神の駒 (海苔 green helmet)
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絵1

 世界を崩壊させるOツールと呼ばれる物体。それらを回収することを任された記憶喪失の少女、辻 神奈美(ツジ カナミ) は、Oツールやそれに関わる人々の醜さや行き過ぎた善意に触れ、自分が何者なのか探っていく。


 辻 神奈美(ツジ カナミ)は車の窓から降りしきる雨を眺めていた。雨粒一つ一つを目で追うが、すぐに見失ってしまう。

 

 この娘、実は記憶喪失なのである。ある日突然自分の何もかもが思い出せなくなっていたのだ。そのうえ彼女を知るという人物は一人も現れなかった。

 

 確実に何かがおかしかった。普通なら人物を知っている者が、一人くらい現れても良い筈なのに。

 その後、ありとあらゆる理解に苦しむ出来事があり、今に至るのだ。

 

 神奈美はふと運転席に座っているハンチング帽を被った相棒に目を向ける。

 秋塚 弧龍(アキヅカ コタツ)。ありとあらゆる理解に苦しむ出来事の一つが、この男と組んで仕事をすることになったことだ。

 神奈美は秋塚の事を嫌っているが、信用はしている。それは秋塚も同じであった。

 

 

 街灯も無いような森の中を通る道に入ってから数時間が過ぎていた。

 神奈美は秋塚にあとどのくらいで到着するのか訪ねようと頭を動かす。が、長すぎる後ろ髪を尻に敷いてしまっていて頭が動かせない。

 

 神奈美「痛っ」

 

 髪の毛が幾本か抜けた。

 走行中であったが立って髪を退かすことにし、腰をあげた。

 

 秋塚「げっ、狸!」

 神奈美「えっ!?ちょっ!」

 

 秋塚がブレーキを踏んだ。車が前のめりになる。その反動で危うく前席に飛び出して仕舞うところだった。

 

 神奈美「イッタァ...だぁ~、もうっ、椅子にあばら骨打ったぁ...」

 秋塚「へへっ、シートベルトしてないからだぞ♪」

 神奈美「この車の一体どこにシートベルトついてんのよ?

 だぁ~もうっ、何でお前は不便な乗り物にしか乗ってないのよ?この前はバイクで二人乗り、確かに車にしろとは言ったけど、昭和のボロにしろとは一言も言ってない!」

 

 秋塚はギアを一速に戻し車を発進させる。

 

 秋塚「スバル360カスタムのどこが悪いんだよ?」

 神奈美「ボロいし、煙いし、うるさい。この間のスズキT20と変わらないじゃない。」

 秋塚「全部イイトコなんだよなぁ。

 あっそうだ、今回のターゲットだけど...名前なんだっけ?光線?って名前の絵?」

 神奈美「閃光よ。持ち主が次々に死んでいく曰く付きの代物。

 [また]こんな物騒な物なのね。回収課を何だと思ってるのかしら...」

 

 辻 神奈美は記憶喪失になったその後、Oツールと呼ばれる品の回収する仕事を始めたのだ。

 Oツールと呼ばれる物は、異常な現象を引き起こしてしまう。それが人に危害を与えないよう回収するのが神奈美の役目だ。

 

 秋塚「正直なところお前はお荷物としか思われてない気がする。」

 神奈美「ヒド。

 ん?お荷物と言えば、この荷台に載ってるジュラルミンケースって何か入ってるの?」

 秋塚「夢と希望と俺のパンツ」

 神奈美「ボケるな」

 

 神奈美は秋塚をミラー越しに睨み付ける。

 

 秋塚「ハハハッ、そう怒(いか)るなって。

 そいつには交渉の材料として現金を詰めてある。」

 神奈美「やるじゃん。でもやけに軽い、いったいいくら入れてきたの?」

 秋塚「70円」

 神奈美「う○い棒でも買う気か、絵を買いに行くのよ?

 だぁ~、もうっ、嫌な予感がしてたのよね。今日はやたらと髪の纏まりが悪かったし、編み込みが上手く決まらなかった。こういう日は決まって悪いことが起き...」

 

 車にまた急ブレーキが掛けられ、また前席にあばら骨をぶつけた。

 

 秋塚「着いたぞ」

 神奈美「こっ、今度からはブレーキ掛けるときはあらかじめ言うように....」

 

 

 その豪邸は森の中にあるとは思えない程しっかりとしたものだった。白く高い屏には細かな装飾が施され、ゲートの蔦を模したデザインは見た者にファンタジックな印象を与えた。

 

 秋塚「豪華だなぁ~、まるで美術館。」

 

 秋塚はその見事な屏やゲートに圧倒されているようだったが、神奈美は一つの違和感を見逃さなかった。

 

 神奈美「秋塚、何でこんな高い屏にしておく必要があるんだっけ?」

 秋塚「そりゃここの主人が美術品の収集家で、貴重な品々を盗まれるのを恐れて、盗人対策で屏を高くしてるんだろうさ。」

 神奈美「よね、そうよね。

 ゲートに鍵が付いてるのもその対策の一環よね....

 じゃあ、何でゲートが開けっ放しなのよ。」

 

 確かにゲートは開いていた。勿論周囲に人の影はない。

 

 秋塚「なんでもかんでも疑うの悪い癖よそれ。まあ、物影から刃ってのも嫌だから見に行くけどさ。

 あっそうだ、ほら護身用。あれ見に行ってる間に襲われたら洒落にならないからな。」

 

 そう言って秋塚は神奈美に古めかしい拳銃を渡した。

 

 神奈美「十四年式...」

 秋塚「敵に直接撃ち込まなくてもいい、銃声がしたら駆けつけてやるよ。ほらっマガジン、撃つときに入れろよ。

 んじゃ行ってきまーす。」

 

 神奈美(....銃か、ふむ)

 

 神奈美は渡された拳銃を構える。ゲートの前にいる秋塚に狙いを定める。

 狙って、狙って、一瞬動きが止まったところで引き金を引く。もちろんマガジンが入っていないので、弾丸が発射されることはない。

 

 神奈美「重っ」

 

 古びた拳銃をシートに無造作に放った。

 秋塚が車に戻ってくる。

 

 秋塚「鍵が壊されてる」

 

 秋塚はハンカチを使い、雨で濡れた顔を拭きながら話を切り出した。

 

 秋塚「何かとてつもない力でこじ開けられた感じがするぜアレ。

 どうする?入るか?それとも応援呼ぶか?」

 神奈美「それって怪力のバケモノがいるかもしれない場所に潜入するってことよね。」

 秋塚「イエス」

 神奈美「勿論死ぬ可能性もあると。」

 秋塚「イィエス」

 神奈美「...もしそんなバケモノ居るんだったら、この屋敷の人たちも無事じゃないわよね?」

 秋塚「まあ、ゲートこじ開けたヤツが危険な人物だった場合だけどな。もしかしたらトイレ借りに来ただけで、漏れそうだったからこじ開けたって可能性もある。」

 神奈美「・・・入るわよ」

 秋塚「あらやだ俺より男らしい。ち○こ生えてそう。」

 神奈美「ちょうどまな板だしな..って何言わせてんの、台無しじゃないのよ。」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 インターホンを押すかが、返事もなければ足音もしない。

 

 秋塚「よし、卓球のラケットとピンポン玉取ってくる。」

 神奈美「ピンポンダッシュそういう意味じゃないから。」

 

 神奈美はドアノブに手を掛けた。ガチャリ、と音をたてドアノブが回り、滑らかにドアが開く。

 

 神奈美「うっ!」

 秋塚「こいつぁ....参ったな...」

 

 一瞬サッカーボール程の大きさのトマトが潰れて床に落ちているのかと錯覚したが、それが何であるか理解したとたんにトマトであってほしかったと心から願った。

 それは人の頭だった。潰れた頭にはしっかりと体付いていて、タキシードを着込んでいた。

 

 天井まで届いた血飛沫から察するに、この人物の受けた衝撃は凄まじいものだったのだろう。

 

 神奈美「頭蓋骨が皮膚から飛び出してる。」

 

 神奈美は死体の後頭部の凹んだ傷口に手を突っ込んで形状を確認する。指を動かす度にグチャグチャという音が響いた。

 

 神奈美「鈍器で殴られているわ、材質はわからないけど、棒状の物ね。」

 

 神奈美は拳銃にマガジンをセットする。

 

 神奈美「ここの家主は使用人を何人か雇っていたはずよ。廊下だけじゃなく他の部屋も見てみましょう。」

 秋塚「ん?お、おいまったぁ!俺達大切なことを見落としてないか?」

 神奈美「大切なこと?」

 秋塚「あぁ、とっても大事なことだぜ....

 こういう家って土足で大丈夫だっけ!?俺靴に泥ついてんだけどぉ?」

 神奈美「突き当たりの廊下から二手に別れましょ、一階からしらみ潰しに見ていくの。

 息のある人が居たら助けてあげて。」

 秋塚「わかった、皆殺しDA☆」

 神奈美「わかってねぇ!」

 

 

 続く




 辻 神奈美(偽名)
 年齢:不明(外見上は15歳~17歳程度)
 身長:154cm
 特徴:黒いロングヘアに、正面から見て右側に編み込みを入れている。
 常に同じ服装をしている。モッズコートに水色のセーター、裾を巻き上げたジーパンを履いている。
 外見上とても幼く見えるが、精神面はそれと裏腹にタフである。しかし虫が苦手であり、茂み等に入るのをとても嫌がる。


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絵2

 

 その絵持ち主は皆不可解な死を遂げるそうだ。

 目映い光の中に立っているような、それでいて、何かドス黒い喪失感も感じる。

 その絵のあった場所には沈黙だけが残るとされている。

 

 

 

 倒れた家具を跨ぎながら、血で染まった廊下を進んで行く。突き当たりを右へ、次々とドアを開けていく。

 あの部屋も、この部屋も、全て血飛沫が飛び交っている。どの部屋も照明が点灯しており、より鮮明に各部屋の悲惨な状況を伝えてくる。

 

 神奈美(5,6...と全員頭部を潰されていて...

 当分トマト関係の料理は口に入りそうにないわね。)

 

 廊下には様々な絵画や彫刻の類いが飾ってあったようだ。しかし今それらは床に落ち、血飛沫が掛かったり、破れたりと、何かしら破損している。

 

 いよいよ最後の部屋になってしまう。

 黒い扉。漆の黒と、金の縁取りが高級感と重厚感を漂わせている。

 

 神奈美「趣味悪っ...」

 

 ドアノブには葉や花の模様がきめ細かく掘られていた。

 神奈美は扉を開けようと、ドアノブに手を伸ばす。

 そこで驚きの光景が目に飛び込んできた。部屋の中から何かの光がチラチラと見え隠れしていたのである。

 

 神奈美「大丈夫ですか?誰か居るんですか??」

 ???「だっ、誰だ?誰かそこに居るのか?」

 

 男の声だった。

 神奈美は生存者が居たことに安堵した。

 

 神奈美「はい!ここに!」

 ???「聞いたことのない声だ、君は一体誰だ?」

 神奈美「私は今夜ここに絵を買いに来る予定だった者です。」

 ???「お客様々でしたか、私はこの屋敷の主人の野田と申す者です。」

 神奈美「野田さん、この屋敷は今大変危険な状況あります。今すぐに避難してください!」

 野田「さっき使用人達が強盗だのと騒いでいたのは、そういうことだったのか!

 あぁわかった、ちょっと待っててくれ、今支度をしてくる。」

 神奈美「えっ?ま、まさかコレクションを持ってこようとしてます!?そんなことしてる場合じゃないんです!使用人の人達全員死んじゃってるんですって!危険なんですよ!」

 

 部屋の中からガタガタと物音がする。

 

 野田「なあに、心配なさんな。手で持てるだけしか持っていきませんよぉ。」

 神奈美「そんなことやってる場合じゃないんですよ!」

 

 一向に物音は鳴り止まない。

 

 突然、扉の奥から何かを殴るような音と共に、鈍い衝撃がドアノブを伝って、神奈美の手まで伝わってきた。

 

 野田「ぐっ、ぐあぁっ...」

 

 衝撃と音は段々と強くなっていく。どうやら扉に向かって何かを叩きつけているようだ。扉が衝撃によって変形し始める。歪み、亀裂が入り、割れる。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 秋塚は左の廊下を進んで行く。決して止まらず、扉を無視して歩き続ける。

 そして、ある扉の前でようやく足を止めた。

 

 ドアノブをハンカチで覆い、静かに回す。扉を開けると、野菜や果物が足下に転がってきた。

 そこは台所だった。

 何者かがここで大暴れしていったらしい、台所は散らかっていた。テーブルはひっくり返り、鍋は床に落ち、中身のスープが床を濡らしていた。

 

 秋塚は台所に足を踏み入れた。

 中を見渡すと、冷蔵庫の側で人が倒れていることに気がついた。

 

 秋塚は急いでその人物へ駆け寄る。白い髪の少女だった。白いマスクとメイド服が血と床に落ちたサルサソースで汚れている。

 

 秋塚(胸に包丁が刺さってる。)

 

 胸部に刺さった包丁は、服を赤く染めていた。

 

 秋塚は暫く沈黙する。そしてとんでもないことを言い放った。

 

 秋塚「お前生きてるだろ。」

 

 メイド服の少女はピクリともしない。

 

 秋塚「スープとサルサソースを床にばらまいたのは返り血を誤魔化すのと、冷蔵庫に入ったその服の持ち主の血を誤魔化す為。

 果物が転がってきたのも冷蔵庫に入っていたものを出して、殺したメイドをその中に仕舞ったから。違うかな?」

 

 依然として少女は動かない。

 

 秋塚「明らかにおかしいんだよね、この屋敷の人物は皆、頭部に強い打撃を食らって死んでいる。

 じゃあ何でお前だけ包丁でぶっ刺されて死んでるわけ?

 ここに侵入した奴は頭部をあれほど簡単に破壊できる力があるのに、何故ここで包丁に切り替えた?」

 

 秋塚は足下に落ちていた何かの破片を手に取る。

 

 秋塚「不自然な部分ならまだあるぜ。

 何で包丁が胸のド真ん中に刺さってるんだ?そこには胸骨があって、包丁なぞ刺さらない筈だ。」

 

 秋塚は包丁の破片を少女の顔に近づけていく。

 

 秋塚「それらの不自然な点は全て一つの言葉で片付いてしまう。

 [お前が侵入者だから]という言葉でな。」

 

 徐々に徐々に包丁の刃先が顔に近づいていく。そしていよいよ顔に刺さる寸前、衝撃と共に秋塚の腕はへし折られた。

 

 少女が秋塚の腕を握力で握り潰していた。少女はその赤い目を見開き言葉を発した。

 

 少女「それを私の口に近づけるな...!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 打撃音が大きくなる。軽い水音や、固形物が割れる音までしてきた。

 神奈美は扉を開けようとするが、ノブを回してもガタガタと音が鳴るだけで開かない。

 

 神奈美「金具が歪んでる...!」

 

 扉の金具は与えられた衝撃によって変形していた。

 神奈美は扉に穴を空け、ドアノブ部分のみを残し、扉を開けることにした。

 

 神奈美(木製ならある程度穴を作ってやれば素手でも破壊できる。)

 

 扉に穴を空けようと銃を取り出した。

 

 神奈美「扉から離れてください!」

 

 ドアノブを囲むようにして、黒く塗られた扉に弾丸を撃ち込む。黒や茶色の破片が飛び散って扉に穴が空く。

 

 神奈美「これだけ撃ち込めば...!」

 

 神奈美は扉に蹴飛ばす。軋む音がし、先ほど空けた穴から亀裂が入る。

 

 神奈美「そいっ、やぁあ!」

 

 再度扉に蹴りを入れるが、開くまでには至らない。

 

 神奈美「クソッ!もっと質量のある物をぶつけないと!」

 

 神奈美が三発目の蹴りを入れようしたときだった。

 

 秋塚「どっ、わぁあ"あ"あ"あ"あ"!?」

 

 突然秋塚が後方からすっ飛んできた。秋塚は扉を突き破り、そのまま部屋の中へ飛ばされていく。

 

 神奈美「その手があったか。って言ってる場合じゃないわ!」

 

 神奈美も部屋の中に入っていく。

 入り口のすぐそこには扉の破片と共に、右腕がぐにゃぐにゃに曲がった秋塚が、仰向けに倒れていた。

 

 神奈美「大丈夫か?大丈夫よね?」

 秋塚「すっげぇかわいい女の子いたわ!胸で包丁挟めるとかどんだけでけぇんだよ!

 巨乳バカ力女子とか俺のフェチわかってんじゃん!」

 神奈美「ダメじゃん、大丈夫じゃないじゃん、誰かに頭診てもらえ。」

 秋塚「失礼な!ちゃんと床屋には行ってるぞ!

 

 秋塚は落ちたハンチング帽を被り直す。

 

 というか、俺よりもっと頭診てもらった方がいい奴いるぞ!」

 

 秋塚は自分の後方を親指で指した。

 その方向には額に大穴を空けた野田が倒れていた。

 

 神奈美「野田さん!」

 秋塚「野田ぁぁあ!って言うんだ、知らなかった....」

 

 神奈美は野田に駆け寄り脈を計るが、既に手遅れだという事実を突き付けられただけだった。

 

 秋塚「そっか~...いつかはヤると思ってましたよ。」

 

 秋塚はニタニタと笑いながらその状況を眺めている。

 

 神奈美「・・・からかうならもうちょっと場を弁えなさい。

 だいたいさ、よく考えてみてよ。まず、十四年式拳銃の威力じゃここまでの大穴は空かない。」

 

 神奈美は野田の額に空いた穴を指差す。

 

 神奈美「これ、この穴直径が約3cm強あるわ。この銃の弾じゃこのサイズ空けるのはまず無理ね。

 ましてや木製の扉越しに撃ったのよ?しかも私が撃ったのはドアノブの周りだけ。

 野田さんの額に私の撃った弾丸が当たるには、野田さんが屈んだ状態でドアノブを凝視するように配置されなければならない。」

 秋塚「ほほう♪」

 

 秋塚はますますニタニタと笑う。

 

 神奈美「更に言うなら....」

 

 神奈美はモッズコートのポケットからレザーのグローブを取り出し、手に着ける。そして野田の左腕を持ち上げた。手には手袋が被せてあったが、指が数本無くなっており、傷口は若干焦げていた。

 

 神奈美「このとおり弾丸は左手の指に当たっている。ドアノブは廊下から見て右側にある。すなわち、野田さんは扉の方を向き直立していた。」

 

 次に神奈美は扉の破片を拾い上げる。

 

 神奈美「暗くてよく見えない、明かり持ってない?」

 秋塚「お前の足下に丁度良い物が落ちてる。」

 

 床には金属製の懐中電灯が転がっていた。

 

 神奈美「キマりね。この懐中電灯、血がついてるうえに歪んでる。そしてこの扉の破片。」

 

 扉の破片を廊下から差し込む光で照らす。

 

 秋塚「丸い傷がついてるな」

 

 神奈美は懐中電灯の先と破片の傷とを合わせる。

 

 神奈美「バッチリ同じ大きさね。

 つまり、野田さんは自殺よ。」

 秋塚「ほう。」

 神奈美「この部屋の前に私が来た時、野田さんは突然何かに頭を打ち付け始めたの。その何かがこの懐中電灯。」

 

 神奈美は野田の額の穴に懐中電灯の柄の端をあてがう。懐中電灯の柄は額の穴にすっぽりと収まった。

 

 神奈美「私が扉を撃った時には既に死んでいたと考えるのが妥当ね。

 ただ、死因は予想が出来たけど、何故そんな行動をとったかがわからない。」

 秋塚「俺はなんとなくわかった気がするぜ」

 神奈美「ホント!?」

 秋塚「あぁ、だけどその前に、今居る場所から俺の影になってる所へずれてくれ。」

 

 神奈美は言われた通り秋塚の正面へ移動した。

 

 神奈美「いいけど何で?」

 秋塚「俺の後頭部めがけて大型の振り子時計が飛んできてる気がするから。」

 

 まさにその通りだった。廊下の方から2m近い振り子時計が吹っ飛んできたのだ。

 その時計は秋塚の腰に当たり、部品や外装を散らしながらその場に落下した。

 

 神奈美「だ、大丈夫?」

 秋塚「無理ぃ~、足に力入らん~。」

 

 気の抜けた声を鳴らしながら、秋塚は床に倒れた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 部屋の入り口に、白髪の少女が歩いてくる。

 灰色のYシャツに真紅のネクタイ、サスペンダー付きのホットパンツ。顔には口元のみを被うようなガスマスクを付け、黒いキャスケットを被っていた。

 

 少女は部屋の中へズカズカと靴を鳴らしながら入ってくる。光の無い二つの赤い瞳は確実に二人を捉えていた。

 突然少女は屈んだ。時計の振り子を拾い上げ、神奈美の頭目掛けてそれを振り下ろす。

 

 神奈美(まずい!あまりの突拍子のなさに気が動転してた!この屈んだ体勢じゃ避けられない!

 なら、当てれないようにしたらいいじゃない。)

 

 神奈美は自らの頭部に迫るその振り子に手をかざした。

 少女の眼は確実に神奈美を捉えていた。瞳の中に神奈美の姿が写る。その反射の中の神奈美は、何故か盆ほどの大きさの楕円形の鏡を持っていた。

 

 神奈美「[真実鏡]!」

 

 その鏡は脳が揺れる程の高音を上げながら、少女の眼から飛び出した。

 

 少女「うっ..ぎゃっあ"...!」

 

 少女は痛みを堪えきれずに両手で目を塞いだ。振り子が床に落ちる。しかし、少女の眼球には目立った外傷は無いようだ。出血すらない。

 

 特に装飾の無い楕円形の鏡、まるで透明な台に載せられているかのように空中に留まっている。

 鏡の音は徐々に弱くなっていく。

 

 少女「こんな痛みなど!」

 

 少女は目を瞑りながらも神奈美に殴りかかる。

 

 神奈美「結構効果あったんじゃない?でしょ秋塚?」

 少女「何!?」

 

 少女は後ろを振り返るが、秋塚はまだ床に倒れたままだった。

 

 少女「貴様騙しっ..!」

 

 神奈美は少女にタックルを食らわせる。少女は腕を胸部でクロスさせ、ガードした。

 

 神奈美(軽い!)

 

 少女は少し仰け反ったが、一瞬の内に体勢を立て直し、反撃の回し蹴りをくり出す。

 神奈美は両腕を立てて蹴りをガードするが...

 

 神奈美「んぎぃっ!(はっ、速い!その上この女、作業靴履いてやがる!)」

 

 スピードの乗った蹴りと、鉄板を仕込んだ靴。二つの攻撃的な要素が神奈美腕に襲い掛かる。

 腕に衝撃が伝わりきる寸前、突然神奈美はその場から飛び上がった。

 咄嗟の判断。ジャンプをすることによって、わざと体が蹴り飛ばされるような形へ持っていく。これにより、モロに衝撃を体に受けるのではなく、移動によって力を消費し衝撃を幾らか和らげることができた。

 

 しかし勢いは殺しきれておらず、着地と同時に足を滑らせ、転倒し、転がっていく。

 

 神奈美「いいったぁ!」

 

 五回転した後、何かの台にぶつかりやっと止まった。

 少女は滑るように接近し、神奈美の髪を掴み引っ張り上げる。

 神奈美は少女の腕を殴り抵抗するが、少女には全く効いていない。少女は拳を握り、振り上げる。

 

 秋塚「ダメじゃないか。敵を拘束するのに髪の毛なんか掴んじゃ。」

 

 少女は秋塚に肩を捕まれ、膝裏を蹴られる。無理やり膝立ちの体勢にさせられてしまう。

 

 少女「お前!腕が折れた上に、下半身不全になった筈じゃ!?何故動ける!?」

 

 確かに秋塚の体は正常だった。腕も先程のような明後日の方向へねじ曲がったものではなく、しっかりと真っ直ぐ伸び、正確に稼働している。

 

 秋塚「バカだからさ!それより髪放してやんな。」

 少女「くっ!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 少女は渋々神奈美の髪から手を放した。

 

 神奈美「イテテッ、また数本抜けた気がする。」

 秋塚「コイツ一体何者なんだ?それにちゃっかりかわいい衣装に着替えちゃって。[真実鏡]で調べられるよな?」

 神奈美「調べるけど、動機の話を聞かせてよ。」

 

 浮遊していた[真実鏡]が音もなく三人に近づいてくる。

 

 秋塚「聞いたらびっくりするぞ!なんとな、動機は無い!」

 神奈美「なんて?」

 秋塚「今回の仕事で俺たちは絵を買いに来たんだろ?」

 神奈美「すっかり忘れてた。作者め、アイツはもっと話をシンプルに纏められないのか?」

 秋塚「で、その絵なんだけど....」

 

 神奈美は[真実鏡]を少女前へ近づけ、鏡の上部を掴んで意識を集中させた。鏡の反射面が光を帯び始めた。壊れた電球のようにチカチカと弱く光る。

 

秋塚「この部屋暗くて分かり辛かったが、そこらじゅうに絵画だの工芸品だのがゴロゴロしてやがる。」

 神奈美「まさか...あるの?」

 

 その時だった。肩を掴まれていた少女が、突然秋塚の腹部めがけて頭突きを行った。見事に命中する。

 次に少女は[真実鏡]に向かってまたも頭突きをくり出した。鏡は神奈美に掴まれていた上部を支点にし、回転する。回転した鏡は神奈美の顔面に当たった。

 

 神奈美は衝撃と反射でのけ反り、またも後方の台に激突する。台が揺れ、載せられていた物が落ちてくる。

 その物体が神奈美の目の前に落ちると同時に、鏡の能力が発動した。鏡は物体に向かって激しく光を放ち、物体はその光を受けてその正体を現す。

 

 神奈美(絵だ、ガラスの埋め込まれた絵....)

 

 神奈美は脱力し、その場に倒れる。バサバサとコートや髪を鳴らし、崩れ落ちるように。

 少女は秋塚をなぎ倒し、窓を突き破り逃走した。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 [サブリミナル効果] [洗脳] [殺人衝動] [執念] 

 

 神奈美(待って......待って.......情報渦多だって。)

 

 暗いのか明るいのか、ちぐはぐな空間をさまよっている。頭の横を脊髄の付いた包丁が通りすぎて行った。

 

 神奈美(幻覚だって分かってるてば.....)

 

 獣ように蠢く人型の彫刻が、共食いをしている。

 手足の感覚が無いまま落下する夢を見ている。首にロープが掛かり、上空へ引っ張りあげられる。

 空を突破し、何処かのアトリエに放り込まれる。

 

 男と女が一人づつ。女性は死んでいる。

 男は割れた窓にも、上半身と下半身を分断された女性にも目をくれずひたすらにキャンバスに筆を走らせている。

 男はやっと筆を止めた。しかし、頭を抱え唸りだす。

 

 男「足りたないぃ...足りないっ!」

 

 パレットをぶん投げ、机をなぎ倒し、ゴミ箱をひっくり返す。

 男は床に散らばったガラスの破片を拾い上げた。そしてそれを素手で握り潰す。破片は手を貫通し、破けた皮膚から骨や筋がつき出し血が滴る。

 血の付いたガラスの破片をキャンバスに丁寧においてゆく。ひとつひとつ丁寧に、めちゃくちゃな配置でおいてゆく。

 

 再度ロープが首を締める。体が浮き、何処かへ引っ張られる。

 

 今度は三つの映像。男二人、女一人。

 全員別の場所、別の時間。しかし手にしているのは共通して先程の男が描いていたあの絵だ。

 一人目の男は絵に火の灯った蝋燭を近づける。突然男は自分の目に蝋燭を突っ込み....映像が消える。

 女はその絵を電飾を施した壁に飾った。女は電球を割って自らの喉を抉った。.....映像が消える。

 三人目の男は懐中電灯を持っていた。台座に置かれた絵に懐中電灯の光を当ててしまう。男は近くの扉に懐中電灯をあてがい、それに頭を打ち付け絶命する。

 

 またロープが首を締めつけ、何処かへ引っ張られる。

 

 神奈美(何?光のトンネル?)

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 神奈美は息を切らしながら眠りから覚めた。

 

 秋塚「おぉ!起きたか...」

 神奈美「ゲホッエホッ....!絵は!?絵どうなったの!?」

 秋塚「お前が気絶した後新聞紙でくるんで、ダクトテープでぐるぐる巻きにしておいた。」

 神奈美「ナイス...」

 

 秋塚が神奈美に腕を貸し、神奈美は腕に掴まり起き上がる。

 

 秋塚「何が起きた?」

 神奈美「あの絵はね...強力なサブリミナル効果を与えるの。」

 秋塚「サブリミナルって、確かあれは効果は微々たるもので....

 人の行動を制限出来るほどの洗脳効果は望めない筈だぞ?」

 神奈美「だから[強力な]って言ったのよ。それこそ常識の範疇を越えたくらいにね。まっ、1から7くらいまで説明するから聞いてなさい。」

 

 二人は屋敷を後にし、庭を歩き車へ向かう。

 

 神奈美「これから話す事は予測の域を出ないものだけどだいたいあってると思うわ。

 あの絵を描いた画家は恐らく身内を亡くしてる。そこで正気を失った。描きかけだった絵にイカれた細工を施したの。

 あの絵に使われている色は全て光を反射するものばかり。あの絵に強い光を当てると、散りばめられたガラスが光を取り込む。光は乱反射を繰り返し、絵の白色部へ。それがスクリーンとなる。

 光は映像を作り出し、光を受けた者に殺人衝動を植え付ける。」

 秋塚「その映像を見たのか?」

 神奈美「見た。でも真実鏡のおかげで助かったの。

 私の真実鏡は隠された情報を暴き、私の脳内に知識としてそれを記録する。真実鏡はその絵の成り立ちと仕組みを教えてくれたの。」

 

 神奈美はモッズコートからライターと煙草を取り出した。煙草を口に咥えて火をつける。

 雨はすっかり止んでいだ。

 

 神奈美「洗脳なんて手品みたいなものよ、あんなの。

 仕組みが分かってしまえば、[なあんだ、大したこと無い]って思えてしまう。知識を得た上であんな映像見せられても、世界観が独特だけど理解不能な素人監督映画くらいにしか写らないわ。」

 秋塚「ほーん。お前意外と冴えてるな。」

 

 二人はドアを開けて車に乗り込む。神奈美は荷室へ絵放り投げた。

 

 神奈美「秋塚よりは頭いいわよ。」

 秋塚「んじゃ気づいてたか?あの野田と名乗った男が強盗だって。」

 神奈美「もちろん気づいたわ、手を見たときにね。

 布製の手袋に懐中電灯。若干口調も怪しかったけど、姿を見て確信したわ。

 ところでガスマスクの女の子だけど...屋敷の使用人達は彼女に殺されたって解釈でいいわよね?」

 秋塚「わからん。屋敷の主人っぽい人が居なかったから、もしかしたら絵を見て発狂して使用人全員殺して近くの森の中で死んでるかも。」

 

 煙草の煙が車内に蔓延し、視界が奪われる。

 

 神奈美「ふぅ~、そういう解釈もありか....

 さぁてとっ、これから面倒くさい仕事の大盛よ。組織に連絡して、この絵明け渡して書類書いて.....だぁ~もうっ考えただけで死にそうぅう"」

 秋塚「でもいいことはあるぜ。用意してきた小切手で金引き出して飯食いに行ける。」

 神奈美「結局お金あったのね...」

 秋塚「あっ、それと...」

 

 秋塚は神奈美の咥えていた煙草を引ったくると、車の窓からそれを近くの水溜まりに投げた。

 

 秋塚「この車禁煙な。」

 神奈美「クソがッ!!!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 暗い森の中、ガスマスクの少女は木に寄りかかり休息をとっていた。

 少女は腹部に刺さったガラスの破片を力ずくで引き抜いた。灰色のYシャツは血で赤に染められてゆく。

 少女はガスマスクの留め具を外す。ガスマスクの中おびただしい量の唾液が溢れだした。

 月明かりによってその顔が照らされる。

 血の気の無い青白い肌に赤い瞳。そして唇はズタズタに引き裂かれていた。まるで製作途中で失敗した胸像のようだった。

 

 少女はトランシーバーを取り出し、それに向かって声を発する。

 

 少女「こちら亜凛華、痕跡の抹消に成功しました...今戻ります。」

 

 少女の腹部の傷は塞がりつつあった。

 

 

 




 閃光:絵画。
 白い渦のようなものが描かれた絵。ガラスの破片が不規則に散りばめられているが、この並びとこの色が強力
サブリミナル効果を産み出している。
 製作方法、製作意図共に不明。
 危険と判断。回収後、即焼却を推奨。


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病1

 3ヶ月前....

 

 その男は絶望していた。膝から崩れ落ち、病院の床にに両手をつく。涙を流し、嗚咽をもらす。

 男の妻は病弱だった。その妻は赤ん坊と男を残して、出産直後に死亡してしまったのだ。

 取り出した赤ん坊も心臓が止まっていた。流産だった。

 

 男は泣き疲れた。病院内のベンチで横になっていると、廊下から足音がした。

 男は起きあがり、ベンチに座り直した。まだ喪失感残っており、心にぽっかりと風穴が空いていた。

 

 男はふと自分が奇妙な体験をしていることに気がついた。廊下の右を見ても左を見ても人の姿は無い。足音のみが近づいてくる。

 男は椅子から立ち上がり、もう一度左右の廊下を確認する。

 突然左奥の電気が消えた。

 男は振り返る。男は半ばパニック状態に陥っていた。しかし、心には喪失感が残っている。

 

 右奥の電気が消える。聞こえていた足音は、徐々に大きくそして速くなっていく。まるで高まる心臓の鼓動のようだった。

 

 次々に電気が消えていく。左、右、左、右、左、右、左。

 そしてついに点灯している電気は、男の頭上の一つだけになってしまった。そして不気味なことに、いつの間にか足音は男の真後ろに迫っていた。

 男には後ろを見る勇気は無かった。足音は振動と共に男の後方で鳴り響いている。まるですぐ後ろで足踏みをされているようだった。

 

 ???「登場の仕方をもっと考えるべきだったかな?」

 

 後ろから声がした。若く中性的な声だ。

 

 男の背筋は氷ついた。妻と子が死んだ上に、異常な現象が起き、確実に人間ではない悪魔の類いの何かが自らの背中にいる。状況を整理しようとするが、尚更混乱するばかりである。

 

 突然足元がぐらついた。男は直立している筈なのに、身動き一つしていない筈なのに、周りの景色が右方向に回転し始める。どうやら男を中心に、周りの物が回転しているようだ。

 周囲の向きは180度回転し、男は先程真逆の方向を向いていしまう。

 

 目の前には継ぎ接ぎだらけのタキシードを着込んだ、巨大な体あった。ニヤついた口と、ギラギラとラメのように輝く目が、男の顔を見下ろしている。

 ニヤついた口が言葉を垂れ流す。

 

 ???「やあやあやあ!私は夢を売るセールスマン!宜しく頼むよぉ♪」

 

 夢を売るセールスマンと名乗ったその人物は、放心状態の男の手を掴み無理やり握手をした。男の体がガクガクと揺さぶられる。

 

 ???「さてと、まずは自己紹介から始めよう!なんせまだ私のカッコの前が[?]で埋まってるからねぇ」

 

 セールスマンはモスグリーンのスーツケースを何処からともなく取り出した。

 スーツケースを開け片手を突っ込むが、「あれ?無い」とか「ここじゃないな」とか言い、腕をスーツケースの奥へと忍ばせる。スーツケースの容量から考えて、物理的にあり得ない腕の入り方、どんどんと腕は入っていき、遂にはセールスマンの巨大な上半身がまるごと入ってしまった。

 

 男はこの状況から逃れようとしていた。実は空間が回転をし終えた辺りから、逃げようと後退りしているのだ。しかしある一定の距離、具体的には光の届かない場所へ移動するとそこから先へ進めないのだ。

 暗がりへの恐怖故進めないとか、そういう単純なものではなく、物理的にそれ以上行けない。まるで暗がりが、影がさも固形物であるかのように壁を形成しているのだ。

 男は自分の体験していることが夢なのでは無いのかと疑い始めた。いや、夢であると思い込まなければ正気を保てなかった。

 

 ???「あったあった、はいッ!名刺だヨ♪」

 

 男の手にはいつの間にか名刺が握られていた。

 

  [哀洞 流(アイドウ ナガレ) ○夢を売るセールスマン]

 

 流「私は哀洞 流(アイドウ ナガレ)という。さあ!夢のある話をしよう!

 ・・・おっと流石におっかな過ぎたかな?腰も抜けてちゃってるし、まともに口が聞けないかな?」

 

 流は空中に手を置き、何かを操作するようなパントマイムをする。するとそれまで閉じたままだった男の口に隙間でき、男の意志とは関係なくパクパクと動き始めた。

 次に流はボリュームのつまみを操作するような手の動作を行う。男の声が徐々に大きくなる。

 

 男「お、俺に夢は無い...妻とその子供ごと夢も消え去った......」

 

 流はわざとらしい仕草で驚いた。

 

 流「なななっ、なんッだってぇー!

 それじゃ、それじゃあ二人は亡くなってしまったのかい?」

 

 男の口はそれ以上動かない、男は静かに頷く。

 

 流「それは可愛そうにぃ...なんだか私も泣きたくなってきたよぉ~、おぉよぉよぉよぉぉ...」

 

 男の口がまたも勝手に本音を語りだす。

 

 男「俺は...まだ自分の子供の顔すら見れていないんだ....出産の時に立ち会えなかったんだ!」

 

 男は風穴の空いたバケツのように本音を漏らす口に嫌気がさしつつも、揺れ動く感情からか、流れ落ちる自らの涙は誤魔化せなかった。

 男の目から数滴の雫が落ちる。声も口もワナワナと震え、感情が露になる。

 

 男「お、俺が..もっと優秀なら、せめて娘の顔を拝むくらい....妻の手を握ってやるくらいできた筈なのにッ!クソッ!クソッ!」

 

 男は病院のの床に自らの拳を叩きつける。虚しく、音のみが響いた。拳が赤く腫れ、涙で濡れる。

 流が男に近づき、そっと拳を手に取る。ハンカチで涙を拭き取り、まるで聖母のような笑顔で、悪魔の囁きを始める。

 

 流「わかります。わかります。悔しいですよね...虚しいですよね...歯がゆいですよね....

 でも、もしかしたら...私の持ってきた物を使えば、娘さん生き返るかもしれませんよ。」

 

 男は訳が分からずただ聞くことだけしか出来なかった。

 流が立ち上がる。スーツケースをベンチに置き、中身を漁る。

 

 流「まず必要なのは方法!」

 

 流はスーツケースから、なにやらパイプやら、配線やらが付いた金属の塊を取り出した。それは手のひらサイズで、気味の悪いことに塊全体が脈動している。

 

 流「そして材料!」

 

 廊下の奥の方から何かが飛んでくる。男の素人目からでも、それが赤ん坊の死体であることはわかった。

 赤ん坊は流の手に収まると、白い煙を上げ、一瞬で金属製の人形のようになってしまった。

 

 流「これはあなたの娘さんです。娘さんは体のパーツが欠けている。この装置があればパーツを作り出せます。

 さて、ここで支払い、あ、つまりはこの装置のお値段なのですが...なんと格別プライス15000円とさせていただきます!ですが...なんとお試し期間中ということで、満足いただけないようでしたら、返品!返金共に可能!」

 

 男の目が装置に釘付けになる。

 

 男「た、対価は本当にそれだけなのか!?怪しい呪いとか、面倒な等価交換とか無しか?」

 流「ええ、なんせ私の仕事は...夢をぉ、与えること...

 さて、如何なされます?たかが雀の涙程のはした金、その程度で人一人の命が甦る。安いものでしょう?

 あと必要なのは..あなたのぉ...強固なぁ..決心..だけ....」

 

 男(金などどうでもいい...

 どうせ夢なら、どう転んだって...最後には覚めるさ..)

 

 男の手は自然と財布へと伸びていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 3ヶ月後...

 

 水色のスバル360カスタムが落ち葉を蹴散らしながら走って行く。

 青い鳥は幸せを運ぶとされているが、この秋塚 弧竜の所有するこの360の場合、大抵は悲劇かご馳走が待っている。今回はどうやら前者のようだ。

 

 神奈美「申し訳ありません、このようなお粗末な車でしかお送り出来なくて...」

 

 前席に座ったモッズコートを着た少女は、後席の女性に話しかける。

 

 ???「いえいえ、とても可愛らしいお車で...ちょっと音はユニークですけれど、そこも愛嬌として見てしまえば、小鳥のように可愛く見えてきますわ。」

 秋塚「ほぉらなッ!見る人が見ればこの車だって輝けるんだ。」

 

 神奈美は秋塚の言葉を無視し、メモ帳にペンを走らせる。

 

 神奈美(中山 加織 29歳 職業は農家、これから向かう霧払(キリハ)村の村長の娘

 髪型ショートボブ 黒淵眼鏡に上下芋ジャージを抜群のプロポーションで着こなす 推定身長160cm、何で私よりも背が高い!? そして、そしてまた...む、む..)

 秋塚「そのメモの内容、仕事に関係あんのか?」

 神奈美「人のメモ帳を勝手に見ない!」

 

 神奈美は秋塚の横腹を軽く肘で突く。

 

 加織「何を書いてるんですか?」

 神奈美「風景ですよ風景、紅葉が綺麗な山道だなぁって。」

 

 神奈美はページ適当にめくり、窓の外の風景をメモ帳に描いていく。

 

 秋塚「そうそう、この神奈美さんはこういう美しい自然の風景に敏感でね、特に山だね二つ並んだやm」

 

 またしても秋塚の横腹に神奈美の肘がヒットする。

 

 秋塚「いでッ!ハハハッ!嫌いな場所は断崖絶壁ってか?いでッ!いでッ!」

 加織「確かに紅葉も美しいですが、私達の村は霧の作り出す風景が売りなんですよ!そこらの山に登って、霧のかかった村を見下ろす景色は圧巻なんです!

 年々霧が薄くなっていたのですが、3ヶ月ほど前から昔みたいな濃い霧が戻ってきまして...とっても美しいんです!」

 神奈美「それについては写真を一回見たことがあります。ちょっとした画用紙でも持ってきていればよかったですよ、その圧巻の景色を是非とも描いてみたかった。

 そういえば依頼の詳細を聞いていなかったのですが、どういったご用件で我々に連絡を?」

 加織「はい、単刀直入に申しますと私共の村、つまり霧払村で最近妙な病が流行っているのです。」

 神奈美「病?ですか?」

 

 神奈美はメモ帳のページをめくり、ペンのインク残量を軽く確認し、聞き耳を立てる。

 

 加織「私は仮に病と呼んでいます。一部では呪いと呼んでいる者も。」

 神奈美「ふむふむ。して、その病、あるいは呪いの症状とはどういったもので?」

 加織「はい、その症状なのですが.....あっ!そこを右です!」

 秋塚「ほいさっさ!」

 

 山道を抜けると寂れた村があった。

 

 加織「あれ?様子がおかしい...」

 

 そのようだ、村に入ってすぐの民家に人が押し寄せている。

 秋塚はその民家の近くに車を停めた。

 

 神奈美「行ってみましょう。」

 

 民家に近づくと、白衣を着た男が人混みを押し退け出てきた。

 

 白衣の男「加織さん!こっちです!」

 

 加織は白衣の男の方へ足早に近付く。

 

 加織「またなの!?」

 白衣の男「はい、ですから早くこちらへ!」

 加織「お二人も!速く!」

 

 三人は白衣の男に連れられ民家に通される。漬け物の壺がところ狭しと並べられた玄関を抜け、奥の部屋へ。

 

 部屋の前までくると、襖から女性のうめき声が漏れ出てきた。まるで麻酔無しで手術をされているような声。

 白衣の男が襖を開けると、更に音量が増す。うめき声は鋭く耳に刺さる叫びに変わっていた。

 

 中を覗くと、酷く血の気の引いたの女性が、手足を縛られた状態で布団に寝かされていた。手足を縛られても尚暴れる女性は、親族であろう老夫婦に押さえつけられている。

 

 神奈美「失礼します。」

 

 神奈美は部屋へ足を踏み入れる。

 

 白衣の男は部屋へ入るや否や、持っていた革製の鞄から茶色の小瓶と、注射器を取り出す。

 

 白衣の男「取り敢えず麻酔を打ちます。しばらくはこれで落ち着くでしょう。」

 

 老夫婦は静かに頷く。叫び、暴れる女性の体制を無理矢理変え、服を少しめくった。

 

 白衣の男は注射器を女性の腰に当てる。しかし...

 

 白衣の男「こ、これはッ!」

 

 女性の叫び声が響く。

 

 加織「どうかしたんですか?」

 白衣の男「刺さらないんです!まるで皮膚の下に鉄板があるみたいだ!」

 

 その時だった。何かが破れる音がした。紙ではない。ビニール袋でもない。

 

 秋塚「肉が...裂ける.....音?」

 

 女性の腹の辺りから血が流れ出す。白い布団が赤く染まってゆく。

 老夫婦は女性の腹を見て気絶してしまう。

 

 女性の腹からは血を帯びた鉛色の、虫の足の様な物が突き出ていた。皮膚を破り、腹筋を引きちぎり、赤や紫の内蔵を絡めながら蠢いている。

 

 足は次から次へ腹から突き出て来る。四本目が出たところで、足は床に力を掛けて立ち上がろうとする。女性の体が浮き上がり、四本の足はその体重を支える。

 立ち上がった姿は四脚の蜘蛛のようで、B級ホラーに登場するクリーチャーに似た恐ろしさも兼ね備えている。大穴の空いた腹からは胃や腸が垂れ下がり、腹の穴が鍋のように血を溜めていた。

 しかし、力強く立ち上がったかに思われた足は、産まれたばかりの鹿の様に貧弱な動作をするとスッと力が抜け、女性の体を床に叩きつけ、それ以降動かなくなってしまった。

 腹の穴に溜まった血が床や壁に飛び散っている。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 その後三人と白衣の男は村の病院へ女性の遺体を運んだ。

 木造の病院で、昔は学校だったらしい。手術室のみがタイル張りの床に変えれられている。

 遺体を手術台に載せると白衣の男が口を開いた。

 

 白衣の男「私は手術なんて大層なものやったことが無いんです。私に出来る治療なんざせいぜい風邪の治療くらいなもので.....

 村の者にこの症状現れると、私はその者が苦しまないように麻酔を打つのがやっとで....」

 秋塚「それ以上はいい、あまり自分を責めると、本当にお前のせいになるぞ。エグい物(モン)見たんだ、ちょっと休んでこい。」

 白衣の男「はい、すみません...」

 

 白衣の男は足取り重く、手術室から出ていった。

 

 加織は女性の腹から突き出た足を、暗い面持ちで指先を使って撫でる。

 

 加織「機械病。私はそう呼んでいます。

 ここを視てください。ほら、まるでロボットみたいな関節なんです。」

 

 確かに足の見た目は正しくロボットのそれであった。

 円筒状の関節に、金属光沢のある足、それにワイヤーやらがまとわりついている。

 

 加織「そして磁石を近づけると...」

 

 ガチッと音を鳴らし、磁石が足に張り付いた。

 

 加織「明らかにこれは金属なんです。

 ・・・おかしい、ですよね。人間の体から金属が生えるなんて....異常です....

 この病は数週間前から流行りだして、既に五人も亡くなっているんです。

 お願いです!助けてください!」

 

 加織は床に頭を擦り付け土下座をする。

 

 神奈美「えっ!?ちょっと?」

 加織「有名な病院の方にも、有名大学の教授や、悪魔払い、果てまでは占い師の方まで訪ねても、お金ばかり取ってあてにならないアドバイスをしていくだけで....

 風の噂で耳にした貴方がたしか、もう頼れる所は無いんです!」

 

 加織の涙が手術室の床に落ちる。拳を握りしめ、歯を食い縛る。

 

 神奈美「まず顔を上げてください。」

 

 神奈美は加織の前でしゃがみ、手を差し出す。

 

 神奈美「さあ、掴まって。」

 

 加織は神奈美の手を掴み、神奈美はそれを引き、加織の体を起こす。

 

 神奈美「勿論この悲劇は終わらせてみせます。だけどまずは調査が必要です。どんな探偵や刑事でもヒントがなければ謎は解けない、まずはヒント集めからです。」

 秋塚「あと寝床も。流石に幼女と車中泊はまずい。」

 神奈美「誰が幼女よ!背が低いだけでしょうが!」

 秋塚「えっ!?まさか自分の事幼女だと思ってんの?」

 神奈美「おめーかよ!お前は幼体以前に男でしょうが!背なんセンチだ?明らかに私よりデカイだろ!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 二人は加織を帰したあと、白衣の男に手術室を借りると伝え、遺体の調査を開始した。

 

 神奈美「失血によるショックで死亡ってとこかな?」

 

 神奈美は遺体から突き出た金属の足に触れる。

 

 秋塚「多分な。正直医者じゃないからよくわからん。

 ・・・死の瞬間を見るの初めて?」

 神奈美「・・やっぱり分かる?雰囲気出てる?」

 秋塚「戦いと会話の基本は心理分析!....ってどっかのナルシストが自伝でほざいてた。

 まぁそのうち慣れるって。第一死体はもう見慣れてるだろ?」

 神奈美「ええ、そうね。確かに死体は見慣れてる。

 でも人が死ぬのは見慣れたくない....」

 

 

 神奈美は金属の足から手を放し、破れた腹の中を覗く。金属の足は背骨の付近から生えていて、根元は純粋な筋肉で出来ている。

 

 神奈美「筋肉の一部が金属に変化してる...のぉ..かな?

 根元を見ると...脊椎に直結か....だぁ~もうっ!よくわかんない!」

 

 神奈美は床に目を向ける。綺麗に掃除されたタイル張りの床には、手術室の様子が写っていた。床には神奈美の姿も反射されている。

 

 神奈美「[真実鏡]!」

 

 反射の中の神奈美の手に楕円形の鏡が握られる。鏡は反射の神奈美の手からずり落ち、現実の床から迫り上がってくる。

 

 秋塚「早速か?」

 神奈美「手っ取り早い。」

 秋塚「でもランダム。」

 神奈美「そうね。」

 

 鏡は光を放ち、遺体を照らす....

 

 

 神奈美「うッヅ!...」

 

 神奈美は頭を抱え、鼻血を垂らしながら崩れ落ちる。

 

 [畑仕事] [麓の病院] [コーヒー] [トースト] [目玉焼き]

 

 神奈美「クソがっ!余計な情報まで寄越すな...!」

 

 神奈美の所有するOツール[真実鏡]はその名とおり、隠された事柄すなわち秘密を暴き、真実をさらけ出す。

 明かされた情報は直接神奈美の脳へ記録される。

 しかし、欠点があり、取り出せる情報は全てランダム。そして複数の情報を一度に圧縮して脳に記録するため、脳に負担がかかってしまう。

 

 神奈美「そして少しくらい相棒の心配くらいしたらどうなの?」

 

 神奈美は秋塚を睨む。

 

 秋塚「悪い、昼飯の事考えてた。何か解ったか?」

 神奈美「さっぱりよ!このすっとんきょうが!」

 

 神奈美は手術室の扉を蹴飛ばすようにして開き、ズカズカと足を鳴らしながら廊下へ出る。

 

 秋塚「まてまて!俺はそんな宗教に入信した覚えはない!」

 神奈美「聞き込み行ってくる!!」

 

 神奈美は鼻血を垂れ流しにしながら、メモ帳とペンを手に何処かへ行ってしまった。

 

 秋塚「あ~あ、行っちゃった。多分相当なゴミヒントだったなありゃ。

 さぁてと、俺は俺でやれる事やりますか~」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 日も落ち辺りが影に呑まれる頃、神奈美は病院へ帰ってきた。その足取り重く、猫背でコートのポケットに手を突っ込み、悪態混じりの独り言を発しながら歩いてくる。

 

 例の手術室へ入ると、麻酔を打とうとしていた白衣の男がメスピンセットの手入れをしていた。

 神奈美と男の視線が合う。

 

 神奈美「あっ、どうも...ええっとぉ~(あちゃーっ、名前聞いてなかった)」

 白衣の男「どうも.....あっ私竹田と申します。」

 

 竹田は布とピンセットを台に置き、手を差し出す。

 

 神奈美「辻 神奈美です、昼間はお疲れさまでした。」

 

 神奈美もそれに応えるように手を握り、握手を交わす。

 神奈美は手術室を見渡す。遺体が無い。

 

 竹田「たしか辻さんは泊まるところを探しているんでしたっけ?この病院、休憩室が幾つか余っていますので一つ二つ貸し出しますよ。」

 神奈美「いえ、それは別にいいんですけど、うちの相棒と遺体は何処へ?」

 竹田「ああっ!それなら今から火葬されるところですね。場所はたしか...」

 

 場所を聞き出した神奈美は一目散に病院から走り出た。

 

 暗い農道を抜け、所々明かりの灯った墓地へ入る。墓地には村人達が大勢集まっていた。そこには秋塚の姿もあった。

 

 神奈美は秋塚に駆け寄る。

 

 神奈美「ぜぇ..ぜぇっ、げほっげほっ」

 秋塚「おぉ、カナーミンどうしたそんなに咳き込んで」

 神奈美「あ"え"ーっ、あ"え"ーっ、げっげっげっ」

 秋塚「何だって?[どうして火葬の連絡をしなかった!?バーロチクショウ以下放送禁止ワード]だって?

 そもそもここ携帯繋がらないじゃん。てかもういいでしょ、あの遺体もう調べられること無ぇじゃんよ。金属の足だって摘出したし。」

 神奈美「げぇえ"え"え"っ、ごほっごほっ」

 秋塚「[走りすぎて疲れた]って?車置いてったじゃん。あっ、お前免許持ってなかったか。」

 神奈美「ん"~~~んんあ"!」

 

 神奈美は両手で頭を抱えながら地面を何度も踏みつける。

 

 秋塚「とりあえず水飲め。ほらよお前の分の水筒。」

 神奈美「ん"ん"あ"おぅっ!(ありがとうっ!)」

 

 神奈美は秋塚から半ば引ったくるように水筒を受け取り、ゴッゴッゴッと音を鳴らしながらラッパ飲みし、余った中身を自らの顔にかけた。

 

 神奈美「あ"~恐ろしい!恐ろしい!ツッコミが不在ってオッソロシイわぁ!なんで通じてんだよコンチクショウ!」

 

 隊列の足音がした。音のした方を見ると、昼間の老夫婦を先頭に、死んだ女性の遺族が担架を運び歩いてくるのが見えた。

 辺りに霧が出始めている。霧のせいで葬式が妖怪の百鬼夜行のように見えてしまいそうだ。

 

 神奈美「それにしても葬式の序盤で火葬って早くない?」

 

 神奈美は声を細めて秋塚に話しかける。

 

 秋塚「病気説を推してる派が多くてな、感染したら困るってんでさっさと燃やしてしまうらしい。」

 神奈美「気持ちと理論は理解できるけど....まるで厄介者ね...」

 

 遺体は藁で作った台に載せられ、火が放たれる。遺体は一瞬で炎に包まれた。

 赤色、橙色。炎は高くそびえ立ち、蠢くガラス細工のようであった。

 

 神奈美(あれ?今何か凄く違和感を覚えたのだけど...それが何か分からない。)

 

 神奈美は炎や炎に包まれている遺体、台として使われている藁に視線を泳がせる。

 そして目撃した。遺体の腹部が時折青い炎を放つのを目撃したのだ。

 

 神奈美「私一旦病院へ戻るわ....」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 病院へ戻った神奈美と秋塚はそれぞれ休憩室を借り、夜を凌いだ。

 早朝、霧が一寸先の視界を妨げている。

 神奈美はブツブツと呟きながら思考を八周させ、足を進める。朝の空気に触れ思考を整理しようと思い立ったようだが、上手くいっていないようである。

 

 神奈美「青い炎...体から金属...畑仕事...でっ!どわ!」

 

 何かに躓き、転倒する。

 神奈美は自分の足元を目を凝らしよく観た。

 

 神奈美「加織さん?」

 

 足元に加織がうずくまっていた。加織は唸っていた。体を震わせ、汗を流し、目は涙ぐんでいた。

 

 神奈美「ごめんなさい!大丈夫です...か..?」

 

 様子がおかしい。震えが止まらず、手で口を押さえたまま唸り続けている。

 

 唸り声が大きくなる。口を押さえていた指の隙間から血が染み出てくる。そして加織は咳き込み、何かを吐き出した。

 

 神奈美「えっ?歯?」

 

 血反吐と共に吐き出されたのは、紛れもない歯そのものであった。

 加織の歯茎からは歯の代わりにネジが生えてきていた。ネジが歯を押し上げ、歯茎を切り、そこから出血している。

 濃い霧の中、その血はまるでキャンバスに落とした赤いインクのように毒々しさを放っていた。

 

 

 




 パイロット版でホラー要素が足りなかったんですよ。今回はホラー要素足してみました・・・足しすぎたかもしれん。
 てかこれR-15じゃなくて、もうR-18Gな気がする。


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病2

 皿に血の付着した歯が盛られる。一つ、また一つと歯がネジに押し出され抜けていく。

 秋塚は次々と抜け落ちる歯を箸で掴み、口から取り出していた。

 加織は麻酔を打たれ、口に強制具を付けられた。強制具により開けっ放しにされた口には、出血と唾液で窒息しないようにスポイトが入れられる。加織は寝台に横になった状態で静かに眠っていた。

 

 病室の中央に置かれたやかんから、水蒸気がモクモクと吹き出している。

 

 秋塚(そろそろ水が無くなる頃合いか。)

 

 秋塚はカセットコンロのスイッチを切り、傍の水道までやかんを持っていき水を汲む。

 

 秋塚(喉枯らしたら大変だからな~)

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 神奈美は病院の裏手にある空き地で煙草をふかしていた。外は未だに霧がかかっている。

 

 神奈美(聞き込みの結果としては大した情報は手に入らなかった...)

 

 錆びたフェンスに寄りかかり、コートからメモ帳を取り出す。

 

 神奈美(最初に聞き込みを行った四人には子供扱いされて、究極と言っていいほどに無駄な時間を過ごした。)

 

 メモ帳のページをめくる。

 

 神奈美(その後趣向を変えて村の立地から洗い直すことにした。

 過去の公害のデータから川魚等からの感染を考慮し、周辺に川が無いか探した。しかし、少なくとも歩いて行ける距離に川は無く....)

 

 再度ページをめくり、調査結果に目を通す。

 

 神奈美(更に本末転倒なことに、この村には毎日麓の町からトラックで魚を売りに来るとのこと。

 次に今回仮に病とされている現象の被害者のデータを洗い直す。

 全六人、最初の一人は麓の学校に通う男子学生。成績は並み程度、サッカー部に所属。症状としては肺が硬化し、その後金属製のポンプと肺が置き換わったような状態で死亡しているのが発見される。)

 

 煙草の灰を携帯灰皿に落とし、メモ帳に目を戻す。

 

 神奈美「(二人、そして三人目は猟師の夫婦。夫は体じゅうから金属製の管が無数に突き出し、その管から出血し続ける。失血性ショックで死亡。

 妻の方は...)熱っ!」

 

 手に持っていた煙草が短くなっていたようだ。神奈美は熱さのあまり煙草を落としてしまう。

 

 神奈美「だぁ~っ、勿体無い...」

 

 神奈美は落とした煙草を拾い、携帯灰皿に入れる。

 

 神奈美「もう一本くらいいっか...」

 

 シガレットケースから新しい煙草を取り出す。

 神奈美はコートのポケットを漁り、ライターを探しながら辺りを見渡した。

 

 神奈美(霧が濃くなってきた、そろそろ戻ろうかな...)

 

 コートの内ポケットからライターを取り出し、煙草に火を付けようと着火ボタンを押す。

 

 その時だった。神奈美の目の前が急に明るくなった。

 明らかにライターの火力がおかしい、ちょっとしたバーナー程の火が神奈美の鼻先で燃え盛っている。

 

 神奈美「これは!」

 

 神奈美はすぐさまライターから手を放す。火はライターが地面に落ちる間も盛大に燃え盛っていた。ライターから分離した火が空中で青くなる。そして火はボンっと小爆発を起こして僅かな煤を残し燃え尽きた。

 

 神奈美はその光景をまじまじと見つめていた。

 

 神奈美「何?今の....」

 

 神奈美はライターを拾い上げ、再度着火した。

 小さな火がライターの上で揺れ動く。神奈美はそのままライターを右や左、あちらへこちらへと振り回す。

 ライターの火は場所を変える度にその表情を変えた。霧の濃い右斜め上に上げれば、ゴウッと燃え盛り、霧の薄い体の正面へ持ってくれば、今にも消えそうな程弱々しく燃える。

 

 神奈美はライターのメッキパーツへ目をやる。そっと手をかざした。

 メッキパーツの中に神奈美の姿が映った。手に楕円形の鏡を持っている。鏡がメッキパーツから浮き上がってくる。

 

 神奈美(この現象に対する答え合わせをやらせてもらう。この真実鏡で。)

 

 鏡から目も眩むような光が発せられた。それと同時に神奈美の脳に情報が書き込まれる。

 

 [可燃性有り] [過剰吸引注意]

 

 神奈美「青い炎...完全燃焼....空中で燃える....可燃性のある霧....

 なら、被害者の共通点は....出ていたこと....吸っていた!...それなら、今の私も危険じゃない!」

 

 神奈美はコートを脱ぎ、それを顔に巻き付けた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 病室の戸が激しく開く。あまりにも乱暴な開け方だったので、衝撃で壁にかけてあった時計が落ちてしまった。

 神奈美は「しまった!」という顔で時計を拾い、壊れていないか確認する。

 

 秋塚「なんじゃいそれ?コートなんか顔に巻いちゃって、新しいファッション?」

 

 やかんの蒸気で肌が無駄に潤った秋塚が神奈美に近づく。

 

 秋塚「最新のファッションに影響されちゃう幼稚なお年頃?」

 神奈美「これを最新のファッションだと思うなら、お前はかなりセンスが悪い。」

 

 幸い時計に故障は見られない。

 

 秋塚「しょうがないじゃん、大抵世間で流行ってるものって、俺から見たらセンス無いんだから。

 で、どしたん?時計ぶっ壊す日は来週の火曜日だろ?」

 神奈美「何その日?じゃなかった、何故金属が生えてきたのか分かったかもしれないの。」

 秋塚「ほう、聞かせてくれよ」

 

 神奈美は時計を壁にかけ直した。

 

 神奈美「今回の件の被害者だけど、全員にある共通点を見いだしたの。

 全員長時間外に居た事。それも霧が濃い時間にね。ここの霧は天候関係なく夜から早朝まで出ている。

 腹から金属の足が出た女性は、長時間畑で作業をしていた。サッカー部の少年は早朝練習に行くために、かなり早い時間から登校していた。

 こういった共通点が被害者全員に当てはまる。」

 秋塚「ってことは霧に何らかの関係が?」

 

 神奈美は顔に巻いたモッズコートを取り払い、近くにあった丸椅子に腰かける。

 

 神奈美「私が思うに、あれは自然発生した霧じゃない。加織さんが言っていたでしょ?三ヶ月前から霧が濃くなったって。

 不自然じゃない?何の予兆も無しに年々薄くなっていった霧が突然濃くなるなんて?」

 

 フラフラとした足取りで空いている寝台に向かう秋塚、靴を脱ぎ捨て寝台へ仰向けに寝そべる。ハンチング帽を顔にのせると再度口を開いた。

 

 秋塚「その物言いは確証があるな?」

 神奈美「ん~。確証じゃないけど、予想なら出来てる。

 昨日の火葬覚えてる?遺体の腰の辺りから、腹部にかけて一瞬だけ青い炎が上がったのよ。そしてさっき私が外でライターを付けた時も青い炎が出て、ちょっとした爆発を起こしていたわ。」

 秋塚「霧状の何かが体に蓄積して、体内でどーたらこらこーたらなって、体から金属が生えると.....

 体からガラスだか、ダイヤモンドだかが出てきたって事例は有ったが、金属か....普通じゃあり得ないな。でも..」

 

 秋塚は寝台から起き上がり、ハンチング帽を被り直す。

 

 神奈美「私たちが追ってる物って..」

 

 神奈美はセーターに付いた煤を払い、コートを着る。

 

 秋塚「普通が通用しないからなァ!まあっ、あり得るかもな!」

 

 二人は病室を出て廊下へ出た。二人の会話と足音が廊下に木霊する。

 

 神奈美「さてここで問題になってくるのが、何処が発生源になっているのか。もといどうやって探すかって事よね。」

 秋塚「簡単だい、火元もって車で村を回って火が強いい方向、または燃え移った火が向かう方向に行けばいい。」

 神奈美「地道、精度が荒い、でも手っ取り早い!気に入った!」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 2ストロークのエンジンが爆音と共に動き出す。明らかに純製品ではないキャブレターが燃料を送り、出所の怪しいチャンバーが白煙を撒き散らす。

 

 神奈美「ゲホッ!煙った!」

 

 神奈美は顔にまとわりつく煙を払い退け座席に座った。

 

 秋塚「お前煙草は平気なのに、何で2ストの煙はダメなんだ?」

 神奈美「煙草と違ってニオイがキツいからよ。」

 秋塚「ヘーソウナンダスゴイネー」

 神奈美「おいコラ」

 秋塚「では作戦を説明しよう!」

 神奈美「チッ」

 秋塚「投げキッス?」

 神奈美「舌打ち。」

 

 秋塚は車の荷台から妙な機械を引っ張り出した。

 

 秋塚「まずこの改造スタンガン付き自撮り棒をドアから突き出す。」

 

 神奈美の視線が左を向く。ドアが無い。神奈美は手を伸ばし、ドアがあった場所をまさぐる。ドアは無い。

 

 神奈美「ドアからというより、ドア無いんだけど?」

 秋塚「おう、さっき診たらヒンジが歪んでたから外して荷台に載せといた。」

 神奈美「へぇ....ところで私のシートベルト切れてんだけど?」

 秋塚「・・・この改造スタンガンは」

 神奈美「おい待てや」

 秋塚「この自分で作ったのに構造がよくわからない電圧増幅装置に繋がっていて、」

 神奈美「ねぇ、私のシートベルトは?」

 秋塚「ガスを燃焼させるのに十分なスパークを飛ばす。なんなら先端に付いてるの、車のスパークプラグだし。」

 神奈美「これが私の棺桶か~」

 秋塚「んでこいつを車外に突き出してこの村を駆け回る。

 さてとそろそろ出発だ!まずシートベルトを修復する!」

 

 秋塚はどこからともなくダクトテープを取り出し、神奈美に千切れたシートベルトに巻いていく。まばたきする間にシートベルトは修復された。

 

 秋塚「俺は運転!お前は改造スタンガン持って..そして、火を付けろ!」

 神奈美「雑パロやめい」

 

 エンジンは二回吹け上がり、タイヤが地面を蹴る。シートにめり込む体、ガタガタとフロアの揺れが修まらない。道路の舗装が不十分であることが伺える。

 神奈美は改造スタンガンのスイッチを入れた。バチバチとスパークが飛ぶ。

 棒のグリップを持って霧の濃い車外に突き出すと空中で火柱が立った。

 運転席で秋塚が叫ぶ。

 

 秋塚「どっちだ!?」

 

 機械的な騒音で車外は溢れかえっている。叫ばなければ聞こえない。

 神奈美は車から身を乗り出し火の行方を追う。

 

 神奈美「南西ぃッ!」

 秋塚「了解!」

 

 車体が傾き、車は旋回する。そしてシートベルトが体に食い込む。

 炎は鳥が飛ぶように空を伝い移動していく。その速度が速いもので、それに追い付く為に車は少々荒々しい走行を強いられる。

 

 改造スタンガンは次々と火を付けていく。

 

 神奈美「ちょっと風で煽られてるかも!進路を西寄りに修正して!」

 秋塚「おうさ!」

 神奈美「そこの脇道に入って!」

 

 車は舗装のされていない道へ入って行く。砂利が敷き詰められ、木々に囲まれた道だ

 ワゴンボディのスバル360カスタムはギシギシと不安になる音を響かせながら進んでいく。とてもバイクより小さいエンジンとは思えないトルクで、砂利を蹴散らし奥へ奥へと進む。

 

 神奈美「ここからは草木が多くなってくるわ、着火は避けた方がいい!」

 秋塚「じゃどうやって探すんだよ!」

 神奈美「ここまで来たらしらみ潰s...危ない!」

 

 突然、左側の茂みから大型トラック用のタイヤが投げ込まれた。秋塚は咄嗟にハンドルを切り、タイヤを避けて右側の茂みへ車を突っ込ませた。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 車は草木に阻まれ身動きが取れなくなっていた。

 

 秋塚「クソ○らしがっ!」

 神奈美「[クソッたれ]な、その言葉をそれ以上汚くしないで...

 それにしても、イテテっ、シートベルトが腹に食い込んでる」

 秋塚「ラーメンとハンバーガーばっか食ってるからだぞ..」

 神奈美「車が傾いてんのよぉ!!」

 秋塚「お前のメタボっ腹の話は置いといて」

 神奈美「割れてるが?」

 秋塚「さっさと車から離れないと....次は何が飛んでくるやら...」

 

 車は所謂[陸に乗り上げた亀]状態になっていた。

 車から降りると秋塚は声を細くして神奈美に語りかける。

 

 秋塚「ドアは閉めるな、降りたタイミングを悟られる。」

 神奈美(そもそもドア無いんだけど?まあいっか)

 

 神奈美は静かに頷き、腹這いになって移動する。視界が悪く冷たい地面を這って進んだ。

 そうやって3メートル程進んだ時だった。砂利を踏む音がした。神奈美は近くの木の影に隠れる。

 音は徐々に近くなり、影が現れ、近づいてくる。影の主は濃い霧の中でもその姿をかなり鮮明に捉えることの出来る距離まで近づいてきた。

 その姿はつい最近の任務で、あの絵の屋敷で目撃した少女だった。クルクルと跳ねた髪にキャスケットを被り、グレーのYシャツ。サスペンダー付きのホットパンツと作業靴。赤い目と血の気の無い白い肌、そしてひときわ目立つ口元のガスマスク。全てあの時と同じだった。

 

 神奈美はコートの内ポケットから十四年式拳銃を取り出す。マガジンを静かにセットし、コッキングしようと手をかけるが...

 

 神奈美(待った待った、音でバレる!)

 

 ガスマスクの少女が放置された360に近づいたその時だった。気配を感じとったのか、少女は神奈美の方へその視線を向けた。二人の視線が交差する。

 神奈美は接近される前に立ち上がり、銃を構える。

 

 神奈美「動かないで。この銃には弾が込められてる。空砲とかじゃなくて本物よ。」

 

 少女の赤い瞳がギョロっと蠢く。

 

 神奈美「貴女と私の距離は3メートル!この距離は保ったままよ!絶対に動かないで!私に撃たせないで!」

 

 少女は脅すように、大袈裟な足音を発てて近づいてくる。一歩、また一歩と...

 

 神奈美「動かないで!!1メートルでも近づいたら撃つわ!3メートル!」

 

 少女は構わずに近づいてくる。神奈美は距離をカウントを声に出して[伝える]。

 

 神奈美「2メートル!......1メートル!..」

 

 少女は神奈美の構えた銃に余裕で触れる事の出来る距離まで近づいていた。そして、神奈美の手から拳銃を叩き落とそうと手を前方へ突き出す。

 

 神奈美「ところで、集中力が高すぎるのも考えものだと思わない?」

 

 ガスマスクの少女は突然真横に吹っ飛ばされた。その背後には秋塚の姿があった。

 

 秋塚「回し蹴り命中!カナーミン陽動センキュ」

 神奈美「あとは解るわよね?」

 秋塚「ああッ!時間ならたっぷり稼いでやる!」

 

 神奈美は砂利道の方へ走って行った。

 ガスマスクの少女は左側頭部を手で抑え、立ち上がる。

 

 ガスマスクの少女「陽動?」

 秋塚「おう。銃持ってんのは見りゃ解るのに、わざわざそれを声張り上げて伝えてお前の意識を銃へ集める。

 その隙に俺が背後へ回り、不意打ちを食らわせる。

 にしても、よくあの銃が撃てない状態だって解ったな~。さては銃の扱いに慣れているな?」

 ガスマスクの少女「え?あの銃撃てなかったの?」

 秋塚「ん?」

 

 秋塚は嫌な予感がしたが、秋塚は余計な事を考えず拳を握り、いつも通りセコいやり方で[倒す]ことを決めた。

 

 ガスマスクの少女「それにしても臆病者ね、貴方の相方。敵前逃亡なんて...」

 

 ガスマスクの少女も軽く拳を握り、ファイティングポーズをとる。

 

 秋塚「??...お前.....ひょっとしてバカか?」

 ガスマスクの少女「何?いきなり」

 秋塚「今のは逃げたのではなく向かったんだ。

 [お前がここで妨害をいれた]。つまり[これ以上は行ってはならない]ってこと。

 裏を返せば、[この先には妨害してでも近づかせたくない何かがある]ってことだろ?」

 ガスマスクの少女「あ"っ...」

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 神奈美はとにかく走った。疲れは感じない。何故ならば行き着く先に必ずこの一件の原因があるからだ。証拠はない、だが確信があった。車で炎を追っていた時よりも強固な確信があったのだ。

 

 しばらく走っていると建造物らしき物が見えてきた。薄い鉄板で囲われた屑鉄置き場だ。

 神奈美は鉄板に寄りかかり、ライターを着火させる。火はゴウッと鳴り、空中に火柱を立て、煤を残して消えた。明らかに火力が強すぎる。

 

 神奈美(さて、この辺りは霧で鼻先すら見えるかすら怪しい。おまけにライターの火もよく燃える。村より霧が濃いのは明らかね。)

 

 神奈美は鉄板の壁に沿ってこの屑鉄置き場の入口を探した。

 鉄壁に沿いつつ草を掻き分け進んで行くと、途中から鉄壁がフェンス変わっている箇所を見つけた。

 

 神奈美(登れ..なさそうね。)

 

 フェンスの上部には有刺鉄線が巻かれていた。例えフェンスをよじ登ったとしても、それを越えるのは骨が折れる、もとい皮膚が裂けるだろう。

 諦めて別の侵入方法を探そうとしたその時だった。神奈美が一歩足を踏み出した途端に、地面がモロモロと崩れた。

 

 神奈美「ん!?」

 

 足をとられ神奈美はその場にずっ転けた。足元を見るとそこには大穴が空いていた。それこそ人一人が楽に入れる程の大きさのもの。

 

 神奈美(発泡スチロールの板の上に土を被せたのか。

 ・・・きな臭くなってきた、悪い予感がするわ。)

 

 発泡スチロールの板を退かし、穴の中に入っていく。意外と深く、150cm弱の神奈美の体がすっぽりと入ってしまう。

 

 神奈美(構造的には縦穴が掘ってあって....)

 

 神奈美は手探りで薄暗い縦穴の構造を探った。

 

 神奈美(そして、フェンスの方へ向かって横穴が掘ってあると。)

 

 横穴は屈んでやっと通れる大きさで、暗く、若干湿っていた。

 神奈美はモッズコートのチャックを首元まで引き上げ、腹這いになり、横穴の中に入っていく。

 

 神奈美(虫とか出て来ないでよね...)

 

 息苦しく、一寸先も見えない。

 進んで行くと、この穴は最近誰かが使った痕跡がある事が分かった。

 

 神奈美(クモの巣も無いし、動物の糞尿の臭いもしないとなると、確実に人の手で掘られた物になるわね。)

 

 頭上から僅かな光が射した。見上げると出口用の縦穴が掘ってあるのが見えた。

 

 出口を塞いでいた木製の板をずらし、穴から這い上がる。

 錆びたドラム缶や破棄された看板、重機の残骸等々、周りは鉄屑の山で囲まれていた。

 そう、囲まれているのである。中心に空きスペースがあった。あちこちに何らかの部品がバラ撒かれている中、地面が露出している場所。その只中にひっそりとその物体は佇んでいた。

 濃い霧の中、辛うじて見えた。紫色で金属質の塊。パイプが何本も飛び出し、脈動する手のひらサイズの....

 その物体は機関車の如く大量の蒸気(?)を発生させていた。脈動する度無数のパイプから蒸気が吐き出され、それが空に昇り、溶けるように拡がっていく。

 

 神奈美(さて、どうするか。

 今私がいる地点からはざっと15m程離れている。狙撃するにも私の腕じゃ三発中一発当たれば良い方。)

 

 神奈美は拳銃を取り出す。

 

 神奈美(ここには絶対に誰かいる!もし外したら確実にその誰かに気付かれる!相手の手の内もわからない状態で強行手段を取るのはあまりにも愚作。)

 

 背中から汗が出る。自らの心臓の音がハッキリと聞こえた。臆病な脈打ち、拳銃のグリップを握る手は既に汗でまみれている。

 

 神奈美(なんならもし当てたとして、破壊出来たとしてもあれの機能が停止するかどうかも分からない。

 もし爆発したら?あの蒸気みたいなのがただ圧縮され詰め込まれているだけなら、爆発した瞬間私もアレを大量に吸って一瞬で機械に変えられてしまうかもしれない!)

 

 神奈美は突然コートを脱ぎだした。チャックを下ろし、袖から腕を抜く。

 

 神奈美(なら、なら、この方法なら、イケる!)

 

 拳銃を右手に持ち、上からコートを被せる。

 左手でライターを焚き、霧を燃焼させる。

 

 神奈美(燃やせば霧の効果が消える!そう思っておけ!)

 

 ライターを掲げその塊へ近づいていく。コートを、拳銃を腹の脇に抱えて、一歩づつ確実に歩んでいく。

 霧をライターで燃やし、その物体へ近づく。残り5m....4m.....3m.....

 

 ???「それに近づくな!!」

 

 後方から声がした。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 秋塚「さてと、もうひとつ語っておこう」

 ガスマスクの少女「いや、もう結構。」

 

 秋塚の顔面めがけて拳が飛んでくる。秋塚は手を開いたまま前方に突き出し、向かってくる拳にそっと添わせた。拳の軌道が狂い、狙いが外れる。

 

 ガスマスクの少女「っ!?」

 

 秋塚は退却していく少女の左腕を、軌道を反らしのた使った手で掴んだ。

 今度は少女の顔面に秋塚の拳が向かってくる。腕を掴まれていて逃げることが出来ない。

 少女の鼻に拳がめり込んでいく。ガスマスクのプラパーツが砕け、鼻の骨が音を発ててへし折れる。

 

 秋塚「お前は今の話を聞いたことで、俺と戦う理由が完全に消失した。」

 

 ガスマスクの少女は秋塚の胸部に蹴りを入れる。その反動を利用して空中へ飛び上がり、なんとか拘束から逃れた。

 

 秋塚「寧ろ、アイツを追って止めなきゃならんという別の目標が出来てしまった。」

 

 しかし、秋塚は飛び上がって空中に浮いた少女の足首を掴み、地面へ叩きつける。

 

 秋塚「これは俺にとっても好ましいものじゃない。お前は俺を無視してアイツを追っかければいい話だしな。

 じゃあ何故、なにゆえ俺はそんな無断な話をした?」

 

 ガスマスクの少女(わけわかんない!変よ!

 アリカはコイツの胸骨を今の蹴りで粉砕した筈!

 それなのになんで動けてる!?なんで痛みで苦しみ、のたうちまわらないっ!?)

 

 秋塚「それは俺が、お前のことを何時間も足止め出来る力を持っているからさ!」

 

 亜凛華(ガスマスクの少女)は地面の砂を握りしめ、秋塚の顔にそれを投げつけた。秋塚が腕で砂の目眩ましを防御している間に、亜凛華は起き上がり、後退する。

 

 亜凛華(だけど、一つ確かなことがある!)

 秋塚(言ったものの胸骨も拳も折れてるな)

 

 確かに目を凝らしてよく見ると、秋塚の左手が妙な形に曲がっている。まるでアニメの作画崩壊のようだ。

 

 ガスマスクの少女(脆い!ワタシの拳や蹴りは確実にコイツにダメージを与えている!)

 秋塚「(にしても遅い!牛乳はたっぷり飲んだ筈だが...)!?キタッ」

 

 秋塚の拳がパキパキと音を鳴らしながら動き始めた。勿論秋塚が自分の意思で動かしている訳ではない。

 

 秋塚(あっちは馬鹿力だが、こっちは再生、)

 亜凛華(こっちはパワー、あっちはスタミナ、)

 

 秋塚・亜凛華(ある!こっちにはヤツを倒すのに十分なアドヴァンテージがある!)

 

 二人は拳を握り、ファイティングポーズを取る。

 秋塚の拳は既に完治していた。

 亜凛華の蹴り出す地面は足の形に窪んでいた。

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 足音が近づいてくる。ついでに何かを引きずる音も聞こえる。

 

 神奈美「私、今回の騒動の原因はOツールが何かの拍子に偶然起動したものだとばかり思ってたんですよ。」

 

 足音が止まる。

 

 神奈美「まさかそんな、これが人為的に行われているとは...」

 

 依然として物体は霧を発生させている。

 

 神奈美「前提が違っていましたよ、こんなムゴいこと出来る人って居たんですね。竹田さん。」

 

 後方からは何も聞こえない。

 

 神奈美「ちょっと、長話になってしまっても良いですか?いいですよね?長くなればなるほど貴方に有利な材料が増えるだけです。実際ライターのオイル切れかかってますんで。

 では、早速..なぜ気付けたか、ですよね。

 非人為的という前提をとってしまえば簡単なことですよ。実際今当てはめてみたんですけど、結構しっくり収まりました。

 そもそも医者の筈なのに風邪の治療ぐらいしか出来ないのはおかしい。比喩だとしても無能すぎますね。

 次に貴方は常に有利なポジションにいましたね。普通ならどこの馬の骨だか分からない者を公共の施設に泊めようなんて真似はしない。

 では何故私達を病院に泊めたのか、それは監視をするため。自分の犯行の嗅ぎ付け度合い知るため。知った上での[次]の行動に繋げるため。おまけで少しばかりの信用も得られる。」

 

 神奈美は横目でライターを見る。オイルの残量が僅かになってきている。

 

 神奈美「ただ、一つ分からない事が。一番重要なもの、動機...って、ヤツです。」

 

 

 

 竹田は霧の中自分の数メートル前で揺れ動く火を見つめていた。視界が悪くオレンジ色の光くらいしか見えないが不思議とその揺れには温かさがあった。

 

 竹田「聞いてどうするつもりですか...」

 神奈美「どうもしないわ、」

 

 聞こえてくる声は少しばかり不気味。声のトーン自体は幼いのだが、口調はどっしりと構え、落ち着いている。落ち着き過ぎている。

 

 神奈美「探偵ごっこの一環として聞いておきたいだけですよ。

 どうせこのあと私はオイルが尽きて、霧を大量に吸い込んで死んでしまうのだから、とびきり恥ずかしい理由だとしても私に話して特に損することはない筈ですよ。」

 

 竹田の脳裏に一人の女の顔が浮かび上がる。一生かかって添い遂げようと誓った女の顔だ。

 

 竹田「流産だったんです。体のパーツが足りていない子供が生まれ、そして死にました。

 子供の母親も死にました。病弱だったんです。

 太陽を、月を、この世界を見ることなく死んでしまった子供を思うと、元気な我が子を抱けなかった妻を思うと、悔しくて、悔しくて....」

 

 竹田の目から一粒の涙がこぼれた。ガスマスクのゴーグルに水滴が落ちる。

 

 竹田「そんな時にこの装置を渡されたんです。

 [肉体は治しづらいが、機械なら交換するだけで甦る]そう言われたんです...」

 神奈美「(大人の体のパーツを使って赤ん坊を直す?)

 その時点で他人の命が犠牲になると分かっていたんですか?」

 

 ボタボタと流れ落ちる涙、竹田は涙を拭き取る為にマスクを外す。

 

 竹田「っ...はい..ですが、ですがぁ!この方法しか無かったんです!わたしが家族を救うにはこの方法しか!

 正直家族が助かるなら他人の命など!」

 神奈美「貴方は病気だよ!病的に執着している!」

 

 竹田は背中に銃を突き付けられた。いつの間にか神奈美に背中をとられていたのだ。神奈美の居た場所はまだオレンジ色のぼやけた日が光っている。

 風が吹き、徐々に霧が晴れていく。

 鏡が浮いていた。神奈美の居た場所で鏡が浮いていた。鏡にはライターがダクトテープで固定されている。

 霧の装置にはコートが被せられ、霧がうまく上がらないように細工されていた。

 

 神奈美「貴方も前提を間違えていたみたいね。

 [死んだ家族を救う]?自分を神だとでも思っているの?既に死んだ命を[救う]のは不可能。救えるのは死に至る前のものよ、それ以降は救えない...

 ねえ、天国ってあると思う?(ある筈がない)

 もしあるとするのなら、貴方はそこからこの地上へ連れ戻されたい?・・・

 他人から奪った命で生き返りたい?」

 

 竹田は引きずってきた鉄パイプを放し、その場に泣き崩れた。

 

 竹田「この方法しか無かった..この方法しか無かった..許してくれ...許してくれぇっ....」

 神奈美「(諦める、その選択肢があった筈なのに.....

 無理もない、大切な人が消えたら誰だってこうなる可能性がある。)

 ・・・大切な人か。」

 

 [大切な人]その言葉、概念は過去の記憶が無い神奈美にとって縁遠いものだった。

 そんな縁遠い言葉を使った自分に違和感と妙な嫌悪感を覚えた。

 

 竹田「ひぃいっ!」

 

 突然、竹田が妙な叫び声を上げた。様子がおかしい。虚空を見つめ、恐怖している。

 

 竹田「やめろ..そんな顔で俺をみないでくれ...」

 

 恐怖で腰が抜けてまともに立てなくなっている。

 

 神奈美「な、何が見えているんですか..? 」

 竹田「あ"ぁっぐ..いだぃ....手が、千切れるっ!」

 

 竹田の顔は青ざめ、倒れ込み両手を抱えて転げ回る。指が地面に落ち、出血により水溜まりが出来る。

 

 神奈美「(一体何が起きて、)い"ッ!」

 

 神奈美の腹部に何かが刺さった。セーターを巻き上げる。腹には有刺鉄線が何重にも巻かれていた。

 

 神奈美「ぐっ、う"ぅ..いつの間に...」

 

 神奈美は有刺鉄線をどうにかして取ろうと切れ目を探すが、見つからない。

 有刺鉄線は足を伝い、地面へ伸びて行く。何本にも枝分かれし、根を張るように地面へ広がっていく。

 そんな時だった、何処からか声が聴こえてくる。

 

 ???「ダカダカダンダカダカダン、ダッタンダッタン、ダカダカダンダカダカダン、ダッタンダッタン!」

 

 警戒な足取りで現れたそいつはスーツケースを振り回す。

 継ぎ接ぎだらけのタキシード、巨大な体。ニヤついた口と、ギラギラとラメのように輝く目。

 

 ナガレ「下。中。上。はい!私は異じゃなく超っ!

 今、今、あるところに人間の体を機械にする装置があったそうな。以上、終わり!

 世の中には不思議な事がいっぱいあるねぇ。

 つまり僕!つまり私は哀洞 流!おいらもその一つなのだろう!」

 竹田「ア、アイドウさん!」

 

 竹田は助け船にでもすがるようにナガレと名乗った人物の足にしがみつく。

 

 竹田「アイドウさん!助けてください!

 山ほどの顔が私の手に食らいついて来るんです!」

 

 ナガレは肩を掴んで竹田を立たせた。服の埃や土を払うと、千切れた指の落ちた地面へ手を掲げた。

 指が空中へ浮かび上がる。地中へ染み込んで行った血液も球体となって地表へ這い上がってくる。

 アイドウは空中に浮かべた血や指を竹田の手へ戻してやった。

 

 ナガレ「やあ!いい知らせを持ってきたよ!あんたの子供生き返るよ!パーツが全部揃ったんだ!」

 

 竹田の青ざめた顔色に血の気が戻っていく。

 

 竹田「ほ、本当ですか!」

 ナガレ「あぁ、見たまえ、この通りだ。」

 

 ナガレはスーツケースから赤ん坊の形をした金属の塊を取り出した。

 

 ナガレ「じゃあ元に戻すよ。3の2の1!ポンッ!」

 

 金属の赤ん坊は、ナガレの手の中で紫色の煙に包まれた。やがて赤ん坊の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

 風が吹いた。煙が四散し、赤ん坊の姿が露になる。

 

 神奈美「うっ、やはりか...」

 

 赤ん坊の姿は[奇形]の一言で表せない程にメチャクチャで、デタラメだった。

 足のあったであろう場所には手が生え、あばら骨の外側に心臓があり、目は片方だけ大きく見開いていた。

 

 竹田「なっ、えっ?は?」

 

 凍りついた二人の空気を破ったのはナガレだった。

 

 ナガレ「うえッ!気持ち悪っ!」

 

 ナガレは赤ん坊を地面へ叩きつけた。更に虫を潰すかのように何度も足で踏みつける。踏みつける度に血が宙を舞った。

 圧縮され破裂する音、何かが折れる音、ぐちゃぐちゃになった肉が踏みつけられ、グロテスクな水音響く。

 ナガレは革靴に付いた血を、地面へ擦り付けて拭きとった。

 

 ナガレ「あーあ失敗だったね。まっ、またパーツ集めれば作れるからさ」

 

 ナガレは足元にこびりついた肉塊を持ち上げ、竹田の顔の前へ持っていく。

 

 ナガレ「ほら、まだこんなに使えるところが残ってる!」

 竹田「な、な、な、・・・・・・・

 あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ!」

 

 竹田の絶叫が辺りに響き渡る。とうとう狂ってしまった。

 

 ナガレ「うるさいなぁ、君もこの子の糧となりたまえ。」

 

 ナガレの手にはあの霧を発生させる装置が握られている。

 

 神奈美「はっ!やめろぉっ!」

 

 神奈美は拳銃をナガレに向かって発砲する。

 しかし、弾丸はナガレによってスーツケースでガードされてしまう。

 

 ナガレ「うおっ戦争賛成!私は虐殺を行う!」

 

ナガレは霧の装置を竹田の口の中に無理やりねじ込んだ。竹田の口や花から霧が吹き出してくる。

 

 神奈美「そんな...」

 

 神奈美の思考が一瞬停止する。このあと何が起こるかは容易に予想できた。

 

 神奈美(マズイ!どうするどうするどうするどうする どうするどうするどうする。

 バカっ!どうするという単語だけ思い浮かべるな!

 だけど何も思い付かない!助けに行く?動けない!銃で攻撃?意味がないしもうやった!

 ダメだダメだ。こう、頬をひっぱたかれるくらいの衝撃を受けないと何も思い付か...)

 

 神奈美は自分の持っている拳銃へ目を向ける。神奈美は拳銃を再度構えた。

 

 ナガレ「今度は作戦を成功させるために防衛戦やっちゃおうかな?」

 

 スーツケースを構えるナガレ。二人は睨み合う。

 突然ナガレの後方から眩い光が放たれた。真実鏡による陽動だ。ナガレはスーツケースを自らの後方へ向ける。

 神奈美は引き金を引いた。

 弾丸は乾いた破裂音と共に打ち出され、竹田の左頬を貫通する。口の中に入った弾丸は霧の装置を口の外へ弾き出し、右の頬を貫通し排出される。

 

 神奈美「命中精度。持ち安や。配置。全てが奇跡だったわ。」

 

 ナガレは竹田の口から吐き出された霧の装置を見つめている。銃で撃たれたことにより歪んで使い物にならなくなっている。

 

 ナガレ「ははは、ハッハッハッ!

 面白い!初めて読んだジャ○プのバトル漫画くらい面白い!なんてタイトルでどんな漫画だったか思い出せないけど面白い!

 いいよ、諦めてあげる!せいぜい主人公補正が効いたとでも思っておいて!」

 

 ナガレはそう吐き捨てると、体全体がテレビの砂嵐のようになって消えていった。

 

 いつの間にか神奈美の腹に巻き付いていた有刺鉄線もなくなっていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 次の日の朝、神奈美はメモ帳に今回の任務についての報告書の下書きをしていた。

 車の後部座席は一人で座っても狭っ苦しかった。

 

 後部のハッチを閉める音がした。

 秋塚が運転席へ乗り込んでくる。

 

 秋塚「Oツール積み込み完了っと。出るぞシートベルトしろ~」

 神奈美「無いってば」

 

 車が走り出す。窓の外に木造の病院が見える。手を振るジャージ姿の女性の姿が見える。笑顔で見送る女性の口には綺麗な白い歯が並んでいる。

 

 神奈美「あれうまいこと作ったな」

 秋塚「生の歯で型取って作ったからな。実は結構大変だった。」

 

 狭い山道を水色のスバル360はヨタヨタ下って行く。

 

 神奈美「そういえばあの女の子どうなったの?」

 秋塚「知らん、目を離したらいなくなってた。お前のとこに行ったのかと思って急いでそっち向かったら...

 後は死っての通り。」

 神奈美「ほ~ん。」

 

 神奈美は[死者数:6]と書いたところでメモ帳を閉じた。

 

 秋塚「そういやいきなり現れた変なヤツ?の情報手に入れたんだろ、何だった?」

 神奈美「哀洞 流、アイドウ ナガレ、アイドウリュウ、アイドル、IDLE。意味無いってさ。」

 秋塚「偽名か。」

 

 神奈美は窓の外の景色を眺めていた。葉の全てが落ちた木や常緑樹が不規則に並んでいる。

 

 秋塚「そういやOツールって無傷で回収じゃなかった?」

 神奈美「あっ」

 秋塚「ふん。」

 秋塚・神奈美「あーあ、クソ○らしが。」

 

 




 携帯の反応速度が遅すぎてタイプミスしまくる....


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回収課1

 左腕を噛み千切られた。傷口から折れてささくれた骨が剥き出しになってしまっている。

 

 暗いトンネルの中、奴の目の焦点は合っていない。破けた白い拘束着は、奴のものではない誰かの血で汚れている。

 

 私は腰からぶら下げた特殊警棒を引き抜く。伸縮機構の心地よい音、感触。それを感じ取った脳は既にアドレナリンで満たされている。

 

 睨み合う、睨み付ける。顎から汗が、左腕から血が。

 

 奴は獣のように四つん這いで迫ってくる。壁を使った変則的な移動で先が読めない。

 私は向かってきた奴の脳天に警棒を喰らわせた。次に眉間、喉仏、鎖骨と突きを入れる。

 

 しかし、奴には攻撃が通っていない。たちまち足首を捕まれてあり得ない馬鹿力で投げ飛ばされる。

 コンクリート製の天井に頭をぶつける。まだ飛んでいる。天井に擦り付けながらぶっ飛んで行き、トンネル内の照明に頭から突っ込む。

 

 

 

      目の前が眩しい....

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 神奈美はいつも通りソファの上で目を覚ました。神奈美は下着姿でソファの上に横になり、毛布を被っていた。

 

 妙な汗をかいている。悪夢を見たらしいが、その内容を思い出せない。

 

 窓を見た。窓の外から淡黄色のライト光が差し込んでいる。地下施設の為、朝になるとこうして窓に見立てた場所からライトによって光を入れるのだ。

 

 仰向けの状態から起き上がり、目やにを擦り取りながら照明の紐を引く。部屋に明かりを灯した。

 時計を見る。セグメントは5時59分と表示している。神奈美は時計のスイッチを押してアラームの予約をキャンセルする。

 

 いつも通りの朝だ。起きる頃には喉がカラカラで、目には目やにが付いていて、目覚ましより早く起きる。

 

 ソファから立ち上がり、軽く伸びをしつつ、風呂場へ向かう。部屋は狭く僅か三歩で脱衣所の扉へたどり着ける。

 扉の前で立ち止まり、壁に貼り付けてあるタイマーのボタンを押す。

 

 神奈美(支度は30分で...よーい、スタート)

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 タイマーのアラームが耳障りな音を鳴らす。脱衣所の扉が開き、既にいつもの水色のセーターとジーパン姿になった神奈美が出てくる。

 

 神奈美は衣装タンスの扉を開く。中にはハンガーに掛けられたモッズコートがびっしりと並んでいた。

 神奈美はそのうちの一着を取り、ソファまで持っていく。

 ソファの傍に設置されたテーブルには、メモ帳やペン、喫煙道具が一式と、拳銃とホルスターが置かれている。それら全てをコートのポケットに詰め込み、ここでやっと神奈美はコートを羽織った。

 

 神奈美は支度の仕上げに姿見の方へ向かう。

 下から順に見ていく。靴下はしっかりと履いている。ジーパンにほつれ等は見当たらない。セーターは清潔な物を着ている。そして顔へ。黒い瞳。への字に曲がった口。額の出た髪型。

 

 神奈美(軽めの化粧もしたし、髪に編み込みも入れたし、特に異常なし、と。)

 

 姿見から離れ、部屋の出口方へ体を向ける。鍵を開け、ドアノブに手を掛けて回す。

 

 扉の外は特に風が吹いていたり、雨が降っているわけではない。ただ、そこには回収課の事務所という景色が広がっていた。

 木製の床、金属製のデスクが五つ、壁が埋まる程びっしりと並べられた本棚や物置棚。小さな食器棚と流し台一つづつある。

 散らかっているわけではないが、整頓されているわけでもない。少しばかりアットホーム過ぎる事務所である。

 

 神奈美はスリッパを履こうと足元を見るが、スリッパが片方しかない。

 

 神奈美「またか...」

 

 神奈美の部屋の隣から褐色肌でメイド服姿の女性が出てくる。

 

 神奈美「あっ、ヤカタさん。私のスリッパ知りません?またあの変な名前のゴールデンレトリバーに持ってかれたみたいで。」

 

 ヤカタと呼ばれたメイド服の女性は、ジトーっとした目付き神奈美のスリッパを見つめる。

 

 ヤカタ「うーん、後で二連装レールキャノン(犬の名前)の寝床見ておくわ。

 あと神奈美ちゃん、私一応この部所の部長なのでまず挨拶からしましょうね。」

 神奈美「あっ、そうでしたね。おはようございます。今日も宜しくお願いします。」

 ヤカタ「おはよう、よろしく。

 まあついついタメ語話してしまう気持ちもわからないでもないわ、この格好だものね。」

 

 ヤカタは見せるようにしてスカートを軽く指で摘まんで持ち上げた。

 

 ヤカタ「それじゃ私5分後に開発部と会議なので行かせてもらうわ。

 そうだ、冷蔵庫に朝食のサンドウィッチがあるわよ。」

 神奈美「いただきま~すっ。」

 

 ドアに取り付けられた鈴が鳴る、ヤカタが事務所から出ていった。

 

 神奈美は流し台の傍の冷蔵庫を開けた。ヤカタの言った通りサンドウィッチが二つ、皿に盛られていた。

 

 神奈美(ベーコンエッグか、チキンカツ...チキンカツだな。)

 

 神奈美はチキンカツのサンドウィッチを取り、自分のデスクへ向かった。椅子の高さを最大まで上げ、どっしりと腰掛け、サンドを頬張る。

 

 デスクの上には一枚の紙が無造作に置かれていた。紙には[本日の業務]と書かれており、神奈美の今日の仕事の内容が記載されている。内容は至ってシンプルだった。

 

 神奈美(回収品倉庫の整理か。退室時消灯ね。

 めんどくさ、現場の方が楽じゃん。どうせ死傷率どっこいでしょ。)

 

 神奈美は紙を丸めてポケットへ入れ、サンドをまるまる口の中に放り込み、椅子から立ち上がった。木製の本棚へ近づく。

 

 神奈美(あ行、あ行、)

 

 本は50音順に並べられている。神奈美あ行の列を指でなぞっていく。ある一冊の本の前で指が止まった。

 

 神奈美(エレベーター)

 

 背表紙にエレベーターと書かれた本を引っ張り出し、逆さにして本棚へ戻した。

 本棚が床へ沈んでいく。音は無く、振動すらない。

 本棚の裏に古めかしいエレベーターが現れた。木枠にガラス張りの戸、金属製の柵、緑色の絨毯。ノスタルジックな雰囲気と共に若干のカビの臭いも漂ってくる。

 

 神奈美はエレベーターに乗り込んだ。戸と柵を閉め、回収品倉庫のボタンを押す。

 耳触りの良いベルの音と共に、エレベーターは下の階へと沈んで行った。

 

 神奈美「はぁ、」

 

 神奈美はエレベーターの手摺に寄り掛かる。

 

 神奈美(ある日記憶を失った状態で目覚めてからはや数ヶ月。一体私は何に巻き込まれてんだか。いや、自分から首突っ込んだんだっけ?)

 

 エレベーターはゆっくりと下へ下がって行く。神奈美は徐に手帳を取り出した。表紙を開く。

 最初のページには記憶を失った感想が書いてあった。次のページを捲る。

 

 神奈美「・・・([Oツール]、常識や法則を崩壊させかねない物体。)

 頭の悪いネーミングだな。

 おそらくオーパーツとかけてるのだろうけど、オーパーツはO PARTSではなく、OOPARTSと書く。そもそもOut-Of-Place ARtifacTSの略だからね。

 まあ、多分イメージ的に似通った物だからそんなネーミングなったんだろうけども

 はあ、面倒な物を回収する事になったもんだ全く。」

 

 Oツールは現代の科学では説明のつかない挙動を起こす。例えば[強力過ぎるサブリミナル効果]。一度目にしただけで洗脳紛いの刷り込みを行う。本来サブリミナル効果は、気のせいで済まされてしまえる程に薄い。

 しかし、Oツールはこの事実を破壊した。ここがOツールの恐ろしい部分である。

 

 例えば、Aという法則が有ったとする。このAという法則はB法則を証明している。ここに完全にAという法則を否定する物体を投入する。これがOツールだ。

 Aという法則が否定されれば、連鎖的にBも否定されてしまう。これが法則の崩壊だ。

 

 もし、この法則が誰もが知る一般常識レベルのモノだったらどうなるだろう?

 

 これと似た出来事は実際に起こっている。地動説と天動説の関係がこれに似ている。

 地動説が証明された時は、実際にその通りだったから、宗教等の多少のギャップはあれど受け入れられた。

 が、Oツールの場合は証明が出来ないのだ。ただ現象のみがそこに存在するのである。

 

 神奈美( [回収課]、謎の多い組織[神の駒]を形成する要素の一つ。Oツールを回収し、法則の破壊、もしくは破壊された法則の認識の拡散を防ぐ。か....)

 

 実は回収課の仕事は殆ど無いのだ。現象が科学で証明できてしまったり、ガセ情報を掴まされたりしてしまうのだ。

 更に他の現場担当の課に仕事を取られてしまうのは日常茶飯事で、仕事と言ったらたまに入る本物のOツールの回収か、倉庫整理くらいしかないのである。

 

 そのせいか、回収課は三人しか居ない。

 

 神奈美(てか、何時になったらエレベーター止まるのよ。)

 

 そう思った直後だ、エレベーターが停止した。ベルが鳴る。神奈美は柵と戸を動かし、エレベーターから降りた。

 

 見える景色は、見上げる程の高さの棚、棚、棚。列になって並んだ棚が、巨人のように神奈美を見下ろしている。

 棚には奇妙奇天烈な物品が名札と共に置かれている。たまに金庫等も見掛けた。置かれた品はガタガタだのボコボコだの雑音を立て、振動し、時には光を発した。

 

 エレベーターの近くには、巨大な金属製のボックスが台車に載せられていた。ボックスには[未整理品 整理担当:辻 神奈美]と張り紙がされている。

 

 神奈美(デカっ...え、何?この中に満杯に入ってるわけ?そもそもこれ押せるの?動くの?)

 

 神奈美は台車の取っ手を掴み、腕を真っ直ぐ伸ばし、足に力を入れ、目一杯の力で押す。唇を噛み、顔が赤くなるまで押したが、台車は微妙に揺れるくらいで一向に動かない。

 神奈美は息を切らしその場に崩れ落ちる。

 

 神奈美「へぇ、へぇ、・・・無理!」

 

 そう口走った時だった。何処からか物が高所から落下する音が聞こえてきた。

 

 神奈美「え?」

 

 音のした方へ目を向ける。Oツールの保管してある棚から回収品が落ちて来たようだ。

 

 神奈美(あれも私の仕事になりそうだな...)

 

 神奈美は落ちてきた回収品を拾いに、棚と棚の間に出来た狭い通路へ入っていく。

 白いタイルの上をカツッ、カツッ、と冷たい音を鳴らしながら進んでいく。床には古臭いビデオテープが落ちていた。

 

 神奈美はビデオテープを拾い上げた。テープには手書きの説明書が張り付けてあった。

 

 神奈美「夢ビデオ...

(人や動物の夢の内容を鮮明に記録する物体。視聴は普通のビデオデッキで可能。

  *注:観るのはおすすめできない。内容がキチガイ過ぎる上に、理解が追い付かなくて頭がおかしくなる。)

 キチガイは草。(後で戻しとこ。)」

 

 神奈美はビデオテープをコートのポケットに仕舞った。一区切りついたところで、台車の方へ戻ろうと振り向く。足取り軽く、来た道を戻る。

 

 神奈美(さて、台車に戻って片付ける方法考えないとな~)

 

 ふとここで神奈美は違和感に気付き、足を止める。そして、ポケットからグシャグシャに丸められた紙を取り出した。

 

 神奈美「回収品の整理...退室時には消灯せよ....」

 

 神奈美は天井を見上げた。照明はクモの巣を纏っているものの、しっかりと点灯していた。点灯していた。

 神奈美は倉庫に入ってから、証明のスイッチに一度も触れていない。

 紙を掴む手に、汗が滲む。

 

 神奈美「誰か居ますかぁ!」

 

 耳を澄ませる。返事はない。

 

 神奈美「居ないんですかぁ!?」

 

 もう一度耳を澄ませる。また返事は無かった。

 だが、神奈美は確かに耳で捉えた。まるで機関銃のように細かな、それでいて鼠のような静かな足音。

 

 何かが居る。

 

 突然照明が消えた。目の前が暗闇で満たされる。

 

 神奈美「あーあ。いつも通り。」

 



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回収課2

 足音が近づく。周囲は暗がり、鼻先すら見えない。

 

 神奈美(正体を調べようにも、こう光が無いんじゃ、真実鏡が使えない...)

 

 神奈美は暗闇に手を突き出した。埃一つ触れる気配がない。

 

 神奈美(えっ?)

 

 神奈美は手を手前から横に突き出す。依然として何の感触もない。

 

 神奈美(棚すら?)

 

 そう、何の感触もない。自分のすぐ横にあった筈の棚にすら触れない。

 神奈美はしゃがんで床に触れる。地面はあるようだが...

 

 神奈美(違う、感触が違う。指から伝わってくる手触り、これは明らかにタイル張りの床じゃないわ!

 カーペット?毛が細かく、太いタイプ...それこそ映画館にあるような..)

 

 近くで音がした。カシャカシャと連続する軽めの駆動音だ。

 

______________________

 

 ベルの音がした。エレベーターだ。明らかに油の刺さっていない柵が軋んで開いた。

 

 ヤカタ「神奈美ちゃ~ん?そろそろ昼休憩にしな..い?」

 

 ヤカタは辺りを見渡すが、神奈美の姿はない。照明はエレベーター付近と傍のデスク、そして回収品の入った台車を照らす僅か一列のみが稼働していた。

 他の照明を点けようとスイッチを押すが、反応しない。棚の設置されている場所だけ照明が点かず、棚の間の通路は黒煙でも漂っているかのように真っ暗だった。

 

 ヤカタ「神奈美ちゃーん?返事ぃ!」

 

 耳を済ます。雑音はあれど、人の声は一向に聞こえない。

 ヤカタはトランシーバーを取り出し、マイクに口を近づける。

 

 ヤカタ「一名行方不明。繰り返す、回収課Oツール倉庫にて職員一名が行方不明。

 これから調査を行う。10分後に定時報告。連絡が無ければ救出の要するものとみなすこと。以上。」

 

 ヤカタは軽く指を慣らし、天井まで高くそびえる棚の間にある通路へ足を進めた。

 

______________________

 

 神奈美は真っ暗闇の中を手探りで進んでいた。勿論何のヒントも無しに進んでいるわけではない。

 神奈美の手に冷えた感触が伝わっていた。

 

 神奈美(コンクリートの壁..)

 

 幸い、壁はあるようだ。だが神奈美はもう一つのヒントを重要視していた。先程の機械の駆動音である。足を進める度にその音は大きくなる。引き寄せられる様に足が進む。

 ふと、神奈美の手に金属質な感触が、伝わる。ドアノブだ。

 

 神奈美(大元はここね)

 

 ドアの奥からはあの駆動音が聞こえてくる。

 

 神奈美はドアの形状を調べる為に、指でドアの枠をなぞっていく。人差し指が蝶番に当たったところで手を止め、体を蝶番のある方へ移動させる。

 

 神奈美(外開きなら..)

 

神奈美はドアノブに手を掛けた。ゆっくりとなるべく音を発てずドアノブを回す。ドアノブを少し持ち上げ、蝶番が軋まぬように、引き寄せるようにドアを開けた。

 部屋から反応は無い。駆動音が響くだけであり、人の足音すらない。

 神奈美は部屋の中に足を踏み入れた。

 

______________________

 

 ペン型ライトを耳に掛け、特殊警棒を右手に、トランシーバーを左手に持つ。

 

 ヤカタ(可能性は二つある。一つ目はサボり。二つ目はOツールの暴発による行動不能。)

 

 ヤカタは奥へと足を進める。

 

 ヤカタ(だけど二つ目はよっぽど事が無い限り発生しない...筈ぅ..なんだけどなぁ)

 

 ヤカタは床に目を向ける。視線の先には、床一面にバラ撒かれたフィルムがあった。それらは生物のように蠢いており、移動しているようだった。テヅルモヅルを思い浮かべて頂ければこの気味の悪さが伝わるだろう。

 

 ヤカタ「・・・」

 

 トランシーバーを口元へ近づける。

 

 ヤカタ「Oツールの暴発を確認。しかし、依然として行方不明者の姿は確認出来ない。探索を続行する。」

 

 スカートをつまみ上げ一歩踏み出してみる。

 

 ヤカタ「おっと、踏まれるのはイヤなんだね」

 

 フィルムは足を近づけると、死にかけ蝉のようにバタバタと暴れた。

 

 ヤカタ(現場要員じゃないけど、これくらいなら私にだって...)

 

 ヤカタは警棒を仕舞い、頭上に右手を掲げた。

 

______________________

 

 映写機が動いていた。薄暗いその部屋では映写機が小窓に向かって映像を投げかけていた。神奈美は他に何か無いかと更に足を進める。

 映写機の隣に古いタイプのテレビが設置されていたが、それ以外には何も無い部屋のようだ。

 特に調べる物、手掛かりになる物は無いと思い、神奈美は出口へ向かった。

 その時だった。急に床が明るくなった。振り替えるとテレビの電源が点いているではないか。画面の光が床に反射し、部屋を青白く照らしている。

 

 神奈美はポケットからライターを取り出す。メッキの施されたライターは周りの景色を外装に落とし込んでいた。

 

 神奈美( [真実鏡] )

 

 反応が無い。いつもなら盆ほどの大きさの鏡が出てくる筈。

 

 神奈美「ふ~ん。ちょっとピンチかも」

 

 テレビのスピーカーから雑音が漏れ出す。低く、振動するような音。頭蓋骨が揺さぶられ、血管まで入り込むような気色の悪い音。耳を塞いでも聞こえてくる。

 音は徐々に大きくなっていき、画面は点滅を繰り返しはじめた。

 神奈美は唇を噛み、頭を抱える。

 

 神奈美(やかましい上に目に悪いとキタ!)

 

 そこでプツリと音は途絶えた。映画の盛大なラストシーンが一瞬で切り替わり、夢オチで片付けられた時のように、あっけなく、何の前触れも無く音は消え去った。

 

 神奈美は視線を上げた。視界を妨げる髪を掻き分け、テレビの画面をその黒い瞳で捉える。

 

 [夢ではない、夢ではない]

 

 画面に文字が現れる。青白い背景をバックにノイズの掛かった文字が揺れた。

 

 神奈美「へ、へぇ..そうなんだぁ」

 

______________________

 

 ヤカタは警棒を仕舞い、頭上に右手を掲げた。頭上から埃が落ちてくる。黒い影が天井から音もなく忍び寄った。

 ヤカタは降りてきたソレを握った。体が引き上げられていく。耳に掛けたペン型ライトが頭上を照らし出した。

 

 天井が歪んでいた。天井の支柱が雫のように垂れ下がっている。ヤカタは垂れてきた支柱にしがみついていた。支柱は音もなくヤカタの体を引き上げていく。

 

 ヤカタ「住み家を操作する...か...」

 

 支柱は床から5m程ヤカタを引き上げると、実にゆったりとしたペースでヤカタを前へ進めた。言葉では表現し難い。動きとしては水滴が物を伝って移動する形に近い。それに掴まることで、ヤカタはフィルムから一定の距離を保ちながら移動することができた。

 

 ライトの光が下方を照らした。蠢くフィルムが床の上を広く薄く埋め尽くしている。

 その中に一際目立つ盛り上がりがあった。人形(ひとがた)に盛り上がり、頭部に当たる部分からフィルムが排出されている。腐肉に群がるウジ虫の様だった。

 ヤカタはその盛り上がりに近づき、フィルムの山に手を突っ込んだ。フィルムを掻き分ける。

 

 案の定そこにいたのは神奈美だった。しかし、喜んでいる場合ではないようだ。

 

 額に亀裂が入り、血の代わりにフィルムが噴水の如く溢れだしている。目は左右バラバラな動きで、ぐるぐる回ってみたり、しきりに左右へ動いている。酷く痙攣し、軽く衝撃を与えても反応は帰ってこない。

 

______________________

 

 写し出された文字が消えて、画面上に新たな文字が現れる。

 

 [あれは記憶だ、あれはキ オクっ]

 

 神奈美「今朝の夢の事か。内容は思い出せな...あれ?」

 

 神奈美は少し同様した。普通見た後は断片的にしか思い出せない筈の夢の内容が、鮮明に、且つ正確に思い出せるのである。

 

 [夢の内容イガガっがイ 以外は再現することはできない]

 [バグが発生 言語出力回路にい ぃ異常 診断開始]

 

 神奈美「ちょっと待って、今朝のが現実で起こったとするなら、私死んでない?少なくとも片腕は今頃義手になってる」

 

[しかしシシッながらこれは現実の記っぉ憶]

 

 神奈美「だぁっもう、推察するには材料が少なすぎる!」

 

 神奈美は床に腰を下ろし、項垂れる。

 

[異常KAN測 記憶にカイ竄記ロロロロくあり]

 

 神奈美「下手に探られないようにプロテクトでも掛けられてたってワケね。クソッタレ..!」

 

[異能パワ 力、及び超能力による妨害もカチン 感知]

 神奈美「なぁんだ、絞れてきたじゃない。」

 

 神奈美は立ち上がった。何か余計な事を思い付いたのか、指を唇に当て、部屋の中を歩き回る。

 

神奈美「要はその二つを追えば私の記憶の手掛かりに辿り着けるわけね」

 

 神奈美がギャグテイストなニヒル顔でニヤついていると、突然テレビのスピーカーからアラームが鳴った。

 

 神奈美「何事?」

 

[再ゲゲゲ現対象の生mayパワ 力低下中 ]

 

 神奈美「なんて!?」

 

[KA9 覚セセセセイを提あん]

 

 部屋の壁や床が小刻みに揺れ始める。神奈美が入ってきたドアに亀裂が入る。ドアは次の瞬間陶器のように崩れて跡形もなくなってしまった。残ったのはドアの枠ではなく壁だけだ。

 

 神奈美「覚醒たって、どうしたら?出口とか無いの?」

 

 神奈美の目に映写機の小窓が映る。

 

 神奈美「始めて小柄であることを誇りに思ったかも。」

 

[ダメダメダメダメダメダダダダメ]

 

 神奈美「何で?」

 

 神奈美は揺れる床から壁を伝って立ち上がり、小窓を覗く。奥は映画館そのものだった。スクリーンにデカデカと神奈美の影が映った。

 椅子の一つから誰かが立ち上がる。スレンダーなシルエットの女性だった。

 

[KAKAKAノ女はキケンケンケン]

 

 神奈美はさっと身を屈める。

 

[222222222下下下下下下、、、RUN]

 

 神奈美「逃げろって何処によ!?」

 

 [KOノ場ところ しょは夢もどうぜん]

 

 部屋の揺れが止まる。

 

        [ 醒めろ ]

 

 神奈美「あぁ、RUNって逃げろじゃなくてそゆこと...」

 

 神奈美は部屋の端に身を寄せた。そして、これでもかと床を力強く蹴り、走った。大股三歩で壁に激突した。

 

[走馬灯の女には近づくな]

 

______________________

 

 少しカビくさい臭いが鼻をかすめる。神奈美は目を開けた。

 

 緑色の絨毯、金属製の柵。倉庫へ降りる為に使っていたエレベーターだ。壁に寄りかかる形で座らされているらしい。

 そして、目の前にはメイド服を着こんだ女性。こちらに背を向け、爪を噛みながらトランシーバーを握っている。

 

 神奈美「ヤカタさん..」

 

 声に気がついたヤカタは、神奈美の方へ振り返る。ヤカタは半泣きになりながら神奈美を抱き締めた。

 

 ヤカタ「あぁ~、良かったぁ...五時間も上がって来ないから心配したんだよぉ...」

 神奈美「心配かけました。これからは定期的な報告を心掛...け..?・・・五時間ですか?」

 

 神奈美はふとエレベーターの天井に目を向ける。

 

 神奈美「ちょっといいですか?」

 

 神奈美はヤカタを丁寧に振りほどき、ソレへと手を伸ばした。

 

 

 

 

 




 テレビに表示されたセリフ ノイズレスVer
 [あれは記憶だ、あれは記憶]
 [夢の内容以外は再現することはできない]
 [バグが発生 言語出力回路に異常 診断開始]
 [しかしながらこれは現実の記憶]
 [異常観測 記憶に改竄記録有り]
 [異能力、及び超能力による妨害も感知]
 [再現対象の生命力低下中]
 [覚醒を提案]
 [ダメダメダメ以下略]
 [彼女は危険]
 [逃げ、、、RUN]
 [この場所は夢も同然]


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青い思考1

 いつからか、超能力というこの世界にものが現れ始めた。Oツールの発生によって、世界のバランスが崩れ始めたからだ。この世界は超能力という存在を許容する。


 誰かの声がする。大勢の人の声がする。聞こえているわけではない。脳がアンテナみたく誰かの心の声を拾っていた。声は脳内で木霊し、まともに拾うことは難しい。

 頭痛が頭の中を飛び交う。吐き気がする。心臓の鼓動は加速し続ける。呼吸が乱れ、視界が揺らぐ。

 

 少年は立ち上がった。足は震えている。震えは恐怖からではない。

 少年は一歩踏み出でた。街頭の電球が割れ、月明かりのみが少年の行く末を照らす。

 少年は歩み進める。そして劣化した力を、身に余るその力を振りかざした。

 こうなってしまった原因と決めつけられたソレは圧縮され、潰され、原型留めない姿へと変えられてしまった。

______________________

 

 昼休みの頃、鷲尾(ワシオ)は今朝送り返されてきたラブレターを持って体育館裏の木陰に座っていた。

 落ち葉を拾い、握りつぶす。拳を緩ませると、指の隙間から、はらり、またはらりと落ち葉の破片がこぼれ落ちた。

 ラブレターへ目を向ける。「男がラブレターとは我ながら愚作だ」と、頭の中で呟いた。ヘタクソな文や、蛇のようにうねった文字を見ても、開き直って鼻で笑うなんてことはしない。これもまたグシャグシャに潰し、ポケットに仕舞った。

 気を紛らわす為に辺りを見渡す。何か物珍しい出来事でもあればと思い、いや、あってくれてと半ば願いながら目を泳がせた。

 

 「特に無し。まあ、これが常というものだ。」と言葉が過った時だった。何処からか声が聞こえた。

 

 ???1「本当に誰なのよ、こんな事思い付いたのは!?」

 

 声自体は小さかったが、声の主である女の子がイライラしているということは伝わってきた。

 

 ???2「指揮とってるのシマだろ?アイツが指定したんじゃない?」

 

 男の声だ。

 

 ???1「シマさん人の扱い雑!」

 ???2「部外者視点からだけど、結構良い采配だと思うぜ」

 

 勇気など毛ほども無い、ただの興味本意だ。除き見ようと顔を半分だけ物陰から出す。が、光によって遮られた。トンネルから出た時にのように目の前にワっと光が広がり、視界が遮られたのだ。思わず目を瞑る。

 

 ???1「首が飛ぶわよ007(タブルオーセブン)」

 

 目を瞑っているうちに、彼女は去っていた。

 

 声からして確か転校生。名前は 二江...、二江 郁恵(フエ イクエ)だったか。

 正直彼女への人間的関心は沸かなかった。それは何処を取っても平凡だからである。これはクラスでは周知の事実である。皆の興味が彼女から離れて行き、自然といつものようにぐうたらと過ごすようになっていた。彼女もさほど目立つタイプではなく、寧ろその正反対であり、暗く、影に潜むような目立たない人物だ。興味が薄れていくのも納得である。

 そんな彼女が校舎裏で誰かと密会していようが全くもってどうでもいい。[声の主その2]はその姿はおろか、影すら無かった。

 キョロキョロしている間にチャイムが鳴った。

______________________

 

 鷲尾は教室の引き戸を開いた。黒板には男性器と女性器のヘタクソな絵がデカデカと描かれ、机や椅子の幾つかはひっくり返っていた。

 自分の机へ目を向ける。机の上には大量の空きボトルが散乱していた。

 席へ着こうと椅子を引くと、教卓側からペットボトルが飛んできた。ペットボトルは机でバウンドし、脇腹をかすめて背後の壁に当たった。

 

 橋本「オッシィ!もうあとミリじゃん!」

 鷲尾(センチだろ)

 山岸「オイオイオイ、サッカー部には任せておけねぇな!次俺ぇ!」

 

 野球部の山岸が小ぶりなペットボトルを投球の要領で投げる。ペットボトルは壁に弾かれ、今度こそ鷲尾の後頭部に当たった。

 

 鷲尾「いてっ」

 

 特に感情のこもっていない口調だ。

 

 山岸「あちゃ~、なあハッシー、陰キャのヘッドショットってポイントいくつだ?」

 橋本「レー点に決まってんだろ!ハッハッw!さっさと謝ってこいよぉ~w」

 山岸「え~wあんなゴミ山行きたくねぇよw

 なあ!鷲尾!悪ぃけどそれ捨てといて!よろしくなw」

 

 無視してトイレへ行こうと鷲尾は椅子から立ち上がる。

 

 山岸「オイオイ鷲尾、やめときなって」

 鷲尾「何をですか?」

 

 山岸は羽織った学ランを翻した。悪趣味なベルトに、西部劇で使うようなホルスターを付け、その中に小さな黒い筒が入れられていた。

 

 山岸「痛い目みたくないだろ?」

 

 どうやら山岸は鷲尾が怒り、報復しようとしていると勘違いしたようだ。

 橋本が山岸の肩を叩く。

 

 橋本「おい、コイツそれ知らんぞw」

 山岸「おうそうか...」

 

 山岸は筒を仕舞い、袖をまくり拳を握る。鷲尾はそれを無視し、出口へ体を運ぶ。

 

 山岸「お?逃げんのか?」

 

 鷲尾は構わず歩く。

 

 山岸「はっ、陰キャな上に腰抜けじゃフラれる訳だ」

 

 足が止まる。

 

 山岸「どうしたァw?腰抜け陰キャでも喧嘩は買うってかw?」

 鷲尾「・・・意味がわからない」

 

 鷲尾はそう言い残し、フラフラとした足取りで、引き戸に肩をぶつけながらも教室から出ていった。

 

 鷲尾の思考は混乱していた。トイレへは向かわず、フラつき、時々千鳥足になりながらも屋上へ行くための階段を上がる。鷲尾は階段に座り込んだ。頭を抱え、思考を整理する。

 

 鷲尾(この吐き気はマジに何なんだ?燃え上がるような感覚と、震えるような悪寒が..)

 

 鷲尾は口を抑える。こうして座っているだけでも、件の感覚が脳や腹を伝い、寒気が止まらなかった。

 不意に頭を掻くと、髪の毛がボタッと抜け落ちる。

 

 この訳のわからない感覚は子供の時から鷲尾を悩ませていた。頭の中で言葉では形容し難い波が立つのだ。人と話しているとき、失敗した時、成功した時、この波は立つ。鷲尾にはこれが何であるか分からなかった。

 最近になって、この感覚は激しさを増し、体にまで影響を及ぼしていた。

______________________

 

 雨が降っている。結局吐き気は弱まっても治まらず、六限まで彼の精神と体調を蝕んだ。鷲尾は帰路についていた。その足取りは重い。

 酔いのような感覚を考え事で誤魔化しながら歩いていると、突然肩を叩かれた。振り返ると頬に指が刺さる。

 雨具を着た少女がニコニコと微笑みながら鷲尾の頬を指でつついている。

 

 ???3「やっ!隣のクラスの鷲尾クンだよね!一緒に帰ろ!」

 

 雨具のフードの中から透き通るような白い肌がちらつく。

 

 鷲尾「・・・君は..誰?」

 

 鷲尾は困惑の表情を見せる。

 

 ???3「つれないなぁ、隣の三組のリンゴちゃんだよ!

 今日一緒に帰るはずだった友達が先生に呼び出されてて、[先に帰って]って言われちゃったんだ

 噂には聞いててキミとは気が合いそうだから話しかk」

 鷲尾「いや、やっぱり誰?」

 リンゴ「だぁかぁらッ、隣のクラスのr」

 鷲尾「嘘を吐くな」

 

 鷲尾は冷たく言い放った。

 リンゴと名乗った少女は未だに微笑むのを止めない。

 

 鷲尾「僕はあることするために3学年女子全員の顔と名前を覚えた

 君のような子は三組にも一組にも居ない」

 

 リンゴは相も変わらず潤った口角を上げてニコニコと笑っている。

 

 リンゴ「うーん・・・人違いだったようだ!

 気にしないでお家へお帰り!」

 

 リンゴは踵を返し、場から去ろうする。しかし..

 

 鷲尾「待つんだ」

 

 鷲尾はリンゴの腕を掴んだ。

 

 鷲尾「僕は君への興味が沸いてきた

 どうして僕に話しかけたのか、どうしてうちの学校の制服を着ているのか、何故僕に話しかけたのか...

 キミの事を知りたくてたまらない!何を考えているか、骨の強度だとか、内臓の色まで知りたい!」

 

 鷲尾は気味の悪い薄ら笑いを浮かべる。

 

 鷲尾「ヒヒヒッ、いい気分だ...これこそ恋なのかもしれないッ!」

 

 リンゴは鷲尾へ顔も向けずに喋りだす。

 

 リンゴ「好きになっちゃったぁ?」

 

 ゆっくりと振り替える。

 

 リンゴ「ちょうど良かったわァ、フフッ、私も貴方をタダで帰すつもり..全く無かったもの...ウフフフ..フフフ...」

 

 突然、雨の音が聞こえなくなった。いや、何もかもうやむやになって、情景が歪み、全て黒く塗り潰され意識が飛んだ。

______________________

 

 教室のガラの悪い連中がガヤガヤと騒いでいた。所謂猥談というヤツで盛り上がっている。

 どんな内容だったか、細かい所は覚えていない。ただ、その話を聞いてから僕はつがいというやつが欲しくなったのだ。

 

 身近な所から選出することにした。同学年の女子生徒から絞り混む。特に顔や体型、性格等に希望は無かったのであみだくじで選出した。結果、桐山 七海(キリヤマ ナツミ)という同クラスの女子が選出された。

 早速アプローチを謀ってみたが、失敗に終わってしまった。

 

 そもそも何故このような行為走ったか、理由はごくごく単純であった。興味が湧いたからだ。幸福というやつが心のどんな状態を示すのか...そこに興味が湧いたのだ。

 快楽は幸福へ直結する。こんな言葉を聞いた。それが例え束の間だったとしても、どんな状態になるのか知りたかった。幸福という感覚を味わいたかったのだ。

 

______________________

 

 脇腹に冷たい何かが当てられた。右の手に生暖かい液体がかかる。意識を取り戻して、始めに感じた感触である。

 鷲尾は恐る恐る視線を下ろし、腹部へ向けた。

 

 鷲尾「え」

 

 右の脇腹にボールペン程の大きさのトゲが刺さっている。トゲには無数の穴が空いており、そこから血液を体外へ排出していた。

 

 山岸「お、俺は悪くねぇ...!」

 

 無駄に震えた声が聞こえた。

 視線を上げると、山岸が例の筒を構えてこちらへ向けていた。

 

 山岸「おまッ..えがあッ...包丁なんか持って..桐山をころ、ころ、殺そうとするからだ!」

 

 鷲尾を辺りを見渡した。

 山岸の後ろに金髪でガラ悪そうな女の姿がある。桐山だ。人気の無い公園には、街頭くらいしか明かりはなく、月明かりは雲で遮られている。

 鷲尾の左手から包丁が零れるように落ちた。

 

 鷲尾「わからない...」

 

 鷲尾は右手を額に当てた。

 

 鷲尾「吐き気がする...」

 

 うつむいて両手で頭を掻きむしる。

 

 鷲尾「覚えがない...興味がない...動機がない...」

 

 この時、鷲尾の脳内の何かが異常を示した。過剰に溜め込まれたストレスが遂に堰を切って溢れ出したのだ。

 頭痛、めまい、吐き気、耳鳴り、その全てが鷲尾の感覚に降りかかった。

 

 いつの間にか鷲尾は膝から崩れ落ちていた。桐山と山岸は唖然としている。喉に痛みを感じた鷲尾は、自分がついさっきまで叫び声を挙げていた事を理解した。

 

 鷲尾「な、なんだ?誰だ?」

 

 想像の斜め上の台詞に二人は思わず顔を見合わせる。

 鷲尾は居もしない四人目を探すかのように、頭を右へ左へと振り回した。

 

 鷲尾「誰が喋ってる?あ"ぁ、クソッ!まだ頭が痛い!吐き気もする!

 なんでだ、僕じゃない...意識がないうちに.....」

 山岸「何が何だかよくわかんねぇが、テメェが桐山を襲ったのは間違いねぇよ!」

 鷲尾「あ"あ"あ"ッ喋るなぁ!頭に響く!」

 

 殴り掛かる鷲尾に向かって山岸は[筒]を構えてトゲを発射した。しかし、トゲは鷲尾の眼前で軽い音を発てて砕け散ってしまう。

 山岸は鷲尾の拳を掻い潜り、座骨にに向かって自らの拳を走らせる。

 凄まじい破砕音。めちゃくちゃな方向を向いた指。鬱血し、紫色になった皮膚。山岸の拳は僅かに届かず、鷲尾の体の前で潰れていた。

 次々に潰れていく。手首、腕、肩。潰れる度に骨が皮膚を突き破り、傷口から血が滲み出た。

 

 山岸「アガッ!あ"ぁッな"ん"た"ぁっ!」

 

 山岸は壮絶な痛みの中、頭に違和感を覚えた。あらゆる方向から押し込まれるような感覚。山岸は叫ぶのを辞め、腰を抜かして座り込み、そのどうしようもない理不尽な運命を受け入れた。

 

 鷲尾は息を切らし、両の手を地べたに付けた。

 しかし、彼の思考は疲労とは別の感情で埋めつくされていた。あまりにも幼稚で、根底に埋まっていた感覚。

 それは、破壊により得た爽快感と、それを認識することが出来たという喜び。即ち幸福だった。

 

 そこへ余計な横槍。トゲが鷲尾の頬をかすめる。桐山が山岸の持っていた筒を使ったのだ。

 

 桐山「なんで当たんないのよ!」

 

 ヒステリックな叫び声。

 

 桐山「アンタが居なけりや、アンタに絡まれなければ!こんなことには!」

 

 筒にヒビが入る。

 

 桐山「もうワタシの人生に関わるな!」

 

 筒が破裂した。砕けた破片が桐山の目に刺さる。

 

 桐山「キャア"あ"あ"あ"あ"!」

 

 鷲尾は立ち上がった。足は震えている。震えは恐怖からではない。

 

 鷲尾「確かに僕がキミに絡んだのがいけなかったね。もっとちゃんと選ぶべきだったよ。

 今後はお互いにお互いの人生には感傷しないようにしよう。だから、さようなら。」

 

 



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青い思考2

 神奈美「え?何?ちょっと待って。」

 

 神奈美のデスクの上に厚さ3cm程の紙の束が無造作に置かれた。

 

 ヤカタ「超異能課との共同任務だってさ」

 

 資料をめくる神奈美の表情は1ページを過ぎる毎に雲っていく。

 

 神奈美「潜入調査?...実働隊?...名ばかりで私だけしかいないじゃん!

 決行は...嘘、三日後!?」

 ヤカタ「そうだ島川原からコレ預かってきた」

 

 ヤカタはエプロンのポケットから黒い革製のホルスターを取り出す。

 

 神奈美「コレが出てくるってことは今回の任務の難度はお察しじゃん

 こんな危険な任務子供にやらせていいんですか?」

 ヤカタ「伝言も預かってるわよ。[都合の悪いときだけ子供になるな]って」

 

 神奈美はムスッとした表情を浮かべるが、吹っ切れたのか黒いホルスターを掴んだ。

 

 神奈美「分かりましたよ!やればいいんでしょ!てか結局強制でしょ!」

 

 神奈美はレザーのグローブを尻のポケットのに突っ込み、椅子に掛けていたモッズコートを羽織った。

 出口のドアノブに手を掛ける。

 

 神奈美「秋塚叩き起こしてきますっ!」

 

 ドアが乱暴に閉める音の後、ズカズカと廊下を進む音が響いた。

______________________

 

 十日後、神奈美は体育館裏の木陰で本を片手に連絡役を待っていた。

 背後のフェンスに誰かが寄りかかった。

 

 秋塚「テスト結果出たか?」

 

 これは所謂合い言葉である。神奈美は伊達眼鏡を掛け、長い髪を結んで変装をしていた。

 

 神奈美「上々よ」

 

 神奈美はフェンスの上にメモ帳を置いた。

 

 秋塚「ごくろうさんっと。いや~普段と格好が全然違うからヒヤヒヤしたよ」

 

 秋塚はメモ帳をジャケットの内ポケットに仕舞い、何処かへ去ろうとするが、神奈美はそれを引き留めた。

 

 秋塚「なんぞや?」

 神奈美「面白いもの見つけた」

 秋塚「ボー○ボ?」

 神奈美「もっとミステリー寄りの面白さよ」

 

 神奈美は持っていた本を秋塚に寄越した。

 

 秋塚「卒業アルバム?」

 神奈美「23ページ...」

 秋塚「ページ数くらい振っとけよクソッ」

 

 ひい、ふう、み、とページを捲っていくと、部活動の様子が記録されたページにたどり着いた。

 

 神奈美「そこよ、そこの左上」

 秋塚「写真部のコンテスト?部活内で複数人で写真撮ってきて、誰が一番いい写真撮ったか投票で決めると...」

 

 秋塚の瞳が泳ぐ。そしてその写真に視線が止まった。

 大きいが、光の無い目に、への字に曲がった口。妙に大人びた雰囲気と、子供臭さの残る表情。写真の下にはコンテスト2位と書いてある。

 

 秋塚「この2位の娘の顔どっかで見たことあるな...

 この生意気でマセてそうなクソガキ感どっかで...あ"っ」

 神奈美「どーもー、マセてそうなクソガキでぇす」

 秋塚「マジか!?えっ?」

 

 秋塚は写真と神奈美の顔を交互に見比べる。

 

 秋塚「いや格好変わり過ぎだろ...」

 

 確かにその通りだった。写真の人物は髪を金髪に染め、更に右側頭部を刈り上げていた。

 

 秋塚「なんちゅうかこう...ギャルだな

 にしてもお前の過去余裕で見つかったじゃん。」

 神奈美「どっこい、それがね..」

 

 神奈美はアルバムに手を伸ばすと、パタンとアルバムを閉じてしまった。

 

 神奈美「この卒アル何年度のか覚えてる?」

 

 秋塚は肩をすくめ「さあね?」とジェスチャー。

 

 神奈美「オーケー、んじゃここ見て」

 

 神奈美はアルバムの表紙の中央、[平成13年度]の文字を軽く指で叩いた。

 

 神奈美「見た?じゃ、よそ見して」

 秋塚「ほいほい」

 神奈美「そしてもう一度表紙を見る」

 秋塚「賽の河原味がある」

 神奈美「無ぇからとっとと見る」

 

 秋塚は(何故か)渋々と表紙に視線を向けた。するとどうだろう。[平成13年度]の文字にノイズが走り、まばたきする間には[令和2年度]へ変わってしまった。

 

 神奈美「異能力だか超能力だか知らないけど、取り敢えず認識を阻害する何かが仕掛けられてる。

 さっきの私似の子、写真部だったでしょ?私が最初に見たときは吹奏楽部だったわ」

 秋塚「はえ~っ!」

 神奈美「この間のなんとかビデオの件といい、今回の配属の件といい絶対内部に良からぬ事企んでる輩いるでしょ」

 秋塚「なんとかビデオの件を俺は知らないからなんとも言えん」

 神奈美「だあ~もうっ!なんかイライラしてきた!マリオネットにでもなった気分、気に入らない!」

 秋塚「命令を聞くのは嫌か?」

 神奈美「特定の人物に限る。つか共同任務と言いつつ、回収課で指定された人員私だけだし。

 本当に誰なのよ、こんな事思い付いたのは!?」

 秋塚「指揮とってるのシマだろ?アイツが指定したんじゃない?」

 神奈美「シマさん人の扱い雑!」

 秋塚「部外者視点からだけど、結構良い采配だと思うぜ、チビだから溶け込みやすい」

 神奈美「誰がチビだ!」

 秋塚「まあまあ、チョコでも食って落ち着けよ」

 

 秋塚は上着の内ポケットから板チョコを取り出すと包装に何かを貼り付け、神奈美に渡した。

 

 秋塚「んじゃ、俺はこれでサラダバー」

 

 秋塚が去ると同時に神奈美は手鏡から真実鏡を取り出し、校舎の柱の角に向かって光を照射した。

 

 神奈美「首が飛ぶわよ007

 (気付いていたなら口で言わんかい!ぁのフィジカルゾンビが!)バキッ」

 

 神奈美はチョコを頬張り、[建物の影に気配有り]と書かれた付箋を細かく破いた。

______________________

 

 扉をノックすると深い金属音が響いた。

 部屋の内側からさも多忙だと言いたげな声が聞こえる。

 

 島川原「あとにしr」

 秋塚「お邪魔しま~す」

 

 秋塚は声を無視して[超能力及び異能力対策課]の扉を開けた。中に入ると一人の男が珈琲を片手にファイリングされた資料に目を通していた。男は眼鏡のフレームを押し上げ、位置を直すと、秋塚の方へ目線を向けて面倒げに口を開いた。

 

 島川原「イレギュラーナンバー6か、後にしろと言った筈だ」

 秋塚「言いそびれたからノーカン。あっ!ちょっと待った。出ていけと言う前にちょっと待った!

 カナーミンから新鮮な状況報告を持ってきたぜ」

 

 秋塚は神奈美から預かった手帳を島川原へ手渡す。島川原は付箋の飛び出たページを開き、再度眼鏡の位置を直す。

 

 秋塚「あの学校の生徒がOツールを所持しているのは確実だそうだ。それだけじゃない、Oツールの入手ルートにディーラーが絡んでるのは十中八九間違い無しだとさ。」

 

 島川原は暫くの間メモ帳を眺めた後、それを机に置いて口を開いた。

 

 島川原「全く。無駄話をしている時間は無いというのに、キミとの会話で時間を無駄にしそうだ。折角部下が作ってくれた貴重な時間をな。」

 

 島川原は椅子から立ち上がり、資料を背後の棚に戻した。

 

 島川原「そもそもメモだけ置いて帰ればいいものをキミというやt..」

 

 振り返ると秋塚の姿は跡形もなく消えていた。

 

 島川原「死ねよ...」

______________________

 

 神奈美「そ、それで、なんの用ですか?放課後帰らずに残っていろって...大事な要件なのですよね?」

 

 神奈美は普段の強気な姿勢を抑えて話を切り出した。

 

 片膝を抱えて教卓にふんぞり返っていた女生徒は、わざとらしく髪をなびかせるとこう言った。

 

 ???「二江 郁恵さん、貴女自分がなにをしたかわかってるの?」

 

 



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青い思考3

 教室の窓に夕日が差し込んだ。教卓に腰かけた女生徒の顔が夕日で橙に染まっていく。余裕のあるしたり顔が照らし出された。

 

 神奈美「何をしたか、ですか...」

______________________

 

 秋塚「悪い(と思ってない)、遅れた」

 

 秋塚は会議室ドアを足で閉めた。ざわめきが聞こえる。潜入任務開始数日前、会議室での出来事である。

 

 対策課1「あれ誰?何処の所属?

 対策課2「開発室に出入りしてたから開発課じゃない?

 対策課3「俺知ってる、アイツ確か民間人だぞ...

 

 秋塚は両手で持ったダンボール箱を島川原の使っている長机に置くと、神奈美の傍に座った。

 

 島川原「これで全員だな?よし、始めよう。」

 

 対策課の面々はそそくさとメモ帳やペンを取り出した。

 

 島川原「今日対策課と回収課の諸君に集まってもらったのは他でもないOツール出現の為である。」

 

 島川原はダンボール箱を開けると、何やら一枚の巨大な紙を取り出した。よく見るとそれは地図で、表示の上から油性ペンで書き込みがされていた。島川原はホワイトボードに地図を貼り付けた。

 

 島川原「近頃この地区でOツールによるものと見られる現象が頻発している」

 

 島川原はホワイトボードに幾つかの写真を貼り付けた。

 

 島川原「一枚目、これは市内のゴミ捨て場の付近にて発見された烏の死骸だ」

 

 烏の体には大量のトゲが刺さっていた。グレーのアスファルトに血溜まりが出来ている。

 

 島川原「そしてこれが回収されたトゲだ」

 

 箱から取り出されたビニール製の小袋の中にはボールペン程の大きさのトゲ入っていた。

 

 島川原「成分を調べたところ、主な構成物質カルシウムであるようだ。

 何かの骨の可能性を疑って調査したが、これ程の大きさで、この形状、しかも刺さっても抜けないよう返しの付いた骨。生物学上このサイズ、そして形状のトゲを持つ生物は地球上には存在しない。」

 対策課1「加工の可能性は?」

 島川原「無い!そして発言の際は挙手すること!」

 対策課2「はい!他の目撃等は?」

 島川原「この地区のある高校の生徒複数名が烏に対しこのトゲを何らかの方法で射出しているのが目撃されている。

 目撃者に関しては隠蔽課が対応した。」

 

 被害状況の確認は淡々と進む。酔っ払いの男がまたもトゲまみれになったとか、穴だらけにされた野良猫だとかと。

 

 島川原「被害については以上である。大まかに見れば極めて小さな被害であるが、いずれも法則の崩壊を招く可能性を孕んでいる。侮らぬよう注意するように。」

 

 島川原はホワイトボードから地図を剥がす。それにならって対策課の連中はメモ帳等を仕舞い始めた。

 

 島川原「更に今回は」

 

 対策課の連中の慌ててメモ帳やらペンやらを再び出す音が響いた。

 

 島川原「[ディーラー]が絡んでいる可能性がある。」

 

 ざわめき声が聞こえた。

 

 島川原「知っての通り、ディーラーとはOツールをばら撒いている連中である。

 何名で何を目的に動いているか等は不明。接触時の危険性は高く、我々の仲間も命を奪われている。」

 

 島川原は淡々と、語りつつ、机の間を抜けて神奈美の傍へやって来た。

 

 島川原「しかし、そのディーラーと接触し、生き残って帰ってきた者が居る。」

 

 視線が神奈美に集まる。

 

 神奈美「は?私?」

______________________

 

 私達には時間があるわけでも、ましてや無いわけでも無かった。今現在の被害が明確に表されていないからである。兎に角情報が欲しかった。故に潜入である。

 そして潜入に際してなるべく早く情報を集め、状況を把握する方法が導き出された。それは、相手の懐へあえて突っ込んで行くというものだった。

 なるほど。手っ取り早く水面の下が知りたければ水に飛び込めということのようだ。

 

 私(神奈美)がこの学校へ潜入して2日。あるクラスのカースト上位の、ある一人の女生徒がOツールを所持している事を突き止めた。後は入手方法を聞き出す。

 

 のみだったのだが、どうやら私は怪しまれているようで、なかなか接触することが出来なかった。

 そのまま数日が過ぎ、流石に焦らざるを得なかった。

 少々焦りすぎたかもしれないと、ちょっと後悔したのはまた別の話。

 

 

______________________

 現在に戻る。

 

 神奈美「何のことかしら?説明してくれないと解らないじゃない。心が読めるわけじゃあるまいし。」

 笹川「よくも私のストレスの捌け口を学校から追い出してくれたわね!」

 神奈美「人はサンドバッグの様に扱うべきじゃないわ。いくらストレスが溜まっていようともね。

 そんなことよりちょっと尋ねたいのだけど」

 

 笹川は憤慨し、シワを作った。

 

 神奈美「あなた達ちょっと危険なブツを持ってない?」

 

 笹川の怒りに燃えた目が据わる。舞台のカーテン降りるように空気が重く伸し掛かる。

 

 神奈美「持ってるなら渡してくれない?」

 

 そんな空気のことなぞ読む価値が無いとでも言うように、神奈美は一方的に言葉を続けた。

 

 神奈美「ついでに配った奴の居場所と顔の特徴やらなんやら。顔写真があるならそれでいいわ。」

 笹川「何で私が渡す前提で話を進めようとしてるの?」

 神奈美「あら、持っているというのは否定しないのね」

 

 笹川は自身の唇を静かに噛み締めた。

 

 神奈美「口を噤んで何も言わない。今のミスからしたらとてもいい判断よ。でも私の持ってる力なら、貴方の口を無理にでも開けることが出来r」

 

 神奈美は背中に違和感を覚えた。何かが当たっている。

 

 ???「両手を上げな」

 

 後ろから女の声が聞こえた。神奈美は後方の人物に手のひらがよく見えるようにゆっくりと両手を上げる。

 

 神奈美「掃除用具入れに一人隠してたのね」

 笹川「物騒な物持ってると、物騒な人達が寄ってくるってのを聞いていたのよ。ありがとう真希(マキ)。」

 真希「さてと、どう口を割らせる?」

 笹川「そうね...」

 

 笹川が考えを巡らせていると、突然電子音のアラームが鳴り響いた。神奈美は後方からキーホルダーのジャラつく音を聞き取った。どうやら真希の携帯が鳴ったようだ。

 

 真希「もしもし、ハイ、ハイ、スピーカーですか?解りました」

 

 携帯のスピーカーからノイズが響いた。

 

 ⁇?[Bonsoir!あれ?これ聞こえてる?]

 神奈美「こんばんわ。わざわざエフェクトまで掛けてご挨拶?明らかな黒幕ムーブって感じで怪しさ満tっイタ!」

 

 背中を小突かれる。

 

 真希「今はお前が話すターンじゃない」

 神奈美「ターンエンdっ痛!」

 

 ???[さてと、いつまでも謎の人物を演じているのは趣味じゃない!名前だけでも知っておいてほしいから!

 私の名前!それは!ドラムロールスタートぉ!デケデケデケッドーン!私は皆からはリンゴちゃんと呼ばれているの!]

 神奈美「いや、完全に本名を言う流れを作っておいて他称を名乗るんkイデっ!オン...ターンじゃないのはわかったて、疑問が口からダダ漏れになってんの」

 

 リンゴ[さて質問なのじゃ!目的と仲間の人数を答えてもらうのじゃ!]

 神奈美「あっ?何?喋っていいターン?

 オーケー..それじゃぁま、ず、は。ちょっと気なったんだけど何で彼女ら二人は偽名を名乗られてるのに、このリンゴちゃんだかを信用してるの?」

 

 リンゴ[···はあ、あのさぁフエちゃん。本名かどうか知らないけど、質問に質問で返すなよ...日本語下手糞か?リンゴね、会話の成立しない奴とは話したくないの。

 もういいよ、真希ちゃん。少し眠ってもらおう。]

 

 神奈美は背中越しに何かが強く押し当てられるのを感じ取った。

 

 リンゴ[さてと、最後に何か話すことはある?やっぱり命乞いかしら?]

 神奈美「いや、それよりもちょっとした豆知識を幾つか...

 まず一つ、私の背中に当てている凶器が例のトゲを出す物なら、背中よりも頭を狙った方が確実に殺せるわ

 私の予想だと背中のそれは射撃が主な攻撃方法だと思うの。理由としては、刃物なら完全に背中に付けた状態から刺し込むなら、私の肩か何かを抑えながらでないと傷が浅くなる。差し込むと同時に体が動いてしまうからね。現状私の体に触れているのは凶器だけ。

 二つ、射撃武装は離れて使うこと。射撃である意味がないし、さらには...」

 

 真希と呼ばれた少女の目に違和感が走った。異変に気付くも既に遅く、違和感は痛みへ変わっていた。目から眩い光を迸らせながらお盆程の大きさの鏡が飛び出した。

 

 神奈美「接近状態では相手に反撃する隙きを与えてしまう。」

 

 真希は片目を抑えながら、床に倒れ込んだ。悶えながら机や椅子を蹴飛ばす姿は、さながら殺虫剤をかけられた虫のようであった。

 

 神奈美は足元に転がってきた白い筒を拾い上げると同時に、近くにあった椅子を持ち上げ、笹川に向かって走った。笹川も既に白い筒を構えて射撃の体制に入っていた。

 

 神奈美(やっぱり二本以上あったのか!)

 

 神奈美は椅子の背もたれを両手で掴み、足を刺股のように構え、突進する。筒からトゲが連射されるが、椅子の座板に全て食い止められる。木片が神奈美の顔に降り注いだ。

 笹川は逃げようと体勢を変えるが、既に後の祭りであった。椅子で突き飛ばされ、黒板との間に挟まれる。

 神奈美は笹川の手から白い筒を蹴り飛ばし、股の間に足を入れ、逃げ道を塞いだ。

 

 神奈美「はあっ、はあっ、[真実鏡]っ...」

 

 真希の目から吐き出された鏡が床から浮き上がり、笹川に向けて眩い光を放つ。

 

 神奈美「ハズレか...じゃあこっちに」

 

 神奈美は真実鏡を使う為、真希の方へ振り返った。しかし、そこに真希の姿は見えない。

 

 神奈美(なっ!どこへ!?)

 

 物々しい落下音が響いた。冷たい風が神奈美の頬を撫でる。窓が開いていた。

 嫌な考えが神奈美の脳内を駆け巡った。「ここは2階だったか?3階だったか?」「ギリギリ死なない高さか?」「頭からか足からか?」などという言葉が波のように押し寄せる。

 

 リンゴ[不安だよね。]

 神奈美「!?」

 

 床にがった携帯は、未だリンゴとの通話状態を保っていた。

 

 リンゴ[そういう状態の精神は侵入しやすいんだよ

 ほら貴女の意思はもう、私の手の中に...]

 



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青い思考4

 日の登り始めた頃だった。警察車両や救急車の赤色灯が鬱陶しい程に光り、サイレンが忙しなく路地を駆け抜ける。

 人集りの出来た公園の周りに警察が立ち入り制限のテープを張っていった。緊急車両の行き来が穏やかになった頃には、公園の真ん中に簡易的なブルーシートの仕切りが出来ていた。

 ブルーシートで作られた仕切りに、ハンチング帽を被った男が近づく。男はブルーシートを捲って中へ入ろうとするが、背後から襟を掴まれ引き戻された。

 振り返ると眼鏡をかけた目つきの悪い男が秋塚を見下ろしていた。

 

 秋塚「おっ、身長180cm!いいなぁ俺にも分けてくれよ」

 島川原?「どうやって入ったイレギュラーナンバー6」

 秋塚「コネ。てかお前こそデスクに齧り付いてた筈じゃ...あっ、ちょい手首失礼。」

 

 秋塚は島川原が手を完全に引っ込める前に腕を掴み、袖をまくる。島川原の手首には28と太い字で番号か振られていた。

 

 秋塚「あぁ、28号か。」

 島川原28号「遊んでいる暇は無い。とっとと要件を済ませて持ち場に戻ってもらおうか。」

 秋塚「おけおけ、じゃあハイ!これ命令書。」

 

 秋塚はジャケットの内側から一枚の小綺麗な紙を取り出した。

 

 島川原28号「ふむ。ん!?指揮担当の変更だと!?」

 

 28号は再度秋塚の方へ視線を戻すが、いつの間にか秋塚はブルーシートの囲いの中に入ってしまっていた。

 

 島川原28号「全く、誰かヤツに鈴付けておけ!」

 

 秋塚「うわぁ、しいて言うなら殻付き半熟卵を握り潰したような光景」

 島川原28号「酷いものだろう。」

 

 28号は口をハンカチで抑えながら遺体の傍らに移動する。

 そこはまるで二昔前程のB級特撮ホラー映画のワンシーンのようだった。地面の上に転がっているのは確実に人間二人の遺体ではあるが、頭部が潰れている。頭蓋骨が皮膚を突き破り、血液で赤く染まった脳が溢れ出ていた。

 二人は割れて交差した顎の骨を見たところで視線をズラした。

 秋塚は遺体の傍に置いてあったビニール袋を持ち上げる。

 

 秋塚「これもしかして飛散した脳か?」

 島川原28号「触れるな、眼球も入っている。」

 

 秋塚は言われた通り袋を元の場所へ戻した。(土と脳の混ざった血液の中に浮かぶ球体を、薄っすらと確認できたところで秋塚は目を逸らした。)

 

 秋塚「さっきの書類に書いてあった通り、サイキッカーが出現した可能性がある。開発課のレーダーが昨晩異常な脳波をキャッチした。

 既に性能の割れたOツール持った未登録ユーザーを追うのとは訳が違う。確実に死人が出る。てか出た、目の前に転がってる、いや飛び散ってる。」

 島川原28号「我々超能力及び異能力対策課はそれを覚悟で日々動いている。」

 秋塚「確かにそうだな。日々動いている。一人残らずな。特に今回の作戦は資料集めから現場まで。

 つまりは全員出払っていて人がおらんってこった。」

 島川原28号「・・・今回のサイキッカーは覚醒したばかりで、まだ異能力にまで劣化せず、超能力を維持しているかもしれない。何が言いたいかと聞かれれば」

 秋塚「侮るべからず。ありがとさん!被害者の資料コピってくわ!」

 島川原28号「待て。」

 秋塚「ワン?」

 島川原28号「おすわり。」

 

 島川原28号は側にあった折りたたみ式の椅子を蹴ってよこした。

 

 島川原28号「一応監視役を付けておく」

 秋塚「人いない言うてたやん」

 島川原28号「何をしでかすか解らない爆弾を2つも抱えるのは気が引ける。」

 

 島川原28号はジャケットの内ポケットからメッキの剥がれかけたカウンターを取り出した。カウンターのボタンが押される。するとカウンターのメッキの一部が剥がれ、地面に落ちた。

 

 島川原28号「本当はもっとまともなのを付けてやりたいが、今は非常事態なのでな。」

 

 メッキが泡立つ。泡は割れずに広がり、成長するかのように肥大化していく。泡は蠢き、不自然な形ではあるが人型を作っていく。

 数秒もしないうちに泡は15cmほどの人形になっていた。

 

 秋塚「二頭身のデフォルメされたお前の縫いぐるみなんて持ち歩きたくないんだけど」

 

 本来目のある場所に28.1と番号の振られたその人形は、意思を持ったかのように動き、秋塚の足元まで歩いて近づいてきた。

 

 島川原28号「持ち歩く必要はない。勝手について行く。さて、監視役を付けたところで、2つ目の爆弾を処理しよう。

 サイキックナンバー41。」

 

 ブルーシートを捲り、ビジネススーツを着込んだ女性が入ってくる。背丈160強、短く切り揃えられた髪、赤い口紅と、それに合わせた赤縁のメガネ。真面目そうではあるが、何を考えているか分からないミステリアスな印象の女だった。

 

 島川原28号「コードネーム追跡官Rだ。新人だが、追跡に関しては一流だと言っておこう」

 

 秋塚「スーツにメガネて...流行ってんの?」

 追跡官R「流行ってはいません。これはある種の」

 島川原「その内容はまだ機密事項だ。

 よし、先程の携帯の解析は終わったか?」

 

 Rはジップロックに入れられたスマートフォンを持ち上げる。

 

 秋塚「うわぁデッコデコ」

 追跡官R「被害者の女性の指を使い、ロックを解除行いましたところ、機器が自動的にカメラ機能を立ち上げた為、録画ファイルを確認することにしました。」

 島川原28号「このスマホは公園の広場が丁度見渡せる位置にある木の上に固定されていたんだ。」

 秋塚「自身に危険が迫ったときのために録画しておいたか...

 ということはこういう事が起きると予め知っていたということになる...のかな?」

 追跡官R「・・・終わりましたか?それでは続けます。

 録画ファイルを確認したところ、途中でカメラにノイズが走り、音声のみになってしまい」

 秋塚「待った待った、掻い摘んで要点だけ教えてちょ」

 

 Rは秋塚を睨みつけた。

 

 R「手掛かりの不足により、現時点での加害者とみられる者の追跡は不可能です。」

 秋塚「まじか〜。」

 

 秋塚がうなだれ、椅子が軋んだ。その時、突然携帯の着信音が鳴り響いた。秋塚と島川原28号はそれぞれ自分の携帯を確認するが、音は鳴り止まない。やがて3人の視線は一つの方向へ集中した。

 Rの持っていたジップロック中で、携帯が小五月蝿く鳴き、そして震えていた。画面の放つぼんやりとした光がRの眼鏡に反射する。

 

 Rは無言のまま携帯を耳に当てる。

 

 秋塚「おい、どうやってロック解除した?

 てかおい、勝手に出ていいのかよ?お前も何か言えよ島ガ..」

 

 秋塚は戦慄した。視線の先の島川原28号もRと同じように、虚ろな目で自らの電源の入っていない携帯を耳にあてがっていたのだ。

 

 状況を察した秋塚はRの手から携帯をもぎ取ろうと、ジップロックの袋を引っ張る。しかし、Rの指は万力のようにガッチリと固定され、緩む気配が無い。

 未だ着信音は鳴り続ける。

 

 秋塚「しょうがない、ちょっと失礼...」

 

 秋塚はポケットからハンカチを取り出した。そしてそれを僅かに開いたRの口へねじ込んだ。

 二、三歩下がり、僅かに助走を付ける。

 

 秋塚「受け身くらい自分でやれよぉ...ソイッ!」

 

 秋塚はRの左頬をその拳で思い切り殴りつけた。

 殴られた衝撃で宙を舞うRの目に光が戻ってゆく。体はシートの囲いの外へ飛ばされ、携帯は地面へ落下する。秋塚は空かさず折り畳んだ椅子で袋ごと携帯を叩き潰した。

 着信音は画面にヒビが入ると同時に消え去った。

 

 島川原28号「今のは...」

 秋塚「洗脳タイプの異能力者だな。」

 島川原28号「こちらの動きが読まれていると観た」

 秋塚「このザマが超異対策課とは聞いて呆れるぞ」

 

 秋塚は叩き潰した携帯を拾い上げる。

 

 秋塚(しかしこの攻撃、相手を仕留める意図は無さそうだ。まるでちょっかいを出すような...誘われているのか?)

 R「呆れるのはまだ早いです!」

 

 Rが殴られた頬を抑えつつ、囲いの中へ入ってくる。

 

 島川原28号「まさか!」

 R「能力と電波の発信源の追跡を完了しました!」

 秋塚「なんだちゃんと優秀じゃんよ。

 そんじゃ仕留めに行きますか?敵をわざわざ挑発してくるような青臭い思考回路したガキを。」

 



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烏の行水

 水の流れる音が聞こえる。いい音だ。人間の先祖に当たる生物は海から上がってきたとされている。だから人は水の音に癒やされるのかもしれない。

 意識が死にかけの電灯のように、付いては消えを繰り返す。顔に当たる水の流れを感じた。

 何かがおかしい。大事な何かが欠けてている。神奈美は脳を働かせる為に呼吸をするが、鼻には大量の水が流れ込んで来た。

 途端に意識が戻った。

 

 神奈美(!?っ...空気が無い!)

 

 神奈美は手足を動かそうとするが、ビクともしない。縛られている。

 

 神奈美(落ち着いて、落ち着いて。体に空気が残っている以上、私はちょっとした浮きのようなもの。力まず待てば浮いてくる筈よ...)

 

 確かに神奈美の体は徐々に浮きつつあった。しかし、待っていたのは水上の新鮮な空気ではなかった。

 

 神奈美(えっ...これ..)

 

 神奈美は背中からその絶望を感じ取った。浮いて来た先には、天井があったのである。

 

 神奈美(つまりはなにかぁ!?私は水の並々注がれた密室に閉じ込められてるってのか!?)

 

 神奈美は目を瞑ったまま天井を伝い、空気のある場所を探す。しかし、神奈美の意識に限界が近づいていた。

 

 神奈美(まずい...そろそろ保たない..)

 

 意識が遠退き、眠気が襲ってくる。体を包み込む水すらも感じ取れないほど感覚が麻痺しだした。

 その時である。手首を縛っているロープが引かれいく感覚が神奈美の脳を刺激した。

 気が付くと神奈美は木製の床の上で横たわっていた。未だ視界が開けないところから察するに、自分は目隠しをされているのだなと神奈美は勘付いた。

 

 神奈美(相変わらず縛られているということは、助けじゃなさそうね)

 

 ロープを引かれ、無理やり体を起こされる。

 

 リンゴ「ハーイ!死んでるぅ?さっきぶりかな?リンゴだよぉーん!」

 

 声には聞き覚えがあった。

 

 リンゴ「胸板に浮き沈みがあるって事は呼吸が出来ているってことネ!つまり生きてるゥ!」

 

 激しい足音の後に強烈な痛みが神奈美の腹部を駆け巡った。

 

 神奈美「ぐゥっ..!」

 リンゴ「キャハハハッ!蛙の鳴き声みたい!」

 神奈美「蹴りのモーニングコールは注文してないわよ...」

 リンゴ「随分とお喋りな蛙ね、踏み潰しちゃおうかなぁ!?」

 

 顔の皮膚が風の流れを感じる。

 

 神奈美(二撃目!...)

 

 視界ゼロの中、頭部へ向けて何らかの攻撃が来ることを悟った神奈美は、何かが頭部に振り下ろされる直前で背中を反らしそれを避けた。頬越しに床が衝撃で震えるのを感じる。

 神奈美は自身の頭部の近くに振り降ろされた何かに向かって思い切り頭突きを当てる。

 

 リンゴ「いったぁ!リンゴの脛ちゃまが!」

 

 リンゴが痛みで足を上げ、勢い余ってずっ転ける。音で感じ取った。

 痛みで騒ぐリンゴの側から新しい声が聞こえた。

 

 ナガレ「そこまでにしましょうかウランダリンゴ。

 お久しぶりですな。38秒ぶりですかな?」

 神奈美(この声は!?金属煙の時の変な奴!)

 ナガレ「時の流れはやけに早く感じるものざんしょ?ワイにとって数日前は三年前。ありゃ遅くなってね?」

 神奈美「尋問の担当が話の通じない狂人とキレやすいメスガキって人選ミスにも程がある!」

 ナガレ「お酸素チューチュー出来なくて思考がNow loadingかと思ったら全然冴え冴えじゃん」

 

 制服のネクタイを引かれ、首が締まる。

 

 ナガレ「んじゃじゃあ抵抗心ドゥルッドゥルッに溶けるまでまた水中へバイビー!」

 

 神奈美は体が一瞬宙に浮くのを感じた。そしてまたあの冷たい水の中へ落ちてゆく。

 

______________________

 

 

 秋塚「能力者について何処まで知ってる?」

 

 白煙を巻き上げ、水色のバンが住宅街を走り抜ける。揺れる車内でRは車体の床で足を踏ん張らせながら口を開いた。

 

 R「確か、超能力者とは過度な精神的ストレスによって脳が防衛本能を活性化させ、万能の力を得た者のことを指しますね。」

 秋塚「御名答、超能力者は言うなれば万能の人。

 脳の今まで使われていなかった部分が覚醒し、状態によっては時間の操作まで可能となる。

 だがしかし、それら全てが思い浮かべただけで出来てしまうが故に、制御不能。その上異能力者の法則を当てはめれば存在すら出来ないという代物。

 はいここで第二問!デデン!異能力者とはどういう人を指す?」

 R「超能力覚醒後、アイデンティティ、即ち自我や自身の思想により超能力が劣化。超能力が万能から、特定の動きしか出来ない状態にまで性能が低下します。

 劣化した超能力を使う方達、それが異能力者です。」

 秋塚「正解!異能力者はソイツの性格や癖によってそれぞれの力の形に変化してゆく。真っ白い画用紙に色を付けるようなモノさ!

 加えてこの法則の通りならば、超能力は自我を持った瞬間にその力が使えなくなってしまうのさ。

 では第三問といこうか!Oツールユーざ..」

 

 秋塚が言い終える前にRが回答でそれを遮った。

 

 R「Oツールユーザー。Oツールの所持、携帯を神の駒によって許可された方達です。

 本来Oツールはその危険性故に使用が禁じられていますが、特別に許可と登録を受けた者によって運用されます。他の二者と違い、非能力者が運用することが多いです。」

 

 若干引いた様子でRを横目で覗く秋塚。シフトレバーとクラッチを操作しつつ口を開いた。

 

 秋塚「ありゃぁ。言い終える前に答えるとか、そろそろ飽きてきてるじゃん。

 (不気味だ、受け答えが機械的過ぎる。感情あるんか?コイツ。)」

 

 秋塚はRに対しての無機質な印象を受けていた。口調は堅く、辞書やマニュアルから引用したような説明口調で喋り続ける。道案内をしている時でも、まるでカーナビを助手席に座らせて走っているような感覚を覚える程だった。

 

 R「無駄話をしてる間に到着しました。」

 秋塚「無駄話って言っちゃったよ!」

 

 秋塚は人気の無い土手の道に車を停めた。傍らに川が流れ、数十メートル離れた先に橋が掛かっている。

 

 秋塚(畑に田んぼに河原。無駄足だったかな。)

 

 車から降り、辺りを見渡す秋塚だったが、周りに誰も居ないことを確認すると踵を返しRの方へ向き直った。

 

 秋塚「Rちゃんホントにここだったの?人っ子一人おらん。」

 

 同じく車から降りたRは辺りを見渡しつつ秋塚の傍へ近づく。

 

 R「妙です。到着した瞬間、能力者の脳波が微弱になりました。」

 秋塚「それってどういう..」

 

 その時だった。秋塚はRの眼鏡に反射する景色に目が釘付けになった。

 一人の男が右手を掲げ、秋塚の背中に向かってその手を振り下ろそうとしていたのだ。

 秋塚は咄嗟にRを押し倒して伏せさせる。あまりの速さに秋塚のハンチング帽は空中へ置き去りになった。

 背中にボトリと[丸まった帽子]が落ちてくる。

 

 R「失礼します」

 

 Rは秋塚の革のジャケットから拳銃を取り出していた。即座に青年に発砲する。放たれた弾丸は青年の学生服にすらかすりもしなかった。Rが片手で粗雑にぶっ放したからではない。弾丸は青年の脇腹のすぐ手前で停止ていたのだ。

 

 秋塚「二発目!地面に向かって!早く!」

 

 Rは右手に構えた拳銃を地面へ向けて引き金を引いた。破裂音と共に、コンクリート爆破のような濃い白い煙が立ち込める。

______________________

 

 神奈美(また水の中...どうしたら良いのだろうか?いや、どうするべきなのか。

 情報を吐いたとて、私の命が保証されるわけじゃない。なら、私が死ぬ前に奴らをブッ殺してここから逃げるしか方法は無いわ!)

 

 神奈美は両腕に力を込め、ロープを緩めようとする。が、依然としてロープは硬く縛られたままである。

 

 神奈美(いだだだだだ!皮膚に食い込む!)

 

 腕にじわりと痛みが残る。体を動かしたことで酸素が消費され、息が保たなくなり、また意識が遠のいて行く。

 

 神奈美(クソッ!もう..息が...)

 

 神奈美の意識が消えかけたその時だった。思考の片隅から誰かが語り掛けてきた。

 

 神奈美(えっ?...息..吸えるの?)

 

 藁にもすがる思いで神奈美はそっと鼻で吸い込む。まだ顔面の皮膚には水の感覚があったが、確かに吸えた。肺が空気で満たされていく。

 

 神奈美(吸え..た?ということは、この声は一体誰!?)

 

 水の音で満たされていた神奈美の耳に、突如カラスの鳴き声が響いた。

 

 ???[ワタシはヤタガラス。貴女と共にいるオンナよ。]

 



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烏の行水2

 土手から滑り降り、近場の茂みへ駆け込んだ秋塚と追跡官Rは、拡散する煙の中から四回の破裂音を耳にした。

 

 秋塚(タイヤをやられたか!)

 

 二人は移動及び逃走手段を初手で失ってしまった。

 これからどうするか。襲撃者を撃退しようにも、相手側はまだ未知数な部分が多い。などと考えていた秋塚であったが、Rの視線がまじまじと自分に注がれていた事に気が付いた。

 

 秋塚「どうかしたのか?」

 R「いえ、先程からあなたの姿がハッキリと視えているな、と。」

 

 秋塚暫く発せられた言葉の意味を考えていたが、すぐにピンと来たのか自分の頭部を触った。

 

______________________

 

 木製の床の感触が皮膚を通して伝わる。もう神奈美には冷たい水中を藻掻く感覚を感じ取ることが出来なかった。

 いつの間にか手首を締め付けるロープも、顔にまとわりつく目隠しも無くなっていた。

 

 神奈美(ヤタガラス?神の使い?私と共に?というか思考を読んでいる!?いや、思考の中に居る!?)

 

 藻掻くフリを続けながら思考を巡らせる神奈美であったが、一向に理解できなかった。理解しようにも材料が少ない。そして、明らかに時間がそれを許さなかった。

 故に神奈美は理解することを諦めた。諦め、決めつけることにしたのだ。

 

 神奈美(もうどうでもいい。生かしてくれたなら味方でしょ?テレパス的な何かだとしておくわ。

 それよりも周りの状況をもっと教えて!直接介入してこない所を見るに、動けるのは私だけなんでしょ!知らんけど!)

 

 [貴女の頭頂部を12時として、10時と7時の場所にそれぞれの一人づつ居るわ]

 

 頭の中にヤタガラスの言葉が流れ込んで来る。

 

 神奈美(明るさと視線!出口も!)

 

 [天井からぶら下がった電球が一つ。LEDではなく、白熱球の物。

 ガキはスマホを観てる。さっき腰のポケットからスマホを取り出したときに古臭い形状の鍵が見えたわ。ノッポは爪を齧りながら貴女を舐めるように見てる。出口はその二人の背後]

 

 周囲の状況を頭の中に叩き込んだ神奈美は賭けに出た。

 ドン!と、足を鳴らし力任せに起き上がる。間髪入れずナガレの目に向かって手をかざした。

 

 ナガレ「やけに息が長いと思ったら...解けていたノーネ。」

 

 ナガレは予期していた。目を瞑り、鏡の出現を防いでいたのだ。

 気味の悪い緑色のネクタイを締め直すナガレ、余裕しゃくしゃくといった様子である。リンゴも同じ様に目を閉じている為、真実鏡を呼び出すことができない。

 

 ナガレ「目を閉じるだけじゃないんよこれがまた。

 なんと今日はネクタイピンだとか、時計、指輪も着けてないんじゃよ

 さてさて、茶番とバンバン50は大好きだけどそろそろ御開きでんな。ウランダリンゴ、頼んマッスル。」

 

 僅かな間場が沈黙に包まれる。

 

 ナガレ「ウランダリンゴよぉぐーすかぴーってわけじゃねぇよなぁ!」

 リンゴ「こ、この女の意識に動揺が感じれない!

 力が使えないの!意識に深く突っ込めない!」

 

 耳障りの悪い高笑いが響いた。

 

 神奈美「くっクククッ、ァアハハハッ!動揺していない!当たり前でしょ?ここまでは予定通りだもの」

 

 神奈美は自身の目に手をかざす。神奈美は自身の目の反射から鏡を呼び出したのだ。痛みに耐えた目から数滴涙が落ちる。

 鏡の出現を感じ取ったナガレとリンゴは、目を見開いて神奈美に掴み掛かろうとするが、既に遅かった。鏡は光を放ちながら天井から下がった電球へ飛んでゆく。電球の破片が飛散り、窓のない部屋が闇に包まれた。

 

 ドアが勢いよく閉まる音、軽い金属音。咄嗟にポケットへ手が伸びるリンゴ。

 

 リンゴ「鍵取られた!」

 

______________________

 

 R「先程までは貴方がどんな身長か、どんな顔か、どんな声か、どんな服装か。それらが全くもって意識出来ませんでしたが、今はハッキリと視えます。

 ダブルのライダースジャケットもハッキリと見えます。その赤いシャツと黒いネクタイも、そのハネッ毛も一際尖った犬歯もです。」

 秋塚「今はこの状況を突破する方法を考えてくれ。俺の外見ではなくさ。」

 

 Rは一瞬キョトンとした表情をみせるが、すぐに表情は何の色も見せなくなり、再度機械のような堅い口調で喋り出した。

 

 R「いえ、外見等が感じ取れなくなっていたということは、使いようによっては襲撃者の隙を突く事が出来るかもしれないと考えたからで..」

 秋塚「悪いがそれは出来ない。俺の事を上手く記憶できなかったのは俺の力じゃなく、あの帽子の力だ。

 そしてあの帽子は使用者の所謂覇気だのオーラだのの、存在感を薄くすることしかできない。なんなら帽子は落として来た。」

 

 秋塚はジャケットの内側から先程見張り役として押し付けられた島川原28.1号を取り出した。

 

 秋塚「追跡1、見張り1か。」

 

 秋塚は茂みの中から土手上の車の方のを覗く。

 

 秋塚「じきにここもバレるな。しゃーない。」

 

 そう呟くと秋塚は足元に転がっている石を拾い始めた。

 

 R「策があるのですか?」

 秋塚「足に自信があったら全力で逃げろ。無理なら引き付けてる間に応援を呼べ。」

 

 秋塚は各指の間に石を挟み込んでいく。

 

 銃は預けとく、発煙弾と実弾が交互に入ってるからよろしく。」

 

 そう言い放つと同時に秋塚は土手を駆け上がった。

 

 土手の上へ上がった秋塚は改めて刺客の姿を確認した。

 

 秋塚「(見間違いじゃない、やっぱガキか。

 距離は8m)一投目!」

 

 指に挟み込まれた石が刺客の顔面に投げ込まれた。しかし、石は刺客の顔面の30cm先で止まってしまう。

 

 鷲尾は投げ付けられた石の表面のザラつきを感じていた。ゴツゴツとした形状、細かい窪み、それらを触れずに感じ取っていた。

 石に亀裂が入っていく。せん断時の音が秒ごとに増していき、そして遂に石は空中で完全な球体にその形を変えた。

 

 秋塚「学生のコスプレして油断させといて殺りに来る殺し屋かと思ってたら、ガチの学生か...

 腕のいいのがいると思っていたから正直ちょっとがっかりだぜ」

 

 球体になった石は、鷲尾が力を止めると、一部粉末状になりながら風と共に散っていった。

 秋塚は持っていた石の一つを、自身のポケットへ滑り込ませる。

 鷲尾の脳に秋塚の言葉が刺さる。鷲尾はただ眼の前にいる若干血生臭い男を睨みつけることしか出来なかった。

 

 秋塚「(さて、特殊相手には分が悪い。

 能力者は精神的弱点を突けば出力の安定を大きく欠く。だがジェンガを崩すには俺の拳一発じゃ足りないな。)

 んじゃ、コイツを使う。」

 

 秋塚は右手に掴んだ石を鷲尾の胸部に投げ付けた。

 振りかぶった腕を見るやいなや、鷲尾は腕で体をガードしつつ秋塚に猪のような突進を仕掛ける。石は能力で潰さず腕で受け、被弾した皮膚が赤く腫れる。

 耳障りな音ともに秋塚の右腕が潰れ、骨が筋を巻き込みながら皮膚を突き破った。

 

 秋塚は毛程も動揺していなかった。痛みで悶える事もなく、それどころか予想通りと鼻で笑っていた。余裕の面持ちで左腕を側に停まっていた自分の車のボディに向けてボソリと呟く。

 

 秋塚「[権限貸与、真実鏡]...」

 



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勝つ為のご都合主義

 暗い部屋に一人の男が入ってくる。早朝故か顎に無精髭が残る。カーキのタートルネックに黒いコートという出で立ちは、ヒゲも相まって妙に大人びた雰囲気を醸し出す。一方で襟足は長く、ヘアバンドで雑に纏められていた。

 

 その部屋は奇妙だった。古いブラウン管のテレビが至る所で積まれていた。一段や二段の物もあれば、肩の高さまで積まれているものもあった。

 奇妙なテレビの森を進んでゆくと、頭に紙袋を被った男が待っていた。

 

 檻越「戻りました」

 

 紙袋を被った男はテレビのリモコンを操作し、時刻表示をONにする。

 

 紙袋「朝の5時か、お早い到着だね

 君の居ない間、回収課はちょっと大変だったようだよオリコシ君」

 檻越「後で報告書に目を通すつもりです...

 だめだ、性に合わん。なあボス、俺はクズに敬語を使うのは苦手だ。タメ口で行かせてもらうぜ」

 紙袋「好きにして良いよ。まあ僕らのクズ度合いは良い勝負してると思うけどね。

 それよりだ。例の件どうだった?」

 

 会話に詰まりが生じる。テレビの映す砂嵐の光が檻越の顔に影を作り、目の下のシワを深く見せた。

 

 檻越「ターゲット、通称[白雀]の無力化に成功した。」

 紙袋「殺しちゃった?」

 檻越「死んだ。ただ超能力制御ユニットは無事に確保した。発生ユニットに関しては無力化の際にボディと共に破壊せざるを得なかった。」

 

 紙袋の男は重ねられたテレビに腰掛け、考える人そっくりのポーズになる。

 

 紙袋「損失。」

 檻越「実験機9機を投入。内5機が大破、共に搭乗員も死亡。」

 紙袋「成果。」

 檻越「生体再生装甲の効果は絶大。カートリッジの中身が空になるまでは十分な防御力と再生力を発揮する。

 加えてレールストライカーも弾数に何あれど威力は絶大、貫通しきらなかった槍はウエイトになり相手の機動力を下げた。」

 

 紙袋の男は何かを小声でブツブツと呟くと突然顔を上げた。

 

 紙袋「世界線は確定した。」

 

 紙袋の男は自身の後頭部の紙を一部破り、何かを殴り書いて檻越にそっと手渡した。

 

 紙袋「そこに書いてある時間、そこの住所に行ってくれ。そうだね、途中で秋塚を回収していくといいかもね。

 勿論実験機も持って行くんだ。今回はそういう相手がいる。」

 

 檻越は受け取った紙を雑にポケットに突っ込んだ。

 

 檻越「勿論。勿論持ってくぜ。お前のゲームに付き合う以上俺はお前の手駒でしかないからな。

 だが、最後に一つ良いか?」

 

 そう言うと檻越は紙袋の男が答える間もなく男の胸ぐらを掴み、被っていた紙袋を引き剥がしてしまった。

 

 紙袋の下の顔はあの男の顔だ。

 

 檻越「島川原...何号だお前...」

 

 島川原は左手をハンカチで擦り、檻越の眼前に突き出す。手の甲には[08]と記されていた。

 

 檻越は「なるほどねぇ」と呟きながら先程引き剥がした紙袋の中をまさぐる。中からセロハンテープでベタベタになったマイクとスピーカーを引っ張り出し、少し腹が立ったような口調でマイクに語りかけた。

 

 檻越「お前のこういうところが嫌いなんだ。誰一人として信用しない。そして隠れるにしてもわざとらしさが過ぎる。

 本当にムカつくぜ。」

 

 スピーカーから男の声が流れる。

 

 [ハハハッ!ごめんね。でももう少し付き合ってもらうよ!僕の、いや自称神様の勝つ為のご都合主義にね。

 ハッハッハッハッハッハッ!]

 檻越「終わったか?行っていいか?」

 [あっ最後に一つ、秋塚君に合流したら...携帯の電源は切っておきなさい。]

 

______________________

 

 秋塚「なるほどねぇ、ゲホッ...」

 

 秋塚はその場に崩れ落ちた。口からは多量の血が溢れ出し、胴体の左半分は潰されて骨が皮膚と内臓を突き破っていた。

 

 鷲尾「なんだ。貴方もクラスメイトと同じで大した事ないじゃないか。」

 

 鷲尾はおぼつかない足取りで一歩、秋塚の方へ歩み寄った。

 

 鷲尾「口だけ達者、ボキャブラリーだけが進化した人間じゃ僕には勝てませんよお兄さん。」

 

 鷲尾の影が秋塚の体を蝕むように覆ってゆく。

 

 鷲尾「超能力、無いんですよね。銃を使おうが、光で目眩まししようが、火力が違いすぎますよ。」

 

 また一歩近づいた時だった。ゴトリ、と秋塚のだらしなく伸びた足に真実鏡が落下する。鏡は鷲尾の背後から差す陽の光を反射し、鷲尾の瞳に容赦なくそれを浴びせた。

 咄嗟に手をかざして光を遮る鷲尾、その僅かな隙を見逃さないR。秋塚と鷲尾の間に転がり出ては、両の腕を翼の様に広げた。

 

 鷲尾「なんです!?」

 

 突然秋塚から弾き飛ばされ動揺を覗かせる鷲尾。当然だ、彼は秋塚に触れていない。

 

 R(物理干渉フィールド展開!間髪入れず対脳波フィールドに切り替え!)

 

 Rの予想通り対脳波フィールドに両側から挟み込むような力が掛かる。

 

 鷲尾「なぜです!?その男は既に死んだ!何故に!何処に守る必要がぁっ!?」

 R(理屈は分かりません、しかし秋塚さんの脳波はまだ凄まじい程に活発に動いている。もし動かなくても私が[羽衣]を使って...)

 

 Rがそんな考えを持ったその矢先、自身の肩に人肌の温もりを感じ取った。見ると口の周りを血だらけにした秋塚が、自身の肩に手を置いている。

 

 秋塚「助かったぜ、サンキュ。だけどもうちょいそのまんまだ。」

 

 秋塚は周囲を見渡しつつ、ポケットから小石を取り出し真横に放る。石はフィールドと鷲尾の圧縮脳波との間で音を出しながら砕けた。

 

 秋塚「(動けて1m弱か。恐らくRの両腕の幅から出たら終わる。ならこの座り込んだ体勢のままやるしかないかな)

 おい鷲尾!俺等を殺す気か?俺等が4、5人目か?」

 

 鷲尾は自身の名前、そして殺した人数を言われ動揺する。表情にそれが表れる。

 

 秋塚「そうだ!知っているぞ!お前がクラスメイトを二人殺した事も!自身の叔母を殺した事もな!」

 R「秋塚さん!煽ってはいけません!ぐぅっ、出力が増しています!」

 

 秋塚は構わず続けた。

 

 秋塚「確かにストレス溜まるわな!中二で両親が死んで、あんな叔母に預けられちゃあな。あの待遇はまんま虐待だわな!

 蛆虫の様に扱われて、異性の関わりさえ止められて、インターネットでエロ画像漁ることも出来ねぇたぁな!」

 

 鷲尾「やめろ...」

 

 構わず続けた。

 

 秋塚「性行を知りたくて、堪らず女子にアタックしたら今度は気色悪がられてさ!」

 鷲尾「やめろ..やめろ...」

 秋塚「苛つくよな...ストレス溜まるよな...そりゃあ俺をプンプンうるさい蚊のように両手でパシンと潰したくなるわな...」

 

 Rの負担など知らぬと言うようにひたすらに鷲尾を煽り続ける秋塚。しかし、ここでRは自身の張った脳波フィールドに、異様な感触を感じ取っていた。

 

 R(!?何、今のは?今までの四方八方から潰すような感触じゃない、今確かにフィールドに巨大な手で押し込まれているよな感覚が!)

 

 鷲尾「や“め“ろ“!黙れ!共感なんて求めてない!哀れむような目で僕を見るな!」

 

 鷲尾は頭を抱え、膝から崩れ落ちた。

 

 秋塚「は?誰がお前の事を哀れだと言った?」

 鷲尾「あ?」

 

 視線を上げた先、即ち秋塚の表情を鷲尾の目は捉えていた。まるで面白味の無い映画のエンディングを待っているよう、まるで下らない茶番劇を観ているかのような。その表情に表れていたのは[どうでもいい]の一言であった。

 少なくとも鷲尾はそう感じた。

 

 秋塚「お前の経歴を漁った。心底気味が悪いと思ったね。俺がお前を理解しようとしている?ちゃんちゃらおかしいね!理解したくない!するに値しない!というか早く帰りたい!だからよ、とっととかかって来い!」

 

 秋塚は心の中で頃合いを読み取った。頭上に両手を掲げ、パシンッと手のひらを鳴らすと最後に一言吐き捨てる。

 

 秋塚「どうした?潰してみろよ」

 鷲尾「あ..あ....あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“」

 

 変化は一瞬だった。フィールドを包んでいた圧力は形を持って生まれ変わっていく。目視出来なかった力に外観が備わり、眼で捉えることが出来る。

 

 R「手!?巨大な手!?」

 

 鷲尾の背中から巨大な腕が生え、翼の様に大きく左右に広げられていた。そしてその巨大な手は二人を叩き潰そうと左右に開いた手が閉じ始める。

 しかし、秋塚の方が一歩、いや三歩早かった。電光石火で飛び出し、鷲尾の腹部に強烈な突進を喰らわせる。

 

 秋塚(よし!やっぱしな!異能に目覚めたばかりでイメージの固定が出来てなかった!)

 

 そう。秋塚は異能力の特性を理解していた。まだイメージの固まらない状態、力の状態が異能力と超能力の中間にあることを理解していた。

 鷲尾の頭の中では[潰す]というイメージが先行し、潰す方法には意識が向いていなかった。それを[蚊の様に叩き潰す]というイメージを与えることによって能力のイメージを固定したのだ。そして、イメージの固定とは即ち能力の劣化である。劣化した能力は戻りようがない。

 

 秋塚(今まではどのタイミンで..)

 

 巨大な手が秋塚の頭部に迫る。

 

 秋塚(どこから潰されるのか..)

 

 秋塚は後方へ倒れ込み[巨大な手]による攻撃を避けた。

 

 秋塚(解らなかったが!)

 

 そして倒れたと同時に、体を後転させ鷲尾の顎に蹴りを入れる。

 

 秋塚(今では視える!インファイトに持ち込める)

 

 すかさず再度突進を掛けるが、これは鷲尾に[巨大な手]を仕掛けさせる為のフェイントである。射程範囲に入る直前で進行方向とは逆に地面を強く蹴り、[手]の攻撃を回避した。

 一度閉じた両手が開き始める。

 

 秋塚(その動作しか出来ないのも解ってる。初めのうちはそうなんだ。誰だって同じさ。とりわけこの状況、使い方を確かめる隙すら作れない。

 この勝負は勝確。と、言いたいとこだがこちらも限界だ。早めに終わらせたい...!)

 

 秋塚は開きかけた[手]の合間に体を滑り込ませる。鷲尾にガードする余裕は無かった。顔面に打ち込まれた拳が鼻をへし折る。

 

 秋塚「これでジ·エンドと」

 

 気絶し地面へ倒れ始める鷲尾。秋塚は即座に胸ぐら掴み、頭を地面へ強くぶつけないようゆっくりと降ろしてやった。

 秋塚はRにサムズアップをしてみせた。「勝った」そう確信していた。慢心であったと言う他無い。

 

 R「後ろ!」

 秋塚「ッ!?」

 

 遅かった。秋塚の右足は[巨大な手]に叩き潰される。

 

 秋塚「逃げろ!今度こそちゃんと逃げろ!」

 

 秋塚の声はRの意識に届かなかった。Rはパニックに陥っていたのだ。

 握った拳銃の狙いは正確に鷲尾の眉間を捉えていた。しかし引き金が引けない。指が強張り、心臓が激しいドラムロールを奏でる。

 

 秋塚「銃なんか構えてんじゃねぇえ!撃てないなら下がれ!」

 

 届かない。

 

 R(気絶は無駄だった..!今なら解るわ、あの子の脳波の主張が弱くなった今なら!

あの子は別の脳波受けて操られている!腕を撃とうが足を撃とうが動き続けるかもしれない!

 そして今この一発を外せば次の実弾までワンテンポ遅れてしまうっ!)

 

 鷲尾の視線は虚ろである。生気のこもらない動きで、のそり、またのそりと秋塚に歩み寄る。

 

 R「(ならば...)羽衣で..」

 

 その時、Rの横を一人の男が走り抜けていった。

 

 檻越「後は任せてもらおうか..」

 

 

 



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