ヘンゼルと (亜梨亜)
しおりを挟む

ヘンゼルと

 むかしむかし、あるところに。それはそれは幸薄くて可哀想な兄妹がいました。名前はヘンゼルとグレーテル。とっても優しいお兄ちゃんのヘンゼルと、お兄ちゃんが大好きで賢い妹のグレーテルです。

 黒き死が地を這う時代に産まれた二人の家はとても貧しく、おいしいごはんもままならない毎日。ああ、なんと可哀想な二人なのでしょう。育ち盛りの兄妹が、お腹いっぱいにごはんを食べることが出来ないのです!お父さんとお母さんは悩みました。どうしたら、この貧乏な生活から抜け出せるだろうか?

 

 お母さんはとても簡単なことに気が付きました。そしてヘンゼルとグレーテルが寝静まった夜遅くに、お父さんにこう言いました。

 

「あの子達を捨てたらいいのよ!」

 

 次の日、ヘンゼルとグレーテルは森の奥深くへ捨てられてしまいました。ああ、なんて可哀想なヘンゼルとグレーテル!賢いグレーテルが忍ばせていたパン屑の道しるべも、賢い小鳥に食べられてしまいました。

 お腹をすかせたヘンゼルとグレーテルは、二人で肩を寄せ合いながら深い森を進んで行きます。少しでも不安を紛らわせる為、鳥の鳴き声がする方へ。音が無い、という瞬間は文字通り「無」の中に放り出された気がして、生きている心地がしないのです。

 

 やがてヘンゼルとグレーテルは森の奥深くで、おかしな家を見つけました。なんとその家は、お菓子で出来ていたのです!屋根はレープクーヘン、窓は白砂糖、壁はウエハースでドアノブはチョコレート!知らない人の家に勝手に入ってはいけない!とお母さんに何度も言われてきましたが、自分達を捨てた大人の言うことなど、聞いてはいられません。なんとか恐怖を耐えしのごうと、二人はおかしなお菓子の家に勝手に上がり込むという罪を犯しました。

 中はとっても綺麗なお家でした。とても大きな暖炉もあります。二人は暖炉にあたり、凍えきっていた心を少しずつ溶かしていきました。

 

 そして、その凍えた心が溶けていくほど、頭はすっきりしていきます。そして二人は気付くのです。この家は、誰の家なんだろう?こんなおかしなお菓子の家に住んでいるなんて、おかしな人もいたものだ、と。

 

 賢いグレーテルは、とあることに気が付きます。

 

「こんな場所に家があるはずないわ。あるとしたら、それはきっと魔女の家よ」

 

 そうです、近頃は沢山の魔女が現れ、沢山の悪事を働いているのです。魔女は見つかったら殺されてしまうので、街には住んでいません。ちょうど、こんな深い森の奥で一人で住んでいるに違いないのです。

 グレーテルはそう考えてしまった途端、ここにいることがとても怖くなりました。急いでヘンゼルと一緒にここを出ようとします。

 しかし、ヘンゼルはそれを断りました。

 

「グレーテルも食べてみなよ、このお菓子の家。美味しいよ?」

 

 ヘンゼルが食べていたのはお菓子なんかではありません。家の中にあった、恐らくはこの家の主がとっておいたパンでした。味のしない、モサモサしたパンを「やわらかい、甘い」と幸せそうに頬張るヘンゼルが、グレーテルは怖くて怖くて仕方がありませんでした。

 

「なんてこと!お兄ちゃんはもう魔女の呪いにかけられているんだわ」

 

 お腹が空きすぎてしまうと、少しずつ人は壊れていくのです。この家はお菓子の家でもなんでもありませんでした。二人が、そう、見間違えただけなのです。

 そしてこの家も、魔女の家なんかじゃありませんでした。グレーテルが、そう、勘違いしただけです。

 

 ──その時、家のドアがガチャリと音を立てて開きました。

 

「おや、お客さんかね?」

 

 そこにいたのは、あまり綺麗とは言えない服を着た、しわしわの顔の老婆でした。グレーテルはその老婆の姿を見た途端──彼女が魔女であることを確信しました。何故なら、森に住む孤独な老婆は、全て魔女だからです。その根拠が無くとも、森に住む孤独な老婆は、全て魔女なのです。

 

「お兄ちゃん逃げて!!!」

 

 賢いグレーテルは、ヘンゼルにそう叫びながら暖炉の中でぱちぱちと燃えている薪を家中にばら撒きました。するとなんてことでしょう、おかしなお菓子の家に見えていた唯の木の家が、ごうごうと音を立てて燃え始めたではありませんか!老婆は家に帰って来た途端、家が燃やされたのだから大慌てです。

 

「孤独な魔女め!私達に幻覚を見せて食べるつもりだったのね!!」

 

 グレーテルはそう啖呵を切ると、老婆を暖炉の中へ押し込みました。老婆は──魔女は、暖炉の中で酷い叫び声をあげて体を燃やされます。その隙にヘンゼルとグレーテルは家から逃げ出しました。

 

 やがて、森から火が出ていることを知った狩人や軍隊が、ヘンゼルとグレーテルを保護してくれました。

 

「私たちは魔女を一人殺しました」

 

 グレーテルがそう言うと、狩人や軍隊は手を叩いて喜び、勇敢な兄妹を胴上げしました。そして、今まで見たことも無いほどのお金や食べ物を分けてくれました。老婆を──魔女を殺して、二人はお腹いっぱいにごはんを食べることが出来たのです!ああ、なんて素晴らしいことでしょう!

 ヘンゼルは賢いグレーテルを誇りに思うようになりました。しかし、賢いグレーテルはこれだけに留まりません。

 

 

 

「私たちをあの魔女の家に閉じ込めた魔女がまだいます」

 

 

 

 次の日、ヘンゼルとグレーテルは昨日よりももっと沢山のお金を貰いました。二人が過ごしていた貧しい家は、真っ赤な血で染まり切っていました。そこにあるのは、魔女の凄惨な死体と焼き尽くされた眷属の男だけです。

 

 たった二人の魔女を狩っただけで、二人は沢山のお金と食べ物を手に入れました。いつしかヘンゼルのお腹はどんどん膨らみ、食べる量もどんどん増えていきました。

 しかし、そうなるとヘンゼルは困ってしまいます。食べる量がどんどん増えて、このままでは沢山あった食べ物もお金も無くなってしまうのです。二人を捨てる両親はもういませんが、二人を養う両親もいません。しかし、ヘンゼルとグレーテルは、魔女を狩る以外の方法を知りませんでした。

 

「ずっとグレーテルに頼りっきりだったからね。今度は僕が頑張るよ」

 

 ヘンゼルはそう言って、軍隊や狩人達のもとへ向かいました。そして、こう言うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔女を一人見つけました。僕は今まで魔女に騙されていたんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、ヘンゼルは今まで見たことも無いほどのお金と食べ物を手に入れました。

 

 

 

 ──知恵を付けた女は、全て魔女なのです。誰がそう決めたかなんて、どうでも良いのです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。