【完結】相死相愛ラプソディア 〜Mad dependence〜 (ユウマ@)
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相死相愛ラプソディア 前編

甘いものを食べたらしょっぱいものが食べたくなる。
そんな感じに、ほのぼのを書いたらシリアスが書きたくなる、的な。
シリアス、というか重い話って苦手なんですけどね


ぱたり、ぱたりと、手から雫が滴る音がする。

 

少女は自らの傍に出来た絨毯を眺めて、薄く笑みを浮かべる。だがその顔は、すぐに不機嫌そうに歪められてしまう。

 

 

 

ーー服が汚れてしまった。

 

 

 

白かったブラウスは、すっかり汚れて染まってしまった。他に方法が無かったとは言え、偶に使う暗色の外套を着てくるべきだったと軽く後悔する。

 

 

 

だがそんな小さな後悔は、小さな電子音に掻き消された。

電子音ーーデバイスの着信音を聴いた少女は、端末が汚れるのも構わず素早く画面を操作する。そこに映った名前とメールの内容に、少女は満面の笑みを浮かべて踵を返した。

 

 

 

 

 

「…やっと、会えるのね…メリー」

 

 

 

彼女を迎えなくては。少女は作り上げた絨毯にはもはや目もくれず、ただ1つの目的の為に歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

 

「ん……」

 

部屋に響く、目覚ましのアラーム。それに従って重い身体を起こした私は、久しぶりに寝た自分の部屋のベッドをまじまじと見つめた。

 

 

「……気づかぬ内に3日、かぁ」

 

 

そう、3日ぶりだ。家に帰って来たのも、こんなにぐっすりと眠ったのも。

 

事の始まりは1週間ほど前。私はいつも通り、蓮子と秘封倶楽部の活動をしていた。ただし、いつものようなオカルトスポット調査ではない。

 

 

 

 

地球の遥か遠くに浮かぶ、衛星トリフネ。

 

私の、結界の境目を見つける力の応用で、私達はそこを訪れていた。

人の手の届かぬ、まさに神秘の塊の様な場所。それにすっかり魅了されていた私達は、未知への恐怖をすっかり忘れていた。

 

 

結論から言えば、見た事の無いような怪物に襲われる、と言うファンタジーの様なものなのだけど。その怪物に、私は傷をつけられてしまった。

それは、見た目からは想像もつかない位には深い傷だったようで。病院では処置しきれず、私は専用の隔離病棟、通称“サナトリウム”に、文字通り隔離されていた。

 

 

人も来なければ連絡も取れないそんな場所で数日を過ごし。つい昨日、我が家に帰ってくるなり熟睡し、今に至る。

 

 

「……」

 

アラームを止めて端末を見る。1週間触っていなかったその端末に、相棒からの連絡は1件も無い。

私がサナトリウムに行くと伝えた時、蓮子は普段の様子からは想像もつかない程にうろたえていた。だと言うのに、何の連絡も無いと言うのは私からは信じがたい事だった。

 

「…ま、大学に行けば分かるでしょ」

 

 

大学のページを開き、今日の予定を確認する。今日は確かぎっしり講義があったはずだ。けれどーー

 

 

 

 

「……あら?」

 

 

どの講義も軒並み、臨時休講の知らせが出ている。自分の取っていない講義も確認してみたが、どれも全て同じだ。

 

「どうなってるの…?取り敢えず蓮子に連絡してみましょ」

 

無駄な知識が豊富な相棒なら、きっと何があったかも知っているだろう。

 

「“蓮子、講義が全部休講になってるけど、何があったか知らない?”と…」

 

 

時刻は昼過ぎ。講義が休講になっている今、自由奔放な蓮子がいつ端末を見るかは分からないのだけど。だが返信は思いの外早く、そして不可解だった。

 

 

 

“メリー、今どこ?今大学にいるんだけど、すぐ来て欲しいの。興味深いものを見つけたのよ!”

 

 

 

何一つ答えになっていない。それに興味深いものとは何なのか。だが他に情報を探ろうにも、生憎頼れる知人は蓮子のみなのだ。

 

 

「…行って、みましょうか」

 

 

 

行ってみれば、どの道分かることだろう。私は普段着に着替え、蓮子にすぐに行く旨をメールで送ると、急ぎ足に家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして辿り着いた大学。その門の前で、私は立ち尽くしていた。

 

大学の周囲を、パトカーが取り巻いている。何台か救急車も見られるが、それらによって門は封鎖されていた。

 

 

 

曰く、午前中に殺傷事件が起きたという。生徒が何人か犠牲になり、偶然居合わせた教授が通報をしたようだ。だが犯人が出てくる様子も無く、何人かの避難誘導が間に合わず取り残されているというのだ。

 

 

 

……じゃあ、蓮子も取り残されて?

 

だが、それならあのメールの文面はおかしいだろう。蓮子はこんな状況を楽しめる程では無い…と、思いたい。

 

そんな事を考えながら蓮子に連絡しようと端末を取り出した、その時。

 

 

 

 

私は校舎の中に、どこかおぼつかない足取りで歩く蓮子の姿を見た。

 

 

 

「蓮子!」

 

 

 

咄嗟に声を出すが、門の外側からでは聞こえない。そのまま蓮子の姿は校舎に隠れて見えなくなってしまう。

やはり今日の蓮子はどこかおかしい。私は蓮子を連れ戻そうと、そっと正門を離れて裏門へ向かって走った。ここの裏門は見つかりにくい場所にあるため、警察なりが居る可能性は低い。

 

 

 

狙い通り、裏門には人が居なかった。そっと門を開け中に入り込むと、校舎の裏をつたうようにして校舎入り口を目指す。

まだ犯人が出てこないと言っていたのに、我ながら馬鹿みたいな行動だ。けど、そんな事を無意識にしてしまうくらいには、私にとって蓮子は大きな存在なのだ。

 

入り口に滑り込み、ひと息つく。顔を上げた私の視界に、すっかり馴染んだ帽子が映り込んだ。

 

 

 

「…蓮子?」

「…メリー?ああ、良かった。来てくれたのね」

 

 

いつも通りの相棒の声。だが、陰から現れたその姿を見て、私は。

 

 

 

 

「蓮子…なの?」

 

 

 

 

 

声が引きつっているのが分かる。私は一瞬だけ浮かべた安堵の表情をすぐに固まらせて、一歩後ずさった。

 

 

 

 

いつもと何も変わらない蓮子の顔。

 

 

けれどいつも着ている服は、所々紅く染まっていて。

 

 

 

その右手には、鈍く光る刃物が一振り、握られていた。

 

 

 

 

 



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相死相愛ラプソディア 後編






「良かった、ずっと探してたのよ。トリフネで怪我をしてから、ずっと」

「探してたって……?」

 

 

ゆっくりと、蓮子は歩み寄ってくる。呼応して、私は少しずつ蓮子から距離をとっていく。不意に、蓮子の顔が歪んだ。

 

 

「何で離れるの?何か変なとこでもある?」

「変って…貴女、その格好…それに、何で刃物なんて」

 

 

私が言うと、蓮子は思い出したように手の刃物を見つめて、軽く振ってみせた。

何か、液体が壁に飛ぶのが見えた。

 

 

「これは…仕方なかったのよ。誰も、誰もメリーがどこに居るか教えてくれなかったから」

「皆、メリーの事を話してくれないの。いくら聞いても答えてくれないのよ。…私は、メリーさえ居ればいいのに!」

 

「れ、蓮子……」

 

 

俯いたままぼそぼそと話す蓮子の様子に更に後ずさる。それを見た蓮子は軽く目を見開いて、それから急に無表情になった。

 

 

 

「なのにメリーは、なんで私から離れるの…?私達、2人で1つの秘封倶楽部でしょう?それなのに……

 

 

 

 

 

貴女も、私から離れていくの!?」

 

 

 

 

叫びと同時に、地を蹴る音がした。咄嗟に姿勢を低くしてしゃがみこんだ私の真横を、鈍い光が掠めていった。

 

 

「ひっ…!」

「なら、どんな手を使ってでも、私達は1つになるのよッ!」

 

 

 

叫びながら、蓮子は腕を振り回す。這うようにしてどうにか入り口付近まで来た所で、扉に向けて刃が飛んできた。ガラス扉にヒビが入り刃物は私の目の前に突き立てられた。

 

 

 

「逃げないでよ…大丈夫、私もすぐ行くから、ね」

 

 

振り向けば蓮子は、いつも通りの笑顔を私に向けていて。それがどうしようもなく、おぞましく感じられて。

 

 

 

私は咄嗟に突き立てられた刃物を抜き、蓮子に切っ先を向けていた。

 

 

 

 

「メリー…?」

「……」

 

 

呼吸が荒く、浅くなる。刃を向けられているというのに蓮子はまるで自覚が無いのか、間の抜けた顔をしている。だがそれも、すぐに私の意図を理解したのか険しい顔になる。だが私も、もう止まる訳にはいかない。

 

 

 

 

「蓮子…ここで事件を起こしたのは貴女でしょう?それに今の貴女は、とても正常とは思えない…。だから、私は…貴女を止めるわ。同じ、秘封倶楽部の一員としてね」

 

 

蓮子の顔が更に歪んでいく。親の仇でも見るかの様なその視線に、無意識に半歩後ずさる。

 

その刹那、蓮子は猛然と地を蹴った。

 

瞬く間に距離が縮まる。

 

 

私が反応するよりも先に、蓮子の手が私の首にまわされる。そのまま、尋常では無い力で、首が締め上げられる。

 

 

 

「…ッ」

 

 

急速に視界がぼやけていく。身体からも力が抜け、手の刃物を取り落としそうになる。

それを、全身の力を振り絞って抗って。私は蓮子に心の中で謝ると、

 

 

ぼやける視界の中、私の目の前の人影に刃を振り落とした。

 

 

 

「あ、ぐっ…メ、リィ……!」

 

 

 

 

首を締めていた手が離れる。急な解放に尻餅をつきながら声の方向を見ると、

 

 

 

 

肩口から腕までを深く切り裂かれ血を流し、呆然と立ち尽くす蓮子の姿があった。

足は震えて目の焦点はあっておらず、それでもなお、手は腕に刺さった刃に向かっている。

 

力任せに刃を引き抜く。反動でいくらか血が飛び散るが、まるで気にしていない様に蓮子は私に向けて一歩踏み出しーー

 

 

 

 

けれど、そこまでだった。全身は急速に力を失い、くずおれる様にこちらに倒れ込んでくる。

 

 

私は咄嗟に、蓮子を抱き留めようと腕を伸ばす。そのまま飛び込んできた蓮子を支えようと立ち上がった所で。

 

 

 

 

蓮子が、足を踏みしめる音が聞こえた。

 

 

 

 

ついで、脇腹に熱。呆然と見下ろせば、蓮子の刃は深々と、私を貫いていた。

 

 

 

全身から力が抜け、立っていられなくなる。そのまま、今度こそ刃を落とした蓮子ともつれこむ様にして冷たい床に倒れこむ。

 

 

 

 

「ああ、メリー…これで、わたしだけの、メリーに……」

 

 

 

恍惚とした様に呟く、そんな声を最後に。私の意識は、闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

「……」

「蓮子…体調、どう?」

「……」

「大学も、すっかりいつも通りよ。貴女が居ないと、秘封倶楽部の活動が出来ない事以外にはね」

 

 

 

 

真っ白な病室。あまりにも無機質な部屋に置かれたベッドに眠る蓮子に向けて、私は話しかける。目覚める気配は、無い。

 

 

 

 

 

 

あの後、私達は突入した警察に発見されて搬送され、2人とも一命をとりとめる事が出来た。

だが私は数日入院を余儀なくされ、蓮子に至っては発見されて以降、1度も目覚めずに昏睡状態のままになってしまった。

 

 

警察の事情聴取まがいの時に聞いた話では、蓮子は数日前…ちょうど私がサナトリウムに隔離された時期に、精神科にかかっていたと言う。

 

 

 

 

依存症の様なもの、だったと言う。

 

 

何については言うまでもなく、私だと。私が隔離され、連絡の手段が途絶え、蓮子は激しく動揺した。

そのまま日数が経過し、急速に心を病んでいった。不思議なことに、発達した現代の医療をもってしても根本的な治療法が分からず、経過を見ている途中での、今回の1件だと。

 

 

原因など、分かりきっている。

あの日、私達がトリフネに行ってしまったから。たった一度、未知への興味に手を伸ばしただけで、私達はぼろぼろになってしまった。

 

そして今、私が蓮子に対面している、最後の人間だ。これ以降、蓮子の病室に誰かが訪れる事はないと、宣告がされた。

 

 

治療の為に、サナトリウムへと隔離する。それが、蓮子を救う為の唯一の方法として、下された結論だった。

 

 

移されるのは、明日。私がこの病室を出れば、それ以降蓮子が完治しサナトリウムから出てくるまで、存在が表に出る事は無い。

 

 

 

けれど。私には、何処か予感がしたのだ。このまま、蓮子が目覚める事は無い、と。

もちろん、根拠など微塵もない。普段の私なら、蓮子の完治を祈って病室を出ていた事だろう。

 

 

 

私はそっと、手に持った鞄を置き、中から1つの包装を取り出す。

包装を剥がして中から出てきたのは、あの日蓮子に刺された刃物。

 

 

 

きっと、私は。いや、私も蓮子も、既に狂ってしまったのだろう。未知への興味で己の身を滅ぼした、愚か者なのだろう。

 

 

けれど、それでも。このまま、蓮子の存在がサナトリウムへと消えてしまうのは、耐えられなくて。

ベッドに歩み寄り、蓮子の髪をそっと撫でる。そこにはあの日恐怖を抱いた表情は微塵も感じられない。もしかしたら、今の私が、そんな顔をしているのかもしれないけれど。

 

 

かき抱くように、蓮子の身体を抱き寄せる。その身体は熱を帯びていて、安らぎを覚えるほどに温かだった。

 

 

 

 

 

「大丈夫よ、れんこ…私達は2人で1つの秘封倶楽部だから、ね?」

 

 

「だからまた、すぐに…会いましょう?」

 

 

 

 

 

 

私はそっと、目を伏せて。

 

 

 

 

 

眠る最愛の人に、静かに、刃を突き立てた。

 



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