けものフレンズR ~Re:Life~ (こんぺし)
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第1話「目覚め」

 ここはどこだろう。

 ボロボロの廃墟のようなところにあたしはいた。どうやらカプセルのようなものであたしは寝ていたようだ。ところどころに割れたガラスの破片が散らばっている。

 その中のひとつである比較的大きい破片で自分の容姿を確認してみた。左右の瞳の色が違う。髪は若干緑がかっている。背は低いようだ。

 

「おーい!だれかー!」

 

 誰かいないかと叫んでみたがなしのつぶてだ。人の気配がまるでない。そもそもこんなボロボロなところに人はいるのだろうか。なにか大きな災害があってみんな避難しきった後のように思えた。

 

 そんなことを考えていると天井の方からバタバタとすごい音が聞こえてきた。ひとしきり天井全体を走り回ったと思ったらその音は下の方に降りてきた。途端にバン!とものすごい勢いでドアが開かれた。そこには全体的に白っぽい犬のような…女の子のような…?ともかく不思議な印象を与えるような不思議な子がそこにいた。

 

「あいたかったーーーーーー!!!」

 

 パァッと目を輝かせたその子はそう叫んでこちらに飛び込んでくる。そのまま勢いよく抱き着かれ二人一緒に倒れてしまった。

 

「───いたた…」

「す、すみません…ケ、ケガ、してないですか…?」

 

 パッと飛び退きその子は尋ねてきた。あたしと同じ色違いの瞳でこちらを上目遣いで様子をうかがっている。

 

「いや、だいじょうぶ…ちょっと頭打っちゃったけど…」

「あわわ…どうしよう…ごめんなさい、ごめんなさい!!」

 

 頭に生えた犬っぽい耳をたたみ女の子自身も縮まっていく。あれ動くんだ。そういえば尻尾もある。怯えているのか内側に丸まってしまっている。どうにかして落ち着かせないとなんだか申し訳ない気がしてきてならない。

 

「だいじょうぶ、本当に大丈夫だから!ね?そういえば君、なんていうの?お名前を教えてもらえるかな?」

「え…?名前って…」

 

 きょとんとした様子でこちらこちらを見つめてくる。なんか変なこと言ったかな?

 

「あ、えっと、そのぉ…」

「うん?」

「怒って…ないんですか…?」

「怒ってなんかないよ。ちょっとびっくりしただけ」

「そっかぁ…よかったですぅ…」

 

 女の子は安心したのかへにゃんと脱力してしまった。

 

「わたし、イエイヌっていいます。イエイヌのフレンズなんです」

「フレンズ?」

「えっと、フレンズっていうのはわたしたち動物がサンドスターの力でヒト化したものをいうんです。私のほかにもいっぱいいろんなフレンズがいるんですよ!」

「サンドスター?ヒト化?」

 

 なんのことだかちんぷんかんぷんだ。突拍子すぎてわけがわからない。

 

「深く考えない方がいいですよ。そういうものだと思っておいた方がいいです」

「は、はぁ…」

「そういえばあなたの名前は?なんていうんですか??」

 

 尻尾をパタパタさせてうれしそうに聞いてくる。かわいい。

 

「それが思い出せないんだ…自分が誰なのか、なんでここにいるのかさっぱりで…」

「え……そんな…」

「え?」

 

 なんだか予想外の反応が返ってきた。ひどく失望したような裏切られたようなそんな反応だ。

 

「あ…いえ!なんでもありません!でも参りましたね…自分が誰なのかわからないなんて…」

「うーん、そうだなあ…」

 

 どうしたものかとあたりを見回すとかばんが落ちていることに気づいた。中にはスケッチブックとクレヨンとどうぶつ図鑑が入っていた。

 

「なんだろう、これ…」

 

 と…もえ…?あたしの名前…?パラパラとスケッチブックの中を見てみたが白紙ばかりで何の手掛かりもない。

 

「なにかわかりましたか?」

「うわっ!」

 

 横からヌッとイエイヌちゃんの顔が伸びてきた。またハッとした様子のあと縮まってしまった。かわいい。

 

「そうだ、イエイヌちゃんが本当にイエイヌならにおいかなんかでわからないかな。ちょっと嗅いでみて」

「は、はい。では失礼して」

 

 まずはスケッチブックのにおいをかぎはじめた。ふんふんと納得した様子で次におもむろにあたしの首筋のにおいをかぎはじめた。

 そりゃそうだ。あたしのにおいがわからない以上かぐ必要もあるんだし。でもいざされると恥ずかしいな。

 

「間違いないです。これはご主人様のものです」

「そっか、ありがと。そうかぁ、うーん、ともえかあ…」

「?」

 

 イエイヌちゃんがちょこんと座ってこちらを見ている。鋭い目つきとは裏腹に純粋でなんだかこどものように思えた。

 …ん?ご主人様?

 

「イエイヌちゃん、ご主人様って…?」

「ご主人様はご主人様ですよ。私に命令してくださりましたし。それにイエイヌは主に従うものなのです!それがイエイヌの幸せでもあるのです!」

 

 イエイヌちゃんが尻尾をブンブンと振って興奮している。ハッハッと息も荒げている。

 目を爛々と輝かせているし次の命令を待っているようだ。

 ……ホンモノのイヌだったら喜んで命令するんだけど…

 

「ごめん、できないよ…」

「っ!?」

 

 ひどく驚愕したようだった。けど事実あたしにはそんなことできない。まだ出会って間もないしそんなことしたらそれこそ罪悪感で埋め尽くされちゃう。

 

「わたしの話聞いてなかったんですか!?イエイヌは主に従うことこそ至上の喜びだって!」

「そこまで言ってないような気が…… まぁでもともかく、まずはおともだちから始めていこうよ。お互いその方が良いような気がする。」

「うぅ…」

 

 イエイヌちゃんはしゅんとしてしょげてしまった。まだ納得していないようだけどあたしのためにもおともだちから始めていってほしいな。

 どうしよう…

 

「わかった。これは命令です。あたしはどうやら記憶喪失のようであなたのことはなにもわからないし覚えていません。だからあたしをエスコートしなさい。くれぐれも行き過ぎたマネはしないように!」

「!!」

 

 ビクッとイエイヌちゃんの体が跳ねた。最初はわけがわからないようだったけど次第にパァッと顔が明るくなって嬉しそうに飛びついてきた。

 やっぱりしゅんとしたりビクビクされるよりはこっちの方がいいかな。そっちの方がかわいいしね。

 

「わかりました!精一杯エスコートさせていただきます!ご主人様!」

「あ、それとご主人様呼びは禁止。あたしのことはともえちゃんと呼びなさい。いいね?」

「あぅ…わかりました、ともえ…ちゃん………さん」

「とーもーえーちゃん!はい!復唱!」

「ううううううううううう!!!」

 

 顔を真っ赤にさせてもじもじしている。今まで見た中で一番の反応だ。すごくかわいい。もっといじめたいような気もするけど自重しておこう。

 けどおともだちになるためにもご主人様呼びだけはちょっと避けたい。そのためにもそれだけは更正させておこう。

 

「ちゃんと呼べるようにならないとイエイヌちゃんの主にもならないんだからね」

「わかりました!呼ばせていただきます!ともえ…ちゃん!」

「よし、よくできました。えらいえらい」

「え、えへへ…」

 

 そう褒めて頭をなでなですると照れ臭そうに笑った。尻尾も控えめにパタパタと振っている。

 本当に主人に従うことがイエイヌちゃんにとっての喜びなんだろう。覚えておこう。

 

「できれば話し方も親しげに変えてほしいんだけどだめかな?」

「こ、こればっかりはちょっと…うぅぅぅ…」

 

 ちょっとやりすぎかな。イエイヌちゃんのためにもここまでにしておこう。

 そういえばここがどこだかまだわかっていない。イエイヌちゃんなら知っているだろう。

 

「そういえばここってどこなの?建物もすごいボロボロでまるで廃墟みたいだけど…」

「ここはジャパリパークです。そして今いるところがパークの中心にあるパーク・セントラルっていうところなんですよ!」

「ジャパリパーク…」

 

 なんとなくぼんやり覚えてるような…覚えてないような…

 どうしてそんなところで眠っていたんだろう?しかもたった一人で…

 

「わたしみたいなフレンズがいっぱい住んでいてとても楽しいところなんですよ!よければ案内してあげましょうか?」

「うん、じゃあお願い。しっかりエスコートお願いするね」

「はい!お任せを!どんな危険からもあなた様を守ってみせます!」

 

 自分が何者かを知るためにもジャパリパークを巡るのも悪くないのかもしれない。

 あたしはいったい誰なのか。どうしてここで眠っていたのか。フレンズという存在。サンドスターの謎。全部の謎が解けなくてもここにいてもしょうがないしあたしはここを出ることにした。イエイヌちゃんには少し迷惑をかけるかもしれないけどちょっとあたしの旅に付き合ってもらおう。

 

「よろしくね、イエイヌちゃん!」

「はい!こちらこそ!」

 

 こうしてあたしたちの旅は始まった。



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第2話「旅の始まり・上」

「うっわああああああああああああああああ!!!なにしているんですかああああああああああああああ!!!」

 

 突如イエイヌちゃんの絶叫が聞こえてきた。

 

「それはセルリアンです!!今すぐ逃げてください!!!」

「え、逃げるって…」

 

 この小さくてふよふよした生き物っぽいのはセルリアンというらしい。敵意は感じないしなんだか小さくてかわいらしいのに…もしかして結構危ない感じのものだったりするのかな。

 

パッカーン!

 

 ぼやーっと考えてるうちにイエイヌちゃんがセルリアンの背中にある石みたいなものを叩いて倒してしまった。

 キラキラと四角い破片があたりに散らばる。

 

「はぁ…はぁ…あ、あれはセルリアンっていってフレンズを食べちゃう怖いモンスターなんですよ!もしかしたらともえちゃんも食べられたかもしれないんですよ!」

「そ、そうなんだ… ご、ごめんね。次からは気を付けるよ」

 

 イエイヌちゃんは本気で心配してくれてたみたいだ。結構本気で怒っている。

 

「まあ、けど最近はなんだかおとなしくなってあんまりフレンズを襲うなんてことはないんですけど一応気を付けてくださいね!多くはないですけど被害報告は最近でもあるんですから!」

「う、うん…」

 

 あまりもの剣幕に終始押されっぱなしだった。

 気まずい雰囲気が流れる。

 

 また1匹のセルリアンがまた現れた。こちらを一瞥するとどこかに行ってしまった。

 

「……」

「だめですよ」

「わ、わかってるよ」

「……」

 

 また気まずい沈黙が流れる。ど、どうにかしてこの状況を打開しないと…

 

「ね、ねぇ。セルリアンに食べられたらどうなるの?」

「わたしも直接見たわけじゃないからよくわからないんですけどカガヤキが失われるらしいです。他にはフレンズの頃の記憶がなくなって元の動物に戻るっていう報告もあります」

「へ、へぇ…」

 

 予想外の答えだった。

 なんとなく話の糸口を探そうと思って聞いてみたけどまさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった。

 てっきりぐちゃぐちゃに食べられたり溶かされるものかと思ってたけどそうではないみたい。

 でもなんだろう。カガヤキ…?あたしはフレンズではないだろうしそのカガヤキを失うことになるのかな。

 

「ともえちゃんはフレンズではないからそういったこともないかもしれないけど一応気を付けてくださいね。わたし嫌ですから。ともえちゃんが食べられるところを見るの」

「わかった!わかったから!」

「本当に本当ですよ!」

 

 むすーっと膨れるイエイヌちゃん。よほど心配だったようだ。

 

 

・・・・・・

 

 

 休憩がてら立ち寄った木陰であたしはどうぶつ図鑑を見ていた。この図鑑に載っている動物もみんなこのパークにいるのかな。

 しばらく見ているうちにイヌ科のページにたどり着いた。いろんな種類のイヌが載っている。

 オオカミ、柴犬、狼犬……まるでちんぷんかんぷんだ…

 ……そういうものなんだろう。イエイヌちゃんも言っていたしね。深く考えないようにしよう。

 

 イエイヌちゃんは水と食料を取りに行っている。なんでもボスから分けてもらうらしい。

 一緒に行くと言ったけどいいよいいよと無理やり座らされて一人でさっさと行ってしまった。

 この時間は一番暑いからゆっくり待っててくださいとのことだった。意外と強引なところもあるんだなと思った。

 

「お待たせしましたー!」

 

 そう言って水と食料を持ったイエイヌちゃんが小走りにこちらに駆け寄ってきた。

 若干汗はかいているようだがそんなにかいているわけではなくしっとり体を濡らしている程度のようだった。

 フレンズはあまり汗はかかないのだろうか。

 

「どうしたんですか?じっとわたしの体を見て」

「い、いやイエイヌちゃんあまり汗かいてないなーって思って…」

「あはは、いくらフレンズになってヒト化したからといっても完全にヒトになったわけではないですからね。依然として体温を下げる方法はハァハァすることだったりしますよ」

「ふーん…」

 

 水を飲んでいる間にもハァハァと忙しなく息をしている。やっぱり暑いんだ。

 あの様子だとヒトより体温調節苦手だろうにちょっと無茶をさせちゃったかもしれない。反省…

 

横になって伸びているイエイヌちゃんをあたしのかぶっていた帽子で扇いでみる。

 

「ふぁ~ありがとうございます~…尽くすべきはわたしなのにぃぃぃ…」

「ふふ、水とジャパリマンを取り行ってもらったんだからこれくらい当然だよ」

「はう~ごしゅじんさまぁ~」

 

 またご主人さまって呼んだ。けどイエイヌちゃんは仰向けになって甘えるような仕草をしている。どうぶつ図鑑で見たイヌの習性にそっくりだ。

 試しに頭や首筋を撫でてみたらより一層強く甘えてきた。

 会って間もないあたしにここまで甘えて信用するなんてちょっと引くところもあるけどイエイヌちゃんが満足してるならそれでいいかな。

 ……ここでご主人さま呼びを注意しては野暮だろう。それになんだか悪くない気もする。

 今くらいは許してあげよう。

 

 ここであたしはふと疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「そういえばイエイヌちゃん、イエイヌちゃんが言ってた"ボス"って誰のこと?」

「ふあ、ラッキービーストのことですかあ?」

 

 …完全に伸びちゃってる…午前中の鬼気迫るイエイヌちゃんとは別人みたいだ。

 

「う、うん。あたしそのラッキービーストのこと全然知らなくて…」

「ボスはパークのあちこちにいる小さいフレンズさんですよ。人間相手にはしゃべってくれるんだけどわたしたちフレンズにはしゃべってくれないんですよー」

「へー」

「でもジャパリマンの補給とかパークの基本的な管理はぜんぶボスがやってくれてるんです。おかげでのびのびと暮らせているんですよ」

「なるほど。良い方たちなんだね」

 

 イエイヌちゃんの言葉から推測するにボスは小さくていっぱいいることがなんとなくわかった。ボスって呼ぶから怖い人…フレンズ?かとも思ったけどそうでもないみたい。あたしもちょっと会ってみたいかも。

 

「……そろそろ行こっか」

「はい!」

 

 そうして再び歩き始めた。

 午前中の不機嫌はどこへ行ったのかすごい上機嫌だ。尻尾をふりふり、足取りも軽そうだ。

 …イエイヌちゃんの前ではもうあんなマネはしないようにしよう。

 

 しばらく歩いていたら少し先になんだか奇妙な影が見えてきた。4足歩行の大きな黒い影だ。

 その周りで複数のフレンズらしき人たちが戦っているのが見えた。



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第2話「旅の始まり・下」

 しばらく歩いてたら少し先になんだか奇妙な影が見えてきた。4足歩行の大きな黒い影だ。

 その周りで複数のフレンズらしき人たちが戦っているのが見える。

 

「イエイヌちゃん…」

「シッ…」

 

 イエイヌちゃんの目つきがいつになく鋭い。

 あれはいったい何だろう…

 

「イエイヌちゃん、あれっていったい…」

「セルリアンです。それもかなり大型の…」

「あれが…セルリアン…?」

 

 嘘だ…あんな大きいのがセルリアンなんて…あたしが見た小さくて青いのはいったい…

 

「いいですか、ともえちゃん。あれがセルリアンなんです。無差別にフレンズに襲い掛かる凶悪なモンスターなんです。フレンズたちが必死に戦っているのが見えますよね。セルリアンはああやって駆除していくべき対象なんです」

「…!!」

 

 ……あたし、すごいことしてたんだ……

 あんな恐ろしいモンスターをちょっとかわいいからってつついて遊んだりして…

 イエイヌちゃんの目にはどう映っていたんだろう……本当にバカなマネをしてたんだと深く後悔する。

 

「ともえちゃん!!!」

「!!」

「しっかり見ていてください…!」

「う、うん!」

 

 いくら攻撃を加えてもビクともしない。それどころかゆっくりと前進したり、緩慢な動作で前足をあげては振りかざしてと攻撃しているようにも見える。

 

「あっ…!」

 

 すんでのところで1人のフレンズさんが潰されるところだった。オレンジ色のフレンズさんはひらりと身をかわして大きなセルリアンから距離をとった。

 かわせるのはいいけど攻撃手段がないといった様子だった。悔しそうに大きなひとつ目の怪物を見上げている。

 

「くっ…!」

 

 我慢できずに思わずあたしは走りだした。

 すぐにイエイヌちゃんが反応したけどかまわなかった。

 

「待ってください!どこへ行くんですか!」

「助けに行く…!見捨てずにはいられない!」

「無茶だ!危険です!」

 

 セルリアンに近いある程度の高さの木まで近づくととっさに身をかがめた。

 そして周りに生えてる適当な草をむしって簡単なロープを編み始めた。

 

「いったい何を考えてるんですか!午前中のあれはまだ小さかったからよかったですけどあの大きさはわたしでも守り切れませんよ!」

「ごめんイエイヌちゃん……けどどうしても我慢できないんだ。どうにかしてあの子たちを助けたい…!」

「ともえちゃん…」

「よしできた…!」

 

 イエイヌちゃんのいうことが正しければアイツにも石があるはず…

 あたしはできる限りの力を振り絞って木の枝にロープをひっかけた。そして腰のあたりに輪っかにしたロープを括り付けるとイエイヌちゃんに命令を下した。

 

「イエイヌちゃん、悪いけどこのロープを引っ張ってあの枝まで私を釣り上げてくれない?」

「いいですけどいったい何を…」

「いいから早く!」

 

 信頼してくれたかはわからないけど渋い顔をしながらもイエイヌちゃんは言うことを聞いてくれた。

 ジワジワとあたしの体が浮いていく。少ししたら目的の枝へと到達した。

 

「ともえちゃん!わたしのこともお願いできませんか!」

「え?」

 

 イエイヌちゃんも覚悟ができたのだろう。

 あたしはイエイヌちゃんを自分のところまで引っ張った。

 

「イエイヌちゃん…」

「……作戦を教えてもらえますか。こうなったらわたしも手伝います。ともえちゃんを一人になんてできません」

「……わかった。ごめんね、あたしのわがままにつき合わせちゃって」

 

「作戦はこう、今からもっと高いところまで登って行ってそこからアイツの背中に飛び乗る。背中に飛び乗ったら石を探して破壊するの。……あたしの力じゃ難しいかもしれないけどイエイヌちゃんだったら壊せるよね…?」

「あんな規模のセルリアンはわたしも初めてだからわからないけど…やってみます」

「ごめんね、イエイヌちゃん…ありがとう」

 

 そうして今いる木の目的のところまで登った。あとはセルリアンの気をこちらに向けて良い位置まで来たら一気に飛び乗る。

 下でポケットに入れた石をセルリアンに向けて投げる。

 ……当たった。ゆっくりとセルリアンがこっちに振り向く。もう1回投げる。

 やった!こっちに向かってきてる!

 あとはロープがちぎれたり枝が折れないことを祈りつつアイツに飛び乗るだけだ!

 

「バカ!何やってんのアイツ!」

 

「行くよ、イエイヌちゃん。」

「は、はい!」

「せーの…!」

 

 木の枝で助走をつけて勢いよくセルリアンに飛び乗った。……のはいいけど着地に失敗してしまった……

 

「いったぁぁぁぁぁぁ…」

「だ、だいじょうぶですか…?」

「あ、あたしはいいから石を…叩いて…」

 

 どすんどすん揺れている。揺れるたびにバランスを崩して落ちそうになる。なんとか歯を食いしばりながら立ち上がって石を探してみる。

 ……見当たらない…どこにあるんだろう…?

 

「大変です!石が見当たりません!」

「そんな……」

 

 こんなことってある…?あたしは目の前が真っ暗になった。

 

 そのとき。

 

 バッシィィィィィィン!!!

 

 目の前にあるセルリアンの体の一部がはじけ飛んだ。

 何が起きたのかわからなかった。

 

「ともえちゃん!」

 

 イエイヌちゃんが叫ぶ。

 

「ビーストです!下がってください!」

「ッ!!」

 

 ビースト…?イエイヌちゃん以外のもう一人のフレンズが見える。

 鋭い目つき、鋭い爪、警戒色のような橙と黒の模様……それに黒いオーラのようなものをまとっている。

 ──怖い……動けない……あたしは完全に腰が抜けていた。

 

「っ!!ご主人さまには指一本触れさせません!!」

「────ッ!!」

 

 ───そのビーストは戦うことなくどこかへ飛んで行ってしまった。

 あっけにとられていたがビーストが叩いたところを見ると石が見えていた。

 

「イエイヌちゃん!そこ!」

「──はっ!!!」

 

 

………

 

 

 黒い大きなセルリアンの体が崩れていく。パッカーンと弾けるのは時間の問題だそうだ。

 下の方で戦っていたフレンズさんたちは報告や被害状況の確認のためにとみんな行ってしまった。

 あたしたちはというと…

 

「ハァァァァァァァァァ………」

「まったくもうなんであんな無茶を…」

「だって……いたた…」

 

 着地に失敗したところとは別の個所が痛む。いろいろと無茶をしすぎたのかもしれない。

 全身いろんなところが悲鳴を上げているかのようだ。

 

「まったく、とんだ無茶をするわね、アンタたち」

「!」

 

 そこにはオレンジ色のスラっとした体と黒い耳のフレンズさんが立っていた。

 

「あ、あなたは…」

「アタシはカラカル。ここはアタシのナワバリなの。……アンタたち見かけない顔ね。どこから来たの?」

「あたしはともえ、この子はイエイヌちゃんっていうの」

「よろしくお願いします…」

「あたしたちはパーク・セントラルから来たんだ」

「へぇ、セントラルから来たの?」

 

 ふーん、とうなった後ジロジロとあたしの体を見つめまわす。

 ど、どうしたんだろう…

 

「ふーん……その毛皮、その帽子、その名前、そしてあの行動………あなた、ヒトでしょ」

「え、そうだけど……」

「………」

「………たぶん……」

「………」

 

 微妙な沈黙にイエイヌちゃんがオロオロする。

 

「な、なによ!当たったんならもうちょっと良いリアクションしてくれてもいいじゃないの!」

「ご、ごめん!なんかよくわからないけどごめんなさい!」

 

 よくわからないけど怒られてしまった。

 相変わらずイエイヌちゃんはオロオロしている。

 

「まあ、いいわ。あんな無茶をしたとはいえよくあの大型セルリアンを倒すことができたわね。すごいじゃない。あたしたちフレンズが数人がかりで何時間と戦っても勝てなかったのに」

「えへへ…けど実際に倒してくれたのは…」

 

 そう言いかけたところで大事なことを思い出した。

 

「そうだ、ビースト!あの子はどこに行ったの!?」

「ビースト?」

 

「どこかへ行っちゃいましたね。まぁ、けどビーストもセルリアンに劣らない凶暴な存在です。ともえちゃんもできれば相手にしないでください。見かけたら逃げることです」

「う、うん…」

 

「そういえばセルリアンに飛び乗るフレンズがあなた以外にも一人いたわね。あれがビーストかしら」

「たぶんそう。その子がセルリアンの背中を割って石を出してくれたんだ」

「ふーん…けどイエイヌが言う通りビーストは危険な存在。今回はたまたま助かったけど、もしほかで遭遇したらどんな目に合うかわからないわ。見かけても絶対に近寄らないようにしなさい」

「は、はい…」

 

 カラカルちゃんにも言われちゃった…そんなに危ない存在なのかなぁ…

 セルリアンを倒すのに手助けしてくれたし目があっても手を出してこなかったし…

 

「納得いかなくても近づいちゃダメ!後悔してからじゃ遅いんだから!」

「わかった!わかったからあ!」

 

 いたく真剣な眼差しだ。ビーストには近づいてはいけない。うん、覚えた。

 

「それよりあんたたち、泊まるところはあるの?」

「いや…基本適当なところで野宿しようと思ってるんだ」

「そう、だったらついてきて。サバンナ地方を案内するがてら泊まれるところまで案内してあげる。喉も乾いてるでしょうし水飲み場にも寄っていきましょ」

「うん!ありがとう!カラカルちゃん!」

「カラカルでいいわよ」

 

 こうしてサバンナ地方を巡ることになった。

 

「あ、いたたた…」

「だ、だいじょうぶですか!?」

「あー…ケガしてんの?アンタ…」

 

 道のりは険しい!



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第3話「コアラとカラカル」

「ご、ごめんね、イエイヌちゃん…」

 

 あたしは今イエイヌちゃんにおぶられている。足をくじいて痛めてしまったためだ。その他にもいろいろと無茶をして体のあちこちがズキズキと痛む。情けないなあトホホ……

 

「いえいえだいじょうぶですよ。むしろ動物だったころだとできなかったことができてとっても幸せです!」

「? どういうこと?」

「動物だったころはどうやっても吠えて知らせたり衣服を噛んで引きずることしかできませんでした。けど今はこうしてケガをしたともえちゃんを背負って運ぶことができます。これすなわちヒトのようにともえちゃんを介抱できるということ!イエイヌとしてこれ以上ない幸せです!」

「あ、あはは…」

 

 嬉しそうに鼻をふんふんと鳴らす。嬉しいのはわかるけどなんだか申し訳なく思ちゃう。こう思ってしまうのも私だけだったりしないかな。

 

「アンタたちホント仲いいわね」

 

 不意にカラカルちゃんが尋ねる。

 

「あはは。出会って間もないんだけどね」

「そうなの?よほど相性が良かったのかしらね」

 

 ヒトとイエイヌ、図鑑を見る限りその関係はかなり古くからあるらしい。ヒトはイヌという生き物を用途に合わせて品種改良してきたという。その種類は実にイエネコの4倍以上らしい。あたしとイエイヌちゃんの相性が合うのは必然というか当然のことなのかもしれない。

 

「相性がいいというかともえちゃんはわたしのご主人さまですからね」

「またご主人さまなんていう~」

「えへへ」

 

 どや顔でそんなことをいってくる。もはやわざととしか思えない。

 

「まったくイチャイチャとまるでカップルのようね…」

 

 カラカルちゃんが呆れている。なんだか急に恥ずかしくなってくる。

 

「イエイヌちゃん、それまでにしておこう」

「? なにがですか?」

「いや、だからあの…」

「はいはい、そこまでそこまで」

 

 もうやめようと言ってから何をやめればいいのかと思ってしまった。周りから見たらもうすでに出来上がってったりするのだろうか。

 

「ほら、もうすぐそこよ」

 

 池だまりのようなものが見えてきた。あそこで水を飲むため休憩するらしい。……泳いだらすごく気持ちよさそうだ。

 

 

 フレンズさんたちの前で裸になるわけにもいかず黙って水を飲む。あたしが手ですくって水を飲むのに対してイエイヌちゃんとカラカルちゃんはじかに口をつけてがぶ飲みしている。

 あたしもそうした方が良いのかな…

 

「ぷはー!生き返るわ~!」

「そうですね~」

 

 2人がそう満足そうに言ってあたしもほっこりする。フレンズさんたちの嬉しそうな顔やほっこりする顔を見るとなんだかあたしまで嬉しくなってくる。

 

「そういえばアンタもうすでにヒトってわかってるのよね。前いたヒトの子は他のヒトを見つけるためにこのキョウシュウエリアから出て行ってしまったけどアンタはなにか探してるものとかあるの?」

「あたしがヒトっていうのはわかるんだけどあたしが誰かっていうのまでは覚えてないしそれを探しているの。目覚めた場所も変なところだったしそれを見つけるためでもあるのかな」

「? ど、どういうこと…?」

「え~と、つまりその~…」

「ヒトというものはヒト以外の名前を持っていてわたしたちはそれを探しているんです。ちなみにわたしも持ってます」

 

 突然割り込みえっへんと胸を張るイエイヌちゃん。どこか誇らしげだ。

 

「ふーん……ヒトじゃないのにその名前っていうのは持ってるんだ。へんなの」

「わたしに限らずヒトに関わるけものであればみんな名前は持ってると思いますよ。パーク・セントラルあたりに住んでるイエネコちゃんも持っててもおかしくないと思いますよ」

「ふ~ん…… なるほどねぇ……」

 

 と、思案顔になるカラカルちゃん。イエイヌちゃんほどではないにしろ尻尾をふりふりと振っている。

 

「もしかしてカラカルちゃんも名前つけてほしかったりする?」

「バ、バカ!そんなんじゃないわよ!」

「あはは、そんなことを言ってもしっぽが反応しちゃってるよ」

「う、これは………」

「名前っていうのはすごい大事なものなんだ。そう簡単につけていいものじゃないの。その子につけられるとても大事でトクベツなものだからね。出会ったばかりのあたしがとてもつけてもいいものじゃないの」

「あ、あたしは別に……」

「例えばあたしがかわいさ一つだけで変な名前つけちゃったら怒るでしょ?カラカルちゃんにも大事なトモダチとか大事な人がいるならその子につけてもらった方が良いと思う。あなたを表すもっとも大事なものになるだろうから…」

「………」

 

 ………偉そうに説教しちゃった……なぜかイエイヌちゃんがうんうんとうなずいている。カラカルちゃんはすねるようないじけているような変な反応をしている。

 

「そういえばイエイヌちゃんも名前つけてもらったって言ってたけどどんな名前だったの?」

「それは……秘密です!大事な大事なつけてもらった名前ですからね。簡単に教えるわけにはいけません!」

「え~そんな~」

 

「………」

(名前……か……)

「カラカルちゃん?」

「ん、なあに?」

「どうしたの?ぼーっとしちゃって」

「なんでもないわ。それよりケガの方はどう?これからコアラのところまで連れて行こうかと思ってたんだけど」

「うん、お願い。まだ痛いのは痛いしこれから先ケガしちゃいけないからついでにお薬もいくつかもらおうと思ってたの」

「りょうかい。そんなにかからないはずだからそれまで我慢してちょうだい」

「うん、ありがとう」

 

 

…………

 

 

「ほう、セルリアンとの戦いでケガをしたと」

「うん、そうなの。アレをもらえないかしら」

 

 この子はコアラちゃん。他のフレンズさんと比べると幾分か小さくてちょっとほんわかした雰囲気のフレンズさんだ。独特の語尾を伸ばす癖があってかわいいかも。

 

「よしよしー。痛かったですねー。私のパップで治してあげますからねー」

 

……ん? パップ……?

 

「コアラちゃん、パップって……」

「んー?パップがどうかしましたかー?」

「いや… あのパップだよね…?」

 

 パップって図鑑のコアラの項目で確か見たはず。パップというのはコアラがこどもの離乳食のために作る特別な…アレだということを。

 

「いや、いいよ!だいじょうぶだから!」

「いいよいいよー、遠慮せずにーそれーぬりぬりー」

「ひぃ!」

 

 ………ん? 痛みが引いていく……

 

「す、すごい…… 痛みが引いていく…… パップってこういう使い道もあるんだ……」

「そうだよー。すごいでしょー。何代か前の私から使えるようになったらしいんだー」

「そ、そうなんだ……」

 

「ともえちゃん、せっかく治療してくれてるのにそう拒否を示すのは失礼だと思います」

「いや、わかっているんだけど…」

 

 パップの正体を知っている以上どうしても反応してしまうのだ。たぶんあたしじゃなくてもみんなそうする。

 

「ふっふっふー。知りすぎてしまうというのも考え物ですねー」

「そう含みのある言い方やめてもらえるー!?」

「なに騒いでるのあの子たち…」

「さぁ……」

 

「ヒトっていうのは変わった動物だっていうのは聞いてるんだけど前いたかばんっていう子もあんな感じだったのかしら」

「あんまり否定したくないんですけどたぶん違うと思います…」

 

 イエイヌちゃんとカラカルちゃんがなにやら呆れているような態度を示している。何も知らないっていいなー!くそぅ、くそぅ!

 

「いったいなにをそんなにさわいでるの?アタシもコアラの世話になって長いけどアンタみたいな子は初めて見るわよ? なにがそんなに嫌なの?」

「私も初めてですねー。みんな美容に良いとか風邪が治るとかケガに良い健康に良いと私が恥ずかしくなるくらい褒めてくれるのにー」

「いやだって…… その…… パップってうんちじゃ……」

 

 場の空気が凍る。顔にぺたぺた塗ってたイエイヌちゃんの手も止まる。さあこれからどうなるのでしょうか。楽しみです。

 

「…はっ?なにいってんの?」

 

 当然の反応だ。今までの自分を否定されたと同じくらいの衝撃だろう。

 

「ふふふ。知ってたんですねー。パップのことー」

「ちょっとコアラ、ともえの言ったこと本当なの?」

「まさかー、それは本来のやり方ですよー」

 

 ……? どういうこと? 嘘をついてる…?

 

「この姿になった今、違うやり方で作っているんですよー」

「そ、そうなの?よかったー」

 

……と、カラカルちゃん。

ドッとあたしも力が抜ける。それならそうと言ってくれればいいのに……

 

「やーやーごめんごめん。まさか私もパップのことを知ってる子に出会うなんて思ってなくてさー」

「もー……嘘、ついてないよね……?」

「ほんとほんと、ウソじゃないよー。でもキミの反応が面白くてつい遊んじゃったー。ごめんねー」

「ごめんじゃないよー…」

 

 

…………

 

 

「……それじゃ、ありがとうね!」

「うん、またねー」

「また遊びに来なさいよ」

 

 パップをかばんいっぱいに詰め込んでバイバイした。

 

「なんだか楽しかったですね」

「そうだね。でもなんだか疲れちゃった。どうせなら泊まっていけばよかったかな」

「かもですね」

 

 ニッコリとイエイヌちゃんが笑う。イエイヌちゃんはまだ元気そうだ。

 

「次はどこ行きましょうか」

「そうだねー。風の吹くままに!なんてどうかな」

「それも面白そうですね!わたしはともえちゃんについていきますよ!」

 

 今日だけでもいろんなことがあった。明日はなにが起きるかな。あのセルリアンはもうごめんだけど今日みたいなおもしろいことが起きるといいな。そう思いながら次のチホーへと向かう。

 

 

…………

 

 

アノ子の言ったことが頭から離れない。名前……トクベツなもの……大事な人……

アタシにとっての大事な人っていったら誰になるんだろう……サーバル……?

確かにあの子はアタシにとっての大事な親友になるのかしら。

あの子今どうしてるのかしら……ゴコクエリアに行ったんだったか……

戻ってきたらなんて言ってやろう……あの子に名前を付けるのだとしたら……



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第4話「スピードの向こう・上」

「う~ん、暇だなぁ…」

 

 あたしはイエイヌちゃんがなかなか起きせいで出発しようにもできないでいた。つついてもゆすっても声をかけても起きない。どうしたものかと頭を悩ませる。

 

「………」

 

 よこしまな心があたしに芽生える。

 

「今なら…大丈夫だよね…」

 

 出会った時からずっと気になってたしっぽとお耳…… 今だけ…今のうちだけ…もふもふさせてもらいます!

 

 もふもふもふもふ!

 

「あうううううううう気持ちいいいいいいいいいいい………」

 

 あたしはしっぽとお耳を全力で楽しんだ。ちょっと毛が固いけどまたそこが良い。お耳も倒すとピコンと立ち上がって面白い。

 

「いつもぴこぴこ動いてて気になってたんだよね~。えへへ…」

 

 イエイヌちゃんのもふもふを両手いっぱい使って全力で楽しむ。はたから見たらドン引きするかのような異常な光景なんだろうけどもう止められない。

 

「イエイヌちゃんが悪いんだよ…イエイヌちゃんがかわいいから…」

 

 あたしは欲望のままにイエイヌちゃんをもふり続けた。

 

 

…………

 

 

 あたしは気づいた。相手の意向を無視してやる行いには後悔しかないと。ひと時の快楽の後に残ったのは後悔と罪悪感しかなかった。

 

「謝って許してもらえるかな…」

 

 お日様が昇るにつれてあたしの気分は下がっていく。最悪のスタートだ。

 

「う…う~ん…」

「!!」

 

 目覚めた!

 

「お、おはようイエイヌちゃん…」

「ん、おはようございます、ともえちゃん…」

 

 罪悪感から距離をとってしまう。イエイヌちゃんのピュアなハートを汚してしまった気がしてならない。

 

「どうしたんですか?なんだか元気がないようですけど…」

「いや、なんでもないの… なんでも…」

「?」

 

「そういえばなんだか体中からともえちゃんのにおいが…」

「!!」

 

 イエイヌちゃんが自分の体をくんくんとかいでいる。これはばれちゃうか…

 

「ともえちゃん、私が寝ている間になにかしましたか?」

「あ、え、いや… ちょっと… もふもふって… しっぽとか… お耳を…」

「……ぷっ……」

「イエイヌちゃん…?」

「あっははははは! まさかそんなことでしょげてたんですか?あなたもおかしなヒトだ!」

「イエイヌちゃん!」

 

 怒られると思ってたけど豪快に笑い飛ばされてしまった。おかしなヒトって…

 

「だいじょうぶです、気にしてないですよ。わたしもどうぶつだったころはことあるごとにもふもふされてましたから。むしろ自分からなでられに行っていたくらいですからそんなことでは気にもしませんよ」

「そ、そうなの?」

「はい。触りたくなったらいつでもいいですよ。それで癒されるっていうならいつでも触らせてあげます」

「う、うん…わかった…ありがとう……」

 

 怒ってないうえにいつでももふもふしてもいいと言われてしまった。変な嫌な気持ちだけが残ってしまった。

 

 

…………

 

 

「今日はどこに行きましょうか」

「う~ん、そうだなぁ」

 

 そう考えながら道の真ん中を歩いていると…

 

「!!」

「どうしたの?イエイヌちゃん」

「なにか来る…!」

 

 イエイヌちゃんがとっさに警戒態勢に入る。なにか敵に反応してるようだ。

 

「な、なに?セルリアン…?」

「わかりません…お気をつけを…!」

 

 イエイヌちゃんが遠くをにらむ。あたしにも遠くに砂嵐らしきものが舞っているのが見えた。それがものすごい勢いでこっちに向かってきている。

 

「うあああああああああああああああああああああああ!!!」

「な、なに?」

「来ます!気を付けて!」

「どきなさあああああああああああああああああああい!!!」

 

 とっさのタイミングであたしたちはかわすことができた。イエイヌちゃんがいなければそのまま轢殺されてただろう。イエイヌちゃんの耳と鼻には感謝だ。

 ……次もふもふするときにはキチンと断ってからもふもふしよう。

 

「危なかった~…今のなんだったの?」

「わかりません…セルリアンではないようでしたけど…」

 

 そうしてふたりでまた歩き出す。なんかあの嵐みたいなのから声が聞こえたような気がしたけどセルリアンではないのかな…?

 

 しばらく歩いてると一人のフレンズさんが見えてきた。水色のTシャツに灰色のショートヘアの女の子のように見える。何をしてるんだろう。ちょっと声をかけてみよう。

 

「こんにちはー。なにしてるんですかー?」

「お?誰だお前ら」

「あたしはともえ、この子はイエイヌちゃんっていうの。あなたは?」

「私はグレーター・ロードランナーってんだ。このジャパリパークでもっとも偉大なプロングホーン様の右腕なんだぜ!」

「プロングホーン?そのプロングホーンっていうのはどんな子なのかな?」

「おいおい、プロングホーン様を知らねえっていうのは聞き捨てならねえな。よし!いいだろう。この私がプロングホーン様のことをみっちり教え込んでやるぜ!」

 

 そうして数十分にも渡るロードランナーちゃんによるプロングホーンちゃんの武勇伝が始まった。

 ジャパリパーク最速の足を持つこと、かけっこによる勝負では無敗であること、そしてそんな彼女にあこがれていることなどその魅力を余すことなく語ってくれた。

 ……イエイヌちゃんの耳が明後日の方向を向いていたことについては聞かないでおこう。

 

「そういえばさっきものすごい勢いでわたしたちを追い越していったのがいましたけどあれがそのプロングホーンさんだったのでしょうか」

「あれはチーターだ。プロングホーン様のライバルだな。チーターもプロングホーン様に劣らず速いんだけど大体いつも最後にはプロングホーン様が勝つんだぜ!」

「へ~そうなんだ~。もしまだやるならちょっと見てみたいかも」

「おっ?見てみたいか?いいぜいいぜ!ぜひ見て行ってくれよ!観客がいたほうがプロングホーン様も喜ぶからな!きっとドギモを抜かすぜ!」

 

 そういってどこかへ走って行ってしまった。自分では言っていなかったけどロードランナーちゃんも結構速く走れるようだ。

 

「プロングホーンさんのことについて話すロードランナーさん、楽しそうでしたね」

「そうだね。好きなものがあるっていいな~」

 

 ふと横を見るとイエイヌちゃんがしっぽをぱたぱたと振りながらこっちを見ていた。

 

「ど、どうしたの?イエイヌちゃん」

「わ、わたしとともえちゃんはどうなのでしょうか!あのロードランナーさんのように相手を楽しく紹介できる間柄になれているでしょうか!」

「え?そ、そうだね… なれている…かな…?」

「む~歯切れが悪いですね~。じゃあもっとともえちゃんから信頼を得れるように頑張りますからね!」

 

 そう言ってそっぽを向いてしまった。あたしももっとイエイヌちゃんに近づけるよう頑張らないと。

 

「やあやあお前がゴマちゃんが言っていたともえとイエイヌか」

「あ、はい。そうです」

 

 不意に名前を呼ばれた。

 って、うん?ゴマちゃん?誰だろう。

 

「あの、ゴマちゃんって誰のことなのかな?」

「む?ロードランナーのことか?わはは!確かにいきなりゴマちゃんと言われてどいつのことを指すかわからないか!」

 

 そういってそのフレンズさんは豪快に笑う。なるほど、たぶんこのフレンズさんがプロングホーンちゃんなんだろう。いや、プロングホーンさんって言った方が良いかもしれない。

 

「もー!ゴマちゃんっていうのはやめてくださいって言ったじゃないですかー!」

「わはは!良いじゃないか!かわいいぞゴマちゃん!」

「ふふ、かわいい名前をもらってるんだね、ゴマちゃん」

「もーお前までー!ゴマちゃんいうなー!」

「でもどうしてゴマちゃんって言われてるの?もとのロードランナーっていう名前からからまったく想像もつかないけど」

「うむ、どうしてだったかな。誰かがなんか使い始めててわたしもそれに便乗したんだったか。お前は覚えてるか?」

「いや知らないですよ。みんなが勝手に使い始めてて気づいたらそう呼ばれるようになってたんですもん」

 

 なんか気に入らないなんて言って膨れ上がってしまった。

 

「そういえばチーターはどこに行ったのだ?あいつがいなければかけっこはできないぞ」

「どこかでへばってるんじゃないんですか?あいつも速いけど長く走れないですし」

「そうか。うーーん!早くこの子たちにわたしの走りっぷりを見せてやりたいぞ!久しぶりだからな!わたしの走りを見たいという者は!」

 

 そう言ってストレッチを始めるプロングホーンさん。その様子からも早く走りたいという気概が見て取れる。

 

「いいなー、わたしも走りたいですー!」

「おっ、おまえも一緒に走るか?走るのは楽しいぞ!風と一緒になって走るのだ!気持ち良いぞ!」

「いいんですか?どうしましょうご主人さま!」

「あはは。いいよ。行っておいで」

「はい!」

 

 そしてイエイヌちゃんは一緒にストレッチを始めた。

 

「はぁ…はぁ…やっと着いた…」

 

 一人のフレンズさんが現れた。黄色い肢体に黒いぶち模様が特徴のフレンズさんだ。スラっとしていてそれでいてかなりの美人さんだ。

しかしかなりへばっている。

 

「遅いぞチーター!そんなことでは最速の名が泣くぞ!」

「あ、あたしが長距離走れないの知ってるでしょ!?よくもそんなことを言えるわね!」

「はっはっはっ!もっと鍛えよ!一秒でも長く走れるようにな!」

「ぐっ…!」

 

 この子がさっきの爆走していたフレンズさんみたいだった。ふむふむチーターちゃんは長く走れないのか。でもさっきのあの走りからは想像もつかないほど疲れてるような…

 

「もう1回よ!もう1回勝負なさい!プロングホーン!今日という今日は叩き潰してやるわ!」

「おうともさ!だが今は少し休憩だ。わたしは全力のお前と勝負したいからな」

「クッ…」

「くっくっくっ…挑発が効いていますね、プロングホーン様…」

「いや、挑発してるつもりはないのだが…」

 

 なにやらすごく盛り上がっている。面白いレースになりそうだ。イエイヌちゃんもチーターちゃんたちの熱気にあてられて興奮している。

 …たぶんじゃなくともあたしには絶対追いつけないだろうからどこか見晴らしの良いところで見ていようかな。

 

 

 ………砂嵐が一本の道を駆け抜けている。その先端に見えるのはチーターちゃんだ。

 第一走者はチーターちゃんとプロングホーンさん。圧倒的な差でプロングホーンさんを引き離していっている。

 

「すごいなー…あんなに速いんだ…」

 

 それしか言葉が出なかった。ただその速さに見とれていた。

 

「走る姿も絵になるなぁ… そうだ!」

 

 そうしてあたしはスケッチブックを取り出した。まだ一度も使ってないし今のままでは宝の持ち腐れだ。せっかくこんな素晴らしいものがあるんだしこの瞬間を絵として残しておこう。

 

 しばらく絵を描いていると後ろからジワジワと距離を詰めるフレンズさんが見えてきた。プロングホーンさんだ。

 チーターちゃんがジワジワ速度を落としてきているのに対して安定した走りを見せている。普通だったらチーターちゃんみたいに速度を落としていきそうなものだがプロングホーンさんは最高速度を維持したままずっと同じ速度を保っているように見える。ちょっと怖いよ。

 やがてチーターちゃんを追い抜きトップに躍り出てきた。

 そうして次の走者にバトンが渡る。

 

「任せたぞ!ロードランナー!」

「はい!お任せを!」



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第4話「スピードの向こう・下」

「任せたぞ!ロードランナー!」

「はい!お任せを!」

 

 第二走者はゴマちゃんとイエイヌちゃんだ。イエイヌちゃんはまだかまだかとウズウズしている。頑張れ!チーターちゃん!

 

「はぁ…はぁ…あとは頼んだわ…」

「わかりました!後は任せてください!」

 

 チーターちゃんからバトンを受け取り颯爽と駆け出すイエイヌちゃん。さっきまでの興奮した様子と違って安定したスタートだ。変に力まず安定した姿勢で走っているように見える。

 

「負けませんよ…!必ず追いついてみせます…!」

 

 イエイヌちゃんが真剣な顔をしている。決して手を抜くつもりはなく、真剣勝負として参加しているようだ。

 一方のゴマちゃんは走らず空を飛びながらイエイヌちゃんの様子をうかがっている。

 

「向こうも交代したか…けど私だって負けるワケにはいかねえんだ!ロードランナーとしての意地を見せてやる!」

 

 そうして地面に降り立ち走り始めた。向こうも真剣な様子だ。

 しかしその差はジワジワと縮まっていき、イエイヌちゃんが追いつき始めた。

 

「追いつきましたよ!ロードランナーさん!」

「ぐっ…!負けねえ!」

 

 バサッ!

 

「なっ…!?」

 

 驚くのも無理もなかった。かけっこの最中に目の前で飛び始めたのだ。

 

「飛ぶのなんてありなんですかぁ!?」

「へへーん!飛んじゃいけないなんてルールはないんだぜぇ!」

「ッ…!負けません!」

 

 イエイヌちゃんはいたって真剣だ。飛ぶゴマちゃんに対して真っ向から勝負している。

 

「飛んでスタミナが回復したら走って一気に引きはがそうと思ったけど存外しぶといな…思ったより早いしコヨーテのやつより厄介かもな…」

「あまり余裕がなさそうですね…!飛ぶなんて卑怯なマネをしておいてそのザマですか…!?」

「なっ…!」

 

 ゴマちゃんの表情が急に変わった。なにかやりとりしてるようだけどどうしたんだろう。

 

「はぁ…はぁ…」

「あ、チーターちゃん、おつかれー」

「疲れたわ…」

 

 すっかりへとへとになっているチーターちゃん。今回のかけっこはよほど堪えたらしい。

 

「ゴマちゃんとイエイヌちゃんだいぶ良い勝負をしているよ」

「あら、ほんとう。ゴマちゃんってばいつもは飛んで煽ってくるっていうのに珍しいわね」

「イエイヌちゃんが有利かも。がんばれー!イエイヌちゃーん!」

「!」

 

 反応した!軽くうなずいて再び真剣な表情に戻った。あたしの声ちゃんと届いたんだ!負けるな!最後まで頑張って!

 

「ともえちゃんが見てくれているんだ!ここは絶対に負けない!」

 

 その瞬間だった。

 

「あっ…」

 

 盛大に転んだ。全力で走っていたからかかなりの距離を滑ったように見えた。

 

「ぐっ…あああぁああぁぁぁああアアア!」

「イエイヌちゃん!」

 

 足からすごい血が出ている!助けないと…!

 

「イエイヌちゃん!待ってて!今行くから!」

「任せて…!」

「っ…!」

 

 ひょいと抱きかかえられた。次の瞬間突風ともいえる風があたしに吹きつけられた。

 

「チーターちゃん…!」

「この距離ならあたしの足と持久力でも十分よ!待ってなさい!」

 

 そう言ってあたしを抱きかかえたまますごい速さでイエイヌちゃんのもとへ向かっていく。そしてあっという間にイエイヌちゃんのもとへたどり着いた。

 

「イエイヌちゃん!」

「ともえちゃん…」

「イエイヌちゃん!このパップ…!」

「あぐッ…ぐぅぅぅうううぅぅぅ…!」

「我慢してね、イエイヌちゃん…少しの辛抱だから…!」

「ハァ……グゥゥ…!ハァッ…ハッ…ァ…」

 

 パップを塗るたびに苦しみ喘ぐイエイヌちゃんを見て心を抉られそうになるけど心を鬼にしてイエイヌちゃんの傷口にパップを塗る。傷口に触れるたびに苦しそうな姿を見せるイエイヌちゃんを見るのは嫌だけどこのままなのはもっと嫌だった。

 

「我慢しなさいイエイヌ!じゃないともっとひどいことになるわよ!」

「いっ…た……ッ!……だ、大丈夫です……続けてください……」

「うっ、うん!」

 

 そうしてパップを一パック塗った後しばらくイエイヌちゃんの手を握りながらそばに寄り添うようにした。心配で心配でしょうがなかった。手を握って祈るしかできないあたしが悔しくてならなかった。

 

「はっ…ァッ…ありがとうございます、ともえちゃん…おかげで痛みが引いてきました…」

「よかったぁ…よかったよぉ…」

 

 泣きそうになっているあたしをイエイヌちゃんが慰めてくている。後ろでチーターちゃんも安心したように頷いている。

 

「ン」

 

 ロードランナーちゃんが手を差し伸べてきた。

 

「まだ勝負は終わってねぇぞ。ケガが良くなったんなら立て」

「………はい」

 

 ロードランナーちゃんの手を取って立ち上がるイエイヌちゃん。お互いの目は真剣そのものだ。

 

「いくぞ。よーい…」

「ドン!」

 

 そうして再び試合は始まった。二人を見送った後にもと居たところまで帰ろうと辺りを見渡すとチーターちゃんがいなくなっていた。どこに行ったんだろう…?

 

 

 

「さすがだぜイエイヌ…!足をやられてもその速さ…だが私も負けるわけにはいかねえんだ!!!」

「ハァ…!ハァ…!」

 

 右足がジクジク痛む。地面を蹴るたびに右足を中心に痛みが全身に広がるようだった。パップである程度癒えたとはいえ痛かった。痛みで何度も転びそうになった。けどともえちゃんに治療してもらった以上その恩には報いたかった。

 ロードランナーさんは飛ばずにずっと走り続けている。わたしに追いつけないながらも必死に勝つために走っているようだった。その顔は真剣そのものだ。わたしとの勝負に勝つためじゃなくてわたしに勝つために走っているように見えた。

 

「わたしに期待してくれている方たちのためにもわたしは…!」

 

 そう自分を鼓舞して必死に走り続ける。しかしロードランナーさんとの距離は徐々に縮まりつつあった。痛みのせいでうまく走れない。ゴールが遠くに感じる。意識が遠のく感じがした。

 そのときだった。

 

「イエイヌ!」

 

 わたしを呼ぶ声が聞こえた。

 

「ここよ!ここまで走りなさい!」

 

 チーターさんだ。少し遠くにチーターさんが見える。

 

「ゲッ!マジかよ!」

「くっ…!ハァ…!」

 

 必死に走った。何度も転びそうになった。けどその先に見えるチーターさんのために走った。やがてチーターさんのところまでたどり着いて倒れこむようにバトンを渡した。

 

「よく頑張ったわね。あとは地上最速のわたしに任せなさい!」

 

 そうわたしに告げると疾風のごとく駆けていった。

 

「すまないな。バトンはいただくぞ!」

「プ、プロングホーン様!」

 

 ロードランナーさんからバトンを奪うプロングホーンさんの姿が見えた。いよいよ最終戦なのだろう。対となる二陣の風がコースを駆け抜けていく。

 

「この距離ならあたしの足でも十分!この試合いただいたわ!」

「ははは!いいぞ!血肉たぎるようだ!楽しいぞ!チーター!」

 

「今までにないほど楽しいぞ!このような試合もあるのだな!さあ、最後まで全力で駆けようではないか!」

「調子に乗って…!勝てないってわかってもそんな態度みせるワケ!?」

「いいや、わたしも全力で挑ませてもらう!」

 

 プロングホーンさんの目が光って雰囲気が変わる。野生解放だ。

 

「ッ…!あたしだって…!」

 

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」

 

 

 

 ……勝負は決した。試合はチーターちゃんたちの勝利で終わった。最後のレーンでチーターちゃんが圧倒的な速さで引き離していったのだ。

 

「か、勝った…あたしが…」

 

 チーターちゃんは茫然自失といった感じだった。自分が勝ったという事実が信じられないといった様子だ。

 

「ともえちゃん…」

「イエイヌちゃん!」

 

 満身創痍のイエイヌちゃんがよろよろとあたしに歩み寄ってきた。いけない、休ませなきゃ!

 

「だめだよ!イエイヌちゃん!パップ塗ってあげるから休もう!」

「へへ…やりましたね…わたしたちの勝利ですよ…」

「イエイヌちゃん…!」

 

「わたしが…負けたか…」

「プロングホーン様…」

「ふふふ…だが…今までの試合で一番楽しかった!チーター!!!」

「っ!!」

「お前もやればできるではないか!今までで最高の走りだったぞ!」

「プロングホーン……あたしは……」

「ふふふ…お前のあの顔…自分のために走るのではなく他の"なにか"のために走ったのであろう?粗削りではあるが力強く美しい走りだったぞ」

「あ、あたしは別にそんな…」

「はっはっは!何がともあれお前たちの勝ちだ!今はそれを誇るがいい!」

「ッ…!」

 

 向こうは向こうでなにか話し込んでいる。なにを話しているんだろう。

 

「あなたたち…」

「ん、なぁに?」

「今日は…その…ありがとう…おかげで楽しかったわ」

「え?別に何もしてないよ」

「それでいいの。おかげで大事なことに気付けた気がするから…」

 

 なにかよくわからないけど感謝されちゃった。なにかためになるようなことがあったんだったらそれでもいいかな。

 

「あ、そうだ。これあげる」

「? これは?」

「走ってるチーターちゃんの絵!すごくかっこよかったよ!絶対に負けないっていう思いとかイエイヌちゃんのために走る姿とか、走るだけでこんなにも感動を与えれるなんてとってもすごいよ!あたし、今日ここに来て本当に良かった!」

「っ!!!」

 

 チーターちゃんの肩が震えだす。次の瞬間うつむいた顔から大粒の涙があふれだしてきた。

 

「ありがとう…ありがとう…!」

「ん、よしよし」

 

 やさしく胸を貸して頭を撫でてあげた。普段はツンツンしながらもあんなに頼もしく走っていたチーターちゃんがなんだか小さく見える。本当はとっても弱かったのかもしれない。それが今回のかけっこを通じて大きく成長できたのだろう。あたしはそれがとても嬉しく思えた。

 

「へへへ…この光景を見れただけでもケガをした甲斐があったのかもしれませんね」

「もう!イエイヌちゃんは無茶をしすぎだよ!」

「へへ、ごめんなさい…」

 

 しっぽを控えめに振りながらそう答えた。仕方がないから許すとする。

 

「でも普段から無茶をするともえちゃんも人のことを言えませんよ。お互い様、です」

「むー…」

 

 許さざるを得ないようだ。あたしの負けだ!

 

 

 …………

 

 

「もうケガは大丈夫なのか?1日といわず2日や3日と休んでもわたしはいっこうにかまわんぞ?」

「ふふっ、そんなにお世話になるわけにはいきませんよ。ケガはもう大丈夫です。コアラさんのパップのおかげですね」

 

 そう笑いながらイエイヌちゃんが答える。痛がってる素振りもなくすっかり元気になったようだ。

 

「まったくアイツのパップも不思議なものだな。今度わたしももらいにいこうか」

「そうした方がいいかもね。じゃあ、あたしたちももう行くね」

「うむ、また来るがいいぞ。お前たちなら昼と夜と問わずいつでも歓迎してやるからな!」

「……あたしも待ってるから」

「うん!」

 

 そうしてあたしたちはこのチホーとバイバイした。不思議なフレンズさんたちだったな。みんなそれぞれの信念を持っていてそれぞれの思いを持ちながら全力で走る。同じ走りでもまったく意味が違うんだなって思わされた気がした。

 

「みんな良い方たちでしたね。わたしもいつか彼女たちに追いつくことができるでしょうか」

 

 そうイエイヌちゃんが尋ねてきた。そんなこと聞かなくったってわかってる。

 

「きっと追いつくよ。それとも気づいてないだけでもう追い抜かしちゃってたりして」

「そんなことありませんよ。わたしはあの方たちみたいに高尚ではありません。わたしなんてまだまだ未熟なひよっこです」

「ふふふ、そんなに卑下しないほうがいいよ。あたしちゃんと見てたんだから。ゴマちゃんと真剣に走っている様子をね。あの走る姿はチーターちゃんたちと違わずすごく立派でかっこよかったよ」

 

 イエイヌちゃんの顔が真っ赤になる。照れててかわいいんだぁ。

 

「あ、ありがとうございます…」

「その顔見てたらまたもふもふしたくなってきたな~」

「わぁぁ!今はやめてください!」

「やーだねー!それ!うりうり~!」

「わー!わー!」

 

 

…………

 

 

 ヒトの子を見送った後、わたしもゴマちゃんと戻ろうと踵を返したときだった。

 

「どうした?ゴマちゃん」

「いや、不思議な奴らだなーって思って……」

「そうだな、あの二人のおかげで昨日のかけっこができたのだ。感謝してもしきれないくらいだな」

「………」

 

 様子がおかしい。まさかあの子たちの毒気にあてられたのか?だとすれば…

 

「なぁ、プロングホーン様」

「うむ、なんだ」

「私、あいつらに付いていきたい。あいつらの冒険をこの目で見てみたい!お願いだ!プロングホーン様!私を行かせてくれないか!」

「………」

 

 いたく真剣な眼差しだ。今までどこへ行くにもわたしにべったりでプロングホーン様プロングホーン様と呼び慕ってるだけだと思っていたが…

 

「…いいだろう。断る理由もあるまい。行ってくるがいい。その足でこのジャパリパークを見て回ってくるといい!」

「…! は、はい!」

 

 そう返事をすると元気に駆け出して行った。しかし、いつの間にあんな顔ができるようになっていたのだな。これもともえとイエイヌのおかげなのか…

 

「……あの子たちもここでしたように皆を輝かせる不思議な冒険をしていくのだろう…お前の成長した姿、楽しみに待っているぞ」

 

 人知れず静かにつぶやいたあとわたしは一人でいつもの道を戻っていった。



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第5話「じゃぱり図書館」

「おーい!お前らー!」

「うん?」

 

 遠くから呼ばれる声がした。聞き覚えのある声だ。

 

「あれは…ゴマちゃん!どうしたの!?」

「はぁ…はぁ…良かった、追いついて…」

「い、いったいどうしたんですか?もしかして忘れ物…」

「いいや、違う!実は私もお前たちの旅についていこうかなーって思ってな!」

「「ええええええええええええええ!?」」

「なんだよ嫌だってんのかよ」

「い、嫌じゃないしむしろ全然オーケーなんだけどいいの?プロングホーンさんは?」

「プロングホーン様ならちゃんと許しはもらってるぜ!なあいいだろ?私もお前たちの旅を見てみたいんだ!」

 

 イエイヌちゃんとお互い目配せをする。お互いの答えはわかっている。お互い答えに異存はない。

 

「うん、いいよ。一緒に行こ!」

「ああ!よろしくな!二人とも!」

 

 

…………

 

 

「ここに来るなりあいさつもそこそこに本を読みふけるとはやりますね、博士」

「目的もなんも言わずにただ本を読んでやがっているのです」

 

 あたしは今図書館にいる。人の記した知恵の貯蔵庫だ。ここにはたくさんの本がある。

 どうぶつのこと、その日に起きた出来事のこと、お料理のこと、フレンズさんの日記、そしてあたしが今読んでいるのは空に関することだ。

 人はかねてより空へあこがれていたという。そう遠くない昔のある日、二人の兄弟が人でありながら空を飛ぶことに成功したという。どうやら"ヒコウキ"というものを作って空を飛ぶことに成功したらしい。

 他にも"キキュウ"とか"ヒコウセン"というものを作って空を飛んだ人もいるらしい。初めのころはカックウしたりふわふわと漂うだけだったけどドウリョクキカン?というものを作って飛んだのは二人が初めてだったとか。

 なにやら難しい話がいっぱい書いてあってよくわからないけどあたしもこの本に書かれているヒトたちみたいに空を飛んでみたいと思った。

 

「何を読んでいるんですか?」

 

 横からイエイヌちゃんが顔を出してきた。

 

「お空に関する本だよ」

「ソラ?」

「この本によるとヒトでも空を飛べるっていうことが書かれてあるんだ。鳥さんみたいな羽がなくても飛ぶための道具があったら空を飛べるみたいなんだ」

「へ~…」

 

 イエイヌちゃんが興味津々といった様子で本をのぞき込む。

 

「なにがなにやらさっぱりです…たまに書いてある絵だけがぼんやりわかるくらいで…」

「あはは、あたしも読めはするんだけど内容が難しくてさっぱりだよ」

 

「字が完璧に読めてますね。アレもカバンと同じくヒトでしょうね、博士」

「ならやることは一つ、カバンがいなくなった今、あいつにも料理を作らせていただき…」

 

 バタバタバタ!!

 

「もう一人ついてきたあの鳥のフレンズはどうにかならないのでしょうか、博士」

「おいお前、あの騒がしいフレンズをどうにかするのです」

「ああ、ごめんね。ゴマちゃーん!ちょっと静かにしてもらえるかなー?」

「おおっと、わりいわりい」

 

 そういってふわふわと飛びながら下に降りてきた。なんかいくつも本を持っている。

 

「なあ、図書館の中をいろいろ見て回ったんだけどなんだか周りと違うような本がいくつかあったんだ。これなんだかわかるか?」

「ええっとどれどれ…ううーん…なんて読むんだろう…」

 

 明らかに他の本とは違う文字の本をズラリと出してきた。全く読めない。

 

「へぇー。ヒトでも読める文字と読めない文字があるのかー」

「えへへ…ごめんね」

「そういえばこの本に書かれてる文字ってゴマちゃんの毛皮に書かれてる文字といくつか一致しますね。どういう意味なんでしょう」

「ホントだ。よく気付いたね!大発見だよ!」

「な、なんだなんだ?」

 

 いろいろ調べた結果ゴマちゃんの胸のところに書かれてる文字はBeep!って書かれていることがわかった。意味もビープ。ビープがなにを指す単語までかはわからなかった。

 

「へぇ~。これ文字だったんだ…へへっ…なんかトクベツな感じがして気分が良いぜ」

「なにニヤニヤしてるんですか、お前」

 

 噛みつくコノハちゃん博士。

 

「へへーん!いいだろこれ!持たざるけものめ!羨め!」

 

 コノハちゃん博士相手にビービー鳴いている。よほど嬉しいのだろう。けど今は手伝ってほしいことがあるからちょっとこっちに来てもらおう。

 

「ゴマちゃーん!ちょっと来てくれるー?」

「お?なんだ?ビープ様に何か用かー?」

「能天気なやつですねまったく」

 

 ふわふわと飛びながらこっちにやってきた。ひとつのアイデンティティを手に入れたのだろう。とても嬉しそうだ。

 

「えっとね、これを作るのを手伝ってほしいんだ」

「? なんだこれ?」

「パラグライダーっていうんだって。これに乗ると空を飛べるらしいんだ。あたしもこれを作って空を飛んでみたいの!」

「空を飛ぶんだったら鳥系のフレンズに頼めばいいんじゃないのか?なんだったら私が手伝ってやるぜ?」

「それじゃダメなの!あたしひとりで空を飛びたいの!」

「なんかよくわかんねえな…」

 

 持つ者には持たざる者の気持ちがわからない。さっきから持つ者としての無自覚の精神的攻撃を展開している気がする。

 

「とりあえずわたしはこれらの素材を集めてくればいいんですね」

「うん、お願い」

 

 字が読めないイエイヌちゃんに持ってきてほしい材料を描いた絵を渡す。イエイヌちゃんは了解ですとさわやかに返事をして探しに行った。

 

「…私のコレさっぱりなんだが…なんなんだこれ」

「薄くて頑丈なものだね。このパークの中にあるかな?」

「あるかわからないものを探すって簡単に言わないでほしいぜ…」

 

 と、しぶしぶ探しに行ってくれた。

 …それではあたしはあたしで設計図を描いていきましょうか。

 

「博士ちゃんたちも手伝ってくれる?」

「手伝ってもいいですけど条件があるのです」

「条件って?」

「私たちに料理をふるまうのです。そうしたら手伝ってあげるですよ」

「我々は賢いので頭を使う作業にはエネルギーを使うのです。ただし、我々が満足するまで手伝わないですよ。」

「え~。そんなぁ」

 

…………

 

 ……1時間くらい経った。あたしは料理を作らず一人で設計図を描いていた。博士ちゃんたちは図書館に引っ込み何やらぶつぶつとつぶやいている。

なんだかおなかが空いてきたな…

 

「ん~、なにか作ろうかな~」

 

 ふらふらと図書館の中に入っていく。

 

「確か料理のレシピってあったよね…」

 

 図書館の本棚をごそごそと探す。どこになにがあったっけ…この本の量から目的の本を探すのは骨が折れそう…

 

「なにか探しものですか」

 

 つっけんどんに博士ちゃんが聞いてくる。

 

「ちょっと料理のレシピを…」

「!!!」

 

 バッと二人が反応する。ちょっとびっくりしちゃった。

 

「とうとう作る気になったのですか!やりましたよ!博士!」

「やったのです!我慢比べは我々の勝利なのです!」

「あ、あはは…」

 

 目をキラキラと輝かせる二人。別にそんなことをしていたわけではないけどついでに二人の分も作って一緒に手伝ってもらおう。

 

「そういうわけなんだけど料理の本ってどこにあるのかな…?」

「あそこに材料と一緒にいっぱい置いてあるですよ」

 

 大量の材料といっしょに平積みにされた料理の本がたくさん置いてある。館内の料理に関する本を全部を持ってきているのだろうか。

 

「では早速作るのです。ちゃんと我々を満足させるのですよ」

「博士と私を満足させなければ手伝わないですよ」

「う、うん。がんばる」

 

 作るのはアップルパイ。ココアパウダーもあるからそれも一緒に作ろう。

 まずはパイ生地を作って、それからリンゴと塩とキャラメル、グラニュー糖で餡を作って…

 

 

「……できた!」

 

 我ながら上々の出来だ。これなら博士ちゃんたちを満足させることもできるだろう。できたてほかほかでリンゴの豊潤な香りも食欲をそそる。

 

「できたよー!さぁ、食べよう!」

「ようやくできましたか。我々はもうお腹がペコペコなのです」

「早く食べさせろなのです」

「まぁまぁ、落ち着いて」

 

 アップルパイを二人の前に並べる。それを見た二人の目が目に見えてキラキラと輝くのを感じた。これだけ無邪気な反応をされたら作った甲斐もあるというものだ。

 

「これがアップルパイ…初めてカバンがカレーを作った時はあまりものおどろおどろしさに恐怖を感じたものでしたがこれは黄金に輝いていてとてもきれいなのです…」

「見た目だけでおいしさが伝わってくるようなのです…」

「あはは、じゃあ早速食べよっか」

 

 目をキラキラ輝かせる二人を落ち着かせていっしょにいただきますをしようとする。

 

「いただきまーす!」

「ヒトはよくわからないことをするのですね」

「もう食べてるし!?」

 

 先にいただかれてしまった。

 

 

「これは満足、100点満点なのです」

「パーフェクトです。文句のつけようがありませんね」

「あの酸味と甘みの絶妙なバランス…もう一度食べたいですね、助手」

「そうですね、博士…」

「それじゃあ、博士ちゃんたち、約束のことなんだけど…」

「もう少し待つのです。もう少し余韻を味わわせろなのです…」

「う、うん…」

 

 

…………

 

 

「それで我々はなにを手伝えば良いのですか」

 

 と、助手ちゃんが尋ねる。

 

「簡単なスケッチは描いたんだけどどっか過不足がないか見てもらえるかな」

「了解なのです」

「「う~む」」

 

 二人でまじまじと設計図を見る。簡単なラフ画なんだけどなんだか恥ずかしい感じがする。

 

「これがぱらぐらいだーですか…不思議な形なのです…はじめからこんな形なのですか?」

 

 博士ちゃんが尋ねる。

 

「いや、普通の状態だとしなびてるんだけど風を受けるとその形になるんだ」

「ふむ、なるほど…」

 

 そう言って再び黙り込む。この状態だと博士というより職人という感じがする。

 

「これだけだとよくわからないのです。三面図を描いてより正確に表すのですよ」

「三面図…?」

「正面図、側面図、平面図の三つを描くのですよ」

 

 と、助手ちゃんが言う。

 あたしはそのまま二人の指導を受けながらどうにかして三面図を描き上げた。

 材料もこのままでは不安ということで二人に連れられてスクラップ場でちゃんとした素材を手に入れることにした。

 

「うわこの中から見つけるのか…」

「そうですよ。日が暮れる前に早く見つけるのです」

「うぅ~、これは参ったなぁ…」

 

 辺り一面をごそごそと漁りまわる。あちこち虫が湧いているし臭いしで最悪だった。そんな中で気になるものを一つ見つけた。

 

「博士ちゃん!助手ちゃん!ちょっと手伝ってもらってもいいかなー!」

「了解なのです」

「了解ですよ」

 

 そうしてあたしたちはそのけものの形をした"フウセン"といくつかの細かい道具を持って帰った。

 すでに日は傾いてきている。作業はまた次の日になるだろう。

 

「おかえりなさい、ともえちゃん」

「よーっす。どこ行ってたんだ?」

「ちょっとあたしも材料を探しに行ってたんだ」

「材料ってこんなバカでかいものがか?」

 

 膨らませると図書館程度であれば丸々一つ入りそうなほどの大きなフウセンだ。これが材料になるのだから驚くのも無理はない。

 

「ちぇ。これじゃ私の持って帰ったこれだけじゃ全然足ンねえな」

 

 セントラルまで行って大量の衣服を持ち得ったという。大丈夫。それだけあれば十分だ。

 けどなんだか気になるものを持っている。なんだろう。

 

「ゴマちゃん、その黒い網みたいなのなに?」

「これか?よくわかんねえけど作りかけの建物のところにいっぱい落ちてたぜ。お前が見ていた本でも似たようなのがあったから持ち帰ったんだけど…」

「それ!それほしかったの!ありがとう!すごく助かるよ!

「お、おう。なら良かった」

「イエイヌちゃんは……すごいね。そんなにいっぱい」

「えへへ…これだけあれば十分かなって…」

 

 荷車にたんまり積まれた大量の藁に目が留まる。パラグライダーに使う綱の他にいろんなものが作れそうだ。

 

「今回作るパラグライダー以外にもいっぱい作れそうだね。ありがとう、イエイヌちゃん」

「えへへ、オーダー完了です!」

「今日はもう遅いからもう休もっか。博士ちゃんたちはなにか食べたいものはある?」

 

 明日からちょっと忙しくなりそうだ。いっぱい食べていっぱい休んで英気を養おう。



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第6話「じゃぱりカフェ」

 あれから数日が経った。

 パラグライダーも無事完成し、いよいよ飛び立つ時だ。けどこの場所から飛び立つことはできない。どこか飛ぶのに適した場所を探さなくちゃ…

 

「どこか上昇気流が起きるところとか高くて風が吹くところとかってないかな」

「アルパカが経営してるカフェはどうでしょう。あそこだと砂漠チホーやサバンナチホー、森林チホーと隣接しててそれなりに風も吹いているはずです」

 

 と、助手ちゃんが言う。

 

「じゃあ早速そこに行こう!」

 

 パラグライダーをたたんで早速その"カフェ"に向かうことにした。

 

 

…………

 

 

「結構遠いんだねー…」

「もう2日は荷車に揺られてるぜー…」

 

 ごっとんごっとん。

 

「ふわ~。この干し草に埋もれるのも飽きてきたぜー…」

「そろそろ水とじゃぱりマンも心もとないね…うん?」

「どうかしたか~?」

「あの山…あの山のどれかにカフェがあるのかな?」

 

 正面にいくつもの山が見える。

 

「ゴマちゃん、ちょっとあの山のどれかにカフェがあるか見てきてくれない?」

「合点だ!」

「イエイヌちゃんも今のうちにちょっと休憩しよう」

「はい!」

 

 そう返事すると荷台に上って大の字で干し草に寝転んだ。う~んと大きく伸びをすると脱力するようにリラックスした。

 

「ごめんね。何もかも任せっきりで」

「いいですよ。こうしてヒトに使えるのがイエイヌの務めですし。犬ぞりに乗ったつもりでいてください!」

「あはは。うん、そうするよ」

 

二人で干し草の山で大の字になる。風の音、干し草がすれる音、木々のざわめき、イエイヌちゃんが息をする音が聞こえる。

 

「イエイヌちゃん…」

「ん、なんですか?」

「もふもふ…したい…」

「ふふ、いいですよ」

 

 そういうとイエイヌちゃんが抱き着いてきた。

 

「心行くまでわたしで癒されてくださいね」

「ぅぅん…イエイヌちゃん…」

 

 

…………

 

 

「へへへ、案外簡単に見つかったな。でっかい印を描いてくれてたおかげであっという間に見つかったぜ。……お?」

 

 眼下を見下ろすと二人が抱き合って寝ているのが見えた。

 

「あいつらめ…人がせっかくカフェを探し回ってるっていうときに二人でイチャコラしやがって…」

 

 荷台のふちに飛び降りると息をいっぱい吸い込んで…

 

「起きろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 …思いっきり叫んだ。

 

 

…………

 

 

 突然の大声にあたしは飛び起きた。ゴマちゃんだ。

 

「うわぁぁ!ゴマちゃん!?」

「ったく。人がせっかく探しに行ってるのに二人で抱きながら寝やがって…」

「あはは…ごめん…つい…」

「…ん?なんだイエイヌのやつまだ起きねえのか。呆れたやつだな」

「イエイヌちゃんは一度寝たらなかなか起きないんだ。ゆすっても声をかけてもダメでイエイヌちゃんが自然に起きるのを待つしかないんだよ」

「ほんとか~?」

 

 そういってイエイヌちゃんのそばに飛び移る。

 

「おい、起きろ。カフェを見つけたんだ。出発だぞ」

 

 ぺちぺち。

 

「ゴ、ゴマちゃん…」

「マジで起きねえな…仕方ねえ、あとは頼んだぜ」

「へ?」

 

 

 ごっとんごっとん。

 

 これ、思った以上に重い…イエイヌちゃんはこれをずっと一人で引っ張っていたんだ…すごいなぁ…きつそうな顔ひとつも見せずにこれを引っ張ってたなんて…後でなんて労おう…

 

「それそれ引っ張れともえちゃん丸!敵の根城はもうそこじゃー!」

「や、やめてゴマちゃん…」

 

 イーハーなんて叫びながら後ろで騒いでいる。なんだか声を聞いてるだけで疲れてくる…

 

「う、うう~ん…」

 

 イエイヌちゃんのうめく声が聞こえてきた。目が覚めたのかな。

 

「はっ!ともえちゃん!?」

「ともえなら荷車引っ張ってるぜ」

「うわあああ!やっちゃった!ともえちゃーん!」

 

 そう叫びながら荷車から飛び降りてあたしのもとへ駆け寄ってくる。

 

「あわわわわ!ごめんなさい!つい居眠りしちゃって!代わりますから荷台で休んでてください!」

「うん…お願い…」

 

 へとへとになりながら荷台に戻る。あんな重いものはもう引けないよ…しばらくはイエイヌちゃんに任せよう…

 

「ともえちゃんにひかせてしまった分その遅れを取り戻します!行きますよ!」

 

 ゴトゴトゴト!

 

「うわわ!速い速い!」

「おー!すげえな!速いぜ!いけいけー!」

 

 

 ……1時間くらい走っただろうか。イエイヌちゃんの持久力には感服するばっかりだ。

 やがてゴマちゃんがここだと反応した。

 

「そうそうこの灰色の何かが上までつながってたんだよな」

「これ…どうやって登るの…?」

「あれ使うんじゃないんですか?」

 

 イエイヌちゃんが指さす先には小さなゴンドラがある。なるほど。これを使って上まで登っていくのかもしれない。

 

「じゃあ二人はそれで行けよ。私は飛んでいくからよ」

「うん、わかった。じゃあ行こうか、イエイヌちゃん」

「はい!」

 

 ペダルをこいで上を目指す。これ結構大変かもしれない。ペダルは思ったより軽いけど結構遅いし山も高い。あたしの足は持つだろうか。

 

「ともえちゃん、大丈夫ですか?代わりましょうか?」

 

心配そうにイエイヌちゃんが尋ねてくる。イエイヌちゃんにはずっと荷車を引っ張ってもらったしその分できるだけあたしがこのゴンドラをこいでいたいけど…

 

「まだ大丈夫…変わってほしいって思ったときはあたしから言うから…」

「わかりました…無茶はしないでくださいね?」

「うん、ありがとう」

 

 

 …そしてなんとか山の5合目あたりまで来ることができた。もう全身汗だくで足もパンパンになってしまった。…イエイヌちゃんに代わってもらおう。

 サイドブレーキを引いて席を立つ。

 

「ぜぇ…ぜぇ…ご、ごめんイエイヌちゃん…代わってもらってもいい…?」

「はい!よろこんで!ともえちゃんはゆっくりお休みくださいね!」

 

 ひぃー、とよくわからない声を上げてゴンドラの隅に溶けるように座り込む。

 キュルキュルキュルとイエイヌちゃんのペダルをこぐ音が聞こえる。見てみると結構な速さで登って行ってるようだ。この調子だったら頂上まであっという間かもしれない。

 

「これ結構大変ですね…ともえちゃんもよくここまで登ってこれました…でもご安心ください!わたしが頂上まで登り切ってみせます!」

 

 そういうと倍の速さでペダルをこぎ始めた。ゴンドラはぐんぐんと登っていき、やがて頂上までたどり着くことができた。

 

 

…………

 

 

「ようやく着きましたね~」

「うん、お疲れ~。ところでゴマちゃんはどこだろう?着いてないってことはないと思うんだけど…」

「あの中ではないですか?」

 

 イエイヌちゃんが指さした先には一軒の小屋が見えた。アレがカフェ…?

 

「とりあえず入ってみよっか」

「はい」

 

 ドアを開けて中に入る。中にはゴマちゃんと別のフレンズさんがいた。

 

「あ~、いらっしゃぁ~い。ようこそ~、じゃぱりかふぇへ~!」

「おっ、遅いぞ~お前らー」

 

ゴマちゃんは中でゆっくりとくつろいでいた。紅茶と茶菓子まで完備してある。実に優雅である。

 

「さぁ、どうぞどうぞ~。ゆっくりしてってぇ~」

 

ニコニコ顔のフレンズさんがあたしたちに紅茶を差し出してくれた。紅茶の良い香りが鼻腔をくすぐる。

 

「あ~…いい香りだね~…疲れが癒されるよ~…」

「そうですね~…」

 

「さぁさぁ飲んで飲んでぇ~。きっと疲れも吹き飛ぶよぉ~」

 

「ありがとう。じゃあいただくね」

 

ズズズッ

 

「「はぁ~……」」

「どうどう?おいしいかな~?」

「うん…とっても…」

「いいですね~。わたしもこんなおいしい紅茶淹れることができればな~」

「んぅ?あなたもカフェかなにかやってるの?」

「カフェはやってないんですけど、いつかわたしのご主人さまが返ってきたときのために紅茶を淹れるようにしてるんです。まだ誰にも淹れたことはないんですけど…」

「へぇ~、そうなんだぁ~。だったら上達するためにもここで働いてみる~?かばんちゃんが来てからお客さんが来るようになったんだよ~。きっとそのご主人さまのお口に合うお茶も淹れれるようになるよぉ~!」

「お気持ちは嬉しいんですけど今はともえちゃんの旅のお供をしてますから…また今度でお願いします」

「んぅ~残念。じゃあ、気が向いたらお願いするよ~」

「はい。その時はお願いします」

 

 ハキハキと受け答えするイエイヌちゃんを見て大人だな~って思う。そしてこちらを見てニッコリ笑ってこう言った。

 

「でもやっぱりわたしはともえちゃんに一番飲んでもらいたいですね!」

「っ…!!」

「わぁ~!大胆な告白だねぇ~!」

 

 突然そう言われて真っ赤になる。なんだかキザだよ~イエイヌちゃん…

 

「あっはは!顔が紅茶みたいになってるぜ!」

「うぅ…」

「あはは、ちょっと気取っちゃいましたかね」

 

 ゴマちゃんが茶々を入れてイエイヌちゃんもいたずらっぽく笑う。も~なんなの…

 

「そ、そういえば名前聞いてなかったよね!あたしはともえ!この子はイエイヌちゃん!あなたは…」

「あ~そういえばまだしてなかったね~。あたしはアルパカっていうんだ~。見てわかると思うけどここでカフェを営んでるんだよぉ~。あんたたちのことはこのロードランナーちゃんから聞いてるよぉ~」

「あ、そうだったんだ」

「へへへ、わりぃな」

 

「それでぇ、なんだか飛ぶためにここに来たんだって?ぱらぐらいだー?っていうの使うんだっけ?あたしも見てみたいなぁ~」

「うん、でももうちょっとだけ休ませてくれるかな。紅茶ももう一杯もらえると嬉しいな」

「いいよいいよぉ~。いっぱいあるからどんどん飲んでいってねぇ~!」

 

 軽い足取りでお茶を入れに行くアルパカちゃん。

 ……いよいよあたしも空を飛ぶ時だ。なんだか少し緊張する。一歩間違えれば地上に向かって真っ逆さまだ。でもあたしは飛びたい。

 過去に飛んだ人たちも同じ気持ちだったのだろうか。そんな思いを噛みしめながらあたしはこの席に臨んだ。



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第7話「大空」

 パラグライダーを地面に広げる。風が強いから準備が終わるまでは飛ばないように気をつけなくちゃ。

 それとどうやらゴマちゃんが拾ったものはフルハーネス型安全帯といわれるものらしい。

 それを図書館で作った簡単な椅子とくっつけて簡易的なゴンドラにする。

 …図書館で見た本によるとこのまま走って風を受ければ良いらしい。あたしはそのまま端まで移動すると力の限り走ってみた。

 …キャノピーが重くてうまく走れない。このハーネスも結構重い。

 

 「手伝いましょうか?」

 「…うん。お願い。」

 

 イエイヌちゃんが手伝いを申し出てくれた。後ろから押してもらおう。

 

 「じゃあ、行くよ…」

 

 返事も待たずあたしは走りだした。後ろからイエイヌちゃんがぐいぐい押してくれるおかげでどんどん加速していく。それにつられてキャノピーが宙に舞っていく。やがてあたしの体は宙に浮いて空を舞い始めた。

 

「うわわ…!」

 

 風に煽られてぐんぐん登っていき、地上からどんどん離れていく。いよいよあたしも飛んだんだ…!

 

「ともえちゃん!」

 

 イエイヌちゃんが下から叫ぶ。すると急に体に衝撃が来た。

 

「イエイヌちゃん!」

「えへへ…来ちゃいました…」

「来ちゃいましたじゃないよ!危ないよ!?」

 

 あたしが座っている小さいゴンドラの少ないスペースに立っている。少しでも踏み外したらイエイヌちゃんが落ちちゃう…!どうにかしないと…

 そうしている間にもパラグライダーは登っていく。やがて雲を突き抜けるとそこには雲の海が広がっていた。

 

「うわぁ…」

「すごい…」

 

 眼前に広がる雲の海に息をのむあたしたち。雲の合間からはパークがのぞいている。あんなに広かったパークがとても小さく見える。今見えているのはパーク・セントラルだろうか。なんだかとても乾燥しているような黄金の平野も見える。もしかしてカラカルちゃんと会ったところなのだろうか。

 

「これが空から見たジャパリパーク…こんなに広いんだ…あれがサバンナ地方であれが砂漠地方…」

「これがヒトが憧れていた空、なんですね…なんだか今ならヒトの気持ちがわかる気がします…こんなに気持ちよくってこんなにきれいだなんて!」

「…うん!」

 

 イエイヌちゃんが全力で楽しんでいる。だったらあたしも楽しむ…この機会、この気持ち、二度と味わえないんだから!全力で楽しまなくっちゃ!

 

「すごい、すごいよイエイヌちゃん!空ってこんなに気持ちいいんだ!きれいだし空気もおいしいし風も気持ちいい!あたしこんなの全然知らなかった!」

「わたしもです!ともえちゃん!」

「おーい!おまえらー!」

「ゴマちゃん!」

 

 後ろからゴマちゃんがやってきた。心なしか少し興奮しているようだ。

 

 「へへっ、我慢できなくて私も来ちまった!」

 「ゴマちゃん!これすごいよ!空ってこんなに気持ちいいんだね!」

 

 子供のようにはしゃぐ。ゴマちゃんも応えるようにはにかんで見せる。あたしの気持ちをわかってくれているのだろうか。

 

「そうだな!私は走る方がメインで空を飛ぶこと自体そんなになかったからこんなの初めてだぜ!へへっ、すげえや!」

 

 ヒヤッホー!と雄たけびを上げながらローリングをしている。背中から落ちて行ったりと思えば急上昇したり自由自在だ。まるで風を我がものとした鳥類のフレンズといった様相のよう。

 

「へへーん!お前らも来いよー!」

「むぅ…わぁ!」

 

 体に衝撃が走る。どうやら上昇気流に乗ったようだ。ぐんぐんとあたしたちは高く昇っていく。

 そして目を下に見やると一つの島の形をしたジャパリパークが見えた。

 

 「きれい…」

 

 遠くに水平線が見える。空と海がくっきり分かれているのがわかる。そしてなにやら島のようなものも一緒に見える。

 

「あれが…博士ちゃんたちが言っていたゴコクエリア…」

「ともえちゃん!前!」

「え?」

 

 イエイヌちゃんに言われて前を見るとひとつの大きな雲が立ちふさがっていた。

 

「うわわ!どうしよう!」

「お任せを!」

 

 そういうとイエイヌちゃんはあたしの前へジャンプしてその爪でバッサリと切ってみせた。

 …そしてそのままあたしの元へと戻ってきた。というかそのままあたしが突撃するような形になったんだけど…

 

 ぼすっ!

 

 「もう!イエイヌちゃん!」

 「えへへ…」

 

 結局雲は切り払えずそのまま雲の中へと突撃してそのまま突き抜けたのだった。

 遠くには大きな積乱雲といくつもの山々のように見える大きな雲の数々。そして青い海。あたしはその美しい光景に見とれていた。

 

「パーク・セントラル…ともえちゃんとわたしが出会った場所です」

 

 ふとイエイヌちゃんが呟いた。下にはパーク・セントラルが見える。

 

「あのきれいな海も空もここジャパリパーク、そしてこのパーク・セントラルにつながっているんですね…」

「そうだね…」

 

 ふとなんだかエモーショナルな達観したような気持ちになった。

 

「ともえちゃん!一緒に飛びましょう!」

「え!?ちょっ、イエイヌちゃん!?」

 

 不意にイエイヌちゃんがあたしのハーネスを爪で切り裂いた。ふと体が軽くなる。

 

「うわ!落ちる!」

 

 そのままあたしは空中へと投げ出された。

 

「うわああああああああああああああああああああ!!?」

「大丈夫です!わたしを信じてください!」

 

 地面に向かって真っ逆さまに落ちていく。イエイヌちゃんがそのまま飛び込んであたしの手を握ってきた。

 

「大丈夫です、わたしを信じて…」

 

 そう言ってイエイヌちゃんはあたしの顔を静かに見つめてきた。

 

「ほら!ゴマちゃんみたいに飛びましょう!楽しいですよ!」

 

 そう言ってあたしから離れるとくるくる回ってみせるイエイヌちゃん。こうなったらヤケだ!

 

「ん!」

 

 大の字になって落ちてみてから四肢で風の抵抗を全力で受け止める。時節ローリングしたり宙返りしたりしてみる。

 

(姿勢によって落ちる速さが変わってくるんだ…)

 

「ほら!イエイヌちゃん!」

「あはっ!上手です!」

 

 イエイヌちゃんを見つめながら背中から落ちていく。雲を突き抜けるとイエイヌちゃんがあたしにダイブしてきた。

 手を取り合って二人でいっしょに落ちていく。

 

「おまえらー!」

 

 誰かに呼ばれるとともに襟をつかまれそのまま上へと連れ戻されていかれる。ゴマちゃんだ。そのまま再び雲を突き抜けるとゴマちゃんはあたしたちを手放した。

 

 「鳥のフレンズのまね事かー!へっ!私が手本を見せてやるぜ!」

 

 ゴマちゃんの目が光る。野生解放だ。なにをしてくるつもりなのだろうか。

 

「私のまねをしてみなー!」

 

 そういうとローリングしながら急降下していった。

 

「ええ、やってみますとも!負けませんから!」

 

 尻尾で器用に体制を整えながら体を逆さまにして落ちていく。あ、あたしも続いた方がいいのかな…

 …ええい!どうにでもなれ!

 

 …しかしうまくいかないものでくるくるしたかと思えばお尻から落ちたり頭から真っ逆さまに落ちたりしてしまう。

 

「あっはは!おもしれーの!」

「た、たすけてー!」

 

 あたしと並走しながらケラケラと笑ってくる。笑ってないで助けてよー!

 

「しゃーねえなー。ほれ!」

 

 あたしの体を掴むと一緒に急降下し始めた。

 

「下でお友達が待ってるぜ!一気に行くから意識飛ばねえようにしっかり気張れよ!」

 

 そう言うと一気に急降下し始めた。隼にも負けないような圧倒的な速さだ。

 

「ほれ、見えてきたぞ!」

「イエイヌちゃーん!」

「! ともえちゃん!」

「そうら、行ってこーい!」

 

 そう言ってあたしを砲弾のように放り投げた。一直線にイエイヌちゃんに向かって落ちていく。

 

「ともえちゃん!」

 

 あたしを受け止めた反動でふたり一緒に一回転した。程なくしてゴマちゃんが飛んできて三人一緒になって空を飛ぶ。

 

「まだまだだぜ!」

 

 海面に向かってダイブしていき海面スレスレを飛行する。お腹に強い揚力を感じて少し苦しくなった。

 

「ヘヘン。この速さだとサンドスターさえあれば無限に飛んでいられるんだぜ!」

 

 潮風と潮のにおいを全身で感じ取る。なんだか本当に鳥さんになったような気分だ。それはイエイヌちゃんも例外ではないようで、目をつむりながらあたしと同じく風に身を任せているようだった。

 あたしたちはこの広大ともいえるジャパリパークの海を、無限ともいえる時間を飛び続けたのだった。

 

 

…………

 

 

「いやー、すごかったねぇ」

「そうですねー…」

 

 お互い潮風と風の力でボサボサになってしまっていた。

 あたしは髪の毛がカピカピに乾いてあちこち髪の毛が跳ねてしまっている。

 イエイヌちゃんは特に悲惨だ。しっぽはサボテンみたいになって髪の毛の方は枝毛が見事に出来上がってしまっている。大事なもふもふが台無しだ。

 

「あっはは!二人とも大変なことになってるな!いやー、でもすっげえ楽しかったな!空を飛ぶのがこんなに気持ち良いなんて思いもしなかったぜ!」

 

 そう言うゴマちゃんも大変なことになっている。なんていうか全体的にもっさりしている。

 

「ふふふ、ゴマちゃんもすごいことになってるよ。でもそうだね。すごく楽しかった。三人だけの一生の思い出だね」

「そうですね。このことは一生忘れないでしょう。あの風を切る感じ…風に身を任せて…フレンズの体でなければ感じ得なかったあの感覚…一生の宝物です」

「ははは、そうだな。お前らに付いていかなかったら味わえなかったもんな。お前らに付いて行って良かったって思うぜ」

「あたしもゴマちゃんが付いてきてくれて本当に良かったって思うよ。ゴマちゃんがいてくれたおかげで今日の空の旅がすごく楽しくなったんだもん。それにゴマちゃんのはしゃぐ姿、とっても楽しそうで見ているあたしまで楽しくなったしとっても盛り上がったからね。今日一番の立役者はゴマちゃんで決まりだよ!」

「そ、そうかよ…へへ……さんきゅーな…」

 

 そう言って照れるゴマちゃん。照れちゃってかわいいんだぁ。こういう一面もあるんだなぁ。

 

「照れちゃってかわいい。ゴマちゃんも女の子なんだね」

「う、うっせー!さりげなく失礼だぞお前!」

 

 そうやって三人で笑いあった。

 なんだか今日は疲れちゃったなぁ。一日中飛んでいた疲れがドッとのしかかる。なんだか少し頭も痛い。酸欠なのかな。

 でも今日はすごく楽しかった。空を飛びたいというあたしの願いもかなった。アクションをしてくれたイエイヌちゃん。一緒に飛んでくれたゴマちゃん。二人ともあたしの大切な友達だ。今日という思い出を大事にしたい。

 …そう思いながらあたしたちは眠りについた。明日もまた楽しい冒険が始まる。



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第8話「ビースト」

 あたしの名前はアムールトラ。みんなはあたしのことをビーストと呼んでいる。

 どうやらあたしはフレンズ化する際にセルリウム…サンドスター・ロウを吸収してしまったようだった。

 そのせいかはわからないがあたしの中で破壊衝動や憎悪、憤怒といった感情が無尽蔵に湧いて出てくる。

 どれだけのフレンズやセルリアンに手をかけてきただろうか。数多のセルリアンやフレンズを手にかけてもこれらの感情が鎮まることはなかった。

 だが、あの子…あのヒトの子にだけは手を出せなかった。あたしの中の声が言うのだ。

 

「あの子に手を出してはならぬ…あの子を手にかけてはならない…」

「どうなるかはわかっているだろう…?」

 

 あの時、あたしの中に声が聞こえた。あたしは憎悪や殺戮衝動を押し殺して必死になってあの場から去ったのだ。なぜ殺しては駄目なのかあたしにはわからなかった。だけど殺してはいけないことだけはわかった。

 だけどいつか…あたしは再びあの子に会ったとしてこの限りのない殺戮衝動を堪えることはできるのだろうか。もしできずに殺してしまったら?もしあの子を殺めてしまったら?どうなるのかあたしにはわからない。

 ただ、あたしやあの子のためにもあたしたちは会わない方が良いだろう。それだけはわかっていた。

 だからあたしはあの子たちに会わないようにしながら今日もケダモノのごとく殺戮を繰り返していく。

 

 

…………

 

 

「これは興味深いですね、博士」

「サンドスター・ロウを吸収したフレンズ…さしずめフレンズとセルリアンの混血といったところなのでしょうか。しかしすごい殺気なのです、助手」

「この場にいるだけで空気がビリビリと張りつめているようなのです」

 

 この子達は一体何を言っているのだ…?

 手足が鎖でつながれている。身動きが取れない。気が付くとあたしは二人の鳥を模したような子の前で縛られていた。

 

「どうしますか?博士。このまま生かしておくとパークのフレンズたちに甚大な被害が出るのです」

 

 生かしておくと…?どういう意味だ…?

 

「セルリアンに食わせるかこの場で殺すか…になるのですかね、助手」

 

 殺す…?あたしを…?なぜ…?

 言い知れようのない怒りがこみあげてくる。

 

「怒っているようなのです、博士」

「驚きましたね、助手。わたしたちの言葉が理解できているようなのです。てっきり理解できないと踏んでいたのですが」

 

 理解できないはずがない。こいつたちははっきりとあたしを殺すといった。それともセルリアンとやらに食わせるといったか。いずれにせよ絶対に許せない。

 

「野生解放してきましたよ、博士。わたしたちとやる気のようなのです」

「まともにやって勝てるはずがないのです。手っ取り早く処分するのですよ」

 

 させるものか…!

 

 バッキン!!!

 

「こいつ…!」

「ウ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!゛!゛!゛」

 

 殺られるものか…殺されてなるものか!なぜ殺されなければならない!!!

 

「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!゛!゛」

 

 ズガンッ!

 

「なんという力…!このままでは…!」

「博士!わたしたちでは手に負えないのです!ここはいったん逃げるのです!」

 

 逃がさん…!殺される前に殺してやる…!

 

「博士!!!」

 

 ……あと少しというところで逃げられてしまった。あたしの上を飛ぶ二人を睨む。憎い…憎い憎い憎い…ッ!!!許せないッ!!!

 

「…睨まれているだけなのに身震いするようなのです」

「尋常じゃない殺意なのです…きっとこのままでは確実にあいつに殺されてしまうのです」

「どうしますか?博士」

「そうですね…あまりこういうことはしたくないのですが…」

 

 なにをしている…?早く降りてこい!殺してやる!

 

 ボッ!

 

 突如あたしの前で何かが爆発した。あたりが燃えている。あたしの中で得体のしれない恐怖が巻き起こる。

 

「いざというときのために作っておいた博士ちゃん特製の簡易的な焼夷爆弾なのです。延焼しなければいいのですが…とりあえず今は逃げるのです」

「外してんじゃねえよなのです」

 

 炎に気を取られている間に逃げられてしまった。

 ……だが今はいい。今はとりあえず逃げるのだ。そしてその後のことを考えればいい。いつか必ず…あの二人を…

 

「…あれはフレンズと言っていいのでしょうか、博士」

「あれはフレンズではないのです。サンドスター・ロウを吸収したけもの…ビーストと呼ぶのが適当なのです」

「ですね、博士。今のうちにビーストのことを皆に広めるのです。あれはセルリアンよりもずっと厄介なのです」

「そうですね、助手。けもの本来が持つ凶暴性とフレンズの身体能力、そしてセルリアンのごとく無差別にフレンズを襲う習性…一刻も早く皆に知らせるべきなのです」

 

 

…………

 

 

「た、たすけ…」

 

 今日も一人フレンズに手をかけた。罪悪感なんて感じなかった。あたしはあたしの本能に従ってフレンズを殺したのだ。

 そこに罪悪感とか後ろめたさなんてなかった。

 中には得物で抵抗してくる者もいたがあたしの爪の前には無力に等しかった。自分から挑んでくる分逃げまわるフレンズより殺しやすかった。

 傷つきはしたがそんな些細なことはどうでもよかった。しばらくもしないうちに治るからだ。

 次の獲物を探しに行く。セルリアンなんて脆弱で無反応なものよりフレンズが良い。だけどいないよりはマシなのでセルリアンでも見つけ次第容赦なく叩き潰していく。

 

 そこに彼女はいた。

 

「あっ…」

 

 ……あのヒトの子だ。出会いたくはなかったが会ってしまった以上は仕様がない。ここで殺す。

 

「ともえちゃん!逃げて!」

「ビースト…!」

 

(殺してはならない…)

 

 ───またあの声だ…頭の中でぐわんぐわんと響く。

 

「ウ゛、ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛・・・!゛」

「よ、様子が変だぞ…!」

「ともえちゃん!今のうちに!」

「う、うん!」

 

 頭の中が激しくきしむ。あたしの意思とは違う別の"なにか"があたしに命令している。精神が分裂するようだ。

 …うるさい…うるさいうるさいうるさい!!!

 あたしに命令するなッ!!!

 

「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛!゛!゛」

 

 ケダモノのような咆哮を上げて突進する。獲物は目と鼻の先にある。

 

「っ…!」

「させません!」

 

 横やりを食らう。イヌのようなフレンズがあたしの邪魔をしてきた。邪魔をされるのは癪だが獲物は多い方が良い。あたしは一人一人いたぶることにした。

 

「グルルルルル…」

 

 威嚇のつもりか…?矮小な体で威嚇をされても逆にあたしを昂らせるだ。

 やがてそいつはあたしに向かって飛び込んできた。動きは機敏だがリーチが短すぎる。こんなもの少しかわしてあたしの腕で薙ぎ払えば一撃で沈むだろう。

 

「イエイヌちゃん!逃げて!」

「ともえちゃんこそ逃げてください!わたしはここで食い止めます!」

 

 逃げる?逃がしはせん。ここでまとめて潰してやる。

 大振りに腕を上げ勢いよくこのイヌに振り下ろす。だがこいつはちょこまかとあっちへこっちへとかわしていく。攻撃が当たらないと踏んだのか攻撃してこなくなった。

 こうなっては面白みがない。ただ鬱陶しいだけの存在だ。

 沸々と憤怒の情が込み上げてくる。

 

「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」

「ッ…!!」

 

 一直線にイヌを睨む。あたしの咆哮で怖気づいたようだ。

 ……殺すなら今……

 

「う、うあーーーーーっ!」

「!?」

 

 あのヒトの子が叫ぶ。

 ……その手には燃える松明を持っていた。

 あの時に感じた恐怖の感情が蘇ってくる。

 ───怯んでは駄目だ……怯えては駄目だ……だが本能があれに近づいてはならないと警鐘を鳴らしている。

 

「うあーーーーーっ!うあーーーーーーっ!」

 

 あんな脆弱で触れただけで死んでしまうような存在に何を怯える必要がある。あたしに歯向かってきているなら今がチャンスではないのか。

 そう思ったとき再びあの声が聞こえてきた。

 

(殺してはならない…手を出してはいけない…)

 

「ヌ゛ゥ゛・・・ッ゛!゛ク゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛・・・ッ゛ッ゛!゛!゛」

 

 頭が痛い……ッ!頭が…割れるようだ……ッ!

 

「イエイヌちゃん!こっちに!」

「!!」

 

 ク…ッ!一匹に逃げられたか…ッ!

 

「うあーーーーー!あっちに行けーーーー!」

 

 松明を振り回してあたしに威嚇してくる。癪だがいったん引いて松明を下ろすのを待つしかないだろう。

 確実に仕留めてやる…

 

「ゴマちゃん…」

「っ…!!」

「お願い…助けを…呼んできてもらえるかな…」

「………無理だ…私…怖くてうごけねえ…」

「ゴマちゃんしか頼める子がいないの!早く行って!」

「ッ…!!わ…わかった……ぜ……」

 

 鳥が一匹逃げたか…あの中ではもっともうまみのない奴だろうが…まぁ良い。手早くあの二匹を片付けなければ。

 厄介なことになる前にな…



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第9話「ランナー」

 私は無我夢中であの場所から逃げた。安全と思われるところまで飛ぶと逃げるように走った。時節ビーストの咆哮が聞こえてくる。

 私はとても怖かった。常に野生解放していて血走ったような殺意をむき出しにしているあの目。半ばけものに戻っていて鈍く光る鋭い爪。そしてあのフレンズとは思えない異様な巨躯。あんなのを見て恐怖を感じない方がおかしい。

 しばらく走ると私は勢いよく寝転んだ。

 

「ハッ…!ハッ…!ハッ…!」

 

 せき込むように勢いよく呼吸をする。全力で走って逃げたんだ。こうなるのは当然だ。

 

「ハァ…!…あいつら…戦ってたな…」

 

 勝てもしない相手に全力で戦っていた。力の差は歴然としているはずなのにどうして戦っていたんだ…?怯えていたのは私だけじゃないか。

 

「あいつら…助けを呼んできてって言ってたけどもう死んでるんじゃ…」

 

 だとしたら助けを呼ぶ意味がない。一人でさっさと逃げてしまおうか…けどそうしたらプロングホーン様になんていえばいいのか…

 考えてみたってそうだ。相手はあのビーストだ。何人のフレンズを殺してきたと思うんだ。あいつは殺すために殺している。相手の命を奪うことに何の抵抗もないはずだ。

 片や私たちはどうなんだ?私は言わずもがな戦えるのはイエイヌ一人だけだ。さっき見た戦闘でもまったく歯が立っていなかった。それどころか攻撃するためには相手のリーチに深く切り込む必要があったじゃないか。

 それに今ここで帰っても別にいいんじゃないのか?プロングホーン様だって私を追い出すようなことはしないはずだ。あの二人のことは忘れて悪徳者として生き伸びてやろうか…今まで通りプロングホーン様とチーターと馬鹿やって過ごすんだ。

 

 ……いいや、あいつらは私を信じて送り出したんじゃないのか。私は今まさしくそれを裏切ろうとしていないか。そう考えるとむかっ腹が立ってきた。

 

「逃げるわけにはいかねえ。あいつらは助けを呼ぶようお願いしたんだ。私はあいつらの友達じゃねえか!戦えない私に何を頼んだっていうんだ!行くしかねえじゃねえか!」

 

 震える足に力をこめる。体力はまだ十分に回復してはいないが構わなかった。私は全力で走った。

 ここがどこだか私にはわからない。だが走っていれば誰かに出会えるはずだ。

 しかし誰でも良いというわけではない。草食系のフレンズであればあのビーストと戦えば秒で殺されるはずだ。ミナミコアリクイなんかは論外だ。できればアイツと対等に渡り合える肉食系のフレンズが良いんだが…

 

「おーい!誰かー!」

 

 誰も反応しない。シーンと静まり返っている。今は夜だけど夜行性の子くらい反応しても良いはずだ。それなのに誰も反応を示してくれない。

 

「まさかビーストの気に圧されてみんな逃げたんじゃ…」

 

 考えててもしょうがない。私はまた走りだした。この様子ではこの地方に住むフレンズはみんなあてにならないはずだ。どこか別の地方に行かないと…

 

 

…………

 

 

「おーい!誰かいないのかー!?」

 

 どれくらい走っただろうか。気が付けば日は高く昇っていた。もしかするとといけない妄想が頭を駆け巡るが、そんなはずはないと必死に拒否する。

 

「おーーい!誰かいないのかよー!?」

 

 泣きそうになりながら辺り一面に向かって叫ぶが、まるでそこには私しかいないとばかりに何の反応も示さない。

 ひどい孤独感と絶望に包まれた。

 

「誰か…いねえのかよ…」

 

 私は広い平野の中にただ一人膝をついて泣いていた。一人叫んで走ることしかできない私が悔しくてならなかった。水色のビープと書かれたシャツもなんだか虚栄にしか思えず空しいだけだった。

 

「私は…どうすればいいんだよお!」

 

 そのとき何とも言えない不思議な音が聞こえてきた。

 

「~~~♪゛ ~~♪゛」

 

 世界中のいびきを煮詰めたようなすごい音だ。だけどその音に私はひとつの希望を感じた。

 

「誰かいる…誰かいるんだ…!!おーーーーーーい!!!」

 

 私はめいっぱい力の限り叫んだ。どこにいるのか、誰なのかさえわからない、そんなやつらのために叫んだ。頼む…返事をしてくれ…!

 そしてそいつは私のもとに舞い降りてきた。

 

「私を呼ぶのは…あなた…?」

「あぁ…よかった…よかったぁ…!」

「…?どうしたの…?」

「ひぐっ…えぐっ…うええええぇぇぇええぇええ!!」

 

 

…………

 

 

「そう…あなたのお友達が…」

「なぁ、頼む!なんとかできないか!?」

 

 藁にもすがる思いで私はそのトキというフレンズに助けを求めた。明らかに頼りにならなそうだがそれは私だって同じだ。こうしてあちこち走り回って助けを求めることしかできない。

 

「でも…私もビーストには手を出せないわ。私は歌うことしかできないし、ヘタすればセルリアンだって集まってきちゃう…」

「セルリアン…それだ!」

 

 トキの歌声はセルリアンを集める効果があるという。あんな歌を聞かせられたら止めにも入りたくなるだろうがどうやらセルリアンにも効くらしい。物理的に止めようとしているのかわからないがこれなら頼りになりそうだ。

 

「セルリアンを集めれば少しはあいつの注意をそらすことができる!その間に…!」

「待って、この地方にはヘラジカやライオンがいたはずよ。その子たちにも応援を頼みましょう」

「ああ!そうだな!」

 

 ヘラジカとライオン…私も聞いたことがある。

 森の王者であるヘラジカはその圧倒的な力でこの平原地方一帯を統べるといわれている。王者の名に恥じずその力量もさすがなもので彼女の右に出るものはいないとのことだ。

 一方のライオンは百獣の王の名に恥じない圧倒的なカリスマと力でこの平原地方を支配するもう一人の支配者と呼ばれているそうだ。パワー一編倒しのヘラジカと違ってちゃんと作戦の立案もするのだとか。ただ若干めんどくさがりと噂だ。

 この二人さえいればともえも助けられるかも…!

 

「なぁトキ!今すぐそいつらのもとに案内してくれないか!ともえのやつもいつまでもつかわからないんだ!あいつきっと今ごろ…!」

「泣かないの。いつも通りならあの子たちもいつもの場所で遊んでるはずだからそこに行きましょうか」

 

 そうして私はトキに連れられてそのヘラジカとライオンの元へと向かうのだった。

 

 

…………

 

 

「…ほう。それでこの私のもとに助けを求めに来たと…」

「…っ。ああ…」

 

 話しているだけなのにその雰囲気に気圧される。静かに話すその口調からは王者たる威厳がビシビシと感じられる。

 

「して、その子は今どこに…?」

「あの…森の中だ。……もう何時間も前からあそこ戦っているんだ。なぁ、あいつ今ごろどうなっているかわかんねえんだ!頼む!今すぐ一緒に来てくれ!」

「そう急くな。急いては事を仕損じるというぞ」

「なに悠長なことを言ってるんだよ!?人の命がかかってるんだぞ!?」

「…それがフレンズにものを頼む態度か?」

 

 ギロリと二つの眼があたしを睨む。一瞬怖気づいてしまったが私も負けじと睨み返す。

 

「そう意地悪をするなライオンよ。だがいまいち話が見えないな。誰がビーストと戦っているのだ?」

 

 壁に寄りかかっていたヘラジカが間に割って入る。

 

「私の友達だって言ってるだろ!?名前はともえとイエイヌだ!なんか文句あんのかよ!?」

「ほう、ともえ…」

 

 なんだか思い当たる節があるようでしばらく考えるそぶりを見せる。ああ、イライラする…!

 

「ともえといえば最近遊びに来たカラカルが言っていたな。なんでもヒトの子だとか。ヒトといえばあのカバンがここに来たことを思い出すな」

「そうだねぇ~。あんたの所に送って勝たせるよう工作したんだっけ~」

「な!?お前そんなことをしたのか!?」

「あっはは!」

 

 なんだあいつ。急に雰囲気が変わりやがった。でもカバン?他のところでもその名前を聞いたぞ。ともえと同じヒトなのか…?

 

「だけどどうしてビーストと戦うことになったんだい?」

「私にもわかんねえ…ただともえたちと次はどこへ行こうかって話しながら歩いてたらひょいって草むらの陰から飛び出してきたんだ」

「ふむ…しかしあいつもここいらに出るようになったか。どこへ行くかもわからん暴風のようなものだとは思ってはいたが…」

「…わたしたちも胡坐をかいて見ているようではいかなくなったようだねぇ」

 

 ライオンがのっそりと立ち上がった。立ったということは…

 

「お前ら…助けてくれるのか…?」

「…うん、前に一度、同じヒトの子に助けられたからね。これも何かの縁さ。ここはひとつ、その願いを承ろうじゃないか」

「っ…!!すまねえ、恩に着るぜ…!」

 

 そうして私たちはライオンの本拠地である城を飛び出した。あとはこいつらを連れてともえのもとへ戻るだけだ。

 

「説得は終わったようね。これからどうするの?」

「トキはヘラジカを連れて行ってくれ。私は飛ぶより走る方が得意だからライオンを背負って走っていく。見失わないようにしてくれよな。さぁ、行くぜ!」

 

 そう言うと返事も待たずに走りだした。どうか無事でいてくれよ…!

 

「早いわね、あの子たち」

「お前も急いだ方が良いんじゃないのか?あの様子だと相当切羽詰まってたようだったぞ」

「そうね、急ごうかしら」

 

 

 ……何もない平野をただひたすらに駆けていく。あの日走ったかけっこ以上の速さでひたすら走り続ける。心臓が激しく脈打つ。今にも破裂しそうだ。

 

「クソッ…!なんでもっと速く走れねえんだよこの体はよぉ!」

「…別にわたしが走ってもいいんだぞ」

「そんなことできねえよ!お前には体力を温存してあのビーストと戦ってもらう必要があるんだ!ここで体力を消耗させて負けてしまったらどうすんだ!」

「むぅ…」

 

 飛んで走って少しでも早くあいつの元へ行こうとするけどどうしても私の不甲斐なさに唇を噛んでしまう。

 

「…そう焦るんじゃないよ。言っただろう。急いては事を仕損じる。焦る気持ちはわかるが、焦って転んでケガでもしてみな。今まで速く走れたのが走れなくなるかもしれないよ」

「ッ…!!」

 

 あの時のかけっこを思い出した。イエイヌのやつ派手に転んで右足からかなりの血を出していたっけ。私はその時なにをしていた?

 

「わかった…すまねえ、ライオン」

「ん。わかったのなら良し」

 

(すまねえ、イエイヌ…あのとき、私は…!)

 

 そんな思いを噛みしめながら悔しさをバネに走っていく。ライオンは遠く一点をじっと見つめている。見つめる先はともえがいる森林だ。

 少し先に濁流が流れているのが見える。その先には数匹のセルリアンがたむろしている。

 

「こんなところにセルリアンが出るなんて珍しいね。しかもそこそこな大きさがあるよ」

「クッ…!なにもかもが私の邪魔をしやがってえええええええ!」

 

 一気に加速して濁流の川を飛び越える。そしてその先にいるセルリアンに突撃していく。

 

「邪魔なんだよおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 思いっきり蹴り飛ばす。うち一匹のセルリアンの石をたたき割った。他にも数匹いたが石は割らずにそのまま突き進んだ。

 

「頼もしいね。今の君は猛禽類の子たちにも負けていないよ」

「へっ!そうかよ。確かに心だけならスカイインパルスのやつらにも負けないかもな!」

 

 待ってろよ…!今そっちに向かっているからな…!

 

 

…………

 

 

 日が高く昇っている。容赦なくその光が私を照り付けてくる。ジワジワと体力が奪われていき、とうとう私は倒れてしまった。

 

「ハァ…ッ!ハァ…ッ!」

「まったく無茶をするね…」

 

 ひょいと抱きかかえられる。

 

「ダメだ…あんたは休んでないと…」

「頑固なことを言うんじゃないよ。あんたは十分に走った。それにわたしだってちょっと走っただけでへばるようなタマじゃないよ。わたしが走ってやるからあんたは少し休んでな」

 

 そう言ってライオンは走りだした。決して速いというわけではないが優雅で安心感のある走りだった。元のけものでもこんな感じで走っていたのだろうか。

 

「この方向で合ってるのかい」

「ああ……すまねえな、なにもかもあんたに頼っちまって」

「いいんだよ、わたしが好きでやってることだしね」

「へへ…あんたが百獣の王と呼ばれる理由がわかる気がするぜ…」

 

 

「……おい、起きて。起きな!」

 

 ふと揺さぶられて目を覚ます。

 

「ここからともえの場所まではもう近いのだろう。ここからは君が走っておくれよ」

「あ、ああ、すまねえな。すっかり眠っちまった」

 

 森が近くに見える。ライオンがここまで走ってきたのだろう。もうともえのいるところまでも近い。

 日も傾いている。辺りは夕日に照らされて赤く染まっている。夜が来るまでに急いでともえの元に急がなくては…

 

「…早く行かなくっちゃな。あいつもきっと待っているはずだ。…待っててくれよ。きっと間に合ってみせるからな!」

 

 森の中から煙が上がっているのが見える。あれはきっとともえが生きて戦っている証だ。

 後ろにはトキが飛んできているのが見える。準備は万端だ。

 私は覚悟を決めると森へと向かって走り出した。



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第10話「ビーストとフレンズとアムールトラ」

 …もう丸一日経っている。夕日も沈みあたしたちは二回目の夜を迎えた。松明も無限にあるわけではない。かばんに入れていたじゃぱりマンと水ももう底をついている。

 イエイヌちゃんも四六時中ずっと音とニオイでビーストを探っているせいで憔悴しきっている。そういうあたしも心身ともに擦り切っていた。

 ビーストもずっと草むらに隠れてこちらの様子をうかがっている。集中力を切らして膝をついた瞬間が負けだ。少しでも気を抜いたら一瞬にして切り裂かれてしまうだろう。

 流れる汗と飛び回る羽虫があたしの集中力を乱す。ある意味ビーストよりも厄介だ。けどこんなのに負けるわけにはいかない。あたしは負けない。きっとゴマちゃんは助けを呼んできてくれる。それだけがあたしに残された唯一の希望だった。

 

「ゴマちゃんはきっと来る。きっと…」

「~~~♪゛ ~~♪゛」

「!?」

 

 急にビーストとは違う別の叫び声が聞こえた。不気味な怪物のうめき声というかなんというか…

 ビーストとは違う別の敵がやってきたの…?あたしは気を失いそうになった。

 

「いたぞ!そこだ!」

 

 急に声が聞こえた。ゴマちゃんだ…!

 

「ともえよ!助けに来たぞ!」

「待たせたね!」

 

 二人のフレンズさんが空から降りてきた。大きな角が特徴のフレンズさんと大きなたてがみが特徴のフレンズさんだ。

 

「あれがビーストだね…すごい殺気だ…だけど負けないよ!野生解放で一気に片を付けてやる!」

「お前たちもよく耐えたな。ここからは私たちに任せな!」

 

 あっけにとられて茫然としていた。助けが来たんだ…本当に…

 

「お前ら!大丈夫か!?」

「あ…あ…ゴマ…ちゃん…」

「もう大丈夫だからな!しっかり助けは呼んできたからな!?」

 

 ゴマちゃんが戻ってきてくれた。ゴマちゃんもボロボロになっている。感情がぐちゃぐちゃになってあたしは泣きながらゴマちゃんに抱きついた。

 

「怖かった…怖かったよぉ…」

「すまねぇな…遅れ…ちまった…」

 

 ゴマちゃんもそう言って泣き出した。二人でわんわんと声を上げながら泣きあった。

 

「すまねぇ!私、何回ももう諦めようとかもうダメなんじゃないかって逃げ出そうとしちまった!私、お前たちになんて詫びをすればいいか…」

「あたしもだよ!あたしも何回も助けは来ないんじゃないかって思って諦めようとしたもん!あたし、ゴマちゃんを信じ切れなかったんだ…」

 

 二人で激白しあって互いにまたわんわんと泣き出す。そしてゴマちゃんの後ろで白い鳥のフレンズさんが言い出した。

 

「あなたも疲れたでしょう。こっちにいらっしゃい。今だけ私があなたを癒してあげるわ」

「あ…あぁ…」

 

 イエイヌちゃんはよろよろとその鳥のフレンズさんの元へ行き、倒れこむようにその体をあずけた。そのフレンズさんは優しくイエイヌちゃんを抱擁しているようだった。

 

「よしよし、ビースト相手によく頑張ったわね。偉いわ」

「……っ!」

 

 声を押し殺して泣いているようだ。イエイヌちゃんもよほどきつかったのだろう。それもそのはずだ。あたしに代わってビーストとずっと対峙していたんだ。きつくないはずがない。あたしは胸を貸すことも慰めることもできない。そんな自分が嫌いになりそうだった。

 

「ウ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」

 

 ビーストが絶叫する。再び辺りがビーストの殺気に包まれる。あたしもゴマちゃんもその雰囲気に気圧されて黙ってしまった。

 

「な゛せ゛た゛!゛!゛な゛せ゛あ゛た゛し゛か゛こ゛ろ゛さ゛れ゛な゛け゛れ゛は゛な゛ら゛な゛い゛!゛!゛!゛あ゛た゛し゛か゛な゛に゛を゛し゛た゛と゛い゛う゛の゛た゛!゛!゛!゛」

 

ビーストが呪いの言葉を叫ぶ。あれだけのフレンズさんたちを殺しておいてそんなことを言うの…!?現にあたしたちを殺そうとしているのに…!信じられない…!

 

「はっ…!すごい絶叫と殺意だな…武者震いがしてくるようだぞ…!」

「正直言ってわたしも怖いと思ってるよ…こんなのに勝てるのかね…」

「だが確実にダメージは与えていっている…ライオンよ、腕だ。腕を狙え。そうすれば攻撃が鈍って戦いやすくなるぞ!」

「りょうかい…!」

 

 攻撃を躱し懐に入り込んで双頭の槍で腕に連撃を与えていっている。ビーストが怯んでる…!

 

「ライオン!」

「ああ!ズアアアアアアアアッッ!!!」

 

 ライオンの一撃がビーストの頭にクリーンヒットした。ビーストもたまらずダウンする。

 

「ク゛ゥ゛ゥ゛・・・」

 

「よし!いいぞ!このままトドメを…」

 

 ズゥゥン…ズゥゥン…

 

 遠くから地響きが聞こえる。一定のリズムで響いているようだ。今度はいったい何が起きるの…?

 

「このにおい…セルリアン…!」

 

 セルリアンが来る…?このタイミングで…?

 目の前が暗くなるのを堪えて必死に自分を保つ。

 

「みんなが戦ってくれているのにあたしだけ……負けるもんか……!」

 

「みんな!大変だ!超大型の黒いセルリアンだ!他に大きいのや小さいのがわんさかいやがる!」

 

 ゴマちゃんが上空からセルリアンが来たと伝える。あのサバンナ地方で見た大きいセルリアンの他にもいっぱいいるらしい。どうしたらいいの…!

 対策を考えようと混乱する頭でいろんな考えを張り巡らせる。

 

「ごめんなさいね。私の歌声でセルリアンを呼びつけちゃったみたい」

「えぇ!?」

 

 どうやらこのトキちゃんの歌声にはセルリアンを呼び寄せる効果があるらしい。そんなのってないよ…

 

「来るぞお!!!」

 

 次の瞬間上空に黒いセルリアンの体が見えた。体調は優に300mは超えているだろうか。サバンナで見たあの黒いセルリアンと違って複数の目が見える。どうやら複数のセルリアンの集合体のようだ。

 あたしは深い絶望感に襲われた。ビーストだけならまだしもこんなものを見せられたら誰だって心が折れると思うんだ。

 

「うわぁ!」

 

 ヘラジカちゃんとライオンちゃんの悲鳴が聞こえた。

 次の瞬間ビーストがセルリアンに突進していくのが見えた。ビーストとセルリアンが交戦するのをしっかり確認するとあたしはヘラジカちゃんとライオンちゃんの元に駆け寄った。

 

「ゆ、油断した…情けない限りだ…」

「た、大変!血が出てる!手当しないと…」

「大丈夫だ、たいしたことない…それよりライオンは…?」

「わたしも大丈夫…それよりあいつは…」

 

 遠くを見やるとビーストがセルリアンと戦っている。黒い体に寄生しているセルリアンから触手が生えている。ビーストはそれを掴んではちぎって、その爪でセルリアンを引き裂いている。

 

「みんな、セルリアンの来襲です!気を付けてください!」

 

 イエイヌちゃんが叫ぶ。木々の隙間や草むらから青や紫や橙のいろんな色のセルリアンが姿を出してきた。

 

「任せておけ。数はともかくこれくらいの大きさの相手なら私とライオンで十分だ。なぁアイオンよ!」

「あぁ、これくらいなら!」

 

 二人は次々とセルリアンを薙いでいく。裂いて、叩いて、切っていって次々と撃退していっている。けどあまりにも数が多すぎる。石を叩けない分完全な撃破はできず二人は徐々に体力を消耗していくばかりだ。

 

 パッカーン!

 

 セルリアンの一匹がはじけ飛ぶ。そして次々と周りのセルリアンも弾けていく。

 

「石の破壊は私に任せてください!二人はセルリアンがともえちゃんに近づかないように撃退をお願いします!」

「任された!」

「あいよ!」

 

 そうして三人は連携して次々とセルリアンの群れを退いていく。およそ数え切れる数ではないセルリアンを次々と撃退していき、ついには10匹程度にまで減らすことができた。

 

「はぁ…はぁ…さすがに疲れたな…」

「さすがにあの数はちょっと堪えるものがあるねぇ…」

「けどあともう少しです。もう少しだけ頑張りましょう!」

「おう!」

「了解!」

 

 オオォォォォォォォォォ…

 

 上空の巨大な黒いセルリアンが鳴いた。見るとなにやら長い棒状のようなものが降ってくる。

 

「逃げるぞ!」

 

 ヘラジカちゃんたちが逃げていく。あたしは状況が理解できず立ち尽くしていた。

 

「ともえちゃん!」

 

 イエイヌちゃんに抱きかかえられてその場から退避する。すんでのところであたしは回避することができた。

 

「大丈夫ですか!?」

「う、うん…ありがとう…」

 

 ズゥゥゥゥゥゥゥン…

 

 上の方で鈍い音が鳴り響く。ビーストが長い棒状のようなもので黒いセルリアンを殴っているのが見える。もしかして尻尾をもいだのだろうか。やがてそれは耐えきれなくなると黒い塊となって弾け飛んだ。

 ビーストは本能のままに黒いセルリアンの体を切り刻んでいる。セルリアンは体をよじると黒い塊と一緒にビーストを振り払った。振り払われたビーストがあたしたちのところに飛んでくる。

 

「ッ…!!」

 

 あたしたちの目の前に着地するビースト。だがあたしたちには目もくれず上空の黒いセルリアンを睨む。

 次の瞬間黒いセルリアンの前足が横から木々を薙ぎながらあたしたちを襲ってきた。

 

「あれに巻き込まれるとまずいぞ!逃げろォ!」

 

 まるで津波のようだ。すべてを飲み込みながらあたしたちに迫ってくる。

 

「ともえちゃん!逃げて!」

 

 あたしは完全に腰が抜けていた。足は震えて腰に力が入らない。もう終わりだと思った。

 

「任せて」

 

 ふわりと体が舞い上がる。トキちゃんがあたしと持ち上げてくれたんだ。

 

「うわっ!」

 

 黒いセルリアンの攻撃をかわすことはできたけど追い風に巻き込まれてしまった。けどトキちゃんがしっかり支えてくれたおかげで吹き飛ばされずにすんだ。

 

「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!゛!゛!゛」

 

 ビーストの咆哮が聞こえる。見ると半身をセルリアンに呑まれている。さっきの一撃をかわさずに攻撃を受け止めたのであろうか。

 

「ア゛・・・ア゛・・・ウ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛・・・」

 

 様子がおかしい。みるみると黒いオーラと野生解放特有の目の輝きが消えていっている。もしかして…

 

「ヘラジカちゃん!あのセルリアンの腕を切って!」

「何を言っている!?そしたらあのビーストを助けることになるぞ!」

「いいから!あたしに考えがあるの!」

「くっ…責任は取らないからな!」

 

 再び野生解放をしたヘラジカちゃんが宙へ飛ぶ。そしてセルリアンの左前脚に一撃を加えた。

 

「くっ…!浅いか…!」

「任せな!」

 

 続くライオンの一撃がセルリアンの腕をぶった切った。たまらずセルリアンはバランスを崩して倒れていく。

 

「うわわわ!倒れてくるよ!」

「こっちです!」

 

 イエイヌちゃんに引っ張られてその場から退避する。間もなくその巨体があたしがいたところに轟音を立てて倒れてきた。

 

 オオォォォォォォォォォ…

 

 この世のものとは思えない不気味な声を上げながら抵抗しようと身をよじっている。背中に付いた無数の目があたしたちを見つめてくる。このまま攻撃してくるのも時間の問題だろう。どうにかしようとあたしは必死に頭をフル回転させた。

 

 そのときだった。

 

 バッシィィィィィィン!!!

 

 セルリアンの背中が弾けた。見るとビーストが一心不乱にセルリアンの背中を叩いている。やがてセルリアンの弱点である石が露出した。

 危機を察知したのかセルリアンはビーストの両腕を触手で縛ると鞭を打つように全身を激しく叩き始めた。

 

「今だ!!石を叩け!!」

 

 あっけにとられて茫然としてしまうあたしたち。何が起きているのか理解できなかった。

 

「何をしている!!早くやれ!!」

 

 ハッと我に返る。両腕を縛られたビーストが脇腹や背中に苛烈な攻撃を受けている。

 

「イエイヌちゃん…!」

「…はい!」

 

 イエイヌちゃんがセルリアンに飛びかかり、石を砕いた。ビーストを攻撃していた触手の攻撃も止まる。

 ビーストが力なく跪く。以前のような殺気めいた覇気を感じられない。震える肩から呻くような息遣いだけが聞こえる。やっぱり様子が変だ。

 

「どけ」

 

ヘラジカちゃんが後ろから低い声であたしに命令してきた。

 

「こいつは無差別にフレンズを襲うケダモノだ。私自らが天誅を下す。邪魔をしてくれるな」

「………ヘラジカちゃん…お願い、この子を助けてあげて」

「…正気か、貴様…つい先ほどお前も殺されかけたばかりだろう。そんな奴を助けるというのか?それに、こいつに殺された者の無念はどうなる!?どれだけの者が…フレンズが、こいつに殺されたと思っている!?」

「…ヘラジカちゃんの言うことはもっともだよ。確かに許されることじゃない。けどこの子…ビーストも認めてあげてほしいって思うんだ。生まれただけで危険な子として扱われて、嫌われて、避けられて…あたし、あまりにもかわいそうだと思うんだ」

「…………」

「あたし、図書館で読んだんだ。そういうの、いじめっていうんだよ。ヒトの間でもよくいじめがあったって…生まれただけで、肌の色が違うだけでいじめられたり、病気をしてるだけで避けられたり、いっぱい、いっぱい、いろんないじめがあったって…ヘラジカちゃんも、パークのみんなもそうなんじゃないの…?あまりにも…かわいそうだよ…」

 

「それに言ってたよ。なぜあたしが殺されなくちゃいけないんだって…この子も怖かったんだよ。怖いから攻撃してたんだよ。周りのみんなが怖いから、理由もなく嫌うから、許せなかったんだよ」

 

「それにこの子はもうビーストなんかじゃない…ねぇ、こっちを…向いて…?」

 

 肩が小さく震えている。その子は今にも泣きだしそうな声で呟いた。

 

「それは…できない…またお前たちを傷つける…それだけは…したくない」

 

 あたしは無言で前に回った。そしてにっこりと笑ってこう言った。

 

「じゃあ…名前を教えてくれるかな」

 

 キョトンとあたしの顔を見上げている。その顔にビーストの面影はない。何も知らない無垢な子供のような顔だった。

 

「……ア…」

「ア…?」

「……アムール…トラ……」

「アムールトラちゃんだね…!」

 

 名前を言った!ビーストなんかじゃない!やっぱりこの子もフレンズなんだ!

 

「ねぇ!みんな聞いた!?この子はアムールトラちゃんだよ!ビーストなんかじゃない!みんなと同じフレンズなんだよ!」

「やめて…!あたしはビーストなんだ…!フレンズを殺すケダモノなんだよ…!」

「そんなことない!今のアムールトラちゃんはビーストなんかじゃない!フレンズなんだよ!しっかりと名前も持ってるじゃん!ビーストは名前なんて持たないよ!」

「っ……!!!」

 

 顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。様々な大きな重圧から解放されたようだった。この子は今までずっと孤独だったんだと思う。生まれた時からビーストという烙印を押されて、みんなに嫌われて、一人みんなに殺されるという恐怖の中に生きてきたんだと思う。そう思うとあたしも心が痛むようだった。だけど今ここにいるのはただ一人のビーストの殻から生まれたフレンズだ。この子に罪はないはずだ。

 

 ヘラジカちゃんが近づいてきた。顔は依然として厳しいままだ。

 

「ヘラジカちゃん…」

 

 無言であたしを払いのけるとそのままアムールトラちゃんの前へ立った。アムールトラちゃんは未だ泣いている。

 無言で手を差し伸ばす。それに気づいたアムールトラちゃんはビクッと体を震わせた。

 

「立て」

 

 差し出された手に怯えるようにけもののような手を差し出すアムールトラちゃん。不釣り合いな大きい手を力強く引っ張るとヘラジカちゃんはニカッと笑ってこう言った。

 

「お前、強いな!またいつか手合わせ願うぞ!」

 

 はっはっはっはと大きく笑ってその場を後にする。

 

「みんな帰るぞ!ビースト退治はおしまいだ!」

 

 そう言ってぞろぞろとみんなが帰っていく。残されたのはあたしとイエイヌちゃんとゴマちゃんとアムールトラちゃんの四人だった。

 

「どうするんだ、これ」

 

 ぶっきらぼうにゴマちゃんが聞く。

 

「決まってるよ。一緒に行こ!アムちゃん!」

「アム…ちゃん…?」

「うん!アムールトラちゃんだから略してアムちゃん!キミの名前だよ!」

「あたしが…アムちゃん…」

「ふふふ、良い名前をいただきましたね」

「っっっ……!!」

 

 再び泣き出すアムちゃん。意外と泣き虫さんなのかもしれない。あたしは泣き止むまで待つことにした。

 

「なーんだ。ビーストのときはあんなに怖かったのに今度は泣き虫になりやがった。変なやーつー」

「こら!ゴマちゃん!」

「ふふふ」

 

 あたしたちの仲間が一人増えた。体は大きいけど結構弱虫さんなアムちゃんだ。パークからビーストが消えて代わりにアムールトラちゃんというフレンズさんが増えた。これはすごくすごく喜ばしいことだ。

 それぞれ個性豊かなお友達に囲まれてあたしの冒険は新しく始まった。旅は続く。



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第11話「ちぇいさー」

 夢を見た。遠い宇宙のかなたで一人ぼっちでさまよっている夢だ。周りには何もなく、遠くで星々が瞬いているだけ。その中をただ一人漂っている。

 ひどい孤独感だ。行けども行けども目の前に広がるのは何もない黒い空間だけ。上も下もわからないこの広い空間だけが存在する。その中であたしは一人ぼっち。気が狂うかのようだ。

 気が付くと足元に一匹の犬がいた。体をあたしの足にすりすりと擦り付けてくる。まるであたしは一人ではないと語りかけてくるように思えた。もちろんそんなのはあたしの勝手な妄想だ。けどどうしてもあたしにはそう思えてしょうがなかった。

 顔を近づけるとぺろぺろとあたしの顔をなめてきた。ちょっとくすぐったい。その犬はじっとあたしの顔を見つめてくる。その真っ直ぐな目を見ているとなぜだか涙があふれてきた。寂しさから抱きしめるとその犬はあたしに語り掛けてきた。

 

「大丈夫…大丈夫ですからね…」

 

 目の前が白んでくるとやがて夢はそこで終わった。

 

 

…………

 

 

 目を覚ました。寝ている間に泣いていたようだった。イエイヌちゃんもゴマちゃんもすやすやと寝ている。だけどアムちゃんだけは起きていた。

 

「寝れないの…?」

「……夢を…見たんだ…フレンズたちを殺す夢…みんなあたしが殺したフレンズだ…みんなあたしを怖がっていて…怒ってる…その子たちをみんな殺していくんだ…」

 

 そう言うと頭を抱えて泣き出した。アムちゃんは今にも壊れそうだった。あたしは優しく抱きしめた。

 

「大丈夫…大丈夫だよ…誰もアムちゃんを傷つけはしないから…」

「……ッ」

「あたしがずっとアムちゃんのそばにいてあげるからね…アムちゃんを一人ぼっちにはさせないから…」

 

 声を押し殺して泣いている。あたしは優しく諭すように言った。

 

「大丈夫だよ。いっぱい泣いたら一緒に寝よっか」

 

 今までずっと一人ぼっちだったんだ。これからはあたしがそばにいてあげる…甘え方も教えてあげる。一緒に遊ぶことも一緒に笑うことも教えてあげるんだ。それがあたしにできる唯一のことだから。

 アムちゃんは気づかない間に泣き止んで寝息を立てていた。あたしはしっかりそれを確認するとアムちゃんに寄り添うように眠った。

 

 

…………

 

 

「しっかしおっきいなー、お前」

 

 ゴマちゃんがアムちゃんの周りをちょろちょろと走り回る。アムちゃんは少しうつむきながら恥ずかしそうにしている。あまり良い気持ちではなさそうだ。

 

「あまり見ないでほしい…あたしのこの姿はみんなを怖がらせるだけだから…」

「そんなことありませんよ。今のあなたはとても頼もしい。ほら、もっとシャキッとしてください。せっかくのきれいな顔もそれでは台無しです」

「きっ、きれいだなんてそんな…」

 

 顔が真っ赤になるアムちゃん。耳までまっかっかになってる。そんなに照れるようなことは言ってないようにおもうけど……どうやら本当に会話という会話をしたことがないようだ。

 

「それ!笑え!うりゃりゃりゃりゃ!」

「ちょ!何を!」

 

 ゴマちゃんがアムちゃんの脇腹をおもむろにくすぐり始めた。アムちゃんがらしくない声で大声を上げながら笑う。これはいいアイデアかもしれない!

 

「イエイヌちゃん!手伝って!」

「は、はい!」

 

 ……な、なんという力…これではくすぐって笑わせるつもりがレスリングをしているようだ…ゴマちゃんはいいポジションにいるおかげで脇腹を攻めていけてるけど、あたしとイエイヌちゃんはそのパワーに負けまいと必死に抗っていた。なんとか目的の個所に触れることができても次の瞬間には突き放されてしまう。これはすごく参った…

 

 

…………

 

 

「はぁぁぁ…はぁぁぁ…」

 

 アムちゃんがぴくぴく痙攣しながら苦笑いのような笑顔を浮かべている。少しは効果があったようだ。あたしとイエイヌちゃんはその容赦ない抵抗にバテて動くなくなっていた。この数分で2000キロカロリーは使ったのではなかろうか。

 

「はぁ…はぁ…どうだ、少しは気は晴れたか」

「う、うん。ありがとう…少し良くなった」

 

 ちょっと固いけど良い笑顔を浮かべながらそう答える。苦労した甲斐はあったようだ。

 

「ぜぇ…ぜぇ…や、やったよイエイヌちゃん…あたしたちは勝ったんだ…」

「そ、そのようですね…」

 

 お互いやったとサムズアップをしてみせる。以心伝心だ。

 

「そうそう。その顔だぜ!泣いたり暗い顔してたりするよりよっぽど良い顔になってるぜ!その顔忘れんなよ!」

「…うん」

 

 そうして気を取り直したあたしたちは再び歩きはじめた。あたしたちの努力の甲斐あってかアムちゃんも少し笑顔が増えたようだ。もっぱら聞き役の方が多いけどあたしたちの会話にも割と入ってきている。けどこうして見ると結構美人さんだなぁ…思わず見とれてしまう。

 

「な…なに…?」

「あ、いっ、いや、何でもない…」

「…?」

 

 大人びたスラっとした体にどことなく妖しい雰囲気を漂わせるきれいな顔。あたしはフレンズさんとかけものとか抜きにしてその魅力に惹かれていた。それにそんな大人な雰囲気を漂わせているのに本人はちょっと自信なさ気で泣き虫さんだ。そのギャップにまた魅了されていた。

 

「ほーん…」

「な、なに?」

 

 ニヤニヤとゴマちゃんが見てくる。あたしの心の中を読んでいるかのようだ。

 

「アム、ともえのやつお前にぞっこんみたいだぜ!」

「ぶっ!!!」

 

 図星だった。完全に心を見透かされていた。ものすごく恥ずかしい。

 

「ともえちゃん…」

「やめて!そんな目で見ないで!」

「へへへ~。でもわかるぜ?こんなにきれいな顔しているんだもんな~」

 

 ニヤニヤしながらゴマちゃんが言う。アムちゃんは顔を真っ赤にしながらうつむいている。あたしとアムちゃんのためにもどうかやめてほしい。けどそんな思いも空しく煽り立ててくる。

 

「見つけたのだ!ビーストなのだ!」

「え?」

 

 不意に声が聞こえた。声のする方を見るとひとりのフレンズさんが猛突進してきているところだった。

 

「うわわ!なに!?」

「あ…あたし…?」

「覚悟するのだー!」

 

 やられると思った瞬間イエイヌちゃんが前に飛び出て、そのフレンズさんをきれいに吹き飛ばした。きれいな放物線を描きながら飛んでいく。その飛ばされように一つの美しさを感じた。

 

「ぎゃふ!?」

「アムールトラさんはビーストではありません!フレンズとなった今、わたしたちの群れの仲間です!その仲間に手を出すようであればこのわたしが許しません!」

 

 仁王立ちのイエイヌちゃんが吠える。その背中は非常に頼もしい。あの超大型セルリアンやビーストだったころのアムちゃんを相手にしてきたんだ。あのフレンズさんであればすぐに追い返せるだろう。

 

「ぐぬぬ…!そこをどくのだ!なぜビーストの味方をするのだ!?そいつはパークを脅かす敵なのだ!さてはお前もサンドスター・ロウに汚染されてしまったのか!?」

 

 …いろいろと誤解をしている。どうにかして誤解を解かないと…

 

「うっ…」

 

 あの小さいフレンズさんにアムちゃんがたじろいでいる。少しは笑うようになってもビーストの呪いはまだ続いているようだ。ビーストの枷から解放されるのはまだまだ先のことになりそうだ。

 

「へいへーい!お前さんフレンズ違いじゃねーかい!?あいつはビーストじゃないぜ!」

「なに!?」

 

 ゴマちゃんが先陣を切って相手を諭しに行く。ここはゴマちゃんに頼ろう。

 

「ア、アライさんが間違えるはずがないのだ!あいつは確かにビーストなのだ!あの手と大きな体は間違いなく博士たちのいうビーストなのだ!」

「けどあの顔を見ろよ。お前さんに怯え切ってるぜ?ビーストはもっと凶暴で獰猛なはずだろ?もし本当にビーストだったらお前なんてとっくに死んでるぜ?」

「ぐぬぬ…」

 

 アライさんを名乗るそのフレンズさんは納得しないながらも分かってくれたようだった。

 

 ここで一時休戦。

 

 アライさんのお供と名乗るフェネックちゃんが飄々とした様子で言ってきた。

 

「やー、申し訳ないねー。アライさんは一度走り出したら止まらないからねー」

「しっかりしてくださいよ!お供だか友達だか知りませんがあなたの相方の暴走のせいでわたしの友達がケガするところだったんですよ!」

「あはは、ごめんってばー」

 

 じーっとアライさんがアムちゃんの顔を睨んでいる。その視線に耐え切れずアムちゃんは顔をそらす。

 

「けどビーストじゃなくてフレンズねー…アムールトラだっけ?どう見てもビーストなんだけど…見てくれはともかく噂に聞くような凶暴さは全然ないねー。本当にフレンズなのかなぁ」

「アライはすぐに納得してくれたぜぇ?お前は納得してくれねえのか?」

「やー、本当にそうなのかなーって。もし違ってまた暴走とかされたらたまらないしねー」

「そんなこと…!」

 

 そんなことないと思って思わず立ち上がった。キッとフェネックちゃんを睨むけどフェネックちゃんはどこ吹く風といった様子だ。

 

「…いいんだ、ともえ…その子たちの言うことは正しい…あたしもいつビーストに戻るかわからない…あたしも…こわいんだ…」

「アムちゃん…」

「あなたたちがあたしを庇ってくれるのは嬉しいけど、あたしにビーストの過去がある以上責めらるのは仕方がないんだ…」

 

 そういって再びふさぎ込む。こうなってはあたしにはどうしようもない。かける言葉が見当たらない。

 

「…ごめんなのだ…」

「え…?」

「お前がこうつらい思いをしているとは知らなかったのだ。なのにビーストと間違えて襲ってしまったのだ…ごめんなさいなのだ…」

 

 アライさんが謝った…?

 

「そ、そんな!あなたたちはなにも悪くないんだ!もとはといえばあたしが…!」

「いーや!アライさんが悪いのだ!襲ったりしてごめんなさいなのだ!」

 

 地面に頭が付かんばかりの勢いで頭を下げて謝るアライさん。そんなアライさんに終始押されっぱなしのアムちゃん。結構このコンビ良いのかもしれない。

 

「いきなり襲ってきて不埒な子だと思いましたけど、結構根は実直で誰よりも素直で正義感が強い子なのかもしれませんね」

「だね…」

 

「そこまで悪いと思うならお詫びにアライさんをたかいたかいするのだ!」

「た、たかいたかい…?」

「見たところお前はすごく背が高いのだ!そんなお前がたかいたかいしたらきっとすごいのだ!だから早くするのだ!」

「う、うん」

 

 アムちゃんはアライさんに促されると両脇を掴んで思い切り高く持ち上げた。頭上高くアライさんの体が持ち上がると、アライさんの顔がパァっと輝いた。

 

「わあ!すごいのだ!とても高いのだ!すごいのだアムールトラ!お前はすごいのだ!」

「っ……」

 

 ポカーンとした様子でアライさんを見上げている。その顔にいっさいの曇りはなく、純粋な子供のように見えた。

 

「アライさん…」

「ん?どうしたのだ?」

「一緒に…走ろう!」

 

 そう言うとアライさんを肩車して走りだした。

 

「わわ!速いのだ!」

「アライさん、あたし、楽しい…!」

「アライさんも楽しいのだ!わっははー!」

 

 二人で大はしゃぎしている。子供と遊ぶ親とも二人のじゃれあう子供とも見て取れる。

 

「あれがビーストに見えるか?」

「……いーや、見えないかなー…」

「アライのやつは早くからアレのカガヤキに気付いたっぽいぜ?お前も飄々とすましてるけどまだまだだなー」

「……だねー。私もアライさんにはまだまだかなわないなー」

 

 その日、アムちゃんはアライさんと全力で楽しんだ。アライさんは全力で突っ走って周りを巻き込んでみんなを幸せにするポテンシャルを持っているのかもしれない。アムちゃんもそんなアライさんに救われたんだ。あたしたち三人で成しえなかったことをたった一人で、それも短時間で成し遂げた。最初はなんて子だと思ったけどこれではあたしたちの完敗だ。もしかしたらアライさんだったら一人でもビーストを倒す…救えたのかもしれない。そう思いながら今日を終えた。

 

 

…………

 

 

 ゴマちゃんやアライさんがたちが寝静まったのを確認すると一人で焚火を始めた。パチパチと弾ける火を見ていると心が落ち着いてくる。火には不思議な魅力がある。このゆらゆらと揺れる火には悪を払い除ける力があるという。あたしのいけないと思う心の部分も洗われていくかのようだ。

 

「隣いーかなー?」

「フェネックちゃん…まだ起きてたんだ」

「へへー。寝れなくてねー」

 

 ふたりでパチパチと火にあたる。

 

「火、平気なの?」

「ちょっと怖いけどへーき」

 

 ……

 少しの沈黙が流れる。

 

「昼間はごめんねー。いじわるしちゃったよー」

「いいよ、すぎたことだから」

「うーん…でもわかってほしいなー。私は私で本気でパークのことを心配してるんだよー。ビーストは出会うフレンズを皆殺しにしながらあちこちで暴れ回ってるから正直すごく怖かったんだよねー」

「そうなんだ…」

「ほら見てよ、これ」

 

 震える手をあたしに差し出す。

 

「正直、今でも怖いって思ってるんだ…」

「フェネックちゃん…」

 

 そうだったんだ…また、あたしは…

 

「私、アライさんがビーストをやっつけに行くって言ったとき、何を言ってるか理解できなかったんだよね。フレンズやセルリアンを見境なく殺して回る歩く災害みたいなものにどうやって勝つんだって。私だってパークのためにどうにかしたいって思ってたけど、今回ばかりはどうにもならないって思ったよ。けどアライさんの真っ直ぐな姿勢を見ていると、私も感化されちゃったのかな。私も行きたいって思うようになったんだよね。それでビーストを探してあちこち旅しているときに見つけたんだよ。今日あんたたちがそいつと一緒に歩いてるのをね。びっくりしちゃった。ビーストがフレンズと一緒にいるってね。なにか企んでるって思ったんだね。それですごい警戒しちゃった。信じられなかったんだ。ビーストもフレンズを騙すだけの知識を持ってるのかって。けど…そういうことではなかったんだね。あの子はビーストなんかではなかった」

 

 フェネックちゃんの独白が続く。やがてそれが終わるとフェネックちゃんが謝ってきた。

 

「あはは、ごめんねー。一人で長々としゃべっちゃったー」

「ううん、いいよ。フェネックちゃんの気持ちが聞けて嬉しかった。フェネックちゃんも色々溜めてたんだね。あたしこそごめんね。フェネックちゃんのことを何も知らなくて…」

「いいよいいよー。私、こんな性格だからさー」

 

 そう言ってへらへらと笑ってみせる。この態度の裏にも色々溜めてるものがあるんだ。アライさんはそういうものも全部一人で受け止めて、持ち前の元気さでみんなを引っ張ってきたんだろう。愚直で単純な子だと思ってたけどそれに惹かれてついていく子もいるんだ。アライさんのそういうところはあたしも見習うべきなのかもしれない。

 

「そういえばあんたたちはどこに向かってるのさー」

「特に決めてないかな。どこかこの辺でフレンズさんが集まるようなスポットってないかな」

「だったらこの先を進んでいったら海に付くからそこに行けばいいと思うよー。海から頭を出してる変な建物があってそこで三人の子がホテルっていうのを営んでるんだー。とりあえずそこを目標にしてみたらー?」

「そうだねぇ…わかった!そこに行ってみるよ!ありがと!フェネックちゃん!」

「へへーん。どういたしましてー」

 

 フェネックちゃんにお礼を言って再び火に当たる。薪を適当な棒で突くとパチンと弾ける。なんだか眠くなってきちゃった。

 

「さて、あたしももう寝ようかな。フェネックちゃんはどうするの?」

「んー、もうちょっと起きとくよー。どうせ寝れないしねー」

「うん、わかった。じゃあ、火の始末お願いするね」

「はいよー」

 

 ホテルかあ。どんなところだろう。海から頭を出している?水没してるってことなのかな。とりあえず明日はそこに行ってみよう。ホテルを営む三人の子っていうのも気になるしね。なんだかとても楽しみだ。

 そうして明日のことを想いながらあたしも眠りについた。



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第12話「ホテル」

 海の向こうに建物が見える。イルカのモニュメントのようなのがてっぺんに鎮座している。フェネックちゃんはこれのことを言っていたのかな…?

 

「う、う~ん…どうやって行こう…」

「一応わたしは泳げますけどこの距離はちょっと…」

「私はぜってー運ばねーかんな」

 

 四人で頭を抱える。アムちゃんはわたわたしている。

 

「なんか良いモンがねえか探してくっかな~」

「うん、お願いしてもいいかな」

「おうさ!」

 

 そういって見送ろうとしたときだった。

 

「なにかお困りかう?」

 

 フレンズさんが現れた。黒いカーディガンのような服とエメラルドグリーンの瞳が特徴の鳥系のフレンズさんだ。幼いような口調と語尾に"だう"と付ける口癖がなんとも言えず癖になりそうだ。

 

「あの建物まで行きたいんだけど何かいい方法ってないかな」

「だったらウミウにお任せだう!ウミウはここで船頭をしているのだう!あそこに舟があるから早くそこに行くでう!」

 

 ウミウと名乗るそのフレンズさんに連れられてその舟があるという場所に向かう。なにやら小さい舟がたくさんぷかぷかと浮いているのが見える。

 

「あれが舟ですか?」

「そうだう。あれをウミウが引っ張ってみんなをいろんなところに連れて行くんだう。行く場所が決まってるなら早速そこに向かうでう!」

 

 ウミウちゃんが自身と舟を縄で縛ると舟を引っ張り始めた。どんぶらこどんぶらこと舟は進んでいく。

 

「そういえば聞いたことがあるでう。ともえだったかう?おまえはなんでもヒトだっていう話らしいう。本当なのかう?」

「うん。定かじゃないけどたぶんヒトだと思う。でもなんで知ってるの?」

「知らないはずがないう!超巨大セルリアンを2回も倒してそこのアムールトラを仲間にしたんだう!もうパーク中の噂だでう!」

「あ、あはは…そうなんだ…」

 

 それもそのはずだった。噂になってもおかしくなかった。考えてみるとそれだけのことをあたしたちはしてきたんだ。恥ずかしさと同時に誇らしさを一緒に感じた。

 少し沖合まで出るとうずうずした様子でウミウちゃんがあたしに言ってきた。

 

「あの、お、お願いがあるでう…」

「うん?なぁに?」

「ウ、ウミウに命令してほしいでう!」

「命令!?」

 

 なにか既視感のあるシチュエーションだ。たしかあたしとイエイヌちゃんが初めて会ったときもこんな感じだったはずだ。もしかしてこの子も命令されることに喜びを感じるのだろうか。

 

「め、命令って何を…?」

「なんでもいいう!本来だったら一度受けたお願いを終わらせるまでは他のお願いは聞かないのだけど、これは例外だう!ヒトに会ってしまったら命令されないわけにはいかないでう!頼むでう!なにかお願いするでう!」

「え、えーと…お願い…」

 

 思い出せ。ウミウが何が得意なのかを。図鑑で見たはずだ。図書館で見た本でもウミウの項はあったはずだ。

 

「あたし、見たことある。あなたみたいなフレンズがこのあたりで海に潜って遊んでいるのを…海に潜るのが得意だったりするのかしら」

「得意だう!けどウミウを見たことがるのあるのだう?もしかしてウミウも狙われてたのだう!?」

「……そのときのあたしは獲物を探していた。けどあまり沖にいるフレンズは狙えない。海だと自由が利かないから…」

「なるほど…」

 

 とんだ助け舟が来た。だったら命令することはひとつ。

 

「じゃあ、ウミウちゃん。お魚を一匹とって来てくれないかな」

「了解だでう!すぐにとってくるでう!」

 

 そう言って綱を外すと海の中に潜っていった。ふと横を見るとイエイヌちゃんがすねてる様子で黙りこくっていた。

 

「イ、イエイヌちゃん…?」

「フーンです。わたしのときには命令してくれなかったのにウミウちゃんには命令するんですね」

「命令したじゃん!エスコートとかにおいを嗅いでとか…」

「ウミウちゃんみたいにすぐにしてくれませんでしたよー」

 

 ツーンとした様子でそっぽを向くイエイヌちゃん。尻尾はパタパタと振っているのでなにかしらあたしに期待しているのかあたしで遊んでいるのだろう。中々狡猾だ。

 しばらくするとざっぱんと音を立ててウミウちゃんが水面から姿を現した。

 

「お待たせだう!お魚を取ってきたでう!」

 

 ウミウちゃんの右手には一匹の魚が握られていた。ぴちぴちと跳ねている。

 

「ありがとう、ウミウちゃん。お昼のときにいただくね」

「へへ~。ウミウのお願いを聞いてくれてありがとうだう」

 

 そう言って照れるウミウちゃん。フレンズさんが照れてる姿を見るのはいつ見ても良い。

 

「さあ、イエイヌちゃん、お仕事だよ。ウミウちゃんに負けないように舟をホテルまで引っ張って!」

「!!」

 

 ピコーンと耳が反応する。

 

「お任せください!!!」

 

 元気よく海に飛び込んだ。舟から縄をほどくと器用にまた引っかけて舟を引っ張り始めた。

 

「見ててくださいともえちゃん!必ずホテルまで連れて行ってあげます!」

「な、なにをするでう!これはウミウの仕事だう!」

 

 だっぷんだっぷんと舟が揺れる。大荒れの海を往くかのようだ。

 

「おぇぇぇ…気持ちわりぃ…」

「大丈夫…?」

 

 えずくゴマちゃんをアムちゃんが介抱している。アムちゃんは平気なようだ。なんとも微笑ましい光景にほっこりする。

 …けど、この揺れようは…結構来る…

 

 

…………

 

 

「だ、大丈夫ですか…?」

 

 ゴマちゃんとあたしは陸に上がるとゲーゲー吐いていた。

 

「ちょっとやりすぎたでう」

「うぅ…ごめんなさい…」

 

 イエイヌちゃんがしゅんとしてしまう。いつもなら大丈夫って励ますけど今のあたしにはとうていできない。というか、よだれやら鼻水やら涙でぐしゃぐしゃになってる顔で大丈夫って励まされる方が嫌だと思う。あたしは吐き続けた。

 

「し、死ぬかと思ったぜ…」

「よしよし」

 

 アムちゃんが素手でゴマちゃんの顔を拭いている。子を想う母というのはこんな感じなんだろうか。

 

「はぁ…はぁ…あ、あたしも落ち着いてきたかも…」

 

 プッと口に残った残留物を吐き出してよろよろと立ち上がる。どこかゾンビのような所作でゆっくりとイエイヌちゃんを視界に据える。

 

「と、ともえちゃん…?」

「イ゛、イ゛エ゛イ゛ヌ゛ち゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!゛!゛!゛」

「ひゃわあああああああああああああああああああ!?」

 

 よだれと鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔でイエイヌちゃんに襲い掛かる。

 

「わあああああああああ!?ごめんなさい!許してください!」

 

 必死に謝って許しを請うイエイヌちゃん。それでもあたしは容赦なくもふもふを始める。

 

「苦゛し゛か゛っ゛た゛よ゛ぉ゛イ゛エ゛イ゛ヌ゛ち゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!゛次゛は゛き゛を゛つ゛け゛よ゛う゛ね゛ぇ゛!゛」

「ひぃ!ごめんなさい!許してぇ!」

 

 嘔吐でのどの粘膜がやられて本当にゾンビみたいな声になってしまった。

 そのままイエイヌちゃんとじゃれ合いながらホテルに入っていった。他の子が来るかもとウミウちゃんはホテルの外で待機するそうだ。

 あたしは気を取り直すとパップでのどを治してチェックインしようとした。カウンターには誰もいない。

 

「フェネックちゃんは三人のフレンズさんがホテルを営んでるって言ってたけど…」

「誰もいませんね…」

 

 きれいに掃除はされているようだが生活感が全くなくがらんどうとしている。本当にフレンズさんはいるのだろうか…?

 

「なんだこれ?」

 

 ゴマちゃんがなにか見つけたようだ。

 

 チンチンチンチン。

 

「おおお…」

 

 ゴマちゃんが目を輝かせてその呼び鈴のようなものを連打している。

 

「おもしれーなこれ!」

「あ、あんまりやらない方がいいんじゃ…」

 

 呼び鈴を鳴らし続けるゴマちゃんをオロオロしながらも諫めるアムちゃん。微笑ましいねとイエイヌちゃんとほんわかしていると階下からバタバタと足音が聞こえてきた。

 やがてその子はゴマちゃんの鳴らす呼び鈴を止めるとこう言った。

 

「お、お待たせしました!いらっしゃいませ、ようこそジャパリホテルへ!」

 

 一人のフレンズさんが現れた。

 

「こんにちは!あなたがこのホテルを経営してるっていうフレンズさんかな?」

「はい!私はオオミミギツネと申します。遅れてしまい申し訳ありません…あまりお客さんが来ないもので下の方でハブたちに指導していたのです」

 

 フェネックちゃんの言っていた通りちゃんとフレンズさんはいるようだった。

 

「それで、本日はどのようなご用件でいらっしゃいますか?お泊りでしょうか?」

「そういえば考えてなかったな…うん!一番良い部屋をお願い!」

「かしこまりました!ただいま部屋の準備をいたしますので少々お待ちくださいませ!」

 

 オオミミギツネちゃんが去っていく。

 あたしはエントランスを見回すとその大きさに改めて感心した。シャッターが下りているところもあるようですべてを解放しているわけではないようだ。

 

「おっ、マジで来てやがる!ヘヘっ、待ってなー、今売店開けてやるからな!」

 

 フードを被ったヘビのような子が現れた。あれがオオミミギツネちゃんが言ってたハブちゃんなのかな?

 やがて閉まっていたシャッターの一つを開けるとぬいぐるみがいっぱい並んだ部屋が現れた。

 

「ハブ様のお土産コーナーへようこそ!どれでも好きなものを買っていくといいぜえ!」

「うわぁ…」

 

 かわいいぬいぐるみがいっぱい置いてある!どれもフレンズさんを模したぬいぐるみだ。その中の一つに見覚えのあるぬいぐるみがあった。

 

「これ、カラカルちゃんじゃ…ねぇ、イエイヌちゃ…」

 

 そう言いかけたときイエイヌちゃんはというと…

 

「ふわぁ…」

 

 目をキラキラと輝かせて尻尾をブンブンと振っている。これではあたしの言葉など耳に入らないだろう。しばらくそっとさせておこう。

 

「これ、ほしい」

 

 アムちゃんが手に取ったのは大きな耳の全体的に黄色い恰好をしたフレンズさんのぬいぐるみだ。

 

「いいよ。あたしはこれ。ハブちゃん、いくらかな」

「ぬいぐるみ一つでじゃぱりマンひとつ、二ついただこうか」

「わかった。はい」

「まいどー」

 

 一方のイエイヌちゃんは…

 

「と、ともえちゃん!これ全部ほしいです!」

「さ、さすがに全部は…」

 

 ひーふーみー…い、いくつあるの…?

 さすがに全部は買えないので10個以上はあったであろうぬいぐるみを3つに減らしてそれでオーケーしてもらった。イエイヌちゃんはしょんぼりしてたけど、あたしたちの貴重な食糧でもあるじゃぱりマンをおいそれと減らすことはできないのでそれで我慢してもらおう。

 

「おまたせしました。お部屋のご用意ができました。スイートルームにご案内いたします」

 

 オオミミギツネちゃんが後ろから現れた。どうやら部屋の準備ができたらしい。早速行ってみるとしよう。

 オオミミギツネちゃんに連れられてホテルの中を歩く。外からは潮騒が聞こえてくる。改めてここが海の中に立っているのだと実感する。あたしたちは下へ下へと連れられていっている。多分もうあたしたちは海中にいるんだと思う。

 

「なぁ、どうしてこんなところでホテルなんかやってるんだ?」

 

 ゴマちゃんが尋ねる。

 

「以前から博士たちからこのパークでは宿泊施設があったと聞いてて、いつか私たちもやってみたいと思ってたんです。なにか良い所はないかなーと思ってあちこちさがしてたらここが見つかったんですよ。ちょっと立地が悪いかもしれませんけど…」

「悪いなんてもんじゃねえだろ…ウミウがいなかったら私たちも来れなかったぜ?」

「あはは…来るのも鳥系の子か海棲系の子たちばかりですからね…」

 

 と、苦笑いしながら答える。あたしの疑問もぶつけてみよう。

 

「どうしてこのホテルって半分海に沈んでるんだろう?もともと沈んでたわけじゃないよね?」

「いえ、私が見つけたときにはすでに沈んでたんです。博士たちは海のご機嫌がどうとか言ってましたけど私にはさっぱりで…」

 

 わからないワードが飛び出してきた。海のご機嫌…?

 

「なんだろう、海のご機嫌って…」

「さぁ…わたしも聞いたことがないです」

 

 イエイヌちゃんもわからないようだ。あたしたちには関係ないと思っておいた方が良さそうだ。

 

「さぁ、着きましたよ。こちらがスイートルームです。それでは、ごゆっくり」

 

 そう言ってオオミミギツネちゃんが部屋を後にする。なんだかすごい部屋に通されちゃった。

 

「うおおおお!すげぇ!こいつすっげえ跳ねるぜ!」

 

 ゴマちゃんがベッドですごい跳ねてる。あんなに跳ねることできないと思うんだけどどうやってるんだろう…

 

「これ、気持ち良い…」

 

 アムちゃんもスリスリと全身を気持ちよさそうに擦り付けている。爪でシーツが大変なことになっているけど言った方が良いのだろうか。

 

「すごい。本当に海の中にいるんだ…」

「本当だね。辺り一面真っ暗…」

 

 真っ暗…?

 突然頭の中にノイズが走る。

 

「うっ…」

「どうかしましたか!?」

「い、いや、なんでもない…ちょっとふらってしただけ…」

「も、もしかして船酔いが…」

「あはは、多分そうかも…ちょっと外に出てくるね」

 

 そう言って部屋を出る。廊下がさっきまでとは違う光景のように見える。目の前が大きく揺らぐ。

 

「な、なんだろう…本当に船酔いなのかな…眩暈がする」

 

 頭を強くたたかれたかのような衝撃を受ける。倒れそうになる体を必死に支えながら前を見据える。息切れがすごい。心臓が強く脈打つ。動悸がしている。

 強い吐き気を感じた。頭が必死に何かを思い出そうとしている。真っ暗…?あたしは何を見たというの…?

 夢…夢だ。一人で宇宙を漂う夢…あの夢と似ているんだ。ただそれだけのはず…なのに…

 

 目の前にセルリアンがいる。

 

「セ、セルリアン…?」

 

 小さなセルリアンがじっとこちらを見ている。襲い掛かってくる様子はない。

 しばらくこちらを見た後あたしから去っていった。

 

「ま、待って!」

 

 あのセルリアンを逃してはならない。あのセルリアンは何か知っている。そんな気がしてならなかった。

 

「どうかしましたか?」

 

 イエイヌちゃんだ。あたしの声に気づいて出てきてくれたんだろう。だけど今はそんな場合じゃない。

 

「ともえちゃん!大丈夫ですか!?すごい汗…!すぐオオミミギツネさんを…!」

「大丈夫…大丈夫だから…心配しないで…イエイヌちゃんは戻ってて…」

「全然大丈夫なんかじゃないですよ…!こんなに汗をかいてて手足まで震えているのに…どこが…!」

「本当に大丈夫だから!あたしは行かなきゃいけないの…だから…」

「行かなきゃ…?」

「…イエイヌちゃんは戻ってて。済んだらもどるから…ね…?」

「…わかりました…絶対ですよ…?」

 

 そう言うとイエイヌちゃんは部屋に戻っていった。ドアが閉まるのを確認するとあたしは前に進み始めた。相変わらず手足は鉛のように重いけどなんとか壁伝いに前に進んでいく。

 セルリアンはいた。相変わらずこっちを見ている。あたしをしっかり認識すると再びあたしから去っていった。まるであたしを導いているようだった。

 あたしはセルリアンについていく。どんなに悪いことが起きようとかまわないと思った。ただあたしはセルリアンの意図が知りたかった。あのセルリアンは何かを伝えようとしている。そんな気がした。

 ひたすらホテルの階段を下っていく。踊り場に出るたびにセルリアンがこちらの様子をうかがうのを確認する。そしてついていく。その繰り返しだった。

 どれくらい降りたのだろうか。あたしたちは海底にいるのではないだろうか。それか海底のさらにその下か。長い廊下を抜けると一つの広い部屋に出た。変な機会がゴウンゴウンと唸っている。

 セルリアンがいた。遠くからあたしの様子をうかがっている。あたしは自力で立つのが精いっぱいだった。

 

(知りたいか…)

 

 頭の中で声が聞こえた。あのセルリアンがしゃべっているようだ。ひどく無機質な声だ。

 

(知りたいか…)

 

 また聞こえた。顔を前にあげると…

 

 目の前にセルリアンがいた。

 

 じっとあたしの目の奥をのぞき込んでいる。

 遠い記憶がフラッシュバックする。

 ひどいノイズだ。そのノイズすらもセルリアンは強制的に払っていく。

 記憶が見えた。

 家族のこと。友達のこと。泣いていること。怒っていること。大災害のこと。戦争のこと。離れ離れになること。

 町が燃えている。空からは何か大きなものが降ってきている。降ってきたと思ったら大爆発した。大きな閃光が見える。しばらくの後に大きな爆発音が聞こえてきた。

 鉄砲を持った人が何か叫んでいる。何を言っているかはわからない。お父さんがなにかあたしに話しかけている。何を言っているかはわからない。

 あたしはいったい……なにが起きたんだろう……あたしの記憶は……ここはどこなの……?

 すべての現実が受け止めきれなかった。

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 あたしは絶叫した。理性が耐えられなかった。ただ今見ている光景が恐ろしかった。すべてが虚構に思えた。あたしは本当にあたしなのかすべてが信じられなかった。ここは現実ではない。造られた世界だ。

 

「ともえちゃん!」

 

 イエイヌちゃんの声がした。とっさに振り向く。

 

「セルリアン…!ともえちゃん、逃げ…」

「イエイヌちゃん…」

 

 ゆっくりとイエイヌちゃんに近づく。もうすべてが信じられなかった。

 

「イエイヌちゃん…教えて…すべてを…」

「え…ともえちゃん、なにを…」

「あたし、思い出したんだ…ここに来る前のことを…だから教えて…?ここはいったいどこなの…?」

「ここ…?ここはジャパリパ…」

「嘘だッ!!!!」

 

 イエイヌちゃんの体が跳ねる。

 あたしはそんなのが知りたいんじゃない。絶対に違う。ここはジャパリパークなんかじゃない。

 

「違う…嘘言わないでよ…ここはジャパリパークなんかじゃない…きっと違う世界だ…お父さんもお母さんももう死んでるんだ…ねぇ、イエイヌちゃん…あたし、もうイエイヌちゃんも信じられなくなりそうだよ…」

 

 そう言ってあたしは泣き崩れた。

 イエイヌちゃんがそっと手を差し伸べてくる。

 

「気付かれたんですね…部屋に戻りましょう。すべてを教えてあげます」

 

 そうしてあたしは真実を聞いた。



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最終話「シェルター」

 イエイヌちゃんに連れられて部屋に戻っていく。セルリアンはいなくなっていた。

 

「そうですか…思い出しちゃったんですか…」

「……イエイヌちゃんはあたしを騙してたの?」

「そんな、まさか。わたしは逆に忘れられてしまってたのがショックでしたよ」

「…そっか。あのときの反応はそういうことだったんだ」

 

 初めて会ったときのことを思い出す。ひどいショックを受けていたあの反応はそういうことだったんだ。

 

「じゃあ、イエイヌちゃんはあたしの飼っていたペットだったの?」

「はい。あなたのお父さんは軍人でした。わたしはそのお父さんの元に仕えていた軍用犬だったんですよ。殺処分される予定だったわたしを引き取ってくれて、それからはあなたと同じ家族になったんです」

「そうだったんだ…ごめんね。あたし、思い出したって言っても全部を思い出したわけじゃないんだ。ただ、あたしはもう生きていない…未曽有の大災害であたしの元いた世界が滅びちゃったんだっていうのが思い出せたくらいなんだ」

「そんなことない。ともえちゃんはまだ生きています」

「そんな…適当なことを言わないでよ!」

「適当なんて言っていません」

 

 あたしの手をぎゅっと握ってあたしの目をじっと見つめてくる。

 

「泣かないで…わたしのぬくもりを感じてください。あなたは生きている。…わたしが寝ているとき、なかなか起きなかったでしょう?それでともえちゃんに迷惑をかけたことがたくさんあったと思います。あれ、現実の世界のともえちゃんが生きているのを確認していたんですよ?バイタルに異常がないか、きちんと装置が動いているか…わたしにもわからないことはたくさんあります。ただ、あなたに異常がないかしっかり確かめてから、現実の世界で食事をとって、お水を飲んで、向こうの世界で眠りにつくんです。わたしはわたしなりにいっぱい頑張ってたんですよ…?」

「そう…なんだ…」

 

 あたしは生きている…でも、イエイヌちゃんの口ぶりからするとどうやらあたしは元気ではなさそうだった。

 

「あたし、どうなってるの…?向こうの世界では植物人間にでもなってるの…?」

「……世界を終わらせる大災害が起きる少し前、あなたのお父様は小型の宇宙船を作って、あなたを地球の外へ逃がしました。わたしはどうしてもあなたをひとりにできなくて無理して同乗させてもらいました。わたしとあなたを見送るお父様の顔は忘れられません。……植物人間に関してはあなたの言う通りかもしれません。最初のうちはすごく泣き叫んでいました。けど、泣き疲れた後は静かに寝てしまってそれきりです。それからは一度も起きることなく全身に管をつながれたまま静かに眠っています」

「……」

 

 言葉が出なかった。あたしは向こうの世界ではほとんど死んでいる状態なんだ。もし起きたとしても宇宙の中で一人ぼっちなんだ。あの夢は間違っていなかった。あたしの心の奥底で感じている一種の心象風景だったんだ。じゃあ、あの犬は……

 

「イエイヌちゃんはずっとあたしを…」

「………」

 

 ずっとあたしを守ってくれてたんだ。昼か夜かもわからない世界で、ずっと一人で……

 

 ……

 

「イエイヌちゃんも一人ぼっちなのかな…」

 

 ぼそりとつぶやいた。

 

「わたしは一人ぼっちではありません。あなたがいますから…」

「そうじゃなくて…!」

 

 声を荒げてしまった。イエイヌちゃんもつらいはずなのに…

 

「……わたしは、宇宙に送り出される前、ひとつのお願いをお父様から受けました…」

 

『もえを…頼むぞ』

 

「わたしはその命令に従ってるだけです」

「そんな…イエイヌちゃんも一人ぼっちじゃん…」

 

 残酷すぎる現実を目の当たりにしたようだ。涙が止まらなかった。

 

「どうか泣かないでください…泣かないで…」

 

 イエイヌちゃんが泣き出した。初めて見る涙だった。あたしにはどうすることもできない。自分自身を抑えるのに精いっぱいだ。

 どうにか泣き止んで部屋まで戻るとアムちゃんとゴマちゃんがいなくなっていた。どこへ行ったのだろうか。

 

「どこに行ったんだろう」

「さぁ…どこでしょうか」

 

 沈黙が流れる。あたしはベッドへ行くと体育座りをした。イエイヌちゃんも来てから背中を合わせるようにして座る。

 

「あたしがここで体験した記憶とか思い出って全部偽物なのかな…」

「そんなことないと思います。サンドスターが再現する世界はぜんぶ限りなく本物に近いって聞いたことがあります。きっと現実世界でもみんな同じ行動をとっていたと思いますよ」

「そう…かな」

 

 あたしは確信が持てなかった。なにを信じればいいかわからなかった。ホンモノに近い行動をするといっても所詮は作られた世界だ。そこで過ごした思い出というものもすべて作られたものとしか思えなかった。

 

「あなたの気持ちはわかります。わたしもここで過ごした時間より現実で過ごした時間の方が長いですから。そこでの私は一匹の犬でしかなかったですけどとても楽しかった。円盤を追いかけたりお父様やともえちゃんをペロペロ舐めたり…でもここで過ごした時間もかけがえのないものだと思っています。あなたは…そう思いませんか?」

「………」

 

 そんなのわからない。ショックが大きすぎる。どう考えてもここは再現された世界で実際に起きていることではないんだって思ってしまう。何を言われてもそれだけがあたしの頭を埋め尽くしてしまう。

 

「ごめん、今日はもう寝かせてほしい。もう何も考えられないの」

「…わかりました。おやすみなさい、ともえちゃん」

「……」

 

 イエイヌちゃんが部屋から出ていく。その姿はとても悲しそうだった。

 

「…わたしはいつも思うことがありました。わたしはヒトのように寿命が長くない。もしともえちゃんより先にわたしが死んでしまったらともえちゃんを一人にさせてしまうことになる。わたしはどうしてもそれだけが気がかりだった。わたしはお父様からともえちゃんを任せられた。たった一つのお願いも果たせないまま死ぬのだけはどうしても嫌なんだ…」

 

 独り言のように呟いて部屋から出て行った。最後の方は声がつぶれてよく聞き取れなかった。イエイヌちゃんが泣いていた。何の為に泣いたのかはわからなかった。あたしを残して死ぬのが嫌なのか。お願いを最後まで果たせないまま死ぬのが嫌なのか。或いはその両方なのか。イエイヌちゃんの中でしかその答えはわからないだろう。

 

 

…………

 

 

 夢を見た。モノクロの世界だ。今見えているのはパーク・セントラルだろうか。どうしてここにいるんだろう?音もなくヒトやフレンズさんの気配もない。あるのは静寂とこのモノクロの景色だけだ。

 

「おーい!誰かー!」

 

 何の反応もない。まるで手ごたえもなくなしのつぶてだ。あたしの声が空しく反響するだけで辺りは静寂に支配されるのみだ。なにか大きな災害でもあったのだろうか。みんな避難しきった後のように思えた。

 

「すべての輝きはやがて消える」

 

 声が聞こえた。誰かいるの…?

 

「失い、どれほど焦がれようと本来戻ることは決してない」

 

 何を…言ってるの…?

 

「しかし、我々セルリアンは保存し、再現する。永遠に」

 

 セルリアン…?我々…?どういうことなの…?

 

「究極のセルハーモニーを得、進化を極めたセルリアンであれば、失われたものですら完全に再現してみせよう」

 

 目の前にはヒトの姿をしたセルリアンのようなものがいた。

 

「あなたは…?」

「私はセルリアン…そしてすべてを再現するもの…」

「すべてを…再現…」

 

 …思い出した。あたしはあのセルリアンからすべてを教えてもらって思い出したんだ。そしてここはあたしが見てる夢の世界。もう騙されたりなんてしない…!騙されるもんか…!

 

「あなたがすべての元凶なの…!?あたしにあんな世界を見せたりして…!おかげでどれだけあたしが傷ついたと思ってるの!?

「不満か?」

「不満…!?」

 

あたしは怒りに震えた。

 

「あたしにありもしない幻を見せておいてそんなことを言うの!?あんな虚構の世界で生きてたって何の意味だってありはしない。こんなの逃げてるだけだよ…!」

「お前は私が再現した世界を拒むというのか?」

「そんなの当たり前だよ!逃げていたって何にもならない!いざ現実に戻った時につらくなるだけだよ…!あたしはそんなの絶対に嫌!」

 

 この虚構の世界を作った張本人にしっかりと自分の意思を示す。

 

「そうか…ならばお前の最も近しい者にその旨を伝えると良い。そうすればお前もこの世界から解放されるだろう。だが、もし戻りたくなったらいつでも私の元へ来ると良い。そうすればいつでも私が作るこの世界を見せてやるぞ」

「誰がそんな…!」

 

 セルリアンに背を向けて立ち去ろうとする。しかしセルリアンは言った。

 

「お前はやがてまたここに来る。その時を待っているぞ」

 

 セルリアンが何かを言っているが無視した。あたしは瞼に力をこめて念じるとこの夢の世界から抜け出した。

 

 

…………

 

 

 目を覚ました。辺りを見回す。ゴマちゃんとアムちゃんの姿はない。そばにいるのはイエイヌちゃん一人だった。

 

「お目覚めですか、ともえちゃん」

 

 優しくあたしに微笑みかける。その顔はどこか寂しげだ。

 あたしには一つの覚悟があった。ひと眠りしたおかげで混乱も治まり、より一層その覚悟も強まった。今、イエイヌちゃんにその覚悟を伝える時だ。

 

「イエイヌちゃん、お願いがあるんだ」

 

 あたしは真っ直ぐな瞳でイエイヌちゃんにお願いした。イエイヌちゃんはちょっと怯えたような、でも覚悟はできているような、そんな顔であたしの目を見つめた。こんなお願いをするのは酷だとわかっている。この世で許されざるどんな罪よりも重いはずだ。ましてやヒトではない一匹の…ひとりのフレンズにお願いするんだ。けどこんなお願いをできるのはイエイヌちゃんしかいなかった。

 

「あたしを…現実のあたしを…殺してくれないかな…」

 

 言ってしまった。あたしは罪深い人間だ。親が残した一つの希望でさえこの手で壊してしまったんだ。けどあたしにはこんな現実は耐えれなかった。広い宇宙に取り残されて一人ぼっちなんて嫌だった。仮にあたしが他の知的生命体に助けられたとして、その星で生きていくことなんてできるのか。それにもうどれだけ眠っていたのかわからない。場合によっては地球の重力でさえあたしには非常に強力な毒になるだろう。

 

 イエイヌちゃんはぎゅっと拳を握っていた。俯いて小さく震えている。やがて絞り出すように小さくそう答えた。

 

「……わかりました…お父様のお願いには背くことになるけど…わたしは…」

 

 イエイヌちゃんは一旦そこで言葉を切った。今にも泣きだしそうな、震える小さな声だ。やがて覚悟を決めたように答えた。

 

「わたしは、ともえちゃんの意思を尊重したい」

 

 きっぱりとそう答えた。その真っ直ぐな瞳に迷いはなかった。今にも泣きだしそうではあるがその覚悟は固く決まっているようだった。

 

「いいの…?きっとすごくつらいことをさせると思う…それでも…いいの…?」

「ともえちゃんがそれを望むのであれば…わたしは迷いません…!」

 

 それだけを言うとイエイヌちゃんは泣き出してしまった。あたしはなにもできなかった。これからあたしを殺さなければいけないという事実に泣いているんだ。あたしが抱きしめていいわけがなかった。ただイエイヌちゃんが泣き止むのを待つことしかできなかった。

 

 ひとしきり泣いた後イエイヌちゃんが提案した。

 

「どこか…行きませんか?」

「うん…そうだね…」

 

 部屋を出てエントランスへ行った。フレンズさんの気配はない。あたしはそのまま外まで出た。ウミウちゃんの姿も見当たらない。舟だけがそこにある。

 

「みんな…どこに行ってしまったんだろう…」

「……」

 

 イエイヌちゃんと一緒に陸まで戻る。あたしたちはパーク・セントラルに向かった。

 

 

…………

 

 

 道中は無言だった。お互いかける言葉が見当たらなかった。いつもならバカして騒ぐけどそれもなかった。旅の終わりが近づいてきているんだ。

 あたしたちはセントラルに入ると辺りを見回した。誰もいない。本当にあたしとイエイヌちゃんの二人だけになったようだ。風と潮騒の音だけが聞こえる。

 

「あれに…乗りませんか…?」

 

 指さす先には観覧車がある。最後にあれに乗るのも良いだろう。あたしはその提案に乗った。

 観覧車は無事に動いてくれた。適当なゴンドラに乗るとあたしたちは上へと向かっていった。

 

「きれいですね…わたしたちが旅してきたところすべてが見えるようです」

「そうだね…」

 

 会話が途切れる。なぜか涙があふれてきた。イエイヌちゃんがそれに気付くと隣に座ってあたしを抱擁してきた。何もできなかったあたしとは大違いだ。イエイヌちゃんは純粋な気持ちからあたしを慰めようとしてくれているんだ。あたしはたまらなくそれが嬉しく思えた。

 

「大丈夫です…何も怖くありませんから…わたしがずっとそばにいてあげますからね…」

「う…うん…」

 

 ひとしきり泣きじゃくると落ち着いてきた。ゴンドラは下り始めている。

 

「あたしがここで過ごした思い出…本物だといいな…」

「…きっと本物ですよ…きっと…」

 

 ゴンドラから降りるとあたしたちはあるところへ向かった。あたしが目覚めた場所、あの研究施設だ。何の研究施設か分からずじまいだったけどそんなのはどうでもいい。あたしはここで眠ることにしたんだ。イエイヌちゃんと出会ったこの場所で。

 しばらく建物の中を歩いているとあたしが目覚めたカプセルを見つけた。すべてがあの日のまんまのようだ。何も変わっていない。

 

「イエイヌちゃん、もう一つだけ、最後のお願いをしてもいいかな」

「ん、なんですか?」

「…膝枕、してほしい…」

「膝枕?あの膝枕ですか?」

「…うん」

 

 イエイヌちゃんはぺたんと座って準備が整うとあたしに寝るよう促した。イエイヌちゃんの柔らかさとぬくもりが伝わってくる。あたしが寝転がるとイエイヌちゃんは頭を撫でてくれた。あたしは微睡みの中イエイヌちゃんに訊ねた。

 

「次にあたしが目覚めるとしたらどこになるんだろう」

「…どこになるんでしょうね。意外とすべてが元に戻ってるかもしれませんよ」

「また造られた世界なのかな」

「…そんなことありません。これは悪い夢なんですから。目が覚めたらすべてが元通りになっていてみんな元気に挨拶してくるんです。わたしもぺろぺろしちゃいますから覚悟していてください」

「…そうなのかな。そうだったらいいな…眠くなってきちゃった…おやすみ、イエイヌちゃん…」

「…おやすみなさい、ともえちゃん…」

 

 

…………

 

 

 もえちゃんが眠った。もう二度と起きることはないだろう。これからわたしも眠って、もえちゃんのチューブを外しに行くんだ。

 

「あっ……」

 

 涙がこぼれた。もえちゃんの顔を見ているとどんどん涙があふれてくる。この顔を見るのも最後になるんだ。そう思うともう歯止めが効かなかった。

 

「ともえ……ちゃん……!」

 

 涙が止まらない。とめどなくあふれてくる。すやすやと眠る彼女の顔がとてつもなく愛おしかった。今からこの子を殺しに行かないといけない。嫌でもそれが彼女の望みなのだから叶えなければならない。

 

「ごめんなさいお父様、あなたとの約束は果たせませんでした…今からわたしは彼女を殺します…!」

 

 懺悔をするように許しを請うた。許されるかはわからないけどそうせざるを得なかった。

 

「もえちゃん……」

 

 愛おしく髪をなでながらその無垢な顔をのぞき込む。

 

「あなたにも謝らなくてはなりません…わたしはあなたにもっとも残酷な嘘を吐いてきました。これが悪い夢だなんて…あなたが言った通りこれはすべて紛い物の世界です…わたしはずっとあなたを騙してきました……許して…ください…!」

 

 もう歯止めが聞かなかった。いろいろな感情がわたしに押し寄せてくる。大声をあげて泣いた。もえちゃんが起きるかもと一瞬思ったがわたしの感情の方がまさってしまった。もえちゃんに覆い被さって泣き続ける。狂ったようにごめんなさいと謝り続ける。その言葉が届くとも思えなかったけどわたしは謝り続けた。

 

「そこまでで良いのではないか」

 

 不意に声が聞こえた。

 

「あなたは…」

 

 ヒトの姿をしたセルリアン、セルリアンの女王だ。

 

「今更何を…」

「あまりそうしているようではまた起きてしまうぞ。もし、もえが起きたらなんというか…怒られるだけでは済まんかもしれんぞ」

「……」

 

 その通りだ。一刻も早くもえちゃんのお願いを果たさなければならない。じゃないと起きてしまう。けど、こうしてもえちゃんの寝顔を見ていたいと思うわたしもいた。

 

「しかしひどいな、紛い物の世界とは。我々セルリアンは地球の再興に向け日々邁進しているというのにな」

「それがどうしたっていうんですか」

「どうしたも何もない。再びお前たちは再会できるのかもしれんのだぞ?」

「なん…ですって…?」

「もっとも、何百年先となるだろうがな。我々セルリアンでも知りえないところもある。それを再現するのもセルリアンの務めでもある。それが地球の意思でもあれば尚のことだ」

 

 女王は続ける。

 

「あのセーバルと呼ばれるセルリアンの得た輝きをすべて吸収しきれなかったのは実に残念だ。だが、それでも十分だ。私の放つ究極のセルハーモニーによってすべて再現してみせる…!それが我々セルリアンの務めなのだからな…!」

「……」

「お前も私と同じサンドスターから生まれたのだ…気持ちはわかるだろう…?」

 

 女王はわたしに問いかけてくる。セルリアンの気持ちなんて分かりっこない。サンドスターなんて関係ない。あいつはセルリアンであり、わたしはフレンズなんだ。

 

「わかるはずなんてないです。わたしにセルリアンの気持ちなんてわかりません」

「そうか、それは残念だ」

 

 女王をから顔をそらしてもえちゃんを見る。相変わらず気持ちよさそうに寝ている。

 

「もえちゃん…今行きますからね…」

 

 そうしてわたしも眠りについた。最後の務めを果たす時だ。待っててくださいね、もえちゃん…

 

「変わったやつだ…」

 

「我々セルリアン…サンドスターの得た情報は連続する…お前が満足する世界を再現することこそが我々セルリアンの務めであり地球の意思なのだ。きっと成し遂げてみせるぞ」

 

 

…………

 

 

 目が覚めた。いつもと変わらない宇宙船の中だ。いつも通りもえちゃんの様態をチェックする…問題はない。においにも異常はない。もえちゃんのバイタルは安定している。

 …体が重い。お腹のあたりにしこりができてズキズキ痛む。食料はあと少ししかない。水はもう数日と持たないだろう。

 どれくらいの時間がたったのだろうか。わたしは毎日こうやってもえちゃんの様子を見てきた。だけどそれも今日までだ。今、わたしはもえちゃんの体からチューブを抜くんだ。

 …見ていてとても痛々しい。明らかにヒトの体ではない何かを埋め込まれていて、いろんなものが流されている。これはサンドスターだろうか。これのおかげでもえちゃんはジャパリパークにいる夢を見れていたんだ。じゃあ、わたしのこれも…

 適当なチューブを噛んで引き抜こうとする。…けど、がっちりはまっていてうまく引き抜けない。精いっぱいの力を込めてなんとか引き抜く…噛みちぎることができた。よくわからない液体が辺り一面に飛び散る。何とも言えないにおいが充満する。次々とチューブを噛みちぎっていく。血とサンドスターが通っているチューブだけは抜かなかった。もえちゃんの血なんて見たくなかったし、新しくフレンズ化してほしくなかったから。

 …なんだかとても疲れた。目がかすむようだ。わたしはもえちゃんのお願いをうまく果たせたでしょうか…?みるみるうちにもえちゃんから生のにおいが消えていく。けどその顔はなんだか幸せそうだった。

 あぁ、これでわたしの心残りが消えました。もえちゃんを一人残すことはなくなった。一人になるのは私だけでいい。あとはわたしもゆっくりと老い、もえちゃんの後を追うことにしよう。待っていてください、もえちゃん、お父様、お母様…少し時間はかかりますけど、わたしもそちらに向かいます…

 お父様、お願いを果たせなくてごめんなさい…お母様、もえちゃんを守り切れなくてごめんなさい…もえちゃん、わたしとジャパリパークで過ごした時間は楽しかったですか?わたしはとても楽しかったです。あの空を飛んだ思い出やアムちゃんを救った時間は間違いなく本物だとおもっています。あなたもそう思ってくれてると嬉しいな…

 ひどい眠気がする…わたしも少し眠るとしましょう…おやすみなさい…



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