勇者様と俺 (たいかいかい)
しおりを挟む

1話

勇者という役割はなんと残酷な事だろう。

勇者。勇毅なる者。はたまた蛮勇を振るう者。様々な解釈ができる称号。

只の呼び名ではない。この称号に縛られた者は、誓いを立てればそれに対して勇進せねばならない。それにふさわしい力を与えられる代わりに、誓約は必ず成就させなくてはならない。

勇者になるべく、この宮殿内にある契約の間にて誓いを立てる。その誓いは、どの代の勇者でも同じと、歴史文書は語っている。曰く、『魔を滅するか、己を滅する』のだそうだ。まさに捨て身の契約と言える。

そして、今のところこの誓いが存在することからわかるように、魔は滅されていなかった。深手を負わせることはあっても、魔の象徴とも言える魔王をこの世から塵ひとつ残らず消したものは、誰もいなかったのだ。

魔王。それは自我を持たない、魔の巣。母体といってもいいだろう。 只々魔を孕みそれを生み続けるだけの存在。

此方が脅かさなければ一切攻撃はないが、勇者を一撃で死に至らしめるほどの力を持っているともいう。考えてみれば当然であって、奴は無から有を作り出すことができるのだ。その力を攻撃に回せば、有を無に変えることなど造作もないことなのかもしれない。

さて、では勇者とは魔王の贄なのか。只々魔王に深手を負わせ、一時的に封ずる為だけに彼、彼女らは命を投げ出すのか。

答えは否。先程の話は少し、数ヶ月ほど古い話である。

我が勇者一行の要。誰よりも先陣を切り続け、誰よりも過酷な戦いをしながらも、誰よりも生き残り、誰よりも魔を討った男。勇者ヒスロイが終ぞ贄となる勇者の螺旋を打ち破ったからだ。

つまり簡単にいうと、最初の一撃で魔王を塵も残さずに消したのだ。我が勇者様は。

 

 

勇者に力を与える神。厳密には、人に力を与える神。所謂力の神は、同時に美の神でもある。

だからだろうか、神によって祝福を受ける、寵愛された者は美しいのだ。男とも女ともつかないような、より神に近い美。人間としての究極美。勇者はそれを持つ。

つまり、勇者とは男と女の差があまりない10-12歳頃になるもの。その後は男らしくと思えば男らしく育ち、女らしくと思えば女らしく成長する。

それが勇者と呼ばれた者の成長である、らしい。

そしてヒスロイはそのどちらも願わぬ代わりに更なる力を願った。勇者となる際には、己の深層心理さえも神に丸裸にされ、そこからどのような力を与えるのかが決められるという。

ヒスロイは男、女、どちらも選ばない代わりに力を求めたのだと思う。歴代の勇者が魔を滅するのに足りなかった、あと一押しの力を。 だから彼は永遠に中性的であるのだ。

勇者となったとき彼は、自身の性別がどちらでも良いほどに、魔を滅することだけを考えていた。そうだとすれば、彼が為したことにも納得がいく。

勇者一行に、回復術師として同行することが決まり、数日ほどヒスロイと接してみて思ったことは、まるで機械人形のようだということだ。

彼は自我を持たなかった。いや、魔を滅するという強烈な自我以外なにもなかったという方が正しいかもしれない。それをみて、真っ先に思い浮かんだのは憐憫の情だった。いったいどれほどのことがあれば、幼い心をこれほどまでに退魔に燃やせるのか。

だから、勇者様の気を紛らわしてやるつもりで声をかけたのだが、結果は惨敗。生涯で最もこっ酷く拒絶されたといっても過言ではない。

そこからはもはや意地であった。魔王復活までの残された期日、勇者様は様々なところへと赴き、剣術、体術の鍛錬や勇者にのみ扱えるとされた伝説の魔法の習得などをなした。年数にして約二年。長いようで、勇者様からしたら短いものだったと思う。なにせ、己の命のカウントダウンと等しいのだから。

勇者様も、意地で声をかけ、息抜きや会話に誘い続けて半年もすれば漸く少しづつ応じてくれるようになった。それは、そうしないと俺がかなり面倒くさくて結果として鍛錬が余計捗らなくなるからかもしれなかったが。

そうして彼と会話していくうちに、彼の内に人間性が宿ってきているのを感じた。そう、それは丁度旅をして一年ほどだったあたりであろうか。

秘術を教えるという聖山の集落へ仲間を残して二人で向かう途中、赤く燃え盛る焚き火をぼんやりと見つめながら彼は言ったのだ。

「死ぬとはどのようなものなのでしょうか?痛いのでしょうか?それとも一瞬で終わり、その後にはなにも続かない?」

バチバチと木の弾ける音が鳴った。ぼんやりと火を見ている彼の瞳には、ただ自分は死ぬという諦観が写っていた。

「最近、あなたに振り回された所為でしょうか。前は魔を討つことが出来ればあとはどうでもよかったのに、変な事を考えてしまうようになりました」

思わず、変ではないと叫び出しそうになった。しかし、同時にそれはこれまでの彼の事を否定してしまうようで、出来なかった。

代わりに俺は、こう答えた。

「死後の世界ってのは、ひたすらに闇が続いているんですとよ、勇者様。どうにもそれは死んだ時間なのか場所なのかで区切られたいくつもの世界らしく。ひとりぼっちの闇なんですと」

「成る程。では僕も永遠に闇が続く世界にひとりと」

「まぁ最後まで聞いてくださいや勇者様。俺は一人は嫌でよ。もしかしたら、勇者様が死んだとなりゃ、後々俺の首も飛ぶかもしんねぇ。そしたら俺も一人ですよ、暗い中ずっと」

「中々に残酷ですね。死後というのは」

なおも勇者様は火を見ていた。俺はこのあとに続けようとしていた言葉が、急に喉につっかえたようになってしまって、口を閉じたり開けたりしてから、勇者様の肩を掴んだ。

そうしてから、顔をこちらに向かせて、むりやり、肺から息を全部吐き出し、それに言葉を乗せた。

「ですからね、勇者様が死んだら俺もそこで喉でも掻っ切ります。そうすりゃ死んだ時間も場所も同じになる。もしかしたら同じ暗闇に行くかもしれねぇ。あっちで勇者様と二人ってのも、一人よりはましでしょうよ」

言い切ると、急に恥ずかしくなって俺は顔を背けた。まるで愛の告白だ。それもかなり重めの。

だが、気休めだとしても、一人死を受け入れようとする少年をただほおっておくわけにはいかなかった。それも一年も共にいたのだ。家族のような情も湧いてくるというものだ。

暫くすると、勇者様は一言、なんですか急に、といった。忘れてほしいと俺がいうと、微かな沈黙のあとに、了承の代わりにこんな返事が返ってきた。

「まあ、一人よりはましかもしれませんね」

背けた顔を向けると、勇者様はまたぼんやりと火をみていた。微かに笑いながら。

思えば、この頃には、勇者様はかなり使命には真面目で、縛られてはいたものの、少し捻くれた大人しい少年然とした人間になっていたのかもしれない。

死を恐れながらも、懸命に使命へと向かうその姿勢はまさに勇者そのものだった。

そんな彼がどうして魔を討つことに、神の命令以上のことを感じているのか、それを聞いたのは旅を始めて一年半の頃だった。

大切な話があると、俺は勇者様に宿の近くの喫茶店に呼び出された。

暫くは、ミルクをちびちびと飲んでいた勇者様であったが、意を決したようにこちらを向き、ゆっくりと、しかし途切れないように語り出した。

「僕ってほら、如何にも勇者になりそうな見た目でしょう。男なのに男らしさがなく、かといって女の子の格好をしているわけでもない。中性なんですよ。僕は。それでですね。僕の家というのがそれはまた大層没落した騎士家でして、しかも僕は側室の子。もはや口減らしに存在を消されなかっただけありがたいとあうもの。そんな僕の容姿が勇者向きだと正妻が知ると、これはいいお家再興の道具になると考えたわけです。そして僕の目の前で母を魔に食わせたんですよ。わざと魔を憎むようにするために。あの魔ともならないような魔です。そう、スライム。あれは危険がないとされてるのか駆除されませんよね。しかしあれはいい拷問の道具になりますよ。母の頭がゆっくりと溶けていくのを見ました。当然そんなことをした正妻は処刑されたわけなんですが、となると残ったのは魔に対しての怒りのみです。とは言っても怒りというものは長くは持ちませんから、ここまで僕が魔に執着するようになったのはその後の父の教育のせいでしょう。事あるごとに魔は憎い、魔は憎いと言い、そして僕にも言わせるものですから、どうにも本能にも染み付いてしまいました。気がつけば魔を殺す事以外どうでもよくなっていました。………けれど、今は違います。貴方に会って、漸く僕は歩き出せたような気がするんです。だから、魔を討つのは過去の自分と区切りをつけるためです。そうしたら、きっと『貴方の隣』を歩いて行けそうな気がするから」

その日は、食事が喉を通らなかったと言っておこう。

かなり重めの話だったので、どうにも気分が沈んでしまう反面、彼の最後の言葉はとても嬉しいものであった。

彼はその当時齢にして13歳であったが、止まった時を考えると、未だ少年を抜け出すのには時間がかかる。だが、歩き出すと決めた以上、俺も兄がわりとして、共に歩んでいこうと、そう心に決めたのだった。

 

 

そして今。勇者様と魔を滅してから早数週間。朝、高級宿のベットで目が覚めると、俺の隣に裸で眠っていた行きずりの女に、勇者様は聖剣を突きつけていた。




つづく


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。