騎の広域殲滅が出来るのはオメーだけなんだからな‼」

「……うんっ!」

 が、それを一喝。

 ヴィータは前衛としての維持と、一気に殲滅をかける準備をしろと、なのはに喝を飛ばした。

 そして、そこへ直ぐに代わりはいるとばかりに次が来る。

 思わず舌打ちが漏れる。

 だが、当然ながら不平を言って退く敵など居る筈もない。

「はぁ、はぁ……っ、この……次から次に、ゴキブリみてーに出てきやがって……っ‼」

 先ほどからずっとこの調子だ。倒しても倒してもキリが無い戦況は、実際のそれ以上に彼女へ疲弊を齎す。

 嫌気がさし、忌々しそうに『敵』を睨むが、意思なき襲撃者には通じない。

 結局は苛立ちだけを残して、再び戦いが開かれる───! 

「とにかく状況を立て直すぞ、アイゼン……‼」

Jawhol(了解)!》

 愛機の声を受けるや、ヴィータは即座に魔力で生成した鉄球を取り出し、振り払ったアイゼンの槌先で叩く様に打ち出した。

 真紅の魔力光を伴った八発の誘導弾が、白く染まった粉雪の中を駆け抜ける。

 精密に狙い澄まされた誘導弾は、一切減衰する事も無く敵の躯体へと正確に叩き込まれていった。

 放った八発全てが、寸分の狂いなく敵を撃墜へと導く。

 よし! と、ヴィータの顔に喜色が浮かぶ。

 が、それも一瞬。

「……キリがねぇ……ッ」

 苛立ちを隠すことも無く吐き捨てる。

 限界はあるのだろうが、まだ涌いてくる速度は変わらない。その上、発生源は未だ不明。しかも凄まじい再生能力と、機械兵器たちが発生させていると思われるAMFによる魔法阻害も魔導師たちの士気を削いでいく。

 このままでは───と、そう思ったところへ、新たな念話が飛び込んでくる。

《───ヴィータ、なのはちゃん、聞こえるッ?》

《はやてちゃん……⁉》

《はやて……⁉ なんで───》

 なのはもヴィータも、突然の登場に驚きを隠せない。

 だが、今は迷っている暇はないとばかりに、はやては手短に自身らの経緯を伝える。

《この前ゆーた調査依頼、すぐそこの遺跡やったんや! とにかく、これでわたしたちも増援に入るよ。殲滅は任せて……!》

《駄目だはやて! 周囲に街とかはねーけど、この数を一発で殲滅するには、味方の退避がまだ───》

 と、ヴィータが言おうとしたその瞬間。

 次いで飛び込んできた声と共に、翡翠の燐光を放つ結界が一帯に広がって行った。

《それなら大丈夫、そっちは僕がサポートするから!》

《ユーノくん⁉》

 なのはは驚いた様な声をあげる。だが、考えてみれば二人は一緒に遺跡調査に行っていたのだ。

 ここに居ても不思議はなく、寧ろ頼もしさは倍増である。

 場を離れる不安要素だった守りは整い、最早、憂う事は何もない。

《そういう事や。さあ、二人共……もう、遠慮はいらへん。後ろはわたしらに任せて、思いっきり暴れたって!》

 はやてとユーノの声に背中を押され、なのはとヴィータは一瞬顔を見合わせるや、頷きを交わし、すぐさま次の行動へ出る。

 ───頼もしい援軍の登場に、場の空気は一気に塗り替えられていく。

 白く冷めた暴力に沈みかけた魔導師たちを、翡翠と白銀の光が道を拓き、そこへ真紅の騎士と星の光を纏う魔導師を誘う。

「……ふふっ」

 知らず、笑みが漏れた。

 たった二人。本当にそれだけなのに、勝ち切れる保証なんて、どこにもないのに。

 それでも、二人がいてくれるだけで、こんなにも変わり行く流れの様なものをはっきりと感じられる。

 まるでそれは、心の底から湧き起った炎が、厚く張った氷を溶かしていく様で。

 どうしようもないくらい、溢れ出す嬉しさを止められない。

「行くよ、ヴィータちゃん!」

「応ッ。これ以上好き勝手されたまま終われるかっての───ッ‼」

 威勢の良い声が上がり、合わさった旋律と共に、なのはとヴィータが敵の群れへと向け飛び込んでいく。

 二人は確かに強力な魔導師だが、先ほどまでの戦い方では力を完全には発揮しきれていなかった。

 基本的に近接メインのヴィータと、砲撃型でありながらもマルチな戦い方の出来るなのは。先ほどまでの戦いは間違いではないが、如何せんヴィータ一人で敵を抑え、なのはの砲撃を要にするには敵が多すぎた。

 しかし、そこへはやてとユーノが来てくれた事で、状況は一転する。

 はやては、なのはやヴィータの様な機動力は無いものの、広域魔法に関しては、二人以上の威力を誇る魔導騎士。更にそこへ、攻撃にこそ乏しいが、支援役としては素晴らしい力を持つユーノがサポートに入っている。

 そして、なのはとヴィータはこれまでも戦技教導隊でコンビを組んで来た。二人のコンビネーションが解放された今、先ほどまでの様な無様は晒せる筈も無い。

 戦いは、ここからが本番だ。

 重い枷より解き放たれた星の魔導師と鉄槌の騎士が、時は満ちたとばかりに、この戦場()を一気に駆け抜ける! 

 

「アクセルシューター、二律制布陣(バニシングシフト)! シュ───トぉッ‼」

 

 桜色の誘導弾が、白い雪煙の中を猛スピードで駆け抜ける。

 敵に対しては射撃、味方には迎撃という二つの命令によって制御されたアクセルシューターは、寸分の狂いなく敵だけを撃ち抜いて行った。

 そして、なのはにばかりいいところを見せてはおけないと、ヴィータもまた、自身の二つ名に相応しい技を解き放つ。

「行くぞ……!」

《Ja, Raketen form》

 ヴィータの愛機であるグラーフアイゼンのハンマーヘッドが変形し、加速用の噴出口(バーニア)が現れる。

 次いで、ガシュガシュッ! と、『カートリッジ』を読み込む音が響く。魔力の弾丸とも呼ばれるそれは、瞬間的に魔導師の魔力を引き上げ、強力な一撃を発動させる。

 鉄槌の騎士の誇る、剛の一撃。

 

「ラケーテン……ハンマァァァ───ッ‼」

 

 ゴッ‼ と、凄まじい噴出により、ヴィータの身体が前へと加速する。

 単にこれが魔導師相手であれば、相手の軌道に合わせ、一撃で以て叩き落すところだが、生憎と今の敵は機械。それも、叩けば逆に涌いて出る程の数を誇る。

 ならば、と、ヴィータはその加速を留めることなく、なのはの誘導弾を受けて逃げようとする機体をすれ違い様に叩き、ある範囲から逃がさない為に、己の機動力で囲いを造る様なイメージで飛び回っていった。

 もちろん、彼女だけでは追いきれない機体も出ては来る。

 だからこその、二人のコンビネーション。なのはの誘導弾から逃げ(おお)せようとする機体をヴィータが叩き、逆にヴィータから逃げたそれらをなのはが()()の中へと押し戻す。

 機動力のある二人の動きに合わせ、先程まで退避しかねていた局員たちが囲いの中から離脱し、それを邪魔しようとする機体を、既に退避を終えた者たちが抑え、押し戻して行った。

「あの二人だけに頼りきりになるな! 自分に出来る戦い方で、あのガラクタたちを囲いに押し込んで行け‼」

「「「了解!」」」

 中隊長相当の隊員の喝に威勢よく隊員たちが応えを返し、なのはたちと共に、戦況を一丸となって切り開く。

 雪塵を彩る魔力光の煌き。それはまさに、前へ進もうとする意志の輝きであり、同時に、数多の魔導師たちの矜持を賭した攻防を示す証でもあった。

 地獄か魔窟か、少なくとも希望なんてものを抱けそうもなかった場所はもうそこはない。

 前へ進む為に人々が抱くべき心は、彼ら自身の意思によって等しく眩く、同じだけ瞬いている。

 さながら、道標の様であった。

 最初に示した灯りが示した先へ至り、またその先にある灯りが、路を示し続けている様な連鎖。

 戦いそのものは、決して良いものではないのだろう。しかし、此処に渦巻く意志は、悪いものである筈がない。

 なればこそ、この灯を消す事があってはならない。───さあ、ここからは総仕上げだ。

「広がれ、戒めの鎖!」

 詠唱を重ね、ユーノは新たな魔法を発動させる。

 翡翠の鎖が場を走り抜ける。結界だけではなく、皆が作り上げた囲いを敵に崩させない様、更なる枷となる戒めを与える為に。

「捕らえて固めろ、封鎖の檻───アレスター・チェーン‼」

 縦横に張り巡らされた鎖の檻。何重にも重なり合った翡翠の輝きが、防壁となって機械兵器たちを閉じ込めた。

 これなら逃げ果せる事も無いだろう。

 既に場は整えられた。

 後はただ、為すべきことを成すのみ───! 

 

「───さあ、終わらせるよリイン。準備はええか?」

 

 融合し、自身の内側にいる愛機へと問い掛けると、その問いかけに対し、リインは当然だとばかりにこう応えた。

《もちろんですっ! 広域殲滅の発動準備は完璧ですよ、はやてちゃんッ‼》

「うん、流石やねリイン。……ほんなら、思いっきり行くよ!」

《はいッ!》

 剣十字を象った杖、シュベルトクロイツを掲げる。すると白銀の魔力が集約され、一つの巨大な星の様になっていく。

 広域魔導師としての本質と、はやて自身の圧倒的な魔力量を存分に生かした、超弩級の砲撃魔法。

 ある神話における終末の名を冠された魔法が今、解き放たれる。

 

「《響け、終焉の笛───ラグナロク……ッ‼》」

 

 はやてとリインの声が重なり合うと同時。

 振り向けた杖先に合わせ、集められた白銀の光が膨れ上がり、まるで吼える様に囲いに集められた機械兵たちに注がれて行った。

 冷たい積雪の世界が、暖かな白銀の光に染め変えられていく。

 砕け散っていく機械兵たちは、断末魔も無く消え去って行った。

 やがて、戦場を染めた光が晴れていくと、そこには砲撃によって抉られた地面の色と、窪み(クレーター)が覗いている。

 そしてもう、湧き出てくる機械兵たちの姿もまた、失くなっていた。

 ───戦いは、終わった。

 吹きすさぶ雪塵はいつの間にか止んでおり、場に残っていた戸惑いもやがて同じ様に止んでいく。

 微かに覗いた蒼天(そら)の色に、魔導師たちは穏やかな溜息を吐いている。

 けれどそれは、全てが解決した……というわけではない。

 未だ不明瞭な点は幾らでもあった。

 しかし、だからと言って直ぐに明かせる謎など、そこには一つも無い。

 後にはただ、未知の襲撃者たちの残した爪痕の意味を反芻するのみ。……そんな快晴とは言えない、微かな靄が、静かに人々の心を包んでいた。

 

 

 

ひとたびの終着、その先に見据えるものは

 

 

 

 そして、その翌日の事。

 無事に帰還したなのはたちは、例の襲撃者たちについての情報証言の為に、本局を訪れた。

 あの後、突然の襲撃に遭った局員たちの治療や現場検証によって時間を食い、襲撃や遺跡調査についての報告作業を終えていなかったのだ。

 ……とはいえ、実際のところ、報告らしい報告など出来ていないのが現状である。

 ユーノとはやてはひとまず調査した内容の全てを伝えることは出来たが、古代ベルカ由来であるという事を示すのは、壁に刻まれた文字だけ。それ以上の発見は何もなかった。

 なのはやヴィータも、あの襲撃自体に語れる事はほとんどなかった。

 本当にあの機械兵の出現は唐突に起こり、襲撃の意味さえも分からないままに交戦に陥ったのだという。

 発生原因、理由共に不明。

 遺跡との関連が疑われたが、襲撃が始まった当初。ユーノとはやて、リインがあの中にいたのだ。流石に遺跡内部からあの機械兵器が発生したのならば、魔導師である二人と融合機であるリインが三人そろって気づかない、という事は考えにくい。

 だが、AMFらしいものがあった……という事実が、また真実を灰色に覆い隠す。

 遺跡内部は、確かに一本道だった。それは、あの交戦の後にも確かめられた事実であるが、無関係と言い切れるだけの確証も無い。

 けれど同じだけ、関係があると裏付ける証拠もない。

 結果は八方塞がりに終わり、管理局側としては、今後も調査を進めて行く事。そして、また同じ事態が起こらない様に警戒を強める方針を取る、という結論に終わった。

 

 そうして、報告の後。

 ユーノは昨日の調査に関連しそうな情報を集める為に書庫を訪れていた。

 はやてはそれに同行した形であるが、調査の続きが気になっていたのはもちろん、恐らく今回の件について抱く複雑さを話したかったのだろう。

 襲われたばかりのなのはやヴィータに、蒸し返す話ではなく、けれど放っておいても良い話でもない。その辺りについてはユーノも理解しており、彼自身もまた、話しておくべきことだろうと思ってもいた。

「……ホント、今回はスッキリせぇへん終わりやったなぁ」

「そうだね……。重傷を負った人がいない事だけが、唯一の救いだったかな」

 二人はぽつりぽつりと言葉を交わしながら、ごちゃごちゃしてしまった頭の中を整理していく。

 何故なのか、という疑問を。

 これからどうすべきなのか、という疑問を。

 それぞれの胸の中で、進むべき道を考えていく。

「……なあ、ユーノくん。わたし、少し前から考えてる事があるんよ」

「考えてる事?」

「うん。カリムの預言を聞いてから、ずっと」

 そう口にするはやての表情は真剣で、とても遠くを目指している様な気がした。

 いったい彼女は、何をしようとしているのか。

 ユーノは、その続きを待つ。

 程なくして、答えはゆっくりと返って来た。

 

「わたしな、自分の部隊を持ちたいんよ」

 

 ***

 

「自分の、部隊……?」

「うん」

 聞こえてきた答えに間違いはないと理解し、ユーノは「そっか」と短く返事をした。

「あや、なんやあんまり驚いてない?」

「驚いてないって言ったら嘘になるけど……でも、意外だとは思わなかったかな。はやてなら、そういうの向いてそうだし」

「……そうゆーの、真っ向から言われると何や照れるんやけどなあ」

 ちょっと口を尖らせるはやてに、ユーノは穏やかに笑いながら「ごめん」と短く応えた。

「だけど、本気なんでしょ?」

「それはもちろん。……カリムの予言は、短ければ半年。長ければ数年後……もっとかもしれへんけど、それくらい期間があるって話やった。部隊を持ちたい、ってゆーのは予言の前から少し思うとったけど……きっと何かが起こるのは確かや。───なら、そんな時に動けへんかったら、きっと後悔するから」

 そういって、はやてはまっすぐな視線をユーノに向けていた。

 彼女の視線を受け、ユーノは少しだけ間を置いて逡巡する。

 はやての言葉は、どことなく二年前のなのはと少し似ていた。しかし、はやてから感じられるのは、あの危うさではなかった。

 むしろ、その逆で。そうした危うさにこそ、立ち向かいたいと願うような色が見えた気がした。

 憤りの様なものが、そこにはあった。管理局という大きな組織にいるが故の、憤りが。

 ……何となくだが、解かった気がする。

 つまり、はやてはきっと───組織という枠組みの柵を、解消したいのだ。

 本当に危ういことが起こった時。それに立ち向かう為の足掛かりが必要なのだと、そう考えているのだろう。

 何があったのか、それは知らない。

 ただ、ユーノ自身『管理局』という組織の枠の中にある一部署の長をしている身だ。

 少しくらい汚い様な、()()()な事があるというのも当然知っている。

 特に、地上本部()の方は大分強引なやり方をしているというのも。尤も、それは悪い事ではなく、どうしても管理局に人員が足りないからこその皺寄せだ。仕方のない事と言ってしまえばそれまでだが、地上本部()本局()にある軋轢も無関係ではない。

 そんなどうしようもない柵があって、けれどそれをどうにかしたいと願うなら、……言葉だけではどうしても伝わらないというのならば。

 

「最初に動ける、そんなきっかけになるものが欲しいんよ」

 

 先陣を切って、事態にぶつかって見せるしかない。

 ヒトは等しく善ではなく、結果と利益が釣り合わない限り動かない事だって、往々にしてある。

 当たり前の事だ。

 だが、そんな当たり前を崩すきっかけが無ければ、何も始まらない。

 ……きっとそれは、苦しい道になる。

 確かにはやての周りには、優秀な魔導師たちが揃っている。気心の知れた、そしてこれまでの哀しい出来事を共に乗り越えて来た、家族や友人たちが。

 でも、それを集められても───たとえ理由がどうであれ───気に入らない人間は当然出てくるだろう。

 正しい事を、ただ正しいままに。……その方が、間違いとされる事もあるのだから。

 しかし、それでもとはやては願っていた。

 起こる悲劇を止める為に、誹られようと抗う事を。

「難しいのは、分かってるけど……分かった上で、わたしは守りたい。綺麗事でもなんでも、大切だと思った事を、ちゃんと」

「……そっか」

 それは、とても傲慢で、同じくらい優しい願いだった。

 

「だからな? ユーノくんもその時は部隊に参加してくれたらなぁ、って。……司書長さんを勧誘するの、ええ事やないし、そもそも無理かもしれへんけど。───でも、ユーノくんも居たら、きっと頼もしいから」

 と、はやては言う。

 それは、中々の殺し文句だった。

「誘ってもらえたのは嬉しいな。……だけどはやての言う通り、僕がはやての部隊に直接参加するのは、少し難しいかも知れない」

 司書長とはいえ、『無限書庫』は管理局の中枢とは言い難い。しかもこの立場は、民間協力者からの派生である。表立つべきものかと言えばそうではなく、むしろメインを活かす為の潤滑油であるべきものだ。

 引け目である必要は無いが、かといって不足している部分もある。

 とはいえ、二年前の様に要請を受ければ戦線に協力は出来るだろうが───それでは、きっと足りない。

 ならば、

「だからね、僕もちゃんと考えてみる事にするよ」

「考えるって……?」

 ユーノの応えに、はやては不思議そうな顔をして小首を傾げる。

 確かにまだ、言葉が足りてない。しかし、結論を言ってしまえばとても単純な事である。

 はやてが目指すもの、そしてきっと───なのはたちの目指すものを、間違いなんかにさせて良い筈は、ないのだと。ユーノはただ、そう思った。

 だから決めた。

「僕も、みんなを守れる方法を考えてみる。はやての誘いは嬉しかったけど、僕は『部隊』に所属するには少し問題があるし。でも、だからって何も出来ないわけじゃ無い」

 そう。皆を守りたい、というのはもちろんだけれど。

 いつでも、どんな時でも。

 傍にいるみたいに守る、っていうのは、きっと難しい。

 だから、万が一の場合においても───枠に囚われること無く皆を支え、護れる様な『場所』が欲しい。

 だからその為に、自分が出来るやり方で、それを為そうと。

 そんな酷く傲慢(あたたか)で、純粋な(おも)いを、ユーノは口にした。

「せやけど、どないするつもりなん?」

「具体的にはまだ、かな。正直言うと、思いついたばっかりなんだ。……でもまぁ、当てが全くないってワケじゃ無いんだけどね」

「???」

 そういって、なにやらユーノは開いた仮想窓(ウィンドウ)を操作して、メールらしきものを呼びだしていた。

 少し行儀が悪いかも知れないが、ちらっと文面を覗いてみると『次の訪問の日は何時になるか』と言った類の内容が綴られている。

 それがどういう意味を持つのか、はやてはまだ知らない。

 というより、ユーノ自身その当てが成り立つかどうかもまだ分からなかった。

 

 ───しかし、こうして少年少女は動き出して行く。

 胸に抱いたその心を、真っ直ぐに貫き通す為に。……けれど、それと同じ様にまた、動き出す影がある事に、彼らはまだ気づけていなかった。

 

 

 

 

 

 

幕間 遠き星との交信(もうひとつのはじまり)

 

 

 

 はやてが帰った後、ユーノはあるところへ通話を繋いでいた。

 何故か、と小難しく問えば理由はいくらでも出ては来る。しかし簡単に纏めると、先ほど彼女に言った当てというのがこの通話の相手なのだ。

 しかし、流石にいきなり、それも思い付きでしかない事を話すのも宜しく無い。

 そういうわけで、一先ず話の切り口は、ここ先日の襲撃から始まり、はやての新部隊設立の構想へと繋げて行ったのだが……。

 

『新しい部隊、ですか。それはまた、なんとも()()()()()お話ですね』

「楽しそうって……」

 返ってきた返事は、だいぶ過激なものだった。

 彼女の性格ならば、確かにそう言いそうな気はしていたが、それにしても思ったより直球だったため、ユーノはやや面食らった。

 それを感じ取ったのか、向こうも『申し訳ありません』と謝り、言葉を続ける。

『発言に不適切さがあったのは失礼いたしました。ですが、不謹慎であるのは承知の上で言わせていただければ……最近、少々渇い(うえ)ておりまして、そういう事に浅ましくも焦がれてしまうのです』

 それを聞いて、ユーノは納得する。

 元々、彼女が本気でそういう破壊や殺戮そのものに愉悦を感じるタイプではない事は知っている。ただ、やや好戦的な気質や勤勉さが、高みを目指しがちになってしまう事も。

 が、どうやら理由はそれだけではなかったらしく、次いでこんな事を言われた。

『それに、ナノハやハヤテが羨ましかったというのもあります。実戦で、師匠と戦えた事は、わたしはまだ一度もありませんし。難し(とお)いとはいえ、なかなか師匠はこちらへ来てくださいませんから』

 やや責められる様な言いぐさであったが、残念な事に思い当たる節があった。

「……もしかして、去年の事、まだ根に持ってたりする?」

 恐る恐る訊ねてみるたところ、『いえ、別に』と、普段のクールさに輪を掛けた無機質な返答がまず最初に来た。

 そして、

『久方ぶりの再会(しあい)だったのに、普段から資料提供などで会っているわたしたちよりも、付き合いが長いからとナノハたちのチームになっていた事など、まったく気にしておりません』

 普段のそれとは印象の異なる、あからさまに不機嫌というか、拗ねている様な言葉が返って来た。……どうやら、だいぶ根に持っていらっしゃるらしい。

 ユーノは通話越しに、顔に手を当てて地雷を踏んでしまったと後悔する。

 過ぎた事ではあるが、かといって流せるものでもなさそうだ。

 ついでに言うと、ユーノは正直その声に弱い。かなり色々な意味で。

「…………ゴメン。いや、人数の問題だったんだけど、それでもなんか、ゴメンなさい」

 なのでここは素直に(?)謝っておく事にした。……いや、実際人数の問題であったのはその通りなので、少々というか、だいぶ言い訳(べんめい)交じりであったのには目を瞑ってもらいたいところであるが。

 しかし、向こうの言い分はそうではなく。

『だから気にしてはいません。ですが……どうせなら謝罪(コトバ)よりも、最初から見返り(たいど)で示して欲しいですね』

「そういわれても……流石に今からそっちに行って模擬戦をやり直すってわけには』

『違いますよ。……いえ、それはそれで魅力的ではありますが。

 とにかくわたしが言いたいのは、あなたが求める事の為に、この身を呼んで欲しいという事です』

 と、むしろ言いたいのはそんな事ではないとばかりにこう返ってきた。

「ぇ……」

 余りにも急な転換に、ユーノの思考が固まってしまう。

 そもそもまだ本題には入っていなかったのに、まるで先回りされたみたいに返ってきた言葉に驚きを隠せなかったのだ。

 しかし向こうは、分からない筈がないとでも言わんばかりに言葉を続ける。

『そんなに驚く事でしょうか? まさか世間話の為だけという事もないでしょうし、そういう話が出たという事はつまり———師匠にとって、わたしが必要である、という事だと思ったのですが』

 言い切られ、実際その通りであったユーノは白旗を上げる。

「……適わないなぁ。こんなんじゃ、いよいよ師匠失格かな?」

『自覚していただけ前進ですよ。初めの頃は、柄じゃないなどと袖にされていましたから。それを思えば些末な事です。

 これで、あの暗き迷宮でのひと時が無駄でなかったと安心できました』

 が、白旗にちょっと修正。

 まだ僅かに残っている抵抗力を総動員し、下手な間違いが無かった事を全力で証明しにかかる。

 しかし、

「……慕ってくれるのは嬉しいんだけど、誤解を招く様な言い方は止めない?」

『誤解する輩がいるのなら、する方が悪いのです。それにわたしとしては、誤解されるのも吝かではありませんから』

「ぅえ……っ⁉」

 ここは、相手が一枚上手だった。

 完全に面食らったユーノを他所に、言いたい事は言ったとばかりに、向こうは締めのあいさつに入る。

『それでは師匠、()き返事をお待ちしております』

 けれど、このままにしておくと問題があるのではないかと焦り、何とか引き止めに係るユーノだったが……。

「ちょ、ちょっと待って、シュテ───」

 ル、と言い切るよりも早く、プツンとややアナログチックな音を立てて通信が途切れた。

 まさに、何とも言えない幕切れであった。

 だいぶ一方的な激励に虚を突かれ、ユーノはしばし呆然となる。が、総合的に見れば別に悪い事は特にない。むしろ吉兆でさえある。……しかし、色々と終わり際に投げ込まれた言葉の意味については、結局頭を捻る事になったらしいが。

 

 

 

 ───で、一方その頃。

 通話口の遥か向こうにあるエルトリアでは、こんなやり取りが交わされていた。

 

「ふぅ……」

 通話を切り、やや強引だったかもしれないと反省しつつも、言いたい事は言えたので良かっただろうと思い直し、シュテルは小さく息を()いた。

 するとそれに呼応する様に、部屋のドアが開いて、薄紅色の髪をした少女が入って来る。

「なーにシュテル、またあの子イジメて遊んでたわけ?」

 どことなく楽し気に言ってくるその声に、シュテルは少しだけ口を尖らせる。

「別にイジメてなどいません。師匠に思い切りが足りない様なので、発破をかけていただけです」

「それをイジメっていうんじゃない? ……ま、なんとなくそうしたくなる気持ちは分からなくも無いけどね」

 共感はあった。が、

「師匠はわたしのですから、あげませんよ? イリス」

 取られてしまうと困るので、意味があるのかはともかく釘は刺しておく事に。

 が、向こうもその返答は半ば予想していた様で、さして驚きもせず手の平をひらひらと振ってあしらう様にこう返す。

「別に取ったりなんてしないわよ。弟分くらいに可愛がったりはするかもしれないケド」

 が、

「なら、いいです」

 思ったより素直に、シュテルはさっさと身を引いた。

 その反応が面白くなかったのか、イリスは若干ジト目になる。

「やけにあっさり引き下がるわね……。でもま、それは良いわ。で? 結局なんの話だったの?」

 とはいえ、別に話を蒸し返したい訳でもない。揶揄いが軌道に乗らないのなら、これ以上続ける意味もないだろう。

 そうしてシュテルに続きを促そうとしたのだが、

「それは───」

 と、シュテルが言いかけたところで、再びドアが開いた。

 しかし今度はかなり豪快に、それも『ばあん』と音がしそうな勢いで。それだけで、入ってきたのが誰だか分かった。

 考えるまでもなく、空いた扉の向こうからさっそく二つに結われた水色のツインテールが飛び出して来た。

「シュテるーん。ユーノ、また面白いの送ってくれるっていってたー……ってアレ? なになに、ナイショ話!? ボクも混ぜて混ぜて~♪」

 元気よく飛び込んできたのは、やはりレヴィだった。

 無邪気な好奇心全開の彼女は、さっそくシュテルとイリスが話の本題に入ろうとしていたのを目ざとく見つけてくる。

 ……そこに感じた微かな流れを、イリスは見逃さなかった。

「あらあら、素体は猫なのに鼻の方は犬並みなのかしら。どうするシュテル、レヴィも混ぜてあげるの?」

「イリス、あんまりレヴィに意地悪っぽくいっては、誤解されてしまいます」

「んー? 誤解されるのは吝かでもないんじゃなかったっけ~?」

「むっ……」

 どうやら、イリスが結び付けたかったのはそこだったらしい。

 しかし、入ってきた時にはそこはもう既に話の終わりだったというのに。いくら扉の前とはいえ、流石に全部聞き取れるかどうかは怪しい。

 つまるところ、そこから導かれる結論は———。

「……盗み聞きとは趣味が悪いですよ」

「あは☆ 愛しのお師匠サマと仲良くしてるシュテルが可愛くてつい☆」

「そういうのはあんまり可愛くないですね、イリス」

「が……っ⁉」

 あからさまに入ったおふざけを、本来の属性の真逆にある冷たさで返す。

 流石にそれはイリスにも不意打ちだった様で、思いっきりブローを喰らったみたいに声を詰まらせていた。

 ……場に、どことなく一触即発の気配が漂う。

「い、いうじゃないの、このチビ猫……」

「背の方はお互い様です。とっくにレヴィに抜かれているあなたに言われたくないです。それに胸の方も……ええ、わたしはまだ育ちますし…………たぶん」

「ぬがっ! こ、の……言っちゃいけないとこまで言ったわねぇ……っ⁉」

 刺さるところにばかり気を取られ、どうやら最後の方に涙ぐましい願いがあったのには気づけなかったらしい。

 なんとなく涙目になって怒っているイリスを傍目で見ながら、なんで二人がじゃれているのか分からずに傍観するレヴィ。……余談だが、彼女自身はこの言い争いに参加出来ない。主に十分に育っているという意味で。

 と、そんなことはさておき、レヴィは置いてけぼりにされているところから話に追いつこうと、シュテルに話が何だったのかを訊ねていく。

「ねぇねぇ、シュテるん。イリスは怒ってるし、よく分かんないんだけどさー。さっきの話ってなんだったの?」

 それに対し、シュテルはイリスに一矢報いた事でもう満足したのか、落ち着き払ってこう答える。

「ええ、それはもちろん。ちょうど手間も省けましたし、いっそみんなにまとめて話しましょうか」

 それに対し、レヴィは「ふぅん」と頷いて納得する。

 だが、まだ彼女自身が一番聞きたいことが聞けていなかったことを思い出し、最後にこう問いかけた。

「でさ、結局それって面白い話? もしそうならどれくらい?」

 きらきらとした紅真珠(パールピンク)の瞳が、流れに流されていった好奇心を拾って戻ってきた。

 しかし、どのくらいかと聞かれると、シュテルも返答に困る。

 が、それでも一つだけ言えるとするなら───それは。

 

「……どのくらい面白いか、ですか。

 そうですね───少なくとも、退屈などとは無縁の、魂滾(こころおどる)る事だろうというのは保証します」

 

 そう言い切った蒼い瞳には、単なる昂ぶりだけではなく───少し離れてしまっていた、様々なものへ向けた熱を宿して、静かに、けれど激しく燃えていた。

 

 ───こうして、もう一度。

 遠き星と、また更に遠き星とが、新たな繋が(はじま)りを結ぶ。

 

 けれど、それと同じく……否、或いはそれよりも早く。

 また別の場所で、同じ様に始まりを迎えていたものが、あった───

 

 

 

転章

 

 

 

 薄暗い部屋の中で、不気味な光を放つ培養容器(ポッド)らしきモノが立ち並んでいる。

 そんな場所を闊歩する、白衣の男が一人。

 紫の髪と、野心を称えた金色の瞳が印象的な人物であった。

 やがて通路然とした容器群を抜けると、彼は円形に開けた場所に出る。

 そこに置かれた卓型端末(コンソール)を操作し、どこかへと通信を繋ぐ。

「やぁ、調子の方はいかがかな?」

『それはどちらの意味かな。躯体の話か、それとも情報解析についてか』

「私の検体名は知っているだろう? 当然、両方さ」

『私個人の話をすれば良好の一言に尽きる。技術搾取という名目で手回しをしてくれたおかげで、充実と言っても良いくらいだ』

「それは結構。此方としても、引っ張り出してきた甲斐があるというものだ。それで? もう一方はどうなんだい?」

『あまり焦り過ぎてはいけないな。アレらはまだまだ育つ、刈り取るなら完全に熟してからの方が素体としてはベストだ。それに、我々にはまだすべき事がある。その為の準備もね』

「違いない。……が、だからといって過程を無視するのは頂けない。先の通り、此方()は強欲だ」

『やれやれ……』

 わざとらしい溜息と共に、通話口の相手は話を進めていく。

『収集されたデータの方は問題ない。魔法出力はもちろん、単純な癖や思考パターンもある程度集められた。尤も、この辺りは局側の定石(セオリー)からいくらでも洗い出せるが、まったくの無価値というわけでも無い。

 あと何度か戦わせて見れば、より詳細なものが得られると思うがね』

 その弁に、白衣の男は「ふむ」と一つ頷き、

「偶々見つけた鉄屑(ガラクタ)と思ってはいたが、それなりに役には立つか」

 と、言った。

 どうやら、その仕向けた『ガラクタ』の運用は、彼にとっても試験的なものだったらしい。副次的な有用性が見られた事が意外だったのか、自身で調整を行っておいたにも拘わらず、感心している様にさえ見える。

 それを受けて、通話口の相手が続けた。

目眩まし(デコイ)としては十分だろうさ。数量的な戦力としては、私の側に分があるだろうが……探索能力と合わせてみれば、量産が容易い分アレも中々優秀と言えるかもしれないな』

「ハイエナ……いや、それは褒めすぎかね? 精々、飢えた野犬と言ったところか。───そういえば、彼処では結局見つからなかったのだったか?」

『ああ。痕跡はあったが、ナカミもモノも無かったようだ。あの感じからすると、墓荒らしというワケではないようだが……』

「という事は、だ。モノはともかく、ナカミの方は早めに見つけねばならないねぇ。流石に壊れていては、もう一方との繋がりを戻すのに苦労するだろうし。彼方(あちら)は既にドゥーエが算段を立てているとなると、なるべく早く見つけておきたいところではあるが」

『では、今は捜索に専念するとしよう。まずナカミを得られない事には、〝鍵〟止まりだからね』

「よろしく頼むよ。───ああ、次の動きについては第八研究施設で確認できるように調整しておいてくれたまえよ?」

『分かっているとも。あまり表には出られない身として、その程度は弁えているさ』

 その言葉を最後に、通信が途切れた。

 白衣の男は満足そうな様子で、そこから更に基盤(キーボード)を叩き、幾つかファイルを参照し、内一つを選び出す。

 そこには幾つかの文書と画像が収められており、彼はその中から『E』と銘打たれたものを開いた。

 空中に浮かべられた仮想窓に指を這わせ、彼はまるで焦がれたものを慈しむ様に、こう呟いた。

「ふふ……実に楽しみだよ。その古の力を解き放つ時が、今から待ち遠しくて堪らない」

 その文書の中に、二つの艦船の様な画像と共に、このような一文が綴られていた。

 

〝───『彼の翼』、〝鍵〟と成りて、『城』を導く───〟

 

「……さて、マクスウェル君と私の業を受け止め切れるか否か。あの旧き世の器に問うてみるとしようか」

 楽しそうに口元を歪めながら、だれともなく最後にそう言い残して、彼はその場を立ち去っていった。

 後にはただ、空虚な静寂だけが残される。……そんな何の音も残さない静けさが、嵐の前触れを告げている事を、今はまだ、誰も知らない。

 

 ───次に物語が動くのは、約一年後。

    新暦七十一年の十月の事であった。

 

 

 

 PrologueⅠ END

 ~Next_ProlougeⅡ in_Age71~

 




 はい、いかがだったでしょうか。
 ひっさびさの長編更新(というか開始)だったのですが、前のRef/Det IFに比べてパワーダウンしていないといいのですが……。

 そんな不安を感じつつ、さっそく自分の作品では割と恒例のあとがき(という名の言い訳タイム)に入りたいと思います(笑)

 では最初は、まえがきでも出した近況について少しだけ。
 実に三か月近く消失しておりましたが、ツイッターの方では割と活発に動いていたので、実のところサボりなんじゃないかという疑念についてはごめんなさいという他ないです(^^;
 ただそうして短編書きなどを続けていたおかげで、完全に筆を折ることはなくて済んだ気もします。

 別に何があったというわけでもないですが、それなりに春先は忙しいものですから、どうにもこれまでと同じようにはペースを戻せていませんでした。
 加えて自分でも何やってんだレベルで設定をこねくり回し、しかも大風呂敷広げようとしているんですから、これまたなんともあほな話で。
 しかし、それでもだらだらと書いていたら、結果として一本目はこんな感じになりました。
 長すぎんだろ、というツッコミがありましたらごめんなさい。といっても自分の作品だいたい長いので、そこについてはむしろ三か月もあったなら10万文字くらい行っとけよな、くらいは言われそうな気がしますが(笑)
 でも、みなさん。
 こんな阿保ですが一応前作は六〇万字くらいちゃんと書き切りましたからね!(←いや、書き切るのは当たり前

 ということで、今作も前作同様にちゃんと完結できるように頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。
 というかもう正直言うと、StSの流れはおおよそ頭の中に出来てきたので、小説として細かいところ考えるより、その先にあるVとかVst、Fの辺りを早く書きたくなってしまっていたりも……(笑)

 でも結局、こうして長編などを物書きぶって書くからには、ちゃんと伝わるようなものにしたいという思いはあります。
 IFを考えて、それを書いてこういう物語だってあるんだ! っていうのは、要はそういうことだと思っていますから。本編だけでいいなら、そもそもこういうものを書きませんし。前作を始めた時は終着地点が若干安易だったのですが、Detを観て、あのシーンがもしも―――という可能性を絶対に形にしたい! と思ったからこそ、それなりに皆様に読んで頂けるものに出来た気がしますから。
 そして、今作もそういった部分はありまして、ぜひとも自分の中にあるStSで見たかったものを―――そして、Detonationから続くものだからこそ、という部分もかけたらいいなと思っております。

 まぁそこらへんに関連して、実際のStSとは流れ自体は一緒ですが、ところどころ変わる部分が出てきます。
 前に話したところだと、登場人物の年齢だったりとか、少しオリキャラたちがまじるかも、とか。そこから周辺のCPだったり、辿る結末もかなり変わってくると思います。

 なので、そういった部分が気になるということでしたら、注意事項に書いた通り、そっ閉じでお願いします。
 というかむしろ、このシリーズに不満があるなら、それを形にしてこちらの度肝抜きにかかってきて欲しいような気もします(笑)

 どっかの本とか、作家さんの受け売りにすぎませんが……
 結局のところ、誰かに見せるつもりの作品というのはその人の書きたかったものなわけで、楽しいだけで済むなら、そもそも見せなくてもいいわけですから。
 なので出す以上は批判が来るのは仕方ないですし、もし間違ってたら自分は謝ります。とくに、その人が譲れないものに触れてしまったならなおさら。
 しかし、だからこそ自分はそこからまた前に進みたいと思います。
 自己顕示欲といってしまえばそうですが、自分が楽しいものや、こうあってほしいものを外に広げたいと思っているなら、どうしても自分が楽しいだけではその魅力は何も伝わりませんので。
 これまでも何度かキャラの扱いであるとか、あるいは自分で考えた設定の粗であるとか、そういった部分で間違ったことは多々あります。
 だけどそこであきらめたら結局また待つだけになって、自分の見たいものが得られない。
 そうした部分の研鑽で、ど素人でも前に進んで自分の書きたいものをよりよくできたら、それが好きな人はもちろん、それまで好きではなかった人にもその魅力が広がったらいいなと。
 で、批判する人は指摘以上にその作品に対して我慢できないなら自分なりの最高を書いて度肝抜いて見せてくれという感じですかね。
 ほぼ二次創作しか書かないのでこういうのはだいぶというか、かなーり傲慢かもしれませんが、気持ちとしてはそんなところかなと思います。

 まぁ長々と書きましたが、つまり何が言いたいのかといえば、このシリーズに関して言えば『ユーノくんは最高だからもっと活躍してるとこ見たい! でもあんまり他の人で本編沿い書いてる人少ないから俺が書く!』ということですはい(結局はいつもの)

 こんな感じで情熱と思考がだいぶ空回りしてる駄作者ですが、今後も自分の作品を楽しんでいただけたら幸いでございます。
 あ、それと今回の話だと『前作の続きにしてはユーなの成分足りなくない?』と思われたでしょうが、これはあくまでもプロローグなので、どうしても世界線とか伏線の為になかなか単純に絡めるシーン出せないんですよねぇ……。
 しかし、裏で動けるシュテルは強い。……もしやこれはオリジナルに対する叛逆なのか(黙れ
 あと、自分の作品だといつものことなんですが、ユーノくんがそこら辺のラノベ主人公みたいに女の子に囲まれてるのでCPが完全に一本槍にはならないのも若干関連してたり。でも、元がそういうゲームですし、世界線が違ってもそういう流れが生まれちゃうのはきっとそういう定めだからと勘弁してもらいたいところで。あとついでに自分普通にマルチCPとか好きなので、どうしてもそういうの出ちゃいますね(結局そこは性癖)
 いや、ToLOVEるとかデアラみたいな最初から複数攻略系だけじゃなくて、月姫のシエル先輩√でアルクと先輩に取り合いされてる志貴とか、FateのUBWでのセイバー残留とか好きなんですよねぇ……。あと、公式から若干離れたところで言えば、SEEDDESTINY(最近やっと見た)のシンルナステとか、SAOのルークリッド幼馴染トリオとかも。前者で言えばステラ生存からのほのぼのな三人、もしくはステラとシンは無邪気だけどルナが若干ジェラシーなほのぼのとか。後者は自分的にはキリアス・ユジアリ前提だけどみんながみんな大好きしてるの好き(あとツーベルクとサーティのアリスの同居とかも考えるとまた楽しい)

 ……とまぁ、また随分と性癖をあんまり関係ない他作品とか関連で語ってしまいましたが、おおむねそんな感じです(どんな感じだ)
 では長ったらしくいろいろ書いてきましたが、ひとまず今回はここで筆をおかせていただきます。
 ここまでしっかり読んでいただきありがとうございました! 次回以降も楽しんでいただけるように頑張って書いていきます^^
 次いでに余計なことを言えば、どんなお話になるのかを考えていくとなかなか楽しいかもしれません。というか勘の良い人なら、もしかしたら次の展開まるまる予想とかされてそうで逆に怖いような気もしますが(笑)

 ともかく次回、PrologueⅡでお会いしましょう。
 それではまた(^^ノシ


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Prologue_Ⅱ ──Encounter──

 ※ 今回は『まえがき』と『あとがき』をお読みになることを推奨いたします。


 どうもお久しぶりでございます。
 大変お待たせいたしました、ようやっとの更新に至りました駄作者です。

 前回の更新から四ヶ月も経ってしまいすみません
 ツイッターの方では生存しており、偶に絵やssくらいは書いてはいましたが、どうにも長い小説を書くのにスランプみたいな感じになっておりました。……まぁ、二次創作にスランプというのも違うかもしれませんが(汗

 しかし、それでもどうにかここまで来ました……!

 今日のPrologueⅡと、恐らくは今夜零時ごろにPrologueⅢを連続で投稿させていただきます。
 実際にはⅡはもう少し早くできていましたが、話の関係上、間を置かずⅢを投稿したかったので、少し遅らせてしまいました。
 詳しくはあとがきで書かせていただきますが、最初に端的に、ネタバレにならない程度に前置きをさせていただくと……

 今回の話にはユーノくんが出ておらず、言ってしまえば幕間みたいな話になっております。もしかしたらここまでにしなくてもよかったかもしれませんし、ユーノくんを混ぜようと思えば混ぜることもたぶん出来たかもしれません。
 もしかすると、先んじて本編に入ってからの簡潔な説明でも良かったという可能性もあるかもですが、前回のまえがきに書いた通り、設定かなり弄ってるので、それを書いておきたいという欲が出てしまいました。
 それをどうにかこうにか書き表していったら、今回の様な話が出来上がった、という感じです。

 ともかく今回と次回で、一応はこのシリーズの設定で変更した部分の土台は完成するのかな、と思います。
 正直、自分は設定を調整するのが下手な人間です。
 なので、あまり今回の話も上手く組み立てられてはいないかも知れません。しかし、それでも自分なりの全力を尽くして書きましたので、多少なりとも面白いものに仕上がっていたのならば幸いでございます。

 あとがきで書くと言いつつ、そこそこ長くなってしまいましたが、一先ず前置いておくことは、大凡こんなところでしょうか。

 加えて、宣伝じみていますが、一応初めての方もいらっしゃるかもしれませんので、前作へのリンクを、今回も貼らせて頂きます。もし宜しければ、既読の読者様もまた読んでいただけたなら幸いでございます。
 https://syosetu.org/novel/165027/


 では以下、恒例の簡易注意事項でございます。

 ・お気に召さない方はブラウザバックでお願いいたします。
 ・感想は大歓迎ですが、誹謗中傷とれる類のコメントはご勘弁を。

 それでは、本編の方をお楽しみいただければ幸いでございます───!



 新暦七一年十月 首都(クラナガン)、動乱

 

 

 

 古においては、昼と夜の入れ替わりを『逢魔が時』と呼ぶ事がある。夜に()るという事は、つまり魔との遭遇に至り易くなる───という事らしい。

 今日のミッドチルダの様相は、正にそれであった。

 深夜にはまだほど遠い、暮夜の頃。ミッドチルダの首都・クラナガンでは、街の異常を示すけたたましい警戒警報(アラート)が鳴り響いていた。

 

 昨年の初めに起こった未知の機械兵器が出現に際して、管理局は警戒態勢を敷いた。

 しかし、一年という月日は人々に危うさを忘れさせ、次第に日常(あたりまえ)の中に意識を置き換えようとしていた。クラナガンを警戒警報(アラート)が震わせたのは、ちょうどそんな時であったという。

 

 新暦七一年の十月。

 ミッドチルダで、新たな事件が巻き起こる。

 

 これが、今回の始まり。

 更に先へと続く、大きな嵐へと向けた厄災の欠片───その二つ目であった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 警報が響く少し前。中央から少し離れた路地裏で、大きなケースを持った少年がどこかと通信を行っていた。

『では、例の品は手に入れられたんだね?』

「もちろん、滞りなく」

 問われた事柄に、少年は当然とばかりに応えた。その返答に、通信窓(ウィンドウ)の先にいる男は満足そうに頷き、言葉を続ける。

『それは何よりだ。───では、最後の仕上げに取り掛かってもらうとしよう』

「オレも人の事を言える性質(タチ)ではないですが……やっぱり随分と良い趣味してます(余興が過ぎます)ね、父さんたち(ドクター)も」

『そう言わないで、存分に()()()()くるといい。目当ての役者が揃うとは限らないが、拾い物もあるかもしれないからね?

 もう既にジェイルの方からドゥーエに指示が行っている。程なく駒も踊り出すだろう。健闘を祈るよ、ボレアース』

 最後にそう言い残すと、通信が途切れた。すると、それに合わせた様にして、警報が鳴り響く。

 遠く聞こえるけたましい警戒警報(アラート)に、街が戸惑いを覚え始める。しかし、震え始めた街とは裏腹に、少年はあまり判り易い挙動は示さなかった。

 彼はただ静かに、黒く染まった虚空の先を睨みつけている。

 風になびく艶の薄い灰色(ぎん)の髪と、(くす)んだ琥珀の瞳。年齢(としのころ)を五つは違えそうになる冷たさは、さながら肉食獣を思わせる。けれど、幼さを殺す様な色彩とは相反して、その瞳はどこか、冷たくも愉しげな昂揚(しょうどう)を灯していた。

 だんだんと、街の震えは強さを増してくる。合わせる様に、自身の元へと近づいて来る反応がいくつか。どうやら、やっと役者(こま)が躍り出したようだ。

 幕開けを感じながら、彼は一つ息を吐き、短くこう呟いた。

 

「───さて、どんな相手が来るのかな」

 

 その声色は瞳に宿した衝動(ともしび)と同じく、どこか愉しげな響きを持っている。

 さながら獲物を待ち望む狩人の様に、彼方より(きた)る敵を待ち望みながら、彼は昏い空の先を見つめていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 狩人が、獲物を待ちわびていたのと同じ頃。

 街の闇に身を顰めるそれを捕らえるべく、この首都(まち)を空から守護する猟犬たちが放たれていた。

 クラナガンには、時空管理局の地上本部が存在しており、そこはミッドの中心たるこの街を守る為の部隊がいくつも置かれている。

 その中でも、街の空を守る役を課されているのは、『首都航空隊』と呼ばれている部隊。

 ただ部隊は地上()でなく、空を守る空戦魔導師たちが所属している事もあり、厳密には地上だけではなく本局()にも在籍しているといえなくもない。より正確に言い表すなら、複数ある部隊で、護るべき場所()に配属されているといったところだろう。

 しかし、故にこそ───今回彼らの出番が回って来た。

 本事件に求められる解決は、クラナガンに侵入した逃走中の違法渡航者(ようぎしゃ)を確保する事にある。次元世界の側からの侵入者である為、純粋な地上本部()における部隊だけでなく、彼らにも出番が回って来たのだ。

 派遣された魔導師の数は全体で二十人弱。

 やや少なく感じられるかもしれないが、クラナガンという時空管理局の礎となる拠点がおかれた場所に堂々と押し入って来る方が、そもそも異常な事態である。

 『魔法』という技術が確立させた世界の、それを主軸とした司法組織の在る街の中心に押し入るなど、ハッキリ言って通常であれば避けるべき愚行でしかない。

 だというのに、今回の事件は巻き起こった。これに違和感を覚えた者は少なくない。が、結局事は既に起こってしまっている。

 妙だと考えたところで、今はもう遅い。故にこそ、感じ取った違和感を抑え、局員たちは己が命ぜられた任務を遂行するべく、空を翔けていく。

 澄んだ空の瞳をした、橙色の髪を持つ少年───ティーダ・ランスターもまた、その内の一人であった。

 首都航空隊に所属する彼は、若干十八歳の若さで空士として一尉という高位に就いている、非常に優秀な局員の一人だ。

 魔導師ランクは空戦A。数値の上で見れば、近年の本局()で見れば後続にはやや劣るものの、それを差し引いても優秀な部類である事は間違いない。

 彼はそれ以外にもいくらかの事情も抱えている事もあり、ここまで至れたのは単に本人の資質だけではなく、彼自身の弛まぬ努力の賜物であるとも言えよう。また、その研鑽は今なお陰りを見せることなく、今よりも更に事件捜査を中心とする執務官と呼ばれる役職を目指すほどだ。

 そういった意味でも、今回の事件は彼にとって意義のある任務であると言えよう。

 しかし、

 

(……不自然、というよりも、これは)

 

 それでも、というべきか、やはり抱いた疑念を完全に頭から切り離すことは出来なかったらしい。

 どこか、撒餌じみている。そうティーダは思った。

 実際のところ、こうして容疑者の確保へと向かう上でも自分は追う側というより誘われている側である様な気がしてならない。

 確かに容疑者は現れており、自分たちはそれを捕らえるべく動くのが道理だ。

 そこに間違いはない。間違いはないが、間違いでないというだけで、違和感は結局ついて回る。

 だが、現状ではこれ以上の答えを得る事は出来ない。判断材料が少なすぎるのだ。

 とにかく今するべきは、容疑者を確保するという事のみ。本当の理由や理屈など、そうなってからではなくては得られる訳もない。

 そう思考に区切りをつけると、ティーダは己が務めを果たすべく、対象を探して空を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 局員たちが上空から地上を捜査しているのと時を同じくして、探されている側もまた、空へと放たれた局員たちの姿を地上から観察していた。

(数はおよそ二〇。先行しているのは航空武装隊だけど、地上の陸士部隊も動いている。この勢いのままなら、空から来ている輩と先に接敵する事になりそうですが……)

 と、そこまで思考して、先程の通信の内容を思い返す。

 今回の目的は相手の殲滅でもない。故に戦いこそすれ、手にした品を取り返される事態になっては意味がなくなってしまう。尤も、彼個人としてはそうなるまでに戦えるなら、それはそれで吝かではないが。

(……ま、流石にそこまで己を優先するわけにはいかないか。オレに課せられたのは、今回は匂わせまで。そう深々と爪痕を残しては、計画に支障を来し兼ねない)

 流石に、それは本意ではない。と、浮かびそうになる興奮(ねつ)を冷やしつつも、口元の歪みを抑えきれてはいなかった。

(さて、最初の相手は誰になるのか。出来るなら一人で大当たりを引ければ言うことはなしだけど、どうやら『本命』は出てはないようだし……望みは薄いかな?)

 どことなく愉快(たのし)そうに思考を並べながら、ボレアは己が役と期待を抱きながら動き出す。

 そんな彼の期待が叶ったかどうかは、次に出会う敵との邂逅で明かされる事となるだろう。そして、それは───さしたる間も開けず、適う事となる。

「そこの方、止まってください」

 路地裏からさして距離を開けもせずに、背後の空から局員が一人降り立った。

 背後から掛けられた声に即座に振り返らず、無駄だと判りながらも、始まりに上がる口角を抑えようと試みながら、内心で呟く。

 今宵巡り合った敵へと向けた、期待にも似た思考を。

 

(……さて。オレの『敵』は、君かな?) 

 

 こうして、二人は巡り合う。

 本来とは異なる形で、しかし、在るべきままの現象として。

 ───ティーダ・ランスターとボレアースの二人は、出会ったのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「現在、街には警戒体制が敷かれています。一般の方は速やかに避難を。ただし身分証の提示と、手持ちの品の確認にご協力願います」

 発見した人物に対し、丁重な呼びかけを行うティーダ。

 しかし、呼びかけた相手は応えない。

 聞こえなかったのか、それとも混乱しているのか。或いは、そもそも()()()()()()という事なのか。

 即断できかねる状況である故、ティーダは当然ながら再度呼びかけを試みる。

 が、

「───ふふ」

 声を掛けようとしたところで、笑い声が漏れ出してきた。

 闇に響くその声に、ティーダは微かに身を固くする。戸惑うよりも怒るよりも、不気味だという感覚の方が強く襲う。

 思わず、反射的に手に握っていた拳銃型の愛機を向けてしまう。確かめてもいないというのに、民間人に武装を向けるなど公僕としてあるまじき行為である。

 けれど、そうさせる程の何かが、目の前の相手にはあった。

 普通ではない。小馬鹿にされているわけではない。寧ろ、あの笑いの意味はそんな生易しいものではなくて。

 

「───君かい? オレの敵は」

 

 応えは、呆気なく言葉に乗せて告げられる。

 聴こえてきた声に、思わず背筋が震えそうになった。それと同時に、あまり好ましくない状況が起こりつつある感覚に苛まれた。

 ───探していた筈の獲物に、今度は逆に狙われている。

 言い知れぬ圧に圧されて、愛機(デバイス)を握る手に力が籠った。脈動が早まり、血流の加速に伴って微かに汗が頬を滴り落ちていく。

 ただ向かい合っているだけだというのに、そこには酷く重い緊張感が漂う。

 それほどまでに、立場を強引に反転させてしまうような、軽々しく言葉に出来ない恐ろしさがそこにあった。

「ふふ……そう緊張しなくてもいいんだけどね。それこそ、此方としては戦う前に、ほんの少しくらいおしゃべりに付き合ってくれても良いと思ってるんだけど」

 だが、ティーダが感じる感覚とは裏腹に、相手方の口は良く回る。

 首都に単独で入り込んできた違法魔導師かの確認はまだ取れていないが、少なくとも普通の人間は警戒体制の中で局員へこんな事を言いはしないだろう。

 何より、本人からして既に確信を口にしていた。

 戦う前に、と。

 無論、それが状況を混乱させる為の虚言だという可能性も否定できない。だが、こんな時にそんな愉快犯じみたコトを行っても、そこまでメリットも無い。第一、愉快犯であるのなら、態々自分から出張る様な真似をするだろうか。混乱している様子を見たいのなら、それこそ高みの見物と決め込むだろうに。

 となれば、考えられるパターンはある程度絞り込めてくる。

 身勝手な腕試しなのか、それとも情報には無かった侵入者の仲間による援護(ぼうがい)なのか。───もしくは、

「んー、君は随分と真面目みたいだね。お堅いお役所仕事って感じが全開だ。

 でも確かに、あからさまに方向にあった通りの容疑者を前にして愉しんでいこうっていうのも、無理があったのかな」

 単独での密入に飽き足らず、それどころか本当に真っ向から、()()()()()()()()()()という事なのか……。

 

「しょうがない。じゃあ、もう少し状況を単純(かんたん)にしておこう。

 まずは初めまして。どうも、見ての通り此方は違法な魔導師です。未発見だった古代遺失物の密輸をしに遠方より遥々やって参りました。───ここまで言えばもう解るだろう? オレは君が対処すべき相手だ。お堅い魔導師くん」

 

 ───敵は嗤いながら、そんな挑発してきた。

 

 

 

 対峙したままに、二人の間には鋭い視線が交錯する。

 が、互いに即座に飛び掛かったりはしない。というより、そもそも交わした言葉だけで判断して良いわけがない。

 故にティーダは、己の『敵』だと名乗る相手の意図と、そして本当に敵なのかどうかを確かめていく。

「……随分と、余裕ですね」

「それはもちろん。これから命を散らす若い芽への手向けくらいは持ち合わせているつもりだよ」

「戦いもしないうちから……!」

「はは、そう生き急がなくてもいいのに───それじゃ直ぐに、散る事になる」

「⁉」

 そう言い放たれた次の瞬間、ティーダへ向け高速の光弾が放たれた。

 何時の間に構えていたのか、敵の手には拳銃型の武装が握られている。迫る弾丸は、あれから放たれたものらしい。

 だが、それ自体はそこまで脅威ではない。不意を突かれはしたが、致命傷には至りはしない程度の攻撃だ。むしろティーダが驚愕したのは、撃たれた事より、撃つ為に作り上げられた()()()()だった。

(魔法……じゃ、ない?)

 見た目には魔法とさして変わらない。けれど何処か、違和感がある。

 無論、エネルギーを操作する術式である事に違いはないのだろう。足元に浮かぶ陣や武装により補助を行う点は魔法と同一であり、引き起こす結果だけを見れば全く同じと言ってしまっても良いかもしれない。

 しかし、管理局員として『それ』を前にするというのなら、話は別だ。

 相手は定められた法を犯し、危険な品を街に運び込んで来た。その上、通常の魔法とは異なる技術を有している。これは単なる未知の脅威であるだけではなく、保たれた平和に対し波紋を呼ぶ厄災足りえるものにさえ成り得るかもしれない。

「あなたは、いったい……?」

「何者なのか、かな? それに応えるのは容易いけれど、流石にそれは、戯れに教えてあげるわけには行かない、な───ッ‼」

「っ、が……!」

 核心の端にすら触れさせまいとするかの様に、ティーダは次いだ攻撃により強く吹き飛ばされた。

 手酷く地面を転がされはしたが、即座に起き上がり体勢を立て直す。そして身体を起こすと同時に、自身の受けたダメージの具合を推察する。

 中々の衝撃だったが、防護服(バリアジャケット)を貫通されたわけではない。

 威力としては少し強めの初歩射撃魔法(シュートバレット)と同程度。当然ながら此方と同じ非殺傷設定は適応されていない……いや、これには()()()()()()()()()()()()のか。

 どちらにせよ情報が少なすぎる。

 その上、当然ながら敵は待ってくれる筈もない。

「フフ……っ」

 次いて、敵が動く。邪悪な()みと共に、デバイス───そう呼んでいいのかは不明だが、ともかく攻撃術式を補助する役割を持つ得物としては同義であろうそれが、拳銃型から片手剣に姿を変えた。

 いきなりの変形にティーダは呆気にとられる。

 通常、魔導師の武装は基本的にその魔力資質によってある程度固定されるのが常だ。

 魔導師は基本形としては『杖』が設定されている事が多い。そして、射撃や砲撃を得意とする魔導師であれば矛、或いは銃。そうでない近接を得手とする魔導師であれば、剣や槍といった武器を象る。

 前者は主にミッド式、後者はベルカ騎士術者によく見られる特徴であるが、しかし、目の前の相手は定石とは異なる動きを見せた。ただでさえ魔法とは違う『何か』であるかもしれないというのに、厄介な点が更に出てくるとは……。

(何なんだ……あの術式は……⁉)

「怖いかい? 知り得ぬものというのは」

 過ぎる疑念に合わせるが如く、敵側が此方を見透かしたかの様な言葉を投げかける。

 しかし、それに動揺を気取らせる訳にはいかない。

 向かい来る剣撃と肉薄する敵に、ティーダは内心で歯噛みする。───が、当然ながら彼に諦めるなどという選択肢は存在してなどいなかった。

 剣と銃で近接など馬鹿らしいが、それでもやられてやるものかと蒼い瞳に闘志を燃やす。

 けれど、敵はそれを待っていたとばかりにまた嗤う。

「そう来なくては……ッ!」

「っ───⁉」

 ガギン! と、刃と銃身が擦れ合う音が響く。

(重、い……ッ! なんだ、この腕力(チカラ)は……⁉)

「よく防いだ。では……これでどうかな!」

「な、がァ……っ⁉」

 押さえつけていたつもりだったにも拘らず、まるで柳の如く刃がするりと返される。

 最初が力であるなら、今度は技か。しかも今度は、その合わせ技だった。

 返した刃で受け止めた銃身を解き、そのまま再び剛力よる一閃。ギリギリで弾き飛ばすが、素の力の差がありすぎた。

 さながら盾の上から削り取られ、圧殺されていく様な感覚である。……尤も、だからといって、ここで譲ってやるつもりなど毛頭ないが。

「……なら!」

 と、ティーダは敢えて迫る敵に対して前に出る。

 その判断に、敵もまた望むところとばかりに再び剛力を振るう。

 が、このまま馬鹿正直に突っ込めばやられるのは必然である。何か隠し玉か、或いは特攻覚悟で銃弾を叩き込んでくるつもりか。

 そういくつもパターンを浮かべはするも、生憎とティーダの取った手段はある意味、最初の接近以上に真っすぐなものだった。

「⁉」

「こ、の……ッ!」

 振るわれた剣閃に屈するまいとして、ティーダは自身の持ちうる手段の全てを動員し、それを迎撃した。

 しかし迎撃とは言っても、ティーダは基本的にはミッド式の術者としては極めてオーソドックスな射撃型だ。隠し玉を除けば、その能力に突出したものは無い。故に、局員として近接の心得はあろうとも、近接に傾倒した相手にはやや分が悪いといえる。

 だが、

「そう来るか……ッ!」

 それでも、とティーダは堪えて見せようとした。

 どこか楽しげな声が交錯の刹那に響く。そこには、相手への称賛が込められている。

 不意を突かれた近接戦闘に持ち込まれたにも拘わらず、ティーダの立て直し(てなみ)は見事であった。得物から近接が不得手ではないにせよ、専門ではないだろうと見て取った敵の虚を突いたのだ。

 結果として、彼の愛機(デバイス)たる二丁拳銃の片割れで、敢えて剣の軌道を逸らす事に成功した。

 しかも、右からの振り下ろしを左手の側で受け流したティーダは、更に前へ出る。

 そのまま前へ踏み込んだ体勢で、受け流しに合わせ右へ捻じれる身体で敵を牽き付け、右に構えた銃で一撃を浴びせかけた。

 ドッ! と、放たれた魔力弾が、敵の身体へと撃ち穿つ音が響き渡る。

 だが、弾丸の威力自体は十全とは言い難い。

 あくまでもこれは、一時の交錯を抜ける為の一撃でしかなかった。

 ……けれど、それでも十分。

 そうして二人は一瞬の交錯を抜けて、再び距離を開けた。

 未知に不意を突かれ、隙を穿たれかけた本人(ティーダ)からすれば、逆に敵へ反撃(いちげき)を入れられたのは出来過ぎとさえ思える。

 ───自分の専門である射撃戦にも移行できる場が整えられた。

 しかしそれもまた、彼の研鑽の成果。故にか、少しだけ、ティーダに対する視線の色が変わる。

「ただ堅いだけの秀才くんかと思っていたら……。なかなかどうして、楽しませてくれる。面白いな、キミは」

 言葉の重みが変わる。

 併せて、場に敷かれた空気にも同じ様な事が起こり始めていた。

 それによりティーダは上げていた警戒をよりいっそう強め、気を引き締め直して行った。

 応えの起こらない場に沈黙が訪れる。だが、直ぐにそれも明けよう。

 何故か、などと問うまでも無い。

 互いに、『次』からが本当の戦いだと、そう理解していたからこそ───二人は、己が仕掛けるべき次撃と、敵に対する迎撃へ思考を加速させていく。

 先の一撃で以て、戦況はやや好転の兆しを見せている。

 が、双方共に仕掛けようとはしない。

 ここから先は互いの手の内の探り合いであると同時に、自身の決め手となる一打を加えた方が勝利する。そして、一時の均衡を引き寄せはしたものの、未だ形勢はティーダにやや不利なままだ。

 何せ、此方の手の内は割れているのに、相手側に付いてはまったくの未知と来た。故にティーダは、敵の使用する魔法に似た、けれど異なる術式を看破しつつ戦わなくてはならない。

 これだけでも相当に苦行であるが、その上相手は先程の一撃にもさしてダメージを負った風でもない。状況は、率直に言って最悪の一言に尽きる。

 しかし、ここで臆していては話にならない。それは理解している。だというのに、打つべき次手に繋げられない。

「来ないのかい? 来ないなら……此方から行く!」

「っ……!」

 有効打となる確信に惑う内に、敵の側から畳み掛けられる。

 握られた武装は剣のまま。形態は二種類だけなのか、それともこれ以上の手札(てのうち)を見せたくないのか。……或いは、先んじた二つで十分と()られているのか。

 そうだとしたら甚だ不愉快であるが、考えているだけでは埒が明かないのも事実だ。

 こうした思考の間にも振るわれる剣撃は重さを増している。易々と折れるつもりなど毛頭ないが、攻撃に晒されていればどう転ぶかも分からない。

 では、現状を打破する為に必要なものは何か。

 言葉にすれは至極単純なもので、敵の思考そのものである。

 だが、そんなものを得られれば苦労はしない。推察する他ないが、結局それは鏡を覗き込むようなもの。

 そも、敵の術式(ほんしつ)を気取れない以上、挑戦は不利である。

 こうなっている現状自体が何よりも劣勢の坩堝に他ならない。であれば、自分自身の鏡像に嵌まるよりも早く───相手を自分の土俵に引きずり込むまで。

「⁉」

 何かをするつもりだと敵も感づいたようだが、最早関係ない。

 この瞬間の最善、それを尽く切る以外の路など、当に存在していないのだから。

「……ファントム・ミラージュ!」

《Yeah》

 自身の愛機の名を叫ぶ。すると主の声に応え、即座にミラージュは魔法の術式を走らせた。

 そうして起動させた複数の術式が、即座に現象と変わる。

《mirror dizziness》

 一つ目の術式を告げる電子音(ガイダンス)に合わせ、ティーダも魔力を練り上げ魔法を発動させ、叫ぶ。

「───ミラージュ・ロウ……ッ!」

 主と愛機の発声(ボイスコマンド)により、先んじた二つの術式が連鎖し現象と変わる。

 振るわれた剣戟の合間を縫うようにして、ティーダの構えた銃口から一発の魔力弾が放たれる。

 けれど、それは敵を穿つ事なく脇を抜けていった。

 反撃に転じたと見せて、まだ一撃目は囮か……と、思いかけたところで、背後に造り出された盾とぶつかり放たれた魔力弾が盛大に弾け飛ぶ。

 暗闇を裂き、光が場を染める。

「閃光弾と、拡散させる為の媒介(ミラー)……故に、〝幻影の咆哮(ミラージュ・ロウ)〟と。なるほど、目眩しという事か」

 その上、この光量だ。先程から敷いていた通信阻害など関係なく、ここで何かがあったと知らせるには十分だろう。

 編成規模がどの程度か知らないが、少なくともこれで遊んでいられる時間が無くなったのは確かである。

 しかし、

「これだけじゃ、まだ何も変わらな───」

「誰が『ここまでだ』、なんて言ったんだい?」

 先ほどまでとは打って変わり、今度はティーダの方が魅せる側に変わり立つ。

 視界はまだ、先ほどの閃光弾(めくらまし)の影響か微かに潰れた影を残している。だが、それでも目の前の光景には、本当の意味で目を疑った。

「……いやはや、思った以上に今日はアタリだったみたいだ」

「それは、ハズレの間違いじゃないかな?」

「いいや、間違いなくアタリだよ。まさか分身とは……実に楽しませてくれる」

「生憎、これらはみんなハリボテさ。───でも、あなたを捕えるには十分な時間稼ぎにはなる」

 そうして、どこか威嚇にも似た言葉を交わしながらも、戦況はまた一変していた。

 敵の言うとおり、文字通りティーダの姿が場に増えていた。しかしこれらは皆、実体を持たない幻影魔法による偽物に過ぎない。

 目眩ましによって出来た隙を使って作り上げた『フェイク・シルエット』と呼ばれる魔法による産物で、強い衝撃を与えられれば消えてしまう文字通りのハリボテである。

 が、所詮ハリボテと侮るのは早計だ。

 確かにただ偽物を造り出すだけならば、一度に造り出せる数によっては呆気なく看破されてしまう事もあるだろう。

 実際、ティーダの造り出した分身の数は一〇体。

 その気になれば、近接を得手としていた敵に無理やり突破される可能性は少なくない。

 けれど、だからこそ先程の閃光弾が効いてくる。

 敵を取り囲むティーダ()()は、既に攻撃態勢は整えている。この状態では、如何な対抗策を持っていようとも、下手に動けば仕留められかねない。

「準備は万端、と……」

「動かなければ撃ちませんよ。あくまで、僕の役割は貴方の身柄を確保して、詳細を明かすことですから」

 そう、これが狙いである。

 確かにただの幻影では逃げられてしまう。加えて、敵は魔法ではない何かを用い、かつ局員を()()()()()を敢えて選ぶ様な輩だ。

 魔法攻撃に何かしらの耐性を持っていてもおかしくはない。そうでなくても、何らかの離脱の手段を持っている可能性は非常に高いといえる。

 しかし、だからこそ閃光弾で目を眩ませる程度では逃げ出しはしまい。撤退を浮かべていたとしても、敢えて戦いを好むタイプで、かつティーダに様々な事をしゃべってもいた。

 であればこそ、不利になれば余計な障害は倒そうとするだろうと踏んだ。

 実際、魔法が連鎖を始めても逆に愉しそうに話しかけてきたくらいである。まともに戦っては不利であり、此方も何時までも近接を続けられはしない。これを受けて、ティーダ自身にもあった撤退して戦況を立て直す手札を敢えて捨て、囲い込みを駆けて足止めをする道を選びとった。

 囲い込んだ上で次の動きを鈍らせる事が出来れば、そうした奥の手を使わせずに済む。

 程なく、先程の狼煙が仲間に届くだろう。

 そうなれば完全に決着だ。故にこそ、気を抜かず仲間たちの到着までの間を稼ぐ。

 分身(シルエット)は、簡単には見抜けない。よしんば本物を当てて来たとしても、少なくとも初撃はこちらの方が先だ。

 そうして長いとも、短いとも取れない沈黙(じかん)が流れ出す。

 ゆらりゆらりと、朧月の如く揺蕩う緊張感が、体内時計を狂わせていく。

 実際のところ、ティーダにはそう余裕はない。均衡をたぐり寄せたとは言え、幻影魔法は本来そう長くは持たない。下手を打てば、一気に状況は劣勢に逆戻りである。

 そして、その懸念は───

 

「……くく、フハハハハハ……ッ!」

 

 ───どうにも、悪い方に当たりそうであった。

 

 

 

 

 

 

 貪欲なる暴食者(アクマノチカラ)

 

 

 

 決着が着いたかに思われたその時。

 膠着したままの場を覆う様に、敵の押し殺した様な嗤いが場に響き渡っていた。

「何が、おかしいんですか……?」

 生々しく伝う汗の感触に苛まれながら、目の前で嗤う敵の反応に着いて問う。

 すると、それに「いや、すまない」と嗚咽を堪えるかの様に声を抑えながらこう言った。

「申し訳ないが、つい声に出てしまったよ……。いやね? 愉しくて愉しくてしょうが無いんだ。キミの様な相手に出会えるのは、本当に楽しい。

 でも惜しい。惜しいな……。それだけの力、後もう少し切っ掛けがあれば更に花開いたかも知れないのに。───ああ、本当にここで摘み取るのが口惜しい」

「? なに、を……ッ⁉」

 今さら何を、と。ティーダがそう言おうとした瞬間、敵の武装が再び銃型に姿を変える。

「やめてください! 分かっているはずです、この状況では───」

「僕の方が速い、かな?」

 先回りされて言葉に詰まった。

 動揺を誘われている。それは分かっているが、だからと言ってその程度でこの状況を打破出来る筈がない。

 ティーダを倒すには、完璧に本物のティーダを見抜く必要がある。

 見た目の上からは全く同一の分身から、本物である一人を見つけ出す。言葉の上では単純だが、これを実現しようとするのは至難の業である。

 幻影魔法は、本物から複製を作り出したり、在るモノをまた別のモノであるように誤認させる魔法だ。これらは魔法による偽物ではあるが、術式が発動すれば効果範囲内における対象に対して、非常に高度な幻影(まぼろし)として視認させる事ができる。

 確かに、攻撃魔法の様なエネルギーを伴うものに関しては、偽物かどうかは簡単に見抜けるだろう。だが、それは幻影魔法を操る術者が最もよく知っている。

 故に、射撃型の魔導師が己の攻撃とこの魔法と組み合わせる場合、実際の攻撃力以上のブラフを行うのならば本物を偽物の位置にも紛れ込ませる誘導弾との組み合わせが定石(セオリー)だ。

 こうすれば簡単には見破れない分身と、本物の魔力弾による幻影が出来上がる。

 言い換えるなら、本物の情報がすべて同一に、かつ異なる地点に置かれている様に錯覚させる事が出来るわけだ。

 こうなれば、先ほど言いかけた通り、ティーダの魔法の方が速く当たるのは必然。

 少なくとも射撃魔法の準備が既に整っている以上は、一発目の狙いを逸らした時点でアウトになるのは考えなくても分かる。

 仮に捨て身で全方位に撃ってきたとしても、幻影が消え切る前に誘導弾が命中し、そこからティーダが再び最後の一発を撃ち込めば状況は決するのだ。

 それでも、万が一……と、この状況を突破する手段を挙げるとすれば、それはかなり特殊な場合に限られる。

 例えば、ここ一体を吹き飛ばすクラスの魔法で捨て身の脱出を取るとか。或いは、よほどの盾の名手で防御魔法を使ってこれから打ち込むすべての砲撃魔法をシャットアウトしてくるとか。

 どちらも現実的とは言い難い。

 仮に出来たとして、前者なら何故最初から鍔迫り合いに持ってきたのかということになるし、後者であれば結局はこちらの思惑通りに時間稼ぎを助長するだけの事。

 ここ近年問題になっているAMF(アンチマギリンクフィールド)の様に、()()()()()()()()()()する手段は皆無ではないが、アレも一応は魔法技術の一端。そして、それには相応の条件が必要である以上───魔法ではない術者に、ここぞとばかりに都合よく使用出来るなんて事がある訳もない。

「解せない、という顔だね」

「……当たり前でしょう。こんな状況で」

「確かにね。もし君が、もう少し威力の高い魔力砲を撃ってくるタイプだったなら。或いは、()()()()()()()()()()()()()()……オレもきっと、この搦め手が通用するとは思えなかっただろうな」

「それは、どういう……?」

「すぐに分かるさ。───そう。今すぐにその身で以て、知る事になる」

 次の言葉を発するよりも早く、敵が一気に光弾を辺り一面にバラ撒いた。

 最後の譲歩を越えられた。それが分かった瞬間、当然ティーダもまた誘導弾たちを撃ち放っていた。

 が、しかし。

「──────⁉」

 ティーダは、敵の放った光弾の軌道が全て()()を狙っている事に気づく。

 何故⁉ と、叫び出しそうになるのを堪えて、とにかく放たれたそれらから身を守るべく、盾を張る。

 幸い弾道は正面からのものだけだった事もあり、かろうじて盾は間に合った。

 となれば後は、用意した誘導弾だけでは防ぎきれなかった場合に備え、次の攻撃を用意しておかなければならない。

 その判断は、的確であった筈だった。

 ……少なくとも、目の前の敵が相手でなかったのならば。

 

「すまないね、今回はオレの勝ちだ。……尤もそれも、『次』があればが」

 

 何を言われたのか、そして、何をされたのか。

 ティーダは、自分の喉奥からせりあがってきたそれを目にするまで、まったく()()することが出来なかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ご───が、ぅっ……ふ」

 粘ついた赤が、口から迸り落ちる。

 想像の範囲外。───否、こんな事を簡単に想像できていたのなら、どんなに良かっただろうか。

 そう思わずには居られない。頭が理解を阻む現象を、真っ向から目にした後では。

 

 あの刹那。

 ティーダの魔法は、確かに敵よりも早く着弾した筈なのに……。

 

 少なくとも、敵の放っていたものとは異なり、ティーダの魔法は全方位からの一斉射撃だった。

 ───にも関わらず、現実はさながら悪魔の様に、彼に対し牙を剥いて来た。

(魔法、が……()()()()()()……?)

 在り得ない、とは言わない。魔法自体は無敵でも何でもない、あくまでも技術体系の一つでしかないのだから。

 だが、この土壇場で全方位からくる全てを打ち消す術など、ティーダは知らない。

 しかも、それだけで敵の反撃は終わらなかった。

「一応、手加減したつもりはなかったんだが……。それでも倒れないとは、何処までも期待を裏切らない」

 三度目の変化を経た敵の武装は、手に装備する長い鉤爪を持った篭手になっていた。

 ちょうど甲殻類の鋏を鋭く、掌に檻を作れる様な形とでも言えば良いのか。獲物を収めるイメージのままに───敵はティーダの身体を抉り、その爪で握る様に捕えていた。

 けれど、それ以上の追い打ちはない。

 止めを刺すでもなく、ただティーダの血肉を抉ったままで留め置いている。

 この厭らしい状態へ怒りを向ける様に睨みつけると、敵は飄々とその視を受け流して、こう応えた。

「こうなってなお、まだ光を失わない。……強いね。

 いや、キミは確かに強かった。実際、此方としても少しばかりヒヤリとさせられたくらいだ。ただ、運が悪かった。さっきも言った通り、キミが二度目を挑んでくるのならばどうなるのかは分からないが……少なくとも、今はこちらの方が一枚上手だったと、それだけの事さ」

 ぎり、と悔しさを噛み潰す音がする。……いや、もはやそれを悔しさと言っていいのかさえ分からない。

 ただ、少なくともティーダは今、文字通り敵に命を握られている。

「繰り返すようだが、キミは強かった。おかげで、此方もだいぶ消耗してしまってね……。だから、ただ殺すだけでは芸がないだろう?

 故に、強者への敬意を評して───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今度こそ本当に、相手が何を言っているのか分からなかった。

 だが、否応なく知る事になる。……文字通り、血肉を貪られる痛みと共に。

 

「───IS・貪欲なる暴食者(グラ・アヴァリティア)

 

 聞きなれない、術式とはまた違う『何か』を使用する為の起句(ボイスコマンド)が紡がれていく。

 白熱した様な痛みに晒されながらでは、碌に思考を巡らせる事も出来ない。その間に敵は、早々にその句を結び終えていた。

剥奪適合化(マテリアライズ)、開始」

 そう言葉を切るや、ティーダの身体の中を先程までとは比較にならない程の激痛が駆けずり回る。

 

「ぐ、ぅ……ッッ⁉ ごぶ……っ! ぅ……が、ぁ───ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼⁉⁇」

 

 何だ? 何なんだ? 何が、起こっているんだ⁉

 そう裡に問い掛ける思考(こえ)さえ、壊されていく身体の痛みに耐えかねて、かき消され、塗り潰されていく。

 白熱した視界が色を失い、やがて朱く染まる。だが、熱を持った傷口とは裏腹に、内側から熱を奪われていくのがはっきりと分かった。

 抉られた傷から、無理矢理自分の身体の中身を引きずり出されている様な感覚。

 死が迫る。失われてく血肉が経る毎に、逆に白熱した思考が晴れていく。そこで漸く、敵が言っていた言葉の意味が分かり始めた。

 

〝───減らした分を貰う〟

 

 これが文字通りの意味であるのなら、いま自分の身体に起こっている異常事態にも納得が行く。尤も、それも自分が強すぎる痛みに狂ってしまったのでなければの話であるが。

 しかし、もうそれが真実なのか間違いなのかなんて、さしたる意味を為さなくなっていた。

「……ああ、いいね。強い者の生命(いのち)は、(くら)い甲斐がある」

 この言葉が事実なのか、或いは何かの比喩なのか。確かめる術は何処にも無い。

 いま確かなのは、自分の中身を奪い取られている感覚と、それに伴って自分の生命(いのち)が失われつつあるのだという事だけである。

「ッ……ぁ、───ぁ……、っ」

 段々と、声も枯れてくる。

 このままでは、本当に拙い。だが、逃れうる術など、あるのか。

「無駄だよ。申し訳ないが、キミの全てはオレが喰らうと決めたんだ。───その生命(いのち)の一欠片まで、じっくりと味合わせてくれ……ッ!」

「勝手、な……こと、を……っ」

 強がって見せるが、生憎とそれは虚勢でしかなかった。だが、それでもないよりはマシだろうと思えた。生殺与奪を言葉通りに握られた今、抵抗するといえば意志くらいしか残っていないのだから。

 

 ……だが、それも次第に抜け落ちていく。

 それから程なくして、その身体が力を失い崩れ落ちる。

 抵抗によるものではない。単にそれは、身体を支えるだけの生命(チカラ)がその身体(うつわ)から失われたという報せであった。

「……惜しいな。ほんの少し違う巡り合わせであったのなら、こうも急いた結果にしなくても済んだというのに」

 残念そうに呟く声が、場に響く。次いで、生々しい(グロテスクな)音と共に鉤爪がティーダの身体から引き抜かれた。

 けれど、それを聞き届ける者は、もう居ない。

 勝敗はここに決した。それを認めると、彼はそのまま、力なくその場に崩れ落ち行く身体に背を向けて、終わってしまった戦いから立ち去ろうとした。

 何かがそこで途切れる。

 名残惜しいが、きっとそれが正しいのだろう。

 これ以上、何を求める意味も無い。起こった物事を、ただ受け入れるだけで事は済む。

 が、その時───

 

 

 

「…………、だ」

 

 

 

 ───消えた筈の生命が、声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 その声を耳にした時、思わず足が止まった。

 傷自体そこまで深くはなかったとはいえ、それなりのダメージを負って、その分を喰らったというのに。

 とりわけ、強者の血肉を己が身体に適合化させるのは、彼の趣向と言って差し支えない。

 だというのに、

 

「───だ。……まだ、だ……っ」

 

 虚ろな眼差しで、吹けば飛ぶような死に体でありながら、それでも尚、立ち上がってくるその諦めの悪さ。

 それを無様と嗤おうか? ───応えは否だ。

 故に、終わりを覆した気高き凱旋には、最大級の称賛で以て迎えよう。

「最高だよ……! キミは本当に、面白い……ッ‼」

 湧き起こる喜びに震えながら、背に刺さる強き意志を振り、そういった。

 ギラギラと輝く琥珀色の瞳に捕らえられた先には、明確な『敵』が立っている。

 最初に至った好機が道化であったかの様にあしらわれたと、絶望してもおかしくないというのに。

 中身を貪られ、死の方が安寧とさえ思えそうな状況に置かれても尚───それでも尚、ティーダは立ち上がって来た。

 これを、讃えずにいられようか。

 これに歓喜せずにいられようか。

 

 ───さあ、まだ戦いは終わってない。

 

 その折れない気高さに、高揚を抑えきれず燃え上がる。

 そうこなくては───と、出会えた手ごたえのある敵に、ますます興奮したように、敵もまた、自身の持ち得る力の全てを解き放とうとした。

 仮に正気であったのなら、迫る圧倒的な力を前に死を覚悟するところだろう。だが、今のティーダにはまともに動ける程の力など残っていよう筈もない。

 だから、ティーダのぼやけた思考(のうり)に浮かんできたのは、あまり要領を得ない事柄のみ。……しかしそれでも、灼け付く様な逡巡の中に、確かな形を得るものもある。

 敵に一度は迫りながらも、結果として敵わなかったという無念。

 そして、それによって───ただ一人の(かぞく)を残して逝く事になるという未練。

 どちらも悔しさに塗れ、きっと怒りにも濡れていた。

 脳に灼け付いた後悔(ねつ)が伝播して、腸が煮えくり返りそうになる。

 苦しみに負けて、此処で捨てて良いものではないのに。

 今際の際だからこそ、浮かんで来た心は素直なものだった。

 それはきっと失敗に塗れて、きっと何処かに間違いを抱えている。

 けれど、それでも。

 たとえ無様あっても、捨てて良いだなんて……到底思えなかった。

 

 しかし、残された心を置いて───

 何故かもう一つだけ、生々しい感覚があった。

 

 さながら、巨大な影が場を覆う様な何か。……否、それは少し違うか。

 感じられた『何か』は、影というには形を得すぎている。

 ……喩えるのならば、そう。

 翳んでいた視界()を覆ったのは、不気味な黒藍に染まった『翼』の様な、『手』の様なモノだった様に、感じられた。

 そうして、まるで巨大な手に握り込まれたかの様な感覚の後。

 

「───そこまでですよ、ボレア」

 

 と、その中でふと───『手』の主なのか、新たな人影の声を、微かに耳が捉えた。

 だが、解かったのはそこまでだった。翳んだ視界が真っ赤に染まり、やがて黒く光を失わせる。そうして、残されたティーダの意識を闇の中へと誘い、意識を底の底へと沈めて行った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「───そこまでですよ、ボレア」

 

 その声が耳に届くや、ボレアの動きがぴたりと止まった。

 昂揚は鳴りを顰め、炉に()べられた薪が燃え尽き、灰へと変わる様にして、輝いていた筈の焔が、急速に熱を失い消えていく。

 倒れ伏せたティーダを前に、ボレアは少しだけ残念そうな顔をする。

 だが、この状況が()()()()()()()()と理解して、そうした感慨は直ぐにしまい、やって来た人影へ向けて声を掛けた。

「……随分と無粋な事をしますね、兄さん(アネモイ)?」

 ただ、やはり言葉の棘は隠せない。

 せっかくの愉しみを、それも一番盛り上がったところで邪魔されたのだ。彼の苛立ちも、致し方ない部分もあろう。

 そうした『弟』の気質を理解しているからか、やって来た『兄』からはまず、「すまない」と一言謝罪があった。

 ───が、だからと言ってこの()()が、単なる獲物の横取りというのならば、それは違う。

「愉しみを邪魔してしまったのは悪かった。嗜好に偏っても、結果を出せばそれは何ら問題はない。───が、度を過ぎれば悪手となる。分かっているのだろう? 弟よ(ボレアース)

 普段の相性さえ取り払った言葉は、やや強い力を込められて告げられた。

 分かっていない訳ではなかったが、それでも確かに余興に偏り過ぎたと言える。

 己の役割。課された任を忘れたとは言わせないと、無言のままに、アネモイはボレアに対し、そう告げていた。

「……はい。申し訳ありませんでした」

 そして、ボレア自身もそれを忘れてはいない。確かに情報収集という目的もあったが、あくまでも今回の役割は、手に持った品物を密輸する事だ。

 態々昨年の実験から警戒が高まっているミッドで事を起こしたのは、第二段階として確認する必要があったからである。

 即ち、実戦での術式と能力の運用と使用が滞りなく行えるか。

 更に、合わせてもしも要警戒(リスト)にあるメンバーの誰かが出てくるのなら、現時点での戦力を把握しておく事も今回の主目的であった。

 が、生憎と後者はあまり適ったとは言い難い。尤も、まだほかにも()()()()がいるのだという事を確認できたのは、良かったのかもしれないが。

 とはいえ、

「そこの彼に拘る理由は無く、まだ捨ておくべき駒といったところでしょうかね?」

 まだ素体にする有用性があるというには怪しいといえる。

 実際のところ、現時点でのティーダは、優秀ではあるが捕らえるべきだとも断じ難い。ならば、此処で処分するのが定石だといえるかもしれないが……。

「今回は、彼については見逃しましょうか。君も、愉しみはまだ取っておきたいでしょう?」

 呆気なく、拍子抜けするほど軽い調子で、そんな事を言いだした。

「……良いんですか? 心遣いはありがたく思いますけれど……自分でいうのもなんですが、かなり余計な情報を与えてしまったように思うのですが」

「何、まだ跳ね回るくらいであれば止む無しですが……ここまで壊れていれば、処置をするのもそう難しい事でもない。それに、駒は多い方が、最後の踊りがより映える。───そして、今宵ももう少しばかり、徒労に踊ってもらいましょうか」

 と、そう言い切った表情(かお)は、彼らの創造主(つくりて)たちにそっくりだった。

 それを見てボレアは、自分も言えた事でないと知りながらも、敢えてこう兄へ向けて口にした。

「……言いますね、兄さんも」

「そうでもないさ」

 弟の言葉を流して、アネモイは背にした『翼』とも『手』ともつかない何かで、ティーダを掴み上げて自分の前へと吊り上げる。

 その傷の具合を見て、未だ息の根を絶やしてはいないティーダを見て嗤う。

「ふむ、存外しぶとい。ボレアがここまで我を忘れそうになったのも判らなくはないですね。……さて、何か死ねない理由でもあるのか。それとも単に生穢いのか。もし前者であるのなら、心を満たす根源───その燃料(みなもと)は、さぞ甘いのでしょうね」

 そう口にするや、アネモイの瞳が緋色に染まる。

 まるで悪魔の呪詛の如き符の羅列が流れ、ティーダを掴んだ『手』と連動して、ティーダの心裡へと忍び込んでいく。

 

「もしも、これを受けて尚。それでも折れずにいられたのならば───きっとこの彼もまた、舞台へと上がって来るでしょう。尤も、その『次』へたどり着ければ、ですが」

 

 弟と似た言い回しと共に、ティーダへと呪いを施す。

 一思いに命を刈り取るよりも、もっと残酷に運命を掻き乱していく。その様は、さながら悪魔そのもの。

 それが、女神を生んだ悪魔より新たに生まれ出でた、魔物の姿であった。……そんな兄の姿を見て、弟も流石に生かされるティーダが憐れである様に思えてしまう。

「───さて、そろそろ戻るとしよう。向こうに転がしておいた連中の救難を嗅ぎ付けて、今度は陸の部隊が来る。これ以上の面倒事を起こしては、流石にサービスのし過ぎになってしまうだろう。

 それに、戻るだけならと言ったのだが……念には念をと、迎えにクアットロも来ている。レディをこれ以上待たせるのは忍びない」

「……こちらが余興に過ぎたのなら、遊興が過ぎます」

 投げた言葉に、弟からそんな感想(コトバ)を返される。しかし、それすら愉快そうに嗤って見せると、『手』に吊るしていたティーダの身体を無造作に地面へ投げ捨て、アネモイは踵を返して歩き出した。

「目先ではない。来る時にこそ……燃えた()は映えるのだよ」

 最後に言い、それ以上語る言葉は無くなったとばかりに口を閉ざし立ち去ろうとする兄に続きながら、ボレアは忘れ物を思い出したようにぽつりと言い残す。

 

「残念ですが……今はここまでです。自分としても不本意ではありますが、同じく組織に属する身ならそこは分かるのでしょうね。

 そしてその上で、貴方が忘れても尚、そして此処で倒れた屈辱を受けてさえ、また立ち上がってくるのならば。

 その時はまた───心躍るままに死合いましょう」

 

 狂気を孕んだ別れの句に、応える者は当然いない。

 しかし、それでも言い残すことに意味があるとでもいうかの様に、己もまた悪魔の子であると示すかの如く。

 邪悪な、けれどどこか純粋な期待(えみ)と共に。

 この偶然の出会いによって巡り合えた『(ティーダ)』へ向けて、手向けの言葉を残して、『(ボレアース)』去って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 転章Ⅱ

 

 

 

 悪魔たちが立ち去った後、ティーダは陸の部隊によって救助された。だが、彼らの残して行った傷痕は広く深いというのに、残された痕跡はほぼ一人へと集約される事になる。

 自ら遺した悪魔たちですら、去り際に浮かべたその懸念は、殆ど想像の通りにティーダへと牙を剥いていた。

 

 時空管理局・地上本部内にある病棟施設にて。

 その中にある病室の一角に、ティーダは傷ついた身体を癒す為に収めていた。

 病室の白い色彩の中に、橙の髪は良く映えている。しかし、今は呑気に色調を楽しめる様な状況にはなかった。

 

『───誠に残念だが、負傷の度合いと、この度の()()。そうした事情を鑑みて、上は君には首都航空隊に継続して所属する事は難しいという結論に至った。まぁ、幸いというか、局員としての資格は残る。近いうちに、今度は恐らく内勤系統の異動命令が下るだろう』

 通信窓の向こうから、淡々と受けた辞令を伝えられる。

 そこまで見知った上官ではなかったが、それにしてもここまで事務的であると、やや物悲しさを感じなくもない。

 だが、

「…………そう、ですか」

 今のティーダには、告げられたそれに、淡々と応じる以外の道など無かった。

 確かに自分は街に侵入した()()()()()に遭遇。抗戦となり、敗北した挙句、目標には逃げられてしまった。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 その上、対象に関するデータも碌に取れなかったのだから、この裁定に異論を挟む事は出来ないだろう。

 だからティーダは、異動命令を受けた。

 彼の了承の意を確かめると、上官は『すべきことは済んだ』とばかりに、話を終わらせに掛かる。

『何か、他に質問はあるかね?』

 一応そう言い添えるが、此方からの質問する事柄など、無いのは明白だ。

「…………いいえ、ありません……」

 分かり切っていたであろう言葉を態々口にする。

 それを受け、

『そうか。では、今回はここで失礼する。貴君の今後の健闘を祈るぞ、ティーダ()()()()

 と、最後に形ばかりの敬礼を残して通信は完全に切れた。

「………………」

 通信を終えると、一気に疲れが押し押せてきた。

 だが、もう溜息さえ漏れない。それほどまでに、今のティーダは傷ついてしまっていた。

 しかし、今は自分に出来る事など何もない。あるとすれば、回復に専念しろという事くらいだろう。

 手持無沙汰になって、ぼんやりと窓の外に目を向ける。

 本局と違って、地上本部に置かれたこの病棟では、次元の海だけの混濁とした光景とは異なるミッドチルダの様相が目に写し出される。

 昨日(さくじつ)の喧騒を忘れた様な街の光景に、自分の行いに何か意味があったのだろうかという疑念を抱いてしまう。

 勿論、詮無き事だと判ってはいる。けれど、今の沈んだ気分のままでは、浮かんでくるのはそんな思考ばかりだ。───それに拍車を駆ける様に、敗北を喫して以来、他の局員たちからの噂が心を締め付けてくる。

 

「…………役立たず、か」

 

 その一部が、ぽつりと漏れ出した。

 

 

 

  ***

 

 

 

 ───始まりはきっと、大した事のない悪意からだったのだろう。

 

 ティーダが墜と(たお)された日以降。

 管理局内では彼の『不祥事』について、心無い声が幾つか語られる様になっていた。

 曰く、『犯人を逃がすなど、魔導師としてあるまじき失態である』。

 『ティーダ一等空尉は任務に失敗し、未だに事件の残り火で市民を危険に晒す事になった役立たずだ』。

 『どうせ死に損なうくらいならば、死に殉じても容疑者の確保を優先するべきだった』、と。

 ……そう言った悪意ある評判が、少しずつであるが静かに今の局内部に揺蕩っていた。

「──────」

 とはいえ、それを考えてもしょうがないという事は、誰よりもティーダ自身が良く分かっていた。

 少なくとも、局の総意がそうであるというわけではない。

 全員が全員そう思っているわけではないし、気遣ってくれる同僚たちも数多くいた。自分と同じ様に、敵によって痛手を被ったらしい者たちなどは特に。

 救助してくれた陸士部隊の人たちや、事件が古代遺失物に絡んでいるかも知れないと言う事で話を聞きに来た随分と若い()()()()にも、労りの言葉を掛けて貰えたりもした。

 だから、完全に絶望的なまでに心を殺されている、という事も無い。

 ある程度までの納得はしているのだ。……だが、それでも悪意と言うものはどうしても湧いてくる。

 苦しいとは思うし、何よりも哀しい。しかしそれに対し、怒るべきかどうかと聞かれると、答えに窮してしまう。

 犯人を確保出来なかったのは紛れもない事実で、抗戦し敗北したのもまた事実である。加えて、どうした訳か戦闘当時の記憶が曖昧になってしまっているともなれば、自身の行為に対して不満の声が挙がってしまうのは、避けがたい事態であると思えなくもない。

 ───それに、

 

「おにーちゃん、入っていーい?」

 

 小さく扉を叩く音共に、そんな声が聞こえてくる。

 その声だけで、あの選択は間違いではなかったと信じられた。

 大切なものが、此処にはある。とてもとても大切な、今ではもう、言葉通り世界に一つだけになってしまった繋がりが。

 そして、戻って来た事を悔やみ、間違いだったなどと言えるほど───此処に在るモノの価値は、軽くはなかった。

「ああ───良いよ、ティアナ」

 そう返事を返すと、自分と同じ橙の髪を小さめのツインテールにした小さな少女が、病室の中へと入って来た。

 妹の、ティアナ・ランスターだ。

 今年ちょうど七歳になったばかりで、彼の唯一の肉親でもある。……それが、ティーダが戻ってきた何よりの理由だったと、今は恥ずかしげも無く確認できる。

 折れそうになった心を、立て直したあの時。

 意地はあったし、屈する訳にはいかないという矜持も持っていた。

 だが、これらを束ね───そして折れぬ鋼と変えたのは、きっと家族の元へ帰るという意志であったのだろうと、今更の様にティーダは思っていた。

 しかし、そんな兄の様子を、ティアナは何処か不思議そうに眺めていた。

「??? ……おにーちゃん、どうかしたの?」

「あぁ、いや……」

 微かに口角が上がっていた。

 沈み込んでいた気分も少しばかり元に戻っていると、遅れて気づく。

 思っている以上に、自身の心は守られている。たとえ今、必要以上に貶められてしまっているのだとしても、自分にある確かなものが感じられているいるから。

 温かいものが胸に沁みる。

 けれど、あまり大仰にしては、逆に心配の種に変わってしまうかも知れない。ティーダはそう思い、一呼吸置いて「ごめん、なんでもないよ」と柔らかくティアナに対し応えた。

 少し誤魔化しが入っている部分はあったが、それが悪いものでないと、幼ながらも理解したのだろう。

 ティアナは「ふぅん」と頷いて、そのまま話を進めていった。

「おにーちゃん……やっぱり、まだ痛い?」

「……うん。治るまで、もう少し掛かっちゃうみたいだ。

 ごめん、ティアナ。たぶん、後もう一ヶ月もしたら家に帰れるから。それまで、もう少しだけ我慢しててね」

「心配しないで。あたしは大丈夫だよ、もう一人で起きて学校も行けるし」

「そっか……。ちゃんと出来てるなんて、偉いな」

 まだ少しぎこちない手つきで妹の頭を撫でるティーダ。

 そんな兄に、ティアナは「もぉ……結局まだ子供扱いしてる……」とやや不満そうだが、手を払いはしなかった。

 どこか照れ臭そうに、兄にされるがままにさせている。

 兄妹のやり取りは、そうして穏やかに続いて行く。しかし、それもそう長くは続かない。

 そこでまた、扉を叩く音がした。

 

 

 

  ***

 

 

 

 白い病室に流れる穏やかな時間を、扉を叩く音が遮る。……その音に少しだけ、心の傷が疼く様な気がした。

 が、不快感に溺れるというよりは、不思議さが勝る。

 ───誰だろうか?

 浮かべた疑念はごく自然なものだったと言えよう。

 遅めの時間帯とはいえ、今日は単なる平日。唯一の肉親であると共に、ティアナはまだ学年が若い事もありこうして此処に居るが、普通なら今は職務に従事している時間帯である。

 それでも一般病棟なら、同室者がいれば見舞客は来るだろう。だが此処は管理局の地上本部にある病棟で、一般の人間は殆ど入っては来ない。となれば、基本的にこの辺りにいるのは局の人間という事になる。……しかし、心当たりは無い。先ほどの上官が言っていた様に、異動命令を告げに来たという事だろうか。

 まさか、と飛躍した考えを諫める。

 少なくとも今、上が直接に会いに来るほど欲されているとは言い難い現状だ。ならば、ますます局内の人間とは考えにくい。

 では、いったい誰が───?

 

「あー、すまん。急に押しかけちまったのはこっちが悪かったんだが……そろそろ入っても良いか?」

 

 と、そこで外から声が掛かった。聞こえて来た声は少しばかり飄々としているが、それでいて芯の通った印象を受ける。

 忌避感の様なものは感じない。そして、今この場で見舞いを拒む道理もなかった。

「は、はい……どうぞ」

 考えの纏まり切らないままだった所為か、少し言葉に詰まりながらも応えを返した。すると「それじゃあ、邪魔するぜ」という声が聞こえ、ガラガラと扉を引いて、声の主が病室内に姿を現した。

 現れた人物は、声の印象に見合った風貌であった。

 青みを帯びた灰色の髪をした、三〇歳くらいのがっしりとした体格の男性。

 一見すると、実際よりもどこか年配に見えなくもない。しかし、だからと言って老けているという訳でもなく、厳格さと柔和さを併せ持つ様な、そんな独特を纏っている人だった。そして、当たり前と言えば当たり前かもしれないが───入って来た人物は、管理局の制服を纏っている。

 が、これまでの上官ではない。

 ティーダには見覚えのない人物である。となると、ますます彼がここを訪れた理由が分からなくなってしまう。

「あの。失礼ですが……あなたは、いったい?」

「おっと、自己紹介が遅れて済まねぇ。俺はゲンヤ・ナカジマ、陸上警備隊第一〇八部隊の部隊長をしてる(モン)だ」

「陸士の……?」

 困惑しているティーダは、告げられた言葉を口の中で繰り返す様に呟いた。それに、ゲンヤと名乗った男は「ああ」と、短い肯定を返す。

「ま、しかし混乱するのも無理はねぇ。お前さんは本局の所属で、空の側の人間だしな。いきなり陸の部隊長に訪ねられても訳が分からなくなっちまうのも当然だ。───さて。そうなると、どこから説明するべきかねぇ……」

 ゲンヤは頭を軽く掻く仕草をして、思考を巡らせて行く。

 とはいえ、彼がここへ来た理由は存外シンプルだ。ただ、今それを告げるという事は……ある意味において、とても残酷であるとも言える。

 しかし、このままでは前へ進めないというのもまた事実。

「少しばかり、込み入った話になるが……良いか?」

 故に、踏み込んだ。

 もしかすると、これ以上の傷となるかもしれないところへ。それでも、進むために。

 そして、それを。

「───分かりました」

 ティーダもまた、静かに受け入れた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それからティアナに少し席を外して貰い、ティーダとゲンヤは一対一で話をする運びとなった。

 病室に、少しだけ思い静寂が敷かれる。

 だが、このまま沈黙を続けていては、何のために場を設けたのか分からない。そんな罪悪感もあったのだろう。ゲンヤはティーダに対し、「……すまなかったな」と切り出した。

「……え?」

 ゲンヤの言葉に、ティーダはやや驚いた様な声を漏らす。

 もっとハッキリと切り出されると思っていたのに、始めに来た言葉は、存外優しくティーダへと告げられていた。

「はは、どうした? そんなハトが豆鉄砲喰らったみたいな顔して」

 あまり耳にしない喩えだったが、ニュアンスは何となく理解出来た気がした。要するに、不意を突かれ呆けた顔をしていた、という事なのだろう。

 きっと、その指摘は正しい。実際、ティーダは今の自分の顔を客観視したら、そう見えるだろうと思えたから。

 だからという訳でもないが、それで残っていた毒気が抜かれたのだろうか。明確な根拠はないが───肩の力が抜けた今なら、何となく、いつもよりも素直に言葉を交わせそうな気がした。

「ええ、まあ……。それに本当はもっと、その……別の言われ方をするのかと思っていましたから」

 そう。棘を感じさせるかもしれない言葉であったが、今この場所だからこそ、言葉に出来る様な気がした。

 そんなティーダの意を汲んだのだろう。しかし、やはり切なさを隠しきれなかったのか、ゲンヤの応えは、「……そうか」と、どこか寂しげであった。

「すまねぇな。……いや、兄妹(かぞく)水入らずを邪魔しておいて、言うのは違うが。ただ、どうしてもお前さんには早めに会って、確かめておきたかったんだ」

「……確かめる、というのは」

「皆まで言わなくても、お前さん自身察しはついてるんだろう? ───察しの通り、俺はお前さんに異動を告げに来た」

「………………」

 静かに、続きを待つ。というより、どう答えるべきなのか解からなかった、というのが正しい。

 ゲンヤが所属を名乗った時から、何となく予測はしていた。……いや、そもそも『もう空に戻れない』かもしれない。それは、負傷の具合を聞いたときから考えてはいた事だ。

 けれどそれを差し引いても尚、陸士部隊への異動というのは、やはり意外であった。

 返答に窮したティーダに、ゲンヤは「無理もない」と苦笑する。

「まぁ実際のところ、如何に()()()()()があったとはいえ……空士が陸士に、なんてのは確かに普通じゃねぇ。

 復帰を待つなら、わざわざ陸士の所属でなくても内勤補助系統の業務が山ほどある。お前さんは将来的には執務官を希望としていたし……負傷している今、前線の側に戻すのが道理に合わないのは、分かってるつもりだ」

「それなら……何故?」

「何故、か。そう改めて理由を問われると、少しばかり困るんだが……」

 少しばかり言葉を暈して、窓の外に目を移す。そこにはティーダが先程見た時と変わらない、ミッドチルダの市街区が広がっている。

 それは、

「───正直、上官が部下を選出する理由としては、あんまりにも感傷的な理由だな。

 笑ってくれて良い。ただそれでも、俺としてはこの光景(まち)を護ったお前さんがこのまま潰されるかも知れねぇと思うと……どうしても、声を掛けたくなったんだよ」

 本人の言う通り、確かに局員としては随分と風変わりな理由であった。

 が、同時にそれは。

「…………護っ、た……?」

 ティーダにとってはある意味、最も残酷な責め苦であり、同じだけ思い遣りに満ちた言葉であった。

 ───胸の内を、様々な感情(おもい)が巡る。

 認められた嬉しさと、成し遂げられてないという後悔が綯い交ぜになって、苦しみを増幅させていく。

「でも、僕は……失敗、して……」

()()()()()()()()

 たどたどしく紡がれた反論を、間を開けずに肯定する。

「交戦し敗北、そして敵の情報についても大きなものは得られなかった。……確かに、ここまでは間違っていない事実なのかもしれん。が───正直、魔法が使えない俺からすれば、戦って生きて帰って来られるだけで充分だと思えるんだがな。……それでも、足りないって上のお偉方は思ってるらしいみたいだが」

 それが、どうしても引っ掛かった。

 失敗を咎めるまでは、仕方がないのかもしれない。だが、だからと言って、それを貶める様な事があって良い道理はないのである。

 故に、ゲンヤはここへ来た。

「口幅ったい様だが……俺は、そんなのがどうにも気にくわなくてな。ごちゃごちゃ言っている上の連中が話してるのを聞いて、名乗り出てみたって訳だ」

 と、一旦言葉を切って、ゲンヤはティーダを静かに見据え、続けた。

「少々事を急ぎ過ぎだというのは分かっている。実際のところ、だいぶ勢いでここまで来ちまった部分も大きい。だが、それでも俺は今───ティーダ一等空尉、お前さんに聞きたい」

 そして、問う。極めて率直に、迷いを与えると知りながら……それでもなお、真っ直ぐな言葉を投げかける。

「俺たちの部隊へ、来てみないか」

「…………」

 何と答えればいいのか、ティーダには判らない。

 有難い申し出だとは思う。問いを投げる目に、嘘は感じられなかった。

 受けるべきなのだろうとは思う。であれば少なくとも、現状の自分をこうも受け入れられる場所は、きっとないだろうから。

 しかし、

「……ですが、僕では」

 迷いは、足を踏み出す事を惑わせる。

 ───様々な想いが、ティーダの中を巡り続けていた。

 自分が今置かれている現状。

 悪評に、他の人を巻き込んでしまうのではないか、という不安。

 それだけでなく、自分では至らないかもしれないという不安もあった。こういってくれる人にさえ、応えられないかもしれないと。

 これまで重ねて来た研鑽を水泡に帰してしまい、無様な結果を残してしまった。

 臆病だと、ティーダは自分を責める。この苦しみを嗤える者など、此処にはいないと判っていながらも……彼の負ったその傷は、本来ある筈の強さを、心から締め出そうとしていた。

 ゲンヤの許せないのは、それだった。

 恥じ入る必要のない疵を、彼に与えてしまう今の状況が。

 だからこそ、敢えてゲンヤは厳しく糾す。

 その『弱さ』とみなされる『強さ』が、決して間違いではないと思い出させる為に。

「……恐いか? ティーダ」

 声音は鋭く、けれど優しい。

 だが、差し伸べられた手は、助け起こされる為に非ず。

「…………恐い、です」

「そうか。……なら、それでいい」

 その手は、伸ばされた先へもう一度歩み出す為にあるのだから。

「……あの時、自分は確かに負けました。一度は追い詰めましたが、至らずに敗北する事になり、結局そこから肝心なものを得られませんでした。───でも、それでもまだ、諦めたくはなかったんです」

 ティーダは、そう語った。

 あの時立ち上がった、その理由を。

 拭い去られ、踏みにじられた命で尚、抗い続けた覚悟の意味を。

「それで立ち上がれたんなら、そいつはお前さんの強さだ。……遺される、ってのはどっちにとっても辛いもんだからな。

 その痛みは、中々口で表せたもんじゃねぇが……生穢いと罵られようと、最後にお前さんはあの子の下に帰って来た。なら、少なくとも、そいつは『弱さ』じゃなく、紛れもない『強さ』だと、そう俺は思っている」

「ゲンヤさんも、その……誰かを、亡くされた経験が?」

「……ああ、つい一年ばかり前に女房をな。捜査官をしてて、任務中の……()()だった。俺なんかとは違って魔導師としても優秀でな。本当に、俺なんかに勿体ないくらい良い女だったよ。

 けどそんな女房との別れを経験した時、上の娘はまだ九つ。下の娘はまだ六つになるかってところでな……。まぁ、そんな事情もあって、俺としてはお前さんを邪険にする輩には、あんまり預けたくなかったんだろうな」

 重ねてしまうのは、あまり良い事ではないのかもしれない。

 だが、それでもその経験は、決して忌避される様なモノではない。

 近しい苦しみを知るのならば、少なくとも戻る事の意味を、貶められる訳がないのだから。

「たった一人の肉親のところに帰って来られたのを、俺は間違いだとは思わねえ。少なくともお前さんが返ってきた事で、あの子には少なからず救いがあった筈だと───そう、俺は思ってる」

 苦しいくらいの温かさが胸を埋めて、ティーダは言葉を出せずにいた。

 ありがとうございます、と言いたいのに、喉が動かない。代わりに、締め付けられる喉よりはるか上で、熱い雫が零れ始めていた。

「ティーダ、お前さんは若い。命を捨てるには早すぎるし、これまで走り続けて来た分、少しくらい腰かける時間はあっても良いと俺は思う」

 いつか空の方に戻るとしても、今はその傷ついた翼を休めてもいいだろう。

 これまで諦めずに走り続け、今際の際でさえも、肉親を思いやる事の出来たのならば……きっと、また立ち上がれる。

 ───これは、その為の第一歩。

 倒れ伏してなお、未だ挫けずにいた心を、もう一度前へ進める始まり(きっかけ)に他ならない。

 

 

 

 それから、もうしばらくして───ティーダは、その場でゲンヤの申し出を受け入れる事にした。

 漸く出せるようになった声で、ハッキリとその意志を告げ、前へと歩み出した。

 

 ───これにより、物語(序章)また一つ終わりを告げ、再び動き出す。

 

 残る鍵は、あと三つ。

 こうして先にも続く路が一つ、また一つと、紡ぎ合わせられて行く。

 

 悪魔が欲した様に、墜ちる筈だった者は立ち上がり。

 墜ちずにいた事で、またその魂を継ぐ者は、遺り続ける怨嗟を嫌い、足を踏み出し始める事となる。

 

 ───そして、更にまだ、もう一つ。

 起こり始めた始まりに呼応するが如く、新たな命が生まれ(いず)る。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「───お疲れ様、今回の任務は愉しめた様だね」

 

 何処とも知れない、司法の裏側に位置する場所で、ボレアースはそんな風に()()の言葉を受けていた。

 しかし、当のボレアースはどこか不満げである。

「はは、随分と不満そうな顔をしている」

「……いえ、別に。任務であった事を忘れたのは、事実ですから」

 追及されると、淡々と事実のみを述べる。

 それ以上でもそれ以下でもなく、今はあくまでも任務の成否にこそ重点が置かれるべき時だからだ。

 だが、それでも話す相手は一向に柔らかな口調のままに言葉を続ける。

「いやいや、どのみち任務の結果は成功だ。邪魔をする様な幕引きになったのは、私の落ち度だよ。迎えを出すにしても、もう少し遅らせておくべきだった……」

「………………」

 飄々としていながらも、その言葉にはどこか力があった。自身の落ち度をしかと受け止めているかの様な、そんな響きが。……尤も、同時に同じだけ深く暗い、虚無的な奈落を感じさせなくもなかったけれども。

「とはいえ、過ぎてしまった事は覆しようもない。ヒトが時に触れるには、まだ早すぎるからね。だから今は、手の内にあるモノから積み上げていくとしよう」

 そういって、男は手に持ったケースをその場でおもむろに開いて見せた。

 そこには、今回の事件の本当の根底が納められていた。引き起こされた騒動など、この中身に比べればあくまでも余興に過ぎない。……そう。街一つ守り切れた程度では、この先には至るには足りなすぎる。

「本当によくやってくれた。これで、この〝ナンバーⅦ〟は我々の手の内に納められた事になる」

 悪魔の手に渡るは、赤い結晶体。一見すると普通(ただ)の宝石にしか見えないそれが、此処からの物語を動かす『鍵』と成る。

「ではこれで……一つ目の方は、完成という事ですか?」

「ああ。此方は、これで揃った。素体を造り出すのには少々時間がかかるが……まぁ、それもたかが知れている。事を為すには時間が掛かる。完璧を追い求め、その果てに大望を掛けるのならば、尚更に。

 時にそれが驚異的な変化(しんか)が脅かされる事があっても、この原則は変わらないのだから……」

 

 昏い闇の中で、悪魔が嗤う。

 抱きし野望(ねがい)を遂げる為に、誰よりも時の流れに抗い順応して見せたその力が、尽きる事無き欲望を抱えた者と出会い、また一つ階段を上って行く。

 

 ───そう。何も、前に進むのは光の下にいる者ばかりではない。

 闇の軌跡を探し深淵を覗くのと同じ様に、暗がりに(ひそ)む闇の者もまた、同じ様に深淵の奥底から光の側を覗いているのだから……。

 

 ここから、復活の狼煙が昇り始める。

 誰よりも気高く在った王と、最も強く在ろうとした王。しかし何も、物語に名を連ねる『王』は、彼らだけではない。

 

 旧き世界には、数多の王が名を連ねていた。

 

 雷を司る王家もあれば、冥府に纏わる王家があった。それらは皆、戦乱の世に置いて諍いの嵐を鎮めんが為に戦っていたといわれている。

 だが、何事においても始まりがあるのは必然。

 

 そうした『王』たる者たちの原初。

 その始まりの役を冠された、最も旧き『王』がいた。

 

 旧き王へと至る為の鍵たる存在。

 それが誰よりも気高く在った王であり、そして古の世を鎮めたその力───これもまた、その欠片の一つ。

 

 綻びていた絆が、悪魔によって手繰り寄せられる。

 紡ぎ合わせられた糸が、世界から忘れられた旧き王を呼び寄せる。そうして愛しき筈の絆は今、穢れた欲望に寄りて悪魔たちが常世へと解き放たれ様としていた。

 

 

「───さあ、本番はここからだ。今度勝つのは……いや、最後に笑っていられるのは、果たして誰になるのかな?」

 

 

 二つ目の幕は、こうして降ろされた。

 しかし、此処で終わりだなどとは思ってはいけない。

 

 少しだけ歪な、悲しい決意(始まり)と共に、種はもう芽吹きを迎え始めているのだから。

 

 新たなるきっかけは、すぐそこまで。

 けれど、狼煙にはやや早い。

 

 嵐の予兆は静かに、そして穏やかに。

 新たな物語を紡ぐ『目覚め』へ向けて、幼い生命(いのち)が絆を得て、また新たなる器が生まれ(いず)る為に。

 

 ───三つ目の幕開けは、直ぐそこにまで迫っている。

 

 

 

  PrologueⅡ END

 ~Next_ PrologueⅢ in_Age-Unknown~

 

 

 




 はい、いかがだったでしょうか。
 少しでも面白いものに仕上がっていたのなら幸いです。

 ではもう、突っ込みどころ満載過ぎるので、開始三行でさっそくいつものあとがきという名の言い訳タイムへ移動させていただきます。

 今回はユーノくんを主役に据えたシリーズの続編、しかもその久々の更新でありながら、まさかの登場せず(言及はちょっとだけアリ)なお話でした。
 正直なところ、なぜこれに全力を尽くしたのか? という感想が来るかもとビビりまくりですが、一応自分なりにこの話を書かせていただいた理由があります。

 まず、物語の中というよりはこれを今回持ってきた理由の方から。

 今回の話は原典における新暦六十九年における、ティーダ・ランスターの担当した違法渡航者事件を基にして書いた話になります。
 アニメ本編ではStS八話で言及されていますが、これはティアナが天涯孤独となるきっかけの事件でした。ですが、今作では前作の終了時にいくらかの年齢操作を行った、Ref-Detの劇場版時空に続く物語というスタンスを取り、幾らかの年齢や時系列の変更を行っております。
 なので、今回の事件はTV版の事件に対応する出来事という位置づけにしております。
 また、本来ティーダは事件当時二十一歳なので、今回では五歳低くなった設定で書かせていただきました。原典においては三人娘たちより八歳上でしたが、今作は三歳差といった感じになっております。
 そして、本来殉職のところを、今作では生存という形にして事件を終えました。

 何故こういう変更をしたのかといえば、物語的には敵サイド新たな役者が加わっているので、その概要をある程度出しておきたかったという事と、その際にまた前回に言及のあった『レリック』の認知された『一つ目』が見つかる展開に合っていると思ったからです。

 StS序盤ではガジェットの出現で起動六課の戦力をある程度測っていたりもしましたし、今回のも役割で言えばそれと同義です。
 ただこの当時、地上本部に所属している意中のメンバーは少なく、どちらかといえば新たに加わった『敵』サイドのキャラが、地上本部からの先兵を振り払える程度の力はあるかを試したかった……という感じでしょうか。
 前作の事件終了が六十七年の夏で、おそらく新たに加入したのが六十八年頃と考えれば、そこからある程度の準備を整え動き始めるのが七〇、七十一年頃というのはそれなりうなずけるのではないかなと。
 とはいえ、本来の目的としたモノの用意であったり、『上』との折り合わせを払うのにまだ時間はかかると想定して話を進めてはいるので、実際の本編開始はまだ先になってしまうのですが……。

 ただ、いくら顔見せといっても本来TV本編での言及はほぼ無かった上に、陸士一〇八部隊への移籍をして、本編参戦フラグという別展開も入れたのは少々欲張りだったかもしれません。
 実際、TV本編では言及がちょっとだけで『そういうことがあった』という事柄ではありましたし。でも、せっかく長いシリーズを書くのなら、ここで力を抜くのもなんだか違うかなと思ったので、今回の話を書くに至りました。

 ぶっちゃけ小説だと画で見せようがないので、回想とか細かい部分の匂わせとかが難しいので、だったらいっそ最初から大まかな軸を書いてから、その中に『在ったこと』を追加していく方が分かり易いかなというのもあります。

 あとそこに関連して、今回の話でいくつか突っ込みどころがあると思いますので、たぶんここ突っ込まれるだろうなというとこを勝手に挙げて言い訳していきます。

 ティーダさんの魔法、これについてはぐうの音も出ません。
 完ッ全なる捏造です。ティアナの魔法に関連付ける形にはしましたが、本当に自分にはセンスというものがほぼほぼ存在しないので、カッコ悪かったかも……ごめんなさい。

 あとは、戦闘でわざわざ殺さずに見逃したことも突っ込みどころかもですね。
 一応、博士サイドが愉快犯というかショー的な要素を好んでそうだなと思ったので、そこら辺からだと思っていただければ。加えて、片方は以前の事件で野望を潰されてますから、その為の叛逆を目指している部分もあるので、今度こそ覆させないと燃えているという感じもあるかなと。

 なおティーダさんの喰らった攻撃はユーリのそれと近い先天性資質の『生命操作』に類するものなので、Refのクロノくんら同様に、回復できないわけではありません。
 ただ、こっちが完全なる戦闘特化・魔導師殺しみたいなもの目指して研究してるので、その分ダメージが重かったと解釈していただければ幸い。

 で、これにティーダさん耐えられるの? やばくない? と思った方がいらっしゃりましたらその通り。ティーダさん原典でも一等空尉(StSのなのはと同じ階級)なので、普通に強いです。
 しかし、そんなエリートだからこそ、逆に生き恥を晒したとなれば余計に中傷の的にされる可能性が高いだろうと、今回の話のラストではそう言った感じにしました。……ある意味で、ボレアたちのしたのは自分がまた戦いたいから全部奪って放り出しただけなので、ぶっちゃけ殺すよりもエグいかもしれません。

 そしてこの際に使用したのは、もちろんフォーミュラ側のあの技です。
 本来ならば対象ごとに細かい調整が必要となってくるのですが、操るのではなく記憶を奪う(より正確には改竄・隠匿)程度なら、通常でもある程度行えるように技術が進歩してます。
 魔法でも記憶を扱う事自体はできるので、そこにフォーミュラと合わさり対象にダイレクトに働きかけられるようになったという部分が強くなっていると解釈していただければ。また、最後の最後まで意識が残っていたのもコードの仕様です(対象の意識をある程度残したまま操作できる、という設定だったはずですので)。

 とまぁ、今回のおおざっぱな説明───という名の言い訳───はこんなところになります。
 長々と無駄に語ってしまい申し訳ございません。
 ですが、そうしたことを語れる程度には全力で書く事に取り組ませていただいておりますので、次回も楽しんでいただけたら幸いです。

 なるべく間を置かずに投稿するために一緒に仕上げたので、Ⅲもこれの後にすぐ出します。
 ネタバレにならないように軽く次回の内容に触れていくと、大まかには二つの事が言えます。

 一つ目は『雷と竜のはじまり』、
 二つ目は『Ⅳと本編への布石』。

 主にこの二つについて書いた話になりますので、皆様に読んでいただけるようなものになっていれば幸いでございます。
 あと、もちろん次回はユーノくん出ますのでご安心を。
 何だったら絡みすぎじゃない? というとこまでいってしまったかもしれません。

 ともかくそんなこんなですが、さっそくⅢの投降準備にかかりたいと思いますので、今回はこの辺りで。
 ここまで読んでいただきありがとうございました!
 次々回以降も頑張って書いていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 ともかく、まずはPrologueⅢでお会い出来たら幸いでございます。
 それではまた^^


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Prologue_Ⅲ ──Emperor──

 どうも、Ⅲがお初という方は初めまして。
 Ⅰ、あるいはⅡに引き続いての方は続けてお読みいただいている方はありがとうございます、お久しぶりでございます。
 本日二本目の投稿と相成りました、駄作者でございます。

 今回の話はⅡほど極端にメインキャラが出てこない、というでもないので、まえがきの方は、なるべく簡潔に済ませられればなと思います。

 Ⅱのまえがきにも書いた通り、Ⅱは幕間を全力で書いた様なものだったので、少しばかり単話での投稿に抵抗があったので、此方と一緒に投稿する事にさせていただきました。
 とはいえ、此方もこちらでⅢの要素は引き継いでいる部分もありますので、是非とも併せて読んでいただけたらなと思います。

 さて、今回のお話は前話のあとがきにあった通りの内容で、主に『雷と竜のはじまり』、そして『Ⅳへの布石』が主な内容になっております。

 これだけで大体察せられた読者様からすれば、そいう話かというものかもしれませんが、自分なりの全力で文章にいたしましたので、読んでいただけるものになっていたなら幸いでございます。

 流石に今回はこれ以上のまえがきは野暮というか、余計なネタバレになりそうなので、一旦こんなところにしておいて、残りはあとがきへと引き継ごうと思います。

 加えて、こちらでも前作のリンクを貼らせていただきました。
 宣伝じみていますが、Ⅱ、Ⅲ揃って久方ぶりの投稿であり、また初めての方もいらっしゃるかもしれませんので、一応の前置きとしてご容赦願います。
 また、もし宜しければ、既読の読者様もまた読んでいただけたなら幸いでございます。
 https://syosetu.org/novel/165027/

 では以下、恒例の簡易注意事項でございます。

 ・お気に召さない方はブラウザバックでお願いいたします。
 ・感想は大歓迎ですが、誹謗中傷とれる類のコメントはご勘弁を。

 それでは、本編の方をお楽しみいただければ幸いでございます───!



 始まりの鼓動(オト) The_Beating.

 

 

 

  1 (Age-Unknown.)

 

 

 暗がりの中。溶液で満たされた円筒(ポッド)が、怪しげな光を放つ。そんなぼんやりとした淡い輝きが、この部屋の中を微かに照らしていた。

 コポコポと音を立てて、容器の内側で泡が噴き出す。どこか飼育水槽じみた、けれど飼育などという言葉には収まりそうもない大きさのそれからは、非常に怪しい雰囲気が醸し出されている。

 しかし、あながちそれも間違いではない。

 何せそれは、確かに目的のモノを納めた容器(たからばこ)に他ならないのだから。

「ククク……よくやってくれたねぇ、ドゥーエは」

 紫髪をした白衣の男が、容器の中身を眺めながら満足げな()みでそう言った。 

 すると、その傍らに同じように白衣の男が足をやって来た。此方は黒髪で、どこか尖った印象のある前者とは裏腹に、非常に柔和な印象を与える容姿をしていた。

「ああ。まだいくらかの欠損はあるが、埋め直しの手間はさして変わらないだろう。むしろ、彼方の方は良いのかね? 此方に比べると、素となるモノの傷みが激しかったようだが」

「そこは問題ないよ。彼方(アレ)の不足分は、此方(コレ)で補える。……いや、逆にそうした方が、再現としては合っているだろうさ。何しろ、これらの『繋がり』が出来ない事には、真打の動かしようがない。

 例の結晶(しな)との適合調整もあるし、そう焦ることはない。───せっかくならば、万全で行きたいだろう? キミも」

 愉しげな紫髪の男にそう問われ、黒髪の男もまた「違いない」と、どこか可笑(たの)しそうに嗤っていた。

 二人はひとしきり嗤った後、また少しだけ話を続ける。しかし、此方は本題という訳ではなく、どちらかというなら余韻の様なものだ。

「ところで、新しい素体がまた別にあったが……アレもキミのいう万全の為のものかな? ジェイル」

「そうであるともいえるし、そうでないともいえる。理由自体は、実に他愛の無いものでね。まぁ、だからと言って雑兵程度で済むものではないのだが」

 振られた話題に対し、嗤みを交えそう応える。すると相手の側も「ふふ……それはまた、愉しみな事だ」と言って、また嗤った。

 そうして男たちは他愛の無い話を終え、今度こそ部屋を立ち去って行く。

 まだ幼い───否、幼いとさえ言えない程、文字通り『未完成』であるその姿は、さながら罅割れた硝子片のようでもある。

 だが、それはやはり『生命』だった。

 音の消えた部屋の中で、雑音を遮る様にして───小さな、けれどハッキリとした鼓動が鳴り響く。

 いずれ来るその時へ向けて、己が存在を象り始めている、魂の脈動が。

 父によらず、また母にもよらず。

 だとしても、確かに育まれつつある生命(いのち)が、生まれ出る時を、ただ静かに待ち続けている。

 

 そんな、誰にも知られる事の無い時の中で起こり始めた生命。

 これとまた同じ様に。生まれ出でながらも、存在を否定された(だれにもまもられなかった)生命が───伸ばされた手を取って、物語へと至る道を辿り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷と、竜と Intertwined_Fate.

 

 

 

  1 (Age-74_Late-Fall.)

 

 

 ───始まりは、随分急な話だったと記憶している。

 時は、新暦七四年の秋。時空管理局本局にある『無限書庫』での事だ。

 

 ちょうどそれは、フェイトが執務官になってしばらく経った頃の事。

 何時ものように『無限書庫』での業務に励んでいたユーノは、彼女からある相談を受けていた。

 とはいえ、事柄自体はいつもと同じ依頼。ただ、この時のフェイトがユーノに調べて欲しいといった内容は、何時ものそれとはどこか違っていて───。

 その内容はというと、

「〝ル・ルシエ族に関する資料〟……?」

「うん、その資料が欲しいんだ。通常のだけじゃなく、本当にちっちゃな事でも……出来るだけ、たくさん」

 ここ最近は皆忙しく、直接出向いてくること自体そもそも珍しかったが、それを差し引いても、この依頼は不思議なものだった。

 ……だからだろうか。

「それは良いんだけど……急にどうしたの?」

 ついユーノは、フェイトに内容について訊き返してしまっていた。

 本当なら、訊くべきではなかったのかもしれない。酷く無粋で、無神経な質問だったかもしれない。

 けれど、心配だった。フェイトの持っている事情が、とても大事なものであると、感じ取れたから。

「……うん。少しだけ、訳ありでね?」

 そんなユーノの意図を汲んだのか、フェイトはぽつりぽつりと事情を話し始めた。

 

 彼女が資料を求めた理由は、()()()()について知る必要があったからだそうだ。

 そしてこれを語るには、もう少しだけ時を遡らなければならない。彼女がそれを決断するに至った始まりである『ある計画』と、そこから始まった昨年の冬の出来事にまで。

 

 ───そう。きっかけは、彼女の出生に纏わる話から。

 そして、昨年の冬。フェイトが、ある少年を保護した事による。

 

 

 

  2 (Age-73_Mid-Winter.)

 

 

 フェイトは元々、ミッドチルダの出身だ。

 色々と経緯は複雑であるが、彼女が生まれ育ったのはミッドチルダ南部にあるアルトセイムという地方であるといって間違いない。

 幼少期をそこで過ごし、最愛の教師との別れを経て、彼女は母の願いを叶えるべく様々な世界を巡り───最後に第九十七管理外世界、地球へとやって来た。

 そこでまた、いくつかの出会いと別れを経て、彼女は母と別れ、また新たに家族や友人を得る事になった。

 少しだけ間違ってしまっていた頑なな心を解き、フェイトは自分と同じ様に間違ってしまった人を助ける力になるべく、義母となったリンディや義兄であるクロノと同じ管理局員となる道を選んだ。

 この選択は、一度間違えてしまった彼女自身の償いでもあった。しかし、だからと言ってそういった心のみで彼女は道を選んだ訳ではない。

 彼女の心根を知る者であれば、少なくともそんな風に思う輩はまずいないだろう。

 こうした経緯もあり、フェイトは地球で九歳から十五歳までの月日を過ごし、その間に兄であるクロノと同じ執務官を目指して、その目標を達成。中学校を卒業すると、本格的にミッドへと戻り、同じ様に管理局員となったなのはやはやてたちと共に、所属は違えど、真摯に任務に励んでいた。

 そうしてフェイトは、兄であるクロノが母から引き継いだ次元航行船『アースラ』に、兄から執務官の役を引き継ぐ形で就任する事に。

 『アースラ』での基本業務は、次元航行(パトロール)中に発見した違法魔導師たちの摘発などが主であったが、それ以外にもいくつかの事件を担当していったフェイトは、やがて『ある事件』の捜査に就く事になった。

 ある意味でこの事件は、彼女が真に追うべきものであったと言えよう。

 ───Fの遺産。

 その頭文字は、事件そのものではなく、発端となった、ある研究計画(プロジェクト)に由来する。

 基となった計画の名は、『Project_F.A.T.E』。

 彼女の出生と、その名の所以となった違法研究であった。

 

 

 

 時は、十数年前に遡る。

 新暦六〇年頃。フェイトの産みの親であるプレシア・テスタロッサは、亡くなった愛娘、アリシア・テスタロッサを蘇らせる為に、ある研究を始めた。

 それが、『Project_F.A.T.E』。

 この計画を簡単に説明するならば、『人造魔導師を生み出す技術』と『その魔導師に記憶を転写する技術』を併せたもの、というのが一番分かり易いだろうか。

 『容れ物(カラダ)』を創り、そこにそれを動かすための『記憶(ココロ)』を焼き付ける。

 要点を挙げればそんなところだ。

 これは『使い魔』の創造にも似ている。

 必要な知識を、素体となる動物に、ヒトの姿と共に与える。そうする事で、必要な知識を持った魔導生命(つかいま)を生む。ただ、これと『F』の違いを挙げるのならば、『使い魔』の創造で生まれる人格は、魔導師が与えた疑似的な魂である事だろうか。

 確かに、素体となった動物の記憶と心は残る場合が多い。だが、生まれてくる時に与えられる魂は、魔導師側の魔力を基とした、人造魂魄と呼ばれるものだ。これは魔力の供給が途切れれば、或いは魔導師側が供給を止めてしまった瞬間、失われてしまう。

 故に『使い魔』の創造は、蘇生であるように見えて、蘇生ではない。

 しかし『Project_F.A.T.E』は、人造魔導師という『生命(いのち)』を生み出して、そこに『記憶』という魂の情報を与える。

 結果だけを見れば、そこまで大差が無いように見える。

 実際のところ、この計画の基礎となった理論を構築した者からすれば、要となるのは『魔力供給の要らない人造魔導師』を、『優れた素体からの情報で以て造り出す』という部分でしかなかった。

 しかし、着眼点を少しズラすと、この方法はまた別の見方が出来てくる。

 仮に、オリジナルである人間が死んでしまったとして、それとまったく同じ身体を造り出し、まったく同じ記憶を写し込めばどうだろうか。

 魔力の供給と言った無粋な生命維持など不要の、全く同じ身体で、全く同じ記憶を持って人間を生み出す───これが可能であるのならば、確かにそれは、紛う事無き『蘇生の法』であると言えるのではないか。

 この点に着目し、実際に実行して見せたのが、プレシアである。

 プレシアは、この理論に則り、事を為した。……それによって生まれたのが、アリシアのクローンであるフェイトだった。

 

 確かに、プレシアは『娘』を生み出す事には成功した。

 ───けれど、それは『娘』を蘇らせる事にはならなかったのである。

 

 当時、不当な事故によって汚名を被せられ、最愛の娘を奪われたプレシアにとって、それは失敗に他ならなかった。

 結果としてプレシアは別の手段を模索し、最期までフェイトを娘としては認めず、彼女を道具の様に使役したままこの世を去ってしまう事になった。

 だが、彼女は今際の際まで気づけなかった───否、()()()()()()()()()()事ではあるが、彼女が為した様に、少なくとも『Prject_F.A.T.E』は、失ってしまった自らの『子』を、もう一度この世に生み出す事には出来ていたのである。

 確かに、完全に一致するとは限らない。死者を本当に蘇らせる術など、今の魔法には存在しないのだから……。

 残酷な言い方をするのであれば。子を失った場合、もう一度『子』を望むのであれば、通常の夫婦ならば次の子を育む道を選ぶしかない。取り戻す術など無い以上、本来の道理は此方の方だろう。

 ……しかし、だ。

 次に生まれてくる子供が、まったく同じ姿、性格であるとは限らない。

 当然である。本来、生命のカタチを自由に決めるなど、ヒトに出来るわけがないのだから。

 であるならば、どうだ。

 次の子を望む気持ちが残ろうと残るまいと、そこに亡くなってしまった我が子にもいて欲しいと願いが消えないのであれば───それをヒトは、単なる紛い物として切り捨て続けるのだろうか?

 

 ───答えは、否だ。

 

 人造魔導師を生み出す研究は、実際のところコストパフォーマンスは良くない。

 しかし、研究としては非常に意義がある。何せ、資金とノウハウさえあれば、優秀な魔導師を幾らでも、必要なだけ生み出す事が出来るのだから。

 そこで、一つの環がここに成り立つ。

 先も言った通り、親が子を愛する気持ちに、完全に区切りを着ける事は難しい。

 時にプレシアの様に完璧を求め、生まれた命を紛い物として見てしまう事もあるだろう。だが、そこまで己の力で道を拓こうとする者は、ごくごく稀である。

 多くは、たとえどんなに歪でも、そこに在る事の方を望む。

 そして望みを叶える為には、どんな代償でも払おうとするだろう。ヒトは、それが悪魔の甘言であると知って尚、そこに希望を見出してしまう生き物であるが故に。

 取り分け、それが手の届く場所にある者である程に、そこへと手を伸ばす者は後を絶たなかった。

 そうしてミッドだけでなく、次元世界に存在する富豪や資産家が、『Prject_F.A.T.E』による()()を求め始めた。

 研究に対し、素体となる遺伝子と、それらを行う為の資金を提供する。

 実験を行うものにとっては、まさしく天啓であっただろう。高い地位に居る者には、それなりに魔導師としての素養が高い者も多い。仮にそうでなくても、実験を行えるだけでも十分に利用価値はある。それどころか、人造魔導師を生み出す際にどこまで魔導師としての資質を高められるか。その限界を解き明かすには、むしろ資質の無い素体にこそ価値があるといえなくもない。

 こうした連鎖が、『Prject_F.A.T.E』の研究を進める環となった。

 生きたデータと、それに伴う資金の全てを、自ら望んで差し出す輩がいる。これを、本来の『Prject_F.A.T.E』を研究したいと望んだ研究者たちが見逃すはずもない。

 互いの願いと欲望を両立させる形を取った悪魔の営みは、こうして行われていく事となった。

 やがて管理局による取り締まりが活発になり、段々と違法研究者たちも摘発され、計画によって生み出された素体(コドモ)たちもまた同じ様に、管理局による保護を受ける事になっていくのだが……生憎と、司法組織であるとはいえ、管理局もまた単なる慈善によってのみ動いている訳ではない。

 組織というものは、その規模が増すごとに一枚岩である事が難しくなる。

 そして、管理局は次元世界を統括する司法組織。当然ながら、秩序を維持する為には力が必要だ。

 故に、この『Prject_F.A.T.E』に置いて、生み出される魔導師たちに関するデータは、実に価値のある代物だった。

 

 現在の主要次元世界において、力の指標となるのは、やはり『魔法』だろう。

 質量兵器の様に誰でも使える訳ではない反面、無差別に人を殺すだけの力ではない辺り、魔法には他にはない圧倒的な特異性(アドバンテージ)がある。

 しかし、『魔法』は資質によるところが大きい為、安定して強力な魔導師を管理局が一定数保有し続けられるかはかなり微妙なところだ。

 凶悪犯罪に手を染める強力な魔導師が現れた時、局の側に抑止となる同格の魔導師がいないのでは、鎮圧には相当の犠牲を払う事になるだろう。とりわけ、制限されている質量兵器などを秩序維持の名目で導入すれば、魔法における広域殲滅とは比べ物にならない犠牲が生まれるのは想像に難くない。

 無論そうならない為に、魔導師の育成はもちろん、対魔導師用の戦術や戦略などの研究も行われている。

 ただ、それだけで簡単に克服できるかと言えば、実際はそうでもない。

 実状としては、時代ごとに現れる英雄(エース)たちの力が、管理局に置いて最も分かり易い抑止力となっている。

 それも決して悪いとはいえない。人は完全なる秩序(システム)に守られるよりも、華々しい英雄譚に焦がれるものだ。そうした憧れが連鎖して、英雄たちを管理局という『正義の味方』に繋いでいる部分もあるのもまた事実。

 そも、理想を語るのならば、ヒトは善なるものであるという方が、本当ならば好ましい。

 とはいえ、理想はあくまでも理想。現実にその在り方を引き寄せることは、平和を維持するよりも難しい。

 それでも、時代の英雄たちが残してきた善なる意志は紛い物ではなく。

 たとえ現実を生きる上であっても、理想を『在るべき道』として見せてくれている。

 これは、決して『悪』ではない。けれど、それだけで全てが解決するわけでもないのも、また事実。

 であるからこそ、現実の抑止として力を求めるのは必然の動きだったと言える。

 

 ───そう。フェイトが目の当たりにしたのは、正しくそんな現実だった。

 

 

 

  3 (Same_Year.)

 

 

 捜査で踏み入ったその場所(ばしょ)は、一言で言えば悪魔の檻だ。

 そして、彼女にとってはどこか、今では少し遠のいた過去に通ずる何かを残した様相をしていた。だが、懐かしいという感傷を抱くには、そこはあまりに凄惨が過ぎる。

(…………酷い……)

 様々な培養容器や、実験器具の山。しかしそれだけなら、単なる研究施設と変わらないだろう。……けれど、此処にあるのはそれだけではない。

 施設の彼方此方に遺された痛々しい傷の数々から、巣食った悪魔たちの欲望の爪痕が見て取れる。

 果たして、目的を遂げる為にどれだけの血を重ねてきたのか。

 推し量れるものだけでも、ここが地獄であったのかが判る。目の前に骸が転がっていないのが、せめてもの救いであるといえよう。

 だが、それでも酷く不快である事に変わりはない。

 早く、終わらせなければ───と、フェイトは共に此処を訪れた局員(なかま)たちと共に、施設の奥へと足を踏み入れた。しかしそれが、そもそもの地獄の底への入り口である事を、フェイトたちはまだ、きちんと認識していなかった。

 

 

 

 奥へ進むと、更に酷い光景が視界を埋める。

 牢屋の様な部屋が幾つもあり、そこに納められた人造魔導師(こどもたち)は力なく部屋の中で小さくなり、近づいてくる足音に酷く怯えていた。

 ……どうやら、かなりキツく刷り込みが行われている様だ。

 ここの研究者たちは、彼らが逆らわぬ様に恐怖で意志を縛り、牢獄に置いてその身体を圧し留めていたらしい。

 実験・研究のために都合の良い、実験動物(モルモット)として。

(……なんてことを)

 灼ける様な怒りが湧きそうになる。───けれど、それを気取られてはいけない。(おもて)に出してはいけないのだ。

 当たり前だ。この感情は、ここに巣食っていた悪魔たちにこそ、償わせるべき罪科である。

 既に、施設に残っていた違法研究者たちの身柄は拘束した。『F』に関わる輩にはまるで蜘蛛の巣の様な広い繋がりがある。研究施設を一つ押さえたからと言って、その全てが終わりはしない。

 悪魔たちの営みは、今もしつこく世界に残り続けている。

 しかし、だからと言って意味がないと断じてしまえば、決して悪夢は終わらない。

 いつ終わるとも知れぬこの負の連鎖に、いつか終止符を撃つ為に。その為にフェイトは、こうして一つ一つ……悲しみの枷を解き、外して行くのである。

 

「……行きましょう」

 

 短く、誰ともなしにそう告げて───彼女らは、子供たちの保護を開始した。

 牢を開け、中に居る幼子たちに呼びかける。怯えてはいたが、聞き分けられない、という事はなかった。それは恐怖により縛られた、固い心による反射に近い。

 一人、また一人と、小さな身体を檻から解放していく。

 その度に心が締め付けられて、鈍く深い痛みが、身体の芯を捻じる。ここから出て、この恐怖を拭うまでに、果たしてどれだけの時間がかかるのか。

 そんな事、想像も着かない。唯一分かるとすれば、それがとても苦しく……難しいのだという事だけだった。

 

 苦しみを噛み潰しながらも、思い遣りを忘れずに。たとえそれが偽善的であっても、決して始まりの想いを違えぬ様に。

 そうしてまた、檻を開けていく───。

 やがて最後の部屋を残すのみとなったのだが。そこでフェイトは、その部屋が他の部屋と少しだけ異なっている事に気づいた。

 微弱だが、何かの魔力反応がある。それが部屋そのものに施されているのか、或いはそうでないのかまでは分からない。

 加えて、その部屋は他の部屋とは異なり、窓らしきものがなく中の様子が伺えなかった。

「………………」

 こうした研究施設では、人造魔導師に様々な能力を付加させる研究も行われている場合が多い。

 通常の魔導師としての能力だけでなく、もっと別の。

 他の魔導生物の融合なども、次元世界における違法研究の中では皆無という事も無い。

 故に少しだけ注意して、部屋の扉に手を掛ける。

 しかし扉は、さして重くない。それどころか、意外な事にその部屋には、鍵はさえかかっていなかった。

 隔てる意味がない、というのなのだろうか。

 けれど、それなら先程の魔力の反応は何なのだろう。そう、思考を巡らせながら、フェイトはその扉を開け放つ。

 ───が、次の瞬間。

 見えた事実に、フェイトは、その直前までの思考を恥じた。

 

 ここは、等しく地獄の様だった。

 受けた苦しみに、貴賤などは存在する筈もない。ないが───それでも、その子を見た時、フェイトは思わず言葉を失ってしまった。

 

 

 

 部屋の中に居たのは、子供だ。

 ここまで保護した子供たちと同じか、それよりも更に幼い少年である。……しかし、その子はこれまでの子供たちとは、明らかに異なる反応をフェイトに示した。

「ぅ───、……ッ‼」

 昏い部屋の中で、ギラギラと青い瞳が怒りに燃える。彼の赤い髪と相まって、その様相はどこか獅子を思わせる。

 獣。少年の様子を言い表すのであれば、まさにそれであった。

 さながら獣が敵へ威嚇する様に、侵入者に対して、その子は牙を剥いている。とはいえ、その反応自体は不自然という訳ではない。彼からしてみれば、このドアの向こうから来る者に良い感情など抱くまい。

 だが、それでもこの怒り様は異常である。

 ここまでの子供たちの無気力な反応を見てきたから、尚更に。

 しかも少年は、四肢を白い拘束着によって抑えられ、口に(くつわ)を噛まされた状態だった。……そんな状態でなお、彼はどこまでも深い怒りを向けていた。

 何が、彼をここまで駆り立てるのか。

 詮無きことだと判りながらも、敢えて思考を巡らせる。

 無論いまは、それを解決する事も、知る事さえ出来ないだろう。

 とにかく、何よりも早く拘束を外して、彼を保護しなくてはならない。

「き───」

 み、と言いかけたところで、フェイトの言葉は止まった。

 正確には、()()()()()といった方が正しいのかもしれない。

 部屋の暗がりの中で、光が奔った。

 黄金色より、どこか初々しい黄色の火花。そこでようやく、フェイトは先ほどの魔力の出所に気づく事が出来た。

 注意してみれば、微かに少年の額の付近(あたり)から、薄い火花が起こっているのが分かる。それが意味するところを、フェイトはよく知っていた。

 変換資質。先天的、或いは後天的に、魔力を特定の性質へと変換する事が出来るという特異体質(レアスキル)を持つ者が稀にいる。フェイトと、この少年がそれだ。

 そう。つまり、今の現象はこの子の魔法───いや、それにも満たない力の漏出であった。

 この奥の部屋に居たのは恐らく、この資質も絡んでいるに違いない。

 変換資質において、電気への変換の力を持つ者は、比較的多い部類であるといわれている。だが、それでも変換資質を持つ人間の絶対数は多くはない。

 故に、素体として研究者たちはこの子を別枠に置いたのだろう。

 成功した研究の成果。……或いは、珍しい結果を残した実験動物として。

「…………っ」

 覗かせるまいとしたのに、怒りがふつふつと湧いてしまう。

 しかしそれでも、ふざけている、と率直にそう思った。

 ぎり、と微かな音が響く。見ただけでも、この子がまだ一〇どころか、五つにも満たない事が分かる。そんな子供を、()()()()()()()()()など、在って良い筈がない。

 局員として、なんて堅苦しい理屈付けなど要らない。目の前に苦しみがあり、同じ様に悲しみがあるのならば、それを晴らそうとするのは、ごくごく当たり前の事だ。

 そして、その当たり前の事を成す為に、フェイトは今ここに居る。

 乱れた心に終止符を打ち突けて、フェイトは留めてしまっていた一歩を踏み出した。

「⁉ ───、ッ……ぅぅ!」

 再び威嚇。迸る電撃は、同系統の魔導師であるフェイトにとっては即死を招く程のものではなかった。

 ……しかしだからといって、痛みが皆無という訳ではない。電撃は皮膚と肉を焼き、身体を麻痺(しびれ)させる。

 当然、その痛みは激しい。

 けれど、

「───っ、ぅ……!」

 それでもフェイトは、足を止めなかった。彼女のその姿に、恐らく一番驚いたのは少年であったのだろう。

 きっと彼は、そんな在り方を知らない。

 知っていたとしても、幼い身には当たり前であった筈のそれは、当に過去へ置き去りにされてしまっていた。

 そして、幼い心に刻まれた傷に、いま直ぐにこの想いを伝える事は出来ない。

 だが、それでも。

「…………大丈夫」

 静かに、穏やかに。けれど、どこまでも真っ直ぐに。

 ただ、「大丈夫だよ」と告げる。この暗闇の中から、その身に降りかかる苦しみから、あなたを引き上げたいのだと───そんな想いを込めて。

 闇の中。深い慈愛に満ちた紅の瞳と、戸惑いを併せた青い瞳が交錯する。

 未だ通じているとは言い難い。だが、それでもやがて───やや時間を置いたところで、フェイトは少年の拘束具を外し、彼を部屋の外に連れ出した。

 

 

 

  4 (Same_Year-A_Little_Later.)

 

 

 それから少しして、フェイトはその少年の素性をきちんと知る事となった。

 彼の名は、エリオ・モンディアル。───より正確に言うなら、そのクローンと呼ぶべき存在だった。

 資産家であるモンディアル夫妻の一人息子として生まれた『エリオ』だが、そのオリジナルは既に病気で亡くなっている事が分かっている。

 現在、保護施設に保護されているエリオの年齢は、三歳程度。亡くなったとされている記録もそうである事から、何らかの方法で成長を止めでもしない限り、現在(いま)のエリオと過去の『エリオ』は同一ではないと考える方が自然だろう。……よしんば前者であったのだとしても、あの施設に居た時点で、そこまで都合よく『実は』とはならないのであるが。

 そして、研究所にも記録は残されていた。

 夫妻は死んだ我が子をどうしても忘れらず、違法研究である『F』に救いを求め、エリオをこの世に呼び戻したのだそうだ。夫妻が資産家であったが故、この技術を利用するのは容易かったのだろう。殆ど死から間を開ける事無く、エリオは夫妻の間に戻って来た。少しばかり隠蔽を行った様だが、少なくとも二歳から三歳になろうかという時期までは、夫妻の元で過ごしていた事も分かっている。

 しかし、今から約半年ほど前。

 エリオは、あの研究施設によって夫妻の元から引き剥がされる事になった。

 夫妻も最初は応じなかった様だが、違法研究を利用したという事実を突きつけられ、それ以上の反論をする事は出来なかったらしい。

 優しかったのだろう。本当は、愛情に深い両親であったのだろう。けれど、失くした子の面影を追って、悪魔と盟約を交わすに至っても。それを最後まで貫き、世界全てに反してでも守れる程には、彼らは強くはなかったのだった。

 そうしてエリオは、あの研究施設へと囚われた。

 研究所に送り込まれてからしばらくは、ただ怯え、されるがままの日々だった様だ。だが、やがて彼は現実を認識し、自分自身が両親の都合で愛され、そして捨てられたのだという事を知る。

 

 ───そこからが、地獄の始まりだった。

 

 エリオの持つ特異性。人造魔導師としての高い素養を持っていた事が分かると、研究者たちは彼に対し数多の研究(じっけん)を施して行った。陽光(ひのひかり)はおろか、星灯(ほしあかり)すらも届かない、深淵(やみ)の底に彼を閉じ込めて。

 当然、抵抗はあった。しかし、まだ守られていて当たり前の幼い子供が、拠り所たる父母を失っても抵抗を続ける事が、果たして、どれほどのものであったか。

 言葉になど出来る筈もない。

 そんな地獄に、エリオはいた。

 生命としての尊厳を貶められ、抵抗の意思さえも踏みつけられて尚、矜持を失わなかった。弱々しくはあったが、あの時フェイトに向けた電撃(キバ)。アレもまた、そんな心の表れだったのだろう。

 折れなかった心に、賛辞を示すべきか。───否だ。しかし、では憐憫を向けるべきであるかと問えば、それも否である。

 

 必要なものは、何なのか。

 情けとは、或いは憐みとは。

 

 そうした感情は、決して他者を下に置き、向ける施しの為にあるのでない。

 誇りと思う事も、恥辱と吐き捨てる事も、どちらも等しく容易い。けれど、ヒトはそれでも前に進めるものだと。その為に、その手を取りたいのだと。

 ……そう。あの日、あの出会いの中で出会った、幾つもの心はきっと。あの出会いにあった、そこから始まった、今の自分へ通ずる全てを───今度は、自分が伝えて行く為に。

 エリオのこれまでを知り、改めてフェイトは、そう決意したのだった。

 そんな彼女の決意に応える様に。エリオを保護した管理局の医療施設から、一つの報告が入った。

 ……目を覚ました彼が、いま施設の職員たちに反発し、暴れていると。

「──────」

 報告を受けたフェイトは、ほんの少しだけ目を閉じ、ひと呼吸分の間を置いた。

 その胸の内に浮かんだのは、何だったのか。

 言葉にする意味は、きっと無い。ただ、いま何よりも必要な事を、為さねばなるまいとだけ考える。

 そして、次に目を開けた時。

 彼女の瞳には、揺らがぬ何かが宿っていた。

 

 ───さぁ行こう。

 もう、彼が悲しまなくて済む様に。その為に、自分に出来る事を、成す為に。

 

 

 

 

  5 (Same_Time.)

 

 

 管理局の保護施設。その一角で、獣の様な(こえ)がした。

 医療スタッフたちは、その姿(こえ)に、何を連想したのであろうか。

 憤りか、憐みか、或いは恐怖か。どれであったとしても、きっとそれは、彼の逆鱗に触れてしまう感情であった。

 ……ああ、恐らくは酷く癪に障った事だろう。

 他者から向けられる全てが不快だった。いったい、それらの何を愉快に思えるというのか。

 

 

 ───いつの間にか、意識を無くしていた。

 どうしてそうなったのか、そんな事は知る由もない。ただ気が付いた時、あの暗がりの中ではなく……少しだけ、違う場所に居た。

 

 光があった。

 

 久しく見ていなかった、ただ青白いだけではない、不快でない光が。……でも、そこに在ったのは。あの場所と同じ、白で───

 

 

 それに気が付いた瞬間、心は自分を守ろうと叫びを挙げた。

 

 ……あの時、何かが変わる様な気がした。

 だが、それも気の迷いに過ぎなかったのだろう。

 

 結局、場所が変わっても何も変わらない。

 誰も判らない。そして、自分にも何も解らない。

 

 此処は何処で、自分は誰だ。

 何故、生きている? 今も、こうして、この場所で。

 誰が今更、この命を求めたというのだ。与えられた意味など、当に投げ棄てられてしまったというのに……。

 

 幼い心は、きっとそんな事を叫んでいた。

 知らぬ言葉の方が多く、どう表現して良いのかさえ知らない。

 世界の在り方も、現実に起こり得る悲劇も。それが、自分の身に降りかかるという事も。何も、何も知らない。

 だから、(さけ)んだ。

 分からなくてもいい。どうせ誰にも伝わらないのならば、もう、何も。

 悲しみの雫の代わりに、眩い雷が流れ出した。……忌々しい、こんなモノを望んだわけではないのに。こんなものがあるから、もう誰にも触れられない。

 目の前に居る人たちの事は知らない。

 ただ、あの白い服は嫌いだった。

 

 黒い、雷の獣に触れる為の手袋()をして……まるで、此方の方が、汚らわしいものであるかの様に見る。

 綺麗すぎるくらい、白い。

 なのに心に爪を立て、疵を刻む。

 あの場所に居た、研究者たち(コワいモノ)に、重なる姿が。

 

 ……でも、あの昏い場所では、それだけだったのだ。

 自分の傍にある、何かは。

 だが、アレが最初に自分の居場所を奪い去った。幸せだったのに。気づかないままで、居させて欲しかったのに。

 そしてきっと、本当なら、()()()()()()()なのに。

 けれどそれは嘘になって。呆気なく、伸ばされた手は伸ばした手を掴む事はなく……下げられてしまった。

 

 どうせこうなるなら、どうして生きているのか。

 消えてしまえればいいのに。誰も自分を死なせず、あまつさえ生かした。───それが、どうしようもなく、腹ただしかった。

 ……だから、死ぬよりも叫びを挙げる事を選んだ。

 

 それが、間違いなのだろうとは、何となく分かる気がした。

 でも、それ以外に方法を知らなかった。

 だって、何も知らない。

 なんでこうなったのかも、どうしてここに居るのかも。

 でも、誰も止めてくれない。目の前に居るヒトは、ただ此方をとても不快な眼で見据えているだけで、何一つ教えてくれない。

 何も、何も、何も───!

 ……そう。誰も、触れてさえ、くれない。

 

「ぅ……、───ッ‼」

 

 怒りと悲しみが綯交ぜになり、自分という存在を、どこにも確かめられずにいる憤りばかりが積もり積もる。

 そうした憤りを載せた、鋭く幼さを消していく眼光は、さながら刃の様でもあった。

 だが、それは脅かし、傷つける為のものではない。

 むしろその逆で、己を囲む全てを恐れ、拒絶しているかの様な───怯えた子供の、慟哭(さけび)そのものだった。

 

 届けようのないその叫び。

 何かを傷つければ、この気持ちは晴れるのか。……それとも、そんな()()さえ許されないのか。

 

 何処にも、誰にも。

 繋がりも、拠り所も何も無いままで。

 答えなんてものが在るのかさえも判らず、幼い心は悲鳴を上げ続ける。

 しかし、それを。

 

「エリオ」

 

 ───しかと聞き届けた者が、此処に一人。

 

 

 

  6 (Turning_Point_1.)

 

 

 名を呼ばれた時、エリオは息が止まったかの様な錯覚に陥った。

 あんなに暴れていたのに、形振りを構うどころか、構えるものさえ何も無かったのに。それでも何故か、エリオは止まってしまった。

 怯えるでも、憐れむでも、悲しむでもない。不思議な色を載せた、その紅い瞳に見つめられて……。

 

 ───あの時と、同じだ。

 

 暗い、昏い闇の中で、エリオはそれを見た。そして同じ様に、自分を止められてしまったかの様な錯覚に陥ったのを覚えている。

 でも、それは鎖に繋がれるのとは違っていて。苦しいどころか、逆に穏やかでさえあった。

「──────」

 何なのだろう、この女性(ひと)は。

 分からない事に苦しむのではなく、純粋に疑問に思った。

 目の前に居る人物を見ていると、何故か焼け爛れた衝動が沈み、やがて消えてしまいそうになる。

 穏やかな双眸が、真っ直ぐにエリオを捉えてくる。思わず呆けてしまっていると、また言葉が重ねられてきた。

「エリオ。ダメだよ、あんまり暴れたりしちゃ……」

 まるでそれは、本当に心配している様な旋律(ひびき)を孕んでいた。そうした、柔らかで穏やかな声音に、心が解かれてしまいそうになる。

「う、うるさい……! 関係ないだろッ⁉」

 咄嗟にそう言い返したものの、先ほどまでの鋭さは声から薄れつつあった。

 目の前の女性は、この状況でも動じた様子を見せない。しかしそれは、機械的、或いは無機質な反応だという訳ではない。むしろ、その女性(ヒト)からは、そういったものとは真逆のものが感じられさえした。

 だが、だからと言って、変に芝居がかってもいない。それどころか、突き返した言葉に対する応えさえ、酷く穏やかだった。

「関係なくないよ。わたしは、エリオに幸せになって欲しくて、あそこから連れ出したんだから……」

 そう。ただ、目の前に居る人は穏やかなのだ。感情の起伏が薄く動じない、というのでなく───どこまでも、荒波の様な怒りや悲しみを前にしても、それに向き合うだけの強さを持っているのだろう。

 これまでとはまた別の何かが、エリオの心を乱す。

 知らない何か。───否。知っているが、遠くに置き去りにしたそれが、今のエリオを揺らしている。

 いつの間にか信じられなくなったヒトのぬくもりが、迫る。

 

「そんなの……頼んでないッ!」

 

 だから、拒絶しようとした。

 また失ってしまうくらいなら、傷つく事になるくらいならば。また、最後には棄てられてしまうくらいなら。……最初から、そんなものは要らないと。

 けれど、

「うん……。だからアレは、わたしのワガママだったのかもしれない。でも、わたしは」

 ───それでも、と。

 一歩、また一歩。その女性(ひと)は、エリオへと近づいて───そして、その手を、彼へ向けて伸ばそうとした。

「ッ⁉」

 その時、何を思ったのか。

 分からない。何もかもがごちゃごちゃと、混濁し混ざり合って、形を失って行く。

 ただひとつ確かな事は、何よりも恐かったという事だけ。

 いったい、『何が』恐ろしかったのだろうか。実際のところ、それも解からなかった。……いや、より正確に言うなら、解かりたくなかったのだ。

 何故なら、それを理解した時点で。

 

 ───きっと、求めていたものが、そこに在ると認める事になる。

 

 だから、それに()()()()()()()()、もう戻れない。そして、もしそこが心地よいのだとしたら。

 いつかまた、失ってしまう事になるかもしれない。

 それは、イヤだ。

 もう、恐い思いなんてしたくない。

 辛い思いも、怒りも憎しみも……悲しみも苦しみも、味わいたくなんかなかった。

 

「僕にッ、───さわるなァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼‼‼」

 

 黄色の紫電が、エリオの身体から迸る。

 もはや、電撃というより殆ど爆発に近い。放った本人ですら驚くほど、これまでのものとは比較にならない凄まじさであった。

 間違っても、ヒトに向けるべきものではない。

 いかな子供であっても、裁かれても文句は言えない程のものであったといえる。

 だが、触れれば肉さえ灼けつきそうな威力であったにも関わらず、それでもまだ、エリオの前に彼女は立っていた。

「………………」

 今度こそ、本気で言葉を失った。

 浅い息が漏れる。気づかない内にキツく、掌に爪を立ててしまうほど固く握り込まれていた拳は、微かに震えていた。

 動揺し、エリオは目の焦点が合わなくなる。

 いつの間にか震えは全身へ伝わって、足元もおぼつかなくなっていった。

 息はやがて枯れた様になり、喉が潰れたみたいに止まって行く。

 もう、先ほどまでの恐怖はなくなっていた。しかしその代わりに、今は全く別の恐怖がエリオの全身を包みこんでいる。

 そこからどうなるのか、もう本当に解らなくなった。

 ただ、取返しがつかない事をした。という思考だけが、他人事のように頭をよぎる。

 今度こそ、本当に───けれど、

 

「大丈夫、平気だよ……わたし、結構強いんだから」

 

 そんな、どう解けばいいのか分からなくなった拳を、そっと、暖かな掌が包む。

 痛々しい焼け跡が見える手が、自分の手を包み込んでいる。先程、あれだけ拒絶したというのに……彼には、それを振りほどく事は出来なかった。

 互いの手を通い合う熱が、だんだんと、だんだんと……。その固くなった、苦しみに塗れた心を解いて行く。

 まるでそれは、お互いの心そのものを通い合わせるかの様に───。

「ねぇ、エリオ。エリオがいま悲しい気持ちも、許せない気持ちも……わたしはきっと、全部は分かってあげられない。───だけど、それでも分かりたいんだ。悲しい気持ちも、辛い気持ちも……分け合いたいって思ってる」

 やはり、穏やかに。

 その女性(ヒト)は言葉を紡いで行った。

「…………わたしもね、エリオとおんなじだったんだ。一番大好きな人に要らない子だって言われて、失敗作だって言われて……寂しくて、苦しくて、死んじゃいそうだった」

 苦い思い出(きおく)と共に、自分の疵を明かしながら───目の前にある疵へ語り掛けていく。

 決して惰性の共感などではない。

 確定的ではないのだとしても、いつかへと向けた、祈りの様なものを込めて。

「だけど悲しいのは、ずっと……永遠になんて、続かないから。

 楽しいことや嬉しいことも、探して行けば、絶対に見つかるから。わたしも、探すの手伝うから……」

 挙げられた悲鳴を聞き届け、慟哭に濡れたその声を真っ向から受け止める。

 (ひとえ)に想いを伝えていく為に───いつかまた疵を癒し、もう一度、優しい未来(あした)を見られる様に、と。

 

「だからね、お願いがあるんだ。───そんなに悲しい気持ちで、誰か(ヒト)を傷つけたりしないで? ……そんな風に自分を、傷つけないで?」

 

 そっと、頬に手が触れた。

 嫌悪も恐怖も、そこにはなく。ただ、気づかぬ間に零れ落ちていた滴を拭う指先だけが、酷く優しい。

 ……落ち着かな(うるさ)かった鼓動(みゃくどう)が、いつの間にか静かになっていた。潰れていたみたいな咽喉が、息を身体に送り込める様になっている。

 何故、この女性(ヒト)は、

「…………なんで……どうして、そこまで……」

 知らぬ存ぜぬと切り捨てる事だって、出来るのに。

 どうしてそこまで、気にかけてくれるのか。どうして、こんな傷を負ってまで、自分の傍にいてくれようとするのか。

「…………あなたは、」

 誰? と、要領を得ない問いかけが漏れ出した。

 たどたどしく、言葉を紡ぐと、それに彼女はこう応えた。

「わたしはね? フェイトだよ。フェイト・(テスタロッサ)・ハラオウン。

 あなたをあそこから連れ出した人で、管理局の執務官をしてる。……でも、それだけじゃなくて……幸せになって欲しいって、そう思ったから。

 どんなに世界が悲しいままでも、きっとどこかに、ちゃんと優しいものがあるんだって……そう、伝えたかったから───わたしは今、こうしてここにいる」

 何度でも、何度でも───真っ直ぐな想いを、そこに込めて。

「だから、エリオがまた……ちゃんと幸せを見つけられるまで。エリオの傍に、居させて欲しいな……」

 その言葉に、今度はもう、返せる言葉なんて無くなっていた。

 偽りだなどと、言える筈もない。あまりにもまっすぐで、どうしようもなく優しいそのまなざしを前にしては。

 世界を恐れていた幼子は言葉を無くし、何も応えられなかった。けれどその代わり、これまでとは違う嗚咽(こえ)が漏れ出し始める。

 いつの間にか、忘れてしまっていた。

 誰かの腕の中で泣く事など、もう無いのだと思っていたから。……もう二度と、許されていない事だと、そう思っていたから。

 

 そうして大声を挙げて、エリオは泣いた。此処までに抱え込んでいたもの全てを、涙と声に変えて。

 特別な事は何もない、普通の子供と同じように。

 

 悲しいと、苦しいと。

 ……助けて、欲しかったのだと。

 

 やっと、ようやくそう告げる様にしながら───エリオは、ただ泣いていたのだった。

 

 

 

  7 (Turn_Up_To_Now.)

 

 

 それから、さして間を置かずにフェイトはエリオの保護責任者となった。

 本来であれば、あまり管理局員としては好ましい選択ではなかったのかもしれない。しかし、エリオという少年を導く大人(せんだつ)として、フェイト以上の適任はいないのも確かである。

 理由としては、やはり『F』に関連するという事。

 そして、フェイトがエリオと同じ、電気変換資質を持っているという事が挙げられる。

 諸々の理由はあったものの、フェイトは選び取った。また歩み出すその幼い手を取る事を、かつて自分が、親友たちや家族にそうしてもらった様に。

 そうしてフェイトはエリオと出会い、支える者として彼の保護責任者としての役を、正式に担う事になった。

 が、その矢先。局内にある少女についての噂が流れ始めていた。

 ───曰く、その少女は、どんな部署でも持て余してしまう人材であるそうだ。

 初めにそれを耳にした時、フェイトはこの噂に対して、強い憤りを感じた。しかし、いくら執務官であるとはいえ、彼女はまだ十七歳。手を広げ過ぎてしまえば、どれだけ立派な想いであろうとも、違えてしまうかもしれない。

 それは、あってはいけない事だ。

 責任はもちろん、他の現実的な課題にしても、挙げていけばキリがない。

 理想と夢想を履き違えてしまえば、夢はいつか呪いへと変わってしまう。

 急いては事を仕損じる。

 ここは、動くべきではない……筈だ。

 が、そう警告する理性とは裏腹に。心の隅に留めて置くには、その噂は耳に届き過ぎた。故に、一先ずは事実の確認だけはしておこうと、フェイトは件の少女の事を調べる事に決めたのだが───それはまた、随分と特殊なケースであったと思い知る羽目になった。

 

 少女の名を明かすのは、さして難しい事ではない。フェイトが執務官であるというのも、それに拍車を駆けた。

 基本的に所属部署を一律にしていない分、執務官は任務時に置かれた場で、事件解決の為に一通りの役をこなす。例えば、フェイトや兄のクロノが着く事が多かった、次元航行船での任務においてもそうだ。現場検証から捜査、武装局員の指揮、そして自身での武装介入に至るまで、執務感は全般的に事件捜査に関わって行く。それゆえ、執務官という役柄は様々な部署、局員と顔を合わせる機会も多い。余程の人間嫌いでも無い限り、執務官というのはかなり広く交流(コネクション)を持つ事になるのだ。

 そうして調べを進めて行くフェイトだったが、調べ始めて直ぐに、その『噂』が単純ではないと言う事を思い知った。

 件の少女の名は、『キャロ・ル・ルシエ』。第六管理世界・アルザスに住む少数民族、ル・ルシエ族出身の少女だという。

 フェイトも、名前くらいは聞いた事があった。友人であるユーノの出身であるスクライアほど管理局の関わりがある訳ではないが、『召喚魔法』を得意とする少数民族で、特に『竜』を使役する術に長けているのだとか。

 そして、どうやらその力が、キャロという少女が持て余されている原因らしい。

 エリオと同い年であるこの少女は、過去に一族を追放され、そのまま各地を巡り、やがて管理局に保護されたのだそうだ。

 追放された理由は、『竜』の使役する力。力を持たぬが故にではなく、持ち得た力の強大さ故に排斥されてしまったらしい。ル・ルシエ族に限らず、本来『召喚士』の一族というものは、喚び出す魔法生物との共生・友好が基本であり、基本的には人里に近い場所に集落を持つ事はない。また、喚び出す生物たちと密接な絆を結び、強力な存在を召喚する資質を持つ者を巫女、或いは巫覡と呼ぶ。本来であればキャロは、巫女としての高い資質を持った、一族にとっての宝ともいえる存在である。

 だが、一族はキャロの力を善しとはせず、追放してしまった。

 理由は、キャロがその資質を御し切れていなかったからだと言う。

 強力な竜を喚べるのだとしても、友好と築き、その力を使役し、借り受ける。けれどそれが出来ず、ただ強大な力を呼び起こすのみであると言うのならば、恐ろしい時限爆弾を抱えているのと変わらない。

 とはいえ、キャロは幼い。

 まだ五つにも満たない子供である彼女に対し、今すぐに、と結果を求めるのは、余りにも酷な要求だといえる。

 いつかは、いずれは。初めは誰もが、きっとそう思っていた筈だ。

 しかし、何事においても過ぎる力は疎まれ、恐れられるという事なのだろう。

 キャロの力は、幼い身にはあまりあるものであった。それこそ、子供らしい癇癪で街一つ、或いは国さえ滅ぼしかねない程に。

 幼く、恐らくはこの先に並び立つ者など、そうはいない。

 神からの祝福を一身に受けた、といってもいい。だが、多数の中で生きる訳ではない一族の者たちにとって、キャロの力は祝福を受けた巫女のものではなく、さながら悪魔が齎した厄災そのものであった。

 結局キャロは、齢四つになろうかという頃に、一族を追放されてしまった。小さな一族の中(セカイ)に生まれ、外をほとんど知らないまま育った少女は、幼い身にはあまりにも厳しい旅路(セカイ)へと誘われる事になったのだ。彼女が生まれた時から傍にあり、彼女自身が孵し育てたという、一匹の若竜と共に……。

 これは、就業年齢の低いミッドチルダ───より正確にいうのならば、魔導師として独り立ちする年齢にしても、あまりにも早すぎる。まして、絶縁を前提とした排斥による()()()など、幼い身に酷である事には変わりはない。

 

 であればこそ、フェイトに選び取れる道は二つ。

 

 一つは、これ以上関わらないという道。初めの思考の通り、フェイトはまだ若く、広げられる手は広いとは言えない。分を弁えるのなら、恐らくはこれが、最も理性的な選択なのだろう。

 これに対して、二つ目はその逆。理不尽に憤るのであれば、分を弁えずとも、真っ向からその理不尽に叛逆してみせるというものである。

 どちらが賢い選択か、そんなものは問うまでもない。同じ様にまた、どちらを選ぶべきか───そんなもの、問うまでもなく決まっている。

 たとえ愚かでも、傲慢であったのだとしても。それでも譲れないと、手を伸ばしたいと、そう思えた。

 だからこそ、フェイトはその為にもう一度手を伸ばすと決め、動き出したのだから。

 

 

 

  8 (Age-74_Late-Fall.)

 

 

 そうして話を聞き終え、ユーノは事の顛末を知った。

 依頼の理由と、彼女の硬い決意についても。

「……そっか、そうだったんだね」

「うん……。依頼の細かいところまで、っていうのはそういう事なんだ。わたしはまだ、ル・ルシエ族とか、召喚魔法の事……あんまり、詳しくはないから。それで、少しでも知らなきゃ、って思って……」

 フェイトは、そうユーノに言った。

 キャロが持て余されている理由は、何も彼女の力の強さだけが理由ではない。その力を制御し切れていない事を、彼女自身が恐れている所為でもある。……無理もない。何しろそれこそが、彼女が一族(かぞく)を追われた理由そのものなのだから。

「エリオの時は、わたし自身が近かったからっていうのもあるけど、手を伸ばせた。それが今回も上手くいく保障になんてならないけど……でも、嫌なんだ。

 自分から犯したわけでもない罪を背負って……持って生まれた力を無暗に振るったり、逆に怖がりすぎて力に潰されちゃうのは、見たくないから。分からないなら、知っていけるんだって。それが、怖いだけのものじゃないよって……そう伝えられたら」

 きっと、変わる。

 もちろん、必ずなんて保証はない。逆に、より深く傷つけてしまう可能性だってある。

 この先にはきっと、たくさんの壁が待っている。

 至らない事ばかりで、折れそうになるかもしれない。

 だが、それでも手を伸ばしたいと思った。

 力により絆を失い、また自身でも持て余し……自分自身を恐れてしまっているその少女の、助けになりたいのだと。

 その想いに偽りはない。だからこそ、それを本当にする為に今。

「ユーノに、力を貸して欲しい」

 自分に足りないものを、貸して欲しいと。フェイトは、ユーノに頼みを告げる。

 これに対し、ユーノは間髪入れず、迷う事なくこう返した。

「分かった」

 と、短くもハッキリと。その想いに応え、支えるという意志を込めて。ユーノは強く頷き、そう応えた。

 成し遂げようとする心を支え、その固めた決意と意志の、背を押す為に。

「出来る限り早く準備するよ。ル・ルシエ族の事や、召喚魔法についてをまず先に。そのほかの情報についても、出来る限り探しておくから」

 一先ず調べておく範囲を先に挙げ、ユーノはさっそく検索に取り掛かる旨を告げる。

 それを聞いて、フェイトは嬉しそうな顔をした。しかし、直ぐに舞い上がりかけた笑みを抑え、少し申し訳なさそうにこういった。

「ありがとう、ユーノ……でも、ごめんね。忙しいのに」

 ある意味、勝手ではあった依頼ではあった。

 ここ数年は余裕が出てきたとはいえ、依然司書長として、ユーノは忙しい身である。それを幼馴染という間柄に甘えて、頼みを聞いて貰っている様なものだ。……尤も、彼女らの身内はお人よしも多く、ユーノもその例外ではないのだが。

 しかし、それでも大手を挙げて喜ぶのは、あまり褒められたものではない気がした。

 けれどユーノは、そんなフェイトの様子に苦笑し「大丈夫だよ」という。

「心配してくれてありがとう。でも、気にしないで。フェイトのしようとしている事は、難しくても、間違いなんじゃないんだから。一人じゃ難しい事だからこそ、頼ってくれて嬉しいよ」

 それにね? と、ユーノは続ける。

 自身らの周りに広がる膨大な書架の螺旋を指しながら、

「情報は、活用する為に在るんだ。誰かが何かに挑む時、その背を支えられる様に。それが『無限書庫』と、僕ら司書の役割。だからフェイトが想いを遂げられるまで、全力で支えさせて欲しいな」

 と、言った。

 誰かを助けたいという願いがあるのなら、自分の力も使って欲しい。そんなユーノの言葉を受けて、フェイトの表情からは、もう曇りは消えていた。ただ、また一つ手を取り合ったという温かさだけを残して。

「ありがとう」

 迷いを失くし、晴れた言葉は、短くすんなりとした音のまま外へ出た。

 二人は微笑みを交わし、フェイトの依頼はユーノへと託される。

 小さな心がもう一度、暖かな場所へ行ける様に。自分自身を怖がったりせずに、幸せに笑える様にと祈りながら───二人はこうして、動き始めたのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ───それから三日の(のち)

 フェイトは膨大な資料を前に、数多の情報を読み込んでいた。

 前に置かれているそれらは、彼女自身が集めたものが少しと、この前ユーノに依頼して送ってもらったものである。

 にしても、

(流石……依頼して、まだ一週間も経ってないのに)

 そう。思わず溜息が漏れてしまうくらいに、集められた資料(じょうほう)は膨大であった。

 約束に違わず、ユーノは調べられるだけの情報を調べ挙げ、フェイトに渡してくれた。その数たるや、先んじて調べていたフェイトも追いつかない程である。しかもそれらには単純な歴史資料などだけでなく、もっと細かな情報もたくさんあった。

 無論、完全とは言えないまでも、入り口としては十分過ぎる。その上、まだ不足や必要があれば再び要請を送って欲しいとの事だ。本当に、支援という観点に置いて、彼の在り方は実に心憎い。

(……ユーノってやっぱり、先生気質なのかな?)

 ふと、そんな事を考えながら、フェイトは資料を読み進め、保護責任者になるうえで必要だろう事柄を頭に叩き込んでいく。

 召喚士や、『竜』について。その他にも、いくらかル・ルシエ族に纏わるものを。

 ただ、これらはあくまでも基礎知識に過ぎない。何よりも大切なのは、本人の心を支える事であり、これらは糧とすべきモノのごく一部でしかないのだから。

 本人と向き合い、伸ばした手を取り合う事。

 そしてそこから、どう歩みを進めていくのか。

 何よりも大切であるのは、そうした積み重ねであり、想いなのだ。恐れの原因となってしまった、魔法に準ずる者としても、それ以外の面においても。これから先において、その心を支え導く為に。

 そも、フェイトとキャロでは魔導師としてのタイプが違う。

 『召喚魔法』という特殊な魔法を使っている、というだけではない。

 フェイトは空戦魔導師として学んだ、高速戦技を軸としたスタイルを取っている。対してキャロの用いる魔法は、『召喚魔法』といった特殊性を除けば、後方支援に類するものが多いと聞く。

 元々フェイトは、そういった支援系統の魔法の手持ちが少ない。高速戦技を主としている事や、生まれ持った魔力量の多さもあって、どちらかというと真正面からの防御よりは被弾前の回避であったり、或いは向けられた攻撃と同程度の魔力で相殺、といった手法を主としている。

 そういう意味でいえば、フェイトにはキャロを魔導師として完全に導くのは難しいといえよう。しかし別に一人でなければいけない理由など無く、むしろそういった事柄を知っているという方が、此処に置いては重要なのだ。

 故にこそ、また知り合いに頼る事もあろう。

 少し自分の至らなさを不甲斐無く思わないでもないが、それを承知で選び取ったのがこの道だ。

 至らなさはこれからも埋めて行く。為すべき事も、やるべき事も、当に決まっているのだから。

 何もかもが、まだまだこれからだ。

 だかこそ、支えて行こう。それが、手を取る責任と―――まだ青い、未熟な愛の証明であるがゆえに。

 

 手を伸ばす先は、もうそこまで迫っているのだから。

 

 

 

  9 (Turning_Point_2.)

 

 

 白。

 ここを一言で言い表すのなら、たぶん誰でもそういう言葉になるだろう。そして、そんな雪よりも冷たい色調の中に、少女は居た。

 明るい桃色の髪から受ける印象とは裏腹に、あまり表情を覗かせない。どことなく、その部屋の色調に同化してしまっている気さえする。

 少女は特に何に興味を示すでもなく、近くに転がっている玩具をぼんやりと眺めながら、大人しくその場に座っていた。どこか、動く事さえ億劫な様に。……いや、正確にいうのなら、動く事を避けているというのが正しいか。

 野山を駆け回る、とまではいかずとも、本来なら、外を出歩きたくなる年頃だろうに。

 けれど、少女は静かに座っている。藍色がかった瞳は、今のこの部屋と———彼女自身を写す鏡の様に、虚ろな色を湛えていた。

 ぽつんと、そのまま部屋の色彩に溶けて消えそうなくらいに。

「きゅる」

 しかしそこで彼女を呼ぶ声がした。

 それを受けて、少女はようやく視線を定め、声の場所を見る。そこには、一匹の小さな竜がいる。

 それがこの部屋の中で。……あるいは、この世界の中でただ一つ。

 彼女の傍らから離れない、稀有な存在。

「……フリード」

 短く名を呼ぶと、また鳴き声が返ってきた。

 竜らしからぬ、しかしだからこそ、柔らかな優しさを感じさせるその声に、少女はようやく、微かに口角を上げる。

 そっと手を伸ばし、その背を撫ぜる。

 蜥蜴か鳥か。あるいは両方であり、それでいてどちらでもない感触。けれど確かなぬくもりを持った、幼い頃から共に在った友であり、家族。それが、彼女にとっての『竜』という存在。……そして同時にそれは、彼女がここにいる理由の一端であり、家族から隔絶した力の象徴でもあった。

 

〝───大きすぎる力はいずれ、諍いや災いを齎す〟

 

 ほんの一年前に、彼女は自身がそういうものだという烙印を押された。

 そうして家族の枠から出され、外へと足を踏み出した。ちょうどそれは、今いる部屋と同じで、白く冷たい、雪の舞う季節だったのを覚えている。

 外は、怖かった。

 どこへ行けばいいのかも、何をすればいいのかさえ分からない。

 知らない事だらけで、分からない事ばっかりで。ただ、自分もまた、怖いものなんだという事だけが、心の中に残っていた。

 今こうしている部屋は、あの時ほど怖くはないけれど、やはりどこか怖いなと思う時がある。

 だが、そうした怖いものさえ、自分は壊してしまうらしい。

 帰りたいと思った事がない訳では無い。……だけど、帰れないし、帰りたくなかった。

 微かに矛盾を孕んだ思考は、何時まで経っても堂々巡りを続けている。ある意味、それこそが今の彼女を表しているといえなくもない。

 囲いの中でも、外でない場所に居られるなら。

 でも本当に行きたい場所は、ここじゃない。なのに、それがどこであるのかすら、分からなかった。

 何をしたらいいのだろう。

 どこへ行けばいいのだろう。

 もし何かをして、どこかへ行って、そうしたら───いったい、どうなってしまうんだろうか。

 自分が本当にどんなものであるのかすら、分からないのに。

 

 今が酷い、とも思えない。

 だって、何も分からないのだから。

 

 いっそ、切り離してしまえばいいのだろうか。

 『竜』とも、その『力』とも、自分の全てを。

 

 ───もしかすると、それが()()()のかもしれない。

 切り離してしまえば、或いは無くなってしまえば。そうかもしれないという恐怖からも、逃れられるのかもしれない、と。

 そう、思った事も、あった。

 しかし、それは出来なかったのである。

 傍らにある『(とも)』のぬくもりも、残された存在も。そして、自分がその傍らに在る事も。

 どれもこれも、捨てていいなんて、思えない。

 失くして遺されるのも、自分から消えて遺すのも、嫌だった。

 

 何が間違いで、何が正しいのか。

 そんな事は分からない。どうしたらいいのかさえ、何も。

 

 ただ、それでも捨てられないものがあって。……それだけは、きっと本当だったから。だからこそ、彼女はい今もずっと、こうして留まっている。

 いつ終わるともしれない、逡巡の螺旋の中に囚われながら、この怖くなく居られる何時かを思いながら。

 けれど何故か、世界(うんめい)の潮目は、急に変わり始めていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「───君に、会いたいという人が来ている」

 

 言葉自体は、比較的呆気なく耳から内へ下るのに。初め、キャロはそれがどういう意味であるのか、まるで分らなかった。

 何か、別の意味があるのだろうか。しかし告げられた言葉は、いくら反芻しても変わらない。

「あの、それって本当に……わたしに、ですか?」

「ああ、そう聞いているが」

 思わず訊ね返したものの、返って来る言葉は淡々と、『そうである』とだけ告げてくる。

「…………そう、ですか」

 半信半疑のままそう返して、口を閉じる。変わらぬ応えに、キャロはますます訳が分からなくなった。

 自分に、会おうとしている人がいる。

 この『外』において、知り合いと呼べる人は、果たしてどれくらいいるのだろう。ここに来るまで、いろいろなところを渡りはした。けれど、会いに来てくれるほど、親しくなった人物に、心当たりはない。

 であれば、と。一抹の可能性を浮かべようとしてみるが、それはありそうもないと思い直す。追放されて、関わらぬ様に言いつけられたのだ。今更、()()()()という事もないだろう。

(…………どういうこと、なんだろう……?)

 自分に、会いたいというのは。

 会いたいと想ってくれる人がいる。どうにも、それが信じられなかった。

 必要とされる道理がない。もしもこの、『力』が欲しいと言われるとしても、上手く使えるとも思えない。それだけを求められているなら、渡せるものなら、渡してしまいたいけれど……そんな事、出来る筈も、ないけれど。

 (しろ)く、思考が塗り潰されて行く。

 出口の見えない、長い迷路にでも迷い込んだ気分だった。

 結局、そのまま答えは出ないまま、キャロはただ一言。「分かりました」とだけいうと、それ以上は何も言わず、口を噤んだ。

 過ぎ去っていく流れに身を任せる以外、出来る事など無かったから。

 

 そうして、その時は来た。

 しかし、激しい雨か冷たい雨の様であるのかと思っていたそれは。想像に反して、酷く静かで穏やかに。

 キャロの前に、その女性(ひと)は現れたのだった。

 

 

 

  10 (Same_Year-A_Little_Later.)

 

 

 酷く大人しい女の子。フェイトが初めてキャロと対峙した時、受けた印象を言葉にするのなら、こうだ。

 ……いや、大人しいというのは、少し違うのかもしれない。

 感情を押し殺していて大人しいのではなく、それはむしろ、そういったものをどこかに忘れて来てしまったかの様に感じられた。

 白い部屋の中で出会った彼女は、訪れたフェイトの事を、とても不思議そうに見ている。

 驚きでも、困惑でもない。

 フェイトという存在が、なんであるのか。それが分からないから見ている、ただそれだけの事だ。

 自分がどうなるのか、どうしたいのか。

 何も分からないから、時に身を任せている。

 ……その空虚さに、フェイトは覚えがあった。拠り所を無くした、迷子になってしまったような、寂しげな瞳に。

(……今のキャロは、昔のわたしとよく似ている)

 エリオの時とはまた違う、小さな共感。自分の存在を置くべき場所を見失い、進む事の出来なくなってしまった経験が、フェイトにもある。

 苦しくて、悲しくて、目の前が真っ暗になった。

 居るべき場所というのは、とても曖昧なものだ。ふとしたきっかけで、呆気なく砕け堕ちてしまう。

 

 けれど。

 だからといって、それが全てではない。

 

 忘れる事は出来ない。

 壊れても、突き放されても。本当に大切なものであるのならば、絶対に。

 でも、いつまでもそこに居ては、今度は先に進めなくなる。……ずっとずっと、悲しいままでいなくてはならなくなってしまう。

 一人で乗り越えられるのなら、それに越した事はないのかもしれない。しかし、全てがそうではないというのも、フェイトはよく知っている。

 だから、もし───一人きりでは進めない場所にキャロがいるなら、手を伸ばしたかった。

「キャロ」

 その為に、名前を呼んだ。

 初めは、それだけでいいのだと。そう友達が教えてくれた、人と人を繋ぐ、始まりの言葉を。

 名前を呼ばれ、キャロは少し驚いた顔した。

 彼女の反応が、少し悲しい。それはつまり、そうした反応を示すくらい、キャロが己の名前を呼ばれていなかったという事だから。

 だが、それでもと、前へ進む。

「こんにちは。わたしは、フェイト───フェイト・(テスタロッサ)・ハラオウンっていいます。よろしくね」

 簡単な自己紹介をすると、キャロは戸惑いながらも、小さく頷いた。

 キャロの反応に、「よかった」と、フェイトは胸を撫で下ろす。とりあえず、恐がられているわけではないようで、安心した。

 が、そんな彼女の感慨を他所に、二人の会話を遮る声がする。

「では、()()に入らせてもらいますが、よろしいでしょうか?」

 感傷を遮り、フェイトに連れ立ってやって来た施設の職員がキャロについての説明を始めたいと告げて来た。

 無粋だと思えたが、しかし言い返したところで、何の意味も無い。

 やって来たのはフェイトの方で、彼らは彼女に対応している。仕事の対応に口を挟み、得られるものも無いだろう。

「……どうぞ」

 棘を残しながらも、フェイトはそう続きを促した。すると、「分かりました」という返事と共に、職員は手に持った端末を操作し、キャロについて述べ始める。

 空中に浮かべられた画面(モニター)には、この施設に来るまでの簡単な概要と、管理局の下に就いてからの戦績があった。

 しかし、直接戦うタイプの魔導師ではないにせよ、こんな子供をあっさりと戦闘に送り込むというのは、少々引っ掛かりを覚える。尤もフェイト自身もまた、似たような経験があるので、あまり強くは言えないのだが。

 そもそも魔導師の才というのは、年齢が低いかどうかなど関係ない。呆気なく、子供が大人を追い抜く事も往々にしてある。

 そして、管理局は次元世界の秩序を司る組織だ。

 世界に在る『力』を管理し、バランスを保つ為に局員たちは任に就いている。

 故に、強大な力を知るというのは、非常に重要な行為だ。

 それが味方であれ、敵であれ、知らなければどうする事も出来ない。だからこそ、キャロという才能を計る必要があった、と。要するに、そういう事なのだろう。

 ただ、淡々と聞いているには、ある程度の忍耐を要した。

 フェイトの心裡を知ってか知らずか、話はそのまま続いて行く。

「見ての通り、すさまじい能力(さいのう)を持ってはいるんですが……制御が碌に出来ないんですよ。

 こちらに来てから上げた戦果もそうです。『竜召喚』だって、使役によるものというよりは、この子を守ろうとする竜が、勝手に暴れまわった結果というだけで……。とてもじゃないですが、マトモな部隊でなんて働けませんよ。使えるとすれば、精々が単独で殲滅戦に放り込むぐらいしか───」

 もう、それで()()だった。

「……結構です」

 話を遮るようにして言葉を止めたフェイトに、職員は「ああ、では……」と、やはりとでも言いたげな様子である。まるでそれは、最初から欠陥品のプレゼンをさせられている様にさえ感じられた。

 だから、

「そういう事でしたら、この子は───」

「ええ。最初のお話の通り、わたしが預かります」

 フェイトもまた、決まりきった事を淡々と述べた。しかし、職員たちは逆に怪訝な顔をしている。

「……あの、よろしいんですか?」

「何か問題が?」

「いえ、そういう訳ではないのですが……」

 歯切れの悪い受け答えである。だが、フェイトはもうそれ以上問答を続ける意味を見出せない。

「そうですか。では早速ですが、手続きの方をお願いします」

 正直なところ、業腹だと感じる部分は少なくなかった。しかし、蒸し返して何がどうなるわけでもない。

 ならば、何時までもこんなところに居る意味はない。

 ……そう。心無い言葉に幼子を晒し続けるくらいなら、早く終わらせてしまう方が、良いと思ったのだった。

 

 

 

 そうして話を通し、フェイトはキャロの引き取りに関する諸々の手続きを済ませて行った。

 手続き自体はそう難しいものではなく、割と呆気なく済んだ。……厄介払い、とでも思われていたのか。職員たちは不思議そうな顔で、終始物好きでも見ている様な様子であったが、フェイトにとって、そんな事はもうどうでも良かった。

 さして間を置く事もなく、フェイトはキャロを連れて施設の外に向かう。

 外へ出ると、秋らしからぬ肌寒い空気が二人を出迎えた。しかしそれは、一度此方へ来たフェイトはともかく、簡素な恰好をしているキャロには、あまり好ましくない気候である。

「ちょっと、ごめんね」

 そこでフェイトは、自分の持っていたマフラーを、キャロの首に優しく着けた。

 やはり大きかったが、それでもないよりはマシだろう。どうせ、一度はミッドに戻らねばならないのだ。それまでの間なら、十分に役割を果たしてくれる筈だ。

「少し大きいけど、少しだけ、これで我慢しててね」

 結び目を確かめ終えて、フェイトは一度立ち上がろうとする。けれどその時、キャロがポツリと、こんな事を訊ねて来た。

 

「……わたしは、今度は何処へ行けばいいんでしょう?」

 

 その言葉に、伸ばしかけた膝を留める。

 投げかけられた言葉は、無理もないものだった。

 当然である。これまでの事を考えれば、自分の意志でどうすればいいのかなど、直ぐに分かる筈も無い。

 こうして急に外へと連れ出されてしまっては、漠然とした不安もあるだろう。

 しかし、だからこそ応えなければならない。壁の外へ連れ出した意味を、込めた願いと共に、きちんと届ける為に。

「それはキャロが、どこに行きたくて、何をしたいのかによるかな」

 行く先も、そこで何をするのかも。自分自身の意志で、決めていいのだと。目線を合わせたまま、真っ直ぐにキャロを見つめながら、フェイトは静かにそう告げた。

「どこに、行きたいのか……?」

「うん。───キャロはどこへ行って、何をしたい?」

 どこへ行きたいのか。そこで、何をしたいのか。優しい声色は、穏やかな眼差しと共に、キャロの意志を確かめている。彼女の、願いの行き先を。

 だが、

「……わかりません」

 キャロには、直ぐに答えを出す事は出来なかった。

 今、自分は『外』に居る。あの部屋の中とは違う。でも、初めて外に出た時とも違う、ここに。けれど自分の内側を覗いても、その何処かを、何かを見つけられない。

 いや、そもそも。

(どこにいきたいのか……そんなの、考えたことも無かった)

 初めから、そういう場所がなかった。本当に最初には、在ったのかもしれない。だけどもう、そこは無くなっていて、帰る事は出来ない。しかし、そこでキャロの足は止まってしまっていた。

 新しく何かを見つける事の無いまま、その切っ掛けすらないままに。幼い心は、広い世界の片隅で、いつの間にか置き去りにされてしまっていた。

 故にか、

「分かりません……考えても、なにも」

 キャロは顔を伏せて、フェイトにそう告げた。

 少し、情けない気もしたけれど。他に言葉など持っていなかったから、素直な今の自分の言葉を言うしかなかった。

 呆れられるだろうか。それとも、失望されるのだろうか。

 そんな新しい不安も浮かんできたが、さして間を置かずに消えて行った。

「そっか。じゃあ、ゆっくり探して行こう? 焦らず、ゆっくり……キャロが、本当にしたい事が見つけられて、行きたい場所に行ける様に。わたしも、手伝うから……。ね?」

「…………」

 紅の瞳に見つめられながら、キャロはぼんやりと頷いた。

 フェイトは嬉しそうに微笑んで、「それじゃあ、とりあえず()()()か。キャロもフリードも、ずっと外に居たら、風邪ひいちゃうかもしれないし」と言って、手を差し出してきた。

 その手を取るか、キャロは少しだけ迷った。あまり、そういう事をしてもらった経験がなかったから……。

 どうしたら良いのか、よく分からなかった。

 けど、何時までもこうしている訳にはいかない。

 早く決めなければならない。と、そんな彼女の焦りを察したかの様に、『(ここ)』に来るまでずっと大人しかったフリードが、小さく鳴いた。まるで、恐がらなくて良いといっているみたいに。

 

 ───これも、選ぶという事なのだろうか。

 

 漠然と、キャロは先程のフェイトの言葉を思い出した。

 何をしたいのか。どこへ行きたいのか。具体的な事は何も分からないけれど、今、伸ばされた手に、キャロ自身はどうしたいのだろう。

 それを考えてみると、思いのほか、呆気なく手が伸びた。

 差し出された手に、自分の手が重なる。フェイトは嬉しそうにしていて、迷った時間など微塵も気にしていないように、ただ本当に喜んでいるように見えた。

「それじゃあ、行こうか。———行きたいところへ、行くために」

 握った掌が、少し大きな掌に握り返される。伝わる熱は、久しく忘れていたヒトのぬくもり。

 そしてそれは、また違う何かを思い起こさせる。

 ……とても、不思議な気分だ。

 あまり覚えのない、けれど心地良い、不思議な感覚。

 でも、これからどこへ行くにしても。いま手を引かれているのは、悪くないと思えた。

 フェイトは、無理やり連れて行こうとしているわけではない。それが、とても不思議で……でも、とても暖かかった。

 そうして、二人は手を繋いで先へと歩いて行く。

 気の早い雪が降り始めた道の果てに、何処へ辿り着くのかは分からない。ただ、いつかそこへ至る為に。

 今はこの道を歩いて行くと、そう決めた。

 

 これから、何が始まるのか。この先に目指せる場所に何があって、自分がどうしたいと思えるのか。

 分からない事は変わらない。

 でもそれが、悪くないと───

 

〝とても、とても不思議な気持ち。この人と出会ってから、ずっと心がふわふわしてる。暖かくて、優しい……。こんなのがあるなんて、考えた事も無かった。わたしの前にはいつも、わたしがいちゃいけない場所が在って……わたしがしちゃいけないことが、あるだけだったから。

 ……だけど、まだ。それか、これから。その先を目指してもいい、って。目指して歩き出して、何かが見えるなら。この人がそんな道を探す間、一緒に居てくれるなら───それは、とっても嬉しいな……って〟

 

 ───そう、思えたのだった。

 道を過ぎていく事に、段々と秋は冬へと足を進めて行く。

 それに合わせ、段々と寒い空気が二人を寄り強く抱き込んでいった。だけど、そんな事は気にならないくらい、繋いだ手は暖かくて。時折交わす言葉には、それと同じくらいの温もりがあった。

 時間にしてみれば、たぶんとても短かい。でも、それでもたくさんの事を、フェイトはキャロに話してくれた。

 これから向かうミッドの事や、そこに居る大切な友達の事。これからキャロにも、そうした友達ができると良いなといった事や、そこから少し前に出会ったキャロと同じくらいの男の子の事など。

 他にも沢山の事を話して、教えてくれた。

 実感が伴っているかと言われれば、まだそうでもない。しかし、何時も胸に巣食っていた不安は、だいぶ薄れを見せ始めていた。新しい場所へ行く不安はあまりなく、寧ろ楽しみになってさえいる。

 その変化は、決して間違いではない。

 そうして胸に暖かいものを抱きながら、キャロはフェイトと一緒に、()()()を歩いて行くのだった。

 

 

 

 幕間 紡がれ出した絆と共に The_Bonds_With_Family.

 

 

 

  1 (Age-75_Mid-Spring.)

 

 

 出会った日から、いくらかの時間(とき)が過ぎた。

 寒い冬はあっという間に過ぎて、いつの間にか緑芽吹く季節(はる)へ至る。

 そうして年が明けた頃には、ぎこちなく取り合った手は硬く、確かな絆となって結ばれていた。

 未熟で、至らぬところは数多く残っている。しかし、エリオとキャロの二人と、フェイトは少しずつ打ち解け、彼女は二人にとっての家族(いばしょ)になりつつあった。

 

 今日は、久しぶりのお出かけの日。

 フェイトが次元航行船の仕事へと赴き、離れてしまっていた分を埋める為のひと時である。

 

 

 

「───そのはず、なんだけど」

 何故か、ユーノはそんな場所に一緒に居た。フェイト、エリオ、キャロの三人が一緒に出掛けた先に。

 自分で決めた事の筈なのに、なんだか奇妙な感じがしていた。

 そんな疑問の呟きであったのだが、傍らに座っているフェイトはというと、「どうかした? ユーノ」なんて不思議そうに訊ねてくる。

 この自然さに、ユーノは思わず苦笑を浮かべ、応えた。

「いや、僕がいていいのかな……って」

「……怒るよ?」

 そういったフェイトは、眉を顰め、ジトっとした目でユーノを見ている。心なしか、頬も膨らんでいた。普段のしっかりした雰囲気とはやや離れた、こうした子供っぽさは好ましくもある。

 だが、何といえばいいのか。

 こういう時のフェイトには、適わない様な気がしてならないと、ユーノは思う。……尤も、適わないと思うのは、何もこういう時ばかりではないのだが。

「……ユーノ。何か、失礼なコト考えてない?」

「か、考えてないってば……」

 浮かんでいた思考は、失礼という程ではない、筈だ。……おそらく、いやきっと。そう心の中で自問自答を繰り返しつつ、ユーノはフェイトに対する返答を返す。しかし、「怪しいなぁ……」とフェイトは追従を続けてくる。

 冷や汗が流れていないといいが、どうにもそこまで抑えられているかはよく分からない。

 ただ、此処で焦るのは余計に動揺を呼ぶだけだ。

 疚しい事を考えているわけではない筈だが、どうにもこういう時、男というイキモノは女性に弱いらしい。

 言葉に詰まってしまったユーノに、今度はフェイトの方が苦笑する。

「もぅ、そんな難しく考えなくても良いのに」

 呆れた顔をするフェイトに、ユーノは何となく申し訳なくなってしまう。しかし、そんな顔をするのは悪手だ。

「ごめん。でも……ホントのとこ、よかったのかな? 家族水入らずに、僕が来ちゃっても」

 実際のところ、ユーノは自分がどうしてここに居るのか、今でも少し疑問に思っていた。誘われたのが嬉しくなかったわけではないが、家族水入らずでのお出かけ(ピクニック)に参加している現状は、やはり不思議といえば不思議だ。

 だが、そんな遠慮にも似た疑問をフェイトはバッサリ斬り捨てる。

「良いのっ。それに、二人もユーノに会ってみたかったみたいだからね」

 そう言いながら、フェイトは視線を少し向こうで遊んでいる子供たちに向ける。しかし、それはユーノにとって新しい疑問を表出させた。

「え……二人が、僕に?」

「そう」

 頷かれて、ユーノは思わぬ戸惑いに襲われる。

 フェイトからの通話越しに話す機会はあったが、直接会った事はない。しかしだからと言って、会ってみたいと言われる程、自分が興味を抱かれる心当たりはなかった。

 が、疑問はそう長くは続かなかった。理由が判らないでいるユーノに、フェイトが訳を説明してくれた。

「初めは、どっちかっていうと、キャロの方かな? 何時も『召喚魔法』とか、補助系の魔法に関する資料をくれる人に会ってみたい、って。それで『無限書庫』の事も教えたら、エリオも興味持ったみたいで、二人共会えるなら会ってみたかったんだって」

「ああ、なるほど……」

「うん。それに、段々気持ちを出してくれるようになったけど……やっぱりまだ、少しは遠慮みたいなとこがあるから。キャロとエリオがそう言ってくれたのが嬉しくて、つい」

 急いじゃったんだ、とフェイトは言う。

 ユーノはそれで納得するも、同時にここ最近の彼女に対し、漠然と浮かんだ言葉を口にした。

「……子煩悩だね」

「そ、そんな事無いよっ!」

 思ったよりもその反撃が功を奏したのか、言い返してきたフェイトの顔は、面白いくらいに赤かった。

 もちろん、子煩悩というには年齢が足りていない気もする。だが、エリオとキャロの年齢は五歳で、ユーノとフェイトは今年十九になるところ。傍目に見れば、見かけの上ではまったくそう見えなくもない。……かもしれない。

 そこまで考えたところで、ユーノもちょっとだけ赤くなる。

「「…………」」

 何だかこれ以上の言葉を出すと藪蛇になりそうなので、つい口を噤んでしまっている二人。しかしこれをすると、沈黙が余計に気まずくなるという事を、二人はよく分かっていなかった。

 時間の経過とともにそれを経験として身に刻み、学ぶ羽目に。そして結局、そのまま黙っているのも何なので、先ほどまでの事は一旦水に流す事にして、話を進めて行く事にした。

 しかし、それもあまり長くは続かなかった。

 長閑な自然は、普段から忙しくしている二人に対してゆったりとした時の流れを見せてくれる。

 柔らかな時が過ぎて行き、二人の視線は自然と遊んでいる子供達の方へと向いて行った。

 昨今では、あまり外で遊ぶという機会は減っているという話だが、キャロは出身が出身だからか、自然の中に居るのが好きらしい。フェイトがアルトセイム付近の自然豊かな場所を選んだのは、自分が昔過ごした場所と、キャロが好ましく思ってくれそうな場所が似ていたからだという。

 逆に、エリオはこうした場所での遊びにはあまり馴染みが無いらしく、キャロのやっている草花を使った遊びを物珍しそうに見ていた。男女の差もあるだろうか、やはり育った場所の差もあるのだろう。短くも、自然の中で培われたそれらを、エリオはとても興味深そうに眺めている。

「すっかり仲良しだね。エリオとキャロ」

「うん。……でも、ちょっとだけ、寂しいかな」

「まだ小さいもんね、二人共……」

 そう相槌を打ったユーノに、フェイトはこくんと頷いて続ける。

「子供って、直ぐ大きくなっちゃうから……だからかな。余計に、まだ小さいままでいて欲しいなんて、思っちゃう時もある」

 慈しみに溢れた眼差しは、確かに寂しげな色を湛えていた。我が子の巣立ちへ迫る時を惜しむその姿は、本当に母親の様である。

「やっぱり、子煩悩だね」

 つい、先程浮かべた言葉を口に出す。終わった話を蒸し返されて、フェイトは少し剝れてしまった。

「もう、それはもう言わないでってば……」

「ごめんごめん」

 穏やかに笑うユーノに、フェイトは「ホントにもぅ……」と、やや不満そうに口を尖らせる。

 しかし、

「……でも、間違ってもない、のかな。子供の巣立ちを想う、親の気分って」

 彼女自身、想うところはあったらしい。が、先程よりも素直に出てきた言葉でも、彼女自身にも本当は意味を確立出来てはいないのだろう。

 ヒトの心には、知り尽くせるという事はないのだから。

「かも、しれない」

 親と子という在り方からは縁遠く育った彼にとって、今のフェイトの気持ちがどうであるかは、完全には察する事は出来ない。

 家族同士の絆や、家族というものを知らない訳ではない。だが、親の気持ちというのはやはり、なってもいないユーノには判らないものである。だからユーノに返せた応えは、そんなものだった。

 けれど、

「だけどもしかしたら───寂しいのと同じくらい、妬けてるのかも。ちょうど二人も、昔から見てた()()()()()みたいなとこあるから」

 何故かフェイトは、また別の方向に話を広げて来た。今度は母というより、年相応の少女の様に、とても楽しそうな顔で。

 思わず見とれてしまいそうなくらい無邪気な笑顔だったけれど、ユーノには彼女の言っている人物に心当たりがなかった。

「誰かさん達、って……誰?」

 気になったユーノは、フェイトに訊いてみたのだが、生憎とフェイトの方はというと、種明かしをするつもりはないらしい。

「内緒。鈍感さんには教えてあげません」

 と、問いかけには、素っ気ない答えが返って来た。

「???」

 悪戯っぽく言うフェイトに、ユーノはますます不思議そうな顔をしている。親友共々、こういうところが何ともむず痒いのだが、「まぁそれも仕方ないのかな」などと、勝手に自分の中で結論を出したフェイトは、また楽しそうに微笑んだ。

 そんな彼女の様子に、どうやら教えてくれそうにないと悟ったのだろう。

 ユーノは一つ息を吐いて、エリオたちの方へと視線を戻す。フェイトの様に直接関わった訳ではないし、支援としての関りも微々たるものだ。しかし、事の凄惨さは聞き及んでいる。

 だからこそ。

 こうして目の前で、笑顔を取り戻せた子供たちの様子が、とても暖かいと思えた。

 

 ───たった数か月。

 そう言葉にしてしまうのは簡単だ。だが、幸福にせよ不幸にせよ、たとえ短い時間であろうとも。それらを理不尽に晒されてしまう事や、或いは取り戻していくというのは、言葉ほど簡単ではない。

 確かに、ヒトの生に置いて、何不自由なく生きるというのは難しいものだ。

 必ずどこかに足りないものが生じて、在ったものでさえ、時には呆気なく失ってしまう事もある。だから、幸福、不幸の側を問わず。それらを『当たり前の事』と断じてしまうのは違う。

 ただ、簡単ではないというだけだ。

 そしてフェイトは、簡単ではない事を成し遂げた。

 

 泣いている少年の傍へ行き、その傷に寄り添う道を選んだ。

 力に怯え、迷っている少女の手を取って、一緒に歩むと決めた。

 

 これに、他のカタチもあったのかもしれない。でもその時、動くと決めたのは彼女で、選び取ったものが、目の前の光景に繋がっていった。

 だから、アレが間違いかと問われれば、()()()()()()()()()()()()()

 紡がれ、広がり始めた安らかな世界を見ながら。ユーノは、そんな事を想い、優しげな笑みを浮かべていた。

 そして、そんな彼の心情を察しているのか。

 フェイトもまた同じ様に、穏やかな笑みで子供たちを見守っていた。

 

 少しだけ不思議な形で始まった『お出かけ』は、こうして柔らかに過ぎて行く。

 ここから、また色々な事があるのだろう。

 言葉を交わし、知り合い、縁を結ぶ。ひとつひとつ出会いを束ね、ヒトは進む生き物だから。

 そうして、互いに新しい事を知って行くのだ。

 自分よりもずっと先に居る人たちを、自分が守りたいと想える人を。

 知り合う、というのはきっと。本質としては、こういう事なのかもしれない。

 

 ───そしてまた、同じ様に。

 

 親と子の絆や、出会いと、新たな芽吹き。

 新しい物語への幕が、最後のベールを脱ごうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二章 芽吹き出した心へ捧ぐ Blaze_of_Evil_Precursor.

 

 

 

  1 (Age-76_Early-Spring.)

 

 

 ミッド西部に拠点を置く、時空管理局・陸士警備隊第一〇八部隊のオフィスにて。

 部隊長を務めるゲンヤは、部下であるティーダと、今度ここへ研修に来るらしい少女に関する諸事を話していた。

「───八神はやて一等陸尉、ですか?」

「ああ。そいつが今度、陸士一〇八部隊(ウチ)に研修に来るらしい」

 そう言いつつゲンヤは、はやての概要をティーダへ渡した。

 受け取ったデータを開きながら、ティーダは「それにしても、珍しいですね」というと、それにゲンヤも「まぁな」と応え、続ける。

本局(うみ)のSSランク魔導師。それも、『特別捜査官』として優秀な成績を残しているのが、地上本部(おか)の部隊に……なんてのは、あんまり聞く話じゃねぇな。ま、偶に来るのもいるにはいるんだが」

 言って、ちらりとティーダの方を見る。

 そんな上司の仕草に、ティーダは苦笑にも似た表情(かお)をして、応えた。

「確かにそうですね。特に、負傷した空戦魔導師を自分の部隊に置いてくれる、物好きな上司とかもいるくらいですから」

「お、言うようになったじゃねぇか」

 ティーダの返しに、ゲンヤは楽し気に、「良い傾向だ」なんて言っている。

 この気さくな在り方と、有事の際に置ける指揮官としての資質が、何よりゲンヤという人物の凄い所だ。

 彼のそういう部分に助けられたティーダとしては、何時まで経っても中々近づけない懐の広さに、尊敬の念を抱かずにはいられない。

 そんな敬愛すべき上官との言葉遊びに興じるのは悪くない。が、そろそろ話を基に戻さなければなるまい。

「でも実際のところ、どうして第一〇八部隊(ウチ)に来る事にしたんですかね。確かに此処には優秀な捜査官はいますが、八神一等陸尉は特別捜査官の方ですし」

「さあな。オレとしても、実際よく分からねぇってのが正直なとこだ。一応、少し耳に入る程度の情報から、第一〇四部隊の方にも行っているらしいが」

「一〇四……ということは、北ですね。そこから西(こちら)に、と」

「そうらしい。尤も、向こうでのは元々の特別捜査官としての任務の延長にある、という話も耳にはしたがな」

「なるほど。……でも、それだと尚更分かりませんね。特別捜査官として研修、という事なら、まだ執務官や次元航行船(ふね)の方が、経験を積むという事なら、合ってそうな気もしますが」

「確かに、特別捜査官は普通の捜査官より、もっと受け持つ範囲が広い。いや、正確に言うなら受け持てる種類が多い、というべきか。八神の場合は何でも、本局の方で随分と物騒な通り名を付けられているらしいしな」

「僕も聞いた事があります。本局にいる魔導師の中でも、有名な方ですから」

 改めて詳細な所属を確かめたのは初めてだが、名前は聞き及んでいた。

 稀有な総合SSランク保持者というだけでなく、彼女は現在では珍しい『古代(エンシェント)ベルカ』という術式の魔法を主に用いるという事も。

 しかも、それだけには飽き足らず。彼女は『蒐集』という希少技能(レアスキル)を持ち、『ミッドチルダ式』の魔法も同時に使用できるらしく、騎士としてだけでなく魔導師としても高い資質を持っているらしい。

 故に、彼女を形容する際には『魔導騎士』という呼称を使う者もいる程である。

 更にそれだけではない。現在(いま)ではもう略いない融合騎(ユニゾンデバイス)を愛機とした使い手(ロード)であり、彼女の身内には、他にも古代ベルカに通じた優秀な『騎士』が多いという。

 そんな彼女の特異さを、誰が呼んだか『歩くロストロギア』。

 改めて考えてみると、実に凄い才覚を有している。しかもこれでまだ十九歳だというのだから、天才というものは本当にいるところにはいるものだな、とティーダは思う。

 しかし、だからこそ分からない。

「ホント、なんでオレんとこに来る気になったのかねぇ」

 はやての真意が判らず、どことなく遠くを見ながらぼやくゲンヤ。だが、字面ほど困っている様子はなかった。

 どちらかというと、研修に来る者に対し、部隊長として何を教えるべきか定まらない事の方が不満なのかもしれない。

 これを見ていると、少なくとも失敗になる事はないだろうとティーダは思う。

 案外、はやてもこういう上官の在り方を学びに来るのかもしれない、と。自分でも少しばかり飛躍しているなと思いながらも、ティーダはゲンヤに励ましの言葉を掛ける。

「大丈夫ですよ、ゲンヤさんなら」

「そうかねぇ。ま、なんにせよ、実際には奴さんが来てからか……とはいえ、やっぱ気が重いのは変わんねぇな」

 しかし、ゲンヤには他にも何か悩みの種がある様だ。ただ、ティーダには心当たりがない。

「??? 何か、他にもありましたっけ?」

 そこで確かめてみると、ゲンヤからはこんな応えが返って来た。

「ああ、いや……こっちはそういうのじゃあねぇんだがな。ただちょっと、タイミングが悪かったかもな、と」

「タイミング、というと?」

 重ねて問いかけると、ゲンヤは少し照れくさそうに頭を掻くて、少しばかり間をおいた。それから少しの逡巡の(のち)、理由を語りだした。

「実は今度、娘二人がここに来ることになってる。といっても、主には上の子の方だ。下の子の方は旅行ぐらいの気分だろうさ」

 それを聞いて、ティーダは「ああ」と、ゲンヤの弁を理解した。

「そういえば、ゲンヤさんの娘さん方……確か、ギンガちゃんと、スバルちゃんでしたっけ。局員志望なんですか?」

 以前にも耳にしていた事があった為、ティーダにはその二人には覚えがあった。

 ちょうど自身にも同じ年頃の妹がいたのもそうだが、その話を一番始めに聞いた際、ゲンヤから自身ら兄妹とも似たところあると告げられていた事もあり、印象に残っていたのである。

 そんな彼の反応を受けて、ゲンヤは話を続けていく。

「みたい、だな。オレ、というよりは女房の方か。憧れてるとこもあるんだろう。スバルはまだ一般の方に通ってるが、ギンガの方はもう陸士候補生になっててな。女房と同じ捜査官を目指してる。それで将来の為に現場を見ときたいらしい。ちょうど今は大きな事件も抱えてないし、見学にはちょうど良いと思ってよ。許可を出してたんだ」

「なるほど……。自分で道を決めるのは、偉いですよね。僕の妹も、似たような感じです」

「ほう。妹っていうと、あの時の嬢ちゃんか。いま幾つだ?」

「十二になるところですね。そろそろどこかの訓練校に通い始めようとしてます。どこになるのかは、まだ完全には決まっていないみたいですが」

「そうか……。もう、そんなになるか」

 感慨深そうに、ゲンヤは嘆息を漏らす。

 ゲンヤの方も、ティーダの妹には覚えがあった。前に一度、ティーダの病室で会った事もある。しかし、その時の印象からすると、十二歳というのは随分と時の流れを感じさせる年齢だった。

「ウチのも今年で十四と十一ってとこだが……それだと、やっぱり寂しいだろ?」

「……はい。早く大きくなろうとしてるのは、心強い反面、やっぱり寂しいですね。もちろん同じ道を志してくれるのは、誇らしいところもありますけど……特にティアナの場合は少し、僕の事が枷になっているところもあるみたいで。そういうところが、不安になる時もあります」

「……だな」

 ティーダの言葉に、ゲンヤは静かに頷いた。

 数年前にかなり重い負傷したティーダは、本職であった空戦魔導師から少し離れた、ここ第一〇八部隊にて任務に就いている。

 現在では主に捜査官の支援やデスクワークを主としているが、当然ながら魔導師としてのリハビリも進めている。しかし、やはり未だに負傷の痕を残し、一線を引いてしまった兄の姿を見た妹の心は複雑なのだろう———と、ティーダは感じていた。

 そして、それはゲンヤの側にも覚えがある事であった。

「家のチビ共も、女房には随分と憧れていた。実際のとこ、あんな事が無けりゃ、今でも第一線で活躍してただろうしな……。そういう憧れ(せなか)を追って、ギンガはもうその入り口にまで来ちまった。親や兄弟に憧れる、っていうのは自然な感情だから止められねぇが……やっぱり見守る側としちゃ、寂しさとか不安とは無縁じゃいられねぇよな」

「……ええ、本当に」

 見守って来た小さな命が、大きな翼を得て強く在ろうとしている。

 それ自体はとても嬉しい。しかし、自分たちの居る場所を目指すというと、やはり心配は避けられなかった。

 管理局に努めている以上、命を賭ける場面というのは出てくる。とりわけ、ギンガやティアナの目指す場所は、命を賭ける比率でいえば重い側だ。これで心配するな、という方が難しい。けれど、本人たちの意志を無視する事だけは、それ以上に在ってはいけない事である。

 結局、自分にできるサポートをしながら、見守る以外に道がないのが現状だった。

「難しいもんだな、見守るってのは。今までさんざん、正義とやらの為に働いて来たつもりだったが……。こういう守るって行為は、仕事のそれとはやっぱり違う」

「そうですね。局員としてはあまり好ましくないかもしれませんが、他の選択も考えて欲しいな……って、そう思う時もあります」

 親として、兄として。抱くものは近く、けれどやはり違うもの。それでも心配する心は、同じくらい大きく、重いものである。

 しかし、

「……ま、それも結局は、()()()()だな」

「はい。やっぱり、そうですよね……」

 やはり未来へ向かう道は、今は見守るしかない。

 心配する想いは面に出し過ぎず、今は胸に仕舞いながら。むしろ、進みたいという想いを支えていくしか、ないのである。

 二人は、今ひと時の結論を設けて、思考を一度リセットする。そうしておおよその話を終えたゲンヤは、最後にティーダに一つ頼み事を告げた。

「ティーダ。八神の方は、来たらオレが受け持つことになる。すまんがそっちに就いている間、娘たちの相手を任せても良いか?」

「僕で良ければ、もちろん」

 訪ねてくる見学者の応対は、確かに通常任務に就いていない自分向きだろう。そう思ったティーダは、ゲンヤからの頼みを、快く引き受けた。

「ありがとよ。助かったぜ、ティーダ。流石にこういう親父の甘さみたいなのは、よくよく知ってる奴のが任せやすいからな……。それに、お前さんは妹もいるし、あの年頃の子の相手に慣れてそうだったしな」

「期待に沿えればいいんですが……。ティアナは結構、大人びているというか、マセてるとこがあるので」

 少し苦笑交じりにティーダが応えると、ゲンヤもまた笑って返す。

「なに、そこは問題ないだろうよ。ウチのも似たようなもんだ。ギンガの方は特に、スバルも素直だから、きちんといってくれりゃ大丈夫だろうさ」

「それを聞いて安心しました。じゃあ改めて、お引き受けします。任せてください」

「おう。頼むぜ」

 そういって一度話を切り上げて、ゲンヤは「よっ」とデスクから立ち上がる。

 軽く伸びをしながら、「それじゃちょっと、外にいる連中の様子も確かめてくる」と言い残してドアへ向かう。

「はい」とティーダは返事をして、ゲンヤを見送り、残った仕事を再開していった。

 

 

 

 時は静かに動き出し、新たなる始まりへと向かおうとしていた。

 

 鉄の鳥たちの集う、その場所で。

 新たなる強き者が、激しき焔へと巻かれてそこへ至る。

 

 先んじた雷と、茜色の影を追って。

 遠き星を目指す青き流星が、己が色を写したような(そら)への路を駆け抜けて行く。

 

 その始まり───四つめの幕が、遂に上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 転章Ⅲ

 

 

 

  1 (Age-76_Early-Spring.)

 

 

『───同窓会、ですか?』

「うん。今度アースラでやるんだけど、シュテルたちもよかったらどうかな、って」

 新暦七十六年の早春。

 いつものように、資料のやり取りなどをするべく定期連絡を寄せたシュテルに、ユーノはこんな誘いをかけていた。

『アースラというと……確か、以前リンディ次長が艦長をしてたという次元船の事でしたか。そこで、同窓会を?』

「そうなんだ。今はクロノが提督をしているけど、アースラも建造されてからかなり立つからね。廃艦処理される可能性が出てきたから、昔あの船で一緒になったみんなとも同窓会をしようって話になったんだって」

 ユーノがそういうと、通話口のシュテルは『なるほど』と頷いた。

 旧交を温めるという意味では、悪くない催しであると。あの夏の夜からは随分と長い時間が経ったものの、エルトリアとミッドの間を行き来するのは、未だあまり好ましいとはされていない。

 だが、アースラは次元船であり、当然ミッド以外の場所を移動する事もある。

 であれば、そのついでにという事であれば、ある程度の言い訳も効くというもの。

 それに表立っていないだけで、この技術・資料のやり取りも、半ば()()の下で行われているものだ。ならば無粋な仕事を取り払い、久々に会って語らうくらいの自由はあっても構うまい。……尤も、それ以外でもシュテルらは割と頻繁に『無限書庫』を訪れていたりもするのだが、それはまた、別の話である。

 ともかく、そういう事ならばと、シュテルはユーノらの誘いを受けると決めた。

『そういうことでしたら、喜んで参加させて頂きます。ディアーチェたちも誘って、こちらも皆でお邪魔させていただきます。久しぶりに直に会うというのも、とてもいいものだと思いますから』

 色よい返事に、「よかった」と、ユーノは微笑む。

「それじゃあ、みんなにもそう伝えておくね。詳しい時間は改めて伝えるから、その日は一度『無限書庫』の方に来てもらえるかな? そうしたら、僕が転移門(ゲート)で案内出来るし」

『分かりました、ではその様に。……ところで師匠、例の受け取りはいかがいたしましょう?』

 やや声のトーンを落とした真剣な声で、シュテルがそう訊ねて来た。それを受けてユーノもまた、同じ様に面持ちを少しばかり鋭くする。

 以前の襲撃に際し、ユーノはある品をシュテルに───より正確には、エルトリアにいる皆に頼んでいた。

 どうやらその品が完成したらしい。

 きっかけがきっかけだけに、胸中に浮かぶ思いは素直な喜びという訳にはいかなかった。だが、それでも自分の無理(たのみ)を聞いて貰えた事には、感謝という以外にない。

「ありがとうシュテル。ごめんね、無理な注文を聞いて貰っちゃって」

『構いません。我々としても、それなりに得るものがありました。此方ではあまり見ない型の魔導に合わせたモノを作るというのは、なかなかに興味深く、楽しめましたから』

 そう言って、シュテルは柔らかに微笑みを浮かべた。彼女の様子にユーノも表情を緩め、笑みと共に、もう一度「ありがとう」と、感謝の言葉を返す。

 乱れていた心持ちが正されたところで、早速とばかりにユーノは受け取りについての段取りを決めて行く。

 合理的に考えれば、シュテルたちが此方に来るついでに持ってきて貰うのが一番であろう。指してかさばるモノではなく、また『無限書庫』に来るのなら司書長室にでも持って来て貰えば良い。

 ただ、此方で試運転を行うには少しばかり難がある。

 そもそもユーノは別に戦闘局員でもないのだ。訓練室を借り受けてるには、誰か知り合いの伝を辿る事になるだろう。

 となると、

「アレは……うん、同窓会が終わったら、今度は僕がエルトリアに取りに行くよ」

 少しばかり迷惑が掛かりそうだと思いつつも、せっかくだから試運転も済ませて起きたい。

 大まかにはそんなところだったのだが、何故かシュテルはちょっと固まっている。

 もしかして都合が悪かっただろうか。ユーノは慌てて「ああ、もちろんその、迷惑じゃければなんだけど……」と付け足そうとした。

 が、それをシュテルは彼が言い終わるよりも早く、

『そんなことはありません。是非ともいらして、ゆっくりしていって下さい』

 平静な表情とは裏腹に、どことなく食い気味にも見える勢いでそう返してきた。

 何となく圧に押されながらも、ユーノはどうにか「う、うん」と応えると、シュテルは満足そうに、

『では、お待ちしております』

 と、先ほどの静かな勢いを忘れさせる程に穏やかな表情で応えた。───尚、この時。口調は平静を装っていたものの……実はシュテルが思いっきり拳を強く握りしてめいた事に、ユーノはついぞ気が付かなかった。

 

 それから幾らかの雑談を挟み、二人は通信を終えた。やがて来る日へ向けて、今から楽しみだなという昂揚を残して。

 

 ……が、来るべき日を待ち望むのは、何も彼らだけではないと。

 そう気づくのは、まだ、先の事であった───

 

 

 

  2 (Age-Unknown.)

 

 

 何処とも知れぬ研究施設。そこに、二人の男が並び立っていった。

 彼らはしばし立ち並ぶ円筒の光を愉しんでいたが、しかし、ただ永遠にそれを見続けているわけにも行かなかったのだろう。

 ほどなくして、彼らは他の()()にも取り掛かろうとしていた。

 が、そこへ一本の通信が入って来た。

 けれどそれに不快感などは占めず、むしろ待っていたとばかりに笑みを浮かべ、紫髪の男は通信を取った。

 窓を開くと、そこからは妙齢の女性の声が聞こえてくる。

「おお、どうしたんだいウーノ」

《お忙しいところ申し訳ありません、お二方。ですが、いくつか報告させて頂きたい事項がございます。よろしいでしょうか?》

「構わないとも。それで、どうしたのかね?」

 紫紙の男がそう促すと、ウーノと呼ばれた女性は、画面越しに「はい」と首肯し、言葉を続けていく。

《先日、以前ボレアたちが保護されたモノとはまた別個体の『レリック』が発見されたそうです》

「ほう? それはそれは、実に僥倖……と言いたいところだが、どうもその様子では、それだけではないようだね?」

 どことなく()()の入った物言いであるが、この様子では、既におおよその検討はついているのだろう。

 彼のこうした性格を熟知しているらしいウーノは、この流れを損なわぬように応える。

《ええ、その通りですドクター。ここからが本題です。新たに発見された『レリック』は、()()()()の派遣した『運び手』によるものだそうです。ドゥーエからの報告を鑑みても、そこに偽りは無いかと》

「ふむ、なるほど……。本当に、よくわかっていない連中だ。残念極まりないね。それで、老公たちからは何と?」

《どうやら、前回の余興に際した反省を経た(のち)、我々が彼方側へ帰還するように求めている模様です》

 ウーノの報告に、紫髪の男は実に愉快そうに嗤った。それはもう、誰しもが笑わずにいられない滑稽話でも聞いたかの様に。

 ひとしきり嗤い終えると、

「クク……いやぁ、なんとも、実に有り難いお申し入れじゃないか。どうやらご老公どもは随分と焦れているようだねぇ……。まったく、年齢(とし)ばかり重ねて堪え性のない」

 嘲りを込めて金色の瞳をぎらつかせ、口元を歪ませた。

 さながらそれは、獲物に喰らいつこうとする獣を思わせる。そんな、どこか凶暴な面持ちでいる彼に、ウーノはその意志を問う。

《では———》

「ああ。ご老公たちへの返事は、〝取引には応じる〟とだけ伝えてくれたまえ」

 名を受けて、ウーノは恭しく己が主へと(こうべ)を垂れた。

 (ふところ)に入り込んでいる妹へもそう告げておくと応え、その続きへと踏み込んでいった。

《一つ目の方は確かに。では、二つ目の方は?》

「おいおいウーノ、君は姉妹達(ナンバーズ)の長女なんだ。まさかとは思うが、君まで青く堪え性のないままなのかね?」

 が、そんな娘の急いた言葉を、男は一笑に付す。

 しかしそれを、また同様にしてウーノも返していく。

《ドクター、それは流石に心外(セクハラ)です。それに、別段どうということはありません。そもそも、()()()()()()()()()()()のでしょう?》

 流石に遊びも行き過ぎと見たのか、ウーノはそれを窘める。

 どことなく秘書じみた物言いに、さしもの彼もその言葉の矛先をしまうと決めた。

「……クク、娘に気が早いところを見られるのはいささか恥ずかしいものだ。だがまぁ、実際のところその通りでもある。そうだねぇ、セインとクアットロ、そしてトーレ、ノトスにも言伝を。構わないだろう、マクスウェル君?」

 いくつかの名前を出していく中で、紫髪の男は、ここまで静観を貫いていた傍らの黒髪の男へと声をかけた。

 よく喋る相方が本題へ入ったのを見て、彼もそろそろかと口を挟む。

「もちろん、問題はないさ。むしろ、ノトスにもいい経験になるだろう。それに、あの子の力は、いざという時に役に立つ」

 確かな()()を込めて、マクスウェルと呼ばれた彼は、『ノトス』についてそう断言して見せた。

 相方の研究者(どうるい)としての自信(それ)を心地良さげに受け、「だ、そうだ」とウーノに告げる。

「では、皆に伝えておいてくれ———そろそろ動く、とね」

《承りました。では、そのように。詳しい日取りは、決まり次第もう一度、お二方の元へご報告致します》

「ああ。頼んだよ、ウーノ」

 最後にそう告げると、ウーノは淑女然とした礼をみせ、通信を切った。だが、話し終えた似も関わらず、紫髪の男はどことなく愉しげである。

 どことなく浮かれた様子の彼に、マクスウェルは「随分と浮かれているね」と、()み混じりに言うと。

「当然だとも。我々が手を組んでから暫く経ったが、いよいよ動き出すときが来たのだ。これで浮かれるな、という方がどうかしているとは思わないかい?」

「ふふ……違いない」

「だろう? ───とはいえ、実際に狼煙を上げるのはもう少しばかり先だ。今は残った些事を片付ける為、我々も、ぼちぼち動き出すとしようか。

 ここからだよ、我々の野望は。そして、まだ分かっていない老人共に、()()()()()()()()()、存分に教えてあげなければねぇ……」

 

 この世界が、磐石であるなどといった───ましてそれを、未だ己の手で為せているのだと。

 そんな風に考えている幻想(おもいあがり)を、この手で。

 

 高く響く嗤い声。

 常世(セカイ)へ向けたその音は、やがて来たる狼煙(ほむら)に先駆けた宣戦布告である。

 

 ───始まりの炎へ向けて、物語はついに動き出す。

 

 

 

 PrologueⅢ END

 ~Next_PrologueⅣ in_Age-76~

 

 

 




 はい、では改めましてこんにちは。駄作者ことU GATAでございます。

 やっとこさ、きちんと物語を進めることができました……!
 今回の話は重めですが、最後の方はある程度明るめに行けたのではないかなとおもうのですが……いかがだったでしょうか?

 時間移動する関係上、とあるの旧約五巻みたいな感じの書き方に挑戦してみたんですけども、やっぱり慣れてないと結構戸惑いがあるものですね……。

 あとちょっと正直、最後の方は勢いと遊びが勝ってしまったかもしれないのでちょっとばかり不安ではありますが、うじうじしていても仕方がないので、さっそく今回の話について触れていこうと思います。

 今回の話はⅡのあとがきとⅢのまえがきにしつこく乗せた通り、エリオとキャロのお話と、Ⅳへ向けた布石を打ったものになっております。
 原典で言えば、結構バラつきのあるものを大まかにまとめた感じでしょうか。

 エリオのエピソードは漫画版のEp九を主軸に、TV本編の十七話や二十四話を練り合わせて、キャロの関しても同じように漫画版の部分からと、本編の五話や十話の回想シーン等からイメージを出していきました。

 Ⅱのあとがきにも書いた通り、これでおおよその下地というか、変更した部分や、このシリーズの内での設定や時系列の土台をある程度固めることができたのではないかと思います。
 ただ、正直しつこいくらいに『プロジェクトF』についてや、竜召喚士について書いたのはもしかしたら悪手だったかもしれません。結果として長くなりすぎてしまって、投稿も遅れてしまいましたので……(確か昨日ツイで書き終わった報告をした時はⅡ、Ⅲ併せて七万文字くらいでした)。

 まぁそれも後から先に出しておいたことで先が楽に進められればいいのですが、何分物語の組み立てがへたくそなもので、一助となるかは今後次第といったところでしょうか(汗

 ただまぁ、最後のとこでそこそこユーノくんを出せたのは、まずまずだったかなと思います。
 若干理由としてはこじつけでしたが、そこまで不自然でもないかなぁと。
 あと、本来エリオとキャロはStS本編時まで会った事はないんですけども、今作ではちょっと我慢できなかったので会わせちゃいました。
 次元世界では割と早い段階で魔導師としては一人前として見られる場合が多いですけれど、なんていうかその辺に少し切り込んでみたかったとこがありまして。
 一応、フェイトちゃんは漫画版のとこから見ると、ちゃんと保護責任者になっているのが二人というだけで、執務官としてエリキャロの他にも子供たちを保護したり、助けたりはしているみたいなんですよね。
 ただ本来のStSよりは年齢が進んでいるとはいえ、フェイトちゃんもまだ保護責任者としては若いですからね。姉は十分にしても、母親として在るにはやはり経験はまだ浅いだろうなと。
 そもそも保護責任者になる、と決めるからには何かしら覚悟があるだろうと思っているので、今回はその辺りを、もちろん完全とはいえないまでも、自分なりに少し掘り下げてみました。
 実際のところ、エリオとキャロの二人の持っている力を一人で保護責任を持てるかといえばちょっと疑問が残っていまして。
 エリオはミッドも使うけど、基本はベルカ。キャロは後方支援型で、召喚魔法を使う。
 そして二人とも、自分の生まれや、持った力について悩んでいた。ここで、力が悪いものでないと伝えて、魔導士として自分の力を制御できるように導くとしたら、フェイトちゃんは二人とだいぶタイプが違いますから、万全を期すなら周りの助けは当然必要になってくるだろうと。
 ですが、原典ではエリオは管理局の施設で六課創立まで過ごして、キャロは本人の希望で自然保護部隊の方で過ごしていました。引き取られた時期に差があったのものありますが、今作ではちょうど差は一年弱。
 なら、その間に二人があったり、魔法の制御などを学んでから、自分の路を探していこうとして行った……みたいな流れでもいいかなと。
 迷いがすぐに晴れるわけではないでしょうし、施設に囚われていたエリオにしても、管理局の部隊にいて一度は召喚士としての力を使ったらしいキャロにしても、自分の力を自分なりに見つめなおして、同世代と過ごす時間があってもいいのではないかと思いまして。

 そうした部分を自分なりに紡ぎなおしてみたのが、今回の話になります。
 なお、お気づきの方も多いかと思いますが、当方某ユノフェ神ssのファンでありますからして、この四人で過ごしている風景を作ってみたかった欲も多少なりありまました←オイオイ

 ここで少しばかり悔やまれるのは、二人が仲良くしてるシーンを出すかどうか散々迷って本編にまで出し惜しみしてしまったところでしょうか。
 今はまだ見えないほうが尊いかもしれないとか思わず書けばよかったかなぁ。でも、本編でめっちゃ仲良しこよししてほしいからもう少しだけ、次の話も少し重いし……とか考えているうちにこうなりました。
 エリキャロのほのぼのイチャイチャが見たかった皆さま申し訳ございません。
 本編入ったら砂吐くくらい書きますのでご勘弁を。

 と、ひとしきり書き終わったところで、残された部分にも触れていきましょうか。

 残された部分は冒頭と終わりの三節のあたりなんですが、あの辺りは完全にⅣへの布石です。
 もう次回からほぼ本編といっても過言ではないので、そこへ至るために出来る限りの流れを作ってみようと頑張った感じです。
 ついでにユーノくんの新しい試みもちょっとずつ進んでいますので、そこらへんをⅣかⅤの幕間でうまく出してから本編へ行けたらなと思います。
 あともしかしたら炯眼な皆様にはバレバレかもですが、敵サイドの人数や名前の法則なんかも考察していただけたりすると嬉しいですね。

 とまぁ、大まかに話の内容を語るとこんなところでしょうか。
 まだまだ拙いところは多々ありますが、本編を良いものに出来るように残った二本のPrologueも全力で書いていこうと思います。

 長々と申し訳ござません。
 次回の更新はまだ未定ですが、今回みたいに間を開けすぎないように頑張りますので、今後も読んでいただけたら幸いでございます。

 では、また次回もお会いできるようにと祈りつつ、今回はこの辺りで一度筆をおかせていただきます。
 重ねて、今回もお読みいただきありがとうございました!
 また次回もお会いしましょう^^


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Prologue_Ⅳ ──Explosion──

 どうも、Ⅳがお初という方は初めまして。
 Ⅰ、あるいはⅡやⅢに引き続いての方は続けてお読みいただいている方はお久しぶりでございます。
 またお読みいただき光栄です、久方ぶりの投稿となります駄作者こと形右です。

 随分と掛かってしまいましたが、ようやくⅣを書き上げることが出来ました。
 思ったよりもめっさ長くなってしまいましたが、その分それなりのモノになるように頑張りましたので、少しでも満足のいくものになっていたら良いなと思います。

 さて、では今回の話に少し触れていきます。
 ネタバレというか、読んでいてつまらなくない程度に抑えますが、だいぶ詰め込みまくったので、一応概要出しておいたほうが読みやすいかなぁと思いましたので。

 ということでちょっと説明させていただくと、今回の話は大まかに分けて三つの段階に分かれています。

 任務と同窓会、エルトリア来訪、最後のⅤとその後の本編へつながるラストパートと、この三つが、今回の話の大筋になってます。
 正直、Ⅳにおける要はあくまでも三つ目のところなんですが、なんか筆が思ったよりも滑ってしまい、前二つがやたら長くなってしまいました……。これについては、ちょっと読みにくい作りになってしまったかもなので、そこについては申し訳ございません。
 まさかの八万文字超えているという話になっておりますので、かなりのお時間をいただくことになるかと思いますが、自分としても全力を注いで書き上げた話になりますので、皆様に少しでもお楽しみいただけるものになっていたなら何よりも嬉しいです。

 まぁそういった部分の詳細の説明や言い訳に関してはあとがきの方で行いますので、そちらも併せてお読みただければと思います。
 また、その他でご不明な点や、誤字・ご表現などありましたらお気軽にお教えくださいませ。

 と、ちょっとくどい前置きになりましたが、ひとまず最初に述べておくことは以上です。
 あとは本編とあとがきに託します(笑)

 なお、今回はまたこちらに懲りずにまた前作のリンクを張らせていただいております。
 正直「またかよ!」というツッコミを食らいそうですが、そのあたりはどうかご容赦を。
 まぁ自分のペースが遅いのがいけないのですが、割とここからは前作から続いてきたものや、派生要素が二つ目のパートからバンバン入ってくるので、初めての方はもちろん、引き続きの方もまた読み返していただけると、より分かりやすいかなと。
 相変わらず宣伝じみていますが、前回に引き続き、一応の前置きとしてしていただけたら幸いです。

 https://syosetu.org/novel/165027/

 では最後に、恒例の簡易注意事項でございます。

 ・お気に召さない方はブラウザバックでお願いいたします。
 ・感想は大歓迎ですが、誹謗中傷とれる類のコメントはご勘弁を。

 それでは、本編の方をお楽しみいただければ幸いでございます───!



再会、新たなる始まり Alumni_Association.

 

 

 

  1(Age76-April_24)

 

 

 新暦七十六年、三月中旬。

 この日、かつて地球を襲った三度の厄災から星を守った魔導師たちが、舞い込んだ合同任務に際して、久方ぶりに一同に介しようとしていた。

 

 場所は、第一六二観測指定世界。その軌道上に置かれた、時空管理局の保有する次元航行船・アースラの指令室より始まる。

 

「エイミィ、首尾はどうだ?」

 指令室(ブリッジ)の中央に座った黒髪の青年、クロノがそう問いかけると、軽快にキーボードを操作していたチーフオペレーターのエイミィが、意気揚々と言った様子でこう応える。

「順調順調♪ 先陣を切ったヴォルケンズのみんなはもちろん、今出ようとしてるなのはちゃんたちも準備万端。いつでも行けるって」

 正面の投写画面(モニター)に浮かぶ三人の魔導師たちの姿を確認しながら、エイミィはそう言う。そんな彼女の返答にひとつ頷くと、クロノは「そうか。なら早速で悪いが、出動の方を頼む」と、待機中の三人に対してGOサインを出すように言った。

「オッケー、クロノくん。……あ。クロノ艦長、だったね?」

 楽し気にそう返され、クロノはやや照れた風にそっぽを向く。

「エイミィ」

「ごめんごめん。長い付き合いだから、つい」

「…………」

 こんな風に言われると、どうも二の句を継げなくなる。

 実際のところ、二人の付き合いはクロノが母であるリンディからこのアースラを引き継ぐ以前からのもので、元々は姉弟の様な関係であった。

 しかし、すっかり背丈も逆転し、クロノの階級が提督となり艦長へ就任した今となっても、どうにもまだこうした舌戦ではクロノはエイミィには及ばない。……尤も、それもまた何時ものやり取りとして、心地好くもあるのだが、何となく悔しい気がするのは心内に留めて置くべきだろう。

 ひとつ溜め息を()き、クロノは話を戻す。

「ゲートを頼む」

「りょ〜かいっ♪ それじゃあみんな〜、ゲート開くよー?」

 そうエイミィが呼びかけると、

 

「「「はーいっ!」」」

 

 と、画面の先から三人の声が重なって聴こえてくる。届いた声に併せて頷くと、エイミィは「ではでは、行ってらっしゃ〜いっ!」と再び幾つかのキーを叩いて、魔導師たちを今回の舞台となる世界へと送り出した。

 

 

  2

 

 

 転移魔法で象られた光の道を抜けていくと、程なくして目的地が視えて来た。

 岩と砂塵が織り成す、やや寂しさを感じさせる光景。時空管理局によって第一六二観測指定世界と区分されたこの場所に、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての三人の魔導師が舞い降りる。

 空の果てより送りこまれた三人は、身体を引き付ける星の力に牽かれ、擦れる様な大気の感触を全身に浴びながら、傍らにある友と目を見合わせ頷き合う。

「行くよ。フェイトちゃん、はやてちゃん」

「うん」

「せやね」

 なのはの呼びかけに答えた二人は、心得たとばかりにそれぞれの愛機(デバイス)をその手に握りしめた。

 丸く小さな赤い宝石をしつらえたペンダントと、三角形の台座に据えられた金の宝石。そして、金色の剣十字を象ったネックレス。三者三様なそれらを掲げ、少女たちは愛機へ向けて、自身を魔導師へと変える起句を告げる。

 

「レイジングハート」

《Yes, My master.》

「バルディッシュ」

《Yes, Sir.》

「リインフォースⅡ」

《はいですっ!》

 

「「「───セーット、アーップ‼」」」

 

 愛機の名に次いで告げられた言葉に呼応して、彼女らの愛機が起動する。

《Stand by ready.》

《Barrier jacket-Set up.》

《ユニゾン・イン!》

 淑やかな、悠然とした、愛らしい愛機(デバイス)たちの声の三重奏。次いで、桜色の羽、黄金の雷、白銀の風といった色彩を乗せた魔力がそれぞれを包み、魔導師たる姿へと変えていく。

 そうして魔力で編まれた魔導装束(バリアジャケット)を纏い、三人は自らを包み込んだ魔力の膜を弾き飛ばして、己の色彩を乗せた翼を羽ばたかせる。

 

 目指すは、北部・定置観測基地。

 今回の任務はそこからだ。此処で発見された、ある古代遺失物(ロストロギア)の回収が、今回の三人に与えられた任務である。

 

 

 

 第一六二観測指定世界にある、北部・定置観測基地。この基地へ辿り着いた三人を、見知った顔が出迎えてくれた。

「皆さん、お久しぶりです。遠路はるばるお疲れ様でした」

「シャーリー! 久しぶり~♪」

 そういって微笑みかけてくれたのは、シャリオ・フィニーノ。彼女とは以前、なのはたちのデバイスをよく見てくれる、本局の技術部長マリエル・アテンザの元で開発技師(デバイスマスター)としての見習いをしていた折りに知り合った。やや暗めの茶髪のロングヘアと、まるっこいメガネが愛らしい後輩局員である。

 前に海鳴市(ちきゅう)の方で起こった事件にも参加したことがあり、なのはたちとの付き合いはそれなりに深い。しかし、開発技師としての見習い期間を終えてから、しばらくは新宿支局のエイミィの元で通信士としての研修を積んでいたところで、元来の機械畑(メカニック)としての血が騒いだのか、いつの間にか通信を行う装置(ハード)系統にも精通する様になってしまい、人柄と腕の良さから様々な部署に引っ張りだこにされて、忙しくしていた。

 そんなわけで久方ぶりの再会に湧いていた女性陣であったが、そこに諫めるように差し込まれる声が一つ。

「シャーリー。久しぶりなのは分かるけど、公私の区切りはちゃんとつけないと。まだ状況を説明してないだろう?」

 呆れたとばかりにため息を吐く、紫の髪をした少年。キチンと真ん中で分けられた髪と、角ばった眼鏡がどことなく堅そうな雰囲気を醸し出しており、柔和な印象を与えるシャーリーとはちょうど対になっているように見えなくもない。

「あ、そうだった。ゴメンゴメン」

「まったくもう……」

 そんな二人のやり取りを眺めながら、はやてはくすくすと微笑ましそうに笑みを浮かべた。

「ふふ。二人とも、あいかわらずやね~。グリフィスくんも、その真面目なトコ、お母さんそっくりや」

 はやてがそういうと、グリフィスと呼ばれた彼は「よく言われます」と苦笑する。

 彼は、はやてたちがお世話になったアースラの元艦長で、クロノの母であるリンディが親しくしているレティ提督の息子である。ちなみにシャーリーとは昔から家が近所だったそうで、昔からの幼馴染らしい。 

 そうした長い付き合いからか、二人の真面目さと柔軟さをみていると、実に息の合った良いコンビをしているなと、三人は二人を見ているといつも思う。

 と、そこで、和んだ場を一度引き締めるようにして、グリフィスが毅然とした敬礼で三人へ向けて、再度自身の所属を名乗る。

「では改めまして……。遠路はるばるお疲れさまでした。本日皆さんのバックアップを務めさせて頂く、本局・管理補佐官、グリフィス・ロウランです!」

「同じく、シャリオ・フィニーノ通信士ですっ!」

 緩やかな雰囲気を正した後輩たちに、なのはたちも先輩として厳粛に敬礼で応えた。

 旧交を温めるのも大切だが、何時までも日常に浸ってばかりもいられない。完全に気を緩めるのは、この任務(しごと)を終えてからだ。

「じゃあ早速だけど……。シャーリー、今『レリック』は何処に?」

 なのはが訊ねると、シャーリーは「はい」と首肯して、今回の任務について語り始めた。

「今回の現場となるのは、ここから少し離れた遺跡地帯。件の『レリック』が発見された場所そのままですね。発掘自体は既に済んでいますので、本来なら皆さんの手を煩わせる程ではなかったかも知れませんが……封印処理をしたとはいえ、『レリック』はかなり強力な超高エネルギー結晶体ですので、皆さんに来て頂いた形です」

「そういうのはかまへんよ。せっかくある力なんやから、わたしらのことも使ってもらわな」

 はやてがシャーリーの説明にそう相づちを打つと、グリフィスが「助かります」と言って笑みを浮かべた。

 そのまま言葉を継いで、グリフィスが説明を続けていく。

「はやてさんたちに行って頂くのは、第二発掘地点。先行したヴォルケンズの皆さんが向かった地点から、少し西に逸れた場所ですね。皆さんの飛行速度でしたら、恐らくは十五分ほどで現地に到着するかと」

「短いですが、わたしたちもしっかりサポートさせて頂きます。まだまだエイミィさんには及びませんけど、これでも腕は上がってますから!」

 ぐっ、と拳を握り胸の前に持ってくるシャーリー。やる気十分といったその面持ちは頼もしく見える。

 が、傍らのグリフィスはと言うと、意気込んでい彼女を少し宥める様な事を口にした。

「シャーリー。意気込むのは良いけど、比べる人が凄すぎだろう? まだ駆け出しの通信士なのに、本局の通信指令に張り合うのは……」

「あー、そーゆーうコト言う? わたしだっていつかクロノさんとエイミィさんみたいに、バリバリ執務官を支えられる補佐官になるんだからね!」

「意気込みは良いけど、メカに目が行きすぎる癖は直した方が良いんじゃない?」

「むぅ~~っ!」

 先程までの引き締めた気合いは何処へやら。微笑ましい小競り合いを始めた二人をみて、なのはたちはくすくすと楽しそうに笑う。

「あはは、仲良しだね」

「あ……す、すみません。つい……」

 軽い小競り合いをしてたことに謝るグリフィス。シャーリーの方も、ややバツが悪そうに頭に軽く手をやっている。

 しかし、二人とも今回の任務に関する資料を精査する手は止めて居らず、出動への準備はこの間にもしっかりと進められていた。二人の優秀さと、なかなかのコンビだという事が分かるその様子に、はやては優しい微笑みを浮かべている。

「ほんま仲ええなぁ~、二人とも。幼なじみで、ツーカーって感じや」

「だと良いんですけど……。グリフィスくんの方は、またちょっと別のとこ向いてる時もありますから」

「ありゃ……どこでも似た様な話はあるんやなー、一筋縄ではいかへんゆーのは」

 ぼそりと漏らされたシャーリーの愚痴の様な一言に、何となくはやてはなのはの方を向いてそんな事を言う。

 が、なのはの方はというと、「?」と疑問符を浮かべ、話の流れが自分に向いているのはよく分かっていないみたい様子である。

 はやて自身もそこまで人のことはいえないが、ここまで天然だと、苦戦してしまうのも仕方の無いかもしれないなと思った。とりわけ、分かっているらしいのに、ちゃんと飲み込めていない辺りは特に。

(あかん。こうしてると、なんや心配になってくるなー……。特に、ここのトコはフェイトちゃんとかも、結構前に出て待ってるし。こうも見せつけられてると、わたしやって少しは思うトコあるんやけど……)

 なんというか、せっかく直ぐ取れる場所にあるのに、何時までもその本人が手を付けないご馳走でも見せられている気分だ。

 もどかしく、どうせだったら……なんて思いたくもなりそうな。

 だが、生憎と分かりやすい指標のないコレに関しては、結局のところ、その機会がそれぞれに訪れるのを待つ他ないのが現状であるのだが。

 と、そんな風に思われているとはつゆ知らず。管理局の本局では、件のソレが、ちょうど目の前の親友をある意味一番脅かしている誰かさんと再会を果たしていたのだが───今の三人が、それを知る由はなかった。

 

 

  3

 

 

 三人の魔導師が、後輩たちに見送られ基地を発った頃。

 軌道上のアースラの司令室(ブリッジ)では、クロノとエイミィがこんな会話をしていた。

「なのはたちは、そろそろ基地を発つ頃か」

「たぶんね。このまま何もアクシデントがなければ、回収自体もそんなに掛かんないとは思うよ」

 進行状況を確認しつつ、クロノは現状では問題は見受けられないと判断したらしい。

「ならこちらも、先に用事を済ませておくとしよう。エイミィ」

 そう告げると、エイミィは心得たとばかりにクロノの意図を汲み取る。

「はいはーい。先に無限書庫、ユーノくんのとこでいいかな?」

「ああ。進捗を聞いて、順調なようなら、聖王教会の方に。あのフェレットもどきにも、一応話に加わって貰うとしよう。アレでも例の件においては中心だからな」

「相変わらず仲の良いことで結構。おねーさんは嬉しいよ~」

 悪友とのやり取りに関しては恒例なので今更だが、弟でも揶揄う様なその言い草に、クロノはやや眉を顰めた。

「エイミィ。もうお互い良い年なんだ、そろそろ弟扱いは止めてくれ……それに」

 と、そう続けようとしたところで、話題を割られた。

「分かってるよー。そろそろ、そんなんじゃいられなくなるもんね」

「…………」

 結局、いつもどおりの流れだった。

 相変わらず推され気味のまま、エイミィのペースで話が進んでいく。まぁ、自分が素直でないのも自覚しているので、クロノは仕方ないかと当たりをつける。

 が、たぶんこの先も適わないのだろうな───といった感慨を感じながら、クロノは表示された画面の先を見やるのだった。

 

 

 

 時空管理局・本局。

 次元航行部隊の本拠地である此処は、『次元の海』の中に設置された大型の人工居住衛星(コロニー)である。中央の支柱から大きな十字の棘突起と、いくつかの星環の様な円に囲まれた外観をしている。

 数多の世界へと通ずる港口である本局には、ある施設が置かれている。より正確には、そこへ通ずるゲートが、だが。

 次元世界の誇る超巨大アナログデータベース、『無限書庫』。

 管理局におけるもっとも大規模な情報を保持する機関であるが、施設自体は本局の創設より以前から存在しているとされていて、ここには次元世界に存在するすべての書籍と、管理局の保有する重要なデータが保管されている。最も古い書籍は六五〇〇年前のもので、書庫の持つ歴史は管理局のそれよりも長い。

 そうした事から、『世界の記憶を収めた場所』と呼ぶ者もいる程だ。

 納められたモノの膨大さから、本館は局内にはなく亜空間に置かれており、亜空間内はいくつもの区画に別れている。

 しかし、開かれて十年近くが経つというのに、未だにそれぞれの詳細な広さ、また全容は未だに謎のままになっている部分も多い。魔法が技術体系として確立したミッドチルダにおいても、その存在はまさに魔法の産物であるといって差し支えないだろう。

 そして、そんな多大なる神秘を抱えたかつての情報の墓場を拓いた、うら若き司書長の元へ、悪友である提督からの通信が寄せられてきた。

 

『そちらの進行はどうだ、ユーノ?』

「今出てる部分は大体。解析も三人が戻ってくる頃までには終わりそうだよ」

 クロノからの通信を受けて、ユーノはそう応える。

 悪友の返答に、クロノは満足そうに『そうか』と頷き、続けた。

『では引き続き頼む。それと、頼んでおいてすまないが、教会の方との話にも同席してもらいたい。構わないか?』

「うん、それは大丈夫。この解析自体はそこまで大掛かりなものじゃないから」

『助かる』

 と、二人が一度区切りをつけた辺りで、背後から声が掛かった。

 幾らかの書籍を抱えて、ひょっこりと姿を見せたのは、十歳くらいに見える少女。ただ、普通といくらか違うところがあるとすれば、それは恐らく橙色の豊かな毛並みを魅せる狼の尾と耳を持つことだろうか。

 しかし、それは当然の代物である。

 何せ彼女は、『使い魔』と呼ばれるヒトの姿を持つ誇り高き獣であるのだから。

「はいよ、ユーノ。さっき言ってたの、持ってきたよー」

「ありがとアルフ」

 そういって本を受け取っていると、画面の向こうでエイミィがやや感慨深そうな呟きを漏らす。

『にしても、アルフもすっかり司書が板に付いてきたねぇ……。いつもフェイトちゃんと一緒だった頃を見てた身としては、なんだかまだ慣れないトコあるよ』

 エイミィの言葉に「あー、まーねぇ~」と、返事をして、アルフはこう言った。

「もちろんフェイトの(リンク)は今も繋がってるけど、確かに今のアタシみてると、下手すりゃユーノの使い魔に見えたりもするかもね」

 可笑しそうにくすくすと笑い、「けど」と続ける。

「今のアタシじゃフェイトの傍には立てないし、主を守る『使い魔』としては思うところもあるけど……ずっと傍にいて守るだけが、守り方じゃないし。

 フェイトはもう十分強くなった。だから今は、掛かる負担(まりょく)を減らして、フェイトの帰ってくる場所を守るのが、今のアタシの一番」

『フェイトちゃんも同じこと言ってたなぁ……。やっぱり、離れててもツーカーだね』

「そりゃあ、もちろん」

 胸を張って応えるアルフに、エイミィを始め、三人とも微笑みを浮かべる。

 と、そこへ、横槍を入れてきた声が一つ。

「気高く、善い志を聞かせてもらいました」

「え、シュテル?」

 いつの間に来たのやら、平然と背後にいたシュテルに、アルフを除いた面々は驚きに目を見開いた。

「おー、匂いが近かったから着いてたとは思ったけど、みんな早かったな~」

「はい。以前師匠から、書庫内で位置を割り出す位置補足(マーカー)機能をルシフェリオンにつけて頂きましたので。今回は全員、さして迷う事も無く着くことが出来ました」

 シュテルがそう言って視線を後ろへ向けると、彼女と共にやって来た仲間たちの姿があった。かつて、地球での事件の折に共に戦った、遠き星・エルトリアから遥々やって来た旧友たちである。

「久しいなユーノ。今日は世話になるぞ」

「うん。いらっしゃいディアーチェ。レヴィとユーリ、アミタさんにキリエさん、それにイリスさんも。お久しぶりです」

 そう言って出迎えたユーノに、家族を代表して長女のアミタが挨拶を返す。

「お久しぶりです。ユーノさんにアルフさん、エイミィさん、クロノ支局長……いえ、今は提督さんでしたね。本日はお招き頂きありがとうございます。おかげさまでみんな無事に着けました」

 丁寧にお辞儀をして挨拶をしたアミタに、クロノやエイミィたちも画面越しにではあるが出迎えの言葉を短く告げた。

 と、ひとしきり挨拶が終わったと思ったのだが、そこへレヴィがこんなことを言った。

「無事に着けたのはよかったけどぉ、ボクはもーちょっと色々見てから来たかったかなぁ……。結局途中で見つけた幽体門番(ゴースト)くらいしか手ごたえあるのなかったしー。前みたいにさぁ、デッカイ鎧みたいなのがよかった~」

 なんて口を尖らせるレヴィに、ユーノは苦笑を浮かべる。相変わらず無邪気というか、ベタな迷宮好きの様だ。

 そんな不満を垂れるレヴィを、ユーリは「まぁまぁ」と窘める。すると、その傍らにいたイリスも同様に注意をした。

「そーよ、レヴィ。アンタはもう少し落ち着きってものを覚えなさい」

「えー。なんだよー、二人してさぁ」

 拗ねたように反論するレヴィだが、長女の血が疼いたのか、アミタもそこへ口を挟んで来た。

「ですが、ここは大規模とはいえ曲がりなりにも書庫。あまり騒ぎ立てるのは好ましくありませんよ?」

「うぇぇ……アミタまでボクのこと叱るのぉ~?」

 割と普段は寛容なアミタなので、レヴィとしてはここで一人また味方を失った様な気がして、少々ショックを受けた様な顔をしている。

 そこに若干揺らぎそうになるが、

「少々厳しいかもしれませんが、これもまた愛ゆえに。レヴィも立派な淑女といっていい年齢ですからね」

 が、これもまた妹分の為。

 アミタもここは譲れないと言葉を紡いでいった。……が、しかし。

「ま、今でもザッパー振りかざしてるアミティエも、その辺に関してはどうかと思うけど」

「い、イリスっ! これでもわたしとて乙女なのであって、そういう言い方はいささか傷つくのですが……ッ⁉」

 何故か矛先が、今度はアミタの方を向いてきた。

 急な転換に焦りを隠せないアミタだが、イリスの方はというとさしてお構いなしに言葉を発していく。ここら辺は、見た目には分かりにくいがフローリアン家における年長組ゆえの経験の差なのだろうか。

 いや、どちらかというとこの辺は本人のちょっとした意地悪さからかもしれないが。

「事実じゃない。あと、大食らいなとこも」

 けれど、だいぶ乙女の尊厳的なものになってヒートアップしてきた所為か。はたまた普段が女所帯であるが故か。

 そこで展開は、またしても周囲を置き去りにして変な方向へと向かってしまう事に。

「そ、その分、女性らしいところに回っているから良いんですっ!」

「あ、はいはーい! それならボクもおっぱいおっきいから大人でいいよね~?」

「そういう話じゃないわよッ‼ っていうかそんな事で決まってたまるかってのぉっ!」

 一気に旗色が悪くなった(より正確には若干のコンプレックスを突かれたともいう)イリスが、そう声を荒げる。しかし、傍目に見ても形勢は、いろんな意味で既に逆転してしまっているように見えた。

「あの、ウチの姉たちがすみません……」

 キリエが、背後でやいのやいのと言い合っている妹分と姉二人に代わって謝罪を口にした。しかし、面白いのが好きなエイミィはというと、

『あははー、いいよいいよ~。むしろ楽しいからもっとやってもオーケー。ねー、クロノくん?』

『……ここで僕に振らないでもらえないか』

 なんて、完全にこの流れに乗り気で、クロノまで巻き込もうとしていたくらいであった。

「なんというか、ゴメンなさい……」

「すみません。みんな、悪気はないので……」

 結局、キリエとユーリはこちらの皆に謝りつつ、姉たちの小競り合いが明けるのを見守る他なかった。

 

 それから約一分後。

 見かねたディアーチェの仲裁(という名の制裁)によって、小競り合いは終わりを告げた。

 流石に画面越しのクロノにも、その場にいたユーノにとっても色々と困る内容に発展しそうだったので、ディアーチェの判断に口を出すと藪蛇になりそうなこともあり、心内で多大なる感謝の意を示すに留め置くことに。

 なお、ディアーチェからのお仕置きを喰らったらしい三人はというと。

「あぅぅ……いたい」

「くっ……長女ながら、不覚でした……」

「このチビ猫ども……かわいくないっ」

 と、そんな三者三様のぼやきを漏らしていたが、それを我らが闇王様(ディアーチェ)はというと「まったく、この阿呆どもが……」と言って呆気なく「反省せよ」という一言で、まとめた。

「すまなかった。話を戻すがよい」

「あ、う、うん……」

 話を振られてユーノは呆けていた意識を引き締め直して、「ええと」と口の中で言葉を発しながら、話の流れが止まった部分を思い返す。

 確か、止まったのは。

「───あぁ、そうだ。クロノ、教会側との話って……?」

『そう、例の件だ。事前に今回の件で一度連絡を取るが、君が参加するのは資料が出来たらで構わない』

 分かった、とユーノがそう返そうとしたところで、シュテルがユーノにこう訊ねてきた。

「師匠。その資料作成に、まだ手は必要ですか?」

 訊かれて、ユーノは手元の解析を行っていた資料と、先ほどアルフに頼んだものをもう一度見返す。

 エルトリア組の到着に合わせて切り上げるつもりだったのだが、今こうしているというのなら、いくらか手を借りたい。

「頼めるかな?」

「無論です。そもそも、初めは師匠の方ですよ? わたしたちの力が必要だと言ってきたのは」

 シュテルがそう応えると、他の面々も表情はそれぞれ異なりはするものの、誰もその言葉に反するものを持ってはいないことが伺えた。

「……ありがとう」

 頼もしい返答に感謝を告げると、「では指示を」とシュテルが促した。

 そこからは()()()()もので、皆あっさりと受けた指示を実行へと移し、目指すべき区画へと飛びたった。

『流石に、手慣れたものだな』

 彼女らの様子に、クロノはやや畏れを込めて、そういった。

「うん……。こうして手伝ってもらえるのは、申し訳ないけど……すごくありがたいなって思う」

『僕とて、そこに異論はないさ。これでも一応、()()()()()にも一枚噛ませてもらっている身だ。初めにエルトリアとの交流口を残すことになった時から、ある程度の覚悟は持っていたつもりだからね』

 が、クロノは『しかし』と言葉を重ねる。

『それでも、末恐ろしいと思う時もある。本当に不思議な場所だよ、「無限書庫」というのは……。そこに納められたものにしても、集う縁にしても。仮に敵に回すとしたら、正直なところ、相手に取りたくはない』

「そんなこと……」

『分かってはいるさ。昔からそういっているだろう。これでも、僕は君を買っていると』

 もちろん、そんなことが無いというのは分かっている。

 少なくとも、ユーノがいる限りは、ほぼ絶対といって良い程に。

「ならよかった。これからも全力でサポートさせてもらうよ。僕はそのために、ここに居るんだから」

『いうようになったな、フェレットもどきも』

「伊達に司書長になったわけじゃないよ、提督。この場所を守りながら、外で戦うみんなの事も支える───なら、このくらいはしないと。でないと、どっかの黒いのがうるさいからさ」

『言ってくれる。尤も、此方も君たちが応えるからこそ、託し、応えているワケだが。都合の良い字面に見えるが……まぁ、これも一つの信頼というやつだ』

「……だね」

 苦笑を交わす二人をみて、エイミィは楽しそうに「うんうん」と頷いている。

『相変わらず仲良しだねぇ~、二人とも。なんていうか、男の友情って感じ?』

 どことなく茶化す様にしてそう言われて、ユーノとクロノは示し合わせたわけでもないのに『「どこがだ/ですか」』なんて声が重なり、画面越しに互いをちょっと睨み合った。

 二人のそんな様子にますますエイミィは楽しそうに微笑む。

『あはははっ! ホント仲良しさんだ。なーんか妬けちゃうなぁ~』

「ありゃりゃ。大変だぞ~、クロノ。このままじゃ、式の前にお嫁さんに逃げられちゃうかもよ~?」

『アルフ……。縁起でもないことを』

『そーだよー、アルフ~。それにちょーっとそれはもう少しだけナイショがよかったかなぁ~……?』

「あー、まぁいいじゃん? それに、今更そんな恥ずかしがるコトでもないだろー?」

 にやっとしたアルフに、「うう……そりゃそうだけどさぁー……」と、エイミィは珍しく恥ずかしがった様子を見せる。

 しかし、いきなり上った話題ではあったが、身内では薄々その兆候は感じられていたことではある。まぁ、流石にこのタイミングでのカミングアウトというのは本意ではなかっただろうなというのは、二人の反応を見ていれば分かったが。

 なのでどう返すべきかやや迷ったものの、ともかく祝福の弁は述べるべきだろう。

 そう思ったユーノは、

「えっと……おめでとうござます、エイミィさん。クロノも、やっと決心着いたみたいだね」

『うう……ありがとー』

『……まぁ、色々とな』

 まだ少し困ったような笑みで応えるエイミィと、照れているのか顔を逸らしているクロノの様子は、長く寄り添いあっていた二人にしては随分と初々しい反応である。

 が、そこで。───いや、ここだからこそ、だろうか。

 エイミィからユーノに向け、こんな言葉が飛び出してきた。

『……というか。そーゆー、ユーノくんの方はどうなのさ』

「??? どう、というと?」

『なのはちゃんとのコト。……ホントに、何にもないの?』

 皆まで言われて、やっと合点がいった。「ああ」と、ユーノは納得をかみしめるように呟いて、自分の中にある色々を考えてみる。

「……そうですね。まったくそういう気持ちが無いって言ったら、嘘になるかもしれません。ですが、かといって今すぐにどうこう……っていうのも、あんまり」

『むぅ……まぁ、確かにまだ二十歳っていったらそうだけどさ』

 ちなみに、こういっているエイミィは御年二十六歳。旦那さんになる予定のクロノは二十四歳なので、いわゆる姐さん女房だったりする。

 しかし、二人にしてもそこまで遅いとも言えない結婚だ。年下の二人を急かすのも違うのかもしれない、と思い直しておく。

 とはいえ、

『まあ、二人とも自分の仕事が好きだしねぇ。まだ先かな、そういうの話は……。けどさー、ユーノくん? あんまりふらふらしてるのもよくないんだからね~?』

 一つくらいは忠告しておくべきだろうと思ったのか、エイミィはそんなことを言った。

 が、当の本人はというと「ふらふら?」と首を傾げている。鈍いことだ。尤もそれが思い当たる節が多いのか、それとも件のなのは同様に鈍感であるがゆえかは分からなかったけれど。

『ほら、こないだもフェイトちゃんとピクニック行ったって言ってたし』

 尤も、これ以上は考えても詮無い事なので、エイミィはさっさと話を戻そうとしたのだったが───。

『なっ……聞いてないぞッ⁉』

 ここに、どうやら事情を知らなかったらしい義兄(あに)が一人。

『おやおや? おにーちゃんには言っていなかったのかい、アルフさん』

「いやー、ゴメン。たぶんメンドクサイことになりそうだと思ったから、スルーしちゃった。フェイトから話を聞いて、さっさとコイツを送り出す方優先で」

 エイミィとアルフのやり取りから察するに、どうやらこの前アルフがユーノをさっさと書庫から蹴り出してフェイトのところへ行かせたのは、そんな経緯があったらしい。

 そういえばフェイトからの連絡をもらった後、アルフは随分すんなりと業務の肩代わりをしてくれた。もしかすると、最初からある程度流れが組まれていたのだろうか。

「まー、そう怒りなさんなって。クロノもさー、そろそろ妹離れしなよ~」

『僕はそういうのじゃない! ただこれは、義兄(あに)として義妹(いもうと)がそこのフェレットもどきと勝手に会ってたのが……その、なんだ。聴かされてなかったからであって……』

 結局、妹想いな兄である。あと、別に友人を信用していないわけではないのだが、なんというか、ちょっと外されたのが寂しかったのかもしれない。尤も、これもこれでいつものコトみたいなところがあるので、「相変わらずだなー」とアルフはほのぼのした目で見ていたのだが……。

 

「───そのお話、わたしにも詳しく聞かせていただけますか? 何分、()()なものですから」

 

 そこへ、放り込まれた火種を感知して、新たなる焔が巻き起ころうとしていた。

「しゅ、しゅてる……?」

「教えていただけますよね、師匠?」

 やましいことはない。ないのだが、なんだか怖い。

 迂闊に口を開いたが最後、消し炭にされそうな気さえした。

「あー……えっと、その……」

 言葉に詰まりながら、最適解を探すユーノ。

 そんな彼の様子を、シュテルは燃え滾った溶岩と凍り付いた凍土を両立したみたいなオーラを背負いながら見ている。

「こっちもこっちで相変わらずだなー」

『前は本人の方かと思ってたけど、こりゃあ苦労するのはなのはちゃんたちの方だったりするかもだねぇ……』

 と、アルフとエイミィが口を揃えて生暖かい目でユーノとシュテルを眺めている。

 なお、先ほどまで憤りを見せていたクロノはというと。新しく湧いた焔の勢いに押されて、口の矛先を引っ込めることに決めたようだ。

 賢明な判断であると言わざるを得まい。だんだんと勢いを増す嵐は、共に来た雷や闇を引き寄せて、やいのやいのと喧騒を増していく。

 囲われていくユーノの様子を見ていると、ふとエイミィは海鳴の方にいる友人の事を思い出した。そういえば以前、なんだか似た様な事があったと愚痴を聞いた事があったような気がする。

 たしか、兄の周りの愚痴を聞かされたのだっただろうか。……まぁ、傍らのクロノに負けず劣らずな彼女としては、それも仕方のないことかもしれないのだけれど。

(美由希ちゃんも案外引きずってたなぁ……。そーいえば、恭也(おにー)さんの方は結婚してドイツ行ったんだっけ。なんかこないだも向こう(ヨーロッパ)でひと悶着あったとか言ってたよーな)

 なお、ちょっとした騒動が起こったのは独逸ではなく英国の方ではあるのだが、それに関してはここでは割愛しておこう。

 そんなこんなで色々ある世界ではあるが、どうにか回っている。

 楽しい時間がいつまでも、穏やかに続いていけば良いなと思いながら、エイミィはそろそろお仕事に戻っておこうかと、卓盤(キーボード)を再び叩き、なのはたちの現状を確認するべく彼女らを追った画面(モニター)へと視線を移す。

 どうやら、そろそろ目的地に到着しようかという頃合いの様だった。

 

 

  5

 

 

 無限書庫がやや賑やかになっていた頃。

 なのはたちは第一六二観測して異世界の空を翔け抜けていた。

 素晴らしい速度で飛翔していく三人をモニタリングしながら、シャーリーが『皆さん、そろそろ目的地付近です』と、到着までの距離がだいぶ詰められたと告げてくれる。

 それに「了解」と三人は返して、少し速度(ギア)を上げて行く。

 このままいけば、さしたる問題もなく任務終了出来るだろう。しかし、誰もがそう思っていた、その時。

 ふと、何か不可思議な反応があった。

「……あれ?」

「どうしたんだ、シャーリー?」

「シグナムさんたちが向かった方の観測モニターが、急に……。それに、なのはさんたちが向かってる発掘地点でも、何か不自然な反応があって……」

 と、シャーリーが呟くのに呼応するようにして、モニターの中で激しい魔力反応が起こった。

 安穏とした時の波を荒立てるかの如く、何かが起こり始めていると。

 その予兆が、この舞台に揃った魔導師たちの目に、自らを焼き付けんとばかりに巻き起こる。

 

 

  6

 

 

 魔力反応の発現が観測されるより少し前。

 先行したヴォルケンリッターの面々は、二つ目の観測地点へと向かう空路を翔け抜けていた。

 とはいっても、さしたる障害があるわけでもない。

 空路を進む足取りは順調であると言って差し支えなかったが、名だたる騎士たちにはやや退屈な航路であったのだろうか。

「……しっかし、今日のはあんまし張り合いのねぇ任務だよなあ」

 ふと、ヴィータがそんなことを口にした。

 普段はそこまで戦闘狂(バトルマニア)という訳ではないが、珍しくやや不満げな口ぶりである。そして、珍し事は重なる物なのだろうか。ぼやくヴィータを、普段はどちらかというとバトルマニアの気が強いシグナムが窘めた。

「そういうな、ヴィータ。人命に関わる事態でないことは喜ばしいことだろう?」

「そりゃそうだけどさ……」

 ヴィータとて、分かっている。

 八歳程度の見た目とは裏腹に、これでも悠久の時を過ごしてきた『夜天の守護騎士』の一角を担う『鉄槌の騎士』だ。当然ながら、そのくらいの道理は弁えている。しかし、だからといって、今求めている答えはそうでないというのも確かで。

「気持ちは分からんでもないがな。私とて、偶には腕の立つ輩を相手取りたいという気持ちはある」

 と、自分にも覚えがある気持ちに同意する。

 血みどろの乱戦を望むわけではないが、闘争心というものは、往々にして平和の中においても存在するものだ。

 決して両立できないわけではないが、気まぐれに訪れるものもある。

 分かる部分も多いものの、あまり血の気の多いのも考えものだ。

「もう、シグナムったら……。みんなあんまり荒事を期待しないように。お医者さんとして見逃せんませんからねっ!」

 二人のやり取りに、シャマルはそう言って釘を刺す。

 仲間たちの命を預かる位置としては、窘めずにはいられなかったのだろう。彼女のそうした気持ちを慮ったのか、ザフィーラも重ねて告げる。

「シャマルもこう言っているのだ。あまり手を煩わせてやるな」

「……わーったよ、ザフィーラ」

 流石に、二人に言われると弱いのか、ヴィータも言葉を引っ込めた。

 勝手なこと言って悪かった、とシャマルに短く謝ると、ヴィータは一端そこで言葉を区切る。

 が、まだ少し思うところはあったようで、少し矛先を変えて話し出した。

「でもさ。実際のとこ、アタシらが此方(ミッド)に来てから五年くらい経つけど……あんまし大きい事件ってのはなかったよな」

 そう振られて、シグナムは「そうだな」と一つ頷いた。

「前にあった機械兵器の出現も、既に六年前か」

「ずいぶん経つわよねぇ……。けど良いじゃない? 平和なのは、わたしたちとしても嬉しいし。───ただ、こうして言葉にしてみると、思うところが無い、ってわけじゃないんだけど……」

「例の予言か」

 そう言われて、「ええ」とシャマルは首肯し、応える。

「はやてちゃんが騎士カリムから話を聞いた時から数えても、六年と少し……。なのに相変わらず、予言の兆候すらないっていうのは、凄く不気味だと思うの」

 確かにそうだ、と皆が思った。

 カリムの予言は、れっきとした魔法の一つ。行ってしまえば未来予測と呼ばれるものの類だ。

 故に、単なる世迷言を垂れ流すだけの紛い物ではない。本来なら、半年から五年程度の間に、予言は起こるとされているのだが……。

 しかし、未だにハッキリとした予言の兆候は見られない。

 それが変質した特異な事態であるからなのか、或いは本当に今回はハズレだったという事なのか。

 それとも、単に特異というだけではないからなのか。

 真実は、未だに誰にも読み解けてはいない。

(いにしえ)の世を継ぐ地にて───だったか。予言の書き出しは」

 ポツリと、シグナムがカリムの予言の冒頭(あたま)を口にした。

 それを「ああ」とヴィータは受けて続ける。

「〝古い世界〟って言ってもなぁ……。単純に考えればいくらでも当たるとこはありそうだしな」

「まぁ、そこはスクライアたちが調査(しらべ)を進めてくれている。もうしばらく待つ他あるまい」

「でも、ユーノのやつも随分かかってるよな。珍しくさ」

「解釈次第でどうとでも変わる、というのが『予言』の厄介なところだからな……。一度の調査で資料と推察を揃えても、他の可能性を解析から回されれば、考えざるを得ないのだろう」

 実際のところ、ユーノだけが予言の解読を行っているわけではない。

 解読自体はその専門部署がある。しかしそれも当然と言えば当然のことだ。

 資料を集め、推察を重ねてはいるが、ユーノ個人の解釈だけでは解読を完遂には至らないのだから。

 分かっていない訳ではないのだろう。

「……それもそうか」

 そうヴィータは一つ区切りを付けて、向かっていく先の空へと目をやった。時差の為か、それとも単純にこの星の特性か。昏く色を変え始めた天蓋は、少しばかり不気味にも思える雰囲気を醸し出していた。

 目的地まではもうほど近い。

「何はともあれ、今は備えておくことだ。何が起こるかわからない以上はな」

「わーってるっての───」

 窘めるようなシグナムの言葉に、口を尖らせて応えるヴィータ。

 しかし、その時だった。

「? なんだ……なんか、急に」

 何か、大きな魔力が膨れ上がる感覚があった。

 唐突に顕れた違和感に、ヴォルケンリッターの皆が足を止めた。いや、不意に起こった違和感との距離を測れなかったというのが正しいか。

 周囲への警戒を取り、後衛を務めるシャマルとザフィーラがいつでも防御に入れるように術式を走らせ、前衛のヴィータとシグナムは、(きた)る一撃を超えた先の本丸を叩くべく構えを取る。……だが、咄嗟の警戒に入った四人への肩透かしを食らわせるように、起こったそれは、彼女らへは直接牙を剥きはしなかった。

 しかし、突き立てられる牙痕の代わりに。

 大地に灼け痕を残すが如く、魔力の火柱が天高く立ち昇った。

 

「「「「な───⁉」」」」

 

 ドッ! と、四人を吹き飛ばさんとばかりに吹き抜けていく熱風を受け、どうにかその場に踏み留まる。

 幸い、熱風そのものはBJによる防御で防ぐ事は出来た。が、注目すべき部分は、そこではない。

「……言っている傍からこれか。まったく、数奇なものだな……」

 起こった現象を目の当たりにしながら、シグナムはポツリとそんなことを呟いた。

 平和な、単なる回収任務程度であった、今日の仕事は───どうやら、穏やかなまま済みそうにはなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「魔力反応……⁉ シャーリー!」

「うん、分かってる!」

 グリフィスの鋭い声に、シャーリーがそう即答した。

 ───それは、急に来た。

 なのはたちが北部観測基地を飛び立った直後。

 観測基地では、ヴォルケンリッターの向かった目的地付近で起こった膨大な魔力反応を検知。突然の事態であったが、シャーリーとグリフィスはこの状況に対応するべく即座に現状の把握に努めていた。

 そんな二人の元へ、同じく起こった何かを感じ取ったらしいあの二十歳から通信が入る。

『シャーリー、いま何か、魔力反応があったけど───』

「はい、ヴォルケンズの皆さんが向かった付近からです。確認のため、いま回線開いてます!」

 答えを返すとほぼ同時。

 シグナムたちヴォルケンリッターとの回線が繋がった。開かれた回線から、騎士たちの将の声が響く。

『シャーリーか』

「シグナムさん! よかった……皆さん、ご無事みたいですね」

『ああ、私たちには被害はない。だが……爆発の方向からすると、遺跡付近のようだが』

「それなら大丈夫です。シグナムさんたちの向かった第一発掘地点からは、既に調査員の皆さんは退避しています。タッチの差ではありましたが、数分前の報告(ログ)には全員分の退避を確認したと」

『ならばいいのだが……。ひとまず確認のため、我々は予定通り先ほどの爆発の起こった地点と、遺跡へ向かう。構わないな?』

「はい、よろしくお願いします。お気をつけて!」

『了解した』

 シグナムがそう言って通信を切った。すると次いで、なのはたちの方からの窓が開く。

『シャーリー。シグナムさんたちの方は大丈夫だったみたいだけど……』

「……はい。先程の魔力爆発の影響なのか、現在通信に一部障害が生じています。それで遅れているだけならいいのですが……なのはさんたちの向かわれている地点からは、まだ退避の報告が来ていません。調査員の方が残っておられる可能性もあるかと」

『やっぱり……』

『幸い分かりやすい魔力反応は上がってへんけど……逆にいうたら、今のとこ手がかりがないっちゅーことでもある。現場が心配や、わたしらも急がなあかん』

「お願いします」

『了解や。八神、高町、ハラオウン三名───現場へ急ぎ、向かいます』

「こちらでも引き続き観測支援(モニタリング)を続けますので、情報が入り次第すぐにお伝えします」

『うん、任せたよ。ほんなら二人とも、ここからはちょっと飛ばしていくよ……っ!』

 はやての呼び掛けに頷き、なのはとフェイトは『うんっ!』と応え、もう一段速度(ギア)を上げる。纏わりつく空気の渦を突き抜けるようにして、三人の魔導師たちは目指すべき場所へ向けて加速的に突き進んで行った。

 

 

  7

 

 

 なのはたちが第二発掘地点へ向け凄まじい速度で向かう中、ヴォルケンリッターの面々は一足先に第一発掘地点へと到着していた。

 彼女らがこの場所へ至り、初めに目にした光景は、深く地を穿った巨大な孔であった。

 

「……これは、魔力の暴走とみるべきか?」

「ええ。けど、その原因が何なのかまでは、きちんと調査をしないと断定出来ないわ」

 現場を見ながら、シグナムとシャマルは互いの見解を交わす。しかし、彼女らとしても、大方の原因は想像がついていた。

 ここにあったロストロギア───『レリック』は、膨大なエネルギーを秘めた魔力の結晶体だとされている。そして、星において他に魔力が暴走する要因は、ほぼ無いと言っていい。必然的に、原因は絞られる。問題なのは、それが自然的なものかどうか、という事だ。

「……にしても、ひでぇな、こりゃ」

 焼け野原と化した目の前の光景を眺め、ヴィータは淡々とした声を漏らした。

 広がる、色を無くした景色は、酷く空虚である。まるで、古めかしい一枚の写真を見せられているかのようだ。

 それは、旧き時代の彼女たちの戦っていた戦場を思い起こさせるものだった。

「…………」

 それ前にして、やや険しくなった表情を覗かせるヴィータの背を、シグナムはポンと叩いた。

「おわっ───な、なんだよ、シグナム……」

「なに、怖い顔をしていたお前が心配でな」

「……うるせーなぁ、この顔は生まれつきだっての」

 固まりそうになった空気を解しながら、シグナムはシャマルの方へ視線を戻して、周辺への調査魔法を走らせるように頼んだ。

「了解」と朗らかに応え、シャマルの新緑を思わせる鮮やかな魔力光が枯れた大地に煌めいた。その情報をアースラと無限書庫の方に転送してくれるようにシャマルが観測基地の二人へ伝えたところで、シグナムはヴィータへこういった。

「そう気を張るな。片を付けるのはもちろんだが、久々の合同任務だ。なんら憂う事もあるまい」

「……ああ、アタシらが揃ってんだ。どんなのが来ても、そうそう負けたりなんて」

「その意気だ。この後の同窓会にいけば、イリスたちとも会える。この間も、メールではあったがやり取りをしていたな。楽しみなのだろう?」

「ふんっ、勝手に見てんじゃねーですよ」

「すまなかった。では、さっそく仕事に戻るとしよう。状況は、いつ変わるともしれないからな」

「応よ」

 そんな言葉を交わしながら、二人は現場検証の方へと回っていった。

 

 一方その頃。

 現場からの情報を受け取ったアースラでは、先ほどから繋いでいた無限書庫との通信に引き続いて、更にもう一つの回線を開いていた。

 

 

  8

 

 

 第十二管理世界。

 ミッドチルダからさして遠くないこの世界には、ミッドとは所縁の深い『ある組織』の支部が置かれている。

 

 かつて、次元世界の覇権を握っていた旧世界・ベルカ。

 ミッドチルダの祖となった世界の一つであり、恐らく旧時代においては、次元世界における覇権を握っていた強大な世界であった。しかし、現在では世界そのものは既に滅亡しており、滅亡してからかなりの時間が経過している。ミッドチルダの成立よりも前の時代である為、俗に古代と称される程度には、ベルカは旧い世界だと言って良い。

 だが、魔法体系などの面から色濃く影響を遺しており、ミッドの一部には、今でもベルカの自治が行われていたとされる区域が残っている。

 古代ベルカの強大さは疑う余地もなく、後世にも響き渡っている。けれど、歴史というものは、華々しいだけでは成り立たない。

 ベルカは、一つの『国』という単位では成り立っていなかった。

 幾人もの『王』が乱立し、領地(だいち)資源(みのり)を争いながら、長い長い戦乱を繰り返し続ける。

 何者よりも強く、どの国よりも強く在れと。

 力が大地に血の痕を刻み、また同じように血を贖わせるべく力を求める。終わらぬ戦に明け暮れ、哀しい連鎖に囚われ続けた、荒れ果てた世界だったのである。

 この騒乱の地に置いて、誰よりも名を馳せた人物がいた。

 それが、『聖王・オリヴィエ』である。

 血みどろの争いに包まれたベルカを(おさ)めたと伝えられる、気高き王。長い戦乱に終止符を打った存在として、半ば神格化にも等しい伝えられ方をしており、()()を祀った宗教組織も存在している程だ。

 

 その宗教組織というのが、ミッドチルダ北部地区に本部を置く、『聖王教会』と呼ばれる宗教組織である。

 

 尤も、宗教組織と言っても、カルト的な独立団体という訳ではない。むしろ宗教組織としては戒律の類はさほど厳しくはなく、次元世界に点々と置かれた教会は、信仰の有無に関わらず門を開き、若い夫婦の契りの場を設けるなど、次元世界において広く人気を博している。……余談だが、クロノとエイミィの挙式も、此方の系列で執り行われるのだそうだ。

 話を戻そう。

 では、この組織のそもそもの目的とは何か。

 大本が滅び去ったベルカに置かれているため、実は原初の事柄については明らかにすることが出来ていない。

 ただし基本的には、『聖王』が為した平和を尊び、結果的にベルカが回避する事の出来なかった滅びを齎した過ぎた力の調査、保守を使命としている。

 この目的の合致から、管理局とも密接な繋がりを持っており、長い歴史により数多の次元世界に置かれた教会からロストロギア関連の情報を共有し、協力して次元世界の秩序維持を行っている。

 そうしたことから、管理局と提携して事件に当たる事も珍しくはない。

 今回クロノたちが受けた任務にも、教会側の協力を得た部分が多くある。クロノとエイミィが通信を繋いだ本題は別件であるが、今回の任務に協力してもらっている部分も大きい為、その報告も兼ねている部分もあった。

 繋いだ先は、第十二管理世界。そこに置かれた聖王教会支部、その中央聖堂へ向けたものである。

 

『───以上が、現場からの情報です。片方は現在三人が確保に向かっていますが、此方の方は発掘現場ごと消失(ロスト)してしまいました。ですが、引き続き爆発現場の調査を行ってもらいますので、後ほど詳細を報告させて頂きます』

「……クロノ提督。現場の方々は、ご無事でしょうか?」

『ええ。現地の発掘員たちにも、此方の魔導師たちにも被害はありません』

「そうですか……よかった」

『教会側の協力で、第一発掘地点(ポイント)の避難が迅速に済んでいたのが幸いしました。ありがとうございます、騎士・カリム』

 クロノからの説明を受けて、金色の髪をした女性───騎士・カリムと呼ばれた彼女はホッとした表情でそっと胸を撫で下ろした。

 彼女は聖王教会でも有数の、騎士の位に就いた優秀な人物であり、またはやてとも懇意にしており、そこからの関係でクロノたちとも親しくしている。今回の任務では、教会側からの協力という形で、発掘後の対応の幾らかに関わっている。

「危険な古代遺失物の調査と保守は、管理局と同じく『聖王教会』の使命ですから。名前だけとはいえ、私は管理局の方にも在籍させて頂いていますし。

 教会(こちら)記録(データ)では、『レリック』は無理矢理な開封や、魔力干渉をしない限り暴発はないと思われますが、現場の皆さんに十分気をつけてくださるようお伝えいただけますか」

『はい。それでは……』

 短く通信を終えて、改めて「ふぅ……」と息を吐く。

 ハプニングもあったが、一先ず事態は収束しつつあるようだ。もとより、はやてたちの力を疑ってはいない。

 しかし、やはり諸手を挙げて……という訳にもいくまい。何せ今回の件には、教会側のよく知る古代遺失物の、『レリック』が関与している。

 クロノに説明した通り、少なくとも単体ではそこまで危険性はない。

 だが、魔力の暴走なのか、爆発を起こしていしまってもいる。そうなると、やはり心配は残ってしまうのも仕方がないことだろう。

「騎士カリム。やはりご友人が心配でしょうか?」

「シャッハ」

 そんな彼女の意を汲んだのか、カリムの傍付きであるシスター・シャッハがそう声をかける。

「よろしければ私現場までお手伝い伺いますよ。非才の身ながら、この身を賭けてお役に立ちます。クロノ提督や、騎士はやてはあなたの大切なご友人。万が一のことがあっては大変ですから」

 非才とは、また謙虚な事だ。

 シャッハの気遣いを心強く思いながら、カリムは「ありがとうシャッハ」と言って、「でも平気よ」と続ける。

「確かに心配だけれど……はやては強い子だし、今日は特に祝福の風(リインフォース)はもちろん、守護騎士たちも一緒で、はやての幼馴染の本局のエースさんたちもご一緒だから……」

「それでは、私の出番はなさそうですね。今日は大人しくあなたの傍についているとしましょうか」

 幾らか心配の抜けたカリムに微笑みを向けて、シャッハは「次の通信が来るまで間もあるでしょうし、お茶でも淹れてきますね」と続けた。

 そんなシャッハに「うん、お願い」とカリムもまた、笑みで応える。

「畏まりました。では、せっかくのお天気ですし、もう少ししたら中庭(テラス)の方へ来て下さい。騎士カリム」

「ええ」

 やや肩を竦めたカリムにシャッハはそう応えて、聖堂の外にある給湯室へと向かっていった。

 元々無かった人気が更に失せ、聖堂はしんと静まりかえる。

 そんな中で、カリムは一人想い願う。せめて、人々の命が失われる事がない様にあって欲しいと。

 穏やかな陽光の中に包まれながらの祈りは、何処かに偽りを含んでいるかも知れない。けれど、願う想いにはウソはない。

 ただ、何処にでも駆けつけ、全てを守るなど出来ない。

 当たり前の理の味を苦く噛み締めながら、一つ息を吐いてカリムまた聖堂を後にするのだった。

 

 

  9

 

 

 アースラと聖王教会での通信が交わされる中、なのはたちは第二発掘地点上空へと足を踏み入れていた。

 しかしそこには、

 

「───機械兵器(ガジェット)……ッ⁉」

 

 なにやら、あまり好ましくない来客があった。

 突然に出現した機械兵器。

 発見が確認されなかったのは、あの機体たちの持つ何らかの妨害機構の所為だろうか。そのあたりは詳しく調べてみないと断定はできないが、その光景は、否応にもかつてのそれと重なって見えてくる。

 ちょうど六年前。

 演習中のなのはやヴィータを襲った時と、現状は非常に酷似していた。

 重なるのは偶然か、それとも。

 しかし、今は考えている暇がない。此方が二つ目であるからか、残っていたらしい局員の姿が見える。あのままでは、

「はやてちゃん、フェイトちゃん。わたしが救護に回る。だから、」

「分かってる、遊撃は任せて。はやてとリインは上空から指揮をお願い」

「うん。ほんなら……」

《はいですっ! 広域スキャンによる逃げ遅れた人たちの補足と、敵性無人機の殲滅補助。両立して見せるですっ!》

 と、フェイトとはやて、リインは、なのはの声に当然とばかりにそう応えた。

 返って来た仲間たちの頼もしい返答に思わず笑みを零しながら、なのはも「うん!」と改めて首肯する。

 不測の事態ではある。だが、恐れなど微塵もない。あとはただ、護るべき戦いを、全力で行うのみ。

「……行くよっ!」

 指揮を執ったはやての声を皮切りに、三つの『了解‼』という声が重なり、一斉に彼女らは其々の役割を果たすべく動き出した。

 まず行うべきは、局員たちの安全確保。

 なのはが張った『プロテクション』が眩い桜色の光を放ち、強固な防護膜を形成する。

 守りが固まった事を確認し、フェイトが複数の射撃魔法を発動させ、機械兵器を撃ち落しにかかった。

《Plasma Lancer.》

「───ファイア……ッ!」

 愛機の発動句(ガイダンス)に次いで、フェイトが射出指令を告げる。

 すると雷を纏った光球から、稲妻の槍が閃光もかくやとばかりに迸り、機械兵器たちを撃ち抜いていく───。

 かに見えたが、

「⁉」

 敵へ当たるかどうかと言ったところで、()()()()()()

《Sir, Searched jammer field.》

「AMF……でも、こんな高出力なのは……」

 これまでにもAMFの存在自体は確認されていた。以前の襲撃の際にも、機械兵器がAMFの発生器を搭載しているのは判っていたのだが、ここまで高出力なものは確認されていない。それも、最初から───というわけではなさそうだ。

 魔法を放ったフェイト自身、手加減したつもりはない。だというのに、魔法が消されてしまった。どうやら、此方に検知されない程度に、出力を変える事が出来る様だ。

 何処までが上限か分からない以上、下手に魔法を撃っても意味がない。

 あのフィールドは、かつて戦った『フォーミュラ』の様に魔法で発生したエネルギーを分解したり、或いは術式を解析して解除しているのではない。

 AMFの名の通り、魔力素の結合を阻害するものである。

 エネルギーの塊を粉々にするのではなく、結びつける楔そのものを消し去って非活性状態に戻す、といえば判り易いか。要するにあのフィールド内に置いては、魔法はその効果を失い、魔力の結合が阻害され、内側では魔法が発生させることさえ出来なくなってしまう。

 しかし、対処法自体はそれほど難しくはない。そも、たった一つで無敵を得られる技術など、この世界にはまず存在していないのだから。

 以前、『フォーミュラ』と戦った際に受けた改修は、質量兵器に寄り過ぎたと更なる改修が施されて、いくらかの制限が設けられている。尤も、完全に外されていない為、今でも使用することは出来る。

 そもそも、単に対処というだけなら、手段は他にもある。

 AMFは確かに『魔法を無効化』する。しかし、それはエネルギーを消しているわけではなく、魔法というカタチを崩しているだけだ。『フォーミュラ』の様にエネルギーそのものを分解して霧散させているわけでもなく、加えてヴァリアントシステムの如く無機物を変形させる事も出来ない。

 そう。つまりAMFは、フィールドの外で発生した魔法で起こされた物理的なエネルギーや効果を消すことは出来ないのである。

 故に、こと戦闘に置いては、フィールドという枷に囚われたAMFは、『フォーミュラ』には劣ると言って良い。

 であれば、

「バルディッシュ」

《Yes, Sir.》

「レイジングハート」

《All right, My master.》

 なのはとフェイトの声に従い、デバイスたちは即座に担い手たちの望む魔法を自らの機体へと奔らせる。

 瞬間。天に放った雷が轟き、大地の岩が砕かれ舞い上がる。

 そして、

「スターダスト……!」

「サンダー……ッ!」

 力を籠めるようにして、言葉を紡ぎ、なのはとフェイトは、それぞれが発動させた魔法を解き放つ。

 

「「───フォールッ‼」」

 

 末句が揃うと同時、二人の魔法が機械兵器の躯体を粉砕した。

 AMFは、ここにおいては効果を発揮しなかった。何故か、といえば単純な話で、AMFは魔法の結合を阻害する術式である。つまり、魔法を消せても、魔法によって発生した通常の物理的現象は消す事が出来ない。なのはたちは、その性質を逆手に取ったのだ。

 しかし、相手側もまた、ただやられるだけではなかったらしい。

 幾らかの躯体は二人の魔法の範囲から逃げ出しており、自身らの不利を悟ったかのように後退を始める。

 が、それを許さないものが一つ。───否、正確には二人か。

「逃がさへんよ……!」

《行くです! ───凍て付く足枷(フリーレンフェルッセン)ッ‼》

 上空から状況を確認していたはやてとリインの放った魔法が、氷結の力で以て躯体を完全に凍り付かせ、拘束する。

「ナイスや、リイン♪」

《これなら解析に回す時もばっちりですっ!》

 融合している状態ではあるが、得意げに胸をハッキリと分かる声色で応える末っ子に、はやては穏やかな笑みを溢す。

 これにて、此方の現場における機械兵器の対処は完了した。

 それを受けて、観測基地にいるシャーリーとグリフィスは一つ目の事態が解決したことに「よし」と拳を握る。

 ───が、喜びを得たのも束の間。二人の元へ、すぐさま次の報せが舞い込んで来た。

 シグナムたちのいる第一発掘地点にも、なのはたちの元を襲ったのと同系の機械兵器の出現が確認された。急ぎ二人はヴォルケンリッターの面々へと通信を繋ぐ。

 

『こちら観測基地。先ほどと同系と思われる機械兵器の出現を確認! 地上付近で低空飛行しながら、皆さんの居る地点を通る進路(コース)で移動中。高々度飛行能力があるかどうかは不明ですが、このままいくと、なのはさんたちとも当たりますね。このことから察するに……狙いはやはり、護送中の「レリック」かと』

「まぁ、そう考えるのが妥当だな」

 シャーリーの言葉に肯定の意を返しつつ、ここからどう動くかを思考する。

 少なくとも、あの三人とかち合って機械兵器の側に勝機があるとも思えないが、ここは順当に行くべきだろう。

「了解した。では、二手に分かれる。シャマルとザフィーラは主はやてたちの方へ行き、守りについてくれ。私とヴィータは、機械兵器(ヤツら)の方を叩く」

「分かったわ。二人とも、気をつけてね?」

「あまり逸りすぎるな」

「おーよ、わーってるって」

「ああ。───では、行くぞ!」

 

「「「了解ッ‼」」」

 

 観測地点から飛び出していく四つの影。

 今の魔導師たちだけに技を振るわせてばかりはいられないとばかりに、古の騎士たちが、この世界でも舞い踊るべく技を振るいに掛かる。

 

 

  10

 

 

 ほどなくして、ヴォルケンリッターが第二発掘地点を発ち、機械兵器と接敵した。

 けれど、そこに苦戦の色など微塵も見えない。先んじたなのはたちの戦闘からAMFを持っている事は割れている。加えて古代ベルカ式の担い手たる騎士たちは、魔導師よりも物理的な戦闘を行う。

 『アームドデバイス』と呼ばれる、明確に武器の特性を写し込んだデバイスたちを振るう様は、まさしく騎士のそれである。魔法によって強められた武技は、剣や槌を模したデバイスによる斬撃や打撃によって機会兵器質を粉砕していく。

 その様子を、軌道上のアースラで頼もしげに観測(モニタリング)していたクロノとエイミィだったが、次第にクロノの表情が陰りを帯びていた。それに気づいたエイミィはどうしたのかと訊ねると、彼女に対しクロノはこう返す。

「……この後のことを、考えていた」

 短かったが、伊達に長年コンビを組んでいるわけではない。

 彼の意図を、エイミィはそれだけで汲んだのだろう。「ああ」と、彼女もまた多くは語らずに応じる。

「けど、指揮官がそんな難しい顔してると、現場にも伝わっちゃうよ?」

「分かってる。けど、難しい顔にもなるさ。前回の出現に引き続き、こうも魔法に対する技術が露見していればね」

「まぁねぇ……」

 そういって、二人はもう一度画面のほうへと目を移した。

 戦況は好調といって差し支えない。死傷者はおらず、第二発掘地点での()()を除けば、今回の任務の運びは一見して順調といえるだろう。

 しかし、AMFという技術が、一線級の魔導師たちにも通じるレベルで実用化がされようとしている───この事実だけは、目を逸らすわけにはいかない。そして、それを操っている何者かがいることも。

「だがあのレベルなら、今のところまったく対抗できないわけじゃない。地球での事件以来、〝魔法に対する技術を持つ敵〟という想定は局内でもされてきた。……尤も、あのレベルで敵側が()()()()()()()()()だが」

 これから、新たな事が起こるとしたなら。

 起こる事件に対して、どれだけの人員や装備が要るのか。揃えられたとして、それらをどのように動かすのか。

 そもそも、動き出せるまでにどれだけの時間が掛かるのか。

 考えて行けば切りが無い。とりわけ、『魔法』という技術に依存している世界であれば、なおさらに。

「指揮官の頭の痛いところだね……」

「そのあたりは、僕らだけじゃない。どこの部隊でも行き当たる命題だ」

「だね……。けど、そういう意味では、今回の事件で手に入ったのは、前の時と併せて、本局とか地上本部との交渉材料にはなるんじゃない?」

「それは……そうなんだがな」

 クロノの抱える命題は、管理局全体の抱える問題でもある。

 管理局は、万年人手不足に悩まされている。管理世界には魔法を使える人間は数多くいるが、魔導師としての力は、才能に依存する部分が大きい。その為、安定して優秀な魔導師を保持し続けることは、非常に難しいのである。

 魔法は、優れた技術だ。これだけは間違いない。

 非殺傷設定という特異な性質を持つ魔法は、こと生命を相手にする場面において、こんなに便利なものは他に類をみない。制圧を試みるにしても、魔法による制圧と質量兵器による制圧では、出る被害には決定的な差がある。

 あの『フォーミュラ』でさえ、この点は完全に解決はしていない。

 とはいえ、これだけで魔法が全てにおいて秀でていると言うわけではなく───もちろん、魔法にも欠点は存在している。

 才能に依存することや、対抗する技術が存在すること。質量兵器による対抗にしても、全く不可能ではないという点も挙げられる。

 けれど、それでも魔法が次元世界で廃れないのかと言えば、そうではなかった。

 どれだけ欠点を突きつけようと、幸か不幸か、次元世界はそのバランスを保ち続けてしまった。……いや、そうなるように創られたというべきなのかもしれない。

 古代ベルカの諸王時代から、世界はそこまで軸を変えていないのだ。

 強者の元には強者が集う。それは戦乱においても、背中合わせの秩序においても、何も変わらない。

 時代ごとに顕れる英雄が、そういった不条理を覆してしまう。

 それもまた、魔法の持つ歴史の一端である。世界はそうして破滅と再生を繰り返して、今へと至る。

 言ってしまえば、これもまた時代の流れなのかもしれない。

 やがて滅ぶべき世界の抱える矛盾という、ヒトが突き当たる壁。ただ、それだけのことだと受け入れてしまえば───と、考える者もあるだろう。

 しかし、それだけで諦めがつくほど、ヒトは賢い生き物ではなく。

 時代ごとに、己のあるべき場所で藻掻き足掻くような、そんな切ない定めを背負う、哀しい生き物。

 が、だからこそ先の世へ希望を(いだ)けもする。

 ただ安寧を求めるだけでも、絶望に浸るだけでもない。いつかへの夢を持てるものであるがゆえに、そんな矛盾を、明日へと繋げて行けるのだから……。

 結局、すべてを変えるのは容易ではない。同じように、何かに挑むことは簡単ではないのだ。

 これまでも、これからも変わらない。

 そして、だからこそ。

「大丈夫だよ、クロノくん」

 と、エイミィはクロノにいった。

「みんな、何とかしてきてるんだもん……。なら、これからだって変えていけるよ。だから今は、みんなにお疲れさまって、笑顔で迎えてあげよう? 今すぐになんて、変えられないんだから」

 もしかすると、それは酷く夢想的なものだったかもしれない。けれどその言葉に、クロノは短く「そうだな……」と頷いた。

 こんな筈じゃなかった───そう思える事柄は、世界にいつだって存在している。それを何とかするために足掻く道を選び、ここまで来た。それもまた、いまさら揺らぐものではない。

 なればこそ。

 今は先へ進むために、今出来る事を全力でするとしよう。

「エイミィ、ユーノに繋いでくれ。資料が揃っている様なら、もう一度聖王教会の方に」

「オッケー」

 やっといつもの調子に戻ってきた二人は、収束していく事態に合わせ動き出す。

 操作に合わせて何気なく目を向けると、仲間たちを捉えた画面の先では、機械兵器たちの大半を撃墜した様子が映し出されていた。

 一旦の終わりが、すぐそこに迫りつつある。

 掻き乱された水面に浮かんだ波紋は薄れ始め、次第に元の静謐さを取り戻し始めていた。

 

 

  11

 

 

 聖王教会・中央聖堂。

 そこでは、束の間の休息を終え、テラスから戻ってきたカリムたちが、クロノからの通信を受け取っていた。

『護送隊とレリック、先程本艦に収容しました。残念ながら、爆発地点からはレリックやその残骸は発見出来ませんでしたが……』

「お気になさらず、クロノ提督。事後調査は、聖王教会の方でもいたしますので」

『確保したレリックは、厳重封印の上で、自分が本局の研究施設まで運びます』

 そうクロノが言ったところで、「その件なんですが……」と、カリムが何かを思い出した様に口を開いた。

 何だろうか、と返答を待ち構えていると、カリムはこう続けた。

「此方から『警護員』が一人、そちらへ向かっています。ご迷惑でなければ、ご一緒に運んで頂ければ……。併せて、例の件も彼の方に直接お話し下さい。ユーノ司書長もそちらに出向かれるそうですから、通信を介するよりも確実かと」

『ああ……はい』

 やや予想の斜め上を行った追伸に、生返事を返す。

 確かにロストロギアを運ぶなら、人員は多くいた方が良い。聖王教会の側の協力を得られるのも、決して悪いことではないのだが……いきなりであったからか、カリムの話を聞いていたクロノとエイミィは、思わず顔を見合わせていた。

 カリムはそんな二人を楽しそうに眺めており、クロノたちはますます彼女の意図を図りかねて首を捻る。

 無理もない。重要な件を話す心算(つもり)でもあったのだ。困惑は覚えてしかるべきだとも言える。故に誰が来るのか訊ねようかとも思ったのだが、カリムの方からは「大丈夫ですよ、会えば直ぐに分かりますから」と、楽しげな様子のまま告げて来た。

 そのまま「今度の式では、二人の門出を告げる役をしっかりと務めさせて頂きますね♪」と言って、通信を終えた。……一応、クロノやエイミィと同じか、少し年上のハズなのだが、こういうところはうら若い悪戯娘の様である。

 しかし、仕事はきっちりとこなすタイプだ。そも、カリムは管理局にも少将としても席を置いている。実績から言っても、いい加減な事はする質ではない。信用には足るか足らないかで言えば、間違いなく前者だといえる。

 結局いくらかの疑問は残しつつも、クロノは早速その警護員とやらに会いに向かうことにした。

 するとまるで図ったかの様なタイミングで、アースラの出入口(エントランス)から程近い応接室に着いているとの連絡が来た。なんだか遊ばれている様な気もしたが、そこへ赴いてみると、ここまでの疑問は呆気なく晴れた。

「やぁ、クロノくん。久しぶり♪」

「ヴェロッサ! 君だったのか……」

 (にこ)やかに片手を挙げて、そう挨拶してきた彼は、カリムの義弟にして、クロノの友人でもあるヴェロッサ・アコースだった。

 僅かばかりの驚きを覚えつつも、これで先ほどまでのカリムの楽しげな態度(ようす)にも合点がいった。どうやら彼女も、此方で同窓会をやっているという話を知っていたらしい。せっかくの趣向(はからい)だ、ここは旧友との再会を得られたことに肖るとしよう。

 旧友との再会に笑みを浮かべ、クロノはヴェロッサと握手を交わす。

「先の調査行以来だね」

「ああ、元気そうで何よりだ。しかし驚いたよ、まさか君が来るとは……」

「その点については義姉(カリム)に感謝だね」

 ヴェロッサはそういって、応接室の卓に置かれていた紅茶を口へ運び、続ける。

「カリムが君たちを心配している、と言うのもあるんだけど……本音を言えば、面倒で退屈な査察任務より、気の合う友人と一緒の気楽な仕事の方が良いなってね」

 局員とはしてはあまりにも軽い物言いだが、嫌味に感じるところはなかった。

 普段は堅物と呼ばれがちなクロノにしても、「相変わらずだな、君は」と苦笑するに留め置かせているのは何も旧友だからというだけではない。ひとえにそれは、この軽さと本人の実力がまた別物だという確かな事実があるからだ。

「そうしていると、局でも名の通ったやり手とは思えないから、返って怖い」

 そう。彼もまた、義姉であるカリム同様、管理局に席を置いている。

 彼がついているのは、一般組織や施設を調査し、不正を発見することを仕事(おも)とする査察官と呼ばれる役職だ。

 これは、調査能力・対人交渉に優れた者が配置される役職で、言うなら管理局側の諜報員のようなものである。

 とはいえ全員が全員そうであるという訳でもなく、単に各世界の局の支部を査察する管理職的な部署もあるが、ヴェロサの就いているのは前者の方だ。そして、裏と表の橋渡し役ともいえるこの役職は、管理局の中でもかなり特殊な部類───有り体に言えば、曲者揃いの部署というべきか。

 そんな場所で優秀であるがゆえに、彼自身もそれなりに曲者ではある。が、本人としてはそういった認識には不満があるのか、「こっちが素なんだけどねぇ……」と溜息を交えることも。

 しかし、やはり彼もまた貴重な人材であることに違いはない。

「君と、君の義姉君(あねぎみ)である騎士カリム。それにはやてを加えた三人は、局内でも貴重な古代ベルカ式の継承者で、有用で重要な稀少技能(レアスキル)保有者。その上、それぞれの職務でも優秀だ」

 そうクロノが言及するも、やはりヴェロッサは「確かにカリムは優秀だし、はやては色々凄い子だけど、僕は別さ」とかぶりを振って見せる。

「謙遜を」と、クロノは軽く笑みを見せるが、あまり掘り返しすぎるのも好ましくはないというのもわかってはいる。ひとまずそこでいったん話を区切ることにして、クロノはヴェロッサにこう言った。

「ともかく君が警護に就いてくれるなら心強い。出る前に、はやてたちにも声を掛けるか?」

 せっかく来たのだから、と思ったのだが、ヴェロッサは「ああ、それなら大丈夫だよ」と、のんびりとした応えを返す。

「お土産はもう届けてあるからね」

「?」

 お土産が何を指すのか分からなかったが、どうやら応接室に来るまでに何かをしてきたらしい。

 義姉同様、こういうところは悪戯っぽいなとクロノは思う。

 さて。随分と雑談を挟んだところで、そろそろ本題に入るべきではあるのだが、肝心要の人物がまだここへ来ていない。エイミィの方から、既にアースラヘ向かっているとの報せはあったのだが……。

 と、件の悪友を浮かべてみれば、ちょうどこちらも到着をしたらしい。

 小さな資料入れ(ポートフォリオ)を抱えて、ユーノが応接室を訪れた。

「ごめんクロノ、遅くなった……って、あれ? アコース査察官?」

 部屋に入ってきたユーノは、見知った顔がいることに驚いた顔を見せる。無理もない反応だが、ヴェロッサは相変わらず飄々とした風に挨拶を返していく。

「やぁ、お久しぶりです。ユーノ司書長」

「少し遅かったな、ユーノ。何あったのか?」

「いや、大したことは何も。シュテルたちをみんなのいるレクリエーションルームに送ってきたから、少しね」

「なるほど。ああ、そうだ。例の話し合いは、騎士カリムの代わりに、ヴェロッサが同席することになった。構わないか?」

「それはもちろん。いきなりだから、少しは驚きましたけどね」

「そこは、僕の義姉の方に。ま、これもちょっとした趣向というやつですよ」

 なるほど、とユーノも話の流れで、なんとなく事情を察したようだ。

 理解が早くて助かるとクロノは一つ息を吐き、早速例の話し合いの方へと移行するようユーノに頼む。

「それでは、ユーノ。来て早々で悪いが、現時点までの報告を頼む」

「うん、わかった」

 持ってきたらしい資料と合わせて、ユーノは現時点までで判明したことを二人へ語っていく。

「ひとまず例の〝預言〟について、今のところ最も有力なものを挙げていきますが……解読班の方では、まだ別の解釈についても調べを進めているので、そのつもりで」

「ああ」

「わかりました。で、今のところ最も有力な解読は、なんと……?」

 ヴェロッサがそう促すと、ユーノは「ええ」と応えて、続ける。

司書陣(ぼくら)の推測が正しいのだとしたら───〝預言〟はやはり、古代ベルカに由来しているものではないかと考えています」

「その根拠は?」

 問われ、短く「こちらを」と応えると、ユーノは手元にあった資料を出すと共に、宙に画面を表示させる。

 出された資料には、以前ユーノとはやての訪れた遺跡の写真が。

 映し出された画面には、カリムの預言の文面が浮かび上がっていた。それらを指し示しながら、ユーノは続けて語っていく。

「変質前の預言と、変質後の預言。それぞれの預言には同一の言葉がいくつか見られます。

 一つは〝旧き結晶〟、もう一つは〝彼の翼〟……そしてこれらは、前後にある単語に深い関わりを持っているように解釈できます」

「───『王』、ですね?」

「はい。〝死せる王の下〟というのが最初の預言に書かれていた文脈でしたが、変質後の預言には、明確に『王』という言葉が二度出てきます。この事から、〝彼の翼〟とは、その『王』に関連する代物であると推測するのが自然かと。とりわけ、今回発見された『レリック』のこともあります。

 『レリック』に関わるもので、かつ〝翼〟と表現できる何か。僕らはそれを、古代ベルカの諸王時代に存在していた巨大戦艦───〝聖王のゆりかご〟なのではないかと、考えています」

「……やはり、そうですか」

 ユーノの言葉に、飄々とした態度を顰め、ヴェロッサは険しい表情で短く呟いた。

 とはいえ、ここまで薄々感づいていたことではある。問題なのは、これがどの程度ありえるかという点だ。

 ……そう。この推測自体は、元から可能性の一端として存在していたものだ。

 けれど、あくまでも可能性に過ぎないとされていた。───否、それどころか優先度的には、かなり低く設定されていた事柄だったと言っていい。

 何故か? と問えば理由は単純なもので、これらが存在する可能性が極めて低いからだ。

 『レリック』はもちろん、『ゆりかご』に至ってはベルカから伝わる御伽噺に登場する代物。ミッドチルダの人間であれば、主だった認識としてはそんなところだろう。しかし今回の任務において、その前提が覆されてしまった。

「『レリック』が発見されたことで、少なくともアレが『稼働するロストロギア』だという事が確認されてしまった以上……可能性は、高まったと言っていいと思います」

 続けられた言葉に、クロノとヴェロッサの表情は険しさが増していく。

 だが、やはり疑念を完全には拭えない。使用されたという記録こそあれ、この二つは、やはり神話(くうそう)に近しい代物なのである。

「……しかし、本当にあるんでしょうか? あんなものが、現実に蘇るなど……」

 だからこそ、疑念は尽きない。ヴェロッサの問いかけは、非常に自然なものであったといえよう。

 が、それに対して「無い、とはいえません」とユーノは応えた。

 調べたユーノをして、断定は出来ない。けれど同時に、否定もまた、出来ない。

 『レリック』が稼働している以上、そもそもが謎の多い『ゆりかご』が動かないなどとは、断じることが出来ないのだ。

 信じるか否か、それさえも難しい。が、それでも可能性だけは依然と存在し続けているという、非常に厄介な代物なのである。

「あまり考えたくはないが……。ユーノ、その解釈が合っている可能性は、見積もるとどの程度に?」

「正直、それもあんまり……かな。古代ベルカにおいて使用された記録こそ残っているとはいえ、実在が確認されているわけじゃない」

 そう前置いて、「けど」、とユーノは続ける。

 眉唾に等しいとはいえ、記録がある。それも、神話級の伝承へと昇華されるほどの結果を残して。

 本当に動くのなら、その力は計り知れない。

 そして、『ゆりかご』の最終消失地点とされているのは、現在の次元世界の要であるミッドチルダ———旧ベルカ統治にあった地帯の上空なのである。

「つまり、伝承に残っているそれが……今もなお、存在しているのなら」

 というよりも、預言に記された事柄を踏まえて考えるのであれば。

「何者かが起動させることができたとすれば、ミッドチルダ───それどころか、次元世界を根底から揺るがす脅威に成り得る、と……?」

「ええ……」

 ヴェロッサの問いかけに、ユーノが短く応じた。

 返された肯定を受けて、軽い眩暈に襲われそうになる。そしてそれは何も、古いモノが動きだす可能性があるということだけではない。

 またそこから、ある事柄を浮かべるのが容易いからでもある。

 記録通りなら『ゆりかご』は、全長数キロに及ぶ超巨大な空中戦艦。しかも、戦乱期におかれて武力開発が推し進められていた古代ベルカですら、『ゆりかご』の力は、ロストロギア級であるとされていたほど。

 こんなものが『ミッドチルダ』に、時空管理局の一番目の届くところにあったのなら、見つかっていないのは不自然だ。

 が、仮に。

「もし、今でもゆりかごが存在しているというのなら……こんな巨大な代物(モノ)が見つからない理由があるということになる」

 で、あるならば。

 それは、

「誰かが隠している、極めて大きな……現実的な、財力や権力を持った何者かが」

「……そういうことになります」

 ゆえに、この可能性を信ずるのなら。

 それは、管理局に並ぶレベルの何かがある、ということを認めることだ。それどころか預言の文言を思えば、それらは管理局というシステムそのものを瓦解させる可能性を孕んでいる。

 紐解かれた可能性の重さに耐えかねて、場に沈黙が落ちた。

 話の区切りに至ったにも関わらず、三人の裡には、見出された可能性が重く圧し掛かっていた。

「……途方もない話だな」

 その重しを載せた様な深い息を吐きながら、クロノは誰ともなく呟いた。

「気持ちは分かるよ、クロノくん。僕も、正直参っている。……けど、それはユーノ司書長の方が上かな? 実働を担当する僕らが、こんなことでは調べてもらったというのに、情けない」

「いえ、そんなことは……」

 少しばかりおどけたように言って見せるヴェロッサの言葉から、滞留していた空気が再び流れ始めた。

 こういうところは流石だと改めて感心しながら、クロノは一度話題を仕切り直すことにした。まだ先があるというのあるが、結局は出来ることをするしかない。

「ユーノ、今のところ調べあがったものは以上か?」

「うん、今のところはね。まだ調べあがっていない事柄の方が多いくらいだから、引き続き調べるよ」

「頼む。予定より長く引き留めてすまなかったな。そろそろ、みんなのところへも行ってやってくれ」

「え? けど、クロノとアコース査察官は……」

 クロノはそういうが、今回はアースラメンバーがせっかく揃う日だ。なのに自分だけ先に行くというのは、とユーノは言う。

 そんな気遣いを「らしいな」と思いつつも、クロノは苦笑交じりに「気にしなくていい」と、先に行くように促した。

「僕らは、参加するにも一度これを本局に持って行ってからだ。それにここのところ、今日に合わせて書庫に籠る時間が長かったみたいだからな。せっかくエルトリアの(みな)も来ているんだ、最後まできちんとエスコートをしなければならないだろう?」

 引き受けたからには責任を果たすべきだ、とクロノはユーノの背中を軽く叩いた。

 背を押され、ユーノも「分かった」と頷いて見せる。流石にここまで言われて、食い下がるのも違う。

 ありがとうと礼を言って、ドアへ向かっていく。

「それじゃあ、行ってくるよ。アコース査察官も、今日はお疲れ様でした」

「いえいえ。ではまた書庫のほうにも」

「ええ、ぜひ」

 そうして、ユーノを見送った後。クロノとヴェロッサもまた、自分たちの向かうべき場所へと足を踏み出しており、転移門までの通路を歩きだした。

 幾らかの談笑を交えていると、途中で先ほどの続きに話が振れた。

「ところで、さっきは聞けていなかったけれど……最近はどうだい? 次元世界(うみ)の方は」

主要地上世界(おか)と同じさ。芳しくない。

 〝世界は変わらず、慌ただしくも危険に満ちている〟───旧暦の時代から言われている通りだ」

 世界の在り方が危ういのは、『魔法』という技術が普及した世の中でも変わらない。……いや、というよりもその魔法技術が、そもそも世界を狂わせている原因なのだろう。

 管理局が創設されてより、一五〇年ほどの時間が経っている。長く歴史を重ねてきた分、管理世界と呼ばれるこの区分は次元世界では広く浸透した。けれど、次元の果てはというものは、見果てぬほどに広い。

 そして、そこには同じだけ過去と現在へ続く様々な事象が渦巻いている。

 ミッドチルダがベルカを始めとした世界から続いているように、ある世界で生まれたモノが、また次の世界へ植え替えられていくことは往々にしてある。

 だから今は、とクロノは言う。

「各世界の軍事バランスの危うさ。世界内での紛争や闘争。それぞれの世界が壊れないようにするだけで手一杯さ……」

 それを受けて、ヴェロッサもまたそうだねと同意する。

(おか)も相変わらずだね。危険な古代遺失物(ロストロギア)の違法捜索や不法所持。さらにはそれらの密輸問題……。地上とはまさに、そういったことの舞台だからね」

 これが、次元世界。

 牽いては、魔法という技術の持ってしまった厄介な面であると言えよう。

 そして、そんな世界だからこそ。

 『魔法』を秩序維持のために用いる管理局が、率先して古代遺失物───ロストロギアを追うという、まさしくそういった世界の在り方(くりかえし)を象徴しているともいえる。

 が、そうした秩序維持も完璧ではない。

 ただでさえ広い次元(この)世界においては、一部の平和は決して全体の平和を意味しない。それどころか、魔法の特異性から生まれた司法は強力な力を持つ反面、歪で脆い部分を多く持ち合わせてさえいる。

「破滅的な力を持つ古代遺失物(ロストロギア)は、よからぬ輩の手に落ちれば、すぐさま争いの道具となる。まして〝秘匿級〟の古代遺失物(ロストロギア)ともなれば、戦いの道具として手に入れることが出来れば……」

「世界のバランスを崩す、どころじゃない」

「……破滅へ向かって一直線、ってね」

 力の使い方を知る者が、邪悪な方へ進むためにその力を使う。まして、その規模が組織単位にまで昇ってしまえば……それは、何よりも性質(タチ)が悪い。

 しかし、世界を巻き込む滅びというのは、そういったものによってもたらされるケースが多いのも事実。故に、対抗するためには力がいる。

 だが、

「そうやって滅びた世界はいくつもあるのに、それでも自分たちを守るために力を求めなきゃならない……そういう気持ちも、分からなくもないんだけどね」

 それすべてを是とすることは、出来ない。

 増長しすぎた力がもたらすものは、何も悪の側のみに留まらない。過剰に蓄積された善というのも、同じように災い足りえるものへと変わってしまうのだから。

 しかし、それでも───と、クロノは思う。

 すると彼の思考を読んだように、「それを防ぐために、働かなきゃならない……だろう?」とヴェロッサは、その続きを代弁する。

 そんな友の言葉に険しい顔を緩め、笑みを浮かべながら頷いた。

「こういう仕事を選んだ以上はな」

「だね」

 そういって頷き合ったところで、二人は転移門へと辿り着いた。

 担当に頼み、さっそく本局までのゲートを開いてもらう。後は本局まで一直線に運ぶだけだが、最後まで気は抜かないで置かねばなるまい。

 質実剛健を地で行くクロノに、「相変わらずだね」とヴェロッサは苦笑するも、自分もまた、最後までしっかり役目を果たさせてもらうと応えた。

「それに、クロノくんには早く終わらせて、みんなのところへも行ってもらいたいからね」

「心遣いは嬉しいが……どちらかというと、僕は保護者側だ。あまり甲斐甲斐しいのもよくないだろう」

「良いお兄ちゃんだねぇ」

「なんだそれは……」

 自分も似たようなものだろう? とクロノに言われると、「まぁはやてとはよく一緒にいるけどね」とヴェロッサは応えた。

「けど、あんまりほかの二人とはご一緒する機会はなかったからね。実際に彼女たちの活躍を目にした機会は、なかったかな。クロノくんから見て、今のみんなはどうだい?」

「今さら僕が語るまでもないさ。皆、素晴らしい力を持っている。管理局のエースとして、三人とも堂々たる成長をした」

「確かに、ちょうど申し合わせたみたいに技能も能力もバラけているよね」

「ああ。頼もしいことにね」

 そう応えたクロノに、ヴェロッサも首肯する。

「本当に、三人揃えば……世界の一つや二つ、軽々救ってくれそうな気がするよ。()の〝三提督〟の現役時代みたいに」

「まぁ、夢物語のようではある。だがまぁ、それでも……正直、夢は見たくなる」

 しがらみや、やるせない出来事。手を伸ばしても届かない、苦しみばかりを背負う立場(しごと)であっても。

 あの三人であれば本当に、光だけをつかんでくれるかもしれないと。

「やっぱり、クロノくんはみんなのお兄ちゃんって感じだ。さっきユーノ司書長の背中を押してたのも、そんな感じだったよ?」

「ま、あれくらいはな。あいつにも、同じくらいには期待している」

「へぇ、あんまり司書長の荒事の話は聞かないけど……。ああ、でもそういえばクロノくん、模擬戦にも結構誘ってたって……」

「まぁな。あいつは攻撃はからっきしだが、腐らせるにはもったいない程度には戦える」

「はは。そこまで言っているのに、最後だけは素直じゃないね」

「……うるさいぞ、ヴェロッサ。あいつだって男だ、それくらいの方がちょうどいいだろう」

「ふふふ……」

 なんて話を終えた辺りで、本局へのゲートが起動する。

 さあさあ、と、ヴェロッサはそっぽを向いたクロノの背を押して門をくぐる。

 そうして転移の光が作る道を抜けて、さっそく二人は、最後の仕上げを果たすために動き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 紡がれ行くそれぞれの軌跡 The_Eternal_Bonds.

 

 

 

  1

 

 

 クロノたちとの話を終え、ユーノは(みな)の集まっているレクリエーションルームへと向かった。

 応接室からはさして遠くないこともあり、一つ二つ廊下を抜けると、目的の場所が見えてきた。にぎやかな声と、料理の良い香りが漂っており、楽しんでいることが廊下にまで伝わってくる。

 盛り上がっているみたいでよかったと、笑みを浮かべながら、ユーノもさっそくドアをくぐって、その中へと入っていった。

 

 自動ドアのスライドする音と共に、部屋の中の視線がユーノの方へと集まる。

 見慣れた顔の来訪を、一同が暖かく出迎えた。

「ユーノくん! やっと来たね~」

「師匠。お話の方は、もう宜しいのですか?」

「うん。クロノとアコース査察官は、『レリック』を本局に運びに行ったよ。たぶん、それが終わったらまた来るかも」

「そうですか。では、師匠もこちらへ」

「だね。美味しいもの、いっぱいあるよ~」

「ありがと。じゃあ、さっそく僕も食べよっかな」

 いの一番に声をかけてきたなのはとシュテルに招かれて、ユーノも会食のテーブルに着いた。ちょうどビュッフェ風に自分で好みの料理(もの)を取り分けるようになっていて、卓へ向かう途中で、リンディからお皿を渡された。

「それにしてもすごい料理だね……」

 と、ユーノは呟いた。

 卓上は、それこそ壮観とさえいそうな光景だった。

 色とりどりの料理が並び、どれから手をつけようかと、迷わせてくる。

「そうですね。アコース査察官からの差し入れだそうです」

「ああ、なるほど……」

 シュテルが飲み物を渡しがてら、そう説明してくれる。

 そういえば先ほどクロノたちに遅れて部屋に入った時、入りがけに二人がそんなことを話していた様な気がした。

 ユーノがぼんやりと先ほどの事を逡巡していると、そこへフェイトとはやてがやって来た。

 二人とも、自分たちも戦闘後であるのに、「お疲れ様」と労いの言葉をかけてくれた。そこでユーノは、遅れてきて話に出遅れていたのもあるが、まだみんなにお疲れ様を言っていないことに気づいた。

「遅れちゃったけど、みんなお疲れ様。シュテルも、手伝ってくれてありがとう」

 言って、渡されたばかりのグラスを、はやてたちの持っているグラスとカコン、と合わせた。

「ありがとうなぁ~。こっちは終わってみると割と平気やったけど、ユーノくんの方はどないやった? クロノくんとロッサとのお話」

「うん。こっちも、調べは進んだって感じかな」

「ふぅん、順調そうならええんやけど……あ、っていうかユーノくんまだ何も食べてへんやん」

 はやてに言われて、そういえばまだ何も食べていなかったことに改めて気づく。

 すると傍らから、フェイトが彩りよく盛り付けられたお皿を「はい」と差し出してくれた。

 ありがとうと礼を言うと、フェイトは「ううん。食べ損ねちゃもったいないし、ユーノはもうちょっと食べなきゃね」なんて笑っていた。

「せやなぁ~。ユーノくん、ちょーっとだけ細いもん」

「そ、そうかな……?」

 多少なり、所謂〝男らしさ〟に欠けている自覚はある。……しかし、それにしても「せやせや」とその通りだとばかりに頷かれると、流石に色々と思うところもあるのだが。

 そんな風に苦笑いするユーノであったが、そこへシュテルも「それについては、私も少し思うところがあります」と言って首を突っ込んできた。

「具体的には、師匠はもっと食べるべきかと。ここのところはあまりフィールドワークにも出ておられないとはいえ、食を細くしてはいけません」

 日頃の摂生は大切です、とシュテルは言う。

 何となく、師弟が逆転しているようにも見える光景である。が、それもあながち間違っていないのかもしれない。

 実際のところ、ユーノとしても彼女の指摘は耳が痛いところだった。

「たはは……。弟子に心配かけるようじゃ、ダメだね」

「そう思っていただけるのなら、師匠が此方(エルトリア)に来ていただいたときは、しっかりとお世話をさせていただきます」

 ここまでくると、もはや師弟というよりは姉弟か、親子とでも言えそうな光景である。が、それはそれとして、少しばかり気になる事柄が浮上してきた。

「もしかしてユーノくん、エルトリア行くん?」

 はやてがそう訊ねると、ユーノは「うん、ちょっとね」と頷きながら、シュテルたちを今回の同窓会(あつまり)に誘った際に向こうへ行く事にしていたのだと応えた。尤も、今回は完全に私用だけではなく、いつもの資料共有も理由の一つではあるのだが。

 はやてはユーノの説明に「ふぅん」と納得しつつも、やや淋しそうに自分も行きたかったと呟いた。それに、フェイトも「そうだね……」と相槌を打つ。

「温泉はお休みが合えば行けるけど、エルトリアにはあんまり渡航許可が下りないもんね」

 そこまで言われて、ユーノは「ああ」と、この前誘われたのを思い出した。

 はやてがいま研修で向かっている陸士第一〇四部隊のあるミッド北部には、自然豊かな観光スポットと名の知れた温泉地がある。一〇四部隊での研修を終え、次の部隊へと移る合間が開いたので、遊びに来ないかという誘いを、はやては友人たちに掛けていたのだった。

 しかし、いつもの三人は予定があったものの、ヴォルケンリッターの面々は任務が入っているので、そちらを訪れるにしても仕事を終えた後でないといけない。加えて、中学の卒業後から少し離れている海鳴の二人にも声をかけていたのだが……。

「アリサやすずかにも声をかけたけど……二人とも、連休中に大学の方でちょっと用事があるみたいで、それに」

「ユーノくんも一緒に、って誘おうと思ってたのに……」

 そう言って、フェイトとなのはは少し寂しそうな顔をする。同い年の面々が全員集まれるのは中々ないので、今回はちょうど良い機会ではあった。しかし、どうにもタイミングが悪かったらしい。

 ユーノはそんな三人の様子を見ていると、何となく申し訳ない気分になった。

 とはいえ、女の子同士での旅行の方が気楽なのではないかとも思ったのだが、それを言い掛けると、なのははなんだか剝れた様子でユーノをジトっと見詰めてくる。

 どうにも納得されていないらしいと苦笑いを浮かべているユーノ。そんな彼の様子に、なのははますます拗ねた様に口を尖らせた。

 そしてそっぽを向きながら、

「……シュテルたちのとこにはいくのに」

 なんて事を口にした。

 弁解したくなったが、間違いでもないのでなんとも言いようがない。しかし何か応えようはないものかと、迷いつつも「けど、それは───」と、ユーノが口を開こうとしたところで、そこへ傍らから更なる横槍が入った。

「ご心配なく。明日よりの出張で、師匠が此方(エルトリア)へいらっしゃっている間は、()()()がしっかりとお世話(サポート)させていただきますので」

 新たな火種の投下。それもどことなく挑発的なシュテルの物言いに、なのはも流石にカチンときた。

 しかもいつの間にか、ユーノの左腕にシュテルが絡んでいる事に気づき、ますます「むぅ~~っ」と頬を膨らませて、逆の腕を引っ張って自分に寄せる。

「…………」

「…………」

 互いに、一歩も譲ろうとしない。

 バチバチィッ! と、不可視の(みえない)火花を散らし始めた二人に、「あの、二人とも……ちょっとその、いたいかなぁ……って」と申し出たのだが、二人は全くもって自分から離す気はないらしい。むしろ力を込められた指と腕に圧迫されて、ユーノはこれからどうなるのかと、自身の行く末を思い、冷や汗を流し始めていた。

 そんな三人の様子を、年長組はのほほんと、或いは呆れたようにため息交じりに見守っていた。

「相変わらずねぇ、あの子たちは」

 素直でない、何というか皮肉屋めいたところのあるイリスは、三人の戯れをニヤニヤとイジワルそうに笑う。

 それを少し緩和しようと口を開こうとしたアミタとキリエであったが、生憎と目の前で繰り広げられているものは、どうにも言い表し難い。そもそも痴話喧嘩など、元より犬も食わない代物である。

「……まぁなんていうか、激しいわよねぇ」

「ええ、まぁ……そうかもしれません」

 と、結局そんなことしか言えず、二人は苦笑を零すのみであった。

 では彼女らよりも付き合いの長いヴォルケンズの面々はどうかと言えば、此方も似たようなもので───いや、というより、親しみ深いからこそ呆れているというべきか。何時までも中々進展もしない光景に、四人は半ば感嘆さえ覚えそうな気がしていた。

「アレで未だに……というのは、いささか不憫に思えるな」

「どっちのこと言ってんだよ、それ」

「皆まで言うな、という事だろう」

「そうよー、ヴィータちゃん。それに、まだまだ続きそうじゃない? ねー、ユーリちゃん?」

「……ええと、どうでしょう」

 シャマルに急に降られて、ユーリは濁すように苦笑いで応じた。

 その傍らで、ディアーチェが「はぁ……」と溜息を一つ。この間にも熱冷めやらぬといった風になのはとシュテルは睨み合いを続けていたが、ユーノの方ははそろそろ限界の様だ。

 そもそも話の発端を思えば、この状況は些か本末転倒であろう。

「おい、そこな二人。いい加減離してやれ。手が塞がっていては、いつまでたっても食を進められまい」

「「───あ」」

 そうだった、とでも言わんばかりに、ぽかんとした二人に、我らが闇王様は再び深く、盛大な溜息を洩らした。

「阿呆どもが……」

「まぁええやないの王様。これでもユーノくんも食べられるし」

 頭を押さえているディアーチェにはやてがそうフォローを入れるも、それはむしろ別の火種を呼び寄せていたらしい。

 先程までリンディやエイミィの方で食欲に忠実すぎる行動をとっていたレヴィが、流石に膨れた小競り合いに気づいたらしく此方へと首を突っ込んできた。

「んー? 何だユーノぉ、まだ食べてなかったの~?」

 もぐもぐと口に食べ物を詰め込んだまま、そんな事をいうレヴィ。行儀が悪いというのは簡単だが、どうにも彼女の場合、どことなく小動物っぽさがあるので、愛嬌の方が勝るのが不思議なところである。

 と、それはともかくとして。

 問われた事柄に、ユーノは「まぁ……ちょっとね」と腕を擦りつつ苦笑い。その傍らで、バツが悪そうに眼を逸らしている星光の魔法を持つ二人がいたが、そこにはノータッチにとどめておくのが得策だろう。

 一連の流れにまるで気づいていなかったのか、なのはとシュテルの反応には首を傾げていたレヴィであったが、そもそも細かいことを考える性格でもないので、先程の流れとは真逆にさっさと事の本懐を遂げに掛かった。

「しょーがないなぁー。じゃあはい、トクベツにボクのこれあげる~」

 そう言ってレヴィは抱えていたお皿に盛られた料理(ヤマ)の一角にフォークを刺して、それをそのまま、ユーノの口に突っ込んだ。

 突っ込まれた方は流石に驚いていたが、驚いたのは最初だけ。

 もぐもぐと咀嚼して「……あ、あふぃがと」と礼を言う。

「どうどう? おいし~?」

「う、うん、おいしいよ?」

「そっかぁ~♪ あ、じゃあこっちもー!」

「ま、まって、自分で食べれるから……むごっ⁉」

 そして此処からは半ば繰り返し。雛にでも餌をやっている気分なのか、或いは本人の元々の素体が猫だからなのかは知らないが、レヴィは面白そうに次々とユーノの口に料理を放り込んでいった。

 ユーノもユーノで、小動物形態に慣れている事もあってか、割とさっさと順応して終わるまで食べる方に専念することに決めたらしい。

 しばらく放り込んで、お皿が空になったところでようやくその流れは終わった。

 ユーノは重ねてありがとうと言って、後は自分で食べるからとレヴィにも食べる方に戻ったらという。レヴィも流石に満足したのか、特に異存はないらしく、また

 無邪気に笑っているレヴィだったが、本人はまたリンディやエイミィのところへふらふらと戻って、またパクパクとその細い肢体(カラダ)のどこに入るのか疑問になるほどの健啖っぷりを発揮していった。

「あー、これもおいしーっ♪」

「おー、相変わらずいい食べっぷりだねぇ~」

「こっちもおいしいわよ~」

 一応、レヴィはもう見かけの上では二〇歳くらいなのだが、すっかり背丈は伸びたものの、リンディやエイミィは猫の子(間違ってはいない)を可愛がるみたいにして彼女を甘やかしていた。

 昔は色々あったが、こういうところもレヴィの気質のなせる業だろうか。

 

 ……さて、そろそろ(とま)っていた刻の針を動かすとしよう。

 レヴィの放り込んだ爆弾が、幾らかの間を置いて炸裂する。……具体的に言うと、小規模な超新星爆発みたいな感じで。

「ユーノくんッ‼」

「師匠! ズルいではないですかッ‼」

「待って、何がっ⁉」

 またしても星光の二連撃。

 いうなら、第二ラウンドの勃発である。

「あーあ、まぁた始まってもーた」

「……もう放っておけ」

 ついにディアーチェも匙を投げた。

 ……実は似た様な事はなのはも子供の頃に(番外編四で)やっているのだが、それはそれ、これはこれらしい(というかこの後エルトリアに連れていかれる事が確定しているので尚更に、ということだそうな)。

 

 

  2

 

 

 で、その後。

 何とかそこからなのはとシュテルは冷静になったが、はやてやシャマルも悪乗りして、前みたいに八神家へおいでなんていうところから、ディアーチェも彼女らに煽られてちょっぴり震える程に暗黒(ヒートアップ)していたりもした。

 そうしてかくも混然とした諍いがようやく鎮まり、やっとこさ歓談らしい流れになって来たあたりで、次の話題にエリオとキャロの事が挙がった。

 

 発端はというと、ユーノがフェイトに二人の近況を聞いた事がきっかけだった。執務官として様々な世界で活動する中で、助けた人は大勢いる。フェイトにとって、その中で特に関りが深いのが、エリオとキャロの二人だ。

 フェイトが二人の正式な保護責任者の任について、もう一年。

 程なく二年目が訪れようとしている今となっては、フェイトにとっても、また二人にとっても、互いに紛う事無き家族そのものと言って良い存在になっていた。

 ……が、今回の集まりに二人の姿はない。

 その理由はというと、二人が第六一管理世界『スプールス』の方へと向かっているからであった。

 キャロが向こうにある管理局の『自然保護隊』に興味を抱いていたので、元々行く事になっていたのだが、彼女につられてエリオも行く事になったのである。

 とはいえ、そこまでは元々決まっていた事である。

 だから、それは問題ない。問題はないのだが、()()()()()()のはこの後だ。

 すっかり子供らしく元気さを取り戻した二人は意気揚々と、フェイトが幼馴染たちと集まると聞くと、ならとばかりに『はじめてのおつかい』のノリで、自分達だけで行きたいと言い出した。

 見学の許可自体は取ってあるし、二人共力のある魔導師なのは間違いない。未熟とはいえ、エリオはフェイトに教わって使える魔法も多くなっており、キャロもまた多少なり転送魔法を使えるくらいだ。

 そもそも公共の交通機関を使って管理世界間の移動をするだけ、と言ってしまえばそれまでのこと。それだけならば問題はあまりない筈なのだが、ちょっとばかり心配性なフェイトはそれに苦言を呈した。

 けれど結局は純真な向上心に負け、()()()()()()で二人を送り出すこととなった。

 なのでフェイトは物凄く来て欲しがっていたのだが、二人は今日ここにはいない。

 もちろん、到着するまでは逐一連絡を取っていたし、到着後は現地の局員さんにお願いして二人を見てもらっている。……ただ、笑顔で楽しげにしている二人が贈ってくれた写真を見ていると、なんだかこう、無性に寂しくなってくるとフェイトは言った。

 そんな彼女に、話題の発端を挙げてしまったユーノはちょっと申し訳なさそうな顔をして、「なんだか、ごめんね……」と謝った。

 しかし、それを聞いていたシグナムは謝る事も無いだろうと笑う。

「子供というものは自然と大きくなっていくものだ。理不尽な痛みや苦しみに打ち勝った子供ともなれば、なおさらにな」

「で、でも二人はまだ小さいんですよ! 心配しちゃうのはしょうがないじゃないですか!」

「やれやれ。図体(カラダ)は大きくなったが、お前の中身は寧ろ子供の頃よりも幼いかも知れんな? テスタロッサ」

 揶揄う様に言われて、フェイトはそんなことはないと反論するも、シグナムの方は飄々とそれを躱して畳み掛けてくる。

「そうはいうが、お前の仕事はそう言った子供たちが自分で未来へ歩き出せるためのきっかけとなるものだろう? だというのに、いつまでも縛り付けておくのはいただけんな」

「だ、だけど二人はわたしの子供みたいなもので……」

「それなら余計に子離れをせねばな。執務官になれたまではよかったが、こういうところはまだまだ青いままでは、先が思いやられるぞ?」

「…………ぁぅ」

 出会った事件でいち早く刃を交えたこともあってか、割とシグナムはフェイトに遠慮がない。というか前にも似たようなことで揶揄われたことがあったと思いながら、ちょっとだけ不貞腐れたくなるフェイトであった。

 本人としては子煩悩(かほご)ではないつもりらしいが、生憎と答えは火を見るよりも明らかである。古代遺失物の私的利用や違法研究などを取り締まり、巻き込まれた幼い命を守ってきた敏腕執務官の弱点は、むしろその子供たちだったのかもしれない。

「ま、まぁその辺で……」

「フェイトちゃんもほら、そんな落ち込まないで……」

 しかし流石にこれ以上はという事で、ユーノとなのはが仲裁の位置に入ってきた。

 が、そもそもの話題の発端は───いや、それよりも根本的な原因は目の前の青年だと、フェイトはシグナムに軽くイジメられた分を、その原因へとぶつけて来た。

「その辺も何も、だいたいユーノがいけないんだよっ! エリオとキャロにスクライアでの事とか、ひとりで初めて発掘した話とかするから!」

「え、僕⁉」

「そうだよっ。その所為でなんか二人とも自分達だけでいろんなとこ行ってみたいって、わたしとあんまりお出かけしてくれなくなっちゃったんだからね!」

 ちょっとこれは八つ当たり気味ではあったものの、実のところあんまり間違っていなかったりもする。

 まぁそれにしても思うところはないではないが、涙目になったフェイトからは理不尽さや迫力以前に、逆に庇護欲さえ誘いそうな雰囲気が出ていた。

 結局ユーノは言い返せず、ぷんぷん怒るフェイトに責められるままになっていた。……尤も、怒る内容はほぼほぼ子供の喧嘩のそれであったのだが。

「もう、そんなに心配?」

「当たり前です! だってまだ二人とも五歳ちょっとなんだよ⁉」

 しかしまぁ、見方を少し変えてみれば。

 たじろぎながらもフェイトを宥めそやすユーノは、なんだか妻に詰め寄られた夫の様に見えなくもなかったかもしれない。

 ……故にか、

「けど、二人とも随分しっかりして来たし……ほら、前に四人でアルトセイムに行った頃よりは───」

 そこまで言い掛けて、ユーノは背後に黒いものを感じた。

 しかしもう時すでに遅し、二度ある事は三度ある。───否、三度程度で済んだコトだっただろうか。

 確かな事はだた一つ。火種はまた放たれた、という事のみであった。

 

「───お話があります、師匠」

「…………はい」

 

 

 

 それからまたしばらく追及を受けた後。やいのやいのと騒がしさはそのままに、楽しく同窓会は過ぎて行った。

 こうして任務は滞りなく終了し、三日ばかりが経った頃。ユーノは此方での用事を済ませエルトリアへと帰還する面々と共に、遠き星へと足を運ぶ事となった。

 更にその二日後。同じようになのはたち三人は、ミッド北部にある陸士第一〇四部隊の拠点にほど近い温泉地へと足を踏み入れており。

 

 そして彼女らと時を同じくして、二人の少女がその場所へと降り立った。

 

 新暦七六年四月二九日。

 ミッドチルダ北部にある、臨海第八空港の搭乗受付場にて。

 そこではやや藍色が勝った長い青の髪をした少女が困った顔で、受付嬢に迷子の呼び出しを頼もうとしていた。

「───迷子のお呼び出しですね。それではまず、お客様のお名前のご確認をさせて頂きます。それから出発なされた場所と、御連れの方と(はぐ)れてしまわれた場所をお願いします」

「はいっ。ミッドチルダ西部『エルセア』から来ました、ギンガ・ナカジマです。

 迷子になってしまったのはわたしの妹で……たぶん、エントランスの辺りで逸れてしまったと思うんですが……」

「エントランス付近、ですね。承りました。お連れ様のお名前は……?」

「あっ、スバルです。スバル・ナカジマ。年齢(とし)は十一歳です」

 

 と、そうギンガが受付嬢に告げたのと同刻。

 逸れた姉を探して、その妹は好奇心旺盛な澄んだ瞳で、波打つ人混みの中を楽しげに歩き回っていた。

「んー、おねーちゃんここにもいない……うん、今度はあっちかな。よーし、それじゃあ捜索開始~♪」

 探し回る表情には、悲壮感は感じられない。むしろこの状況さえ、彼女にとってはちょっとした冒険譚に思えたのだろう。

 そんな、姉と同じ青の髪をした幼き少女。

 姉とは違う快活そうなショートヘアを靡かせながら、その子はエントランスから次第に離れた場所へと向かって行った。

 けれど彼女の幼き冒険譚は、そこまで長くは続かない。

 その代わり、彼女自身の物語はその終わりと共に幕を開ける。

 

 先を行く三つの(ひかり)に引き続き。(そら)の星に焦がれた、地上より駆け昇る蒼き流星がついに動き出す。

 

 ───その為の幕が今、遂に開かれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 祈りはやがて願いへ Can’t_Stay_Here.

 

 

 

  1 (Age76-April_27)

 

 

 惑星エルトリア。そこはかつて、死にかけた星であった。

 『死蝕』と呼ばれる星を侵す病に蝕まれ、滅びかけていたその星は、今から九年ほど前に蘇生の兆しを得た。

 涙と、痛みと、零れ落ちそうになった生命(いのち)がいくつもあって。

 誰しもが希望を失ってしまいそうだったけれど、それでもやがていつかまた、そう未来(あす)を想い、希望(ユメ)の果てを描くために顔を上げて歩み出した。

 難しい事ではあった。

 苦しみ、藻掻いて、血を流してしまう事もあったのに。

 だからといって、それで諦めるだけで終わる事を、良しとしない者たちがいた。……いや、それは少しだけ正確さを欠いている。

 華が咲くまで時が掛かってしまっただけで、元々そういうモノはあったのだ。

 元より、この星に(かえ)って来た生命(いのち)は、生きる事を選んだ心の結晶。長い間、積み重ねて───ようやく実を結んだ、人々の祈りのカタチであったのだから。

 

 そして、この場所に立っている事をユーノは改めて心に刻む。

 目の前の光景、それを創り出して来た人の意思を。

「……やっぱり綺麗ですね、この星は」

 彼がそう呟くと、傍らに立っていたアミタは「ええ」と頷いた。

「だからもっと、何度でも皆さんには遊びに来ていただけたらと思います。わたしたちの故郷は、とても綺麗な星ですから」

 以前、なのは達と此方へやって来た時に貰ったメッセージにあったものと重なるその言葉に、ユーノもまた、「はい」と首肯を返した。

 この間の同窓会ではやても言っていたなと思い返しながら、なるべく早く、また皆でエルトリアへ来られるように算段を付けたいと、ユーノは考えた。

 復興を遂げたとはいえ、まだエルトリアは完全な姿を取り戻してはいない。

 『あの夜』から、エルトリアを救いたいと願った少女たちが再び一堂に会したのは、事件が起こってから二年ばかり後の事。それから復興が進み、緑が戻るまでに更に数年の月日を要した。

 もちろん、これまで重ねられてきた時間を想えば、驚異的と言ってさしつかえない速度ではあった。しかし、急速な復興を遂げるという事は、同時に、一度去った人々へもう一度、故郷への道を辿らせる為の時間が短かったという事を意味する。

 エルトリア政府は、四十年以上前に既に拠点を人工居住衛星(プラントコロニー)の方へ移していた。そしてエルトリアの住人は、事件の数年前にアミタ達フローリアン一家を残して其方へ全て移住してしまっている。だからこそ、星が完全に元の姿を取り戻すまでには、まだ長い時間がかかる事だろう。

 如何に『ヴァリアントシステム』などの優れた工業技術があるとはいえ、元々これらは事件の首魁だったマクスウェルが所長を務めていた『惑星再生員会』で主に研究されていた、〝惑星を再生させる為の技術〟としての側面が強い。

 一応、アミタとキリエの用いている防護服(プロテクトスーツ)の開発については、コロニーの市長の方から、危険生物への対処目的として依頼されたこともある。しかし、市長も当時は、彼女らの父母であるグランツやエレノアと同様、『惑星再生委員会』に関わっていた時期があった。故に、どちらかと言えばこれは、星の再生に対する姿勢───病に陥る前のグランツに希望を見出していたからこその、もう一度星へ戻る為の準備作業に近い。

 そして、グランツの病が深刻化してからは、そういった依頼はもう来なくなっていた。危険生物に対処するよりも、コロニーで安全に暮らすべきであると、市長もそう考え始めていたのだ。無理もない。そもそも、グランツが助かったのでさえ、本当に偶然の奇跡みたいなものであったのだから。

 が、時に世界は姿をがらりと変える。

 管理局側の、というより『無限書庫』や魔法技術との関りがグランツの病が緩和する役割を果たしたことも。そこから、定期的な資料提供(とりひき)が行われるようになった事も、そのおおよそは偶然の産物であった。

 けれどそれが、悪い事であるというわけではない。

 イリスやユーリがエルトリアへと帰って来てくれた事で、危険生物に対する対処は一気に進んだ。ディアーチェたちや姉妹の力ももちろんあったが、本来であれば欠けたままであった星を救う要だった二人の帰還は、エルトリアの姿を短い間に瞬く間に戻すだけの力があった。それこそ、彼女たちだけでも、本来想定された対処のための部隊と同等以上だといっても良い程に。

 イリスやユーリの存在は市長も承知のところで、事の顛末自体は快く受け入れた。しかし、それは同時に、彼女ら以上の戦力の増強を思い留まる───否、それどころか風化させてしまう事にもなってしまった。

 だが、それも仕方がないといえばその通りだ。実際のところ、惑星の再生のためとはいえ、軍事転用されそうだった技術を広めすぎるわけにもいない。加えて、それらの根本足る『フォーミュラ』は、ナノマシンの供給さえあれば半永久的に、誰であろうと使う事が出来る。かつてマクスウェルがそうしようとしたように、軍事目的での利用が容易いため、全体にバラ撒く様な真似は出来ないのだ。

 この辺りは、資質を必要とするが故に絶対数が少なく、けれど同時に驚異的な技術体系でもある魔法と対になる関係かもしれない。結局のところ、技術というものは便利すぎても扱いに困り、また高精度であっても使い勝手が悪ければそれもそれで困る。要するに、万象に対し完全なものなど存在し得ない。そうした当たり前の理屈は、理想を現実にしてくれない意地の悪さを孕んだ、神の定めた摂理(わくぐみ)なのだろうか。

 と、そこまで思考が飛んだところで、アミタはユーノにそろそろ準備が出来る頃だと告げて、家の方に戻るように促した。

 最後の調整が少し掛かっていた為、ユーノも二日ばかりこちらへ留まって手伝っていたのだが、仕上げには手を出せそうになかったので、少々の暇を頂戴していたのである。

 しかしどうやら、それも終わったらしい。

 その事を聞いてユーノは、順調に行ったという安堵と、言い知れぬ不安が、胸中で複雑に絡み合っているような気がした。

 浮かび上がる感情が、果たして手にすることに怯えているのか、それともこれから起こるかもしれない何かを恐れたのか。

 答えはまだ、彼の中にはない。だが、此処で迷ってはいけないという事も、ちゃんと理解していた。

 大地を覆う緑の絨毯の上を進みながら、ユーノは気を引き締め直す。

 遠くに小さく見えた皆の姿に微かな笑みを浮かべながら、彼はそこを目指して行く。

 それだけでも、随分と気が落ち着いて来たのが分かった。

 そう、今更恐れるなど馬鹿げている。元より決めていた筈だ。守り支える為に、この身は戦うのだと……。

 

 

 

 フローリアン家に戻ると、外で待っていたシュテルたちが、戻って来た二人を出迎えてくれた。

 次いでフローリアン夫妻が顔を覗かせて、一度家の中へと招かれる。

 入ってすぐのところにある研究区画(ブース)へ向かったグランツは、机の上に置いてあった掌大の正方形をしたモノを取り、彼に渡した。

「ユーノくん、これが……君に託す、新しい力だ」

 そう言って掌に載せられた品は、アミタやキリエの使うアームズの待機形態、ヴァリアントユニットと呼ばれるそれにそっくりだった。

 ただし、彼女らの用いるそれとは少々異なる部分もある。

 中央には歯車ではなく、半時計周りに四枚の花弁が重なっていく様な意匠が施されていて、中心には翠の宝石が据えられている。円形をしたその中央上部には鳥の羽みたいな装飾があり、花弁に掛かるその色は、鮮やかな桜色をしていた。

 その色は、他の部分の彩る緑と金によく映える。

 たったそれだけの事ではあるが、なんだかそれが、とても嬉しい。

 穏やかな瞳で、ユーノは柔らかな微笑()みを零す。そんな彼を見ながら、グランツも口角を上げて、優しげな顔をした。

「───さあ。流石に此処では試運転は出来ない、一度外へ出て、やってみようか」

「はい」

 そう応えて、ユーノたちはもう一度、家の外へと出て行った。

 

 

  2

 

 

 天候は良好。取り立てて障害となるものも何もない。

 しつらえたような場に立ちながら、ユーノは手にした小さな力の源へと、静かに視線を落とした。

 今後用いる事になる術の核を包む鋼には、かつて彼が少女へ託したものとは異なり、なんら特別な意志が宿っているという訳ではない。ただ、それでもこの小さな金属の塊が、彼にとって何時かの命運を託す相棒に成り得るというのだから、不思議なものだ。そうユーノが小さく微笑んでいるところへ、グランツが声を掛ける。

「ではユーノくん、さっそく起動してみてくれ。ああ、それとフォーミュラを使用する準備は出来ているかな? ナノマシンには、ある程度身体を慣らしていたみたいだが……」

「大丈夫です、問題ありません博士。ここのところこっちの術式(フォーミュラ)はあまり使う機会が無かったので、試運転には支障をきたさない程度には残っています」

「ならいいんだが。それじゃあ試運転を始めてみてくれるかい?」

「分かりました」

 短く応えて、魔法とフォーミュラの運用を開始し、掌の中に収めたユニットに力を通わせていく。すると、一秒もかからずにユーノの前に浮遊する二つの『盾』が生成された。

「どうだい? 生成の速度は」

 盾が出たところで、グランツはユーノにそう訊ねてきた。

 それに対し、ユーノは「正直、僕自身はあまりデバイスの類を使っていなかったので……体感的には早すぎるくらいな気がします」

 と、半ば呆気にとられたように応えを返した。そもそも魔導端末の類に触れることさえ久方ぶりなくらいだ。感覚としては、新鮮と言う方が合っているかもしれない。

 無論、周囲には様々な種類のデバイスを用いる仲間がいたこともあり、ある程度のイメージはあった。だが自分自身で使ってみると、改めて感じるところもやはり数多くある。

 とはいえ、これで起動は成功。

 第一段階としては、ひとまず成功だろう。

「拒絶反応や、不具合は……うん、特に無さそうだね」

 ざっと見た限り、ユーノ本人のナノマシンに対する適性や、併用についても特に問題はなさそうだ。年齢を重ねたことによる体質の変化等もないようである。

 ユーノも、自身の中で並立する二つの技法の運用の感覚を確かめてみるが───十一歳の頃と変わらず、順調に二つの流れ(エネルギー)が巡っているのが分かった。

「今のところ、問題はないです」

 ユーノがそう言うと、グランツは「うん」とひとつ頷いて、

「なら早速、次の段階に進むとしよう。ではユーノくん、盾の制御の方を……となると、フォーミュラを相手にする方がより特性を活かしやすいかな? なら───」

「アタシの出番、ってとこかしらね」

 指名に先立って、イリスが前に出てきた。

「随分とやる気ですね、イリス」

「当たり前でしょ。この中じゃ、アタシが一番『フォーミュラ』を使っていた時間が長いんだから」

 シュテルに言われて、不敵な笑みを返すイリス。

 確かに、フォーミュラの第一人者としては装備を介した試運転をする相手に対して、色々な思いも在るのだろう。特に、ユーノは以前の事件においてはフォーミュラを武装には応用せず、基本的には術式同士の融合と運用のみで戦っていた。

 しかしその割に、魔法を分解・無効化するフォーミュラに対して、魔力の結合を促進し、ユーリの生命操作を操る中で、それらを緩和させる結界を生成するなど、地味に当時イリスの計画を散々邪魔してくれた。だからというわけでもないが、これまで武装を使ってこなかったユーノが改めて使うというのなら、確かめて見たいという気にもなる。

「それとも、相手がアタシじゃ不満かしら? ねぇ、ユーノくん」

 背丈では、ユーノの方がもう既にだいぶ高い。けれど下から見上げながら、高圧的かつ妖艶に笑う姿は───かつての〝群体イリス〟を率いた際の女帝の如き(さま)を思い起こさせる。

 イリスはユーノを誘うように、ユーノを煽った。

 そこまで言われれば、ユーノとてただ引っ込んでいるばかりではない。

 「分かりました」と頷いて、イリスとの手合わせに応じる。そうして二人は、各々の戦闘装束を身に纏うと、射撃手(ガンマン)同士の決闘を思わせる間合いを取った。

「……言っておくけど二人とも、まだ試運転段階ではあるから、熱くなりすぎないようにね?」

「もちろん」

「判ってます」

 イリスとユーノへ向けて、グランツは一応の確認を取るも、二人の視線は既に相手に照準が合ってしまっている。鋭く視線を交わす二人に、「やれやれ」と溜息を漏らす。ただの試験運用程度のはずが、これでは最早試合である。しかしまぁ、二人の気質を思えば、それ仕方ないのだろうか———と、グランツが考え始めた辺りで、シュテルがこの手合わせの審判を買って出ると決めたらしく、前に出てきた。

「では、簡単な確認を。ひとまず加速機動(ドライブ)は、今回のところは封じ手とさせていただきますが……構いませんね?」

 シュテルの宣言に、ユーノとイリスはこくりと頷いた。

 加速機動を行わないのは、まだユーノがBJ(バリアジャケット)防護服(プロテクトスーツ)のシステムを完全に組み切ってはいないからである。

 『アクセラレイター』も『システム・オルタ』も、基本的には防護服(スーツ)に組み込まれたシステムによる補助機構。これが前回ユーノが補助役に徹して、加速機動は用いなかった理由だ。

 併せて、シュテルは転送魔法についても使用はなるたけ避けるようにと言ってきた。

 が、それもまた然り。あくまでも今回の手合わせは、ユーノに合わせた装備のテストを主目的として据えている模擬戦だ。搦め手を先行させる勝利より、確かめる動きこそが求められる。

 故に試運転の決着は、

「今回は師匠の拘束か、イリスの一撃が師匠に当たるか。簡単に言えば、先に初撃(クリーンヒット)を取った方の勝利とします。宜しいですか、二人とも?」

 分かり易く『守り』が突破されるか否か。また、敵の攻撃を搔い潜れるかどうかによるべきだとシュテルは暗に告げる。

 そして、二人にとってもそれに異論はない。

「「ええ/はい」」

 重ねられた問いに、二人は迷いなく応えた。

 揺らぎは一部とも存在せず、ただ始まりの(オト)を静かに、けれど鋭く張り詰めたまま待っている。

 さながらそれは刃の如く。

 そして、高められた鋭さは、シュテルの一言によって開戦の火蓋を切り落とす。

 

「それでは、存分に。───試合開始(スタート)です」

 

 告げられた合図に合わせ、イリスが即座に自らの武装を編み上げる。

 構えられたそれは、彼女らしい鮮やかな紅い輝きを持った拳銃(ハンドガン)。イリスのウェポンだけでなく、アミタやキリエの用いるアームズにおいても共通する、最も基本的なヴァリアントシステム由来の武装───『ヴァリアントザッパー』であった。

 イリスはそのまま一気に速射。

 当然ユーノもそれを防ぐべく、盾を続けて撃ち放たれた光弾を防ぐように翳した。

 抜き撃ち(クイックドロウ)じみた動作であったこともあり、放たれた光弾は四発のみ。一度に撃った為、次弾までには短いながらも(ラグ)がある。

 しかし、これはあくまでも初手の牽制。加えてユーノは、普段の魔法戦技とは異なり、生成した物理的な盾で攻撃を防いだ。試す必要があったのもあるが、半ば試合展開に近くなってしまった事もあり、彼にとってこの隙はなかなかに痛い。

「ま、そりゃ防ぐとは思ったけど───も、こんなもんじゃないわよね」

「⁉」

 イリスはもう片方の手で速射銃(バッシャー)を生成する。

 此方の形態は、かつてキリエがヴォルケンリッターとの戦闘で用いた事がある。射程こそ狭いが、機関銃(マシンガン)じみた連射だけでなく、散弾銃(ショットガン)としても扱える武装だ。もちろん、それなりに充填(チャージ)までの時間はかかるが、相手側は今のところ単なる制圧射撃代わりにあれを選択したらしい。

 今度は先ほどまで以上の連射に晒されるユーノ。

 余裕そうに片手撃ちを続行させるイリスに、肉体的なスペックに開きがあると改めて感じる。

 当時の『死蝕』に対抗するアミタやキリエも同様であるが、先天的か後天的かを問わず、過酷な環境に適応出来るだけの力を持っている彼女らは、単純に筋出力などの肉体面が優れている。

 それなりに大きな一撃でも撃たない限り、単なる射撃の反動程度ものともしない。

 尤もユーノの側も、今のところシールド本体と、周囲に生成されている魔力とエレメントによる防御膜が何とかしてくれてはいる。

 が、とはいえこのままでは埒が明かないのも事実。制圧射撃を破る何かが必要だが、どうするべきか。

 一度、空へ上がるべきか───と、そう彼が思った直後。

 イリスが両手の銃を合体させるようにして、得物を換装した。大型の迫撃砲(ブラスター)形態に変わったその銃口を真っすぐに狙いすまし、ユーノへ向けて撃ち放ってきた。

 ドッ! という重い銃声と共に盾へ被弾する一撃。

 被弾にこそ至らないものの、その衝撃はかなりのものであった。しかし、イリスとしてはこの結果は不満らしく───ジトっとした目でユーノへと視線を送りながら、ぼやくように呟いた。

「……はぁ、相変わらず()ったいわねぇ。製作に関わってはいるけど、流石に大した傷にもならないっていうのもイラっとくるわ」

「えぇっ⁉ そ、それはまた違うんじゃ……」

「そんなコトは分かってるわよ。単純に、いつまでも貫かれないアンタに腹が立ってるってだけ」

 流石にちょっとばかり理不尽である。……まぁ、似たような事は他でも言われ慣れているのでアレだが。主に模擬戦などで防御が固かったという意味で、相手側から。

 と、そんな益体も無い思考に及ぶのも束の間。

 イリスは苦笑いしているユーノに「ふんっ」とそっぽを向いてから、小手調べは済んだとばかりにギアを上げて行くと言ってきた。

「本番はここから、着いて来られるかしら?」

 不敵に笑うイリスだが、ユーノはまっすぐに「いつでも……!」と返した。それを聞いてイリスは生意気ねと言い放ち、そして。

「けど、嫌いじゃないわ───そういうのもねぇッ!」

 と、勢いよく地面を蹴った。

 威勢の良い相手というのは嫌いではない。故にこそ、ここからはもっと激しくなると自らの行動で示して見せるイリス。

 既に手の中の武装は次の形へと換装され、緋と黒に彩られた片手剣へと姿を変えていた。

 今度は近接戦か、とユーノは考えるよりも先に空へ上がる。魔法に比べると、フォーミュラの射砲撃の威力はそこまででもない。しかし使い手たちの肉体資質(フィジカル)面を鑑みれば、銃撃よりも直接的な分、剣撃の威力は折り紙付きだと言っていい。

 となれば、一度距離を離すべきだろう。

 フォーミュラと魔法では、魔法の方が基本的には空戦においては上手(うわて)だ。

 ユーノ自身そこまで()()に秀でているというわけではないが、一度距離を離すくらいならば十分───と、そう踏んでいた。

 しかし、

「遅いッ‼」

「っ⁉ 速───」

 い、と言い終わらないうちに、イリスの振るった刃がユーノの盾と激突した。

 今度は単なる余波(ひかり)というわけではない、鋼と鋼のぶつかり合った、本物の火花が空に舞い散った。

「ぼさっとしてると、その奥まで叩き込むわよ!」

「っ……!」

 苛烈な剣撃とは裏腹に、試してくるように、またもっと思考せよと煽り立てる言葉に急かされて、ユーノも改めて自分自身に喝を入れ直す。

 新しい装備だからといって、何もかもが知らないものというわけではない。使い慣れていないからと、その程度の理由で、乗りこなすための努力を放棄していい道理になどなるはずもないのだから。

 確かにユーノ自身は積極的にデバイスを用いるタイプの魔導師ではない。まともに使用したといえる経験は(ほぼ)なく、目的を持ってとなると、精々なのはに託す以前のレイジングハートを術式補助に使用したことくらいだ。もちろん、それでも魔導師とデバイスの関係としてはオーソドックスなものであるが、ユーノとレイジングハートは適性がズレていたので、本来の力を十全に発揮する事は出来なかった。

 自律思考型魔導端末(インテリジェントデバイス)と主となる魔導師(マスター)との間には、互いに互いの能力を必要とする相互関係が必要になってくる。そういう意味では、ユーノとレイジングハートは性格や趣向とはまた別に、適正───つまりは『魔導師と杖』の関係において相性が悪かった、と言える。

 故に、結界魔導師としてより、砲撃魔導師としての適性を伸ばすデバイスであった彼女とは相棒になれなかったユーノであるが、別段それがユーノの魔導師適性や、レイジングハート自身の適性を貶めるものではない。

 元々、ユーノを始めとする結界魔導師はデバイスを用いない術者が多い。そもそも戦闘における瞬時の判断や、多彩な戦術を組む必要がなければ、デバイスの役割はもっぱら術式補助と魔力の運用補助に振られる。

 要するに、自分自身で問題なく術式を高速で走らせ、魔力運用を行える魔導師であるのなら、デバイスを必須とはしない。

 その為、ユーノら『非戦闘系』である結界魔導師は本質的にデバイスを用いる必然性がない。例外的にリンディのように外部の魔力によって自身の魔法を増幅する魔導師もいるが、これはデバイスによる術式補助というより、魔力運用の範疇で、外部電源を自分に自らの意思で接続できるという稀少技能(レアスキル)によるものだ。

 が、それらを差し引いたとしても、ユーノがこういった戦闘に対しての経験が少ないのは事実である。

 けれど、だからこそ───まだ何も引き出せてなどいないというのなら、その為の試行錯誤の余地が必ずある筈だ。

 手合わせ(しあい)はまだ始まったばかり。

 何も出来ていなかった、或いは動けていなかったというのならば頭を回せ。動けないのなら、動けるようにする道を探せ。

 そう。託されたものは、こんなものではないハズだろう。

「チェーンバインド……っ!」

 意を決し、魔法を織り交ぜていく。

 牽制代わりに拘束魔法を放つ。翡翠色の輝きを伴った魔力(ひかり)の鎖が、イリスを放射状に取り囲む。その数は八つ。しかし、イリスは迫るそれらを見てもさして焦ることもなく対処して見せる。

「甘いわよ……ッ!」

 と、放った鎖は、彼女の鋭い叫びと共に()(はら)われた。

 流石に『解析』のみでどうにか出来る程度とはいかなかったが、それでも対処するのは容易い。鎖の群れをまとめて掃い除けたイリスは、すかさず二刀に持ち替えて次撃へと移ろうとした。

 が、切り払うひと手間を稼げたのならば十分。換装を行う隙としては、それだけでも事足りる。

布陣変更(チェンジ)三重展開(シフト・トリプレクス)……!」

 一枚だった盾を、三枚に変える。設計思想に含まれるフォートレスの基本布陣に近い展開だが、単に枚数を増やしたというだけでは意味がない。そもそも相手にしているのは近接型、物理的な壁であれば隙間から剣先を捻じ込まれでもすれば一撃で勝負が決まってしまう。

「数だけあっても、操れなきゃ意味なんてないわよ……ッ!」

 イリスの側も、此処での布陣変更はさして効果を生むまいと踏んだらしい。

 隙間を抉じ開ける気満々で迫る彼女を前にして、ユーノは肌に()り付くような緊迫感に襲われた。

 が、それも当然。

 イリスが強いということも、今この瞬間に対しての手抜きをしないことさえ、最初から承知した上での決断だ。故に、判っていて敢行したのであるなら、当然そこには何らかの意図が存在するのが道理である。

「まずは、一撃───!」

(───此処ッ!)

 振り下ろされた一撃に対して、ユーノは初めて()()()()()()()を発動させる。

「っ、……⁉」

 思ったような手応えがないことに、イリスも誘われたと悟ったのだろう。しかし、それではもう遅い。

「ワイド、プロテクション……ッ!」

「ッ⁉」

 魔法の起句を告げると、盾を介して増幅された魔法がイリスのぶつけた刃を弾き飛ばした。

 防御膜を形成するバリア系の魔法には、敵の攻撃を弾く性質がある。けれど本来、広域に展開する『ワイドエリアプロテクション』には、広域防御を可能にした代わりにその性質がない。

 だが、盾を起点にして使用することによって、通常とは異なり———より広範囲に防御膜を広げた上で、相手をより指向的に弾き飛ばせるように調整してある。

「こ、の……やってくれるじゃない……ッ!」

 相手の魔法を反射する魔法も多く存在するが、この魔法はどちらかといえば相手の力の分だけ衝撃を弾き返す。それゆえに元から重い剣撃を放ったイリスには、実に効果的であった。

 しかもご丁寧にフォーミュラの無効化(ぶんかい)も想定して膜を多重に構成しているのか、今回の攻撃は本体に当たる前に弾かれてしまったらしい。

 初使用でこれとは、本当に可愛くないことをしてくれる。

「調子いいじゃない。っていうか、出来るなら最初からしなさいよね……対処する手間が増えるじゃないの」

「最初から見せて、墜とされたくはないですから」

「あ、そう……それは愛弟子が見てるから、とかかしら?」

 眼下のシュテルに視線をやりながら、イリスはユーノにそんなことを問う。けれど、生憎とそれは少しばかり的を外した質問であった。

 ユーノは不敵に笑みを崩さないイリスに「いえ」と素直に首を振って、

「これでも、案外負けず嫌いなんです」

 それを聞いて、イリスは「奇遇ね」とくすくす声に出して笑いながら───次の瞬間、獰猛とさえ言えそうなくらい鋭く緋色にぎらつく瞳を向けて、

「あたしも嫌いなのよねぇ……やられっぱなしなのは特に、ねぇッ‼」

 両手の剣を別の形態(すがた)へと変えて、空を足場にでもしたかのように蹴って、再びユーノへ向かってきた。

 ぎゅん! と一気に空いた距離を詰めたイリスは、換装したザッパーで光弾を四方からバラ撒いて、ユーノの動きを封じに掛かった。

 加えて意趣返しもあるのか、イリスもまた(バリア)を貫通するように弾丸を調整しているらしいことが窺える。一度はSランクのはやての魔法さえ貫いてみせた彼女だ。補助を得たとはいえ、素の魔力量の多くないユーノには分が悪い。

 そもそも魔法を増幅するような調整がされているとはいえ、これは本質的にエネルギーを増しているわけではないのである。

 素の魔力量の割に周囲の化け物じみた面子と多少なり渡り合えるのは、ひとえにユーノの魔力運用の緻密さゆえだ。ただ、それにだって限界はある。フォーミュラの『外部に干渉する』性質を無理矢理に周辺魔力の操作にも当てることで、疑似的な循環、或いは集束に近い方法を取っているものの、一度崩れれば終わってしまう。

 下手に浪費させられては堪らないと、ユーノは盾たちの防御布陣を維持しながらも、なるべく被弾を避けて立ち回る。幸い、フォーミュラには魔法とは違い通常のエネルギー弾には、そこまでの追尾性はない───が、そこまで容易く対処させてくれるほど、イリスは甘くはなかった。

「膜が破れるまで、それか盾が欠けるまでぶつけるっていうのも悪くないけど……それだけじゃあ物足りないわよね。───だからここで、墜とす!」

 強く響いた声は、互いの間合いがそう遠くないことを示している。

 これ以上の加速は困難。となれば、迎え撃つしかない。けれどイリスはまた、銃から剣と武装を変えている。魔法による防御(たて)では防ぎきれるか心許ない。尤も、「所詮は模擬戦だ」と割り切ってしまえばそれまでの事である。

 だが、その程度で割り切れるのならば、初めから模擬戦で、ここまで熱くなんてなるわけもない。

(───まだ、こんなところで……ッ!)

 残された意地で盾を重ねるように翳した。

 イリスも獰猛な笑みを隠す事無く、益々輝きを強めた緋色の瞳は、一点のみを見据えている。

 最早、模擬戦なんて事柄は二人の脳裏から消えてしまっていた。

 ただひたすらに、負けまいとする意地が思考を加速させる。

「せぇああああぁぁぁ───ッ‼」

「っ、……ぐっ!」

 盾と刃が、再度激突する。

 周囲へと散らされた弾丸の雨を追うように、イリスは刃を真っすぐに突き立てて来た。

 強烈な刺突の一撃。しかし、事はそれのみには終わらず、イリスはもう一方の手に持った剣を更に盾へと叩きつけてくる。

 一枚目を突きから右へと払い除け、その次撃で二枚目を弾き飛ばすと、最後の盾へ蹴りを叩き込んだ。かなり強引ではあったが、だからこそより直接的(ストレート)な威力で以て、ユーノを襲う。

(開いた!)

 生んだ隙を、今度こそは逃すまいとして、イリスが拳を見舞った。

 このままではクリーンヒットは確実、ならせめてと魔法で防御を試みた。円を象る盾が、迫る拳を阻むが……。

「さっさと……墜ち、な───さいッ‼」

 邪魔だとばかりに、イリスはもう一度ユーノの円盾(ラウンドシールド)へ、いっそうの力を込めた殴打を叩き込んだ。

 拳が、盾を抉り、穿つ。

 障壁を越え迫る決定打が、戦いの終局を告げようとしていた。しかし、耐え切れなくなった盾が音を立てて罅割れる刹那───ユーノは最後の最後で、悪足掻きを試みていた。

「───捕獲楔子(キャプチャー・ウェッジ)ッ!」

 ユーノの叫びに合わせて、掃い除けられていた盾から四つの楔型の小型機が飛び出した。喚び出された自律楔子が、盾から飛び出してイリスを取り囲む。

「ッ……⁉」

「囲え……ッ‼」

 その声に合わせて、楔子が魔力の障壁を作り出してイリスを閉じ込める。もう勝負はついているが、半ば本能的に自身を囲った魔力障壁を殴りつけるも、正八面体(ダイヤ型)檻籠(ケージ)はビクともせず、淡い翡翠の光を放っていた。

「…………!」

 ぎりっ、と歯軋りをして、苦々しい表情(かお)でイリスは眼下へと墜ちていくユーノを睨みつけた。

 ユーノの方もイリスを向いており、もう地面との激突は必至。大人しく緩衝陣(フローターフィールド)を敷くことに集中すればいいものを、ユーノは最後の最後まで、諦め悪く喰らいついてきた。

 ……確かに、円盾(ラウンドシールド)は貫いた。けれど、本人にもクリーンヒットしたかといえばそれは怪しい。だから終わっていなかったとでもいうのか、単に意趣返しだったのかは分からない。

 だが、ユーノは墜ち行く体躯を放り出しながらも、その操作(しこう)だけは絶対に止めなかった。

 見上げ、見下ろし、この語に及んで交錯する視線は火花を散らしている。

 戦いは、決して長いわけではなかった。

 しかし、ぶつかり合い、火花を散らし、何処までも何処までも加速して行って───この終着(おわり)までの空白は、酷く長く感じられた。

 

 程なくして、ユーノが地面に叩きつけられた音が周辺へと響き渡る。

 気づけば雲は流れ切り、出鱈目に蒼く染まった空の下で行われていた戦いは、ついにそこで終わりを告げたのだった。

 

 

  3

 

 

「お疲れさまでした。師匠、イリス……善き試合を見せていただきました」

 戦いを終えた二人を労うシュテル。だが、イリスの方はどこか納得しかねている様子で、不満げに顔をしかめていた。

「最後の最後で……やってくれるわ。ホトホト感心するわよ、その往生際(あきらめ)の悪さには」

「まぁ、その……なんというか、負けるのがほぼ確定した状況でしたから……」

 チクチクと刺さる様なイリスに苦笑を返しつつ、ユーノはそう応えた。

 元々支援型のユーノは、基本的に単体で戦うという事には特化していない。それを考えれば、次へ繋ぐ様な行動は間違いではなかったと言えるだろう。

 ……が、実際のところは、もう少しシンプルだったかもしれない。

 あの瞬間、複雑に組まれた理由が彼の中にあったのかと言えば、そうでもなかった。

 負けたくない、たったそれだけの意地。

 勝敗になんて意味もなく、当たり障りなく済ませることだって出来た。しかし心は正直なもので、一度白熱した本能(しょうどう)は止めどなくなだれ込んでくる濁流みたいに、理性や妥協なんてものを呆気なく吹き飛ばしていった。

 らしくない、と言ってしまえばそれまでだが───それでもユーノは、負けると判った瞬間だったからこそ、死中に活を探そうとした。

 そうして出来た結果が正解かどうかは分からないけれど。

 形を得ないものであっても、最後まで手放さなかったものは、決して無価値ではなかったと、ユーノは思う。

「ありがとうございました、イリスさん。ここまでしてもらって」

 だからこそ、彼は素直にイリスへの感謝を述べた。

 それを受けて、イリスはこそばゆいのか、「ホントにね」なんて口を尖らせる。だが、そっぽを向きながらも、ポツリと。

「……けどまぁ、経験も無いのに、初めてにしてはそこそこ動かせてたみたいでよかったわ」

 あんまり素直でない口ぶりだったが、ユーノがそれなりに新しいモノを使いこなせていたと言ってくれた。

 それがとても嬉しくて、ユーノは微笑みを深めた。

 力を貸してくれた人たちの好意を、無駄にはしていないと言ってもらえた様な気がしたから。

「……ありがとうございます」

 重ねてそう礼を告げるユーノ。

 だが、イリスは「もう良いわよ」と手をひらひらと振って見せながら、もっと言うべき相手がいるだろうという。

「お礼を言うならグランツくんの方に言いなさい。アタシたちもいろいろやったけど、開発者は彼なんだから」

 言われて、「はい」とにこやかに頷くと、ユーノは(みな)と共に傍らに来ていたグランツにお礼を言った。

「遅くなってすみませんでした、博士。無茶な頼みを聞いて貰って、造って頂いて……本当にありがとうございます」

「いや、此方こそなかなか刺激的な時間を貰えたよ。それにユーノくんもかなり製作過程には関わってくれたし、そう畏まらないでも良いから」

 きちんと頭を下げていたユーノにくすぐったそうにそう告げて、グランツは顔を上げるように促した。

「それにしても……不思議なものだね」と、グランツはポツリと零す。

 何が不思議なのだろうと、ユーノが訊ねた。すると、グランツはこう応える。

 こういった分野は苦手だった筈の自分が、惑星の再生という本懐を遂げた後にも、こうして研究を続けているといるのは、なんだか不思議だと思ったのだと。

 元々、グランツの開発した防護服(フォーミュラスーツ)は、市長からの依頼で危険生物への対処を目的にしたものだった。

 惑星再生委員会においても同種の研究はあったが、当時はまだ危険生物の脅威もそこまで問題視されておらず、裏で行われていたものを除けば戦闘における研究は盛んというわけでもなかった。

 それらを引き継いで発展させたグランツ自身も、基本的には『星の再生』と『悪化した環境への適応』を主軸に置いて研究を進めていた。しかし、刻一刻と変化していく星の環境(すがた)に、道を見出すために現実を見る必要があった。

 年月(としつき)を追う毎に、星を去っていく人々。

 枯れ果て逝く緑と、荒廃を続ける大地。

 死への路を辿り続ける星を甦らせる為に、人が再びこの地に根を下ろす事が出来る様にと、守り導く力が求められていた。危険を前にして足を竦ませるだけではなく、向き合い立ち向かえるだけの力が。

 けれど、そうした想いは、決して正解だけを見せてはくれない。

「僕は星を蘇らせることを人生の目的にしていた。今でもそれは変わらないし、これからもエルトリアを見守っていきたいと思っている。これは研究者としての、僕自身の矜持でもあるからね。

 ただ、その想いは間違っているとは思ってはいないけど……少なからず夫として、父親として、家族に大きな重石を背負わせてしまってもいたから。気づけていなかったらと思うと、それが何よりも恐ろしい」

 心配をかけてしまう事そのものではなく、気づけていなかったかもしれないという事が、何よりも恐ろしいと、グランツは思った。

 何時でも寄り添ってくれた妻にも病を背負わせて、愛している娘たちを遠き星へも駆り立てさせてしまった。自身の願いを汲んでくれたからこそ、険しい路へ足を踏み入れさせてしまった。

 

 後悔云々の話ではなく。

 これは、ひとつ間違えば『何も残らなかったかもしれない』ということ。

 

 今あるものは、(たぐ)い稀なる偶然が呼び寄せた幸運が、信じ繋げた想いが呼び寄せた奇蹟が織り成したものだ。

 無論、誰しもが自分に出来る事を必死に手繰り寄せた結末を、その一言で片づけるつもりはない。

 けれど、そこへ至るまでに半ば諦め掛け、折り合いをつけてしまうところだった生命を拾って。また家族と共に過ごせる日々(じかん)を得て。辿り着いた、未来への路を見てしまっては、そうしたものを感じてしまうのも無理からぬことだろう。

 ()に不思議なものだ。願いや祈りと言った、『想い』というものは。

 時にそれは無限にも等しい希望であり、時に底の見えぬほど深い絶望でもある。

 ヒトが生きて行く中で切り離せない根源的なモノでありながら、決して明確な形にはならない、非常に厄介な存在だ。

 これらは容赦なく、容易く在り方(カタチ)を変えて……不安定で、真逆な側面を常に両立して持ち続けている。

 しかし、だからといって、どちらの面にも偏ることは許されない。

 惰性的な弱さを許容するのと、こうした『想い』を胸に掲げるのは違う。

 傷だらけになっても、泥の中で溺れ藻掻いたとしても。

 絶望と希望は背中合わせで、世界に敷かれた条理(ことわり)が優しくないのだとしても。

 その合わせ鏡をどういうものにするのかを選び取るのは、何時だって結局は、最初に掲げた者と同じ……ヒトの『想い』に他ならないのだから。

 

 そして今、一人の少年が自らの想いを形にしようとしている。

 

 エルトリアとミッドの資料や技術の交流が始まったきっかけは、様々な思惑(エゴ)に塗れたものではあったけれど。仕方のない事でもあったし、何より幸運なことに、関りを持った人たちはとても善い人たちであった。娘たちの事を思い遣ったと解る措置をして貰えて、後悔する道理もない。何よりも発端には自分自身が関わってもいたのだ。今を過ごせている事への感謝こそあれ、後悔などする筈もない。

 だからこそ、とグランツは言った。

「苦手なものでも、見ないでいて良いという理由にはならない。利己的な考え方かもしれないけど……出し惜しんではいけないと、僕は思う。これから、また『何か』が起こってしまうかもしれないというのなら、尚更にね。

 その上で、覚えて置いて欲しいんだ。この力は───『フォーミュラ』は、星や人々を守り、導く為のものだという事を」

 グランツはユーノに『フォーミュラ』や『ヴァリアント』といったエルトリアの技術を提供するに際して、かつて姉妹(むすめたち)に語った言葉を、再び彼にも伝える。

 そうして(おも)いを伝えると、ユーノもまた、「はい」と応えた。グランツ博士の心をしかと受け止め、託された力の意味を違えないと誓う。

 手の中にある小さな重みを確かめながら、決して無駄にはするまいと。

 と、改めて覚悟を噛み締めているユーノに、イリスがふとこんな事を言って来た。

「そういえば、名前って付けたの?」

「え……名前、ですか?」

「そ。ウェッジとかシールドとか、名称(きごう)はあるけど、アタシたちのアームズやウェポンと同じで、何か名前があった方が、近くに感じるもでしょ?」

 言われてみれば、とユーノは思った。

 人格搭載型でこそないが、これから命運を共にし、支える為の力となる愛機に対して、一方的に心を載せるだけの器というのも、些か簡素過ぎる気がする。しかし、思い立ってはみたものの、即座に浮かぶかと言えばそうでもないわけで。

「そういえば……まだ考えてなかったです」

 素直に応えると、ならちょうどいいから今考えてみたら? とイリスは言う。

 するとそれに乗っかって、皆もふむと首を捻る。もちろん簡単に浮かぶものでもないのだが、レヴィだけはノリノリで名前を挙げて行った。

 曰く、『隼人ノ盾(はやびとのたて)』や『真経津鏡(まふつのかがみ)』とか諸々。どうにもレヴィは漢字系統の名前が好きらしく、自身の技にもふんだんに盛り込んでいたもする。目覚めたばかりの頃からその傾向があったので、よほど地球(とりわけ日本)の何かが彼女の感性にバッチリ引っかかったのかもしれない。

 機関銃(マシンガン)さながらに雪崩込むアイディアに圧されつつも、ユーノもちゃんと考えねばと頭を回していく。

 が、しかし。

(……名前、名前か……)

 頭を捻ってはみるが、中々これというものは浮かばない。そこまで凝る必要はないのかもしれないが、かといって簡潔過ぎるのも風情に欠けるというもの。

 うーん、とユーノは小さく唸る。が、それを見てイリスは彼にこういった。

「そんなに一から考えようとしなくても良いんじゃない? アタシの名前も、元は躯体名称から捩った愛称(マスコットネーム)だったし。

 システムとか機構は、ヴァリアントだけはなく、ユーリとかなのはちゃんのも基にしてるんだから、その辺りから考えてみるのも良いと思うわよ」

 これを聞いて、ユーノは成程と思った。

 確かに、この新しい装備はヴァリアントシステム由来のモノではあるが、機構にはデバイス用素材(フレーム)なども組み込んでいる為、厳密には純然な『アームズ』や『ウェポン』とは少し異なる。系統としては、なのはがRH(レイジングハート)にヴァリアントコアを取り入れたのと近いが、なのはが基本を魔法主軸にしていたのに対して、此方はそれぞれの要素を半々に設定してある。

 またイリスの言った通りなのはの『フォートレス』やユーリの『魄翼』の特性なども基礎に取り入れている為、形態を変化させ自律的に扱えるという意味では、ユーリの『鎧装』が一番近いといえよう。尤も、あくまでも近いというだけで、『鎧装』の様に完全に遠隔操作のみを主軸に置いているわけではない。現段階では『盾』のみだが、今後は試行的に近接用にも幾らか形態を増やす算段がされてもいるのだが。

 とはいえ、だ。

 やはりこの装備の主軸となるのは、やはり『盾』だろう。

 『フォートレス』や『魄翼』に類するものとして、それらに肖った名前を付けるのだとしたら───。

「……イージス、とかですかね?」

「ふぅん……。地球の伝承に在った盾の名前だったかしらね。ある神が娘に与えた、厄災を祓う盾って話だった気がするけど」

 流石というべきか、地球にある神話の知識なども、イリスは頭に入っているらしい。

 元々が星を開拓・再生する為のテラフォーミングユニットだった彼女だが、付け加えられた機能によって記憶を司る側面も持っている。加えて意識体として遺跡板に張り付いていたこともあったので、彼女の情報処理能力は、知恵の迷宮(むげんしょこ)を拓いたユーノにも劣らないものがある。

 と、そう周囲が感心している間も、イリスはつらつらと知っている事柄を語っていく。

「確か、その辺から転じて防衛システムの名前にもなってるんだったかしら。使用者を守る城塞や、闇に対する翼に肖るモノとしては、それなりにイメージもあってるかもしれないわね」

 悪くないわ、とイリスが言うと、周りの皆も同じようで、一様にユーノが示した名に頷いていた。

「うん、僕もとても良いと思うかな。その名前は」

「そうですね。ユーリたちの流れを牽いた、ユーノくんの武装に合っていると思います」

「父上殿と母上殿もこう仰っておるし、ひとまずシステム全体の名はそれでよかろう。あとは、装備としての名の方か。一応、そちらもあった方が良かろう? 何せ、(うぬ)の装備はデバイスともアームズとも異なっておるのだからな」

 フローリアン夫妻の同意に次いで、ディアーチェがそう言って来た。複合的なものを扱うのであれば、別々のイメージを持ってくるよりは、合わせた新しい区分を示すべきだという事なのだろう。

 また頭を捻らねばと思ったユーノだったが、そこへ今度はアミタからこんなことを告げられた。

「それなら、こういうのはどうでしょう。この武装は、ヴァリアントアームズやウェポン、そして魔導をそれぞれに融合させて、同時に運用しているわけですから……。それぞれを繋ぐ、わたしたちの武装に次ぐ三番目の姉弟(きょうだい)機として───『ヴァリアントギア』、というのは」

「ギア?」

「ええ。魔法とフォーミュラ。それぞれに付随する技術を併せ持ち、それらを繋ぎ合わせる歯車(モノ)……といった意味を込めてみました」

 アミタがそう纏めると、ユーノは口の中で彼女の付けてくれた名を繰り返してみた。様々な繋がりを示す名は、どこか暖かい。自分程度にはという思いさえ浮かびそうであったが、そんな感慨を抱くのは、名付けてくれたアミタに失礼だ。

 認められた絆を、自分から切るような真似は、決してあってはならない。名付けてもらった名を受け取ると決め、ユーノはアミタにお礼を告げた。

「ありがとうございます、アミタさん。有難く、その名を頂きます」

 そういったユーノに「お気に召したのなら良かったです」と、アミタもまた微笑みを返した。

 

 と、そこで凡その作業は終了し、一先ず終わりを迎える事となった。

 使用後の整備にも特に問題はなく、今後も必要に応じて幾らかの機能を増設していくかもしれないといった話をしたが、それ以上の事は特になかった。

 そのままユーノはフローリアン家にもう少しだけ滞在して、一家の仕事を手伝うなどした後、ミッドへ帰還することになった。

 シュテルは非常に残念そうであったが、こればかりは仕方がない。レヴィと今度はフェイトたちも連れてきてねといった約束などをして、ユーノはさっそくミッドチルダへの帰路(みち)を辿る事に。

 そうしてユーノは程なくして時空管理局の本局へと至った。

 着いた時刻は、四月二十九日の夜。ちょうどなのはたちがミッド北に行った日に重なる。この前のなのはたちはああいっていたが、時刻はもう夜で、今から行くというのも水を差すような気がした。

 なので、ユーノは一旦自宅に戻ろうかと考えていたのだが───ちょうどその矢先、転移門(ゲート)から外に出たところで、何か違和感を覚えた。

 

「??? なんだろう……」

 

 局内が、妙に騒がしい。

 何か事件でも起こったのだろうか。いや、それにしても雰囲気がいつもより荒々しいような気がする。

 単に大捕物というだけなら、こうはならない。

 ならばもっと別の類いかとも思ったが、あまり想像出来る事は多くない。というより、あまり思い込みで動く方が危険だと考え、ユーノは通りがかった局員に、何かあったのかを聞いてみる。

 すると、尋ねられた局員は焦りを強く滲ませながら、堰を切ったようにこう言った。

「大変なんです……! 現在、ミッド北部第八空港にて、大規模な火災が発生。原因は未だ不明ですが、どうにもただの火災事故という訳ではないらしく……今、地上()だけでなく、本局(こちら)の魔導師にも要請が掛かるほどで……‼」

「な……本局にも、ですか?」

「ええ、なんでも現場の消火が上手く立ちいかないとかで……。第八空港は、それなりに外部との交流もありますから、何かしらのロストロギアが絡んでいるかもしれないとの疑いも……」

 そんな───と思ったが、可能性はゼロではない。

 実際、こうも慌ただしくなっているのがいい証拠だろう。

 何か、通常では起こり得ない事が起こっている。それだけは、帰ってきたばかりのユーノにも理解できた。

 そこまでの話を終えて、説明してくれた局員は、自身にも呼び出しが掛かっているということで、足早に駆けて行った。その背にお礼を告げつつ、ユーノは短く逡巡を行い、自らの行動を決める。

 茫然としている暇もない。

 即座に元来た道を戻り、再び転移門(ゲート)起動させ路を拓く。

 現在、局内が慌ただしかった事と、転送魔法が得意だったのが幸いした。ユーノはさして手間取る事も無く、帰って早々に本局を後にする。

 

 ───もちろん、その行先は迷うまでもなく決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幕間 後奏(はじまり)へ、交わり響く物語へと捧ぐ

 

 

 

 どうしてこうなったのか、そんな事は分からない。

 

 いつもの、当たり前の様に。ただ、大好きなおとーさんに会いに行こうと、三歳年上のおねーちゃんと一緒にここへ来た。

 

 普段はあまり来ない、鉄の鳥の巣。

 

 広くて、大きいこの場所は、とっても楽しそうな場所に見えた。でも、見るもの全部が珍しくてはしゃいでたら、気づいたら迷子になっていて……。

 

 だけど、恐くはなかったから、「探検だ」なんて、そこら中を奔り回ってた。

 

 きっと、この探検が終わった頃には、おねーちゃんが見つけてくれていて、「心配した」って叱られて。それから何時もみたいに、「ごめんなさい」をして。

 

 それで、全部終わるんだって、そう思ってた。

 

 「行こう」って手を引かれて、しっかりと手を繋いでから、お父さんのところに会いに行くんだって。

 そうなるんだって、思ってたのに───

 

 

 気づけば独り、何が起こったのかも判らないまま。

 弱くて脆い小さな身体を、朱くて、紅い、真っ赤な海の中に晒しながら───ひとりぼっちで、そんな灼けついた地獄を彷徨っていた。

 

 

 そう。

 青い星の始まりは───こんな、赤く焼け付いた地獄から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転章 Ⅳ

 

 

 

 焔が躍る。

 鉄の鳥が住まう巣を囲み、自らの色に染め上げて行く炎。

 

 赤く、朱く、紅く───そしてなお、(あか)い。

 

 (いや)、むしろもう、(ソレ)は黒くさえあった。

 その色の元となったモノを思えば、ある意味この陰鬱な光景もまた、生命の色なのかもしれない。

 

 蒼穹(てん)まで焦がす、というのはこういう事か。

 

 果ての無い天蓋(そら)さえも穿ちかねない程に立ち上った熱の柱を見ながら、ふとアネモイはそんな感慨に耽っていた。

 そこへ、この地獄には不釣り合いなほどアナログチックな音がする。

 繋がれた通信(まど)の先には、眼鏡をかけ、髪をおさげに結った、見慣れた少女の顔があった。

「クアットロですか」

《ハァーイ♪ いつでもどこでもあなたのお傍に、出来るオンナは四番こと、クアットロでございます♡ アネモイさん、そちらの手筈はいかが?》

「問題はないさ。ノトスも、上手くやっているみたいだからね」

 視線を向けた先にいる弟の姿を、画面越しにクアットロと呼ばれた少女に見せる。

 見慣れた姿ではあるが、場所を考えると些か不釣り合いにも思えそうだ。

 十と少しといった風貌は酷く幼い印象を与え、まさか周囲一帯に張り巡らせた毒の雲海を彼が造り出したなどとは、凡そ他者には思い至るまい。

《それにしても、ノトスちゃんは随分と張り切っちゃってますねぇ。おかげでわたし達のISもほんの少しとはいえ影響を受けちゃってますしぃ~?》

「それは済まない。だが、許してやってはくれまいか。何せ初舞台だ。気も逸るというものだろう?」

 悪戯っぽく()うクアットロに、アネモイは素直に謝罪を述べた。しかしその上で、どうか許容して欲しいと頼む彼に、クアットロはやや拗ねた様な顔をする。

《あらあら、弟想いなお兄様ですこと》

「無論、君もだよ。レディ」

《これまたお優しいことで……。け・ど、あんまりお安いと旨味に欠けてしまいません?》

 皮肉っぽい言い分であるが、彼女のそういった言動には慣れていた。むしろ、彼にとってクアットロの態度はいじらしくさえある。

 素直ではない、と微笑み、アネモイは姫君に従う騎士の如くこう告げた。

「もちろん、努力は惜しまないさ」

《うふふ。なら、楽しみにしていますネ。では、また───》

 通信が途切れると、窓の消失に合せて先にあった焔が揺らめいた。

 ヒトの本能という奴なのか、不思議と引き付けられる気がする。しかしその感慨は、傍らから掛かる声でふわりと融けた。

 

「クア姉様(ねぇさま)の方は順調ですか? 兄様(にぃさま)

「ああ、程なく終わるだろうさ。彼方(あちら)はこういう事に特化しているメンバーが揃っているからね。炎が上がった時点で、既に目的は済んだようなものだ。もちろんノトス、君の力も在りきだが」

「ありがとうございます、兄様」

「構わないさ。因みに、範囲は何処まで制御出来たんだい?」

「この空港の区画全体には効果は及んでいます。ただ、完全に力が働く範囲は僕を軸とした半径五〇〇メートル圏内と言ったところでしょうか。効果範囲外では、そこまでの効果は見込めません。単に威力だけで言えば、やはりボレア兄様の力の方が魔導師相手には有効かと思われます」

 つらつらと、初めての戦場で行使する自身の力を分析して見せるノトス。

 なんとも頼もしい事である。しかし、やはりどこか高揚に任せ、逸っている部分も感じられた。

 あまり長引かせるのも良くはないだろうか。

 と、アネモイがそう思ったところで、クアットロから任務完了(ミッションコンプリート)の報せが入ってきた。

 それを受けて、頃合いだと判断したアネモイはノトスに撤退を呼び掛ける。

「ノトス、向こうもひと段落したようだ。我々も、そろそろ戻るとしようか」

「もう少しだけ、ダメでしょうか? まだ、完全なデータは……」

 引き上げるかというアネモイに、ノトスはやや渋った様子を見せる。もう少し力を試したいというが、あまり力を無茶に使っては感覚が狂うとアネモイは言う。

「それにだ、弟よ。引き際を図る事も、実戦においては必要な心構えの一つだ。何より、私たちに課せられた今回の役割を、忘れたわけではないだろう?」

「……分かりました」

 そこまで言われてしまえば、これ以上反論は出来ない。ノトスは不承不承ながら、兄の言うことを聞き入れた。

 行くぞ、と炎の中に歩み出した兄を追うべく、ノトスは能力の解除を行おうとした。

 

 ───が、その時。

 

 効果範囲(エリア)全体のISを解こうとしたところで、ふと自身の敷いた毒霧に何か、違和感を覚えた。

 敷いていた力のフィールドが、何か違うものに変換さるような感覚。

 魔力素とエレメントを誤認させ、魔導師に対して疑似的な魔力不適合。つまり、循環不全を引き起こさせるのが、ノトスの能力(IS)だ。そして、彼が感じ取った違和感は、その逆を行く力。歪められた力の流れを正し、強めるようなものである様に感じられた。

 劣っているつもりはないが、面白いものではない。

 端的に言えば、ノトスはその力が気に入らなかった。───けれど、もはや撤退を決めた今となっては、それは反証に値しない。どうせ、父親(ドクター)たちも何かしらの監視記録をつけている事だろう。

 であれば、ここから何が起ころうとも、それは後から調べ、邪魔なものであれば対策を行えばいい。

 そもそも、これはまだ───全ての狼煙(さきがけ)に過ぎないのだから。

 そう当たりをつけて、不意に過ぎったものを捨て置くと、ノトスはそのまま兄の後を追い歩き始めた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 アネモイとノトスが持ち場を立ち去る、ほんの少しだけ前。

 発火源(ひもと)となった倉庫区画では、クアットロが姉と妹たちと共に、最後の仕上げに取り掛かっていた。

 

「ふふふ、ご苦労様でした。ですが、お生憎様なコトに、これはみーんな頂いていきますので悪しからず~♪」

 取り上げた『品物(たから)』をチラつかせ、足蹴にした『運び屋』を見下ろしながら、クアットロは嘲るようにそう告げた。

 その姿はどこか、契約(だいしょう)に応じて人間を罠に嵌めた悪魔にも似ていた。いや、もしかすると、そんなものよりも質が悪いかもしれない。

「……あく、ま……め……ッ!」

 が、ぼたぼたと血を溢しながらも、『運び屋』は睨む事を止めずにいた。煮えたぎる憤怒に顔を歪め、己を踏みつけにする()()()への憎悪をぶつけている。しかし、そんな視線さえも心地好いとばかりに、クアットロは口元を悦びに歪めていた。

「あははっ! 良い顔してますよ~、運び屋さん。可愛らしいですねぇ、こんな状況でもまだ口が聞けるなんてぇ♡」

 焼け付く空気(ねつ)の中に、哄笑が高く響き渡った。

 どうしようもなく感情を逆撫でにするクアットロの態度に、『運び屋』の男はありったけの恨み言を吐き出そうとした。

「こ、の……ッ! 人形どもがァ───ごぎッ‼⁉⁇」

 だが、それは呆気なく止められる。貴様如きに呼ばれる謂れはないというように、横から別の足が頭蓋を踏みつけ、男の口を根本から塞いだ。

「閉じていろ。貴様の生命(やくわり)は、既に終わっている」

 冷淡に、金属質な瞳で男を見下す女は、クアットロの姉に当たるトーレであった。

 今回の任務へと赴いた面子において、直接戦闘を目的として駆り出された武闘派である。

 『運び屋』を最初に捕らえたのも彼女だ。幾らか情報を引き出す目的もあった為、ここまで口を開かせておいたが、生憎と単なる下請けだったらしい。

 一度アネモイが読み取ったが、精々が他の区画に潜んでいた仲間の情報と、ケースの在り処が引き出せた程度。余興代わりにと、クアットロが指名したので、目的の品を発動させる瞬間に立ち会わせもしたが、もうこれ以上は無駄だろう。

 アネモイたちも、とっくに残りの始末は着けた。

 故に、後は離脱するのみなのだが───。

「やぁだー、トーレ姉さまってばこわ~い。ふふふっ」

 クアットロはまだ、どこか遊び足りない様子を覗かせる。物好き(サディスティック)な妹に、トーレは呆れた様な溜息交じりに咎めた。

「嗤いが隠し切れていないぞ、愚妹(クアットロ)。私とて、お前のその腹黒さには負ける」

「あー、姉さまってばひっどぉーい」

 分かり易くぶりっ子して見せるクアットロに、トーレはますます呆れたような溜息を漏らす。するとそんな二人を、一緒にいた水色の髪の少女が呼んだ。

「ねぇねぇ、トーレ姉、クア姉。まだ出発しないのー? あたし、もうここ飽きたよ~。管理局の連中もそろそろ出張ってるみたいだしぃ」

「そう急かすな、セイン。心配せずとも、もう出る」

「それじゃあセインちゃん、おねーちゃんたちの事よろしくねぇ~♪」

「はいよー。それじゃ、IS・無機物潜行(ディープダイバー)。超特急で行きますよ~!」

 セインの力が発動したと示す陣が現れ、クアットロとトーレは彼女に掴まると、そのまま()()()()()()()()()

 が、その時ふと───クアットロもまた、ノトスの感じたのと似たような違和感(かんかく)をその身に受けていた。

(あらあら、まぁまぁ……。なーんだか懐かしい反応が一つ……いや、二つですかねぇ? それに次いで、これまた分かり易い馬鹿魔力が三つ、と……ふぅん♪)

 周辺感知から感じ取った反応は、なんとも面白い構図になっていた。しかし、今の彼女たちはもう十分に場を掻き回したばかりだ。

 となれば、あとはどうなるかもまた運命次第。

 

(───はてさて。(ゼロ)(エース)は、どんな組み合わせになって帰ってくるんでしょうねぇ……?)

 

 (いず)(きた)る『約束の時』に、果たしてこの数奇な巡り合わせは、どのような結果を結ぶのだろうかと。

 (よこしま)に、けれど(たの)しそうに。

 意地の悪い()みを浮かべながら、クアットロはその場から去って行くのだった。

 

 仕込みは終わり、既に賽は器へと投げられた。

 あとはただ、始まりを待つのみ。

 

 回りだした運命は、ここから始まる。

 ───見送られた(ゼロ)は、やっとここで、(エース)出会う(いたる)為の路へと分かたれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さながらそれは、流星の如く A_Falling_Star.

 

 

 

  1

 

 

「……くそッ‼ 何て勢いだ……っ」

「隊長……ッ!」

「分かってる……解かってるさ‼ ここを突破しなけりゃいけないって事ぐらい───、ッ⁉」

 意志を持って、立ち入るものを拒むかのように。

 火の手が、そこへ踏み入ろうとする消防部隊(ものたち)を阻み、襲った。

 燃える、なんて言葉ではもう足りない。火の海という言葉でも言い表したりないくらいの惨状(こうけい)が、眼前(めのまえ)に広がっている。

 それなりの場数を踏んできたつもりであったが、火消し役の身としても、こんな状況は滅多に遭う事はなかった。

 端的に言って、今回の状況は酷いものだ。

 急に起こったというのもあったが、災害というものは常にヒトの都合など聞いてはくれない。ごくごく当たり前の道理ではあるが、だからといって、それがイコール納得につながるかといえばそうはならない。

 ましてや、ヒトの命がかかっているのだから猶更に。

 現状、空港内に取り残された人々の内、九割方の救助は完了している。

 とはいえ、その大部分が発火源(ひもと)から遠い場所にいたエントランスホール内の乗客たち。職員たちも含め、入り組んだ場所に置かれていた者は火が起こってから、しばらくの間取り残されてしまっていた。

 彼らの隊が到着したのち、ひとまず浅い部分にいた人たちは救助を行った。

 しかし、いつもだったら共同で救助活動を行う救助隊の魔導師たちが、謎の不調に陥る事態が発生した。

 この折り重なる事態に、救助は混乱を深めた。

 もちろん、誰しもが指を加えて見ていた訳ではない。当然ながら、少しでも事態を改善させるために、幾らかの無茶を敢行した者もいる。

 助ける為の仕事は、決して理想通りの慈善事業ではないけれど。

 たとえ仕事であっても、現実と折り合いをつけながら、誰かを守りたいと思う心を捨てられるはずもない。

 仕方がないからとか、無理だとか。

 その程度の言葉で片付けられてしまうのならば、初めからこんな場所に居る筈もないのである。

 

 だから、という訳でもないが───。

 そんな人の意志は、決して無意味ではないのだろう。

「何とかならないのか……っ」

「隊長! 今、本局からの応援部隊が動けるようになったそうです!」

「駄目だ! 今からでは遅すぎる。まだ中に子供が取り残されているんだぞッ⁉」

「それが、本局からとは別に、応援に来た魔導師たちが奥へ向かったそうです。我々は、消火作業を優先するようにと」

「……何?」

 先ほどまでの不具合はどうなったのか。というより、本当にそちらへ任せきりでいいのか。疑問が幾つも頭を過ぎるが、しかしここで問答を重ねても意味が無い。

 事は一刻を争い、その僅かな間ですら人命を左右する。少なくとも指示系統がこの判断を妥当だと下したのであれば、此方は仲間を信じ、己の役割を果たすべきだ。

「分かった。それで、向かったのは誰だ?」

 が、それでも一つ納得を得る為にそんなことを部下に問う。

 疑うのとは少し違う。何せこんな仕事だ、役割(せなか)を預ける仲間(あいて)の名を知るくらいの事は許されてしかるべきだろう。

 訊かれた側もそれを理解しているらしく、応えは直ぐに返ってきた。

「一人は現役の執務官で、もう一人の方は例の教導隊のエースだそうです」

「なるほど。納得したよ、あのエース・オブ・エースか」

「ええ」

「なら、こちらも向こうに負けているわけにはいかないな。俺たちも俺たちの役割を果たす。だが、消火に切り替わったとはいえ気を抜くな。細心の注意を払い、事に当たれ!」

「「了解ッ‼」」

 自分たちに喝を入れると、消防部隊もまた自らの役割を果たすべく動き出す。

 

 そうして、人々の意志が重なり行く。

 降りかかる災厄に抗い、己が心を貫く為に。明日へ向かうべく、闇夜を焦がす炎へと立ち向かう。

 ───どこかそれは、星座に似ていた。

 大昔の人間たちが夜空の星を紡ぎ、手の届かない空に絵を描いたように……いま誰もが、自分たちの魂をかけて軌跡を繋ぎ遇う。

 その意志はやがて、ほんの少しずつ、悪意によって仕組まれた運命を変えて行こうとしていた。

 

 

  2

 

 

 中央広間(エントランスホール)へと通じる螺旋階段の傍に、恐らくは旅行に来ていたのだろう三人の夫人の姿があった。

 三人はもう随分長い時間此処にいるようで、かなり疲弊しながら、必死に煙と炎に耐えている。

 だが、それも次第に限界が近づこうとしていた。

「っ、ぅ……ごほっ……げほ……ッ」

 炎に取り囲まれた中で、煙に巻かれた人たちの咳き込みが、焼けた空気に虚しく溶けていく。

 彼女らの周囲には淡い藍色の輝きを放つ半球(ドーム)状の障壁(バリア)が張られていたが、時間経過のためか、次第に効果を失い始めている。

 ()()()()()()()()()()()()が、遂に覚悟を決める時が来たのかもしれない。

 と、彼女たちが思いかけた瞬間。

 「管理局です!」という声と共に、うら若い、まだ少女と言えそうなくらいの女性の声が場に響き渡った。

 ともかく助けが来たらしいと知り、婦人たちは自身らの居場所を告げる。

 すると、傍らにやって来た金色の髪をした女性は、「もう、大丈夫ですから」と言って、彼女の愛機であろう黒い戦斧を翳して、今ある障壁を覆う様に、新たな障壁を造り出した。

「直ぐに安全な場所までお連れします」

 そういって、此方を安心させるような笑みを浮かべる。

 彼女の表情につい気が緩みそうになるが、ちょうどやって来たのが若い少女だったのが幸いしたのだろう。どうしても彼女らには、伝えねばならぬ事があった。

「あ、あの……っ」

「はい?」

「あの……魔導師の女の子が、バリアを張ってくれて……それから、妹を探しに行くって、あっちに───」

 もう自分も辛いだろうに、自分たちを助けてくれた少女のことを必死に伝え、婦人は指先で通路奥を示した。

 その意志をしかと受け取り、

「分かりました。皆さんをお送りしたら、直ぐに探しに行きます」

 そう返答し、うら若き執務官───フェイト・T・ハラオウンは、まだ助けを待つ者たちのもとへと向かう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 首都圏から離れているとはいえ、ミッドチルダは次元世界の中心である一大世界である。

 ここからは数多の世界へ向けて、人々が日々行き来を繰り返している。ゆえに、この空港は酷く広い作りになっていた。

 いま少女のいるこの螺旋階段も、その広大さを示す一端である。

 壁に沿って底へと繋がるように渦を象るそれは、終わりが黒く見えないほどの高さを持っていた。

 非常階段として用いられる事の方が多いことを考えれば、この簡素さも仕方のないのだろうが、今ばかりはこの長ったらしい階段が、少女には恨めしく思えた。

「はぁ……はぁ……っ」

 体力には自信があるほうだが、精神的な疲弊と、追い詰められた状況が彼女を酷く焦らせる。

 深く深い階段が、自分を阻む悪魔の罠にも思えてくる。

 悪魔なんて、いくら魔法の世界に暮らしていても、所詮は空想の産物と理解できる年頃ではあるけれど。

 今年十四になったばかりの彼女に、この緊迫した状況で、いつまでも冷静さを保ち続けろというのは、あまりにも酷である。

「スバル……っ、ひゃあぁッ⁉」

 ぽつり、と妹の名を漏らした刹那。

 壁が、通路が、大きく振れた。幸い火の手が回ってきたわけではないが、どこかで爆発があったのだろうか。

 空港という場所だけに、火が燃料辺りに引火するのは容易く想像が効く。

 が、ならば尚の事、急がねばならない。必死に妹の名を呼びながら、少女は階段を必死に階段を降り下っていく。

「スバル……スバル、返事して……! おねーちゃんが、直ぐ……助けに行くから……っ!」

 歯を食いしばり、折れそうな心さえ縛り付ける。

 姉である自分が折れるわけにはいかない。もしもう外に出ていたなら良いが、まだ中に取り残されていたら。……独りで、心細い思いをしてしまっているのだとしたら。

 助けに行かずして、なんとするというのか。

 鋼にも似た硬い意志を無理矢理に保ちながら、藍色の髪をした少女は、妹の元へと向かって必死に進む。

 が、しかし。

 彼女のいた通路が、寄りにもよってこの瞬間に───呆気なく、崩れ始めた。

 

「───ふぁ、きゃあああああッ⁉」

 

 高いところだというのが幸いしたのか、少なくとも崩れて直ぐ地面に叩きつけられる、という思いはせずに済んだ。

 しかし、それは一時しのぎでしかない。

 無慈悲な重力(ほしのちから)は、ほどなく彼女の軽い体躯すら容赦なく地面へと引き付けて叩きつけることだろう。

「ひゃぁぁぁ───ああああああっっ‼」

 悲鳴が、暗い階段の上下に渡って広く反響する。

 が、どれほどの高さがあるか分かり易く伝えてくれることもなく、ただひたすらに底へ底へと加速する自分の身体が受ける風ばかりが少女を襲う。

 当然、それはとてつもない恐怖だ。けれど、そんな命の瀬戸際にありながらも、少女の胸中は単に怯えるだけでなく、助けられなかったことを悔やむ心の方が大きい。

 未熟な己が恨めしい。

 まだ魔導師として半人前な事も、この状況をどうにかできる術を持っていない事も、そのすべてが情けなく思えた。

 たしかに、自分には飛べる翼はないけれど。

 憧れだった母は、空さえ駆け抜けて見せたのに。

 恐さと悔しさが綯交ぜになったまま、少女は落ちていく。こんなところで、終わりたくなんてない。

 まだ、ちゃんと助けられてもいないのに、と。

 そんな彼女の意志に呼応したかのように───

《Sonic move.》

 という小さな音が耳に遠く響くや、迸る紫電と共に飛来した閃光が、彼女の落ちる身体を掬い上げた。

「……危なかった」

「ぇ……?」

 柔らかな、自分以外の声がした事に驚いて、閉じていた目を開く。

 するとそこには、二つに結った長い金色の髪を揺らした、紅の瞳の女性がいた。

「ゴメンね、遅くなって……。もう、大丈夫だよ」

 よく頑張ったね。そう微笑み掛けられて、助かったのだとぼんやり分かったが、実感が追いつかず、うまく応えを返せない。

 少女が言葉を返せずにいると、空中に通信窓が開いた。

《こちら通信本部、本局〇二(ゼロツー)応答願います》

「はい。本局〇二、フェイト・T・ハラオウンです。先程の三名に次いで、非常階段内にいた女の子を救助しました。───あ、そうだ。お名前は?」

「あ……。ギンガ、ギンガ・ナカジマ。十四歳です」

 応えると、フェイトと名乗った女性は口の中で一度「ギンガ」と反芻して、いい名前だと言って、微笑んだ。通話口(ほんぶ)の方でも名乗りを受けて、救助された少女を記録したと応えた。

《了解しました。では引き続き、要救助者の方々の救助をお願いします!》

「はい。では、この子(ギンガ)を救護隊に引き渡してから───」

「あ、あの……っ!」

 フェイトと本部との通信に、ギンガが割って入る。

 ここへ来て、やっと事態が頭に沁み込んで来た。要するに、ギンガはフェイトに助けられて、このままではここから()()()()()()しまう。しかし、そうなってしまっては妹の元には行けなくなる。

 そんな焦りから出た言葉であったが、それをフェイトと通話口の局員は真摯に受け止めていた。

 いや、というよりも、それは。

「大丈夫だよ。話は、あなたが助けた人たちから聞いてるから」

「ぇ……?」

「妹さんを探してるんだよね。妹さんの名前と、何処に行ったかとか、分かる?」

「ぇ、ぁ……あの、エントランスホールの方ではぐれてしまって、名前はスバル・ナカジマ。十一歳です」

「スバル……照合お願いします」

《了解しました。スバル・ナカジマ、十一歳の女の子……まだ救助報告は入っていません。ですが、エントランスホール内からの反応は確認しています。

 今、そちらには本局〇一(ゼロワン)───高町教導官が向かっている模様です》

 まだ救助されていない、という報せを受けて、ギンガの表情に不安が増す。しかし、腕の中にいる彼女に、「大丈夫だよ」と、またフェイトは繰り返した。

「妹さんは、わたしの仲間が必ず助けるから……。だからまずは、あなたが無事に帰ろう。そして、帰ってきた妹さんを迎えてあげて?」

 諭す様な口ぶりは、どこか遠い記憶を思い起こさせる。

 似ているからなのか、それとも告げられた声がとても優しかったからなのか。

 真のところは、よく分からない。けれどギンガの心は、不思議なほど落ち着きを取り戻していた。

 はい、と短く彼女が応えると、フェイトは一つ頷いて、その場から外へと向けて羽ばたくように飛び出した。

 その途中、フェイトはギンガに「偉かったね」と言う。

 不意を突かれたギンガは、驚いたような顔をしていたが、フェイトはやはり柔らかな笑みを崩すことは無く。妹だけではなく、通りがかりの人たちの事も助けようとしていた彼女を褒めてくれた。

 しっかりとしたお姉ちゃんだね、なんて言われたのが照れくさくて、ギンガは「いえ、そんな……わたしは」と言葉を濁そうとした。しかし、懐かしい記憶を思い起こした事も手伝ってか、

「……これでも、陸士候補生ですから」

 と、最後に言葉を結んだ。

 そこに込められた様々な思いを感じ取りながら、フェイトは「そっか……」と、目を閉じて、また頷いた。

「候補生、か……。未来の同僚だ」

「きょ、恐縮です……!」

 そんな言葉を交わしながら、二人は程なくして、炎に呑まれた鉄の巣から飛び出して行った。

 

 

  3

 

 

 火災発生から、一時間ばかりが経過しようとしていた。

 しかし、火の手は一向に止んでおらず、空港を包み込む炎のベールは、激しさを未だに保ち続けていた。

 無論、誰もが傍観しているわけではない。

 中に突入した者たちだけではなく、外でも懸命にこの災害に対処するために立ち回る者たちがいた。

「───二〇三、四〇五、東側に展開してください! 魔導師陣で防壁張って、燃料タンクの防御を! 六〇七はそのまま南へ……!」

「はやてちゃん! 応援部隊の指揮官が到着です!」

 前線指揮に参加していたはやての元へ、リインが応援に来た部隊の指揮官を連れてきた。

「すまん、遅くなったッ!」

 と、そう言いながらやって来た男性は、ちょうどはやてが次に行く予定だった部隊の隊長であった。

 少し驚いたが、今は世間話をする余裕がない。

「ここの陸士部隊で研修中の、本局・特別捜査官。八神はやて一等陸尉です! 臨時で応援部隊の指揮を任されてます」

「陸上警備隊一〇八部隊のゲンヤ・ナカジマ三佐だ」

 敬礼と共に、互いに手早く自己紹介(かくにん)を済ませると、早速はやてはゲンヤに部隊指揮を任せても良いかと訊ねた。

 やって来ていきなりではあったが、次の研修に際してはやての事を知っていたゲンヤは、「ああ、お前さんも魔導師だったな」と、特に異論も無く引き継ぎを受けた。

 知ってくれていて助かるとばかりに、はやても「広域型なんです。空から消火の手伝いを───」と消化へ向かう旨を伝えようとしたが、そこへ一報が入る。

《はやて。指示のあった女の子一人、無事救出。名前はギンガ・ナカジマ。さっき、無事救護隊に渡したよ。妹さんの方にも、今なのはが向かってるって》

「了解、わたしも直ぐ空に上がるよ!」

《うん!》

 フェイトからの短い報告を受けて、親友(なかま)たちも着実に救出を続けているのが判った。

 それを聞いて、はやてもまた、自らの役割を果たさねばと奮起する───が、その前にふと、引っかかった単語があって。

「ナカジマ……?」

 その単語は、はやてより先に、リインが言葉にした。

 はやての出身である地球(にほん)では珍しくないが、ミッド(こちら)ではあまり聞かない珍しい苗字である。しかも、奇妙な偶然なのか、それはここに居るゲンヤとも同じもので。

 二人が視線の向けると、ゲンヤは少し苦い顔で応えた。

「───その二人は、ウチの娘だ。二人で部隊に遊びに来る予定でな……まさかとは思ったが、そうか」

 親と局員の狭間に立つ、酷な現実。

 だが、それを目の前にしているからこそ、決して屈しないために動き出さなければならないという事を……その場の誰もが言葉にするまでもなく、理解していた。

「ではナカジマ三佐、後の指揮をお願いします。リイン、しっかりな? 説明が終わったら、(うえ)でわたしと合流や!」

「ハイですっ!」

 指揮権を渡し、リインに状況を伝えるように任せると、はやては空へと向かって駆けだした。

 ここからは、彼女のもう一つの本領を発揮する段だ。

「こちら本局〇三(ゼロスリー)、八神はやて。これより消火支援のため、空に出ます!」

《了解しました、八神一等陸尉。第一ポイント、第五ブロックへお願いします。それでは出撃どうぞ》

「了解ッ!」

 黒と白に、金の意匠が施された魔導装束を纏い、はやては空へ飛び立った。

 彼女の背に宿る黒翼(スレイプニール)が大きく羽ばたくと共に、その姿は一気にこの場を離れて行った。

「すっげぇな、ありゃあ……。こっちも、呆けてるわけにゃいかねぇか。それじゃ、よろしく頼むぜ。おチビの空曹さん」

「分かりました、こちらへお願いします!」

 感嘆と共に、はやてを見送ると、ゲンヤはリインに状況の確認をして、さっそくこの区画の前線指揮を再開していくのだった。

 

 

  4

 

 

 通信本部とは別に置かれた、仮設的な区画司令部となった指揮車に乗り込んだゲンヤは、リインと共に状況の整理を行い、指示を送っていく。

「リイン曹長、補給物資の方はどうだ?」

「あと十八分で、液剤補給車が七台到着します。首都航空部隊も三〇分以内には主力が到着する予定だそうです」

「遅ぇな……。要救助者は?」

「あと二〇名ほど……魔導師さんたちが頑張ってますから、なんとか」

「最悪の事態は回避できそうか……」

「ハイですっ」

 リインの返事に、ゲンヤはうむと頷いた。今いる魔導師たちだけでも、ひとまず事態の収束自体は済みそうである。それならば、後はどちらかといえば、消火活動を迅速に進めるべきだろう。

 ならば、とゲンヤはリインにこう言った。

「よし……。おチビの空曹さんも、もういいぞ。自分の上司のとこに、合流してやんな」

 そう促されるも、リインはまだ状況の整理や指示系統の調整が済んでいないと応える。しかしゲンヤは「いや」と言って、彼女へ出撃して欲しいと、再度促した。

「現状、どちらかといえば消火の方に手がかかりそうだ。広域型の八神の力は、かなり必要になってくる。となりゃ、その八神(マイスター)が力を発揮するのに、アンタの力も必要だろう?」

「ですが、ナカジマ三佐の負担が……」

「何、構わんさ。元々、魔導師でないオレが出来るのは状況管理(これ)くらいだからな。それにいざとなったら、当てはある。

 今ちょっと治療系が出来る奴が少ないってことで救護隊(むこう)を手伝ってもらってるが、搬送のラインは航空部隊の到着よりも動きは早い。だったら、この状況ではこれがベストだと思うんだが……どうだ?」

「ナカジマ三佐……。判りました、では行かせていただきます!」

「おう、空は頼んだぜ」

「ハイですっ!」

 ひゅんっ、と、見た目通りの妖精のように主の元へ飛んでいくリインを見送りながら、ゲンヤは自分の仕事を再開する。

 しかし、それなりに見栄を切った為だが、作業量はそれなりだ。

 これはやはり()()を頼ることになりそうか、とゲンヤは苦笑しつつ、連れて来た部下に連絡を入れる。其方がひと段落したら、此方に手を貸して欲しい、と。

 了解、と、間髪入れずに応えた彼に頼もしさを感じつつ、不甲斐ない上官で終わらないように、自身も手を動かす。

 ただ、冷静に固めている心は、未だ炎の中にいるかもしれない娘のことで絶え間なく揺れている。

 本当なら飛び込んで連れ出したいくらいだが、生憎とそれで取り戻せるものはないのが現実だ。

 その事実と、脳裏には下の娘の事が掠めるたび、無事を祈るしかない自分が不甲斐なくて仕方がない───が、今は最善を尽くし待つしかない。

「……ままならねぇな」

 長い息を漏らしながらも、ゲンヤは自分に出来る事を続けるしかなかった。

 手を止める事無く、仕事を熟して行く。けれど、親としてのありったけの祈りを込めながら、ひたすらに。

 

 

  5

 

 

 上空で合流したはやてとリインは、さっそく消火作業に当たっていた。

 空港の上空に待機した二人は、移動が完了するのを待つ。彼女らの本領を発揮するには、範囲内に人がいないことが必須となる。

 ───ほどなく、その時はやって来た。

「八神一尉、指定ブロック避難完了しました!」

「お願いしますッ‼」

「了解ッ! ほんなら……リイン、行くよ」

《はいっ!》

 局員からの知らせを受けるや、はやての足元に三角形を象った魔法陣が展開された。

 二人は詠唱を始めると、彼女の白銀の魔力光が迸る。

「《仄白き雪の王。銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ───》」

 一節、また一節を結ぶ毎に、その輝きは強く、より眩い光を発していた。止めどなく溢れ出る光景は、彼女のとてつもない魔力量を物語っている様だ。

 そうして最後の句が終わり、はやてが杖を眼下の炎の海へと杖を向けると同時。

 

「《───来よ、氷結の息吹(アーテム・デス・アイセス)ッ‼》」

 

 差し示したその杖先から、白銀の猛吹雪が放たれる。

 白銀の輝きを伴う、氷結の嵐渦。さながら竜の咆哮にも似たそれは、たったの一撃で猛り狂う炎の海を沈めて見せた。

「……すっげぇ」

 はやての放った魔法を間近で見ていた局員が、ついそんな事を口にした。思わず感嘆の言葉が漏れてしまうほど、その力は圧倒的なものがあったと、示して見せていた。

「これが、オーバーS(ランク)魔導師の力……!」

 感嘆の声が漏れる。それほどまでに、局員たちは、改めて『魔法』という力を体感した気がした。

 が、いつまでも驚きに浸ってはいられない。

 如何にはやてが広域型とは言え、単騎で全ての炎を対処できるわけでもないのだ。

「ここは完了……次の場所は⁉」

「次の凍結可能区画は、ここの隣のLブロックです!」

「了解! ……せやけど、わたしらだけやとまだ厳しい状況や。これは頑張らへんと」

《はやてちゃん!》

「??? リイン、どないしたん───え、これって?」

 リインが受信したメッセージを確認したはやては、いきなり来た唐突な報せに戸惑いを隠せない。確かまだ、向こうに居るはずなのに、まさか応援に来るとは思っていなかったかだら。

 けれど、いきなりきたとはいえ、彼がそう言ってきたということは、全くの無策というのは考えにくい。であれば、何かしらの考えがある、ということなのだろう。

 それなら、

「リイン、出来る?」

 試してみる価値は、あるだろう。はやてはそう判断して、自らの愛機にそう問うた。

 そして、リインもまた、同じことを思っていたのだろう。力強く、《もちろんですっ!》という肯定が返って来た。

「なら……やってみよか!」

《第二段、準備(セット)急ぎます!》

 避難が終わったと報告のあった区画へと向かい、はやてとリインは再び魔法を発動させる。

 そこへ、再びメッセージが入る。

 内容は、指定座標に魔法を放って欲しいというもの。しかし、その座標というのがまた不思議なもので───示されたのは、眼下の区画そのものではなく空中であった。

 この状況においては、一見すると、ふざけていると取られても可笑しくはない。だが、はやてとリインはそれ信じ、もう一度魔法を撃ち放つ準備を整えた。

「……よっしゃ! 二発目、特大の行くよ‼」

《ハイですっ!》

 威勢よく応じ合った主と愛機の声と共に、再び白銀の光を放つ、氷結の魔法が(そら)へ向かって放たれた。

 対象とは異なる方向へと向かう一撃であったが、その光の奔流は、指定座標地点に触れるや、まるで水路に出会った水の如くその道に沿って流れ出す。

 ちょうどそれに近い光景を、はやてとリインは昔、見たことがあった。

「あれって……」

《はい。なんだか……クロノさんの『エターナル・コフィン』に似てるです》

 自身の放った魔法ではあったが、その魔法はまた違うものと似た動きを始めた。

 かつて、〝『闇の書』事件〟でクロノが用いた超広域型の凍結魔法、エターナル・コフィン。あの魔法は、対象となるモノや地点に対して冷気を放ち、周囲に拡散する余波(エネルギー)自律反射板(リフレクター)で一点集中させる事で、威力を引き上げるといったものである。しかし、いま起こっている現象はそれに近いが、同一ではない。

 そう。エターナル・コフィンが冷気の檻で敵を囲うのに対して、目の前で起こる現象は、寧ろその力を()()()いた。

 その要となっているのは、おそらく空に浮かんでいた盾型のユニットなのだろう。魔力で象られた光の羽根から、薄く光が波を打つ。たくさんの光の粒が、薄く翡翠の燐光を放つ宙域(そら)を、水面に広がる波紋のように彩っていく。

 広げられ、そして増幅された魔法が、それぞれの基点から、炎の海へと注がれて───揺れる焔を鎮められて行き、次第に灼熱の地獄を元に戻して行った。

 しかし、

「……にしても、いつの間に準備してたんやろうね、リイン」

《ですね。けど、やっぱりみんな、前に進んでるんですよ》

「うん……せやね」

 立ち止まってはいない。誰もが、前へ前へと進んでいる。

 はやては、改めてそのことを知った気がした。そして、それは彼女自身もまた、同じである。

「───さあ、まだ全部は終わってへんし。合流して残りも消火していくよ!」

《はいですッ!》

 そう言って、二人は残りの消火へと当たる。更にそこへ、本局からの応援も加わり、皆で事態の収束へと尽力する。

 事態は次第に終わりを覗かせ始めており、この始まりの狼煙はついに消えようとしていた。

 しかしそれは、完全なる幕引きという訳ではなく。

 むしろ、新たな始まりへの一歩でもあった。

 

 予てよりの想いを形にしようと決めたはやてを始めとして、誰しもが前へと。

 祈りも望みも、等しくすべてがヒトの想いのカタチであるがゆえに───強き心は、また同じだけの強き心を引き寄せる。

 善意も悪意も、中庸である事すらも問わずに。

 ただひたすらに、いずれ来る嵐への序曲が始まろうとしていた。

 

 ───そして、最後の星が、ついに始まりの星と出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いずれそれは夢の道標(しるべ)へ Run_Up_to_Your_Draem.

 

 

 

  1

 

 

 ───あつくて、くるしかった。

 

 浮かぶ言葉は、もうそれだけで。けれど、それ以上考えてしまったら、押し潰されてしまいそうな気がした。

 

 此処が何処かも判らない。行く当てもない。

 だけど、どうしても足だけは止められなかった。

 

 死にたくない、というのは少し違う。

 ソレが怖いものだと言うことは知っている。

 とても冷たくて、寂しくて、苦しいモノだというのも知っている。こんなところで同じ事になっても、そうなるのかは判らないけど……でも、違う。

 

 胸に抱く決意か、意地か。……いや、どちらかといえば、呪いなのだろうか。

 まとまらない思考は、ただ(ひとえ)に心によって括られていた。

 

 本人でさえ定かではない感情は、哀しいほど一途に、この残酷な世界でも、彼女の命を繋ぎ止める鎖となっていた。

 

〝……此処で死んでしまったら、もう二度と、おとーさんとおねーちゃんに会えない〟

 

 漠然と、幼いながらに、少女は本能的に悟っていた。

 

 もしかしたら、おかーさんには会えるかもしれないけど、不思議と、そう考えてしまってはダメだという確信があった。

 

 ここよりは、昏くて冷たくて……。でも、同じくらいに寂しくて苦しい場所から助けてくれたおかあさんだから。

 きっと、そんな風には望んではいけないと。

 そう言うハズだ、って……そう思っていたから。

 

 だから、歩いた。

 小さな一歩で、熱くて、怖い炎の海の中を。

 たった一人でも、決して止まる事はなく───ただ、ひたすらに。

 

 少女は、絶望に屈することだけはなく。

 涙にまみれても、苦しくても、絶望(あきらめ)はしなかった。

 

 ……しかし、やがて身体の限界が訪れる。

 心だけではどうしようもないこともあるのだと、幼い少女は、現実の非情さを改めて思い知った。

 

 不意に、横から熱の息吹が、彼女を襲った。

 

「きゃっ……‼ あぅ、ッ……ぅ」

 

 轟! と吹き出してきた爆風は幼い身体を吹き飛ばして、容赦なく地面の上へと転がした。……いや、もう転がると言うよりは、擦りつけられたと言う方が正しいか。腕に、足に、顔に、たくさんの擦り傷が出来て、じんわりと血を滲ませる。

 

 ひりひりと、じわじわと。

 痛みが身体を、心を縛っていく。

 

 身体を起こそうとしても、なかなか起き上がれない。

 どうにか頭をもたげても、もうそれ以上のことは出来なくなっていた。

 

 

 

 ───そうして、足が止まった。

 

 

 

 歩みを止められた場所は、少しだけ開けた場所だった。

 どことなく豪華な造りになっている、エントランスホールのようなところ。女神らしき立像が階下と階上を繋ぐように伸びた、二階建てになっている。

 平時のままの、今の様な火の海でなかったのなら、きっと綺麗だった筈の光景。しかし、二階にも既に火の手は回っている。噴き出したそれらは、容赦なく絨毯と像を焼き焦がして、黒く醜く変えていた。

 

 最早、ここに退路は無い。

 もしかすると、火に追いやられて、囲まれてしまったのかもしれない。

 

 これ以上は、逃げることすらもできない。

 

 それが分かった時、少女の心にも限界が来た。

 別に、ここまでだって何かを為したわけではないけれど───だけど、それでもまだ、『何かをしていた』という気はしていたのに。

 

 なのに、今度はもう、それすらも取り上げられてしまった。

 進むことさえも許されない。───では、ここから先に何をすればいいのだろうか。

 

 ……判らない。

 行き先も何も、持っていなかった少女には。

 

 いや、これ以上を望むのは酷だろう。むしろここまで生き延びただけでも、きっとそれは、一つの勝利のようなものだったかもしれない。

 

 けれど、彼女にはそうは思えなかった。

 

 何故、こんなことになったのだろう。

 どうして誰も、ここへ来てくれないのだろう。……否、それよりもどうして。なんで自分は、こんなにも、弱いんだろう? と。

 

 いっそ、背中に羽根でもあったなら。

 立ち止まるだけの足ではなく、竦んでしまう事の無いモノがあったのなら、どんな事にだって、折れずにいられるかもしれないのに。

 

 在るはずもないものを思い浮かべ、少女は立ち止まった。今度こそ、本当の意味で、動けなくなってしまっていた。

 

「…………おとーさん……おねーちゃん……」

 

 漏れ出した声は、今度こそ、何も残っていなかったからこその吐露であった。

 

「いたいよ……あついよぉ……」

 

 しかし、その幼い嘆願を、聞き届ける者はここにはいない。

 

 それは何処にも、誰にも届くことのない。

 そんな、小さな叫びだった。

 

 けれど、少女はそうするしかできなかった。だって、もうそれ以外に出来る事なんて、なにもなくなってしまっていたのだから。

 

「……こんなの、やだよぉ……かえりたいよぉ……っ」

 

 ぽろぽろと、熱い雫が頬を伝う。

 けれどやはり、返ってくる音は何もなくて。次第に炎と、自分の嗚咽以外の音が、消えていく。

 

 それが、周りを取り囲む炎なんかよりも激しく、彼女の心を焼いた。

 目の前にある、変えようもない絶望。そして、ここに蹲って、泣いているしかない弱い自分が。

 

 苦しくて、悲しくて。

 悔しくて、でもどうしようもなくて。

 辛くて、情けなくて……何よりも、それが痛くて。

 

「…………だれか……たすけてぇ……っ!」

 

 そして、彼女の心が砕けそうになった瞬間(とき)───罅割れた硝子が、少しずつ砕けていくみたいに。

 

「…………あ」

 

 頭上から、轟という音がして。

 気づいた時には既に遅く。炎が焼き砕き落とした、大きな女神()の欠片が、彼女目掛けて降り注ごうとしていた。

 

 ───しかし、その刹那。

 場の全ての音を突き抜けて、美しい鈴の音にも似た『何か(オト)』が、ふわりとそこへ響き渡った。

 

 

  2

 

 

 崩れ落ちてきた像の欠片を見て、彼女は死を覚悟した。

 ……が、しかし。迫る恐怖に怯え、震えていた少女の元へ、それは何時まで経っても訪れない。

 それどころか、そもそも何かが降ってくる事さえもなかった。

 どうしたのだろう、と恐る恐る、閉じた瞼を開く。するとそこには、不思議な光景が広がっていた。

「───ぇ?」

 何かが、像を止めていた。彼女の元へ落下(おち)ようとしていた女神像は、桜色の光を放つ拘束帯によって、空中に縛り付けられていたのだ。

 もし冷静であったのなら、それが魔法によるものだと直ぐに分かった事だろう。

 だがいきなりすぎて、今起こっていることに、頭が追いついていなかった。故に少女は、漠然と目の前で起こった事に驚くことしか出来ない。

 するとそこへ、更に新たな人影が舞い降りる。

「……よかった、間に合った。遅くなってごめんね? 助けに来たよ」

 穏やかな微笑みと共にそう告げたのは、姉より五歳ほど上に見える女性だった。

 彼女が傍に降り立つと、その足元から、羽根を象った魔力残滓がふわりと舞う。白い防護服と、赤い宝石の付いた杖を持っている姿も相まって、どことなく天使を思わせるような出で立ちをしている。

「よく頑張ったね……えらいよ」

 優しく微笑みかけられて、そっと頭を撫でてもらうと、自分が夢でも見ているのは無いかと錯覚しそうになった。

 それもきっと、こんな場所だからなのだろう。

 地獄みたいだったこの場所とその姿が、あんまりにも不釣り合いな気がして、ついそんな気分になっていた。

 しかしその女性(ひと)は、ただ綺麗なだけかといえば、そうではなくて。

「もう大丈夫だからね───安全な場所まで、一直線だから!」

 立ち上がると、打って変わって鋭い眼差しを瞳に宿し、炎に塞がれた天蓋へと向ける。

 それに合わせて、彼女の足下に桜色に輝く魔方陣が展開された。

《───上方の安全を確認(Upward clearance confirmation.)

 ファイアリングロック(A “firing lock”)解除します(is cancelled.)

「うん、一撃で上まで()くよ」

 交わされた言葉を聞いても、それが何を意味しているのか、直ぐには理解できなかった。

 が、どういうことなんだろう? と頭で答えを浮かべるよりも早く、答えはこれ以上ないほど明瞭に、目の前に文字通り造り出されていた。

《All right, Load cartridge.》

 主の意志に応える電子的な声にと共に、ガシュンガシュンッ! と、続けざまに二回、何かが()み込まれて行く音がする。

 光の羽根が展開され、周囲にその輝きをまたふわりと散らした。

《Buster set.》

 槍杖を天めがけて掲げると、それを囲むように三つの環状魔方陣が展開された。

 巡り高まる魔力がその帯に乗って、杖の切っ先へと集められて行く。集められた魔力は光球を生成し、眩いばかりに輝きを増して行き、そして───

 

 

「ディバィーン……バスタァァァ───ッッッ‼‼‼」

 

 

 と、力強い声と共に、集められた光は一気に膨れ上がり、杖先より放たれた。

 空へと伸びる柱の如き光は、凄まじい威力を伴った奔流となって、石造りの分厚い天蓋を穿った。

 女性の放った魔法に、少女は言葉もなく、目を奪われた。

 圧倒的なまでの、その鮮烈さに。

 呆気に取られていると、杖を降ろした女性に抱えられた。「行くよ。ちょっとだけ、我慢しててね」と言われて、こくんと頷いた次の瞬間。開け放たれた(ソラ)への(みち)を抜けて、立ち上る煙と共に、彼女らは夜の空へと飛び出して行った。

 

 

  3

 

 

「こちら、教導隊〇一(ゼロワン)。エントランスホール内の要救助者、女の子一名を救助しました」

《ありがとうございます。流石、航空魔導師の〝エース・オブ・エース〟ですね……!》

「西側の救護隊に引き渡した後、直ぐに救助活動を続行しますね」

《お願いします!》

 空へと抜け出すと、その女性はどこかとそんな通信を交わす。

 少女はまだどこか夢見心地のまま、ぼんやりと抱きしめられた腕の中で、交わされたやり取りを静かに聞いている。

 助かったのか───そう少女は短く逡巡する。

 どうにも、実感が湧かない。けれど、それも無理のない事だろう。起こった物事は、あまりにも急すぎて、認識する為の時間を得られずにいたのだから。

 が、そうした不安は、夜空を目にした途端吹き飛んでしまった。

「──────」

 声に為らない息が漏れた。

 あの炎の中から助け出してもらって、連れ出してもらった、広い夜空はとても深く、穏やかであった。

 冷たい風は優しく、焼け付きそうだった頬を冷まし……しっかりと抱きしめてくれる腕は、同じくらい優しく、暖かくて。

「………………」

 羨望にも似た気持ちが胸を埋めていく。

 つい目を離せずにいると、まだ不安が残っていると思われたのか、「大丈夫だよ」と優しく声を掛けられた。

「頑張ったね……。もうすぐ、お姉ちゃんのところへ連れて行くから、もうちょっとだけ、がまんしててね」

「……おねーちゃんの、ところ?」

 でもそこには、少し不思議なことも入っていて。

 なんでおねーちゃんの事をしっているんだろう? と、不思議に思った。その疑問がそのまま口に衝くと、その人は「うん」と頷いて続けた。

「ギンガ・ナカジマさん。あなたの、おねーちゃんだよね?」

「あ……はい」

「良かった。さっき、わたしの友達が助けたって報告があってね。待ってるんだって、スバルちゃんのこと。それに、お父さんも」

「おとーさんも……?」

「うん。いま大事なお仕事してるけど、ちゃんと来てるんだって」

 そう言われて、スバルはまた少し、ぼうっとしてしまった。帰ってこられたのだという感覚が、なんだか酷く、胸に沁みてきて───言葉が、そこで止まった。

 

 程なくして、スバルは救護隊の元へと送り届けられた。

 

 救護隊の元で待っていたギンガと、姉妹の再会がなされたのを見届けると、また再び彼女は空へと飛び立っていった。

 スバルは姉に寄り添われて、姉と一緒にいた橙色の髪をした人に応急処置をして貰っていたが、目線だけはずっと、飛び去る後姿を見つめていた。

 高町なのは一等空尉。

 治療を受ける際中、あの人の名前を教えてもらった。あの人は、本局の〝エース・オブ・エース〟と呼ばれる一線級の凄腕の魔導師なのだという。

 姉と違ってこれまでは普通科の教育しか受けていなかったスバルにとって、いかにミッドチルダに住んでいるとはいえ、その魔導師としての強さは酷く遠いものであった。

 だが、それ以上にスバルの心には、なのはの姿が、鮮烈すぎるまでの憧れとして焼き付いていた。

 

〝助けてくれたあの人は、

 強くて、優しくて、かっこよくて……〟

 

 とても、まぶしく映った。

 けど、だからこそ。

 

〝泣いてばかりで、何も出来ない自分が情けなくて───〟

 

 気づけばスバルはまた、大粒の涙を溢していた。

 急にまた泣きだした彼女に、姉のギンガを含め、周りは酷く心配したような顔をしている。

 それは、とても嬉しいことだ。自分を心配して、大切に思ってくれている人がいるということは、とてもとても幸せなことだから。

 ───でも、それでもスバルは、溢れ出す涙を止められなかった。

 あとから合流してきた父も、娘の姿には困ってしまっていた。助かったのがうれしくて、家族が喜んでくれていても、それだけで嫌だったのだ。

 守られるだけの存在でいるのは、もう。

 だから、

 

〝わたしはあの時───生まれて初めて、心から思ったんだ。泣いてるだけなのも、何も出来ないのも……もう嫌だ、って〟

 

 だからもう、弱いままでいる自分じゃなくて。

 泣いて、蹲っているだけの自分じゃなくて───周りに助けられるだけじゃなく、自分でも、家族やいろんな人たちを助けられるくらいに。

 

 出会いは偶然だったけれど、それだけで十分だったのだ。

 彼女の運命を動かし始める為の、きっかけには。

 

 たった一度の魔法。けれど、強烈な魔法だった。

 

 その光は、とても鮮烈で───周りに蔓延っていた絶望を、ただの一撃で祓って見せた。

 まるでそれは、空へと駆け昇る星の路。

 地上から天空めがけて注ぐ、流星みたいに見えた。

 でも、その光を放った人は、もう空の彼方に飛び去って行った星だ。

 強くて、暖かくて、眩しい輝きを放つ、桜色の星灯。

 そうした輝きに、いつの間にか魅せられて、心を奪われてしまっていた。

 

 無理かもしれない。

 でも、もう諦めてしまおうなんて気持ちは欠片もなかった。

 

 ───いつかわたしも、あの人の居る場所へ行きたい。

 

 弱いままの、泣き虫のままのわたしじゃなくて。

 さっきの光みたいな、地上から天空へと駆け上る流星になって。

 だから、決めたんだ。目指すべき場所を知ったから、ただ真っすぐに、ひたすらにそこを目指すために。

 

 

 

〝───『強くなるんだ』って〟

 

 

 

 そうしてスバルは、硬い決意を胸に刻み込んだ。

 辿り着きたい何時かを心に決めて、青き流星は空への路に足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───さあ。始まりの欠片は、此処に揃った。

 

 まるで星の標(せいざ)みたいに紡がれていった出会いから、人々は新しい物語を描き続けて行く。

 

 柵に満ちた運命を越え、

 闇の呪縛を祓いのけ、

 二つの星を巻き込んだ魔の手さえ討ち破った。

 

 ───だが、物語は終わらない。

 

 古の都より、尽きぬ欲の体現者が生まれ堕ちた。

 やがて彼は秩序を敷く世界の為に、自らの頭脳を働かせて行った。

 しかし、ある時ふと思い至ったのである。果たしてこの程度の事が、己が名たる『無限の欲』を満たし得るのか、と。

 至った答えは、否であった。

 故に彼は、その手をある者へと差し出した。一度は夢に破れた、不滅の悪魔(自らの同類)へ。

 そして、差し出されたその手を───

 星を手に収めようと欲しながらも、望んだものと近しい在り方をした少女らに阻まれた男は、取ると決めた。

 

 まだ、先がある。

 そうとも───こんなところで、終わるなどと思ってくれるな。

 

 古を継いだ血脈(けつみゃく)は、旧き世界に生まれ墜ちた血脈(おう)へと交わった。

 それらをもう一度、旧き世界より続くこの世界へと誘おう。

 

 安寧(へいわ)に溺れ、秩序(せいぎ)に酔った箱庭よ。

 今こそ穢れ堕ちたヒトの幻想を砕き、新たなる理をここに印そう。

 

 今より始まるのは、ヒトの行き着く先。

 そして、そこへと至る為の路である。

 

 ───時は満ちた。

 大いに祝え、これより起こりしは万雷の喝采にも等しき狂乱の宴。

 現世に縛られた枷を外し、忘れ去られた理を常世全てに知らしめる、(けだか)き『王』たちの凱旋である。

 

 

 

 

 

 

 PrologueⅣ END

 ~Next_PrologueⅤ in_Age-80~

 

 

 




 はい、では改めましてこんにちは。
 お久しぶりの投稿へ至りました駄作者でございます。

 まず初めに一言。今回まとめきれずクソ長くなってしまい、本当に申し訳ございませんでした……!

 まえがきにも載せましたが、まさかの八万文字を越えというるというのは流石に長すぎたかもしれません。
 しかも前回の投稿からもう三ヶ月近く経過しており、かなりお待たせしてしまいましたので、これについては本当にすみませんでした……。
 しかし、そんな無駄に長くなった文章を越えてここまでたどり着いてくださいました読者様には感謝以外にありません!
 そして自分としても、掛かった時間の分だけ、自分なりの全力を賭したという自負はそれなりにあるつもりです。なので少しでも、楽しんでいただけるものになっていたのなら幸いでございます。

 とまぁ、いつまでもウジウジしていても仕方無いので、ここからはいつものように今回の無いように触れていこうと思います。

 今回の話は、本当にStSの序盤という感じの内容です
 メインとなる三つのパートから書きあがっていますが、それらを順に追っていくと、まえがきにおいたとおり、

 ・任務、同窓会
 ・エルトリア来訪
 ・空港火災、最後の始まり

 というものから成り立っています。
 一つ目のパートは、主に漫画版StSのEp1~Ep3までのお話を下敷きにしたもので、前回のⅢラストで触れた同窓会に通じる部分になっています。
 また、回収任務以外にも、それらに少々StSss03の内容なども混ぜ込んで、今後の話にも幾らか触れる要素が出させていただきました。
 実際の本当なら『ゆりかご』自体の話が上がるのも結構後になるんですけど、そこが結構前倒しになっている感じです。
 少し早くなってはいますが、ここについては後の話でそれなりに補完というか、早めたことを活かしていけたらなとは。
 この辺りで聖王教会などについての情報を出せたので、個人的には良かったかなと思います。
 ついでに加えると、ここのパートについては、戦闘は漫画版準拠ですが、一応デバイスは映画版のものです。ただそのままではなくて、なのはちゃんでいえばエストレアやストリーマを残しつつ、それらに加えてエクセリオンの時のモードも残しているといった感じですかね。
 各デバイスとこの後で触れるユーノくんの装備についての詳細は、いずれまとめたものを挙げますので、そちらを参照いただければと思います。

 その他の突っ込みどころとしては、年齢をいじった関係上、三人が此処に揃うのは難しいのではないかと言うのが挙げられるかも知れません。
 とはいえ三人娘に関してはそれぞれ『教導官』『執務官』『特別捜査官』と、それぞれ何時も前線に出ている役職ではないので、休み自体を合わせることは不可能ではないかと。
 漫画版でも、とっくに局員として働いている方のアースラメンバーが集まれてたので、そちらもたぶん大丈夫かなと言う感じで、割と漫画版そのままに書きました。
 ここでの突っ込みどころはそんなところでしょうか。ほんの少し伏線というよりは判りやすく匂わせをした部分もありますが、まぁその辺は現時点での突っ込みと言うよりは、本編に絡んできた時に触れた方が良いと思うので、一旦置いておきます。どうしても気になる方は、メッセージか何かでお聞きいただければお答えしますのでお気軽にどうぞ。

 で、ここからは二つ目のパートに行きます。
 このパートについては前のⅡと同様、何故此処に全力で描写を裂いたのか自分でちょっと判んないですが、なんか筆が走ってしまったんですよね……。
 ホントは『こんなことはあった』と後で触れるだけでも十分だったかもですが、劇場版から続いてるこの世界線を語る上でも、出しといた方が後腐れ無いかなと、前回()前々回()と同様に全力で書いちゃいました(汗

 さて、ここら辺は突っ込みどこ満載だと思うので、先程の言い訳タイムに入ります。

 まず一番の突っ込みどころはユーノVSイリスのパートだと思うんですが、この配役についてはぶっちゃけ趣味です(オイ
 前作のADの方では形は違えどVSがあったので、懐かしさを込めたとこもありますが、大きなとこはやっぱ名前繋がりですかね。あと僕がイリス様に殴打叩き込まれて地面へと落下していくけど、往生際悪くユーノくんが最後に拘束を試みるのが書きたかったというのもあります(笑
 一応、Ⅰの時に『可愛がる』的なこと書いたので、前のパートのクロノくんの模擬戦誘ってる的な発言(トコ)と合わせて、弟的存在として鍛えられてるみたいな風だと思って頂ければ幸い。
 ユーノくん実際のStSだとマジで後方ですけど、ここの世界線では、『戦えない訳じゃないなら技術を腐らせる必要は無い』という教導官のそれに近い周囲の思惑が、割とアリアリみたいですね(笑

 あとはここで説明しておくべきは、新しい装備のとこですかね。

 とりあえず名づけの由来から行くと、名前は結構ベタに行きまして、作中の経緯以外、要するにメタ的なとこも言うと───
 ユーノくんについて考えれば絶対に誰もが一度は上げたことがあるであろう『イージス』をシステム名称に(実は2ndでもなのはちゃんが前倒しでフォートレス系を使うかもだった際の設定画には『イージス・シールド』という名称があったのでそれも)。
 あとは劇場版では薄目だったGoDの風呂姉妹のコンビ名の『ギアーズ』からギアを取って来て、ヴァリアントアームズ、ウェポンの三番目の兄弟機として『ヴァリアント・ギア』としました。

 名前の話はそんなところで、ここからは仕様の話になっていきます。

 本編中での言及もあるとおり、ユーノくんの新しい装備は、『盾』をメインとするヴァリアント系の装備です。
 素直にデバイスにしても良かったんですけど、せっかくならヴァリアントアームズの要素も取り入れたら面白いかなと思いこうしました。壊れてもコアユニットさえ無事なら、その辺の物質を集めて即座に修復できますので、戦闘の幅も広がりますし。

 ただ真っ当にヴァリアントアームズではなくて、装備としては盾については『フォートレス』と『魄翼』ないし『鎧装』のイメージを強めにしてます。特に『魄翼』の方が現段階ではメインですね。

 ユーリちゃんの持っている『魄翼』ないし『鎧装』は、元々古代ベルカのモノで、原典の作中ではユーリちゃん本人の固有武装のような扱いになってました。
 しかし、ユーリちゃんの使ってた腕型であったり、第二形態の個人要塞は彼女固有のものかもしれませんが───『鎧装』と言う名称自体は、古代ベルカにおける防御装備の総称であるという記述がありました。なので、まったく同じではないですが、『構想元の一つにはなっている』という体で出してます。

 そして、『魄翼』も『フォートレス』同様に攻撃に転化することのできる武装なので、フォーミュラ寄りの機構ならユーノくんが守るための手段を持つ上で幅が広がるかなぁというのもありました。

 実は『フォートレス』ってただの物理盾だと思われがちですが、実際には魔力防壁を生成する機構や、盾自体に攻撃用の砲口とか、『ストリーマ』みたいに腕に装備して魔力刃を生成する機構がついてたりするんですよね。Forceだと見た目が似てる『ストライクカノン』と一緒に出されてるので忘れられがちですが、あれ自体にもそういう攻撃武装としての面もあるので、そういうとこが今後グランツ博士とのやり取りであった発展の部分に繋がってくるのかなと思ってます。
 とはいえ、だったら素直に『フォートレス』でよくない? という疑問も出てくるかと思うので、そこら辺についても少しばかり釈明を。

 最初に言っておきますと、自分のところのユーノくんの魔力量自体は前作から一貫して原典の総合A(ただし攻撃は不得手で、総魔力量よりも技巧と運用)の魔導師という体で話は進めてます。

 でも、これだけでは経験を積もうと『フォートレス』のようなAEC装備をメインの三人娘以上に扱えるというのは難しいかと思われます。
 盾だけならまだしも、それらで重量が増えた上に(武装型デバイスやAEC武装は普通より自律用の駆動系(ようするにジェネレーター)やバッテリーが追加されているので重い)、ましてや起動そのものに多大な魔力を必要とする『ストライクカノン』は空戦が出来ないわけではないけれど、非戦闘系のユーノくんには相性が悪い。

 結果として空で戦える彼を阻害してしまうので、それらを解消するためにヴァリアントアームズのように〝その場で生成〟出来る装備を考えました。
 また、単純なヴァリアントアームズでは風呂姉妹やイリス様の様な腕力が必要になってくるので、そこらへんはデバイス用の素材(フレーム)を併用するなどして幾らか軽減しているという設定になってます。
 まぁデバイスフレームのところはかなり妄想ですが、待機形態から戻せることを考えても、何らかの収納機構や魔力に感応して形を変えられる性質とかがあるんじゃないかなと思うので、幾分軽量化と魔導師の側面にも合うかなと。

 『魄翼』についても触れたもそこが関連してます。彼方は絶対防御みたいな面が押し出されていますが、アレは〝翼〟として飛行を補助する推力機(スラスター)としての役割も持っているので、自律飛行だけではなく本人の空戦にも補助を行えるかなというのがありましたから。

 ただ、ユーリちゃんが使用する場合は彼女の中にある永遠結晶がエネルギー供給を行っているからこそ、あのデタラメな力を発揮するわけで、単純に機構だけ真似ても同じ性能は出せません。

 なので、それを解消するために、前作でユーノくんにフォーミュラを入れたときに出した、外にある魔力素に直接干渉して使用するという部分を引っ張って来てます。
 なんというか、盾そのものが単なる基点(マーカー)というだけでなく、周辺の魔力素やエレメントを集めて魔法に還元する、疑似的な炉心というか増幅器の役割を持つ感じです。

 喩えを挙げるなら、T&Hのママンズが本編で使用した外部魔力の運用のレアスキルの疑似再現+派生形みたいなものでしょうか。
 ただこっちは個人の運用技術に依存している面が強く、また装備も小型なので、応用性がそこそこある代わりに、一度に使える魔力量は『アースラ』や『時の庭園』を用いる二人ほど強力ではないです。

 後付けの理屈なので分かりづらいかもですが、そこはすみません。
 そのうちもう少し設定を整理してまとめておきます。

 で、ここからはいよいよ最後の部分に触れていこうと思います。

 さんざん言った通り、今回の話の要は三つ目のパートです。
 StSを描くと決めた上で絶対に忘れてはいけない重要な話な訳ですが、ここも少し弄くってあるところがありますので、その辺りに少し触れつつ、最後のまとめとしたいと思います。

 まず大まかな変更点としては、描写していく順番や細かなところを変更したのと、ちょっとだけオリジナルパートを加えたのが挙げられます。
 描写の順番を変えたのは、アニメの方のStSと見比べて貰えれば判るとは思いますが、このPrologueⅣでは漫画版のナカジマ姉妹がはぐれたところから、アニメ一話の冒頭と二話に在った回想も織り交ぜた構成にしました。
 個人的にこっちの方が小説として描く上でそれらしいかなぁと思ってこうしたのですが、いかがだったでしょうか?(どきどき)

 とはいえ台詞はほぼアニメのままでなので、時系列の変更が主なところですね。
 なのはちゃんとスバルの出会いをラストに持って来るために、最初に幕間で炎の中を彷徨うシーンを入れて、そこから暗躍する敵側の動きを描いて、そこからギンガの救出シーンとゲンヤさんの登場、はやてちゃんと帰ってきたユーノくんのタッグと繋げてます。
 本当はエルトリア勢もこの件に絡ませようかとも思ったんですけど、既にだいぶ行き来が激しくなってますが、流石にここは不自然な気がしてこういう流れにしました。

 と、弄くった時系列はそんなところで、ここからは細々したところの説明をば。

 細かく呼んでいただいた方々にはおわかりの通り、実は本局の魔導師たちの到着がアニメより早くなってます。しかし、早く着いていたなら何故救助が遅れてたのか。それは敵側の妨害に遭って上手く魔法が使えない事態が巻き起こっていた為です。
 コレは敵側の造り出した魔力の循環不全を引き起こす領域の効果によるもので、AMFやフォーミュラみたいな起こした魔法に対するものではなく、術者本人に無印や1stのユーノくんみたいな状態に強制的にさせる力です。
 とはいえ、それをちょうど本人が解除した時に合わせて、一気にその効果を浄化する輩が来たので、効果(どく)は早めに解消されてしまいました。想定より早く魔導師たちが動き出してしまったので、敷いた彼は面白くなかった模様。
 この能力と使用者については、またどこかで詳しく書くので一旦置かせていただきます。

 次に挙げるとすれば、はやてちゃんとのコンビプレイですかね。
 ここは二つ目の説明の通り、盾を基点にして囲った領域に氷結魔法を広げた感じです。
 劇中の描写通り、2ndのエターナル・コフィンをデュランダルのリフレクターで中央に集めるアレを、一度受け止めて増幅、それから形成した力場に沿って効果をよりいっそう広範囲に拡張した……といったイメージ。
 正直、いきなりぶっ込みすぎたかなぁと思いますが、遅れていた事の巻き直しみたいなところはありました。それにDetでクロノくんが街一つ呑み込むレベルの凍結魔法使ってましたから、StSで空港を区画ごとに凍結させていった事を思えば、避難がほぼほぼ終わったブロックに効果を広げるくらい出来ても不自然じゃないかなぁは。
 あと一応そこら辺の解消に、アニメと違ってリインを合流させているので、制御はバッチリ。更にはサポートの鬼みたいなのがバックに付いているので、まぁ出来るかなと(笑

 それを終えて、最後はなのはちゃんとスバルの出会いへといく訳なんですけど、この辺りはアニメの流れをなぞったまんまですかね。
 ちょっと臨場感だそうと思って長くしたりしましたが、大まかには変わってません。

 ただここに幾らか変更点があるとすれば、RHとディバインバスターの描写をテレビ版に寄せたことくらいでしょうか。
 劇場版時空だと、カノンとエクセリオンモードなら出てくるんですけども、エストレアとストリーマだと光の羽根出てこないんですよね。いや、まぁエストレアはBJのと似た硬質なのはついてますけども。
 でも個人的に、どうしてもあのふわりと魔力の羽根の舞うくだりを入れたかったので、前半でFモードは残しつつも、本来の魔法に寄せた改修を行われて『バスター』や『エクセリオンモード』も形態として復帰している体で書いてます(趣味に走った奴←)。

 あとはギンガとスバルの姉妹が一緒に救護隊のところで会うところとかですかね。
 原典ではスバルの方が先に救助されたのと、彼女の方が重傷だったので直ぐに搬送されてましたが、此方では比較的軽傷の姉が待っていたので二人で行く感じに。そこにちょっと遅れて優秀な部下と、周りの対処が早かったので指揮が早めに終わり、ゲンヤさんたちも二人に合流していたりも。
 このへんのくだり含めて、ナカジマ親子や姉妹のところをちょっとだけ掘り下げたかった部分からこんな風にしてみましたが、どうだったでしょうか? 良い物になってたら良いなぁと思います。

 ───と、今回のあとがきはこんなとこでございます。

 いや、本編が本編ならあとがきもメッサ長くなってしまいすみませんでした。
 そして、そんな長々としたものをここまで飽きずに読んでくださいました読者様に感謝を……!

 非常に長々とお待たせしてしまいましたが、今回で漸く物語が動き出したような気がします。
 Ⅰでは三人娘たちや、それに合わせたユーノくんやエルトリア組にの始まりを。Ⅱでは、茜色の射撃手を、Ⅲでは竜と雷の始まりを書き。
 それらを追って、ここからは青き流星もまた舞台へと駆け昇ってきました。

 いよいよ、次でこのPrologueも終わり、いよいよ本編に入っていきます。
 時間がかかりすぎてはおりますが、これからもお読みいただければ幸いでございます。今後も楽しんでいただけるようなものを書いていきますので、またお会いできる日を楽しみにしつつ、今回はここで筆をおかせていただきます。
 それでは、本当にここまでお読みいただき、ありがとうございました‼


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Prologue_Ⅴ ──Examination──

 どうも、久方ぶりの投稿となります。駄作者ことU GATAです。
 年が明けてから、三ヶ月以上間が空いた投稿になってしまいましたが、どうにかこうにか前日譚の最後、プロローグⅤまで書き切る事が出来ました。

 なんだかんだと前回以上に長くなってしまったものの、ひとまずここまでの間に書くべきことはほぼすべて書き切れたかと思いますので、自分としてはそれなりに満足しております。

 さて、ではいつものように今回の話に少し触れていきます。
 一応ここはまえがきなので、なるべくネタバレにならない程度に抑えて、より詳しいのはあとがきの方で書かせていただきますが───ひとまず、大まかな話の流れだけ出させていただくと、次のような感じです。


・コンビの出会い、訓練校編。
・姉妹のお出かけ。
・新部隊発足。
・昇級試験。


 実際には、間にちょこちょこ行間や幕間とか入りますが、大まかな章分けのイメージはこんな感じですね。
 あと最後の章を見てもらえると(というよりそもそも前作の予告時点のサブタイで)分かるかと思いますが、前回と今回でやっとこさStSの一話部分が描き切れました。
 漫画版とか、自分でいれたところなど、増やして言った部分でも大分長くなっちゃいましたけど、これで思い残す事無く本編に入れそうです。もちろん、これからも出来るだけ全部詰め込んでいきたいとは思ってるので、皆様には気長にお付き合い頂ければとは思います。

 本編も長いので、とりあえずまえがきはここいらで閉じさせて頂きます。先に述べた通り、くわしいところはあとがきのほうで書かせていただきますので、よろしければそちらも合わせて読んで頂ければ幸いです。

 また、今回も前作のリンクを張らせていただいております。
 もう投稿の間が開くのが恒例になってるので、ちょっとこれも定形になりつつあるのは申し訳ないですが、前作も全力で書いたものではあるので、忘れ去られずにまた読んで頂けたら嬉しいなぁと。

 https://syosetu.org/novel/165027/

 では最後に、恒例の簡易注意事項でございます。

 ・お気に召さない方はブラウザバックでお願いいたします。
 ・感想は大歓迎ですが、誹謗中傷とれる類のコメントはご勘弁を。

 それでは、本編の方をお楽しみくださいませ───!





 歩み出した星々 The_Road_of_Glory.

 

 

 

  1 (Age77-Early_Junne)

 

 新暦七六年、六月初頭。

 この日、ミッドチルダ北部にある『第四陸士訓練校』では、これから局員を目指す若人たちを迎える入学式(セレモニー)が行われていた。

 尤も、入学式とはいえ、管理局の武装隊を志望する者たちが集まる場という事もあり、通常のそれに比べると、やや堅い印象を受ける。話を受動的に聴くのみではなく、時折謝辞に対する敬礼と返答が入り、候補生たちの威勢の良い「はいッ!」という声が、遠くから見る者たちへも伝わってきた。

 しかし、それもまた頼もしさと受け取るべきだろう。これから先、いずれ肩を並べる事もあるだろう後輩たちを眺めながら、フェイトはそんな事を思った。

「新人さんたち、みんな元気ですね」

 彼女が窓の外を見てそういうと、「ええ、今年も元気な子たちが揃ったわ」と、向かい合った老齢の女性が応える。

 シニヨンに髪を結ったその女性は、ファーン・コラード三佐だ。

 以前、フェイトとなのはが局員になるための教習を受けに来た際にお世話になった教官であり、この訓練校の学長でもある。

「七年前のあなたたちに負けず劣らずの、やんちゃな子たちもいるわよ。まぁ、あなたとなのははたった三ヶ月の短期日程(プログラム)だったけどね」

「その節は、お世話になりました」

 昔を思い返すやりとりに、なんだか懐かしい気持ちになっていると、誰かが学長室のドアをノックする音がした。

 どうぞ、と、学長が促すと、『失礼しまーす』と聞き慣れた声と共に、大小の人影が部屋の中へと入ってきた。

「あら、シャーリー」

「どうも学長先生、ご無沙汰してます」

 そういって、和やかに微笑んで見せるシャーリー。

 大人びては来たが、さらりとしたダークブラウンのロングヘアと、丸っこいメガネをした、柔らかな印象はあまり変わっていない。

 その姿がまた懐かしく、学長もまた柔らかな笑みを浮かべていた。

「今日は、フェイトのお手伝い?」

「はい。この前配置換えで、今は執務官補佐をやらせて貰ってますので」

「前からあなたは、なのはたちとも親しくしてたものね。……けど、なんだか不思議だわ。あなたもなかなかにやんちゃだったし、なにより機械いじりが大好きだったものだから」

 まさかこんなに早く通信系の上位職に就くとは驚いた、と学長は揶揄うみたいに言うので、シャーリーはやや赤くなって反論する。

「が、学長~! あんまりそういうこといわないでくださいよぉ~~っ!」

「あらあら、ごめんなさい」

 しかし、流石は手練れの教師というべきか。あっさりと躱され、それどころかまた幾つか話を振られて、可愛がられる羽目に。

 惨敗に終わったシャーリーをフェイトが宥め始めたところで、学長はシャーリーの連れて来たもう一人の方に視線を向ける。

「それで、あなたが今日の見学者さん?」

 入室早々シャーリーが振り回されたせいか、すっかり気後れしてしまっていたのだろう。ほんの少しだけ上ずった返事を返して、きちんと自己紹介をしようと気を引き締め直すと、学長へ向かい自らの名を名乗った。

「エリオ・モンディアルです! 今日は見学の許可を頂きまして、ありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀をするエリオに一つ頷いて、「いいえ~」と学長はにっこりと、幼い見学者を歓迎する。

「訓練校の事、いろいろ勉強させていただきますっ!」

「はい、しっかりと勉強していってね」

 孫でも見ている気分なのか、意気揚々と言ったエリオを、学長は愛おし気に見つめている。

 それから、フェイトは「もう少し学長先生とお話があるから」と、シャーリーにエリオを任せる旨を伝えた。

「それじゃあ、お願いね。シャーリー」

「もちろんですっ! 勝手知ったる母校ですから、しっかり案内してきますよ~♪」

「ありがとう。エリオも、いい子でね。シャーリーの言う事、ちゃんと聞くんだよ?」

「はい、フェイトさん」

 そんなやり取りを交わしたのち、いってきますと手を振って、部屋を出る二人を見送った。

 気を付けてね、といったところで二人の姿が部屋の外に消え、学長室はどことなく静けさを増した空気に包まれた。

 しかし、それはある意味で、善い事でもあるのだと、学長は知っている。

「かわいい子ね。ウチの孫たちよりも元気なくらいだったわ。……本当に、例の事件に関わっていたなんて、思えないくらい」

 学長の言葉に、フェイトも小さく「はい」と頷いた。

 違法研究の施設で、実験動物じみた扱いを受けてしまっていたエリオだったが、フェイトに保護されてからの数年で、すっかり快活な少年になっていた。

 事件当初の様に心を閉ざすこともなく、優しい人たちに囲まれて、あたたかい日々を送っている。先ほどまでのエリオの姿が、何よりもその証明になっているといえよう。フェイトの成した、そしてこれからも向き合い続けるだろう事柄に、学長は胸に来るものを感じて、深い息を漏らした。

「しかしあのやんちゃ娘の片割れが、もう子供の世話をしているとはね……。私も老けるわけだわ」

「またまた……」

「ふふっ。それで……あの子も、将来は局員に?」

「本人はその気みたいなんですが……わたしからは、よく考えるように言ってます。今日の見学も、社会勉強としてのつもりで」

 フェイトの言葉に、学長は「そう……」と相槌を打つ。

 その気持ちは、彼女自身にも解るものであった。〝親〟である以上、子供が進む道というものは、好きにさせてやりたい反面、どうしても気になってしまうものだ。

 管理局員という道だけが特別なわけではなく、多かれ少なかれ、どんな選択にも希望と挫折は付いて回る。ただ、他よりは人や命に密接な関りを持ち、憧れや真っすぐな正義感だけでは渡れない道だからこそ───よく考えた上で選んで欲しいと、フェイトはそう考えていた。

 何もそれはエリオに限った話ではない。去年の見学を経て、自然保護部隊の方での研修を希望したキャロにしてもそうだ。

 竜召喚士としての血がそうさせるのか、キャロはとても鳥獣を始めとした魔法生物たちに好かれている。その為、彼女がいると、生息している生き物たちの調査がとても円滑に進むのだという。

 それが嬉しかったのか、キャロは去年から保護部隊で、そういった調査を手伝っている。

 もちろんフェイトが保護する以前の様な、単なる戦力としての参加ではない。言ってみれば見習いに近い立場なので、保護者としても、ある程度は安心できる配慮をしてもらっていると言えよう。

 しかし、キャロが自分のしたい事を少しずつ見つけて行く中で、エリオも彼女に触発されたのか、今回の見学を希望してきた。

 尤も、最初はエリオもキャロと一緒に、自然保護部隊での研修も考えてはいたらしい。ただ、『召喚』という明確な特性を持ったキャロに比べると、彼の魔法適性はまだハッキリとしていなかった。

 電気への変換資質を持ってはいるが、それは基軸となるスタイルとはまた別物である。

 魔導師(ミッド)、あるいは騎士(ベルカ)

 そういった魔法の基礎さえ学んでいなかった事もあり、エリオは訓練校を見てみたいと思ったらしい。

 実際に入学するかはさておいて、ここには普通科から入学してくる生徒もいる為、見聞を広げるにはうってつけであったといえるだろう。

 ……だが、段々と大きくなっていく子供たちの背中を見ていると、フェイトはどこか、物寂しい感覚に苛まれる時がある。

 本当は、もう少し子供のままでいて欲しい。

 そう思ってしまうのは、見守る側の傲慢だろうか。───いや、解かってはいるのだ。子供というのは常に成長し続けていくもので、それを止める権利など、実の親にだってありはしないというのは。

 だからこそ、寂しくはあっても、飛び立つ鳥たちを引き留めるわけにはいかない。

 故にフェイトは、日毎に大きくなっていく『息子』と『娘』の姿に、嬉しいような、けれど少し寂しいような気持ちを感じながらも、子供たちの進路選びを手伝っていた。

(……でも、もしエリオが正式に入学したら、今の候補生(あのこたち)と同じ様に、あそこに並んでるのかな……)

 窓の外を眺めながら、あそこに並ぶエリオの姿を想像してみる。

 今より少し背丈も伸びて、顔立ちも幾分精悍さを増している事だろう。あともう少ししたら、自分よりも大きくなるのかな? ───なんて、思う時間も多くなっていくのかもしれない。

 そんな日が、来るのかどうか。

 決まっている未来などないが、来るかもしれない未来ではある。

 それは案外、そう遠くない明日に───。

 

(───あぁ、そういえば)

 

 その時ふと、思い出した。

 昨年の空港火災で、彼女が救助した少女の事を。

 確かあの子も、陸士候補生だったか。年齢は聞いていないので詳しくは分からないが、大人びてはいたものの、印象は自分より五つくらい下に見えた。

 となると既に卒業しているのかもしれないが、彼女もこういった場所で学んでいたのだろうか───と、フェイトは窓の外にいる生徒たちを眺めながら、懐かしい顔を思い返す。

 妹がいるという話だったので、もしかすると、その子もここへきているのかと、入学式の儀式に立ち会う生徒たちへと、フェイトは再び目を落とした。

 

 そこには、これから次元(セカイ)へと駆け上る、まだ生まれたての星々の姿があった。

 いつか、どこかで。

 共に、肩を並べるかもしれない後輩たちの姿を、あたたかく見守って───その姿を前にして、フェイトは優しく微笑んだ。

 

 ───そんな彼女の視線の先に。

 まるで、青空と夕焼けを併せたみたいな色彩をした、二人の少女の姿があった。

 

 未だ、言葉すら交わしたことの無いその二人は、一見すると、関わり合うかどうか疑わしい雰囲気を醸し出している。

 片や鋭く、片や柔和な空気を纏う。

 どことなく反対で、反発してしまいそうな予感を抱かせる二人。だが、そんな彼女たちにも一つだけ、共通するものがあった。

 

 目指すべき何かを既に心に持っている様な、真っ直ぐな眼差し。

 辿り着きたい場所を、既に持っている。そう思わせる雰囲気が、二人にはあった。

 胸に抱くそれは、大きな夢であると共に、揺らがぬ固い意志として、彼女らの中に根付いている。

 果たして、この先に置いて彼女らが何を成すのか。

 その答えはまだ分からない。しかし、さして遠い未来でもないだろう。

 もちろん、それは何も彼女たちに限った話ではなく───きっと、この場に集まった原石たち全てに、自分自身にとって目指す何かを見つけ、輝ける時が来る。

 

 元より彼ら彼女らは、磨かれる(その)為にここに居るのだから。

 

「試験をクリアし、志を以て本校に入校した諸君らであるからして……管理局員としての心構えを胸に、平和と市民の安全のための力となる決意を、しかと持って訓練に励んで欲しい」

 

 祝辞の締めを口にした教官に、生徒たちは『はいっ!』と、威勢のいい返事を返した。

 その姿を見て、壇上に立つ教官は自身の口角がやや上がるのを感じた。だが、直ぐに表情を正し、

「以上、解散! 一時間後より訓練に入る!」

 と、生徒たちへ向け、これより教え育てる者として、鋭く支持を飛ばす。

 すると生徒たちも、いよいよ本番へと足を踏み入れるのだと気を引き締めなおし、啓礼と共に、再び威勢よく返答を返した。

 

「「「はいッ‼」」」

 

 このやり取りを最後に、入学式は閉式へと至った。

 いよいよ、単なる日常としての時間は一度終わりを告げ、本格的な教練が始まる。

 数多の厳しい課題が待ち受ける、『第四陸士訓練校』で起こる目まぐるしい日々は、こうして幕を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 原石たちの日々Ⅰ Break_Out_of_Your_Shell.

 

 

 

  1

 

「各員、狩り割り当ての部屋へ移動! 二人部屋のルームメイトは、当面のコンビパートナーでもある。試験と面接の結果から選ばれた組み合わせだ。円滑に過ごせるよう、努力するように!」

 教官から告げられた指示に合わせて、訓練生たちは、これから寝食を共にする仲間の名前を確認する為、壁に張り出された組み合わせ表へと視線を向ける。

 その中に、スバルの姿もあった。

「えーっと、あたしは……」

と、小さく呟いて、自分の番号を確認しようとする。が、幾分周囲に比べると年下な事もあり、背丈が低いスバルはなかなかしっかりと見られない。

 どうにか人だかりが薄れだした辺りで前に踊り出し、表に記載された自分の割り当てを確認する。

 幸い、指して苦労するまでもなく部屋番号は見つけられた。

 

「「───三十二号室……、え?」」

 

 その時、またポツリと口に出した声が、今度は誰かと重なった。

 不意に重なった声の方へと顔を向けると、同じように自分を見返す顔がそこに在った。

「「…………」」

 しばし、間が開く。

 互いに、何となく状況は理解している。しかしいきなりだったせいか、二人とも二の句を継ぐタイミングを逃してしまっていた。おまけにスバルは緊張気味で、普段の快活さもこの場ではやや鳴りを潜めている始末。

 どうしよう? そう考えている事が見て取れる様子を見かねたのか、向き合った少女の方が確認するように口を開いた。

「……三十二号室?」

「あ───はいっ、そうですっ!」

 訊かれて、スバルはやっとこさ応えを口にできた。

 そして、第一声を過ぎれば、あとはそこまでよりはまだ容易い。

「スバル・ナカジマ、十二歳です。今日からルームメイトで、コンビですね。よろしくお願いします!」

 普段通りの快活さを取り戻して、和やかにスバルはそう告げる。

「正式な組と、編成分けまでの仮コンビだけどね。……ティアナ・ランスター、十三歳。よろしく」

 が、どうやら相手はややクールな性質(タチ)らしい。

 手短な自己紹介を口にして、「とりあえず荷物置いて、着替えて行きましょ。準備運動、しっかりやりたいから」と、次へ行こうと促してくる。

 それにスバルは「は、はいっ!」と返事をして、既に歩き出していた少女の後を追って、部屋へと向かう。そうして廊下を進む途中、スバルは横目で、今後のルームメイトとなる少女をつい眺めていた。

(ティアナ、ランスターさん……年上だ)

 なんとなくは分かっていた事ではあるが、改めて印象を反芻すると、すごくしっくりくるような気がした。

 年齢的には一つしか違わないみたいだが、スバルは実際の差以上に、彼女の事を『年上だな』という印象を受けた。

 意志の強そうな瞳に、明るい橙色の髪を左右で二つに結った髪型が印象的な、スバルよりいくぶん背の高い少女。その分、ちょっと押され気味にもなったが、決して不快ではない。むしろ、最初に感じた印象通りの、高潔さにも似た何かがティアナにはある。

 言葉にはしづらいが、強いていうのなら───それは。

 

(……なんか、キレイなひとだなぁ……)

 

 そう。漠然とではあるが、スバルはそんなことを思った。

 姉とも、母とも違う端麗さ。これまではあまり出会った事の無いタイプだったせいか、スバルは不思議とティアナに興味を引かれていた。

 ただ、あんまりにもまじまじと見ていたせいか、「なに?」と不思議そうな顔で訊ねられた。

「あ、いえ……! なんでもないです」

 流石に初対面なのにじろじろ見ていたのは失礼だったかなと、スバルは視線を外して短く謝った。

 しかし、あまりそういうことを気にする性質ではないのか、ティアナは「そう」と、やはり少々そっけなく返して、こう続けた。

「それより、丁寧語なんて使わなくてもいいわよ。立場は対等なんだから」

「はい……じゃない、うんっ」

 そんな、まだ不慣れなところが残るやり取りを交わしながら、二人は歩みを進めていく。

 ほどなくして、彼女らが部屋を後にした頃。

 遂に、訓練校初日の授業が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

  2

 

 入学式が終わったのと同刻。

 シャーリーに連れられて、エリオは訓練を見学できる屋上スペースへやって来た。

 教師陣や、時折来る地上本部()本局()視察(スカウト)が利用する場所だけあって、見学するにはうってつけである。

「ふぇー、広い練習場ですね……」

 眼下に広がる光景に、エリオは感嘆にも似た声を漏らす。そんな幼く無邪気な反応に、シャーリーは微笑ましげに「うん、陸戦訓練場だからね」と頷いた。

「ここが陸士中心の訓練校っていうのもあるけど、陸戦の訓練は地上のいろんなところを再現しなきゃだから、空に比べると、横の面積は広く取られることが多いかな」

「……ってことは、ここ以外もやっぱり陸戦系の施設なんですか?」

「そうだよー。ほとんどの戦闘魔導師のスタート地点で、今も一番数が多いのが〝陸戦魔導師〟だからね。もちろん、ここから空戦の方に行く人たちもいるけど、初歩はここで学んでから、って人が殆どだね。フェイトさんたちみたいに先天的にAランク以上とか、そういう人たちを除けば飛行訓練はそれなりの時間と予算が掛かるし」

「時間は分かりますけど……予算も、ですか?」

 首を傾げるエリオに、「そう」と頷いて、シャーリーは続ける。

「最初からビュンビュン飛べるなら、あとは戦闘技術を磨くことに専念できるよね? でも、飛ぶまでにもそれなりの適正と技術は必要なの。

 飛び方と戦い方を同時に学ぶっていうのは難しいし、空の上で魔法が途切れちゃったりする危険もある。だから陸戦に比べるとどうしても安全面には気を遣わなくちゃいけないし、戦い慣れているかどうかは、結構重要な要素になってくるんだよ」

「なるほど……」

 シャーリーからの説明に、エリオはふむふむと頷いた。

 確かにエリオ自身、空戦に対する適正はあまりないという結果が出ている。もちろん、努力次第では、可能性はゼロではないのだろうが───だからといって、まったくの素人のまま空での訓練に挑むのがどれほど危険なことかは、子供のエリオでも分かった。

 飛行適性が最初からずば抜けているのならともかく、飛ぶことそのものに不安要素を抱えているのなら、ある程度戦えるようになってから挑んだほうが無難である。仮にそれで空戦を完璧に会得することが出来なくても、少なくとも陸戦魔導師として身に着けた力は無駄にはならないのだから。

 更に言えば、『飛べる』のは便利だが、別段それが全てにおいて優先されるステータスというわけではない。

 それどころか、そのアドバンテージに胡坐をかいていれば、場合によっては手痛いしっぺ返しを食らう可能性だってある。

 例えば、AMFなどの魔法が封じられた状況下で、魔法抜きでの一対一(タイマン)をする状況に追い詰められたとしよう。

 こうなれば、地に足を着けた戦い方が必要になってくる。となれば、陸戦経験のある空戦魔導師と空での戦いしか知らない空戦魔導師、そのどちらが良いのか。

 あくまでも想定だが、万事万全などと言えないのが、魔法という技術に傾倒した次元世界の法則だ。

 魔法戦は、ちょっとしたきっかけ一つで、容易くバランスを変えてしまう。

 どれだけ速く、すべての攻撃を躱し、鋭い刃を振るえる魔導師がいたとしても。

 その攻撃を受け止め、耐えきり、足を一度でも止めることが出来るなら───逆転を狙えるだけの一撃によって、盤面をひっくり返せる可能性もゼロではない。

 『魔法』という便利で優れた技術は、一見して万能にも思えるだけの凄まじい力を見せる事もままあるが、だからこそ、決定的且つ絶対的な必勝の法は存在しないのである。

 故に、本質的にどちらが上か下か、などという議論は無意味だ。

 もちろん現実には、区分による競争は少なからず存在する。正義を掲げると権力には、どんな時代、どんな世界でも、少なからず格差と尽きない欲望が付き纏う。けれど、それだけが世界を守る魔導師の全てではない。

「陸も空も、それぞれの場所でそれぞれに働いて、助け合っているからこそ……この世界を守れるんですよね」

 少なくとも、ここにはその一欠片が、ちゃんとある。

 傍らの幼く、小さな身体に込められた真っすぐない意志に、シャーリーは「うん」と優しく微笑みで応えた。

「エリオはちゃんと解ってるみたいだね」

「はい、フェイトさんに教わりましたから」

 そう言ったエリオの頭を「偉いね」と、シャーリーが優しく撫でた辺りで、門の方へとやってくる人影があった。

「───あ、そろそろみたいだよ」

 エリオの頭からそっと手を放して、シャーリーは入場口を指さす。そこには、これから夢へと駆け上る、うら若き原石たちの姿があった。

「朝の訓練、始まるみたいだね」

 新人たちは皆、意気揚々と初訓練への意気込みを燃やしている。

 そうして、エリオとシャーリーの見守る中、ここ第四訓練校での初教練が幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

  3

 

 準備を終えた新人たちは、訓練場脇にある倉庫で、教官から教練で用いる装備(デバイス)を選ぶように促されていた。

「では、一番から順番に訓練用デバイスを選択。ミッド式は片手杖か長杖、近代ベルカ式はボールスピアのみだ」

 教官の指示に合わせて、新人たちは皆それぞれの戦闘様式(スタイル)に合ったデバイスを選択する。

 その中に、スバルとティアナの姿もあった。

 

「アンタ……スバルだっけ、デバイスは?」

 壁に立てかけられたデバイスを見ながら、ティアナはスバルにそう訊ねる。それにスバルは「わたしベルカ式で、ちょっと変則だから……」と続けて、抱えてきた鞄から、二つの装備を取り出した。

 そうして取り出した装備を身につけながら、スバルは自分のデバイスに関することをつらつらと語る。

「持ち込みで自前なの。ローラーブーツと、リボルバーナックル。インテリシステムとかはないタイプだけど、去年からずっとこれで練習しているの」

「ふぅん……」

 スバルの言葉に頷きながら、確かに珍しい装備だなと、ティアナはその装備を眺める。

 足に装着した『ローラーブーツ』は、陸戦での機動性を挙げる為のものだろう。一応デバイスの類ではある様だが、魔法に反応する以外は、少々作りの粗いローラースケート然とした見た目をしている。

 これだけでも十分珍しいが、右腕の装備もなかなかに珍しい。

 『リボルバーナックル』という名前らしい、拳装着型のアームドデバイス。どうやら、此方が攻撃補助用の武装なのだろう。

 二つのデバイスを持つ時点で珍しいが、明確に移動と攻撃に別れた二つを纏ったその姿は、むしろ判りやすいある言葉を思い起こさせる。

「格闘型……前衛なんだ」

 ティアナがそう口にすると、スバルは「うん!」と頷いた。

 格闘型は、近接戦闘を中心とした戦いを好むベルカ式の中でも、特に純粋な『格闘戦技』を用いた戦闘を行う。近年ではベルカ式自体が少なくなってきたこともあり、『騎士』に比べるとその絶対数は少ない。

 だが、歴史を辿ればベルカ式における格闘戦技は、ベルカ式魔法の全盛期においても、かなりの強者たちが名を残している。

 古代ベルカの諸王時代における英雄鄲など、まさにその代表例だ。

 使い手そのものの絶対数は少ないが、今でも憧れる者は多く、この流れを汲んだ魔法格闘競技は、ミッドでもなかなかの人気を誇る一大競技になっている。

 ただ、『リボルバーナックル』を見る限り、スバルは格闘ファンというわけでなさそうだ。

 まだ直接見ていないため憶測ではあるが、格闘競技で用いるものより、ずっと戦闘用の装備であるのだけは分かる。

 本当に珍しい使い手なのだな───と、ぼんやり考えていたら、今度はスバルの方から「ランスターさんは?」と戦闘様式について質問が飛んできた。

 それに応えようとして口を開いた時、ティアナは何となく、スバルと自分が組まされた理由が分かってきた様な気がした。

「ああ……、アタシも自前。ミッド式だけど、カートリッジシステム使うから。他に自作持ち込みはいないみたいだし、変則同士で組まされたんでしょうね」

 何となく余りもの同士だったのかも、と暗に述べつつ、ティアナもまた、自前のデバイスを取り出した。

 そして、それもまた、スバル同様になかなか珍しい代物であった。

 射撃系統の魔法が発達したミッド式においても、魔導師のデバイスとして銃が選択されることは、実は少ない。

 そもそも魔法における射撃魔法とは、魔力の弾丸を形成し、射出することで発動する技法である。

 たとえそれが杖の切っ先であろうと、或いは銃口であろうが関係ない。極端なことを言えば、魔法射撃における得物には、『弾丸を撃ち出す』という機能は必要ないのだ。

 が、デバイスとは、魔法の手助けをしてくれる代物。そのため、自身のイメージを重ねやすい形態を選ぶのは、決して悪いことではない。

 珍しくはあるが、武装の選択には個人の自由であり、()()()事に長けた狙撃手などといった、銃型ならではの戦い方を目指している者もいる。要するに格闘型と同様、弱くはないがそれなりに珍しく、本人の資質やこだわりが強く出やすいタイプなのである。

(にしても、バリバリ陸戦(きんせつ)格闘型(ベルカ)と、中距離(ミドルレンジ)射撃型(ミッド)……理屈は分かるけど、偶々にしちゃ、ずいぶん思い切った組み合わせよね。───いや、最初に見といて、それで使えるかを確かめるってことか……)

 実際、見ようによっては尖りに尖った組み合わせだ。何せこれから学ぶ新人のくせに、端から自分の戦闘様式を貫こうとしているのだから。

 教官たちの意図はそんなところだろうか? などと、ティアナは自分たちの組み合わせについて推察していたのだが、

「わ……銃型! 珍しいね、かっこいー♪」

 相方の方はというと、純粋に───いや、もうほとんど能天気といっていいくらい、「お互い珍しい者同士だね~」なんて無邪気な反応をしている。

 十二歳といっていたくらいだし、ミッドで言えば中等科の一年生くらいの年齢だということを踏まえれば、そこまで変な反応とも言えない。

「──────」

 ただ、そこに少しだけ意識の乖離を見たような気がして、ティアナは口を噤み、スバルを静かに見定めるような眼をしていた。

「あ、え……?」

 しかし、スバルからすればこの反応には戸惑いを覚えるのは無理もない。

 気に障ることを言ってしまっただろうかと思っているらしいが、ティアナ自身、そこまで気に障ったかといえばそうでもない。

 というより、こんな風な状態は不毛もいいところだ。

「……並びましょ」

「う、うん……」

 とりあえずその場は流して、さっさと先へ進もうと促した。

 スバルもその後を追って練習場へと向かったが、内心はクールな相方に、ちょっとだけ押され気味だった。

 

 

 

 

 

 

  4

 

 そんなこんなで、スバルとティアナがやっとこさ初教練に赴いた頃。

 ミッドチルダ西部にある陸士一〇八部隊の隊舎では、彼女らの家族たちが、本格的な道へと進みだした娘や妹たちの事を想い、ちょっとした雑談に興じていた。

「そろそろ入学式も終わった時間(ころ)か。スバルはちゃんとやれてんのかねェ……」

 作業を熟しながら、ゲンヤはそんな事を呟いた。するとその声を受けて、傍らから「そうですね……」という相槌を打つ声があった。

 ゲンヤが声の方を振り向くと、そこには娘であり、現在は自身の部隊に所属する局員でもあるギンガが、コーヒーカップをお盆に載せて此方に歩いてくるのが見えた。

「ちょっと内気な子ですから、心配は心配なんですが……あの子なりに頑張って、上手くやってると思いますよ」

 父にコーヒーを差し出しつつ、ギンガはスバルなら大丈夫だろうと微笑む。

 もちろんゲンヤとしても娘を疑うわけではないが、そこは複雑な親心というもので、「だといいがな」といった素っ気ない返答が出てしまう。尤も、娘も娘でそんな父の性質を理解しているようで、

「はい、父さん」

 と、ギンガは穏やかな笑みのままで応じた。

 すっかり見抜かれてるなと感じるものの、そこは部隊長としての矜持か、「ここでは部隊長だ」と一つ息を()いてカップに口をつける。

 程よい苦みと香りを楽しみながらも、温かい飲み物で少し落ち着くと、どことなく感傷的な思いが湧いてしまう。

「しかし、お前といいスバルといい、俺ぁ局員になんぞしたくなかったんだがなァ……」

「……すみません」

 父の言葉に、ギンガは本当にすまなそうな顔をしていた。そんな顔をさせたいわけではなかったが───しかし、これも親としての正直な気持ちではあった。

 今さら言っても、仕方のないことではある。ただ、それでも亡き妻と共に守ると決めた子供たちが進む道は、決して容易いものではない。

 管理局員として長年勤めているゲンヤは言うに及ばず、まだ新人と言って差し支えないギンガも、ここ数ヶ月の間にその意味は十二分に理解していた。

 が、だからこそ───。

「でもスバルも、()()()から夢と目標を見つけてくれましたし……母さんも、きっと喜んでくれてると思うんです」

 この道を選ぼうとする心は、決して間違いではないと。

 机の上に建てられた一枚の写真立てへ視線を落としながら、ギンガはそう言った。

「……だと、いいんだがな」

「はい」

 これから進むという意志を決めた声色に、これ以上は水掛け論かと留飲を下げる事にした。

 柄にもなく親馬鹿になっていたか、とゲンヤは頭を軽く掻いていたが、「しかたないですよ」とまた新たな声が掛かる。

「ティーダか」

 声のした方を振り返ると、ここ数年ですっかり馴染んだ部下の姿があった。

 「はい」と柔和な笑みで応えた青年は、ティーダ・ランスター。六年ばかり前の事件での大きな怪我を負った彼は、ゲンヤに誘われてこの部隊へと配属された。それからというもの、魔導師としてのリハビリと並行して、ここ陸士・第一〇八部隊で捜査官たちの補佐をしている。

 ちょうど同じ年頃の娘や妹を持つ者同士気が合った事もあり、ゲンヤとは部隊に着任して以来、公私共に親しくしている。そして、前にも似たような話題が上った事もあり、ティーダはその時の事を思い出しながら、ティーダはゲンヤにこう言った。

「大丈夫だと思いますよ、ゲンヤさん。ギンガちゃんの言う通り、僕もスバルちゃんは上手くやってると思います」

「おいおい。ティーダ、お前さんもか?」

「すみません。けど、前にゲンヤさんも言ってたじゃないですか。───憧れって感情は、自然なものだから止められない、って」

「ったく、痛いとこ突きやがるな。随分前のことを覚えてやがる……」

「あの時は前後にいろんな事がありましたから、結構印象に残ってまして。……そうはいっても、心配だって言う気持ちも凄く解るんですが」

 妹が同じ様な状況である事もあり、ティーダは少し困ったような笑みを浮かべる。

 違いねぇな、と応えながら、ゲンヤも重く籠もった息を吐き出した。

 二人がそんなやり取りをしていると、話から僅かばかり置いて行かれたギンガが、不思議そうな顔で二人を見ていた。するとそれに気づいたティーダが、事の次第を伝える。

 今から二年が経過しようとしている、空港火災の少し前。

 ギンガとスバルがここへ来るというので、迎える準備をしていた時の話だった。

「なるほど……。そういえば、二年前くらいでしたね……私たちが初めてここに来たの」

「そうだね。ちょうど、ギンガちゃんたちと初めて会う少し前だったかな? この話をしたのは」

「へぇ……ちょっと興味あります、私が来る前に父さんとティーダさんがどんな風だったのかとか」

「おいおいギンガ、そんなこと聞いてどうすんだ?」

「それは……そうですね、スバルへのお土産話にでもしようかと」

 ギンガはそう言って、休みが合ったらスバルに会う約束をしている旨を父に告げた。

 何もこんなことをと思わなくもないが、一度出た興味は止められるものではないかと諦める。どうせここで止めても、ティーダがギンガのサポートについている関係上、いずれは知れる事だろう。

 が、父親としてはあまり娘たちを心配している姿を知られるのはどこか気恥ずかしいものがあるので、

「まったく、楽しそうにいいやがるなぁ。教育係をティーダに任せたのは失敗だったかねぇ……」

 ちょっとだけ意趣返しのつもりでこんなことを言ってみる。

 しかし、何だかんだこういった腹芸は次がれているらしく「褒め言葉と受け取っておきますよ、部隊長」とティーダは涼やかな表情で返してきた。

 どうやら在りし日の生真面目で初々しい頃の彼は、もういないらしい。

 頼もしくも物寂しい心持ちで、「はぁ……」とゲンヤは溜息を零し、話を先に進めていく二人を大人しく見守る事にしたのだった。

 

 ───と、兄と姉のコンビが穏やかに笑い合っていたのと同刻。

 訓練校では、それに相反するような凸凹コンビが、いよいよ出番を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

  5

 

「次! Bグループ、ラン&シフト!」

 教官の指示が飛び、生徒たちは自身らの番号通りに列を作り、組番号を呼ばれるまで待つ。

 鋭い笛の音が鳴る毎に、先行する生徒たちは順当に課題を熟して行く。そうして組の数字が二〇の半ばを過ぎ、そろそろスバルとティアナに出番が回ろうとしていた。

「障害物を突破して、フラッグ位置で陣形展開。分かってるわよね?」

 自分たちの出番まで残り三人を切ったところで、ティアナはスバルにそう問うた。

 正直、この訓練そのものはさして複雑という訳ではない。

 あくまでこれは、陣形展開の基礎動作の確認作業みたいなものだ。疎かには出来ないが、かといってまだ先があるというのに、こんな事で一々止まってなどいられない。

 しかし、今回は初日の初演習。

 加えて初合わせである以上、一応の確認作業を要する。

 そもそも戦闘の型が基本から大きく外れてはいないのならば、訓練校の規定に沿った動きをすれば事足りる。

 だが、個々の個性が強いとなれば話は別だ。そして幸か不幸か、彼女たちは後者の組み合わせである。

 それ故の問いかけだったが、スバルは「うんっ!」とティアナの声に頷き、やる気十分といった様子。少々の緊張は残っている様だが、そこは仕方ない。むしろ能天気でいられたら、そちらの方が困る。

「前衛なんでしょ? フォローするから、先行して」

 ならば、とティアナはスバルにこう告げる。まずは互いの前衛と後衛(とくいぶんや)で基本形をしっかりと熟して行こうと。

 スバルもその意図は察したらしく、再び強く「うん!」と頷いた。

「……よし、では次の組!」

 と、彼女らの確認がちょうど済んだところで、教官が二人に位置につくように指示を出した。

「三十二……セット!」

 地面に引かれたラインの前に来たところで、教官は笛を構え、開始を告げる動作に入った。

 合わせて、二人もまた飛び出す構えを取る。

「「──────」」

 場が静まり、空白が生まれる。

 疾走する時を待つスバルのローラーが昂ぶった声を上げ、それに釣られて鼓動が高鳴っていく。

 目の前で幾度も繰り返された事であるのに、自身の番となると、やはり昂揚は避けられない。

 そんな耳の裏で響く脈動の中、スバルとティアナは合図を聞き逃すまいと、神経を研ぎ澄ませ続け───そして。

 

「───GOッ‼」

 

 警笛(ホイッスル)を耳に捉えるや、スバルは豪快なまでに地面を蹴り跳ばし、目印となる円錐(フラッグコーン)の元までかっ飛んだ。

 実際のところ速度だけでいえば、生徒中では最速の部類である。しかも、一切の魔法による強化(ブースト)を用いていない辺り、スバルの身体(フィジカル)面での強さが伺える。

 それが単なる鉄砲玉(みせかけ)でない事も明らかで、目標地点での停止旋回(ドリフト)も迅速で、「フラッグポイント確保ッ! 次は───」という確認(こえだし)こそ不慣れなものの、即座に次の動作に入れてはいた。

 しかし、巻き起こした土煙が立ち昇る中。

 ピピーッ! と、二度目の警笛(ホイッスル)が鳴り響いた。

「三十二‼ 馬鹿者、何をやってる!」

「……え?」

 突然の叱責に思わず呆けたスバルだったが、原因自体はすぐ判った。

 あまりにも勢いよく飛び出しすぎて、相方であるティアナまで巻き込んでしまっていたのだ。

 見せた力こそ凄まじかったが、チームワークを計る場に置いて、これは明らかなミスである。

 部隊に置いて、こういった独断先攻は非常に危険な行為である。いかな訓練とはいえ、実戦で同じミスをしない為の教訓として、二人には罰則が言い渡された。

「安全確認違反、コンビネーション不良。視野狭窄! 腕立て二〇回ッ‼」

「はいっ!」

「は、ハイっ!」

 教官からの言い渡しに、ティアナとスバルは粛々と従う。

 ただ、今回の失敗はスバルによるところが大きい。そのためか、非常に申し訳なさそうな顔で、スバルは謝罪の言葉を探しているのが分かった。

「ご、ごめん……」

 こうも素直な反応をされると、罰則の恨み言をいう気も失せる。

「足があるのは分かったから、緊張しないで落ち着いてやんなさい」

 能力面を把握していなかった事には自分にも責があると認め、ティアナは次に繋げていくように短く告げた。

 年上らしく振舞うティアナに感謝は尽きないが、ただほんの少しだけ気になった事を上げるとすれば。

「次はちゃんとやってよね」

「は、はい……ッ!」

 彼女の視線が、普段よりも更に切れ味を増すのを真っ向から受けたスバルとしては、正直ちょっと怖かったというのが、素直なところであったようだ。

 

 

 

 程なく罰則を終えた二人は、再び教練に戻って行く。

 今度は足を抑えたスバルと無難にポイントに着き、陣形を展開。要求される動作の上では、きちんと成功していた。

 最初を見てしまっただけに、コンビネーションとしては課題が残るものの、初日から全力でのコンビネーションをというのは無理がある。

 難アリという評価は否めないが、完全に出来ていないわけではない。改善に期待して、教官は再度挑戦した二人に一応の承認を出した。

 そうして、教練は次の段階へと移行する。

「次は垂直飛越。これはカンタンでしょ? 相手を押し上げて……」

「上から、引っ張り上げてもらう」

 今度は失敗しないように、と確かめるように続けるスバルに、「そう」とティアナは首肯する。

「あんたを先行させるの心配だから、あたしが先ね」

 フィジカルが強いのは先程の失敗で解っている。となれば、この順で行くのがベストだろう。

 理屈の通った判断に、スバルも頷いた。

 では早速と、障害越え用の壁に並ぶ。尤も、壁自体はさして高くない。二人の身長より、頭一つばかり高い程度だ。

 とはいえ、一人で登ろうとすれば、手間取るだろう造りをしている。一切の足掛かりの無い壁は、よほど身長が高いか、かなりの跳躍力と腕力を持ち合わせでもしなければ、一人では越えられても身体をしたたかに打ち付けてしまいそうだった。

「届かないとぶつかって痛いんだから、しっかり勢い着けてしっかり上まで飛ばせてよ?」

「うんっ! じゃあ、行くよ? いーち、にーの───」

 だが、こうして確認しておけば、押上が足りないということもあるまい。そうティアナは高をくくっていたのだが、彼女は一つ失念していた。

 この壁超え、確かに力が弱すぎるのも困りものだが、逆に強すぎても困るものだという事を。

 

「───さんっ!」

 

 その可能性に、ティアナは放り上げられてから気づいた。

「へ……ぇえええッ⁉」

「え? ああああっ⁉」

 壁に掛けるつもりだった手が、文字通り宙を彷徨っていた。ついでに言えば、彼女自身の身体も同じように。

「ひゃ、ぁぁぁああああああ~~~っっっ‼⁉⁇」

 緩やかな放物線を描いて落ちて行く中、年頃の少女らしい悲鳴が轟いた。

 あんまりな事態に、さしものティアナも驚愕を隠せなかったらしい。

 しかし無理もない。全く想定していない状況からいきなり空中に放り出されれば、誰であろうと驚きもする。

 そして、驚いているという意味では、放り出した側も同じであった。

 しまった! と、完全に力加減を間違えたことに気づいたものの、認識するのが少し遅かった。

 相方はとうに空の上。このままでは地面に激突は必至である。

 だが、このくらいであれば落下緩衝魔法(フローターフィールド)でも使えば、大事には至らない。……ただ、哀しいかなこの時の二人は、どちらも的確に判断を下せるほど冷静ではなかった。

 ティアナは思った以上に放り上げられた衝撃ゆえに、スバルは思った以上に放り上げてしまったが為に。

 それぞれがそれぞれに、想定外の事態に直面したこの状況で───入学したての訓練生(しんじん)が、正しい判断を下せるかといえばそんなわけもなく。

 さりとて、逆にその場に留まっていられるほど、大人しくしてもいられず。

 落下、いやもうあれは墜落か。

 ともかく地面に向かって落ちてくる相方を見据え、我武者羅に状況を『どうにかしよう』という思考を働かせ、ある一つの答えに行き着いた。

 通常であればまず選ばないだろう方法だが、スバルはそれを『出来る』と判断し、また正しいかどうかはともかく───幸か不幸か、少なくともこの場に限れば、彼女にはそれを実現できるだけの力を持っていた。

「───はぁあああああああッ‼」

 と、力の籠った雄叫びと共に、スバルは本来の障害物である壁を()()()()……その向こうに設置された、壁よりやや高い障害越え用の人工崖すら()()()()て行き、そこへ落ちて来たティアナを受け止めてしまった。

 ズドッ‼ という着地の音に遅れて、再び舞い上がった土煙の中から、二人の姿が見えてくる。

「ご、ごめんなさい……大丈夫?」

「な……、……っ‼⁉⁇」

 しかし、あまりの展開に、ティアナは思考が追いつかなかった。

 空に吹っ飛ばされたかと思えば、今は地面の上で、激突したかと思ったが、受け止められていて……しかもその受け止めたのが、放り投げてくれた張本人だという。

 控えめに言っても、あんまりにも無茶苦茶である。

 おまけに当の本人は大して息も上げず、自分のしたトンデモより、こちらのケガの心配をしているときた。

 言葉すら発することも出来ず、結局ティアナは教官から再度注意を喰らい、「訓練中断! 一度引っ込めッ‼」との命を受けるまで、ぴくぴくと怒りとも恐怖ともつかない震えに苛まれるままであった。

 

 なお、そういった二人の様子は───

「うわ~、すごいですね! あれ楽しそうですっ!」

「うーん……エリオにはまだ早いから、マネしちゃだめだよー? フェイトさん、たぶん泣いちゃうから……」

 屋上でそんなやり取りをしていた少年やその付き添いのお姉さんを始め、学長室にいた学長と、話していた執務官。その他、一緒に訓練を受けていた数多の生徒にもバッチリとみられており、二人は入学初日から色々な意味でその名を轟かせる事になったのであったとさ。

 

 

 

 

 

 

  6

 

「あらあら。今年の新人は、例年以上に元気な子が来たみたいね」

 窓の外で起こる新人たちのヤンチャぶりに、ファーン学長は楽しそうな笑みを浮かべて、そんなことを言った。

「ええと……そうみたい、ですね」

 全面的に同意して良いものか計りかねて、フェイトは曖昧な返事を返す。

 しかし苦笑を浮かべるフェイトとは対照的に、学長は実に穏やかな表情を崩さない。長年この訓練校を任されているだけあって、あの程度の事は日常茶飯事なのだろうか。

 ……いや、案外、単純な好みの問題なのかもしれない。実際、学長はフェイトたちが部屋に入ってすぐの話でも、フェイトやなのは、シャーリーといったヤンチャな生徒の事を楽しそうに話していたし───などとフェイトが考えていると、彼女を引き戻すように学長は掌を一つ叩いた。

 目の前の()()()の意識が戻って来たのを見て取ると、学長はやや鋭い表情で、フェイトに「……さて、じゃあそろそろ本題に入りましょうか」と言い、続けた。

 

「わざわざ訓練校(ココ)に来た、執務官殿の()()()は何かしら?」

 

 そう訊ねる姿は、生徒たちを優しく見守る教師ではなく、管理局という鬼の巣窟に長年席を置き続けた『ファーン・コラード三佐』という古兵(つわもの)のものであった。

 鋭さを増した場の雰囲気に合わせ、フェイトも「はい」と応え、気を引き締めなおす。そして「では」と前置きして、フェイトは事情を語り始めた。

 

 

 

「───去年の空港火災。公にはされていませんが、原因は古代遺失物(ロストロギア)です。密輸品として運び込まれたものが爆発したとみられています。

 そして、その古代遺失物(ロストロギア)に付随するように現れた……いえ、現れていたのだと()()()()()機械兵器があります」

 そういってフェイトが空中に映し出した画像には、無人の自律型機械兵器の姿が。

「そう……コレのことだったのね」

「はい」

 示された画像には、ファーンも見覚えがあった。六年ほど前に一度、そして一年前にも空港火災の直前に出現が確認されていたという機械兵器である。付けられていた識別名は、確か───。

「神出鬼没に古代遺失物(ロストロギア)に群がって、確保しようとするこれらは───古代遺失物(ロストロギア)に付随することから『付随装置(ガジェット)』、あるいは『無人兵器(ドローン)』と仮称されています。

 単純な戦闘力でいえば凄まじい脅威とは言い切れませんが……以前の出現でも問題になったように、これらは一機ずつで、AMF(アンチマギリンクフィールド)を展開する機能を有しています」

 如何に()()()と分かっている敵であっても、単純な魔法の多くを無効化してしまうとあれば、単なる有象無象とは切り捨てられない。

 『魔法』は術者にとって矛であり盾だが、それらを剥ぎ取るAMFの前では何の意味もなさない。優秀な魔導師ほど大掛かりな装備が必要ない分、一度魔法を失ってしまえば丸裸も同然だ。

 そんな危険なモノが、出現する頻度を増している。管理局内でも対策は練られているが、出現原因が『ある古代遺失物(ロストロギア)に由来する』以上の詳細は掴めていない事もあり、完全な対策は未だ取れていない。

 しかし、だからこそフェイトは、此処へ来た。

「これらが多数出現すれば、局員たちは各地で、AMF状況下での戦いを強いられます。そんな事態を防ぐために、というのが本日こちらにお邪魔させて頂いた、一番大きな理由です」

「というと?」

 そうファーンが促すと、フェイトは一つ頷いてこう続けた。

「お伺いしたいのは……そういった状況下に対応できる魔導師を育成するとして、掛かる時間と『卒業』の期待値についてなんです」

 それを聞いて、ファーンはようやく合点がいったらしい。

 訓練校(ここ)へやって来た意図は、そういう事だったのか。フェイトの意図を理解したらしいファーンは「なるほど」と頷いた。

 何かの事件絡みではあるとは予想していたが、これは局員としてのみではなく、学長として、牽いてはかつての古巣における経験も合わせて判断しなければならない。いや、正確に言えば後者を寄り重視しているのだろう。

 だからこそ、フェイトはここへ来たのだろうから。

 と、そうした事柄を一度整理したうえで、ファーンは自身の見解を語っていく。

「こういう状況だからこそ、育成は惜しむべきではないけど……でも確実に時間はかかるし、卒業期待値もあまり高くないわよ?

 それに適性のある精鋭を揃えて短期集中での訓練なら、わたしの古巣の方───今はあなたの親友がいる、本局の戦技教導隊に依頼するべきだと思う」

 その意見は、実に真っ当なものであった。

 単純に対抗戦力を増やす事に焦点を置くのなら、新人を育成するよりもはるかに容易い。……だが、それだけでは足りないのだ。

「そっちでも動いてはいるんですが、将来を見越しての準備をしたいんです……数年計画で」

「それはまた……」

 ファーンは、フェイトが見越している何かが、随分と先の事であると見て取った。

 確かに機械兵器(ガジェットドローン)の発生源は未だ不明であり、それに載せられたAMFの事も考えれば、まったく理がない訳ではない。

 しかし、だ。

「……それにしても、難しいわよ? 新暦になって質量兵器の使用が原則として禁じられて以降、CW(カレドヴォルフ)などの例外を除けば、兵器も戦力もほとんどが純粋魔力頼りだもの」

「……ええ。それは、そうなんですが……」

 少しだけ、フェイトは表情を曇らせる。それを見て、ファーンは「そういえばこの子は質量兵器系統の武装導入には、あまり乗り気ではなかったな」というのを思い出した。

 が、CW製のAEC武装を用いない手段という意図ではなさそうだ。

 そもそも、いま出現している脅威に対抗する戦力を確保するのみであるなら、ファーンの言った教導隊メインの育成でも十分だ。けれどフェイトは、それと並行した上で、『次を育てたい』と暗に語っている。

 果たしてそこに、どんな目的(ねらい)があるのか。

 とはいえ、それも仕方あるまい。まだ話は序盤であり、全てを語り終えてはいないのだから。

「まあ、あんまり話を急いでもよくないわね。せっかく来てくれたんだから、もう少しゆっくりと、詰めた話をしましょうか」

 ついでに、あなたたちの最近の話もね───と、そう促すと、フェイトは「はい」と、少しだけ明るさを取り戻した表情で頷いた。

 そうして、いくらかの近況を交えながら話は再開されていき、時はゆっくりとまた流れ出し始めていた。

 

 

 

 

 

 

  7

 

 学長室にて、将来を担う力を育てるといった話が展開されていたのと同じ頃。

 まさにそのど真ん中であろうほやほやの新人が二人、訓練場から少し離れた校舎裏の辺りをトボトボと歩いていた。

 

「訓練初日から、反省清掃……油断するんじゃなかったわ」

 己の不甲斐無さを戒めるように、ティアナがそんなことを呟いていると、その一方白の辺りから、スバルが今日の失態について謝って来た。

「あ、あの……ホント、ごめん……」

 しかし、そんなスバルに対しても、ティアナは「謝んないで。鬱陶しい」と、実に素っ気ない態度であった。

 相当に苛立っているのだろうというのは判ったが、誤って反省するくらいしか、出来る事もない訳で。

「掃除が終わったら、また訓練の続きだから……あたし、もっとちゃんとやるから……ランスターさんに迷惑かけないように!」

 と、少しばかり纏まり切らないながらも、「次こそは頑張る」とスバルは言う。

 何時までも失敗だらけでは話にならないが、彼女の姿勢自体は間違ったものではない。だが、ティアナはそれを甘さだと断じてしまう。

「……あのさぁ。気持ちひとつでちゃんとやれるんなら、何で初めからやんないわけ⁉」

 キツい物言いではあったが、確かにそれもそれで間違ってはいない。

 失敗を繰り返したという事は、挽回するには失敗を成功に変えて見せるのが一番分かり易い方法である。だが、基礎の基礎で躓いている現状を考えれば、この先も七転八倒を重ね続ければ良いとは言えない。

 失敗とは、学ぶ事だ。何故上手くいかないのかを把握し、それを乗り超える事で、成果を得る。どんな事に置いても、これは鉄板である。

 しかし、ちゃんとやるというだけで出来るのなら、世の中の人間は努力などしまい。それどころか、一度目が遊びであったのなら、なおさら質が悪い。

 どちらが悪いという訳ではないのだが、どうにも真面目で堅物なティアナと、まだ不慣れで覚束ないスバルとではこの辺りの認識に差があった。

「どこのお嬢が遊び半分で冷やかしに来てんのか知らないけどさ、こっちは遊びじゃないの。真剣なの!」

 そうティアナに言われ、スバルは思わず圧されてしまうが、ティアナが酷く真剣だというのは、しっかりと感じ取っていた。

 出会ってたいして経ってはいないが、その真剣さ故の怒りは、彼女もまた『何かを目指している証』なのだろう。だから、ティアナの怒りは解かる。───解かるが、だからと言って、スバルも『遊び』でここにきている訳ではなかった。

「あ、あたし別にお嬢でも遊びでも……! 真剣だし……本気で……ッ‼」

 目指すべきものへ向かって、走っているんだと。

 全部は言葉に出来なかったけれど、スバルの意志も同じように、ティアナにはきちんと伝わっていた。

 睨み合いじみた対峙を続ける二人だったが、互いに譲れないものが在るというのだけは知れたようで、真っ直ぐに向き合った緑と青の視線は程なくして外された。

「……掃除が済んだら、反省の旨を教官に伝えて訓練復帰。次はもう……さっきみたいな失態、許さないから」

「あ……、うん……」

 意外にも先に留飲を下げたのはティアナの方であったが、やはりどこかまだ素っ気ない。

 しかし、これでも一歩前進だろうと切り替えて、スバルは命じられた罰則を早々に終わらせるために、

「あたし掃除用具取って来るっ! すぐ戻って来るから!」

 と言って、用具置き場の方へと駆けて行った。

 そんな後姿を、ティアナはちょっとバツが悪そうに見送る。

 間違っていたわけではない。ただ、譲れないものはあるという事と、その在り方は一律ではないというだけの事だった。

 

 けれど、きっとそれでいいのだろう。

 

 そうやって学びを重ね、粗削りな原石たちは互いにも研鑽を重ねて行く。

 今はまだ、誰もが角ばかりでぶつかり合うのみ。しかし、それもまた致し方ない事である。

 ただ磨かれるだけで掴み取れる道など無い。何もせずに済むのなら、それこそこんな研鑽は起こらないのだから───

 

 

 

〝憧れで、見上げて……希望(のぞん)で進んだ、管理局魔導師への道。

 あたしはやっぱり、ダメで弱くて、情けないけど……〟

 

 強くなりたかったのに、いまも周りに迷惑を掛けてばかりで。

 憧れは未だ遥か彼方で、上へ伸ばした手は空を切り、その先の星になど届かないままだけど。

 ……でも、諦めるなんてしたくない。

 虚しい時とか、哀しい時がない訳じゃない。

 だけど───それでも、決めたから。

 

〝あの日出会った、空の星みたいなあのひとに。

 ほんの少しでも近づけるように───〟

 

 決して、変わらぬ決意を胸に。

 少女はまた、先へと向けて足を踏み出した。

 

「よーし……がん、ばる、ぞーっ‼」

 

 そうして、始まりの日の昼下がり。

 新たな学び舎へ向け、再び固めた決意と共に。

 青い髪をした少女の元気な声が、見上げた空へと溶けて行った。

 

 

 

 

 

 

 原石たちの日々Ⅱ Go_Ahead!!

 

 

 

  1 (Age77-Early_August.)

 

「そう! 落ち着いて、ルート守って! ポジションキープ、そのままよ!」

「うんっ‼」

 背後のティアナからの指示を受けて、スバルは自主練習場にいくつか設置した円錐指標(ポイントコーン)が示す道筋を正確に駆け抜けていく。

 後衛に回ったティアナも先行するスバルを援護できる体勢で目標地点へと追従しており、二人の連携もしっかりと取れている。当初の暴走を思えば、目をみはらんばかりの改善ぶりであった。

 そうして積極的に自主練習をこなしていく二人は、授業内でも順当にその成果を発揮している。

 スバルとティアナが出会ったあの日から二ヶ月ばかり。

 今でもたまには失敗もするが、入学初日の凸凹コンビも、ようやくこの組み合わせが板について来たといえよう。

 

「……よしっ! これで来月分までの予習終了。教えた通りで、ちゃんと全部出来たでしょ?」

「えへへ……。ごめんね、要領悪くって……」

 思ったより時間が掛かってしまった事を詫びながらも、スバルはきちんと練習メニューを熟せたのが嬉しいのか、笑みを隠しきれていない。

 どことなく気の抜けそうな表情にティアナは「はあ」と溜息を零す。どことなく疲れた様子の彼女に、スバルは「はいジュース、あたしのおごり」といって、いつの間に用意していたのか、冷たいボトルを渡してきた。

 二人でそれを呑みながら、反省会もかねて練習の振り返りをしていく。

 が、そこまで外れた動きはしていない。当たり前と言えば当たり前だが、訓練生(しんじん)にとっては、基本通りに訓練を熟すのが何よりも大切なのだ。

 飛ばし過ぎて連携すら取れていなかった初日からすれば、その進歩は大きい。

「……結局、あんたは自分の馬鹿力をちゃんと使えてなかったのよね。早めに矯正出来て良かったわ」

 ごくごくとボトルの中身を半分ほど飲み干して、ティアナはそんな事を言った。

 聴き様によっては棘のある言い方だったが、スバルの方は気を悪くした様子もなく、素直に「うん、ランスターさんのおかげ。ホント、ありがとう」と応えた。

 こう返されると、困るのは言った側だ。

 悪意を語った訳ではなく、間違った事を言ったつもりもなかった。しかし、どうにも嫌味っぽくなってしまった自分の物言いにモヤモヤしたものを感じるのも確かで───だが、かといって今更素直にもなれず。

「……別にィ、あんたのためじゃないしね。コンビの相方が使えないと、あたしが迷惑なだけなんだから」

 バツが悪そうにしながらも、ティアナはやはりどこか、憎まれ口っぽい返答しかできなかった。

 けれど、それは向こうも同じようで。

「でも、ありがと!」

 スバルもまた、素直なままの、無邪気な感謝を告げてくる。

 どことなくむず痒く、能天気な彼女の返答に、なんだかティアナはモヤモヤした気持ちがいっそう強くなる。

 八つ当たりに近いのは解かっていった。

 けれど、スバルの持つ魔導師としての『才能』は、ハッキリと言って恵まれすぎているレベルである。

 今は制御が上手く行かず、半ば抑えているような状態だ。

 しかし、より活かせるように鍛えれば、まだまだ伸びしろはある。……だからこそ、自分自身の魔導師としての適性に不満のあるティアナにとっては、酷く腹ただしく思えてしまう。

「ありがと、じゃなくて! アンタ、冗談みたいに恵まれた魔力と体力持っててさ。デバイスだって……」

「あ、リボルバーナックル?」

「そう! こんな立派で高価(たか)そうなの持ってんだから、使えてなかったことを恥じなさいよ」

 そういって、ティアナはスバルの手に持っていたアンカーガンの先で、コツンとリボルバーナックルを小突く。

 何気ない動作であったが───

「あ……」

 その時初めて、スバルの表情が曇った。しかし気が立っていたティアナは、それに気づきはしたものの、「なによ?」とキツい調子で返してしまう。

 だが、そんな生真面目で、張り詰めがちな相方の気質は、スバルもここ二ヶ月で分かってきている。

「ううん、なんでもない」

 だからスバルは、これも自分がまだ甘かったのだと受け入れた。

 常に上を目指し、誰よりも自他共に厳しく在ろうとしているティアナからすれば、確かにまだ覚悟や想いが足りていないと思われても仕方がないと。

「そうだね、恥だ。もっとしっかりやってくよ」

「……当たり前よ。そうじゃなきゃ、困るっての」

 そこで、一旦二人の話は終わった。少しばかりぎくしゃくはしたが、完全に放課となった事を告げる鐘の音が、その場の空気を流してくれた。

「げ……もうこんな時間」

「うん、戻ろう」

 そういって二人は、校舎への道を辿る。

 ぎこちなさを残しながらも、こうしてスバルとティアナの訓練校での一日がまた、過ぎ去っていった。

 

 

 

 

 

 

  2

 

「シャワー込む時間になっちゃったねぇ」

「ぐずぐずしてるからよ」

「えへへ……ごめん」

 放課後のシャワー室は込み合う。

 陸士部隊の訓練校という事もあり、全体の比率でみれば女性率は少なめなのだが、二人の学年はそうでもないらしく、こうして遅めの時間帯に来るといつも混雑している。

 訓練校では普通校のように年齢が一律ではないが、やはり幾つになっても、女性の方がお風呂に対するこだわりは強いのだろう。

 最初の方に入った組も、割と長湯する傾向が見て取れた。

 もちろん、この後にもちゃんと入浴時間は取られているが、訓練後の汗や汚れは落としておかなければスッキリはしない。尤も、男性がことさら短いと言うわけでも無いものの、ロングヘアの割合などからも、女性の方が長いところはある。

 かくいうティアナも髪が長い方なので、出来るなら早く入りたかったところではあるが、訓練校(ここ)へ遊びに来ているつもりはない。

 色気より、今は努力すべき時である。……まあ、だからと言って完全に何もしていないという訳でもないのだが。

 リボンを解くと、いつもはツインテールに結っている髪が、腰のあたりまでさらりと流れた。

 癖のあまりない長髪は、スバルからするとちょっとうらやましい。

 癖毛気味で自分ではあまり髪を伸ばしてこなかったスバルだったが、姉や母もロングヘアだった事もあり、長い髪には少し憧れがあった。

「……あんたホントに、その写真ずっと持ち歩いてんのね」

 スバルが髪に気を取られていたら、ティアナがそんなことを言ってきた。

 え? と一瞬驚きを覗かせたスバルだったが、視線の先にある物を見て取り、「ああ」と頷いて応えた。

「うん。あたしの憧れの人だから……お守り代わり。雑誌の切り抜きなんだけどね」

 脱衣籠に畳んで入れた服の上に乗せたペンダントを手に取って、ティアナに見せる。

 切り抜きとは言っていたが、丁寧にラミネート加工されていて、ペンダント自体は一応それらしいものになっていた。

 これでアイドルや芸能人だったら、ティアナとしては興味を抱きもしなかっただろう。しかし、幸か不幸か、ティアナもその人物については知っていた。

 そこに写っていたのは、管理局の誇る一線級の魔導師。更にその中でも、『エース・オブ・エース』という異名を取る、うら若き超有名人だった。

「戦技教導隊の、高町なのは一等空尉……ね」

「うん。すごい人なんだよ。九歳の時にもうAAA(トリプルエー)ランクで、次元災害事件を止めたとか、破壊不能って言われてた危険な兵器を破壊したとか!」

「流石にそれは嘘でしょ。どういう九歳よ」

 興奮気味に語るスバルを諫めると、ティアナは空いたシャワーのところへすたすたと歩いていく。

 ちょうど並んで空いたところに入ったこともあり、後ろから付いてきたスバルはまだ話し足りなそうだ。

 これは放っておいても後々面倒か、とティアナは「まあ、すごい人だっていうのは知ってるわよ」と話を続ける意図を示した。

「有名人だもんねー」

 うんうん、と頷くスバルは、傍から見ても分かり易すぎるくらいに嬉しそうであった。

 よっぽど高町一等空尉に憧れているらしい。……憧れる気持ちは分からなくもないが、ここまでくると最早ミーハーの域ではなかろうか。

「空のエースが憧れの人ってことは、あんたも空隊目指してるんだ」

 浮かれた相方を落ち着かせる意味も込めて、ティアナは少し現実よりに話を振った。するとスバルは、思いの外真面目なトーンでそれを受ける。

「んー、ベルカ式で空戦型って今は殆どいないしね……」

 憧れと違う自分を嘆くのとも、ただ漠然と憧れるだけでもない。そう口にするスバルは、決して浮ついた気持ちではないと見て取れた。

 どうやら、単に一時的な憧れという訳でもないらしい。

 本当に憧れだからこそ、今自分に出来ることを───その気持ちは、ティアナ自身にも通じる部分があった。

「……まあ、近代空戦はミッド式の長射型&大火力が主流だしね」

「うん。空も飛んでみたいし、ミッド式にも興味あったんだけど……飛行もミッド式も、いまのところ適正ないみたいだし。何より、自分で陸上を選んだわけだしね」

 ベルカ式は基本、対人戦闘に特化した魔法体系だ。スバルの様な格闘型はもちろん、『騎士』と称される使い手たちも、アームドデバイスと呼ばれる武器を象った得物を使用した決闘に近い戦闘に特化している。

 故に直接切り結ぶ戦いには強いが、遠距離攻撃となるとミッド式に軍配が挙がる。

 こればかりは技術体系の違いなので仕方がないが、空戦においてミッド式が幅を利かせているのも確かだが───。

「ランスターさんは? やっぱり空隊希望?」

 それは、ミッド式を使う者であっても、容易ではない道だ。

 管理局の、とりわけ武装局員に求められる空戦適正というのは、それほど単純なものではない。

 だが、

「まあね」

 と、ティアナは間を置かずに答えた。

「今はまだ飛べないけど……飛べなきゃあたしの夢は叶わないから」

 スバルが憧れを追いかけて、空を目指し大地を駆けるように。ティアナもまた、同じように憧れを追いかけ続けている。

 そう。それは、ずっとずっと変わらない。

 憧れを追いかけて、いつか本当に空を翔けるその日まで───絶対にあきらめはしない。

 静かな覚悟は、熱い情熱を伴った強い意志を感じさせた。

「ねぇ、ランスターさんはさ───」

 本気だからこそ感じられる輝きは、人を惹きつける。それゆえの問いかけだったのだが、明かすかどうかは、また本人次第である。

「あのさ、ナカジマ訓練生。悪いけどあたしはアンタの友達じゃないし、仮コンビだから世間話くらいするし、訓練にも付き合うけど……必要以上に慣れあう気とか無いから。その辺誤解しないで欲しいんだ。

 ───あたし、こーゆーヤなやつだしね」

 そう言って、ティアナは一度話を切った。憧れは、ただ煌びやかなだけではない。胸に秘めておきたいことは、誰にでもある。

 それはスバルだって同じだ。

「ランスターさんは良い人だと思うんだけど。ごめんね、ちょっと気を付ける……」

「悪いわね」

 まだ一線を残した二人は、またそこで一枚壁を残して話を終えた。

 せっかくほぐれたと思った雰囲気も、それからまた明日の朝になるまで二人の間の空気は何処となくぎこちなかった。

 

 

 

 その夜。

 何となく寝付けなかったスバルは、ここのところ忙しくてメールできていなかった姉や父へ、メッセージを書き始めた。

 

〝───拝啓、おとーさんとギンガおねーちゃんへ。

 あたしが陸士訓練校に入港してから、もう二ヶ月。仮コンビでルームメイトのランスターさんはちょっと怖いけど……すごく一生懸命で、朝晩の自主練に付き合ってくれたり、いろいろ教えてくれたりします〟

 

 そう書き出して始めたメールは思ったよりも長くなって、気づけば結構な量になっていた。

 書きたい事はまだまだあったが、姉も父も局員として忙しいだろうと思い、スバルは切りの良いところで結びの言葉を綴って、書き上げたメールを送信した。

「……よし、っと」

 ふぅと一息ついて、スバルはぐいと伸びをした。

 そのまま何となく視線を漂わせてみると、同室の相方はもう眠りについているらしいのが窺えた。

 これ以上邪魔をするのも良くないと思い、電気を消して自分もベッドに戻る。

 何より、明日もまた訓練がある。管理局員を目指す為の、厳しい日々は、まだまだこれからも続いていく。

 それこそ、夢を叶えるまではずっと。

 だからこそ───。

 

〝管理局員。まして、魔導師採用や武装隊入りを目指す様な人たちは、いろんな理由や想いを持ってるもので、あたしもやっぱり夢と憧れと、目指してることがある。

 だから、あたしの隣に居る、ひとつ年上の、このキレイな子は、どんな想いがあるのかなーとか、ちょっと聞きたかっただけなんだけど───というか〟

 

 しかし、本当のところが聴ける日はまだ遠そうだ。……いや、というより、本当はもっと単純な気持ちだったのかもしれない。

 それこそ、

 

〝───友達に、なれたら嬉しいなぁ、なんて〟

 

 同じように憧れを持っていて、自分なんかよりも、もっと真剣に夢を目指しているこの子が抱くものを、知る事が出来たらいいなと。

 本当に、そう思っただけだったのだが。

(でも……言ったら、ランスターさん怒るんだろうなぁ……)

 クールで生真面目なのに、結構怒りっぽくて気が強い。正直、ちょっと怖いなって思う事も未だにある。───だけど、時折感じられる憧れへと向かう姿は、それこそスバルにとっては身近で眩しい憧れみたいなものだった。

 だから思ったのだ。いつか、打ち解け合えたらいいなと。

 そして、自分にとって眩しい彼女の憧れを、聞けたらいいな……と、そう考えたところで、スバルもゆるりと眠りに落ちて行った。

 

 そうして───胸に抱いた、憧れを目指しながら。

 目指す場所を持った少女たちは微睡みを経て、また明日を迎えていく。

 

 

 

 

 

 

  3

 

 スバルが父や姉へ手紙を送った日から数日。

 訓練校での訓練課程が一つ区切りを迎えた事もあり、校内にはここまでの訓練における総合成績が貼り出されていた。

「これが本日までの訓練成果発表だ。教官判断の総合成績だが、各自参考にするように!」

 張り出した教官の言葉を受けて、生徒たちがこぞって掲示板の前に集まって来る。まだ序盤ではあるが、自分が今どの程度の力を出せているかはやはり気になるのだろう。

 その中にはもちろん、スバルとティアナの姿もあった。

「ふぇー、こんなんあるんだ……」

「そりゃあ、あるわよ。訓練校の中でも競争はあるんだからね」

 ティアナの言葉に「ふぅん」と頷いて、スバルはそういうものだろうかと納得しながら、自分たちの順位を確かめようと掲示板の方へと目を向けた。

「あたしたち、どれくらいかな?」

「さあね。どっかの誰かさんのせいでスタートが出遅れたけど、最近は殆ど叱られないし、そんなに悪くないと思うんだけど。あんた、座学の成績はいいしね」

「ぅぅ……きびしい」

 相変わらず手厳しい言い分にスバルはしおらしくなったが、ティアナの方「事実でしょ」と素っ気なく返す。

 それよりも、とティアナは順位表の方へと目を向けるが───。

「……見えないわね」

 掲示板前の人だかりに阻まれて順位表が見えない。

 二人はここでは比較的年下な部類な事もあり、前に並ばれると、ちょっと困る。

 これはもう少し待ちかしらね、とティアナが呟くも、それにスバルが「あー、あたし見えるよ。ここからでも」と言う。

「ホント?」

「うん。視力には自信が……えーっとね」

 そういって、掲示板の方を凝視するスバル。

 確かにスバルのフィジカルにはすさまじいものがあったが、本当に見えるものなのだろうか。

 ティアナは半信半疑で相方の様子を見守っていたが、程なくして見えたらしいスバルが掲示板の内容を読み上げる。

「三十二号室、ナカジマ&ランスター……総合三位!」

「──────」

 思いのほか高い順位を告げられて、ティアナは僅かに呆けてしまった。

 ベストを尽くしたつもりではあった。しかし、順当に来たとは言えない日々だった事もあり、見間違えているのではないだろうか? という疑念がどうしても拭えない。

 やや早くなる脈動を抑えながら、ティアナは薄くなり始めた人だかりへと向けて少し足を進め、自身でも順位表を確かめる。

 そこに記入されていた順位は───スバルの言った通り、総合三位。

「…………ほんとだ……」

 棒読みじみた声色で、ティアナはぼんやりとした呟きを漏らした。喜びよりも戸惑いが先行して、傍らで喜んでいるらしいスバルの声もどこか遠い。

 けれど当然、嬉しくない筈もなく。

「うん……! これらなら、トップも狙えるッ!」

 次第に結果を現実として、実感として感じられるようになると、これまでの努力が実った高揚に満たされて、なんだかとても胸の内が暖かくなった。

 目指していたものへの道は、確かに積み上げられつつある。

 そう感じられることが、とても嬉しい。

「頑張った甲斐があったわ。アンタもよかったわね」

 珍しく素直な賞賛を返すと、スバルも無邪気に喜びを露わにして「うん!」と笑みで応えた。

 ……だが、

『あれでしょ? 例のズッコケコンビ』

『そうそう。ちょっと運が良かったくらいで、ね……くすくす』

 そんな呟きが聞こえて来る。

 姑息な割に、酷く聞こえよがしな嗤い声であった。しかも、それだけでは終わらず、まだ続きがあった。

『あの子、士官学校も空隊も落ちてるんでしょ? 相方はコネ入局の、陸士士官のお嬢だし』

『格下の陸士部隊ならトップ取れると思ってんじゃない?』

『恥ずかしくないのかしらねー』

 どこからか聞こえてくるそれら声は、酷くティアナの神経に障った。

 馬鹿々々しいというのは理解している。愚直に進み続ける人間の姿は時に、心にもない声を招くのが世の常であるということも判っているつもりだ。

 けれど、その言いようはあまりにも露骨で、どうしようもなく腹ただしかった。

「……ちょっと!」

 言いたいことがあるなら、面と向かって言えと。

 気にくわないのなら、相手になろうとティアナは声を上げかけたが、それはスバルによって止められる。

「ランスターさん、休憩行こう」

 普段のスバルに比べると、酷く静かな物言いであった。

 しかし、それはただ大人しいというのとは違う。気が立っていたティアナにも、それはなんとなくは伝わった。

 が、

「……今の、聞こえたでしょ?」

 だからといって納得できるかと言えば、そんな訳もない。

 言われっぱなしでいるなんて、在り得ないとティアナは続けようとしたが、スバルの応えは明確だった。

「聞こえなかった。───いいから、行こう」

「ちょ、痛い……ッ!」

 スバルはそれ以上何も言わず、強引にティアナを外へと手を引っ張って歩いていった。

 残された場には一瞬の静寂があったが───やがて口にした者も、傍観していた者たちも、またいつも通りの流れの中に溶け込み、戻って行った。

 

 

 

 

 

 

  4

 

 二人が外へ出ると、既に辺りはだいぶ暗くなっていた。

 今にも沈みそうな夕闇に包まれた中庭までティアナを引っ張って来たスバルは、「ちょっと先に座ってて」と促すと、近くの自販機まで走って行き、飲み物を持って帰って来た。

「はい」と差し出された缶を、むすっとした表情のまま受け取ると、ティアナは中身をぐいと一気に煽った。

 熱くなった息を吐き出すと、やや気持ちも落ち着きはしたものの、やはりまだ腹ただしさは消えない。

「何で言い返さなかったの?」

 苛立ちの残った固い声色でティアナがそう問うたが、スバルは投げられた問いに対して「なんで?」と訊き返してきた。

 ティアナからすれば、スバルのそんな態度は理解しがたい。

「何でって……言われっぱなしじゃダメじゃない! ちゃんと言い返さなきゃ」

「んー、あたしは……そうは思わないかなぁ」

 二度繰り返しても、スバルの応えは変わらなかった。

 活発な割に、ヘンなところで引っ込み思案なところがあるのは知っている。自分に比べると、素直な性格である事も。

 しかし、それでもあそこで言い返さなかったのは違うだろうとティアナは言う。

「間違ったことを言われた。……ならそれは正さなきゃ、正しいって証明して見せなきゃダメじゃない」

 正しい事であるのなら、間違いだなどと貶されて良い筈がない。

 まして、その過程に恥じる事が無いのであるのなら、自分の最善を尽くした結果を嗤われる謂れなどある筈がない。

 在っていい筈がないのだ、とティアナは言う。

 しかしスバルは、また別の考えを持っているらしい。

「てゆーか……あんなの軽口とか、ちょっとした憎まれ口の類でしょ? そんなのに正しいとか、間違っているとかないよ」

 だからあんな小さな軽口に、是非を問うまでも無い。

 そう、スバルは言った。

「ズッコケコンビが予想外に成績良かったから、あの子たちもカチンときたんじゃないかな?」

 下に見ていた自分たちが、あの子たちよりも順位が上だったから、少しばかりやっかんでいただけだろう、と。

 ……ただ、

「ちょっと、誰のおかげでズッコケコンビよ?」

 スバルの言い分には、微妙に言葉の選び方を間違えてしまった部分があったが。

 初日の失態を思い出したのか、ジトっとした目で迫って来るティアナを「そ……それはあたし! あたし一人の所為だけど!」と宥めつつ、スバルはちゃんと言いたかったことを伝えるために言葉を続ける。

「それにランスターさん……あの子たちが言ってたようなこと、思ってないでしょ?」

 そう訊ねると、ティアナは「……さあね」と言ってスバルから離れた。

 彼女の反応を見れば、答えは判ったと言ってもいいかもしれない。

 だが、

「ランスターさん、本当は士官学校とか空隊に行きたくって、此処なら楽勝だと思って入って来た?」

「……なんであんたにそんなこと」

「教えて。あたしとランスターさん、仮とはいえ、今はコンビだよ。パートナーのプライドを守る役目が、あたしにはある……と思うんだけど、ダメかな?」

 大切なことだからこそ、きちんとその口から聴いておきたいと、スバルは言う。

 真っ直ぐに自分を見据える眼差しは真剣で、表面的な応えや、まして嘘や誤魔化しなどを口にするのは憚られた。

 というより、さっきも思った事だった。

 自分の辿って来た道のりが間違いでないのなら、それを恥じる意味など在りはしない。

 ならば、向けられた真剣さには、同じように真剣に応えるべきであろうと。

 ティアナは、今の自分をまっすぐに、今のパートナーである少女に語り出した。

「……落第は事実よ。士官学校も空隊も、両方落ちた」

 空を目指していたのは、言われた通りだ。……いや、今でも目指し続けている目標なのは変わらない。

 確かに、一度は届かなかった。

 けれどそれは、諦める理由になんてならない。

 なにより、

「だけど、今いる場所を卑下するほど腐ってないわよ」

 空戦も陸戦も、等しく険しい舞台である事には変わりない。

 初めに立てた目標ではないからと言って、それが軽んじる理由になる筈もない。まして、自分自身の未熟が問題であるのならなおの事。

「いつかは空に上がる。だけど今は、誇りをもってここに居る。

 ───一流の陸戦魔導師に成る。ここをトップで卒業して、陸戦Aランクまではまっすぐに駆け上がる。それが今の、あたしの目標」

 至らないのなら、届くまで足掻き、目指した場所へと駆け上がるまで。

 辿り着くまでは、自分自身に妥協なんて許さないと決めている。無論、固めた決意は、周囲の陰口程度で揺らぐほど甘いものではない。

 語られた志を受けて、スバルは満足そうに微笑んで、「じゃあ、証明していこう!」と言った。

「正々堂々、陸戦で凄い所見せれば、みんなきっと認めてくれる。むしろ、頼られちゃったりするかも」

 確かに、それは理想的であった。

 だが、普段から周りとそりの合わないタイプだと自認しているティアナは「アホらし、そんなんそうそう上手くいくわけ……」と、否定的な反応を示した。

 実際、ちょっと成績がいいだけでアレだったのだ。

 上へ行けば行くほど、やっかみを強くなるだろうと考えるのが自然だろうとティアナは言ったのだが……。

「いく! ランスターさん絶対凄いもん! あたしが絶対保証するッ!」

 スバルは何故か、頑なに絶対と告げてくる。

 今まであまり接してこなかった類の意見に、ティアナは少しばかり反応に困った。

 褒められていると自覚して、なんだか照れ臭くなる。……しかし、自他共に認める捻くれ者なティアナには、素直に返せるわけもなく。

「ズッコケのあんたに保障されたからって何よ。……大体あんた、気弱なクセに時々妙に強引でワガママよね?」

「あぅ……」

「しかも考えも軽くて甘い。あんたみたいなオツムなら、人生ずっとお花畑で、そりゃ楽しいでしょうけど!」

「あの、ゴメン。流石にちょっと傷つくかも……」

 結局、ティアナはなんだかんだと、スバルの頭で花がしおれるイメージが見えそうなくらい文句を続けたのち。

 バツが悪そうに眼を逸らしながら、

「……でもまぁ、実力で黙らせればそれでいいっていうのは、確かにそうだわ。気にしないことにするわよ」

 と、小さな声で告げた。

 ここまで言っておいてこんなことを言うのもどうかと思ったが、生憎と性格はおいそれとは変えられない。

 別に嫌われても特に気にしない、と、そう思っていたのだが。

 杞憂を感じるまでもなく、スバルは酷く嬉しそうだった。それこそ、『ぱああっ』という擬音さえ聞こえそうなくらいに。……ここまで素直だと逆に心配になってくるのだが、半分は自分の性格の所為なので、ティアナは何も言えない。

 が、スバルの方はというとそんなことをどこ吹く風とばかりに嬉しそうだ。

 それが余計にむず痒くて、ティアナは話題を変えるべく、先程聞こえたもう一つの方について話を振った。

「……しかし、あんたホントにお嬢だったのね。適当言ったつもりだったけど」

 そういうと、スバルは一瞬不思議そうな顔をしてから、「ああ」と思い出したように頷いた。

「うちのお父さん、確かに陸士隊の部隊長だけど……入って来たのは、別にコネとかじゃないよ?」

「分かってるわよ。あんたみたいな()ねじ込むなら士官学校が定番だし、わざわざ陸士の訓練校に入れないでしょ」

 ティアナがそういうと、スバルは「かもね」と頷いて、

「うちは母さんも陸戦魔導師だったし、陸戦も子供のころからの憧れではあったんだ」

 と続けた。

 本人はそのまま「あたしも立派な陸戦魔導師になる! がんばるぞーっ!」と奮起している様子だったが、ティアナはむしろ其方ではなく、

(……だった?)

 憧れだった───という言い方が、なんとなく引っ掛かった。

 両親揃って管理局に勤めていたらしいのは、話を聞いていれば分かる。母を尊敬しているらしいことも、スバルの様子から容易に察せた。

 しかし、それを差し引いても、なんだか不思議な言い方であったような気がして、ティアナは「ねぇ」と口を開き掛けたのだが、

「あ、そうだ! ランスターさん! ストレス解消用に、SA(シューティングアーツ)ちょっと教えてあげるよ!」

 その問いかけは、スバルの元気すぎる提案によって遮られた。

「えー? いいわよそんなの」

「まぁまぁ、基本のパンチとキックだけ。ね? ね? スパンと決まると気持ちいいよ~!」

「…………」

 今日だって訓練はしっかりあったというのに、この元気娘は随分とやる気が有り余っているらしい。

 相変わらず、スバルのフィジカルは呆れるほど高いらしい。

「……馴れ合うつもりはないってのに」

 呆れたように言うティアナだが、スバルは一度波に乗ったら引かない性質(たち)なのか、「馴れ合いじゃないよ、経験と学習。いい? こー構えてね……」と、半ば強引にSAの型を説明し始める。

 なんだか距離が縮まったような気もしたが、やはりこの強引さは如何ともし難い。

 本当に、ヘンなところでワガママな暴走娘である。

「───聞きなさいよ、人の話!」

 そんなティアナの怒った声と共に、波乱の影を覗かせた時間は終わりを告げて。

 ほんのちょっとだけ打ち解けたズッコケコンビは、再びこれまで通りの日常へと還って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 行間 一

 

 

 

 自らの夢を目指し、新たな種が歩み続けているのと同じ頃。

 時空管理局・第一〇三九航空隊でも、うら若き精鋭たちが、己が技を磨き競い合っていていた。

「それでは以上で、教導を終わります。お疲れさまでした」

 本日の教官を務めたなのはがそう締めくくると、教導を受けた新人局員たちは「「「お疲れさまでしたッ‼」」」と威勢のいい返事を返した。

 そんな彼ら彼女らの様子に満足そうになのはが頷くと、場は一時解散となった。

 滞りなく教練内容を終えて、なのはがホッと息を()くと、そこへ背後から声が掛かる。

「高町教導官、ありがとうございました」

「シグナム三尉、お疲れ様です」

 聞きなれた声に振り返ると、そこにはシグナムがいた。

 まだ新人たちの近くだということもあってか、二人の口調はやや堅い。

 だからという訳でもないが、

「よければ食事をご一緒にいかがです?」

 肩肘を張った時間を終えたなのはに、シグナムからそんな誘いがかかった。

 なのはとしても、少し気を緩めたいところだったので、「いいですね」と応えてその誘いを受けた。

 そこから本日の教導を依頼した上官たちが見送りに現れ、「本隊の魔導師魔導師たちはどうでした?」といった質問が掛かり、

「いいですね。良く鍛えられてます。仮想敵もやりがいがありました」

 と、言ったような短い談笑を挟んだのち。

「では、我々はこれで」

「またよろしくお願いします。教官殿」

 そういって敬礼を送る上官たちに「はいっ」と、なのはも敬礼を返して、航空隊の隊舎を出た。

「……お疲れ様です、シグナムさん」

「ああ。すまなかったな、気を張らせてしまって。食事は私の同僚たちとだけだ。気楽にしてくれ」

「はい」

 なのはとシグナムがいつも通りの日常(オフ)モードに入ったところで、二人の元へやって来た二人の姿が見えた。

「噂をすれば、だな。今の内に紹介しておこう。アルトは初対面の筈だが、ヴァイスの方は……」

「あ、覚えてます。地上本部の面白いヘリパイロットさんですよね」

「覚えて頂いて光栄であります、教導官殿。お疲れ様です、ヴァイス・グランセニック陸曹であります」

 大柄なガタイとは裏腹に、人懐っこい柔和な笑みを浮かべ、ヴァイスは敬礼と共にそう名乗った。

 それに合わせ、アルトと呼ばれた少女の方も「アルト・クラエッタ整備員でありますっ」と続く。ちょっと緊張しているところが見えるあたり、アルトは真面目なところがあるのだろう。

 親しくしている後輩たちと似た組み合わせに、何だかなのはは親近感を覚えた。

「はい、よろしくおねがします」

「まあ、名乗りはその辺りでいいだろう。積もる話は卓に着いてからでも遅くはない」

 シグナムがそう促して、四人は早速、隊舎近くに設置されたこざっぱりしたレストランへと向かった。

 管理局の武装隊が駐留する施設の付近には、長期滞在する局員たちの為にこういった施設が置かれていることが多い。

 内容としては、局側が提供しているものと、企業側からの出店が半々といったところ。これは管理局が公的な機関ゆえに優遇されているというよりは、単純に主要次元世界から離れた位置では治安の問題があることや、そうでなくても常に局員たちがそこに毎年一定数送り込まれてくるため、割が良いというのが大きい。

 何せ次元世界は広く、よほど辺境でない限りは拠点となる場所はしっかりと管理されなければならないのだ。

 その辺りの事情もあり、局の側も企業側が出店投資してくれるのはありがたいので、施設内に最初からある程度のスペースを想定しているなどして共生している。

 四人の入った店も、ちょうどそんな経緯で出店しているところで、ミッドでもよく耳にする小洒落ているが、値段は割とお手頃な人気店であった。

 

 卓に着いて、幾つか好き好きに料理を注文した一同は暫し談笑に耽っていたが、管理局員の性なのか、ふとした切っ掛けから話がやや仕事の方へと傾き始めた。

「そう……二人も、『レリック事件』については知ってるんですよね」

「ああ、二人も私たち同様、今後も関わっていく方向で動いているからな。そちらの方で何か進展はあったか?」

「クロノくんが各方面で調査や調整依頼をしてくれているそうですけど、今のところは何も」

「AMF関連はテスタロッサが動いているが、彼方もあまり芳しくない様だな」

 と、シグナムが言うと、「はい」となのはも頷いて続けた。

「レリックがこれまで出てきた三つ以外にいくつあるとか、AMF兵器がどれくらい存在しているかも、まだ何も……。『レリック』やそれに関連する品については、ユーノくんが調べてくれてたりもするんだけどね……」

 なのはたちが以前、空港火災の直前に機械兵器と遭遇した頃にも『レリック』について調べを進めていたのだが、その際に調べ上げた内容はまだ確認には至っていない。

 加えて、『レリック事件』は少々面倒なところがある。

「聞いた話だと……発生場所や発見間隔が中途半端で、だから合同捜査本部が中々設立されないというのもあるとか」

 アルトが口にした言葉に、「そうなんだよー」となのはも頷いた。

 『レリック』の現れる間隔はまちまちで、次を予測する事が非常に困難とされている。また、『レリック』は次元世界の歴史に刻まれてはいたが、存在が確認されたのは二年前が初めてだ。───少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()

 更にいえば、これらの発現が人為的なものか、自然的なものかもハッキリとしていない。その目的もまた然り。事件としての性質が断定できていない以上、捜査の指標も定まらずにいる。

 しかし、原因がどちらにせよ、事件の規模が大きい事もまた確かだ。

 故に、本来であれば迅速に対応せねばならないところだが、そこには新たな問題が重なって来る。

 空港火災の件にもある通り、外側の世界だけでなく、ミッドチルダでも事件は起こっている───となれば、それが一度だけとは限らない。次にもまたミッドの街を焼く厄災が起こる可能性は十分に考えられる。

 だが、そこが問題の一番大きなところだ。

「いまの地上部隊同士だと、中々連携も取れないからね……」

「そいつが地上の面倒くせぇとこっスね。次元航行隊(うみ)だと、その辺はいくらか身軽らしいですが」

「海は海で大変だと思うけどね」

 ヴァイスにそう返して、なのはは少し寂し気に微笑んだ。

 事件への対処を難しく原因は、何も外に依るモノのみではない。

 本来解決に当たるべき管理局の体制が問題を生むというのは些か皮肉ではあるが、人間の創り出したものである以上は欠陥もある。それは道理だ。……しかし、だからといって現状に甘んじていては成し遂げられない事もある。

「どちらにしても、わたしたち武装局員は()()()()()()()()()()()()()()出られないからね……」

 けれど、

「なのはさん。もう教導隊なんスから、そんな前のめりにならなくても」

 焦りすぎても良い事はないと宥める様な声色で、ヴァイスはなのはにそう言った。

 本人は「ふぇ?」とよくわかっていない様子だったが、傍らのシグナムにも「そうだな。すぐにでも出たそうな顔だった」と言われて、自分が思ったよりも険しい表情(かお)をしていたらしいと知り、どことなく慌てた風に弁解してきた。

「お、落ち着いてますし! 別に好き好んで前に出たい訳じゃないんですけど、被害とか出したくないはないですかっ!」

 もぉ~! と、子供みたいに口を尖らせるなのはに「それはそうだがな」と、返しつつ、シグナムは少し揶揄い過ぎたかと微笑んだ。

 そんな彼女になのはは未だ不満そうな様子だったが、こういう時のシグナムがちょっと意地悪だというのは、親友のフェイトが良く揶揄われているのでよく知っている。

 これもまた、口下手な烈火の将らしい親愛の印かと諦めて、なのははふぅと一つ息を吐いた。

 しかし、こうして色々と思うところがあるのも、結局は何かを守りたい、悲劇を減らしたいという思いに通じる。

 だからこそ、

「今、はやてちゃんが追いかけている夢が本当に叶って……はやてちゃんの予定通りに事態が進めば、わたしはその場所で『教官で前線』って立場になれるわけですし」

 そうなれば、今まで出来なかった事が出来るようになるかもしれない、となのはは言った。

「主はやては一度決めたことは必ずやり遂げる……必ず叶う」

 シグナムがそういうと、なのはは「はい」と頷いた。

 はやてが目指す夢を教えてもらったあの日から、夢と想いが並び立つ日を待っている。

 時にその思いは傲慢でさえあり、酷く歪な物にも変わる事もあるけれど───それでも、同じように願うからこそ、信じる事を止めない。

 そして、

「その話……ヴァイス陸曹と、アルトも聞いてるよね?」

「お誘い頂いてます」

「はいっ」

 たとえ夢想に思えても、抱く志は、ちゃんとそれぞれの胸の内にある。

 今はまだバラバラの、大空に散った星々は、いずれ出会う時を待ち望んでいる。

「はやてちゃんを中心に、わたしとフェイトちゃん、守護騎士のみんなが部隊長として部隊を育てて───みんなが集まって、たった一つの事件を追いかける為の部隊。新しい出会いもきっとあるだろうし……早く叶うと良いんですが」

 どことなく祈るみたいな呟きに、「そうだな……。だが、そう遠い未来でもないだろうさ」とシグナムは応えた。

 その言葉に、なのはは「そうですね」と微笑んだ。

 

 ───幕開けは、もう直ぐそこまで迫っている。

 集う想いは惹かれ合うように、輝ける時を今か今かと待ち望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 原石たちの日々Ⅲ No_Limit !!

 

 

 

  1 (Age77-Mid_September.)

 

 ティアナとスバルが陸士第四訓練校に入校してから、既に三ヶ月ばかりが過ぎようとしていたある日。

 射撃訓練場にて、ティアナは今日も訓練に準じていた。

 

 光弾を形成。狙いを定め、撃ち放つ。

 言葉にしてしまえば短い動作であったが、狙った場所に弾丸(たま)を当てるのはそれなりに集中を要する。

 とりわけ、これは単なる実弾射撃ではない。

「───ッ‼」

 意気を込めて打ち放った二発の弾丸は、撃ち手の少女と同じ色彩の輝きを放ちながら銃口から解き放たれた。

 ぎゅん、と風を切るように加速しながら、並び立つ木々の隙間を潜り抜けて、魔力で生成された光弾は林の先に置かれた的の中心を貫いた。

「よーし、良いぞ三十二番」

 教官からの言葉に「ありがとうございますッ!」と返事を返して、ティアナはふぅと息を吐き、後ろに下がる。

(上手くはいったけど、思ったよりギリギリね……)

 誘導弾の扱いはまだ難が残るか、とティアナは自分自身の分析を怠ることなく、今後の改善すべき課題をしかと据える。だが、それは掲げる目標が高いためであり、彼女が感じているよりは、訓練は順調に進んでいると言って良い。

 そして、前に進み続けているのは、その相方も同じで───

 

「───ロード、カートリッジッ‼」

 

 射撃場の傍らに在る野戦格闘場で、威勢の良い掛け声が響き渡る。

「デカいの来るぞ!」

「おうッ!」

 踏み抜かんばかりに地面を蹴り飛ばし、此方へ向け疾走する青い影。

 拳に備えた武装の、二重に重なり合う歯車が唸りを上げる。削岩機(ドリル)を思わせる回転を伴いながら、「でえええぇぇぇっ‼」という気合の籠った叫びと共に、構えた訓練用土嚢(バリアバッグ)へと強烈な一撃が叩き込まれた。

「……っ、のああああっ⁉」

 正面から襲う衝撃に踏み留まり切れず、訓練用土嚢(バリアバッグ)を構えていた二人は後方へ大きく吹き飛ばされた。

「っ~~! いってぇ……ナカジマぁ、ちょっとは加減しろよー」

 同級生の剛腕っぷりに、押さえていた片割れが、半ば呆れたような感嘆を漏らす。

 それに「あはは……、ごめーん」と、頭を掻きつつ駆け寄ってくるスバルは、すっかり何時も通りの調子に戻っている。

 そんな彼女を見ていると、先程の一撃を繰り出した本人だというのを忘れそうになってしまう。

「しっかし、相変わらず凄ぇパワーだよなぁ。ナカジマ、格闘選手とかなってもよかったんじゃないか?」

「あー、確かに格闘技っぽいのはやってるけど……競技の方はちょっと」

「ふぅん。ああ、でも訓練校(ココ)に来る前は普通科に行ってたんだっけ?」

「うん。それだけじゃないんだけど、あんまり専門的な魔法の練習してなかったから……」

 スバルがそういうと、周りも「確かに総合だと魔法戦技もあるもんな」と納得したように頷いた。

「まあ、そうはいってもやっぱスゲぇよ。俺たちも負けてられねぇな」

「ミッド式連中との合流までもうちょっとあるし、もう一周くらいバッグ打ちやっとくか」

「あ、じゃあ次あたしバッグ持ちやるよー」

「おう、頼むわ」

 そんな調子で、スバルの方の訓練も円滑に進んでいた。

 急ぎ足で基本と応用を詰め込んでいく日々ではあるが、確かに手応えは感じられる。

 また、ミッドとベルカ個別でのトレーニングも増えており、このところはコンビでの教練は少なめで、個別訓練が主になっていた。

 

 ───と、そうこうしている間に、今日も終わりの時間がやってくる。

「では、今週の訓練はここまで! なお、今週末の休暇期間はグラウンド整備が入るので、自主練習は禁止だ。週末練習組も、熱心なのは結構だが、たまには休め」

 教官の言葉に、「「「はいっ‼」」」と生徒たちが返し、本日の訓練は終了となった。

 

 

 

 

 

 

  2

 

「───を、希望します……と」

 

 ティアナが部屋に戻ってくると、何やらスバルが鼻歌交じりに何かをせっせと書き綴っていた。

 何を真剣にやっているのかとティアナが覗き込んで見たところ、

「なんだ。アンケート、もう書いてるの?」

「あ、ランスターさん。おかえりー」

 呑気に返事を返すスバルに、「ん」と頷いて続ける。

「提出は来週でしょ?」

「んー、なんか早く出した方が通りやすそうかな―って」

 そうスバルが語るのに「ふぅん」と頷いて、ティアナも面倒な事はさっさと済ませたほうがいいかと思い直したらしいく「……まあ、どーせ提出するわけだしね。あたしも書いちゃおう」と言って、容姿を取り出し自分の机に向かう。

 が、それを───。

「…………(そーっと)」

「なに見ようとしてんのよ」

 ぐい、と押されてスバルの目論見は阻止された。

 本人としては自然に近づいたつもりらしいが、普段が騒がしい分、静かにしているのは逆に不自然で気づかない方が難しい。

「いや、あのー……その、興味があるっていうか───ルームメイトとして」

 が、スバルの方も気づかれたら気づかれたで、持ち前の気安さでぐいぐい来る。

「あんたには関係ないでしょ。まったく」

 と、それをティアナは押しのけようとするが、この変な『ワガママ』は簡単に止まらないのは経験上明らか。

 なので、こっちも意趣返しに出てみることにした。

「で、そーゆーあんたはナニ志望よ?」

「あっ⁉」

 すっかり油断しきったスバルの手から進路希望調査(アンケート)用紙を掠め取った。

 反射神経も動体視力もトンデモなスバルではあるが、こういう時は抜けている。そうしてティアナは、存外簡単に手に入った用紙に書かれた文字列へ視線を走らせていく。

 傍らでスバルが「みーなーいーで~」と焦ってるが、「人の事を言えた義理か」と返したら「うぐっ」と呻いて大人しくなった。

「なになに……備考欄。『在校中はティアナ・ランスター訓練生徒のコンビ継続を希望します』? やめてよね、ぞっとしない。

 卒業後の配置希望は災害担当、将来的には救助隊……? なんだ、アンタも災害担当志望なんだ」

「ランスターさんも⁉」

 それを聞いて嬉しそうな反応に見せるスバルだったが、ティアナの方は「まあね」といつも通り素っ気ない。

「陸士隊の中では門徒が広いわりに、昇進機会が多いからね。とんでもないハードワークだけど」

 相変わらず上を目指すことに余念がない。

 自分はないその向上心は、スバルにとってどこか眩しい気がする。

「あたしはまあ、人助けができる部署なら、どこでもよくはあるんだけど……。災害や危険があれば火の中、地の底、水の中! 災担や救助隊は、魔法戦技能を十分に生かせるお仕事だしね。

 ランスターさんは陸隊で活躍して昇進して、魔導師ランクもアップして空隊入りして、それで執務官試験を受けるんだよね?」

「それをアンタにうっかり漏らしちゃったのは、あたしの大失敗だけどね」

 不機嫌そうにいうティアナだが、当然違うとは言わない。

 相方の性格はスバルも知るところなので、こういったやりとりも笑みで受け取れる。

「道のり結構長いから、お互いケガしないようにしないとね」

「その前に、あんたはここを卒業できるかどうかでしょうに」

 が、舌戦は不得手な身にはこれは堪える。「うぅ……出来るよぉ」というが、ティアナは結局ツンケンしたままだった。

 まったくもって、相も変わらずどこまでも素直で、とことん素直でないコンビであった。

 

「───あ、そうだランスターさん。週末のお休みどうする?」

 と、流石にこれ以上いざこざを続けるのは好ましくないと思ったのか、スバルは休みに何をするのかという方向に話を振った。

「別にいつも通りよ。家に帰ってもね。おに……じゃない、兄さんも忙しいし」

 子供の頃の呼び方をうっかり漏らしかけながら、ティアナが今回の休日もいつも通り過ごすつもりだと告げる。

 間違ってもそこが向こうの耳に届いてやしないかと若干焦っていたが、スバルが拾っていたのは呼び方の方ではなく。

「へぇ、ランスターさんも兄弟いるんだね。あたしもね、おねーちゃんいるんだ~」

「あっそ。ってか、別に珍しいもんでもないでしょ」

 口にした通り、大して珍しい事でも無いだろうと思ったティアナだったが、互いに『妹』らしいというのが琴線にひっかかったのか、スバルは非常に興味津々と言った様子である。

 実際、こんなことでいちいち親近感持たれても困るのだが、スバルの方は人懐っこい資質故か、こういう時ぐいぐいくる。

 しかも、終いには。

「あ、そうだ!」

「なによ?」

「うん。あのね? 実はあたし、明日のお休みにおねーちゃんと遊びに行く約束してたんだけど……ご飯とおやつ驕ってくれるって話だから、ランスターさんもよかったら一緒に行かない?」

「いや、何でそうなるのよ」

 半ば本気で呆れた様子でスバルを見るティアナだったが、向こうは姉妹水入らずに自分が混ざる事には何も思うところはないらしく、「なんでって?」と心底不思議そうな顔をしている。

「……せっかくの姉妹(かぞく)水入らずでしょ? ならあたしが行く筋でもないし。だいたい、慣れあう気はないって言ったじゃない」

「んー、筋とかはよくわかんないけど……。うちのおねーちゃんは、ランスターさんにぜひぜひ会ってみたいって」

「…………」

 いつの間に、と思ったが、『そういえばこの子は無茶苦茶な割に筆マメだったな』と、変なところで納得してしまったティアナは、どうにも二の句が継げずにいた。

 その間にも、

「午前中から夕方まで、半日だけだから、ね?」

 ね? ね? と、きらきらと光を発しそうな眼差しでこっちを見てくるスバルだったが、ティアナは「……あんたのお姉さんには申し訳ないけど」と断ろうとした。

 ───が、一向に此方を見てくる視線は止むことはなく。

 それからもうしばらくの間、二人の間にはなんとも言えない攻防戦のような何かがあったのだが。

 結局、先に耐えかねたのは(というか彼女の気が短いのもあるが)ティアナだった。

「ああもう、分かったわよ。行けば良いんでしょ、行けば!」

 と、了承ことしたものの、スバルのワガママにまたしても押し切られてしまい、なんだかちょっとした敗北感に苛まれることになったティアナであった。

 ちなみに、そのあとも───。

「そういえばさっきは聞きそびれちゃったけど、ランスターさんのおにーさんってどんな人?」

「……ンなこと何でアンタに教えなきゃなんないのよ」

「えー、教えてよ~」

 これもまた末っ子だからなのかは知らないが、ひょっとするとこの我儘も妹だからなのか……なんて、益体も無いことを浮かべつつ、子犬みたいにじゃれついてくるルームメイトに辟易となったティアナ。

 そんな二人のじゃれ合いは、「ええい、しつこいっての!」と彼女が相方を押しのけるまで、もうしばらく続いたのだったとさ。

 

 

 

 

 

 

  3

 

 で、翌日。

 スバルとティアナは、ミッドチルダ東部第十二区内、『パークロード』へとやって来た。

「……結局来ちゃったわねぇ」

 ため息交じりにそう呟くティアナに、スバルは「まぁまぁ、楽しもーよ」と能天気に応える。

「……改めて思い知ったわ」

「何が?」

「アンタのその異様なワガママと、強引さ()()は見習うべきところがあるってコト!」

「あはは、褒められた~♪」

「褒めてないわよっ! ……ったく、あたしは挨拶だけして直ぐ帰るからね。姉妹水入らずなんだし、二人でゆっくりしなさいよ!」

「うん」

 本当に分かっているのか疑わしいくらい呆気ない了承であったが、どうせスバルのお姉さんとやらに会って短く挨拶を終えれば、大した話題もなくさっさと帰れるだろう。自分はこの子ほど人に好かれる性質ではないし───と、ティアナはこの時まで本気で思っていた。

「で、お姉さんどこよ?」

「えーっとね、……あ、いた!」

 しかし、彼女は失念していた。

「あ、スバル~」

「ギン姉~!」

 ここまで人の懐にバンバン飛び込んでくる妹の姉が、ただ人の訳が無いと言う事を。

「スーバル~♪」

「ギーン姉~♪」

 たたたっ! と姉の元へ駈け込んでいった妹の手を受け止めるや、手を取り合ってぐるんぐるんと二回転。そこからぴたりと止まると、今度はパシパシと軽いジャブ打ちみたいな事が始まって、妹の打ち込みを姉は微動だにせず受け止めていた。

 しかも、これだけの動作であったが、二人とも終始笑顔である。

 ティアナはすっかり置いてけぼり、というか目の前の波に一周分遅れた様な気分で立ち尽くしていた。

 その間にも、ナカジマ姉妹は「三ヶ月ぶり~、元気だったー?」「もちろん。スバルも元気そうね~」などと仲睦まじいやり取りを交わしている。……というより、三ヶ月ぶりにしてもこのテンションは何なのか⁉ と、ティアナがまたしてもすさまじい衝撃に駆られたのは内緒だ。

「そうだギン姉、こちらランスターさん」

「初めまして。スバルが何時もお世話になってます」

「ど、どうも……」

 急に切り替わったように丁寧にあいさつをされて、つい戸惑ったまま言葉を返す。

 冒頭のやり取りに圧倒されたが、妹に比べると姉の方は幾分お淑やかそうに見える。……いや、本当にお淑やかなだけなら妹と広場でダンスみたいなことはしないのかもしれないけれども。

 と、いろいろと激しい対面であったが、初めが終わってしまえば穏やかなもので、ひとまず三人は、適当なベンチに座って話をすることになったのだが……。

(……で。こういう場合、何を話せばいいわけ?)

 話が長くなるならとスバルが近場にあった移動販売車のアイスの列に並びに行ってしまい、ティアナはギンガと二人になって、どうにも会話の切り出しを探せずにいた。

 そもそも相方の姉だというだけで、まったくの初対面なのだ。何を話すのが良いのかなんて分からないのは仕方ないともいえる。尤も、ギンガはそこまで沈黙を苦にする性質でもないらしく、またティアナも気は強いので、互いにそこまで気まずくはなっていなかったのが幸いだったかもしれないが。

(…………けど、あんまり黙ってるのもなんだし……)

 最初に考えていた帰る選択肢も半ば見失ってしまっているし、ティアナはどうしたものかと、若干手持ち無沙汰気味である。

 だからというわけでもないのだろうが、先に柔らかく沈黙を破ったのはギンガの方からだった。

「ごめんなさいね。いつもウチのスバルが迷惑かけちゃってるみたいで」

 話し易そうな切り出しを受けて、「ああ、いえ……」と短く相槌を入れて、ティアナも閉じていた口を開いていく。

「妹さん優秀ですよ。訓練校でも最年少ですけど、よくやってますし。最初はともかく、今は個人成績も上位グループだと思います」

「ホントに? よかった」

 そう言って喜ぶギンガの姿は、本当に妹の事が好きなんだろうなと分かるくらい、暖かい何かを感じられた。

 彼女の様子を見たからか、ティアナはふと、自分の兄の事を思い返していた。

 兄とは、何時の頃からかどうにも素直になれなくなってしまい、あまりマメに自分から連絡をとれていない。向こうからはそれなりに来るが、いつも気の利いた返事が出来なくて、申し訳なかったのも、連絡を渋る一因にもなっていた。

 自分が悪いのは解っている。だが、もっと自分が素直に心内を告げられていたら。兄も、こんな風に───と、つい、そんなことを考えてしまう。その問いかけの答えなど、考えるまでもなく、ちゃんと彼女の中に収められているのに。

「……少し、うらやましいです」

 そして、同時に情けなかった。目の前の二人が、こんなにも容易く出来ることなのに、いつの間にかできなくなっている自分自身が。

 しかし、そんな彼女に、ギンガはそっと短い問いを投げかけた。

「ランスターさんは……?」

 そう問われて、一瞬何を訊かれたのか分からず呆けてしまう。が、直ぐにそれが家族について訊ねられているのだと気づき、「ああ、ええと……」と少し言葉に詰まりながら、ティアナは自分の肉親の事を語りだした。

「……兄が、一人います。両親は、あたしが生まれて直ぐの頃に亡くなったので……家族は、兄妹二人だけで。大変だってわかってますけど、ずっと支えてもらってます」

 ティアナが端的に自身の生い立ちを述べると、ギンガはどこかすまなそうな顔を浮かべていた。「お気になさらず」と言い添えたが、やはり亡くなった両親の事や、兄に支え続けてもらっている現状は、どこか心苦しいものがある。

 口にした過去(こと)より、たくさんの思いやりに支えられている現状(いま)が、辛い。

 重荷にはなりたくなかった。けれどそれは、離れたいということではなくて───ただ、少しでも早く、『強くなりたい』という願いだった。

 強くなれたなら今度は、『自分がお兄ちゃんの事を支えられるんじゃないか』と思ったから。

 守られているだけじゃなく、その傍らで。そうすれば、今度は……あの時、守りたいからと帰って来てくれた事を『間違い』だなんて言わせないのにと。

 幼い記憶に刻まれた苦い想いは、今でも彼女の中に残り続けている。どう表していいのかさえ判らない感情に苛まれた顔は、きっと酷いものになっていたのだろうなと、ティアナは思う。

 するとそこへ、

「お兄さんのこと、嫌い?」

 と、裡に沈み込むばかりだった心に、一つの問いが投げられた。

 静かで、しかし毅然とした視線と共に───ギンガの瞳と声が、真っすぐにティアナを射抜いている。それを受けていると、不思議と固く籠った力が抜けて、また別の暖かいものが湧き起こるような気がした。

 ───だからだろうか?

 これに対する答えには、決して上辺や誤魔化しを交えてはいけないと思ったのは。

「…………」

 ゆっくりと、けれどちゃんと言葉を探す。

 自分の中にある、辛いだけではない、始まりの感情。

 憧れを声にするための言葉を。

 

「───嫌いなわけ、ないです」

 

 そうして出て来た言葉は、とても簡潔なものであった。

 足りない、或いは拙いとさえ思えそうだったが、しかし。

「そっか……。憧れ、だったりする?」

 ギンガは、ちゃんとそこにある意図を感じ取っていた。

「……はい」

 応えながらも、さっきから本当に不思議だという印象が拭えない。

 きっとティアナにとって、その答えは一番深いものであった。普通なら、それこそ傷を抉られたと思いかねないところにあるような。

 なのに、ギンガに告げた言葉も、返された言葉も、不快だと感じるもの……〝痛み〟みたいなものは何もなかった。むしろ、口にした憧れを理解(わか)ってくれていると、根拠もなく思えるほどに心地よくさえあった。

 そして、それはギンガの側も同じだったのか。

「スバルから、聞いてたりするかな。私たちの、お母さんのこと」

 と、自分の〝憧れ〟について語り始める。それを聞いてティアナは、前にスバルから聞いた言葉を思い出した。

 憧れだった、というその言葉を。

「確か……地上部隊の陸戦魔導師だった、って」

「うん、そうなの。私たちがやってるシューティングアーツ(SA)───あれは、母さんから教わったものなんだ。……まだ小さかったから、私たちが一緒に教えてもらえたのは、本当に少しだったんだけど」

「……ぇ?」

「殉職したの……任務中の、事故で」

 それを聞いた時、引っかかっていたあの言葉の意味を、ティアナはようやく理解した。

 だった、というのは、幼くして別れてしまったが故のものであったと。

「それは……」

 言いかけて、ティアナは言葉に詰まった。

 親を亡くした経験は、自分にもある。局員の身内が、管理局の任務中に危険な目に遭ったことも。

 だが、告げられた言葉に対して、何をどう言い表せばいいのか───ティアナは直ぐに思い至らなかった。

 そんな彼女の意図を分かっているからと示すように、ギンガは少し寂し気な笑みを浮かべて、言葉を続けていった。

「でも、年齢の分もあるけど……私はスバルよりは長くハッキリと教われたと思う。それにスバルは、元々SAにあんまり積極的でもなかったから、母さんが亡くなった時は……もっと寂しかったんだろうな」

「……積極的じゃなかった、っていうのは?」

「今はだいぶ元気になったけど、昔のスバルはもっと大人しくてね? 怖いのとか、痛いのとか、他人を痛くするのがいやだから……って、あんまりちゃんとやってなかったの」

 ギンガの語るスバルの過去は、今の彼女しか知らないティアナからすれば驚きという他ない。訓練校での、それこそ馬鹿力(パワーファイター)代名詞(ひっとう)みたいな姿ばかりを見てきただけに、(ギンガ)の語る(スバル)がそうであったと言われるのは、あまりにも意外過ぎた。

 そんなティアナの驚きをみてとり、ギンガも「わたしもそうだった」と頷いた。

 強くて、綺麗で……カッコよくて。でも、憧れへ近づこうとするにはまだ遠かったから、動けなかった。そうしていたことが、母と触れ合う時間を減らしてしまった、もっと一緒にいたかったという心を、かき乱したのだろう。

 しかし、だからこそ───スバルが変わった事には、ギンガも父であるゲンヤも、とても驚いた。

「あの子がSAを本格的にやりたい! って言い出した時は、私も父さんも、本当に驚いたなぁ……。怖いのも痛いのも苦手な、『小さな女の子』が私たちの知ってるスバルの姿だったから───」

 「けど」と、一度言葉を切って、「出会っちゃったんだよね」とギンガは続けた。

 何に、とは訊かなかった。代わりにティアナは、ある一人の女性の名を思い浮かべていた。騒がしい相方が、いつもいつも言っている───彼女にとっての、もう一つの〝憧れ〟の名を。

「高町なのは一等空尉、ですか」

 「そう」とギンガはにっこりと微笑み、続ける。

「去年の空港火災……その時にね、私たちもあそこにいたの。

 私は火災に直接巻き込まれたわけじゃなかったんだけど、スバルは火災の中心近くで逃げ遅れちゃってて……。その時、あの子を助けてくれたのが、本局の〝エース・オブ・エース〟───高町一等空尉だったの」

 それは、眩い星の描く軌跡(みち)の裏にあった、彼女にとっての奇蹟(はじまり)だったのだろう。

「その時に思っちゃったみたい。元々優しい子だったけど、その優しさは何も出来ないコトとか、なにもしないコトとは違うんだって。───ううん、ホントはそんな難しい事じゃないのかもね。

 本当にスバルは、あの人の事が眩しくて……。一目見た時からきっと、あの人のいる空に強く惹かれて、憧れて。だから、あの場所に行きたいって、真っすぐに……一直線に、その〝憧れ(みち)〟を目指してる」

 飛べる飛べないとか、ミッドとベルカとか、近接と砲撃型とか。

 違うところなんて幾らでもあって、決して同じになんてなれるはずもないけど───それでも、あの場所(そら)に行きたいと。

 ただそう願って、彼女はひた走り続けている。

 絶対に諦めたりも、立ち止まったりもせずに、自分の理想へと真っすぐに。

「私と父さんは止めたんだけど、スバルはもう聞かなくてね。大急ぎで魔法を覚えて、局員になる! って、訓練校に入校したの」

「それじゃあ、もしかして……」

 と、と訊ねたティアナに、ギンガは「うん」と首肯して、スバルが此方に来るまでは、本当にずっと魔法に関わってこなかったのだと告げた。

 学校が普通校だったというだけではなく、そもそも戦う以前の基礎も急いで詰め込んできたのだと。

「なるほど……それで」

 どうりで呑み込みが早いわけだ、とティアナは半ば呆れたように呟いた。

 純粋に魔法を学んだのは一年以下。スバルのあのスポンジみたいな吸収の仕方は、魔法を覚えたてだから、というのもあったのかと。

 もちろん、資質はあったのだろう。どこか抜けているが、訓練校での成果を鑑みれば、実施・座学共にスバルは優秀な生徒であるのは間違いない。

 しかし同時に、それだけが全てではない。

 短い期間で自分を高め続けていられるのは、才能なんて安い言葉で表されるものではなく───もっと純粋な、辿り着きたいという想いによるものだ。

「……凄いですね、その転身ぶりは」

「ホントに。でも、やっぱり……出会っちゃったから」

 自分にとって描いていた、憧れと理想そのものに。

 かつて憧れて、けれど足踏みしたまま別れた母の姿と同じくらい、それは鮮烈にスバルの瞳に焼き付いていた。

 その衝撃は、もはや止めどなく心を逸らせる。見失っていた指針を取り戻したかの如く、見つけた憧れに、自分自身を見つめなおすきっかけを貰って……今度こそは、と、立ち上がることを決めた。

 もう、弱いだけの自分は嫌だから───。

「───強く、なりたいって」

 あの日に聞いた妹の想いを言葉にして、ギンガはティアナにそう告げた。とても優しい眼差しを、少し離れた場所に立つ妹に向けながら。

 それを聞いて、ティアナはふと、今更ながら何か納得の様なものを感じていた。

 あの激しすぎるほどの猪突猛進っぷりはきっと、その為なのだろうな、と。

 彼女にだって目標(ユメ)がある。経緯や目に見える形が似通っているかどうかなんて言うのは些末なことで、結局のところ、どちらも本質は変わらない。

 だからこそ、解る部分もある。夢に焦がれ、辿り着きたい場所を持ってしまった人間は、そのくらい止まる事が出来ないものだと。

 そしてきっと、スバルはこれからもずっと止まらない。

 自分が決めた夢の舞台に上るまでは、決して空へと駆け上がる事を止めはしないのだろう。

 ……そう思った時、ティアナは何だか、とても眩しいものを見た様な気がした。

 掲げた目標も、想いも、その強さも大きさだって、負けてないと自負しているつもりだけれど───それでも何故か、眩しい陽の光を浴びた直後の様な、不快ではない眩暈を覚えていた。

 そうして、重たいものを飲み下した後の様に、深いため息を吐いていたティアナに、ギンガは柔らかく微笑みかけた。

「なんだか、ごめんなさいね。こっちの話ばっかりしちゃって」

「ああ……いえ、そんなことは」

「ありがとう。それじゃあよかったら、今度はランスターさんのお話も聞きたいな」

「え、あたしの、ですか?」

 そうそう、とでも言いたげに頷くギンガの姿は、なんだか先ほどまでの淑やかな雰囲気より、ちょっとスバルに似た年頃の少女らしい好奇心に駆られた風に見えた。

「あの子のメール、ランスターさんのことばっかり書いているから。私もすごく会って話してみたいかったの」

 そう言われて、ティアナは「はぁ……」と生返事を返した。

 なんだか随分と知らぬ間に気に入られていたのだろうか? なんて、柄にもなく素直に受け止めてしまったが、それも仕方ないといえば仕方ない。

 ギンガもスバルと同じで、『じっと相手の目を見て話す』タイプな所為か、どうにも真っすぐすぎるこの姉妹を相手に取ると、性格が悪いつもりの彼女も、そこに虚実や悪意などを疑う気もなくなってしまう。

(ある意味、やりづらいタイプかも……)

 と、そんなことを思いつつも、話題の切り出し口を探しているあたり、ティアナも存外素直というか、律儀であった。

 しかし、それにしても何を話したものだろうか。

 特に面白い話題も持ち合わせてはいないし、年頃の女の子らしい事といっても、パッと話しやすそうなことはあまりない。

 そうして少しばかり悩み、結局は魔法関連の事から話し始めるのが、一番当たり障りないかと思い至った。

 確かギンガも局員だという話だったし、訓練生の身からすれば、彼女は先輩だ。ならそこまで外れた話題でもないだろうと。

「っていっても、そんなに面白い事も無いですけど……。別に何か変わった稀少資質(レアスキル)持ちって訳でもなくて、魔法もミッド式の汎用型で、基本は射撃しかできませんし。あとは、サポート用に幻術系をちょっと練習してるくらいで───」

 と、ティアナが言いかけたところで、

「やっぱり兄妹なんだねぇ。近代ベルカ式はそっち系の使い手ほとんどいないし、うらやましいなぁ……。

 ちなみに、ランスターさんはどんなのが得意なのって何かな? 王道の分身(シルエット)系? それとも、もっと大掛かりな幻惑(カモフラージュ)?」

「いや、まだ練習中ですし……って、え?」

 結構食いついてきたギンガに、やはり姉妹というのは似るものなのかと押され気味だったティアナだが、ギンガの言葉の中にちょっと引っかかる単語があった。

「やっぱり……?」

 珍しくポカンとなったティアナが聞き返すと、ギンガは悪戯が成功した子供みたいな笑みで、「うん」と楽し気に頷いた。

「私とスバルも似てる方だとは思うけど、二人も本当にそっくりだね。ランスターさんは、お兄さんの所属って、聞いた事ない?」

「えっと、確か陸士第一〇八部隊にいるって前に───、へ?」

「そう。まだ詳しく自己紹介してなかったね。改めまして、スバルの姉のギンガ・ナカジマ二等陸士です。新任の捜査官として、いつもお兄さんにはお世話になっております♪」

 にこやかに改めて名乗ったギンガに茫然となり、思わず。

「……うっそぉ」

 と、ティアナは思わぬ真実に目を丸くして、そこからしばらく言葉を失ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

  4

 

「……もう、人が悪いですよ。ギンガさん」

「あはは……。ごめんなさい、つい出来心で」

 局員らしくもない釈明をして、どことなく不貞腐れているティアナに謝ってるギンガ。その傍らでは、スバルが五、六段くらいの山積みアイスを二人に手渡しながら、「ふぇー」と、素直な驚きを示していた。

「ギン姉とランスターさんのお兄さんが、父さんのところで一緒に仕事してたなんてびっくりだよ~」

「本格的に所属したのは今年からなんだけどね。でも前に空港火災で父さんたちの部隊が来た時も、一度会ってるし」

「あたし、あんまり覚えてなかったなぁ……」

「スバルは病院に行ちゃってたからね。それに、父さんもティーダさんのこと、苗字じゃなくて名前で呼んでたから」

 言われてみれば確かに、とスバルはあの当時の事を思い返していた。

 怪我自体はそこまで酷くはなかったが、ギンガに比べるとやはりスバルは火災の渦中にいたこともあって、大事をとって安静にしているようにと言いつけられていた。

 そうして救助後しばらく第一〇八部隊の隊舎に置かれた病棟で安静にしていたのだが、その間ギンガを世話してくれていたのが、ティーダだったらしい。スバルも帰り際には会っていたが、いろいろと重なり合っていただけに、あまりしっかりと話せていなかったのである。

 が、それにつけても、稀有な偶然もあったものだ、とスバルは思う。

「世の中って、案外狭いんだね」

「……ホントね、驚くくらい狭かったわ」

 なんだか弄ばれた様な気分のティアナだったが、別段何をされたわけでもない。

 強いて言えば、兄と姉が面白がってちょっと機会を窺っていたくらいで。……尤も、それもスバルやティアナがちょっと踏み込めば分かった事なのだが、現実というものは案外奇妙なバランスで成り立つもののようで───結局、面白がった兄と姉の思惑通りに事が進んでしまったという訳だ。

「ごめんなさいね。スバルやティーダさんから話を聞いてたから、お話してみたくて」

「別に、それはもういいですけど……。ギンガさん、もっと大人な感じかと思ってたのに」

 案外子供っぽいところもあるんですね、と暗に言われて、ギンガは面目なさそうに「まぁ、これでもまだ十五歳だから」といった風なことを返す。

 「なんですかそれ……」と、ティアナは口を尖らせるが、実のところ本当に大して気にしてもいなかったりする。

 今よりかなり小さかったのでうろ覚えではあるが、昔いま兄が所属している部隊の隊長───つまり、二人の父親らしい人に会った事がある。尤もあの時は、ティアナ自身が真っ向から話したというわけではなく、大変だった兄のティーダが再び局員として歩み助けをしてくれたことを、後から兄や人づてに聞き及んでいたというくらいではあったが。

 ばらけていたピースが、急に一つになってしまったのに驚いているというだけで、ティアナは大して怒ってもいなかった。

 ただ、この広大な次元世界の柱となる世界に住んでいながら、世の中の狭さというものを痛感し、なんとも言えない気分になっていたのである。

 で、それから結局もうしばらくの間、ティアナは拗ねた風であったのだが、そんな固まった雰囲気を融かすように、ギンガが「黙ってたお詫びに」と二人の手を引いてショッピングへと連れ出した。

 アクセや服に靴と見て回り、年頃の女の子らしく姦しいひと時を過ごした後───お昼ごはんに雪崩れ込み、スバルとギンガの健啖家っぷりに改めて驚かされたりしているうちに、不意にギンガがティーダから聞いた話を話しだそうとしてティアナが真っ赤になってそれを止めたりしていた。……ちなみにティーダが寂しいと言っていた、という部分にはバツが悪そうな顔をして、どこか反省している様子だったりしたが(それをみて、ギンガはティアナがますます可愛くな(気に入)ったらしい)。

 その後も、腹ごなしにと複合スポーツ施設のスケボーコートで遊んだりして、三人は休日を満喫していったのだった。

(───なんだかんだで、結局フルで付き合っちゃった。アクセまで買ってもらっちゃったし……)

 当初(はじめ)はさっさと帰ろうと思っていたことを考えれば、随分な堪能っぷりである。

 しかし、ティアナも蓋を開けてみれば、なんだかんだと楽しく過ごせていた。

 (ティーダ)から普段お世話になっているからと、ギンガには色々と奢ってもらってしまったし───。

 が、奢ったほうは特に気にしてもいない様子で、(スバル)と仲睦まじげに話していた。

「楽しかった~。ありがとね、ギン姉♪」

「よかった。……あっ、そういえばスバル、『リボルバーナックル』はちゃんと整備してる?」

「もちろん、してるよ~」

「大事なものなんだから、大切にしていかないとね」

「うん!」

 と、二人が口にした聞き覚えのある物の名前に、ティアナはつい本能的に訊ねてしまっていた。

「あの、『リボルバーナックル』って……」

 そう言ったティアナに、ギンガは「ああ」と頷いて、応えた。

「母の形見なの。母さんは両手で使ってたんだけど……今は私とスバルで、片方ずつ」

「あたし右利きで、ギン姉左利きだからね」

 ハッキリと応える二人に、ティアナは気の利いた言葉は返せなかった。

 スバルとギンガは告げた言葉を静かに落ち着けて、帰りのレールウェイの時間の話をしていたけれど───ティアナは何故かずっと、それが耳から離れないままだった。

 その後ギンガを見送って、ティアナとスバルは訓練校の寮に戻った。

 よほど、楽しかったからか、日中はしゃいでいたスバルはお風呂を済ませるや、さっさと床について、眠ってしまった。……けれどティアナは、妙に目が冴えたままで、眠れずにいた。

「…………」

 ぼんやりと、月明かりの中で、机の上に置かれたそれに目を向ける。

 朧げな光を反射する、拳部装着型のアームドデバイス。武骨な形状(フォルム)の中に内包された端麗さが、どことなく視線を惹きつける。……いや、本当は、見ていた理由はそんなことではない。

 夜に包まれた部屋の中で、ティアナは静かにベッドから立ち上がった。

 

〝───そう、分かっていたつもりだった。

 悲しい思いとか、悔しい思いとか……きっと、届かない憧れとか。

 もう取り戻せない過去とか、そんなものを持って必死になって頑張っているのは、あたしだけじゃないんだってことは───〟

 

 人は、他者の全てを知る事は出来ない。それこそ、知ろうともしていなかったのなら猶更に。

 けれど、知ってしまったのなら。

 知らなかったからと、それで全てがまかり通る訳ではない事も、分かっている。

 何より、自分自身が分かっているのだ。

 小さくても、傷つけたのだと知ってしまったのなら、その間違いを正さずにいる事などできるはずもないのだと。

 そうして夜は更け、やがて明けていく───。

 

 

 

「……あれ? なんかすっごいピカピカになってる……⁉」

 翌日、ティアナは驚いたようなスバルの声で目を覚ました。

 休日明けだというのに、向こうは随分と元気な事だ、と脳の端で思考する。が、こちらもいつまでも寝ぼけている訳もいかない。今日からまた、訓練の日々が始まるのだ。

 いつまでも呆けてなどいられない、と普段のティアナならば思うところだろうが、正直なところ今日はまだ眠い。

 ただ、それでも生真面目なのか頑固なのか。「……んぅ……」と重たい瞼を擦りながら、のそのそとベッドから起き出す。

 とりあえず、顔でも洗ってくるか───と、おはようも言わずに部屋を出たティアナの後ろから、

「あ、ランスターさんってば!」

 と、喧しいスバルの声が背中にぶつけられてくる。いつもなら苛立ちで逆に起きそうな気もしたが、寝足りない頭には少々堪えた。

 静かにしてよという意味も込めて、ティアナは思考のまとまらないまま、言葉を繋いで応えたのだが……。

「あによぉ……知らないわよ、アンタのナックルの事なんて」

「あ、やっぱり!」

 生憎と、よほどの弁達者でもない限り、考えの足りない言葉は語るに落ちるものだ。

 バツが悪そうな表情(かお)をするティアナが、(……しまった)と思った時には既に遅い。顔を洗いつつ、喋れない風でごまかそうとも思ったが、一度食いついたスバルはなかなか離れてくれそうもなかった。

 そして、これ以上の沈黙は単なる肯定に等しい。

「……普段なら、あんたが泣こうが嫌がろうが知ったこっちゃないけどさ。大切な人の思い出を傷つけたってんなら、謝らなきゃとは思うわよ。───いつかのアレ、悪かったわ。ごめん」

 ティアナは珍しく真っすぐにスバルを見据えて、そういった。

 こういうところは単に素直というより、頑固さ故のものだろうか。変に義理堅い、ともいえるかもしれない。

 ……が、しかし。

「いつかのアレ、……え? ランスターさん、何かしたっけ?」

 生憎と、当の本人はすっかり忘れてしまっていた。

 これは別に煽りでも、スバルが『リボルバーナックル』に対する思い入れが低いわけでもない。

 単純に、此方はティアナとは反対の、素直すぎる純粋さ故だ。

 自分が至らないというのを、真っ向から受け止めている彼女にとって。未熟であるという事は、前へ進む為の原動力以外の何物でもないのだから。

 が、それはそれとして。

 流石に、勝手に気にしてから回っているみたいになったこの状況を、気の短いティアナが素直に受け入れられるはずもなく。

「───ふんっ!」

「あいったぁーっ⁉ なに、なんで蹴るのぉ~⁉」

「うっさい! この脳天お花畑‼」

「ぎゃーっ⁉ よ、よくわかんないけど、ごめんなさい~ッ⁉」

 結局、しんみりとした雰囲気になどなりはせず、いつも通りのズッコケコンビの朝の光景が展開されるのだった。

 ただ、そんないつも通りの、当たり前の中でも。

「三十二番、またやってる」

「仲いいよねー、あの二人」

 ほんの少しだけ、何かが変わりだそうとしていた。

 それは周りだけではなく───

「もう来週は一期試験なんだからね。バカやってないで、きっちり締めていくわよ!」

「ぅぅ……はぁい」

「不本意だけど、コンビでいる間は、あたしの足を引っ張るような真似なんて許さないんだから! いいわね? ……()()()ッ!」

「───、ぇ?」

 そう。それはきっと、未だ道半ばの、少女たちの中でも。

「……うんっ、()()()‼」

「ちょ、なんでそれ知って……⁉」

「へ? ああ、昨日ギン姉と話してるの聞いて……。友達とか仲良しの子とかは、そう呼んでたーって」

「別にあたしとあんたは友達じゃないし……ギンガさんと会っちゃったから、『ナカジマ』って呼びづらくなっただけよ」

「でも、今はコンビだよ」

「む……」

「だから呼ばせて。仲間としての呼び方で」

 真っすぐに、巡り、結び合う小さな輝き。今はまだ小さくても、いずれ紡がれ、描かれた軌跡は、空に描かれた星座の様に。

 その姿を、宇宙(おおぞら)に示してしていくのだ。

「……あぁもう! なんでも好きにすりゃいいわよ。どーせ言っても、アンタはワガママで押し通すんでしょ!」

「そ、そんなコトないと思うんだけど……あぁ、ティア~っ! ティアってばぁ~、怒んないでぇ~っ!」

「うっさいッ!」

 歪なところも多いけれど、それでもと繋ぎ合う。

 始まりは偶然で、正直ぶつかり合う事ばかりで、本当にデコボコで。しかし、だからこそ逆に、馬が合ったのかもしれない。

 宇宙(そら)のどこかで二つの星が並び立つと、互いに牽かれ合い砕け合うのだそうだ。

 だが、砕けた後に残るものは無ではなく───交わり合って、また大きな惑星(ほし)となるのだという。

 広い世界の中で、ぶつかり合う様に起こった一つの出会い。

 そんな出会いから始まったこのコンビが、これからもかなり長く続いていく事を、二人はまだ、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 行間 二

 

 

 

 新暦七九年、九月。

 管理世界六一番・『スプールス』の自然保護区画に置かれた、管理局自然保護部隊ベースキャンプにて。

 ここを任されている保護官のタントが、大鍋で何やらを煮込みながら、昼食の準備をしていた。

「……おし、そろそろ出来上がりだ。キャロを呼んであげなきゃ」

「うん」

「おーい、チビ~? チビ竜~!」

 タントの呼び声に、「きゅるー?」と人懐っこそうな鳴き声と共に、小さな白い竜がやって来た。

「おー、よく来たなフリード。ご主人様を呼んどいで。ごはんの時間だよ~、って」

「きゅくる~♪」

 頭を撫でられご機嫌そうな様子で、フリードと呼ばれた竜は翼を羽ばたかせて、主人の元へと飛び立った。

 そんな、もう恒例となった光景を眺めながら、タントの同僚のミラがポツリと呟いた。

「……あの子が来てから、鳥獣調査がはかどって良いわね」

「あの年齢(とし)で、もう大した召喚魔導師だしなぁ……。鳥獣使役はお手のもの、かな?」

「あの子のは〝使役〟っていうか、〝友達〟って感じだけどね───」

 遠くにいつキャロを眺めるようにそう言ったミラの言葉は、風に巻かれてまだ明るい昼の空に溶けて行く。

 そうして融けた音が流れて行った先には、幼い少女が立っていた。

 たくさんの鳥たちに囲まれたその姿は、鳥たちの羽根が彼女を包み込んで、どこか天使のようにも見えた。

 桃色の髪をした、愛らしい顔立ちの小柄な少女。

 少し民族衣装の様な意匠の施された、フード付きのローブを纏った彼女は、キャロ・ル・ルシエだった。

「みんな、手伝ってくれてありがとう。また見に来るから、元気でね~」

 彼女がそう言うと、その声が分かっているように鳥たちはいっせいに羽ばたいた。

 白い翼をはためかせて空へ向かう姿は、陽の光に照らされて、少女の瞳にとても綺麗に写った。

 するとそこへ、愛竜の鳴き声が。

「きゅるくぅ~!」

「フリード~♪ そっか、そろそろご飯の時間だね」

 腕の中に飛び込んできたフリードを受け止めて、キャロは柔らかく微笑んで、タントたちの待つベースキャンプ施設の方へと歩き出した。

 

 キャロが此方へ向かい、歩き出した頃。

 ベースキャンプの方では、先ほどの続きの様に、タントたちがキャロの事を話していた。

「動物好きだし、経験を積んでけば、良い保護官になりそうなんだけど……保護隊に長居はしてくれないだろうなぁ」

 タントの言葉に、ミラが「でしょうね」と同意する。

 傍らからここでは比較的新人のムーヴが、

「というと?」

 と、問い掛けて来た。

 それを聞いて、「ああ、お前はまだ会ったことなかったか」とタントは頷くと、ムーヴの疑問に応えていく。

「お前が配属される少し前にも、キャロはここに来たことがあってな。その時は、もう一人一緒に来てたんだ。あの子の保護者になってる人のとこに、同い年の仲の良い子がいて、その子とな。で、その子と一緒に、『その保護者さんの力になりたい』、って言ってたんだ」

 そう言って、タントは空中に映し出した投射窓(ウィンドウ)を見せる。

 画面の中には、金色の髪と紅い瞳をした女性の写真があった。

「フェイト・T・ハラオウン……ってこの人、本局の執務官じゃないですか⁉ こんなお偉いさんが目をかけてるんですか?」

「うーん……たぶん、そういうのじゃなくて」

 ミラは少し記憶を遡るようにしながら、二人の小さな子供たちの姿を思い浮かべる。

 以前の訪問の最終日。二人が迎えに来た女性(ひと)のところへと駆け寄っていくその姿は、そう───。

「ただあの子たちは、お姉さん───いや、ってよりは『お母さん』、みたいな感じなのかな……。だからだと思う」

「ふぅん……そういう事だったんですか」

「ああ」

 そうタントが応えたところで、「お待たせしました~」という声と共に、キャロとフリードが帰って来た。

 途中で採って来たのか、両手にはたくさんの果物を抱えている。

「おー、キャロ。お帰り~」

「おかえりなさい」

「今日のも美味いぞ~♪」

 三人に迎え入れられて、穏やかな昼食が始まっていく。

 小さな子供も、先を目指して夢を探している。

 しかし、今は幼いままであれども───いずれ来るその時に、立ち向かうべきものがあるのなら、子供だって立ち上がるのだ。

 

 

 

 

 

 

 星々の集う刹那 Standby_Ready?

 

 

 

 スバルとティアナが訓練校に入学した日から、三年ばかりの歳月が過ぎ去った。

 

 万事順調、という訳にはいかなかったが、それでも大きな事故も怪我もなく、二人は前へ前へと進み続けていた。

 訓練校を順当に卒業した後、彼女たちは陸士三八六部隊の災害担当部署───救助隊へと配属。以来二年間、救助隊でハードな日々を送って来た。

 救助隊は、二人が前に話していた通り、過酷な部署ではある。しかし、だからこそ、何よりも実力と実績は明確に示され、裏切らない。

 ───誰かを助ける為の仕事であるのなら、より速く、誰よりも前に。

 ただ上に進むのではなく、心に定めた目標を糧として、真摯に挑み続ける二人の姿は、救助隊でも高く評価されていた。

 魔導師としての階級(ランク)も、卒業後のDランク試験、Cランク試験と順当に突破。次のBランク試験を控えて、二人は進む意欲に燃えていた。

 

 何より、進むのは二人だけではない。

 同じように、エリオやキャロも魔導師として正式に管理局の所属となり、各々の研鑽の場で、忙しくも自分を高め続けていた。

 まだまだ知らないことはたくさんあるけれど───力になりたい人がいて、いつか自分たちも、これまで守ってくれた人たちと同じように、いずれで会う誰かを守れる人になりたいから。

 

 時の流れは思ったよりも早く、原石たちは自らを高め続け、着実にその輝きを増し続けていた。

 

 そして、そんな新たな若い種(こどもたち)を迎える為に。

 かつて第九七管理外世界・地球を救った少女たちは、今やもうすっかり大人の女性となり、そんな後輩たちを受け入れる為の場所を組み上げつつあった。

 

 

 そうして、新暦七九年の暮れ。

 本局の特別捜査官として活躍していた、八神はやて二等陸佐が率いる新部隊。

 〝Ground Armaments Service-Lost Property Riot Force 6〟───通称、『機動六課』の設立が管理局上層部に受諾された。

 

 

 

 

 

 

 原石たちの日々Ⅳ Everyone, Come_Over_Here!

 

 

 

  1 《Saide_“Long Arch”-1.》

 

 新暦八〇年、三月。

 ミッドチルダ中央区画湾岸地区に新設された、古代遺失物管理部・起動六課の本部隊舎では現在、正式な発足へ向けて、荷運びの真っ最中であった。

 

「なんや、こーして隊舎を見てると……いよいよやなーって、気になるなぁ」

 いよいよ()()()()()()()()()自分の部隊。その様子を眺めながら、はやては感慨深そうに呟いた。

 彼女のそんな呟きに、傍らに立っていたシャマルが「そうですね」と頷き、いつものように主の口にしかけて、「いえ」と言葉を区切り。

「───()()()()()

 と、言い直した。

 改めてそう呼ばれると、どこかこそばゆい。しかし、胸を埋める嬉しさにも似た高揚は、その何倍も強かった。

「そうえば、隊長室はまだ机とか置いてないんですよね?」

「リイン用のデスクでええのがなくってなぁ。エイミィさんに頼んで、ええのが無いか探してもらってるんよ」

 リインは融合機なので、普通の人に比べると非常に小柄だ。

 一応、普通のサイズになれないわけでも無いのだが、まだ先代のようには安定しないこともあって、普段はもっぱら小さいままでいることが多い。

 そんなわけで、アースラから本局の管制司令を経て、局のデスクワークに精通したエイミィの伝手を辿って、融合機でもあるリインに最適なものを探してもらっている。

 なので、今のところは施設内で仕事は出来ない状態ではあるが、四月の本格始動までは整う手筈だ。

 ───と、それはさておき。

「けど本当に、良い場所があってよかったですね~」

「うん。交通の弁はちょう良くないけど、ヘリの出入りはしやすいし。『機動六課』にはちょうどええ隊舎や」

 改めて二人は、自分たちの新しい拠点を一望した。

 最近まで半ば放置状態になっていた局の施設を、実働隊の隊舎として借り受けた形ではあったが、前線という程には使われていなかったため、実際の築年数の割には真新しい印象を受ける。

 加えて、湾岸地区の施設ということもあり、海が近く、広々とした景色が、この隊舎によりいっそうの彩りを添えていた。

 そして、この景色を見ていると、何となく思い出すものがある。

「なんとなく、海鳴市と雰囲気も似てますね」

 柔らかな微笑みと共にそう告げたシャマルに、「そういえばそーやね」と、はやても応えた。

 彼女の故郷(こきょう)の、生まれ育った街。彼処も此処と同じように、とても海の近いところだった。

 今でも時々帰りはするものの、住居を此方(ミッド)に移してからは、僅かとはいえ足も遠のいてしまった場所である。

 だが、それを思えばこそ、こうして自分のルーツを感じられるものに巡り会えたのは、ある意味とても幸運な事なのかも知れない。

 たくさんの出会いと、忘れられない別れがあって───救われた命と共に、新しい時間へと歩み出した。

 今日まで過ごしたその中には、楽しさも苦しさも、喜びも切なさも、たくさんあったけれど。

 その全てが、『あの場所』から始まった。

 だからきっと、ここもまた───あそこと同じように、何かの始まりの地になるかもしれない。少々飛躍しすぎかもしれないが、決して大げさなことではないだろうと、はやては思った。

 

 

 

 

 

 

  2 《Saide_“Long Arch”-2.》

 

 機動六課、駐機場にて。

 シグナムはヴァイスと共に、運び込まれている様々な車両や部品を見ながら、六課がこれから所有することになる機械類を検めていた。

「おおよそはこんなところか……。ヘリの実機は、まだ来ていないんだったな」

 そう訊ねると、ヴァイスは頷いて。

「今日の夕方到着っス。届くのは武装隊用の最新型! 前から乗ってみたかった機体なんで、これがもー楽しみで!」

 と、応えた。そんな、どことなく子供の様なヴァイスのはしゃぎっぷりを見て、シグナムは「相変わらずだな」と微笑む。

「本格的に六課が始動すれば、隊員たちの運搬がお前とヘリの主な任務になる。よろしく頼むぞ? お前の腕からすれば物足りなくはあるかもしれんがな」

「いやー、なに。ヘリパイロットとしちゃ、操縦桿握れるだけでも幸せでしてね。目一杯やらせてもらうっスよ」

 頼もしい事だ、とシグナムは再び笑みを浮かべて頷いた。

 そうして話がひとつ区切りを迎えたところへ、「シグナム副隊長~! ヴァイス陸曹~ッ!」という元気な声が、二人のところへと響いてきた。

 シグナムとヴァイスの元へと駆けてくる人影は、航空隊からの二人の同僚であり後輩。そして、起動六課では整備員兼通信スタッフをメインに参加している少女、アルト・クラエッタだった。

「ああ、早かったな。アルト」

「はい。アルト・クラエッタ二等陸士、ただいま到着です!」

 ぴしっと敬礼する姿は、前になのはと一緒に食事をした時よりもだいぶ大人びてきたように見える。

「おっ。なんだおめー、半年ばかり見ねーうちに背ぇ伸びたか?」

「えへへ、三センチほど。ところで、ヘリはまだ来てないんですか? あのJF七〇四式が配備されるって聞いて、急いできたんですよ!」

 元が整備系なだけに、どうにもアルトにはどっかのメガネな執務官補佐と同様にメカ好きなところがある。お目当ての機体(ヘリ)何処(いずこ)とまくし立てる彼女を、ヴァイスは呆れたようにどうどうと宥めている。同僚だったこともあり、後輩のこんな気質も熟知しているのだろう。

「そう焦んなって。まだだよ、夕方到着だ」

「えぇー、そんなぁ〜……」

 目に見えてしおらしくなるアルトの様子を見て、思わずシグナムはおかしそうに笑った。背丈も伸びて大人びて来ても、可愛い後輩の根っこはさして変わっていないらしい。

「お前も相変わらずだな、アルト。しかし、通信士研修は滞りなく済んだのか? まさかヘリ見たさに抜け出して来た、なんてことはないのだろう?」

「もちろんですシグナム副隊長! ついでにいくつか資格も取ってきました!」

 揶揄うような問いかけに、当然ですとばかりに力強く頷いて、アルトは自身のIDカードを二人の前に差し出した。

 じゃーん! なんて、擬音が聞こえそうなくらい得意げに見せられたそれには、かなり幅広い資格を取得して来たことを示す記述がズラズラと並んでいた。

「ほぅ、大したものだな」

「うぉぃ……ナマイキな資格が並んでやがる、ったく後輩のクセに遠慮ねぇなあ」

「えへへ。いつかヘリパイロットのAも取りますから、覚悟しててくださいよー?」

「へっ、舐めんなっての。そう簡単に渡すかよ。大体まだ完全に部隊が発足してもいねーのに、取られてたまるか」

 やいのやいのと戯れ合う二人に、シグナムは「仲が良いのは結構だが、二人ともその辺にしておけ」と、可愛い()()()()たちを宥めつつ、こういった。

「人員配置の都合で整備士や通信スタッフは新人が多い。お前も、もう新人気分ではいられないぞ? アルト」

 だから、とシグナムは小さく間を置いて、

「───しっかり頼むぞ。新人たちの先輩として、な」

 と言って、アルトに微笑みかけた。その激励を受け、アルトは「はいっ‼」と威勢良く応えた。

 アルトの応えに満足そうに頷いていると、そこへまたもう一人、少女がやって来た。

「こんにちは。失礼します、アルト・クラエッタ二等陸士はこちらに……」

「あ、ルキノさん! お疲れ様です〜!」

「ああどうも、お疲れ様です!」

 そういって声を掛け合うアルトと、少し青みがかった短めの銀髪をした少女。ルキノと呼ばれていたが、シグナムとヴァイスは彼女の事を知らない。

 「あ」と、遅れて気づいたアルトが、二人に彼女の事を紹介する。

「紹介しますね。通信士研修で一緒だったルキノさんです」

「はじめまして。本日より機動六課、『ロングアーチ』のスタッフとして、情報処理を担当させていただきます、ルキノ・リリエ二等陸士です!」

「前所属は次元航行部隊で、艦船アースラの事務員だったそうです」

 ぴしっとした敬礼をするルキノからは、どことなく本人の真面目さが滲み出ている気がした。

 一見すると、気さくなアルトとは異なるタイプである様にも見えるが、だからこそ馬が合ったのだろうか。

 ちょうど似たようなコンビを知っているのもあったが、仲睦まじげにしている二人をみていると、これからもきっと仲良くやっていくのだろうなと、シグナムは思った。

「しかしアースラか……。懐かしい名だ。昔から幾度となく大変な世話になった艦船(ふね)だが、次代に代わるという話が出てからは、あまり仕事をする機会は少なくなってしまっていたな。クロノ提督はご健勝か?」

「はい。アースラが世代交代してからは、XV級新造艦───『クラウディア』の艦長をされてます」

「そうか、相変わらずの様で安心したよ。そういえば、研修を終えたといっていたが、お前たちの上司になる二人には会ったか?」

 シグナムがそう訊ねると、アルトとルキノは「はい」と頷いて応えた。

「これからちょっと行くところがあると仰ってましたが、つい先ほどもお会いしてきました。通信主任のシャリオ・フィニーノ一等陸士と……」

「指揮官補佐の、グリフィス・ロウラン准陸尉に」

 それを聞いて、しっかりと顔を合わせているらしいなとシグナムは満足そうに頷いた。スタッフ間でのネットワークもでき始めているようだし、これからの部隊運用においても円滑に進むことだろう。

「そのお若い准陸尉殿と、メカオタ眼鏡の一等陸士がお前らの直接の上司だから、仲良くな。まあ、『ロングアーチ』そのもののトップは八神部隊長だけどよ」

「二人は今後、コンビで通信管制や事務作業をしてもらうことになるだろう。よろしく頼む」

 ヴァイスとシグナムにそう言われて、二人は声を揃えて「「はいっ!」」と応えた。もう早速コンビらしいところを発揮する二人に、なんだかヴァイスとシグナムは小さく笑ってしまった。

「シャリオが戻るにも、ヘリが来るにも時間はあることだ。せっかくだから、二人で隊舎(しせつ)の中でも見回っていると良い」

「はい!」

「では、失礼いたします」

 そう言って立ち去ろうとする二人だったが、出口に出かけたところで「あ、それとヴァイス陸曹~。ヘリが到着しましたら……」とアルトが、当初の目的だったヘリを見ることについてヴァイスに念押ししてくる。

「わーってるよ、心配すんな。運搬されて来たら通信で呼んでやるよ」

「約束ですよ~」

「おー、とにかく気ぃ着けて行ってこい」

 と、先輩らしく後輩二人を送り出したヴァイスだったが、アルトの様子には若干呆れ気味であった。

「……しっかし、あれで大丈夫なんスかね? あんなガキんちょどもで」

 そう宣うヴァイスであったが、傍らのシグナムは「口ばかりは一丁前になったな」と言って、()()()()()の成長ぶりを笑っていた。

「入隊したてのお前を見て、私はまったく同じ感想を持ったものだが。なあ、十年目?」

「いや、シグナム(ねー)さん。それは言わねー約束で……」

「分かっているとも。子供も、やがては一人前になるものだからな」

「…………適わねぇなぁ」

 ヴァイス・グランセニック陸曹、御年二十六歳。

 ヘリパイロットとしての腕前は一流と呼んで差し支えない彼であるが、生憎と十代の頃から面倒を見てもらっていた烈火の将には、まだまだ頭が上がらないままであったとさ。

 

 

 

 

 

 

  3 《Saide_“Long Arch”-3.》

 

 ヴァイスがシグナムに可愛がられていた頃。

 駐機場を後にしたアルトとルキノは、今後の事も考えて、見学がてら隊舎内の廊下を歩いていたのだが。

「やっぱり、隊舎内広いですねぇ」

「ちょっと古い建物らしいですけどね。……ん? ルキノさん、どーかした?」

「いえ、あそこに───」

 と、ルキノが指した方へアルトが向くと、そこには数人の局員と、何やら()()()()()があって───。

「~~♪」

 本物の妖精みたいな身長三十センチくらいの女の子が、ふわふわと廊下を漂うように飛んでいた。

「あ、お疲れ様ですっ!」

「お疲れ様です~♪」

 局員たちと和やかに話しているが、どこか日常と乖離したようにも見える光景。

 いくらミッドチルダが『魔法』が存在する世界であるとはいえ、ここまでファンタジックな場面はなかなか見られない。とりわけ、年若い少女たちにとってはあの光景はまた別の意味で衝撃がすさまじかったともいえる。

 

「「───か、かわいい……っ‼」」

 

 思わず、二人は口をそろえて黄色い歓声を挙げる。

「何あの子? 誰かの使い魔とか?」

「そうかも! あんなちっちゃい子は初めて見るけど!」

「陸士制服着てるしー、きゃーっ♪」

「見た目、十歳くらい?」

「うん、うんっ!」

 例に漏れず、古今東西、乙女はかわいいものが好きなのだろう。一人足りないが姦しく、きゃいやいと騒いでいたアルトとルキノだったが、そこへ。

「あ~、お疲れ様です~。クラエッタ二等陸士とリリエ二等陸士ですね」

 と、件の妖精さんが話しかけて来た。

「はいっ」

「あ、え」

 思わず声に詰まる二人だったが、しかしそれも無理はない。

「???」

 愛らしい笑みを湛えながら、こてんと小首をかしげる様は、まさしく妖精の如く。

 蒼穹を思わせる蒼い瞳と、同じく蒼穹を溶かし込んだような銀色の髪。それらは近くで見ると、よりいっそう幻想的な姿であった。

 ……が、衝撃はそこでは終わらず。

「二人のお話はシグナムやフェイトさんから伺ってるですよ~。

 はじめまして、機動六課部隊長補佐及び、ロングアーチスタッフ。リインフォース(ツヴァイ)空曹長です!」

「「⁉」」

 更なる事実を伴って、二人へと告げられてきた。

 サラッと自身の階級を名乗った妖精さんであったが、これは二人にとって、かなりの衝撃であったといえる。

 何故か、と問うまでもなく理由は単純で。

 空曹長は、彼女らの属する階級の二等陸士の二つ上の階級。つまり、この小さな妖精さんは、彼女らの上司、と言うことになる。

「「し、失礼しましたっ! 空曹長殿‼」」

 思わず畏まる二人だったが、「あー、いいですよ。そんなに固くならなくて」と彼女はアルトとルキノに言った。

「わたしの方が年下ではありますし、ロングアーチのスタッフ同士仲良くやれたら嬉しいです」

「「あ、ありがとうございます」」

「はいです♪ ……あれ、でも『アルト』の事はシグナムからよく聞いてたですが、わたしの事は聞いてなかったです?」

 そういえば、と思い出したように訊ねられて、アルトは前にシグナムから彼女の名前を聞いた事があった事を思い出した。

 が、しかし。

「あの、ご家族に『リイン』という小さな末っ子がいるとは伺っていたんですが、まさかのその……こんなに小さい方だったとは思いもよらなくて」

 そう。アルトがシグナムから聞いたのは、『リイン』という末っ子の話だけ。故に、アルトはリインの実際の姿までは知らなかったのである。

「あはは……、シグナムらしい説明不足さですね~」

 寡黙な将の言葉足りなさに苦笑しながら、リインは改めてアルトとルキノとの交流を深めるのであった。

 ちなみに余談だが───そんな話をされて、直ぐ側の駐機場では烈火の将が、思いのほか可愛らしいくしゃみをしていたことを知るのは、傍らに立っていたヘリパイロットのみだったとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

  4 《Side_“Lightning”-1.》

 

 ミッドチルダ西部二一区に置かれた、管理局市民窓口センター。

 ここはミッドチルダのいわゆる市役所に近い施設で、管理局が市民向けに開いた様々な相談・手続きを行う場所である。

 各世界への渡航に関する前手続きや、向かった先での住民登録など申請を始め、魔導師としての登録・更新などもここの窓口で行われる。

 そんな日頃の手続きを行う大人たちに紛れて、受付前のソファにちょこんと座っている小さな男の子の姿があった。

「モンディアルさーん。エリオ・モンディアルさ~ん」

「はいっ!」

 窓口のお姉さんに名前を呼ばれて、エリオはハキハキとした返事と共に、ソファから立ち上がって、窓口へと向かう。

 ちょっと受付の机の位置が高いのか、腕で身体を持ち上げて若干背伸びしているあたり、どことなく愛くるしさがある。

 そんな彼の様子に笑みを溢しつつ、受付のお姉さんはエリオの持ってきた申請内容を検めていく。

「IDカードの更新ですね。更新事項は、武装局員資格と、魔導師ランク・陸戦B。役職は陸士研修生改め、三等陸士───お間違いないですか?」

「はいっ、大丈夫です」

 そう確かめるように言われた時、微かに周りの目がエリオの方へと流れた。

 だが、それも致し方あるまい。何せ、エリオの見た目はどう見ても十歳程度。そんな小さな子供がすでに研修生から局員になっているというのだ。周りの目も引いてしまうのは致し方あるまい。

 次元世界の中でも就業年齢の低い方のミッドチルダであるが、実際にこういった光景を目にするのはやはり珍しい。そうして周りの目を引きながら、エリオの手続きはてきぱきと進められていった。

「───はい。ではこちら、正規の管理局員としての新しいIDカードです」

「ありがとうございます」

 手渡されたIDカードを受け取り、しっかりと更新内容が刻まれているのを確かめると、エリオは意気揚々と受付を離れようとした。するとそこへ、彼の付き添いで来ていたシャーリーが戻ってきて、「エリオ~」と彼の名前を呼んだ。

「どう? 更新は終わった?」

「はい」

 そう言ってシャーリーに受け取ったIDを見せると、うんうんと頷いて「ばっちりだね」と頭をなでられた。

 くすぐったそうにしているエリオを「お疲れ様」と労うと、シャーリーは「ふっふっふっ……」と、何か勿体着けた様な笑みをこぼす。

「??? どうしたんですか? シャーリーさん」

「んー? 実はね~、エリオ。正規採用のお祝いに、ある人からメッセージがあります。準備はいいかなー?」

 なんだろうと思いながらも、エリオはこくんと頷いた。

 それをうけて、シャーリーは「じゃじゃーん!」と何処かとの通信を開いた。すると、そこには───。

『エリオ、正規採用おめでとう』

『おめでとさんだなー、エリオ。頑張ったな~』

「フェイトさん、それにアルフも! あれ? でも、フェイトさんお仕事中じゃ、それにアルフも……」

『いま食事休憩中だから、時間は大丈夫』

『あたしはちょっとおつかいがあってけど、時間とれたからな』

『うん。それでせっかくだから、二人でちゃんと〝おめでとう〟を伝えたくて。

 エリオの事だから大丈夫だとは思ってはいたけど……試験も研修も、無事に終わってよかった』

『がんばったな~』

 そういってくれる二人に、「ありがとうございます!」と満面の笑みを返すエリオ。

 褒められたのが嬉しくてたまらなかったが、今日からは正式に管理局員。いつまでも子供ではいられないと、気を引き締め直した。

 エリオのそんな仕草を見て、フェイトはなんだか、とても感慨深いものを感じていた。

『出会った頃はあんなにちっちゃかったエリオが、もう正規の管理局員なんて……なんだか、不思議だな……』

 感慨深いような、寂しいような。本当に、不思議な気持ちだった。

 それは巣立つ雛を見送る親鳥に似ていたかもしれない。まだ巣の中で抱きしめていたいけれど、外を目指そうとするその背を止められない───そんな、複雑な親心みたいなものだった。

「……すみません、フェイトさん」

 憂いを覗かせるフェイトを見て、エリオは小さくそう言った。彼のその言葉に、情けないところを見せてしまったなと苦笑しながら、フェイトは『謝る事なんてないよ』と言って続ける。

『大丈夫。エリオがちゃんと自分で選んだ道なんだから、胸を張っていて欲しいな。それにわたしとの約束も、エリオはちゃんと守ってくれるもんね?』

 穏やかに問うフェイトに、はいと頷いて、エリオは彼女と約束したことを一つ一つ言葉にしていく。

「友達や仲間を大切にすること。戦うことや、魔法の力の恐さと危険を忘れないこと。どんな場所からも、絶対元気で返ってくること───ですよね」

『そう。とっても大切なことだから、ちゃんと覚えておいてね。

 六課では同じ分隊だから、来月からわたしやキャロ、それに新しい仲間たちと一緒に頑張ろう』

「はいっ!」

『うん。良い返事だね。……あ、シャーリーこの後は?』

 フェイトがそう言うと、ここまで微笑まし気に三人を見守っていたシャーリーが「はいはい」と、ここから先の予定を確認して伝えていく。

「ええと、エリオが訓練校に挨拶に行くのに付き合って、それから六課の隊舎に行ってきます。フェイトさんたちのお部屋とか、デバイスルームの最終チェックとか、色々やっとかないとですから」

『ありがとう、よろしくね』

「お任せください♪」

 執務官補佐をしてもらってから頼りっぱなしだなと、フェイトは頼もしい後輩に再度ありがとうと感謝を告げる。

 それから改めてエリオを向き直り、アルフと一緒にもう一度おめでとうと伝えた。それに続いてアルフも、

『今度会ったときはもう一回、ちゃんとお祝いしてやっからな~』

 と言い、エリオも「ありがと、アルフ」と応えた。

 そうして、『じゃあね』とお別れを告げて、フェイトは一度エリオとの通信を切るのだった。

 

 

 

 

 

 

  5 《Side_“Lightning”-2.》

 

 通信の途切れ、画面の向こうの二人の姿が消えたのを見て、ちょっと物寂しい様な気分になりつつも、六課が発足すればまたすぐに会えるかと思い直して、フェイトは「ふぅ」と一つ息を吐いた。

「しっかしエリオのやつ、ちょっと見ない間におっきくなってたなー」

 その傍らで、前に会ったときはこんなんだったのに、なんて自分の胸のあたりを手で示すアルフがそう言うと、フェイトも「うん」と頷いた。

「子供の成長って、思ったより早いのかもね」

「だなー。こりゃ、キャロと会うのも楽しみだ。あっちはもう魔導師登録はとっくにしてるし、あとは来るのを待つだけかぁ。……ん? そういえば、キャロの方は何時こっちに来るの?」

「えーと、エリオの出向研修が明ける頃かな」

「ああ。そういえば二人とも、直ぐに六課に合流ってわけじゃないんだっけ?」

「まだ出向研修の日程が残ってるんだって。キャロの方は、今いる自然保護隊の担当世界がちょっと遠いから、こっちに戻るのに少し時間がかかるみたい。キャロもエリオとは別だけど、研修には出るから、こっちには寄れないんだって……」

「スプールスだっけ? あそこからミッドの中央までくるのは……あー、確かに一般だとちょっと掛かるかなー」

 局にある直通の転移門(ゲート)でも使えば別だが、緊急時でもない限りは、あまりおいそれと使用できるものでもない。或いは個人転移という方法もなくはないが、管理世界間を移動する場合、これにも渡航許可が必要となる。なので通常、次元世界間の移動をするのならば、世界間を繋ぐ交通機関を使用するのが一般的だ。

「…………本当は、わたしが迎えに行きたかったんだけど……」

「まぁ、仕事入っちゃったからなー。これっばかりはしょうーがないって」

 キャロたちを迎えに行けないことで、ちょっぴり落ち込み気味なご主人様をなだめながら、アルフはポンポンとその背を叩いた。

「とにかく元気だしなって。すぐ会えるからさ」

「ありがとう、アルフ……。でも、今の日程だと、エリオとキャロが帰ってくる日にも、わたし……立ち会えそうにないないんだよね」

 フェイトが予定表を映し出すと、アルフはそれを見て「ああ……」と頷いた。

「二人とも研修明けるのは同じ日なのはよかったけど……こっちに寄る時間が取れなかったのは、やっぱりタイミング悪かったねぇ」

「うん……」

 と、フェイトはまた残念そうな顔をする。

 そんなご主人様の手前控えたが、アルフもこれから書庫にしばらく籠ることになりそうなので、ちゃんと会えるのはフェイトよりも先になりそうだな……と、なんとも言えない物寂しさを覚えていた。

「……今頃、キャロは自然保護隊の皆さんにお別れの挨拶をしてる頃かな」

 小さくつぶやくフェイトに「かもねぇ」と相槌を打ちつつ、アルフも彼女と同じように「泣いてないと良いんだけどな───」と、遠くにいる桃色の髪をした少女の姿を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

  6 《Side_“Lightning”-3.》

 

 管理世界六一『スプールス』、自然保護区。此処に置かれた管理局自然保護部隊のベースキャンプから今日、一人の少女魔導師が旅立ちを迎えようとしていた。

「じゃあキャロ、忘れ物はないね?」

 ミラがそう訊ねると、キャロは「はい。本当にお世話になりました」と言って、ぺこりと頭を下げた。

 そんなキャロの姿を見て、ミラはなんだか酷く寂しさ込み上げてきた。

「……ホント。いざ行っちゃうとなると、寂しいもんだね」

「ミラさん……」

 そっと小さな身体を抱きしめると、同じようにキャロの小さな手がミラの身体を抱き返してきた。

 本当にまだ、小さな子供の手。しかしそれが、今まさに飛び立とうとしている、一人の『魔導師』の手でもあるというのだから、なんだかとても不思議な気分だった。

「……あぁ、キャロにはずっといてほしかったよ」

「おいおい。キャロの保護者の方がいる部隊に行けるんだし、こんな山奥での研修から都会の陸士隊への配属なんて、華々しい門出じゃないか」

「タントさんの言う通りですよ、ミラさん。……それに、これが最後じゃないですよ。絶対に」

「……うん、そうだね」

 タントとムーヴに宥められて、ミラは小さく頷いた。けれど別れというのは、たとえ永遠でないとしても、やはり人の心を締め付ける。

 だが、別れを無くしてしまっては、誰も何処へも行けなくなってしまう。

 別れはきっと、出会うために。だから今は、ほんの少しだけ───もう一度、出会うための、別れを。

「あの、わたしっ……! 保護隊でお世話になって、いろいろ勉強させてもらって、本当に楽しくて……だから本当に、ありがとうござましたっ!」

 言葉に詰まりながらも、キャロは三人に感謝を伝えた。

 たくさんの、本当にたくさんの事があったから。……だから、こんな短い中で言い尽くせるものではないとしても、伝えたかった。

 その必死な姿に、陳腐な感慨であったかもしれないが、酷く胸を打たれた。

「あたしも楽しかったよ。……キャロは、まだまだちっちゃいけどさ。一人前の魔導師になれるように、いつか大好きなフェイトさんの事や、エリオくんの事を助けてあげられるように、って。いつも一生懸命頑張ってたこと、あたしやタントたちはちゃんと知ってる。

 キャロはもう、保護隊員としては一人前だからさ。陸士も魔導師も、きっとやってけるよ。だから、がんばっておいで!」

「はいっ、がんばります……っ!」

「うん。じゃあ、行っといで。キャロ‼」

 最後にもう一回、その小さな身体をぎゅっと抱きしめて、腕を解いた。

 解いた手を肩に添えて、真っすぐにキャロの目を見ながら、ミラは「気が向いたらいつでも帰っといで。もちろん、仕事はいっぱいだけどさ」と、微笑んだ。

「フリードとも、仲良くね」

 ミラがそう言って、ここまでキャロの傍らで行儀良くしていた、小さな白竜の頭を撫でた。

 気持ちよさそうな鳴き声を聞かせてくれた白竜は、嬉しそうにくるりと宙を舞うと、自分の主人(パートナー)の肩へとちょこんと降り立った。肩に乗ったフリードを優しく撫でて微笑むと、キャロは改めて「はい!」と元気に頷いて、足元に置いていたバッグを手に歩き出す。

「皆さん、本当にありがとうございました。行ってきますっ!」

 そう言って、振り返りながら大きくて手を振る彼女に、ミラたちも大きく手を振り返して、送り出した。

 やがて小さかった背中は見えなくなって。何故か三人は、そこでようやく───あの子がこの地を離れ、先へと向けて歩き出したんだなと、いまさらのように実感した。

「───行っちゃいましたね」

「うん……。ここも、寂しくなるね」

「そうだな……」

 寂しさは感嘆には消えない。心配だって、しばらくは尽きることはないだろう。

 だが、それらはやがて薄れていくものだ。子供は何時までも、か弱いだけの存在ではないのだから……。

 けれど、それでも一つだけ。

「あの子の新しい行先で、優しくしてくれる先輩とか……親友とか、たくさん出来るといいな」

 あの小さな女の子が、これからの未来で、笑顔でいられたらいいなという想いだけは、きっと、変わる事はないのだろうな───と、ミラを始め、誰もが思った。

「大丈夫ですよ」

「ああ、心配ないさ。良い子だからな、キャロは」

「うん……そうだね」

 そうして、スプールスの緑あふれる大地に、柔らかな風が吹き抜けていく。

 その風の音はどこか、あの子の連れていた白い子竜の鳴き声に似ていて───気づけば三人の頬には、自然と熱い雫が伝っていた。

 

 

 

 

 

 

  7 《Side_“Stars”-1.》

 

 ミッドチルダ南部にある陸士三八六部隊の本部隊舎。

 その災害担当部・配置課の応接室にて、ここの救助隊を任されている部隊長と、本局よりやって来た二人の教官がある新人たちについて話をしていた。

「それで、この二人の事なんですが……」

「ええ。二人ともうちの突入隊のフォワードです。新人ながら、良い働きをしますよ」

 資料を片手に、問われた二人の新人について部隊長は語り始める。

「二年間で実績もしっかり積んでます。いずれ、それぞれの希望転属先に推薦してやらんととは思ってましたが……まさか本局から直々のお声掛かりとは、三八六部隊(うち)としても誇らしいですな」

 一人目は、青い髪をショートカットにした、活発そうな少女。

「スバル・ナカジマ二等陸士。うちの突入隊筆頭(フォワードトップ)……武装隊流にいえば、先行型前衛(フロントアタッカー)ですかな。とにかく頑丈で頼もしい子です。足も早いし、タテ移動も優秀です。インドアや障害密集地でなら、下手な空戦型よりよっぽど速く動きますな」

 そう言いながら、資料から一度目を離してもらうように言って、部隊長はスバルの現場での記録映像を空中に映し出す。

『破壊突破、行きますっ!』

 威勢よく声を張り上げて、災害現場に飛び込んでいくスバル。右腕に装着したアームドデバイスを使って、立ちはだかる障害物を文字通りに殴り壊して行くその姿は、まさしく近接格闘型の代名詞の様な姿であった。

「この通り、彼女の突破力は申し分ありません。本人は将来的には特別救助隊を希望しております」

 部隊長の説明に「なるほど」と頷く教官二人。

 それに続けて、件の二人目についての説明を始める。

「で、二人目ですが、こちらはシューター……放水担当ですね。

 ティアナ・ランスター二等陸士と言います。武装隊向きの射撃型な上に、本人も将来的には空隊志望とかで、正直(うち)の救助隊ではどうかと思ったんですが……訓練校の学長からの推薦もありまして、こちらで預かっております」

 映し出された映像は、ティアナが消火作業をしている場面だった。

 射撃型と言うだけあっって、放水用の消火銃(ウォーターガン)の狙いは実に正確だ。しかもそれだけではなく、もう片方の手で拳銃型の魔導端末も同時に扱っている辺り、実に器用なのだと言うことも解る。

「射撃型だけあって、シューターとして良い腕ですし……それに、覚悟が良いんでしょうね。呑み込みは早く、今やるべきことを完璧にこなす、って気概があります。

 ああそれと……ナカジマもランスターも、魔導師ランクは現在Cですが、来月昇級試験を受けることになってます」

「来月……なら、間に合いそーですね」

「ですね。……あ、両利き(ツーハンド)なんですね?」

「ええ、魔力カートリッジ用のデバイスですね。自作だそうです」

 新人の時点でカートリッジシステムを使用している、というのはなかなかに珍しい。更に話を聞くと、訓練校時代から既にティアナはこの『アンカーガン』という自作デバイスを使用しているそうだ。

 この事からも、ティアナが魔導師として意欲的に腕を磨いている事が窺える。

 ただ、彼女はあくまでも戦闘型魔導師であって、魔導端末整備士(デバイスマスター)としての知識を学んだわけではない。それゆえか、自作デバイスの方が彼女の成長に着いて行けなくなり始めている。

 スバルの方はというと、実戦使用に足るだけのデバイスは既に持っているようだ。こちらもカートリッジシステム搭載型で、『リボルバーナックル』という名前らしい。

 だが、彼女の要となる足───『ローラーブーツ』の方は、やはり目まぐるしい成長に耐えかねている印象を受けた。

「この二つは……こちらに配属となったなら、ちょっと考えないといけませんね」

「ま、そこはうちの整備士主任(シャーリー)たちに任せとけば、なんとかなるでしょーよ」

「ええ。それにしても、この二人……なんだか周りに比べると、とても息が合っている感じですね」

「そうですね。あのコンビは、うちの中でもかなり息が合っている組み合わせだと思います。訓練校からコンビ三年目ってことで、技能相性やコンビネーション動作はなかなか大したもので───。

 ああ、いえ。もちろん、航空教官のヴィータ三尉や、戦技教導隊の高町一尉がご覧になれば、穴だらけだとは思いますが」

 本職の前であまり褒めすぎるのも良くないかと思ったが、なのはとヴィータは特に気にした様子もなく、むしろ好意的に受け止めている様だった。

 これだけの信頼を勝ち取ってきた二人ならば、新部隊のメンバーとしては申し分ないだろう。……それに、偶然なのだろうが、なのは個人としては、少々運命を感じるところもある。

 尤も、あくまで私情で選んだわけではなく、あの子が自力でここまで駆け上って来た結果だ。

 だからこそ───。

「ありがとうございました。スバルとティアナの事、よくわかりました」

「恐縮です。では……」

「はい。───予定道通り、昇級試験後にこちらの部隊へ来ていただけたらと思います」

 というなのはの返答を受けて、この話し合いは終了した。

 まだいくつか書類作業はあったが、新人の部隊異動の手続きはそこまで難しい事でもない。

 事実、手続きは滞りなく済んで、スバルとティアナの異動届けは受理された。

 

 ───異動は来月。彼女たちの昇級試験後に行われることになる。

 その手続きが済んで、なのはとヴィータは陸士三八六部隊を後にしたが、育て甲斐のありそうな新人たちだと改めて知り、二人の表情はどこか晴れやかであった。

 

 

 

 

 

 

  8 《Side_“Stars”-2.》

 

「交代申し送りは以上です。よろしくお願いしますっ! お疲れ様でしたっ!」

 本日の業務(シフト)の終了の合図を受けて、ティアナはホッとと一息吐いた。

 「ふぅ」と伸びをしていると、そこへ「ティア、お疲れ~」という声と共に、コンビの相方であるスバルが現れた。

「んー」

 と、ちょっと気の抜けた返して、二人は部屋への道を歩いていく。

 廊下を歩いていると、その途中でなんだか同僚たちがやけに(ざわ)めいていたが、疲れていたせいか全部は聞こえなかった。

 断片的に聞き取れたところでは、「本局航空隊の方が来てたんだって? 何の用だったんだ」「さあ? もう帰られたそうですよ」などといったものだったけれど、要はどこぞのお偉いさんが来ていた、という程度。なら新人の自分たちには関係ないか、と二人の興味は別のところへと移っていった。

「そういえばBランク試験、来月……ていうか、もう再来週くらいだけど、準備オッケーだよね?」

「まぁね。任務や待機の合間にずっと練習して来たんだし。あたしも、あんたもね」

「うんっ!」

 意気揚々と言った様子で意気込みを語るスバルだったが、なんだかティアナは釈然としない。いや、もちろん()()()()()()()()()()()のだから、沈んでもらっていても困るのだが───それにしても、だ。

「て、ゆーかねぇ……卒業後の配置部隊とグループまで一緒にどころか、なにが悲しくて魔導師試験まで二人一組(ツーマンセル)枠で受けることになってんのよ」

 誰に向けたわけでもない悪態を吐くティアナ。強いていうなら、向けたのは過去の自分自身へ、だろうか。

 しかし、

「あはは。確かに、なんかずっとセット扱いだよねぇ~。でも、訓練校の首席卒業とDランク、Cランク一発合格! ここまではティアの目標通りにちゃんと来てるよね」

 実際、なんだかんだと続けてきたコンビで、それなりの成果を出せている。

 なので不満はない。というか、今ではすっかり悪くないと思っている自分もいるくらいだ。しかし悲しいかな、相変わらず素直でないティアナは、嬉しそうなスバルとは裏腹に、「まーね」と気のない返事で応えていた。

「一緒に頑張ろうね、ティア」

「ふん……あんたに言われなくても頑張るわよ。バカスバル」

「あはは♪」

 今ではすっかり、こんなやり取りも恒例になってしまった。

 普通なら愛想を尽かされそうなやり取りだったが、どうにもスバルは対して気にしてもいないらしい。それどころか、素直でないと知っているがゆえか、楽しんでそうな節すらある。

 まあそれは、自分が『ヤな奴』だと思っているティアナにとっては、物事を円滑に進める上では、ありがたいといえばありがたい。……実際は素直になればいいだけなのだが、生憎と生真面目なくせに天邪鬼(ひねくれもの)な彼女は、それが出来ないのが困りどころだ。

 尤も、今では割と、スバル以外にも()()()()()人は結構増えて来ていたりもするのだが。

 ───だが、それはそれとしても。

「でも、こうしてコンビ組んでて言う事じゃないかもだけど……別に、無理に付き合うことないのよ? あんたも自分の夢があるんだからさ」

 いつかは分かれる道なのだから、もしその機会があるのならば遠慮などは不要。そんな意味を込めて言ったつもりだったのだが、スバルとしても、それは分かっている。

 けれど、

「あたしの夢は、まだまだ遠い空の向こうだしね……」

 そこへ至るには、まだまだ研鑽が足りていない。いまはまだ、自分を磨いている最中で、これから駆け上る場所を目指すには、こうしているのが一番だと、そう思っている。

「だからいいんだ。まだ当分はティアと一緒で!」

 真っ向から素直に言われると、どうにも困る。

 なんだかモヤモヤして、口を尖らせたティアナは「……あー、嬉しくない」と返したが、その顔は大して嫌がってはいなかった。

 その証拠に、

「あ! そうだティア。駅前のお店、今日はサービスランチの日だよ~。食べに行かなきゃ! 栄養つけよ」

「はいはい」

 やはり、なんだかんだと。

 二人は一緒に、揃って前へと進んでいくのだったとさ。

 

 そして来月。

 迎えた魔導師ランク昇級試験にて、スバルとティアナは、新たなる始まりを迎えることになるのだった───。

 

 

 

 

 

 

  9 《Side_“Supporters”-1.》

 

 ミッドチルダ北部、旧ベルカ自治領。

 旧きの世界の縁を多く残すこの地に置かれた、『聖王教会』の大聖堂にて。

 教会が誇る女性棋士のカリム・グラシアと、その義弟にして、管理局の査察官であるヴェロッサ・アコースが、久方ぶりに姉弟(きょうだい)の再会を果たしていた。

「久しぶりだね、カリム。ここのところご無沙汰だったから会えて嬉しいよ」

「そうね。私も久しぶりに(あなた)の顔が見られて、なんだかホッとしてる。相変わらず、ちょっとお仕事をサボったりして不真面目だっていうのは聞いていますけどね?」

「こればっかりは性分だからね。その代わり、サボった分だけしっかり成果は出してるつもりさ」

 飄々とした物言いは代わっていないが、こんなところも実に彼らしい。相変わらずの可愛い義弟の様子に、姉は楽しそうに微笑んだ。

「それで、今日はどうしたのかな? ただのお茶のお誘い、ってわけじゃなさそうだけど」

「ええ。忙しいところ呼びだしてしまってごめんなさい。でも、そろそろあの部隊が発足するから、改めてヴェロッサにもはやての事、お願いしたくて」

 カリムがそういうと、「ああ」とヴェロサは彼女の言わんとすることを察し、納得したように頷いた。

「機動六課……お子様だったはやても、もう部隊長か」

「出会ってから、もう十年以上よ? はやても立派な大人だわ」

「そうか……。歳を取ったかな、僕も」

「こら。弟が姉の前で歳の事を言わないの」

 めっ、と、小さな頃からあまり変わらない姉の叱り方に「ははっ、ごめんごめん」と和やかに返すと、ヴェロッサは面立ちを正した。

 弟の真面目そうな表情を見て、カリムも穏やかだが、けれど真っ直ぐに彼を見て、静かにハッキリとこう告げた。

「部隊の後見人で、監査役でもあるクロノ提督は色々お忙しいし、わたしやシャッハも、教会からあんまり動けないし。

 だから、はやてのこと……助けてあげてね。ロッサ」

「了解、姉さん(カリム)。僕らの可愛い妹分(はやて)のため……ヴェロサ・アコース、がんばりますとも」

 にこっと、笑みと共にそう言ったヴェロサに、カリムもまた微笑んだ。

「それじゃあ、そろそろお茶にしましょうか。シャッハが用意してくれてるし、あんまり待たせるのも悪いから」

「だね。色々と、積もる話もあるし。僕の仕事先での事とか、最近になって、新しく解ってきた事とかもね」

「提督も司書長も頑張って下さってるのね。もちろん、あなたも」

「当然さ。なにしろ、僕の姉さんの為だからね」

 そういって、にやっといたずらっ子の様に微笑むヴェロッサは、実際の年齢以上に子供っぽい。

 茶目っ気たっぷりに言う可愛い義弟に、「ふふっ。ありがとう」とカリムも返し、二人は部屋を出て、シャッハの待つ中庭(テラス)の方へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

  10 《Side_“Supporters”-2.》

 

 時空管理局本局、『無限書庫』のとある未整理区画。

 そこで、数多の踊る様な本に囲まれながら、空中に映し出された画面(モニタ)越しに、どこかと通話している青年がいた。

 中性的で、一見すると女性に間違えそうな彼こそ、この『無限書庫』を治める司書長のユーノ・スクライアである。

「───そっか。エリオも無事に登録終わったんだね。よかった」

『今度会ったらユーノもお祝いしてやってなー。フェイトもあたしも、二人が戻ってくるまでの間はちょっと忙しいし』

「ゴメン、アルフ。こんな時に手伝ってもらっちゃって。今日もおつかい行ってくれてありがとう」

 ユーノがそう礼を述べると、アルフは『気にすんなって。あたしも好きで手伝ってるんだからさー』と言い、傍らにいるフェイトも『そうだよ。ユーノだって、六課の事たくさん手伝ってくれてるんだから』と続く。

 そういってもらえるのは、素直に嬉しい。ありがとう、と返して微笑むと、二人は『うんうん』と頷いた。

「それじゃあ、一旦検索に戻るから、また」

 ユーノがそう言うと、

『うん。またね、ユーノ』

『あとでそっち戻るときよろしくな~』

 と二人も言って、三人は通信を終えた。

 ユーノが通信を終えて一息吐いていると、背後から声がかかる。

「今のは、フェイトたちからですか?」

 その問いかけに「うん」と首肯し、振り向くと、こちらへ向かってくる人影が一つ。

 声の主は、かなり蒼い瞳の、なのはのものより暗めの色彩をした茶髪を、ユーノと同じようにリボンで頭の後ろに垂らすように結った女性。何年か前から臨時司書として、エルトリアから此方へ手伝いにやって来てくれているシュテルだった。

「ありがとう、シュテル。おつかれさま」

 シュテルの持ってきてくれた資料を受け取り、ユーノは微笑むが、シュテルのほうはややジトっとした目で彼を見ている。

「……相変わらず、ナノハたちの事となるとマメですね。師匠は」

 エルトリアにはあまり来てくれないわりに、と言外に言われている気がして、ユーノはちょっとバツが悪くなったのか、

「いや、別にそんなつもりは……」

 と、やや弁解じみたことをいう。

 シュテルのほうはまだ僅かに不機嫌そうではあったが、今回はさして長引かせることなく、気を取り直してくれた。

「今回は事が事だけに責められませんが、あまり複数の女性と懇意にしすぎるというのもどうかと思いますよ」

 単純に周りに男の知り合いが少ないだけ、という言い訳は通じないのだろうな、とユーノはぼんやりと思う。実際、大きな仕事絡みで関わったり、九歳の時に知り合った幼馴染たちの女性比率が高いだけで、普段は同性ともちゃんと交流を持ってはいるし───と、そんな益体もないことを考えている彼の傍らで、シュテルは小さく溜息を吐く。

 ……尤も、

(まぁ、だからといって揺らぐものでもありませんが)

 こっちもこっちで、とっくの昔に臨戦態勢全開なので、有り体に言えばこのやり取り自体、単なる嫉妬ゆえの児戯のようなものだったりするのだが。

 それはさておき、

「しかしフェイトたちから……ということは、いよいよ始動するのですね」

 ユーノもそれに頷いて、「うん」と応える。彼の声に合わせ、止まっていた本たちが、再び宙を踊り始める。

 

 『機動六課』───それがはやての設立する新しい部隊の名前だ。

 

 部隊設立の目的は、ここ数年で表出した古代遺失物に纏わる事件を追うためとされているが───これはいわゆる『表向きの理由』であり、実際の目的はまた異なる。

 一つは、事件に対し迅速に対応する部隊を作る事。

 表向きの理由にも関連する部分であるが、こちらも重きを置かれている部分ではある。

 特にその意志は、四年前の空港火災を機により強まったと聞いている。元々、管理外世界や本局()での事件に携わって来た身からすれば、地上という領域に囚われた組織の状態は遺憾であると言わざるを得ない。

 しかし、戦いの場が既に整えられた世界、人々が拓いた世界だからこそ、この状況は致し方ない面もある。故に変革を望むなら、時間を掛けて内々から然るべき手段で以て、それは成されるべきだ。

 だが、時間を掛ける、と言う事はつまり。

 もし仮に、それが成されるよりも前。近い将来において、『取り返しのつかない事態』が起こるのだとしたら───そもそも変革を望む意味など、どこにも無くなってしまう、という可能性だってある。

 そう。これが、二つ目の理由だ。

 騎士カリムの持つ稀少技能(レアスキル)、『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』によって〝預言〟された、世界の危機。

 スキルの特性上、預言される内容は詩文形式で綴られるため、内容を完全に明かすことは難しい。預言が的中しても、予想した内容とは違うケースも多々存在する。その為、カリム本人は自らの預言を『よく当たる占いのようなもの』と形容している。

 しかし、彼女のスキルの本質は、いうならば『未来予測』。預言というオカルトチックな呼ばれ方をしているが、(れっき)とした魔導技術の一つだ。

 

 それゆえに、『予想とは違った』、という外れ方はあれども。

 『預言が起こらなかった』、などという外れ方は在り得ないのである。

 

 預言が記された以上、綴られた内容は必ず起こる。もちろん、凄惨な結果が起こると決まったわけではないが、最悪の事態が起こってからでは遅いのもまた事実。

 しかも今回の預言(もの)は、これまでの預言とは異なる事が多すぎた。

 内容が変質していたり、発生までの期間が異常に長いこと。そんな不自然な点が数多く存在している。

 が、だからこそ───。

「僕たちも、ただ黙って滅びを迎えるわけにはいかないからね」

 そういってユーノは、踊らせていた本の内の一冊を手元に引き寄せた。表紙に記された題の文字を見るに、ベルカ関係の書籍だということが分かる。

「それは?」

「本自体は、随分と前に見つけておいたものなんだ。でも、改めて少し確認しておいたほうがいいかなと思って」

 そう言いながら、ユーノがシュテルへその本を寄こしてきた。

 シュテルが中身に軽く目を通すと、そこにはかつて旧き世界の戦乱に纏わる事柄がつづられていた。

「……なるほど。以前拝見させて頂いた、『ゆりかご』の資料。これも、その元となった一つというわけですか」

「うん。シュテルたちには確認してもらっているから今更かもしれないけど、アレが本当に相手になるとしたら───警戒のし過ぎ、なんてことはないだろうから」

 ですね、とシュテルもその言葉に同意する。

 彼女の()()であったユーリの出身地でもある、古代ベルカ。

 戦乱に苛まれ続けた彼の地では、争いに勝利するために、どこの国でも魔法による様々な兵器が造り出され続けていた。

 その中でもとりわけ有名なのが、『聖王のゆりかご』と呼ばれる、巨大な戦艦(いくさぶね)

 ベルカの戦乱を止めた、という逸話に違わず、各資料を参照しても、当時からかなり恐れられていた強力な兵器であった事が分かる。

 断定に足る資料はまだないが、元々はあの『アルハザード』から齎されたモノである、という記述も散見されており、古代ベルカの時点で既に『ロストロギア』の様な扱いを受けていたそうだ。

 古代ベルカでは、そうした強力無比な兵器を総称して、『禁忌兵器(フェアレータ)』と呼んでいた。

 そして、『ゆりかご』はその中でも最たる存在(モノ)であるとされている。

「戦乱を止め、結果として世界の終焉を齎したとされる代物……改めて言葉にすると、少々信じ難いものがあります」

「そうだね……。調べてる僕自身、何かの間違いなんじゃないか、って思う。───でも、やっぱり、どうしても引っかかるところもあるんだ」

「それは時期や、局側の対応に……ですか?」

 僅かに躊躇いを孕んだ問いかけに、ユーノは黙って首肯した。

 『ゆりかご』の炉心は、『ジュエルシード』や『レリック』といった品に近い、高度エネルギーの結晶体が用いられている。全長がキロ単位なだけあって、それだけ強力な駆動炉が求められているということなのだろう。

 しかし、『ゆりかご』にはもう一つ、特異な動力源が存在している。

 ミッドチルダ上空には二つの月があるのだが、衛星軌道上に上がると、『ゆりかご』はそこからの魔力供給を受けて、その真価を発揮する。

 ただでさえ堅牢防御は更に固く、対艦攻撃を向かってくる標的全てに同時に放つことが出来、次元跳躍を用いて遠く離れた場所へもその攻撃を叩き込める───と、まさしく禁忌と呼ぶに相応しい性能が伝えられている。

 そして、この『月からの魔力供給』というのが、ユーノらが最も引っかかりを感じた部分であった。

「月からの魔力供給の方法自体は既に失われているけど、かつて存在していた技術だったというのは、様々な記述から確認されてる。特にベルカやミッドチルダみたいな二つの月を持つ世界では、色んな伝承が残されてて……周期や配列なんかにも関係がある、といった資料もあった。

 でも、まだそれも眉唾なものがかなり多いし、あまり拘りすぎるのは良くないとは思う。……ただ、気になる要素なのも確かだから、放置できない」

 散見される資料から導き出される周期と、現在の周期は合致している。単なる偶然だとしても、最悪の可能性が形となるのなら、今がまさにその時だ。

 ───そして、これに更なる疑念が重なる。

 あくまで推測に過ぎないが、前にクロノとヴェロッサに『ゆりかご』について語った時、何故『ゆりかご』が見つからずにいたのか? という話が上がった。

 その時、ヴェロッサは見つからずにいるのだとすれば、かなり大きな力を持った何者か、組織が関わってくると推察していた。

 この次元世界で、最もそれに近しいものがあるとすれば───それは。

「教会や……或いは、管理局そのものが?」

 静かに訊ねるシュテルに、ユーノは「あくまで推測……いや、邪推の類だとは思うけどね」と応えた。

 しかし、はやての部隊の設立申請がこの時期に通るのも、疑おうと思えば疑念になりかねない。

 気心が知れている仲間で、平和を守りたいという純粋な想いが根底にある事を知っている身からすれば、頭から否定したくはない。

 この世が優しくなれるなら、少なくとも悪だと断じるものではない。だが、どれだけ愛や平和を謳っても、『機動六課』という部隊は、私設部隊のようなものだ、という批判は免れないだろう。

 傷つかずには通れない茨の道であったが、はやてはその道を通ると決めた。

 その姿は、酷く眩しい。純粋すぎて、危ういと思えそうなほどに。かつてなのはが陥った狂気にさえ近いかもしれない。

 けれど、だからこそ見せられる。

 クロノが言っていた。彼女たちなら、不条理に満ちた世界でも、光だけをつかんでくれるんじゃないかと思う、と。

 ユーノも、悪友の気持ちはよくわかる。

 そして、その共感は彼らだけには留まらず、彼女の道を共に歩もうという人々も、そこに集った。

 きっと、これは夢だ。

 今だけではなくて、未来へも捧げる願いみたいなものだ。

 故にこそ、

「僕も、少し考えてみたくなったんだ。どうやったら、その夢を支えられるのかを」

 それは、はやてと約束したことでもあった。武装局員としては参加できないこの身で、彼女たちの進む道を支える方法を探す、というのが。

 しかし、これはある意味で、はやての進んだものよりも険しい道だった。

 元々、ユーノは戦いを率いるのには向いていない。

 何より、矢面に立って後続を率いる力はない。だからこそ、上に立ち、下を導くには器が足りていないのだと、ユーノはいう。

 下手をすれば卑屈とさえ捕えられかねないユーノの弁に、シュテルは「そんなことはありません」と言い返すが───けれど同時に、完全に否定しきれない部分もあるというのも、ちゃんと分かっていた。

 事戦いの場においては、ユーノには上に立つよりも、横で支える戦い方の方が合っているのだと言うことを。

 戦い全般に向いていない、とでも言いたげな物言いには苦言を呈しはしたが、ユーノにとっての戦いというものがなんであるか───それを、彼の弟子を自称する彼女が、分かっていないわけがなかった。

 が、

「だからこそ、師匠はわたしたちに声をかけてくださったんでしょう?」

「……うん。あの事件以来、エルトリアと交流を続ける窓口みたいなところにいたってだけで、図々しいお願いだったのは自覚してるけど」

「師匠。それ以上は詮無き事です。そもそも心惹かれない戦いの場であるのなら、わたしたちも赴こうなどとは思いません。

 あなたの誘いで、わたしたちが名を連ねるに足ると考えたからこそ、今があるです。だからこそ、師匠には胸を張って頂かなくては困ります。わたしたちは、あなたが戦うと決めた場に、共に並び立ち戦うと決めたのですから」

 その叱咤を受けて、ユーノは「ごめん、ありがとう」と気を引き締めなおした。

 協力は、どちらか一方だけの厚意では成立し得ない。共に並び立つに足ると認めたからこそ、手を取り合えるのだ。

 自分が目指していた事の筈なのに、弟子に励まされている様ではいけないな、とユーノは小さく笑みを浮かべた。

 ───そう。ユーノの目指していたのは、横に繋がる組織づくりであった。

 あくまでも各部隊、事件への手助けを主とした、非常勤の立ち位置とでも言えばいいのだろうか。

 もちろんこれも六課と同様に、そんなどこにでも訪れる便利屋など、管理局という司法組織においてはあまり好まれないことは重々承知している。

 しかし、管理局は『嘱託魔導師』や『民間協力者』などといった制度を有しており、ユーノを始め、『聖王教会』などからも同様の協力者が各地の任務で多数参加しているのもまた事実。加えて、ユーノの治める『無限書庫』という場所の特異性が、それをより幅を広げるのに一役買っていた。

 

 『無限書庫』は、管理局の保有する最大のアナログデータベースであり、その貯蔵する情報の量は膨大で、『世界の記憶』と形容されるほどの叡智がここには収められている。

 そして、『世界の記憶』───即ち歴史とは、この魔法という力も、複数の世界が繋がり合う『次元世界』という枠組みにおいて、かなり強い力を持つ。それは何故かと問えば、答えはつまらないもので。

 魔法に纏わる歴史とは、常に繁栄と滅亡の繰り返しであるからだ。

 

 例えば『ベルカ』、例えば『アルハザード』。

 それ以外にも、数多の世界で『行き過ぎた魔法文明』は、往々にして高まり過ぎた力によって滅びを迎えている。

 

 そんな過去を学び、今のミッドチルダがある。

 しかし、ミッドの魔法も日々進化の道を辿っており、何かの間違いで滅ぶ可能性もゼロではない。

 その間違いを防ぐために管理局があるわけだが、過去に秩序や統治がなかったわけでもない。

 当然、過去と現在、そして未来が一律であるとは限らないが───生憎と、ただ無関係と切り捨ててしまうには、この世界は強く、何より広がり過ぎていた。

 

 『ロストロギア』───これらは、偶然発生した災害じみた扱いを受けることも多々あるが、あくまでこれらは、『進み過ぎた魔法文明が滅んだ際に残された遺物』である。

 古代ベルカ由来のものなら新しくて三〇〇から二〇〇年程度。アルハザードのような神話や伝説の中にある品物(モノ)になれば、それこそ何千、何万と悠久の時を超えたものであるだろう。

 

 故に、次元世界は現在と過去から切り離せない。

 この特性は、広く遠い世界の成り立ちなどを記録しているという部分にも関連してくる。

 何せ、次元世界は今でもその幅を広げている。

 交流がなかったとして、十三年ほど前にあった『エルトリア』関連の事件のように、日々どこかの世界と繋がりを生んでいるのが現状だ。

 そんな広い世界を、現地以外から完全に管理し続けることは難しい。

 現地に住んでいる人間からすれば当たり前のことでも、離れ過ぎて知らない事だらけなんていうのも日常茶飯事だ。

 

 極端な例を出せば、凶暴な魔導生物のいる地と、そういったものが全くいない場所とが、いきなり繋がったらどうなるか。

 ミッドチルダに住んでいて、知識として周辺の次元世界にそういうものがいると知っていても、本当にそれがどんなものなのかを知らなければ、実際に遭遇した時にどうしようもない。

 たとえ一度は繋がっていた過去があったとしても、何十年か後に改めて訪れることになったとしたら、忘れていたでは通らない。

 身を護るために必要なのは、何も力ばかりではない。

 知っている、と言う事もまた、立派な自衛策の一つなのだ。

 加えて、それこそ管理局員であれば、捜査などでその地を赴く時、いちいち前知識無しだったから失敗しました───なんてのを繰り返す羽目になったら、あまりにも馬鹿らしいといえよう。

 

 だからこそ、無限書庫の情報は武器になる。

 ここは管理局の発足前からあると言われている施設で、誰が何の目的で作り上げたのかハッキリとしていない。

 そのせいかオカルトじみた噂もあり、またそれを裏付けるようなとんでもない代物が納められていたりもするが、本質はあくまで書庫───情報を納める場所だということに変わりはない。

 

 故に、身も蓋もない言い方をすれば───

 

 ずっと昔から今に至るまで、様々な人々が情報を納め続け、無限書庫もその規模を広げていった。その結果として、現代に至るまで残ったこの場所には、納められた情報を『発掘』しなければならないレベルにまで至った、といっても良い。

 

 いずれ全てを皆で共有できる時がくれば一番なのだろうが、先程も言った通り、情報は時として武器になる。

 危険性の高いものなら尚更だ。

 そのため、秩序を守る組織が管理している以上、その扱いは慎重に行わなければならない。

 なので、近々開かれる一般区画を除けば、本館はきちんと管理局側が認可した司書たちを始め、許諾を得た者しか入れないようになっている。

 ……尤も、書庫自体が巨大過ぎて、天然の迷宮じみた作りな上に、書庫自体も次元の海に設置されて、中に入るにはきちんと手順を踏まねば入ることもままならず───しかも先ほども言った通り貯蔵されている量が膨大なため、裏から入ってもまともに欲しい情報を手に入れられる確率は極々低いのだが。

 

 と、まぁそんなこともあって、ユーノたち司書はそう言った情報を()()専門家のような立ち位置にいる。

 そして、ユーノやシュテルの魔導師としての腕前にしても、武装局員にも勝るとも劣らない。

 ここをユーノは利用した。

 全ての司書が別部隊の応援に無差別に出るわけにはいかないので、必要に応じて、かつ魔導師としての力がBランク以上に相当する者に限り、この動きを許諾してもらえるように掛け合ったのである。

 

 そんな組織づくりをしたのは、きっかけとしては友人との約束に関わる部分が大きいといえる。だが、私情に流されて手抜きをしたつもりもない。

 そうして、積み重ねた布石は、しかと形を成した。

「シュテルたちのおかげで……それもやっと、形に出来た」

 本当にありがとう、とユーノが礼を言うが、シュテルは「まだ早いですよ」と彼を制した。

 その心情を分かっているからこそ、敢えて叱咤するように発破を掛けてきた。

 「ここはまだ、始まりに過ぎません」と。その頼もしい弟子の言葉に、ユーノも「そうだね」と頷いて、まだこれからだ───と言った。

 

 幼馴染みのたちが作り上げた部隊が挑む事件は、まだ始まったばかり。そして、それを支える自分たちもまた同様だ。

 気持ちは引き締めていかねばならないな、と。

 ユーノは力のある笑みを浮かべて、シュテルを促すと、再び検索へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 転章Ⅴ Turn_into_the_“StrikerS”.

 

 

 

「───最初の『レリック』を運んでから、もう四年か。なんや、あっとゆーまやったなぁ」

 海風を受ける隊舎を前にして、はやてはポツリとそう呟くと、傍らに立つシグナムが「ほんとです」とその言葉に頷いた。

 過ぎ去ってみると時は一瞬だが、流れの中にいる間はとても長く感じるものだ。

 実際、長かった。あの日、『無限書庫』でユーノに告げた時から───いや、本当は、もっと前からかもしれない。

 歪なところもあり、強引であったのかもしれないけれど、求めていた夢であった。

 しかし、それも今───形と成り、皆の想いがここに一つになっている。

「これでやっと、片手間やなしに『レリック事件』を追いかけられる」

 短く呟いた言葉の裏に、静かな、けれど強い意志が燃えていた。

 そんなはやての様子を見て、シャマルとシグナムは彼女の黙したまま、続く言葉を待つ。

「カリムやクロノくんが尽力してくれて集まったみんなが、全員でたった一つの事件を追いかける。わたしたちの機動六課。

 他にもたくさんの人が支えてくれて、この場所が成り立ってる。せやからここは、ただ戦うだけの場所でも、一番最初(はじめ)のわたしの命への恩返しだけでもなくて、みんなの願いを目指す舞台───夢の部隊へのはじまりや」

 そう、これはきっと夢だ。

 ともすれば、束の間に砕け散ってしまうかもしれない、小さな希望の集まって出来た、脆い結晶体のような。だが、たとえ泡沫の幻想(ゆめものがたり)であったのだとしても───抱いた望みを、決して間違いになどしはしない。させてたまるものか。

「しっかりきっちり、やってかんとな」

「「はい/ええ」」

 やっと、長い長い前奏曲(プロローグ)に、終幕(おわり)が訪れる。

 が、この終わりは、盛大に奏でられる交響曲(ものがたり)へと向けた、全ての布石。

 

 

 ───ここが始まり。

 『夢』を抱く全ての人間(ヒト)の、想い(ココロ)願い(のぞみ)を載せた物語が、幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 蒼穹(ソラ)を駆ける The_Examination.

 

 

 

  1

 

 新暦八〇年、四月。

 ミッドチルダ臨海第八空港近隣、廃棄都市街。

 ここはかつて、第八空港を中心として栄えた港町であったが、四年前に起こった大規模な空港火災の影響もあり、今では閉鎖され、人のいない無人区画となっている。

 復興の目処が立つまでは局の管理下に置かれていて、壊れた市街地は災害発生を想定した訓練や昇級試験等に流用している。

 

 そんな場所に、スバルとティアナはやって来た。

 魔導師の昇格試験自体は、DランクやCランクと二度経験しており、難易度が変わる事はともかくとして、初めてという訳ではない。───だが、再びこの地へ足を踏み入れることになり、スバルの心情は少しばかり複雑であった。

「…………」

 静かに、壊れた街の残骸を眺める。

 『あの時』は炎の中にいて、此方の方をしっかりと見ていたわけではなかったけれど、何も自分のいた場所だけが()()()()ではなかったのだと、スバルは改めて思い知った気がした。

 壊れた街がそのままに残されているというのは、次元世界の性質を思えば、時折見られる光景ではある。だが、この場所で昇級試験が行われるというのは、スバルにとってはある意味で呪いであり、同時に福音にも近い。

 何もできなかった怖さも、苦しんだ人たちの想いも、少なからず知っている。

 だからこそ、こんな風に壊れたままで、消えない傷跡みたいに遺されているのは、酷く心苦しい。

 けれどここで彼女が抱いた想いは、決してそれだけではなかった。

 『あの日』、確かに決めたのだ。怯えているだけで、何もできないままの、弱いままの自分はもう嫌だと。

 そして、決めた。炎の中から助け出してくれた、あの魔導師(ヒト)みたいに、自分も同じくらい───誰かを助けられるようになれるように。

 

(───強くなるんだ、って)

 

 自分の中にある覚悟(おもい)を確かめるように、スバルは鋭く虚空に拳を見舞った。

 ビュンと風を切り、力強い音を奏でながら、左連打(ジャブ)右直拳打(ストレート)上段蹴り(ハイキック)と軽やかな身体運びで繋げて行く。

 そうしてやる気全開とばかりに張り切っているスバルだったが、傍らのティアナから「あんまり暴れてると、試験中にそのおんぼろローラーが逝っちゃうわよ?」と言われて、思わず準備動作を止めた。

「もー、ティア~。ヤな事言わないで~。ちゃんと油も差してきたー」

 相方のちょっぴり不吉な予言に、スバルはそう応えて、足下の『ローラーブーツ』の状態は良好だと見せてくる。

 訓練校時代から、救助隊を経て今に至る自作機だが、年季は入っているものの、今のところはまだしっかりと彼女の『足』となってくれる事だろう。

「ティアの方こそ、途中で動作不良とか起きない?」

「あんたの馬鹿力でぶん回すよりかはね、あたしのが長持ちするわよ」

 素っ気なく返して、『アンカーガン』の薬室を片手で開けると、ティアナは用心金(トリガーガード)に掛けた指と手首のスナップだけでそれを閉じ、華麗に回転させてぴたりと止めて構えた。

 ティアナは普段はあまりこういった魅せ業の類はやらない割に、やるとなると存外器用に熟す。別にそれが技能的に関わってくるわけではないが、なんかカッコいいのでスバルはちょっとばかり悔しい気がした。

「……と、馬鹿言ってる場合じゃなかった。そろそろね」

 手元の『アンカーガン』から投影された時刻表示を見て、ティアナがそう呟くと、まるでそれに合わせたかの様に、二人の目の前に大きな通信窓(ウィンドウ)が現れた。

《おはようございます! さて、魔導師試験の受験者さん二名。揃ってますか~?》

 と、そんな元気な声と共に現れたのは、随分と幼い、蒼みを帯びた長い銀色の髪をした少女の姿だった。

 しかしいくら子供に見えるとはいえ、局員の制服を身に着け、こうして呼びかけて来たからには、彼女がこの試験を監督する者の一人であることは疑いようもない。

 それが分かっていれば、後はいつもと変わらない。「「はいッ!」」と、新人らしく威勢の良い返事をした二人に少女は満足気に頷き、《それでは確認しますね?》と前置いて、二人の名前と所属の確認を始めた。

《時空管理局・陸士三八六部隊に所属の『スバル・ナカジマ二等陸士』と、『ティアナ・ランスター二等陸士』。お二人が現在所有している魔導師ランクは、陸戦Cランク。本日受験するのは、陸戦魔導師Bランクへの昇格試験───で、間違いないですね?》

「はいっ!」

「間違いありません!」

《はい、良い返事です。では、此方も改めて自己紹介を。本日の試験官を務めますのは、わたくしリインフォース(ツヴァイ)空曹長です。よろしくですよ~♪》

「「よろしくお願いしますッ!」」

 びしっ、と二人がリインに敬礼を返したところで、リインは《それでは》と試験の概要を説明し始めたのだが───。

 そんな三人の様子を、離れた場所で見ている者たちが二人ばかりいた。

 

 

 

 

 

 

  2

 

「おー、さっそく始まってるな~。リインもちゃんと試験官してるみたいや」

 試験場となる市街地区画の上空を飛ぶヘリの中から顔を出して、三人の姿を楽しげに眺めているのは、本局の元・特別捜査官にして、現在では新部隊『機動六課』の部隊長を務める八神はやてその人であった。

「はやて。ドア全開だと危ないよ? モニターでも見られるんだから」

「はーい」

 と、その傍らで、ワクワクが止まらないと言わんばかりの彼女をなだめているのは、同じく『機動六課』の分隊長を務めるフェイト・T・ハラオウンである。

 しかし、新部隊の発足に忙しい筈の彼女たちが、何故今日ここへやって来たのか。

 答えは至極簡単なもので、スバルとティアナの試験を見に来た、というのが主な理由である。

 とはいえ、新人の昇級試験にわざわざ来る部隊長陣、というのはやはり、通常ではあまり見られない。そもそも能力を見たいだけなら、結果を見るだけで済む。けれど、それを押して尚、はやてたちが現地に赴いたのは、単なる試験の結果のみでは見られないものを確かめる為だ。

「この二人が、はやての見つけた子たちだね?」

「うん。二人ともなかなか伸びしろがありそうな、ええ素材(子ら)や」

 フェイトの問いかけにそう応えて、はやては画面の中に表示されたスバルとティアナの資料(データ)を開き、フェイトに見せる。

 それらに目を通しながら、フェイトが「今日の試験の様子を見て、いけそうなら正式な引き抜き?」と訊ねる。

 するとそれに、

「そのつもりやけど、六課で育成する人材の直接の判断は、本職(なのはちゃん)にお任せしてる。部隊に入ったら、なのはちゃんの直接の部下で、教え子になるわけやからなぁ」

 と、はやては応えた。

 フェイトは「そっか」とその答えに頷いて、はやてと共に画面に視線を再び落とした。今頃自分たちと同じように、もう一人の親友もまた、新人たちの様子をどこかで見ているだろうと思い浮かべながら───。

 

 

 

  ***

 

 

 

 フェイトやはやてが上空から二人を見ていた頃。

 なのはは試験の部隊となる区画(コース)からやや離れた待機区域にて、スバルやティアナの様子を観察していた。

 あくまで今日行われるのは試験であり、教練の類ではない。だが、これは単に一般の試験というだけではなく、新設する部隊への勧誘と、部隊での育成に関わる布石となるものだ。

 故に本職として、試験にはしっかりと目を通しておく必要がある。

There is no life response within the range.(範囲内に生命反応) There is no dangerous object either.(危険物の反応はありません)

 ───Check of the course was finished.(コースチェック、終了です)

「うん。ありがとう、レイジングハート」

 愛機の声に頷いて、なのはは改めて試験場内に設置した魔法や設備の具合を確かめる。どれも感度良好、これならばしっかりと試験の内容を漏らす事無く此方へと伝えてくれることだろう。

「観察用のサーチャーと、障害用のオートスフィアも設置完了。わたしたちは全体を見てようか」

《Yes, My master.》

 準備は全て整った。あとは、開始を待つのみ。

 しかし、この開始までの僅かな時間は、何度経験しても色褪せない。

 張り詰めた空気と、本能を滾らせる緊張感。これらは受ける側はもちろん、見守る側にも静かな高揚を届ける、さながら劇場の開演を待つような心地よさがあった。

 

 

  ***

 

 

《二人はここからスタートして、各所に設置された障害物(ポイントターゲット)を破壊していってもらいます。ああ。もちろん、破壊しちゃダメな非障害物(ダミーターゲット)もありますから、気を付けてくださいね?

 そして、それらの放つ妨害攻撃を避けながら、すべての障害物(ターゲット)を破壊。制限時間内にゴールを目指してくださいです。何か質問は?》

 リインが語った最後の確認に、スバルとティアナは顔を見合わせると、二人は小さくうなずき合って、「ありません!」と応えた。

 二人の声を受けて、

《では、スタートまであと少し。ゴール地点で会いましょう! で~すよ♪》

 と、リインは茶目っ気たっぷりに言ったところで、空中に投影(うつ)されていた通信窓(ウィンドウ)が消え、カウントダウンが始まった。

 信号機みたいな三つの丸が並んだカウンターが、一つずつ消えて行く。

 二つ目が消えたところで、ティアナが「レディ───」と呟いて、スバルもそれに合わせて構えを取り。

 三つ目のカウントが消え、試験開始の号笛(ホイッスル)が鳴り響くと同時。二人は「「───GOッ!」」と叫んでその場を飛び出した。

 その様子は、リインやなのははもちろん、ヘリの中に居るはやてたちにも同時並行(リアルタイム)で中継されている。

 そんな沢山の人々が見守る中。スバルとティアナは、昇級目指して一直線に市街地を駆け抜けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

  3

 

 開始地点を飛び出した二人は、順路(コース)の第一地点に設定された廃ビルへ向かう。

 事前に通達された情報によると、あのビルの五階部分に六つと、三階部分に三つ。更に隣接するビルにもう八つの自律型機械球(オートスフィア)が置かれているらしい。

 序盤の障害物(ポイントターゲット)は、自分から彼女らに向かって来ない。なので、ここはいかに『手早く脅威への対処が行えるか』が鍵だ。順路に居座り妨害してくる後半のモノに比べると脅威は低いが、だからこそ手際が要求される。

 馬鹿正直に下から上へ、と潰して行くのはあまりにも非効率だ。

 であれば、

「スバル!」

「うんっ!」

 その呼びかけに、スバルは瞬時に応じた。相方が差しだしてきた手に身体を預けると、ティアナはスバルをしっかりと抱いたまま、もう片方の手でビルの屋上に鉄糸錨(ワイヤーアンカー)を打ち込む。魔法によって固定されたその刺錨(アンカー)鉄糸(ワイヤー)で手繰るようにして、二人は一気にビルの上層へ。

 そして完全に昇り切る途中、「中のターゲットはあたしが潰してくる」とスバルがいうと、ティアナが「手早くね」といって回していた腕を離した。すると「オッケー!」という快活な声と共に、スバルは上へ引き上げられた勢いのまま、ビルの窓を蹴破るようにしてその内部へと飛び込んでいった。

 ガシャァン! と砕け落ちる硝子片から、豪快に飛び出して来たスバルを捕らえ、オートスフィアたちは彼女へ向けて攻撃を仕掛けてくる。

 しかし、いくら陸戦といえ浮かんでいる程度で舐めないでもらいたいものだ。 

 降り注ぐ青白い閃光を横に滑るようにして躱しながら、スバルはそのまま壁を走りぬけて、ターゲットへ攻撃を叩き込む。

「……せあぁっ!」

 気合の入った声に合わせ、機械たちが破壊されていく音がその場に木霊する。

 拳で、脚で。瞬く間に飛べる機械が、飛べない少女に蹂躙されていく。

 けれどそれは、なんら不思議なことではなかった。

 ここはあくまで室内であり、囲いの無い空中ではない。故にこの場所でならば、飛行にも至らない、ただ『浮遊』する程度の障害物など、スバルには大したハンデには成る筈もない。

 そう。例え大空を自由に飛べずとも、走る為の足場があるのなら、どんな場所でも駆け抜けて見せるのが、彼女という魔導師なのだから。

 そうして四機のオートスフィアを瞬く間に倒し、スバルは通路側の後方に控えた残り二つのスフィアへ向け駆け迫る。

 当然迫る脅威を排除すべく、敵側も攻撃を仕掛けてくる。弾幕を張るようにして、正面から閃光の雨がスバルへ注ぐ。少々厄介だが、スバルはそれを脅威として捉えるよりも、その奥で()()二機を見て、現状を好機だと捉えた。

「───ロード、カートリッジ‼」

 『リボルバーナックル』に読み込まれた魔力の弾丸が、スバル自身の魔力に上乗せされて唸りを上げる。二重に重なり合った歯車が、さながら削岩機(ドリル)の如き回転と共に激しい風を巻き起こし、それを彼女の拳へ纏わせる。

 そしてそのまま、スバルは自らの拳を振り抜き、文字通りに正面からすべてを()()()()()

「リボルバー……シュ───トッ‼」

 青い輝きを放つ魔力弾を追う風の渦が、何層にも重なる衝撃波の壁となって二機を襲った。

 単なる弾丸で射貫く射砲撃とはまた違う、シューティングアーツならではの()()()()と呼ばれる手法だ。

 基本的に射撃にあまり特化していないベルカ式術者が、短距離(ショートレンジ)の相手への牽制に用いるものであるが、弾丸で一体ずつ撃ち抜くのとは異なり、面で相手へ迫る性質から、機械相手ならば一度に複数を倒す事も可能なのである。

 一応、威力は距離が開く程に下がってしまうが、この程度の距離ならば、破壊には十分だった。

 この階層(フロア)障害物(ターゲット)の破壊を確認したスバルは早速、下の階層へと急ぎ向かった。

 次は三階部分にいるという三機。

 手早く倒して、ティアナに合流せねばならない。

 もう訓練校時代のように、いつまでも足を引っ張るばかりではいられないと、スバルは意気揚々と先へ先へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

  4

 

 一方で、スバルが三階へ向かい始めた直後。

 ティアナもビルの屋上にて、隣接するビルの中から覗く障害物たちを、構えた銃で狙っていた。

(落ち着いて、冷静に……)

 所詮、標的となるのは、あくまで自立制御された無人機。遠隔操作は出来るのだろうが、試験官がよほど悪辣な趣向でも凝らしていない限り、奇抜な動きなど望むべくもない。

 なればこそ。あの標的を捉えるのは、そこまで難しい事ではない。落ち着いて、狙いすました照準さえズレなければ───。

 鈴の音にも似た旋律と共に、橙色の魔法陣がティアナの足元に展開される。

(シュートバレット……ファイア!)

 銃口に生成された魔力弾を、標的へ向けて撃ち放つ。

 続けざまに、かつ的確に障害物(ポイントターゲット)を破壊していく。

 行き着く暇もなく、()()障害物(ポイントターゲット)を破壊すると、ティアナは踵を返して、再び錨鉄糸(ワイヤーアンカー)を放つ。そのまま二つのビルに渡されていた連絡通路を使って屋上から降下していった。

(ここのダミーはひとつ……そこまで面倒な配置ではなかったけど、この先どうなるかね)

 降りた先から少し走ると、第二地点へ向かう順路に出た。ちょうど、ビルの中の障害物を排除してきたスバルともタイミングよく合流出来た。

「良いタイムで来てるね」

「当然!」

 ここまでは想定通り。合流も滞りなく済んだことだし、次の地点も手早く攻略して一気にゴールを目指すのみ。

「行っくぞ~~っ‼」

「うっさいわよ、スバル! はしゃぎすぎないの!」

 相も変わらずワイワイ騒がしい二人だが、それでも足取りは順調そのもの。

 この調子で行けば、試験突破は容易いかに見える。だが、しかし───本当の難所はここからだ。

 

 旧市街・環状道路に上がると、直ぐにオートスフィアたちが攻撃を仕掛けて来た。

 標的は上り下り双方に居て、数はゴール方向の上り側に多い。

「スバル、下り側任せたわよ」

「オッケ~ッ!」

 二手に別れ、ティアナとスバルは障害物を相手取るべく動き出す。

 スバルは持ち前の機動力を生かして、攻撃を避けつつ攻撃を仕掛ける構えだが、両側を阻まれている間は、あまり近づき切れない。

 彼女の動きを最大限に生かすには、ティアナが先んじて上り側のターゲットを破壊する必要がある。

 道路上に崩れた瓦礫に身を顰め、魔力弾を生成し、射撃魔法を撃ち放つ。

 一度の射撃で破壊できたのは四つまで。加えて、先ほどからの射撃魔法を連続使用した為、カートリッジ内部の魔力も尽きてしまった。

 ティアナは再び瓦礫側に引っ込み、銃帯(ガンベルト)から二発の薬莢(カートリッジ)を引き抜いて装填。薬室を閉鎖するや、即座に表へ戻り、残った障害物も撃ち落す。それによってスバルの側も自由に動けるようになり、下り側の三機を一気に破壊。

 二人の連携で見える範囲の機体は全て撃墜出来たが、隠れている機体もあるかと思い、少々身構える。しかし三十秒ほど待っても、時間差の出現はなく、その場は静まり返ったままだった。

「……うん、全部撃墜(クリア)したみたいね」

「この先は?」

「このまま上に。上がったら最初に集中砲火が来るわ。オプティックハイド使って、クロスシフトでスフィアを瞬殺。───やるわよ?」

「りょーかいっ!」

 ぐっ! と、サムズアップを返すスバルにティアナも頷いて、二人は環状道路の第二層へと上がる準備を始めた。

 

 次の地点は、今回の障害物の中でも一番の高火力による妨害攻撃が行われる。

 狙撃による殲滅は出来ない位置取りになっているので、攻略のためには二層(うえ)に上がるしかない。しかし、ここまでの障害物とは異なり、今回の機体はそれなりに動く。そのため何処から上がっても、十機のターゲットからの砲火は免れない。また、片側からの殲滅は標的に逃げられて時間を喰う。

 ───となれば、取る道は一つだ。

《それじゃ、()()()()()()のカウント(ファイブ)で決めるわよ》

《うん!》

 念話で呼びかけて、ティアナは『アンカーガン』に魔法をセットして上層へと撃ち放つ。ここまで何度も見せた刺錨(アンカー)だが、今回は馬鹿正直に上に上がる為に使用したわけではない。

 魔法の発動を感知して、引上げられる鉄糸(ワイヤー)の方へオートスフィアたちが引き寄せられていく。

 そこからたっぷり四十秒ばかり。

 引きあがった標的へ、スフィアたちからの集中砲火が浴びせかけられるが───しかし、そこに在ったのは、ティアナのデバイス(アンカーガン)のみ。二人の姿は、どこにもなかった。

 この様子を見ていた試験官たちも、思わず虚を突かれた光景だった。

 けれど、本当に周りが驚かされたのはこの後だ。

《……五!》

 脳裏に響く相方の念話(こえ)に押されるように、スバルは一直線に路上を駆け抜ける。

《四……三……二!》

 カウントが減る毎に、彼女を覆う魔力迷彩が薄れ、スバルとティアナの姿が徐々に路上に現れ始める。

「クロスファイア……!」

「リボルバー……ッ!」

 だが、未だに『アンカーガン』に気を取られているスフィアたちは、左右に現れた魔導師たちに気づけていなかった。そして、それらが高まる魔力の波動を検知した時にはもう───二人の放った魔法が、固まったスフィアたちを一掃していた。

「「……シュ───トぉッ!」」

 幾重にも重なった衝撃波と、橙色に煌く四つの魔力弾が迸り、各機体を真正面から挟み撃つように場の全てを蹂躙した。

 この手際には、観ている者たちも中々に感心させられた。

 用いた手段は、言ってみれば単純な挟み撃ち(クロスアタック)。しかし、堂々と姿を晒すのではなく、オートスフィアたちを囮に引き付けた上での一斉掃射は、場を制圧する攻撃としては実に見事であった。

 加えて、幻影魔法の潜伏迷彩(オプティックハイド)も、この一連の動きを上手くサポートしていた。

 試験に置いて、手持ちの技が多い事───その有用性を示すのは、重要なアピールの一つである。そういう意味では、ティアナの魅せ方は、実利と場を湧かせるのに十二分の効果を発揮していたといえよう。

「イエーイ♪ ナイスだよティア。一発で決まったね~!」

「ま、あんだけ時間があればね」

 そう言いつつ、二人は射程から外した残りの障害物(ポイントターゲット)を片手間に破壊していく。ダミーがいくつか混じっていたので、取り敢えず攻撃をくれるスフィアを優先して排除した残りだ。此方は攻撃して来ない機体たちの為、倒すのは容易い。

「普段は複数同時射撃(マルチショット)の成功率あんまり高くないのに、ティアはやっぱり本番に強いなぁ~」

 上手く技が決まった事もあり、スバルは嬉しそうにニコニコしている。

 ただ、褒められてはいるものの、要するにいつもは失敗しがちだと言われてるようなものなので、「うっさいわよスバル! さっさと片付けて次に……」と、ティアナは口を尖らせて返し、相方の側を振り向こうとして───ティアナは、思わず一瞬固まってしまった。

「??? ティア、どうしたの……?」

 彼女背後に、潜伏していたオートスフィアの影が。しかしスバルはティアナの様子に首をかしげており、自分の後ろに居る敵影にまだ気づいていない。

「スバル防御!」

 と、言って飛び出した瞬間。

 ティアナは更に、背後に出現した二つ目の敵影を察知する。

 スバルを正面から伏せさせるように押し倒して、そのまま正面のスフィアへと射撃魔法を放つ。

 とりあえず、正面のスフィアは破壊できた。だが今の体勢では、背後の敵を狙撃するのは少々無理がある。

 それでも背後にも一発射撃をかまして、それがスフィアの妨害にはなったらしい。

 向こうが放ってきた攻撃が二人の傍に炸裂し、地面(アスファルト)が軽く抉られたものの、二人に炸裂はしなかった。

「ぼさっとしない!」

 叩き起こす様なティアナの声に押されて、スバルも身体を起こして次撃を避けた。

 二手に分かれて機体の感知(センサー)を攪乱する。その隙を突いて、ティアナが狙撃を仕掛けた。

 振り向きざまの一撃は、スフィアの脇に逸れ、外れてしまう。あらぬ方向に飛び抜けた弾丸は近くに置かれていた監視用魔力球(サーチャー)に当たってしまったが、状況が状況だけに気づく余裕がある者はいなかった。むしろ生まれた隙を見逃さず、スフィアは更に次撃を放ってきた。

 互いに返し合うように放たれた一撃がティアナへ迫る。

 どうにか躱したが、足元に光弾が炸裂し、体勢を崩されてしまう。しかも運の悪い事に、踏み留まろうとした先には溝があり、余計に体勢が崩れる。続けてぐきりという嫌な音と共に、足首に鈍痛が走った。

 が、ティアナはそれに抗い、無理矢理に身体を圧し留め、眼前に見据えたオートスフィアに照星を合わせ、狙撃を行った。

 どうにかスフィアは撃ち落したが、ティアナはがくりと膝を折って、その場にへたり込んでしまった。

「ティア!」

「騒がないの! 何でもないから……」

 そう虚勢を張って見せるティアナだったが、スバルは「ウソだ!」といって傍らに駆け寄った。

「捻挫したでしょ……ぐきっていってたの、聞こえてたよ」

「……相変わらず、無駄に耳良いわね。あんた」

 苦い表情で深く息を吐くティアナの様子に、スバルの顔も曇っていく。

「ティア……ごめん、油断してた」

 悔いるように謝るが、ティアナは「あたしの不注意よ。あんたに謝られると、返ってムカつくわ」と、その後悔を切って捨てる。

「そもそも二人組(ツーマンセル)なんだから、一人の落ち度なんて言い訳は通じないでしょ。謝ってるくらいなら、さっさと先に進むことを考えなさいよね」

 鋭く、相変わらず固い意志を揺らがせない眼差しに射貫かれて、スバルは安易に謝った事を恥じた。

 そう、彼女たちは単一ではなく二人組。だからこそ、片方だけが何かを背負う事に意味など無い。

 この試験は、道のりから結果に至るまでの全てが、二人のものなのだから。

 故に今は、何よりも()()を目指すべきなのである。

「走るのは無理そうね……。こんな状態じゃ、最終関門は抜けられない。───解ってるでしょ? あたしが離れた位置からサポートするわ。そうすれば、あんた一人だけでもゴール出来る」

「ティア……ッ!」

 しかしその提案に、スバルは納得いかないと言い返すものの、他に方法などある筈もないだろうと、ティアナはそんな相方を黙らせるべく言葉を続ける。

「っさいッ‼ ……次の試験は、あたし一人で受けるつってんのよ!」

「次って……半年後だよ?」

「迷惑な足手纏いがいなくなれば、アタシはその方が気楽なの! ……分かったらさっさと、っ───」

 身体を起こす度に、鈍い痛みが走る。

 治癒魔法の心得が全くない訳ではないとはいえ、二人では即座に戦線へ復帰できる程の手早い治療は行えない。

 というより、呑気にそんなことをしていては、あっという間に時間切れ(タイムアウト)になってしまう。

「ほら、早く……!」

 だから、これが最善なのだと。そう強く促すが、スバルはそれでも動こうとしない。

 ここまでの頑張りを無にしない為にも、一人だけでも結果に結びつけるようにせねばならないというのに。

 苛立ちを募らせるティアナが、再び口を開こうとしたその時。

 続くだろう言葉を遮って、スバルが口を開いた。

「ティア。あたし、前に言ったよね……。弱くて、情けなくて───誰かに助けてもらいっぱなしな自分が嫌だったから、管理局の陸士部隊に入った。魔導師を目指して、魔法とSAを習って、人助けの仕事に就いた……って」

 告げられたのは、何度も嫌という程に聞いた、スバルの夢に関するものだった。

「……知ってるわよ。聞きたくもないのに、何度も聞かされたんだから」

 そうとも。厭というほど知っている。

 スバルという少女が、どんな性格なのかも。だからこそ、これが単なる駄々ではない事も判る。

 けれど、それは甘さだ。

 この場においては、斬り捨てるべきもの。───その筈、なのに。

「ティアとはずっとコンビだったから、ティアがどんな夢をみてるか……魔導師ランクの昇級と、昇進にどれくらい一生懸命かも、よく知ってる。

 ……だから! こんなとこで、あたしの目の前で! ティアの夢をちょっとでも躓かせるのなんてイヤだ! 一人で行くのなんて、絶対にヤダ……ッ!」

 だというのに、スバルは譲らない。

 分かっているからこそ、自分だって引くわけにはいかないと。

 先程までの後悔とは違う。二人組だからこそ、足を引っ張ったままで、終わりたくなんてないと、スバルは言う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

「ティアもさっきいってたよね。あたしたち、二人組なんだって。だったら、足手纏いのままで、終わりたくなんてない!」

「じゃあどうすんのよ⁉ 走れない後衛(バックス)を抱えて、残りちょっとの時間で! どうやってゴールすんのよ⁉」

 二人の想いは、どちらも決して間違ってはいない。

 ただ最終的に道を決めるのは、実現できるか否か、という部分だけ───つまり、最善に勝る最高があれば、道は拓けるという事だ。

「……裏技! 反則取られちゃうかもしれないし、ちゃんと出来るかもわからないけど……うまくいけば、二人でゴールできる」

 可能性は半々。しかし、ゼロではない。

 思惑通りに運ぶのなら、最善なんかよりも最高の結果が待っている。

 そう真っ直ぐに告げたスバルに、ティアナは同じく真っ直ぐにその瞳を見つめ返して、「……本当?」という。

 が、改めてそう訊ね返されると、スバルは途端に言い切りすぎたかなと焦って、「……ぁ、ぇっと……その」と、両手の指を合わせるように遊ばせながら、もごもごと言い淀み始めたのだが───。

「ちょっと難しいかもなんだケド……それにティアにもちょっと、無理してもらうコトになるし……よく考えるとやっぱり無茶っぽくはあるし……あの、なんていうか、えっと、ティアがもしよければ……っていうか」

「だぁーっ、もう! イライラするッ‼」

 そんな言い淀むスバルに怒鳴り、ティアナは胸倉をつかんで詰め寄る。

「グチグチ言ってても、どうせあんたは、自分のワガママを通すんでしょ⁉ そんで、どうせあたしは、あんたのワガママに付き合わされるんでしょ⁉ ───だったら、ハッキリ言いなさいよ」

 出来るのか、出来ないのか。

 覚悟の有無を、ティアナはスバルに問うた。その真剣な眼差しを受けて、スバルのうじうじした気持ちはどこかへ融けて消えて行く。

 そうだ。足踏みなんて、もうしてはいられない。

 こんなところで終わらないために、ゴールまで二人で。

 

「二人でやればきっと出来る。───信じて、ティア」

 

 全力で、自分たちの力を出し切って、そのまま一直線に駆け抜けてみせる。

 そんなスバルの覚悟を受けて、ティアナは彼女のワガママに乗ると決め、動き出す。

「残り時間は、三分四十秒……。言い切ったからには、プランは出来てるんでしょうね? スバル」

「───うん!」

 力強い頷きと共に、二人は改めて拳を合わせて誓いのサインを交わす。

 いよいよ大詰め。これが最後の難関となる。スバルとティアナの昇級を賭けた、二人の一世一代の大博打の幕開けだ。

 

 

 

 

 

 

  5

 

 試験場上空に置かれたヘリの中。

 先程、ティアナの放った流れ弾で監視魔力球(サーチャー)が破壊されてしまった為、一時的に映像が途切れ、残り時間が三分を切った状況でも動きを見せない二人に、何かトラブルでもあったのかと気を揉んでいたのだが、遂に動きがあった。

「お、出てきた」

「あれ、でも……?」

 試験の行く末を見守っていたはやてとフェイトの元へ、環状道路を()()()()()ティアナの姿が映し出された。

「……一人だけ……?」

 二手に分かれた、という事なのだろうが、それにしても定石から外れた作戦だとフェイトは思った。

 あの二人の組み合わせを考えれば、前衛となるのはスバルの方で、ティアナは射撃手(ガンナー)として後衛に回るのが自然だ。

 しかし、定石を押してでも出てきたということは、何か作戦があるんだろうか───と、フェイトが浮かべた疑問の答えは、思いの外あっさりと明かされた。

 路上を駆けるティアナへ向けて、環状道路を取り囲むビル群の内の一棟から、青白い閃光が迸った。

 放たれた光弾は、一直線にティアナへ迫り、彼女を真っ向から捉えた。

「直撃……ッ⁉」

 はやてから、驚愕に満ちた声が漏れる。無理もない、何せあれを放ったのはこの試験の最難関である大型の自律型機械球(オートスフィア)。今のティアナとスバルでは防御はもちろん、回避さえ容易ではない威力と射程を持つ、かなり強力な障害物だ。

 一度補足されたが最後、どこまでもしつこく狙ってくる。まともに受けたらひとたまりもない、これまでのスフィアたちとは一線を画す、正しく脅威と呼ぶべき厄介な存在である。

 が、

「……え?」

 凄まじい衝撃が道路を震撼させ、巻き上げられた土煙の中から、ティアナがまた現れた。直撃していたかに見えたが、彼女は未だに路上を一直線に走り続けている。

 被弾の直前に実は避けていた、という事だろうか。しかし、回避したにしては動きがどこか不自然なような───。

「高速回避……? いや、ちゃうな……」

 はやてはそう呟きながら、未だに降り注ぐ光弾の中を走り抜けるティアナから感じ違和感に思考を巡らせる。

 すると、一足早くその本質に気づいたフェイトから「ううん、あの子……ティアナは囮」という言葉が告げられた。

 囮、という言葉を聞いてはやては「ということは、まさか……」と、改めて画面の中へ視線を戻す。

 再びティアナへ迫る青白い閃光が、今度は三発同時にティアナを捉え、路上を大きく震わせた。しかし、ティアナは吹き飛ばされるでもなく───むしろ、揺らめく陽炎のように姿を消し、新たに()()()()()()()が一人目を追うが如く場に現れた。

 それを見て、はやてはようやく合点がいったとばかりに息を呑む。

幻影分身(フェイクシルエット)……!」

 幻術系の上位に位置する、自分の分身を造り出す魔法。確かに、序盤でも潜伏迷彩を使用したりしていたが、資料では積極的に用いる魔法ではないという旨だったが……。

「それを使ってる、ちゅーことは……」

「うん。二人は何か、この状況を打破する作戦を練って来たんだと思う」

 向けられたはやての視線に頷きを、フェイトはそういった。

 半ば付け焼刃とも捉えられかねないが、それでもここで切り札らしき魔法を使用してきたという事は、恐らくあの大型を突破する為の布石なのだろう。

 だが、大型のオートスフィアは、今の二人の魔法では先程の連携攻撃(クロスシフト)でも簡単には突破できない防御力に設定されている。だというのに、敢えて二手に分かれて来た理由は一体───。

(まだ何か、切り札を隠してる……?)

 そう考えたフェイトの赤い瞳が見つめる先で、二人の新人魔導師たちは、最後の難所を突破するべく、自分たちの全てをぶつけようとしていた。

 

 

 

 

 

 

  6

 

《これ滅茶苦茶魔力食うんだから……あんまり長く持たないし、一撃で決めなさいよね。……でないと、二人で落第なんだから!》

《───うんっ!》

 ティアナからの念話(こえ)を受け、スバルは力強く頷いた。

 今、分身(シルエット)たちを使って、ティアナが大型の位置を割り出し、牽き付けてくれている。

 よってスバルのやるべきことは、大型のオートスフィアの破壊。しかし正攻法では、大型相手には簡単に近づけない。

 それは単純な攻撃の火力というだけではなく、周辺にこれまで倒してきたのと同じ小型のオートスフィアが三機固まっている事と、大型本体が高出力の障壁(バリア)を纏っている事にある。

 ティアナの陽動があり、いま大型は隙を晒している状態だ。

 けれど、スバルの姿を捉えたが最後───向こうも逃げ回る(シルエット)ではなく、迫る脅威を優先して排除してくる事だろう。

 故に、チャンスはほんの一瞬に限られる。

 しかし、

(……でも、あたしは空も飛べないし、ティアみたいに器用じゃない。遠くまで届く攻撃も無いし、出来る事は……全力で走る事と、クロスレンジの一発だけ)

 そう。スバルには離れた位置からあの大型を攻撃する手段はない。まして、あの障壁を突破するだけの威力を持つものとなれば、なおさらに。

 唯一誇れる近接攻撃にしても、自分自身の間合いに飛び込まなければ届き得ない。こうなっては、八方塞がりに陥ったかにも思えるが───。

(色んなことが足りてないのは、自分でもよく分かってる。……だけど!)

 しかしこの状況に在っても、スバルの瞳は全く輝きを失うことなく、力強い意志の焔を讃えていた。

(決めたんだ───〝あの人〟みたいに、強くなるって!)

 たとえ、あんな凄い砲撃を放つことが出来なくても───絶対に同じになんて、成れるわけがないのだとしても。

 それでも決めた。憧れを追い続けると。

 なにより。

「誰かを、何かを……護れる自分に成るって!」

 何時か目指すその夢に至るまで、足を止めない。そして、その為に今、この試験を突破する必要があるというのなら───立ちはだかるもの全て、この身一つで押し通ると!

《……行って!》

 遠く響く声に背を押されて、スバルは「うん!」と叫び、振り上げた右腕のリボルバーナックルが、二発のカートリッジを呑み込み、唸る。

 そして、魔力迸るその拳を、スバルは地面へと叩きつけた。

 

「───ウィング、ロードッ!」

 

 鋭く轟いた声に合わせ───空の光を放つ、彼女の足元に展開された魔法陣から、()()()()()『翼の道』が描き出される。

 道が示すのは、最終関門ただ一つ。

 さあ、後は───描かれた路を駆け抜けるのみ!

 

「いっ……く、ぞぉぉぉおおおおおおっ‼」

 

 唸り上げる滑走靴(ローラーブーツ)の勢いのままに、スバルは立っていたビルの屋上から一直線に飛び出した。

 さながら、その姿は蒼い流星の様であった。

 空を駆け抜けた一条の星は、そのまま大型の鎮座するビル側面の壁をぶち抜いて、その中へと飛び込んだ。

 オートスフィアは、機械の意地なのか、『何かが来る』という脅威にだけは反応出来ていた。しかし、飛び込んできた少女に対し、対処することは出来なかった。

 壁をぶち破り飛び込んできたスバルの拳は、とっさに大型を庇った小型さえ突き抜けて、その硬き障壁(まもり)へと拳を見舞った。

「っ、ぐ……ッッ‼」

 ぶつかり合った拳と障壁が反発し合い、魔力の火花を散らす。

 突進の勢いもフルに込めた、渾身の防壁突破(バリアブレイク)だったが、穿った拳は本体にはまだ届いていない。

 元々スバルは、地頭こそ悪くないもの、どこか不器用なところがあり、『バリアブレイク』の本領である術式への介入はあまり得意ではない。

 そのため、彼女のとっての『バリアブレイク』とは、最初に術式の隙間を作り、そこに渾身の一撃を打ち込むことで障壁を破壊するという、かなり力任せなものになっていた。

 だが、スバルのフィジカルは訓練校時代から群を抜いており、また彼女自身の戦闘型式(バトルスタイル)から言っても、この突破方法は強ち理がないという訳でもない。

 とはいえ、流石に単なる力押しでは限界があったか───と、至らぬ悔しさが、脳裏を微かに過ぎったその時。

「!」

 ビギ、と、何かが罅割れる様な音がした。

 僅かに残った自分への懐疑心は即座に吹き飛び、この一撃が間違いではなかったという確信に変わる。

 既に道は、そこまで拓けている。

 ならば、迷うな!

「でぇぇぇえええ───やぁぁあああああああああああああああッッッ‼‼」

 咆哮するようなスバルの声に呼応して、リボルバーナックルが回転を増して行き、彼女の拳を纏う風と振動が更に威力を増して行く。

 強く、もっと強くと。

 猛り穿つ拳は、長いようで短かった攻防の末───遂にその守りを砕き割った。

「よ……し、っ⁉」

 が、その刹那を狙い。大型と、残っていた二機のオートスフィアがスバルの方へ攻撃を放ってきた。

 咄嗟にガードしたが、勢いに押されて後ろへと弾き飛ばされてしまった。

 防いだ青白い閃光はあらぬ方向へと吹き飛んで、近くの柱へと当たり、粉塵を散らす。その煙が上手くスバルの身体を大型から隠してくれたものの、小型二つは彼女の姿を見失うことなく追撃を狙う。

 再度、向けられた放射口が光る。マズい、とスバルはもう一撃を受ける覚悟をしたが、そこへ新たに人影が現れた。

《スバル! 分身(こっち)で一列に誘導する、全部まとめてぶち抜きなさいッ!》

 強く響いた相方の意図は、考えるまでもなく理解できた。

 スバルはバッと宙返りをして、スフィアたちとの距離を開け、新たに構えを取る。しかしオートスフィアたちは、急に近くに現れた新たな脅威に混乱し、本来の標的であるスバルから狙いが外して、ティアナが遠隔投影した分身の方へと攻撃を仕掛けた。

 当然、攻撃は分身を通り抜け、逆に更に二つ現れた分身たちの姿に、オートスフィアたちの認識は完全に攪乱されてしまう。

 ───そしてその隙が、決定的に勝敗を分けた。

「ロード、カートリッジ!」

 ガシュンガシュンっ! と、残された残弾の全てを呑み込んで、ナックルの回転音が場の空気を震わせる。

 次いでスバルが正面へ両手を構えると、二つの環状魔法陣が生成される。

 そこから突き出した左手の先に魔力が球形に集約(チャージ)されていき、右腕の周りを巡る魔力の高まりを示すように回転を速めていく。

 それは、憧れを目指したスバルが、自分なりに会得した()()()()()()()

 射程や動作こそやや緩慢だが、近接距離で相手に直接叩きつける、いかにも格闘型のベルカ式らしい高威力の魔法である。

 その名は───。

 

「一撃必倒! ディバイーン……バスタァァァアアアアア───ッ‼‼‼」

 

 気合の籠った掛け声と共に、左手に構えた魔力球へ向け、右の拳を叩きつける。

 押し出された魔力は光の奔流となり、ビルの壁さえ突き抜けて、射線上に並んだオートスフィアたちを一撃で撃墜した。

 外へと抜けた光芒の残滓が消え、場が沈黙すると、ティアナが維持していた分身たちの姿が消えた。

《……やった?》

 荒息交じりに聞こえてくるティアナの呼びかけに「うん、なんとか」と応えて、スバルはターゲットの全てを撃墜したと告げる。

 その報告を受けて、ティアナは少しだけホッとしたように息を吐く。

 しかし幾ら難関を突破したとはいえ、何時までも呆けてはいられない。何せ彼女らは、まだ試験の終着地点に辿り着いてはいないのだから。

「残り、あと一分ちょい……スバル!」

「うん!」

 返事をするやいなや、相方の元を目指すべく、スバルはビルの側面を駆け降りて、ティアナの元へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

  7

 

 スバルとティアナが大型オートスフィア(最終難関)を撃破してから三十秒ほどが経過し、刻一刻と試験終了時間(タイムリミット)が迫る中。

 遂に二人が、ゴール付近に姿を現した。

「あ、来たですね~♪」

 二人の姿を認めたリインが、嬉しそうな声を上げる。

 不慮の事態ゆえか、ティアナをスバルが背負って走っていたが、リインとしてはそんな様子も悪くは写っていなかった。

 試験管としては、あまり褒められたものではないのかもしれない。

 組織に置いては、この生存よりも全体の秩序や規則が重視されるのが常だ。しかしだからこそ、仲間の重要性を忘れてはいけないと、リインは周りの皆の姿から学んできた。

 それに仲間を決して見捨てる事なく最後まで挑み続けたその姿勢は、救助隊出身の二人らしいともいえる。サーチャーの不具合から二人の姿が見えなくなった時は驚かされたが、見事大型を攻略して見せた二人の手腕には目を見張るものがあった。

 ここまで来たのなら、是非とも合格して欲しいところではある。

 だが、もう時間は残り僅か。一分一秒を争う状況だ。

 新人たちが栄冠を手にするか否かは、この直線を踏破し得るかどうかで決まる。さて、どうなるのだろうか───。

 

「あと何秒⁉」

「十六秒! けど、まだ間に合う!」

 遠巻きに、二人の声が聞こえた。残り時間を訊ねたスバルに、最後まで喰らいついてやるとばかりに、ティアナが叫び返す。

 叫び際に、到達確認線(ゴールテープライン)付近にいた最後の障害物(ポイントターゲット)も即座に撃ち抜き、スバルの邪魔にならないように道を整えて見せた。

 これで障害物全撃破達成(ターゲット・オールクリア)

 あとは終了を告げる号笛より、コンマ一秒でも早くラインを越えるだけ───!

 

「───魔力、全開ぃぃぃいいいいいいいいいっっ‼」

 

 ここまで来たら足のローラーが壊れるのも辞さないとばかりに、スバルは()()()()()、残った力の全てを込める。

 ───が、しかし。

「ちょ、スバル! 飛ばすのは良いけど、ちゃんと止まる時のコトも考えてるんでしょうね⁉」

「え? あ───うぁ、忘れてた……!」

「ウソでしょお……ッ⁉」

 どうにも、進む事ばかりに気を取られて、間に合った後の事にまでは気が回っていなかったらしい。

「あ、なんか……ちょいヤバです?」

 ゴールライン十メートル前で、なんだか二人の様子が変わった事にリインも気づいた。しかし時すでに遅く、既に自分たちでは止まれなくなったスバルとティアナは、悲鳴交じりに一直線にゴールへと飛び込んで来る。

 

「「ひゃ、うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~ッッッ‼⁉⁇」」

 

 絶叫と呼んで差し支えない二人の声に混じって、ピコーンと何とも軽いゴール音が場に響き渡る。どうやら、制限時間内には間に合ったらしい。

 けれど当の本人たちには、それを喜ぶ余裕どころか、気づく暇さえもなかった。

 到達線(ゴールライン)を越えても止まり切れず、二人はそのまま猛スピードで前進。しかも目の前には途切れた橋と、それを堰き止めた壁と瓦礫が。

 あわや激突か、とスバルたちが覚悟を決めた瞬間。

停止制御(アクティブガード)……保護網(ホールディングネット)もかな?」

《All right, Active Guard with Holding Net.-Set up.》

 上空から、慌ただしい場を正すかの如く───凛とした鈴の音に似た旋律が響き渡り、次いで桜色の光が咲くように弾けた。

 

 

 

 

 

 

  8

 

 弾けた光が収まり、中から魔力の網と、ふわふわした支柱に捕まったスバルとティアナの姿が現れた。

「ぁぅ~……」

「んぁぁ……」

 が、激突は免れたものの、二人の頭はまだ現実に追いつけていなかった。

 どこか気の抜けた呻きを上げて、スバルとティアナはぐったりとしている。ここまでの道のりや、最後の爆走っぷりを見ていれば無理もないが、だからといって自分たちの安全を損なう行動が認められるわけでもない。

 「二人共!」と、怒っているらしい声が二人の耳朶を打つ。

 ぐったりとした頭をもたげると(尤もスバルはひっくり返っていたので、どちらかと言えば()()()()()()というのが正しいけれど)、二人の視線の先でぷりぷり怒っている試験官がいた。

「大幅な危険行為で減点です! 頑張るのは良いですが、怪我をしては元も子もないですよ⁉ そんなんでは、魔導師としてはダメダメです! まったくもう……」

 ただし、思っていた以上に。

 というより文字通りに『小さい女の子』の姿で、だったが。

「……ちっさ……」

 幸い本人の耳には届いていなかったようだが、思わずティアナはそう呟いてしまうくらい、試験官(その子)は小さかった。

 開始前の映像で見ていたので、十歳かそこらだというのは判っていたが、そんな程度では効かない程に小さい。

 身長は三〇センチあるかどうか。

 少女というより妖精と呼ぶ方が似合いそうな愛くるしい見た目をしていた。

 声も見た目通りに幼いソプラノで、怒られている状態ではあったが、状況変化が目まぐるしすぎて、スバルとティアナはただただ呆然としていた。尤も、彼女(リイン)を初めて見た人は、たいてい似たような反応を示すので、無理からぬところもあるのだけれども。

 そんな二人にひとしきりお説教を済ませたところへ、「まぁまぁ」と宥める様な声と共に、今度はちゃんと等身大の人影が降りて来た。

「ちょっとびっくりしたけど、無事でよかった。とりあえず試験は終了ね、お疲れ様」

「むぅ~……」

 新たに降りて来た女性に窘められて、渋々といった様子でリインも矛を納める。

 その人が魔法を解除するのに合わせ、リインも手に持っていた蒼い魔導書を閉じ、魔法を解除。すると、スバルとティアナの身体が浮き上がり、二人は仲良くぺたんと地面にへたり込んだ。

「リインもお疲れ様。ちゃんと試験官出来てたよ」

「そうですか⁉ わーい、ありがとうございます! なのはさん‼」

 褒められて喜んでいるリインに微笑みを返して、

「まあ、細かいことは後回しにして……ランスター二等陸士、ケガは足だね。治療するから、ブーツ脱いで?」

 と、なのはは促した。

「あ……す、すみません……」

 緊迫した状況ですっかり忘れていたが、そういえば自分が怪我人だったと思い出したティアナがいそいそと捻挫した方の靴を脱ぎ出す。

 脱ぎ終わったところで「あ。治療なら、わたしがやるですよ~?」とリインに言われて、思わず呆けてしまう場面もあったが、「お、お願いします……」とティアナもおおむね素直に指示に従った。

 

 ───と、リインとティアナが治療を受けている傍らで。

 立ち上がったスバルは、いつもの快活さを失ったように固まってしまっていた。

「…………」

 何か、言わないと。

 思考の片隅で、そんな声がする。けれど身体は全くその思考に応じる事なく、喉を強張らせて、声を出せなくさせていた。

 追い駆け続けた憧れが、今、目の前に立っている。

 時間にすれば、数年越しの再会。だがスバルにとってみれば、こうして対峙する今は、あの日の続き下の様にさえ思えた。

 こんなにも早く、また巡り合えるなんて思っていなかったから。

 言いたいことはたくさんあった。伝えたいことも、ここまで頑張って来たことだって、本当にたくさんのことが。

 けれど、それを言葉にする術を、スバルは持ち合わせていなかった。

「なのは、さん……」

 それでもと言葉を探して、色んな思いがごちゃ混ぜになった心の中に一つ、浮かび上がって来た名前を口にした。

 呼びかけた声に、「うん」と頷かれて、少しだけ冷静になると共に、慌てた。

 今は自分も局員の端くれであり、憧れたこの人は、その上に立つ上司でもあるのだと。

「ぁ、いえ……あの、高町教導官……一等空尉」

 それでもどう呼ぶべきか迷い、たどたどしく言葉を紡ぐスバルに、なのははまた優しく微笑んで「なのはさんで良いよ。みんなそう呼ぶから」と言って、スバルの方へ歩み寄る。

「四年ぶりかな……。背ぇ伸びたね、スバル。また会えて嬉しいよ」

 覚えていてくれたと知って、スバルの胸の内に、なんだか熱いものが溢れ出す。しかし、それが余計に、言葉を融かして、融けた言葉はそのまま、熱い雫へと変わって行った。

 微かに震え始めたその背中をそっと抱き留しめながら。なのはは流れた月日と、ここまで駆け抜けて来た───あの日の小さな少女の姿を思い出して、また一つ微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 前奏の幕引きに添えて For_the_Next_Story.

 

 

 

 こうして、全ての星が此処に(つど)った。

 すべてが長い道のりで、どれもが険しい時間であった。重ねて来たものは重く、決して軽いものである筈もない。

 しかし、その最果ては此処ではなく。

 なにより、生まれ出でた生命(いのち)が、本当の目覚めを待っている。

 

 そう。全ては、ここから。

 己を識り、道を見つけ、そして自分の(こころ)を確かめた。

 

 重なり合った物語は、出会い、そこに在った者たちによって成された。

 出会いに始まり、二つの旋律が呼んだ交響曲(オトのまじわり)。だからこれは、譜面でいえば第三楽章(みっつめ)だ。

 

 譜面は未だ曲半ば。故に、一つの終着(オワリ)には、また一つの幕開け(ハジマリ)を贈るとしよう。

 

 さあ、(こぶし)(にぎ)れ。

 『世界』へ挑み、『生命(こころ)』と『魔法(キズナ)』を識る物語を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 ───PrologueⅤ END

 ~The Prologues are all over. followed by Main Story - For The “StrikerS”.~

 

 

 




 こんにちは。改めましてお久しぶりでございます、帰ってまいりましたいつもの駄作者でございます。

 手始めに一つ言わせていただくと、今回の話も長くなりまして本当に申し訳ありませんでした……!

 一話で一〇万文字とか始めて行きましたね……。そんな文字数を越えて、というよりこれまでの『プロローグ』という枠組みの話を五つ越えて、ここの「あとがき」まで来ていただいた皆様には感謝以外の言葉が見当たりません。
 本当に、ここまでお読みいただきありがとうございました!
 ですが、話の最後にも書いた通り、ここからが本当の始まり。次話よりStSの本編に入って行きますので、これからもお読みいただけたら幸いでございます^^
 
 しかし、前回のを出したときは、次はそんなでもないだろうから、前の方が長くてトリの話が薄っぺらくならないかな? とか若干心配だったのですが……実際に書き出してみると困った事になかなか書き終わらず、〆までがむちゃくちゃ長くなっちゃいましたね。
 ただプロローグの全体としてみると、段々とStSの世界を話の中に広げて行けている感じでいましたので、個人的には割と書いてて楽しくはありましたけど……読者様方の事を考えるとやっぱ長かったですかね?
 ちょっと投稿の手法とか変えてくのも検討しておくのもアリかなと思ってはいるんですが、なによりも次を書かないと始まりませんので、とりあえず次の話をまずは全力で書いていきます(;^_^A

 さて、では前書きはこの辺りにして……。
 いつもの言い訳タイムこと、話の補足的な事を綴って行こうと思います。

 とはいえ、今回はそこまで話の流れは変わってないので、前回みたいに追加要素全開! みたいなのは無く、触れてくのはこまごまとしたところになりますが。

 まず序盤の変化としては、ギンガお姉ちゃんがとティーダお兄ちゃんが関わっているところですかね。
 Ⅱ以降、ゲンヤさんの部隊に参加してから実は八年ばかり経ってますが、ティーダさんは第一〇八部隊に残ってるので、関わる事になりました。

 残ってた理由としては、ティーダさん負傷した当時十八歳なので、完全に成人した後よりはマシですが、ダメージが深かったこともあって治るのに時間掛かってるのが一つ。
 加えて原典だと彼が殉職した際の遺族補償でティアナは生活してましたが、今作では生存しているので、妹を支える為にというのもあります。墜ちた当時、局内には悪い噂が広められてしまったので首都航空隊に戻るより、局員を続けるならこの部隊の方が好ましかったというのも。
 区分は空戦魔導師のままですが、地上本部にも首都航空隊があったり、捜査官や司令としての研修があるとはいえ、はやてちゃんが参加してた事もありましたから、席を置いていること自体はそこまで問題はないんじゃないかと思ってこうしてます。
 ついでにいうと執務官は本局側(とりわけ次元航行隊)の仕事に見られがちですが、あれの本質は『所属部隊における事件および法務案件の統括担当者になれる』なので、別に陸士部隊に所属してても成れない訳ではないみたいです(様々な部隊で指揮する事も多そうなので、陸でも空でも対応できる能力は必要になるとは思いますが)。

 で、残ってた理由はそんなとこで───部隊で二人が絡むことになったのは、ゲンヤさんと親しくしてて能力もあるので、新人としてやってきたギンガのサポートに入って、それが本編の時間(新暦八〇年)まで続いている、って感じですね。
 ティーダさんの性格が明確に分かる資料はなかなか見つからないんですが、リリカル男子なので、たぶんそこまでキツい性格はしてはないだろうと解釈してます。ついでに妹達が凸凹なズッコケコンビなので、兄と姉は普通に馬が合ってた……みたいにしたら、対比みたいで面白いかなぁと(笑)

 と、兄と姉の話はそんな感じです。

 次にちょっと変わってるのはヴァイスさんの年齢のとこですかね。
 二十四のままでもそこまで問題はないかなと思ったんですが、ちょうど三人娘たちと年齢が同じになるので、兄貴キャラという年上要素を残したかったこともあって、少し調整入れました。
 時系列が本来より五年遅いのでそのまま二十九にするのも手でしたが、同じく年上な感じのティーダさんを二十七歳に設定したので、同い年くらいに設定しました。
 何で一つ下かというと、StS漫画版でシグナムさんに本来は八年目と言われてたので、入局した年齢が同じなら二十六でちょうど十年目になってキリ良いかなというのもあってこうしました。

 その次にちょっと追加要素を挙げると、キャロの所属していた保護隊に一人隊員(ムーブさん)増やしたところですね。
 前にエリオくんと来てたのを会話の流れで出したかった、というのが登場してもらった主な目的です。でもそれだけでなく、時系列自体は五年先に行ってるので、実際の原典より少し変化してる部分を出したいのも少し。
 それに関連して『無限書庫』のところでも本当は一人オリジナル司書を一人出したかったんですが、今回の話では断念しました。
 でも今回断念しはしましたが、今後必ずどっかで出てきます。説明パートだったので名前出すだけでも良かったんですが、この子に関してはもうちょっと印象強くしたくて見送っただけなので、一応舞台裏にはもういます。
 ……ちなみに、性別は男性ですので、新もしくはサブヒロインというわけではありませんのであしからず。余談ついでに言えばStSでも活躍しますが、この子の主軸に関わるのはもっと先───新暦八五年くらいの物語ですかね。まだ今後の時系列確定してないので必ず八五年かは分かりませんが。

 そして、いよいよ最後に少し変えたところに触れて行きます。
 ただここはぶっちゃけ絵でも映像でもないのでわかりづらいとこですが、スバルとティアナの試験内容を本編より若干ハードにしてあります。
 スバルが最初に倒したターゲットの数が増えてたり、油断して撃たれた時の小型スフィアが前後に現れたり、大型の周りにも小型が三体ばかりいる等々……。

 過酷過ぎやしない? って思った人がいましたらすみません。でもちゃんと二人もそこを越えてますから、この世界線でのBランク試験がこういうのだという事で一つ。
 なによりこの世界線はRef/Detから続いてるので、周りの武装もだいぶ強化されてる関係上、メインメンバーの力量も少し上げておきたくて、つい。
 そんなわけで、今後ももう少し戦闘描写を派手にして行けたらいいなと思います。

 ───と、今回のあとがきはこんなところでしょうか。
 今回話の変更ってよりは、追加要素を並べて終わっちゃった感じありますが、ひとまずは以上でございます。

 今回もあとがき長くなってしまい申し訳ありません。ですが、ここまで読んでくださった方々にはありったけの感謝をお送りいたします……!

 そしてやっと、本当にやっとこさ次話から、お待たせし続けたStS本編が始まります!
 ここまでに広げまくった世界観や追加した設定、加えたキャラたちを活かして物語を終えられるように頑張りますので、今後ともよろしくお願い致します……‼

 あとそれに関連して、追加したキャラ、設定や武装に関してまとめて欲しいという意見を前にいただきましたので、次話を挙げる前にそれらもまとめてあげたいと思います。
 一応ユーノくんの『ヴァリアント・ギア』に関しては拙いながらもイラスト付きで出すつもりですので、少しでも皆さんに伝わるものに出来るように頑張ります。今回出番の無かったDr.sサイドの設定もネタバレになりすぎない程度にまとめさせて頂きますので、彼らの事の事情にも乞うご期待! と言ったところしょうか。

 それでは長々と書き綴ってきましたが、今回のあとがきは以上でございます。

 改めてプロローグⅠ~Ⅴまでお読みいただきありがとうございました!
 そして、これからも本作を楽しんで頂けるように頑張って行きますので、今後ともお読みいただければ幸いです。

 それではまたお会いできる日を楽しみにしつつ、一度筆をおかせて頂きます。

 重ねて。ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました‼




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《設定集》
主要キャラ編


 お待たせをいたしました。
 やっとこさ投稿に至れました駄作者です。

 以前、オリジナル武装やオリキャラについてまとめて欲しいというご要望を頂いておりまして、確かに投稿の間隔が長かったり、そもそも話が長かったりで分かりづらい部分も多かったので、現時点(プロローグⅤ)までで登場したキャラや、用語などをまとめたものを投稿することにしました。

 ひとつ注意点としては、キャラクターにしても用語にしても現時点までで明かせる範囲までの設定となりますので、StSに登場するのに書かれていないキャラなどがいたり、今後のネタバレになるものについては伏せさせていただきます。どうぞ、ご了承いただければ幸いでございます。

 書くのは年齢と所属部隊、愛機の三つで、そのキャラクターの主だった概要。特にこのシリーズ内における設定が中心です。それに付け加えて、いくらかのコメントを添えるといった感じで。

 ただ物語の中心や、重要なファクターになるキャラほど長くなってますが、少しメインから遠かったり、あんまり原典と差異が無い場合は短めかもです。あとは重要でもネタバレになりそうな場合も。あくまで読者様方に設定の確認を容易にしてもらうためのものなので、あんまり一人一人が長くても読みづらいかもですから。

 ……いや、まあコメントなんて添えてる時点で読み辛くしちゃってはいるんですけどもね。それに気づくのが少し遅かった己を恥じるばかりです。ぶっちゃけまとめて書けばよかったのになぜかこんなことにベストを尽くしてしまった不思議(気づくのが遅かったアレ)。
 なので次やる時は、コメントまで込みで一つの説明文にしようと思います。

 とまあ、ワタクシめの後悔と前書きは以上となります。

 あとそれとは別に、話が進むごとに出てきたキャラを順次追加(もしくは本編完結後に新しい設定集を投稿)していくと思いますので、今後もお楽しみにしていただければ嬉しいです。

 なお、こちらの笛吹の方では、支部の様に目次で各項目へ跳びづらいので、分割しての投稿となります。なので設定に関する総括的なあとがきは、最後のデバイス等々のところに載せますので、よろしければそちらもお読みいただけたら幸いでございます。
 では早速、主要キャラの項目をどうぞ───!


【キャラクター設定 主要人物編】

 

 

 

『ユーノ・スクライア』───年齢:二十四歳/所属部隊:無限書庫・司書長/愛機:イージス(ヴァリアントギア)。

 

 無限書庫の司書長。管理世界ではそれなりに名の知れた考古学者の一族・スクライアの出身で、そちらの方面でも活躍している。

 地球で起こった三つの事件以降は、管理局の部隊に属した魔導師としての活動は行っていない。昇級試験も受験していない為、今のところ魔導師ランクもミッド式・総合Aランクの据え置きのままである。しかし、その腕前は未だ健在であり、結界魔導師として優れた腕前を持つ。また、地球での最後の事件以降、管理局側のいくらかの思惑と、繋いだ絆もあって、無限書庫を通して惑星・エルトリアと交流を行う窓口の役割も担っている。

 現在は司書長としての業務の傍ら、不穏な預言に対する対策や、交わした約束を果たす為に自分なりの戦いを続けている。

 

 

 『作者コメント』───このシリーズを読んでくださっている方々の多くには、もう語るまでも無いキャラクターといっても過言ではないですよね。前作および今作を通しての主人公。前作に比べると、キャラクターの増加と群像劇的な側面があることから、彼の視点が物語の主軸とはなっていませんが、彼も物語の根幹に関わる様々なところで動いています。 

 本来、『戦い』は彼の本分ではありませんが、交わした約束に対して後悔の無いようにと、手を伸ばせるような場所を作り続けてきたって感じですかね。

 プロローグの間はあまり大きな活躍はさせられなかったので、これからの本編ではたくさん見せ場を作って行きたいなと思います。

 なお、ユーノくんの作った部隊に関しては、後述の魔法・世界観に関する設定のところに書いておりますので、参照していただければ幸いです。

 

 

 

 

 

 

【機動六課】

 

 

 

『高町なのは』───年齢:二十四歳/所属部隊:機動六課・前線フォワード部隊『スターズ分隊』隊長/愛機:レイジングハート・エストレア

 

 言わずと知れた原典における主人公。かつてユーノが地球を訪れ、窮地に陥った際に力を貸してからというもの、数々の事件に挑み解決してきた優秀な魔導師である。管理局内でも指折りの空戦魔導師で、『エース・オブ・エース』の異名を取る。魔導師ランクも噂に違わず、空戦S⁺と超一流。強力な砲撃が代名詞とされることが多いが、本職は前線における武装局員ではなく教導官。機動六課でも新人育成を任されている。ただし六課では、『実践を交えながら育成を行う』という手法を取っており、彼女も補助役として前線への参加が認められている。新人たちが機動六課の試行期間で、より前に進めるように。また、親友のはやてや自身が六課に懸けた想いを遂げられるようにと、日々を全力で過ごしている。

 ユーノ、はやてやフェイトとは九歳の時に出会って以来、幼馴染兼親友として親しくしている。ただ、六課に参加している二人はともかく、ユーノとはここのところお互いに忙しく会えていない為、ちょっとばかり寂しい思いをしていたりも。……なお、フェイトやシュテルが諸々の理由で割と会っているので、タイミングが合わない事にかなり剝れているというのは、本人的には内緒である(が、周りは凡その事情は察している)。

 

 『作者コメント』───原典の主人公であるなのはちゃんですが、実はプロローグの間だと他のヒロインに比べて出番ちょっと少なめだった事もあって、(話の裏ではちょこちょこ会ってはいるのでしょうけども)今作に入ってからはあんまりユーノくんと会えてなかったりします。

 一番初めのはやてちゃんとの約束や、子供たちの事で会っていたフェイトちゃん。そして毎度の様に最後の方で話してるシュテるんだったりと、前作で距離は〇へ限りなく近づいている筈なのに、なかなか完全な絆に至ってはいなかったりします。尤も、絆のままだからくっつけていないのかもしれませんが……まあその辺は、本編の方でまたじっくりと。

 ぶっちゃけ『まだ掛かるの⁉』というツッコミが聞こえてきそうですが、こればっかりはどうにもこうにも。なんでしょうねぇ、このあっさりくっつける筈の距離なのに、長い物語になると如何せん間が空きやすい因果のような何かは。

 と、そんなこんなでゼロ距離で止まっている(?)二人ですが、いずれそうし不条理も打ち砕いてくれるはずなので、今後にご注目頂ければなと思います。

 

 

『フェイト・テスタロッサ・ハラオウン』───年齢:二十四歳/所属部隊:機動六課・前線フォワード部隊『ライトニング分隊』隊長/愛機:バルディッシュ・ホーネット

 

 本職は時空管理局・本局の執務官。魔導師ランクは空戦S⁺を保有。高速戦技を得意とする機動性重視の空戦魔導師であり、電気の変換資質を持っている。機動六課では『ライトニング分隊』の部隊長を務め、同隊に所属するエリオとキャロの指導を主に担当する。

 実は、六課の隊長陣の中では唯一のミッドチルダ出身(なのはとはやては地球出身で、ヴォルケンズは古代ベルカ出身)。ただ、ミッドチルダの一般的な都市区画で育ったわけではなく、なのはやユーノと出会うきっかけとなった事件が解決するまでは、色々と複雑な幼少期を過ごしていた。六課配属以前はそんな境遇もあって、自身と似た境遇にある子供たちが、自分の心を成せない状況に置かれてしまうような事件を多く担当し、解決してきた。

 エリオやキャロと出会ったのも、そういった経緯から。他にも保護した子供たちは多くいたが、二人とはその中でも特に密接な関わりを持っており、半ば親代わりのような状態になっている(何故二人だけかといえば、他の子供たちに比べ二人の持つ力が特殊であった事が主な理由。優先度というと聞こえが悪いが、責任を全う出来る保護者としてのキャパシティを正しく計ってのことである)。

 そういった子供たちに対する思いやりは非常に深く、保護責任者となった二人に対しては更に輪をかけて過保護気味(ユーノ曰く『子煩悩』)。とはいえ、しっかりと二人の成長を支えており、魔法をはじめ様々な事を教えてきた。ただエリオは彼女本人と魔法資質が比較的近しいが、キャロの使用する魔法は特殊なものが多くあり、その関係でユーノとも通常の執務官業務以外でもよく会っていたりも。……なお、最近ユーノと会えてない親友がそれを聞いてちょっと拗ねてしまったり、先生気質なユーノとの関わりから、二人の早い親離れに落ち込むなどといった出来事もあったとか。

 

 『作者コメント』───原典においては何かと人気のあるキャラなフェイトちゃん。儚いヒロインから、さっそうと現れる王子様系ヒーロー、子供たちを見守る心配性なママさんと、色々な側面ある彼女ですが、さながらどっかのI時空から母の気質を継いだかの如く、今作では原典以上に親バカっぷりが強調されております。作者の趣味入ってない? と聞かれたらぐうの音も出ませんが、原典でも大概親バカな方なのでご容赦を。それにユーノくんの存在もあって、過干渉もある程度は抑えられてますので、きっと無問題なハズ! まあ、親離れを加速させてもいるので本人からすると複雑でしょうけども。そして、自然と夫婦ムーブしてる二人を見て、多分なのはちゃんが拗ねているという何時ものが……(笑)

 自分自身ユノフェは相性が良いという印象はすごくあるんですけども、なんか気づくとどっかの一番弟子よりトップ爆走しているという。……高速型魔導師って、もしかするとそういうことなのか(違う)。

 ある意味、なのはちゃんにとって一番の強敵かも。

 それと余談なんですが、フェイトちゃんの出身地アルトセイムがあるのはミッド南部で、ユーノくんの出身地もミッド南部だったりするんですよね、これが(なんかふと見つけた同郷設定を最後にぶち込んでくスタイル)。

 

 

『八神はやて』───年齢:二十四歳/所属部隊:機動六課・部隊長/愛機:夜天の書、シュベルトクロイツ、リインフォースⅡ。

 

 機動六課の指揮官を務める、うら若き部隊長。管理局内でも最高レベルの魔導師ランク総合SSを保持しており、彼女の持つ蒐集スキルの特異性も相まって、ミッドとベルカのどちらも使えるハイブリッドな魔導騎士。ただ彼女は戦闘魔導師ではあるが、基本的には後方からの攻撃をメインにしているため、近接に関してはなのはやフェイトには劣る部分も。しかし、単純な魔力量や単体での大規模砲撃に関してはいえば、二人に勝るとも劣らない。そういった近接分野を除けば戦闘力はとんでもなく、以前の事件では街に蔓延る敵の大型機動兵器を単体で一掃したほどの大火力を誇る。

 本職は特別捜査官で、六課創設までは様々な部署で魔導師としての活動を行っており、部隊指揮などの研修もそこで積んだ。そういった各方面を渡り歩いて来た人脈も、六課創設に一役買っている。様々な課題や障害はあったが、それでも彼女は来るべき災厄に備え、護るべきものの為に理想を追い続けている。

 上二人には直接の絡みに関しては一歩遅れた感はあるが、彼女も割とユーノとはちょくちょく会っている。預言の解析や資料請求、各方面との打ち合わせなどが主だが、個人的に訪ねて不規則な生活をしているユーノを自分たちの家に引っ張って来ることも(これもまた星光たちが拗ねる一因だったり)。

 なお、フェイトとはまた違った傾向で、彼女も母性的だと、よく引っ張られていくユーノは感じているようだ(フェイトから向けられるのが姉や妹からの注意なら、はやてからのものは母親のお小言みたいな感じらしい)。加えて、部隊創設を目指し、夢を追いかけるはやてを追って仲間たちの姿を見て、「進む道を支える」という約束をユーノは彼女と交わしているなど、ところどころでしっかりと絆を結んでいるそうな。

 

『リインフォースⅡ』───年齢:十三歳/所属部隊:機動六課・部隊長補佐

 

 ※ 設定上の分類でいえばデバイスに含まれるが、人型かつはやての実務でもパートナーの為、ここで二人一緒に紹介させていただく。

 原典では六課最年少(エリキャロが十歳に対し、デバイスとして知識は豊富だが、年齢にかんしては八歳の彼女が最年少)、本シリーズ内に置いてはちょっぴりお姉さんな空曹長。ちっちゃな妖精の様な見た目に反し、実は魔導師ランクも結構高く、古代ベルカの総合A⁺を保有していたりも。

 本作では年齢が少し上がっている事や、劇場版時空で大きな事件を経験している事などから、本来よりも幾分大人びている部分も。とはいえ、それでもかなり幼い方ではあるのだが(エリキャロを除けば、訓練校で最年少の部類だったスバルやティアナと同じ年齢)。

 六課ではデスクワークを始め、各員の細々としたケアを中心に行っているが、時には前線に出る事も。氷結魔法を主に使うが、実は変換資質によるものではなく、ヴォルケンズを始め、仲間内でこの魔法をメインにしている使い手がいないからだそうな。

 

 『作者コメント』───夜天一家の中心となるこの二人ですが、なのはちゃんと並んで若干プロローグの範囲では出番が少なめでしたね……。とはいえ、Ⅰの時点から結構出ていたり、前作のラストの方ではユーリちゃん関連で無限書庫に行ってたりと、裏方でのユーノくんとの絡みは何気に多かったりします(ついでに言うと、本編・劇場版時空を問わず、ViVidや2nd、Det共に、その作品のユーノくん関連で、最後に明確に絡んだらしい描写が出てくるのがどっちもはやてちゃんだったりも)。

 また、あんまり表に出てきませんが、本局のデバイスマスターのマリーさん共々、ユーノくんはリインの誕生に絡んでいたりもしますので、無限書庫にはやてちゃんが絡む割合はかなり高めです。まあ、その分本編内での会話が無かったり、とかっていうとそれはそれでアレかもですが……とはいえ、無限書庫でお昼寝(RefのドラマCD参照)しちゃうような気安さしてるのに仲が悪いというのはさすがに在り得ませんし、Vでも書庫の空間データ渡されているなど、実際に公式で描写されている(特に新規)という意味では、何気になのはちゃんに迫ってなくもないかも?

 と、そんな感じで割とちゃっかり疑惑のあるはやてちゃんですが、果たして今後本編でどう絡んでいくのか。その辺りを色々書いていけたらいいなと思います。

 ちなみに、個人的にはがっつり絡むよりも、はやてちゃんはエイミィさん的なちゃかりを仕掛けてきそうなイメージがあったりします。明確に恋の相手としてガンガン絡むというより、面白がって後押しもするし、楽しそうな方に全力で行きそうというか。でもエイミィさんより腹芸は得意そうなので、ある意味一番のダークホースかもですね……(笑)

 

 

『スバル・ナカジマ』───年齢:十五歳/所属部隊:機動六課・前線フォワード部隊『スターズ分隊』/愛機:リボルバーナックル、マッハキャリバー

 

 本来のStSにおける主人公。原典でいうと、明確に『格闘型魔導師』として出てきた初のキャラ。陸戦魔導師ではあるが、機動力は並の空戦型に引けを取らない。それどころか、『ウィングロード』などを用いて自他共に空中戦への補助も出来るなど、意外と手持ちの戦術の幅は広い。魔導師ランクは陸戦Bとまだ駆け出しだが、秘めた身体的、魔法的なポテンシャルはかなりのもの。空港火災の際になのはに救われた経験から、自分も誰かを助けられる人間になりたいと、日々精進を重ね奮闘中である。

 相棒のティアナとは訓練校以来長くコンビを続けており、素直でない相方と衝突することもあるが、なんだかんだと楽しくやっている。

 また、父と姉も管理局に努めており、かつて任務中に殉職した母も管理局員だったなど、そういった仕事を身近で感じて育って来たこともあり、快活な性格であるとともに、誰かの悲しみに寄り添える優しさを持っている。

 また、それには彼女自身があまり公にしていない部分にも関係があるというが、過去に何があったのかはまだ本作では語られていない……。

 

 『作者コメント』───フォワードメンバーの中では、プロローグで出てくるのが一番遅かったスバルですが、彼女の場合は登場してから常にクライマックスみたいな感じで大きな出来事と共に活躍を書かせていただきました。

 Ⅳの空港火災や昇級試験は書くのは難しかったですが、結構ノって書けました気がします。格闘戦の描写も大変ではありますが、やっぱりストレートな肉弾戦は書いててスカッとしますね。打ち砕く一撃! みたいな感じで、すっごいバトル書いてる感じします(笑)

 何気にちゃんと長編で彼女を書くのは今作が初めてなので、今後もたくさん活躍を描いてけたらなと思います。

 本当はまだまだ書き足りないですが、周知の事実でも物語の進行上、明かせない事が多くあるため、コメントはこの辺りで……。話が進んできたら、明かされていったものを順次追加していきますので、その時はまたお読みいただけた増したら幸いです。

 

 

『ティアナ・ランスター』───年齢:十六歳/所属部隊:機動六課・前線フォワード部隊『スターズ分隊』/愛機:クロスミラージュ

 

 StSのもう一人の主人公。執務官を志望する若き陸戦魔導師。原典では相方のスバル同様、明確に『射撃型』として出てきた初の魔導師(なのはたちはどちらかというと狙撃手・射撃手というよりは砲撃手)。また銃型デバイスの使い手も、後続のシリーズにおける別の技術体系を除けば、魔導師としては彼女が先駆け。ちなみに両利きで、訓練校から救助隊までの間は基本的にメインデバイスは自作のアンカーガンのみだったが、消火活動などの際はそれに加え、放水用のウォーターガンと一緒に使っていたりと、器用な立ち回りを見せた。

 性格は至って真面目だが、何かと気が強く、人と衝突しやすい。しかしそれは、彼女が何よりも目の前の目標に対して真剣であることの裏返しであり、自分自身にも相手にも妥協を許さないという強い意志の現れである。そのため、彼女の本気さを真摯に受け止め、同じくらい本気で並び立とうという気概を見せるスバルを初めとした面々からは、むしろ気の強さも好ましく受け止められているようだ。が、そうした真剣さ故に、常に結果を急いでいるところがあり、自分の未熟さに対する憤りから心労を貯め込みやすく、気が強い反面、繊細な部分も。

 彼女がそれだけ真剣であるのは、幼いからの生い立ちに寄るところが大きい。物心つく前から両親が居らず、ずっと支えてくれた兄のティーダに対し深い親愛を寄せており、彼が在る事件の折に周囲から糾弾、もっといえば誹謗中傷と言って良いほどの仕打ちを受けた事に強い怒りを抱いている。そうした憧れと、理不尽への反発心が、彼女が結果を急いでしまう現状に繋がっている。

 

 『作者コメント』───実はフォワードメンバーの中では一番早くプロローグで出てきているティアナ。本作では兄・ティーダも生存の設定で物語が進んでおり、その関係から、原典における彼女が望む証明と、本作で目指す証明は若干異なる部分も。この改変からの部分を、今後の話の中で上手く書いて行けるよう頑張りたいです。

 加えて、本作では劇場版時空とも繋がっている事もあり、割とティアナ以外にも『射撃』を主軸に戦うキャラが多くいるので、上手く絡められれば戦闘シーンの幅も広がるかもしれません。ただ魔法における射撃は、原典のままだとフォーミュラに比べ若干チャージ時間が長かったりするので、それぞれの特性ごとの差別化が出来ると良いのですが……やっぱり、悩ましいところではありますね。一応、劇場版の魔法は比較的発動がTV時空より早いので、射撃のチャージも気持ち早めのイメージでも良いかなとは思っていたりはします。魔法の場合、杖型は砲撃形態への換装が必要ですが、元々銃型のティアナはヴァリアントアームズなどとは違い形態を換装の手間無く様々な出力の射砲撃を行えたりもしますから、フォーミュラやAEC装備のような物理兵装とは異なる利点も持ってますので(そもそも魔法におけるデバイスは術式補助がメインであって、最初から『撃つ』事を目的にしている形態であれば、攻撃に合わせて機構を変える必要が無い)。

 とまあ、物語的にも戦闘的にもかなり頭を働かせないといけないキャラではありますが、だからこそしっかりと彼女の魅力を引き出して、物語の上で活躍させていきたいと思います。

 

 

『エリオ・モンディアル』───年齢:一〇歳/所属部隊:機動六課・前線フォワード部隊『ライトニング分隊』/愛機:ストラーダ

 

 騎士見習いの幼き少年。近代ベルカの使い手で、電気への変換資質持ち。また魔力や身体面での能力も申し分なく、魔導師ランクも陸戦Bランクとなかなか。この年にしてはかなりの使い手であることもあって、キャロと同じくフェイトの秘蔵っ子と言った風な期待の掛かった呼ばれ方をすることもしばしば。特にエリオの場合、保護者であるフェイトと同じ高速機動型で電気変換資質も持っている事から、彼女を彷彿させる部分が多く、その印象を色濃くしていたりも。ただ、六課の新人フォワードメンバーの中では、唯一実戦を経験した事が無い。それもあって、初めの頃は緊張も大きかったようだ。

 しかし、いざ訓練が始まり、任務に赴くようになると、次第に緊張に縛られることなく行動できるようになり、その頭角をアリアリと示すように。単に才能と言うだけでは無く、彼自身の努力のたまものである。

 元来の物事に真摯に取り組む姿勢や、教育係のなのはやフェイト、ティアナやスバルといった先輩の後押し。そしてキャロとのコンビとしての相性もあって、めきめきと力を付けていっっている。……持ち合えた力は複雑な出生ゆえの部分もあるが、そういった力に対しても向き合い、受け入れていく姿勢もまた、彼の持ちうる強さの一旦だと言えよう。

 まだ将来の明確な目標はないが、六課での時間を通して、そんな道を見つけていきたいと、本人は考えている。周りの大人たちから見守られている幼馴染み兼パートナーとの仲も含めて、色々な意味で、今後が非常に楽しみな少年である。

 

 『作者コメント』───基本的にNL色が強めな本作において、次世代のラブコメを担う重要なキャラであると共に、ショタ要素筆頭でもあるエリオくん。本作ではもうフェイトちゃんに引き取られた当初からキャロちゃんと会っているので、もう半ば夫婦と言っても過言ではない関係かも? しかし安心して頂きたい。ロリショタCPは純粋無垢で、初々しくてナンボでありますからして、ほのぼのイチャイチャしてても、ただイチャつくだけの夫婦ではないということを私は此処に断言したい(性癖を拗らせた者の性)。

 ……まあ、こうなると大体の場合はショタの方が振り回されやすいところではありますが、そこは今後の本編を見て確かめて頂ければと思います(笑)

 

 

『キャロ・ル・ルシエ』───年齢:一〇歳/所属部隊:機動六課・前線フォワード部隊『ライトニング分隊』/愛機:ケリュケイオン

 

 心優しき少女召喚士。第六管理世界に住まう『ル・ルシエ族』の出身で、竜召喚に長けた一族の中でも、特に高い資質を持った『巫女』。召喚士としてはまだ未熟ながら、その小さな身体に秘めたポテンシャルは計り知れないものがある。無論、直接的な戦闘能力は他のメンバーに劣っている部分は否めないが、彼女の存在は六課内でもかなり突出しているといっても過言ではない。

 抱えた力の強大さは、竜と親しむ召喚士の一族でありながらも、その力を疎まれてしまうほど。かつてのベルカ時代のような、争いが氾濫する時代ならばともかく。既にそういった戦乱は過ぎ去り、他の世界との交流の減らし、変化そのものを好まない辺境の一族においては、強すぎる力は安寧を壊す火種として、彼女は追放した。

 追放の原因となった『黒き火竜の加護』は、彼女の一族に伝わる力の象徴。古い戦乱の時代に一族を守った真竜を使役したものたちが持っていた優れた資質だが、安寧に重きを置く今の時代では、力を持つ事そのものを嫌う意向が『ル・ルシエ族』内では強くなってしまったという。

 そのため、力を理由に一族を追われ各地を転々として来た経緯から、『自分の居場所』というものに対しての想い入れが非常に深い。特に、大きすぎる力に振り回されていた自分の保護者になってくれたフェイトを始め、同じような境遇にあったエリオや力と向き合う知識を教えてくれたユーノ。そして、自分の力を活かせる場所で一緒に居てくれたミラたちなど、優しい人たちを守りたいという意志はおそらく誰よりも強い。

 六課で関わりをもったスバルやティアナに対しても、同じように目標へ向かう歳の近いお姉さんのような存在としてよく懐いており、六課で過ごす時間は彼女にとって、とても暖かいものとなっている。

 

 『作者コメント』───StSにおいて数少ない正統派『魔法少女』。いや、他にも魔法少女はいるけど、イメージカラーがピンクでかつ自分で超弩級の攻撃魔法を放たないという意味では多分一番オンナノコしてるかなぁ、って。

 まあ、本人が直接的な攻撃手段をあまり持ってない分、持っている力は超弩級。なんだったらはやてちゃんとならんで、巨大な敵に対しては裏の切り札みたいなトコもあるかもしれませんが……(笑)

 あと魔法少女らしいといえば、パートナーありきの戦い方ってのも案外それっぽいかも。キャロの場合だと、通常時だとエリオやフリードといつも一緒に戦ってますし、そういうとこもらしいかもしれませんね。また、そういうところも彼女が『戦いの場』に身を置く理由の一つであり、根幹のような部分でもあるでしょうから。

 戦いの場に身を置く事は本来、大人しい彼女にとっては縁遠いものではあります。そして、それはかつて『力』や『戦い』にただ振り回され、壊すだけのモノという側面ばかりがついて回っていた彼女にとっては、どうしても切り離せない部分はあります。

 もちろん、ただ子供として力を忘れる道だって、ない訳ではないと思います。ですが、持って生まれてしまった力と何時か向き合う時は必ず来ます。彼女に限らず、魔法という力は制御を誤れば世界さえ滅ぼしかねないもの。とりわけ、キャロの場合は実際に近い事を『暴走』として経験したわけですから、尚更に。

 だからこそ、護り支える者としての在り方を育む場所は、ただの『争いの渦中』ではない意味を持つものになっているかと。

 大人のエゴがまったく絡んでいないという訳ではないとは言いませんが……。

 力に怯えるばかりではなく、前へ進むためであったり、母のような人の力になりたいという想いであったりと。そうして選び取った彼女の道を、この先の物語で描いていけたらいいなと思います。

 

 

『ヴィータ』───年齢:不明(外見年齢は八~九歳)/所属部隊:機動六課・前線フォワード部隊『スターズ分隊』副隊長/愛機:グラーフアイゼン

 

 鉄槌の異名を取る敏腕騎士。アームドデバイスを用いた近接での肉弾戦を得意としており、射砲撃に寄らないその戦法は、まさしくベルカ騎士の鏡と言って差し支えない。

 『夜天の書』に付随する守護騎士である彼女は肉体が成長しないため、外見上はエリオやキャロと言った子供たちよりも年下に見える見た目をしているものの、その小柄な体躯とは裏腹に、繰り出される一撃は豪快の一言に尽きる。撃つ魔導師たちはもちろん、斬る剣士とも、穿つ槍兵とも違う。進む道を塞ぐあらゆる障害を爆砕する、鉄槌による戦技は、彼女という騎士を示す代名詞であるといえよう。

 六課ではスターズ分隊の副隊長として、なのはの補佐を担当。部隊の頼もしい切り込み隊長として、シグナムと並び部隊の戦況を支えている。また戦技教官としての腕前は高く、守護騎士として過ごした長い時間の中で培われた戦う者を見る目は鋭い。指導は手厳しいものが多く、直情的な部分は昔からあまり変わっていないが、管理局に入ってから重ねて来た経験もあって、精神的な懐は昔以上に深くなっている。

 

 『作者コメント』───立ちはだかる者はすべてぶち砕く鉄槌の騎士にして、永遠のロリっ子なヴィータちゃん。本来一番の末っ子はリインちゃんの筈なのに、なんだか一番妹属性に溢れる気がするのは僕だけでしょうか?(テートリヒシュラークッ!

 ま、まあ、そんなロリ属性全開なヴィータちゃんでありますが、今作では新人たちを教え導く副隊長としての魅力を書けて行けたらなと思います。加えて、割と前作の初期から誰かを引っ張って行く様な場面での活躍もちょこちょこあったりしましたので、またそういうの出せたらなとも。

 ただ本作ではなのはちゃんの撃墜はなくなっているので、その辺りの影響をどう描くかが難しくなる部分はあるかもしれません。あの出来事がない事や、そもそも時間が本来よりも経過した分だけ大人びている部分も増えるでしょうから。なので、変わった部分が物語を薄くしてしまわないように気を付けて行きたいと思います。

 あとは、コメンタリーで出たイリスと仲が良いといった部分も本編で出したりしたいですね。イメージカラーも近いですし、コンビでユーノくんを始め、いろんなキャラたちのこと揶揄ってたりするとこも楽しそうですから(笑)

 

 

『シグナム』───年齢:不明(外見年齢は十九歳前後)/所属部隊:機動六課・前線フォワード部隊『ライトニング分隊』副隊長/愛機:レヴァンティン

 

 烈火の異名を持つ、守護騎士・ヴォルケンリッターの将。彼女もまた正統派のベルカ騎士であり、鉄槌を用いるヴィータに対して、いかにも騎士然とした剣を武器とする凄腕の女性剣士。しかし、彼女の業前は何も剣技のみに非ず。烈火の二つ名に違わず、炎熱の変換資質もった彼女の剣技は魔法戦技としても高い戦闘力を有する。また、愛機・レヴァンティンは剣以外にも連結刃や弓など多彩な形態を有しており、彼女の間合いは単なる近接型とは一線を画する。

 加えてなかなか好戦的な性格で、技の競い合いを好む。指導する側としては、なのはたちに比べると実戦派の傾向があり、そんな彼女の気質をよく表すものであるといえよう。ちなみに、元・アースラ組はよく、フェイトを筆頭に彼女がいいだしっぺの模擬戦に巻き込まれることが多かったとかなんとか。

 六課では『ライトニング分隊』の副隊長と、交替部隊のリーダーを務める。なのでどちらかというと前線に居り、普段は実働部隊の筆頭として動くことが多い。この配置は彼女自身の戦闘能力の高さと、なのは達に比べると教導が専門でなく、彼女自身の用いる魔法戦技が純然たるベルカ騎士向きであることなどが理由(フォワードメンバーは全員、基本は『魔導師』として登録している)。

 そうしたことから、時間が空いた際の模擬戦などの参加が主である為、あまり表立った場所では姿を見せない事も多い。しかし、自らに課せられた役割を全うし、その背に立つ仲間たちを守ることこそが、彼女の本懐なのである。寡黙な性格で、他の面々に比べると言葉の少ない部分もあるが、仲間に対する思い遣りの深さは他の隊長陣に決して劣るものではない。そんな言葉ではなく行動で示す在り方は、まさしく彼女が騎士であるという証なのだろう。

 

 『作者コメント』───ヴィータちゃんとはまた違った豪快さのあるシグナムさん。姉御肌な大人のお姉さんで敏腕剣士。クールで口の多い方ではないですが、そこもまた騎士らしさな魅力として書けるように頑張りたいなぁと思います。

 あとシグナムさんに関する部分だと、戦闘もまた書く楽しみなところだったり。剣による戦闘って、やっぱり戦闘描写の代名詞ですよね……。リリカルなのはシリーズといえば砲撃魔法、あるいは後続のシリーズなどの肉弾戦がメインに置かれることが多いですが、武器による戦闘はやはり戦いにおける華な気がします。Ref/Detでは風呂姉妹を筆頭に剣戟も多かったですから、本作でもまたそういったシーン色々書けたらいいなぁと思ってたりも。シグナムさんに関して言えば、やっぱシュランゲでの戦闘シーンが特に。

 六課の方だと教導がメインの前半ではあまり前線というか、実働を主にしているシグナムさんの活躍は細々としたものになりそうではありますが、うまい具合に出番作って行きたいですね。最初に挙げた騎士としての在り方なども、そこらへんが上手く書ければ、より後半の物語が深いものにもなって行くと思うので。

 

 

 

 

 

 

【ロングアーチ】

 

 

 

『シャマル』───年齢:不明(外見年齢は二十二歳くらい)/所属部隊:機動六課・主任医務官/愛機:クラールヴィント

 

 湖の騎士の名を冠する、『夜天の書』の守護騎士。古代ベルカ術者であるが、ヴィータやシグナムに比べると近接攻撃はあまり用いず、基本的には後衛・支援役を担当する。彼女の本領となるのは癒しと補助で、魔法もそれに特化したものが多い。防御や拘束魔法を始め、転移系の高い技量を持つ。特に彼女の場合、『旅の鏡』に代表される特殊技能(あるいは資質)によって、愛機であるクラールヴィントの魔力で編まれたワイヤーが囲んだ空間を『鏡』とし、単なる移動系とは異なる干渉を行うことができる。更には、その鏡や魔力によるワイヤーを様々な形状に変える事によって、物理的な攻撃を行える。

 六課では部隊の医療関係のまとめ役として、部隊全体の健康管理を担っており、任務や訓練で負傷が多い隊員たちの事をいつも暖かく支えている。ただ、あんまりにも無茶をする人には普段の温厚さは成りを顰め、結構厳しく叱る事も。もちろんそれらは優しさや真剣さの現れであるのだが、割と怒らせると怖い(というか笑顔だけど圧倒される)。なので治療は女神や天使もかくやといった腕前だが、医者の性か自分から怪我をしにいく様な輩には容赦しない性質なのだとか。そのため、彼女に逆らえない人は六課に限らず意外と多い。ちなみに、何度も勝手に治療から脱走する患者は、旅の鏡と拘束糸の二重コンボで問答無用とばかりにベッドに強制送還されるとかなんとか。

 

 『作者コメント』───慈愛に満ちた姉や母親といった印象から、母性的な魅力にあふれるシャマル先生。私生活では家事的な部分(特に料理)以外はほぼ完璧でありながら、ちょっぴりドジっ子なところも。魔力光が翠っぽいひとって何でこうもみんなお茶目だったり可愛いんですかね……。やはり緑に外れなし(個人的趣向全開)。

 と、そんな作者のツボにストライクな、愛嬌にたっぷりで優しいシャマル先生ですが、それでもやる時はやる女。というかぶっちゃけタガが外れるとエグいくらいに暴れまわってくれちゃいます。

 元々のリンカーコアを抜き取る『旅の鏡』を始め、『戒めの糸』が実は殺傷設定では拘束対象の切断も可能など、派手な射砲撃よりも直接的な攻撃に関しては凄まじいものがありますよね。ただここまで挙げたのだけだと、魔法使いや騎士より忍者っぽいかも? と思う部分はなくもないですが、劇場版で披露したワイヤーハンドの登場もあり、御淑やかなばかりではなく豪快さもバッチリという……やっぱシャマル先生すげぇ(何を今さら)。

 ついでにいうと、実は原典だと撃墜の後も無茶を重ねるなのはちゃんが良く怒られていて、何気に頭が上がらないという話もあるそうな。魔法使い犇めく世界では、お医者さんも強くないとってことなのかもですかね(笑)

 つらつらと書いてきましたが、本作はStSの流れを汲んでいくわけなので、表立って戦闘をするシーンは前作に比べると少なめにはなって行くかと思います。ですが『ロングアーチ』スタッフとしての姿、裏側で隊員たちと共に日常や休息のひと時などで、支え護る者としての在り方などを描いていけたら良いなぁと。

 

 

『ザフィーラ』───年齢:不明(人間態は三〇に行かないくらいの屈強な丈夫、本来の狼の姿では落ち着いた大型の成犬といった印象)/所属部隊:機動六課『部隊守護・要人警護』/愛機:使用デバイスは無し

 

 夜天の守護騎士と並ぶ、主を守る『盾の守護獣』。夜天の書に付随するヴォルケンリッターの中では、唯一の男性型。また、厳密には異なるが、魔法技術の上では『使い魔』に近しい存在である。しかしアルフを始めとした他の『使い魔』たちに比べると、人間の姿よりも本来の動物形態を好み、普段は青い狼の姿でいる事が多い。戦闘時などの状況に応じて人間の姿と使い分けている。戦闘に置いては、ヴィータやシグナム、シャマル以上に古代ベルカ全開といった格闘戦を得意とする。

 これまで管理局に在籍はしていたが、明確な部隊や役職には所属はなく、主にはやてたちの補佐やアルフなどと協力して捜査などで現場に出る事が主であった。六課でも前線や指揮系統ではなく、部隊守護・要人警護を担当する。シャマル同様に前線に出張る機会こそ少ないが、主の帰る場所や大切な人を確固たる意志で以て守りぬく。それが、守護獣として彼が選んだ六課での戦い方であった。

 ちなみに、アルフとは今でも主の帰る場所を守る獣同士仲が良い。ハラオウン家で生まれた新しい命を支えた時期など、忙しく会えない時期もあったが、それも落ち着いた今では彼女が無限書庫からのお使いなどで六課を訪れる際は顔を合わせるようにしているそうな。

 

 『作者コメント』───盾の名を冠する守護の獣。しかし、その真髄はただ受ける護りの身に非ず。握った拳は立ちはだかる悪しき者を粉砕し、仲間たちの進むべき道を拓く……と、剛腕の代名詞みたいな守護獣のザフィーラさん。本気になれば機動外殻だってバンバンぶち抜いていくレベルですが、六課ではこれまでとは異なり、本来の『守護』という在り方を全うするべく舞台裏に席を置きました。

 無論、必要とあらば表に出る事もあるでしょうが、ただ闇雲に拳を振るうばかりが戦いではない。己が主も、その共も、決して守られるばかりの存在ではなくなっている。だからこそ、その帰る場所を守ると決めたのでしょう。そんな彼の姿を、この先の物語で描いていけたらいいなと思います。

 また、若干趣味が入りますが、個人的にはアルフとの絡みも出していけたらなぁとも。原典ではあんまり後続作品での絡みがないので、劇場版みたいに一緒に任務だったりとかしているところとか出せたらいいなぁと。

 

 

『シャリオ・フィニーノ』───年齢:二十一歳/所属部隊:機動六課・通信主任/愛機:なし

 

 機動六課の通信主任を務める少女。地球で起こった事件の際にも参加しており、なのはたちとはその頃から付き合いのある後輩局員。元々は本局の技術部主任であるマリーのところで研修をしており、本人もデバイスマスターとして良い腕を持っている。メカ好きで、本業は通信士であるにも関わらず、六課のメカニックデザイナーとして新人たちのデバイスたちを調整したり、リインのケアを受け持つことも。

 こうした多彩ぶりは、執務官補佐として事務・支援を共にこなす為に腕を磨き、培われてきたものである。六課配属前はフェイトの補佐を務めていた事もあって、隊長陣の中では彼女と特に仲が良い。その関係でエリオやキャロともよくあっており、二人からも頼りになるお姉さんとして慕われている。

 また、「彼女の辞書には人見知りという言葉が載っていない」と言わしめる程に人懐っこい性格をしており、公私を問わず交友関係が広い。一方、幼馴染のグリフィスとは仕事の上では良いパートナーなのだが、本人たちの関係はあまり色恋沙汰の方には進んでいない模様。

 

 『作者コメント』───StS初登場のキャラの中で、唯一劇場版に出演したシャーリー。原典の方ではもう少し後に初対面の設定が、劇場版時空の方ではだいぶ早く会っていたことに変わっています。その関係で、年齢が明らかなキャラではありますが、ギンガ同様にちょっとだけ年齢弄ったキャラでもあります。必要があったかは人によるところですけど、この方が周りと合わせやすいかなと個人的に考えてこうしました。

 まあ、それは余談にしても、三人娘(エピローグなども含めれば五人娘?)との関係が強化されていたので、そういう意味でもフェイトちゃんの補佐官に就いていたり、六課に誘われてたと言った部分が親交の深さが増したことで、よりその人となりを知った上での事になるのかなとは思います。あとは、レティ提督からグリフィスくんを経て、なのはちゃんたちの事を知り、憧れて管理局に入って来た……みたいな部分とかも、もしかしたら裏設定であるかもしれませんね。

 ただ、この部分が出てくると尚更に、幼馴染設定がもったいなくなるとこです。一応、このシリーズは最期のシリーズまでいくつもりなので、より周辺が色濃く描けるところであるだけになおさら。幼馴染オペレーターズ、美味しい設定なのに……。

 と、まぁなんだかんだとありますが、ともかく本編の中で彼女の活躍を描けて行けたら良いなぁと思います。

 

 

『グリフィス・ロウラン』───年齢:二十一歳/所属部隊:機動六課・交替部隊責任者兼部隊長補佐/愛機:なし

 

 前作で出てきたレティ提督の息子にして、シャーリーの幼馴染。事務官としても優秀で、レティ提督と親交の深いはやてとは、昔から結構顔を合わせていた模様。その関係からか、シャーリー共々、先輩たちには可愛がられて来たらしい。見た目は母親似の理知的かつクールな印象だが、人懐っこく奔放なシャーリーの幼馴染だけあって、本人もまた社交的である。

 六課では部隊長補佐としてはやてのサポートに加え、交替部隊の管理を主な仕事としている。加えてシャーリー共々、ロングアーチを統括する役割も担う。なお、コンビとしては息ピッタリな二人だが、色恋沙汰などの浮いた話はあまりなく、どっかの教導官と司書長同様、その関係を不思議がられている部分もあるとかないとか。

 

 『作者コメント』───シャーリーの幼馴染で、部隊長補佐。レティ提督の息子であり、はやてちゃんとは顔馴染みと、美味しい立ち位置の割に、あまりその辺りの掘り下げの少なかったグリフィスくん。個人的には、Fでの結婚が無かったら、ワンチャンRef/Detにもシャーリーと一緒に出れたのではなかろうか? と、だいぶ惜しい気がしているキャラの一人です。まあ、デバイスマスターの研修をしていたシャーリーに比べると事務官的な部分が強いので、あまりオペレーターがメインに出てこなかった後半だと難しかったのかもしれませんが……でも、やはり惜しい。

 とまぁ、そんな不安もありますが、彼も魅力的なキャラクターの一人である事に変わり在りません。StSも訓練パートや戦闘パートが多いので、あまり裏方の方を強く出せないかもしれないという不安には駆られつつも、グリフィスくんの事も物語の中でしっかりと描けて行けたら良いなぁと思っています。

 

 

『ヴァイス・グランセニック』───年齢:二十六歳/所属部隊:機動六課・ヘリパイロット/愛機:ストームレイダー

 

 元・首都航空隊の運輸部門に所属していたヘリパイロット。六課でも引き続き、部隊員たちの現地への移動を担う。シグナムの後輩局員でもあり、「シグナム姉さん」と呼び慕っている。新人として首都航空隊に配属されて以来の付き合いという事もあって、未だに彼女には頭が上がらない。愛機である『ストームレイダー』は、基本的に待機形態でヘリの飛行補助をしてくれている。本来の形態と呼ぶべき姿もあるらしいが、今はある理由から使用されていない。

 性格は気さくな兄貴分と言った印象で、現在ではヘリパイロットであるが、かつて武装隊に所属していた経験から、フォワード部隊の新人たちにも先達として色々とアドバイスをするなどしている。

 前述の通りシグナムの様に、新人時代を知る者たちには弱い部分も。特に昔、首都航空隊に所属していた頃に肩を並べていた歳の近い友人たちなどとは、今でも付き合いが続いている。

 

 『作者コメント』───我らが兄貴分ヴァイスさん。原典でも数少ない漢っぷりを見せてくれたナイスガイでありますが、本作でも彼の魅力を存分に発揮できるように頑張りたいですね。また、明るく気さくな面が強いキャラクターではあると同時に、本編へ至るまでに歩んできた彼の物語も、本編を通してしっかり描けて行けたらなとも。

 エリオくん同様に本編がまだ進んでいない分、コメントしきれないところが多くあり、あまり詳細には語れませんが……いくらか原典とは異なるメンバーになっている部分などから生じる変化を、ヴァイスさんの魅力と出来るように描きつつ、読者様方に納得していただける様なものにしていきたいですね。

 

 

『アルト・クラエッタ』───年齢:十八歳/所属部隊:機動六課・機器整備員および通信士/愛機:なし

 

 ヴァイスと同じ、首都航空隊の運輸部に所属していた後輩局員。機動六課でも引き続き、整備員としての役割を担う。その他にも通信士やヘリパイロット見習いといった業務にも関わるなど、年若いわりに多彩な仕事ぶりを見せる。

 シャーリー共々メカ好きで、特に彼女の場合はヘリにぞっこんなところがある。そんなところをよくヴァイスに揶揄われているが、全部隊からの先輩後輩という事もあって、気さくに言い合っている姿はどこか微笑ましさがある、とは二人の先輩であるシグナムの弁である。また人懐っこい性格をしており、新人たちの中では特にスバルと気が合う。スバルやシャーリー同様、場を和ませる雰囲気を持つタイプ。

 普段は通信士研修で仲良くなったルキノとコンビを組んで、通信士としての業務を主に行っている。

 

 『作者コメント』───ロングアーチという裏方ながら、シャーリーと同様にかなりの多彩な仕事をこなす優秀な局員なアルト。何気に、通信士とデバイスマスターを主にするシャーリーに比べると通信、整備とインドア・アウトドアのどちらにも出向いちゃう、結構すごい子だったり。

 通信士でコンビを組む大人しめな性格のルキノに比べると、明るくてノリがいいタイプで、スバルやシャーリーとはまた違った柔和な雰囲気。ヴァイスさんとも喧嘩友達っぽい所もあるので、その辺りがスバルと性格的な相性がいい理由かも?(類友的な意味で)。

 ついでに言うと、彼女は男兄弟の紅一点で、幼少期は自分の事を男だと勘違いしていた時期もあるとかなんとか。このヤンチャさと柔和な感じが合わさっているのは、案外そんなところからきているのかもしれません。

 色々な魅力の溢れるキャラなので、彼女の事もしっかりと物語の中で、その輝きを損なわないように書いていきたいです。

 

 

『ルキノ・リリエ』───年齢:十八歳/所属部隊:機動六課・通信士および経理事務/愛機:なし

 

 元々はアースラに所属していた通信士で、クロノやフェイトからの推薦で六課にやって来た。六課では主に通信士を務め、シャーリーとグリフィスの元で任務遂行を円滑に進める支援を行う。

 真面目な気質で、普段は主に部隊の細々としたところを整えるなど、縁の下の力持ちとしての業務を、恐らくは誰よりもしっかりとこなしている。割とアバウトなところが多いシャーリーやスバルに振り回されやすいグリフィスやティアナは、そんな彼女の仕事ぶりにしみじみとした感謝を抱いていたり。

 前述の通り性格は真面目で割と大人しめだが、研修で仲良くなったアルトに押されて、普段のノリ自体は悪くない。ただやりすぎる時はきちんと止めるなど、ストッパー役っぽいところもある。ただ彼女自身、年頃の女の子らしく可愛いものに目がない所があり、初めてリインを見かけた時にはあると共々思わずはしゃいでしまった事も。

 

 『作者コメント』───メカオタな二人とは異なり、正統派なオペレーターなルキノ。しかし、だからと言って濃い二人に並ぶ彼女もまた、相応の力を持っておりますので、今後の活躍に期待がかかるところであります。……ただ実は、本編というかssの方での話ではありますが、ルキノの家族も管理局員らしく、その影響か、彼女も彼女で艦船マニアなところがあるそうな(実は根っこのところでは類友?)

 と、そんなこんなはありますが、総じて書き甲斐のあるキャラクターであるといえます。魔導師としてではなく、元・アースラスタッフとしての活躍を始め……ロングアーチのメインオペレーターなお二方と絡むところなんか特に。

 そういった感じで、今後も彼女の事も物語の中でいろいろな魅力を出しつつ、書いてきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

【無限書庫】

 

 

 

『シュテル』───年齢:二十四歳(見た目は)/所属部隊:無限書庫・LCM/愛機:ルシフェリオン・ノヴァ

 

 かつて、《オールストン・シー》で発生した事件の際になのはたちと出会った少女。現在はエルトリアに住んでいるが、惑星再生や自身の魔法を高める目的もあって(まあ、それだけではないのだけれども)、師匠と呼び慕うユーノの手伝いに『無限書庫』をよく訪れている。

 実は本来の姿は、エルトリアに暮らしていた猫。昔エルトリアにあった惑星再生委員会に所属していたユーリの魔法によって生命を救われ、のちにイリスの手によってなのはのデータから人間の姿を得た。ただ、同様の手段を経て人間の姿を得たレヴィやディアーチェに比べると、顔立ちはともかく、彼女はそこまでオリジナルであるなのはに瓜二つ、という容姿はしていない(特に顕著なのは髪型で、なのはのサイドテールに対し、彼女は首の近くで結ったポニーテール)。ここ最近メガネをかけ始めたが、その理由は明らかにされていない……が、周囲の人間はおおよその見当がついていたりする(ちょうど同時期にメガネをかけ始めた人物が彼女以外にも一人いるため)。

 使用する魔法は、なのはと似た砲撃系。ただ、彼女は大火力で広範囲を一気に削るオリジナルに比べると、火力こそ引けを取らないが、一点に集中させて撃ち抜く戦法が好み。また前回の事件でなのはに敗れた経験から、近接戦闘にもよりいっそう力を入れている。

 ユーノからの誘いを受け、書庫に置かれた『とある部署』にエルトリアの皆と共に所属しており、彼の右腕的な位置についている。その所為か、最近あまりユーノに会えないどっかの教導官には、若干羨ましそうな目で視られているらしい(……なお、本人はそれすら心地いいばかりに得意げな様子だとか)。

 

 『作者コメント』───さあ、我らが司書長の愛弟子ことシュテるんでございます。初登場のGoDからはだいぶ経ってはおりますが、なんだかとにかく出てくるたびにユーノくんを彷彿させるフラグを立てまくる凄まじいキャラクター。そんな彼女でありますからして、今作でも存分に暴れてもらいたいと思っております。ええ、そりゃあ勿論、日常・非日常のどちらに置いても。……でも多分、心配するまでもなさそうな気はするんですよねぇ。大体いつでも、話考えてると何時もスルスル出てくるので、はい(行き当たりばったりが過ぎる)。

 まあそんな訳なので、多くを語るまでもなく、今後も本編での活躍にも期待が高まるキャラクターであります。今作では秘書的なポジションに居るので、いっそう隊長陣よりもユーノくんに近い所に置いた事もあり、前作でもあった争奪戦みたいな展開も結構描けるかもなぁ、なんて思ってたりします(笑)

 ……ちなみに余談ですが、ルシフェリオンの強化名を決める時に『ノヴァ』はもうちょい取っておくべきかなと思ったりもして、その語源であるラテン語の『新しい』を意味する『ノウス』と女性単数形の『ノワ』と迷った末、最終的に語感優先で『ノヴァ』にしました。

 ただ、決めた今になってもまだ迷いはありまして、いつかFで出す時に強化しようってなった時どうしようっかなぁ、と、気の早い心配も若干(汗)

 とまぁ不安も多いですが、強化名に違わないよう、可愛い愛弟子の活躍を今後も頑張って描いていきますので、どうぞよろしくお願い致します。

 

 

『レヴィ』───年齢:二十四歳(見た目は)/所属部隊:無限書庫・LCM/愛機:バルニフィカス・ヴェネーノ

 

 シュテルと同じくエルトリアに住まう一人。シュテルのマブダチで、彼女の事をシュテるんと呼ぶ。シュテルと同様に『無限書庫』を訪れており、迷宮じみた未開拓区画を拓く手伝いを楽しんでやっている。書庫と関わるようになって以来、面白い事を教えてくれるのでユーノのことシュテル同様に気に入っている。……なお、そんな無邪気さが弟子にはちょっとばかり羨ましいと思われていなくもない。そして、シュテルに続く形で、彼女もまたユーノからの誘いを受けて『とある部署』に所属しており、部署の切り込み隊長みたいな位置づけに居る。

 彼女もまた、本来の姿はエルトリアに暮らしていた猫。ユーリの魔法によって命を救われて、海鳴での事件においてフェイトのデータから人間の姿を得た。元になったフェイトとは瓜二つで、髪や瞳の色を除けば双子と見紛うばかりに酷似している。ただ、彼女はフェイトとは異なり、今でも髪型をツインテールにもしていることも多い(ちなみに、今でも一人称は『ボク』)。ただし、子供っぽいのは言動や雰囲気だけで、身体の方はオリジナルと同じかそれ以上に育っており、エルトリア組の中でもトップクラスの発育を誇る。そのため、若干慎ましやかなシュテルやイリスからは羨望とやっかみの両方の視線を向けられているとかなんとか。

 使用する魔法は、これまたオリジナルと同様に電気への変換資質を主軸とする。しかし、シュテルと同じく、オリジナルとは異なる彼女自身の個性も戦闘に反映されており、フェイトは高速で移動する機動を中心に技巧で活路を開くが、レヴィは『瞬間的な超加速から敵の懐へ一気に飛び込み、その防御ごと一刀両断する』といった戦法を好む。ただ、フェイトに敗れた経験から、バインドなどに対する対策や単純な正面突破以外の戦法も学んでもいる。

 

 『作者コメント』───無邪気奔放にして、強いぞ凄いぞカッコいい~! な最強のアホの子、あるいはボクっ子ことレヴィちゃん。なんか割とお色気的な位置に置いてしまっている様な気がしますが、それはおそらく作者の性癖的な部分にも関わってくるかと思うのでお見逃し頂ければと思います。……無邪気な色気って、いいよね←おい

 さて。そんなこんなで本編での彼女についてもう少し言うなら、周りの大人なキャラたちに比べると子供っぽいところ、無邪気なところが先行するキャラなのかなと思います。楽しい事が好きで、哀しい事は嫌い。でも、悲しい事は悲しい、嬉しい事は嬉しい、と素直に自分を出せるタイプというか、率直なタイプという感じで。

 とはいえ、もちろんただ無邪気というだけではなく、年月(としつき)を経て成長してもいますから、そういったところも本編のなかで描けて行けたらなと思います。

 

 

『ディアーチェ』───年齢:二十四歳/所属部隊:無限書庫・LCM/愛機:エルシニアクロイツ、グリモワール(はやてに対抗し『紫天の書』と命名)

 

 エルトリア組の参謀役。エレノアと並び、色々と暴走しがちなレヴィやアミタ、たまに巫山戯るイリスのストッパー役も担う。シュテルやレヴィ同様にユーノの誘いは受けたが、彼女はあまりミッドにはいかず、普段はグランツやユーリとイリスの研究の手伝いや、エレノアの家事を手伝うなどしている。この辺りは『王』として、皆の帰るべき場所を守る、という彼女の気質によるところが大きい。

 元々はエルトリアで暮らしていた猫であった彼女は、『死蝕』によって厳しい環境となった中でシュテルとレヴィと出会い、同族である二人を守る『王』であろうとした。だが、日に日に悪化する『死蝕』の中で三匹だった彼女らは死に瀕してしまった。しかし、それをユーリとイリスによって救われ、更に時を経て、彼女らは助けられた命に報いるために人の姿を得るに至った。今ではすっかり人の姿に馴染み、エルトリアで皆の帰る場所を守る家長となっている。現在の姿の基となったはやてとは、性格こそ異なるが、家族を守ろうとする辺りは似た者同士だが、本人は照れ臭いのかあまり認めたがらない。しかし傍から見ると、ある意味二人の近しい在り方は、出会うべくして出会ったと言って差し支えない。フェイトとレヴィとはまた違った意味で、姉妹の様な関係にある。ちなみに、瓜二つなのは同じだが、ディアーチェの方はだいぶ前から髪を伸ばしてはやてとは異なりロングヘアにしている。

 使用魔法は、はやてと同じく広域系を得意とする。ただし、魔法の性質自体は若干異なっており、はやての魔法は場を呑み込む魔力の奔流であるが、彼女の魔法は圧縮された力を解き放ち吹き飛ばす超新星のようなイメージである。

 

 『作者コメント』───我らが闇王様ことディアーチェ、従来のオカン属性と劇場版時空での娘属性を獲得した彼女にもはや死角なし! ……かもしれない。←

 とまぁ冗談はさておくとして、シュテルやレヴィよりはあまり大きく動かない感じの立ち位置に居るディアーチェではありますが、本来は事件が起こらなければこの方が正しいと言えば正しい在り方なのだろうなという気もしています。ただ、彼女もまた事が起これば、なんだかんだ顔見知りに力を貸さずにはいられなさそうだなという気もしてますので、今後の活躍を楽しみにして頂ければと思います。戦闘方面ではイリス様と組んで参謀みたいなことしてそうな気がします。元々GoDの方では紫天一家ではシュテるんと王様が参謀役みたいな感じでしたが、今作では群体を率いた女帝と王様のコンビで凄い事やってそうです。案外性格的にも合ってはいますし。……ツンデレだけど面倒見良いところとかが特に(笑)←ジャガーノートォッ!!

 しかし、そういった泰然と構えていることもあり、ここまではあまり表立っての動きの少ない王様でありますが、裏ではきっとシュテルやレヴィのついでだと言ってユーノくんに差し入れ渡してそうではありますね。「ついでだからな。別に貴様の為ではないからなッ!」みたいな感じで。研究とかの傍らエレノアママと特訓してるので、恐らくここ数年忙しいはやてちゃんが口にすれば漫画の背後で稲妻が走る効果みたいなのが起こるくらいには腕を上げてそうです。そういった日常のところも描いていきたいので、改めて今後の闇王様の出番に乞うご期待といったところであります。

 

 

『ユーリ・エーベルヴァイン』───年齢:???(見た目は八~一〇歳)/所属部隊:無限書庫・LCM/愛機:魄翼、鎧装

 

 かつて、『夜天の書』の守護者であった少女。古代ベルカにて、エーベルヴァイン博士の手によって生み出され、当時は『闇の書』と呼ばれた『夜天の書』を外から支える為に共に旅をしていた。その中でいくつもの世界が滅ぶ光景(さま)を目にし、呪いの進行を遅らせる事しかできない自分に憤りを感じていた。しかし長い旅路の中で、エルトリアに辿り着いた彼女は、イリスを始めとした『惑星再生員会』の皆と出会う。そこで自分自身の魔法と『夜天の書』が、エルトリアの命を育む事の出来る力になれると知り、優しく暖かな日々の中に身を置くことが出来た。……のちに、厳しい現実が齎した悲劇によってイリスや委員会の人々と別たれてしまうが、長い時を経て再会。誤解と陰謀に翻弄され、再び別たれる寸前まで行くが、かつてエルトリアで彼女が救った三つの命が、彼女の哀しい運命を断ち切り、もう一度暖かな時の中に戻る事が出来た。

 それからはエルトリアで改めて惑星の再生を手助けしながら、大切な人々と幸福な時間を過ごしている。ただ、いまでも時折ミッドチルダや海鳴の方に顔を出し、事件を通じて知り合った友人たちとの交流は続いている。特に『夜天の書』縁深い八神家や、彼女自身も忘れかけていたルーツや惑星再生に関連する資料のやり取りから、無限書庫の面々との交流が深い。

  使用する魔法は古代ベルカ式を基礎とした、彼女の先天資質である『生命操作』に由来する〝育てる〟魔法を得意とする。本人の気質からあまり戦闘は好まないが、戦いの際には固有武装である『魄翼』と『鎧装』を使用した高機動&高火力のオールラウンダーな戦法を取る。また、元々は『闇の書』の呪いとも呼ぶべき〝闇〟に対抗するべく生み出された存在の為、本調子であるなら『闇の書』の暴走にすら耐えきるほどの防御力を誇る。

 

 『作者コメント』───劇場版で従来の紫天の盟主時代の末っ子属性に加え、圧倒的な母性を示しバブみを体現した永遠のロリっ子(しかし中性の可能性あり)なユーリちゃん。圧倒的なまでの魅力は留まる事を知らず、今なお凄まじい高まりを見せ続けております。そんな魅力あふれるユーリちゃんの事を、本編でも書いていけたらなと思います。

 もちろん、本人の資質を思えばエルトリアで皆のいる場所を守る場面が自然な部分は多いかもしれませんが、彼女とて待つだけではなく、必要とあらば再びその翼を空に広げる事に成るでしょう。いずれ来るその時に、ユーリちゃんが導き出す道をしっかりと描いていきたいですね。

 あと、ここからは個人的な余談というか、ちょっとしたイメージではありますが……今作のユーリちゃんの戦闘装束(バリアジャケット)には、他の面々同様に幾分かアレンジが加えられているという設定でいます。紫の茨を思わせる劇場版のジャケットにGoDの紫天装束のイメージを加え、イリスとの絆を思い起こさせる緋の色合いを取り入れた紫天装束(インペリアルローブ)(アウローラ)を纏っている……という感じで。そのうちイラストに起こせたらいいとは思うのですが、正直そこまでイラストを早く上げられないので、いまはまだ文章だけの設定になってしまいますが、皆様の頭の隅に遺しておいていただければ幸いでございます。

 

 

『イリス』───年齢:???(見た目は二〇歳くらい)/所属部隊:無限書庫・LCM/愛機:ヴァリアントウェポン

 

 ユーリたち共にエルトリアに暮らす一人。元々は『惑星再生員会』で生み出された生体型の『テラフォーミングユニット』で、惑星再生の為に生み出された存在。型式番号は『IR‐S07』で、『イリス』という名前は此処から取られた愛称(マスコットネーム)。かつてはテラフォーミングシステムのメインユニットに据えられ、『惑星再生員会』の仲間たちと共に死に逝くエルトリアの再生に尽力していたが、惑星を蝕む『死蝕』と呼ばれる病は中々改善されず、苦悩の日々を送っていた。だが、ユーリがエルトリアにやってきたことで状況は一変。彼女の魔法による協力で、星は再び命を育むゆりかごとなる希望を得た。しかし現実の厳しさと、裏に潜んでいた野望からくる擦れ違いにより、一度は別たれてしまうことになった。

 別離から実に数十年の月日を経て、糸を引く野望に突き動かされるまま、キリエたちを利用する形で彼女は海鳴での事件を引き起こしてしまう。二つの星を巻き込んだ大騒動の最中、隠されていた真実を知り、違えてしまったユーリやキリエとの絆を取り戻した。その後、事件を引き起こした罪を償い、彼女もまた故郷であるエルトリアへと戻り、穏やかな時間に帰る事が出来た。事件のあとはユーリたちと同様に無限書庫との関わりを持ち、故郷の再生を進めて行き、今は緑に溢れたエルトリアで大切な家族と共に暮らしている。

 魔導師ではないので魔法は使用しない。代わりに別のエネルギー干渉技術である『フォーミュラ』を用いる。アミタやキリエ以上に術者としての歴が長い事もあり、基礎的な部分は姉妹以上の技量を持つ。しかし、彼女の真の恐ろしさは、無数の分身を無尽蔵に生み出せる増殖力と、肉体を失っても記憶データから再び自分を再構築できる疑似的な不死性にある。これらはかつての創造主に付加された兵器としての能力だが、海鳴での事件を通して自らの力に向き合い、今ではそれを本来の星と人を守るものとして昇華している。

 

 『作者コメント』───さあ、皆さま大好き悪の女帝、でも実は情に厚いツンデレ娘こと、イリス様の登場だ! シリーズに登場する色合いが暖色系だとツンデレの系統っていうのはよくありますが、実に例に漏れない。でもSっ気を持ち合わせている割に案外ポンコツっぽい所もあるので可愛いですよね……正直、かなり好きなキャラです。自作の中では名前繋がりからユーノくんとよく絡めている事が多く、もっぱら彼(と偶にアミタお姉ちゃん)のことをいぢめて楽しんでます(笑)

 元々、自分の中でキリエちゃんの、アミタお姉ちゃんとは異なる系統の姉、っていう認識がある所為か、ユーノくんに対してもそんな感じに絡ませてしまっております。ですが、案外合いそうな気はするんですけどもね……まあ、公式ではやってくれないでしょうけども(ちらっちら←淡い期待

 まあ、それはともかくとして。今後の物語での活躍を上手く書いていけたら良いなぁと思います。コメンタリーだとヴィータちゃんと仲いいという話もありましたから、そういうところを描いていけたら行きたいなとも。……そういやこの組み合わせだとぺったん娘ネタも出来ますね(大勢の足音に呑まれる

 それに付け加えて、イリス様もユーリちゃん同様に、今作での戦闘装束に関して少々変更があるという設定にしてあります。今作では、これまでの黒と緋色を基調とした侵攻武装『アスタリア』に、いくらかアレンジを加え、紫と桃色の色合いを取り入れた『アスタリア‐(ラケーシス)』を纏います。

 『ラケーシス』とは運命の女神の名前で、意味は長さを計る者。そして、運命の図柄を描く者、という意味もあります。人の運命や命を割り当てる上で、その調律を行う、ある意味本質を司るものであるいう解釈も出来るので、不死性や悠久の時の中で星を守る存在に合っているかなと思い、選びました。

 

 

『アミティエ・フローリアン』───年齢:三十二歳/所属部隊:無限書庫・LCM/愛機:ヴァリアントアームズ

 

 エルトリアにて、人々の暮らす星の未来を守るフローリアン家の長女。厳密にはイリスやユーリなど、年上がいないわけではないが、本人の姉としての自覚が強い為、名実ともに長女として高らかに名乗りを上げている。普段はイリスやユーリと共にエルトリアで惑星再生に努めており、その他にも、いずれコロニーから戻ってくる人々の為の市街地復興や、残った危険生物の対処にも奔走している。

 正義感が強く活動的で、特にここ数年は父母の負担を減らす為に対外的なやり取りも一手に引き受けている。ここでいう対外的なというのは、主にユーノら無限書庫とのやり取りと、コロニー側とのやり取りなど。

 しかしそうした精力的に駆け回る一方で、最近は妹たちも自立してきており、レヴィやユーリは無邪気に構わせてくれるが、二人もそれなりに動き回っている為、少々寂しい思いをしていたりする。

 また、ミッドの方ではクロノとエイミィの結婚や、フェイトが保護したエリオとキャロの話などを聴いて、若干婚期を逃し気味かもしれないと、にわかに不安を抱くこともあったりも。……とはいえ、今はまだそういう仲の人はいないので気長に待つつもりで入る模様。何気に、というが実際のところ恋愛に関しては妹のキリエに負けず劣らず初心な乙女思考だったりする(なんだったら最近は、外との関わりも増えた妹の方がそういう事には詳しいくらいであるとか)。

 使用する術式体系は、イリスと同様に『フォーミュラ』を用いる。戦闘に置いては、どちらかというと『ザッパー』や『ガトリングブラスター』など銃系統の武装を好むが、要所要所では剣戟も行う。また、防護服(フォーミュラスーツ)に搭載された加速機構(ドライブ)の使用歴が長い事もあって、『アクセラレイタ―』の出力制御に関してはかなり秀でている。全体的な速さそのもの、というよりは加速の度合いを調整し、相手を翻弄するような使い方をしている。

 

 『作者コメント』───イエス、アイアムおねーちゃん! こと、我らが姉オブザ姉。アミタおねーちゃんであります。なんか最近、自分の周囲だとユーノくんの姉認定がひそかに広まりつつあったりしますが、一応今作では頼れる年上のおねーさんというスタンスは、あまりRef/Detの時代から変わってはおりません。ただ若干、ハラオウン夫妻が結婚したり、フェイトちゃんが子持ちになったりと、周囲にそういう話がある事もあって、少しばかり婚期を逃し気味かも? と思っている部分が少しあったりします。

 正直そこまで行き遅れてるわけじゃないですが、ただちょっと考えると、実は時系列を五年ばかりずらした事もあって、無印の桃子ママと一歳差の年齢なので、ちょっぴり意識しててもいいかなと思ってこんな感じに。でも大丈夫です、両親に変わってコロニーとの行き来してるうちに関わりを持った情報系に強い黒髪黒目の男の子とかと出会ってる……かもしれないので(きっと)。……もしくは最終手段で弟を←まてまて

 とまぁ冗談は其処までにしておくとしまして、Ref/Detで暴れまくったように、今作でも今後の活躍を期待しつつ、魅力的に描けて行けたら良いなと思います。

 ちなみにアミタおねーちゃんもユーリとイリス同様に、戦闘装束に若干のアレンジが加わっている設定があります。

 従来の防護服(フォーミュラスーツ)Type-Aに改良を加えた、Type-A²を纏う(アミティエ、に続くAは『アトロポス』で、意味は不可避のもの。また運命の女神の名前でもあり、紡いだ糸を断ち切り、割り当てられた人の寿命を確かな物とする力を持つ。ただ、不可避の運命は必然であり、また単なる存在に命という意味を与える者という解釈も出来るのではないか、と今作では考えている。GoDにおける『運命の守護者』という二つ名から、本来あるべき死やその定めの正しい在り方を守る、という意図からつけてみました。

 

 

『キリエ・フローリアン』───年齢:二十九歳/所属部隊:無限書庫・LCM/愛機:ヴァリアントアームズ

 

 フローリアン家の次女。アミタの妹であり、姉共々エルトリアの再生や環境保全に取り組んでいる。かつては一家の末っ子として、護られてばかりの日々に憤る事もあったが、今ではすっかりそういった部分も乗り越え、大人の女性へと成長している。また、姉よりも色恋沙汰などには聡く、周囲の恋愛模様を見て楽しんでみている節も。この辺りはもう一人の姉的な存在であるイリスの影響が強い模様。

 しかし一方で、色事に関して興味はあるものの、実際の部分では姉たちと同様に乙女というか、やや奥手である。尤も姉と同様に、周囲でそういう話が持ち上がっていることや、両親の仲睦まじい様などを見てきている為、いつかはそういうのも悪くないとは考えているとかなんとか。

 使用する術式は『フォーミュラ』で、銃による戦闘を得意とするアミタに対して、彼女は剣戟を主とした近接戦闘を好む。全体的な細かい制御に関しては姉に一歩劣るが、加速機構(フォーミュラ・ドライブ)の扱いには彼女も秀でており、調整を効かせた巧みさで敵を翻弄する姉に対し、彼女はどちらかと言えば速さそのもので相手を圧倒する。この辺りは、イリスがかつて用意した『システム・オルタ』の出力強化を使用していた経験や、彼女自身が近接戦闘剥きである事などが影響している。今は当時の『オルタ』のままではないが、少々改良を施した機構(ドライブ)防護服(スーツ)に搭載している。

 

 『作者コメント』───ある時は、素敵で無敵なお色気お姉さん。ある時は星を守る妹、しかしてその実体は! はいっ、皆さま大好きキリエちゃんでございます。劇場版時空ではGoDに比べ、割とお姉さん的な要素は減っていましたが、その辺りは育った環境が環境なだけに、年下が殆どいない状態だったからとかその辺が関係しているんでしょうね。とはいえ、嘗ての事件をきっかけに、年月を重ね、キリエちゃんも大人の女性として成長しております。前作での決戦の時にもちょろっと書いた事ではありますが、今作では駆け上ったであろう大人への階段を経た彼女が、どういった成長を遂げたのか。そういった部分も併せて書いていけたらいいなと思います。

 また、姉たちと同様に彼女の防護服(スーツ)にも改良が施されており、従来のType-Kから改良を加えたType-K²を纏う。このキリエ、に続くKは『クロートー』。運命の女神の名前で、運命の糸を紡ぐ者の意。追加名称に関しては、GoDにおける『時の操手』という二つ名や、物語のきっかけとなった人物である事などからも、運命の糸を紡ぎ合わせる者というイメージにあっていると考え、この名前を付けました。

 

 

『アルフ』───年齢:???(見た目は一〇歳前後でいる事が多い)/所属部隊:無限書庫・LCM/愛機:なし

 

 フェイトの『使い魔』の少女。本来の姿は茜色の毛並みをした巨大な狼だが、普段は十に満たないくらいの子供の姿を取っている。これは彼女の主であるフェイトに負担を駆けないようにする配慮した結果であり、消費魔力の量次第では中学生くらいから大人のお姉さんな容姿にもなれるが、普段はなるべく魔力を喰わない子供形態や子犬フォームを取る事が多い。

 普段は無限書庫での手伝いを主に行っているが、厳密にいうと完全に司書として所属しているわけではない。基本はあくまでフェイトの『使い魔』であり、彼女自身は管理局に席を置いておらず、非常勤ないし臨時司書に近い立場にある(そもそも司書長であるユーノが局員待遇の民間協力者なので、管理局に席を置かなくても無限書庫の司書にはなれるのだが)。ただし、管理局に関わる元々の経緯から、アルフも時には嘱託として協力する事もある。以前の海鳴での事件では、ザフィーラとコンビを組んで事に当たったほか、シャーリーやマリエルと協力してデバイスの調整をするなどしていた。

 そういった荒事の絡まない時間には、ハラオウン家でクロノとエイミィの子供であるカレルとリエラの世話をしていたり、フェイトが保護したエリオやキャロの面倒を見たりしている。かつては気性が荒い所もあったが、今ではすっかり丸くなって、子供たちの事を可愛がっている。この辺りは主人の先生であり、また自身にとっても先達である山猫譲りの愛の深さを継いでいるがゆえ、ともいえるかもしれない。

 魔力の源である主人が優秀なだけに、彼女自身の使用する魔法もかなり優秀で、肉弾戦やバリアブレイクを主体とした近接系や、拘束・防御と言った支援系の魔法が得意。その他にも前述のデバイス調整や、司書としての技量などもなかなかのものであるなど、広く多芸な手腕を見せてくれる。

 

 『作者コメント』───オトナのお姉さんから美少女ロリに至るまで、幅広い需要に対応する『使い魔』なアルフ。劇場版ではザッフィーとのコンビや裏方に徹しており、StSの頃に近づいているという描写の為か、あまり表に出てきませんでした。しかし、それでもバルディッシュの調整を担当したり、返ってくる場所を守っていたりと、彼女もまた、しっかりと支える者としての在り方を貫いていました。この辺りは上でも書きましたが、彼女にとっても先生であるリニスから引き継いだ愛深い資質なんだろうな、と。そうして引き継いだ、テスタロッサ一家に共通する愛の深さみたいなものを、本編でもしっかりと描いていきたいと思います。

 本編ではユーノくんらと共に、再び支える側に回る彼女ですが、愛深い部分から、ユーノくんらとはまた違った関わりが一番描くべきところでしょうね。StSが始まる頃にはハラオウン夫妻の子供たちもそこそこ大きくなってますから、一番手のかかる時期は脱しているでしょうけど……その間に、エリオやキャロを始め、たくさんの子供たちに接してきた彼女だからこそ、という部分をしっかりと見せていきたいですね。

 

 

 

【エルトリア】

 

 

 

『グランツ・フローリアン』───年齢:五十九歳/所属部隊:なし/愛機:なし

 

 アミタとキリエの父親で、エルトリアの再生と環境保全に尽力する研究者。彼が子供の頃からゆっくりと『死蝕』の進むエルトリアを救うべく、嘗ては『惑星再生員会』に所属する見習いメンバーとして、委員会の崩壊後は家族と共にエルトリアで暮らしながら惑星再生に取り組んでいた。

 しかし、海鳴での事件の数年前に『死蝕』の影響で病に倒れ、以来長い闘病生活を送っていた。もう遺された寿命も少ないと診断されていたが……事件をきっかけとしてエルトリアに帰って来たユーリやイリス、シュテルやレヴィ、ディアーチェたちの看護やユーノらからの情報提供などによって症状は次第に回復に向かい、現在でも家族と共にエルトリアで暖かな時間を送っている。

 ただし、健康状態は完治したという訳ではなく、病の影響は残り続けている事には変わりない。だが、それでも病と闘う中で、『家族』の皆を始めとしたたくさんの人の想いに触れ……自分の本当の終わりまでの間、過ぎゆく日々を大切に生きていくと決めたそうだ。

 

 

『エレノア・フローリアン』───年齢:五十八歳/所属部隊:なし/愛機:なし

 

 グランツの妻で、フローリアン姉妹の母。そして、かつては夫と共に『惑星再生員会』に所属し、いまもなお彼の助手を務める研究者でもある。十年ほど前までは、夫の病の看護や惑星再生の研究が滞っていた事などから彼女自身も気力を失いかけていたものの……事件の最中にかつての委員会所長が巡らせた策謀に立ち向かうなど、母として、元来の芯の強さを見せていた。最近は娘たちがすっかり頼もしくなり、夫と共にゆったりとした、暖かな日々を過ごしている。

 ちなみに夫とは委員会の頃からずっと一緒に居る幼馴染で、エレノアの方が一歳ほど下らしい(つまりちょっと妹的存在とお兄ちゃん的存在の幼馴染夫婦だったりする)。

 そんなわけなので、付き合いが長い分、どこかの喫茶店を営む元・剣士とパティシエールの夫婦ほどではないが、今でもとっても仲良しであると、娘たちも言っているとかなんとか。

 

 『作者コメント』───せっかくリリカルなのはシリーズでは珍しい正統派幼馴染夫婦なので、はやてちゃんとリインと同じ様に一緒に紹介させて頂きたいと思います。

 ゲーム版では姉妹の出自故に、INNOCENT時空でも結局ずっと出張中ということで端々に影が見える程度でしたが、劇場版でついに夫妻揃っての登場となったフローリアン夫妻。しかし、初っ端からクライマックス全開で、無印の高町夫妻の様なところはあまり見らせませんでしたが……実のところ美味しい情報たっぷりなんですよねぇ、この夫婦。だって幼馴染ですよ幼馴染! ラブコメ物の古き良き王道ですよ⁉←落ち着け

 劇場版パンフで坂田監督のイラスト見た時はヤバかったですね。……いや、一応そこらへんは坂田監督の妄想という体らしいですが、設定的に美味しすぎますし、そもそも割と劇中描写もそんな感じですから違和感ないですよね(とりあえず自分は大好物なのでそう思っておきますので悪しからず←オイ

 ……ユーなのも何か兄妹っぽいみたいなこと言われたりもしてたらしいですが、フローリアン夫妻みたいになれるのかなぁ、成れると良いなぁ。

 とまぁ、そんなことを考えつつ、ちょっとばかり前置きが長くなってしまいましたが、本編でのフローリアン夫妻について書いていきたいと思います。

 前作のラストでグランツ博士の生存は示唆していましたので、今作のプロローグで登場した際にもそこまで驚きはなかったかなとは思いますが……もうちょっと補足を入れると、原典よりも三つの世界の関わりがほんの少し強くなったから、というのが一番の要因ですね。

 もちろん、グランツ博士というキャラクターを捉えるのだとすれば、GoDで姉妹に施した教えなどからも、あまり自然の流れを変える事を好まない性格ではあると思います。

 ですが、劇場版時空のエルトリアにはマクスウェル所長が使った永遠を生きようとする技術こそありましたが、GoDの様に時間を操る術はありません。キリエちゃんの性格が少し違う部分でも発表当時触れられていたように、人間は環境の変化に少なくない影響を受けるものです。変え得る術があるからこそ、乱用することなく、自然であることをより大切にしていたのでしょうし、それを戒めにしていた部分もあるでしょう。しかし、劇場版時空ではそれがなく、その上で生きて欲しいという思いを託す人がたくさんいるのなら、それを蔑ろにする人ではないだろうと考え、こうさせて頂きました。

 とりわけ劇場版時空のフローリアン一家はギアーズではなく普通の人間で、妻と自分の娘たちが生きるこれからを全く見たくないかと言えば、そんな訳はないでしょうから。なのでイメージとして近いのは、なのポ時空のアインスですかね。遺された時間の限りまで、大切な人たちと共に居ると決めたような。今作のフローリアン夫妻は、そんな選択をした先にある可能性(IF)だと思って頂ければいいかなとは。

 以上が、この作品におけるフローリアン夫妻の大まかなところです。二人分なので思ったよりも長くなってしまいましたが、ここまでで綴った色々なものを、本編中でも出していけたら良いなぁと思います。

 

 

 



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管理局および聖王教会編

 こちらは六課と無限書庫以外の管理局関係者と、聖王教会の関係者の設定でございます。
 主要人物の方にまとめてもよかったんですが、ちょっと残り二つと量的なバランスを考えて分割しての投稿にしてみました。


【管理局】

 

 

 

『クロノ・ハラオウン』───年齢:二十九歳/所属部隊:時空管理局本局・次元航行部隊XⅤ級艦『クラウディア』艦長・提督/愛機:S2U、デュランダル

 

 機動六課の後見人を務める、時空管理局・本局に置かれた次元航行部隊のXⅤ級艦『クラウディア』の艦長を務める提督。今の艦に配属されるまでは、母であるリンディ元提督が艦長をしていた『アースラ』を引き継ぎ、そこで艦長をしていた。

 妻であるエイミィとは、訓練校からずっとコンビを組んでおり、『クラウディア』に乗るまで一緒だった。また『アースラ』、『クラウディア』時代共に、義妹であるフェイトも嘱託や執務官として艦についており、母が総務の仕事に就いた後も、何かと家族の揃う事の多い職場であった。ただエイミィは現在一線を退いてはいるが、コンビを解消したわけでもなく、育休期間ではあるものの、相変わらず細かなところでは支えてもらっているそうな。

 因みに、これまで家族が自然と近くに居る環境だったことも手伝い、最近はちょっとばかり物寂しい気がしている。そのため、難しい案件に対応している間などは、妻や子供たちに連絡を取る頻度が増えているらしい。

 最近はあまり前線に出る機会は減ったものの、腕の方は相変わらず超一流。ストイックな性格だが、大人になり茶目っ気が出てきた所為か模擬戦なども割と、かつての義妹ら同様に楽しんで参加している。その際には、かなりの頻度で悪友であるユーノが引っ張り出されてくるのだが、手の広い彼らが組むと相手はかなり泣かされるのだという。

 悪友であるユーノとは年齢を重ね、友情が深いものになってきた事もあり、あまり昔の様に子供っぽい喧嘩をすることはなくなった。代わりに、昔以上に揶揄う事が増えてユーノはちょっぴりやり込められることが多いので、やられる方は悔しく感じているとかなんとか。

 使用する魔法に得意不得意はあまりなく、基本的なものを幅広く突き詰め、努力に裏付けされた堅実な戦法を取る。しかし、相手如何では広範囲攻撃を用いるべく、父の形見である『デュランダル』を用いた凍結魔法をメインに持ってくることもしばしば。以前の事件ではそれで街を一つ呑み込む範囲の凍結を行ったことがあり、近~長距離、果ては広範囲まで幅広くカバーしている技巧派である。

 

『エイミィ・ハラオウン(旧姓はリミエッタ)』───年齢:三十一歳/所属部隊:元・時空管理局管制司令/愛機:なし

 

 元・時空管理局管制司令および、『アースラ』の通信主任兼執務官補佐、東京支局長補佐を歴任してきたサポートのエキスパート。クロノの妻であり、リンディとフェイトにとっては義娘或いは義姉に当たる。

 上に並べた通り、魔導師でこそないが、サポートに関しては超一級のエキスパートで、似たような役職に就いているシャーリーなどにはかなり憧れを持たれている。

 ただし、現在は育休のため一線を退き、海鳴で子育ての真っ最中。夫であるクロノとの間に、男女の双子であるカレルとリエラを授かり、同じく前線を退いたリンディやアルフと共に子供たちを育てている。ちなみに、子供たちはどちらも見た目は母親似だが、瞳の色は父譲りの濃い青である。二人共そこまでヤンチャではなく良い子なので、あまり手が掛からない。ただ、兄のカレルに妹のリエラはべったりで、まだまだ甘えん坊なところもあるとか。

 また、前線を退いてはいるが、長年のパートナーである夫の事はよく解っている様で、連絡の頻度が高くなると忙しくなっているんだなと、細々としたサポートを行っていたりも。しかしその優秀さゆえ、義母や義妹にも偶に泣きつかれるらしく、年に一回くらい嵐の様な時期もある。尤も、そこは持ち前のガッツで全部片づけてしまうそうで、アースラ時代からのムードメーカーなところをそのままに、ハラオウン家の影の大黒柱は日々忙しく奮闘中だそうな。

 

 『作者コメント』───夫婦はまとめてコメントっていうのは、なんだか手抜きな気がしないでもないですが……まあせっかく無印から続く中で、唯一まともに結婚からのその後までの模様が(断片的とはいえ)描かれたハラオウン夫妻なので、二人に関するコメントは先述のフローリアン夫妻と同様に一緒に書くことにします。

 元々のリリちゃとTVシリーズから見ていた人には、近場で済ませたなんて言われてたりもしたそうですが、自分がシリーズ知ったのがアニメのVが終わったかそこらくらいだったので、正直違和感はあんまりなく、自然にこの夫婦好きだなぁという印象ではあります。若干後付けなところはあるかもですが、学生時代からの昔馴染みで生真面目な旦那と姐さん女房の組み合わせとか最高じゃないっすか……。シリーズだと他に姐さん女房ってあんまりいませんし、そういうところもう少し公式でも活かして欲しいなぁ、なんてのも少し(笑)

 と、話が若干逸れましたが、正直クロノくんとエイミィさんに関しては、捕捉設定がどうこうっていうよりも、日常でのこういう描写をしたい、みたいなのの方がどうしても強く出ちゃいますね……。

 上で挙げた感じに、クロノくん裏では家族にちょくちょく連絡を取ってたり、今は同じ現場にはいられずとも、相変わらずエイミィさんがクロノくんにとって、最も頼りにしているパートナーである、みたいなのとか。あと、子供持ちだった夫婦はいても、本編の中で子供が生まれたっていう夫婦は他にまったくいないので、一番分かり易いところなので安易と言えば安易かもしれませんが、カレルとリエラの兄弟が新しく生まれて来たりだとかも。

 もちろん、それだけが絆の表し方ではないですが、人として生きる以上ごくごく自然なことではありますし。何よりまだ二人とも若いですから、第三子あたり生まれててもおかしくなさそうではありますので。

 もしかすると今後の本作が先に続くなら、個人的には出したいとは思ってますね。今度はお父さん(と祖父)に似た感じの容姿の子とか、或いは祖母似の子とかも。

 少々先の方の話が長くなってしまいましたが、本編の中でも二人の活躍も、もちろんしっかり描いていきます。他と同様にStS原典では出番控えめな二人ですが、本作ではもう少し表に出していきたいなと思っておりますので、二人の活躍にも乞うご期待といった感じです。

 

 

『リンディ・ハラオウン』───年齢:四十九歳/所属部隊:時空管理局本局・総務統括官/愛機:なし(限定的に使用した例で言えば、夫の形見である『デュランダル』や、外部魔力として用いた『アースラ』がそれに当たる)

 

 フェイトの義母であり、息子のクロノ同様に六課の後見人を務める一人。元々は次元航行部隊で提督をやっており、息子や義娘たちも乗っていた次元航行艦『アースラ』の艦長をしていた。

 のちにフェイトを養子に向かえたのをきっかけに前線を退き、本局で内勤をメインにするようになった。フェイトが独り立ちした後は、クロノとエイミィの間に生まれた孫たちの面倒を見ながら、海鳴と本局を行き来する日々を送っている。内勤になった今は以前ほど忙しくはないが、友人のレティなどから仕事を回される時は、昔の様にエイミィに手伝ってもらう事もあったりも。

 そのほかにも、フェイトが保護したエリオとキャロの事も実の孫同様に可愛がっており、義娘と同じく、最近の二人が自立し始めている姿は嬉しくもあり、物寂しいところも。とりわけ、二人が六課に配属させる直前は特に会う機会が減っていたので、祖母としては尚更に顔を見たい模様。しかし、当然ながら、皆が頑張っているのも承知している為、かつて子供たちを母として見守っていたのと同じく、今は祖母としてその成長を優しく見守っている。

 元からそこまで前線に出るタイプではなかったが、彼女もまだまだ魔導師としての実力は高く、得意とする結界系に関しては未だ一線級。更に外部魔力を自身の魔力源として運用する稀少技能を保有しており、『PT事件』の折りには次元震を単独で抑え込んでみせた。その後の事件でも、ユーノと共に結界魔導師の布陣を指揮し、関東全域に広がる超広域結界を作るなどの活躍をした。

 

 『作者コメント』───何気にシリーズ初の祖母属性を獲得したリンディさん。しかし、獲得した属性とは裏腹に、未だその若々しさは衰える事無し……ええい、このシリーズの人妻は化け物かッ!←失礼

 ……とはいえ、実際リリカルなのはシリーズの人妻キャラってめっちゃ若いというか、魅力に溢れてるの凄いですよね。よく言われてるのはプレシアママン(四〇~五〇代後半←⁉)あたりですが、何気に最近の作品群だとエレノアママンもすごいですよ。

 パンフとかBDの冊子読んだ人はたぶん知ってるとは思いますが、実はRef/DetのエレノアさんってStS原典のリンディさんより年上なんですよね(StSリンディさんが四〇代半ばで、当時のエレノアさん四〇代後半)。

 まあクロノくんより年上の娘生んでる時点でそりゃ年上なのはそうかもですが、でもエピローグとか見てると若返り始めてる感じもあって、家族の力って凄ぇ……ってなります。

 そういう意味では、二人目の義娘や孫三人ゲットしてるので、ある意味リンディさんも心の潤いは潤沢なのかもですね(若さの秘訣は家族なのかも)。

 でも実際、家族の規模ではエルトリアのフローリアン夫妻にも引けを取らない大所帯ですよね。かつて夫を亡くした身としては、家族が増えて行く喜びとか暖かさっていうのは、やっぱりとても嬉しいものなんじゃないかなぁとは思います。

 ただ内勤に移った分、本局と海鳴を行き来する感じになっていると思うので、ミッド地上を主とした原典では出番少なめだったので、先程のクロノくんとエイミィさんと同じく、もう少し本編中で出番増やしたいなと思ってます。

 事件の渦中や戦闘にガッツリ絡めるかは分かりませんが、日常の方ではなるべく出したいですね。とりわけ、義娘が寂しがってるのと同じく、上の孫的存在の方が早めの独り立ちをし始めているので、構いたくなってるとかありそうですし……あとは、自分と同じ様に上の子供が結婚しただろう桃子さんと祖母トークとかしてる場面や、そこにまだ子供に浮いた話の無いママンズも加わってるとことかも。

 そういった感じでしっかり描いていけるように頑張っていきたいなと思いますので、今後の活躍をお楽しみにしていただければなと思います。

 

 

『ヴェロッサ・アコース』───年齢:二十九歳/所属部隊:時空管理局本局・査察官/愛機:なし

 

 本局に所属する査察官。管理局内でもそれなりに名の通った人物で、彼の手腕はなかなかのものである。が、一方で勤務態度はお世辞にも良いとは言えず、飄々とした彼の性格を体現したようにサボりや遅刻が絶えず、義姉であるカリムや御付きのシャッハなどからは度々小言を賜る事も珍しくない。義姉を始めとした親しい人たちからの相性は『ロッサ』。

 カリムとの姉弟関係は、幼い頃に教会に保護された際、カリムの生家であるグラシア家が彼を引き取ってくれたのがきっかけ。本人曰く、「グラシア家に拾ってもらえた事で、家名や能力を捨てずに済んだ」とのこと。長い時間を経て培われた繋がりは、実の姉弟(きょうだい)に劣らぬものとなっている。

 また、幼少期から義姉(あね)であるカリムと過ごしていたので、御付きであるシャッハとも旧来の友人。ちなみに、シャッハはロッサの教育係を務めており、サボり癖のあったロッサを生真面目なシャッハが叱る構図は、その頃からの恒例行事であったとか。そんなわけで、今でもロッサは義姉とシャッハには頭が上がらないらしい。

 六課の面々では、クロノやはやてと特に縁深い。クロノとは局員になった頃に友人関係を結び、以来交流が続いている。はやてとはベルカ関係から教会との関わりを持った彼女と、カリムやクロノを通じて知り合った。義姉共々、妹分として彼女を可愛がっており、家族にも等しい親愛を抱いている。イメージとしては『従兄妹』あたりが一番しっくりくるとのこと。

 使用する魔法は、稀少技能の『無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)』による探査・捜索に秀でたものが多い。これは応用の幅が広い魔法で、主な使用方法は、魔力で生み出した猟犬を放ち、それによって沿革的な捜査を行うこと。

 目視や魔力探査に掛かり辛いステルス性能を持ち、目や耳で確認した情報をヴェロッサに送信、或いは記憶しておくことが出来る。また、猟犬の名の通り戦闘能力も有しており、攻撃に使用したり、自律行動中の自己防衛も行える。

 生成時に込めた魔力が尽きるまで自律的に働き続ける為、運用距離の制限がないという強みを持つ。加えて、元が魔力なだけに、移動する場所やモノに縛られず、設定によっては情報端末にアクセスすることも可能。この稀少技能が、彼の査察官として高い適性を有している所以である。

 

 『作者コメント』───カリムの義弟にして、はやてちゃんの兄貴分。でも普段はふわふわ、飄々とした食えない査察官。そんな様々な側面を見せる謎多きヴェロッサですが、芯はまっすぐで、大切な人たちのために身を投じる事の出来る漢なので、そういった魅力を本編の中でも出していきたいなと思います。

 元々の原典では、ユーノくんたちと直接会うのはだいぶ後ではあるんですが、本作ではRef/Detでのシャーリーの先攻登場なども鑑みて、プロローグの細かなところで他のキャラとの関係を若干強化してあります。

 なので、捜査の範囲も若干広く、深くなっている部分もありますから、そういった部分を本編の中で上手く出していけたらいいなと思います。なんだかんだ言いつつも、カリムとの関わりや、敵サイドへの牽制や、〝預言〟に対する捜査など、一番動きが広くとれるキャラではあるので、ヴェロッサのらしさを出して行けたらなと。

 あと、それに加えて義姉のカリムやシャッハとの関りも個人的にはもう少し出していきたいところではあります。はやてちゃんとだと気さくなお兄ちゃんな感じが強いので、そういった子供っぽさ悪戯っぽさだけではなく、義弟としての部分もせっかくなら出していきたいですから。……だって子供のころから親しくしてる年下の教育係にいつまでも頭が上がらないでいるけど、いざとなれば守るだけの度量を見せる、みたいな美味しいシチュあればどっかで描いてみたくなるじゃないですか←趣味全開

 まあ、その辺りは追々出して行くとして、今後の色々にご期待頂ければと思います。

 

 

『ゲンヤ・ナカジマ』───年齢:五〇歳/所属部隊:時空管理局陸上警備部・陸士第一〇八部隊隊長/愛機:なし

 

 スバルとギンガの父親。階級は三等陸佐で、時空管理局・地上本部、陸士第一〇八部隊の部隊長を務めている。彼自身は魔導師ではなく、魔力資質を有しない為、基本的に前線には出てこないが、指揮官としての能力は高い。はやては以前の空港火災の後に彼の部隊で研修した経験があり、ゲンヤの事を『師匠』と呼んでいる。

 妻であるクイントとは十年ほど前に死別しており、以来娘たちを男手で育てて来た。亡き妻とは、二人が本当に独り立ちする時まで必ず守り抜くと約束していた。しかし、その愛に応えようとするように、娘たちが強く在ろうと先へと進み続け……局員にまでなってしまった事については、娘たちの気持ちを尊重しつつも、内心複雑な思いを抱いている。ただ、裏を返せば本気で何かを成そうとする人間を尊重出来る人間であり、ティーダやはやてなど、彼によって自分の道を見つめなおし、前へ進んだ者たちも多い。

 特に、九年前に自分の部隊へと誘ったティーダとは馬が合うらしく、今ではすっかり部隊の中核を任せるに至っている。一方で、ギンガがやって来て以降、彼が魔導師として復帰を果たすだろうタイミングが迫りつつあることも感じとっており、少々物悲しい反面……これまでとは違った方向で付き合いが長くなりそうな予兆に、部隊長とはまた別のところで複雑な心情に陥る事もあるとかなんとか。

 

 『作者コメント』───何気になのはシリーズで一番初めに『師匠』って呼ばれたキャラで、かつ前線に関わり深いパパキャラなゲンヤさん。男で事件に全開で関わって来るのってあんまりなかったので、改めて考えると貴重な属性のキャラですよね。

 さて。そんなゲンヤパパですが、魔導師ではないので前線には出てきませんが、娘とその相方で右腕な二人との絡みや、今後の六課との関わりの辺りでの出番が多くなっていくかと思いますので、そういった部分で上手く活躍を描いていけたら良いなぁと考えてます。また、妻のクイントさんとの色々に関しても、ナカジマ夫妻はINNOCENTとかでも他の夫婦より仲睦まじい描写が多かったので、回想や或いはそれ以外の部分でも夫婦の絆を出せる場面があれば、積極的に組み込んでいきたいなとも。

 配偶者を失くしている男性キャラというのもあんまりなのはシリーズではいませんので、母親とはまた違う、父親としての部分でドラマ性を出せるように頑張りたいです。

 

 

『ティーダ・ランスター』───年齢:二十七歳/所属部隊:陸士第一〇八部隊・部隊長補佐/愛機:ファントムミラージュ

 

 ティアナの兄。元々は執務官を目指すエリート空士で、地上本部の首都航空隊に所属していたが、現在はゲンヤが部隊長を務める陸士第一〇八部隊にて、部隊長補佐および捜査副主任をしている。

 九年前(新暦七一年)に起こった事件において、主犯と思われる違法魔導師との交戦時の負傷が下で、足とリンカーコアに後遺症が残り、前線から外されてしまったところにゲンヤが誘いをかけてくれたのが、この部隊に所属する事になったきっかけ。

 事件の後、交戦したにも拘わらず犯人を取り逃がしたという部分が誇張され、悪意ある噂を招いてしまう。しかし負傷が思った以上に重く、また敵側から受けたものとみられる記憶操作によって犯人についての情報を引き出せなかったため、挽回の機会を得られないまま悪評だけがはびこる事になった(加えて、記憶操作と思わしき痕跡が見つかったのは事件からやや時間を置いてからだったため、それが余計に悪評を助長することになってしまった)。

 そうした経緯から、執務官への夢と空戦魔導師としての矜持を大きく傷つけられたティーダだったが、しかし彼はそれでも管理局を去ろうとはしなかった。

 負傷を負った当時、両親を早くに亡くし、妹であるティアナがまだ十歳であるといった理由からの意志だったが、前線を離れても局員を続ける旨を上に提出しても、心無い人々はそんな彼に〝生き汚い〟〝未練がましい〟等と誹謗中傷を加速させていった。

 元々の優秀さも相まってやっかむ輩が多かったのか、一部の理解ある人々を除けば、周囲からの反応は非常に冷たいモノや憐憫に塗れたモノが多く、局内での居場所が徐々に失われつつあった。しかし、そんな中で彼に誘いを掛けて来たのが、現在の上司であるゲンヤだった。

 当時、ティーダを受け入れる事を拒む部隊が多い中で、ゲンヤが誘いをかけて来てくれたのは嬉しくもあったが、同時に戸惑いも残った。けれど、自分と近しい経験をしたゲンヤが掛けてくれた言葉をきっかけに、ティーダは彼の部隊に入る事を決める。

 以来、理解してくれる人たちや、妹にとって誇れる人間でありたいという思いから、悪評に屈することはなく、再び彼は前へと歩み始めた。……ただ、これがティアナの『焦り』を加速させる一因にもなってしまっており、ティーダも心配しているものの、原因が自分であることもあり、未だ完全な解消には至れずにいる。

 部隊では魔導師としてのリハビリの傍ら、三年ほど前から捜査副主任としてギンガのサポートも行っており、妹たちが訓練校時代に凸凹コンビなどと呼ばれていたのとは対照的に、コンビ結成当初からギンガと共に順調に事件を解決へと導いている。因みにギンガのサポートに就いたのは、前線の経験がある事や『執務官を目指すなら現場で動く〝捜査官〟の事も知っておくべきだろう』とゲンヤに勧められた為。

 保有している魔導師ランクは空戦AA⁺で、元・一等空尉に恥じない実力を持つが、現在はまだリハビリ中で完全復帰には至っていない。

 得意な魔法は精密射撃で、威力そのものよりも〝多数の標的を射貫く〟事に長けており、その腕前は砲撃型のなのはや広域型のはやてにも引けを取らない。

 愛機は『ファントムミラージュ』という二丁拳銃型デバイスで、右手用が『ファントム』で、左手用が『ミラージュ』といった個別名称を併せたものがデバイス名の由来。

 両機ともに『カートリッジシステム』を搭載しており、カートリッジは銃把(グリップ)部分に装填する、弾倉(マガジン)型のカートリッジバレルを使用する。

 妹の『クロスミラージュ』とは異なり近接形態はないが、代わりに二丁拳銃を合体させる長銃形態(ライフルモード)が存在する。

 その状態での名称は『シューティング・マグナム』で、此方の形態では多数を射貫くことを主とした彼にしては珍しく、威力や貫通に重きを置いている。ただこれは、持ち味である標的の一掃とは相反する一点集中の為、文字通り『最後の決め手』として、親友から教わった技術を活かすべく搭載した形態である。

 

 『作者コメント』───満を持してやっと全体の設定を綴り終える事が出来ました。ツンデレガンナーの兄こと、ティーダお兄ちゃんでございます。思ったよりも長くなってしまいましたが、原典での設定があまり出されていないので、やっぱりちょっと細かめに書いた感じはありますね。まあ、まだ明かしていない部分も多少ありますが、その辺りは追々本編の方で見て頂きながら、ということで……ここからは、上に載せてない細かい部分を捕捉していこうかと思います。

 まず一番大きなところは、原作では故人ですが、本作では生存しているという設定になっているというところでしょうか。上に載せてもよかったんですが、生存自体は既にPrologueⅡで解っている事なので、どちらかというと何故本編に出したか、という部分の捕捉ですかね。

 大雑把にいえば、空白期でティーダさんの事件に触れられる機会があったから、出せそうだなと思ったのがきっかけでした。

 そうして話を組む中で、敵側の力に触れて本編に絡む上で立ち位置や設定が自分の中でしっくり来たのと、あんまり派生作品では語られてませんが元々の設定自体美味しいのもあって、ティーダさんを登場させることに決めたって感じですね。

 実際出してみると割と動かしやすく、兄妹/姉妹の上と下でコンビ組んでるのも結構対比っぽく出来て、考えるのが楽しいキャラなので。もちろん、原典にはあまり登場してないキャラなので、なるべく気を付けた上で、ではありますが。

 その点でいうと、性格は若干ズレあるとこかもしれません。StSのオフィシャルファンブックだと『兄も負けん気が強く、真面目な性格』ってあるので、もしかすると、もう少し気の強いキャラだったかもなので……。

 一応ここに関して言い訳させていただくなら、INNOCENTでリニスと姉弟になってるくらいなので、性質が近しいところもあるのかなと。そうイメージして、リニスも気は強いですが、基本は慈愛と真面目さが先行するので、ティーダさんもそんな感じなのかなぁ、と考えた感じです(この時空では守る為にいきる事を選んだり、ゲンヤさんとの関りもあるので、その辺りも踏まえて)。

 ついでに言い訳するなら、怪我の具合のとこもですかね。九年経ってもまだリハビリなのか? といった部分は、ちょっと違和感があるかもしれないので、そこらへんはもう少し調整すべきだったかもですね……やっぱり、設定って難しい(当たり前

 更に余談を重ねるなら、設定したデバイスの名称とか魔法の性質とかに入れちゃったオマージュがあんまり違和感ないと良いなぁとかですかね。魔法の性質の方はすぐバレそうですが、デバイスの方は若干マイナーかもなので、気づいた人いたら多分その人は同世代(としがちかい)

 と、コメントも結構長くなってしまいましたが、大雑把には以上です。

 上でも述べましたが、なるべく外れ過ぎないように気を付けつつ、ティーダさんの今後の活躍を書き綴っていけるように頑張ろうと思います。

 

 

『ギンガ・ナカジマ』───年齢:十八歳/所属部隊:陸士第一〇八部隊・捜査官/愛機:リボルバーナックル、ブリッツキャリバー

 

 スバルの姉でゲンヤの娘。陸士第一〇八部隊で捜査官をしており、階級は陸曹。部隊では主にティーダと組んで活動している。

 妹とは異なり、元から局員を志望しており、亡き母から教わった『シューティングアーツ』も積極的に習得していた。この辺りは、彼女の両親への憧れと、母を早くに亡くしたことによる『父や妹を支える為に強く在りたい』という彼女の生真面目さに起因している。……ただ、それだけが原因ではなく。妹共々、身体に関する秘密を抱えているという事が、彼女に力の使い方や活かし方において、正しく在りたいという心を強めてもいた。

 また、そういった気質から父と同様にティーダと気が合うようで、配属以来コンビとして良好な関係を築いている。作戦指揮を始め、ティーダの魔導師としてのリハビリにも付き合っており、彼から射撃魔法や空戦魔導師に対する戦技なども教わる一方で、彼女も『シューティングアーツ』の手ほどきをするなどしている。

 使用する魔法は近代ベルカ式だが、妹と同じく騎士ではなく魔導師として管理局に登録している。保有する魔導師ランクは陸戦Aで、戦闘スタイルは、母であるクイントから受け継いだリボルバーナックルを用いた近接格闘をメインにしたパワーファイター。

 魔法・格闘共に高い実力を誇り、妹のスバルの『シューティングアーツ』の師匠でもある。妹同様に飛行技能は若干不得手だが、代わりに妹同様『ウィングロード』を用いた空中格闘戦も行えるため、魔導師としての戦闘能力は空戦魔導師にも引けを取らない。

 その他にも、ティーダから射撃系の手ほどきを受けるなどして、格闘戦以外にも射撃制御の能力が上がっており、攻撃の射程範囲を更に広げている。

 

 『作者コメント』───さあ。リリカルなのはシリーズでは、忍おねーちゃんや美由希おねーちゃんに次いで登場した、戦いにもガッツリ絡んでいくタイプの姉、ギンガおねーちゃん。何となくアミタおねーちゃんあたりと気が合いそうな気がしてなりませんが、生憎とまだ絡むめどは立っておりませんので、今後の展開を上手く組んでいきたいところであります。

 一方で、本作ではティアナの兄であるティーダさんも生存しているので、妹たちと同様に兄と姉のコンビで日々奮闘中。まあ妹たちの方が凸凹でもなんだかんだベストパートナーしてるので、重ねた年齢の分それぞれの上位互換みたいな兄と姉の相性が悪い筈もなく、此方も自分の中ではなかなかの名コンビになりつつあります。

 スバルの姉として(クイントママが亡くなってからは、それこそ母親代わりとしても)しっかりしていかなければと頑張って来た彼女は、ティーダさんと辿って来た経緯も近いので、そういうところでも共感し合えるでしょうから、なおさら気も合うでしょうし。年はそこそこ離れてますが、父以外にも頼れる男性として、それこそ兄がいたらこんな感じなのかな、みたいなことを感じているかもしれませんね。

 まだまだ本編には入り切っていないので、活躍しているシーンはまだ多くありませんが、これからの話の中で是非とも兄と姉共に大暴れさせたいなとは思います(笑)

 なので、今後の活躍にご注目頂ければ幸いでございます!

 

 

 

 

 

 

【聖王教会】

 

 

『カリム・グラシア』───年齢:三〇歳/所属部隊:聖王教会・教会騎士団、時空管理局理事官(階級は少将)/愛機:なし

 

 ヴェロッサの義姉であり、『聖王教会』内部の『教会騎士団』に所属する女性騎士。また、教会が管理局と縁深い事もあり、彼女自身も管理局に(名目上ではあるが)席を置いている。六課創設にも深く関わっている人物であり、ある意味で彼女という存在そのものが『機動六課』という部隊が創られることになった理由でもある(より正確には、彼女の持つ稀少技能(レアスキル)が、だが)。

 六課の部隊長であるはやてとは昔からの知り合いで、彼女の事を義弟のヴェロッサ共々妹の様に可愛がっている。また、その辺りの関係からクロノやユーノと言った面々とも交流があり、二人には『レリック』の捜索や〝預言〟の調査などを依頼していたりも。

 使用する魔法は古代ベルカ式で、騎士の位を冠する通り中々の実力者。しかし、その力の真髄は、彼女の『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』という稀少技能にこそ秘められている。

 『半年から数年先の未来を予測する』というこの力は、独特な能力の多い古代ベルカ式のなかでもかなり異質な性質を持っており、珍しく実戦闘には全く関係がない。

 ミッドチルダにある二つの月の魔力を借り、かつその波長が揃う時に発動する能力の為、使用できるのは一年に一度のみという制約がある。加えて、導き出される〝預言〟は、古代ベルカ語の詩文形式で綴られた預言書として作成され、明確に『何が起こるか』を示してはくれない。しかも、詩文ゆえに解釈次第では内容の捉え方も変わってしまう為、能力の特異性とは裏腹に使い勝手はそこまで良くない。そうした使い勝手の悪さを踏まえて、術者であるカリムは自身の能力を『よく当たる占い程度』と語っている。

 ただし、この稀少技能によって導き出される〝預言〟は、予想や占術等とは異なる、純粋足る魔法技術による未来予測。地球で言うところの『ラプラスの悪魔(大雑把に言えば『現世に存在するあらゆる事柄を観測し、その先にあるだろう事象を演算して導き出す存在』)を魔法技術で疑似的に再現したものと言えば分かり易いか。つまり〝預言〟と銘打ってはいるが、実際のところは『観測した結果』を導き出すだけの演算能力というのが正しい。

 しかし、あくまで『結果』の予測であるため、導き出された事象は何であろうと『必ず起こる』ことである。そんな避けようのない運命を綴り出す性質故か、カリムの〝預言〟は大事件や大災害に関しては高い的中率を誇り、教会や局内では彼女の導く〝預言〟は、大きなものであればあるほどに、無視できない一つの指標として持ち出される。

 

 『作者コメント』───聖王教会と言えば真っ先に思い浮かぶキャラクターな騎士カリム。後続の作品にあんまり登場してないのと、義弟のヴェロッサが出てないのもあってあんまり姉属性が面だって来ることが無いのが若干残念なところもありますが……それでも先の時系列では母性を感じさせる役回りに居る事も多く、教会に所属する修道女らしい慈愛も見せてくれてるので、本作でもそういったところを出せて行ったらなとは思います。

 ただ、本編ではやっぱり比重が重くなるのは、彼女の持つ〝預言〟の力ですかね。上でも少し書きましたが、何気に教会のシスターないし騎士の持つ能力なのに、本質的には哲学上の悪魔と似た力を持っているというのは、なんだか思わせぶりなとこありますよね。

 最新シリーズで出てきたマクスウェル所長も、哲学的な悪魔に関連する名前ですし、なんだかそういうあたりも設定を考えて行く中では、ちょっと対比っぽくて面白いなと思ったりもしました。尤もこの二人の場合は、相対するというよりは『永遠(ふめつ)』と『運命(おわり)』といったところから派生する『在り方』の対比の方が、自分の中では主ではあるんですけども。

 その関連でいうと、元の予言に更に手を加えてしまったので、話を通しての整合性を取れるのかが非常に不安にも思えてきますが……風呂敷を広げた以上は全力で納得頂けるようなものを書けるように頑張っていきますので、今後もお楽しみいただけたなら幸いです。

 他に設定考えててふと涌いた疑問としては、カリムって教会内の騎士団に所属してますから『騎士』と呼ばれますけど、まだ司祭とかではないみたいなので、一応区分的にはまだシスターの位置に居る……のかなぁ? というのとかですかね。まあ自分中では、ベルカだと魔導師に当たるのが騎士なので、修道女と兼任できないわけではないんだろうなと想定はしましたけども。

 と、色々余談を重ねつつ、ひとまずはこんなところですかね。最後に付け加えるなら、ヴェロッサとの関わりから、ユーノくんたち無限書庫の面々とも本編で絡む事の出来る機会はあるかと思うので、そういった部分でも出番を作れたらいいなと思ってます。そういった部分から〝預言〟とかにまつわる部分を上手く書き表せるように、今後も頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願い致します。

 

 

『シャッハ・ヌエラ』───年齢:二十七歳/所属部隊:聖王教会/愛機:ヴィンデルシャフト

 

 聖王教会に所属するシスターで、騎士カリムの傍付きを務める女性。

 幼い頃からカリムの傍付きをしており、護衛と兼任して彼女の義弟であるヴェロッサの教育係もしていた。ヴェロッサとは教育係をしていた関係で、彼には今でもサボり癖を嗜めるなど、よく小言を言っているなど、どこか保護者とその子供みたいな関係。ちなみに、彼女自身の教育方針は『武闘派』だそうで、ヴェロッサは今でも彼女に頭が上がらない。

 その教育方針に違わず、戦闘面でも高い実力を誇る。本人は自らを『非才の身』といって憚らないが、保有する魔導師ランクは陸戦AAAで、あのシグナムをして『戦っていて楽しい相手』と称されるほど。傍付きとしての護衛を始め、管理局との合同捜査で現場に赴くことも多く、現場でも頼りにされている。

 使用する魔法は、聖王教会のシスターらしく古代ベルカ式。愛機は『ヴィンデルシャフト』という双剣で、普段は鍵束の様なペンダント形態で持ち歩いている。

 得意とする戦法は軽やかなフットワークを前面に押し出した近接の高速戦で、移動系魔法と身体強化を併せたいかにもベルカ式らしい王道戦術を取る。

 ただし、彼女の移動系の魔法はスバルのように駆けることや移動範囲の拡張と言った正面突破なものではなく……『跳躍』を主軸にした、歩法や歩調を変える技巧に寄ったヒットアンドウェイに近いものとなっている。

 

 『作者コメント』───カリムの御付きを務めるシスター・シャッハ。生真面目で淑やかな普段とは裏腹に、かなりの武闘派で、どこぞの暴力教会もかくやと言わんばかりの腕っぷしの持ち主。このギャップだけでもすごいですが、カリムとヴェロッサとは旧知の間柄で、幼少期から御付きとして護衛と、ヴェロッサに関しては教育係も担っていたというし過ぎる設定まであるんですからヤバいですよね。

 残念なことに後続の作品にはほぼ出てきませんが、飄々としたやり手の査察官が実は幼馴染に弱いとかもう最高に王道じゃないですか……。あ、原典では年齢の設定はありませんが、本作におけるシャッハの年齢がヴェロッサより下になってるのは、完全に自分の趣味です。同い年とかにしてもよかったんですが、こっちの方が寄りギャップがあってイイかなぁと思い、こんな感じに(おい

 とはいっても、ただ漠然と付けたわけではなく、一応理由らしきものはありまして。

 ロッサはクロノくんと親しいので、恐らく年齢はかなり近い。パッと見の印象だけなら少し上でも不自然ではありませんが、ロッサはカリムの義弟なので、同い年くらいの方がらしいかなと。教会騎士というのもあるとは思いますが、クロノくんはカリムに話すとき敬語口調だったので、友人の姉だから年上でもアリかと思い一つ上に(GoDではやてちゃんがカリムの事を口にしていたと思しき時も、『教会のおねーさん』だったので結構年上でもアリなのかなというのも少し理由に入ってます)。

 で、そこからシャッハの年齢を考えて、姉弟の三つ、二つ下にした感じです。まあ本編中では既に二〇代後半なので、成長期ネタとかは使えませんが、回想とかで匂わせるくらいは出来ますし……幼少期は女の子の方が成長は早いでしょうけど、二歳くらいの年齢差なら成長期に差し掛かった時に色々逆転が始まって行くでしょうから、そういうのを考えるのも楽しそうだな、と(笑)

 ざっくりとした部分はそんなところですかね。

 色々と詰め込んだ感じになっちゃってますが……想像の余地が広い分、本編での今後を考えるのが楽しみになってもいますので、上手く魅力を引き出して書いていけるように頑張っていきたいと思います。武闘派シスターの活躍に乞うご期待!

 

 

 



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Doctor's Side

 ある意味一番まとめるのが大変だったパート。
 未だ全容を明かしきれていないキャラも数人おりますが、もうちょっとだけ伏せさせていただきます。本編後半では大暴れしてもらおうと思いますので、そこまではもう少々お待ちいただければ幸い。


【敵陣営 首魁組】

 

 

 

『ジェイル・スカリエッティ』───年齢:???(生み出された時期を考えると四〇代後半から五〇歳前後かと思われる)/所属部隊:???/愛機:特定の端末は持たない

 

 違法性の高い研究ばかりを行う、次元世界でも悪名高い犯罪者。しかし、悪名が轟く一方、生体改造や精密機械の分野における天才であり、法や倫理の観念を取り払ったなら、その技術力は次元世界広しと言えども、頭一つ以上抜きんでている。

 現在も指名手配中で管理局から追われる身であるが、中々その尻尾を見せない曲者。本人の容姿は研究者としての腕前に反し、非常に若く見えるが……犯罪者とし確認された時期も、年齢や出身地すら不明瞭という、謎の多き存在。

 そういった謎の多さに比例してか、噂には事欠かない。大半が眉唾とされているが、単なる噂レベルに留まらないものが一つあり、ある『生命分野に関する研究』の基礎を築いた最初の人物ではないか、と目されている。

 ただし、決定的な証拠が挙がっていない為、性格にはその可能性が高い第一容疑者というのが正しいが。……尤も、その逃亡中の資金や、彼が利用したとも思われる施設などから、その研究の一部を利用していると考えるのが自然だとはされている。

 使用魔法や戦闘に関するデータは一切不明。本人が戦闘した記録が存在せず、また魔導師としても登録していないため、研究者としての素性以上に謎が多い。

 一応、部下らしき女性の存在や協力者の影は露見しているが、それも完全な情報と呼べるものは少なく……彼の核心に迫る存在は殆ど明らかにされてすらいない。おまけに基本的に接敵した局員の殆どが返り討ちに合い、一部では何かしらの魔法による精神攻撃の様なものを行った痕跡も見つかっている。

 そんな単なる犯罪者とは一線を画した脅威を見せつけるスカリエッティだが、過去に一度だけその本丸に迫ったとされる情報が一つだけある。

 『検体(コード)無限の欲望(アンリミテッドデザイア)』。それが、謎を解き明かす鍵になるかもしれないが、この意味を解き明かせた者は未だおらず、完全な真実は明かされていない。

 

 『作者コメント』───謎多き魔導科学者で次元犯罪者。一方、倫理観や道徳心こそぶっ飛んでいるものの、作品である娘たちには作り手としても父親としても、確かに愛情を持って接しているパパさんでもあったりと……そんな歪みたっぷりのザ・マッドサイエンティストなスカ博士ですが、本作ではもう既に正体は半ば露見しちゃってるので、結構ガッツリ書いてしまいましたね。

 何気に後述の所長たちよりも設定明かしやすいっていうと変ですが、悪役のくせに本質が(ある意味で)真っ直ぐなので、どうしてもシンプルにぶっ飛んでおられるお方であります。

 ……こう考えると、なんだかんだINNOCENTのアレも性根の部分が善良か悪質かの差異さえ除けば、案外そのまんまなのかもしれませんね。と、やや横道に逸れてしまいましたが、他のキャラ同様に今後の本編での活躍に関して少しばかり言及をば。

 前作の終わりでコンビ結成したり、ⅢやⅣの辺りで暗躍していたりと、既に計画の下準備は進めていますので……原典のそれとの差異が現れてくると思いますので、変わり始めた物語の中で、本作の計画がどんなものなのか明かされていく過程をお楽しみにしていただければ幸いです。

 ついでに余談を挟めば、なのはシリーズの定番であるテーマにも絡めていきたいと考えてますので、そういった部分も楽しんで頂ければなとも。

 

 

『フィル・マクスウェル』───年齢:???(本来の『彼』から数えれば八〇歳以上、空白期を除けば四〇から五〇歳程度)/所属部隊:???/愛機:???

 

 前作における黒幕で、地球とエルトリアを巻き込む大事件を企てた張本人。かつてはエルトリアで惑星再生に関する研究をしながら、惑星再生委員会の所長として日々を過ごしていた。

 当時の彼は、研究の中で生み出した『娘』のイリスや、ある日エルトリアへやって来たユーリと良好な関係を築きながら、委員会のメンバーやその子供たち(特にアミタとキリエの良心であるグランツやエレノア)にとっても、父親の様な存在であった。

 しかし、完全には身を結ばない研究に見切りをつけたエルトリア政府によって、惑星再生に対する研究を辞めるように命じられ、コロニーの保守管理の様な『退屈な仕事』に回る事(また、自分の見込んだ優秀な部下や娘がそんなものに使われる事)を拒絶。自身の研究を更に活かせる場を求め、別の星にある軍事団体へ移籍することを決めた。

 その際、群体の初運用も兼ねて施設内に残っていた委員会のメンバーを全員殺害したが、現場を目撃したユーリの説得に失敗。強硬な手段を用いようとしていた事もあり、彼女の攻撃時よって命を落としてしまう。

 が、それも彼にとっては筋書きの一つでしかなく。自身の死さえ手段にして、予備の計画を遂行。イリスとユーリを戦わせ、嘗ての『家族』だった者たちを壊し尽くしたのち、自身もイリスの群体として再びこの世に舞い戻った。

 そんな自身の生命すら駒の一つにする狂気は、ある意味で彼の本質ともいえる。

 口癖である「最後に笑ってればいいのさ」という言葉通り、一時の輝きに固執することなく、目的のためならあらゆる事象を手段や道具として冷酷に利用し尽くす。それゆえに、自身の目的のために『死』すらも覆して見せたが……その歪みこそが、彼が敗北する最も大きな原因でもあった。

 『愛情は、人の心を動かす為の動力源(ねんりょう)であり、それに応えようするからこそ、性能の壁を越えた結果を導き出した』

 子供として、兵器として。どちらの側面も残酷なほど『平等に見ている』が故の持論だったが……ヒトが誰かのために何かを成そうとする行為の本質を、彼は自分の理想に固執しすぎるあまり忘れてしまっていた。愛する子供であり、誇るべき作品であるイリスが、見せた成果の意味を、彼は知らないわけではなかったのに。

 結果、大切なものを守ろうとする魔法使いたちの前に、彼の野望は敗れ去った。その後は管理局に次元犯罪者として逮捕され、無期懲役の罪を課せられた彼は、管理局の保有する監獄に収容されていた。

 あらゆる事象を平等に見た末の敗北に、彼は一時的にあらゆる事柄に対しての興味を喪失していた。彼の収容に並行して、表側に出来たエルトリアとの窓口とは別に、彼自身もまた研究の材料として『使われる』ことを半ば予見していたというのも、そういった無気力さを助長していた。

 ……が、しかし。蓋を開けてみれば、現実は予想とはだいぶ異なったものだった。

 監獄を訪れ、手を差し伸べて来た物好きな男に誘われて、期せずして彼は再び失いかけていた熱を取り戻すことに。自分の欲求や可能性を追求する在り方は、どこか共感を生み、彼は檻の中から、再び歴史の闇の中へと舞い戻る決意を固めた。

 そして、またいつかの様に……新しい野望と共に、この世を震わせる機会を窺っている。

 

 『作者コメント』───声からして完全にラスボスと名高い所長ことマクスウェルさん。なのはキャラでは珍しく、世界を揺るがして自分自身でもガッツリとガチ戦闘をした末に敗れ去った男性キャラですが、本作ではまだ野望を捨て去ってはおらず、今なお闇の中に潜み続けております。

 本来はコメンタリーなどでの発言を鑑みると、『自分の目的』に沿ったものに対して、一度終わってしまえば興味を失くすというようなことが言われておりましたが……正直、ただ『次』だけを追い求めるだけでは面白くないというか、率直に言えば勿体ないなと。

 『永久』を実現し、単純な『執着』が薄いとはいえ、アレで終わるなんていうのは幾ら何でも呆気なさすぎる気がしますから。特に、復活後にイリスとまともに口をきいているところがないので尚更に。もしかすると、復活後は『道具としての部分に重きを置いている』という暗示なのかもしれませんが、それだけっていうのも流石に寂しいので……前作のラストにて、スカ博士との共闘に至る部分を書くに至った、という感じですかね。

 なので変更部分は多くありますが、前にもあとがきで触れたように、本来のコンセプトである『信念や目的が明確な悪ではない、優しさも情もあるけれど〝大切な何かが欠落した人〟』は崩してはいないつもりです。……もちろん、自分なりの解釈が含まれているところなので、完全に守れているは怪しいですが。

 と、それは作中の描写を努力するしかないので一旦脇に置き、ここからは設定の補足とかをちょこちょこと綴って行きます。

 自分はマクスウェル所長のあの狂気には、彼なりの美学というか潔癖さみたいなものがあるんじゃないか? と考え、その上で本作の設定や参戦理由などを練ってきました。

 上でもちょっとだけ書きましたが、所長の他者に対する見方は、ある種の『平等』だと感じるんですよね。情や価値によるところではなく、あくまでもその本質に対する見方が。

 イリスに対する見方が一番分かり易いですが、『子供(むすめ)』と『兵器(どうぐ)』という在り方を、所長はそれこそドライなくらい等しく見ています。また前に書いたことで申し訳ありませんが、この辺りは本当にGoDのグランツ博士と相反する見方ですよね。

 エルトリアを救う目的で作った機械である『ギアーズ』の二人に、本来はなかったはずの心を与え、子供として育てたのに対して……所長は目的こそありましたが、生体型であるイリスを子供として育てながらも、道具としても容赦なく活用していました。

 テラフォーミングユニットではあるので、もしかすると人格的な部分は『造られた』のかもしれませんが、作中の描写が生身と殆ど変わらない(マテリアライズで躯体を作ったとき機械部品を使っていない事や量産・固有型とは異なり血を流すくらい人間に近い)ので、自分としては機能を付随しただけの生命(いのち)なんじゃないかな、と捉えてます。

 そんな自分の夢に正直すぎるくらいの『残酷な無邪気さ』や『壊しても直せる』という自信がマクスウェル所長にはあるんじゃないか? というのが、本作の時系列に参戦してもらおうと思った大本の理由です。

 自分がこう在るべきと思った事柄を成し、自分の研究や技術を証明する。そして、その為の『場』があるのだとすれば、そこに行かない理由もないわけで。何よりも似たような研究をしているスカ博士との共感や、近い物でも異なる研究体系が目の前に転がっていれば、興味を持たないこともないだろうと。

 そういった部分から、本作のマクスウェル所長の設定は練り上げてます。まだ明かしていない部分も多いので、この先で上手く明かせて行けるかは不安ではありますが……読者様方にほんの少しでも納得を感じて頂ける様なものにして行けるよう頑張りますので、今後もお読みいただけたら幸いでございます。

 

 

 

 

 

 

【○○‐○○】

 

 

 

『アネモイ(Ⅰ)』───年齢:???(見ためは二〇代半ば過ぎくらい)/所属部隊:???/愛機:???

 

 『兄弟』内における長男(いちばんめ)

 黒髪緋眼で、容姿は瞳の色以外マクスウェルにとてもよく似ている。外見年齢は二〇代前半程度。背丈は兄弟の中では二番目で、一番高い次男(一七五くらい)より少し低い。

 一人称は『私』で、口調はゆったりとしている。仕事の相方(パートナー)はクアットロで、表面上は軽薄で饒舌なクアットロに比ベるとやや寡黙に見えるが、放置しているわけではなく、彼女の悪ふざけを嗜めるなど関係は良好。パートナーである彼女に信を置いており、彼女に対する支援は惜しまない。しかし、相方と同様に性根がだいぶ歪んでおり、口調の穏やかさは見せかけと言ってもよく、性格は冷酷かつ残忍。以前の事件におけるティーダへの追い打ちなどからも、その一端が垣間見える。

 保有する能力は『IS・見えざる操り手(アンノウンハンド)』。

 大雑把に言えば『相手の精神や記憶に干渉する力』で、近しい所でいえば『闇の書』の〝吸収〟や『ウィルスコード』による思考操作が挙げられる。ただし、それらをより実戦向きに調整されており、単純な拘束や操作だけではなく、高い侵蝕(ごうげき)性を持つ。

 このISを使用するときは、背に出現させた半実体の『翼』で対象を捕らえ、その『翼』と『瞳』を介して相手の精神や記憶に対する干渉を行う。補足として、『先天固有技能(IS)』と呼ばれてはいるが、実質的には『魔法』と『フォーミュラ』の要素も取り入れた複合的なものである。

 そのため、三つの技術(ないし能力)に対する適正は有しているものの、魔法への適性自体は初期機体(ロット)ゆえか低めであり、基本的には魔法ではなくフォーミュラを用いた戦闘を行う。しかし、まったく魔法適正が無いというわけでもなく、背に作り出せる『翼』は魔法由来のもので、半実体のそれを鉤爪などに変化させて物理的な攻撃を行う事も出来る。ちなみに、この際に実態を成した鉤爪がどこか『悪魔の手』の様であることから、彼の能力名は付けられた。

 

 『作者コメント』───PrologueⅡで弟のボレアに引き続き登場したオリキャラの一人。まだ全部の設定は明かしてはいませんが、勘の良い方なら、おおよその正体っていうか、アネモイの出自も予想ついてそうな気がします。

 ぶっちゃけかなりそのままなので、勿体ぶって隠す程でもないかな? と、若干書いてる間もどっちにするか迷ってましたが……最終的には、ほぼ予想付いてるなら本編で明かす方がいいかなとこんな感じに。能力使用した戦闘とか、人間関係とかも本編で追々出して行きますので、そちらの方で確認してもらえたらなとは。

 と、設定の云々を出し惜しんでる一方で、性格とかはもう結構本編でも腹黒さの片鱗というか、下衆なところが出てますよね。弟とティーダさんの戦闘に介入して任務優先させるよう諭しつつも、しっかり追い討ちは忘れないっていう。……自分で書いといてなんですが、ハッキリ言えば上二人とは違って分かり易く外道です。でもこんくらいパンチがないと、あの腹黒眼鏡(伊達)の相方は務まらないかなと思って、つい。

 一応、アネモイのそういう性格が形成された経緯に関しては、能力ゆえにという裏話というか、想定を考えてはいます。

 言葉にすると難しいですが、『目的を遂行する為の部品としての自分』と『ヒトの欲望や感情を大いに愛し抑制しない在り方』の混ざり合った結果といえばいいでしょうか。

 ヒトのココロに触れる力も相まって、アネモイは『敵を完膚なきまで折り砕く残忍さ』と『身内を援ける悦び』をダイレクトに感じられるので、元々の素質もあったのでしょうが、サディスティックな性格になっていったのかなと。

 なので、どっかの裸族巫女じゃないですが、半ば相手に与える痛みを期待の裏返しにしてる部分もあります。所長の『壊しても最後に笑えばいい』という部分と、博士の『際限ない探求と愉悦』が混ざって……『壊しても戻って来られるなら、それはそれで改めて倒す価値がある』けれど、逆に『折り砕いた程度で壊れる』のなら、もう必要ないと。ココロに触れる術者なだけに、殺すだけでは叛逆の芽を潰せない事も知っているので、そうして活かして殺すやり方を一番だと考えているのも拍車をかけている一因ですね。

 と、大まかにはこんなところでしょうか。さっきから何度もしつこいですが、まだまだ出てない部分も多いので、今後の本編での活躍にご注目頂けたらなと思います。

 

 

『ボレアース(Ⅱ)』───年齢:???(見た目は二〇代前半くらい)/所属部隊:???/愛機:???

 

 『兄弟』内における次男(にばんめ)

 艶の薄い銀の髪と(くす)んだ琥珀色の瞳といった容貌の青年。外見年齢は二〇代前半といったところだが、『兄弟』の中では最も背が高い。その背丈や雰囲気も相まって、兄とは逆に年上に見られやすい。

 一人称は『オレ』で、兄よりは少し口調は荒いが、粗暴さより好戦的な印象が強く出る。

 声音そのままに、戦いを好む好戦的な性格をしている。しかし、まったくの考え無しというわけではなく、与えられた役割があるならば、忠実に任務へ臨む。……が、手応えのある相手にはどうしても熱くなり、愉しむ事を優先するきらいがある。そういった性格を兄弟たちにはよく窘められており、力自体の信頼とは裏腹に、仕事にはストッパーが同行する場合が多い(その役は、主に兄であるアネモイが担う)。

 保有する能力は、『IS・貪欲なる暴食者(グラ・アヴァリティア)』。

 この能力を一言で言うなら、ユーリの持つ『生命操作』と同一の先天資質。ただ、彼の生命操作はユーリには汎用性で一歩劣り、搾取した生命エネルギーを適用できる対象が自分のみという制約がある。尤も、能力に関する制約は『他者への適用を考えた場合』であり、自分自身への適用が出来る時点で、運用自体は単体で完結している。ゆえに『兄弟』の中でも、こと単独戦闘に置いては頭一つ抜きん出た力を発揮する。

 生命力への干渉と自身への適用を両立する彼は、単純な負傷では死ぬことはない。出自に見合った、ある種の『不死身』を体現した力だが……もちろん無敵ではなく、『修繕』を越える速度でのダメージや能力が効かない相手とのタイマンでは不利に陥ることも。

 また、兄と同様に魔法に関する適正は弟たちに一歩劣り、資質もベルカ系統に寄っているため、射砲撃系統への適性が極めて薄い。

 基本的には身体強化などから、『ヴァリアント』による様々な武器へと派生させる戦闘がメイン。だが、『フォーミュラ』に併せ、『バリアブレイク』の適性が高いため、相応の術者でなければ真正面からの防御さえぶち破ってしまう。

 更に、肉体の欠損は敵からの『略奪』により『修繕(かいふく)』出来るため、砲撃への適性がない事自体はあまりデメリットになっていない。それどころか、敵の盾を破り続け、敵に一撃を与えるまで『死なない兵士』という悪夢の如き存在でさえある。

 

 『作者コメント』───『兄弟』の中では一番最初に登場したオリキャラなボレアース。一発目からティーダさんと交戦して、結構向こうのコトをいつかまた戦いたい相手として気に入っており、まだ彼の中では決着はついていない模様(立ち上がって来たティーダさんにトドメ刺したのはアネモイの能力なので)。

 目的を果たす為に造られたので自分の役割には忠実ですが、時折戦闘意欲を抑えきれない等、兄のアネモイに比べると、バトルマンガの戦闘狂みたいな分かり易い性格をしております。能力の性質もあって、気に入った相手を倒し、その力を貪り喰らう文字通りの弱肉強食みたいな信条を持っているので尚更に。

 これで相手の能力を取り込んで行ける、とかだったら間違いない強敵、どころかラスボスでも良いくらいなんですが……流石にそこまですると強すぎるので、今のところはそこまでの力はありません。……ただ、元の躯体が相手の生命力を奪うことに始まり、魔法にしてもフォーミュラにしても、そのエネルギーを自分に取り込めるという事は、逆に言えば力そのものに感染する様なことがあれば、可能性はあるかもしれませんね(尤も、そこまで本シリーズが進めばな上に、その時に出てこられたらの話ではありますが)。

 ちょっとあっさり目ではありますが、前述の通りオリキャラの中では比較的分かり易い方なので、本編での活躍を見守って頂けたらなとは。特に、ティーダとの間に生じた因縁の行く先も、上手く本編で描いていけるように頑張っていきたいです。

 

 

『ノトス(Ⅲ)』───年齢:???(見ためは十七歳前後……らしい)/所属部隊:???/愛機:???

 

 『兄弟』内における三男(さんばんめ)

 紫色の髪をした十七歳相当少年。……らしいのだが、背丈は四番目の弟よりも低く、かなり見た目には幼く見える雰囲気を持つ。それゆえか、見た目も相まって、一見すると無害そうな印象を受ける。

 一人称は『ぼく』で、言葉使いも非常に穏やか(というより平坦)。一度命ぜられれば躊躇いなく敵と定めた者を殺し尽くす冷徹さを併せ持ち、『するべきことはする』という意識が先行している。だからという訳でもないが、『兄弟』の中では、性質だけでいえばある意味一番コンセプトに忠実。

 そして、自分の軸が薄かった彼の気質の方向には、教育係を務めていたアネモイの影響が濃く出ている。そのため、排除行動に置いては、合理的かつ冷徹に、無機質に任務を遂行する。とりわけ、兄の様な嗜虐心が根底に絡んでいない分、機械に徹してしまうのが、恐ろしくも悲しい部分だともいえる。この限界(かべ)を超えるには、彼自身が、自分の在り方を知る必要があるだろうと、創造主たちはそう見ている。

 保有する能力は『IS・崩し壊す雲霧(クラウディングデストラクト)』。

 大気中の魔力素とエレメントに干渉し、敵に魔力の吸収不良を起こさせる力。魔導師にエレメントを魔力素と誤認させて周辺へ集中し、近しい『エネルギーを持った粒子』という物質をリンカーコアに誤認させることで、魔力の循環不全を引き起こさせる。

 干渉範囲や操作精度如何では、人体に取り込ませたエレメントを操作して、人体を内側から破裂させるように〝壊す〟ことも可能。しかし、そこまですると取り込ませたエネルギー粒子を操作する演算が加わり、本来の制御範囲を狭め、自身の処理能力を超えたオーバーヒート状態に陥ってしまう。そのため、普段はなるべく効果範囲を広く保つように能力を使用している。

 ただ、それでも効果の最大範囲は自身の半径五〇〇メートル前後。それ以上の距離が離れた場合、対象への効果は薄れ、また演算処理を行っていることは変わらない為、長距離攻撃に対しての防御などが疎かになってしまう。

 尤も、生み出されたコンセプト自体、『場を制御する』ことで、誰かと組ませる事が前提にある。そして、この弱点は護衛役がいれば解消できるため、デメリットとしてはそこまで大きくない。

 特に、同じようにエネルギーに対する干渉が可能なフォーミュラ術者や戦闘機人などがいると、より効果的に彼の能力を使用する事が出来る。前者は魔導師適性を持たない者だと尚良く、後者は魔法技術から生まれたものだが使用するのは厳密には魔力ではないため、この二つが相性的に好ましい。

 

 『作者コメント』───上二人に比べると、出番も描写も少ないので、まだまだ不明瞭なところの多いノトス。しかし、持っている能力は裏方向きながら、少数で多数を相手にするうえで、広域を制圧する支援役という重要な役回りだったりします。

 またある意味で、能力的には本シリーズのユーノくんに対するカウンターのような位置にいるキャラと言ってもいいかもしれません。前作で出したリベレーションフィールドが、ラウンドガーダーエクステンドの強化版みたいな感じで、フォーミュラによるエネルギー操作を応用して、回復治癒の効果範囲拡大を成した魔法……みたいな風にしていたので、今度はイリスやユーリみたいに阻害、奪うというのではなく、回復妨害と体内侵蝕をメインにした能力を考えてみました。

 なるたけ、自分なりにエグいかなというのを考えて行っていたので、形になっていればいいのですが……ちょっとエレメントを魔力外誤認させる、っていうのは少し無理があったかもしれません。ただ、流石に魔力素を操って体内から攻撃っていうのは無理があるかなと思ったので、エネルギーを持つ近しい粒子ってことで、誤認させて取り込ませるのはエレメントということにしてあります。

 この理由に関しては、素の魔力素は集束でも操れない事や普段の生活でもリンカーコアを通して体内に蓄積されるという部分から、『魔力素の操作』っていうだけでは、攻撃にも不調にも転じ辛いかなと。もちろん、元々魔力素が空気みたいに物理的な体積があったりすれば別ですが、魔力には実体的な体積が物理的なエネルギーに変換させるまでは略無い(もしあるなら、魔力量が肉体の体積に左右されないのは不自然)でしょうし。

 なので、外から操って動かせるエレメントを体内に『取り入れられる』ようにして、それを操って不調を起こさせるという能力にしてみました。……ただ、この辺を書いていくとユーノくんのリベレーションフィールドも『素の魔力量が少ないから、干渉するフォーミュラの特性と合わせて広域の回復結界を作っている』という部分にツッコミが来ると思うので、自分なりの本作における解釈を魔法の設定のところで書いておりますので、そちらも併せて見て頂ければ幸いです。

 と、キャラに関するところではなく能力の方ばっかりを書いてしまいましたが、まだ出している描写が少ないため、正直あんまりガッチリ書き切れないのもちょっとあります。

 基本の性格はちょっと無表情系っぽい感じですが、自分自身の能力を試したい欲求もあるので、そういう部分の我は持っています。上二人に比べると相手を倒すよりは純粋な興味なので、戦いを好むという感じでもなく。無機質、とも書きましたが、まだ善悪を判り切れてない子供らしい残酷さを持っている、ともいえるかもしれません。

 若干話が散らかってしまいましたが、そういった部分も含めて、今後の活躍に期待して頂けるよう今後も全力で描かせて頂きますので、よろしくお願い致します。

 

 

『???(Ⅳ)』───年齢:???(見ためは十五歳前後)/所属部隊:???/愛機:???

 

 『兄弟』内における四男(よんばんめ)

 見た目は十六歳くらいの少年。髪の色は暗めの緑で、瞳の色は紫。一人称は『オレ』で、他の兄弟に比べてかなり直情的な性格をしている。教育係だったボレアースから受け継いだ好戦的な気質に併せて、幼さともいえる自己抑制の少なさが、彼の人格の大きな構成要素になっている。

 保有する能力は『IS・災厄を呼ぶ禍つ風(ディストルズ・ディザスター)』。

 原理的には兄であるノトスに近いもので、魔力素やエレメントに干渉し、波動を発生させるという能力。純粋なエネルギーをそのまま纏う物理攻撃のため、AMFのような結合を解くフィールド内でも魔力素を魔力素として攻撃に用いる事が出来る。

 制御自体は難しいが、力の性質は非常にシンプルかつ強力。この力を極限まで制度を高めて使用すれば、理論上は『物質を分解・消滅させる』現象を引き起こす事も可能だと言われている。

 とはいえ、使用には膨大な演算制御が必要で、纏う自分自身の肉体が崩壊する危険を孕む。仮に一撃での崩壊を免れたとしても、戦闘が連続する場合、消耗が激しくあまり現実的な手段とは言い難い。ゆえに使うならば、文字通り自分を顧みない捨て身の一撃として用いる事になる。

 上記の理由から、普段は精々が空間の振動により敵の動きを封じることや、地面に振動波を伝わせて足場を崩す、足止めを行う、などといった戦い方が主となる。能力の性質から、姉妹の九番目と相性が良く、二人で敵陣に斬り込むフォワードを任されることも多い。

 

 『作者コメント』───未登場ですが、オリキャラなのでコメントでも解説をしておこうと思います。ここの設定では名前は伏せておきますが、前にちょろっとツイの方では呟いたことあるので、もし気になる方は其方の方を確認くださいませ。……と、前置きはこの位にしておいて、キャラの解説というかコメントの方に移っていきます。

 あんまり一気には明かしませんが、『兄弟』の中ではボレアの系譜というか、一言で言えば好戦的なキャラクターですね。ただ、兄に比べると未熟なところが多く残っており、戦いに置いて感情が先立ちやすい性質でもあります。

 兄の様に相手を倒すことや、役割を果たすよりも、戦いの中で気に障った相手へ意識が向きやすいため……『戦闘』というより『喧嘩』になってしまいやすい悪癖を持っており、兄たちからはそこを窘められる事もしばしば。外見年齢が中高生くらいなのも相まって、思春期真っ盛りという言葉が良く当てはまる。

 と、この子に関しては、大雑把にキャラ付けを述べるなら、そんなところでしょうか。

 この辺りの性格と能力も相まって、フォワードとして姉妹の九番目と組ませることにしましたが、多分この感じだと、普段は喧嘩ばっかりしてそうですね(笑)

 まあ二人共、本編辺りの時間軸では、盗んだバイクで走り出したい年頃なので、根っ子のとこでは仲間としての絆を結んでいるんじゃないかなとは。素直じゃないっていう事は、逆に言えば、素直だからそれを表に出したくないともいえるでしょうし(すごーく、俗っぽい言い方をするなら、反抗期丸出しのツンデレみたいなものなので)。

 そんな感じで、色々と広げられそうなところは沢山ありますが……まだ本編中での因縁とか、彼の物語に繋がる部分は何も出せていないので、そういった部分をこれから書く中で上手く綴っていければいいなと思います。

 

 

『???(Ⅴ)』

 

 『兄弟』内における末っ子(ごばんめ)

 外見は十二歳程度に設定された少年なのだが、背が低めなため余計に幼く見える。少し伸び気味の薄紅色の髪を額の真ん中で分けた髪型をしており、『兄弟』でも特に中性的な容姿をしている。

 一人称は『ボク』で、口調はどこか子供っぽい。ちなみに、まだ作られて時間が浅いため、特定の教育係はおらず、付与された知識に則った行動を取る。ある意味で、『兄弟』と『姉妹』の中でも、姉妹の十四番目(ばんがい)と並び、人格的な面では未だまっさらと言っても良い程幼い。

 そのため、自身らの源流である『姉』に非常に興味を示しており、父からその話を伝え聞き、未だ面識がない事を非常に残念に思っているらしい。ゆえにか、組織内における『姉妹たち』や、もう二組の姉妹と姉弟の在り方に対しても、羨ましさにも似た気持ちを抱いている節がある。

 『兄弟』の中では珍しく無邪気であり、力も戦闘により壊す類のものはほとんど持っておらず、その殆どが回復・補助に向けられた力である。

 保有する力は、『IS・枯渇無き恩恵(エンドレス・ゲイン)』。

 自身や外からの力を『介する』能力で、基本的には回復として機能する。二番目の兄・ボレアースの持つ力が自分にしか使えない、という欠点は彼のこの力で補う事が出来る。しかし、仲介できるのは何も治癒系統のみではなく、三番目と四番目の兄の能力と組み合わせれば、二人の特性を付与したエネルギーを相手の体内などに送り込み、相手の自由を完全に奪う事も可能。

 ただし、あくまでも『介する』能力である為、彼個人は別に永久機関の様なエネルギー言を保有してはいない。けれど、外のエネルギーを『自身を介して他者に与える』この能力は、いうなら相手と自分を繋ぐ管や回路であり、自然治癒よりも素早い回復を行うことができる。

 ただ、自分の中で他者に与えられるように変換する効率が早い分、続けて使えば摩耗は免れない。自然の魔力素やエレメントを無理矢理に供給源として使用する場合はもちろん、エネルギー結晶なども大きすぎるエネルギーを用いる場合も、摩耗が早く進む。

 自然の魔力素を用いる場合には、自分自身でエネルギーの流れを作り出さなければならないため、なおさら負担が増してしまう(例えると、限界まで急激に吸いこんだ空気を、ゆっくりと最後まで一定に吐き続ける行為を、休憩なしで延々繰り返すようなイメージ)。

 そのため、組むならばできるだけ『生命操作』系の力を持つ相手か、せめて外のエネルギーに多少なり干渉・調整・変換が出来る者が望ましい(この場合では、入る流れを相方が適切にコントロールして、自分自身は通す管に徹することができる)。

 そういった能力特性と、後期に造られた個体の為、魔法に対する適正はそこそこ高い。ただ単体での攻撃は不得手のため、治癒と補助、そして転移に寄った典型的な後衛型。加えて魔法による防御はあまり得意ではなく、『エネルギー分解装甲』や『機動外殻』などに防御面は依存している。

 そういった部分から、戦闘力においては『兄弟』の中でも文句なしの最弱。しかし、能力を効率的に使うには必要な個体であり、その能力が示すように管の様な存在である。言うなら、最大限に能力を発揮するための個々を束ねる要ともいえる。

 

 『作者コメント』───四番目と並んで、まだ本編には未登場な末っ子くん。名前は多分もうバレてるとは思いますが、一応気になる方は四番目の弟くんと同じ感じで呟いているので、そちらの方を参照ください。

 で、この子に関しても少しばかり語って行くとしましょうか。しかしまあ、雑に言えば上の設定を見ていても分かる通り、末っ子は可愛いものと信じて疑わない性癖が全開に込められております(笑)

 最後の方のロットなので、他の兄たちに比べても少々感情に乏しい部分があります。ノトスともまた違った、染まり切ってない白さ。けれど、だからこそ、彼も自身の現界には至れていません。

 『介する』役割ゆえの部分ではありますが、いずれは自分の軸を見つけなければならない時は来るでしょう。そのファクターとなって来るのは、彼の源流たる姉になってくるんじゃないかなぁ、と現時点では構想しております。……尤も、実際にどうなるのかは本編の方を進めて行かなければ何ともですが(汗)

 あと他に触れておくべきことがあるとするなら、この子の設定が一番『兄弟』のコンセプトというか、其々の役割を繋ぎ合わせる存在っていうのを分かり易く表しているんじゃないかなぁ、という事ですかね。

 個体というよりは集合体、軍隊よりは群体。並び立つ姉妹たちが、割と個々の資質が独立した特殊部隊みたいな感じなので、これならちょうど対比する形になるかなと、そんな感じで。

 他に比べると、だいぶ短いですが、今のところはこんなところでしょうか。あくまで素人の設定なので、拙い所は多いかと思います。

 しかし、だからこそ、上で挙げた部分も、まだ挙げられてない部分も、今後の本編でどう描いていくのかを読者様方にも考察していきながら読んで頂けたらなら幸いです。頑張って楽しんで頂ける様なものを書いていきますので、この子の行く末も見守って頂けたら嬉しいです。

 

 

 

【ナンバーズ】

 

 

 

『ウーノ(Ⅰ)』───年齢:???(見た目は二〇代半ば)/所属部隊:???/愛機:???

 

 スカリエッティの秘書を務める妖艶な雰囲気の女性。『姉妹(ナンバーズ)』における、最初の一人であるためか、紫の髪や金の瞳など、身体的特徴が創造主(おや)であるスカリエッティと酷似した点が見受けられる。が、一方で性格は妹たちに比べると親の影響はそこまで強くは出て居らず極めて冷静沈着で、あまり愉快犯的な面は持たない。

 普段は秘書らしく、基本的には参謀としての活動がメインで、妹たちに比べると表立って行動をする事は少ない。彼女自身の能力も戦闘よりも管制に特化したものであり、ラボやアジトからの指示や、研究に忙しい博士陣の代わりに情報や研究データの整理などを担う。

 自身の役割であるスカリエッティの補佐を最優先事項として自身に刻んでおり、だからというわけでもないが、甲斐甲斐しいところもあり、博士たちや『姉妹』、『兄弟』の私生活面での世話を焼くこともしばしば。メンテナンスに関しても、博士陣の助手として参加している。

 そうした面から、純然たる裏方ではあるものの、彼女が担っている役割の広さから、『姉妹』や『兄弟』に対しても強い発言権をもっており、彼女の言動に逆らえる者は略いない。

 保有する能力は、『IS・不可蝕の秘書(フローレス・セクレタリー)』。

 妹であるクアットロの『幻惑の銀幕(シルバーカーテン)』と同様に、基本的なセンサーやレーダーに捕捉される事が無い高いステルス能力を誇る。ただし、妹のものとは異なり、彼女は幻影を発生される事は出来ないため、あくまで実戦においては攪乱ではなく隠蔽に用いられるが、これは彼女の本質を補助する副次的効果に過ぎない。

 この能力の本質は、自分自身の知能加速によって情報処理能力を向上。自分自身を端末に接続し、システムを統括する処理装置となり、あらゆる状況に合わせた操作を行えるように自身を最適化する事こそが、彼女の真の力である。自分自身を生態CPUへと変換するに等しい能力であるが、人間と機械の狭間にある『戦闘機人』としては、ある意味ではらしいといえるのかもしれない。

 

 『作者コメント』───正統派秘書役な長女のウーノさん。『姉妹』の中では一番博士に対する信頼が強く、最早心酔と呼んでいいレベル。そのためスカリエッティ博士の右腕的存在で、『姉妹』たちを統括する参謀的な立ち位置にいるためか、次女共々表立った動きは今のところ少なめ。ですが博士側の動きが活発になる毎に彼女の出番も増えていくと思いますので、今後の活躍をお楽しみに。

 あと、実は上でも書いたように、ウーノさん博士たちの日常的な部分でも世話を焼いていたりするので、幕間とかでそういうところも書いていってみたいですね。

 StSの漫画版では散髪とかしてましたし、innocent時空では一家の母親代わりだったりもしましたから、何気に家庭的な面を描くのもアリかもしれません。妹たちが逆らえない立ち位置にはいるものの、後処理とかで苦労しているお姉さんみたいな感じでも面白いかなぁ、なんて思ってたりも……(笑)

 なんだかんだ本編はシリアスめに行く予定ですので、敵サイドとは言え、キャラたちが生きている様子を描ける機会がどこかであれば、そういうのは大事にしていきたいですね。

 

 

『ドゥーエ(Ⅱ)』───年齢:???(見た目は二〇代半ば)/所属部隊:???/愛機:ピアッシングネイル

 

 『姉妹』における二番目。ウーノに次ぐ活動時間の長さを誇るが、その全貌は謎に包まれている。というのも、彼女は潜入・諜報に秀でており、各方面へ布石を打つべく、単独で任務に就いているためである。かなり長期で離れているため、実は後続の『姉妹』や『兄弟』とは直接の面識がない(姉妹なら(セイン)、兄弟なら(ノトス)以下)。

 長女(ウーノ)に比べると、容姿はあまり親とは似ていないが、性格的な影響はかなり強く受けており、姉妹の中では一番スカリエッティの影響が色濃く出ているという。それゆえか、『計画』を進める上において、よりセンセーショナルな展開を望んでおり、敵となるだろう輩がいっそう深い絶望に陥るように努めているとか。

 この辺りの性格は、彼女が教育係をしていたクアットロにも引き継がれており、妹からの信頼は非常に厚い。クアットロ曰く、『自分にとっての究極(りそう)の戦闘機人』が彼女らしい。

 保有する能力は、『IS・偽りの仮面(ライアーズ・マスク)』。

 自分自身の『身体』を変化させる偽装能力で、通常の変身魔法とは異なり、管理局および管理世界の技術を用いたあらゆる身体検査には決して引っかからず、暴くことが出来ない。そのため、単なる変装とは一線を画した驚異的な能力であり、あらゆる機関・組織を問わずに潜入し、諜報・工作活動を行える。

 ただし、あくまでも『変身』能力であって、対象の能力を完全にコピーすることはできない。尤も、彼女の目的は潜入と諜報といった工作活動がメインであるため、戦闘に特化した能力でないことは大したデメリットにはならない。そもそもドゥーエ自身、暗殺者としての立ち回りに徹しており、『戦わずして勝つ』が彼女の信条である。

 この戦法に合わせ、暗殺に特化した『ピアッシングネイル』と呼ばれる、伸縮自在の刺突用武装を使用し、影から様々な重役たちを表舞台から消し去って来た。

 

 『作者コメント』───諜報員かつ本編でもハニトラ疑惑のある、まさしく女スパイ! って感じのドゥーエさん。もしかしたら、他の妹達が名前隠れてるのになんで名前が? と思っておられる方も居られるかもしれませんが、一応ちゃんとプロローグでも名前ちゃんと出てますので、よかったら探して見て頂けたらまたちょっと違った楽しみ方にもなるかなぁ、なんて思ってたりします(笑)。

 とはいえ、実際の出番が無いのは事実なので、本編の中では今後の活躍をしっかりと描いていきたいですね。腹黒メガネな妹にいわせるところの『究極の戦闘機人』ですし、あんまり出番がなかった分だけ、その実力の程を存分に振るって頂こうと思います。

 あとはそれらに加えて、TV本編との差異などもそこから描写していけたならなぁ、とも。

 

 

『トーレ(Ⅲ)』───年齢:???(見た目は二〇代前半)/所属部隊:???/愛機:インパルスブレード

 

 『姉妹』における三番目。参謀・諜報に長けた姉たちとは異なり、バリバリの戦闘特化型で、実戦におけるリーダー役を担う。

 紫髪のショートカットで、結構な長身。スタイルもかなり凄まじいが、性格は男勝りで厳しく、妖艶な雰囲気を纏う姉たちとはどこまでも対照的な肉体派。

 それゆえに、妹たちに対してもかなり手厳しい指導を行っているようで、妹組の中ではあまり戦闘特化ではないクアットロやセイン辺りはその教育方針にちょっと振り回され気味。ただ、厳しいながらも姉や妹の様にねちっこいところはなく、細かいことには拘らない性質であるため、単純に厳しく責めるだけではないサッパリしたところも。

 その強烈な自我や苛烈なまでの厳格さは、一見すると癖が強く扱いづらい様にも見られがちだが、姉や博士陣からの信頼は厚く、現場での判断は彼女にほぼ一任されている。当人もその信頼に応えるべく、『目的は失敗を経ても、最後は必ず成し遂げる』ことをモットーにしているらしい。

 保有する能力は、『IS・高速軌道(ライドインパルス)』。

 高機動戦を前提に設計された彼女は、その肉体強度を前面に押し出した戦法をとっており、最高速度に至っては人間の視認速度はおろか、魔法による追尾・索敵さえも振り切るほど。もちろん、永久に加速機動に居続けられるわけではないが、それでも通常の高速戦技の枠を超えた稼働時間を誇り、まともに速度の領域で彼女と張り合う事の出来る者はごく僅かである。

 ちなみに、加速機動を行う際に『インパルスブレード』と呼ばれる、両手足合わせ八枚のエネルギー(ウィング)が生成される。これは軌道制御の外、彼女の固有武装としての役割も持つ近接武器でもある。

 

 『作者コメント』───『姉妹』内に置いては肉弾戦最強候補の一角なトーレさん。一応、エネルギー(ウィング)による斬撃などもありますが、何気に『空戦』特化の『格闘型』という珍しいキャラだったりします。

 もちろん前例がない訳でもなく、男性ではザフィーラがいますし、類似系としては風呂姉妹あたりもいますが、女性でガッツリ、しかも剣撃や射砲撃に寄らない空戦格闘型というのは殆どいないので、戦闘面ではそういったところを上手く描いていきたいですね。とりわけ、魔法に近いものをあまり使わず、『姉妹』との連携とかを絡めつつな戦いなので、より荒々しいくらいの戦いに出来たらなぁと思います。

 加えて、教会側の武闘派シスター同様に指導方法もかなり実戦派なので、妹達とのやり取りなんかでも彼女のキャラを出していけたらなぁとも。やっぱりお叱り役がいると、小競り合いみたいなやり取りって映えますからね。たぶん、九番目と十一番目とか、九番目と『兄弟』の四番目あたりが一番トーレおねーちゃんにゲンコツ貰ったりしてそうです(笑)。

 

 

『クアットロ(Ⅳ)』───年齢:???(見た目は十九歳前後)/所属部隊:???/愛機:シルバーケープ

 

 『姉妹』における四番目(ただ稼働時間自体は五番目より少し短い)。普段はウーノと共に情報処理を担っているが、能力の性質上、彼女は前線に出張る事も。ただ、純粋に戦闘特化な能力ではないため、基本的に誰かの相棒として、というのが主。特にアネモイ、或いはトーレ辺りのサポートに付く。

 見た目は暗めの茶髪を二つのお下げに結った、メガネをかけた十代後半くらいの少女。メガネは戦闘機人なので当然伊達(ファッション)。背丈は姉たちに比べると普通くらいだが、スタイルはそれなりにグラマー。教育係だったドゥーエの影響か、自身の『女』を活用する術にも長けており、普段の仕草の中にも隠し切れない妖艶さ滲む。普段の見せている性格も、そのギャップを狙う戦略も含まれている。

 そういった部分からも分かるように、普段の性格は表向きの顔に過ぎず、実際の性格は非常に狡猾で残忍。その上、相手を甚振る事を好む生粋のサディスト。ぶりっ子な振る舞いの中にさえ、相手が藻掻き苦しむ様が愛おしいとか、一方的に生命は弄ぶことが愉しいといった、残酷さを隠しきれていない。姉や妹らに一言で言わせれば、腹黒だそうだ。そのため、ある意味で性格だけなら大本の『父』や『姉』たち以上に歪んでいる。

 普段の任務では上述の通り、武に長けた者と組むことが多く、特にアネモイとの関係は、お互いの性根(せいしつ)が近い事もあって非常に良好。彼と組む時は腹黒さも割り増しになり、とてもイキイキしている。また、任務に就いていない休息時もよくアネモイのところに行っているらしく、公私ともにアネモイの事を気に入っているようだ。

 保有する能力は、『IS・幻惑の銀幕(シルバーカーテン)』。

 非常に高度なステルス能力を主軸とした力で、長姉であるウーノと同様、あらゆる索敵から自身の存在を隠蔽出来る。ただし、姉のそれとは異なり、彼女のものはどちらかといえば戦闘向きの性質を持つ。

 長姉であるウーノの『不可侵の秘書(フローレス・セクレタリー)』が情報処理能力に重きを置いているのに対し、クアットロの『幻惑の銀幕(シルバーカーテン)』は対象への幻惑に重きを置いている。また、ステルスの効果対象は人間をはじめとする生物だけではなく、レーダーをはじめとする電子機器やシステムにもおよび、その特性上、奇襲や前線における戦況の攪乱に秀でた戦略の要的な存在となる。しかし、ステルスに穴が無い訳ではなく、大規模な殲滅戦や敵側が手練れである場合など、相手側の戦力が勝る戦場に置いては、彼女自身の実戦闘力の低さから必ず護衛役が必要となる。

 

 『作者コメント』───リリカルなのはシリーズでは珍しくガチのド外道。オーソドックスなサディストだがそれが良い! な、メガ姉ことクアットロさん。メガネ外すと案外美人さんな上に、意外とスタイルもグラマー。ちなみに設定画のメモ曰く、胸よりお尻の方が大きめだったりするとかなんとか……あれ、もしかしてイリス様のお仲間かな? なんて思うところもありましたが、でもイリス様よりは判りやすいスタイルしてますよねあばばば(ウィルスコード発動中

 しかしまぁ、それはそれとしても、イリス様もそうですけど、しっかり悪役してるキャラっていいですよね。Ref/Detの公開当時も、イリス様の悪役っぷりが結構話に上ってたりしましたし、こういうキャラも敵サイドに居ると実に動かし甲斐がある気がします。

 ただ、本作は一応小説ですし、再構成なのでそういう意味でも新鮮さというか、もう少し厚みを出したいなと思い、オリキャラと絡む立ち位置にしてみたり。

 原典では、他の姉妹に対してもあんまり心情を覗かせないというか、どっちかっていうと見下している感じなのですけども……映像作品だとそういう匂わせは寧ろスパイスですが、文章にしちゃうとそのまま過ぎてちょっと面白くないかなと思う部分もあり、彼女の描写を明瞭にする目的もあってこうした感じです。

 とはいえ、散々他でも書いた気がしますが、新しい要素が加わる事での変化は、なるべく自然に物語の中で読み手に『見える』ようにしていきたいので、『要素を足しただけ』に成らない様に気を付けていきたいと思います。

 

 

『???(Ⅴ)』───年齢:???(見た目は十三歳程度)/所属部隊:???/愛機:スティンガー、シェルコート

 

 『姉妹』の五番目。ただし、稼働時間が一から三に次いで長く、僅かではあるがクアットロよりも生まれて来たのは早いため、序列的には五番目の妹だが実質的には四女といえなくもない。それゆえか、本人も『姉』としての自覚がやや強く、彼女の(特に妹達に対する)一人称は『姉』である。

 未だ姿を見せていない二番目と同様、普段は潜入行動を取っているため、今のところは姿を見せてはいない。ただし、四番目のように実戦が不得手、という訳ではなく、寧ろ姉妹の中でもその実力は上位に当たる。

 また、かつて『ある歴戦の騎士』との死合い、激闘の末に右目を奪われたことがあるが、戦闘機人でありながら未だに治療を施していないなど、戦いや相手に対する敬意と矜持を持つ気高い性格をしている。

 『姉妹』の中では、教育係を務めていた九番目と特に仲が良い。それ以外にも、博士陣に近い長姉たちにくらべると妹達に近しく面倒見がいい気質も相まって、他の妹達からも慕われている。

 保有する能力は、『IS・刃舞う砲撃手(ランブルデトネイター)』。

 『姉』たちとは異なる、移動や情報処理ではない、純然たる戦闘のみに特化した力で、能力の概要は『一定時間手で触れた金属にエネルギーを付与し、爆発物へと変化させる』というもの。

 基本的に金属であるのなら何でも爆発物へと変化させることが出来るが、金属塊の大きさによっては込める力が拡散してしまい爆発に至らないケースがある為、実用に足るサイズ制限が存在する。

 尤も、制限があるとはいえ、その威力は決して低いものではなく、爆発のタイミングも彼女自身で決められることもあり、応用性は高い。また、彼女の能力に合わせて調整された固有武装『スローイングナイフ・スティンガー』は、爆発物へと変化させる最適なサイズとある程度の遠隔操作を可能にした(ミドル)長距離(ロングレンジ)での白兵戦をより高度なものへと昇華させている。

 

 『作者コメント』───さあさあ、皆さま大好きな合法ロリなお姉ちゃん。しかも銀髪隻眼でコート装備、得物は爆破可能な飛び度具なアサシンと、まさしくロマンの塊なお方。原典では最終決戦時にはやや不遇なところもありましたが、妹を守るために意地を張り通したその在り方は、まさしく護る者としての矜持を感じさせるものでした。

 しかし一方で、稼働時間の長さから戦闘機人としての在り方も貫き通しており、そういう意味では人間的な部分を押し殺していたとも言えます。

 それは、あまり外の世界を知らず、好奇心をはじめとする感情を優先しがちなセインや十一番目とも、感情は薄くとも善良な心根に揺れた十番目とも異なるもので……ある意味では、彼女が一番『戦闘機人』という言葉を体現していたのかもと思ったりもします。

 もちろん、厳しい言い方をすれば『身内に甘いだけ』みたいな言い方も出来なくはありませんが……『戦う者』として、また『姉』として、それぞれに向き合った姿には、少なからず感じ入るものがあります。

 なので本編では、彼女のそういった部分をしっかりと抑えながら、より『らしく』彼女の魅力を描き出していけるように頑張りたいです。

 

 

『セイン(Ⅵ)』───年齢:???(見た目は十六歳程度)/所属部隊:/愛機:ペリスコープ・アイ

 

 『姉妹』の六番目。ちょうど十二人の真ん中に位置する事から、姉と妹の橋渡し役のような役割を担っているが、本人の気易い性格もあって、下の妹達に『姉として見てもらえない』事が若干悩みの種になっているとかなんとか。

 とはいえ、それを差し置いても感情が豊かで人間臭い彼女の性格は、『姉妹』同士の関わりを円滑に進めるムードメーカー的な役割を担っており、精神的な面でその存在はかなり大きいと言える。また、そうした感情的な豊かさは彼女が教育を担当した十一番目にも引き継がれており、ある意味で、戦闘機人でありながらも、単純な機械ではないという自らの存在を体現しているともいえなくもない。

 ただ一方で感情が豊かゆえに、任務においての粗が目立ち、その点については任務に感情を持ち込み過ぎず役割に徹するべきだ、と姉のクアットロから度々注意を受けている。しかし、彼女の持つ稀有な能力も相まって、ムラはあれども、現場に駆り出されて重宝されてもいる。

 保有する能力は、『IS・無機物潜行(ディープダイバー)』。

 他の『兄弟』や『姉妹』が持つ能力と比較しても、超が付くほどの激レアな突然変異の先天固有技能。

 その名の通り、あらゆる無機物の中に『潜り込む』が出来る。しかも彼女の能力の恐ろしい所は、彼女が接触してさえいれば『他人や物体にも同様の効果を齎す事が出来る』という点にある。この力を利用して、様々な場所への潜入工作、および戦線からの離脱といった役割を一手に担う。

 無論、これだけの力であるため、当然デメリットも存在しており、効果を発揮できる最大人数は約三人程度に留まる。また、あくまでも『無機物』に対する能力である為、人間やフィールド魔法およびバリア系の魔法を通り抜ける、などと言った攻撃に転換は行えない。加えて、潜行しても視界は確保できないため、浮上する際には人差し指に装備された固有武装『ペリスコープ・アイ』によって、周囲の状況を確認する必要がある。これはあくまで隠密を軸にした能力であるため、魔法系統の力によって感知されることを防ぐ目的があると見られている。

 しかし、それらのデメリットを差し引いても非常に便利な能力である事に変わりはなく、仮に何らかの手法で位置を特定されたとしても、クアットロの『幻惑の銀幕(シルバーカーテン)』などと併用すれば、その追跡を掻い潜る事も容易である。

 

 『作者コメント』───『姉妹』や現場への橋渡し役など、割と便利屋な扱いのセインちゃん。何気にプロローグ時点で唯一登場させた妹組の筆頭なのも、能力的な部分がやっぱり大きかったですかね。他の子たちよりも性格的にもフランクで動かしやすいですし、隠密や潜入となればセインの力は一番使い勝手が良いですから。……いや、決して推しとCVが同じだからではないですよ? ホントだよ?(目逸らし

 まあ、その辺りは冗談としても、ぶっちゃけ他に比べると上位互換が少ないので、一番パッと感覚的に書きやすいっていうのはありますね。しいて挙げればシャマル先生辺りですが、どっちかっていうと攻撃向きなシャマル先生に対して、セインのは本当に移動とか隠密向きなので、一応差別化は出来ているのかなぁ、とは。あくまでセインのものは『無機物の中を動き回れる』事が能力の本懐ですし(転送を主軸にしたシャマル先生は生体や物体を貫けても、その中を自分が自由に動き回る事は出来ませんので。極端な例で言えば、人体に腕を転送して人体を壊したりは出来ますが、壁とかの無機物だと腕を通しても、ゲートを閉じたら壁に手は埋まって動けなくなる、みたいな)。

 まぁこの辺は能力の強弱ってよりは差異でしかありませんから、本編ではキャラの性格を活かしつつ、よりらしい戦闘を描いていけるように頑張りたいなと思います。

 

 

『???(Ⅶ)』───年齢:???(見た目は十九歳程度)/所属部隊:???/愛機:ブーメランブレード

 

 『姉妹』における七番目。しかし、後続の妹組の生産が早かったこともあって、あまり外には触れていない。正式に生まれて来たのは、八番目と十二番目とほぼ同時期だが、一応ナンバリング順通り、彼女がこの中では若干早く『姉』である。

 戦闘機人としてのスペックはかなり高く、特に戦闘に関する肉体的な資質は他の姉妹と比べても頭一つ抜きん出ており、姉妹の中でも最高水準のトーレに次ぐほど。また空戦の適性も有しており、その関係もあって、彼女の教育係はトーレが務めている。

 ただ、同時期に誕生した『妹』二人にも言える事だが、誕生が遅かった分、感情にやや乏しいところがある。このこともあって、戦闘機人の『人』としての部分が薄く、そこが若干の弱点と言えば弱点といえなくもない。

 保有する能力は、『IS・舞う刃の担い手(スローターアームズ)』。

 専用武装である『ブーメランブレード』を自由自在に操り、それらを用いて空戦に置いて敵を制圧する事が出来る。

 物理的な武装を用いたベルカ騎士に近い戦闘スタイルの為、魔法戦は不利に取られやすいと思われがちだが、本人の高い空戦適性と射砲撃系の業を持つ事から、実際のところこの戦闘スタイル自体はそこまで不利には働かない。加えて『ブーメランブレード』は高質量かつバリアブレイクの性能を兼ね備えており、生半可な物理的・魔法的な防御では防ぐことすら敵わず、初見で様子見に出た相手はほぼ確実に仕留められる。

 そういった特性ゆえに、先陣を切っての初見制圧から潜入工作時などにおける暗殺まで、能力のシンプルさとは裏腹に応用の幅自体はかなり広い。

 

 『作者コメント』───どっかの時空では無表情ロリな末っ子だったりしましたが、本作に置いては妹組ながらトーレ姉さんにタメを張るほどのモデル体型に育ってるイケメンお姉さん。いや、勿論こっちの時間軸が原典ではあるんですけども、なんかああいう成長度合いを見ていると、どっかの聖王さんもそうですが、なんていうか夢がありますよね←オイコラ

 あとは、前線に出てくるキャラながら、戦闘面に関しては描写がちょっと難しい子ですが、その癖も含めて彼女の魅力なので、損なわないように描けるよう頑張っていきたいですね。

 他にも機械的すぎる、なんて言われる通り感情は薄めですが、原典でのラストを見ている限り意志自体はしっかりもっているんだろうなと思うので、そういうところをしっかり描写していけたらなと思います。

 

 

『???(Ⅷ)』───年齢:???(見た目は十五歳程度)/所属部隊:???/愛機:ステルスジャケット

 

 『姉妹』における八番目。七番目と同様に、序列(ナンバリング)ではそれなりに早めだが、実際に生産された時期は遅く、『姉妹』の中では十二番目と並んで最年少の部類に当たる。外見は非常に中性的で、一見すると性別を判断するのが難しい。そのため、それを面白がったクアットロからちょっとした『イタズラ』を指示されている。

 同時期に生産された十二番目とは遺伝子基が同じであり、戦闘機人としてのみではなく、血縁的な意味でも姉妹、もっといえば双子の関係であるともいえる。このこともあって、十二番目とは他の個体よりも密接な繋がりゆえか、非常に強く通じ合う部分がある模様。

 七番目の姉と同様に造られた時期が遅かった為、人間としての側面が薄く、やや無感情なきらいがある。ただ、姉の方に比べると彼女のものは戦闘寄りではなく、経験が少ない事からくる部分が多いように見受けられる。

 保有する能力は『IS・光渦の嵐(レイストーム)』。

 広域攻撃および、結界系を主軸とした先天性固有技能で、能力名はそれらを総称したもの。主に攻撃能力としての側面が強く、前線指揮と後方支援に用いられている。

 射砲撃に特化した能力であるためか、ミッドチルダ式と似たエネルギー運用方式を行っており、有効射程距離とエネルギー弾の誘導性に置いてはミッド式魔法のそれを上回るほど。この特性を利用して、発射位置を悟らせる事無く、四方八方から敵へ向けての弾幕攻撃を行う事が出来る。

 また、奇襲性を高めるために、固有武装として対索敵魔法用の装備である『ステルスジャケット』を与えられている。そのため、能力の結界系の部分と併せて、隠密行動に対する適正も有しており、敵への拘束・阻害などの支援攻撃も可能である。

 

 『作者コメント』───『姉妹』における双子組の片割れ。女性的な妹に比べると中性的で、その胸部装甲はロリ枠である五番目にも迫るとか迫らないとかなんとか……。

 まあ、そんなことはともかくとして。一応、本作の時系列ではユーリちゃん同様に性別は不明という扱いではありますが、ファンブックとかでは女性ではあるらしいと思われる部分も多々ありますので、恐らくは女性認定……のハズ。ただ、少し先の時系列では執事やってたりと、いまだ確定はしていないっぽい所があるので、なんだかんだユーリちゃんと並び、なのはシリーズにおいては数少ない性別不詳属性持ちなキャラではあります。

 でもこの子の場合ユーリちゃんとは違って、何気にクア姉の仕掛けた悪戯がずっと効いているがゆえなので、あのメガネさんってば相変わらずの悪女(?)っぷりだなぁと変なところで感心してしまいます(汚いなさすがメガ姉きたない)。

 でもそれはそれとして。実はこの時点では他に比べてぼんやりしているため、双子に世話焼かれてたりするなど、結構あざとい部分も持ってたりしますので、そういった部分の魅力も本編の中で描いていけたら良いなぁと思います。

 

 

『???(Ⅸ)』───年齢:???(見た目は十五歳程度)/所属部隊:???/愛機:ガンナックル、ジェットエッジ

 

 『姉妹』における九番目。ただ稼働時間自体はそこそこで、最後発組を除けば、十番目の次に製造された。しかし、性格的に幼いというか、非常に短気で感情的なところがあり、妹である十一番目の方が精神的な落ち着き度合いは高めである。

 そのためか、仲間内においても非戦闘時はよく周りと衝突しており、口喧嘩が絶えない。主に性格的に陰湿なところのある上の姉たちに対する不満や、よくコンビを組むが馴れ馴れしい十一番目、および戦闘位置的に被る『兄弟』の方の四番目とぶつかる事が多い。

 特に『兄弟』の四番目とは異性型ということもあり、能力的な相性はともかく、向こうも直情型なところから、『姉妹』に対する喧嘩よりもヒートアップする傾向にある。しかし前述の通り能力的には相性が高く、任務での連携はとれているので、心底憎み合っているというわけではなく、単純にお互いが喧嘩っ早い性格をしているだけのようだ。

 ただ、そんな彼女も教育係を務めた五番目には懐いており、その姉からの忠告には大人しく従う。またそういった事情から、五番目と番号が近く仲の良いセインにもあまり強く出られない模様。

 保有する能力は、『IS・破壊する突撃者(ブレイクライナー)』。

 系統的にはトーレと近いもので、『姉妹』内では珍しく、武器らしい武器を用いない肉弾戦特化の能力。空戦に寄ったトーレや七番目、および十一、十二番目とは異なり、どちらかと言えば地に足を付けた、いうなら殴り合いを得意とする。

 しかし、空戦が全くできないわけではなく、『エアライナー』と呼ばれる空中に道を描く能力を使用することで、限定的な空戦を行う事が出来る。それらに加え、固有武装である『ガンナックル』と『ジェットエッジ』を用いた近接戦闘(クロスレンジ)が彼女の真髄。

 武装や能力がスバルやギンガと似通っているが、ナカジマ姉妹との関係は今のところ不明。なお、似通っているとはいっても完全に同一ではなく、拳撃を主体とした姉妹に対し、彼女はどちらかといえば蹴り技を主体としており、『ガンナックル』も牽制用の射撃補助が主であるといった違いがある。

 

 『作者コメント』───実は五番目を除く『姉妹』の中で一番背が低かったりする未来の会長さん。……こんなことを書いているとInnocent時空におけるロリ属性は、実は約束されたものだったのかな? なんて、ついつい益体も無い思考が浮かんできたりします(笑)

 いや、でもスタイル的にはパッと見からして相当グラマーなので、実はリンネちゃんやはやてちゃん以上にトランジスタグラマーの申し子だったりするのでは……(おちつけ

 とまぁ、なんか余談の方向にばっかり言ってしまいますが、ぶっちゃけStS時点では終始不機嫌で、思春期真っ盛りとでもいえばいいのか、とにかくその場その場で敵にぶち当たってる印象が強いこともあり、そういった未来の方向についつい目が行っちゃいます。

 だから、それだけではないですが、クアットロ程ではないにせよ、彼女も追加したオリキャラと絡む位置に置いたのは、その辺りもちょっと関わっていたりします。『姉妹』とも、スバルたちとは異なる、立ち位置は近いけれど別系統の同類と関わらせる中で、原典ではなかった部分に、彼女の感情の発露を描けたらなと。

 なので、本来のキャラクターから乖離しすぎないように気を付けながらも、新しく生まれる部分もしっかりと描けるように頑張っていきますので、ぜひそういったところにも着目して頂きつつ、楽しんでもらえたなら幸いです。

 

 

『???(Ⅹ)』───年齢:???(見た目は十八歳程度)/所属部隊:???/愛機:イノーメスカノン

 

 『姉妹』における十番目。序列(ナンバリング)的には、後発(いもうと)の部類であるが、実際の稼働時間は六番目であるセインに次ぐ。そのため肉体的にも成熟しており、本来は姉に当たる九番目よりも大人びた容姿をしている。

 性格的には感情の起伏は少なめだが、それは無機質というより、穏やかさが先行しているがゆえのもの。稼働時間の関係上、真ん中(ろくばんめ)以降の妹組においては、実質的な長姉のような立ち位置に居る。そんな面倒見の良さもあってか、比較的性格に難アリとされるクアットロや九番目ともほとんど衝突しない、『姉妹』の中でも珍しいタイプ。

 保有する能力は、『IS・射貫く砲手(ヘヴィバレル)』。

 射砲撃に関する精度を高め、撃ち出す弾丸の性質を変換する力。この能力から、『姉妹』内においては固有武装の『狙撃砲(イノーメスカノン)』と呼ばれる重狙撃砲を用いた狙撃と砲撃を担う、広い意味での『砲撃手』としての役割が与えられている。そのため、主に戦場では後方からの射砲支援をしており、陸戦の戦闘配置に照らし合わせれば、『CG(センターガード)』に近い立ち位置にいるともいえる。

 固有武装である『イノーメスカノン』に込める弾丸の性質はかなり多岐に渡り、純粋な実弾を始め、エネルギー弾にしてもミッド式の砲撃魔法に近いものから、大気と反応して人体に影響を与える疑似的な『毒ガス弾』も存在する。

 

 『作者コメント』───セインや五番目共々、『姉妹』の中ではお姉ちゃんな立ち位置。ちょうど前述の二人ほど緩くも堅くもない、大人しめながらフランクな人当たりで、その在り方には母性的な魅力が多く含まれているような印象を受けます。

 原典では戦闘面こそ相性的に一歩劣った部分が多かったものの、非戦闘面では『姉妹』の中では唯一スカ博士の計画に対して疑念を抱くなど、性格的に善良な面が見受けられました。のちのシリーズでも、そういった部分は随所にありましたので、彼女の根底に根差した優しさを本作でもしっかりと描いていけるように頑張りたいですね。

 

 

『???(Ⅺ)』───年齢:???(見た目は十五歳程度)/所属部隊:???/愛機:ライディングボード

 

 『姉妹』における十一番目。製造時期は九番目よりも少し遅いが、何かと直情的な『姉』に比べ、飄々としたところがあるため、精神的な落ち着きの度合いでいえば彼女の方が年長に見えなくもない。

 そういった性格的な部分は、教育担当だったセインの影響。『姉妹』の中でも特に人間味溢れる彼女と(加えて直情的な九番目とも)多く接してきたためか、他に比べると人間的な部分がひときわ強く、やや軽めの、もっといえばノリの良い性格をしている。しかし、そういったところも『姉妹』内におけるもう一人のムードメーカーとして善い方向に働いており、彼女らが単なる機械に堕さない為に必要な存在であるといえる。

 しかし一方で、やはり製造された時期が遅いため、感情の豊かさとは裏腹に経験そのものは不足しており、よりハッキリとした実感を求めている節が見られる。ただ、それはドゥーエやクアットロの様な嗜虐心的なものではなく、自分自身の能力が実世界でどれだけ通用するのかに対する好奇心としての面が強い。

 保有する能力は、『IS・守護する滑空者(エアリアルレイヴ)』。

 固有武装である『ライディングボード』を駆使した空戦をより高度なものとする先天固有技能。

 『ライディングボード』はその名の通り、サーフボード状の飛行武装で、単純な飛行能力以外にも、盾や射砲撃用の装備としての機能を併せ持つ他、小型貨物機並みの積載量を運搬することも可能。そのため、彼女のISは攻撃や情報処理というよりは、空間認識や運動・飛行補助能力に傾倒した力だと思われる。

 また、彼女の固有武装ではあるが、厳密には『ライディングボード』そのものは彼女以外にも使用する事は出来る。ただし、単純な空戦とは異なる機動を必要とするため、完全に能力を発揮させることは難しい。

 非常に癖の強い武装と能力ではあるが、使いこなせれば定石から外れた空戦機動による敵の攪乱、および盾と射撃を併せた攻防一体の立ち回りを見せる。

 

 『作者コメント』───セインと並んで、『姉妹』におけるムードメーカーの一人な彼女。そのフランクさは、野望の中に在ってなお、明るさを損なわずに周りを解きほぐす。性格的には本来の末っ子たちよりも妹っぽい感じがして、なんだかすごく親しみ易くて可愛いですよね。

 でも、ムードメーカーである一方……いえ、むしろそうであるからこそ、要所要所での精神的な落ち着き加減は、姉的な雰囲気も醸し出してます。そのため、私見ではありますが、個人的には九番目と一緒に居ると彼女の方が姉っぽく感じる部分も多い様な気がしてます。

 しかしそんな風にノリがいい分だけ、九番目辺りとはよくケンカになってしまったりと、ツンケンしているタイプには少々相性悪く見えてしまうところもありますが、衝突もまた、凝り固まるままで居させないという心遣いであるのかもしれません。

 そういった部分も込みで、本編での彼女の元気な活躍を描いていけたらなと思います。

 

 

『???(Ⅻ)』───年齢:???(見た目は十五歳程度)/所属部隊:???/愛機:ツインブレイズ

 

 『姉妹』における十二番目で、文字通りの末っ子。製造時期は遅く、七番目、八番目と並んで最後発組である。特に八番目とは基になった遺伝子が同じであり、彼女との関係は双子と称され、『姉妹』の中でも強い絆を持つ。

 尤も、中性的な相方に比べると非常に女性的な容姿をしており、パッと見はそこまで似ていない。ただ、後発組に共通する人間性の希薄さから、やや無表情なところはとてもよく似ている。

 保有する能力は、『IS・斬り祓う双剣(ツインブレイズ)』。

 能力の概要としては、能力名と同名の固有武装『双剣(ツインブレイズ)』を用いた近接空戦闘を得意とする。ただし、継続的な高速機動というよりは、瞬間的な加速によって間合いを詰め、相手を一撃で屠るヒットアンドウェイに近い戦法(スタイル)を取っている。

 そういった部分から、姉たちの隠密(ステルス)、および隠蔽(ハイディング)能力と併用する事で、より高い奇襲性を獲得できる。そのため『姉妹』の中では、敵の死角を突く戦法を得意とする事から、最前線および遊撃位置に置かれる場合が多い。

 また、専用固有武装である『双剣』はベルカ式のアームドデバイスに多く見られる様な実体武装ではなく、ミッド式の魔力刃(ストライクフレーム)やトーレのインパルスブレードと似た半実体のエネルギー(ブレード)であることから、形態変化を伴わない多彩な斬撃を繰り出せる(魔法ではないため、AMF下でも阻害を受けずに使用が可能)。

 

 『作者コメント』───『姉妹』における双子組の片割れ。中性的な八番目に比べると女性的で、その胸部装甲は仲間内でも指折りの破壊力。まだシリーズ内には登場していないのと、本作の時間軸では情緒が薄めな事もあって、どのくらい動かせるかは少々不明瞭ではありますが、彼女も結構おいしい要素をたくさん持っているので、そういうところを活かしていけたらなと思います。

 なんといっても二刀流の空戦型ですからね、浪漫たっぷりです。しかも得物に関してはエネルギーブレードって、絵面的にはどこの星間戦争な宇宙騎士だよ! ってか感じですよね。そういうのすっごい好きです(笑)←オイオイ

 あと日常面でも双子の上の方がぼんやりしているので世話を焼いている、なんて側面も持っていますので、妹ながら母性的な面も多々あるという素晴らしさ。是非ともそういった部分を今後の本編の中でも活かして書いていきたいです。

 

 

 

 

 

 

【番外】

 

 

 

『???(Type Zero-First“ⅩⅢ”)』───年齢:???/所属部隊:???/愛機:???

 

 『姉妹』の末の末、である筈なのだが、その存在は正規の『姉妹(ナンバーズ)』のラインナップに記されていたものではなく、加えられたのは何らかの偶然によるものらしい。

 ただ戦闘能力に関しては折り紙付きであるらしく、組織の側には全く記録が無いにも関わらず、強力な個体であるとだけ明言されている。

 そういった不明瞭な点が多く、未だに十三番目として製造されているのか、調整中か活動しているのかも不明なまま、その存在は謎に包まれ続けている。

 

 

『???(Another Type-“ⅩⅣ”)』───年齢:十二歳/所属部隊:???/愛機:ヒュギエイア、アロンシュタープ

 

 『姉妹』の最後の個体。しかし、正確に十四番目に当たる、というわけでもないようで、『末っ子』というよりは厳密には『番外』と呼ぶべき個体である。ちなみに見た目は十二歳程度で、紫の髪と深紅の瞳をしている。

 十三番目とは異なり、元々の計画には『全く予定になかった』存在で、彼女の誕生は計画の首魁たち、特にスカリエッティにとっては偶然という言葉以上に、予想外であった。

 序列(ナンバリング)にも数えられてはおらず、『姉妹』たちにさえ、妹であるという認識は持たれていない。しかし一応、スカリエッティの手によって生み出された事は確かなようで、『作品(むすめ)』の一人に数えられてはいるが、その経緯については、マクスウェル以外の人間には明らかにされていない。

 一方、そういった秘匿された存在であるにも関わらず、潜在的な能力はかなり高い。なお、この能力は戦闘機人としてではなく、魔導師としてのものである。だが上記の事柄に対しては生まれの経緯ゆえに、スカリエッティは『運命の悪戯』だと称して、やや悔しさを滲ませている。

 普段は『姉妹』たちの任務には加わらず、別動隊として、別の人物たちと共に行動しているようだ。

 

 

『謎の少女』───年齢:十歳/所属部隊:???/愛機:アスクレピオス

 

 スカリエッティたちと行動を共にする、紫髪の幼い少女。

 ただ、彼女は厳密には計画の為に動く部下や手駒としてではなく、どちらかというと来賓に近い扱いを受けており、自由が認められている。これは彼女の持つ潜在能力の高さから来るところが大きく、未だ二桁に乗ったばかりの年齢でありながら、彼女は既に凡百の魔導師など及びもつかない程の力を有している。

 普段は姉の様な『番外』の少女と、ある歴戦の騎士や小さな妖精みたいな少女と共に、彼女自身の『目的』のために行動をしている。

 

 

『歴戦の騎士』───年齢:???(見た目は四〇代後半から五〇歳程度)/所属部隊:???/愛機:???

 

 以前は名のある騎士だったらしいが、何らかの理由があって、スカリエッティの基に身柄を引き渡された。今は自らを『死者』と称しており、表から離れた場所で、幼い少女たちのためにかつての誇りの残滓を振るい続けている。

 博士たちとの折り合いはあまり良くないようで、時折スカリエッティたちから来る『依頼』にも不満を隠さない。その他にも、『姉妹』の五番目と過去に因縁があるからしいが、現状ゆえにか、相手側から向けられるその因縁の清算にもあまり関心を持てずにいる。

 

 

『烈火の剣精』───年齢:???/所属部隊:???/愛機:???

 

 少女や騎士たちと行動を共にする小さな少女。

 古代ベルカ由来の融合機らしいが、その出自については謎が多い。また、そのことで過去に、少女たちと騎士の男に恩があるらしく、彼女らの『目的』を援ける為に行動を共にしている。

 騎士の男と同様にスカリエッティにはあまりいい印象を抱いてはいないようで、彼以上に『依頼』に対する忌避感は強い。なお、この事からも分かる通り、気性は荒い方で、口も結構悪い。だが、周りが感情の起伏が薄いタイプが多い事もあって、チームのムードメーカー的な存在として可愛がられている。

 

 『作者コメント』───オリキャラを一人含んでいますが、基本的に四人組で行動している事と、十三番目やオリキャラの設定的に此処ではまとめて書かせていただきます。

 十三番目については、もうほとんど語るべくもなく皆さんお分かりの事かとは思いますが、一つ敢えて書き足すとするのなら、本作では頭から結構出張ってきている青年との関りが原典とは異なった物語を描く起点となるかもしれませんね。

 他四人に関しては、動き的にはあまり原典とは大筋は変わりません。ですが、追加されたオリキャラが、少女の『目的』に与える変化を本編の中では見て頂けたらなと思います。

 とりわけ、プロローグでは彼女と因縁の深い二人が家族と出会う部分を描いたので、此方の側でも幼い子供の家族の物語をしっかりと描いていけるように頑張っていけたらなとも。

 まぁあんまり細かく書いていくとネタバレになりそうですから、ここでは控えめにしていこうかと思いますが……でも、もしかしたらこの時点で察しの良い方々は気づいちゃっているかもしれませんね。

 読者側の予想が当たってたら、書き手としては敗北かもですが、近い発想がある人に読んで頂けているというのは、それはそれで嬉しいので、なんとも形容しがたい感情に溢れます(長い時間考えてたものを書いてるとよくあるアレ)

 まあ、それも含めて創作なので、今後も彼女らの物語をしっかりと描いていきますので、どうぞ見守って頂けたら幸いです。

 

 

 

【Unknown】

 

 

 

『老人たち』───年齢:???/所属部隊:???/愛機:???

 

 ドクターたちの口から断片的に語られるのみ。誰を差しているのかは、未だ不明瞭である。

 

『生まれつつある二つの生命』───年齢:???/所属部隊:???/愛機:???

 

 形を成してはいるものの、未だ完全に生まれ落ちてはいない。暗い闇の中で、今はまだ静かに誕生の時を待つ。

 

『作者コメント』───ついにキャラ紹介もラストへ至りました。ただ、この二つに関してはどうコメントするべきなのか、ちょっと迷いますね。ほとんど出ていないというのもそうですが、ある意味で本作の一番重要なところでもありますから。

 でもまぁ、まだしっかりと全容を見せていない、しかし、ある意味でこの世界の要たる二つの存在。どちらも、かつて世界を統べた者たちの成れの果て。本来のヒトの理でいうのなら、未だ世界に留まるべきではなかったのかもしれない……されど、在るがゆえに運命は巡り、物語が始まった。

 そういった存在たちだからこそ、本作の中で、時代の始まりと終わりを飾るものとして、しっかりと描いていきたいと思います。そんな感じなので、今後の色々にご注目して頂ければ嬉しいです。

 

 

 



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デバイスおよびその他設定等

 いよいよラスト。今更かよ、っていう技術関連の設定とかもありますが、一応この作品内での概要をまとめておこうということで、こうしてみました。
 あと、オリ武装のイラストも一応載せてますが、ぶっちゃけ武装とかちゃんと考えて描くの初めてなので、拙いのはご勘弁を。
 あとがきでも書いてますが、もしかしたら配色は変えるかもしれませんので、あくまでイメージの補完、参考程度に思って頂ければなと思います。


【各デバイスの分類と概要】

 

 

 

・ストレージデバイス

 ───ミッドチルダ式を扱う魔導師にとって、もっとも基本となる魔導端末。演算補助と記憶装置を備えた『杖』の形状を取る物が殆ど。記憶容量が多い物になると魔導書の形を取るが、基本的にそこまで多彩な魔法を使用する術者は少ないため、大多数が『杖』を模した汎用型を使っている。

 インテリジェント型とは異なり自律思考・自己調整機能などは持たないが、ごくまれに簡素な応答機能を有するものもある。処理能力自体は高いが、魔法の発動に際する判断は魔導師に委ねられる為、本人の力量が問われる。

 

・インテリジェントデバイス

 ───『意志を持つ』とされる魔導端末。基本となる機能や本質はストレージ型と同じだが、此方には端末に自律思考・状況判断などを行うAIが搭載されている。そのため、しばしば人格型と呼称されることも。

 デバイス側が状況に応じて魔法の発動を助けるなど、魔導師主体であるストレージ型とは異なり、デバイス側と魔導師側の息が合っていないと扱いが難しい。また期待が高価である事などからも、汎用的であるとは言い難い。しかしその分、術者と端末が互いを信頼し合い、理解し合っている時に発揮する力は絶大。また機体も基礎が高価なものは拡張性が高く設定されている事が多く、ストレージ型よりもかなり多くの形態を搭載している場合も多々ある。

 

・アームドデバイス

 ───古代・近代ベルカ式の術者が使用する、基本形態から『何らかの武器を模した』魔導端末の総称。そのため形状も術者や用途によって様々で、人格型・非人格型が混在していることもあり、基本が『杖』であるミッド式よりもかなりバリエーションが豊富。

 なお、そのほかの特色としては、形態変化によって用途ががらりと変わるミッド式に比べると、模した武器や戦闘方法に合わせた威力や射程の拡張など、まったく別種の攻撃(射撃から斬撃)に切り替えるというより、何か一つの攻撃(例えば斬撃や打撃など)を強化するような変化である事が多い傾向にある。

 

・ブーストデバイス

 ───分かり易い『杖』や『武器』の形を取らない、珍しいデバイス。魔法の発動そのものではなく、術者の魔力や放出の強化に特化している。本来、『遠隔補助魔法を遠くに届ける』事は非常に難しいとされている。しかしそれをカバーして、魔法を対象に向け正確に『効果を減衰させることなく射出して届ける』ことを主目的に開発されたのがこのデバイス。

 そして、後衛からでも前衛に対する回復や身体能力強化といった支援魔法をタイムラグを極力抑えて使用する事が出来る、という特性から、召喚魔導師が好んで使うことが多い(加えて、召喚魔導師が使用すると、召喚で遠隔へ『門』を開く事で普通に撃ち出す以上に早く、且つ大多数に使用する事が出来る為、非常に強力な性能を発揮する)。

 

・ユニゾンデバイス

 ───『融合騎』とも呼ばれる、古代ベルカ発祥の融合型の魔導端末。インテリジェント型以上にヒトに近い設計が為されており、現在ではメインで使用する術者が殆どいないなど、非常に癖が強い。

 その最も稀有な点は、融合騎自身が『リンカーコアを有する魔導師』であること。使用者と融合することによって、単純に『二人分の魔導師』としての力を発揮する事が可能になるという、他とは一線を画した特異なデバイスである。

 しかし当然、特異である以上、力を完全に発揮するには、他のデバイス以上に厳しく危険な条件が付きまとう。まず術者と融合騎の相性が悪い場合、そもそも融合自体が行えない。仮に融合が行えた場合でも、融合騎側が術者を呑み込んでしまう『融合事故』が起こる危険性を孕むなど、使い手を選ぶピーキーな側面を持つ。

 だが、それらの条件をクリアした場合に発揮される力は単純なインテリジェント型を大幅に超える事も。また、古代ベルカで開発された当初は融合騎が人間大のまま分離して戦うことも想定されていたが、のちにサイズを縮小する事で、別個の戦闘を犠牲にする代わりに、融合の若干の相性緩和と複数の融合を想定することも可能になった。尤も、融合騎を扱える術者の絶対数が少ない上に、複数の融合騎と融合相性が高いケースが稀である為、複数の融合例はほぼ幻に等しいが。

 

・AEC武装

 ───ミッドで近年開発の進む物理兵装。魔導端末ではなく、質量兵器に近い位置づけだが、その駆動には魔力が用いられている為、完全な質量兵器扱いはされていない。

 物理破壊設定の魔力攻撃との違いは、魔力を魔力として物理エネルギーに転換するのではなく、魔力を衝撃波や防護障壁などに変換、あるいは魔力砲を電磁コートするなどして、電磁砲として打ち出す機構を搭載している。後者は以前の事件の際、エルトリアとの交流で魔力をフォーミュラエネルギーに変換することで、よりAMFなどに阻害されない砲撃を使用することも可能になりつつある(フォーミュラの術者向けに使用も研究されているが、基本が魔力駆動で設計されている事や、ヴァリアント系装備の汎用性の高さから、フォーミュラ単体でAECを使用する事はあまり推奨されておらず、どちらかというとフォーミュラも使える魔導師向けに研究されている側面が強い。ただ、フォーミュラの技術はまだ完全に公開されているというわけでもないため、ナノマシンの製法などから研究はやや停滞気味である)。

 

・ヴァリアントアームズ

・ヴァリアントウェポン

・ヴァリアントギア

 ―──いずれも、フォーミュラ術者が使用するヴァリアント系武装の名称。世代的にはウェポンが第一世代と言えなくもないが、アームズに流用されて以降、再度表舞台に上がってきた時点では改良が加えられており、どちらかというと世代というより、どういった目的に特化しているかが、それぞれを分類する指標となる。

  ヴァリアントギアは本作オリジナルの武装で、アームズとウェポンの両方の運用データと特性、そして魔導端末機体(デバイスフレーム)を搭載した第三世代型(詳しくは後述)。

 

 

 

 

 

 

【登場デバイス】

 

 

 

───ヴァリアントギア(イージス)

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 『ヴァリアントユニット』を『魔導端末機体(デバイスフレーム)』と合わせた武装。

 基本的にデバイスは魔力を通すことで自己修復が出来るが、フレームそのものに損傷が及ぶと、部品の交換や改修が必要となる。

 が、その欠点を、『ヴァリアントコア』を融合させることで、周辺の物質を取り込む機能を追加。よりいっそうの自己修復機能・継続戦闘能力の強化を図っている。

 元々魔導端末との融合という点では、以前の事件でなのはが使用した『ストリーマ』や『エストレア』が先に在るが、デバイス寄りだったそれらに比べ、こちらはヴァリアント系とユーリの『魄翼』、そして『フォートレス』の特性を併せ持った独自仕様になっている。

 

《基本形態》

・チュトラリーイージス(盾、展開時は翼装)

・イージスグラディウス(手甲剣)

 

 チュトラリーは、なのはの『フォートレス』とユーリの『魄翼』を基にした盾の時の呼称。ユーノが一番好んで使うメインの形態。

 基となった二つと同様に、高い誘導操作性と自律飛行能力を両立させている。ただし『フォートレス』とは異なり、砲撃機能はない。その代わりに、『魄翼』の推力機(スラスター)としての飛行補助と、『フォートレス』や『ストライクカノン』と同じ、ブレード生成機能は有している。生成されるのは、バルディッシュやレイジングハートのザンバーやストライクフレームと類似した、半実体の魔力刃。浮遊させて攻撃に転じるほか、グラディウス時には腕に装備して、手甲剣として用いる事も出来る。

 

《内蔵武装》

・キャプチャーヴェッジ

・バトラキーテス

 

 展開した翼の両側に、一機につき四つずつ収納されている楔型の小型遠隔操作武装。

 『フォートレス』や『魄翼』と同様に、誘導操作と自律飛行機能を持つ。自身の得意とする戦法補助、攻撃範囲の拡張のためのものとしては、なのはの『ブラスタービット』が一番近い。ただし、なのはの『ブラスタービット』とは異なり、内蔵型なのでエネルギーが切れる前にリチャージが必要になる。そのため、射出後に単独で飛行していられる時間はそこまで長くはない。

 収納時は(くさび)型で、射出されると四つの爪が開く。非展開時との変化が(かすがい)を十字に重ねたように見える事から、楔子(ウェッジ)と呼称されている。

 魔法の拡張を目的に設計されており、ユーノの得意とする防御や結界系の効果範囲の拡張などを補助する役割を持つ。特に、バインドやケージ系魔法を遠距離で同時に発動させることで、敵を捕らえる為の檻にも用いられることが多い。このため、捕える者(キャプチャー)という名も冠されている。

 とはいえ、護りの方もお飾りという訳ではなく、『クリスタルケージ』に『プロテクション』の特性を併せ、本来一度発動したらそれまでのケージ系にバリア系の弾く力を付与し流し続ける事で、本来は檻として使われる魔法を自分の全方位防御に利用できる。その他にも、実体の盾と合わせての多重防御壁の展開なども行える。

 『バトラキーテス』は厳密には武装ではなく、翼装として展開した時に生成される光の羽根の事。孔雀石の様に波紋を広げる魔力の翼を創り出す武装なので、バトラキーテスという名前が与えられた。正式名称は『バトラキーテス・アーレ』。

 ユーリの『鎧装』の特性を前面に押し出した、魔力容量の大きい術者たちに比べると劣る空戦能力を補う推進器の役割を持つ。ユーノがフォーミュラを得る事によって会得した外部への干渉と、元々の高い魔導運用技術を併せて、周辺の魔力素やエレメントを集めて翼で受ける事によって飛行補助を行う。また、この魔力素を集めるプロセスを使って、フォートレスから引き継いだ魔力駆動の分を補ってもいる。

 更に、このシステムを応用技として、『魔法の基点』にする事や『魔法を拡散させる』事も出来る。ただし、あくまで『集めて使う』或いは『弾く』だけなので、可能かどうかは本人が使うならユーノの、拡散は相方となる術者それぞれの技量や魔法によりけり。

 

 

───レイジングハート・エストレア

 

《前作で登場した形態》

・エストレア(槌鉾(つちほこ)

・ストリーマ(腕部固定砲)

 

《追加および復帰形態》

・アクセルモード(杖)

・F/バスターカノンモード(槍杖(そうじょう)

・F/エクセリオンモード(槍鉾(そうぼう)

 

《外部追加武装》

・ブラスタービット、フォートレスユニット、ストライクカノン

 

 『F/エクセリオンモード』は、以前のエクセリオンに加えて、エストレアの形態からの派生を取り入れた、原典でいうところの『エクシードモード』に当たる形態。エストレアの方にエクシードの呼称が冠されたため、本形態にはエクセリオンの名が残された。

 縦向きの矛先が、横向きに変わり、エクセリオンにやや黒みが増えた状態になる。通常の杖の形態を戻し、エクセリオンのストライクフレームを生成する機構を併せて載せてある。

 実体的な敵に対しては、腕部固定砲へ換装し使用する。外部武装である『ストライクカノン』との同時運用も可能であるが、基本的には『魔法に対して質量兵器』を行うことは管理局という組織の特性上あまり好まれておらず、いまのところは同時使用許可が降りる事は稀(より正確には、規制が再び厳しくなり改修と規制が為された)。

 上記の理由から、強力なAMFやフォーミュラの類に対抗せざるを得ない時は、改修時に残されたFモードの腕部固定砲(ストリーマ)に搭載された電磁コーティング砲撃を主に用いる。

 また、前回に引き続きフォートレスユニットも同時運用できるように設定されているほか、外部武装であるブラスタービットを用いることで更に広範囲、かつ多数の目標に対する攻撃能力を高めている。

 

 

───バルディッシュ・ホーネット

 

《前作で登場した形態》

・ジャベリン(槍)

・ブリッツセイバー(片手剣)

 

《追加および復帰形態》

・ブローヴァフォーム(戦斧)

・クレッセントフォーム(大鎌)

・ライオットブレード/ザンバー(二刀流および大剣)

 

 『ライオットモード』は、ストレートセイバーとブリッツセイバーからの派生で、小型の二つに分ける二刀の状態と、状況に応じて合体させた大剣形態への変形も可能にした。

 ジャベリンとブリッツセイバーを残して、旧形態であるブローヴァフォームとクレッセントフォームを追加回帰。そこへ更に、ザンバーの派生を二刀流から移行出来る様にした『ライオットモード』の搭載を行った。

 この二刀流を搭載した理由は、ヴァリアントアームズの武装換装の速度や、自身の高速機動をより活かす為の構想からのもの。以前の戦いではユーリの高速機動について行くほどの『魄翼』の様な装備はあったが、フェイトの高速機動(特に当時は使用出来なかったソニック)を使用していても着いてこられる『盾』は、現状の魔法技術では少し厳しい。特に魄翼は魔法技術でフォーミュラのそれではない為、技術輸入の範囲に入っていない。頼めばユーリは快く教えてくれるだろうが、『盾』を付随させる戦いを行うには、盾の側に要求する性能が高まりすぎる。

 そのため幾らか可能性を考えた上で、より早く速度を突き詰め、『どんな攻撃にも反応し斬り返す』というコンセプトの基、二刀流に行き当たった。更にはここから旧態依然のフルドライブを行うザンバーへの変形を可能とする為、フェイトの戦法において一つの到達点ともいえる。

 

 

───シュベルトクロイツ、夜天の魔導書

 

 大幅な改修は行われていない。はやてはその出自の関係から、基本的に自分のデバイスの様相を変えることを好まず、どちらかというと外部に付随する武装や、魔導書内に保存する魔法によっての戦いを好む。

 しかし一方で、前回の事件以来AEC装備との連携の幅は広がっている。ただ、彼女本来の戦い方としては、カノンなどによる物理砲撃よりも、膨大な魔力量にものを云わせた多彩な広範囲攻撃が主軸となる為、あまり高速・近接などに特化した使い方はしていない模様。ただ、後衛の司令塔であり、大火力砲台として自身を守る意味でも、フォートレスの使用練度は結構上がっている。

 

 

───ルシフェリオン・ノヴァ(英語で『新星』の意)

 

《前作で登場した形態》

・ヒートヘッド(杖)

・ディザスターヘッド(槍)

・ブラストクロウ(籠手)

 

《追加形態》

・ヴォルカニックヘット(槍鉾)

 

《追加外付武装》

・ヒッツェシュライアー(ドイツ語で『陽炎』の意)

 

 ヴォルカニックヘッドは、なのはのエクセリオンを参考にした、シュテルのフルドライブ形態。下記のヒッツェシュライアーと組み合わせて、なのはのA.C.S.にも似た攻撃を行うことができる。

 ヒッツェシュライアーは、イリスがかつて用いていた、自身の姿を半実体的に投影させる機構を派生させた武装。フォートレスを操る際の腰部分機構(ベルトユニット)に似た、腰に身に着ける形で常用している。魔導とフォーミュラを同時に起動させて発動させる機構なので、発動させた瞬間、魔導とフォーミュラの融合の証である『翼』が開く。シュテルの翼はなのはとユーノの硬質な印象のそれとは異なり、どちらかというと噴出する炎のような形状をしている。ただ、実体的でないのが却って翼らしく柔らかな印象を与えており、彼女の持つデバイスの由来通りの天使(あくま)思わせる六対の翼が展開される。色は紅緋。

 これらの導入は、なのはに対抗して(ユーノがフォーミュラを入れていたというのもあるけれども)『アクセラレイター』を得ることになり、元からの高速機動を得意とするレヴィに比べると、自身は長時間の高速機動を行う戦法よりも、あくまで得意とする砲撃を活かす戦い方を突き詰めたいとシュテルが考えた事による。

 コンセプトは、自身の炎熱変換とアミタの用いていた最大加速を併せるといった発想から来ている。超加速の際、炎熱変換による『陽炎』を周囲へ意図的に作り出し、そこへイリスから継いだ半実体(ざんぞう)を投影しつつ、自身の姿を相手の認識から外し、一気に加速軌道に入ることで敵の懐へ飛び込む。この戦法を実現させるために、シュテルはヒッツェシュライアーを考え出した。

 使用法としてはなのはのA.C.S.が基になっているが、シュテルは真正面から飛び込むだけではなく、なのはに砲撃の中からA.C.S.による一撃を《オールストン・シー》で喰らわされた経験から、超加速と相手の認識外からの必中の一撃を意図的に発動させるべくこの(すべ)を生み出した。

 

 

───バルニフィカス・ヴェネーノ(スペイン語で『毒』の意)

 

《前作で登場した形態》

・クラッシャー(戦斧)

・スライサー(薙刀)

・ギガクラッシャー(大戦斧)

・ブレイバー(フルドライブの大剣)

 

《追加形態》

・ツインブレイバー(双刃剣)

 

 ツインブレイバーはその名の通り、分離させたブレイバーを上下に連結させて使用する形態。ForceにおけるフェイトのライオットブレードⅡと発想自体は同じだが、こちらはレヴィのフィジカル的な要素を前面に押し出した仕様になっている。

 通常のブレイバーから一回り程小さくなってはいるが、連結した全長はフェイトの通常のザンバーよりも大きい。加えて、ブレイバーは元々刀身の長さが任意で変えられるので、周りへの被害を全く考えなくて済むなら、それこそ理論上は次元船を両断する事さえ可能。

 尤も、そういった状況は殆ど起こらないため、どちらかというと周辺に仲間がいると扱いにくい形態ではある面が目立つ。とはいえ、それなりに刀身を抑えても、仲間を巻き込まない状況であれば、その破壊力は絶大。

 以上の事からも分かる通り、基本的には、まさしく『力押し』を体現したような武装。レヴィの持ち前のスピードとパワー。その両方を以て、周辺の者も含めてすべてを蹂躙するのが、この武装コンセプトである。

 たとえ間合いに入られようと、それ以上の速度と本人の空間把握による感知でカウンターへと繋げる。諸刃の剣ではあるが、立ちはだかるモノ全てを両断する様は、実にレヴィらしい武装といえる。

 

 

───エルシニアクロイツ、紫天の書

 

 ディアーチェも魔法の特性上、基本的にはやてと同様で、魔導書による魔法を増やした他は、目立った改修を行っていない。一つ変化があるとすれば、以前はやてから渡されたグリモワールに『紫天の書』と名を与えたこと。その他には、シュテルとレヴィとの融合以来、二人のデータを魔導書に収納することで、疑似的に『トリニティ』を再現する方法を模索していたりもする(完全ではないものの、近いところまでは再現出来ている。しかし魔力出力は変わらないので、基本的には武装の呼び出しと魔法の合わせ技による戦法のバリエーションが主)。

 

 

───魄翼、鎧装

 

 生みの親であるエーベルヴァイン博士からもらったもので、ユーリはその絆を大切にしているため、目立った改修は無し。ただ、ユーノがイージスを造る際の協力時に、ほんの少しだけ出力強化を行っており、以前よりも推力機(スラスター)としての性能が向上している。また、この改修時にユーノやなのは、シュテルの様に光の羽が発生するようになったが、これは三人のモノとは異なり、ユーリの膨大過ぎる魔力量ゆえの余剰光によるもの。

 

 

───ヴァリアントアームズ、およびウェポン

 

 元々換装・変形できる武装の形態が多いため、本来はあまり一武装としてのカタチの括りに入れるのは好ましくない。

 一応現状で確認されている形態は、両手剣、片手剣、両刃剣、銃剣、弓銃、拳銃、機関銃、狙撃銃、散弾銃、擲弾銃、多銃身砲、斬鞭と、多岐に渡る。

 また、その他にも。海鳴での戦闘経験から、短剣、小太刀、太刀などといった地球の武装にもいくらか派生形態として追加できないかが思案されている。

 

 

 ───グラーフアイゼン

 

《前作で登場した形態》

・ラケーテン

・ギガント

・パンツァーヴェルファー

 

《追加および復帰形態》

・ハンマー

 

 前回は大型の相手が多かったことから使用されていなかったが、本作では旧来の基本形態を復帰させている。しかし一方で、隊長陣などは形態の変化が大きいぶん目立ちにくいが、彼女らと同様にカートリッジが従来のものとは異なる電磁カートリッジを採用している。

 大雑把に言えば、従来の純粋魔力のカートリッジシステムのではなく、魔法を無効化する相手に対して、AEC装備と似た物理兵器としての性能をデバイスに追加するためのもの。

 ただ、物理攻撃に寄った分だけ非殺傷設定の機能調節が難しいため、普段は魔力による通常運用を主にしている(前述のとおり、機能としては残されているが規制はされている)。

 

 

 ───レヴァンティン

《前作で登場した形態》

・シュベルト

・ボーゲン

 

《追加及び復帰形態》

・シュランランゲ

 

 前回はオミットされていたが、本作ではシュランゲフォルムが復帰している。ヴィータのグラーフアイゼン同様に電磁カートリッジを採用しているため、当時は緊急を要する事態だったこともアリ、その力を上手く連結刃に伝える改修が完了できなかった。しかし、時間を経て丁寧な調整が行われたほか、ヴァリアント系のデータ(キリエのストームエッジやイリスのスラストウィップなど)からも強靭な機体を得るための改修がなされた。

 また、ボーゲンフォルムには電磁加速機構が追加されていることから、以前よりも射出速度が速くなっている。

 

 

 ───クラールヴィント

 

《前作で登場した形態》

・リンゲ

・ペンダル

 

 アームドデバイスだが、基本的に後方支援用に組まれているため、大幅な改修は為されていない。しかし一方で、シャマル自身による『旅の鏡』や『戒めの糸』を用いた応用技の運用がかなり増えている。武器らしい見た目をしていないのに、本気になるとある意味一番物騒かもしれない、とは彼女のお仕置きを受けた事のある者たちの弁。

 

 

───マッハキャリバー、リボルバーナックル(R)

 

 ローラーブーツ型のインテリジェントデバイス。魔法の演算補助を行うほか、他のインテリジェント型にはあまり見られない、飛行制御や噴出などによる一時的な跳躍とはまた違う、ローラーによる加速・制動といった移動補助も担う。駆動自体は魔力によるもので、使用者であるスバルとマッハキャリバー自身の思考・判断によって操作されている。

 そのほか、リボルバーナックルの連動によって、カートリッジロードのタイミングや歯車部分の回転数などの調整も行っている。

 

 

───クロスミラージュ

 

 二丁拳銃型のインテリジェントデバイス。一丁のみでも使用できるが、使用者であるティアナが両利きな事もあって、もっぱら両手持ちで使われる。ただ、集中が必要な魔法の場合は、一丁を右手保持の状態で使われる場合もある。

 なお、他のインテリジェント型に比べると、珍しく最初からカートリッジシステムを内蔵する前提で設計されており、カートリッジの換装も他に比べ簡略化された、より射撃向けの仕様になっている。

 他にも隠されている形態があるようだが、現在のところは成長中のティアナに併せて、彼女が最も得意とする射撃に徹する為に封印されている。

 

 

───ストラーダ

 

 槍型のアームドデバイス。人格型で、新人フォワード陣の愛機の中では一番よく喋る。

 『高機動型だが防御が薄い』という、育ての母であるフェイトと似た資質を持ったエリオの為に、フェイトの戦技データや、ベルカ式であることなどから副隊長陣(シグナムとヴィータ)のデバイスを基にして、開発が行われた。

 レヴァンティンのカートリッジシステムを参考にして、魔力を刃に載せる『斬撃』を主にしたベルカ騎士の得物としての特性。そして、陸戦型であるため、機動力を補う目的もあってヴィータの『ラケーテン』を基にした噴出口が備え付けられている。

 真っ直ぐにしか進めないのが玉に瑕だが、片手剣と鉄槌を基にしているとはいえ、槍型であるので、刺突向きであるのはそこまで疵にはならない。他にも、フェイトの戦闘データなどから、電気の変換資質の扱いに関する調整も行われている。

 

 

───ケリュケイオン

 

 グローブ型のブーストデバイス。青地のフィンガーレスタイプで、手の甲の部分に桃色の半球型の宝石がある。人格型だが、AIの性格は本人と同様におとなしめ。

 召喚魔導師であり、かつ後方支援役としてのキャロの適性に沿って生み出されたデバイスであり、魔力射出と放出に重点を置いた調整が為されている。

 また、リミッターを解除した状態では、なのはのレイジングハート同様に光の羽が生成される。これは『フィン』という魔力射出を補助するもので、キャロがより早く、より大きな魔法を仲間へ届けるための機能である。

 加えて、原典では出自が明確にされていなかったが、本作ではストラーダ同様、本編開始以前にフェイトから贈られたものとして設定してある(製作者はお馴染みのマリーとシャーリーのデバイスマスターズ)。

 

 

 ───ブリッツキャリバー、リボルバーナックル(L)

 

 マッハキャリバーの姉妹機。元々六課が陸士一〇八部隊との捜査協力が見こされていた事もあり、確実な戦力を得る目的もあって、ギンガに支給する前提で製作された。基本的にはマッハキャリバーと同型、カラーリングがギンガの藍色の魔力光に合わせて、淡い紫を主軸にしたものになっている。

 

 ───ファントムミラージュ

 

 首都航空部隊時代から使い続けているティーダの愛機。ここ数年は魔導師としての活動を自粛しているため、戦闘形態を面に出す機会は減ったが、現場で補助魔法を行う際などはしっかりと活躍している。

 陸士第一〇八部隊に所属した経緯から、ゲンヤの紹介でマリーやシャーリーにデバイスの調整を行ってもらったことがあり、この時に収集された運用データは、ティアナのクロスミラージュにも引き継がれている。

 妹と同様、二丁拳銃を基本とした拳銃型デバイス。大きさはクロスミラージュよりもやや大きめで、銃身が長めの拳銃か、短銃身散弾銃(ソードオフ・ショットガン)くらいのイメージ。妹とは異なり、目立った近接形態はないが、『シューティング・マグナム』と呼ばれる二丁を連結させた長距離射砲撃形態を有する。

 ただ、以前ボレアースに敗北した経験から、魔導師復帰後には近接形態を追加する提案もされているが、ティーダが前線復帰前なので見送られている。代わりと言っては何だが、空戦射撃を得意とするティーダの適性から、多数の敵を射貫く事に特化した魔法補助機能が強化されているほか、連結状態の射砲撃の威力が高められてもいる。

 

 ───S2U、デュランダル

 

 共にストレージデバイスだが、デュランダルの方は簡易的な応答機能を有している。どちらも使用者であるクロノにとって思い入れ深いデバイスたちである為、改修はされていない。ただ、『リフレクター』のみ、数が六機に増設されており、前回の様な大規模凍結の際により広範囲で精密な魔法しようが出来るように調整が為されている。

 

 ───ストームレイダー

 

 現在は六課のヘリに搭載されているインテリジェントデバイス。ただ、六課の支給品ではなく、ヴァイス個人の愛機である。

 現在は本来の形態を封印しているが、以前はヴァイスの『相棒』として、数多の事件を戦い抜いていた。その本来の姿は、使用者であるヴァイス自身の腕前も相まって、お目付け役だった烈火の騎士や親友の空戦魔導師にとっても強い印象を残しているらしい。

 

 ───ヴィンデルシャフト

 

 一対の双剣型アームドデバイス。分類上は『剣』であるが、実際の形状は『旋棍(トンファー)』に近く、使用者であるシャッハもそちらの戦法を好んで使っている。普通に柄を持って振るうこともできるが、レヴァンティンやストラーダに比べると、デバイス本体を刃として振るうというよりは、魔法による斬撃と合わせての使用するのが主。ただ、鋭利さが無い分だけ刃自体は細身だが分厚く、戦棍(メイス)の様な叩き抉る攻撃が可能。

 

 ───アスクレピオス

 

 グローブ型のブートトデバイス。黒地のハンドグローブに、手甲部分に半球上の紫色の宝石が据えられたシンプルなデザインをしている。召喚魔法用に強化されているようだが、その全容は未だ明かされていない。

 

 ───ヒュギエイア、アロンシュタープ

 

 ヒュギエイアは、白地に黄金の宝石を載せたグローブ型のブーストデバイス。白地のロンググローブに、金色の宝石が手甲部分に据えられている。フィンガーレスではあるが、ケリュケイオンのような指抜きではなく、中指のリングに嵌めるタイプのものになっている。加えて、腕の辺りに紫の蛇の意匠が施されている。

 アロンシュタープは、ヒュギエイアと合わせて用いられる古代ベルカ式のアームドデバイス。普段は長槍の形をしていて、基本は実体刃として使うが、必要に応じて魔力刃を生成する事もできる。他にも大鎌と、ベルカ式にしては珍しく銃の形態を有しており、これら三つの形態はそれぞれに『シュペーア』、『ジヘル』、『ゲヴェーア』フォルムと呼称される。

 ベルカ式の流れであるため、当然カートリッジシステムも搭載しているが、使用者が総魔力量の割に瞬間的な大放出が苦手である事に合わせて、その不得意な部分を補うために、かなり強引な機構を搭載しているらしい。

 

 

 

 

 

 

【世界観・魔法に関する設定等】

 

 

 

───魔法

 術者の魔力を使用し、『変化』『移動』『幻惑』のいずれかの作用を起こす事象。そして、ほどんどの管理世界下に存在する『魔力素』を特定の技法によって操作、上述の事象を生じさせる技術体系の総称でもある。

 『プログラム』と呼ばれる自然摂理や物理法則を数式化したものを、任意に変更・調整することで作用を引き起こす。例えば射撃魔法なら、体内から放出した魔力を弾丸に変化させ、それを撃ち出すというプロセスを経て発動される。

 他にも、発動の際には詠唱や集中を始めとする動作(トリガー)が必要とされるが、そういった動作や魔法をその都度組みなおすには時間がかかる為、魔導師たちはあらかじめデバイスに使用頻度の高い魔法をセットしている事が多い。

 

───魔力

 魔導師は次元世界に存在する『魔力素』を、リンカーコアを通して体内に取り込むことで、自らの『魔力』へと変換する。こうして生成された『魔力』を用いて、術者たちは『魔法』を使用する。

 魔法技術が一般化されているため、あまり厳密には区別されずに『魔力』と総称されているが、エネルギーの基になるのはあくまで体内で『生成された魔力』であり、『魔力素』そのものではない。

 外部に存在する魔力素をそのまま自分の魔力として使うことは難しく、外部魔力を魔力源とする稀少技能保持者も、基本的には魔力炉心などから生成された魔力を使用する(身近なところではカートリッジシステムも、魔導師らが込めた『魔力』を魔法に上乗せする機構)。

 

───魔力変換資質

 魔法には、純粋な魔力を用いるものだけではなく、炎や電気、凍結といった物理的な属性を帯びたものも存在する。学習や鍛錬を積むことで、これらの魔法を習得する事は不可能ではないが、意識せずに自身の魔法に属性を帯びた変換を行える者たちを指して『変換資質保有者』と呼んでいる。

 傾向的に『炎』や『電気』が多めで、『凍結』を持つ者は少なめであるらしい。また、さらにレアケースではあるが、一人で複数の変換資質を持つ者も存在する。

 

───稀少技能(レアスキル)(もしくは先天資質とも)。

 厳密な定義や優劣はないが、通常の魔導運用から逸脱した技能の総称。保有者の数が少なければ少ないほど、或いは強力であればあるほどに、その稀少性を増す。

 比較対象としては、『変換資質』と『蒐集』などが分かり易いか。

 例えば蒐集スキルを持っていれば、本人の変換資質の有無に関わらず、蒐集した変換資質持ちの魔法使用が可能となる。そういう意味では、蒐集スキルは、変換資質を包括したものといえなくもない。

 しかし稀少技能の有無や稀少性は、それがイコール魔導師の絶対的な実力差というわけではなく、あくまで本人の『力の一部』に過ぎない。

 同質な例で言うと、リンディとプレシアは共に『外部魔力運用』が出来る稀少技能保有者であったが、魔導師ランクではリンディが総合AA⁺で、プレシアは条件付きSSと、数値上はリンディが一歩劣る。けれど、病魔に侵されてはいたものの、プレシアが単身で次元艦相手に次元跳躍攻撃を行ったように、リンディもまた、発生直後とはいえ、最早『災害』に等しい次元震をほぼ単身で抑え込んでいた。余談を加えるなら、リンディは余剰魔力を『羽根』として形成していたが、プレシアにはそういった兆候はないため、単身での魔力許容量はリンディの方が余剰分だけ多いといえるかもしれない。

 このように、同質な術者はもちろん、異なる技能の持ち主同士であっても、両者の実力は『系統が違う』だけで、一概に優劣を決定できるものではないといえる。

 

───古代遺失物(ロストロギア)

 次元世界、特に管理世界へと流れた世界が遺してきた『発達しすぎた魔法技術』の痕跡。『ジュエルシード』や『レリック』をはじめとする物質的なものや、『夜天の書』のように遺された魔法技術そのものであることもある。

 

───禁忌兵器(フェアレータ)

 ロストロギアの中でも、特に危険性の高い兵器に対して用いられる名称。戦乱期の古代ベルカには、これに類するものが数多く存在していた。

 『闇の書』のように暴走による脅威というよりは、明確にヒトがヒトに対して生み出した、争いの為のものが多い。

 

───AMF

 Anti Magilink-Fieldの略称で、フィールド系の上位に位置する『魔法を阻害する魔法』。

 魔法ランクに当てはめれば、AAAランクに相当する。魔力結合、および魔力効果発生を無効し、魔導師の攻撃はもちろん、飛行・移動や防御の全てを妨害する。

 以前は戦略兵器並みの大きさが必要であったが、現在は『ガジェットドローン』に搭載された小型機が発見され、その技術は管理局内に齎された。しかし、魔法が統べる世界を根幹から揺るがしかねない装置である為、開発が成されたという事実は、管理局内に激震を走らせらせることに。

 この危機に際して、以前から限定的にもたらされているフォーミュラと並んで、魔力駆動のAEC装備などの規制が徐々に緩和され始めている(完全に解禁されていないのは、人命を優先する風潮とフォーミュラの技術提供が、あくまですべて明け渡したものではない事に起因する、とされている)。

 

───フォーミュラ

 管理世界でいうところの魔法に当たる、エルトリア発祥のエネルギー運用技術。

 血液に乗せて体内を循環させるナノマシンから発生するエネルギーを使って、物質にあるエレメントに干渉する力。この性質から、干渉術と呼ばれている。

 上記の事からも分かる通り、魔法とはちょうどエネルギーの運用方法が逆になっている。加えて、魔法が魔力を結合させて放つものが多いのに対し、此方は『解析』と『分解』に特化しているなど、性質も対になる部分が多い。

 魔法とは異なり、大規模火力による広域殲滅にはあまり向いていないが、武装の換装速度と高速機動の精度に関しては魔法を上回る部分も。また、使用の適性や特性こそあるが、才覚に関係なく基本的には使用することが出来ることも、資質に左右されがちな魔法より汎用的といえる。

 前回の事件以来、エルトリアと提携が結ばれており、管理局に技術提供が行われている。しかし、提携を取り持ったのが当時新宿支局長だったクロノであったため、フローリアン姉妹とイリスの違反を軽減する目的ではあったが、あくまで搾取ではなく提携という形に留められている。

 この件に不満を持った局内の一部過激派には、AECと共に全面的に導入を進めるべきだという主張の元、より技術輸入を推進すべきという声もあった。けれど、あくまでも管理局は司法組織であるという意見の方が重く扱われており、あくまで交流のある一世界の技術として、共栄を目指すべく、情報管理の中枢である無限書庫を介した、対等な情報交流の関係が築かれた。

 

───エレメント

 フォーミュラ術者が操る、物質に含まれる粒子の総称。もっと突き詰めれば、言葉通り、世界を構成する元素全般を指している。

 そういった無機物(この場合は『有機を持たない(炭素を含まない)』というより、『無機(生命を持たない)』の物という意味)に対する干渉の自由度は、魔法よりも格段に高い。特に、ヴァリアントシステムの得意とする鉱物加工に至っては、機械兵器を自立駆動させながら、周辺の物質を取り込み自己回復まで行えるレベルである。

 しかし一方で、生体に含まれるエレメントへの干渉はフォーミュラ単体では行うことは出来ない。また、干渉するだけではなく、エレメントを人体(にくたい)として再構成することも、フォーミュラ単体では不得手である。

 厳密には通常の培養などによって生体を生み出す事自体は出来るが、あくまでも物質(大気や金属など)に含まれるモノであるため、魔法の様に『魔力が実体を成す』様な、まったく異なる物質を『新しく』創造(つく)る事は出来ない。

 ただ、これらは主に生体に対する場合であり、かつてなのはが魔法とフォーミュラの複合砲撃を行っていたように、単純に『エネルギー』としてエレメントと魔力素と融合させる事自体は可能である(元々魔力素自体も魔力に生成されたのちに、物理エネルギーへ転換できる)。

 そして、この『エネルギーとしては融合できる』という性質を利用して、体内にエレメントを潜り込ませる作用を実現したのが、ノトスの用いるISである。

 彼のISは回復魔法や魔力譲渡といった、魔力回復の促進、他者のエネルギーを分け与えるという術式に類似した力場を造り、効果範囲内にいる対象へそれらと類似した効果を誤認させて発動する。ある意味で、仕組みの上では回復魔法の亜種であるともいえる。

 

───マテリアライズ

 かつてイリスが、ユーリの力を介して行った『ヴァリアントシステム』の応用技術。実体のない生命や人工知能に肉体を与える力。

 以前の半実体だったイリスは、この力を用いて自身の身体を投影していた。ただ、フォーミュラシステムのみでは実体を象るのは難しかったようで、イリスはユーリの生命操作を、ディアーチェたちは蒐集された際の肉体か、或いは守護騎士システムを応用した魔力による実体を得たと思われる。

 

───次元世界

 次元の海に存在する世界を差した言葉。この内、管理局との提携によって、ミッドをはじめとする諸世界と表立って交流・交易を持った世界を『管理世界』。表立った交流・交易を持たない世界を、『管理外世界』と呼ぶ。そのほかにも、無人世界や観測指定世界など、様々な区分が存在しているが、主だった呼び方は上述の二つ。

 

───時空管理局

 次元世界を統治する司法組織。ミッドチルダを主軸に、数多の管理世界の秩序維持を目的に活動している。

 次元の海に置かれた人工居住区である本局と、ミッドチルダの首都・クラナガンに置かれた地上本部の二つを要として、『海』と『丘』の世界を日夜守り続けている。だが、地上と本局の折り合いはあまりよくはなく、やや確執が存在する。

 その理由としては、管理局の保有する魔導師の少なさなどが、主な理由となっている。外の世界を中心に活動する本局が、ただでさえ少ない強力な魔導師を独占しているという風潮があり、また外から発掘された魔導師はそのまま本局に所属するケースが多いため、地上本部が軽視されている、という見方が要因であるとされている。

 ただ次元世界の性質上、強力な魔導師ほど、犯罪行為に手を染めるなら、一つの世界に留まるメリットは薄く、その気になればどこまでも外へ逃げて行ける為、システムの完成していない外に魔導師を置いているのも、一つの道理といえなくもない。

 かといって、地上で起こる犯罪を蔑ろにしていいという道理もなく、こればかりはバランスを取るのが非常に難しい問題であり、魔法技術に行き付いた世界が抱えた宿命ともいえる。

 

───聖王教会

 古代ベルカに実在した『最後の聖王』を象徴とした、次元世界最大の宗派である(始まりは聖王が神託を受け、その教えを広めた事が聖王教の始まりとされる事もあるが、信仰の対象にまで祀り上げられたのは、やはり『最後の聖王』の功績が大きい)。

 元々、管理局創成期から関わりが深く、それどころか管理局が創設される以前は、教会がロストロギアに対する保護・管理を行っていた事もあった。そのため、捜査協力の関係が今でも続いている、管理局と関り深い組織である。

 ただ、あくまでも民間ではあるため、純粋に戦力というよりは、ベルカ関係の遺失物に対する見識の深さを借りているような形にはなっている。

 

───ミッドチルダ

 第一次元世界に位置付けられた、ミットチルダ魔法の発祥の地。魔法技術がもっとも発達した世界とも呼ばれ、管理局が中心に据える要ともいえる。

 首都・クラナガンを中心に、東西南北に様々な特色を持った地域が混在しており、北部にはミッドの源流ともいえる旧ベルカ自治領がある。他にも、東部には遊興施設が多く存在しており、スバルやギンガの出身であるエルセア地方はミッド西部、フェイトやアルフの出身であるアルトセイムはミッド南部に存在する。また、東西に比べると南部は辺境の扱いで、開発があまり進められておらず、豊かな自然が残っているという。

 なお、余談ながら劇場版ではユーノの出身地はミッドチルダ遺跡にあるスクライア一族の発掘キャンプ、と記載されていたが(単純に当時の拠点がそこだったという可能性はゼロではないけれど)、もしかすると南部には遺跡が存在している可能性も考えられる。

 

───古代ベルカ

 かつて存在し、ミッド以前の魔法がもっとも発達していたとされる世界。戦乱が長く続いていた事から、強力な魔法や質量兵器などが数多く開発され、この世界由来の古代遺失物もかなり多い。

 滅亡自体は数百年前とされているが、ミッドにベルカ自治領が置かれていたり、当時のベルカにも次元を超える魔法や戦艦があった事が確認されているので、おそらくミッドを中心にいくつかの世界でその名残は今も続いて残されている(聖王教会などがまさにその代表例)。

 

───聖王

 古代ベルカに存在した王家の当主に冠された呼び名だが、現在では主に、聖王教会などが崇拝の対象にしている、最も偉大な功績を残した『最後の聖王』、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトを指すことが多い。

 ベルカ自体は崩壊しており、世界を完全に救うことは出来なかったものの、彼女はベルカの戦乱に終止符を打ち、戦争を終結させた。それによって次代へと繋げる下地を築き上げた事が、彼女が信仰の対象にまで祭り上げられた(ベルカ崩壊の要因は、巨大ロストロギアの暴走による大規模次元震だとされており、オリヴィエの死後に起こっている)。

 

───覇王

 諸王時代に存在していた王家の一つ、その当主に冠せられた呼び名であった。

 戦乱を止めた聖王が着目されることが多いが、此方の王家も、繋がれた時代で武勇に秀でた逸話を数多く残している。通説としては、生きていた時代が違うとされるが、同じ時代を過ごしたという資料も残されており、確実なところは今のところ不明(ベルカが崩壊してしまっているため、研究が難航している)。

 なお、この説が呈されている理由は、彼の王の武勇が『最後の聖王』の没後に遺されたものが多い事から、彼もまた、オリヴィエが次代へ繋いだ命の一つであったと考えられているため。

 

───聖王のゆりかご

 『聖王』を鍵として起動する、巨大な戦艦。ベルカの戦乱を止めた兵器とされており、古代ベルカ時代からロストロギア級の扱いを受けていたとされている。しかし、『ゆりかご』の実物が確認されていない為、その強力さは文献などによって伝えられるのみである。

 ただ、『最後の聖王』がこれを用いて戦乱を治めたというのは事実の様であるが、『ゆりかご』自体の初出は更に古いものであるという文献が散見される。なのに何故、それ以前にもっと動かされなかったのか。事の詳細は謎に包まれている。

 しかし、戦乱期の最後に姿を現し、その力で以て時代を一つ動かして見せた『ゆりかご』は、そうした謎めいた言い伝えから、ロストロギアの中でもある種の神秘性を持って後世に語り継がれてきた。そのため、その存在は、もはや神話の領域に在ると言っても過言ではないと言える。

 

───預言

 聖王教会の騎士、カリムの保有する稀少技能『預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)』が記した、在る未来に関する詩文。彼女のスキルの特性上、予測は確実に起こるとされているが、何年か続いた預言が『変質』し、更に期間を置いて続いたという事から、前例のない程の災厄が起こるのではないか? と、不安視されている。

 かなり前から解析が行われ、現在でも調査は続いているが、ある一つの未来を想定して、新暦八〇年の今年、機動六課が正式に発足するきっかけとなった。

 

───機動六課

 はやての主導の下、設立されたミッドチルダの地上部隊。

 正式名称は『Ground Armaments Service-Lost Property(古代遺失物管理部) Riot Force 6(機動六課)』。

 設立の目的となったのは、ここ数年ミッドチルダを始めとする次元世界で起こったレリック事件。前回の回収任務時に起こった暴走爆発、および第八空港周辺を包み込んだ大規模火災の二つがもたらした甚大な被害を鑑みて、これ以上の被害を抑え、事件の早期解決を図るべく、この部隊は設立された。

 また、レリック事件にはAMFを有する『ガジェット』が付随することが多く、単純な魔法による対処が困難となるため、AMFに対抗する(すべ)を学ぶ場としての側面も、六課は持っている。

 後続の魔導師たちが、魔法によって対魔法技術に対抗できる教育の基礎を築き、部隊長たちを筆頭として、その戦闘データを収集する。ある意味でこれは、管理局の理想に沿った指針ではあった。

 そこに加えて、AEC装備を始めとする武装の運用データも同時に収集する事で、単純な質量兵器まかせの殲滅ではなく、『あくまで有効な対処手段として、魔法とそれらの武装を組み合わせて使用できるように』という部分も、六課創設の一因となっている。

 ただし、これらの目的が部隊設立に至った全てではない。しかしそれと同時に、数多の理想と思惑が絡み合う茨と泥に塗れた路で、なおも希望を求めた若き精鋭たちが選び取った夢でもある。そうした様々な心を乗せながら、それぞれの光を掴み取る為、うねり始めたこの時代に、舞台の幕は上げられた。

 

───LCM

 正式名称は、『Eternal Bank(無限書庫付き)-Lost Logia(危険遺失物) Counter Measure(対策課)』。六課の設立を目指したはやての想いを受けて、ユーノが皆を支えるために考え出した、一つの答え。とある弟子に背中を押され、悪友らの力を借りて設立した無限書庫の新部署。

 元々、『無限書庫』という施設自体は管理局の保有するものだが、運営には民間協力者であるユーノを責任者として据えている。しかし、民間協力者ながら、かつて嘱託として活動していた経験ゆえ、ユーノ本人が部隊に出向いて協力する機会はそれなりにあった。なので、管理局内にはあるものの、非戦闘かつ専門性の高い部門であるその立ち回りは、ある意味『聖王教会』に近い。そういった特性を踏まえて、ユーノは自分たち司書が『部隊に協力する』体制と、『部隊からの依頼を受けられる』体制の二つを確立させ、一つの部署としてまとめあげた。

 細かな取り決めはあるが、大雑把にまとめれば、これらは『指揮権を各部隊に委ねる代わりに、有事の際は情報の提供者として協力できる』という、専門性の高い嘱託魔導師のような制度である。

 要するに、『協力できる』というのは、これまで通りの依頼待ちの状態からではなく、危険性が高いと判断した品に対する情報を、司書の方から部隊に申告し、事態に参加・対処を促せるようになったということである。

 実際、『聖王教会』からの派遣騎士がロストロギアの処理を行う事もあるため、管理局内から専門家を集めるのは、別段不思議なことではない。特に、数年前までは無限書庫の内部にさえ手つかずの遺失物紛いの品が溢れていた事もあり、『そういった事態に対処できた司書』のみで構成されたこの部署は、実力的には疑いようがない。管理局側としても、自分たちの組織が保有する情報部署に、危険物の情報が入る事は(本来の対処の意味であっても、また強力な力としても)好ましくないわけがない。

 体制の変化に伴い、(情報や戦力の漏洩防止の目的もあり)検査・監査は年々厳しくなってはいるが、生憎とその程度で揺らぐほど柔な面子で構成されておらず、名目上は『部隊協力』であるため目立ちはしないが、裏方としての実績はしっかりと積んであるため、現在も順調に運用されている。なお、設立に至った面子の関係から、『聖王教会』とも懇意にしており、局側としても、ますます窓口としての『無限書庫』を手中に収めて置かざるを得ない状況にある。

 長期間の運営を見越した体制は、ある種の枷ともいえるが、設立に至った経緯を考えれば、むしろ本来望ましい形と言えなくもない。それゆえに六課と同様、小さなきっかけ一つで異常や異端へと変わってしまう夢の欠片である。……だからこそ、もう一つの夢と共に、その想いを護り貫き通すべく、彼らもまた、自分たちの戦いを続けている。

 

 

 




 どうもお久しぶりでございます。毎度おなじみ、定期更新とは無縁の駄作者です。
 第一話もこれの次に投稿しているのと、支部では目次で飛べるからと横着してひとつのまま投稿しちゃったので、設定集のあとがきはなるべくあっさりめに出来るように頑張ります。

 しかし、ホントやっとこさまとめられました。
 前書きでもちょろっと書きましたが、コメントは分けたのがやっぱりキツかったですね。とにかく教訓として、次からは説明とコメントはいっぺんに済ませる書き方にすべきだと学びました。……というより、半分以上書く前にまず気づけという話なんですが(←まとめた文章に書き直すのが億劫なとこまで行ってから気づいた奴)。

 まぁそもそも、二次創作の設定を書くだけで、何を変な方向に全力出してんだよと突っ込まれそうですが……いっぺん書き始めるとなんか止まんなくなるんですよね。
 あと、今後作中で出す描写を簡略化したいという思いも少し。でも逆にここまで書くと、どっかに矛盾出てきそうで恐いですけども。もしダメダメなとこを見かけたらお教えいただけたら幸いでございます(土下座)。

 さて、ここからは毎度恒例の先出し言い訳タイムをば。

 といっても今回は小説ではなく設定なので、突き詰めればどこもツッコミどころ満載かとは思いますが、あくまで自分素人ですから、まとめ方が不格好なのはご勘弁いただければ幸いです。

 まず第一はオリキャラのとこですかね。
 前にティーダさんと戦ったボレアとアネモイ、そして残りの三人を現時点で出せるところまでまとめてみました。一応、全体名と残り二人の弟に関しては名前を伏せていますが、ぶっちゃけそのまんまなので、勘の良い方にはもう名づけの法則見抜かれてそうですね。
 各個体の能力に関しては、まだ手探りなところもあるので、どこかに無理があったり、あまりカッコよく書けていなかったらすみません。ひとまずはここに書いたのが全部ですが、問題点がありましたら、今後も随時しっかりと修正と調整をしていきます。

 そしてデバイス関連も、改めて見ると少し雑なとこ多くてスミマセン。
 『ヴァリアントギア』は前に予告した通り設定画も載せてみましたが、配色は突貫でやったので、もしかしたら少し変えるかもしれません。
 あと他のオリデバイスにも言える事ですが、設定盛りまくなのとオマージュ過多なのはすみません。武器とか武装を本気で考えたのって初めてだったのでどうにも。
 しかしやってみて思ったんですが、改めて都築先生ってすごいですよね。あんな風に脚本と設定の他にキャラデザとデバイス原案描けるようになるまで、どれくらい経験を積めばいいのか……創作の道は険しいです。

 最後はユーノくんの作った新部署ですね。
 これがぶっちゃけ管理局の中に置くなら『いや、ねーだろ』と言われちゃいそうですが、聖王教会から出張って来る騎士がいるなら局内から出張るのもアリかなと思い、こんな形にしてみました。
 特にユーノくん民間協力者ですし、改めて資格制度をとかを設けているという事にすれば、少しはそれっぽくなるかなと。ただ民間な分、執務官とか捜査官みたいな、いわゆる『武装局員』の部類にはなれません。なのでそれを補うために、司書を専門家や分析家、戦えるなら嘱託魔導師として使ってもらうために、指揮権を委託する代わりに自分たちから事件に関わっていける場を作ったという感じです。

 と、大雑把にはこんなとこでしょうか。
 他にも、今後の物語の中で明かされていく事があるので、そのあたりでご不明な部分はコメントなどでお問い合わせいただければと思います。

 なんだかんだ長くなりましたが、何とか書き終えられたのでよかったです。
 たくさん積み上げた設定を活かせるように頑張って描いていきますので、今後も本編の方をお楽しみいただけたら幸いでございます。


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《本編》
第一章 新たなる舞台


伝え導く側へ Times_are_Changing.

 

 

 

 スバルとティアナの昇級試験が終わり、はやてとフェイトは観戦していたヘリでそのまま局の地上隊舎へと向かっていた。この後、二人には改めて試験の総評や結果を通知すると共に、なのはとリインを含めた彼女らで新部隊への勧誘を行う段取りになっている。

 が、

「それにしても、ホンマに面白い子たちやったな~」

 そういった仕事は仕事ときちんとするにしても、先程の試験内容は、なかなか魅せられる部分も多くあった。

「不慣れなところは多いけど、しっかり積み上げて来たものが分かる戦い方やった」

「そうだね。危ないことはちゃんと注意しなきゃいけないのは分かってるけど、鍛え甲斐のありそうな子たちだったと思う」

 まだまだ粗削りだが、輝けるものをたくさん持っている原石たちであった。

 しかし、そんな頼もしい後輩たちの台頭に、フェイトは「でも……」と、どこか感慨深そうにこう続けた。

「なのはに憧れて、か。わたしたちも、すっかり上の世代になってきたね」

「そやなあ。まだ、あんまり胸を張れるかは分からへんけど……」

 道を探して、たくさんの大人たちに支えられてきた子供だった自分たちが、今はもう支える側として、後輩たちを導く立場にある。

 言葉としても、思いとしても、あの頃とまったく同じだなんてことはないけれど───それでも、改めて考えると、なんだか不思議な気持ちになる。

 大人になれているのかどうかなんて判らないし、自信もない。

 でも、それはきっと当たり前のことなのだ。

 誰もが道半ばで、お互いに関わり合い、前に進んでいる。

 だからこそ。

「───わたしらが伝えられるものは、伝えて行かなあかんね」

 柔らかな笑みと共に、はやてはフェイトにそういった。

 その言葉に、フェイトも「うん」と頷き返し、二人は小さく微笑み合う。

 が、その直後。「ああ、でも……」と、はやては不意に何かを思い出した様子で、言葉を続ける。

「せやけどフェイトちゃんもなのはちゃんと同じで、もう伝えてるっていえば、伝えてるのかもしれへんなー」

「?」

 はやての言葉に、フェイトは一瞬疑問符を浮かべたが、直ぐに「あっ」と、その理由に思い至った。

 けれど、フェイトはあまり自信を持てない様子で、

「だったら嬉しいけど……でもわたしは、なのはみたいにハッキリと憧れて言って良いのかは、分らないかな。あの時はもう、ギンガは足を踏み入れていたわけだし」

 と、いった。

 だがそんな彼女の返答に対し、はやては「謙遜謙遜。あの時のコト、よう覚えてるってナカジマ三佐(師匠)からも、いっぱい話聞いてるよ」と、ゲンヤから仕入れた情報を伝えて、その背をポンと叩いた。

「……そっか」

 はやての言葉に、フェイトは少し恥ずかしそうな笑みを浮かべると、ヘリが移動した分、少し遠くなったスバルとティアナへと目を向けた。

 大きくなったな、と、改めて感慨に耽る。そこまで年が離れている訳ではないが、かつては助ける側だった自分たちに、あの小さな姉妹が肩を並べ始めていると───そう実感を出来るほどに、時は流れているのだ。

「……本当に、早いね」

「うん。あれから、もう四年……でも、始まりはもっと前から。ようやく形になって、改めて長かったなーって思う。せやけど、ここはもう夢の始まりで、後戻りは出来ひん」

 後悔するほど、軽い覚悟ではない。

 されど、簡単に遂げられるほど、その夢は易しくない。

「だからこそ……頑張らなあかん」

 伝えるべき後輩たちへ、真剣な眼差しを向けるはやてに、フェイトは再び、「そうだね」と小さく肯いた。

 

 ───そう、すべてはこれから。

 あの日、誓った想いを遂げる為に。幼い少女だった魔導師たちは、いまこうして夢の舞台の幕を開いた。

 

 

 

 

 

 

始まりの日 The_After_Day_a_Fireworks_of_evil.

 

 

  1

 

 空港火災から一夜が明けた朝。

 事態の鎮圧化に尽力したはやてたち三人は、いかにも疲労困憊といった様子で、陸士第一〇四部隊の休憩室のベッドに転がっていた。

 しかし、三人ともぐったりとはしているが、耳だけは部屋に備えられたテレビから流れるニュースに向けられている。

 どの局も昨日の火災に関するニュースが絶え間なく流しているが、それも無理からぬことだろう。事実、昨夜起こった空港火災が遺した爪痕は、余りにも大きかった。画面の先で、火災の概要と前置きを終えたアナウンサーからマイクを渡されたリポーターが、その惨状について語り始めていた。

『───はい、此方現場です。火災は既に鎮火しておりますが、未だに煙が立ち昇っている部分もあります。現在も時空管理局の局員らによって、現場の調査と事故原因の解明が進められています。また幸いにも、迅速に出動した航空魔導師隊、および消防部隊と救助隊の尽力もあり、民間人に死者は出ておりません───』

 その音を聞きながら、はやてはしばし天井を険しい表情で見つめ、やがて思い至ったように身体を起こすと、傍らの二人に向けて、その決意を口にした。

 

「なあ、なのはちゃん、フェイトちゃん……わたしな? やっぱり、自分の部隊を持ちたいんよ」

 

 告げられた言葉を受けて、なのはとフェイトは、はやての方へ視線を向ける。

 真剣な彼女の表情に、二人もまた真剣に、続く言葉に耳を傾け始めた。

「今回の火災、民間に死者はでんかったし、元になった品に目星はついてるけど……これで終わりってワケやあらへん。それどころか、これからもっと大きな何かが始まる可能性も残ってる。

 ……ううん。このままやったら、もっと酷い結果にもなりかねへん。なのに今は、目の前の事にすら満足に対応が出来てへんし、部隊の連携も熟練度も足りてない。中に在る個々の力が大きくても、それだけで出来る事はたかが知れてる。───せやから、一つ一つの力だけでは変えられない事をするために、わたし……っ」

「はやてちゃん」

 だんだんと苦しげな声になってくはやてを、なのはがそっと堰き止めた。

 そして、「大丈夫だよ」と、その肩に手を添えて、優しい笑みと共にこう告げた。

「ちゃんと伝わってるよ、はやてちゃんの思いは。一人じゃできない事もある……って、わたしたちも、ちゃんと分かってる。

 ───だから、わたしたちが手を取り合えないなんてこと、あるわけないもん」

「そうだよ。それに、水臭いじゃない。わたしたち、小学三年生からずっと親友なのに」

「なのはちゃん……フェイトちゃん……」

 かつて、遠い世界で魔法を介して揃った三人の少女たち。

 彼女らは、本来ならばきっと、こんな戦いの場に身を置く筈ではなかった。

 だが、世界は決して甘くも優しくも無くて、悲しい事や苦しい事、辛い事と無縁ではいられなかった。

 幼い彼女らが巡り合った、魔法から始まった幾つもの事件。

 優しすぎた愛情が憎悪に変わる事もあれば、呪いが愛に変わり、それゆえに残酷な運命を紡ぐ事もあった。

 だからこそ、そうしたものを覆そうと足掻き、様々なものを失い、しかし同時に何かを得ながら、今へ道を繋いできた。

 そして、きっとそれはこれからも変わらない。

 場所が変わり、伸ばせる手が大きくなって、守るものも増えて行っても、その本質だけは、決して───。

 故に、

「守る為になら、わたしたちがやる事は一つだよ」

「はやてがわたしたちの力が必要だっていうなら、幾らだって使って欲しいな」

 遠慮なんて要らないのだと、手を伸ばしたら、むしろ此方へ向かって駆けて来るくらいの心持ちで、なのはとフェイトはそういった。

 そんな二人の言葉に、はやては「ありがとう」と応え、少し潤んだ瞳を手で拭った。

 言葉にするまで、伝えるまで残っていた不安は、もうすっかり消え去っていた。紡いできた絆が傍にいてくれる。それが分かるだけで、もう恐いものなんて何もないのだから。

「───よっしゃっ。ほんなら……」

 気を取り直したはやては、早速二人にも部隊の構想を見てもらおうと思い、剣十字(ペンダント)の中で眠っているリインにも説明を手伝ってもらうべきか、もう少し寝かせておくべきかを迷い始めたのだが、

「でも、ちょっとズルいよね」

 そこへフェイトが、こんなことを言って来た。

「え? ズル、って……」

 何が、とはやては一瞬呆けた顔になる。心当たりがなさそうなはやてに、フェイトは更にこう続けた。

「だってはやて……ユーノにはその話、もっと前からしてたじゃない?」

「ぅぇ……ッ⁉」

 何でそれを、と、あからさまに動揺するはやてに、フェイトが新しく開いたウィンドウをはやての方へ向けた。

 すると、そこには。

 

『ハァ~イ♪ 三人とも、昨日はお疲れ様~』

 

 海鳴に住んでいる幼馴染(しんゆう)二人の内、活発な方の金髪娘が映っていた。

「え、アリサちゃんっ⁉」

 なんでこのタイミングで、とはやては思わぬサプライズに驚きを隠しきれない。しかし、幸か不幸か、回転の速い彼女の頭脳はある可能性について行き当たってしまっていた。

「───あ。まさか、アリサちゃん……ユーノくんに?」

『ごめんはやて。聞かれてつい白状(ゲロ)っちゃった』

 ペロッ、と舌を出して謝って来るアリサ。どうやら、思い当たった可能性は間違ってはいなかったらしい。

 いや、別に隠していた事でも何でもないし(まあ、いつの間に連絡取ってたのかは気にならないでもないが)、伝わってる事自体は大した問題ではない。

 そもそもアレを最初に話したのは六年も前の、構想とも呼べない展望の頃に語った夢物語みたいな時な訳で───でも、そんな夢物語だった時から、約束してくれた人もいたのもまた事実ではあって。

 で、その約束をしてくれた人は、ここに居る三人の先生だったこともあって。

 特に、一番初めの生徒だった子は、結構その人と親密だったりするワケで───そしてなんだか、横からジトっとした視線がチクチク刺さってきたりもするワケで。

「あー……えっと」

 ちらり、とはやてが、ジトっとした視線の方を向くと。

「…………はやてちゃん。ユーノくんのこと、わたしたちより前に勧誘してたんだね……」

 そこには、如何にも「ズルい」とでも言いたげな表情のなのはがいた。

 いまの三人の年齢を考えると、だいぶ子供っぽい反応だが、はやてに負けず劣らず童顔な彼女には、妙にしっくりくるからなんとも言い難い。……ついでに言うと、この間似たような反応を示して、自称弟子(認知済み)との小競り合いがあった事もここに付け加えておくとしよう。

 まあ、それはそれとして。

 渦中でなければ微笑ましいが、巻き込まれる側になるとちょっと困る。───が、とはいえ実状でいうと、

「でも……アレはむしろ、わたしとしては勧誘して袖にされた感じなんやけどなあー」

 そう。言葉にしてしまうと、そんなにズルいと言われるほどでもないような気もするのだが、と、はやては思った。というかぶっちゃけ、普段の二人の方がよっぽど目の毒な気さえするくらいだとも。

 が、どうにも今日の親友たちはイジワルなようで。

「でもユーノ、はやてとの約束のために新しい部署作ったってエリオとキャロに話してたけどなぁ」

 と、フェイトが保護者をしている二人が、ユーノに会って聞いたらしい新情報を付け加えて来た。

「え、や……そ、それは……」

 約束を果たすために、というのは、改めて言葉にされるとなんだかこそばゆい。

 特に、小さな約束に対して真摯でいてもらえるのは、先程のなのはとフェイトからもらった言葉と同じ様に、とても暖かいものがある。

 ───が、一方で。

『なんだかんだ、ユーノも結構いろんなことやってるわよねぇ。シュテルとか、あたしらのところとも繋がってたりするのに』

『罪作りだね~』

『あ、すずかも来たわね』

『遅れてごめんね。例のアトラクションの設計図で、少し直しとかなきゃいけないところがあったから、おねーちゃんと予定立ててたんだ~。アリサちゃん、あとでメール確認お願い』

『オッケ~♪』

 真摯すぎるというか、やるべきことを前面に推し出し過ぎるのも、それはそれで弊害もあるのだなと、はやては実感として知った。

 尤も、

「ぅぅ……みんなズルい……」

 もしかすると、はやて以上に実感しているかもしれない子も、ここにはいたが。

 

 と、なんのかんのとありつつも。

 久々に揃った五人は、目指すものが守るものは何であるかを確かめるように。

 すっかり子供時代に戻った気分でおしゃべりの花を咲かせ、事件明けの時間が、ゆっくりと流れだしたのだった。

 

  2

 

「やー、あの時はたいへんやったなぁー……」

 前後共に、それぞれの意味で。なお、のちに現場でユーノがはやてのアシストをしていたことや、シュテルからの自慢を聞いて、なのはがまたいっそう拗ねることになってしもしたが、それはまた別のお話。

 四年前の事を思い出して息を吐くはやてに、リインは「ふぇー、リインの寝てるときにそんなことがあったんですねー」と率直な感想を述べ、フェイトは「たはは……」と、前に揶揄い過ぎたことを謝った。

「ごめんねはやて。あの時は、ちょっと揶揄い過ぎちゃって……」

「ええてええて。若気の至りってやつやね」

 二十三歳も十分若い部類だとは思われるが、なんだかんだ就業年齢の低いミッドチルダで考えればそうでもないのかな、と、益体もない思考がフェイトの脳裏を過ぎる。

「まあ、何はともあれ今はスバルとティアナに試験結果を伝えに行くのが先決や。リイン、三人はエントランスで待っとるねんな?」

「はいですっ。スバルにとっては、本当に久しぶりの再会ですから……わたしがお二人を呼びに行く時間だけでもお話しできたらなぁ、って思いまして」

「せやね。ほんなら、もうちょっとゆっくり来たらよかったかなぁ?」

「でも、試験の結果を待ってるわけだし、あんまりゆっくりでも不安になっちゃうかも。二人は特に、最後に無茶しちゃってたから」

「最後のアレは本当にやっちゃダメな危険行為ですっ! リインの方で、改めてしっかり注意するですよー!」

 二人の無茶を思い出してぷんぷん怒るリインに、はやては苦笑しつつも「リインもすっかり試験官が板についてきたみたいやなー」と、我が家の末っ子が頼もしく成長している事を嬉しくも思った。

 と、そうこうしている間に二人はエントランスへ辿り着く。そこでさっと辺りを見渡すと、特徴的な青と橙の髪が揺れているのが見えた。

 傍らのフェイトも気づいたようで、軽く頷き合うと、はやてたちは三人の座るソファへと向かって行った。

 

  3

 

 人数が増えた事もあって、日当たりの良いテラスに席を移した。

 前もって押さえておいたオフィスの、窓側に置かれた喫茶スペース。天井もガラス張りされたこの一角は、事務仕事で根を詰めたあとの一服の他、今のはやてたちの様に、なにか重要な話し合いをする際にもよく用いられている。

 スバルとティアナに向かい合う形で、座ったはやてたち四人は、頼んだお茶が届くと、早速今回の試験結果の報告と、新部隊への勧誘について話始めた。

「お待たせしてごめんなー。ちょお、時間掛かってもーたけど、お話を始めよか。まずは、二人も気になってると思う、試験の結果からやね」

 そう前置いて、はやてがなのはに「おねがいな」と声をかけると、なのはも「うん」と頷いて、スバルとティアナを向き、試験官として本日の総評を語り始めた。

「結論の前に、まずは二人の評価から話すね? スバルもティアナも、技術的にはもうほぼ問題無し。個々人の魔法戦技や連携もしっかり取れてて、とっても良いコンビだったよ」

「ありがとうございますっ!」

 憧れの人に褒められて、スバルはやや上ずった声で礼を述べた。その傍らでも、普段は自他ともに認める天邪鬼なティアナでさえ、教導隊の誇る若きエースからの言葉には、「きょ、恐縮です……」と、やや照れた様子で応えている。

 そんな駆け出し二人の初々しい姿を微笑ましく思いながらも、なのはは「でも」と、改めて言葉を続ける。

「最後の危険行為はもちろん、その前の負傷に関する報告不良は、見過ごせるレベルを越えています」

「コンビは、お互いに足りない部分を補い合うものですけど、それが無理を押し通して良いという理由にはなりませんっ! もちろん、二人が物凄く頑張っていたのはちゃんと伝わったですが……でも、いざという時、『退く選択が出来る』というのも、パートナーと共に在る意義の一つなのですよ?」

 無論、実戦において、本当に退けない場面というのは、往々にして存在する。とりわけ、二人の出身である救助隊など、まさにその代表例と言ってもいい。

 人命が掛かっていればなおのこと。そうでなくても、新しい危険を生むものに『対処せざるを得ない』時もある。が、それは『対処できない』判断を下さざるを得ない状況もまた、同様に存在しているということでもあるのだ。

 だからこそ、そういった事態に直面する事を鑑みて、試験や模擬戦が存在している。

 実戦で退くことが必ずしも正しいとは言えないように。

 模擬戦で自分を危険に晒してまで、無茶を押し通すこともまた、正しいと断じる事は出来ない。

 ゆえに、

「リインの言った通り、自分のパートナーの安全だとか、試験の規則(ルール)も守れない魔導師が……困っている誰か(ヒト)を守るなんて、出来ないよね?」

「……はい」

「……すみませんでした」

 そう問いかけられて、スバルとティアナはしゅんと萎れた様に視線を落とす。

 確かに、その指摘はもっともだ。積み上げてきた時間や、これから目指すものへの意地は、人間ならばきっと誰しもが抱くものだろう。しかし、だからといって、『ルールの中で達するべき事』を『ルールから外れた方法で達する』という行為が正当化されるわけではない。 

 特に、スバルとティアナが目指すものは、『管理局の魔導師』なのだ。法と秩序を守る立場にある人間が、それを逸脱してしまうのでは本末転倒もいいところである。

「だから、残念ながら二人は不合格……なんだけど」

「「───え?」」

 が、一度の間違いで無に帰するほど、二人の積み上げて来た努力は、決して軽いものではなかった。

「次のBランクへの昇級試験は、通常なら半年後。でも、今回見せて貰った二人の魔力値や能力を考えると、そんなに長い間、このままCランク扱いしておくのは却って危ないかも───っていうのが、わたしたち試験官側の共通見解」

 重ねて来た努力に嘘はなかった。少なくとも、そこに疑いはない。

「ということで、二人にはこれを」

 なのははそういって、スバルとティアナに用紙と封筒を差し出した。

「え……っと」

「あの、これは……?」

 二人がそう訊ねると、なのはは小さく頷いて、差し出したものがなんであるか応えた。

「特別講習に参加する為の申請用紙と推薦状。これを持って、本局武装隊で三日間の特別講習を受ければ、四日目に、再試験を受けられるから」

「講習……」

「それって……つまり?」

 告げられた応えに呆然となった二人に、なのはは「うん」と、示した道が嘘ではないと言うようにひとつ頷き続けた。

「来週から本局の厳しい先輩たちに揉まれて、安全とルールをしっかりと学んで来よう? そうしたら今の二人には、Bランクの試験なんて、きっと楽勝だよ」

 ね? と、真っ直ぐな瞳で、なのはは二人に微笑んだ。

 二人は今度こそ言葉を失ってしまったが、それでも一拍も置かぬ間に、まだ自分たちが前に進めると理解し、沈んでいた心が一気に湧き立った。

 スバルとティアナは、『ありがとうございます!』と、声も動きも息ピッタリに頭を下げて、お礼を言う。

 そんな二人に、なのはは静かだが、凛とした声音で「頑張ってね」と伝えた。

 はいッ! と、また気持ちよく揃った返事に、試験官だったなのはとリインは満足そうに頷くと、次の話に移るべく、はやての方に目線を送った。

「ほんなら、次はわたしの方から二人にお話しさせてもらってええかな?」

 そう訊ねられて、二人はまた「はい」と即座に応えたが、試験の話はもう終わっていたこともあり、はやての話がなんであるのか判らず、やや緊張した面持ちに戻った。

「まぁまぁ。わたしのは試験とは別口やから、そう身構えんでも平気やよ」

 リラックスして聞いて欲しいと告げながら、はやては早速二人に部隊の勧誘について話し始めた。

「わたしが二人に話したいのは、今度設立するわたしの部隊に、二人も参加してもらいたいっていうお願いなんよ」

「新しい部隊、ですか?」

 ティアナがそう復唱すると、「うん」とはやては頷いて、部隊の詳細が記された投影画面(モニター)を二人に提示(さしだ)した。

「部隊名は、時空管理局本局・古代遺失物管理部───機動六課。名前の通り、特定の遺失物の捜索と、保守・管理が主な仕事や」

「遺失物……ロストロギアですね?」

「せや。ただ、広域捜査は既に一課から五課までが担当してるから、六課では対策の方を専門にやっていく事になる。けど、六課の目的はそれだけやなくて、新人魔導師の育成も、主題の一つなんよ」

 育成、と聞いて、ティアナとスバルは「?」と顔を見合わせる。

 そもそも管理局の育成機関というならば、既に戦技教導隊が存在しているのだ。何もわざわざ新部隊でやる必要はないだろう。また、本局の所属であるにも関わらず、陸戦型の二人を勧誘するというのは、いったいどういうことなのだろうか。

 そうした二人の疑問に答えるように、はやては話を続けていく。

「二人は、この画像に写っとるモノに見覚えは?」

「えっと、わたしは……」

「確か、ガジェット・ドローン……十年くらい前に突然現れて以降、ここ数年益々出現頻度を増している機械兵器……」

「そう。このガジェットは、ある古代遺失物(ロストロギア)に付随して現れてると睨まれててな? それがここ数年、ミッドやその近隣世界でたくさんの足跡を残してる。いずれ、ミッド地上に顕れてもおかしないと考えられるんよ」

「そのロストロギアというのは……?」

「レリックと呼ばれる、高純度のエネルギー結晶体。個体ごとに独立してはいるんやけど、総数は正確には把握されてへん。かなり旧い代物で、出自は古代ベルカ頃にまで遡る、第一級捜索指定ロストロギアや」

 第一級捜索指定物───その言葉に、思わずティアナは唾を呑んだ。

 ロストロギアは定義上、危険物であることが常だが、第一級ともなると、その脅威は同じ『危険物』の中でもかなり上位に来る。

「レリックはそれだけでも、扱いを誤れば多大な被害を引き起こす品や。せやけど、さっきも言った通り……このレリックに付随して現れるガジェットも、規模こそ違えど、かなりの脅威になる」

「AMF……ですか?」

 と答えたティアナに、はやては「ティアナは本当に勉強熱心やね」と微笑んだ。

「そうなんよ。いまはCW(カレドヴォルフ)の魔力駆動武装が次第に導入され始めてはいるけど、質量兵器は規制も扱いも難しいままや。何より、いくら使えるゆーても、AMFへの根本的な解決策にはならへん」

 そう。たとえ物理的な兵器を使用して、ガジェット・ドローン自体は倒せたとしても、それがイコールAMFへの完全な対抗策という事にはならない。

 単純なところでいえば、飛行魔法などが分かり易いだろうか。飛べない状態で重たい兵器を抱えて戦うことの難しさもさることながら、仮に軽く動き易いとしても、相手がそれを超える兵器を有していれば、その程度の改善はまったく意味を成さなくなってしまう。

 これが行き過ぎて、何処かの世界内で艦船同士の撃ち合いにでもなれば、呆気なく街々は焦土と化すだろう。……いや、土地が残ればいいが、事によっては星そのものが消滅する可能性もゼロではないのだ。

 旧時代には、そうして滅んだ世界が幾つも存在する。

 そして、歴史をまた繰り返す愚行に至るのは早計であるように。その時代を生き残った『技術』が、この次元(セカイ)には存在している事を忘れてはいけない。

 

 ───それが『魔法』だ。

 

 魔法は古代ベルカ時代から存在しており、質量兵器が禁止されてからは、完全に世界の主軸となっている。

 確かに魔法は便利な技術だ。純粋魔力として用いれば、例えそれが大規模な砲撃であったとしても、基本的に生物を殺さない力として使用する事が出来る。言い方は悪いが、正義が悪を倒す為に用いるには、まさしくうってつけの力だといえよう。

 しかも応用分野が幅広い上に、エネルギー源が周辺に在る魔力素だけで、その炉心に至っては人間が生まれながらに有するものだという。こんなに都合が良いものは、広大な次元世界においてもおいそれとあるものではない。

 そんな万能にも思える魔法を封じるのがAMFだが、別にAMF内だからといって、『完全に魔法が使えない』かといえば、そうではない。

 AMFはあくまで、『魔法の発生や効果を阻害する』もの。冠された名の通り、魔力の結合を阻害する力場に過ぎない。それゆえに、その発生源となる魔力素を消している訳でも、発動できなくしているわけではないのだ。

 そのため、高度な技術であり、また数は限られるが『AMFの中でも魔法が使用できる魔導師』はきちんと実在している。

 

 ───だとすれば。

 強力なAMFの発生器を保有し、魔法が使える敵がいたとしたら、いったい世界はどうなってしまうのだろうか。

 

 それこそ、その存在が、とてつもない天才。あるいは、何らかの強化が施された輩ならどうだ。

 単身で悉く攻撃を防ぎ、飛行や攻撃も自在、術者によっては転移さえ行える。……下手をすれば、破壊しても尚、蘇ることさえも在り得るのだ。

 そんな条理外を破壊し尽くすことは、現在の質量兵器(ぎじゅつ)では難しい。

 もちろん、理論上は完全に魔法を使用できない力場濃度(フィールドレベル)も存在するが、それはまだ現存する技術では行えない上に、それだけでは悪用を完全に阻害できるわけでもない。仮にあったとしても、『そうするために使う』と決めた輩ならば、自分がAMFを相手に使う時はある程度の余裕を持たせ、相手側が使うのならば別の対抗手段か、そもそもフィールドの外から潰せばいいだけのことだ。

 だからこそ、世界は『魔法』を棄てることは出来なかった。

 そもそも、AMF自体が『フィールド系魔法』の分類。それを思えば、『魔法が意味を失くした』というより、『魔法が脅威(てき)になった』だけ、とも言い換えられる。

 結局、どちらにしてもヒトは魔法から逃れる事は出来なかったということだろうか。

 メリットとデメリット、そのどちらを見ても、棄てるには惜しく、また棄てた先で出会えばどうしようもないのだと。……尤も、これは極論ではある。少なくともその地獄は、今見える世界には現れていないのだから。

 けれど、思考を放棄して良い事柄でもない。どのみち魔法を棄てられないのなら、それに対抗───いや、適応できる魔導師が必要なのは事実だ。

 そういった理由も、機動六課にはある。

「将来的に、一からAMFに対する術を身に付けるための前例を作る。せやから、新人魔導師の育成も、この部隊の目指すものの一つになってるんよ。もちろん、ただそれだけってことはないし……一つの部隊を設立するには、もっと細かい目的とか、関わってる皆の色んな想いだってある。けど、基本はこんなところやね」

 はやては大まかな説明を終えて、手元にあったカップを手に取り、お茶を口に運ぶ。そうして、少し話が長くなってしまった分、やや冷めてしまった甘い琥珀色の水面(みなも)が波打つのを眺めながら、重ねてこう続ける。

「……正直、六課は厳しい部隊になると思う。せやけど、そのぶん魔導師としても、管理局員としても濃い経験は積めるやろうし、力を付けて、上へ行く足掛かりになる筈や。───どないやろ?」

 真っ直ぐ、スバルとティアナを見つめながら、はやては短く問いかける。

 その真剣な眼差しに、二人はどう応えるべきか迷った。確かに六課での日々は、彼女らにとってきっとプラスになるだろう。

 危険度が高い事を鑑みても、元からハードな救助隊にいた二人だ。単純な厳しさに負けるほど、柔ではないという自負はある。しかし同時に、Bランクになれるかどうかのところで、あっさり受けられる話かと言えば、そうでもない。

 幾ら新人の育成を謳ったところで、まったく芽の無いものを、というわけでもないだろう。

 自分たちの実力が、求められるものに見合うものであるのかどうか。それが分からず、スバルとティアナは問いに答えを返せずにいた。

 すると、そんな迷いを孕んだ視線を交わし合う二人を見て、

「急な話やったし、色んなコトをいっぺんに決めるのはたいへんやね。ひとまず返事は再試験が終わるまで保留にして、二人がやるべきことを済ませた後……六課に来てもいい、って思えたなら、改めて連絡を」

 はい、と、はやては自分の連絡先を二人に送る。

「す、すみません」

「恐れ入りますっ」

「まあまあ。最初も言った通り、そう硬くならんで。ただ、実験的なとこもたくさんあるけど、二人が来てくれる気になってくれたなら、絶対に損はさせへん。今日は話を聞いてくれてありがとうなあ」

「い、いえ、こちらこそ!」

「ありがとうございました!」

 ぺこりと、頭を下げて来たはやてに、スバルとティアナも慌てて頭を下げる。はやてくらいの立場にあると、もう少し高圧的でも不思議ではないのだが、思いのほか低いその物腰に、二人は却って動揺してしまった。

 そうして話し合いは緩やかに、穏やかな雰囲気のままに終わりを告げて。

 最後にはやてら四人に敬礼をすると、スバルとティアナはそのまま、地上隊舎を後にしたのだった。

 

  4

 

 はやてたちと別れた後。地上隊舎から出たは良いものの、なんだか疲れが出たスバルとティアナは、揃って中庭の芝生の上に寝転がっていた。

「あぁ~、なんか色々キンチョーしたぁ……」

 ぼんやりと流れる雲を見つめながら、スバルはそんなことを呟いた。それにティアナは気怠そうな声で「まーねぇ」と返しつつ、

「でも、とりあえずは良かったわ。再試験に引っかかれたし」

「うん。不合格自体は残念だったけど、まーあれはしゃーないだろうし……」

「ま、いまは再試験に受かる事に集中しましょ。せっかくの機会なのに、逃したら元の木阿弥じゃない」

「だね」と相槌を打って、スバルは身体を起こした。

 気を緩めるにはまだ早い。しかし、だからといって、Bランク昇級試験は届かない目標ではなくなっている。

 何より、なのはに「二人なら」と言ってもらえたことが、心を奮い立たせていた。

 

〝───二人でなら、きっと出来る〟

 

 それは、試験の中でスバル自身が口にした決意でもあった。

 あの土壇場でさえ、そう信じられたのなら───今度だって、きっと出来る。スバルもティアナも、その思いに何の疑いも持っていなかった。

 しかし、なまじ先を見据えられるようになると、その次にも否応なく意識が向いてしまう。

「ちょっと気が早いかもだけど……ティアはさ。試験に合格出来たら、さっきの新部隊の話、どうする?」

「どうするって言われても……まだ決めてないわよ」

 魅力がない、と言えば嘘になる。だが、おいそれと決められる話ではないのも確かだ。

 でも、と、ティアナはスバルを向いてこういった。

「あんたは行きたいんでしょ? なのはさんはあんたの憧れなんだし……同じ部隊なんて、すごいラッキーじゃない」

「まぁ、そーなんだけどさ……」

 何時もは真っ直ぐなスバルも、今回ばかりは、一言では言い切り難いものはあるようだ。

 迷いがない訳ではないのだろう。しかし一方で、ティアナはもうスバルの心の行き先が決まっているだろうな、と半ば確信してもいた。

 そういうヤツなのだ、このおてんば娘(スバル)は。

 時々妙にワガママで、でも活発なだけかと思えば偶に引っ込み思案なところもあって───だけど、やっぱり最後はまっすぐな、弾丸みたいな少女(おんなのこ)なのである。

 それを思うと、ティアナは尚更に自分の行先に迷いが出る。

 憧れも、目指すものも、持っていない訳じゃない。けれど、やっぱりどこか素直に「こうだ」とは決められなくて。

「……あたしは、どうしようかな。

 育成が目標の一つになってるって言っても、やっぱり古代遺失物の対策をする機動課なんだから、本来は専門性の高い精鋭(エキスパート)部隊でしょ? しかも育成の方だって、AMF対策なんて特殊な能力を身に着ける場なわけだし。……そんなトコ行ってさ、今のあたしがちゃんと働けるかどうか」

 ───と、そこまで行って、ティアナは「ん?」と、傍らから感じる妙な視線に気が付いた。

 とはいえ、ここには彼女達二人しかいないわけだから、当然視線の主は相方なわけなのだけれども。

 その相方(スバル)は、「ふぅ~ん?」と、なんだか訳知り顔のまま、妙にニヤニヤした目でティアナを見下ろしている。

「……なによ。キモチワルイわね」

 生暖かい視線が腹ただしくて、ティアナはスバルをジトっと睨むが、逆にワザとらしいくらい爽やかな声音で、「そんなコトないよ、ティアもちゃんと出来るってッ!」と返してくるが、しかし。

「……って、言って欲しーんだろぉ~?」

 と、構って欲しい心情などお見通しとばかりに、得意げな顔で宣ってきた。

 だが当然、そんな風に揶揄われれば、素直でない上に気の強いティアナが黙っているわけもなく。

「なぁーにが『いってほしーんだろぉ~?』よ! 言って欲しくなんかないわよ、馬鹿言ってんじゃないわよッ‼」

「ぎゃーっ⁉ いだだだっ、ちょ、ティア! ギブ、ギブぅ~~~っっ‼」

 口よりも先行して手が出たティアナが、スバルのお尻を抓って来た。

 手痛い代償を払いつつも、スバルが「ごめん、ごめんなさいってばーっ!」と謝っていると、やっとこさティアナも手を離してくれた。

「あいったぁ……もー、せっかく励まそうと思ったのにぃ~」

「ふんっ、アレのどこが励ましだってーのよ。自業自得よ、まったく!」

「むぅ、そんなことないもん。わたしは知ってるよ? ティアは、口ではいつも不貞腐れたコト言うけど、ホントは違うんだ、って。さっきだって、内心では目の前の現役執務官(フェイトさん)対抗(ライバル)心メラメラだったんでしょ~?」

「なっ⁉ ら、ライバル心とか、そんな大それたもんじゃないけど───知ってるでしょ。執務官は、あたしの夢なんだから。勉強できる場があるなら、そうしたいって気持ちは、当然あるわよ」

「だったらさ。やろうよ、ティア!」

 やっとこさ出てきた相方の本音に、スバルは俄然やる気を漲らせ始めた。

「あたしはなのはさんに色んな事教わって、もっともっと強くなりたい! って思ってる。ティアだって、新しい部隊で遺失物捜査の経験を積んでけば、もっと上に行ける。自分の夢を、最短距離で追いかけられる!」

「…………」

 眩しいくらい、一直線な言い草だ。

 自分の進む道を、疑いなく信じられる心。それは、辿り着きたい場所を持ち、尚且つ常に壁を越え続けられる者だけが持つ強さだ。

 根拠とか、自信とかではない。ただひたすらに、揺らぐことのない信念の顕れ。

 全く迷いがないという訳ではなく、最後には必ずそうするという強い覚悟が導く、そんな力だ。

 そんな可能性に身を委ねられるスバルが、ティアナは時々、妬ましく思う時もあるが───同時に、嬉しくもある。立ちはだかる壁を呆気なく壊して、前に行こうと告げてくる輝きを見ていると、迷って立ち止まるなんて、馬鹿らしいと思えてくるから。

 尤も、

「そ・れ・に! 当面はまだまだ、二人(コンビ)でやっと一人前扱いなんだしさ。まとめて引き取ってくれるのうれし~じゃん♪」

「………………(ぶちっ)」

 この余計な一言が無ければ、だが。

「そ・れ・を・ゆーなぁッ! 滅っ茶苦茶ムカつくわよッ! 何が悲しくて、あたしはどこ行ってもあんたとセット扱いなのよッ⁉ 大体、訓練校の頃からズッコケコンビとかなんとか言われ続けて来てんのはは誰の所為よ、だ・れ・のぉ~~ッ⁉」

「んあぁ⁉ ひぃあ、ぃひゃい、いゃいふぇてあ~~~っ‼⁉⁇」

「余計なコト言うのはこの口かぁ~っ!」

 ほんのちょっと心に来た分の照れ隠しも込みで、ティアナは目の前のお調子者の頬をぐいぐい引っ張る。しかし、健啖家だからか知らないが、妙によく伸びるなと、変な感慨が涌いてきた。そういえば試験の少し前にもエネルギー補給だとか言って朝食を特盛にしていたな、などと益体もない思考に気が逸れて、程なくティアナはスバルの頬から手を離した。

「あぅ~……」

 ぐてんと伸びたスバルを尻目に、「ふんっ、まあいいわ」と、いつもの調子に戻ったティアナは、立ち上がってこういった。

「確かに上手く熟せれば、あたしの夢への短縮コース。あんたの御守りは御免だけどね……でも、ひとまずは我慢しとくわ」

 文句は多いが、なんだかんだ、ティアナもティアナで義理堅い。それが何だかおかしくて、スバルは「ホント、素直じゃないなぁ」と笑い出す。

「むっ。何笑ってんのよ」

「あはは、べっつにぃ~?」

「あ、ちょっとコラ! 待ちなさいよ、スバル!」

「えへへー、やーだよ~!」

 そうして、試験明けの疲れもすっかり抜け落ち、調子に戻った二人はそのまま───ここが地上隊舎の敷地内だというのも忘れ、中庭でいつもの追いかけっこ(じゃれあい)をおっぱじめたのだった。

 

  5

 

 何やら楽しげに芝生を駆け回る少女たちの様子を、なのはとはやては隊舎から微笑ましく眺めていた。

「ふふっ。ほんまにええコンビみたいやね、あの二人は」

「にゃはは……」

 戯れ合うスバルとティアナの姿に、はやてはそんな感想を漏らす。

 なのはも同意見ではあったが、なんだか自分も昔似たような事があったのを思い出し、ちょっと苦笑いを隠せない。

 あれは、確か小学生の頃だっただろうか。なのはも気の強い親友に弱気な事を言って、ほっぺたをぐりぐりされた事があった。尤も二人の様子を見る限り、あの時とはちょっと状況は違うみたいだけれども。

「二人が六課に入隊してくれたらええなぁ」

「……だね」

 本当に、そう思う。

 スバルもティアナも本当に真っ直ぐで、たくさんの可能性を秘めている。それを伸ばす手伝いができるのなら、教導官冥利に尽きるというものだ。

「なのはちゃん、(たの)しそうやね」

「うん。二人とも育て甲斐がありそうだし、同じ部隊でなら、時間を掛けてゆっくりと教えられるしね」

教導官(せんせい)がそういってくれるなら、きっと確実や」

 熱意満開のなのはを見て、はやてはそういって微笑んだ。スバルとティアナも乗り気でなかったわけではなかったし、この分なら、きっと大丈夫だろうと。

 それに、

「楽しみな子は、まだ()るもんね」

「そうだね、あの子たちも……あ」

 噂をすれば影。ちょうどそこへ、リインとフェイトが戻って来た。

「なのは、はやて~」

「お待たせです~♪」

 なんとも言いタイミングで戻って来たのが可笑しくて、なのはとはやてはつい笑い声を漏らしてしまう。二人の反応が分からなくて、フェイトとリインは不思議そうにこてんと首を傾げた。

「??? 二人とも、どうしたの?」

「ふふっ、ごめんなー。いまちょうど、エリオとキャロの話をしようとしてて……」

 はやてがそう説明すると、フェイトも「ああ、なるほど」と、凡その事情を理解した。

「そういえば、二人が来るのは今日でしたね~」

 ふわりとフェイトの肩からはやての肩に移りつつ、リインは思い出したとばかりに呟いた。それを受けて、はやても「うん」と頷く。

「もうこっちに着いてる頃かなぁ? シグナムが駅まで迎えに行ってくれてるから、早ければもう、そのまま三人で六課の隊舎に向かってると思うよー」

「……ホントはわたしが迎えに行きたかったんだけど、今日はまだ、本局に寄らなきゃいけない用事があって」

 それでシグナムが変わってくれたんだ、と、フェイトは非常に残念そうな顔で言う。そんな彼女の様子を見て、なのはとはやては、「本当に二人の事が可愛くて仕方ないんだなあ」と苦笑する。

「フェイトちゃんは心配屋さんやね~。二人とも、荷物置き終わったら会いに来てくれるって言ってたのに」

「だ、だって、エリオもだけど、キャロはもうかなり前から研修に行ってたから……せっかくなら、わたしが行ってあげたくて」

「家族のところに行きたい気持ちは分かるけど、そこはお仕事や。特に、これからは分隊長として二人に教えるわけやし、そろそろ子離れせななぁ~」

「もうっ、はやてまで……」

 言葉が尻すぼみになっていくフェイトに、まだまだ子煩悩は続きそうだな、とはやてたちは思った。

 しかし、

「まぁ、なにはともあれ……これからは同じ部隊や。大変なこともたくさんあると思うけど、二人ともよろしゅうな」

「うんっ! もちろんだよ、はやてちゃん」

「こちらこそよろしくね、部隊長さん」

 局員らしく敬礼し合いながら、はやてたちは笑みを交わし合った。

「ほんならわたしは、もう少し地上隊舎(ここ)に居るけど……二人は一回、中央に戻るんやったよね?」

 はやてがそう訊ねると、フェイトは「わたし今日、車で来てたから、本局に戻るついでに、なのはを中央に送って行くつもり」と応えた。

 それに「そっか」と頷いて、

「じゃあ、今日はここで一旦お別れや。次は六課の隊舎で会おうな。なのはちゃん、フェイトちゃん」

 と、二人に告げた。

「うん。またね、はやて」

「はやてちゃんも気を付けてね~」

 なのはとフェイトも、そんなはやての言葉に笑みを浮かべ、隊舎へと歩いていくはやてとリインに手を振った。

「はーい。おおきにな~」

「お疲れ様です~♪」

 そうして、手を振り返す二人を見送ると、残った用事を済ますべく、なのはとフェイトもまた、地上隊舎を後にした。

 

  6

 

 隊舎を出たなのはとフェイトは、駐車場に向かった。

 停めてあった黒の乗用車に乗ると、二人はさっそく中央へと向けて動き出した。

「ごめんね、フェイトちゃん。送ってもらっちゃって」

「ううん。ちょうどわたしも本局に用があったから、中央には一回戻らなきゃいけなかったし、ちょうどよかったよ」

「ありがとう。でもやっぱり、もう少し時間がずれてたら、エリオとキャロの事、迎えにいきたかったんじゃない?」

「う……。まぁ、二人の到着がもうちょっと遅かったら、ね。

 ただ、そうなると一度隊舎に寄らなきゃだから……どうしても時間が足りなかったかもしれないけど」

 改めて言葉にすると、なんだか余計に胸に来るものがある。

 タイミングが悪かっただけではあるし、どうせすぐに会えると言えばそれまでだが、心配なものはやっぱり心配なのである。

「いっそのこと、六課の隊舎にも転移門(ポート)が置けたらよかったのにね」

 確かに、そうであったらと思わなくもない。

 とはいえ、フェイトも曲がりなりにも局員として十年以上勤めている身だ。だから一時の感情で、いま自分が暮らしている世界の法を変えられるわけがない事も、それを守らなくてはいけないと理解してはいる。

「六課の登録自体は陸士部隊だし……広域担当じゃないのと、隊舎も中央に在るから、なかなかね」

 基本的に、ミッドをはじめとする管理世界では、長距離転移は渡航許可が必要であり、非常時以外においそれと使えるものではない。魔法が一般化している分、魔導師でなくても、装置を使えば世界の行き来自体は容易だ。だが、勝手な渡航が横行すれば、無秩序に人が世界間を行き来し、法を犯した者がいくつもの世界を渡り歩いてしまう事態が起こる。

 何も不思議なことではない。例え魔法が無い世界であろうとも、ある程度発達した世界ならば、国同士の行き来にも制限を掛けるのは当然の成り行きだ。その場所が駄目でも次に行けばいい、という思想がまかり通れば、世界はたちまち混沌に陥ってしまう。

 無論、それだけで完全なシステムにはなり得ないし、単に秩序を優先した倫理だけが、この仕組みを支えているわけではない。

 魔法技術は万人に平等だが、魔法を使える人間は限られており、また使える者同士でも、その力量には差が生じる。

 個人で世界を越えられる者もいれば、越えられない者もいる。

 そして、越えられる人間であっても、その力が無限であるわけではない。だからこそ、魔法技術による公共の交通機関や、その根本となる航行艦(ふね)列車(リニア)などの技術開発が進められており、それによる利権を獲得する政府や企業が社会と経済を回している。

 世界は決して一枚岩ではない。

 しかし同時に、秩序が無ければその箱庭を維持する事が出来ない。

 清濁を併せ持った枠組みの中で、ヒトは生きている。もちろん、漠然と枠の中に甘んじる事が好ましい訳ではないが、濫りに壊す事もあってはならないのもまた事実。

「……難しいよね」

 元々魔法の無い世界に生まれ育ったなのはからすれば、九歳の時初めて出会った魔法は、とても不思議なもの程度の認識しかなかった。だが、自分の世界に無いものだからといって、決して万能でないということは、これまでの経験から、痛いくらいに知っている。

 結局のところ、人間が生きる場所が抱える問題というのは、どれほど進んでも本質は変わらないのかもしれない。

「だけど、ほんのちょっとでも……良いものに変えて行けるなら」

 今より先の時代を生きる子供たちに残せるものが、伝えられるものが、少しでもあるのならと。

 挑まずにいられないのもまた、人間という生き物なのかもしれない。

「そうだね……。でも、きっと大丈夫だよ。二人とも、しっかりして来てるみたいだし」

「うん。六課でも、普段はなのはの教導がメインだとは思うけど……同じ分隊だし、二人のことを近くで支えられるところに居られるのは、やっぱりわたしとしては、安心だから」

 改めて言葉にすると、段々と心も落ち着いて来た。

 そうして決意も新たに、フェイトが導く側としての心を固めた頃。ミッドの都市部中央にある駅構内に、子供たちの乗った列車(リニア)が、それぞれの研修地から到着していた。

 

 

 

 

 

 

雷と竜、再び The_Children.

 

 

  1

 

 ミッドチルダ都市部中央に位置する大型駅(ターミナル)にて。

 長い間列車に揺られ、固まった身体を軽く伸ばしながら、到着した乗降場(ホーム)にエリオは一人降り立っていた。

 研修帰りという事もあり、大きな鞄を抱えていたが、幼い体躯に似合わない快活さでエリオはトコトコと改札口へと向かう。改札を出た近くの簡易的待合場が、今日迎えに来てくれるシグナムとの待ち合わせ場所になっているのだ。

 そこへ向かう途中、赤い髪が目を引くのか、歩廊を行き交う大人たちの視線をチラチラと受ける。比較的就業年齢の低いミッドチルダでも、幼い身空で一人旅というのは珍しいからだろう。

 なんだかちょっとこそばゆい様な気もしたが、今日は記念すべき配属日である。

 気を引き締めていかなくては、とエリオは気合を入れ直して、胸を張って待ち合わせ場所への歩調を速めた。

 程なくして、待ち合わせ場所に到着した。しかし、そこにシグナムの姿はなく、特に誰が座っているでもない待合所(そこ)は、どこかガランとしていた。

 エリオはそんな光景を見て、「ちょっと早かったかな?」と時計に目を落とす。しかし、文字盤は十四時と表示されており、待ち合わせの時間ピッタリだという事を示していた。

 早すぎた、という事ではないらしい。

 けれど、辺りをきょろきょろと見渡しても、シグナムも、今日同じくらいに着くというキャロの姿も見えない。

(何かあったのかな?)

 六課はまだ発足したばかりの部隊であるし、もしかすると、急な用事が入ってしまったのだろうか。キャロの方も、次元船の遅れが出ているとか───。

「ストラーダ。新規で、待機の指示とかって来てる?」

Nein(いえ), Keine neuen Nachrichten.(新着のメッセージはありません)

 気になって愛機(デバイス)であるストラーダにそう訊ねてみたが、答えは否であった。

 どうやら、緊急事態という訳ではないらしい。ならもう少し待っていよう、とエリオが思い直したところへ、出入り口に繋がるエスカレーターから、シグナムが上ってくるのが見えた。

「あ、シグナムさーん!」

 見知った顔に向けて大手を振ると、向こうもエリオに気づいたようで、「ん? ああ……」と呟いて彼の方へと歩いて来た。

「遅くなって済まない。久しぶりだな、エリオ」

「はい、お久しぶりです。シグナムさん」

 にこやかに挨拶をしたエリオに、シグナムもまた微笑みを浮かべた。

「前に会った時に比べると、少し大きくなったな」

「ありがとうございます。でも、身長はまだそんなには……」

「なに。そう焦るものでもないさ。この年頃だと男の方が背は伸びるのは後だろうが、テスタロッサも今のお前と同じか、少し過ぎたくらいから背が伸び出したものだしな。エリオも直ぐに大きくなる」

 どこかの後輩(ヘリパイロット)もそうだったからな。そう心裡で独り言ちて、シグナムは今ではすっかり自分よりも大柄になった可愛いヒヨッコを思い起こし、また小さく笑った。

 そうして場の空気はすっかり解れたが、何時までもこうしているという訳にも行くまい。

 ここいらで一度、気を引き締めなおさなくてはならないだろう、と思い直し、シグナムは副隊長としてエリオにこう問うた。

「さて。今日から正式に配属となるわけだが、準備は出来ているか?」

 これまでのような関係がなくなるわけではないが、今日からは、また別の部分も共に加わるのだ。部隊の部下と上司という、言うなら厳粛な組織としての在り方が。

 それを示され、エリオは「あ……はいっ!」と敬礼と共に、きちんと管理局員として上官であるシグナムに改めて挨拶をした。

「えっと……私服で失礼します。本日よりお世話になる、エリオ・モンディアル三等陸士です!」

「うむ。遺失物管理部、機動六課のシグナム二等空尉だ。長旅ご苦労だったな」

 エリオの様子にまずますだと頷くと、シグナムは研修明けのエリオをそう労った。

「研修はどうだった?」

「大変でしたけど、とても勉強になりました。魔導師として、とりわけ武装局員としてもまだ未熟ですが……。六課でもたくさんの事を学んで、一人前の局員になって行きたいです」

「良い心構えだ。だが、訓練で手は抜かんぞ? たとえ顔馴染み(おまえたち)でもな」

「はい、もちろんですっ!」

 良い返事だ、とエリオの若い反応を頼もしく思う一方で、「そういえば」と、シグナムはもう彼と一緒にここへ来るはずの少女がいつまでも出てこない事に思い至った。

 改めて見ると、特に荷物が置かれている訳も出ないので、手洗いにという訳でもなさそうだ。

 そのうち現れるかとも思っていたが、流石に気になったのか、シグナムは「先ほどから姿が見えないが……キャロはどうした?」とエリオに訊ねた。

「テスタロッサの話では、二人で今日ここに来るとのことだったが」

「それがまだ……。あの、もしかしたら迷っているかもしれない……じゃない。迷っているかもしれませんので、探しに行ってもよろしいですか?」

 今のはちょっと怪しかったが、まあ良いだろう。二人は殆ど兄妹みたいな関係でもあるわけだし、今日は色々と経験を積み重ねて久方ぶりの再会するのだ。その辺りに局の規律を挟む程、シグナムは厳粛(ヤボ)ではない。

「ああ。頼めるか?」

「はいっ!」

 シグナムの許可を受けて、エリオはキャロを探す為に足早に中央口(エントランス)の方へと小走りで駆けて行く。そんなエリオの背に、「あまり走りすぎるなよ」と釘を刺しておいてから、シグナムはエリオの荷物を抱えると、シグナムはエリオがキャロを見つけられ次第、直ぐ六課へと向かえるように(あし)の手配を済ませにタクシー乗り場へと向かって行った。

 

  2

 

「キャロー? キャロ~?」

 シグナムと離れたエリオは、キャロの名前を呼びながら、自分が降りたのとは逆の改札から出るエントランスを探し回っていた。待ち合わせ場所は改札のすぐ近くだったことから、もし迷っているなら逆の方へ行ってしまったのではないかと睨んだのである。

 が、当てが外れたのか、なかなかキャロの姿を見つける事が出来ずにいた。

「おっかしいなぁ……。もしかして、まだ改札出てないとか?」

 とりあえずメッセージでも送ってみるか、とエリオはストラーダに頼んでキャロがどこに居るのかと訊いてみた。

 程なくキャロからメッセージは返って来たが、その内容は人が多くて良く分からないという旨で、エリオにはなんだか人波に流されて天手古舞になっているキャロの姿が目に浮かぶようであった。

 いっそストラーダにでもキャロの位置反応を探ってもらえばと思ったが、公共の場で探索魔法(エリアサーチ)はマナー違反になる。

 なら映像通信(テレビでんわ)でもして背景から場所を探そうかな、と思ったところで、エリオの耳に微かにだが、聞き覚えのある声が聞こえて来た。

「……くーん、エリオくーん?」

 不意に耳に捉えた声は、やや上の方から聞こえてきた。それを受けるや否や、エリオはバッと周りを見渡して、声に一番近くかつ上に通じるエスカレーターを探す。

 おおよその当たりを付けて、「キャロ~! どこー?」と、再び声に出して名前を呼びながらその方向へ向かうと、向こうにも声が届いたのか「はーいっ! ここ、ここだよ~! エリオくーん」という返事が返って来た。

 そうして、二人が上階と中央口を繋ぐエスカレーターに到着したのは、ほぼ同時だった。

「あ、いた! キャロ~!」

 と、エリオが手を振った先には、下りのエスカレーターから、大きな籠を両手に抱えてトテトテと降りてくる小柄な人影があった。

「エリオくーん、遅れてごめんなさーいっ」

 微かに息を切らせる声を受けて、エリオは間違いないと確信する。見覚えのある民族風な模様で縁取られたあのローブを纏い、此方へと向かってくるのは、間違いなくエリオの探し人に他ならないと。

 しかし、漸く会えた、とお互いに微かに気が緩んだのだろうか。

「っ、ひゃ……!」

「⁉」

 慌ててエスカレーターを降りようとしていたキャロが、思わず足を踏み外してしまった。

 しかも腕に抱えていた籠や、背負っていた荷物の重みに身体を持っていかれてしまい、踏み留まる事はおろか、受け身も取れない体勢だ。

 キャロの口から悲鳴が漏れ、エスカレーターからその身体が微かに浮かんだ瞬間。危ない、と本能が叫ぶままに、エリオはある魔法を発動させていた。

《Sonic Move.》

 待機状態のストラーダから響く電子音声(こえ)が、雷の如くその場を飛び出したエリオの影を追うように響き渡ると同時。

 瞬く間もなく、バババッ! と、黄色の雷閃となったエリオが、落ちかけていたキャロの身体を受け止め、上の踊り場までエスカレーターを一気に駆け上っていった。

 ───が、しかし。

「あ、しま……!」

「ふぁあ……っ⁉」

 急なことだったせいか、着地にだけは手間取ってしまったらしい。

 男の意地でキャロを下敷きにするのだけは避けたが、代わりにキャロが倒れ込んできた衝撃はそのまま受け止めるしかなかった。

 いくらキャロが小柄と言っても、受け止める側のエリオもまた子供。結果、重なった重みにエリオは微かに呻き声を漏らす事になった。

「ぅぐ、ってて……」

「ご、ごめん、エリオくん! 大丈夫……?」

「う、うん……なんとか」

 誤って来るキャロに大丈夫だよと応えて、身体を起こした。

「キャロの方こそ、大丈夫? 怪我とかない?」

「うん。わたしは大丈夫だよ。エリオくんが助けてくれたから」

 そういって、キャロはふんわりとした笑みを浮かべた。先程までかぶっていたフードはいつの間にか上がっていて、見慣れた桃色の髪と、愛らしい顔立ちが露わになっている。

「でも、やっぱりびっくりしたぁ~……」

「それは僕もだよ……。キャロ、エスカレーターは走っちゃダメなんだよ?」

「ごめんなさい。エリオくんのこと見つけたから、なんだかホッとしちゃって」

 そう言われると悪い気はしない。久しぶりに会った事もあってか、なんだか余計にそう思った。

「けど、エリオくん……ホントに怪我とかしてない? わたし、思いっきりエリオくんの上に乗ちゃったから……」

 顔をまっすぐ覗き込むように問いかけるキャロに、エリオは今更のように少し頬を赤くして、「だ、大丈夫だよっ? ホントに、全然」とちょっと早口で応える。

 が、キャロの方は彼の焦りの理由などつゆ知らず、「そう? ならいいんだけど……」と言った。尚、こてんと首をかしげる仕草が、なんだか余計にエリオを赤くさせたのは全くの余談である。

「ま、まぁそれはさておき、早めに会て良かった。ここ、結構広いから……」

「うん。見つけてくれてありがとう、エリオくん。それから……久しぶり~」

「そ、そうだね……。久しぶり」

 ぎゅう~! と抱き着かれて、エリオは今度こそ完全に真っ赤になったまま固まってしまう。

 とりわけキャロの方が対して意識してない所為か、なんだか自分が邪な風に捉えてしまっている様で、振りほどくべきか振りほどかざるべきかの葛藤に苛まれ、結局はされるがままになっていた。

 そうして、慎ましやかな何かとの密着が一分ばかり続き、漸く周りから微笑まし気な視線を向けられている事に気づいたエリオの意識は、迷う間も無く戦略的撤退を選び取った。

「きゃ、キャロ。ここだとほら、迷惑になるから……」

「あ、そうだね」

 そういうと、やっとキャロとの距離が空いて、エリオはホッと息を吐く。……ただ、若干残念な気もしなくもなかったが、幼い身には恥ずかしさが勝ったのだろう。エリオはそさくさと先程キャロを助けた際に散らばった鞄と籠を回収して、

「あれ、そういえばフリードは?」

 ふと、キャロの愛竜の姿がない事に気が付いた。

 言われて、キャロも「あれ?」不思議がっていたのだが、キャロが籠を抱えると、そこへふわりと白い小さな子竜が舞い降りた。

「きゅくる~♪」

「あ、フリード。よかったぁ、ごめんね? 今度はフリードの事、ちゃんと抱えてるから」

「僕もごめん。もう少しうまく着地出来てたらよかったんだけど……」

 そういって二人に頭を撫でると、フリードは気にしてないよというように嬉しそうな鳴き声で応えた。

「それじゃあフリードも無事だったし、とりあえず六課の隊舎まで行こうか。シグナムさ……じゃなかった、シグナム副隊長が、入口のところで待ってるから」

 と、エリオが促すと、キャロも「うん」素直に頷いて、彼に続いて歩き出した。

 しかし、二、三歩進んだところで、何かを思い出したように「あ、エリオくん」とエリオを呼び止める。

「なに?」

 エリオは、もしかして忘れ物でもあったのかなとキャロの方を振り向いたが、キャロはそうじゃなくてと言って、籠を抱えていた手の一方を差し出しながら、「また迷っちゃわないように、手繋いでもいい?」と言って来た。

 思わぬ奇襲(?)に、エリオは数秒フリーズしたが、どうにか意識を立て直して、

「……う、うん」

 と、自分もキャロに手を差し出した。するとキャロは嬉しそうに差し出された手を握り返して、二人は手を繋いだ。

 それからエリオはだいぶ早くなった鼓動に苛まれつつも、キャロを連れて、待ってもらっているシグナムの元を目指して歩き出した───。

「ぁ……」

「……っ」

 しかし、少し進んだところで、近くを歩いていた誰かとぶつかってしまった。

 少しの浮かれと、人波がやや多くなっていた事からの不注意であった為、エリオは直ぐに「す、すみませんっ。大丈夫ですか?」と、ぶつかった相手に謝罪する。けれど、ぶつかった相手はそれに何かをいう訳でもなく、沈黙だけが返って来る。

 怒り故の沈黙とも、立ち去るまえの嫌味などでもない。ただ、本当に静かな、時間にぽっかりと空白が出来たような沈黙であった。

「あの……?」

 答えが帰って来ないので、思わず顔を上げた。そこでエリオは、自分がぶつかった相手が、自分たちと同じくらいの背格好である事に気づく。

 キャロのものとは正反対の、黒いローブともケープともつかない衣装を纏っており、顔は見えない。ただフードの奥からは紫色の長い髪が覗いており、相手が女の子なのではないか、という憶測が浮かんだ。

「……別に」

 そんなことに思考が寄っていると、やっとこさ相手から答えが返って来た。

 どことなく無機質ではあったが、声色からすると、やはり女の子らしい。しかし短く小さな返答は人混みの喧騒に呆気なく融け、少女もまた、発した一声だけを残してその中へと姿を消した。

「……怒らせちゃったかな?」

 なんだか奇妙な時間だったが、少々無礼に思われてしまっただろうかと、エリオはもう少しきちんと謝るべきだったかもしれないと反省。しかしそんなエリオに、キャロは「どうかなぁ。もしかしたら、無口なだけだったのかも」と、あまりあの子から怒っている感じは見受けられなかったと告げる。

 同じ女の子からの言葉だから、という訳でもないが、過ぎた事をあまり思い悩んでいても仕方がない。そう思い直したエリオは「……かもね」と、キャロの意見に相槌を打って、また入り口を目指して歩きだした。

 そして、ミッドへ向かう二人に背を向けた少女は、逸れた自分を待つ者たちの元へと歩を進めて行く。

「??? ルー、どうかした?」

 彼女よりもほんの少し背の高い、同じ黒いフードを被った少女が、心配したようにそう問いかける。

 それに少女は「なんでも……」と前置いて、

「ちょっと、人にぶつかっただけ」

 と、返した。しかし、するとまた、別の方向から声が掛かる。

「大丈夫かよルールー。怪我とかしてないか? もしそうなら、あたしがそのぶつかったヤツらぶっとばして───」

 彼女や、先程の少女とは異なる、かなり感情的な少女の声だった。

 気が短いともいうのだろうが、大人しい少女たちからすると、その元気さは、むしろ好ましい。

 表裏の無い、ハッキリとした言葉が、彼女の向けてくれる心配は、紛れもなく本当のモノだと教えてくれるから。

「平気。でも、ありがとう。アギト」

 小さく微笑んで、少女はアギトという名の、見た目に反して長い時を生きた可愛い剣精に礼を告げた。

「良いってことよ。ルールーはあたしの大事な友達だからな~」

「うん」

 そういって、話がひと段落すると、微笑み合う少女たちを寡黙に見守っていた大柄な男が、当初の目的に戻るべく、彼女たちを先へと促した。

「では、そろそろ戻るとしよう。……まあ、奴らの依頼を果たす為というのは、いささか業腹だが」

 するべきこと───いや、せざるを得ないこと、というべきか。

 望み、進んで向かう道ではないと。そんな男の意を示す様に、その声には、どこか苦々しい響きが籠っていた。

 しかし、胸中を占める思いとは裏腹に、淀みなく動く身体は、いっそ甲斐甲斐しいほどに足を行先へと向けていた。

 従う事に慣れ過ぎてしまった。染みついたものは、そう簡単には消せないものか、と、男は自嘲するように溜息を吐いた。

「また少し……長くなりそうだな」

 尤も、帰る場所を持たない自分たちには、そもそも旅という言葉は当てはまらないのかもしれないが───それでも、いつか、たどり着ける場所があると信じて。

「いまは、そうしないとだから」

「……ああ。そうだな」

「そうだぜ旦那。いまは前に進まなきゃ。そんでさ。今度こそ見つかったらいいな、ナンバーⅨ」

「うん。でも、きっと見つかる。アギトもゼストも、おねーちゃんもいるから……」

「おうともさ! どーんと任しとけって」

「アギトの言う通り。頼りにしてね、ルー」

 頭を撫ぜる姉の手に、くすぐったそうにはにかむと、二人の言葉に、少女は改めてこくんと頷いた。

 その光景に目を細め、見守る男も微かに口角を上げる。いずれ過ぎ去る時間だとしても、そこにある確かなものに、眩しいものを感じながら。

「───では、そろそろおしゃべりは終わりだ。向かうとしよう」

 そして、再度男に促され、四人は中央駅(ターミナル)から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

動き出した世界 Restarting.

 

 

  1

 

 ミッド中央区画湾岸地区に置かれた、機動六課・本部隊舎内。

 エリオとキャロを六課の隊舎まで送り終えたシグナムの元へに、シャマルたちから通信が入った。

 仕事に関わる話だったので、子供たちには席を外してもらい、シグナムは先ほどまでの穏やかさを消し、凛とした視線でその内容に耳を傾ける。

 シャマルの説明をまとめると、なんでもまたミッドの廃棄都市区画に、例の『ガジェット・ドローン』が姿を現し、それらと交戦した、とのことだった。

「標的は、問題なく片付けたのか?」

『もちろん。ヴィータちゃんとザフィーラと三人で、全機殲滅。戦闘も結界内だけだったから、当然周辺被害も無し』

『ま、今回はあたしらの将が出張る幕じゃなかったってコトだな』

 そう言って胸を張るヴィータに、シグナムは「そうか」と微笑む。どうやら、戦い自体は本当に滞りなく終わったようだ。

 出番がなかったのは、武人としては少々残念な気がしないでもないが、大事になっていないに越したことはない。

 だが、

「なら良いのだが……こうして連絡を取って来たのは、何か気になる事があったからではないか?」

『……ええ、そうなの。今回のガジェットは、いつもとは少し違うところがあったから、それをシグナムにも伝えておかなきゃって』

 表情を曇らせながら、シャマルは敵が新たな脅威を持ち始めていることを告げる。

『今回のガジェットは、AMFの濃度もそうなんだけど……思ったより向こうの「成長(がくしゅう)」が早くて、動きがかなり複雑になって来てるわ。それに今回の個体には、微弱だけど再生機構を持つ者が確認されてる』

「……再生だと? ガジェットが、単体でか?」

 訝しむシグナムに、シャマルは首肯し、言葉を続けた。

『まだ調査段階だけど、技術部の分析結果次第では、単純な無人の自律兵器、という認識を改めなきゃならなくなるかもしれない。魔法技術由来のものなら、機械生命の可能性……それ以外の要因によるものなら、別の技術体系の可能性を疑う必要も』

「自己再生機能……源流を探る上でもだが、戦いの上でも、より厄介な存在になってきそうだな」

 警戒感を露わにするシグナムに、ヴィータは今回の実感を踏まえてこう告げた。

『今はまだ、ある程度の数まではあたしら三人で殲滅出来る。けど、さっきの「成長(がくしゅう)」の話の通り、動きが変わって来てるのは確かだな。……まぁ、アレが単純な自己学習なのか、それとも()()()()()()()()()()ってことなのかは、ハッキリしてねーけどさ』

 特に、今回からまた新しい可能性を見せられたので尚更に。

 これまでの線が全くの無駄になるとは言わないが、万全を期するのならば、『万が一の線』も洗い出さねばならない。単純な敵対・抗戦ではなく、防衛・捜査を担う局員の哀しいところだなと、古より生きる鉄槌の騎士は溜息交じりに呟いた。

「まあ、そうぼやくなヴィータ。今日は任せきりになってしまったが、次からはわたしを始め、新人たちも加わってくる。お前たちの手を煩わせてばかり、ということにはなるまいよ」

『……んなこといってもなぁ。護りながら育てなきゃならねー戦いってのは、あたしら対人(タイマン)特化のベルカ騎士の専門外な気ぃするんだけどよ』

「何を今さら。お前も教官の端くれだろうに」

『そうだな。なんだかんだ、お前も殊勝に務めて来たではないか』

『そうよー、ヴィータちゃん。あんまり新人さんたちに意地悪しちゃダメだからね?』

 シグナムはおろか、ザフィーラやシャマルにまで援護射撃をされて、ヴィータは照れと恥ずかしさが半々の様子で『るっせーんですよっ!』と怒鳴り返す。

『だいたい、シャマルとザフィーラはともかく、シグナムは六課じゃあたしと同じ様な立ち位置だろーが⁉』

「そうは言ってもな。私は、おまえやなのはの様に教導をメインにしてきたわけではない身だ。こちらの出番は、お前たちが基礎を固めた後だろうな」

『くっそ……覚えてろよシグナム。ぜってー後半のシフト増やしてやる』

「ああ。前半はその分、戦いの方で貢献させてもらうとしよう」

 飄々と返されて、ヴィータはますます不機嫌そうに口を尖らせる。そんな彼女をザフィーラとシャマルが宥めつつ、

「では、残りの話は隊舎の方で、もっと詳しく聞くとしよう。此方ももう少し、エリオとキャロ(ふたり)に付いていてやらねばならないからな」

 と、シグナムはここまでの話をまとめた。

『了解。それじゃあ、直ぐに戻るわね』

『ふん、それまでは大人しく子守りを頑張ってろよな』

「分かっている。なんなら、返って来たお前も含めて、三人まとめて面倒を見てもいいがな」

『なっ、い、いらねーってのッ! そんなのッ‼』

『あまりそう揶揄ってやるなシグナム。ともかく、我らもすぐ戻る。報告の間、二人の案内は任せておけ』

 最後にそう付け加えたザフィーラに「ああ」と頷いて、シグナムは通信を切ると、待たせてしまっている子供たちの元へと戻って行くのだった。

 

  2

 

 時空管理局本局・無限書庫。

 その未整理区画で。ここの司書長であるユーノは、普段の作業を熟しながら、ある連絡を受けていた。

『───ってコトでさ。ザッフィーがさっき連絡(はな)してくれた感じだと、結構ヤバくなってきてるみたいだよ。例の機械兵器』

 通信窓の向こうで告げてくるのは、狼の耳と尻尾を持った、橙色の髪をした十歳くらいに見える少女。フェイトの使い魔、アルフだった。

 彼女は普段地球のハラオウン家で、多忙なクロノの分もエイミィを手伝うために、二人の子供であるカレルとリエラの面倒を見ている。だが、以前は臨時で司書の手伝いをしてくれていた縁もあり、時折こうして、いろいろな方面からの情報をユーノに伝えてくれるのだ。

「そっか……ごめんねアルフ、忙しいのに連絡してもらっちゃって」

『良いって良いって。最近はシュテルたちが協力してくれてる分、あたしが手伝いに行く機会も少なくなってきてるしね。このくらいはどうってことないよ。それにさ、前にも言ったじゃん? 帰る場所を護るのが、今のあたしの戦いだってさ』

「そうだったね……ありがとう」

『うん。そんじゃまた、近いうちに書庫(そっち)にも顔出すよ』

「分かった。ハラオウン家のみんなによろしく」

『おー。ユーノも無理すんなよ~?』

 と、釘を刺された事に苦笑しつつ、通信を終えたユーノの元へ、一つの影が近づいてきた。

 ここ数年、すっかり司書姿が板に付いた暗めの茶髪をポニーテールにした女性、シュテルである。

「アルフですか?」

「うん。ちょっとした近況報告を貰ってた」

 シュテルに応えつつ、ユーノは先ほど貰った情報を彼女にも見せる。

 空中に投射(うつ)された画面を見ながら、シュテルはふむと頷き、「思いの外、向こうの動きが早いようですね」と呟いた。

「ハヤテたちの部隊が動き出したとはいえ……このまましてやられるというのは、あまり愉快とは言えませんね」

 色素の薄い蒼の瞳に焔を揺らめかせ、シュテルは『ガジェット』の画像を射貫かんばかりに鋭く見つめていた。しかし、そんな彼女の昂りをユーノは窘めた。心配しなくても、必要になれば直ぐに出番は回って来るだろうから、と。

 が、彼の言葉に、シュテルは不満そうに口を尖らせる。

「……せっかく動ける土台を作ったというのに、師匠は随分と落ち着いていらっしゃいますね」

「動けるっていうのは、何も攻めることだけじゃないからね。僕自身は漠然と力を押し通せるくらい強くはないし、貸して貰っている君やみんなの力は、決して濫りに浪費するほど安い物じゃないから」

 今はまだ、ね? と、微笑みかけるユーノに、シュテルは二の句を告げなくなった。

 信頼されている嬉しさと、己が師の言動がほんの少し腹ただしくて。

「……師匠はなんというか、卑怯ですね」

 ジトっとした目で睨まれて、ユーノはたははと苦笑した。

「ごめん。柄じゃなかったよね」

「……いえ。別に、そういう事ではありませんが……」

 はあ、と溜息を一つ。自覚はある癖に、変なところで真っ直ぐというか何というか。

「それは一先ず置いておくとします」

 シュテルはそういって一度話を区切り、彼の元を訪れた本題へと移行する。

「遅れましたが、例のオークションの運営から、師匠に鑑定へ立ち会って欲しいとの要請がありました。いかがいたしましょう?」

「鑑定か……そうだね。乗り掛かった舟だし、引き受けるよ。少し確かめたい事もあるしね」

 応えると、シュテルも「分かりました」と首肯した。

「では、そのように返事をしておきます。しかし、教会からの依頼とはいえ、オークションですか……」

「次元世界は範囲が広いが広い分、その歴史を調べるには手が足りないし……僕らスクライアみたいに考古学的な方を専攻する物好きもいるけど、やっぱり基本は仕事として発掘するのが多いから」

 実際、管理局が捜索指定とするロストロギアは、あくまで『危険な品』関してのみだ。それ以外の学術的な研究、或いは骨董品として用いられるものに関しては、余程の曰く付きでもない限り、一般の手に渡るのは容認されている。

 そもそもどれだけ魔法の発達しすぎた世界の遺物であろうとも、ヒトの営みから零れ落ちた品が全て危険なだけかと言えば、当然そんな事は在り得ない。ゆえに、本質的には宝石を探す試みと何ら変わらないのだ。

 この次元の内で、歴史の痕跡を探すというのは。

「まぁ何もオークションだけじゃなく、他にも引き取り口はあるんだけどね。より直接的な取引をしたいって人は、こっちの方に集まるって感じかな」

 シュテルは、そういうものかと改めて納得した。思い返せば、エルトリアでも似たような事例はある。とはいえ、エルトリアはあくまで星の内にのみではあり、どちらかといえば遺物というより資源ではあるのだが。

「……とはいっても、やっぱりオークションというからには、出物もそれなりに大きいっていう事だからね。気を引き締めておくに越したことはないし」

「だから、というわけですか。局側や教会側が出るのも、何も警備の仕事というだけではなく、そういったものを警戒しているという理由ゆえのものであると」

「そうだね……」

 少し寂しそうな表情で、ユーノは相づちを打つ。

 しかし、その通りなのだ。なにも利益が絡むのは、発掘者と購入者の間だけではない。それを管理する側にも、それぞれの思惑があるのである。

「……重ね重ねごめん、この間の一件からずっと付き合わせちゃって」

 あまり気持ちのいい仕事ではないだろうなと、ユーノはシュテルに申し訳なさそうに告げる。だが、シュテルも覚悟はしてきている身だ。

 故に彼女は、「いいえ。わたしが好きでやっている事ですから」と応えた。

 それを受けて、ユーノは「ありがとう」と口にしかけたところで、シュテルが被せるようにこういって来た。

「───と、普段なら言いたいところなのですが、もし師匠がお気になさっているというのなら、今回は一つ、対価を頂いてもよろしいでしょうか」

「え、対価……?」

 思わぬ申し出に、ユーノは微かに面食らう。

 自給アップくらいなら一向に構わないが、流石に『いまから模擬戦に付き合え』と言われたらちょっと困る。

 (なま)らないよう気を付けてはいるものの、シュテルの様な戦闘に特化した(しかも砲撃型)相手に戦うのは勘弁してもらいたい───と、益体もない事を考えながら、ユーノは一体何を要求されるのかと、シュテルの言う対価がなんであるのか、その返答(こたえ)を待つ。

 すると、戦々恐々としたユーノに「そんな大したものではありません」と前置いて、シュテルはユーノにこう告げて来た。

「オークションに出向くのですから、ドレスコードは整えておきたいと思いまして。せっかくなら、師匠に選んでいただきたいのです」

「でもドレス選びって言っても……僕、あんまりセンスは」

「センス云々より、わたしは同伴者(そばづき)として、師匠が良いと思ったものを選んでほしいのです」

「うーん……」

 シュテルなら何でも似合うと思うけど、というのは、流石に失礼だろうか。

 選んでほしいという要求に対して、この答えは考える事そのものを放棄したに等しい解答だとユーノは思考する。

 しかし、選んでも良いものなのだろうか。

 子供の頃ほど狼狽えはしないが、気恥ずかしさがない訳ではない。

 けれど、シュテルは仕事に付き合ってくれている以上、対価というのなら、支払うのが正道である。まして選ぶものはドレスだ。エスコートする側であるのなら、女性に対し臆するのではなく、きちんと応えてこそ男だろう。

「───分かった。僕で良ければ」

 ユーノは長い様で短い逡巡を終えると、シュテルに向けそう言った。

 彼の答えを受け、シュテルは「ありがとうございます」と、いつものように平静な声音で応じたが、見えないところでぐっ! と、力強く拳を握り込んでいた。

「では師匠、早速予定を決めましょう」

「う、うん」

 ユーノはそれから、ぐいぐいとシュテルに背を押されて、その日の分の整理を済ませると、彼女に連れられてドレス選びに暫く付き合わされることになるのだった。───なお、後日その様子を記録した諸々が、『お買い物デート』の七文字と共に弟子から生徒に向けて送信され、星の光が激突するひと悶着があったらしいが、それはまた、別のお話。

 

 

 

 ───そうして、新暦八〇年の春。

 一つの部隊と一つの部署。そして、ある一つの組織が、遂にミッドチルダという舞台へ集い動き出した。

 

 

 




 本編からお読みいただいた方は初めまして。プロローグ、および設定集の方をお読みいただいた方は、改めてお久しぶりでございます。
 どうにかこうにか、半年以上ぶりに更新に行き付けました駄作者です。

 長らくお待たせしてしまい申し訳ございません……。
 ちょっと色々忙しかったのもあり、長らく筆が進んでおりませんでしたが、なんとか第一話を書き上げる事が出来ました。

 とはいっても、プロローグⅤまでに比べるとやや文字数は少なめですし、今回は戦闘なども無かったので、少し物足りない部分があったらすみません。
 ですが、これで土台は完全にできましたから、次回以降はどんどんStSの世界に飛び込んでいきたいと思います。
 原典から五年ズレて、キャラクター同士のかかわりが増えたりした分、起こる物語の変化を楽しんで頂けるように頑張って行きます。

 では、早速いつもの言い訳タイムをば。

 まずは最初のはやてちゃんとフェイトちゃんの話のところからですかね。
 原典の二話頭らか持ってきたシーンですが、ギンガお姉ちゃんが救出されるシーンはもう先にやっていたので、ちょっと構成を変え、六課創設の理由が少し変わっている事を設営する感じに話を展開してみました。
 女子会っぽいノリの展開に持って行ったのも、本来よりも時間が進んだ分みんなの絆が深まっている雰囲気を出したかったのも(原典は当たり前ですが、まだ前作の直後に作られた事もあって描写不足から少しよそよそしさがあるのでその解消に)。
 ちなみにアリサちゃんとすずかちゃんを登場させたのはその関連もありますが、もっと突き詰めるとStSの五人娘が電話してるピンナップからのオマージュです。尤も公式のアレは見た感じ六課の制服だったので、恐らく時系列的にはサウンドステージのフォワードメンバーが海鳴に行ったところかなとは思いますが。
 ただ漫画版の方での説明を見る限り、ユーノくんも含め、忙しくなければ二人もはやてちゃんのところに遊びに行く予定だったみたいなので、「そっちはどう?」みたいな連絡をフェイトちゃんと取ってたアリサちゃんがすずかちゃんにも連絡を飛ばして二人も会話に加わる、という流れに。……で、そこからユーノくんが他にも窓口開いてる裏設定もついでに出してみた、と、そんな感じです(笑)
 プロローグⅠの時点から、支える為の動きをユーノくんは特に隠してないので、実は結構広まってます。主にはエリオとキャロや、地球からビジネスに来てるアリサとすずか辺りから。
 なお、アリサとすずかのビジネスは主に遊興施設関係を想定してます。前作の《オールストン・シー》での出来事から、被害を受けた分エルトリアのヴァリアントとかの土木工業技術の話を聞いたり、管理世界の遊興施設の事情なんかを聴いてアイディアを売り込みに行ってるみたいな感じですかね。
 根本となってるのが、現地協力者への見返りとか、地球との技術取引みたいなものと考えて頂ければ。そこに管理世界の風習や文化へのアドバイザーとして無限書庫も協力してるので、ユーノくんとの窓口も開けてるという事で(←また生徒が拗ねる浮気(?)案件)。

 次に、前の部分にも少し出しましたが、六課創設の理由が少し変わってる部分についても書いておきます。
 原典だと六課が設立された表向きの理由には、地上部隊の初動が遅い事に対する不満も含まれてましたが、本作ではそこらへんは少しマイルドめにして、育成の方により力を注ぐ、というのを押し出してあります。
 真の目的のためにというが本懐であるにせよ、結局それも最悪を防いで未来を守るのが主目的なわけですから、三人娘たちが大人になった分だけ『次へ繋ぐ大人』としての役割を強調してみました。

 そして、そこらへんに関連して。
 子供たちがより子供らしく、ということで、エリオとキャロの再会シーンの改変にもつながってきます。
 本作では普段から二人がかなり会ってる設定になってるので、初々しい『運命の瞬間!』って感じは薄れてますが、だからこそ逆に無自覚にぐいぐい来る幼馴染か兄妹か、或いはもっと別の関係でほのぼのとした感じを強めてみた感じです。
 とはいえ、もう一つの出会いをここでぶっこんでしまったので、パパ(予定)の方に負けず劣らずエリオきゅんもフラグ立てちゃってますけども。書いた張本人が何を言ってんだとツッコまれそうですが、つい指が動いてしまったんです。本当ですっ、信じてください!
 ……まぁプロローグの段階からそうですが、キャラ多くした分先に関係作れるところは造ってから書くやり方に慣れ過ぎてしまった感はなくもないですが(おい)

 で、そしていよいよラスト。
 ヴィータちゃんたちの戦闘シーンを入れなかったのは、単純に前章部分で隊舎に向かったみんなの動きを描写したかったのと、最後の書庫のシーンに繋げる為というのが主ですかね。
 本当は次回へ続く! なところではあるんですが、このあと暫く書庫の面々を出せるか分からないので、先のストーリーの伏線がてらこうしてみました。
 あと、ストーリーの性質上今後は結構シリアスになると思うので、少しコミカルに描けるうちにコミカルなところ書いておきたかったのも少し。……いや、決してユノシュテが急に降りて来ただけではないです。ホントに。
 元々二年近く前からユーノくんがこの後(六課発足の日)になのはちゃんに電話するのは決まってるので(前作の終章のアレ)、たぶんユーなの的な補完は既に済んでいるハズ……たぶんきっと!

 と、そんな感じで相も変わらずぐだぐだですが、どうにかこうにか本編始まりましたので今後も楽しんで頂けるように頑張って行きたいと思います。
 それではまた、次回にお会いできることを祈りつつ、今回は此処でいったん筆をおこうかと思います。ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました……‼


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第二章 集結、機動六課

交錯する星々の通過点 GAS-Lost_Property_Riot_Force6

 

 

 

 きっかけは、本当に小さな出会いから。

 出会えた奇蹟が膨れ上がって、たくさんの想いが繋がり合った果てに今がある。

 

 楽しい事ばかりではなく。

 けれど、辛い事ばかりでもない。

 

 順風満帆なだけの道のりなんてどこにもなくて。

 本当は明日、共に在れるかどうかさえ不確かなままで。

 

 でも、確かに今、集まった思いは此処に在る。

 いずれ別たれる道だとしても、その夢へ向けた階段の一段目に、うら若き原石たちが足を掛けた。

 

 ここは、そんな新しい始まりの場所。

 色んな想いが繋がって、また大きくなっていくような、束の間の通過点。

 

 

 ───それぞれの目的を胸に、物語は動き出す。

 

 

 新暦八〇年、四月中旬。

 ミッド中央区画湾岸地区に置かれた隊舎にて、八神はやて率いる新部隊、『古代遺失物管理部・機動六課』が正式に発足した。

 

 

 

 

 

 

部隊始動 Start_Up.

 

 

  1

 

 新部隊の発足式を直前に控えた朝。

 機動六課本部隊舎に到着したなのはとフェイトは、到着した旨をはやてに伝えるべく、部隊長室へと向かっていた。

 が、

「~~~♪」

 何故か先へと進むなのはの足取りは、単に浮足立つという度合いを越えて軽やかであった。

「なのは、なんだか嬉しそうだね」

「えー、そうかな~♪」

 到着して顔を合わせて以降、ずっとこの調子である。

 流石に気になったらしいフェイトが「何かいいことあったの?」と訊ねるものの、なのははますます照れたような顔ではにかむばかり───しかし、ここまでくると、そろそろ見当が付いたのか、フェイトはくすりと微笑んだ。

 と、そんな益体もないやり取りをしている間に、二人は部隊長室の前に着いていた。

 それに気づき、なのはも弛んだ表情を引き締め直した。中に居るのが十年来の親友と分かっているはいえ、ここでは二人は彼女の部下に当たる。

 公私の区切りはきちんとつけねばなるまい。

 装いを正すと、なのはとフェイトは小さく視線を交わし頷き合い、扉の脇に付けられたブザーを鳴らした。

 扉の向こうから聞こえて来た「どうぞ」という招きを受けて、二人も「失礼します」と言ってその中へ。

 部隊長室に足を踏み入れると、はやてとリインが二人を出迎えてくれた。

「いらっしゃい。なのはちゃん、フェイトちゃん」

「いらっしゃいです~♪」

 にこやかに出迎えてくれたはやてたちの笑顔に、二人も穏やかに微笑んだ。

 そうして笑みを交わし合っていると、はやては二人の姿を見て、どこか感慨深そうにつぶやいた。

「三人で同じ制服姿なんは、中学校の時以来やね。なんや懐かしいなぁ」

「そうだね。三人で同じ部隊になるのも、やっぱり中学校くらいまでだったし……」

「でも部隊ではフェイトちゃんもなのはちゃんも、お仕事の関係では、執務官服とか教導隊制服でいる時間も多いかもやしれへんなー」

「まぁ、そういう時間も多いかもだけど、事務仕事とか、公の場ではこっちって事で」

「皆さん、どっちの制服姿も素敵ですよ~♪」

「にゃはは。ありがとう、リイン」

 と、昔を懐かしんだところで、「さて」と一度談笑に区切りをつけて、フェイトがなのはに視線を送る。

 それになのはも頷いて、二人は真っ直ぐはやてとリインへ向き直ると、姿勢を正し、敬礼と共に着任の挨拶を述べた。

「本日只今より、高町なのは一等空尉」

「フェイト・(テスタロッサ)・ハラオウン執務官」

「両名とも、『機動六課』に出向となります」

「どうぞ、よろしくおねがいいたします」

 二人の毅然とした挨拶を受けて、はやてもまた「はい、よろしくおねがいします」と、返した。

 しかし、九歳の頃からの付き合いを思うと、いくら部隊長とその部下の関係になったとはいえ、堅苦しいままの雰囲気でいるというのは、どうにも皆性に合わなかったのだろう。程なく小さく漏れた笑みから、四人の間には再び柔らかな雰囲気が溢れ出して行った。

 それからまた談笑が始まり、通常状態のリインに合ったサイズの仕事机(ワークデスク)を書庫にやって来ていたイリスが作ってくれたという話や、部屋割りの話などへ移行していった。

「とりあえず、部屋は隊長と副隊長で『スターズ』、『ライトニング』と分けてみたよ。ティアナとスバルはずっとコンビやったみたいやから相部屋で、エリオとキャロは男女の組み合わせやけど……まあ、今はまだ兄妹みたいなもんやからね」

「ホントはフェイトさんと同じ部屋に、っていう話もあったですが、二人も背伸びしたいお年頃なんですかね~。隊長と部下になったから、同じ部屋じゃない方がって希望が出されてました」

「…………確かに、ね。その方が、部隊の運営的には楽ではあるんだけどね……。でも、少しくらい……」

 迷って欲しかったなぁ、と、なのはとはやては、フェイトの声に成らない呟きが聞こえた気がした。

 二人とも一年前くらいまでは一緒に寝てくれていたという話は聞いていたが、ここ一年ばかりの間に局員として本格的に動き始めた所為か、どうにも独り立ちみたいな心がエリオとキャロに根付き始めているらしい。……尤も、エリオの方はもう少し違う理由もあったかもしれないが。

(そろそろママと大好きな子と同じベッドゆーのも恥ずかしくなってきたんやろ~なぁ)

(エリオも男の子ですからね~)

 三人で寝られるくらいのベッドを探してきたフェイトの話を聞いて、エリオがちょっと赤くなっていたのを思い出し、はやてとリインはそんなことを思った。

 ちなみにエリオとキャロの部屋は両サイドにベッドを置いて、真ん中に仕切り(カーテン)を置くような形になっている。そして、用意されてしまったベッドはもったいないので、そのままなのはとフェイトの部屋へ移動されることになった。

(でも、なのはちゃんも結構その辺抵抗あらへんよなー。まぁわたしらも似たような感じかもやけど)

 というか、なのはの場合は昔、ユーノが男の子だと判った後も一緒に寝ていたくらいなので、今更かとはやては思い直した。普通に幼少期から父や男兄弟に可愛がられた末っ子気質なのかもしれない。

 そんな益体もない事を考えていたところで、また部隊長室の呼び鈴(ブザー)が鳴った。

 どうぞ、と招き入れると、今度は眼鏡と紫の髪が印象的な、理知的な雰囲気の青年が入って来た。

「失礼します、八神部隊長にご報告が───あっ。高町一等空尉、テスタロッサ・ハラオウン執務官。ご到着なされていたんですね。どうも、ご無沙汰しています」

 見た目に違わず、真面目そうな声音で挨拶してきた青年にそう挨拶をされ、なのはとフェイトはポカンと呆ける。

 が、直ぐに見知っていたはずの面影を見て取り、驚き交じりに問い返す。

「え……もしかして、グリフィスくん?」

「はい。グリフィス・ロウランです。お久しぶりです」

「うんうん、久しぶり~! っていうかすごい、すごい成長してる!」

「うん……前に合った時は、まだシャーリーともそんなに変わらなかったのに。もう、わたしたちよりだいぶ高いね」

「そ、その節はお世話になりました」

 フェイトが四年ほど前に任務で一緒になった時を思い返しながら、手で背丈を測るような動きをする。副官だったシャーリーからちょくちょく話は聞いていたが、実際に見ると随分と印象が違うものだ。

 シャーリーと同い年なので、グリフィスはまだ十九歳。

 母譲りの雰囲気のためか大人びて見えるが、少年と青年の狭間にある年頃の男子は、数年でがらりと印象が変わるものだなと、フェイトはかつての兄や幼馴染の事を思い返しながら、改めてそう思った。

「グリフィスくんは六課ではわたしの副官で、交替部隊の責任者を務めてくれてるんよ」

「運営関係も、色々手伝ってくれてるですよ~」

 はやてがそう紹介すると、「そっか」とフェイトは頷き、シャーリー共々、立派になっていく後輩を頼もしく思った。

「そういえば、お母さん……レティ提督はお元気?」

「はい、おかげさまで。リンディ総務統括官ともよくお会いしている様で、此方も母がお世話になっております」

 母同士が親しくしている事もあり、近況の話題には事欠かない。───が、グリフィスは部隊長室へやって来た当初の目的を思い出し、「しまった」とばかりに慌てて、再度はやてに報告の許可を取る。

「す、すみません部隊長。遅れましたが、報告してもよろしいでしょうか?」

「うん、どうぞ」

「はいっ。フォワード四名を始め、機動六課部隊員とスタッフ、全員揃いました。今はロビーに集合、待機させています」

「そっか、結構早かったなあ。ほんなら、なのはちゃん、フェイトちゃん。早速、部隊のみんなにご挨拶や」

 はやての言葉を受けて、二人は「うん」と頷いた。そうしてグリフィスの案内で、四人は本日より『機動六課』として共に歩む精鋭たちの元へと向かった。

 

  2

 

 それから十分ばかりが経過した後。

 本部隊舎中央ロビーにて、そこに立ち並ぶ若き精鋭たちを前に、はやては部隊発足の挨拶式を行っていた。

 壇上に立つはやてに、部隊員たちは姿勢を正し、彼女の言葉に耳を傾けた。

「機動六課・課長。そして、この本部隊舎の総部隊長、八神はやてです。本日より、わたしたちの部隊、機動六課が正式に発足と相成りました。平和と法の守護者……時空管理局の部隊として、事件に立ち向かい、人々を守っていく事がわたしたちの使命であり、成すべき事です」

 柔らかな声音と小柄な見た目に反して、はやての言葉は凛と場に響いていた。皆静かに、その声に聞き入りながら、どこか真剣な眼差しで続きを待つ。

「この部隊は育成部隊でもありますが、その性質上、実戦に出向く機会も多くなってきます。わたしたちが立ち向かうものは、確かに脅威です。ですが、ここに集まったメンバーの力は、決してそれに劣るものではありません。

 実績と実力に溢れた指揮官陣。若く可能性に溢れたフォワード陣。それぞれ、優れた専門技術の持ち主の、メカニックやバックヤードスタッフ。全員が一丸となって、それらの脅威に立ち向かっていけると信じています」

 ハッキリと通る声でそう告げて、はやては小さく微笑んだ。

「ま。長い挨拶は嫌われるんで……以上、ここまで。機動六課・課長および部隊長、八神はやてでした」

 そして、彼女の締めの言葉を受け、部隊員たちは盛大な拍手で以て、これより自分たちを統括するはやてを暖かく迎えたのだった。

 

  3

 

 挨拶式が終わり、一同は解散し、それぞれの持ち場へと向かって行った。

 なのはとヴィータは早速新人たちを訓練場に案内し、フェイトははやてと共に地上本部へ出向く準備のために部屋へ戻ろうとして、その途中、廊下を歩くシグナムと出くわした。

「シグナム」

「ん? ああ、テスタロッサか。久しぶりだな。直接会うのは半年振りになるか」

「そうですね。ホント、お久しぶりです」

 八神家の面々との交流は普段から多い方だが、ここ最近は部隊の稼働に向けて忙しい時期が続いた事もあって、面と向かって会う機会は少なかった。

 何より、

「考えてみると……ちゃんと同じ部隊になるのは、初めてですね」

 そう。アースラ時代や新宿支局、執務官として活動する中での任務や訓練など、同じ事件に挑む事は多々あったが、彼女らが同じ部隊に所属を同じくするのは、意外にも六課が初めてである。

 シグナムも、言われてみればそうだな、とフェイトの言葉に頷いた。

「始まったばかりで、色々大変だとは思いますが、どうぞよろしくお願いしますね」

 そういって微笑むフェイトに、「こちらの台詞だ」とシグナムも笑みを返した。しかし、年齢を重ねた事もあってか、かつてよりもフェイトの口調がかなり柔らかくなっている気がすると、シグナムは思った。

 最初に会った頃は中性的、というより、どちらかと言えば堅く、かなり起伏の少ない声音だった。それがすっかり柔らかくなったのは、子供の頃から見守って来た側としては感慨深いものもある。

 だが、柔らかくなったのは声音ばかりで、長く見守って来ただけに、すっかり大人びた話し方をされると、なんだか畏まっているようで、どこかむず痒いような気もする。

「子供の頃と同じように、もう少し砕けた口調でも良いのだがな。だいたい、六課(ここ)ではお前は、私の直属の上官なのだぞ?」

 シグナムはそういうが、一応分隊長と副隊長ともなれば、公私の区切りはある程度必要になって来るだろう。

 というより、見守られてきた側は見守られてきた側で、例え背丈が近くなっても、やはりかつて大人と子供だった頃の記憶は、なかなか薄れないものである。

「それがまた……なんとも、落ち着かないんですが」

 だからという訳でもないが、フェイトはちょっと困ったような笑みを浮かべた。しかし、そんな反応が面白かったのか、大人げなくシグナムは更にフェイトを揶揄ってくる。

「ふむ……まあ、上司と部下だからな。そうなると、テスタロッサに『お前』呼ばわりもよくないか。公私のけじめを付けるなら、これからは敬語で喋った方が良いか?」

「そ、そういうイジワルは止めてください。良いですよ、テスタロッサで。お前で」

「ならば、そうさせてもらうとしよう。けれどお前も、偶には気を張らずに喋ってくれると助かる」

「……はい」

 見守る側になってだいぶ経つが、未だ子供扱いの抜けない烈火の将に、フェイトはまだまだ敵わなそうだなと溜息を吐いた。

 が、少々落ち込んだフェイトを他所に、シグナムはそういえばと、この後の予定について聞いて来た。

「この後はどうするんだ? テスタロッサ。私は新人たちの様子を見に行くが」

「あ、この後ははやてと地上本部の方に、部隊発足の挨拶と、任務表明に行く予定で……」

「そうか。では、此方の警護などは任せておけ。主はやてを頼んだぞ、分隊長?」

「もう……イジワルですね、本当に」

 弄ばれ、やや愚痴っぽい言い草にはなってしまったが、フェイトは最期には「はい」と応えて、シグナムと別れた。

 そして、フェイトと別れたシグナムは、早速これから育てていく原石たちの様子を確認しておくべく、訓練場の方へと足を進めて行った。

 

  4

 

「そういえば……四人とも、お互いの自己紹介とかはもう済んだ?」

 新人たちを訓練場に案内する最中、なのはは後ろから着いてくるスバルたちへ向け、そう訊ねた。

「あ、えっと……」

「名前と、経験や技能(スキル)の確認はしました」

「あと部隊分けと、指揮合図(コールサイン)もです」

 ティアナとエリオがそう応えると、なのはは「そっか」と一つ頷いた。

 まだ完全に打ち解けたという程ではないが、コミュニケーションは取れている様だ。特に衝突している様子もなく、皆向上心が強いタイプであるから、しばらく訓練などで共に過ごせば自然と中も深まって行くだろう。そう判断し、なのはは新人四人に向けて、「じゃあ早速、訓練に入りたいんだけど、良いかな?」と問うた。

 ティアナを筆頭に、スバルたちも「はいっ!」と威勢よくそれに応じる。

 その声を受けて、なのはも改めて満足そうに頷き、新人たちを連れ、再度訓練場へと向かっていった。

 

  5

 

 訓練場に着くと、なのはは新人たちに訓練着に着替えて、準備運動を済ませておくように指示を出した。そうして四人が駆け出して行ったところで、合流してきたヴィータと共に戦技教導用の制服に着替えると、二人でこれから行う模擬戦の準備に掛かった。

 機動六課の訓練場は、屋外の臨海部分に置かれている。

 主に使用されているのは、今新人四人は準備運動(ウォーミングアップ)に使っている隊舎周辺の走路(トラック)区画と、海上に拡張された模擬戦場(シミュレーション)用区画の二つ。

 細かな確認などは、周辺の森林区画で行ったりもする事もあるだろうが、それは基礎が固まってからの話だ。

 今日これから行う模擬戦の舞台となる海上区画は、一見すると単なる板張りに過ぎない様に見えるが、魔法戦技の訓練用にちょっとした工夫が施されている。

 そして、その要となるシステムを組み上げたのが。

「なのはさーん、ヴィータさーん」

「あ、シャーリー!」

 今しがた駆けつけて来てくれた、丸っこい眼鏡をかけたロングヘアの女性局員。六課の通信主任兼技術主任(メカニックデザイナー)のシャリオ・フィニーノ一等陸士である。

 彼女はグリフィスの幼馴染で、以前からなのはたちと交流のある後輩局員の一人だ。

 元々は技術畑の人間であり、なのはたちが魔法に出会った当初、カートリッジシステムなどを搭載する際にお世話になった、当時本局で運用部直属の技術官を務めていたマリエルの愛弟子でもある。

 しかし、機械好きが高じていつの間にかデバイス以外にまで手を広げる様になり、あれよあれよという間に通信士としての腕を上げ、少し前まではフェイトの執務官補佐も務めていたというかなり珍しい経歴の持ち主だ。

 更に余談を加えると、通信士としての研修中には、当時地球の新宿支局にも出張っていた縁もあって、フェイトの義姉(あね)であるエイミィにも師事していた事も。

 フェイトの副官に着いていたのも、この時の縁があっての事らしい。そんなわけで、なのは達と縁深い技術および管制系のスペシャリストたちから学んできた彼女は、六課の運営においてかなり頼もしい存在となっている。

「久しぶりだね~。それと、お疲れさま。色々頼み込んじゃってごめんね」

「悪いな、雑務みたいなことばっかり任せっぱなしで」

「いえいえ! 正直通信主任やってるより、こっちの方が楽しいくらいなので♪」

「相変わらず、師匠(マリーさん)譲りのメカオタだなー。それでどうだった? 新人たちのデバイスの調整は」

「はい、もちろんしっかり仕上がってますよ~! っと、噂をすれば……それじゃあ、せっかくですし、詳しい説明はみんなにも一緒に」

 戻って来た新人たちの姿を捉え、シャーリーがそう二人に告げると、なのはとヴィータもそれが良い、と頷いた。

 そうして全員が揃ったところで、なのはたちは四人に預かっていたデバイスを手渡しながら、デバイスに施された使用について説明していく。

「いま返したデバイスには、データ記録用のチップが入ってるから、ちょっとだけ、大切に扱ってね。詳しい説明の方は、六課のメカニックを務めるシャーリーから。それではどうぞ♪」

「えー、ただいまご紹介に預かりました。メカニックデザイナー兼機動六課通信主任を務めております、シャリオ・フィニーノ一等陸士です。みんなはシャーリーって呼ぶので、良かったらそう呼んでね。『ライトニング』の二人とはもう面識があるけど、『スターズ』の二人もそう呼んでくれたら嬉しいな。

 で。わたしの主なお仕事は、みんなのデバイスを改良したり、調整したりする事です。なので、時々訓練に関わらせてもらったりもしますが、その時はよろしく。あ、デバイスについての相談とかあったら、遠慮なく来てね? さっきなのはさんの説明にあった通り、運用データは逐一収集してるけど、使い手によって特性とか、もっと機能を先鋭化したい! みたいなのも大歓迎だから♪」

「「は、はい……」」

 一応上官の部類の筈だが、人懐っこく、かなりフレンドリーな話し方をしてくるシャーリーに、『スターズ』の二人はちょっと押され気味である。一方、『ライトニング』の二人は馴れたもので、「はいっ」と元気に返事をしていた。

 そんな四人の姿を小さく笑みを溢すと、ヴィータは気を取り直して、「それじゃ、早速訓練に入るぞ」と四人に声をかけた。

 しかし、新人たちは姿勢を正しはしたものの、「そういえば……」と顔を見合わせ、本日の内容(プログラム)を聞かされていなかった事を思い出す。

 その戸惑いをみて、ヴィータは「まー、無理もねぇか」と苦笑する。

「そう身構えんな。今日はあくまで確認、お前らが今の段階でどこまでやれるかを見るのが目的だ。リラックスして、自分たちの全力を出せるようにだけしときゃあ良い」

「うん。ヴィータ副隊長の言う通り、今日やるのは昇級試験でやったのと同じような無人機相手の模擬戦だから……新しい事を学ぶ前に、今の自分に出来る全部を思いっきり、全力全開でやって行こう」

「は、はい……あれ、でも」

「模擬戦って……ここで、ですか?」

 ヴィータとなのはの言葉に、頷きはしたものの、スバルとティアナはまだ少し状況を呑み込み切れていないようだ。

 無理もない。ついこの間、廃棄都市区画を利用しての大規模な昇級試験を経験した二人からすれば、がらんとしたこの隊舎周辺での模擬戦と言われても、いまひとつピンと来ないのだろう。

 が、なのはとて現役の教導官。当然そこに抜かりはない。

「シャーリー、お願いね?」

「はーい! では早速、機動六課自慢の訓練スペース。なのはさん完全監修の、陸戦用の空間シミュレーター。―――ステージ、セット♪」

 なのはの声を受け、シャーリーは組み上げた戦技教導用のシステムを起動させる。

 投射画面(モニターパネル)を幾つか指で叩くと、先程まで無機質な平面に過ぎなかった拡張区画が、一気にその姿を変えて行く。

「わ……すっご」

 目の前に現れた光景に、思わずスバルは感嘆にも似た声を漏らした。

 投影されたのは、陸戦用の仮想市街地区画。ちょうどこの前、スバルたちが試験を受けた第八空港周辺の廃棄都市区画に似通った様相をしている。

 驚いている四人に、シャーリーとなのはから、目の前の訓練区画についての説明が入る。

 曰く、ミッドチルダによく見られるタイプの市街地区画を、結界魔法を応用して疑似的に再現しているらしい。尤も、あくまで魔法の産物とはいえ、建物や障害物は実際に触れる事も出来るなど、かなり本物に近く感触に設定されており、訓練の場としては十分な仕様になっているそうだ。

「この空間シミュレーターは室内にも設定は出来るんだけど、機動六課の担当する範囲はミッドチルダ地上がメインになるから、ライトニングの二人はミッド以外の出身だし、オープンスペースでミッドの空気感に慣れてもらおうっていう目的もあるんだ」

「ま。当然、訓練が進めば市街地以外を想定した訓練もある。ミッド南部とかは未開拓の場所も多いし、そういうところでの戦闘も、ゼロじゃないだろーからな。つっても、今日の市街地だって、あたしらが絶対に守らなきゃならねー場所には変わりはねぇ。気合入れてけよ、新人ども」

 ニヤッと、不敵に笑うヴィータに、やや呆けていた新人たちの目に鋭さが戻る。

 告げた言葉がしっかり伝わってるらしいことを確かめると、ヴィータは少し笑みを穏やかにして、なのはとシャーリーと共に、新人たちを訓練区画内へと導いて行った。

 

『───よし、っと。みんな、聞こえる?』

 

 市街地内に立った四人に、なのはがそう呼びかけると、その呼びかけに、新人フォワード陣は揃って「はいっ!」と返事を返す。

 威勢の良い声音に頷き、なのはは早速シャーリーに訓練を始める準備をするように指示を出した。

『じゃあ早速、仮想敵(ターゲット)を出して行こうか。まずは軽く八体から……』

『はい。動作レベルC、攻撃精度D、ってとこですかね』

 シャーリーがパネルを操作し、新人たちの前に今回の相手役を出現させる。

 青く輝く魔法陣から出現したのは、楕円形の機械兵器。その姿を見て、ティアナは部隊への勧誘の際に見た画像を思い返した。

「ガジェット・ドローン……」

『そう。わたしたちの仕事は、捜索指定ロストロギアの保守管理。その目的のために、わたしたちが戦うことになるのが、このガジェット・ドローン』

『自律行動型の魔導機械。これは、近づくと王撃してくるタイプね? 分類はⅠ型。これまで確認されてるガジェットの中では一番小型だけど、攻撃は結構鋭いから、油断しちゃダメだよ~?』

 軽く釘を刺す様にシャーリーは言ったが、新人たちは既に自分たちの愛機を構え、交戦意欲十分。それを見て、なのはたち三人は目を見合わせ、新人たちに今回の訓練課題(オーダー)を発表する。

『では、第一階模擬戦訓練。任務内容(ミッション)及び目的、逃走するターゲットの破壊、もしくは捕獲。十五分以内に!』

「「「「はいっ!」」」」

 なのはの指示に、四人がそう応える。

 それを受けて、なのはとシャーリーが顔を見合わせ微笑んだ。やれやれ、といった表情のヴィータを他所に、二人は意気揚々と、

『それでは♪』

『ミッション───』

 どことなく楽しそうに、新人たちへの期待を込めて、そろって拳を掲げ、開始を告げた。

『『───スタートっ!』』

 と、なのはとシャーリーの言葉を皮切りに、四人は逃げ出したガジェットを追って、訓練場を駆けだした。

 

  6

 

 はやての元へ向かったフェイトと別れ、シグナムが訓練場前に立ち寄ると、ちょうど新人たちが訓練を始めたところだった。

 四人が走り出したところを眺めていると、「始まったようだな」と、背後から声が掛かる。

 青い毛並みをした、猛々しい狼。シグナムと同じヴォルケンリッターの一角、『盾の守護獣』こと、ザフィーラである。

「ザフィーラ。なんだ、お前もか?」

「ああ」

 言葉少なく挨拶を交わし、ザフィーラはシグナムの傍らから、新人たちの訓練の様子を観戦し始めた。

「新人たちの様子はどうだ」

「青いなりによくやっている。始まったばかりだからな……今はまだ、我武者羅に動くばかりといったところだ」

「ならば、伸びしろは問題ないようだな」

「ああ。強くなろうとする者は、何時の世も自然と出てくるものだ」

「ならば、しかと見守って行くとしよう」

「その若さを宥めるには、私もまだ大人になり切れているか、自信は無いがな」

 おどけた様に言うシグナムに、ザフィーラも小さく笑った。

 確かに、物を教える柄ではないと自負する彼女は、腕前こそ一流だが、どうにも古い騎士ゆえの気質か、戦いにおいて本気になりやすい所がある。この辺りは、彼女がライバルと認めるフェイトも似たようなもので、昔はよく彼女らに触発され、なのはやヴィータを始め、周りを巻き込んでの模擬戦が行われていた。

 そして、その度にシャマルやユーノが結界役として動員され、戦う事自体にはさほど乗り気でないものの、なのはやはやてを始め、負けず嫌いな砲撃型の面々が熱くなる度、本局の訓練室を守る為に全力を出す羽目になるのが御馴染みの光景であった。

「……しかし、早いものだ」

「そういえば、お前もエリオとキャロの面倒をよく見ていたな」

「今更だが、時代に馴染み始めているのかもしれん。ベルカでは、一〇になれば独り立ちも当たり前だったのだがな……」

「親心、というやつか?」

「……かもしれん」

 問いに返された応えに、シグナムも感慨のようなものが胸に浮かぶ。先程、フェイトと話していた時にも少し思った事ではあるが、エリオやキャロばかりではなく、ほんの少し前までは、はやてたちも彼女らにとっては『子供』だった。

 それがすっかり手足も伸び切った大人になっている、というのは、見守ってきた側からすると、目まぐるしい変化であるようにも感じられる。

 時の流れが成長として目に見えても、なかなか長く見守ると、どうにも愛着というものは拭い難い。とりわけ、護る者であるザフィーラには、それもひとしおなのだろう。

 その点では、相手の刃に熱を求めてしまう自分はまだ、親にはなり切れていないのかもしれないな、とシグナムは思った。

 と、そんなことを考えている間に、新人たちに動きがあった。どうやら、予想よりも早く動きがあるらしい。

 そうして、二人の視線が訓練場に注がれていた頃。

 六課のヘリ発着場では、はやてとフェイトが乗り込んだヘリが、中央へ向かって飛び立とうとしていた。

 

  7

 

 六課の本部隊舎に置かれた発着場では、深い緑に染められた機体(ヘリ)が飛び立つ時を待ちかねたように、その回転翼(メインローター)を唸らせていた。

 翼が刃の如く風を切る度に奏でられる轟音は、軽快な楽曲のように操縦者の心を滾らせる。

 この部隊の運用期間中は、長い付き合いになるだろう相方の姿に、六課のメインヘリパイロットを務める、ヴァイス・グランセニックは昂揚を隠しきれていなかった。

 実際、彼は挨拶式が終わって直ぐ、はやてからヘリを飛ばして欲しいとの命が下った時点から、ずっとここで早く大空へ機体を飛ばしたくてうずうずしている。シグナム辺りが見れば、相変わらずだなと呆れられそうな気もするが、こればかりは性分だ。

 男は幾つになっても、こういった浪漫から逃れ得ない生き物なのである。

 と、そんなことを考えていたところへ、背後から声が掛かった。

「あ、ヴァイスくん。もう準備出来たんか?」

「ええ。八神部隊長、それにフェイトさんとリイン曹長も。ご出発で?」

「うん。ちょう早いけど……ええかな?」

「もちろん。此方は準備万端! いつでも行けますぜ」

 威勢よくグッと親指を立てるヴァイスに、はやてとフェイトは頼もしそうに微笑み、これから乗るヘリの方へ視線を移す。

「わ……聞いてはいたけど、これかなり新しい型なんじゃない?」

「JF七〇四式。一昨年から武装隊で採用され始めた新兵器です。機動力、積載能力も一級品っすよぉ~? こんな機体に乗れるってなァ、パイロットとしては幸せでしてねぇ~!」

 フェイトの問いに、ヴァイスは機体に対する熱が再び高まったのか、どこか子供の様に語り出す。一応、彼はフェイトやはやてよりも二つばかり上なのだが、こういうところはガタイの良さとは裏腹に、非常に幼く見える。

 そうしてはしゃぐ彼を、リインが窘めに掛かる。

「むぅっ、ヴァイス陸曹!」

「??? はい?」

「嬉しいのはいいですけど、ヴァイス陸曹はみんなの生命を乗せるパイロットなんですから、ちゃんとしてないとダメですよー!」

「はいはい、わかってまさーね。リイン曹長」

「もう、ホントに分かってるですかー?」

「そりゃあもう。曹長殿のお達しとあれば、心の隅まで刻んでますとも」

 おどけた風に言葉を返すヴァイスに、リインはちょっとばかり剝れ気味である。はやてはそんな彼女を「まあまあ」と宥めつつ、早速ヴァイスに頼んでヘリを飛ばしてもらうべく、機体の中へ乗り込んだ。

「八神隊長、フェイトさん、行先はどちらに?」

 管制用のヘッドセットを装着(つけ)ながら、ヴァイスが目的地に着いて二人に訊ねた。

 すると、息の合った幼馴染らしく「首都クラナガン」、「中央管理局まで」と、二人の声が順に操縦席側へ聞こえてくる。

 それに「了解ッ!」と返して、ヴァイスは操縦桿を握り込み、共に機体を飛ばす相棒に呼びかける。

「いくぜ? ストームレイダー」

《Ok, Take off-Standby.》

 その電子音声(こえ)に合わせ、操縦桿を引き、ヘリは己が巣より飛び立ち、目的地へと向けて唸る翼で空を翔けて行った。

 

  8

 

 それから程なくして、ヘリは首都クラナガンに置かれた地上本部の中央議事センターへと到着した。

 ここまで運んでくれたヴァイスに見送られ、二人は施設の中へと足を進める。帰りは中央(こちら)から出ている交通手段を使ってもよかったのだが、ヴァイスはせっかくなので古巣の仲間に会ってくるからと、二人の用事が済むまで待っていてくれると言ってくれた。

 その気遣いに感謝しつつ、はやてとフェイトはなるべく早く用事を済ませられるようにしようと思う二人だったが───事が事だけに、それは確約できるかについては、あまり自信がなかった。

 予定時刻きっかりに指定された会議室に入ると、既にそこでは、局の重鎮たちが彼女らを静かに待ち構えていた。

「御足労願って悪かったね。八神二佐、ハラオウン執務官。では、よろしく頼むよ」

 入口付近に座っていた、本日の進行役らしい初老の男性役員がはやてに向け、話を始める様促す。それに「はい」と応じ、はやては本日ここへ来た目的である、機動六課の任務表明を開始した。

 照明を落とし、説明のための諸情報をスクリーンに映し出す。

「捜索指定遺失物───いわゆる『ロストロギア』については、皆さんよくご存じの事と思います。様々な世界で生じたオーバーテクノロジーの内、消滅した世界や、古代文明を歴史に持つ世界において発見される、危険度の高い古代遺産……」

 そう前置いて、はやてはこう続ける。

「特に、大規模な災害や事件を巻き起こす可能性のあるロストロギアに対しては、正しい管理を行わなければなりませんが……正規の手続きを経た発掘などに依らない、盗掘や密輸による流通経路(ルート)も、残念なことに未だ多く存在し続けています。

 我々、『機動六課』が設立された目的の一つが、そうしたロストロギアに対する対処という理由によるものです。わたしたちの捜査対象となる品が、こちら───第一種捜索指定ロストロギア。通称、『レリック』と呼ばれる超高エネルギー結晶体です」

 次いでスクリーンに映し出されたのは、真紅の美しい宝石だった。

 ちょうど水晶に似た、小さな六角柱型をしている。見かけには、そこらの宝飾店で売っていてもさして不自然という程でもない、簡素な結晶体だ。しかし、ロストロギアに分類されている以上、そんな見かけで危険度が決まるわけではない事を、ここに集う者たちは皆、嫌という程に知っていた。

 続く二人の言葉を待つ役員たちに向け、フェイトは『レリック』の概要を説明していく。

「このレリック、外観はただの宝石ですが……先の部隊長の言葉にもあった通り、凄まじいエネルギーを内包した品です。作成された古代文明時代においては、結晶を生体(じんたい)への埋め込み(インプラント)技術も存在した事が、調査の中で明らかになっています。ただ、ここ最近までその技術は失われ、レリック自体も失われていたものと考えられていました。ですが───」

 フェイトがそう言葉を区切り、スクリーンに映る画像(スライド)を切り替える。

「───レリックの現存。その事実が、ここ数年で発生した複数の事件から明らかになりました。これまでに確認された事例は四件。うち三件は、周辺を巻き込む大規模な災害を引き起こしています」

 切り替わったスクリーンに映し出されたのは、レリックが引き起こした災害の爪痕だった。

 一つ目の事例は、フェイトとはやても参加した、観測指定世界におけるレリックの回収任務時に起こった大規模な魔力爆発。尤も、この時点までは局も回収前の個体であった事から、『何らかの偶発的な爆発事故』として事件を処理していた。……だが、次の事件で対応を切り替えざるを得なくなる。

 それが、二つ目に起こった臨海第八空港における大規模火災。民間に死傷者こそ出なかったものの、都市区画を丸ごと巻き込んだ災害は、ミッド地上に深い傷を負わせた。しかも、先の回収任務から一週間足らずで起こった火災、その原因となったのもまた、『レリック』であった。

 ただの偶然。そう断じるには、疑わしい点が多く残る。

 失われたと考えられていた『レリック』の発見から続くように起こった、別個体による大規模災害。この時点で既に第一級指定されていたロストロギアが、時を同じくしてミッド地上に運び込まれ、同じように魔力爆発を起こす。果たして、そんな偶然が大して間も置かずに重なるものだろうか。

 確かに、爆発そのものは品が品だけに、封印の甘さといった保管上の問題や何らかの外的要因が無数に考えられるため、完全な特定は難しい。実際、ケースを失い剥き出しの状態で発見された『レリック』には何の痕跡も残されていなかったのだから。

 しかし当然ながら、それがイコール自然的と断じる証拠にはならない。

 そもそも根本的な───何故、空港に『レリック』があったのか? という疑問の答え自体は出ていないのだ。その理由が明らかに出来れば、自然的なものか、或いは人為的なものであるかの判断材料にはなり得る。そう考え、局は捜査部による『レリック』が運び込まれた経路調査を実施した。

 結果は、当然のように空港に運び込まれた『レリック』が正規のルートを通って来た品ではない、というもの。だが、ここまでは大方、疑わしいとされた時点で分かり切っていた事だ。問題は、それがどこから、誰の手によって、何の目的で運び込まれたかにある。

 そうして、捜査が本格化し、管理局が『レリック』を密輸した人物を追い始めたその矢先、二つの無人世界で再び、『レリック』による魔力爆発が起こった。───今度は疑いようのない、ヒトが悪意を持って残したであろう痕跡と共に。

「空港火災から間を置かずに起こった二つの事件において、発見されたこれらは……極めて高度な、魔力エネルギー研究施設です。ご存じの通り、無人世界を始めとした未開の世界であっても、私的な建造は違法とされています。そんなものが災害発生直後に、まるで足跡を消す様に───いえ、()()()()()()()()()()()()破棄されているのが、現地の調査員によって明らかになりました」

 フェイトの言葉に、役員たちは微かなざわつきを覗かせる。……が、少し考えれば分かる事ではあった。

 高度な魔力エネルギーを持つ『レリック』が魔力爆発を起こした近くに、同じ魔力エネルギーの研究施設が在ったというのだから。

 仮にこれが、違法な実験の末に起こった事故であり、施設を完全に破壊して逃走するというのなら、まだ理解出来る。しかし、施設は二ヶ所とも殆ど無傷のままであった。

 よしんば『レリック』が近くで施設と無関係の誤爆を起こしたのだとしても、それならば尚の事、自分たちの痕跡は消すだろう。見つからない事に賭けた線もゼロではないが、施設の規模を考えれば、あまり分の良い賭けではない。第一、ほぼ同一の研究を行う施設が、()()()()()()()()()()()()()()()()など、あるのだろうか。

 可能性としては、かなり低い。

「もちろん、現時点では推察の域を出ない仮説ではあります。ですが、これまでに二度、同じ事故(こと)を繰り返した者がいる、というのはほぼ間違いありません。また、現在でも捜査部や聖王教会、無限書庫の方々からの協力によって、引き続き過去のデータからレリックが関与する可能性のある研究を洗い出して頂いております。

 それによると、レリックの使用された記録が残されているのは主に古代ベルカ戦乱期。いわゆる諸王時代と呼ばれる年代のものが殆どで……いずれも、ロストロギアという()()()()()()()()()()然とした結末を迎えています」

 世界が発展する以上、何かしらの競争が生じる事は避けられない。より強い力を、技術をと求め過ぎれば、最後に到達するのは破滅である。

 とりわけ、魔法技術はその傾向が強い。その気になれば、個人が世界を変えられかねないまでに膨れ上がる魔導は、たったひとつ選択を違えただけでも、呆気なく世界を丸ごと消失させる事もある。古代ベルカが滅んだのも、そんな戦乱による魔法技術の運用研究と、ロストロギアの暴走が原因であったといわれているくらいだ。

 レリックは、そんな時代に生まれた代物の一つ。ただでさえ高い危険度を持つそれを、もしも───

「悪意ある、少なくとも……法や人々の平穏を守る気のない何者かがレリックを収集し、利己的な目的で蘇らせようとしているのだとしたら。極めて凶悪な、広域次元犯罪である可能性が非常に高いと言えます」

 放っておいたら、また空港火災と同じか、それ以上の事態に発展し、取り返しがつかなくなってしまうかもしれないのだと。はやてとフェイトは、レリックの危険性について、そう強く訴えた。

 説明に一区切りがついたところで、役員たちは小さく唸るように息を吐く。

 ここに集まった者なら、多少情報量に差異はあれども、誰もが各案件を耳にしてはいる。事態の重さは、一局員として理解しているハズだ。

 改めて説明を受ける事で、レリックと事態の裏にいる『何者か』に対する懸念がいっそう深まったのも事実ではある。……が、それでも任務表明としてはやや弱いといえる。まだ役員たちは、『機動六課』という部隊が必要であるという事柄については、納得できるだけの理由を二人の口から直接聞いてはいない。

「八神二佐、ハラオウン執務官。君たちの説明から、本件の持つ危険性については理解した。しかし、広域捜査が必要であるのなら、それは地上部隊ではなく本局……そうでなくとも、捜査部の管轄となるものではないかね?」

 当然、確認のための質問が投げかけられる。これに対しはやては、「もちろん、捜査自体は地上・本局を問わず協力しながら行う事になると思います」と応えてから、こう続けた。

「いま少将の仰られた通り、単に捜査というだけなら、六課という新設部隊を用意する必要性はあまり高くありません。ですが、六課という部隊の目的は、単純な遺失物捜査のみではなく、もう一つ。新人局員の『育成』を念頭に置いたものでもあるんです」

 育成という部分に、役員たちは首を傾げた。無理もない。管理局に勤めている人間ならば、ごく自然な反応である。

 確かに、『新人を育てる』のならば、それこそ訓練校や教導隊に任せるのが通例だ。長年培ったノウハウがある分、新設部隊よりも相応しいと言えよう。だが、はやてたちの目指す育成は、単純な『局の魔導師』を育てたり、『強い魔導師』を育てる事のみを目指したものではない。

「こちらを」

 切り替わったスライドを指しながら、はやては続ける。

「レリックと同様……ここ数年の間、局内でも問題になっている存在ですので、コレについては皆さん既にご存じの事と思います」

「ガジェット・ドローンか……」

「はい。レリックをはじめ、特定のロストロギアの反応を捜索し、それを回収しようとする自律行動型の魔導機械……小型ながら強いAMFを有しており、単純な魔法攻撃なら殆ど無効化してしまうほどの性能を持っています。

 ガジェットは、回収に重きを置いた行動を取る事や、過去に鹵獲した機体を技術部の調査で、何者かに使役されている可能性が高いとされています。ロストロギアに付随して現れるため、我々管理局としては早急に対処法を考えなければならない厄介な代物です」

「わたしたち六課としては、このガジェットを使役する者が、先程の施設建造を行った人物と関係が深いとみています」

「なるほど……つまり、六課の目指す育成というのは」

「ええ。レリックを追いながら、実戦の中でAMFに対抗できる魔導師を育てる。それが、機動六課の一番基本となる部分です」

 はやてがそう応えると、役員たちは一応の納得を得たようだった。

 確かに、最近ではガジェットがミッド地上に出現する例も出てきているため、『レリック』やそれに類するロストロギアがミッド周辺の世界に在る可能性は高い。尤も、これ自体は副次的な事なのだろう。

 先程の説明を加味した上で、改めて六課の部隊編成を見れば、それは一目瞭然であった。

 『レリック』を追う上で、ある程度の範囲を捜査するのを見越して、執務官であるフェイトをその主軸に据え、捜査中に行われる育成面では、教導隊から呼ばれたなのはが新人たちの教導を行う。

 そして、実戦に置いてもサポート体制は万全だ。はやての保有戦力であるシグナムとヴィータ、医務局で名の通ったシャマルを始め、バックヤードも今後が期待される新人たちばかり。能力自体は申し分ない。

 何より、この編成にはもう一つ意味がある。

 かつて同じ場所にいた者たちや、個人的な繋がりの深い面子で固められている事から、発足以前より身内部隊などと揶揄される六課だったが、これも実戦を見越してとなれば、話は変わってくる。

 局内にもAMFに対抗する訓練メニューがない訳ではないが、実際にAMFやそれに類する『魔法を封じる相手』と戦った事がある人間は非常に限られる。その点でいえば、はやてたちは稀有な人間であるといえよう。

 彼女らは十三年前に地球で起こった事件において、魔法を無効化する『フォーミュラ』との戦闘を経験し、一〇年前と四年前にもAMFを有するガジェットたちを撃破した経験を持っている。教え、支える側としてはこれ以上ない存在だ。

 加えて、先程の空港火災の例を挙げた辺り、再び似た事態が発生する事も、もしかしたら見越しているのかもしれない。フォワードに所属する四人のうち二人は、魔導師としての適性もさることながら、災害担当として若いながらに目覚ましい活躍をしていたと聞く。

 万が一、空港火災と同じ事態が起こり、そこにAMFを有する魔導師の救助活動を阻害する敵がいても、対抗できる人材がいるのといないのではかなり状況が変わって来る。

 実戦の中で研鑽を重ね、いままで例の少なかった育成の先駆けとなる。そういった意味で、六課は運用が成功すれば、非常に意義のあるものとなるだろう。───尤も、あくまでそれは、成功すればの話だが。

 如何な強力な力を集めても、使いこなせなければ何の意味もない。机の上で論理を綴るばかりではなく、戦いの中で証明するのならば尚のこと結果が重要となって来る。

 賭ける金額を吊り上げるならば、失敗する時に失うものも多いのもまた必然。結局のところ定石から外れた『六課』という存在は、その時になって初めて価値が決まる。

 だからこそ、見極めなければならない。

 果たしてそこに、賭けるだけの価値があるのか。そして、それを受ける側も、掲げた理念を信じ続けられるのかを。

 そうして、それぞれの思惑と意義を示す為に、再びゆるりと歯車は動き出した。

 

 

 

 

 

 

弾丸に宿した矜持 Break_Down_the_Walls.

 

 

  1

 

 はやてとフェイトが、中央でお偉方を前にしている頃。

 六課訓練場では、新人たちが与えられた任務(かだい)を熟すため、隊長たちが見守る中、標的となるガジェット・ドローンを追って、仮想市街地区画を駆けまわっていた。

 しかし、

「おわっ! 何コレ、動き速……ッ⁉」

 思いの外素早いガジェットたちの機動に、新人たちは苦戦を強いられていた。普段なら機動力に自信のあるスバルとエリオでさえ、標的の動きを未だ捉えられていない。

「せやぁあああッ‼」

 スバルの攻撃を躱した群れへ向けて、エリオが魔力を乗せた斬撃を放つ。空気を圧縮し、加速させ刃として撃ち出す『ルフトメッサー』は、かなり高い威力を有する技ではあったが、ガジェットたちはその攻撃を難なく回避する。

「ダメだっ……ふわふわ避けられて、当たらない」

 エリオは、悔しげに歯噛みする。無理もない。実際、直線的な速度でいえば、エリオたちの方がガジェットより速いのだ。それでも捉えられないのは、ひとえにⅠ型の持つ浮遊機動にある。

 飛行と一口に言っても、その種別は様々ある。現状を喩えるなら、ジェット機とヘリコプターの関係が近いだろうか。

 そう。入り組んだ市街地では、単純な速さよりも、精密な小回りの方が有利に働く。おまけに、エリオたちには足場が必要だが、ガジェットたちには必要ない。数の上でも、後衛を含めても四対八で倍の差がある。一体にかまけて背後を取られれば、相手の良い的になるだけだ。

 だからこそ、翻弄される現状を打破するには、より四人の連携が重要になってくる。そのためにチームを組み、それぞれに役割を振られているのだから。

《前衛二人、さっきから分散しすぎ! 少しは後衛(うしろ)の事も考えて!》

《ご、ごめん!》

《すみません……!》

 ティアナから飛ばされた叱咤(ねんわ)を受けて、スバルとエリオは多少なり冷静さを取り戻す。

 後衛に居るティアナとて、正面切って敵と対峙している前衛の負担は理解している。まして、今日顔を合わせたばかりな上に、揃いも揃ってバリバリの近接型と来ている。広範囲の敵に対する相性が悪いのも確かだ。

 だが、考えなしに突っ走る事を勇猛さとは呼ばない。そんなものは、単体で戦況を変え得る英雄にでもならなければ無理だ。今の自分たちに課された任務を達成するには、多少窮屈でも未熟さを受け入れた上で、四人の力を合わせ補う()()が求められる。

 ゆえに、まずは牽制(かくにん)がてら。

「チビッ子……キャロ、だったわよね。威力強化をお願い」

「……はい! ケリュケイオン‼」

《Boost up, Buster power.》

 竜召喚士であるキャロは、他者へ魔法効果を付加する術に長けている。理屈の上ではカートリッジシステムに近いが、此方はより任意の調整が出来る為、単純な魔力付加以上に特化した魔法の『強化』が可能となる。普段は召喚した竜に対して用いる事が多いが、これは仲間の魔導師に対しても遺憾なくその効果を発揮する。

「シュ───トぉッ‼」

 キャロのサポートで威力を増したその魔力弾を、ティアナは立て続けにガジェットへ向け撃ち放つ。

 狙いは完璧。弾速も十分。着弾すれば間違いなく機体を撃ち貫ける射撃だった。だが、放たれた魔力弾は、機体に触れる手前で見えない壁に阻まれた様に掻き消えてしまった。

「……ま、そーなるわよね」

 目の前の結果に、ティアナはなんとも言えない悔しさを覚える。予期していたことではあったが、それでも今の射撃は彼女にとってなかなかのベストショットだったのだ。それをこうもあっけなく無に返されては、毒の一つも吐きたくなる。

「……実際にぶつけてみると、ホント厄介ね」

 そんなティアナの呟きに、隣にいたキャロを始め、前衛二人も実感として敵の持つ力を肌で感じ取り始めていた。

《アレが……》

《魔力を、魔法を消すっていう》

 驚きを隠せずにいるエリオとスバルに、『そう』と、なのはから捕捉(せつめい)が入った。

『これが、ガジェット・ドローンの持つ厄介な性質の一つ。攻撃魔力を掻き消す、フィールド系防御───アンチ・マギリンク・フィールド(AMF)。効果範囲に触れた魔法は、どんな高威力なものでも、フィールドを越える前に効力を失う。わたしやティアナみたいな射撃を主体(とくい)とする魔導師には、かなりの天敵ともいえる力だね』

 威力に寄らず、魔法を消してしまう魔法。なんとも理不尽極まりないモノにも思えるが、立ち止まっていてもどうにもならない。それに魔法を消すという事は、逆をいえばガジェット自身もAMF以外の魔法による防御を行えない、と言う事でもある。

「……なら!」

 と、スバルは再び『ウィングロード』を発動させる。

 直接的な攻撃は阻害されない。そう考えて、スバルは格闘型の本領である肉弾戦による破壊を試みようとした。

「こんのぉおおおっ!」

《ちょ、バカ! スバル、それじゃ……‼》

「え、……ひゃ⁉」

 飛び出して行った相方を止めようとしたティアナだったが、制止の声も虚しくスバルはガジェットの張ったAMFの網に嵌まってしまった。

「わわわ、ふぁああああ~~~っっっ‼⁉⁇」

 何が起こったのか、スバル自身がハッキリと認識するよりも先に、急に掻き消えた『ウィングロード』から放り出され、スバルは勢いよくビルの窓に突っ込んでしまう。

 ガッシャーン! と、派手な音と共に、スバルはビルの廊下に転がり込んだ。しかし幸か不幸か、壁面ではなく窓に飛び込んだ事もあり、衝撃自体はそれ程でもない。派手に硝子を割り砕きはしたが、簡易的なBJ機能が守ってくれているため、大事には至らなかった。

 とはいえ、流石に完全に無傷とも行かなかったようで、「い、っっ……ぅぅ~~~」と、殺し切れなかった痛みにスバルは呻き声を漏らした。

 いったい、何が……と、頭を擦っているスバルの疑問に応えるように、再びなのはたちからの説明が入る。

『今のが、ガジェットの持つ厄介な性質の二つめ。AMFは、確かに魔法を阻害する力だけど……それは、単純な攻撃を無効化するだけじゃないの。その本質は、名前の通り〝魔力結合そのものを解除する〟こと。つまり、フィールドに触れた移動系魔法も無効化の対象になる』

『それに、攻撃に対する防御に使われてはいるけど、本来AMFはフィールド系。ある基点から、一定の空間を覆う結界って捉えて貰うともっと分かり易いかな? 通常の結界魔法と同じように、AMF複数の基点が連鎖することで効果の範囲や威力を高める事も出来る。さっきスバルのウィングロード消されちゃったのも、AMFを全開されたから、ってわけ』

「な、なるほど……」

 なのはとシャーリーからの説明を受けて、スバルは今し方、身を持って学んだ事柄がようやく飲み込めてきた。

 ガジェットはそれぞれを基点として、AMFの効果範囲を中継・拡大する事が出来る。そして、広げられた不可視の力場に嵌まったが最後、既に発動している移動系魔法も無効かされてしまい、先ほどの様に制御を失ってしまう。

 本当に厄介な力だ。

『けどな。AMFは確かに厄介な力ではあっても、絶対無敵の領域ってわけじゃない。さっきスバルがやろうとしてた戦法も、接近の仕方で阻まれはしたが、あながち間違ってもいねぇ。アタシらみたいな近接型は、敵をぶっ叩くコトが本領だしな』

『ヴィータ副隊長のいう通り、AMFに魔法で対抗する方法はいくつかあるよ。魔導師にとって不利な状況である事に変わりはないけど……重石に潰されてるだけじゃ、わたしたちの誰かを守るお仕事は成り立たない。だから、今皆に考えて欲しいのは、()()()()()()()()じゃなくて、自分の今持っている力で、()()()()()()のか。それを素早く考えて、素早く動いてみて』

『ま。立ち止まったが最後、ってヤツだ。お前らはまだまだ進んでる途中だけどな、今だってこの状況を超える力自体は、ちゃんと持ってる。最近はあんまりよく言われねーが、敢えて言わせてもらうぞ。───この状況に屈しない負けん気と根性があるなら、それをアタシらに見せてみろ‼』

 二人の言葉を受け、新人たちの目つきが変わる。

 確かにそうだ。六課に居るのは、ただ高名な先達に漠然と教えを乞う為ではない。自分たちが選んだ道を進む強さを得る為に、ここへ来たのだ。

 そうして戸惑っていた思考を捨て、この状況に打ち勝つ事に意識を切り替えた四人は、手持ちの戦術(ふだ)でAMFを踏破するべく動き出す。

(……現状、単純な魔法攻撃でアレを倒すのは無理。けど、前衛二人の攻撃はAMF下でも有効打になる。問題は、二人の技は近くで届かせなきゃ意味がないコトと、向こうの頭数を減らさないといけないってコトね……)

 時間内に任務を達成するには、地道に一体一体潰して行くのでは時間がかかりすぎる。

 なのはの言葉の通り、AMFは射撃型にとっては厄介な相手だ。彼女らの攻撃は、純粋な魔力の塊を飛ばすのだから、近接型に比べて不利である事は否めない。だが、それも単純な射撃魔法であるなら、の話だ。

「キャロ。手持ちの魔法とチビ竜の技で、アイツらに効きそうなの……ある?」

「───はい。試してみたいのが、幾つか」

 ティアナの問いかけに、キャロはまっすぐな目で応える。それを見て、ティアナはニカッと微笑んだ。

「安心した。あたしも同じ……なら、スバル?」

《分かってる! エリオ、良い?》

《……やってみます!》

「良いわよ二人とも。それじゃ、足止めよろしく! トドメは譲るけど、ぼーっとしてると、後衛組(あたしら)で全部墜とすわよ?」

《へへっ、りょーかいっ!》

 スバルがそういって飛び出し、エリオも彼女に続く。そうして纏まりを一層強めた場が、一丸となって駆け出した。その様子を眺めながら、シャーリーは「みんな、よく走りますね」と新人たちの勝気さに笑みを浮かべる。

「まだまだ危なっかしくて、ドキドキだけどね。収集(モニタリング)の方はどう?」

「良いのが取れてます。四機とも良い子に仕上げますよ~? レイジングハートとアイゼンも、協力お願いしますね♡」

Ja.(了解)

Of Couse.(もちろんです)

 シャーリーのお願いに、二機(ふたり)はそう応えた。

 いずれ新人たちが、手にするだろう後輩たちの力を十分に発揮できるのか否か。今がまさに、その器が試される最初の関門となるだろう。

 

 

  2

 

「せぇああああッ‼」

 ガジェットを追うスバルが、攻撃を放つ。

 先ほどの失敗から学び、接近に『ウィングロード』を用いず、出来る限り地面から離れずに移動する。ローラーブーツも魔力駆動ではあるので、多少なりAMFの影響を受けなくもないが、それでも効果範囲に囚われるまでに得た加速を上手く利用して、普段と遜色なく陸戦機動を行っていた。

 尤も、現状ではスバルにガジェットの群れを一掃する手段はない。元々ベルカ式の使い手である事もあって、あまりスバルは広範囲を殲滅する攻撃は得意ではないのだ。そして、それは同じベルカ使いのエリオも同様である。しかし、だからといって、ただ後衛に任せて引き下がっている、というのはあまりにもお粗末な話だ。

 確かに二人は、単体で一度に広範囲を殲滅する魔法は使えない。けれど、それが必ずしもガジェットたちを捉える手段が皆無であるかと言えば、そんな事はない。

 一人では無理なら、二人で捕らえるまでの事。即座に分担した役割を果たすべく、スバルは標的たちを追い立て、エリオの待ち構えるポイントへと誘導した。

「エリオ!」

 スバルの声に、「来た!」とエリオは、愛槍であるストラーダを構え呼びかけた。

「行くよストラーダ、カートリッジロードッ‼」

 ガシュガシュン! と、()み込まれて行く弾丸(まりょく)を乗せて、エリオはストラーダを振るい、自分の立つ足場へ向け斬撃(ルフトメッサー)を放つ。それによってビルとビルを繋いでいた連絡橋を破壊し、ガジェットたちへ降り注ぐ岩雪崩を起こした。

 周囲にモノが無い空戦とは異なり、陸戦に置いてはこうした地形を利用した攻撃が可能となる。もちろん、ヒトの生活区画となると建築物等への被害は抑えなければならないが、今回の想定である廃棄都市区画や自然の岩場など、利用出来るものがあるのならば、使わない手はない。

 何より、AMFによって無効化されるのは、あくまで魔法のみ。魔法によって壊された副次的な攻撃には、一切効果を発揮しない。ゆえにエリオによって齎された、物理的な質量を伴う攻撃を前にして、ガジェットたちはたまらず上空へと逃げ出した。

 そして当然、

「待ってたよ!」

「ここに来るのを、ねッ‼」

 二人もまた、それを見越していた。橋を崩す直前、スバルは迂回してビルの壁面から、エリオは崩壊と同時に隣のビルの屋上部分へと移り、上昇したガジェットたちを待っていたのである。

 上へ向かおうとするガジェットを下へ叩き落とす様に、二人の拳と槍がガジェットの機体(ボディ)へ炸裂した。

 しかし、

「「……っ⁉」」

 インパクト時の魔力を消されて、威力がやや減衰していたのだろう。機体をひしゃげさせ、切痕を残す事は出来たが、内部の駆動部に攻撃が届いていなかった。

 これでは、任務達成条件の破壊・捕獲のどちらの条件も満たしていない。ガジェットを完全に停止させるには、あともう一工夫が必要だ。

「……それなら!」

 動きの鈍ったガジェットを足で挟み込むようにして、地面に伏せ、そのまま馬乗りになったスバルは、腕に装着したリボルバーナックルで機体を力任せに穿つ。

「つ、ぶれて……ろ!」

 ナックルの歯車(ドリル)部が、金属製の装甲を削り、火花をまき散らしながら、拳を内部にまで届かせた。

 駆動部を破壊され、ガジェットはあえなく爆散した。スバルが傍らに目をやると、エリオも同様に一機撃墜したところだった。

 これで計二機が撃墜され、残るは六機。

 そんな前衛二人の活躍を見て、後衛二人も動き出した。

「やるわね、でも……」

「こっちも連続行きますっ───フリード、ブラストフレア!」

 後衛一番手はキャロ。愛竜であるフリードに、ガジェットへの攻撃を命じる。

「───ファイアッ!」

「きゅくーぅ!」

 見た目は小さいが、フリードは紛れもない『竜』である。アルザスの召喚士たちが交友を結ぶ彼らは、魔法生物の中でもかなり上位に位置する強力な存在───限定的ではあるものの、主からの支援を受けて開放された力は、その名に恥じぬだけの威力を持っていた。

 フリードの放った火球がガジェットたちの足下に着弾し、炎の囲いを形成する。

 次元世界に生息する魔導生物たちの中には、人間の魔導師と同じ様に『リンカーコア』を持つモノも存在する。だが、彼らの特殊な攻撃は魔力を含んでいるとはいえ、魔法そのものではないため、AMFの効果を受ける事はない。

 更に、キャロの後押しを受け、炎に拘束魔法(バインド)に近い性質が付加されている影響もあり、ガジェットたちは自らを囲う熱の檻から逃れられないでいた。

 その機を逃さず、キャロが畳み掛ける。

「我が求むるは、戒める物、捕らえる物。言の葉に応えよ、鋼鉄の縛鎖───錬鉄召喚、アルケミックチェーン‼」

 発動を告げる声に合わせて、炎の中に出現した魔法陣から複数の鎖が飛び出し、素早く三機のガジェットを縛り付けた。

 その様子を眺めていたシャーリーが、「さっすがー、拘束はお手の物って感じですね~」と、感心したように呟く。

「魔法で拘束帯を造るんじゃなく、拘束する鎖を呼び出して操ってるからな。確かにアレなら、AMFからの影響は抑えられる」

「でも、あの無機物操作の精度は、やっぱりキャロの器用さもあるんだろうね。召喚と拘束の片方が阻害されただけで、成り立たなくなっちゃう魔法だから」

「キャロ、頑張ってましたからねぇ~。自然保護隊に行くちょっと前に、ユーノ先生のところで特訓してたみたいですし」

「向こうじゃ凶暴な魔導生物も珍しくねーし、召喚士とはいっても、自衛手段は必要ってこったな……尤も、教える方もあの二人じゃ、どっちが先かは分かんねーけど」

 全く、あの子煩悩(親バカ)コンビめ───とヴィータは軽く毒吐いた。

 生徒たちが優秀なのは喜ばしいが、教える側としてはポンポン先に行かれていると、なんだか仕事を取られた様な気がしなくもない。苦笑交じりに、ヴィータがちょっぴり複雑な気分だと零していると、周りに負けてられるかとばかりに、もう一つの原石の方が動き出した。

 来たな、とヴィータは画面(モニタ)に送られてくるティアナの姿に視線を移す。

 あの中でも殊更負けん気が強い彼女の事だ。何もせず指揮だけして訓練終了、なんて結末に満足する性質(タチ)ではないだろう。

「同じタイプとしちゃ、こっからが見ものだな」

 と、傍らのなのはに訊ねると、短く「そうだね」と返してきた。

「序盤で分かってる通り、対AMF戦闘では、わたしたち射撃型が一番影響を受けやすい。でも、だからって───」

 簡単に、磨き上げて来た自分の得意分野を捨て去れるかと言えば、そんなわけもない。

 魔導師というものは基本的に適正があり、完全なオールラウンダーになれる人間はごくごく僅かだ。

 それは、歴戦のエースと名高い六課の隊長陣であっても変わらない。

 当たり前と言えば当たり前の事ではある。しかし、だからといって得意分野を封じられたからはい終わり、というのはあまりにもお粗末な話だ。

 万能型ではない。

 得意分野は通じない。

 では、そこから先へ進むにはどうしたらいいのか。

 都合よく壁にぶち当たった瞬間、別の戦い方をマスターできればいう事無しだが、付け焼刃の戦法に命をかけるのはあまり利口とはいえない。よしんば上手くいったとしても、毎度同じ様に上手くいく保証など何処にもない。

 ならばどうする。

 簡単な話だ。新しい手札を増やせないのなら、手持ちの札で出来る事をするしかない。

 どうしたらいいのか、ではなく、どう突破するのか。与えられた命題の解法は、既に示されている。

 そうとも。

「───舐めないでよね。こちとら射撃型、無効化されたくらいで『はいそうですか』って引き下がってなんかいらんないのよ!」

 これまで積み上げてきた時間を思えば、ポッと出の壁に打ち砕かれるほど、この身に刻んだ射撃型(ガンナー)としての矜持は軽くはない。

『そんなフィールドくらいで……ッ!』

 その声に、画面を飛び越えて、なのはたちの元にも彼女の持つ強い意志が伝わって来た。

 ガシュガシュン! と、ティアナの構えたアンカーガンの中でカートリッジが弾け、銃口に橙色の光を放つ魔力弾が生成される。

「魔力弾? でも、AMFが……」

「うん。ティアナのアンカーガンには、最近のデバイスやAEC系の装備みたいに、魔力を電磁コートするような機構は積まれてない。仮に非殺傷設定を解除して物理的な攻撃としてはなったとしても、魔力弾である以上、フィールドに触れた瞬間に弾体の結合を断たれて消されちゃう」

 けど、となのはは区切り、

There is an available passing method.(通用〝させる〟方法はあります)

 愛機であるレイジングハートが、主の言葉を継いだ。

 それを受けて、「じゃあ、まさか───」と、シャーリーはなのはとヴィータに問いかける様な視線を送る。

 それに「ああ」と応じ、ヴィータが続けた。

「AMFにぶち当たる機会なんて滅多にねーが、それでも仕組みが解ればイメージはそんなに難しい事じゃない」

 確かに魔法が消されるのは厄介ではあるが、それでもAMFは完全無欠の『無効化』ではない。先ほどのスバルとエリオの様に攻撃を物理にする以外にも、キャロとフリードの様に、魔法を届かせる方法もある。

「さっきのアルケミックチェーンなんかがそうだな。AMFは触れた瞬間に魔力結合の解除が始まるけど、逆を言えば解除される前に届けば問題ねえ。まぁそれを言い出せば、エリオとスバルが取ったのもそうだけどな。

 ありゃ簡単に言えば『魔法で加速してぶっ叩く』って手法だ。最初の時みてーに、足場に全部力を預けたままでいるとアウトだが、最初(ハナ)っから消されるのが解ってれば飛び出していける。射撃でも、本質はこれと似たようなもんだ。だろ? なのは」

「うん。フィールド系防御の効果は、あくまで触れたところから……わたしたちのは魔力弾だから余計に影響を受けているように見えるけど、この無効化にもちゃんとタイムラグがある。だから」

(フィールドを突破する間だけ外殻が持てば、本命の弾は……ッ!)

 確実に標的に命中する。そのためにティアナは、魔力弾を膜状の魔力バリアで覆って、AMFを通り抜けると中身が炸裂する形を取った。

 しかし、多少なりAMFに対する勉強はしていたようだが、本格的な訓練を受けたわけでもない状態で、いきなり実践しようとするとは。

「多重弾殻射撃……ホントは、AAランクのスキルなんだけどね」

 度胸がある、というだけではない。そもそも、単純にAMFを突破するだけなら、格闘戦や魔力以外の弾体を射出する手法もある。

 十六歳になったばかりの新人が選ぶには、かなり思い切った選択である。だが、それでも敢えて『魔法射撃』を選ぶという拘りに、なのはたちはティアナの持つ強い覚悟を垣間見たような気がした。

 そう。教わり、受け継いだこの力は。

 

(あたしの魔法は、AMF(そんなもん)で止められるほど安かないのよ!)

 

 胸に抱く覚悟(それ)こそが、ティアナの根幹。

 長い時を重ねて培った、決して譲れぬ魔導師としてのポリシーを今───立ちはだかる壁を打ち破り証明する!

「(……固まった!)スバル、エリオ! (スリー)カウントで行くわよ、標的(まと)をできるだけ一ヶ所に集中させて!」

《りょーかいッ/はいっ‼》

 ティアナの指示を受け、前衛二人は残りのガジェットを追う。

「───三!」

 カウントを告げる念話(こえ)を受けながら、スバルとエリオは威勢よく標的を追い、その動きを掻き乱していく。

「二……一!」

 斬撃と衝撃波を用いて地面やビル壁面を破壊、崩れ落ちる残骸によって相手側の動きを推し留めた二人は、そのまま牧羊犬の如くガジェットたちを囲うように追い回し。

「……(ゼロ)ッ!」

 その刻限(リミット)に合わせるが如く。後衛の狙う射線上に、遂に獲物が並んだ。

 ここだッ! と、ティアナは間髪入れずに銃爪を絞り、生成した魔力弾を銃口から解き放った。

 

「ヴァリアブル……シュ───トッ‼」

 

 バシュゥゥン! という音を奏でながら、光芒を放つ茜色の輝きがガジェットめがけて駆け抜ける。そうしてAMFを潜り抜けた魔力弾は、その勢いのまま、残った機体を三つ続けて貫き破壊して見せた。

 爆散したガジェットたちを見つめつつ、ティアナは撃ち漏らしもなく状況を終えられた事に胸を撫で下ろした。

 時間を見ると、どうにか制限時間内に終えられはしたようだが、初戦とはいえかなり手こずってしまった。今回は標的の数も少なく、市街地戦の想定であったから良かったものの、遮蔽物の少ない場所や、更に大勢に攻め込まれたら、悠長に弾殻膜を形成している暇もないだろう。まだまだ、研鑽の余地ありだ。

 と、ティアナが今後の課題を浮かべていると、任務達成(ミッションクリア)に浮かれたスバルがテンション高く念話を送って来た。

《ナイス、ナイスだよティア~! やったねー、さっすが~♪》

 じゃれつく子犬みたいに捲し立てるスバルだが、射撃制御に頭を使った後には少々堪える。

 うっさいわよスバル、と、釘を刺しつつ、

「このくらい……とーぜんよ」

 精一杯強がってみせるが、相方ほど体力馬鹿ではないティアナは、深く息を吐き出して仰向けになり空を見上げる。

 まだ先は長い。

 しかし、足踏みしてもいられない。

 夢に届くまで、立ち止まってなんかやるものかと、ティアナはこれから始まる『機動六課』での日々を思いながら、右手を空へ高く掲げた。

 

 

 

 

 

 

まだ、これから Non_Stop_Days.

 

 

  1

 

 初日の訓練を終え、隊舎に戻った新人たちはお昼ご飯を食べるため、食堂に集まっていた。

「それじゃあ、記念すべき一日目の訓練お疲れさまでした、ってコトで───かんぱーい♪」

「「かんぱ~い♪」」

「……ノリ良いわね、あんたらも」

 せっかく同じ部隊になったのだから、と人懐っこいスバルが出した親睦会代わりの昼食会の提案に、エリオとキャロはあっさりと乗って来た。

 どうやら二人とも、人見知りはしないタイプであるらしい。

 というか、

「……あんたとかギンガさんが特別なのかと思ってたけど、エリオも結構食べるのね」

「おー、あたしよりも多いかも。良いねー、育ち盛りの男の子って感じ」

「はいっ、もっと強くなりたいですから!」

 真っ直ぐな眼で夢を語る姿は微笑ましくも頼もしい。尤も、その口の周りは大盛りのオムライスにがっついていた為だろう。ケチャップで赤くなっており、ちょっと締りに欠けてはいたが。

 と、そんなエリオにキャロがナプキン持った手を伸ばし、

「エリオくん、こっちむいて?」

「え、あ、大丈夫だよ? 自分で拭けるし……」

「良いから良いから」

 結局キャロのされるがままになっているエリオの顔は、口以外も赤く染まり出していた。

 二人は一緒に育った兄妹みたいなもの、という話だったが、どうやらそれ以外にも何かありそうな雰囲気である。

「(なんかいいね~、二人とも可愛い♪)」

「(ったく……まだ子供なんだから、こんなもんでしょ)」

 いかにも「楽しんでます」とばかりにウキウキしているスバルに呆れつつ、ティアナはため息を一つ。

 が、しかし。

(……ホント。こういうところは、まだ子供よね……)

 先程まで肩を並べて戦っていた事を思うと、何とも不思議な気持ちになる。

 年齢だけならスバルもティアナも似たようなものだが、それでも二桁に乗ったばかりの子供が実働部隊に所属するというのは、ミッドチルダでも珍しい。

 スバルとティアナにしても、訓練校に入学したのは十二と十三。ミッドの学年区分でいえば、中等科一年かそこらの時だ。それにしても相当早かったのだから、エリオとキャロは二人に輪を掛けて稀有な例ということになる。

 余程の夢か、或いは事情か。どちらにせよ、世間一般の───所謂『普通』の枠組みとは違う道を選んだ以上、何かしらの想いがそこにはある。

 邪推する気もないが、無関心でもいられない。

 それは、同情ともお節介とも違う。ただ、知ったなら静かに心に留めておくべきものであるという事を、ティアナは一見能天気に見える相方との腐れ縁の中で学んでいた。

 だが、

「ねえエリオくん。ここ大浴場あるらしいし、後で一緒にお風呂入ろ?」

「い、いや、流石にマズいんじゃないかな……ほら、その、他の人もいるし」

「? でも十一歳までなら海鳴(むこう)と同じで一緒でも良いよー、って、はやてさ───あ、八神部隊長が」

「でも何というか、あの、えっと……」

 こうして今、肩肘を張らずに仲良くやれている誰かが傍にいるのなら、きっと悪い事ばかりではなかったのだろう。

 自分も似たような経験があるだけに、ティアナは二人を見て、どこか柔らかな笑みを浮かべた。尤も、その似たような経験を互いにした相方には、言葉にするとうるさいので、絶対に面と向かって言ったりなんかしないけれど。

「……ま、なんにせよこれからよね」

「? どうかした、ティア? これからって」

「別に。まだ子供なんだし、気にする事なんじゃない? って話よ」

 そんな事を口にしつつ、ティアナは少し冷めて来たコーヒーを飲みながら、もうしばらく続きそうな可愛らしい同僚たちのやり取りを楽しそうに眺め始めた。

 

  2

 

 新人たちが食堂から立ち去った数刻後。

 任務表明を終えたはやてとフェイトが、中央から六課隊舎へと帰還していた。

「んー、すっかり遅くなってまったなあ……」

 発着場(ヘリポート)から降りる廊下を歩きながら、はやては固まった身体をほぐすように大きく伸びをする。

 傍らでフェイトが、「そうだね」と相槌を打つ。

「ヴァイスくんもだいぶ待たせてもーたし、悪い事してもーた。こらお手当弾んどかんとあらへんなー」

「はやてもすっかり部隊長さんだね」

「まあ、六課も局の中でではあるから、あくまで申請手続きだけではあるんやけど」

 こういうの、悲しき宮仕えってゆーんかな? と、冗談めかして言うはやてに、フェイトは思わず笑いが零れる。

「ふふふっ。でも、今日の任務表明も概ね順調だったし、ひとまずは安心だね」

「うん。あとは、ここからどう実績を積んでいけるかや。あ、フェイトちゃんはこの後どないするん?」

「エリオとキャロの部屋にちょっと行ってみようかな、って思ってる。明日の本訓練もあるから、もう寝てるかもしれないけど……」

 二人が帰って来たのは先週だったのだが、部隊の発足直後という事もあって、フェイトははやての手伝いに出向く機会が多く、二人とあまり一緒に居られなかったのだという。

 尤も、傍から見ればだいぶ子供たちに構ってはいたのだが、フェイトとしては離れていた時間を埋めるには足りなかったようだ。

 ちょっとしょんぼりしている親友の姿に、「相変わらずやね~」と微笑ましげな様子で眺めつつ、

「わたしはヴィータたちに今日の事聞きに食堂行ってくるから、時間あったらフェイトちゃんも来てーな」

 と、はやては言った。

 それに「うん。ありがとう、はやて」とフェイトも応えて、二人は一旦分かれる。

 

  3

 

 フェイトと別れたはやてが食堂へ向かうと、ヴィータを始めとしたヴォルケンリッターの面々がそろって、主の事を待ってくれていた。

「はやて、おかえり~」

 いの一番に駆け寄って来たヴィータを受け止めつつ、はやては「ただいま」と笑みを返す。

 そんな二人の様子を見ながら、シャマルとシグナム、ザフィーラも返って来たはやてに労いの言葉を掛ける。

「お疲れさまです、はやてちゃん」

「中央の方はどうでしたか?」

「うん。任務表明もフェイトちゃんも一緒やったし、問題なく終わったよ~」

「大事ないようでなによりです、主」

「ザフィーラも、しっかり留守番してくれてありがとうな~」

 と、はやてがザフィーラの背を撫でていると、

「そういえば、リインは?」

 末っ子の姿が無い事に気づいたヴィータが、はやてにそう問いかけた。

 するとはやては小さく微笑んで、「ここ」と胸元に下げた剣十字(ペンダント)を指さた。

「任務表明の間も、裏方で頑張ってくれとったからなあ……帰りのヘリの中でぐっすりや」

「全く……相変わらずよく寝るな、こいつは」

 仕方ないな、とでも言いたげな表情で、ヴィータは柔らかな笑いを浮かべる。

 年々しっかりしてきたところが出て来たと思っても、こういうところは変わらない。

 生まれてからもうすぐ十三年ばかりが経つが、未だにこの小さな祝福の風は、八神家の皆にとって可愛い末っ子のままだった。

「部隊運営に関わるのは、リインにとっても初めての経験ですし……今は寝かせておいてやるのが良いでしょうね」

「そやね。あ、お話の前にちょっと注文にしとかな……」

「それならわたしが。はやてちゃんは帰って来たばかりですし、座って待っててください」

「ありがとうなー、シャマル」

「いいえ~♪」

「そだ、あたしお茶取って来るよ」

 そういってくれた二人に甘えて、はやては空いていた椅子に座り卓に着いた。

 脱いだ上着を椅子の背に掛けていると、程なくヴィータがお茶を持って戻り、注文を終えたシャマルを手伝いに行ったシグナムと二人で、人数分の料理を運んで来た。

 いただきます、と、懐かしい日本の慣習通りに手を合わせ、八神家は少し遅めの夕飯を取り始めた。

 食事を勧める傍ら、ヴィータからはやてに初日の新人たちの様子が語られる。

「模擬戦の結果はなかなか。でも、まだまだ体力面では改善の余地はありってとこだな。まあ、なのはの組んだトレーニングも結構えげつなくはあるけど……」

 話を聞くに、どうやら初日だから能力確認の模擬戦だけでも良いという提案もしたものの、新人たちは『強くなるため』に六課(ここ)へ来たと、先へ進む意思を見せた為、教導官はその熱意に乗ってしまったらしい。

 結果、思いのほかハードなトレーニングに、新人たちは食事を済ませた後はもうぐっすりと(とこ)についてしまったのだという。

 出来る生徒だとより伸ばしたくなるのは、教える側の性というものなのだろうか、とはやては幼馴染の教導官の事を思い浮かべ───そういえば、あの子の先生も穏やかそうな顔をして、なんだかんだ生徒が望めば伸ばす方向に全力だったな、と、妙な納得感を覚えた。

「ま、全員やる気と負けん気はあるみたいだし、何とかついて行くと思うよ」

 あむっ、と皿のビーフシチューを頬張りながら、ヴィータはそういった。

 それを聞いて、はやては「そっか」と安心したように頷き、今度はシャマルの方にロングアーチの面々の様子について訊ねた。

「ロングアーチの方はどないやった?」

後方支援(バックヤード)陣も問題ないですよ。和気藹々です」

「グリフィスも相変わらず、しっかりやってくれています。運営に支障はありません」

「なら安心や」

 頼りになる人員に恵まれていると、はやてはホッと胸を撫で下ろした。

 彼女も部隊長として人材の確保に奔走していたため、疑う余地などはなかったが、それでも初めての部隊運用。それも初日だ。

 多少なりとも、不安は残ってしまう。とりわけ、先程まで任務表明でそういった部分を多く指摘されて来たばかりなだけに、意識が向いてしまっているというのもある。

 だからという訳でもないが、話題は再び任務表明の事に移り始めた。

 概ね順調であったのは確かだが、やはり六課という特殊な部隊に対する懸念は残っていた旨を、はやては皆に伝える。

 だが、それは解っていた事ではある。捜査と育成を主軸に据えてはいるものの、『強い魔導師を無理矢理寄せ集めた私設部隊』という印象を完全に拭い切るには、六課そのものの実績は未だないのだから。

「けど、それはしかたあらへん。実際、懸念を抱かれても仕方ない編成なのも確かや。せやからそういう懸念は、実績で証明(ふっしょく)していくしかない」

「ですね。これから頑張りませんと……!」

 腕をぐっと掌を胸の前で握るシャマル。その傍らでヴィータは、「応よ、そういうのは望むところだ」と威勢の良い表情を見せた。

 が、逸る二人をシグナムが軽くたしなめる。

「とはいえ、始めから肩肘を張りすぎるのも考えものだぞ? 急いては事を仕損じる……そうなってしまっては、六課の後ろ盾について下さった方々にも申し訳が立たん」

「そりゃあそーだけどよ……」

 ヴィータが口を尖らせていると、その頭を「なら今は納得しておけ」とシグナムが少し乱暴に撫で回す。

 相変わらずの子供扱いにヴィータは「なーでーるーなぁ~っ!」と抗議を飛ばすが、シグナムはどこ吹く風だ。いつも通りの二人のやり取りを微笑ましそうに眺めつつ、シャマルは先程のシグナムの言葉を思い返す。

「でも、改めて考えるとすごい顔ぶれよね……後見人だけでも、リンディ提督にレティ提督、クロノくん……じゃない、クロノ・ハラオウン提督」

「そして、最大の後ろ盾でもある聖王教会と、教会騎士団の騎士・カリム。これだけの顔ぶれが六課に信頼を置いているというのは、一種の信用にはなる。あとは我らが、どれだけそれに応えられるかだ」

 シグナムの言葉に、はやても「せやね」と頷いて、

「六課は沢山の人の力を借りて成り立ってる。だからこそ、それを違えるような事は絶対にしたらあかん。

 わたしたちが局入りして、もう十年以上。たくさんの事件に出会って、色んな人や物に触れて……その中で繰り返してきた、やるせない想いやもどかしい想いを、ほんの少しでも減らせるように辿り着いた、わたしたちの夢の部隊」

 夢は夢のままでなく、僅かずつでも現実に近づけていくために。

 小さな願いを、この先へ繋ぎ、伝えて行くために。

 此処が、そんな希望を叶える舞台(ばしょ)になれると、そう信じて。

「育成と捜査、カリムからの依頼も全部、みんなで一緒に頑張ろう」

「うん!」

「もちろんですっ」

「我ら守護騎士は主の力と成りて」

「その夢の果てまで、御身と共に」

 家族の言葉を受けて、はやては胸の内に灯るあたたかさを噛み締める様に、「ありがとう」と短く告げた。

「さて。ほんなら、まずはご飯をしっかり食べるところから。腹が減っては戦は出来ぬ、ってゆーからなあ───およ?」

「ん~ぅ……なんだか、いい匂いがするですぅ……?」

 食事を再開しようとしたところで、剣十字(ペンダント)の中からリインが起きて来た。

 管制型というのも手伝ってか、外の情報がある程度フィードバックされている彼女にも、料理の香りは届いていたらしい。

「匂いで起きたか。意地汚いやつめ」

 苦笑するヴィータに次いで、シャマルが「みんなでご飯中よ、リインちゃんも食べる?」と訊ねる。すると、

「食べるですぅ~♪」

 寝起きにも関わらず、リインは食欲旺盛な様子で、ふわりと飛び上がってシャマルの前へ行こうとする。それをシグナムは制し、

「その前に、顔を拭いておけリイン。部隊長補佐なのだからな、身だしなみは整えておけ」

 と、ハンカチを差し出してリインの口の周りを拭いてやる。

 それが終わったところで、シャマルがフォークでリインにプチトマトを「はい、あーん♪」といって差し出し、リインは美味しそうに頬張り始めた。

 ただ、ずっとそれでは食べづらいだろうと、はやてが小皿を用意して料理を取り分ける。ちなみに、剣十字の中にはリイン用の食器具類(カラトリー)が布団や枕などと共にしまってあるのだが、これはいつものデバイスマスターズが追加してくれた収納機能の拡張版だったりする。

 昨今は融合騎をはじめとする人型のデバイスが少ないので、本来なら人間大に拡張する機能に頼る方が安易なのだが、そこは凝り性な技巧派コンビ。魔力消費を抑えるという名目で、拡張機能を弄ってリインの部屋を造り上げてしまった。もうその楽しみっぷりは半ば趣味の領域で、そのコーディネイトはリインの希望を忠実に取り入れ、殆どそのままに仕上げるなど、非常に造り手の拘りに溢れた逸品であったという。

 なお、実際に使用してみた感想はリイン曰く、「とっても快適ですよ~♪」とのこと。

 と、リインがミニサイズのスプーンやフォークでぱくぱく料理を平らげているところへ、ちょっと背中を落としたフェイトがやって来たのが見えた。

 その姿を見て、はやては先程のヴィータの言葉を思い出し、何となく事情を察する。

 本当に保護者(ママ)というのは大変だ、と笑みを溢すと、はやては意気消沈した親友の背をぽんと叩いて、自分たちのテーブルへと招くのだった。

 

  4

 

 はやてたちにちょっと愚痴を聞いてもらって、フェイトは気を取り直して割り当てられた隊長室に戻った。

 相部屋のなのはは既にパジャマに着替えていて、明日の訓練メニューを確認しているところだった。

 邪魔したら悪いと思い、「ただいま」の後は静かに服を着替え始めたのだが、ふとベッドのサイドボードに乗っているバスケットが目に留まる。

「あれ、これって確か……」

「? あ、うん。前にユーノくんが使ってたのだよ~」

 思わず手に取ってみていると、昔よく遊びに行っていた海鳴のなのはの部屋で見た記憶そのままの手触りがした。あれから随分と経ってはいるが、壊れたところも特になく、状態良く扱われてきた事が伺えた。

「懐かしい……持ってきてたんだね」

 前にユーノやアルフと一緒になのはの部屋に行って、なのはがフェレットモードになってと強請ってユーノが撫でまわされてへとへとになったのを思い出す。あの時はたしか、フェイトの膝でぐったりしていたあと、バスケットに移ってそのままみんなでお泊り会になったのだったか。

 懐かしい思い出が甦る中、しかしフェイトは「あれ?」と首を傾げる。

 なのはにとってかなり大切な思い出の品だろうに、いくらミッド地上とはいえ、武装隊の隊舎に持ってきて良かったのだろうか。

 流石に襲撃は考え過ぎでも、自宅か実家に置いておいた方がいい品なのではないのだろうか? と思い訊ねると、なのははちょっとはにかんで、

「ほんとは持って来ない方がいいかなぁ、って思ったんだけど……つい、ね。えへへ」

 朝方にユーノから連絡を貰って、なんだか懐かしくなってつい持ってきてしまったのだと語った。

「それにね? 大人になってからユーノくん、全然フェレットモード見せてくれないから余計に懐かしくって……」

 ちょっと照れ交じりに語る幼馴染は微笑ましくはあるが、フェイトとしてはユーノも恥ずかしいんじゃないかなあ、と幼馴染の青年の心裡を慮りちょっとしんみりとした気分になる。

 実際、キャロがそれを知った時もかなり渋っていたくらいだし、そもそも六課の隊舎に来るなら普通に来られるのに、とも思う。

 いや、もしかしたらこの部屋に招きたい、という気持ちの発露なのだろうか? とも思ったが、それならなおの事人間の姿で良いのではなかろうか。前にエリオとキャロを連れてキャンプに行った事もあったし───と、そこまで考えて、フェイトはちょっと赤くなって思考を止める。改めて考えると子連れだが、ちょっと恥ずかしい事だったかもしれない、という気がしてきたのである。

 まあ、それは置いておくとしても。

「……六課の隊舎じゃ、余計になってくれないんじゃないかな? フェレットモードのこと知らないスバルとティアナもいるし、ロングアーチのみんなも大半は知らないし……」

 何かよっぽどの理由でもあれば別だが、流石にそんなレアな状況は起こるまい。というかその状況自体、まったく予想がつかない時点で余計に。

 が、どうやらなのはは、そんな状況に心当たりでもあるのか、いつの間にかベッドサイドへ寄り、バスケットを抱きしめながらぽつりとこう呟いた。

「でも、前……卒業式の時みたいなことも、あるかもだから」

「卒業式?」

「あ、えっと、なんでもないよ?」

 にゃはは、と、どう見ても誤魔化してますと言わんばかりの苦笑いに、フェイトはますます首を傾げた。なのはのいう卒業式という事柄に、どうにも思い当たる節が無かった為である。

 卒業式というと、中学校の時のだろうか?

 いや、でもあの時ユーノは普通に父兄席にいたような───

「と、ところでフェイトちゃん! 中央の方ではどうだったのかなっ⁉」

「え? ああ、うん。順調だったよ? はやてと一緒に説明して、上役の人たちもだいたいは納得してくれたみたいだし……時間はかかったけど、うん」

 露骨に話を逸らされたものの、ちょうどいい具合にさっきまで落ち込んでいた原因を思い返してプチブルーになったフェイトは前半の話を忘れるレベルでショックがぶり返してしまった様だった。

 なのはは幼い頃の秘密の青春(おもいで)守り果(かくしとお)せた事にホッと胸を撫で降ろしつつ、落ち込ませてしまった親友を慰めるために、もう一人の親友(部隊長)に引き続いて聞き役に回るのだった。

 

  5

 

「はっくしゅ……」

 ところ変わって時空管理局本局・無限書庫の未整理区画。

 例の依頼でまた作業が長引いていたユーノは、不意に襲って来たくしゃみに思わず手を止めた。

「何だ、風邪でも引いたか? ユーノ」

 すると傍らから音を聞き付け、エルトリアから手伝いに来てくれていたディアーチェが声をかけてくれた。

「体調は悪くないんだけどな……なんだろ、埃でも舞ってたのかな?」

 未整理区画にはそんな感じの古い本がたくさんある。特に、今調べている古代ベルカ期の書架は特殊なものも多く、どうみてもどこかに実在しただろう『書庫』そのものが、無理矢理ここへ『持ち込まれた』としか考えられない代物すらある。

 一応、魔法による保護は働いているが、塵一つ無い状態とまでは流石に行かない。

 そんなところだろうか、と当たりを付けていると、ディアーチェは「ふむ」とひとまず納得したように頷いて、

「まあ、風邪は万病の源ともいうからな。明日の弁当には滋養に良いものでも入れておくとしよう」

「いつもごめんね」

「構わぬ。ここにはシュテルもよく来ておるし、第一いま貴様に寝込まれでもしたら皆が困るだろう? 長であるのなら、統べるための責任が伴うものだと覚えておけ。貴様にはその自覚が足らぬ節があるゆえな」

「たはは……耳が痛い話で、気を付けるよ」

「うむ」

 尊大に頷くディアーチェは、まさに王の風格をありありと浮かばせており、一部署の長でありながら不摂生なところがあるユーノとしては、こういう時どうにも頭が上がらない。

 尤も、

「おーさまぁ~っ! ユーノばっかりズルい! ボクもボクも、なんかスペシャルなお弁当食ーべーたーい~っ‼」

 見た目二〇を超えても、いまだ素直で子供っぽい彼女の臣下には、その辺は通じないようだったが。

「ええいっ、落ち着かんかレヴィ! 何だ、またカレーかッ⁉」

 背中に引っ付いて「ねぇねぇ」と駄々を捏ねるレヴィに、ディアーチェは引きはがそうとジタバタしている。が、レヴィはガッチリと張り付いて離れない。その様はさながら、地球の怪談にあるところの子泣き爺の様だった。

 いや、子供ぽい仕草で忘れがちだが、もちろんレヴィは見ての通り女の子ではある。身内にいるユーノの一番弟子を名乗るシュテルや、彼女らの保護者(かいぬし)を語るイリス辺りがうらやむ程度には、どことはいわないが、かなり傍目にも分かり易く。

 しかし、淑女の慎みなど何処かへ忘れてきたと言わんばかりに、レヴィはそのままの状態で楽しそうに喋り続ける。

「うん! あ、でもカレーならどっかでキャンプとかしながら食べたいな~。ほら、この間見つけた遺跡とか、前にユーノとフェイトがエリオとキャロ連れて来た時みたいに、ワイワイみんなで!」

「うーん、流石にそれは難しいんじゃないかな……?」

「えー、なんでなんで~?」

「今二人は六課で訓練中だから、長い休みは取れないだろうし……あ。でも、休暇(やすみ)があればこっちでそういうのも出来るかも?」

「うんうんっ、それも良いっ! 遺跡とか無いのはちょーっと物足りないけど、場所より人が多い方良いもんね。そうだ、アミタたちもこっち呼ぼうよ。おーさま!」

「……その前に、我から降りんか戯け者がぁ~っ‼」

「おわーっ⁉ なんかすっごい飛んだあああぁぁ~~ぁぁぁ……ぁぁ───」

 ディアーチェに放り投げられて、レヴィがぐるんぐるんと無重力の書架をドップラー効果全開の歓声を上げながら飛んでいった。

 しかし、無重力で投げられた感覚が面白かったのか、レヴィはそのまま暫く流れ身を任せて暫く遊んでいたが、調子乗りすぎたのだろう、最後は書架の一つに激突してしまっていた。

「がっ、いっだああぁぁ~~ッ‼⁉⁇」

「「…………」」

 その気になれば飛行魔法でも止まれただろうに、思いっきりぶつかりに行ったレヴィを見て、ユーノとディアーチェはコメントに困る。しかもその直後、名前の通り雷光の如き速度で二人の前に戻って来た彼女を見て、余計に二人は困った。

「おーさまぁ、ゆーのぉ、めっちゃ痛たかったぁ~っ!」

「というより、何故その速度で戻って来れるにも関わらず書架にぶつかるのだ? 貴様は……」

 はあ、と呆れた様子ではあったが、レヴィのぶつけたところを撫でているあたり、ディアーチェもなんだかんだレヴィに甘い。

 もう背丈的にはレヴィの方がだいぶ高いのだが、こういうところは子供の頃のままだ。

 見慣れた光景に、ユーノはなんだか微笑ましくなりつつ、レヴィに治癒魔法をかけるからと手招いた。

 そうしてユーノがレヴィにフィジカルヒールを掛けていると、どこからか通信が入った。

 誰だろう? と出てみると、

『師匠。翻訳作業に進捗があったそうですので、ご確認を頂きたいのですが、お時間よろしいでしょうか』

 画面には、見慣れた暗めの茶髪を首のあたりで一つに結った蒼い瞳の女性の姿が映し出される。ユーノを師匠と慕う弟子であり、ディアーチェの腹心でもあるシュテルだ。

 翻訳作業の方に顔を出してもらっていた彼女の報告に、ユーノは「わかった」と返して、データを送ってもらうように頼む。

 シュテルもそれに首肯し、早速作業に入ろうとして、画面越しにユーノに治癒魔法(ヒール)を掛けてもらっている親友のレヴィの姿を捉えた。

『どうかされたのですか? また開拓中のトラップにでも……いえ、それにしてもレヴィが梃子摺る程のものとなると、増援に向かった方がよろしいですか?』

 レヴィの様子からこちらの状況を案じて、臨戦態勢に入って行くシュテルに、ユーノは苦笑しつつ「ううん。そうじゃなくて、さっきね?」と、ことの顛末を伝えた。

 普段は少々表情に乏しいところのあるシュテルだが、その話を聞いて思わずポカンと、彼女にしては珍しく気の抜けた表情を覗かせる。

『それはまた、なんとも……』

 レヴィらしくはあるが、今回のはまた随分とはしゃいだものだと、なんとも言い難い事が起こったものだと、シュテルは思う。

 そんな臣下の心境に「全くだ」とディアーチェも腕を組み、呆れを隠さない様子で、

「次は気をつけよ」

 と、レヴィを軽く叱った。

「はぁい……」

 ディアーチェの言葉に頷くと、叱られて拗ねた子供みたいな反応で、レヴィはしゅんと肩を落としたまま、手近にあったユーノの手やディアーチェのお腹のあたりにぐりぐりと頭を押し付けてきた。

 素体である猫の習性を思わせる仕草に、ユーノとディアーチェは苦笑し、しばらくはレヴィの好きにさせておくことにした。

 が、この場にいないシュテルだけはその様子をちょっとだけ羨ましそうに見ながら、こほんと咳払いをして。

『では、レヴィも大事無いようですし、送ったデータの検分をお願いしますね。師匠』

「了解。シュテルもお疲れ様、作業が終わったら戻ってゆっくり休んで。ここのところずっと頑張ってもらっちゃったし……」

「それをいうなら、(うぬ)とて似たようなものであろう。つい先程にも同じ事を言っておったのを、よもや忘れたとも言うまいな?」

「……はい」

「それで良い。(うぬ)も一旦休め、暫くは我らが任を引き受ける。そういうわけだシュテル、番は任せたぞ?」

 あとは分かるな、と言外に語るディアーチェに、シュテルは『痛み入ります』と、一気に表情を華やがせ、通信を閉じた。

「そういうわけだ。とっとと寝ていろ、ユーノ」

「でも、これだけ整理してから……」

「もののついでだ。貴様も放り投げて仮眠室に叩き込んでくれようか?」

「───はい、分かりました」

「最初からそうせよ」

 碧銀の瞳から放たれる鋭い圧に当てられて、ユーノは大人しく仮眠室は向かった。

 どうやら王の命令は、こんなところでも効果を発揮するらしい。

 本人に言葉として訊ねたら十中八九みとめないだろうが、エルトリアに生まれた闇統べる王は、今日も今日とて深い優しさに満ち溢れているのであった。

 ───だだ、

(小鴉やナノハたちにばかり、というのも癪であるからな。シュテルを始め、彼奴は存外此方側にも好かれてはいるし……まあ、手駒に出来るのならばそれも吝かではない)

 もしかするとその采配には、他にも理由があったかもしれないが。

「ほれ、いつまで拗ねておるか。行くぞレヴィ、手早く終えられたなら、茶菓子で一服するとしよう」

「お菓子⁉ え、良いの! いつもは夜はダメなのに……‼」

「何。偶に頭を働かせた後ならば、それも悪くなかろうという事だ」

 残りの作業自体もそう多くない。何より、休息の重要性を説いた口で臣下に過労を強いるほど、ディアーチェは愚鈍な王であるつもりはなかった。

 程よく意欲を高めるのなら、褒美の一つや二つ、安いものだ。

「やったっ♪ よぉーし、じゃあズババァっと片付けちゃうもんねッ‼」

「あまりはしゃぎ過ぎるな。先程の二の舞になるぞ」

「はーいっ!」

 俄然やる気を燃やすレヴィを嗜めながら、ディアーチェはこの間、『聖王教会』から送られてきた茶葉に何を合わせるかを考えつつ、無限の書架を相手取るべく、更に奥の区画へと向かって行った。

 

 

 




 本編からお読みいただいた方は初めまして。前作やプロローグ、および設定集等からお読みいただいた方は、改めてお久しぶりでございます。

 お待たせしてしまい申し訳ございません。
 前回の投稿から約四か月。いつの間にか年を越え、新年一発目の投稿が二月半ば……もう少し早く出せていたら良かったんですが、こればかりは己の遅筆具合をただ恥じ入るのみです。

 ただ、それでもなんとか投稿にこぎつけましたので、いまは第二章を皆様にお届けできる事にホッとしつつ、次からは投稿ペースを上げられるように頑張って行きたいと思います。

 では、早速いつもの言い訳タイムをば。

 とはいっても今回は話の動きは少なめなので、大筋はStS本編とあまり変わりありません。

 序盤では、『機動六課』発足式前の三人娘の会話がちょっと増えたくらいですかね。
 エリキャロの事が出て来たり、なのはちゃんとフェイトちゃんの部屋のベッドが何で一つなのか、みたいなところのネタを拾って、いつもの子煩悩ネタにつなげてみたり(笑)

 そこから少し進んで、任務表明のところはというと。
 本作では六課が育成に原典よりも力を入れているという部分と、隊長陣を集めた理由がRef/Detでの『フォーミュラ』を相手取った〝魔法を打ち消す力と戦い打ち勝った〟実績を理由に追加して、実戦の中で育成する事に自分なりの補足を加えてみました。
 災害担当の二人がいたり、前回の終わりでミッド近隣にガジェットが出現したりしている事例を併せて、ちょっとでもそれっぽくなったならいいなと思います。

 続いてここから模擬戦の話に。

 戦闘そのものは殆ど本編のままなので、若干工夫足りなかったかもですね。
 劇場版時空の流れを取り入れていますし、もう少し派手にしても良かったかなとは思いますが、そこらへんは次回以降の装備強化を経てからのが良いかなと。

 なので、戦闘そのものはあまり変化が無いので、その周りを少し変えてみました。
 登場キャラでいうなら、ヴィータちゃんが最初から監督役で参加していたリ、その様子をシグナムとザッフィーが見ていたりとか。

 あとは台詞回りを少し弄ってあって、サブタイから察していた方も多いかもですが、本作ではティアナの経緯が変わっているので、それを意識しながら書いてみました。

 最後の部分については、殆どネタですかね(笑)
 おかしい、はやてちゃんたちのところは普通だったのに、いつのまにかコメディチックに転がってしまっていた……。
 やー、なんでかなぁ。おねむな二人と会えなかったフェイトママだったり、相変わらず元気なレヴィちゃんだったりとか、何時の間にか筆が転がってしまっていましたねぇ。
 久しぶりに、キャラが自分で動く現象を体験出来ました(笑)

 ───でも個人的に、今回一番の見どころは、乙女だったのはなのはちゃんなんじゃないかなと思っている訳なのですが。

 正直、書くまで全く考えてなかったんですが……ふとエリキャロの部屋ってどんなのだったかな? と、作画資料集で探していたら、設定画が無かった(たぶん、男女共同でないからメインキャラ以外と共同か個室だから作画しなくても良い場所ということなのかと思われる)ので、他のページを何の気なしに見ていたら、今更のようにあのバスケットがあったのを思い出し。
 頭の中で、前作の最後の方で書いた『秘密の青春』が思い起こされて、気づいたら想像以上に乙女ななのはちゃんが出来上がっておりました。
 「自分にだけ気づく形で来てくれるんじゃないか?」みたいな、夢見る感じで淡い期待を抱いちゃってるのめっちゃ可愛くないですか? トニカクカワイイですよね? ですよね……ッ⁉←おちつけ

 と、そんなテンションでついついバチバチとキーボードを叩いて〆となった今回の話ではありますが、少しでも楽しんで頂けるものになっていたら幸いです。

 まだ序盤なので動きの少ない話が多いですが、なるべく早く次回、次々回と上げて、物語の山場となる回を書けるように頑張りますので、今後もよろしくお願いいたします。
 ではまたお読みいただけるように祈りつつ、今回はここで一旦筆をおかせて頂きます。
 お読みいただき、本当にありがとうございました……‼




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第三章 —Stars&Lightning—

 緩やかに過行く日々Ⅰ Wait_for_the_beginning.

 

 

  1

 

 機動六課・隊舎の部隊長室にて。

 囁かな休憩時間を利用し、なのはとはやてはお茶を片手にゆったりと談笑していた。

「新人たちが六課に来てくれてから、今日でもう四日目かー。なんや、経ってみるとあっとゆーまやったな~」

「そうだねぇ。基礎訓練も終わって、今日からは本格的な教導に入れそうだよ」

「新人たちの手ごたえはどないや?」

「四人とも良いね。かなり伸びるよ、あの子たち」

 なのははそういうと、レイジングハートが保存してくれていた新人たちの訓練映像を空中に映しながら、ここ数日でハッキリとしてきた四人の資質について語り始めた。

 高速機動と電気資質、突破・殲滅型を目指せるGW(ガードウィング)のエリオ。

 一撃筆頭の爆発力に、頑丈な防御性能。FA(フロントアタッカー)の理想型を目指して行くスバル。

 二騎の竜召喚を切り札に、支援中心に後方型魔導師の完成形を目指して行くFB(フルバック)のキャロ。

 射撃と幻術をきわめて、味方を活かして戦う戦術型のエリートガンナーになって行くだろうCG(センターガード)のティアナ。

 それぞれに持ち得る資質は異なるが、だからこそ四人が『チーム』として共にある事で、その真価を発揮する。

 魔導師としてスバルたちが秘めた可能性を、なのははこの数日で確かに感じていた。

「どこまで伸びるか楽しみでね~。四人がしっかり完成したら、すごいことになるよ!」

 期待に満ちた様子でそう語るなのはに、はやても「ふふっ、そっか。わたしも楽しみや」と柔らかな笑みを浮かべた。

 こういう時、なのはは本当に嬉しそうな顔をする。

 前に進もうとする意志を持つ相手に、自身もまた全力で応え、望む場所へ辿り着くための手助けをすること。よく精錬された鉄が打てば響くように、教え子が学んだ事柄を力へと変えていくのが、教える側の一番の喜びなのだろう。

 なのはのそういうところは、彼女の先生譲りなのだろうか。

 当の先生の方は、あまり荒事を好む性質ではないが、しかし強い意志に応えようとする姿勢はとてもよく似ている気がする。なのはが選んだ教導官という道は案外、そこに端を発しているのかもしれない。

 と、

「そういえば、四人のリーダーは誰になるんやろ?」

 今はなのはやヴィータの指示を受けて訓練が主だが、実戦の機会もあるだろう。

 もちろん、隊長陣も同行はする。だが、自分たちの判断で動かなければならない場合も往々にしてあるはずだ。

 なのはも当然、その可能性は考慮している。

「ティアナで決まりじゃないかな。ちょっと熱くなりやすい所があるけど……視野は広いし、指示も正確。自然に他の三人を引っ張ってるしね」

 訓練の様子を思い返しながら、なのははそういった。

 なのは自身も同じCG(ポジション)を得意としている事もあって、ティアナが持つ射砲支援と戦況把握に対する目の良さはよく分かる。将来的にも、本人の希望している執務官という役職を考えれば、この資質は非常に目標に即しているといえよう。

 が、

「……ただ、ね」

「? うん」

「だからって訳でもないんだろうけど、ティアナ……というか、スターズの二人(コンビ)が、そろってすんごい突撃思考なんだよ」

「あー……」

 ナルホド、と、はやては二人の昇級試験を思い出す。

 やるとなれば無茶も辞さず、必ず道を切り拓こうとする難題にも正面からぶち当たる。負けん気が強く、最後の最後まで諦めない姿勢は立派だが、どうにも普段からその片鱗は覗いているらしい。

 無論、昇級試験の際に二人もその辺りは反省してはいるので、少しは落ち着いてはいるようだ。しかし、まだ血気盛んな年頃というのも手伝ってか、難関に対し勇み足になってしまう事が多いのだという。

「……まあ、それを言われると、わたしらにも耳の痛い話ではあるんやけどなー」

「うう……」

 苦笑するはやてと、言葉に詰まるなのは。実際、幼い頃から強力な魔導師として局に所属していた二人は、それなりに現場を率いた経験は少なくない。ただ、なまじ相手が強力な力を持っている場合など、二人が先陣を切る場面もあった。

 仕方ない、というのもあるが、自発的に出た場面も無くはない。それを思うと、ティアナとスバルの気持ちも分からないでもないのも事実だ。

「まあ、先陣を切って指揮をするタイプがいない訳じゃないけど、二人はまだ自分の武器を磨いてる最中だから……ここは厳しく教えておかないと」

 フェイトやその兄のクロノを始め、ごく稀に先陣を切りながら指示を出す強者もいるだろうが、基本的に、指揮をする人間は後衛である事が多い。

 はやても過去に先陣を切った場面は何度もあったが、基本はヴォルケンズと共にチームを組み、後方からの広域魔法を用いた戦法が主だ。

 だからこそ、そうした年齢を重ねるごとに培ってきた経験を、しっかりと後輩たちにも伝えて行かねばなるまい。

「その辺でいうと、ライトニングの方は実戦の経験は少ないけど、前衛と後衛のバランスはすごくしっかりしてるかな。過ごした時間の長さだけじゃなくて、基本の攻守区分をハッキリさせてるから」

 ここは攻め手(アタッカー)同士のコンビには無い利点だろう。

 双方が攻めと守りのという役割に徹している分、攻めきれないと判断すれば退き、守りの中で体制を立て直し易くはある。

 もちろん、この前進と後退をスムーズに切り替えるには、守り手(ブロッカー)の防御力と支援力、攻め手(アタッカー)の瞬発力と突破力に依りはする。

 特に突破力は前者に比べると当然劣り、相手の数や戦う場次第では、更に不利になる場合もなくはない。尤も、そこまでの大規模な戦闘になれば、どちらにしてもコンビ単体で戦うというよりは、団体の中で立ち回る事になる為、結局のところ系統に対した優劣はなく、あくまで状況に応じられるかというのが重要になって来る。つまるところ、最後には研鑽と経験こそがものをいうわけだ。

 故に、

「今すぐにでも出動できなくはないけど、どっちの分隊も、まだあと一週間くらいはフル出動は避けたいかな……。もう少し、確実で安全案戦術を教えてからにしたいんだ」

「へーきや。そのための隊長・副隊長の配置(ふじん)やし。新人たちの配置については、なのはちゃんの裁量に……高町教導官に全面的にお任せや」

「ありがとうございます。八神部隊長♪」

 そういって微笑み合うと、二人はまたお茶を片手に談笑を交えつつ、残った休憩時間をゆるりと過ごし始めたのだった。

 

  2

 

『隊員呼び出しです。スターズ分隊、スバル・ナカジマ二等陸士。同、ティアナ・ランスター二等陸士。ライトニング分隊、エリオ・モンディアル三等陸士。同、キャロ・ル・ルシエ三等陸士。以上四名、一〇分後に正面ロビーへ集合してください』

 オフィスに響いたアナウンスに、フォワードの四人は「なんだろうか」と顔を見合わせる。

 この四日間で、新人たちが呼び出しを掛けられたのは初めてだった。事件の警報(アラート)ではない為、出動ということではないだろうが───。

「なんだろうね、呼び出しって」

「さーね。行ってみれば分かるんじゃない?」

 スバルの問いかけに、ティアナは重くなった肩を回しながら、素っ気なく応じる。

「筋肉痛?」

「少しね……今までも結構鍛えてたつもりだったけど、まだまだ甘かったんだって思い知らされたわ」

「なのはさんの訓練、ハードだもんねー」

 六課に配属されてからの訓練は、体力には自信があると自負するスバルでも、決して容易くはないものばかりだった。

 何しろ、完全な後衛型であるキャロでさえ走り回っているくらいだ。主力二人のサポートをするCG(センターガード)が立ち止まっていられる筈もない。

「ティアさん。良かったら、少し治療しましょうか? あんまり時間が無いので、簡単ではあるんですが……」

 そんなティアナの様子に、キャロがそう申し出た。

「ああ。そういえば、治癒魔法(フィジカルヒール)も得意なのよね。悪いけど、お願いして良い?」

「分かりました。じゃあ、早速───」

 そういってキャロはティアナの患部に手を翳し、魔法の詠唱を始めた。

 竜召喚士の肩書きを背負ってはいるが、キャロの主軸となる魔法は『支援』。ただ呼び出し操るだけではなく、共に戦い、護り癒すのもまた、彼女の本領である。

 キャロの治療魔法で溜まっていた疲労が抜けて行くのに合わせ、普段は堅物なティアナの表情も、さながらマッサージでも受けている様な蕩け具合だ。

 そんな気持ちよさそうな相方を眺めつつ、そういえばとエリオの方を向き直り、

「エリオはへーき? 筋肉痛とか」

 と、訊ねた。

 それにエリオは「はい、なんとか……」と頷く。スバルほど体力馬鹿ではないが、どうやらエリオもそれなりに肉体(フィジカル)的な強みは持ち合わせている様だ。

「流石、ちっちゃくても騎士だね。今度二人で組み手とかしてみよっか」

「はい、お願いします!」

 同じ近接型として、二人は結構気が合うらしい。

 交友に積極的なタイプだと自負しているスバルではあるが、エリオとキャロが人見知りしないというのもあるのだろう。過ごした時間こそ短いが、フォワードメンバーの関係はとても良好であった。

「あー、ラクになったぁ……! ありがとね、キャロ」

 すっかり解れた身体を確かめる様に揺らしながら、ティアナがそうお礼を言うと、キャロも「はい♪」と微笑む。

 二人のそんな様子に、スバルはくすっと笑みを零す。

 訓練校時代は斜に構えた様な事を行っていたティアナも、小さな同僚二人には柔らかな態度で接している。存外素直になって来たものだと、スバルは相方の変化を嬉しく思った。

「??? ちょっと、何笑ってんのよ?」

「べっつに~。四人で過ごすのにも慣れてきたなーって」

「ふんっ、とーぜんでしょ。同じ部隊なんだから」

 下らないこと言ってないで行くわよ、と口を尖らせるティアナに、「こういうところは相変わらずだなー」と、スバルはまたクスッと笑い、エリオとキャロを連れて、その背を追って隊舎ロビーを目指した。

 

  3

 

 四人がロビーに到着すると、そこではリインが待っていた。

 どうやら、先程の放送は彼女からのものであったらしい。しかし、分隊長ではなく部隊長補佐の彼女からの呼び出しというのは、一体どういった内容なのだろうか。

 新人たちは姿勢を正し、指示を待っていたが、リインは「あ、そんなに硬くならなくて大丈夫ですよー」と四人に楽にして欲しいと告げ、こう続けた。

「今日の午前中は訓練なしと言う事で、四人に六課の施設や人員なんかを紹介するです。他のみんなは初日にオリエンテーションをやったですが、四人はずーっとなのはさんの訓練でしたから」

 それを聞いて、四人はようやく「なるほど」と合点がいった顔をした。

 言われてみれば、配属されてからずっと訓練漬けだった為、六課の隊舎をじっくり見る機会はなかった。他の隊員たちとも、数人を除けば、発足式の時にちらりと顔を合わせたきりである。

「みんなはこれからも前線に出る事を想定した訓練が多いかとは思います。ですが、一つの部隊で働く上で、共に働く仲間の存在をしっかりと知っておくのは、とっても大切な事です。

 特に、市街地や広範囲で魔導師を運用する場合は、管制支援(バックヤード)との連携が大きな意味を持ってくるです。ただ闇雲に戦うのではなく、護るべきものを護る事が、わたしたち局の魔導師のお仕事ですから」

「「「「はいっ!」」」」

 四人の返事にリインは満足そうに頷いた。

「はい、みんな良いお返事ですよ~♪ 実戦はまだ先になるかとは思いますが、そういうところもしっかり意識しておいてくださいね? 最低限の基礎が終わって、今日からは本訓練のスタートだそうですし」

「───、えっ⁉」

 リインが最後に何気なく口にした言葉に、ティアナは思わず顔を引きつらせる。

「(……今、なんかすごいことを聞いた気がするんだけど⁉)」

「(あはは、楽しみだね~)」

 能天気(で体力宇宙)な相方は、のっけから全身でぶつかって行く気満々の様だが、ティアナとしては何とも言えない気分である。

 ───昨日までのアレが、最低限。

 上を目指す気持ちは人一倍強いと自負しているティアナではあるが、正直六課に来て以来、その認識を疑わされる事ばかりが続いている気がしてならない。

 しかし、ある意味でこれが、本物の中に入るということなのかもしれないとも思っていた。

 どんなに遠いと解っていても、決して近づく事をやめられない。

(やってやろうじゃないの)

 足りないのなら、それまでが甘かっただけであると、どんな壁にも立ち向う。

 自分にとって得意な事だけには流れない。研鑽の為であるなら、どこまでも貪欲に喰らいついて、一つずつ識って進んでいく。ともすれば非合理とさえいえそうな、その負けん気の強さこそが、彼女の彼女たる所以であるのだから。

 決意も新たに、ぐっと拳を握り締めて、ティアナはふわふわと先導するリインに着いて隊舎の施設を回り始めたのだった。

 

  4

 

 それから程なくして、新人たちの施設巡りは滞りなく進行して行き、最後に食堂を訪れたところで、

「こちらの食堂で、案内は一通り終了です。食堂はみんなもう何度も利用していますし、大丈夫ですよね?」

 というリインの確認を受け、四人が『はいっ』答えたところで終わりを迎えた。

「ちょうどお昼休みですし、施設案内はこれにて解散とします。では四人とも、午後の頑張ってくださいね~♪」

「「「「ありがとうございました!」」」」

 去って行くリインを見送って、四人は食堂へ向かう。

 途中、スバルがアルトから声を掛けられたので、ティアナたちは先に食堂に入って席を取っておくことにした。

 昼休みに入ったばかりという事もあり、食堂は人も疎らで、三人はすんなりと注文を済ませる事が出来た。程なく出来上がった料理を配膳してもらい席に着くと、エリオとキャロが率先してテーブルに料理を並べて行く。

 食欲旺盛な前衛組がいる為、テーブルはあっという間に満杯になる。

 にしても、

「エリオくん。わたし、お茶取って来るね」

「うん。その間に僕も、残ってる分貰ってくる」

 息ピッタリに動く二人を見て、ティナアは「相変わらず仲良いわねー、あんたたち」と苦笑い。あんまりにもテキパキ動くので、手伝うことがなくなって手持無沙汰なくらいだ。

「三日間見てて思ったけど……なんか二人共、大勢で食べるのに慣れてる感じよね」

 ティアナがそういうと、二人は「家でも、よくこうして運ぶ手伝いとかしていたので」と応えて、「ね?」と顔を見合わせる。

「二人とも、ちっちゃいころから一緒何だっけ?」

「はい。フェイトさ……じゃない、局に入る前はフェイト隊長の実家で、一昨年くらいからは研修で自然保護隊とかにも」

「六課に来る前は別の場所でお世話になってましたけど、四歳くらいから一緒に育ってきたので、兄妹みたいな感じです」

「そっか……」

 訓練校や部隊の仲間と食堂にいる事は多かったが、両親を亡くして以来、あまり家族で食卓を囲む機会の少なかったティアナとしては、少々羨ましい事だ。

 もちろん、そこに至るまでの過程には、ただ微笑ましい光景と言い切れない部分もあるかもしれない。けれど、こうして仲の良い兄妹のような存在と共に居られたというのは、素直に喜ばしい事だったのだろうと思える。

 と、そこへアルトと別れたスバルが戻って来た。

「おまたせ~。三人で何の話~?」

 こういう時、スバルの能天気とも言えそうな気質は有難い。相方のおかげで、少しばかり脳裏を過ぎった野暮な思考が晴れるのを感じつつも、ティアナはいつも通りの調子で「別に。ちびっこ二人が仲良いわね、って話よ」と返した。

 それを聞いて、スバルは「なるほど」と頷いた。

「確かにエリオもキャロも仲良いよね~。兄妹っていうか……うーん、なんか熟年夫婦って感じで!」

「ふ、夫婦……ですか?」

「そうそう♪ 阿吽の呼吸っていうか、すっごいツーカーな雰囲気出てるもん!」

 顔を赤くして恥ずかしがっているエリオに構わず、スバルは何とも楽しそうな様子でそんな事を宣った。

 エリオはますます真っ赤になって、キャロは解っているのかいないのか、のほほんと「はい、とっても仲良しです♪」などと応えている。

 騒がしくなってきた食卓と、「将来が楽しみだね~♪」なんてニコニコしてる相方に溜息を吐きつつ、ティアナは「良いからさっさと食べるわよ。午後も訓練なんだから」と、取り分けたサラダの皿をフォークで刺した。

 

  5

 

 新人たちと別れたリインは、デバイスの整備をしているシャーリーを昼食に誘うべくデバイスルームを訪れていた。

「シャーリー、一緒にお昼行きませんか~?」

「あ、リイン曹長♪ すみません、もう少しで一区切りつきそうなんですが……」

「デバイスたちの調整です?」

「はい」

 そういって、シャーリーは調整中のデバイスたちの方へ視線を戻す。

 透明なケースの中で揺蕩いながら、生まれ(いず)る時を待つ『後輩たち』の姿を、リインは暖かな目で見つめる。

「そろそろ完成ですか?」

「マッハキャリバーが、ちょっと手こずってます。スバルのオリジナル魔法の『ウィングロード』……アレをこの子からも発動できるようにしたいんですが、それがもー難しくって」

「あー、なるほど。確かに『ウィングロード』は先天(インヒュレート)系の魔法ですし、術式も普通とはかなり違うんですよねぇ~」

 魔導端末(デバイス)の本領は主となる魔導師たちの演算補助が基本だが、特殊な魔法の使い手が扱う愛機には、それに合わせた調整が必要になる。

 この場合の難しさとは、性能面というより、調整する整備士(デバイスマスター)の側に掛かる難易度の問題が大きい。汎用的でない魔法は使い手が少なく、情報がどうしても不足してしまうのだ。

 それ故に、まっさらな幼少期から共に居る人格(インテリジェント)型などを除けば、ある程度独自のスタイルを確立した魔導師に合わせた調整は、一筋縄では進まない。

「だから、スバルの相棒になるマッハキャリバーが一番難しい子なんですが……」

「───その分やりがいもある、ですよね?」

 リインの答えを待っていたように、シャーリーは「ご名答♪」と満面の笑みを浮かべた。

 確かに、困難な事は多い。しかし惰性的であるのは、技術者としての怠慢である。まして彼女らが相手にしているのは、ヒトと魔法を繋ぐデバイスたちだ。

 人格を持つか持たないかではなく、『魔導師』や『騎士』として、共に戦う存在であるからこそ、敬意を持って接したい。これはかつて彼女が師事したデバイスマスターが特に大切にしていた姿勢であり、シャーリー自身も共感する部分が多くあったので、今でもその在り方を大切にしている。

 だからこそ、デバイス側であるリインたちも信頼を持って、シャーリーに自らを預けられる。

 後輩たちもきっと、そんな頼もしいデバイスマスターの心を受けて、強い子として生まれてくるだろう。

「もうすぐ、目覚めとマスターとの出逢いですね。ちゃんと立派に完成して、それぞれのマスターと共に精一杯頑張るですよ? わたしも、全力で応援するです!」

 そのリインの声に応える様に、覚醒を待つデバイスたちは機体の宝石部分(メインフレーム)を明滅させた。

 

  6

 

「───なのはちゃん的には、この機動六課はどーやろ」

 休憩時間も終わりに差し掛かった頃、はやてがなのはにそう訊いてきた。

「どうって?」

 なのはが訊き返すと、はやては残ったカップのお茶に口を付けながら、「良い部隊になりそうかなー、とか」と言った。

 それを受けて、なのはは口元に指を当て少し考える仕草をしながら、

「人材は本当にしっかり揃ったと思う。ロングアーチやバックヤードまで、本当に良い子たちばっかりだし。新人たちも……特にフォワードたちは、いろんな事情を背負った子も多いけど、ライトニングの二人はもちろん、スバルもティアナも……」

 ただ悲しみに昏れるばかりではなく、抗う心を持っている。まだ触れ合った時間は短いものの、なのはは四人から確かな強さを感じ取っていた。

 それに、はやても頷いて、

「立ち向かうための意志を持った子───前線メンバーを集めるとき、一番気にしたところや。あの四人は、そこは絶対間違いない。なのはちゃん、フェイトちゃんには苦労かけるし、寄り道してもらって申し訳ないんやけど……」

 六課の創設目的や部隊としての意義に偽りはない。しかし、万全を期して集まってくれたとはいえ、六課が友人たちを縛り付ける枷になっているのではないかと、つい考えてしまう事もある。

 甘いと言われてしまえばそれまでだが、指揮官としてはやてはまだ若く、力を借りる事に呵責を覚えてしまうのも無理からぬことだろう。

 その心情は、教導官として何人もの教え子を持ったなのはも、はやてと同じ様な悩みを抱く事は未だにある。

 だからこそ、なのはは「寄り道なんかじゃないよ」と、自分の意志を言葉にした。

「前線で教官って立場は、わたしにとっては夢みたいな話だし……立ち向かうための意志に、撃ち抜く力と元気に帰ってくる技術をしっかり持たせてあげる事。なによりもそれが、わたしの仕事の原点だからね」

 柔らかな笑みを浮かべながらそう告げるなのはに、はやてもまた微笑んだ。

 そうして志を確かめ合うと、なのはは「さて」と言って、席を立つ。

「そろそろ午後の訓練の時間だから、行ってくるね」

「まだまだ先は長いけど、よろしく頼むな? なのはちゃん」

「うん、了解。はやてちゃん」

 はやての言葉にこくんと頷いて、なのはは部屋の外へと足を踏み出した。

 幸い六課の訓練施設は設備が良く、基本的に訓練場に持参するものは愛機と己が身一つで事足りる。

 着慣れた青と白の教導隊服と同じくらい、今日の空も快晴だ。

 ますます晴れやかな気持ちで訓練場に向かうと、既に新人たちは訓練着に着替えてアップを済ませているところだった。

 やる気に満ちた教え子たちの姿を嬉しく思いながら、なのはは四人に号令をかけ整列を促した。気を付けをして指示を待つ四人に、なのはは本日からの訓練内容を伝えて行く。

「今日から本訓練───その第一段階に入っていく訳だけど、まだしばらくは個人スキルはやりません。コンビネーションとチームワークを中心に、それぞれ得意の分野をしっかり生かして、まずはチームとしての戦い方を身に着けよう」

「「「「はいっ!」」」」

「それじゃあ、早速……」

 訓練開始! というなのはの合図と共に、『機動六課』発足四日目の訓練が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 緩やかに過行く日々Ⅱ Here_begins_the_story.

 

 

  1

 

 冒頭のなのはの言葉通り、新人たちに課せられた第一段階の訓練は、徹底したチーム戦の強化から始まった。

 新人たちの連携は、配属まもない時期にしてはそれなりに取れている方だ。しかし、これは四人の適性がバラけているのが主な要因だろう。

 今はまだ、自分の出来る事をバラバラにやっている段階だ。

 ガジェットを始めとした無人機相手ならそれも良いが、相手がもっと少数の手練れである場合は、このままでは厳しい。だからこそ、一つ一つ盤面に布石を打って行くように、一丸となる動きを実感として覚える事が、チーム戦に置いては肝要である。

 そのためには、あまり派手な戦術ではなく、もっと堅実な基本の陣形を意識しながらの立ち回りが求められる。

 前衛、中央、後衛という四人の適性を活かした配置で、お互いに背を押し、護る。この流れを迅速に、状況の変化を見ながら積み上げて行く。単純であるが、この当たり前を完璧に繋げなければ、些細なミスが全体の破綻を招く事も、往々にしてある。

 仲間の呼吸を意識し合い、適切な立ち回りが出来る様にと組み上げられた訓練内容は、一見する地味なものにも見えるかもしれない。だが、基礎トレから仲間を意識し合い、本訓練でもその意識を絶やさずコンビネーションとチームワークを一つ一つ磨いていくと、積み上げた者の分だけ、四人の動きが洗練され、確実に力を増している実感があった。

 

 ───そして、第一段階に入ってから一週間が経過した朝。

 

「はーい、整列! 今日の早朝訓練、最後は弾丸回避訓練(シュートイベーション)をするよ。みんな、まだ頑張れる?」

「「「「はいっ‼」」」」

「うん、良い返事。じゃあ───レイジングハート」

《All right,Accel shooter.》

 愛杖が主の呼びかけに応えると、なのはの足元に魔法陣が描かれ、その周囲に無数の魔力弾が生成された。

 なのはの得意魔法の一つ、『アクセルシューター』である。

 元より高い操作性を誇る射撃魔法だが、実は任意の操作以外にも、自動追尾(オートホーミング)機能を有しており、無数に配した魔力弾に対応・処理するフットワーク訓練においてよく用いられる。

 ある程度自動で追って、標的を追い詰めたところで手動の思念操作に切り替え撃墜する射撃型魔導師の王道の戦法だが、これがなかなか強力なのである。

 数を相手にすることもさることながら、急に動きを変える相手への対策というのは、どんなに場数を踏んだ魔導師であっても、完璧にこなすのは難しい。まして、まだ実戦を数えるほどしか経験していない新人たちにはなおのこと。

 無論、訓練用に調整されているため、実戦のままのダメージを追うことはないが、それでも被弾すればそれなりの衝撃を伴う。前衛に置かれ、よくその餌食になっているスバル曰く、被弾時の感覚は『ふかふかのグローブで思い切り殴られて吹っ飛ばされるような感じ』らしい。

 だからというわけでもないが、この訓練では思い切って向かっていく姿勢というのは、結構重要になってくる。

 元より、実戦で『無数の敵、あるいは攻撃に対応する』事を目的とした訓練なのだ。

 練習だからこそ当たって砕け、本番では決して踏み込むべき時を見誤らない。そういった力を身に着けられれば、一対多数の戦いを制する足掛かりになるだろう。

 ゆえに、

「今回の達成条件は、わたしの攻撃を五分間、被弾なしで回避しきるか、わたしに一発でもクリーンヒットを入れること」

 落とされないか、あるいは落としに掛かるか。

 そのどちらを選ぶにせよ、やり遂げなければ終わりだ。

 当然、

「誰か一人でも被弾したら、最初からやり直しだよ」

 この訓練においても、その前提は変わらない。準備はいい? となのはが問うと、新人たちもまた、了解とばかりに威勢よく応じる。

 その姿に満足げに頷くと、

「それじゃあ、頑張って行こう!」

 と、なのはは杖を構え、射撃体勢に入る。

 それを見て、指揮役のティアナは、手早く仲間たちの状態を確認に掛かった。

 しかし、今朝の分だけでも、既に十全とは言えないくらいには疲労している。こんなボロボロの状態では、なのはの攻撃を五分間捌き切るのは難しい。

 となれば、答えは一つ。

「短期決戦ね。スタミナが尽きる前に、なんとか一発入れるわよ?」

「応ッ‼」

「はいっ!」

「やってみます!」

 どうやら方針は決まったようだ。

「それじゃあ、行くよ? レディ……ゴーッ!」

 なのはは手を掲げ、開始の合図と共に振り下ろした。その手に合わせて、なのはの周囲に配置された魔力弾が、一斉フォワードメンバーへと迫る。

「全員、絶対回避! 一分以内に決めるわよ‼」

 ティアナの声を受け、四つの影が一斉に散開した。単なる逃げでなく、ギリギリまで引き付けてからの回避だったため、的を外れた魔力弾が地面に当たり、舞い上がった粉塵が四人の姿をうまく隠していた。

 もちろんその程度なら自動追尾で追える範疇だが───

「!」

 なのはの背後に、すさまじい速度で生成された『路』を駆け抜け、スバルが強襲をかけてきた。

 更に、その対極ではティアナが既に射撃体勢に入り、こちらを狙っている。

 良いコンビネーションである。しかし、なのはもそう易々とは攻撃を通しはしない。

「───アクセル!」

《Snipe Shot.》

 加速を掛けた二つの弾丸を放ち、スバルとティアナを同時に狙撃する。

 直線的な軌道にはドンピシャな攻撃で放ったが、放たれた魔力弾は二人を捉える事なく通過してしまった。

 ティアナの得意とする幻術魔法、『フェイクシルエット』だ。

(やるねティアナ)

 相変わらず、見事な幻術魔法だ。

 本物と見分けのつかない分身というのは、相手の位置を掴めずにいる状況において、非常に脅威となる。

 また、同時に。

「───てぇえええやぁあああああああッ‼」

隠蔽迷彩(オプティックハイド)……!」

 本命はこちらか。

 分身となる幻影を作り出し意識を引き付けたところに、隠れていた本体による奇襲。これもまた、分かっていても防ぎがたい王道の戦術である。

 とはいえ、この程度ではまだ落とされてやるわけにはいくまい。

《Round Shield.》

 レイジングハートの電子音(こえ)に合わせ、なのはの手に盾が生成された。

 桜井色の輝きを放つ円形の盾は、彼女の師匠の十八番だった魔法である。それゆえに、強度は折り紙付きだ。

 如何な格闘型のスバルであろうと、一撃やそこらで破れはしまい。

「ぐっ……‼」

 そうして盾に阻まれ足の止まったスバルを、先ほどの魔力弾を呼び戻して狙撃する。

 ちょうど、逆再生されたような軌道を描く弾丸に挟み込まれるが、スバルはそれを後ろに飛び退いて回避した。

「うん、良い反応……けど、それだけじゃ甘いかな!」

「⁉」

 標的を逃すまいとして、魔力弾がスバルを執拗に追いかける。

 どうにかスバルは躱し続けているが、

「わ、うわわわ……ッ⁉」

《ちょ、スバル!》

 ここのところ調子が悪かったローラーブーツの不具合で、動きが鈍ってしまった。

 隙が生まれ、距離を詰めてきた魔力弾が彼女の鼻先を掠めていく。持ち前の根性でどうにか耐えているが、体勢はかなり厳しい。

《ご、ゴメン……っ》

 弾丸から逃げながら、スバルは念話ごしに謝るが、ティアナは《いいから!》と、素早く相方の援護に回ろうとアンカーガンを構える。

 が、

《とにかく当たるんじゃないわよ、いま撃ち落とすから───っ、うえッ⁉》

 今度は、ティアナの側に不具合が起こってしまう。

 援護が不発に終わり、ぎゅんぎゅん迫る弾丸に追われるままのスバルが《わーっ、ティア援護ぉぉ~~っ‼》と悲鳴を上げる。

「この……肝心な時にっ!」

 苛立ち紛れに叫びながらも、ティアナは不発だったカートリッジを薬室から引き抜き、素早く新しいカートリッジを装填。即座に狙いを定め直すと、構えた銃口から四発の魔力弾を撃ち放った。

 二発はスバルの援護に回し、残り二発はなのはを狙うように操作する。

 どのみち、本体の位置は今の狙撃で割れているのだ。本来なら移動して次の狙撃位置を探すところだが、今回は五分間の制限がついている。少しでもなのはの注意をこちらへ向けられれば───

《エリオ、キャロ。ゴメン、ちょっと段取り狂っちゃったけど、いける?》

《はいっ!》

《いつでも行けます!》

《ありがと。頼むわね、このまま注意を引き付けて道を作るから、そこを狙って!》

「「了解ッ!」」

 その返答を受け、スバルとティアナはなのはへ向けて更に牽制を掛ける。

 当然、なのはもその意図は判っているだろう。しかし、如何に『エース・オブ・エース』と称される彼女とて、絶対無敵ではない。

 技量にせよ経験にせよ、積み上げた力量さというのは一朝一夕に埋められるものではないが───けれど、それでも今の自分たちにできる精一杯で、その差を少しでも埋めて見せる。

「───我が乞うは、疾風の翼。若き槍騎士に、駆け抜ける力を!」

《Boost Up - Acceleration.》

 キャロの詠唱が終わると、彼女から発した加速強化の魔法がエリオに付与される。

 かなり大きな魔力を付与され、エリオは思わず「すごい……」と感嘆にも似た声を漏らした。

「大丈夫? 前やった時より、もっと加速がついちゃうけど……」

「任せて。スピードが、何よりの取り柄だから」

 心配そうなキャロに、エリオはそう言って笑みを返す。

 当然、なのはもその動きには気づいているが、スバルとティアナの攻撃を捌いている状態では、万全の体制とはいかない。

 更に、「フリード!」というキャロの声に応え、小さな白竜がなのはに火球を放つ。

 ティアナの魔力弾に比べれば、速度自体は大したことはないが、魔力を伴った火炎の威力は馬鹿にならない。

 放たれた三発のそれを躱し、なのはは敢えてエリオとキャロの方へ距離を詰める。

 援護に徹していたスバルもティアナも、味方の傍では積極的に攻撃には出られない。加えて、こういった個人と集団の戦闘においては、まずは支援役を墜とすことで相手側の戦力を削ぐのがセオリーだ。

 勿論、そんなことは新人たちも判ってはいる。しかし、今回の要にエリオを選んだのは、むしろこの状況を狙ってのものだ。

「行くよ、ストラーダ!」

 愛機にそう呼びかけると、解かっているとばかりに、噴出口から溢れんばかりの魔力を迸らせる。

 その頼もしい猛りと一体となるように、エリオはぐっと構えを取り、

《エリオ、いまッ!》

 指令塔のティアナからの合図を受け、ゴッ! 地面を蹴り飛ばして一筋の雷閃のごとく、なのはにその切っ先を突き出した。

 キャロの支援魔法による加速を得て、突き抜けんばかりの勢いで飛び出していったエリオとなのはが空中で激突する。

 迎撃ではなく防御を張ったのか、魔力がぶつかった際に起こる反発が小規模の爆発を起こし、粉塵が巻き上がる。それと同時、「うぁああああっ‼」と、粉塵の中から弾き飛ばされるように、エリオの姿が覗く。

 防がれたのか⁉ と、四人の表情が一瞬強張るが───。

《───Mission complete.》

「お見事、任務達成(ミッションコンプリート)だね」

 収まった粉塵の中から現れたなのはは、愛機であるレイジングハートと共に、嬉しそうな顔で四人に向けそう告げた。

「ホントですか……⁉」

 ダメージが入ったというわけでもなさそうななのはの様子に、思わずエリオは聞き返すが、なのはは「うん」と頷いて、左肩の少し下あたりを指し示した。

「ほら。ちゃんとバリアを抜いて、ジャケットまで通ったよ」

 実戦並みに貫けているわけではないが、幾分か出力が抑えられている状態でも、教官相手にバリアを抜けたのは十分な成果であるといえよう。

 それが実感としてわかってくると、四人の表情も一気に明るくなった。

 なのはも教え子たちの成長に笑みを浮かべつつ、「じゃあ、今日の早朝訓練はここまで。いったん集合しよう」と言って、BJを解除して整列を掛けた。

「みんな、チーム戦にだいぶ慣れてきたね。動きがとっても良くなってきたよ」

「「「「ありがとうございますっ‼」」」」

「スバルとエリオはFA(フロントアタッカー)GW(ガードウィング)として、うまく立ち回れてたね。先陣を切って、次に繋げる動きがしっかり出来てたよ。キャロの支援も二人をしっかり後押ししてたし、ティアナも指揮も筋が通ってきたね。指揮官訓練も受けてみる?」

「い、いえ、通常の戦闘訓練だけでいっぱいいっぱいです……」

 伸びしろがあると言ってもらえるのはありがたいが、いまこれ以上の内容を増やしたら、正直パンクしてしまいそうだ。

 そんな相方の心情を察しつつ、スバルはあははと笑う。

 まだまだ先はある。それが楽しいと言わんばかりの相方の能天気さに、ティアナはちょっとだけむっとしたが、その時フリードが何かを嫌がるような声を出した。

「どうしたの、フリード?」

「きゅくー……」

「??? ……そういえば、なんだか焦げ臭いような……?」

 なんとなくフリードが翼で鼻の辺りを擦っているのをみて、エリオがそう呟く。すると、ティアナは「あ」と何かを思い出したように、

「スバル、あんたのローラー!」

 と、言った。

 それを受けて、スバルが自分の足元を見ると、戦闘の負荷に耐えきれなかったのか、ローラーブーツがショートし、微かに火花と煙が立ち上っているのが見えた。

「うわ、やばっ……! あっちゃー、無茶させちゃったぁ……」

「オーバーヒートかな……後でメンテスタッフに見てもらおう?」

「はい……」

 とはいったものの、この状態では改修のみで済むかは怪しい。訓練校時代から慣れ親しんだ自作デバイスだが、このところ訓練の負荷とスバル自身の成長に伴って、次第に許容力(スペック)が足りなくなってきている。

 そしてそれは、同じく自作デバイスを使用しているティアナにも言えた。

「ティアナのアンカーガンも、そろそろ厳しいかな?」

「はい……正直、騙し騙しです」

 訓練中のカートリッジの不発もそうだが、カートリッジシステムを搭載する場合、デバイスには相応の耐久力が求められる。特に、単純なストレージとは異なり、作りが甘いと炸裂不足や魔力の漏れでうまくカートリッジの特性を活かせないことも多々あるのだ。

 ティアナの場合、魔導師としての能力を鍛えるために、あまり制御補助の類は載せていない分、どちらかといえばシンプルな構造で修理もし易くはあったのだが、それでも魔導師として成長していくごとに、どうしても素人の自作では耐えきれない部分は出てきてしまう。

 けれどそれは、彼女らの持ち得る資質の高さ故でもあり、なのはたち六課の隊長陣も、この事態を予期していなかったわけではない。

「みんな訓練にも慣れてきたし……そろそろ実戦用の新デバイスに切り替えかな」

 なのはのそんな呟きを受けて、新人たちは首を傾げる。

「新……」

「……デバイス?」

 

 

  2

 

 ひとまず新デバイスに関する説明の前に、訓練の汗を流しておこうとなのはに言われ、新人一同は隊舎へと戻ることになった。

 四人が隊舎の前に差し掛かると、一台の車が隊舎から出ようとしているところだった。

「あ、エリオくん。あの車……」

 見覚えのある黒い車両に、キャロが傍らのエリオにそう声をかけると、エリオもキャロの言いたいことが分かったようで、「うん。フェイトさんのだ」と頷きを返した。

「みんな。朝の訓練、お疲れさま」

「お疲れさまや~」

 窓を開けて、顔を覗かせたフェイトとはやてがそう声をかけると、新人たちも「おはようございます!」と応えた。

 元気の良い挨拶にはやては満足そうに頷くと、

「みんな、練習の方はどないや?」

 と、訓練の調子はどうかと訊ねた。

 成果はあったものの、まだ着いていくだけで精一杯という現状では、ハッキリとした答えにはならなかった。とはいえ、はやてもその辺りは分かっているようで、「頑張っとるみたいやね、関心関心」と柔らかな笑みを浮かべた。

「先はまだ長いかもしれへんけど、みんな気張ってなー」

 再び「はい!」と応えた新人たちの様子を見て、はやては「うんうん」と満足そうに頷いた。しかし、そんなはやてとは対照的に、フェイトはどこか少し寂しげだ。

「エリオ、キャロ、ごめんね……。わたしは二人の隊長なのに、あんまり見てあげられなくて……」

 申し訳なさそうにそう告げるフェイトに、エリオとキャロは「そんなことないです!」と返した。

 長い間傍にいたのだ。二人とも、フェイトの役割やその多忙さはきちんと分かっている。

 何より、ここは育成を主軸とした捜査部隊ではあるものの、内容としては武装隊の端くれと呼んで差し支えない。だからこそ、しっかりと自分たちの技術を磨き、任務を熟せるように努めるのが最善だろう。

 どうやらエリオもキャロも、その辺りの心構えはしっかりと出来ているらしい。……まあ、隊長として部下の局員としての成長は嬉しくはあるものの、見守ってきた『母』としては、若干複雑な心境である。流石に表には出さなかったが、どうにも六課の発足以来、子供たちの親離れが加速しているようで、フェイトの親心はだいぶダメージ過多だった。

「そういえば、二人はこれからお出かけ?」

「うん、六番ポートまで」

「教会本部でカリムと会談や。部隊発足してからはバタバタして、まだ直接挨拶に行けてなかったからなー。そしたら、フェイトちゃんが車出してくれることになって」

「え。この車、フェイト隊長のだったんですか⁉」

 はやての言葉に、スバルは思わず驚きの声を漏らした。

 どちらかといえば物静かな性質に見えるフェイトが、こんなバリバリのスポーツ車を乗り回すイメージがあまりなかったためだろうか。

 ちなみに、割と自身もバイクなどの乗り物を好むティアナは、むしろフェイトに親近感を抱いていた。

(フェイト隊長、結構アクティブなのね)

 二輪に乗ることが多かったが、割と四輪も良いかも。

 ティアナがそんなことを思っていると、フェイトは「そうだよ。ミッド地上での、わたしの移動手段なんだ」とスバルの疑問にそう答えていた。

 魔法技術の中心たるミッドチルダでは、飛行魔法などにある程度の制限が掛かっている。あまり無制限に飛行許可を出してしまうと、有事の際に空を飛ぶ犯人や、公共の公共航空機関を阻害してしまう可能性があるというのが、主な理由とされている。

 そのため、ミッドの局員たちは識別のし易いヘリや自動車を、局員としての移動手段に多く用いられる。もちろん本人の嗜好もあるが、こういった機動性重視の選択も、案外局員らしい選び方だったりするのかもしれない。

「……と、そろそろ行かな」

「あ、そうだね。騎士カリムをお待たせするわけにはいかないし」

「二人とも、行ってらっしゃい」

「わたしは、お昼前にはいったん戻ってくるから、お昼は一緒に食べられると思う」

「楽しみにしてますね、フェイトさん」

「うん。それじゃあまたあとでね」

「ほんなら、行ってきます~♪」

 はやてのそんなほんわかした声と共に、新人たちの敬礼(みおくり)を受けながら、二人の乗った車は聖王教会の方へと向かっていった。

 

 

  3

 

 

「そういえば、フェイトちゃんはまだカリムに直接会ったことなないんやっけ?」

「うん。でも、はやてもだけど、お兄ちゃんとかからもよく話は聞いてたよ」

 公的には、聖王教会の騎士団に所属する魔導騎士で、管理局・本局の理事官。そして、機動六課の創設にも尽力してくれた後見人の一人でもある。また、クロノの親友であるヴェロッサの義姉でもあり、はやてにとっても姉のような存在でもある───フェイトが知っているのは、大まかにはそんなところだ。

 フェイトが挙げたそれらに、はやては「せやね」と頷いた。

「カリムとわたしは、信仰の対象(しんじてるもの)も立場もやるべきことも全然ちゃうんやけど、初めて会ったときから気が合ったというか、仲良うしてもらってる」

「結構長いんだよね? はやてが初めて教会の依頼を受けてから」

「確か、初めて会ったのは『闇の書』事件が終わって、リインが生まれたばっかりの頃やったから……かれこれ、一〇年近く前になるんかな? それからもよく呼んでもらって、今もそれが続いてる感じや」

 はやての言葉に、フェイトは「なるほど」と頷いた。

 それだけの時間を共に過ごせば、自ずと絆も深まるというものだろう。なにより、六課の創設も元を辿ればカリムからの依頼がきっかけであることを思えば、カリムがはやてを頼りにしているのがよく分かる。

「まあ、お仕事はお仕事でしっかりやらなあかんけど……。昔からカリム、ロッサもやね。わたしにとってはおねーちゃんとおにーちゃんみたいで、いつも助けてもらってばっかりやったから、頼ってもらえるのがなんや嬉しいっていうのもちょっとあるかな。……って、部隊長が公私混同したらあかんね」

 苦笑しながら肩をすくめるはやてに、フェイトもくすと笑みを零した。

 立場ある人間としてはあまり褒められたものではないだろうが、人間である以上、そうした情の絡む部分は必ずあるものだ。フェイト自身、似たような立場にある義母や義兄を持つ身であるため、はやての気持ちが分かる部分も多い。

「上の兄弟がいるのって、やっぱり頼もしいよね」

「うん。せやけど、助けてもらった分は結果でちゃんと返すよ。六課の立ち上げも、人材の確保に時間を割けるようにって、カリムにかなり任せきりになってもーたからなー」

 ぐっと拳を握って見せるはやてに、フェイトは頼もしそうに微笑み、「全力でサポートしますよ。八神部隊長♪」と言った。

「ありがとうな~。今日は会われへんけど、一区切りついたらちゃんと紹介するよ。もちろん、なのはちゃんも一緒に」

「ふふっ。楽しみにしてるね」

 そうして二人が微笑みあっている間に、ほどなく車は六番ポートの入り口に差し掛かろうとしていた。

 

 

  4

 

 

 六番ポートに着くと、はやては中央に向かうフェイトといったん別れ、ミッド北部にあるベルカ自治領へと飛んだ。

 聖王教会本部の置かれたこの地は、古代ベルカの特色を色濃く残しており、かつての旧世界の文化を受け継いだ古風な街並みが広がっていた。

 そして、その市街からやや離れた山間には、聖王教会の『大聖堂』がある。

 ここは、古の戦乱の最中、『最後の聖王』が最後に辿り着いた地という所縁の地であるため、教会の本部を兼ねた、多くの信徒たちが足を運ぶ聖地として、この聖堂が建てられたのだそうだ。

 聖堂前の広場では、日々の祈りを奉げる傍ら、信徒たちが穏やかな表情で交流していた。

「今日も平和ね……」

 その様子を執務室の窓から眺めながら、カリムは柔らかな笑みを浮かべた。

 当たり前のように繰り返されるこのひと時が、彼女は好きだった。誰もが安らかであれるようにと祈りを捧げてきた修道女の一人として、平和というのが、何よりも報われる瞬間である気がして。

 ───けれど、決して世界は平和の中にのみ存在しているわけではない。

 諍いなく回るのならばそれに越したことはない。だが、祈りだけでは救えない事もあると理解しているし、何よりも彼女らの象徴であった『聖王』もまた、乱世に苦しみながらも、明日への祈りを遂げるために戦う道を選んだ。

 ならば、彼女とて惰性的な祈りばかりを抱きはしない。

 他人よりもほんの少しだけ見えてしまう力。しかし、そこに確実な回答など存在しない。それでも、抗えるものならば、抗いたい。だからこそ、生まれ持った力が───災いを乗り越え、いつも通りの平和を守る援けとなれるのならと、そう願ったのだから。

 と、その時。

 険しくなってしまった彼女の表情を融かすように、カリムのもとへシャッハから通信が入った。

『騎士カリム。騎士はやてがいらっしゃいました』

「あら、早かったのねっ! すぐ、私の部屋までお通しして? それから、お茶を二つ。せっかくだもの、新茶(ファーストリーフ)の良いところを見繕って……あと、ミルクとお砂糖もね」

 話の内容は真面目な『お仕事』であるが、それでも友人に会えるのは嬉しいようで、カリムは年頃の少女に戻ったような爛漫さを見せる。

 とはいえ、普段あまり教会の外に出られないことを考えれば、無理もないことだった。

 シャッハとしても、日頃きちんと仕事に取り組んでいるカリムに息抜きにの機会ができるのは、とても嬉しく思う。

 が、『かしこまりました』と、笑みを返したシャッハに、カリムはちょっとだけ寂しげな顔をする。

「……シャッハも参加してくれたらよかったのに」

『申し訳ございません。午後に本局の方で戦技指南が入ってしまったので……』

 シャッハ自身、参加できるのならばしたい気持ちはあるのだが、これもまたお仕事というやつだ。カリムも当然分かっているだろうが、人間誰しも、偶には我儘を言いたい時だってある。……まあ、これまた偶にではあるが、時々自分の気持ちに正直すぎる困った子もいるので、それはそれで玉に瑕だが。

「大事なお仕事だものね……。局の皆さんにもよろしく伝えておいて。あ、それとシャッハ。あんまり無茶な教え方はしないようにね?」

『心得ておりますとも』

 軽口を交えつつ、シャッハは通信を切り、はやてをカリムの部屋に案内する。

 何度も訪れてはいるが、いかんせん教会の本部だけあって、ここはやたらと広い。

 基本となる礼拝に関連する施設を始め、騎士団の道場に、学徒を招く資料館、ほかにも医務施設やら食堂やらが合わさっているので、慣れている者でも時々迷うくらいだ。

 なので一応、ここを訪れるときは慣れた人についていくのが比較的安心な巡り方なのである。

 まあ、それはともかく。

「どうぞ」

 そうノックに応える声を受け、はやてが部屋に入ると、カリムがはやてを温かく出迎えてくれた。

「カリム、ひさしぶりや」

「いらっしゃい」

 微笑みを交わし、二人がテーブルへと移動してほどなく、シャッハがお茶とお菓子を運んできてくれた。

 新茶の良い香りを楽しみつつ、はやてとカリムはしばし談笑に浸る。

「ごめんなあ? すっかりご無沙汰してもーて……」

「気にしないで。部隊の方は順調ってことだもの」

「ふふっ、カリムのおかげや~」

「なら良かった。そういうことにしておくと、お願いも聞いてもらいやすいのかな」

「? もしかして、今日のお話は、依頼も絡んでくるん?」

「まだハッキリと決まった訳じゃないんだけどね……。ともかく、まずはこれを見てみてほしいの」

 そういって、カリムは部屋のカーテンを閉めると、いくつかの画像を宙に表示させる。

 映し出されたのは、一枚の箱の写真と何らかの数値を示すものが二つ。そして、残ったものはみな、六課に縁深い、ある兵器に関するものだった。

「これ、ガジェット……の、新型?」

 はやての問いかけに、カリムは「ええ」と頷いた。

「今までのⅠ型以外に、新しいのがもう二種類。九年前にはやてたちが出会ったものとも異なる機体の存在が、複数件報告されているの」

「前にヴィータたちが戦ったのも、自己修復機能を新しく持ち始めてるって話やったから、新しい型が出てくるのも、予想してなかった訳やないけど……」

 そう。元から変化する可能性が示唆されており、まして別機体と思しき存在と交戦さえしている以上、『新型の出現』という事柄そのものに対する驚きはない。

 むしろ問題なのは、何故このタイミングで出現したのか、という部分だ。

 ───恐らく、それは。

「やっぱり、このケース……」

「……ええ。こちらもまだ断定された情報ではないから、正式な報告はできていないけれど、クロノ提督を通して、局の方に警戒を促してもらってる。一昨日付でミッドに運び込まれた不審貨物。これに付随するように、さっきのⅡ型とⅢ型の目撃例が出てる」

 短期間、というにもあまりに急な展開に、はやては半ば確信する。

 ミッドチルダに、新たな『レリック』が出現したのだと。

「このレリックを、ガジェットたちが見つけるまでの予想時間は?」

「早ければ今日明日中にも……。教会の方でも警戒を強めてはいるけど、まだ現物は抑えられていないの」

 カリムは、どこか悔し気な表情を覗かせる。

 一昨日運び込まれた貨物と、それに伴って出現した新型。発見が後手に回ってしまった分、捜索が滞っている現状は、非常に危ういものだといえる。

 が、それでもまだ確定ではない。運び込まれたケースが偽物(ダミー)でしかなく、ガジェットたちが追っている本命が別にある可能性も、ゼロではないのだから。

「だから、会って話したかったの。この状況をどう判断するべきか。……この事件も、この後に起こる事件も、対処に失敗するわけにはいかないもの……」

 険しい表情を見せるカリムに、はやてはその心中を察する。

 六課の成り立ちを思えば、確かにここは最初の山場になるだろう。少なくとも、気を抜いて良い事柄では決してない。

 まして、その答えのない問を投げかけられてしまう本人なら、不安に思うのも無理からぬことだ。

 けれど、

「大丈夫。何があっても、きっと……大丈夫」

 はやては、それでも「大丈夫」だと口にした。

「カリムが力を貸してくれたおかげで、部隊はもういつでも動かせる。即戦力の隊長たちはもちろん、新人フォワードたちも。万が一予想外の事態が起こっても、対応していく意思と力は、ちゃんと持ってる子たちや。

 それに、わたしらだけやのーて、他にも力を貸してくれてるたくさんの人たちが一緒に戦ってくれてるんやもん。せやからきっと、大丈夫」

「はやて……」

 微笑みながらカーテンを開け、はやてはカリムにそう言った。

 楽観的かもしれないが、それ以上に信じているものが確かにあるからこそ、前を向いていられる。

 どんなに絶望の中でも、道を開くことはできる。惰性的な安寧ではなく、苦しんでも掴み取りたい幸福を目指して。

 そんな想いを、はやてはたくさんの人たちから受け取ってきた。

 だからこそ、疑いなく信じて立ち向かえる。傍にいてくれる仲間たちの、今も褪せることのないその心を、ずっと近くに感じていられるから。

「さてと。お仕事の話もひと段落したし、シャッハが入れてくれたお茶が冷めてまう前に呑んでしまわな」

 そういってティーポットを差し出したはやてに、「そうね」と微笑みを返し、カリムは空いたカップを差し出した。

 

 

  5

 

 

 訓練の汗を流し、新人たちはシャーリーとリインの支持を受け、六課のデバイスルームを訪れた。

 四人を待っていたシャーリーは、部屋に入ってきた新人たちの姿を見るや、「おっ、みんな来たね~」と笑みを浮かべ、卓の上を手で指す。

「さっそくだけど、ご対面と行こっか。この子たちも、みんなが来るのを待ちわびてたみたいだから」

 そんなシャーリーの言葉を受けて、スバルたちは卓の上に載ったデバイスたちの前に立つ。

 真新しい輝きを放つ機体を前にし、感嘆の声がこぼれた。

「わあ……これが」

「あたしたちの、新デバイス……ですか?」

 ティアナの問いかけに、シャーリーは「そうで~す♪」とにっこり頷いた。

「設計主任あたし。協力、なのはさん、フェイトさん。それから、レイジングハートとリイン曹長。このメンバーで完成させた、生まれたてほやほやのデバイスたちだよ♪」

 改めて、開発に関わった人間の名前を聞き、スバルとティアナは思わず息を呑んだ。

 性能の高い魔導端末になるほど、高位の魔導師が開発に関わる話はよく聞くが、まだ局入りして間もない新人魔導師のデバイスに、管理局の誇るエースたちが直々に監修に入るのは、かなり異例といえるだろう。

 まして、シャーリーは本局でも有名な技術者の弟子である。こんな豪華なメンバーで造り上げられたという事は、このデバイスたちの秘めたポテンシャルも窺い知れるというものだ。

 そうした、緊張とも興奮ともつかない昂揚感に苛まれている二人の傍らで、エリオとキャロは自分たちの愛機の外見が、二人に比べるとあまり大きくは変わっていない事に首を傾げていた。

「ストラーダとケリュケイオンは変化なし、かな?」

「うん、そうなのかな?」

 と、顔を見合わせている二人に、「そんなことありませんよ~?」とリインが告げる。

「確かに、ストラーダとケリュケイオンは、スバルとティアナに比べると外見的な変化は少ないですが、それは見た目だけですよ」

「元々この二機はフェイトさんが、実戦的なデバイスの使用経験がなかった二人のために、感触に慣れてもらうように用意した機体だったよね? だから、これまで基礎フレームと最低限の補助機能だったところを、より実践的なものにアップデートしてあるの」

「あ、あれで最低限……?」

「ホントですか? シャーリーさん」

「そうだよ~。ここまでは魔導師としての基礎を固める時期だったから、自分で魔法を使う感覚って言えばいいのかな? 演算処理とかになれるように、って。特に、ブーストデバイスを使うキャロには、なおさらね。フェイトさんも小さい頃、先生にそういうところは大事だって教わったらしいから」

 シャーリーからそう告げられ、エリオとキャロは前にフェイトから聞いた子供の頃の話をふと思い出した。

 ちょうど二人が出会ったばかりの頃。アルトセイムに出かけたとき、フェイトが懐かしそうに話してくれたことがある。今の二人と同じくらいの年齢の時分に、この場所で魔法の先生から手ほどきを受けていたのだと。

 それを思うと、なんだかエリオとキャロは不思議と胸が温かくなる。

 二人にとって、ストラーダとケリュケイオンは『母』から託された機体ではあるが───更にそのルーツからも続いている何かも、一緒に込められているような気がして、なんだか嬉しかった。

「この子たちは、部隊の目的に合わせて───そして、エリオやキャロ、スバルにティア。それぞれの個性に合わせて造られた、文句無しに最高の機体です! みんな生まればかりですが……そこに至るまでの間に、いろんな人の想いや願いが込められてて、いーっぱい時間かけて、やっと完成したです。ただの武器や道具と思わないで、大切に。だけど、性能の限界まで思いっきり全開で使ってあげて欲しいです」

「この子たちも、きっとそれを望んでると思うから……」

 リインとシャーリーがそういうと、四人は改めて、自分の手に乗ったデバイスたちに目を落とす。

 魔導師にとって『デバイス』とは、共に並び戦う、心を預け合う存在だ。

 かつて、ある世界で魔法に出会ったばかりの少女を担い手としたデバイスが、自らをこう称した事がある。

 いうなら、自分は『乗り物』と同じであると。

 ヒトの力を受け止め、それを高める器。だからこそ、互いの力が同調した時、そこに宿る力は何倍にも増加する。

 リインとシャーリーの言っているのは、まさにそれだ。

 自らを高める意思を持つ者同士が、己の限界を突き詰めていく瞬間にこそ、ヒトにもモノにも『成長』というものが起こるのだから。

「ごめんごめん、お待たせ~」

「なのはさん~♪」

 と、シャーリーとリインが新人たちに伝えるべき事を伝え終えたところに、なのはがやって来た。

「ナイスタイミングです。ちょうどこれから、機能説明をしようかと」

 シャーリーがそういうと、「そっか」と一つ頷いて、

「もう、すぐに使える状態なんだよね?」

 なのははシャーリーに、デバイスたちの現在の状態について訊ねる。それにシャーリーとリインは、「「ええ/はいっ!」」と応え、各機体の機能説明を始めた。

「まず、その子たちにはみんな、何段階かに分けて『出力リミッター』を掛けてるのね? 一番最初の段階だと、そんなビックリするほどのパワーが出るわけじゃないから……始めのうちは、それで扱いを覚えていってね」

「で、各自が今の出力を扱いきれるようになったら、わたしやフェイト隊長、リインやシャーリーの判断で解除していくから」

「ちょうど、一緒にレベルアップしていくような感じですね~」

 その説明を受ける中、ふとティアナが『出力リミッター』という単語について、なのはにこう訊ねた。

「出力リミッターって……確か、なのはさんたちにも掛かってますよね?」

「あぁ、うん。ただわたしたちは、デバイスだけじゃなく本人にもだけどね」

「え……?」

「本人にも、ですか?」

 なのはの言葉に、ティアナとスバルがそう聞き返すと、なのはは「うん」頷いて、自分たちにかかっている制限について語り始めた。

「能力限定、っていってね? 六課(ウチ)の隊長と副隊長はみんなだよ。わたしとフェイト隊長、シグナム副隊長とヴィータ副隊長」

「はやてちゃんもですね」

「うん」

 なのはとリインが告げた言葉について、新人たちはまだ分かりかねた様子で首を傾げている。それを見て、シャーリーが補足するようにこう言った。

「ほら、部隊ごとに保有出来る魔導師ランクの総計規模って決まってるじゃない?」

「え……えと、そう……ですよね?」

(スバル、絶対分かってないわね……。訓練校で習ったでしょーが)

 相方の動揺を見逃さず呆れた様子のティアナに苦笑しつつ、シャーリーはそのまま説明を続けていく。

「何かすごく大きな事件が急に起きて、救援が必要な状況とかじゃない限り、常駐する部隊って、あんまり偏った編成はできないんだよね。だから、一つの部隊でたくさんの優秀な魔導師が必要な時は、能力に制限を掛けて戦力を抑制するようになってるの。……ま、裏技っちゃ裏技なんだけどね」

 単純な組織のパワーバランスを考えれば、能力を均等に振り分ければ済む。

 ただ、現実は単純な振り分けのみで決まるものでもなく、時折そうした特例が必要になることもある。

 魔法は、非常に便利な力だ。

 だが同時に、個人の力量が呆気なく大部隊を凌駕する不平等を抱えた力でもある。

 そのため、現実との折り合いをつける中で、組織内からの反逆などの行為を防ぐ目的もあり、こうした抑制措置が置かれるようになった。

 六課も、ある意味そうした特殊な例から発足した部隊であるがゆえに、この措置が適応されている。

「六課は基本的に育成メインだけど、その内容が〝実戦の中で、AMFに対抗できる魔導師を育てる〟っていうものだからね。AMFとか、魔法を無効化する相手との戦闘経験があるメンバーを揃えようと思うと、どうしても限られてくるから……」

 AMF自体は、管理局の技術部でも鹵獲したガジェットなどからデータを取り、かなり実物と同じレベルで再現することができるようにはなっている。

 しかし、十三年前の地球での事件や、九年前の無人世界での事件など。急に出現した『魔法を無効化する敵』と遭遇するリスクは、ここ数年で飛躍的に高まっている。

 もちろん、綿密な訓練を全体に適用すれば、この問題は解決できるかもしれない。

 だが皮肉なもので、予想外の状況というのは、殊の外あっさりと起こるものだ。直近で出現したガジェットの変化など、まさにその良い例だろう。

 尤も、これも建前と言ってしまえばそれまでだ。

 危険を冒してまで、実戦の中で魔導師を育てる意味は、突き詰めてしまえばきっとない。もちろん、六課の創設に至るまでの理由はそれだけではないが、少なくとも定石から大きく外れてしまっているのも確かである。

 そのことは、六課を立ち上げたはやてたちが一番よく分かっている。

 けれど、だからといってそれだけが事の全てではない。

 込められた想いも、遂げるべき願いも、清濁併せ吞み、今ここにある。

「ま、そんな諸々があって、いま六課の隊長陣にはいろいろ細かい制限がかかってるんだよね」

「そうだね。基本的なところだと、隊長と副隊長にかかってる制限がだいたい二段階制限(ツーランクダウン)で、はやて部隊長が四段階制限(フォーランクダウン)かな?」

「四つ⁉ ええと、確か八神部隊長って、SS(ダブルエス)ランクのはずだから……Aランクまで落としてるんですか?」

「はやてちゃんもいろいろ苦労してるですよ~……」

 ティアナの驚きに、リインが少し複雑な表情を覗かせる。

 と、それに続いて、スバルから「なのはさんは……?」という質問が投げかけられた。

「わたしは、元々S⁺だったから、二・五段階制限(ランクダウン)AA(ダブルエー)。だからもうすぐ、一人でみんなの相手をするのは辛くなってくるかな」

「隊長さんたちははやてちゃんの、はやてちゃんは直接の上司であるカリムさんか……部隊の監査役、クロノ・ハラオウン提督の許可がないと、制限解除(リミッター解除)はできないですし、許可は滅多なことでは出せないですからね……」

 なのはとリインの言葉に、新人たちは六課の抱える複雑な事情を知り、しゅんと口を噤む。学ぶ機会を用意し、何かを守る力を集めようとしても、社会や組織の中にある限りは、複雑な規律の中で戦わざるを得ない。

 当たり前の事ではあるが、改めて直面した現実は、やはり厳しいものがあった。

 が、なのはたちは「その辺りのことは、今は心の片隅くらいでいいよ」と、新人たちに告げた。

 様々な事情に囲まれていようとも、六課は既に動き出した部隊である。

 ならば、そこで得られるものを、自分自身の糧にする事を第一にして欲しい。かつて、彼女たちも、そんな先達(おとな)たちの下で、同じように自分の進むべき道を見つけてきたから。

 なのはたちの言葉を受け、新人たちは『はいっ』と顔を上げて、ハッキリと返事をした。

 その返事に、嬉しそうに微笑みながら、シャーリーは頭注になってしまっていた機能説明に戻る。

「さて。それじゃあ、新型の説明に戻るけど。基本的に、みんなの訓練データを基にしてるから、いきなり使っても違和感は無いと思う。エリオとキャロのストラーダとケリュケイオンはもちろん、スバルとティアナも、ローラーブーツとアンカーガンの特性を引き継いでるからね。あ、それから───」

 と、シャーリーがスバルに、彼女のもう一つの愛機である『リボルバーナックル』との連携機構についても説明する。

「スバルの方は、収納と瞬間装着の機能を追加しておいたから、BJと一緒に両方を展開できるようにしてあるよ」

「ホントですか⁉」

「うん。何とかうまく調整できたから、ナックル側との連携(シンクロ)もバッチリだよ♪」

「ありがとうございますっ!」

 やはり使い手に喜んでもらえるのは、技術者冥利に尽きるのだろう。嬉しそうなスバルの様子を見て、シャーリーはうんうんと満足そうに頷いている。

 そんな二人を微笑ましそうに見守りつつ、

「だけど、感触は実際にやってみないと分からない事もあるだろうし、午後の訓練の時にでもテストして、微調整して行こう」

 と、なのはは言った。

「ですね。遠隔での調整も出来ますから、手間は殆どかからないと思いますし」

 シャーリーの言葉に、なのはは子供の頃に新装備を使った時の事を思い出していた。

 『闇の書』事件の時もそうだったが、《オールストン・シー》の事件で新型装備を使っていた際は特にそれが顕著だった。

 AEC装備を始め、愛機であるレイジングハートのFモードの調整に、マリーやシャーリーがかなり骨を折ってくれた。既に組み終わった機構の調整でなく、全く新しい形を試そうとしていたのだから、当然といえば当然ではあるが、それでもここ十年ばかりの間に技術が進歩しているのを感じる。

「はぁ~、便利だよねえ。最近は」

「便利です~♪」

 リインの相槌を受けながら、なのはは自分たちも何だか年齢(とし)を重ねたのだなと、「にゃはは……」と苦笑した。

 

 

  6

 

 

 中央から戻る環状道路を走りながら、フェイトは六課の管制室から掛かった通信に応じていた。

「うん。はやてはもう、向こうで騎士カリムとお話してる頃だと思うよ」

『お疲れ様です』

 はやてが不在の間、管制を担当しているグリフィスがそうフェイトにねぎらいを告げる。

 それに「ありがとう」と応じつつ、フェイトはこの後の予定について確認する。

「わたしはこの後、公安地区の操作部によって行こうと思うんだけど……そっちは何か、急ぎの用事とかあるかな?」

『いえ、こちらは大丈夫です。今、副隊長方が後退部隊と一緒に出動中ですが、なのはさんが隊舎にいらっしゃいますので』

「そう。じゃあ、お昼ごろまでには戻るから───」

 よろしく、と、言いかけたところで、隊舎から鳴り響いたアラートが激しく耳朶を打った。

「⁉ どうしたの、グリフィス」

『お待ち下さい! 今確認を……っ、これは?』

 グリフィスの驚きを隠しきれない様子で、即座にデバイスルームに居るシャーリーたちとも通信を繋ぐ。

『グリフィスくん、このアラートは⁉』

『緊急出動だ、教会本部から出動要請が掛かってる!』

『ええっ⁉ いきなりそんな……!』

『とにかく、一度シャーリーは指令室(こっち)に。なのは隊長始め、フォワードメンバーは出動態勢に入ってください。それから、八神部隊長にも連絡を───』

 六課の管制を担当する二人が動きだす中、そこへはやてからの通信が入る。

『───グリフィスくん、こちらはやて!』

『八神部隊長⁉ いま、ご連絡しようとしていたところでした!』

『うん……! みんな、いきなりごめんな? せやけど、ちょっと厄介なことになってもーた』

「はやて、状況は……?」

 フェイトからの問いに、はやては一つ頷いて言う。

『一昨日から教会騎士団の調査部で追ってた、「レリック」らしきものが見つかった。場所はエイリム山岳丘陵地区。対象は、リニアレールで移動中……!』

「移動中って……」

『……まさか!』

 フェイトとなのはが何かを察し、険しい表情を覗かせる。そしてどうやら、その悪い予感は当たってしまったらしい。

 こくんと、はやては二人に再度頷きを返し、続ける。

『そのまさかや……。「レリック」を追跡してきたと思しきガジェット群が、リニア周辺を取り囲んでる。しかも、内部に侵入したガジェットたちが車両の制御を奪ったせいで、外部からの停止ができひん。

 リニア内に侵入したガジェットは、最低でも三〇体。その上、周辺の空域には、最近確認された新型の()型や飛行()型の、未確認タイプも出てる───かなりハードになってもーたけど、機動六課の初出撃や。なのはちゃん、フェイトちゃん、行けるか?』

「わたしはいつでも……!」

「わたしも行けるよ、はやてちゃん!」

『うん……! スバル、ティアナ、エリオ、キャロ。みんなもOKか?』

『『『『はいッ‼』』』』

『よしっ、良いお返事や……!』

 新人たちの返事を受けて、はやてはニッと笑って部隊長として部隊指示を発令する。

『シフトはAの三。グリフィスくんは隊舎で管制指揮、リインは現場管制。なのはちゃんとフェイトちゃんは現場指揮!』

「『うんっ!』」

 

『ほんなら……! 機動六課、フォーワード部隊。出動‼』

 

 はやての指令に、六課メンバーたちが『了解ッ‼』と声を揃え動き出した。

 

 

  7

 

 

 そうして、皆にいったん指示を出し終えたはやては、教会から六課の隊舎へ戻る用意をしていた。

「カリム、ごめんなあ。せっかく、久しぶりのお茶会やったのに……」

 申し訳なさそうに言うが、カリムは「良いのよ。気にしないで」と微笑む。

「それより早く、聖堂の裏に。まだ出る前でよかった……シャッハが待ってるわ。みんなのところへ行ってあげて」

 最速で現場へ向かえる手はずを整えてくれたカリムに、はやては「おおきにな、カリム。今日のお茶も美味しかったよ」とお礼を言って、

「───ほんなら、行ってきます!」

 と、力強く告げる。

 そんな彼女の背を押すように、カリムもまた「ええ。頑張って……!」と、はやてを送り出した。

 

 

  8

 

 

 はやてが教会を発った頃。

 同じように、六課隊舎から一機のヘリが飛び発とうとしていた。

「新デバイスでぶっつけ本番になっちゃったけど、練習通りで大丈夫。落ち着いて、覚えた基本を一つ一つ熟して行こう!」

「はいっ!」

「頑張ります!」

 なのはの声を受け、スバルとティアナは力強く頷いた。

 その傍らに座るエリオとキャロ、そしてフリードに、リインからも激励の声が掛かった。

「エリオとキャロ、そしてフリードも、しっかりですよっ!」

「「はいっ‼」」

「きゅくーっ!」

「危ないときは、わたしやフェイト隊長、リインがちゃんとフォローするから……おっかなビックリじゃなくて、思いっきりやってみよう!」

 なのはの言葉に、新人たちは再度『はいっ!』と力強い返事で応じた。

 しかし、現場へ向かうまでの時間を経る毎に、それぞれの胸の内には、様々な想いが沸き起こっていた。

 不安、或いは矜持。

 

〝初めましてで、いきなり本番になっちゃったけど……。一緒に頑張ろうね、『相棒』〟

 

 そして、目指す場所へ向けた、意気込み。

 其々の想いを乗せ、ヘリはエイリムへと向け、空を駆け抜けて行くのだった。

 

 

 

 

 

 




 またかなりお待たせいたしました……。
 本編からお読みの方は初めまして。前作やプロローグ、および設定等からお読みいただいた方は、改めてお久しぶりでございます。

 お待たせしてしまい申し訳ございません。
 今回もまたかなーり時間を経て、ようやく投稿に至りました駄作者でございます。

 新年度に入って早三か月。
 いろいろ環境の変化もありましたが、何とか書き続け、やっとこさ第三章も完成いたしました。
 まだまだ先は長いですが、それでもやっと次から動きのある所に入れそうなので、序盤もそろそろ終われそうなことにホッとしております。

 特に、次回は結構書きたかった子供たち二人のシーンなので、原典とは少しズレたこの時空ならではのやり取りを書けたらいいなぁと思いつつ、しっかりとその絡みを書いていけるように頑張りたいですね。

 さて、ではさっそく恒例の言い訳タイムをば。

 とはいえ、なんだかもうSTARDを書き始めてからは、序盤をかなり長く書いてきたのもあって、あまり動きのあるところがまだそう多くはないので、本当に細かいところが変わってるかなぁ~? くらいの変化ばっかりではあります。

 主だったところだと、まあ一番はやっぱりエリキャロの掛け合いですかね。
 原典よりも距離が近くなってるので、その分、元のStSに比べるとぎこちなさみたいなのが最初からない感じのやり取りが多くなってはいます。

 その辺りに関連して、フェイトママとのこれまでの部分もちょこちょこと小さくネタが入ってきてるので、探してみていただけたら楽しいかも、なんていう風に思うところはあります(笑)

 あとは、本当に細かい設定の確認だったり、次の話につなげるための部分だったりが主なので、大きく動いていくのは次回以降からですかね……。
 あ、それと今回はユーノくんが出せなかったので、次回は何とか出したい欲求に駆られています。
 特に、最後のところとかもう、裏側で動く面子どう対比する感じで出すか楽しみでしょうがない感じです(笑)
 それ以外でも、たぶんその前にある二人の絡みにも、この時空だとたぶん結構関わってくると思うので、そこら辺を書くのも。

 それ以降で言うと、一応、六話でStSのSS01を踏襲するつもりなので、そこにも絡めたいなぁとは思っているんですが……うーん、やはり先は長い(泣)

 これまでに比べると、本当にペースが落ち気味ではありますが、今後もゆっくりとでも、地道にこの物語を書き進めていけるように頑張りますので、読者様方には楽しんでいただけたら幸いでございます。

 では、今回は本編も若干短めなことも手伝って、ここでいったん筆を置かせていただきます。
 お読みいただき、本当にありがとうございました……‼


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第四章 ファースト・アラート

初めての〝戦い〟 You_Should_Have_a Strong_Heart.

 

 

  1

 

 『機動六課』発足より、ひと月が経とうかというある日。

 部隊の初出動を告げる警報(アラート)が、けたたましく六課の隊舎に響き渡った。

 予想以上に早い初出動に、多少の戸惑いはあったものの、それでも部隊は、事態の収束へ向け、備えてきた力を発揮するべく、それぞれの内に秘めた想いと共に動き出した。……しかし、その心は、決して昂揚するばかりではなく。

 微かな不安が、戦いへの恐れを残してしまってもいた───。

 

 

〝───強すぎる力は、やがて争いを生む〟

 

 

 現場であるエイリムへ向かうヘリの中。キャロはふと、かつて告げられた言葉を、思い起こしていた。

(……竜召喚は危険な力。誰か(ヒト)を傷つける、コワイチカラ……)

 それこそ、一つ間違えば、小さな世界など呆気なく滅ぼすような。明言されたわけではなくとも、暗にそう示されている気がして、キャロはそっと自分の掌を見た。

 力を宿した我が身は、まだそこまでの間違いは冒していない。

 けれど、力が争いを生み、血を流すものであるのなら、生まれ持ってしまった自分の手は、既に鮮血に塗れているも同じなのではないか。

 嫌な想像が、小さな手を(そめ)る赤を幻視させる。視界が狭まり、頬を冷たい汗が伝い、恐れが鼓動を早めていく───。

 

「……キャロ?」

 

 が、掛けられた声に、ハッと我に返る。

「大丈夫?」

「う、うん……ありがと。でも、大丈夫だよ? エリオくん。その、ちょっと緊張しちゃって……」

「なら、良いんだけど……」

 なおも心配そうな顔で自分を見ているエリオに、キャロはぎこちなくも笑みを返す。

 全くの空元気というわけでもなく、案じてくれた彼の優しさに、少しずつ心が落ち着いてきた。

 不安は残っていたが、それでも今の時分はあの頃とは違う。

 だからきっと、大丈夫だと。拭い切れぬ不安を残しながらも、そう自分に言い聞かせるキャロに合わせるように。

 ヘリは程なく、山岳地帯を走るリニアの上空に着こうとしていた。

 

  2

 

「問題の貨物車両、速度七〇を維持。依然進行中です。レリックの積まれた重要貨物室の突破は、まだされていないようですが……」

「───時間の問題か」

 ルキノの状況報告に、グリフィスは苦々しい表情を浮かべる。

 その心境に呼応するように、警戒警報が新たな敵影の出現を告げてきた。

「シャーリー!」

「分かってるよ、グリフィスくん。アルト、ルキノ。広域スキャン、サーチャー空へ!」

 新米オペレーターの二人へ指示を飛ばし、シャーリーはより戦況を詳細に把握できるようにデータを宙に投射された画面に映し出した。

「やっぱりガジェット反応……空から⁉ けど、こんな高度って」

「新型、ですね……航空型、現地観測体を補足!」

 恐れていた事態に、六課の指令室には微かな緊張が奔る。

 予期していなかったわけではない。しかし、部隊として初の実戦ともなれば、気を張ってしまうのも無理からぬ事だろう。

 が、隊員たちも全く場数を踏まないまま、ここにいるわけではない。

「補足された敵影は?」

「今のところ二〇……いや、三〇はいるかな。リニアの中にも結構な数がいるし、片方にだけ構ってられる状況じゃないね」

「となると、空域(そと)車両内(なか)を同時に対処するしかないか───なのは隊長、フェイト隊長。よろしいですか?」

 グリフィスがそう呼びかけると、通信を繋いだ先の隊長二人から『了解』という声が返ってきた。

『まず、わたしが先行して空を抑えるから、グリフィスくんとシャーリーは、リインと一緒に新人たちの管制支援(サポート)をお願い』

「了解です、なのはさん!」

『こっちも後十分で停車場に到着する。なのは隊長と合流して空の加勢に回るから、飛行許可を』

「分かりました。フェイト隊長の市街地個人飛行、承認します!」

 グリフィスの合図を受け、シャーリーが有事の飛行承認を取り付ける。

 転移を使えるシャマルや、管理局の転送ポートの傍でないのが痛手だが、高機動型のフェイトの飛行速度ならば、現場に着くまでそうは掛からないだろう。

 が、それまで悠長に待っているわけにもいくまい。なのはは早速、管制から受けた状況報告を元に動き出していた。

 ヘリを操縦するヴァイスに声を掛け、出撃の為にハッチを開くよう頼む。

『ウッス! 了解です、なのはさん』

 威勢の良い返事と共に、ヴァイスの愛機であり、ヘリの管制をサポートするストームレイダーの電子音声が、昇降口の開放を告げる。

 よし、となのはが出撃に向け気を引き締め直し、新人たちに励ましを伝えるべく振り返ろうとすると───ふと、顔をうつ向かせたキャロの顔が目に入った。

「キャロ……?」

 名前を呼ばれて、キャロの肩が微かに跳ねた。呆然としていた事に、自分自身が一番驚いているようなその反応に、声を掛けたなのはは複雑な表情を覗かせた。

 無理もない。久方ぶりの実戦ともなれば、冷静沈着とはいかないだろう。一度心に根付いてしまった不安というのは、なかなか抜けるものではないのだから。

 それがどんなものであれ、乗り越える事も、受け容れる事も簡単ではない。

 けれど、

「───大丈夫だよ」

 それでもなのはは、こう伝えたいと思った。

 小さい頃から、フェイトやエリオを始め、自分たちが見守る中で。キャロ自身が積み重ね、育んできたものは、裡にある不安に勝ると、そう信じていたから。

「現場に出ても、フォワードのみんなと一緒だし、通信でわたしたちとも繋がってる。フェイト隊長も、もうすぐ来るよ。一人じゃないから、困ったときには、お互いに助け合える。それにキャロの魔法は、誰かを傷つけるものじゃなく、傍にいる誰かを守ってあげられる力だもん。だから自信を持って───勇気を持って、立ち向かってみよう?」

 告げられたなのはの言葉を受けて、キャロの瞳に、徐々に力強さが戻っていく。

 重ねてきたこれまでは、ちゃんとその胸の中に宿っている。それさえ覚えていれば、不安になんて、圧し潰されなどする筈がない。

「じゃあ、ちょっと出てくるけど……みんな頑張って、ズバッとやっつけちゃおう!」

「「「「はいッ‼」」」」

 新人たちの頼もしい返事に微笑みながら、なのはは早速とばかりに、ヘリの昇降口から外へ向かうべく飛び降りた。

 幼いころから慣れ親しんだ、風の海原を翔けていく感触。心地よくも激しい波間を漂いながら、なのはは愛機に呼びかける。

「行くよ。レイジングハート」

《Yes, my master.》

「セーット……アーップ!」

《All right, barrier jacket set-up.》

 幾度となく、共に翔け抜けた空の数だけ慣れ親しんだ主の呼びかけに、レイジングハートは真紅の機体を明滅させ、自らの『魔導の杖』としての機能を解き放った。

 膨れ上がった桜色の魔力光が、眩いばかりの輝きが溢れ出し、光の奔流となった膨大な魔力がなのはを覆う。

 すると、その光は六課の制服を弾き飛ばし、新たな衣服を生成すると、なのはを魔導師としての戦闘装束で包み込んだ。

 白と青を基調とした装いは、どこか空と鳥の翼を思わせる。

 まさしく蒼穹を体現するような姿へと変わったなのはは、凛とした表情で、杖となったレイジングハートを構えた。

 

「スターズⅠ、高町なのは───行きます!」

 

 静かな、けれど力強い言葉と共に。先陣を切った空のエースは、魔力の羽根を舞い踊らせ、目指すべき場所へと羽ばたいて行った。

 そうして飛び出していったなのはに続くべく、ヘリに残ったリインは新人たちへ向き直り、改めて任務の内容について語り始める。

「改めて、今回の任務内容を確認しておきましょう。

 ミッションは二つ。車両内に侵入した『ガジェット』を逃走させずに全機破壊する事。そして、『レリック』を安全に確保する事。ですから、スターズとライトニング、二人ずつのコンビでガジェットを破壊しながら、車両前後から中央に向かうです。

 レリックの位置はここ、七両目の重要貨物室。先に到達した方が、レリックを確保するですよ」

 空間ウィンドウに表示された車両の図面を示しながら、新人たちに概要を告げていき、最後にリインはこう付け加えた。

「そろそろ、先行した隊長さんたちも合流する頃ですね。わたしも現場に降りて、管制を担当します。こっちも負けずに、頑張っていくですよ!」

 と、リインが拳を突き上げると、新人たちは、再び『はいッ‼』と力強く頷き、出撃体制に入った。

 

  3

 

『ロングアーチより、部隊各員に通達! ライトニングⅠ、たったいま現場に到着。スターズⅠと合流しました!』

「ライトニングⅠよりロングアーチへ。───待たせてゴメン、これよりスターズⅠとの共同戦線に入ります!」

 先行したなのはと合流したフェイトは、そう言って愛機を構え直し、戦闘態勢に入った。

「お待たせ、なのは」

「ううん、ナイスタイミングだよ」

 短く言葉を交わしながら、合流した二人に反応を見せるガジェットたちを警戒しつつ、なのはとフェイトは敵の出方を伺う。

 ここ一帯の宙域を縦横無尽に飛び回るガジェットの群れ。流石に一点の隙間もなく、とまではいかないが、それでもなかなかの数である。

 だが、

(おんな)現場(そら)は久しぶりだね」

「そうだね。改めてよろしく、なのは」

「うん、フェイトちゃん……!」

 幾多の困難を共に乗り越えてきた、馴染み深い友が傍らに、同じ場所にいるのだ。ならば、何者が相手だろうと、臆する理由など微塵もない。

 横目に視線を交わし、微笑み合うや、なのはとフェイトは攻撃を仕掛けてきたガジェットたちへ向けて、一気に距離を詰める。

「レイジングハート!」

《Accel Shooter.》

「バルディッシュ……!」

《Crescent Saber.》

 構えた愛杖を振るい、放たれた二人の光弾(シューター)斬撃(セイバー)が、見事な正確さで標的を捕らえ、ガジェットたちを次々と撃墜していった。

 当然、ガジェットたちもたまらず反撃してくるが、ほとんど反射的な自動攻撃では、歴戦のエースであるなのはとフェイトは墜とせない。

 ───しかし、

《Master!》

A new enemy has appeared.(新たな敵影を確認)

「「……!」」

 愛機たちの声が、ガジェットの増群を知らせる。

 確かに、一機一機の強さはそれほどでもない。けれど、一度に倒しきれるほど甘い数でもない。

 油断は大敵。決して侮ることなく、なのはとフェイトはこの場での自身の役割を果たすべく、気を引き締める。

 ガジェットたちの攻撃を防ぎ、躱しながら、鮮やかな桜色と金色の輝きで空を染め上げるように、なのはとフェイトは交戦を続けて行った。

 

  4

 

 なのはとフェイトが戦闘を開始したのと同刻。新人たちを乗せたヴァイスのヘリが、件のリニア上空に到着した。

「さーて、せっかく隊長さんたちが空を抑えてくれてるんだ。気兼ねなく、思いっきり暴れて来いよな。新人ども!」

 ヴァイスがそう発破をかけると、新人たちは『はいっ!』と威勢の良い返事をした。

 四人の声にニカっとした笑みを浮かべながら、先行するスターズの二人が降下口に立ったのを確認すると、先ほど同様にハッチ開放のスイッチを入れる。

「まずはお前らからだ。気張って来いよ!」

「はいっ! ───スターズⅢ、スバル・ナカジマ!」

「スターズⅣ、ティアナ・ランスター!」

 行きます‼ と、スバルとティアナは思い切りよくヘリから降下して行った。

 激しい風が頬を撫ぜ、リニアの屋根が迫っていく最中。二人は新たな愛機に向け、静かに語りかける。

 これから共に戦う『相棒』として、想いを託し合えるようにと。

「行くよ、マッハキャリバー!」

《All right, buddy.》

「お願いね……クロスミラージュ!」

《Yes, sir.》

 担い手たちの言葉に、デバイスたちもまた、頼もしい返答を返す。

 それを受け、スバルとティアナは笑みを浮かべると、手にした愛機を翳し、込められた力を開放する。

 

「「セーット……アーップ!」」

 

 眼下にまばゆく輝くスバルとティアナの魔力光を見止めながら、「威勢がいいねぇ」とヴァイスは笑い、続くライトニングの二人にも頑張って来い、と声を掛ける。

「がんばれよ、チビども。気ぃつけてな!」

 ヴァイスの声に『はいっ!』と応じつつ、エリオはふと、傍らに立つキャロの身体が、微かに強張っているのを感じた。

 単に、効果を躊躇っているというわけでもないのだろうが、何事もきっかけなしに、そうすんなりとはいくまい。

 なら、と、エリオはキャロにそっと手を差し出した。

 小さい頃から、どこかに行くときは、いつもこうだった。

 はぐれないように、とフェイトから提案されたのが、確か始まりだった気がする。

 一人より二人。まだ小さくて弱い自分たちでも、二人一緒なら、きっとどんなことにだって立ち向かえる───そんな勇気が湧いてくる、ささやかなきっかけ。

 これが何よりも、二人に根差した最初の、小さな魔法だったから。

「行こう、キャロ」

「……うんっ。エリオくん!」

 頷き合い、眼下のリニアをまっすぐに見据え。

「ライトニングⅢ、エリオ・モンディアル!」

「ライトニングⅣ、キャロ・ル・ルシエとフリードリヒ!」

 行きます! と、先んじたスバルとティアナを追うように、ライトニングの二人も大空へと飛び出した。

「ストラーダ!」

「ケリュケイオン……!」

 名を呼ばれた二人の愛機が、主の呼びかけに応えるように明滅する。

 その瞬きを受け、エリオとキャロもまた、戦場に立つに相応しい姿となる起句を口にした。

 

「「───セットアップ‼」」

 

 大空に揃った四つの光の中で、新人たちは新たな力を身に纏う。

 果てなき空を駆ける(つばさ)

 あらゆる標的(もの)を撃ち抜く双銃。

 立ちはだかる壁を打ち破る雷槍(やり)

 共に在る者を癒す(つい)の手套。

 この時のために生み出された機体たちは、まるで始めから自身の一部だったように四人の身体に馴染む。

 更に、それだけではなく───。

 

「……あれ?」

 

 ふと、リニアの上に降り立ったスバルは、新しい戦闘装束(バリアジャケット)を見て、思わずぽつりと声が漏れた。

「このジャケットって……」

 インナー自体に大きな変更はないが、上着部分が前のものとは少し変わっている。

 白を基調とした前開きの丈の短いジャケット。長くなった袖口は青のラインには装飾として、赤い宝石があしらわれている。

 ───見覚えのある型のこれは、まるで。

 傍らのティアナや、ライトニングの二人もスバルと同じような疑問を抱いたようだ。

 そんな四人の疑問に、追ってリニアの上に降りて来たリインがこう告げる。

「みんなの新しいバリアジャケットは、各分隊の隊長さんたちのものを参考にしてるですよ。ちょっと癖はありますが、高性能です♪」

「なのはさんたちの……」

 呟きながら、スバルは自然と口角が上がるのを感じた。

 憧れの人に近づこうとして進んできた彼女にとって、きっとこれは非常に感慨深い事だったのだろう───と、ティアナは、柔らいだ表情で相方を見つめていた。

 少し離れた位置にいつエリオとキャロも、スバルと似たような感慨を抱いているのが伺える。

 新人たちのそうした高揚を微笑ましそうに眺めつつも、リインとティアナは二両目の天井が内側からせり上がってくるのを見逃さなかった。

「……どうも向こうは、感動する時間(ヒマ)もくれないみたいね!」

 臨戦態勢に入ったティアナに次いで、リインも「さあ。みんな、任務開始ですよ!」と、四人の気持ちを引き締め直すよう声を掛けた。心の昂ぶりを落ち着けながら、新人たちは『ハイッ‼』と声を揃え、リインの言葉に応える。

 それとほぼ同時。ガジェットが二機、車両内部から飛び出してきた。

 しかし、既に構えを取っていた射撃型の前に姿を現したところで、単に的になりに来たようなものだ。

《Drive ignition.》

 炉心に火をくべるかの如く、デバイスたちは担い手の魔力を受け起動する。

《Variable Barret.》

 即座に生成された魔力弾を続けざまに放ち、ティアナは車外(おもて)に出ようとしたⅠ型(ガジェット)を撃ち落とす。それに続くようにスバルが飛び出し、穴を開けられた二両目の天井から、ガジェットの巣喰う車内に飛び込んでいく。

 

「───うぉぉおおおおおおおおッ‼‼‼」

 

 ドガアァァっ! という豪快な音と共に、スバルは着地地点に居た一機に拳を見舞う。

 バチバチと火花を散らす残骸と化したそれを、そのまま部屋の隅に漂っていた一機に投げ飛ばす。不意打ち気味に叩き付けられた残骸と激突し、ガジェットは呆気ないほどあっさり爆散した。

 が、そこで終わりとはいかない。

 まだこの車両内、目視できるだけでも三機が残っている。

「ッ……!」

 交錯するビームで檻を作るかのようにして、ガジェットたちはスバルを墜とそうとしてきた。しかし、こういった室内での戦闘は、陸戦の高機動型であるスバルにとっては、むしろ絶好の舞台である。

《Absorb Grip.》

 上下左右。周囲の壁面を存分に利用して、スバルは縦横無尽に標的との距離を詰めていく。

 壁を反射して跳ね回るスバルの機動は読みづらいのか、ガジェットたちの迎撃はあえなく空を切り、逆にスバルはその隙を見逃さず、一気に畳みかける。

「リボルバー……シュ───トぉッ!」

 右腕に装着したナックルの回転歯(ギア)が唸りを上げ、魔力を纏った衝撃波が渦を巻く。その高まりを解き放つと、ガジェットたちは衝撃波の壁に押し潰され、残った三体はまとめて粉砕された。

 どころか、

「おわぁっ⁉ わ、わわわわ……っ‼」

 勢いあまって、スバルは再び車外へと飛び出してしまった。

 普段よりもよく動けていた自覚はあったが、実際は思った以上に勢いがついてしまっていたらしい。

 思わぬ事態に戸惑うスバルだったが、

《Wing Road.》

「!」

 彼女がリニアから完全に放り出されてしまうよりも先に、マッハキャリバーが状況に合わせた、最も有効な対処を行ってくれていた。

 馴染み深い『路』に乗って、リニアと並走───どころか、追い越しかねない速度(いきおい)で、スバルはリニアに舞い戻る。

 思考が追い付かないほどの刹那に起こった一連の動作に、スバルは呆気にとられたような表情で、両脚に装着された愛機を見つめた。

「マッハキャリバーって、もしかして……かなりスゴイ?」

 たどたどしく、そんな感想が漏れだした。

 六課のデバイスマスターであるシャーリーの腕前は解かっていたつもりだった。けれど、単純な性能数値(スペック)とは違う驚きが、この一瞬の内に、確かな実感となってスバルに伝わって来た。

「加速の性能とか、制動制御(グリップコントロール)とか……それに、〝ウィングロード〟まで……」

Because I was made to make(あなたをより強く、より速く走らせるために) you run stronger and faster(私は造りだされましたから).》

 ひどく単純明確な、けれど強い意志。

 それは単なる機械としてだけではない、『心』を持つインテリジェントデバイスゆえの、『誇り』のようなものが感じられた。

 つい数刻前。マッハキャリバーを託された際に、リインとシャーリーから告げられたことを思い出す。

〝ただの武器や道具と思わないで、大切に。だけど、性能の限界まで思いっきり全開で使ってあげてほしいです〟

〝この子たちも、きっとそれを望んでると思うから───〟

 あの言葉の意味が、いま改めてきちんと理解できた気がした。

 融合騎として、整備士として。『デバイス』が抱き、そして込められた想いというものが、なんであるのか。

(……ああ、そっか)

 恐らくそれは、スバル自身にも通じるところがあるものだ。

 であればこそ、

「うん。でも、マッハキャリバーにはAIとはいえ、〝心〟があるんでしょ? なら、ちょっと言い換えよう。───お前はね? わたしと一緒に走るために、生まれてきたんだよ」

I feel it the same way.(同じ意味に感じます)

「違うんだよぉ~、色々と!」

 まだ少し堅い愛機の返答にそう言うと、マッハキャリバーは少しの間をおいて、《I'll think about it.(考えておきます)》と応じた。

 その言葉に「うんっ!」と嬉しそうに笑みを浮かべながら、スバルはぐっと脚に力を籠めて言う。

「それじゃあ、どんどん行こうか……相棒!」

《All right buddy.》

 そうして、スバルとマッハキャリバーは再び車内へと駆け戻って行った。

 

  5

 

 スバルが車両に舞い戻った頃。

 ティアナは管制役のリインから受けた指示の下、リニアの暴走を止めるべく、供給ケーブルの破壊を試みていた。

 しかし、

「───ダメです。ケーブルの破壊、効果なし……!」

 供給源を断たれても、既にガジェットに浸食されてしまったリニアは、緊急時の停止装置(オートブレーキ)を作動させることなく、未だ走行を続けている。

 こうなってしまえば、通常の停止制御は望めない。

 リニアの制御を取り戻すには、原因であるガジェットを倒し、手動でリニアを止める操作を行う必要がある。

《分かりました。ではティアナは、スバルと合流し、ガジェットの破壊と『レリック』の確保を最優先にお願いします。リニアの停止は、わたしが担当するです!》

「了解!」

《One-hand mode.》

 リインからの念話を受け、ティアナはクロスミラージュを片手持ちに切り替えると、足早に次の目標へ向け動き出す。

「クロスミラージュ。今のみんなの位置は?」

StarsⅢ Now reach the third car(スターズⅢ、現在三両目に到達).

 if you go at this pace(このペースでいけば), we will join by fourth car 60 seconds later(六〇秒後に四両目にて合流します).

  LightningⅢ and LightningⅣ(ライトニングⅢとライトニングⅣは) are moving at the tenth car from the eleventh car now(現在十一両目から十両目へ向け移動中).》

「そう。なら───、ッ⁉」

 報告を受ける最中、潜伏していたガジェット二体がティアナの前に姿を現した。

 だが、試験や訓練の中で、こうしたケースは何度も体験している。移動しながらでも冷静に視野は広く、動じることなく目の前の状況に対処する力こそ、射撃型に求められる最も大きな資質だろう。

 何より、

《Bullet set.》

 標的の出現から間髪入れず、構えをとったティアナに合わせるように、クロスミラージュが弾体を生成。滞る事なく射撃の体勢に入ったティアナは、目の前の二体へ向けて、そのまま続けざまに魔力弾を放った。

「シュ───トッ‼」

 橙の輝きを放つ光弾は、瞬く間にガジェットたちを撃ち落とした。

 以前の訓練でも、対AMFの戦法として、この多重弾殻射撃(ヴァリアブルシュート)を用いたことがあったが、あの時は生成にかなりの時間と集中を要した。それをこの一瞬の間に行えるとは。

「流石は最新型、ってとこね。戦況の把握もそうだけど、演算補助に弾体生成までサポートしてくれるんだ」

Yes.(はい) Was it unnecessary(不要でしたか)?》

「そうね……。まだ駆け出しなあたしからすると、未熟な内からアンタみたいな優秀な子に頼りすぎるのは、あんまりよくないんだけど───」

 得物の性能に胡坐を掻いているようでは、担い手としては失格だろう。

 技術というのは、(わざ)(すべ)が揃ってこそ、初めて真価を発揮するものであるがゆえに。

 が、

「───でも、だからこそ実戦では助かるよ」

《Thank you.》

「うん。あたしも、アンタに相応しい魔導師(つかいて)になれるよう、頑張ってくわ」

 そんな気高い主の言葉を受け、改めて自らの決意(しめい)を刻み込むかのように、クロスミラージュは、淡く機体を明滅させた。

 

  6

 

『スターズF、四両目で合流。ライトニングF、十両目で戦闘中。空に上がっている隊長たちの状況はどうですか?』

「スターズⅠ、ライトニングⅠ共に制空権獲得!」

『ガジェットⅡ型、散開開始。追撃サポートに入ります!』

 リインからの通信を受けたアルトとルキノが現状の報告と同時に、なのはたちの側の管制支援を行う。

 部隊としては初の実戦ではあるが、各々がかつて身を置いた戦いの中で積んだ経験は、しっかりと六課という戦場(ぶたい)にへと引き継がれていた。

 更に、

「みんな、遅れてゴメンなあ───お待たせ!」

「八神部隊長……!」

「おかえりなさいっ!」

 聖王教会から、シャッハの助けを借りて戻ってきたはやての姿に、ロングアーチの士気は一気に上がる。

「現状は今聞いた限りやと、順調に進んどるみたいやね」

「はい。分隊長たちは流石の手際で」

「新人たちも良い調子ですよ。スターズはもうすぐ五両目に、ライトニングもそろそろ九両目を抜ける頃かと」

 と、グリフィスとシャーリーが言いかけたところで、ルキノから危機感に満ちた声が上がる。

「ライトニングF、八両目突入……エンカウント、新型です!」

 

 

 

 

 

 

行間 一

 

 

 

「ほう、これはこれは……」

 

 山岳地帯を走るリニアの内部で起こる戦いの様子を眺めながら、白衣を纏った紫の髪をした男が暗がりの中で興味深そうな呟きを漏らす。

 その呟きを耳にして、傍らにやってきたもう一人の同じく白衣を纏った黒髪の男は、彼にこう訊ねた。

「仕掛け人としては、どのような心境かな?」

「上々さ。首尾よく進んでいるよ、ウーノもクアットロもよくやってくれている」

「では、予想通り、といったところかね?」

 その言葉に、男は「何を分かり切っていることを」とでも言いたげに、愉しげな嗤みを浮かべた。

「なかなかどうして、ねぇ……」

 分かり切っている事柄ではある。そもそも、『そう在れ』と礎を築いたのは、ほかならぬ自分自身なのだから。

 しかし、目の前に在るモノたちは。

 

「───目にしてみると、ずいぶんと違うものだよ」

 

 画面に映し出されている赤い髪の少年と、金色の髪をした女性。この二人は、今回の対象とした六名の中でも、彼にとって所縁深い存在である。

 彼が創造した筈の禁忌(ことわり)を基に、この世に生を受けた魔導技術の産物(コドモ)たち。

 けれど、その在り方は、かつて彼が描いた理とは相反するものとなっている。

 だからこそ、興味深いのだ。

 自分の考えだした理論を基にしながらも、真逆の思惑で生み出された他人の作品が、何故ここまで『強く在れている』のか。

 尤も、

「持ちえた性能(ちから)の理由。検討はついているのだけれどねえ、それがまた、なんとも度し難い。解かるだろう? 君には」

「今となっては業腹だがね───しかし、おおむね間違ってはいないだろうさ。昔も今も、そしておそらくは、これからも」

 予想外というなら、まさにそこだろう。

 些事でしかないと思っていても、信じていたがゆえに利用したとしても、いつだってソレは簡単にこちらの思惑を超えてくる。

「……全く、解き明かすまでもないコトだというのに、永遠に解けないとは。なんとも(たの)しい話だよ」

 その皮肉に失笑し、吐き捨てるように呟きながら、男は踵を返す。

「おや、最後まで見ていかないのかい?」

「今日のところはやめておくとするよ、ジェイル。私の『娘』たちの出番はまだ先になりそうだし、今は『息子』たちの方を手伝いが必要なようだ」

 言って、男はいくつかの文書ファイルを開いた仮想窓(ウィンドウ)を投げて寄越した。

 ジェイルと呼ばれた男は、渡されたファイルにさっと目を通し、「ふむ」と顎に指を当て、一つ頷いた。

「アネモイの調整は、まだ完全とはいかないようだねえ?」

「魔導技術との融合に関してはね。実戦等では問題ないが、データが少ない初期(ロット)に生まれた弊害か、アレとの共調はなかなか骨が折れるよ。先天資質の方は、以前入手しておいたサンプルのおかげもあって順調だがね」

「そういえば、向こうにちょっとしたタネを仕込んでいたそうだが……?」

「余興とも言えない程度だよ。今回は十三年前(ぜんかい)とは舞台が違う。管理外世界にいくら手を出したところで、さしたる旨みもない。仮にあったとしても、少しばかり厄介な相手とぶつかる事になる」

「ああ。ドゥーエからの報告にあった、例の新設()()のことかい?」

「あの子も手強いというのは解かっていたつもりだったが……なかなか食えない事をするものだよ。彼女たちが此方に掛かりきりであっても、自分たちであちらへ動ける。その逆もまた然り……結果として、上手い抑止力の完成というわけだ。

 我々に動きを気取られていようと───いや、気取られているからこそといえるのかもしれないな。大掛かりな仕掛けを打つ側の心理を良く解かっているよ」

 それを聞いて、ジェイルは「なるほど」と口元を愉しそうに歪めた。

 常勤でなく、そもそも正規の武装隊の類でもない。しかし、こと『戦いを支援する』という一点においては、自分たちにとって厄介な敵であるといえよう。

 これだけの事を仕掛けようというのだ。両方に分散させ、役者が減ったのでは魅力も半減。仕掛ける側としては面白いはずがない。ある意味、挑発していたつもりが逆に誘われているような気分である。

「まあ、それはこちらとしても望むところではあるがね」

「同感だ。例のタネは、せいぜいが陽動といったところだろうさ。次はあの子たちも絡むんだろう? その時にでも使ってくれ」

「有難い申し出だ。感謝するよ、マクスウェル君」

 そう礼を告げたジェイルに後ろ手を振り、マクスウェルはその場を後にした。

 一人に戻ったジェイルは再び画面に視線を戻し、観戦を再開する。タイミングのいい事に、リニアではちょうど、今回の関門として設定したⅢ型(しんがた)と『Fの遺産』の片割れである赤い髪の少年が交戦を開始したところであった。

 

 

 

 

 

 

生まれ持った力の意味 I_Wonder_What_I Want_to_Do.

 

 

  1

 

 八両目に突入したエリオとキャロが遭遇したのは、Ⅱ型に続く新たなガジェットであった。

 これまでの機体とは異なり大型化された分、単体での戦闘力がかなり高くなっている。

「───ぐっ、ぅぅ……ッ!」

「エリオくん……!」

 ガジェットの攻撃を柄で受け止め、踏ん張るエリオを案じ、キャロが叫ぶ。

 大丈夫、任せて……! と応えはしたが、エリオの表情は険しい。すぐさまサポートに回ろうと、愛竜のフリードに攻撃を命じようとした。

 が、

「⁉」

 Ⅲ型は、目ざとく自身へ向けられた脅威を察知し、エリオに向けていた触手(アーム)の片方をキャロとフリードへ向け振るってきた。

「フリード、避けて……!」

「きゅくーっ!」

 咄嗟に攻撃を中断し、キャロはフリードに回避行動に出るように指示する。

 エリオを抑えるのに触手を割いているため、攻撃自体は単純で、回避はそこまで難しくはない。しかし、

「っ……」

 それは、足場が不安定でない場合の話だ。

 空戦魔導師───というより、機動性に富んだタイプではないキャロにとって、移動中のリニアというのは非常に戦いにくい場所である。元々、回避より防御に秀でた後方支援型である彼女にとって、不利な状況に追い込まれてしまったといえよう。

 しかも、フリードとの連携も制限され、攻撃に転じる事も難しい。

 ……いや、本当は解かっているのだ。この状況を脱却する手段は、既に持っているのだという事は。

 けれど、

「っ、は───ぁ、は、あ……」

 分かっているつもりなのに、どうしても身がすくんでしまう。

 もう随分と遠くなったはずの過去。今更恐れる事など何もない筈だというのに、未だに拭いきれない恐怖が本来の力を押さえつけ縛り付ける。

 迷いが、彼女の動きを鈍らせ始めた。

 そして当然、敵はその隙を見逃してくれなどしない。

「……ッ!」

 気づけば、キャロは車両の端まで追い詰められていた。

 だが、追い詰められたとはいえ、ガジェットの攻撃自体は先ほどまでと変わらず単純である。落ち着いていたならば、体勢を立て直すのはそう難しくはない筈だった。

 距離的にも、車両の内側から屋根部分のキャロに攻撃しているガジェットとはずいぶんと間が開いている。

 この位置ならば、AMFの影響もそれほど強くはない。ならば相手の攻撃を受け止め、動きを数秒封じることで、フリードの力を借りて反撃に出られる筈だ。

 そう。咄嗟にキャロがとった『防御』という判断は、少なくとも間違いではなかった。

「───、ぇ?」

 

 ただそれが───張った盾とぶつかった筈の触手(アーム)が、すり抜けるようにして自分へと向かってこなければの話だったが。

 

「きゃああぁっ⁉」

 何が起こったのか、まるで判らなかった。しかし、自分が宙に跳ね上げられ、車外に吹き飛ばされようとしているのは解かった。

 リニアの速度から離されるまでの、刹那の浮遊感の中。

 キャロは困惑しながらも、本能的に復帰行動(リカバリー)を試みていた。

 スバルのような『移動』とまではいかずとも、リニアが自分を置いて走り去るよりも先に『着地』するくらいは出来る筈だと。

 けれど、

「⁉」

 次の魔法を発動するよりも先に、敵の銃口が彼女を狙いすましていた。

 

 ……此処へ来て、改めて実感させられる。

 

 実戦というのは、訓練とは違う。どれだけ厳しく見えても、訓練には必ず目的に準じた型が存在する。が、当然実戦にはそんなものはない。

 訳も分からず力を暴走させてしまっていた時には知りえなかった、『戦い』の本質。

 敵と相対した時点で、一瞬たりとも気を抜いてはならない。当然だ。悪意ある相手が、こちらに分かり易い動きをするわけもなく、まして情なんてものが介在するほど虫のいい話など、あるはずもないのだから。

 油断した瞬間、或いは予想が覆された小さな隙。

 それこそが、戦いの急所なのだと、自分へと迫る一筋の光を目にした時、キャロは嫌というほど理解させられた気がした。

 

 

「キャロぉぉーッ‼」

 

 

 ガジェットの放った光線に撃たれ、BJと反発し合った爆発音に遅れて、聞こえてきたエリオの声を遠くに感じながら───キャロの意識は(しろ)(くら)い、冷たい旅立ちの記憶へと沈んでいった。

 

  2

 

〝───キャロ。お主をもう、この里にはおいてはおけぬ〟

 

 それは七年前の、寒い冬の日。まだ三歳だったキャロが、生まれ育った故郷の『家族』に告げられた言葉だった。

 

〝…………〟

 

 はじめは、何を言われたのか良く判らなかった。

 ただ、物心ついたかも怪しい年頃であっても、子供ながらにこれが、とても悲しい事なのだろうというのは解かっていた。

 

〝アルザスの召喚士───『ルシエ』の末裔、キャロよ。

 我ら一族は、古来より『竜』と親しみ、共に暮らしてきた。

 『竜』は、ル・ルシエにおける守り神とでもいうべき存在。……だが同時に、彼らは強大な『力』の象徴でもある。

 ゆえに我らは、『竜』を畏れる事を忘れぬよう定め、これまで生きてきた。

 ……しかし、キャロよ。お主の力は、あまりにも強すぎる。

 このままいけば、いずれは『黒き火竜』さえも使役し得るだろう。

 だが、強すぎる力はいずれ争いの火種を生む。数多の歴史がそうであったように、傍に『自由に使える力』がある時───ヒトは、抱えた業を抑えきれなくなる事が、往々にしてある。

 『竜』は、あくまで象徴なのだ。現実に振るう力であってはならない。

 まだ幼いお主に、この道理を呑み込めとは言わぬ。しかし、その『力』を制御し切れておらぬお主を、そのままにも出来ぬのだ。───ゆえにキャロよ……。お主を、この里より追放する〟

 

 あの時は、ただ困惑と、悲しくて寂しい気持ちでいっぱいだった。

 でも、今なら何となく解かるようになった事もある。

 実態が無いからこそ、ヒトはそこに希望(ユメ)を抱く。

 けれど、それが一度形を成してしまったなら、現実として対処するしかない。

 小さな箱庭でのみ生きる者たちにとって、顕現した『力』は、希望とは相反する、絶望(きょうふ)の象徴となってしまった。

 

 本来ならば、彼女はこの地において、最も祝福された存在であったというのに。

 

 たった一度の失敗でも、その希望に疵を付けてしまったが最後。

 狭い世界にはもう、彼女の心を落ち着ける場所は、無くなってしまっていた。

 

〝……いつか、おぬしがその祝福(のろい)を覆す日も、来るのやもしれぬ。

 だが、今の我々には、その奇跡を待つ力はなかった……〟

 

 勝手な言い草だ───と、そう断じるのはきっと容易い。

 けれどこれもまた、魔法という力が根幹を成す世界ゆえの、ある種の摂理(ひつぜん)であるのかもしれなかった。

 世界には絶望に対を成すように希望がある。

 が、不意に生まれ落ちた『偶然(チカラ)』を、必ず受け止めきれる保証など、誰も持ち合わせていなかった。

 ただ都合良く、まっさらな幸せだけを享受するだけの世界は、残念ながら存在しない。

 だからこそヒトは、そうした不条理(げんじつ)に、折り合いをつけて生きるしかなかったのである。

 それを理解しているからこそ、彼らにはその道しか選べない。

 自らの器に収まり切らない水ならば、吐き出してしまうしかないのだと。

 曖昧(ふたしか)な希望より、堅実(あたりまえ)な安寧を選び取る己の狭量(よわ)さを、厭というほど理解していたから───。

 

『………………』

 

 だからというわけでもないが、キャロは長たちを恨む気にはなれなかった。

 お互いに苦しいのは、理解できていたから。

 自分も人を好んで傷つけたくはなかったし、もって生まれた力がコワイモノであるのなら、なんだか自分自身すら恐ろしくて。

 だから、独りになることには、少しホッとした部分もあった。

 ずっと一人なら、誰とも触れ合うことが無ければ、何も傷つけなくて済むと思っていたから。

 

 ───でも、やっぱり一人は寂しくて。

 

 しかし、力をどうにかしようとしても、なかなかうまくはいかなくて。

 結局、何も変わらないまま時間ばかりが過ぎていく。

 いつ終わるとも知れない、ぽっかりと空白(あな)の開いたような苦しみだけが続いていた。

 もしかすると、ずっとこのままなんじゃないか。

 そう思うと、なんだか怖くて。

 かといって、何をすればいいのかなんて分からない。

 

 どこへ行ったらいいんだろう。

 何をしたらいいんだろう。

 

 ……そんなの、わかるわけもなくて。

 

 だから、何か確かなものが欲しかった。

 どこへ行けばいいのか、何をしたらいいのか。

 誰かにその答えを教えて欲しかった。

 

 けれど、

 

〝───それはきっと、キャロがどこへ行きたくて、何をしたいのかによるかな───〟

 

 その答えはやがて呆気なく、しかし酷く暖かな、そっと差し出された手と共に、彼女の前に現れた。

 

  3

 

 

 初めてその言葉を聞いた時も、やっぱり白くて、寒い雪の日だった。

 けれど、告げられたそれは、別れの日に告げられた言葉よりも、より大きな衝撃と戸惑いをキャロに与えた。

 

 ……だって、考えたコトもなかった。

 

 『何をしたらいいのか』ではなく、『何がしたいのか』なんて。

 

 だから誰かに教えて欲しかったのだ。

 どこへ行ったらいいのか、何をすればいいのかを。

 

 しかし、いつも寂しくて悲しい筈の白い場所に現れたその女性(ヒト)は、そんな分かり易い事は教えてくれなかった。

 代わりに投げかけられたのは、キャロにとって、最も難しい問いかけだった。

 ある意味で厳しく、だが、どこまでも優しくて暖かい。

 もしかすると、それこそ明確な(こたえ)なんてどこにもないかもしれない───でも、だからこそ、キャロは探してみたくなった。

 

 ───解からないのなら、一緒に探しに行こう。

 

 そう言って差し出された手を取った時、伝わって来たぬくもりが、冷たくて悲しい白い旅立ちの日を、暖かに変えてくれた。

 やがて、歩き出した先で出会ったたくさんの大切な人たち。

 何のことはない。欲しかったのは、そんなに大げさなものではなく、ただ心を落ち着かせられる居場所だった。

 自分が居ても良い───否、居たいと思える場所。

 取った手に引かれて辿り着いた場所で、また誰かと手を繋いでいく。

 きっと、本当は誰でも自然と出来る事。遠回りして辿り着いた『当たり前』の中にあった幸せが、キャロにとって、何よりも大切なもの。

 

 そして、それは彼女にとって、戦うに足る理由でもあった。

 

 戦う事は、何も傷つける事とイコールではない。

 もう悲しさにも、寂しさにも沈まないように。

 失いたくないものを、守りたいものを、傷つけさせないように。

 本当は、戦わなくて済むならそれが一番良い。けれど、世界は等しく優しい理想郷ではなく、残酷な現実で生きるからこそ、決して忘れてはならないものがある。

 人間にとって最も根源的な、理不尽に抗い、生きようとする意志。

 それこそが、彼女の理由。壊すのではなく、守るために戦う者の矜持だった。

 

(……そうだった。わたしにはもう……)

 

 迷ってばかりだったあの頃とは違う。……いや、それは少し正確ではない。

 キャロにはちゃんと、帰りたい場所がある。一緒に居たい、大切な人たちがいる。

 迷っても、手と取ってくれる人がいることが、過去(むかし)現在(いま)の、何よりも決定的な違いなのだから。

 そうして、沈んでいた意識ごと、掴まれた手の感触によって───キャロはハッ、と目を覚ました。

 

 

 

「───キャロ……っ‼」

 

 

 

 意識を取り戻したキャロが顔を上げると、エリオが自分の手を掴んでくれていたのが見えた。

「…………エリオくん……?」

 ぽつり、彼の名を呼ぶと、「よかった、間に合って……!」と、エリオは安堵の笑みを浮かべた。

 エリオのBJにはかなり多くの傷が増えている。

 それだけで、あのⅢ型(おおがた)を振り払って、キャロの下へまっすぐに来てくれたのが見て取れる。

 彼の優しさが、胸をあたたかく満たす。

「エリオくん、ありがとう」

「ううん、そんなこと……それより、早く戻らなきゃ」

「そうだね───うん、そうだった」

「キャロ……?」

 そして、だからこそ───キャロは自分を不甲斐なく思っていた。

 エリオも、傍らに飛ぶフリードも、傷つきながらも、自分の傍にいて守ってくれた。

 自分はもう、独りなんかじゃない。

 怖がる必要なんてないのだ。

 ちゃんと自分が選んだ場所で、大切な人たちと一緒にいる。

 

 ───ただ『力』に振り回されていた、あの頃とは違う。

 

 信じて、と告げるように、手套の甲に据えられた桃色の宝石が明滅する。

 そう。ただ守られるのではなく、今度は自分が大切な人たちを護り、助けるために、強くなりたいと願った───『ケリュケイオン』は、そんな優しい想いを遂げられるようにと、『母』が自分に与えてくれた力だというのに。

「……ごめんね、ケリュケイオン。わたし、もっと強くなるから……」

《No, problem.》

 告げられた主の覚悟に、愛機は静かにそう応えた。

 ありがとう、と感謝を示し、キャロは次いで、愛竜であるフリードを向き直った。

 あの日、最初に一歩を踏み出すきっかけをくれたのに。……いや、それよりもずっとずっと前から、フリードはキャロの傍にいてくれていたというのに。それでもまだ、恐いという気持ちを乗り越えられずにいた事を謝りたくて───

「……これまで、窮屈な思いさせてごめん。今度はもう、迷わないから……だからフリード。もう一度、力を貸して……っ!」

「きゅくーっ!」

 頼もしい愛竜の声を受け、キャロは両手に嵌めたケリュケイオンに魔力を込める。

 エリオのおかげで落下こそ防げているが、ストラーダの魔力噴出による滞空時間には、通常の飛行魔法に比べればどうしても制限がある。

 リニアに追いつこうと思えば、かなりの無茶をする必要があるだろう。

 その状態であのⅢ型と戦うのは、かなり厳しいといえる。

 されど───今のキャロの手には、この状況を打開する方法がある。

 

 

「蒼穹を(はし)る白き閃光。我が翼となり、天を翔けよ!

 来よ、我が竜『フリードリヒ』───竜魂召喚ッ‼」

 

 

 魔力が巨大な陣を描き、フリードを中心にキャロたちを包み込む。

 そうして、まばゆい光が膨れ上がると、弾けた輝きの中から、本来の姿を取り戻した白き竜が姿を現した。

 

「きゅぉぉおおおおおんッ‼」

 

 白き飛竜の猛き咆哮が大空を震わせる。

 次元世界の中でも滅多に見られない、恐らくは最も純粋な力の顕現に、その光景を始めて見た者たちは、言葉にならない衝撃を受けた事だろう。

 しかし、たとえ驚きはあろうとも、そこに疑いはなかった。

 何のことはない。共に戦い、背中を預け合った仲間の力に疑いを持っていられるほど、半端な覚悟のままこれまでを過ごしてきた者など六課には居ないのだ。

『ライトニングⅣ、竜召喚成功! フリードの意識レベル正常(ブルー)、完全制御状態です‼』

 どことなく高揚した管制室からの報告に、合流して戦っていたスターズの二人も、今しがた発動したキャロの魔法に目を向けていた。

「あれが、チビ竜の本当の姿……」

「すっごい……かっこいいっ!」

 思わず息を呑み、スバルはそんな事を口にした。ティアナは念話越しに聞こえてきた、相方の相変わらずな吞気さに呆れつつも、あの幼さで宿したキャロの凄まじい才覚に、微かな羨望にも似た想いを抱いていた。

《あっちの二人は、もう大丈夫そうですね。スバル、ティアナ、わたしたちも負けてられないですよ……!》

「───はいっ‼」

 が、リインからの指示を受け、ティアナは少し頭を振り、思考を切り替える。

 己の至らなさを反省するのはいい。だが、それは今するべき事を果たしてからの話だ。

 行くわよ、と、再度レリックの回収へ向け、ティアナはスバルと共に動き出した。すると、動きだした魔導師たちに誘われて、車両内部からⅢ型が顔を覗かせる。

 這い出してきたガジェットの姿を捉え、キャロは視線を鋭く、フリードにガジェットへの攻撃を命じた。

「フリード、ブラストレイ───ファイアっ‼」

「ぎゅおおおぉぉぉ……っ‼」

 キャロの威力強化が付与されたフリードの火炎は、桃色の輝きを纏った豪火となってガジェットを呑み込んだ。

 しかし、

「っ⁉」

 完全に無効、というわけでもないものの、ガジェットはフリードの火炎砲を浴びても依然健在であった。

「また……あのフィールドが」

 魔導生物の攻撃は、魔力を伴っていながらも、魔導師の通常魔法とは異なり、より物理現象に近しい性質を持つ。AMFのような魔力結合を阻害するフィールドに対しても、魔法の術式に則って発動される魔法ほどは無効化される事はない。だというのに、あのガジェットが纏う防御フィールドは───?

 

「AMF、だけじゃない……もっと、別の……?」

 

 攻撃のエネルギーを『防ぐ』のなら解かる。けれど、あのフィールドは防御魔法のように、盾や膜を張っているのとは少し違う。

 先ほどキャロが飛ばされた時もそうだった。AMFによる無効化にも似ているが、消される感覚というよりも、あれはどちらかというと『すり抜ける』───或いは、必要な部分だけを『分解』されてしまったような。

 とはいえ、あくまでそれは推測に過ぎない。単純なAMFとは異なるという一点以外、本質的な部分を理解できたわけではない。

 どうすれば、と迷いを覗かせるキャロの様子を受けて、エリオは意を決したように「キャロ、あのフィールドの突破は、僕とストラーダがやる」と言った。

「でも、エリオくん」

「分かってる。あれはAMFとは少し違う……だから、必ず上手くいくかは分からない」

 だけど、とエリオはキャロを向き直り、笑みを浮かべこう告げた。

 

「二人でなら、きっと出来る」

 

 一人では届かない壁も、持ち合った力を合わせれば、きっと乗り越える事が出来る。

 出会ったときから何も変わらない。元より、そのために二人は今、この場に立っているのだ。

 そう。迷っても、立ち止まっていても、何も変わらない。

 蹲っているのはもうやめたのだ。行きたいところに、一緒に居たい人たちと出会うために、前に進む道を選んだのだから。

「……うんっ!」

 手綱を握る手に力を籠め、フリードにリニアの方へ近づいて欲しいと告げる。

 距離を詰められ、ガジェットは迫る脅威に対し攻撃を仕掛けてくるが、元が近距離戦を想定した大型の躯体の遠距離武装は大した火力を積んではいない。

 落ち着きを取り戻したキャロの防御は、放たれたガジェットの光線を悉く防ぎ、エリオが翔け抜ける軌道(みち)を整えて見せた。

「今だよ、エリオくん……!」

「了解、キャロ!」

 フリードの背から飛び出したエリオに、キャロは更なる追い風を重ね合わせる。

「我が乞うは、清銀の剣。若き槍騎士の刃に、祝福の光を。───猛きその身に、力を与える祈りの光を……ッ!」

《Enchant Field Invade, Boost Up Strike Powe.》

「───ツインブースト、スラッシュ&ストライクッ‼」

 ケリュケイオンを介して溢れ出さんばかりに増幅された輝きを束ね、キャロは二つの光をエリオへと纏わせた。重ね合わせた二つの魔法は、対象に『防御領域(フィールド)貫通』と『攻撃魔法の強化』の効果を与える。

 もちろん、あくまでこれらは魔法。AMFに触れた瞬間からその影響を受けてしまう事に変わりはない。

 一直線に飛び込んできたエリオに、ガジェットの触手(アーム)が襲い掛かる。

 飛んで火にいる夏の虫とでも思ったのか、馬鹿正直に突っ込んで来る敵など恐るるに足らんと、Ⅲ型は獲物を狙い、触手の網を張った。

 確かに、一度でも足を止めてしまえば先ほどの二の前になるのは必至。AMFの中に長くいればいるだけ、魔法は解け、再発動も困難になっていく。

 機械らしい、見事なまでの定石といえよう。

 ───ゆえにこそ、一瞬なのだ。

 AMFの効果を受けるよりも早く、網に捕まるよりも先に、目の前に立ちはだかる全てを斬り払い、本体まで辿り着く。二人が選んだのは、そんなどんでもなく無茶苦茶(シンプル)な答えだった。

 無論、いささか力技が過ぎるといえなくもない。

 が、しかし案じることもないだろう。

 何せ今、その定石を打ち破ろうというのは。

 愛くるしい召喚士(パートナー)の後押しを受け、母譲りの雷閃の如き疾さで刃を振るう、若く勇ましき〝騎士〟なのだから───。

 

「───一閃、必中ッ‼」

 

 ザザン! と、触手(アーム)の網を切り払い、降り立った屋根(あしば)を蹴り飛ばす。

《Explosion.》

 ストラーダが呑み込んだカートリッジから迸る魔力を更に上乗せし、研ぎ澄まされた魔力の刃を形成する。構えた雷槍の切っ先に高まり集まった輝きを突き出すと、防ぐ間もなく光刃が鋼の機体を貫通した。

 

「せぇぇやぁぁああああああああああああーッ‼‼」

 

 そのまま背負い投げるように振り上げた刃に両断され、ガジェットⅢ型は自らの機体を爆散させた。

 槍を払い下しながら、エリオは上空のキャロとフリードに微笑みかける。

 それに表情を明るく華やがせ、キャロは嬉しそうな笑みを浮かべ、フリードにリニアへ寄るように頼み、屋根に降り立つと、そのままエリオの下へと駆け寄って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

行間 二

 

 

 

 それから程なく、車両内および上空の残ったガジェットは全て倒され、スターズの手によって七両目に置かれていた『レリック』も無事確保された。

 リインが車両の制御を取り戻してくれたおかげもあり、リニアの暴走も停止。事態は現地のインフラ整備を担当する局員たちへと引き継ぐ体制に移っていった。

 また『レリック』も、キャロが封印処理を行った後、ヴァイスに回収されたスターズとリインの手によって中央の保管施設(ラボ)へ護送されていった。

 

「───というのが、今しがた入った大まかな報告(じょうほう)です」

 六課の戦況を知らせてくれたシュテルに、「そっか……。無事に終わってよかった」と、ユーノはどこかほっとした表情を浮かべる。

「六課が順当に運営されているようで何よりですね」

「うん。思ったより早かったけど、エリオとキャロも頑張ってるみたいで、何だか感慨深いかな」

 よく面倒を見ていた子供たちのことであるだけに、ユーノにとっては複雑な部分もあるのだろう。

 昔からそういうところがあるのは解かっていたが、改めて一種の不器用さのようなものを感じて、シュテルは小さく歎息を漏らす。尤も、支える対象が望む事柄を遂げられるよう導く姿勢自体は、彼を師と仰ぐ彼女にとっては好ましくもあるのだが。

「……師匠は何と言いますか、甘いですね」

 そしてきっと、誰よりも厳しくもある。言葉にこそしなかったが、ユーノにもシュテルの意図するところは言外に伝わっていたようで、ばつが悪そうに苦い笑みを浮かべた。

「自覚しているつもりではあるんだけどね、一応……」

「分かっています。わたしも、伊達に十年以上弟子を名乗らせていただいているわけでもないので」

「たはは……」

 真っ直ぐな言い分には、本当に参った。

 完全に同位体というわけでもないというのに、どうにも自分を恩師と慕ってくれる生徒たちは、本質的に適わないと思わせる部分を持っている。それは嬉しくもあり、どこかこそばゆい。……だから何時までたっても、彼女たちに頭が上がらないのかもしれないな、とユーノはぼんやりそんなことを思った。

「ところで師匠。話は変わりますが、調査に出ているディアーチェとイリスから帰還するとの連絡がありました。例の船に纏わる成果は少なかったようですが、発見した研究施設から得られた情報はかなり有益なものだったとのこと」

「あまり優先度は高くなかったけど、情報捜査は積み重ねだから、一つでも前に進めたなら十分な成果だね。それで、施設で行われていた研究は……?」

「ええ。イリスが出てくれた事で、より確信に近づいては来ています。

 相変わらず単純な魔導エネルギーの研究施設に見せかけてはいるようですが、明らかにAMF環境下での『戦闘』を想定した実験が行われていた形跡が見つかりました。例の〝戦闘機人〟系統の研究だけではなく、エルトリア式〝フォーミュラ〟と思われるものも」

「…………」

 シュテルの言葉を聞いて、ユーノは表情を曇らせる。

 想定していなかったわけではないが、痕跡が明らかになるにつれ、苦い思いが生まれてくるのも確かだ。

「まだまだ長くなりそうだね、今回の件は……」

「……はい」

 『フォーミュラ』の研究。これ自体は、管理局でも前回の地球で起こった事件以来、エルトリアとの交流を通して少しずつ行われている。しかし、あくまでそれは協定の範囲で行われるものであって、完全な戦闘を目的とした行為は制限されている。

 とはいえ、これ自体は当たり前の話だ。

 フォーミュラに限った話ではない。魔法も、その気になれば世界の一つや二つ簡単に滅ぼせる可能性を秘めた力だ。が、同時に世界の生活に根付いた技術体系でもある。

 どちらにせよ、結局は使い方なのだ。どんな世界にも、エネルギーを生み出す技術があり、それを生活に役立てるか、武器として用いるか───それを決めるのは、その力を使う人間の意志に他ならない。

 だからこそ、進む方向を違えた意志が生まれた時、それを止めるのもまた、同じ世界を生きる人間の意志だと。そう信じて、いまも人は正しく在れる道を探し続けている。……いや、そこまで大層な言葉語るまでもないのだろうか。

 つまるところ。自分の大切なものを護りたい、という単純な想いこそ、最も根本的な原動力(よっきゅう)なのだろうから。

「それじゃあ、僕たちもあともう少し、頑張って行こうか」

「───ええ。もちろんですよ、師匠」

 柔らかな笑みで、ユーノの言葉に応えてくれたシュテルを頼もしく思いながら、ユーノは再び、次を目指して動き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

次を謀り嗤う強欲の化身 Play_of_the_Devils.

 

 

 

 リニアでの一件が収束した様子を眺めていたジェイル───いや、スカリエッティの下に、今回の『演出』を終えたウーノから連絡が入ってきた。

『───例の〝ナンバーⅨ〟は、管理局の手に渡ったようです。追撃を仕掛けますか?』

 指示の上ではあったが、自分で指揮を執ったにも関わらず、ウーノは無感情に淡々と確認を取る。

 これが今回の相方となった四番目(いもうと)あたりなら、嬉々として観察対象たちについて語りだしそうなものだが、生憎と初期ロットの彼女には、その辺りに愉しみを見出すほどの嗜虐心はないらしい。

 むしろ、そちらの嗜好については画面越しの『父』の方が持ち合わせていそうなものだが───スカリエッティは先ほど録った映像の中で動く六課のフォワードメンバーを眺めながらニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるのみで、彼女の問いに対する反応を見せないままだ。

『ドクター?』

「ん? ああ、すまないね。ウーノ」

 再度呼びかけられ、スカリエッティは漸くウーノの方を向いた。

「そうだねえ。もう少し続きを見たいところではあるが……まあ、今は止そう。あの〝ナンバーⅨ(レリック)〟は、しばらく向こうに預けておくとしようか」

『……よろしいのですか?』

 元から蛇足的な動きは好まない性質であるが、今回の獲物はかなり稀有な存在なだけに、ウーノにはその返答は意外なものに思えた。

「構わないとも。元々、〝ナンバーⅨ(アレ)〟そのものに特別な価値はない───ないが、絆としては、なかなかに面白い構図になるとは思わないかね?」

 ……が、しかし。

 どうも実際は、そうでもなかったようだ。

『ぶつけるのですか? お嬢様方を、あの部隊(ものたち)と』

「いいや。ぶつかるだろうさ、放っておいたとしてもね」

 半ば確信したように語るスカリエッティに、ウーノは怪訝な表情をする。

 しかし、スカリエッティは『娘』の様子などお構いなく、非常に愉しそうな様子でこう続けた。

「本当に面白い。こうも揃うものかねぇ───預言の賜物か、それとも私たちが預言(そのみちすじ)を辿っているのか。どちらにせよ、実に興味をそそられる話じゃあないかね?」

『私としては良く解かりませんが……少なくとも、お二人なら〝F〟の残滓に引けをとりはしないかと』

 問われても、ウーノにはそんな予想を抱く以上のことは何もない。しかし、それだけでもスカリエッティは、どこか満足そうな表情をする。

「ククク、嬉しい事を言ってくれるじゃないか。だが、私としては業腹な部分も少なくないからねぇ……。ルーテシアに不満はないが、研究者(おや)としては、是非ともソフィにこそ、証明してもらいたいところではある。あの運命を覆すために……」

 そう言って、スカリエッティは画面から離れると、実験用の生体保存器(ポッド)の群れへ向かい、その内の一つの前で足を止めた。

「さて。あの子たちはこれからどうなるのか……君はどう思うね?」

 小さく、音にならない名前を口にする。

 問いかけに応えは無い。元より、さして求めているつもりもなかった。

 ただ、多少の興味はあった。あの子たちの『母』である彼女が、〝F〟の『母』に挑もうとする己に対し、どのような感想を持つのか。

「まあ、いずれ答えは出る。どのような形であろうと、必然的に」

 どうなろうと止まるつもりはない。しかし、此処へ来ても尚そんな事に拘る辺り、生まれも定かでない我が身も、未だ『ヒト』の枠に留まり続けている。

 (いや)、きっとこれも必然なのだろう。

 そも、彼の身に冠された名は尽きることなき『欲望』。ある意味で、『ヒト』が『ヒト』たる根源だ。

「君が拘っていたモノを、私はさほど求めてはいなかった。しかし私が求めていたモノを、君は既に手に入れていた。そして、私もまた、君が求めていたモノを、手に入れてしまっていたよ。皮肉なものだねぇ。つくづく、世の理というものは」

 求めるほどに手に入らず、求めず捨て置いたモノの価値には気づきにくい。

 世界は予期せぬ方向にばかり進み、簡単に思い通りになど行きはしない。

 ───これだから面白いのだ。

 世界の不条理、探求できる未完成さというものは。

「その点で言えば、見いだせただけ、今の私は幸運だったかも知れない」

 しかし、まだだ。

 これでは足りない。足りるわけもない。

 だからこそ、求めるための場が必要だ。我ら『悪魔』の『欲望』を果たすには、この箱庭は狭すぎる。

「そう遠くない。何せ『約束の日』はもう決まっている筈だ。ご丁寧に告げられた、明瞭な刻限(よげん)として───」

 そうして、暗がりへ去り行く足音と共に。

 抑えきれなかった哄笑が、暗い通路の中に反響し続けていた。

 

 

 




 本編からお読みの方は初めまして。前作やプロローグ、および設定等からお読みいただいた方は、改めてお久しぶりでございます。
 また随分とお待たせしてしまいました駄作者でございます。

 もうすっかり今年度も終わりそうな時期に差し掛かって、漸くの投稿と相成りました。
 もっとペースを上げたかったところですが、なかなかコンスタントには書けないものですね……。

 とはいえ、徐々にではありますが話も進み、今回の後半部分はプロローグⅢと関連する部分ということもあり、筆も結構乗った気がします。
 前回のあとがきでも少し触れましたが、やっぱり今回のエリキャロのパートは、プロローグ部分で出してきた『変化』の一端でもありますので、しつこいぐらいに序盤を書いた分、こういうところで原典からの変化を出せるところにくると、伏線ってほどでもないですが、やっぱり書けた事自体が嬉しく思えてきますね。

 では、その辺りも踏まえていつもの言い訳タイムに突入していくとしましょうか。

 とはいえ、今回も短めなので、そこまで大きな変化はないかもです。
 元々、基本的に再構成物なので、劇場版時空を踏まえた変化以外は展開的にも原典とそこまで変わりません。一応小説らしくセリフを増やしてみたり、言い回しを少し変えてみたりしているので、ちょこちょこっとした部分で文字の媒体ならではの面白さみたいなものが出せていたらいいなとは思います。

 あとは、やっぱり後半のキャロが自信を取り戻す過程を変えたところですかね。
 原典だとまだ初々しいエリキャロの絡みが見どころになってはいますが、今作では幼少期を一緒に過ごしてきたという前提があるので、それを踏まえたうえでキャロが発起する場面を考えた結果、アニメだと序盤に置かれた回想を後にもってくる形にして、エリオからの呼びかけで目を覚ます、という展開にしてみました。

 自分が何をしたいのか、どこに行きたいのか。
 もうとっくに答えは出ていたけれど、いきなり現れた幸せに身を置いていた分、少し希薄になっていた過去とのつながり。それと改めて向き合うことで、より今を実感し、前に進める。
 自分の中にあるものを確かめていく流れは、前作のなのはちゃんの『夢』ともちょっと似てるかもですね……男の子の側が引き戻しにくるのも含めて←どうしても漏れ出す性癖

 ───仕方ないじゃないですか! だってロリショタの絡み好きなんだもんッ‼

 とまあ、自分の趣向全開で筆を走らせちゃったのが今回の話なわけなのですが、もちろんほかの部分も力を抜いたつもりはないので、楽しんでいただけたらさいわいでございます。
 あと久しぶりにユーノくんがちょっとですが出せたのも、個人的には嬉しいポイントだったりします。
 でもいい加減なのはちゃんたちとも絡ませたい……近くて遠い、くっつきそうなのにくっつかない……ユーなのって、そういう定め?←単に筆が遅いだけ

 そして、ラスト部分。
 やっとこさ裏の情報が少しではありますが、出せてほっとしております。
 実はここが一番しょっぱなに書いてたシーンだったりするのですが、まだまだドクターズの悪だくみは加速していきますので、今後にご期待いただければともいます。動き出したお嬢様たちのことも、今後注目していただければなお嬉しかったり。

 まあ、今回はこんなところで、次回からはStSの本筋に関わる部分にも触れられそうなので、遅いながらもどうにか頑張って書いていこうと思います。
 次の五章は訓練パートが主ですが、日常の部分も結構あるので、またプロローグ部分で出したネタを絡ませられるなら、そこも出していきたいですね。その次の六章ではSS01の内容に触れていくので、エリキャロから海鳴の面々との関わりなんかも出して行けたら、次々回への布石にもなるかもですし。

 と、大まかなあとがきはこんなところですかね。

 今回もここまでお読みいただきありがとうございます!
 遅筆に磨きがかかりすぎなところではありますが、ゆっくりとでも、地道にこの物語を書き進めていけるように頑張りますので、読者様方には楽しんでいただけたら幸いでございます。

 では、今回も若干短めなことも手伝って、ここでいったん筆を置かせていただきます。
 重ねて。お読みいただき、本当にありがとうございました……‼


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第五章 進展、見え始めた路

それぞれの役割(ポジション) A_Necessary_Tings.

 

 

 

  1

 

 ドガァ‼ と、迫る鉄槌(ハンマー)の衝撃に、スバルは歯を食いしばって耐える。

 が、張ったバリアを抉るようにして、ヴィータが愛槌を振り抜くと、その圧に押され、スバルは後方へと吹き飛ばされてしまう。

 背後にあった木にめり込むほどに飛ばされ、力量差に愕然となりそうではあるが、意外なことに、ヴィータから返ってきたのは称賛の言葉だった。

「うん、やっぱバリアの強度自体は悪くねえな。あとは踏ん張りと、状況に合わせた対応次第ってトコか」

「あ、ありがとうございます……」

 どうにか軋みをあげる身体を木から離し、スバルはヴィータの前に戻る。

 戻ってきたスバルに、ヴィータは「フィジカルの高さは相変わらず、資質は十分持ってるみてーだな」と一つ頷き、改めてスバルに教官として、自分たちの役割(ポジション)がなんであるかを語り始めた。

「今更だが、改めて復習(おさらい)しとくぞ。アタシらの専門───FA(フロントアタッカー)は、敵陣に誰よりも速く切り込む突破力と、前線での戦闘継続能力がものをいうポジションだ。

 連携をおざなりにして良いってわけじゃねーが、実際のとこ『一人でも戦える力』もある程度要求される。敵の陣営を打ち破るのも抑えるのも、後ろを動きやすくして助けるためだからな」

「はいっ」

《I’ll learn.》

「だからこそ、柔軟にその場その場に対応してく必要がある。今は訓練だから馬鹿正直に闘っちゃいるが、別に耐久だけがFAの能ってワケじゃねぇ。お前は出力もあるから、その気になりゃ攻撃耐性は新人の中でもトップクラスになるだろうけどな。けど、そうなると動きが鈍るし、一ヶ所に留まる戦いならFB(フルバック)の方が支援性は上だ。

 アタシらはあくまで、〝動いて生き残る〟って前提で、守りも強くしていくイメージだな。例えばさっきのプロテクションは受け止めるバリアだったけど、ラウンドシールドみたいにシールド系で受け流したって良い。もっと威力の低い攻撃なら、BJにフィールド系を重ね掛けして対応するのもアリだ」

 ま、要は使いどころだな、とヴィータは言う。

「FAは正面から敵に向かっていく突破役。けど、ただやみくもに突っ込むだけのポジションじゃない。誰よりも先に、誰よりも長く、戦場の最前線を征する───それが、アタシらの本懐だ。良いか、スバル?」

「はいッ‼」

「良い返事だ。さて、そんじゃまだまだ行くぞ? バリアごと削り取る打撃は、あたしの得意分野だからな───アイゼンにぶっ叩かれたくなかったら、手抜きは無しだ。最後まで全力で守れよ?」

「……っ」

 不敵な笑みと共に告げられたヴィータの言葉に、スバルは思わずごくりと咽喉を鳴らした。

 

  2

 

「すごい音……」

「スバルさん、大丈夫かな……?」

 ヴィータとスバルの訓練の激しさに、ライトニング組の子供たちは唖然とした表情を浮かべる。

 聞こえてくるその音に相変わらずだなあ、と苦笑しつつ、フェイトはエリオとキャロに改めて今日の訓練の内容について伝え始めた。

FA(フロントアタッカー)の訓練は、身体の出来てない二人にはちょっと危ないから、今日の訓練はこっち」

 そう言って指した広場には、リインが用意してくれた緩衝支柱(フリーレンフェッセルン)が立ち並び、周辺には大量の訓練用射撃球(オートスフィア)が浮かんでいる。

「わたしやエリオみたいな高機動型は、〝受ける〟より〝避ける〟のがメイン。キャロは防御も上手だけど、FB(フルバック)は仲間を支える継続の要だから、いざという時、最低限動けるようになっておかないとね」

「「はいっ‼」」

「じゃあ、まず私がやって見せるから、動き(ステップ)をよく見ててね」

 言いながら、フェイトはスフィアに初級回避訓練用の攻撃指示を送る。

「攻撃の当たる位置に長く留まってると、それだけで攻撃を呼び込む的になる。だから、基本的には動き回って狙わせない」

 放たれた緩やかな攻撃を、フェイトは同じく緩やかな動きで躱していく。しかし、その回避動作は、ひとつひとつは決して派手な動きをしているわけではない。むしろ逆、非常に堅実な動きだった。

 エース級の魔導師の御業というには、いささか地味であるようにも思える。

 が、

「ひとつひとつの動きを丁寧に、確実に。どんな時でも、焦らず動けるように身体に動きをしみこませる感じだね。今、スフィアの数は二つだからわかりづらいけど、どんな大勢からの攻撃でも、動作そのものは変わらないんだよ? たとえば───」

 フェイトが設定を変えると、待機していた自動狙撃球(オートスフィア)が一斉にフェイトを狙う。

 周りを囲まれてしまえば、空戦魔導師ならば上に突破口を見出すところだが、次の動作が読まれたり、遅れでもすれば良い的でしかない。

 そして、これはあくまでも陸戦を想定した高機動型の訓練。

 であれば、

「「⁉」」

 一斉に攻撃を放ってきたスフィアたちの射撃の雨が、フェイトへ向け降り注ぐ。

 思わず息を呑んだエリオとキャロだったが、次の瞬間、呆気なく背後から聞こえてきたフェイトの声に、再度度肝を抜かれる思いだった。

「───こんな感じにね」

 全くの無傷。それどころか、舞い上がった土煙すら寄せ付けなかったかの様に、フェイトは攻撃を受ける前と何も変わらない姿でそこに立っていた。

 息の一つも乱さず、あの攻撃を掻い潜って見せた腕前に、エリオとキャロは信じられないような気持ちで、攻撃地点に視線を戻す。

 土煙が晴れ始めたそこは、射撃球体(スフィア)の攻撃によって銃痕だらけになっていたが、それ以上に目立つ移動の痕跡が地面には描かれていた。

「すごい……」

 解かっていたつもりだった。

 活躍は聞き及んでいたし、実際に周りから語られた声も、十二分に耳にしていた。しかし、こうして改めて目にしてみると、乖離していた認識が一気に実感へと変わっていった。

 動作自体が単純でも、その歩調(リズム)を状況に応じて使い分けるのは至難の業だ。

 どれだけ早く動けても、動いた先を狙われてしまえば何の意味もない。

 一秒で百メートル移動して初撃を回避出来ても、相手がその初撃から一秒先に移動した先に次撃を放てるのならどうか。移動するだけ移動して、けれどそのコンマ数秒に迫る攻撃に対処出来ないのなら、ただ速いだけの優位性は完全に失われる。

 極端な例ではあるが、単調な速さは無敵にはなりえない。一回の移動がどれだけの速度であっても、すべてが同じ速度なら、移動できる範囲はおのずと限られてくる。だからこそ、使い分けが重要なのだ。

 そしてこれは、何も自分自身だけの話に留まらない。

GW(ガードウィング)のエリオは、どんな位置からの攻撃にも対処しながら、仲間への支援にも対応出来るように。キャロはさっきも言った通り、全体を支える要(フルバック)として、いざという攻撃にも反応して、最後までみんなを支えてあげられるように」

 そう。FA(フロントアタッカー)のそれともまた違う───切り拓くのではなく、支え導く役割。それこそが、エリオとキャロの担う戦術配置(ポジション)の真髄だ。

「自分を護りながら、仲間を助けられる。そんな力を、ここではしっかりと身に着けて行こうね」

 告げられた在り方(コトバ)を深く胸に刻みながら、エリオとキャロは「「はい‼」」とフェイトに強く返事を返した。

 そんな二人の真っ直ぐな眼差しを受け、フェイトは嬉しそうに顔を綻ばせ、小さくも頼もしい子供たちの身体を優しく抱きしめるのだった。

 

  3

 

「うん。良いよティアナ、その調子」

「はいっ!」

 応えながらも、ティアナは手を休めず、なのはが操る弾体を撃ち落としていく。

 足元に溜まっている使用済みの弾倉(カートリッジバレル)の数が、この訓練の厳しさを物語っていた。

「ティアナみたいな精密射撃型は、いちいち避けたり受けたりしてたんじゃ、仕事ができないからね」

 言いつつも、なのはは手慣れた所作で次々に新たな魔力弾を放ってくる。

 食らいついてはいるが、長引くにつれ微かに集中に緩みが生まれてくるのは避けられない───が、今ティアナに降りかかっている負荷を乗り越えなければ、射撃型としては二流にも届かないのも確かだった。

 とはいえ、

《Alert.》

「……っ、バレット! レフトV、ライトRFッ‼」

 圧し掛かる負荷は、理解とは裏腹に、身体を安易な方へと走らせようとする。

 迫る弾丸を躱し、体勢を立て直す。FA(フロントアタッカー)GW(ガードウィング)、ともすればFB(フルバック)であっても、この動きは戦いの基本として組み込まれている。

 危険が迫れば回避する。自然な思考であるし、攻撃を受ける事を恐れるのは生物としての本能といえる。……だが、魔法戦において、ことCG(センターガード)を担うというのであれば、話は別だ。

「ほら、そうやって動いちゃうと、あとが続かない!」

「くっ!」

《Barret V and RF.》

 クロスミラージュが生成した弾体を、向かってくる標的に合わせながら、ティアナの脳裏を、己が極めようとする戦術配置(ポジション)に対する疑問が過ぎる。

 

 そも、CG(センターガード)の役割とは何か。

 

 戦場の中央で、射砲撃支援を行う魔導師───言葉で表すなら、そんなところだろう。

 が、教科書通りの回答が全容(すべて)を表せているのかといえば、それは否だ。

 根本的な問題として、何故中央で射砲撃支援を行う必要があるのか。

 単に敵を倒すのなら、前に出れば良いだけの事。強力な砲撃魔法を有する魔導師であるなら、単騎での殲滅行動も可能だろう。

 では、防衛ラインを護るためなのか。

 一ヶ所に留まって仲間を支える。これはある意味、CGという役割の正道だ。

 仲間たちが戦いやすくするのは、全体に届く射砲支援は欠かせない。───けれど、本当にそれだけなのか。

 より効率的に同じ効果を求めるなら、広域型の魔導師を一番後ろに置く、ただそれだけで前後衛の在り方は一瞬で瓦解する。それこそ、倫理的問題やあらゆる損害に目を潰れば、毎度のように次元世界を消してしまう事だって手段の一つに成り得るだろう。

 しかし、それでは秩序を知らぬ獣と同じだ。

 そもそも、行き過ぎた技術で滅んだ世界の遺産───ロストロギアなんてものが未だに被害を及ぼしている時点で、数多の世界が繰り返してきた歴史を感じ取らずに居られるわけもない。

 だからこそ、魔法という技術は、ヒトの理性で以て扱われている。

 CGは、ある意味でそんな魔法の在り方を最も体現した戦術配置(ポジション)と言えるかもしれない。

 ───であるなら、

「ッ、……‼」

 体制を立て直し、ティアナは周囲から迫る魔力弾の中心に自分を据えた。

 仮に実戦で同じように追い詰められたなら、どれだけの人間がこの行動を取れるのだろう。

 危機に晒されているなら、逃げ出したいと思うのが自然な感情だ。

 もちろん、撤退だって立派な戦略である。ただ漫然と意地を張るのでは、思考を放棄したのと同じ事。

 では、この場に立ち止まり、足を踏みしめるのは何故か。

「……‼」

 いや、本当は問う必要すらないのかもしれない。

 言葉や理屈は元より、そもそもずっと昔から、彼女はそんな在り方を間近で見ていた。

 今もなお、ずっと追い続けている。そんな彼女にとっての理想(あこがれ)を、簡単に忘れられる筈もないのだから。

「───そう! それだよ、ティアナ!」

 たとえ、銃弾の嵐に身を置く事が無謀に思えたとしても───そこに確固たる意志があれば、決して単なる愚策ではない。

「足は止めて、視野を広く。周囲の状況を常に把握しながら、仲間と自分が必要とする事を選び取る」

 ある意味で、それは戦場を制御する事と同義であるのかもしれない。

 ただ大火力を打ち合うだけの殲滅戦ではなく、漠然とした滅びよりも、護り正す形を維持する。

 だからこそ、

「射撃型に求められる技能(チカラ)の真髄は───」

「あらゆる相手に、正確な弾丸を選択(セレクト)して命中させる。判断速度と命中精度ッ!」

《Reload.》

 そう。領域を定め、決して自ら墜ちず、決して仲間を墜とさせない。

 攻防の要として場を征するための力。それこそが、

「チームの中央に立って、誰より早く中長距離を征する───それがわたしやティアナのポジション、CG(センターガード)在り方(やくめ)だよ」

「はい……!」

 追い続ける憧れを目指して、少女はいっそう、銃把(グリップ)握る両手に力を込めた。

 

  4

 

「やー、やってますなあ」

 訓練に励む新人たちの姿を観察(モニタリング)しながら、ヴァイスはどこか楽しそうに呟いた。

 傍らに立つシグナムも、ヴァイスの言葉を受け、「ああ」と一つ頷き、

「初出動が良い刺激になったようだな。実戦を経た事で、自分たちの磨くべき力が見えてきたのかもしれん」

「良いっすねえ、若い連中は。どこまでも真っ直ぐで」

 おどけたように言うヴァイスだったが、シグナムはくすと笑い、からかい交じりに「まったくだ。何時かの悪童共(こうはいたち)を思い出すな」と応えた。

 う、と言葉に詰まるヴァイスをよそに、シグナムはかつての後輩たちの姿を思い返し、懐かしそうに笑みを零した。

 それに対し、拗ねたように口を尖らせて抗議の視線を向けてくるヴァイスだったが、挑発的な笑みを崩さないシグナムを見て、やがて諦めたのか、「……全く、ホント敵わねぇッスよ。姐さんには」と肩を竦めて見せた。

「そうボヤいたものでもないだろう。少なくとも私はあの四人に、お前たちに見たのと同じものを感じているつもりだ。意志在る者の成長は早い。尤も、若さゆえに身に着く力があれば、同じだけ、しばらくの間は危なっかしいことも多いだろうがな」

「……でしょうねえ」

 返す言葉もない、とヴァイスは心裡でごちる。

 かつて教えを乞うた相手だからこそ、その胸中は複雑なものがある。しかし、表情を曇らせた彼に「気に病むことはない」とシグナムは言い、こう続けた。

「誰しも、足を止めざるを得ない時はある。どれだけの英傑であろうと、それぞれに抱える想いや悩みに苛まれて……。経緯も事情も異なるだろうし、一括りにはできないのだろうが───それでも、何時かは向き合わねばならん時が来るからこそ、前に進まざるを得ないのだろうな。私達は」

 そう言葉を区切って、シグナムは目を閉じ、小さく寂しげな笑みを浮かべる。

「すまん、ガラでもない事を言ってしまったか」

 ヴァイスは「いや、そんな事は……!」と言ってくれているが、こればかりは性分なのだろう。元々、こうしているのも、その自覚があるが故の選択だ。

「私は、古い騎士だからな……どうしても基礎的な部分の教導となると、なのはやヴィータのような教え方はできん。ミッド式のティアナはもちろん、特殊な系統のキャロ、ミッド式と混じった近代ベルカ式のスバルとエリオもそうだな。

 テスタロッサとエリオのように資質が近ければ話は別だが、純粋な魔法よりもそれらを活かした戦術となれば、剣を主体とした騎士である私が教えられるのは実戦の立ち回りくらいのものだ。……尤も、それも突き詰めてしまえば〝届く距離まで近づいて斬れ〟という事でしかないが」

 実戦派といえば聞こえはいいが、とどのつまり、タイプが違いすぎるのが問題だ。

 存外、取り回しの悪そうな鉄槌を得物としたヴィータより、シグナムの方が全体的な戦術は大雑把なところがある。

 アイゼンの噴出を利用した変則的な動きは、加減速による機動を伴うスバルのそれに近く、動きを掴みやすい。加えてヴィータには簡易的ながら射撃魔法も持っており、牽制を行いながら大威力の攻撃を当てるという基本戦術も共通しているため、教え易いというメリットがある。

 それでいうと、シグナムには新人たちとの基軸となる部分に共通項が少ない。ゆえに、まだ自分の型を模索している相手を教えるには、少々不都合な点が多いのだ。

「六課の目指す育成には、AMFとの戦いもそうだが、個人スキルの強化による共闘時のチーム全体の戦力向上もある。元々教導の畑にいなかったのもあるが、剣を振るうしか出来ない私は、序盤の教導ではあまり役に立てん」

「突き詰めた一の力、ってのも相当な奥義ではあるんスけどね……。しかしまぁ、新人たち(れんちゅう)には、ちっと早いッスね」

「外の護りの事もあるからな。今のうちは、こうして見守る側に徹しておくつもりだ。とはいえ、この調子ならあの四人と刃を交えながら語らえる日も、そう遠くはないだろうが」

「………………」

 凛々と滾る眼光を目の当たりにし、ヴァイスは苦笑いを浮かべる。

 懐かしいそれは、いつか親友(とも)と肩を並べ立ち会った場で向けられた、『烈火の将』の闘気の欠片だった。胸に燻ぶったままの感情を刺激され、ヴァイスは遠くなってしまった日々の記憶を思い起こす。

 自分自身、未だに辿り着けてはいない場所。立ち止まってしまった分、我武者羅に前進する新人たちにさえ追い抜かれているかもしれないが、それでもまだ、進む意志まで捨て去ったつもりはない。

 だからこそ、だろうか。

「頑張れよガキども……まだまだ、先は長ぇからな」

 自戒を込めるようなヴァイスの呟きに、シグナムは彼の中に新たな熱が灯り始めたのを感じ、柔らかな微笑みを浮かべた。

 そうして言葉は途切れ、やがて二人は再び、新人たちの訓練風景に視線を戻すのだった。

 

  5

 

「───はい、午前の訓練終了!」

 荒息を吐く新人たちは、途切れ途切れに「ありがとうございます」と隊長たちへの返事を絞り出す。

 地面にへたり込む新人たちに、なのはたちは労いの言葉を掛ける。

「お疲れ様。みんな、よく頑張ったね」

「ま、個別スキルに入るとちょっとキツいトコもあるからな。初日にしちゃまあまあだ」

 ヴィータがそう告げると、ティアナは「ちょっと、というか……」とげんなりと顔を引きつらせ、エリオとキャロは顔を見合わせ、言葉もないといった驚きを浮かべている。普段は体力自慢のスバルでさえ、声も出せず地面にへたり込んでいるくらいだ。

 四人とも負けん気は強い方だが、自分の得意分野を最大以上に高めるのは並大抵の事ではない。〇を五〇に引き上げるのは簡単でも、そこから八〇、九〇、そして更に一〇〇よりも先へと。

 常に自分の限界と向き合い続けるのは、並大抵の努力では叶わない。なまじ得意とするものだけに、ある程度までは熟せたとしても、そこから先は自分のベストを更に塗り替え続けなくてはならないのだから。

 自分を突き詰めていく厳しさを再確認し、やや気を落とす新人たちの様子を見て、ヴィータは「まー、そうゲッソリすんな」と声を掛ける。

「フェイト隊長は捜査の方に出たりでなかなか出られねーけど、あたしとなのははこれまで通り、お前らにみっちり付き合ってやるからな」

「あ、ありがとうございます……」

 ニヤッと笑って見せるヴィータの表情から溢れ出す獰猛さに、スバルは引きつったような笑みを浮かべるばかりであった。

 と、そんな熱心なヴィータを宥めるように、傍らのフェイトからも新人たちに向けた注意が告げられる。

「頑張るのは大事だし、調子が良い時は夢中になっちゃうこともあると思うけど、あんまり無理しすぎるのもダメだよ? ライトニングの二人はもちろん、スターズの二人も、まだまだ身体が成長してる最中なんだから。くれぐれも無茶はしないように」

 ね? と、フェイトは新人たちにそう言った。

 スバルとティアナは十五歳と十六歳で、成長期は終盤ではあるが、それでも全く身体に変化がないわけでもない。

 努力は決して無駄にはならない。しかし、我武者羅な情熱は悪ではないが、休息のバランスを軽んじれば、それは魔導師としての人生にとって致命的な傷を生む事になるだろう。伸びしろが多い時期ではあっても、それにかまけて悪影響を生まないよう自制は必要なのだ。

 昼食の時間も近づいてきた。今は身体を休め、午後に備える時間である。なのはたちは新人たちを促し、隊舎へ戻る道を歩き始めた。

 

 隊舎の入り口まで戻ると、ちょうどはやてとリインがどこかへ出かけようとしているのが見えた。

 見送りに来ていたシャーリー共々、戻ってきたフォワード陣に気づいた三人は、訓練を終えた彼女たちに「お疲れ様」と声を掛けた。

「みんな頑張ってるみたいやね。関心関心」

「お疲れさまですよ~♪」

「デバイスたちの調子はどう? 調子が悪いとことか、違和感があったらいつでも言ってね」

 そんな言葉を掛けてくれた三人に、新人たちは「ありがとうございます」と応えた。

「はやてちゃんたちは、これからどこに?」

「西の方やね。陸士一〇八部隊にちょお顔出しに行こー思て。ナカジマ三佐たちと直接会って話しときたいこともあるし」

 なー? と、シャーリーとリインに笑みを向けると、二人も『はい/はいです~♪』と笑みを浮かべる。それを見て、「ああ、そっか」と思い当たる理由があったなのはたち隊長陣は、納得した様に頷いた。

「あ、そや。スバル、ティアナ。二人はおとーさんとおにーちゃん、おねーちゃんに何か伝言とかあるか?」

 と、思い出したように訊ねるはやてに、スバルは「いえ、大丈夫です」と言い、ティアナもやや間を開けて「同じくです」と応えた。

 二人の返事にはやては「ん、了解や」と頷いて、

「ほんなら、ちょっと行ってくるよ」

「うん。はやてちゃんもリインも気を付けて」

「ナカジマ三佐たちによろしく伝えてね」

「はーい♪」

「みんなも午後の訓練頑張ってな~」

 ほなな~と、手を振って車に乗り込んで出発したはやてとリインを見送って、なのはは「それじゃあ一旦解散。午後はチーム戦をするから、模擬戦場に集合ね」と(みな)に告げた。

 そうして新人たちは隊長陣と別れ、シャワールームへ向かう。

 訓練汚れを落としスッキリしたところで、合流したシャーリーを加えた五人と一匹で食堂へと足を運ぶのだった。

 

  6

 

「なるほど。スバルさんのおとーさんとおねーさん、それにティアさんのおにーさんも、陸士部隊の方なんですね」

「うん。八神部隊長も一時期、父さんの部隊で研修してたんだって」

「へぇ……」

 先ほどのはやてとのやり取りから聞こえてきた話を交えつつ、キャロは大皿から取り分けたパスタを可愛らしい仕草で咀嚼する。

 よく食べるスバルとエリオがいる面子というのもあって、運ばれてきた料理の量はかなりのものだった。訓練校時代から慣れた光景とはいえ、瞬く間に大皿から減っていく山盛りパスタを見て、ティアナは相変わらずよく入るものだと益体もない事を思う。

「ティアのおにーさんもそんな感じで、今はギン姉とコンビ組んでやってるみたい」

「じゃあ、ご兄妹でコンビっていうことなんですか?」

「……まあ、不本意ながらね」

 別にそれぞれの兄と姉の優秀さは今更問うまでもなく知っている。なのでそれ自体は良いのだが、なんとも上と下で若干凸凹度合いに差があるのを思うと、なんとも言えない気持ちもあった。

 が、生憎と能天気な相方はそんなのお構いなしなようで、「えへへー、そーかな~」なんて緩んだ顔をしている。

 はあ、と諦め交じりのため息を零しつつ、ティアナは飲み物に口をつける。

「……でもまあ、確かに六課のメンバーって、関係者繋がり多いですよね。スバルのとこもそうですけど、隊長たちも三人とも幼馴染って話ですし」

「そうだね。なのはさんとはやてさんは同じ世界の出身で、フェイトさんも子供の頃はあっちで暮らしてた。今でもお義兄さん夫婦の家は向こうにあるしね。ミッド出身だけど、もうほとんど実家はあっちに移ってるような感じみたい」

「詳しいですね、シャーリーさん」

 ティアナがそういうと、「まあ、あたしも昔、事件の協力で向こうに行ったことあるから」とシャーリーは微笑み、十年ほど前の事を話し始めた。

「デバイスマスターとして師事してたマリーさんがなのはさんたちのデバイスを診てた関係で、子供の頃から仲良くさせてもらってる。その事件の時も、なのはさんとレイジングハートのお手伝いとかをしてたんだ。ああ、でも普段のことなら、あたしより、エリオとキャロの方が詳しいと思うよ」

「「え?」」

「ほら。二人って、フェイトさんが保護責任者でしょ? だから二人も地球のハラオウン家で暮らしてたんだよね。執務官って長期の任務(しゅっちょう)とかもあるし、子供だけだと危ないからさ」

 ね? と、問いかけると、エリオとキャロは『はい』と頷いた。

「フェイトさんが留守の時は、お義母さんとお義姉さん───リンディさんとエイミィさんによくお世話になってました」

「あと、エイミィさんの子供のカレルとリエラも生まれたばっかりだったので、エリオくんと一緒にお世話したり、遊んだりとかも」

 と、エリオとキャロは海鳴市(むこう)で過ごした思い出を、スバルとティアナに話し始めた。

 いくらミッドの就業年齢が低いとはいえ、流石に年齢が一桁の子供だけで長期間留守番させる、なんてことはあり得ない。

 そもそもあれだけ子煩悩全開のフェイトがエリオとキャロを放っておけるわけもなく、ちょうど義兄(あに)夫婦に子供が生まれた時期であったのもあって、義母(リンディ)義姉(エイミィ)が「二人も四人も変わらない。むしろ家族が増えるなら大歓迎」とばかりに世話役を買って出た、というわけだ。

 本格的に執務官として活動を始めてからは、管理局の寮で過ごす事も多かったフェイトだが、こうした経緯もあり、二人を引き取ってからは、再び地球の実家を生活の基点に選んでいた。

 とはいえ、フェイト自身も経験したように、どれだけ互いを大切に思い合っていても、新しく『家族となる』のは決して容易い事ではない。しかし、だからこそ『そうなろうとする』のなら、この場所が良いとフェイトは決めていた。

 元々あの家は『PT事件』をきっかけとして、『闇の書』事件の折、フェイトの為にとリンディとクロノが便宜を図ったのが始まりではあったが───その後の事件や、地球での生活を経て、ハラオウン家にとっても意味深い場所となった。

 シャーリーの言葉を掘り下げるなら、あの星は、フェイトたちとっての第二の故郷と呼ぶべきもの。また同時に、新たな始まりの地でもある。かつて自分がそうだったように、エリオとキャロが新しい幸せを描けるきっかけを、ここから繋いでいけたらと、フェイトは願ったのだろう。

 

 そして、それはきっと───間違ってはいなかった。

 

「最近は会えてませんけど、メールとか通話は結構来ますよ? 案外むこうとの時差もそんなにないので、お休みの日とかに」

「また遊びに行きたいなあ、って思ってはいるんですが……いまは訓練中なので」

 クロノとエイミィの子供である双子。カレルとリエラの事を楽しそうにスバルとティアナに話すエリオとキャロの姿を見て、シャーリーはそう思った。

「まー、そーだよね~。さっきはああいったけど、あたしもギン姉にしばらく会ってないし。会いたい気持ちは何となくわかるなー。ティアもさ、お兄さんに会いたいなーって時、あるんじゃない?」

「……まあ、そうね」

「そういえば、何気に六課のフォワードメンバーって、みんな〝きょうだい〟いる人多いね。アルトもお兄さんいっぱいいるって言ってたし」

「へぇ、そうなんですか?」

「うん。この前聞いたばっかりなんだけどね───」

 言われてみれば、確かに多いかもしれない。厳密にはそうでなくても、似たような関係性にあるのも含めれば、六課にはそういう人物が多いのかもしれない。

(これも縁、なのかな……)

 何もそれだけがすべてではないが、『きょうだい』というのも、家族との繋がりの一端である事は間違いない。

 自分より先に生まれた兄姉に憧れを抱いたり、或いはその逆であったり。しかし往々にして、自分より速く生を受けた命というのは、一種の指標だ。

 その善し悪しはさておくとしても、確かに自分より長きを生きた誰かというのは、なかなか無視できるものではない。

 家族は最も近しい他人、というが、完全に切り離しきれない部分も確かに孕んでいる。

 そして、下にとって上がそうであるなら、上にとっての下にも同じ事がいえる。

 

 時に人間は、自分より下の命が生まれる事を恐れる場合もあるという。

 

 これは既に形成されていた自分の居場所を、他者に侵食されるように感じるためらしい。幼い子供であれば猶更に、他者と自分を切り離せず、知り得る情報も少ないがゆえに、余計に失う事を畏れるのだとか。

 確かに、これは人間にとっては切り離せない感情だ。

 自分の過ごし易い居場所を、或いは向けられた愛情を独り占めにしたい。

 誰しもが大なり小なり抱く当たり前の感情。何が悪いわけでもなく、ごくごく自然な想いである。

 

 ───が、かといってそれが全てでもない。

 

 良し悪しを語るより、よっぽどシンプルな話だ。

 ありとあらゆるものを『自分だけのものにしたい』というのも自然なら、『誰かと何かを分け合いたい』と思えるのも、同様に自然な感情であるのだから。

 片方だけにはなかなか振り切れない。どちらも内包しているからこそ、人間には悩みや迷いが生じる。

 仮に片方に振り切れてしまうなら、そもそも悩みや迷いはすぐに吹き入れてしまうだろう。自分自身の意義を一度は見失ったエリオとキャロならば、それがよく分かったのではなかろうか。

 

 苦しむくらいなら、なぜこんな風に生まれてきたのか。

 

 心に刻まれた痕は、簡単に消えはしない。

 けれど、ずっと留まっている事も出来なかった。

 

 悲しくて、苦しくて。助けてとすらいえないままで。

 大切だったはずのものが抜け落ち、空いてしまった心の穴。涙ばかりで、運命を呪った。

 

 世界は簡単に変えられず、自分が変わるのだって難しい。

 そんな、ぽつんと取り残されてしまったような空白(まよい)の中。自分自身の想いすら不確かだった子供たちに、不意に差しだされた手があった。

 

 選んだ道を経て、エリオとキャロは失ったものを取り戻しながら、考えもしなかった様々な事に出会っていく。

 この経験もまた、そのうちの一つ。

 自分たちに続いて生まれてきた新しい命の重みを知り、ただ護られているだけではなく、自分たちも守っていく側になりたくなった。

 どれだけ疵を負ったとしても、最後に差し出された手のぬくもりを知る事が出来た。きっと、理由はそれだけで十分だったのだ。

 不条理があっても、そればかりに目を向けるのではなく。

 ささやかでも、小さな幸せを紡ぎ合い、大きく広げていける世界であって欲しい。

 だからこそ、エリオとキャロは、自分たちを包み込んでくれた優しい在り方を、自分たちが守るべき命が生きる日々に繋いでいきたいと、そう思ったのだった。

 勿論、まだ二人も守られるべき子供である事には変わりはない。しかし、自分の足で立ち上がろうとする意志を否定するほど無粋でもいられなかった。

 育ての親となったフェイトの経験に依る部分もあったが、それ以上に、彼女自身が二人と交わした約束がそうさせたのだろう。

 どこへ行きたいのか。そして、何がしたいのか。

 その答えを見つけられるように、共に歩むと決めたのだから。

 仲間たちと〝故郷〟の話を始めたエリオとキャロの姿を、シャーリーは柔らかな表情でそっと見守るのだった。

 

  7

 

 ミッドチルダ西部に拠点を置く陸士一〇八部隊。その隊舎に到着したはやてとリインは、早速受付へと足を運んだ。

 受付で話を通すと、程なくギンガとティーダが二人を出迎えに来てくれた。

「お久しぶりです、はやてさん」

「お待ちしておりました」

「ギンガ、ティーダさんも、お久しぶりです」

「お久しぶりです~♪」

 出迎えてくれたギンガとティーダににこやかな笑みを返すと、二人は早速とばかりに、彼女を部隊長室まで案内してくれた。

 古巣ではあるが、はやてが研修していた当時に比べ、変わったところも多い。

 なんとなく視線を漂わせている間に、四人は隊長室の前に到着した。

 呼鈴を鳴らし、「ナカジマ三佐、八神二佐がお見えになりました」とティーダが声を掛けると、中から『おう、入ってくれ』と入室を促す声と共に、扉が開いた。

「よお、八神。よく来たな」

「ナカジマ三佐、ご無沙汰してます!」

「ま、そう堅苦しくならんでも良いだろ。積もる話もあるだろうし、とりあえず座ってくれや」

 そうはやてを促して、ゲンヤはギンガにお茶の用意を頼む。次いではやてもリインに、ティーダに持ってきたデータの受け渡しと説明をするよう頼んだ。

 ほどなくギンガが持ってきたお茶を受け取り、ギンガもティーダたちの方へ向かったところで、はやてとゲンヤ───かつての教え子と教官の談話が始まった。

「新部隊、なかなか調子良いみたいじゃねえか」

「そうですね、いまのところは」

 みんなのおかげでなんとかやれている、と言ったはやてに「そりゃなによりだ」と返しつつ、ゲンヤははやてに今回の訪問の目的について訊ね始めた。

「しかし今日はどうした。部隊は順調らしいが、古巣の様子見にわざわざ来るほど、暇な身でもないだろうに」

「ふふ。愛弟子から師匠への、ちょっとしたお願いです」

「お願い、ねえ……」

 訝しげに反復するゲンヤに、はやては投射画面を指しながら、『依頼(おねがい)』の内容を語り始めた。

「お願いしたいんは、密輸物のルート捜査なんです」

 映し出された赤い宝石には、ゲンヤも見覚えがあった。

 捜査官を率いる部隊長として、ここ十年ほどの間に名前が上がり始めたそれには彼自身、注意を払ってはいた。何せ、危険度は第一級捜索指定物とされており、おまけに教え子であるはやての部隊の設立目的ともなった品だ。知らない筈もない。

「お前んとこで扱ってる、ロストロギア───『レリック』か」

「ええ。それが通る可能性の高い流通経路(ルート)がいくつかあるんです。詳しくは、リインがいま外で二人に渡しているものを合わせて見ていただきたいと思います」

「まあ、ウチの捜査部を使ってもらうのは構わねぇし、密輸物の捜査は陸士一〇八部隊(ウチ)の本業っちゃ本業だ。頼まれねぇことはねーんだが……」

「お願いします」

 言葉の通り、地上部隊の中でも腕利きの捜査官を多く有する陸士一〇八部隊の専門は捜査である。

 現在抱えている案件は危険度で言えば中の下の品ばかり。人員を割くのを惜しむほどの状況ではないのも確かだ。かつての教え子の頼みでもある事も合わせれば、力になってやりたいのは山々であるが───。

「八神よ。他の機動部隊や、本局の捜査部じゃなくてわざわざ此処(ウチ)を頼って来たのには、何か理由があるのか?」

「密輸ルートの捜査自体は彼らにも依頼してあるんですが……地上の事は、やっぱり地上部隊が一番よく知ってますから」

「ふむ……ま、筋は通ってるな」

 理由としては弱いが、建前としてはまあまあだろう。

 まだ何かあるのは予想に難くないものの、元々来るものは拒まない性質の部隊だ。

 この先、鬼が出るか蛇が出るか。今は解からなくとも、何であれ、信頼のおける愛弟子に頼まれては無碍に断るわけにもいくまい。

「良いだろう、引き受けた」

「ありがとうございます……!」

 そう言って頭を下げるはやてを手で制しながら、ゲンヤはこの捜査協力に対する割り振りを行う。

「捜査主任はカルタスで、ティーダとギンガはその副官に付ける。見知った顔ばかりだし、この面子ならお前も動かし易いだろう」

 ティーダはまだ魔導師として完全に復帰したわけではないが、元より腕は確かであるし、ここ数年の経験からしても、捜査における力量は推して余りある。

 それに加え、

「はい。ウチの方は、テスタロッサ・ハラオウン執務官が捜査主任になりますから、ギンガもやりやすいんじゃないかと……ティーダさんも、ティアナと話す機会も多くなると思いますし」

「ああ。そうだな……」

 長年見てきたのだ、少しばかり壁を抱えてしまった兄妹の心情を慮りたくもなる。

 この機会が上手く働いてくれることを祈りつつ、はやてとゲンヤは少し冷めてきたお茶を啜った。

「ホンマは、ランスター兄妹の事もそうですけど……スバルに続いてギンガまでお借りする形になってしもて、ちょっと心苦しくはあるんですが」

「なあに。どっちも自分で選んだ道だ、やるときゃ全力でぶつかって、そいつをサポートしてやるくらいがちょうど良いんだろうよ。それに、ギンガもハラオウンのお嬢と一緒の仕事は嬉しいだろうしな」

「はい」

 それにしても、と『部下』を思い遣るはやての姿を見て、ゲンヤは感慨深げな笑みを浮かべる。

「気が付きゃお前も俺の上官なんだよなあ……。階級自体は元々大層なもんだったが、今じゃ立派な部隊長ときたもんだ。魔導師キャリア組の出世は早ぇな」

「魔導師の階級なんて、ただの飾りですよ。中央や本局に行ったら、一般士官からも小娘扱いですから……」

 だろうな、とゲンヤは小さく呟いた。

 魔導師としての技量は管理局内においては重宝されるが、その技量を持ちながら、管理局に長く関わりを持つ人間の集まっているのが本局というところだ。

 そして、そんな本局に───というよりは、次元世界の外側に向けて、というべきか。

 力を持った者たちが外へ外へと目を向ける中で、逆に今住まう世界を護るべきだと声高に叫ぶのが中央。牽いては地上本部の面々ということになる。

 どちらの主張も間違ってはいないだろう。正しさの有無ではなく、ただ優先するものが違うだけで。

 長く管理局に勤めてはいるが、こういった派閥争いにはどうにも馴染めない。

 年を取った、と言えばそれまでかもしれないが、妻を失い、守らなくてはならない娘たちを抱えていた彼にとっては、こう在る事こそが戦いだったのだろう。

 そういう意味では、まだ若い身でありながら、その渦中に飛び込んでいくはやてを放っておけないのも、それに近い感情故だったのかもしれない。

「おっと、すまんな……俺まで小娘扱いしてたか」

 謝罪を口にしたゲンヤに「いえ」と返しつつ、はやては言う。

「実際、その通りなところもありますし……それにナカジマ三佐は、今も昔もわたしの尊敬する上官ですから」

「……そうか」

 はい、と言って微笑むはやてに、ゲンヤは少し照れ臭そうに顔を伏せた。

 教える側にとって教えられる側が幼く感じられるように、教えられた側にとっても、教えてくれた側の事は、歳月を経ても敬愛すべき『師』なのである。

「甘えてばっかりもいられませんけど、やっぱり特別ですよ。師匠と弟子っていうのは」

「気軽に相談出来る存在だってんなら光栄だがな。そいつはお前んとこの、甘え下手な教導官の嬢ちゃん辺りにでも忠告しといてやるといいさ───おっと、こんなこと言ってると高町の嬢ちゃんに大目玉喰らっちまうな」

「まぁ、それはもう十分解かってるんちゃうかなー、とは思いますよ? ちっちゃい頃から先生を取り合う妹弟子もいますし」

「違いねえな。こっちにも聞こえてくるからな、若い先生とべったりな弟子のウワサは」

 ゲンヤの言葉に、すっかり傍付きが板についてきたらしい自分の親友とそっくりな遠き星の友人を思い起こし、はやては「たはは……」と困ったような笑みを浮かべるのだった。

 

  8

 

「……なんだか、すっごく失礼なコト言われてる気がするの」

 新人たちに続いて訪れた訓練後のシャワー室で、唐突になのはがそんな事を言い出した。

 親友の発言に、フェイトは不思議そうな顔で首を傾げる。当の本人には何らかの啓示(むしのしらせ)に感じたのかもしれないが、生憎とその直感は外野には解かりそうもなかった。

 なので、

「いつものコトだろ」

 なのはの呟きに、ヴィータは素っ気ないツッコミを入れる。

「昔っから天然なトコは相変わらずだし、そんなんじゃウワサされてもしかたねーって」

「ヒドいよぉ、ヴィータちゃぁん……」

 若干涙目で抗議するなのはだが、「ヒドくねーです」と無碍にその抗議を断ち切って、ヴィータはシャワーを止めると、掛けていたタオルを取る。

「ほら、午後の訓練行くぞー」

「あぁっ! ちょ、ちょっと待ってよ~、ヴィータちゃーん!」

 イジワル~‼ と、新人たちには聞かせられない子供っぽい声を上げながら、なのはもヴィータを追いかけて脱衣所へ向かっていく。

 二人のそんな光景(やりとり)を困ったような、けれどどこか微笑まし気に眺めながら、フェイトも午後の業務に戻るべく、シャワーを止め、ブースから歩き出した。

 

  9

 

「なるほど……。そうですか、フェイトさんが」

「はいです♪ 六課の捜査主任ですから、一緒に捜査に当たってもらうこともあるかもですよ」

 現状について説明してくれたリインの言葉を受け、ギンガは「これはすごく頑張らないといけませんね」と、ぐっと拳を胸のあたりで構えて見せた。

 スバル()のなのはに対する憧れほどではないが、ギンガも空港火災の際にフェイトに助けてもらった事がある。

 訓練生から捜査官になってからは、何度か事件を通じて関わった事もあり、ギンガにとってフェイトは尊敬する親しい先輩の一人である。そんな彼女と今回も合同で任務に就けるというのは、彼女にとっても非常に心が弾む報せであった。

 そうしたギンガの様子を見て、「よかったね」と傍らのティーダが微笑みかける。

「はい♪ ティーダさんも一緒ですし、ますますやる気が出てきます。姉としては、妹たちにカッコ悪いところは見せられませんからね!」

「はは。そうだね、僕も頑張らないと」

 姉として、兄として、それぞれの意気込みに燃える二人を見て、リインは「ありがとうございます♪」と、改めて協力に意欲的なギンガとティーダにお礼を述べると、シャーリーから託されたちょっとしたサプライズに移る。

「捜査協力に当たってくださるお二人に、ちょっとしたお礼として、六課からプレゼントがあるですよ」

「プレゼント、ですか?」

「はいです♪ ギンガはまだ、特定のインテリジェントデバイスを持ってはいないという事なので、シャーリーからスバルのと同型の新デバイスを。

 ティーダさんにはファントムミラージュがいますけど、ティアナのクロスミラージュを制作する時にお借りしたデータから、より最適化した調整と新しい機能の追加。担い手とより親密に呼応するよう、バージョンアップするですっ」

 その詳細を、リインは二人にデータとして送る。

 そこに記載された内容は、新たに手にするギンガはもちろんだが、愛機の改良となるティーダにとっても、かなり魅力的な構想が描き出されていた。

 特にティーダのものについては、彼の魔導師としての復帰を見越した更なる発展にまで視野に入れている。

「ファントムミラージュもきっと、後継機(きょうだい)が出来て、もっと頑張りたくなったんだと思います。わたしたちデバイスにとっての一番は、主と共に在ることですから。込められたあの子の願い、しっかり聞き届けてあげて欲しいです」

「ありがとうございます、リイン曹長。僕も改めて、もう一度、ミラージュに相応しい担い手になれるよう精進していきます」

 強き意志を秘めた笑みを浮かべるティーダに、リインも嬉しそうに微笑んだ。

 そうして、三人の話が一区切りついたところで、部隊長室にいたゲンヤとはやてから連絡が入った。

『話し中すまんが、そろそろお前たちも含めて、今回の協力任務の打ち合わせをしておかなくちゃと思ってな。カルタスにも声を掛けて、会議室に集まってくれや』

「了解しました」

「ではナカジマ三佐、五分後には会議室に向かいます」

『おう。頼むぞ、ティーダ』

 そこでいったん通信が途切れると、ティーダはギンガとリインに先に会議室へ向かって欲しい旨を告げ、カルタスを呼びに管制室へと向かった。

 その背を見送って、「ではいきましょうか」という言葉と共に、二人もまた、会議室へと向かって足を進めるのだった。

 

  10

 

 新人たちと食事を終え、シャーリーが整備室(デバイスルーム)へ戻ると、そこではフェイトが何やら熱心にガジェットの資料(データ)を閲覧しているのが見えた。

「お疲れ様です、フェイトさん。ガジェットの分析……ですか?」

「お疲れ様。ううん、そんなに大げさなものでもないんだけどね……。少し、気になる事があって」

 そう言って、フェイトは表示された画像の一つに目を向ける。

 そこにはガジェットの回路基板らしきものに据えられた、小さな蒼い宝石が写し出されていた。

「あ……これって、確か」

「うん。ロストロギアの一つ、〝ジュエルシード〟───十五年前、ユーノがある遺跡で発見した古代遺失物で、わたしがなのはたちと出会うきっかけにもなった事件の中心にあったエネルギー結晶体」

 高純度のエネルギー結晶体。それは六課が追うレリックとも通ずる部分ではあるが、しかしシャーリーは「でも……」と、以前なのはたちから聞いた事柄を思い出しながら、こう続けた。

「事件の記録では、ジュエルシード二十一個の内九個は失われて、残った個体は局で保管されていてるって」

「そのはず、なんだけどね。……さっき本局に問い合わせてみたら、かなり辺境の研究施設に貸し出される途中で、輸送船が事故に遭ったらしいが分かったんだ」

「事故って、そんな……ッ!」

 訝し気に呟くシャーリーに、フェイトも頷いた。

 偶然にしては、あまりに出来過ぎである。しかし、ジュエルシードに纏わる『PT事件』

が起こったのは十五年も前の、おまけに管理外世界での話だ。模倣するにしては、あまりに知名度が低い事件だといえよう。

 となれば、別の可能性を考えなくてはならないが、それもなかなか容易ではない。

「今回の機体は、リニアを襲った型だけど、前にシグナムたちが戦ったⅠ型も含まれてる事を考えれば……レリックと似たエネルギー結晶を、ガジェットが襲い取り込んだ、っていう仮説も考えられないわけじゃないけど」

「可能性自体はかなり低い、ですけど……偶然にしては出来過ぎで、かといって人為的というには確証も足りないとなると」

 歯痒げに、シャーリーは眉を顰める。

 だが、捜査もまだ始まったばかり。何事も気づかないままでは動き出す事すら出来ないと思えば、一つでも痕跡に気づけたのは、解決の糸口へ向かう第一歩だといえよう。

「もどかしくないっていったらうそになるけど……でも、いまは少しずつでも、次に繋がる手がかりを探していかなくちゃだから」

「そうですよね……よしっ! フェイトさん、あたしも分析手伝います。検証済みのデータからも、もっと細かく探せば、何かの痕跡が解かるかもしれませんし」

「ありがとうシャーリー、頼りにしてる」

「はい♪ では、さっそく───あれ?」

 と、勇んで持ち前の処理分析能力を全開にし、データの洗い出しを始めようとしたシャーリーだったが、席に着こうとしたその時、ふとフェイトの開いていた画像の一つに目が留まった。

「フェイトさん、これ……この画像のここのところ」

「え?」

「いえ、基盤に回路に繋がってない部分が目について、何だか文字が入った部分があったような……」

 言われて、フェイトはシャーリーの指した画像を拡大してよく見てみた。

 確かに、回路の中に独立した無関係の板部分があり、何かが『書いて』あった。

 戦闘の影響で微かに焼け付いてはいるが、そこには間違いなく文字が刻み込まれていた。

 それこそ、ネームプレートか何かのように。しかし、こんな無人兵器を作っておいて、わざわざ痕跡を残そうなどという者がいるわけもない、のだが───。

「Jと……M、ですかね?」

 たったの二文字。

 それだけでは意味があるのかも定かではない、しかし、これまで人為的か非人為的か判別できなかったガジェットに刻まれたがゆえに、強烈に匂い立つ懸念があった。

 何らかの目的を誇示するために誰かが刻みこんだ人為の痕跡。

 少なくとも、フェイトとシャーリーには、何者かがガジェットに手を加えている、或いは操っている可能性がかなり高くなったと感じられた。

「シャーリー……魔法技術の、特にエネルギー系をはじめとする研究に纏わる犯罪者に絞って、JとMのイニシャルを持ってる該当者のデータを抽出(ピックアップ)してもらっても良いかな?」

「了解です!」

 やっと見えてきた光明。か細くはあるが、追ってみなければ解からない事もある。

 辿り着いた一つ目の指標が示すものを確かめるべく、フェイトとシャーリーは、残された痕跡をより詳しく調べ始めた。

 

  11

 

「はい、本日の訓練終了! みんな、よく頑張ったね。お疲れさま」

 ありがとうございます、と、息も荒く、揃わないながらも、新人たちは何とかその労いに応えた。その様子に苦笑しつつ、明日の訓練について短く伝えると、なのはは四人に隊舎へ戻るよう促した。

 四人が訓練場を後にするのを見送り、今日の訓練で見て取れた新人たちのデータをまとめながら、ヴィータは傍らのなのはに「なあ」と声を掛ける。

「六課がガチガチの武装隊ってワケじゃないのは解かってるけどさ、なんつーか……ちょっと自由(アバウト)すぎねーか? あたしらが昔研修に行ったトコなんか、カリキュラムどころか、立ち居振る舞いから礼儀作法まで叩き込まれただろ?」

 ヴィータの問いかけに、なのはも「そうだね……」と小さく頷いた。

「確かに、純粋に管理局員を育てるっていう意味でなら、六課の教導(やりかた)はセオリー通りじゃないかもしれない。───だけど、スバルとティアナはもちろん、エリオとキャロだって、そういう管理局員としての在り方を、全然学んできてないわけじゃない。

 あくまで六課の目的は、ゼロから育てるんじゃなく、それぞれが秘めた資質を、最大限伸ばしてあげる事。そしてその力は、AMFを始めとする対魔法技術と相対した時……ううん、AMFに限らず、自分にとって未知の相手に遭遇しても、必ず無事に帰ってこられるようにするためのものだから」

 ゼロから学ぶのではなく、培ってきたものを、より進化させていくための在り方。

 一律ではないのかもしれないが、決してバラバラというわけでもない。

 なるほど。改めて言葉にすると、確かにそれは六課(かのじょたち)らしいといえるかもしれない。

「ま、考えてみりゃあたしらの集まりからしてそんな感じだしな……。今更かもしんねーけど、らしいっちゃらしいか」

「うん。わたしがいた教導隊も、どっちかっていうとそっち寄りだからね。型に嵌めるより、自分の持ってる手段を更に高められるように、ひたすら実践あるのみ! みたいな感じで」

「…………」

 要するにそれは、目についた迷路を全て潜り抜けるようなものだろうか。いや、むしろ目の前に壁を置いて、這い上がって答えに辿り着けるまで、延々と叩きのめされるイメージの方が近いのでは───。

「……おっかねぇな。改めて教導隊ってのは」

 思わずそんな呟きが漏れたものの、さほど憂いは含まれてはいなかった。

 ヴィータ自身、どちらかといえばその路を歩いてきた側だ。だからというわけではないが、あれだけ負けん気の強い四人に、不安ばかりを感じるというのも、どだい無理な話である。

 今は荒波に揉まれ、本当に擦り切れそうになった時に支え、導く。萌え出る青葉を相手にするなら、それくらいがちょうどいいのかもな───と、会話が一区切りついたところで、データ整理にも目途がついた。

「んじゃ、あたしらも隊舎に戻るか」

 小さく伸びをしながらそう告げたヴィータに、なのはも「そうだね」と応じ、二人は隊舎へと向かって歩き出した。

 

 ───歩きながら、ヴィータは思う。

 まだ数か月ではあるが、次の世代を導くという事の難しさが身に沁みて解かってきた気がする、と。

 いま自分たちが育てている四人も、自分たちの置かれた環境について、どのくらい認識できているのだろうか。……いや、そんな事を考えるのは、まして口に出すなんて野暮が過ぎる。

 自分たちだって、どれだけ感謝の念を持っていても、実際にそれをきちんと理解出来たのは、ずいぶんと後になってからだった。

 だからこそ、考えるべきはそこではない。

 今はただ、これまで受け継いできたものを、真っ直ぐ伝えていくだけだ。何時か、あの四人が次の世代の前に立つ時、自らの在り方に誇りを持って、導く事が出来る大人になれるように。

(ホント、簡単じゃねぇよな……〝導く〟なんてのは)

 柄でもないのに、なんて心裡に呟きながら、ヴィータは何の気なしに空を見上げた。

 今宵の空は酷く澄んでいて、この感傷的な気分には、嫌になるほどピッタリな様相である。臨海地区というのもあって、六課隊舎周辺は良い風も吹く。気づけば、どこか胸に掛かっていた靄は、そんな風に流されて、いつの間にか晴れて行ってしまった。

 

  12

 

 昏く染まった空に、二つの月が浮かぶ。ミッドチルダのいつもの夜だ。

 その月夜に照らされた街を、少女が一人歩いていた。

 静けさに包まれた街をは少し寂しげではあるが、忙しない昼間の喧騒よりも好ましく少女の紅い瞳に写っていた。

 しかし、夜に風情を覚えるには、少女は些か幼すぎるように見えた。

 年齢(としのころ)はやっと二桁に届くかどうかと言ったところ。

 背丈にしても、同世代(おないどし)の平均より頭半分ほど低い。少なくとも、こんな時間に一人外を歩き回るのは憚られるだろう『子供』であった。

 

 ———けれど、不思議と不釣り合いには思えない雰囲気が彼女にはあった。

 

 夜に溶け込みそうな藍紫の髪がそう思わせるのかも知れないが、恐らくそれだけではないのだろう。

 どこを目指すでもなく、とはいえ、決して足を止める事もなく。

 少女はただ、静かに歩き続ける。

 誰の目にも留まりながら、決して捉えさせない。

 静けさに馴染みながらも、ふとした瞬間に目を奪われてしまいそうな魅力。そんな、ともすれば異様とさえ形容できそうな、不思議な色香()を持つ少女だった。

「……?」

 と、不意に少女の足が止まる。

 どこからか掛かってきた通信に気づいたらしい。ローブの中にしまっていた右手を上げ、嵌めた手套(愛機)の甲に据えられた宝石部分に小さく声を掛ける。

「ドクター?」

 見た目に違わぬ平静(しずか)な声音でそう訊ね掛けると、宙に映し出された画面(まど)の向こうから、『やあ』と返事が聞こえてきた。

『随分とご無沙汰してしまったね。調子はどうかな? ルーテシア』

「うん。元気、だよ? わたしも、おねーちゃんも、アギトも、ゼストも」

 そう応えたルーテシアに、『それは重畳(なにより)だ』と、画面の向こうに立つ、博士(ドクター)の名通りに白衣を纏った男は、にたりとした()みを浮かべる。

 そして、続けて子供相手にしても余分なほど、ねっとりとした猫撫で声で彼女にこう告げてきた。

『ところでルーテシア。申し訳ないんだが……君たちにまた、一つ〝お願い〟があってね』

「おねがい?」

『ああ、とても大切な……ね』

 ゆったりと間を残しつつ首肯した(ドクター)に、ルーテシアは「そう」と呟き、たいして間をおかないまま両省の意を示した。

「良いよ。ドクターの、おねがいだから」

『やはり、ルーテシアはやさしいね……では、早速説明に入るとしよう。

 今回のお願いはね、いま君たちの居るミッド郊外のあるホテルで行われるオークション、そこに出展されているある品を手に入れて欲しい、というものなんだ』

「ロストロギア……?」

『流石に聡い。そうだよ、私の研究に必要なものなんだ』

「分かった」

『ありがとう。とても助かるよ。詳しいデータは、あとでクアットロの方から送らせよう。それと、お礼と言っては何だが、今度ソフィたちも一緒にお茶でもいかがかな? 君たちの好きな茶菓子(スイーツ)をたくさん用意しておくよ』

「ゼストは、あんまり甘いの好きじゃないから……他のも」

『おっと、これは失念していた。そちらも用意しておこう』

「うん。じゃあ、また」

 言って、ルーテシアは『ああ』と応える(ドクター)の声に頷きながら、通信を切った。

 程なく送られてきた目標の詳細と、それらが揃う場所の日時と地図を参照しつつ、ルーテシアは愛機に、『姉』に通信を繋いで欲しいと頼んだ。

『あら、お散歩はもういいの?』

 悪戯っぽく微笑む『姉』に、「うん……もう少ししたら、帰るね」と告げる。

 気を付けてね、と告げる『姉』に頷きつつ、

「おねーちゃん」

『ん? どうかしたの、ルー?』

「ドクターが、おねがいがあるって」

 送られてきたデータを『姉』に転送しながらそう告げると、『姉』はそれらに目を通しながら、『なるほど……』と一つ頷いた。

『今度はずいぶんと近くなのね。あまり遠くに行かなくて済むのは良いけど……その分、リスクも高くなっちゃうかも』

「平気。わたしには、おねーちゃんたちがいるから」

 何の迷いもなく言い切るルーテシアに、『姉』は思わず笑みを零した。

『ふふふ。そうね、ならおねーちゃんも頑張らなくちゃ。大事な〝おねがい〟だものね……』

「うん」

 こくり、とその言葉に頷いて、少女は通信を閉じる。

 そうして、少女は再び、家族の下へと帰るべく、止めていた足を踏み出すのだった。

 

 

 

 六課隊舎から中央本部へ向かう途中。フェイトは車窓から見えた、歩道を歩く小さな人影を目の端に捉えた。

(……こど、も……?)

 対向車線側のため、ハッキリと見えた訳ではなかったが、何故だかフェイトは、妙にその人影が気になった。

 ちょうどエリオとキャロと同い年くらいだったからだろうか。

 就業年齢の早いミッドチルダでは、全く珍しいというわけではないが、それでも幼子が夜に出歩くのは奨励されているわけでもない。

「??? どうかしましたか、フェイトさん?」

「あ……ううん。そんな大したことじゃないんだけど」

 ───とはいえ、気にし過ぎだっただろうか。

 助手席のシャーリーにそう訊ねられて、フェイトの中に残っていた奇妙な印象は次第に薄れ始め、二人の話題は先ほどまで六課の整備室で話していた事柄に移りだした。

「それにしても……ジュエルシードの件もそうですけど、レリックも何の目的で創り出されたんでしょうね」

 今回のガジェットに使われていたような、炉心としての利用方法はもちろんだが、そもそも根本的な問題として、あんな膨大なエネルギーを何のために結晶にしたのか。

 エネルギーを内包した結晶体というのは、次元世界では比較的ポピュラーな技術ではある。しかし、ジュエルシードはもちろん、レリックにしても、個体ではあるが、かなり不安定な状態である事に変わりはない。

 とりわけ、レリックはジュエルシードのような生物の意志に感応するといった性質すら未だ明かされておらず───過去の事例を鑑みてもなお、現状では封印による不活性化処理以上の対策が無いというのが現状だ。

「教会の方から回ってきた資料では、古代ベルカで造られて、人体にインプラントするものとして使われていた……みたいな話もありますけど、一時期のカートリッジシステム以上に失われた技術な上に、ほとんど伝承に近い状態ですし」

 この辺りは、カリムの預言を調べていた時、その内容に示されているのが『聖王のゆりかご』なのではないか、と疑われたのと同じだ。

 一つの可能性として捜査線上に上がってはいるものの、存在自体がまるで御伽噺(くうそう)の産物であるような。

 影を追う事が出来ても、そこに明確な道筋は浮かんでは来ない。

 たとえ、それが稼働した状態で発見されたのだとしても。

 理解する事が出来なければ、とてもそうとは信じられはしないものだ。

 直感は時として論理を超越する事もあるが、憶測にのみ身を委ねれば、呆気なく道を踏み外す。

「せめて、もう少しデータがあればいいんですけどね……」

 シャーリーの呟きに、フェイトも首肯する。

 しかし、現状ではまだ難しいだろう。となれば、フェイトたちに出来ることは、関連する情報を探しながら、それらを結びつける手がかりを探していく事くらいだ。

「とにかく今は、中央にある事件ファイルから洗い出してみよう」

「はい。───あ、そういえば、無限書庫にも依頼出してましたけど、書庫の方からはどうでした?」

「さっき連絡したら、レリックやジュエルシードに類似する系統のロストロギアについても調べてくれるって。……やっぱり、ユーノにとってもジュエルシードは印象深いロストロギアだから」

「そうですよね……。使用目的とか、運用に纏わる部分が推察出来たら、解決の一歩になりますね」

「うん。わたしたちも、負けてられないかな」

 言って、フェイトとシャーリーは笑みを交わし合う。それから程なく、二人を乗せた車は、中央本部のある区画へと滑り込んで行くのだった。

 

 

 



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第六章 出張、第九七管理外世界へ

偶然と必然 Give_and_Take.

 

 

 

 ミッド北部、旧ベルカ自治領。

 現在のミッドチルダの前身となった旧世界の一つ、『ベルカ』。その特色を色濃く継いだここには、かつて長く続いた戦乱を(おさ)めた聖王・オリヴィエを奉る『聖王教会』の本部が置かれている。

 教会本部の中央に聳える大聖堂の執務室にて、カリムは今日も寄せられた依頼への対処に忙しく手を動かしていた。

 

 彼女が後見を務める機動六課が本格的に稼働し始めてから、早数ヶ月。

 部隊は順調に運営されており、先のガジェットとの戦闘でも隊員たちは順当な成果を上げている。

 とはいえ、まだ六課は(あお)い部隊である。

 元々の設立目的は別であっても、その時が来た際に満足に動けなくては意味がない。

 単に、華々しく活躍しろというのではなく、自分たちが〝動ける〟のだと、外側に認めてもらう必要があるのだ。

 それがここのところの、六課の後見人であるカリムの悩みのタネだった。

「…………」

 悩まし気な表情で、机に広げた書類を眺める。

 そこへ、お茶を差し入れに来たシャッハが入ってきた。カリムの悩ましげな表情を見みかねて、「だいぶお困りのようですね……」と声を掛ける。

「ええ、そうなの。六課の経験と実績の為には、なるべくたくさんの任務を熟して行くのが一番の近道なんだけど……」

 しかし、表向きの六課は、レリックの捜査とAMF対策を主軸とした育成を念頭に置いた部隊だ。

 通常の任務であれば、本局や地上本部の武装隊の領分である。協力体制を取るという手もあるが、よほどの大ごとでない限り、複数の部隊が常時肩を並べて任務に当たる必然性は殆どない。

 その上、一度協力体制を取ってしまうと、有事の際にハイ中断、というわけにもいかないだろう。そうなると、六課本来の目的であるレリック関連の事件への対応が疎かになってしまう恐れがある。

 加えて、六課をあまりミッドから動かしてしまうと、そもそもの部隊としての前提が崩れる。これらの問題が重なり合って、六課への任務の振り分けはかなり難しいものになってしまっていた。

 とはいえ、六課が単体で熟せて、かつ移動もそれほど困難ではない範囲での任務など、そうあるものでは───。

「……あら?」

 ない、と思っていたところに、ふと気になる依頼書が目についた。

 改めて、詳しく内容を確認するカリムだったが、読み進める毎に、その表情はどこか複雑そうなものになっていく。

「どうされましたか、騎士カリム?」

「ううん、そう大したことじゃないんだけど……ちょっと、シャッハも読んでみて」

「? はい、かしこまりました」

 シャッハは不思議そうな顔で、カリムから渡された依頼書に目を通していく。

「珍しいですね。本局からではない、中央からの遺失物案件なんて……。ですが、こういった依頼自体はそこまで珍しくは」

「ええ。内容自体はちょっと珍しいかな、くらいなの。でも、その場所が……ね」

「場所、ですか?」

 カリムの言葉に、シャッハは再び依頼書へ視線を戻す。

 任務内容は、ここ数ヶ月の間にミッドで確認された事件に関与すると思われるロストロギアに関する調査依頼。そのロストロギアは、過去に管理局によって保護された経緯を持つが、今回の件と過去の事件において紛失した個体も確認されているため、改めて詳細な調査の必要があると判断されたのだという。

 特に、その区域は過去に三度の大規模な古代遺失物関連の事件が起こった場所であり、最近になってロストロギアに似た疑わしいエネルギー反応が確認された事もあって、土地柄による新しい危険がないか、その有無についても調査を必要とする。区域は管理外世界であるため、広域捜査の扱い。よって、それに適した部隊に任せたい。

 ───と、大まかな内容としては、概ねこんなところだ。

 が、広域捜査では、いかにロストロギア関連とはいえ、六課には不向きな任務と言えるのではないだろうか。

 そうシャッハは思いながら、カリムが気にしていた任務の場所となる管理外世界の名称を確認する。

「管理外世界の九七番。現地名称は、地球……えっ? ここって、確か───」

 思わず顔を上げ、驚きのままにカリムへ問いかけるような視線を向けるシャッハ。それにこくりと頷いて、カリムはこう応えた。

「そう。はやてやなのはさんの出身世界で、六課の隊長陣にとっても思い入れ深い……出会うきっかけをくれた、始まりの場所」

 カリムの言葉を受け、やや間を置いて、シャッハは短く呟いた。

「……偶然、なのでしょうか?」

 彼女が訝しむのも無理はない。

 確かに、かつてあの惑星(セカイ)で三度事件が起こったのは事実だ。

 カリムもシャッハも、それについては既にはやてやクロノから聞き及んでいるし、先日六課の方から三つの事件の内、最初の事件となった『PT事件』の中心にあったという〝ジュエルシード〟についての報告も受けたばかりだ。

 管理局で保護されていた筈の品が、ガジェットの中から発見されたという事実を鑑みれば、このタイミングでの依頼というのは、あまりに怪しい。

 おまけにジュエルシードの紛失は、輸送中の事故が原因だという。件の『PT事件』のきっかけとなったのも、やはり輸送船の事故だった。……これで疑うな、という方が無理な話である。

 とはいえ、だ。

 ではなぜ、管理世界で紛失した筈のジュエルシードの、厳密にいえば何らかの高エネルギー反応ではあるが、それがなぜ管理外世界の地球周辺の区域で確認されるのか。

 過去にジュエルシードは、『PT事件』の際に当時発見された二十一個の内、九個が虚数空間に呑み込まれ、紛失したという経緯がある。

 なので可能性だけで言えば、失われずにいた個体が今になって見つかった、という解釈も強引ながら出来ない事もない。

 どちらにせよ、人々に危害を及ぼすのならば対処しなければならず、ましてそれが人為的な悪用であるならば猶更に対応が急がれる。

 見つけたのは、失われた痕跡なのか、或いは悪魔の罠か。

 いずれにせよ、放っておけるわけもない。

 ゆえにか、

「……これも縁、ということなのかもしれないわね」

「騎士カリム……」

 目を閉じ、何かを逡巡するような仕草をした後、カリムはシャッハにこう告げた。

「シャッハ、六課に依頼の連絡を」

「本当によろしいのですか? 確かにまだ、猶予はあるとはいえ……」

「六課は頼りになる味方だけど、だからって六課だけで全てを護り通せるわけじゃないもの。それに、六課のメンバーが手掛かりに一番近いと考えられるなら、解決のために出来ることは全部やって、最善を尽くさなくちゃ」

 勿論、わたしたちもね───そう付け加えたカリムの笑みを受け、シャッハは「そうですね」と頷いた。

「分かりました。早速、八神部隊長に連絡を入れておきます」

 そう了承の意志を示したシャッハに、カリムは「お願いね」と告げた。

 そして、彼女もまた、最善を尽くすべく動き出すのだった。

「───あ、もしもし? 聖王教会の騎士・カリムです。お久しぶりですね、司書長。いつも義弟(おとうと)のロッサがお世話になっております。突然のご連絡申し訳ございません。大変恐縮なのですが、ひとつ依頼(おねがい)がございまして……」

 

 

 

出張任務開始! Let's_All_Go_to_Unmanaged-Planet_No.97

 

 

  1

 

『フォワードメンバー各員に通達。スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター二等陸士。およびエリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ三等陸士。以上四名は、十分後、速やかに部隊長室へ集合してください。八神部隊長がお呼びです』

 隊舎に流れたアナウンスに、スバルたちは「?」と首を傾げる。

「なんだろうね?」

「さあね。とにかく、呼ばれたんだから行けば分かるでしょ」

 そう言って、ティアナはエリオとキャロに声を掛け、四人ではやての待つ部隊長室へと向かう。

「失礼します。ティアナ・ランスター二等陸士、および他三名。集合いたしました」

「うん、みんな忙しいところ集まってくれてありがとうなあ」

 やってきた四人に労いの言葉を掛け、はやてはここへ招集を掛けた理由を語り始めた。

「みんなに集まってもらったんは、新しい任務の依頼が来たからなんやけど……その任務が、これまでのものとはちょっと違った感じになりそうでな?」

 スバルたちのデバイスへと任務のデータを送り、はやては説明を続けていく。

「今回の任務は、管理外世界での広域捜査。観測されたロストロギア反応の調査と、もし稼働状態のロストロギアを発見した場合、それを確保する事が目的や。正確な位置を把握できてるわけやないから、流石に日帰りとはいかへんけど……」

「出張してまで追うという事は、対象は〝レリック〟の可能性が高いと疑われているのでしょうか?」

「いや、〝レリック〟はかなり広範囲にバラけているから、可能性がゼロってわけやないけど……今回、本命とするならこっちの方やね」

 新たに映し出されたのは、掌に収まりそうな、菱形の小さな青い宝石だった。

「これは……?」

「レリックと同じ、エネルギー結晶系のロストロギア。十五年前、現在の無限書庫司書長がある世界で発見して、管理局で保護してる品や。固有名称は───〝ジュエルシード〟」

「ジュエル、シード……この品の危険度は、いったいどの程度なんでしょうか?」

 はやてに告げられた名称を口の中で反芻しつつ、ティアナはその危険性について訊ねる。

「ジュエルシードの危険度は、レリックとほぼ同格の第一級指定。しかも場合によっては、レリックよりも不安定で、大規模な災害を引き起こす可能性が高い。過去の事例では、小規模な次元震や、次元断層を引き起こしかけたこともあるそうや」

「…………」

 次元震に、次元断層。

 次元世界に住むものなら、だれでも知っている次元災害ではあるが、改めて言葉にすると、何だか遠い出来事のように思える。

 しかし、それも無理からぬ事だ。

 過去を遡ればいくらでも、直近でも全く事例がゼロというわけでもないが、少なくともここ数十年の間に、実際にミッドにまで被害をもたらすほどの規模での災害は発生していない。

 そんなものを引き起こすといわれても、実感がわかないというのは、当然といえば当然である。だが、実感が湧かないからといって、その危険性を軽視出来るほど、スバルとティアナ、そしてエリオとキャロも、浅はかではなかった。

 スバルは己の経験故に、ティアナは研鑽の成果故に。

 まだ幼いエリオとキャロにしても、フェイトを始めとする大人たちとの関わりの中で、そういった話は幾つも耳にしてきた。

 四人は決して侮る事無く、きちんとジュエルシードの持つ危険性について受け止めている。その表情を見て、この四人ならば大丈夫だろう、とはやては自然と口角が上がるのを感じた。

「危険である事には変わりないけど、だからといって、放置出来るような物でもあらへん。それがわたしたちのお仕事やからな」

「「「「はいッ‼」」」」

「うん、良いお返事や。さっきも言った通り、それなりの広域捜査になるから、準備はきちんとな。出発は今から二時間後。次元移動のために中央を経由して、本局から跳ぶ事になるから、屋上の発着場(ヘリポート)に集合や」

 はやての指示に、了解‼ と、威勢良く応え、四人は準備のため部隊長室を出て、一旦部屋に戻る。

 

「にしても、ちょっと前に向こうでの話色々聞いたけど、まさか任務でいく事になるなんてね~」

 その途中、ふと思い出したようにスバルがそんな事を言う。

 遊びに行くんじゃないのよ、と釘を刺しつつも、「けど、ちょっと複雑よね。自分の暮らしてた場所が危ないっていうのは……」と、傍らのエリオとキャロを気遣った。

 エリオとキャロも思うところもあるのだろうが、それでも二人はあまり思いつめず、むしろ自分たちで守る助けになるなら、と気持ちを奮い立たせていた。

「それに、こんな形ですけど……久しぶりに帰れるのは、やっぱり嬉しいです。ね? エリオくん」

 キャロの言葉に、エリオも「うん」と頷いた。

 二人の様子を見て、ティアナは強い子たちだな、と何だか少し感慨深い想いを抱いた。

「なら、なおさら頑張らないとね」

「「はいっ!」」

「よーし、頑張るぞ~ッ!」

 おーっ、なんて拳を突き上げるスバルに釣られて、エリオとキャロも「おーっ♪」と同じ動作をする。

 だから遊びに行くんじゃないって言ってんでしょ、と、ティアナは相方の能天気さに呆れつつも、重苦しくなり過ぎない程度の昂揚を、何だかんだ好ましく感じているのだった。

 

 

 

 四人が準備を整え、発着場へ向かうと、既に到着していた隊長陣の姿が見えた。

 スターズ、ライトニングの分隊長と副隊長。そして、はやてとリイン、更にロングアーチのまとめ役であるシャーリー、医務官を務めるシャマルの姿まで。

 管理外世界での広域捜査ゆえの布陣なのだろうが、これだけ歴戦の魔導師が揃うと、それだけでも滲み出る迫力のようなものがある。

 機動六課の保有する魔導師を総動員した錚々たる顔ぶれに、新人たちは思わず息を呑む。

 が、それで固まったままというわけにもいかない。皆が集まったのを確認したはやてからの言葉で、一同はヘリを乗り込み、中央本部へ向けて出発した。

 

 ヘリが飛び発った直後。

 新人たちは隊長たちから、今回の任務についての改めて確認しておくようにと促された。

 先ほどはやてから送られた資料に再度目を通しながら、新人たちは今回の任務内容と現地の詳細についての確認を始めた。

 今回の任務地となるのは、第九七管理外世界・地球。その極東地域にある、『日本』という島国の海鳴市という街に拠点を置いての捜査を行うとの事。

 この前エリオとキャロの話を聞いてはいたが、改めて見るとなんだか不思議な場所に思える。

「文化レベルはB。魔法文化なし、次元移動手段なし……か」

 三度も魔法関連の事件が起こっている世界でありながら、その世界には魔法技術も次元移動手段すらない。

「やっぱりなんか……不思議な世界よね」

「そうだね。でも、何だかんだ昔から、交流自体は少しあったみたいだよ? ウチのおとーさんのご先祖さまの出身世界だけど、おとーさんも魔力ゼロだし」

「そういえばスバルさん、おかーさん似だっておっしゃってましたよね」

「うん」

 と、そんな話をしているスバルとキャロのやり取りを聞きながら、言われてみればそう不思議な話でもないのかもしれないとティアナは思った。

 様々な次元世界から人が集まっているミッドチルダでは、ある程度の水準は会っても、そこまで文化の差異には重きは置かれない。

 管理世界と管理外世界の区分だって、あくまで魔法文化の度合いや次元移動手段があるかないか、というだけのものだ。

 管理世界からの来訪者によって、管理外世界からもたらされた文化が取り込まれているのも、昔からそう珍しいケースでもない。

 そもそも、ミッドでも強力な魔力を持って生まれてくるのもごく少数だ。

 高ランクの魔導師から魔力の低い子供が生まれてくる事もあれば、その逆も当然ある。

 そして、魔導師でなくても魔導技術の恩恵自体は誰でも享受できる。何より、仮に魔導師としての適性がなかろうと、スバルの父ゲンヤのように、魔導師の所属する組織でも十分に己の才覚を発揮している人間もいる。

 他にも、ミッドやその周辺の管理世界に置かれた大企業の重役などにも、魔法に適性のない人間を上げれば枚挙に暇がない。

 数多の次元世界が統合されて出来上がった管理世界において、魔導師としての生き方を選びでもしない限り、個人レベルではそこまで魔法の有無によって生き方が限定されるわけでもないである。

 が、

「……でも、そこから、なのはさんとか八神部隊長みたいなオーバーS級魔導師が生まれる事もあるのよね」

 そこから生じた強大な力というのは、始めからその道を目指している人間にとって、なんとも複雑な思いを抱かせる部分もある。

 無論、ただ持ちえた力だけが全てではないのだとしても、やはり思うところがないではない。

 けれど、それは。

 

「───まあ、わたしらの場合は突然変異というか……たまたまー、な感じかな?」

 

 きっと、持ち得てしまった人間にとっても、同じ事なのだろう。

「あ……す、すみません……」

 不躾な言い方をしてしまったと、ティアナは自分の呟きを謝罪した。

 しかし、はやては「ふふ、ええよー」と、大らかに気にする事ではないと言うように手を振った。

 魔法と出会い、管理局に入ってからは散々言われ慣れているのもあるし、何よりはやて自身、自身の生い立ちが稀有な道を辿ってきたという自覚もある。

「実際、改めて考えてみると不思議な話ではあるからなあ……。ホンマやったら気づけないコトに気づいて、それをお仕事にするーっていうのは」

「そうだね……。わたしたちが魔法と出会ったのは、確かに偶然だったし」

 はやてとなのはの言葉に、スバルとティアナは静かに聞き入っていた。

 ティアナは、なのはとはやてが何故その道を選んだのか、という先達の意志に。

 スバルは自分にとっての憧れ───言ってみれば、魔導師の象徴のようにも思えていたなのはが、本来は全く逆の場所に居たという事に対する驚きに。

 気づけは、二人とも関わりの深い筈のエリオとキャロも、続く言葉を真剣に待っている。

 それを見て、フェイトやヴィータ、シグナムとシャマルはどこか複雑そうな、けれどきっと必要ではあると理解している表情で、伝えるべき言葉を探す二人を静かに見守っていた。

 

 ───が、本筋に入るよりも早く。

 ヘリはいつの間にか、中央本部へと到着していた。

 

 操縦席から告げられるストームレイダーのアナウンスを受け、はやてとなのはは「詳しくはまた今度ゆっくりしよう」と言って、ヘリから降りる準備をしようかと(みな)を促した。

 気になってはいたが、しかし、今ずげずげと踏み込める事でもないと感じ取ったスバルとティアナは、大人しくその指示に従った。

 しかし、何時か───隊長たちが抱いたものを聴けたら、と、どこか苦しくも温かな昂揚を胸の裡に残しながら、スバルとティアナは、隊長たちに続いて、機体(ヘリ)の外へと足を踏み出すのだった。

 

  2

 

 中央に着くと、別ルートで向かうというロングアーチ組と別れ、スターズとライトニングの両分隊は先んじて転送ポートを通り地球へと跳んだ。

 数分も立たず降り立ったのは、白い無機質な室内から一転した湖畔のコテージであった。

 管理外世界の屋外に転送ポートが設置されていた事に驚きはあったが、スバルとティアナが最初に抱いたのは、未知への高揚感というよりは、むしろ逆の───郷愁にも似た、不思議な心地よさだった。

「ここが、なのはさんたちの育った世界……」

 自分の憧れの生まれ育った故郷。酷く遠いもののように思えるのに、実際にその場所に立ってみると、初めて来た気がしない。

 或いはそれは、管理外世界というものに対する印象であったのかもしれない。

 が、それも無理からぬ事だろう。

 魔法のない世界。自分たちにとっての当たり前の欠落した場所というのは、簡単に想像のつくものではない。

 けれど、存外そういったものは全く異なった様相ではなく、自分たちの暮らす場所と、さして変わらない光景をしているものなのかもしれない、と、この土地に降り立ったスバルとティアナは思った。

「にしても……魔法文化・次元移動手段がない以外は、ミッドの郊外とか、近隣の管理世界とそこまで変わらないって事だったけど……」

「ここまで似てると、なんだかビックリだねぇ」

 スバルとティアナがそんな会話を交わしているのを聞き、なのはとフェイトも「言われてみれば、確かにそうかも」と、今更のように納得する。

 実際のところ、ミッドと地球は比較的似通っており、魔法文化が世界の根本に根ざしているかどうかを除けば、通常の生活自体はそこまで大きな違いはないといえよう。

 ミッド出身のフェイトが此方に馴染めたのも、逆になのはやはやてがミッドに馴染んでいったのも、そういった相似した部分が一因であるのかもしれない。

 そのあたりは、此方で暮らしていた経験のあるエリオとキャロにも同じ事が言えた。

「わー、懐かしいね。エリオくん」

「だね。フェイトさん、ここって確かアリサさんの……」

「そうそう、前にみんなでキャンプに来たところだよ」

 どうやらこの場所を知っているらしいライトニングのチビっ子たちに、スバルは「え、二人とも、前にもここに来たことあるの?」と訊ねる。

 はい、と応えて、エリオとキャロは前にここへ来た時の事を話し始めようとした。───が、そこへ一台の車がやって来るのが見えた。

 自動車も、案外ミッドと変わらない作りなのだな、とティアナが思っていると、六課メンバーの近くに停車したその車の中から、金色の髪をした女性が出てきた。

「やっほー、なのは、フェイト。久しぶりね~♪」

「アリサちゃんっ! 久しぶり~‼」

「久しぶりだね、アリサ」

「ホントよー、仕事が忙しいのは分かるけど、たまにはこっちにも顔出しなさいよね」

「にゃはは、ごめんごめん」

 もう、なんて口を尖らせるアリサと呼ばれた女性に、ヴィータも声を掛ける。

「アリサ、久しぶり」

「うんうん。久しぶりね~、ヴィータ♪」

「ちょ、な……撫でるなよ。あたしにも立場ってのがあるんだからなっ!」

「あはは。ごめんごめん。シグナムさんも、お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだな」

 隊長たちとにこやかに話す、どころかヴィータを子供扱いするアリサに、スバルとティアナは口をぽかんと開けて固まってしまう。

 すると、そんな二人の戸惑いを見て取ったのか、「あ、二人には自己紹介がまだだったわね。ごめんなさい」と言って、改めて名を名乗った。

「アリサ・バニングスっていいます。こっちの世界で暮らしてて、なのはたちとは子供の頃からの親友同士。幼馴染み、ってやつね。

 その縁もあって、なのはたちのお仕事をちょっと手伝ったりもしてるの。今回は、こっちでの拠点になる場所を提供した現地協力者って感じかしら。どのくらいの期間になるかはまだ分からないらしいけど、よろしくね」

 スバル、ティアナ、と名前を呼ばれ、二人は少し驚いたような顔をする。

「あれ、なんであたしたちの名前……?」

「ああ、ごめんなさい。なのはたちから二人の事聞いてたから。将来有望な教え子だ、ってね?」

 イタズラっぽく微笑み掛けるアリサに、スバルとティアナはなんだか気恥ずかしくなった。

 陰で褒められていた、というのもそうだが、改めて第三者から自分たちの評価を告げられるというのは、なんだかこそばゆい。

「「あ、ありがとうございます……」」

 小さく頭を上げた二人に、

「そんなかしこまらなくても良いのに」

 そう苦笑しながら、アリサはエリオとキャロの方へと視線を移すと、二人の方へ歩み寄り、頭を撫で始めた。

「エリオとキャロも久しぶりね~。ちょっと見ない間に、結構大きくなったんじゃない?」

「お久しぶりです、アリサさん♪」

「あはは……だといいんですけど、身長はまだあんまり」

 傍らのキャロと同じくらいの目線を気にしているらしいエリオの様子に、アリサはやや苦笑する。

「男の子ねぇ。でも大丈夫、これらからどんどん伸びるわよ」

 どっかのフェレット眼鏡も後から伸びだし、なんてことを口にするアリサに、エリオとキャロは「はて」と首を傾げた。

 隊長たちはどうやらその意味が分かっているようだったが、あまり深く突っ込まないでおくべきと思ったのか、なにやら困ったような顔で曖昧な笑みを浮かべていた。

「───って、そうそう! 忘れるところだったわ。エリオ、キャロ。スペシャルゲストが二人に会いたがってたわよ?」

「スペシャル……」

「……ゲスト?」

 ぽかん、とアリサの言葉を繰り返すエリオとキャロに、「ええ」と言って、アリサはコテージの中にいるという人物の下へ行きましょうと二人を促した。

 背を押され歩いていくエリオとキャロに、何となく気になった他の面々も後に続く。

 そして、コテージの戸口に到着するや───

 

 

 

「エリオ~、キャロ~! 会いたかったぞぉ~~~ッ‼‼‼」

 

 

 

 という元気すぎる声と共に飛び出して来た蒼い影に、二人の子供たちは一瞬で絡めとられた。

 その早業に、後ろで見ていた面々は呆気にとられ、思わず固まってしまう。

 本能的に獣か何かにでも押し倒されたように見えたが、エリオとキャロは無事である。いや、まあ目の前の光景は、ある意味で(ケモノ)に襲われていると形容しても、あながち間違いではないのかもしれないが。

 蒼い二つ結びにした髪を振り乱し、真珠色の瞳を喜びに細めて二人に抱き着いているその影の正体。

 それは、

 

「「れ、レヴィさん⁉」」

 

 ───そう。色彩こそ異なるが、フェイトに瓜二つなその人物は、現在はエルトリアに住んでいる筈のレヴィに他ならなかった。

「おー、そうだぞ~。ひっさしぶりだなー、二人とも~♪」

 すりすり、と愛おしそうに二人に頬擦りするレヴィに、二人は戸惑いを隠せない。何故いま、エルトリアにいる筈の彼女がここにいるだろうか。

 その疑問は隊長陣も同じだったようで、

「あ、アリサちゃんっ!」

「な、何でレヴィがここに……ッ⁉」

 普段はあまり見られないレベルの狼狽えぶりで、友人に問いかけるなのはとフェイトだったが、アリサは対照的に涼しい表情のままである。

「あれ? 言ってなかったっけ。エルトリアのみんなも、いまこっち来てるのよ?」

「みんな……って、もしかして」

「シュテルたちも───『はい。お邪魔しております』———ええっ⁉」

 はしゃぐレヴィとは対照的に、淑やかに姿を見せたシュテルに、一同は更に驚きを深めるばかり。

 が、シュテルはさして気にするでもなく、いつまでもエリオとキャロを愛でているレヴィに「そのままでは二人が潰れてしまいますよ」と窘めていた。……断じて、子供二人を包み込みかねない朋友(とも)の何かのボリュームに嫉妬して意識が行っていたとかではない。ないったらない。

 まあ、それはさておき。

 この場で一番置いてけぼりを喰らっていた新人二人の意識が、ようやく展開に追い付いてきたようで、スバルとティアナは戸惑いながらも、何とか目の前の状況を確認しようと口を開いた。

「え、ええぇっ⁉ フェイトさんが二人……ッ‼⁉⁇」

「姉妹、にしてもそっくりすぎるような……」

 フェイトとレヴィを見比べながら、ティアナがそう訊ねると、フェイトは「あー、えっとね……」と、どう答えていいものかと言葉を探す。

 如何せん、二人の関係を言い表すのは難しい。

 友人ではあるが、かといって他人というわけでもない。しかし、血縁というにはやや遠く、かといってそうでないとするにはあまりにも似すぎている。

 前にエリオとキャロに紹介した時は、エルトリアの面々がいた事もあって、幾らか込み入った部分も説明したが、この場でそれを言ってしまうのもどうなのだろう。

 返答に迷っているフェイトだったが、やがて意を決したように、「よしっ」と意気込んで、一つの結論を口にする。

「遠い親戚の、妹みたいな感じ……かな?」

 かなり濁しての発言だったが、完全に嘘という訳でもないから大丈夫だと、思う。……たぶん、きっと、恐らく。

 と、思ってたフェイトの発言に、当の本人から不満(クレーム)が入る。

「むむ……なんかその言い方だと、ボクの方がフェイトよりおこちゃまみたいに聞こえるぞぉ?」

「ふぇ、いや、そういうつもりじゃ……」

「だいたい、今はボクの方が背も高いしぃ? 体形(スタイル)だって、フェイトにもキリエにも負けてないもんねっ」

 なお、そこまで数値上の差はない。───尤も、どちらにせよ平均を大きく上回っている事には変わりはないが(すごく大きい)。

 因みに、子供っぽい自慢(いいかた)に反し、張った胸に実ったたわわな果実の揺れっぷりは、同性であっても目を奪われる程に凄まじかった。

(うわあ……)

(すっご……)

(───あんなモノは所詮脂肪のカタマリでしかないんですええ総合的なバランスこそが本来尊重されるべきであり何も質量の有無だけが女性としての魅力の決定的な差ではないと何時か証明してみせましょう……etc.)

 若干思考が別方向に振れている者も一人いたものの、ここでの問題はそこではない。

 傍から話を聞いていたアリサ(こちらも何がとは言わないが大きい)からも、その点にツッコミが入る。

「でも、レヴィが起きたのってフェイトの後なワケだし、それを考えたらレヴィが妹側でもいいんじゃない?」

「確かにフェイトは、ボクの構成体情報(マテリアライズデータ)のオリジナルっちゃオリジナルだし、それはそうかもだケド……」

「でしょ? なら、それでいいじゃない。別に大人か子供かなんて、大した問題じゃないし」

「んー、まあ───それもそっか!」

 間違っている訳でもないので、これ以上考えても仕方ないかと思い直したのだろう。

 地頭は悪くないが、基本的に直感型なレヴィはあまり細かい部分に対する拘りはなかったようだ。

 と、そんな相変わらずのマイペースっぷりで皆を振り回しつつ、レヴィは「そういうコトだからよろしくっ♪」と、人懐っこい笑みでスバルとティアナに告げた。

 こういうところが彼女の魅力なのだろうが、初めての二人にはちょっとばかり急展開過ぎたかもしれない、と、あっけらかんと納得するレヴィに唖然とする二人に、一同はどこか懐かしそうな表情を向けていた。

 なお、アリサが入れた補足(コトバ)について、オリジナルといっても自分も(アリシア)の複製体なので、そうなると自分たちは三姉妹ともいるのだろうか───と、フェイトはかつて夢の中で別れた姉の事を思い返し、少し切ない思い出に(ひた)っていた。

「ところで、お昼にははやてたちも合流できるのよね? すずかのところ行ってる、って聞いたけど」

「うん、その予定だよ。捜査には時間も掛かるだろうし、午前中は市街地周辺の探索をメインにするつもりだから」

 なのはの言葉に、「そっか」とアリサは頷いて、

「エリオもキャロも楽しみにしてなよ~? 王様(おーさま)がすっごく美味しい料理作ってくれるんだって!」

 再びエリオとキャロを抱きしめながら、レヴィがそう告げると、二人は告げられた言葉に微かな驚きを覗かせる。

「ディアーチェさんも来てるんですね……!」

 ぱあぁと、顔をほころばせ、キャロがそういうと、レヴィは「王様だけじゃないぞー? アミタとキリエも一緒♪」と応えた。

「じゃあ、ユーリさんとイリスさんも?」

「ううん。二人はユーノと一緒に調査に行ってる。教会(きょーかい)から頼まれた仕事なんだって。まぁ、ボクらが来たのもフェイトたちの手伝いなんだけどさ」

 言って、レヴィは少し残念そうな顔をする。

 本当は来て欲しかったのだが、依頼のタイミングもあって、流石に全員で来るワケにもいかなかったのだという。

 実際のところ、ここ数年の無限書庫は六課同様に様々な事柄の調査も並行して行っており、今回の件についても、カリムからの元々の依頼にも関わる点が多かったらしい。そのため、ミッドに残るユーノたち調査組と、現地に跳ぶ実働組に分かれて行動する事になったのだとか。

「今回のは範囲も広いし、人手も欲しいだろうからって。それにボクたちも、友達とその家族が住んでる世界が危ないなら力になりたいもん」

「ええ。この世界には、わたしたちもたいへんお世話になりましたから。師匠からも、よろしく頼むとの言伝を受けております」

「なるほど。心強いことだ」

「ああ。もしロストロギア反応がアタリだったら、あたしらだけじゃカバーしきれない場合もあるかもだしな」

 レヴィとシュテルの申し出に、シグナムとヴィータはそう言って頷いた。

 エルトリア勢が無限書庫を通じて局に協力する体制を取っていたのは知っていたが、こうして共同で任務に臨むのは《オールストン・シー》以来。シュテルたちの実力を知る面々としては、久方ぶり教導任務はどこか懐かしい気分であった。

「とはいえ、あくまで武装隊ではない部署からの協力ですので、あまり派手には動けない部分もありますが……」

「ま、そこは仕方ねぇトコだな……。どんな時でも好き勝手動ける、ってワケにはいかねーだろうしさ」

「はい、そういっていただけると幸いです」

 尤も、何らかの有事であれば、動ける算段は無くもないのですけどね───と、シュテルは小さく付け足した。

 それに、「ああ、分かってるって」とヴィータはニヤッと笑みを浮かべながら、シュテルへ向けて手を差し出した。

「何はともあれ、よろしくな。シュテル」

「こちらこそ。よろしくお願いします、ヴィータ」

 差し出された手に応じて、シュテルはヴィータと握手を交わす。そうして久方ぶりの友好を確かめ合うと、早速スターズとライトニングの両分隊は、件のロストロギア反応の真相を解明するために動き出すのだった。

 

  3

 

 なのはたちがアリサの別荘を出発したのと同刻。はやてたちロングアーチ組もまた、先行したフォワードメンバーに続いて地球へとやってきた。

 転移した先は、風格のある洋館の庭園。広々としたその一角に設置されたポートに降り立ち、はやては久方ぶりの故郷の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「んー、こっちに来るのも久しぶりやなー」

「ですねえ。ここのところ忙しくて、里帰り出来てませんでしたし」

 そうシャマルが頷いていると、彼女らの足元にたくさんの猫たちが寄ってきた。

「わあぁ~、かっわいい~っ♪」

 シャーリーがそのうちの一匹を抱き上げ、すりすりと柔らかな毛並みに頬を寄せる。

 内勤が多くなると、動物と直に触れ合える機会はなかなか無い。フリードも撫でさせてくれたりもするが、普段お目に掛かれない事もあり、シャーリーは集まってきた猫たちの愛くるしさに骨抜きであった。

「おー、久しぶりやなー。にゃんこたち。元気してたか~?」

「みんな元気だよ? そろそろ暑くなってく頃だけど、食欲もたっぷり」

 そう言いながら、三人の下へ近づいてくる人影が一つ。緩く波打った紫紺の髪を揺らし現れたのは、彼女らのよく見知った人物であった。

「すずかちゃん!」

「久しぶりだね、はやてちゃん。シャマルさんとシャーリーも!」

 おっとりとした声音に似合った、淑やかな仕草で会釈するすずかにシャマルとシャーリーも「おひさしぶりです♪」と礼を返した。

「ほんまにお久しぶりやなー。最近は忙しくて、メールばっかりやったし」

「そうだね。はやてちゃんたちが来てくれてとっても嬉しい! 今回も、お仕事じゃなかったらゆくりしていって欲しいなあ、って思ってたんだけど……」

「ほんまになあ……なんや、忙しくなくなってまって」

 すまなそうにつぶやくはやてに、「ううん」と首を振って、すずかは「大丈夫、分かってるよ」と応えた。

「はやてちゃんたちのお仕事は、とっても大事なコトだもんね。でも、お昼とか、みんなで集まれる時間があったら、一緒にご飯とか食べよう?」

「うん、もちろんや」

 と、はやての返事に嬉しそうに微笑むすずかだったが、「あ」と何かを思い出したようにポンと掌を合わせた。

「そうそう、はやてちゃん、今日はね? 他にもスペシャルゲストが来てるんだよ?」

「??? スペシャル……ゲスト?」

 はて、とはやてはもちろん、振り向いた先のシャマルもシャーリーも、それについては何も聞いていない様子である。

 いったい誰が来ているのだろうか。そうはやてがすずかに訊ねようとしたのに合わせるが如く、四人の背後から声が掛かった。

 

「久しいな小鴉。しばらく見ていなかったが、思いのほか上手くやっているようではないか。これならあやつの杞憂も、少しは晴れるというものだろうな」

 

 聞きなれた自分の声音とよく似た、けれど存大さを隠そうともしないこの言い回し。そして、はやての事を『小鴉』と呼ぶのは、次元世界広しといえども、たった一人しかいない。

「えっ、王様(おーさま)……⁉」

「ディアーチェさん、なんでここに……!」

 すずかとはまた違った久しい顔の登場に、はやては思わず目を丸くする。

 髪の長さや色彩の違いこそあれど、双子以上にそっくりな顔立ち。それは紛れもなく、かつてはやてが相対し、やがて友情を育んだ遠き星に住まう友の一人。星光と雷刃を従えし、闇王の役を担う───ディアーチェの姿に他ならなかった。

 更に、来訪者は彼女一人だけではなく。

「おひさしぶりですね、みなさん」

「お久しぶりでーす♪」

「あ、アミタさん……⁉」

「キリエちゃんも……!」

 続いて現れた赤と桃色の髪をした姉妹。アミタとキリエの登場に、シャーリーとシャマルも驚きを隠せない。

 が、はやてたちの反応を見て、ディアーチェは「いまさら驚く事もなかろうが」と当たり前の事のようにそう言った。

「当に(うぬ)らも知っておるだろう? 我らが彼奴(ユーノ)の元で、管理局に協力しているのは。今回もその一環だ」

「え、せやったら……ユーノくんもこっち来てるん?」

「いえ、確かに教会から書庫に声が掛かってはいましたが、今回はわたしたちだけなんです。ユーノさんとイリス、ユーリは別件で他の世界に出張に出ていまして」

「それでわたしたちがこっちに来たってわけ。みんなに久しぶりに会える機会でもあったし、せっかくだからってコトでね」

 アミタとキリエの言葉に、はやては「なるほど……」と頷いた。

 つまり、凡そは六課のそれと同じ事なのだろう。単に旧交を温めるためではなく、所縁のある地が危険に晒されているなら、万一にも備えて、と。……尤も、それならそうと言ってくれてもよさそうなものではあるが。

 はやてがちょっぴり不満げにそう告げると、ディアーチェは「たわけ。気を張っている姿など見ても仕方なかろう」とその抗議を一蹴する。

「貴様も上に立つ者であるなら、常にそうであるという自覚を持っていなければ意味がない。臣下を生かすも殺すも、使う者の采配次第なのだからな。頭がブレていれば、進むものも進めぬぞ?」

「相変わらず手厳しい言葉やなあ……。昔、ちっちゃくなった時は、あんなにかわいかったのに」

「何時の話だ、何時のッ‼」

 教えには感謝しつつも、しっかり返す事を忘れない辺り、はやてもなかなかの器である。

 思えば、昔ディアーチェたちが八神家に遊びに来た際にも、似たようなやり取りがあったような気がする、とシャマルは海鳴に戻ってきた事もあってか、何だか懐かしい光景を思い起こしていた。

「あはは。まあ、ちょお驚いたけど、王様(おーさま)たちと一緒にお仕事出来るのは心強いなあ」

「言っておくが、我らは名目上サポートに徹する事になっておる。あくまでメインは貴様らだ。業腹ではあるが……せいぜい見せてみよ、小鴉。汝の目指した〝夢〟の一端を」

「もちろん。楽しみにしててや」

 にこやかに、けれど確かな自信を感じさせるはやてに、ディアーチェは「ふんっ‼」とそっぽを向くものの、その口元はどこか柔らかな弧を描いていた。

 

 

 

探索開始in海鳴市 Invenstigation_Atarted.

 

 

  1

 

「にしても……街並みも、本当にミッドとそっくりね」

「だねぇ。中央に比べたら建物の高さがちょっと低いかなあくらいで、ほとんど変わんないかも。ウチのあるエルセアも、ちょうどこんな感じだったし」

 市街地の探索を続けながら、スバルとティアナはそんな会話を交わしていた。

 海鳴市は首都圏からもそう遠くない地方都市だが、規模自体は中規模程度。そこまで都会という訳でもないが、かといって田舎過ぎるという訳でもない。

 そんな街と自然の折り合う風景は、様々な世界の在り方が入り混じるミッドと似た雰囲気を醸し出していた。この地に降り立った時に感じた、郷愁感と呼ぶのが一番近いだろうか。初めて来たのに、どこか親しみ易い場所。案外、ミッドから来たフェイトを始めとするハラオウン家の面々や、なのはやはやてがミッドに移り住んでも自然と馴染めたのは、この街と通ずる部分が多かったからなのかもしれない。

 ───だから、という訳でもないのだろうが。

「⁉ あれって……!」

 そんな事を話しながら歩いていたところ、ふとスバルがある店の前で足を止める。

 カラフルな屋根布(ひさし)の掛かった店構えは、ミッドのそれとよく似ていたが、ピンポイントに好物を嗅ぎつけた相方の目敏さに、ティアナとしては呆れを隠せない。

 そう。スバルが足を止めたのは、色とりどりの氷菓の並ぶ、アイスクリームパーラー目の前であった。

「……おいしそう」

「言っとくけど、寄らないわよ」

「えぇ~、管理外世界のアイスなんて、めったに食べられないんだよぉ? そもそもこっちになんて、滅多に来られないしぃ……」

「いや、そういう問題じゃないでしょ……あんたねぇ、任務中だっていうのもう忘れたワケ?」

 親しみを覚えるのは良い事かもしれないが、生憎と今は任務中である。

 ジトッと正論を叩き付けられ、「うぐぅ」と押し黙るも、なおも抗いがたい欲求を隠せずにいるスバルの様子に、二人を見守っていたなのははけらけらと楽しそうに笑う。

「にゃはは。確かに、こういうお店の前通ると食べたくなっちゃうよね。───うん。お昼にはまだ時間あるし、せっかくだから寄っちゃおうか」

 あ、もちろんヴィータ副隊長たちには内緒だよ? と、イタズラっぽく告げられて、スバルは「はーい♪」と分かり易くはしゃぎ始める。

「すみません……」

「大丈夫大丈夫。まだ偵察中だし、エネルギー補給も仕事の一環、ってコトで。ね?」

 なんて言ってのけるなのはは、普段の教導官としての印象より、だいぶ幼く見えた。

「でもなんだか懐かしいなあ。ちっちゃい頃はよく、アリサちゃんたちと一緒に、学校帰りにたい焼きとか食べ歩きしてたから」

 ミッド育ちのスバルとティアナには〝タイヤキ〟が何なのかいまいちピンと来なかったが、言わんとする事は分かった。

 友達同士でわいわいと食べ歩きをするのは、いくつになっても楽しいものだが、学校帰りというのは子供時代の特権かもしれない。寄り道をして遊ぶのは、なんとも言えない背徳感を伴う。これはある程度が自分で決められる大人になってからではなかなか得られない体感だ。

 そんな懐かしさに浸りつつ。山盛りに段を重ねようとするスバルをやいのやいのと止めるティアナの様子を「何だか姉妹っぽいなあ」と眺めながら、なのはは楽しそうに、ちょっとした内緒のおやつタイムになだれ込もうとして───ふと、思い立った。

「そうだ。せっかく海鳴(こっち)に来たんだし……」

 うん、と一人頷いて、なのははスバルとティアナに声を掛ける。

 食べ歩きするなら、もう一ついいところがあるよ、と。

 そう言ったなのはに連れられて、スバルとティアナはアイス片手に、店の集まった商店街らしき方向へ向けて歩き出した。

 

  2

 

 スバルたちスターズ分隊がちょっとした寄り道に興じている頃。ライトニングの三人も、スターズと同じく寄り道の真っ最中であった。

 ……尤も、あちらとは少々状況は異なってはいたが。

「エリオくんにキャロちゃん! 久しぶりねぇ~。あらまあ、二人とも大きくなって……!」

「おうおう。久々の帰郷でもデートたぁ、エリオとキャロちゃんは相変わらずお熱いねぇ♪」

「え、や……そ、そういうわけでは! 今日はフェイトさんも一緒ですしっ」

「うふふ。あら良いじゃない? 美人のおねーさんに可愛い妹ちゃんと一緒で、両手に華ってやつよ?」

「…………あぅ」

 以前、ハラオウン家で過ごしていた時期に顔馴染みになった商店街のおじさんおばさんたちに囲まれて、エリオとキャロは久方ぶりの帰郷に対する熱烈な歓迎を受けていた。

 四歳の頃に顔合わせをしてからというもの、エリオとキャロは二人で出かける事が多かったため、おつかいなどでたびたび店を訪れる二人を、ここの皆は微笑ましく見守っていたものである。

 のほほんとした無邪気なキャロと、素直だがどこか初心なエリオの組み合わせは、昔から商店街の心を掴んでやまないちょっとした名物(アイドル)であった。

 二人の保護者(こちらでは姉的存在という認識)をしているフェイトも、その前の世代にたくさん可愛がってもらったものだ。ちなみに、クロノとエイミィの子供であるカレルとリエラの双子の兄妹も、エリオとキャロに連れられていた事もあり、同様に可愛がってもらっている。

「そういえば、今日はなのはちゃんたちは一緒じゃないのかい?」

 と、真っ赤になったエリオを揶揄っていた夫を宥めつつ、お肉屋さんの女将さんが思い出したようにフェイトにそう訊ねてきた。

 それに、フェイトは「はい」と頷いて、

「一緒には来てるんですけど、今はちょっと二手に分かれてて……。お昼には合流するつもりなんですが」

「ふぅん。それじゃあ今は家族水入らず、ってところだねぇー」

「おっ。家族っていや、この前はリンディさんとエイミィちゃんも来てたな。カレルとリエラを連れてよ」

「そうそう。最近はリンディさんも忙しくてあんまり来られてなかったから、久しぶりで何だか嬉しかったわぁ」

「ありがとうございます。義母(かあ)さんにも、あとで伝えておきますね」

「うんうん。今度はハラオウンのみんなで来てね。おにーさんと、あとほら、昔はフェイトちゃんたち五人と良く来てたユーノくんも」

「そういや、あの坊主たち最近はあんまり見かけねぇな。クロ坊の話はエイミィちゃんからよく聞くが」

「なのはちゃんとこにも最近来てないみたいだしねぇ。全く、若いうちから仕事ばっかりで女の子ほったらかしてちゃダメだって言ってあげてね? フェイトちゃん」

「あはは……」

 言われて、フェイトは困ったような笑みを浮かべる。義兄を含め、仕事一辺倒なのは少し思うところもないではない。……が、同時に彼女自身も割とそっち寄りではあるので、ヒトの事を言えないような気もしていたのは内緒である。

 しかし、改めて振り返ると、こうしたやり取りも随分と久しぶりだ。

 此方に住んでいた時分はもちろん、エリオとキャロを預かって間もない頃も、海鳴には良く足を運んでいた。六課が本格的に動きだしたのは数ヶ月前くらいだが、その準備などもあり、顔を出す機会を逃していたのは確かである。なのはも、実家にはしばらしく顔を出せていないと言っていたし───。

 と、そこまで考えて、フェイトはある事を思い出した。

 そういえば、せっかくここまで来たのに、まだあの場所に行っていないな、と。

 本来なら、根が真面目なフェイトは探索を続行する方向へ思考が運びそうなところではあるが、今しがた受けた言葉が頭に残っていたのもあるのだろう。

 だから少しくらい、寄り道を楽しむのも悪くないかもしれない。

「……よしっ」

 何だか子供の頃に戻ったような気分で、楽しそうな微笑みを浮かべ、フェイトは未だ商店街の方々にもみくちゃにされているエリオとキャロを呼んだ。

 久しぶりに、あそこへ行ってみようか。

 明示するまでもなく、ここからほど近いところにあるあの場所を、二人はフェイトの言葉を聞いた時点で分かっていた様だった。そうして、商店街の皆に手を振って別れを告げると、フェイトたちは目的の場所へ向かって歩き出すのだった。

 

  3

 

 なのはが二人を連れて来たのは、先ほどまでいた場所からほど近い所に位置する喫茶店であった。

 落ち着いた雰囲気の佇まいは、確かにおやつどきの休憩にはぴったりであるように思えた。

 掛けられた看板の文字は、ミッド出身のスバルとティアナには流石に一目で読めるものではなかったが、もし二人がこの国の文字に精通していたのなら、こう読めただろう。

 ───『喫茶・翠屋』と。

 扉を開くと、ドアに付けられた迎鈴が、からんからーん♪ と小気味よい音色を奏で、なのはたちを出迎える。中を見渡すと、ちょうどお客の数もまばらで、店内はゆったりとした状態であることが伺えた。

 これなら、席に座るのも苦労しなさそうだな───と、ティアナがぼんやりと考えていると、奥の厨房から出てきた女性から、不意に驚いたような声が掛かる。

「いらっしゃいませ~♪ ……って、なのは⁉ え、ウソ! いつ帰ってきたの?」

「にゃはは。いきなりでゴメンね、おねーちゃん。実はついさっき着いたばっかりで」

「え、なのは? あら~、お帰りなさーい♪」

「ただいま、おかーさん♪」

 にこやかに挨拶を交わし始める一同を、スバルとティアナはポカンとした表情で見守っている。……いや、当然と言えば当然の事ではあるのだが、急に出てきた単語に思考が追い付いていないようだ。

 最初に出てきたレヴィもそうだったが、こちらに来てから驚かされてばっかりな気がする。しかし、それも無理もない事かもしれない。自分たちの教官で、管理局の中でも有名な一線級の魔導師としてではなく、ごくありふれた日常の中にいる姿など、普通にしていればまず見られるものでないのだから。

「おーっ、帰ったかななのは。ずいぶんとご無沙汰だったなあ。……おや? そっちの二人はもしかして、例の教え子ちゃんたちか?」

「うん。あ、紹介するね。この子たちがはやてちゃんの部隊(トコ)でわたしが預かってる生徒。スバルとティアナ」

「は、はじめまして。スバル・ナカジマですっ」

「ティアナ・ランスターです……!」

「ははは。まあまあ、二人ともそう固くならないで。俺は高町士郎。なのはの父で、ここ喫茶・翠屋の店長をしてる」

「スバルちゃんと、ティアナちゃんかー。よろしくね~、わたしはなのはの母で、ここのパティシエ兼副店長の、高町桃子です♪」

「で、あたしは高町美由希。なのはのおねーちゃんで、ここのホールリーダーやってます」

 次々と名乗っていくなのはの家族に、スバルとティアナはただただ驚きとも、戸惑いともつかない感覚に苛まれるままであった。

「しかし、なのはが彼方に移って随分経つが、生徒さんを連れてきたのは初めてだなあ。二人とも、どうだい? ウチの末娘は、ちゃんと先生としてやれてるのかな?」

「おとーさんっ!」

 父から出た問いかけに、娘は口を尖らせるが、姉から「まあまあ」と窘められる。

「せっかくなのはの生徒さんたちが来てくれたんだもん。あたしたちはあんまり向こうでのお仕事がどんな感じなのかって、なかなか見る機会もないし。こういう時くらい、生の声聞いてみたいじゃない?」

 ね? なんてウィンクしながら美由希はいうが、スバルとティアナとしてはなんとも反応に困る問いかけだった。

 なのはの教導そのものに不満は無いが、実際のところ、六課の訓練はかなりハードだ。加えて局員として、上司の肉親とはいえ、一般の方にどこまで言っていいものか。

 二人が返答に迷っていると、店の奥からケーキの皿を乗せたお盆を運んできた桃子が間に入ってきた。

「ほらほら。あんまり二人を困らせないの。まずは甘いものでも食べて、積もる話はそれからそれから」

 さあ召し上がれ♪ と、ニッコリと差し出されたケーキを拒めるわけもなく、スバルとティアナは白と赤の対比が美味しそうなショートケーキに誘われて、フォークを握る。

 ケーキの登場を追って漂い始めた紅茶の香りを楽しみつつ、二人は早速とばかりに一口。甘い生クリームに包み込まれた、しっとりと柔らかなスポンジの触感。その官能的な舌触りに、スバルとティアナは感嘆の溜息(こえ)を漏らした。

 

「「お、美味しい……ッ‼」」

 

 ケーキとしては非常にシンプルな一品ではあるが、返ってそのシンプルさが作り手の腕前が解かる見事な逸品であった。真摯にお客に寄り添おうとする心が現れたようなショートケーキに、スバルとティアナは暫く無心(むちゅう)になってフォークを動かしていた。

 そんな二人の様子を、桃子たちが嬉しそうに眺めていると、再び迎鈴の音が店内に響き、新たな来訪者の存在を告げた。

「こんにちは……あれ、なのは?」

 店の中に足を踏み入れるや、つい先ほど別れたばかりの仲間の姿を見つけて、フェイトはこてんと首を傾げた。

「にゃはは……いらっしゃい、フェイトちゃん」

 元々住んでいた古巣だけに、考える事は同じということか。

 自分たちの本懐を思えば、やや不謹慎かもしれないが───まあ、物事にはメリハリも必要である。

 やって来たライトニングの三人を迎えながら、またしても現れた懐かしい顔ぶれに、翠屋一同のテンションはうなぎのぼりだった。

 桃子は久しぶりにやって来たエリオとキャロに苺のシュークリームを振る舞い、フェイトは美由希から、エイミィ経由で耳にした話について訊ねられ、世間話に花を咲かせ始めた。その傍らでエリオとキャロはシュークリームを頬張り始め、スターズの二人は淹れてもらった紅茶のお替りを口に含みつつ、先ほどまでのケーキの余韻に浸っていた。

 子供たちのそんな様子を見守りつつ、なのはが「そういえば、おにーちゃんは?」と桃子に姿の見えない兄の事を訊ねた。

「この間、忍ちゃんと雫ちゃん連れて帰って来たんだけど、三人ともまたドイツに帰っちゃったわ。ああ、もう少し雫ちゃんと遊びたかったんだけどねえ……」

「しょーがないよ。向こうでやらなきゃいけないコトあるんだから、頼りにされてるんだよ。二人とも」

 桃子と美由希のやり取りを耳にして、士郎も「確かアルバートからも、二人にライブの警護と演出を頼んだって話を聞いたなあ」と、古い友人から受けた報せを思い出す。

「え、じゃあ今イギリス? なーんだ、それならそう言ってくれればいいのに……っていうか、あたしだって言ってくれれば手伝いに行けたのにぃ」

 事の詳細を知り、美由希は不満げにそう零した。

 イギリスには父の友人であるアルバートの娘がおり、世界的にもかなり名の知れた歌姫である彼女は、美由希と恭也も小さい頃から見知った仲である。それだけに、なんだか自分だけが置いてけぼりにされた気がして、どうにも釈然としない気分だ。

 が、そんな娘の様子を見た母の反応はと言えば、

「うーん、美由希もそろそろ兄離れしなきゃね。このままじゃなのはにも抜かれちゃうわよ?」

 と、なんとも鋭い一言を向けてくる。

「ぅぐっ……か、かーさんっ。イマドキ晩婚だって珍しくないのに、そんな意地悪言わないでよぉ!」

 正直、末の妹が二十代半ばに差し掛かってきた現状を思えば、割とシャレになっていない未来予想図である。

「んー、でもリンディさんの話を聞いてると、近くに孫がいるっていうのも羨ましくって~」

 エリオとキャロの方にも視線を向けながら、なんとも愉しげに語る桃子。実年齢に比べかなり若く見える容姿も相まって、『孫』という言葉に微かな違和感が生じる気がするのは、果たして良いのか悪いのか。……ちなみに、未だにこんな風に年若く少女めいたところのある高町家の母・桃子であるが、なのはが小学生だった頃の年齢は、今の美由希とほとんど変わらなかったりするのは余談である。

 

 やいのやいのと賑やかに、楽しく明るく時は過ぎ。

 気が付けば、あっという間に拠点へと戻らねばならない時間になっていた。

 

 あとで美由希がエイミィを連れてコテージに向かう旨を、お土産にと持たされた沢山の差し入れと共に受け取りながら、高町家の面々に礼を告げ、スターズとライトニングの面々は『翠屋』を後にすることになった。

 途中、迎えに来てくれたシグナムが運転する車に乗って、コテージへと続く道を辿りだした頃には、すっかり日も傾き、空は燃える色に染まり始めていた。

 ……しかし、どこかノスタルジックな湖畔の別荘を舞台にして、まったく別の戦いの火蓋が切り落とされていたのを、一同はその光景を目の当たりにするまで全く予想だにしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  4

 

 炎が躍る。

 その苛烈な熱を、手名付けるようにフライパンを翳し、十分に温まったところで油を引き、用意しておいた具材を投入する。

 じゅう、と音を立て、香ばしい香りが立ち上る。振るわれたフライパンの上で舞う具材たちが、作り手の鮮やかな手並みで以て、瞬く間においしそうな料理へと変わっていく。

「やるではないか。ずいぶんと包丁(やいば)を振るっていないかと思っておったが、衰えてはおらぬようだな。小鴉」

「これでも部隊の隊長やし、隊員たちを預かるゆーのは、家の台所を預かるのとおんなじで全力でやらなあかんコトやからな~」

「ふっ、臣の体調を管理するも王の務め。率いる者としての矜持、忘れておらぬようで安心したぞ」

「……おおきにっ」

 不敵な笑みを交わし合い、更に手を進めていくはやてとディアーチェ。

 二人の振るう包丁が鋭く煌めき、火に焙られた食材からは白い湯気が立ち上り、香ばしい匂いが漂う。

 瞬く間に広い卓の上に並べられていく皿たち。盛り付けられた料理はどれも美味しそうで、見ているだけで胃袋を鷲掴みにされそうな光景だが───

 

(───いや、なんでこんな料理漫画みたいなコトに……しかも相手も八神部隊長と瓜二つだしッ⁉)

 

 少なくとも、機動部隊の出張任務中に発生するには、些か理解に困るイベントではあった。

「あ、みんなお帰り~。お疲れ様やったなあ」

 言葉を失っているティアナの心中とは裏腹に、コテージに戻ってきた皆を出迎えたはやての表情は、いつも通りほわほわとした笑みに満ちていた。

 あの笑顔を見ていると、戸惑いもすっかり抜け落ちてしまいそうではあるが、一日にそっくりどころではない顔ぶれを三度も見ることになれば、疑問を抱くなという方が無理な話である。

「あの、八神部隊長。そちらの方は……?」

「??? あ、せやせや。まだ紹介してへんかったな。こちらは王様……やのうて、えーっと」

「そこの二人とは初めて会うな。ディアーチェ・K・クローディアだ。向こうにいるシュテルやレヴィと同じ、無限書庫で臨時協力をしている。どの程度の期間になるかは解からぬが、ひとまずよろしく頼むぞ」

「「は、はいっ、よろしくおねがいしますっ!」」

 見た目も声もはやてとそっくりなのに、纏っている雰囲気は真逆で、鋭く重々しい。ヒトの上に立つ人間の才能というものがあるとすれば、恐らくこの重みこそが正にそれなのだろう。

 が、ディアーチェは「そう固くならずともよかろう」と言い、二人に肩の力を抜くように伝える。

「あくまで我らは協力者の立場で、別に局の立場においても上官という訳でもない。それに、今は食事時だ。肩肘を張っていては、せっかくの食事を楽しめぬだろう。気軽に接してくれて構わぬ。そもそも、他の面々は元より、エリオとキャロとも顔見知りの間柄だ。身内の一人、くらいに思っておけばよい」

 言葉自体は存大であるが、端々から彼女の面倒見の良さが伝わってくる。単に圧を掛けるばかりの人物ではないというのが分かり、スバルとティアナの気持ちも落ち着きを取り戻し始めた。

 それにしても、

「身内、というと……レヴィさんみたいに、ディアーチェさんも八神部隊長のご親戚なのでしょうか」

 レヴィとフェイトもそうだが、ディアーチェとはやても瓜二つと言っていい顔立ちだ。一応、フェイトは下した長い髪の先端をリボンでまとめているのに対し、レヴィは側頭部から二つに結っているとか。はやてが肩辺りで揃えられたショートヘアである一方、ディアーチェは腰に届かないくらいのセミロングヘアといった違いはあるものの、それを抜きにしてもそっくりすぎる。

 ティアナが口にした疑問は、傍から見ればまあ、無理からぬものだろう。

「ま、世界にはおんなじ顔が三人いるなんて言うし。ちょーっと遠い親戚の、そっくりな妹みたいな感じで合っとると思うよ」

「おい、誰が妹かっ! 誰が誰のっ⁉」

「ええやない。背はちょっぴり抜かれてもーたけど、昔王様たちがちっちゃくなった時とかにお世話もしたコトあるし♪」

「ぐぬぬっ、一〇年以上経った事柄をほじくり返しおってからに……っ!」

 はやてにあしらわれているディアーチェの姿を見て、スバルとティアナは何だかかえって親しみを覚えた。……が、その間にも手を休めない二人の手際に気づき、やはり只者ではないと何とも言えない驚きに苛まれたのは内緒である。

 と、そんなこんなをしている間に料理も出来上がり、ぎゃーぎゃーとはやてに文句を飛ばすディアーチェを、水汲みから帰ってきたアミタとキリエが宥め、一同は食卓へ集う。

 程なくして。美由希を始め、後から参加する予定だった面々も到着し、改めて今回の関係者同士での夕食と自己紹介を兼ねた交流会が始まった。

 

  5

 

「えー、飲み物と料理は行き渡ったかな? うん、えー……こほん。みなさん、任務中にも関わらず、なんだか休暇みたいにはなってますが……。ちょうど今、シャマルの張ってくれた広域探査の解析と、隊長陣が配置してくれた探索球(サーチャー)の結果待ちという事で。休憩と交流を兼ねて少しの間、楽しくご歓談頂きたいと思います」

 では、せーの───と、はやてが音頭を取り、一同はグラスを掲げ、今宵の出会いを祝し乾杯した。

 飲み物を一口含んだところで、はやてが初対面同士の人もいるので、改めて自己紹介をしておこうかと促した。

「初めは我らからか」

「ええ。来るときは別々の場所に到着してしまいましたから、再度名乗る方が分かり易いかと」

「そうだね! じゃあ、ボクからいくよー。ボクの名はレヴィっ、〝雷光のレヴィ〟と人は呼ぶ! すごいぞ強いぞ、かっこい『戯け。戦の名乗りではないのだ、場を弁えよ』あいったぁあっ⁉ もぉーっ! 何すんのおーさまぁ~。せっかくいいとこだったのにぃ……」

「そういう事ではない。時と場合を考えよ、と言っておるのだ。前にもアミタやイリスにいわれておっただろう」

「むぅ……ええっと、通りなじゃない方だと、こっちでの名前はレヴィ・ラッセルだよ。今朝も言ったけど、普段は王様たちとエルトリアに住んでて、偶に無限書庫っていうか、管理局にお手伝いに来てる感じ」

「うむ。やれば出来るではないか。改めて、ディアーチェ・K・クローディアという。凡そは今の通り、こちらへ手伝いに来ている別世界の住人、といったところだ」

「同じく。シュテル・スタークスといいます。以後お見知りおきを」

 エルトリアの三人娘の愉快な名乗りが終わり、次いで、まだスバルとティアナにきちんと名乗れていなかったフローリアン姉妹に順番が移る。

「スバルさんとティアナさんとは、きちんと挨拶できていませんでしたね。ディアーチェたちと同じ、エルトリアという世界(ほし)から来ました、アミティエ・フローリアンといいます。気軽に、アミタとお呼びください」

「同じく、キリエ・フローリアンです。わたしたちはどっちかっていうと、シュテルたちよりは管理局のお手伝いをする機会は少なめで……普段は住んでる世界の環境維持とか、そのための研究をしてる。他にもいろいろあるけど、ひとまずおねーちゃん共々、よろしくお願いします♪」

 そういってアミタとキリエは微笑みを浮かべ、小さくお辞儀した。

 パチパチと拍手が湧き、エルトリア勢の自己紹介が一通り終わったところで、今度は地球に住む面々の番が回る。それを受け、「じゃ、次はあたしの番ね」とアリサが手を上げ立ち上がった。

「では改めまして、アリサ・バニングスです。現地(こっち)に住んでる一般人で、なのはたちの幼馴染み。その辺りの縁もあって、今回みたいな現地協力とか、向こうの世界からウチの会社に来るお仕事の依頼をいただいてたりもします───こんなトコかしらね。スバルとティアナとは今朝も話したけど、改めてよろしくね」

 そう茶目っ気たっぷりにウィンクをして、アリサは隣に座っていたすずかに、「はい、タッチ」と順番を回す。差し出された手に手を合わせ、「うん」と頷き、すずかが新人たちの方を向き直る。

「スバルちゃんとティアナちゃんとは初めましてだね。月村すずかです。アリサちゃんと同じで、なのはちゃんとは子供の頃からずっと仲良しの幼馴染。お仕事でみんながこっちに帰って来た時とか、逆に向こうのお仕事を受ける時には、いろいろお手伝いさせてもらってます」

「前にちょっとしたきっかけがあって、あたしん家とすずかん家でやってる遊興施設系の技術提供とかやらせてもらってるのよね。そんなに規模としては大きくないけど、意外とあっちでもウケが良いって聞いてるわ」

 アリサとすずかの話を聞き、その〝きっかけ〟がなんであるのか少し気になったスバルとティアナだったが、

「因みに、すずかちゃんのおねーちゃんはなのはちゃんと美由希さんのおにーちゃんのお嫁さんやから、義理の姉妹でもあるよ~」

「「……ええっ⁉」」

 何気なく放たれたはやての一言に上書きされ、驚きが一気に疑念を吹き飛ばしてしまった。

「そ、そうなんですか?」

「うん。わたしとおねーちゃんのおにーちゃんの高町恭也とすずかちゃんのおねーさんの月村忍さんは、一〇年くらい前に結婚して、今は家族で外国に住んでるの。ほら、さっき翠屋に寄った時に話に出てた雫ちゃんっていうのが二人の子供で、わたしとおねーちゃん、すずかちゃんにとっての姪っ子さん」

 なのはの説明を受け、初めてその辺りの人間模様を知ったスバルとティアナは、ただただ話に聞き入るばかりであった。それにしても、幼馴染同士の兄と姉が夫婦とは、世の中は狭いというかなんというか。……なお、この話題を掘り下げられて、一名ほど不貞腐れてる人物がいたのは余談である。

 と、会話の流れを受けて、この順番なら「次はあたしかな?」と、茶髪を首の辺りで束ねた、柔らかな雰囲気の女性が立ち上がった。

「エイミィ・ハラオウンです。出身はミッドチルダで、こっちに住むようになった経緯は紆余曲折あって……まあ、始まりは十五年前。次元航行部隊の通信主任をしてて、アースラっていう次元艦に搭乗してた時に担当した事件でなのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃんたちと出会いました。

 その後もいろいろあって、美由希ちゃんたちとも仲良くなったり……苗字(ファミリーネーム)からもうバレバレな気もするけど、フェイトちゃんのお義兄ちゃんでもあるクロノ・ハラオウン提督と結婚して、今はこっちで二人の子供のお母さんやってます」

 ほんの少し気恥ずかしそうに語るエイミィの表情は、どこか少女めいた初々しさを感じさせた。

 この間、エリオとキャロからハラオウン家で過ごしていた日々の話を聞いていたが、次元航行部隊の提督の妻であり、元々が通信主任までこなしていたというのは、実際に耳にするとなんとも凄まじい経歴だ。シャーリーが憧れていると言っていたのもよく分かる。

「で、この子たちがわたしとクロノくんの子供。はい、みんなにご挨拶して?」

「はじめまして。カレル・ハラオウン、五歳ですっ」

「リエラ・ハラオウン、五歳っ。おにーちゃんのいもーとです」

 舌足らずな挨拶と共にぺこりとお辞儀をする双子の兄妹、カレルとリエラ。

 双子だけあって、見た目には瓜二つ。母によく似た淡い茶髪に、父親譲りの濃い青の瞳の、愛くるしい顔立ちをした子供たちだった。

「任務中に子連れ、っていうのもどうかとは思わないではないんだけど……二人が来てるって聞いて、どうしてもって」

「いーじゃない、可愛い話だよ。二人とも、おにーちゃんとおねーちゃんに会いたかったんだもんね~?」

 美由希にそう訊かれて、うんうんと頷くカレルとリエラの姿は場の雰囲気が一気に和み、エリオとキャロにじゃれつく様子はとても微笑ましげで、見ている者の頬をついつい緩ませる。

「ホント、可愛いです♪」

「ふふふっ。ありがとー、すずかちゃん。義母さんもかなり見たがってたからねえ……。今頃、孫たちの姿見れないコト、クロノくん辺りに愚痴ってるかも」

「もう、お義姉ちゃんってば……。そんなコト言ってると、本当に義母さん拗ねちゃうかもだよ?」

「あはは。ごめんごめん」

 姉妹のやり取りを受けながら、ふと、スバルは思い返したように傍らのティアナに小さく声を掛ける。

「ねえ、ティア。そういえば、フェイトさんのおかーさんって確か……」

「そうね、前にチビッ子二人から聞いた話とウワサくらいだけど。六課の関連……っていうか、ほとんど後見人に近いところに乗ってるのも見たことあるわ。元・次元航行部隊の提督で、今は本局にいるっていう、リンディ・ハラオウン総務統括官」

 スバルの父や姉も相当なものだが、ハラオウン家のエリートっぷりはそれに輪をかけて凄まじい。

 両親のいずれも次元航行部隊の提督歴任し、その子供たちにしても、元・執務官で現・提督を務める兄と現役執務官の妹。おまけに兄の妻はかつて同部隊の通信主任を務め、妹の保護した孫同然の子供たちはやっと二桁になった年齢でBランク以上の資質を秘めた魔導師だという。

 ウソみたいな内容だが、これが事実だというのだからゾッとしない。

 とはいえ、

(……そりゃ、何の苦も無く得られる結果じゃないのは解かってるけど)

 内心で零しつつも、何とも言えない気持ちが涌くのはどうしても止められない。

 当たり前だと理解していながらも、改めて実感させられる。目指す先に辿り着いている者とそうでない者の間には、越えがたい断崖があるのだと。

「……それこそ、らしくないわよね」

「??? らしくないって、何が?」

「別に……なんでもないわよ」

 投げられた疑問をそう制して、ティアナは燻りかけた気持ちを脇へ捨て、続く美由希の言葉に意識を向けた。

「えー、では僭越ながら。さっき翠屋(ウチ)に寄ってもらったから、なのはの生徒さんたちもご存じかもだけど───現地の一般人、高町美由希です。高町なのは、一等……空尉? のおねーちゃんで、翠屋のホールリーダーやってます。

 正直、エイミィたちに比べると、あんまり向こうの事には詳しくないバリバリの一般人ではありますが……十五年前になのはがちょっとしたきっかけで魔法と出会って、それから管理局に誘われてお仕事するようになったり、なんか結構ちゃんとした役職に就いてミッドに行っちゃったりして」

 妹が辿ってきたこれまでの軌跡(おもいで)を一つ一つ紐解くように、美由希は少し切なげな、けれどどこか誇らしそうな面持ちで言葉を紡いでいく。

「いま思い返すと、驚いたり戸惑ったりする暇もないくらいあっという間だったね……。フェイトちゃんやはやてちゃんがいろいろ大変だった事も聞いたし、なのはが自分の道を進み始めてからも本当にたくさんの事があって。平和とか安全を守るための仕事とはいえ、危険な事もある仕事だし……心配は、今も結構してる。あの頃はまだちっちゃかったから、余計にね。

 ───でも、魔法使いとして自分の魔法をちゃんと使う事とか、人に色んな事を教えたり、導いたりする仕事が、なのはの見つけた夢なんだっていうのも、ちゃんと聞いたから」

 姉からの柔らかな視線を、妹は少し気恥ずかしそうな表情で受け止める。

 その様子に微笑みながら、

「だから、わたしたちはこっちの世界で待つって決めた。自分で選んだ道を遂げられたならうれしいし、何より後悔はして欲しくないって思ったから。

 ま、そうじゃなくても、ちっちゃい頃からワガママというか、頑固な子だからねぇ~。言い出したら聞かないけど、一度決めたらちゃんとやり遂げる子だっていうのはちゃーんとしってるから♪」

 だいぶ姉バカかな? なんておどけて見せる美由希に、「良く解かります……姉たる者、やはり心配と信頼は紙一重ですから」や「妹弟(きょーだい)が可愛いのは、皆おんなじだね~」などと、姉属性な面々(エイミィとアミタ)から同意のコメントが飛んでくる。

 それを受けて、たははと苦笑しつつ、美由希は「とまあ、そんなわけで」とスバルとティアナへ向き直ると。

「生徒のみなさん。なのは先生、現場だとちょーっと厳しい先生みたいだけど、いろいろよろしくしてあげてね? おねーちゃんからのお願い♪」

 そう言って、悪戯っぽくここまでの言葉をまとめ上げた。

 が、妹からはそのまとめは些か不服だったのか、「おねーちゃんまでおとーさんとおんなじコト言う……わたしにだって、教官としての立場というものがあって……」と、口を尖らせている。

 そんな姉妹のやり取りを、ティアナはどこかぼんやりとした様子で眺めていた。

「…………」

「ティアさん?」

「え……あぁ、何?」

 すると、よほど気が抜けていたように見えたのか、傍らのキャロがこてんと首を傾げ、ティアナの顔を覗き込んできた。

 いけないいけない、と努めて平静に応えるティアナの様子に、とキャロは先ほど感じた違和感のようなものを、気のせいだったかと思い直し、「いえ……」と首を小さく横に振った。

 その間にも自己紹介の順番は着々と周り、スバルが管理局員───というよりは、魔導師を志したきっかけについて語り始めた。

 ちょうど前後の話に関連する部分だった事もあり、美由希は殊の外スバルの言葉に聞き入っているように見えた。が、考えてみれば当然といえば当然だとも、ティアナは思った。目の前に、姉妹(きょうだい)が目指し、成し遂げた選択(けつい)の結果がそこにいるのだから、興味を抱かずにいられるわけもないだろう、と。

 そう。とても自然な事だ。目指す側にとっても、見届ける側にとっても。仮にそこに差異が生じるとするなら、それは単純に、成し遂げられたか否か、という一点だけ。

 

 ───そしてきっと、目の前に在るのは『成し遂げられた』華々しい理想の形だ。

 

 他人の功績を羨んでも無意味だというのは解かっている。

 欲しているのなら、自分で掴み取ったものでなければ身にはならない。これは、純然たる事実である。しかし、それでも事実を事実として呑み下せる人間が多くはない事もまた、悲しい現実だった。

(……ああ。なんでこう、ヤな方にばっかり)

 心裡に涌くドロリと粘着質な感情に嫌気が差す。

 ただ向き合う事が、なぜこうも辛く感じてしまうのか。たとえ成し遂げられなかったとして、退く道が無いわけでもないだろうに。

 折り合いを付けられない意地と、折れる事を良しとしない矜持の狭間で揺れて、頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 ともすればこの場から立ち去ってしまいそうだったが、

「……ありがとうございましたっ。はい、次ティアの番だよ?」

 傍らから聞こえてきた慣れた声に、浮き掛けた足を地に着け直した。

 意地というのは、在れば苦しくもあるが、時に逃げ出さない選択をする力にもなる。昇級試験の時がそうだったように、この道を志したきっかけ───憧れの選んだ道も、始まりはきっと。

 ならば、それに守られた自分が背を向けてしまうのはまだ早い。

 頂を目指して、断崖に手を掛けただけで諦めたのでは、何もしていないのと変わらないではないか。

 誇りを抱くなら、悔いる結末だけは選んではいけない。……いや、選びたくなかった。

 

「───機動六課、スターズ分隊所属。ティアナ・ランスターです」

 

 だから今は、そこを目指す自分として、在りのままを語ろう。相方ほど劇的なきっかけではないかもしれないけれど、自分自身が胸を張って口にできる始まりを。

 そうして言葉を重ねていくうち、気づけは抱いていたモヤモヤとした感情はすっかり鳴りを潜めていた。自分の原点を再認識したからだろうか。迷っていても、進む先が解かっていれば大丈夫だと、燻り掛けた心に再び火が灯る。

 同時に、自らの〝憧れ〟を短くも真摯に言葉にした思いもまた、高まり始めた焔の熱が柔らかに伝わるように、皆の裡へ自然と響いていた。

 

 ほどなくして、自己紹介も一巡し、交流会は歓談の時間へと移りだした。

「うーん、おいし~っ! やっぱり王様とハヤテの料理はメチャうまだね♪」

「確かにな。ディアーチェのも久しぶりに食べるけど、前より美味い」

 レヴィとヴィータが料理に舌鼓を打ち恍惚としていると、ディアーチェは「当然だ」とばかりに胸を張り、はやても「ありがとな~。追加もあるからどんどん食べてなー」と二人の皿に料理をよそう。

 素直な二人に誘われて、普段から健啖家なエリオやスバル、アミタやレヴィの箸もどんどん進む。その様子を見て、

「しっかしホント、すっごい食欲だけど……みんなあの料理どこに入ってくのかしらねえ」

「確かに。《オールストン・シー》の時もすごかったですよね~。先生(マリーさん)から聞いた話だと、十人前近くペロリだったとか」

 アリサとシャーリーの言葉に「たはは……」と零し、キリエも姉たちの食欲(キャパシティ)にはなかなか思うところはあるようで。

「エリオくんとスバルちゃんは育ちざかりだからっていうのもあるんだろうけど、おねーちゃんとかレヴィはねえ……ホント謎なところあるわ。昔っから全然そういうとこ気にしてないのに、すっごい綺麗なんだもん」

 と、そんな感想を述べた。

 流石に以前のような劣等感を抱く事はなくなったが、無頓着な割に綺麗なままの姉の容姿には、年齢を重ねた乙女としては若干面白くない部分もある。

 この間もイリスと似たような話をした、と苦笑するキリエに、「ほえー……」と美由希たちも感嘆とも呆れともつかない溜息を吐いた。

「羨ましい話だねー……。あたしも運動というか、鍛錬は今でもずっと欠かしてないつもりだけど、ちょっと油断すると危なかったりするし」

「うう……それ言われると、ちょっぴり耳が痛いなあ。油断してると、幸せ太りじゃ片づけられないくらいエマージェンシーな時もあるし……」

 主婦業に追われ、偶に非常事態に陥ってしまいそうな記憶を思い出し、なんとも微妙な顔をするエイミィだったが、それを聞いた美由希は「大丈夫大丈夫」と友の肩を叩く。

「それこそまさかでしょー。二児の母になった今でも、昔と全然変わってないじゃない」

「だと良いんだけど、身近にすっごい例が何人もいると少しねえ……」

「やー、当事者の一人としては何とも身に詰まされる話ですなあ……成れれば理想っちゃ理想なんだけどさぁ」

「そうそう」

 頷き合う二人の会話の内容を察した面々は、「たしかに」と内心で深く頷いていた。……しかし本当に、一体全体どうやってあの美貌(わかさ)を維持しているのか。血を継いだはずの娘にしても分からない世界の謎。解き明かせないそれが、乙女たちの悩みに拍車をかけていた。

 と、それはそうと。

「そういえば、キリエさんたちのご両親はお変わりないですか?」

 親の話題が過ぎったからか、ふと思い出したようにフェイトは。フローリアン姉妹にエルトリアで暮らす彼女らの両親について訊ねた。

 すると、キリエは「うん」と頷いて、「二人とも変わらず元気」と応えた。

「パパもママも、ここ数年ですっかり持ち直したし。そりゃあ、全部が全部カンペキってワケじゃないけど……イリスとユーリのおかげで、家族で過ごせる時間はすごく増えたわね。シュテルたちが一緒に暮らすようになってからは、娘たちがこんなに増えたなら、今度は孫の顔を見届けるまでは死ねないなあ、なんて冗談言っちゃうくらいだもん」

 楽しそうに話すキリエの表情を見ていると、フローリアン家の将来は明るそうだと、フェイトは思った。

 尤も、

「まあ? あいにくの女所帯だし、オマケにおねーちゃんもこういう感じだから、まだまだハラオウン家みたいには行かなそうだけどね~」

「ちょ、キリエッ‼ こういう感じとはなんですか、こういう感じとは⁉ イリスみたいなコトいわないでくださいっ! だいたい、そういうのは出会ってみなければ分からないもので、ただ必要に迫られてするようなものではないでしょう」

 口を尖らせ、心外だとばかりにアミタはそう言った。

 大人の恋愛観としては些か(あお)い気もするが、強ち間違ってもいない筈だ、と美人だが交際経験の少ない乙女たちは内心で頷いていた。……まあ、件の二児の女神の名を冠した天使(あくま)がこの場に居たのなら、『そうやってベストを探していられる時間も無限じゃないけどね』なんて憎まれ口を挟んできたかもしれないが。

 ───しかし、だ。

「まあ、探す間もなく出会っちゃうっていうのも、それはそれで大変なのかもしれないけどね」

 と、苦笑するエイミィに、「ああ……」と、一同は納得した様な顔をする。

 そう。仮にそうだとしても、それは出会えていない場合の話。逆にいえば、既に出会ってしまっているのだとしたら、いかに折り合いを付けられるかが決断のカギとなる。けれど最良最善を目指しながらも、結局自分にとっての最高最愛を本能で見つけてしまっていたなら、それらを諦める事が、果たして出来るものなのか。

 ハッキリとした正解は無い。けれど幸か不幸かこの場には、恐らくその答えに最も近いところに居るだろう乙女たちが揃ってもいた。

 皆の視線を向けた先では、どこか剝れた顔と得意げな顔を突き合わせる乙女たちの姿があった。本気で仲が悪いワケではないものの、互いに譲れない部分があり、自身に無いものを相手が持っているがゆえに、どうしても面白くないところも多いのだろう。

 

 いま傍らに居られずとも、これまでに重ねて来た時間が心を通じ合わせる。

 いま傍らにいるがゆえに、これまで以上に通じ合わんとその側に居続ける。

 

 優劣では決して語れぬ強き絆。時にじれったくも思えるが、それ以上に尊いものの行く末は、まだまだ波乱呼びそうなようだ。

 それにしても───

《───ねぇねぇ、ティア》

《なによ? 急に念話なんか使って》

 そんな話をしている大人たちを見て、スバルがティアナに声を掛ける。

《いや、なんていうか……その、こっちに来てからさ。隊長さんたちが、すごく普通の『女の子』みたいだなぁ、って……》

 スバル自身も呑み込めていないのか、その言葉はどこか戸惑いにも似たものが籠っていたように感じられた。

 が、スバルの気持ちも分からないではない。

 考えるまでもなく当たり前の事ではあるのだが、管理局でも指折りのエースとして名を馳せているなのはたちとて、まだ二〇代前半のうら若き女性である。

 どれだけの功績を重ねて来ても、大人と呼ばれる年齢に足を踏み入れて間もないのは確かだ。年齢を重ねれば重ねるほど解かる事だが、ただ歳を取るだけでは大人になれない。よしんば大人になったとしても、子供だった記憶を直ぐに過去にするのだって、そう容易くはない。そもそも今のスバルやティアナの年齢も、カレルやリエラどころか、エリオやキャロくらいの年齢だった頃には、果てしなく遠く感じられていたものである。

 だから、当たり前の事なのだ。

 大人らしいとか、子供っぽいとかではなくて。各々が辿ってきた道程の中に、それがあるというだけ。そして、いま二人がそう思っているのと同じように───見守ってきた側も、近しい想いを感じているのだろう。

「ふふ、やっぱり意外かな? 先生の子供っぽいところを見るのって」

「美由希さん……エイミィさんも」

「普段はしっかりしてるから、なかなか見る機会は無いよね。でも、なんだかあたしとしては懐かしいな……。アースラに居た頃みたいで」

「なのはが魔法と出会った頃かあ……うん、確かに。なのはがすっごく元気に、楽しそうに笑い出したのは、あの頃だったかも」

「え……?」

 感慨深げに美由希がそう零すと、ティアナは意外な言葉を聞いたように、その横顔を振り返る。愛おしげに妹を見つめる横顔には、どこか微かな寂しさが覗いていた。さっき語っていた心配ともまた違う、もっと別の憂いにも似た感情。

「あの……それって、どういう……?」

 聞くべきではないのかもしれない。しかし、不躾だと承知していながらも、どうしても訊ねずにはいられなかった。

 美由希の浮かべた表情が、自分自身にとっても覚えのあるもので。

 ……何より、ずっと前にも見た事があった気がして。

 ティアナの心裡を識ってか識らずか、美由希は小さく微笑み。すっかり遠くなった、でもつい昨日のようにも思える嘗ての記憶を、ゆっくりと語り始めた。

「もうずいぶん前だけど……あたしもなのはも、こーんなちっちゃかった頃ね? ウチのとーさんが仕事ですっごい大ケガをしっちゃった事があって。ちょうどその時期は、翠屋もオープンしたばっかりで、かーさんたちも忙しくて、あたしや恭ちゃんもその手伝いに掛かりっきりになっちゃってね……なのはにはずいぶん寂しい思いをさせちゃった。……たぶん、これがきっかけかな」

 自分たちも幼かったが、妹であるなのははそれ以上に幼かった。

 当たり前で、仕方のない摂理。

 であればこそ。兄や姉である自分たちからすれば、幼い身であっても、自分たちを奮い立たせるきっかけでもあった。

 全く辛くなかったとは言わない。しかし、それ以上に大切な人たちを少しでも助けたくて、守りたかった。どんなに悪いことが重なっても、良い事が全くないわけじゃない。すこしずつ回復していく父の姿も、自分たちを案じてくれる末の妹の姿も、等しく自分たちにとっては前に進むための、大きな力であったから。

 けれど、

「あたしたちからしてみれば、守らなきゃいけない(なのは)がいたから頑張れたんだけど……待っているっていうのも、本当は簡単な事じゃないんだよね。手が届かない、なんて理由だけで、納得できるものばっかりじゃないし。何も出来ないでいるっていうのが嫌だから、寂しさと悔しさがごっちゃになって、悲しかったんだと思う」

 美由希のその言葉を聞き、ティアナはドキリと心臓が跳ね上がったような錯覚に襲われた。

「──────」

 そう。理解しているかという事と、納得できているかは、全くの別問題だ。

 仕方がない、というだけで、何もかもを諦めてしまえるわけがない。

 自分がどれだけ愛されていても、無力なままでいたくなかった。

 守られているのが不満なのではない。大切に思われているからこそ、与えられた愛情に報いたかった。自分にとっても大切だったから、少しでも力になりたかったのである。……本当は、話を聞いただけで、分かった気になってはいけないのだろうけれど。

 

「…………分かります」

 

 ティアナは自然と、その言葉が口について出るのを止められなかった。

 当たり前に家族がいるのは、とても幸せな事だ。

 少なくとも、失ってしまってからでは簡単には取り返せないものである。

 その怖さを知っているならなおさらに、今ここに在る当たり前を失うまいと藻掻くだろう。

 ……ああ、そうだ。

 恐らくはティアナ自身も、どうしようもなく、語られた二つの想いを胸に抱いて生きて来た者の一人であった。

 彼女の告解(つぶやき)を耳にした美由希は、「そっか……」とティアナの肩を優しく叩いた。

「簡単に割り切れる事じゃないから、余計こんがらがっちゃうんだよね。本当はただ、幸せなだけだったらいいんだけど……」

 しかし、幸せは幻想ではなくとも、容易くは手に入らない。

 理不尽な事もあれば、去り行かぬ過ちに囚われ続ける事もある。

 ───ただ、それでも。

「守って来た時も、守られている時も、どっちもそれなりの強さが必要になるけど、本当はもっと単純なコトなのかもね……」

 家族だからと何でも分かり合える訳ではない。しかし、だからと言って通じ合えないと定められている訳でもない。

 正解は一つではなく、導かれる回答も明瞭とは言い難い。

 しかし、ハッキリしている事もひとつある。

「どっちにいても、結局一番最初に合ったのは……大好きで、大切だったって気持ちだと思うから」

 美由希の呟きに、ティアナは以前スバルの姉であるギンガに言われた言葉を思い出した。

 立ち止まってしまっては、目指す場所へ届かないような気がして、これまで振り向かずにいたけれど───本当に恐れていたのは、別の事だったのかもしれない。

 自分自身が胸を張れる道を進んでいるのか。或いは、それをちゃんと伝えられるのかどうか。

 その答えを、確かめるのが恐かった。

 が、本来ならば、確かめるまでもない事なのだ。

 かつて受けた問いかけにだって、ティアナはちゃんと、そう応えていたのだから。

 いまだって、その気持ちは変わっていない。

 憧れ、守ってもらった背中を疑うなど、在り得る筈もないのだ。

 愛されている自覚はある。

 不安だったのは、重荷になってしまう事の方だ。 ある種、強迫観念だったのかもしれない。

 支えになりたいと願ったから、早く大人になりたかった。一人でも大丈夫だと胸を張れるようになれば、失う不安に駆られないで済むと思っていたのである。けれど、それは願いとは逆に進む道だったのではなかろうか。誰かと共に居たいがために、一人で進まなければならないなんて矛盾している。

 尤もそれも、結局は───

「どんなに好きでも信頼してても、気にならないワケないって事なんだろうね。心配しちゃうのってさ」

 きっと、そんな理由ゆえのものだった。

「そうですね……気にせずになんて、なかなか出来る事じゃありませんし」

「ホント、不思議だよねえ。家族って」

 はい、とティアナが頷くと、美由希はなんだか嬉しそうに笑い、空きかけのグラスにジュースを注ぐ。硝子越しに揺らめく液体を見つめるうち、次第に深みに嵌まり始めた思考は、大きな波の中に呑み込まれ、穏やかさを取り戻していくのだった。

 

 

 

 ───気づけば、歓談も佳境に近づきつつあった。

 エリオとキャロの膝の上でうつらうつらと船をこぐカレルとリエラの姿を見て、「ありゃりゃ、おねむになっちゃったか」と、エイミィは二人の頭を撫でる。

「こりゃあ、一回帰った方がよさそうかな?」

「ぼくまだ、ねむくなんか……ないもん」

「やぁぁ……! まだおにーちゃんんたちと、いっしょが良いぃっ」

「駄々捏ねないの。夜更かしは不健康の元だし、おにーちゃんたちも、大事な任務の最中なんだから」

 母の言葉に、双子は揃って口ごもった。

 幼いながらも、聡明な両親の姿を見て育ってきた子供たちである。語られた理屈が全く分からないほど愚かではない。しかし、それでも別れは寂しいようで───つぶらな瞳に眠気によるものだけではない滴を溜めて、双子はエリオとキャロの顔をじっと見つめていた。

 それは、自分たち自身にも覚えのある感情。

 出来る事なら叶えてあげたい。無碍にはしたくないものではあるが、ただ叶えるだけが正解ではない事も、二人はよく知っていた。

「大丈夫だよ。また来るから、次はもっといっしょに遊ぼう? ね、キャロ」

「うん、約束♪」

 微笑みと共に差し出された小指に、若干の抵抗を見せながらも、カレルとリエラはキャロの小指に自分たちも小指を結び合わせた。

「やくそくだよ……?」

 いつだったか、自分たちも同じような事を言った気がする。

 楽しかったからこそ、終わってしまう事が寂しかった。だが、悲しむことはないと教えてくれた人たちが居た。

 楽しかったのなら、また何度でも来れば良い。

 終幕は途絶するものではなく、再び幕を開けるためのものなのだと。

 ゆえに、

「もちろん。必ずまた遊ぼうね」

 そっと指を離して、自分たちよりも小さな身体を抱きしめる。

 自分たちが叶えてもらった嬉しさを忘れず、自分たちもまた、交わした約束を確かめるように。

 そうするうちに眠気に負け、カレルとリエラは眠ってしまった。

 エイミィは眠ってしまった双子たちを連れ、美由希に手伝ってもらいながら子供たちを自宅まで帰る事に。姉たちが岐路に着いたのに合わせ、残る一同は食器類の片づけながら、この後の事について話し始めた。

「そういえば、シュテルたちも今日はこっちに泊まってくんだよね?」

「はい。書庫での業務は、イリスたちが引き継いでくれましたので。わたしたちはナノハたちの任務が終わるまではこちらに滞在する予定です」

「そーそー、アリサがボクらの部屋も要してくれてるし~♪」

「まあ、部屋数はそれなりにあるし。いざとなったら、あたしん家とかすずかん家にも泊まれるから」

「ほんま、お世話になってばっかりで。ありがとーなぁ、アリサちゃん、すずかちゃん」

「ううん。わたしたちも、みんなのお手伝いできるの嬉しいよ」

「そーゆーコト。ああ、でも……ここお風呂無いのよね。前に着た時みたいに、水浴びって季節でもないし……」

 エリオとキャロが来た時や、それ以前に皆でここを訪れた際には、季節的なものもあり、水遊びがお風呂代わりになった事もあった。

 他には、子供たちだけなら、野外にちょっとした露天風呂を催した時もある。だが、身内のみとはいえ、流石にこれだけ成人女性が多い面子で即席露天はいろいろと無理がある。

 となれば───

「こういう時は、あそこかしら?」

 アリサの目配せに、幼馴染たちは「ああ」と納得した表情を浮かべた。

 あそこ、という単語にいまいちピンとこないスバルとティアナだったが、両分隊長はそんな疑問に答えるようにこう告げた。

「では六課一同。片付けが終わり次第、着替えを用意して出発準備」

「これより、市内のスーパー銭湯へ向かいます♪」

「すーぱー……」

「……せんとう?」

 

 

 

総員、銭湯準備? Let's_Take_A_Bath.

 

 

  1

 

 イマイチ言葉の響きを呑み込み切れていないスバルとティアナだったが、さして悩む間もなく、『そこ』がなんであるのか知る事が出来た。

 コテージから車で二〇分弱。

 市街地からやや外れた大きな道路に面したところに、派手な装いで立っている建物を見て、スバルとティアナは今更のように自分たちが、大型入浴施設にやって来たのだと理解できた。

 しかし、

「わぁー、なんかすっごいねぇ~」

「確かに……。公衆浴場ってより、なんかちょっとした遊園地みたい」

 スバルとティアナの呟きに、フローリアン姉妹も初めてここへやって来た時の事を思い出して、懐かしそうに頷いていた。

「ほんと、こっちの娯楽施設の完成度ってすごく高いわよねー」

「ええ。エルトリアのコロニーや、ミッド地上もいろいろ見る機会はありましたが、地球の方々の発想は一歩抜きんでているように感じます」

「そうそう。イリスもいろいろ調べてるうちに随分のめりこんじゃったし」

「その辺で言うと、あたしとすずかも、ミッドの方で少し提供するデータ見てもらったり、アドバイスしてもらったりしましたね」

「イリスさん、機械系だけじゃなく、建築にもお詳しくて、為になる話いっぱいしていただきました♪」

 元々、造る事には一日の長があるイリスは、こんなところでも才能を発揮していたらしい。六課でリインの使う備品やインテリアに口出ししていたことはあったが、それ以外でもなかなか手広くやっているようだ。

「凝り性だもんねー、イリス」

「最近では服も流行りを取り入れると言って、ファッションショーでも開けそうなくらいの量を作っていましたね」

「ああ。結局今度のオークションのドレスコードも、あやつが決めたのだったな」

「そういえば、六課にもこの間送られて来てたなー。似たり寄ったりのサイズやったから、お裾分けやーって」

「ま、元々我らと貴様らの体型は基礎が同じであるからな。無論、環境の差や資質的な違いはあるだろうが」

 と、そんな事を話しながら、一同は店名の書かれた暖簾をくぐり店内へと足を踏み入れた。すると、「いらっしゃいませ、海鳴スパリゾートへようこそ~!」という威勢の良い声と共に、受付のお姉さんが出迎えに来てくれた。

「団体様ですか?」

「はい。大人十六人、子供三人で」

 はやてが代表してそう告げると、お姉さんは「はーいっ」と返事をして、受付に人数分のロッカーキーを取りに向かった。

 その背中を見送りつつ、

「子供三人って……エリオとキャロ、リイン曹長……」

「───おい。いっとくがスバル、アタシはオトナだかんな。オ・ト・ナ!」

「あ、あはは……やだなあ、ジョーダンですって」

 些末(ちいさ)違和感(ぎもん)を口にしたスバルに、ヴィータはジトりとした目で釘を刺す。……ちなみに、普段の里帰りの時は変身魔法で一応姿を経過した時間に合わせてはいるらしいが、実際のところ大人Verも下手すりゃ一〇代半ばにすら思えそうな見た目なのは内緒である。

 まあ、それはさておき。

 程なく戻ってきたお姉さんからカギを受け取った面々は、早速更衣室へ向かおうとしたのだが───

 

「……あの、キャロ? その、手離してくれないと、僕……」

 

 男湯(むこう)に行けないんだけど───という最後の言葉は、キャロのうるうると立ち去る主人を引き留めようとする小動物みたいな上目遣い(いじらしさ)に打ち消され、発せられることなく飲み下された。

 

 結局。

 エリオはぱあぁっと花の咲いたような笑みのキャロに連れられて、ある意味天国ある意味地獄の暖簾(もん)をくぐる事になったのだったとさ。

 

 ……因みに、満面の笑みでエリオの袖を掴んでいるキャロの背後には、ここでの入浴マナーがいくつか記されており、そこにはこんな一文があった。

 ───『女湯への男児入浴は、十一歳以下のお子様のみでお願いします』。

 うら若き槍騎士、エリオ・モンディアル。

 こちらは見た目幼く、しかし悠久の時を過ごした鉄槌の騎士とは裏腹に。正真正銘、数か月前に年齢二桁に乗ったばかりの『お子様』であった。

 にしても。

「あれだけ素直だと、逆に気の毒にも見えてくるわ……」

「確かに。ホントにずーっと一緒やったから、いまさら断られへんのもあるかもしれへんなあ」

「天然っていうのも罪よねぇ。『きょーだい』っぽいぶん、どっかの誰かさんよりも自覚なさそーだし」

 アリサがそういうと、びくっと横髪(サイドテール)の主が反応する。それを、後髪(ポニーテール)の主はと言えば、どこか面白くなさそうにその反応を透明な蒼の瞳で見つめていた。

「あっちは何時まで掛かるかしらね、自覚するまでに」

「どーやろ。とっくに人生の墓場(にげられへんところ)まで一直線コースかもしれへんよ? 尤も、あっちもあっちで将来有望そうやし、対抗馬(ライバル)が現れんとも限らへんけどな~」

「もー、はやてちゃんってば」

 楽しそうなはやての声に、すずかは苦笑する。

 ……が、そんな事を言いつつも。話の輪にいた面々は、案外冗談でもなさそうな未来予想図に奇妙な確信めいたものを感じていたのは余談である。

 

  2

 

 かぽーん、と、何処からともなく聞こえる桶の音が、大浴場へと足を踏み入れた少女たちを出迎える。

「わぁ~、すっごーい!」

「ほんとね……」

 目の前に広がる光景に、スバルとティアナはそんな感想を漏らす。

 施設に足を踏み入れた時点でかなりの驚きがあったが、本丸である湯殿もまた、ミッド出身の二人には新鮮な驚きを与えていた。

 入り口でも話していたとおり、管理世界にも公共の入浴施設はたくさんある。だが、一つの施設にこれだけの多種多様な設備を導入しているところは、ほとんど無い。

 技術的に無理というわけではないのだろうが、ここに生じた差は、技術というより発想の差だろう。

 ミッドであれば設計段階で詰め込み過ぎと判断されてもおかしくなさそうなものを、違和感なく一つにまとめ上げる想像力。先ほどアミタやキリエが口にしていたように、こちらの娯楽に対する造形の深さは凄まじいの一言に尽きる。

 しかし、それにしても数が多い。これだけ様々なものが混然としていると、どう進めばいいのか迷ってしまう。

 そんな二人の戸惑いを見て取って、なのはが二人に銭湯での入浴手順を説明し始めた。

 そうしてスバルとティアナが初めての銭湯に挑む傍らで、慣れた様子の守護騎士の面々は、久方ぶりに訪れた湯殿の変化を楽しそうに眺めていた。

「へぇー、前来た時から随分変わったなあ~」

「湯の数も増えた。任務中でなければ、ゆっくり楽しめたのだがな」

「あら、ゆっくりしていけば良いじゃない? クラールヴィントたちが反応を追ってくれてるんだから、すぐ出られるようにだけしておけば」

「そうも言ってられんだろう。仮にも前線を任されている身だ」

「ま、あたしらは曲がりなりにも副隊長だからな」

 あくまで今日はお仕事モードだと告げるシグナムとヴィータだったが、何だかんだ新しくできたところへ行きたそうな視線を向けているのを見て、シャマルは「はいはい」と小さく笑みを零した。

 と、その横では───

「──────」

「……なんだ、ジロジロと見るでない」

「やー、なんというか……。子供の頃は殆どおんなじくらいやったのに、ずいぶんと変わったなーと(おも)て」

「なんのだ話だっ、まったく……こんな時に下らぬ事を抜かしおってからに」

「いやいや。むしろこんな時やからこそ、円滑なコミュニケーションを図らんとなぁ~。わたし、部隊長やし♪」

 朗らかな笑みでニコニコと語るはやてに、ディアーチェはこめかみを抑え、「貴様、自分がいくつだと思って……」と呆れたように零した。

「はやてってたら、相変わらずねえ……」

「まあまあ、女の子同士の楽しいスキンシップだから」

 そのやりとりを聞きながら、アリサとすずかがそう言うと、アミタとキリエもかつての記憶を思い出し、困ったような笑みを浮かべた。

「でもはやてちゃん、結構Sっ気あるわよねぇ。なんていうか、反応が面白い人の方に行く感じっていうか。前にこっち来た時も、おねーちゃんとかすっごい餌食にされてたし」

「あはは……まあ、最初はちょっとビックリしましたね」

「アミタさんのはなんていうか、ハリがあって、揉み心地バツグンやったな~♪」

 活き活きと楽しそうに感想を語るはやてを見て、ディアーチェは怪訝な顔で「……小鴉。お主、まさかとは思うが、今でも見境なくやっておるわけではなかろうな?」と訊ねる。

「いや、流石に仕事中は……」

「してねーけども……」

「シャーリーとかスバルは揉み返したりして、楽しそうにしてるわね」

「大丈夫やー。基本的に許してくれる人にしかせーへんからな~」

「問題はそこではなかろうが、この戯け……」

 ほわほわしたはやての返答に溜息を吐くディアーチェだったが、何だかんだ子供の頃からの事なので、今更な気もしてはいた。

 実際、スバルやシャーリー、或いはレヴィや偶にアリサも、わちゃわちゃして楽しんでいる節はあった。ついでに、はやて的には、みんなの健全な育成過程にも貢献してきたつもりとのこと。刺激を与えれば大きくなるなんていうのは眉唾だが、ここに集まった一同はかなり育っている面子なので、強ちウソとも言い切れない気もするのが困りどころだが。

「……ホントに効果あったのかしらね」

「さあ……どうだろうね」

 すっかり実った自身や友人たちの果実を眺めつつ、アリサは在りし日の事を思い出す。

 中学時代は割と控えめだったなのはや、揉み返されてた当の本人も、今ではすっかり立派な貫録を有している。

 なお、本人曰く。

〝質量的にはレヴィとすずかちゃん、シグナムとフェイトちゃんとかがすごいけど……バランス的にはアミタさんキリエさん、なのはちゃんとアリサちゃんも捨てがたいし。シャマルのすっごくふんわりした感じも、優しくて好きやし……逆にイリスさんとかシュテルみたく控えめなのも、これはこれで乙というか。ボーイッシュなスバルも、勝気なティアナも大人になってく中でどう変わっていくか楽しみにしてる。あと、自分とそっくりやけどもうちょっと育ってる王様のはちょっとうらやましいゆーか、自分でももうちょっと頑張ってみたりしたい思わされる魅力があったりも……〟

 とかなんとか。

 ちなみに、はやて的にはいま一番の期待株はキャロらしいが、当の本人はといえば、真っ赤になって俯く相方の背中を楽しそうにごしごしとタオルで(こす)っていた。

「エリオくん、かゆいところとかない?」

「だ、だいじょうぶ……」

 たどたどしく応えるエリオとは対照的に、キャロの方はどこまで行っても自然体である。

「……火力高いわね」

 何の、というか、そもそも本人に自覚があるのかすら怪しいが。

 長く共に過ごした時というものは、時として攻め手に転じるのだと、見守っていた大人たちはなんとも言えない既視感に襲われていた。

 そんな事をアリサが思っていると、

「おー、二人とも仲良しだな~。ボクも洗ってあげようかー?」

「れ、れれれレヴィさんッ⁉」

「はーい、お願いします♪」

「キャロッ⁉」

 ひとしきりはしゃいで戻ってきたらしいレヴィが二人の元へやって来て、そんな事を言いながら、エリオを洗っていたキャロの背を流し始めた。

 こうなってくると、面白くないのはフェイトである。

「レヴィ、ずるいっ! わたしだって最近は二人とお風呂入ってないのに……!」

「フェイトさんまで……ッ⁉」

 どうにもここ最近(すうわ)ばかり、『母』的立場としての日常風景(スキンシップ)が少なかったというのに、此処へ来て『叔母(いもうと)』的存在にそれを取られるなど、子煩悩な彼女が見過ごせる筈もなかった。

「えー、なんだよフェイトー。いいじゃんか、六課(そっち)でいつも一緒いるんだから。ボクなんか全然会えてなかったんだぞ~」

「うっ……で、でも、わたしだって忙しくて、あんまり二人と一緒に居られなかったし!」

 些末な問題で姉妹喧嘩を始めたフェイトとレヴィに、傍から見ていた面々は若干あきれ顔である。

「ほんと、フェイトはエリオとキャロのコトになると譲らないわねえ……」

「良いおかーさんだね♪」

「まあ、甘やかそうとしすぎるのも困りどころですが」

「そこはほら、エリオもキャロもしっかりしてるし」

「子の心、親知らず……ってか」

「あはは……。まだまだ二人も小さいですし、もうしばらくは『子供』でいて欲しいんですよ。きっと」

 シャーリーがヴィータにそう言うと、「かもな……」とヴィータも分からないではない、と頷いた。

「そういえばクロノくんも、次元艦(ふね)での出張(しごと)が長引くと、子供たちがいつの間にか大きくなっていて驚かされるーって、ゆーとったなあ」

 実際のところ、あまり成長を急くのも親としては寂しいものなのだろう。

 親子として繋がっている以上、どれだけ強くなったとしても、愛しいと思う心が消える訳でもないのだから。

「確かに、子供の時間って早く進んでる感じするよね。わたしも、おねーちゃんのところの雫ちゃんと会うたび、大きくなったなあ……って驚いちゃうもん」

「確かにねー。わたしなんか、実家に帰ってくる機会も減っちゃったから、余計にかも」

 すずかとなのはがそういうと、

「いわれてみると、エルトリアではまだ母星側に戻ってきた人口も少ないせいか、あまりそういった感覚に振れるのは少ないかもしれませんね……」

 と、シュテルが言った。

 飼育している動物たちの成長など、生命のそれに感じ入る部分が少ないという訳ではないが、身近な人物が『親になり子を育む』という、生物としては当たり前の循環を実際に見て取った経験はあまりない。

「ふむ。だが、アミタはキリエの生まれた頃など、そういった感慨に振れる事も多かったのではないか?」

「そうですね~。やはり家族が増えたのは嬉しくて、初めて姉としての立場に立ったわけですから、いろいろと思う事はありました……」

「ちょっとぉー、本人の前でそんな話しないでってば。あたしもおねーちゃんも、もう良い歳なんだから」

「たは……耳が痛いですね。イリスがいたらまた言われそうです」

「……まあ、イリスも別に特定の相手がいるわけではありませんが」

 実際、彼女らの盟主(あるじ)であったユーリと同様に、イリスも単純な加齢でどうにかなるわけではないので、本人が焦る必要が無いのは確かである。尤も、それと相手が居ないのはまた別の話ではあると思うが。

 シュテルがそう独り言ちると、キリエは「ふぅん」と半目になり、「ならシュテルはどうなの?」と訊いてきた。

「どう、とは?」

「大した意味じゃないわよ? 昔っから随分熱心だけど、進展はあったのかなーって」

「⁉」

 びくっ、とキリエの問いかけに、分かり易くなのはが肩を震わせて反応した。

 また始まったな、と、幼馴染たちはいつものやり取りをBGMに、ゆったりと湯船の縁に背中を預けて傾聴(くつろぎ)モード。

 そして、シュテルもシュテルでさして躊躇うでもなく、

「わたし自身としては、さして急くつもりもありません。ただあの方の傍らで、最後に共にある伴侶として選んでいただければ、一番嬉しくはあります」

「わぁぁ……」

 きっぱりと言い切られ、逆に話を振ったキリエの方が気恥ずかしくなってしまいそうだった。

 一見思慮深く、淑女然とした物言いではあるものの。その色素の薄い蒼の瞳の奥には、彼女の魔力と同じく、苛烈なまでの情熱が焔となって燃え滾っているのが見て取れた。……選ばれなければ選ばれないで、奪い取る気満々である辺り、彼女の本気度合いが伺える。

「シュテル、相変わらずスゴいわね……自信というか、覚悟というか」

「せやけど、あの積極性は見習わなあかんところもある気はするなあ……わたしかて、嫌いなわけやないし? 可能性の一つとしては考えんコトもないし」

「…………こういうの、罪っていうのかしらね?」

「本人が優柔不断なだけであろう。まったく、あやつは……」

「でも、一つの選択だけが正しい……っていうのも、なかなか無いんじゃないかな。おねーちゃんもそうだったみたいだし」

 皆、各々の感想を口にする中、ごぽごぽとお湯に沈んでいる乙女が一名。

 スバルとティアナが別の場所へ行っていたのが幸いだった。ただでさえ今日は威厳が危ういのに、教え子たちこんなところまで見られては正直、教導官としても乙女的にもだいぶ赤信号(アウト)だ。

 沈んでいるうち、頭がぼんやりと茹だり始め、浴場に響く友人たちの声右から左へと流れ始める。

 

 次第に、湯気の所為だけではなく、視界に靄が掛かりだした頃。

 なのはは、ほんの少し拗ねたような顔で、かつて交わした約束について思い返していた。

 

 ……彼女とて、全く意識していないわけではない。それこそ子供の頃から大人になるまで、年頃の少女らしい感情を抱いていなかったといえば嘘になる。しかし、その『何か』を成す以上に、ただ傍らに居てくれるだけで、心が満ち足りてしまう。

 

 いや、それも正確ではないかもしれない。

 

 満ち足りてしまうのではなく、そう在る事自体が当たり前で、欠いてしまうなど想像すら出来ないのである。

 だから、決して失えない。求めれば応えてくれるだろうけれど、それ以上にただ一緒に居て欲しいのだ。

 

 ───ずっと、ずっと。心の済むまで。

 

 ひどく自分勝手で、我儘な願いだとは思う。

 だが、

(…………約束、したんだもん)

 それは甘酸っぱい希望であり、同時に頑なになってしまった苦い意地のようなものでもあった。

 先へ進めば、きっと今以上に幸せなのだろう。

 けれど、進まないままでも十分に幸せで。やらなければならない事も、成し遂げたい事もたくさんあって。

 結局、今もまだその場に留まったままで。

 何時か、胸に居着いた呪縛(いと)が解かれるような、そんなきっかけを探し続けている───。

 

 

 

「───っ、ぷはぁ」

「あ、やーっと出てきた」

 けほけほ、と小さく咳き込むなのはの背を、アリサは「大丈夫?」といって軽く摩る。

「もー、なのはったら。あんなに沈んでたら湯あたりしちゃうわよ? 風にでも当たりに行きましょ。露天風呂ね、この前リニューアルしたんだって」

 アリサの気遣いに「うん」と頷いて、なのはは皆と共に、新しく作られたという露天の方へと足を進めた。

 外へ出ると、空はもうすっかり暗くなっていた。

 星が明るく瞬きはじめ、月が弧を描いて空の天蓋を上る。

 そんな光景を見ながら、夜の風に吹かれているうち。気が付けば、のぼせかけていた乙女の意地は、すっかり落ち着きを取り戻し始めていた。

 いまは焦ってもしょうがない。答えを急ぐ事でもないのだ。

 自分は自分のペースで、ひとつひとつ、目の前の事を一生懸命に熟して行けばいいのだから。……まあ、それでも帰ったら通話の一つもしておいた方がいいかな、と心に決めてはいたのは余談だが。

 

  3

 

 大人用露天の隣に置かれた子供用露天風呂。

 今日は子供の客が少ないのか、大浴場にはちらほらといた人影も、ここにはまるでなかった。

 尤も、いろいろあっていっぱいいっぱいだったエリオ的には、むしろこの静かな雰囲気は返って有難い。夜風に当たりながら湯船の縁にべったりと伏せて休んでいると、トテトテと手に冷たいタオルを持ったキャロがやってきた。

「エリオくん、だいじょうぶ?」

「う、うん……ちょっと、のぼせただけだから」

「無理しないでね……はい、おでこ上に向けて?」

 ぴたっ、とおでこに置かれたタオルは、ひんやりとして心地よく、エリオはこのまま眠ってしまいそうになったが、流石にお風呂場で眠ってしまうのは危ないので、首や脇にもタオルを当て、眠気を祓う。

 しゃっきりとしてきた意識で、ほぅ、と一息を吐くと、エリオはぼんやりと空を見上げた。

 すると、キャロが思い出したように。

「なんか前にもあったね。こんな感じのこと」

 と、言った。

 そういえば……と、エリオも前にフェイトたちと温泉に行った時の事を思い返し始める。

「ミッドの方のだったかな。あそこって」

「そうそう。ユーノさんが連れてってくれた、発掘場所の近くの天然温泉。わたしあそこでのぼせちゃって、エリオくん、おんなじ事してくれたの。覚えてる?」

「うん、覚えてる覚えてる。あの時はここにみたいに施設じゃなかったから、近くの小川まで降りてだったね……」

 あの時は、フェイトが慌てて大変だったような気がする。

 まだ小さかったので気にならなかったが、参加者が女性ばかりだったことを考えれば、いくら近場とはいえ、流石にタオル一枚で川までいくのは確かにあまり良くはない。自身とユーノ、引率にザフィーラがついていったのはある種の必然だった。……まあ、そのあと起こったちょっとしたハプニングに関しては、ユーノが気の毒と言わざるを得なかったけれども。

 今になって思うと、あの兄のような、或いは父のようでもあった青年の苦労も分かる気がした。

 決して嫌な訳ではないものの、なんとも気恥ずかしいのである。───とはいえ、三歳ぐらいからずっと面倒を見てもらっていた身からすると、育ててくれた側の認識は今更何をというくらいなのかもしれないが。

 と、そんな漢ならば誰しもが通る袋小路に思考を飛ばしていると、またキャロから声が掛かった。

「ねえ、エリオくん。六課に来てから、いろんなコトがあったけど……わたしたち、ちゃんとコンビとして戦えてるかな?」

 小さく訊ねられたその言葉に、エリオは顔をあげ、キャロの方を向き直る。

「リニアレールの時も、助けてもらってばっかりで……自分で決めたハズなのに、迷ってばっかりだったから」

 不安げに告げるキャロに、エリオは「そんなことないっ!」と返す。

「それをいうなら、僕だって助けてもらってばっかりだし……小さい頃からずっと一緒に居てくれるキャロが傍で護ってくれるから、あの時も思いっきり戦えたんだ。

 ……でも、何かと戦うのは、簡単に決められることじゃないから。これからだって、僕もキャロも、たくさん迷うと思う」

 何度も何度も。それこそ、気の遠くなるほどに。

 しかし、それでも。

「どんなに迷っても、最後まで『何を守りたいのか』って気持ちを忘れないでいられれば、きっと」

 ───そう。

 あの『白い部屋(しせつ)』の中で、何も信じられないまま、自分は独りきりだと頑なに信じて、世界との繋がりを拒絶していた日々のように。

 知らないでいる事は、時に心を守る行為ではあるが、やはり知らなければならない瞬間というのは、往々にしてあるものだ。

 

 辛く厳しい不条理も、優しくあたたかな現実も。

 どちらも等しく、誰かとの触れ合いの中で見識るものなのだと、エリオは差し伸べられた温もりに触れ思い出すことができた。

 だから、今度はそれを忘れずにいられれば、きっと。

 

「───僕もキャロも、〝戦う意味〟を間違えたりなんかしないから」

 

 告げられた言葉に。向けられた真っ直ぐな笑みに。キャロの浮かべていた憂いは、いつの間にか自然と消えてしまっていた。

「うん! わたしたちも頑張って行けば、なのはさんとフェイトさんとか、スバルさんとティアさんみたいなコンビになれるよね」

「もちろん。ただ、僕とキャロは女の人同士じゃないし、全部がおんなじってワケには行かないと思うけど……」

「でも、女の子同士じゃなくても、なのはさんとユーノさんとか仲良しだよ? よくみんなで模擬線やってたときとか、コンビ組んでたし。あ、フェイトさんとかシュテルさんとも仲良しだよね」

 と、キャロは身近な例を挙げていく。……いや、将来的な展望を考えれば、そうなれるなら吝かではないものの、明確なビジョンを想像するには、まだエリオは幼すぎた。

 微かに頭を過ぎった可愛らしい邪な思考を振り払おうと、ぶんぶんと頭を振る。しかし、意識してしまうとなかなか忘れられないもので、せっかく引きかけた熱がぶり返し、またエリオの顔が赤く染まり出した。

「大丈夫? エリオくん……なんだか、また顔赤くなってるよ?」

「し、心配しないで。ちょっと涼めば治るから……!」

 むしろ、こうして覗き込まれている方がいろいろ困る、とは流石に言えず、エリオはお湯から上がり、戦略的撤退に出る。

 ───が、それを。

「あ、そうだ。ねぇエリオくん、ちょっと待って?」

 次いでお湯から出てきたキャロが引き留めた。

「な、なに? って、キャロ! ば、バスタオル巻いてっ」

「? あ、そっか。ごめん」

 ますます顔を上気させるエリオに、キャロは「てへへ」と照れ笑いをして、縁に置いてあったバスタオルを手に取った。

 そうして、タオルを身体に巻き付けつつ、

「あのね? ここ、休憩用の椅子とかないみたいだから……ほら♪」

「⁉」

 キャロはぺたんと床に座り、ぽんぽんと自身の膝を叩いて見せる。その意味するところを理解して、エリオは思わず言葉を失った。

 

 ───相手の膝に横になる、いわゆる膝枕の体勢。

 

 男であれば、一度は気になるあの子にしてもらいたいシチュエーションTOP一〇には入る。

 が、それは通常状態での話だろう。

 実際のところ、膝枕自体はキャロだけではなく、フェイトやユーノ、レヴィにもされたことはあるし、自分でもキャロの枕役をしたコトはある。───しかしそれにしたって、お風呂場でバスタオル一枚というのは流石に問題があるのではなかろうか。

 そんな煩悩(ユメ)理性(ゲンジツ)狭間(まえ)でエリオが(かたま)っていると、キャロの方はと言えば、こてんと可愛らしく首を傾げながら、不思議そうな顔で彼が横になるのを待っていた。

「??? エリオくん?」

 曇りなき純真な眼を前に、果たしてどう応えるのが正解なのか。……まあ、どのみち何を選んでも正解なんてない気がするのはさておくとしても、エリオに決断の時が迫っているのは事実であった。

 果たして、若き槍騎士の決断やいかに───‼

 

  4

 

 露天風呂で一人の漢が決断を迫られている頃。

 一足早く湯殿を巡り始めたスバルとティアナは、これまた屋外に設置された打たせ湯を堪能していた。

「あぁ~、地球(こっち)のお風呂は、なんだかエンターテイメントだねえ……」

「まったくねー……」

 打ち付けるお湯を堪能し、スバルとティアナは心地よさそうに呟いた。

「ミッドにもこんなトコあればなあー……。訓練終わりに寄れたら、毎日パワー全開なのに」

「あんたねえ……。あーでも、否定しきれないのが悔しいわ……」

 はあぁぁ、と、恍惚とした溜息を漏らすティアナ。割と普段は堅物な彼女でも抗えていないあたり、訓練による疲労の度合いが伺える。

「体調管理しっかりしてるつもりだけど、まだ甘いのかしらね」

「まあ、最近ハードだからねえ。反復して覚えなきゃならない事も多いし」

「……まーね。基礎と基本が大事なのは確かだし、覚えようとしてるコトを思えば、当然っちゃ当然だけど」

 が、しかし。

 新しい事を身体に染み込ませる過程の中で、自分は本当に強くなれているのだろうか。

「正直なとこ、実感薄いのよね……」

「そんなことないよー。威力も命中精度も、六課に来る前に比べたら随分伸びたじゃない?」

「けどそれって、クロスミラージュたちが優秀なだけでしょ。自分自身のスキルがどのくらい高められているかなんて、簡単に測れるものじゃないけど……」

 周りを見渡せば、測るまでもないほどに突出した力を持った『天才』がゴロゴロいる。

 果たして、自分はそれらに肩を並べられるくらいの力を───今すぐにではなくとも、いつか並び立てるような道を歩めているのだろうか。

(……嗚呼、まったく)

 似たような思考ばかり繰り返して、堂々巡りを続けている。そんなこと、考えていても無意味だと分かっているつもりなのに。

 が、苦い表情を浮かべるティアナを見て、スバルは言う。

「でもさ。クロスミラージュはティアの為に生まれたデバイスだって、リインさんたちも言ってたでしょ? あたしのマッハキャリバーもおんなじ」

「…………」

「確かにあの子たちは高性能な機体だけど、あたしたちが頑張るから、あの子たちも全力で応えてくれるんだもん。だから大丈夫」

 何が大丈夫なのよ、と普段ならば問い糾しているところだが、スバルの言っているのは本当だ。何より、彼女自身も愛機に言っていた事でもある。

 初出動のリニアの中で、相応しい乗り手になれるように努力する、と。

「それに、ギン姉から聞いたよ? ティアのクロスミラージュって、おにーさんのデバイスからもデータ取ってるって。だったら猶更じゃない」

 言われて、ティアナは悔しいながらも納得してしまっていた。

 スバル自身、母やなのはから継いだ力を使っている。ギンガとリボルバーナックルの話をしていた時や、リニアで新しいバリアジャケットを見た時に浮かべていた嬉しそうな表情は、ティアナもよく覚えている。

 そしてきっと、ティアナもこの話を聞いた時には、同じような顔をしていたのだろう。

「憧れの人と同じ力を使うって、なんだかドキドキするよね。ちょっぴり不安で、でもとっても嬉しくて……胸があったかくなって」

 憧れに対する畏れと昂揚は、切って切れないものだ。

 その輝きを知っているからこそ、半端なままではいたくない。たとえ、どれだけ険しい道を辿るのだとしても。

「……そうね」

 珍しく、素直に言葉が出てきた。

 強がりでもなんでもなく、ただ素直に感じた想いが。

 先ほど、美由希たちと話した事も幾らか気持ちを軽くする一因になっていたのだろう。これまでよりもずっと、そして恐らくは最もはっきりと───憧れと親愛の情が、彼女の心を優しく満たしていた。

「……あーあ。あんたと話してると、悩んでるのが馬鹿らしくなってくるわね」

「えへへー。長い付き合いだからね。ティアの考えてる事なら、なんでも分かるよ~」

「ふんっ! ちょーし乗ってんじゃないわよ。ばかスバル」

「あでっ⁉ ちょ、ティア酷くない? せっかく慰めてあげてるのにぃ~」

「るっさいっ。アンタに慰めてなんか貰わなくても、なんも問題ないってーの!」

「あ、もぉー! 待ってよ、ティア~!」

 つん、とそっぽを向いて、ティアナは打たせ湯からそさくさと出て行ってしまう。

 慌ててスバルも後を追いかけるが、すっかりいつもの調子を取り戻したティアナは、足を止めることなく他の湯殿を目指して行くばかり。

 が、その票所からは、先ほどまでうっすらと残っていた陰りはすっかり消えて、どことなく晴れやかであった。

 そうして澄ました表情のまま、ティアナは隣の露天を目指そうとしたところで。

 

「「───あ」」

 

 子供露天の床で、真っ赤な顔で必死に目をつむりながら、キャロに膝枕をされているエリオの姿が目に入ってきた。

 思わず足を止めてしまっていると、漏れ出してしまった呟きに気づいたキャロから声が掛かる。

「あ。スバルさーん、ティアさーん♪」

「ぅぇ……⁉ あ、や……その、これは……ッ」

 のんびりと手を振ってくるキャロとは対照的に、エリオの方は何やらテンパった反応を示してくる。

 男の子だなあ、と、二人はそんな反応を微笑ましげに眺める。

「そんな慌てなくてもいーわよ」

「そーそー。別に照れなくてもいいじゃん。同じフォワード同士、ハダカのお付き合いってコトで♪」

「……ぁぅ」

「ほらほら、あんまりイジメないの。でもま……まだ子供なんだし、今のうちに見といた方が良いかもね」

「そーだよ~……と、ゆーワケでぇ」

「?」

「ティアのタオルをー? ……オ~~プ~ンっ!」

「ひゃっ……‼」

「……ッッ⁉」

 バッ、と取り払われた白い布地の奥から現れたのは、年齢の割にとてもよく実った、みずみずしい母性の象徴。押さえつけていた布地から解放され、たぷんと揺れるたわわな果実を真正面から目撃して、エリオは思わず顔を手で覆う。

 頭から湯気が出そうなほど恥ずかしがっている少年の初々しい反応を見て、スバルはニヤニヤと満足そうに笑っていた。

 が、愉快でいられたのも束の間。そんなイタズラ娘を、当然ティアナがスルーしていられる筈もないわけで。

「いきなり何すんのよ、ばかスバルッ‼」

「あだぁああっ⁉」

 間髪入れずに脳天直下の喰らい、スバルの目尻にちょっぴり涙が浮かぶ。

「だぁってぇ、見といたほーが良いってティア自分で言ってたじゃないさぁ~……わーっ、ギブギブ‼ ちょっとしたコミュニケーションだってばぁああ~っ⁉」

「るっさいこのアホ娘! そんなに見せたきゃ自分でやれば良いでしょ、ヒトのタオル取ってニヤニヤしてんじゃないわよ!」

 口を尖らせ、ぶーたれたように反論(いいわけ)するスバルだったが、げしげしと制裁(オシオキ)をかましてくるティアナの前に、さしもの悪童(いたずらむすめ)も反省を余儀なくされたようだ。

 なおその声は、やや離れた大人用露天にも届いており───

「やー、子供たちは元気でええなぁ~」

「少しばかり騒がしいのも考えものですが……」

「ま、仕事はしっかりやってるしね」

 はやてとシグナム、ヴィータがのんびりと感想を漏らしている横で、フェイトは苦笑しつつ、二人の仲裁がてら、子供たちの救出へ向かう。

 わちゃわちゃと仲良くケンカしているスバルとティアナを前に、エリオはすっかり茹で上がっており、フェイトとキャロに連れられ一時撤退(フェードアウト)

 ティアナはといえば、一通り鬱憤を晴らし終わるや、満足げな表情でパンパンと手をはたく。その足下では、スバルが「ぁぅー」と伸びて転がっており、イタズラの代償(ツケ)は十分身に染みたようである。

「ったく、ロクなコトしないんだから」

「ゴメンってば~……でも、ちょっと安心」

「? 何がよ」

「ティアが元気になったみたいで♪」

 ニカッ、とした笑みでそう答えるスバルに、ティアナは「……ばか」と返して、またそっぽを向いた。

 それから程なくして、一同は湯殿を後にした。

 上がってみると、案外長く使っていたのだなと実感する。火照った身体に、脱衣所の扇風機の風が心地良い。そこへ、恒例だからと手渡されたフルーツ牛乳を併せると、もはやいう事無しだ。

 瓶を空にして一息つく。傍らでは、一本では足りなかったのか、ヴィータとスバル、アミタが自販機の前で他の味を代わる代わる試している。ちょっとお腹を壊さないか心配になるが、まぁあの面子なら問題はないだろう。

 更にその横では、まだ逆上(のぼ)せているらしいエリオを、キャロが団扇を片手に介抱していた。

 その様子を見て、なのはたちは苦笑しつつ。

「もうちょっと、落ち着くまでゆっくりしてようか」

 と言って、しばしの自由時間を設けた。

 集合時間は約一時間後。少し長いように思えたが、数分も立たないうちに気が抜けてくる。

 皆が向かったゲームコーナーやマッサージチェアにも足が向かず、ティアナはなんとなくふらりと中庭(そと)へ出てみた。

 いつもは勝手にくっついてくるスバルも、ヴィータたちとお風呂上がりのアイスタイムに出かけてしまったので、六課に来てからは久しぶりの静かなひと時が訪れた。

 

 日も暮れてきたからだろうか。人気は全くと言っていい程なく、まばらに置かれているベンチもガラ空きだ。腰かけて足をぶらつかせているうち、空は昏く染まり出し、次第に星灯りがその輝きを増していく。

 

 知らない世界の、見知らぬ夜空。

 いつも見ている彼方の空は、いったいどうなっているのだろう。

 

 半日も立たずにホームシックなど、ガラでもないと普段なら失笑するところだが、なんだか今日はそんな皮肉も浮かんでこない。

 

「……たしか、こっちと向こうの時差って、そんなにないのよね」

 

 ぽつり、と誰に向けたわけでもない言葉が口を衝く。夜の風が頬を撫ぜ、こぼれ落ちた呟きを静かに連れ去っていった。

 天蓋に淡く光を零す月を眺めながら、今日の出来事を振り返っていく。

 

 けれど、何も目新しい発見などなかった。

 あったのは、特別でもなんでもない、当たり前の事だけ。

 

 ただ、振り返らないようにしていた想いの重さを、改めて思い知ったというだけの事だ。

 

 ───振り返ってしまったら、もう強くなれないと思っていた。

 

 でも本当は、『何故強くなりたかったのか』という理由(かこ)を紐解けば、それこそが一番大切な理由(きっかけ)であったはずなのに。

 今になって、ようやく気がづいた。

 もし、目を逸らしてしまっていただけなのなら、それはとても、寂しい事だったのかもしれないと。

 

「…………向こうはまだ、起きてる時間……かな」

 

 端末を手にするや、指は淀みなく連絡先を呼び出した。

 しかし、すぐに押すことも出来ず、ティアナは画面の光を眺め続けていた。

 思い立ったものの、何を話せば良いのか。そもそも出てもらえるのかすら定かではない単なる思いつきで、掛けても迷惑になるだけかもしれないと不安になる。

 が、

 

〝───守ってきた時も、守られている時も、どっちもそれなりに強さが必要になるけど、本当はもっと単純なコトなのかもね……。どっちにいても、結局一番最初に合ったのは……大好きで、大切だったって気持ちだと思うから───〟

 

 それでもティアナは端末を離すことは出来なかった。

 たとえ、どれだけの不安を覚えても……それ以上に信じているものが、ちゃんと自分の中にあるのだと、彼女は改めて気づく事が出来たのだから。

 

 そう。ならばもう、何も疑う必要などなかった。

 

 意を決して、コールボタンを押す。

 数回のコール音を経て、迷っていた時間が呆気なく思えるほどすぐに、相手は通話を受けてくれた。

 

『───久しぶりだね、ティア。元気にしてたかい?』

 

 随分と声を聴いていなかったような気もするのに、記憶にあるままの、優しい兄の反応(こえ)に、ティアナは知らず張りつめていた肩肘が緩むのを感じていた。

 

「うん……久しぶり。おにーちゃん」

 

 懐かしい呼び名を口にすると、知らず俯きかけていた顔も上がり、強く瞬いた星灯りがティアナの瞳に反射する。

 向こうの空は視えないが、少なくとも翳りなどないと思えるくらいには、返ってくる声は澄んでいた。その声音を受けて、何を話すべきか、などと見当違いの思考に嵌っていた自分が可笑しくなる。そんなもの、考えるまでもない事だろうに───。

「……なんか、いきなりでゴメン」

『大丈夫。大事な妹からの連絡を、迷惑なんて思うわけないさ。むしろ僕の方が、ティアに嫌われてないか心配なくらいだよ』

 軽くおどけたような口ぶりに、ティアナは何だか照れ臭そうに口を噤む。勝気な割に偶に照れ屋な妹の性格を熟知しているからか、ティーダは小さく笑い、そのまま言葉を続けていった。

『この前こっちに来たリイン曹長とか、ギンガちゃんからも話は聞いたけど、すごく頑張ってるね』

「……そう、かな?」

『もちろん。短期間でこれだけの上達をしてるんだ、僕らの時より断然早い。頑張り屋な妹を持って、僕は幸せだよ。……もちろん、危険と隣り合わせなことに対する不安はあるけどね』

 しかし、それは自分の言えた事ではない、と言外に語るような辛さを感じ、ティアナは思わず「分かってる……けど!」と語気を荒く叫ぶ。

「おにーちゃんは、帰ってきてくれたから……あたしだって、その理由(わけ)くらい、分かってる!」

『ティア……』

「だから、あたしもおにーちゃんと同じ。どんな事があっても、絶対にそこだけは曲げない。あたしの追いかけてる憧れは、そういう在り方をしてるヒトなんだもん」

『……そういってもらえると、兄冥利に尽きるよ』

 これまで明確な言葉では語れなかった想い。今だって、十全に語れているかといえば、否だ。だが、それでも口にした心は、間違いなく自分を護ってくれた者への想いをハッキリと物語っていた。

『───僕も、うかうかしてられないな』

「ぇ……?」

『〝憧れ〟と呼んで貰える、カッコイイ兄貴でいられるように……ね』

 静かに紡がれていく言葉に、思わずティアナは聞き入っていた。自分と同じ、或いはそれ以上に将来へ挑む意志を固めた、青年の展望に。

 

 ───気が付けば。

 長いと思っていた筈のひとときは、口惜しいほどにあっさりと過ぎ去って、いつの間にか帰還の合図が出される時刻になっていた。

 

 話足りないとさえ思えていた彼女に、兄は「またいつでも」と伝え、優しく微笑んだ。

 二人きりの兄妹なのだ。喜びも不安も、成果も不満も、日々積み重ね続ける心裡を分かち合えるなら、とても嬉しいのだと。

 それに、「うん」と応えて、兄との会話は終わりを迎えた。

 そうして、悩んでいたのが嘘のように。

 離れていた時を取り戻しながら、胸の内に満ちたあたたかいものを抱いて、晴れやかな表情を浮かべたティアナは、軽やかな足取りで仲間たちの元へと戻って行った。

 

 

 

 

行間一

 

 

 

 夜も深まり、星灯りも次第に自らの輝きを弱め始めた。

 そんな昏い幕に包まれた街の外れ。夜闇の色彩に融けてしまいそうな藍紫の魔力光が淡い輝きを放ち、一つの『陣』を形成する。

 遠き世界とこの世界とを繋ぐ〝門〟の役割を持ったそれは、一人の少女と二人の青年をこの地へと誘った。

「───ここで、いい?」

 魔力光と同じ、夜に融けてしまいそうな紫の髪と、どこか表情の薄い紅瞳の少女は、連れてきた『兄弟(ふたり)』に問い掛ける。

 すると、

「はい。ありがとうございます、お嬢様(ルーテシア)

 黒い髪と血のような緋い瞳をした青年は、彼らを運んでくれた幼い少女の名を口にして、恭しく傅きながらそう告げた。

「姉君にもよろしくお伝えください。とても助かりました、と」

 傍らに立つ黒んだ銀のの髪をした青年も、兄に倣うように少女へ礼をする。

 弟の言葉に少女はひとつ頷いて、

「それじゃあ……明日また、迎えに来るね」

「何から何まで、お気遣い痛み入ります」

「大丈夫……またね、アネモイ、ボレア」

「ええ。おやすみなさい、お嬢様。今宵も、良い夢を」

 言って、ルーテシアと呼ばれた少女は再び、自らの輝きの中へと姿を消した。

 やがて少女が去り、場が静寂に包まれた後───その静寂をボレアは兄へ今回の目的について訊ねた。

「……で、これからどうするんです? 兄さん(アネモイ)

「何。私たちがするのは、そう大した事ではないよ。あくまで、これはちょっとした場繋ぎの余興さ。らしく見えれば、それだけでいい」

 戦果も昂揚も必要としない。求められるのは、ただ機械のように粛々と正確に事を運ぶ事のみ。無論、それだけでは多少味気なくはあるが───後々の愉悦に化けると思えば、耐えられない事もない。

「より大きな楽しみのためだ。いまは役割に勤しむとしようではないか。弟よ(ボレアース)

「……そうですね」

 微かな呆れを滲ませつつも、何を今更と目を閉じる。

 一つ息を吐いて、ただ一時(いっとき)の、舞台袖に意識を向けさせるため、『兄弟(ふたり)』は用意を始めるのだった。

 

「では、始めるとしよう。この幕間に相応しい小噺をね」

 

 ───そうして、悪魔たちの謀が成された頃。

 陽は昇り、朝の輝きが、幕間の夜明け(おわり)を告げていた。

 

 

 

曙の決戦 Give_One's_Best_Shot.

 

 

  1

 

 翌日の早朝。

 機動六課の面々は、けたたましく鳴り響いた感知警報によって叩き起こされた。

 シャマルの張っていた結界に反応があり、すぐさま原因を確認すると、結界のセンサーに引っかかった対象は、ガジェット・ドローンであることが判明した。

 

「まさか、こんなところまで……⁉」

 

 管理外世界にまで現れたそれらに、新人たちは驚きを隠せない様子。しかし隊長たちは、目の前に現れた脅威の出現という現象に対し、また違った反応を示していた。

 以前彼女らは、無人世界でガジェットと交戦した経験がある。

 シャーリーとグリフィスが駐屯していた観測指定世界での出来事だったが、あそこも地球ほどではないが、ミッドとはそれなりに距離を置いた世界である。

 鹵獲したガジェットは機能停止しており、実際にどのような手段を用いているかを判別することは難しかったが、それでも何らかの次元移動手段を用いて各地に出現している可能性は高いという分析結果が出されていた。

 それゆえ、ガジェットが出現した事そのものは、不自然さはあれど理解は出来る。

 疑おうと思えば幾らでも気になる部分はあるものの……いま問題とするべきは、現象ではなく、現れた脅威そのものだ。

「……シャマル!」

「はいっ、はやてちゃん!」

 いの一番に動き出したのは、はやてとシャマルだった。

 二人はデバイスを構え、結界魔法を発動させる。管理外世界というのもあるが、何よりも自分たちの故郷である街を、本来在るべきではない脅威には晒せない。

 

「「───封絶結界、発動ッ‼」」

 

 白銀と新緑の魔力光が、蠢く機械兵器たちを囲い込み、闘いの部隊となる場を形成する。

 結界によって区切られた領域の中を、縦横無尽に動き回る無数のガジェット・ドローン。一機一機の脅威度は然程高くはないものの、あの数は新人たちには少しばかり厄介な相手だ。

 が、全く足りていないというわけでもない。

 乗り越えるべき壁としては、むしろ望ましいくらいだといえよう。

 以前の列車(リニア)での戦いから間をおいて、ここまで磨き上げてきた力は伊達や酔狂ではない。

「みんな、ここが今回の山場や。気を抜かず、全力で対処するよ……!」

 ───はいッ‼︎ と、返事を揃えたフォワード陣が、ガジェットへ向けて駆け出した。

 

「……ウィング、ロォォォ───ドっ‼︎」

 

 いの一番に飛び出したスバルが描いた空への軌道を、続くエリオとティアナが追う。

 機動力に富んだ前衛二人の拳と槍が道を開き、それを妨害しようとする後続のガジェットへ、放たれた橙の弾丸が、光の尾を引きながら降り注いだ。

 瞬く間に、敵の総数は目減りしていく。

 戦況は優勢と呼んで差し支えない。しかし、そう易々とことが運ぶほど、敵も甘くはなかった。

 

〝───Program activate a merging regeneration.〟

 

 掠れた指示音声(ガイダンス)が漏れ出すと、ガジェットたちが新たな動きを見せ始めた。

「あれ、は……?」

 壊れかけのガジェット同士が、融け合うようにして再生を始めた。───いや、あの光景を『再生』と呼んで良いのだろうか。

 破損したガジェットに同系統の個体が群がり、剥き出しになった回路に据えられた動力源を抉り出す。更に取り込んだ結晶から得たエネルギーを抑える器を得るために、空になった外殻すら分解し、自らの機体を構成する材料にしてしまった。

 無機物の循環(リサイクル)に過ぎない現象ではあるが、どこか不気味なものに思えてしまう。いっそ共食いとでも形容できそうな光景に、思わずその場に立った面々は息が詰まったような錯覚に陥った。

 が、一ヶ所に固まっているのならば好都合。

 的が大きくなるなら狙い易いと、ティアナを筆頭に、新人たちが各々のデバイスを構え、攻撃の体勢を取る。

 その時だった。

「! 待って、アレって───」

 ティアナの制止に、一同はぴたりと動きを止め、その視線の先を追う。すると、融け合うガジェットたちの剥き出しになった内部機構の奥に、青い輝きを放つ、小さな宝石が覗いているのが見えた。

 今回の任務で確保すべき対象ロストロギア『ジュエルシード』だ。

「……観測された反応は、間違ってなかったって事かな」

 フェイトの呟きに、隊長陣の票所が険しさを増す。

 以前のリニアで鹵獲された機体からも発見された事実を鑑みれば、他にもジュエルシードを取り込んでいる機体があっても不思議はない。その機体が何らかの原因で破損し、中身が露出した結果、管理局に反応が観測され、他のガジェットたちが集まってきた───と考えれば、一応筋は通る。

 しかし、

(ほんまに、それだけなんやろか……?)

 偶然にしては出来過ぎだ。

 いくらかつての事件が起こった土地で、各地で出現する自律型の無人機械兵器が対象で、それらがロストロギアを追う性質があったのだとしても……自分たちの故郷、それも十年以上前にあった事件と同じ品が再度発動する事など、果たしてあるのだろうか。

 考えれば考えるほど泥沼に嵌る。

 が、はやての疑念を祓ように、ディアーチェが傍らからこう言い放った。

「見るべきものが違うぞ、小鴉。原因を考えるのは、アレを片付けてからでも遅くはあるまい」

王様(おーさま)……」

「元より、何か大きな流れがあるのは、(うぬ)らとて判ってた筈であろう? 我らがここへ来たのも、その一環だ。案ずるでない。そもそも統べる者がそんな調子では、従う者も真価を発揮できぬであろうに。───それとも、貴様の〝夢〟とやらは、自らの臣下(しもべ)を信ずる事すら出来ぬ程度のものなのか?」

 鋭い視線に射抜(みつ)められ、はやての中で涌き立っていた疑念が収まっていく。

 それを見て、ディアーチェは不敵な笑みを浮かべながら、

「最初に言った通り、今回の我らは貴様らの支援役だ。全く、王たる我が使われるなど甚だしい事この上ないが……まあ、仕方あるまい。しかし、使うのならばしかと使ってもらわねばな。でなければ、使われてやる意味もないであろう?」

 活かすものを活かせ、とディアーチェに告げられて、はやては改めて指揮官という立場にある自分をきちんと自覚できた気がした。

 そうとも。

「……せやね」

 今、自分の手元にある『力』は、どれもが掛け値なしの一線級の者たちばかりなのだ。

 預けてもらっておいて、活かそうとしないなど失礼な事この上ない。

「目の前の事も、その先の事も……どっちも大事やけど、優先順位を間違えたらアカンもんな」

「ふん。解かっているのならば、最初からやっておけ。───そら、皆が待っておるぞ」

「おおきにっ。行くでみんな……!」

 はやての声に、隊員たちも威勢よく『はい‼』と応えた。

「ジュエルシードは、単純な魔力攻撃やと共振して暴走を起こす可能性がある。いくらまとまり出してるとはいえ、数が数や……どの個体に『当たり』があるかわからへん以上、動きを封じつつ、一つ一つ、確実に封印処理をしていこか!」

「「「「了解ッ‼」」」」

 その指示を受け、隊長たちは封印砲の得意ななのはとフェイトを中心に据え、結界から出ようと蠢く機体を宙の一点に集まるよう誘導する。

 そんな隊長陣の動きを見て、新人たちも負けていられないとばかりに動き出す。

 自慢のスピードで敵を牽制し、スバルとエリオが敵を集めると、キャロが錬鉄召喚(アルケミックチェーン)を使い逃げようとする敵を拘束する。何度も模擬戦で繰り返した布陣なだけに淀みは無く、その勢いは決して隊長たちにも引けを取らない。

 そして今、場は整った。

「クロスミラージュ、バレットS!」

《Load cartridge.》

 機体内部で魔力が炸裂し、橙に輝く魔力弾が唸りを上げる。

 更にそこへ、

「我が乞うは、束縛の檻。流星の射手の弾丸に、封印の力を……!」

《Boost up, sealing power.》

 キャロの重ね掛けした魔法が付与されて、ティアナの弾丸の威力が膨れ上がる。

 そうして、眩いばかりのその輝きを、ティアナは群がるガジェットたちへ一気に撃ち放った。

 

「シーリング、シュゥゥゥ───トぉッッ‼‼‼」

 

 橙と、同じく空で放たれた桜色の光に呑み込まれ、あれだけ蠢いていたガジェットたちは動きを止めた。

 魔力の暴発もなく、封印は無事成功した様だ。

 

「全機の動作停止確認……封印完了。みんな、お疲れ様や!」

 

 はやてが状況終了を告げっると、一同はほっと息を吐いて、構えを解いた。

 まだ完全封印を行ってはいないため、完全に警戒を解くという訳にはいかないが、結界内に確認されたガジェットは全て倒す事が出来た。

 シャマルとキャロが完全封印(じご)処理を行っている傍らで、

「悪くなかったぞ。きちんと育ててはいるようだな、次の世代を」

「なのはちゃんたちの教導の賜物や」

「でーすよ~♪」

 ディアーチェの言葉に、嬉しそうにはやてとリインが応える。

「では、ここからは我らが引き継ぐとしよう。貴様らはアレを局へ持っていかなければならぬだろうしな」

「え、けど……」

「よい。どのみち、残党の確認は必要であろう。調査はこちらでやっておく……あやつにも、今回の事は報告をしておかねばならぬしな」

 言って、ディアーチェは自らの魔導書(デバイス)───『紫天の書』を取り出した。

 パラパラと項目が捲りながら、

「しかしまぁ……あまり急いた帰還というのも、味気ないものかも知れんがな」

「ふふっ。カリムにもおんなじコト言われた。

 せやけど、味気なくなんかないよ? こっちには、来ようと思えばいつでも来られるし……すずかちゃんたちにも、王様たちにも会えた。寂しい事ない、任務中に言うことやないかもやけど、色々充実した時間やったよ」

「ならばよい」

 フン、と顔を逸らしてしまったが、そんなディアーチェの口元は、どこか満足そうに弧を描いていた。

 その姿を見て、はやては何だか、カリムとはまた違った姉の雰囲気を感じていた。尤も、本人にそれを言ったら間違いなく怒りそうなので口にはしないが。

「ふふっ……」

「なんだ、ニヤニヤしおって。気色悪い」

「あー、王様ってば酷いー」

「喧しい。ぴちいく囀るでないわ」

 ぞんざいな物言いに口を尖らせるはやてだが、ディアーチェは文句を垂れる彼女を軽くあしらい、そのままスタスタと周辺の探索に向かってしまった。

「もー、相変わらずいけずやなぁ〜」

「まぁまぁ、ディアーチェも嬉しそうでしたよ?」

「シャマルの言う通りです。ディアーチェは、素直じゃないツンデレさんですからね〜」

「おいそこ二人! 聴こえておるぞ、誰がツンデレだ誰がッ‼」

 耳聡くシャマルとリインの声にツッコミが飛んでくる。

「あら」

「聞こえてたみたいですね」

 これは失敬、と二人はてへと舌を覗かせる。

 

  2

 

 はやてたちのやり取りを眺めながら、なのはは「相変わらず仲良しだね~」と微笑む。

 ティアナとスバルもそうだが、ああいうじゃれつきも、親しい間柄ならではだろう。フェイトも「だね」と頷いていると、そこへ封印処理を終えたエリオとキャロがとてとてとかけてくる。

「フェイトさーん。封印処理、終わりました~」

「お疲れ様。うん、バッチリ封印できたね、キャロ」

「はいっ♪」

「前にユーノさんに教えてもらった封印魔法、とっても上手に使えてました」

「そっか。じゃあ、あとでユーノに報告しなきゃだね。キャロが頑張ってたよ、ってメールしよっか」

 フェイトがそういうと、エリオとキャロは顔を見合わせ、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。

 とても微笑ましい光景ではあるが、なんだか───

「少しばかり、羨ましくはありますね」

「ふぇっ⁉ しゅ、シュテル……?」

 背後から急に声を掛けられて、思わず背筋が跳ね上がった。

 普段ならなんてことない距離に近づかれても気づけなかった辺り、相当別のところに意識が集中してしまっていた様だ。

「ああいう繋がりは、まだわたしたちの中には無いものですから」

 他者を介した絆。字面にすれば遠く感じられるが、言葉通りの意味だけでは回らないのが世界というものである。

 が、

「きゅ、急にそんなコト言われても……」

 そのド直球な言い方は、なのはにはいささか刺激が強かったようである。

 昨晩のエリオに負けず劣らずの赤面っぷりに、シュテルはやれやれと肩を竦めてみせた。……どうにも、彼女はこういった部分では妙に積極的な時がある。元となった素体の本能ゆえなのだろうか、と思考が現実逃避を始めるところで、「二人とも何話してんのー?」と、レヴィが乱入してきた。

「何々、シュテるんとナノハ、二人してナイショ話?」

 楽しそうだから混ぜて混ぜて! と、興味本位全開といった感じの無邪気さで飛び込んできたレヴィに───もしかすると、こういう無邪気さが必要なのだろうか? と、星光の名を冠する乙女二人は、新たな可能性について考えさせられていた。

 

 ───そうして、じゃれつくレヴィに構われること数分間。

 

 微かに茹だっていた思考も、すっかり平常運転に戻っていた。

 事が終わったのを知り、コテージから出てきたアリサとすずかも加わって、海鳴市の仲良し五人娘(+エルトリア三人娘)は、迫り始めた別れの時を惜しんでいた。

「もう帰っちゃうんだね……」

「あと一晩くらい泊まってけばいいのに……って、そういうワケにも行かないのか」

 寂しげに呟くアリサとすずか。それに、「ごめんね」と応え、なのはは「今度はお休みの時に遊びに来るよ」と言った。

「今度は、今回の任務では来られへんかったみんなも一緒にな~」

 朗らかにはやてが付け加えると、「そうね」とアリサも快闊に頷いた。

「お仕事大変だと思うけど、頑張ってね。いつみんなが帰ってきても良いよう、準備して待ってるわ」

「それか、わたしたちもまた、向こうに行く機会もあるかもだから……その時はいっぱいお話しようね」

 二人のその言葉に、なのはたちは「うんっ♪」と頷き、満面の笑みを浮かべた。

 

 そして、シュテルを始めとするエルトリアの面々に事後処理を引き継ぎ終えた後。機動六課の一同は、幾分かの名残惜しさを残しつつも───果たすべき目的のため、ミッドチルダへ向けて帰還して行った。

 

 

 

幕引き、新たな幕開けに変えて

 

 

  1

 

『───といったところだ。ま、事の顛末はそんなところだな』

「そっか……。なのはたちからのメールにもあったけど、順調に言って何よりだったよ」

 ディアーチェたちからの報告に、ホッと安堵の表情を浮かべるユーノ。しかし、その背後から顔を出したイリスが、「安心するのは良いけど、あんまり気を緩めすぎないようにね」と口を出してくる。

「大事がなくて何よりだけどね、考える事はまだまだ山積みよ?」

『と、いうと……そちらでも何かあったのですか?』

 まーね、とシュテルの問いかけに相槌を打って、イリスが自分たちの側であった出来事を語り出す。

「例の研究施設ね。わざとらしいくらいダミーを置いて、こっちの目を眩ます気満々って感じだったわ。アコース査察官からもらった情報を辿りながら、無限書庫(アタシたち)の方でも調べてはみたんだけど……本命にはまだ当たれてないわね」

 悔しそうに顔をしかめるイリスを宥めるように、横で情報を整理していたユーリが彼女の説明に補足を加えていく。

「ただ、わたしたちで調べているうちに、研究施設の傾向も少しずつ分かってきたところもあります」

『傾向、ですか?』

『でもさー、逃げてるんだったら、それもウソだったりするんじゃないの?』

「レヴィの言い分はもっともね。───でもね、全部が全部ダミーって訳でもなかったのよ。当たり前っちゃ当たり前の事かもしれないけど」

 実際のところ、仮にダミーを用意するにしても、全てを囮としてつくろうのはかなり困難だと言えよう。

 何せ、調べているのはイリスとユーリ、ユーノ。そして、管理局の査察部や捜査部、更には聖王教会の騎士団までが加わっているのだ。

 生半可な隠蔽で適う相手ではない。

 だからこそ、彼ら彼女らが手古摺っている、というのは相手が手練れである何よりの証拠だ。

 が、それはお互い様である。

 それほどまでに気を張って隠さねばならないからこそ、どうしてもその大掛かりな隠蔽には微かな足跡を残ってしまう。

 考えてみれば単純な話である。ある一つの事柄を覆い隠そうと画策したところで、結局どれだけ異なって見えたとしても、そこには必ず共通項が存在するのだ。

 そこまでくれば、あとは情報の探索に特化したユーノやイリスの独壇場である。

 何せ、星の数ほどもある書架(ほん)を解き明かし、或いは宇宙(ソラ)の果てまで星々の記録を炙り出して見せた二人なのだ。ここまで御膳立てが整えば、やってやれない事はないだろう。

「この前見つけ出したのもそうだったけど、それぞれの施設に共通していたのは、大掛かりな魔導エネルギー関連の研究に特化した設備。それらに見せかけた、生体的な実験の形跡が多く残されていた。過去に幾つも例が挙げられた、優秀な遺伝子を用いて資質を持った素体を作り上げる人造魔導師計画。フェイトちゃんたちが追ってた〝プロジェクトF〟に近い系統の研究が行われて形跡があったわ」

『……しかし、改めて考えると少し不思議なものですね。ガジェットを使う輩となれば、どちらかといえば古代遺失物(ロストロギア)や魔導兵器に特化した者の仕業かと思いましたが』

「そうね……」

 シュテルの疑問は尤もである。

 機械兵器と人造魔導師。根本的な部分は噛み合わない組み合わせに思える。───が、実際のところは全く接点がないというわけでもなかった。

「魔導師が使うデバイスだってそうだけど。そもそもあたしみたいなテラフォーミングユニットだって、生体を基礎とした機会と肉体を融合させた例の一つだし。エルトリアとはまた違ったアプローチで、こっちの世界にも似たような技術はあるわ」

 言って、イリスは新しくウィンドウを開き、シュテルたちの件の技術に関する資料を改めて提示する。

 記された技術の名は───〝戦闘機人〟。

「前にディアーチェたちと捜査してた時にも見受けられた痕跡ね。

 元々は、ヒト型の機械兵器を指す言葉だったみたい。欠損した身体機能を補う人工骨格とか人工臓器みたいな医療系の方向から研究が進んで行って、次第に〝身体機能の強化〟に重点が置かれ始めた技術。発想としてはナノマシンと同じだけど、こっちはもっと直接的に機械部品を埋め込むタイプね。ただ、後付けで行うには拒絶反応や機械部品のメンテナンスにだいぶコストが掛かってたみたい」

 そういう意味では、イリスのようなテラフォーミングユニットや、守護騎士システムと比較した場合、デメリットの方が多いように思える。もちろん、技術としてはこちらの方が複雑で実用化が難しいので、単純な性能のみで有用性は測れないかもしれないが。

 とはいえ、問題が多かったのは事実で、旧暦の時代から理論が存在するにも関わらず、実際に使用された例は皆無であった。しかし、その問題を解消する方法を考え出した者が一人いる。

 

「第一級捜索指定次元犯罪者───Dr.(ドクター)ジェイル・スカリエッティ」

 

 生命操作と生体改造に異常な情熱を注ぎ込み、様々な違法研究を重ねながら、次元世界全域に指名手配された広域次元犯罪者。彼が生み出した技術というのが、件の〝プロジェクトF〟および〝戦闘機人〟の二つだ。

 肉体に嗣ぎ足すのではなく、最初からどう強化するのかを想定して器を造る。

 理屈としては筋が通っているが、戦うためだけに生命(いのち)を創造し、創り手の目的(エゴ)に利用するのは、あまりにも身勝手な行いだと言わざるを得ない。

 しかも、

「……そこに〝エルトリア式・フォーミュラ(あたしたちの星のチカラ)〟まで利用されてるかもしれないっていうんだから、正直溜まったもんじゃないわね」

 静かな怒りを滲ませて、イリスは眉根を寄せる。一度は道を違えてしまった彼女だからこそ、その思いはひときわ強いのだろう。

『同感だな。何より、全てを掌の上に乗せておるようなやり口も気に入らん』

『わたしたちも海鳴市(こちら)での事後処理を終えたら、書庫に戻ります』

『そうね。今の話を聞いてると、こっちで起こった事も関係してそうだし』

「お願いします」

 と言って、ユーノはイリスとユーリの方へ顔を向ける。

「じゃあ、僕らもそろそろ戻りましょうか。此処での調査は粗方終わりましたし」

「そーね。ずーっと出ずっぱりだったから、ちょっと疲れたし」

「では書庫でまた。ディアーチェたちも気を付けて帰ってきてくださいね?」

『『『ああ/はい/うんっ!』』』

 通信を終えると、ユーノはイリスとユーリに転送魔法を使うと告げ、本局へ向かう門を開く───そうして翡翠の輝きに身を包み、開かれた門を潜り、三人は本局へと帰還するのだった。

 

  2

 

 藍紫の輝きに送られて、アネモイとボレアは研究所へと帰還した。

「ありがとうございました、お嬢様(ルーテシア)。おかげで滞りなく事を運べました」

「ううん。ドクターからのおねがいだったから」

 平坦な声音で、淡々とルーテシアは応じた。

「じゃあ、また……オークションの日に」

「はい。よろしくお願いいたします。姉君やゼスト様、アギト様にもよろしくお伝えくださいませ」

「うん。ばいばい、アネモイ、ボレア」

 滑らかな紫の髪を靡かせて、ルーテシアはふたたび転送魔法を発動させる。

 去り行く小さな背を見送ると、『兄弟』は隠れ家である研究所を目指して歩き出した。

「……それにしても、何とも味気ない任務(しごと)でしたね」

「なんだ。直接戦えなかったのが不満か?」

「いえ……別に、そんなことは」

「ふふふ。やはりお前は、ウソが下手だな。弟よ(ボレアース)。案じずとも、もうしばらくの辛抱だ。獲物と相まみえる機会は、程なくやってくる。気になっているのだろう? あの橙髪の射撃手(ガンナー)が」

 勘所を突かれ、ボレアは参ったというように苦笑する。

「相変わらず、全てお見通しという訳ですか? 兄さん(アネモイ)

「そういうわけでもないが……少なくともそうだな、お前も私に負けず劣らず、愉しそうに見えるぞ?」

 と、兄は弟に告げ、ニタリと人を食ったような笑みを浮かべた。

 その問いかけに、ボレアもまた愉快そうに嗤う。まるで、自分自身の欲求の矛先に、今更気づいたのが可笑しいとでも言うように。

「いけませんね。どうにも、思い入れ深い相手に重なってしまってつい。オレも、まだまだ未熟という事でしょうか」

「愉しむのは悪い事ではないさ。むしろ、それがヒトの最も根源的な原動力だろう?」

「……かも、しれませんね」

 ギラギラと、猛る獣のような眼光を宿す弟の様子を見て、アネモイは満足そうに笑みを浮かべた。

「では行くとしよう。まだまだ先は長い」

 ───すべてはこれからだ、と言外に呟き、『兄弟』は、次なる目的のために歩を進めていくのだった。

 

 

 





 本編からお読みの方は初めまして。前作やプロローグ、および設定等からお読みいただいた方は改めてお久しぶりでございます。

 たいっっへんお待たせいたしました……‼
 ようやっと投稿にこぎつけました、駄作者でございます。

 年越えてもう五ヶ月。前回の投稿からはほぼ半年という間が開いてしまいました。
 ホント自分でもどんどん遅筆になって行っているのが悔しいところではありますが、時間の使い方をもう少し工夫して、どうにか少しずつまた皆様の下へ作品をお届けできればと思います。


 今回は第五章と第六章の同時投稿という事で、五章の方のあとがきもこちらで一緒に書かせていただく形となりました。

 原典の話数的には、六章はStSのサウンドステージ01の六・五話を基にしております。
 幕間的な話なので短く終わるかなーとか思ってた部分はありましたが、実際に書いていくと、どうにもこの先にある出来事だったり、或いはここまで積み重ねてきた色々だったりと絡め易いところが非常に多く、気が付いたら六万文字超えてました……。

 まあ、このシリーズでは幾らかキャラクターたちの辿ってきた経緯が違う部分も多々ありますので、ここまでで出してきた設定を、五章と六章でちょっとは本編の中に描写として出せたのかなぁ……とは。
 もちろん、まだまだ描き切れていないところばかりなので、この先の話ではもっとそういった部分を出していけたらなと思いますが。

 と、前置きはこんなところで、いつもの言い訳タイムに入らせていただきます(笑)

 まず五章の方ですが、こちらはほぼ本編通り。
 六課フォワードメンバーの訓練模様にもそこまで大きな変化はなく、細々としたネタをちょこちょこと書いた以外は、そこまで大きな変化はないかもしれません。
 ただ、六章と絡める事を考えて、故郷の話だったり、原典での首魁を見つける流れを若干変えてはみました。


 もしかしたらまどろっこしいかな? という気はしなくもなかったですが、順々に明かされて行く展開にしたほうが話の流れを掘り下げながら掛けるかなと思い、こうしてみました。

 そこから六章の方に移りまして。

 海鳴市への出張任務は、原典ではもうちょっと軽い感じの展開ではありましたが……本作は再構成なので、どうせ出張するなら後々の展開に関わっている方がらしいかなと思い、こんな感じの展開にしてみました。

 また、今作は劇場版時空からの流れを汲んでるので、エルトリア組も久々に本編の中に出せたのは良かったです。ただ、日常ではそこそこ出せましたが、まだまだ出番としては大人しめ……というか少なかったのは反省点ですかね。
 尤も、せっかく置いておいた設定を腐らせずに使えたので、これを機に今後もっと出番を増やしていけたらなと思います。

 あとは、エリキャロがイチャイチャしてたり、なのはちゃんが乙女だったり、ディアーチェとはやてちゃんのじゃれ合いだったり、もうだーいぶ好き勝手に書いちゃいましたが、後悔はしてません←おい

 加えて、六章でティアナの心情にも原典には無かった変化が加わったので、ここからどのような展開が生まれるのか、だいぶドキドキしながら構想を練ってます。
 ……特に次話からは話も本格的に事件に向けて動き出しますので、なおのこと緊張しております。
 さて、彼女の定めは果たしてどう動いていくのか、乞うご期待……!


 ───と、大まかなあとがきはこんなところでしょうか。

 今回もここまでお読みいただきまして、ありがとうございます!
 これからも亀更新かとは思いますが、少しずつでも物語を書き進めていけるよう頑張りますので、今後とも楽しんでお読みいただければ幸いでございます。

 では、今回はここでいったん筆を置かせていただきます。
 重ねて。お読みいただき、本当にありがとうございました……‼


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第七章 ホテル・アグスタ動乱

動き始めた少女たち The_Girls_Pair_of_Mirrors_Facing_Each_Other.

 

 

 

 地球への出張任務から数日がたち、機動六課での日常が戻り始めていた頃。

 再び聖王協会から、任務の依頼が舞い込んできた。

 内容は、明後日ミッドチルダの郊外に在るホテルで行われる考古学会、およびそこで開かれる発掘品のオークションの警護。これだけならば、わざわざ六課を指定せずとも良さそうなものだが、教会からこの任務が回ってきたのには当然ながら理由がある。

 このホテルで開かれるオークションに出品される品の中に、『レリック』が混じっている可能性がある。

 以前はやてがゲンヤに依頼したのに併せ、教会側でも流路の捜索が行われていたのだが、その中で見つかったのが今回の案件というわけだ。

 レリックが絡むとあっては、六課としては任務に臨むのが本懐である。

 そうして、機動六課に舞い込んだ依頼を果たすべく、フォワードメンバーをはじめとする魔導師たちで構成された編隊は、会場となる『ホテル・アグスタ』へ向けて飛ぶのだった。

 

  0

 

 ミッド南部、辺境区域にある森の中。朝焼けもまだ届き切らない木々の影に覆われた場所で、少女は目を覚ました。

「───ええ。ゼスト様も、アギトちゃんも気を付けて」

『ああ』

『おいおい、そりゃこっちのセリフだっての。いいか、アタシらが着くより前に、勝手におっぱじめたりすんなよ? ただでさえ、ルールーもソフィも、あの変態医師(ドクター)に甘すぎんだからさぁ!』

「ふふふ。心配してくれてありがとう」

 まだ少し重たい瞼をくしくしと擦りながら、聞こえてくる声に耳を傾ける。

 が、程なく通信(はなし)は終わってしまい、宙に映し出されていた画面(まど)の向こうに居た二人の姿は、彼女が声を掛ける前に消えてしまった。

 少女は一抹の寂しさを覚えたが、それもこちらに気づいた『姉』の一声によって、幾分緩和された。

「あら、今日は早起きさんね。ルー」

「今日は、ドクターの〝おねがい〟の日だから」

 柔らかな笑みと共に声を掛けてきた『姉』───ソフィの言葉に、ルーテシアはこくりと頷いた。『妹』の返答に、『姉』も「そうね」と相槌を打った。

「約束の時間まではまだ余裕があるけれど……アギトちゃんとゼスト様も、もうすぐ合流するそうだし、少し早めに出ましょっか」

 差し出されたカップを受け取り、仄かに湯気を漂わせるスープを口に含む。

 起き抜けの身体に染み渡るようなぬくもりに、ルーテシアは起伏の少ない表情を微かに緩ませ、ほっと息を吐いた。『妹』の様子に、『姉』はとても嬉しそうに顔を綻ばせる。普段から大人しいという以上に平坦なルーテシアだが、こうした瞬間に覗く、年相応のあどけない反応が、『姉』である彼女にはとても嬉しい。

「朝ご飯が終わったら、支度をして合流地点に向かいましょう? 森を抜けたところにある湖で落ち合いましょうって、さっき話してたの」

「うん」

 ソフィの話に頷いて、ルーテシアはこくこくと残ったスープを飲み干していく。

 カップが空になったところで、「ごちそうさまでした」と小さく手を合わせると、ルーテシアは姉と共に立ち上がり、仲間であるゼストとアギトの待つ場所へ向けて『姉』と友に歩き出すのだった。

 

  1

 

 機動六課隊舎より、JF七〇四式が飛び発つ。唸る回転翼で風を切りながら、ヘリは沿岸から中央を横断し、南東地区にあるホテル・アグスタを目指してひた進む。

「ほんなら改めて、ここまでの流れと、本日の任務のおさらいや。

 これまで謎やったガジェット・ドローンの制作者、およびレリックの収集者として最も可能性の高い人物───フェイト隊長たちの調べで捜査線上に上がった、違法研究で広域指名手配されている次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ。

 医師(ドクター)の通り名の通り、主に生体系の研究を主とした違法行為で広域手配されてる。ただ近年、目立った足跡は無し。関与したと思われるガジェットを始めとした無人兵器の分野の研究に関しても、言うなら片手間……資金の調達以上の手掛かりは見つけられへんかったとの事や」

 ただ、とはやてがフェイトの方を見ると、その視線に頷いて、フェイトははやての言葉を継いで話を続けた。

「生体技術と機械兵器。これらを同時に行える人物は、今の時代では相当に限られてるんだ。ビックネームを隠れ蓑にしてる可能性もゼロじゃないけど……現状では、この線で捜査を進めていくから、みんなも覚えておいてね」

 はやての言葉をそう結んだフェイトに、隊員たちは『はい』と頷いた。

「で、今日これから向かう先はここ、ホテル・アグスタ。骨董美術品オークションの会場警備と人員警護が、今日のわたしたちの任務ね」

「取引許可の出ているロストロギアがいくつも出品されるので、その反応をレリックと誤認したガジェットが出てきちゃう可能性が高い。とのことで、わたしたちが警備に呼ばれたです」

 映し出した地図と指示しながら、フェイトとリインは今回の現場となる『ホテル・アグスタ』についての説明を始めた。

 このホテルは首都クラナガンの南東に位置しており、ミッド南部に近い事もあって、周りを森林に囲まれている。敷地面積もかなり広く、施設規模としては大型と呼んで差し支えない。だからこそ、頻繁にこういったイベントの会場として利用されているわけだが、一方で、その規模ゆえの問題もある。

「規模が大きいイベントは、どうしても全体を把握するのが難しくなってくる。もちろん、運営側も気を付けてるけど……近年でも、密輸取引の隠れ蓑として利用されるケースも少なくないから、油断は禁物だよ」

「特に、今回は外部からの襲撃にも警戒が必要になってくる事も考慮して、現場には昨夜からシグナム副隊長とヴィータ副隊長ほか、数名の隊員に先乗りして警備に当たってもらってるよ」

「合流したら、はやてとわたし、なのはの三人で建物の中の警備に回るから、前線組は交代した副隊長たちの指示に従って、周辺の警戒をお願いね」

「そのほかの細かいタイムスケジュールはみんなのデバイスに送っておくけど、ロングアーチからの管制指揮もあるから、何か予定外の事態が起こった時は、全体指示を受けて臨機応変に対応して行こう」

 あと、何か質問はある? と、なのはが新人たちの顔を見渡した。

 スバルとティアナは指示に納得したようで、特に訊き返そうとする様子はない。エリオは隊長たちからの指示を反芻しており、内容を頭に刻み付けようとしている。

 そんな中、キャロだけがやや不思議そうに、おずおずと口を開く。

「あの、出発した時から気になってたんですけど……シャマル先生の抱えてる、その箱って?」

 キャロの指し示したシャマルの膝上には、それなりに頑丈そうなケースが置かれていた。

 大きさは、ちょうど先日の事件で回収したレリックのケースと同じくらい。今回の任務がオークションの警備というのも相まって、前回ケースを回収したキョロにしてみれば、自分が回収したロストロギアを彷彿とさせる物が目の前にあるのだ。気にならないわけもない。

 が、しかし。

「ああ、これ? んふふっ」

 どうやら、その予想は外れたらしい。キャロの疑問を察したらしいシャマルは、くすくすと楽しそうな笑みを浮かべながら、「そうねえ。ロストロギアではないけど、今回のお仕事にはとっても大事な物なのは間違いないかな」と、ケースを胸の辺りに持ち上げ、こう応えた。

「これはね? 隊長たちの、お・仕・事・着♪」

 

 

  2

 

 

「いらっしゃいませ。ようこそ、ホテル・アグスタへ」

「ご宿泊は、あちらのフロントでチェックインをお願いします。オークションにご参加される場合は、こちらでチケットの確認を───⁉ し、失礼いたしましたっ! 警護関係の方でしたか……!」

 差し出されたIDカードを確認し、受付に立っていたホテルマンたちは慌てたように、目の前に立つ三人の女性にお辞儀する。

「あはは、そうかしこまらんでええですよ? こちらとしてもご協力いただいている立場な訳ですし。───では改めまして、機動六課です。本日はよろしくお願い致します~♪」

 手で顔を上げるよう促しながら、緊張した様子の受付のホテルマンたちとは対照的に、はやてはにこやかな笑みと共に挨拶を返した。その傍らに立つなのはとフェイトも、同じように柔らかな笑みを浮かべている。

 一見して、厳粛さとは縁遠い柔和な雰囲気を纏った彼女らではあるが、ホテルマンたちは未だ最初の驚きにも似た緊張から抜け出せていなかった。

 無理もない。管理局には女性局員も多いとはいえ、警備に当たるとなればある程度どちらかといえば強面の武闘派をイメージするところである。その上、三人の格好は通常の制服ではなく洒脱なドレス姿で、おまけに三人が三人ともどちらかといえば華奢な、それもとびっきりの美人揃いときた日には動揺しない方がおかしいだろう。

 提示されたIDカードを確認しながらも、ホテルマンたちはどこか半信半疑で、三人を会場の中へと案内した。

 

 オークション会場へ着くと。三人はそろそろと増えていく人だかりを目で追いながら、会場の様子を伺い始めた。

 会場はいわゆるコンサートホールのような扇形で、舞台を軸に二階建ての席で囲われている。事前情報によれば、壁の耐久性はかなり高いらしく、火災や地震といった災害に見舞われても被害を最小限に留められる様設計されているとのこと。

「流石に厳重だね」

「うん。一般的なトラブルには、十分対処できると思う」

「外は六課(ウチ)の子たちが固めてるし、入り口には防災用の非常シャッターもある。ガジェットが襲撃してきても、中にまでは入ってこられへんやろな」

「うん。油断はできないけど、少し安心」

「わたしらに出番が回ってくるのは、敷いた布陣が突破されたホンマの非常事態だけやな。とはいえ、万が一の事も考えとかなあかんし。主催者さんとは、開場の二時間前くらいにお話しさせてもらえる予定になってるけど……」

「そうだったね。バルディッシュ、開場まであとどれくらい?」

Three hours ad twenty-seven minutes(あと三時間二七分です).》

「そっか。じゃあ、あと一時間ちょっと余裕あるね。一応、ホールの周辺も見ておこうか?」

「そーやなあ。ほんなら三人で手分けして、施設全体を探索してみよか? 非常口とかは確認してるけど、どこか死角になるとこがないかとかは、実際にみてみないと分からへんし」

「だね。じゃあ、わたしは入り口から見て左側のエリアを見てみるよ」

「わたしはリインたちの配置も確認しとかなあかんし、中央かな」

「となると、わたしは右だね」

 分担を決めた三人は、さっそく一度会場を出て、それぞれの決めたエリアの探索を始めることにした。

 そうして、優雅にロングスカートのすそを靡かせながら立ち去る後ろ姿を、やや離れた場所に座っていた青年が目の端に捉えていた。

「───あれ、今の……?」

「先生、どうかなさいましたか?」

「ああ、いえ……ちょうどそこに、はやてたちが居た気がして」

「はやてたちが? だとしたら、すれ違いになってしまいましたね。義姉からの言伝もあったので、主催者へのご挨拶に一緒に伺えたらと思っていたんですが」

「……因みに、それはハヤテたちには言ってあるのですか?」

「そりゃあもちろん、内緒(サプライズ)ですよ♪」

「相変わらず悪戯がお好きなようですね、査察官?」

「いやぁ、可愛い妹分の驚き顔が見たくてつい」

 楽しそうに笑う緑髪の青年の様子に、傍らに座っていた暗い茶髪の女性は呆れたように肩を竦め、金髪の青年は「たはは……」と苦笑していた。

 

  3

 

 隊長たちが内部の警備を固める中、副隊長陣に合流した新人たちは、早速自分たちの担当する区画を見て回っていた。

 振り分けは、スターズ分隊が上空を含めたホテル周辺を、ライトニング分隊が地下と別館から本館へ通じる連絡通路といった具合である。

《スターズⅣ、こちら異常なし。スバル、そっちはどう?》

《こっちも異常なし。副隊長たちが空に回ってくれてるし、空からの侵入はまず無理って感じ》

《だからって、あんまり油断するんじゃないわよ》

《分かってるって~。でも、前回に引き続いて、八神部隊長の守護騎士団全員集合だし。あたしたちだって、結構強くなってるし。だから大丈夫だよ!》

 ハッキリとした声音で、スバルは明るく言ってのける。念話越しでも、ぐっと拳を握って微笑むスバルの姿が目に浮かぶようだ。根拠になっていないが、ティアナ自身、相方に同感なのは確かだった。

《そりゃあ、あたしだって怠けてたつもりはないけどさ。それでも強い人たちと一緒だからって、おんぶにだっこじゃお話にならないでしょ?》

《うん。あの〝ヴォルケンリッター〟が一緒だって言っても、最大限の警戒は必要だもんね》

《そういえば、あんたは結構詳しいわよね。八神部隊長とか、副隊長たちのこと》

《まあ、父さんやギン姉から聞いたコトくらいだけどね》

 はやてが指揮官としての経験を積む中で、スバルの父であるゲンヤから教えを乞うていたのはティアナも聞いている。ゲンヤの部隊に所属しているティアナの兄ティーダとも面識があるようで、この前の事件以来、マメに連絡を取るようになった兄との会話にも、よくはやてたちの名前は挙がっていた。

 しかし、そうでなくても、はやてたちは管理局の中でもかなり名の通った存在だ。

 若干九歳時点でSランクに到達し、現在では総合SSランクを保有する超一線級の魔導師。おまけに希少な古代ベルカ式の使い手でありながら、ミッド式も同時に使いこなす混合型ときている。

 実戦においては小回りに関しては些か難がある部分も多いが、広域魔法においては、他の追随を許さないレベルの魔力量を誇っており───更に、彼女の周囲を固める騎士たちの存在が、その力を無敵と称されるまでに高めている。

 それこそが、烈火の将・シグナムを中心とした五人の守護騎士───〝ヴォルケンリッター〟である。

《そう考えると、スゴイ豪華(レア)な光景だよね~》

《ホントね。本当なら、そう何度も見られるもんじゃないだろうし》

《うんうん。とーさんからの受け売りだけど、八神部隊長たちのことを無敵戦力っていう人もいるんだって》

《〝無敵〟、か……その響きが大げさじゃないのは、正直ゾッとしないわね》

 実際のところ、六課に身を置けば───いや、この部隊の隊長陣と共に戦場に立った者ならば、確実に肌で感じ取れるだろう。

 彼女らの持つ圧倒的な才能と、磨き抜かれた技術から為る、確かな実力を。

 そして、いま最もそれに接しているのが自分たちだ。

(〝歩くロストロギア〟の異名って、伊達じゃないのよね……。そんな人たちから学べるのはありがたいけど……)

 ただ、とティアナは思う。

(育成って名目はあるにしても……六課の在り方は、やっぱり普通じゃない。元々幼馴染だっていう隊長たちが同じ部隊に居るのも、その人脈で構築された部隊編成も、いくら専門性の高い機動隊だからって、こんなのは本来なら絶対に通らない。どんな裏ワザか知らないけど、何か目的があって作られてる。AMFとの戦いですら、足掛かりでしかないくらいの何かが……)

 ある、ということなのだろうか?

 これまで相手にしてきたガジェットも、前座でしかないとしたら、いったい隊長たちは何を見越しているのだろう。

 ずっと先の未来だけではない。今この瞬間にも迫っている『脅威』のようなものがあるのだとすれば───果たして自分たちは、それに抗えるだけの力を身につけているといえるのだろうか。

 しかし、

《……って、そんなコトあたしが考えてても仕方ないわよね》

《??? ティア……?》

《ううん、何でもない》

 漏れた声に首を傾げるスバルにそう返して、ティアナは気持ちを切り替える。

 知りもしない事を考えても、所詮は想像にすぎない。考えることは大切だが、強すぎる思い込みはいざという時の判断を鈍らせる。

 自分たちが開いて取ろうとしているのは、まさしくそういった判断がものをいう未知なのだから。

 

 

(何があるとしても、アタシはアタシのやるべき事をするだけ)

 

 

 そう。今の自分はそれだけでいい。

 一歩ずつでも確実に。目指す憧れへ向けて、着実に。

 この先に何が待ち受けていようとも、変わらぬ覚悟で挑むまでだ。

 空を見上げ、ティアナは頭上を過ぎようとする陽光に、眩しそうに目を細めて小さく笑みを浮かべた。

 

 

  4

 

 

「あそこね」

「うん。ドクターの探し物、見つけてあげなきゃ」

 森を抜け、緩やかな丘になっている場所に出る。眼下のホテルを見下ろしながら、少女たちはそう呟いた。それを聞いていた大小の影は、納得し切れないと言った様子でこう訊ねた。

「……良いのか? お前たちの探している品とは、全く関係ないものなのに」

「そーだそーだ! 旦那の言うとおりだぞ。ルールー、ソフィーも、なんだてあんなヤツのいうコトなんて……」

 しかし、二人の声にソフィーと呼ばれた少女は「ありがとう、アギトちゃん」と言って、憤る小さな剣精を宥めるように微笑んだ。

「でも、わたしもルーも、ドクターからお願いされるの、そんなにイヤじゃないから」

「うん。おねーちゃん」

「ソフィー……」

 まだ言いたりなさげなアギトではあったが、彼女が二の句を紡ぐよりも先に、ねっとりとした男の声が聞こえて来た。

 

《やはり優しいね、ソフィアとルーテシアは》

 

「ドクター?」

 乱入してきた声に、ルーテシアは愛らしく小首を傾げる。

「———何の用だ。既に内容は伝えているのだろう?」

 突き放すような大男の言葉に、通信を飛ばして来た男はくつくつと嗤う。

《いやはや、ずいぶんと冷たい反応だね、騎士ゼスト。こちらは頼みを聞いてもらっている身なのだから、少しくらい姫君たちのお膳立てを手伝うくらいは構わないだろう?》

「よく言うぜ。アンタらが御膳立てなんかしなくても、二人にはアタシと旦那がついてんだっつーの」

《おや。今日はずいぶんとご機嫌ナナメのようだね、アギト》

「全くだ。ただでさえ厄日だっつーのに、見たくもない顔見てよけーになっ」

《ククク、これは手厳しい。では、手短に済ませるとしようか。

 今、君たちの居る地点へ向けて、クアットロとアネモイ、ボレアースがガジェットを連れて向かっている。———どうにも、少々厄介な輩が来ているらしくてね。少しは助力になるだろう》

「ありがとう、ドクター」

「お気遣い痛みいります」

 飄々と告げる男の言葉に、ソフィアとルーテシアは微笑みながら返した。しかし、少女たちの反応とは対照的に、『ゼスト』と呼ばれた大男は眉を顰め、訝しげな様子で男———『ドクター』にこう訊き返した。

 

「……それが、お前の言う()()()()か?」

 

 投げかけられた問いかけは、どうやら男にとって好ましいものだったらしい。

 ドクターはどこか愉しそうな表情を浮かべ、ニタニタとゼストの言葉に応えていく。

《全てではないがね。尤も、ソフィアとルーテシアがいる時点で、こちらの有利には違いない。使いを出したのは、数にモノを言わせる輩が出た時、君たちの手を煩わせる事もないと思っただけさ》

「…………」

 全くの偽り、というわけでもないのだろう。嘘を誠とするのなら、虚実の内に真実を織り交ぜよ、というのは誰の言葉だったか。……アギトがあれだけ苛立つのも無理はない。彼女の気が短いのは確かだが、苛立ちの源泉はもっと別のところにある。

 そう。腹ただしい事に、目の前の男は幼子たちに『こんな事』をさせておきながら、同時に彼女らの安否を気に掛けているのだ。

 手駒として扱いながら、奥底に情を覗かせる。あまりにも歪な、残酷とさえ形容出来そうな矛盾だ。

 だからこそ気に食わないのだ。アギトはもちろん、ゼストも。

 二人の額に寄った皺が深くなるのを察したのか、《おっと、手短に済ませるつもりが。長くなってしまったかな?》と男は言葉の落とし所を探し始める。

「ううん。大丈夫」

《ありがとう。ではいったん失礼させてもらうとしよう。———ああ、ひとつ伝え忘れていた。お茶の用意は済ませているから、いつでも来てくれたまえ》

「ええ。良い報せを持って伺いますね」

《嬉しい事を言ってくれるねソフィア。楽しみにしているよ。では、ごきげんよう》

 さながら姫君に傅く付き人のように恭しく礼をして、男は通信を切った。

 

 しばしの無音。

 その空白を破り、ゼストは少女たちの意思を再び確かめた。

 

「……本当に、良いのか」

 

 声音から感じられる憂い。ある種の父性にも似た響きを受け、少女たちは嬉しそうな顔をする。

 ———けれど、

 

「うん。ゼストやアギトはドクターの事を嫌うけど、わたしもおねーちゃんも、そんなにドクターのコト……嫌いじゃないから」

「……そうね。わたしも、同じかな」

 

 向けられるぬくもりが心地良くとも、引けぬ一線がある。

 そんな本能的な衝動が、少女たちを幾度となく戦いへと誘っていく。力ある者がゆえに———或いは、その逆かも知れないが。

 

 是非を問わず。

 善悪を問わず。

 

 ただ純粋に、凡ゆる全てに通ずる魔導が、運命か呪縛のように少女たちを突き動かしていた。

 

「「…………」」

 それは、本当は傷ましい光景だったのかもしれない。

 が、現実はどこまでも皮肉なもので。

 

「———それじゃ、行きましょうか。ルー?」

「うん、おねーちゃん」

 

 少女たちの足元に描き出されたのは、円に囲われた二重の四角形を模った陣。

 有り余る生まれ持った力を行使する式を綴ったそれは、あまりにも美しく鮮烈な輝きで持って、場を混沌と包み込む。

 

 

 

「我は乞う───小さきもの、羽ばたくもの。言ノ葉に応え、我が名を果たせ」

「汝、狡猾なるもの、蠢くもの。御言に従い、詔勅(しょうちょく)を成せ」

 

 

 

「「召喚、兵虫小隊(インゼクトツーク)律対双蛇(シュピラーレヴィーパ)」」

 

 

 

  5

 

 

「魔力反応……⁉ シャーリーっ?」

《はいっ。来た来た、来ましたよ───!》

 シャマルの呼びかけに応じたシャーリーが、出現した敵性反応の出所を追う。

《やっぱり、ガジェットドローン……》

 画面に映し出されたのは、ホテルを取り囲む森林地帯から涌き出る機会兵器の姿だった。

 これまで幾度となく接敵した相手だけに、臆する気持ちは無い。しかし、問題は敵単体の脅威度ではなく、その物量にこそあった。

《陸戦Ⅰ型、機影三〇……三五⁉》

《同じく空戦Ⅱ型、陸戦Ⅲ型出現! 機影は、一〇、二〇……どんどん増えていきます‼》

「ちょっと、マズいわね……」

 アルトとルキノの報告に、シャマルも表情を曇らせる。

 が、うかうかしている暇はない。こうしている間にも、敵はこちらへどんどん進行を続けている。早急に対処しなければ会場にいる人々に危害が及んでしまう。

「シャーリー、部隊長たちに現状の通達を。これだけの数……中にも何か仕掛けてくるかもしれないわ。外はわたしが指揮を執ります。シグナム、ヴィータちゃん、良い?」

《ああ。頼む》

《応っ! ティアナ、スバル。あたしらは空の群れを叩く。地上のガジェットは任せたぞ》

《エリオとキャロも、しっかりな》

 副隊長たちからの指令を受け、新人たちは《了解ッ‼》と声を揃え、臨戦態勢に入る。

 フォワード陣の気合が入ったところで、指令塔を買って出たシャマルが隊員たちへ指示を飛ばしていく。

《前衛各員へ通達。状況は広域防御線です。ロングアーチⅠの総合回線と併せて、わたし、シャマルが現場指揮を行います。目標はこの周辺に出現した無人兵器。会場への被害を出さないよう、全力で迎撃を!》

「「「はいっ‼」」」

 その言葉を皮切りに、陸、空、管制と三方に別れ、機動六課の隊員たちがホテル防衛に動き出した。

 

 ───が、それは敵がとて同じこと。

 

「相手方も動き出したみたい。けど、ちょっと遅いかな?」

「うん。───〝アスクレピオス〟」

 主の呼びかけに呼応し、ルーテシアの手套に据えられた紫の宝石が明滅する。

伝令(ミッション)無人兵器の操作補助(オブジェクト・コントロール)。いってらっしゃい、気を付けてね?」

 ルーテシアの命を受け、召喚された兵虫(インゼクト)たちは森を無機質に蠢くガジェットたち目掛け羽搏き始めた。

 妹が動き出したのに合わせ、姉もまた、自らの従僕(しもべ)へ命を下す。

「こっちも行きましょう? ───〝ヒュギエイア〟」

《Ja.》

双蛇よ(Viper)求むる物を探し出せ(befehlen Schatz finden)

 ソフィアの呼び出した金と銀の美しい一対の大蛇が、勅命を帯びて藪の中からホテルの方へとしゅるりと俊敏に姿を消した。

 姉妹の操る虫と蛇。共に強力な召喚士によって強化されたそれらは、単なる魔導生物以上の力を秘めた召喚獣として、戦場へと解き放たれた。

 これこそ、スカリエッティが彼女らを駆り出した理由の際たるところだ。

 幼い身でありながら、身体に宿した力は他の追随を許さないほど強力で、何より稀有な才能である。

 今しがた見せた力さえ、彼女らの全容からすれば、ほんの一端に過ぎない。

 末恐ろしい、などと評するのさえ烏滸がましい。今この瞬間が既に、発展途上でありながら、同時に凡その人間が決して到達できない領域に達している。

 磨く必要さえない極上の原石。彼女らを言い表すのなら、恐らくそんな言葉でなければ当てはまるまい。

 物量と才能を併せた配置は、正しく盤石の構えだ。

 

 ───しかし、強力な力はその分、痕跡を残し易いのもまた事実。

 

《ティアさん!》

「キャロ?」

《すみません。あの、さっきケリュケイオンに反応があって。この周辺に、召喚魔法の使い手がいるみたいなんです……!》

「───なるほど。そういうコトね」

 人為的な反応(こうどう)。前から疑いはあったが、今回のは確定的だ。

 ティアナ自身、薄々感づいてはいた事だ。以前のリニア襲撃の時に比べ、ガジェットの動きが()()()()()。そこへ来ての召喚魔法の反応。与えられた定型ではなく、自律的に動くよう仕向けている者がいる。

 となれば、

「シャマル先生。こっちにもモニター、いただけますか?」

この群体を操る大本を叩く。それが、CG(センターガード)として、ティアナが果たすべき役割だ。

《ええ。今、クロスミラージュに直結するわ》

 シャマルから送られてきた戦闘区域の映像を確認し、ティアナは改めて敵の物量に顔を顰める。

(……なんて数。数もだけど、ホテル周辺にもこんなに……これって?)

 円形にホテルを取り囲む無数の無人兵器。数で攻め潰す物量攻撃としては、正にお手本のような制圧配置である。

 ……しかし、今回の攻撃はあまりにも露骨というか、あからさまに思考を放棄し過ぎているようにも感じられる。少なくともこれまでの事から考えれば、事を急ぎ過ぎているような───。

 仮に、これまでの攻撃を仕掛けている何者かがいるのなら、一連の事件には何らかの連続性があったことになる。時間的なスパンを考えても、相当周到に練られた計画で動いている筈だ。だというのに、此処へ来ていきなり積み上げた積み木を叩き壊すような真似をする理由はいったい何なのか。

 しかし、迷ってばかりもいられない。

 実際のところ、少数の部隊に対して、物量攻撃は相性が悪いのは確かだ。

 いま敵に囲まれている現状を打破しない事には、その目的を考える段階に至ることすらできない。

「ともかく、召喚士相手なら、発生源を叩かないと……。キャロ、大本の特定、出来る?」

 ティアナがそう訊ねると、

《やってみますっ》

《わたしもサポートするわ。広域スキャンで、他にも敵性反応がないか探ってみる》

 キャロはケリュケイオンが捉えた魔力反応を追い始めのに合わせ、シャマルも他の敵性反応がないか、周辺索敵(エリアサーチ)を開始した。

「お願いしますっ。よし、とくれば……スバル、エリオ! 二人の索敵(サーチ)が終わるまで、あたしたちはホテルの防衛。一体残さず墜とすわよ!」

《応ッ‼/はい!》

「頼むわよ、クロスミラージュ」

《Yes, Sir.》

 前衛二人と、愛機にそう声を掛けながら、ティアナもいつでも操り手の元へ魔力弾を叩き込む準備に入る。

 

 その一連の様子は、上空で見ていたヴィータとシグナムにも届いていた。

「少しは様になってきたみてーだな」

 頼もしくなりつつある新人たちの姿に、ヴィータは自然と口角が上がってしまっていた。傍らのシグナムも同様の気持ちではあったが、「ああ。とはいえ、まだまだ(わか)い」と育てる側としての戒めを添える。

 ヴィータもそれには同意のようで、

「まーな。そんじゃ、せいぜいラインは超えさせねーようにすっぞ!」

 と、意気揚々と愛機であるグラーフアイゼンを構え、勇ましくガジェットたちへ、自らの冠した名に相応しい御業を振るう。

「ふふ、お前も甘いな。なのはやテスタロッサに負けず劣らずの過保護っぷりだ」

「……るっせーよ。お互い様だろっ」

「確かにな。わたしも、他人の事はいえん」

 軽口を叩き合いながらも、鉄槌と烈火の二つ名に相応しく、ヴィータとシグナムは息つく間もなくガジェットたちを次々に撃墜していった。

 

 

  6

 

 

《───始まったみたいだね。フェイトちゃん、主催者さんはなんて?》

《外の様子は伝えたんだけど……オークションの中止には、まだ踏み切れてないみたい》

《そっか……。まあ、この状況じゃ外に避難ってワケにもいかないもんね》

 戦いは始まっているが、規模が大きいだけに、即刻中止とはいかないのが歯痒いところである。

 何事もなく無事に済むのならば一番だが、そうもいかないだろう。

《その辺りも含めて、今はやてが話をしてくれてるから、わたしたちも、いざという時のために動けるようにしておこう?》

《そうだね》

 彼女らが出ていけば、おそらく事態を収束させるのは容易だ。しかし、それでは内側を警戒する為に来た意味がない。

 万が一、会場内から彼女らを誘き出すのが目的であれば、現場を離れる選択が、新たな被害を齎す事になる。

 内部を守る為に此処いる以上、今は仲間を信じて待つのが分隊長としての役割だ。

 過度に案ずる必要はないだろうが、戦いというのは常に予想外を伴う。今までとは違った違和感を覚えつつも、なのはたちはホテル内での待機を余儀なくされていた。

 

 

 

 が、一方で。

 そういう事態だからこそ、動くべき者たちも此処にはいた。

「もしや、とは思っていましたが……本当に来るとは意外でしたね。出品リストには、今回の件に関係のありそうな品は無かったハズなのですが……」

「となると、隠されて運び込まれたものがあると考えるのが自然かな。───うん、はやてに連絡を取って確かめてみるよ。外の方は、任せてもいいかな?」

「ええ、存分に。お任せください、師匠」

「ありがとう、シュテル」

「それなら僕もお手伝いしますよ。裏方での仕事は、僕たち査察官の十八番ですからね」

「アコース査察官」

「頼もしい限りです。大胆な攻勢を仕掛けてくる時には、相手方の狙いを探る手は幾ら合っても困りません」

「ま。猫の手も、というやつですよ。妹分や友人の助けになるのなら、力を惜しむ必要はないでしょう。───実際、我々はその為に()()()()()()()()()()()ワケですし」

「決まりですね。では師匠、支援要請の取り付けはお願い致します。久方ぶりの空ですから、少々手荒になってしまいそうなので」

「な、なるべく被害は出さないようにね……?」

「承知しております。だからこその、わたしたちなのですから」

 言葉とは裏腹に、ギラギラと獲物を狙う獣のような眼光で、シュテルはそう答えた。

 これはどうも、穏やかに済みそうもない。尤も、戦いの場に首を突っ込んでおいて、そんな虫の良い話もないのだが。

 はやても苦労してるだろうな、と責任者の立場に在る事を今さらのように痛感しつつ、ユーノは事態の円滑化を図る為、すぐさまはやてに連絡を取るのだった。

 

 

  7

 

 

「どうやら、表の護りは四人。攻め手は二人と、いや……もう一人来るか」

 刻々と変化していく戦場を観察するアネモイの言葉に、その腕にしな垂れ掛かっていたクアットロが「あらあら」と、何処となく口元に手を当て、わざとらしい驚きの仕草で反応した。

「数は少ないですケド、全体を見てる輩がちょーっと面倒そうですねぇ~。ボレアくん、ささっと潰してくださいませんこと?」

 その隣に立つ、アネモイの弟であり、自身にとっても弟分に当たるボレアースに、クアットロは軽口を飛ばす。……しかし、口調の軽さとは裏腹に、地味な眼鏡の奥に覗く瞳は、ゾッとするほど鋭い。

 何処まで本気なのか、この姉の真意は、長年共に過ごしたいても図りかねる。

「その要望は簡単ですけどね、クア姉様。忘れていませんか? 今回の目的は回収作業。せっかくお嬢様方に目眩しをお願いしているのに、わざわざ痕跡を残してやる事もないでしょう?」

「もー、ボレアくんってばお堅ぁい。むしろ、だからこそ愉しいんでしょうに」

「??? どういうことです?」

 言葉の意味を察し切れずに訊ねると、クアットロは可笑しそうにくすくすと笑った。

簡単(かぁんたん)なコ・ト。───謎はより深く、けれどヒントはより多く。目の前に転がっているピースが多ければ多いほど、出来上がるパズルは大きくて複雑化してくる。それを解こうとして右往左往するヒトたちを見ているのって……とぉっても愉しいと思わない?」

 語尾にハートマークでもついてそうなくらい、甘ったるい声でクアットロがそう告げてくる。

 兄も、父らもそうだが、この姉も、こと謀に『愉しみ』を見出す趣向に関しては、自分たちの中でも取り分け貪欲かも知れないとボレアは思う。

 おまけに、

「それにボレアくん? あの橙髪のガンナーさん、気になってるんじゃなぁい?」

「──────」

「思い出の好敵手と似通った若葉……いえ、まだ芽吹いたばかりの新芽ちゃん。摘むには惜しいかもしれないけど、お・仕・事・ですし? ちょうど良いと思わなぁい?」

 どうやら姉は、自分の裡は不透明でも、他者の心内は見透かしているようだ。

 返答に窮しているボレアを見て、アネモイは「そう急かすものではないよ、レディ」とクアットロの顎をそっと撫でるように宥めすかした。

 クアットロは心地よさげにくすくすと笑みを浮かべつつ、アネモイの手に自分の手を重ねる。いつもの兄と姉のやり取りを眺めていたボレアだったが───。

「しかし、だ」

 鋭い声音が耳朶を打つや、視線はアネモイの黒い瞳に吸い込まれてしまう。

「任務は任務。それは確かだが、そのついでだ。多少のつまみ食いくらいは、あってもいいと思うんだがね? 確かめてみたいんじゃないのか、お前も」

「…………」

 兄から告げられたその言葉に、弟は沈黙で応じた。その反応を満足そうに見て、アネモイは更に言葉を重ねようと口を開こうとした。しかし、その言葉が口をつくよりも早く。

「??? あら……?」

「───結界か」

 ホテルを基軸とし、辺り一帯を取り囲むような大規模な結界が張り巡らされた。

 どうやら、状況は次の段階に進んだらしい。

「あらあら。囲い込みなんて、ずいぶんと直球(ストレート)だこと。あちらも流石にこちらの狙いに気づいた、といったところですかねぇ?」

「そのようだね。しかし、問題ない」

「ええ。もちろん───結界だけじゃ、私たちは阻めませんもの♪」

 

 

  8

 

 

「ちっ、次から次にうじゃうじゃと!」

「少々厄介だな」

「ああ。オマケに、動きまで変わってきやがった……ッ‼」

 キャロが先ほど感知したという召喚士の反応。ガジェットに指示を与え、コントロールしているのは恐らくその反応の主だろう。

 優れた召喚士は対象を喚び出す転送魔法のエキスパートであると共に、対象への魔力付与を得意とする。ヴィータたちの動きを察知しながら姿を隠せているのも、そうした遠隔からの魔法使用に長けているからに他ならない。

 しかし、シャマルがキャロの感知した召喚士の反応を追っているらしいので、いずれ相手方の所在も見つけられる。自分たちはそれまで、防衛ラインを護り通すだけではあるのだが───召喚士を相手にしている以上、漠然と出てくる相手を叩けばいいというものでもない。最も最悪なケースは、防衛ラインの内側に直接侵入される事だ。

 当たり前だが、召喚とは対象を指定した場所に送り届ける魔法である。

 こうして前線を攪乱しながら、背後に刺客を送り込まれる可能性も十分に考えられる。

 今のところは新人たち、もっと言えばホテル内部への侵入は見られないが、それもどこまで持つかは分からない。

 何せ検出された反応はSランク相当が複数だ。いくらミッドの建築物に魔法攻撃への対策がなされているとはいえ、このレベルになればどこまで役に立つか……。

「このっ! ぐずぐずしてらんねーってのに……‼」

 いらだち紛れに手近なガジェットを叩き落とす。しかし、シグナムとヴィータの周辺を取り囲むガジェットは一向に減らないままだ。二人の卓越した技能をもってしても、絶対数が多すぎる。

「……キリがないな。このままでは敵の思う壷だ」

 元々対人戦闘に特化した古代ベルカ式の使い手である二人は、こういった数に物を言わせる戦法とは相性が悪い。

 シャマルや、いま別の任務に出向いているザフィーラ辺りが来ていてくれたなら、少しは変わったかもしれない。が、今それを口にしても所詮は無い物ねだりである。

「しかたねぇか───シグナム、あたしがここを引き受ける! お前は、あいつらんとこに加勢に行ってくれ」

「だが、それではジリ貧になるぞ」

「分かってる。だから、シャマルに結界で侵入を防いでもらいながら、数を減らしていく。だったら、あたしの方が対処しやすいだろ? それに地上じゃ、お前の方が取り回し的にも適任だ」

 最善、とまでは言えないが、いまのところ全体の状況を見ればこれ以上の手段は思いつかない。

 たとえ援軍を要請したとしても、どのみち到着までの時間を稼ぐ必要はある。ならば、一番破られてはいけない部分に戦力を回すのは当然の帰結といえる。

「手が余ってるなら借りてーけど、いまはこれが精一杯だ。頼む、シグナム」

「ヴィータ……」

 確かにヴィータのいう事は尤もだ。そう都合よく、求めた時に借りられる手などあるわけもない。であれば、その意を汲んで対処に当たるべきか───と、シグナムは判断し、ヴィータの言葉に応えようと口を開くこうとした。

 その瞬間、

 

《───なるほど。ではご要望にお応えして、お手をお貸しいたしましょうか》

 

「「⁉」」

 

 唐突に届いた念話(こえ)と共に、翡翠の光を放つ結界が展開され、辺り一帯を包み込んだ。

 シャマルが先んじて動いたかと思ったが、同じ緑系統の色だが、シャマルの者とは若干色彩が異なる。加えて、この結界はミッド式のものだ。

Wärmequelle von hinten anfahren(後方より熱源接近)

「熱源……、⁉」

 続いて更に見覚えのある魔法が、二人の背後から放たれて来た。

 煌々と輝く焔が二人の背を追い越し、放たれた迸る朱き軌跡が、空に蔓延るガジェットを一気に焼き払った。

 急変していく事態に、シグナムとヴィータは動揺を隠せない。だが、今しがた見えたそれらは、彼女らにとって馴染み深い魔法であった。自分たちの見たものが間違いでないのなら。

 

 

 

「───数が相手なら、わたしの方が適任でしょうから」

 

 

 

 紛れもなく、それは味方の登場を告げる篝火だった。

「お久しぶり……というほどでもありませんね。先日、地球でお会いしたばかりですし」

 夕闇のような朱と黒紫の入り交じった戦闘装束を纏った女性は、スカートをつまみながら優雅に一礼する。

 深紅の杖を手にし、空に揺蕩う暗めの茶髪は頭の後ろあたりで束ねた、やや表情の薄い蒼の瞳をした彼女は、まさしく。

 

「シュテルか……!」

 

 そう。彼女らの友人で在り、エルトリアに済んでいる筈のシュテルであった。

「おまっ、どーして……⁉」

 何でここに居んだよ! と、矢継ぎ早にここへやってきた理由を問い質そうとするヴィータを、シュテルはそっと手で制す。

「疑問は尤もですが、現状はアレらをなんとかするのが先決です。───〝騎士〟の戦いに嘴を挟むのは無礼かとは存じますが、どうかご容赦を」

「いや、問題はそこじゃねーだろ!」

 シュテルの実力は分かっているつもりだが、勝手に武装局員でもないのに現場に出てくるのどうなのか。

 しかし、シュテルはしれっとした顔で、「ハヤテから許可は頂いております」などと宣う。

「だからって……」

 そんな単純な話でもないだろう。

 武装局員としてそれなりに長く過ごしてきたヴィータからすれば、大規模次元災害等でもない限り、別の部隊から簡単に援軍を出せるものではないという意識が強い。

 特に、地上部隊では派閥意識が高い事もあり、本局の様に境なく動き回る体制はあまり歓迎されない部分がある。

 しかも、シュテルはそもそも管理局員ですらないのだ。勝手に介入すれば、公務執行妨害やそもそもの危険魔法使用で逮捕される可能性だってゼロではない。

 子供のケンカとはワケが違う。

 助っ人を呼んで「はい、解決」というほど、単純な話ではないのだ。

 が、それでもシュテルは凛とした佇まいを崩さない。

「確かに、あまり定石通りの手段ではありませんね。ですが、秩序を隔てる壁を設けるだけでは、隣り合った歯車は動きません。それゆえに、いざという時それらを繋ぐため、わたしたちはここに居るのです」

 シグナムとヴィータに、シュテルは宙に投影したIDカードをスワイプして渡す。

 EB-LCMと書かれた識別コード。その所属元は、

「無限書庫……って、はぁっ⁉」

「ええ。先日より、正式に稼働しました特別『部署』です。以後お見知りおきを」

「部署? 部隊、ではなくか?」

「はい。位置づけとしては、聖王協会に近いイメージでしょうか。

 遺失物関連や、次元災害などにおいて、それらに関連した情報を提供する協力者を『現場に派遣する』ために、師匠が設立した専門部門です。あくまで局の部隊へ派遣された提供者、協力者の範疇ですから、部隊扱いではありませんが……一方で、事態を円滑に解決するための範疇であれば、嘱託魔導師として動く権限も与えられております。協力する()()()()()()()()()()()、ですが」

 くす、と付け加えたシュテルの表情で、二人はようやく彼女がここに居た事情を飲み込めた気がした。

 聖王協会に近いというのも頷ける。なにより、彼女らの所属する六課自体、似たようなコンセプトの基に設立されているのだから。

「……ユーノの奴。前から進めてた準備、ってこれのコトかよ」

「そういえば主はやても言っていたな。志は同じようだ、と。……流石に、お前たちが正式な魔導師として配属されているのは初耳だったが」

「何分手続きに時間がかかってしまったもので。きっかけがハヤテやナノハの為なのは少々妬けますが、概ねその通りです」

「……あいつもだけど、ホント相変わらずだな、おまえも……」

 呆れたように溢すヴィータの声に、「何の事やら」と空っとぼけて、シュテルは続ける。

「何事も、数がそろえば良いというものではありませんが……時には適材適所も必要でしょう」

 万事を熟る者が居れば、恐らく何の不足も起こらない。

 しかし、現実には単一で成り立つモノなどそう在りはしない。どれだけ精錬したところで、いずれは朽ち果てる運命を内包している。

 混じり合う事を許した世界だからこそ、補い合う必要がある。

 故にこそ、

「こういう時のためにわたしたちがいるのです。点と点を紡ぎ合う事が歴史なら、世界の在り方も同じ……実にあの方らしい、信念の提示です。まあ、本質自体はそこまで大仰なものではないのでしょうが」

 加えて、何より。

「万事が向こうの思惑通りに、というのも、あまり面白くは無いでしょう?」

 瞳孔を鋭く瞬かせながら、シュテルは二人に問い掛けてきた。もうとっくに臨界点に達していそうな様子に、ヴィータとシグナムは苦笑を溢す。

「———ホテル周辺で、本命の動きを捉えたそうです。お二人はどうかそちらへ。ここの露払いはわたしにお任せを」

 全く、頼もしい事だ。少々やる気が過ぎるきらいはあるが、この場面において味方にするのなら、彼女以上の逸材など居はしない。

 

「……応っ!」

「すまん。恩に着る!」

 

 礼を投げ掛けながら、二人は副隊長として仲間たちの救援へと向かう。

 満足げに飛び去る背を一瞥して、シュテルは空を埋め尽くす無人兵器軍へと向き直る。

 光背のように浮かび上がる焔を伴った魔力弾。煌々と未だ明るい空を朱く彩るそれらは、抑えきれない彼女の昂ぶりをそのまま顕しているようだった。

 

「さて───それでは、踊りましょうか」

 

 紅蓮の魔法陣がシュテルの足元に生成される。鉾杖を構え、煌々と輝きを増していく火球を撃ち放ちながら、シュテルは不敵な笑みと共にそう告げた。

 

 

  9

 

 

「ほう……」

 

 戦場に降り立った星の光が、空を朱く染めていく。

 前回とは比べ物にならないほどに磨き上げられている鮮烈な魔法は、彼が未だ欲してやまない力の一つだ。

 映し出されている画面の中で踊る魔導師の姿を目の当たりにし、男は、昏い笑みを浮かべる。

「随分と嬉しそうだねぇ、マクスウェル君?」

「ジェイル。あちらはもう良いのかい?」

「ああ。あの子なら、何の問題もないさ。心配なのは次に遊びに来る時、姫君たちに何を振る舞うかだけだよ」

 くつくつと愉快そうに笑うスカリエッティに、マクスウェルはやれやれと肩をすくめてみせる。

「相変わらず甘いな、君は」

「欲することこそが私の本質だからね。何かを抑え付ける事ほど、虚しい話もないだろう?」

「分かるがね。時には刺激も必要だとは思わないかい?」

「ふむ。だとすれば、ちょうど適任がいるな」

 映像の中に映る、赤と桃色の髪をした子供達へ視線を移す。

 姉妹の相手としてぶつけるなら、まずはあの二人からだろう。早速とばかりに、スカリエッティは現場にいるクアットロたちへ二人を相手方とぶつかるように仕向けるよう手を回す。

 尤も、そんなことをせずとも。

 

「現時点では───いや、恐らくはこれからも。あの子たちの方が強いのは確定事項だけれどね」

 

 確信めいた感情を滲ませるスカリエッティに、マクスウェルは「()()かい?」と訊ねてきた。

 それにやや間を置いて、

「……いいや、単なる資質の問題だよ」

 と、返してきたスカリエッティに、マクスウェルはいっそう愉快そうな表情をする。

「すまない。心にも無いことを聞いたようだ」

「君らしいよ。いつだって、悪魔は選択を迫るものだからね」

「こちらではそうらしいが、私たちの故郷では別の見方もあってね。悪魔とは、時に天使よりも魅力的に目に映る───らしい」

「なるほど。不吉の前触れは、見ようによっては福音にも思えるというワケだ。実に興味深い。それは、こちらの世界でも通じる道理を孕んでいるかもしれないな」

「例の(マテリアル)の素材の話かい?」

「ああ」

 何かを信じる時、人は盲目になる。

 世の中に完璧な摂理など存在しないが、人は脆いものに弱い生き物だ。

 だからこそ、確かなものを探す。考えるよりも、分かり易い指標に取り憑かれるのは、大半が暗闇の中を覗くことさえ出来ないからだろう。

 貫き通せば、無理を道理に変えられるかもしれない。しかし、そこまで強く在れる人間は稀だ。初めから何か世界に指標がある、なんて思っている者ならば尚更に。

「……まあ、決して分からなくは無いがね」

「まったくだ」

 本当に、世界というのは不思議なものだ。

 確かでない筈なのに、どうしても崩せない部分もある。それ故に面白くもあり、同時に忌々しい。

 

「さて……今回はどんなものが見られるか、堪能させてもらうとしよう」

 

 言って、現場の映像に視線を戻す。

 二人が話し込んでいる間に、どうやら彼方では、事態も大詰めに入り始めているようだった。

 

 

  10

 

 

「……スゴい……」

 シュテルの魔法をモニタリングしながら、ティアナの口からそんな声が漏れた。

 AMFをものともしない戦いぶりはもちろんだが、何よりもティアナは、その運用方法に目を奪われていた。

 師事しているなのはのスタイルと似てはいるが、こちらは更に精密捜査に重きを置いている印象を受ける。『撃ち抜く』のがなのはの魔法なら、シュテルのものは『射抜く』とでも形容すればいいのだろうか。

 的の中心だけを正確に貫く、針の穴を通すようなコントロール。しかしそれでいて、けっして一撃一撃の威力を落としたりはしていない。

 威力と精度。そのどちらも両立させ、自在に操る魔導運用。これこそが───

 

 

(───〝射撃〟と〝砲撃〟なんだ)

 

 

 胃の辺りが締め付けられるほどの昂揚感に苛まれながらも、ティアナの視線は画面の中に釘付けになっていた。しかし、見惚れてしまうのも無理はない。それほどまでに、シュテルの射砲撃は美しかった。

 魔力量に依存するだけに留まらない戦い方は、ティアナが理想とする戦法(スタイル)そのもの。目の前で繰り広げられる焔が猛るたび、目指すべき道が拓かれていくような気がする───。

 

《───見つけた!》

 

「っ!」

 と、脳裏に響く念話によって、ティアナの意識は引き戻される。

 シャマルから索敵結果の報告だった。ホテル周辺を取り囲むガジェット群を操っていると思しき召喚士を補足したとのこと。魔力反応は二つ。しかも、どちらもSランク級だという。

 二人からの報告に、フォワードたちに緊張が奔る。

 当然だ。Sランクといえば、管理局どころか、次元世界でもほんの一握りの上澄み。師事する隊長たちとも肩を並べるほどの力が、自分たちの前に立ちはだかろうとしているのだから。

 

 

 

「気づかれちゃったみたいね」

「うん……」

 『姉』の呟きに、ルーテシアはこくんと頷いた。

 二人の表情に焦りはない。先ほど結界を張られた時点で、こうなることは予想していた。

 動ける領域を区切られてしまえば、当然足も付きやすくなる。しかし、だからといって相手側に補足させるほど、少女たちの魔法は易くない。

 ふわりひらりとルーテシアの指先へ、さきほど放った小型インゼクトの一体が戻ってくる。どうやら、クアットロたちは既に動き始めているようだ。

「おねーちゃん。クアットロたちが、倉庫に向かってるって」

「そう。なら───」

 ソフィアの足元に、藍紫の魔法陣が浮かび上がる。

「浮遊体移動。無人機(オブジェクト)十二機、転送地点(ポイント)NH(ファイブ)&MH(セブン)へ───これで、目くらましくらいにはなるかしら」

《さ・す・が♡ 見事なお手並みと言ったところですねぇ、お嬢様?》

「あら、クア姉様」

《はぁい♪ 呼ばれてなくてもどこへでも、あなたのクアットロでございますぅ~♡》

 ソフィアの動きを受けて、クアットロが通信を寄越してきた。

 先ほどスカリエッティからの刻と同様に、その甘ったるい声音にうんざりしているらしいゼストとアギトは、「またか……」という不機嫌な表情を隠しもしなかった。

 が、そんなものは眼中にないらしく、クアットロは愉しげにソフィアたちに話しかけている。

《現在こちらでは、私とお兄様が荷物の確保に動いておりますので───ドクターの探し物のためにも、何より面倒ごとを負わぬよう、是非ともお嬢様方にはこのまま陽動をお願い致します♪》

「いいの……?」

《ええ、ええ、それはもう♪ あーんな連中相手にわざわざお嬢様方が直接手を下すまでもありません。……まあ? よしんばもしそんな機会があるとすれば、それなりに相応しい舞台をご用意いたしますし♡》

「けっ。呼びつけといて舞台もなにもねーだろ、腹黒眼鏡」

《あらあら、お口の悪い。せっかくの()()()出自が泣いてますよぉ、アギトさま?》

「ふん、勝手に言ってろ。あたしらはソフィとルールーが安全なら何でも良いんだよっ」

《うふふふ、頼もしいコトでなによりです♪ ───では、なぁんの問題はなさそうですねぇ? どうやら向こうは、ボレアくんの出番も待たずにガタガタみたいですし♡》

 

 

  11

 

 

《⁉ 新しい、転送反応……!》

「改めて考えなくても、()()魔法だもんね……そりゃ、零距離で来ないワケもないか……ッ!」

A distant summon perception(遠隔召喚反応検知).》

「───来ます!」

 キャロの声が響くや、藍紫の輝きに照らし出された無人兵器がティアナたちの前に姿を現した。

 涌き出てきたのは十二機の機影に、管制室でモニタリングをしていた面々は思わず唇を噛む。召喚士の反応が確認できた時点で、警戒して然るべき事態ではあったものの、このレベルの召喚魔法を行使できる人物がいるというのは、ハッキリ言って予想外の出来事だった。

 転送魔法を行使する場合、重要となってくるのは転送する物体の規模と距離が問題となってくる。

 

 ───どれだけの物量をどの場所に送るか。

 

 言葉にすれば簡単でも、座標の設定と空間を繋ぎ合わせるだけでも相当な精密制御を強いられる上、数の多さや質量の大きさによって更に難易度が変わってくる。

 遠隔地から大量の機体を一度に送り込んで来た今回のケースも、個人の運用によるものだとすれば、恐ろしいまでの資質だと言えよう。

「なんかいっぱい来たァ……⁉」

「ボケッとしないッ! 迎撃、行くわよスバル‼」

「応ッ‼」

「エリオくん、わたしたちも!」

「うん……!」

 ティアナの一声で、四人がガジェットへ一気に飛び掛かる。

 ここまで距離を詰められた以上、悠長に守るだけでは戦線を下げる一方だ。

 転送も一度だけとは限らない事を考慮すれば、ホテルへの被害を防ぐためにも、速やかに転送されたガジェットたちを撃墜する必要がある。

 

(さっきの結界……シャマル先生が張ったんじゃないらしいけど、ロングアーチからの報告を聞く限り味方側の魔法。だから敵側にとっては、閉じ込められて補足されたからガジェットに注意を向けて動いてるってコトになる……はず、よね)

 

 操り手がいるなら、ガジェットで六課の動きを牽制しつつ、退路を確保しようとしている。それは決して外れた推測ではない、定石通りの思考だ。……しかし、どことなく腑に落ちないものを感じるのは何故だろうか。

 

 得てして、予感と言うのは嫌なものほど当たり易い。

 

 ガジェットを迎撃しつつ、敵の動きを観察していたティアナが、自身らの張った防衛線より後方の配置に違和感を覚えた直後。既に敵側は、次の手に出てしまっていた。

 

 

  12

 

 

「うふふ……ビ・ン・ゴ♪ レリックの〝ナンバーⅧ〟、バッチリ確保出来ました♡」

「これで目的は達成だ。……些か拍子抜けではあるが」

「あらあらまぁ、相変わらずの欲しがりさんですこと。仕事は仕事。何事も、円滑に済ませないといけませんよ~?」

「分かっているよ。ただ、外もまだ変化はないようだし、このまま終わりでは面白くないという気持ちも、君なら解ってくれると思うのだがね?」

「イジワルなヒト───あらん、ウワサをすれば♡」

 二つの微妙に色彩の異なった緑系の魔力光が、倉庫の内部を照らし出した。

 先ほどまでの諫めるような口ぶりから一転。その輝きを見て、クアットロは愉しげに口角を上げる。

「君も、ヒトの事は言えないな?」

「ええ。お好きでしょう?」

 軽口を叩き合いながら、二人は倉庫内へ足を踏み入れてきた人影へと向き直る。

(魔力で編まれた……猟犬? 確か、本局の査察官の保有している稀少技能にこれと同じものがあったハズ)

 とくれば、

「動かないでいただきたい! 時空管理局・本局、査察官。ヴェロッサ・アコースです。……荒事は苦手なんですが、これは流石に見逃せない。こんなところでコソコソと何をやっていたのか、少々お話を伺いしても?」

「……やれやれ。お役所仕事というのは、段取り通りにいかなければならないから面倒だ」

「逆を言えば、段取り通りに正当に運ぶ事柄であるなら疑いも抱かれない……違いますか?」

「ハハハッ、違いない。しかし、そこまで言葉を重ねられるなら、もうとっくに此方の目的も、察しがついているのでは?」

「ええ。今回は専門家の手もお借りしているので、凡そは。いかがでしょう、スクライア先生?」

「専門家というのは大袈裟ですが……現状は、非常に疑わしいのは確かです。とはいえ、十中八九と予想が立とうと、確かめなければ此方としても動けません。何しろ、お役所仕事なものですから」

「なるほど……くくく」

 ロッサに促され、ユーノがそう引き継ぐと、いよいよアネモイはぎらぎらと興奮を抑えきれないとばかりに目を輝かせていた。

 傍らで彼らの様子を見守っていたクアットロとしては、そんなアネモイの無邪気さも非常に愛おしく思えるところではあるが───()()()()。済ませなくてはならない用事は、早めに片付けておかなくてはならない。

(彼方はいずれも、拘束系に長けた魔導師。負けが万に一つもないとはいえ、あんまりにも長引かせるのも困りますし……もう一度、お手を煩わせていただきましょうか♡)

 男たちの緊迫を他所に、女は女らしく、策謀を巡らせ彼らを翻弄しに掛かる。

 

 

 

「───おねーちゃん。クアットロたちが、ドクターの探しもの……見つけたみたい」

「よかった。なら、あとは引き上げても問題なさそうね」

 そう呟く『姉』に、ルーテシアは小さく首を振る。

「二人の邪魔をしに、結果を張った魔導師が来てるって、この子たちが」

「外の子たちは、ルーのインゼクトたちが引き付けてる……となると、始めから中に居たのかしら」

 読まれていた? いや、そう考えるのは早計である。

 というより、何かしらの重要な物を護るなら、だいたいの襲撃箇所を予想して防衛線を張っておくものだ。

 奇跡的に見つけた抜け穴など、実際にはそうそう存在しない。でなければ、ここまで大規模な〝引き付け〟を行う意味など始めから無い事になる。

 有体に言えば、運の差だろうか。

 可能性を潰して行くうちに、謀の要点に行き着いた相手側の手腕ゆえの運。そして、上手く事が運んでいたと慢心したこちらの落ち度だ。

 既に出くわしてしまったのであれば、失態は失態として、甘んじて受け入れるべきだろうが───。

 

「だったら、少し手助けがいるわよね?」

 

 生憎と、一〇や二〇で収まるほど、彼女らの手札は少なくはなかった。

 既に結界を張られてしまったのは厄介と言えば厄介だが、それも多少の時間稼ぎに過ぎない。

 ───少女の瞳に、赤い符号の羅列が奔る。

 金色の瞳に写し取られた術式が解析(ほど)かれ、次第に緻密に組み上げられた術式に穴を開ける。

 どれだけ堅牢な城塞も、穴が開いてしまえば忍び込むのは簡単だ。

 ソフィアは愛機へ向け、柔らかな声音で語り掛る。

「もう少しだけお願いね」

命令受諾(Verständnis)

 ソフィアの命を受け、ヒュギエイアは主の声を召喚獣である双蛇に伝達する。

 目的は至ってシンプル。積極的な戦闘は望まないが、邪魔を許す理由もない。故に、こちらの逃走を妨げるものは、すべて排除せよ───と。

 

「⁉」

 薄暗い倉庫の中に、眩い輝きと共に『陣』が生成された。

 系統こそ異なるものの、四角形を重ねたように円を象るそれは、ユーノにとって非常に馴染み深い魔法である。

(召喚魔法……? けど、結界の中にどうやって……⁉)

 困惑するユーノを他所に、アネモイはすっかり熱が醒めてしまったような表情で、小さく「残念だ」と呟いた。

「どうやら迎えが来たらしい。せっかくの機会だが……いずれまた、相見える事もあるだろう。今回のところは失礼するとしよう」

「勝手に話を進めてもらっては困りますね。そう簡単に逃げられるとでも?」

「やだぁ、こっわぁい……ふふふ! 自信を持つのは大事ですケド、自信過剰になりすぎるのは殿方の悪い癖ですよ♪」

「確かにあれは〝門〟。ですけど、誰が素直にくぐるなんて言いました? お迎えが()()と、そう言ったつもりでしたのに♡」

 クアットロの口角が上がると同時。

 生成された『陣』の中から、一対の大蛇が姿を現した。

「な、これは……ッ⁉」

「アコース査察官! 拙い、一度下がって───」

「残ぁ念でした。既にぃ、手・遅・れ・です♡」

 牙を見せ、双蛇がユーノとロッサへ襲い掛かる。咄嗟に盾を張る二人だったが、蛇たちはその障壁を物ともせず───いや、むしろ強引に()()()()()かのようにして、二人へと迫って来た。

 しかし、その牙が二人へ届くことは無かった。

 ロッサの発動していた魔法。〝無限の猟犬(ウンエントリヒ・ヤークト)〟の自立防御が、二人を攻撃から庇ったのだ。

 魔力によって精製された猟犬たちの本来の役割は、対象に察知されない高いステルス性と、知覚した情報を術者へと伝達する探索・捜索能力にある。

 ロッサが捜査官として非常に優秀な腕を持つ所以は、正にこの稀少技能によるものだ。

 が、彼の力は何もそれだけに特化したものではない。猟犬たちは込められた魔力が尽きるまで術者に依らない行動を取る事が可能であり、自身の近くに置いて攻撃や防御に転じた使い方も出来る。そのため、術者本人に危機が迫った場合。今回のように自動的に防御行動を取り、護り手(ばんけん)として機能してもくれるのだ。

 噛み付くつもりが、逆に牙を突き立てられ、蛇たちも面食らったのだろう。

 すぐさま猟犬たちを振り払い、睨み合うような状態になる。

 場が硬直した隙をついて、ユーノとロッサは態勢を立て直し、クアットロとアネモイへと向き直る。

「なかなかどうして……。せっかくの助っ人だったが、どうやら旗色が悪い。稀少技能(レアスキル)持ちでは相手では、こちらの〝解析(チカラ)〟も上手く働かないようだ」

(……上手く、働かない……?)

 アネモイの言葉にどこか引っかかりを覚えながらも、ユーノは今度こそはと、撤退の体勢を取るクアットロとアネモイを拘束するべく魔法を発動する。

「チェーンバインド……‼」

 翳した手の先で煌めく翡翠の陣から飛び出した鎖が、逃走者へと迫る───が、鎖は届く前に敢え無く霧散してしまった。

「⁉」

「……全く、まだ種明かしには早いというのに」

 此方も此方で厄介な話だ、とアネモイは小さく毒づいた。

「まあ良いじゃありません? せっかくのお楽しみですもの、全部が全部ノーヒントというのでは、ちょぉっとばかりお可哀そうですし」

「致し方なし、か」

 言って、アネモイは霧散した魔力を振り払うようにユーノたちの方を向き直る。

 昏い緋色の瞳に呪符が流れ出し、アネモイは自らの力の一端を開放し、場に実体(カタチ)を持って表出させた。

 その形状を言い表すなら、『手』か『翼』という言葉がまず浮かぶ。

 魔力依って象られた身体の拡張と言うだけなら、次元世界では珍しくもなんともない技術だ。

 だというのに。

「「………ッッ」」

 ユーノとロッサは、半ば本能的にそれを恐れずにはいられなかった。

 

「───ほう。きちんと解っているとは。此方としても、披露し甲斐があるというもの。

 では……全てではないが、是非ともご堪能あれ。コレを誰かにお見せるのは、ずいぶんと久しぶりですからね」

 

 久方ぶりの獲物を見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべながら、アネモイの背から表出した『手』、或いは『翼』のような不気味な影が、纏う恐れを強調するが如く大きく開かれた。

「───IS・見えざる操り手(アンノウンハンド)

 『悪魔』が、自らに冠された力の名を囁くように告げる。

 ユーノもロッサも、少なくない脅威と向き合ってきた身である。今になって単に怖気づく、など冗談ではない。

 しかし、生物としては最も原始的な威嚇行為程度のそれに、二人の精神は何時の間にか掌握(つかま)れてしまっていた。

(…………これ、は……っ?)

 まるで握りこまれているような圧に、二人は何時の間にか膝を付いていた。

「くくっ……。正気を保っていられるだけ大したものだ。薄弱な意志では、この力には抗えない」

 だから誇って良いとでも言いたげに、アネモイは嗤う。

 しかし、現在進行形でその脅威に晒されている二人からすれば堪ったものではない。

 何とか状況を打破しようと抗うが、一度受けてしまった力の侵食からは簡単には抜け出せなかった。

 簡単に屈してしまわれても興ざめだが、抜け出されてしまっても能力を行使する側の自負に反する。態々こんなヒントまで出しているのだ。少しは愉しませてもらわねば、割に合わない。

「それにしても、ここまで耐える輩も久しぶりだ。最近はどうも手応えの無い相手ばかりでしてね。まあ、あの時も『弟』にほとんど譲ってしまったようなものではありましたが……いやはや、アレもなかなかに弄び甲斐があった」

「うふふ。お兄様ってば、何時までも残る傷だなんて……随分と残酷だこと」

由縁(つながり)は深いほど、いずれ更なる焔を呼び起こすものだよ」

「相変わらず素敵なオコトバ。……ですが、そろそろ潮時じゃありません? そちらのお二方は、まだ随分元気なようですし」

 クアットロが退屈気な視線を投げた先では、ユーノとロッサが苦し気な表情を浮かべ、懸命に圧に抗っていた。

 このままいけば圧し潰す事も出来るだろうが、長居するには、此処は舞台としては浅すぎる。

 目先の事ばかりに囚われても無意味だ。長い時間をかけて積み上げて来たのなら、来るべき時を待つべきだろう。

 それでこそ、取って置いた積み木(オモチャ)にも、壊し甲斐が出てくる。

「では、そろそろお暇するとしよう。お手を拝借できるかな? レディ」

「ええ喜んで♡ ───IS発動、幻惑の銀幕(シルバーカーテン)

ふわりと揺蕩う銀幕の内に、アネモイとクアットロの姿が消えていく。

 待て、と思わず手を伸ばしたロッサへ、猟犬たちの間を潜り抜けた双蛇が迫って来た。

 逃走の邪魔はさせない、という事だろうか。

 不意を突かれ、猟犬たちも自分自身による防御も取れない。加えて、通常の魔法ではこの蛇たちは止められないのは先ほどの攻防で確認した通り。───となれば、防ぎ得る術は一つだけだ。

「───〝イージス〟!」

 そう叫んだ瞬間。ユーノの身体から、淡い翡翠の燐光(フレア)が湧き、蛇の前に中央に赤い宝石が据えられた〝盾〟が出現した。

 二つに開いた盾の隙間から、美しい翡翠の羽根が波紋を広げる。

 共振する淡い燐光を放つ粒子の膜が、物理的な障壁と共に蛇たちの攻撃からロッサを護った。

「「!」」

 ……が、この結果に驚いたのは、むしろユーノとロッサの側だった。

 魔法の通じない相手に物理的な防御手段を取る。これ以上ないシンプルな理屈だ。

 しかし、エネルギーによる防御が通じないのだとすれば、ユーノの愛機である〝ヴァリアントギア〟による防御機構も通用しないのが道理だろう。

 だというのに、実際には機能した。

 これが意味するところは、つまり───?

 

「……困りましたね。思った以上に大きなヒントになってしまいましたか」

 

 ユーノとロッサの思考に割り込むように、アネモイの声が場に響く。

 状況は変わってしまった。一度防がれてしまった以上、戦闘を長引かせるのは更に手の内を教えるだけの握手である。

 始末出来るなら問題は無いが、生憎と()()()()()

「遊びだけのつもりが……少しばかり、遊興が過ぎましたね。せめてどちらか片方だけなら、まだどうとでもなったでしょうに……」

 口惜しいばかりだ。

 と、アネモイは残念そうに呟いた。

 そんな彼を、傍らのクアットロは慰めるように肩を寄せ、腕に腕を絡ませる。

「……ホント、厄介だこと」

 微かに覗く姿で冷たく吐き捨てるクアットロに腕を引かれ、いよいよ銀幕の中にアネモイも消えて行く。

 一矢報いたものの、それを止めるには先ほど受けた()()の余韻が邪魔をする。

 ぎり、と歯を食いしばる二人を見て、少しは気が晴れたのだろうか。

「───ああ、そうそう。我々はこれで退きますが、『弟』はまだ遊び足りないようでしてね。十分にお気をつけください」

 最後にそう言い残して、にたりとした嗤みと共に───今度こそ完全に、アネモイとクアットロの姿は銀幕の内に消えてしまった。

 

 

 

「ぐ……っ、申し訳ありません。不甲斐無いところを」

 去り行く敵の背を見送りながら、ロッサは苦々しそうに呟いた。

「いえ、そんな……」

 応えながらも、不甲斐無い思いをしていたのはユーノも同じだった。

「とにかく、はやてたちに連絡を。今ならまだ、逃走を防げるかもしれませんし……」

 そう口では冷静に言葉を紡ぎながらも、敵の能力を直に感じ取ったユーノとロッサは、恐らくそれが難しいだろう事も判っていた。

「…………ッ」

 改めて、己の失態に恥じ入る。

 ……守り切れなかった。自分から出張っておいてこれでは、情けないにも程がある。

 しかし、先ほどの攻防。決して勝利とは呼べないものの、全くの無駄という訳でもなかった。

「……先生も、気づかれましたか?」

「はい。まだ確信には至っていませんが……恐らく、二つのうち一つには」

「奇遇ですね。僕も同じことを思っていました」

 ユーノに肩を借りながら、ロッサは自身の感じ取ったものに対する見解を述べ始めた。

「初めに使っていたあの魔法。───アレは恐らく、僕の〝思考捜査〟に近い、精神に干渉する系統のものでしょう。それも、組み立てられた術式というよりは、もっと先天的な……稀少技能のような」

 ロッサの見解を受け、ユーノも薄々感じていた疑念に対する方向性を得た気がした。

 そして、最後の逃走に使用された迷彩能力。……アレもまた、稀少技能の類いなのだろうか。

 

 ───いや、それ以前に。

 ユーノの中に引っ掛かりとしてあるのは、もう一つの方だった。

 

「……スクライア先生? どうされました?」

「いえ……最後の、盾と召喚獣と思しき蛇がぶつかった時なんですが」

 あの瞬間。それまで魔法の防御を食い破っていた蛇に、ユーノの魔法が効果を示した。厳密に言えば、少々特殊な要素を付与した魔法が、であるが。

 更に、この予想が当たっているとすれば。

「……ずっと、考えていました。この事件が、一体どこへ帰着するのかって」

 ユーノ言葉に、ロッサも頷いた。

「僕たちの想像以上に、この事件の根は深いのかもしれませんね……もちろん、杞憂であったのなら、それが一番良いんですが」

「……ええ。本当に」

 分かるまでは、戦い続けなければならない。

 男たちは、今更のように覗き込んだ闇の深さを実感しながら、いっときの敗北の苦さを噛み締めていた。 

 

 

  13

 

 

 ユーノとロッサが懸命に立ち上がろうとしていた頃。

 彼らからの連絡を受けたはやてを通じて、フォワードメンバーの元にも敵側の情報が届いていた。

「はぁ……は、あ……‼」

 この連絡に、いち早く反応したのはCGのティアナであった。

 敵側が逃走を企てているとすれば、それを許すまいと思うのはもちろんだが、仲間と接触する可能性も極めて高い。

 おまけに敵側は複数人で行動しており、ホテルの倉庫区画で目撃された者たちは、件の召喚士ではなかったという。

 となれば、上手く敵側の動きを読めたなら、一網打尽にすることも。

《ティアっ、ちょっとティアってば! 独りじゃ危ないって!》

「大丈夫よッ。マップを一番見てて、動けるのがアタシなんだから! ……深追いはしない。相手を見つけたらすぐ応援を呼ぶわ」

《でもっ……》

 相方の心配そうな反応に、ティアナは大丈夫だとその静止を振り切って駆け出していた。

 スバルの心配も判る。だが、敵は召喚士であり、近接戦闘になる可能性は低い。ならば格闘型のスバルではなく、ティアナの方が遠距離から複数人を相手にするには向いている。

 欲を言えばキャロにも着いて来て貰えたなら一番良かったが、既に内部への侵入があった事を考えれば、これ以上守りを薄くするわけには行かない。

 だからこそ自分自身が密かに動き、接敵後に増援を要請する形の方が、布陣を維持し易いとティアナは踏んでいた。

 ───しかし、

 

「ほう、これはこれは……」

 

 幸か不幸か、標的は自ら進んでティアナの前に姿を現して来た。

《? ……ティア? ティアっ? どうしたの……⁉》

 相方の念話(こえ)が遠くなる。意識が目の前の相手へ引き寄せられていく。(くす)んだ琥珀色の双眸から向けられる視線が、否応なく敵意に晒されているのだと実感させてくる。

「……逃走しているのは、二人一組って話だったと思ったんだけど」

「期待通りで無かったのならすまない。でもね、そちらに行かせないのがオレの仕事でね。悪いが我慢してもらえるかい?」

 問答さえ必要ないとばかりに青年、ボレアースはティアナに告げてきた。

 が、

「生憎と……こっちも仕事上、あなたを逃がすわけにはいかないのよね。

 時空管理局、古代遺失物管理部・機動六課所属。ティアナ・ランスターです。警告します。武装を解除して、両手を頭の上に───」

 自らの所属を示しながら、ティアナが警告を発する。しかし、相手は警告を意に返する事もなく、何か別の事に気をそいでいるようだった。

「──────」

「??? ちょっと、聞いてるのっ⁉ あなたが主犯ってワケじゃないみたいだけど……一般の施設に対する襲撃行為。おまけに無人兵器の大量使用。以上二つの違法行為により、あなたの身柄を拘束します。聞こえているなら、速やかに武装解除を……」

 と、ティアナが再度相手を糾すが、相変わらず向こうはティアナの存在を意に介してもいなかった。───いや、ある意味その存在に囚われていると言っても良いのか。

 興味深そうにティアナを値踏みしながら、

「ふふふ。まったく真面目だな、君は。……ああ、本当に〝彼〟にそっくりだ」

「? 何のことか知らないけど、話はあとでゆっくり聞かせてもらいます。もうすぐ此方にも増援が駆け付けます。抵抗しない方が身のためですよ。これ以上罪を重ねたって……」

「おや、覚えていないのかい? まあ無理もない。ずいぶんと前のコトだからね。オレとしては、つい昨日のように追い出せるが……実際は、九年近く前だったか。あの戦いは」

 急に飛び出してきた言葉の意味を図りかねて、ティアナは青年へ訝しむような視線を送る。

 九年前とは何の話だ。

 だいたい、その頃のティアナはまだ初等科の一年生になったばかりである。そんな小さい時の事を、見ず知らずの人物に指摘されるなんて───。

「ちょうど今の君と同じように、彼も一対の拳銃型端末(デバイス)を構えていた。言葉遊びにはあまり興じてもらえなかったが……あの短い戦いの中でも、随分と楽しませてもらったよ」

 そう思っていたティアナだったが、続けられた言葉に思考が止まる。

 

「…………、は?」

 

 薄れ始めていた過去が、再び脳裏を埋め尽くす。

 九年前にあった、とある出来事。それは彼女にとって、ようやく折り合いをつけることが出来そうだった記憶。

「……っ」

 ゾッと、背筋を走り抜けた悪寒に苛まれ、銃把を握る手に力が籠る。

《ティア! どうしたの⁉ やっぱり、あたしもすぐそっちに───!》

 今になって、スバルからの念話が途切れる事なく自信に呼びかけ続けていたのを認識した。

 次第に意識と肉体が乖離しそうになる錯覚に襲われ、ティアナは「それ以上、口を開かないでください」と、冷静さを欠いた警告を続ける。

 だが、それは相手側にとって絶好の隙になったのだろう。

 

「ふふふ。───さて。君もまた、オレの『敵』足りえるのかな?」

 

 気づけば、半ば本能的に。

 敵が何時の間にか手にしていた小銃が火を噴くのを、ティアナは咄嗟に相殺しようと射撃魔法を放っていた。

 ……しかし、現実は無常なまでにあっさりと。

 ティアナの放った魔力弾を掻き消し、敵の放った光弾は、正確無比にティアナの身体を撃ち抜いていた。

 

 

 油断していたつもりはなかった。

 しかし、事実としてティアナは何が起こったのかを理解する間も無く、固い地面に力なく転がされていた。

 

〝───なに、が……?〟

 

 起こったというのか。

 理解が追いつかず、ティアナは目の前で起こった現象が飲み込みきれていない。ただ自分が地面に転がっているという現実だけが先行し、実感が伴なっていなかった。

 が、それも長くは続かない。

 今し方受けた、左肩への攻撃。防護装束(バリアジャケット)すら貫通しかねない衝撃が痛みとなり、じわじわと身体を侵し始める。

 遅れてやって来た『実感』に襲われ、困惑するティアナに敵は言う。

「残念だ。彼はなかなか愉しめそうな魔道師(あいて)だったんだが……まだ君には荷が重かったかな?」

「……か、れ……?」

 尚も繰り返される言葉に釣られて、思わず敵の言葉を反芻する。誰かと自分を重ねているらしい言葉に、ティアナの戸惑いは深まるばかりだった。

「ん? ああ、これは失礼。オレたちの悪い癖だ。あまり他者と同一視するというのは、普通ならあまり好ましくはないね。尤も、彼は随分と君を案じていたようだし、君にとっても彼は好ましい人物ではあるんだろうけど」

 なんとも引っかかる言い方だ。

 どういう理由で自分を相手に選んだのかは知らないが、なんだか随分と、敵のいう『彼』は自分に近しい人物であるように聞き取れる。

 だが、こんな正体不明の輩を相手取ったなんて言う話は誰にも。───否、本当は既に思い当っている。それでも言葉には出来なかったのだ。何故ならティアナにとって、目の前に立ちはだかる現実は、あまりに直視し難いものであったから……。

 

「全くもって残念だよ。同じ筋書きなだけに、余計に口惜しい。彼が覚えていてくれたなら、君が『兄』から学べる状況であったなら、もっと心躍る戦いであっただろうに」

 

 けれど、もう逃れられない。その口から発せられる一言一言が、負った傷以上に、着実にティアナを蝕み続けている。

「……ま、さか」

 耐えかねて、そんな言葉が口を衝く。

「おや、覚えていたのかい? 確かあの時の君は、随分と幼かったらしいと聞いていたんだが」

 ティアナから覗く怯えすら愛おしいとでも言わんばかりに、敵は笑みを浮かべる。

「随分苦労したらしいが、こちらも命令(しごと)だったからね。致し方ないとはいえ、悪戯にいたぶるのは趣味じゃないしね……」

「……やめ……」

 しかし、懇願するような声に耳も貸さず。

「本当に残念だった。ああ───出来る事なら、最後まで削り合いたかった」

 事もあろうに、ボレアースはそんな巫山戯けた言葉を口にした。

 

「……もう、やめてぇぇええええええええええっ‼」

 

 怒りのままに、ティアナは術式を走らせた。押さえつけられていようと関係ない、自分に及ぶダメージも度外視で、ただ目の前に在る悪夢を晴らさんと橙の輝きを解き放とうとして───。

 

「ダメだよ、それじゃあ遅すぎる。警告はしたつもりだったんだがね、まだ君は拙いと」

 

「…………ッ⁉︎」

 矜り故の怒りは、呆気ないほどあっさりと、知らぬが故の不条理によって掻き消されてしまった。

 平時のティアナであったなら、多少なりとも目の前に敷かれた異常に気づけただろう。だが、冷静に分析に徹せよというには、あまりにも彼女の前に立ちはだかったモノは不条理すぎた。

 決して世界が正常な理のみに守られているわけではない。魔法技術の多様性を鑑みれば、誰だって判る事だ。大なり小なり、世界の歪みは身の回りに潜んでいる。……だとしても、歪みそのものが目の前に現れれば、無知でない人間にも容赦なく蹂躙するものなのだと、ティアナはこの刹那に思い知った。 

 呆気なく、魔法を()()()()()衝撃に、ティアナは大きく目を見開いた。

 開けた視界には、今の彼女にはどうやっても祓い退ける事の出来ない不条理が悠然と佇んでいる。

 

「やはり、摘むにはまだ早かったみたいだね? ようやく戻って来そうだと聞いたから、芽吹いているならもっと愉しめると思っていたんだが……」

 

 理を外れた言葉が投げかけられるたび、ティアナは歪められていく意識に溺れてしまいそうだった。

「『兄さん(アネモイ)』の方も想定に無い漏洩(ネタばらし)があったようだし、オレも出てくるのは少し早かったみたいだ。種には、もう少しばかり時間(みず)を与えるべきだった、という事かな? ───尤も、オレは奪うしか出来ないんだけれど」

 最後にそう呟いて、ボレアースはティアナの方へ一歩ずつ近づいてくる。

「さて、ただ吐き出すだけでは勿体ない。拙いとはいえ、君も資質を持っている。なら、味わっておかなければ損というものだろう?」

 

 

「君の生命(いのち)は、どんな味だろうね」

 

 

 憧れを壊した張本人に見下ろされながら、耐えがたい屈辱と激高に苛まれる。許容を超えた理不尽を注がれて、ティアナの心裡は次第に硝子のように罅割れ始めていた。

「…………ま、って……」

「ん?」

 耐えがたかった。

 何でも良い。今すぐ、目の前の悪夢を封じる手立てが欲しい。

 そうとも。これを消し去れるのなら、たとえ、手を差し伸べる存在が悪魔であったとしても構うものか。

 だから───

 

「───黙れ、って……言ってんでしょォォォおおおおおおおおおおおおおッッッ‼‼‼」

 

 ティアナの握りしめられた手の内で、ガシュンガシュン! と、弾倉が唸り上げ、通常では考えられないほど無茶な魔力付与(ローディング)が行われる。

 弾倉内に込められた四発全てを呑み込んで、更に限界まで魔力を一点に注ぎ込み、もはや魔法と呼べるかも怪しい魔力の塊を、ティアナは我武者羅に敵目掛けて撃ち放った。

 それを見て、敵は何を思ったのだろう。

「───クク」

 決死の特攻を嘲笑うでもなく、むしろ敵は待っていたとばかりに満足そうな嗤みを浮かべて、ティアナの攻撃を見つめている。

 なおも余裕を崩さない態度に、いよいよティアナの方も耐えられなくなり、まるっきり獣じみた叫びを上げながら全力の攻撃に出た。

 しかし、それを向けた先には。

 

 

 

「───ティアッ‼」

 

 

 

 全く予想だにしていなかった姿があった。

 

「「………………、ぇ?」」

 

 瞬間。沸騰していた頭が急速に冷え、改めて現実を認識し始める。

 今度こそ、何が起こっているのか判らなかった。何より、理解したくなかった。

 だっておかしい。目の前の理不尽を祓い退けようとしていただけなのに、どうしていつの間にか、自分で自分の仲間に銃口を向けてしまっているのだ───?

 

「───ただ倒そうというのではダメだよ、お嬢さん。それだけでは、あの輝きを生むことはできない。

 〝あの時〟もそうだった。

 単なる戦いの結果だけでは、不条理に折り砕かれる。覆すには、きちんと自分の大事なものを理解しないと。たとえ、それを自分自身の手で壊すとしても、ね───」

 

 完全に弾道(しゃせん)から外れた場所で、悪魔が囁き掛ける。

 望んだものとは違う。願った事柄を、恐らくは最大級の悪意で歪めながら、決して目の前の事実から目を逸らさせまいと。

 

「さあ……君はどうするのかな?」

 

 囁き掛けられた声に、ティアナは時間が止まってしまったような錯覚に陥った。

 鼓動の音が聞こえなくなり、心臓が凍り付く。

 息も吸えないほんの刹那。何度繰り返したのかも判らない悪夢の中を彷徨っていると、いつの間にか、悪魔が背後に立っていた。

「壊れるか、より輝くか……オレとしては、君とも〝次〟があると嬉しいんだが」

 悪魔の手が、ティアナの肩へ伸ばされる。

 何もかもを奪い去り、最後に残ったひと欠片までも抉り喰らおうとして。

 

IS(インヒュレートスキル)───貪欲なる暴食者(グラ・アヴァリティア)

 

 紡がれた起句を聴き、ティアナは本能的に身体が強張る。それは、肉食獣を前にした草食獣の心境に近い。自分の力では決して敵わないと思い知らされるような、圧倒的な存在の差を自覚されられている気分だ。

 自分の攻撃が仲間を傷つけ、自分自身も崖っぷち。

 覚める事のない現実の全てが、彼女の心を追い詰める。

「…………ぁ、ぁ……」

 凍り付いていた時間が融け始める。

 ティアナの肩に触れる悪魔の手の気配。方に付けられた傷口から何かが溢れ出し、激しい痛みがティアナを襲う。

 しかし、もはや声を出す事も敵わない。

 ただ奪われ、蹂躙されるのみ。状況は悪化の一途を辿っていた。

 スバルの眼前へ迫る弾丸。痛みによって白熱した視界へ、逃れようのない現実が写っていた。

 そうして、着実に近づいてくる死の予兆が、動き始めた時の流れを知覚させる。

 

 ……が、それでも。

 何もかもが踏みにじられ、流れ出した時の中へ───紅い軌跡を描きながら、飛び込んできた一つの影があった。

 

 

 

「テートリヒ……シュラァァァ───クッッ‼‼‼」

 

 

 

 ドガァンッ‼ と、激しい音を立て、スバルを貫こうとしていた魔力弾が弾き返され、ティアナへ追い打ちを掛けようとしていたボレアースを狙う。

 射出の勢いを殺さないまま受け止められた魔力弾は、打ち返された勢いまでも併せられたような強烈な一撃と化す。

 躱された魔力弾が着弾した地面は、込められた魔力量を物語るように大きく抉られていた。

「反射に近い……が、正確には〝受け止めて打ち返した〟というべきですかね? 弾殻を壊さずに好きな方向へ返せるとは。流石は古代ベルカ式の使い手といったところでしょうか。

 それにしても、思いのほか早い到着だ。あなたが此方へ来るまで、もう少し掛かると思ったのですがね?」

「助っ人のおかげでな。それにこれ以上、グズグズしてられねーだろ」

 ボレアの言葉に、素っ気ない答えが返ってきた。幼く響きを持つ声音に込められた、隠しきれない怒気が場に漂っている。

 

「───随分と、ウチの新人をイジメてくれたみてーだな」

 

 紅い騎士甲冑に身を包んだ、槌型の魔導端末を持ったシルエットは、正に。

「ヴィータ副隊長……!」

 スバルの声を背中に受けながら、ヴィータは眼下のボレアースを睨みつけた。しかし、ボレアースは涼しい顔で、ヴィータの視線を受け流し、こんな事を宣い始める。

「いやはや、人聞きの悪い。戦いの上であれば仕方のない事でしょうし、それに良い機会だとも思いますよ? 自分の力の及ばない強者(りょういき)を目の当たりにするというのは。()の〝鉄槌の騎士〟は、ウワサに聞いていたよりずいぶんとお優しいようだ」

「ふざけろ、タコ。上を見るにしても、踏み潰してたら育つもんも育たねーだろ。物を教える、っていうのはそーゆーコトじゃねぇんだよ。

 後な。お前の聞いたのがどんなウワサか知らねーけど、半分は間違ってねーと思うぞ。仕事とはいえ、身内を踏みつけにされて平然としていられるほど、アタシは穏やかな方じゃねーからな───大人しくしてろよ。じゃねぇと思わず力が入っちまいそーだ」

 ギロッ、と敵意を剥き出しにするヴィータの視線を、ボレアースは愉しそうに受け止める。

「なるほど。百聞は一見に如かず、というワケですか」

「ああ。しっかり焼き付けとけよ、意識を失う前にな」

 鋭い視線が交錯する。しかし、火花が散りそうな熱量とは裏腹に、場は静寂に包まれていた。

 互いの一挙手一投足を見逃すまいと、次の動きをじっと読み合う。

 そうして、数拍の間を置いて───まるで示し合わせたかのように、ヴィータとボレアースは一直線に間合いを詰め、手にしたそれぞれの得物を激突させた。

 

「「ハァ───ッッッ‼‼‼」」

 

 がぎぃぃん! と、ぶつかり合った衝撃が場を震わせる。

 ヴィータとボレアースの機動が交錯するたび、激しい余波が周囲へ撒き散らされ、粉塵が舞う。

「っ、ぅ~~~……⁉」

 降りかかってくる余波に、スバルは思わず腕を前に構えて顔を覆った。

 先ほどまでの静寂とは一変し、空中を縦横無尽に飛び回る紅と黒の輝きが光の尾を引きながら、幾度となくぶつかり合う。

 だが、魅入って惚けてはいられない。

《スバル! あたしがコイツを引き離す、その間にティアナのとこに行け! 正直、かなり手ごわそうだ。さっきみたいな事もある。シグナムたちがこっちに来るまで、お前も気ぃ抜くなよ‼》

《は、はい……っ!》

 ヴィータの飛ばした念話を受け、スバルは急いでティアナの元へ駆け寄った。

「ティアっ……ティアってば……!」

 あまりにも色々な事柄が重なり過ぎた為だろう。

 意識を手放したティアナの身体はだらんと力なくスバルに抱えられたまま、呼びかけに応える事は無かった。

「───っ」

 噛み締めた歯が、ぎりと音を立てる。

 ここに至るまでの様々な感情が綯い交ぜとなり、今すぐにその原因に殴りかかってしまいたいくらいだったが───悔しさを噛み潰しながら、スバルは何とか冷静さを搔き集め、先ほどのヴィータの言葉を護るためにその場に踏み留まっていた。

 (はらわた)が捻じれ狂いそうだが、頭上で起こっている戦いに嘴を挟めない事は、あの二人が一合打ち合った瞬間に理解していた。

 緩急なんて言葉ではとても言い表せないほどの、静から動への切り替えの激しさ。一瞬で場を塗り替えてしまった強者たちの戦いから、スバルは目を離せなかった。

(速さとか、パワーとか……単純な数値だけじゃない。この戦闘を組み立ててるのは、そういう基本の上にあるもの……)

 知識と経験が培う技術。そこから派生する戦術や戦略による手数によって、あらゆる状況に対応出来る『戦い方』が生まれるのだ。

 ……だが、それだけでは足りない。

 相手が自分と同じだけの手数を有しているのなら、戦いの行方を左右するのは、そうした攻防の均衡を破る『自分自身の強み』だ

 これだけは絶対に負けない。そんな『型』を活かし、自分の土俵に相手を引きずり込むかにある。

 だというのに。

(───なんだ、コイツ……?)

 数合の打ち合いを経て、ヴィータは敵の戦い方に違和感を覚えた。

 相手の隙にさせない立ち回りをしているつもりだが、それでも奇妙な事がある。

 何故、さっきから〝魔法〟を使ってこない?

 術式を組む素振りもなく、ヴィータの愛機であるアイゼンと互角に打ち合っている。単純な魔力付与だとしても、必ず発動の所作は感じされる筈だ。

 なのに、それが無い。

「ふふ……!」

「⁉ ぐ、こ……の!」

 にも拘らず、打ち返される一撃の重さは、並大抵の威力ではなかった。

 滅茶苦茶だ。定石などと言う言葉で片づけるつもりもないが、少なくともミッドを始めとする管理世界での基軸からは完全に外れている。これではまるで、イリスたちと初めて戦った時のような───。

 

 そこまで考えて、ヴィータは改めて敵を注視した。

 

 当然、完全に記憶通りという訳でもないし、差異もある。……だが同時に、その視点に立ったがゆえに見える共通点もあった。

 

「…………お前、『何』なんだ……?」

 

 思わず口を衝いて出た言葉こそ、ヴィータの感じた印象をそのまま現わしていた。

 かつての戦いによって紡がれた絆に、得体のしれないモノがまとわりついているような感覚。現時点で全てを解き明かした訳ではないが、着実にいま、ヴィータは世界の裏側を覗いている。

「───おや。此方も、ヒントを出し過ぎましたか? これでは『兄さん』のコトを言えませんか……」

 ですが、と、ボレアースは嗤みを浮かべながら、ヴィータへ勢いよく詰め寄って来た。

「オレは『兄さん』ほど勿体ぶる性質(たち)でもないのでね。出し惜しみというのは好きではないのですが」

「ちっ、くしょうが……! 勝手なコト言ってんじゃ、ねぇよ‼」

「おっと───」

 振るわれたヴィータの〝鉄槌〟を躱し、ボレアースは再び距離を取る。

 睨み合いに逆戻りだが、両者の表情は、最初の時点とはまるで異なっていた。

「はは、良い表情(かお)になりましたねえ」

「……言ってろッ!」

 薄ら嗤いを浮かべるボレアースの様子に、ヴィータは怒鳴り返し、アイゼンを構え、カートリッジを読み込ませる。

「行くぞアイゼン……!」

「ならば、こちらも───もう少し、サービスしておくとしましょうか」

 そう口にするや、ボレアースの周囲に燐光が舞う。

 高まるエネルギーの波動に、ヴィータは先手を打たんと畳みかける。

「ラケーテン……!」

 しかし、ボレアースの機動速度はそれを上回っていた。

 

「システム『ヴェルテクス』───エクスプロード・ドライブ!」

 

「⁉」

 振るった鉄槌が空を切る。

 初動は明らかにヴィータの方が早かった筈だ。だというのに、敵は既に彼女の背後を取っていた。

 忌々しく思えそうな燐光の瞬きが、迫る刃の軌跡を鮮明に描いている。

 差し迫る刃を目の端で捉え、ヴィータはぎりと歯噛みした。

 悪手だった。攻め気に逸り、勝負を急いでしまった。……尤も、それ自体乗せられていたのかもしれないが。

「く……ッ‼」

 回避も防御も難しい。打つべき手を見出せないまま、張りつめた時間は進み、刻一刻と死の気配が(にじ)り寄る。

 殺った。そう確信し、ボレアースがほくそ笑む。

 滑らかに弧を描く太刀筋は、正確無比にヴィータの首筋を狙い澄ましている。

(───ヤベェ……⁉)

 微かな望みを賭けて、ヴィータはアイゼンの噴出を利用して、僅かでも敵の狙いから外れようとする。だが、敵の攻撃の方が僅かに早い。

 かに思われたが。

《Shoot ballet.》

 一条の茜色の光を放つ魔力弾が、騎士と悪魔の間に割り込んで来た。

「「──────⁉」」

 それは、想像の埒外にあった出来事であると共に。

 一方では、待ち望んでいた望外の幸運でもあった。

 威力としては羽虫に刺されるのと変わらない。少なくとも、戦いに割り込めるほどの華々しさは無い。

 

 けれど、そんな吹けば飛ぶような灯が、場の流れを一変させた。

 

 生まれた僅かな余剰が、届きそうだった刃からヴィータを(のが)がれさせた。

 決していた生死の行方を歪められ敵は自由の身になってしまった。───が、ボレアースにとってはもはや勝敗など些末な問題でしかなかった。

「──────…………ッ」

「…………~~~っ‼‼‼」

 痛めつけても、踏みにじっても。どうあろうと、決して絶える事のない輝き。

 生み出されてからまだ二桁の刻も過ごしていないボレアースにとって、それを見たのは障害で二度目の事だった。

 悪魔の口元が愉悦に歪む。見据えた先の、光の薄れた青い瞳の奥には、それでもなお、ギラギラとした炎が燃えていた。

「最高だ……正に、望み通りだ……‼」

「よそ見してんじゃねえ‼」

 その視線をティアナから外すべく、ヴィータがボレアへ攻撃を仕掛ける。

 しかし、ボレアースは既に満足しきった様子で、いっそ腹ただしいほど晴れ晴れとした表情で、この戦いを放棄していた。

「久方ぶりに、良いものが見られましたね……今回は、これで十分だ。お遊びも過ぎると、姉様にも怒られてしまいますから」

「ざけんなッ、このまま逃がすとでも……!」

 ボレアースの態度を受け、ヴィータが怒鳴りつけるも、当人は「ああ、逃げるとも」と言って憚らない。

 そして、その自信(ワケ)は直ぐに判った。

 

「うふふ……ずいぶんと愉しめたみたいじゃなぁい、ボレアくん?」

「すまないが、もう時間になってしまったよ、ボレアース」

 

 帰るぞ。と、不意に現れた新たな敵の姿に、ヴィータは思わず気取られた。

 二人組は、スバルとティアナへ銃口を向けており、躊躇いなく撃ち放たれた光弾から教え子たちを守りに動いたヴィータの隙を突き───現れた時と同じように、幻惑の銀幕の中に融けて消えてしまった。

 

 

 

 ───場は静まり返り、遠くで残った機械兵器が撃ち墜とした音だけが厭に大きく聞こえて来る。

 

 そうして上空と地上で、愛機の柄に篭もる力が増した、或いは抜けた頃。

 一人の少女の残った意識が途切れたのに合わせ、ロングアーチより前線メンバーへ向け、状況終了を知らせる声が届いたのだった。

 

 

 

 

 

 




 本話からお越しの方は初めまして。前作やプロローグ、設定等からご覧いただいている方々は、改めてお久しぶりでございます。

 本当にどれだけ待たせるのか、と、自分でも自分に呆れ果てそうなところではございますが……それでも何とか、創作の舞台に踏みとどまることが出来ております。

 ここ数年で様々な環境の変化もあり、順調に年を重ねるばかりとはいかないものの、どうにかこうにか第七章の完成に漕ぎつきました!

 丸一年近い時間をかけてはしまいましたが、ようやくお届けできる事を、何よりも嬉しく思います。

 特に原典のStSにおける第七話は、物語にとってもかなり大きな転換点でございますので、その部分に当たる今回の話も、非常に悩ましいところも多くありました。
 実際のところ、これで良いのかは書き終わった今も確信できてはいませんが……今後の第八章、九章へと続く一段階として自分なりに考えた形が、少しでも皆様の今後への期待に繋がっていたならば幸いです。

 今回はキャラも状況も詰め込みはしましたが、その中で今後どう繋がって行くのかが一番大事な部分ではあるので、序盤の追加キャラについてはなるべく劇場版時空から連想して不自然でなさそうな感じで出しては見ました。……設定集でしか出せてなかったLCMの名前もここらで出しておきたかったのもありますが←

 欲を言えば、○○-○○の名称も出してしまいたかったところではありますが……これは非っ常に迷いましたが、今回は見送りました。
 ───まあ、察しの良い人はとっくに気づいてそうではありますが(結局出し惜しんでるのは内緒

 加えて、前話の六章でエルトリアメンバーも結構出ていたので、八章でのやり取りなどを考えると、ここは襲撃の部分を多めにスポット当てておきたいなというのも。

 それでどうにかこうにか、欲望に塗れて組み立て辿り着いたラストパート。

 本作では原典に比べ、やや登場人物たちの繋がりが深まっているほか、相関図が微妙にマイルドになっていることもあり、前話でティアナが兄であるティーダさんと話せたことで、最初の方は前向きだけど『認めさせるために証明する』や『自分は周りよりも劣っている』といった意識が薄めになっております。
 だからこそ、先走るにしても独断や無茶が劣等感に起因しない分、無謀なだけのミスは起こりにくくなっていました。

 一方で、残されているからこそ、護られていると分かっているからこそ辛い事もある。

 そんな状況に後半では追い詰められ、ミスショットに繋がってしまいます。
 大切なものだからこそ、誰かに傷つけられたら怒りもすれば、自分の手で傷つけてしまう事に恐怖もする。

 貶されたことが許せず、しかし怒りが自分自身の手で仲間を傷つける結果を招いてしまう。

 また、奪われそうになるかもしれない。
 踏みにじられるかもしれない。
 だから、倒さないといけない。

 未熟ゆえの部分もありますが、それ以上に真正面からの悪意を受け止めるには、この時点のティアナには荷が重いのはあります。

 最も望むことは何で、成し遂げるにはどうすれば良いのか。そして、その上でどう在りたいのかを探していく。
 それこそが、この七~九章で描くべきRef/Det IF時空でのティアナの成長なのかなと思います。


 正直、難しすぎる命題ではありますが、頑張って第九章まで書き連ねていくので、今後もお読みいただければ幸いでございます……!


 とまあ、大まかなあとがきはこんなところで。

 今回もここまでお読みいただきましてありがとうございます!
 更新頻度はゆっくりですが、少しずつでも物語を書き進めていけるよう頑張りますので、今後とも楽しんでお読みいただければ幸いでございます。

 では、今回はここでいったん筆を置かせていただきます。
 重ねて。お読みいただき、本当にありがとうございました……‼



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