弱くても勝てません、強くなりましょう (枝豆%)
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 夏の大会。

 それは高校球児にとって、甲子園へと繋がる白熱の大会であり。最上級生の引退のかかった大会。

 

 西東京では『稲実』『市大三』『青道』の三強と言われている。

 しかし、現時点では三強とは呼べず。稲実が頭一つ抜けており、次に市大三、更に下がって青道。

 これが現時点での西東京の考察だ。

 

 だが、今年の夏は荒れに荒れた。

 

 

 

 そんな、荒れた夏に行くまでに経緯を語ろうとしよう。

 後に高校野球の星となったあの選手の話を。

 

 

 

 

 

 △△→△、

 

 

 

 

 

「あー。今年から顧問としてお前らの面倒を見ることになった【轟雷蔵】だ、お前ら俺を甲子園へ連れてけ」

 

 

 凄いところに来てしまった。

 それがこの学校、薬師高校にきて初めて思ったとこだった。

 

 小学校と中学校、どちらも野球を続けていたがレギュラーになれたことは無く。公式戦に出たい! そう思って弱小のこの学校を選んだのに。新しい顧問の先生は、見るからにダメ人間だしビックマウスだしで気を取られていた。

 

 俺の楽しく緩い高校野球像がそうそうに打ち砕かれた。

 

「なんかすげぇー監督だな」

 

 呆気に取られていると隣から声をかけられた。

 実は彼、同じクラスメイトである真田俊平である。

 

「なんか凄いところに来ちゃったね」

「だな、変なおっさんだがオモしれぇ」

 

 

 なんかこの人もちょっとおかしいぞ。

 

「とりあえずちゃっちゃと練習始めようぜ。っとその前に1年生の挨拶からか」

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 始まって2ヶ月、3年の先輩達は日に日に辞めていった。

 今まで温くて甘い野球をやっていた3年生達は、監督と折り合いがつかなかったのか、受験を理由に辞めていった。

 元々弱小なのに、3年生が全員やめたことや2年生が何人か減ったことにより公式試合の定員である20人を少し下回り、薬師高校の部員数は18人となった。

 

 

「おいおい、また辞めたのかよ。このままだと試合できねぇぞ」

 

 そう小言を漏らすが、その責任の一端は監督である。

 厳しすぎる練習を始めたからこのような結果がでた。

 

 正直夏の公式戦が終わったら俺も辞めようか検討中だ。

 

 

 何故なら俺は基本外野手なのに……。

 

 

「監督?」

「なんだクズ?」

「クズちゃうわ、樟葉(クズハ)です」

 

 そんなことより。と吐き捨て。

 

「なんで俺、ピッチャーの練習してんすか?」

 

 そう、今まで肩がいいという理由から外野しかさせてもらったことが無いのだが、高校に入って初めてさせられた練習はマウンドでの投げ込みだった。

 

 極端な話、ウチみたいに弱小では投手が不足するから早いうちに育てておきたいのだとか。

 そこで選ばれたのが、真田と俺。

 

 真田は中学から投手をしていたらしいのだが、俺は全くの初心者。

 高校に入ってそうそう二番手が確定した瞬間である。

 

「バッカお前、俺が見込んだからに決まってんだろ」

「前にも聞きましたよ、でも球が速い以外に俺って取り柄ないっすよ。コントロールもそこまで良くないし」

 

「バカかお前、速さってのはそれだけで大きな武器なんだよ。投手としての投げ方も知らずに、肩だけで投げてる初心者が140km近く投げてたら指導者としてはほっとけねぇーんだよ」

 

「いや、でもピッチャーってコントロールいるじゃないですか?」

「コントロールなんて、あとから付いてくるもんだ。そこは努力しろ、いいか? コントロールはどうにでも出来るが、球速だけは生まれ持ったもんが必要だ、そしてそれをお前は持ってる」

 

 それは樟葉にとっての初めての感覚だった。

 誰かに期待される、誰かに指示してもらえる。

 

 それが思っていたよりも気持ちのいいことだったことに。

 

 

「時に樟葉よ、お前投げる時になんか意識してることあんのか?」

「え? ……あー、ありますよ。回転数っす」

 

「ほー、誰かに教えて貰ったのか?」

 

「いえ、なんかノック見てたら思いつきました。たまに外野ノックってすっげー伸びる打球とドライブの打球があるじゃないですか? だから回転意識して投げたら、返球のボールがいつもより伸びたんで……そっからすかね、なんか不味かったですか?」

 

 

「なるほどねー……いや、なんでもねぇ。それはお前の持ち味だからな、逃がすんじゃねぇぞ」

「うす」

 

 

 それから監督指導が終わり、薬師の……というか今年からの信条のバッティング練習に参加した。

 中学までと違い、高校は硬球なのでしっかり芯で打たないと手が凄く痛い。

 

「真田、お前無茶苦茶バッティングセンスあるな」

「お前には負けるよ。ってかなんでこんなに上手いのに無名だったんだ?」

 

「買い被りすぎだ、贔屓目に見ても俺の評価はそこそこだよ」

 

「天然も才能ってか? 激アツじゃねぇか」

「じゃ、俺も打ってくるわ」

 

 

 そういって打席に立つ樟葉。

 それを尻目に真田は呟く。

 

「軟球から硬球って、普通飛距離落ちると思うんだけどなぁ。もしかして軟球から硬球打ちでやってたのか? それなら無名ってのも納得できるが……軟球を硬球打ちって、どんだけ天然なんだよ」

 

 快音を鳴らしながら樟葉はフェン直を何本も打った。

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 入学してはや3ヶ月。

 球児たちの最も暑い夏が始まった。

 

 その名も、選手権大会西東京予選。

 

 これで勝ち上がり、優勝した各都道府県最強達が集うのが甲子園だ。

 

 

「よーしお前ら、とりあえず初戦は突破してくれよ」

 

 監督のいつもの声で選手達は奮い立つ。

 2年生も含めて、野球をこれだけ努力して迎える公式戦は今まで無かっただろう。

 不思議と緊張しているのに、何故か落ち着いている。

 

 心が熱く体が冷たい。

 

 幸いと言っていいのか、ここに3年生は居ないのでそれが逆に気持ちを楽にさせているのだろう。

 

 引退。

 

 夏が終わる。

 

 それは足を泥のように絡め取ってしまう。

 もう後がないとわかれば、それは途端に襲ってくる何かがあるのだ。

 

 

「このチームの肝は樟葉と真田だ。今日は樟葉から投げることになったが、俺は使えるものはなんでも使う主義だ。もしかしたら山内、お前が投げることだってあるんだ、準備だけは怠るなよ」

 

「それは流石にないでしょ」

 

 ボソッと真田が俺に呟くが、そんなこと俺に言わないでくれ。

 てか初めての公式戦が、夏の大舞台で初めてのピッチャーってそれなんて罰ゲームだよ。

 

「お前さ、マウンド立つ時なんか考えてないの?」

 

 真田にそれを聞くが、藁にもすがる思いなので期待はしてない。

 どうせ、この天然ちゃんは訳の分からないことを言い出すだろう。

 

「そんなのマウンド立ってねぇから分からねぇよ」

「ですよねー」

 

 ほらな、予想の斜め上を行きやがる。

 

「今日の相手はあんま強くねぇからな、コールドで頼むぜお前ら」

 

 コールドって。

 ヤバイ、無縁すぎて何点取ればコールドか知らない!!! 

 

「樟葉、さっさとアップ行ってこい」

「うす」

 

 まだ太陽が登り切っていないこの時間。

 少し小さい球場の外周を走る。

 

 初戦だからというのもあるが、勝ち進まなければ良い球場で試合は出来ない。まぁホームランが入りやすいからいいんだけど。

 

 

 

 そんなこんながあり、始まった夏大。

 

 

 初めて踏んだ球場の黒土は、訳もなくテンションが上がる。

 学校では「汗臭ーい」とかいって文句を言っているクラスのヤツらも応援に来てくれている。スタンドには名も知らない3年生と元部員の3年生。

 おい! いいのか? 受験なんだろ?? 

 

 

 まぁいいや。とりあえず、そんなこんなで始まった訳なんだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ストライク!!! バッターアウト!!」

 

 

 案外、ピッチャーの才能あったのかも。

 

 

 球速は早い方だと自負していたが、ここまでクルクルと三振取れるものだとは思っていなかった。

 もう三回になるのに、未だにノーヒット。

 

 やべぇ、ピッチャー楽しいかも。

 

 2年の先輩の指示通りにミットに撃ち込む。

 スピードとコントロールは監督のおかげでみるみると伸びていき、今はMAXで150kmもでている。

 凄くない!? 150だぜ!? ノゴローくんの高校時代に追いついたぞ。

 

 ジャイロじゃないけど。

 監督に聞いたら「お前には必要ねぇよ」って言われた。

 なんだよそれ! 俺を主人公にしてくれよメン。

 

 コントロールの方はギリギリ四分割が出来るくらいだ。

 インハイとアウトハイ、インローとアウトローの四つはなんとか出来るが、正直コースは甘い。

 なんとか凌げてるが、この人たち弱小らしいしな……。強豪とかになったらバカスカ打たれるんだろうな。

 

 守備の方は未だに無失点。

 

 

 

「樟葉、お前マジで才能マンだったのかよ」

「よせ。今の俺なら本気にしちまうぞ」

 

 几帳面代表の平畠にそう言われた。

 

「何だか今ならなんでも出来るぜ!! ホームラン打ってくるわ」

 

 平畠にそういってネクストバッターサークルへ向かう。

 

 

「今日の樟葉ってなんか違くね?」

「あー。試合だからじゃないの?」

「さぁ、でもなんかあれだな。なんかやってくれそうな気がする」

「なにおまえ本当にホームラン打ってくると思ってんの?」

「いやー流石にそれはないでしょ。でもノーヒットノーランはやってくれそうな気もしないではないですね」

 

 

 

 ──ガキーーーン!!!

 

 

 

((((フラグ回収早ぇよ))))

 

 

「うぇーい凄くない!? 公式戦で初めてヒット打ったと思ったらホームランだった!!」

 

 

 

 

 

「うるせぇ! 樟葉(クズ)調子乗んな」

「早く打たせろ! 守ってて暇なんだよ!!」

「はしゃぐなクズ」

「黙れクズ」

「喚くなクズ」

「口開くなクズ」

 

 

「辛辣!!? てか最後の阿部お前覚えとけよ」

 

 意外と樟葉はムードメーカー的な存在でもあるのだ。

 罵声に傷ついていないとは言わないが……。

 

「なんだよもぉ! もう怒ったからな!! バットに掠らせもさせないからな。暇すぎて転んで死ねお前ら! 特に阿部」

 

「酷っ!?」

 

 

 

 

 こうして監督の言っていた通り、5回コールドで圧勝した。

 そしてこの時に今の部員達は知ってしまったのだろう、死ぬ気で努力して、そして手に入れた勝利は。心の底から嬉しいものだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 △→△、! △

 

 

 

 

 

 

 

 轟雷蔵は崖っぷちだった。

 社会人野球を引退して無職になり、嫁には逃げられる。

 

 借金は借りなかったが、ほとんど貯金もつきかけていた。

 そして藁にもすがる思いで紹介された職業は、まさかの高校野球の監督。

 

 自分の息子が来年になればこの高校に入ってくるので、来年から本格的に全国を狙おう。そんな気持ちで顧問を引き受けた。

 

 だが、そこには光り輝く拾い物がいた。

 

 一人はピッチャーとして抜群の才能を持っていた。育てればウチのエースになれて更に全国でも通用するような投手になれると。

 

 

 だが、もう一人の方が凄かった。

 スペックが高すぎる。正直普通の高校生では有り得ないような身体能力を持っている。正直野球よりも陸上の方が複数種目でオリンピックに出られるのでは? と言うくらいのスペックの高さだった。

 

 まず、足が早い。

 これはどのスポーツでも大きなアドバンテージとなるだろう、チームでももちろん一番だったし、学年……いや確か学校でも一番だった筈だ。

 そして筋力、細身のくせして良い筋肉してやがる。

 速筋よりも遅筋の方に偏ってる感じだ、それは冬場で変えられる。

 背筋も柔らかく強い、肩甲骨も前で肘がつくくらい柔らかい。足も180度開く。

 

 たしか体力テスト、全国でトップだったような……。

 

 

 まだ野球は上手くないが、ポテンシャルは誰よりも高い。

 

 その程度の認識だった。

 大物になるのは、2年の秋から3年の夏だと。

 

 だが、違った。

 

 

 

 

 雷蔵は見たのだ。

 

 天賦の才を。

 

 

 

 それは樟葉がマウンドで球速を測定している時。

 薬師では人が足りないため、全員投手になる可能性がある。だから球速を測ったのだ。

 

 

 1番早かったのはギリギリ真田。そして次に樟葉だった。

 

 だが明らかにおかしい。

 

 

 キャッチャーが全く樟葉のボールを取れないのだ。

 初めは変なフォームだからだと思い気にとめなかったが、三球ほど見た時に違和感を覚えた。

 

 

 ──この球、浮いてねぇか? 

 

 野手投げで138kmもでる左腕。

 これだけでも磨けば輝きそうなのに……まさか。

 

 

「おい樟葉、もう一球投げてみろ」

 

「了解っす」

 

 雷蔵はキャッチャーの方からボールを観察することにする。

 

 ぎこちなく力の伝わらないフォームだが、球に力はなんとか伝わっている。

 

 

 ──パス……

 

 やはりミットの芯ではキャッチ出来なかった。

 

 

 そう、確かに雷蔵の考えは間違っていなかったのだ。

 確かに……。

 

 

「おいおいマジかよ、才能マンがいるぞここに」

 

 磨けば夏までに140前半までいける。ポテンシャルに期待すれば140後半も期待できるか? 

 だが、球速よりもこいつには武器がある。

 

 浮く(ホップ)する球。

 

 強烈な回転をかければ、ボールは重力で下がらない。むしろ風を切るので上がるのだ。

 

 そして回転数が多いということは、それだけ球が重い。現にキャッチャーはたった数球なのに痛そうにしている。

 

 

 もしかしたら来年まで待たなくても、こいつの成長しだいで一年目から狙えるんじゃねぇか? 

 

 

 全国

 

 

 

 

 

 

 

 ー△→△→

 

 

 

 

 

 

 相手選手を見ながらボーっとしている樟葉に真田は声をかけた。

 

「何してんだ? ノーヒットノーランの今日の立役者様は」

「……いや、なんて言うか夏大って負けたチームは泣いてるイメージがあったからさ……なんて言うかあのチーム、むしろ楽しそうにしてるからさ、本当に引退するのかな……って」

 

「それは違ぇな」

 

 

 俺達の会話に監督が入ってきた。

 

「涙ってのは流すもんじゃない、流れるものなんだ。言い方はキツイが、アイツらは流すべきじゃない。

 涙を流していいのは、必死に野球をやってきたやつらだけだ。そいつら以外は許されねぇ。負けて楽しそうに笑ってるってことは、結局アイツらは遊びの延長だったんだろう。

 なんで高校野球だけ、高体連じゃなく高野連が存在するか分かるか? 贔屓かもしれないが、野球はそこいらのスポーツとは違うんだよ。

 頭丸めて、必死にバット振って。そういう奴らを見るのが見ている観客に感動を与える」

 

 

「野球ってのはしんどいスポーツだ、だがそれでも勝った時は楽しいだろ?? 負けんじゃねぇぞ、俺を全国に連れて行って給料も上げといてくれ。

 茶番はおしまい、さっさと荷物積んで帰るぞ」

 

 

 負けて笑っている彼らを見て、何故か恥ずかしくなった。こんなのに勝ってあんなに喜んでたのか……と。

 だが、一勝は一勝だ。

 

 

「あのおっさん、偶に重みのあること言うよな」

 

「だな」

 

 

 久しぶりに天然ちゃんと意見があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




樟葉(くずは)誠(まこと)

身長181cm
体重72㎏

左投左打



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まさかの一話で赤バー

ありがとうございます(いいぞ、もっとやれ)


「真田が足を痛めた」

 

 監督から聞いた言葉は、チームの雰囲気を絶望に変えるには事足りた。

 高校になり新しい投球フォームに変えたのだが、それは足への負担が前のフォームとは比べのもにならなく脹ら脛を痛めたのだ。

 

 

 順調に勝ち進んでいた薬師高校にとって初めての絶望だった。

 打力もあるエースの離脱。

 

 エース候補として樟葉も挙げられるが、調子のいい樟葉と調子の悪い樟葉では雲泥の差がある。

 調子がいい時なら初戦のようにノーヒットノーランを達成することが出来るが、連投した二回戦では4回5失点という泥試合になることも覚悟しなければいけない。

 

 賭けの要素が強い樟葉と安定感のある真田。

 

 この二人の柱の片方が消えるということは、非常にまずい。

 片方がいなくなるだけで、薬師は薬師のスタイルを守れない。

 

「こっからは樟葉がどれだけ持つかが大会の鍵だ。各自ケガだけは気をつけるように」

 

 何故今なんだ、その想いが選手達の頭に過ぎったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 △→△、!!? 

 

 

 

 

 

「マジついてねぇわー」

 

 真田が明るい表情でそう言った。

 薬師高校はスポーツにそこまで熱を入れていないので、寮はない。全員自宅からの通いだ。クラスも同じでポジションもよく被るので自然と真田とは話す機会が増える。

 だから夏大が始まる前には、自転車で下校を共にしているのだが。

 怪我をしてからは真田はバス通学に変わった。

 

 激しく動かさない限りは痛みが発症しないので、自転車通学はできるのだが、それをしないということはそういうことなんだろう。

 

 少しでも早く治るように使わない。

 そう見て取れる。

 

 心做しか真田もいつもの笑顔とは程遠い顔つきだ。

 

 悔しいのだろう。スポーツに怪我は付き物だというが、いざそれになってみれば悔しさがへばりつくだろう。一生懸命にやってこればやってきただけ。

 

「すまねぇな、これから連投で苦労かける」

「いいよ……お前が一番しんどいだろうし」

 

 

「くっそー」

 

 しんみりとした空気のなか、真田は今日何回目になるか分からない「クソ」を口に出す。

 

「楽しめればいいと思ってたんだけどな、高校野球」

「俺もだよ」

 

「あのオッサンに会って、多分俺ら全員変えられちまったんだよなー」

「……」

 

 

 真田の言う通り、監督が顧問になって薬師高校野球部は一変した。

 今風の言葉でいえば、エンジョイ勢からガチ勢に変わったのだ。

 3年生は辞めたから人によりけりだろうが、今の一二年生は野球を本気で楽しめている。

 あの夏の一勝から。

 

 

 バス停に着いたので真田と別れ、自転車をこいだ。

 夏真っ盛りなので、ライトに集まる虫が顔に当たる。

 

 ただ、その鬱陶しさですら。今の薬師の状況からすれば、気にするほどのことでもなかった。

 

 

 何故なら明日は四回戦。

 

 例年ならここらで無名の高校は消えていく。

 周りを見渡しても、薬師以外はどこかで目にしたことのある名前ばかりだ。

 

 一高校野球ファンとしては嬉しい限りだが、今回の夏大。クジが程よくバラけているのだ。

 三強と言われる《稲実》《三高》《青道》は全て山がバラけており、高校野球ファンの考察で順調に行ったなら準決勝で稲実と三高、決勝で上がってきたどちらかと青道。

 他にも仙泉や成孔はいい選手が入ったとか。

 

 ここらは蛇足になるので省くが、重要なのは強豪が上手く散ったということ。

 潰し合いが始まるのは、早くてベスト8から。

 

 

 結論から行けば、明日の薬師の対戦相手は三強の一角。

 

 

 

 

 

 ──《青道高校》である。

 

 

 

 

 △、!? ◽︎△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青道は主にバッティングを軸にした超攻撃型のチームだ。

 プロ注の東清国を筆頭に、長打のある結城、仕事人の小湊、右方向に強い打球の打てる伊佐敷、それから新戦力である俊足の倉持にチャンスにはめっぽう強い御幸。

 

 エースは3年でこれまでの三試合で、12回6失点。

 2番手にはカーブが持ち味の丹波、二試合5回4失点。

 

 青道のスタイルはまさに【肉を切らせて骨を断つ】。

 どれだけ点を取られようと、その分バットで盛り返す。現に青道は三試合で合計4本塁打という一試合に一本以上でている。

 

 特に危険なのが、東に結城。そして未だに温存している滝川。

 

 

 西東京最強と言ってもいい打力を相手にしないといけないのだが、薬師は直前の真田のピッチャーとしての離脱。

 

 投げられるのは樟葉のみ。

 

 

 

 崖っぷちすぎるこのこの頃。

 移動でのバスは恐ろしい程に樟葉は静かだったという。

 

 それどころか朝から殆ど口を開いていない。

 

 ただ淡々としていて、目が冷たい。

 こんなこと無かったので薬師の面々は触らぬように避けていた。

 

 

 ずっと無口だった彼が声を出したのは、マウンドに立ったあの瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 〇〇〇△→△→

 

 

 

 

 

 

 

 青道高校は夏のトーナメント表を見て歓喜した。

 異常なくらいにクジ運が良かったのだ。

 

 三強の一角と数えられる青道は、他の二校。つまり三高と稲実と山が外れたことを喜ぶ。

 東は初めてトーナメント表を見た時には雄叫びをあげた程だった。

 

 順当に行けば、青道が強豪と呼ばれるチームと当たるのは準決勝からだ。

 

 3回戦もコールドで勝ち、難なく終わらせる。

 明日のチームも一回戦は完全試合を成し遂げたチームだったが、その完投した背番号8番は二回戦では大荒れした模様。エースも3回戦で途中交代だった。

 

 青道の選手達は明日の無名校よりも、三日後の成孔の方に意識がいっていた。ハッキリ一度も拮抗した試合をしていない青道にとっては、物足りなさと、いきなり成孔と戦えるかということ。

 

 

「明日もこれやったらモロたなぁー」

 

 プロ注の東が明日の対戦相手である薬師のデータを見ながらそう呟く。

 何人かは「気を抜くな」など在り来りなことを言うが、恐らく青道メンバーは勝ちは貰ったと思っているだろう。

 

 しかし、二人だけ何故か警戒をとかない。

 

 現正捕手の御幸と控えのクリスだ。

 彼らはバッターとしてでなく、背番号8番のことをキャッチャーとして見ていたから異変に気付いた。

 

 

 ──この投手、余力を残していないか? ……と。

 

 今大会でのMAXは141km。

 1年生と左投げだと考えれば十分脅威だが、問題はそこではない。

 

 公立高校の打線と考えれば、140を超える球を打ち返すのは難しい。しかし、三試合やって安打が三本は余りにも不自然だ。

 しかも変化球は一切投げていない。

 コントロールも大して良くはないだろう。今までの四死球の数を見れば分かる。薬師の失点は四死球からのエラーなどの、本来無くせるはずだった失点だ。

 

 だがその疑問を声に出すことは無い。

 

 

 クリスは大会が始まるギリギリまで怪我のことを黙っており、爆発したのはエントリーが終わった次の日。これ以上クリスは野球部を引っ掻き回しては行けない。

 そう思うと発言がしにくい。

 

 御幸も同様だ。

 一年生なのに憶測を話すのも違うと思う。それに自分で分かるならクリスも分かる。だが、それを言わない。つまりは自分の思い過ごし。

 

 そう思ってしまい、発言を辞める。

 

 

 もし、この8番についての違和感を二人のどちらかが口に出していれば、もしそれを聞いた誰かが球質に気づいたら。

 

 

 

 あの夏はもっと違った展開になっていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〇△→△△△〇

 

 

 

 

 

 四回戦。

 青道ー薬師

 

 この組み合わせは誰もが一方的なものになると思っていただろう。

 観客も、記者も、青道さえも。

 敵を舐める、とは違うが確かに驕りはあったはずだ。自分たちが無名高に負けるわけがない……と。

 

 

 

『一番、ショート倉持くん』

 

 アナウンスが流れ試合が始まった。

 隠しきれない不良臭を出すバッターと、今までの試合常に明るい表情でにやけていた筈が、何があったかバッターを射殺すのかという程冷たい目でミットを見つめる樟葉。

 

 そんなもの気にせず倉持は右打席に入り、敵の情報を炙りだそうとする。

 強豪に対策を立てて隠し球をするチームは珍しくない。

 そしてそれを実行されるのが先頭かクリンナップのどこかの可能性が1番高い。

 

 春と夏の数ヶ月でそれが倉持には分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからその一球が、場に静寂を与えた。

 

 

 

──バン!! 

 

 

 

 140の速球以外に武器はないと思っていた青道の面々は度肝を抜かれた。

 別段、何か凄い変化球を投げた訳でもない。

 ナックルボーラーに転向したわけでもない。

 

 理由は至ってシンプル。

 

 

 

 この時、薬師の選手に監督の言葉が過った。

 

 

 ──速さは、それだけで大きな武器。

 

 

 

 

 

 

 

 

 球場の電光掲示板に球速が表示される。

 

 

 

150km

 

 

 

 

 速さに翻弄され、初回は三者凡退で切上げる最高の形で攻撃へと移った。

 

 

 

 

 

 △、!! 

 

 

 

 

 

 真田にされた昨日の表情。

 まさに済まない……とでも言われているようなあの顔。

 

 

 それが樟葉には堪らなく腹立たしく悔しかった。

 怪我は自己責任と言われるかもしれないが、したくて怪我をするやつはいない。それこそ自転車のタイヤのパンクくらい運が重なる。

 それがたまたま真田の脹ら脛に、たまたま夏大の真っ最中に。

 

 そう、全てたまたまなのだ。

 

 たがそれを無駄に背負い込み。そして責任感さえ抱いてしまっている。

 

 

 違うだろ。

 そうじゃないだろ。

 

 別に真田とは友達以上の関係ではない。大目に見てもチームメイトが最大だろう。だが、真田は真面目にやってきただろう。

 

 楽しみたくて入ったって言ってたのは知っている。

 入部前は俺もそうだった、入る前は来る前はみんな同じだったんだ。

 

 それが次第にやらされる、からやる。に変りどんどんと部活に熱気が芽生えた。

 

 多分強豪の人なら日付が変わるくらいまで練習しているのかもしれない。だが、それはそれだ。

 自分たちはそんな野球漬けの環境では無い。

 

 だが、それでも……強豪と呼ばれる高校からは大した練習じゃないかもしれないけど……それでも真面目にやってきたんだ。

 

 

 多分それは対戦相手の青道がまさにそれだ。

 

 体は自分たちの一回りも大きく、威圧感というものがある。

 

 それでも──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負事には必ず勝ちと負けがある。

 

 勝つということは、相手を負かすという事だ。

 それに費やした全ての時間を否定する。

 

 

 その覚悟が俺にはあるのか…………。

 

 

 

 ──そんなもん知らん、退け。勝つのは(そこを通るのは)

 

 

 

「勝つのは俺達だ」

 

 

 覚悟を決めた男が、強豪相手に牙を剥く。

 そしてその牙は、確実に深手を負わせた。




恋愛とかいりますかね?(切実


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今日、ハーメルンで無茶苦茶面白いの見つけた。


 一回の表を完璧に抑えた樟葉は、ベンチに帰ってきた時にチームメイトに一言だけ言い放った。

 

番狂わせ(ジャイアントキリング)……って現実でやると面白そうじゃね?」

 

 先程までの冷たい表情とは一変。

 いつもの陽気で周りに流されやすいムードメーカーが帰ってきていた。

 

 そして変わったという不安を部員達から払拭させると同時に、闘志に火を点けようとしている。

 

「試合が始まる前は、青道のコールドだろうな〜って観客も思ってたと思うんだよ。だけどこの一回を完全に抑えることで、今観客は薬師もそこそこやるじゃん……ってなってるんだと思うんだよ」

 

 一回抑えただけで、試合が決まるほど高校野球は甘くない。

 それには監督も頷く。

 

「でも先制点なんて取っちゃった時には」

 

 そう『もしや』を芽生えさせることが出来る。

 夏の大舞台、そこで現れた強豪を呑もうとする得体の知れないダークホース。

 そういう予想外の展開があるから高校野球にはファンが絶えない。

 

 そしてその『もしや』は確実に雰囲気をこちらに向けてくれる。

 ひっくり返るところが見たい高校野球ファンは必ず、面白い方を応援してくれるからだ。

 

 

「じゃ、頑張って三点までに抑えるから。ガッポリ点とってくれよ」

 

 そう言いながら樟葉はヘルメットを被って打席へ向かった。

 

 今回の試合で樟葉はピッチャーで一番バッターなのだ。

 理由は単純に一番回ってくるから。足も早いので盗塁も狙える。

 

 真田を壊してしまい雷蔵にも戸惑いはあったが、試合前の樟葉の一言で決心が付いた。

 

「最善を尽くさないと勝てる相手じゃないでしょ」

 

 そう言われたのが嫌に頭に残る。

 ──もしかしたら。

 

 雷蔵にも頭の隅にそれはあるのだ……もちろん、悪い意味で。

 

 

 

 

 

 バッターボックスに一番前に立つ樟葉。

 それを後ろから見るのは一年生正捕手、御幸一也だった。

 

 基本御幸は読み勝つことはあっても、読み負けることは極たまにしかない。故に今回このバッターへの感情としては……。

 

 

(やってくれたな)

 の、一言に尽きる。

 

 読みは外れていなかった。

 確かに余力は残していたし、速度は上限にまで行っていないことも読めてはいたのだ。

 

 だが、方向まではあっていても規模までは読めなかった。

 

 大目に見積もっても146から147だと思っていたのだ。

 しかし150を投げられるとは……。

 

 140代を投げられる投手は各都道府県探せば必ずいる。しかし140から150には明確な壁があるのだ。

 しかも一年で自分と同期。

 

 同じ西東京。もしこいつにコントロールが付いたら……そう思うとゾッとする。

 

 

 こういう調子に乗ってきたら面倒な相手は早く潰すに限る。

 三年の一足先に引退の決まった3年生達が偵察してきてくれたデータでは、今大会では本塁打も一本打っている。

 

 更に2盗が3。3盗が1と瞬足でもある。

 つまり塁に出れば、ほぼ間違いなく盗塁してくるのだ。

 

 先発の丹波に御幸は強気なリードで、相手の胸元を抉り込むようなインハイを要求する。

 丹波は右投げで樟葉は左打ち。

 一見バッター有利に見えるこの状況でも、攻めの姿勢を見せればそれでもない。

 更にいえばこの男(背番号8)は薬師高校の生命線。

 

 調子に乗らないように。

 

 そう御幸は考えていた。

 

 

 

 丹波が、今試合第一球目を投げ込む。

 御幸のミットに目がけ、ほぼ要求通りのボールがミットに収まった。

 

 

「ボール」

 

 主審の判定はボール。

 攻めの姿勢はいいものの、攻めすぎてしまい一球目はボールとなってしまった。

 

 御幸にとっては痺れるようないい球だったが、主審に嫌われた。

 

「ナイスボール」と言いながら御幸は丹波へと返球する。

 マスクを微調整して、御幸は丹波に指示を出す。

 

 出来ればカーブは決め球で決めたい。

 追い込むまでストレートで押したかったが、もう一球続いたなら配球も考え直さないといけない。

 

 御幸が次に構えたところは、先程の場所より低い場所。

 インローへと要求した。

 

 守備を守っている人達も息を呑む程の強気のリード。

 本当にこれで1年生なのか怪しい。

 

 しかし、今回の勝負は意外な結果を迎えることとなる。

 

 

 

 ──コン……。

 

 

 長打のあるバッターが一回から。

 しかも初球じゃなく2球目からのセーフティーバントだなんて。

 

 虚を衝く行動をした樟葉に戸惑いを隠せない三塁手:東清国。

 元々守備は得意な方ではない東にとって、一歩目の遅れたセーフティーなど捌けるはずもなかった……。

 

 

 

 

 ───ォォォオオオオオオオ!!!!!! 

 

 

 薬師側のベンチだけでなく、会場が一気に湧いた。

 ピッチャーとして好投を見せて樟葉が、更に相手の虚をつく巧みなセーフティー。

 ノーアウト一塁という、初回から期待のできる展開へと変わる。

 

 

 

 

 △→△、! 

 

 

 

 青道の頭脳。

 正捕手御幸は……いや、今回に関しては御幸以外も直感し。そしてその直感は必ず起こることが分かる。

 

 ──盗塁。

 

 一塁ランナーが二塁ベースへと駆け。そして塁を盗る。

 しかし、それは思っているほど簡単なことではない。

 

 まずピッチャーのフォームを盗まなければならない。

 丹波は右投げなので、左足を上げた瞬間や上げる前の動作の時点でスタートを切らなければいけない。

 何せ青道の捕手は強肩だ。

 

 盗塁を今大会で既に四つ潰している。

 捕手も大事だが、盗塁に限って言えば投手がどれだけキャッチャーまで最速で到達できるかがきも。

 

 

 薬師はバントをしないチームだ。

 それはこの三回戦までで青道も周知のこと。しかし強豪との戦いなら……。

 既にこういう思考に陥ってしまっている時点で、頭脳戦で負けている。

 

 ここまでバントを一度もしていないということが、ここまで青道高校を苦しめるとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気ぃ締めんかい!!!!!」

 

 先程虚を衝かれた三塁手の東が、喝を入れる。

 青道の面々の視線が東に集まった。

 

 

「たかがノーアウト一塁や!! しっかりせい丹波!!!」

「──!! はい!!」

 

 

 ノミの心臓と呼ばれる丹波は、東に声をかけられた瞬間内心飛び上がったが、なかったことにするように一旦落ち着いてからプレートを踏む。

 

 

 少し動揺していた丹波は、完全に武士(モノノフ)に戻る。

 今はエースでなくとも、次世代のエースはこのまま順当に行けば丹波で間違いない。

 今回の顔つきの変わりようは、まさにエースとしての自覚。

 

 悪戯な笑みを浮かべ御幸は、ミットを構える。

 如何に薬師が打撃に特化したチームでも、青道には遠く及ばない。

 

 毎日その化け物達と肩を並べ、真剣勝負している丹波にとって薬師の選手は脅威にはなり得なかった。

 

 

「走った!!!」

 

 初球からスティールした樟葉。

 しかし、丹波には動揺はなく御幸のミットしか見ていない。

 

 無警戒? 傲慢? そんなことじゃない。

 丹波には確信があったのだ。御幸なら必ず刺し殺せる……と。

 

 

 しかし、樟葉は走りきることはなかった。

 走る振りをして、一塁ベースに戻ってきたのだ。

 

 

「強肩過ぎるだろ」

 

 既にセカンドベースに到達している捕手からの送球を見て樟葉はそんなことを漏らす。

 これは丹波の癖を見抜いたとしても、盗塁するのは至難の業だ。

 

 樟葉は監督の方に目をやる。

 それは「これは無理」とジェスチャーを加えたのだ。

 

 試合中盤の気が緩む所ならまだしも、ここまで警戒されていたら盗めるものも盗めない。

 

 

 

 

 ここで2番バッターをみて、丹波は動揺した。

 何故なら今まで一度も使ってこなかったバントの構えをしたからだ。

 

 樟葉も先程よりはリードを縮める。

 ここは盗塁で無理をするよりも、手堅くバントで送ろうと言うのだろう。

 しかし、そんなセオリー通りにされても、ワンアウト二塁という薬師にとってチャンスを作ってしまう。

 

 

 一番バントがしにくいアウトコースギリギリに御幸は要求した。

 バントは基本的に体から近い方がやりやすい。腰を回すヒッティングとは違い、バントは足や膝が重要になる。

 目と後ろの手と膝。それがバントの成功率をあげる重要なポイントだ。

 

 だからアウトコースの体から遠いボールには、どうしても肘が伸びてしまう打者が多い。

 余談だが、樟葉のセーフティーは殆ど走りながら決めていたので、センスがあると言わざるを得ないのだろう。

 

 

 セットポジションから丹波は投球を開始する。

 

 

 

 

 

「──スティール!!!」

 

 足を上げた瞬間に、一塁手の結城から声がかかった。

 確かに盗塁は諦めたように見えるが、まさかここでバントエンドランを使ってくるとは。

 エンドランは成功すればチャンスを大幅に広げられるが、失敗した場合は最悪ランナーとバッターのどちらもアウトになってしまうというリスクが伴う。

 

 初回の手堅く攻めたいこの場面で使ってくるような作戦じゃない。

 

「こんのッガキが!!」

 

 三塁手の東と一塁手の結城が、バッターとの距離を詰める。

 早く処理して、ランナーが三塁に到達する隙を無くすために。

 

 

 しかし、状況はまだ一転する。

 

 

 打者がバントの構えを解いた。

 それはキャッチャーから見えづらくするために非ず、それはまさに打つ姿勢だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打者はボールが外角に来ることは、何となくわかっていた。

 それはバントへの警戒というのもあるが、最大の理由は捕手の足音である。

 ジメジメとした熱気に晒され、応援歌などで球場全体が騒がしくなっている夏の大会。しかし、この打者だけは逆に冷静になり耳を澄ませていた。

 

 キャッチャーはコースを構える事に体ごと動かし、癖のある捕手ならミットを叩いて開けるのも珍しくない。

 逆にミットを叩いてどこに居るのか紛らわせる捕手もいるが……。

 

 御幸はそういう、番外戦術(……)は1年生らしい。

 だから一年間高校野球を長くやってきた二年生の打者の方が、今回に限り一枚上手だったのだ。

 

 

 バントの構えを解き、足を上げないノーステップ打法でテイクバックを開始する。

 もちろん外角のボールをそのまま逆らわずに──。

 

 

 

 

「ファースト!!」

 

 打った瞬間に御幸が声をあげる。

 本来なら取れていただろうが、しかし前に出てきてしまっていた結城の頭上をワンバウンド跳ねてから超えて行った。

 

 バスターエンドランが成功した。

 誰もがそう思った時……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──パン!! 

 

 ボールがグローブに収まった音がする。

 結城が振り向いた時には、セカンドの小湊がベースカバーのためいい位置におり、ギリギリのところで捕球に成功した。

 

 そして、大きくバウンドしたことにより樟葉は既に二塁と三塁の間を走っており。三塁への到達阻止は不可能だった。

 小湊はそのまま一塁を踏み、初のアウトを獲得した。

 

 

 ワンアウト三塁。

 初回から青道は先制点を取られる窮地に立たされた。

 

 

 






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前回よくよく考えれば4球しか進んでなかった件について


※東の高校通算本塁打は指摘により変更しました。


 ワンアウト三塁。

 

 それはほぼ高確率で得点が入る状況。

 これ以上ないという程のセオリー通りの形だ。

 

 スクイズを決めるもよし。外野の定位置までフライを飛ばせば樟葉なら帰ってこられる。先程の2番三年の山内のように叩きつけるバッティングをするも良し。

 

 何より4番に控えている真田に回せば、必ずやってくれる。

 

『三番、バッター、米原くん』

 アナウンスされてから米原はどちらかと言えば真面目なやつで、きっちりと仕事は決めるタイプの男だ。

 だから樟葉はスクイズの可能性が頭にあった。

 

 確かに薬師はバントをしないチームだが、それは出来ないのではなく。わざわざワンアウトをやるくらいなら勢いで押し通せ、という監督の性格の滲み出たチームスタイルなのだ。

 だが、相手は強豪。

 

 絶対的なエースがいて、ロースコアのゲームになるならまだしも。青道のように乱打戦となり得るチームならスクイズなど目先の一点よりも勢いに乗せるヒッティングの方がいいのではないか……。

 

「くっそー難しいぜ。初回から悩ませんなよな」

 

 監督の雷蔵が愚痴を漏らす。

 試合は始まったばかり、ここは無理してでもスクイズを決めて先取点をとるか。それとも一か八かのヒッティングに任せるか。

 

 次の真田のことを考えるとかなり安心はできる。

 だが、それは安心出来る気がすると言うだけで。絶対打ってくれるという確信ではない。

 たかが高校生にそこまで期待を乗せてはいけない。

 

 

 非常に悩んだ挙句、雷蔵が出した答えは。

 

 

 

 

『待て』

 

 

 一球様子をみろ、だった。

 勿論ただ突っ立っている訳ではなく、樟葉はわざと常に動き投手の視界の端で注意を引きバッターの米原は投手のリリースのタイミングでスクイズの振りをする。

 

 一応それはボールとなり、ノーストライク・ワンボールとなった。

 

 追い詰めているのは薬師なのだが、打者の米原は内心穏やかではなかった。

 今年の薬師高校は、3年や2年生の脱落で春の大会は見送ったのだ。

 故に一年の米原からすれば、高校初の大会。

 しかも、相手は有名な青道。

 

 そんなチームから先制点のチャンスで打席が回ってきたのだ。

 これは緊張するなという方が無理がある。

 

 バットを構え直し、気合を入れ直す。

 

 

 

 

「シャァァアア!!!!」

 

 自分に自分で喝を入れる。

 米原は真面目なやつだから緊張や期待を無駄に背負い込んでしまう。

 

 自分に負けないように、自分に押しつぶされないように。

 

 米原はバットを少し短く持ち、握り直す。

 

 

 

 △〇◎◽︎→

 

 

 

 

 それからは予想外の展開だった。

 

 既に丹波は3番バッターに13球も投げている。

 異様な粘りをみせた。

 そしてその粘りは、会場全体を湧かせる。

 

 数年前に流行ったカット打法ではなく、あくまで米原は打ちにいっての打ち損じ。

 ここまで使ってこなかった丹波のカーブに反応できているだけ、褒められた行動だろう。

 

 そして、非常に長い打席を制したのは。

 

 

 

「ボール! フォア」

 

 米原だった。

 体全身で喜びを表現して、高校生らしくダッシュをする。

 

 御幸は堪らずタイムを主審に伝えてから丹波の元へと駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──この瞬間、樟葉と米原は目を合わせ二人ともヘルメットを触る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいかお前ら、青道の正捕手はピッチャーに声をかけることが多い。しかもピンチでのフォアボールは十中八九タイムを取ると見て間違いない。

 そこでだ、ルールに則った小狡い点のとり方をお前達に教えてやろう」

 

 雷蔵は前日に選手全員には伝えておいた。

 ケースがケースなので、もしかして程度にしか捉えていなかった戦術がまさか初回から使える時が来たなんて。

 

「いいか、合図はヘルメットを触れ。絶対に悟られないように、そしてキャッチャーが走ったとしても必ず追いつけないタイミングで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴー!!」

 

 三塁のランナーコーチが樟葉に掛け声を出す。

 

 

「──!! ッのガキが!!」

 

 遅れて東が気付く。

 デッドボールは打者が一塁につき、主審がプレイをかけるまではプレーを続行しては行けない。強制的にタイムがかかるのだ。それはコールドスプレーや治療やらのため打者に近寄ることが出来るための措置だ。

 

 

 しかし、フォアボールは?? 

 

 フォアボールはプレーは続行している。

 気の緩んだキャッチャーや緩んだ返球をする隙をつき、二塁へと到達するのは高校野球ではさほど珍しくない。

 

 しかし、それは今回のようなキャッチャーがタイムを取った時は事態が変わる。

 打者が一塁ベースを踏んだタイミングでタイムをかけられるのだ。

 キャッチャーなどの野手はそういったタイムを取ることで、試合を一時的に止められる。

 

 

 

 

 そう、打者が一塁ベースを踏んでいたら(・・・・・・)

 

 

 そう、打者は全力疾走したが未だにベースを踏んでいない。

 

 現に御幸はタイムの主審に要求したが、一度も「タイム」とは発していない。

 だから今はプレーが続行して、かつホームベースが空いているのだ。こんな絶好の隙を逃す選手はいない。

 

 

 重量級のサードと、俊足の樟葉。

 

 先にホームベースへと到達するのは誰が見ても明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ォォォオオオオオオオ!!!!! 

 

 

 

 割れんばかりの歓声が響く。

 樟葉は薬師のベンチとスタンドに向かってガッツポーズをする。

 

 

 場の雰囲気、勢い、流れ。

 

 

 それは一気に青道から薬師へと流れ。観客に『もしや』を植え付けることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 △、!!!!! 〇

 

 

 

 試合は進み6回となっていた。

 スコアは1ー0で薬師がリードしている。

 

 今まで乱打戦をしていた両校とは思えないほどの投手戦。

 未だにピッチャーは交代せず、丹波と樟葉の我慢比べが続いていた。

 

 青道高校が波に乗れていないのは、ズバリ結城と東が原因だろう。

 

 

 いや、二人に限ってでは無い。

 この試合、青道はヒットがまだ四本しかでていない。

 

 しかもそれは重要な場面での連打ではない。

 青道は持ち前の打力を出し切れていなかった。

 

 

「らァッ!」

 

 背番号8がマウンドで吠える。

 150の速球と130後半のスローボール。たった二種類の、しかもストレートだけでここまで抑えられるというのは薬師の選手も予想外だったのだ。

 

 しかし当然といえば当然だ、横や縦や斜めの変化は何回も見てきたことがあるだろう。だが、上へのホップする球なんて全国の高校球児を探しても探すだけ無駄になるだろう。

 

 

 勇ましい。

 誰もがそう思っただろう。

 

 今日の樟葉は絶好調。

 

 

 あの青道打線を完全に打ち取っている。

 

 

 6回、7回、そして8回と抑え。四球からでたランナーを真田がタイムリーで返し2ー0に突き放した。

 

 会場は完全に薬師一色。

 誰もが大物食いを目の前で見たい。そういうのが見て取れる。

 

 

 

 9回の表、先頭バッターとして打席に入ったのは2番小湊だった。

 

(ある意味一番嫌な先頭バッターだな)

 

 足が早い倉持も厄介だが、やはり自分が何をするべきかを自分で理解してかつそれを実行できるバッターは本当の意味ではなかなか居ない。しかし小湊はそれが出来るバッターだ。

 

 青道は継投を使ったが、薬師は樟葉をこのまま完投させるつもりだ。

 夏は特有の暑さや直射日光で選手達の体力を奪う。そしてそれはゲーム中、一番ボールを持っている時間の長い投手にとって一番当てはまる事例だ。

 

 如何に身体能力が並外れて体力お化けだったとしても……。

 

 必ず底はくる。

 

「ボール! フォア」

 

 

 

「……ふぅー」

 

 一度帽子を取って汗を拭う。

 一度水でも補給したいところだが、ここからは今日一番の山場が来るだろう。

 ノーアウトからの青道クリーンナップ。

 

 

 まず三番の結城が打席に立った。

 今日三タコの男には見えないほど体中からのオーラで威圧してくる。

 

「いいね。捩じ伏せる」

 

「必ず打つ」

 

 両者共に一歩も引かない。

 既に三打席も同じボールを見たので、上がり具合も掴めている。

 

 しかし長打やホームランは狙わない。

 あくまで叩きつける打球で野手の間を通す。

 

 結城の打撃思考はそういう結論に至っていた。

 何故なら自分で決めたとしても、あと一点足りない。

 

 それなら後ろの4番(あの人)に任せた方がいい。

 何故なら結城の打撃は、東には未だに劣るのだから。

 

 第一球、際どい内角のボールを見逃しワンストライク。

 あの球はここ一番で出した樟葉を褒めるべきだろう、結城としても初球から叩く球では無いと思い手を出さなかった。

 

 

 続いて二球目。

 さっきの球とは違い、少し高めに浮いた甘い球。

 

 コンパクトなスイングでボールを捉え、金属の快音を鳴らす。

 打球は鋭く、そして早く内野手のいないフェアゾーンに落ちる。

 

 そしてそれは一番打たれたとした時面倒な場所だった。

 

 

 サードのライン際。

 右バッターならばさほど珍しくない打球だが、何もこのタイミングで打たなくても。

 

 

 小湊は三塁へと到達し、結城は二塁まで走り切った。

 打球が早すぎたことが悔やまれる。もし普通のサード線の打球なら小湊はホームへと帰ってこられただろう。

 

 

 打席に立つのは青道打線を最強の男。

 プロからも注目されるその長打力、高校通算本塁打42本の東。

 

 

 一発打てば逆転、ヒットが出れば同点。

 この最大のスリルを樟葉は怖くもあり、そして楽しくもある。

 

 

 変な気持ちだ。

 チームの命運を分けることタイミングで……夏の暑さに頭がやられたのかもしれない。

 

 でも、それでも心臓は高鳴る。

 スリル、それが今の樟葉にとっては楽しくて仕方ない。

 

 

「いいね。ノッてきた」

 

 

 

 

 

 

 △、! ♡*-*

 

 

 真田なら「激アツ」とか言っていたんだろう。

 確かに失点のピンチは怖い、しかも夏の大一番。

 

 だが、今なら不思議と気持ちが分かる。

 確かにここでしか味わえないスリルは感じ取れる。

 

 ここで樟葉はセットポジションをやめ、プレートを両足で踏む。

 

「ワインドアップ!?」

 

 これには青道だけでなく薬師も驚いた。

 ランナーも詰まっている、ホームスティールもしたければすればいい。

 出来るものなら。

 

 

 

 全力で樟葉はアウトコースに投げた。

 途端息を呑む。

 

 

 

 

 ──154km

 

 

 本日最速、そして樟葉の自己ベストが更新された瞬間でもあった。

 

 

 

(クッソ速いのぉ)

 

 東は内心愚痴を漏らす。

 今日一番をここで持ってくるタフさには、素直に賞賛を送る。

 

 しかし夏は譲れない。

 

 拍手を送ろう、賞賛も送ろう、褒めたたえあおう。

 

 だが、それでも。

 

 

 

「夏だけは負けられんのや」

 

 東は気を再度引きしめて打席で構える。

 何度目かわからない予想外には体が慣れてきた。

 

 いくら早くても速球とスローボールの二種ならもう見切った。

 微妙な成長や抜け球だと考えても対応出来る。

 

 いくらストレートが特殊だからといって。それ一本では限界があるのだ。

 

 

 目の慣れ。

 それが野球において一番怖い。

 

 

 ワインドアップからの2球目。

 今度は東のインコースへと速球を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガキーン

 

 

 

 

 完全に芯で捉えた打球。

 これは入った。

 

 しかし、その打球は風の影響を受けファールとなった。

 

 

 追い込んだが、正直後がない。

 ストレートだけでの限界だ。

 

 東にはもう見切られている。浮き上がる特殊なストレートを。

 

 

 △〇◎! 

 

 

 

 

 

「真田って何個変化球持ってんの?」

 

 ブルペンで割と素朴な疑問を真田へと投げた。

 

「変化かー。俺はカットボールとシュートだか今のところ」

「へー俺が覚えるとしたら何がいいと思う?」

 

「そりゃ人によりけりだろ。お前みたいに三振が取りたい投手は下の変化はいるよな、逆に打たせてとるならムービング系」

 

 

 そっかー。と言いながら考える。

 真田は打たせてとる系だからカットボールとシュートか……。

 

 

 なら俺は? 

 

 珍しい上への変化のようなストレートを持っていて、どちらかと言うと三振を取りたいピッチャー。

 

「じゃあフォークかな」

「握力は?」

「72」

 

「ゴリラかよ」

「うっせ」

 

「フォークは俺もよくわかんねぇからな、抜く感覚は正直わからん。あ、でもカーブなら教えられるぜ」

 

「カーブも投げれんのか……器用なやつだなー」

「そんな大層なものじゃねぇよ。キャッチボールとかで阿部とかがたまにやってるだろ?」

 

「え? 阿部もカーブ投げれんの!?」

「だからそんな大層なもんじゃねぇーって、よく言うだろ『小便カーブ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♡*’♡’♡’? *'’

 

 

 1球外せ。

 キャッチャーからの指令に首を振る。

 本能的にここで逃げたら負ける……。

 

 そう思ったのだ。

 

 なら、外にストレートを。

 それも首を振る、東程のバッターなら流し打ちで柵越も有り得るから外に逃げても意味は無い。

 

 なら、内にストレート? 

 それにも首を横に振る、今渾身のインコースをファールだったものの客席まで運ばれたのだ。続けて内は自殺行為になる。

 

 なら────。

 やっと首を縦に振った。

 

 

 

 縫い目を確認してストレートとは違う持ち方をする。

 ワインドアップでバレないようにだけ……。

 

 

 ここまで本当に一度も使って来なかった、言わば切り札。

 取っておき中の取っておき。

 

 最後の際まで取っておいた。というか使わないでいた持ち玉に数えるには余りにショボイ球。

 

 

 

 ──切り札と呼ぶには余りに格好のつかない代物。

 

 

 

 

 

 

 投げた瞬間、タイミングがずらされた。

 東は今回も間違いなくストレートで来ると踏んでいたからだ。150を超えるストレートはボールを見てから足を下ろすだけでは間に合わない。

 それに投手はストレートしか持ち球がないとデータで出ている。

 チームメイトを信頼しているからこそ、思いっきり足を上げ狙いに行ける。

 

 今日は一安打と情けない成績。

 ここで二点に抑えた丹波達のために逆転してあげなければ。

 

 

 バットは既にヘッドの位置が下がっている。

 ギリギリ打つ体制を崩していないのは、並外れた体幹と下半身のおかげだ。

 完全にタイミングを外された東は、途端に当てに行くバッティングに切り替える。なんならカットでもいいとさえ思っている。

 

 初めて見る軌道のカーブ。

 しかしそれは野手のキャッチボールでも投げられるようなボールだった。

 

(クソっ、全然曲がってこん)

 

 頭と体に染み付いているから中途半端なスイングで東はボールを芯で捉えてしまった。

 

 

 ──パン!! 

 

 

 打球はライナー性の当たりで、ノーバウンドでピッチャーにキャッチされた。

 

 一球前の豪快な打球とは似ても似つかない弱々しいライナー。

 

 

 

 

 

 4番を打ち取ることに成功し、そのまま五番六番を打ち取り。薬師は強豪、青道高校から勝利をもぎ取った。

 

 




最初の得点の仕方ですが、一塁ベースを踏まないとかなりの高確率で一塁審から「踏んで」って言われるので気を付けましょう。




切り札『小便カーブ』
パワプロで例えるなら『!?』って出るくらい打たれるボール。たまたま変化を一度も使ってこなかった今回に限って切り札に成り上がった。

薬師の練習で投げた時には、九割でヒットを打たれボコボコにされて、ちょっと涙目になってたという苦い記憶がある。


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「おぉおぉお!!!!!」

「おぉぉぉおおおお!!!!」

 

「ォォォオオオオオ!!!!」

 

 番狂わせ。

 それを言うだけなら簡単だ、しかしそんな奇跡に近いことはほとんど起こらない。

 無名校が有名な青道に勝つ事など、普通では有り得ない。

 

 だが、もしもだ。

 それを成し遂げたとしたら。

 

 それはどれだけ周りをざわつかせ、更に鼓舞させるか。後々になって分かってくる。

「あの青道を倒した」

「あの東を抑えた」

「あの──」

「──」

 

 今とは比べ物にならない重圧と、青道全員の想いを背負ってこの夏を勝たなければけいない。

 

 だが、それでも……。

 

 今だけ薬師は最高の表情で勝ちを喜んでいた。

 

 

 

 

 △、!!!! 〇

 

 

 

 青道高校の三年生は皆泣いていた。そして、一二年生は涙を流さないように堪える。

 夏の敗北は三年の引退と同義である。

 そしてそれは変えられない事実。

 

 この三年間で一度も甲子園の舞台に立っていない。

 一度も片岡監督を甲子園へと……。

 

 もうここで終わったんだと……。

 最強のメンバーだった、打撃を磨き上げ化け物クリーンナップを軸に大量得点をとるチームとして。

 

 だが、結果は無名校の一年生投手に完封を決められ呆気なく4回戦で散った。

 

 その事実を三年生は受け止められない。

「なんでだ」

「誰のせいだ」

「誰が悪い」

 

 誰しもが現実逃避をする。

 やり切った……そんな言葉は死んでも出てこない。

 

 夏を一度も負けずに終えることが出来るのは、甲子園で優勝した一校だけ。

 その一校になるための努力は惜しまなかったはずだ。だが……。

 

 

 それでも勝負の世界は歩みを止めてくれない。

 負けた者は無理やり振るい落とされる。

 

 時間は止まってくれない。

 

 

 

 そしてもう一度現実を知らされられる。

 

 ──俺達の夏は……高校野球は終わったんだ、と。

 

 

 

 

 

 

 〇◎! __

 

 

 

「お前ら!! 良くやった!!」

 

 雷蔵は感極まって優勝した訳でもないのに、泣きそうだ。

 この人は「甲子園に連れてけ」だの言うが、こういう一勝を重く受け止めている。

 通過点だなんてよく言われるが、確かにそれは間違いじゃない。それでも一戦一戦には重みがある。

 

 

「やべぇ、体力残ってねぇわ」

 

 足をガクガクさせながら監督のミーティングを聞いている樟葉。

 

「おうおう情けねぇな。記者さん待ってっぞ、今日のヒーローなんだからもっと堂々としてくれよな」

 

 そんな文句のような野次のようなものが聞こえるが、正直立っているのも辛い。

 球数は120を超えていた。自分でも良く投げられたと思っている。

 あの暑さで最終回までよく持ったものだ。

 

 凍らしておいたアクエリを首に当てながら記者さんと受け答えをする。

 普通は立って礼儀正しく取材されるのだろうが、正直出し切って体力がそこまで残っていない。

 

 大物食いを果たしたからか、記者は四回戦とは思えないほど集まっていた。

 三人も囲まれた。しかし、俺よりも凄いのが……。

 

 

 少し離れた場所で取材を受けている東だった。

 まさかの四回戦敗退。三強が散って誰もが決勝まで青道が上がると思われていたのに……。

 まさか無名校に敗れた。

 

 その追い打ちをかけるように記者はこぞって東を囲む。

 それを傍から見ると、強豪も大変なんだ……と思う。

 正直負けて当たり前と思われていた俺らは、負けたところで何も無かっただろうし、記者さんに囲まれることは有り得なかっただろう。

 

 ──今日の試合どうだった? 

 ──誰が一番手強いバッターだった? 

 ──青道を完封した感想は? 

 

 

 東の周りの記者も大人気ない。

 青道を叩くような発言ばかり。

 

 負けて泣いていた高校生(ガキ)にする行為ではない。

 だからといって、そんなこと正面から言うことも出来ない。そんなことをすれば俺だけでなく薬師全体の評価が意図的に落とされる。

 

 勝てば問題ないだろ。

 しかしだ、今回薬師が青道に勝ったのは間違いなく場の雰囲気が関係している。

 番狂わせを願った観客が、薬師を応援してくれたおかげで球場全体の雰囲気を飲み込んだと言って差し支えない。

 

 つまり、俺ができたことといえば。

 

 

「あはは、そうですね」

 

 作り笑いを浮かべて、記者の言葉を無難に、そして欲しそうな言葉を選んで答えただけのなんの面白みもない会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎◽︎♡

 

 

 

 

「あー、しんどっ」

 

 疲れている中に変な気を使って、本当に疲れた。

 財布から小銭を出して自販機で水を買う。

 

 多分自分が思っているよりバテている。

 早めにトイレを済ませて薬師の選手が固まっている所に戻ろうとすると。個室の方から何か音が聞こえてきた。

 

 それは嗚咽を飲むような。

 

 夏バテで誰か嘔吐しているのかと思ったが、それは違った。

 

「……うっ、う……うっ」

 

 それは啜り泣く音だった。

 多分誰がないているのかは何となく分かった。

 

 青道の選手だろう。

 ここで鉢合わせするのは気まずいと思い、早めに尿を足して便所を出ようとするが個室から水を流す音が聞こえた。

 

 

「あ……」

 

「……ども」

 

 気まずい……。

 そんな気がしていたが、本当に出てくるものなのか。

 

 それも確かこいつは捕手だった、俺と同じ一年の御幸。

 試合後の挨拶では3年生とは違い泣き崩れてはいなかったが、我慢していただけなんだと今悟る。

 多分監督からのフォアボールからのホーム直行で誰に一番責任が行くかといえば捕手だろう。

 

 一塁手も声を出せば未然に防げただろうが『タイム』のかかっていない状態でホームベースを空けたのは捕手の責任だ。

 

 多分この敗戦を人一倍重く受け止めているのはコイツだろう。

 

 

「……やられたよ、まさかお前みたいなのが無名で隠れてたなんてな」

 

 話しかけずに立ち去ってもらいたかったが、なんで話してきちゃうのだろう。ここは無言でいいだろうが。

 気まずいよ、ほんと……誰か助けてっ! 

 

 

「ま、まぁ、高校からピッチャー始めたから」

「──!? ……そっか〜、次は打ち崩すから覚悟しとけよ」

 

「おう」

 

 そう言って御幸は便所を出てく。

 

 

「やっぱ強豪は大変だな〜」

 

 樟葉はその時心底そう思った。

 

 

 

 △、! 〇〇

 

 

 

 

 

「なぁ! 今日祝勝会しね??」

 

 ミーティングが終わり、現地解散となったので俺と真田、阿部に米原に平畠の一年組で帰っている所に阿部が提案した。

 

「パス、金ない」

「右に同じ」

「俺も今日はパスかな」

 

「お前ら付き合いわりぃぞ! っで? クズはどうする?」

「お前そのあだ名定着させようとしてるだろ、させねぇよ?」

 

「分かったから、それで? いく?」

「いくったって、帰りの交通費抜いてみんなあとどんだけ持ってんの?」

 

 出てきたのは合わせてたった二千円程だった。

 

「これでどうやって祝勝会するつもりだったんだよ」

「それはほら……ファミレスとかで」

 

 全員ドリンクバーで終わりだぞ?? 

 食べ物なしの飲み物オンリー? それなんて罰ゲームだよ。

 

「ちぇーじゃあ帰るか……せっかく青道に勝ったのによ」

「……あ」

 

 何故か「あ」と漏れた樟葉に二年の視線が集まった。

 

 

 

「じゃあ、ウチくる?」

 

 

 

 

 

 △〇〇◎!? 

 

 

 

 

 

「「「「おおー!!!」」」」

 

「ボロいな」

「うん、ボロい」

「Theアパートって感じだ」

 

「ボロカス言うなお前ら、きーつかわれるよりマシだけど、ストレート過ぎるのはどうかと思うぞ」

 

 そう言って制服でアパートの階段を上がり、鍵を開ける。

 

「ってか樟葉って一人暮らしだったんだな」

 

 真田がそう聞いてくる。

「まぁ、親いないしな。ばっちゃんも中三の時にぽっくり行ってな、親戚のとこにたらい回しにされる様な歳じゃないからな」

 

 そんなことを何も無い感じに言うが、樟葉以外はテンションダダ下がりだった。

 全員が重いっと思ったのは間違いないだろう。

 

 そこは親の転勤とかにしとけよ。など思いつつこの話題には触れないようにする。

 

「ん? あー気にすんなよ、そういうのって周りが気にするほど当事者は気にしてないから」

 

「そ、そうか……なんか悪ぃな」

「だから気にすんなって」

 

 そう言われてみれば、樟葉はこの3ヶ月で結構不審な点はあった。

 朝練に遅れてきても監督からは怒られてないし、週一のoffは自主練をせずに秒で帰ってるし。

 

 

 それについては直ぐに答えがわかった。

 家、というか部屋にあげられ。安さと多さが売りの業務スーパーで食材を買ってきていたので、それを机に広げた。

 

「じゃあ俺作ってるからくつろいどけよ」

 

 やばいコイツ……できるっ! 

 と、そんな事言われても暇を潰すようなものはこの部屋にはない。ゲームを探していたが樟葉に無いとキッパリ言われた。

 

 自動的にスマホに手が伸びるのだが、帰りの電車で触っていたので充電がそこまで無いのでこれも除外。

 

「お、俺も手伝うぞ」

「おおう、俺も出来ることあれば言えよな」

 

 早く料理できろ! という感じになる。

 するといつもどうりリラックスした真田が、カレンダーを見ながら声を出した。

 

「おーい樟葉、この◎と△ってなんのマーク?」

 

「ん? あー、◎は朝の新聞配達のバイトで△はカフェのバイト」

 

 

「「「お前バイトやってたのかよ!!??」」」

 

「うわっ、びっくりした。火使ってる時に大声出すなよ、ビックリするだろ」

 

「え!? マジでお前バイトしてたのかよ」

 

 阿部が驚いて聞く。だが……。

 

「いやいや、ウチの学校バイト禁止してないし。ってか監督からOK貰ってるからいいだろ」

「マジかよ……」

 

「すげぇな」

 

 

 それからはいつもの調子に戻って、主に今日の青道戦の話をしていた。

 

 ──真田のタイムリーは痺れた。

 ──樟葉の最終回のピッチングはアドレナリンでまくりだった。

 ──小便カーブwwwwww

 ──米原の粘りは渋かっこよかった。

 ──阿部? 知らん、4タコだろ? 

 

 

 そんなことでバカ騒ぎしていたら、台所から樟葉が大皿を持って机に来た。

 

「簡単なもんしか作れないけど、要望あったら言ってくれ。具材と相談しなきゃならんけど」

 

「お好み焼きを簡単っていうクズさん、マジパネェ」

 

「もういいや、ほら熱いうちにさっさと食っちまえ」

 

 

 ボロいアパート故に壁は薄いのだが、逆に入居者がほとんど居ないのでクレームは来ることなく。

 バカ共がバカ騒ぎしてバカみたいに飲み食いして……。

 

 

 

 そんで今日はバカみたいに楽しかった。




こういう日常回って大事だと思う(主観)


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 ──高校野球ドットコメ──

 

 

 

 西東京の王者、四回戦で敗れる。

 今大会の青道高校は打撃力が極めて高く、プロ注目の『東清国』くんを筆頭に青道高校史上最強の攻撃力と称されていた今年の夏、薬師高校に2ー0で敗れた。

 薬師高校の一年生投手『樟葉誠』くんは今大会最速の154kmを叩きだし、青道高校相手に完封勝利に導いた。

 インタビューでは「いつもよりも実力が発揮できた」と語っている。聞けば154kmは今までに出したことは無く、夏の暑さで苦しい最終回に自己ベストを更新したそうだ。

 

 逆に青道高校四番『東清国』くん、インタビューで『悔いの残る負け方をした、不甲斐ない終わり方をした分後輩達には同じ道を辿って欲しくない。何より片岡監督を甲子園に連れて行ってあげられなかったことが心残り』と話していた。

 

 

 西東京の三強の一角を潰した薬師高校。

 実は部員は18人しかおらず、三年生は一足先に引退して一二年のチーム。

 今後とも目を離せないチームだ。

 

 

(7月18日)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんじゃこりゃ」

 

 スマホの画面に映る自分の高校の記事の情報が回って来て、読んでみたが「なんじゃこりゃ」の一言に尽きる。

 よく見れば自分の吠えている所を写真に納められてサイトにアップされている。

 

「凄いことになってんな、見ろよ」

 

 そう言いながら真田はスマホを樟葉に見せる。

 そこには薬師の記事ではなく、樟葉だけの記事があった。

 

『MAX154kmの左腕、強豪青道打線を四安打無失点の完封。西東京に怪物一年生現る!?』

 

「何これ?」

「ん? 記事だよ記事、割とマイナーなとこだけど」

 

「あ、でもここ」

 

『更にエースは温存、この8番を上回る投手なのか!?』

 

「お前もバリバリ持ち上げられてるじゃねぇか」

「そうなんだよ、これで故障は言いづらい」

 

 教室の隅で会話をする樟葉と真田。

 その二人は今現在、西東京地区を騒がせている薬師高校の中心人物なのでクラスからは一目置かれていたりする。

 

 

 

 

 〇◎! △

 

 

 

「お前ら、気付いてるかと思うが今俺達はベスト16だ。去年まで一二回戦で燻ってたと考えれば上出来っちゃ上出来だが、世間様が許さねぇし、今まで倒してきた高校も許さねぇ。

 それでもやるのは俺達だ、周りの声なんて気にすんな。やりたきゃやればいい、自分が思った道を進めばいいんだよ。そんで俺を甲子園に連れてけェ」

 

『はい!』

 

 青道を破ったからか、グラウンドの外にはギャラリーが数人いた。

 それは高校野球を知っている生徒であり、一足先に引退した三年生であり、OBであり、青道戦の後に樟葉と監督の所へきた記者もいた。

 

「そろそろ夏休みだな〜。お前予定とかあんの?」

「一応このまま甲子園! って言いたいとこだけど……勢いだけじゃ崩せない壁ってあるからな、正直目の前の一戦以外考える余裕ない」

 

 全体練習が始まる前に真田と樟葉はキャッチボールをしていた。

 話の内容はと言うと、夏休みの予定だった。

 高校の夏休みは7月20日からなので、今週をあと二日乗り切れば夏休みに入るのだが、今は夏大。明日の試合に勝ち、万が一にでも甲子園に出れば夏休みは野球漬けで休みなどなくなってしまう。

 

 しかし、それは仮定の話だ。

 青道を倒したからと言って西東京を制した訳では無い。もっと言えば、青道よりも強く高い壁があと二枚も残っている。それに辿り着くのにも、数々の修羅場を潜り抜けなければならない。それは針の穴に糸を通すように狭い門を突破しなければならない。

 

 

「問題は明日だな」

 

 何度も言うが今は夏大、試合に試合と連戦が続き疲れも溜まっていない訳では無い。一戦一戦の勝ちに喜びこそあるが、直ぐに切り替えなければいけない。

 青道に勝った。それは誇らしいことだ、誉と言ってもいい。

 

 だが、それでも夏大は勝たなければ甲子園に行けない。

 それが高校野球というものだ。

 

「成孔だったか」

 

 真田がトーナメントを思い出して樟葉にいう。

 成孔は三強とまでは行かないが、十分に強豪と呼ばれるに値する高校だ。

 持ち味は打撃力とあるチームと被る所もあるが、技ありの青道とは違い完全パワー型である。球場で試合を見たが、どう見ても高校生とは思えないガタイだった。

 

「全員に一発があるチームだから気が抜けない」

「でも青道を完封したんだから行けないはないだろ?」

「過度な期待をするなよ、あれは絶好調でノッてたからできただけ」

 

「そんなもんか?」

「そんなもんだ」

 

 明日は試合なので、ブルペンでは軽く調整する以外のことはしなかった。

 

 

 

 △〇◎!! 〇

 

 

 

 ピピピ、とスマホ独特の機械音で朝の三時に目が覚める。

 朝食はご飯に目玉焼きと焼いたハムにウインナーと手軽に済ませて、自転車で新聞配達のバイトに向かった。

 

「あ、樟葉君おはよう」

「おはようございます」

「学生でこのバイトってキツいでしょ。しかも今日は試合なんでしょ?」

 

 バイト先の先輩である美山さんが話しかけてきた。

 朝が早いからこのバイトは徹夜で来る人も少なくない。

 

「あれ、僕って美山さんに部活してるって言ってましたっけ?」

「いやいや、樟葉君。君スポーツ新聞に少しだけ載ってたんだよ?? 昨日配達してた時に気付いた」

 

 載っていたことは知っていたけど、あれは隅っこの方だったと思うのだが。

 

「いやー。コンビニの店員さんがね、この写真っていつも配達に来てくれてる人じゃないですか? って聞いてくれたんだよね。それで分かったんだー」

「よく見てますね、コンビニの店員さん」

 

「僕もコンビニの夜勤入ったことあるからさー。暇なんだよねー。だいたい来る客決まってるし、顔覚えちゃうんだー。それのおかげじゃないかな?」

「なるほど」

 

 

「じゃ、配達してくるよ」

「分かりました、僕ももう少ししたら行きます」

 

 原付で配達する美山を尻目に、自分の配達専用の自転車に跨りペダルを漕ぎ始めた。

 

「あー眠っ。ちゃっちゃと終わらすか……」

 

 

 

 

 

 △△△△△△△。

 

 

 

 

「おはよー」

 

 試合会場へと向かう前に、一年生組で集合してから電車に乗った。

 特急がとまる大きな駅での待ち合わせだったので、見つけるのに時間はかかったが樟葉が最後といういつも通りの感じで電車に乗った。

 

「俺、思うんだけどよ」

「電車の中だ、静かにしろ」

 

 阿部がいつもの調子でおちゃらけようとしている所を、平畠が止める。真面目故に電車内のマナーは人一倍厳しい。

 

「移動が電車ってどういうことだよ」

「うるさい、黙れ」

 

 続けて米原が阿部にツッこむ。

 

「他の高校ってバスじゃん!? なんで俺らだけ電車なの!? 高野連は手配してくれないの!?」

「知らねぇよ、黙れ」

 

 そんな試合前で緊張を解すための雑談は、次の駅に着くまで続けられた。

 みんな分かっているのだ……あの青道を倒したという意味を。

 

 駅で異様に見られたあの視線。

 大物食いをするというのはどういう意味か……。

 強豪を負かすということはどういうことか……。

 

 それを身をもって体験している途中なのだ。

 

 

 

 

 

 

 






前回のアンケートについて……ゴメン、あれは半分ネタ(笑)
実際バンドリの氷川日菜は好きだから誤解はしないでね。おちょくった訳じゃないよ。

でも薬師にマネージャーみたいなのがいないとキツイかなーって思うのも事実。
極端な話し、黒バスの桃井みたいなやつがいないと来年の夏の丹波のフォークを初見で打つとか不可能だし…。



次回から試合に入るのでキリよく終わりました。短いけどゴメン。





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『誰がこの展開を予想できたでしょうか!!??』

 

 アナウンスが流れ、観客は当然と思いながらも少しは期待していた分落胆を隠せないでいる。

 

 

 薬師4ー成孔14

 

 圧巻のピッチングを見せた樟葉がマウンドをおり、その次の2年生ピッチャーが投げ大量失点を許し薬師高校は夏の大会を敗退した。

 

 もし全て樟葉が投げていれば……。

 

 スポーツの世界おいて結果が全てであり、他のことは必要ない。

 シンプルな勝利と敗北。それ以外は誰の目にも止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 △、!?? △

 

 

 

(なんか、ボールに回転がよく伝わる)

 

 そんなことをぼんやりと思っていた樟葉。

 球速は青道戦と比べれば遅いものの、指にくる感覚はいつもの二倍近く伝わっていた。

 

 

『三振!! 西東京のスーパー1年生樟葉誠、今日も絶好調です!!』

 

 三回まで一打も許さないピッチングが続いていた。

 完璧と言っても差し支えない。完璧主義では無いものの、こうやって記録の伸びる感覚がたまらなくなっていた。

 

 今まで、自分は真田の代わり。

 投球としてでは無く、野手としてマウンドに立っていた樟葉は。青道戦で一皮剥け、投手としての自覚を持つようになった。

 

(三振……気持ちいい)

 

 左手を開いては握りしめと感覚を確かめる。

 

 

 その勢いで四回も三人で乗り切り、ベンチに帰った。

 だが、そこから薬師は崩れ始める。

 

 贔屓抜きにして樟葉は天才だ。

 圧倒的な回転量で、浮き上がるように見え当たったとしても威力で押し込まれる重い球。

 1つしか武器がないのにも関わらず、その性能が良すぎる故に全ての障害をその一本で跳ね除ける。

 

 これで高校から投手を始めたのだ。

 天才以外に似合う言葉はないだろう。

 

 だが、それに付き合わされる方は? 

 

 毎球140後半の特殊なストレートを受ける身は? 

 気分で150代にのるストレートを投げるのを受け取る身は? 

 それを一試合続ける身は? 

 

 

 

 

「───!!!!!」

 

 

 言い方は酷だが……天才と張り合うにはそれ相応の才能が必要になる。

 

 

 

 

 

 

 

 △△。!? △

 

 

 

 

 2年のキャッチャーの手が腫れ上がっている。

 今まで振り逃げやパスボールがなかっただけ、誰も疑っていなかった。

 現にキャッチャーは守備手袋を付けていたので、異変には誰も気付かなかった。

 

 しかし考えれば普通のことだ。

 投手としてフォームが固まり始めたのが、夏大の始まる1ヶ月前くらいのこと。何度もその期間で球速が上がり、その度にストレートに磨きがかかる。

 大会中の成長率は群を抜いている。

 

 自己ベストを更新したり、150代をコースに維持させるなど格段に成長を遂げている。

 

 

 キャッチャーは結論から言えば樟葉の成長についてこられなかったのだ。

 目を慣らすことも、捕球することも。

 日々成長する樟葉に。

 

 

 取り損じ。

 それは一度や二度では痛いだけで終わるが、何度も続いた場合には話が変わってくる。

 

 準々決勝。

 シードではなかったので、1回戦から4回戦まで全て樟葉のボールを受けており。4回戦の青道戦で大きく成長を見せた樟葉。

 

 

 キャッチャーの手は、既に捕球がままならない状態へと陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 〇〇◎! 〇◎! 

 

 

 

 

 5回の守備。

 投手と捕手が代わった。

 

 捕手はそのまま交代、樟葉はセンターへと行き試合が再開される。

 3ー0とリードしていたのにも関わらず、余裕の色は消えた。

 勢いのあるチームや弱小校が勝ち上がるには、どうしても1人や2人の天才が必要になる。

 それはホームランバッターやアベレージヒッター、鉄壁の守備や精密機械のような投手。

 

 それは必ず必要になる。

 勢いだけでなんてことの無い公立校が甲子園を制覇できるか?? 

 

 断言しよう。それは不可能だ。

 

 だから焦る。

 一点でも奪えば、樟葉なら守り切れる。

 

 そう心のどこかで思っていた。

 そしてそれは確信へと。

 

 だが今ピッチャーとしてマウンドに樟葉はいない。そして故障中の真田でもない。

 2年生のバッテリーだ。

 

 いくら打って勝つチームだったとしても……。

 

 天才が投げない無名校が、成孔を抑えられる訳がなかった。

 

 一矢報いて一得点上げたが、大量の安打からの本塁打が重なり。6回コールドという結果で薬師高校の夏は幕を閉じた。

 

 

 

 △、!!? 〇

 

 

 

 

 

 

 自問を繰り返す。

 

 ──速い球を投げたのが悪かったのか……。

 ──特殊な球筋だったから悪いのか……。

 

 どうすれば勝てたのだろう。

 どうしたら良かったのだろう。

 

 分からない。

 よく父親に言われていた言葉を思い出す。

 

「勝ちはたまたま、でも負けには必ず理由がある」

 

 父親は樟葉と同じで野球人だった。

 だが怪我をしたらしく高校で野球からは身を引いたらしいのだが、樟葉にとって父はテレビで映るプロ野球選手よりも輝いて見えた。それにつられて野球を始めたと言ってもいい。

 

 その父の言葉が何故か頭から離れない。

 昔は『矛盾してないか?』とよく思っていたが、今になってよく分かる。

 本当にその通りなんだと。

 

 負けたのには自分に理由があるはず。

 他人にそれを擦り付けてはならない。

 

「お前のせいじゃない」

「運が悪かっただけだ」

「ここまで勝ちあがれたのはお前のお陰」

 

 口を揃えてそう言う。

 でも、そうじゃないだろ。

 

 負けは負けだ……。

 

 

 何度繰り返しても、自問の答えは出てこないままだった……。

 

 

 

 

 

 

 △、!? 。

 

 

 

 

 夏の大会が終わってから初めての練習。

 今回は遅れることなく、朝イチから監督の所へと樟葉が尋る。

 

 

「監督」

「なんだ?」

 

「俺にストレートを教えて下さい」

 

 夏の悔しさをバネに。

 もうあんな思いはしないでいいように。

 

「持ち味が消えるかもしれないぞ」

「それでもです」

「キャッチャーのことは気にしないでいい」

「それでもです」

「本当にいいんだな?」

「俺が、前に進むために」

 

 一か八かの大一番。

 ここで更なる昇華をするか、それとも落ちるか。

 

 雷蔵の監督としての技量が試される。

 

 

 

 

 

 〇◎!!!!!! 

 

 

 

 

 

「とりあえずフォームが固まるまではネットを使って投げろ」

 

 練習で怪我をされるのは困る。

 急成長をする樟葉についてこられるだけのキャッチャーは、今は(・・)薬師にはいない。

 

「まずはお前のストレートを投げてみろ」

 

 雷蔵に言われた通りにネットへ向かって腕を振り下ろした。

 風を切る轟音と共に、ネットが揺れる音が聞こえる。

 

「それがお前のストレートだ。それで今からお前が覚えるのが……」

 

 そう言いながら雷蔵は樟葉に次投げるストレートの持ち方と投げ方を指示する。

 体を縦回転に使い、バックスピンをかけないストレート。

 

 樟葉は投げる。

 しかし、先程のストレートに比べれば速さも制球力も格段に落ちるストレート。だが────沈む。

 

 

「これがお前が投げたがってたジャイロボールだ。ってか何一発目から形出来てんだよ、教えることねぇじゃねぇか。お前のストレートはボール一個分上だ、逆にジャイロボールは一個分下。青道戦で分かったと思うが、どれだけお前のストレートが特殊でも目が慣れてこれば打たれるもんは打たれる。青道の三番と四番は完全に読み切られていた。

 ストレートと同じ速さでボール二個分の違いがあれば……お前はもう一段階上へと進化する」

 

 

「監督、これを覚えたら俺は日本一の投手になれますか?」

 

 何日か悩んで出した答え。

 負けないためには……勝つためには。

 独りよがりかもしれない。思い上がりかもしれない。それでも……。

 

 

「俺はもう、負けたくない」

「──バカかお前」

 

「怪物1年生って言われて思い上がったのか?」

 

 

 

 

 

「いいか? お前には足りないものが山ほどある。初見だから上手くいっただけだ。ここから2種類3種類のストレートに決め球の変化球、カウントを取りに行く変化球と、お前には足りないものが山ほどある。

 ──でも、その1つ1つを身に付けたら……なれる、日本一の投手に。何せ甲子園に俺を連れてくんだろ? 日本一の投手くらいいないと箔がつかねぇだろ」

 

 一つ間を置く。

 ため息をこぼすようにして……。

 

 

「もう一度言ってやる。その全部を身につければ……成れるぜ──日本一の投手に」

 

 

 




一二年生の夏大の負けた時って現実だと、ドラマも感動する話もなくて本当にあっという間に終わる。(持論)
負ける時は呆気なく負ける(持論)


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「真田、ちょっとカットボール教えてくれ」

「え? ジャイロボール習得してたんじゃなかったの?」

 

 甲子園が終わり、夏休みも終わり秋へと準備するこの段階。

 樟葉は特殊なストレートと新たに覚えようとしているジャイロボールを習得しようとしていたはずなのだが、真田のところへ来て変化球を教わろうとしていた。

 

「ジャイロは多分大丈夫、あとはキャッチャーがある程度捕球できればってとこ。だから投げられないにしても変化球は覚えておきたいんだよ」

 

「投げれるようになってもキャッチャーが捕ってくれないんじゃ仕方ないだろ。らしくないじゃん本音は?」

「なんか変化球投げられたらカッコイイ」

 

「だよな。お前変なとこでガキだな」

「いいだろー減るもんじゃないんだから変化球教えてくれよー」

 

 いつも以上に絡みがだるい樟葉に、若干嫌気のさしていた真田。

 返答はいつもよりも早かったという。

 

「分かったから離れろ、まだこの時期は蒸し暑いんだよ」

「ほーい」

 

「てかなんでカットボールなの? お前スライダーの方がいいって言ってただろ?」

 

 真田は打ってとるピッチャーだ、逆に樟葉は三振を取りに行くピッチャーである。

 樟葉自身も三振の快感を覚えたので、それをしたいと思っているはず。

 なのに何故カットボールなのか? 

 

 カットボールは本来打者を詰まらせるために考案されたボールだ。空振りは余程のことがないと取れない。

 

「カットボールなら打たせて取れるから、キャッチャーも楽かな……って」

 

「……」

 

 夏の負けは思っているよりも樟葉には刺さっているように見える。

 一球でもキャッチャーに捕球させない。

 

 自分でも気づいているのだろう。

 樟葉のストレートは異質だということを。

 

 それが強豪校のような選手層の厚い場所なら良かっただろう。

 だが今の薬師高校にそれは無い。樟葉のボールを完全に受け止めてくれる捕手など。

 

 だからそれは一種のコンプレックスのようなものになっているのだと真田は気付いた。

 

 理解できなくはない。自分のせいで一つ上のキャッチャーを怪我させたことに負い目を感じることは。

 だけど、それのせいで自分のプレースタイルまで変えることは無いだろう。

 

 だが言えない。

 

 それだけは言えない。

 

 自分が通用したかは分からない。

 だけど……。

 

 故障なんてして、夏を樟葉一人に任せっきりだった真田には何も言うことが出来なかった。

 

「まぁいいや、とりあえず見とけよ。お望みのカットボール見せてやる」

「お、いいねぇ」

 

 体の使い方やボールの軌道。

 何球か見てから、打席にも入って見てみる。

 

 

 胸元を抉り込むようなえげつないボール。

 自分がバッターだったとして、そしてストレートを張っていた時。このボールが来たら……。

 

 確かに無理だ。

 必ず詰まってしまうな。

 

 上手くグリップを内に入れて芯をズラしても、正直打てるかは微妙なところ。

 

「変化球ってすげぇな」

「初めて変化球を体験した奴はどんな顔してたんだろうな」

 

「何それ」

 

 確か初めて出来た変化はカーブ。

 みたいな雑談をしながら、真田はブルペンで。樟葉はネットに投球を開始した。

 

 真田に言われたことを思い出す。

「フォーシームの握りを少しだけ外に逃がす。あとは引っ掻くみたいな感じだな。引っ掻きを強くすればスライダーになって、球速を上げようと押し出しつつ引っ掻けばカットボール」

 

 それに通じるものを樟葉は一つ知っている。

 つい最近まで身につけられなかったジャイロボールだ。

 

 あのボールは螺旋回転など、体の使い方や指のかけ方がいつものストレートとほんの少しだけ違う。

 有名なプロ野球選手の発言では「ジャイロボールは存在しない、ただのスライダーの抜けた球だ」とも言われている。

 

 だからある意味この球を覚えようとしたことは正解なのかもしれない。

 それは近いものであるから故に。

 

 

「やべ、いい感じだ」

 

 習得にさほど時間はかからなかった。

 真田に教えて貰ったやり方とは違うけど、それでも横への変化を覚えることが出来た。

 

 

 〇◎!!!! 〇

 

 

 

 学校中に響き渡るような快音。

 続いてそれは学校の校舎へと突き刺さるような鋭い打球だった。

 

 

 ──カハハハハ。

 

 

 学校の方で用事があったので練習に少し遅れた樟葉。

 グラウンドの方を見ると、練習着とは一人だけ別にジャージを着た人がいた。

 最初はまた誰かユニホームを忘れたのか、と思ったがよく見ると違う。

 

「遅れました……ってか誰すかこの子」

 

 一向に笑い止まない少年とそれを呆然と見つめながら守備位置にいる薬師の選手。そして大変機嫌の良い監督。

 

「おうクズ遅かったじゃねぇか」

「え? 俺なにかしました? 第一声から罵倒って酷くない!?」

 

 バッターボックスに立っている恐らく中学生がずっと笑っているのが、自分を笑っているのではないかと謎の思考回路に陥り少し機嫌が悪い。

 

「あーあれはな、俺の息子だ」

「……息子?」

 

「そうだ、今真田と対決しててな。校舎直撃ホームランよホームラン。どうだ? ウチの息子すげーだろ」

「いや、凄いも何も俺まだ見てないんすけど」

 

 現に来たのはついさっき、選手たちはその一球以降動いてないようかので追加のそれは無い。

 

「ついでにお前もちょっと捻られてこい。新兵器を試すにはちょうどいいだろ? なんたって真田程のピッチャーからホームランだ、ポテンシャルはお前と張るぞ」

「なんスかそれ、面白そうじゃないすか」

 

 そう言いながら、少し嬉しそうな顔をしてアップを始める。

 

 

 

 

 

 

 〇!!!! 〇◎!!!! 

 

 

 

 

 程なくして真田と変わり、監督の息子と対峙した。

 本当にずっと笑いながらバッターボックスに立っている。

 

 人間って笑いすぎたら死ぬんじゃなかったっけ? 

 

「それじゃぁ始めようか」

 

 走っている途中に真田との対決を見ていたのでわかる。この打者はアベレージというよりもパワーヒッターだ。

 常にフルスイングで、鋭くコンパクトかつ大胆に。

 

 現に今まで聞いた打球の音や伸びが比ではない。

 

 慢心は拭い、一人の敵として認識する。

 それこそ夏の青道や成孔を相手にするほどの緊張感を持って。

 

 まずは小手調べ。

 低めにストレートを。

 

 プレートを確認しながら、投球フォームに移行する。

 一連の動作は最初こそぎこちないものだったが、今となっては流水のように淀みのないフォームとなっている。

 教科書のお手本通りのような綺麗な投球フォーム。

 

 変則でもなく、それは正に王道。

 

 ミットに収まる轟音と、バットが空を切る轟音。

 互いの音が、選手に緊張感を与える。

 

 

「カハハハ。すげぇ、ボールがこう──ギュン! って伸び上がってきた!! すげぇ!! すげぇ!! 生き物みてぇ!!」

「ストライク一つでここまで盛り上がるもんなのかね?」

 

 たかが一球。しかし雷市にとっては初めてのイメージでは無い実物の化物の球。

 喜ぶなという方が無理である。

 

 握りの微妙な違いや、回転の掛け方の違い。

 その両方を何度も試行錯誤した樟葉は、持ち味が消えるどころか更に伸ばすことに成功した。

 これは雷蔵の手腕とも言えるのだが、それについてこられる樟葉もやはり化物クラス。

 

 夏と比べると、ボールのキレは一回りや二回り鋭くなっている。

 初見とはいえ中学生の雷市が打つには荷が重い。

 

 

「じゃ次行くぞ」

 

 続けて狙うはアウトロー。

 そこまで際どい場所は狙わず、真ん中からややそれは場所にキャッチャーは構えた。

 

「さっきのじゃ間に合わない、もっと速く、鋭く!!」

 

 ──カッ!! 

 

 

 バットとボールが触れ、ファールとなる。

 やはりと言うべきか、浮き上がるボールに慣れていない雷市にとってこの球は未知の領域だった。

 抉るような横の変化、消えるような縦の変化、鋭く沈む斜めの変化。

 そこいらは頭で想像できるが、浮き上がるボールまでは予想したことがない。

 

 イメージのストレートと、樟葉のストレートを頭の中で修正する雷市。

 実際雷市はバカだが、スポーツに関し……野球の打つことに感じてだけは恐ろしく頭の回転が早くなる。もしくは野生の勘。

 

「上から、こうっガンッて!! こう! こうか!?」

 

「面白いやつだな。それじゃあ真田の弔い合戦のケリをつけようか」

「勝手に殺すな」

 

 フォームはほとんど変わらない。

 打席に立てば違いなんて見抜けないだろう。

 

 それでも……。

 

 

(速っ!!)

 

 雷市は頭より体が先に反応した。

 ゾーンに入ってかつ、速度が先ほどよりも少し速い。

 

 フォームはどちらかと言えばダウンスイングで確実に上から当てに行く。浮き上がる球も、先に上から上がる軌道上にバットを持っていけばいい。

 それだけのイメージは二球で足りていた。

 

(──!! 沈ッ!!!)

 

 

 ここでボールは浮き上がらない。

 むしろ沈むような、縦の変化では無い。それにしては球速が速すぎる。

 かと言ってスプリットでも無いし、先程まで見せられていたストレートでも無い。

 

 

 バットは空を切り、ボールを捉えることは出来なかった。

 

 ────三球三振。

 

 

 後の薬師高校不動の4番となる打者の、初のエースとの対決は完膚無きまでに叩きのめされた。

 

 

 

 △〇〇◎! 

 

 

 

 

(おいおい、マジかよ)

 

 雷蔵にとって雷市は自慢の息子である。

 親の身贔屓なしにしても、雷市は屈指の打者に違いないだろう。

 

 何せ自分が一から鍛えたのだから。

 そこいらの選手とは訳が違う。

 

 三球三振なんて以ての外だ。

 真田からホームランを打ったという時点で、雷市の調子は悪くない。

 むしろ雷蔵から見て絶好調といって差し支えないだろう。

 

 しかしだ。それを樟葉は完膚無きまでに潰した。

 

 しかもストレートだけで。

 何やら変化球も覚えている途中らしいのでそれも加われば……。

 

 

 だが、少し待って欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今のストレートは全力だったのか? 

 

 

 それは否である。

 樟葉のストレートはMAX154㎞

 

 今の雷市との勝負で出したのは精々140前半だけ。

 つまり全力のストレートではないのにも関わらず、雷市を三球三振に仕留めたのだ。

 二種類のストレートだけで。

 

 

 ここまで行くと才能や天才などの言葉では表せない。

 もう、そんな次元の話ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 化物の類だ。

 それが一番ふさわしい。口には決してしないが、密かにそう思っている雷蔵だった。




暴れるのは2年生から。
もう少し後から変化球の予定だったんですが、原作の天久に先越されそうだったんで一年くらい早くぶっこむことになりました。


ハイスクールDxDを書きたい。息抜きしようかな…


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「ずっと待ってたんだよね。ハッキリさせようじゃんか。どっちが上か解らせてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 △!!! 〇◎△

 

 

 

 秋の大会。

 キャプテンのくじ運は最悪に悪かった。

 

 何せ今年の西東京の覇者である稲実が初戦の相手なのだから。

 恐らく現時点で西東京では頭一つ出て最強だ。

 

 甲子園で暴れていた成宮は間違いなく1年生エースとなっているだろう。

 

「どちみち甲子園にいくには全部倒すんだ、遅かれ早かれ当たる。今日も勝つ気でいく」

 

 雷蔵はそう言いながら球場に入っていった。

 続いて薬師の面々も入っていく。

 

 しかし、薬師の面々の気は重い。

 先発は調子のいい真田で、樟葉は四番センター。さすがに真田でも稲実打線を無失点は難しいだろう。

 そして一番の懸念と言えば……。

 

「──成宮鳴」

 

 同じ1年生にして甲子園を経験した猛者。

 甲子園は各都道府県最強が集う場所だ、言い方を変えれば稲実レベルがゴロゴロいるような場所である。

 そこで活躍してみせた。

 

 それに薬師と稲実が戦うのは、もう一つ意味がある。

 

 

 

 

 

 

 

 △! 〇◎!!! 

 

 

 

 

「ウチ相手に二番手なんて気に入らなかったけど……案外やるじゃん」

 

 そう漏らしたのは稲実の1年生エース、成宮鳴だった。

 薬師の先発、真田に対して不満を持っていたが存外やれる。

 

 現に稲実は未だに一得点しか上げられていない。高校野球において一点は時に重いものだが、ひっくり返せない得点ではない。

 

 1ー0

 四回まで終わって、得点はこれだけしか動いていない。

 それは対策や研究を樟葉に絞っていたとはいえ、十分に真田も渡り合える……という事だ。

 

 背につける番号は10。

 1はセンターで温存中。

 

 

「やるじゃん……でも。一点あれば充分なんだよね」

 

 この世代最強の左腕に最も近いとされる【都のプリンス】成宮鳴はマウンドから薬師を見下ろす。

 

「ちょっと温存しすぎたんじゃない?」

 

 この回も三者凡退の完璧なピッチングを見せつけ、試合は折り返しの五回を終えた。

 

 

 

 〇◎!!! 〇◎

 

 

 

「アレで同期か……バケモンだな」

 

 樟葉はふと言葉を漏らす。

 何人かはそれをガン見して「お前が言うなクズ」とでも言いたげな目をしている……。

 しかし、成宮は凄い。

 

 名を轟かせる位なのだから構えてはいたのものの、だからどうしたと言われるように易々と三振を築き上げる。

 

 速球には樟葉のお陰で目が慣れているが、スライダーがどうにも打ち返せない。

 速球に変化球が加わるとどういうことになるのか……それを身をもって体験しているところだった。

 

「樟葉、お前からだぞ」

 

 消耗している真田の為にも点を取ってやりたいが、それが簡単な相手ではないのは打席に経てば分かる。

 

「はぁ────────────」

 

 バットを持って肺にある空気を全て吐くように吐き出す。

 意味不明な行動にベンチは樟葉を見て固まる。

 

 

「何や──」

 

 ってんだよ。そう言おうとした時樟葉は打席へと向かった。

 たまにこういった行為で緊張を解く選手はいるが、緊張とは無縁のようなこいつがする訳が無い。

 

 もう半年近く一緒にいれば何となくわかる。

 意味不明な行動や、性格が急に変わる瞬間……。

 

 

 ──樟葉は化ける。

 

 打席へと向かうその背中は、お調子ものであり、ムードメーカーであり。そしてチームの主軸として恥じない男の背中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 〇◎△! 〇◎〇

 

 

 

 

 エース対エース。

 西東京……いや、この世代No.1に最も近い投手の対決。

 

 本当ならば観客は投げ合いが見たくて来ていたのだが、これはこれで一興。

 会場は超満員。

 

 スタンドは埋まっており、外野の芝生にも人が流れている。

 誰しもが見たかった注目の投手戦。

 それは実現できなかったが、それでもこの二人の対決には唆られる。

 

 一打席目はセンター前ヒット、二打席目はセカンドライナー。

 

 両者共に完全ではない結果に納得出来ていない。

 白黒はっきりつける。

 

 

 

 故に成宮は、この打席原田に三振をとるつもりだと宣言している。

 そして樟葉は、必ず点をとる。そう真田に宣言している。

 

 どちらも譲れないものがある。

 それが勝負というものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 注目の第一球は、アウトローギリギリのストレートだった。

 

「ットライーク!!!!」

 

 主審の声が耳に響く。

(あれは初球から行く程じゃない)

 

 そう思い、構え直した。

 もちろん焦りはある、未だに点は取れておらず攻略の糸口すら見えていない。

 ランナーを三塁に送るだけでも至難の技だ。

 

「やっぱバケモンじゃん」

 

 異名を付けられる選手っていうのは総じて異物だ。

 天才の領域には凡人はどれだけ手を伸ばしても届かない。

 

 

 ──だが……

 

 

 打席でバットを構える男も、その類に含まれる男。

 

 

 打てぬ道理はない。

 

 

 

 ──カキーン!!!! 

 

 

 長らく出せなかった快音。

 投手成宮の頭上を超えるライナー性のあたり。

 

 本来ならセンターライナーで終わっていただろう。

 だが、天才は常識の一歩先のことを実現させる。

 

 

 センターのカルロスは見たことの無い打球に戸惑いを隠せないでいた。

 その1つは打球の速さである。

 ライナー性のあたりと言えど、外野まで飛べば失速しキャッチボール程度の速さに減速するのだが……。

 

 

(伸びすぎだろッ!!)

 

 それはノックの打球のように、全くブレることの無いバックスピンが掛かっており失速することなく上昇する。

 

 カルロスは走るのを辞め、ボールを見上げる。

 

 

 それは何かを悟ったからだった。

 

 

 

 

 

『は、入った──!!!!』

 

 

 四番としての仕事をこれ以上となく果たす。

 同点ソロホームラン。

 

 

 やっとの思いで追いついた薬師高校。

 続いて成宮は調子を崩すかと思われたが、後続のバッターから三振を奪い取り薬師は乗り切れずに守備へとついた。

 

 

 

 そして真田はファーストミットを付けて守備へとついた。

 

 観客やもしかしたら選手達でさえ、この対戦を見たかったのではないのだろうか。

 

 怪物1年生と騒がれた二人。

 

 

『選手の交代をお知らせ致します。ピッチャーの真田くんがファースト、ファーストの平畠くんがセンター、センターの樟葉くんがピッチャー。

 三番ファースト真田くん、8番センター平畠くん、四番ピッチャー樟葉くん』

 

 

 ? _?? &♡&_──→→&-……@#

 

 

 

 

 

「やべぇ、横から見ただけでブルったぜ」

 

 カルロスがそう零す。

 本来ならもっと点数を稼ぐと言えたのに、それを許さないほどのピッチング。

 

 投球練習の間だけで球筋を見切らなければいけない先頭打者のカルロスにとっては、焦りがでてくる。

 このピッチャーから得点できるのか……と。

 

 成宮を普段から見ているカルロスからしても、樟葉のストレートはそれだけ優秀だった。

 

 

「まぁ、タダではやられねぇよ」

 

 この秋で初登板の樟葉、注目の一球。

 かなり洗礼されたフォームに観客は酔いしれる。

 

 どこか野手投げらしさがあった投手だったが、今は誰が見ても投手として恥じることの無い淀みのないフォーム。

 よく言えば基本に忠実な投げ方である。

 

 体を上手く使い、放たれた一球。

 

 

 風を切る音がベンチからでも聞こえる異常さ。

 それは圧倒的回転量と圧倒的球速の2つがあってこその所業。

 

 カルロスは手が出せない。

 

「なんだよコレ」

 

 

 それはまるで何か別の生き物のような……。

 もっとそれはおぞましく、そして輝いて見える。

 

 

 続いて第二球。

 速度は初球と比べるとやや落ちるものの、回転に力を注ぎ込んだため大幅に浮き上がる。

 

 もちろん初球で上への変化を打てる訳もなく空振り。

 

 

(上への変化とか初めて見たぜ……だがこいつは直球しかない。上から叩けば球数を投げさせられる)

 

 先頭打者が三球で終わってはいけない。そんな当たり前のことをカルロスは考えて長打を捨てた。バットを少し短く持つ。

 

 

 そして第三球。

 タイミングは完璧に近いほど合わせることが出来た、上へと上がることを想定してダウンスイングで捕まえようとする。

 ヒットにならなくとも、間違いなくバットには当たるように……。

 

 

 だが……。

 

 

 

(沈ッ!!!)

 

 体はスイングと共に開いてしまい、まるでタイミングが外れ三振を取られたバッターのような姿になった。

 

(は? いま落ちた? だがストレートの軌道だった筈だ、初速から速度が落ちなかったが……なんだ今の球?)

 

 

 三球で仕留められたことよりも、カルロスは今の球種について考えていた。

 

(意味わかんねぇ。確かにこれはバケモンだ)

 

 

 

 

 

 

 

(鳴と同等? ここに一種類でも変化が加われば……鳴、良かったな。振り返ればライバルがそこに居るぞ。こいつの刃は、お前に届く)

 

 

 

 

 同点ソロホームラン。

 三球三振。

 

 

 やや稲実寄りだった球場は、薬師一色と変わった。

 




??「ああ、だいぶ遅い。回転にパワー使ったからな」


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7月の30日から長いこと眠らせてたこの作品、随分と長くなったけどお久しぶりです。
とは言っても色々と書いてるから久しぶりって訳でもないかもですけど、それでも久しぶりです。

時間をかけた分いい回になったと思うので、よければ最後までお付き合い下さい。


 交代後に好投を収めた樟葉は、続く最終回まで完璧なピッチングを見せる。表の攻撃で点をとることが出来ず、薬師は同点のまま9回表を終える。

 薬師はここを抑えて延長で勝ち越しをしたいところだが、相手の打順が頗る悪い。

 

 

 ──カルロス。

 

 足もあり長打もある、現時点で最も警戒する男だ。

 それは一打席見られているというアドバンテージがあるからにほかならない。

 

 確かに樟葉のストレートは特殊である。

 しかしここにもう一種類の直球が加わったことは既に稲実も確認済みである。

 最初こそ目を疑う程だったが、正体が割れればなんてことも無い。簡単に言えば特殊でないストレートだ。

 元々樟葉のストレートはバックスピンが尋常ではないほど掛かっており、それが本来のストレートのように重力に釣られて落ちにくいというのが浮き上がる球の正体である。故に樟葉のストレートは思ったよりも落ちないストレートなのだ。

 だからといってその投げ方で違う直球を作るのは難しい。

 

 樟葉本人でさえ、何故そんな特殊なボールを投げられるか説明することは出来ないのに、思った通りにボールを落とすなど不可能と言えるだろう。

 だから樟葉はストレートの投げ方を変えた。

 それがココ最近まで磨いていたジャイロボールである。

 

 ジャイロボールは普通のストレートとは回転か全く異なるもので、空気抵抗を受けにくいという性質を持っている。

 そして初速とほぼ変わらずにキャッチャーまで辿り着くのだ。しかし、それが目当てで樟葉はジャイロボールに目をつけたのではない。

 確かに今説明した要素は凄まじい力なのだが、樟葉のストレートと比較するなら必要かと問われれば「そこまで」というのが結論となる。

 樟葉は浮き上がらないストレート軌道の球が欲しかったのだ、更にいえば沈むジャイロボールのようなものが。

 

 下の変化も習得したかったが、それはキャッチャーの捕球の難易度が上がるためやめた。

 しかし下の変化は強力だ、ただのストレートとジャイロボールを組み合わせる配球なら打たせてとるが基本となるが。樟葉の浮上がる球と、ジャイロボールならば充分に三振を狙える。

 

 ……しかし、それは初見ならではの話。

 最初こそカルロスを三振に出来たものの、二打席目となるとやはり一度見たと言うだけで『慣れ』ができてしまう。

 体で感じ、注意深く観察し、イメージを現実に起こす。

 

 

「ツーストライク、スリーボール!」

 

 主審の声が耳に届く。

 正直粘るだけなら樟葉は驚異にはなり得ない。

 

 タイミングを外す球や、軌道の変わる変化球があった場合はもっと違った展開になっていたかもしれないが……。

 

 ──樟葉の球は良くも悪くも一定なのだ。

 稲実レベルになれば甲子園に出ることも多い。そして甲子園レベルとなれば樟葉の球速と同等の投手と対戦することもあるし、そこに変化も加わって樟葉以上の投手となる相手と対峙することも無くはない。

 

 特殊だったとしても、ストレート一本の相手にそう何度もやられてくれる稲実では無いのだ。

 

 

「ボールフォア!」

 

 

 9回の裏、最終回で一番出しては行けないランナーを一塁に置いてしまった。

 

 

 

 

 ○○○○◽︎□△

 

 

 

 高校野球は順当にいけばMAX9イニング。

 そのためサヨナラが存在する後攻が好まれる傾向がある。それは1イニング攻撃をせずに勝てるというのもあるが、何より最終回での気持ちの持ちようが桁違いだ。

 もし点を取られており、追いつかなければならないのなら話は変わるが、同点での最終回、延長になるとつまるところ気が楽になる。

 

 追い込まれた状況では出せる力も出せなくなる、それが高校生というものだ。

 

「後がねぇな」

 

 樟葉がポツリと零す。

 俊足のカルロスに二塁を奪われ、薬師は最終回で崖っぷち。

 

 ノーアウト二塁という状況。

 あの俊足ならワンヒットで帰ってこられる。

 

 今回樟葉を中継ぎで出場させたのには理由がある。

 真田の経験値やキャッチャーの捕球など様々な要因はあるが、何度も言うように『慣れ』である。

 

 先発で出場していれば既に得点は奪われていただろう。

 

 確かに樟葉のポテンシャルは高校野球界で群を抜いている。

 それこそ何十年に一人というレベルで。だが、それはまだ原石なのだ。片鱗は見せるが、やはり全てを生かしきれていない。

 

 負けたくない、勝ちたい、俺はこんなもんじゃない! 

 

 そんな負けん気が、樟葉を鼓舞する。

 

 全ての力を使って投げる。

 それこそ止められていた最速のストレートを投げる。

 

 

 投げる! 投げる! 投げる!!! 

 

 薬師は強い! 

 稲実にも負けない!! 

 秋大を制して、甲子園へ!!! 

 

 

「ボールフォア」

 

 メンタルは日によって変わりやすい。

 晴れの日は明るいのに、雨の日は沈む。それくらいメンタルは周りに左右されやすい。

 

 

 青道高校を下した。

 今大会のダークホース。

 怪物1年生。

 

 誰もが期待する。

 誰もが頼りたがる。

 誰もが信頼する。

 

 

 その重圧が、今の樟葉には重すぎた。

 

 

 ノーアウト一二塁、心に余裕のない投手。

 ザルな守備に思う存分に捕球してくれない捕手。

 

 薬師の悪い所が良く見える。

 全て樟葉という大きな存在で隠れていただけで、成長なんてしていない。

 まだまだ出来ていない。

 

 強豪校に自力で勝つには足りない。

 

 

 観客も薬師の底を直視し、稲実の勝ちが揺るぎない。

 そう確信した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 △■□▪◇ー

 

 

 

 ノーアウト一二塁。

 

 やばい。

 勝たなきゃいけない。絶対に負けられない。

 強く在らなければならない。

 こんな所で躓いてなんて居られない。

 

 

 どうする。

 緩急を混ぜて──

 違う、その抜け玉を狙われているんだ。それこそ思うつぼだ。

 ならばもっと速い球を。

 

 ダメだ夏大と同じ事を繰り返す気か。

 

 なら変化球は──ダメだそれこそ速球より捕球できない。

 

 

 クソ、どうすれば。

 

 

 ──バン……

 

 

 頭に重いものが落ちてきた。

 それと同時に考えが止まる。

 

 …………え? ……なに? ……え?? 

 

 当然のように混乱する。

 訳が分からない──そうだ、今はピンチで。

 

 ──しまった!! ランナーが!! 

 

 

「落ち着け。なんか樟葉が焦ってるの見るのは新鮮だな」

 

 周りにはファーストグローブで頭を叩いた真田を筆頭に、内野手がマウンドへと集まってきていた。

 

「周りを見ろよ、俺たちはそんなに頼りないか?」

 

 いや、まぁ頼りないか……。と真田は続ける。

 その言葉は真田にとって重みのある言葉だ。

 

 夏大は途中から投手として丸投げ、この試合の得点も樟葉のホームランによる得点のみ。

 薬師の強みは全て樟葉あってものだ。

 

 守備も樟葉のピッチングあってのもの、打撃も樟葉が筆頭。メンタル面でも樟葉に救われることが多々ある。

 

「人と人とはってやつだ、俺らは崩れかけてるお前を見てちょっと安心してる」

 

「俺らは正直お前におんぶにだっこされてる、薬師が強いって巷で騒がれてんのは殆どお前のおかげだ」

 

「そんでも、頼りねぇかも知らないけどよ。頼れよ、俺らに」

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちは仲間だろ?」

 

 …………。

 いつから自惚れてたんだろう。青道を下した時か? いや、もっと前からかもしれない。本当は夏大の一回戦の時からだったのかもしれないな。

 上手くことが運んで、真田が落ちて。それで自分が何とかしなきゃって……。そんなことを考えていた。

 

 そうじゃないだろ。

 

 野球は個人競技じゃない。

 誰かに頼らないと、絶対に勝てない。

 

 どうしてこんな簡単なことを忘れていたんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──俺は…………弱い。

 

 

 弱さを恥じていたあの時。

 そんなもの恥なんかじゃないって、今ならそう思える。

 

 弱い、弱小、それでいいじゃないか。

 

 弱いままなのがダメなんだ。

 

 弱くては勝てない。

 

 弱いところから、そこから。

 

 

 ──みんなで強くなろう。

 

 

 

 

 △〇〇◽︎△

 

 

 

 

 スー、と一呼吸。

 肺に空気が入るのが分かる。少し空気が肌寒い。

 

 暖かい息を吐いたらそろそろ白くなる時期だな。

 周りを見る。俺の周りには仲間がいる。

 

 大丈夫だ、不安なんて何も無い。

 大丈夫だ、倒れそうになったら支えてくれる仲間がいる。

 

 

「悪かった!」

 

 頭を下げて謝る。

 自分が何とかしなきゃ! そんな気持ちが先走りすぎてこんなピンチを迎えた。

 

 もう大丈夫だ、仲間に頼る。

 それは恥ずかしいことなんかじゃない。

 

「俺は下手くそだから、後ろのお前らに頼る!」

 

「みんなで崩れそうな俺を支えてくれ!!」

 

『オウ!!!!』

 

 そう言ってそれぞれ守備位置へと戻っていった。

 捕手も絶対に逸らさない、思い切って投げろと言われる。

 

 

 いつぶりだろう。チームメイトの背中を見て頼もしいと思ったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし状況は変わらない。

 ノーアウト一二塁、絶体絶命なのは何一つ変わっていない。

 

 慣れられた樟葉という鬼札。

 真田も殆ど攻略済み。

 

 だが薬師の目は死んでいない

 

 

 樟葉の全力のストレート。

 それがミットへ向けて投げられる。稲実のバッターも少しだけ収められたミットの音を聞いて目を見開いた。

 

 速度がまた上がった。

 

 一回戦でいい球場でなかったこともあるが、速度は中々のもの。

 今までの全ての球より一段と速い。

 

 この土壇場での力強さ。

 

 それが樟葉の…………薬師高校の強みだ。

 

 

「ラッ!!!」

 

 2球目、少し高めに浮いたボール。

 稲実の右バッターは振りおくれでボールに当たる。

 

 上に上がると思っていたが、ジャイロ回転だったためにボールは沈んだ。

 バットの下の方に当たり、大きなバウンドの打球を生む。

 

 

 ゲッツーは無理だ。

 

 ファーストはそのまま一塁ベースを踏む。

 

 

 ワンアウト二三塁。

 

 

 大丈夫だ、打たれても後ろが守ってくれる。

 そんなことを思う。

 

 そしてそれは確信へと変わる。

 自分が凄いんじゃない、周りに支えてもらった俺が凄いんだ。

 

 自分一人で自惚れるなんて恥ずかしいことだ。

 

 

 樟葉は少しだけ気が楽になる。

 いや、その少しが樟葉にとってはとても大きい事だったのかもしれない。

 

 続く稲実のバッター。

 

 インローに、アウトローに、そしてインハイで詰まらせる。

 

 それは高い高いサードフライになって、二つ目の赤いランプが光る。

 

 頼もしい。俺の後ろはこんなにも頼もしいんだ。

 強くて、それでいて鼓舞してくれる。

 

 拙いところもあるが、俺の後ろはやっぱりこいつらがいい。

 

 

 9番カルロスからの9回裏の攻撃。

 カルロスが四球、その次も四球、その次が内野手ゴロで今のサードフライ。

 

 

 2年生ながらも4番の原田。

 デカくてゴツい。それでいてキャッチャー。

 

 強豪校は本当に一筋縄ではいかない。

 

 バックを信じないわけじゃない。

 でも、こいつは……三振で仕留めないと必ず打たれる。

 

 その確信は何故か薬師の守備についている全員が理解した。

 

 

「これが良き受難ってやつだな」

 

 樟葉は原田の内角に抉り込むような角度のストレートを投げ込んだ。

 ギリギリだがストライク。

 

 後ろからの声がよく耳に入る。

 真田の声、阿部の声、米原の声、平畠の声。

 

 同年代のアイツらの声が本当によく聞こえる。

 

 

 そんでその声が、勇気と力を分けてくれる。

 

 だからまだまだ攻めていける。

 

 

 

 2球目、インローへのキワキワへと投げ込む。

 少し外れてボール、原田にも少し危ない投球だった。

 

 

「負けてないぞクズ!」

「いけるぞクズ!」

「打たせていいぞクズ!」

「任せろクズ!」

 

 前言撤回。

 こいつら激励したいのか、それとも貶したいのか分からん。

 

 

 でも……

 

「……くっそ、グズグズうるせぇよ」

 

 そんな何気ない悪口のようなものが、余裕を持たせてくれる。

 大丈夫だ、まだ、俺は飲まれていない。

 

 

 3球目はアウトコースに決まる。

 少し甘いコースだったが、またしても上がった速度に救われた。

 

 だんだんと調子が上がり始める。

 

 

 まだ終わらない。

 ここを抑えて、それで必ず勝ち越す。

 

 

 続いて第4球目。

 

 インローへと投げ込まれ、原田の膝元へと───

 

 

 

 

 

 快音が響く。

 

 原田の打った打球は大きく横に逸れて、ファールゾーンの観客席に落ちる。それもあと少しでもズレていなければホームランになる。そんな打球だった。

 

 本当に危なかった。

 

 投手特有の打たれたあとのやるせなさが胸にこべり着く。

 

 だが状況は悪くない。

 得点圏にランナーがいることも、原田を打ち取れば問題ない。

 

 そう、打ち取れば……。

 

 

 この打者からアウトを取ることが、どれだけ難しいかは2周目なので分かる。

 この感覚は青道高校の東に似たものがある。

 

 

 気を向けばやられる。

 特大のファールで頬を引っぱたかれたような気がする。

 

 

「秘密兵器の出しどころ……ってやつだよな」

 

 

 樟葉の秘密兵器。

 それはジャイロボールだけじゃない。かと言って小便カーブでもない。

 本物の秘密兵器は隠し持つもの。

 

 夏大の時とは違い、その秘密兵器は樟葉の決め球と呼ぶに相応しいボールだ。

 なぜ今まで投げなかったのか、それは捕手の捕球の問題だけ。

 

 

 先程のタイムでの集まりの時にキャッチャーに言われた言葉。

 絶対に逸らさない。その言葉を聞いた瞬間に、この決め球を使うことは決まっていた。

 

 

 ──行きますよ。

 

 

 ツーアウト二三塁。

 ツーストライクワンボール。

 

 圧倒的有利な状況。

 

 

 ボールはコースに絞らなくていい。

 真ん中でしっかりと入れさえすれば、必ず打ち取れる。

 

 

 

 樟葉は洗礼されたフォームで投げる。

 

 全身を鞭のようにしならせ、ために溜めたパワーを一気に指先に伝える。

 

 元々樟葉はボールに力を伝えるのが上手い。

 それが特殊なストレートと繋がる程に。

 

 故にジャイロ回転もそれ程覚えるのに時間はかからかった。

 

 そして今から投げる球は夏と秋の間に完成させた球。

 

 スライダーの用に鋭く、そしてカーブのような沈みもある魔球。

 

 

 そして、ジャイロ回転の応用を使う球。

 

 

 

 

 ──スラッター

 

 

 

 原田は初めて見る軌道に戸惑うが、打つきは変わらない。

 バットがボールを捉えようとするが、スラッターの長所が良く出ている。

 スライダーの様に鋭く変化し、カーブの様に沈む。

 

 分かっている。頭では分かっているのだ、斜めに鋭い変化が来ることを原田は理解はしている。

 

 それでも──

 

 

(クソっ)

 

 分かっていても打てない。

 

 

 

 それが決め球(ウイニングショット)

 

 

 バットは空を切り、そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボールは捕球されることなく、後ろと鋭い軌道のままワンバウンドをついた。

 

 

 後ろの壁に当たった音で原田は走り始め、3塁ランナーのカルロスはホームへと突っ込む。

 

 

 

 薬師高校の秋大は、一回戦で姿を消した。




捕手の人……ホントにごめん。




稲実戦を作り始めたときから、スラッターを逸らして負けることは確定していたので久しぶりに書いたから話が変、ということはないと思いますが……大丈夫だったかな?

一応引退するまでどーなるかは既に決まっているので、筆が止まることはあっても辞めることはないと思うので気長にお願いします。


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