光と影と花びらの魔術師 (夜仙)
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魔術師とその友人達
 光と影と花びらの魔術師


 廻り者ーーそれは人間を超越した才能という名の能力を身につけた者。彼等はその昔にいた偉人や罪人達の実績などによる超人的な能力を使うことができる。

 

 例えば、物語を書く偉人になれたなら、その者同様に物語を書け、爆弾を使う罪人になれたなら、これまた同様、爆弾を使える。

 

 努力もせずに普通の人間なら二倍も三倍も頑張らなくてはいけないのを廻り者なら簡単に超えられる。しかも、廻り者にはそれとプラスして才能という名の能力を得ることができる。

 

 つまり何を言いたいか、それは明白だろう。

 

 俺達廻り者は人間を超えた超越した存在、ということだ。

 

 

 木々に囲まれたこの人気のない土地に俺は一人住んでいる。木々の葉の色は季節を経るごとに変わっていくのが家からだとよくわかる。さらに、毎日小鳥のさえずりとうるさい虫どもの羽音で目覚める起き心地といったら、悪くて仕方がない。全く良い土地だ。

 

 まぁ、分かっていただけただろうが、俺はこの地が嫌いだ。

 

 一応、しがない一画家からすれば、ここはよい絵が描けるのだろう。モネや葛飾北斎や歌川広重なら大喜びかもしれない。しかし、俺は別に自然に興味がない。あるのはキラキラしたまばゆい物と暗い暗い暗黒だけだ。あと、人があれば完璧だ。

 

 そんな俺が何故ここに住んでいるかはひとまず置いておくとして、俺は今何をしているかと言うと、ずばり人を待っているところだ。実は今日、友達に絵のモデルになってもらう約束をして、時間も決めたのだが、すでに三時間遅れだ。

 

 いくらなんでも遅い。

 

「あいつ、何処ほっつき歩いてんだ?これだから自意識過剰さんは嫌なんだ」

 

「誰が自意識過剰さんだ、ゴラ」

 

 聞き覚えのある声の方を振り向くと、そこには例な友達がいた。相変わらず、人を見下してくる大切な友達だ。

 

「よっ、やっと来たか。ユリウス=アントニウスさん」

 

「ご丁寧に本名を言ってくれてありがとよ」

 

 そう言って、友達はドカッと我が物顔をして近くの椅子に座る。ついでにだが、こいつはさっき自分の本名をユリウス=アントニウスと言っていたが、あれは嘘だ。こいつの本名はそんなんじゃない。

 

 俺とこいつは先ほど説明した廻り者だ。俺の方は何となく察しがついてくれているだろうが、画家のだ。一方のこいつのはーー

 

「おい、絵描かないのかよ」

 

「おっとすまない」

 

 

……

 

 カリカリ

 

「んで、どうだ?」

 

「……何が?」

 

「俺の美貌」

 

「いつも通りでございますよ。相変わらず、派手な物をつけていらっしゃって」

 

 こいつは廻り者のなかでも一位、二位を競うぐらいのファッションと浪費の凄さを誇る。まぁ、しょうがないはなしだ。なぜなら、こいつの前世の人はかなりの美貌で知られた人物であるからな。

 

「だろう?これは有名な時計屋の一番高いやつ、これは」

 

「はいはい、すごいすごい」

 

 俺は適当にいつもの友の自慢話を放って絵を描く。

 

 俺はちらりと友を見る。

 

 にしても相変わらずの美貌だ。人によってはかなり引くぐらいの値段の高そうな服や装飾品をあいつは見事にこなし、小麦色の肌とその整った顔とで完璧とも言える美男子へとなっている。これで女装でもされたら、世の男達は片っ端からハートを射抜かれる事だろう。それがあいつの本領では一応あるのだが。

 

「魔術師さん」

 

「ほいほい」

 

「最近はどうだ。相変わらず、他の芸術家の才能者の絵を片っ端から買っているのか?それでご破算中?」

 

「おい、地味にその手の話題はやめろ。やりそうで恐いから」

 

 「ふーん」と言うユリウス。ニヤニヤした顔つきで俺を見てくるのが目に浮かぶ。何となく今持っている絵筆をあいつの顔に投げたくなってきた。

 

 

……

 

 三十分経ったぐらいで俺の絵は完成した。

 

 うん、やはりモデルが良いと絵も良くなるな。しかも、俺の絵とこいつの特徴って中々相性が良いんから余計良くなる。

 

「できたぞ」

 

「おう、できたか。どれどれ」

 

 俺の絵をユリウスはじっくりと眺め回す。素人鑑定士のようなその姿には滑稽さを感じる。

 

「流石、魔術師さまだ。影と光によってこの絵の立体感を際立たせるな」

 

「だろ?ところで、この絵いるか?」

 

「……地味に売り出してくるんじゃねぇよ」

 

 そういいながらも、あいつは財布から樋口を出して俺に渡す。地味ではあるが嬉しい。

 

「そういえば、ココがお前に会いたいって言ってたぞ」

 

 ココが俺に会いたい、ということは服のデザインの事か。でも、あいつ服のデザインが一々細かいから嫌なんだよなぁ。まぁ、でも受けない理由はないし行くか。

 

「ん、了解」

 

「あと、前から思っていたんだけどお前の時計のそれ。何処から貰ってきたんだ。かなりオシャレなブレスレットだよな」

 

 そう言って、指差してきたのは羊の絵をモチーフにしたブレスレットだった。あぁ、これか、これね……。

 

「これは、その辺の市場で安く売られていたものだよ。だから、お前には合わないさ」

 

 「ふーん」と彼は適当に返事をすると、手を振って帰って行った。




ここでは彼等の前世が誰かは明かされていません。良かったら推理してみてください。一応、ヒントは色んなところにあります。


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 作る人と絵師のくだらない雑談

何故かそこそこ反響(個人的に)があったので、続きを書くことにしました。



 ココに呼ばれて俺は久々に家を出ることになった。

 

 個人的に外出は好きだ。

 

 絵の題材にでも慣れそうな人や景色を見れる。傑作も見れる。絵の具の補充もできる。

 

 まさに良いことづくめ。だが、悪い事ももちろんある。

 

 それはここ最近行われている廻り者狩りというやつだ。対象は罪人だけでなく偉人も含まれるとの話。それをやるのは風の噂だと世界のお偉いさんの命令で動く軍隊や金に目が眩んだ奴らだとか。

 

「いつかは、こうなるかと思ったが……来てしまったか」

 

 人間も偉人もそうだが、必然の出来事を起きる事を知っていても、何処かでそれを起こらないと思って保留してしまう。そして、いざその事態に直面すると、さも起きると思わなかったかのような素振りを見せる。

 

 『誠に滑稽、否、戯作だな。これは』

 

 そんな台詞を俺の知り合いは今ここにいるなら言いそうだ。

 

「おい」

 

 声が聞こえる。この声は……

 

「私だ、私」

 

 服をくいっと引っ張られたのでその方向を向くと、そこには赤色のロングをして、西洋人形が着そうな服を着ている小学生ぐらいの少女がいた。少女は水色の瞳をこちらに向け、立っている。

 

 俺も無論、視線を彼女に向け、こう言った。

 

「やぁ、元気そうじゃないか、ココ」

 

 

……

 

 優雅な、それでいて滑らかな演奏をするオーケストラ達。彼等の音楽を今時では古いCDレコードで聞くのは中々レトロな感じを出していて良い。

 

 そんな事に思いを馳せながら、俺はココと近くの食堂(本当にこれに近いぐらいのもの)で食事を取っている。彼女はチーズハンバーグを、俺はデミグラスソースをかけたステーキをぞれぞれナイフで分解して食べている。

 

「どうしたんだ?その格好は。前まではお伽話に出てくるようなドレスを着ていたじゃないか」

 

「あぁ、あれね。あれは何か私の心に刺さらなかったのよね。こうグッとね」

 

「服なんて同じように思うけれどなぁ。俺は」

 

「あんたの場合は派手かそうじゃないかでしょ。私は単純に私が着て良いかどうかっていうことよ」

 

 ふん、と言って彼女は一口サイズに切ったハンバーグを食べる。

 

 流石はココ、いやココ・シャネルなだけはあって服には詳しい。

 

「まぁ、あんたのファッションセンスは置いておくとして、なんで私があなたに対してわざわざクレオパトラまで使って、呼んだか分かる?」

 

「なんとなくしか分からない」

 

「察してくれているなら助かるわ」

 

 彼女はそう言って、最後の一口を頬張った。ついでに俺はもう食い終わっている。

 

「さてと、じゃあ行くわよ」

 

 席を立ち、荷物を持つと、こっちを振り返る。彼女の水色の瞳が俺の姿を映す。

 

「あなたにぴったりな仕事が向こうで待っているわ」

 

 

……

 

 そういわれて、ココに案内されたところはやはり予想通り彼女の家兼仕事場だった。中には彼女が作った服などは何処にもなく、あるのは彼女が買いあさった服の布と服のデザイン案の紙があっちこっちに散らばっていた。

 

 俺もあまり部屋は綺麗な方ではないとはいえ、これはちょっと汚すぎだと思う。

 

「ひどい散らかりようだな。これじゃあ、画家のアトリエや科学者達の実験室と同レベルと言ったところだ」

 

「あんたらと一緒にしないでくれる。私はここで客に対して商売をしているの。あんたらみたいな成功するかしないかの大博打、なんて感じでやってないのよ」 

 

 あちゃ、これは手酷い評価をもらってしまった。

 

「それよりも仕事よ、仕事」

 

 そう言って彼女は部屋の中から一切の迷いなく、一枚の書類を取り出す。そして、その一枚の紙を俺に差し出してくる。

 

 ……やはりか。

 

「これが今回の仕事よ」

 

 ココに渡された紙には何もないただ白いだけの服が描かれていた。

 

 やはりいつものやつか……。

 

「今回はあんたお得意の金ぴかと黒の組み合わせでやって」

 

「絵は?」

 

「お好きに」

 

 ほぅ、それは確かに今回は中々良い条件だな。前回は俺が全くそそられない条件のものを出されたから、嫌々描いたものである。

 

「それと締め切りは今日まで。報酬はいつもの二倍、六万よ。それ以上は出せないわ」

 

「別にオッケーだぜ。寧ろ報酬二倍に今は心躍っているぐらいだ」

 

「そ、そう」

 

 面食らった様子のココを放っておいて俺は服のデザインを描くことにした。

 

 

……

 

「よし、これで完成だな」

 

 一時間という短い時間(俺にしては)で俺は服の絵を色までつけて完成させた。

 

 出来としては絵にするなら、ちょっと引っかかる作品ではあるが、服用のものならこれぐらいで良いだろう、というもの。まぁ、上々だろう。

 

 後はココに見せれば終わりだ。

 

「おーい、ココー!終わったぞ!……って」

 

 俺の目に映ったのは散らばった書類の上ですやすや眠っているココだった。恐らく、寝不足だったのだろう。普段のココならしない行動だ。よく考えてみたら、こいつは絵師である俺と違って夜遅くまで自分の店のために頑張っているのだ。寝不足になるのも当然だ。

 

(さて、どうしたものか)

 

 ココは当分起きないだろう。別に帰ってもいいのだが、そうしたら報酬が貰えない。それは困る。

 

 ……仕方ない、待つか。

 

 

……

 

「ふぁ〜……よく寝たぁ〜」

 

 眠そうに眼を開けてココは喋る。これだけ見ればただの幼女の昼寝だけかもしれない。しかし、彼女は人によっては化け物として扱う者もいる存在。彼女にとっては、どうでもいい事だろうが。

 

 そんな思考を巡らしていると、彼女はいつの間にか俺のもとに来ていた。その顔からはさっきの幼女らしさは残っておらず、いつものココに戻っていた。

 

「出来たのよね、絵?」

 

 ずいっとよってくるココ。表情は締め切りを迫る編集者のようだ。

 

「もちろん終わっている、見るか?」

 

 見る、ココはそう言って描き終わった絵をひったくるように奪って、それを見る。

 

 しかし、彼女は三秒もしないうちに無言で返した。

 

 ココなりのオッケーだ。

 

「じゃあ、俺はもう帰るわ、眠いし」

 

「こんな時間に?泊まっていけばいいじゃない」

 

 ちらっと時計を見る。針は七時を指す。

 

 確かにこれはお泊りコース確定だ。

 

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。ところで部屋は?」

 

「あっちよ」

 

 そう言って指を指したところは彼女が普段、服を作る作業部屋だ。

 

 ただ……

 

「綺麗だよな?部屋」

 

 それを聞いてココは笑いながら、 

 

「安心しなさい、他の部屋よりずっと綺麗よ。」

 

 俺は苦笑いをするしかなかった。

 




今回は出しました(キャラクター名を)。


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 排除する者

いきなりのシリアスです、すいません。


 明朝、俺はココの家を出た。

 

 夜空もいまだ健在な時間帯、流石に人もあまり出歩いていない。静かな静かな空間。

 

 風景画が得意な画家ならキャンパスを出してスケッチでもしていそうだ。

 

 まぁ、そんな趣味を俺は残念ながら持っていない。全く残念。

 

 取りあえず、ふぁ〜、と呑気なあくびをしてみる。

 

 もちろん、それをしたからと言っても特には何も起きない。ただ、また眠くなるだけだ。

 

 ふと前の交差点の角から四十代ぐらいの男性が通る。会社帰りなのか疲れたような顔をして、通りすぎて行く。

 

 お互い仕事終わりの帰宅道中。俺は少し彼に同情の視線を向けた。

 

(さて、角を曲がって……近くの駅で電車に乗って)

 

 

 

 その時、後ろの方から不吉な音が聞こえた。

 

 それは、生きているものを斬る音に似ていた……いや、そうだった。

 

 この時、俺は後ろで何が起きたかを察した。

 

 俺は素早く左の方へと大きく前転した。

 

 すると、俺がさっきまでいた位置に一本の槍が平行に出てくる。

 

 後ろの方を見ると、そこにはさっきのサラリーマンの上半身と、そうさせた張本人がいた。

 

 張本人の目は赤く、日本で昔、戦をするときに着用されていた鎧と兜を着ている。また、顔はよくみえないが、その表情が笑っているのが分かる。

 

 そして、そいつの首周りから廻り者の証である花びらが出ていた。

 

「へぇ〜、お前よく避けたな。俺の一突きを避けたのはお前が初めてだわ」

 

 ハハハッ、と大声で笑うそいつはまた槍を構える。槍は鮮血による鈍い朱色と本来あった銀色の輝きが近くの電灯から照らし出される。

 

 そして、三秒もしない間にこちらとの距離を詰めて、こちらに振り上げる。俺はとっさにそれを屈んで、交わすがそれを相手は予想していた。いや、狙っていた。

 

 即座に相手は槍を突く構えにして、こちらに斬りつけてくる。

 

 俺は避けるよりも反撃した方がいいとおもい、常備していたピストルを相手に向かって発砲する。

 

 思いも寄らなかったのか相手は構えを解いて後退する。

 

 俺はその隙をついて立ち上がり、ピストルを向ける。

 

「へぇ〜、あんたやるねぇ。俺のこの槍を避けるなんて」

 

「死にたくはないからね俺は。君がここで勝手に自殺するなら、俺は構いはしないんだけど」

 

「言うねぇ」

 

 ニヤッと笑みを浮かべると、相手はまた槍の構えをとる。こちらもピストルの引き金に手をかける。

 

「だけど、死ぬのはお前だぜ」

 

 その言葉の次の瞬間、相手の姿が急にふっと消えた。

 

 すぐに360度確認する。しかし、何処にもいない。

 

 俺はこの時、気づいた。

 

 何故、相手は物音も立てずに、人を殺すことが出来たのか。死体の崩れ落ちる音しかしなかったのかを。

 

 そして、その疑問はすぐに解けた。

 

 答えは簡単。

 

 相手の才能が自分の存在を一時的に消すというものだからだ。 

 

 だとしたら、相手は次にどんな行動をとるのか……俺は察した。俺がもし、その才能を使えれたら、俺はどの方面で敵を攻撃するか?背後か?しかし、それは相手を油断させている時にやるのならいいが、そうじゃないと、背後は常に警戒されるから背後をとっても意味がない。

 

 とするとーー!

 

 俺は正面を向き、ピストルの引き金をーー

 

 ダァン

 

「え?」

 

 口から勝手に出てくるその言葉。

 

 だが、それは相手がそこにはいなかったとか、首が胴体から気がつかない内に離れていた、とかそういう事ではない。

 

 もっと予想外だ。

 

 それはーー

 

 

 

 

 相手の廻り者が俺ではない誰かの銃弾を受けてこちらに倒れてきたのだ。

 

 そして、その後ろには複数人の軍服を着た男性達がいる。

 

 しかし、ピストルと思われる物を持っているのは一番前にいる男のみ。それ以外は持っていない。

 

 男は後ろにいる者達に合図を送る。それを受け、後ろの者達の一人がその場に落ちていた輪廻の枝を手に取る。男の死体は回収をしない。

 

 というか、消えてきている。

 

 これは廻り者特有の物で彼らの死体は残らない。残るものは彼らが廻り者としてなるときに使う輪廻の枝のみ。

 

 それ以外は何も残らない。

 

 彼らはそれを知っている。

 

 則ち、もうすでに彼らは何人かの廻り者を殺したことがあるのだ。そして、輪廻の枝をいくつかその手で……

 

「大丈夫ですか?」

 

 いつの間に近寄ってきた彼らの一人が俺に言ってきた。

 

 どうやら、俺が廻り者だという事に気づいていないらしい。心配してくれた。

 

「大丈夫です」

 

「そうですか。なら良かった」

 

 そう言うと、彼らはすぐにその場から姿を消した。

 

 どうやら、俺があの廻り者と戦っていたのは特にどうとも思われていないらしい。

 

 取りあえずの危機は去った。

 

 そう思うと、体にどっと疲れが押し寄せてきた。よほど緊張していたのだろう。

 

「早く帰って寝るか」

 

 誰もいない世界の中で俺はそう呟き、駅へと向かった。

 




・服部 半蔵  (相手の廻り者の名前)

・偉人

・身長 184cm

・体重 77kg

・見た目 甲冑で全身が見えない

・時代 戦国時代

・ 徳川家康に仕えた三河の家臣。一般的に知られているのは二代目の正成。彼は作中にも出てきた通り、槍の名手でその強さから『鬼半蔵』と呼ばれた。よく彼を時代劇や小説等で忍者として出てくるが、それはフィクションである。実際は先ほど話した槍を奮い、敵兵と戦う武士であった。とは言え、何も忍者と関わりがないかといえばそうではない。

 彼の父は伊賀で忍者をやっており、家康はその縁を使って彼は半蔵に伊賀忍の頭領にさせ、江戸城にある半蔵門を守らせた。

 恐らく、今日の半蔵像はこれにより生まれたのだろう。

・才能

 槍の使い方がうまくなり、また忠義を尽くすに値する人間に誠意を持って仕える。

 『幻想の伊賀忍』

 一定時間内(自分でいつでも解くことができる)に対象の人物から自分の存在を消す。ただ、これは自分が使うと決めた人にしか通用せず、もし他の人達にも才能を使おうと思ったら一旦リセットしなければならない。

 


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 ナンバーワンとの何でもない雑談

「ガハハハ、それは災難だったなぁ!」

 

 耳がきーんとなる程の声量でそいつは笑った。唾を出し、足をばたばたさせ、腹を抱えて笑う。

 

 まさしく大爆笑している俺の友達。

 

 だが、それに対してあまりいい思いは出来ない。

 

「そんな笑えるネタじゃないだろ。というか、あんまり笑ってほしくないんだよ」

 

「おぉ、それはすまんすまん。sorrysorry」

 

 しかし、それでもくつくつと笑いつづける。

 

 だが、これを指摘したところで、これ以上何も変わらないだろう。最早、諦めざるをえない。 

 

 さて、ここで俺の友達の紹介をやっていなかったな。

 

 俺の友達である彼の名はジョン・デリンジャー。社会の敵ナンバーワンとも呼ばれた犯罪者だ。

 

 もちろん、言わずもがな罪人の廻り者だ。

 

 

 さて、ここで罪人の廻り者と偉人の廻り者の何が違うか答えなければならないだろう。そもそも廻り者というのは歴史上に名を刻んだ人達の性格と偉業ベースにして作られた存在、則ちその人のそっ

くりさんだ(まぁ、見た目や性別等は違ったりするが)。そして、ここにおいての『歴史に名を刻ん

だ』というのは偉人だけでなく、その時代で悪いことをした者達もいる。主に罪人の廻り者は、後者を素として作られた者で、彼等はベースにした者の悪行、性格等から人や廻り者に危害を加える存在だ。

 

 だが、偉人の廻り者と罪人の廻り者は大部分は同じで、どちらもベースにした者のような事をしようとするし才能も使える。ただ、唯一違うところは罪人の廻り者には自制心を持たない者がほとんど

ということだ。何故、持たないか。それは彼等の素が先ほど言った罪人だからだ。

 

 よくわからない、という人のために例え話をしよう。例えば、ここにアメリカのシリアルキラーとして有名なエド・ゲインがいるとしよう。そして、俺が仮に彼、もしくは彼女の前で死んだとしよう。そうしたらどうするか?墓に埋める?それとも警察に通報する?どれも違う。エド・ゲインの廻り者は自制心を気にもせず平気で俺を剥製にして服とかにでも仕立てるだろう。

 

 このことから理解してもらえるだろうが罪人の廻り者は危険な存在だ。現に『偉人の杜』という偉人の廻り者だけで構成された組織は罪人の廻り者を掃討している。

 

 ここで皆、疑問に思うことだろう。

 

 何故、そんな危険な存在である罪人の廻り者である彼を前にして俺は平気でいられるか、と。

 

 これには特に深い理由があるとかいう訳ではない。実はこの目の前で腹を抱えている馬鹿は俺の数少ない友人であるココの店の常連で、あるとき俺がデザインを担当した服をこいつがウケたことをきっかけにこいつが勝手に家に来るようになったのだ。

 

 俺としては基本、五月蝿くて鬱陶しい存在ではあるのだが、たまに俺の絵を買ってくれる数少ないお客様でもあるので無下にはできない。

 

 まったく、今日はゆっくり静かに絵を描こうとしたのに。

 

「で、そいつは一般人である警察に撃たれて終わり、と。ギャハハハ!これは最高の傑作だな!」

 

「お前、そうやって笑っているけど、お前もなるかもしれない未来なんだぜ。まぁ、俺としては嬉しい限りの未来だから良いが」

 

「それはそれは、御結構!だけど、残念。俺様にそんな未来は来る気配がない、いや無い」

 

 本当にその通りだと思うよ、世界一の犯罪者(騒音野郎)。伊達にこいつはジョン・デリンジャーの廻り者。社会の敵ナンバーワンの男。

 

 やっていることがそんじょそこらの悪人と違う。殺人、銀行強盗、窃盗、拉致……そんな行為をこいつは金さえ積まれれば笑って引き受ける。

 

 そして、こいつには他の悪人と明らかに違う点がある。

 

 それはーー

 

「で、どうだった?今日の俺のパフォーマンスは」

 

「流石といったぐらいだな完全犯罪者(糞野郎)

 

 俺はちらりとさっきまで見ていた映像をまた見る。そこにはデリンジャーの姿がありありと見えた。

 

 そこに居たデリンジャーは笑顔がドアップで映されたり、デリンジャーが何かをいじくっているのが見える。

 

 これは動画投稿サイトで今朝上がっていた物だ。

 

 そう、何を隠そう目の前にいるこいつは動画投稿者だ。視聴者もかなりいる。今朝上がったやつも既に俺が見る頃には六十万はいっていただろう。

 

 まったく、うらやましいことである。俺が仮に自分の描いた絵を動画として皆に見せびらかしてもここまでいかないだろう。

 

 本当に職業に関する動画を上げる者は苦労しないものだ。

 

「相変わらずのお手前だね。今回は何処でやったの、これ?何処かの銀行なのは分かるけど」

 

「今回はニューヨークの銀行でだな。いやぁ、あそこすげぇぜ!赤外線センサーの他に自動機関銃、人が入るだけで消し炭になるビームが出るやつもあったんだよ!」

 

 さいでっか、そんな中よく生放送の動画を撮る気になったもんだね。気が狂ってんじゃないの?いや、狂ってるわ、こいつ。だって、ピッキングとかしている間に余裕でチャットにある質問に答えているし。

 

「いやぁ、それにしても六十万再生なんて嬉しいもんだねぇ、動画投稿者としては最高の記録なんじゃね、これ」

 

「そうだな、こんなにお前に対する警察(お客さん)が見にきているからな」

 

「いやぁ、人気者って辛いもんだねぇ!」

 

 まったく、その通りだと思うよ。

 

「それで、何のようだ?」

 

「ん?」

 

「俺のところにお前が来たんだ、何かあるんだろう?」

 

「む、俺ってそんなお前に対してお願いしに来るような奴だったっけな」

 

「よく言うよ。去年なんて『俺の服のオーダーメイトを作ってくれ!』とか『金がないから五百万貸して!』、挙げ句酔っ払ってきて、『なんだよぅ〜、この白けた絵は〜♪』とか言ってココに依頼された絵を破ったりしたじゃないか」

 

「最後のすまんって言ったじゃねぇかよ。ほら、お詫びにお前に三百万渡したじゃんか!」

 

「その金もお前の酒代で消えたけどな」

 

「ぐぬぬ」

 

 何が『ぐぬぬ』だ。あの時の俺なんてお前の顔面をどれだけ殴りたいと思ったことか。

 

「まぁ、でも本当に何もねぇよ。ただ、お前の様子を見に来たついでに俺がまた明日、仕事に行くって言いに来ただけだよ」

 

「ふぅん」

 

「心底どうでも良さそうだな、お前」

 

 だって、どうでもいいし。

 

「ま、そんなわけでさいなら。良い絵を描けるといいな」

 

「さようなら、お元気で(さっさと捕まれよ)

 

 そんな感じで俺とこいつの会話は終わった。

 

 けれどこの時の俺は、よほど間抜けだったことだろう、と思う。

 

 あいつが何の気もなく尋ねることなんてあるわけないのに。



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魔術師と13
 ナンバーワンの侵略


この話からシリアスが続く予定です。


 強風に淡い紫色の髪が何回も吹き飛ばされそうになりそうだな、そんな呑気な事をデリンジャーは思っていた。

 

 彼は今からある銀行を襲おうと、今か今かと待っている。

 

「カーッ、ハンデの時間を与えるのはちょっと辛かったねぇ」

 

 デリンジャーは顔を手で覆い、呟く。

 

 彼は何時の時からか、ただの銀行強盗というのに飽き飽きし始めていた。自分の才能を使えれば、どんな銀行のセキュリティも楽々と突破できてしまい、スリル感がまったくといって良いほど感じられなくなったためだ。そこで彼は閃いた。

 

 ならば、ここで劇場型殺人ならぬ劇場型強盗をすれば、良いと。彼はその次の日から、わざと銀行に自分が何時に強盗するかを知らせ、その通りにやってのけるようになっていった。彼自身はそれを楽しむ。

 

 あれだけ、自分のために金を割いてまでセキュリティや防御システムを作るのを眺め、時間になると、それらを破壊、もしくはかい潜って行くのを。まるで侵略者のように。まるで破壊者のように。

 

 ぶっ壊して行くのが楽しくなったのだ。

 

「さーてと、時間は……オーケーぴったし」

 

 デリンジャーは銀行の方に目を向ける。

 

 銀行はいつも通りの何も変わらないような体を彼に見せ付けた。彼はそれを嘲笑う。

 

 嘘をつけ、変わっているだろう、と。

 

 「じゃ、行くとしますか!」

 

 デリンジャーは堂々とスマホを自分の顔に画面を向けて歩いて行った。

 

 まず、銀行の見取り図を見て、何処から攻めるかを決める。一応、デリンジャーは午前中に変装して、この銀行は視察しているとは言え、それでも午前中になくて今になってできた物もある。

 

 そのため、油断は禁物。普通の強盗なら、ここらへんは慎重にいくが、彼ほどの者になると一味どころか百味違う。

 

 デリンジャーはまず正々堂々正面から入るため、扉をなるべく音を立てずに無力化する。扉は何処にでもあるような鍵穴があるもの。デリンジャーはこれをピッキング用の針金でいともたやすく扉を開ける。

 

 次に彼の行く手を阻むのはくもの巣のように幾多にも張り巡らされた赤外線センサー。彼はこれをスマホで見ている視聴者に見せる。コメント欄はにわかに騒がしくなる。彼はそれに喜びの色を顔に出す。

 

 彼がこれをするのには二つ理由がある。一つは自分の犯罪を誰かに見せる、というパフォーマンスをしてそれを見られる側として楽しむ事、もう一つは彼の才能に関している。

 

 彼は才能を二つ所持している。一つは自分が犯罪を行う時、それに関する事に関しての腕がプロレベルにまで上げることが出来る『社会の敵国者』。もう一つは周囲の人々の視線を集める事によってその数に応じて身体強化出来る『偽りの義賊』。

 

 デリンジャーはこれらの才能を駆使して今までの銀行強盗を成功をおさめていった。

 

 そして、それは彼に嘗めたプレイングをする程までに。

 

「さてさてさ〜て、どうしようかな〜?」

 

 ニヤニヤとセンサーの前でにやけるデリンジャー。銀行側はまさか、これを突破できるとは思っていないことだろう。そして、そんな奴らを次の行動でどんな表情にさせてしまうか、楽しみだ。彼は心の中でそうつぶやく。 

 

 デリンジャーは前を歩き始める。何事もないかのように彼は歩いていく。

 

 センサーにはかすりもしないどころか、彼の侵入を受け入れている。

 

 そのおかげか、五分もしないうちに彼はあの何重にもしかけられたくもの巣を突破してしまった。

 

「さ〜て、視聴者の皆様、ご覧の通り渡ってみせました〜♪」

 

 デリンジャーはスマホに向かって顔を向けてそう言う。コメント欄には『スゲェ』『こいつ人間じゃねぇーー!!』、『死ねばよかったのに』と様々な言葉が書かれている。

 

 デリンジャーはそれを一通り眺めると、再び画面から目をそらす。

 

 しかし、デリンジャーは次の瞬間、首を傾げる。

 

「おいおい、マジかよ。この銀行不用心過ぎるだろ」

 

 そこには昼間見た銀行の中と全く同じ光景、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一つ、ここで言いたいことがある。デリンジャーは別に田舎の銀行を襲っているのではなく、都会の金が沢山有るところを狙う悪党であるのだ。従って、普通はここでさらに凄い細い赤外線センサーやレーザースコープ、終いには自動機関銃等が出てきても彼の経験上おかしくはなかった。

 

 しかし、目の前にあるのは昼間と同じ監視カメラが三台ばかり。デリンジャーはわざわざ犯行予告状を銀行側に突きつけたのにも関わらずだ。

 

 デリンジャーはため息をつく。それは楽しみを奪われたかのようにも見えるため息であった。

 

「あ〜、こんな銀行なんてあるんだな〜……まずいな、これじゃあ、ちょっとしょっぱいなぁ。」

 

 頭をぼりぼり掻きながら、そんな感想を呟く。

 

 しかし、今更ここまでやっておいて金を奪わないなんて事はデリンジャーにはありえない事。彼は金庫の方まで行こうとその行く手を阻む受付席を飛び越えようとしたとき。

 

「ん?」

 

 彼の目の前にあったのは金庫への入口ではなく、顔ぐらいの大きさをした石だった。



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 13

「ねぇ、君」

 

「はい、何でしょうか〇〇さん」

 

「君は何でそんならしくない絵を描くんだネ?」

 

「なんとなくですかね……ゴ〇〇さんがらしくない風景画を描いていたので、俺もそれに倣って」

 

「そうか」

 

「ところで〇〇さんは何でここに?」

 

「いや何美術会を開くのに君の絵を使おうと思ってネ」

 

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 

「あぁ、〇〇〇〇〇〇君のはとても良いからね」

 

 

……

 

「……夢か」

 

 目を覚ましてみると、さっきまでいたあの人はいない。あるのは昨日まで描きかけの月と木々、という何処にでもありそうな風景画。

 

 俺はどうやら眠ってしまっていたらしい。

 

 しかも、座りながら。慌てて絵の具を方を見る。よかった何もついていない。

 

「それにしても懐かしい夢を見たなぁ」

 

 夢に思いを馳せる事なんて今までなかったが、こんな懐かしい事を見てしまっては馳せずにいられない。あの日の事を、あの島での、あの人達との思い出なら特に。

 

「また会えるかな」

 

 あの人達の消息は分からないが、おそらく今でも普通にあそこで絵を描いているのだろう。そして、それなりに楽しい人生でも過ごしているに違いない。

 

「さて、絵でも描くか」

 

 視線を描きかけの絵に移す。一応、絵の具で塗る方には既に移行していて、塗り残しは残り数少ない。今直ぐにでもやれば今日中には完成する。

 

 とは言え、この作品は正直…………。

 

 しかし、そんな思考を妨げるかのようにコンコンという音が聞こえてくる。どうやら、誰かがドアをノックしているらしい。

 

「誰だ?こんな御行儀良いお客さんを俺は知らないぞ」

 

 俺はそんな言葉を口にしてから、ドアを開けてみる。

 

「悪かったわね、御行儀が良くて」

 

 そこにいたのは、普段のあの赤くて長い髪の毛をポニーテールにし、白色のワンピースを着ているココがいた。

 

「いやいや、別に。俺としては寧ろそっちの方が嬉しいよ」

 

 そんな軽口を述べて、ココを中へと入れる。

 

 ココはふん、と言うと、どかっとさっきまで俺が座っていた椅子を占領する。俺はしょうがなく来客用の椅子に座る。

 

「それにしても珍しいな、仕事熱心なお前がここに来るなんて。普段なら、『あんたん家に行くぐらいなら新しい服の設計をした方がまし』とでも言っていたのに」

 

「それはあんたん家がこんな電車使って、さらに徒歩で40分も歩く距離にあるのだから、しょうがないでしょう?というか……」

 

 ココは横において置いた俺の風景画に視線を移す。

 

「……へぇ、あんた風景画、描くんだ。意外ね。普段はキラキラした物とか、人とか、後そんなに人を落ち着かせない題材ばかり用いるのに」

 

「ん?描けないわけじゃないけど、やっぱりそっちの方が良いかな。風景画なんて久々に描いてみたけど、やっぱりなんか気に食わない」

 

「そう?綺麗だと思うけど」

 

 そう言って、彼女は絵を取り上げると、それをまじまじと見る。

 

「空に浮かぶ月が木々の真ん中の何も無い、ただ闇の中である地上を照らしている……あんたらしからぬ随分とロマンチックな絵じゃない」

 

「ココがどう言おうと俺は気に食わない。不慣れな奴が作った駄作。それも上手い奴なら一分で思いついて三分で描けそうな作品だ」

 

「そこまで卑下しなくてもいいとは思うけど……」

 

 ココは絵を元に戻すと、「喉が渇いたから何か飲み物を頂戴」と言った。

 

 俺は取りあえず冷蔵庫から適当にお茶を取り出して、それをコップに注いで渡す。ココに渡したのはその辺に売っていた百円のものだったが、文句いわず彼女はお茶を一口飲んだ。

 

「ここらで雑談は終わりましょうかね。私がこんなところに来たから分かっていると思うけど。あなたにちゃんとした依頼をしに来たのよ」

 

 こんなところとは何か。そんな反論をしようと思ったが、面倒くさくなりそうなため、一先ず飲み込むことにした。そして、それ以前にひっかかる事が一つ。

 

「俺は何時からお前の依頼を受け付けてくれる気の優しいところになったんだ」

 

「ん?そんなところじゃなかったの?」

 

 可愛らしく首を傾げてこちらに反問する。畜生、そんな顔されると、ちょっと困る。だが、外見が子供だからって俺は動じない。

 

 そんな事が通じるのは精々、重度のロリコンぐらいなものだ。

 

「違うからな。俺は芸術家で、探偵でも傭兵でもなんでもない。依頼はせめてそこらへんでやれよ」

 

「へぇ、それじゃあ、これを見ても?」

 

 ココはスマホをポケットから取り出すと、手慣れた手つきで操作する。そして、俺にあるものを見せた。それは一本の動画。

 

「ん、これって……」

 

 その動画の中央に映っていたのは数日前まで元気に大笑いしていたデリンジャーが椅子に縛りつけられているところだった。彼は俺が見ているのに気づいたのか、真正面から満面な笑みをたたえて

 

『捕まっちった♪』

 

 と、間抜けな声を出している。が、本人のテンションとは裏腹に彼のいる部屋は中々、物騒な所であるのは直ぐに見て取れた。部屋は比較的綺麗ではあるが、所々うっすらと血液の染みが付いている個所が幾つかあり、左右の壁には家具の代わりに拷問具。そして、彼の座っている椅子は鉄製。ジャラジャラ、という音がするのは彼の手首等が鎖によって拘束されている事が分かる。

 

 まるで映画にでもありそうな光景。デリンジャーも分かっているとはずだ。こういうシーンにいるということは自分が危機的状況だという事を。

 

 ココは一旦、動画をストップさせようと指を停止場面に伸ばす。しかし、うまい具合に停止ボタンを押せずにいる。デリンジャーはその間、特に何もせずただ縛り付けられている。ココは何回か経てようやく動画を停止させた。

 

「つまり、そういうことよ」

 

「なるほど、大体分かった」

 

 目頭を押さえてしまう。やっぱり、デリンジャーと関わるとろくな事が一つとしてない。もう二度と関わりたくないレベルだ。

 

 ココは大きくため息をつく。どうやら、彼女も俺と同じ思考には至っていたらしい。

 

「まぁ……あれよ。あの手のかかる馬鹿を助けに行ってあげて。一応、あれでも私の客だし、あいつなんだかんだでかなりのお得意様だからね」

 

「まぁ、流石のココ様でも顧客がいなければ飢えて死にますもんね」

 

「それはあんたもでしょう。三流画家」

 

 わ〜お、かなりの辛辣な言葉を投げられたぞ、俺。一応、画家の廻り者なのに。

 

「とにかく、あんたはデリンジャーを助けに行きなさい!いい?」

 

 思いっきり襟を力強く自身の方へと引っ張る。ココの碧眼に白い肌がよく見え、鼻と鼻はもう少しでくっつきそうになる距離。ココが子供の姿でなければ心臓の鼓動は激しくなったことだろう。

 

 どちらにしろ、これは応じなければいけないようだ。ならば、せめて最後の抵抗をするまで。

 

「でも生憎、俺は虫のいい人間じゃないからな。流石に報酬無しでは動けんよ」

 

「もちろん、そんなこと知っているわよ」

 

 嫌な笑顔をこちらに向ける。察しが良いという程でもない俺でも分かる。

 

 積んだな、と。

 

「報酬はデリンジャーの口座から百万引き抜いてくるから、それで金はなんとかする。後、暫くはデザインの仕事や厄介事の相談は無しで。どう?」

 

 得意げな顔で報酬についてを語るココ。彼女はやると言ったことはめげずにやる奴だ。今語った報酬は全てこちら側に与えられるだろう。

 

「まぁ、安心して。ちゃんと助っ人は呼んであるから」

 

 話はどうやら俺が受ける前提で進められていく。俺がこの面倒事を受ける前提で。

 

 

 

 

 

 そして、この時の俺は知らなかっただろう。このことが切っ掛けとなり、身近で色々な事が起きることを。

 



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 白銀の狙撃手

最近プレイしているソシャゲで色んな期間限定イベントが起きているのでそちらに大忙しな毎日です。


 久しぶりの夜の外出。外は暗く、唯一の光である月も太陽ほど地上を照らしてはいない。控えめなその光を俺は少し好きだ。もちろん、派手な物も好きだ。しかし、ここまで影を作り出す光もそうはないし、何より俺の絵で使われる闇の部分を作っているのは月であるからだ。

 

 それにしても夜風が気持ちいい。

 

「おいおい、見とれるのは月じゃなくて俺だろう?」

 

「寝言は寝て言え。そして、お前は運転に集中しろ」

 

「厳しいねぇ」

 

 軽口をたたいて、あいつは前を向く。俺も景色の方を見ず、前へと視線を戻す。もう、あの考えがあまり浮かばなくなった。

 

 俺は今、デリンジャーが捕われている例の建物へこいつの車で向かっている。まだ新しいレッドのスポーツカーに乗る運転手は俺の顧客であるアントニウス。彼が今回の助っ人だ。彼も実はココの顧客でデリンジャーとは見知った仲だとか。意外な関係性というものの一端をなんだか知った気がする。

 

「それより、お前大丈夫なのか?」

 

「何がだ?」

 

「今回の事だよ。アジトを調べてみたら、とんでもない事が分かったぞ」

 

「とんでもない事?」

 

 おうむ返しをする俺にいつにもまして真剣味をおびた声で言う。

 

「今回のお前の試合相手は武装組織『13』だぞ。コンテニューなんて出来そうにない」

 

 いつも通りの軽口をたたいているが、本気で俺を心配してくれているのは声音で分かった。

 

 『13(サーティーン)』ーー西洋では縁起が悪いと言われるこの数字をチーム名とする傭兵集団。詳細自体、組織自体が固く情報を守っているために分かっていることが少なく、分かっていることは組織のメンバーは全員で十三人であること、そしてメンバー全員がありない程強い廻り者の集団だという事だ。

 

「コンテニューが出来ていないのは俺でも分かるさ。でもそれでもやるしかない」

 

「それは何故だ?」

 

 ふっとアントニウスの質問を鼻で笑った。そんなの決まっている。

 

「デリンジャーが二度と俺の家の方向に足を向けて眠れないようにするためさ」

 

「なんだそれ」

 

 あはは、と運転手は笑った。同乗者である俺も笑った。

 

 こんな滑稽な戯れ言を言うときなんて、恐らくもう二度と無いことを星にでも祈ろう。俺はそう思って、心の中で形だけでもお祈りした。

 

 

「ここが目的地だ」

 

 アントニウスは車を止めると、右の方向に指を指す。そこには森林に囲まれて全貌を隠しているアジトがあった。しかし、幾らか分かることもある。

 

 形は四角形で、正方形が幾らか連なってできていて、建物は色的に言うと白色。そして、極めつけに一階しかない平屋だという事だろう。大きさは間近にあるため、分からない。ただ、個人的に思うことがこの建物はどちらかと言えば秘密基地の性質を持っている研究所ということだ。決して小さくは無く、何かを研究したりアジトとするのには最適、がそこにある何かを隠さねばならなく、その秘め事は建物一つを無いものとしてしなければならないほどの物。

 

 恐らく、隠さねばならない物いや、者は……

 

「じゃあ、俺は行くよ。もしもの時は頼んだぞ相棒」

 

「誰が相棒だ、むしろ俺に何かあったら助けろよ従者」

 

 そんな軽口をたたいて俺は敵のアジトへと向かった。

 

 

 森を歩くこと五分。かなり近いところに止めてもらったお陰で遭難等で時間を食ったりすることなく、アジトの入口へと辿りつけれた。この先には見渡したところ罠やフェンスといった障害物は無い。

 

 俺は堂々と中に入ることにしてみる事にした。変に勘繰って、あれこれ考えたり探ったりしても良いのだが、その際にトラップがあったら、それでこそ無駄な事。もし仮にこの先に何かあるのなら、それは俺にとって終わりになることは必須だろう。

 

 しかし、俺の予想が正しければ……

 

 一歩一歩確実に地に足を踏み締めて行く。じわり、と何かが俺を急いてくる。しかし、俺のペースは変わらない。背中からじわりと汗が出てくる。それでもペースは変わらない。段々人事のように達観になって行く。懸命に主観的へと舵を切ろうとする。

 

 そして、歩ききった。予想通り罠の類は仕掛けられていなかった。

 

 だが、次の問題が俺を待っていた。中は外への光をあまり受け付けていないらしく、真っ暗闇になっていたのだ。俺は仕方なく、ココに事前に渡されていた懐中電灯を使うことにした。

 

 楕円を描く光を頼りに先へと進んでみる。

 

 まず目を引いたのは、壁には傷や剥がれている個所がないこと。どうやら建てられたばかりらしい。

 

 次にこの建物は中々入り組んでいる構造をしていること。さっきから、部屋がかなりあり、その部屋毎に206や八四という漢数字や数字が書かれた標札がある。恐らく、外から来る敵に対しての備えなのだろう。このようにしておく事で、簡単には部屋の中身が知れ渡らないようにしているのだ。そして、廊下を迷宮にして敵に位置をばらされないようにしている。

 

(これは中々にまずい物だ。傭兵集団だから、と軽く思っていたが……俺は気付かないうちに踏み入れてはいけない領域に足を踏み入れたのかもしれない)

 

 だが、今引き換えしても元の木阿弥。俺の出来る最良の手段はデリンジャーを救うこと、これ一つだ。

 

 そう思い、改めて前を確認すると暗い中から右手に曲がり角があることが分かった。俺はこの先かもしれないと思い曲がり角を曲がろうとした。

 

 その時だった。一瞬、何処から殺気を感じた。並の殺気じゃない、酷く冷淡な、まるで狩りをする猟師のようなもの。

 

(一体、何処から……)

 

 周りを少し見渡しても、やはり何も……いや、違う!

 

 疑惑から確信へと変わった。俺は咄嗟に左へと避けようとした。しかし、遅かった。

 

 一発の銃弾からこちら目掛けて放たれた。しかも、それが一発ではなく二発三発と続く。速さを所々で変えながらじぐざぐに曲がって銃弾を避けようと奮闘を試みる。壁に当たりながらの逃避行。何回か壁に当たりながらだったが、幸いにも服に傷が何箇所か付いただけで済んだ。だが、追撃は終わらなかった。

 

 角を曲がってすぐ側の空いている部屋に入り、出方を窺うことにする。ごくりと大きな生唾を飲み込む。少し経って、さっきまで聞こえなかった自分ではないもう一つの足音がする。足取りは軽いが、用心深い性格なようでこちらの出方を窺っているようだ。

 

「ごきげんよう、腕利きの傭兵さん。悪あがきはよして出てきなさい。今なら軽く済むわ」

 

 落ち着いた女性の声が辺りに響く。恐らく、彼女こそが俺を撃った相手だろう。だとしたら、チャンスだ。さっきまで隠れていた狙撃手が表に出てきている彼女をここで倒すしかない。そうしなければ後々を考えるときつい。

 

 俺は意を決し、ピストルのリボルバーに弾丸を入れて相手を待つ。作戦としてはシンプル。狙撃手が探索している不意をついて背後から、若しくは正面から二発三発撃って相手の腕か足にでも軽傷程度でもやって怯ませ、その隙に銃を取って無力化、可能ならデリンジャーの監禁場所等を喋らせる。

 

(後は来るのを待つのみ)

 

 そう思い、狙撃手がこちらに来るのを部屋でじっと待伏せる。相手は仮にも慎重でかつ相当のやり手。たとえ、少しでも音でも出せば即刻終わり。この作戦は失敗し、俺は何されるか分かったもんじゃない。分かることは精々、ろくな目に合わないことぐらいだ。

 

 息が詰まる。俺は今、完全に虚無に成りきれているのだろうか。その一つが頭を悩ます。

 

 そんな俺とは裏腹に狙撃手は探索をやめない。そして、声もしない。いないと悟ったのだろうか。

 

(だとしたら、チャンスだ!)

 

 そう思い、足音がこちらに来るのを待った。正面攻撃の奇襲への選択を選んだ俺は相手が扉の前に来るのを待った。そして、時は来た。

 

(今だ!)

 

 そう思い、足に力を入れて部屋を出ようとしたその時。

 

「え?」

 

 発砲音と同時に右足に痛みが走った。見てみると右足の脛から血が出ていた。どうやら銃弾が脛に当たったらしい。だが、一体どうやって……。

 

 俺はこの時、二つ大きなミスをしていた。俺は目の前にある傷に夢中になって気づいていなかったが、そもそも相手は何故俺のいる所に正確に当てる事が出来たのか、そして相手がこちらに向かって歩いていることを忘れていた。

 

「動かないで」

 

 カチャという音が後ろから聞こえてきた。後ろの方を振り返ると、そこには白銀の髪をを持つエメラルド色の目をした少女がいた。彼女は首の周りに廻り者の証拠である花びらが舞っていた。

 

 

 



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