IS - 女装男子をお母さんに - (ねをんゆう)
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1.プロローグ

初投稿です。
投稿者ページも何が何やら……
甘やかしてくださいお願いします何でもしますから


「実は君に、女装をしてIS学園に通って貰いたい。」

 

「……え?」

 

「……君に、女装を、して貰いたい。」

 

「ええぇ……」

 

お髭がふさふさとした、とってもダンディーなお偉いさんに、真剣な顔でそんな事を言われた経験が、皆様にはございますでしょうか?

 

僕にはあります(半ギレ

 

現在進行形であります(大混乱

 

綾崎直人15歳、生まれつき女性ホルモンが強い体質なのかは分からないけれど、自他共に認めてしまうほど男には見えない見た目をしています。

容姿以外には取り立てて主張できることもない自分がどうしてこんなことになってしまっているのかと言えば、話は2週間ほど前まで遡ります。

 

1人目の男性IS操縦者である織斑一夏くんが公に発表されてから少し経つと、各学校では当然のように男子生徒へ向けた適正検査が行われました。

自分自身は特に期待していた訳でもなく、どころか当日は弟妹達が拾ってきたインフルエンザに当てられてダウン。その数日後にある再検査すら受けることができず、本来ならばそれでこの話題は終わるはずでした。

 

……ところが、

 

「大丈夫です!『綾崎くんならきっと乗れる!いや、むしろ乗れなきゃおかしい!』という先生達の総意の元、IS委員会に頼み込んで特別に検査が受けられることになりました!」

 

「検査の為にIS学園まで行く必要がありますが、交通費諸々は政府から出ますし、学校も公欠になります!安心して行ってきて下さいね!」

 

という、世界一ありがたくない配慮によって再々検査を受けることとなり、

 

 

 

その結果、

 

 

 

「………ほんとに動いちゃった。」

 

『打鉄』と呼ばれるISをしっかりと纏った僕の姿が、そこにはあった。

 

初めてISに触れた感想ですか?

波乱万丈の足音が聞こえました(半ギレ

 

『……え?ほんとに男が?』

 

『実は女の子だったりしない?』

 

『いえ、その確認は事前にしっかりと……』

 

『ってことは本当に2人目!?』

 

『あんなに可愛いのに!?』

 

『あんなに可愛い子が女なわけないだろ!』

 

『綾崎ちゃんは俺の嫁』

 

『男嫌いな私でもあの子なら……』

 

『おい誰かこいつ等つまみ出せ』

 

などと好き勝手な事を言われた挙句、通されたのは小さな個室。バタバタと慌ただしい部屋の外に対して僕の心は諦観と達観でそれは静かなもので……

 

……そんな静けさも目の前のダンディズム溢れるおじさまの一言で吹き飛んだんですけどね!もうやだこんな世界!!

 

「……女装、してくれないだろうか?」

 

分かったよ!やるよ!やればいいんでしょう!チクショーめ!!3回も言わなくてもやるよ!

 

スカートだろうとなんだろうと穿いてやる。

妹達に懇願されて偶に穿かされていた経験が役立ちました。(涙目

 




割と書き溜めてるのでポポポーンと投げて逃げます。


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2.織斑千冬も嘆きたい

いくら世界最強と言えど、ガッツリ働きながら2徹もすれば頭がおかしくなると思うのです。


 

「……あー、IS学園で教鞭を執っている織斑千冬だ。これから3年間、君を含めた問題児達の集まるクラスを受け持つ予定なのだが……」

 

「あはは、そうですよね、大変ですよね、女装して学園に通う問題児とかいますもんね、完全に変態ですもんね、普通近付きたくもないですよね、ゴメイワクヲオカケシマスホントゴメンナサイ。」

 

「……君も大変だな。」

 

真剣な顔で女装を懇願してくるダンディーなおじさまに了承の意思を伝え、軽い現実逃避をしていると、今度は目つきの鋭いレディースーツを着た美人さんが部屋へと入ってきた。

 

どうやら彼女が巷で人気のブリュンヒルデこと織斑千冬さんらしい。たしか孤児院にいる妹の1人が大ファンだと言っていたが、こうして実際に会ってみると妹が熱を入れていた理由がなんとなく分かるというもの。

 

世界最強であるほどの実力を持っているにも関わらず、容姿に優れ、かつ彼女の人柄もかなり硬派な印象を受ける。

異性よりも同性に愛されるタイプというか、色々な意味でブリュンヒルデとしての期待を裏切らない人物であり、第一回モンド・グロッソから数年の時を経た今でもファンが増え続けるのも当然と言えるだろう。

 

……そんな彼女の同情は身に染みるなぁ。

 

 

「あの、これから僕はどうなるんでしょう。」

 

「……そもそも今回君が、その、女装をだな?して入学してもらう理由なのだが。」

 

「はい……」

 

「あー、私の愚弟がISを動かしたという話は聞いているな?」

 

「織斑一夏くんでしたか。報道で何度も名前を聞きましたが、やっぱり弟さんだったんですね。」

 

「ああ、そうだ。それ故にあいつは一応私の弟として、ある程度の立場が保証されている。

……君は男性操縦者の価値というものについてどう思う?」

 

「ISの謎の解明、女尊男卑主義の行末を握るとっても貴重な存在ですよね♪各国の研究者と女性権利団体、果ては身代金目的の小犯罪集団からも狙われる可能性のある超重要人物です♪一人で外を歩くことすら難しくなると思います♪」

 

「……そんな超重要人物になった感想はどうだ?」

 

「死にたい、今すぐ過去をやり直したい……。僕はただ子供達の世話をしながら笑って暮らしたかっただけなのに……。」

 

「……なんかすまん。」

 

最早ヤケクソである。

初の男性IS操縦者である織斑一夏が公表された夜に孤児院の経営者であるマザーと討論した彼の行末が、まさか自分のものにもなるなどと誰が思うだろうか。

いや誰も思うまい。(反語

 

ただ、ここまで来れば目の前の悪戯な表情が一瞬で掻き消えた彼女が言いたいことはなんとなく分かる。

その解決手段が女装というのがなんとも言えないが……

 

「……要は僕には"ブリュンヒルデの弟"みたいな肩書きもなく、支えとなるようなバックも無いので、今はその存在すら誤魔化すべき、ということですよね。」

 

「加えて言うなら学園と日本政府がパンク寸前だということも理由の1つだな。私の弟ということで一夏はある程度世間に受け入れられているが、それでも我々は連日徹夜仕事が続いている。ここに何の後ろ盾も持たない一般人である君の存在が知れ渡るとなれば……」

 

「……死人が出ますね。」

 

「運営に支障が出るのは間違いないだろうな。つまりそういう理由で君の存在は君がある程度の立場を確保し、世間が落ち着くまでは秘匿しておきたい。それでも身柄の安全と監視のためにIS学園には入って貰うがな。完全にこちらの事情で申し訳ないのだが、君の存在がバレない限りは一般生徒と同じくらいの自由は保証できる。悪い条件では無いはずだ。」

 

「今日の結果を無かったことに、とかは無理ですか。」

 

「無理だな、なんだかんだと言っても君のように秘匿されていなければ世界で2人しかいない貴重な男性操縦者だ。手放すには価値が高過ぎる。」

 

「ですよね……」

 

色々と文句はいったが、それでもモルモットにされるよりは比べ物にならないくらいの高待遇であることに変わりはない。

所詮は織斑一夏のような強力な後ろ盾もない孤児院暮らしの1学生だ、その記録を消す程度のことなら容易に行えるだろう。

そうしないのが単純な善意なのか打算なのかは分からないが、女装さえしていればいいのだ。

そう、女装さえしていれば……!

 

くそぅ!

 

「正直なところ、我々は君の容姿に心から感謝している。初めて君の学校の教師から写真を送られてきた時にも思ったが、正直ここまでとは思わなかった。もし君が一般的な男性の容姿をしていれば私は今頃栄養ドリンク漬けになって死にかけていただろう。」

 

「……褒められてるのでしょうけど微妙な気分ですね。」

 

「安心しろ、女装のスペシャリストは既に確保してあるそうだ。君ならきっと素晴らしい女性になれる。私も完成が楽しみだ。」

 

「壊れてません?もしかして貴女もう壊れてません?多分普段は真顔でそういうこと言うキャラじゃ無いですよね?」

 

「まだ2徹目だ。」

 

「寝てください!30分でいいから!」

 

「膝を貸して欲しい……」

 

「いいですから!好きにしていいですから!どんだけブラックなんですかIS学園!?」

 

「真耶、すまない……君に書類仕事を全て押し付けて私は美少年の膝の上で……」

 

「早く寝ろ!!」

 

もしかしてあのダンディーなおじさんも徹夜で頭がおかしくなっていたのでは?

そんな疑問を持ちながら世界のブリュンヒルデを膝枕するという貴重な体験をした。入学したら少しくらい先生の手伝いをしようと心に決めた。




女装系のゲームだと"つり乙"、"おとボク"あたりも好きです。


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3.そろそろ僕も嘆きたい

一人オリキャラとオリ企業が出ますけど、多分これから先ほとんど他には出ないのでゆゆして。



 

『乙女コーポレーション』

 

通称『乙コー』

 

化粧品から洋服、アクセサリー、大人のオモチャ、果てはマッサージ、整形、ホテル経営など、様々な分野を手広く扱っている有名企業である。

【誰だって乙女になれる】という言葉のもと活動しており、とあるバラエティ番組では依頼者を全力で乙女にするという謎コーナーがあるほどだ。

しかし男であろうと女であろうと経営陣も含めて全力で取り組むことから、これがまた非常に人気のある企画となっている。僕もたまに妹達と共に視聴していた。

 

さて、そんな会社にどうして僕がいるのかと言えば……

 

「まあ、女装ですよね。」

 

むしろそれしかない。

 

「女装自体は今もしているのだがな。……くくっ、なかなか似合っているぞ。服装を変えただけだが、今の時点でどう頑張っても男には見えんほどだ。」

 

「……千冬さん、なんだか少し意地悪な先生風吹かしてますけど、それ膝枕されながら言う台詞じゃありませんからね?また徹夜したんですか?」

 

「……まあ、徹夜はさておきだな。どうにもお前の膝枕は心地が良い。あの後、真耶にもしてもらったが何処か物足りなくてな……何が違うんだ?」

 

「後輩の同僚に何やらしてるんですか……まあ膝枕に関しては昔から妹や弟達によくしてましたから。姿勢が悪かったりすると眠ってくれませんからね、頭の撫で方とか色々工夫した覚えはあります。」

 

「教え子と後輩に膝枕を懇願……後で冷静になった時の自分が今から怖いな。」

 

「3徹は仕方ないです、3徹は。」

 

人間3日も寝ずに働いていれば普通は発狂しそうなものだけれど、それはどうやら彼女ですら例外ではないらしい。きっと今頃、日本政府とIS学園には死体の山が積み上がっているのだろうなと思うと、凄く申し訳ない。

 

「ついでに耳掻きなんかもしちゃいましょうか。ホテルにあったので持ってきたんですよ。」

 

「くっ、嫁にしたい……」

 

「その発言は色々とおかしいですよね。」

 

「一夏の嫁でも構わん……」

 

「何も構わなくないです、むしろ問題が増えました。」

 

「一夏が自立するまで婚活はせんぞ……」

 

「最低でも3年以上かかると思うのですが、大丈夫ですか?この時代ですし婚活は早めの方がいいと思いますが……」

 

「……うぅ……」

 

「分かりました、この話題はやめましょう。大丈夫です、いつかなんとかなります。」

 

疲労している女性に追い打ちをかけてはいけない、僕は『あのブリュンヒルデと婚約しようと思う男性』という高過ぎるハードルを見て見ぬ振りすることにした。

お金のある独身女性ほど悪い男に騙されやすい、なんてマザーは言っていたけれど、彼女がその道を爆進している様に見えてしまったことも見て見ぬ振りをした。

 

大丈夫大丈夫、多分一夏くんがなんとかしてくれるでしょ、僕は知らない(匙投げ

 

 

 

 

千冬さんの婚活話から30分ほど経ち、ようやく始まった乙女コーポレーションとの会談。

ISの話とか男性操縦者としての話とか全部ふっとばして女装の話を進める日本政府には正直疑問しかないのだが、そんな疑問すら遥か彼方へと追い遣ってしまうほどの"ナニカ"がそこには居た。

 

「ぁっらぁ〜ん♡なかなかぷりちーな子じゃないのん♡あーしは乙女コーポレーション社長の彦星 乙女(ひこぼし おとめ)よん♡よ・ろ・し・く♡」

 

「……(目逸らし」

 

……これは、あれだ。

悩み事とか嫌な事があった時に空を見上げると、なんだか全部がちっぽけに思えてしまう時と同じ感じ。

それの不快なバージョンだ。

 

なに不快なバージョンって、なかなか無いよそんなバージョン。

 

現実逃避するかの如く視界を横にズラすと偶然にも千冬さんと目が合ってしまう。

 

「……綾崎、挨拶くらいしたらどうだ。初対面の相手から無言で目を逸らすなど失礼にもほどがあるぞ。」

 

「いや、目が合ったってことは千冬さんも逸らしたってことですよね?なに自分だけ逃げようとしてるんですか。その冷や汗は誤魔化せませんからね、死なば諸共ですからね。」

 

「うふふ♡あーしの美貌の前ではしょうがないわよ♡お姉さんもあーたもなかなか美美ッと来てるけど、まだまだネ♡早くあーしに追いつきなさい♡」

 

「「黙れ怪物」」

 

「んまっ♡美の怪物だなんて……あーしにとって最高の褒め言葉よ♡」

 

「なんだこいつ、最強か……?」

 

「世界最強にそこまで言わせるってことは間違いなく最強だと思います。事実僕の中の大切な何かが凄い勢いで削られていますし。」

 

「奇遇だな、私とてここまでの精神攻撃は初めてだ。」

 

女性用のV字水着にミニスカート、ぱつんぱつんのニーソックスにナース帽を被ったスキンヘッドの筋肉ダルマがそこには居た。

無駄に脱毛しているのと化粧が濃いのが更にキツイ。仕草もクネクネとしたぶりっ子染みたものも拍車をかけ、"ソレ"と一緒にやって来た一人の男性社員が顔を真っ青にして今にも倒れそうになっている。

 

この空間に長時間いると不味い

 

まだ対面して2度目の千冬さんとアイコンタクトでそう通じ合えるほどに僕達は追い詰められていた。

 

「……あー、そうだ千冬さん!確かこの後も予定があるんでしたっけ!?忙しい立場ですもんね!?」

 

「そ、そうだな。男性操縦者の件で学園に連絡が殺到しているからな、早めに戻らねばならない。」

 

「あっらぁ〜ん、そうなのぉ?せっかくたぁくさんお話しようと思ってたのにぃん♡」

 

「「遠慮させていただきます」」

 

パシッと千冬さんと机の下でハイタッチを交わす。

世界最強をここまで追い詰めるとか何者だ、クネクネと動くのをほんとにやめて欲しい。

時々見たくも無い乳首がポロリしそうになるのが心底キツイ。

座っているせいでミニスカの中身が見えそうになっている事実を必死に意識外へと押しやっているだけで限界なのに、下手な神話生物よりSANチェックが厳しい。

 

話を進めるために千冬さんが顔を真っ青にした社員さんに簡潔な説明を求めると、社員さんもまた「助かった」といった表情をして視界から奴を消し去る様にして僕達2人に説明を始めた。

段々と彼に生気が戻っていることを考えると、目の保養というか、千冬さんの様な美人は見ているだけで心が休まるということだろう。あんなのを見た後なら尚更だ。

 

……まあ!こっちはバリバリ視界の端に映ってるんですけどね!

何故かソファの上で女豹のポーズを取り始めた変態の姿が見えてしまっているんですけどね!マザー助けて!!

 

「……ふ、む。要は綾崎の女装生活における必要物資から資金提供、教育、助言まで全てそちらで行なって貰えるということか。資金に関しては政府からもそれなりに出るとは思うが、少し話が良すぎないか?事情は知っていると思うが、彼女を広告塔として利用するのは難しいぞ?」

 

「ええ、それがですね……「あーたにはウチのISに乗ってもらおうと思ってるのよん♡だから女性のままでも十分な広告塔になりうるわん♡」

 

「……なに?」

 

ISという言葉にピクリと反応した千冬さん、対して女装期間中はこの怪物と深いお付き合い()をしなくてはならないという事実に魂を失った僕、そして再び始まる怪物のターンに社員さんは泣きそうになっていた。

絶対あなたはこの会社を辞めた方がいいと思います。

 

「乙女コーポレーションがISだと?そんな話は聞いたことがないが……」

 

「えー、近頃ISに関する依頼が他の企業や国家から多くてですね。主にISのデザインやペイントに関するアイデアが欲しいというものなのですが、担当者達が思いの外ハマってしまいまして……」

 

「だから思い切ってIS部門作っちゃった♡コアも1つ確保して現在鋭意作成中♡もちろん、このことは政府からOKGOGOサインも出てるわん♡あとは綾崎ちゃんの意・思・次・第♡」

 

知らないうちにどんどん周りが固められている件について。これ今後、自分の身に降りかかるであろう危険を考えると拒否なんてできる訳がないんですけど……

でもここで拒否しておかないと女装期間が終わっても一生この会社でお世話になることになるという、うーん板挟み。

 

貴重な男性操縦者なのだからISを提供したいという会社は多くあるだろうけれど、そもそもそれを隠さなければいけないわけで。政府に頼んだとしても降りてくるのは所謂量産機だろう。

本当に自分に合った、自分だけのISを手に入れておくならこの機会しかない……

 

メリットは確かにある、それはもうたくさんある。

けどデメリットが強過ぎる!

毎日のようにコレと会わないといけないって!

絶対この人いろんな種類の変態装備持ってるもん!

この一種類だけなわけないもん!

毎日違った変態を見せつけられるに決まってるもん!

 

やったね綾崎ちゃん!飽きがこないね!

 

せめて飽きさせて欲しかった!!!

 

「綾崎さん、ご安心ください。社長の衣装は毎日がこのレベルな訳ではありません。今日は少し張り切ってしまって……その、えらいことになってますが。普段はまだ見られるレベルなのです。」

 

「ほんとですか!?ほんとなんですよね!?信じてもいいんですよね!?」

 

「……はい。」

 

「なんですか今の間は!?絶対裏があるじゃないですかぁぁ!!」

 

一瞬だけ期待させておいて一気に落としてくる素晴らしい投げっぷり、涙目になって社員さんを問い詰めるも彼は必死になって目を逸らす。

そんな私達を見て他人事のような雰囲気で見ている千冬さんが恨めしい。心底恨めしい。

 

「……綾崎、諦めろ。」

 

「うぅ……毎日写真撮って千冬さんに送りつけますから……!」

 

「やっ、やめろ!」

 

こうして対ブリュンヒルデ用決戦兵器第1号が生まれた。

後にこの決戦兵器をIS学園中の監視カメラの前に貼り付けることで、対天災用決戦兵器にもなり得ることが判明したのだが、それはまた後の話。




この辺りでプロローグは終わり!閉廷!
次からは学園生活開始まで数ヶ月ほど飛びます。


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4.織斑一夏は嘆いてる

生まれた時から周りの女の子達に愛されまくってたら、普段との違いが分からずにイッチー並みの鈍感になるのか誰かに実験して欲しい。


side一夏

 

(……つれぇ……)

 

俺こと織斑一夏は、現在10数年生きてきた人生の中でも、3本指に入るほどの危機的状況に立たされている。

いや、実際は座っているのだけれど、そういうことが言いたいわけではない。

 

IS学園 1年1組

 

未だHRの5分前だと言うにも関わらず教室は静けさに包まれている。それはもちろん只の静けさではなく、緊張感の漂う方の静けさだ。

そしてその原因はもちろん俺である。

なにせクラスの30人中29人が女生徒であり、それはつまり男子生徒は俺1人だということを示している。

 

『世界で唯一ISを動かすことができる男性操縦者』

 

そんな肩書きが付いて以降、さまざまな視線に晒されてきたが、これは特に酷い。

教卓の目の前という位置も悪いのだろうが、自分以外の29人分の視線が一挙にこの背中に突き刺さっているのだ。

指先1つ動かすだけでザワリとし、その度に冷や汗が止まらないくらいには心に悪い。

 

(帰りたい……)

 

この先ずっとこのままなら1ヶ月保たない自信がある。

入学初日から既に今後の3年間を憂いていた。

 

……ちなみに29人分の視線とは言ったものの、正確にはそれは間違いである。実は俺の左隣の席の主は未だに来ていないらしく、同時に教室の外には俺を一目見ようとたくさんの女生徒が集まっていた。

 

つまり、実際に向けられている視線の数は29ではなく、(29-1+約30)というわけで……

 

(……増えてるじゃねぇか!

両目あるから×2すればもっと凄いことになるよ!

ってやかましいわ!半分でいいから誰か引き受けてくれよ!)

 

 

もちろん誰かが引き受けてくれるはずもなく、身動き1つ取ることすら戸惑われるような状態でHRが始まる時間まで、亀のようにうずくまりながら待っていることとなった。

人生で初めて甲羅が欲しいと思った。カニニナリタイネ!

 

それから数分が経ち、無理な姿勢で段々と肩が痛くなってきた頃、廊下にいる生徒達が突然ザワつきだした。

 

恐らく担任となる先生が来たのだろう、できればもう少し早くきて欲しかったがこの状況から解放されるならば問題はない。

 

(助かった……)

 

ようやく一息をつけると思い、担任となる先生を確認するために扉の方へ視線を向ける。すると……

 

「……!?」

 

あまりの衝撃に言葉を失った。

 

 

「はい、ここが綾崎さんのクラスですよ。担任は私なので!いつでも頼ってくださいね!」

 

「あ、あはは……ありがとうございます、山田先生。」

 

とある部分が異様に豊満な眼鏡の先生(……先生だよな?)に連れられてやってきた1人の女生徒。

俺の目は彼女に釘付けとなっていた。

 

所謂モデル体型というのか、そして自身の姉によってある程度美人に耐性のあるはずの俺でも見惚れてしまうほどに整った容姿。ほんの少しの動作にすら気品に溢れ、見過ぎるのも失礼だという理性に反して自然と目が彼女を追ってしまう。

 

「「「ひぇっ……」」」

 

教室中から女生徒達の悲鳴じみた声が聞こえてくる。

俺に集まっていたはずの視線が一気に霧散し、彼女へと集まっていた。先ほどの悲鳴染みた声を考えるに、やはり同じ女性から見ても彼女は異質らしい。

それでも彼女はそんな生徒達の反応に対し、少し驚いただけで軽く会釈をして席へと着く。

 

そう、俺の直ぐ隣の席に。

 

(……なんか、すげぇ)

 

腰のあたりまで長く伸ばされた髪はよく手入れされているのか非常に美しく、目は自身の姉とは対照的に大きな垂れ目で優しい印象を受ける。

垂れ目と言えば姉の友人に一人印象的な人が居たが、彼女が持つ溌剌とした類のものではなく、むしろ『物静か、お淑やか』といった言葉がよく似合う。

幼い頃から身近に騒がしい女性が多かった俺からすれば、初めて見るタイプの女性だった。

 

(……弾。IS学園って、マジでとんでもない美女がいるんだな。)

 

この時、俺は生まれて初めて弾の馬鹿な言葉に共感を持った。

『IS学園の女の子は美少女ばっかなんだろ!?羨ましいぜ一夏ァァ!!』と割とガチめな雰囲気で親友は嘆いていたが、あの時言っていた言葉も今なら分かる。

 

(俺、ここに来て初めてよかったと思えることがあったよ……)

 

心の中で今は亡き親友(生きてる)に向けて敬礼をした。

そんなことを考えているからだろうか。突然、自身の頭頂部からしてはいけない音がし、次の瞬間俺の顔面は机に打ち付けられていた。

 

ドパンッ

 

「ぎゅぶっ……!」

 

「「ひぇっ……」」

 

さっきとは違った意味合いでの悲鳴が聞こえた。

 

「教師の挨拶を無視するだけでは飽き足らず、初対面の女性をジロジロと……なかなかの問題児のようだな?織斑。」

 

「ち、千冬姉!?……いや、呂布か?」

 

「誰が三国志史上最強の武将だ!織斑先生と呼べ!」

 

ドパンッ

 

「ぐぶぇっ……」

 

IS史上最強なんだから似たようなもんだろ、そんなことは口が裂けても言えなかった。

 




綾崎くんちゃんはこの数ヶ月徹底的に女性としての立ち振る舞いを学ばされ、彼の才能(女)もあって下半身中央部以外の全てが完全に女の子になっています。
その成長速度には変態社長も度肝を抜かれたそうです。


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5.大和撫子は絶滅しました

現代でも大和撫子なんて大学生になれば食べられちゃうからね、仕方ないね


side奈桜

 

(……あれが千冬さんの弟の織斑一夏くんかぁ。それにしても、千冬さんの人気はやっぱり凄いなぁ……)

 

2度にわたる方天画戟(出席簿)の攻撃によって一夏くんが沈んだ後、女生徒達のハイパーボイス(威力90)によってダメージを受けた僕は、耳を抑えながら彼を観察していた。

背後からは「お姉様!私を罵って!」「もっと叱って!」「見下して!」などという理解してはいけない悍ましいナニカが聞こえてきていたが、あえて無視することにした。

 

あの日、乙女コーポレーションで千冬さんと別れた後、それはもう酷い目にあった。

 

毎日のように見せつけられる変態衣装。

確かにあの日見たものは特に酷いレベルのものだったけれど、通常時でも一般人のSAN値を削るには十分過ぎる破壊力を持っていた。

 

加えて通常の女生徒として、一般の受験を乗り越えた生徒として入学するためにISの勉強を徹底的に行い、合間合間に女性としての振る舞いを教え込まれる毎日。

勉強はまだしも後者に関しては常にあの化け物が側に控えていたため、むしろ現実逃避してISの勉強を行なっていたと言っても過言ではない。

おかげで基礎程度の知識は身に付いたが……おかげとか言いたくないなぁ……

 

そんな2週間に渡る地獄の試練を乗り越えた僕は、そのままIS学園の寮へと逃げ込み、ようやく今日この日を迎えることができたのだった。

……のだが、専用機がギリギリ間に合わなかったため、近いうちに再び"アレ"が直接僕に会いに来る。

ということをついさっき山田先生から聞かされた。

 

『変態からは逃げられない』

 

見た目にこそ出してはいないが、僕の心は絶望によって6割ほど塗り潰されていた。

 

「あの、綾崎さん?自己紹介をして欲しいのだけど……大丈夫ですか?」

 

「ふぇっ?……あ、はい!ごめんなさい、少し気を抜いてしまってました……もう大丈夫です。」

 

「そうですか!それじゃあ、お願いしますね!」

 

絶望へのカウントダウンによって気をやっていた間にどうやら既に自己紹介の時間に入ってしまっていたらしく、突き刺さる千冬さんの視線が怖い。

 

けれど、僕の自己紹介と聞いた途端に突然復活した一夏くんも少し怖い。

なぜかさっきもジッと見られていたし、女装がバレているなんてことは考えたくないけれど、一応ここで念押しをしておくべきかもしれない。

僕はゆっくりと立ち上がり、何度も練習させられた笑顔を使い、主に一夏くんに向けて自己紹介を始めた。

 

「皆さんはじめまして、綾崎奈桜(あやさきなお)と申します。趣味は料理と裁縫、家事に関しては一通り自信があります。もし皆さんが生活面で何かお困りのことがあれば、是非お力にならせて下さい。これから1年間、どうぞよろしくお願いいたします。」

 

パチパチパチパチ(幻聴

 

そんなものは聞こえない……

 

拍手喝采!とまでは言わなくとも、面倒だろうが一応叩いておく程度の拍手でも期待していた。

しかし実際には拍手どころかクラス中がどよめきだし……

 

「ちょ、聞いてない、私あんなの聞いてない」

「あの見た目で家事得意とか女として勝てる気がしない」

「本物だ…本物の大和撫子だ……!」

「そんな、大和撫子は絶滅した筈じゃ…!」

「母性がやばい、新妻感ヤバい」

「綺麗な意味で抱かれたい」

「それよか優しく叱られたい」

 

「「「わかる」」」

 

……どうやらこのクラスは思っていたよりも大分ヤバい所らしい。

29人中4人が僕に叱られたいと思っているという事実。

ちょっとその事実は受け入れるのに紅茶3杯分くらいの時間を頂きたい。

あと大和撫子言うな、その単語が出るたびに千冬さんがニヤニヤしてこっち見てくるから。新妻とかもっとやめて。

 

そんな願いが叶うこともなく山田先生が必死に鎮めようとするも、結局千冬さんが動くまで僕は好き放題言われることとなった。

この間、僕に叱られたいと口走った人間が6人に増えた。

クラスの1/5が変態、自分が変態からは逃れられない運命の元に生きているという事実は紅茶何杯飲んでも受け入れられないから……

 




話数を稼いでいけ……!
5話から先は一日投稿にします。
嘘です時間があるので上げるときにあげます。


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6.優しい女性も絶滅中……?

ほもっ!!!


side一夏

 

「えっと、織斑一夏です。俺も料理とか結構好きで、あと家事も一通りできます!1年間よろしくお願いします!」

 

(……ふぅ、綾崎さんのおかげで助かった。)

 

実のところ自己紹介と言われても何も考えていなかった俺は、事前に綾崎奈桜という少女のものを聞いていなければ間違いなく再度の方天画戟を食らっていただろう。

彼女の自己紹介と聞いてズキズキと痛む頭部を顧みず必死に起き上がった甲斐もあったというものだ。

特に偶然にも趣味が同じだったということもあり、助かったと同時に彼女への興味がより一層強くなった。

 

今の時代、実は家事ができる若い女性というのは多くない。ISの登場によって女尊男卑の風潮が広まると、女性の稼ぎの方が多くなり、男性に求められる需要も"強い男性"から"支えてくれる男性"に変わっていった。

それは裏を返せば、女性が必ずしも家事が出来る必要がなくなったということだ。

 

……実際には男性から女性に求める需要も"支えてくれる女性"のまま変わっていないため、需要と供給が噛み合わず結婚率が急激に低下しているのだが……

 

とにかく、そのせいで杜撰な生活を行う独身女性が社会問題にもなっており、それは実の姉である織斑千冬が体現していると言っても過言ではない。

 

そしてこれらのことから言えるのは、男性の理想像足り得る大和撫子という存在は既に絶滅しているということだ。

当然と言えば当然だろう、そもそも女尊男卑の思想に染まる前ですら絶滅危惧種レベルであったのだから。

それについては俺自身も当然諦めていた。

 

……だが、それを体現したかのような存在が目の前にいる。

内面まではまだよく分からないにしろ、今のところ完全に男の理想でしかない女性。

恋愛感情とまでは行かないものの、少しくらい話してみたいと思うのは男の性だろう。責められる男は居ないはずだ。

 

(というか普通に仲良くなりたい、お淑やかな女性とか今まで会ったことがないし。)

 

そんなことを思った直後、教室内から殺意のこもった視線が2つ自身を貫いていたことを、この時の俺はまだ気付いていなかった。

 

 

 

 

「ああああぁぁぁ……」

 

1限の終わり、俺は頭を抑えて机に突っ伏していた。原因はこの数時間で蓄積した頭部へのダメージである。

HRが終わった後、どこか機嫌の悪そうな幼馴染である篠ノ之箒と再会したものの、屋上へと呼び出され、直後に『入学初日から初対面の女子にデレデレするなど、恥を知れ!』としばき倒された。

『やはりああいった優しげな女の方がいいのか……!』なんてことを小声で言っていたが、当然だ、優しい方がいいに決まってる。

そんなことを口に出したら再び殴られた。

そういうとこだぞ!!(涙目

 

加えて1限、参考書を電話帳と間違えて捨て、それについて完全に放棄していたが故に授業に全く付いていくことができず、直後にフラストレーションの溜まっていた姉によって今日三度目の方天画戟(出席簿)を振り下ろされた。

脳細胞が万単位で吹き飛んだのではないかと思うほどの衝撃だった。

 

『出来の悪い生徒には厳しくしてくれる人間も必要だろう?』なんてことを睨まれながら言われたが、厳し過ぎるのはいらないです。

そう思ったのがバレたのか今度は方天画戟(出席簿)でグリグリされた。陥没するかと思った。

 

(このままじゃ卒業までに絶対3回は頭蓋骨割れる……)

 

そんなことを確信した俺だったが、どうせこの場所からは逃げられない。

1週間であの分厚い参考書を覚えなければならないという現実を思い出して更に気分が落ちる。

とりあえず全部投げ出して不貞腐れることとした。

 

参考書の件は完全に自業自得というのは分かっているものの、受験の日から散々な目にあっているのだから少しは拗ねたくもなるものだ。

 

しかし、捨てる神もあれば拾う神もあり。

大きく腫れている俺の頭が突然誰かの細く冷たい指によって優しく撫でられた。

熱を持っている腫れに対して、ひんやりとした指がとても心地良い。

冷たい指の主を確認しようと顔を上げると、そこには心配そうな表情をした美少女が腰を屈めてこちらを見ていた。

 

「あの、織斑くん?大丈夫ですか……?」

 

「……綾崎さん、だったか?」

 

白々しくも名前を確認したようにも思えるだろうが、実際には先程のショックで本当に頭から抜けてしまっていただけである。

いや本当に。

 

それ故に不意打ちのようにして目の前に現れた彼女に頭を撫でられているという事実は俺に強い羞恥心を与えていた。

 

「はい、綾崎奈桜と申します。頭部の腫れは大丈夫ですか?先程はかなり強いお仕置きを受けていたみたいですが……」

 

「あ、ああ。綾崎さんのおかげでなんとか立ち直れそうだ。いや、女神様って本当に居るんだな。」

 

「め、女神ですか。……あの、困ったことがあれば言ってくださいね。付け焼き刃ですが、勉強のお手伝いくらいならできると思いますから。」

 

「ほんとか!?それはマジで助かる!……うぅ、この世界は俺を見捨てたと思ってたけど、まだまだ捨てたもんじゃないんだな……」

 

「ふふ、大袈裟ですね。でも、次からはしっかり予習して授業を受けるんですよ?織斑くんは嫌でも目立ってしまうんですから。」

 

「ああ!分かってる!」

 

微笑を浮かべながら優しく自分を咎めてくれる女性、俺にとっては初めての体験である。

 

もし仮に今まで織斑一夏と深い関わりのあった女性達が同じような立場にあれば、

 

「一夏!少し弛んでいるんじゃないか!?私が叩き直してやる!」

 

「一夏!あんたこんなんも分かんないの!?こんなのフィーリングでなんとなく分かるでしょ!」

 

「一夏、貴様はこの数週間、一体何をしていたんだ?」

 

「あはは、いっくんは相変わらずおバカさんだねー!」

 

と、ボコボコにしていたのは間違いない。

 

口元に手をあてがってクスリと笑う彼女は見ているだけでも癒される。

近寄りがたいほどの美しさを持っているにも関わらず、どこか男の俺でも親しみやすい何かを感じる不思議な女性。

 

(これ以上情けない姿を見せたくないな……)

 

そう思ったのもまた、男性として当然の帰結だと思う。




この世界ではイッチーにも安らかな毎日を……送れるかなぁ……


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7.セシリア・オルコットは褒められたい

拡大解釈でフォローしていけ


「あなた、少しよろしくて?」

「……んえ?」

 

内心で決意を固めていた俺の元に、鮮やかな金髪縦ロールの少女が近付き、声をかけてきた。

突然話しかけられ呆けた声を出してしまった俺に対して、金髪の少女は問答無用と高飛車に言葉をぶつけてくる。

 

「まあ!?なんですの、そのお返事!わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではなくて?それともそんな常識すら分からないほど無知なのかしら?」

 

「お、おお……?」

 

唖然とする。

落差が激し過ぎたのだ、お淑やかな黒髪少女から気性の激しそうな金髪少女という移り変わりは。

10秒前までの時間が天国に思える。

 

「えっと……綾崎さん?誰なんだこの子?」

 

「もう、本人の前で失礼ですよ、織斑くん。彼女はイギリス代表候補生のセシリア・オルコットさんです。」

 

「代表、候補生……?」

 

「イギリスのIS操縦者の代表者、その候補に選ばれている方のことです。オルコットさんは特に、イギリスにおけるIS関連の発表に何度も出席している有名なお方なんですよ。」

 

「そう!そして本学年の入試でももちろん首席!エリート中のエリートなのですわ!残念ながら貴方はそんな私のことすら知らない様ですが……流石は極東の雄猿、底が知れますわね。わたくしのような選ばれた人間とクラスを同じくすることだけでも奇跡なのですから、その幸福を噛み締めなさいな。……まあ?例えあなたの様な雄猿でも?頭を下げて頼み込むのであれば教えを施すのもやぶさかではないのですが?わたくしは貴族ですし。」

 

俺の疑問に対し一瞬鬼のような形相を浮かべた彼女だったが、直後の綾崎さんの解説に気を良くしたのか胸を張って聞いてもいないことをペラペラとまくし立てる。

ノリノリである。

鼻高々に考えるより先に口が動いているという感じだ。

まるでテストで満点を取った時の小学生のように、嬉しげに、誇らしげに。

 

それでもここまで言われては黙っていられない。

彼女の発言にムッとした俺は何か反論をしようと立ち上がるが、直後にそれを遮るようにして綾崎さんが前へと歩み出た。

 

もし彼女が俺の代わりに反論してくれようとしているのならそれは確かに嬉しいが、男が女に庇われるというのはよろしくない。

どう伝えようかと悩んでいた俺だったが、直ぐにその考えが自意識過剰であったと気付かされることとなった。

 

「ふふ、オルコットさんは凄い方なのですね。IS学園の主席ともなれば、並みの努力だけでは掴み取ることはできませんから。さぞ血の滲むような努力をされたのでしょう。」

 

「……へ?」

 

「?」

 

素っ頓狂な声を出したのは俺……ではなく、オルコットの方だった。

自分から自慢しておいて褒められたら困惑する、そんな彼女の様子に俺は怒りも忘れて首を傾げるが、こちらへ目線を向けてウインクをした綾崎さんに口に出すのを止められる。

 

……というよりは彼女のウインクの破壊力に押されて目を背けざるを得なかった。

 

だってあんなの……卑怯だろ……

 

頰をかいて目を背ける俺を他所に会話は続く。

 

「そ、そんなことはありませんのよ……?その、代表候補生でもある私にかかれば首席程度……ゆ、唯一試験官を倒したことだって?その、簡単にできると言いますか、当然のことと言いますか……」

 

「それこそそんなことはありません。ISに関する知識はまだまだ乏しい私ですが、代表候補生になるだけでも大変な競争だと聞きます。加えて候補生になっても驕ることなく努力を続け、こうして首席を取るに至ったのです。なかなか出来ることではありません、本当に頑張ったのですね。」

 

綾崎さんはそう言ってオルコットさんの手を両手で包み込み、目線を合わせるようにして彼女の瞳を覗き込んだ。

 

「あ、う……アヤサキ、さん……?」

 

「大丈夫ですよセシリアさん、私は貴方の頑張りを肯定します。貴方が誰よりも頑張って掴み取った貴方の居場所を、素晴らしいものだと讃えます。ですので、貴方自身もご自分を大切になさってください。貴女が彼に抱く感情は、きっと口にすれば貴女の孤立を招きます。私はこれからも貴方に頑張っていて欲しいのです。」

 

「あ、あぅ……で、ですが、私はそこの男のことが……」

 

「実は私の妹がオルコットさんのファンなんです。私も妹と一緒にテレビ越しでオルコットさんのことを見ていましたが、本当に美しい笑顔をする方だと思いました。私は、そんな貴女の笑顔が見られない生活なんて辛いですよ?」

 

「う、ぐぅ、そ、その言い方は卑怯です……!わ、わかりました、わかりましたから。今日は引きますので、そろそろ手を離していただけますか……?せ、席に戻りますので……!」

 

「ええ。オルコットさん、これから1年間、仲良くしてくださいね?」

 

「こ、こちらこそですわ!そ、それでは……ししし失礼いたしました……!」

 

顔を真っ赤にしながら小走りで席に戻るオルコット、一連の流れを見ていた俺は訳が分からず混乱していた。

一方で綾崎さんは今もニコニコと席に戻って突っ伏してしまったオルコットを見守っている。

 

「な、なあ綾崎さん?今のって一体……」

 

意を決して話しかけた俺に対し、綾崎さんは一瞬だけ考え込み、笑って答えた。

 

「セシリアさんの様子が初めて会ったばかりの頃の弟の1人と重なりまして、その時の経験を生かしたまでです。」

 

「……?綾崎さんは兄弟が多いのか?」

 

「いえ、血は繋がっていませんよ?それでもみんな、私の大事な家族ですけど。」

 

そう言って微笑ましいものを思い出しているのか、優しい目をしている彼女に俺はもう何も言う事が出来なかった。

ただ、この人が見た目だけの人じゃないということだけは確かに分かった。

 

 

 

……そういえば、俺も教官倒したけど言わない方がいいよな?

 




顔が良いから出来る事だと思います。


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8.チョロい人達

割とちっふー先生もめちゃくちゃやるよね。
完璧じゃない人間らしさあって好きだけど。


side奈桜

 

(オルコットさん、やっぱり勇樹と同じタイプだったかぁ……)

 

イギリス代表候補生であるセシリア・オルコットさん。

妹の1人が(主に彼女の西洋人形のような美しい容姿に)注目していため、代わりに番組を録画したり、一緒にそれを見ていたりしていた。

そういった経緯から僕は彼女のことを普通の人よりかはよく知っていたのだが、やはり映像と実際では受ける印象は違うものである。

 

彼女の行動は側からみれば、高圧的で、自信家で、女尊男卑のこの世界でよく見られるような男性を見下した女性である。

確かに男性を見下していることに関してはフォローは出来ないが、それ以外の部分においてはなんとなく見覚えのある振る舞いをしていた。

 

それが今は孤児院にいる弟の1人、勇樹である。

 

彼は6歳の頃、実の両親に捨てられて僕の居た孤児院へとやってきた。その頃の彼は自身の学力を周りに自慢して回り、それこそ先程のオルコットさんの様に、「〜してやるから感謝しろよ」といった押し付けを繰り返していた。

当然、そんな彼を周囲は鬱陶しく思い、彼は日に日に孤立していったのだが……

しかしそんな尊大な言動の源となっていたのは至極単純で、とても子供らしいものだった。

 

要は彼は、褒められたかったのである。

もっと正しくいうのであれば、自分の努力が認められたい。そしてそんな自分を頼りにしてもらいたい。それだけだったのだ。

 

話を聞けば彼は捨てられる以前から両親との不和が続いていており、テストで良い点を取って褒められることで認めてもらおうとしていたという。

 

……しかしその努力は実らなかった。

 

多くの努力をし、結果を出したにも関わらず実を結ばない。それがどれだけ辛いことか、彼の場合は両親に捨てられたというマイナスの結果が残ってしまっただけに、認められたいという欲が歪な形で大きくなってしまったのだろう。

 

オルコットさんも同じ目をしていた。

誇らしげに自分の功績を語り、胸を張って誇示すれど、その瞳には認められないことへの恐れが少しだけ混じっていた。

歪み膨らんだ彼女の承認欲求は一体どういう過程で生まれたのか、僕にはそれは分からない。

けれど、そんな彼女の内心が分かる数少ない人間が自分ならば、僕は遠慮なく彼女に踏み込んで肯定したいと思った。

 

(ああいう子は素直になるとお節介焼きさんになるから。周囲と溝を作ってしまう前になんとかしてあげれば、きっと皆に好かれるはず。)

 

自分自身にも余裕がないはずなのに見て見ぬ振りができない、これが染み付いてしまったお姉(兄)ちゃん気質というものなのだろうか。

ただ、苦労はするが、実はそんな自分のことが嫌いではない。

 

(けど、彼女の男性嫌いだけは僕にはどうしようもならないかな……)

 

これに関しては自分ではなく、織斑一夏の方が適任なのではないか。なんとなくそう思ったので投げることにした。

 

大丈夫大丈夫、彼ならきっとなんやかんやしてくれる。

 

「信じてますからね、織斑くん。」

「え?なにを……?」

 

直後に教室に入ってきた千冬さんに流れる様に出席簿でしばかれた彼にとりあえず笑っておいた。

 

--

 

「全員、席に着いているな。それではこの時間は、実戦で使用する各種装備の特性について説明する。

……が、その前に、クラス代表者を決めねばならん。立候補する者、あるいは推薦する者は挙手をしろ。」

 

授業が始まると同時にそうまくし立てた千冬さんは目を細めて周囲を見渡した。

 

クラス代表者、要はクラス長である。生徒会の会議や委員会への出席などが主な仕事だ。

それと、来月行われるクラス対抗戦。

これは各クラス代表者たちがISで戦うというものだが、私達はまだ初心者だ。

それこそ代表候補生でもなければ誰がなっても変わりはしないだろう。

 

(僕は少し遠慮したいけど……)

 

そんなことを思っていると、

 

「はい、織斑くんを推薦します!」

 

「私もそれが良いと思います~」

 

「では候補者は織斑一夏……他にはいないか?自薦他薦は問わないぞ」

 

「……へ?」

 

流れる様に織斑くんが指名された。

 

「お、俺!?え、なんで!?」

 

「織斑。席に着け、邪魔だ。……さて、他にはいないのか?いないなら無投票当選だ。」

 

「ちょっ、ちょっと待った!なんなんだ、一体何がどうなってるんだ!?」

 

「お前は推薦された。それは期待されているということだ。期待には応える義務がある、よってお前に拒否権はない。選ばれた以上は覚悟をしろ。」

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

「もちろん、選んだ側にも相応の責任が伴うがな。」

 

「「「え?」」」

 

「当然だろう、何のリスクもなく人に役目を押し付けられるとでも思っていたのか?」

 

この数秒の間に驚くべき速さで事が進んでいく。

恐らく彼女達は男性という珍しさだけで一夏くんを推薦したのだろうが、推薦することと押し付けることは別物である。

こういう場合は黙って座っているのが吉なのだ。

 

そう、今の僕の様に、黙って、静かに、冷静に……

 

「じゃ、じゃあ私は綾崎さんに推薦を変更します!綾崎さんなら上手くやってくれると思うし!」

 

「……へ?」

 

「わ、私も!」

 

「私は……織斑くんのままでいいかな……」

 

「どっちでもいい……いえ!2人のどちらかがいいと思います!!」

 

「え、えぇぇぇ……」

 

なんか飛び火した。

 

なんで?どうして?火種が近いから?

そんな僕を見て千冬さんの口角が微妙に持ち上がる。絶対この人僕の反応見て楽しんでるよ!!

 

だったらこっちにも手はある、どうせ推薦されたのだから、こっちが推薦したって構わないだろう。

実際、僕や一夏くんより適任な人がいるのだから。

 

「織斑先生、私はセシリア・オルコットさんを推薦するつもりなのですが……」

 

「!!」

 

私の言葉に反応する様に、後ろの方の席から机の揺れる音がした。

 

「ほう?その心は?」

 

「私も織斑くんもISに関してはまだまだ初心者です。成長を期待して、というのも分かりますが、それよりも代表候補生でもある彼女を据えてクラス全体のレベルUPを図るべきかと。実力も確かですし。」

 

「なるほど、上手い言い訳を考えたな。」

 

「織斑先生?ご冗談が過ぎます。」

 

フッと鼻で笑って再びクラスを見渡す千冬さん。

これは助かったのか?助かったのだろうか?僕はそう信じたい。

 

「オルコットはどう思う?綾崎はこう言っているが……」

 

なんでオルコットさんだけ承認制!?推薦された人は強制みたいなことを言ってたじゃないですかやだー!!

オルコットさんお願い!引き受けて!!実際僕はほんとは目立つべきじゃないの!

いや、乙女コーポレーションで女装が完成した瞬間に『……目立たないで生活するのは諦めた方が良いな。』って千冬さんに言われたけど!僕はまだ諦めてないの!!

 

ちらっとオルコットさんの方へと振り返って優しく微笑んでみる。

さっきとは違う打算120%の笑みだ。

 

そんな僕の行動を受けて、オルコットさんは顔を真っ赤にしながら俯き、言葉を紡ぎ出す。なんか可愛い。

 

「……その、お姉様が推して下さるのであれば、断る理由はございませんっ……!」

 

……ん?待って?今なんて言った?

 

「お、お姉様……?」

 

あ、一夏くん、君もやっぱりそう聞こえた?これ僕の気のせいじゃないよね?

 

「ほう?この短期間で随分と慕われるようになったな綾崎。初日から他国の代表候補生を誑かすとは、手の速さは織斑並みだな。」

 

「た、誑かすだなんてそんな……お姉様ったら……!」

 

「え?なんで俺引き合いに出されたの?」

 

「織斑先生、人聞きが悪過ぎます……」

 

加えて千冬さんからの追い打ち。

これはあれだ、後から根掘り葉掘り聞かれて思いっきり弄られるやつだ。今から頭が痛い。

そして追い打ちはそれだけではなく……

 

「まあ、あんなことされたらオルコットさんもああなるよね……」

 

「わかるっ……!私も『貴女の笑顔が見たい』とか言われてみたい……!」

 

「あんたらが叱られたいって言ってた意味、あたしもようやく分かったわ。」

 

やめて……やめて……!!(懇願

思い返したら凄い恥ずかしくなってきたじゃん!!あとその意味だけは一生分からないで欲しかった!これで7人目ですよ!

あー!あー!こーろーせーよー!!もいっそ、こーろーせーよーー!!

恥ずかし過ぎて顔も上げられないよぉ!!

 

「……さて、綾崎イジリはこの辺にして、代表者をどう決めるか。多数決でもいいんだが……オルコット、案はあるか?」

 

「ISで決めるのはどうでしょう?わたくしが有利な条件ではありますが、現状や将来性もハッキリしますし。……個人的にも戦いたい方がいらっしゃいますから。勿論、必要でしたらハンデを差し上げますわ。」

 

「……だそうだが織斑、お前はどう思う?」

 

「ハンデなんて要らねぇよ、ここでそんなの貰ったらオルコットに『男も捨てたもんじゃない』って証明できなくなる。これ以上情けない姿も見せられないからな。」

 

「口先だけならなんとでも言えますわ。」

 

「ふっ、そうか。ならば勝負は一週間後の月曜日、放課後の第3アリーナで行う。3名はそれぞれ出来うる限りの準備をしておけ、詳細は後日伝える。」

 

「さぁ!決闘ですわ!貴方のような無知で愚かな男、その無駄に図太いプライドごとへし折ってさしあげます!」

 

「やってみろ!絶対にお前を見返してやる!男を証明してやる!ここからは誰にも横入りさせねぇ!俺とお前だけの喧嘩だ!」

 

そうして始まった熱血的な決闘の契り。

きっとこれから2人は1週間後のその日に向けて血の滲むような努力を積み重ねるのだろう。

だからこそ言わせてもらいたい。

 

僕、要らないよね?むしろ邪魔だよね?ほんとに一夏くんとオルコットさんだけの喧嘩でいいよね?

いいえ先輩!実はこれ、私達の喧嘩なんです!(涙

 

この後めちゃくちゃ授業受けた。

 




まだお姉様……お姉様だからセーフ……


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9.変わらない幼馴染

箒ちゃんのスペックって普通に人外じゃない……?
そう思ったのでウチの箒ちゃんはそこそこ強いです。そこそこ。


side一夏

 

オルコットの数々の発言によるフラストレーションが爆発し決闘の約束を取り付けた後、俺は放課後まで一人居残って復習と予習を行なった。

……が、特に成果は得られなかった。

 

綾崎さんに勉強を教えてもらうという手もあったのだが、今回の決闘には彼女も入っている。

各々やるべきことがあるはずだと思ってやめておいたのだ。

 

……まあ、オルコットに『男を証明する』なんて言ったのに、その直後に女子の手を借りるというのも違うだろう。

 

その後は山田先生と千冬姉から寮の鍵と着替えを受け取り、部屋に入った瞬間に風呂上がりの箒を目撃してしまい、ボッコボコにされるという珍事が起きた。

偶然にも千冬姉が俺と箒が同部屋だということを発言せず、箒にそのことを伝えるはずだった山田先生がポンコツをやらかしてしまい、俺が部屋に入った時間帯が丁度箒の入浴時間だったというところにピタゴラスイッチ的な悪意を感じた。

 

そして現在、俺達は一連のやり取りで破壊してしまった部屋のドアについて報告を行うために寮長室までやってきていた。

 

箒も強くなったものである。

木製とはいえ、分厚いドアを木刀の突きだけで、さながらウエハース相手のように軽々と破壊するのだから。

ぶっちゃけ本気で死を覚悟した。

 

「……一夏、この寮の長が誰かは知っているか?」

 

「……もしかして、千冬姉?」

 

「大正解だ、そしてこれがつまりどういうことを意味しているかは言うまでもないな?」

 

「ああ、夕飯先に食ってくればよかった。」

 

「私は自炊するつもりは無かったのでな、小さめのキッチンはあっても材料がない。」

 

「そうか、今日は夕飯抜きか。」

 

「ああ。」

 

「「………」」

 

「……なあ箒、これ夕飯の後じゃ駄目なのか?」

 

「一夏よ、罪を犯した直後に自首するのと、罪が発覚した後に逮捕されるの、どちらが罰が重いと思う?」

 

「……前例は?」

 

「3日前、テレビ破壊隠蔽、グラウンド10周(50km)×5日間。」

 

「よし謝ろう。」

 

「ノックは任せた。」

 

コンコン

 

半ばヤケクソになりながら寮長室のドアをノックする。

夕飯抜きと5日間連続のフルマラソン、比べるまでもない。

鬼のような顔の千冬姉を幻視しながら待っていると、中からパタパタと誰かが走る音が聞こえてくる。

 

「……?千冬姉じゃないな。」

 

「ああ、あの人はこう慌ただしく走るタイプでは無い。」

 

ガチャリとドアが開く。

中から現れたのは……

 

「申し訳ありません、お待たせしてしまいました。……?どうかなさいましたか?お二人とも。」

 

登校初日にして既に1組の母と名高い綾崎奈桜さんだった。

 

「え?綾崎さん、だよな……?どうして寮長室に……?」

 

「どうして、と言われましても。私がここに住んでいるから、でしょうか……?」

 

「なに?綾崎は織斑先生と同部屋だったのか?」

 

「ええ、そうですよ。……あ、立ち話もなんですし、お二人とも入って下さい。丁度お夕飯を作っているのですが、よろしければご一緒にいかがですか?」

 

「え?いいのか?」

 

「もちろんです。篠ノ之さんも食べていきますよね?」

 

「あ、ああ……それと、私のことは箒でいい。名字で呼ばれるのは好きではないのでな。」

 

「分かりました、箒さん。ではこちらに。」

 

寮長室に住んでいるというだけでも驚きなのに、なんと彼女は自炊をしているらしい。

流れるように部屋へと案内された俺達は正方形の机に案内される。

キッチンからはカレーの良い香りが漂ってくるのが分かり、放課後にまで頭を使っていたせいか、活発な腹の虫がいつもより大きな主張を始めた。

 

「ふっ、夕食にありつけて良かったな、一夏。」

 

「うぐ、仕方ないだろ。あんな宣言しちまったんだ、結構気合い入れて取り組んでるんだよ……」

 

「そうか、それは喜ばしいことだ。

……だ、だがな一夏よ。お前はISに関する知識は殆ど無いのだから、少しくらい他人に頼ってもいいと思うのだ。たっ、例えばその、目の前にいる、幼馴染とか、な……?」

 

「……いいのか?箒」

 

「いいも悪いも。何を意地になっているかは知らないが、本気で挑むのなら誰にでも頼るべきだ。私だって、その、大切な幼馴染の願いなら叶えてやらないことはないというか……むしろ叶えてやりたいというか……」

 

「……サンキューな、箒。」

 

「……ふふっ、お前と私の仲だろう。今更そのような遠慮など不要だ。」

 

再開してからずっとしかめっ面をしていた箒の表情が、この時になってようやく緩んだ。

その表情が昔の彼女に重なって、やっと再会したという実感が湧いてくる。

そしてそんな俺の気持ちを、箒も察してくれたらしい。

 

「……むぅ、この厳つい表情はどうにも治らんのだ。ここ数年、こうして気を許せる相手が周りに居なかったというのも理由の1つなのだが。」

 

「重要人物保護プログラムだっけか。こうして俺がIS学園に来なければ、もしかしたら一生会えないなんてこともあり得たんだよな。そう考えるとIS動かせて良かったって思えるけど。」

 

「その代わり、今度は一夏が自由を奪われる羽目になったのだがな……。なんだったらこのまま2人で高飛びするか?本当の自由を求めて、なんてな。」

 

「はは、まるで映画だな。……けど、まあ、もし本当にどうしようもなくなったらそうするか。旅費は今までの迷惑料ってことで束さんにでも取立てよう。」

 

「くふふっ、それはいいな。今までの迷惑料に利息分まで含めて思いっきりふんだくってやらんといかん。むしろ簀巻きにして他国に引き渡した方がスッキリするかもしれん。」

 

「はは、その時は千冬姉に引き渡した方が良さそうだ。」

 

「違いないな。」

 

あることないこと空想して、笑い合う。

もう何年も会っていなかったのに、それでも互いの間に壁なんて無かった。

きっと昔のままなんてことはない、箒にだって色々とあったはずだし、変わったことだってあるだろう。

……けれど、

 

「……ああ、やはり一夏と話すのは楽しいな。いつもは思い出すだけでも嫌な姉さんの話ですらこうして笑えるとは。」

 

「そうか、そう言ってくれるなら俺も嬉しいよ。」

 

こうして見せる彼女の笑みは変わっていなかった。

ならば、それでいいのだ。

それだけでいいのだと、俺は思う。

 

「イチャイチャタイムはもうよろしいですか?」

 

「え?」「……あ!」

 

箒の様子を微笑ましく見ていると、そんな言葉と共に現実へと引き戻される。

そして、この部屋には自分達以外にももう1人の人物がいたのを思い出す。

 

「あー、いや、悪い綾崎さん、全部やらしちまって。皿並べるのくらい手伝うべきだった。」

 

「ふふ、構いませんよ。私もお二人のいじらしい様子をバッチリ楽しませてもらいましたから。良かったですね、箒さん♪」

 

「な、な、な!待て、綾崎!これは違うんだ!いや、違うことはないんだが私は別に……!」

 

「はいはい、今日のお二人の様子はしっかりと千冬さんと共有しますから、安心してください。」

 

「なんにも安心できねぇ!マジでやめてくれ!!」

 

ガチャリ

 

「いま帰っ……ん?なんだ、お前達も居たのか。」

 

「あ、千冬さん、お疲れ様です。それより聞いてくださいよ、織斑くんと箒ちゃんがですね?」

 

「ほうほう……」

 

「待て待て待て待て!それ以上はダメだ!」

「待て綾崎!それ以上は私の沽券に関わる!」

 

必死の説得も虚しく、結局全て千冬姉にバラされた俺達はめちゃくちゃ弄られた。

綾崎さん、意外と茶目っ気があるというか、ノリが良いというか……とりあえず、エプロン姿が似合ってたなぁ……と思っていたら箒に叩かれた。節操なしって何の話だ。解せぬ。

 




うーんこれはメインヒロイン……


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10.カレーは甘めでも美味しい

カレーを食べるだけのお話です


side箒

 

「ところで一夏、お前は何しにここへ来た?んぐんぐ……わざわざ綾崎の飯を食いに来たという訳でもあるまい。」

 

「あーいや、部屋の扉壊しちゃったから報告しとこうかなって思ってさ。……ん、ほんとに美味いな。」

 

「んぐんぐ……織斑先生、一夏はデリカシーが無かっただけなのです。壊したのは自分なので罰なら私が受けます。……むぅ、甘めのカレーがここまでいけるとは。」

 

「なるほどな、んぐんぐ……大体察した。まあその件に関しては山田先生のミスもある、今回は不問でいい。」

 

「……えーと、皆さん?おかわりはありますし、そんなにがっつかなくても大丈夫なんですよ……?」

 

「「「おかわり」」」

 

「あ、はい。……ふふ、これだけ喜んで貰えるなら冥利につきますね。」

 

戸惑いながらも嬉しさを滲ませて綾崎はカレーをよそいに向かう。

よくできた女性というかなんというか……登校初日にして一部の女子が『お母さん』だなんだと言っていたが、自分の食事より他人の世話を自然に優先しているその様は、確かにかつての母の姿を思い起こさせる。

私達が話をしながらも必死に食べている姿を見ている時の彼女の顔は、正しく子供を微笑ましく見守るような母性溢れるものだった。

 

……完全に自分が女性として負けていると自覚しても悔しいとは思えないのはそのせいなのだろうか。

いや、むしろ力量の差があり過ぎて開き直ってしまっているのかもしれない。

私が男だったら間違いなく嫁にしていた。

 

「……クク、いい女だろう?あいつは。お前等にはやらんぞ?」

 

「何言ってんだよ千冬姉……というか、もしかしなくても家事は全部綾崎さんにやらしてるだろ?千冬姉の部屋が普段からこんなに綺麗なわけがない、それでいいのかよ先生。」

 

「やかましい、別に私から頼んだわけではない。ただ、部屋に帰ると上着も鞄も自然と回収されて、風呂から上がると夕食が用意されていて、気付くと次の日の衣服まで準備されている……自分の私物に触る機会が殆ど無くなったのだ。」

 

「完全に嫁じゃねぇか……いや、もはや妻だな。」

 

「馬鹿を言うな一夏、世間一般の新妻でさえそこまでのことはしてくれんぞ。」

 

「必要な物も言えば出してきてくれるレベルで私にこの部屋をどう汚せというのだ。」

 

「胸張って言う事かよ……ってかすげぇな綾崎さん、俺でも定期的に大掃除してたのに、ずっとこの状態を保ってるのか。」

 

「ちなみにあいつには朝食と昼の弁当まで世話になっている。私の胃袋は今、完全にあいつに支配されていると言えるな。」

 

「なぜだ、どう頑張ってもあいつに追いつける気がしない……」

 

「あまり気にするな篠ノ之、後で真実を知った時に押し潰されるぞ。」

 

「???織斑先生、それは一体どういう……」

 

「?皆さん真剣な顔なさって……なにかありました?」

 

綾崎奈桜という人物のエピソードに私と一夏が驚嘆していると、丁度本人が帰ってくる。

大きなおぼんに3人分のカレーを乗せて不思議そうな顔をしているが、こちらとしてはお前の方が不思議な存在だと言ってやりたい。

二杯目のカレーには飽きが来るんじゃないかと、自然に塩キャベツや辛さを変える調味料の類を持ってこれるような、その察しの良さとその気遣いは一体どこに行けば貰えるのだ。

おい、自然にビールを酌するんじゃない、至れり尽くせりで千冬さんが上機嫌ではないか。

一夏ですら苦笑いしかできていないのだぞ、良妻賢母も度が過ぎるのではないだろうか。

 

「ここまで来ると綾崎さんが卒業した後の千冬姉が心配になってくる……」

 

「冗談抜きで生きて行けないのではないか……?」

 

「まあ……ほら、最近は女性同士のそういうのもだんだんと認められて来てるし……」

 

「それでいいのか一夏。」

 

「独身貫かれるよりはマシだろ。」

 

「それ絶対に千冬さんに言うんじゃないぞ。」

 

「言えるわけないだろ。」

 

機嫌の良い千冬さんに抱き寄せられて顔を真っ赤にしている綾崎を見ながら、私と一夏はカレーと塩キャベツに舌鼓をうった。

なんとなくライバルが減ったような気がしてキャベツが進んだ。

 




順調にちっふーが毒されています。

今日の連投はここまでです。
明日から1話ずつ上げてく予定です。
29話くらいまで予約してるので、その間に書き溜めて、書き溜めて、書き、書き、か、か、書き溜めれたらいいなぁ……(願望

オラも世界中のみんなからモチベを分けて欲しい。


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11.最高の良妻はまず負けない

評価に必要な文字数とか設定してた頭ポッポがいるらしいですよ。ぽっぽー。

あとウチの綾崎ちゃんはめちゃくちゃ強いです。
理由は次までに考えておいてください。


side奈桜

 

「……なんだ、このISは。」

 

千冬さんが呆れている。

そして私も呆然としている。

 

オルコットさんと一夏くんとの決闘前日、私は千冬さんに連れられて私の専用機が搬入されてくるとされる場所に来ていた。

そんな私達の目の前には薄い青色と薄い桃色によって着色されたISが一機居るのだが……

 

「うふふ♡すごいでしょ♡

これが私達"乙女コーポレーション"が総力と性癖を挙げて作成した第三世代のIS……その名も"恋涙(れんるい)"よん♡」

 

そう言って見慣れた化け物が見せてくる武装やスペックを確認しながら、私と千冬さんは眉間を抑えていた。

 

「この短期間で独自に第三世代作るとか乙女コーポレーションの技術絶対おかしいですよ、速やかにフランスとかに謝罪してきて欲しいですね。」

 

「……まあ、内容が変態的過ぎて量産には向かんがな。」

 

「これ量産されても困るでしょう……」

 

「使われている技術は軒並み授賞ものなのにも関わらず、どうしたらこうなる。」

 

「高級肉を生クリームのパフェに乗せるくらいの暴挙ですよこれ。」

 

「もう♡もっと素直に褒めてくれてもいいのよん?♡」

 

「「どこをどう褒めればいいのだ(いいんですか)、この化け物!」」

 

「あぁん♡ひどぅぃん♡」

 

それはもうとんでもないISだった。

まずこの"恋涙"の特徴として、自身のシールドエネルギーを利用した特殊な銃弾によって、着弾地点に小型のバリアを発生させる拳銃型兵器を装備している。

さらにさらに、人体に対して効果のある治癒ナノマシンと精神を落ち着ける鎮静ナノマシンの2種類を噴出することが可能。

 

その2種類を併用することで戦闘中にも怪我人を安全に治癒することができ、対象が集団であってもパニックを抑えながら保護することができるのだ。

治癒ナノマシンの技術とシールドバリアの変形、これはどちらもかなりレベルの高い技術であり、この実物だけでも何十億という単位の金がビュンビュンと飛び回るレベルである。

 

だからこそ言わせてもらいたい。

いや、だから言わなければならない。

 

「なぜこの技術をISに使っちゃったんですか……!」

 

もっと他に使うべきところがあるでしょ!

怪我人の保護だってISじゃなくてドローンとかでもいいじゃない!

何をトチ狂って貴重な枠を大量に使ってまで実装したのか!

そもそも数の少ないISは基本的に単独戦闘が想定されてるのになぜサポート系!?

開発コンセプトから間違ってるよ!

 

そして終いにはこれ!これですよ!

 

「……千冬さん。これ、僕どうしたらいいんでしょう。」

 

「……わからん。」

 

武装

→鉄の棒

 

ドラクエの初期装備かっ!!

いや、"ひのきのぼう"よりはマシだけど!

そういうことではないの!

第三世代の特殊武装はどこにいったの!?

イメージ・インターフェイスとやらはどこで使えばいいの!?

ナノマシン打っ込む余裕があるなら他の武装入れてよ!!

せめて銃の類を入れてよ!!

なんで鉄の棒入れちゃったの!

棒術とか習ったことないんですけど!?

それどころか近距離攻撃とか世界で一番苦手な自信があるんですけど!?

もうやだこの会社!!

 

「うふ♡気に入っていただけたようでなによりだわ♡」

 

「眼科行け」

 

自分でもビックリするくらい低い声が出た。

見た目が嫌いじゃないだけに辛過ぎる。

いや、怪我人を保護するっていうコンセプトも好きなんだよ?

でもね?

それは攻撃する武装を減らしてまで頑張ることじゃないよね?って。バランスって大切だよね?って。

僕はそれを言いたいだけだったの。

やめて千冬さん、そんな可哀想なものを見るような目でこっち見ないで。

 

「ふっふっふ、安心して奈桜ちゃん♡このギンギンにそそり立ったガッチガチの棒はね、貴方がこの子と1つになることで一皮向けて真の姿になるのよん♡」

 

「面倒なのでスルーしますけど、それが特殊武装ってことなんですか?」

 

「そゆこと♡乙女と言えば、って武器にしておいたから、期待してて♡」

 

「は、はぁ……」

 

とは言うが全く期待なんかできるわけがない。

この変態がつくった兵器だ、間違いなく変態に決まっている。

 

"変態からは逃げられない"

 

どうせ私はこれからもそんな目に遭い続けるんだ。

どうせこれからも私の周りには変態が集まるんだ。

 

あ!そういえば僕も女装して高校生活を送ってる変態だった!

だったら仕方ないか!

類は友を呼ぶって言うもんね!

 

「あははは……」

 

「……お前は本当に不憫な奴だな、綾崎。」

 

千冬さんが珍しく慰めてくれる。

もうなんかそれだけで泣きそうになった。

 

 

専用機"恋涙"

持久力重視のサポート型の第三世代。

もはやオルコットさんどころか同じ初心者である一夏くんとすらまともな試合ができるのか不安である。

既に2次移行をして機体性能を大きく変えてくれるのを望むくらいに不安である。

けれどこれから否が応でもこの力を使わないといけないのだ、例えどんな変態武器が主力になろうとも、その武装一つだけでこれから先を乗り越えて……あ、なんか涙出てきた……これが恋涙……?

 

「さ!フィッティングするわよん♡こちらにいらっしゃい♡」

 

「うぅ……どうして僕だけこんな目に……」

 

今日も今日とてマイクロビキニにガバガバショートパンツを穿いた変態野郎に身体中を触られることになる。

できるならもうさっさと狂ってしまいたい、そう思うようになった。

 

--

 

side一夏

 

「え?俺の専用機、まだ来てないんすか?」

 

「ああ、故に試合の予定を変更して、最初にオルコットと綾崎の試合を始めることにした。あいつの試合はどうせ長くなるからな、丁度いいだろう。」

 

オルコットとの決闘当日、俺は箒と共に第3アリーナのAピットにて自身の専用機が到着するのを待っていた。

決闘当日にギリギリ間に合うとは言われていたが、既に開始20分前。

どんな機械にも初期設定というものがあることを考えると、試運転どころか試合にすら間に合わないのは確実だろう。

当然の判断だと言える。

 

「……ちなみにですが織斑先生、それは綾崎があそこで頭を抱えているのとなにか関係が?」

 

「……いや、あれはただあいつが不憫な奴だというだけだ。そっとしておいてやれ。」

 

「そ、そうですか……」

 

ピットの隅で体育座りをしている彼女は酷く目立つ。

そして箒ですら苦笑いをするくらいに話しかけ辛い。

あの人があれだけ落ち込むなんてなにがあったのか本気で気になるのだが、事情を知っている千冬姉も説明を躊躇うほどのことなのだ。

詮索するのは良くない気がする。

 

「綾崎!気持ちは分かるがいつまでも落ち込んでいるな!さっさと行ってオルコットの相手をしてこい!」

 

「ふぁい……」

 

 

「……落ち込んでる姿ですら様になるとは、美人は得だな。」

 

「箒だって美人だろ。」

 

「なっ!?なっなっなっ……!!」

 

箒と適当に言葉を交わしながら渋々と歩いていく綾崎さんを見送る。

……というかあの人IS展開せずに歩いてったぞ、カタパルトとか使わないのかよ。

 

「……さて、織斑。そろそろお前の専用機が到着するはずだ、試合の観戦は最適化処理と並行してやれ。」

 

「あ、ああ、それはいいんだが……ちふ、織斑先生は綾崎さんにアドバイスとかしなくてよかったのか?あの人も専用機に乗るのは初めてなんだろ?」

 

「……あいつには必要ない。」

 

「は……?」

 

俺だってここ数日何も勉強していなかったわけではない。

再発行された参考書を読んで専用機と訓練機の違い、その特殊性だって少しだが認識している。

なにより今日行うのは模擬戦だ、戦闘なんかしたことのない俺達にとっては実戦経験のある人物からのアドバイスは喉から手が出るほど欲しいもののはず……

 

それでも千冬姉は綾崎さんにはそれが必要ないと断言した。

 

「織斑、篠ノ之、お前達の入試の実技試験はどのような内容だった?」

 

「どんな内容って……」

 

「……私は試験官のシールドエネルギーを半分削れというものでした。色々と弄ばれましたがなんとか。」

 

「俺の時は山田先生が勝手に壁に向かって衝突したからなぁ、あんまり印象ない。」

 

「うぅ、あの時のことは忘れて下さい織斑くん……」

 

「まあ、たしかにあの時の山田先生は試験官にあるまじき醜態を晒していたがな。」

 

「織斑先生まで酷いです……!」

 

IS学園の教員というのは総じて実力者であり、相応の経験と実績を持っている者にしかなれないのだと箒は言っていた。

あの山田先生すらも信じられないことに元日本の代表候補生だという。

そんな彼等を相手に、初めてISに乗るような人間にシールドエネルギーを半分削れというのだ。

この事実を知っていたら俺だって"無理だ"と思うだろう。

 

「あの試験は敵がどれだけ強大であっても諦めない精神力を持っているか、加えて実際に削れるだけの技能があるのか、それを判別するためのものだ。オルコットのように試験官を倒すだけの実力があれば既に精神力は問題無いからな。」

 

「そういう意味だと一夏の実技試験は全く意味のないものだったのですね。」

 

「篠ノ之さんまで酷いですよぉ……!」

 

ごめんな山田先生、こればっかりは全くフォローできない。

 

「それで、実技試験がどうしたって言うんだ?もしかして実は綾崎さんも試験官を倒してたりするのか?」

 

「いや、綾崎は試験官を倒してはいない。それどころか全くシールドエネルギーを削れなかった故に違う試験を実施した。」

 

「……それは、」

 

贔屓ではないか?

箒は言うのを躊躇ったが、言わなくとも分かる。

だからこそ、あの厳正な千冬姉がそこまでした理由があるはずで。

 

「……綾崎が受けた試験はどういう内容だったのですか?」

 

箒も同様の思考に辿り着いたらしい。

俺も箒と同様に千冬姉の反応を伺う。

 

すると千冬姉は就業中にも関わらず、珍しく口角を大きく上げ、酷く楽しそうな顔をして言葉を発した。

 

 

『私の全力攻撃を15秒間耐え切るというものだ。』

 




バケモノか……?


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12.かくしごと

たまにはシリアスだってやります
9400字くらいありますけど、キリよく終わらせたかったのでゆゆして


カタパルトを歩いていく。

本来ならISを展開して格好良く出撃するようなものなのだが、昨日の疲れとこれからの憂鬱によって気分が大きく凹んだ現状を少しでも改善するために少しだけ身体を動かしたくなったのだ。

私が勝手に凹んでいるだけならまだしも、このままのテンションで模擬戦に向かうのはオルコットさんに失礼である。

 

あの後彼女とは何度か会話をしたが、どうにも彼女は一夏くんとだけではなく、私との模擬戦も楽しみにしてくれている節があった。

なればこそ、私は出来ることを全力でやって彼女の相手をするべきだろう。

……例え、一発もダメージを与えられなくとも。

 

『綾崎、聞こえるか?』

 

「???千冬さん?」

 

カタパルトの先が見えてきた辺りで突然千冬さんから通信が入る。

アドバイスでもくれるのだろうか?

 

『綾崎、今回の模擬戦だが、制限時間を設けることになった。30分以内に勝負が決まらなかった場合、その時点で引き分けとなる。』

 

「それはありがたいですね。ですが、最終的に多い方が勝ちという訳ではないのですか?」

 

『一般的には一律だが、最近の専用機はシールドエネルギーの上限が機体によって異なることがあるのでな。公平を期すために引き分けという形を取ることとなった。』

 

「なるほど……ご配慮ありがとうございます、織斑先生。」

 

『全くだ、お前がもう少しまともに戦える人間ならばこっちも余計な変更をせずに助かったのだがな。』

 

「ふふ、耳が痛いですね。……それでは、オルコットさんを待たせてしまっているようなのでそろそろ行きます。」

 

『ああ、勝ってこいとは言わんが、観客を楽しませるくらいのことはしろよ。ギャラリーは多いぞ。』

 

「もう、相変わらず意地悪なんですから。」

 

そこまで言葉を交わして通信が終わった。

最後のあれは、まあ、千冬さんなりの応援なのだろうか。

期待自体はされている……?

 

(まあ、どちらにしてもやることは一つだからね。)

 

この戦いでオルコットさんの戦術を丸裸にする、そして次の一夏くんにオルコットさんを追い詰めて貰う。

私ではオルコットさんに勝てないけど、一夏くんなら別だ。

私の今日の目標は全試合引き分け!高望みはしない!

 

「恋涙」

 

薄桃色と薄水色の装甲によって全身が包みこまれる。

一般的なISと比較して小さめのカスタムウィングが特徴のサポート型IS。

戦うのではなく、誰かを守るためのIS。

開き直った今となってはISとしては歪なその在り方すら愛おしく感じてくる。(洗脳済

 

「綾崎奈桜、行きます。」

 

スペック的に平凡な速さで私は射出口からアリーナへ飛び出した。

 

 

 

side一夏

 

 

『お待たせして申し訳ありません、オルコットさん。』

 

『いえ、色々とトラブルがあったということは聞いておりますから、お気になさらないで下さいな。

……それよりも、そちらがお姉様の専用機でして?』

 

『ええ、一応は。所属してる企業が企業だけに少しおかしなデザインをしているかもですけど……』

 

『そんな!お美しいお姉様にピッタリな、素敵なドレスのようなISですわ!わたくし、間近で見られて光栄です!』

 

『そ、そうでしょうか……』

 

「……試合開始」

 

『『ふぇっ!?』』

 

女子同士の微笑ましい会話。

決闘前には全く相応しくない褒めて照れての光景に微妙な顔をした千冬姉は、微塵の容赦もなく開始の合図を出した。

 

『もう!まだまだお姉様に伝えたいことがたくさんありましたのに……!』

 

『それでも直ぐに対応して攻撃してくるオルコットさんは代表候補生の鑑だと思います……!』

 

『もう!お姉様は本当にわたくしを褒めるのがお上手なのですから……!』

 

 

「すげぇ、あのテンションのまま戦ってる……」

「あんの馬鹿者どもが……」

 

無慈悲な試合開始の合図と共に巨大なレーザーライフルを照射したオルコットに対して、綾崎さんも危なげなくそれを回避する。

オルコットの反射神経も称賛ものだが、そのほぼ不意打ち気味な超高速の攻撃を大して取り乱すこともなく回避した綾崎さんは一体何者なのだろう。

 

最適化処理を実行している俺の専用機『白式』をさすりながら自分だったら避けられるかを考える。

……なんとかいけるかもしれないが、俺だったら大きく取り乱して即座に2射目を撃ち込まれていたに違いない。

 

『お姉様!武器はお使いになられないのですか!?わたくしばかりの一方通行では少々寂しく感じてしまいますわ!』

 

『ごめんなさいオルコットさん、私の恋涙は少しだけ癖が強くて。武器と言えるようなものはこれしかないんです……よっ。』

 

『そんなっ!?』

 

綾崎さんが唯一の武装だと行って取り出したのは一本の鉄の棒、桃色の塗装が施されているが、それは一般的なブレードと同等程度の長さしかなく、槍のようには扱えないだろう。

綾崎さんはそれを取り出すとオルコットが撃ったレーザーライフルの一撃を簡単に受け流した。

意味がわからない、あの速度の弾丸が完全に見えているとでも言うのか。これには隣の箒も驚愕していた。

 

『……お姉様、そちらの武器は一体……』

 

『"ペルセウス"という名前の武装です。隠された力がある、なんて聞きましたが実際にはよく分かりません。現状ではただの少し頑丈な鉄の棒ですね。』

 

『なるほど、つまり今の受け流しは純粋なお姉様の実力ということですか。レーザーによる射撃を汗一つなくいなすとは、やはりお姉様は私がお慕いするに相応しいお方ですわ……!』

 

『あまり期待されても応えられるか不安になってしまいます、ねっ!』

 

『お姉様なら応えてくださると信じておりますわ……っ!』

 

オルコットのレーザーライフルの連続射撃を綾崎さんは一発残らず全て逸らしていく。

まるでレーザー自体が綾崎さんを避けていく様に錯覚するほどの手際……

自分だったら同じことができるか?などという思考はもはや意味がない。あんなこと、俺にできるわけがない。

 

『ふふっ、お姉様!わたくし、なんだか楽しくなってきましたわっ……!』

 

『そうですか?それなら頑張っている甲斐もありますっ!』

 

『ええ!ですので……あと3つほど追加してしまっても、大丈夫でしょう……?』

 

『えなにそれちょっと待って聞いてないでふ』

 

『さあ!行きなさいブルーティアーズ!私とお姉様の円舞曲を盛り上げなさい!!』

 

『や、ちょ!そんなの聞いてなっ……!』

 

ぴゃぁぁぁ!

 

綾崎さんのそんな可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。

そんな光景を見て千冬姉は眉間を抑えており、山田先生は苦笑いをしていた。

ここに来てからずっと平静な綾崎さんしか見てこなかったからか、こうして慌てている彼女の姿はとても新鮮だ。

そんな彼女を見てなのか、オルコットも模擬戦中にも関わらず楽しそうだ。

 

……ただ、この中で箒だけが真剣な顔つきで画面を見守っていた。

それは何かを見極めているような雰囲気で。

 

「箒?どうした。」

 

「……一夏は気付かないのか?」

 

「なにがだよ。」

 

「綾崎が攻撃に一切転じようとしないことだ。」

 

「え?………………あ。」

 

箒の指摘を数秒咀嚼して、ようやく彼女が言いたかったことを理解する。

そういえば彼女は試合が始まってからほとんど場所を動いていない。

彼女が言う通り本当に武装があれしかないのなら、勝つためには近付くしか方法がないのに、だ。

 

「言うまでもなく綾崎の操作技術は非常に高い。それは現状の4機による遠隔攻撃を一切寄せ付けていないことからも分かるだろう。普通ならばこういう場合、大きく動いて射線から逃れるのがセオリーだろうに、その場から殆ど動かず最低限の動きだけであれを成しているのは頭がおかしいとしか言いようがない。」

 

「あ、ああ。ハイパーセンサーだっけ、あれがあったとしても4機分の攻撃を全部避けたり流したりしてるのはマジですげぇよな。」

 

「……そしてそれだけの技術があるならば、多少のダメージさえ覚悟すれば攻めに転じることは造作もないはずだ。現にオルコットは発射こそしないがライフルの照準を合わせて常に警戒しているし、近接武装も展開している。突破されることを前提に考えているな。」

 

「ん?なんで撃たないんだ?照準を合わせれば後は引鉄を引くだけじゃないのか?」

 

「撃てないんだろう、動きを見る限りビットは自動で動いている訳ではなさそうだ。ビットの操作に相当の集中力が要されるとすれば、ライフルの反動と光量は致命的だ。恐らくだが照準を合わせているのが限界、その場から全く動いていないのがその証拠だ。」

 

「……便利そうに見えて意外と癖の強い武器なんだな。あれを使ってる間は無防備になるとか、俺だったら使いこなせる気がしない。戦闘中とは言えその集中力をずっと維持してるオルコットはやっぱり凄いんだな。」

 

「逆に言えばそこにつけ込む隙がある。集中の途切れは思考の停止に繋がるからな。素人にとっては一瞬でも、武人にとっては致命的な一瞬。一夏ならまだしも、綾崎ほどの奴なら容易に突けるだろう。」

 

「やっぱり俺は無理なのかよ……」

 

「一夏は隙を見つけた瞬間に調子に乗って突っ込んで返り討ちにされるタイプだろう。」

 

「ぐうの音も出ない豪速球を投げ込むのはやめろ……やめろ……」

 

「……奴はなぜ攻めない?いや、そもそも攻める気もないのか?一体何を考えている。」

 

俺よりも熱中して試合を見守る箒、次の試合で戦うことになるのだから情報自体はありがたいのだが、熱中しているせいか全く遠慮の無い直球ストレートがバシバシ飛んでくる。

そんな箒に対して千冬姉はどこか固まった表情で答えを差し出した。

 

「……あいつは攻撃をしないのではない、出来ないんだ。」

 

「?それは、どういうことですか織斑先生。」

 

千冬姉の一言に箒は勢いよく振り向く。

俺はよく分からないので黙っておいた方がいいのかもしれない。

 

「あいつはな、"避ける"、"捌く"、"受け流す"という技能のみで言えばその技術は超一流だ。打鉄同士とは言え、私の全力に15秒も耐える時点でその異常性は分かるだろう。

……それこそ【実戦】を【何度も】体験しているのでは無いかと言うほどのものだ。オマケにIS操作技術も確実に初心者ではない熟れ具合、生身よりもISでの方がその技術が活かされているというほどにな。」

 

「……それは。」

 

「実際に実戦を体験しているかどうかは分からん。あいつの記録はとある女性に拾われる以前のものは全くと言っていいほど存在していないからな。直接聞こうが『そんな記憶は無い』の一点張り……真実は誰も知らん」

 

「……」

 

そういえば彼女には血の繋がっていない家族達が居ると聞いたが、そう言う話だったのかと納得する。

思いのほか重い話に俺は沈み込んでいたが、隣で千冬姉を睨む箒はまた違った感情を抱えているらしい。

 

「篠ノ之、お前の言いたいことは分かる。そんな得体の知れない人間を入学、ましてや専用機を与えるなど正気の沙汰ではないと言いたいのだろう。だがな、あいつにそもそも危険性は存在しないんだ。」

 

「……それが綾崎が攻撃をできない話と繋がるんです?」

 

「そうだ。……ここまで話しておいて今更だな、良い機会か。近いうちにお前達には話しておくつもりだったからな。

勿体ぶらず言えば、あいつは"攻撃という行為そのもの"を行うことができないんだ。」

 

……?千冬姉の言葉に疑問符を浮かべたのは箒も同様だった。

あまりに抽象的な言葉で言っている意味がよく分からない。

 

「例えばだが、この映像を見てみろ。」

 

そうして千冬姉が映し出したのは学園内の道場で打ち合いをしている綾崎さんと、それを見ている千冬姉の姿。

しかしその剣の振りは非常にたどたどしく、入門直後の素人小学生にも劣るレベルのものだった。

その姿は隣の画面でオルコットの攻撃を軽々しく受け流す彼女のものだとは思えない。

しかし遊んでいるわけでもなく、彼女の顔は必死そのものだった。

 

「……これだけではない、銃火器に関してもそうだ。奴は時間をかけて引鉄を引くことはできても、確実に的から3m以上離れたところに着弾させる。恐らくはなんらかの精神的ショックによるものだと考えられるが、奴自身はこれを全く自覚していない。」

 

「自覚していない?織斑先生はまだこのことを綾崎に伝えていないんですか?」

 

「こういった心の問題はどこに地雷があるか分からないからな。故に現状、奴は自分には極端に攻撃の才能がないと信じ込んでいる。剣のセンスも銃のセンスも全く無い、と。だからこそ私はあいつに教えたのだ、攻撃をする必要など一切無い。どれだけ無様を晒しても、お前は生き残ることだけを考えればいいと。」

 

「……心の問題ということなら、こうして戦いに送り出すことも辞めさせるべきだったのではないのですか?」

 

「あいつには事情がある。これから先、多くの面倒ごとに巻き込まれる可能性が高い。だからこそ、この場は多少分悪い賭けだとしても乗り越えなければならなかった。結果的には相手がオルコットで良かったというところか。変に緊張することもなく戦えている」

 

その言葉を最後にピット内は再び静寂を取り戻す。

画面の向こうでは未だにオルコットと綾崎さんが秘匿回線で何やら喋りながらも戦闘を続けていた。

そんな姿ですら美しく見えて、その裏に背負っているであろう何かに胸が締め付けられる。

 

「……千冬姉はさ、なんでそんなことを俺達に話したんだ?聞いた限りだと他言したらダメな話だよな?」

 

「ああ、他言どころか奴の今後を考えるとこれ以上広げるべきではない話だ。」

 

「じゃあ、なんで……?」

 

俺の疑問に千冬姉は俯く。

後悔、疑惑、悲しみ、諦め、慈愛、隠しきれない感情の重なったような、弟の自分ですら初めて見るような表情で。

 

「……綾崎は1つ、大きな罪を抱えている。いや、抱えさせられていると言うべきだな。他ならぬ私達によって。」

 

「罪?どういうことだよ。」

 

「私はその重みを感じさせないために努力してきたつもりだ。だがあいつもバカではない、少しずつではあるが勘付いているだろう。それしか選択肢がなかったとは言え、承諾したのはあいつ自身であることも問題だ」

 

「だからなんだよ、何の話なんだよ。何が言いたいんだよ、千冬姉。」

 

「一夏、落ち着け。」

 

千冬姉らしくない酷く曖昧とした態度に腹が立ってしまった俺を箒が止める。

自分でも何に腹が立っているのか分からない。

普段とは違い人前で弱さを見せる姉に対してなのか、1人の少女に何かを背負わせた人間達に対してなのか……それとも、その何かを背負わせているにも関わらず他人の世話を優先させていた彼女に対してなのか。

 

「そもそもあいつはこの学園に自分の意思で入学したわけではなく、篠ノ之と同様に強制的に入れられたクチだ。本来ならば奴は今頃、自身の育った孤児院で変わらぬ生活をしていたはずだった」

 

「なっ……!」

 

「……っ!それはつまり、綾崎もISによって人生を狂わされた1人ということですか……!」

 

「そうだ。そして綾崎に限って言えば、将来的に更に困難な道が待っている。あいつにそれを強制した者達でさえも、その将来について考えることを後回しにしているのが現状だ……その不安についても、あいつはずっと振り回されているだろう」

 

「……なんだよそれ。そんな無責任なことあるかよ。勝手に引っ張り出して来ておいて後のことは考えていない!?そんなの許されるかよ!」

 

「落ち着けと言っているだろう一夏!!……それも綾崎が何処かのスパイである可能性が無いという理由の一つですか。」

 

「そうだ、そもそもこちらからあいつの事情を無視して入学させた。そして、こういった対応について篠ノ之なら詳しいだろう。既に世間から本来の綾崎の存在は完全に消されている。意味は分かるな?」

 

「……そのことを、綾崎には?」

 

「あいつの現状の精神状態を考え、伝えられていない。

……あいつはもう二度と、自分が育った孤児院には帰れないということを、知らされては、いない。」

 

『ふざけんな!!』

 

限界だった。

いくら箒に止められようとも、それ以上は我慢ができなかった。できるはずもなかった。

 

「綾崎さんは……あの人は!ほんとに孤児院の子達のことを大切に思ってるんだぞ!!それなのに!!それなのに……!!」

 

オルコットとの口論の際に昔の弟のようだと語っていた彼女の顔を思い出す。

カレーライスが甘めな理由を問うた時、子供達に合わせて作っていたからだと懐かしんでいた彼女の顔を思い出す。

怒りがこみ上げる、それでも千冬姉は顔を俯けたまま言葉を発するのをやめない。

 

「そうだ、我々はあいつを騙した。IS学園に入学して欲しいという条件のみを出し、外部との連絡は極力制限するようにと提案した。最初の約束はそれだけだった。」

 

「……やめろよ。」

 

「だが実際はそうではない、その条件はIS学園への入学に抵抗をさせないためのものだった。こちらから破る前提でなされた上部だけの方便で、既にそんな契約は存在しない」

 

「もう、やめろよ……!」

 

「私達はあいつに大きな罪を押し付けただけに留まらず、最初の約束すら反故にし、伝えるべきことすら秘匿し、平穏で充実していた人生すら破壊した。全ては個人の、一つの集団の利益のために、私達はその負担を全てあいつ1人に押し付けて犠牲にしている……!」

 

『やめろっつってんだろ!!』

 

ISを纏ったまま姉の胸倉に摑みかかる。

適応化処理を行っていた白式が何が理由でかは分からないがエラーを示しているが、そんなことはもうどうでもいい。

怒りでここまで我を忘れそうになったのは生まれて初めてだった。

自分がこんなにも強い激情に駆られることも初めてだった。

……けれど、そんな感情も摑みかかった姉の顔を見た瞬間に消え失せてしまった。

 

「……なんで、千冬姉がそんな顔してんだよ。泣きたいのは綾崎さんの方だろ……!」

 

「うるさい、黙れ。泣いてなどいない。あいつはまだ泣けもしないのに、私が先に弱音を吐くことなど許されない。」

 

そう言って目線を逸らすことのなく目つきを鋭くして見返してくる様は普段と変わらない彼女の姿だ。

ただそれを左目から流れる雫が破壊してしまう。

たった一滴のその雫だけで彼女が外へ出すまいと必死に感情を閉じ込めて居る事実を浮き彫りにする。

 

「結局、いくらブリュンヒルデだの世界最強だのと言われても、その名で守ることができるのは精々1人が限界だ。いや、その1人すら完全に守れてはいないかもしれない。」

 

「…………」

 

「だから私はブリュンヒルデではなく織斑千冬という名であいつを守ってやりたかった。それでも織斑千冬はあいつを守るどころか逆に世話をかけさせる愚か者だ。織斑千冬ではあいつを守ることなどできない。」

 

「……弱音は吐かないんじゃなかったのかよ。」

 

「純然たる事実だ。実際、この数週間で織斑千冬は奴の精神を守ることも真実を伝えることもできていない。将来のためだと言い訳をして結局こうして戦いに駆り出している」

 

「俺達に、綾崎さんを守って欲しいって、千冬姉はそう言いたいのかよ。」

 

「……虫のいい話だということは分かっている、これもまた懲りずに他人に押し付けている行為だということも理解している。

それでも、あいつの立場を考えるにこの事実を伝えられる人間はお前達2人以外にはあり得なかった。私が信じて任せられる人間はお前達しか存在しなかった。」

 

表情を見せたくないのか俯きながらそういう姉は、自身がISに乗っているからなのか、いつもより小さく見えた。

ここ数年で姉の身長は越したが、それでも自分より何倍も大きく見えた彼女の姿はそこにはない。

だらしのない姿は知っている、器用でないことも知っている、けれどこの姿だけは俺は知らない。

こんな姿だけは……見ていられない……

 

「一つだけ、条件がある。」

 

「……なんだ。」

 

「俺はあの人のこと、勝手にだけどもう友達だと思ってる。同じ釜の飯を食ったとかじゃねぇけど、そう思ってる。だから綾崎さんを助けるのは当然だし、守ってやるのも当たり前だ。」

 

「……ならば、お前は何を望む。」

 

「決まってんだろ、これからも千冬姉があの人のことを守ってやるってことだ。今更全部俺達に押し付けるんじゃねぇ……!俺は友達としてあの人のことを勝手に守るんだ!頼まれたからやるわけじゃねぇし、千冬姉が今更逃げ出すことも許さねぇ!」

 

頼まれなくとも勝手にやる、けどこっちの要求は応えろ。自分で言っておきながら勢いに任せたせいか破茶滅茶な言葉だ。

けど上手い説得なんて俺にはできない、自分の心をそのまま伝えるしか能がない。

だからそれだけを精一杯する、その一言に全てを込める。

そんな俺の顔を見て千冬姉は少しだけ目を見開いた。

 

「……ふっ、言っていることが滅茶苦茶だぞ、一夏よ。」

 

「うぐっ、仕方ないだろ、俺は俺の言いたいことを言っただけだ。箒の方こそどうするんだよ、ヤバそうだしやめとくか?」

 

「それこそバカを言うな、私にとっても綾崎はもう友人だ。お前は知らんかもしれんが、この1週間の特訓についてもアドバイスや提案をしてくれていたのはあいつだ。綾崎の言葉が無ければお前は試合当日までずっと私に剣道をさせられていたぞ。」

 

「嘘だろ!?守るどころか助けられてしかいねぇじゃねぇか!!あっぶねぇ!!」

 

「くくっ、一夏には黙っているように言われていたが、もういいだろう。友人らしく後から文句の一つや二つ受け取ろう。」

 

「……そりゃいいな、俺も後でお礼言っとかないとな。礼も兼ねて今日は俺が夕飯を作るってのもいいな。」

 

「そうだな、それは私も楽しみにしていよう。」

 

最初はどこか綾崎さんを警戒するような素振りを見せていた箒から衝撃の真実を伝えられる。

けれど、"友人らしく"という言葉が凄く心に響いた。

なんだかんだ彼女には助けられてばかりで、まだその1割も返せてはいないのだろう。

けれど、貸し借りだのなんだのと義務的に彼女を助けるつもりはない。

助けたいから助けるんだ、自分の心のままに。

 

「だからさ、千冬姉。今日も寮室行っていいよな?打ち上げみたいな……もちろん、千冬姉は強制参加だけど、大丈夫だよな?」

 

自分たちのやり取りを呆然と聞いていた千冬姉に問いかける。

そんな俺の問いに少しの間反応できなかったものの、直ぐにいつもの表情に戻って言葉を返して来た。

 

「……いいだろう、今日の件で仕事は多いが、必ず間に合わせてやる。その代わり、打ち上げをするつもりならば当然お前は勝ってくるのだろうな?私は反省会に行くつもりはないぞ?」

 

「……ああ、当然だ。負けて打ち上げとかできるかよ、絶対に勝って参加してやる。」

 

いつも通りの雰囲気を取り戻した姉に笑みを返す。

これでもう絶対に負けられなくなった、相手は自分なんかより完全に格上だけど、そんなこと知るか。

男には負けられない戦いがある、それが今なのだ。

 

「……よし、見てろよ箒、俺は絶対にこの試合に勝ってみs

 

 

 

『キッィィッンッッ!!』

 

 

 

「……は?」

 

「なに……!?」

 

気合いを入れなおそうとした矢先に鳴り響いた金属音。

そして同時に鳴り響く試合終了の合図。

目の端でその様子を見ていた箒が目を見開いてその一点を凝視していた。

 

「……何が、起きた……?」

 

千冬姉ですら困惑する異常事態、盛り上がっていた会場も既に静まり返っていた。

 

結局この試合、結果は引き分け。

30分もの間、綾崎さんはあの弾幕に当たるどころか、ブースターも最小限にしか使用していなかったのか、SEを6割以上残していた。

しかし反面、オルコットは自慢のレーザーライフルを完全に破壊され、射撃で大量に消費したせいかエネルギーも底をつきかけていたという。

 

……そして同時に、アリーナのバリアにもヒビが入っているのが確認された。

原因は間違いなく突如として響いたあの金属音。

加えてその事実に一番驚いていたのは、他でもない綾崎さん自身だった。

 




まあ、もともとの原因は一夏くんなんですけどね。

君が受験会場を間違えなければこんなことにはならなかったんだぞ!分かっているのか!!(台無し


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13.一般人の女装生活に罪悪感は付き物

女装ものの醍醐味ですよ




「というわけで織斑くん、クラス代表内定おめでとうございます。」

 

「おめでとうございます一夏さん。」

 

「よくやったぞ一夏!」

 

「………」

 

波乱万丈の一日の終わり、寮監室には僕と千冬さんの他に、一夏くんに箒さん、加えてオルコットさんも集まっていた。

なんでも今日は一夏くんが夕飯を作ってくれるということで、だったらオルコットさんも呼んでしまおうという僕の提案を皆も快く受け入れてくれたというわけだ。

まあ、肝心の一夏くんがどこかどんよりしているのは気になるけれど。

さっきまで元気だったのになぁ……

 

「どうした一夏、祝われているなりに何か言うことはないのか?」

 

「いや、だってさ、よくよく考えたら俺クラス代表になっちゃってるじゃん。」

 

「勝負の結果ですもの、仕方ありませんわ。一夏さんはわたくしに勝ったのですから、誇っていただかないと!」

 

「つってもオルコットさんはスターライト?だっけ、あれ無しでの勝負だったろ?武装だって綾崎さんのおかげで分かってたし。

綾崎さんとの試合だって引き分けとは言え一回雪片ぶっ飛ばされたしさ、あれ実質負けみたいなもんだろ……」

 

「でしたら織斑くんは全敗、勝利者である私とオルコットさんは辞退しますからやっぱりクラス代表は織斑くんですね♪」

 

「なっ!だったら俺も辞退を……!」

 

「「「「ダメ(だ)(です)(ですわ)」」」」

 

「なんだよちくしょー……」

 

そう、結局のところ、一夏くんはオルコットさんに勝ったのだ。

その前の試合で、僕がオルコットさんの替えの利かないレーザーライフル"スターライト"を壊してしまい、彼女が近接武器とブルーティアーズのみで戦う必要になってしまったのも大きいだろう。

しかしそれでも素人が代表候補生に勝ったのは事実、ならば間違いなく適任だ。

少なくとも、まともな攻撃ができない僕よりは。

 

「そういえば綾崎、お前のペルセウスについて何かあの変態から連絡はあったのか?」

 

思い出したように千冬さんが僕に尋ねる。

僕はいつも通り千冬さんのグラスにビールを注ぎながら苦い顔になっていくのを自覚する。

 

「そうだよその武装、なんか突然光ったと思ったらオルコットさんの攻撃とか俺の雪片をぶっ飛ばすし。なんだったんだ?」

 

「そうですわ、私のスターライトに武器を貫通してアリーナのバリアに傷をつけるほどの威力はありませんし、一夏さんのブレードに関しては根元まで地面に突き刺さるほどの威力。わたくし、気になりますわ!」

 

2人は身を乗り出して僕に迫る。

今日はすき焼きにしたので机の中央には黒い鍋があるわけだが、熱くはないのだろうか。

とりあえずオルコットさんの指が鍋に触れそうになっていたので注意をしてから説明することにした。

 

「ペルセウスはただの近接武装ではなく、その本質は対ISを想定した反射武装だそうです。」

 

「反射武装?どういうことだ。」

 

「ペルセウスは衝撃を受けるたびにエネルギーが充填される仕掛けになっているそうで、どれだけ早くても完全展開に至るまで20〜30分がかかります。」

 

「完全展開ってのは、要するにあの光った状態のことだよな?燃費悪すぎねぇか?」

 

「ええっと、完全展開したペルセウスですが、その光った状態の時に物体にぶつけることで、対象を指定した角度へ反射することが可能ということでした。反射の設定は使用者のイメージで調整ができると。」

 

「なるほどな、そんな微妙なところでイメージインターフェイスを使っているのか。対ISを想定しているというのはなんだ?」

 

「完全展開時のペルセウスが最も有効に働くのがISを相手に反射した場合だそうです。ペルセウスがISに直接干渉すると、一時的にブースターなどのISの一部システムが停止します。要は無防備な状態で吹き飛ばされるということですね。」

 

「……は?」

 

「なんですのその機能……」

 

「言いたいことは色々とあるが、その無駄に悪い燃費はそのせいか。」

 

「そうです、ちなみにインパクトの瞬間には金属バットでホームランを打った時のような音がします。『メルヘンゲット!』と叫びながら放つと実況が流れるそうです。絶対使わないですけど。」

 

「突然ネタ武装じみてきたな。」

 

「『乙女は強くなくっちゃね!』というのが開発スローガンだったと変態社長が言っていました。」

 

「もういい分かった、ISの機能に干渉する武装など言いたいことは山程あるが、とりあえずこの話はここまででいい。頭が痛くなってきた。」

 

「奇遇ですね、私も話していて頭が痛くなってきました……」

 

ただの棒かと思っていたらとんでもない兵器を持たされていたという恐怖。

流石に絶対防御やSEには干渉できないそうだけれど、地面に向けて打てば敵ISは受け身も取れないままに叩きつけられるのだ。

冗談では済まされない。

しかもエネルギーが溜まり次第、自動展開するという点もいただけない。

仮に今日の試合、織斑くんが零落白夜を使用した状態だったらアリーナのシールドをぶち破って観客席にダイブしていた可能性だってある。

 

使いたくないが、使わざるを得ない。

本当に嫌らしい武器である。

上手くタイミングを見計らって大事故に繋がらない形で使用しなければならないなんて、強力だが使い勝手が悪いとしか言いようがない。

守るだけならまだシールド付与機能のある拳銃型武装"遠距離恋愛"の方が使いやすい。

……いや、名前が名前だけに使い難いのだけど。

 

他にも色々と微妙なものは付いているけど、これらをどう使っていくかアイデアが必要だ。

……だって普通の武装が無いんだもの、そういうマニュアルも無いし、使う側が考えること前提とかちょっと意地悪過ぎないでしょうか。

 

「千冬さん、また後で相談に乗って下さいね。」

 

「……まあ、何かつまむものを用意してくれたら考えよう。」

 

僕が色々と考えていたことは既にお見通しだったらしく、苦笑をしながらも了承してくれる千冬さん。確か冷蔵庫に買っておいた枝豆があったと思うから、それを出すことに決める。それとも卵焼きでも作ろうか?

 

『そういえば卵が心許なかったかな』などと冷蔵庫の中身を思い出していると、ちょうど織斑くんが銀紙に包まれた料理を配膳し始めた。

なんでも千冬さん曰く、彼は非常に料理が上手らしい。

家事のできない姉に代わって掃除洗濯食事の準備、全てを一人でこなしていたという自慢の弟くんだそうだ。

 

そんな彼の今日のメニューは鮭のムニエル。

 

醤油で食べてもよし、ポン酢でもよし、特製のソースでもよし。

匂いだけでも美味しいと分かるほどの出来である、お酒に合うのは間違いないのか千冬さんもゴクリと喉を鳴らした。

実は僕もかなり楽しみだったり……

 

「……さて、お食事の前に少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

 

しかし目の前に出された料理に夢中になっていた僕達を呼び戻したのは何故か異様に畏まった様子のオルコットさんだった。

声をかけられて不機嫌そうになっていた箒ちゃんや千冬さんも、彼女のそんな様子を見て態度を変える。

 

「今回の件で、わたくしは一夏さんに対して多くの無礼を働いてしまいました。その件に関してまずは謝罪をさせていただきます。本当に申し訳ありませんでした。」

 

「え?いや、別に気にすんなって。今の時代、女なら誰だってああなる可能性があるのは分かってるし……それに、今はもう違うんだろ?」

 

「はい……言い訳になりますが、わたくしは軟弱だった父と両親の財産目当てに群がってくる男達を見て、男性というものに失望していました。母が強い女性だったことと、そんな母に憧れていたというのも拍車を掛けたのでしょうね。あの時、授業の内容が全く分からずお姉様に泣きついていた一夏さんを見て、結局日本の男性も同じものなのだと思い込んでしまいましたわ……」

 

「いや、あれは単に一夏が惰弱だっただけだ。」

 

「えと、少しドジしちゃっただけですもんね?」

 

「この愚弟が……」

 

「その件に関しては100%俺が悪いから綾崎さんのフォローすら胸が痛い……」

 

ごぶっ!と親しい女性2人から冷たい視線で貫かれ、救いの手による罪悪感で内側からも攻撃を受けた一夏くんは机に頭をぶつける。

オルコットさんも少し苦笑いをしながらそんな様子を見ていた。仕方がないのでもう一つフォローを出しておく。

 

「ふふ。でも、こうして実際に戦って見てオルコットさんも分かったのでしょう?織斑くんのこと。」

 

「……はい。『剣を交えれば分かる』というほど腕はありませんが、間違いありません。

一夏さんはとても強い男性でした。そして、とても魅力的な男性でもありました。

ですから、どういった形でも構いません。謝罪を受け取っていただきたいのです。そうでなければ貴方をあんな男達と重ねて見てしまった自分を許すことができません。」

 

「オルコットさん……」

 

きっと一夏くんだってここまで真剣な謝罪を受けたことはそうそうないだろう。

側から見ていた人間にとってはあのやり取りはただの喧嘩に過ぎない。

けれどそれを行った本人にとっては、その時の内心を唯一知っている自分にとっては、ただの喧嘩ではなかったのだ。

彼女の中にしかない葛藤、外には見えない心の闘争。

彼女は自身の中で様々な思いを抱き、戦い、整理してここにいる。

故にただの大袈裟な謝罪でもなければ、割りに合わない謝罪でもない。

彼女の中で彼女が行ったことを彼女が評価したものがこうして現れているのだ。

 

だからこそ、そういったことを全て含めて察して、こうして直ぐに笑いかけることのできる一夏くんは、やはりオルコットさんの言う通りに魅力的な男性なのだろう。

千冬さんも少しだけ誇らしそうにそんな彼の姿を見ている。

 

「ああ、わかった。俺はその謝罪を受け取る。……だからさ、一つだけお願い聞いてくれないか?」

 

「お願いですか……?私にできることならなんでもしますが……」

 

「ん?」

「箒ちゃん今はダメ」

 

「そのだな、セシリアって呼んでもいいか?多分だけどさ、オルコットさんとは仲良くなれると思うんだ。俺も、剣を交わしてから初めて分かった。だから、とりあえずそこから始めていきたい。」

 

「一夏さん……っ!もちろん、もちろんですわっ!!」

 

感謝、感涙、感激。

一夏くんからの思わぬ提案にオルコットさんは涙を流しながら喜んだ。

やっぱり一夏くんは良い男だ、いつか千冬さんが彼がとてもよくモテるということを話してくれたが、今ならその理由がよく分かる。

僕が女で、オルコットさんの立場ならきっと惚れてしまっているだろう。

もちろん、オルコットさんもその節があるのは間違いない。

 

「皆さんも!よろしければわたくしのことはセシリアとお呼び下さい!お母様もです!」

 

「はい、もちろん分かっていますよ、セシリアさ………ん?」

 

オルコットさん、もといセシリアさんと一夏くんとの和解によって和やかになった雰囲気がピタリと静止した。僕も静止した。

 

……待って?今この子、僕のことなんて呼んだ?

 

「どうしたのですかお母様?どこか具合でも悪いのですか……?」

 

心配そうな顔をして僕の顔を覗き込んでくるセシリアさん。綺麗な容姿をしているからか、そんな動作一つすらとても魅力的で。

 

……いや、そんなことよりも。

 

静止していた空間でまず最初に動くことができたのはやはり世界最強の冠を持つ彼女だった。

 

「……あー、セシリア?その、『お母様』というのは、なんだ?」

 

「前はお姉様だったはずだが……」

 

千冬さんに続いて箒ちゃんも訪ねてくれる。しかしそんな当然の疑問に対してもセシリアさんは満面の笑みで答えた。

 

「イギリスにいるわたくしのメイドに聞きましたの。先の時代の母親達は今のように己の強さではなく、母性というもので家族を守っていたと……当初はわたくしも母性というものがイマイチよく分からなかったのですが、お母様と出会ってようやく理解ができましたの!優しくて、けれど厳しくて、それでもいつでも見守ってくださって……お母様と居るとわたくしは母に抱かれていた頃のような安心感を得ることができました。ですから間違いありません、お母様はお母様です!わたくしの2人目のお母様です!大好きですお母様!」

 

「ひゃんっ……!」

 

突然ガバリと抱きついてきたセシリアさんに自分でも疑問を抱くほど自然と女性らしい悲鳴をあげることができた。

僕も染まってきたな……

 

それにしてもこれはマズイ、とてもマズイ。

 

いや、もうお母様と言われることに関してはどうでもいい。

だって孤児院では僕のことをママと呼んでくる子供達も少なからず居たから。その辺はもうとっくに諦めている。

だから今回も諦めるのは簡単だ。同級生にママ扱いされるのは結構辛いけど。

 

問題は彼女が僕のことを男だと知らないことだ。

彼女は恐らく一夏くんに恋心を抱き始めている。けれど、そんな傍らで見知らぬ男に抱きついてしまっているのだ。

これはよろしくない、もしかしたら今後も母にするようなスキンシップを行なってくるかもしれない。

その時、僕はきっと強く抵抗することなんてできやしない。

今と同じように、されるがままにされるしかないだろう。

そして真実が明るみになった時、セシリアさんが何を思うのか。

そんなことは考えなくとも分かる。

 

……これは僕の罪だ、人を騙すということを分かって引き受けたことだ。

けれど、その重さは今日というこの日まで全く理解できていなかったらしい。

自分のことながら、なんて無責任で考えのないヤツだと思う。

 

「いい加減にしろオルコット」

 

ビシッと放たれた千冬さんのデコピンによってセシリアさんは渋々と席に戻る。そうしてようやく夕食の時間が始まった。

皆がセシリアさんの言動に困惑しながらも各々食事の感想を言い合い、僕も必死に頭の中を整理しながらそれに混ざった。

空気を壊すことなく、上手く溶け込めていたと思う。

 

……けれど、この生活が始まって初めて自覚し、そして今後も重ねていくであろうこの罪は、少しずつだけど僕の頭を蝕んでいた。




武器の設定は馬鹿げているのに性能はガチとか好きです

たくさんの評価ありがとうございます。
謎にプレッシャーを感じていますが、誰にでも好かれることは無理精神で今後も頑張っていきたいと思います。
感想の方もなかなか返せていませんが全部読んでますので、どんどん長文で欲望を解放して下さると嬉しいです。
今後とも綾崎くんちゃんをよろしくお願いします。


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14.シチューは何派?私は作る派

シチューを食べるだけのお話です。


side奈桜

 

「お母様!聞いてくださいまし!」

 

「綾崎!聞いてくれ!」

 

「「セシリアが(箒さんが)一夏(さん)の訓練を邪魔するんだ(ですの)!!」

 

「……ええっと?」

 

金曜の19時、明日が休みなんてことはIS学園ではありえないけれど、それでも今日も休日前の夜のように寮監室は騒がしかった。

チビチビとお酒を飲んでいる千冬さんと、その横に倒れ伏している一夏くんはこの状況から意図的に目を逸らしている。

僕バリバリ料理中なんですが……

今では一夏くんもたまに料理してくれるから彼には文句は言えないけれど。

 

「邪魔をしているのはセシリアだろう!今日は最初から私が教えることになっていたはずだ!」

 

「それは勝手に箒さんが決めただけですわ!代表戦までもう時間が無いのですよ!?素人の箒さんが教えるよりも効率は良いはずです!」

 

「綾崎さん助けてくれ、2人とも訓練中もずっとこんな感じなんだ……」

 

「あらあら、それは大変でしたね。今日もお疲れ様です。」

 

「というより貴様等は寮監室をなんだと思っている、毎日毎日飯をたかりに来よって……」

 

「いやそれはマジで悪い、千冬姉。でもなんか習慣付いてきちまったっていうか……」

 

「ふふ、かまいませんよ織斑くん。こう見えて千冬さん、皆さんがいらっしゃるとお酒が進むのか、少しだけ飲む量が増えるんです。」

 

「え、そうなのか?」

 

「そうなんです♪」

 

「……ふん、静かな晩酌ができないストレスで飲み過ぎているだけだ。」

 

「外や職員室での食事が減ったのも理由の一つですよね♪」

 

「……それはお前の料理が美味いからだ。」

 

「あら、これは思わぬ所で嬉しい言葉を頂いてしまいました。気分が良いのでおつまみにイカリングでも用意しちゃいましょうか♪」

 

「ぐっ……こいつが卒業した後の自分を考えるのが今から恐ろしい……!」

 

「この数週間で千冬姉が完全に胃袋掴まれてる……すげぇよ綾崎さん……」

 

いつものような他愛のない会話。

最近は一夏くんに千冬さんを甘やかし過ぎだと注意されることもあるが、ちょっと手の込んだおつまみを出すといつも無表情の彼女が少しではあるが笑みを浮かべるというのは癖になるのも仕方ないのではないだろうか。

そんなことを思いながら見ていたのがバレたのか、千冬さんがチラリとこちらを見て直ぐに目を逸らす。

そんな様子をもう少し見ていたかったのだが、元気な2人の子供達がそれを遮った。

 

「「綾崎(お母様)!!どちらが間違っていると思う!?(思われますか!?)」」

 

「まだやってたのかよ2人とも……」

 

どうやら一夏くんに想いを寄せる2人はあの日以来ずっとこんな感じだという。

最初は僕も微笑ましく見ていたのだが、そろそろ一夏くんもウンザリしてきているのか溜息をついているところを見ると、注意した方がいいのかもしれない。

このままでは誰のためにもならないだろう。

 

仕方がない、そう決心をして僕は2人の方へと視線を向けた。

 

「……そうですね、私は2人とも間違えていると思いますよ?」

 

「「なっ!?」」

 

まずは直球だ。

彼女達は言わなければ分からないが、言えば分かってくれる。

純粋な注意が効く程度の信頼は勝ち取っているのだから、少しくらい厳しく言っても大丈夫なはず……

 

「まず前提として、誰かを教える立場にある人間は、誰よりも冷静で無くてはいけません。誰が教えるかで揉めて貴重な時間を減らしている時点で先生失格です。」

 

「……ふん、その通りだな。」

 

「「うぅ……」」

 

千冬さんの援護も入り、落ち込む2人。

ここからはフォローだ、けれどあまり調子に乗らせてもいけない。

あくまで自身の間違いを覚えている状態で2人の心意気を取り戻さなければならない。

2人の熱意だけは間違っていないのだから。

 

「ですが、お二人は織斑くんの先生役をすること自体は非常に適任だったりするんですよ?」

 

「なに?」「本当ですの!?」

 

「もちろんです。まずセシリアさんは射撃のプロフェッショナルです。遠距離攻撃への対処を課題とする織斑くんにとっては最高の相手になります。」

 

「ふふん!流石お母様ですわ!」「ぐぬぬ……」

 

「ですが反面、剣道において全国優勝も経験している箒さんは、ブレードでの攻撃手段しか持たない織斑くんにとって最高の見本です。手合わせをするだけでも織斑くんの成長のお手伝いができるでしょう。」

 

「……ふふ、流石は母さ...綾崎だな!」「ぐぬぬ……」

 

「……ん?」

 

「という訳で、お二人が真に織斑くんのことを想っているのでしたら協力し合うしかないのです。そうでなければ織斑くんは強くなれませんから。お2人が先生を名乗りたいなら、まずはお互いの強味と自分の不得意を認めることが第一歩に繋がるんです。」

 

「むむ……」「頭では分かるのですが……」

 

ここまで来ればあと一歩である。

彼女達がつっかえている原因を直接破壊してあげればいいのです。

 

「……お二人は織斑くんの力になるよりも自分の欲を優先するような人達ではないでしょう?」

 

「「っ!!」」

 

バッと顔を上げた2人。

一瞬の驚愕の後、顔を渋くさせる。

そして少しの時間、自分の考えをまとめるかの様に俯き、悩み、2分ほどしてようやく自分の答えを導き出した。

 

「……セシリア、すまなかった。どうやら私は焦りのあまり本当に大切なことが見えていなかったらしい。」

 

「い、いえ、それはわたくしもですわ。それに、自分の不得意を棚に上げて偉そうなことを言ってしまいました。」

 

「それに関しても私もだ、ISに関することはセシリアの方が適任だと心ではわかっていたのだがな。」

 

「ですがそれも今日この日までです。私達は目を覚ますことができたのですから……!」

 

「そうか、そうだな……!ならば、これからは!」

 

「ええ!私達2人で力を合わせて、一夏さんを世界最強のIS使いに仕立て上げて見せましょう……!」

 

「無論だっ!!」

 

 

「……いや、どんだけ強くさせられるんだよ俺。」

 

 

2人は手を取り合って誓いを立てた。

きっと明日からはこれまでのように一夏くんの取り合いなどということにはならないだろう。

そしてきっと一夏くんを最強のIS乗りにしてくれるはずだ。南無南無。

 

「……とりあえず綾崎さん、ありがとな。俺じゃあどうしようもなかった。」

 

「いえいえ、お気になさらないでください。私は育った家柄、こういったことに慣れているだけですから。」

 

「はは、綾崎さんにかかれば俺達なんてまだまだ子供ってことか?」

 

「もう、織斑くんは時々イジワルな言い方をしますね。」

 

「はは、悪い悪い。」

 

一夏くんの言葉に頬を膨らませつつも僕は片手間にイカリングを作り始める。

 

……まあ、人を叱るというのはただ声を荒らげて正論を叩きつければいいというものでは無くて。

怒鳴りつけなくても、殴らなくても、その子にあった注意を見つけてしてあげればより分かってくれる。

誰かを叱るということはとても大変なことなのだと、僕はマザーに教わり、孤児院の子供達に実感させられた。

その経験が活かせているだけなのだから、別に本当に彼等を子供の様に見ているわけではない。

 

……1人の男の子のために必死になる2人はとても可愛らしいとは思うけれど。

 

やる気の燃え上がった2人とその間に挟まれて再びげっそりしている一夏くんを微笑ましく見つめていると、丁度作っていた今日のメイン料理がいい具合の匂いを醸し出し始めた。

今日のメニューに一番喜んでいたのはセシリアさんだ、美味しそうに食べる姿を空想するだけで笑みが溢れるほどの喜び様だった。

作り甲斐もあるというものだろう。

 

「さて。そろそろシチューが出来上がりますし、ご飯で食べる方はこちらの大きめのお皿を、パンで食べる方は今のうちに焼いておいて下さいね♪」

 

「ふむ、ならば私は白米にしようか。一夏はどうする?」

 

「一夏さんはわたくしと同じパンですわよね!やっぱりシチューにはパンに決まりですわ♪」

 

「……あー悪いセシリア、俺シチューはご飯派なんだ。千冬姉もそうだよな?」

 

「ああ、だが少なめで良い。私はシチューの方をメインに食べる方だからな。」

 

ガーン!と、セシリアさんが崩れ落ちる。

彼等は生粋の日本人だから仕方ないと言えば仕方ない。

確かにその辺りは人の好みにもよるもので、パスタで食べる人だっている。しかしやはり日本人にはご飯で食べる人の方が多いような気もするのだ。

 

……けれど、まあ、せっかくなら楽しく食べてもらいたいし、僕はこれといった好みもないので今日はパンで食べることにしてもいいかもしれない。

 

「そ、そんな……ここにはパン派はいませんの……?」

 

「セシリアさん、セシリアさん。今日は私、ちょうどパンで食べたい気分だったんです。まだ手が空きそうにないので、今のうちに私の分も焼いておいてもらってもよろしいですか?」

 

「……!!も、もちろんですわ!お任せくださいお母様!わたくし、最高の加減で焼いてみせますわ!!」

 

パァッと花開くような笑顔を見せるセシリアさん。こういったところも彼女はとても可愛らしい。

 

流石にセシリアさんもパンを焼くことくらいはできるよね……?

 

若干心配になったのでトースターの前でじっとパンを見つめているセシリアさんを目の端に置きながら片付けを進める。

すると2本目のビールを取り出しに台所へとやって来た千冬さんが、呆れた顔をしながら僕にボソリと言葉を零した。

 

「……なんというか、お前は本当に母親くさいな。」

 

母親くさいってなんですか。

 

 

 

「お、この人参ハート型だ。」

 

「あら。織斑くん、当たりを引いたんですね。内緒でいくつか入れておいたんです。」

 

「なに!?……私のは星型だ!」

 

「わ、わたくしのは!普通ですわ……」

 

「ふふ、それではセシリアさんには私のダイヤ型を差し上げましょうか。」

 

「なっ!セシリアばかりズルいぞ母さん!」

 

「「母さん…?」」

 

「あっ、いやっ!……ま、間違えただけなんだ!ほんとだ!信じてくれ!!」

 

「そういえば箒さん、先程もお母様のことを母さんと言いかけて……わたくしの時は変な人を見るような目でしたのにね?」

 

「うっ、うぐ……本当に違うんだ……」

 

「まあまあ。他にも色々な形がありますから、皆さんたくさん食べて、たくさん見つけてみて下さいね♪」

 

 

(……見ているだけで母性に溺れそうになるな。)

 

綾崎の母性の犠牲者が増えていたことが判明した直ぐ側で、織斑千冬はニコちゃんマークの人参を見つめながらそう思った。

 




なぜ突然"かあさん"呼びになったのかは次回あたりで

あとランキング一位ありがとうございま……え……?

最近は皆さんの感想だけを頼りに生きてます。
今後も幸の薄い綾ちゃんのことをよろしくお願いします。

次回【15.母と呼びたくなった理由】


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15.母と呼びたくなった理由

女装主人公流行れ流行れ……


それはセシリアさんと一夏くんの和解が成立してから2日ほどが経った放課後のこと。

いつも通り自室(寮監室)に戻って洗濯物を畳んでいると、部屋に1人のお客さんがやってきた。

 

「失礼する……む、やはり綾崎1人か。」

 

「あら、箒さん。今日は織斑くんやセシリアさんと一緒ではないんですか?」

 

「うむ、一夏は授業の補習、セシリアは本国への報告で忙しいと聞いた。今日は鍛錬する気にもならなくてな、ここに来ればお前がいると思ったんだ。」

 

「ふふ、その予想は大当たりだったようですね。今お茶をお出ししますから、たまには2人でのんびりとお話でもしましょうか。」

 

「ああ、すまないな。」

 

「いえいえ、お構いなく。」

 

そうして姿勢良く座った箒ちゃんは最初こそお茶を淹れている僕の方を見ていたが、次第にキョロキョロと部屋を見回して感嘆の声を漏らし始める。

何に感心しているのだろうか?

 

「どうかしましたか?」

 

「む、いや……本当に綺麗な部屋だと思ってな。とてもじゃないがあの千冬さんと生活している空間とは思えん。」

 

「あら、箒さんはそのことを知っていたんですね。」

 

「ああ、私が小学生の頃にな。珍しく一夏が人手が欲しいと頼ってきて何事かと思ったら、部屋の掃除だったというわけだ。当時の一夏はまだ家事など最低限しか出来なかったのでな、本当に酷い有様だったぞ。」

 

容易く想像できる。

何を隠そうこの部屋も少し前まではゴミ袋と洗濯物によって床の9割が埋め尽くされていたのだから。

『教師が掃除を疎かにしてどうするんですか!』なんて言った時に千冬さんが浮かべた現実逃避の表情は懐かしい。

 

「ふふ、なるほど。織斑くんの家事技術は必要に迫られて身に付けたものだったんですね。」

 

「そうだな、今では家事など最低限しか出来ない私からすれば女の面目が丸潰れになるくらいのレベルだ。」

 

「そういった昔の女性らしさを今なお大切にしている箒さんを、きっと一夏くんは好ましく思うと思いますよ?」

 

「くくっ、それをお前が言うのか。」

 

クスクスと笑い合う僕と箒ちゃん。

最初に出会った頃は一夏くんの隣の席だからかよく睨まれていたが、僕が別に一夏くんを狙っているわけではない(当然である)ことが分かると直ぐに仲良くなることができた。

どころか、しっかり者の彼女が時たま見せる子供のような表情を僕はとても気に入っていたりする。

 

「まったく、その気がなくともお前は間違いなく理想の女であることをそろそろ自覚して欲しいものだな。側から見ていていつ一夏が落とされるか気が気でない。」

 

「だったら早く思いを伝えたらいいじゃないですか。箒さんだって間違いなく素敵な女性ですよ?私が男性だったら出会って告白して振られるまであります。」

 

「くくくっ、振られてしまうのか。勿体無いことをするな私は。

……ちなみに私は、お前が男でなくて良かったと思っている。」

 

「……あらら、それは結構傷付きますね。ちなみにそれはどんな理由なのでしょう?」

 

「一夏への想いが揺らいでしまう可能性があるからだ。」

 

「……ふふ、今のは結構嬉しかったですよ?クッキー出しちゃいましょう♪」

 

「千冬さんの次は私を餌付けするつもりか?有り難く頂こう。」

 

普段は強気で、頑固で、抜き身の剣のように鋭い彼女。

けれどそんな彼女も最近は"私"の前でも笑ってくれるようになり、少しくらいの冗談を言い合えるようにもなった。

だからこそ、一夏くんの話をする時にだけ見せるふんわりとした少女の様な表情がとても際立って見えるようになった。

 

とても素敵な笑顔だ。

そんな顔を引き出すことのできる一夏くんは本当に凄い人だと思うし、1人の少女にそこまでの影響を与える人間性をとても羨ましく思う。

あれが恋する乙女の表情というものなのだろう、僕には多分一生縁のない言葉だ。

だって箒ちゃんは言葉ではああ言ってくれたが、きっと"僕"どころか"私"にだってあの顔は引き出せないのは分かっている。

引き出す資格すら無いのはさておき、きっとあの顔を引き出せるのは世界で1人だけなのだ。

だからこそ、自分では届かないその素敵な笑顔が酷く遠いものにも感じてしまう。

そして同時に愛おしくも思ってしまう。

この笑顔を絶やすことのない様にしたいと思うのも自然なことのはずだ。

 

……見守っていてあげたい。

必要な時に手を貸してあげたい。

それが求める立場。

目立たなくてもいい、ただこの子達が幸せそうに笑う未来を見ていたいだけなのだ。

 

 

 

さて、そんなことを考えていたせいか、僕は気付いていなかった。

伸ばしていた手が、無意識に彼女の頭を撫でてしまっていたことを。

 

……えっ、なにしてるの僕よ。

 

「あっ」

 

「あ、綾崎……!?な、何をしている!?」

 

「ご、ごめんなさい箒さん!織斑くんのことを話す時の箒さんがあまりにも可愛らしくてつい……」

 

「あ!ま、待て!」

 

「え、え?な、何を待てばいいんです?」

 

「い、いや、だからその……!べ、別に、撫でるのをやめないでも、いいと、言ってみたり、だな……?」

 

「……へ?」

 

そう言って直ぐに顔を俯ける箒ちゃん。

僕また何かやっちゃいましたか?(無意識の母性と慈愛顔)

 

とりあえずよく分からないまま彼女を撫で続ける。

プルプルと箒ちゃんが震えているけど、嫌がっているわけではないのだろう……ないよね?

 

そうして数分撫で続けていると、突然箒ちゃんが何かを決心したかのように顔を上げた。

突然の行動に手を止めてしまったものの、僕は彼女の言葉を待つ。

 

「あ、綾崎……頼みを、聞いてもらえないだろうか……?」

 

「は、はい。かまいませんよ、箒さんの頼みですもの。」

 

「だ、だが、その……少し、おかしな頼み事なんだ。もしかしたら、気持ち悪いと、思うかもしれない。」

 

「裸になれ、なんてお願い以外にしてくださいね?」

 

「そ、そんなことするわけないだろう!!私はノーマルだ!!」

 

いや、冗談とかじゃなくて、それをされると完全に人生ツムツムなので本当にダメなんですよ。

上半身だけなら多分大丈夫なんですけど、流石に下半身はね……?

 

「その、だな……膝枕、というものをして欲しいんだ。い、嫌ならいいんだぞ!?素直に嫌だと言ってくれ!!」

 

あたふたと顔を真っ赤にしながらも言い訳を並べる箒ちゃん。

両手をブンブンと振り回して、きっと今は内心で自分の言った言葉に後悔とかしてしまっているのだろう。

『言ってしまった、言ってしまった……!』なんて小さく呟く彼女の姿はとても可愛らしい。

そんな様子が不器用に甘えようとする孤児院の子供達に重なって……心が温かくなる。

 

「もちろん構いませんよ?ほら、こちらにどうぞ。私、膝枕と耳掻きには自信があるんですから♪」

 

箒ちゃんから少し離れてポンポンと膝を叩く。

膝に瞬時にブランケットをかけ、受け入れ準備は既に完璧に完了していた。

そんな流れるような動作に最初こそ呆気に取られていた箒ちゃんだったが、直ぐに意識を取り戻して慌て出す。

 

「い、いいのか!?ほんとにいいのか!?」

 

「むしろ準備は出来てしまっているんです。今更嫌だと言われても私が困っちゃいますよ?」

 

「そ、そうなのか?困ってしまうのか?な、なら……仕方ない、よな……?」

 

チラリと言葉尻をすぼめてこちらを伺う箒ちゃん、焦れったくて愛らしい。

恐る恐ると膝の上に頭を乗せるが、やはりまだどこか硬い。

緊張しているのか体に力が入りまくっている。

そんな箒ちゃんをリラックスさせるために頭を撫でてやると、最初こそビクビクしていたが次第に身体の力が抜けていった。

千冬さん曰く中毒性があるらしい僕の膝枕を箒ちゃんも気に入ってくれたらしい。

 

性別を偽ってこうしたことをするのは良くないことなのは間違いない。

だが、断れば彼女が悲しんでしまうだろうし、精一杯の努力を振り絞って出した女の子のお願いを断るのも違うだろう。

それに僕だって頼まれて嬉しかった。

 

……まあ、僕が自分の性別を墓場まで持っていけば済む話だから、うん。

一生女装しろってことですか。

いや、最悪の場合というか、何かしらやらかした場合は本気で視野に入れる必要があるのは間違いないし……

 

なんだか蟻地獄にはまった気分だ。

 

けれど、その代わりにこうして自分の膝でリラックスしてくれる子を見ることができるのならば、それは十分な見返りなのかもしれない。

 

完全にリラックスした箒ちゃんに近くにあった薄い毛布をかけ、ゆっくりと優しく一定のテンポで肩のあたりを叩いてあげる。

性格なのか、家庭的な問題なのか、どうにも彼女はこういうことに慣れていないらしい。

 

……そういえば彼女の姉はあの篠ノ之束だったか。

きっと大変な人生を送ってきたのだろう、こうやってくれる人が近くに居なかったのも仕方のないことなのかもしれない。

 

「あ、あやさき……?」

 

「大丈夫ですよ箒さん、私はちゃんとここに居ますから。」

 

「そ、そうか。……重くは、ないのか?」

 

「慣れてますから、箒さんくらいなら何時間でも大丈夫ですよ?」

 

「そ、そんなものなのか……?」

 

「そんなものなのです。」

 

確かに長時間していると足が痺れることはあるが、座り方を少し工夫するだけで解決できる事柄だ。

慣れればこの体勢で一緒に眠ることだってできる。

……流石に今回はしないけれど。

 

「はぁ、なんだか自分が情けない。」

 

「そうですか?私はそうは思いませんが。」

 

「そんなことはない。実を言うとだな?セシリアにああ言っておきながら、私にもお前に甘えてみたい欲求があったらしい。」

 

「あら、それは光栄ですね。」

 

「ふふ、綾崎ならそう言うと思っていた。

……きっかけは昨日のことなのだがな、セシリアがお前に何かをせがむ度に羨ましく思っている自分に気が付いた。私は姉の影響で小学生の頃から両親に会うことも出来ず、常に転居を強制されていた。そのせいで周りにロクに頼れる大人も居なかったからな。恐らく無意識に甘えられる人間を恋いていたのだろう。情けない話だ。」

 

「箒さん……」

 

ぎゅっと服の裾が握られる。

小学生なんて多感な時期に両親から引き離され、常に見知らぬ環境を強制されるというのはどういう気持ちになるのだろう。

 

自分にも両親はいない。

けれど両親のことなど覚えてもいないし、僕にはその代わりにマザーが居た。常に自分にとって心地の良い居場所が存在していた。

だからきっと、僕には彼女の気持ちは本当の意味では分からない。

そんなふざけた環境に置かれながらも必死に自分を律し続け、曲がることなく生きてきた彼女がどれだけ凄いのかも真に理解は出来ないだろう。

 

「まったく、高校生にもなって私は……」

 

けれど、そんな彼女に僕にも出来ることがある。

いや、正しくはそれしか出来ないのだけれど、それでも彼女を元気付けることが出来るのなら迷いなんて無いに等しい。

羽ばたき疲れた彼女の一休みの寄木となれるのなら、それは多分とても光栄なことだ。

 

「……箒さん。何も甘えることが悪いことなわけではないんですよ?」

 

「……?だが、私はもう誰かに甘えるような年ではない。これからは自立を求められる年齢になるんだ、未だに甘えたことを抜かすのは恥ずべきことだと思うのだが。」

 

「それが適用されるのは、これまでの人生を思いっきり甘えて育ってきた人達だけです。箒さんにはまだまだ甘えが足りません。」

 

「あ、甘えが足りないときたか。なかなかに新鮮な言葉だな。」

 

「ふふ、私は『甘えるな』って言葉が世界で一番嫌いですから。

……だから、もっと甘えてもいいんですよ?なんでしたらセシリアさんみたいに『お母様』って呼んでくれても構いません。私は人を甘やかす人間ですから、私に甘やかされても仕方ないんです。」

 

「……人を甘やかす人間、か。確かに、あの千冬さんすら甘やかせる人間など世界に2人もいないだろう。そう考えると、私のような未熟者が綾崎に甘えてしまうのも当然のことかもしれんな。」

 

「いいことです。私だって嬉しいんですよ?だって私も箒さんのこと甘やかしたいですし、セシリアさんみたいに甘えても欲しいです。」

 

「いや、流石にあれほどべったりとするのはな……」

 

「それは残念です。」

 

気付けば裾を握っていた彼女の手が僕の膝を撫でていた。少しばかりこそばゆいが、箒ちゃんは至って楽しそうだ。

5分ほどそんな時間が続いた後、彼女は一つ深く瞬きをして横を向いていた顔を身体ごと僕の方へと向ける。

突然の行動にビックリする僕。

そんな反応に楽しそうに悪戯な笑みを浮かべた箒ちゃんはニッと笑って宣言をした。

 

「ならば今から私は綾崎のことを『母さん』と呼ばせてもらおう。セシリア曰く、2人目の母親だ。」

 

「箒さん……」

 

「ふふ、これからは思いっきり甘えさせて貰うからな?後で後悔しても取り返しはつかないぞ?私をこんな気持ちにさせたんだ、責任は取ってもらわないとな。」

 

「あらら、これはとんでもない藪蛇を突いてしまったでしょうか?

ですが、望むところです。私こそ、たぁっくさん箒さんのこと甘やかしてしまいますから。後悔しても遅いですよ?」

 

「するものか。母さんから甘やかしの極意をたっぷり吸収させて貰うのだからな、学ぶためにも全力で甘えてやる。」

 

「ふふふっ」「くくくっ」

 

この後、セシリアさんが報告を終えて帰ってくるまで箒ちゃんの耳掻きをすることとなった。

年頃の女の子の耳掻きを恋人でもない異性がするのはどうかと思うのだが、僕は彼女の前では男でも女でもなく、母親の代わりになると約束してしまったのだ。

故に、罪の意識すら追いやって徹する義務がある。

 

よって全力で甘やかした、後悔はしていないけど反省はしている。

 

ちなみにその結果、箒ちゃんにも定期的に耳掻きをせがまれることになった。

この学園で僕が耳掻きを担当する女性がなんと3人になった。

 

え?女誑し?

 

ただの耳掻き好きです。

周りの女性率が高いだけで、男性でも虜にしてみせます。

 

まあ耳が性感帯の人もいるから、男のままだったらセシリアさんの耳掻きなんてできないけれど。

 

ああ、女でよかった……

 

……あれ?

 




箒ちゃんはむしろあの家庭環境で真面目に育った方じゃない……?

次回【16.ラッキースケベをされる側】


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16.ラッキースケベをされる側

イッチーが鈍感なのは多分ヒロインのアプローチの仕方にも問題があると思うんですよ。
流石のイッチーも生おっぱい見ればイッチッチーですからね。


「今日はISにおける実践的な飛行訓練を行う。各自ISスーツに着替えグラウンドに集合しろ。遅刻は許さん、以上だ。移動を開始しろ。」

 

「「「はい!!」」」

 

 

………はい。

 

 

 

こんにちは、綾崎奈桜です。

かつては直人でしたが、今は奈桜です。

でも基本的に名字の方で呼ばれるのであまり実感はありません。

今僕は女装生活を始めれば誰しもが予想できたであろうに、何の対策も施すこともできず、とうとうやってきてしまった恐ろしい危機に直面しています。

 

「やだ……着替え、やだ……女の子といっしょ、だめ、ぜったい……」

 

あーだめです、これだめです。

だってこれ、超えてはいけない一線です。

この一線を超えたら多分一生自分の性別を明かすことができません。

自分の性別を墓まで持っていくなんて、やーです。

 

「お母様♪よろしければ私と一緒にお着替えしましょう?それとも先にお手洗いの方にしますか?」

 

どっちもいけない!

 

女子トイレで着替えを済ませればいいじゃん?

そう思うじゃん?

でも僕、この学園に来てから女性用トイレなんて使ったことありませんから!

 

だってダメじゃん!

倫理的にダメじゃん!?

トイレしてる音なんて誰だって異性に聞かれたくないじゃん!?

例えそれがどんな音でも!!

 

「お母様?」

 

「……セシリアさん。一つだけ、お願いを聞いてもらえないでしょうか?」

 

「はい?」

 

 

 

 

「こちらが更衣室ですわお母様!どうぞご自由にお使いくださいませ!」

 

「うぅ、ありがとうございますセシリアさん……」

 

アリーナにある本来の更衣室、しかし今は教室で着替える事が基本となっているため誰も使わない寂れた部屋。

セシリアさんが紹介してくれたのはそんな素敵な場所だった。

 

「いえ、まさかお母様が自身の肌を見せることにそこまで抵抗があったとは……。これまで気づくことの出来なかった自分を恥ずかしく思いますわ。」

 

「そんなことはありません。とても助かりましたよ、セシリアさん。本当にありがとうございます。」

 

「そんな!お母様の役に立てて良かったですわ!

……さて、それではわたくしも教室に戻りますわね。また後でお会いしましょう!」

 

そう言って向こう側の更衣室に走っていくセシリアさん。

きっと肌を見せたくないという私のためだろう。

彼女にはまた別の形でお礼をしなければならないなぁ……

 

 

ぶっちゃけた話、他の生徒と一緒に着替えてもバレることは決してない。

それは下にISスーツを着ているからとかいう理由ではなく(というかそもそも今日は着ていない)、僕には胸があるからだ。

 

 

……胸があるからだ。

 

 

……推定B〜Cカップの胸があるからだ!

 

 

なんだと思いますこれ。

パッドじゃないんですよこれ。

何かを敷き詰めているものでもないんです。

そう、おっぱいなんです。

偽物のおっぱい。

 

その名も、《乙女の栄光パイパイン》である。

 

肩上から胸に貼り付けるタイプの偽乳で、本物に非常に近い触り心地と見た目をしている(らしい)。

特殊なジェルを使用しないと外すことができないが、貼り付けたことが分からないくらいの驚異の偽装力を持っている。1日に1回洗浄が必要であるが、連日使用しても皮膚に害を与えないように作成されているという素晴らしい製品だ。

 

正式に商品化した場合の利益は計り知れないだろう。

 

ちなみに開発スローガンは、

 

『幼気なロリッ娘が念願叶って巨乳を手に入れて喜ぶ姿を見たい』

 

である。

 

純粋に歪んだ性的嗜好100%の元開発された製品。

流石は乙女コーポレーション、気持ち悪い。

 

そんな胸のおかげで例え抱きつかれた所でそうそうバレることは無いが、流石に下半身ばかりはどうにもならない。

流石に女装のために切る勇気は無いから……

 

授業まで時間が無いため直ぐに着替えに取り掛かる。

スクール水着型のISスーツ、ただし私のは乙女コーポレーションの特注品だ。

なるべく女性らしい体型に見えるように調整され、かつ下半身は男性のシンボルを隠すためにスカートが普通より長めに設定され、素材も硬めにできている。

 

……まあ、露出度が高いのは変わらないんですけどね。

肩出し脇出し太腿出し、身体のライン丸出しだけでは飽き足らず、ニーソによる絶対領域。

このスーツを最初に設定した人間は間違いなく変態だ。

特にこれが女性ならまだしも、僕は男だ。

これを着るとなるともうなんか死にたくなる。

しかもこれ下に何も付けてないんですよ?

辛みしか感じないでしょう。

 

ため息を一つついてISスーツを腹部まで上げる。

ベンチに鏡とジェルを置き、地べたに座りこんで違和感がないかを確認していくが、こうして見ると胸一つあるだけで本当に自分が女性のように思えてくるのだから笑えない。

 

実際、このそこそこ大きな胸は非常に邪魔である。

こうしてスーツを着るだけでも変な形で入らないように工夫しなければならないし、重量のせいで身体のバランスだって変わってくる。

なによりジェルの塗りが甘いと微妙に剥がれてしまうので、露出度の高いISスーツを着る時には手入れが大変だ。

 

「あ、ここ微妙に剥がれてる……ん、これで大丈夫かな……」

 

カバンから取り出したジェルで直ぐに応急処置を済ませる。

授業まで残り3分、時間が無い。

 

「さて、急がないと。」

 

そうして上半身までスーツを上げようとしたその瞬間……

 

 

「やっべ!!授業もう始まっちまう!さっさと着替えて行かねぇと千冬姉に怒ら……れ、る……?」

 

 

「あ……」

 

「……え……?」

 

この学園で(公式では)唯一の男子生徒である織斑一夏くんが更衣室へ入ってきた。

 

「あ、あああ、あやさき……さん……!?ななななななんでここにっ!?」

 

「あー、ええと……私、人に肌を見られるのが苦手で……」

 

「あ、え、あ、そう、です、か……」

 

「「………」」

 

「ええと……その、そうじっくりと見られると照れてしまいますので、目を逸らして頂けると助かるのですが……」

 

「ご、ごめんっ!!」

 

ばっと後ろを振り向く一夏くん。

あんなにもジッと見つめられてしまっては偽物とは言え思う所はある、身体を見られる女性ってこういう気持ちだったんですね。

こんなにも恥ずかしくなってしまうのは自分が段々と女性化してしまっているからなのだろうか、そうでないと信じたい。

 

これ角度的に完全に作り物の乳首まで見えてしまったんだろうなぁ、と思いつつISスーツをしっかりと着る。

……まあ、今回に関しては彼は全く悪く無いのでフォローはしておこう。こういう時に咄嗟に隠す癖を付けておかなかったのは僕のミスでもあるのだし。

 

「えっと、織斑くんは悪くありませんから。あまり気にしないで下さい。それよりも、授業に遅れないように気をつけて下さいね?」

 

妙にいやらしいデザインをした恋涙の待機形態であるガーターリングを素肌の上から身につけて更衣室を出る。

 

 

「……そういうところなんだよなぁ。くそぅ、誰か俺を殴ってくれ……。」

 

更衣室を出る前にそんな一夏くんの呟きが聴こえてきたけれど、どういう意味なんだろう?

どうせ偽物なのだからあんまり気にしないで欲しい。

 

 

 

 

「では、これよりISにおける実践的な飛行訓練を行う。織斑、オルコット、綾崎、試しに飛んでみろ。」

 

あの後、結局遅刻をしてきた一夏くんは千冬さんにグラウンド10周を言い渡されたが、『10周じゃ足りない……15、いや20周は走ります……』という謎の猛省によってクラスメイト全員がドン引きをした。

そしてそんな一夏くんは今、いつもより気合が入っているように見える。

あの後なにかあったのだろうか?やる気が入ったのなら良いことだ。

 

「ねえ恋涙」

 

呼びかけるようにしてガーターリングに手を添える。

すると直ぐに薄桃色と薄水色の装甲によって全身が包みこまれた。

一夏くん達ほど訓練はしていないが、セシリアさんとの戦いの後、ちょくちょくアリーナに行って試しはしていた。

その結果、この恋涙は武装に色々と文句はあるが自分とかなり相性が良いことが分かった。

 

「ふむ、オルコットも綾崎もISの展開に問題は無いようだな。織斑は1秒を切るようになれ、ISの展開速度は操縦者の生存率にも直結する。」

 

「は、はいっ!」

 

ビシッと背筋を伸ばす一夏くん。

男性操縦者という立場上、確かに大切なことだ。

千冬さんが一夏くんに言い聞かせるように言っているのはそれ故だと思われる。

 

それを聞いていたセシリアさんや箒ちゃんも納得したように頷いているし、恐らく今日からの訓練メニューに取り入れる気なのだろう。

あの2人もしっかりと先生をしているようで安心した。

 

「よし、飛べ!」

 

千冬さんの言葉と共に上空へと飛び出す。

少し溜めを作る感覚で地面を蹴ったのだが、その影響なのかまるで某レースゲームのスタートダッシュの如く急発進してしまい、直ぐにブレーキをかけて目標高度で停止する。

 

『綾崎!誰が瞬時加速(イグニッションブースト)を使えと言った!!』

 

「あ、今のが瞬時加速なんですね。ごめんなさい千冬さん、次から気をつけます。」

 

『「知らずに使っていたの(です)か……」』

 

後から追ってきたセシリアさんと通信で呼びかけている千冬さんに同時に頭を抱えられる。

瞬時加速による事故は非常に多いと聞いたことがあるし、素人が適当に使うものでは無いということだろう。

その証拠に千冬さんが『私が許可を出すまで瞬時加速は禁止だ』と言ってきた。

僕だけならまだしも、一夏くんまで真似し始めたら大変だものね。

一理ある。

 

ちなみにその一夏くんはと言えば、ぐんぐんと蛇行飛行をしながらも高度を上げて来ていた。

セシリアさんとの決闘の時は簡単に飛び回っていたのに、やはり意識の違いなのだろうか。

一夏くんが追いついた所で、3人でグラウンドの上空を回るように飛行する。

 

『何をやっている!スペック上は白式の方が恋涙やブルー・ティアーズよりも速度は上だぞ!』

 

「つっても、やっぱ飛ぶのってあんまりイメージつかないんだよなぁ……なんだっけ、前方に三角錐を作るイメージだっけか。」

 

ちょくちょくバランスを崩しながら飛行する一夏くんを見て、僕とセシリアさんはレクチャーを始めようとアイコンタクトをする。

きっと一夏くんは考え過ぎるとダメなタイプなんだろう。

 

「一夏さん、イメージは各々で異なりますわ。貴方のやり易いイメージを模索するのが、最適ですのよ。」

 

「そうなのか?うーん、でも最適なイメージって言われてもなぁ……」

 

「例えばアニメや特撮のキャラクターが空を飛ぶのをイメージしてみたらどうでしょうか?衝撃波を出しながら高速移動する感じです。」

 

「ああ!それならなんとなく分かるかも!……こうか!!」

 

突如、ぐんっと速度を上げた一夏くん。

僕とセシリアさんを簡単に追い抜いて飛んでいく彼を見て僕達は呆気にとられた。確かにスペック上はかなり早いとは聞いていたけど、ここまでとは思わなかった。

あんな曖昧なイメージでここまで劇的に操縦スキルが変わってくるのだから、つくづく一夏くんは感覚的な天才なのだろうなと思わされる。セシリアさんもこの意見には賛同らしい。

 

『よし、大分慣れてきたようだな。織斑、オルコット、綾崎、急降下と完全停止をやってみろ。目標は地表から10cmだ。』

 

千冬さんからの新たな指令を受けてまず最初にセシリアさんが降下する。

 

「それでは一夏さん、お母様、御機嫌よう。」

 

軽い調子でそう言った彼女は、代表候補生の名に相応しい着地を披露して見せた。

指定された10cmピッタリと言うところにも彼女らしさを感じる。

 

「それでは織斑くん、次は私が先に行きますね。」

 

「ああ、気をつけてな。」

 

一夏くんに一言かけて降下する。

素人の自分ではセシリアさんほどピッタリと綺麗な着地はできないだろうが、とりあえず勘に任せてスラスターを稼働させ、完全停止を行う。

恋涙自体はそこまで速くないため、仮に落ちたとしても大丈夫だと思っていたのだが、やはりグラウンドにキスすることもなく綺麗な着地が出来た。

本物の手足のように自在に動いてくれる恋涙には感謝してもしきれない。

武装とか関係ないよね!いざとなれば他の人のを借りればいいし!

 

「……8cmか、十分だな。よくやった綾崎。」

 

「ありがとうございます。」

 

千冬さんからの褒め言葉、大半は従順過ぎる恋涙のおかけなのだけどとても嬉しい。

 

笑みを浮かべてお礼を述べると、今度は後方に突如として白い流星が落下してきた。

白式という名の流星が。

犯人は言うまでもない、一夏くんだ。

 

「クレーターを作り出すなんて、織斑くんは一体どんなスピード出して来たんですか……!」

 

ISの絶対防御を加味しても怪我は無いだろうけれど、初めて見る墜落事故であったために急いで彼の元へ駆け寄る。

すると外目からはそれなりに深刻な事故のようにも見えたのに、肝心の彼は頭から地面に突っ込んで非常にギャグ的な格好をしていた。

これがギャグによる不死身化ってやつですか……言ってる場合か!!

 

「お、織斑くん!?大丈夫ですか!?」

 

足をジタバタさせている織斑くんを恋涙で引き上げる。

激突後にISが解除されていたために生身となっていた一夏くんは、僕にズルリと収穫された。

白式も最後まで責任を持ってあげてほしい……

 

不可抗力的にお姫様抱っこの様な形になった一夏くんは、衝撃から目を覚ますと2度3度僕を見て急激に顔を真っ赤にしてしまった。

まあ、男性が女性にお姫様抱っこなんてされたらそうなるよね、ごめんね。でも足とか捻ってないか心配なのです。

 

そのまま千冬さんの下まで彼を持っていくと、千冬さんは頭を痛そうにしながら一夏くんを睨みつける。

一夏くんは度々何かを言おうとするが、その度に口を閉ざし、挙動不審という言葉がこれ以上無いほどに似合う有様となっていた。

 

「……どうだ織斑?気合いを入れてグラウンドに大穴を開けた挙句、同級生の女子にお姫様抱っこされる気分は?」

 

「死にたいです……」

 

「授業が終わったらしっかりグラウンドを整備しておくように。綾崎に手伝わせるのは禁止だ。」

 

「そこまで恥知らずじゃないんで……」

 

そう言って一言僕に声をかけた一夏くんは授業終了の挨拶にも参加せず、逃げるように大穴を埋め始めた。

怪我をしていないようで何よりである。

ちなみに千冬さんの授業終了の合図と共にセシリアさんと箒ちゃんは一夏くんを手伝いに行った。

僕は釘を刺されてしまっていたので動けなかったが、作業が終わるまでに着替えを済ませて3人のことを見守っていた。

終始一夏くんが落ち込んでいたことが非常に気になった。

大丈夫かな……?

 




イッチー可愛そう……


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17.一夏くんはかっこよくなりたい

いっちーはカッコいいんだよ、言ってることとやってることは……

ただ実力が付いてこなくてね……頑張れ……


side一夏

 

「というわけで、織斑くん!クラス代表就任おめでと~!」

 

「「「おめでと~!」」」

 

夕食後の自由時間で、俺たちは珍しく食堂に居た。

1組の生徒で俺の就任パーティーが盛大に執り行われたのだ。

しかしパーティー開始前からアゲアゲムードなクラスメイト達とは対照的に、俺の心は地の底の底……

理由は今日の飛行訓練の際の出来事を未だに引きずっていたからである。

 

(また綾崎さんに情けない姿見られたァァァ!!)

 

終始その一点に尽きる。

 

綾崎奈桜という少女は非常によく出来た女性だ。

それは自分だけではなく同じ女性である箒やセシリア、加えてあの姉ですら認めているほどに。

しかし彼女はISの操縦技術には目を見張るものがあるが、勉強やスポーツに関しては優秀であっても特別出来るわけではなく、それぞれの分野ならセシリアや箒の方がレベルが高いことは間違いない。

決して失敗を犯さないということもなく、時々小さなミスをして姉に叱られてしまうこともあり、こうして間近で見ていればその雰囲気とは裏腹に完璧とは言えない人であるということも分かる。

 

……それでも、女性としての魅力で語るならば彼女はその完成形であると言わざるを得ない。時々犯すそのドジも魅力の一つに数えられるであろう。

そんな彼女に対して自分自身、憧れというものを抱いているのを自覚していて、彼女の前では格好良い自分でいなければならないという意識を強く感じている。

 

恋愛感情、というよりは見栄を張りたいという欲だろうか?

 

そんな『綺麗な女性の前で見栄を張りたい』という至って平凡な思春期の男子らしい情動に、自分らしくないと思いつつも従い、ここ数週間頑張ってきたつもりだった。

 

……つもりだった。

 

(にも関わらずこれだ!俺まだ綾崎さんの前で一回もカッコつけれたこと無いんじゃないか!?むしろカッコよく助けられてるんだけど!?どういうことだ!!)

 

あれ以来毎日続いているセシリアや箒との特訓が正常に働いているのは、2人を注意してくれた彼女のおかげだ。

授業で出された宿題の分からない場所をそのままにせず提出できるのは、俺の目線になって教えてくれる彼女のおかげだ。(セシリアは教え方が専門的過ぎる、箒は一緒に教えられる側。)

 

そして今日だってそうだ。

訓練中にもイメージが掴めず、時々フラついていた飛行が上手くいくようになったのも彼女のアドバイスのおかげだったし、その後に調子に乗って完全停止を失敗した俺をフォローしてくれたのも彼女だった。

 

(恥ずかしかった……!綾崎さんにお姫様抱っこされるとか死ぬ程恥ずかしかった……!でもなんかちょっとカッコ良かったのが悔しい!本来なら逆の立場がベストなのに!!)

 

あの後、制服に着替えた彼女がずっとこちらを優しく見守っていたという事実も辛かった。

1人の男として格好良くあろうとしたのに、気付けば男ではなく子供の様に見守られているのだ。

 

もはや悔しいとかいうレベルは超えている、気分は美人のお姉さんに1人の男として認めてもらいたいのに何度も空回りをして可愛がられるショタっ子だ。

身長170超えの男をショタ扱いできる綾崎さんは何者なんだよ。

世界の母か?悔しくて仕方がない。

 

「なぁセシリア……カッコいい男って、どうすればなれるんだろうな?」

 

「???何を言っていますの一夏さん?一夏さんは十分にカッコいい男性ですわ、少なくともわたくしが今まで見てきた男性の中では一番です。」

 

「お、おお、そうか……」

 

落ち込んでいる自分を心配してからずっと隣についてくれているセシリアに軽い気持ちで尋ねてみれば、思った以上の真面目な返答が返ってきて慌てた。

箒もそうなのだが、セシリアも最近は少しだけ気性が落ち着いてきて、こういった不覚にもドキリとしてしまう言動を自然とするようになった。

 

聞くところによると、俺が補習でいない時にも彼女達は綾崎さんの下にいるらしいから、その影響なのだろう。

2人とも綾崎さんを見習って色々と学んでいるらしいので多分間違いない。

 

こんな所にも彼女の影が……もしこれで綾崎さんが量産されるような事態になったら確実に俺の心がもたない。

昔は千冬姉というとびきりの美人が近くに居たせいか、容姿の優れた女性を見ても特に何も思わなかったが、最近は綾崎さんという衝撃(インパクト)を受けたせいで徐々にそれが揺らいで来ている。

美人の多いIS学園でそれでは困るのだが……

 

「はいは~い、新聞部でーっす!今日は話題の織斑一夏くんにインタビューに来ました!織斑くんはどこかなー?」

 

「一夏さん、インタビューだそうですよ?落ち込むのは一旦ここまでにして、共に参りましょう?」

 

「あ、ああ、そうだな。」

 

突如出現した新聞部の対応に向かうべく、セシリアに手を貸されて立ち上がる。

 

……今また自然と女の子に助けられたな?反省してないのかお前ェ!(自分)

 

 

インタビュアーの新聞部の黛さんとセシリアがインタビューについての交渉を行う。

この辺りのスムーズさはやはり国家代表候補生たる所以なのだろうか?

以前は『代表候補生?なにそれすごいの?』だった俺だが、勉強をするにつれて段々とその辺りも理解してきていた。

まだ高校生にもならないうちからメディアや国と関わってきた彼女達は間違いなく凄い人物だと、改めてセシリアを見直したものだ。

俺だったら絶対出来ないし、絶対どっかで騙されてる。

賢くないから。

 

……あれ?もしかしなくてもセシリアって普通にカッコ良くないか?

 

いや、だがそんなことを言えば箒だってそうだ。

姉がアレで家族から引き離されても自分を曲げることなく努力し続けて、剣道では全国大会で優勝、その上半ば無理矢理IS学園に入学させられてISの判定がCにも関わらず接近戦では学年で3本指に入るなんて先生達が話しているのを聞いた。

これは俺もセシリアも納得している。

加えて未だに朝の鍛錬を欠かすことなく続けており、最近は綾崎さんに家事まで教わっているらしい。

しかも自分のことだけではなく、放課後は俺のために訓練に付き合ってくれるのだ。

これでカッコよくないと言ったら嘘だろう。

 

……あれ?もしかして俺の周りの女子、みんなカッコいい?

カッコ良くないの、俺だけ?

むしろ俺、結構情けなくないか?

それどころか格好付けられたのってセシリアとの決闘の時だけだし、そもそもそれだって綾崎さんのお膳立てがあったからで……

 

「くぅーん」ドサリ

 

「お、織斑くん!?」

「一夏さん!!どうなさいましたの!?しっかりして下さい!」

 

大丈夫だセシリア、大丈夫。

ちょっと直面したくない事実にぶち当たってしまっただけで、

事故みたいなサムシング。

もうよく分かんない。

よくわかんないけど。

でも俺、約束するから。

これから絶対カッコいい男になるって。

口だけじゃない、本物の男になるって、約束するからさ。

だからさ、セシリア達もさ……

 

「止まるんじゃねぇぞ……」

 

「い、一夏さぁぁぁぁん!!」

 

その日、食堂中に悲痛な叫び声が響いた。

直後にやってきた箒によって叩き起こされ、セシリアによって真面目にインタビューを受けさせられる羽目になった。

しかもクラスメイト達にめちゃくちゃ弄られた。

意外とみんな容赦ないな?俺の心はボロボロだよ!!

 

くそぅ、誰かに甘えたい……!(鳥頭

 




えぇ!?鉄血の世界にも綾崎ちゃんを!?一夏くんぶち込もうよ!?

それはそうと、いっちーが今後強くなるから分からないですけど、間違いなく死にかける回数は原作より少なくなると思います。

【次回:鈴ちゃんの勘違い!1つ目☆】


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18.鈴ちゃんの勘違い!1つ目☆

ダンまちの方でも似たようなの書いてたりするので、実はこっちの書き溜め見るの久しぶりだったりするんですよね。
あと普通に投稿時間ミスりました。


side鈴音

 

私、凰鈴音と言えば現在の中国IS界隈において将来を期待される有望な代表候補生である。

恐らく中国のISファンの中では知らないものはいないだろう。

 

ちなみに実際にその影響力は凄まじい。

具体的には想い人がIS適性があると判明するや否や、事前に断って既に他の人間が当てられていたはずのIS学園入学の権利を直前になって奪い取るなどという暴挙を行なってもお咎めが無いほどに、だ。

 

もちろん、この辺りには私が世界唯一の男性操縦者が非常に近しい関係であり、あわよくば私と彼が、その、けけけ結婚?して?中国側に引き込んでくれるんじゃないかという打算もあるのだろう。

 

それでもたった一年半でここまで上り詰めた自分に対する評価もあり、最新の専用機を与えられただけでなく、援助だって他の候補生の比じゃないレベルで出ている。

今の自分は間違いなく彼の隣に立つに相応しい人間になれていると自負していた。

 

……ただ、そんな私のことをよく思わない人間だっている。

例えば私が無理矢理奪った入学の権利、この辺りの処理を行っていた事務の人間にとっては傍迷惑もいいところだろう。

そのせいなのか何なのか、私の手元にある指示書は非常に雑なことになっていた。

 

 

 

『事務行け』

 

 

 

「分かるかぁぁぁ!!!!」

 

酷い、酷すぎるにも程がある。

というか純度100%の嫌がらせである。

 

私だって自分の行ったことがただのワガママであり、多くの人に迷惑をかけてしまったことは分かっている。

色々な書類を準備して手渡してくれたあの女性が目の下にクマを作って恨めしそうに私を見ていたのも、目を逸らしていたけど気付いてはいる。

 

だが!だからと言って!大袈裟に作られた指示書の内容が4文字って!もう少し何かあるだろう!

 

例えば「織斑一夏に近づけ」とか!

 

「織斑一夏と仲良くしろ」とか!

 

「織斑一夏と結婚しろ」とか!

 

一応これ任務よね!?

 

夜の8時という絶妙に嫌な時間にIS学園に到着するよう仕組まれた飛行機然り、出国を直前まで知らされなかったこと然り、付き人やガイドすら検討されなかった件然り、こんなことなら素直に最初にIS学園入学を提示された時に従っておけばよかったと心から思う。

何で意地張って1回目断っちゃったかな……

 

「ま、沈んでても仕方ないか……」

 

校門を眠そうな警備員さんに通してもらい、当てもなく校内を彷徨い歩く。

『事務室はどこですか?』『あの辺』

という凄く面倒そうに対応してくれた警備員の彼女については後で絶対に学校側に報告してやることとして、とりあえずは教師か生徒を見つけて教えてもらわねばならないだろう。

しかし時間帯故にか門の周辺から玄関にかけて全く人気を感じない。人の居ない夜の学校というのは灯りがついていても不気味なものであり、若干キョロキョロしながらも廊下を歩いていく。

 

暫く途方に暮れて歩いていると、前方から2人の女子生徒が歩いてくることに気がついた。

2人とも小さなダンボール箱を抱えており、荷物運びの最中なのだろう。

リボンの色からしてどうやら自分と同じ1年生らしく、不幸中の幸いとはこのことか。

遠目から見ても2人が話しかけやすそうな人達であることも分かり、私は久しぶりに天に感謝した。捨てるものもあれば拾うものもいるのだと、彼女達に小走りで近付いていく。

 

(……それにしても、2人とも美人過ぎない……?)

 

そんな彼女達に近付くにつれて、まず目に留まったのは2人の容姿だった。

どちらも黒髪黒眼の純日本人らしい容姿をしているのだが、その整い具合が半端ではない。

黒髪黒眼の美人と言えば想い人の姉が思い浮かぶが、この2人もそれに負けず劣らずというレベルだ。

もっと言えば片側のポニーテールの少女が纏っている剣のような雰囲気はその女性に似ている。

 

もう片方の女性はそれとは対照的に非常に優しげな雰囲気のある女性だ。

自分と同じ年齢だと思えないほどに落ち着いており、その仕草一つとっても女としての格の違いを見せつけられている様に感じる。

 

……そして問題なのは、そのスタイルだ!

 

なんだその胸は!

なんだその身長は!

私をバカにしているのか!!

 

千冬さん似のポニテの少女は所謂巨乳、というかもう爆乳と言ってぶっ叩いてやりたい。

制服の下からでもこれでもかと自分を主張し、ダンボール箱の上で踏ん反り返っているのだ。

あれに比べれば微妙にしか存在しない自分など無いも等しいようなものである。

 

……だれが小さ過ぎるので無視しても良いだ!数学か!!

 

一方で隣の優しげな女性は胸自体はそこまで大きくはない(それでも私の相手ではない!怒)。しかしその代わりに彼女には身長がある。

恐らく170くらいはあるだろう……モデル体型っていうのはこういうことを言うんですか?そうなんですか?ほんとのモデル体型を目指すならその胸を私に寄越せよ!!

なんで胸も身長もどっちもあるんだ!ふざけんな!!

 

容姿という点においては自分だって整っている方だとは思っている。

身長と胸に関してはどう頑張ってもどうにもなってくれないが、それでも肌や髪の手入れは怠らず、いつ彼に顔を見せても恥ずかしくないようにはしている。

 

……だが!もしもこの学園の女子生徒の平均が彼女達レベルならば私はどうすればいいのだろうか!?

IS学園には美人が多いって聞いていたけど、誰もここまでとは思ってなかったんですけど!?

この場所で一夏を勝ち取るとか難易度高過ぎない!?

もう心折れそう!

 

「……む?見ない顔だな、転入生か?」

 

「どうでしょう、なんらかの事情で遅れて入学してきた方かもしれません。どうやら困っていらっしゃるご様子ですし、お手伝いしましょうか。」

 

「ふむ、そうだな。一夏のパーティまではまだ少し時間があるし、問題は無かろう。」

 

私の心折係数がどんどん上昇していく。

え?この2人一夏の知り合いなの?

しかも呼び方からして結構仲の良いレベルの人間じゃない?

どうせ2人もまた一夏が無意識に落としてしまった女性達の1人なのだろうけれど……

え?もしかして私、本当にこれからこいつ等と一夏を争うの?

見知らぬ女にも救いの手を差し伸べてくれるような内外両美人共に?

私の幼馴染アドバンテージ息してる?大丈夫?

 

「ええと、どうかなさったんですか?とても深刻な顔をなさっていますけど……」

 

「ええ、大丈夫よ……」

 

「本当に大丈夫か?顔が真っ青で少し涙目になっているが……」

 

「大丈夫、問題ないわ。少し辛い現実に直面してしまっただけだから……」

 

優しくされるだけで辛いんですが。

初めての経験よ、人に対して汚い部分を求めるのは……

 

「ええとね。実は私、遅れて入学してきたんだけど、事務室がどこにあるか分からないのよ。よかったら教えてくれないかしら?」

 

「なるほど、事務室ですか。ここからだと少し遠いですね。意外と分かりにくい場所にありますし……」

 

「あ!別に忙しいならいいのよ!?他の人に聞けばいいことだし!」

 

「いえ、そういう訳には参りません。困っている方を見過ごすことなんてできませんし、なによりそろそろ事務室が閉まってしまう時間です。……箒さん、私が箒さんの分の荷物も持っていきますので、案内をお願いできないでしょうか?」

 

「いや、荷物は私が持って行こう。かあさ、綾崎は彼女を案内してあげて欲しい。こういうことに関しては私よりも適任だと思うからな、私では会話を広げられる自信が無い。」

 

「……分かりました、重い物を押し付けてしまってごめんなさいね。」

 

「ふふ、私と綾崎の仲だろう、そうよそよそしくするな。それに、これでも鍛えているんだ、適材適所だと思って行ってくれ。」

 

「……ありがとうございます。」

 

なによこのイイコ達っ……!!

ちょっと性格良過ぎるんじゃないの!?

普通は一夏を狙ってる女の子達ってもっとギスギスしてるものじゃん!

表ではニコニコしてても裏で唾吐いてるような奴ばっかじゃん!

なんでこんなキラキラ輝いてるの!?

薄暗い所探してるこっちが辛くなるんだけど!?

 

(……はっ!まさか、一夏と触れ合っても一夏に惚れることのない特別種!?いや、でもそんなことありえるの……!?けどこの2人の信頼関係は友人同士のそれじゃないし、もしかして同性愛者という可能性も?同性愛者に一夏って効くのかしら?でもそうじゃないと説明がつかないし……)

 

同じ想い人を取り合っているのにこれほどの信頼関係を保てるはずがない。

ならば2人は実はそういう関係で、私のライバルではないのでは?

 

そんな僅かな期待によって私の思考はあらぬ方向へと飛んでいく。

そしてそんな私の思考も次に放たれたポニーテールの少女の言葉によって銀河の彼方まで吹き飛ばされることとなる。

 

「それでは任せた。私は一足先にパーティ会場で待っているから、あまり遅れないように来るんだぞ?【母さん】。」

 

 

【母さん】

 

 

『母さん』

 

 

[母さん]

 

 

「母さん」

 

 

母さん

 

 

かあさん

 

 

 

「…………かっ!?かかっ!?か、か、かぁっ!?」

 

あまりの衝撃に「か」しか言うことができなくなってしまった私を置いてポニーテールの少女はどんどんと遠ざかっていく。

何かの間違いではないかと「母さん」と呼ばれた優しげな女性の方を振り向くが、彼女もそう呼ばれるのが当然であるかのように微笑みながらヒラヒラと手を振っていた。

 

(え!?親子!?この2人親子なの!?何歳差の親子なのよ!?というかほんとに親子ならそもそも同じ学年の同じ学校に通ってるって時点で絶対おかしいでしょ!?事情!?深い事情があるの!?もしかして隠してる感じだったの!?)

 

もしそうならば、とんでもない事実である。

仮に本当に母親ならば。常識的に考えて恐らく隣にいるこの女性は20代後半くらいなのは間違いない。きっと極端に若く見えるタイプなのだろう。

 

ポニテの子が時々彼女の名前を呼ぶ時に躊躇う姿勢があったのは、親子だということがバレないように慣れない言葉遣いをしていたから……?

 

……はっ!でもそう考えてみれば、この2人の容姿が揃って美人であることも、友人とは違う雰囲気で仲がいいのも当然ではないか!

この人が同年齢の誰と比べても異様なくらいに包容力を醸し出しているのも一児の母というならば納得できる!

こんな人の下で育ったのならあれくらい良い子になるのも必然だ!

 

……なんということなの、どんどんパズルのピースが埋まっていくじゃない。

恐らく2人はさっき私の前で『母さん』と呼んでしまったことに気付いていないはず、このことはまだ私しか知らないことに違いない。

 

私の想像(妄想)だと、ポニテの子は一夏に惚れていて、お母さんの方はそれを応援している立場のはず。そう考えればこの弱みはポニテの子という強力なライバルを引き摺り下ろすのにうってつけだ。

 

(……でも、そんなことできるはずないじゃない。)

 

そうだ、きっと身分を隠して学園に通っているのにも相応の理由があるはず。

色々と大変なことがあるのは簡単に想像できるが、それでもこの2人は楽しく生活ができているのだ。

先ほどのやりとりを見ていれば彼女達がどれほど今の生活を大切に思い、楽しく思っているのかは私でも分かる。2人の境遇を考えれば、その今を破壊することなど到底できやしない。

 

(それになにより……!)

 

こんな良い人たちを陥れるなんて、私が許しても一夏が許さない……!

私は一夏の横に立つ人間になると決めた、だったら彼に対して後ろめたい思いをするようなことは絶対にできない。

彼に報告して、胸を張れるような生活をしなければならないのだ!

 

(だから……!)

 

「大丈夫よ、あなた達2人のことは、私がしっかり守るから。」

 

「………?」

 

2人の真実をバラすことなんて絶対にしない。

それどころか、見知らぬ私を助けてくれた優しい彼女達を今度は私が助ける番だ。彼女達の真実が明るみに出ないように、微力ではあるが努力をしよう。

私は言葉と共に、彼女達と想い人である一夏に対して誓った。

 

 

凰鈴音はこうして盛大な勘違いを抱えたままIS学園での生活を送っていくことになる。

真実を知ることになるのは、まだ遠い先の話……

 




ISのヒロインが暴力的な子が多いのは、多分同調してるってのもあると思うんですよ。
こういう優しさ一辺倒なつよつよヒロインが居れば変わると思うんですよね(男)。


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19.鈴ちゃんの勘違い!2つ目☆

相変わらず鈴ちゃんが勘違いします。
アニメでISに乗って生身のイッチーに襲い掛かったりしてましたけど、こちらの鈴ちゃんはどうなるのか、楽しみですね。



side鈴音

 

「転校生?こんな時期にか?」

 

「というか遅れて入学してきたって扱いみたい!隣のクラスの話なんだけど、なんでも中国の代表候補生なんだって!クラス代表じゃないから代表戦には出れないみたいだし、助かったね!織斑くん!」

 

「ま、まあ確かにそうだな……」

 

「とは言うが、例え相手が専用機持ちでなくともクラス代表を引き受けるほどの熱意を持った相手に、一夏が油断できる要素など一切無いがな。」

 

「そうですわね、現状の一夏さんの実力はクラス内だけでも4番以下ですし。相手の力量云々で勝敗を語るには実力が足りませんわ。」

 

「うわぁぁぁ!ISに関する2人の評価が厳し過ぎるよ綾崎さぁぁん!!」

 

「えっと……大丈夫ですよ?織斑くんもちゃんと成長しています。ただ"ちょっと"2人の成長速度が、織斑くんよりも"かなり"早いというだけで……」

 

「"かなり"って言っちゃったよ!"ちょっと"はどこに行ったんだよ!綾崎さんでもフォローできないとか辛過ぎるだろ!!」

 

やんややんやと騒がしい1組の教室。

私こと凰鈴音はそんな様子を教室のドアから何処の家政婦ばりに覗き見ていた。

 

(ぐぬぬ、中に入るタイミングを逃した。ほんとはクラス代表云々の話の所で入ろうと思ったのに……!)

 

昨晩、綾崎奈桜と名乗った彼女のおかげで何とか事務室が閉まる前に手続きを行うことができた私は、自分と同部屋のティナ・ハミルトンという女生徒が2組のクラス代表だということを知った。

クラス代表とは何かと綾崎に尋ねれば、選ばれた生徒は今度行われる代表戦に出場することとなり、そしてあの一夏が1組のクラス代表であるというではないか。

 

自分の今の実力を一夏に見せるには最高の機会だ…!

 

そう考えた私は案内をしてくれた綾崎にお礼を述べ、早速同部屋の女生徒にクラス代表を変わってくれるよう頼み込みに行った。

どうやら彼女も無理矢理クラス代表を押し付けられていたらしく、むしろこちらからお願いしたいと喜んでいたのを思い出す。

 

一夏が専用機を貰ったという事は既に知っていたので、強力なライバルとして突然現れた自分にきっと注目してくれるだろう。

そう思い朝からスキップをしながら1組の教室までやってきていたのだが……

 

「一夏、今日から私との模擬戦の回数を増やすか。」

 

「でしたら私と箒さんの2vs1で行いましょう。多少過酷な訓練になりますが、本番まで続ければ嫌でも戦闘慣れすると思いますわ。」

 

「名案だな、セシリア。採用だ。」

 

「殺す気か!?殺す気なのか!?訓練官達がスパルタ過ぎて明日の自分を投げ出したい!」

 

(……なんか、ちょっと可哀想に思えてきた。)

 

ポニーテールの少女は昨日会った綾崎の子供である篠ノ之箒という名前だったか。

どこかで聞いた名前だが、立ち振る舞いからして何らかの武道に精通している人間なのだろう。

金髪の方は多分事前に報告を受けていたイギリスの代表候補生とやらだ。

私はよく知らないけど、専用機を持っていることから実力に間違いはないはず。

 

そんな2人が一夏に対して2vs1でボコボコにするというのだ。

 

……いや、確かにそんな相手達と2vs1で戦うことに慣れることができれば、訓練機を扱う一般生徒を相手にするくらい造作もなくなるかもしれない。

けどそれまでは普通に地獄だと思うんだけど、そこの所どうなのよ。

 

(正直、『一夏の周りの女鑑定士』の私からすれば、ポニテの子と金髪の子は一夏に惚れてる節があるのよね。綾崎はやっぱり無さそう。

でも2人とも訓練に関しては関係なく厳しいってのも不思議な話よね。こういうのって大抵、訓練相手としての立場を取り合うようなものだと思うんだけど……)

 

それだけISに対して2人が真剣に考えているということだろうか?

それとも男性操縦者として狙われる可能性の高い一夏の身を案じて?

 

彼女達の行動の理由を考察している私だったが、やはり聞いた方が早いというのが結論だった。

 

昨日話した感じではポニテの子はいい子だったし、一夏が仲良くしているのなら金髪の子も性格は悪くないはずだ。

いざとなれば大人な綾崎がいるのだし、自分があの輪に入っても特に問題はないだろう。

 

(……ということで、)

 

いざぁ!!

 

そう扉にかけた右手に力を入れた瞬間、

 

「と、こういった感じで一夏さんの訓練を行いたいと思うのですが、何かアドバイスを頂けないでしょうか?【お母様】?」

 

【お母様】

 

 

『お母様』

 

 

[お母様]

 

 

「お母様」

 

 

お母様

 

 

おかあさま

 

 

 

「…………おっ!?おおっ!?お、お、おっ!?」

 

私は銀河の彼方まで吹き飛ばされた。

 

あまりの衝撃に「お」しか言うことができなくなってしまった私を置いて、金髪の少女は綾崎に話を向ける。

何かの間違いではないかと「お母様」と呼ばれた優しげな女性の方を見るが、彼女もそう呼ばれるのが当然であるかのように微笑みながら一夏のフォローをしていた。

 

(え!?親子!?この2人も親子なの!?何歳差の親子なのよ!?いやそれはもういいけど、綾崎の娘が金髪碧眼って絶対おかしいでしょ!?事情!?何か事情があるの!?もしかしてまだ何か隠してる感じだったの!?)

 

もしそうならとんでもない事実である。

二女の母、そして父親は違う2人!?

この事実に彼女達は気付いているのだろうか……

いや待て、物事を表面だけで捉えてはならない、私はそれを昨日知ったはずだ。

 

考えてみれば直ぐに分かる、綾崎という女性は複数人と関係を持つような軽薄な女性ではない。

彼女は間違いなく1人の男性だけを愛し、最愛の夫を亡くした後も一生その思いを抱き続けたまま独身を貫くような、純粋だけれど切ない、存在だけで悲愛小説1本が書けるような女性だ。

 

きっと金髪の子が綾崎のことを「お母様」と呼ぶのはカモフラージュ。

恐らく金髪の子は綾崎とポニテの子の本当の関係を知っていて、ポニテの子が偶に「母さん」と呼んでしまっても問題が無いように『綾崎を母親の様に慕っている自分』を演じてそのミスをカバーしているに違いない……!

 

……はっ!でもそう考えてみれば、時々綾崎がポニテの子だけではなく金髪の子に対しても慈愛と悲しみが共存したかのような笑みを浮かべることも納得できる!

あの綾崎のことだ……きっと綾崎にとっては金髪も自分の娘同様に思っており、金髪の子もそれを受け入れているのだろう。

それでも金髪の本当の両親のことや自分の存在のせいで迷惑をかけていることを考えると自責の思いに駆られて……

 

……なんということなの、どんどんパズルのピースが埋まっていくじゃない。

綾崎は間違いなくこの空間における緩衝材だ。私と年の変わらない彼女達が1人の男性を取り合っていても関係が悪化していないのは、確実に彼女のおかげだろう。

彼女の性格から考えて、一夏も含めて生活面から勉強面、ISの訓練に至るまでありとあらゆる分野で世話を焼いているに違いない。

それなのに肝心の綾崎の心は自責と不安によって日々蝕まれ、それをフォローできる人物もいないという有様だ。

 

なんということだ、なんということだ……金髪の子の一言からこんなところまで繋がってきてしまった。

自分の天才的な頭脳が恐ろしい。

 

私の想像(妄想)だと、綾崎の心の現状については私以外に誰も気付いていない。

その違和感に気付くことができないほど彼女は上手く立ち回っているのだろう。

だがそんなことを続けていれば彼女はきっと潰れてしまう。

 

……だが、私は本当にそこまで踏み込むべきなのだろうか?

そもそも、真実を知ってしまったからとは言え、彼女のためにそこまでする義理などどこにもない。

昨日の礼なら彼女達の関係を黙っているということでチャラなはずだ。

余計な波風を立てないためにも放っておくのが最も無難な選択だろう。

 

(……でも、そんなことできるはずないじゃない。)

 

そうだ、一言二言話しただけだが、それでも私は彼女の心根を知ってしまった。

どんな環境で育てばあんなにも慈愛に満ちた女性が生まれるのか、私には想像もつかない。

けれど確かに一つ確信できることは、あんな素敵な女性は世界に2人と居ないということだ。女としてこうあるべきだという目標にするべきレベルの女性である。

 

そんな人を見捨てる?

 

バカを言うな、代表候補生になるまでに色々と過酷なことはあったが、それでもそこまで落ちたつもりはない。

 

(それになにより……!)

 

こんな良い人を見捨てるなんて、私が許しても一夏が許さない……!

私は一夏の横に立つ人間になると決めた、だったら彼に対して後ろめたい思いをするようなことは絶対にできない。

彼に報告して、胸を張れるような生活をしなければならないのだ!

 

(だから……!)

 

「……大丈夫よ、あなたのことは、私がしっかり守るから。」

 

彼女の悲しい笑顔が忘れられない。

何かを隠して、飲み込んで、それでも笑おうとする仕草が頭から離れない。

彼女は私の想い人である一夏のフォローをしてくれている。この女だらけの空間で日々過酷な訓練を受けながらも頑張れているのは、きっと彼女のメンタルカバーがあるからだ。

いつか一夏の隣に立つ女として、私はその恩を返そう。

彼女が自責の念に押し潰されてしまうことのないように、微力であるが努力をしよう。

 

私は言葉と共に、彼女と想い人である一夏に対して誓った。

 

 

凰鈴音はこうして盛大な勘違いなんだけど実際にそう外れたものではない思い込みを抱えたままIS学園での生活を送っていくことになる。

真実を知ることになるのは、まだ遠い先の話……

 

ちなみに直後に背後から出席簿で叩かれて自分の存在が明るみになったことは別の話である。




今回4000文字程度ですが、次回8500文字くらいあります。
バーラーンース!

【次回:鈴ちゃんの勘違い!3つ目☆】


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20.鈴ちゃんの勘違い!3つ目☆

今日の勘違いはそんなに大したことないので大丈夫だと思います。
未亡人 綾崎ちゃんを思っての行動、鈴ちゃんは優しい子だなぁ……


side奈桜

 

「一夏のバカぁ!!」

 

そう言って寮監室から走り出る鈴ちゃん、一方で頬を叩かれて呆然としている一夏くん。

そんな様子を遠巻きに見守っていた僕と箒ちゃんと千冬さんの思いは一致していた。

 

(((一夏(くん)ェ………)))

 

 

 

 

中国代表候補生 凰鈴音

一年半という短期間で専用機を持つまでに至ったという才女は一夏くんの幼馴染だったという。

話した感じでは真っ直ぐという言葉が色んな意味で似合うような子で、非常に好感が持てた。

そんな彼女とは今日の朝、彼女が千冬さんに後頭部を叩かれていたのを発見し、昼食時にいつものメンバーに含めて会話をすることになった。

一夏くんと久しぶりに会ったということで終始いいムードで続いた会話だったのだが、その時に漏らした『一夏くんと箒ちゃんが同部屋』という情報によって事態は一変する。

 

「わ、私だって幼馴染なんだから一緒の部屋でもいいじゃない!代わってよ!」

 

彼女も例に漏れず一夏くんに惚れてしまった女の子だったらしい。

当然、同じ気持ちの箒ちゃんの返事はNO。

それでも納得できない彼女に寮監に相談してみることを提案してその場を収めたが、もちろんこれだけで完全に収束するわけがない。

放課後、彼女は寮監室にやって来たのだが……

 

「そんな我儘が認められるか。一夏の1人部屋も用意することが決まっているのだ、これ以上私の仕事を増やすな。」

 

ズバンっと言い放たれた千冬さんの一言によって鈴ちゃんは無残に切り捨てられた。

2人は顔見知りだったらしく、鈴ちゃんは千冬さんのことが苦手なのだと一夏くんは言っていた。

多分この様子では寮監室に入って顔を見た瞬間から絶望していたに違いない。

 

そんな地の底まで落ちていた鈴ちゃんが起死回生のために切り出したとっておきの切り札、それが彼女が昔一夏くんと交わした約束である。

 

『私が毎日酢豚つくってあげる!』

 

とても可愛らしい約束である。

"付き合ってほしい"

"結婚してほしい"

そんなことを素直に言うことが出来ない少女が、少ない恋愛の知識を必死にフル活用して、自分でも作ることができる料理に当てはめた渾身の一言だ。

 

……恐らく今以上に鈍感だったであろう当時の一夏くんに対して意味が伝わっている可能性は限りなくゼロに近いような気もするが、鈴ちゃんからしてみれば返事が貰えた瞬間に狂喜乱舞したはずの出来事だ。

だからほら、その時からの数年間で一夏くんが約束の本当の意味について気付いてくれている可能性もあるかもしれない。

もしかして「自分の言葉には責任を持つ」くらい男前のことを言ってくれるかもしれない。

そんな僅かな可能性を僕や千冬さんは願っていたのだが……

 

「ああ!毎日酢豚を"奢って"くれるって約束だろ?」

 

残念無念。

やっぱり一夏くんは一夏くんだったよ。

 

これには先程まで頭に血が上っていた箒ちゃんやセシリアさんも冷ややかな視線を送っていた。

……まあ、箒ちゃんに関しては特に同じ幼馴染という立場上、自分があの場にいた可能性もあったもんね。

同情くらいしちゃうし、一夏くんをジトッと睨めつけたくもなるよね、だって関係ない僕ですら鈴ちゃんのことを思うと涙が出そうだもん。

 

パァン!

 

「一夏のバカぁ!!」

 

織斑くんの頰に平手打ちを叩き込み、鈴ちゃんは走って部屋を出て行く。涙を流し顔を大きく歪めながらも、そんな自分を隠すように振り向きもせず走り去った。

一方で頰に真っ赤な紅葉を咲かせた織斑くんは、突然の出来事に何が起こったのか分からないといった顔でただただ呆然としていた。

女性陣からの視線は冷たく、鋭い。

 

……はい、ここからは僕の時間です。

 

「ええと……私、鈴ちゃんの様子見てきますね?織斑くん、今日の夕飯の準備任せてしまっても大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ……悪い綾崎さん……」

 

「それと箒さん、もし箒さんが同じ立場ならこの後どこに向かいます?」

 

「へ?あ、ああ、そうだな……屋上か自室か……?いや、会って数日と経たない人間と同室なら自室はあり得ないな。」

 

「なるほど、参考になります。それでは千冬さん、行ってきますね。」

 

「毎度のことだが愚弟が迷惑をかけて悪いな。」

 

「いえ、好きでやっていることですから。」

 

そう言って僕は手近にあったタオルを手に取り、鈴ちゃんを追って廊下へと出る。

織斑くんはそんな僕を見てなんとも言えない顔をしながら台所へと向かった。

別に迷惑とか思ってないから気にしなくてもいいのよ?

 

……ほんとに好きでやってることだからね。

 

例えそれが気付きにくいものだと分かっていたとしても、想い人と交わした大切な約束を再会した喜びも束の間にその当人によって壊されてしまったのだ。

きっと一夏くんと同じ学校に通えることを楽しみにしていた彼女にとっては味わう絶望も尚更だろう。

 

そんな彼女を放って美味しい料理など作れるはずが無いのだ。

僕はできることなら誰かに笑って食べて欲しい。

 

一夏くんに『鈴音さんと一緒に食べるので、私の分の夕食はいりませんよ』とメールをして屋上へと踏み込む。

 

これが男の身なら下心云々で色々言われることはあるだろうけど、今は女の身だ。

純粋に彼女の心配ができるのだから女装も悪くない(手遅れ)。

 

屋上ではやはりと言うべきか、ツインテールの少女がベンチの上で蹲りながら泣いていた。

その小さな身体を震わせて、声を殺しながら嗚咽を漏らす。

 

「鈴音さん」

 

僕の一言にビクッと反応し、涙でぐちゃぐちゃになった顔をゆっくりとこちらへ向ける鈴ちゃん。

そんな彼女を見て僕は持ってきたふかふかのタオルを手にベンチの前にしゃがみ込む。

 

「あ、あやしゃき……?な、なんでここに…」

 

「なんでと言われましても、『友人が心配だったから』以上の理由を私は持っていませんよ?」

 

優しく微笑みながら彼女の涙を拭くと、僕のかけた言葉に彼女は一層悲しそうな顔を深めて涙を流し始める。

泣かしたかったわけじゃないんだけどなぁ……

 

「よければお話、聞かせていただけませんか?」

 

一通り涙にまみれた彼女の顔を綺麗にした後、彼女にタオルを手渡して僕は尋ねた。

何が起きて何を思ったのかは大体想像できるが、こういう時はやはり吐き出すのが一番だ。

心の中に溜め込み腐らせてしまうのが一番マズイ。

僕は鈴ちゃんの顔を下から覗き込みながら話を待った。

 

「……私ね、一夏のことが好きなの。ずーっと前から。」

 

「……そうですか。」

 

「うん、大好きなの。小学校5年生くらいの時にね、まだ日本に来て日本語が上手く喋れない私を助けてくれた一夏を見て、それ以来ずっとずっと好き。あいつのことを考えない日なんて1日もないくらいに好き。」

 

「代表候補生になったのも織斑くんの影響ですか?」

 

「……うん。私ね、両親が離婚することになって、そのせいで中国に帰ることになったんだ。大好きだったお父さんも居なくなって、一夏とも会えなくなって、ほんとに全部無くなっちゃったって思ったの。でもね、偶然受けた適性検査でIS適正値がAだってことが分かってね、『これだ』って思ったんだ。」

 

「鈴音さんは何と思ったんですか?」

 

「私が頑張れば一夏にも自分の今を伝えることができるって思った。私には一夏のことは分からないけど、せめて一夏には私のことを知っていて欲しかった。

だから私、必死に頑張ったのよ?

それこそ、寝食以外の時間を全部費やして、先輩達の教えを請うためにたくさん頭を下げて、生意気だって嫌がらせをしてくる奴等にも耐えて模擬戦で見返してやった。IS学園への入学だって、無駄な時間になると思って一度は断ったくらいなんだから。」

 

「ふふ、鈴音さんは凄いですね。いくら好きな人のためとは言え、なかなかできることではありません。」

 

「……でもね、正直、恐怖とか強迫観念めいたものもあったのよ。あの日に一夏に助けられて以来、私はどこか一夏のことを追いかけてるイメージがあったから。

『頑張らないと忘れられる』、『頑張らないと一夏の横を他の女に取られる』、『こうしている間にも一夏は前を歩いてる』なんて考えがずっと頭の中にあって、今思えば努力を続けたのもそうしていると心が楽だったからって理由の方が強かったかもしれない。

挙げ句の果てに最近は自分の選択に『一夏に失望されないように』なんて一夏に責任を押し付けるような理由付けをしてる始末なのよ。

今日の約束だって、あの程度のことで一夏が意識するはずないなんてことは幼馴染である自分が一番よく知ってたはず。なのに私は自分の都合のいいように、それからずっと目を逸らし続けてただけ。一夏は悪くない。

……私はね綾崎、胸を張れるような人間じゃないのよ。一夏の隣に相応しい人間に、まだなれてない。そんなこと理解してたはずなのに、なんで私ここに来ちゃったかなぁ……」

 

僕の手渡したタオルで顔を隠しながら彼女は再び嗚咽を零し始める。

『何が起きて何を思ったのかは大体想像できる』なんて偉そうなことをさっきは言ったけれど、そんな自分を殴ってやりたい。僕は何も分かってはいなかった。

 

きっと彼女は、一夏くんと別れたその日から、ずっと自分の心を絞め続けてきたのだろう。

離婚した両親、引き離された友人達、心の底を誰にも打ち明けることができず自己の中で処理し続けた。

その結果がこれだ。

理性が及ばないほどに強迫観念と不安が肥大化し続け、冷静な思考すらも蝕まれ。

これでは正直、毎晩しっかりと眠れているかも怪しい。

クマは見当たらないが、睡眠薬を使用している可能性だってあるだろう。

 

……いや、鈴ちゃんの性格を考えるとそうしている可能性は高い。

 

「ねえ鈴音さん。織斑くんの隣に立つ人は、どんな人が相応しいと思いますか?」

 

「え?そ、そうね……強くて、一夏のことが分かってて、一夏ことを支えられる人間かしら……」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

「へ?」

 

顔を上げる鈴ちゃん、そんな彼女の頭を撫でながら僕は言葉を続ける。

それは"勘違い"だと。

 

「極論を言ってしまえば、私はどんな人間であろうと織斑くんの隣に立つ可能性はあって、織斑くんが最も求める人間になれる可能性があると思うんです。そこに女性としての条件や資格なんて存在しない、大切なのは彼の近くにいることだけ。」

 

「……どういう、ことよ。」

 

「織斑くんの隣で共に戦い続ける勇敢な女性、織斑くんが守りたいと思うようなか弱い女性、織斑くんを守り続ける強い女性。もっと言えば、織斑くんを執拗に狙って暗殺に来る女性にだって可能性があるということです。」

 

「……つまり、私の努力は無駄だったって言いたいの?」

 

「本当にそう思いますか?」

 

「……思いたくない。でも、だったらあんたはさっきから何が言いたいのよ!」

 

喜怒哀楽、様々な表情を見せる彼女。

それはきっと、彼女の強い長所だ。

 

「織斑くんの隣に居ることのできる今、鈴音さんの隣にもチャンスは常にあり続けるということです。」

 

「……!!」

 

「織斑くんがIS学園に入学できて、鈴音さんにも入学の話が来た。これは単純な話、鈴音さんにとって正に奇跡的な偶然でもありますが、貴方が自らの手で掴み取ったチャンスでもあるんです。鈴音さんはそれを無駄にしたいのですか?」

 

「でも、それは……」

 

「鈴音さんは今までずっと頑張ってきました、訓練やコネ作り、それは強いIS操縦士になるための努力を。そしてようやくチャンスは巡ってきました、貴方の努力が報われたのです。ですから、これからはまた違った努力をしていきましょう。」

 

「ど、どんな努力をすればいいの?」

 

「ふふ、それはですね……織斑くんが惚れてしまうような、ステキな女性になるための努力です♪」

 

「……!!一夏が惚れてくれるような、素敵な女性に、私が……?」

 

「そうです、他でもない鈴音さんがです。鈴音さんが魅力的な女性になるんです。もちろん、私も手伝います。」

 

呆然として居る彼女にニッと笑いかける。

一夏くんも羨ましいことだ、こんなにも自分のことを思ってくれる素敵な女性がいるのだから。

それに気付かないなんて罰当たりもいいところだ。

 

しかし鈴ちゃんは一瞬何かを思い出したようにハッとし、暗い顔をして俯きながらこんなことを言った。

 

「……いいの?だって綾崎は箒のことを応援したいんじゃないの?それに、綾崎にだって迷惑をかけて……」

 

「バカを言わないでください。」

 

ぐっと顔を近づけてコツンと彼女の額を小突く。

こんな時にまで私の心配をするなんて、良い子過ぎるにもほどがある。

 

「まず誤解を解いておきますが、私は織斑くんのことに関しては誰が勝ってもいいと思っています。誰かにだけ偏るつもりもありません、勿論助けを請われれば協力はしますが。」

 

「だから!それじゃあんたに負担が……!」

 

「負担だなんて思いませんよ。」

 

「っ!?」

 

なぜか驚愕したような表情をする鈴ちゃん。

しかし、これが僕の偽らざる本音だ。

 

「鈴音さん知っていますか?誰かに頼られるっていうのは、存外とっても心が温まることなんですよ?」

 

頼られたい、頼って欲しい、それが僕の根本だ。

だから、負担なんかじゃない、なるはずがない。

人に頼られなければ僕は僕でいられないのだから。

 

「う、うぅぅ……あやさきのお人好しぃぃぃ!!!」

 

「ひゃあっ!?ど、どんな泣き方をするんですか鈴音さんっ!?……もう。」

 

抱きついてきた鈴ちゃんを受け止める。

本当にこの子は泣いてばかりだ、渡したタオルだってもう十分に涙を拭くこともできないくらいに。

 

……はあ、これじゃあもう自分の本当の性別を隠すつもりで生きないとダメだろうなあ。

ここに来てから偽りの性別で居た方が都合のいいことが多過ぎてなんとも微妙な気持ちになるばかりだ。

 

 

「私決めた、次のクラス代表戦で一夏に勝って、一夏の訓練にいれてもらう。これでも私、近接戦闘も遠距離戦闘も両方こなせる天才なんだから♪それに、短期間で成長したいなら私以上に適任はいないでしょう?」

 

立ち直った鈴ちゃんは素敵な笑顔でそう言い放った。

決意を固めた彼女の姿は女性の強さをこれでもかと放ち続ける。

眩しいなぁ……こんな素敵な子にも思いを寄せられているなんて一夏くん、多分世界中の男性が嫉妬すると思うよ?

 

ぎゅるるるる……

 

「……あう」

 

……まあ、どんな素敵な女性でもお腹はへるんだけどね。

こんな所も鈴ちゃんらしいと言えばらしい。

 

「さて、お夕飯食べに行きましょうか。」

 

「え?で、でも確か食堂ってもう……」

 

「問題ありません、私が作りますから♪」

 

「……え。」

 

 

 

 

「ありがとうございます箒さん、お手数をかけて申し訳ありません。」

 

「なに、部屋を貸す程度のこと気にするな。食材だって私よりお前に使われた方が嬉しいだろう。」

 

「またそんなこと言って……箒さんだって最近腕を上げているでしょうに。」

 

部屋と食材を貸して貰えないか箒ちゃんにメールすると、彼女も夕食を食べている最中だというのに直ぐに来てくれた。

一夏くんもあの状態で料理を作ったというのだから流石の一言である。

 

「……ところで、その調子ではあいつは立ち直ったのだな。流石は母さんだ。」

 

「ふふ、彼女も箒さんやセシリアさんに負けないくらい強い女性でしたから。でも、織斑くんには『反省してください』としっかり伝えておいて下さいね?」

 

「ああ、一言一句違わず伝えよう。私達が言っても『約束は覚えていた』の一点張りだったからな、綾崎の言葉なら考えを改めるだろう。……それでは、また後でな。」

 

一夏くんの残念な対応を伝えて箒さんは去っていく。

それと同時に箒さんの部屋のお風呂を借りていた鈴ちゃんが姿を現した。

彼女もこのことを見越して場を去ったのだろう、気遣いのできる子だ。

 

「綾崎……?誰と話してたの?」

 

「この部屋を貸してくれた箒さんとですよ。自由に使ってもいいとのことだったのでお礼を伝えていたんです。」

 

「そっか……私も後でお礼をしておかないとね。」

 

「きっとお2人なら直ぐに仲良くなれますよ。……さて、サクッと作ってしまいますか。鈴音さんはもう少し髪を拭いて来た方がいいですよ、せっかく綺麗なんですから勿体ないです。」

 

「そ、そう?あ、ありがとね、綾崎……」

 

鈴ちゃんが箒ちゃんやセシリアさんと仲良くなってくれるならこれ以上に嬉しいことはない。

きっと2人にまた違った価値観や見方を与えてくれるだろう。

見知らぬ女性だらけの空間で過ごす一夏くんにも友人として安心感を与えてくれるはずだ。

 

千冬さんは……また頭痛の種が増えそうだしフォローがいるだろうなあ……

 

そんなことを考えて鈴ちゃんの姿を見送ると、彼女は突然振り向いてこちらへ笑いかける。

 

「……ねえ綾崎?」

 

「???なんですか鈴音さん?」

 

「私のことさ、鈴って呼んでよ。いつまでも鈴音さんなんて呼ばれてたらむず痒いわ。」

 

「……鈴さん、でどうでしょう?」

 

「うーん、まいっか。それとさそれとさ、私も綾崎のこと呼びたい呼び方があるんだけど、いいかな?」

 

にヒヒと笑う鈴ちゃん、なんだか嫌な予感がする……

 

「はあ、いいですけど……」

 

とりあえずそう返すと鈴ちゃんは言質取ってやったりとばかりに口角を上げてこう言った。

 

「それじゃあこれからよろしくね!"マ〜マ"?」

 

あっ……そっかぁ……

 

「え、ええ……よろしくお願いしますね、鈴さん……」

 

「えへへ!」

 

もう、好きに呼んで下さい……(諦め

ママだろうと母さんだろうともう何でもいいです。すっかり慣れ切ってしまった自分に悲しさを覚えつつ、全部受け入れてしまおうと諦めた。

 

 




side鈴音 おまけ

私は今、自分の根底を破壊しようと目論む憎敵と対峙していた。

「くそ、くそっ……!認めない、こんなの認めない!」

それは私の否定、父の否定、国の否定。
決して許してはいけない、決して認めてはいけない。
そんな許されるべからず相手に、私は今まさに屈しようとしていた。

「認めちゃいけない、認められないのに……!」

ダメだ、負けてはいけない、勝たなければならない。
母国の民として、父の娘として、負けることは許されない。
それでも、それでもこの事実だけが覆せない。

「なんで、なんでこんなに……!」

目の前にあるこれは、どうしてこんなに……!



『美味しいのよォォォ!!!!』



「ふふ、お口にあったようでなによりです。」

屈した、屈してしまった。
ついに陥落してしまった。
否定して、拒絶して、それでもプライドをかけて望んだこの戦いに、清々しく負けた。

目の前に存在する、この……


甘めの中華料理に……!!


「なんで、なんでこんなに美味しいのよぉ……辛くない麻婆豆腐なんて麻婆豆腐として認められないのにぃ……」

目の前に並ぶ麻婆豆腐と白米。
綾崎が冷蔵庫の中身を見て直ぐに作れると思い立ったのがそのメニューだった。
事前に『私の麻婆豆腐は辛く無いのですけど、許してくださいね』と言われた時には耳を疑って病院の手配をしようかと思った。
ただ実際に出された際にもマジで辛い風味が一切無く、もうほんとこいつどうしてやろうかと思ったのだが……

「美味ひぃ、美味ひぃよぉ……なんれぇ……」
「ふふ……」

美味しい、これがもう本当に美味しいのだ。
方向性的には給食で出た麻婆豆腐に近いだろう。
彼女は孤児院で育ったらしく、子供達の料理に刺激の強いものを作るわけにもいかずこの味へと至ったと言っていた。
だからだろうか、中華料理以外では基本的に子供っぽいと言われる私の舌にベストマッチしたのだ。
もうこれ麻婆豆腐とは別のものだと言ってやりたいが、敗北した私にそんな権利はない。

「ご飯が進むよぉ……少しの麻婆豆腐で白米がその3倍は進むよぉ……」

「生野菜中心ですがサラダも用意しましたので、バランス良く食べてくださいね。」

「ドレッシングも美味しいよぉ……」

「私の特製なんですけど、お口にあったなら今度お裾分けしますよ?」

「優しいよぉ……ママの優しさに溶かされちゃいそうだよぉ……」

この数分で私の舌は完全に彼女の虜となっていた。
綾崎の作る刺激の弱い方面で極められた料理は私の舌に合い過ぎる、体重のことなんて考えられないくらいに箸が進む。
そしてそんな私のためにサラダや飲み物などを考えて用意してくれる彼女の奉仕精神……

これができる女ってやつですか…
これが素敵な女ってやつですか…!
これが魅力ある女ってやつですか…!!

ポニテの子や金髪の子が綾崎に教えを請う理由が本当の意味で理解できた。
約束のためとか言って酢豚だけを練習し続けてた自分が死ぬほど恥ずかしい……!

(これを見越して綾崎は私に魅力的な女性になる努力をしろって言ってたのね……私はてっきり肌の手入れとかそういうのだけだと思ってた……!)

これが経験の差!
これが年齢の差!!
これが努力の差!!!

妻として、母として、常に自分を磨き続けてきた女性が綾崎だ!
その高過ぎる壁を、遠過ぎる背中を、私はようやく視認することができた!

綾崎のフォローに私も加わろうと思って"ママ"呼びを始めたけど、ぶっちゃけ私のママよりママしてる……!
追うべき母の背中がそこにある……!

(くっ!ほんとは、ほんとは私が綾崎の心のフォローとかしたいと思ってたのに……!)

ここで彼女に教えを請わないという選択肢はあり得ない!
ここで教えを請わないということは一夏を諦めることに等しいのだから……!

(私は素敵な女性にならないといけない。だから……ごめん綾崎、このお返しはきっと他の場所でするから……!)

私は内心で必死に謝罪をしながら彼女に頭を下げる。

「ママ……!お願いします!私に料理を教えてください!!」

「え?え、ええ、かまいませんよ?」

(このお人好しぃぃぃ!)

少しも考えることなく即答した彼女を心の中で罵倒しながらも全力で感謝した。
そして、彼女への感謝に具体的には全く決めてないけど絶対に何かをしようと心に決めた。

【次回:一夏くんは強くなりたい】


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21.一夏くんは強くなりたい

この世界での箒ちゃんはイッチーに教えるためにISのトレーニングに真面目に取り組んでいるので、実際の剣術の動きをほぼ反映できています。
つまり打鉄に乗っていてもクッソ強いです。


side一夏

 

「っせやぁぁ!!」

 

「よっ……あ、織斑くん危ないです。」

 

「へ?ぬぁっ!こ、転けたァァァァァ!?」

 

ズガシャァンッ!!

 

「ふむ……流石に近接戦闘で母さんと戦うにはまだ早かったか……」

 

「仕方ありませんわ、理由は分かりませんが受けに関するお母様の技術は各国代表クラス。今の一夏さんでは何時間やっても傷一つ付けられませんわ。」

 

なんだか聞きたくない2人の会話が聞こえてきたけれど、俺、織斑一夏は絶賛ISに乗りながらもすっ転んで地面に這いつくばっている最中なので何の否定もできません。

綾崎さんやめて、手を差し伸べないで、心が折れそうになる。

 

クラス代表戦2日前、明日のアリーナの予約は恐らく取れないと見越して今日が最後のつもりで望んだ訓練には、珍しくあの綾崎さんが参加していた。

参加していた、というよりはこれまでの努力と成長度を確かめるためにこちらからお願いしたという方が正しい。

 

綾崎さんは入学してから訓練らしい訓練は必要最低限しか行なっていないため、セシリアとの決闘から実力がほぼ変わっていない(はず)。

それ故に自分があの時と比べてどれくらい彼女と戦えるようになったのかを確かめようと思ったのだが……

 

「結果はこのザマだよ……」

 

セシリアや箒が言うには、そもそも実力差が違い過ぎるので、100:1が100:2になったところで違いは実感できないということらしい。

そんなの俺聞いてないんだけど……乙女コーポレーションとかいう大企業から専用機貰ってるだけはあるってことか?それでも代表候補生のセシリアを手玉に取れるって凄過ぎるだろ。

 

そういえば前に綾崎さんの入学試験は千冬姉の全力攻撃を15秒耐え切ることだったって話を聞いたような……

 

「な、なあ綾崎さん?入学試験ってどんな感じだった……?」

 

「へ?入学試験ですか?えーと……確か千冬さんが打鉄に乗って攻撃してきたのを必死に堪えてたんですけど、15秒くらい経ったころに千冬さんの打鉄が煙を噴き出しまして。きっと機体性能を限界以上に引き出してたんでしょうね、シールドエネルギーも尽きる寸前だったので助かりました。訓練機とは言えISを15秒でお釈迦にしてしまうんですから、千冬さんは恐ろしい人です。」

 

いや、恐ろしいのは綾崎さんだから!!

そんなとんでもない使い方してた千冬姉から15秒も生き残るとか実質勝ったも同然だろ!

多分その時の千冬姉、マジのガチだったと思うんだけど!?

俺が試験受けに行った時に異様に嬉しそうな顔をしてたのはそのせいか!!

 

「???織斑くん?どうかしましたか?」

 

「いや……先は遠いなぁと思ってさ……」

 

「???」

 

綾崎さんを守れるようなカッコいい男になりたい、そう思っていたのに彼女自体の防衛能力が高過ぎてむしろ邪魔になりそうという現実。

ぶっちゃけこのままでは逆に守られてしまうまである……

 

「案外、カッコいい男になるのって大変なんだな……」

 

オロオロとしている綾崎さんを横目に仰向けになる。

とりあえずは2日後、鈴に勝つことだ。

結局自分がどれくらい強くなっていたかは分からなかったけれど、ここまで支えてくれたセシリアと箒のためにも、勝たなければならない。いつまでもカッコいい女性達に守られているわけにはいかないんだ……!

 

 

 

 

 

「ということで私達も含めて、少々手詰まりな感じが出て来ているのです。」

 

「はあ、手詰まりですか。ですがお二人はまだしも、織斑くんはまだまだ学ぶべきことは多くあるのでは……?」

 

「うっ……」

 

俺がいろんな意味でボコボコにされた後、話は綾崎さんへの訓練の相談に移った。

自分はそんな大層な人間じゃない、なんて彼女は言っていたけれど、ぶっちゃけ綾崎さんの意見を俺も聞きたかったので3人で無理を押し通すことにした。

……なんかまだボコボコにされる予感がする。

 

「ああ、そうだな。一夏の実力はまだまだ未熟、機体の性能で誤魔化せているだけだ。その機体を乗りこなすにしても練度も工夫も足りない。」

 

「ぐふっ……」

 

「そうですわね、一夏さんはここぞという時には頑張れるのですが、普段の訓練では打鉄に乗った箒さんの足元にも及びませんわ。」

 

「ごぼぉっ……」

 

あらゆる角度から打ち込まれた直球ストレートによってやはりボコボコにされる俺。

いや、確かに模擬戦をやっていても箒には全く勝てないし、セシリアとも武装が元通りになってからは一度も勝てていない。

 

……は?雪片?

なにそれ近接戦闘で箒に勝てると思ってんのか!?当たらなければ意味は無いんだよ!!(涙目

 

「なるほど、つまり織斑くんが思っていたよりも伸びてこないということですか……」

 

「ええ、そういうことですわ。どうしたらよいのでしょう?」

 

「私としては実践を繰り返せばいいと思っていたのだが、何も考えずに突っ込んで来る故に何の成長も見られなくてな。惜しい所までいったとしても直ぐに調子にのる。」

 

「その辺りの精神面の問題もどうしたらよいものか……」

 

……死にてぇなぁ。

ってかこの話題も今更だよなぁ。

本番2日前に伸びて来ないとか言われる俺のメンタルよ。

もっと早く言って欲しかった。

いや、自分でもなんとなく分かってたから2人を責めるわけではないのだけれど。

 

「うーん、そうですね。でしたらまず、目標とする自分を明確にしてはどうでしょうか?」

 

「目標とする自分?」

 

「ええ、そうです。具体的な自分の目標の姿を決めて、立ち振る舞いだけでも改善するように意識してみれば、何も考えずに突っ込んでしまうなんてことも無くなると思いますよ?」

 

「死にてぇなぁ……」

 

「いや、死なないでください織斑くん。大丈夫ですよ、私も協力しますから。」

 

優しい……優し過ぎてむしろ心が痛い……

 

「お母様、ちなみにそれは、具体的にはどういうことなのでしょう?」

 

「そうですね……例えばセシリアさんでやってみましょうか。」

 

「わたくしで、ですの?」

 

「ええ、まずは私達の考える最強のセシリアさんというものを創ってみましょう。……こういう時には男の子の想像力が頼りになりますから、期待してますよ?織斑くん?」

 

「……!!あ、ああ!任せろ!!」

 

『期待している』という一言で飛び起きる俺の体。

自分で言うのもあれだが、少しチョロすぎないだろうか?

でも嬉しくなってしまったんだもの、仕方ない。

 

「例えばですが箒さん、セシリアさんと戦う時に最も厄介なものはなんですか?」

 

「当然BT兵器だろうな、あれが一つでも残っているだけでこちらの意識を割かねばならない。今はまだセシリアもライフルとの同時使用は出来ないが、その弱点を克服した時のことは考えたくないな。」

 

「まあ、それは俺も同意見だ。」

 

とは言うが、セシリアも段々とその弱点を克服しかけている節が見られる。

最近は並列思考能力を鍛えるためにとルービックキューブをしながら本を読んでいたり、両指で異なる動作を行うトレーニングをしているらしい。

あれ?というかそれも綾崎さんに教えてもらったとか言ってなかったか?いつの間にそんなアドバイスを貰ってたんだ……?

 

「では、そんなセシリアさんのBT兵器。脅威度を増すためにはどうしたらいいでしょう?はい織斑くん。」

 

「へ!?そ、そうだな……単純に使用できる個数を増やすだけでもキツイ、だろうな。正直四つ同時に攻撃して来る今でさえもかなりの制圧力だし。」

 

「なるほど、では最強のセシリアさんは10機以上のBT兵器を同時使用しながらスターライトで精密射撃して来るということにしましょう。」

 

「「「うわぁ……」」」

 

想像しただけでも顔が青ざめる。

戦場が青い光で埋め尽くされる光景なんて見たくない……

 

「さて、箒さん。ちなみにセシリアさんの一番の弱点はなんですか?」

 

「まず間違いなく近接戦闘だな。機体自体が射撃用ということに加えて、セシリア自身も武道の心得は無い。母国にいた頃に多少訓練は受けたそうだが、現状での単純な近接戦闘能力はやはり経験のある一夏の方が上手だ。」

 

「そうですわね、それはわたくしも痛感しておりますわ……」

 

「ということで、最強のセシリアさんは近接戦闘でも十分に打ち合えるくらいの能力を持っていることにします。当然のように10機のBT兵器を引き連れて切り掛かってきますので、インターセプターを受け止めても次の瞬間には蜂の巣です。」

 

「「「うわぁ……」」」

 

絶対に戦いたく無い……遠距離武器のない白式だと近寄ることも出来ないどころか、向こうから近距離戦を持ち込まれてボコボコにされるレベルだ。箒もセシリアも想像してドン引きしている。

 

「ふふ、このような感じで最強の自分を作り上げ、そこに向けて努力を重ねるんです。足りないものを一つ一つ埋めていき、そうして自分を完成させる。……どうです?そう聞くと出来る気がしてきませんか?」

 

「そうですわね……道は長そうですが、自分の戦闘スタイルの究極は正しくそれだと思いますわ。なるほど、目標が見えると具体的な訓練案も出てきますわね!なんだか急に身体を動かしたくなりましたわ!」

 

グイッと腕を上げて目を輝かせるセシリア。

え?まじ?これだけでそんなにモチベーション変わるの?

ちょっ!俺もそれやって欲しい!!

 

「か、母さん!次は私!私のだ!」

 

「な!箒!俺のための訓練じゃなかったのかよ!?」

 

「はいはい、順番にやっていきますので大丈夫ですよ?箒さんの後に織斑くんのこともちゃんとやりますから、安心してくださいね。」

 

「う、うぅ……」

 

セシリアを見て我先にと手を挙げるが、箒に一足越されてしまう。元々は俺の訓練のためだということを忘れているんじゃないだろうか?

けれどそんな俺の意見も綾崎さんの微笑みによって封殺されてしまう。当たり前のように頭を撫でて笑いかけてくるのは普通に反則だと思う、そんなの勝てるわけがないじゃないか。

 

「そうですね、箒さんはやはり剣の達人という武器がありますから。加えて同じ流派に千冬さんというIS操縦者としての完成形の1人が居ます。ですので、最強の自分というものを比較的想像しやすいのではないでしょうか?」

 

「ふむ。だが流派が同じとは言え、私と千冬さんではタイプが異なるからな。……ちなみになのだがセシリア、私と模擬戦を行う際、どういった時が一番困る?」

 

「そうですわね……やはり接近戦に持ち込まれた時でしょうか。箒さんの反射神経は普段から常軌を逸しているのですが、接近戦に持ち込まれると最早未来予知のレベルで当たらなくなりますわ。距離を離そうとしても読まれているかのように潜り込んで来ますし、その時点で半分詰みみたいなものですから。

正直な話、"零落白夜"を使用している一夏さん以上に接近戦に持ち込まない様に気を遣っていますわ。」

 

「なるほど、セシリアの懐になかなか潜り込めないのはそこまで警戒されているからなのだな……ちなみにそれは未来予知ではなく、セシリアの視線や体捌きから次を読んでいるだけだ。」

 

「それでも十分に異常ですわ……」

 

これが全国大会優勝者、篠ノ之流剣術の正式後継者か……

マジで何も考えずに突っ込んでる自分が恥ずかしくなって来た。

それは箒に勝てないわけだ、だって俺そこまで考えて戦ってないし。

 

「それだけ聞くと性能の良いISを使用するだけでも箒さんは化けそうな気がしますね。」

 

「正直これで適正Cというのが信じられませんわ、この前なんてスターライトの弾をただのブレードで切り捨てたんですのよ?信じられます?お母様?」

 

「い、いや!あれは流石に偶然だ……!」

 

「つまり、最強の箒さんは実弾だろうがレーザーだろうが関係なく切り捨てながらどんな攻撃も物ともせず接近してくるタイプですね。あらゆる武装による戦術を手に持つ剣一本でねじ伏せ、無言で敵を完全封殺。戦況的にも精神的にも敵を追い詰めていく。乗るISは取り敢えず打鉄を想定していますが、それでもこんな感じに千冬さんとは違うタイプの剣の使い手になることも可能でしょう。」

 

「……それを目指す場合、私はどうすればいい?」

 

「あらゆる武装の知識を詰め込んで、その対応策を考える癖を付けましょう。そしてそれを実行できるだけの操縦技術を身につけましょう。射撃武器持ちとの戦闘経験を増やして、ついでに千冬さんのように人間の限界を超えちゃいましょう♪」

 

「なんかサラッととんでもない言葉が聞こえた気がする。」

 

「なるほど、IS知識の蓄積と対応策の考察能力の会得、操縦技術向上に遠距離戦のエキスパートとの戦闘経験、加えて無謀とも言える挑戦をし、千冬さん並みの成長をしろと。ふふ、母さんは相変わらず優しくも厳しいな……」

 

「攻撃を避けたり捌くのは私も得意ですから、偶にでしたら手伝いますよ?」

 

「ああ、なんだか急にやる気が出てきた……!」

 

「ズ、ズルイですわ箒さん!私だってお母様に手伝って欲しいです!」

 

「大丈夫ですよ、セシリアさんのお手伝いだってしますから。」

 

「やりましたわ!!」

 

「ちょっと待ってくれ!俺は!?!?」

 

「「あ……」」

 

「いや忘れんなよ!ちょっと寂しかったんだぞ!!」

 

完全に忘れられていた。

俺の特訓のために来てくれていたはずなのに、逆に俺のことが完全に無視されているのはどういうことなのか。

いや!次は俺のを考えてくれるはずなのは分かってるけど!

それとこれとは別だ!マジで寂しかったんだからな!?

 

「そうは言いますが一夏さんの最終目標は機体の性能から考えても織斑先生しか見えませんし……」

 

「うっ……」

 

「というか一夏自身も千冬さんの戦い方に憧れている節があるだろう?」

 

「うぅっ……」

 

「そう考えると一夏さんは織斑先生の映像を見てイメージを固めた方が早いかもしれませんわね。」

 

「ぐううっ……」

 

「だから私は一度くらい千冬さんにアドバイスを受けた方が良いと言っていたのだがな。」

 

「ぬ"ぅぅっ……!」

 

2人の言い分は正しい。

ぶっちゃけ現状の自分ではどう頑張っても千冬姉の劣化版になるしかないだろうし、俺も千冬姉の戦い方に憧れている所はある。

故に千冬姉の戦い方を真似することが一番早い上達法だということも普通に間違いない。

 

けど!俺だって!俺だってさ!?

綾崎さんに色々考えて欲しいし、綾崎さんといっしょに訓練したいんだよ!

だってこのままじゃ千冬姉に教わりながら千冬姉とマンツーマンの訓練になる未来しか見えねぇんだぞ!?

嫌だぁぁ!綾崎さんに優しく手取り足取り教わりたいぃぃぃ!!

 

そんな必死の形相を綾崎さんに見せると苦笑いをされた。

救いはないんですか!!

 

「ふふ、自分の理想なんてものは常に変わり続けるものですから。セシリアさんも箒さんも今日想像した理想は常に更新し続ける必要があります。織斑くんだってもし第二の千冬さんという将来が嫌なら、今後の努力次第では最強の織斑くんを見つけることだって可能なんですよ。まずはガムシャラに打ち込んで、自分を知ることが大切ですよ?」

 

「自分を知ることなぁ……つっても自分のことって自分が一番よくわかってると思うんだよ。」

 

「それはないな。」「ないですわね。」

 

「2人して即答かよ!?」

 

速攻で否定されたことはさておき、綾崎さんの言いたいことは分かった。

俺は確かに千冬姉に憧れているけど、千冬姉に手取り足取り教えられて千冬姉の劣化品になることは嫌だ。

俺が求める理想の自分は劣化品なんかじゃない、その先だからだ。

 

けど現状の俺はIS技術において自分の長所短所すら掴めていないし、必要な技術も前提も足りない。何もかもが中途半端で、セシリアや箒のように突出したものすら無い。

この中で一番速度が速いというものはあるが、それはあくまで白式の特徴だ。自分のものではない。

 

……しかしこう考えてみるとISにおける自分の長所が本当に思い浮かばない。

適正が一応Bはあることくらいか……?

けど適正を重要視するなと千冬姉は言っていた。

銃火器なんて使ったこともなければ、近接戦闘だって多分この中じゃ素人のセシリアより少し上のレベル。

いくら速度が出ようとも飛行技術もあの有様だし……あれ?マジで俺、何ができるんだ?

 

「織斑くん」

 

考えているうちに段々と沈んでいく俺の感情を読んだかのようなタイミングで綾崎さんが声をかけてくる。

 

「今すぐ答えを出す必要はありません。それに、長所が思い浮かばなくても悲観する必要はありません。無ければ作ればいいんですから。」

 

「綾崎さん……」

 

首を傾けながら優しく微笑んで彼女はそう言った。

ドクっと心臓が高鳴る、その顔は本当に卑怯だと何度言えば。

先までの落ち込んだ感情が彼女の笑顔一つで吹き飛んでしまった。

破壊力が高過ぎる。

これだからこの人には敵わないのだ。

また情けないところを見せてしまったと悔しく思う。

 

「綾崎さん!俺、自分の長所を作りたい!自分の強みが知りたい!だから頼む!俺に力を貸して欲しい!」

 

「織斑くん……分かりました、織斑くんがそこまで言うのでしたら。流石男の子ですね、とってもカッコイイです。」

 

「うっ!」

 

突然カッコイイなんて言われてしまって、思わず顔が赤くなってしまう。

ようやく彼女に自分のカッコイイ所を見せられたのだろうか?

 

その言葉を、その言葉を聞きたくて頑張ってきて……

ようやく聞けたその言葉に、嬉しさのあまり男泣きしそうになる。

 

 

しかし次の瞬間、そんな俺のトキメキも吹き飛ぶこととなった。

 

「それでは、これから一時間、全力で私に攻撃してきて下さい。」

 

「……は?」

 

優しげな微笑みから物騒な言葉が聞こえてきた。

 

「あ、大丈夫ですよ?零落白夜を使われない限りは私は問題ありませんから。箒さん、セシリアさん、お2人は織斑くんがへばってしまった時に気合を入れてあげて下さい。」

 

「分かりましたわお母様!」

 

「任せろ母さん!」

 

「え?は?え……?なんで?」

 

「本当の自分は限界を越えた先に居るんです。織斑くんがそれを見つけたいというのならば、気は進みませんが追い詰めるしかありませんから……」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ綾崎さん!いつも優しい君はどこに……!?」

 

「私は甘やかす人間ですから……織斑くんが本当に望むことなら、例えそれが自分のポリシーに反していても叶えます……!」

 

「流石お母様……慈悲深いですわ……!」

 

「くっ、これが母さんの懐の広さか……!」

 

「いや!絶対おかしいから!俺一度もそんなこと頼んだことないから!!」

 

「さあ!かかってきて下さい織斑くん……!私は全力で貴方を限界の彼方まで追い込んでみせます!!そして代表戦までに必ず貴方の最強を作り出してみせます……!」

 

「は、話を、話を聞いてくれぇぇぇ!!」

 

この後めちゃくちゃ追い込まれた。

その後もアリーナの予約が何故か2日連続で取れたので2日連続で追い込まれた。

死ぬかと思った。

 




セシリアちんには文字通りの弾幕の雨を降らせて欲しい

【22.過激な襲撃者】

次回から段々と原作との違いが見え隠れし始めます。
ちなみにこの作品は如何に綾崎ちゃんの魅力を引き立てるかを目標に書いているので、原作との違いは片っ端からそのためにあるものです。


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22.過激な襲撃者

そろそろシリアスくん入ります


side奈桜

 

クラス代表戦当日、僕はアリーナの観客席に座っていた。

本来なら誘われていた故にピットに行ってもよかったのだが、一夏くんの訓練にロクに参加していない自分がそんな特等席に座らせて貰うことに抵抗を覚えたために断ったのだ。

 

あの日から2日ほど、一夏くんは地獄のような訓練をし続けたのだが、その甲斐もあって彼は何かを思いついたのか考えを纏める様な仕草を取り始めた。

どんなことを思いついたのか?何を悟ったのか?

それを遂に僕達に語ってくれることはなかったのだが、何かを掴んでくれたのなら頑張って厳しくした甲斐があったというものだ。

実際やっていて僕も辛かった。

 

1回戦から一夏くんと鈴ちゃんが戦うという最初からクライマックスな組み合わせとなったのだが、そのせいかアリーナは満員御礼だ。

それはもう夏前のこの時期でも暑苦しいくらいに。

観客席の一角に陣取った1組の女子生徒達に端の方の席を譲って貰ったおかげで大分楽はできているが、朝からこれだけ人が集まるのだからその注目度の高さが実感できる。

 

そんなことを考えながら試合が始まるまでの数分を手持ち無沙汰に待っていると、隣の席に座っていた何処かふわふわとした感じの少女が僕に話しかけてきた。

 

「ねえねえ、あやのんあやのん?」

 

「あ、あやのん?……ええと、布仏本音(のほとけほんね)さんですね。どうなさいましたか?」

 

「あやのんはしののん達みたいにピットで見ないの?」

 

「ええ、私は彼女達ほど織斑くんに貢献していませんから。ただ仲を良くさせて頂いているというだけでその権利を頂くわけには参りません。」

 

「うーん、考え過ぎだと思うけどなぁ……」

 

「いいんですよ、そのおかげで今日はこうして布仏さんのような可愛いお方とお話しできるんですから。」

 

「わー!あやのんに口説かれた〜!」

 

ぐあっとこちらへ引っ付いてくる彼女、どうやら彼女はスキンシップが激しいタイプらしい。

……まあ、少し触ったくらいで性別がバレることはないけど、こういうのは困るんだよなぁ。罪悪感が凄いのに下手に断ると傷付けちゃうし……

 

気が済んだのか布仏さんが顔を上げたところで、ちょうど一夏くんと鈴ちゃんがカタパルトから射出された。

互いに大声で色々と言い合っているが、それでもその雰囲気は決して悪いものではなく、どちらかと言えばライバル同士の様な熱血的な感じだ。

2人が自分の意思を溜め込むことなく向かい合えている様子を見ていると、自然と私まで嬉しくなる。

 

「あー、あやのんがまたお母さん顔してる〜」

 

「お、お母さん顔ってなんですか?」

 

「えっとね、じゃれあってる子供達を見るお母さんみたいな顔?すっごく優しい顔してるから、みんなお母さん顔って言ってるんだよ〜?」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

自分の知らないところでそんなことを言われているとは思わなかった。

僕、そんな顔してたのかな……

 

衝撃の真実に僕が微妙な顔をしていると、2人の準備が整ったのか、試合が始まった。

 

始まりの合図と共に正面からぶつかり合う一夏くんと鈴ちゃん、2人はそのまま青龍刀と雪片を幾度もぶつけ合う。

戦術もへったくれもない2人の苛烈な様子にアリーナの歓声は増していくばかりだ。

 

「おー、なんか凄い。」

 

「ですね……でも、お2人らしい戦いです。」

 

2人は笑いながらその武器を打ち付け合う。

弾かれれば直ぐに体制を立て直し、弾けば全力で追い打ちをかける。

防御や回避なんてほとんど考えていない、ただひたすらに攻撃を加える。自分の感情を叩きつける様に。

きっと武道に精通している人達から見ればもどかしい光景だろうが、少なくとも一夏くんは昨日よりも良い動きをしている。互いに近接武器同士であるというのもあるだろうが、それでも代表候補生の鈴ちゃんと互角に渡り合っているのだから、素晴らしいの一言だろう。

 

そんな状態がしばらく続き、一際大きな衝突があった頃、最初に攻防を制したのはやはり地力と武装のある鈴ちゃんだった。

 

『そこだ!!』

 

アリーナ中に響く様な声で鈴ちゃんは叫ぶ。

青龍刀に弾き飛ばされ体制を立て直すのに失敗した一夏くんがその瞬間に何の前触れもなく吹き飛ばされた。

まるで弾丸に撃ち抜かれたように。

 

「……反動?いえ、圧縮された空気……でしょうか?」

 

「多分だけど衝撃砲じゃないかなぁ〜」

 

「衝撃砲、ですか?」

 

足をプラプラとさせながらニコニコしている布仏さんに尋ねると、彼女は人差し指を上げて得意げに解説をし始めた。

どうやら彼女はISについて詳しいらしい。

 

「中国の次世代兵器でそんなのがあった気がする〜。空間に圧力をかけて砲身を作って、衝撃を撃ち出すんだって〜。360度全方向に目に見えない弾を撃てるんだよ〜♪」

 

「それはまた……すごい兵器ですね……」

 

「うん。でも空間圧縮兵器なんて燃費が良いわけないし、弾丸の威力も実弾やレーザーには劣るんだぁ〜♪」

 

「なるほど……布仏さんは詳しいのですね、とても助かります。」

 

「えへへ〜、もっと褒めて〜♪」

 

グイグイと頭を押し付けてくる彼女に苦笑いをしながら撫でてあげると、ふにゃっとした声を出しながらこちらに倒れこんでくる。

この子は猫か何かなのかな……?

いつのまにか膝枕の体勢になった彼女を撫でているとゴロゴロと喉を鳴らし始めた、なんだその特技……

 

ドンドンドンッとアリーナに3発の衝撃砲が突き刺さる。

一夏くんはなんとか複雑な軌道をすることで直撃は避けているが、やはり見えない弾丸に手を焼いているようだ。

鈴ちゃんも衝撃砲の燃費の悪さは分かっているのか、1発1発を無駄なく射撃している。

中国での訓練で満遍なく優秀だったというのは本当らしい。

 

しかしそれでも最初の一発以外を全て回避している一夏くん。

あの決闘の日から今日までセシリアさんの射撃を嫌という程受けていた彼だ、多少見えない程度でその感覚は揺らがない。

箒ちゃんと近接戦闘しながらセシリアさんに撃たれるというとんでも訓練の成果も、こうしたピンチや極限状態でこそ発揮されているのだろう。

 

鈴ちゃんの顔も楽しそうであっても余裕はなく、一夏くんに対して本気で向き合っているようだ。

 

「ん〜、おりむーどうしたら勝てるかな〜?」

 

「……気持ち、でしょうか。攻撃を受けている側は体力よりも精神力の磨耗の方が甚大ですから。敵が隙を見せるまで折れることなく集中力が維持できればまだ可能性はあります。特に彼には零落白夜がありますから。」

 

「お〜、なるほど〜。そういえばあやのんは攻撃受けるの得意だもんね〜。やっぱり辛い〜?」

 

「ふふ、それはもう。私の場合は反撃もできませんから、ただひたすら押されるだけなので毎回擦り切れるくらい精神力を使ってます。……まあ、最初から攻撃を諦めているので、これでも少しはマシなんですけどね。」

 

「……そっかぁ。」

 

???なぜか声を落とした彼女を不思議に思いながらアリーナの方へと目を向けると、丁度一夏くんが衝撃砲による土煙を利用して鈴ちゃんへと迫っているところだった。

土煙の中で軌道を変え、予想外の場所から斬り掛かる一夏くん。

以前までの彼ならば、間違いなくそのまま正面突破していただろう。

 

その予想をしていたからこそ、チャンスは訪れた。

 

鈴ちゃんは一夏くんのことをよく知っている。

それ故に必ず正面突破してくると踏み、青龍刀を構えて張っていたのだ。

目に見えるほどに動揺し、衝撃砲のチャージ時間も足りない。

 

一夏くんの奇襲は成功した。

 

刀身が光っている。

ここで勝負が決まると確信した僕は、身を乗り出して行方を見守ろうとする。

 

 

……しかしその瞬間、何故か思考とは別に、僕の身体は布仏さんを守るように身を屈めていた。

 

 

「あ、あやのん!?きゃっ!!」

 

バリィィンッッ!

 

アリーナを囲んでいたシールドが弾ける。

真っ赤な光の柱が突き刺さる。

風と土煙と衝撃波、光の嵐と共に様々な破片がアリーナ中に吹き荒れた。

 

「あぐっ……!」

 

突如として熱を持つ左腕、見れば何かの破片が二の腕に突き刺さっていた。

もし行動を起こしていなければ布仏さんに刺さっていただろう、今ばかりは勝手に動いた身体に感謝をした。

 

「あ、あやのん……?何が起きたの……?」

 

「っ……ぐっ……布仏さん、今すぐクラスの人達をアリーナ外に避難させて下さい。外部からの侵入者です、早急に行動しなければ犠牲者が出ます。」

 

「あ、あやのん!?怪我してるの!?」

 

「問題ありません、私のISにはナノマシンが搭載されていますから、放っておいてもどうにかなります。……恋涙!」

 

ISを展開し、ナノマシンを散布する。

治療用のナノマシンと精神鎮静用のナノマシンを、自分にではなく周囲に向けて見境なく。

パニックを起こしている生徒達を落ち着かせ、出口へ向けて誘導する。

布仏さんも僕の怪我を見て一瞬だけ硬直していたが、直ぐに気を取り直して誘導を手伝ってくれた。

 

アリーナ内では鈴ちゃんと一夏くんが謎のISと対峙していた。シールドを抜いたレーザー兵器は気になるが、鈴ちゃんがいるなら一夏くんに無茶はさせることはないだろう。

 

……だが、2人のエネルギー状態が気になる。

それに、増援は多い方がいいに決まっている。

せめて避難が完了するまでの間だけでも、あのレーザーが射出されないように敵の撹乱をしなければならない。

 

「布仏さん!ここは任せます!」

 

「あやのんは!?」

 

「織斑くん達の増援に向かいます!シールドの穴が閉じる前に入らなければなりません!」

 

「……!気をつけてね!!」

 

布仏さんに手を振り、アリーナ中にナノマシンを全開で散布しながら穴の開いたシールドへと向かう。距離と修復速度から考えてギリギリだろう。

あと十数mというところでペルセウスを取り出し、瞬時加速を準備する。

中では2人が話し合っている姿が見えるが、やはり混乱している様子はない。どちらも冷静に話し合って、作戦を立てているらしい。

 

今の一夏くんはとても頼もしい。

 

向かって最初に贈る言葉はこれにしよう。

 

そう思って今やギリギリの大きさになってしまったバリアの穴へと手を伸ばす。

これならば間に合うだろう、そう確信した瞬間だった。

 

シールドが目前まで迫ったその時、今度は突如として目の前に現れた二本のブレードによって僕は吹き飛ばされた。

あまりにも早く、あまりにも重いその一撃に、僕は体勢を立て直すこともままならずそのままアリーナの屋根へと叩き込まれる。

 

「うぁっ!?」

 

「あやのん!!」

 

布仏さんの声が聞こえた。

アリーナの屋根に突っ込んだ僕だったが、ブレードの攻撃自体はペルセウスで防いでいる。シールドエネルギーの損傷は最低限で済んでいた。

ただ、これほどの出力は、例え一夏くんの白式がエネルギーを全てパワーに振ったとしても出せないだろう。

それほどに異常な一撃であった。

 

 

「はっ!所詮は学生かと思ってたのになかなかやるじゃねえか、今のを防いだのは褒めてやるぜ?」

 

 

何の前触れもなく背後に現れたあのフルアーマー型のIS。

恐らくではあるが自分の手に負える相手ではないだろう。

 

……もちろん、他の人の手に負えるかどうかはまた別の話で。

どう考えても自分がこれを抑えなければならない役割にあることも間違いないのだが。




レーザー兵器の威力は原作の2.5倍くらいです。
もちろんバリバリ怪我人も出てます。
散布されたナノマシンのおかげで多少はマシですが。

難易度も跳ね上がってます。
原作レベルでは確実に勝てません。

【次回:紅蓮の世界】


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23.紅蓮の世界

主人公に重荷を背負わせるの好き


「ま、別に殺す気はなかったんだけどな?それでも私の完全な不意打ちを防いだのは驚いた、お前なかなか面白いじゃん。」

 

黒色の装甲に黄色の線が走ったスマートなIS。

しかし左右に2本ずつの腕が生えており、それが恐らくイメージインターフェイスで動く擬似腕であることが予想できる。

ああいった擬似腕は本来人間に無い部位であるために扱いが難しいとされているが……

 

(搭乗者のレベルもかなり高そう……)

 

突如として背後に現れた理由は分からないが、先程の一閃は間違いなく実力者のそれだった。

この状況で現れたのだから戦う以外の選択肢はない、故に思考は戦闘用に既に切り替えている。

だがそもそも僕の戦闘に勝利という文字は存在しない。増援が来るまでの時間稼ぎをし、相手を引き止めることができれば勝てたとは言えるかもしれないが……

 

「おいおい、私の褒め言葉を無視かよ?言葉くらい喋れるだろ?」

 

「……お褒めに預かり光栄です。ところで今日は一体どのようなご用件でしょうか?」

 

「やっぱ面白くねえなお前、もっと子供らしい反応できねぇのか?……ま、別にお前や学園に用はねえよ。私達が用があんのは織斑一夏の方だからな。」

 

「やはりそうですか、彼は本当にモテるんですから。」

 

「ククク、違いねぇな。」

 

口調と声からして自分より年の上の女性であることは間違いない。

しかしやはり素性までは分からなさそうだ。

……それにしても、やはり男性搭乗者というものは狙われるものなのだなと改めて思い知らされる。

 

「彼を、どうするつもりですか?」

 

「そう気を荒立てなくても、今回は誘拐しようだとか殺そうだとか思ってねぇから安心しろよ。お前だってここに座っててくれれば手を出す気は無いからよぉ。」

 

「……その言葉を信じろと?」

 

「信じられるわけねぇよなぁ?そりゃそうだ、こんな怪しい見た目の侵入者の言葉なんだからよぉ?信じる奴は相当なバカか狂った平和主義者のどっちかだろうよ。……で?お前はどっちなんだ?」

 

「……貴方を捕らえて情報を引き出す、一般人でしょうか?」

 

「くははっ!気に入った!!」

 

ズガシャァンッと再びアリーナの屋根に押し込まれる。

馬力とスピードが段違いだ、ただブレードを防いだだけでかなり大きく押し込まれる。

瞬時加速で追い打ちをかけようとする敵機に対してこちらは右側のブースターにだけ瞬時加速を適用し、瞬時にその場から身体を回転させながら跳ね飛んだ。

瞬間、無茶な瞬時加速を行なったせいで身体が悲鳴を上げた。

骨が軋み、喉の奥から血が滲み出してくる。

しかしここで戦闘が終わるわけがない、より一層歓喜の雰囲気を深めた敵機が二本のブレードを屋根に突き刺し、無理矢理身体を反転させてこちらへ突っ込んできた。

 

「あははははは!いいじゃんいいじゃん!面白いじゃん!!ほら!どうする!?次はどうする!?」

 

2本の腕の武器をブレードから鞭型の武装へと変え、残り2本を銃へと変えた。2方向からの鞭攻撃と前方からの精密な射撃、棒切れ一本では防ぎきれない。

左手に拳銃型のシールド付与武装を展開し、目の前を飛んでいた屋根の破片に向けて撃ち込む。

球型のバリアが3つできたことを確認し、それをペルセウスで正面に打ち出しながら左から迫る鞭を絡み取り、右側の鞭へと向けてそのまま防いだ。左側の鞭がその拍子に破壊されたが、こちらへの被害は全くない。

 

そんな一連の動作を見た敵機はもはや狂喜乱舞で……

 

「あはっ!あははははははっ!いいよ!いいよお前ぇ!なんだよなんだよ!最高じゃんかよぉ!!こんな奴がいやがったのかよ!顔も好みで腕も立つ……くははっ!気に入ったァ!!」

 

4つのブレードを持って切り掛かってくる彼女を再びペルセウスで迎え撃つ。

4本ものブレードを一度に迎撃するのは無理だが、擬似腕のブレードの操作が本来の腕よりも甘いことを利用して、本腕のブレードへ向けて邪魔をさせるように弾いて対応する。

それでも常時2〜3本の腕を相手しているために精神力はゴリゴリ削られていく。軌道をズラして直撃は避けるが、それでもシールドエネルギーはどんどんと削られていく。

 

「あぐっ……!」

 

先に折れたのは当然ながら僕の方だった。

布仏さんを庇った時にできた左腕の傷が今になって悲鳴をあげる、一瞬の油断もできない今になって。

 

「ほらほら終わりかァァ!?」

 

拳銃型シールド付与兵装"遠距離恋愛"、クッソ長ったらしいので"遠恋"と呼んでいるが、咄嗟に左腕に持っていた遠恋を手首だけで上部へ向け、同時に振り上げたペルセウスに向けて撃ち込んだ。

 

ペルセウスから球状に発生したバリアは3本のブレードを防ぎ、ブースターを完全に停止させたことで僕は大きく後方へと弾き飛ばされる。なんとかではあるが、これで距離を取ることができた。瞬時加速の兆候が見られないことを確認して、安全圏へと入った直後にブースターを入れ直して態勢を立て直す。

額に浮かんだ汗を拭いながら敵を見れば、それはもう楽しそうにブレードを振るっている機体がそこには居た。

 

「マジかよ、マジかよ……!アラクネに乗った私の本気の攻撃を無傷で凌ぐのかよ……!っはぁ〜!織斑一夏なんかよりもよっぽど面白ぇ奴が居るじゃねぇか!なぁおい!お前名前なんて言うんだ!?」

 

「教えるわけないじゃないですか。教えたら貴方、しつこく私に付き纏うつもりでしょう?」

 

「当然だ!よく分かってんじゃねぇか!

……そうだ!次はお前が攻撃して来いよ!私ばっかりやってても面白くねぇ!!」

 

そう言って受け身の態勢を取る敵機。ノリノリだ。

……しかし、攻撃できない、なんて事実を敵に晒したくはない。

本音を言えばこのまま増援が来るまで喋って時間を稼いでいたい。

 

だが問題があるのだ。

そもそも増援はいつになったら来るのだろうか?

ここは一夏くんや鈴ちゃんとは違う、アリーナのバリアの外だ。

教師陣のISだって専用機持ち達だって本当なら直ぐに来てくれるはずだった。少なくとも僕の予想ではとうの昔に着いているはずだった。

 

……なぜ、1人足りともここへ来てくれないのだろうか。

 

教師陣はともかく、セシリアさんくらいは無理矢理にでも来そうなもの……しかもそれどころか千冬さんからの通信も来ない事に関しては最早意味が分からない。

隔離されているわけではないのに、他から隔絶されているように感じてしまう。こちらから見えるのは一夏くんと鈴ちゃんが二手に分かれて左右から敵を翻弄している姿だけ。こちらの方が孤独を感じているのではとすら思う、それほどに外部からこちらへの干渉がない。

 

そんな僕の思考を読んだのか、敵機の操縦者がこんなことを言ってきた。

 

「あ、ちなみにだけど援軍とか来ねぇから。」

 

「……貴方の仕業、ですか?」

 

「正しくは私達、だな。IS学園で管理されてるISは細工をして動かないようにしてあるし、専用機持ち共は今頃校舎の方に現れた無人機の相手してんだろうよ。」

 

「……無人機、ですか。」

 

「私の周辺にはジャミングかけてっから通信も届かない、校舎の方に送った無人機は耐久型の奴だからあと30分は稼げるだろうな。頼みの綱のロシア代表殿も今頃空港に釘付け……ほら、諦めて私の相手しな。」

 

ガチャガチャと四丁の銃を取り出してこちらを挑発する敵機……あと30分、稼げるだろうか?

アリーナの障害物を生かせば出来るかもしれない。

だがアリーナにはまだ生徒達が大勢残っている、その様子からするに扉の鍵が開かずにアリーナから出ることができないのだろう。

障害物なんて使えば彼等がどうなるか、考えなくとも想像できてしまう……

 

「……私は、」

 

「あん?」

 

「私は、攻撃することができません。」

 

「……どういうことだ?」

 

時間を稼ぐ。

30分、時間を稼いでみせる。

例えここで自分の弱みをバラすことになったとしても、せめて生徒達がここから出られるまで時間は稼ぐ……!

それが自分にできる唯一の足掻きだ。

 

「私には攻撃の才能が絶望的にありません、故に私にできるのは、避けて、捌いて、時間を稼ぐことだけです。」

 

「……バカにしてんのか?」

 

「試してみます?」

 

ぐっとペルセウスを握る。

それに合わせて身を構えた敵機に向けて大きく振りかぶって飛び込んだ。

 

……しかし、次の瞬間、僕はアリーナの隅に叩き込まれた。

呆気なく、みっともなく、それまでの攻防が嘘のように……

 

「テメェ……」

 

「ごほっ……これで、分かりましたか……?私には攻撃を行うことができないのです……」

 

背後や遠くから僕を呼ぶ声が聞こえてくる気がする。

けれどそんな声を気にしている暇はない、ナノマシンを散布しながらの戦闘を行なっているのにこれ以上集中力は割けないのだから。

 

「テメェ……PTSDか……」

 

「……?精神的外傷のことですか?身に覚えはありませんが。」

 

「チッ、しかも無自覚かよ。タチが悪いってレベルじゃねぇな、クソ勿体ねぇ……」

 

ぐっと立ち上がった僕に今度は哀れみの目を向けてくる敵機。

PTSD……?トラウマ……?彼女は一体何の話をしているのか。

記憶にある限りでは僕にそんなものは無いはずだ。

意味がわからないという視線を向けると、彼女はため息を一つ吐いて頭を掻きながらこちらへ顔を向けた。

 

「……おいガキ。」

 

「なんでしょう?私が攻撃を行うことができないことは分かってもらえたと思うのですが。」

 

「んなこたぁどうでもいいんだよ。……お前は強ぇ、それは私が認めてやる。けどな、攻撃出来るようになればもっと強くなる。」

 

「……ですから、攻撃はできないと、」

 

 

 

『だから出来るようにしてやるよ』

 

 

 

「っ!?」

 

ゾクリと背筋に悪寒が走る。

さっきまでとは次元の違う威圧感がこちらを飲み込もうとしてくる。

放たれたそれはきっと彼女のモノだけではない、彼女の纏うISからも放たれる凶悪な殺意。

 

『アラクネ・Q(クイーン)』

 

その一言と共に装甲に走る黄色の線が赤へと変わり、スマートだったフォルムがどんどんとその体積を増していく。

4本だった腕は8本まで増え、刺々しく重々しいその姿とは対照的に巨大なブースターが自身の速度を視覚に主張してくる。

目の部分のアーマーは真っ赤に染まり、紅い粒子を零し始めた。

 

『テメェが抗わなきゃ、全員死ぬぜ?』

 

言葉も同時に胸部の中央にポッカリと開いた大穴に眩い光が急速に収束し始める。

周囲の空気が揺れるほどのエネルギーがそこに集まっているという事実に本能と理性の両方が警告を叫ぶ。

 

『逃げなければ死ぬ』と。

 

自身の背後に逃げ遅れた生徒達が居ることを確認して咄嗟に空中へと身を上げれば、待っていたとばかりに女は砲身をこちらへと合わせた。

胸部に集まった光は最早小さな太陽と言ってもいいほどの熱量を有して居る。

周囲の光が乱れるほどの光景に僕は言葉を失った。

 

『メテオクイーン・サラマンドラ』

 

瞬間、直径20mに渡る超極太の紅色の高密度レーザー砲が空間ごと消し去る勢いで彼女の胸から放たれた。

 

その速度は人間の知覚できる速度を完全に超えていた。

空気すらも存在することは許さない、そんな意思すら感じるほどの圧倒的なエネルギーの波。

ISであろうとも瞬時に操縦者ごと溶解させてしまうような、死そのものと言える攻撃だった。

 

『ペルセウス……!!』

 

それは最早完全な無意識。

レーザーに向けて、"抵抗する"ように、"弾き返す"ように、明らかな"攻撃の意思"を持って振り下ろされたペルセウスは、それまでの打ち合いによって完全展開されており、超高密度のレーザー砲の一部を反射し続けていた。

 

反射に失敗した一部が身体を削る。

反射していても熱によって身体が焦げる。

反射をしているのに迫ってくる反動によって身体中の骨が軋む。

 

周囲に散布していたナノマシンを治癒ナノマシンに変更して、全力で自身を回復させながら耐え続ける。

次々と削られていく自分の身体に、次々と治されていく自分の身体。破壊と再生の両立は精神に強い負荷を与え、思考を破壊していく。

1秒が何十年にも感じるような地獄、真っ赤に染まった視界に恐怖と絶望と孤独を感じながらも段々と溶解していくペルセウスを握り続ける。

一夏くんや箒ちゃん、セシリアさんや鈴ちゃん、それに千冬さん。ここに来て会った人達の顔が次々に目の前に現れ消えていく。涙も鼻水も残らない、自分の中から一つずつ大切なものが消えていくそんな感覚を味わいながらも、"私"の脳は一つの光景を取り戻した。

 

 

 

『死ぬことは許さないから。絶対に生き残って、苦しみ続けることがお前の罰だ。』

 

 

 

(……そうだ。"私"はまだ、死ねない……!)

 

 

 

まだ挫けることは許されない、ここで終わることは許されない、他でもない自分が許さない。

死ぬことを、罰から逃げることを、苦しみ続けることが存在意義の"私"が許さない。

 

次第に晴れていく視界が薄れていく、焼き切れた思考が消えていく、聞こえる誰かの声が理解できない。

それでも死ぬことだけはできないと、最後まで溶解した棒切れを手放す事だけはしなかった。

 

 

 

 

『……流石に殺しちまったと思ったんだが、やっぱり面白いわ、お前。』

 

圧倒的な赤のエネルギーが空を焦がした後、そこに残っていたのは真っ黒に染まった少女だった。

全身を焦がされ、着ていたISすらも装甲が黒く炭化していたが、それでも彼女とISは生きていた。

 

このアラクネQという機体に乗ってから初めて使用した超高密度エネルギー砲"メテオクイーン・サラマンドラ"は思いの外パワー調整が難しく、本来ならば5%ほどのエネルギーで射出しようとしたものの、80%以上の出力を出してしまい、操縦者も内心で実はかなり焦っていた。

 

殺す気がなかったというのは本当だ。

最悪の場合は殺してしまってもいいと思っていたのは事実だが、それでも善良な強者を好き好んで殺したくはなかった。

小さな脅しを何度か行い、その中で何か感じるものでもあればいいと思っていたのだが、まさかこうなるとは思いもしなかったのだ。

 

(……こいつは絶対に欲しい、死んでもらっては困る。)

 

だが、それでも彼女は生きていた。

自分が同じ立場なら確実に諦めているような状況の中でも、彼女は最後まで諦めることなく生き続けた。

その事実は女にとって、どんなに強いISや技術を持っていることよりも価値の高いものだった。

 

『……私のナノマシンをやる、だから絶対に死ぬんじゃねぇぞ。次会った時には全力で勧誘してやるからよ、生きて顔見せろ。』

 

なんと身勝手な言葉なのかと自分でも思うような言葉を吐きながら、血塗れになって落下して来た少女を抱き抱え、緊急用に持ってきていたナノマシンを乱暴に噴射する。

これは奴のお手製だ、効能に関しては問題ないだろう。

ISに関しては最早作り直した方が早いレベルだろうが、そのことに関してはそっちでどうにかしてもらうしかない。

今回の件に関してはこの少女に非はないのだし大方大丈夫だろう。

 

背後から走ってくる数人の足音を聞きながらピクリとも動かない少女の顔を見つめる。

戦闘中にも思ったのだが、やはりとても綺麗な顔をしていた。

こんな顔を傷付けたことに思うところはあるが、今はそんなことも言ってられない。それでも、少しだけ胸が痛むのも事実で……

 

(まあ、今度会った時には手土産の一つくらい持って来てやるか)

 

そう考えながら女は一瞬でその場から姿を消した。

 




調整ミスってぶっ放すとか、された方はたまったもんじゃ無いんですが……


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24.最強は逃げ出せない

ちっふー回です。
ちっふーが責任を取ることになるかどうかはともかく、軽率な判断が段々と取り返しのつかない後悔に繋がっているのは白騎士事件と同じですよね。

もっといっぱい苦しんで欲しい……


side千冬

 

織斑千冬にとって綾崎奈桜(直人)という少女(少年)は不思議な人間だった。

 

出会いは4カ月ほど前。

本来ならばあり得ない、IS適性の再々検査という非常識的なものがある少年を対象に行われるということを聞き、偶然にも同じ場所に居た彼女は興味本位で(+休息のために)その場に立ち会った。

彼の学校の教師陣は『女性にしかISが動かせないのなら、女性よりも女性らしい彼にISが動かせないはずがない』という訳の分からない根拠を元に再々検査を希望したという。

その話を最初に聞いた時には彼女も素直にこの国の将来を憂いたものだが、実際に試験会場に現れた彼を見て目を疑った。

 

(……あれが、男……だと……?)

 

服装こそ一般的な男子学生が着るような私服であったが、彼の容姿はそれこそ女性よりも女性らしかった。

後ろ手に纏められた長い黒髪はよく手入れされているのか非常に美しく、その細い身体は自分から見ても男性味が薄い。

顔付きと自然と作り出される表情の具合は、普段から狼だとか鬼神だとか言われてしまう容姿をしている彼女が羨ましくなるほどに優しい美人を体現していた。

 

(男装をした女……?いや、酷く分かり難いが骨格は間違いなく男だ。つまり彼女、いや彼は本当に男だというのか……)

 

適性検査について説明を受ける彼は、高めの地声とゆったりとした丁寧な言葉遣いのせいか、見れば見るほど男性というイメージから乖離していく。

丁寧で物静かな所作から、あれが自身の問題ばかり起こす弟と同い年だという事実にどこか頭の痛くなる千冬だったが、そんなことを考える余裕すら消えることとなる。

 

案の定というべきか、彼はISを動かした。

 

それも適性Bという、自身の弟と変わらず、一般的な女性と比較しても高水準なレベルで。

 

問題だったのはその後のことだ。

再々適性検査ということもあってか、その場に居合わせた人間は3人の研究員と千冬、加えてもしもの為にと別部屋に待機していたとある与党政治家の秘書だけだったのが原因の1つでもあるだろう。

 

この事実を隠蔽することが決定された。

 

そもそも織斑一夏という例外が現れたことですら日本政府の処理能力は限界だったのだ。

ブリュンヒルデの弟であるためになんとか各国や委員会、国民との関係も上手くいき、平和的な路線を保つことに成功していたが、もう1人となるとどうにもならない。

もし彼が日本ではなく他の国で見つかっていたならば話は別だったが、同国から2人目は流石に無理だ。

 

「君に女装をして欲しい」

 

仮にも政治の一端を担う大臣が真剣な顔をしてそう頼み込む姿に、千冬もこの世の終わりだと嘆いたものだ。

もちろん、本当に終わったのは千冬の次の休みだったのだが。

 

 

その後、彼の世話役を任された千冬は内心複雑な気分であった。

別に休みが潰されたからとか、余計な仕事が増えたからとかいう理由は少ししかない。

 

まず、与党の掲げる男性操縦者に対する基本的な意識は、野党とは対象的に『非研究・要保護』だ。

それは日本がISの先進国として女性操縦士の育成と地位向上に多くの金と労力を注ぎ込んできたことが理由の1つであり、万が一でも男性までISを操縦できるようになれば、全てが無駄になると恐れたからだ。

 

そういった理由で彼の存在は現状、総理と大臣、そしてその秘書。

当日居合わせた千冬と3人の研究員に加えて、彼の生活サポートを要請した乙女コーポレーションの社長と幹部社員、そしてIS学園の上層部のほんの一部しか知らないという状態になっている。

彼の学校の方には『IS適性はなかったが卒業後に研究員として雇用する』と通達し、卒業式のみ参加するという方向性になった。

 

だがこの時、本当に問題になったのが彼の実家、つまり孤児院の方だ。

彼は貴重な男性操縦者であるため、その危険を可能な限り排除する必要がある。

それ故に孤児院で生活する子供達が人質に取られないよう重要人物保護プログラムが実行されたのだが、その時の子供達の荒れ様には千冬ですら胸が痛くなった。

 

彼が帰ってこないと知って泣き喚く子供も入れば、怒り出す子供達、果ては殴りかかってくる子供までいた。

偶然にも孤児院を経営しているマザーと呼ばれる人物が乙女コーポの社長と面識があったらしく、彼女の説得は簡単だったのだが、子供は理屈では動かない。

 

最終的にはマザーの言葉によって場は収まったのだが、そこにいたほぼ全ての子供達が泣き出してしまうという現場で1人棒立ちする千冬の姿がそこにはあった。

この時が千冬が彼に罪悪感を抱いた最初の瞬間だった。

 

そしてそこで小さく芽生えた千冬の罪悪感は、彼と関わる時間が増えるほどに増大していくこととなる。

 

 

今思えば死にたくなるくらいに恥ずかしいことを、眠気や疲れに任せて彼にしてしまったことは置いておく。

それでも一時的な世話役として彼と関わり出したことで、千冬は彼との相性が存外良いということに気付き始めた。

 

普段は親しい人間の前でさえも真面目を貫く彼女だが、自分の恥ずかしい姿をこれでもかと見せてしまい、その全てを受け入れ飲み込んでくれた彼だからなのか、彼がIS学園に転がり込んで来る頃には少しの冗談を交わすくらいの仲になっていたのだ。

 

(……お前がもう少し意地の悪い人間だったならば、私も楽だったんだがな。)

 

あまりにも汚れが無さ過ぎる。

何の罪もない彼に多くのことを押し付けている身としては、その人柄の良さを見せ付けられるほどに自分の罪を自覚させられる。

千冬と言えどもどんな人間でも大切に思うわけではない。

身内に対しては強い愛を持つ彼女だが、そうでなければ一歩引いた目で見ることができる人間だ。

そのため本来ならば何の問題もなかったはずだったのだが、例外はたった数ヶ月で彼が自分の身内の領域に踏みこむことができるほどに千冬との相性が良かったことだろう。

 

『母』と形容されることの多い彼だが、その真骨頂は一般的にイメージされる"母性"というものを誰よりも強く有していることだ。

それが原因となって彼を母として慕う人間が多く、その傾向は母を失った、又は求める人間に顕著に現れる。

……それは千冬ですら例外ではない。

いや、甘えられる存在というものを持てなかった彼女だったからこそ、誰よりも強くその深みにハマった。

 

そしてハマればハマるほどに、彼女の中の罪の意識は増大していった。

 

(できるならば、全てをお前に話してしまいたい、甘えてしまいたい。そんな考えを持ってしまう自分が愚かしい。本来ならば支えるべきはずの私が、なぜお前に甘えている……)

 

別の出会い方をしていたならば、こうはならなかったかもしれない。

教師と生徒として、年上と年下として、果ては女と男として。

何の憂いもなく、歪むことのない思いを抱けただろう。

 

ただ最初の出会いで間違えたが故に、たった1つの判断をしてしまったが故に、彼女は歪んでいく。

彼女の愛も、彼女の心も、その信念でさえも、彼が傷付き、自分を犠牲にする度に捻じ曲がっていくのだ。

 

彼が戦い傷付く宿命にあるにも関わらず。

 

 

 

 

「綾崎!!」

 

IS学園の地下に存在する政府の緊急治療室に運ばれる彼の姿を見て、織斑千冬は大いに取り乱していた。

 

そもそも事の発端はクラス代表戦中に突然出現した2機の無人機と1機の有人機だった。

学園全体のシステムが掌握され、学園中の訓練機が機能を停止していた状況の中で、学園内で数人しか存在しない専用機持ち達は1人残らず校舎付近に現れた無人機の対応に駆り出されていたのだが、そこに彼の姿が無かったのだ。

 

シールド内で戦う自身の弟に対しても強く心配はしていたが、そこには仮にも一国の代表候補生まで上り詰めた少女が居た上に、通信は問題なく届いていたのでまだマシだった。

だがもう1人、観客席にいた彼については通信にも繋がらずISの反応すらも探知できないという有様。

監視カメラすら機能しない中でなんとか肉眼を用いて彼の姿を発見した時、織斑千冬は絶望した。

 

明らかに高性能なISにのった実力者に対してたった1人で応対する彼の姿。

彼には攻撃できる手段がない。

どころか、そもそもこうした命懸けの戦闘自体を避けるべき精神状態である。

にも関わらず、彼はアリーナに閉じ込められた生徒達を守るべくその身で一心不乱に時間を稼いでいた。

 

かつてこれほどの無力を味わったことが織斑千冬にあっただろうか。

いくら彼が時間を稼いだところで、増援を送ることなどできやしない。

訓練機すら動けない今、自分で向かうこともできず、ジャミングをされているのか通信によって声を伝えることもできない。

ただ見ていること、祈ることすらも自分の立場が許さない。

 

織斑千冬は唇を噛み締め、血が滲むほどに拳を握りしめながら指示を出していく。

驚異的な戦闘力を見せる有人機相手にひたすら時間を稼ぐ彼を見捨てて、弟と専用機持ち達に指示を下す。

意図的に視線を逸らそうとしつつも、それでも常に意識だけは引っ張られていた。

 

そうして短くも長い時間が過ぎ、弟達が辛うじて無人機を倒し、専用機持ち達が漸く攻勢に回った頃に異変は起きた。

 

大気を震わすほどのエネルギーを収束させた敵有人機がその矛先を彼に向けたのだ。

 

「なっ……!!」

 

彼は自身の背後に生徒達が居ることを確認し、直ぐに上空へ飛び立った。

自身に死が迫るその瞬間でさえも、彼は他者のことを考えていた。

 

「ふざけるな!!やめろぉぉっ!!」

 

ゴッと紅い閃光が放たれた。

空を染めるような圧倒的なエネルギーの奔流に彼は飲み込まれ、気付いた時には彼女はその場に座り込んでいた。

 

 

(何がブリュンヒルデだ……!たった1人救うことができず、何が世界最強だ……!)

 

治療室の外で壁に頭をぶつけながら千冬は歯を噛みしめる。

自身の無力さは彼と出会ってから何度も痛感していた、何もできない自分の弱さだって嫌という程に理解していた。だが、それすらもしていたつもりだったということに今更気付かされた。

 

自身の弟とその友人の少女が彼を見つけた時、それは酷い有様だった。

全身を黒く焦がされ、血と火傷に塗れながら稼働するナノマシンによってなんとか生かされている状態。

溶解したISの装甲が皮膚と同化し、引き剥がすことも困難というレベルの大怪我。

乙女コーポレーションから治療用ナノマシンが急遽送られてきたことにより、現在は緊急治療室内で溶解したISを摘出しながら慎重にかつ早急に再生を行なっているが、何かしらの後遺症が残ってもおかしくないのは容易に想像ができる。

例え身体に残らなくとも、これほどの苦痛を味わった精神がまともであれるはずがない。

そもそもナノマシン自体が万能ではないのだ、これほどの規模の再生を行えば一体どれだけの負担が彼の身体にかかるか……

 

「私はお前に、何もしてやれない……いや、違う!何もしていないんだろう!何をしていたんだ私は!!私は、お前に……貰うばかりで……何も……!!」

 

自分は誓ったはずだった。

ブリュンヒルデとしての自分で弟を守ることになる、故に非力ではあるが織斑千冬としての自分で彼の力になろうと。こちらの都合で巻き込んでしまった彼くらいは、自分の手で守ってやりたいと。

けれど蓋を開けてみれば守られていたのはいつも自分だった。

知らずうちに自身の生活に幸福と安らぎを与えてくれて、知らずうちに自身の弟とその周辺の緩衝材となってくれていて、知らずうちに教師としての自分のサポートすらも行なってくれていた。

 

……反面、自分自身が彼に対して出来たことなど数えることすらできなかった。

それほどに織斑千冬という人間は戦うこと以外に能がなかった。

 

(その戦うことさえ満足にできなかった私に、一体何の価値がある……!!)

 

これほどの苦痛を与えてしまった彼にまだ隠していることがあるという事実に千冬は苦しんだ。

これほどの苦痛を味わった彼が今後もまだ性別を隠すなどという苦しみを味わい続けなければならない事実に、千冬は自分の首を絞めたくなった。

 

けれど死ぬことは許されない。

それは全てを投げ出し逃げ出すことと同義だからだ。

織斑千冬は逃げ出せない。

逃げ出してしまえば自分以外の全ても道連れにすることに繋がるから。

 

……故に、織斑千冬はこの結論に至るしかない。

この結論以外に至るべき場所が存在しない。

なぜならそれが織斑千冬だからだ。

そうでなければ織斑千冬ではない。

 

携帯電話を取り出し、弟やその友人達からかかってくるコールを意図的に全て無視して、たった1人の……親友と、今でも呼びたいとは思っている相手に電話をかける。

数分のコールの後に出たどこか余所余所しい彼女に気にすることもなく、ただ決心を固め、その用件だけを伝え、電話を切った。

 

「……束、暮桜を動かせるようにしてくれ。」

 

圧倒的な力による自己実現。

例え世界の全てを敵に回すことになったとしても、自身の理想の実現のために織斑千冬は力を振るう。

そうして彼女は実現する。

世界を実現せざるを得ない方向へと捻じ曲げる。

 

それが天災の友人であるが所以、

 

類に呼ばれた友であるが所以、

 

彼女自身も天災の1人である所以。

 

 

 

(結局私には、力しかない……)

 

 

 

こうして最強は取り戻す。

理想実現のための手段と、苦しみを。

 




書いてた時に千冬さんがどんな気持ちで束ぇにこれを頼んだのか考えてたら自分で書いててホロリとしました。

【次回:一方その頃】


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24.5.一方その頃

シリアスばっかりだと息が苦しいからね。

ついでに束さんをいじめていこう。




side??

 

「あーっ!やっちまったぁぁぁ!!」

 

青白く照らし出された薄暗い一室、埃と機材に塗れたその部屋に現れたのはIS学園へ襲撃を行った1人の妙齢の女だった。

全身装甲型のISを解除すると茶の長髪を後ろ手に縛りながらソファーに雪崩れ込み、片手にひっ摑んだ缶ビールを搔っ食らう。

 

思い出すのは先程まで対峙していた相手。

一般的な国家代表候補生程度なら片手間にボコボコにできる実力を持っていると自負しているはずの自身と、互角以上の戦いをしてみせた1人の美しい少女の顔。

 

(マジでよく生きてたっつーか、あんな逸材殺してたら悔やんでも悔やみきれねぇわ……)

 

事実今回の戦闘において自身が終始優勢に立ち回れていたのは機体性能の差という一点に尽きる。

少女の乗っていたISは広域殲滅兵器『メテオクイーン・サラマンドラ』に抗ってみせた棒状の武装を除けば特筆すべき特徴は一切無く、それどころか機体の基本性能に関しては打鉄やラファールと変わらないか、一部では劣るレベルで平凡だった。

 

それに対してこちらは最新の技術をこれでもかと積み込んだ『第四世代機の魔改造型』。

基本の機体性能はあらゆる機体を過去にするレベルで完成されており、いくつかの兵装はそれ一つで従来のIS程度ならば例え何体居ようとも確実に一撃で葬ることができるほどの威力を誇っている。

 

それほどの圧倒的な性能差があったからこその先の戦闘であり、同じレベルの機体でぶつかり合うことを想定すれば、やはりあの少女は自分に匹敵するかそれ以上の実力を持っていると断言することができた。

 

(しかもただ強いってだけじゃねぇ……この私が見惚れるくらいの美人で、呆れるほどの聖人ときた。トラウマ抱えてたみてぇだが、今考えるとそれすら魅力の1つってか。あーマジで私のものにしてぇ……)

 

女は同性愛者であった。

事が終わるまで足止めするだけで良かったにも関わらず、ああして機体の性能を公開するリスクを犯してまで戦闘を続行したのはそれが理由でもあった。

あまりにも誠実過ぎる好みの美少女に興味をそそられ、色々な表情を見てみたかったという理由だけでちょっかいをかけた。

それ故にもちろん、自分のISが想定以上の威力でレーザー兵器をぶっ放した時には内心驚愕と絶望で大混乱を起こしたのだが……

 

「ちょっとO(おー)ちゃん!!とんでもないことしてくれたね!!」

 

女が缶ビールを飲み終える頃、ガシャァァン!と自動ドアを蹴り飛ばすという原始人も真っ青な方法で部屋に入ってきた人影があった。

真っ青なドレスにうさ耳といういい大人がするにしてはあまりにも痛々しい格好をしたこれまた妙齢の女だった。

 

「あー?ナノマシンのことか?仕方ねぇだろ、あれに関しては反省も後悔もしねぇぞ?」

 

「違うよ!Oちゃんがぶっ放した女の方だよ!!あれオトちゃんの所のお気に入りだったんだよ!?オトちゃん激おこなんだけど!?」

 

「はあ!?嘘だろオイ!?んなこと聞いてねぇぞ!?」

 

「束さんだってさっき知ったよ!!しかもあのちーちゃんが物凄く溺愛してる子だから、バレたら冗談抜きでぶっ殺されるって言われたんだけど!?束さんどうしよう!?正直今まで生きてきた中で一番テンパってる!!」

 

「ブリュンヒルデもかよ!?あいつマジで何者だ!?っつーかこのままだと私等確実に死ぬじゃねぇか!!」

 

「たったたっ束さんは関係ないもーん!全部このOちゃんがやったことで、束さんは全くの無関係です!!」

 

「テメェこら!お前の作った兵器が威力の調整もできねぇポンコツだったから悪いんだろうが!お前も共犯だ!!」

 

「はー!?練習すれば調節くらいできるようになりますー!ただの練習不足ですー!」

 

「あんな凶悪なもん何度も練習できるか!!」

 

わーぎゃーと言い争ういい年をした2人の女。

そもそも今回の計画自体がほとんど独断であったということが2人(主にうさ耳の方)の焦りに拍車をかけていた。

 

一応最新型のナノマシンを最速で学園まで届けたとは言え、もし例の少女が亡くなっていれば文字通り2人は様々な方面から木っ端微塵にされることになるだろう。加えて唯一の親友から失望と憎悪の目で見られ、その弟と実の妹から完全な敵として認識されるまでが実際の現実である。

うさ耳はもう必死だった。

 

……そんな時、

 

ひねもす♪ひねもす♪もすもすひねもす♪

ひねもす♪ひねもす♪もすもすひねもす♪

 

彼女の携帯電話が鳴り出した。

表示された名前はもちろん……

 

 

【織斑千冬】

 

 

「「ひえっ!?」」

 

 

「い、いやぁぁ!!ちーちゃんからの電話とか何年ぶりなのに今は絶対に出たくないぃぃ!」

 

「出ろ!出るんだバカウサギ!今出ないとむしろ怪しまれるぞ!!」

 

「もう怪しまれてるんだよバカ!この世界に無人のISを作れる天才なんて束さんしかいないだろ!!」

 

「だから有人機使えって言っただろうがぁぁ!!『ゴーレムくんの初出勤だー!』なんて言って強行したのはお前だろ!!」

 

「「うわぁぁ!!!」」

 

止まらない言い争い、終わることのない責任のなすり付け合い。

そんな中、携帯電話の着信が2周目に突入した。

コールは未だ止むことはない。

 

「……ウサギ、大丈夫だ。死ぬ時はいっしょだ。」

 

「絶対?絶対なんだよね?束さん1人で惨殺されるのとかごめんなんだけど。」

 

「どうせ死ぬんだ、諦めていこうや。」

 

「うぅ、なんであんな女1人殺しかけただけでこんなことに……」

 

そんな認識だからこうなるのだ、なんてことを言える人間はこの空間には存在しなかった。ちなみにその女が実は男であることを知っている人間もここにはいない。そもそもこうして今日に至るまで彼女達にとっては綾崎奈桜など、ただの一般的な女生徒という認識すらないほどに興味の無い存在だったのだから。

 

うさ耳の女は震える手で電話を取る。

 

「も、もすもすひねもしゅ〜?ど、どったのちーちゃん?珍しいね?たっ、束さん今忙しいんだけどな〜?」

 

震える声で噛みながらも冷静さを装い、世界で唯一の親友からの言葉を待つ。

しかし親友からの返答は無く、代わりに何かを堪えるような呻き声が聞こえてくるばかり。

普段のビシバシと直球ストレートを次々と顔面に投げ込んでくるような態度とは違う有様に、うさ耳は困惑した。

 

「……えっと、ちーちゃん?」

 

『……頼みがある。』

 

「た、頼み!?な、なんだそんなこと!?任せてよ!ちーちゃんのためならこの束さん、なんだってしようじゃないか!!」

 

責められるのではないかと、殺害予告をされるんじゃないかと、『お前を殺す』と言われるのではないかと恐々としていたうさ耳はその言葉にホッと息をついた。

殺されるくらいならどんな頼みを聞いてもいいと、今なら専用機だろうとなんだろうと最新の技術で作ってやろうと、それくらいにテンションが上がっていた。

しかし次の瞬間、そんな気分は地の底へと叩き落される。

 

『……暮桜を動かせるようにしてくれ。』

 

 

(あ、これ殺害予告だ。)

 

 

それから先の会話は殆ど覚えていなかった。

真っ白に染まったバカウサギは適当に相槌を打ちながら電話を終えると心配そうにその様子を見ていた茶髪の女性に向かって倒れこむ。

 

「おい!どうした!傷は浅いぞ!!」

 

「ちーちゃんが、ちーちゃんが暮桜を直せって……束さん知ってる、これ絶対『直した暮桜で兎狩りを始める』って言葉の暗喩だよね。『使える中で最強の武器で貴様を殺す』って言葉の暗喩だよね。束さんの死が確定しました。」

 

「バカウサギ!?バカウサギィィィィ!!」

 

その日から2人の新人が乙女コーポレーションに入社した。

2人の新人はIS開発のために1ヶ月間人間らしい生活の一切を奪われ、まともな睡眠すら許されない監禁生活を余儀なくされたという。

 




この後めちゃくちゃ治療とリハビリに貢献した。
医療技術も根こそぎ奪われた。

【25.残された者達】


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25.残された者たち

自分一人が傷付くだけ、そう思ってるのはいつだって自分だけなんですよ。
悲しいなぁ……


side一夏

 

「一夏!!」「一夏さん!!」

 

「……!箒にセシリア……!無事だったんだな!」

 

クラス代表戦中に起きた襲撃事件、その最中に起きた悲劇を見てしまった鈴と俺は、他の生徒と接触することで余計な情報が錯綜しないよう、共に寮監室に軟禁されていた。

それは箒やセシリア達も同様らしく、2人は教師達に押し込まれるようにして部屋へとやって来た。

他の専用機持ち達も違う部屋に押し込められているらしく、今回の件の重大さというものを改めて感じることとなった。

もちろん、重大さという観点におけば自分達以上に痛感している人間も他にいないだろうが……

 

「私は上級生の先輩方と校舎の方に出現した敵機の対処に当たっていましたの。先輩方の力もあって何とか無力化には成功したのですが、増援には間に合いませんでした。申し訳ありません……」

 

「私は山田先生と連携して生徒の避難誘導を手伝っていた。それ故に全体の状態はある程度掴んでいたつもりだったが……一夏よ、何が起きた?死者は出ていないのではなかったのか?」

 

(……流石に箒にはバレる、か。)

 

なるべく感情を表に出さないようにしていたのだが、箒にはお見通しだったのか彼女は心配げな顔をしてこちらを見ていた。

俺の反応と現状から見ても彼女は大方の事情を予測してはいるのだろう。

……そもそも感情を隠すなんて器用な真似が自分にできるはずもないので、こうなるのも当然と言うべきか。

俺自身、先程まで握り締めた拳から零れ落ちる血液を鈴に指摘されるまで気付かないくらいには、無意識に冷静さを失っていたのだ。

多少落ち着いたとは言え心の中は大いに乱れている。

 

「確かに死者は出てないけど、それも"今の所は"って話よ。大多数の生徒は無事だったけど、怪我人は確かに出てる。」

 

「……つまり、私達が聞いているよりも事態は深刻だということか。」

 

「生徒を預かっている性質上、余計なことは言えないでしょう?IS学園自体の信頼性が疑われるから。……まあ、完全にシステムを乗っ取られた時点で信頼性もへったくれも無いんだけどね。」

 

つまりはそういうことだ。

最初に聞いた時には自分も納得できなかったが、教師陣の苦労を考えると何も言えなかった。それほどに彼等も憔悴しきっていた。

 

「……一夏さん?それよりもお母様は、お母様はどこにいらっしゃいますの?ここに来るまでにも見当たらなかったのですが……織斑先生のお手伝いをなさっているのですか?」

 

セシリアが核心を突いた。

思わず身体に力が込み上げるが、俺の手を握る鈴がそれ以上を許さない。

……情けない、こんな非常時にあっても自分は誰かに助けられているのだ。

もう一度心に鞭を入れ、あの光景を思い起こしながら2人に目線を向ければ、セシリアも今の自分の言葉で何かを察したのか、目端に涙を溜めていた。

 

(……クソッ!)

 

俺には真実を伝える義務がある。

少なくとも、彼女を慕っていたこの2人には彼女の身に何が起きて、今どんな状態にいるのかということを伝える必要性がある。

 

『今回のことは誰の責任でもなければ敵以外の誰を責めることもできない』

 

鈴には何度もそう言われたが、それでも目の前で散っていった彼女を見ていることしかできなかった自分に責任が無いと思うことはできない。

だからせめて、この役割は俺がしたい。

この残酷な事実を伝える役割を、守られることしかできなかった俺が引き受けたいと思った。

 

……鈴だって同じことを思っているだろうということから目を逸らしてでも。

 

 

「綾崎さんは今……学園の治療室で緊急手術を受けている最中だ。」

 

 

 

俺達がその異変に気付いたのは、無人機と発覚した敵ISを鈴とのコンビネーションによって無力化した直後だった。

幸いにも敵のレーザー兵器は早い段階で潰していたために問題はなかったのだが、それでも敵の基礎性能の高さもあってかなりのエネルギーと時間、そして思考を費やすこととなり、最終的には鈴が投げ飛ばした瓦礫の裏に隠れて接近し、衝撃砲のサポートを受けながら強引に斬りに行くことで勝利を勝ち取ったのだが……

 

勝利の余韻に浸りながら冷静に周囲を見渡した時に、異常にアリーナの損傷が激しいことに気付いたのが最初のきっかけだった。

 

「おりむー!!あやのんが!!あやのんが!!」

 

アリーナから逃げ遅れた生徒達の中にいた布仏さん、おかしな名前を付けることに定評のある彼女が指し示した名前に俺達はハッとした。

布仏さんが叫んだ名前に俺が驚愕していると、その間も冷静に事態を見極めようとしていた鈴がハイパーセンサーによって2つの機影を発見していた。

 

鈴の言葉に釣られて自身もその方向へと視線を向けると、専用IS"恋涙"をその身に纏った綾崎さんが強烈な発光を伴って佇む一体の巨大なISから、逃げる様に上空へと身を翻す光景が目に映った。

 

『メテオクイーン・サラマンドラ』

 

いつの日にか聞いた覚えのある女の声。

けれどそんなことに構っていられるのも束の間、文字通りに世界が真っ赤に染まった。

たった一機のISに撃つにはオーバーキルが過ぎるあり得ない広範囲殲滅兵器、それがその悍ましい程の赤の正体だった。

背後から響く鈴と布仏さん達の悲鳴と叫び、通信から千冬姉の声も聞こえてきていたが、そんな中でも俺は何が起きたのか理解することすらもできず、理解することを頭も心も拒んでいた。

目の前で起きた光景があまりにも現実離れし過ぎていて、あまりにも受け入れることに難があり過ぎて、脳が自然とその動きを停止していた。

 

10秒にも満たないその時間の間、布仏さんは引き止める友人達を振り解いて建物の影から飛び出し、鈴は行く手を阻むアリーナのシールドを必死に破壊しようと努力していたが、俺はただ呆然としていることしかできなかったのを覚えている。

 

赤く塗り潰された空が普段の色を取り戻した時、そこに残っていたのは血と火傷に塗れた、以前の美しかった容姿をほとんど残していない彼女の姿。

薄桃色と薄水色の淡い色彩を帯びていた彼女のISも黒色に変色しながら溶解しており、最早身体もISも機能しているとは言い難い状態だった。

本来ならば一定のダメージを受ければISは自動的に解除されるはずだが、それさえされることなく残り続けていたのは驚異的な熱量によって絶対防御を含めた根幹のシステムから破壊され尽くしていたからだろう。

それでも彼女の身を守り続けたのはIS自身の意思とでも言うべきか……

 

無防備に落下してくる彼女を敵機が確保し、アリーナの壁に横たわらせた状態で何かを噴射していたが、当然俺はこの時動くことなどできていない。

完全に魂が抜けていた俺が自分を取り戻したのは鈴が涙を浮かべながら殴ってきた時だった。

 

『いつまで呆けてんの!あんたならシールド壊せるんでしょ!?自分に出来ることすらしないで寝惚けてんじゃないわよ!!』

 

その言葉にようやく自分を取り戻した俺は、残りのエネルギーを使用して零落白夜を一瞬だけ発動させることでシールドに穴を開ける。

同時にエネルギー枯渇によって白式は待機形態に戻ったが、鈴の甲龍を追ってフラフラの身体に鞭を打ちながら彼女の元へと向かった。

 

……酷い怪我、としか言いようがなかった。

 

全身に皮膚が爛れるほどの大火傷を負い、特に両手は指先から手首にかけて大部分が炭化してしまっているほどの重症。

溶けたISと皮膚が同化しており、ISを取り外そうとすれば皮膚ごと引き剥がしてしまう様な有様。

呼吸は浅く、辛うじて生きていることは確認できたが、それすら今直ぐに止まってしまってもおかしくないほどに微弱なもので。

光の消えた瞳は何も認識できていないのか微動たりともしない。

 

……記憶の中にある美しく優しかった彼女と重ねようとすればするほどに、どうしようもない喪失感が胸を走った。

 

「っ!!千冬さん!!怪我人が1人、今直ぐ治療が必要よ!!救急車なんかじゃ間に合わない!!……学園の地下!?医者は!?……分かりました!直ぐに運びます!手配の方は任せますから!」

 

「リンリン!開かない扉は壊していいって許可貰ってきたから急いで!あっちの扉なら人が少ないはず!」

 

「よくやったわ!あんたは他の生徒達をお願い!!……死ぬんじゃないわよ、綾崎!!」

 

……結局、そんな惨状を前にしても俺は何もすることができなかった。

親しい友人が瀕死の状態で居るにも関わらず冷静に上官に判断を求めた鈴に、ここへ向かって走ってくる間にもこの状態を予測して手筈を整えていた布仏さん。

2人は1秒足りとも時間を無駄にすることなく、的確な判断をしていた。

 

(俺は、何も考えずにただ突っ立ってただけだ。時間を無駄にして、思考することもしないで、見ていただけの愚か者。もし2人がこの場に居なかったら、俺は彼女を……!)

 

死なせてしまっていたかもしれない。

 

……いや、今も死の淵に彼女はいるのだから、その考えすら間違っている。

あの時、俺が呆けていたせいでシールドを破壊するのが遅れてしまい、あの一瞬の遅れのせいで彼女は助からないかもしれない。

 

地下の緊急治療室に彼女を送り届けてから追い出される様にして鈴もこの部屋に送り届けられた。

彼女の今の状態を知っている人間は恐らく姉以外には存在しない、しかしその肝心の姉に対しても連絡はつかない。

 

恐怖と不安に押し潰されそうになる。

 

俺達の加勢に入ろうとした瞬間に突如現れた敵有人機。

驚異的な性能を持ったそんな相手に対し、彼女は時間を稼ぎながら逃げられない生徒達に被害が及ばない様に立ち回っていたそうだ。

もしそんな性能の敵の有人機がこちらに加勢しに来ていたらと考えると寒気が走るし、全滅していたのは間違いないだろう。

 

(……やっぱり、守られちまった。)

 

そうなることは予想していた、いつかこうなる日が来ることは分かっていた。

けれどそれでも、想像していたよりもずっと早く来たその日に実際に感じる無力感は思っていたよりもずっと凄まじかった。

 

 

 

一連の説明を終えてセシリアと箒の方へと目を向けると、2人は思っていたよりも大きな取り乱し方はしていなかった。

ただ俯き、拳を握って自分の心を抑え込むだけ。きっと数週間前までの2人なら大きく怒りや悲しみを表に出していただろう。

 

……恐らく、2人が今感じている感情は自分と同じものだ。自分にもっと力があれば何か変わっていたのではないかという酷い後悔。

誰よりも優しかった彼女が誰よりも傷付いてしまったという残酷な結果への悲しみ。

特に俺と箒は彼女が抱える悲しい現状の一端についてを千冬姉から聞かされていただけに、より一層その思いは強かった。

 

なぜ彼女1人がここまでのことを背負わされなければならないのか、と。

 

「……幸い学園には最新の医療設備が揃ってるし、医師免許持ってる教員が何人か居たから直ぐに対応ができたわ。乙女コーポレーションからも最新のナノマシンが届くって千冬さんが言ってたし、問題は無いはずよ。」

 

「そうか……凰、お前がいなければと考えると私は恐ろしくて仕方がない。的確な処置を行ってくれたこと、本当に感謝する。」

 

「わたくしからも……ありがとうございました鈴音さん……」

 

「お礼なんて言わないで、私だって綾崎に助けられたクチだもの。あの子には……ママには、死んで欲しくない。」

 

その言葉に何かを察したのか暗かった表情を少しだけ綻ばせる箒とセシリア。俺はその輪に入ることはできない、3人とは多分、彼女の捉え方が違うから。

母を知らない俺では、彼女を母として見ることができないから。

 

(もう、1秒たりとも時間を無駄にはできない。本当に彼女を守りたいと思っているのなら、今までの様にただ呆けている時間を作ることは絶対に許されない。)

 

もっと強くならないと。

もっともっと賢くならないと。

 

口先だけの覚悟を並べる時間はもう終わった

俺はもう覚悟を決めなければならない

全てを守れるだけの力を得るために、自分を捨てるだけの意思と決意を

 




今はこうして全員が心から悲しんで心配していますけど、性別がバレた瞬間にどんな反応をするのか考えると心が踊りますね。
特にいっちー。

【26.変わる心と変わらない想い】


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26.変わる心と変わらない想い

なんもかんも兎が悪い


side奈桜

 

夢を見た。

この手にとった剣で、誰かを殺してしまった夢だ。

目の前で驚愕の表情を浮かべるその誰かに対して、私は「違う」「そんなつもりじゃ」と言葉を並べる。

そうして腕の中で息絶えた大切な誰かに向けて、私は何度も何度も謝るのだ。誰かの血に塗れながら、声にならない叫びを上げ続ける。

 

人々は口々に私を責め立てる。私を慰める人間などいないし、私だってそれを望んでなんかいない。

私にとって大切だった誰かは、彼等にとってはもっともっと大切な誰かだったのだ。

 

戦う度に思い起こす

剣を振るう度に思い浮かぶ

目の前で

自分の手で奪ってしまった

大切な誰かのその顔を

 

そうして私は振れなくなった

そうして私は戦えなくなった

戦力にもなれなくなった

 

私はただ徒らに戦力を減らしただけだった

 

私は戦場から逃げただけだった

 

戦力の減った戦場で、多くの悲劇が起きた

 

 

 

こうして私は、間接的にも、直接的にも、味方を殺し尽くしたのだ。

 

 

 

 

 

「……ここ、は……」

 

目を開けると真っ暗な知らない天井、妙な夢を見た気がするが思い出すことはできない。

ただ自分がどうしてこんな場所にいるのかということは簡単に思い出すことができた。

 

(ああ。私、生き残れたんだ……)

 

あの時自分を襲った赤の奔流、身体中が溶かされていく感覚を感じながらも生きなければと自分を鼓舞して立ち続けた。

その甲斐もあったのだろうか。自分はこうして生き残り、外の静けさから考えて騒動も無事に収まったと想像できる。

 

(……でも、身体中包帯だらけで、ところどころまだ動かない。とても無事とは言えない、かなぁ。)

 

少し声をあげただけで喉が痛くなる始末だ。

包帯の隙間から見える右目の視界もボンヤリとしていて、無事である箇所の方が少ないんじゃないかというくらいの状態。

間違いなく千冬さんや一夏くん達に心配をかけてしまっているだろうと思うと途端に気が重くなる。

 

それでもあの会話の流れから突然あんな攻撃をぶっ放してくるなんて誰にも想像できないと思う。

あれにはいくら避けるのが得意な私だって全く反応することができずに直撃を食らってしまった。

私のトラウマを治す的な会話をしておいて全力で殺しにくるとか、あのお姉さん頭がおかしい人だったのだろうか。

それとも『お前を殺せばトラウマも殺せるだろ!』的な?

どっちにしても狂人なことに間違いはない。

戦っていたのがペルセウス持ちの私で良かったというべきだろう。

 

(いや、よくないですよね……私のISもう絶対原型ないだろうし……)

 

どうやって言い訳しよう?

許してもらえるかなぁ……

許されるわけないよなぁ……

これから借金地獄の毎日かなぁ……

 

最悪の場合、乙女コーポレーションで一生変態チックなコスプレ生活を送らされる可能性もある。

そんな人の尊厳を投げ捨てるような真似はしたくないが、死ぬよりはマシなのだろうか?……どっこいどっこい?

 

そんな風にこれからの将来を憂いていると、少しだけ動かした左手が何かに当たったことに気がつく。

左目には包帯が巻いてあり、かつクビすら満足に動かすことができないので見て確認することはできないが、未だ朧げな触覚を頼りに何度かそれに触れると、人の手のような形をしていることが分かった。

 

「……あや、さき?」

 

「……?ちふゅ、さん?」

 

「っ!!綾崎!起きたのか!!」

 

私の掠れた様な声もしっかりと聞き取って飛び起きてくれた千冬さんに嬉しさを感じる。

 

ただ、そんな泣きそうな顔をしないで欲しい。

ボンヤリとしか見えなくても分かる。

せっかくの美人が台無し……なこともない。

そんな顔も綺麗なんだから美人って凄い。

 

「大丈夫か!?どこかおかしな所は!?」

 

「……だいじょ、ぶ、です」

 

「っ!声が、出しにくいのか……!?」

 

「えへへ……」

 

あの熱空間で呼吸していたのだから当然と言えば当然なのだが……いや、むしろこうして呂律が回らないのは暫く声を出していなかったからなのだろうか?感覚的にはそんな気がする。

 

(……?)

 

そういえば自分がどれくらい眠っていたのか私は知らない。

近くに時計はあるはずだが、一時的に視力が落ちているのかよく見えないし……

 

「なんにち、ねむって……?」

 

「……2週間ほどだ。最初の1週間はナノマシンで修復した部位を定着させるために意図的に意識を落としていたが、その後も意識が元に戻らず最悪も想定していたところだ。……よく頑張ったな。」

 

2週間、それだけ眠っていればこんな状態にもなるだろう。

ペルセウスを握っていた故に一番損傷の激しかった両手が多少の感覚の違いはあれど回復していたのはナノマシンのおかげだったのか……

だとすればこの大袈裟すぎる包帯の下もそんなに酷い状態と言うわけではないのだろう。

ただ感覚が薄いだけだとすればそれは嬉しい。

 

ちなみにナノマシンナノマシンと言っているが、実際にはそんなにいい事ばかりではない。

単純に言えば一般的な治癒ナノマシンとは、欠落した部位の細胞に働きかけ、修復の方向を指示しながら回復力を飛躍的に向上させるという非常に高度な技術だ。

だが、本来ならば長期間かけてゆっくりと行うべき修復を負荷をかけて高速で行なっている時点で身体に良いわけが無い。

特に私はあのレーザー兵器に巻き込まれた時、ナノマシンの回復速度を最大にして破壊されていく身体を同時に修復するなんてことを行なっていた。

 

……実際、どれくらい自分の寿命が縮んでいるのかなんて考えたくも無い。

 

まだ分からないだけで普通に考えれば確実に多少の後遺症は残っているだろうし、あの状態での強制再生など何処かで修復にミスがあってもおかしくない。

2週間という大き過ぎる時間の損失も、そういう面で見れば徹底的な検査を行うことが出来て好都合だっただろう。

 

(それでも、勉強の遅れは絶望的かな……)

 

そんなことを考えていると千冬さんが突然私の胸に顔を押し付けるように倒れ込んできた。

普段の彼女からは考えられない様な行動に、(あれ、寝不足で眠っちゃったのかな……?)なんてことも考えたが、未だ本調子でない耳でも小さな嗚咽が聴こえてくるのだ、誤魔化すことはできない。

 

「……ごめん、なさぃ。」

 

心配をかけてごめんなさい

勝手なことをしてごめんなさい

迷惑をかけてごめんなさい

 

色々な意味を込めた私の謝罪に千冬さんは顔を擦り付けるようにして首を振る。

嗚咽は一層大きくなる。

そんなつもりじゃなかったのに。

 

「違う、違うんだ……!謝るべきはお前じゃない……!私に力が無かったから、私がお前を見捨てたから……!お前を守ると誓ったのに!私はお前に助けられてばかりいるのに!!」

 

私の顔に涙をこぼしながら懺悔する千冬さん、その大きく崩れた表情はまるで泣きじゃくる少女のよう。

 

貴女のせいじゃないと。

貴女は教師として正しい選択をしたと。

私だって貴女に助けられていると。

 

そう伝えたいのに言葉にならない。

伝えたい言葉が喉から出ない。

未だ本調子に戻らない自分の身体が恨めしい。

 

それでも、今にも壊れてしまいそうな目の前の彼女のために何もしないなんてことは私の信念にかけて有り得ない。

例え彼女が私より年上の女性だったとしても、私には何の関係もないことだ。

当然のように、当たり前のように、私は彼女に手を伸ばす。

 

「ち、ふゆ、さん……」

 

震える両手を懸命に動かし、彼女の後頭部に手を回す。

そのまま重力に任せて彼女の顔を私の胸へと落とし、出せる限りの力を尽くして彼女を抱き締めた。

 

「あやさき……私は、私は……!」

 

「あり、が、とう……」

 

「……っ!!」

 

私の言葉に一瞬だけ肩を跳ねさせた後、千冬さんは布団を握る力を強める。

何かを噛みしめるように、何かを悔やむように。

 

きっと今度は『この状態で綾崎に気を遣わせるなど、私は教師失格だ』とでも思っているのだろう。

真面目なところは彼女の良い所だが、こういう時にはよろしくない。

こんな言葉では私の本心は伝わらないのだ。

まだ数ヶ月しか共に時間を過ごしていない彼女には、伝えられない。

……だから、私はこう言おう。

 

ちょっとだけ大袈裟な言葉で。

 

けれど、嘘偽りのない私の本心を。

 

貴女だけじゃなく、私だってそう思っているということを。

 

少しだけ短いけれど、

 

私は貴女に伝えたい。

 

「だいすき、です、よ……?ちふゆ、さん。」

 

貴女が私のことを大切に思ってくれているように、

 

私だって貴女のことを大切に思っている。

 

貴女が私を心配してくれているように、

 

私だって貴女のことを心配している。

 

いつも誰よりも真面目に仕事をして、

 

誰かの心配ばかりをしている貴女を。

 

 

……だから、そんな顔をして泣かないで欲しい。

 

私は貴女が偶に見せるあの笑顔が、たまらなく好きなのだから。

 

「お前は、卑怯だ……!私はどんどんお前に引き込まれていく。お前のせいで、私は知らないうちに弱くなっていくんだ!今だってそうだ!私はお前の前では強く在れない!」

 

「かまい、ません。つよく、なくても……」

 

「お前が近くにいると、私は直ぐに軟弱になる!私は甘えているんだ!教師でありながら、生徒であるお前に!守るべきお前に!」

 

「いいん、です。あまえて、も。」

 

「私はお前に酷いことをしている、酷い負担を押し付けている!無能な私では何も返すことができない!こんな私にはお前に甘える権利など……!」

 

 

「もんだい、ない……です。」

 

 

「わたしが、あまやかしたい、から……」

 

 

そろそろ喉が限界だ。

腕にも力が入らなくなってきた。

強烈な眠気に襲われ、意識が薄れていく。

今いい所だったのに、自分のものながら融通の効かない体である。

 

消えゆく意識の中で、千冬さんが何かを言っていたような気がする。

 

けれど、それを聞き取ることも許されず、私の意識は落ちてゆく。

 

明日起きたらまた話をしよう。

その時にはきっと、楽しい話を……

たくさん笑って、たくさん話すんだ。

千冬さんが言いかけたことだって、きっと、教えて、もらえる……

 




元々の"好き"って、もっと単純な意味だと思うんです。
恋愛的な意味とか、そういうややこしいことを考えない、男も女も関係のない1番最初の単純な意味での好き。
私そういうの好きです。

【27:2週間ぶりの彼女は今……】


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27.2週間ぶりの彼女は今……

いつも感想ありがとうございます。
この感想だけを頼りに生きてるところあるので今後も何卒……何卒……


side一夏

 

その日の放課後、俺たちは学園のある部屋へ向けて全力疾走をしていた。

 

「どけ一夏!私が先に母さんに会うんだ!」

 

「そうはいきませんわ!お母様に最初にお会いするのはわたくしですもの!」

 

「いや!俺だ!いくら2人でもここは譲らねぇ!」

 

「あんたら仮にも病室の前なんだから静かにしなさいよ!ママに迷惑でしょ!!」

 

「「私の母さんだぞ(お母様ですわ)!!」」

 

ドパパパパーンッ

 

「いい加減にせんか!貴様等のせいであいつの容体が悪くなったら全員ブレードで叩き斬ることも厭わんぞ!!」

 

「「「「すみませんでした!」」」」

 

出席簿によって一瞬で頭から叩き落とされた後、俺たちは流れるように土下座を行う。

これが所謂スライディング土下座……最近の訓練による成果が出ているのだろうか。

いや、そもそもIS用のブレードをどこからともなく取り出して睨みつける千冬姉を目の前にすればこの程度のことは造作も無い。

 

ここ2週間どこかピリピリとし続けていた千冬姉も、綾崎さんが目覚めたからか今朝は何処か嬉しそうであった。

反面、綾崎さんへの配慮が若干過激になっている気もするが……まあ気のせいだろう、今のは流石に俺たちが悪い。

はしゃいでいるつもりは無かったが、それでも久々の朗報に高ぶっていたのは確かだ。

 

「嬉しさは分かるが自重はしろ。怪我の大部分は治っているとは言え、度重なる精密検査とリハビリであいつも疲れている。結果もまだ分からないからな、余計な負担をかけるような行動は慎め。」

 

「いや、悪い千冬姉。俺たち居てもいられなくなっちまって……」

 

「気持ちは分かると言っている。だが後遺症が残っている可能性も高い上、精神状態も良好とは考え難い。あまり楽観的に考え過ぎるなよ。」

 

「……ああ、分かってる。」

 

千冬姉の言葉を聞くほどに俺たちの表情は険しいものに変わっていく。

その可能性はずっと考えていた、あれだけの怪我をして全く元通りになるはずがない。

それでもこの2週間、一度も面会が許されず、1週間以上経っても未だに意識が戻らないという不安な情報ばかり聞かされてきたのだ。

必要以上に気持ちが盛り上がってしまったのも仕方ないことだろう。

 

「……まあ、あまり気負うのも違うか。

綾崎、私だ、部屋に入るぞ。」

 

「はい、かまいませんよ。」

 

「「「「っ!!」」」」

 

2週間ぶりに聞いた彼女の変わらぬ声に全員が肩を揺らす。

そうして姉によって開け放たれた扉の先では、ベッドの上で身体中を包帯に巻かれ、非常に痛々しい姿をしている彼女が上半身を上げてこちらに小さく手を振っていた。

この2週間で少し痩せたようにも見えるが、それが逆に儚い美しさとなって彼女の容姿を引き立てる。

あんな怪我をしても彼女は変わらず魅力的な女性のままそこにいた。

 

「「「「…………」」」」

 

「……ええと、こういった時は『ただいま』という表現が正しいのでしょうか?なにぶん私も目覚めたばかりで皆さんの状況を把握できていなくてですね……」

 

「「「母さん(お母様)(ママ)!!」」」

 

「……俺だけ何もねぇ。」

 

3人の少女が一斉に彼女へと駆け寄っていく。

彼女が3人からそう呼ばれていることに頭が痛くなったのか千冬姉は大きく溜息をついているが、特殊な呼び方のない俺にとっては羨ましいところもあったりする。

 

……いや、でも同級生の女の子をママとか呼ぶ男子高校生って相当ヤベェ奴だよな。

別に甘えたい欲が無いわけでは無いが……

 

想像しただけで彼女に引かれてしまう未来が見えたので、ここは普通に混ざることにする。

 

早く彼女に駆け寄りたい気持ちは俺だって同じだった。

3人の少女に抱きつかれながらアタフタしている彼女へと近づき、なるべくいつも通りを装いながら話しかける。

 

「綾崎さん、目が覚めたんだな。」

 

「ええ、ご心配をおかけしました"一夏くん"。ご覧の通り……とは行きませんが、もう少ししたら授業に出られるくらいには回復すると思いますよ。」

 

「そうか、それならよかっ………あれ?」

 

流石は最新のナノマシン技術、時間さえあればあんな怪我だって元通り……なことはさておき、今何か違和感があった気がする。

 

あれ?俺もしかして今、名前で呼ばれた?

聞き間違いか……?

 

そんな俺の困惑と同じものを抱いていた人物がそこにはもう1人いた。

驚いたように顔を上げた箒は彼女に向けて確かめるように尋ねる。

 

「ええと、母さん……?今、一夏のことを何と呼んだんだ?」

 

「???一夏くん、と呼びましたが……それがどうかしたんですか?"箒ちゃん"。」

 

「ほ、ほ、ほ、箒ちゃん!?!?」

 

ぷしゅーと顔から湯気を出して固まってしまった箒。

記憶が正しければ、綾崎さんは俺のことを『織斑くん』、箒のことを『箒さん』と呼んでいたはずだ。

心境の変化でもあったのだろうか?

そんな微細な変化に気付いた2人目の幼馴染が今度は攻撃を仕掛ける。

 

「あ、あやさ……ママ!?わ、私は?私のことは!?」

 

2番、2組のセカンド幼馴染、凰鈴音。

話を聞いた限りでは、俺が鈴の約束をあやふやにしか覚えておらず傷付けてしまった時、優しく慰めてくれたという。その時から彼女のことを"ママ"と呼ぶようになったとか。いまいち理由は理解できない。

ただ、そんな鈴のことを綾崎さんは確か『鈴音さん』と呼んでいたはずだ。

果たして今は……?

 

「ど、どうしたんですか皆さん急に……もしかして私はどこかおかしいのでしょうか、"鈴ちゃん"。」

 

「ぐふっ……」

 

 

「りぃぃぃぃん!!」

 

まさかの鈴ちゃん呼びである。

まさかの鈴ちゃん呼びである。

あまりの衝撃に鈴が崩れ落ちた。

びくりびくりと体を震わすその様は見ていて微笑ましい。

 

しかしこうなると最後の1人も黙ってはいない。

むしろ最後の1人になってしまったことでフラストレーションが溜まっているはずだ。

 

「は、はい!はい!わたくしも!わたくしのことも呼んでくださいませ!お母様!!」

 

「は、はぁ……セシリアさんも元気そうでなによりです。」

 

「ごふぇっ……」

 

鈴とは違う意味で崩れ落ちた。

びくりびくりと体を震わすその姿は見ていて痛ましい。

なぜこんなことになってしまったのか。

 

だが、そもそもどうして彼女は突然俺たちの呼び方を変えたのだろう(1人を除く)。

というか聞いていた限りでは自分が呼び方を変えているということにさえ気付いていないようにも思える。

小さな変化ではあるが、この状態ではその小さな変化すらも恐ろしく思えてしまう。

そう思ったのは俺だけじゃないらしく、千冬姉が真剣味を帯びた目線で彼女の側にしゃがみ込んだ。

 

「綾崎、精密検査の結果はどうだった?」

 

「ええと、こちらの書類がそれです。損傷の激しかった両手と両足はリハビリを頑張ればある程度は元に戻ると言われました。内臓機能も現状では問題はないと。」

 

その言葉を聞き、俺たちもホッと息をつく。

しかしそれを聞いてもまだ千冬姉の表情は晴れなかった、疑わしい目線を綾崎さんへと向け続ける。

 

「……誤魔化さずに答えろ、後遺症は?」

 

ジッと彼女の目線に合わせるように覗き込む千冬姉。それに対して綾崎さんも少しの間耐えていたが、やがて諦めた様に溜息をついた。

その様子だと、つまり……

 

「原因は分かりませんが、左目の色素が、その……戻らないそうです。視力も壊滅的に落ちています。それどころか日の下で開けることもなるべくは防ぐべきだと言われました。」

 

「……それはつまり、部分的に後天性のアルビノ症候群を発症したということか?」

 

「使用した量が量ですし、ナノマシンの弊害という可能性もあるそうです。ただ、眼帯などで隠していれば問題はないとのことなので、それほど悲観することでは無いですよ。完全に失明したわけではありませんし。」

 

悲観することがない、はずがない。

それは実質、片眼を失ったと言っているようなものだ。

ISだけじゃない、単純なスポーツであっても片眼のハンデというものは大き過ぎることを俺は知っている。

日常生活にも大きな支障が出ることは誰にでも容易に想像ができる。

 

「えっと……ちなみに今はこんな感じになってます。」

 

左目に巻いた包帯を解いていき、色素を失ったという左目を綾崎さんは露わにする。

そこには赤色に染まった瞳が存在していた。

血の様に真っ赤な瞳には中央部から白い模様が花開くように映し出されている。俺にはそれが美しくも何処か恐ろしく思えた。

生々しくも肉身を覚えさせる、見る人によれば悍ましいと答える者だっているだろう。

単純に宝石のような赤色を想像していた自分にとっては、血や肉を感じさせるその色はあまりにも衝撃的であった。

 

「っ……」

 

辛そうな顔をする箒に、悔しそうに拳を握る鈴、セシリアに至っては泣きそうになっていた。

そんな中でも無表情を貫く姉を素直に凄いと思う、なにせ俺自身も歪みかける表情を必死に堪えているからだ。

 

「……他の後遺症はあるのか?精神的なものだって可能性はあるだろう。」

 

「いえ、特には。精神的にも問題なしと言われましたし、ナノマシンが想定以上の働きをしてくれたそうで、大方は元通りです。あれだけの怪我をしたにしては私は相当に運が良かったようですね。」

 

「馬鹿を言うな……お前は間違いなく幸の薄い女だよ。」

 

「もう、酷いですよ千冬さん。」

 

笑みを浮かべながら彼女の髪を撫でる千冬姉、それに対して少しくすぐったそうに目を伏せる彼女。

こうして見ると2人の容姿もあってまるで姉妹のようで……

 

(綾崎さんがお姉さん、か……今までの姿を見てたせいで何の違和感も無いのがヤバいな。)

 

見た限り、本当に綾崎さんはなんともないらしい。

精神的にも問題無いようだし、その辺りのケアだって姉が進んで引き受けるだろう。

片眼が使えなくなったことだって本人が気にしていないのならば俺達が口に出すことではない。ただサポートをするのみだ。

 

……そう、問題は俺達の心の持ちようだけだ。

恥ずかしながら実際に怪我をした彼女よりも俺達の方がずっと動揺している。

現に彼女の言葉に対して反応を示すことができたのは姉だけだった。

特に、彼女の赤い瞳を見た瞬間から3人の少女は一言も発していない。

 

(俺だけでも冷静でいないとな。)

 

姉と彼女の姿を見て3人よりも落ち着けている俺が……こういう時くらいにしか役立てないのだから、空気を良くすることくらいはしよう。

 

「……そういえば、綾崎さんはいつくらいから復帰するんだ?」

 

「私ですか?そうですね……傷は癒えてますし、問題は身体の感覚が戻らない程度です。授業を受けるくらいなら明日からでも大丈夫だと思うのですが……」

 

「私が許すと思うか?」

 

「……ということなので、復帰は早くても週明けからでしょうね。」

 

(一瞬すげぇ顔したな千冬姉……)

 

ちなみにこの時に凄い顔をしたのは姉1人ではない、この場にいる女子生徒達も恐ろしい形相をしていた。

立ち直ったのはいいけど普通に怖い、空気を立て直す才能が絶望的にないのか俺は。

 

「そ、そうか……それじゃあシャルルの紹介はこっち連れてきた方が早そうだな。」

 

「シャルルさん、ですか……?」

 

「ああ、実は昨日と今日で2人も転入生が来たんだ。それで、シャルルの方はなんと俺と同じ男だったんだよ!良いやつだったし、多分綾崎さんとも仲良くできると思う。」

 

 

「……千冬さん?」

 

「色々と事情があるからな。その件については後で話そう。」

 

「はあ、納得いく説明をお願いしますね。」

 

???

珍しく綾崎さんが千冬姉を責めている……

あれ?また空気悪くなった?

マジで俺空気を立て直す力なさ過ぎ……?

 

「あ、あの!お母様!明日からもここに来ていいでしょうか!?」

 

「あっ!あんただけズルイ!私も!」

 

「待て貴様等!私だって譲れんぞ!」

 

「ええと、いつでも来て下さってかまいませんから……落ち着いて、ね?」

 

そういえば綾崎さんがいなくなってから3人の気性の荒さが戻ってたなぁ、なんてことを思い出しながら千冬姉の出席簿が振り下ろされるまで俺は黙っていることにした。

 

 

……俺はあんまり来れそうにないかな。

今はもっともっとやるべきことがあるのだから。

 

 

-おまけ-

 

一夏くん達が部屋に戻った後、私と千冬さんは笑うでも泣くでもなく、2人してとても微妙な顔をして病室にいた。

いや、私に関しては既に泣く寸前であったりもしている。

なんとか堪えているが、それでも流石にこの現実は受け入れ難い。

 

「……原因とか、分かりましたか……?」

 

「いや、お前の身体を治療した医師に聞いてみたが、やはり訳が分からないと頭を抱えていた。ナノマシンの被験者はそれこそ多いが、こんな事例は初めてだそうだ。……すまん。」

 

「うぅ……なんでこんなことに……」

 

千冬さんに着替えのためにブラを外されながら顔を覆う。

 

以前授業で『ISはブラジャーみたいなものです!』『……あ、男の子の織斑くんには分かり辛かったですね、ははは……』みたいなやりとりがあったが、私は遂に分かってしまった、この感覚。

 

ああ、なぜこんなことに……

 

「……やはり、あるな。」

 

「ええ、ありますよね。これ、夢とかじゃ……」

 

「……胡蝶の夢だと思いたいな。」

 

「うぅぅぅ……なんでぇぇ……」

 

ぷっくりと小さく膨らんだ2つの双丘。

箒ちゃんやセシリアさんほどでも無く、常々私が付けているあのブツよりもまた一回り小さい。それでもそれがここにある。

一般的に『貧』と呼ばれるそれが、男性的には『貧』どころか『豊』であるそれが、当然のように私の平地には存在していた。

 

なぜ、なぜ、それまでだだっ広い平原だったそこに突然2つの山が出来上がったのか。

別にそこに火山があったわけでも、地形変動が起きて隆起したわけでもない。

 

ナノマシン君が勝手に増設していったのだ。

 

……元々無かったそれを、あったものだと勘違いして、仮想のそれを再生した。

原理的には決してあり得ないそんな現象が、私の身体に生じていた。

 

「うぅ……千冬さん、私いったいどうしたら……」

 

「……泣くな綾崎、大丈夫だ。私がついている。」

 

「でも、でも……! こんなんじゃもう、誰にも男だって信じて貰えない……!胸が貧しいことを隠す為にパッドを付けてる悲しい女の子だと思われちゃいます!」

 

「そ、それは……わ、私が知っている!私がお前のことを知っている!私がいつでもお前の性別を証明してやる!」

 

「うぅぅ……千冬さぁぁん……」

 

(……骨格まで益々女性に近づいているなどと今は言えんな。最早これでは私ですら見破ることが出来ないレベル、証明するならば本当に下半身を使うしか……)

 

結局その日は千冬さんにずっと泣きついていた。

ジェルや例のブツは現状のものでは使えなくなったので、次のものがくるまでは暫く詰め物をしたブラをするしかない。

性別がバレにくくなったのは良いかもしれないが、もっと大切なものを失ってしまったのはあまりにも辛い現実だ。

 

……どんどんと失われていく男という部分を実感すると、悲しさと恐ろしさと虚しさが胸の中でぐるぐるし始めて、涙しか出てこない。

下は完璧だったのに何故上だけこんなにしてしまったのか。

ナノマシンくんには感謝はしているけど、この件に関しては絶対にゆるさない。絶対にだ。





……え?何言ってるのオトちゃん。
この束さんが全力で作ったナノマシンだよ?
それはもうどこから見ても完璧で、どんな怪我だって元通り!
減らす寿命なんて皆無だし、むしろ伸ばしちゃうまである!
原理なんて説明したところで無駄だろうけど、そもそも束さん的には人間なんてただの人形だからね!
オトちゃんそっくりな人形を作ったり!
性別を変えることだってできるよ!
もちろん一部分だけってのも大丈夫♪
限りなくゴキブリの遺伝子に近付けるとかもおススメかな!
気持ち悪いから即殺処分するけど。

ま!オトちゃんに言われて勉強してみたけど、やっぱり全然大したことなかったね!
束さんは天才だからさ!
一応ナノマシンは男用と女用があるけど、どっちを使っても"多分"問題なし!
束さんに不可能などないのだー!はっはっは〜!




……そういうことだからさ、あり得ないよ、オトちゃん。




後遺症が残るなんてことは。




【次回:28.男装女子とのバレバレの邂逅】


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28.男装女子とのバレバレの邂逅

TSさせるつもりはないです。
そんなことしたら『開き直る』って逃げ場を与えちゃいますから。

TSするか否かの論争もいいですけど、現状の綾崎ちゃんの精神状態も考察してみて欲しいです。
私が主に焦点を当てているのはそっちなので。


side奈桜

 

「ということで、色々とありましたが無事こうして復帰することができました。2週間以上も休んでしまったので、皆さんお助けいただけると嬉しいです。」

 

「あやの〜ん!!」

 

「ひぁっ、布仏さん!?」

 

あれから3日、どこからか匿名で私宛に送られてきた車椅子に乗って現れた私に対し、クラスメイト達の反応は様々だった。

 

「あやのぉぉん……よかったよぉ……」

 

特にその中でも過剰だったのは間違いなく今私のお腹に抱きついているこの布仏さんだろう。

聞いた話では何度か私の病室に来ようとしていたそうだが、急遽IS学園の医療設備がグレードアップし、私も2日間様々な精密検査を受けることになってしまったので会うことが叶わなかったのだ。

その流れで一夏くんが紹介してくれると言っていたシャルルくん?にも会えず、箒ちゃん達と話すこともできなかった。

みんなには本当に申し訳なく思う……

 

(特に布仏さんにはあの時も色々と迷惑かけちゃったし……)

 

「ごめんなさい布仏さん、皆さんにもご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。」

 

私の謝罪に色々な声が返ってくる。

心配や感謝、果ては私の眼帯と車椅子姿を見てか嘆きの声を上げている子までいる。

我ながらそれだけ思って貰えているという事実を非常に嬉しく思う。

 

「……さて、これ以上は休み時間にして貰おうか。これより授業を始める。それと、私や山田先生もフォローはするが、お前達もできるだけ綾崎に協力してやって欲しい。こいつが一人で無茶をしないように見張りは頼んだぞ。」

 

「「「はい!」」」

 

ぐうの音も出ない酷い言い分に思わず苦笑いをしてしまう。

恐らく今朝、千冬さんに黙って車椅子を乗り回して自販機まで行っていたことを根に持っているのだろう。

確かに勝手に行動したのは私が悪いが、あそこまで必死の形相で怒られるとは思わなかったのだ。

千冬さんはちょっと過保護すぎると思う。

 

そういえばと思い教室中に目を走らせると2人の見知らぬ生徒がいた。

あの2人が千冬さんに聞いたシャルル・デュノアくんとラウラ・ボーデヴィッヒさんなのだろう。

聞いていた通り、どちらも非常に整った容姿をしている。

 

ラウラさんが私のことを視線で穴が開けられるくらいにジッと見つめているのは……まあ初対面で一夏くんにビンタしたらしいので、少々気性の荒い子だということで済ませておこう。

千冬さんの昔の教え子だと聞いているし、怪我人に乱暴する子ではないだろうから心配はそれほどしていない。

 

……問題はそんなことよりも、うん。

 

シャルルくんは、あれだよね。

 

 

 

『女の子』だよね……?

 

 

 

え?あの、あれで隠してるつもりなの……?

というかなんで隠せてるの?

隠してるつもりあるの?

みんなも不思議に思わないの?

性別隠すのってそんなに難易度低いことだったっけ。

私の苦労は一体……!?

 

(……これ、どうしたらいいんでしょう。『事情は後で話す』と言っていた千冬さんが『……いや、一時でも乙コーに居たお前なら見れば分かるか』と突然前言撤回をし始めた理由はそういうことだったんですね。これは確かに見れば分かります。あんなに女の子してる男の子がいるはずないですから。)

 

けれど一応、事前に千冬さんからそういったことを聞いていなければわたしも(そういう人も、いるのか、な……?)と思っていたかもしれない。だから一時的に隠す程度ならばあのレベルの男装でも十分なのだろう。

『遺伝子的に女性に近い男性ならばISを動かせるかもしれない』なんて論文もあるらしいので、そういう意味ではむしろ信用を勝ち取れる可能性は高い。

 

とりあえずは事情を聞かなければならないが、今は少し黙っておこうと思う。

彼女にも理由はあるだろうし、同じことをしている私が言えた義理でもないからね……

 

千冬さんに車椅子を押されて自分の机へと移動する。

 

……あの、千冬さん?

私の席は一番前だし、この車椅子も自動で動くからそんなに世話を焼いてくれなくてもいいのですが……

 

 

 

「綾崎さん、ちょっといいか?」

 

「はい?どうかしたんですか、一夏くん。」

 

授業終わりの昼食前、教科書を片付けていた私に一夏くんが声をかけてくる。

挨拶と同時に席を立ったセシリアさんと箒ちゃんも丁度集まってきており、布仏さんも立ち上がったものの突如鳴り響いた電話によって泣く泣くその場を立ち去っていった。

彼女も普段はゆるい子なのに、意外と私生活は忙しそうでギャップを感じたりもする。

 

「ほら、しようと思ってて出来なかったシャルルの紹介をしておこうと思ってさ。シャルル、こっち来いよ。」

 

「え?あ、うん!分かったよ一夏……!」

 

 

「むう……お母様に男性を紹介するのは気が進みませんわね……」

 

「安心しろセシリア、母さんは少し容姿がいいからと言って簡単に浮つく女性ではない。」

 

いや、そもそも男性にそういう興味を持つことはあり得ないので、その辺りは心配しなくても大丈夫なんですけどね。

 

それはそうとして、一夏くんに言われて小走りでやってきた金髪青眼の少年(仮)。

やはり、見れば見るほど女性である。

男装があまりにもわざとらし過ぎる。

どうなってるんですかこの学園の入学審査(ブーメラン)。

 

「はじめまして、シャルル・デュノアです。綾崎さんのことは一夏達から色々と聞いてるよ。」

 

「こちらこそはじめまして、綾崎奈桜です。ところで一夏くんがどんな色々のことを話していたのか、私とても気になりますね。」

 

「い、いや!別に変なことは言ってないからな!?なあシャルル!?」

 

「とっても綺麗な人だって言ってたよ?あとは凄く優しくて、家事も上手で、正に理想の女性像だって。結婚するならあんな人がいい、みたいなことも言ってたかな。」

 

「「「なっ!?」」」

 

「あらら……一夏くんは私のことをそんな風に思ってくれていたんですね。周りにこんなに可愛い子達を連れているのに、罪な人です。」

 

「ちっ、違うんだ綾崎さん!!俺は例え話とか、そういうつもりで言ったというか……!おいシャルル!そういうことを本人の前で言うなよ!!」

 

 

「 おい一夏……貴様本当にそんなことを言ったのか……?」

 

「ぐぬぬ、相手がお母様なだけに同意せざるを得ないのが悔しいですわ……」

 

 

「あはは、綾崎さんは本当にみんなから慕われてるんだね。」

 

「ええ、こんな私を気にかけてくれるのですから、優しい友人達に恵まれて幸せものです。シャルルさんも仲良くしていただけると嬉しく思います。」

 

「うん、もちろんだよ!」

 

一夏くんの言葉から現実逃避しながらシャルルさんと会話を続ける。

 

え?なに?一夏くん私と結婚したいの?

嘘でしょ?

 

ちょっと待って!?

女装生活で女性に迷惑をかけることは考えていたけど、男性にも迷惑をかけるパターンがあるなんて聞いてないのだけれど!?

というか女装してるのに惚れてくる男性が居るとか普通は思わないでしょ!?まさか一夏くんはそういう倒錯した趣味を持っていたんですか!?千冬さんに顔向けできない!!

 

そんな表面上には出さないが盛大にパニックを起こして居た私に助け舟を出してくれたのは件のシャルルくんちゃんだった。

 

「……えっと、そういえば綾崎さんはあの乙女コーポレーションの専属なんだよね?噂だとIS部門を作って1年もしないうちに第三世代機の試作を造ったって聞いたけど、本当なのかな?」

 

「乙女コーポレーションですか?……ああ、そういえばシャルルくんはデュノア社の方でしたね。やはり気になるものなのですか?」

 

「……まあ、そうだね。なにせうちの会社はそれが上手くいかなくて困ってるくらいだから。」

 

……その辺りが理由なんだろうなあ、と思う。

彼(女)は結構表情に出やすいタイプらしく、今の一瞬で顔が歪んだのが分かった。

第3世代関連でデュノア社の経営状況がよくないことは私でも知っている。

 

「……詳しい内情までは言えませんが、あそこには世間一般では決して受け入れられることの無かった変態達が多く収容されていますから。無理な話ではないと個人的にですが私は思っていますよ。」

 

シャルルさんの思惑を判断することができなかったので、とりあえずできる範囲で事実をぶちまけることにしておいた。

 

「え……変態……?」

 

シャルルくんが困っている。

そうです、その表情が見たかったのです。

 

「例えばシャルルくん、乙女コーポレーションには1人の天才がいます。彼は有名国立大学を院まで行って卒業し、直後から繊維系の様々な分野で多くの成果を出していました。そんな彼が研究や所属していた大学を辞めてまで乙女コーポレーションで作りたかったものがあったんです。それは一体なんだと思います?」

 

「へ?え、ええと……繊維系に詳しいってことは、ISスーツとか?いや、でもIS系の仕事なら他の所の方が……」

 

「学生用スクール水着です。」

 

「……え?」

 

「学生用スクール水着です。」

 

「……え?」

 

「彼は所謂ロリコンという方でした。幼・小・中学生くらいの女性が大好きだという世間的に見て少しばかり異質な人種です。」

 

「え?え?え?」

 

「そんな彼が最も好物としていたのがスクール水着というものだったのです。彼は乙女コーポレーションに入って女子生徒用スクール水着に関連したものを全力で開発し始めました。まるでそれまで抑圧されてきた欲望を解放するかのように。」

 

「待って?ねえ待って?僕の頭が追いつかない。」

 

「最初は水着のデザインや素材だけだったものの、途中からは専用のパッドや帽子、ゴーグル、果ては子供用の日焼け止めやオイルなど、様々なものに手を出し始めました。それもこれも、全てはスクール水着を着る小さな女の子達のため。彼女達がスクール水着を着る際に最も輝くことができる様、あらゆる分野を勉強して取り組んだのです。」

 

「え?なに?感動系の話だったの?これそういう話だったの?」

 

「その結果、乙女コーポレーションはスクール水着シェアの最大手となりました。そして子供用の日焼け止めやオイルは未曾有の大ヒットを記録し、そのコストと安全性、手入れのし易さから海やプールでもスクール水着を着る少女が増えたそうです。今では引きこもりがちだった彼も積極的に外に出る様になりました。めでたしめでたし。」

 

「めでたしかどうかは賛否両論だよね!?」

 

「ちなみに現在はビート板事業に手を出してます。海水浴でもビート板を使って泳いでいるスク水少女達が見たいそうです。ライフガードの資格にも挑戦していましたね。」

 

「それだけのために!?元々繊維関係の人じゃなかったの!?人の欲望って怖い!!」

 

私だって怖い。

今話したのは乙女コーポレーションのほんの一部、こんな人達が大半を占めているのが乙女コーポレーションだ。

つまり何が言いたいかというと、あの会社は社長を含めて変態しか居ないということだ。

そして昔から言われている通り、変態と天才は紙一重なのである。

 

「……まあ、変態云々はさておき、母さんの言いたいことはなんとなくわかった。」

 

「え?」

 

「ふふ、箒ちゃんは流石ですね。皆さんに説明して貰ってもいいですか?」

 

「……気は進まないが。要は乙女コーポレーションにいる社員達は特定の欲望が強く、その欲を満たすためならばどんな努力でも行い、会社にもそれを可能にするだけの環境があるということだろう?しかも社員達も才能ある人間達だということが更に拍車をかける。」

 

「加えて彼等自身が今までその欲を抑圧されてきた、またはその欲によって迫害され続けてきたということもあります。その爆発力と連帯感は私も怖くなるほどでしたから。」

 

それが乙女コーポレーションの原動力。

それが乙女コーポレーションの技術力。

乙女コーポレーションの新作は考えるより先に使ってみろ、そう言われる所以だ。

 

IS部門が急成長しているのも、1年という歳月で第3世代の試作である"恋涙"をつくることができたのもそんな理由からだろう。

もちろん、恋涙の性能が変態的な方向に偏っていた理由も……

 

「ですから私がデュノア社のためにお伝えすることができるのはこういった会社の特徴くらいですね。参考にはならないと思います。」

 

「い、いや、そんなことはないよ。なんとなく今のデュノア社が行き詰まってる理由も分かったし……なにより、乙女コーポレーションからは企業スパイが帰ってこないって噂の理由も分かったから。」

 

「そんな噂があったんですね……」

 

考えれば考えるほど頭のおかしな会社である。

千冬さんから聞いた話では、私が乗ることになるであろう次のISも既に製造の段階に入っているそうだ。

……私の知らないところで私に関係あることに何十億というお金が動いていると考えるとなんだか怖くなってくる。

 

「なんかよく分かんねぇけど、シャルルも綾崎さんも仲良くなれそうでよかったぜ。」

 

「わたくしとしては微妙な気持ちですが……」

 

「ふふ、そうですね。もしかしたら一夏くんよりも仲良くなれるかもしれませんよ?」

 

「なっ!?負けねぇからなシャルル!?」

 

「えっ!?えっ!?一夏が訓練の時よりも怖い顔してるんだけど!?誰か助けて!」

 

「くっ、私も早く母さんの様な女性にならなければ……!」

 

……なんだかあの事件以来、千冬さんの過保護も増してきていたが、一夏くん達もちょっと過激派になっていないだろうか?

とりあえず私の両端を囚われた宇宙人の様に取り囲むのはどうにかして欲しい。

美人に囲まれて役得だけれど、罪悪感が半端ないから。

 




もちろん乙女コーポレーションはアダルトグッズの売り上げもNo.1です。

【29.みんな大好き銀髪眼帯軍人少女】

書き溜めが少なくなってきたので、今後は2日に一度の更新になります。


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29.みんな大好き銀髪眼帯軍人少女

ラウラは制服で髪下ろしてる普段の様子が一番可愛い。
今作でもいっちーにパァンした事実はありますが、原作とは状況が異なる様で……


その日の放課後、私はセシリアさんに付き添われながら寮監室への道をゆったりと進んでいた。

 

「ごめんなさいセシリアさん。この車椅子でも動くことはできるんですけど、やっぱり誰かに押されてる方が安全で……」

 

「問題ありませんわお母様!それにようやくお母様と2人きりでお話しできる機会を得られたのですから、これ以上の誉れはありません!」

 

「ふふ、そう言って頂けると助かります。」

 

いくら最新鋭の車椅子と言えど、いつもより下がった目線で、自分の身体ほど自由には動けないので誰かに押して貰った方が安全性は高い。

例え自動ブレーキシステムが採用されているからと言って、今は片眼が使えず遠近感が乏しいこの身、曲がり角で誰かとぶつかる様な誰にも得のない結果だけは防ぎたい。

 

「……お母様、1つよろしいでしょうか?」

 

「???なんですかセシリアさん?」

 

先程まで笑っていたセシリアさんが突然神妙な顔つきになって私に声をかける。

その様子を不思議に思いながらも私は彼女へと顔を向けた。

 

「……お母様が対峙していたというお相手は、どのような機体だったのでしょう?」

 

「私と対峙していたっていうのは……あの時のことですよね?」

 

「ええ、もちろんですわ。」

 

……そういえば、その辺りの話は千冬さん以外にはしていなかった。

国家代表候補生という立場上、彼女も敵となる相手の情報は知っておくべきだと思ったのだろうか。

確かに、敵があれだけの戦力を持っていると分かった以上、ある程度情報を共有して注意喚起しておくのも手だろう。

 

セシリアさんの言葉に少しだけ考え込んでいた私だったが、そこにもう1人、噂の彼女が声をかけてきた。

 

 

「その話、私にも聞かせてもらおうか。」

 

 

「……!貴女は……!」

 

「……ラウラ・ボーデヴィッヒさん、でしたでしょうか?」

 

「そうだ、ラウラで構わない。」

 

銀色の長髪が特徴的な軍人気質な女の子、千冬さんがドイツに居た頃の教え子で、とても優秀な操縦士……

千冬さん曰く『非常に真面目な子』らしいが、転入初日に一夏くんをパァンッ!したと聞いている。

一部の倒錯した性癖を持っている人にとってはご褒美だろうが、一夏くんは彼女にかなりの苦手意識を持っていたようだった。セシリアさんや箒ちゃんも同様だろう。

 

……悪い子には見えないのだが。

 

「ええと、ラウラさんも敵となる可能性のある相手の情報を知っておきたい、ということで大丈夫ですか?」

 

「そうだ、話が早くて助かる。この学園に襲撃があったのは知っていたが、敵戦力についての情報を私は得ることができていないのでな。貴女が対峙した相手が桁外れの戦闘力を持っていたとは聞いた以上、最初に知るべき情報だと判断した。」

 

「そうですね、私が一番のハズレくじを引いてしまったのは事実でしょう。……セシリアさん、寮監室に行きましょう?そこでお二人にお話しましょうか。」

 

「よ、よいのですかお母様!?この方は一夏さんに暴力を振るった方なのですよ!?危険ですわ!」

 

「その件に関して弁解するつもりはない。……が、仮にも私は軍人だ。怪我人に手を出すつもりもない。なにより、私は彼女に一定の敬意を表しているからな。」

 

「……そうなのですの?」

 

「当然だろう。ISに乗り始めて1年にも満たない一般人が、突然のISによる襲撃にも冷静に対処し、多くの傷を負いながらも敵の最大戦力を押さえ込んだのだぞ?軍人ならば勲章もの……教官のお気に入りでなければうちの部隊に勧誘していたほどだ。」

 

「なりませんわ!!」

 

「今はそのつもりは無いと言っている。それより早くその寮監室とやらに案内をしろ、周りの視線が鬱陶しくて仕方ない。」

 

そう言って自然に車椅子を押す係をセシリアさんから奪い取るラウラさん。

突然のその行動に一瞬呆けたセシリアさんは意識を取り戻すと拳を握って『ぐぬぬ……』していた。

多分ここで騒がず我慢しているのは私のためなのだろうと思う。

後で改めてお礼を言おう。

 

 

ラウラさんからの意外な好印象を感じ取りながらも寮監室へと入ると、私は自分のベッドの上に身体を移す。

元々寮監室の玄関には段差があった筈だが、私が2週間ぶりに戻った時には完全なバリアフリーになっていた。

多分千冬さんが色々やったのだろう、やっぱり過保護具合おかしくない?

 

「……特殊な変形機構に条約禁止レベルの広域殲滅兵器、圧倒的な基礎性能に加えて国家代表レベルの操縦者、か。聞けば聞くほど目を逸らしたくなる話だな。」

 

「むしろわたくしはお母様がそんなものを相手にしていたという事実の方が恐ろしく感じますわ……」

 

一通りの内容を語り終えると2人はその表情を大きく歪ませて考え込んでしまう。

特にラウラさんは軍人であるからか、敵の強大さと異常さを誰よりも実感しているように思える。

私だって出来るならば二度と対峙したく無い。

 

「だが、ここまで馬鹿げた性能のISを造ることが可能な人間となると限られて来る。セシリア・オルコットと言ったか?貴様も確か戦闘に参加していたのだったな、その辺りについてどう思う?」

 

「……そうですわね、わたくしもラウラさんの意見に同意しますわ。

あまり大きな声では話せませんが、わたくし達が戦った機体は所謂無人機でしたの。それも、専用機持ち3人を相手に30分近く攻勢を保つだけの高水準のAIと機体性能を持っていました。そんなものを造れる人物は1人しか思い浮かびませんわ。」

 

「……やはり、か。このことについて教官は何か言っていないのか?」

 

「少なくとも私は何も聞いていません、知っていて黙っている可能性もあるかと。今回の件で私が大怪我を負ってしまいましたし、箒ちゃんが知れば色々と大変なことになることも予想できますから。」

 

「奴の妹か……面倒な、単なる一般人ならば切り捨てて話を進められたものを。」

 

ぶっちゃけ、どう考えても今回の首謀者はISの始祖と呼ばれる篠ノ之束だ。

どんな大国を想定したとしても現状の技術であれだけの破壊力を持つ兵器は作れないし、無人機だってそうだ。

例え無人機を作ることができたとしても、ISコアは使用されているはず。それを使い捨てのように扱う国なんてあるはずがない。

 

……そんなこと、誰よりも先に千冬さんが気付いていると思っていたのだけれど、一体どうなっているのだろうか。

箒ちゃんを気遣う、という訳でもなさそうだし……

 

「ちなみにだが、襲撃の目的は何だったのだ?」

 

「わたくしは知りませんわ、お母様は何か?」

 

「……一夏くん、だったそうですよ。本命は一夏くんと無人機を戦わせることだと、有人機に乗っていた女性は言っていました。自分はそれを邪魔する者を抑えるために来たというようなことも。」

 

「またあの男か。」

 

「ということはお母様はそれに反抗したんですの?それはなんと言いますか……」

 

「彼女の言葉に確信も持てませんでしたし、私も時間稼ぎ程度で終わらせるつもりでしたから。一夏くん達も劣勢でしたしね。相手方が思いのほか舞い上がってしまいまして、あんなことになってしまったのですが……」

 

「貴女の判断は間違っていない。戦場で相手の言葉を鵜呑みにするなど愚か者のすることだ。相手の力量を測れなかったことが致命的であったとしても、結果的に抑え込んだ上に敵の性能まで測れたのだから文句など言えまい。」

 

「……ありがとうございます、ラウラさん。」

 

ラウラさんのフォローが身に染みる。

自分でも愚かなことをしたと思っている。

きっとあのまま放っておいたとしても、彼女は傍観していただろう。

自分の判断は結果的に怪我人が自分だけで済んだものの、周囲にいた人間を危険に晒すものだった。

敵の戦力の大きさを知ることができたという利点があったとしても、その間違いの大きさを隠せるほどのものではない。

あの日から私はそれをずっと悔やんでいたのだ。

 

「……とは言うが、こちらに打つ手がないというのも事実か。話を聞いた限りでは私とて時間稼ぎが叶うかどうか、こちらの戦力が束になってかかっても纏めて焼き払われるのがオチだろうな。」

 

「相手が篠ノ之博士となれば、同じ程度の戦力を持つISが他に複数あっても不思議ではありませんわ。悔しいですが、無人機相手に苦戦していた様では戦力になれる自信はありませんわね……」

 

そう、結果的にそういう結論になる。

いくら悔やんだところで、恐らく篠ノ之博士の干渉は今後も間違いなく続く。

それに対応することを考えるべきなのだろうが、考えたところでどうにもならないのだ。

ラウラさんが言った通り、時間稼ぎすら満足にできないだろう。

 

「……とりあえず、情報の提供感謝する。突破口が見つけられるかどうかは怪しいところだが、有益ではあった。貴女とは今後も良い関係を築いていきたい。」

 

「ええ、私も同感です。ご覧の通り、私は寮監室に住み込ませていただいていますので、いつでもご気軽にお訪ねくださいね。夜は少々騒がしいですが、いつでも歓迎します。」

 

「そうさせてもらおう。……それでは、失礼する。」

 

そう言ってラウラさんは部屋から立ち去っていった。

話の最中はずっと険しい顔をしていたが、『いつでもお訪ねください』と言った時には一瞬だけど嬉しそうな顔をしていた。

きっとあれは私にではなく、千冬さんに会うことができるからだろう。

 

一夏君をパァンしたことはさておき、私自身は彼女のことを気に入っていた。

 

「さてさて、今日のお夕飯の支度をしましょうか。冷蔵庫には何がありますか……」

 

「お母様?そんなことを私が許すとでも?」

 

「……やっぱりだめですか?」

 

「心を鬼にしてでも止めさせていただきます。」

 

「悲しいなぁ……」

 

この身体が回復することをここに来て強く望んだ。

あれだけカップラーメンの空の容器が捨てられている光景を黙って見ているのは、なかなかに苦しいものがある。

 




ラウラと綾崎ちゃんの初対面。
ここからどうやって二人の仲は進んでいくんでしょう。

ちなみに戦闘などもちろん出来ない綾崎さん。
どうやら次のイザコザはイッチー達だけの力で頑張って貰うしかなさそうです。

【次回:30.あなたが求めるわたしはどっち?】


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30.あなたが求めるわたしはどっち?

なんかシリアス足りない……足りなくない……?(糞雑魚燃費

千冬さんがまた失敗します。
綾崎ちゃんも失敗します。
千冬さんのちょっとした勘違いですよ。
小さなスレ違いが小さなまま終わるといいですね。


side奈桜

 

「あ、美味しい……」

 

「ほ、ほんとか母さん!?」

 

「ええ、とても美味しいです。また腕を上げましたね、箒ちゃん。」

 

「ふ、ふふ……そうか、そうか!母さんが居ない間も手を抜かずに毎日自炊をしていたのだ、頑張った甲斐があった!」

 

「「ぐぬぬ……」」

 

「あ、あはは……」

 

その日の夜は箒ちゃんが夕食を作ってくれた。

こうして寮監室に集まることも私が気絶していた間は無かったらしく、なんだかそれを考えると酷く申し訳なくなる。

 

けれどその分皆何処か嬉しそうで、シャルルくんちゃんという新しい仲間も増え、今日の寮監室は一際騒がしかった。

 

「はい千冬さん、お注ぎしますよ。」

 

「ん?ああ、すまない。……お前にこうして注がれるのも久しぶりだな。」

 

「ふふ、そうなんでしょうか。私としては目が覚めたら2週間も経っていたので、つい先日のことの様に思えてしまうのですが。」

 

「こちらにしてみれば長過ぎる2週間だ。何度お前が帰ってこない悪夢を見て飛び起きたと思っている。」

 

「あら、そんなに心配されていたんですね。なんだか嬉しくなってしまいます。」

 

「お前が居ないと私の食事が貧相になるからな。」

 

「もう、直ぐそういうこと言うんですから。」

 

頬を膨らませる私にお酒を飲みながら薄っすらと笑みを浮かべる千冬さん。

そんな私達を他の人達は微笑ましそうに見守っているが、きっと私の知らない2週間は彼らにとってそれほどに長い時間だったのだろう。

本当に申し訳がなく、そしてそれほどに思われていたということが何より嬉しい。

 

「……そういえば、そろそろ学年別トーナメントがあるんでしたっけ。千冬さん、私は「許さん」……はい。」

 

有無を言わせず却下されたのはともかく、トーナメントとなれば、きっとこの部屋にいる生徒達はやる気に満ちていることだろう。

その証拠に、その単語が出た途端に女性陣+一夏くんの目の色が変わった。

 

「今度こそ勝ちますわ。」

 

「私だって、必ず優勝してやるんだから。」

 

「私とて負けるつもりはない、足手纏いになるのはもう御免だ。」

 

「俺だって負けてられねぇ……もっと強くならないと駄目なんだ。」

 

「あ、あはは……」

 

各々がやる気を見せ、バチバチと視線を合わせる中、1人だけその外で愛想笑いをしている人物がいた。

 

……彼(女)の内心を考えれば、その気持ちも分からないこともない。

彼(女)にしてみれば、今はそれどころでは無いだろうから。

 

「一夏くん、一夏くん。」

 

「ん、んぇっ!?ど、どうしたんだ綾崎さん!?」

 

バチバチとしている一夏くんの服を指で摘み、クイクイっと引っ張る。

何故か妙に驚愕している彼であるが、そんなことは気にせず生徒手帳を取り出して彼の耳元で囁く。

 

(生徒手帳の42ページ、困った時に見てみてくださいね?)

 

「えっ?えっ……!?」

 

盛大に困惑しているが、今はこれでいい。

シャルルくんちゃんが善人か悪人かは分からないけれど、その判断は一夏くんにして貰おう。

生かすも殺すも彼次第……けれど彼の判断なら、きっと悪い事にはならないと確信できる。

私はその判断がされるまでのフォローに徹していれば問題は無いはずだ。

 

シャルルくんちゃんの方にも顔を向けて手を振り、その場を離れた。

そのまま千冬さんの隣へと戻ったのだけれど、千冬さんの顔は妙に神妙で……

 

「お前は悪女の才能があるな。」

 

???

一体何の話をしているのだろう。

 

 

 

side千冬

 

消灯時間の1時間前。

この時間になると決まって私は騒がしいガキ共を自分達の部屋へと追い返す。寮監室で集まることはまあ良いとしても、それが理由で消灯時間後もフラフラしているとなると体裁が悪いからだ。

楽しく遊ぶのは構わないが、それが理由になって規則を破ってはいけない。自由には責任が伴う。

 

「……ふう、今日も楽しかったですね。千冬さん。」

 

「ふっ、相変わらず騒がしくて仕方ない。これでは昨日までの静かな夜が恋しくなってくるな。」

 

「またそんなこと言って。ほら、口角上がってますよ?」

 

「……見るな。」

 

「ふふ、は〜い♪」

 

皆が帰った後、この部屋は一気に静かになる。

正直に言えばその落差に少しの寂しさを感じる事はあるが、綾崎と二人になるこの時間も嫌いではない。

 

2人で向かい合って座って、他愛のないことを話し、酔った私が世話を焼かれる。

ちっぽけな平穏ではあるが、そんな時間がたまらなく愛おしく、自分が幸福な時間を生きているのだと実感することができる。

そう思っているのが私だけではないと嬉しく思う。

 

……こんな事、普段は誰にも言えなければ、ひどく酔った時くらいにしか考えたりすらしないが。

 

「……綾崎、久しぶりの授業だったが、何か変わった事はなかったか?困った事でも構わない。」

 

自分の思考の恥ずかしさを隠すように、目の前でニコニコと笑っている綾崎に声を掛ける。

1日出来る限りフォローはしたつもりだが、ずっと付いていることなど立場上出来るはずもなく、実は気になっていたことでもあった。

 

「そうですね……メモが取れない分、先生方から資料も頂けましたし、特に問題はありませんでしたよ?実技に参加できないのは少し寂しいですが。」

 

「それはせめてトーナメント後までは我慢しろ。事情が事情だ、筆記と補習で成績もカバーする。まあ、成績に関してお前の心配はしていないが。」

 

「教えてくれる先生が優秀ですから、当然です。」

 

「……媚びても頭を撫でてやるくらいしかできんぞ?」

 

「いいんですか?私には十分過ぎるご褒美になりますけど。」

 

「うっ……」

 

自分で言い出しておいてなんだが、こんな返しは卑怯だと言わざるを得ない。

頭を撫でるなど一夏にすら数度くらいしかした覚えがない。

つまり慣れていないのだ。

 

こいつはそれを分かって言っている。

 

意地が悪いように思えるが、きっと"十分な褒美になる"という言葉も嘘ではないのだろう。それも含めて卑怯だと言うのだ。

こういった小さな事でもこいつには勝てる気がしない。

 

「……全く。ほら、こっちにこい。」

 

「ふふ、やりました♪それではお言葉に甘えて……」

 

わっしわっしと若干乱暴にだが頭を撫でてやる。

自分の不器用さが嫌になるくらいに無骨なものだが、それでも嬉しげに受け入れるのだからそこもまた好ましいというかなんというか。

 

「………」

 

……だが一方で、その嬉しさの感情を素直に受け取ることが出来ない私もいた。

 

そんな好ましさだとか、愛らしさだとか、そういったものをそれだけで全て台無しにしてしまうような一つの大きな違和感。

それがあの日からずっと私の心の内に蠢いていたからだ。

 

きっと他の誰でも気付くことはできない。

他ならぬ自分だからこそ気付くことが出来た、小さな変化。

 

小さくて目立たないものにも関わらず、考えれば考えるほど嫌な想像ばかり掻き立てるその疑問は、着実にこの和やかな空間を蝕んでいる。

私はそれに耐えきることができず、この日遂に言葉に出すことを決めていた。

 

「………綾崎、聞きたいことがあるのだが、構わないな?」

 

「聞きたいことですか?ふふ、千冬さんの質問になら私、なんでも答えてしまいますよ。」

 

「正にそれについてだ。」

 

「へ……?」

 

キョトンとした顔の綾崎から手を離し、真っ直ぐにその瞳を見つめる。

何が何やらという顔をしているが、私はむしろ信じられなかった。

本人がこの変化に気付いていないということに。

 

「綾崎……」

 

「は、はい。なんでしょう、千冬さん。」

 

 

 

「お前の一人称は、いつから【私】になった?」

 

 

 

 

「………?なんの話ですか?」

 

「っ!」

 

気付いていないなんて話ではなく、覚えていない……?

まさかそんなことが……あり得ないとは思うのに、そんなタチの悪い冗談を綾崎が言う筈もないというのも事実で、

 

「お前はこれまで私の前では、口調が元のものに戻っていた筈だ。そんな女性がかった笑い方もしなければ、自身を"僕"と呼称していた。覚えていないのか……?」

 

「えっと、そう言われましても……。千冬さんが嘘をついているとは思いませんが、何分そんな覚えが無いので……」

 

「バカな……!」

 

「……千冬、さん……?」

 

そういえばと振り返れば彼が目を覚ました次の朝、一夏を含めた生徒達の呼び名が変わっていたことがあった。

精神鑑定の結果で問題が無かったが故に、あの時は混乱しているのか程度にしか考えていなかった。

しかし今思えばそんな混乱の仕方はあり得ないだろう。

 

 

 

【"わたし"が、あまやかしたい、から……】

 

 

 

(っ!!あの夜にはもう既に……!?)

 

自分が目を覚ました綾崎に泣きついた時、綾崎は既にこの状態になっていた……?

だとしたら自分はどれほど間抜けだと言うのだ。

 

正直な話、心当たりはある。

直接的な原因となったであろう心当たりだ。

精密機器の増えた学園の医療施設で徹底的に行った検査の結果、ナノマシンの弊害"以外"で見つかった、左目以外のもう一つの"異常"。

原因はそれ以外に考えられない。

 

しかし理屈が分からない。

一体どんな理由があれば『人格が塗り潰された』とでも言える、こんな状態に陥ることがあるのか、説明ができない。

 

記憶はある、思考は正常、性別の認識も問題ない。

言動も変わらず、恐らく考えていることも同じだろう。

ただ、綾崎の中の男性的な思考が、女性的な演技だったものに完全に塗り潰された。

取って代わられた。

そう思わざるを得ないような変化が起きている。

 

記憶さえもそうだ。

 

……さもそれが自然であったかのように居座っている、この人格は一体なんだ……?

 

綾崎の女性的な振る舞いは、例えそこに嘘偽りが無かったとしても、自意識的に誇張して作り出していたものに過ぎない。

元の主人格とでも言うべき彼は間違いなく男性的なものであるし、敬語を使うタイプではあったが、ここまで畏まった使い方はしなかった。

 

ここにいるのは、一体誰なんだ……?

 

本当に、綾崎直人という少年なのか?

 

心優しく、素直で、誠実で、けれど弱い心を持っているわけではなく……

いや、ダメだ。

これでは目の前にいる綾崎奈桜という少女も同じ。

人間性では2人を分ける決定的な何かにはなり得ない。

 

そもそも、綾崎直人と綾崎奈桜の違いとはなんだ?

 

2人の間にある違いなど、それこそ言葉遣いや呼称程度のものしか無いではないか。

 

私は消えてしまったからという理由だけで綾崎直人という人格を惜しみ、綾崎奈桜という人格に嫌悪感を抱いているのではないのか?

どちらも憎むべきものではなく、どちらも愛すべきものであるにも関わらず、愚かにも2人を区別しようとはしていないか?

 

そもそも分けて考えることがおかしいのだ。

綾崎直人も綾崎奈桜も同一人物であり、どちらか一方を疎かにしていいものではないだろう。

 

なぜこんな当然のことを私は……

 

いや、待て、前提を履き違えるな……!

そもそも綾崎奈桜という人格は作り物で、元の綾崎直人という人格が乗っ取られた今、今居る人格を疑うのは当然だ!

 

しかし自分は綾崎奈桜に何かされたのか?

この人物から何か不穏な空気でも感じたか?

そんなはずがない。

そんなわけがない。

この少女はいつも通りに私を慕い、仲間を想い、誰かのために身を粉にして何かをしようとしていた。

 

何の問題もない。

 

綾崎直人が綾崎奈桜になったところで、何の変わりもない。

 

きっとこのことが分かるのは自分だけだ。

 

この急激な変化に気付けるのは自分だけだ。

 

そして問題は自分にしか起きていなければ、むしろ性別がバレる危険性が減ったという利点もある。

綾崎自身もそれに気づいていなければ、これが自然だと思い込んでいる。

 

……本当に、何の問題もないのだ。

 

綾崎直人という人格が消えたところで。

 

悲しいくらいに、

 

何も。

 

 

 

……ならば私は、一体なにをこんなにも気にしている……?

 

 

 

 

 

 

「……千冬さん。そろそろ夜も遅いですし寝る準備をしましょう?久しぶりの学校で、今日は "僕も" 疲れてしまいましたから。」

 

 

「っ!?」

 

 

懐かしいその響きに、私は勢いよく綾崎の方へと振り返った。

綾崎は後ろを向き、フラフラと覚束ない足取りで壁に手をつきながら洗面所の方へと歩いていた。

 

「綾、崎……?」

 

そんな何かを求めるような情けない声をかけた私に、彼はピタリと立ち止まり、こちらへと振り返る。

 

「………お風呂、先にいただきますね。千冬さん。」

 

酷く寂しく、何かを堪える様な悲しい笑顔で綾崎はそう言った。

胸に添えられた片手が強く握り締められていたことには気付くことができた。

 

 

 

……けれど、

 

 

 

私には、その言葉がどちらのものかさえも分からなかった。

 




2人とも自分が男だという自覚はある。
どちらも心優しい人間だ。
どちらも千冬を慕っているし、
どちらも一夏達を大切に思っている。
2人の間に違いなんてない。
どんな状況でも2人の出す答えは変わらない。
だって同一人物なのだから。

……それならば、どちらがどちらでも構わないじゃない。
違うのは言葉遣いくらいなのだから。


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31.ラウラ・ボーデヴィッヒは放っておけない

sideラウラ

 

「……風が強いな。」

 

その日の昼時は酷く風が強かった。

初日に私が織斑一夏に行った所業が原因なのか、食堂に行けばやけに絡まれることが多くなり、最近ではこうして購買で買ったものを適当な場所で食べる事が多い。

 

どこへ行ってもああいった愚か者はいるが、相手にするだけ無駄であるということは知っている。

アレに構っている時間があるならば、非常時に備えて一帯の建物の構造を把握している方が余程有意義だ。

またいつ何時襲撃が起きるのか分からない上に前回の功労者が動けない今、次の犠牲になれるのは自分以外にはいない。ならば今からでも詰められる所は詰めておくに越したことはない。少しでも自分に有利に働く要素を増やしておきたい。

 

牛乳を片手に付近を散策していると、修繕中のアリーナの近くで1人の女生徒を見つける。

 

立ち入り禁止のこの区域に入っていることは問題であるが、同じ立場の自分が言えることではない。

特に気にせず立ち去ろうとしたところ、その女生徒に見覚えがあることに気が付いた。

 

(綾崎、奈桜か……?)

 

そこには前日に訪ねた、例の彼女が居た。

 

車椅子を近くに置き、木に背中を預けて座り込んでいる。

特に何かをする様子もなく、人の近付くことのないその空間で、彼女はジッと学園を取り囲む海へと目を向けていた。

 

何を考えているのかは分からないが、そんな彼女の方へと自然と自分の足は動いていく。

この学園に来てから他人に積極的に関わりに行くなど、初日に織斑一夏を叩きに行った時以来ではないだろうか。

あの時の間抜け顔を思い出しながら私は彼女に声をかける。

 

「こんな所でなにをしている。」

 

「……あら、ラウラさんでしたか。こんにちは。私は少し、海を見ていただけですよ?」

 

「海を?……こんなもの、いつでも見られるだろうに。」

 

「いつでも見られるものですが、いつでもじっくりと見られるものではありませんから。人の記憶は磨耗するものですし、偶にこうして記憶に焼き付けておかないと忘れてしまうんですよ。」

 

一瞬こちらに顔を向けるが、彼女は直ぐにまた視線を元に戻した。

私も彼女の隣に立ち、同じ様に海を見てみるが彼女の言っていることはよく分からなかった。

 

「海を忘れたくない、ということか?理解に苦しむな。」

 

「ふふ、そんなに難しい話ではありません。嬉しい記憶、楽しい記憶、綺麗な記憶、それをなるべく長く残しておきたいというだけです。それに支えられている自分を守るためにも。」

 

「……それは、分からなくもないな。」

 

「そうでしょう?」

 

「ああ。」

 

そうだ、忘れられない思い出はある。

それでも忘れてしまうのが人間だ。

自分が人間である限り、あの日あの時に自分を救い出してくれた教官との記憶も色褪せていく。

 

そんなことがあってたまるかと思って日本に来たが、記憶にある教官とこうして会った教官との違いはやはりと言うべきか、あった。

そしてそれは、存外悲しいものでもあった。

あれだけ大事にしていた記憶が知らぬうちに薄れてしまっていたという事実は。

 

「……例えばの話なんですけど、ラウラさんは誰かになりたいと思ったことはありますか?」

 

「……いきなりなんの話だ?」

 

「いえ、これも他愛のない雑談です。嫌でしたら無理に答えなくても大丈夫ですよ。」

 

「嫌、ではないが……そうだな。できるならば私は、教官の様になりたい。」

 

「千冬さんに、ですか?」

 

「そうだ。私は教官の様な強さが欲しい。一点の曇りもない圧倒的で完璧な強さ、私が憧れる唯一無二の存在だ。教官の様になれるのなら、私はどんな努力も厭わないだろう。」

 

「……どんな努力でも、ですか。」

 

「そういう貴女はどうなんだ。こんな話をしたからには、何かあるのではないのか?」

 

自然と彼女の隣に座り込む。

なぜかは分からないが、彼女と共にいる空間は嫌ではない。

安心感、ではあるのだろうが、教官と一緒にいた時とはまた性質の違うものだ。

なにをする訳でもなく、ただこうして座り込んでいるだけでも悪くない。

 

「……そうですね。正直に言ってしまえば、今現在なりたい人は居ます。けど出来ることなら、その人になることなく、自分のままで、その人の立場になりたいですね。」

 

「また随分と難しいことを言うのだな。」

 

「要は『一夏くんになって千冬さんに愛されたい』か、『一夏くんの立ち位置になって愛されたい』か、という様な違いです。私は私のままで居たい。」

 

「なるほどな、それならば私も後者だろう。……ふむ、そう考えれば私の強さについても同様か。理想を言うならば、私も私のままで教官の強さを得たい。」

 

「そうでしょう?ですが、それは理想です。これがどれだけ難しいことかは、私達自身も分かっているはずなんです。……けど、それでも実はこれ、前者よりは断然簡単で現実的な話なんですよね。なのに私達はまず始めに、『誰かになりたい』と考えてしまいます。自分は自分以外の誰にもなれるはずなんてないのに、です。」

 

「"自分は自分以外の誰にもなれない"か。その立ち位置になるだけなら、努力さえすれば届く可能性は十分にあるにも関わらず、人はまず最初にその誰か自身になりたいと考える。……織斑一夏の立ち位置を密かに羨んでいる私にとっては、酷く耳の痛い話だな。」

 

「私も同じ様なものです。なんでこんな簡単なことに直ぐに気づかなかったのかなぁって、海を見ながら考えてたんですよ。それくらい本当に、お馬鹿なことをしてしまいましたから。……あんなことをしても、誰も幸せにはなれないのに。」

 

自嘲するように笑う彼女は、以前よりもどこか気力が無さそうに見えた。

しかしそんな事を考えている間にも、ゆっくりと立ち上がってヨタヨタと車椅子へと戻ろうとするものだから、こちらも焦って手を貸してしまう。案の定、バランスを崩して倒れそうになるのだから放って置けない。

 

「ありがとうございます、ラウラさん。」

 

「……存外、貴女も失敗をするのだな。」

 

「ふふ、ラウラさんの期待を裏切ってしまったでしょうか。私だって人間ですから、失敗くらいはたくさんします。」

 

「それもそうか……。なんというか、どうも私には無意識に他人に自分のイメージを押し付ける悪癖があるらしい。特に最近は感情的になっていたこともあって、余計にな。」

 

「人間ですもの、仕方ありません。」

 

「……人間、なのだな。私も。」

 

先程まで眼前に広がる大海原に囚われていた彼女の視線が、今は逆に捕らえる様に私に向けられている。

けれどそれは決して不快なものでもなく、こちらを見通す様なものでもなく、ただただ自分を受け入れる様な抱擁感に満ちていた。

 

これまで多くの人間を見て、見られてきたが、こんな雰囲気を持つ者に出会ったことはない。

彼女と向き合っているだけでささくれ立った心の棘が溶かされていくのを感じて、警戒心などほんの少しも抱くことができなくされてしまう。

 

無意識のうちに開いていく自分の心、けれどそれを止めようとする気力すら湧くことはない。彼女の前では、軍人で作り物である自分でさえも、1人の人間で居てもいいと思わされてしまって……

 

「な、なあ。……その、普段の教官は、どうなのだ? 教官も、失敗をするのか……?」

 

あれだけ馬鹿にしていた『兵器を扱う覚悟のない女生徒達』のように、『織斑一夏に群がる愚かな代表候補生ども』のように、私は彼女に、なんでもない普通の、まるで学生の様な質問をしてしまった。

 

「……ふふ、それはもちろんです。いつも仕事が終わって部屋に戻って来ると、『生徒を叱り過ぎてしまったのではないか』とか、『忘れていた仕事があって明日から地獄だ』と嘆いていたりするんですから。千冬さんだってたくさん失敗はしていますし、それどころかむしろドジをする事が多いタイプだと私は思います。」

 

「そ、そうなのか?」

 

「ええ。それでも、そうやって失敗してしまったことを、しっかり反省をして直そうと努力しているからこそ、今の千冬さんがあるのも間違いないんですよ。千冬さんの強さは、そういった所にも支えられた強さなのではないでしょうか。」

 

「……そう、か。その視点で教官を見て考えたことは無かったな。思えば私は教官の上辺だけしか見たことがない……いや、見ようとはしていなかったのかもしれない。それどころかむしろ、私の勝手なイメージを押し付けていたと今なら自覚ができる。」

 

「そうだとすれば、それはラウラさんの失敗です。……けどそうなれば、千冬さんの様な強さを身に付けたいラウラさんが次にすべきことも、自然と見つかったんじゃないですか?」

 

「……なんというか、貴女は感心するほど口が上手いのだな。」

 

「ふふ、褒めてもこの身体ですから。何も出せませんよ?」

 

「馬鹿を言うな、怪我人に何かを求めるほど私は落ちぶれてはいない。いいから大人しく座っていろ。」

 

「あわわ……」

 

動きの鈍い両手と両足を見せびらかす綾崎をグイッと車椅子に押し付ける。大人っぽさの印象は強いのに、時たまこうして子供らしさがあるのも可愛げというものなのだろうか。

この女が皆に慕われている理由が、今日のこれだけのやり取りだけで、十分と言うほどに分かってしまった。

自分でさえも、こうしてペラペラと余計なことを語って、その返答を何の抵抗もなく受け入れてしまう程に気に入ってしまったのだから。

 

「……まあ、それはさておき。とりあえず今日のところは車椅子を押す役割くらいはさせて貰おう。貴女をこのまま1人で返せば明日の朝には海の藻屑になっていそうだ。」

 

「もう。それこそ意外と意地悪ですね、ラウラさんは。」

 

「ふっ、事実を言ったまでだ。その身体であまり彷徨くな。」

 

「はーい、反省します。」

 

……ああ、全く。

これは私を差し置いて教官のお気に入りになるわけだ。

きっとこいつは教官よりも強い。

純粋な戦力以外でこの女に勝とうとするのは、きっと教官とサシで戦うくらいに無謀なことだろう。

 

もうしばらく、こいつの隣に居たい。

その間だけは、私は普段よりも冷静に、棘のない判断ができるから。

こいつの隣に居る時だけは、強く武装した自分を緩めてもいい気がするから。

 

……ああ、そうか。

私に足りなかったのはきっと、

こいつの様な強さを持つ人間だったに違いない。




綾崎ちゃんの本当の武器は、実際に彼(女)を目の前にした時に感じるその雰囲気です。
初対面であろうと全く警戒を見せる事もなく、むしろ進んで受け入れてくれる。どころかこのまま抱き着いても確実に許してくれるという程の包容力。実際に許してくれるという事実も相まって……
ある意味では彼(女)の最大の異常性とも言えます。


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32.母の面影

一家に一人綾崎ちゃん欲しいくらい忙しいので書き溜めも精神もゴリゴリ削られてます。ごりごり……


sideシャルル

 

放課後のアリーナ、ここで毎日一夏と代表候補生達が訓練に励んでいると聞いて僕はこっそりとだが足を運んでいた。

目的は言うまでもなく、一夏の乗っている白式のデータ……本当は乙女コーポレーションの恋涙のデータも欲しかったけれど、僕が入学する前に損壊してしまったという。彼女には悪いけれど、僕にとってそれは好都合だった。

 

一夏がどんな訓練をしているのか物陰から伺っていたのだが、意外にもその練度は高い。

代表候補生2人と篠ノ之博士の妹が付きっ切りで教えているからなのだろうが、ISに乗り始めて数ヶ月とは思えないほどの動き。

彼自身の努力もあるのだろう。

 

そんな4人の訓練を見ていて一つだけ問題点を上げるとするならば、教官3人の教え方が絶望的に下手だということだろうか。

 

技術一つ教えるにしても、

箒さんは擬音で全てを表現してしまう感覚系。

鈴音さんはなんとなくでしか表現できない天才系。

セシリアさんは細かく数値で表す理論系。

 

どれも一夏に教えるのに向いているタイプではない。

 

彼等が基本的に模擬戦を主体として訓練を行っているのはそれが理由の一つなのかもしれない。それでも教えて貰うことが必要になる時はあるのだが、その度にこうして一夏が頭を悩ませているのだから問題だ。

 

(……よし、ここは僕が。)

 

あの輪に入る瞬間をずっと狙っていた僕は、一夏に技術を教えるふりをしてその輪に入り込む。

ついでに一夏に模擬戦を申し込んで見れば、それなりの長時間戦闘で白式のデータを取る事ができ、最早言うことなしだ。

 

「お疲れ一夏、いい勝負だったね。」

 

「ああ、負けちまったけどな。あー、クッソ。こんなんじゃ駄目なのに……やっぱまだ遠距離持ってる奴相手だとキツイなぁ……」

 

「ま、まあ基本的にみんな遠距離武器は持ってるものだと思うんだけどね……」

 

「それなんだよなぁ、どうしたもんか。」

 

そうは言うが、ブレード一本でここまで勝負を長引かせられたというのは自分的にもなかなかに衝撃的なことだった。

てっきり一方的な試合になると思っていたのだが、思っていた以上に一夏の練度は高く、こちらの攻撃を避ける避ける。

最後の方には、瞬時加速で直進しながら放った銃声と着弾のテンポに合わせて弾丸を剣で弾き飛ばすなどという、全く訳の分からない芸当まで行っていた。

あんなこと、一体誰が教えたのだろう。

それを実践しようとする一夏もおかしい。

反射的に放ったカウンターが間に合わなかったら本当に負けていた。

 

「あれ?綾崎さんだ……!」

 

そんなことを考えて歩いていたからなのか、一夏が気付くまで僕も件の彼女が来ていることに気がつかなかった。

乙女コーポレーションの専属搭乗者にして、あの織斑千冬先生のお気に入り。篠ノ之さん達が慕い、一夏が憧れる、巷では母性の化身と呼ばれる嘘みたいな少女。

 

そんな彼女が車椅子に乗ってアリーナへと入り、一夏と僕の模擬戦を見ていた3人と何やら話し合っていた。

3人の様子は妙に真剣で……あれ?なんでみんなでこっちに近付いてくるの?

え?しかもこれ、一夏じゃなくて僕の方に来てない?

 

「……シャルル、お前に言いたいことがある。」

 

「え、え!?ええっと、な、何かな……?」

 

いきなり僕の目の前に仁王立ちした箒さんは、僕をその鋭い目つきで睨み付けて立ち塞がった。

他の2人もその横に立ち、何やら只事ではない雰囲気を出している。

 

……これはもしやデータを取っていることがバレて、そのまま学園から追い出されるなんてことになるのでは……!?

ま、まさか綾崎さんがそれに気付いて3人に教えていたとか!?やっぱりあの人は僕のことなんてとっくに……!?

 

「私達と一夏の訓練に付き合って貰いたい!」

 

「……へ?……え?は?」

 

は?

 

「その、恥ずかしながらね、どうも私達の教え方って他人には分かりにくいらしいのよ。」

 

「私達はそのやり方でやってきましたけれど、3人とも独学で登ってきたタイプですから。万人受けはしないそうですの……。」

 

「というか、母さんの教え方を聞けば比べるまでもなく私達にセンスが無いことが分かってしまった。だが見ていたところ、どうもお前の教え方は一夏も理解しやすいらしい。つまりスカウト、といったところだ。」

 

「え、ええ……?」

 

先程まで「なぜ分からないのか、これが分からない」といった感じでやんややんやと言っていた3人とは思えない変わり身っぷりである。

自分としてはデータを取れる機会が増えるし構わないけれど、困惑の方が強いというか……

 

「シャルル!俺からも頼む!どうか手を貸してくれ!」

 

「頼む!」

 

「お願い!」

 

「お願いしますわ!」

 

「わ、わかった!わかったから!みんなでそんなに近づいて来ないで!?怖いから!」

 

頭を下げられながら追い詰められるという恐ろしい体験をしている僕の対面では、そんな僕達の様子を綾崎さんがニコニコと笑いながら見守っていた。

 

バレ、ては……いないらしい。

信じられないような逸話ばかりを持っているせいか、警戒し過ぎていたのだろうか?

 

それでも如何にも頑固そうなこの3人をこんなにも簡単に説得してしまうなんて……

 

ほんとに何者なんだろう、彼女は。

 

 

 

 

パンパンパンと三発の銃声

一夏の放った銃弾が的を掠めていく。

 

まずは銃の理解をする事が大切、という僕の意見の元、一夏は実際に僕の貸した武器を使用して試し撃ちをしていた。

何度か試すうちに精度が上がっていくのは彼の才能故なのか、見ていてこちらも気持ちがいい。

 

一夏が何度も何度もそれを繰り返しているのを見ていると、背後から車輪の音が聞こえてきた。

その音は僕の直ぐ隣で停止する。

 

「一夏くん、なかなか筋がいいみたいですね。」

 

「うん、ブレード固定なのが惜しいくらい。もしかして綾崎さんが教えた事があったりするのかな?」

 

「いえいえ、まさか。私は銃は使えませんから。きっとセシリアさんの仕業だと思いますよ。」

 

「……?綾崎さんも銃火器は使わないの?」

 

「ええ、私は攻撃するのが下手ですから。剣だってまともに使えませんよ。」

 

「???それってどうやって戦うの……?」

 

「ふふ、秘密です♪」

 

「えー、そこで隠されたら気になるなぁ。」

 

僕のことを疑って情報を隠している……わけでは無いらしい。本当に単純な、軽いイタズラの様なものなのだろう。

こうして話していれば、彼女はただ人より少しだけ良く気が利く女の子といった印象だ。

彼女の何がそんなにも人を惹きつけるのか、僕には分からない。

 

「……シャルルさん、一つだけなのですが、質問をしてもいいでしょうか?」

 

「ん?なにかな。僕に答えられることなら答えるよ?」

 

「シャルルさんは女の子じゃないですか?一夏くんと同部屋で困ったりはしていませんか?」

 

「うーん、そうだね……一夏はスキンシップが多いところがあるけど、それ以外は別に……え?」

 

「え?」

 

………え?

 

「ええええっとぉぉおお!?!?なななな、何の話かなぁぁあ!?綾崎さん!!」

 

「ふふ、これでも私、乙女コーポレーションの専属搭乗者ですから。そんな初々しい男装では私の目は誤魔化せませんよ?」

 

「ききき気のせいじゃないかなぁ!?ほ、ほら!僕昔から女の子っぽいって言われるし!?」

 

「知ってますかシャルルさん。乙女コーポレーションの社員の1割は性別を偽って生活しているんですよ?それも最新の技術を使っているので、まず見分けられません。アレに比べればシャルルさんの男装なんて可愛いものです。」

 

「あ、ああ、ああああぁぁ……」

 

絶望した、油断していた、もっと言えば舐めていたと言っても過言ではない。

 

彼女が色々とすごい人物であることは知っていた。けれど、そのふわふわとした柔らかな印象のせいで警戒心が薄れていた!

いや、むしろ何故か安心感まで覚えてしまっていただろう。先程自然に彼女の言葉に同意してしまったのがその証拠だ。

 

正直なことを言えば、こんなにも鋭い人間だなんて思ってもいなかった。けれどよくよく考えればそうでもなければあのブリュンヒルデのお気に入りになどなれるものか。

だとしたら僕が一夏のデータを盗み取っていることなんて百も承知の筈で……

はっ!さっき一夏との同部屋の様子を訪ねてきたのはまさかそういう……!?

 

「……シャルルさん、私からあなたに伝えたいことは一つです。」

 

「は、はいっ!な、な、な、なんでしょうか……!?」

 

運良くこの場には自分と彼女の二人しか居ない。他の3人は僕たちよりも後ろにいるし、どうやらこちらの話も聞こえていないらしい。

きっとこれから僕は何かしらの条件とか、そういうものを突きつけられるに違いない。けれど、だとしても、それさえ守っていればまだチャンスはある……!

どんな酷い条件だとしても、言うことさえ聞いていれば僕はまだ……!!

 

 

 

「本当に性別を隠したいのなら、自分が安心して居られる空間を作ることをオススメします。いくら努力したところで体調不良でバレてしまっては元も子もありませんからね!」

 

 

 

「……へ?」

 

何を言っているのか分からなかった。

 

「え?ええっと……?」

 

「ほら、目の下にクマができ始めてます。ダメですよ?せっかく綺麗な顔をしているのに、勿体ないです。」

 

「い、いや、あの……」

 

「それに肌にも少し出てきてますし……全くもう、何を抱えてたら短期間でこんな状態になるんですか。……もしかして、一夏くんが近くにいるせいで手入れも疎かにしちゃってます?」

 

「え、えっと、お風呂の中で出来る事は……けど日本の男の人は肌の手入れとかしないって聞いて……」

 

「そんなことはありません!少なくとも私は……じゃなくて!少なくとも、やる人はやりますから気にしないで今日からはしっかりと手入れをして下さい!分かりましたか?」

 

「は、はい……」

 

綾崎さんのマシンガンのような言葉の数々に、僕はろくに反応することができない。

さっきまで男装がバレて、それを理由に脅されて、酷い命令ばかりされると思い込んでいた僕には、こんな風に優しく頰を撫でられながら気遣われ、ほんの先日出会ったばかりの彼女に心の底から心配していると分かるほどに澄み切った目を向けられている現状が全く信じられないのだ。

 

いっそ夢か何かだと言われた方が飲み込める。

 

だって僕は許されないことをしていたのだ。

それこそ、誰かに軽蔑されるのは当然だし、もっと言えば完全な犯罪だ。自分が生きるためとは言え、それでも断ることはできたはず。それを自分の意思で承諾してここに来た時点で僕にできる言い訳はない。

 

だからバレた時点で全てが終わるか、良くても酷い目に合うのは当然だと思ってここまでやってきた。

 

助けてくれる人なんて居る筈がない。

デュノア社が絡んでいる時点で僕の男装がバレれば誰にでも何のためにそんなことをしているかは分かる。そうすれば僕に協力した時点でその人もまた共犯者になるのだ。

 

だから、だから、きっとこの人もそのリスクを負ってでも得たい利益があるから僕に優しくしているだけなんだと。

 

そう、思いたいのに……

 

……この人は、どうして……?

 

「ああもう、この状態ではちょっと見ていられませんね……。今からお時間取れますか?私の部屋にある化粧品をいくつかお分けしますから、皆さんが来ないうちに使い方のレクチャーだけでもしてしまいましょう。」

 

「ま、待って!?こんなことしたら綾崎さんまで……!」

 

「共犯に、とでも言いたいんですか?」

 

「なっ!!」

 

やっぱり、この人は僕のしてることを分かって……!

 

「問題ありませんよ。私はただ新生活に慣れずストレスを溜めてしまっている同級生のフォローをしているだけです。他の人から見ても不審に思われることはないでしょう。」

 

「そう言う問題じゃなくて……!」

 

「シャルルさん、知っていますか?」

 

「っ!?」

 

ふわりと僕の頭の上に彼女の手が乗った。

細くて、艶やかで、冷たく綺麗なその手に慣れた様に優しく撫でられれば、怒鳴られたわけでも睨まれたわけでもないのに僕の言葉はこれっぽっちも喉から出なくなってしまって……

 

「私は皆さんに"お母さん"って呼ばれているんですよ?こんなに可愛い女の子が泣いているのに、放っておけるわけがないじゃないですか♪」

 

そう言う彼女の笑顔は、あまりにも温かくて、柔らかくて、あの日以来冷たく凍りついてしまっていた僕の心をこんなにも簡単に溶かしていく。

 

だって卑怯じゃないか。

 

その笑顔も、その撫で方も、優しい言葉遣いも、僕を見る目も、僕を思う心も、全部全部、全部全部全部!

 

……もうこの世にはいないお母さんと一緒のものなんだから……!!

 

「うっ、うぅ……う"ぅ"〜……!!」

 

「あらあら……一夏く〜ん!シャルルくんの体調が悪そうなので私達は先に戻っていますねー!」

 

「なっ!大丈夫かシャルル!?俺も着いていって……!」

 

「鈴ちゃん、箒ちゃん、セシリアさん、後はお願いしますね。」

 

「「「任せろ!(任されたわ!)(任されましたわ!)」」」

 

「さあ一夏!銃の練習はそこまでにして剣をやるぞ!」

「そうですわ一夏さん!せっかく学んだのですからその身で試さないとなりませんわ!」

「心配しなくてもいいわよ!私は両方できるんだから!」

 

「い、いや!俺はシャルルを……待て待て待て待て!3人は無理!3人は無理だって……!うわぁぁぁ!!綾崎さぁぁぁん!!」

 

一夏の叫び声を後に、僕は手を引かれるままに綾崎さんに連れて行かれる。

車椅子に乗っているのに、こうして僕を先導する彼女の背中はとても大きく見えて……僕は数年ぶりに心からの安心感を感じていた。

 




落ちたな


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33.とろとろしゃるろっと

いつも投稿前に文の見直しはしてるんですけど、最近はその時間も無くてあまり出来ていません。毎回誤字修正をして下さる方々には頭が上がらないです……ありがとうございます。


sideシャルル

 

「どうですか?そろそろ落ち着けました?」

 

「……ぐすっ。う、うん、ごめんね綾崎さん。こんな風に泣きついちゃって……」

 

「気にしないでください。私の膝なんかでよければ、いつでも貸しますから。好きなだけ使ってくれてもいいんですよ♪」

 

「うぅ、みんなが綾崎さんのことを"お母さん"って呼ぶ理由がやっと分かった気がする……こんなの勝てないよぅ……」

 

「ふふ、素直に甘えられるのはいいことですよ。ほ〜ら、もっとも〜っと甘えちゃいましょうね〜♪」

 

「うぅぅ……だめになっちゃうよぉ……溶かされちゃうよぉ……でも離れられないよぉ……」

 

あの後、寮監室に招かれた僕は、その流れのまま彼女の膝に泣きついてしまった。

部屋に入ると直ぐにベッドに腰掛けた時は不思議に思って戸惑ったものだが、膝上にブランケットを掛けて『さあ、どうぞ?』と言われてしまえば行くしかあるまい。行きました。

あんなにも慈愛に満ちた表情で手を広げられれば、きっと一夏だって、織斑先生だって抗えないと思う。だからこうなってしまった僕はきっと悪くない。

 

ブランケットのかけられた彼女の膝はとても柔らかくて、ぎゅっと抱き締めたら折れてしまいそうなほどに細いのに実際にはとても頼り甲斐があって……

ぎゅーっと頭を抱き抱えられて頭を撫でられているともう本当に駄目になってしまう。

 

ストレスとか悩みとか全部吹き飛んでしまって、同級生にこんな甘え方するのは良くないと思って離れようとしても、彼女がこれでもかと甘やかしてくるので全く逃げられる気がしないのだ。

 

こんなの母性の暴力だ。

 

こんなことをされては、きっと僕は一生彼女から離れられなくなってしまう。

それなのに、それなのに……

 

「んっ……今日も一日頑張りましたね。今だけは辛いことも悲しいことも全部ぜ〜んぶ忘れて、私に身を任せてください。」

 

「う、うぅぅ……綾崎さんの鼓動が聞こえてすごく落ち着く……」

 

「大丈夫、大丈夫ですよ〜?私はここに居ますからね〜。私が近くに居る間は、シャルルさんの事は私が守ってあげますからね〜♪」

 

「うぅ……好きぃ……」

 

さり気なくとんでもないことを口走ってしまったが、この部屋には僕と彼女しか居ないから問題ないはず。

彼女の仕草や言葉の一つ一つが死んだお母さんを思い出させて、僕の心を解きほぐしていくのだ。これくらいは許して欲しい。

 

「ふふ、嬉しいことを言ってくれますね。そんなシャルルさんにはもっとも〜っとご褒美しちゃいましょうか♪」

 

「あぁぁあぁぁ……」

 

もうだめだ、おしまいだ。

世界の真理はここにあったんだ。

綾崎さんの膝と胸の間こそがこの世界に残された最後の楽園だったんだ……

ここに居れば全ての負の感情から解放される。

ここに居れば全ての嫌なことを忘れられる。

もう何も怖くない、一生ここで暮らしたい。

 

お母さん、ごめんなさい……

僕にももう一人のお母さんが出来てしまうかもしれません。

でも、お母さんのことを忘れたわけじゃなくて、ただ僕がこの母性に抗えないというだけの話なのです。

むしろお母さんが居たからこそ、2人目のお母さんができてしまったというか、僕は悪くないというか、僕じゃなくてもみんなこうなるはずだというか、だから、だから……

 

「は〜い、シャルルさん?耳掻きのお時間ですよ〜?」

 

「ま、待って……そんなのだめ……」

 

「ふふふ、そうは言っても抵抗する気が無いのは分かってますからね〜♪ は〜い、こしょこしょ〜♪」

 

「あぁあぁあぁぁぁ………」

 

他人に耳の中を見られてしまうなんて、普通は汚れていないかとか気にしてしまうものなのだが、勿論どうにも逆らえない。

強過ぎず、弱過ぎず、浅い所から深い所まで彼女の手によって遠慮なく暴かれていくのだが、それなのに自然と指の一本にも力が入らなくなるほどに骨抜きにされてしまう。

この間、僅か3分。

たった3分で僕は彼女の虜になっていた。

 

「……ん、よく取れました。シャルルさん、引き抜きますからね〜。」

 

「あっ、あっ、あぁ〜」

 

ゆったりと耳垢を取った綿棒が引き抜かれ始めると、それに呼応する様に身体全体が震え始める。ピクリピクリと跳ね上がるそんな僕を見て綾崎さんはクスクスと笑っているが、その手を止めようとはしない。

 

「さ、ふーってしちゃいますよ。びっくりしちゃ駄目ですからねー。」

 

「まって、まって……!」

 

「はい、ふ〜っ……」

 

「ひぁあぁあぁっ!?」

 

無理だと、これ以上は本当にもう無理だと。

この締まりのない僕の顔を見てどうか分かって欲しい。

これ以上情けない顔を見せたくないという僕の最後のプライドを汲んで欲しい。

許して……許して……

 

「な〜んて言いつつも、本当はもっとして欲しいんですよね〜?シャルルさんは♪」

 

 

 

……はい。

 

 

 

「はいは〜い、じゃあ次はお耳のマッサージですよ〜♪ お耳の中に指を入れたり、塞いだり閉じたり、もみもみしたりしますからね〜♪」

 

 

……お母さん。

どうやら今日が僕の最期の日になりそうです。

 

 

「やあぁぁあぁぁ〜……」

 

 

 

 

 

 

「うんうん、やっぱり元が良いと違いますね。これからは毎日ちゃんと続けるんですよ?一夏くんに怪しまれたら私に命令されたとでも言って誤魔化して構わないですから。」

 

「う、うん!わかったよ、ありがとう!」

 

綾崎さんに存分に溶かされてしまった後、僕は彼女にいくつかの化粧品を分けてもらっていた。

 

あの後なにが起きたのか……?

そんなの今の時間があの時から2時間も後だという時点で色々と察して欲しい。

綾崎さんはすごかった、あの細くて白い指が僕の両耳に入った瞬間の何とも言えない背徳感と快楽は多分もう一生忘れられそうにない。

 

「……乙コーの化粧品の噂は聞いてたけど、やっぱり凄いね。これ高かったりしないの?」

 

「確かに一般的なものに比べて値は張りますが、それでも庶民の手に届く範囲ですよ。それに私の場合は勝手に色々と送られてきますから、気にしないでください。」

 

一夏と同部屋になることを危惧してそういった類のものを持ってこれていなかった僕としては、これは本当に嬉しいものだった。

しかも分けて貰った物は乙コーの化粧品の中でも僕が名前を聞いたことがあるくらいに人気のものばかり。常時品薄状態が続く様なものをこうして使うことができるなんて、1人の女性としても嬉しい。

 

それに、こうして彼女に化粧品の使い方を実際に教えて貰っていると、昔お母さんに初めて化粧の仕方を教えて貰った時の事を思い出して、それもあってこの時間は僕にとって凄く楽しく感じられた。

 

 

「……さて、そろそろ私は夕食を作ろうと思うのですが、勿論シャルルさんも食べていきますよね?」

 

「え?綾崎さんが作るの?」

 

「え?ええ、そのつもりですが……」

 

そう言ってフラフラと車椅子から立ち上がろうとする綾崎さん。

なぜそんな状態で当然のようにそんなことが言えるのか……

 

そういえばと思い返せば、亡くなった母も体調が悪いにも関わらず僕の心配も他所に当然のように家事を行なっていたことを思い出す。

お母さんというのは、どこもこんな感じなのだろうか?

思い出すとこんな姿でさえも何処か懐かしく感じる。

 

……けれど、

 

「だめ。」

 

「え?」

 

「綾崎さんは座ってて、今日は僕が作るから。そんな身体で家事なんて絶対させないよ。」

 

「で、でもいつもは……」

 

「絶対だめ!いいから座ってること!ほんとにだめだからね!?」

 

「そ、そうですか?そこまで言われては、我慢、しますが……」

 

その結果、母は倒れたのだ。

その時、僕は大いに後悔した。

だから、もう二度と同じ間違いは犯さない。

 

……だからそんな悲しそうな目を向けられても絶対に屈しない。

ダメなものはダメなのだ。

いくらそんな上目遣いでねだる様にこちらを見てきても負けない。

心を鬼にしてでも、あの目に勝たなければ……!

 

これでも料理には多少の自信があるんだから、少しでも綾崎さんの負担を減らすんだ!

 

 

 

……なお、この五分後に気になって綾崎さんの様子を覗いてみたら、彼女は当然のように洗濯物を畳んでいた。

いや、確かに料理よりはマシだとは思うのだけど、なぜジッと座っていることができないのだろう。

ワーカーホリックという奴なのだろうか?

 

それでも、洗濯物畳みなんて面白くなさそうなことを、見て分かるほどに楽しそうにしている所を見ると、僕には止められなかった。

 

この人は本当に僕と同い年の女の子なのだろうか?

自分が大人になったとしても、こんなにできた人になれるイメージが全くできない。

 

……一夏も言ってたけど、お嫁さんにするとしたら、男の人はやっぱりこんな人が理想なのかなぁ。

 

 




--おまけ--
sideシャルル

「ぬわぁぁぁぁ!疲れたぁぁぁ!!」

「ふわぁぁっ!?」

「一夏くん……?」

あれから更に1時間程が経ち空も真っ暗になり、僕の料理も完成に近づいた頃、一夏達は漸くドタバタと寮監室へと入りこんできた。
突然扉をあけてその場で倒れ伏した一夏の勢いに思わず驚いてしまったが、それまでベッドメイクを行なっていた綾崎さんが直ぐに近付き労っているところを見ると、やはり見習いたいと思ってしまう。

「あらら、これはまたお疲れですね。そんなに箒ちゃん達に絞られてしまいましたか。」

「い、いや母さん。今日は私達のせいではない。あのラウラ・ボーデヴィッヒとか言う奴のせいだ。」

「???ラウラさんですか?」

「そうなのよ。あいつってばいきなりやって来て『お前のことを教えろ!』って襲い掛かってきたの。良い機会だと思って私達も傍観してたんだけど……」

「やはりラウラさんは軍人なだけあって強さが桁違いでしたわ。」

「結局、生かさず殺さず1時間ほどかけて痛ぶっていたな。15回ほど一夏がぶっ飛ばされた辺りでスッキリした顔をして帰っていったが……」

「くっそ!あいつ絶対許さねぇ……!!次は絶対ぶっ飛ばし返してやる……!」

床に這い蹲りながらそう宣言する一夏。
しかしそんな風に憤っていても綾崎さんに頭を撫でられれば酷くみっともない顔をするのだから格好がつかない。

「えっと、一応みんなの分も作ったんだけど……食べていくよね?」

「「「「もちろん(だ)(よ)(ですわ)!!」」」」

「そ、そっか。それならよかった。」

お腹が減っていたのか凄い勢いで詰め寄ってきた4人は、普通に怖かった。


……けれどこの日、僕はようやく本当の意味で彼等と笑い合えた気がした。


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34.ラウラの怒り

ちょっと1週間ほど死ぬ予定ができましたので更新が止まるかもしれないです。


sideラウラ

 

「そんな所に立っていては、風邪を引いてしまいますよ?」

 

部屋の外で隠れる様に佇んでいた私に対して、彼女は当然の様にそう声を掛けてきた。

あれほど言ったにも関わらず、相も変わらず一人で車椅子に乗りながら、ニコリとこちらに笑いかける。

 

「よく一人で出歩けたな。」

 

「少々強引に抜け出してきてしまいました。戻ったらまた一言二言頂くことになってしまいますね。」

 

「ふっ、フォローをするつもりは無いぞ。」

 

「あらら、それは残念です。」

 

クスクスと笑いながら互いに向き合う。

どうして私がここに居たことを知っているのかは知らないが、こうして語り合うことは嫌いでは無い。自販機の前のソファへと指を差し、私もそこへと腰掛ける。

 

「……生憎千冬さんは居りませんが、一緒に食事でもいかがですか?」

 

「悪いがそれは遠慮させてもらう。織斑一夏とて数刻前にあれだけボコボコにされた相手と食事を共にしたくはないだろう。」

 

「ふふ、そういうものでしょうか。確かに何やら熱い想いを滾らせてはいましたが。……そういえば、偏見や印象を取り払って向き合ってみた一夏くんはどうでした?」

 

「……想定以上の実力はあったが、まだまだだな。武装というハンデを補える程の実力はなく、精神的にも未熟。あれならばまだセシリア・オルコットを含めた囲い共の方が使えるだろう。」

 

「その割には満足そうな顔をしていますね。」

 

「……未熟なりにもそれを認め、"強くなりたい"という本気の決意が奴の目には灯っていた。将来性のある人間に失望するほど私は腐っていないつもりだ。」

 

「ふふ、それはよかった。」

 

こちらの答えを最初から知っていたかの様に再度彼女は笑みをこぼす。全てを見透かされている様で気に食わない筈であるのだが、不思議とそこまでの嫌悪感はない。ムッとする程の反抗心はあっても、その笑顔と雰囲気を目の前にすると自然とこちらが折れてしまうのだから不思議な話だ。

 

 

……つい数時間ほど前、私は織斑一夏に喧嘩を吹っ掛けた。

綾崎奈桜との話を経て、自分のイメージや偏見に囚われず相手の本質を見極めるという事を試すのに、奴ほど適任な相手が居なかったからだ。

 

とは言うものの、今でも自分の中の織斑一夏に対するイラつきは収まらない。単純な会話をするだけでは恐らくこのイラつきが増すだけだと思った私は、余計な事を考える暇が無ければいいのだと思い付き、とりあえず殴り掛かってみたのだ。

 

『お前の事を私に教えろ!!』

 

『何言ってんだこいつ!?』

 

予想通り奴を一方的に嬲っている間はイラつきもどんどん和らいでいき、奴の事をじっくりと観察することができるくらいには自分の思考と感情に余裕が出来た。

 

そうして私は見つけたのだ。

あの男の瞳の奥に滾る、決意の炎を。

 

アレをみた瞬間に私の中の奴への評価は一転した。

 

確かに奴は過去に一度、教官の名誉を損ねる原因となった。

しかし将来的に奴は、その汚点を払拭できるほどの、教官が名誉を捨ててまで守り抜いたに相応しい程の人間になれると、私は確信した。

 

ああ、これ程に面白いことが世の中にあるだろうか。

織斑一夏の目の先にあったものは私でも、ましてや教官でもない。目標とすべき人間などそこには居らず、ただ只管に強さを求めている。一体何がそこまであの男に働き掛けたのかは知らないが、最強と謳われる教官が最も近い場所にいる立場である筈のあの男が、その教官の更にその先を見ているのだ。その点に限って言えば織斑一夏は、教官の強さを限界であると、そこに辿り着けるだけで良いと満足していた自分の先へ行っていたのだ。

 

あの様な男をこうして見落とさずに済んだことに、私は喜びさえ感じていた。

 

「……貴女の言う通りだったよ。たった一度人間の本質を見ようとしただけで、これほどに私の見る世界が変わった。今は感謝しかない。」

 

「大袈裟ですよ、ラウラさん。人は他人の言葉だけではそう簡単に変わることはできません。それほどに自分が変わったと感じたならば、それは変わろうとする意思がそこにあったからです。つまり、全部ラウラさんの力です。」

 

「ふっ、貴女は相変わらず謙虚なのだな。だがそれでも、感謝の言葉くらいは素直に受け取って貰おう。そうでなくては私の気が済まない。」

 

「……それでしたら遠慮なく。お力になれたのなら私も嬉しく思います。」

 

そんなことを裏に何かを抱えている訳でもなく純粋な笑みで言葉に出せる人間が、一体この世界にどれだけ居るだろうか。

恐らく私が無意識にこの女を信用してしまっているのはこれがあるからだろう。

 

他人の役に立てる事が心底嬉しく感じるなどという異常者。

しかしだからこそこの女は、私が大きく何かを仕出かさない限り、確実にこちらに害を加えて来ることはない。……いや、例えそうなったとしても、この女は許すかもしれない。

 

聖人よりも聖人らしい、分かりやすいその精神こそが、何よりもこちらに安心感を与えるのだ。

 

 

……そういえば、と。

以前から彼女に聞きたいことがあったことを思い出した。

周囲に誰も居らず、絶好の機会。

話すならば今しかあるまい。

 

「……綾崎奈桜、"シャルル・デュノア"はどうするつもりだ?」

 

「……ラウラさんも知っていたんですか?」

 

「あれほどの事があったのだ、ある程度の生徒の素性は調べてある。その中で私と同時期に、加えて2人目の男性操縦者が入って来るとなればより深く調査を行うことも当然だろう。少々強引な手も使わせて貰った。」

 

「と、言いますと?」

 

「性別を確かめる為に更衣室にカメラを仕掛けさせて貰った。」

 

「……盗撮は犯罪ですよ、ラウラさん。」

 

「そうは言うが、織斑一夏が同性であるはずのシャルル・デュノアに妙にスキンシップが激しかった事の方が私的には犯罪チックに思えたのだがな。」

 

「……映像の方は?」

 

「あんなものを残せると思うか?」

 

「冷静な判断をありがとうございます。」

 

「あんなもののせいで教官の名誉を削ぐ訳にはいかないからな、当然の事をしたまでだ。」

 

恐らくは周囲に同性の居ない環境に置かれていたが故の行動だろうが、一瞬同性愛者ではないのかと勘違いしてしまう程の映像の数々に、私自身動揺したことは記憶に新しい。

映像は全て処分した。

誰にとっても不幸にならない判断をしたと自負している。

 

「デュノア社の人間がこの時期に偽の男性操縦者をこの学園に送り込んで来たと来れば、その目的は明らかだ。それは貴女も分かっている筈だろう。」

 

「ええ、分かっています。」

 

「ならば何故その女を貴女は見逃す?貴女のその行動は織斑一夏と国家に対する裏切りと取られてもおかしくない行為ではないのか?」

 

「………」

 

私の言葉に瞼を閉じて俯く。

綾崎奈桜という人間がどの様な者であるのかは私は理解している。だからこそ、その判断が間違った甘やかしではないのかと私は問いたい。私が失敗をした様に、貴女もミスを犯しているのではないかと。そう彼女に尋ねたかった。

 

「……ちなみに、なぜ私がシャルルさんの性別を知っていると気付いたんですか?」

 

「貴女が始めてシャルル・デュノアを見た際の反応だ。普通であれば2人目の男性操縦者など目の前にすれば驚愕か好奇の目を向けるだろうが、貴女だけは違った。特に驚く事もなく、一瞬注視しただけで直ぐに興味を失ったかの様に周囲の女生徒に向けるのと同様の視線を送り始めた。あの時点で貴女がシャルル・デュノアの何かに気付いたのは間違いない。」

 

「……そういえばあの時、ラウラさんは私のことをジッと見ていましたね。ですがそれだけでは根拠に乏しいのでは?」

 

「そうだな、あの時点では貴女が異性に対して全く興味の無い人間だという可能性もあっただろう。……まあ言ってしまえば、後は私の勘と願望だ。教官のお気に入りであり、且つ私がここまで認めた貴女ならばあの瞬間に全てを見抜いていた程には優秀であって欲しいという、な。」

 

「……なるほど。ちなみに答え合せをしてしまうと、両方正解ですよ。」

 

「両方……?」

 

「ええ、私は確かにあの時点でシャルルさんの性別には気付いていましたし、男性に対して特別な思いを抱いたりもしません。」

 

「……貴女は、同性愛者だったのか……!?」

 

「女性に対してもそういった思いを抱いた事もありませんから、それは違うかもしれませんね。……ですから、今回私がシャルルさんをフォローしている理由は他にあります。」

 

「ほう……」

 

一瞬驚愕してしまったが、すぐに気を取り直す。よくよく考えればこの女は恋愛にうつつを抜かすようなタイプには見えない。反面、好意を寄せる者は多いだろうが、そうなったとしてもそれに応えるとは思えない。相手の面や立場がどうであろうと、誠実に断るに決まっている。

……話は逸れたが、私は改めて冷静に言葉を返す。

 

「私だって最低限の常識はあります。シャルルさんの行なっていることは間違いなく犯罪です。ですから悪いとは思いつつも、この件については事前にある程度調べています。」

 

「ふむ、そんなツテが貴女にあったのか?」

 

「仮にも私は大企業の専属ですよ?……代わりに雑誌の取材を受けることになってしまいましたが……」

 

「そ、そうか……」

 

「うぅ……あのスーツを着た写真が世に出回るなんて……」

 

「………」

 

各国の代表候補生にはそういったアイドル的な要素が求められることもあるが、企業の専属となればそれは更に顕著だ。しかも美容やファッションを中心に上がってきた乙女コーポの専属となれば、それくらいあって当然、というか前提だったと思うのだが……そんなに嫌がる事なのだろうか。

 

「……え、えっと。それでですね、簡潔に述べますと、シャルルさんに男装と潜入を強制したのは、どうやら実の父親だという事が分かったんです。」

 

「とんだ屑男だな。」

 

「しかも彼女は非嫡出子だそうです。彼女の母親が亡くなったと同時に引き取り、瞬く間に代表候補生にまで押し上げ、そしてここへと送り込んだ。」

 

「救いようが無いな。」

 

「以前デュノア社で働いていた方に聞いたところ、社長はシャルルさんに一切会おうとはしなかったそうです。勿論、本妻である夫人からは大いに嫌われ、彼女の周りに味方と呼べる人物はほぼ存在していなかったとか。」

 

「なるほ……いや、なぜデュノア社で働いていた者など知っている?」

 

「今は乙コーで働いていますので。産業スパイとして来たそうですけど、思いのほか住み心地が良くて定住してしまったとか。」

 

「技術を盗むどころか盗まれているではないか……」

 

働いている技術者として当然の判断だろうが、それが分からないからそんな経営状態になっているのではないだろうか。などと思ってしまうのは自分がそういった場所で働いた事がないからこそ言える事なのだろうか。どちらにしてもデュノア社が世間一般で考えられているよりも追い詰められているのは間違いない。

 

「それはさておき、そんな訳で私にとってはシャルルさんは無視できない存在になってしまいました。彼女がその行為に罪悪感を持っている事も確認できましたし、一夏くんが想定以上に鈍感さんだったことも私が手を貸さざるを得なくなった理由の一つですね。」

 

「……なぜ、織斑一夏が……?」

 

「私としてはシャルルさんの件は一夏くんに解決して欲しいですから。きっとシャルルさんにとっても一夏くんにとっても、互いに大きな存在になれると確信しています。」

 

「厳しいのか甘いのか分からない判断だな、それは。」

 

「"甘やかす"というのは存外難しいことなんですよ?無思考で甘くするのでは無く、どう甘くすれば結果的に相手の為になるのか考えなければなりません。あの2人が力を合わせて解決することができるまで、私はフォローと根回しをするだけです。」

 

「その間にも織斑一夏の機体データは盗まれ続けるのだがな。」

 

「……言い訳臭くはなりますが、私だって一夏くんの機体がもう少しまともな第3世代でしたら強引に事を進めていましたよ……?ですがあれは……」

 

「……まあ、参考にはならんだろうな。いくらデータを取った所で、あれが再現できるとは思えん。というか再現した所で確実に流行らないだろう。そもそもアレは何処にイメージインターフェイスを使っているのだ、本当に第三世代機なのかすらも疑わしいぞ。」

 

「そういう訳で、直ちに問題があるとは思わず……障害が出るとすれば、デュノア社がアレを第2世代寄りの第3世代の基本機体だと勘違いして、迷走が更に深まるだけかなぁと。」

 

「実際に戦ってみて感じたのだが、恐らくアレは内部のプログラムすら一般的な物ではないだろう。あんなものを見てしまえばデュノア社は2度とまともなISが作れなくなるぞ。」

 

「何もせずともシャルルさんは自ら報復を行なっていたんですよね……」

 

「何もかもが裏目に出るな、デュノア社は。」

 

「自業自得といえばそれまでなんですけどね……」

 

聞いた限りではあるが、そもそも織斑一夏の機体は装備の枠が全くないという。しかも射撃用のセンサーリンクシステムすら無く、基本性能の高さに反して圧倒的な燃費の悪さ。

 

一見すればただの欠陥機であるが、第一形態時から単一仕様能力が使えるというこれまでに無いような意味の分からない仕様がそこにはある。

 

言ってしまえば、何の参考にもならない。

あんなものを調べても、百害あって一利なし。

 

プログラムのコードに作成者にしか分からない様なものがあることはよく聞く話だが、アレは存在自体がそれだ。

何を思って、どうやってあんなものを作ったのか、全く理解ができない。

操縦者の立場など完全無視であるのだから、完全に作成者の自己満足の代物だろう。

 

……正直なところ、それが無ければもう少しまともに戦える様になるのにと残念に思ったりもした。

故にいくらデータが盗まれようが、例えあれをそのまま盗んだとしても、泣くのはデュノア社でしか無い。それだけは間違いなく。

 

「……貴女の言い分は分かった。この件に関しては私も貴女に一任しよう。」

 

「ありがとうございます。」

 

「だからこそ、一つ言わせて貰いたい。」

 

「はい……?」

 

「……貴女は、その、大丈夫なのか?」

 

「へ……?」

 

「教官としばらくの間、話せていないのだろう?」

 

「っ!どうしてそれを……?」

 

「私の目は基本的に教官か貴女しか見ていないのだから、それくらい分かって当然だ。」

 

「あはは、なんだかそれは恥ずかしいですね……」

 

そう言って笑っていても、悲しげな顔をしているのに自分で気付いているのだろうか。

そんな顔が見ていられなくて、ふと目を下に落とせば彼女の指が目に入る。

 

(……絆創膏……?)

 

意味が分からなかった。

話を聞いている限りでは、彼女は家事一般が得意だという話だった。そんな彼女が家事を失敗するのだろうか?そんな筈がない。彼女の両手の怪我も今やその跡が殆ど残っていないくらいには完治をしているはz……

 

(……まさか、まだ指の感覚が……?)

 

そもそも思い出せば彼女の怪我の中で最も酷いものが両手の損傷だったという。両足も酷かったとは聞いていたが、それでさえ未だ歩く事が出来ていない有様なのだ。満足に動かすどころか、しっかりと握る事ができるかすら怪しい状態だろう。

 

「……そんな状態で、料理を……?」

 

「っ、バレてしまいましたか……?」

 

「なぜそんなことをしている、誰も止めなかったのか……!」

 

「もちろん止められましたよ?たくさん怒られました。……けど、私にはこれしかありませんから。」

 

「なにを、言っている……」

 

「私の不注意で2週間も何も出来なかったんです。これ以上千冬さんに不便をかけたくありません。」

 

「そうは言うがな……」

 

「気にしないでください、ラウラさん。私がやりたくてやっていることです。それにいいリハビリにもなるんですよ?千冬さんも喜んでくれますし、良いことづくめじゃないですか♪」

 

「………」

 

この時、それまでの自分では考えられないことが起きた。

 

少しではあるが、怒りが生じたのだ。

 

他ならぬ、あの教官に対して……

 

(教官はこいつを放って一体何をしているのだ……!綾崎がここまでしているのに、なぜ避ける様な真似をしている……!)

 

避けられても、相手にされなくても、ただひたすらに相手を想う。

食べられているかどうかも分からない食事を必死になって作り、毎日毎日あの部屋で帰らない主人を待ち続けるのだ。

 

いくら相手が尊敬する織斑千冬とは言えど、盲目を脱しつつあるラウラにとって、彼女の事を認めつつあるラウラにとって、到底許せる様なものではなかった。

 

「すまない、今日はこれで失礼させてもらう。だが部屋までは送っていこう。……あまり無理をするなよ。」

 

「ふふ、なんだかラウラさんには心配されてばかりな気がします。」

 

「実際に何度も言っているからな。一向に言う事を聞いては貰えないが。」

 

「あ、あはは……ごめんなさい……」

 

そうは言ってもどうせこの女は何かあれば無茶をするのだ、そうに決まっている。

そうでなければ、私がこれほどこの女に入れ込むことはなかったのだから。




朝食届けて、昼食届けて、夕食届けて、
それでも千冬さんは部屋に帰って来ません。

何してるんでしょうね、最強の人。
まさかヘタれてるなんて無いやろなぁ……


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35.ラウラは変わる

side千冬

 

 

『………お風呂、先にいただきますね。千冬さん。』

 

 

「……っ!」

 

その日の放課後、やるべき仕事も何もかもを投げ出して、私は人の居ない海辺まで足を運んでいた。

全く落ち着かない自分の頭と心にそろそろ我慢の限界に来ていたからである。これ以上自分の中に溜め込んでおくのが無理だと察した。

 

……結局あの日以来、私は綾崎と一度もまともな会話をすることができていなかった。

何かと理由をつけて帰る時間を遅らせ、部屋を出る時間も早めてあいつと2人になる時間を意図的に避けているのだ。

 

それでも帰れば夕食は用意されているし、昼に職員室に戻れば机の上には変わらず綾崎が作った弁当が置かれている。

 

『無理しないでください』

 

なんて私を気遣うような短い手紙と共に。

 

私が避けていることなど当然気付いているだろうに、それでもあいつは変わらず私を思ってくれているのだ。

 

……あれだけ守りたい、傷付けたくないと後悔したのにも関わらず、私は今こうしてまたあいつを見捨てている。

自分の愚かな考えによって綾崎の心を傷付けたばかりか、今なお真実が分からず接し方に困り、向き合うことから逃げている。

 

結局、あんなことがあってなお、私は反省していないのだ。

 

(……本当に、最低だな。私は。)

 

都合のいい時に都合のいい言葉を並べてその場を済ませても、一度でもその約束を守ったことがあっただろうか。

考えれば考えるほどに自分の汚い部分が浮き出てきて、自己嫌悪が激しくなる。

 

どうして綾崎はこんな自分を慕ってくれるのか。嬉しさはあるが、もっと相応しい人間がいるだろうにとも思ってしまう。

……そんなことを言葉に出してしまえば、あいつはまた悲しい顔をするだろうが。

 

「……綾崎、どうやらお前は私にとって眩し過ぎるらしい。今の私ではお前の笑顔を正面から見られそうにない。」

 

思い出すだけでも目を背けたくなるほどに純粋で無垢な笑顔。

それを勝手な思い込みで曇らせてしまった自分が心底許せない。それにも関わらず、今尚悲しませてしまっている今の自分も……ああ、本当に苦しい悪循環だ。苦しめば許されるとでも思っているのだろうか、愚かしい。

 

ズガシャァと拳を突き立てた木が大きく揺れる。大きく陥没してはいるが、へし折らなかっただけマシだろう。

この程度の感情も処理できなくなっているなど、『教える側は冷静でなければならない』という綾崎の言葉が今は耳に痛い。

 

「……なるほど、どうやら綾崎の言っていたことは本当だったようですね。」

 

「っ!!……ラウラか、何の用だ?」

 

「教官にお話ししたいことがありまして探していました。」

 

「ほう……」

 

ガサリと草木の間から姿を現したのはかつての教え子であった。

ラウラ・ボーデヴィッヒ。

ドイツに居た頃に面倒を見た少女はあの頃から努力を怠っては居なかったらしく、十分な実力と自信を持ってこの学園へと来ていた。

 

……ただ、その自信と私への尊敬の念からやや面倒な方向へと思考が向いてしまっている様だが。転校初日に一夏を殴った瞬間からこいつも私の中では問題児の1人だ。

こうして私を探していたというのも、恐らくはドイツに戻って来ないかだとか、何故こんな微温湯に居るのか、などと見当違いな事を言うために違いない。

 

そんな色眼鏡でラウラを見ていた私であったが、どうにも様子がおかしい。具体的には今のラウラは自分にではなく、この場所に対して興味を持っている様に見える。

私を探していた、と言っていたのにだ。

 

「なんだ?なにを見ている。」

 

「いえ、まさか教官までこの場所に居るとは思わなかったので。何か思い入れでもあるのですか?」

 

「……?なんの話だ。」

 

「……ただの偶然でしたか。いえ、こちらの勘違いだった様です。忘れてください。」

 

「あ、ああ。」

 

やはり、どこかラウラの様子がおかしい。

以前のこいつならば、こんな雑な誤魔化し方はしなかっただろう。それどころか、聞いていない事までペラペラと話していた筈だ。

 

……にも関わらず、今のラウラには何処か余裕がある。私を前にしても必要以上に緊張せず、畏まらず、私を神聖化して見てはいない。

 

むしろ私の事を微笑ましげに見ている……?

 

一体なにがあった?

こいつは本当にラウラ・ボーデヴィッヒか?

いつのまにこんな表情をこいつは覚えた。

 

いや、待て。

そういえば私はこの表情に見覚えがある。

それどころか姿を現した時、こいつは誰の名前を出した?

 

「本当は教官にドイツでもう一度教鞭をとって頂けないか提案するつもりだったのですが、やめました。織斑一夏やその周囲の者の実力を見る限り、教官は既に存分にその手腕を発揮できる場所を得ていた様ですから。今日はそれを伝えに来ました。」

 

「……喧嘩でも吹っかけたか?」

 

「織斑一夏とだけですが。」

 

「ふん、あいつも未だひよっ子だ、お前の相手が出来るほどの実力は持っていなかっただろう。」

 

「ええ、当然我が隊で採用している合格ラインには届いていません。荒削りにも程があるというのが正直な感想です。」

 

そう言って冷たい目をするラウラの雰囲気は1人の軍人として、隊を率いる統率者としての冷徹なものだ。あの小娘がここまで育ったことに喜ぶべきか、悲しむべきか。

しかしその直後に出た言葉はやはり私の予想を容易に破壊していく。

 

「……ですが、奴の強さに対する熱意と心意気だけは本物だと認めざるを得ませんでした。」

 

「っ!」

 

「あれだけ殴り飛ばされても全く諦める事なく、どころか更に執念を燃やして食らいついてくる。……ふふ、やはりこうして冷静になって向き合ってみれば、自分に見えていなかったものの多さに気付かされるものです。一度は認めないと言ってしまいましたが、あの気迫と威圧感は間違いなく教官の弟と言って然るべきものでした。今では織斑一夏が間違いなく教官の血を分けた存在であることを認めざるを得ません。」

 

何もかもが信じられなかった。

先日まであれほどに一夏のことを毛嫌いし、憎悪を込めた目を向けていたあのラウラが、一夏を褒めるどころか私の弟として認めている……?

たった数日で、あれほど思い込みの激しいラウラが改心させるなど、誰にでもできることではない。それこそ、私にだってそんなことは不可能だろう。

 

……だからこそ、そんなことができる奴はこの学園には1人しかいない。

何の衝突もなく、他者の視点を変えさせることができる器用な人間など、1人しか……

 

「……綾崎に、会ったのか?」

 

「……やはり教官には分かってしまうものですか?」

 

「お前の一夏に対する執着と憎悪は見ていても凄まじいものだと分かっていた。それを僅か数日で解消できる人間などあいつしかいない。」

 

「正確には織斑一夏の奮戦もあって、ですが。

……私は織斑一夏が教官の経歴に傷を付けたことを憎んでいました。しかし、仮にあの男が自身の力でその存在価値を証明すれば、必然的に教官の当時の判断も間違っていなかったという事になる。

私はその可能性を見出したからこそ、今こうして貴女の前で笑って立てているのです。」

 

そう言うラウラの顔は本当にすっきりとしたもので、今の自分にとっては羨ましくなるほどに綺麗な笑顔をしていた。

……ああ、やはり一夏も綾崎も、自分なんかよりも何倍も素晴らしい人間だ。こうして自分が自分のことに悩んでいる間にも、一人の少女の心を変えたのだから。

 

全く、自分は本当に教師には向いていないのではないかと考えてしまう。それほどに自分の現状は自分の自信を削ぐのに十分なほどに酷い有様だ。

 

「ふふ、やはり教官も悩んだり困ったりするのですね。」

 

「……当然だ。私とて人間なのだからな。」

 

「ええ、そうでしょう。しかし恥ずかしながら、以前の自分は心の底から教官がミスをする事などないと信じていました。綾崎に言われた後も、こうして実際に見るまでは何処か信じられていませんでしたから。」

 

「……綾崎の調子は、どうだった?」

 

「一昨日も一人で出歩いていました。丁度教官が穴を開けたその木の下辺りで座り込んでいました……が、それ以降は決して目を離さない様にセシリア・オルコットに言いつけています。問題はありません。」

 

「そうか。世話をかける。」

 

「好きでやっていることですから。」

 

「そう、か……」

 

教え子の成長がこれほど虚しく感じた事も無いだろう。

子供達はしっかりと前を向いて正しく成長しているというのに、互いに互いを見て切磋琢磨し合っているというのに、なぜ自分だけはこうしていつまでも下を向いて立ち止まっているのか。

本来ならば彼等の導き手は綾崎ではなく自分がしなければならないというのに、私は何をして……

 

「教官。もしかしたら私が口を出すべき事柄では無いのかもしれませんが、綾崎と喧嘩でもしましたか?」

 

「……いや、単に私があいつを傷付けてしまったというだけだ。合わせる顔がなくて、ズルズルとな。」

 

「……教官、少々人間臭すぎるのではないでしょうか……?」

 

「喧嘩を売っているのかお前は?」

 

「い、いえ、そういうつもりでは……らしくないと言いたかっただけでして。」

 

「ならばそう言え、人を人外の様に言いおって……」

 

(それはあながち間違っていないのでは……)

 

小声で何か言っているようだが、悪口を言っているということだけは分かる。

人間らしくなったのはいいことだが、少々生意気にもなっているのではないだろうか。

別に指摘はしないが……

 

「教官、綾崎は怒ってなどいませんでした。それどころか何やら酷く後悔していた様に思います、関係修復は早めの方がよろしいかと。」

 

「っ、そんなことはお前に言われなくとも分かっている。だが事はそう単純な話ではないのだ。少なくとも、あいつに対する接し方を考え直さない限り私は……」

 

「……普段の教官ならば"考えても分からないならばせめて行動を起こせ"とでも言いそうなものですが。」

 

「うっ」

 

確かに自分がラウラの側であったら間違いなくそう言うだろう。

"悩んでいる暇があるなら謝ってこい"とか、"自分が悪いという自覚があるのなら保留する資格などない"とか、分かったような顔をしてそう言うに違いない。

しかし……

 

「聞いた話では綾崎は教官が帰ってくるのを夜遅くまで待っているそうですが。教官とは違って、綾崎の方は行動を起こそうとしているのではないのですか?」

 

「うぐっ」

 

「セシリア・オルコットが言っていましたよ。あの不自由な体でも教官の食事を作ろうと無理をするので、最近は一人は見張りを付けるようにしていると。それほどに思われているにも関わらず、教官の態度はあまりに不誠実なのではないのですか?」

 

「うぐぐっ……!!」

 

「本当にこのままでよいのですか?あまり邪険にしていると傷付くのは綾崎の方ですよ。あれは露骨に避けられていても悲しみを隠して忠犬の様に待ち続けるタイプでしょう。教官は世話になっている人間に負担を掛け続けるのですか?」

 

「うぐぐぐぐっ……!!!」

 

ぐうの音も出ない。

ラウラのジト目はどんどん深まっていく。

なんだこれは、なんだこれは。

私があのラウラに説教を受けているだと?

一体どんな状況だ。

 

「だ、だがなラウラ。私は……」

 

「……教官、これ以上私を失望させないで下さい。これでは綾崎の方が余程大人に思えてしまいます。」

 

「む、むぅ……あいつと比較すればそれこそ大抵の人間が敵わないだろう。それほどに綾崎は出来たやつだ。あいつが居なければ私はまともな生活も出来なくなっているということを、この数週間で実感した程だ。」

 

具体的には3日に1度は一夏と篠ノ之が部屋に掃除に来なければならない有様だ。自分の私物が何処にあるのかさえも把握できていないどころか、下着の位置さえ知らないという始末。仮にも男性の綾崎に自分の下着まで洗濯させていたという事実に気が付いたのは恥ずかしながら、その時であった。

 

「はは、それを教え子の前で堂々と言いますか……ああ、綾崎、お前の言っていた事は全く間違っていなかったらしい。どうやら本当に私は教官の上部だけしか見ていなかったようだ。」

 

「おい、頭を抱えて蹲るな。それと本人を前にしてその言い草は無いだろう。私とて心はあるのだぞ。」

 

「いや、もういいですから。早く綾崎のところに行って謝罪してきて下さい。今なら恐らく部屋に居るはずです。」

 

「……心なしか私に対する扱いが雑になっている気がするのは気のせいか?」

 

「気のせいです。教官に抱いていた尊敬の念が3割、いや4割ほど綾崎の方へと移動しただけですから。何の問題もありません。」

 

「いや待て、このたった数日でドイツで数年に渡り築き上げたお前への信頼の大半を私は綾崎に奪われたというのか。」

 

「以前は教官の強さに憧れていたのですが……こうしてその代償を見てしまった今、本当にこの道を進むべきなのか悩んでいる自分がいます。」

 

「流石に酷過ぎないか?」

 

「ですが教官……私でも簡単な調理くらいならできますよ……?」

 

「くっ、卑怯だぞラウラ……!」

 

「意味が分かりません、教官……」

 

しかし、悔しいが、悔しいがラウラの言うことは間違っていない。

そしてきっと、今この機会を逃せば私はまた綾崎に謝る機会を失うだろう。次にその機会が巡って来た時、綾崎はどれほど傷付いているのか。考えなくとも分かってしまう。

 

……未だに綾崎に対してどう接していいのかは分からない。

けれど、このままの状態でいるのは間違いだ。

 

綾崎の身に起きた事を知り、そして今後どのように接していくのかを考えるだけならば、以前のような関係性のままでも問題ないはずだ。

 

(……そうだ。いくら綾崎が以前の自分を忘れていようとも、私が覚えていさえすれば何の問題も無い。私だけでもあいつの事を見ていれば、それでいいではないか。何を悩んでいたのだ私は……!)

 

思い返せば確かに私は思考するフリをして逃げていただけだったのかもしれない。

こんな風に他人と接する事で悩んだ経験が少なかったが故に、無意識のうちに向き合う事を避ける選択ばかりしていたのだ。

……情けないことだ、他人に対してならばあれほど偉そうな事を言えるのに。いざ自分がその立場になればこれなのだから。

 

「……ラウラ、綾崎は寮監室にいるのだったな?」

 

「ええ、恐らくは。よろしければセシリア・オルコットに連絡しておきましょう。」

 

「ああ、助かる。……すまないな、みっともない姿を見せた。」

 

「全くです、私の憧れを返して頂きたい。……ですが、こうして見ることができた教官の一面も、私は嫌いではありません。」

 

「ふっ、小娘が生意気を言う。……何かあれば、いや無くとも構わない。お前も寮監室に来るといい。喧しいガキが一人増えたところで誰も気にすることはないだろう。」

 

「……ええ、いずれはお言葉に甘えて。」

 

「ああ、それではな。」

 

そうして私はここ数日に無かった程にスッキリとした頭で寮監室へと走り出した。

体が恐ろしい程に軽い。

ラウラが後方へとすっ飛んでいく。

 

どうやって謝ろうかなどと全く考えてはいないけれど、以前のように綾崎と話したい。

その強い思いだけが私を動かしていた。

 

 

 

「……綾崎、どうやら私はお前の様にもなりたいらしい。その為の努力も、私は必ずしてみせよう。」

 



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36.空の足音

少しずつ異変が起き始めます。

まあそんなことより、今日はラウラちゃんの番です。


side千冬

 

「……綾崎が、いない……?」

 

「そうなんです!今みんなで探してるんですけど、どこにもいなくて……!!」

 

ラウラに言われ寮監室へと走って来た私は、そこで同様に慌てる様にして走って来た凰に会った。

その異様な様子を不思議に感じた私は凰に対し落ち着きを求めたのだが、告げられた衝撃の事実に私は酷く困惑する。

 

「だ、だが島の中にいるのは間違いないだろう?人手を増やせば……」

 

「もう50人体制で探しています!それでも見つからないんですよ!」

 

「なっ、そんなバカな……!」

 

いくら学園が広いとは言えど、所詮は島である。

それに綾崎はあの足だ、遠くには行けないことを考えればすぐに見つかるはずなのだ。

 

にも関わらず、どこにもいない?

そんな事あるはずが……

 

困惑と焦燥が増していく中、凰の携帯端末が鳴り響く。

凰は急いで取り出すと音声をスピーカーにしてこちらにも聞こえる様にして話し出した。

どうやら相手はオルコットらしい。

酷く取り乱した様子のオルコットは声が聞こえてくる。

 

『お、お母様の!お母様の車椅子を見つけましたわ!ですが、ですが……!!』

 

「なに?どうしたのよセシリア!落ち着いて喋りなさい!」

 

『海辺に打ち捨てられていて……お母様の靴が……水面に……』

 

「「っ!?」」

 

『先生方が今ボートを取ってきてくれていますが……あの身体では、もう……』

 

「……嘘、よね……?セシリア!」

 

『私だって信じたくありませんわ!!ですがこれだけ島中を探し回って、他にどう考えればいいというのですか!!』

 

「落ち着けお前達!今は言い争っている場合では無いだろう!いいからISだろうと何だろうと使って探し出せ!責任なら私が……クソッ、誰だこんな時に!!」

 

次に鳴り響いたのは自分の携帯端末だった。

ただでさえこの感情を抑え込むのに精一杯な状況にも関わらず、これ以上の面倒ごとは御免だと端末を見れば、相手はラウラだった。

ラウラがこの事態に無闇矢鱈に電話をかけてくるとは考え辛い。

何か進展があったのだと思い電話に出てみれば、ラウラもまた珍しくオルコットと同様に焦った様子で話し始める。

 

『教官!緊急事態です!』

 

「そんなことは分かっている!綾崎は見つかったのか!」

 

『それ以上の緊急事態です!今直ぐ捜索を中止させ、全生徒を屋内に退避させて下さい!』

 

「なに……?」

 

突拍子も無いそんな言葉。

全生徒を屋内に避難させるなど、それこそ確かにかなりの緊急事態だろう。

だが、そんな話を他ならぬ自分が聞いていないというのはおかしい。

それでもあのラウラがその様な嘘をつく筈もない。

言葉の通りならば綾崎の失踪とは別件なのだろうが、考えるより今は聞くべきだと思い直す。

 

「一体何の話だ!何があった!」

 

『IS学園周辺に向けて飛来物の報告あり!直径は5m程度と推定!直撃すれば中型ミサイルと同規模の被害が予想されます!!』

 

「なっ!?そんな情報は聞いていないぞ!!」

 

『本来ならば大西洋上空で燃え尽きる筈だった小惑星が突如として軌道を変え、そのままの大きさで落下していると観測していたドイツ空軍からは聞いています!直ぐに教官の元にも詳細な情報は渡るかと!

そんな事より早く避難を!私はセシリア・オルコットと共に落下地点を予測しつつ破壊か軌道変更を試みます!』

 

「くっ、何故このタイミングなのだ……!

ラウラ!そちらは全てお前に一任する!!凰!今直ぐ全生徒を屋内に退避させろ!逃げ遅れる者が出ない様に島中を回れ!全速力だ!!」

 

「はっ、はい!今直ぐに!!」

 

凰に指示を出し教師陣への指示を出そうとすれば、丁度そちらからも連絡があった。

内容はやはりラウラからの報告通り……今や数を少なくした宇宙開発関連の研究者がその異常事態に気付き、即座に大まかな落下地点を割り出したという。

 

しかし時間は少ない。

落下まであと数分、恐らく避難は間に合わないだろう。

そもそも正確な落下地点が分からない時点でいくら屋内に避難したところで確実に安全とは言えまい。

 

「真耶!ISを全て出せ!私の分もだ!……元々は宇宙空間での行動を想定して作られているのだ、直撃してでもアレを止めろ!!」

 

めちゃくちゃを言っているのは分かっている。

ただそれでも、今はやれることをやるしかない……!!

 

先程まで綾崎に謝罪しようと意気揚々と走っていたにも関わらず、急転直下と様々な悪い情報が降りかかってくる。

正に自分と綾崎の仲直りを邪魔するかのように。

 

……大丈夫だ、綾崎が自殺を図るなどあり得ない。

それよりも誘拐の線を考えた方が可能性は高い。

 

私はそちらの段取りも考えつつ、全速力でIS保管庫の方へと向かった。

 

 

sideラウラ

 

飛来物到達まで残り3分まで迫った頃、私はセシリア・オルコットを引き連れて上空まで飛び上がっていた。

当初は綾崎のこともあって混乱していたオルコットだったが、緊急事態に自分の力が必要だと言われれば、その全てを飲み込んで取り組むことができるだけの精神力とプロ意識は持っていたらしい。前に綾崎を含めて話していた時にも感じたが、この女はなかなかに期待が持てる。ただ甘い環境に浸かっていただけの人間ではないのだろう。

 

 

ISのハイパーセンサーがあれば、この距離からでも対象がくっきりと眼に映る。

隕石にしては小さめだろうが、5mもあれば容易に広範囲を吹き飛ばす事ができる。最低でも海洋に落とさなければ、綾崎の捜索のために島中に生徒が散らばっているこの状態では間違いなく大量の死傷者が発生する。それだけは絶対に避けなければならない。

 

「セシリア・オルコット、あれを撃ち抜くことは可能か?」

 

「技術的には問題ないと断言致しますわ。ですがレーザー兵器で撃ち抜けるかどうかは相手次第といったところでしょうか。」

 

「ならば問題ない。私のレールカノンは実弾兵器、精度も貴様のISの照準データを利用すれば多少はマシになる筈だ。」

 

「なるほど。ちなみに破壊と軌道変更、どちらを優先いたしますか?」

 

「……軌道変更しかあるまい。報告では対象は大気圏突入時から全くと言っていい程にその体積が変わっていない。多少細かくしたところで被害が広がるだけだ。」

 

「ですが海には……」

 

「分かっている。だが生きているかどうかも分からない1人の為に、その他の大勢を犠牲にすることなどできん。津波の可能性はあるだろうが、ISさえあればどうにでもなる。選択肢は無い。」

 

綾崎の話については既に聞いている。

私としても思うところはあるが、今はそれどころではない。私は生徒である前に軍人だ、非常事態に私的な理由で動くことは許されない。

 

捉えていた飛来物をISに解析させれば、より正確な落下予測地点が弾き出される。

勿論結果は好ましくないものであったが、元より最悪の場合を想定している。それがその通りになっただけならば取り乱す事など何もない。

 

「……やはり寮舎に向けて一直線か。止めなければ尋常では無い被害が出る。」

 

「ラウラさん、作成した照準データを共有いたしますわ。角度と速度、諸々をラウラさんから頂いたそちらの武装データからこのように設定したのですが、問題はありますでしょうか。」

 

「……ほう、よくできている。これならば問題はあるまい。タイミングは?」

 

「そちらも既に設定済みですわ。こちらのタイマーに合わせてくださいませ。」

 

「分かった。例え失敗したとしても私に策がある。気兼ねなくやれ、オルコット。」

 

「分かりました、信用させていただきますわ。ラウラさん。」

 

「ああ。……いくぞ!」

 

オルコットと共有した詳細な照準データを元に狙いを定める。レールカノンの情報を提供したとはいえ、それはほんの数分前の話。僅かな時間でここまで精密なものに仕上げた手腕は大したものだ。

それに構えている姿も様になっている。才能も確かにあるだろうが、それに胡座をかかず、相当な努力を重ねているのだろう。

 

悲しい事に乗っている機体の性能が尖り過ぎているのが問題か。

イギリスは今も昔も頭のおかしい兵器を作る事が度々あるが、データを見た限りでは間違いなくこいつの乗っている機体も間違いなくその被害者だ。

そんなものをそれなりに乗りこなしているだけで賞賛に値するのだが、これだけの解析能力があるのならば、後衛としての役割に徹すればかなりの働きが期待できる。

 

自分の中でセシリア・オルコットに対する期待値はそれなりに高い。

やはり代表候補生というだけあって、粒はいるものである。

これも見える世界が広がった副産物なのだろう。

 

……いや、今は彼女のことを思い出すのはやめるべきだ。集中すべきことは他にある。

 

「「ファイア!!」」

 

セシリア・オルコットが設定したタイマーに合わせて、対象に向けて同時射撃を行う。

とりあえずは一発目で様子を見て、それからの修正と対策はセシリア・オルコットに任せるつもりだ。

この一発がどう転ぶかが重要となる。

 

レールカノンとスターライトによる2つの性質の異なる弾丸は、調整された弾速で対象の一点へ向けて飛んでいく。

一般的な隕石ならばこの一撃で軌道は大きくズレる筈だ。多少破片が降り注ぐ事になるかもしれないが、その辺りはどうにでもなる。

勿論、あの隕石が想定以上に脆かったりすれば完全に破壊してしまうだろうが、大気圏突入時から体積が止まっていない事を考えると、破片が飛ぶほど破損するかも怪しいところだ。

 

あれが一体何なのかは後で調べる必要はあるだろうが、有害物質を含んでいる可能性も存在する。

できれば一片たりとも破損してくれるなと願いながら弾丸の行方を見守っていると、事態は想定外の方向へと向かい始める。

 

「3……2……1……着だn……そんなっ!?」

「馬鹿なっ!!」

 

想定していた事態は大きく分けて3つ。

・無事に軌道変更がなされる

・想定以上に脆かった為に大きく破損する

・想定外の強度故に何の変化も与えられない

というものだ。

 

1つ目が最高の結果であり、

2つ目が最悪の結果、

3つ目ならばAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)の使用で解決できる問題だと踏んでいた。

 

だが例え2つ目が生じたとしてもワイヤーブレードとブルー・ティアーズによって大半は撃ち落とせると、その用意もしていた。

 

それなのに、今やそんな予測も準備も全てパーだ。

誰がこんな事態を想定できるというのだ。

これらの予測は全て我々2人の弾丸が当たる事を前提にして立てられている。だがそんなことは当然だ、それ以外の予測などどう考えても無意味に等しいのだから。

 

……だから、今現在私達がこうして困惑してしまっていることも仕方ないに違いない。

 

なにせ、

 

"飛来する隕石が戦闘機の様にローリングし弾丸を回避する"などという現象は、きっと誰にだって予想することなど出来ないはずなのだから。

 

「ラウラさん!」

 

「オルコット!ブルー・ティアーズで奴の動きを固定しろ!私が奴を受け止める!」

 

「くっ、無理をしないでくださいませ!」

 

まるで意思を持っているかの様な動きをして飛行するそれを停めるには、やはりAICを使うしか無い。あの動きを止められるかどうかは1人では分からなかったが、今は隣にオルコットが居る。

もし単純に攻撃を避けるだけしか能の無い相手であれば、オルコットなら容易にその動きを封じる事が可能だろう。そうでなくとも逃げ道を減らすくらいの働きはしてくれるはずだ。

 

予想通り取り囲む様に射撃を続けるブルー・ティアーズによってローリングによる回避が不可能になったそれは私目掛けて落下してくる。

例えあれの正体が何であろうと、空間に直接干渉して相手を停止させるAIC の前では無意味。加えて相手が単体であるならば尚更だ。

 

「AIC (アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)!!」

 

ハイパースコープによって極限まで動体視力を上げた状態でも間一髪、自身に直撃する前に発動することができた。対象に向かって放つというよりは、停止する空間をその場に置いておくようなイメージだったが、思い付きでも上手くいった。これだけでも冷や汗ものだ。

 

「やりましたわ!!」

 

タイミングが一瞬でも遅れればそのまま直撃してAICに集中するどころでは無かっただろう。こうして止めているだけでも何故か通常よりも遥かに精神力が削られている。なるべく動きを少なくする様にオルコットが配慮してくれなければ危なかっただろう。

 

「ラウラさん、これからどういたしますか?」

 

「このまま浜辺に降ろして解析の方へと回す。オルコットはそのままISを解除せずに……」

 

 

 

『メテオクイーン・サラマンドラ』

 

 

 

「はっ……?」

 

突然割り込んできた第三者の通信と共に、ゴバァンッと空気をも消し去る様な紅い熱戦が、私の目の前を横切った。

一瞬にして真っ青であった視界が赤一色に染まり、ISが自動的に視界に入ってくる光量を減らした事だけが分かる。全てを搔き消す様なその光は、宇宙空間でも活動が可能なISに乗っている筈であるにも関わらず、"死"というものを明確に私に意識させる。

 

一瞬だったのか数分だったのか、どれほどの時間が経ったのかは分からないが、その異様な赤が消失した時、私はあまりの恐怖に情けなく身体を震わせ、全身から滝の様な汗を流して目を見張っていた。

 

恐る恐ると視線を落とせば、そのあまりの熱量にシュヴァルツェア・レーゲンの指先が溶け、停止していたはずの5m大の塊が少しの熱を帯びた粘性の液体へと変わっている。

 

周囲の空間を真っ赤に染める程の光量、ISを容易に溶かす程のエネルギー、5m大の物体を一瞬で消滅させるほどの攻撃範囲。

これを私は知っている。

見たことはないが、そのあまりに現実離れした兵器について、話は何度も聞いていた。

 

 

『悪いな嬢ちゃん、けどそいつを持ってかれちまうと困るんだ。』

 

 

「……全身装甲型の、IS……!!」

 

蜘蛛のような下半身に、ISにしては大き過ぎる黒の体躯。全身を包むような装甲に、胸の中央部の核の様なものに向けて走る紅の線。

 

……間違いない。

 

こいつが、こいつこそが、

私がここへ来る寸前に学園を襲撃し、

篠ノ之束と繋がりがあると予想され、

綾崎に2度と消えない傷を負わせた張本人。

 

その大きな体躯のISがその体積を減らしながら蜘蛛の様な形から人型の形に変わっていくのを見ると、間違いないだろう。こんな機構を実現できるものなど他にはおるまい。

 

……そして、こうして対峙してみれば分かる。

その異様なISから発せられる威圧感と、操縦者の女から感じる強者の雰囲気。どちらを比較しても今の自分では歯が立たないことを確信してしまう。

どころか、先程の一撃を見てしまったせいか、自分の身体が奴と戦うことを拒んでいる。

 

こんな相手と時間稼ぎが目的とは言え、何の支援も無しに戦いを挑んだ綾崎は本当に正気だったのか……?

そもそもこんな奴を相手にどうやって時間稼ぎなどしたのだ。

 

私が今できることなど、オルコットを引き連れてこの場から逃げることしか……

 

「ラウラさん!あのISが背負っているのは……!」

 

「……?なっ、綾崎……!?」

 

オルコットの声に促される様に殆ど無意識となって視線だけを動かせば、敵ISが背負っている白色の塊が目に写った。

ハイパーセンサーを使えば、それが間違いなく1人の人間であることが分かる。それどころか、その人間こそが今の今まで考えていた彼女であると、どうして今更気付いてしまったのか。

 

意識を失っているのか、ピクリともしない綾崎。まさか死んでいるなんてことは無いと思いたい。

……だが、以前彼女をあれほど痛めつけた敵の手の中にあるという事実は、どうやっても受け入れられるものでは無い……!

 

「貴様ァ!!綾崎をどうするつもりだ!!」

 

『あぁ?どうするって……なんだ、気絶しちまったのか。別に悪い事はしねぇよ、少し借りるだけだ。』

 

「ふざけるな!!そんなことが認められるか!」

 

『別にお前の許しなんか求めてねえよ。それに織斑千冬ももうこいつの事は必要ねぇんだろ?だったらあたしが貰っても問題ないだろうが。』

 

「ッ、オルコット!!」

 

「分かってますわ!!」

 

私の一言に、オルコットも直ぐさま行動を始める。

ブルー・ティアーズで敵の後方を包囲し、自身も上空から狙いを定める。

そして私はそれと同時に正面から攻め立てる。

 

逃げ道を完全に塞ぎ、ここから絶対に逃がすつもりはないということを示すと、敵の操縦者は酷く面倒臭そうな態度で首を傾けた。

 

先程まではあれほど恐怖に震えていた自分が、今ではそれが嘘であったかの様に怒りに震えていた。

彼女もこんな気持ちで相対したのだろうか。

……怖さなど何もない、譲れないものを目の前にすればそんなことを気にしていられる余裕すら無いのだから。

 

「綾崎を返せ外道!!」

 

『外道って……ま、こいつは渡せねぇなぁ? 私もこいつの事は結構気に入ってるんだ。だから心配する必要なんか微塵もねぇよ。貞操の方は知らねぇけどな。』

 

「貴様ァァッ!!」

 

『もういいから失せな』

 

「ごっ……!?」

 

「なっ!?」

 

綾崎を背負いながら高速でワイヤーブレードを潜り抜け、その勢いのままに、あまりにも重過ぎる膝蹴りが私の腹部へと叩き込まれた。

蹴り飛ばされた私はオルコットの射線上に弾き出され、奴はそのまま片手に出現させた鞭の様な武器でたった一振りでブルー・ティアーズを1つ残らず破壊する。

 

その鮮やかな手際は敵でなければ感嘆の一言であり、武器の扱い1つでさえも奴との実力差を感じてしまう。

 

『おいおい、その程度の実力でこいつを取り戻すつもりだったのか?大人しく遠距離武装で囲んでおけば良かったものを。近距離戦を挑んで来たから期待したのに、その程度かよ。』

 

「ぐっ……これほどの機体性能差があるにも関わらず、随分と上からの物言いだな。」

 

『はっ!その差があるにも関わらず、こいつが私と引き分けたことを忘れたのか?』

 

「っ!」

 

『こいつは凄かったぜ?私がどれだけ攻め立てても、その尽くを棒切れ一本で防ぎやがる。しかも乗ってる機体の性能は量産型よりも劣るときた。それで結局、織斑一夏が無人機に勝つまで時間稼ぎをさせられちまったんだから、実質こいつの勝ちみたいなもんだろ。……ああ、今思い出してもゾクゾクする。』

 

「………」

 

『ま、そっちの青ガキはともかく、テメェは確実に実力不足だ。何を偉そうにしてやがんのかは知らねぇけど、戦闘力も指揮力も中途半端。近接も遠距離も力はあるが極めてる程じゃねぇ。そんなもん何の使い物にもならねぇよ。今のお前じゃ何回やっても私からこいつは取り返せねぇよ。』

 

「……ッ!!」

 

『悔しかったら力付けて出直して来な。そうじゃねぇと……こいつ、いつ帰ってこれるか分かんねぇぜ?はははっ!!』

 

「なっ!待ちなさい!!」

 

言いたい放題言っておきながら、そのまま逃げ去る奴をセシリア・オルコットは追いかけていく。だが、そもそもの性能差故に少しも追いつくことは叶わず、そのまま奴を見送る羽目になってしまった。

 

「……ラウラさん……」

 

……一方で私は、直ぐに動くことができたオルコットに対して、私は彼女が奴を取り逃がして戻ってくるまで、その場から一歩たりとも動くことができなかった。

 

別に機体性能の差故に絶対に追いつけないということが分かっていたからではない。

追いかけたところで取り戻せる可能性が全く無いということが理由なわけでもない。

 

……感情を、思考を、尊厳を滅茶苦茶にされ、あらゆる負の感情に心が支配されてしまい、私は軍人でありながら戦場の真っ只中で、完全に放棄してしまったのだ。

 

考える事と、戦う事を……




やっぱりヒロインでした


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37.話は遡って

ちょっと時間の少ない中で必死になって書いたのでかなり適当なになってます。許して……許して……


side--

 

「こんな所で何してんだい?お嬢さん」

 

夕日の沈み始めた静かな浜辺で、1人黄昏ている奈桜に近付く女性の影があった。

茶の髪を海風に吹かれながら、スーツの上着を少女の肩に掛け、当然のように車椅子にもたれかかる。

 

「……この学園のセキュリティ、やっぱり見直す必要があるでしょうか。」

 

「いやぁ、必要ねぇだろ。何事にも規格外ってのはあるからな、一種の災害だと思ってた方が楽に生きれる。」

 

「まさしく"天災"ですか。」

 

「そーゆーことだ、真面目に考えると疲れるぞ。……ほれ、コーヒーは飲めるか?」

 

「ブラックでなければ……ありがとうございます、いただきます。」

 

暖かい缶コーヒーを背後から頰に当てられ、それに特に嫌がる素振りもなく、奈桜は缶を両手でゆったりと受け取る。

しかし、ぷるぷると震えるその指には力が入っておらず、缶コーヒーの蓋をカリカリと引っ掻くのみで、全く開けられる様子はない。

まだ満足に指先が動かせない事に加えて、海風に当てられていたからか、少しだけ悴んでいるのかもしれない。

はーっ、はーっ、と手に息を吐きかけるが、それでもやはり開ける事は出来ず、困り顔をしてしまう。

 

「……ったく、ほら貸せ。……よっ。」

 

見兼ねた女は奈桜の背後から身を乗り出す様にして缶を奪い取ると、慣れた手つきで蓋を開け、再び奈桜の手に握らせる。

奈桜はそんな彼女に一言お礼を言うと、何の躊躇もなくそれに口をつけた。少し苦そうにはしているが、それでもその温かさにほっこりと満足気な表情をする。その姿からは少しの警戒心も感じられない。

 

「……お前、なんでそんなに警戒してないんだ?仮にも自分を殺そうとした相手だろ。」

 

「警戒したところで今の私にできる事なんてありませんから。それならば下手に取り乱すよりも、冷静に言葉を交わした方がよほど有意義だと思いませんか?」

 

「なるほど、正論だな。」

 

「それにこの状況でわざわざ缶コーヒーで毒殺するなんて、頭のおかしい人でしょう。……あ、でも、テロリストさんは話の脈絡も関係なしに広域殲滅兵器を撃ってくる様な頭のおかしい人でしたね。」

 

「ああもう!それに関してはマジで悪かったって!私だってンな勢いでぶっ放しちまうとは思わなかったんだよ!」

 

「ふふ、許しませんよ?私の身体をこんなにしてくれたんですから、しっかりと責任は取ってもらわないと。」

 

「マジかよ……スコールになんて説明すりゃいいんだ……」

 

がっくりと項垂れる彼女に、奈桜はクスクスと口元に手を当て微笑ましげにそれを見る。もちろんそんなことは冗談であり、女性もそれは分かっている筈なのだが、相手が好みの少女で満更でもない彼女はそれを至極真面目に受け取っていた。都合のいいことである。

 

「……で?なんでお前こんなところで一人で居るんだ?友人の一人や二人居るだろ?」

 

「思いのほかこの場所が気に入ってしまいまして。一人でぼーっとしているのも、案外悪くないですよ。」

 

「はぁ、呑気なこって。」

 

「世の中なんでも自分の都合よく動くわけではありませんからね。偶にはこうして自分を振り返って、ゆっくり思考を整理する時間も大切なんです。」

 

「分かんねぇなぁ。ンなもん酒飲んでヤッて寝れば……ああ、それができないのか。ガキは大変だな。試しに一晩抱いてやろうか?」

 

「滅多なこと言わないでください。あとさりげなく私の服に手を入れるのもやめて下さい。」

 

「別にいいじゃねえか。織斑千冬とは疎遠なんだろ?寂しさ埋めてやるって。」

 

「警備員呼びますよ?」

 

「こんな所に居ねえよ。」

 

「……とにかく、やめて下さい。私はそういったことを軽率にするつもりはありません。」

 

「つれねぇなぁ……ま、そういうところがまた好みなんだが。」

 

「私の好感度はだだ下がりですけどね。」

 

わっしわっしと乱暴に頭を撫でる女に溜息をつく奈桜。

世の中には様々な人間が居るが、こういった自分の快楽を求めて生きている人間が一番厄介であって、同時に一番信用できる人間だということを奈桜は知っている。

 

裏で何を考えているのか分からない人間よりも、多少行動が過激であっても誤魔化す事を面倒がって、言い難い事だろうが構わず言い放つ人間の方が余計な事を考えずに済んで楽だ。

 

どうやら広域殲滅兵器をぶっ放したのも本当に事故であったようだし、彼女自身は救いようのないほどの悪ではない、かもしれない。

 

その証拠なのかなんなのか、彼女は急に申し訳なさそうな顔をして奈桜の顔を覗き込み始める。

 

「なあ。……その目、マジで何も見えないのか?」

 

「ん?そうですね、確かに今は殆ど見えません。見えたとしても日光に当てられませんから、もうこの眼帯は外せないでしょうね。」

 

「……そうか。」

 

先程までとは打って変わって恐る恐ると訊ねる女の言葉に、奈桜は少しも取り乱したり悲しんだりすることもなく、さもそれが当たり前のことかの様にすんなりと答えた。

 

こうして話し始めてからずっとその存在を主張している眼帯に対して、女がチラチラと視線を送っていたことは奈桜も知っていた。

未だに確信できない女の善性を知るためにあえて余計な感情を見せず淡々と答えたのだが、思いのほかその対応は女の心に響いてしまったらしい。

先程まであった威勢がどんどんと萎れていくのが見て取れる。

 

「その、悪かったとは、思ってる。殺すつもりとかはマジで無かった。ほんとに事故だったんだが、やられた本人にはそんなもん関係無ぇよな。女の顔に傷を付けるとか趣味じゃねえのに……悪ぃ。」

 

「そうは言いますが、あの無人機の突入の際の衝撃でそれこそ顔に傷を負った子も居ると聞きましたよ?」

 

「そっちはマジで私無関係だからなぁ……」

 

「……」

 

「……い、いや!あれに関してはマジで私も知らなかったんだって!誰も開幕早々にあんなもんぶっ放すなんて思わないだろ!?」

 

「そうですね、私もあんなタイミングで貴女があんなものぶっ放すなんて思いもしませんでしたから。」

 

「だからそれはマジで悪かったって……!!」

 

やはり反省はしているらしい。

意地悪くこの話題を何度か振ってみているが、その度に萎れていく様子は見ていて悪くない。

あの戦闘の際に彼女に気に入られていることは奈桜も分かっていたことではあるのだが、あくまでそれは戦闘技術の方だとばかり思っていた。個人的にもこうして気に入られているのならば、都合はいい。

 

……と思ってるが、実際には奈桜が思っているよりも遥かに女は奈桜のことを気に入っていた。その容姿に関しては日本人の中ではどストライクだ、彼女が何度も奈桜の顔を覗き込もうとしているのはそういう理由もある。

 

「……それで、だな。ちょっくら誘拐させて貰ってもいいか?」

 

「……やっぱり頭のおかしい人なんですか……?」

 

「いや、お前の目を治せるかもしれねぇ奴が居るんだがな。そこに連れて行ってもいいかって聞いてる。」

 

「なんで最初からそう言えないんですか、一瞬本気で心配してしまいましたよ。」

 

「ちょっとしたジョークだろ。」

 

「貴女が一般人でしたらそのジョークも通用しましたが、自分の立場を考えて下さい。」

 

ジョークだと言い張る女に向けて、奈桜はもうずっとジト目を向けている。だがそれでも、その申し出自体はありがたいものであった。受けるかどうかは別としても。

 

「……そうですね。実際、私はまだ貴女のことを信用できていません。相手が相手だけに目の治療に関しては疑っていませんが、自分の命と引き換えにしてまで治したいとも思っていません。」

 

「なるほど、な。」

 

「それに、もし私が居なくなればまた侵入者だ誘拐だと大騒ぎになること間違いなしです。以前の一件でも迷惑をかけているのに、これ以上騒ぎを起こすのは忍びありません。」

 

「まあ、それも確かにな。」

 

「ですから、そういった疑いだとか騒ぎだとかをどうにかしてくれるのなら、着いていっても構いませんよ。」

 

「……まじで言ってんのか?お前。」

 

「ええ。危険もなく、誰にも迷惑をかけないのなら断る理由も無いじゃ無いですか。……勿論、貴女が嫌でしたらこの話は無かったことにしますが。」

 

「待て待て待て待て!助かる!着いてきてくれるならマジで助かる!!面倒な事は全部引き受けるから着いてきてくれ!頼む!!」

 

「……自分で言うのもなんですが、そこまで必死になることなんですか……?」

 

「いや、確かに治してやりたいって私の思いもあるんだが、それよりも内外からのプレッシャーが凄くてな……最悪本気で誘拐するつもりだったんだが、それで嫌われるのもな。素直に着いてきてくれるならマジで助かる。」

 

「……はあ。私は貴女のことを信用はできませんが、嫌いではありません。貴女がそうして私に誠意を見せてくれる限りは、私も貴女のことを邪険に扱ったりはしませんよ。」

 

「……心が広すぎないか?お前。」

 

「そんなことはありません、1週間前の私なら少しも悩むことなく断っていました。私がこうして海を見ながら色々な可能性を考えていたからこそ、今こうしてこの答えが出せたんです。……貴女のタイミングが良かっただけですよ。」

 

「……お前、そんなに私の好感度を上げてどうするつもりだ?」

 

「いや、どうするも何も、そんなつもりは全く無いのですが……」

 

意識せずとも勝手に上がっていく好感度。

けれどそんなことが何もその女にだけ当てはまる事ではないということを、綾崎奈桜は未だに理解してはいない。

 

加えて、この女が騒ぎを起こす事も誰にも迷惑をかけることもなく奈桜を連れ出すなどというそんな器用な事を出来る筈がないという事も、未だに理解できてはいなかった。

 




ラウラ編が流石に長過ぎるので、そろそろどうにかします。


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38.チカラ

このくらいの歳の子が一番闇に落としやすいってお婆ちゃんが言ってました。


sideシャルル・デュノア

 

綾崎さんが誘拐をされたあの一件から1週間ほど、僕の周りの環境は大きく変化していた。

 

まず、一夏に対して僕の性別がバレてしまった。

しかしそんな僕に対して、彼は驚愕はしたものの、直ぐに思い出すようにして生徒手帳を取り出してまず最初に僕を助けるための提案をしてくれた。

 

『シャルル。もしお前が本当に助けて欲しいのなら、俺はどれだけでも協力する。……けど、助けを求めてくれないなら、俺はお前に何もしない。今の俺には無闇矢鱈に困ってる人間に手を貸す余裕なんて無いからだ。』

 

『……お前は、どうしたい?』

 

そう言った一夏の目は、けれど決して僕を見捨てるような目ではなく、決断を迫るような力のこもったものだった。

 

確かに今の一夏は必死だ。

綾崎さんが誘拐されてからというものの、自身のトレーニングに当てる時間が大幅に増え、部屋に帰ってきてもISの映像資料ばかりを見ている。

1秒たりとも無駄にはしないようなそんな姿勢を見ていれば、誰にだってそれは分かる。

 

だからそんな一夏に迷惑をかけてはならないと、一度は差し出されたその手を掴むのを拒もうとした。けれど……

 

『……助けて、助けてよ一夏。僕はもうこれ以上、君達を裏切りたく無い……!君たちの本当の仲間になりたい……!』

 

自然と口から出たものは、そんな言葉だった。

 

『……ああ、任せろシャルル。綾崎さんの代わりになんてなれないけど、俺は俺なりにお前のことを守ってやる。』

 

そう言い切って何処か満足そうに笑う一夏は、これまで見てきたどんな男の人よりもカッコよくて、トクンと心臓の跳ねたあの瞬間を、きっと僕は一生忘れることは無いと思う。

 

結局その後に事情を説明しに職員室を訪ねた僕と一夏だったが、疲労した顔はしていても妙に落ち着いていた織斑先生によって、想像していたよりもすんなりと僕の学園在留は認められた。

 

『……まあ、お前の件に関して事前に対応を聞かされていたからな。まさか一夏を連れて来るところまで的中するとは思わなかったが。』

 

ハァ、と頭を手で押さえながらいくつかの書類を手渡して後は任せろと僕達は追い払われる。

 

つい先日までは綾崎さんが誘拐された事もあって酷く取り乱していたのにも関わらず、何があったのか、ある日からずっとこんな感じだ。

織斑先生からは取り敢えず『誘拐犯に対して綾崎さんの無事は約束させた』ということは聞いていたが、僕としてはそれだけでここまで落ち着いていられる理由が分からない。

同様にその話を聞いていた一夏達も納得できていない様子だったし、ラウラさんに至っては凄い形相で先生を睨み付けていた。

 

どこかピリピリとした雰囲気のある今の関係だが、相手との力量差を嫌という程思い知ってしまった現状で自分にできることなど無いことを痛感してしまったために、誰もが各々に自身の鍛錬に打ち込んでいる。

 

誰もが一心不乱に各々の方法で力を付けている中、こうして自分1人だけ何処か緊張感に足りないのは、本当は大して綾崎さんのことを大切に思っていなかったのではないかと自己嫌悪をしてしまう。

 

けれど心の何処かで皆が心配をし過ぎなのではないかと思ってしまう自分もいる。

 

彼女は守られる側の人間ではなく、きっと守る側の人間だ。

あれだけの重傷を負って満足に体を動かせない状況であっても、全ての事柄が彼女を中心に回っていた。いや、むしろ全ての事柄を無意識に自分に惹きつけて、それでもその全てをあまりにも綺麗に纏め上げた。

 

彼女が居なくなった今これだけ僕たちの関係がピリついているのは、きっと彼女が僕たちの中心になり過ぎていたからだ。

そんな彼女に流されたまま全ての解決を彼女に委ねてしまっていた僕達の怠慢もあるだろうけど、それは今は置いておく。

 

……だが、だからこそ、彼女ならば何処にいても、それこそ僕達の努力や心配など関係なく笑って帰ってきてしまうのではないかと思ってしまうのだ。

 

よくない考え方だとは思う。

それでも、彼女にそれほどの影響力があるのは確かなのだ。

 

「……やめやめ、こんな事を考えても仕方ない。今は織斑先生の言葉を信じて力をつける事くらいしか僕達に出来ることなんてないんだから。」

 

敵の居場所すらわからない現状では取り戻しに行く事すらできないのだ。

それよりも一般の生徒には綾崎さんは外部の病院に居ることになっているのだから、余計な噂が広まらない様に残り数日に迫った学年別タッグトーナメントを盛り上げる必要がある。

仮にも自分はまだフランス代表候補生だ、そこで無様な醜態を晒すわけにはいかない。

 

「……どんな理由でも、今は力がいる。だったら今やるべき事は、もう決まってるじゃないか。」

 

自分がこれ以上どれくらい強くなれるのかは分からない。だが、自分の今の実力では間違いなく足りない。やるしかないのだ。

 

 

sideラウラ

 

分からない、分からない、分からない、分からない、分からない。

何もかもが分からない。

どうして教官はあれほど悠長なのか、なぜ此の期に及んで篠ノ之束を信じられるのか、なぜ自分は何もできなかったのか、なぜ自分には力が無かったのか、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、自分はあそこで立ち止まった……!!

 

考えれば考えるほどに心が黒く染められていく。思考を怒りに支配されていく。

自分は軍人だと、他者を守る存在であると、兵器を使うに相応しい人間であると、それを誇って他者を見下していたのはどこのどいつだ!!

 

機体の性能差?

悔しいがあいつの言う通りだ、そんなものは何の言い訳にもならない。あいつは私のシュヴァルツェア・レーゲンに遥かに劣る性能の機体を使ってあの女を押さえ込んだ。

 

中国の候補生"凰鈴音"に頼み込み、あの一戦の映像を断片ではあるが見ることが出来た。

 

……感嘆の一言だった。

 

恐ろしい程の速度で迫る全ての攻撃を、単純な技術と発想だけで捌き切る。多種多様で、それでいて正確で、洗練された一撃一撃を、先読みをしているかの如く的確に、機体の性能差故に生じる力の差を技術だけで相殺し、攻められるままである状況にも関わらず、一歩足りとも逃げ腰を見せない。

 

あれこそが、あれこそが自分にあるべき姿ではないのか。

きっと綾崎ならば、あの立場にあったとしても絶対に引くことは無かっただろう。絶望と諦観にさらされて、足を止める事など無かっただろう。

 

……私はどうしたらいい?どうすればああなれる……?

 

力だ、力が足りない。

あの女も言っていた、私には力が足りない。

 

だからと言って、これ以上どうしたら強くなれる。

 

一度たりとも鍛錬を怠った事はない。

ただ只管に教官の強さを目指して努力を続けてきた。そこに一片の妥協も怠りもなかった筈だ。

 

そんな自分がほんの僅かな時間でこれ以上強くなる……?こんな学生用の設備しかない中で……?

 

そんなことは不可能に決まっている……!!

ここに至るまでに私がどれほど血の滲むような鍛錬をしてきたと思っている!教官の力を借りなければゴミの様に死んでいた自分だ、才能が無いのは分かっている!織斑一夏を一目見れば分かった、分かっていた、あいつには才能がある!あれほどの才能があればという嫉妬も無意識のうちにあって、それで奴に強く当たっていたという事も今なら分かる!

 

どうすれば、どうすればいい……!!

私はあいつを救う為に、どうすればいい!!

 

どんなことをしてもいい、どんな手段でもいい……!

 

私に力をよこせ……!

 

私に力を与えろ……!

 

なんでもいい、なんにでも頼ってやる。

 

どんなことだってやってやる!

 

だから、だから……!!

 

 

 

 

私に綾崎を……助けさせろ……!!

 

 




あぁ^〜


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39.束さん家にお泊まり会

side--

 

電灯の消えた薄暗い空間。

その中で唯一の光源となっている一際大きなモニターには"sound only"の文字。

なんの映像も映っていない真っ暗な画面を前にして、しかしその年甲斐もなく兎耳を付けている痛々しい女はそこに何かが見えているかの如く一心不乱に画面にかじりついていた。

 

『……なるほどな束。一夏を成長させるためというお前の言い分はよく分かった。』

 

「そ、それなら……」

 

『3殺しで許してやる。』

 

「3!?半ではなく3!?許されてなくない!?束さんこれでも全財産あの子と学園に注ぎ込む羽目になったんですけど!?」

 

『それがどうした?私が今回の件でどれだけの怒りを覚えているか分かるか?今直ぐ殺されないだけ感謝しろ。それにお前にとって金などただのデータに過ぎんだろうが。」

 

「……ぴょ、ぴょ〜ん。」

 

『いいか束。もし綾崎の治療ができなかった場合、また綾崎に余計なことをした場合、次に学園の生徒に傷を付ける様なことをした場合は……』

 

「……した場合は……?」

 

『制限(リミット)を外して貴様を殺す』

 

「ガチ殺害予告じゃん!本気で殺しに来るやつじゃん!いつもみたいな笑い事じゃ済まない奴じゃん!」

 

『親友が道を誤ったならば始末をするのは当然の話だ。それに、お前を殺すのは私だと決めている。死ぬ時は諸共だ、最期の瞬間まで決して見捨てることはない。』

 

「そんな告白、今聞きたくなかったよ!!」

 

『今回だけはお前の償いと、こうして珍しく自ら謝罪の連絡をしてきたことで多少の妥協はしてやる。だが、綾崎に目の治療以外の余計なことはするな。指の一本でさえも触れることは許さん。』

 

「そ、それはちょっと過保護過ぎるんじゃないかなぁって束さんは思ったりするんだけど……」

 

『あれは私の女だ、例えお前であろうとも触れることは許さん。傷付けたらマジで殺す。』

 

「……ぅゎぁ……」

 

『定期的に連絡は寄こす様に、それではな。』

 

 

 

 

「「うわぁ……」」

 

「やめてくださいこっち見ないでください……」

 

世界のブリュンヒルデの女こと綾崎奈桜は今猛烈に羞恥を抱えていた。

恐らく千冬もまさかこの通話がスピーカーで発せられていて、しかもその場にその張本人が居るだなんてこと欠片も想像していなかったのだろう。加えて、怒り、困惑、心配、嬉しさ、様々な感情がごった煮になってしまった故に口を滑らす様に思わずポロっと本音が出てしまった。

後で冷静になった際に黒歴史になることは間違いなく、それが本人に聞かれていたと知った時には自害も視野に入れる程に狂乱することになることも間違いない。

 

「愛されてんなぁ、お前……」

 

「ちーちゃんがあんなこと言うなんてねぇ……」

 

「うぅ、顔が熱い……」

 

真っ赤になった顔を隠す奈桜は小さな椅子に腰掛けているのだが、スピーカーの近くにいたがために千冬の言葉をモロに聞いてしまったのだ。女どうこうはともかく、自分のものだと他人に宣言している様を聞いてしまえばこうなってしまっても仕方がないだろう。

 

「兎も3回殺害予告されてたけど、最後のやつが一番マジっぽかったの笑ったよな。」

 

「いや、全部ガチ殺害予告だから束さん1mm足りとも笑えなかったんだけど。ってか今回に関しては全部O(おー)ちゃんのせいだよね?束さん穏便に連れて来てって言ったよね?なんで完全な誘拐犯になってるの?」

 

「いやぁ、なんかこう。伸び代あるのに停滞してる原石見つけると、どうしても発破かけたくなって煽っちまうっていうか……」

 

「Oちゃんのバカ!戦闘狂!色欲魔!」

 

「色欲魔は関係ねぇだろゴルァ!それよかスコールが対処する予定だったやつ(隕石)をあれだけ迅速に対処した私をもっと賞賛しろ!っつぅかなんで大西洋に落ちる奴がピンポイントでこっち飛んで来んだよ!天才なのにまともな予測も出来ねぇのかこのバカ兎!」

 

「はぁぁぁ!?あんなの束さんにだって予測出来るわけないじゃん!!メジャーリーガーもビックリな落差だったんだよ!?物理法則無視できるとか聞いてないから!!そんなことも分かんないのか!このポンコツ!!」

 

「テメェ!誰がポンコt……ちょっ、待、おまっ、なにガチで抵抗してやがんだ兎ィ!!お前っ、このっ、ベッドの上来いオラァ!身動き出来なくなるくらい滅茶苦茶にしてやらァ!!」

 

「い、いやぁぁ!!やっぱり色欲魔ぁぁ!!い、ひぐっ!?ちょ、変なとこ触るなぁぁ!なんでそんなに押さえつけるの上手いんだよぉ!!」

 

「いくら細胞レベルでオーバースペックでもベッドの上で私に勝てると思ってんじゃねぇぞ!経験が足りてねぇんだよこの処女が!オラァ!服脱げ!!」

 

「いやぁあぁ!?!?お、犯されるぅぅ!!助けて!!本当に誰でもいいから助けてぇぇ!!」

 

「帰ってもいいでしょうか私……」

 

彼等が原因で色々と厄介な事になっている学園、しかし当の本人達がこの有様なのだから本当に迷惑な連中である。

 

なお、下着の下に手を入れた辺りで兎はベッドを破壊して脱出した。

粉々になったベッドを見て奈桜は再び溜息をついた。

 

 

 

 

「……はえー、ほんとに後遺症残ってる。そんな筈無いんだけどなぁ。」

 

「で?治るのか?」

 

「いや、治るわけないじゃん。」

 

「うおい!!」

 

ファーストキスがどうこう騒いでいた彼等はしかし5分程で直ぐに気を取り直してこうして診察をし始めた。

とは言っても元々医師ではないどころかその方面に全く興味がなく、支給されたものを言われるがままに適当に勉強した束だ。そんな場所に碌な器具が揃っている筈もなく、単純に対象の場所を覗き込んだり、感覚の戻らない箇所を触診したりする程度だ。

ちなみに"一切体に触れない"という約束を完全に守ることは不可能なので、そこは奈桜に了承を得た。

 

「再生した場所の色素が抜けてるって事はその周辺の遺伝子に異常があるってこと。くり抜いてナノマシン入れても結果は変わらないよ。それこそ頭を全部取っ替えるとかなら分かんないけど。」

 

「え、えぇ……」

 

「いや怖ぇよ、ロボットじゃねぇんだぞ。……で、なんか策でもあんのか?」

 

「んー、それよりも1つ悪いお知らせ。」

 

「……ん?なんだよ。」

 

 

 

 

「右目にも同じ兆候が見られます。」

 

 

 

 

「……なんでだよ……」

 

「えっと、本当ですか……?」

 

「いや、こんな下らない事で嘘付くほど束さんのユーモアのセンス壊滅的じゃないから。ちーちゃんの嫁ちゃんも視力下がってたのは気付いてたでしょ?軽度だからまだ大丈夫だけど、このまま日の下で使い続けるのはオススメしないかな〜。」

 

「……なんで学園の医者は気付かなかったんだ?」

 

「そんなの無能だからに決まってるじゃん。せっかくこの束さんが色々と提供してやったのに、全然使いこなせてなかったし。……そう考えるとオトちゃんの所の奴等はまだマシだったなー。」

 

そう不機嫌そうな顔をして椅子に上げた足に肘をつく白衣の束。

美人であるが故に見られる光景であるが、目の前の奈桜にしてみれば下着が丸見えの最低な体勢である。反射的に目を逸らした奈桜は紳士の鑑と言える。

 

「……お前ほんとに面白くねぇ下着穿いてんな。」

 

「うっさいな!!今それは関係ないじゃん!!」

 

顔を真っ赤にして立ち上がる束。篠ノ之束はセクハラに弱いということを知っている人間はきっと少ないだろう。羞恥心があるだけ人間らしさが残っていて可愛らしい、と奈桜は思った。

 

「……ごほん。とりあえず、目に入る光量を調節できる何かを作ろうか。どうして遺伝子異常が目にだけ発生してるのかは今後調べるとして、何かしらして返さないと束さんが怒られちゃうし。」

 

「お前にしては珍しいな、後遺症の原因を調べるために解剖するとか言いそうなもんなのに。」

 

「別に束さん医療にそこまで興味無いし。悔しいからナノマシンの方は調べるけど、凡人ちゃんの身体調べても面白くないじゃん。」

 

「私は全身くまなく調べてやりたいんだがなぁ……」

 

「はいはい、色欲魔色欲魔。で?他に何か見てほしいことある?ちーちゃんの嫁ちゃん。この束さんに調べて貰えることなんてなかなか無いよ?」

 

「……えっと、体の感覚はどうにかならないでしょうか……?」

 

「んー、万全な状態に戻したいなら時間かけた方がいいんじゃない?適当でいいなら束さんがバチっとやっちゃうけど。」

 

「やめとけ、マジでやめとけ。介護でもなんでもしてやるから、あれだけはマジでやめた方がいい。犬が痛みでショック死するレベルだぞ。」

 

「やめときます。」

 

「他には?」

 

「……えーと、」

 

「……PTSDの方はどうにかなるか?」

 

「……?」

 

「あー、なんか言ってたねそんなこと。けど束さんそっち方面はノータッチだから流石に無理。殴れば治るんじゃない?」

 

「まあ、お前は人の心が分からないから精神医療とか無理か……」

 

「なにおう!!束さんだって勉強すれば楽勝ですー!精神とかどうせデータと一緒じゃん!」

 

「そういうところだよなぁ……」

 

「……あ、あはは。」

 

篠ノ之束に心理学を学ばせてはいけない。

絶対に余計なことに使うに決まっているのだから。

 



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40.鈴とセシリアの成長

学園側の様子です。


奈桜が誘拐されてから数日が経ち、生徒達が待ちに待った学年別タッグトーナメントが開催されることとなった。

この日までいつもの彼等は一度も集まることなく互いに様々な努力を重ね、しかし彼等にとってこの日はただの通過点でしか無くなっていた。

 

1回戦

セシリア・オルコット&凰鈴音

VS

相川清香&谷本癒子

 

2回戦

織斑一夏&シャルル・デュノア

VS

ラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒

 

そんな本気の奴等がガッツリ固まった1、2回戦。その最大の被害者はこの2人である。

 

「え、なにこれは……」

 

「私達が一体何をしたと……」

 

もはや絶望を通り越して達観の域にまで至った2人は半笑いのままトーナメント表の前に突っ立っていた。周囲からも哀れみの視線を当てられる。

そもそも何故イギリスと中国の代表候補生がタッグを組んでいるのか、それが分からない。あの2人の性格からすれば確実に対抗心を燃やして別タッグを組んでくるかと思ったのにも関わらず、いつの間にかこんな有様である。

 

「鈴さん、コンディションはよろしいですか?」

 

「馬鹿言うんじゃないわよ、こちとらここ数年風邪も引いてないっつぅの。あんたこそ、余計な緊張なんてしてないでしょうね?」

 

「精神面の鍛錬はお母様から最初に指摘された事です。多少はマシになったと自負してますわ。」

 

「そう。……ま、今更"足を引っ張るな"なんて言わないわ。好きにやりなさい。」

 

「それこそ今更ですわね。"互いに好きにする"なんて、私達が最初に決めたことですわよ?私は鈴さんのことなんて気にしませんから。」

 

「……ふふ、そうね、それでいいわ。私だってあんたのことなんて、気にしないから。」

 

そう言って不敵に笑う2人、しかしそこには以前の様なピリピリとした雰囲気など全く無い。

 

「15分後に控え室に、私は先に行って下見と準備をしておきますわ。」

 

「ん、午後ティーでいい?」

 

「ええ、それでは。」

 

互いを見ることもなくハイタッチならぬミドルタッチを交わした2人はそのまま別々の方向へと何の躊躇もなく歩いて行った。

そんな2人の姿を見て、相川清香&谷本癒子ペアは益々やる気が失せていくのを感じた。

 

「……とりあえず、がんばろ。」

 

「……楽しんだもん勝ちって言うもんね。」

 

そんなことは言いつつも、楽しめる気など全くしない2人であった。

 

 

 

 

side一夏

 

1回戦のセシリアと鈴の試合。

初めにその組み合わせを見た時、それはもう驚いたものだった。

なぜなら、この2人の仲はそこまで良いものでは無かったからだ。

 

鈴と箒はそこそこ話す、セシリアと箒も俺の訓練の関係で仲は悪くない。けれど鈴とセシリアの仲はそんなに良くもなく、授業であの2人がペアを組んだことがあったが、それは本当に酷いものだった。

だからきっとあの2人はウマが合わないのだと、2人の性格からして仲良くするには時間が必要だと、そう想っていた。

 

だが……

 

 

「……すげぇ。」

 

「……うん、2人ともとんでもないね。お互いの事なんて全く気にしないで好き勝手に攻撃してるのに、全く誤爆がない。前衛の鈴音さんなんて、あれだけの攻撃を背後から撃たれてるのに怖がる素ぶりすら無いんだもん。」

 

「……いや、セシリアもいつの間にかビットとライフルを同時使用できるようになってる。ビットの速度は落ちてるけど、射撃の精密性は相変わらずだ。」

 

「あ、相川さんが落ちた。」

 

前衛を務める鈴が得意の近接戦闘で衝撃砲て逃げ場を潰しながら2人を追い詰める。勿論後衛のことなど全く考えていない様に自分勝手に。

そして後衛を務めるセシリアもまた、そんな風にして固まった三人を纏めて焼き払う様に5つの砲門から嵐の様なレーザーを撃ちまくる。

 

外から見れば完全にタッグの破綻だ。

自分勝手で、チームワークのカケラもない。

 

けれど、そんな評価が"絶対に誤爆しない"というたった1つの事実だけで一転する。

 

セシリアの放ったレーザーは、激しい動きで相手を追い詰める鈴の隙間を縫う様にして2人に直撃する。

セシリアが上手く当てているのかと最初は思ったのだが、こうして見ていると鈴が綺麗に避けている様にも見えてくる。

 

……きっとどちらも正解なのだろう。

 

2人とも自分の好き勝手やっているが、好き勝手する為に最低限の譲歩はしているのだ。

 

だが、それだけでは足りない。

それだけでは2人がどれだけ天才であったとしてもこの状況を実現することなんて出来ない筈だ。

それほど目の前で行われているこの光景は異常なのだから。

 

「……一夏、もしかして知らないの?」

 

「?何の話だよ、シャル。」

 

「2人が同じ部屋で生活してるってこと。」

 

「……それまじか?」

 

「うん、なんでも2人が急に織斑先生にそう申し出たんだって。それから最近は暇さえあれば2人で行動してるって噂になってたよ。喧嘩ップルとか言われてた。」

 

「……全然知らなかった。なんでそんなことになってたんだ?」

 

「さあ?僕はよく知らないけど、朝から晩までずっとアリーナで喧嘩してたりしてたみたいだよ。一夏も負けず劣らず頑張ってたから知らないのは仕方ないと思うけど。」

 

「……そうか。」

 

シャルルには素っ気なくそう言ったが、内心では俺は滅茶苦茶にワクワクしていた。

綾崎さんが誘拐されてから、千冬姉からは無事を知らされたものの、自分に力が足りないということを再認識させられた俺たちは各々が各々のやり方で力を付け始めた。

セシリアも箒も鈴も、俺の訓練よりも自分の訓練に集中して取り組んだ。

 

他人の力は借りられない、自分の力だけで強くなる。今までと同じ努力ではダメだと、きっと誰もがそう考えて、必死に頭を使った筈だ。自分もそうだったのだから。

 

例えばそうして俺が出した答えは、基本の体作りとIS知識とイメージの構築。基本の土台となる部分を必死になって作り上げた。

 

土台の出来ているシャルは発想の幅をより広げる為に大会の映像資料を見ながら実際に真似てみたり、苦手な武器を克服しようと努力していた。

 

俺もシャルも2人ともまずは自分の力を伸ばそうという前提で努力していた。その努力はしっかりと実っていると思うし、自分の考えたことは間違っていないとも思っている。

 

……だが、セシリアと鈴は俺達とは全く違う視点で強くなろうと試みたのだ。

 

考えてみれば、結局自分1人で強くなったところでその変化は微々たるものだろう。

綾崎さんやセシリア達の前に現れたあの所属不明のISに1対1で勝つ為にはきっとまだまだ時間がかかる。

だが、勝つだけならばわざわざ一人で戦う必要など無いのだ。

 

……そう、セシリアと鈴は自分の力を伸ばすよりも、ペアとしての力を伸ばすことを選んだ。

互いに基本となる土台はできており、尖った強みも持っている。だからこそ、ペアを組み、互いの力を上手く噛み合わせるだけで本来の実力の何倍もの実力を出すことができると、そう考えた。

 

そして、実際にその考えは全く間違っていなかった。

 

相川さんに続き、谷本さんも落とされた。

少しの抵抗もすることも出来ず、2人は僅か数分で手も足も出ずに敗退した。

試合時間は2分程度であったが、セシリアと鈴もあれが本気では無いのは間違いない。もし2人が本気になって来た時に自分とシャルのペアは勝つ事が出来るかと言われれば"無理だ"と言わざるを得ない。それほどの攻撃の嵐であり、今回の試合ではこの戦法しか見ることができなかったが、元々2人とも多芸なタイプだ。こんな直接的なものでなく、もっとエゲツないものもあるに違いない。

考えれば考えるほどに絶望的で、2人がつけた力の強さと大きさを再認識させられる。

 

……だが、だがそれでも、今の2人と全力で戦うことに俺はとんでもなくワクワクしていた。

 

綾崎さんを守れる様な男になるために、もう2度と自分の力の無さを嘆く様なことが無いように、強くなりたいと願った。必死になった。

けれどそれとは別に、自分の中の男の部分が疼くのだ。

新たな強さを手に入れた2人と戦うことを。

 

「……なあシャル。箒とラウラはさ、どんな風に強くなってるんだろうな。」

 

「……一夏、顔が怖いよ。」

 

「そんなことねえよ、楽しみではあるけどさ。」

 

いつからこんなに戦闘狂になってしまったのかとシャルには言われてしまったが、今は本当に楽しみで楽しみで仕方がない。

これだけ楽しい気持ちを抱けるのは久しぶりだ。

 

アリーナの出口に立っていた鈴が、空から降りてきたセシリアとすれ違いざまにハイタッチをする。

2人の目線の先には互いのことなど全く映っていないにも関わらず、そのハイタッチはアリーナに響くほどに綺麗な音を響かせた。

 

単純な信頼関係なんてものではない。

今でもそこまで仲が良い訳ではないだろう。

ただ互いに互いのことを知り尽くし、相手の癖と実力と機体の性能を信じている。長い時間、どれだけ嫌でも近くに居て、喧嘩をしながらも相手を見て、その手の内を明かしあった。

そんなやり方で作り上げた信用、信頼を無理やり短時間で作り上げた。とんでもないやり方だ。

 

……もし、もしも2人が本物の信頼関係を手に入れて互いを生涯の友と認め合った時、この2人はどれほど強くなるのだろう。

2人が才能に満ち溢れていることは知っている。

だからこそ、いずれこれ以上の光景を見ることができると確信できる。

 

自分に限界などない。

強くなる方法なんていくらでもある。

そんなことを2人が教えてくれたみたいで。

 

俺は自然と拳を強く握りしめて笑っていた。



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41.束さん家にお泊まり会 - ライバル出現 -

最近とても忙しくて更新が滞っていますが、本当に忙しいだけなので大丈夫です。ただ、本当に忙しいので大丈夫じゃないです。
そろそろライバルを明確にしていきます。


篠ノ之束による簡単な診察を終えた後、早速なにやら作りにかかった天才を他所に、Oちゃんことオータムと奈桜は過去の諍いなど無かったかの様に小さな食堂に向かい合って腰掛けていた。

適当に出された柿ピーに酒は飲まないからとお茶を出され、一方でオータムは何の遠慮もなくビールを搔っ食らう。客人の前だろうが好みの女の前だろうが関係ない、飲みたい時に飲むのが彼女なのだ。

 

「……大人の人は本当にお酒が好きですね。」

 

「あん?なんだ、織斑千冬も結構飲めるタイプなのか。」

 

「ええ、まあ。流石に身体に悪いので飲む量は私がお酌をしながら管理しているのですが……」

 

思い返せば、あの日のことがきっかけで千冬が部屋に戻らなくなってから、彼女は全くお酒を飲んでいなかったのではないだろうか。

自分が居なくなって部屋に戻れる様になれば、その反動でベロベロになるまで飲んでしまわないかと奈桜は心配になった。

自分が居なくなったおかげで気軽に部屋に帰れる様になるというのはなんとも嬉しくない気持ちであるのだが、あんな衝撃的な言葉を直接聞かされた後ではマイナスに考えるのも難しい。

……もっとも、"女"という言葉に複雑な感情を抱いたのも事実だが、きっとあれは自分の性別を隠す為にああいったに違いない。

 

いや、ほんとに、千冬にまで女認識されてしまえば奈桜は確実に心が折れてしまうので笑い事ではない。

 

「おうおう、こんな美人に毎晩酌して貰えるなんて羨ましいな。私にもしてくれよ。」

 

「別に私は構いませんよ?今日は手の調子が一段と悪いので台無しになるくらい溢してしまうかもしれませんが……」

「OKわかったまた今度で良い。その代わりいつか絶対やってくれ、頼むわ。」

 

「……まあ、それくらいでしたら。その時になっても貴女がまだ生きていれば、いくらでもしますよ。」

 

「おうやめろや。兎であの反応なら私が表に出たらどうなるかとか、その辺全部考えないようにしてんだから。」

 

「私はフォローはしませんよ。責めることもしませんけど。」

 

「……ならいいや、それだけでも助かるわ。恋人残して死ねねぇからな。」

 

恋人という言葉にピクリと反応し、(恋人居たんですか……)という顔の奈桜に誇らしげな顔で応えるオータム。

彼女自身は(どうだ私はモテるんだぞ)とばかりに胸を張るその姿はまあなんとも自信に満ち溢れているが、しかし奈桜は不誠実は嫌いな人間である。

驚きの顔は段々とジト目に変わっていく。

 

「恋人が居るのでしたら私なんかに構っていてはいけませんよ。」

 

「別にいいんだよ、合意の上だし。それに私はな?どうせ死ぬなら、好きなもん食って、好きな女抱いて、色んな人間の記憶に焼き付いてから死ぬって、そう決めてんだ。それだけは誰にも譲らねぇ。」

 

「……合意の上でしたら、まあ、私から言えることは何もありませんが……けど、抱かれることはしないです。」

 

「ガード固ぇなぁ。もしかして、ほんとに織斑千冬とそういう関係だったりするのか?」

 

「やめてください、それは本当に違いますから。……それに、千冬さんには私なんか勿体無いですよ。私は大切に想って頂いているだけで十分です。」

 

「……妬かせるじゃねぇか。」

 

「えぇ、なんでですか……」

 

全く意味がわからないと言った様子で引き気味な顔をする奈桜であるが、そんなこと、こうして客観的に見ている側からすれば当然の話だ。

満足そうに、けれどほんの少しだけ哀愁漂う健気な顔をしてそんなことを言っていれば、奈桜が相手のことをとても大切に想っているということは嫌でも分かる。

そんなものを目の前で見せられては、奈桜を気に入っている人間としては少しくらい嫉妬心を覚えてしまっても仕方ないことだろう。

実際、オータムにとっては今日のどんな言葉よりもその様子が一番キツかった。

 

「あーあ、面白くねぇ。私もそれくらいお前に愛されたいもんだがなぁ。」

 

「最初の出会いがあんなのでどう愛せばいいんですか。むしろこうして世間話をしているのが奇跡の様なものです。学園を出る時にも結局約束を守ってくれませんでしたし、私の貴女への好感度は絶望的ですよ。」

 

「それに関してはマジで何も言えねぇし、今になって本気で反省してる。」

 

「私、誠実じゃない人は大っ嫌いです。」

 

「ごぶっ……」

 

お前なんか嫌いだぞ。

そう言われてしまったオータムは心に大ダメージを受けて倒れ伏してしまった。酒で忘れられることは多いが、酒でも誤魔化しきれないものというのもあるのだ。

それまで物凄く美味しく感じていた口の中のビールが一気に苦味を増した様な気がした。

 

「オータム!貴様こんなところでなにを……いや、本当に何をしているんだお前は……?」

 

「うるせぇエム、こんだけ生きてりゃ一度や二度くらい死にたくなることくらい有らぁ。」

 

バンっと突然開いた扉。

そこから入ってきた少女は、黒のフードを深々と被っているがために顔はよく見えないが、歳は奈桜よりも少し下くらいに見えた。

言動からして、彼女もここに住んでいる仲間の1人なのだろう。

驚いた奈桜を他所にビール缶を片手に倒れ伏しているオータムに対し、彼女は開けられた扉をそのままにズンズンと近寄り、何時ものことの様に早々と煽り掛ける。

 

「なんだ?私が暮桜を回収している間に大問題を起こしていたことを反省でもしているのか?はっ、殊勝な心がけだな。介錯なら私にやらせろ。」

 

「ぶっ飛ばすぞテメェ……」

 

「貴様のおかげでこちらがどれだけ脱出するのに面倒な手順を踏んだか分かるか?教師連中がゾロゾロと徘徊している所を潜り抜けた私の苦労が分かるか?3回くらい殺しても当然の権利だろう。」

 

「過剰過ぎるわボケ。姉妹揃って似たような事言ってんじゃねぇよ。」

 

「……姉さんから連絡があったのか?」

 

「正しくはこっちから、だがな。ここに居るのが織斑千冬のお気に入りでな、流石にやべぇと謝罪の連絡を入れた。」

 

「つまりお前のせいではないか。」

 

「そうだな。」

 

「……やはり死ぬべきなのではないか?」

 

「やめろ、やめろ……マジで反省してっから……」

 

フードを被っているせいで奈桜からはよく見えないが、エムと呼ばれる彼女がオータムに向けてとても冷たい目を向けていることは分かった。そしてそのオータムも段々と反省の色が濃くなってきているということも。

 

しかしそんなことよりも、話の内容で気になることがいくつもあった。

 

姉妹……?

姉さん……?

3回殺す……?

 

バカでもない限り、話の流れから大まかな予想することはできる。しかし奈桜は当の本人からそんな話は聞いていない。その弟からもそんな事実があるということは聞いていない。

……いや、もしそのような事実があったとすれば、あの2人は確実に"妹"を気にかける様な様子を隠す事など出来ないはずだ。

だが、彼等の言動からもそのような反応を見る事など、一切できなかった。

昔からの幼馴染であるはずの箒や鈴音からも何もなかった。

 

それならば……

 

奈桜がそう考えながらジッと見つめていた事がバレてしまったからなのか、エムと呼ばれる少女はオータムから今度は奈桜の方へと目を向けた。

ピクリと身体が跳ねた奈桜に対して興味深げに近付いてくる彼女からは、顔が見えないせいか上手く感情を読み取れない。少しだけ嬉しそうな雰囲気がある気もするのだが、そんなことよりも思い切り近付けられた頭に、そして眼前まで迫った彼女の大きな黒い瞳に奈桜は引き込まれる。驚きと恥ずかしさに慌てて目を下に向けるが、その瞬間目の前の彼女に微かに笑われてしまった様な気がした。

 

「……ほう、なるほどな。やはりこうして観ると容姿だけなら一流だな。」

 

「バーカ、容姿だけじゃねぇつってんだろ?そんな面しといて私に食らいついてくる根性と腕っ節があんだ。しかも中身は貞淑な聖人と来た、最高の女だろ?」

 

「ああ、これで女で無ければ最高だったんだがな……」

 

「ンな男が居るかボケ。ま、こんだけ顔が良ければ別に男でもいいんだけどよ。」

 

(あ、あはは、男なんですよねぇ……絶対言わない方が良さそうですけど……)

 

とは思いつつも、実は内心『女で無ければ最高』『男でもいい』と言う言葉に物凄く喜んでいる奈桜である。

性別を隠している上では仕方ないのだが、学園にいた時にはどうしても女としての自分を求められていた。そんな奈桜からすれば、そんなさり気ない言葉ですら嬉しくなってしまうのは当然のことなのかもしれない。

 

とりあえず、いつまでもこうしているのはマズイと思い、奈桜は彼女から離れる様にして立ち上がり、改めて丁寧な所作でエムに向けてお辞儀をした。自己紹介と最初の挨拶は大切にするのが奈桜のポリシーである。

 

「えぇと、はじめまして。綾崎奈桜と言います。貴女は……」

 

「ああ、私は……」

 

しかし、バサリとフードを脱ぎ捨て、見せつける様にしてその顔をさらけ出した少女に対し、奈桜は失礼だとは思いつつもその驚愕の表情を隠すことができなかった。まさかフードを取ってくれるとは思わなかったというのもあるのだが、原因はそれではなくて……

 

「織斑マドカ。いつも姉が世話になっているな。」

 

ニコリと笑う見慣れた顔。

けれどいつもの様に堅い表情ではなく、少しだけ子供っぽい雰囲気もそこにはあって……

 

『私は男のお前を好ましく思っている。』

 

「えっ……!?」

 

息を吹きかける様に優しく耳元で囁かれたそんな言葉に奈桜が驚き顔を向けると、彼女はニッと悪戯な顔を私に向けて笑っていた。

オータムどころか、篠ノ之束ですら知らない奈桜の正体を彼女は知っていた。そして、その上でその性別を直接的に肯定した。

あまりの衝撃に、奈桜は珍しく上手く言葉を返すことができなかった。

 

そんな驚愕と羞恥に染まった奈桜に対して、エムの顔には優越感と微かな独占欲が滲んでいた。




ライバル(主人公のとは言っていない)


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42.束さん家にお泊り - 推し -

マドカさんがどうしてこんなことになってしまったのかはまたいずれ……


織斑マドカと呼ばれる少女と出会った奈桜はその衝撃はそのままに、彼女にグイグイと手を引かれて今夜泊まる部屋まで連れてこられていた。

 

その小さな体躯の割に有無を言わさず強い力で引っ張る、ある人にそっくりな後姿。

 

しかし決して乱暴にしている訳ではなく、足が不自由なこちらが転ばない程度に。

どころか導く様に手を引くその器用な所は、姿形は似ていても彼女が織斑千冬とは異なる存在であるということを奈桜に強く印象付けた。

 

「この部屋を使うといい。客室として使っているから汚いということは無い筈だ。」

 

「あ、ありがとうございます。……その、」

 

「とりあえず中に入れ。この部屋の監視カメラは故障中ということにしている、性別がバレる心配は無い。」

 

「は、はい。助かります。」

 

フラフラと覚束ない足取りをカバーする様にエスコートするマドカに、不覚にも奈桜はカッコいいと思ってしまった。

 

篠ノ之束ですら興味がない故に知らなかった自分の性別を、何故か彼女が知っていることは不思議に思った。

しかしそれでもこうして初対面の自分に、少しの強引さはあれど、様々な面でフォローしてくれている彼女に悪い印象など抱けるはずがない。

 

少なくともオータムに対してよりは確実に奈桜の好感度は高かった。

 

「あの……マドカさんはどうして私の性別のことを……?」

 

ベッドに腰掛けてまず最初に尋ねたのは、もちろんそのことだった。

それに対してマドカは、その黒色のISスーツから伸びる真っ白な脚を見せつける様にして脚を組んで座り、それが奈桜に対しては特に効果が無いと知るや否や苦い顔をしながら渋々と語り始める。

 

「私のここでの役割の1つがIS学園の監視というのが主な理由だな。」

 

「IS学園の監視、ですか……?」

 

「ああ、あの兎も自由そうに見えて案外忙しくしている。私の役割は学園の内情を探りつつ、織斑千冬、織斑一夏、篠ノ之箒の3人の様子を定期的に奴に報告するというものだ。……一応、学園に様々な形で潜り込もうとする蛆虫共を事前に炙り出すという仕事もあるにはあるがな。」

 

「間違いなくそっちがメインの様な気もしますが……なるほど、つまり篠ノ之束さんに渡る学園の情報は全て貴女が取捨選択しているということですか。」

 

「そういうことだ。勿論、私にとってはどうでもいいこと故に、プライバシーも尊厳も関係無く奴等の情報は今日の下着の色から胸の成長具合まで全て兎に送り付けている訳だが……」

 

「何故わざわざそんなことを……」

 

「送れば送るほど金が入るからな。」

 

「酷いシステムです……」

 

IS学園の監視と聞けば大切な役割に聞こえる気もするが、ぶっちゃけた話、監視とは言いながらも束を含めたメンバーの誰もが学園の心配などしていない。

そこに世界最強が居るのだからという理由も勿論あるにはあるのだが、そもそも彼等にとっての本業を考えれば『たかが他国の刺客』に壊滅させられる程度にしか力が無いというのならば、学園は勿論、一夏達ですら切り捨てる対象とせざるを得ない。

 

そんなこんなで、彼女の様な適当な者にでもこの役割は務まるのだ。彼女個人の事情も考えれば、むしろ適任とも言える。

実際、彼女の気性が最近になって落ち着いてきたのはその役割の影響が大きいし、彼女自身もその2人の弱味を毎日の様にノートに綴り、何の迷惑事を起こさず大人しくしているのだから誰にとってもウィンウィンなのがこのシステムの実情である。

 

「……まあ、そういう訳で私がお前の事情を知っていても不思議では無いという訳だ。兎の方も問題はない、奴の目には現状そんな小さな事に構っていられる暇はないからな。」

 

「報告は、しないんですか……?」

 

「……そのつもりは無い。」

 

「それは、なぜですか……?」

 

「……」

 

それまでスラスラと話していたマドカがこの話題になると急に俯き口籠る。そう言ってなんとも言えないむず痒そうな表情でチラチラとこちらを見るのだから、先程までの冷静な様子と相まってギャップの威力が甚大だ。

これには奈桜も素直に可愛らしいとキュンとしてしまう。

 

「……最初は姉さんの弱味を握ったつもりだった。ただの容姿のいい人間とは言え、人類2人目の男性操縦者。兎に対する切り札……とまでは言わないが、手札にもなると思って黙っていた。」

 

「なるほど……」

 

「だがお前は、ただの人間では無かった。」

 

「いえあの、私はただの人間なのですが……どうしてこの話の流れでバケモノみたいに扱われてるんですか私。」

 

「ただの人間では無いだろう……?」

 

「いえ、本当にただの人間ですよ!?なんで私そんなに疑われているんですか!?」

 

「ただの人間が僅か数ヶ月の戦闘訓練で姉さんの猛攻を防ぎ切れる訳がないだろうが!!」

 

「急に怒られた!?で、ですがそれはその……!」

 

「そんなことができるのはそれこそ篠ノ之束の様な完成された人間か、我々の様な者だけだ!!お前はなんだ!!篠ノ之束ほど完全では無いにも関わらず、我々に関連した者でも無い!!兎すら知らない者となれば本当になんなんだお前は!!」

 

「わ、私は本当にただの孤児院で育っただけの凡人で……!」

 

「その上!!悪しき事を考える事もなく他者に献身し続け!!バカの一つ覚えの様に笑顔を振りまく!!自身の環境を考えれば恨み言の1つもあってもいいだろうに一切の弱音を吐かずにいつまでも健気にしおって!!性善説の申し子か貴様は!!」

 

「わ、私は別にそんなことは考えて……あれ?私、褒められてます……?」

 

「貴様が容姿だけじゃ無いなどオータムに言われずとも私が一番知っている!!私は学園中の監視カメラを見ることが出来るのだ!!一番近くに居たであろう姉さんよりもお前の事を見ていたのだぞ!!最早私のノートの8割には貴様のことしか書かれておらんわ!」

 

「ピンポイントで見られてたんですか!?」

 

「そうだ!仕方ないだろう!!勝手に目が追うのだ!私は悪くない!私の目を引くお前が悪い!!」

 

「そんな横暴な!?」

 

言葉を発するごとに段々と声を荒げていくマドカ。しかしその様子はもう酷いもので、顔を真っ赤にしながら焦点の合わない目でひたすらにワタワタとしている。

そのテンパリ具合はさながら大の推しを目の前にして冷静さを失ったアイドルオタクの様で、何かを話せば話すほどに本音が漏れ出し早口になっていく。

先程まで冷静な様子だった彼女がその心の裏で何を秘めていたのか、これを見ればわかる人には分かるだろう。そう、この瞬間まで彼女は自分を取り繕うのに精一杯だったのだ。

 

「なんだ!なんだその美しい顔は!映像で見るよりも良いではないか!!表情の動き1つで私の呼吸を乱しおって!!声も良過ぎるのだ!私の耳を溶かす気か貴様は!貴様の甘過ぎる声は人間1人の脳内をヨーグルトに出来ることを知れ!!そしてその見れば見るほど綺麗な所作もどうにかならんのか!油断をすれば目を止めて惚けてしまう私の気持ちも考えろ!オータムの前で動揺を隠すことがどれだけ大変だったと思っている!!その上で私を気遣う仕草の中に微かに残る男味が逆に私を殺していることに気付いていないのか!!貴様のその細く白く美しいながらも女と比較すれば大きめの掌を見る度に胸の中で何かが燃え上がる私は一体どうすればいいというのだ!!お前は真の性別が男だという所が最高なのだぞ!?一見女にしか見えないながらも実は男というのが素晴らしいのだぞ!?それをあいつらは分かっていない!!学園の愚か者共は分かっていない!!オータムも分かっていない!!何が男でもいいだ!男だからこそ良いの間違いだろうが!!このニワカどもめ!!これで憧れの貴様の手料理を食べさせられたりしてみろ!!その両手で抱き締められたりしてみろ!!私は終ぞこの世界に何の未練もなく"世界には愛が満ち溢れていた"などと至極らしくもないポエムを残しながら満面の笑みで死ぬ事も出来るぞ!!全ての憎しみを過去のものにして幸福を噛み締めて死ぬ事が出来るぞ!?いいのか!?いいのか!!!」

 

 

 

ぎゅっ

 

 

 

「ピッ……」

 

 

 

 

全てが停止した。

 

 

 

「えっと、今日は本当に手の具合が良くないので手料理は作れませんが……これくらいでよろしければ、私はいつでも構いませんよ……?」

 

 

 

「………」

 

 

 

「……?あ、あれ?マドカさん……?」

 

 

 

「………」

 

 

古いパソコンが突然電源を落とした様な音を発した後、全ての動作と音を落として全く身動き1つすることのないマドカ。

奈桜がそんな彼女の様子を訝しんで彼女の顔を覗き込むと……

 

 

「死んでもいい……」

 

 

マドカは目のハイライトを落として涙を流しながら完全に脳内をシャットダウンしていた。

 

「マ、マドカさん!?き、気絶してる!?なんで!?」

 

良かれと思ってやったことが、とんでもない事態を引き起こす事もある。それが正に今日この日だった。

 

この後、誰か人を呼ぼうとしつつも何故か腕の中から離れようとしないマドカに困り、結局そのまま彼女をベッドに寝かせた。初見の女性と寝床を共にするのはあまり良くないとは思いつつも、"後で謝ればいいかな"と奈桜も添い寝をする様な形で眠りについた。

 

……奈桜はまだ知らない。

この後目を覚ましたマドカが、目を覚ました瞬間に目の前に広がるその甘い寝息と綺麗な寝顔によって奈桜が起きるまで気絶を繰り返す事を。

 

 

 




奈桜という存在の発生による影響をあまりにも甚大に受けてしまった被害者も居るんやなって……
マドカが食事と水浴以外は映像室に一日中籠っているというのは一同の中では有名な話だったり……


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43.束さん家にお泊り - ファンは死ぬ -

奈桜さんの容姿は好みの黒髪美少女(少年)に変換してお楽しみください。


 

その建物は規模の割に妙に薄暗く、そして人員があまりに少な過ぎた。

そんな場所で引きこもって生活していれば生活力のない者達の集まり故にまともな食事など取れるはずもなく、定期的に外から帰ってくる者達が買い込んでくる材料を"とりあえず焼いとけ"と男飯にして食う事すら珍しくなかった。

 

「……カップ麺、まだあっただろうか……」

 

フラフラと廊下を歩くのはエムことマドカ。

この建物で最も消費量と供給量の多い飽きに飽きたそんな食べ物を朝から思い浮かべている時点で手遅れという他ないが、彼女としては今日はとんでもなく辛いカップ麺が食べたい気分だった。

 

昨夜の衝撃的な出来事から普段からは考えられないほど(強制的に)よく眠らされたマドカは、未だにガンガンと頭痛はするものの、あの光景を思い返す度に顔に熱が登って悶絶する。

 

「……くっ、こんなニヤついた顔を奴等には見せられんぞ。しっかりしろ私……!」

 

……これは絶対に誰にも明かすことのできない秘密であるが、実はマドカは昨夜一度だけなんとか意識を保つ事に成功していた。その際、欲に流されてマドカは目の前に置かれていた奈桜の無防備な掌をツンツンと恐る恐るではあるものの触れてみたりしてみた。

 

『お、おぉ……』

 

と、触った瞬間はらしくもなく情け無い声を出してしまうほどに感動したものだが、その直後に何の奇跡か偶然奈桜が握り込んだ拍子にマドカの手と奈桜の手が所謂恋人繋ぎになってしまい、その日最大の衝撃によってその後5時間ほど気絶から復活できなくなるという大事件も起きていた。

 

それを思い返す度にマドカは蹲って叫ぶ衝動を無理やり抑えていたりするのだが、起きてから顔を洗いに行ってもその時に繋がれた右手を彼女は未だ洗う事が出来ずにいた。数ヶ月前の自分が今の自分を見れば間違いなくドン引きするだろうが、『だったら貴様、数ヶ月後にもう一度同じことを言ってみろ』と豪語できるのが今の彼女だ。マドカにとって奈桜の存在はそれほどに大きなものだった。

 

「……ん?」

 

ようやく食堂の扉の前まで辿り着いたマドカは、まず妙にその扉の向こうが騒がしい事に気がついた。

いつも騒がしいことは間違いないのだが、普段の食事の奪い合いのような騒がしさではない。カップ麺を取り合って基本的に徹夜明けの兎と朝の弱いオータムがポコポコと殴り合いをしている事はよくあるのだが、どうにも暴れている様子は無く、ただただ喚き声だけが廊下に響いている。

 

(歩くこともままならなくなるほど殴り合ったか……元気なことだ。)

 

「おい、朝から喧しいぞお前達……!」

 

頭痛のしているこちらとしてはその喧しい声は頭にガンガン響いて耐えられない。

威嚇をするように勢いよくドアを開け放ち怒鳴り声を上げると、しかしそんな彼女の目の前に広がっていた光景は多少の頭痛など一瞬で吹き飛ばしてしまうようなものであった。

 

「あら……おはようございます、マドカさん。」

 

「テメェコラ兎ィ!!何私の卵焼きまで食ってんだ!!」

「食べるのが遅いOちゃんが悪いんですぅ!これもいただきぃっ!」

「させるかボケ!お前の考えなんか見え見えなんだよ!」

「むぅぅ!!Oちゃんの癖に生意気だぁぁ!!」

 

「まあまあ、まだまだ作ってますから……ささ、マドカさんも座って下さい。簡単な朝食ですけど、朝のご飯は何より大切ですよ?」

 

昨日来た時よりも綺麗になった食堂で、これまで見たこともないような景色が広がっていた。

そこにあるだけでまともに使われる事もなかった食器や調理器具達が意気揚々と仕事をしており、部屋中に広がっているこの匂いはただそこにあるものを焼いただけの無骨なものではない。

味噌汁、白米、焼魚、卵焼き、野菜和え……そんな映像でしか見た事がないような、お手本のような温かい朝食がそこにはあった。

 

「いやぁ、お味噌汁なんて久しぶりに飲んだよ〜。変に気取った高級料理より美味しかったし、束さん的には大満足!」

 

「私的にはもう少し辛くても良かったんだが、やっぱこもってる愛情って言うの?それが違うよなぁ!」

 

「ふふ。オータムさんへの愛情は入っていませんから、それはきっと気のせいですね。」

 

「酒を出せ酒を!飲まないとやってられっかぁ!!」

 

「今日は出掛ける用事があると聞いていますよ?ISでも酒気帯び運転は絶対にダメです。」

 

「チクショウ、こんなことなら台所を明け渡すんじゃなかった……!」

 

時すでに遅し、オータムの欲望は制限されてしまった。

そう言う場で無くては特に酒を飲む事はない束はここぞとばかりにオータムを挑発し、再び騒がしく言い争うのだから、この2人は今日も今日とて相変わらずである。

 

……さて、そんな光景を目の前にしている今のマドカであるが、最初こそ彼女の五感はその場に存在する朝食に意識を奪われていた。

それは彼女がそんなものを食べる様な環境に居られなかった故に生じた少しの感動、加えて起床後の適度な空腹が彼女を引き付けた。

 

しかし今の彼女が惹きつけられているのはそんなものではない。

 

確かに目の前の食事は見た目だけでも絶品だ。

湯気が漂っており、白米ひとつ取っても輝いて見える程に盛り付けから配分まで気を遣われていることが見て取れる。オータムに対してはああいったが、食べる者のことを考えて作られていることなんて、素人でも分かるレベルの話だ。

 

だが、それよりも魅力的なものがあるとするならば……

 

他ならぬマドカにとって、これまで食べたことの無い様な半ば憧れ染みた料理に対する三大欲求をも超える強力な存在がこの場にあるとするならば、それは間違いなく……

 

 

 

エプロン姿の奈桜に違いなかった。

 

 

 

「……?どうかしましたか、マドカさん。」

 

 

「……ごふっ。」

 

 

「マドカさん……?」

 

 

母性に溢れた優しげな顔つきで、片手でお盆を胸へと抑えながら、もう片方の手でその長い髪をかきあげるエプロン姿の推し。

 

それだけならまだしも、

呆けているこちらに気付き、目線を合わせる様にそのまま少しだけ前屈みになって、自分の名前を呼びながら笑いかけてくれるなど……

 

 

咄嗟に背ろに振り向いて鼻から漏れ出る赤いファン魂を彼に見せることなく、どうにかこうにか気絶せずに事をやり過ごした自分を、マドカは心の中で最大に評価した。

 

「マドカさん……もしかして、あまり食欲ありませんか……?」

 

「い、いや!そんなことはない!!ただ少し、クシャミが出そうになっただけだ!」

 

「……あ!料理に飛んでしまう事を気遣ってくれたんですね。ありがとうございます。マドカさんの為に作った様なものなので、美味しく食べて欲しいですからね。」

 

「くっ、学園の兵器は化け物か……!?」

 

「……?」

 

"流石にそろそろ慣れろよ"と言いたい者もいるかもしれないが、よくよく考えてみれば昨夜は奈桜と近くにいる殆どの時間を気絶して過ごしており、そうでなくとも出会った直後に色々と彼に想いの丈をぶつけてしまったが、必死さ故に何を言ってどんな反応を返されたのかこれっぽっちも記憶に残っていないマドカである。

 

つまりぶっちゃけ、彼女にとってはまだ推しの実物を実際に自分の目で見てから数分程度の感覚なので……

 

ただこうして名前を呼ばれて笑いかけられただけであっても、自分の為に作ったと言う料理も踏まえて、『コンサート後に偶然にもサイン会の抽選に当選した熱狂的なファンが、推しに名前を聞かれた後に主演を務めた映画での名台詞を自分の名前にして呼んでくれた時』の様な心持ちなのだ。

 

つまり足ガクガクである。

 

気絶してしまうレベルで興奮している。

 

自分の為に作ったなどと恐れ多いことを言われてしまい、先程まで尋常じゃない程に美味しそうに見えていたあの料理達が、今ではまるで天上の神々が食べる様な眩い至高の存在に見えてしまい、近付く度に息が乱れる。

 

こんなものをあれだけ横暴に食べていた束とオータムの気が知れない。あいつらは頭がおかしいのか?と普通に思ってしまうが、この場合どう考えても頭がおかしいのはマドカの方である。

 

喧嘩が激しくなり食堂を勢いよく飛び出して行った天才的な馬鹿2人はさておき、

 

奈桜にしてみれば束から渡された手の感覚を補助する薄い白手袋の使い心地を試しながら、昨日マドカに言われた事を思い出しつつ、取り敢えず今ある物を使って簡単に作ってみただけのものだ。

もちろん一切手は抜いていないが、それでも奈桜の感覚としてはそこまで仰々しくされるほどの物ではない。むしろ"簡単なもので申し訳ない"というのが本音だ。

 

それなのに……

 

「こ、これを、本当に私が食べても、いいのか……?」

 

「え?ええ、簡単なもので本当に申し訳ないのですけど……えっと、もしお嫌いなものがあれば別の物をお作りしますよ……?」

 

「そ、そんなはずがあるか!私はこれでいい!い、いや、これがいい!これを私に食べさせてくれ!頼む!!」

 

「……ああ!なるほど、そういうことでしたか。ふふ、それなら私に任せてください。」

 

こんな話になれば奈桜が困惑するのも当然で……

 

それ故に奈桜がこんな風に勘違いをしてしまうのも仕方ないと言えよう。

 

 

 

「はい、マドカさん?あ〜んです♪」

 

 

 

「………??????????」

 

 

 

"これを私に食べさせてくれ"

"頼む"

 

そんなことを言われてしまえば奈桜の性格から考えて思考がこう向かってしまうのは当然の話である。

 

しかもマドカの見た目はいくら織斑千冬に似ているとは言え、それよりかなり幼い容姿。

孤児院で多くの子供達の面倒を見ていた奈桜にとってマドカは、"千冬に似ている自称妹"という要素よりも、"少し恥ずかしがり屋な可愛らしく小さな女の子"という要素の方が強く印象付けられているのだ。

 

それ故に、どれだけマドカがストーカー行為を暴露しようとも奈桜の中では子供の悪戯としか認識されず、許容範囲も大の大人に対するモノよりも何倍も大きなものに拡幅されている。

そして、世話焼きの度合いや甘やかしっぷりも普段学園の生徒達に対するものの比ではない。

 

小さな子供に対してこそ、奈桜の本質は花開く……それが自分に対して好意を持ってくれる者に対してならば尚更……

 

「ち、ちがっ!私は別にそんなつもりじゃ……!」

 

「ふふ、マドカさんは本当に可愛らしい方ですね。いいじゃないですか、今はどうせ私達しか居ないんです。誰も見ていませんよ?」

 

「そ、それは……!だ、だがこんなこと、私には勿体無いというか……」

 

「もう、そんなこと言わないでください。私はマドカさんが望む事なら、可能な限りは応えちゃいますよ?」

 

「か、かかっ、可能な限り……!?」

 

その時のマドカの反応は間違いなくDTのそれであったが、彼女の内心を露ほども知らない奈桜にとってはそんな反応も可愛らしくて、こうして卵焼きを摘んだ箸を持っていなければ抱き締めてトドメを刺してしまうところであった。

 

「マドカさん。もし時間が空いていればいいのですが、私の話し相手になってくれませんか?私、こうしてゆっくりとお話ししながら朝食を食べる時間が好きなんです。」

 

「うっ……あ、貴女がそう言うのなら、私は、その、構わないが……」

 

「ふふっ、やっぱりマドカさんは優しいですね。はい、あ〜んですよ。」

 

「う、うぅ……あ、あー……」

 

織斑マドカはのちに語る。

この日が人生最良の日であり、私は彼に出会う為に生まれてきたのだと何の迷いもなく言い切れる様になったきっかけでもあったと。

 

なおこの数時間後、魂が完全に抜け切った抜け殻の様な織斑マドカが食堂で発見された。

 

死因はあーん実行時の至近距離による幸福顔の過剰摂取……食べさせる側の人間が一番嬉しそうな顔をするという事態に逃げ場を失ったマドカは耐え切れなかったと見られる。

完食した後の顔を近づけての自然な頭撫での破壊力はマドカにとって完全なオーバーキルであったが、止める者など誰も存在しなかった……

 




一方その頃、学園では……


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44.箒の成長

今回いつもの2倍くらい長いです。
いつもこれくらいスラスラ書けるといいのに……

箒ちゃんが覚醒しました。


第2回戦

 

織斑一夏&シャルル・デュノア

VS

篠ノ之箒&ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

第2回戦を前に既に会場の盛り上がりは最高潮を迎えていた。

理由は第1回戦の代表候補生2人による国対抗戦でもなかなか見られない様なハイレベルのコンビネーション。

そんな彼女達2人の活躍によって生徒達に向けられる期待は跳ね上がり、そしてそんな大きな期待に応えられそうな人物達が集まる試合こそがこの2回戦である。

割れんばかりの歓声が試合前にも関わらず響いているのも仕方のない話と言えよう。

 

「おっし。行くか、シャル。」

 

「う、うん。……緊張してないの?一夏。」

 

「してるに決まってんだろ。……けど、今はそれよりも、箒とラウラが前よりどれくらい強くなっていて、俺の力がどれくらい通じる様になったのか知りたくて仕方ないんだ。」

 

「……もう、タッグ戦だってこと忘れないでね。一人で突っ込めばそれこそ何も分からず負けちゃうよ。」

 

「分かってるって。頼りにしてるからな、シャルロット。」

 

「っ!う、うん!任せて、一夏!」

 

ガッと腕と腕をぶつけ合ってアリーナへと飛び立つ2人は、終始和やかなムードのまま観客席からの黄色い声援を受け止めた。

 

一方でその対抗馬の二人はと言えば……

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、作戦はどうする?私としてはデュノアとやりたいのだが。」

 

「……好きにしろ。」

 

「……そうか、ならば好きにさせてもらおう。」

 

一度も顔を合わせることもなくアリーナへと辿り着いた。チームワークなどそこにはカケラも存在せず、暗い顔をしたまま俯くラウラと、少しの困惑をしつつも相手をしっかりと見据える箒の姿がそこにあるだけであった。

 

『試合開始っ!!』

 

両サイドに会話をさせる暇すら与えず問答無用で開始を告げられたこの試合、まず始めに飛び出したのは勿論一夏。

それは無策で飛び出したわけではなく、事前に話し合っていた様に最初に箒を叩く為の囮としての隙見せ。彼には似つかわしく無いそんな器用な芸当を、しかし普段から隙の多い一夏は殆ど無意識で十分に果たせていたことは間違いない。

 

「おっしゃ!行くぜ!シャル!!」

 

「うん!任せ……ぅえっ!?」

 

「シャル!?」

 

……ただ、一番はじめに飛び出したからと言って、想定していた役割をしっかり果たせたからと言って、それが先手を取ることに直結する訳ではない。

 

開始の合図とほぼ同時にシャルロットの顔面目掛けて打鉄の剣刀が飛来していたことに気付いていたのは、その会場の中でも教師陣のほんの一部の者達だけであった。

 

当の本人であるシャルロットでさえもISから警戒表示を受けるまでは気付くことができず、間一髪武装を犠牲にガードには成功したものの、その時点で既に"彼女"の術中にハマっている事に気付けてはいない。

 

「一人目……」

 

「シャル!!」

 

あまりにも重い金属音がアリーナへと響き渡った。

衝突覚悟で行った一夏の瞬時加速による割り込みは偶然にも最高のタイミングと角度で成功し、飛来した打鉄の刀を影にシャルに接近していた箒の一撃を首筋に当たる寸前で逸らす事を可能にした。

しかし箒の普段とは違う熱さの無い鋭く冷たい瞳がそんな奇跡的なガードを行った一夏に対して一瞥すらせず、今でもただただシャルロットの首筋を見ている事に、2人は背筋を凍らせる。

 

「このっ……!!」

 

「っ!」

 

意識の隙間を掻い潜る様にして懐へと迫っていた箒の一撃はその隠密性と訓練機という名目からは考えられない程に重く、シャルロットは攻撃を逸らしただけで体勢を崩された一夏を抱えて重火器を乱射しながらその場を離れることしかできない。

 

しかしそんな弾幕を物ともせず、時には弾丸を刀身で跳ね返すなどの訳の分からない芸当で無傷でその場を離脱していった箒である。

 

タッグの雰囲気と会場の歓声、そして一夏の威勢により作り始められていた試合の流れは、しかし彼女のその一瞬の攻防劇によって見事に途切れさせられてしまっていた。

 

「は、はは……。な、なあシャル、今の見えたか……?」

 

「ごめんね一夏。期待に添えなくて悪いんだけど……僕、ほんとに何も見えなかった。一夏が居なかったら終わってたね。」

 

「気にすんな、俺もほとんど勘だったし……ラウラが動いてたらマジで今ので終わってたな。」

 

この場で驚愕していたのは何も対している2人だけではない。

意思疎通の取れていなかった味方でさえも、肩を並べる少女のその異様な戦いぶりに目を奪われ動けないでいた。

 

凡人には理解できない異常な戦闘力の片鱗。それこそ、かつて最も敬愛していた彼女の尋常ならざる戦いぶりによく似た……

 

 

『……漸くか、篠ノ之。』

 

 

そんな声が聞こえた気がして振り向くが、当然そこから建物の中にいるであろう彼女の姿を見ることはできない。

ただ彼女によく似た雰囲気が自分の隣にいる少女から感じられるというだけで……

 

「デュノア、悪いが少し付き合って貰おうか。」

 

「……あはは、ご指名入っちゃったよ一夏。全く勝てる気がしないんだけど、どうしたらいいかな僕。」

 

「気にすんな、俺がやるよりは絶対可能性あるから。今の箒と接近戦なんかしたら5秒も保たない気がする。」

 

「それだと引き撃ち一択で一夏のフォローもできなくなっちゃうんだけどね……背後から刺されない様に気を付けてね。」

 

「……まじかよ。」

 

先の攻防を見て、今の箒を相手に例え一瞬であっても目を背ける勇気はシャルロットには無い。

近距離戦闘もこの少しの間でそれなりに勉強はしたが、その道のプロフェッショナルであり、かつ謎の覚醒を遂げた箒を前にしては何の役にも立たない。

 

今のシャルロットに出来ることは、少しでも長く彼女を引き止め、一夏が単独でラウラを撃破する事を祈る事。

停止結界を持つラウラに1対1で挑むなど無謀に近いが、それでもどう考えても他の選択肢よりは可能性が高い。

 

ぶっちゃけ今の箒に対しては対処を間違えれば2対1でも負ける可能性が十分にある。それにあまり距離を取りすぎると今度は一夏を狙う危険性があるので、彼女を惹きつける事にも集中力が要される事を予想すると、これ以外の選択肢がないと言っても良い。

 

箒の存在はそれだけで試合の流れを決めつけるほど強力なものになっていた。

 

「……うわぁ、可能性は予想はしてたけど引き撃ちでも引き離せないね。篠ノ之さん、それってほんとに訓練機なのかな?これでも本来のラファールよりは加速性は高い筈なんだけど。」

 

「無論、多少脚部の装甲は増しているがな。訓練機とは言え、元々の推進力に脚力を加えればこの程度は容易だ。」

 

「あはは……ただの直線移動でならまだしも、銃弾を避けながらの最高速複雑軌道でそれをするのはただの自殺志願者にしか見えないよ……」

 

一般的な打鉄とは掛け離れた速度で走って追いかけて来るその様は正しく獲物を狙う蛇の様で、両手に重火器を持ち過剰だと思われる程に乱射しているシャルロットに対しても必要最低限の動きで潜り抜けてくるその様は最早人間の所業と言えるかも怪しい部類だ。

 

「デュノア、時間稼ぎなど考えるな。全力で私を倒しに来い。そうでなければ今直ぐ一夏を狩りに行くぞ?」

 

「……それはまた変な脅しをかけるね。確かに篠ノ之さんと一夏の相性は最悪だけど、そんなことを僕が許すと思う?そこまで好き勝手できるほど実力差があるつもりは無いんだけど。」

 

「それを踏まえてでも可能にできる手段が私にあるとは考えなかったのか?」

 

「……なんだか篠ノ之さん、少し怖くなったね。」

 

「好きに言うといい。私のこのトーナメントでの最大の目的は、本気の貴様の打倒だ。その為ならば多少の手段を選ぶつもりはない。」

 

「え、えぇ……」

 

何故自分が彼女にこれほどに強く執着されているのかシャルロットには全く身に覚えがなかったが、それでも真っ直ぐな彼女がここまで言うほど自分との戦いを求めているということだけは分かった。

 

そして、それに妙に嬉しさを感じた。

 

確かに今の彼女ならば自分を一時的に無力化してその間に一夏を狩る様な手段を持っていてもおかしくない、そう思えてしまうくらいに未知数に溢れている。

 

だがそれ以上に、シャルロットのIS操縦者としての側面が、どうしても彼女との本気の戦いを求めてしまう。

同じIS乗りとして彼女に負けたくない。

代表候補生として逃げたくない。

違う話ではあるけれど、彼女には女としても負けたくない。

 

タッグマッチ故に勝手な行動は許されないという最大の枷もまた箒のその一言によって破壊されてしまった。

 

敵の言葉にまんまとハマってしまうのは良くないということは分かっているが、それでもその欲を押さえ付けられるほどシャルロットもまだ大人の女では無い。

 

「……いいよ、その話乗ってあげる。」

 

「ほう。」

 

「けど、一つ条件。僕と篠ノ之さん、どっちが勝ったとしてもラウラと一夏の戦いには干渉せずその場で棄権って形にして欲しい。」

 

「ふむ……私としては別に構わないのだが、そちらもそれで構わないのか?確かにリスクは減るが、リターンも減ることになるぞ?」

 

「こっちの作戦はラウラに勝った一夏と一緒に篠ノ之さんを倒すって話だったからね。一夏がラウラを倒すだけでいいのなら、そっちの方がいいに決まってる。」

 

「……ということだそうだが、構わないか?ラウラ・ボーデヴィッヒ。」

 

『うるさい!!私がこんな男に負けるはずがっ!ぐうっ!!あるものか!!』

 

「……だそうだ。その条件で構わない、こちらも好きにさせてもらおう。」

 

先程まで暗い顔をして盛大に鬱になっていた少女が、今では何故か激昂している事に訳がわからずといった様子で呆れる箒。

しかし、ふと自分の手元に目を向けた時、思っていた以上の力が籠って握り締められていた事に気付き、気持ちを落ち着ける様に深呼吸を繰り返す。

 

「……全く、やはりこればかりは一朝一夕では治らんな。」

 

「何の話?」

 

「……いや、なんでもない。それより、もう言い残す事は無いな?ラウラと一夏の方が先に終わってしまえば元も子もない。」

 

「うん、そうだね。……じゃあ、いくよ?僕も手段は選ばないからね?」

 

「望むところだ……!!」

 

そう言ったシャルロットがまず始めに取り出したのは種類の異なる二丁のショットガン……ISの使用する兵器なだけあり、その大きさは尋常では無い。そんなものを両手に持っていればぶっ放す反動だけで飛行バランスが崩れてしまうのは容易に想像できる。

しかしシャルロットの顔は真剣であった。

 

「さあ!これが本物の弾幕だよ!!」

 

「一体何を……っ!?」

 

次の瞬間、箒はそれまで以上の速度でその場を離脱し、直後アリーナ中に幾千ものアリーナのバリアが弾く音が響き渡る。

 

「くっ、これは……!」

 

「マシンガン系統の武器だといくら連射しても着弾にズレが生じて、そこを起点に避けられてしまう!だったらそんな隙間を無くせばいい!」

 

「!!」

 

「ラピッド・スイッチによるショットガンの高速切り替え!加えてこっちの容量はIS界最大!被弾0はあり得ないよ!」

 

「ぐぅっ、これしきで……!」

 

この日初めて箒に対して少しではあるがダメージが入った。

高速切替+両手交互打ちのショットガンの波を前にすれば当然の話ではあるのだが、それでもこの先制ダメージの意味は大きい。

……もちろん、そんな極限まで減らされた波間を器用に捉えて潜り抜け、被弾数をありえない程に減らしている箒の対応力がシャルロットの精神に与えたダメージも間違いなく大きいのだが、それは今は置いておく。

 

「リロードしてる暇は……ないか!」

 

「っ、勝機……!!」

 

ショットガンを高速切替で連射するのはいいが、リロードを無視したぶっ放しをこれだけすれば高速機動機体相手ではこの戦法は最早捨てるしかない。

次にショットガンを使用したくとも、取り出した時点でリロードを挟まなければならないという欠点もある。加えてあれだけの衝撃の中で照準を逸らさないために地に足を付けて連射していたこともあり、今は完全に無防備だ。

ダメージを与えたはいいが、戦法的にはここで仕留めることが当然であった。

それができなかった以上、この瞬間は間違いなくマズイ。

 

「高速切k……『遅いっ!!』

 

大楯を具現化する寸前でその右腕を弾き飛ばされる。

居合の要領で振り抜かれた刀は正確にシャルロットの右手を攻撃し、そのまま流れる様にして身体を反転させ、体当たりで彼女の身体を空へと打ち上げる。

 

「篠ノ之流剣術……舞葉ッ!!」

 

「させないっ……!」

 

両手に持った剣による高速の三連撃。辛うじて取り出した軽小の盾によって装甲の薄い部分への被害は防げたものの、残りの2撃は完全に無抵抗なシャルロットの身体に叩き込まれ、彼女の身体は大きく吹き飛ばされる。

 

だがそれでも、箒の追撃は止まらない。

……不自然であったからだ、その吹き飛ばされ方が自分の想定したものよりも大きかったという点で。

 

「瞬時加速か……!」

 

「これでも僕の方がIS経験は多いんだ……簡単には負けないよ……!!」

 

「っ!」

 

そう言って両腕に取り出したのは先程弾き飛ばされたのとはまた形状の違う、両腕に取り付ける形の大楯。

しかし肝心の両手には何も持っておらず、攻撃武器が皆無という奇妙な状態。

 

不審に思った箒であるが、シャルロットが未だに姿勢を崩しているのは疑いようのない事実であり、未だ攻撃のチャンスであるということも間違いがなかった。

 

「その程度の盾で防げると思うな!!」

 

「防ごうだなんて考えてないよ!!」

 

箒の振り下ろした両剣がシャルロットの身体に向けて振り下ろされる。

それに対してシャルロットもまた大楯を動かすが、防ぐのではなく広げる様にして動かされた大楯の影からは見た目だけでも凶悪な恐ろしい兵器が姿を現していた。

 

……そして同時に、箒の足元で爆発する閃光弾。

 

(まさか吹き飛ばされる瞬間に……!?)

 

光に包まれる瞬間に箒が目にしたのは、こちらの攻撃に何の対処もすることもなくただその凶悪な兵器をぶつける事だけを考えて突進するシャルロットの姿。

 

「くっ!!こっのぉぉ!!」

 

「一発逆転!!……とは行かなさそうだけど!!今回はこれで引き分けだよ!!」

 

ズガンッ!!

観客席の者達ですら恐ろしく思えてしまうほどの鈍い音が会場中に轟いた。

大楯の影から現れた二本の盾殺しは、盾を持たずハイパーセンサーはあるものの突然の爆発に一瞬の隙を見せた箒の腹部に直撃し、一方で箒の振り下ろした剣もまたシャルロットのシールドエネルギーを0にまで持っていった。

 

どちらもほぼ同時にエネルギー残量が尽きてしまい、そのまま動かなくなったISの安全装置によって地上へとゆっくりと降り立つ。まだ試合の途中であるにも関わらず、観客席からは大きな拍手が届いていた。

 

「……その武器の名前は、なんというのだ?」

 

「灰色の鱗殻(グレー・スケール)……盾殺し(シールド・ピアーズ)なんて呼ばれ方もするね。あはは、僕には似合わないでしょ?でも実はあんまり嫌いじゃないんだよね、これ。」

 

エネルギー切れで動かなくなった自身のISに包まれたシャルロットはニコリと笑った。その綺麗で愛らしい容姿に似つかわしくない威圧感を放つその武装を至極愛おしげに見つめながら。

 

「ククク、そんなものがあったとは。母さんの言う通りだな、最強の自分はまだまだ遠いらしい。……だが、やはりデュノアと戦ったのは間違っていなかったな。」

 

「……篠ノ之さんが努力したのも、やっぱり綾崎さん絡み?」

 

「……それこそ無論だ。」

 

シャルロットの問いに箒はISを解除して立ち上がりながら、神妙な顔つきで答える。俯きがちに、けれどその瞳に確かな意思を燃やして。

 

「私は、母さんを……いや、綾崎奈桜という少女を守れる存在になりたい。将来に不安と悲劇が待っているにも関わらず、それでも他者の負担を肩代わりし続ける、誰よりも優しい彼女を。」

 

「………」

 

「その為ならば私は一夏への想いすら封じ込めよう。どれだけの苦辛を味わおうとも、その為の力を付けよう。……私はもう二度と、母さんのあんな姿は見たくないからな。」

 

それは篠ノ之箒の心からの叫びだった。

 

入学して、一夏と再会して、自身の癇癪のせいでギクシャクとしてしまった彼との関係を直してくれたのは偶然にも訪ねた寮監室に居た彼女だった。

初めこそライバルになると警戒していた彼女は自分が見たこともない様な聖人で、欲に塗れた人間ばかりに囲まれていた箒にとっては幼い頃に別れた両親以来の甘える事を許してくれる人物で……

 

気付けば一緒に居る時間が多くなっていた。

彼女の影響を誰よりも強く受けていたし、彼女と一緒に居るだけで自分まで心の中が洗われていくのを感じた。

実際に彼女と過ごす様になってから一夏に対する暴力は減り、自身の許容できる範囲も増えていた様に感じる。

 

放課後に一緒に料理を手伝っている時は、映画やドラマでしか見たことが無いような母親に料理を教えて貰う娘の様になれているようで本当に楽しかった。

 

不器用な自分が裁縫が上手くいかなくとも手に手を合わせて優しく導いてくれた時には、恥ずかしながらも何年もの間ずっと出来ていなかった様な自然な笑顔が出来ていたことを覚えている。

 

どれだけ一夏の愚痴を言っても彼女は嫌がらずに聞いてくれて、行き過ぎた時には注意してくれたし、本当に悲しくなった時には誰よりも親身になって慰めてくれた。

 

……出会って数ヶ月しか経っていないにも関わらず、綾崎奈桜という女性は箒にとって誰よりも重要な存在になっていた。

 

頼れる家族がいない彼女にとって、心を打ち明けられる人間がいない彼女にとって、綾崎奈桜という少女の存在がどれだけ救いになったことか。見ず知らずの他人である自分に本当の母の様に接してくれる彼女は、箒にとって自分に会いにも来ない家族よりも大切な女性だ。

 

……だから、もう二度とあんな痛々しい格好をしている彼女の姿は見たくない。

 

かつて千冬が言った様に例え彼女の将来に悲しみしか待っていないとしても、それでも自分を救ってくれた彼女には誰よりも幸せになって欲しい。

 

様々なしがらみに囚われて千冬が動けないのならば、自由に動くことのできる自分が千冬になればいい。

 

誰にも有無を言わせず、その存在だけで誰かを守ることのできる強い力。それを得ることこそが奈桜を守ることに繋がるのだと、箒は本気で信じていた。

 

「デュノア、私はこれから先も努力を惜しむつもりはない。例え千冬さん程の力を得たとしても、そこで満足するつもりは毛頭無い。そうでなければ母さんは救えないからだ。……お前は、どうする?」

 

鈴音とセシリアもまた自身のプライドを捨ててまで力を手に入れる努力をした。一夏もまた本物の強さを手に入れようとしている。

そしてデュノアもまた奈桜を慕っているということは箒は分かっている。

それを知っていて、彼女は聞いている。

シャルロットの選択を。

 

「………僕には僕の考えがあるから。人を救う方法は、何も力だけじゃないよ。」

 

「……そうか。それも、道理だな。」

 

そうして2人の戦いは引き分けに終わった。

けれど、僅か数ヶ月で専用機持ちの代表候補生と引き分けた箒の存在は観客の目に強く印象付けられた。

そしてシャルロットの瞳にもまた、決意に満ちた箒の姿は強く刻み付けられていた。

 




箒ちゃんは時間のある日は殆ど寮監室で奈桜と花嫁修行をしていました。
そうでなくとも鈴音ちゃんとの初邂逅シーンの様に奈桜と一緒にいる時間が最も多かった人物だったりします。
実はヒロインズの中では奈桜に対する好感度が最も高くて、奈桜が怪我をした時にも尋常じゃないくらい傷付いていたんですね……


性別がバレたら一体どんな反応をしてくれr……


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45.一夏の成長・ラウラの停滞

時間がないです……
余裕がないです……
多少文が雑になってるのはボリュームでゆゆして……


箒とシャルル(シャルロット)の激闘の末の引き分けという結果によって会場中が歓声に包まれている頃、一方でラウラと一夏の戦闘も佳境を迎えていた。

 

「織斑一夏ァァア!!」

 

激昂するラウラ。

一方で片手にいつもの剣を、そしてその逆側でシャルロットから借り受けた拳銃型の武装を手にした一夏は、冷静さをすっかりと失ったそんな彼女を冷たい目で見据えていた。

 

シャルロットや箒、そして彼女達以外のどの生徒や教師であっても、まさか彼があのラウラ・ボーデヴィッヒをここまで完璧に押さえ込むことになるとは、ほんの少しでさえも予想していなかった筈だ。

……いや、それを言えば一夏自身でさえもここまで上手く回るとは想定してはいなかった。

 

この試合が開始されてから暫くこうして互いを削りあっている2人ではあるが、そのダメージ量は明らかにラウラの方が大きい。

加えて彼女が1対1の戦闘で最強と言われる所以であるアクティブ・イナーシャル・キャンセラー(AIC)、通称『停止結界』はただの一度もまともに発動出来ないでいた。

 

「チィッ!!AIC……」

 

「させねぇよ!!」

 

「うっ!?……貴ッ様ァァ!!」

 

その理由はこれだ。

先程からラウラがAICを発動させる瞬間に、まるで先読みするかの様にして一夏が銃弾を撃ち込んでいた。

 

AICはその強力な性質を持つ反面、かなりの集中力を必要とされる。

それは本来ならば戦闘中に行うことすら困難なレベルの話ではあるのだが、ラウラはそれを血の滲むような訓練によって会得していた。

……とは言うものの、やはりこうして寸前に集中力を削がれてしまえば発動は出来ない。

多少のダメージは無視をすれば良いものの、どうしてもその銃弾に集中力が削がれてしまうのは彼女の軍人としての気質という理由もあるだろう。

 

近距離戦闘は以前と異なり殆ど互角、大口径レールカノンは一夏によって距離を取る事を封じられている今は使うことが出来ず、頼みの綱のワイヤーブレードも既に切り捨てられていた。

以前までは大した怖さのなかった一夏の銃の扱いも今では上手いとは言えなくとも射撃用センサーリンクシステムが無いなりにも十分な技量を持っており、そのたった1つの要因だけでラウラはこうして追い詰められている。

 

そして彼女が激昂すればするほどに精神的優位もまた一夏の方へと傾いていく。どころか彼は試合が進むに連れてむしろ冷静になっていた。

 

「なぜだ!!なぜ貴様は……!!以前はこんな力など無かった筈だ!!」

 

「いつの話してるんだよ、これだけ時間があれば何度だってお前にボコボコにされた時の映像を見返す暇はあったんだ。あの時から少しも変わっていないお前にはもう負けねぇよ。」

 

「っ!!……ふざけるな、ふざけるな!!たかが映像を見た程度で……!!」

 

「AICを使う時のお前のリズムはもう頭に入ってる。後はそれに合わせて"零拍子"で撃ち込めばいい。……ラウラ、今日は俺が勝たせてもらう。」

 

「……っ!零落白夜……!」

 

最低出力での零落白夜。

しかしそれでも削られた今のラウラのエネルギーを奪い去るには十分な力を持っていた。

 

触れたら終わりの究極の能力。

そんなものを相手に、今のラウラが一夏に勝てる手札は1つ足りとも存在しない。

 

そして一夏がここまで試合を引き延ばしていたのは、それを確信するためであった。

……セシリアとの戦闘時の様なことを二度と繰り返さない為に。

相手が全てを出し切り、その手札を全て把握して、こちらが優位を取った時に最後の追い込みに使うのがこの切り札。

それこそが一夏が考えた零落白夜の最高の使い方。

 

彼の想定通り、この一手は正しくラウラを詰みに追いやるものであった。

……そしてそんなことは他の誰よりもラウラが一番分かっていたことだった。

 

その美しい白い輝きをラウラは歯を食いしばりながら睨み付ける。

自分を敗北へと導くであろうその刃に、様々な悪感情を入り混ぜた憎悪の目を向け吠え立てる。

……それは織斑一夏に向けられた憎悪、だけではない。

 

「……何が、」

 

「……?」

 

「何が零落白夜だ……!何が世界最強だ……!!何がブリュンヒルデだ……!!ふざけるな!ふざけるな!!ふざけるなァァ!!!」

 

「!?」

 

突然突進してきたラウラからレールカノンを叩きつけられた一夏は一度はダメージを食らうも、なんとかそれを弾き飛ばし距離を取る。

これで厄介な遠距離武装も無効化できた。

ラウラの手には最早ブレードしかない。

ダメージと零落白夜のエネルギー消費であまり余裕は無くなってしまったが、それでもまだこちらの勝ち目は揺るがない。

 

……しかし今の一夏はそんなことよりも、錯乱した様に感情を発散させる彼女の言葉に気を取られていた。

なぜならそれは、以前の彼女からは考えられない様な。

彼女が世界で最も敬愛していた筈の姉に対する罵倒の様な言葉。

 

「……お前、何を……?」

 

「うるさいうるさいうるさいうるさい!!世界最強!?ブリュンヒルデ!?女1人救うこともせずにふざけるな!!ふざけるな!!何の為の力だ!!何の為の栄光だ!!……私は!私はそんなものに憧れていたわけではない!!」

 

「……っ!!」

 

引きちぎるように眼帯を取り払ったラウラは色の異なる両眼から大粒の涙を流して声を上げる。

こうして彼女の顔をしっかりと見てみれば、どうして今の今まで気が付かなかったのかと思うほどにやつれた顔をしていた。充血した目とその下の黒染みは彼女の睡眠不足をこれだけ顕著に表しているというのに。

 

「なぜだ!なぜ教官は今すぐあいつを助けに行かない!?なぜあれほど悠長にしていられる!?以前あれだけの事をされておきながら!!どうして問題ないなどと言うことができる!?どうして少し足りとも焦る事をしない!?あいつを傷付けるだけ傷付けておきながら!2度もあいつを危険な状況に晒して!どうしてああも平常に生きていられる!?ふざけるな!ふざけるな!!ふざけるな!!!ふざけるな!!!!使わないのならば何のための力だ!!その力を欲している者がどれだけいると思っている!!私なら救える!!それだけの力があるのならば!!私なら絶対に救い出せる!!それなのに!それなのに!!それなのに……!!

 

……どうして私には……あいつを助けに行けるような力が、どこにも無いんだ……!!」

 

「……ラウラ……」

 

その目に映る様々な負の感情はそれだけで彼女の全てを物語っていた。

自らを嘲笑う様な仕草と共に、その表情は絶望と苦痛に満ちている。

そうして一夏は後悔する。

先程軽はずみで言ってしまった一言を。

 

「……ああ、とうの昔に分かっていたさ、私に才能が無い事など。他人と同じ事をしていても自分だけがどうしても上手くできない。どれだけ自分なりに努力しようとも、他人よりも必ず身につくのに時間がかかる。そうだ、私が今の立場にいるのは私だけが教官から特別扱いされていたから以外の理由などない。皆が自分と同じ訓練を受けていれば、私は間違いなく未だ落ちこぼれの立ち位置にいた。それは誰にも否定しようの無い事実だ。私の強さの本質は結局は全て教官の力なのだ。私自身から生まれた力など、どこにも存在してはいない。」

 

「……それは、」

 

「織斑一夏、先程お前は私に言ったな?『あの時から少しも変わっていない』と。

 

……私が、私が日々の努力を怠ると思うか?私があいつを目の前で連れ去られて、屈辱と無力を突き付けられて、それでもなお何もせず、日々をただのうのうと生きていたと、本当にそう思うのか……?

 

そんなはずが無いだろう……!

そんなわけが無いだろう!!!

私がどれだけ自分を許せなかったと思っている!!

私があの瞬間!あれ以来!

どれだけこれまでの愚かな自分を殺したと思っている!!

 

教官は動かない!!

ただ残ったのは綾崎が拐われ、今もその状況が掴めないという事実だけ!!

しかも相手は以前あいつを殺しかけた人間!?

悠長にしていられた時間など1秒たりともあったものか!!

気持ちよく眠れた日など1日たりともあるものか!!

自分を許せた瞬間などほんの一瞬でもあったものか!!

 

愚かしい自分に妥協を与えず!ただ気絶と失神を繰り返して!それでも奴の顔が頭をよぎるたびに歯を食いしばった!誰にも負けない様に!今度こそあいつを守り抜ける様に!教官の力など無くとも!私の力で綾崎を取り戻せるように!!才能がなくとも努力で補えると信じて!!想いさえあれば不可能を可能に出来ると思い込んで!!……それでも、それでも私は変わらなかった……!!変えられなかった!!才能のある貴様等は短期間でこれほどの力を得たというのに!!私だけが変わらない!!私だけが取り残される!!あいつの事を助けたいだけなのに!誰よりも綾崎を救いたいと願っているのに!!それなのに私は……!!私だけが!!なぜ……!!なぜ……!!なぜ……!!

 

 

 

……こんなにも、弱い……?」

 

 

 

「ラウラ……っ!?」

 

光を失ったラウラの瞳を、まるで覆い尽くす様に彼女のISが溶けていく。

彼女の頬を伝う涙を塗りつぶす様にドロドロの流動体となったISは彼女をゆっくりと、しかし離す事のないよう確実に包み込んでいく。

尋常では無いその光景に、加えてラウラの慟哭に揺さぶられていた一夏は一歩も動くことができなかった。

 

そうして小さな身体の少女を完全にその内部へと取り込んだ黒い泥は、1人の女性の姿を作り出していく。

 

それは一夏が最もよく知っている姉の姿……

彼女が言っていた最強の力の象徴たる女性の姿。

強さを手に入れたいというならば、誰であろうと間違いなく思い描く姿だ。

一夏とてそれはそうだろう。

 

しかしそれも束の間。

一度は織斑千冬の姿をしたそれはまるで苦しむ様な挙動を見せた後、流動性を増し、大きく崩れ、ボコボコと泡のように膨れ弾け、今度はまた違ったものへと姿を変えはじめる。

 

黒い泥の中からでも聞こえる様なラウラの悲鳴に顔を歪ませる一夏だが、それでも自分が引き起こしたとも言える目の前の現象から逃げる気など微塵もなかった。

 

既に観客席では避難が始まっており、戦闘不能になった2人もISを解除して物陰に身を隠して一夏を見守っている。

 

建物の中にいる千冬から何度もコールが来ているが、一夏はそれに応えない。

ただ姿を変える目の前の存在を睨みつける。

 

「……そうか。お前はそこまであの人のことを思っていたんだな、ラウラ。」

 

先程とは異なる長い髪の細身の女性。

決して織斑千冬その人の姿ではない。

だが、細かい所まで再現されてはいないその曖昧な状態であっても、それだけでこの存在が一体誰を模しているのかがここに居る人間の誰にでも分かった。

 

その泥の正体が何なのかは分からないが、きっと最初の姉の姿こそが正常なものだったのだろう。その証拠に今でも雪片によく似た武装を持ち、姉によく似た構えをして一夏に相対している。

 

それでもあれだけ不自然な動きをして今の姿に無理矢理気味に変えられる様子を見せられてしまえば、この彼女によく似た姿がラウラの意思によるものなのだと容易に想像がついてしまう。

 

そんなことができてしまうほど、ラウラが彼女を特別に思っていたという事実にも。

 

「……なあラウラ。お前はさ、多分だけど分かってたんだよ。本当の強さって言うのがなんなのか。そうじゃなきゃ"力"を……いや、"強さ"を求めて綾崎さんの姿を模したりなんかしないはずなんだ。」

 

無言で構える相手に対して、一夏もまた雪片を構える。

仮に相手が自身の姉をコピーしたものだとしても、今の一夏はこれっぽっちも負ける気がしなかった。

 

……別に昔の姉にならば自分一人の力で勝てるというわけではない。

ただそのコピー自体からは何の強さも感じないというだけで。

 

「……なあラウラ。お前も知ってるかもしれないけどさ、千冬姉ってそんなに強い人間じゃないんだ。出来ることよりも出来ない事の方が多いし、いつも格好付けてるけど俺も知らない所で滅茶苦茶落ち込んでたり悩んでたりしてるってこの前聞いた。人を励ます事とかめちゃくちゃ苦手だし、素直に謝る事も一苦労、誰かに優しくすることも不器用でさ。

 

……だからきっと、その姿を選んだお前は間違っていない。その人の姿を選べたお前が目指す強さなら、絶対に間違ってなんかいない。

 

ああ、そうだ。俺も最近色々あって忘れかけてたけどさ、強さって力だけじゃないよな。力を上手く使う事も強さのうちって昔千冬姉に教えられたのに、悔しくて情けなくて、すっかり忘れてた。

 

……一番強い人間でその人を思い浮かべられるお前に、俺が偉そうなことを言える資格なんてなかったんだよな。」

 

「……」

 

「だからさ、もう一回やり直すチャンスをくれよ。

きっと彼女なら……綾崎さんならこんな時、誰かに助けを求めて、みんなで問題に取り組もうとする強さを見せてくれるはずなんだ。

お前1人で抱え込む必要なんて無かったんだ。

だってみんなお前と同じ気持ちだったんだから……絶対に協力するに決まってる。

 

1人で全部解決しようとするなよ、綾崎さんは一度だってそんな無理矢理な方法で物事を解決しようとしたことなんてなかったぜ?」

 

『ァァァァァァアアア!!!』

 

「俺は弱い。今日お前に勝つことができたのだって、悔しくて悔しくて、必死になって対策を考えたからだ。……けど、多分次にやる時はお前に勝てないと思う。

 

だって……」

 

寸前にまで迫ったコピー体は剣を大きく振り上げ、一夏目掛けて振り下ろそうとする。

しかしそれに対して一夏は少しも動揺することなく動かなかった。

ただ不敵に笑って雪片に光を灯していく。

 

『『一夏(さん)!!』』

 

コピー体が勝利を確信した瞬間、突如としてアリーナの両サイドから同時に放たれた2つの異なる弾丸によって両手を破壊された。

意気揚々と振り下ろした先に自分の両腕と剣はなく、ただ呆然と零落白夜を発動させた一夏に前屈みになっただけの様な態勢になる。

 

あまりにも間抜けなそんな姿にも関わらず、一夏は問答無用で腹部を一閃した。

 

「……ラウラ。苦しい中でも努力を続けられる才能っていうのは、他のどんな才能よりもスゲェもんなんだぜ?」

 

ドロリと抜け出たラウラを助け出し、気絶したままの彼女に一夏はそう笑いかけた。

 

自分が幼い頃に剣道を続けていられたのも、自分に才能があって、それなりに成長を実感し、勝利を掴み取ることができたからだ。

 

ISだってそうだ。

日に日に成長は感じられるし、なかなか勝つことはできなくても、それでも大事な場面では格上の相手に善戦する事ができていた。

 

……もし、もし自分に才能が無くて、どれだけ努力しても成長を実感出来ず、勝利を掴むことができなければ、どうなっていただろうか。

直ぐにその道を諦めていたことは間違いない。

 

ラウラは千冬が『自分にだけ特別扱いをした』『自分以外の者にも同じことをしていたら落ちこぼれていた』『結局全ては教官の力』と言っていたが、そもそも千冬が特別扱いをしようとしたのも結局は彼女の頑張りを見ていたからに過ぎない。

 

千冬とて人間だ。

他人に平等に接することなどしないし、贔屓の人間はどうしてもできてしまう。どころか家族や親友以外の人間には基本的に一歩引いて壁を作って接するのがデフォなタイプ。そんな彼女の気を引くことが出来たのは間違いなくラウラの努力の賜物であり、今の彼女の力は間違いなく彼女が自分で掴んだ自分の力なのだ。

 

……だからこそ、きっとこれからも、それこそ奈桜ならラウラのことをとても気に入って、甲斐甲斐しく世話を焼こうとするのは目に見えている。

 

そしてまたいつしか、今日の一夏との力の差が逆転するのだろう。

一夏はそれを確信していた。

 

(……綾崎さんの的確なアドバイスを真面目なラウラが一心不乱に努力すれば……絶対また追い抜かれるよなぁ……俺も頑張らないと。)

 

こうしてタッグトーナメントはたった2試合の末に中止された。

しかしその2試合の反響は大きく、学園の外でも大いに話は広まった。

 

それが良いことなのか悪いことなのかは、また別の話……

 




いっちーもイケてる男子にしていきたいの。


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46.とある少女の変革-1

話があっち行ったりこっち行ったりしてますが、基本的に書きたいものを書いて書けたら放流してる感じなので許してください……
中途半端なので明日も投稿します。


私が最初にこの男を見つけたのは、酷い憎悪と混乱の中だった。

 

自分の知らない大きな枠で世界が動き始め、そんなことは関係ないと突き進める程の強さも無く、少しの先も見通せないほどの混沌が目の前に広がっている。

それまでの1つのことさえ考えていれば強引にでも前へと進めていける様な環境に居られれば、きっとこの男を見つけた所で有象無象の1つとしか感じることは無かっただろう。

 

 

 

……ある日、自分の全く知らない所で所属していた組織が消滅した。

 

 

消滅したというよりは、乗っ取られたと言った方が正しいのかもしれない。

 

その作戦には当時の同僚であったオータム、スコール、そして何人かの有力な人間に加え、何処から嗅ぎつけてきたのか、あの篠ノ之束の一派も参加していた。

 

そんな集団が相手となれば、いくら数十年もの間暗躍を続けてきた組織と言えど勝ち目などあるはずがない。

亡国企業と呼ばれていた秘密結社は、僅か数日のうちに幹部メンバーの全員が、身分、財産、自由の身を奪われるという形で壊滅させられた。

 

『君に選択肢をあげよう』

 

拘束された私の目の前で、奴はそう言った。

 

片手にはナノマシンの中和剤。

 

片手には血濡れの拳銃。

 

『1つ目。君のナノマシンを中和してあげる代わりに、私達の側に付くこと。ある程度の自由は保証してあげるし、君が望むなら私直々にISを作ってあげてもいいよ。……その代わり、勝手な行動は許さないけど。』

 

『………』

 

『2つ目は、勿論この場で死ぬ事かな。君の事情なんて知ったことではないけど、今の私には地上の事に関心を向けている余裕なんて無いんだ。だからちーちゃんやいーくん達に余計な事をされる前に処分しちゃう。』

 

『……それでは、どちらを選んでも私の望みは果たされないではないか……!』

 

『そう言ってるんだよ?そんなことも分からないの?

君がどれだけ強かろうと、所詮は未完成だからね。私がこうしてここにいる限り、君にはその望みを捨てて貰うしかない。』

 

『……ふざけるなっ!そんなことならば私は……!』

 

『そっか、じゃあ死のうね。今の私には君に対する興味なんてこれっぽっちしか無いからさ。断るならそれまでだよ、バイバイ。』

 

『っ!!』

 

何の抵抗も躊躇いもなく、篠ノ之束は私の額に向けてその引き金を引いた。

この瞬間になって、私はようやく気付いたのだ。篠ノ之束が私にこうして選択肢を与えたのは、別に私という存在の価値を求めてではなかったということに。

 

『……Oちゃん、何で邪魔するの?私、約束通りチャンスはあげたんだけど?』

 

『ばーか。お前の場合は私がこうして邪魔をして、初めてまともなチャンスになるんだよ。人付き合い半人前は黙って先生の言うこと聞いとけ。』

 

『……人付き合いなんて束さんには必要ないし。』

 

『これから必要になるんだ。私がお前につきっきりで色々教えこんでやっから。勉強しろよ、劣等生。』

 

『………劣等生とか束さん初めて言われた。』

 

射撃の寸前に篠ノ之束の腕を押さえ付けたオータムは、そのまま不機嫌そうな顔で睨みつける奴の頭をぐしゃぐしゃと撫で回し、いつもと変わらず快活に笑っていた。

あの篠ノ之束にそんなことをしているどころか、されている側も特に抵抗することなくジト目で睨みつけているだけ。後から考えれば2人の間にいつそんな関係が生まれたのかと不思議には思ったが、当時の自分にそんな考えを浮かばせる余裕はなかった。

 

『……オータム。』

 

『……まあ、なんだ。とりあえず生きてみろよ。別に殺すだけが復讐じゃねえし、復讐だけが人生じゃねぇ。やることなんざいくらでも見つかる。』

 

『ふざけるな!私は奴等への復讐だけを考えて生きてきた!今更それを捨ててどう生きろと……!』

 

『そんなことまで知るかバーカ、テメェで考えろ。』

 

『なっ……!』

 

『私も暇じゃねぇんだ、私にも私の人生ってもんがある。いつまでガキやってるつもりだお前は。何も考えずそれだけやってりゃ、そりゃ楽だろうな。だがそれじゃあ何にも成長しねぇ、いつまで経ってもガキのまんまだ。』

 

『……っ!!』

 

『いいかエム、同僚のよしみでお前に1つアドバイスをやる。

……憎しみを抱く事は別に良い、それはお前の勝手にしろ。だがな?憎しみを抱いてたら人生にまともな楽しみを見出したらいけないってのは、テメェの勝手な思い込みだぜ?』

 

『思い、込み……?』

 

『誰かが死ぬ程嫌いでも、他に死ぬ程好きな奴をつくってもいいってことだ。マジで殺したい奴が居たとしても、それがお前の人生の全てを黒に染める訳じゃねぇ。

お前はその思い込みと怠惰で全部黒色にしようとしてやがるが、んなもん私から見れば勿体無くて仕方ねぇ。折角綺麗な顔して生まれてきたんだ。大いに憎んで、大いに楽しみゃいいじゃねぇか、人生なんざ。』

 

『……』

 

……その時の私には、オータムの言っている事が何一つ分からなかった。

 

ただ事実として、私は生かされて、脳内のナノマシンも取り除かれて、専用のISを与えられながら、平凡な生活という世間一般で言う幸福を与えられたのだった。

 

(違う……違う……!私は、私はこんなものを手に入れるために生きてきたわけではない……!!)

 

私に与えられたIS学園の監視という役割は、想定していた以上の負担を私に与えていた。

 

平凡な生活に染まり始め以前の様な鋭さを失っていく心に対して、学園の映像を見る度にその色はどんどんとドス黒く染まっていく。

 

増していく憎悪は私に全てを捨てて破壊を決行しろと言う。

けれどこの生活を享受し始めた怠けた心は篠ノ之束の前でそんなことは不可能なのだから、今は力を付けるために現状を維持しろと囁きかける。

 

自分が自分によって追い詰められていることに気がついた。

 

オータムが言っていた様な、人生を楽しむための要素など少しも見つからないし、考えられる筈もない。

憎しみこそが全て、復讐こそが全て、それ以外に何も考えられない。何も考えたくない。自分の心のままに流されていたい。けれど心の形と色が噛み合わず、加えて以前の様にただ流されるという事もできやしない。

 

……オータムが私のことをガキだと言った理由が、この時ようやく分かった。

 

結局私は復讐だなんだと言いながら、恨む振りをして、怒る振りをして、自分にとって楽なことしかしてこなかったのだ。

 

考えることを、知ることを拒否して。

ただ感情のままに行動して、事実や本質を受け入れずに駄々を捏ねる様に暴力を振るう。

これをガキと言わずして何というのか。

 

けれど今更どうすればいいというのだ。

私は今までこれしかしてこなかった。

これ以外のことなんて考えたこともなかった。

今更自分の人生に新たな色を付けるなんてことはできやしない。

したことがない。

だからやり方が分からない。

人生を楽しくなんて考えられないし、

考えたくない自分がいる。

思い込んだ今のままが一番楽だからと、

何もしないままを望む怠惰な自分がいる。

けれどそれでは永久にこのままだ。

自分の心に矛盾を抱え、

日々増長していくそれを、

ただ秘め抱えることしかできない。

 

考えるという体の自傷行為を繰り返し、解決策を模索しているように自分を責め続け、何一つ進展することなく私の心は死んでいく。

 

同僚達は忙しなく働いている。

あの篠ノ之束ですら徹夜を繰り返し自分の役割を全うしている。

それなのに自分だけがこうして何かを浪費して生きている、生かされている。

 

今の私はゴミ屑だ。

力を振るうこと以外に脳のない生き物。

それなのに一度力を振るう先を失えば、ただ立ち尽くすことしかできない。

武器にも人間にもなる事ができない、獣にも劣るナニカ。

篠ノ之束に"未完成"と言われたが、それは正しくそうであった。

その言葉に何一つ間違いがなかったと再び自分を嘲笑し、蔑む。

 

以前は馬鹿にしていたモニターの中の人間達の方が自身で選択をして生きているだけ、いくらかマシな人間に見えた。

どれだけ心に闇を抱えていても自分の人生という色を持っている彼等を見て、私は自分がただの機械の様だと感じた。

 

自嘲と失望と逃避、自傷に狂乱に空白。

そんなことを繰り返していたら、ある日唐突に私は悟った。

私はこのまま死ぬのが最も相応しいのではないのかと。

 

復讐という名の八つ当たりだけを考えて、ただ日々を怠惰に過ごしてきた自分にとって、結局最後までループから抜け出そうともせず怠惰を繰り返して無様に生き絶えるというのは、なかなかこれほど相応しい死に様も無いのではないだろうか。

 

そう考えると、自然と口の端がつり上がった。

 

画面に反射して映る自分の顔は、それはひどいものだった。

 

本当ならば姉に似てそこそこ綺麗なはずの顔だったのに、今ではその面影が残っているのかも怪しい。今なら別人と言われてもおかしくないだろう。

 

このまま死ねば、私は私として死ねるのではないのかとか、そんなバカなことを考えれば、自嘲はより一層深まった。

 

(……もう、潔く死ぬのもいいか。どれだけ時が経とうとも、私は恐らく変われない。誰かを恨み、憎しみ、それだけしか考える事なく無様を晒すことしかできやしない。オータムの言っていたような黒以外の色のある人生など見つけることもできない。こうなった今でも憎しみは消えてはいないのだから。

もう十分に分かっただろう、自分のこれまでがどれだけ無価値なものであったのかと。どうせこれから先も同じ無価値ならば、生きることに一体何の意味があるというのだ。

……そうだ。そもそも生まれてきた意味すら無かった、そしてこれから先に生きる意味すら作り出せなかった。それならば私は……)

 

そんな風に全てを諦めた私は、手近にあった普通のボールペンを喉にあてがった。

多少は苦しいだろうが、別に死ねないことはない。こんな安っぽいペンで自殺を図るなどやはり無様ではあるのだが、それでもそれも自分に相応しいとも思えた。

……それに、他者にはあれほど死を迫った癖に、いざ自分の番となると恐怖を感じてしまうのは、やはり自分という人間が如何にゴミであったかを再認識させ、より一層この手に力を入れ込む理由にもなった。

 

(……私も、憎しみなどに身を任せていなければ、姉さん達のように……無理、だな。)

 

そもそも生まれた環境が地獄だった。

それから先も地獄しかなかった。

だから、理不尽ながらも彼等を恨まざるを得なかった。

そうして生きるための目的を作らなければ壊れてしまいそうだった。

自分の人生がこうなることは必然だった。

 

(……なぜだ、なぜ私ばかりこうなる。どうして私はこうなった。私は本当は……織斑一夏の様になりたかっただけなのに……)

 

フルフルと震えるペン先が喉に迫り、赤い水滴が滲み始める。

死ぬのが怖いと、けれどもうやるのならばここしかあり得ないと、一思いに突き刺すために私は思いっきり目を瞑った。

こんなところでまで来て甘えるなよと。

最後くらい自分への甘さを捨ててしまえと。

他者に理不尽な厳格を強いてきたのだから、自分の甘さだって少しも許してはならないと。

甘えるな、甘えるな、甘えるな、甘えるな、甘えるな。

震える手を抑え込み、必死に自分を追い立てる。

數十分にも及ぶ長い葛藤の末に漸く恐怖を誤魔化す事ができ始めた私は、両手に硬く握りしめたペンを思いっきり引き離して、そのまま絶対に止まる事がないよう、勢いよく引き寄せようとする。そして……

 

 

 

『私は"甘えるな"という言葉が大嫌いですから。』

 

 

 

 

 

そんな甘過ぎる誰かの言葉に、それまでの私の覚悟はいとも容易く溶かされてしまった。




最近はISの面白い2次創作が絶えず供給されて、読む側としてもホクホクです。
創作でネタ被りなんてザラだから色んな人に書いて欲しい……同じネタでも人によって展開が変わるから面白いんですよ。
私もドロドロの恋愛モノ書きたくなってきました。


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47.とある少女の変革-2

まどかちゃんが人間に近づいて行く……


 

『私は"甘えるな"という言葉が大嫌いですから。』

 

聞いたこともないような、そんな甘ったるい言葉。

けれど異様に耳に響いたそんな言葉に私の決意は脆くも崩されてしまった。

手元からボールペンがこぼれ落ち、情けなく力の抜けた身体はその暗い部屋のモニターの前に崩れ落ちる。

へたり込んだ今の自分にはもう既に先程のような決意を固める力はこれっぽっちも残っていない。

全てを終わらせる最大のチャンスを今この瞬間こうして失ってしまった。

それを腹立たしいと思う気持ちと、死なずに済んだことへの安堵の気持ち、そしてそれに対する自己嫌悪。

めちゃくちゃになった心は処理するだけで一苦労で、指先一つすら動かすような余力は残っていない。

 

けれどそんな哀れな子供のような姿を前にしても、モニターの中の女生徒は呆れるほど優しい顔をして笑っている。

他者に対してこれほど真っ白な感情をぶつけられる彼女のことが全く分からなくて、ただただ彼女のことを見つめていた。

 

彼女に関しての記憶はほとんどない。

確かいつからか織斑千冬の部屋に住んでいた様な記憶はあるが、その辺りから自分の中の感情を処理するのに必死になってモニターをまともに見てはいなかった。

彼女の膝の上にいるのは確か篠ノ之束の妹である篠ノ之箒。

あれの妹とは思えないほど厳格で、記憶の限りでは他者に対してあれほど気を許すタイプではなかったはずだ。

 

そんな彼女がこうして他人の目がないとは言え一人の人間に甘えている。

 

私が彼女に……いや彼に興味を持ったのはそれがきっかけだった。

 

それからは壊れた玩具の様にただひたすらモニター越しに彼女の姿を追っていた。

もうすっかり自殺をする気力は無くなっていた。

それなのに、自分を責める様なことをする気力もなかった。

私はまた考えることをやめて、ただただその女生徒を追い続けていた。

 

……それなのに、以前と同じ様に何も考えず思考を放棄していただけだというのに、私の心は死んでいくどころか、むしろ以前よりも生き生きとし始めたのを覚えている。

織斑千冬や織斑一夏がいくらこの目に映り込んでも、何故か以前よりも心が動かなくなっていたことを覚えている。

 

それほど追いかけ始めた彼女の人生と生き方は衝撃的で、私は彼女に惹きこまれてしまったからだ。

 

 

まず、彼女彼女とは言っているが、彼女はそもそも男だった。

世界で二人目の男性操縦者でありながら、女性として身分を偽っているのだという。

これを知った時、私の死にかけていた心は驚愕のあまり思わず息を吹き返した。まるで停止寸前の心臓に電気ショックを与えた時の様な、あまりに大きなその衝撃を前に私は久々に体を俊敏に動かした。

……その一歩こそが私の心が変わり始めた第一歩に違いない。

 

そして次に、彼のIS操縦者としての技能は最早異常といっても良いほどに卓越していた。

モニター越しでは乗り始めて僅か数ヶ月と言っていたが、その技術は完全に熟練者のそれだ。

才能はあるだろうが、それだけではない。

だが、どうやっても受けることしか出来ず、相手を攻撃することが出来ないという点はとても彼らしくて、自分の解釈通りであると納得して少し嬉しくなったのを覚えている。

……この時、久方振りに明るい感情を抱けた事に気が付いて、自分に自分で驚愕した。

 

そして最後に、彼は見ているこちらが呆然としてしまう程に他者に愛を齎していた。

彼が愛を司る神の化身だと言われても思わず信じてしまうくらいに、彼は周囲に愛を振りまいていた。

 

例え見知らぬ人間であろうが困っていれば声をかけ、間違っていることをすれば正しくその人間のためになるように相手を叱る。

相談事にも親身に対応して、誰に対しても変わらない優しさを見せるその態度故に、同性という体でありながら彼に憧れを抱いてしまう女生徒は後を絶たなかった。

 

しかもそれが他人の目の届かないところでは良くない本性が垣間見えるかと思えば、全くそんなこともない。

ゴミが落ちていれば率先して拾うし、人間だけでなく動物に対しても愛を与え懐かれる。自分のものではない花壇に管理人の代わりに水をやっていたり、誰も見ていないのに清掃活動をしているのはザラだ。挙げ句の果てには満面の笑みで他人のための家事をしていたり、ただ同室というだけの姉の為に彼女の知らないところで様々なフォローをしていた。

きっと今でも姉さんが気づいていない彼のフォローは多くあるだろう。

 

……こんな人間がこの世界にいたという事が、私は信じられなかった。

 

見れば見るほど、知れば知るほどに彼から目が離せなくなっていた。

 

彼のほんの少しの行動も見逃さないように、終始モニターの前に張り付いている自分がそこに居た。

 

『私は甘やかす人間ですから』

 

『誰にでも甘える権利はあるんです』

 

『私にだけは何の遠慮もなく甘えてもいいですからね』

 

そんな彼の独特な感性の混じった言葉は、私に新たな価値観を認識させた。

そんな生き方もあるのだと、私は自分とは全く異なる彼の人生の虜にされた。

 

(……自分も、彼の様になれるだろうか。)

 

そんなこと無理だと分かっている。

彼と自分はあまりにも違い過ぎる。

比較するだけで自分がどれだけ最低な人間なのか自覚させられて、死にたくなるくらいには彼は聖人過ぎる。

 

けれど、私は彼に憧れた。

その生き様に感動した。

彼に少しでもいいから近付きたいと心から思った。

 

彼を見ているだけで色が差し込んでくる自身の心に、ほんの少しではあるが可能性を見出せた。

 

彼の事を見ていれば、知れば、理解すれば、自分を変えることができるのではないかと期待した。

 

……そして、事実として、少しではあるが私は変わることが出来ていた。

あれほど膨らんでいた憎悪の感情が気付かぬうちに小さくなっていたのだ。

 

きっとそれは他の事に目を向ける余裕もなく彼を見ていた時、それに伴い彼の近くにいた織斑千冬と織斑一夏の情報も自然と知ってしまったからであろう。

人は自分の知らない事に対しては憶測と想像で補完しようとし、私の場合はそれが行き過ぎて憎悪を作り出していた。

だが2人の人間性と現在置かれている環境、そして生き様は、自分が補完していた情報を塗り替え、置き換え、基盤を作り変える事でそれによって成り立っていた憎しみを少しずつ解体していった。

故に憎悪は萎んでいった……

 

……ただ、なんとなくその解釈は気に入らない。

 

そんな解釈よりも、真っ白な彼を見ている事で自分の心も影響を受けて、その黒色が薄まったと考えた方が個人的に好きな解釈だ。

 

それに別にこれは嘘でもなんでもない。

だって最近では彼が他人を甘やかすところを見る度に『出た、いつものやつだ』と言った様に嬉しくなるし、彼が家事をしている姿を見ているだけで素直に感心しながら、満足に作れた時に見せる満面の笑みに自然と顔の熱くなる自分がいる。

以前の私では考えられなかった様な至極まともな人間らしい感情を抱ける様になり、これが白でなければ何というのか。

 

他の何に対しても同じ感情を抱くことがイラついたり気に入らないものであったとしても、彼に対する好意だけは何の抵抗もなく素直に向けることができる。

他の誰に対しても見せる事ができない自分の情けない言動も、彼の姿を見ながらだと素直に表すことができてしまう。

基本的に否定から入る私が、彼にだけは肯定することができてしまう。

 

彼が模擬戦をする度に全力になって応援した。

彼が料理を作る度にその味を想像して憧れた。

彼が授業で活躍する度に私まで誇らしくなって頷いていた。

彼が誰かに優しくする度に嬉しくなって、相手の反応が楽しみになった。

 

彼を見ている時だけ、私は人間になれていた。

 

私は未完成ではなくなっていた。

 

私に色が生まれていた。

 

(見ていたい、もっと彼を見ていたい……!

彼の色々なことを知りたい、彼の全てを記憶に焼き付けたい!

ずっと彼を応援していたい、彼を生で見てみたい!

それが許されるのなら私は……!!)

 

 

 

……わたしは、本当の色を手に入れられると思った。

 




まどかちゃんにもまだまだチャンスはありますよ。
奈桜の中での恋愛的好感度は千冬ですら10%も無いですから。
友人的好感度ならオータムですら70%はあるのに……

恋愛攻略難易度infernoこと奈桜ちゃんです。


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48.記憶の貴女

嵐のように束さんと楽しく会話する話です。

あ、あと昔のアカウント改造して投稿日に報告とかしようかなと思ってます。基本的に難産しながらオタクしてるだけですが……↓
@suresuredrink


奈桜がこのアジトへ来て数日が経ち、とうとう学園へと戻る日が来てしまった。

長いようで短かったここでの生活は、存外奈桜にとっても悪いものでは無かった。

……その理由の一つとして、今部屋で荷物をまとめている彼の後ろでじっとその様子を見守っている少女の存在がある。彼女は荷物をまとめる彼を見守りながらもギュッと両手を握り締めていた。

 

「……本当に、行ってしまうのか……?」

 

「ええ、私にも役割がありますから。それはマドカさんだって同じでしょう?でしたら、いつまでもここで停滞している訳にはいきませんよ。」

 

「……強いのだな、貴方は。」

 

「そんなことはありません。私だってここでの生活は気に入っていますし、皆さんと離れることにも寂しさは感じます。……ですが、私達はまた会えるでしょう?マドカさん。」

 

「!!……あ、ああ、そうだ。必ず近いうちにまた……いや、今度は私から貴方に会いに行く。絶対だ、約束する。」

 

「ふふ、マドカさんならそう言ってくれると思っていました。……それでは、行きましょう?荷物は私に持たせてはくれないのでしょう?」

 

「と、当然だ!私に任せて欲しい!……よ、よし。これくらい楽勝だ!」

 

「ええ、とっても頼もしいですよ。マドカさん。」

 

「〜っ!!」

 

この数日の時が経っても、マドカの彼に対する想いは一切変わらなかった。

それどころか間近で見た彼が自分の想像通り、どころか想像以上の人物だったことで、増している節すらある。

 

奈桜も多少は手足の神経が戻り、束が即席で作った補助道具があるとは言え、それでも満足に動かせるわけではない。

そのためマドカはいつも彼の代わりになって色々なことを率先して行い、憧れの彼に直接教えて貰いながら家事をしていたりもした。

 

不器用ながらも彼の言うことをしっかりと聞いて必死に実行しようとするその姿はとても愛らしくて、基本的に自分で出来る事はなんでもやろうとする奈桜もこの時ばかりは一歩引いて彼女の成長を見守っていた。

 

2人の相性は意外と良く、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

 

奈桜の前ではどうしても緊張して上手く話せなくなってしまうマドカでも、言葉を言い終わるまでしっかりと聞く姿勢をしてくれている奈桜とはゆっくりとでも話すことができたし、

 

他人に対して命令や頼み事をするのが苦手な奈桜でも、マドカの習う姿勢とお願いをされるととても嬉しそうな顔をする姿から素直に頼み事ができるようになった。

 

滅多に部屋から出てこない束、基本的に日中は外へ出て何かをしているオータム。

必然的に2人で過ごす時間は多くなり、可愛らしい少女に懐かれて奈桜の母性はホクホクで、憧れの存在にドキドキしながらも言葉を交わせる程の仲になり興奮冷めやまぬマドカと、需要と供給の成り立つ互いに良い関係が築けていた。

 

「ん〜?あれ、まーちゃんとちーちゃんの嫁ちゃんじゃん。……あー、今日帰る日だっけ?」

 

廊下をゆったりと歩いていると、ガーッと開いた重厚な扉の奥からいつもの青ドレスを着た天災科学者が、それはもう酷くみすぼらしい格好になってヨロヨロと這い出てきた。

 

徹夜3日目。

 

流石の天災・篠ノ之束と言えど、72時間殆ど休息無しの働き詰めは限界である。

むしろ彼女ほどの天才が何をそんなに時間をかけてしているのか凡人には想像もつかないが、何処か生き生きとしているだけに誰も止めようとは思わない。

なんだかんだで自分の体調管理は最低限しているのが彼女だ、誰も問題だとは思わない。

 

……とは言っても、三度の飯より人の面倒を見るのが好きな奈桜に関しては例外であるのだが。

 

「大丈夫ですか……?よければこのタオル、使ってください。冷たいお茶もありますから。」

 

「たはは〜、いやぁ助かるよ〜。嫁ちゃんが居てくれると疲れててもご飯とお風呂が出来てるからね〜。一生ここで働かない?お金なら出すよ?」

 

「あはは、大変魅力的なお話ですが今はやめておきます。今は学園の方でやらないといけないことがありますので。」

 

「ま、それもそっか。束さんも嫁ちゃんを奪ってちーちゃんに殺されたくないしね。……あ、まーちゃん。先に行って荷物だけ運んどいてよ、束さんは嫁ちゃんとお話しがあるからさ。」

 

「……何もしないだろうな?」

 

「大丈夫大丈夫、多分今の束さんOちゃんと同じくらいの力しか出せないし。」

 

「……十分なのではないか……?」

 

そうブツブツと言いながらもマドカは束の指示に従ってその場を離れる。

マドカとて別に束の事を信じていないわけではない。

初めこそ色々と酷い事をされたので警戒していたが、今ではそれなりに信頼しているのだ。ただ価値観が普通の人間とかけ離れているという点を心配しているだけで。

 

マドカがその場を離れると、束は廊下に設置してある長方形の椅子に腰掛け、奈桜に対してもその向かい側の椅子に腰掛ける様に促す。

奈桜はそれに素直に従い腰掛けるが、直後に束から黒い布のような物と、一つの携帯端末を投げ渡された。

なんとかキャッチには成功したが、他でもない彼女に手渡されたものだけにどんなものか分からず、困ったような顔をして束に目を向ける。

 

「君専用の視力補助装置と、私達と直接通話できる携帯端末。どっちも束さん特製なんだから、感謝して欲しいな。」

 

「……本当にありがとうございます、束さん。」

 

「……そう素直にされると反応に困るよね。」

 

そう苦笑う束が落ち着いて見えるのは単純に彼女が疲れているからなのか、それともまた別の理由なのか。

しかし気を取り直すようにして彼女は人差し指を立てて自慢げに語り始める。

 

「とりあえず、そっちの奴は鉢巻みたいにして目の上に巻くだけでいいよ。窪みのあるプレートが入ってるから、それを目の上に被せる感じで……そうそう。後は自動で長さ調節してくれるから、目を開けてみて。」

 

「……っ!これ、ハイパーセンサーですか……!?」

 

「それの応用みたいなものかな。コア使ってないから視界自体は普通の人間と変わらない程度だし。違うのは暗い所や明る過ぎる所でも問題無く見えることくらいかな?

あとその布が紫外線カットしてるから、固定装置があるとは言え、くれぐれも外で外さないようにね。最悪失明するよ。」

 

「わ、分かりました。ありがとうございます。……もしかして、他にも機能とかあったりします?」

 

「ん〜、実は付けようと思ったけどやめたんだよね。余計な機能つけるよりも必要な機能だけ付けて、その分つけ心地を良くした方がいいと思ったんだよ。……それで、どう?」

 

「凄いです!左目でもしっかり物が見えます……!ありがとうございます!束さん!」

 

「……ちーちゃんの頼みだし、別にいいよ。それより、そっちの端末は私かOちゃんかまーちゃんに繋がるようにしてあるから、それも好きに使って。私以外には傍受は不可能だし。」

 

「はい、ありがとうございます。丁度それをどうしたらいいか困っていたので、とても助かります。」

 

「……だから、一々お礼なんて言わなくていいのに。」

 

奈桜にお礼を言われるたびにくすぐったそうな顔をしてそっぽを向く束。

ぶっちゃけ彼女はお礼なんて言われ慣れていなかった。

今現在彼女の周囲にいる人間は素直に感謝することのできる者はほとんどいない。何を作って渡そうともそんな感じなので、それが妙に新鮮に感じたのだった。

 

「それに、感謝するのはどっちかって言うと束さんの方だしね。」

 

「……というと?」

 

「まーちゃんのこと。まーちゃんが元気になったのは君のおかげなんでしょ?ありがとね。」

 

「い、いえ、私は別にそんな……」

 

「君がそう思っていなくても、今にも自殺しそうだったまーちゃんを引き止めたのは間違いなく君だし。まーちゃんの力は私達の計画に大いに役立つからね、助かったよ。」

 

「……自殺するのは、止めようとしなかったんですか?」

 

「……ノーコメント♪」

 

そうニッコリと笑った彼女の顔は、本当に何を思っているのか分からない様な作り笑いだった。

けれどそれが妙に人臭い気もして奈桜は何も言えなくなる。

 

しかしそんな顔も一瞬だけ。束は一転して瞳を薄く開ける様にして妖しい笑みを浮かべて、彼の顔を見つめ返した。

 

「……うん、まあ感謝の心は形で表さないとだよね。特別に君にはこれもあげちゃおうかな。」

 

「は、はあ……これは、なんですか……?」

 

手渡されたのは瓶いっぱいに詰め込まれた白色の粒。それは石やラムネなんてものではなくて……

 

「鎮痛剤だよ、必要でしょ?」

 

「……っ!どうして、それを……?」

 

「言わなかった?束さん、一時期本気で医学について学んだって。今の束さんに身体のことで何かを隠すことなんて不可能なんだよ、"綾崎直人"くん?」

 

「……っ!!」

 

座っている"直人"に近付いて、束はツンとその鼻先を叩く。

そのまま彼の首に腕を回しながら隣に座り、優しげな表情で彼の頭を撫で回す。驚愕に歪む彼の顔にそのニヤニヤとした顔を近づけて、視力補助装置を取り外して彼の瞳を直接覗き込んだ。

 

「いやぁ、人間って言うのも分からないものだよね。まさかISが誤認するくらい女性としての完成度の高い男の子が居るなんて、流石の束さんも想像してなかったよ。君の頭痛の原因はその不安定な遺伝子が原因かな?」

 

「……頭痛に関しては昔からずっとです。ですがそれは本当に軽微なものが偶にという感じで、激しさを増したのはあの治療の後からです。」

 

「ふ〜ん、意外と後遺症は残ってたのかな……ま、気が向いたらまた調べておいてあげるよ。君ほどの子が人前で表情に出すくらいなんだから、よっぽどなんだろうしね。」

 

「……そんなに出ていましたか?」

 

「顔に出そうになると君はそっぽを向くからさ、天才の束さんには背中越しでもその仕草が見抜ける的な?」

 

「か、軽く医学を学んだだけでそんな風になるんですか……?」

 

「今の地球人で一番人体に詳しいのは間違いなく束さんだと断言できるね!」

 

「鬼に金棒どころの話じゃないじゃないですか……」

 

そのおかげで助かったとは言え、物事の極め方が尋常では無い。

普通の人間ならば特定の分野を学ぼうとすればそこそこ上位の位置に立てればそれだけで満足する。誰が頂点までやるというのか、そんなことをやってしまうところが既に凡人との差というか……

 

「……あの、束さん。一つ質問なのですが、私のことをどうこうしようとするつもりは無いんですか?」

 

「うん?」

 

「いえ、だって、その、私はこれでも一応男性IS操縦者ですし。貴女の事ですから一夏君のことは把握しているとは思うのですが、もし貴女に何か思惑があるのならば私はむしろ邪魔だったり……原因の解明のために解剖されたりとかも……」

 

「ん〜、確かに昔の束さんなら排除しようとしてたかもね。けど君は別にいーくん達に悪いことしてる訳じゃないし、むしろ支えてくれてるじゃん?誘導してるとかならまだしも、君は本当に下から支えるだけだからね。……それにそれなりの実力と頭もあるし、今の束さんにとってはそれが大きいかな。」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「そうそう。それにさっきも言ったけど、君がISを動かせる理由なんて明白じゃん?今更解剖した所で分かりきった結果しか出てこないよ。束さんにはそんなことをしている暇はございません♪」

 

「……つまり、私には興味はない、と?」

 

そんな風に少しの安心と期待を込めて奈桜は束の顔を見る。

自分にはISに乗れること以外に束の気を引くような要素が無いと確信していた故に、奈桜は油断していたのだ。

 

……そうして、当然のことながらそんな期待は裏切られる事になる。

この、待っていましたとばかりに口角を上げたメルヘンサイコウサギによって。

 

 

 

『興味津々だよねっ!!』

 

 

 

「ふわっ!?」

 

突然奈桜の肩を抱いていた手を彼の胸を鷲掴みにする様に動かし、彼の後ろに回り込んだ束。

ニヤニヤと笑いながら服の上から器用に奈桜の下着をズラしていく。

先程はマドカに対して「Oちゃんくらいの力しか出せないから大丈夫」なんて言っていたが、そもそも今の奈桜に対してオータムが本気で襲い掛かれば抵抗などできないのだ。まどかの予想は大当たりだった。

 

「いやぁ全く。例外の男性操縦者ってだけじゃなく、まーちゃんを救ったり、ちーちゃんを支えたり、箒ちゃんを成長させたり。それにあのOちゃんと引き分けた上に、私の発明で後遺症を発症、しかも何よりオトちゃんのお気に入りときた!それにもそれにも飽き足らず、私の所にあ〜んな"痕跡"持って来てさ〜♪そ〜んなに束さんの気を引こうとして、君は一体どういうつもりなのかな〜?かなかなっ♪」

 

「な、なんの話を……ひうっ!」

 

「分かってる、束さんは分かってるよ〜?きっと君と私は切っても切っても切り離せない運命にあるんだって。……だってそうでもないと、コアにあんな記憶が残ってるのはおかしいもんね〜?」

 

「き、きおく……?」

 

「ふふ……ねえ、なーくん?」

 

口元を三日月の様に歪めた束は息の乱れる彼を解放して両手を肩に置き、ぐったりとした彼の耳元へ口元を近付ける。呼吸すらもしっかりと聞こえてしまう様な超至近距離で、その自身の特有の甘ったるい声をこれでもかと注ぎ込む様に、ある言葉をゆっくりと、しかしはっきりと、単語一つすら聞き逃す事を許さない様に息をたっぷりと使って呟いた。

 

 

 

『死ぬことは許さないから。絶対に生き残って、苦しみ続けることがお前の罰だ。』

 

 

「っ!!」

 

 

それまで力の抜けていた身体に一気に活力が戻り、まるで反射の様にして身体が立ち上がりそうになる。

しかしそんな奈桜の身体を束は離さない。

押さえつける様にして自分の身体を彼に押し付けて、彼の首筋に手を這わせる。

 

「あはは、やっぱりあれ束さんだったんだ?……ふふ、どう?ちゃんと思い出した?いやぁ、私も酷いよね〜?こ〜んな呪いみたいな言葉を君に押し付けるなんてさ。でも許してよ、記憶にはないけどこの時の私はそれくらい君に怒りを抱いてたってことなんだから。」

 

「……あ……た、束、さん……」

 

段々と息を荒らげ始め、顔色を青くしていく奈桜。

そんな彼の様子ですら束は愛おしげに見つめて、笑う。

 

「ふふ、私は嬉しいよ。まさか君の中で一番大きな存在が、ちーちゃんでも、箒ちゃんでも、他のどの女の子でも無く、この私だったなんて。記憶を無くしても私の言葉は忘れられなかったの?私の顔を見るだけで心拍数が上がっちゃうね?自然と身体に力が入ってたの気付いてたかな?そんなに束さんの事が好きなんだ?」

 

「わ、私は……わたしは……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!」

 

「だぁめ、絶対に許してあげない。君はこれから先もずっと私の言葉を背負って生きないと。私が許してあげるまでは、絶対に楽になんてさせてあげないよ。」

 

「う、あぁ……ああぁあぁ……」

 

「ふふふ、君は本当に可愛いなぁ。ついつい滅茶苦茶にしちゃいたくなるくらい可愛い。『ちーちゃんの嫁ちゃん』なんて呼んでたけど、これだけ愛されてたら私もなーくんのこと欲しくなっちゃうよね〜♪私があんな酷い事を言っちゃったのも納得だなぁ♪」

 

体を抱える様にして震えている奈桜を抱き抱えながら、束は更に彼を追い詰める。

2人の間の会話の真意は2人にしか分からない、だがそれが普段冷静な奈桜が相当に取り乱す程の内容であることだけが事実で……

 

「正直ここに来る時まではなーくんの事は大して認識してなかったんだけどね。この数日で君のISのコアデータを解析してたらこんなに面白いものを見つけちゃったんだもん。あんなものを見せられたらもう、今の束さんは誰よりも君にゾッコンだよね。」

 

「た、ばね、さ……うっ、ぁぐっ……!」

 

「おっと、やっぱりその頭痛はこれが原因の一つだったか。理屈は全然想像つかないけど……ほらなーくん、口開けて。」

 

「んっ、くっ……こほっ、こほっ……あぅ……」

 

強引に薬を飲まされた奈桜は、しかしそれまで苦痛に歪んでいた表情が少しだけ和らいだ様に見える。

顔色はやはり青いままではあるが、強烈な痛みによって冷静さを取り戻したのか、身体に力ははいっていないがそれでも先程よりは冷静に周囲が見えている様だった。

 

そんな彼を見て気を良くした束は胸元から取り出したリモコンを操作し、一台の車椅子をここへ呼び出す。

ボタン一つで呼び出された場所まで自走してきた特製のそれに束は奈桜をもたれ掛けさせると、最後に再び力無い奈桜の前に屈み込んで笑顔で語りかける。

 

「薬が効かなくなったらまた言ってね、根本的な治療にはならないけど無いよりマシでしょ?束さんの方でも君のことは調べておいてあげるからさ。……ま、君も知ってる通り、近いうちにまた会えるよ。それに私は基本的になーくんの味方だからね、君は君なりに頑張ればいい。邪魔はしないし、いつでも逃げて来て構わないよ。」

 

「ぁ……わ、わたし、は……」

 

「じゃあね、なーくん。……私だけが君の本当の理解者だってこと、忘れないようにね。」

 

自動走行で走り始める車椅子に運ばれていく奈桜を見つめながら、奈桜の姿が見えなくなるまで束は軽くその右手を振っていた。

その顔は憐憫と慈愛の入り混じった複雑な表情で……

 




今までで一番難産でした。
束さんに適度に知ったかぶりさせつつ、後々の矛盾にならない様に調整して、かつ詰め込みたい話もいっぱいあったので、一度もう全部投げ出したくなりました。思い切って投げました。
助さん格さん……もう、いいでしょう……?


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49.あなたの肯定者

束さん家にお泊まり編はこれにて終了です。
ラウラ編もそろそろ終わります。……長いっ


sideマドカ

 

海の水と外へと続く小さめの滑走路。

海に浮かぶ小さな無人島にそのアジトは隠れる様にある。

飛行記録や衛星監視などは島の主である1人の天災によって徹底的に隠蔽され、隠蔽されなくとも各国に散らばる彼等の仲間が焼却する。

もっと言えば、そもそもここにこんなアジトがあるという事実を知っている人間は数えるほどしか存在しない。

 

故にそんな場所への客人というのは非常に珍しく、基本的に他者と関わることのない私でさえも面識程度はある事が多かったりもする。

 

「ふふ、久しぶりじゃないマドカ。」

 

「……ああ。今日は世話になるな。」

 

「気にしないでいいわよ、またオータムがやらかしたんでしょう?千冬の言葉もあるし、彼女は責任を持って学園まで届けるわ。」

 

「お前は信頼できる。……頼んだぞ、"ナターシャ"。」

 

 

「いいのよ、私に任せなさい♪」

 

小さめの航空機からマドカの前に降り立った彼女、ナターシャ・ファイルスもその1人であった。

 

金色の髪に左耳のイヤリングが特徴の彼女は、アメリカ所属のテストパイロット。

優秀なパイロットであると同時にアメリカ軍とも密接に関係しており、あのブリュンヒルデも認めるほどの実力者でもある。

 

そんな彼女がどうして私達の様なこんな怪しい連中と関わりを持っているかと聞かれれば、彼女が自身の名声と世界の平和を天秤にかけられた時、まず間違いなく後者を優先する様な正義感の持ち主だという他に理由はない。

スコール経由で米軍と取引をした際に、彼女は少しの戸惑いもなく真っ先に自分が仲介役になると買って出た。

 

仲介役などと生易しい言葉を使ってはいるが、その実はこちらと米軍の互いの思惑を汲み取りながらも関係が悪化しないようにバランスを取らなければならない非常に厄介な立ち位置だ。

普通の人間ならば重圧に耐えかねて放り出しそうなこの役割を、彼女は日々こなしている。私ならば早々に音を上げて全てを破壊していると思うと、彼女の根性と正義感は感心するばかりだ。

 

……そういえばと思い返せば、彼女の性格というか母性というか、そういうものは一部ではあるが彼に似ているかもしれない。

けれどそれは年齢と経験から来ていると考えれば、当然なのか。

むしろあの年齢であそこまで愛を振り撒ける彼の方がおかしいのかもしれない。

 

「……ふふ。」

 

「む、なんだ。」

 

彼女を見て気付かぬうちに考え込んでしまっていた私に向けて、突然目の前の彼女が笑みをこぼしてきた。そういう所も彼に似ているが、彼以外の人間にされるのはなんだか擽ったい。

抗議する様な目で睨むと、それでも彼女は笑っていた。

 

「いえ、そのね。マドカが前に見た時よりもずっと女の子になっていたから驚いちゃって。」

 

「お、女の子だと……?」

 

「ええ。だってほら、髪も肌もちゃんと手入れしてるんでしょう?服装も前みたいな真っ黒なものじゃなくて、こんなフリフリの付いてる服を着たりしちゃって。ちゃんと女の子してるみたいでお姉さん安心したわ。」

 

「き、気のせいだ。これはただそこにあったものを着ただけで……」

 

「あら、クロエの私物はここにはもう無いって聞いてるわよ?今は全部あの子と一緒に月にあるんでしょう?ここに残っているはずが無いわ。」

 

「うっ……」

 

「ふふ、あの抜け殻みたいだったマドカをこ〜んな可愛い女の子にしちゃったのは何処の誰なのかしら?……もしかして、例の女の子?」

 

「ど、どうでもいいだろう!そんなこと!!いいから荷物を運ぶのを手伝え!」

 

「ふふ、か〜わいいっ♪」

 

よくよく考えれば積み込む荷物=トランクケース1つにも関わらず『手伝え』などと言ってしまったことに気付き、もうなんか色々滅茶苦茶にしたくなるくらいに恥ずかしい。

そんな自分にも生温かい目を向けてくるのだから居た堪れないというかなんというか……

 

ここから先の送りは全てナターシャに任せており、私は同席することは出来ない。

それ故にここまで付き添おうとしたのだが、今や止めておけば良かったと若干の後悔をしてしまっている。

……まあ、そもそもあの時の私に彼の見送りをしないなどという選択肢は無かったので仕方のないことではあるのだが。

 

 

 

 

 

「……遅いな、何かあったのか?」

 

待つこと10分、ただの雑談をしているにしては長過ぎる様な気がして呟いた一言。

しかしその嫌な予感はやはりというべきか、当たっていた。

 

「っ!ナターシャ!水を持ってこい!」

 

「え?ええ、分かったわ。」

 

「綾崎!どうした!何があった!」

 

「……ぁ、まどかさん……」

 

倉庫の中へと入ってきた自動式の車椅子に乗せられていたのは間違いなく彼の姿だった。

けれどその様子は少し前まで自分と話していたものとは掛け離れており、顔は青ざめ、僅かにではあるが身体が震えていたりと、彼を良く知る自分にとっては遠見からでも直ぐに分かる程に酷い有様。

私は自分の高い身体能力を駆使して全力で彼の元へと向かう。

 

「えへへ……だめですよマドカさん。スカートでそんな動きしたら……」

 

「そんなことを言っている場合か!あのクソ兎に一体何をされた!?事と次第によっては私は……!!」

 

今すぐ八つ裂きにして来てやる。

そんなことを言おうとした私の口を彼は人差し指をあてがって封じ込めた。

 

彼がどれくらい辛い思いをしているのかは分からない。けれどそんな状態でも無理矢理に笑顔を作って、平静を装って、私の立場を心配してくれる彼の思いを否定することが出来ず、私は素直に引き下がらざるを得ない。

そんな私に満足した様に笑う彼を見て、私は悔しく思うと同時に、やはり彼は彼なのだと不謹慎にも嬉しさを感じている自分を自覚した。

 

それを認めたくなくて、そして何も出来ない自分を隠す様にして少しだけ震えている彼の片手を握る。

 

「帰りの準備は順調でしたか……?」

 

「……ああ、何も問題はない。米軍から信頼できる人間を借りて来た、実力もある。お前を無事に学園まで連れて行ってくれるはずだ。」

 

「ふふ、マドカさんが言うのでしたら間違いないですね。」

 

……なぜこの人は自分に対してここまで全幅の信頼を置くことができるのか、それだけが不思議に思う。

実のところ、それだけがこの短くも長かった幸福な共同生活で私の胸の中に渦巻いていた唯一の黒い感情であった。

 

仮にも私は彼を怪我させた一味の仲間だ。

その上、私は彼等のプライバシーを勝手に侵害しており、ぶっちゃけた話をしてしまえば織斑千冬、一夏を含めてその他の人間の事など本当に必要最低限しか情報は集めておらず、その大半を彼を見守る事に費やしていた様な人間だ。

そんなことは彼もなんとなく勘付いていると思うし、普通の人間ならば自分のプライバシーを覗き見ていた人間など拒絶するのが当然だ。自分で言っていて悲しくなってきた。

 

なぜ、彼は私にこんなにも良くしてくれるのだろう。

 

……いや、その理由は私が一番分かっているのか。

 

彼がそういう人間だからだ。

 

そういう人間だから好きなのだ。

 

それだけで済む話なのだ。

 

 

 

だから私は彼を本当の意味では救えない。

 

私は彼の生き方を愛してしまっているから。

彼の生き方と決断を否定できない。

 

肯定することしかできない。

 

彼がどれだけ自分を犠牲にしようとも、それこそが彼の本質なのだと納得できてしまう。

 

私に彼は変えられない。

 

私は今の彼が一番だと思っているから。

彼に変わって欲しくないと心から思ってしまっているから。

 

「………」

 

「えっと、どうしましたか、マドカさん?出発の時間はそろそろですよね?」

 

「………最後に1つだけ、貴方に伝えておきたいことがあるんだ。」

 

「………?なんでしょう、マドカさんの質問になら何でも答えちゃいますよ?」

 

「質問では、ないんだ。」

 

握っている彼の手から視線を上げれば、珍しく汗をかきながら具合の悪そうな彼の顔が目に映る。

けれどそれでも少しも笑みを崩すことなく私の言葉を待っていてくれる彼の優しさに、やはり私は再認識するのだ。

 

彼を慕う私の気持ちは少しも間違っているものではないのだと。

 

「……きっと、貴方の理解者は多くいると思う。私よりも貴方の事を知っている人は多くいると思うし、貴方を助けてくれる存在も多く居るはずだ。それは貴方の人望であり、成果であり、当然なものだと私は思う。」

 

「えっと、そう大袈裟に言われてしまうと照れてしまうんですが……」

 

そうは言うが、『理解者』と言う言葉に少しだけ妙な反応を見せて更に顔色を悪くしたことに私は気付いている。私は気付くことができる。

……なぜなら、私は貴方を見ているから。

貴方ばかりを見つめているから。

貴方と言う存在の1つ1つを見過ごしたくないから。

だから私は……

 

「忘れないで欲しい。私は貴方の最大の理解者にはなれないし、最善の救世主になる事も出来ない。貴方の守護者になる事もできなければ、貴方の導き手になることだって出来ないだろう。」

 

「……」

 

「……だが、私は間違いなく、私は間違いなく貴方にとって最大の肯定者だ。これだけは、他の誰に対しても譲る事はできない。私は貴方を肯定する。貴方の全てを肯定する。」

 

「……肯、定……?」

 

「そうだ。例え貴方が何をしようとも、貴方が何を考えようとも、それが他の誰でもない貴方自身で決めたことならば、私はその全てを肯定する。この世界の誰もが貴方を否定し、貴方1人が取り残されたとしても、私は最後まで貴方の選択を、意思を、存在を肯定しよう。それだけは他ならぬ貴方を目の前にしても誓うことができる。」

 

「……マドカ、さん……」

 

「きっと私の存在は貴方に良い影響ばかりを与える訳ではない。時には否定される事も人間には必要な事なのだろう。……だが、私は貴方の逃げ道でありたい。貴方が追い込まれて、本当にどうしようもなくなった時に、貴方を受け止めることのできる最後の砦でありたい。貴方を取りこぼすことなく支えられる最期の救いでありたい。」

 

「………」

 

「……だから、だから、例え何があったとしても勝手に1人で追い込まれないで欲しい。私と言う逃げ場があることを忘れないで欲しい。貴方の為ならば私は、今の全てを、それこそ焦がれるほど求めていたこの力を捨ててでも、貴方と逃げ出すことができる。いや、逃げ出したいと思っている。

……貴方と一緒ならば、これまでの何もかもを捨てて、普通の一般人の求める何でもない平和を享受することも楽しそうに思えるんだ。こんなこと、以前の私には考えられなかった。」

 

「………マドカさん。」

 

ぐっと彼の首元に腕を回す。

死ぬほど恥ずかしいし、頭から熱が噴き出るくらいに顔が熱いし、喧しく感じる程に心臓が脈打っている。

今にも意識を飛ばしてしまいそうなくらいに頭が真っ白だ、額汗も普通じゃない。

 

……けれど、これだけは伝えたい。

これだけは伝えて別れを迎えたい。

そうでなければ、私はまた後悔することになるかもしれないから。

 

 

 

 

「私は、貴方が居てくれるだけでいい。貴方が貴方のままで居てくれるだけでいいんだ。」

 

「私の、ままで……」

 

「分かってはいるんだ。私の知っている貴方は例えどんな理不尽にあっても全部を投げ出せる様な人間ではないと。……だが、そういう場所があるだけで人は救われると私は思う。勿論、私としてはいつ頼って貰っても嬉しいことに変わりはないのだがな。」

 

「………」

 

「私が貴方の前に立ち塞がる時は、貴方が貴方の望まない選択をせざる得ない時だけだ。私は貴方が貴方らしく生きる事が出来ることだけを祈っている。それだけは、忘れないでいて欲しい。」

 

「………はい。自分の為にそこまで言ってくれる人が居るなんて、私は幸せものですね。」

 

「偏に貴方の人望だ。貴方でなければ私もここまでは言わない。」

 

「ふふ、少し照れくさいです。」

 

……わたしは、彼の力になれているだろうか。

目の前の彼は先程までの悪かった顔色が無くなり、今は少し頰を赤らめながらいつも通りの優しい笑顔をしていた。

 

こんなにも至近距離で彼の顔を見て意識を保っていられる自分を褒めたい。

その代わり、今自分が彼に対してどんな顔をしてしまっているのかは想像もしたくない。

 

そんなことを考えてしまって恥ずかしくなった私は、隠れるようにして彼を抱き締めた。

直後にこれもまた自殺行為だったと気付いたが、時既に遅しとばかりに彼によって力一杯抱き締められてしまい、私は8割ほどの意思を吹き飛ばして、ただただ彼に寄り掛かっていたことしか覚えていない。

 

彼は最期の別れ際まで優しい笑顔を浮かべていた。

 

憧れの人間は会わない方が憧れのままで居られる、なんて話は怏々にしてあるが、彼は例外だったらしい。

そうでなければ私が今もこうして彼から貰った手作りのハンカチを両手で胸に握り締めているなどという光景は、有り得るはずがないのだから……

 




女性陣によるポジション争いが始まりました。
誰がどのポジションに収まりそうなのか予想してみてください。


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50.好意への誠意

一夏ハーレムの今後も考えていかないとですね。


sideラウラ

 

暗闇の中にいた。

一線の光も無いそんな世界で自分という存在がただただ立ち尽くしている。

ここがどこなのかは分からない、けれど今の自分に相応しい場所の様にも感じる。

 

……あの日、彼女が目の前で拐われた時から、私の頭の中はこの空間と同じくらい真っ黒に染まっていた。

 

彼女を救えなかった自分の弱さ

彼女を救いに行こうとしない教官への失望

そして囚われた彼女に対する心配

一向に成果の出ない鍛錬への焦り

 

色々なものが重なって、何をやっても八方塞がりで、尊敬していた人への失望と怒りは思いの外自分を焼き尽くして、いっそのこと私はこの世界の全てに憎悪と怒りをぶつけていた。

 

……織斑一夏に対してもそうだ。

一度は認めた人間でもあるにも関わらず、認めてしまったが故に怒りを抑えきれなかった。

奴の才能は本物だ、努力をすればするだけ報われる。事実として奴はこの僅かな間で自分を上回るほどの力を付けた。努力をしていたから当然だと言う者もいるだろうが、努力をしたとて報われない者など、この世界にはごまんと居る。その例として私がいるわけで、そんな私からすれば才能の塊である織斑一夏は心の底から羨ましかった。

……同時に、彼のそんな姿から教官を幻視してしまい、教官に対する感情を代わりに彼にぶつけてしまったこともあるが、あれは流石に理不尽が過ぎたと反省している。

それは彼には直接関係ない話なので、そうするべきでは無かったと今では思う。

 

ただ、そんな関係のない彼に当たり散らしてしまう程に、私の中で教官に対する怒りは大きかったのだ。

……以前の私では考えられないくらいに。

 

それもこれもきっかけは彼女だ。

この短期間で信じられないくらい近い存在になった彼女、綾崎奈桜。

 

最初に彼女を見たのは本国から送られてきたデータでだった。

その時はまだ容姿の綺麗な女生徒であり、かつ襲撃してきたテロリストを単独で足止めした功績から、見所のある人間程度の認識。

 

入学した後に教室で見た彼女についても特筆すべきこともなく、思いのほか温和な性格をしている事に驚いたくらいであった。

 

そんな私の彼女に対する認識が変わったのは、島の地形把握のために散策している最中に海を見ながら黄昏ている彼女と偶然にも遭遇した時だったと思う。

あの時の彼女は同室で生活している教官と何やらあったらしく、失敗してしまったと珍しく落ち込んでいた。当時の私は気付かなかったが、彼女が落ち込んでいる姿というのはセシリア・オルコット曰く本当に珍しいことだったらしい。きっと人前で見せない様にしているのだろうが、それでも今思えば本当にレアな場面だったと言える。

 

……なんというか、彼女は本当に口が上手かった。

そして同時に、こちらに警戒心や敵対心などの負の感情を抱かすことなく、落ち着いた状態で会話をさせるという技能に長けていた。

その証拠に当時教官や織斑一夏の関係で冷静さを失いかけていた私が、何故か彼女の目の前ではその盲目から抜け出して冷静に自分を見つめ直すことが出来た。

 

きっとそれは彼女の中で邪な打算や思惑などが一切なく、心の底から他者に対する親切心しかない為に出来る事なのだろうと思う。

もちろん彼女の生来の気質や慣れなどもあるだろうが、それでも彼女と居ると自分の心が自然に溶けていく様に感じて、思わず本音を話してしまった。

 

けれどそんな本音に対しても彼女は笑う事なく真に私のためを思って言葉を口にしてくれた。

私はそれがどうしても嬉しくて、つい偉そうなことを言いながら世話を焼いてしまったのだが、あの瞬間実際に見守られていたのは間違いなく自分の方だった。

 

それからも色々とあった。

織斑一夏をボコボコにした日の後に会ったこともあれば、細かい話をすると、周囲のうざったい視線を避ける為に昼食を外で食べている私を見て私にもお弁当を作って誘ってくれたり、授業で一人孤立しがちな私と積極的にペアを組んだり、他のクラスメイトへの指導を命じられた時にも隣についてサポートをしたりしてくれていた。

 

一つ一つのことは取るに足りないことだ。

別に昼食など一人で取ろうと構わないし、授業のペアとて偶数なのだから自然と余った人間と組む事になる。他者への指導など、やる気のない人間が居るのが一番の問題なのだから、むしろ丁寧に教え過ぎだと思った。

 

……けれど、そんな小さなことが何故か嬉しく感じてしまった。

自分の為に作ってくれたという昼食は保冷剤で冷えているにも関わらず、とても温かく感じた。

ペアを組む様に言われた時に最後まで残ることなく誰よりも率先して手を引いてくれた時には固まっていた胸の内が少しだけ解れた様な心地がしたし、

自分の指導を逐一分かりやすい様に、かつ言い方のキツイ自分の言葉を一々甘ったるい解釈をして伝えていた時には多少はムッとしたものだが、それでも悪い気がしなかった。

 

彼女と出会って僅か数週間。

そんな短い間にも絶え間無く彼女は私を気遣い、笑いかけてくれていた。

 

それが私にとってどれだけ救いだったことか。

 

知っているものなど殆どいない。

唯一面識のある教官は私に構ってなどくれない。

初日に織斑一夏に対して暴力を振るった事で自業自得ではあるが、何処に行っても睨まれ陰口を叩かれる。

気にしていないつもりでも徐々にフラストレーションは溜まり、自分の頭に霞がかかった様に冷静な判断が下せなくなる。

一人で考え込むほどにそれは増して、入学当初の毎朝の目覚めは最悪だった。

 

けれどそんなものも、彼女の顔を見ればどこかへ飛んで行ってしまう。

どれだけ不機嫌な顔で教室に入っても、真っ先に明るい笑顔で挨拶をしに来てくれる彼女を見ると、靄がかかった様な頭もスッキリとし、自然とこちらの表情も明るくなった。

彼女と一緒にいる事を求めてしまう様になることは必然だったとも言える。

 

……そうだ、私はほんの少しの付き合いであっても、彼女のことをとても好ましく思っている。

これは教官に抱いていた敬愛の気持ちとは違う。

 

叶うならば私はずっと彼女と共に居たい。

彼女の側に居たい。

彼女の笑顔をいつも見ていたいし、

その笑顔を自分に向けて貰いたい。

もっと彼女をよく知りたいし、

もっと自分を知って貰いたい。

彼女に色んなことを教えて貰いたいし、

彼女のことを私が守ってあげたいし、

彼女の世話も焼いてあげたいし、

それに何より……私は彼女に愛されたい。

 

この気持ちが何なのかは分からない。

もしかしたら恋人に向ける気持ちなのかもしれないし、もしかしたら家族に向けるものなのかもしれない。

それがどちらかだなんて、どちらも体験したことの無い自分には判断がつかないし、それが満たされるのであればどちらでも構わないとさえ思っている。

 

……私は、もう一度彼女に会いたい。

もう一度彼女のあの笑顔が見たい。

もう一度彼女にあの優しい声で話しかけて欲しい。

 

どうして貴女ばかりがこんな目に合う。

どうして一番優しい貴女がハズレくじを引く。

他の誰でもいいではないか、私でも良かったではないか。なぜ貴女ばかりが……

 

会いたい

会いたい

会いたい

会いたい

 

そうだ、もうどんな形でもいい。

誰が何をどうしようとも構わない。

彼女が無事ならば、彼女が生きているのならば、彼女がもう一度戻ってきてくれるのならば、私はもうそれだけでいい。

もう一度彼女となんでもない普通の生活を送れるならば、それ以上はもう何もいらない。

 

 

 

……私は、私は彼女を、愛している……!!

 

 

 

 

 

 

 

『……ありがとうございます、ラウラさん。』

 

 

その瞬間、真っ暗だった世界に光が差し込んだ。

徐々に光量を増していくその空間で、光の先に彼女がいる。

彼女はいつもの笑顔で暗闇で蹲る私に手を差し伸べていた。

 

『……私は、本当にお前の側にいても、いいのか……?』

 

彼女は答えない。

けれどその優しい笑みを崩すことなく、その光の先から一歩踏み出して私を抱き締める。

それだけで私は嬉しくて、幸福を感じて、ただただ彼女の胸の中で光に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……私、は……」

 

夢から覚めた私が見たのは真っ白な天井。

 

そこには先程まで私を抱きとめていた彼女は居ない。

 

当然だ、居るはずがない。

 

私がこうして倒れている原因はイマイチ把握できてはいないが、それでもたかがトーナメント戦が原因だ。

 

彼女とは何の関係もない。

 

彼女が目の前にいてくれるはずがない。

 

そう思うと目に涙が滲んでくる。

 

情けのない話だ。

 

一部隊を任された軍人である癖に、求める人間のいない寂しさに涙を流すのだ。

これでは軍人失格だ。

 

情けのない自分に失望しながらも袖で涙を拭くが、どれだけ拭っても拭っても涙が止まることはない。

まるでこれまで溜まっていたものが決壊したかの様にして、積み重なった負の感情が恐ろしい勢いで噴き出してくる。

嗚咽を漏らさない様に歯をくいしばるが、自分の感情をコントロールすることができない。

 

……今日だけならば、今日だけならば構わないだろうか。

 

そんな弱気な心が見えてきてしまって、それに甘えそうになってしまって、そして……

 

 

 

「起きましたか?ラウラさん。」

 

 

 

窓際から聞こえてきたそんな声に、肩を大きく跳ねさせた。

 

そんなはずがない

 

そんなはずがない

 

その声が聞こえるはずがない

 

だって私はまだ何もしていない

 

彼女のために何もできていない

 

だから彼女がここにいるはずがない

 

いるはずがないのに……

 

 

「……あや、さき……?」

 

 

ゆっくりと首を横に向ける。

この目で確かめるのが恐ろしくて。

また自分の幻覚だと知るのが苦しくて。

 

……けれど、視線の先に彼女は確かにそこに居た。

赤く燃え盛る夕焼けを背に、窓から吹き抜ける風に流される髪を抑え、以前は無かった黒い布の様なもので両目を覆い隠す様にしているが、それでも余りある温かな雰囲気を身に纏って……彼女は確かに、そこに居た。

 

「ええ、そうですよ?綾崎です。お久しぶりですね、ラウラさん。」

 

「……なぜ、お前が、ここに……」

 

「えっと……その、千冬さんの知り合いの米軍の方……?に助けられまして。色々と手続きで時間を取られてしまったのですが、漸くこちらに帰ってこられた……みたいな。」

 

「……その目は、どうした……?」

 

「あ、これですか。別に怪我をしたとかではないですよ?左目だけではなく右目も悪くなっていたことが分かりまして、特注品で保護眼鏡の様なものを作って貰ったんです。紫外線をカットしつつ、視力をカバーしてくれる優れものです。」

 

「怪我は、本当に怪我はないのだな……!?」

 

「あわわ!も、もう、本当に大丈夫ですから。それより今はラウラさんの方が心配です、私よりも自分のことを……」

 

「そんなわけにいくはずがないだろう!!……私が、私がどれだけお前の事を心配したと……思って、いる……!!」

 

「……ラウラさん。」

 

自分で自分の言っていることが分からないくらいに私は取り乱していた。

けれどそんなことすら今はどうでもいい。

彼女が何の怪我もなくこうして無事に帰ってきてくれた、それだけでもうなんでもよかった。

 

みっともなく涙を流して彼女の手を握り締め、食い入る様に目の前の瞳を見つめる私に、彼女は面食らった様に、しかし同時に申し訳なさそうな、そして嬉しそうな表情で見つめ返す。

 

「……ありがとうございます、ラウラさん。」

 

「あ……」

 

私のこの小さな体を彼女は何の戸惑いもなく自分のもとへと引き寄せ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている私の顔を関係ないとばかりに自分の胸に押し付けた。

その細くとも力強い両腕で私を抱き寄せ、震える私の肩や背中を優しく撫でる。

 

……夢にまでみた彼女の抱擁をされていた。

実際にされた彼女の抱擁は想像していたよりも力強くて、苦しくて、それなのに凄く柔らかくて、温かくて、信じられない程に私の心をほぐしていく。

 

彼女から漂うシャンプーや洗剤や彼女特有の匂いはそれだけで私の興奮を押さえ付け、彼女の身体の熱と柔らかさはどんな高級な布団よりも快適に私の身体を包み込む。

細くとも大きめのその左手で背中を摩られるだけで強張っていた私の身体から力が抜けて、何度も何度も耳元で囁かれる『ありがとう』という言葉は一種の麻薬の様にして私の頭へと染み込んでいく。

 

……私ごときがこんな幸せを感じてもいいのかと思った。

けれどそんな事を思った瞬間に彼女はそれに気づいたかの様に更にその手の力を強めた。

私を咎める様に、そして同時に私を慈しむ様に。

 

「ラウラさんは、私のことをどう思ってくれていますか……?」

 

「……好きだ、大好きだ。この気持ちが家族に向けるものなのか、それとも恋人に向けるものなのかは分からない。それでも私は、お前を求めている。愛している。私は、お前の側に、居たい……」

 

「……私はラウラさんの思っている様な綺麗な人間では無いかもしれません。皆さんに対して隠している事だってあります。きっとラウラさんが知れば幻滅や失望する事もあるでしょう。」

 

「それでも、それでも構わない……!わたしは、わたしはそれでも、お前がいい。お前がどれだけ汚れていようとも、他の誰でもない、お前の、側に……」

 

「……例え私が、ラウラさんに対して不誠実を働いているとしても……?」

 

「それでもいい……例えお前が過去に何をしていようとも、例えお前の家族が何であったとしても、例えお前自身が病や事情を抱えていたとしても……お前がお前であるのなら、それで。」

 

「…………」

 

「……あやさき……?」

 

突然黙りこくった彼女を不審に思った私は彼女にゆっくりと視線を向ける。

しかし彼女は自分の顔を私に見せない様により強く私を抱き締めて動かない。ただ何かを決心するかの様に何度も深呼吸をしていることだけが分かった。

 

「……ラウラさん。一つだけ、無茶なお願い事をしてもいいですか?」

 

「………?なんだ?」

 

「今から見て聞いた事は、例え貴女の母国に対してでも報告しないで欲しいんです。軍人である貴女に言う事では無いと思うのですが、それでも……」

 

「……私の中では既にお前は母国ドイツよりも大切な存在だ。お前のためならば私は国を捨てられる。」

 

「そんなことは絶対にさせません。……けど、ありがとうございます。」

 

その言葉に安堵したかの様に息を吐いた彼女は、ようやく私の身体を離した。名残惜しく声を出してしまった私だが、そんな私を愛おしげに見つめながらも彼女は突然上着を捲り上げその下着を外し始めた。

 

「なっ、なななななな!?」

 

「ふふ。大丈夫ですよ、変なことはしません。……私にそれだけの気持ちを抱いてくれた貴女に、これ以上の不誠実をしていたくはなかった。ただそれだけの、私の我儘です。」

 

「一体何を……なっ!?」

 

彼女が艶かしく美しく均整の取れた腹部を晒しながら下着を抜き取ると、それと同時に彼女の大きく膨らんだその胸が突如として姿を消した。

抜き取った下着には何か詰め物がされており、その理由がありありとそこに説明されている。

 

「……本当はもっと上手な隠し方があったんですが、何の因果か以前の治療の際に若干胸が膨らんでしまいまして。大きさが合わなくて作り直して貰っている最中なんですよね。」

 

「……つまり、偽乳だったということか……?それが貴女のしていた不誠実……?」

 

「あ、あはは、そうなっちゃいますよねぇ。ええ、自分でも何となく分かっていましたとも。……ええと、これどうやって証明したらいいんでしょう。自分の事なのに困りますね……」

 

「……?何の話だ……?」

 

困った様に頰を掻く彼女は若干の悲しさと恥ずかしさの入り混じった微妙な表情で本気で困っているらしい。

私としては目の前の光景に確かに驚いてはいるのだが、その程度に過ぎない。

別に彼女の胸が大きかろうと小さかろうと別にどちらでも構わないのだが、確かにあの大きな胸に顔を埋めることができなくなったのは少しだけ勿体無いという気持ちもないでは無い。

そんな不埒なことを考えている私を前に、彼女は取り敢えずとばかりに人差し指を立てて私に笑いかけた。

……意味の分からない言葉と共に。

 

 

 

 

「……ラウラさん。私実は……」




選択肢1 : 「私、男なんです……」
選択肢2 : 「……偽乳、だったんです。」
選択肢3 : 一夏「綾崎さんがここに居るって聞いたんだが!?」ガラッ

オススメは3です。
なお、もう書いてるのでどれになるかは感想などで特には変わらないです。


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51.崩壊の予兆

きっとギャグパートになるんだろうなぁ……
次に書く日常パートについてアンケート作ってみましたので、お願いします。


sideラウラ

 

「……ラウラさん。私実は……」

 

深刻そうな顔で少しだけふっくらとしている胸元を握り締める彼女。

私は思わず身を乗り出して彼女の言葉を待つ。

一体、彼女はどんな秘密を抱えているのか……聞くのが怖い気もするし、しかし今この時を逃せば2度と聞く機会を失ってしまうという予感もしている。

だから私はその言葉の1つすらも聞き逃さない様に彼女の自嘲するような笑い顔を見つめ、自分の中でも心の準備を固めようとして……

 

 

 

 

『ここに綾崎さんが居るって聞いたんだが!?』ガラッ

 

 

 

 

「「…………」」

 

 

 

 

「ぴっ……!」

 

「え……?」

 

 

気付けば私は部分展開したレールカノンをぶっ放していた。

 

 

 

 

「言いたいことは色々とあるが……貴様にはデリカシーというものが無いのか一夏ァ!!」

 

「……すいません」

 

「レディーの部屋にノックも無しに入るなんて。信じられません、最低ですわ。」

 

「……すいません」

 

「あんた昔からそうだけど、流石にそろそろ自覚しないとマジで逮捕されるわよ。高校生でしょうが。」

 

「……すいません」

 

「僕ね、一夏の良いところはそれなりに言えるつもりだよ。けどみんなも言う通り、今回のは単純に最低だし犯罪だよね。」

 

「……すいません」

 

「一瞬でも貴様のことを見直した私が愚かだった。死に晒せ、腹を切れ、2度とその面を私と彼女に見せるな。」

 

「……すいません」

 

「え、えへへ……そんなに気にしないで下さいね、一夏君。」

 

「……ほんとにすいません」

 

 

箒の好感度が5下がった

セシリアの好感度が5下がった

鈴音の好感度が5下がった

シャルロットの好感度が5下がった

ラウラの好感度が15下がった

 

織斑一夏は土下座をしている。

オルコット達は容赦無く奴を責め立てる。

綾崎は身につけ直した下着を抱える様に、隠すようにして顔を俯けたまま震えて蹲っている。

私はそんな彼女を抱えるようにして織斑一夏を軽蔑する。

室内は混沌を極めていた。

 

「……いや、ほんと……なんかその、舞い上がっちゃって……」

 

「気持ちは分かるが許される行いではない。廊下で正座していろ。」

 

「はい……」

 

トボトボと歩いていく織斑一夏。

そこには私と戦っていた時の様な覇気はどこにもない、哀れな男がそこに居るだけだ。

 

外に生徒が普通に居るにも関わらず素直に正座をして扉を閉めた所は評価できるが、同情はしない。時には罰というのも必要だ。

 

 

奴が部屋を出ると、話の矛先はやはり彼女の方へと向かう。

扉が閉まると同時に4人の目線はこちらへ向き、彼等は一斉にこちらに迫ってくる。

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

「え、えっと……」

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

「……た、ただいま帰りました……?

その、心配をおかけして申し訳ありま……しぇっんっ!?」

 

 

 

なんとも情け無い声を出した彼女だが、それも仕方のないことだろう。

女性とは言え自分と同世代の人間4人に抱き着かれてしまえば誰でもこうなってしまう。

 

妙にワタワタと焦っているが、今の彼女にあれは抜け出せまい。

 

 

「え、えっと!えっと!み、皆さん!?少し離れて……!」

 

「……よかった、無事で本当によかった……!」

 

「っ、箒ちゃん……」

 

「あんたはほんと……どれだけ厄介毎に巻き込まれたら気が済むのよ。幸が薄いにも程があるわよ。」

 

「も、もう、酷いですよ鈴ちゃん……」

 

「お、お母様……?その、その目は一体どうなさったのですか……?まさかもう……」

 

「大丈夫ですよセシリアさん。これはただの視力補助と日光遮断の為ですから。怪我はしてませんし、むしろ前より良くなってます。」

 

「……綾崎さん。」

 

「ふふ、シャルルさんも元気そうで何よりです。皆さんとはもう馴染めましたか?」

 

「うん、なんとか馴染めてるよ。性別もね、今日の大会が終わったらみんなに明かす予定なんだ。これも綾崎さんのおかげだね。」

 

「そんなことはありません。私は道を少しだけ掃除しただけですから。あくまで進んだのはシャルルさんです、よく頑張りましたね。」

 

「……えへへ、本当にお母さんには叶わないや。」

 

先程までのタッグマッチで修羅の様な戦いをしていた者達が、今この瞬間彼女の前に立っただけで1人の少女に戻るという光景が私にはなんとも不思議に見えた。

だが、彼等の気持ちは私にも痛いほど分かる。

 

彼女には近くに居る人間の心を解きほぐす力でもあるのではないかと思うほどの不思議な雰囲気がある。

彼女の前に立つだけでそれまで自身の中で溜め込んでいた感情が決壊するのだ。

きっとこれは彼女になら甘えても良いという自分の中の甘えがそうさせているのだろうが、そもそも人間というのは無意識にも自分にとって楽な選択肢を取りたがるものだ。自分の中でどれだけ戒めようともこの衝動には抗える筈もない。

 

そういう意味では織斑一夏が我を失った様に部屋に入ってきたのも……いや、あれは本当に奴にデリカシーが無いだけか。やはりフォローはできんな。

 

(……それにしても、)

 

 

 

「母さん……」

 

「お母様……」

 

「ママ……」

 

「お母さん……」

 

 

 

「あ、あはは……」

 

 

(自分だけ仲間外れにされた気分だな。)

 

正直なところ、自分は彼女にどの様な思いを抱いているのか具体的にはよく分からない。

ただ漠然と彼女に愛情を抱いているということが間違いないだけなのであって、それが家族的なものなのか恋慕的なものなのかは判別がつかない。

 

それでも、それ故に、他人が彼女にべったりと甘えているのに自分だけがこうして立っているのはなんとなくモヤモヤとする。

しかも自分以外の者達が揃って彼女を母の様に慕っていて、それぞれに呼び名を持っていて、それが自分にだけ無いというのは対抗心と嫉妬心が湧き出てくる。

 

私だって甘えたい。

私だって抱き着きたい。

私だって甘やかして欲しいし、

私だって頭を撫でられたい。

母親の様な温もりを感じてみたいし、

他ならぬ彼女に愛でられたい。

 

そう考えだすと、もう止まらなかった。

衝動に駆られて、私は彼女の無防備な背中に飛び付く。

 

「んっ、どうかしましたか?ラウラさん。」

 

「……私も、甘やかして欲しい……は、母上……」

 

「母上?」

 

「うっ……だ、だって、皆ばかりズルいではないか。私だけお前に対して何もないのだ。これくらいの呼び名は許して欲しいというかだな……」

 

「ふふ、やっぱりラウラさんは可愛らしいですね。」

 

「……好きに言え。」

 

「もう、拗ねないでください。ほら、ちゃぁんとラウラさんの事も甘やかしてあげますから。みんな纏めて、私が愛でちゃいますよ♪」

 

「むぅ……」

 

 

ああ、そうだ。

この感触だ。

 

こうやって、全てを受け入れて、全てを抱きとめて、抱き寄せて、拒む事なく、嫌う事なく、人数も大きさも関係なしに包み込む。

嫌な事も、辛い事も、何もかも忘れさせてしまうこんな彼女の温もりを……

 

私は求めていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--

 

 

 

 

 

自分を求めてくれる人がいる

 

自分に甘えてくれる人がいる

 

自分に誰かを重ねてくれる人がいる

 

 

それがたまらなく嬉しい

 

どうしてこんなにも嬉しくなるのかは分からないけれど

 

それが例え私を見ていないものであったとしても

 

温かい目を、

 

優しい顔を、

 

柔らかな声を、

 

私に向けていてくれるだけで救われる

 

 

 

ラウラさんに話さないといけないことがあったけれど

 

彼女が甘えてくれただけでどうでもよくなった

 

どうでもよくないはずなのに

 

全てを後回しにしているだけなのに

 

私は思いの外、最低なのかもしれない

 

 

 

私は怖いのだ

 

あの目で見られるのが

 

 

 

あの時以来、

 

束さんの言葉を思い出して以来、

 

時々フラッシュバックする光景がある

 

 

 

周囲の人間が、

 

親しかった人達が、

 

大好きだった筈の人達が、

 

私に憎悪の目を向けて、

 

私に罵倒の言葉を浴びせて、

 

泣いて、悲しんで、苦しんで、

 

……命を落としていく。

 

 

 

私は怖い

 

もし性別がバレて、真実がバレて、

 

また誰かに、親しい誰かにあの目を向けられる事が

 

 

 

仮にあの時あの瞬間

 

一夏君が部屋に入って来なかったとしても

 

私はラウラさんに真実を打ち明けられていなかった

 

 

 

それまで決心していた筈の私の身体は

 

その言葉を口に出そうとした瞬間に脱力した

 

 

言葉が喉を通ろうとした瞬間に

 

一瞬ではあるが喉が急に締まったことを覚えている

 

 

ラウラさんからあんな目で見られることを想像した瞬間に

 

身体の震えが止まらなくなったのだ

 

 

 

……わたしは彼女を信じられていないのだろうか。

 

私は親しい彼女達を信用していないのだろうか。

 

 

 

そんなことはない、そんなはずはない。

 

私は自分を求めてくれる彼女達を信用している筈だ。

 

 

 

……本当に?

 

 

私は心の何処かで彼女達も何かがきっかけで私にあの目を向ける可能性があると思っているのでは無いだろうか。

 

 

だって彼女達は本当の私を知らない。

 

偽りだらけの私を理解なんてできない。

 

嘘で塗り固められた私と彼女達の間の絆が強いものだと、確信することができない。

 

自分を理解できる根拠もない。

 

自分を信じられる理由もない。

 

結局のところ、私は他者に自分を理解して欲しいのだ。

自分からは何も明かさない癖に。

 

 

 

 

 

『私だけが君の本当の理解者だってこと、忘れないようにね。』

 

 

 

今はその言葉が頭にこびり付いて離れない。

 

あの言葉の意味が、言葉のままには思えない。

 

本当の理解者とはなんだろう。

 

例えば千冬さんは私の性別も生い立ちも知っているはずだ。

 

それならば彼女も私の理解者と言えるのではないだろうか。

 

マドカさんだってそうだ。

 

彼女は私の私生活を見ていたという。

 

そして私のことをとても慕ってくれていた。

 

彼女も私の理解者と言えるのではないだろうか。

 

 

 

……違う。

 

きっと束さんが言いたかったのはそんなことじゃない。

 

そもそも私はきっと、彼女達のことすらも信じられていない。

 

何かのきっかけで2人に見放されてしまう可能性を考えている。

 

もし私が、一夏君を傷付ける様な事をしてしまったら……?

 

もし私が、マドカさんが望む自分では無くなったら……?

 

2人はそれでも私のことを信じてくれるのだろうか。

 

2人はそれでも私のことを今と同じ目で見てくれるのだろうか。

 

そんな不安を勝手に抱えて、勝手に壁を作っている。

 

勝手に一歩下がってる相手を見ている。

 

 

結局私はいくら他人に甘えを説いたところで、自分が他人に甘えることができないのだ。

 

他人に対して、完全に自分を委ねることができない。

 

ありもしない架空の憎悪の目を恐れて、引きこもっている。

 

 

……ああ、そう考えれば束さんの唯一の理解者という意味が分かる。

あの人だけは私のことを唯一理解して、私のことを甘やかしていた。

私はあの人に無意識のうちに甘えていた。

 

自分が生きる理由を彼女に作って貰っている。

自分が苦しむことに対する逃げ場を彼女に受け持って貰っている。

行き場の無い贖罪を彼女に全て引き受けて貰ったり、

マドカさんよりも先に最悪の場合の逃げ道を提案された。

 

頭痛の対処や眼や手の治療についてもそうだ。

いくら千冬さんの言葉があったとは言え、彼女の才能を持ってすればもっと強引に私を治療する方法はあった筈だ。本人への負担さえ無視すれば丸っ切り元の形に戻す事もできただろうし、忙しいと常々口にしていた彼女ならば多少興味のある人間相手であろうと普通ならばそうしていた筈だ。

それなのに彼女は私の身体になるべく負担がかからない様に無理な治療は施さず、なるべく違和感の少ない様に工夫された補助器具を時間の少ない中で設計して作ってくれた。

頭の痛みだって誰にも言っていなかったのに、誰にも気付かれなかったのに、彼女だけは見抜いて、それを放っておくこともせず、しかし千冬さんに恩を売ろうとすることもなく、本当に私と彼女の間だけでひっそりと対処をしてくれた。

そもそも連絡を取るための端末だって連絡先にわざわざ自分を追加しておく必要なんて無かった筈だ。篠ノ之束の連絡先などという一夏君ですら持っていない様なものを、なぜ私に与えたのか。これ1つあるだけで自身の選択肢が増えることを考えると、もう答えは出ている。

 

彼女だけは私を甘やかせていた。

 

彼女にだけは私も甘えてしまっていた。

 

彼女は私の気付かないギリギリを巧妙に潜り抜けていた。

 

きっと私の甘やかしを受け入れてくれていたのも、彼女なりの甘やかしだったのかもしれないと今なら思える。

忙しい彼女が食事の時間になると部屋から出てきてくれたのも、その度に私が嬉しくなっていたのを見抜いていたからかもしれない。

 

もし彼女の言う通りISのコアを通じて私の記憶について知り、興味を持ったというのならば、あの怒りのこもった自身の言葉から束さんは何を感じ取り、どうして私を甘やかそうとし始めたのだろう。

 

 

……ああ、これはもうだめだ。

彼女の言う通り、私は彼女こそが自分の唯一の理解者であると言う言葉が忘れられなくなってしまっている。

 

私が自分から他者に性別を明かすことにこれだけの抵抗感を覚えるということも、

私がそれが引き金になって大きなストレスを抱えるということも、

私がそれによって不眠症に陥ることがあるだろうということも、

 

今ならその全てを彼女が予想していたと断言できる。

 

彼女がわざわざ眠気の副作用の強い鎮痛剤を与えてくれたことや、自分の性別について彼女の方から明かしてくれた事実を思い出しながら

私は瞳を瞑って眠気に身をまかせる。

 

 

思いの外追い詰められていたこの心が、いつまで今の状態を保っていられるのかは分からないけれど……私は徐々に自分の性別に対して否定的になり始めているのを感じていた。




綾崎ちゃんが段々と壊れ始めてきました。
というか、元々壊れていた部分が浮かび上がってきました。

そんな彼の心の状態に気付き、本当の意味で危機感を抱けている人間は一体どれだけいるでしょう……
そろそろ千冬さんに挽回して欲しいのですが((


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52.千冬先生の恩返し奮闘戦線 -呆れるラウラと箒-

下がり始めた千冬先生の精神年齢
上がり始めた生徒達の精神年齢

千冬先生は挽回する事ができるのか……
はたまた再びポンコツを晒すことになるのか……

千冬先生の苦難の時期です。


ある朝、職員室の一角で1人の女性教師が机に突っ伏して眠っていた。

彼女の机の上には多くの書類が積み重ねられている……という訳ではなく、彼女にしては意外と綺麗に整頓されていた。

そんな不思議な空間がどうして築き上げられているのかと言えば、それは彼女がここ数日間自身の同居人と全くと言っていいほどまともに話す事ができず、仕事も無いのにこうして残業を繰り返しているからである。

 

(……仲直りの仕方が分からん……)

 

女はポンコツであった。

 

女はここ数日間、自分のミスと諸々の大事故によってそれはもう大いにポンコツしていた。

 

『ただいま帰りました、千冬さん。』

 

『あ、ああ……よ、よく帰ったな……』

 

『ええ。ごめんなさい、心配をおかけしてしまって。』

 

『あ、ああ……問題ない。』

 

『…………』

 

『…………』

 

『…………』

 

これである。

いつからそれほどコミュニケーション能力が低下したという話ではあるのだが、彼女とて必死なのである。

 

1.暫くの間、冷たい態度を取ってしまった

2.謝ろうとした矢先、誘拐を許してしまった

3.誘拐した犯人は自らの親友だった

4.親友から頭の痛くなる話を聞かされた

5.親友の前で勢いでイキってしまった

6.教え子への対応を間違えた

7.教え子からの評価が地に落ちた

8.教え子が闇落ちした

9.教え子へのフォローが出来なかった

10.帰ってきた彼にフォローを任せてしまった

11.帰ってきた彼への対応を間違えた←今ここ

 

積もりに積もったポンコツは最早どう挽回したら良いものか分からないレベルにまで到達しており、相談できる相手も近くにいない。

 

唯一それに成り得た昔の教え子に今相談しよう者ならば『……自分で考えてください。』と白い目で見られること間違いない。それほどラウラの中で女の評価は下がっているのだ。

 

……だが、

 

(……他に相談できる奴がいない……!)

 

プライドを捨てるか、仲直りの機会を捨てるか、どちらを取るのか明確なのではあるけれど、それでも究極な選択を迫られていた。

 

「……考えていても仕方ないだろう織斑千冬……!直ぐに合宿が始まる、それを逃せばまた暫くチャンスが無いんだ!余計なプライドは捨てろ!」

 

これまではそのヘタレと優柔不断によって数々のミスを招いてしまった。それが原因になって守るべき彼を危険に晒してしまった事は間違いなく事実だ。

もう同じミスは繰り返さない。

例え何を言われようとも、例え自分のプライドが粉々にへし折られようとも、もうここで腰を据えて見ているだけと言うのは許されないのだ……!!

 

 

という決心をするまで3日かかった。

十分なヘタレである上に、その間にも彼女の居ない寮監室にはラウラが入り浸っており、半占拠状態になっているのを千冬は知らない。

 

そして……

 

 

「教官は愚か者なのですか?」

 

「ぐふっ……」

 

 

想像していた通り。

いや、想像していた以上に、ラウラの言葉は千冬に、効いた……

 

「お、おまえ……!言い方というものがあるだろう……!」

 

「自らの失態で招いた後始末も出来ず、挙げ句の果てにその解決法を怒らせた教え子に聞きに来る指導者が何処にいるというのですか。教官にはプライドが無いのですか?」

 

「う、うぐっ……だ、だがそれは……!」

 

「どうせプライドを捨ててでも〜などという安い言い訳をしてここに来たのでしょう?自分の気持ちを素直に伝えるだけで済む問題を、わざわざこうして他人に答えを求めに来るなど、逃げ以外の何物でもありませんよ。いつからそんなにヘタレになったのですか、教官。」

 

「へ、ヘタレは言い過ぎだ!私としても色々考えてだな……!」

 

「そもそも、それを私に質問しに来るのが間違っています。私は教官の所謂ライバルというものなのを忘れたのですか?」

 

「ライバル……?」

 

「……まさか、それにすら気付いていなかった、と?流石に冗談ですよね?いや、あの、正直私、今少し教官にドン引きしています……」

 

「ま、待て!何の話だ!?お前は一体何の話をしている!?」

 

「もしかしてこれは意外と余裕なのではないだろうか……」

 

最早そこに教官の威厳などというものは存在していなかった。

それどころか、以前より何処か少しだけ大人びた教え子と、ポンコツ化したことで以前の様な冷静な考えをすることのできなくなっている教官と、すっかりその立場が入れ替わってしまっている様にも見える。

しかも焦りのせいか全く周りが見えておらず、自分の嫁だと発言した奈桜に対する好意にも気付いていないと来た。

 

未だ自分の好意の種類が分からないラウラではあるが、ライバル候補となり得る彼女が今こんな状態ならば、彼女を千冬から奪い取って自分のものに出来るのではないかという悪い考えが頭によぎってしまうのも仕方ないだろう。

……とは言え、

 

(……まあ、今はこんなではあるが、仮にも私を救い出してくれた方だからな。)

 

多分に失望したとは言え、それでも根底にある感謝まで揺らいではいない。

あの日あの時自分を救い出してくれたのは間違いなく彼女だ。そんな彼女を無下にはすれど、騙したり盗んだりすることは自分が許せないし、きっと愛する彼女も嫌うだろう。

 

だからこそ、溜息をつきながらもラウラは千冬にしっかりとアドバイスを授けるのだった。

 

「……はあ。もうこの際なのですから、これまでの借りと謝罪を全部込めて恩返しでもすればいいんじゃ無いですか?」

 

「なに、恩返し……?」

 

「そうです。教官だって彼女に借りがないという訳ではないでしょう?」

 

「ま、まあそれはな。あいつには世話を焼くどころか世話を焼かれっぱなしというか……借りという形で考えればそろそろ本気で返せなくなる手前まで来ているとは思うが……」

 

「そういうことです。恐らく教官が彼女に対してまともな受け答えが出来なくなっているのは、彼女に対して大きな引け目を感じてしまっているからでしょう。それを解消するには、引け目を抱けなくなるくらい自己満足をするしかありません。つまり、恩返しです。」

 

「……なるほど、筋は通っているな。」

 

と、キリッとしてはいるが、そもそも彼女がもっとしっかりとしていればそんなことをする必要が無いということを忘れてはならない。

ラウラは再び溜息をついた。

 

「……私からの助言はこれくらいです。綾崎からの信頼回復に努めるのも結構ですが、私からの信頼回復にも気を向けて欲しいものですね。綾崎の件について黙っていたことを、私はまだ許していませんよ。」

 

「うっ……す、すまない……」

 

話はそれっきり。

それ以上を聞く権利を千冬は持ち合わせては居なかった。

千冬の解決すべき問題は山ほどある。

仕事は直ぐに終わらせる主義の彼女だが、こればかりは手を付けるのに時間がかかっていた。

 

 

 

 

「はあ、恩返しですか……」

 

「ああ、何か案はないか?篠ノ之。」

 

「まさか千冬さんにそんなことを聞かれる日が来るとは思いませんでした……」

 

人の居ない寮監室に呼びつけられた箒は、まず始めに聞かされたそんな言葉に困惑した。

最近、訓練の合間に読んでいる女性向け雑誌で立派な奥さんになる為の勉強を真剣にしていた彼女としては、正直なところ何故他の人間ではなく自分なのかと不思議で仕方なかった。(なお、この雑誌は過去に奈桜によって手が加えられており、至る所に付箋やマーカーなどで捕捉が入っているという箒にとっての正に聖書であったりする。正しい性知識や男性の事情や常識など、なかなか自分では調べる事が出来ないものでも、奈桜から受け取ったものという言い訳があれば顔を真っ赤にしながらでも見ることが出来るのだから、彼女にとってこれ以上に有難いものは無かった。)

 

「私も教え子にこんな事を聞くのはおかしいとは思うのだが、私ではお前達くらいの年齢の人間がどんな事をすれば喜んでくれるのか分からんのだ。」

 

「はあ……そうは言いますが、母さんの精神年齢を考えると私よりも千冬さんが考えた方が適しているのでは無いでしょうか。」

 

「……まあ、それは一理あるが。」

 

「それに正直な事を言いますと、こちらが感謝の気持ちを持ってする事ならば、母さんは何でも嬉しいと言ってくれると思うんです。例え失敗したとしても、大切なのは心です。」

 

「……大人になったな、篠ノ之。」

 

「帰ってもいいですか、私。」

 

「すまん、もう少しだけ付き合ってくれ。」

 

「えぇ……」

 

箒が何故か露骨に帰りたがっている事には千冬も気付いている。しかし千冬は今、明確な答えを求めていた。彼女とて、自分達がすることならば奈桜は嬉しく思ってくれることは分かっている。だが、彼女はその中でも最も嬉しく思ってくれる答えが欲しいのだ。それが得られるまでは離すつもりはない。

 

(今日は12冊目のマタニティー編ver8を熟読する予定だったのだが……はあ、これは答えを出すまでは引き下がってもらえそうにないな。)

 

箒はそのシリーズを読むことを楽しみにしていた。

25冊にも渡る奈桜が手を加えたその雑誌達の中でも、箒は特段そのマタニティー編を楽しみにしていた。

1冊1冊を完全に熟読してから次の本へと向かう彼女の性格上、新しい章へと進むたびにその日を物凄く楽しみにするのだが、それを邪魔されれば機嫌も悪くなるというもの。

箒は最早この場をさっさと収めること意外を考えてはいなかった。

 

「……手紙を書く、とかどうですかね。」

 

「手紙……?」

 

「ええ、普段の感謝の気持ちを言葉にして伝えるのはなかなか難しいことでしょう。ですが、手紙なら伝えられる筈です。口下手な言葉よりも自分の気持ちを明確に表現できる筈ですよ。」

 

「採用だ、篠ノ之。」

 

「良かった、それでは。」

 

それだけ言うとさっさと箒は部屋を後にした。完全に真顔だった。その動きは恐ろしく早かった。そして、何の躊躇も無かった。

教師への敬意など表面上にあるかどうかも微妙だった。

 

「……冷たくなったな、篠ノ之。」

 

千冬は遠い目をしていた。




ISのヒロインのデザインほんとに好き……


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53.千冬先生の恩返し奮闘戦線 -生徒の助言と生徒の裏切り-

千冬先生が裏切りを受けます。
さて、誰から裏切りを受けるでしょうか。

ヒントは"家事"です。


 

「……えっと、お母さんが喜びそうなこと、ですか?」

 

「ああ、何か案はないか、デュノア。」

 

「そう言われましても……どう思う?一夏」

 

「いや、そんなことがあれば俺がもうやってるしなぁ。」

 

「そうだよねぇ……」

 

「むぅ……」

 

次の標的になったのは食堂で先日のタッグマッチの反省会をしていた一夏とシャルロットであった。

 

あの後、特に大きな出来事もなくシャルロットが女性である事は発表され、多少の落胆はあったものの特に問題が生じることはなく、

逆に命令に従っていたという事から同情の声も多く、周囲から受け入れられるのも早かった。

 

一夏とシャルロットの間でもなんやかんやとはあったようではあるが、それはまた別の話として、そんなこんなから2人は以前よりも明るい雰囲気で次の試合を目標に切磋琢磨していた。

 

……まあ、とどのつまり、千冬はそんな風に真剣に反省会をしていた2人を邪魔してきたとも取れるのだが、根が善人なだけに2人がそのことについてはあまり気にしていないのが救いとも言える。

 

「例えばだけどさ、一夏は織斑先生にして欲しい事とかないの?」

 

「え?俺か?……うーん、千冬姉にして欲しいことか。ぶっちゃけ一時期よりも一緒にいる時間も増えたしなぁ。強いて言うなら、時間ある時でいいから個人的に俺の訓練に付き合ってくれると嬉しいかな。」

 

「だから織斑先生と……まあ、今はいいか。お前の訓練に関してはまた今度付き合ってやるとして。デュノア、お前はどうだ?」

 

「え、僕が織斑先生にして欲しいことですか……?」

 

普通に困る、というのが本音だった。

担任の先生、まして友人の姉にして欲しいことと聞かれれば、普通に考えて特に無い。

もっと言えば彼女が家事や細かい作業について壊滅的に向いていないということは一部の生徒の間では有名な話だ。

 

例えば"手料理を食べてみたい"などと言えば寮監室が大破するし、"手作りの何かが欲しい"などとエモエモしい事を言ったとしても、次の日に出来上がるのは良くて絆創膏だらけの両手と毛玉の塊だ。

そうなるとそれこそ彼女に求められることはその1つしか無くて……

 

「え、えっと。ISで戦う上の心構えとか教えて欲しい、かなぁ……あ、あはは……」

 

「なんだ、シャルも俺と一緒か。」

 

「全く、お前達はそればかりだな。もっと気の利いた答えを出せないのか。」

 

「あ、あはは……」

 

とりあえずシャルロットは愛想笑いをしておく。多くは語らない。彼女は失礼なことは考えない。心を無にするのだ。そんな事は今は関係ない、今考えるべきなのは織斑千冬が満足するであろう答えをいち早く導き出すことなのだから。

 

「それで、どうするんだよ千冬姉。綾崎さんの訓練を手伝うのか?」

 

「ふむ、だが綾崎に戦闘訓練など行ってもあいつは喜ばないだろう……無理強いはしたくないからな。」

 

「うーん、確かに綾崎さんって自分が強くなりたいってよりも、他人を強くさせたいって感じだもんな。自分の訓練とかそっちのけだし。」

 

「そもそもあいつはまだ万全の状態では無いのだからな、今の状態ではISに乗ることも許可は出来ん。」

 

「ああ、それもそっか。けど、もうすぐ車椅子を外せるんだよな?いきなりISの訓練ってのもあれだけど、徐々に慣らして……」

 

 

 

『それだぁ!!』

 

 

「「!?」」

 

 

突然大声を上げて立ち上がったシャルロットに2人は思いのほか驚愕した。

 

食堂の隅とは言え、突然そんなことをされれば誰より目立つ。シャルロットは顔を真っ赤にしながら上半身をそのままにしゃがみ込んだ。

 

「……大丈夫か、シャル?」

 

「う、うん。ごめん、大声出しちゃって。けど、お母さんが喜びそうなことを思い付いたんだ。これなら多分間違いないと思うよ。」

 

「なに!本当かデュノア!」

 

「は、はい。えっとですね……要はリハビリのお手伝いをすればいいんですよ。」

 

「「リハビリの手伝い……?」」

 

それは正に名案、の様に思えた。

 

「もうすぐ車椅子を使わなくて済む、つまり自分の足で満足に歩けるようになる、ということです。ですが、最初から歩ける筈もなく、少しずつ歩く練習をする必要があるじゃないですか。それを織斑先生が主体になって手伝えばいいんです。」

 

「……そんなことが恩返しになるのか?」

 

「織斑先生が忙しい人だということは周知の事実です。そんな人が自分の為に時間を割いて手伝ってくれるとなれば、嬉しくない人は居ません。近しい人なら尚更、一夏だって同じ立場だったら嬉しいよね?」

 

「ん?まあ、確かに嬉しいな。自分の事を大切に思ってくれてるんだな、って感じる。おお、流石だな!シャル!」

 

「……ふむ、なるほどな。よくやったデュノア、お前のおかげでなんとかなりそうだ。世話になったな、助かった。」

 

「い、いえいえそんな!役に立てたなら何よりですよ。あ、あはははは……」

 

何処か満足そうな顔をしてその場を去っていく千冬、そんな彼女を苦笑いをしながら見送るシャルロット。

あんな名案を出したどうしてシャルロットがどうしてそんな自信なさげな、申し訳なさそうな顔をしているのか、一夏は珍しくそんな女性の細かな変化に気付き、千冬が完全にその場を去ってからシャルロットに対して尋ねた。

 

「な、なあ。さっきの話、なんか問題あったりするのか?」

 

「……ねえ一夏、もし一夏が明日からお母さんのリハビリが始まるって聞いたらどうする?」

 

「え?そりゃ手伝いに行くまでは出来なくても、差し入れとか、様子を見に行くくらいはするかもしれないな……」

 

「うん、そうだよね。それじゃあさ、もしそれを篠ノ之さんやラウラが知ったらどうすると思う?」

 

「そりゃ何よりも優先して綾崎さんの手伝いを……あっ……」

 

「……気づいた?」

 

「……おう。」

 

それは極めて単純な話だった。

千冬が奈桜のリハビリを手伝いたいと思うように、他にも奈桜のリハビリを手伝いたいと思っているものは多いという事。

仮に早い者勝ちになったとして、教師と生徒という立場上、どうしても独り占めするなんてことはできないことが予想されること。

つまり、奈桜のリハビリの時期が彼女の口から出た瞬間に、千冬の企みは水の泡になるということだ。

 

「……なんでさっきそれを言わなかったんだよ、シャル。」

 

「だって、他に良い案が思い浮かばなかったし、何を言おうとしても藪蛇になりそうで……逆に聞くけど、一夏は他に良い案とか思い浮かばなかったの?」

 

「……悪ぃ、正直に言うと俺もIS訓練以外のことは思い浮かばなかった。確かに何を言っても藪蛇だなこれ、すまん。」

 

「ううん、気にしないで。これは誰も悪くない……そう、事故なんだから。忘れよう、一夏。」

 

「ああ、そうだな……」

 

実の弟にこんなことを言われながらも、一方で千冬は上機嫌で部屋に戻っていた。

いつもと同じキリッとした顔付きながら、頭の中では既に奈桜に感謝される想像でいっぱいだった。花畑だった。とどのつまり、今日も今日とて彼女はポンコツだった。

 

 

 

 

「お、お、お、お母様!こ、これでどうでしょう!」

 

「ん……?鈴ちゃん、これもしかしてセシリアさん、また何か入れませんでした?」

 

「……止めたのよ?一応止めたんだけど……リンゴ酢とミントとバニラエッセンスとハチミツが入ってる。」

 

「どうでしょうか!?」

 

「えっと……チョイスは悪くないんですけど、色々入れすぎて紅茶の味が殆ど分からないですね。あはは。」

 

「だから言ったじゃないの。」

 

「うう……」

 

千冬があれこれと画策している頃、その対象となる奈桜はと言えばセシリアと鈴音の部屋で彼女達からもてなしを受けていた。

とは言うものの、実質はセシリアの成長具合の確認である。

 

元々千冬を凌ぐほどの壊滅的なセンスを持つセシリアの料理は、その場で思いついたものを何でも入れる、最後の味付けや色付けで無理矢理イメージに近付ける、と言った悪癖のせいで人を殺せるレベルの物質が生まれていた。

 

しかし奈桜の精一杯の指導によって最近では毒性の除去には成功しており、味はともかく人が口にしても害は無いレベルにまで達していた。

少しずつその料理に合う味付けについての知識も付いてきたが、しかしやはり何でも入れたがる癖だけは治らない。

あと少しなのだが、ここが難関であった。

 

「前にも言いましたがセシリアさん、味付けというのは非常に繊細なものです。きっとセシリアさんの事ですから、私が以前教えた『何かを加える際には一々味見をする』という約束を守ってくれていたとは思います。

ですが、やはり引き際というものも大切なんです。一度崩れてしまった味付けを直すことは最初から作り直す方が早いほど困難です。

きっとこれも一度崩れてしまった味付けをなんとか直そうとした結果だとは思いますが、間違えてしまったら作り直すという選択肢も頭に入れておきましょう。

幸い今回の対象は紅茶ですから、手間も少ないでしょう?」

 

「は、はい……分かりましたわ……」

 

「安心してください、少しずつ上達していますよ。あとは欲張らないことだけです。直ぐに上手になれます。」

 

「まあ、確かに普通に飲めるだけ前よりはマシよね……うん、不味いけど飲める。」

 

「うぅ、複雑ですわ……」

 

とは言うものの、やはりこれは大きな進歩である。

食べることすらできないのと、食べることができるという差はあまりにも大きい。作っている人間にとっては尚更だ。出来は酷いとは言え、それまでの努力は褒められるべきものであることに変わりはない。

むしろ他者に散々な評価をされながらも、それでも諦めることなく努力を続けてきたというのは素晴らしい事だ。

だから奈桜は彼女を褒める。

彼女がこれからもその努力を続けられる様に、それまでの努力が無駄ではないと思えるように、彼女を褒める。

 

「セシリアさん、きっと自分自身ではなかなか分からない感覚だとは思うのですが、自分が苦手な事にも努力が続けられるというのは凄いことなんですよ?きっと私が居ない間も練習は続けていたんでしょう?」

 

「それはそうですが……」

 

「人は他人よりスタートラインが遅れている事柄に関してはなかなか手を付けようとはしないものです。努力をしても追い付くまでの距離を考えると簡単に挫折してしまいますから。ですから、それでも前を向いてひたむきに努力を続けられるセシリアさんを、私はとても素晴らしい人だと思っているんですよ。」

 

「お母様……」

 

「ん、まあ確かにそれは私もママに同意ね。私がセシリアの立場ならとっくに諦めてると思うし。」

 

「鈴さん……」

 

「ですから、これからも頑張りましょう。セシリアさんが頑張っている限り、私もセシリアさんのために頑張りますから。」

 

「私も、味見くらいなら手伝ってあげてもいいわよ。口に入れられる出来にはなってきたしね。」

 

「〜っ!!わ、わたくし!これからも練習を頑張りますわ!いつか必ず、絶対に、お2人が美味しいと言えるものを作りますわ!」

 

決意に満ちたセシリアのそんな宣言に、奈桜と鈴音は顔を見合わせ笑い合った。

 

「ふふ、その宣言を私が忘れないうちに作って欲しいものね。」

 

「いえいえ、セシリアさんなら必ず出来ますよ。私も期待させて待たせて貰いますね。」

 

実に実直で、単純で、だからこそ可愛らしいと思える素直な性格をしているのが彼女だ。そんな彼女だからこそ手伝ってあげたくなるし、手伝っていてやり甲斐がある。

 

最初は好きな人に喜んでもらうために始めたこの努力も、次第に彼女自身の強い意地によって成り立っていた。そしてそこに、自分を励ましてくれる人ができた。

きっと彼女はこれから先も努力を続けるだろう。

 

……セシリア・オルコットが料理できない陣営から抜け出す日は近い。

 

 




セシリアさんの料理を改善させた奈桜を凄いと取るか、むしろそこまで奈桜が付きっ切りでやらないと改善できないセシリアさんが凄いと取るか……

料理できない陣営のメンバーは残り誰が居ますでしょうか……


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54.千冬先生の恩返し奮闘戦線 -タイミングの悪い姉と女心の分からない弟-

織斑姉弟の空回り奮闘戦線……?


 

 

「……手紙、というのは……こういう感じでいいのだろうか……」

 

ある朝、やはりいつものように職員室の机の上で千冬は頭を抱えていた。

生まれて初めて書いた誰かへの感謝の手紙。

書けば書くほどあまりに自分らしくなくて、読み返せば読み返すほど小っ恥ずかしくなって、あまりにも恥ずかしいものだから一々破り捨てて羞恥に悶え苦しむ。

そうしたことを6時間ほど繰り返した結果、完成したのがなんの面白みもない封筒に入ったこの質素な手紙だった。

 

「……書くのも苦しかったが、手渡すのも死ぬほど苦しいではないのだろうか、これは。どんな顔をして渡せばいいのだ?何と言って渡せばいいのだ?手紙を書くのと違って失敗ができないのだから、やらかしたらこれまで以上に死にたくなるぞ私は。」

 

もうこうなってしまったら彼の靴箱や机の中に入れてしまおうか、だなんてヘタレた発想が出てきてしまうが……いやまてよ、と。

それでは仲直り出来ないではないか、と。

せっかくの機会なのだからこれを生かさずどうするのだ、と。

 

そもそも最近は仕事が忙しいからと言い訳をしてあまり話していないのだが、流石にそろそろバレるだろうという危機感はあった。

だが、何故だか最近は会う度に温かい目でニッコリとされる理由が、まさか一夏や箒が奈桜に彼女の企みをバラしているからだということは夢にも思っていない千冬である。

 

もちろん彼等とて好きでバラしたわけではない、奈桜が悲しまない様にと思って代わりに弁解したのだ。つまり千冬が悪い。

 

そんなことも知らず、とりあえずとばかりに彼女は書いた手紙を鞄にしまい込む。今すぐ渡しに行くという積極性などもちろん無かった。

しかしこの手紙を渡すタイミングはそれこそ例のリハビリに付き合っている最中でも構わないのだが、できればもっと早く渡して仲を戻したいという欲はある。

 

この手紙を渡すキッカケになるような、しかし同時に今すぐにでも実行できるような簡単かつ大切なイベント……そんな都合の良過ぎるものを千冬は本気で探していた。

 

悩むこと30分。

 

もちろん思い付きなどしなかった。

 

「……とりあえず、顔だけでも見に行くか。話の流れによっては渡せる機会も生まれるかもしれないしな……」

 

半ば脳死に近い考えではあったが、何も行動を起こさないよりはマシ……確かにそれはその通りではあったが、彼女はどうにも運まで悪いらしく、今日この日のこの時間、奈桜は外出をしており部屋には居なかった。

どこにも居なかった、一夏も箒も鈴音もセシリアもシャルロットもラウラも居なかった。

遂に外出をする際に自分に声すら掛けられなくなったという事実に対し、真耶に話しかけられるまで千冬は本気で落ち込んでいた。

 

 

 

 

『一夏くん。今週の日曜日なのですが、よければ買い物にでもいきませんか?』

 

『え……?』

 

始まりはそんな何気ない一言だった。

 

『か、か、か、買い物……!?俺と?綾崎さんが!?』

 

『ええ、偶にはそういう機会があってもいいと思うんです。色々と迷惑もかけてしまいましたし、お詫びも兼ねて食事代くらいは出しますよ?』

 

『い、いや!それはいい!……け、けど!俺でいいなら是非付き合わせてくれ!』

 

『ふふ、とても嬉しいです。ありがとうございます、一夏くん。』

 

首をこてんと傾げて笑うそんな彼女に、一夏は自分の顔に熱が上っていくのが分かった。

 

思い返せば、

綺麗な女性なら周りにたくさん居た。

可愛らしい女性もそれなりに居た。

けれど優しい女性は少なかった。

そしてもっと言ってしまえば、その全てが揃っている女性というのは記憶の中にどころか、その存在すら信じていなかった。

 

(ま、ま、ま、まさか!まさか!?これは、デートのお誘いってやつなのか……!?そうなのか弾!そうなんだよな弾!?これがお前の言ってた恋人になる前の2人が距離を縮める為にするデートってやつなんだよな!?)

 

きっと究極の唐変木として有名な彼が弾のくだらない言葉を思い出せたのも、ただの買い物をデートとして認識できたことも、その要因が大きかったのだろう。

ただし……

 

(や、やべぇよ!俺デートなんか誘われたこともねぇぞ!?普通の私服じゃダメだよな!?ってかデートなんだから男がリードするんだよな!?どうすんだ俺!?どうすればいいんだ!?ほ、箒に相談するか!?鈴の方がいいか!?い、いや、やっぱりここは弾に!!)

 

その心の中を誰かに読まれてしまえば確実にぶっ殺される様なことを思ってしまっているところを考えると、やはりこの男が唐変木であることに変わりはないらしい。

 

 

そうして日曜日。

約束通り校門の前で、けれど約束とは違い時間の30分前に。

彼にしては珍しく通販で取り寄せた有名ファッション雑誌の表紙を飾った洋服を着て、弾に言われた様に髪型まで意識して。

もうどこの誰からどう見てもやる気満々な格好で、彼はそこに立っていた。

 

「い、いいんだよな?これで本当に。き、気合い入れすぎだったりしないか?い、いやでも、もう今更どうしようもないんだから後悔しても……」

 

「あら、一夏くん早いですね。」

 

「っ!!あ、綾崎しゃんっ!?」

 

「?ええ。おはようございます、一夏くん。」

 

あまりの驚愕で滑舌が回らなくなった一夏、彼はてっきりもう10分くらいは自身の心を落ち着ける猶予があると思っていたのだ。

 

だが、考えてみて欲しい。

彼女は他でもない綾崎奈桜だ。

例え一夏があまりの緊張で30分前に集合場所に集まってしまったとしても、彼女はデフォルトで集合場所に30分前に集まるような人間だ。

彼女からすれば当然のことであり、困り笑顔でこてんと首を傾げて挨拶をするそんな様子がますます一夏を追い詰めている事も彼女は知らない。

 

「あ、ああ!いや、その、さ!まだ30分前なのに早いなぁと思ってさ!」

 

「私、集合場所には30分前には居たくなっちゃう性分なんです。……それよりも、今日の一夏くんはなんだかカッコいいですね。いつもよりも男の子って感じがします。」

 

「ほ、ほんとか!?良かったぁ、ちょっと気合い入れすぎたかと思って……」

 

「そんなことはありません、自分をよく見せるために努力をすることは素晴らしいことです。その服も髪型も、とってもお似合いですよ?」

 

(よっし……!よっし……!!!)

 

心の中でガッツポーズを決めた一夏はそれはもう浮かれていた。

彼女に男らしいと言われたのだ(そこまでは言っていない)、嬉しくないはずがない。

それまで自分のファッションに自信を持てておらず、なんだか落ち着かない気分に浸っていた彼はその瞬間にやっと冷静さを取り戻した。

 

冷静になった頭でそういえばと視線を目の前の彼女に向けてみると、何故今まで気付かなかったのか……彼女もまた私服ではないか。

 

所謂シャツワンピというのか、真っ白なそれの下に青地のジーンズというシンプルながらも女性らしさと清楚感を併せ持つそんな服装に、彼女の容姿と黒髪が合わされば最早最強と言えた。

 

『似合っている』

『綺麗』

『可愛い』

『美しい』

『女性らしい』

 

そんな考えればいくらでも思いつく様な世辞すら言う事ができず、一夏は完全に目の前の彼女に目を奪われてしまっていた。

一方で突然動きを止めてこちらをマジマジと見つめてくる一夏に不思議な顔をして見つめ返している奈桜は、今日も今日とて車椅子。

 

……そう、車椅子。

よくよく考えれば誰にでも分かることであったのだ。

 

彼女がそんな状態で出掛けようとするならば、その保護者達も黙っていないということを……

 

 

 

「なに見惚れてんのよ、このバカ一夏。」

 

 

 

自然と前屈みになって奈桜に顔を近づけていた一夏の脳天に、ズガンと小さな手提げ鞄が振り下ろされた。

 

「いってぇっ!?な、なにすん……って鈴!?セシリア!?箒まで!?なんでここに!?」

 

背後に立っていたのは少し怒った様に腕を組む鈴音とセシリアと箒だった。3人ともいつもの制服ではなく私服で、その姿はまるで彼女達もこれから出掛けるような……

 

「なぜと言われましても……私も鈴さんも箒さんもお母様にお誘い頂いたからですわ。臨海学校の準備の為に買い物に、と。」

 

「え……?え?え?」

 

彼は心の底から冷えを感じ始めた、

 

「……は?なに?あんたまさか、ママと2人っきりでデートでも出来ると思ってたわけ?」

 

「いや、でも、だってそれは……」

 

「はぁ、少し考えればそんなことは有り得ないと分かるだろう。母さんはまだ万全では無いのだから、少人数での外出など許可できん。」

 

「当たり前ですわ。そもそも以前の事を考えるに、外出するという事自体反対したいくらいなのですから。」

 

「ま、専用機持ちがこれだけいるならって感じよね。普通の暴漢相手なら箒とラウラだけで事足りるし、交渉事ならセシリアとシャルがやってくれるでしょ。完璧な布陣よね。」

 

「……鈴さんは何をするんですの?」

 

「オールラウンドにそこそこに?」

 

「それは流石に雑が過ぎるだろう……まあ別にいいが。」

 

「あ……あー……あー、あー、あー……」

 

いつのまにか一夏は真っ白になっていた。

もうこの世から消えて無くなってしまいたくなっていた。

 

これだけ気合を入れてきたにも関わらず、全部自分の勘違い。しかもデートだと思ってやる気を出していた所を彼女達に見られてしまい、先程は褒められて満更でもなかったものの、彼は今すぐ噴水にでも飛び込んで全部無かったことにしたいくらいに恥ずかしかった。

 

……とは言うものの、これはいつもの逆パターンというものでもある。

 

例えば箒が一夏を昼食に誘った時には、勝手に他大勢を呼んできたりした。

例えば鈴が彼をデートに誘った時には、買い物は大勢の方が楽しいと何の断りもなく弾を連れてきたこともあった。

例えばセシリアがお茶会に誘ってもシャルロットを引っ張り込んできたこともあったし、

彼の前科は数えればキリがない。

 

その度に何度彼女達が落胆させられてきたことか……それを考えてしまうと彼に対して同情しているものなどこの場には誰一人としていなかったし、むしろ内心で『ざまあみろ』と『いつもの私達の気持ちが分かったか』と思っていた。

彼のあまりの唐変木さを知っているものならば、そんな彼女達を責めることなどできないだろう。

口に出して責めたり気合の入り様を弄ったりしないだけ、むしろ良心的だとも言える。

 

「それじゃあママ、早く行きましょ。余計な話してたから電車の時間が微妙なの、先に行ってるラウラとシャルを待たせるのも悪いしね。」

 

「は、はあ……あの、鈴ちゃん?一夏くんはどうかしたんでしょうか?」

 

「ママは気にしなくてもいいから。女心を弄んだツケが回って来ただけ、これで少しは自分の行いを反省してくれるといいんだけどね。」

 

うんうんと同様に頷く箒とセシリア、しかし彼女達3人の思いも虚しく、一夏の中では特に何か考えが変わるということもなく、『もっと話聞いとけばよかったなぁ……』程度の反省で終わってしまった。

織斑一夏は相変わらず織斑一夏であった。




イッチーはそうでなくっちゃ!


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55.千冬先生の恩返し奮闘戦線 - 織斑一夏は運が良い -

自分が思っているより書いてるシリアスがキツめだったみたいなので、今回は思いっきり明るい雰囲気で書こうかなぁ♪って思ってました。


臨海学校の準備。

そうは言っても準備などたかが知れている。

そもそも寮生活の学生に何かしら特殊な準備を求める筈もなく、当日の用意は教師陣やクラス代表、一部の物好き達が手伝って大抵が済ませてあるのだ。

 

そんなこんなで、彼等がわざわざショッピングモールに来てまで準備したかったことと言えば、それこそ趣味的なものしかないわけで……

 

「一夏よ、これはどう思う?」

 

「えっと、無難でいいんじゃないか……?」

 

「無難……これはないな。」

 

 

 

「ねえ一夏、こんなのはどぉう?」

 

「おまっ!布面積考えろ!あり得るか!」

 

「あはは、冗談よ冗談。あー、面白い。」

 

 

 

「一夏さん一夏さん、こういったものはどうでしょう?少しだけ挑戦してみたのですけど。」

 

「んー、セシリアと言ったら青のイメージだから暖色系はあんまりなぁ……」

 

「完全にブルー・ティアーズからの風評被害ですわよね……複雑な気分ですわ。」

 

 

 

「ねぇねぇ一夏、これとかはどうかな?」

 

「……なあシャル、お前それちゃんと見て持って来たか?」

 

「え?……うわぁ!これお尻の部分が紐だぁ!?一夏のえっち!!」「理不尽!?」

 

 

 

「おい織斑一夏。私の情報ではこう言ったものが母上の気を引くのに最適だということなのだが、貴様はどう思う。」

 

「……ラウラ、スクール水着はやめとけ。それは綾崎さんを困らせるだけだ。」

 

「ふむ、そうか。……これならばシャルロットかオルコットに選ばせた方が早そうだな。そこで待っていろ、次を持ってくる。」

 

 

 

 

「一夏!」

「一夏!」

「一夏さん!」

「一夏!」

「織斑一夏!」

 

 

「休む暇がねぇ!?」

 

 

次々と代わる代わるに一夏の前でローテーションする5人、様々な水着を持ってやってくるが一夏がこれだと選ぶまでこのループは終わらない。

そんな彼等であるが、実は裏でまた違うローテーションを組んでいることを一夏は知らない。

 

「ふむ……母さんは肌を出すのがあまり好きではないからな。水着とは言え、配慮は必要だろう。」

 

「ですが肌を出さない水着というと困りますわね。パレオでは足りないとなりますと……」

 

「だったら競泳用の水着とかはどうかな?……海にはあまり似つかわしくない気もするけど。」

 

「そこまで行くとダイビング用のスーツの方がいいだろう、最近はデザインを重視したものも多いと聞く。」

 

「普通の水着の上からシャツとショートパンツとかでもいいんじゃない?それなら水辺で遊ぶ程度なら脱ぐ必要もないし、下にビキニ着てても肌は見えないどころかそれがまた色っぽく見えるし。」

 

「それだな。」

「それですわね。」

「間違いないよ。」

「私も賛成だ。」

 

「決まりね。それじゃあシャルとラウラは下に着る水着、セシリアと箒は上に着るTシャツとショートパンツを、私は小物類を探すわ。一夏の所に行くのはいいけど、ママを1人には絶対にしないように。解散!」

 

「「「「おー!」」」」

 

 

「あ、あはは……ありがとうございます、皆さん。」

 

やる気に満ちた5人を前に、奈桜はされるがままになるしかなかった。

 

「本当は海に入るつもりは無かったので買うつもりはなかったのですが……」

 

「もう、何言ってんのよママ。女の子にとっての水着は、別に水に入る為だけの服装じゃないのよ?」

 

「え……?え?違うんですか……?」

 

「そ。正しくは水辺で遊ぶ時の私服ね、水に濡れても良い私服でも可。普段とは違う空間で、普段とは違うシチュエーションで自分を魅せられるんだから。ここで気合を入れないでいつ入れるのよ。」

 

「はぁ……言いたいことは分かりますが私は特に着飾らなくても……」

 

「そういうのが今時の女の子なの!ほら、今回は私達に任せて大人しく飾られてなさいって!」

 

「あわわ……!」

 

グイッと麦わら帽子を押し付けられた奈桜は結局そのあと5人に着せ替えの様に様々なものを押し付けられるハメになった。

流石に服を着替えるのも一苦労なのでそう言ったものは上からあてがわれるだけだったが、その度にきゃーきゃーと騒ぎ立てる女子特有のテンションには流石の奈桜もタジタジであった。

 

その一方で……

 

 

 

「……何をしているんですか?織斑先生。」

 

「……観察だ。」

 

「いえ、あの、声を掛けに行けばいいじゃないですか……」

 

「……観察だ。」

 

「えぇ……」

 

柱の陰からこちらを覗くストーカー達がそこに居たのをまだ誰も気付いていない。

 

 

 

水着選びが一段落した頃、ようやく5人の質問責めから解放された一夏は適当に買った海パンを手に壁に身体を預け、大きな溜息を吐いていた。

 

「あー……女の買い物は長いって弾から聞いたことはあるけど、あれ本当だったんだな。

千冬姉はそういうタイプじゃないし、中学の頃に鈴と出かけた時はあいつなんか慌ててたからなぁ……」

 

完全にデートだと思い込んでいたが故の鈴の反応である。ちなみにこの後、一夏の予定通りに弾と合流した時の鈴の様子と言えば……弾曰く『本気でちびりそうになった』である。彼が全力で蹴り飛ばされたのも仕方のない仕打ちであると、後に誰もが口を揃えてそう言った。

 

「完全なイメージだけど、綾崎さんはあんまり買い物とか長そうなイメージ無いよなぁ。例え長くても苦痛には感じなさそうだし、自分の為の買い物より他人の為の買い物に時間使ってそうだ。例えば……」

 

(『一夏くん一夏くん!これ、すっごく鈴ちゃんに似合うと思いませんか♪買っちゃってもいいですかね?買っちゃいましょうか?買っちゃいますね♪買っちゃいましょう♪わぁい♪』)

 

「……なるほど、何時間でも付き合えるな。」

 

自分で勝手にした想像で口元を覆いながら顔を真っ赤にして頷く一般的な男子高校生の姿がそこにはあった。

実際には『わぁい♪』と言うほどにテンションが高くなることがあるのかという話もあるが、そこは健全な妄想ということとして……

 

 

 

「一夏くん、水着は決まりましたか?」

 

 

 

「んぁっ!?あ、ああっ綾崎さん!?」

 

噂をすれば影がさすなどという言葉はあるけれど、実際に目の前でそれが起きてしまえば本人にとってこれほど恐ろしいものはない。

 

「?もしかして、何か大切な考え事の最中でしたでしょうか……?」

 

「い、いや!そんなことない!全然暇してた!全然OK!大丈夫!問題なし!」

 

「そうですか?それならよいのですが……」

 

不思議そうな顔をしてこちらを見つめてくる奈桜。そんな彼女を先ほどの妄想を思い返しながらこうして目にしてみれば、やはり自分の想像なんかよりも何倍も彼女は綺麗な顔をしていると一夏は思った。

しかしあまり見つめ過ぎるとまた鈴に気付かれて殴られると思った一夏は心の中でパシリと頰を叩いて気を引き締める。みっともない格好を、この人相手にはあまり見せたくないという一心であった。

 

「えっと、水着だよな。俺の方もなんとか決まったよ、無難なやつだけどさ。……あれ?そういえば他の奴等は?」

 

「皆さんあそこでレジャー品を見ていますよ。ふふ、ちなみに私は暇そうにしていた一夏くんに声を掛けに来ただけです。」

 

「あはは、それは嬉しいな。……えっと、その、よかったらそこの自販機にでも行かないか?ジュースくらい奢るしさ。」

 

「あら、いいんですか?ふふ、それでは一夏くんの好意に甘えてしまいましょうか。」

 

「!!あ、ああ!任せてくれ!!」

 

いつもの5人がレジャー品に夢中になっており、こちらが何かしら騒ぎ立てなければ特に何か言ってくるような雰囲気ではないことを確認した一夏はチャンスとばかりに奈桜を誘う。

とは言うものの、基本的に奈桜に対してはDTな彼である。そこまで考え付いて行動に移している訳でもないため、奈緒が笑顔で承諾した瞬間に嬉しさのあまり舞い上がってしまった。

 

……実はこう言ったところも奈桜の他者を誑かす癖の1つである。

基本的に彼女は他者の誘いを断らない。

そして意外にも他者からの施しや好意は確認することはあれど断らず受け取り、それに対して相応の感謝の気持ちで返すのだ。

相手に対して好意の提案をしたものにとって、これほど心地の良いことはあるまい。

 

そんなこんなでベンチの横に車椅子をつけ、2人で肩を並べてジュースを啜る。一夏としてはそれだけで落ち着かない空間であり、隣で飲み物を飲むだけであるにも関わらずそれだけでなんだか色っぽく見えてしまう。

ゴクリと彼女の喉を通る液体の音が異様に大きく聞こえてしまって、彼女の首筋や濡れた唇、薄く開いた瞳や少しだけ紅潮した頰が一夏の思考をどんどんと侵食していき……

 

「つめたっ!?」

 

当然のように缶を手元から落とした。

 

「っ!だ、大丈夫ですか一夏くん?……ああ、これじゃあ染みになっちゃいます。」

 

「えっ!あ、いや!ちょ、それくらい自分でやるから……あ、綾崎さんダメだって!!そこは自分で拭くから!!」

 

「もう!動いちゃダメですよ一夏くん、これくらい私に任せて下さい。こんなところに染みが出来てしまったら目立ってしまいますからね。」

 

「いやいやいやいや!!ほんと!ほんとダメだから!!誤解されるから!誤解されたら殺されるから!!もう既に周りの目線が痛いから!!一回離れよう!お願いだから!!」

 

箒にバレたら→木刀で刺される

セシリアにバレたら→軽蔑の眼差し

鈴にバレたら→カバンでカチ割られる

シャルにバレたら→軽蔑の眼差し

ラウラにバレたら→ISで殺される

 

さて、どれがましでしょう?

 

(どれも嫌に決まってんだろうがぁぁ!!)

 

実はこの中で最もましなのは鈴であったりする。

セシリアとシャルロットの選択肢は物理的な被害が無いので一見良心的に見えるが、そこには信用の失落という恐ろしいマイナス要素があるのだ。

その分、箒と鈴は物理的なダメージは受けるが、それだけで終わらせてくれる。多少白い目で見られたとしても、物理があるぶん精神的なマイナスは少なくて済むのだ。

 

……ちなみにラウラに見つかった場合は全てが終わる。ISでなくともその場で射殺、または社会的に殺されること待った無しである。容赦はない、仕方がない。

 

さて、基本的に女運の悪い一夏くんが引いてしまった今回の結末は……

 

 

 

 

 

 

 

「貴様は綾崎に何をさせているんだ……?

なぁ……愚弟よ……?」

 

 

 

SSR 『鬼の教官』織斑千冬 を 引き当てた!

 

 

 

 

(……死んだな、俺。)

 

一夏は意外にも晴れやかな顔で千冬を迎えた。

 




そういうことなので、意味が分かると楽しい話でした。


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56.千冬先生の恩返し奮闘戦線 - 千冬先生の御乱心 -

千冬のポンコツと奈桜の小悪魔がベストマッチするとトリガー無しでもハザードが発生するって万丈が言ってました。


 

「ふふ、まさか千冬さんまで来るとは思っていませんでした。千冬さんも水着探しですか?」

 

「あ、ああ。まあそんなところ、だな。」

 

「でもビックリしましたよ?いきなり一夏くんに拳骨するんですから。もう少し一夏くんにも優しくしてあげてくださいね?」

 

「あ、ああ……すまない……」

 

自販機の横のベンチで小さく縮こまっているこの小さな女性が世界に名だたるブリュンヒルデであると誰が分かるだろうか。

それどころか1人の生徒を相手にこれほどモジモジとしている者がその担任たる教師であるということすら周囲の人間には分からないだろう。

 

そしてそんな2人の様子を柱の影に隠れて見ている生徒6人+教師1人の集団は、きっと周囲の人間から見れば怪しさしか感じられない不審な集団としか見えていないに違いない。

 

如何にも警備員を呼ばれそうで呼びにくい、そんな奇妙な空間がそこには生まれていた。

 

「……なあ鈴、頭いってぇからタンコブの上に顎乗せるのやめてくれないか?」

 

「ママにあんなことさせといて、今更あんたに発言する権利があるとでも思ってんの?殴られないだけでも感謝しなさい。」

 

「最低ですわね、一夏さん。」

 

「最低だよ、一夏……」

 

「一夏貴様、帰ったら覚えていろ。」

 

「まあ帰る時には骨しか残っていないがな。」

 

「え?なに?俺もしかしてまだ殺されるの?流石に虐待が過ぎないか?」

 

「もう、皆さん暴力はダメですよ。それよりちゃんとあの2人に集中して下さい。今いいところなんですから。」

 

「いや、それもどうなんだよ先生……」

 

こんな風に呑気な言葉を交わしているが、一夏の頭の上には少し離れてみると形の違いが軽く分かるくらいにはポッコリと大きなタンコブがあり、それだけを見ると割と人体的にはシリアスな光景だ。

そんなシリアスを作り出した本人は先程までの怒りなど遥か昔の話のように身を小さくして俯いているのだが……

 

「な、なあ綾崎……?」

 

「はい?なんでしょうか?」

 

「その、色々とすまなかったな。お前には不甲斐ないところばかりを見せた。」

 

「不甲斐ない……ですか……?」

 

「ああ、一時的な保護者とは言え、私はお前をもっと支えなければいけなかったはずだった。だが気付けば私の方がお前に依存し、むしろ支えられていた。これでは私は子を導く教師どころか、大人として失格だ。」

 

自分が情けない人間であるということはこの数日で嫌というほど思い知った。自分が自分で思っていたよりも大人になり切れていないということも知った。

そうしてこれまで少しも奈桜を支えてやれなかったことを後悔して謝罪をするも、口からは反省ばかりが言葉になって。

決意とは矛盾して、まるで慰めて欲しいと言わんばかりの自分の言動に気付いてしまえば千冬の自己嫌悪は更に強まった。

 

……それでも、そんな千冬の葛藤も関係なく奈桜は笑う。まるでそんな彼女の悪感情ごと全て受け入れてしまうかのように。

 

「そうですか?私は依存が一概に悪いことだとは思いませんよ。少なくとも、千冬さんが私に依存してくれていただなんて、それを聞けただけで私はとても嬉しいです。」

 

「……あまり甘やかしてくれるな。私はお前に頼られたい、お前に甘えられたいんだ。今のままの自分ではダメだと分かっているし、本気で変わりたいとも思っている。」

 

「う〜ん、私としては今の千冬さんの方が好きなんですけどね。尽くし甲斐があるというか、尽くしていて楽しいというか。」

 

「うぐっ……お、お前はまたそうやって人の決意を簡単に……」

 

「えへへ」

 

悪戯な笑みを浮かべてそう言う奈桜は、けれど直ぐにその表情をとろける様な愛おしげなものに変え、迎い入れるように千冬に向けて両手を広げた。

困惑する千冬、けれどその行動の意味はなんとなく分かる。

 

「だから、ぜ〜んぶ諦めて、ぜ〜んぶ受け入れて、私にい〜っぱい甘やかされちゃうのをオススメしますよ?千冬さんが望むなら私、たぁっくさん甘々のトロトロにしちゃいますから♪」

 

あまりに甘美な蟻地獄が千冬に牙を向いた。

 

「ぐっ!?そ、その手には乗らんぞ!わ、私は必ずお前をこの手で甘やかしてみせる!!この決意は変わらん!!」

 

「ふふ、強情なんですから。いいですよ?それなら私は千冬さんがもう2度とそんなこと考えられなくなっちゃうくらい甘やかしちゃうだけですし♪」

 

「お、お前は堕落を誘う悪魔か……」

 

「家事もお仕事も、ぜ〜んぶ私がしてあげますよ?食事も私が食べさせてあげますし、お着替えだって私がしてあげます♪毎日『大好きですよ〜』って囁きながら寝かし付けてあげますし、眠れない日はぎゅーって抱きしめて、眠れるまで背中をぽんぽんってしちゃいます♪千冬さんは本当に何もせず、ただただ毎日私に身を任せて甘えてくれるだけでいいんですよ?そうしてくれれば私は、それに応えて、求められた以上に甘やかしであげます♪どうですか?そんな生活もいいものだと思いませんか?」

 

「お、おお、お前は私を甘やかしで廃人にする気か!?」

 

「えへへ。でも、千冬さんだって本音を言えばそんな生活に少しくらい興味あるんですよね♪」

 

「うっ……そ、れは……」

 

「ふふ、もしよければ一日だけの体験も可能ですよ?」

 

「……………………………………………………………い、いや、やはり遠慮させてもらおう。2度と戻ってこれなくなりそうな気がした。」

 

「あらら、それは残念です♪」

 

奈桜がどこまで本気で言っているのかは分からないが、本当にそこまでやってしまい、本当にそこまで自分が落とされてしまう可能性があるために千冬は少しも笑えなかった。

その証拠に奈桜のその提案を聞いた瞬間に、あれほど硬く定めた決意が揺らいでしまい、そんな甘過ぎる生活のイメージが頭をよぎってゾクゾクとしてしまったのだから、目の前の人間に自分がどれほど弱いのかは嫌でも分かる。

 

きっと奈桜ならば自分がどれほど堕落しようとも見限ることなく受け入れてくれるだろう。そんな確信があることが、むしろ自身の意地とプライドを軟化させてしまい、危うく本当に誘惑に溺れそうになってしまう。

 

 

千冬は頭を振って脳にこびり付いた先ほどの言葉と想像を無理矢理引き剥がし、ガサリと一通の手紙を手に取った。

自分が生まれて初めて誰かのために書いた嘘偽りの無い本音の感謝の手紙……こうして手に持っただけでも羞恥が込み上げるが、今はそれに助けられた。

これさえあれば自分はあの甘やかしにも耐えることができる。込み上げる羞恥心によってなんとか上書きすることができる。

 

渡す勇気はいまだに出ていないが、とりあえずこれを持っていれさえすればなんとかなる。奈桜にバレさえしなければ自分はまだ攻勢に出られる、千冬はそう信じていた。

 

……それなのに、

 

「……あれ?千冬さん、その手紙はなんですか?」

 

「っ!?」

 

5秒でバレた。

 

「えっと……それは所謂"ラブレター"とかですか?ふふ、学園には千冬さんのファンがたくさん居ますからね。千冬さんはかっこいいですし、同性であってもそういう手紙を渡したくなる人も当然居ますよね。」

 

「え……あ、いや!こ、これはそういうのではなくてだな……!」

 

「あれ?でもそれなら学校に置いてきてもいいですし……あ、もしかしてここに来る途中に学園外のファンの方に頂いた、とかでしょうか。会えるかどうかも分からないのに手紙を書いて来るだなんて、相当熱心な方なんですね。」

 

「ち、ちがう!この手紙は本当にそんな、そういうのではなく……!」

 

「もう、そんなこと言いながら千冬さんもその手紙を大事そうに抱えていらっしゃいますし、私もちょっと気になっちゃいますよ?

ふふ、もしかしてお相手の方は千冬さんの好みの殿方だったりしたんですかね♪」

 

「そ、れは……」

 

その言葉に、千冬はなぜかギュッと胸が締め付けられる様な感覚を得た。

 

理由なんてこれっぽっちも分からないが、その言葉に自分がどうして嫌な気持ちになったのか皆目検討もつかないが、それでも心の中に何かモヤモヤとしたものが生まれてしまったことだけは事実だった。

 

上手く言葉に表すことができないが、今のこの不思議な勘違いをされている状況が、千冬はどうしても嫌だった。

 

……その勘違いを、どうしても目の前の人間にだけはして欲しくないと思ってしまった。

 

「………っ!あ、綾崎!」

 

「ひゃっ!?……え、えっと、千冬さん……?」

 

それまで俯き縮こまっていた千冬が突然顔を上げて両手を掴んできたことに、奈桜は大きく困惑した。

彼女が大事にしていると思われるその(推定)ラブレターをわざわざ自分の両手に握らせ、さらにその上から強く彼女は握り締める。

 

いつになく強い眼力でキッと両目を見つめられてしまい、奈桜は珍しく頰を紅潮させて目線を逸らした。

チラチラと千冬の顔を見てみるが、彼女は変わらず自分を見つめており、その眼には今は自分しか映っていないということが嫌でも分かってしまう。

 

先程までとは正反対の状態となっていた。