神様代行始めました ~癒しと成長の奇跡で世界を救え!~ (ズック)
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1. 通りすがりの神様代行さ

思いつきの見切り発車。
よろしければ評価、感想をお願いいたします。


 

目の前には真っ赤な世界に佇む少女。その手には赤黒いペンキのような液体を滴らせたナイフをもっている。周りには恐怖の表情を浮かべて絶命した男たちが転がっており、みんな首から真っ赤な液体を垂れ流して地面を汚している。

 ああ、どうしてこうなったのだろうかと嘆いてみても、その言葉は誰に聞かれるでもなく空へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

*******************

 

 

 

 

 

 

 

 ――神。

 

 ――それはあらゆる生命を生み出した上位者。

 

 ――それはあらゆる生命の祝福者。

 

 ――それはあらゆる生命の行く先を見守る者。

 

 ――神を称えよ。神を崇めよ。神を畏れよ。

 

 ――神は天に、地に、人の隣におわすもの。

 

 ――祈りなさい。神はそれに応えるでしょう。

 

 ――信じなさい。神はすべてを愛するでしょう。

 

 

「まあそんな神様は過労で倒れちゃったんだけどねっ☆」

 

 

 目の前でにこやかに笑う少女。花が咲くように笑う、なんて言葉が似合う笑顔だとは思うけれども言っていることはさっぱり笑えない。というかここはどこで、この美少女は誰だろうか。ついでにいえば自分の姿もあやふやである。俺は誰だ。

 

「私の名前はグロウス。生命とその成長を象徴とする神よ。そしてここは私の部屋! ちょっと汚いけどあんまり気にしちゃダメよ!」

 

 見回してみるとなるほど確かに。今まで気付かなかったがペットボトルらしきものや酒瓶らしきものが転がっていたりする。しかし神のプライベートルームがこんなにだらしないことでよいのだろうか。

 

「さてここに神様が倒れてしまって停滞した世界があるわ。あなたにやってもらいたいのはこの世界を歩きまわって神の力を土地に戻すこと。そして倒れた神に代わって私の名前を広めることよ!」

「それは宗教戦争待ったなしでは……?」

「そこはこう、あなたの知恵と発想と勇気でどうにかして!」

 

 さらっと無茶を言いなさるなこの女神は。今の心境はさながら「なにか面白いことやってよ」と言われた気分である。現実はもっとひどかった。

 

「といわけで、はいっ」

 

 女神が掛け声とともに手を翻すと今まで不明瞭だった自分の体が実体を持ち始めた。それどころかなにか強い力が体の内側からあふれ出てくるような感覚さえある。

 

「私の力の一部を分け与えたから癒しや成長に関することはたいてい出来るわよ」

「たいていのこと……?」

「そりゃもうあなたが考え付くことのだいたい? あっ、死者の蘇生はさすがに無理よ?」

 

 まあ、さすがにそんな力を貰っても持て余すだけである。というか俺がやることは決定事項なのか。

 いまから断ってやろうか。そんな事を思うが口にはしなかった。

 

「これからあなたが行く世界では亜人、獣人と呼ばれるあなたとは姿形が似ているけどどこか違う知的生命体や他にも色々いるわ。その子たちは人とは違う価値観を持っていることもあるし、友好的とも限らない」

「つまり?」

「そこをなんとか乗り越えて私の布教とついでに世界を歩き回ってね! 大丈夫! 死ななければ嫌でも生き残れるわ! なんなら死んだら私が生き返らせるから!」

「ああ……、捕まったら一生拷問とかされるタイプの能力……」

「……頑張ってね!」

 

 目を逸らすんじゃあない。こっちを向け。

 

「はい、じゃあとりあえず人がいそうなところへレッツゴー!」

 

 女神がいつのまにか天井から垂れさがっているロープを握りしめていて、それを勢いよく引っ張った。

 ガコン、と床から音が聞こえたと思った瞬間にはもう俺の体は浮遊感に包まれて、真っ暗闇へと落ちていった。

 

 

 

*******************

 

 

 

 意識が戻ったときには街の中で佇んでいた。目の前には石造りの建物と、往来を行く人々。次いで街の喧騒が耳から入ってくるのを認識し、最後にしっかりと大地を踏みしめている感覚を覚えた。

 あまりの唐突さについていけずボケっとしていると、果物のようなものを乗せた籠を抱えた女性がこちらを怪訝な眼で見ながら目の前を通り過ぎていく。

 

(あーあー、マイクテスマイクテス。大丈夫? 聞こえる?)

(その声は女神……様?)

(うんうん、ちゃんと聞こえてるわね。様をつけるのをためらった理由は聞かないでおいてあげましょう。私ったら寛大ね、褒め称えて1時間に1回お祈りしなさいよ?)

(それで、俺はどうすればいいんですか)

(えーっと右前方にある路地に入って道なりに進んで。なんか弱々しいのがいるっぽいからそいつを助けちゃいましょう)

 

 女神の言うとおりに路地へと入り進んでいく。

 街の印象としては思ってた以上に綺麗である、ということ。もちろん建物の影になって薄暗かったり多少のゴミやホコリっぽさ、浮浪者の姿はちらほらあるが、逆にいえばそれくらいである。

 こういう路地裏ではそこらで血で血を洗うストリートファイトをしていたり、物盗りがわんさか現れるようなものだと思っていたのだが杞憂だったようだ。

 

「うわ本当にいた……」

(女神レーダーに狂いはなかったようね!)

 

 鼻高々に得意げな表情をしている女神の顔がありありと頭に浮かぶが、たぶん褒めると際限なくつけ上がるタイプだと思うので虫を払うように手を振って頭の中から追い出す。

 半信半疑だったのだが女神が示した場所にははたして、本当に人がいた。ボロ布で体と頭を隠すようにしているが布が小さいせいで隠し切れていない。

 目の前でしゃがみこみ顔を覗き込んで、ようやくボロ布の主が瞳をこちらに向けた。

 薄汚れてくすんだ黒髪。何も見ていないうつろな赤い瞳。あらぬ方向に曲がった腕。整っていたであろう、青黒く腫れた顔付き。……気が滅入る。

 

「……?」

「あー、通りすがりの神様代行さ」

 

 適当に挨拶をし、パッと見ても服代わりのボロ布から見えている折れ曲がった左腕をどうにかしたい。

 とりあえずこの腕を治してみよう。えいや、と自分でも気の抜けたと感じる掛け声とともに手をかざす。すると手から淡い白い光が放たれて少女の体に吸い込まれ、みるみるうちに折れ曲がった腕がゴキリメキリと音を立てて元に戻っていく。普通にグロい。が、しっかりと治るのを確認する。

 

(本当に治った……)

(え、半信半疑だったの!?)

 

 だってそりゃあまあ。力があるような感覚はあるけれどもどうしたらいいかわからなかったし。

 さて次は顔である。腫れあがって痛々しい顔など見てても楽しくないので早急に治してしまおう。と、気付く。最初は胡散臭い人間を見るような、それでいて無関心みたいな視線をこっちに向けているのだと思っていたが、これは――。

 

「眼、見えないのか」

「……」

 

 少女が小さく頷いた。じゃあ眼も治してしまおう。ゆっくり、優しく撫でるように少女の頬に手を当てて先程のように治れと念じる。

 

「温かい……? 明るい……?」

「お、治ったか。あと悪そうなところはないかね」

 

 先天性の病気か、顔の怪我の影響かは分からないが、失明も治せるようだ。さすが女神のお墨付きの癒しの力。医者いらずどころか医者殺しである。

 少女は光の戻った眼でキョロキョロとあたりを見回し、最後にこちらを見つめて首を傾げる。

 

「神様?」

「いいや、さっきも言ったけど神様代行。生命と成長の女神グロウスをよろしくな」

「……聞いたことがない、です。女神様はアシオン様しか知らないです」

 

(知名度0だとしたらやっぱこれ侵略なのでは?)

(細かいことを気にしてると禿げるわよ)

 

 絶対に細かいことではないんだけれども、たとえやっていることが宗教侵略であろうと今の自分にはこの女神に従う他ないので追及はやめておこう。見限られて能力を強制返還されて「じゃあバイバイ」などということになったらどうしようもない。

 

「さて、そんな知られてないグロウス様の名前を広げるために君の力を借りたいんだ。一緒に来てくれないかな」

「……グロウス様は知らないけれど、あなたの傍に居られるのであれば、こんな私でよければどこへだって付いて行きます」

「……んんん?」

 

 なんということでしょう。少女の声も表情も熱っぽく、こちらを見る目はまるで長い時を経て再開した恋人に向けるそれのようだ。気のせいだよね?

 いや、そうか。俺は直接神様本人を見ているから信じられるけど、そうでもなくただ奇跡を受けただけなら奇跡を行使した目の前の男が信仰の対象になるか。

 ……もう俺が神様でよくない?

 

(よくないっ!!!!!!)

(冗談です)

 

 現状ほかに選択肢がないから神様代行をしているのであってそれ以上にめんどくさそうな神様なんてなれるとしてもなりたくはない。

 

「えっと、私の名前はルーナです。その、よろしければ神様のお名前を……」

「だから神様じゃないって……。うん? 名前? 俺の?」

 

 はて、名前。ネーム。物や個人を特定するための言葉。自身にもあるはずのそれがうんうんと唸って悩んでみても一向に思い出せない。

 それどころかいたであろう家族の名前はもちろん顔すら思い出せない。根幹となる自身のことを思い出すことができないあなたはそれに恐怖を感じ、正気度チェックです。などと変なことは思い出せるのだが。

 

(神様ー。俺の名前知ってる?)

(え、知らないけど?)

 

 そうかそうか。思い出せないし、知ってる人もいないとなればどうしようもないな。

 

「うん、じゃあグロウス様から取ってロウで」

「はい、ロウ様」

(え、いや私の名前から取るのはちょっと……。ああー、まあいいかぁ)

 

 様付けで呼ばれるのは少し気恥ずかしいが、相手が美少女だから役得である。女神が何か言っていたが上手く聞き取れなかったし、そのあとなにも言ってこないのでどうでもいいことなのだろう。

 はてさて、それでこれからどうしたものかと悩んでいると、どこからか複数の足音が聞こえてくる。

 

「おん? 昨日さんざん殴ったと思ったんだが、足らなかったか?」

 

 路地の奥からぬっと大柄な男が歩いてくる。その後ろには6人。服や装飾品が他より良さ気な一番前にいる男がリーダーだろう。

 しかし今この男は殴ったと言ったか。つまりルーナの怪我はこいつらのせいか。

 胸にもやっとしたものが湧き上がるがチンピラリーダーがこちらにナイフを突き付けるのを見て立ち止ってしまった。

 7人相手だ。逃げるしかない、が。ルーナは傷を治したばかりでどこまで走れるかはわからないし、相手も黙って逃がしてくれるような雰囲気ではない。

 

「ロウ様。復讐ってどう思います? 悪いことだと思いますか?」

 

 最悪を想像している横からルーナの声が聞こえる。

 それは今しなければいけない質問だろうか。とはいえ聞かれたからには自分なりに答えよう。

 

「善悪は関係ないかな。当人が納得できるかどうかじゃない? それよりどうやって逃げるかルーナも……」

「なるほど。では――」

「なにをくっちゃべってんのか知らねえが逃がすとでもおぐぇっ」

 

 ぐるりと。今の今までこちらを威圧していたリーダーらしき男の頭が逆さに折れ曲がった。男が前に倒れると、いつの間に移動したのかさっきまで隣にいたはずのルーナが現れる。

 ルーナが男の手からこぼれ落ちたナイフを悠々と拾い上げるのを誰も動けず見ているだけだ。

 

「ええ、私自身の納得のために。皆殺しです」

「お、あ、あ、アニキィイイイイいぎっ!?」

「うるさいですよ」

 

 少し離れた位置にいたヒョロヒョロの男が叫び声をあげ、瞬きした直後にはその首にナイフを突き立てられて絶命していた。

 残りの5人も似たようなもので仲間がやられるのを見て声をあげ恐怖し、まるでワープするかのように瞬間移動するルーナによって首にナイフを突き立てられて殺されていった。

 

「ロウ様、ごめんなさいお待たせしました」

 

 血溜まりに佇むルーナが身に纏うボロ布には返り血の一滴すらついていない。

 というかこれだけの力があるなら出会った時のようにボロボロになることはないんじゃないか。

 

(ふふふ、あなたの疑問にお答えしてあげましょう! あなたが使える2つ目の力、成長の奇跡!)

(成長?)

(対象の才能、能力を潜在的なものも含めて呼び起こし、引き上げる奇跡よ。その子はきっと暗殺者の才能みたいなものがあったんでしょうね)

 

 さっき怪我を治したときに成長の奇跡を一緒にルーナへ使ってしまっていたのだろう。それがたまたまルーナが持っていた才能を呼び起こし、ルーナを本職も真っ青な暗殺者へと仕立てあげてしまった、と。

 

(なんというか、字面だけ見るとド外道の所業そのものでは?)

(細かいことは気にしないのよ! 結果的にあなたもその子も救われてるんだから)

 

 女神の言うことも一理ある。なにせルーナが何かしらの戦う才能を持っていなければ今そこで倒れているのは俺たちだっただろう。

 目の前で不安げな顔をしている、自分の肩ほどまでしかない少女の頭を撫でてみる。手を差し出したあたりでルーナの体がビクリと震えたが、少し頭を撫でればこの通り。ふんわり笑顔に早変わりである。

 

「……すっきりした?」 

「はい。あ……」

「ん?」

 

 ルーナの頭を撫でていたらフード代わりになっていたボロ布が外れて頭髪が見えるようになり、そこにあるはずのない耳を発見した。いわゆる獣耳、というやつだ。何の動物だかわからないが可愛らしいのでよしとしよう。

 ルーナは慌ててボロ布を頭にかぶりこちらの様子を窺うように見つめてくる。

 

「……犬? 猫?」

「狐、だそうです。でも黒い狐なんて普通じゃないって」

 

 あまり良い思い出がないのだろう。ルーナは見るからに気落ちしてしまっている。

 先程よりも少し強めに乱暴に頭を撫でまわす。どのくらいの時間そうしていたかわからないが、手を離したときには少なくとも表面上は笑ってくれた。

 

「とりあえずここから逃げるか」

 

 行く当てなんてないけれど、とりあえずこのむせかえるほどの血の臭いから逃げ出したい。

 ルーナと一緒に路地から逃げようと走り出すが、ふと、あの男たちを埋葬しないとまずいかと思い足を止めて死体を振り返って見る。

 

「どうしました?」

「……いや、なんでもない」

 

 結局、胸の前で小さく十字を切るだけでそこからは立ち止りもせずに走った。

 

 




――チンピラのナイフ
 チンピラが持っていた刃渡り20センチメートルほどのナイフ。こまめに手入れしていたのかよく切れる。


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2. え、俺の所為?

 

「さーて、どうするかねえ」

「どうしましょうか」

 

 大通りにでてきた。

 ルーナと逃げてきたのはいいが先の展望は一切ない。というか金がない。泊る所どころか食事ができないのは死ぬしかない。

 金を稼ぐとなると働くということになるのだがしかし。

 

「住所不定で身元も怪しい2人組みを雇うところなんぞないだろ……」

「そう、ですね。この街は余所の人には冷たいですし、私のような獣人、亜人も歓迎されません」

 

 街で働いて路銀を稼ぐのは無理ということがわかった。絶望しかない。

 しかしどうすれば金を稼げる。往年のゲームのように魔物でも倒せばいいのだろうか。いや、そもそもだ。

 

「魔物っているのか?」

「はい、いますよ。とはいえこの近くだとダンジョンに潜るくらいしなければ見当たらないとは思いますが、狩ることができればダンジョンも攻略出来て一攫千金も夢じゃありませんね」

 

 どうやら魔物自体はいるらしい。魔物が金になるかどうかは分からないが、少なくともダンジョンには金になるものがあるようだ。

 しかしダンジョンか。なんとなくゲームのようでワクワクもするがそれと同時に恐ろしくもある。なにせここは現実でローグライクゲームのように気絶したらダンジョンの外へ放り投げてくれるわけではないだろう。

 

(私はダンジョン行きは賛成なのよね)

(それはまた何故)

(この世界のダンジョンは世界の核に近い所なの。ダンジョンの一番奥にあるコアに触ればそれだけで広い範囲に私の力を与えることができるわ)

(なるほど? そういえば神様の力が世界からなくなると何か悪いことがあるんですかね?)

(そりゃもう大問題よ! 土地は死んでいくし魔物はわんさか現れるし最終的には世界そのものが死んでしまうもの)

 

 世界が死ぬ、というのは世界の崩壊ということだろうか。思っていたよりも大事だったようだ。

 となるとできればダンジョン攻略に乗り出したいところではある。

 

「ルーナはこのあたりにダンジョンがあるか知ってる?」

「ええと、はい。町の近くにひとつあるみたいで、そこそこ大きめのものだと聞いたことがあります」

「ええ……? 初心者用みたいな所は?」

「もしかしたらあるのかもしれませんが……私は聞いたことはないですね」

 

 どう考えても「その後彼らの行方を知る者は誰もいなかった」となるやつである。

 とはいえ金がなければ始まらないのも事実であるし、ダンジョン奥のコアとやらにも用がある。しかしそもそもダンジョンを攻略するための事前準備すらできないという有様だ。

 思わぬ壁に唸っていると控えめに服の裾を引っ張られた。

 

「あの、街を出る前にやりたいことがあるのですがいいでしょうか?」

「うん? どうぞどうぞ。なんでも言ってくれ」

「はい。その、個人的にお世話になった人たちへのお礼をしたいな、と」

 

 世話になった、というと孤児院とか教会だろうか。しかしルーナがそういったグループに所属しているとも思えない。あの男──ルーナが殺してしまったリーダーらしき男──は「昨日殴った」と言っていたのだ。それを今日まで放置されていたということは身寄りもないということじゃないかと思うのだが。

 少しの間頭をひねっていたが、ふと思い当たるものがあった。

 

「……あ、あー、なるほど。ついていこうか?」

「えぇっと、その、ちょっと恥ずかしいので一人で行かせてください……」

「うん、じゃあこのあたりで待ってるから行ってきな」

 

 ルーナは何度かこちらを振り返るので手を振ってみる。それを見てかどうかはわからないが、やがて覚悟を決めたかのように走りだした。

 

(ルーナが言ってたのってお礼参りなんだろうなあ)

(十中八九そうでしょうね。どうするの?)

 

 どうすると言われても、という感じである。ルーナは見られたくないから一人で行ったのだろうし、なによりこっちの勘違いの可能性もある。

 しかしこの街はなんというか活気というものがあまりない感じがする。露天で果物や芋っぽいものを並べているお兄さんもそれを一瞥もせずフラフラ歩いているおじさんも元気がないというか。

 金もないのでそれらを横目に見ながらフラフラ歩き周り日陰になっているところに腰を下ろしてちょっとぼーっとしてみたり。

 

(……なにしてるの?)

(いや、暇だなと思って)

(暇ならあの狐の娘を追うくらいしなさいよ!)

 

 頭の中で女神が机をバンバンドンドン叩いている。うるせえ。

 しかし女神の言うことに一理ある、が、もう結構な時間が経っているので今から向かうとすれ違いになる可能性もあるので動くに動けないのだ。こんなことになるならこっそり付いていけばよかった。

 というわけでよほどのことがない限りはルーナに言ったとおりにこのあたりをうろついて待っているつもりである。

 

(よほどのことって例えばどんなこと?)

(例えば……ルーナが向ったほうで爆発とか──)

 

 そんなことを話していると突然の轟音が体を震わせる。驚いて空を見上げてみれば立ち並ぶ民家の向こうから黒い煙が立ち上るのが見えた。

 

(フラグ立てるの上手ね。さすがの私もちょっと読めなかったわ)

(いやいやいやいや。え、俺の所為?)

 

 あまりにも現実感がない。自分が考えたことが現実になる能力があるというほうがまだ理解できる。もちろんそんな能力などないのだが。……ないよな?

 とりあえず周りの人たちと同じように野次馬しに行こうではないか。万が一ルーナが巻き込まれていたら治療の出番があるかもしれないし。

 

 

 

*********************

 

 

 

 爆発があったらしい現場に着くと、倒壊してなおも燃え続ける大きな屋敷とそれを遠巻きに囲む野次馬たち。

 

「あそこの屋敷の人って……よね」

「きっと恨みを持った誰かが火を……」

 

 野次馬たちがヒソヒソと喋っているのが途切れ途切れに耳に入る。詳しくは分からないが恨みを持たれるということはあくどいことでもしていたのだろう。たぶん。

 消火活動をしている人たちもいるが、そのうちの何人かが何もない所から水を出している。魔法だろうか。俺も使えるようになったりは……。

 

(ならないわよ)

(ダメですかそうですか)

 

 魔法を使えるようにはならないらしい。貰った力でどうにかしろという無慈悲な宣告である。貰えるだけましではあるが、やはり自分の力で強大な敵を打ち倒すというのはロマンがあると思う。そのロマンはたった今無残にも潰えたんだが。

 さて、ルーナはこのあたりにいるだろうか。爆発に巻き込まれたりしていないだろうか。まさかとは思うが屋敷の中にいたりしないだろうか。

 キョロキョロとあたりを見回しているとボロ布をフード代わりに目深に被った人物を見つけた。野次馬たちよりも屋敷から離れたところからじっと燃える屋敷を見つめている。というかたぶんあれがルーナだろう。ボロ布を頭の方に寄せているせいで黒い尻尾と生足が丸見えである。眼福。

 声をかけようと近づくとフードがこちらを向いた。顔を確認。うむ、ちゃんとルーナだった。間違えていたら恥ずかしい思いをしていたところだ。

 

「ロウ様。待っていてくださいって言ったのに……」

「あー、待っているつもりだったんだけどな。この騒ぎに巻き込まれてないかと心配だったんだ。怪我はしてないか?」

「はい、近くにいたからびっくりしましたけど、大丈夫です。それよりも、これ……」

 

 なにやら小さな袋の口をこちらに広げて見せてくれる。どれどれと覗いてみると硬貨や宝石がほんの少しだが入っている。

 

「お世話をしてくれてた人たちから貰ったんです」

 

 これはどう反応するべきだろうか。お礼参りという予想が外れて本当にただ世話になった人にこれらを貰ったのか。それとも今目の前で燃えている屋敷から火事場泥棒でもしてきたのか。

 結局、何も思いつかずにフードの上からワシワシと頭を強めに撫でて終わりにする。

 

「よし、それを仕舞おうか。あの屋敷は関係ないんだろ?」

「――はい。私には何も関係がありません」

 

 うん。俺には何もわからない。ルーナ本人がこの金品とあの屋敷は関係がないと言うのだ。俺が信じないで誰が信じるというのだ。

 で、あれば今自分がやることはこの惨状をどうするかである。

 

(さあ怪我人がいれば治して布教よ! キリキリ働きなさい!)

(あっはい)

 

 どうやら決定事項らしいので素直に従うことにする。ルーナには助手という体で隣にいてもらおうかと思ったが本人があまりノリ気ではなさそうなので少し離れたところで待っててもらうことにした。

 

「怪我人はいませんかー? あ、大丈夫? ここにいるのは野次馬だけ?」

 

「怪我人います? おぉ……、ひっどい火傷。はい、治しましたんでもう大丈夫。なに、子供を見なかったかって? 子供ってだけじゃちょっとわからんなあ」

 

「怪我人いますかー? そこのお兄さん、脚折れてない? 古傷? 知ったことかはいじゃあこれで治ったんでもう大丈夫っすよー」

 

「怪我人発見! オラァ、治させろ!」

 

「お礼? いらんいらん。癒しと成長の神、グロウス様のことを知ってくれればいい」

 

 ……………………。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 やりきったぜ……。とりあえず老若男女も古傷も関係なく治して回った。途中から治療することが楽しくなってきて暴走してたような気がしないでもないが誰も不幸になっていないから些細なことである。

 屋敷の関係者らしき火傷を負った人たちもいたが、その多くは女性で皆一様にフードを被った子供――背の低さから子供だと思ったらしい――に助けられたと言っていた。もしかしなくてもルーナのような気がするんだけれども本人は屋敷とは無関係と言っているので違うだろう。そういうことにしておく。

 

(……あっ、お礼としてちょっとずつ金貰っとけばよかったのか)

 

 今更ながらに気付いたが後の祭り。今からやっぱりお金くださいなどとは口が裂けても言えるはずもない。

 仕方ない、お金はルーナのものを少し使わせてもらって軽く準備をしよう。それでダンジョンの入り口付近を探索、大丈夫そうならそのまま探索続行。ダメそうなら他の町へ移るなりなにか案を考えるか。

 

 



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3. ここがそのダンジョンらしき場所なのだが

 

 

「で、ここがそのダンジョンらしき場所なのだが」

「はい」

 

 街道を道なりに歩き、途中で森の中へ入ってようやくそれらしき洞窟を見つけた。

 しかし結構な時間を歩いていたため日が暮れて、森の薄暗さも相まって夜のような暗さである。

 神様から力を借りているからか、歩き通しではあったが疲れはほぼない。しかしルーナもいるので焚火でもして体を休めてから改めてダンジョンへと潜った方が良いかと考えていたのだが――。

 

「やっぱりダメかね?」

「何度聞かれても変わらねえよ。ダメだっつってんだろうが。帰れ帰れ」

 

 ダンジョンを目前にして守衛から門前払いの宣告である。

 というのもダンジョンは小さいものは街、規模の大きいものとなれば国が管理するものらしく、許可を貰った人、つまりはギルドのようなものに加入して税金なんかを払っている人たちしか入れないようになっていた。

 考えてみれば当たり前のことでどうして思いつかなかったのかという感じなのだが、危険があるとはいえ金の生る木のようなものを為政者が放置するわけがないんだよなあ、ということである。

 

「どうするよルーナ。……ルーナ?」

「……ロウ様、お下がりください」

 

 今まで静かにしていたルーナがピクリと耳を立てダンジョンへ向きナイフを構えた。直後、ダンジョンの入り口から何かが飛び出してきた。

 

「そこで止まって!」

「助けてくれ! ひとりヤバイのがいるんだ!」

 

 ルーナの言葉に反応したのか、飛び出してきた男の切羽詰まった叫び声が聞こえる。

 薄暗くて分からなかったがどうやら男が3人、女が1人。全員傷だらけでボロボロになっている。

 近寄って簡単に傷の確認をする。4人とも結構な傷を負っているが男2人に肩を支えられている男の様子がまずそうだ。着ている鎧は半壊し、左肩から胸にかけて真っ赤に染まっている。男はぐったりとしていて傍目からはもう死んでいるようにも見えるが、生きていたとしてもこのままでは失血死だろう。

 

「ロウ様、どうしますか?」

「俺はこの人治しておくから他の人の傷の具合を確認してくれるかな。ひどいのがあれば呼んでくれ」

「はい」

「よし、そっちの兄ちゃん見せてくれ」

「あんたが……? いや、なんだっていい頼む!」

 

 男の傷は何といえばいいのか。大きな手で肩を掴まれてそのまま握りつぶされたような惨状だ。大変グロテスクでできれば直視したくない。とりあえず治れ治れと傷に手を当てると、潰れた肩がボコボコと盛り上がっていく。隣で心配そうに見ていた女の人が小さく悲鳴上げてあるが、気持ちはよくわかる。この早回しで治っていくのを見るのは2回目だが非常に気持ち悪い。

 肩の傷ついでに他のそれほど大きくもない傷を治す。息も安定してるし、とりあえず死ぬことはないだろう。

 

「すごい……、あっという間に……! でも高位神官の方では……、ないですよね?」

 

(む、高位神官とやらならこのくらい出来るのか?)

(知らないけど出来るにしたって極一部じゃないかしら。なんたってこっちは神の奇跡だから地力が違うわ)

 

 仕組みが分かっていないものに関してあまり根掘り葉掘り聞かれても困るので、質問をしてきた女性に何も答えず曖昧に笑って傷の手当てを始める。

 どうやらそれで勝手に納得してくれたらしく、それ以上の追求はなかった。ありがたいことだ。

 

「それで、どうしたんだ?」

「見たこともねえ化け物が現れて、そいつがドグとメルを……! たぶんあの若いのも……」

「落ちつけ、それじゃわからん。まず化け物ってのはなんなんだ」

「あ、ああ。ボロ布を纏った死神みたいな奴だったんだ。背中に棺桶みたいな箱を背負ってて……。そいつが突然現れてドグの頭を握りつぶしたんだ……っ! 次に魔法を使おうとしたメルが殴られて体が弾けた……。こいつは捕まれたところが肩だったから死ななかったが……、あんたに治してもらわなきゃそのまま死んでただろう。改めて礼を言う。ありがとう……!」

 

 見たこともない化け物が突然現れて仲間2人を殺した、と。そりゃ冷静じゃいられないわ。これでも十分落ちついてる方だろう。

 

「若いのってのは?」

「若いの……、昨日パーティに入れたやつが自分から囮になってくれて、そいつのおかげでなんとか俺たちは戻ってこれたんだ。仲間の治療をしてもらってこんなことを頼むのは図々しいかもしれないが、あいつを助けてやってくれ!」

「……ルーナ」

「私としては関わらないことをお勧めしますが……、おそらくなんとでもなりますのでお好きなようにしてください」

「うん、じゃあ最短で行こう」

「了解しました」

 

 うーん、頼もしい。自分より小さな少女に頼るのもなんだかなあとは思わなくもないが、それはそれこれはこれ。なんせ自分には戦う力などないのだから出来る人に頼らざるを得ないのだ。

 とはいえ少しばかり心苦しいのは確かなので無事に戻れたらルーナになにか報いなければならないだろう。考えておこう。

 

「このランタン借りていくぜ」

「ああ! 頼む!」

「おい、待て!?」

「人命救助が第一! ちょっと行ってくる!」

 

 走りだそうとした直後に、ひょい、と足が地面から離れた。何をどうやっているのかわからないがどうやらルーナが俺を小脇に抱えているらしい。

 

「急ぎますので抱えて行きますね」

「え? おああああああああぁぁぁぁぁぁ……」

 

 一瞬で守衛の制止も景色すらも置き去りにして飛び込むように洞窟へと入った。はたしてこの速度と急激なカーブに俺の体は耐えられるだろうか。

 

 

 

*******************

 

 

 

「ぜああああああっ!」

 

 どれほど奥へと進んだだろうか。最早息も絶え絶えで気持ち悪いを通り越していっそ殺せと思うようになった頃、ようやく迷路のような曲がりくねった通路から大きく開けた部屋に出た。

 その奥から男の声と鈍い金属音が響き渡る。おそらくあの男が救助対象だろう。

 男と相対しているのは異形の存在。聞いていた通り、ボロ布を纏って棺桶のような箱を背負っている。腕や足は木の枝のような細さであるが、その身長は対峙している男の倍近く。およそ3メートルくらいあるだろう。

 死神は細い腕を振り回して男に襲いかかっているのだが、非力そうな見た目とは真逆に防御した男を大きくたたらを踏ませるほどの力が込められているらしい。

 死神は体勢を崩した男へと真上から腕を叩きつけようとしている。助けに入るならもうこのタイミングしかない。 

 

「ルーナ、頼む!」

 

 声に反応したのか、死神がこちらに視線を向ける。その一瞬の隙。音もなく死神の背後を取ったルーナは振り上げた腕を斬り飛ばし、次いで枯れ木のような首を刈り取った。惚れ惚れするほどの暗殺術である。あんな娘に誰が育てたというのだ。俺か?

 いやそんなことはどうでもいい。今はあの男の怪我を確かめるべきだろう。

 

「大丈夫か!?」

「救助……? っ、こっちへ走れ!」

「ロウ様!」

「……え?」

 

 ルーナの呼ぶ声が遠くに聞こえる。胸に圧迫感。赤く濡れた何かが胸から突き出ている。うまく息が出来ない。喉の奥から込み上げてくるものを小さく吐き出した。頭に圧迫感。ああつまりこれは──

 ──グシャリ。

 

(あら、死んじゃうなんて情けないわね)

 

 最後に女神の声が聞こえた気がした。

 

 



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4. 祝うようなものじゃない

 

 ふと、目が覚めると既視感のある部屋で立っていた。

 後ろからパチパチと小さく拍手の音が聞こえ、振り向くと女神グロウスが椅子に腰掛けている。

 

「はい、記念すべき初死亡です。おめでとー」

「……祝うようなものじゃない」

 

 吸い込まれるような真っ黒な長い髪を垂らして女神は少女のように笑う。

 はて、髪の色はこんな感じだっただろうか。そんな疑問が浮かんだが、せっかくまた対面できたことだし気になったことでも聞いてみるとしよう。

 

「質問ひとつめ。言葉がわかるのは神様のおかげでいいんですかね?」

「ええ、そうよ。言葉が通じないって右往左往されても困るもの。それくらいはするわよ」

 

 まあこれは思ったとおりの答えだ。もしかしたらみんなが自分と同じ言葉を喋っているのではないかと思ったけれども、言葉の音と口の形が一致しないことが多かったので予想はしていた。

 

「質問ふたつめ。あの死神みたいなやつの正体を知っているかどうか」

「あれに関してはなんとも言えないのよね。たぶん世界の神がいなくなったことで現れるバグみたいなやつよ」

 

 これは微妙な答えである。根拠などないけれどなんとなく嘘は言ってないと思う。でも本当のことも言ってないような気がする。保留。

 

「質問みっつめ。俺の頭、っていうか、感情の起伏をいじってないか?」

「あら、正解」

 

 なんとも意外といった表情で、事も無げに肯定した。

 

「ま、それにだってもちろん理由はあるわよ。こーんな殺し殺されなんて日常茶飯事の世界に送り出すのにいちいち死体を見るのはダメだとかやってられないでしょ?」

「ああ、うん。それは確かにそうなんだろうけど」

 

 善意でやってくれているのだろうが、なんともしがたい自分が自分でないような不安感が拭えない。保留。

 

「あ、そうだ。私ちょっと仕事が入っちゃったから付きっきりは無理だからね。死んじゃってここに来たときに私がいなかったらこのボタン押して呼んでね」

 

 グロウスが取りだしたのはファミリーレストランにあるような呼び出しボタンである。試しに押してみる。ピンポン、と小気味良い電子音が部屋に鳴り響いた。

 なんとも気の抜けた雰囲気になってしまったが一番聞きたいことをまだ聞いていない。

 

「じゃあ、最後の質問」

 

 

「俺は、誰だ?」

「――さあ? 知らないわ」

 

 そう言って少女のような女神は笑った。

 

 

*******************

 

 

「……知らない天井だ」

 

 ある種お約束のようなセリフだが、見えるのは残念ながら病室の天井ではなく岩肌がむき出しの洞窟である。

 体を起してペタペタと体を触ってみると、服の胸の部分だけぽっかりと穴が空いている。夢じゃなかったか。

 

「ロウ様!」

「ルーナ。悪かったな」

「いえ、そんな! 私が守らなければいけなかったのに……!」

「ああもう、涙で顔がひどいことになってるから、ほれ笑って笑って」

 

 体を起してすぐ傍に来ていたルーナの頬をつまんで軽く揉んでやる。しばらくするとぷくりと頬を膨らませて抵抗してきたので指の腹で頬を押す。

 

「そういえばあの兄さんは?」

「はい、彼ならすぐそこに」

「ようやく思い出してくれましたか」

 

 後ろから声が聞こえたので首だけ振り返ってみると、金髪のイケメンが壁に背を預けて座っていた。男は上半身は裸でぐるぐると巻かれた包帯はところどころ血で真っ赤に染まっている。

 うん、ルーナ。先に言ってほしかったよ。

 ルーナとのやり取りを他人に見られていたことが少し、いやだいぶ恥ずかしい。耳が熱く感じるが気のせいということにしておこう。決して羞恥で耳まで赤くなってるとかではない。

 

「あー……。とりあえずその傷を治そう」

「いえ、まずはお礼を。この度は助けていただきありがとうございます」

 

 そう言って壁に背を預けていた男はこちらに向き直り座ったまま頭を下げた。

 助けたとは言うが何から何まですべてルーナのおかげなのでどうにも居心地が悪い。俺がやったことなど人間ジェットコースターをくらって胸を貫かれたくらいだ。……そういえば頭は無事だったんだろうか。さすがに一応人間のつもりなのでたかがメインカメラをやられただけだ、みたいにはならんからなあ。

 感謝の言葉を聞きながら男に近寄って包帯に血が滲んでいる場所に手を当てる。男の体温が少し高いように思えるのでもしかしたら面倒な病気ももらっているかもしれない。治れ治れと念じるごとに手のひらから淡い光が放たれて男の体に染み込んでいく。

 

「どういたしまして。その感謝の気持ちの一欠片でいいからうちの女神グロウスに送ってやってくれ」

「女神グロウス……、ですか。聞いたことがありませんね」

「新興宗教さ。たぶん俺とルーナしか信者はいない」

「私はどちらかというとロウ様を信仰しています」

「ちゃんとうちの神様を信仰して?」

 

 ルーナに任せておくといつの間にか本当に俺が神になっていそうで怖い。この世界の既存宗教と戦争が起こるより先に俺と女神グロウスの間で戦いが始まるぞ。まず間違いなく負け戦である。

 

「よし、治ったかな。体を動かしてみて痛みや違和感はあるか?」

「……ありませんね。素晴らしい力です」

 

 男は軽く体を伸ばし確かめてから包帯を外して手拭いで体についた血を拭きはじめた。

 男の体は思っていたよりも筋肉がついていてガッチリとした印象を受ける。

 

「では、改めて。アルベルトです、よろしく」

「俺はロウ。こっちの女の子はルーナだ」

「よろしくお願いします」

 

 アルベルトから差し出された手を握る。硬く、大きな手が火傷しそうなほどに熱を持っている。

 え、ちゃんと治療できてこれなのか?

 

「そんなに熱があって大丈夫なのか? 体がだるかったりしないか?」

「ええ、どうも幼少の頃から熱を溜めこむ体質らしくて。これが私の普通の状態なので問題ありませんよ」

 

 体質か。そういうことなら大丈夫だろう。なにより本人が不調ではないと言うのだからそういうものとしておく。

 

「で、だ。ここからどうするかって話だが」

「地上を目指すのではないのですか?」

 

 普通に考えればもちろんアルベルトの言うとおり脱出が一番なのだろうが、一番奥へと行く理由がある。

 

「実はな……」

 

 

*******************

 

 

「なるほど、事情はわかりました。地上を目指しましょう」

 

 あっはい。

 ダンジョンコアを目的としていることや押し通って入ってきたことなどを伝えると真面目な顔で言い切られた。

 

「このまま潜って行ったらたとえ目的を果たして戻ってもただのお尋ね者ですから」

「ああ、それよかちゃんとした手続きしてまた来た方がいいって話か」

「そういうことです。手続きであれば私も多少の口添えが出来ます」

 

 そりゃそうか。ダンジョンに潜るのが今回だけ、一回限りならこのまま最深部まで向かっていいのだろうが、出来るだけ多くのダンジョンに潜るつもりでいるなら後に問題が残るような方法はよろしくない。どうしてそんなことも考え付かなかったのか。だいぶ頭が回っていない。

 

「それに個人的な理由ですが、早めに遺品を仲間の元へ持ち帰って弔ってやりたいのです」

「ああ……、なるほど」

 

 仲間が2人も死んでるんだよな。せめて遺品くらいはあの4人に渡さないと死んでしまった人たちも浮かばれないだろう。 

 

「よし、じゃあ遺品を回収して地上に戻ろう。ルーナもそれでいいかな?」

「はい。もちろんです」

「ありがとうございます」

 

 そうして戻るための準備を始める。といっても俺とルーナはほとんど荷物を持っていないのでアルベルトが鎧を着たり荷物の確認などをしただけだ。

 

「では、行きましょう」

 

 アルベルトの言葉に頷きを返し、仄かに光る通路へと進む。

 さあ、頼りにしているぞ2人共。モンスターが出たら俺は何も出来ないからな!

 

 



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5. どうしてこうなった

 

 ポチョンと小さく水の音が聞こえた。どこから音がしたのかと確かめようと見回してみるが水が垂れている所など見当たらない。

 ひとつ溜め息を吐いて現実逃避をやめる。目の前には鉄格子。何度見ても変わることのない現実である。

 

「どうしてこうなった」

「どうして……ですかね……」

 

 事態は1時間ほど前にさかのぼる。

 

 

*******************

 

 

 アルベルトの仲間の遺品回収とダンジョンからの脱出は道中モンスターに襲われることもあったが、2人のおかげで無事に地上まで戻ることが出来た。真夜中だというのにアルベルトの仲間も守衛さんたちも、ダンジョンの入り口周りに火を焚いて待っていてくれたらしい。

 アルベルトは先に出てきた4人と合流し互いの無事を喜びあっていた。遺品を見せたときには涙を流していたが、彼らはきっとそれを乗り越えて前を向いて歩き出すのだろうと根拠もなく思った。

 

「本当にありがとう……!」

「どういたしまして。癒しの女神グロウスをよろしくな」

 

 リーダーらしき男に両手を握られ涙ながらにお礼を言われるのはなんとも気恥ずかしいものである。

 

「ロウ、守衛たちへ説明しますのでこちらへ」

「わかった、今行く」

 

 さて、ここから言い訳タイムである。頑張って屁理屈こねて自由を勝ち取るのだ。

 

「あ、えーっと」

「来たか」

 

 さてなんと言おうかと悩んでいると守衛の人が俺の手首にロープを巻いて拘束した。手際が鮮やかで反応できなかった。きつすぎず緩すぎず絶妙な加減の縛り方である。こやつプロだな?

 

「よし、連れて行け」

「はい?」

 

 ロープを引っ張られて歩きだす。向かう先は守衛の詰め所だ。詰め所へ入り奥へと進むと簡単な作りの牢屋がある。牢の中へと入れられて扉を閉められる。ルーナは牢の外にいるが守衛はあまり気にしていないようだった。

 ガシャリと牢のカギを閉められてそのまま守衛は出て行ってしまった。

 

「……はい?」

 

 

*******************

 

 

 そんなこんなで牢の中で過ごす羽目になってしまったのである。

 

「これは不当拘束では? 弁護士を呼んでくれ」

「残念ながら無理やりダンジョンへ入った時点で有罪なんですよ」

 

 いつの間にか来ていたアルベルトにもっともなことを言われた。いや、しかしそれをどうにかするために我々は屁理屈をこねくり回す予定だったのではないのか。

 

「これから事情説明と色々な手続きをしてきますのでそれまでお待ちください」

「ああそういうこと。じゃあ気長に待ってるわ」

「私がロウ様のお世話をしますから少しくらい遅くなってもいいですよ」

「訂正、できるだけ早く頼む」

「……? なんでもお世話しますよ?」

 

 だからだよ。年下の少女に一から十までお世話になりたくないという小さなプライドである。

 アルベルトが苦笑いを浮かべながら詰め所へ行くのを見送って、鉄格子越しにルーナと二人きりになってしまった。

 

「……あの人、強かったですね」

「アルベルトか? そうだな。あんな化け物を相手に囮になるっていう考えができるってのも含めてな」

 

 ダンジョンから脱出する道中でも、大勢のモンスターの注意を引き付けつつ攻撃をして、モンスターの攻撃を盾や鎧で受け止める。まるで物語に出てくる騎士のようだった。もしや俺はお姫様的な立ち位置なのではないだろうか。配管工のおっさんよりも美少女に助けてもらいたい。

 

「私も、あの人みたいに強かったらあの時ロウ様を守れたかも知れません」

「……まあ、生きてるし」

「でも普通なら死んでます」

「普通じゃないから大丈夫だったろ?」

「でもそれはっ!」

「いいんだよ、ルーナ」

 

 鉄格子の隙間から手を出して泣く寸前の少女の涙を拭い、頭を撫でてやる。

 

「確かに普通なら死んでただろう。でも俺は今こうして生きているし、なにか後遺症があるわけでもない。お前が気にすることなんてないんだ」

「……はい。でも私、もっと強くなります。ロウ様にもっと頼って貰えるように。もうロウ様が傷つかなくて済むように」

「いやあ、死なないってことがわかったんだから前に出して囮として使いつぶせばいいんじゃねえかなあ」

「……そういうことを言うロウ様は、嫌いです」

 

 待った。その言葉は思っていた以上に心にダメージが来る。

 自分で考えた案だが、俺への被害を考えなければいい案だとは思う。ただし俺は逃げ出すだろうが。死なないのか生き返るのかは知らんが痛いものは痛いのだ。なによりあの体から何か大事なものが流れ出ていくような感覚はあまり何度も経験したいものじゃない。

 

「私、ロウ様のことが知りたいです」

「……俺?」

 

 そういえばまともな自己紹介をしていなかったし、俺もルーナのことはほとんど何も知らない。アルベルトが戻ってくるまでは暇なんだしちょうどいいかもしれないな。

 

「よし、じゃあ交互に質問して答えていこうか」

「はい!」

 

 よしよし。なんとなく重い雰囲気もなくなった。あとはこのまま何事もなく交流を深めながらアルベルトを待つだけだ。

 

「じゃあ、ロウ様の好きな従者のタイプは……」

「もうちょっと普通の話題からにしようか?」

 

 



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6. 一か八かの賭けは好きか?

「おはようございます、ロウ、ルーナ。お待たせしました。……なんだかやつれていますね」

「ああ、ちょっとな……」

 

 アルベルトが戻ってきたのは昼前であった。結局、ルーナと2人で眠くなるまで話をしていたのだが、自分が思っていた以上に自分のことがわからないということがわかってしまった。

 娯楽や常識などは思い出すことが出来るのだが、自分のことや家族、友人のこととなるとまるで靄がかかったかのように曖昧であやふやなことしか頭に浮かばない。

 兄がいたような気もするし、兄ではなく姉と妹がいたような気もするし、そもそもひとりっこだったような気もするし、犬を飼っていたような気もするし、ペットは飼えない場所に住んでいたような気もする。

 ずきりと痛む頭に治れ治れと念じながらアルベルトからの報告を聞く。

 

「これからダンジョンへ潜ります」

「――はい?」

 

 

*******************

 

 

「ぬんっ」

 

 気合いと共に振り抜かれた剣がムカデをそのまま大きくしたような魔物の胴体を両断する。

 百足の魔物はギィッ、と耳障りな声を上げて地面へと落ちた。ひっくり返った状態でワサワサと脚が動くのはやはり気持ち悪い。

 そんなことを重いながら魔物を見ていると、アルベルトは半分になった魔物に剣を突き立てて捻って抉る。魔物の体から流れ出る緑色の体液が地面を染めて、そのあと体も血液も小さな光の球となって立ち上り泡のように消えていった。

 

「今の魔物は胴体を切断してもそれくらいなら気にせずそれぞれ動きだします。こうやって塵になるまで油断しないようにしてください」

「なるほど。……それぞれ?」

「はい、ちゃんと気がつきましたね」

 

 アルベルトが俺の右後ろを指さしている。振り返ってみるとルーナが百足の魔物の残り半分にナイフを突き刺して倒していた。

 ルーナはボロ布を被った格好からアルベルトの仲間の女性からもらった普通の服に着替えていて、生足が見れなくなって少し残念だ。

 

「終わりましたね。魔石を回収して進みましょう」

「はいよ。しかしただの石に見えるようなものが金になるとはな」

 

 光の泡となって消えていった魔物がいた場所に、手のひらサイズの青い石のようなものが残っている。これが魔石らしい。ひとつ拾って眺めてみるがただの綺麗な石である。

 しかし見た目はただの石なのだが、実際には魔力を大なり小なり内包しているらしく、それがランタンのような明かりや燃料、はたまた水を浄化するなどの便利グッズに加工されるらしい。また、そのまま金銭としても扱うところも多いようで、この百足の魔物くらいの魔石ならば3つか4つほど持っていけば安宿に一週間程度は泊まれるらしい。全てアルベルトから聞いた情報である。

 

「それにしてもここの調査を任されるとは思いませんでした。ロウ様を連れて逃げる準備はしていたのですが」

「調査を任されるというか鉱山のカナリアというかって感じだけどな。あと逃亡は最終手段にしておこうな」

「カナリア……? 鳴いている内は安全である、という意味ですかね」

「たしかそんな感じ。それにしてもアルベルトは一緒に来てよかったのか?」

「ええ、彼らは少し休業するようです。良くしてくれたあの方たちには申し訳ありませんが私にも目的がありますので」

 

 アルベルトは雑談しながらもゆっくりと周囲を見回しながら先頭を歩く。後ろではルーナが耳を立てて魔物の気配を探っている。そしてその2人に挟まれる何もできない俺である。

 なんとも申し訳ない気持ちがわいてくるが、それこそ何もしないのが一番貢献できるという事実である。

 

「でもなんか心苦しくはある」

「そこは適材適所というものですよ、ロウ。少なくともあなたがいるだけで我々は安心して戦えます」

「ううむ、そういうもんか……」

「はい、ロウ様は守られていてください。もう二度とあんな目に合わせたりなんてしません!」

「よし、ルーナはもうちょっと肩の力を抜こうか」

 

 アルベルトは適度にリラックスしている感じがするがこっちの娘は気負いすぎである。早めにケアしないとそのうち自分の命を投げ出して俺を守りかねん。

 ――別に死んでも大丈夫だというのに。

 

「さて、ここで休憩ついでに私とルーナの連携の確認をしておきましょう。……ロウ?」

「えっ、ああなんでもない。大丈夫だ」

「ロウ様、気分が悪かったり、なにかあればすぐに知らせてください。なんでもします!」

「ありがとう。本当に大丈夫だ」

 

 体調や気分が悪くなったりはしていない。ただ俺は、自分が何を考えていたのかわからなかった。

 

 

*******************

 

 

 アルベルトとルーナに守られながらどんどんと奥へと進んだが、あの人型の魔物にも会わずに、ある時から魔物の姿もあまり見なくなってきて、遂には一切会わなくなった。

 途中からアルベルトもルーナも口数が減り重苦しい空気に包まれているような感じさえしてくる。

 そうしてゆっくりと進んでいくと、これまでの通路とは違う大広間のような場所へ出た。石畳が敷いてあり、石柱が立ち並ぶ。なんというかゲームだったらボスが出てきそうな部屋という印象である。

 しかしその雰囲気に反して部屋にはなにもおらず、一番奥に扉のようなものが見えるだけだ。広間の中央あたりでなにかが光ったように見えたが、もう一度見ても光りそうなものも怪しいものもない。

 

「なにもない、のか?」

「……」

 

 俺の問いに応えるものはなかった。アルベルトもルーナも臨戦態勢で警戒している。一歩、また一歩とゆっくりと奥に見える扉へと進む。

 この重苦しい空気に耐え切れず口を開く。

 

「こういう場所って強敵が出てくるみたいなイメージがあるけど何もないもんだな」

「強敵、ですか。あの魔物は確かに強かったですが」

「そういえばアレが現れたときってなんかいつもと違うとかあった?」

「……そう、ですね。ほかに魔物がいないと言いますか、生き物の気配がまるでなかったですね」

「えぇと、それはつまり、今のような?」

「そういうことっ、です!」

 

 アルベルトが急激に反転し剣を振り上げた。振り抜かれるかと思ったそれは、硬い音を鳴り散らしてアルベルトの体ごとボールのように弾き飛ばされた。

 

「ロウ様ごめんなさい!」

「ぐえっ」

 

 首に強い衝撃と息苦しさ。それとほぼ同時に重い風切り音が目の前を通過する。そのまま何度かガクガクと揺さぶられて、最後には地面へと放り投げられた。

 

「すみません、油断したつもりはなかったのですがこのざまです」

 

 目の前に右腕がおかしな方向へ曲がったアルベルトが倒れていた。どうやらルーナは逃げる先もちゃんとアルベルトの近くに来れるようにしてくれていたようだ。

 アルベルトの右腕に手を当てて治す。横目でちらりと見てみるとルーナがいつの間にか現れた枯れ木のような人型の化け物――あの時に見た魔物と同じ姿をしている――と対峙して戦っていた。

 いや、あの時見た個体よりも更に大きい気がする。あのとき見たものがだいたい3メートルだとしたら今回のは4メートルくらいありそうだ。そして、明確に違う点。一つ目で鬼のような2本の角が額から生えている。

 

「一つ目の巨人……?」

「……なるほど。言われてみれば確かに特徴的な顔ですね」

 

 この違いが何を示しているのかはわからないが、同じものだと思わないほうがいいということだろう。

 ルーナが上手く距離をとって合流できた。傷はないが肩で息をしている。体力の回復ができるかはわからないがやらないよりましだとルーナにも治癒を施す。

 

「では少し予定が狂いましたが手筈通りに行きましょう」

「ロウ様、行ってきます」

「……気をつけてな」

 

 事前に話し合って考えた策とも言えないもの。まずアルベルトが魔物の攻撃を受け止める。

 

「ぐっ、重い……!」

 

 あの魔物は武器を持っておらずただ腕を振るうだけだ。それだけで人を殺すには十分だとも言えるが、だがそれを耐えることができていたアルベルトなら今回も何度かは大丈夫なはずだ。

 そうして魔物の動きが止まったところを――。

 

「……っ!? 斬れないっ!?」

 

 背後からルーナが首を落とす作戦だったのだが、まるで金属にぶつけたかのように硬い音を立ててルーナのナイフが弾かれた。

 アルベルトを助けたときに倒した魔物は特に問題なくやれていたはずなのに、なんで――?

 いや、それどころじゃない。ルーナも困惑して体が固まってしまっている。

 

「ルーナ逃げろ!」

 

 振り向いた魔物が右手を上げて宙に浮いてしまっているルーナ目掛けて叩きつける。が、間一髪のところで手に持っていたナイフを振り下ろされた腕に当てて回避していた。

 アルベルトが背中に向けて斬りかかるが、振り返った魔物が盾のように掲げた腕に阻まれる。その間にルーナを回収して石柱の影へと隠れる。

 あの魔物の腕を完全に避けることができなかったようで左足が折れている。少し当たっただけでもこんな風になるならまともに当たったら……。

 想像してしまった嫌なイメージを振り払ってルーナの怪我を治す。柱の影から覗いてみるとアルベルトがこちらへ吹き飛ばされてきた。鎧が所々砕けているが本人に怪我はない。

 魔物がドスン、と重い音を立てながら一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。

 

「おいおいおい、死ぬわこれ」

「諦めるのが早すぎます」

 

 とは言ってもだ。頼りにしていた首斬り一撃必殺作戦も無理だったし、アルベルトの力押しも駄目そうだし、あとはどうすればいいんだ。というかなんであいつこんなに強くっていうか硬くなってるのか。まるでこっちの作戦をメタるみたいな特性を持ちやがってクソが!

 いかん、少し落ち着こう。現状で倒せる可能性がありそうなのは持久戦、アルベルトとルーナに相手が倒れるまでひたすら攻撃してもらうくらいか。ただしこっちは当たりどころが悪ければ即死する理不尽ゲーであるが。

 あとは……。

 

「……へい、アルベルト。一か八かの賭けは好きか?」

「ええ、嫌いじゃありませんよ」

「よしじゃあ俺らの運が良いことを祈っておいてくれ!」

 

 アルベルトの背中に手を当てて成長しろと念じる。

 俺の手から溢れた光がアルベルトの体へと吸い込まれていく。これでどうだ……!?

 

「なるほど、これが……」

 

 アルベルトがぽつりと呟いた。後半聞き取れなかったがどうでもいい。何か逆転の目になるような才能を開花させられたのか。

 

「我が剣は太陽の如く」

 

 アルベルトが持つ剣から炎が立ち上り、その炎を剣身が飲み込んで白い輝きを増していく。しかし隣にいる俺には一切熱が感じられない。幻かなにかだろうか。

 不安になっているとアルベルトが剣を肩に担いで魔物に向かって弾丸のように一直線に飛び出した。

 横から振り抜かれる腕をアルベルトはものともせずに更に上体を沈めて搔い潜る。

 

「燃え尽きるがいい!」

 

 そして、飛び上がりまっすぐに振り下ろされた輝く剣が防御しようとした魔物の腕を切り落とし、肩から股へと真っ二つに切り裂いて、瞬きの後魔物の体を炎が包んだ。

 




――アルベルトの剣
 あの魔物の攻撃にも耐えることができる頑丈な剣。
なにやら炎を出していたが……?


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7. なにかが起きたような気はするけど

 炎が消えて魔物の体が多量の光の泡となったあと、残ったのは握り拳よりも一回りも大きな魔石だけだった。

 熱によって空気が揺らめき、アルベルトの姿がぼんやりとしている。手に持った剣から炎が上がり、その姿はまるで炎の化身のように見えた。

 アルベルトは炎を振り払うように剣を払い、鞘へとしまう。そして魔石を拾い声をかけてきた。

 

「ロウ、やりましたよ」

「えっ、あっ、おう」

 

 いかんいかん、呆けていた。

 アルベルトが拾った魔石を受け取って鞄にしまい、改めて魔物の死体があった場所に目を向ける。

 どんな力の作用があったのかは全く分からないが、すり鉢状に抉れ、熱によって石畳の一部が溶けだしている。

 

「すごい力だな」

「これほどとは思いませんでした。流石は太陽の剣。名に恥じない名剣です」

「……うん?」

「……なにか?」

 

 話が噛み合っていない。

 

「あの炎はあなたの力じゃないんですか?」

 

 ルーナが聞きたいことを言ってくれた。しかしその言葉にアルベルトは笑い、否定する。

 

「ははは、まさか。この剣は知人から譲り受けた物なのです。『お前が一人前になったらこの剣もそれに応えてくれるだろう』と」

「へぇ……」

 

 強制的な成長でも一人前判定出るとかずいぶん緩い縛りである。それに助けられたのは事実なので文句など一切ないが、なんとなく思うところはある。もっとこう修行とか命の危機だとかのイベントが前提のものではなかろうか。いや命の危機はあったわ。

 

「なあ、アルベルト……」

「ロウ様! 扉が開きました!」

「さあ、奥へ行きましょう」

 

 こんな形で成長してしまって本当に良かったのか?

 そう聞いてみたかったが遮られてしまった。いつもと変わらないように見えるし、なによりやってしまった本人が聞くのは怒らせるだけだろうか。

 奥の扉をくぐり通路を抜けると小部屋に突き当たった。照明のようなものはないが部屋の奥にある物体が淡い光を放って部屋を照らしている。

 

「これが……ダンジョンコア?」

「大きな魔石みたいですね」

 

 ルーナが言うとおり、見た目は大きくて丸くて光るってだけの魔石だ。壁に埋め込まれているのでその大きさの全貌はわからないがたぶん俺が抱えても腕が回りきらないだろう。

 で、だ。

 

(神様います? これどうすればいいんですか?)

 

 何をどうすればいいのかさっぱりわからないのでとりあえず女神に丸投げである。

 

(いるわよ。まずそれに手を当てなさい。……そう、はいじゃあそのままね)

 

 女神の言う通りに石に手を触れて待つ。すると体の中から何かがゆっくりと腹、胸、肩、腕、手から石へと伝っていく。

 ゆっくりと注がれていく何かが石へと溜まって、限界を迎える。ゴウ、と強い風が一瞬だけ吹いて、そして何事もなかったかのように収まった。

 

「……なにかが起きたような気はするけど」

「なにか強い力が溢れたような感じがしました」

「そうですね、ロウが手を当てた場所から、なんというか清らかな力が広がったような気がします」

 

 何かが起こったのはわかるが具体的に何が起きたのかがさっぱりわからない。

 

(あなたたちが見てわかる変化っていうのはあんまりないからなんとも言えないのよね。あの魔物が出なくなるくらい?)

「あの枯れ木の化け物みたいな魔物は出なくなるらしい」

「なるほど、それなら一安心です」

 

 ダンジョンも制覇して、あの化け物もいなくなり、今回は大成功と言っていいだろう。あとは悠々と帰って寝るだけだな。ちょっと良いものが食べられたりすればなお良い。

 

「それで、俺たちはどうやって帰るんだ? ここまで来るのに結構気疲れというか、疲れてるからパッと帰れたら嬉しいなー、なんて」

「……」

 

 アルベルトは静かに首を横に振った。

 いつだって現実はこんなもんである。

 

 

*******************

 

 

 暗闇に少女が立っている。少女はその黒く艶やかな髪を乱して肩を震わせていた。

「ふふ」

 

 少女にあるのは悲しみではない。逆だ。どうしようもない喜び少女の頭を染め上げている。

 

「ふふ、ふふふ、あーっはっはっは!」

「うるせえ、こっちは忙しいんだ。少しは黙ってろっての。あと電気をつけろ」

「あーっ!?」

 

 そしてそれを他人に見つかり、少女は羞恥に悶えることになった。

 

 

 

 少女(グロウス)ではない、美しい女が机に向かい山のように積まれた書類に1枚1枚取ってペンを走らせている。なおその間、グロウスは1枚の書類を見てニヤニヤとしているだけである。

 女はグロウスの小さく漏れ出ている笑い声に少しだけイライラしてきたので、手元にあった消しゴムを指で弾き、耳障りな笑い方をしている少女の額に見事に命中させた。

 

「ったく、いつまで笑ってるんだ」

「もう! これが笑わずにいられるかって感じなんだから! うちのがダンジョン攻略したのよ!?」

「それ聞くのは13回目だよ……」

「これでゆくゆくは私のもの……!」

「聞いちゃいねえし」

 

 耳にタコが出来るほど聞いたと感じるほどに、目の前の少女神()()()は繰り返し繰り返し喜び、それを伝えてくる。

 

(そう簡単にいけば誰も苦労しないんだがなあ)

 

 まだ最初の一歩を歩き出しただけ。なによりこれからが大変だというのに。

 とはいえ喜ばしいことではあるのは確かだ。今この時くらいは浸らせておいてやろうと、そっとしておくことに決めた。

 

「でも信仰があんまり集まってないのよね。なんでかしら」

 

 ふと、グロウス自身が気になっていたことを口に出した。答えを求めるようなものではなく、ただ口に出ていたというものだが、女は心当たりがあったので素直にそれに答えた。

 

「そりゃああれだろ。よくわからん見たこともねえ神よりも、実際に救ってくれた神の代行の方が実感があるだろ?」

 

 そういうことである。

 名前を聞いたこともない、姿を見たこともない。そんな実在しているかわからない神様を信仰するくらいなら、目の前にいる自分を助けてくれた人に感謝と祈りを捧げる。人間なんてそんなものだ。それを痛いくらいよく知っている。

 

「……あれに取られてるってことじゃない!」

「嫌なら自分でどうにか考えるんだな」

 

 飼い犬に手を噛まれる、とは少し違うかもしれない。なにせ犬の方は噛んだことすらわかっていない。

 そうして考え事をしながらパラパラと書類を確認していると、書類のひとつにこの短期間で恒例となった文字を見つけた。

 

「ああ、また増えたな」

「はぁー!? また増えたの!? 何人目よ! 私が最初に目を付けてたのよ!?」

「他からすりゃそんなもん関係ないだろ」

「ぐぬぬぬぬ……! 出来るだけ早く終わらせないと取られる……!」

「お前のじゃないけどな」

「もう私のみたいなもんよ!」

 

 ガキ大将かと思うくらいに言っていることが無茶苦茶である。とはいえ狙っているものを横から取られるのは女にとっても不味いし、なによりも面白くない。 

 

(ま、最後に勝つのは私だがな)

 

 様々な思惑が、ゆっくりと絡まって行くことになる。

 




――アルベルトの剣 改め 太陽の剣
 アルベルトが知人から譲り受けた剣。
一人前になればこの剣の力を引き出して炎を操ることができる。らしい。


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8. で、この先どうしようか

 地上へ戻ると一言で言っても簡単な道のりではなかった。女神が言ったように確かにあの化け物はいなかった。しかしその代わりなのか、行きでは見なかった本来このダンジョンに生息している魔物たちが群れを成して立て続けに襲いかかってきたのである。

 四方八方から飛びかかってくる魔物たち。逃げ惑う俺。切り払うルーナ。炎で薙ぎ払う無双状態のアルベルト。酸欠になる俺。

 2人のおかげでかすり傷ひとつないが主にアルベルトのせいで死にかかった。川の向こうで女神(グロウス)がこっちへ来るなとジェスチャーしていた気がする。

 

「えー、ではちょっと時間が空いたけれども無事にダンジョンの攻略を終えたということで、乾杯!」

「「かんぱーい!」」

 

 そんなこんなで脱出できた俺たちは衛兵に事情を説明、アルベルトが保証人になってくれて無事犯罪者の汚名を(そそ)ぐことができ、近くの村まで移動して宿に併設された食堂でささやかに宴会を開いているというわけである。

 グイ、と木の杯を傾けて中身を一息で飲み干す。

 アルベルトはワインだが俺とルーナはブドウジュースである。未成年の飲酒、ダメ、絶対。まあこの国ではそんな法律もないらしいし、なにより自分が未成年だかも記憶が怪しいのだがなんとなく心情的な問題である。

 

「で、この先どうしようか」

「私はロウ様となら例え地の果てでも一緒に行きます!」

「愛が重い」

 

 とはいえなんとなくこの言葉は予想していたのでそこまで動揺はない。ただちょっと頬が緩んでいるかもしれない。

 

「アルベルトはどうするんだ」

「せっかくですから私もご一緒させてください。私の目的も世界を見て回ることですしね」

「ありがとう。これからもよろしく頼む」

 

 意外ではあったが素直に嬉しいことである。旅の道連れは多い方がいい。

 

「じゃあどこに行くか、だが……。まずどこに行けば何があるのかも知らないんだよな」

「では大雑把に。東は平原や森が続きますね。亜人や獣人が多く住んでいるという話です」

 

 アルベルトがなにやら紙のようなものを荷物から取り出してテーブルへと広げる。よくよく見ると街や山のような絵が描かれている。地図だ。かなり大雑把であるが。

 アルベルトは広げた簡易地図の中央からやや右にずれた一点を指差してそこがおおよその現在地だと言う。そこからさらに指を右に滑らせて平原や森があると言う。

 

「亜人、獣人ねえ。ルーナの故郷があったりするのかね」

「私は故郷どころか父や母の顔も思い出せませんからちょっとわかりません……」

「いや、なんかすまん」

「あっ、気にしないでください! 私はロウ様に出会えたことの方が嬉しいです!」

 

 気をつかわせてしまった。しかし、そうか。親を探すとか全然考えてなかった。そりゃ樹の股から生えてきたとかいきなりそこに現れたとかでもない限りはいるよなあ。……それが生きているかどうかは別の話ではあるが。

 

「とりあえず話を続けますね」

「よろしく頼む」

「西は山々が連なる土地です。正直あまりお勧めしません。南は海……があるそうですが見たことはないのでなんとも。北は山を越えると年中雪が降る土地になっています。こっちの国へは一度だけ行ったことがありますが……、まあ快適なものではなかったとだけ。景色は素晴らしかったです」

 

 アルベルトはひとつひとつ手書きの地図を指差しながら説明をしてくれる。西側が割と書き込まれているのに対して南や東がスカスカなのは行ったことがないからだろう。

 

「西がお勧めできない理由は?」

「単純にここから向かうとすると非常に金がかかる飛竜艇か、足で山を越えるかですから。あとは個人的な理由ですが、故郷なので後回しにしたいです」

 

 飛竜艇か……。つまりドラゴンかワイバーンみたいなものを飼い慣らしているのだろうか。少し見てみたい気持ちはあるがアルベルトは後回しにしたいと言っているし資金を貯めてから乗りに行けばいいだろう。

 そうなると西以外のどこかだが……。

 

「ルーナ、東と南どっちがいい?」

「えぇっと、海、ですか。ロウ様、どんなものなんですか?」

「どんな……? 塩水で満たされたどこまでも続く湖みたいな?」

「??」

 

 いかん、説明が下手くそすぎてルーナが混乱している。

 アルベルトに笑われつつ、四苦八苦しながらなんとかルーナに納得してもらえる説明ができた。

 

「じゃあその海を見てみたいです」

「決まりですね」

 

 海か。今はどのくらいの季節で海に着くまでどれ程時間がかかるだろうか。できれば夏に着いてくれ。他意はない。水着とか期待していない。本当である。

 ほかに聞くことあるだろうかと頭を捻ってみると、そういえばアルベルト自身について何も知らないなと気付く。

 

「アルベルトの故郷の話とか、アルベルト自身のことについて聞いても大丈夫か?」

「構いませんよ。とはいえ特に面白いことなどないと思いますがね」

 

 行ったことのない土地の話なんてのは悲惨な話以外なら大体何を聞いたって面白いし、純粋に興味がある。

 

「故郷は西って言ってたな」

「はい。西の霊峰を越えた先にある国ですね。少し軍事色の強い国ですが、気候も安定していますし普通に暮らす分には良い所ですよ」

「へえ……。宗教には寛容だったりする?」

「ええ、結構な数の宗教家たちがいますよ。というのも多種族国家だからでしょう。大昔には宗教を統一しようと試みたらしいのですが、やはり元々持っていた宗教観などは捨てることは難しかったようで小規模な宗教戦争が勃発、それを先々代の王が力で収め、争いの火種になるくらいならばと多様な宗教の存在を認めて、それぞれ不可侵とするということで一応の決着をつけたようです」

「えぇ……?」

 

 これもしかしなくてもやべー国では?

 これから毎日異教徒焼こうぜ、とかやってそうで怖い。

 

「ああ、今は国の中で宗教戦争を仕掛けようものなら軍が動いて粛清することになっていますので、あっても悪口を言い合うくらいで済んでいますよ」

「うーん、この力技」

 

 とはいえ有効な手だったのだろう。でなければそんな国とっくに滅んでるわ。

 

「……そういえばアルベルトはそのお高い飛竜艇とやらで来たのか? 実は金持ちさん?」

「まあそこそこの貴族の三男坊ですね」

「きぞくさまでいらっしゃいましたか……」

 

 やっべえ。育ちが良いんだろうなとは思っていたけれどもそこまでとは思ってなかった。

 斬首で済めばいいほうだろうかと、今までの発言や態度を振り返る。

 

「ああ、言葉遣いなどは気にする必要はありませんよ。ここにいるのはただのアルベルトです。実際、父親からは目的が果たせるまで帰ってくるなと言われてます」

「放逐じゃん」

「それに、ロウやルーナのことは友人だと思っていますから」

「いい奴すぎて逆に怖い」

「ロウ様、こういうことを言って寄ってくる奴はだいたい悪い人間です。ここで斬っておきましょう」

「ははは、テーブルの下でナイフを構えるのはやめなさいレディ」

 

 和やかでいいことである。

 2人が和気あいあいとしてる間に運ばれてきた料理に目を向けて、目に留まった丸っこいものを口に入れる。モチモチとしていてうまい。たぶん芋を練って丸めたようなものだと思う。

 とりあえず運ばれてきた食事を一口ずつ食べてみたがどうやら自分の口には合ったようでどれも美味しく食べることが出来た。なにせこっちに来てからここまで食事と呼べるようなものはダンジョン前留置所で出されたガチガチのパンと具なしのスープくらいである。今ならおおよそなんだって美味しく食べられるだろう。

 ……テーブルの隅に追いやった芋虫の丸焼きはちょっと勘弁してもらいたい。これだけは手をつけられなかった。姿形が完全に残っているのはちょっとどうかと思う。

 

「ええ、まあ、ついていく理由としてはロウの不死身の秘密は気になっていますが、教えてもらえるようなものでもないでしょう?」

 

 そういえばアルベルトの目の前でがっつり死んでるんだった。

 とはいえ不死身の理由なんてたぶん神様代行だからとかそのあたりなので、あの女神に気に入られでもすればなれるんじゃなかろうか。

 

「うちの神様信仰してればいつかはなれるんじゃねえかな……」

「……なるほどなるほど」

 

 答えを聞いて納得したのかしていないのか、アルベルトは頷きながら俺がテーブルの隅に追いやった一口大の芋虫の丸焼きを口に放り込んでワインを飲んでいる。もしかしてこいつ酔っ払ってるんじゃなかろうか。というか美味しいんだろうかあの芋虫。

 フォークでひとつ掬ってみる。……いやいやいやいや、無理だわ。

 口をつけずに皿へと戻すと、ふと、アルベルトと目が合った。

 

「……案外美味しいですよ?」

「そうか、いや、すまん。俺には無理だ……!」

 

 

 

 

 食事もほぼ終わりちびちびとコップを傾けながら雑談をしていると、ルーナがぱたりとテーブルに突っ伏してそのまま寝息をたて始めた。

 

「お疲れのようですね」

「俺が言うのもなんだが無理させたからなあ」

 

 出会ってからずっと切った張ったを続けていたからこうして一息吐いたことで気が抜けたんだろうか。食事も終わったことだし部屋まで運ぼう。

 起こさないようにゆっくりとルーナを抱き抱える。肉付きも少ない華奢(きゃしゃ)な体を改めて認識して罪悪感を覚える。

 

「ごめんな」

「駄目ですよ、ロウ。そこで必要なのは謝罪ではなく感謝です」

「そうだな……。ルーナ、ありがとう。アルベルトも」

「いえいえ」

 

 腕の中でルーナがもぞりと身じろぎをするので落とさないようにしっかりと支える。……狸寝入りだったら恥ずかしいからやめてほしい。面と言わないといけないことは分かっているが恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 幸いなことにそのまま寝息を立てているので聞かれてはいないだろう。

 

「私はもう少しだけここにいますから、先に休んでください」

「ああ、わかった」

 

 アルベルトはまだ芋虫の丸焼きと格闘している。

 ふと、思いついたので言ってみよう。

 

「おやすみ、アル」

「! ええ、良い夢を」

 

 アルベルト――いや、アルは驚いたのか少しだけ目を見開いて、その後いつもの柔らかい表情で応えてくれた。

 なんとなくだが、今日は良い夢が見れそうである。

 



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9. 無茶を言いなさるな

 

 木の箱が馬に引かれガタガタと揺れながら道を行く。

 薄暗い箱の中からひょいと外をのぞいてみれば青空と緑に覆われた山々が連なっているのが遠目に見え、空を見上げてみれば1羽の鳥が旋回している。両隣にはルーナトアルが座り、奥に2人ほど別の客が同じように馬車に揺られている。

 馬車に乗ってかれこれ3日ほど。休憩しながらとはいえそろそろ俺の尻の肉がもげそうなくらいには辛いが、これを回避するにはこの木の箱から出て歩かなければならない。延々と歩くのは肉体的に疲れることはないだろうが精神的に参ってしまいそうである。

 ついでに言えば俺が歩いたら一緒に乗っている2人も馬車を降りかねないので現状維持だ。みんなで歩いてしまったら高くはないとはいえ払ったお金がもったいない。

 

「あの話はどこまで信用できますかね」

「さてねえ」

 

 隣に座っていたルーナが話しかけてきた。

 村から南へと下る途中に最初の町の近くを通ることが分かり、あの騒ぎの後どうなったのか気になって少し寄ってみたのだが、そこでなにやら忠告を受けたのだ。

 

 

*******************

 

 

 町に入った第一印象として、以前よりも少しだけ活気が戻っているように思えた。ガヤガヤと少し騒々しい、しかし不快な感じはしない賑わいがある。

 こういうときは人に聞くのが一番手っ取り早いだろうと近くでおしゃべりをしているおばさんたちにアルをけしかける。

 

「失礼マダム。なにやら賑わっているようですがなにか良いことでもあったのでしょうか」

「あら、かっこいいお兄さんだねえ。あのねえ、領主様が代わってずいぶん景気が良くなったんだよ」

「領主が……、ですか?」

「そう! 前の領主はおっかない男の人なんかを雇って好き放題してたんだけど、この前そこの屋敷が火事になってねえ。その時に前の人達はみんな死んじゃったみたいなんだよ。それで今はなんとかっていう傭兵の人達が代わりにやってくれてるんだけど、それがまた良い人たちでねえ。ちゃんと意見を聞いてくれるし、力仕事を手伝ってくれるわで大助かりなのよ!」

 

 屋敷が火事という言葉に思わずルーナの方を見てしまった。しかしこの狐耳少女は素知らぬ顔で大変ですねと(うそぶ)いている。

 

「まあその傭兵さんたちはただの代理だからちゃんとした領主様が来たら交代しなきゃいけないんだろうけど、出来ればこのまま本当に領主様になって欲しいくらいだよ」

 

 前の領主がそれだけひどかったのか、それとも今のその傭兵とやらがそれだけ素晴らしいのか。どちらにせよ良い方向へと転がったようだ。

 

「そっちのお兄さん」

 

 アルと話していたおばさんがこちらの顔を覗き込んで声をかけてきた。

 一瞬、体が強張って身構えるが、おばさんは柔らかく笑って深く腰を折った。

 

「ああ、やっぱりあの時の。うちの旦那の怪我を治してくれてありがとう」

「顔の怖いお兄さんやおじさんがあんたのことを探していたから気を付けてね」

「ええと、はい。ご親切にどうも……」

 

 お礼とともに、ほかのおばさんからなにやら不穏な言葉で忠告された。

 というか顔の怖いお兄さんってなんだ。人をやっちゃってそうな感じなのだろうか。いやだがしかし顔で人を判断するのはよくない。もしかしたら雨の日に捨てられた子猫に傘を差し出す不良みたいな人間かもしれないのだ。つまりは会ってみないとわからないので今気にすることではない。問題の先送りとも言う。

 

「ではマダム。我々はこのあたりで失礼します」

「あらぁ、残念。でも引き止めちゃ悪いしね」

「どこへ行くのか知らないけれど体に気をつけるんだよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 

*******************

 

 

 そうして乗り合いの馬車へと飛び乗ってガタゴトと揺られているというわけだ。尻が痛いのは道が整備もされておらず、また馬車に振動を抑えるような機構がないためだろう。

 ……はて、ふと思ったがこれだけ広い道、しかも海の町へと繋がるような道が整備されていないというのもおかしな話のような気がするがどうなのだろうか。

 もしかすると想像しているよりももっとずっと小さな寂れた漁村のような所なのかもしれない。

 

(あー、あー、テステス。聞こえるかしら?)

(なんだか久しぶりな気がする)

 

 突然頭の中に声が響いてきた。女神グロウスだ。

 

(こうして話しかけているのは他でもない。ダンジョンの攻略、よくやったわ。本当ならたくさん褒めてあげたいのだけれど――)

 

 けれど?

 

(どうやらそうもいかないのよ。私以外の神々が代行者をその世界に送り込もうとしてるみたいなの)

 

 はてさて、それは良いことなのではなかろうか。なにせこの世界は(女神の言うことを信じるならば)滅亡の危機に瀕していて、それを神の代行者が世界を歩いたりダンジョンを攻略することで神の力を土地に戻して世界を救おうという話ではなかったか。

 そもそも俺一人で世界中を歩くなど土台無理な話であるし、数が多ければそれだけ早く世界を救えるのではないかと思うのだが。

 

(……世界っていうのはね、許容量が決まってるのよ)

(はい?)

(よくあるあれよ。世界は箱で中身に水が入ってて、あんたたち代行者は石とか岩とかで)

(たくさん入れれば当然のように中身が溢れるし、最悪は世界という箱ごと壊れる、と。理解した)

 

 楽ができるかと思ったがそう上手い話はないものだ。

 

(今は私たちがなんとか弾いてるから影響はないけど、もし、万が一にも代行者を見つけたら有無を言わさず殺して)

(無茶を言いなさるな)

(殺してと言ったけど正確には死にはしないから安心しなさい。そっちの世界での入れ物が壊れてこっちに戻ってくるだけだから)

(……例えば、ルーナやアルのように代行者から力を与えられている人がいたら、どうすればいい)

(代行者が死ねばその従属たちの能力もなくなるわよ。そのあとは好きにしなさい)

 

 殺したほうが後腐れはないわよ、と付け足して女神の気配は消えていった。

 ……俺にできるだろうか。実行するのはルーナかアルだろうが、それをやってくれと頼むことを俺は納得して行えるだろうか。

 たぶん、無理だ。いくら精神を弄られているとはいえ、話を聞いただけでもこれだけ忌避感があるのだから、実際に目の前でそんな状況になったときに冷静判断を下せる自信はない。

 

「おおい、着いたぞぉ」

 

 御者の大きな声に思考を中断された。

 どうやら海の近くまで来ていたらしい。潮の匂いがかすかに感じられた。ルーナとアルはもう外へと出て体を伸ばしている。

 仕方ない、他の代行者に関しては直面したら考えようじゃないか。ただの問題の先送りだが、今考えてもおそらく良い答えなど出ないだろう。

 それならば今は目の前に立ちふさがる問題をどうにかするのが先決だろう。

 

「ルーナ、アル。どっちでもいいから助けてくれ。立てない……っ!」

 

 結局2人に脇を抱えられて馬車から降りることに成功。なんとも情けないことである。

 



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