やがて来る明日への (餅屋)
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やがて来る明日への

絶対同棲してるよこの二人って思ってます。


 日が充分に昇るにつれて外壁へ備えられたセンサーが反応し、部屋へ明かりを取り込み始めた。

 早くも作業の音が聞こえつつある。この響きからして財団ビルの辺りだろうか、とソファに寝転がる青髪の青年──ガロ・ティモスは起き抜けのまだぼんやりとした思考で当たりを付けた。

 うんと伸びをすればキッチンから香ばしい匂いが漂ってきている。おお、これは居候の仕業だろうなと考えながら起き上がった。

 

「おう! おはようさん」

「ああ、おはよう……そろそろできるから椅子に座って待ってろ」

「あいよ」

 

 蛍色の髪を持つ居候──リオ・フォーティアは家主の言葉へそう返しながら、手際よく朝食を作っていく。バーニッシュだった者達は皆一様に火加減が巧い。ずっと熱と、炎と共にあったからかもしれない。

 

(しかしリオの奴が料理もできるのは意外だったな……嬉しい誤算って奴だな)

 

 と、ガロは言われた通りにしながら、何度思ったか知れない彼の意外な一面について顔を綻ばせる。

 

「出来たぞ。なんだニヤニヤして……」

「何、旨え飯が食えるのはいいもんだなって思ってよ」

「誰かと一緒に、というのも一因だろうな。宿を借りてるんだからこれぐらいはする……というかお前今までどうやって生活してたんだ……?」

「そりゃあアイナが色々世話を焼いてくれてよ……それにピッツァもあるしな! 借りてるなんて気にすんじゃねえよ、お前も街を、星を守ったんだ。英雄への個人的な礼ってやつさ」

「だからって一つしかないベッドを客に貸すやつが居るか?」

 

 リオの言った通り、彼はなりゆきでガロの家に転がり込む事となった。

 彼だけではない、他のバーニッシュだった者達も、各々の僅かな伝手を頼って、あるいはバーニングレスキューの面々に、はたまた見知らぬ善き人に、彼らの好意で準備が整うまでの──再び人として歩き出せるまで──一時、宿を借りる事となった。

 流石に客人にベッドを貸し出し、自分はソファで寝るのはガロくらいのものだろうけれど。

 

「居るだろ、ここによ。お前が細っこい見かけによらず頑丈ってのは嫌ってくらい知ってるがな、それでも見てると心配なんだよ、はぐっ」

 

 ガロはリオの作ったBLTサンド──カリカリサクリとしたベーコンが絶品──。にかぶりつきながら答えた。

 

「フン──折れそうにでも見えるのか?」

「んぐ……何かの拍子にな」

「何?」

 

 少し不機嫌そうに答えた相棒の表情を見ながら、じゅわりと音を立てた気さえする、ベーコンから沁みた旨味の詰まった脂を飲み込んだ。

 ガロの頭の中にはずっと考えが巡っていた。あの大立ち回りの時、プロメアが去った時から。

 

「──バーニッシュは炎と共に生きてきた。そうだな?」

「……ああ」

「俺はバーニッシュじゃなかったから実際のところは掴めねえが、むぐ、言うならパワードスーツを纏ったような状態で生きてた訳だ。んぐ、あの時お前が言ったように、『燃やしたい』って欲求と共にあり、お前らはそれに従っていた。おいそんな顔すんなよ。別にまたそれを責めるわけじゃねえ」

 

 ガロは秒単位で視線をキツくして、半目で此方を睨むリオを諭した。だが彼の考えとは違った理由だったらしい。

 

「そっちじゃなくて食べ物を口に入れたまま喋るなよ!」

 

 リオはこういった事に煩いのだった。やれ毛布くらい掛けろだとか、電気くらい消せだとか、彼と過ごし始めてからガロが注意された事は多くある。反論しようと試みてもガロ自身は相手を自らの土俵に引き摺り込んで道理を進めるタイプだ。引き摺られる事もなくキッチリと論理を導いた上で訥々と納めにくるリオとは相性負けである。

 

「悪い、ちょっと待ってくれ……ぷはっ。まあアレだよ、バーニッシュには余分なものが付いてたんだ。今のお前らはそれを失ってバランスが崩れた状態だ。前と同じ感覚で動くと痛い目に遭うんじゃねえか? 特にお前と……クレイは」

 

 大人しく口の中のものを飲み込んだガロはそう続けた。

 リオには彼が口にしたかつての恩人の名も、少しばつが悪く放ったように思えた。おそらくは正解だった。

 

「──何故アイツの名前が出る? お前は、まだあの男の事を信じているのか?」

「信じる、とはちょっと違う。クレイは加害者で、被害者だ。もちろん俺たちも知っている通り悪い事をしている。だが面倒な事にそれで手打ちとは行かねえのさ」

 

 リオは目の前の相棒がただの馬鹿ではない事を知っている。確かにこの男は論理的でないし、知らない事も多くある。けれど、いつだって冷静で、正しい行動を選べる者であることを嫌というほどに理解した。させられた、とも言う。

 そんな男がいつになく真面目な顔つきで口を開いたのだ。おそらくは聞くべき事なんだろう、とリオはすんなり受け入れた。

 

「どういう事だ?」

「……昨夜イグニスが教えてくれた。クレイ・フォーサイトに対する取引が決定されたそうだ。『一次交信(ファーストコンタクト)』──三十年前のようなバーニッシュ災害に備え、国の管理下の元にプロメアの、他の生命への研究へ携わる事になるんだとよ」

 

 悪事に手を染めたとはいえ、クレイの生み出した技術は、彼自身の知性は本物だった。加えて彼と、財団の持つプロメアについての知識、バーニッシュについての知識は今や後からでは追いつかないポイントへと達している。

 本来その立場にいた筈のデウス・プロメス博士が居ない今、未来にないとは言い切れない未曾有の災害への備えをするべきだとの声があったのだ。

 

「今のアイツは罪人じゃないのか?」

「いや、罪人さ。お前もそうだ。俺もな。イグニスが言うにクレイたちと俺たちの違いは恩赦が与えられたかどうかだそうだが、少なくともあの戦いに関わった人物は皆何らかの形で規則を破り、罪を背負った。アイナも、イグニスも、レミーも、ルチアも、バリスも、バーニングレスキューの隊員、フリーズフォースの隊員、フォーサイト財団の人員、皆だ」

 

 そのほとんどは復興作業の人員確保の為、という名目で恩赦が与えられ、監視はあるものの自由に過ごせている。逃げ出すでもしなければそのまま帳消しになる筈だ、とガロの上司であるイグニスがリオ達バーニッシュの面々にも伝えてきたのは記憶に新しい。

 

「規則は守るべきものだ。だけどな、リオ。お前らは規則の外から中に入ったんだ」

「覚えろって事か? その規則を」

 

 リオの言葉にああ、とガロは頷いて、続ける。

 

「面倒な事に、その規則は明文化されてねえんだ。だから俺たちがお前らに教える。でも手が届かない場所は必ず出て来る。その時は──」

「──俺に教えろって?」

「ああ。ボスなら簡単だろ? 手本になるのは」

「──お前よりずっとな」

「言うじゃねえか」

 

 リオはふっといつもの調子に戻ったガロを認めて、自身もそれに乗っかるようにする。ずっと求めていたのかもしれない言葉のやり取りが楽しく思えた。

 

「バカ言え、お前が悪過ぎるんだ……飲み物は要るか? 今日は休みだって言ってたろう? このまましばらく規則の勉強といこう。そうだな、アイナも呼んで」

「要る。……? なんでアイナを呼ぶんだ?」

 

 ガロの腑に落ちない表情を見ながら、リオはくつくつと笑う。

 悪戯好きな悪童のように。

 

「お前ができないから俺が助けてやるんだよ、馬鹿だな」

「はぁ?」

 

 ガロの心底不思議そうな声が、部屋の中へ響いていく。

 彼らの今日は──。

 隣人との日々は──まだ始まったばかりだった。

 




二回観たけど来週も入場特典貰いに観に行こうそうしよう


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やがて去る今日への

ビアルさんわりとすき


 全く以て牢というのは不自由にすぎる。それもこの牢は格別にだろうな、と男は考えた。

 男が考えたのは当然のことだった。この牢を構成する素材──耐熱衝撃霧散ウレタンを作り出したのは彼自身──クレイ・フォーサイト──であったからだ。

 一定量までであれば衝撃を五メートル四方全体に発散させる性質、気温を約二〇度に調整する特殊な機構──元は宇宙船の内壁素材にと考えたものであったが、その性質から捕らえたバーニッシュの抑制に役立つのではないかというかつての部下からの案は成程、やはり正解だったらしい──地球上の重力では不快感が凄まじかった。

 

 元英雄で、稀代の発明家であっても罪が露見すれば一瞬である。こんな状況をうまく指す言葉があったはずだ。確か、エイコ、セイスイ? という言葉をあの青年がいつか言っていたか? と、懐かしい記憶を思い返した。

 

 ──別に、憎しみだけがあの青年にあったわけではない。

 

 彼を救い出したその時、これを利用しようなどという事など考えてはいなかった。その案が浮かんだのは落ち着いてからのことだったからだ。自分のことだけ考えていたのなら身元を引き受ける必要だってなかった。ただ、ただ、あのときは純粋に救いたかったのだ。プロメアの齎した欲に魅入られて、悪を働き、救いを求めた。バーニッシュでなくなった今ならば、はっきりと理解できた。

 師を殺してまで栄光を求めた、どうしようもなく昏い陰にいた自分を、誰かに救い出して欲しかったのだ。そのために功を積み上げて、誰かが手を差し伸べてくれるのに期待していた。英雄に為ることで次の英雄に救われたいと思っていたのだ。

 こんなものに、誰かが救う価値などないと決めつけて、善の為の悪を積み、自らのような悪を裁く誰かが現れることを願った。

 その果はいつかの青年だった。夢を目指し、正しくあろうとした、道を違えなかった自分だった。

 見たくはなかった。彼を見る度に自分が赦せなくなる。始まりの、今までの、来たるはずの最後の罪までもが彼を見る度に自身の足元へ手を伸ばした。その頃には誰かの嘘がさらけ出された時、何が起こるのかを知ってしまっていた。自身もバーニッシュ(誰か)であったので。

 眩さへの逃避は発明に注がれた。自分に救える限界などちっぽけなものだった事に気づいた。

 この人数なら、と邪な考えが浮かび、振り払おうとして、できるわけもなく。嘘を隠し通せるギリギリの人数を救って逃げてしまおうと思ってしまった。

 そのうちに。

 大多数の社会を率いる地位にあれば、善の為の悪は肯定されるという毒を覚えてしまっていた。

 

 旦那、と呼ばれる度に苛立ちが募っていたのは自己嫌悪があったからだ。自分などがそんな呼ばれ方をする者である訳がないと言いたかった。何もかもを捨てたかったが、とうの昔に許される立場を去っていた。

 嘘を固めるための最後のピースが手に入った時、十年以上ぶりか、心に安堵が広がった。

 

 そして、積み上げた嘘()が、音を立てて崩れていくさまを見た。

 そして、待ち望んだ者()が、やっと来たことを知ったのである。

 

 {あとは……}

 

 象徴が要る、とクレイは考えた。財団ビルのように、これからの世界には善の象徴が要るはずだ。大多数にはそれが覿面に効く。象徴こそが世の方向を決めるのだと経験から知っていた。更に考えを巡らせようとした時、足音が耳に入った。

 複数の足音には、耳慣れた足音が混じっていた。近づいてくる音は牢の手前で静まり、扉が開いた。しばらくぶりの明かりが目に眩しい。逆光に照らされながら、一人の女のシルエットが浮かんだ。

 

「不自由な身ではありましたが交渉できました。クレイ元司政官。取引に応じてくれませんか?」

 

 ビアル・コロッサス──何年も連れ添った女は、両腕を施錠されたままであってもいつもと変わらない素振りでそう言った。

 

 ▲

 

「──取引、とはどういうことだい?」

「言葉の通りです。司法側の条件を飲んで下さい」

 

 明かりに少し慣れた目で、クレイはかつての秘書の目を覗いた。

 見たことのない色が沈んでいた。声もどこか沈んでいるようだった。

 青年が勲章を返した時もこんな声だったか、と彼は考える。

 

「……済まない、続けようか。条件とはどういった?」

「元司政官は公的には存在しない人物として扱われます。また、この条件が履行されるまでの間、貴方の動向は常に監視され、もしもの際には殺害が許可されると聞いています。条件に同意した時点でクレイ・フォーサイトという個人の情報は貴方の遺伝情報と人の記憶、司法による契約のみを残して……抹消、されます」

「私という個人はいなくなる訳だね」

 

 はい、と重い声でビアルは答える。

 その様子に、フム、とクレイは一瞬思考を巡らせる。

 彼女がこういった反応をするのは初めてのことだったが、似たような反応を見せたことが一つあったはずだな、と記憶を探る。

 ふと、ひとつの記憶が引っかかった。彼女がクレイの言葉に応答を返すのはかなり早いのである。一瞬の溜めを見せるのも重要な案件について考えを巡らせたときくらいである。

 だが、さして重要とも言えない時に、その溜めを見せたことがあった。

 それは、リオデガロンが暴れたためにドッグを移行させた時だ。

 

「……」

「ビアル」

「はい」

「君は、私に条件を飲んで欲しいのだね?」

「……貴方が英雄なのです。私にとっては」

 

 少し、拗ねたような表情で彼女は答えた。その顔を見て、クレイは成程、と唇を歪めた。

 

「うん……判った。受けよう」

「では、そのように伝えて頂きます」

「頼むよ」

 

 再び扉が閉まり、牢は暗闇に染まっていった。

 暗闇に目を閉じる男の表情は、ほんの少しだけ、救われているようだった。

 

 □

 

 通路を戻る途中、ビアルは周りを囲む警備員の一人に問いかけられた。

 

「気は済んだのか?」

「はい」

 

 間髪入れずに答えれば、男は苦虫を噛み潰したような表情で続けた。

 

「これで、()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()。私とあの人は共犯者なのですから」

 

 氷の如く涼やかな顔で彼女はそう答えた。そうあるのが正しい、とでも言いたげである。

 

「……お前らは二人とも、どうかしてる」

「……訂正をひとつ」

 

 男の言葉に眉を顰め、彼女はため息を一つ。

 

「何?」

「彼は紛れもない英雄です。()()英雄なのです。彼が彼である限り」

「……悪かったな」

「いえ、判ればいいのです」

 

 コツ、コツ、と何人もの足音の中で一際高らかに、女の靴が床を鳴らした。

 

 ○

 

 それから。ずっと、長い時が過ぎて。

 

 あの災厄から一〇年の時を記念して建てられたプロメポリス復興の象徴は、今日も陰りなく燦々と照る陽光を受けていた。

 星色の球体の中に蒼い立方体が、更にその中に三角形をした暖色のマークが透けている。

 近くのベンチに座ってピッツァに舌鼓を打つ男が、いつものようにシンボルを眺めながらふと呟いた。

 

「心の火は尽きないってのは、当たっていたらしい」

 

 いつか去った過去に比べれば随分と丸い言葉遣いで、彼は咥えていたピッツァを飲み込んで、立ち上がった。

 

 踏み出した足取りはしっかりと地を踏みしめていた。

 




なんか気づかない間にプロメア二次が増えてたので一人でやったぜして書いてました。
誤字報告、感想などありましたら励みになります。


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