ラスボス系王女がちゃんとラスボスらしくいられるようサポートするお仕事です。 (平成オワリ)
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VS古代龍

 既に深夜と言ってもいい時間帯。

 

 石造りの神殿の一室、儀式場にも似た場所で黒いローブを纏った神官達が一人の少女を囲っていた。

 

「ククク、ハーハッハ!」

 

 松明で照らされた神殿の中心部に描かれた巨大な魔法陣の前で、その少女が顔に手を当てて高笑いをし続ける。狂気に満ちたその声は途切れる事無く石造りの神殿に反響し、空間そのものを歪ませているかのようだ。

 

 神殿そのものがこの世の地獄とも思わせるほど禍々しい。黒いローブの神官達は恐れ戦き、恐怖で身を竦ませている。そんな雰囲気の中、黄金の髪を持つ少女だけがまるで舞台役者のように輝いていた。

 

「神に選ばれた勇者? 世界を闇に覆う魔王? 世界の命運は二人の手に委ねられた? は、ははは! 全く笑わせてくれるではないか!」

 

 その少女はあまりに美しかった。肩まで伸びた髪はまるで太陽のように黄金の輝きを見せ、同質の色を魅せる金色の瞳は伝説の神獣を彷彿とさせる。その雰囲気、佇まいはまだ十五の少女とは思えないほど威圧的で、周囲を囲む黒い神官達を圧倒していた。

 

「どこまでも愚かな! 愚かすぎる!」

 

 少女が薙ぎ払うように手を振る。瞬間、爆発的な魔力が発生し、その矛先にいた黒い神官達が数名吹き飛ばされる。

 

「私だ――」

 

 もう一振り、少女が腕を振るう。同時に吹き飛ばされる神官達。

 

 少女の機嫌を損ねただけで消えてしまう命だと理解している神官達は恐怖に身を震わせ、それでも崇拝する少女への畏敬の念はわずかばかりの揺らぎもない。

 

「世界の中心はこの私、ミスト・フローディアだ!」

 

 瞬間、ミストの背後の魔法陣から巨大な炎の龍が現れる。まるで神の如き存在感。矮小な人間など一飲み、いや僅かに触れただけでも消滅してしまうだろう。

 

 龍は傲慢にも己を呼び出し起こした愚かで矮小な人間共を消してしまおうと、神殿全体を震わせるほどの咆哮と共に最も近くにいたミストへと襲い掛かる。

 

「それをこれから、証明して見せようではないか」

 

 そう言って黄金の少女――ミスト・フローディアは短い犬歯を剥き出しにして笑うと、手を龍へと向けた。瞬間、まるで世界そのものを否定するかの如く空間が歪み始め、龍の動きが止まる。

 

 それどころか少女を前に顔を上げる事すら許さないと言わんばかりに、地面に体全体が押し付けられるではないか。

 

 苦しげに呻く龍へミストは一歩近づくと、龍の射殺さんばかりの視線を鼻で笑い、小さな足でその巨大な頭を踏みつける。

 

 オオオオオ! と神官達が歓声を上げた。強大な力を持っているはずの龍が、少女に跪くように頭を下げるどころか、足で踏みつけられても何も出来ないでいるのだ。

 

 どちらが上位者なのかなど、一目瞭然の光景である。

 

 自分達の目に狂いはなかった! 彼女こそこの世界の支配者にして絶対者! 我らが絶対の主、ミスト・フローディア!

 

「括目せよ! 震撼せよ! 世界の支配者に相応しいのはこの私だ! 魔王でも勇者でもない! この私、ミスト・フローディアだ!」

 

 神官達は一斉に歓声を上げた。この場の誰よりも小柄な、だが世界の誰よりも巨大な力を持った少女に崇拝の念を込めながら、大きな歓声を上げるのであった。

 

 

 

 

「ハハハ、ハハハハハ!」

 

 少女が笑う。神官達も笑う。そんな中、たった一人顔を引き攣らせている男がいた。

 

 神官達と同じ黒いローブを来た男は、ボサボサの黒髪に眠たげな瞳を大きく見開いて必死に腕を振るわせている。その視線の先は美しい黄金の少女、ではなくその足で頭を押さえつけられてる龍の方だ。

 

 ――いや、笑ってる場合じゃねえからぁぁぁ! この龍ガチな奴じゃねえかぁぁぁ!

 

 心の中で叫びながら、全力で龍に向かって重力魔法を使い続ける。

 

 

 

 

 男の名前は篠宮(しのみや)透(とおる)。日本からこの異世界に召喚された勇者、に巻き込まれた一般人だ。

 

 生まれも育ちも日本の彼がこんなファンタジー全開の場所で怪しい邪教の神官の真似事をしているのにはもちろん理由がある。

 

 それは新入社員として会社の研修を受けた帰りの出来事だ。男二人女二人の四人組の近くをたまたま歩いていたら、いきなり魔法陣が足元に現れ、気が付けば王宮に立っていた。

 

 しばらく説明を聞くと、どうやら魔王を倒して世界の平和をもたらす為、異世界から召喚されたらしい。説明によると魔王を倒したら帰れるとのことだが、透は若干疑っていた。何せ了承もなしに拉致同然で連れて来られたのだ。しかも殺し合いをしろと言ってくる。これを信じろと言う方が無理があるだろう。

 

 とはいえ、実際に選択肢などない。相手は国の王様を筆頭に偉い人間達。こちらは何の権力もない一般人。いや、戸籍すらない以上それ以下の存在だ。

 

 まるでゲームのようにステータスと天職が分かる世界。召喚した王宮の人間達の前でステータスを開示して勇者だと判明した四人に倣い、同じく開示したのが運の尽き。

 

 天職に『暗黒神官』の文字が出た透は、ごく自然に王宮から追い出された。何でも邪神を崇拝する者にのみ現れる転職で、王国に翻意を抱く可能性があるからだという。

 

 あんまりと言えばあんまりである。この世界の常識も何も知らないのに、邪神を崇拝するはず等ないだろう。そう言うも、相手はいずれ邪神を崇拝することが決まっているの一点張り。天職とはそういうものらしい。

 

 殺されないだけ感謝しろ、と言われて感謝する馬鹿がどこにいるというのか。

 

 金もない、身寄りもない、文字すら読めない異世界にいきなり放り出された透は飢えた。当然のように飢えた。せめて投獄でもしてくれれば最低限の食事が出来ただろうに、放り出されてはどうしようもない。

 

 平和な日本で生きてきて、これまで当たり前の生を謳歌してきた透にとって、、これほど過酷な状況はかつて体験したことがなかった。

 

 飢えによる思考の低下は限界に達し、もうこれは略奪する以外にないと覚悟を決めた透は、偶然にも通りかかった黄金の髪を持った少女に目を付ける。

 

 明らかに平民とは異なる高価な服を着た少女に襲い掛かかろうとして、倒れた。そもそも体力の限界だったのだ。

 

 ――く、くくく。そうか貴様が王宮で話題になっていた暗黒神官か。面白い。貴様、私の下に付け。

 

 倒れた透を己の部屋に連れ込んだ少女――王国の第二王女ミスト・フローディアは透の話を聞くと大層に笑いだしながらそう言った。

 

 見た目にそぐわぬ物言いに呆れはしたが、倒れた自分を介抱したばかりか、ご飯まで恵んでくれた命の恩人である。例え自分を捨てた王族の一員であっても、あれほどの飢えを経験した透にとって、再び捨てられるわけにはいかなかった。そう、プライドを捨てて尻尾を振るには十分な経験だったのだ。

 

 それから透は顔を隠し、ミストの付き人となった。王女ミストは傲慢な少女だ。世界は自分が中心に回っていると思っているし、その身に宿る魔力は世界すら滅ぼせると思っている。自分以上に美しい存在はいないと豪語し、弱い者苛めが大好きだ。

 

 魔王すらいずれ潰すと言い切る姿は、一体どこのラスボスだろうと思ったものである。

 

 そして困ったことに、このうちの半分くらいは当たっていると気付いたのは、付き人となって一年ほど経った頃だろうか。

 

 まず一つ、世界は彼女を中心となって回っている。信じられない事だが、透はこれが本当かもしれないと思っていた。何せあまりにも彼女の都合のいいように世界が動くのだ。

 

 ミストは傲慢な性格である。だから魔王のように王国、ひいては自分に仇名す存在を許しはしない。そして、己よりも目立つ存在である勇者もまた、彼女にとっては許せる存在ではなかった。

 

 必ず潰す、とは彼女の言だ。そしてそんな魔王や勇者に対抗する為に出来上がったのが、ミストを中心とし、透を大司教とした暗黒教団である。この暗黒教団、決してミストが作ろうとしたわけでも、透が作ろうとしたわけではない。

 

 なのに気付けば王国が魔王並に危険視している集団のトップである。ずっと付き人をしていたはずなのに、気付けばトップ。意味が分からなかった。

 

 次にミストは世界すら滅ぼせる魔力を持っていると豪語しているが、これはただの勘違いである。いや、その身に邪神を宿しているという意味では間違っていないのだが、解放すれば死んでしまうのでやはり勘違いである。

 

 そもそもミストは魔法が使えない。それは透だけが知っている事実で、ミスト本人すら理解していないという、ある意味恐ろしい状況が続いてた。

 

 何故そんな状況が続くのか。魔法が使えないのに周囲もミスト本人も、強大な魔力を持っていると勘違いし続けている。これは簡単で複雑な話だ。

 

 世界はミストを中心に回っている。ミストが気に入らない事があれば、その対象に突風が突き刺さる。ミストが魔獣を倒そうとすれば、隕石が降って来る。言っている意味が分からないかもしれないが、これが事実であった。恐ろしい事に、この世界はミストが望んだ結果通りに事が進むのである。

 

 そしてこの世界で一番美しいと思っているが、これは透も認めていた。ミストこそこの世界で一番美しい少女だと、本気で思っている。

 

 例え誰よりも傲慢で、魔法が使えないのに最高の魔法使いだと勘違いし、自分で自分を美人と言い切り、弱い者苛めが大好きなサディストであっても許せるくらい、透にとっては美しい少女なのだ。

 

 それこそ、神の依代と言われても疑わないくらいに。

 

 透は飢えを凌ぐためにミストへ下ったのではない。彼女を一目見て惚れたからこそ、彼女の下に付く事を決めたのだ。

 

 

 

 

 そして今、暗黒教団の大司教トールとして、ミスト・フローディアの覇業を支えていた。

 

 ミストが人を探していれば教団の情報網をフルに使って全力で探し、倒したい魔獣がいればミストが倒しているよう見せかけながら鍛えた重力魔術でぶち殺す。

 

 他にも派手な演出が好きなミストの好みに合わせた魔術の習得に余念はなく、今ではミスト自身自分が魔術を使っていると思い込んでいるだろう。

 

 暗黒教団大司教トール。彼の仕事は、世界を支配従っている愛しい少女の夢を守るため、全力でサポートすることである。

 

 ――ちょっ! この龍マジやべぇぇぇ! 俺の重力魔術を押し返してきやがるぅぅぅ!

 

 巨大な龍は矮小な存在である人間にここまでコケにされたことなどなかったのだろう。かつてない怒りは普段以上の力を発揮し、徐々に立ち上がり始める。

 

 足を頭を乗せていたミストは、少し面白そうに龍を眺める。

 

「ふ、無駄な悪あがきを。そろそろ止めと行こうか」

 

 そしてミストが指を鳴らした。瞬間、龍の胃袋から凄まじい轟音が鳴り響き、同時に白目を向いて地面に倒れた。

 

「くくく! はーっはっはっは! 何が千年生きた古代龍だ! 所詮はトカゲ! 生意気にも睨んできたが、私の敵ではないわ!」

 

 再び龍の頭に足を乗せ、ご満悦なミスト。龍の口からモクモクと黒い煙がこぼれ出る。まるで、ミストが魔術で体内を爆発させたような光景だ。事実、ミストはそう思っているのだろう。

 

 だが大司教トールは知っている。この爆発魔術を行使したのが、自分とは別の教団員であることを。

 

 暗黒教団――別名ミストちゃんファンクラブ。

 

 彼等はミストがどこまでもミストらしく、そして楽しく生きていけるようサポートするために集まった集団である。仮に彼女が本気で世界征服を始めたら、魔王だろうが勇者だろうが倒して実現させるつもりだった。全ては、ミストの笑顔を守るため!

 

 今日も今日とて暗黒神官にして暗黒教団大司教トールを筆頭として、彼等は戦い続ける。全てはミストが楽しく笑える世界を作るため!

 

「くくく、はーはっはっは! 魔王も勇者も関係ない。纏めて潰してくれるわ!」

 

 そう笑う姿はとても可憐で、トール含め教団員はみんな見惚れてしまう。心臓がドキドキと鼓動を早くし、この気持ちは恋に違いないと全員が思っていた。

 

 ただ日本からやってきたトールは、やはり思う。この子、一体どこのラスボスなんだろう、と。



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VS魔王軍 四天王

こっそり続きを書きました。


 魔王軍四天王筆頭、雷炎のフォーマルハウト。彼は真紅の髪を逆立たせ、魔族特有である黄金の瞳の中に炎を宿しながら、目の前の光景に怒りを噛み殺しめて見ている事しか出来なかった。

 

「ば、馬鹿な! なんなのだ貴様は! なぜ惰弱な人間風情が、貴様のような小娘風情がこれほどのパワーを!?」

「ふん、魔王軍きっての怪力と聞いて楽しみにしていたが、この程度か? ははは! どうしたどうした!? もっと本気にならないと、前の二人と同じだぞ!?」

 

 フォーマルハウトの眼前では、三メートルを超す巨躯に狼の体毛を持つ魔族と、一人の小柄な少女が組み合い力比べをしている。

 

 魔族の名は魔獣王ガロウ。フォーマルハウト同様魔王軍四天王の一人にして魔王軍きっての怪力無双。並の魔族はおろか、四天王筆頭であるフォーマルハウトですら力では彼の足元にも及ばないのは魔王軍の誰もが知るところだ。

 

 対する少女は人間にしてなお小柄。一見して少女が潰れる未来しかない。

 

 だと言うのに、魔王軍きっての怪力無双のガロウが全力で力を出しているというのに、少女はまるで子供を相手にしている大人のように余裕を持って不敵に笑う。

 

 魔王軍最強の四天王を相手に、笑いながら蹂躙していくのだ。

 

 

 

 

 この少女が何者か、フォーマルハウトは知らない。突然魔王城に乗り込んできたこの少女と神官服の人間達は、瞬く間に魔王軍の精鋭達を蹂躙し、こうして四天王が守護する間までやってきた。

 

『ふん、これが魔王城か。魔族の精鋭が集まると聞いて楽しみにしていたが、この程度とは……興ざめだな。これでは噂の魔王とやらもたかが知れていそうだ』

 

 その言葉を聞いたフォーマルハウトは激怒した。彼等が敬愛している王が侮辱されたのだ。犯し尽してから四肢を切り落し、塵一つ残さない程の炎で焼き尽くしてなお許せない程の怒りを感じずにはいられなかった。

 

 そしてそれは他の四天王も同様だ。彼等は皆魔王というカリスマの下に集まり、慕っている。そんな魔王を突然現れた人間に侮辱されたのだ。普段は表に出て来ない四人が四人とも自らの手で蹂躙することを望んだのも当然である。

 

 それと同時に、この目の前の少女が只者でないことも理解していた。何せ魔王城にいる魔族は精鋭揃い。それこそ古から伝わる神の祝福を受けた勇者でもない限り、こうもあっさり侵入するなど、人間ではありえないはずだった。

 

 だが今代の勇者は男。つまり目の前の少女は勇者ですらないただの人間だ。だからこそ余計に、その異常性が際立つ。

 

 フォーマルハウトを含め、四天王は全員が歴戦の勇士。厳しい魔界で生き延びてきた、最強の魔族達だ。その彼等をして、目の前の少女は得体の知れない恐ろしさがあった。

 

『ほう、貴様等が四天王とやらか。なるほど、少しは楽しめそうだが……残念だ。貴様等では私の相手にならんよ。せめて四人同時に掛かってくれば、まあ少しは遊び相手にはなれるかな?』

 

 そう馬鹿にしたように笑う姿はあまりにも侮蔑的で、恐ろしかった。体格、身に宿している魔力、それらを総合的に見て、自分達が恐れるような相手ではない。だと言うのに何故だ。何故この少女はこんなにも恐ろしい?

 

 魔族は人間よりも優秀だ。ましてや自分達はその中でも最強。如何に得体が知れなく恐ろしくとも、四天王総出でかかるなど魔族の矜持が許せる筈がない。

 

『ふん、小娘が。貴様は我が八つ裂きにしてくれる』

 

 四天王の一人、風魔のシノンがフォーマルハウト達を押しのけ前に出る。魔族一の速度と風魔術を利用した暗殺術は、相手が死んでいる事すら感じさせないほど鮮やかなものだ。

 

 四天王筆頭であるフォーマルハウトですら、彼とは一対一ではやり合いたくないと思うほどの強者である。

 

『ほう、一人でやるつもりか? せっかく忠告してやったというのに、実に愚かだな貴様等は。まあいい、今の私は機嫌がいい。少しだけ遊んでやろうじゃないか』

 

 そう言って前に出てきた瞬間、彼女の後ろにいる神官達が、オオオオオ! と歓声を上げる。まるで彼女を女神のように称える讃美歌を謳う彼等はまるで邪神に魅入られたように狂信的で、フォーマルハウトは嫌な予感がした。

 

『うん、後ろの奴らが気になるか? 心配するな。手は出させん。こいつらは所詮観客みたいなものだ。この私、ミスト・フローディアの覇業のな!』

『滑稽だな。貴様の覇業とやらは、この一瞬で泡沫の夢と化すというのに』

 

 瞬間、シノンの身体がぶれた。魔族一の速度を持つ彼の動きは、並の者では見る事は叶わない。少女は己が死んだことすら知覚出来ないまま、この世を去るだろう。

 

 そんなフォーマルハウトの予想は、有り得ない光景と共に覆される。

 

『遅い』

『ば、馬鹿な!?』

 

 まるで先読みをしているかのごとく、ミストと名乗る少女はシノンの攻撃を軽くいなしていた。小太刀二刀流のシノンの斬撃は決して遅くない。むしろ、ほとんどの者が最初の一撃で死んでいて当然なほど速い。

 

 だというのに、この少女はまるで欠伸が出るとでも言わんばかりに、つまらなさそうに躱していた。

 

『な、ならば!』

 

 そうして距離を取ったシノンは魔術を放つ。鉄すらバターのように切り裂く風の斬撃だ。二百を超える斬撃の嵐を躱す事は不可能。今度こそ少女の胴体は細切れに分かれるだろう。そんな未来をフォーマルハウトは想像した。

 

『面白いものを見せてやろう』

 

 だが、そんな四天王が絶対の自信を持って放った魔術は、少女の一言と共に手を前に出した瞬間、まるで何もなかったかのように霧散する。

 

 魔術の上書き。超々高度なそれは、理論上可能とは言われていたものの、成し遂げられた者は誰もいない空想上の手法。長年生きてきたフォーマルハウトでさえ、そのあまりに精密な魔術操作ゆえに諦めていたものだ。

 

『なっ!? 俺の魔術が!?』

『驚いてくれたか? くくく、それはそれは見せた甲斐があったというものだ。そして……終わりだ』

『え……?』

 

 瞬間、風魔のシノンの首が飛ぶ。それは文字通り、胴体と離れて地面に落ち、コロコロと炎雷のフォーマルハウトの足元へと転がってきた。

 

 己の同僚の首を見下ろしながら、彼は一筋の汗を額から流す。不可視の刃は恐らく風の魔術。だが少女からはまるで魔力の発動を感知出来なかった。先ほどの魔術の上書きをした時もそうだ。結果は起きているのに、過程が何も見えない。有り得ない。有り得ない! 

 

 だが現実として四天王のシノンは死んだ。暗殺に長けた接近戦も、必殺の魔術もかき消され、何が起きたのか理解すら出来ないまま蹂躙されてしまった。

 

『フ、フハハハハ! 所詮魔族の四天王といってもこの程度か! ほら次だ! このミスト・フローディアを楽しませてくれる者はいないのか!?』

 

 オオオと後ろの神官共がうねりを上げる。最強! 最強! ミストちゃん最強カワイイー! とふざけたコールをしているが、フォーマルハウトには狂人の集まりにしか思えなかった。血が飛び交う戦場でこれだ。まさに邪教の輩と見て間違いないだろう。

 

 とはいえ、この少女の指示で邪教徒達は手を出さないらしい。ともなれば、如何に恐ろしいとはいえ敵は一人。この教主とも言える少女さえ潰せば後は雑兵に過ぎないはずだ。

 

 ここは四天王の矜持に反するが、残り三人で一気に仕留めるべきか。そう考えているうちに、体中を樹木に覆われた男が前に出てしまう。

 

『魔樹人クロノヴァ。貴様を屠る者の名だ』

『樹木の呪いを受けた魔族か。ふん、覚える価値もないな。そもそも一人で前に出てきてどうする? もはや番付は済んだと思うが?』

『所詮シノンは四天王最弱。四天王の面汚しよ。それを倒したからといって調子に乗っているようだが、貴様に真の魔族の恐ろしさを教えてくれよう』

『くくく、そうかそうか。では、さっそくご教授頂こうか』

 

 そうして睨み合う二人を見てフォーマルハウトは焦る。この少女は一人で相手取るには危険だ。だがもはやここで三人がかりで潰そうと言う意見が通るとは思えなかった。というより、そんな事を言ってしまえば臆病者扱いされかねない。

 

 そして魔樹人クロノヴァとミストの戦いが始まる。樹属性は火水風土の四大属性から外れた特質な属性。クロノヴァはとある聖樹を傷付けた呪いで体中を魔樹で覆われることになったが、それすら糧にした魔人である。

 

 魔樹人クロノヴァが両手を上げると同時に大地が大きく揺れ、大樹が現れる。その大樹はまるでミストを敵と判断したかのように、その枝を鞭のようにしならせて襲い掛かった。

 

 大質量の樹属性は城すら破壊する広範囲魔術。繊細な魔術のコントロールが必要となる魔術の上書きなどは簡単には出来ないはずだ。

 

『なるほど、面白い……こうか?』

 

 圧倒的な質量少女が不敵に笑うと、両手を上げる。その瞬間、まるで鏡合わせのように巨大な大樹が現れた。そして襲い掛かる筈の枝を撃ち落すように、その葉が勢いよく飛び交った。

 

『なっ!? 馬鹿な! 何故貴様が樹属性の魔術を使える!?』

 

 そんな動揺する魔樹人クロノヴァに対し、少女はまるで赤子に囁くように優しく、諭す様に告げる。

 

『これが、世界の支配者足る者の才能だよ』

 

 そうして間もなく。魔樹人クロノヴァは唯一己のみが使えるはずの魔術で押し潰され、その身を消滅させる事となった。

 

 

 

 

 そして今、二人で戦おうという間もなく飛び出した魔獣王ガロウが、少女によって蹂躙されている。

 

「お、おのれぇぇぇ!」

「そんな大振りが当たるものか! 大きな攻撃とはな、相手の体勢を崩してから行うものだ! こんな風になぁ!」

「う、が、ぐおっ!」

 

 細かい連打がガロウを連続で打ち抜く。その一撃一撃が並の魔族では粉砕される程重いものだが、それでもガロウは耐え続けた。だが少女の言い分が確かなら、この後の一撃こそが本命。

 

 そうフォーマルハウトが推測した通り、少しずつ強く、そして速くなるミストの一撃に耐えられなくなったガロウの身体が一瞬宙を浮く。

 

「浮いたな?」

「しまっ!」

 

 必死に地面に踏ん張っていたガロウは、身体を宙に浮かすこと言う事がどういうことか理解する。が、そでに時は遅い。

 

「真の一撃とは、こうして相手が無防備の体勢になった時こそ威力を発揮する。貴様にこの一撃、耐えられるかな?」

「お、おのれ……おのれぇぇぇ!」

 

 そうして、一瞬のタメを作ったミストは、その拳を全力で振り抜く。その一撃を受けた魔獣王ガロウは、腹部に大きな穴をあけて、そのまま後ろへと吹き飛んでいった。

 

「ほら、これで三人目だ。後は貴様だけだな」

「し、信じられん……」

 

 魔獣王ガロウも、魔樹人クロノヴァも、もちろん四天王最弱の風魔のシノンにしても、決して弱くはない。当たり前だ。彼等は皆、炎雷のフォーマルハウトと同等の最高位魔族なのだから。

 

 だというのにこの目の前の少女はたった一人でこれらを蹂躙してしまった。正確に言えば彼女の後ろに百人近い神官達がいるが、まあ彼等はただの人間。無視していいだろう。

 

 もはや勝敗は決した。フォーマルハウトはそう思いつつ、最期の矜持を持って前に出る。

 

「四天王筆頭、炎雷のフォーマルハウト。貴様に地獄の業火をお見せしよう」

「ふ、貴様等は前口上は立派だな。さて、それでは魔王の前座として、世界の支配者の実力を見せつけてくれようか」

 

 世界の支配者。普通なら一笑してしかるべき発言だが、こうも堂々と言われてしまえば確かな説得力を感じてしまう。

 

 この少女は確かに世界の支配者だ。勇者よりも、敬愛する魔王様よりも恐ろしい何かを感じる。だからこそ、フォーマルハウトは覚悟を決めた。これは、生きてはいけない何かだと本能で感じ取ったから。

 

「いくぞぉぉぉ!」

 

 そうして最期の四天王、炎雷のフォーマルハウトは己が内包する炎の数倍の炎によって焼き尽くされてしまう。その炎に焼かれながら、その魔力の出処を察知した彼はようやく悟った。

 

「そうか……そうだったのか……私は見誤っていたのか……真に、真に警戒すべきはこの少女ではなく……く、魔王様、お気を付けください……この者は……この者達はっ」

 

 フォーマルハウトの視線の先には、彼が有象無象と判断した神官達に注がれている。それに気付いた一人の神官が、無表情で掌を向ける。瞬間、フォーマルハウトの体は極炎により消滅することとなった。

 

「括目せよ! 震撼せよ! 世界の支配者に相応しいのはこの私だ! 魔王でも勇者でもない! この私、ミスト・フローディアだ!」

 

 神官達は一斉に歓声を上げた。この場の誰よりも小柄な、だが世界の誰よりも巨大な力を持った少女に崇拝の念を込めながら、大きな歓声を上げるのであった。

 

 

 

 

 さて、楽しそうに高笑いをしているミストを見ながら、暗黒神官長トールはそれぞれの神官達にねぎらいの言葉をかけていく。

 

「時魔術は強力過ぎて負担大きかっただろうけど大丈夫だった?」

「もちろんです神官長! ミスト様から見たら世界はめちゃくちゃ遅く感じたと思いますよ! あのシノンの攻撃も欠伸混じりでしたし! ミスト様の欠伸かわいかったぁ……もう超天使!」

「オッケー全然大丈夫そうだな。幻術部隊もお疲れ、おかげで最後まで気付かれなかったよ」

 

 ちょっと小太りの神官達が集まるところへ趣き、そう伝える。

 

「いやぁ、僕らこれくらいしか取り柄ないんで。でも流石っすね神官長。一撃であのシノンの首落とすとか尋常じゃねえっすよ」

「あれは相手が気付いてなかったから出来た芸当。つまり、君ら幻術部隊のおかげってことだよ」

「またまた謙遜しちゃって。あ、そういや幻術で相手の脳に干渉して自ら魔術を消させる事で魔術を打ち消すってアイデア、最初は出来るか心配でしたけど、出来ちゃいましたね」

「ああ、あれはヤバイな。マジで魔術師殺しだ」

「ヤバイっすね。ミスト様の為以外には使わない様にしとくっす」

「ああ、それが良いな」

 

 そして次に顔を含め全身を隠した神官達に近づいていく。

 

「お疲れ」

「神官長か……なに我らが神のため、この程度造作もない」

「裏切り者の浄化も出来たことだ。気遣いは無用」

 

 彼等はかつて魔樹人クロノヴァが傷付けた聖樹の守り人達。聖樹が傷付き悲しんでいた所、ミストのファンになりこうして暗黒神官として付いて来てくれた者達である。

 

 おそらくミストが魔樹人クロノヴァと戦う時、彼の使う樹魔術に興味を示すだろうと思い、今回の遠征に連れてきたのだ。

 

 ミストは相手の魔術を正面から上回って打ち倒すのが好きなので、実は今回一番困ったのはこの魔樹人クロノヴァの魔術をどう再現するかだったのだが、運よく使える者がファンになってくれて助かった。

 

 やはりミストは運命に愛されていると思うトールである。

 

 そうしてトールは連れてきた神官達一人一人としっかりコミュニケーションを取っていく。彼等はみなミストのファンなので、ファンクラブのトップであるトールには好意的だ。

 

 だがそれと労いの声をかけない事は同意ではない。きっちり相手を褒め、いかにミストの役に立ったかを伝えるのも、神官長であるトールの役目なのだから。

 

 魔獣王ガロウを圧倒したのは最強のバフ『魔術ロイヤルパワー』に、一定時間無敵状態にする『ゴットガード』。そしてミストの動きを達人の域にしていたのは操作魔術『マリオネット』のおかげである。

 

 それぞれ肉弾戦をしたくなった時用にトールが連れてきた神官達である。こうした肉弾戦に関しては多くの神官達がいるので、いかようにもなるため助かるのが本音だ。

 

 トールはありがとうガロウ、と軽く頭を下げる。

 

 まあ、もっとも楽だったのは炎雷のフォーマルハウトなのだが。何せ最後の相手なうえ、炎属性と最もポピュラーかつ派手な魔術を使う為、力押しをしても映える。

 

 魔術映え。この暗黒教団では重要な要素の一つだ。なにせ、この教団の目的は『ミストちゃんに楽しんでもらう』ことだから。

 

 つまり、魔術が派手なら派手なほど、ミストも楽しんでくれる。

 

 問題は火力だが、なにせ相手が一人に対してこちらは百人以上。それも一人一人が魔王軍四天王級。正直言って、楽勝である。

 

 そして締めを飾る良い演出が出来た。フォーマルハウトが最後のおかげで派手に終われた。これがもしシノンが最後だったら色々演出を考えなくてはならなくて大変だったに違いない。

 

 そんな風に色々な神官と話しながら振り返っていると、幻術部隊の神官が話しかけてくる。

 

「しかし神官長、あれ良かったすね。ほら、魔樹人クロノヴァの言ってた『所詮シノンは四天王最弱。四天王の面汚しよ』ってやつ。あれ絶対ミスト様上がりましたよ」

「ああ、あれは良かった。まさかマジであれ言うやついるとは思わなかったな」

 

 あのセリフはミストのテンションが上がっていた。それだけでクロノヴァには価値があったと思う。

 

 「くくく、はーはっはっは! 世界を闇に覆う魔王? そんなもの、このミスト・フローディアが叩き潰してくれる! ははは、ハーハッハッハ!」

 

 そう笑う姿は相変わらず可憐で、トール含め教団員はみんな見惚れてしまう。心臓がドキドキと鼓動を早くし、この気持ちは恋に違いないと全員が思っていた。

 

「相変わらずミスト様は楽しそうで可愛いなぁ……あれ見てるだけでマジ幸せっす」

 

 神官達は未だ高笑いを上げて楽しそうにしているミストを見てほっこりしていた。ただ日本からやってきたトールは、一つだけ思う。

 

 今まさに恋する乙女のように胸を押さえて可憐な少女を見るこの神官共、ついさっきまで魔王軍四天王を蹂躙してた化物達である。ぶっちゃけ国くらい簡単に滅ぼせる戦力である。

 

 ほっこりしてるが、実は周りは血が飛び散った悲惨な現場である。

 

「やべぇ……こいつらが暴走しないように俺が何とかしないと……」

 

 ミストが可愛いと思いながら、そんな事も思う暗黒神官長トールであった。



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VS魔王 前話

初のミスト視点


 一歩踏み込めばその瞬間重苦しい圧力が全身を襲い、まるで底なしの闇の中を歩いているかのような錯覚を覚える。松明に燃える青い炎だけが空間に光を与え、その道を照らしてくれていたが、それも敵が用意した物だと思うと地獄へ向かう道にも見えてしまう。

 

 この先に人類の敵にして世界を闇に覆う者、魔王クロノがいるのだ。ならば、例えその先が地獄の底であろうと、堂々と歩いて見せよう。

 

 魔王クロノ。突如魔界より現れた彼の者は瞬く間に近隣諸国を滅ぼし、魔族達の領土を地上に生み出した。その力は人類の手に負えるレベルではなく、歴戦の猛者達が次々と破れる様は人々を絶望へと誘ったものだ。

 

 そんな化物である相手とこれから殺し合いをする。そう思うと己の中に流れる血が滾るのを感じた。

 

 最強、最強だ。もちろん人間の勇者も最強クラスに違いないだろうが、単体戦力という意味では間違いなく魔王が種として最強である。

 

 これを滅ぼせば、間違いなく己が世界最強にして最優の個として証明できるだろう。

 

「ふっ……」

 

 思えば遠くまで来たものだ、とミストは思う。

 

 生まれた時から己の身に宿る神の存在は知覚していた。それが決して善の属するものではなく、この世の終わりの先に存在する悪しきモノだと言う事も理解していた。

 

 己が本気を出してしまえばきっと、世界は滅びるだろう。そう確信していたからこそ、彼女は生まれた時からその力を隠してきたのだ。

 

 だがこの身に宿る神はそれを許さなかった。

 

 殺せ、壊せ、この世の全ての生きとし生きる生命を殺戮せよ。

 

 毎夜ミストが眠りにつく度に、呪いのようにそう囁いて来る。時には体の自由すら奪い、何度死の淵を彷徨ったか数えきれないほどだ。

 

 恐ろしかった。殺される事がではない。殺さなければ生きていけない自分の存在が恐ろしかった。

 

 この身に宿るモノを仮に邪神と名付け、殺す手段を調べた。だが殺すためにどれだけ魔術を勉強しようと、邪神に近づく事さえ出来なかった。

 

 日に日に強まる邪神の声。少しでもこの声を遠ざける為、手当たり次第に暴れた事もある。人を傷付け、物を壊し、周囲からは狂人だの破壊王女だの言われたが、そうしなければ我を保てる自信がなかったのだ。

 

 次第に自分の周りからは人が離れていった。残ったのは暴れた自分を取り押さえる為の騎士と、わずかばかりの使用人だけ。

 

 いっそ全てを投げ出して破壊衝動に呑まれるか、この身を絶つか。そんな事が頭に過ぎる程、追い詰められていた。

 

 そんな時、一人の青年と出会う。

 

 王城で噂にもなっていた、暗黒神官を天職に持った青年、トールだ。

 

 一目見てわかった。自分には彼が必要だと。彼こそ、ミストが長年求めていた邪神へと繋がる鍵なのだと。絶対に手放してはならない存在だと。

 

 トールは優秀だった。魔術を教えればすぐさま理解し、応用すら見せて見せる。知りたい情報は王族の力をフルに利用し、どんな情報も集めて来る。何より、ミストが隠してきた邪神の事さえ、察して見せた。そして邪神の囁きを押さえる術さえ見つけてきたのだ。

 

 その時は興奮のあまり思わず抱き付いてしまった。そう言えば、抱き付かれたトールはアタフタと焦っていて見ものであったなと思い出して笑う。

 

「ミスト様?」

「ん? なんだ?」

「いや、ずいぶんと楽しそうだと思いまして」

 

 魔王と戦う直前だからだろうか。トールがいつもより少し強張った声でそう尋ねてきた。

 

「思い出していたんだよ。お前と出会った時をな」

「それは、あまり思い出して欲しくない場面ですね……」

 

 そういえば元々は乞食同然で襲い掛かってきたのだった。それを思うと思い出して欲しくないのも当然か。自分としてはいい思い出なのだが、と当時のトールを思い返してまた笑ってしまう。

 

 思えば、あの時の出会いから全ては始まった。隣を歩く、己よりも頭二つは背の高い青年と、最初はたった二人。それが今やこの場にいない神官を含めると、千人を超える大所帯だ。

 

「最初は私達二人だったのに、ずいぶんと大きくなったものだ」

「そうですね。まあ、ミスト様のカリスマがそれだけ凄かったってことですね」

「まったく、貴様は……」

 

 その言葉に呆れてしまう。確かに彼等が己を慕って付いて来てくれているのは知っている。しかし、ミストは決して無能ではない。団員のほとんどが、トールがリーダーだから付いて来ていることくらい理解していた。

 

 この集団を作ったのはトールで、この集団を維持しているのもトールだ。自分がその旗印であることは理解しているが、仮に自分いなくともトールがいればこの集団は別の形で残るだろう。そして、その逆はない。

 

 だというのにこの男は決して己を前に出さず、常に一歩引いたところでミストを立てる。ミストに替わってこの組織を使い、世界中の富も財宝も好き放題出来るだけの実力を持っている癖に、それを表に出す事は絶対にない。

 

 確かに自分は世界の支配者で、それに見合った力もカリスマも、富も名誉も美貌も全て持っている。しかしそんな自分でさえ、この男ほどの忠臣を持てた事を天に感謝しているほどだ。

 

 ふと、これだけの忠臣に対してこれまで褒美らしい褒美を与えて来なかったと思う。もうすぐ目標の一つである魔王退治が終わるのだ。そこまでくれば、褒美の一つや二つ与えないと主としての器量が問われかねない。

 

 とはいえ、この男が何かを欲しいと言ってきたこともなく、正直何が欲しいのか分からなかった。

 

「お前に欲しい物はないのか?」

「突然ですね……んー、実は昔から欲しい者はあるんですけど、手に入れる為には命を全力で賭けてもまだ足りないくらいで……手が届かないんですよね」

「ほう……」

 

 少し驚く。この無欲の権化とも思える男に、現状ですら手が届かないような物があるらしい。

 

「もっと早く手に入れとけばって思う時もあるんですけど、手に入れちゃったら手に入れたできっと価値がなかったんだろうなとも思います。ま、今更ですね」

「私が手に入れてやろうか?」

「あー……ミスト様でも、って言うよりミスト様だからこそ手に入れられない者なんで」

「よくわからん物言いだな? 世界の支配者たる私に手に入れられないものはないぞ」

 

 富でも名誉でも『女以外』なら何でも与えてやれるというのに、不思議な男だと思う。そんな風に首を傾げていると、トールは穏やかに苦笑する。

 

「これは人の手を借りずに自分で手に入れないといけないものだから、頑張りますよ」

「そうか。まあお前がそう言うならいいがな」

 

 ミストはこのトールのちょっと困ったような笑い方が嫌いでなかった。この顔が見たいがために、よく困らせる命令をしたものだ。

 

「ふ……」

 

 随分と感傷に浸ってしまったが、それも終わりのようだ。

 

 目の前には巨大な扉。その奥からは隠す気もないほど荒々しい魔力の渦。間違いない、この先に『世界を闇に覆う者』魔王クロノがいる。

 

 ミストは振り向く。この場に来ている百人余の神官達。彼等はミストの勇姿を後世に称えるために付いてきた命知らず達だ。

 

 隣に立つトールと二人から始まったこの旅路。その軌跡の証明とも言える彼等には夢と、そして未来を魅せる義務が自分にはある。

 

 一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと神官達を見据えながら口を開く。

 

「さあ、私に付いてきた愚か共よ! この世の中から逸れたはみ出し者共よ! 証明しようではないか! この世は誰のものだ? 神に選ばれた勇者のものか? 否! 違う! 世界を闇に覆う魔王でのものか? 否! 否だ!! 世界に中心は、この世界はこの世に生きとし生きる全ての生命の物だ! そして!」

 

 黙ってじっと見つめる瞳を一人一人見つめ返し、不敵に笑ってやる。ゆっくり右手を心臓に当て、一呼吸を溜めた後、ゆっくり言葉を紡ぐ。

 

「私だ。その全ての生命の頂点に君臨するのはこの私、ミスト・フローディアだ! さあ括目せよ! 喝采せよ! これより貴様等は伝説を目にする事だろう! その生き証人として、この場にいられる栄誉を嚙み締めながら、この私の背を眼に焼き付けろぉ!」

 

 オオオォという大きな歓声を受け、ミストは魔王の扉に向かって振り向く。

 

 そしてゆっくりとその扉を開け、中へと入っていた。百人を超える神官達と、そして隣に一人の男を添えて。




感想もらってめっちゃモチベ上がったので2日連続投稿。
ありがとうございます。


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