ラスボス系王女をサポートせよ! (平成オワリ)
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第一章 地上世界を制圧せよ!
VS古代龍


 既に深夜と言ってもいい時間帯。

 

 石造りの神殿の一室、儀式場にも似た場所で黒いローブを纏った神官達が一人の少女を囲っていた。

 

「ククク、ハーハッハ!」

 

 松明で照らされた神殿の中心部に描かれた巨大な魔法陣の前で、その少女が顔に手を当てて高笑いをし続ける。狂気に満ちたその声は途切れる事無く石造りの神殿に反響し、空間そのものを歪ませているかのようだ。

 

 神殿そのものがこの世の地獄とも思わせるほど禍々しい。黒いローブの神官達は恐れ戦き、恐怖で身を竦ませている。そんな雰囲気の中、黄金の髪を持つ少女だけがまるで舞台役者のように輝いていた。

 

「神に選ばれた勇者? 世界を闇に覆う魔王? 世界の命運は二人の手に委ねられた? は、ははは! 全く笑わせてくれるではないか!」

 

 その少女はあまりに美しかった。肩まで伸びた髪はまるで太陽のように黄金の輝きを見せ、同質の色を魅せる金色の瞳は伝説の神獣を彷彿とさせる。その雰囲気、佇まいはまだ十五の少女とは思えないほど威圧的で、周囲を囲む黒い神官達を圧倒していた。

 

「どこまでも愚かな! 愚かすぎる!」

 

 少女が薙ぎ払うように手を振る。瞬間、爆発的な魔力が発生し、その矛先にいた黒い神官達が数名吹き飛ばされる。

 

「私だ――」

 

 もう一振り、少女が腕を振るう。同時に吹き飛ばされる神官達。

 

 少女の機嫌を損ねただけで消えてしまう命だと理解している神官達は恐怖に身を震わせ、それでも崇拝する少女への畏敬の念はわずかばかりの揺らぎもない。

 

「世界の中心はこの私、ミスト・フローディアだ!」

 

 瞬間、ミストの背後の魔法陣から巨大な炎の龍が現れる。まるで神の如き存在感。矮小な人間など一飲み、いや僅かに触れただけでも消滅してしまうだろう。

 

 龍は傲慢にも己を呼び出し起こした愚かで矮小な人間共を消してしまおうと、神殿全体を震わせるほどの咆哮と共に最も近くにいたミストへと襲い掛かる。

 

「それをこれから、証明して見せようではないか」

 

 そう言って黄金の少女――ミスト・フローディアは短い犬歯を剥き出しにして笑うと、手を龍へと向けた。瞬間、まるで世界そのものを否定するかの如く空間が歪み始め、龍の動きが止まる。

 

 それどころか少女を前に顔を上げる事すら許さないと言わんばかりに、地面に体全体が押し付けられるではないか。

 

 苦しげに呻く龍へミストは一歩近づくと、龍の射殺さんばかりの視線を鼻で笑い、小さな足でその巨大な頭を踏みつける。

 

 オオオオオ! と神官達が歓声を上げた。強大な力を持っているはずの龍が、少女に跪くように頭を下げるどころか、足で踏みつけられても何も出来ないでいるのだ。

 

 どちらが上位者なのかなど、一目瞭然の光景である。

 

 自分達の目に狂いはなかった! 彼女こそこの世界の支配者にして絶対者! 我らが絶対の主、ミスト・フローディア!

 

「括目せよ! 震撼せよ! 世界の支配者に相応しいのはこの私だ! 魔王でも勇者でもない! この私、ミスト・フローディアだ!」

 

 神官達は一斉に歓声を上げた。この場の誰よりも小柄な、だが世界の誰よりも巨大な力を持った少女に崇拝の念を込めながら、大きな歓声を上げるのであった。

 

 

 

 

「ハハハ、ハハハハハ!」

 

 少女が笑う。神官達も笑う。そんな中、たった一人顔を引き攣らせている男がいた。

 

 神官達と同じ黒いローブを来た男は、ボサボサの黒髪に眠たげな瞳を大きく見開いて必死に腕を振るわせている。その視線の先は美しい黄金の少女、ではなくその足で頭を押さえつけられてる龍の方だ。

 

 ――いや、笑ってる場合じゃねえからぁぁぁ! この龍ガチな奴じゃねえかぁぁぁ!

 

 心の中で叫びながら、全力で龍に向かって重力魔法を使い続ける。

 

 

 

 

 男の名前は篠宮(しのみや)透(とおる)。日本からこの異世界に召喚された勇者、に巻き込まれた一般人だ。

 

 生まれも育ちも日本の彼がこんなファンタジー全開の場所で怪しい邪教の神官の真似事をしているのにはもちろん理由がある。

 

 それは新入社員として会社の研修を受けた帰りの出来事だ。男二人女二人の四人組の近くをたまたま歩いていたら、いきなり魔法陣が足元に現れ、気が付けば王宮に立っていた。

 

 しばらく説明を聞くと、どうやら魔王を倒して世界の平和をもたらす為、異世界から召喚されたらしい。説明によると魔王を倒したら帰れるとのことだが、透は若干疑っていた。何せ了承もなしに拉致同然で連れて来られたのだ。しかも殺し合いをしろと言ってくる。これを信じろと言う方が無理があるだろう。

 

 とはいえ、実際に選択肢などない。相手は国の王様を筆頭に偉い人間達。こちらは何の権力もない一般人。いや、戸籍すらない以上それ以下の存在だ。

 

 まるでゲームのようにステータスと天職が分かる世界。召喚した王宮の人間達の前でステータスを開示して勇者だと判明した四人に倣い、同じく開示したのが運の尽き。

 

 天職に『暗黒神官』の文字が出た透は、ごく自然に王宮から追い出された。何でも邪神を崇拝する者にのみ現れる転職で、王国に翻意を抱く可能性があるからだという。

 

 あんまりと言えばあんまりである。この世界の常識も何も知らないのに、邪神を崇拝するはず等ないだろう。そう言うも、相手はいずれ邪神を崇拝することが決まっているの一点張り。天職とはそういうものらしい。

 

 殺されないだけ感謝しろ、と言われて感謝する馬鹿がどこにいるというのか。

 

 金もない、身寄りもない、文字すら読めない異世界にいきなり放り出された透は飢えた。当然のように飢えた。せめて投獄でもしてくれれば最低限の食事が出来ただろうに、放り出されてはどうしようもない。

 

 平和な日本で生きてきて、これまで当たり前の生を謳歌してきた透にとって、これほど過酷な状況はかつて体験したことがなかった。

 

 飢えによる思考の低下は限界に達し、もうこれは略奪する以外にないと覚悟を決めた透は、偶然にも通りかかった黄金の髪を持った少女に目を付ける。

 

 明らかに平民とは異なる高価な服を着た少女に襲い掛かかろうとして、倒れた。そもそも体力の限界だったのだ。

 

 ――く、くくく。そうか貴様が王宮で話題になっていた暗黒神官か。面白い。貴様、私の下に付け。

 

 倒れた透を己の部屋に連れ込んだ少女――王国の第二王女ミスト・フローディアは透の話を聞くと大層に笑いだしながらそう言った。

 

 見た目にそぐわぬ物言いに呆れはしたが、倒れた自分を介抱したばかりか、ご飯まで恵んでくれた命の恩人である。例え自分を捨てた王族の一員であっても、あれほどの飢えを経験した透にとって、再び捨てられるわけにはいかなかった。そう、プライドを捨てて尻尾を振るには十分な経験だったのだ。

 

 それから透は顔を隠し、ミストの付き人となった。王女ミストは傲慢な少女だ。世界は自分が中心に回っていると思っているし、その身に宿る魔力は世界すら滅ぼせると思っている。自分以上に美しい存在はいないと豪語し、弱い者苛めが大好きだ。

 

 魔王すらいずれ潰すと言い切る姿は、一体どこのラスボスだろうと思ったものである。

 

 そして困ったことに、このうちの半分くらいは当たっていると気付いたのは、付き人となって一年ほど経った頃だろうか。

 

 まず一つ、世界は彼女を中心となって回っている。信じられない事だが、透はこれが本当かもしれないと思っていた。何せあまりにも彼女の都合のいいように世界が動くのだ。

 

 ミストは傲慢な性格である。だから魔王のように王国、ひいては自分に仇名す存在を許しはしない。そして、己よりも目立つ存在である勇者もまた、彼女にとっては許せる存在ではなかった。

 

 必ず潰す、とは彼女の言だ。そしてそんな魔王や勇者に対抗する為に出来上がったのが、ミストを中心とし、透を大司教とした暗黒教団である。この暗黒教団、決してミストが作ろうとしたわけでも、透が作ろうとしたわけではない。

 

 なのに気付けば王国が魔王並に危険視している集団のトップである。ずっと付き人をしていたはずなのに、気付けばトップ。意味が分からなかった。

 

 次にミストは世界すら滅ぼせる魔力を持っていると豪語しているが、これはただの勘違いである。いや、その身に邪神を宿しているという意味では間違っていないのだが、解放すれば死んでしまうのでやはり勘違いである。

 

 そもそもミストは魔法が使えない。それは透だけが知っている事実で、ミスト本人すら理解していないという、ある意味恐ろしい状況が続いてた。

 

 何故そんな状況が続くのか。魔法が使えないのに周囲もミスト本人も、強大な魔力を持っていると勘違いし続けている。これは簡単で複雑な話だ。

 

 世界はミストを中心に回っている。ミストが気に入らない事があれば、その対象に突風が突き刺さる。ミストが魔獣を倒そうとすれば、隕石が降って来る。言っている意味が分からないかもしれないが、これが事実であった。恐ろしい事に、この世界はミストが望んだ結果通りに事が進むのである。

 

 そしてこの世界で一番美しいと思っているが、これは透も認めていた。ミストこそこの世界で一番美しい少女だと、本気で思っている。

 

 例え誰よりも傲慢で、魔法が使えないのに最高の魔法使いだと勘違いし、自分で自分を美人と言い切り、弱い者苛めが大好きなサディストであっても許せるくらい、透にとっては美しい少女なのだ。

 

 それこそ、神の依代と言われても疑わないくらいに。

 

 透は飢えを凌ぐためにミストへ下ったのではない。彼女を一目見て惚れたからこそ、彼女の下に付く事を決めたのだ。

 

 

 

 

 そして今、暗黒教団の大司教トールとして、ミスト・フローディアの覇業を支えていた。

 

 ミストが人を探していれば教団の情報網をフルに使って全力で探し、倒したい魔獣がいればミストが倒しているよう見せかけながら鍛えた重力魔術でぶち殺す。

 

 他にも派手な演出が好きなミストの好みに合わせた魔術の習得に余念はなく、今ではミスト自身自分が魔術を使っていると思い込んでいるだろう。

 

 暗黒教団大司教トール。彼の仕事は、世界を支配したがっている愛しい少女の夢を守るため、全力でサポートすることである。

 

 ――ちょっ! この龍マジやべぇぇぇ! 俺の重力魔術を押し返してきやがるぅぅぅ!

 

 巨大な龍は矮小な存在である人間にここまでコケにされたことなどなかったのだろう。かつてない怒りは普段以上の力を発揮し、徐々に立ち上がり始める。

 

 足を頭を乗せていたミストは、少し面白そうに龍を眺める。

 

「ふ、無駄な悪あがきを。そろそろ止めと行こうか」

 

 そしてミストが指を鳴らした。瞬間、龍の胃袋から凄まじい轟音が鳴り響き、同時に白目を向いて地面に倒れた。

 

「くくく! はーっはっはっは! 何が千年生きた古代龍だ! 所詮はトカゲ! 生意気にも睨んできたが、私の敵ではないわ!」

 

 再び龍の頭に足を乗せ、ご満悦なミスト。龍の口からモクモクと黒い煙がこぼれ出る。まるで、ミストが魔術で体内を爆発させたような光景だ。事実、ミストはそう思っているのだろう。

 

 だが大司教トールは知っている。この爆発魔術を行使したのが、自分とは別の教団員であることを。

 

 暗黒教団――別名ミストちゃんファンクラブ。

 

 彼等はミストがどこまでもミストらしく、そして楽しく生きていけるようサポートするために集まった集団である。仮に彼女が本気で世界征服を始めたら、魔王だろうが勇者だろうが倒して実現させるつもりだった。全ては、ミストの笑顔を守るため!

 

 今日も今日とて暗黒神官にして暗黒教団大司教トールを筆頭として、彼等は戦い続ける。全てはミストが楽しく笑える世界を作るため!

 

「くくく、はーはっはっは! 魔王も勇者も関係ない。纏めて潰してくれるわ!」

 

 そう笑う姿はとても可憐で、トール含め教団員はみんな見惚れてしまう。心臓がドキドキと鼓動を早くし、この気持ちは恋に違いないと全員が思っていた。

 

 ただ日本からやってきたトールは、やはり思う。この子、一体どこのラスボスなんだろう、と。



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VS魔王軍 四天王

こっそり続きを書きました。


 魔王軍四天王筆頭、雷炎のフォーマルハウト。彼は真紅の髪を逆立たせ、魔族特有である黄金の瞳の中に炎を宿しながら、目の前の光景に怒りを噛み殺しめて見ている事しか出来なかった。

 

「ば、馬鹿な! なんなのだ貴様は! なぜ惰弱な人間風情が、貴様のような小娘風情がこれほどのパワーを!?」

「ふん、魔王軍きっての怪力と聞いて楽しみにしていたが、この程度か? ははは! どうしたどうした!? もっと本気にならないと、前の二人と同じだぞ!?」

 

 フォーマルハウトの眼前では、三メートルを超す巨躯に狼の体毛を持つ魔族と、一人の小柄な少女が組み合い力比べをしている。

 

 魔族の名は魔獣王ガロウ。フォーマルハウト同様魔王軍四天王の一人にして魔王軍きっての怪力無双。並の魔族はおろか、四天王筆頭であるフォーマルハウトですら力では彼の足元にも及ばないのは魔王軍の誰もが知るところだ。

 

 対する少女は人間にしてなお小柄。一見して少女が潰れる未来しかない。

 

 だと言うのに、魔王軍きっての怪力無双のガロウが全力で力を出しているというのに、少女はまるで子供を相手にしている大人のように余裕を持って不敵に笑う。

 

 魔王軍最強の四天王を相手に、笑いながら蹂躙していくのだ。

 

 

 

 

 この少女が何者か、フォーマルハウトは知らない。突然魔王城に乗り込んできたこの少女と神官服の人間達は、瞬く間に魔王軍の精鋭達を蹂躙し、こうして四天王が守護する間までやってきた。

 

『ふん、これが魔王城か。魔族の精鋭が集まると聞いて楽しみにしていたが、この程度とは……興ざめだな。これでは噂の魔王とやらもたかが知れていそうだ』

 

 その言葉を聞いたフォーマルハウトは激怒した。彼等が敬愛している王が侮辱されたのだ。犯し尽してから四肢を切り落し、塵一つ残さない程の炎で焼き尽くしてなお許せない程の怒りを感じずにはいられなかった。

 

 そしてそれは他の四天王も同様だ。彼等は皆魔王というカリスマの下に集まり、慕っている。そんな魔王を突然現れた人間に侮辱されたのだ。普段は表に出て来ない四人が四人とも自らの手で蹂躙することを望んだのも当然である。

 

 それと同時に、この目の前の少女が只者でないことも理解していた。何せ魔王城にいる魔族は精鋭揃い。それこそ古から伝わる神の祝福を受けた勇者でもない限り、こうもあっさり侵入するなど、人間ではありえないはずだった。

 

 だが今代の勇者は男。つまり目の前の少女は勇者ですらないただの人間だ。だからこそ余計に、その異常性が際立つ。

 

 フォーマルハウトを含め、四天王は全員が歴戦の勇士。厳しい魔界で生き延びてきた、最強の魔族達だ。その彼等をして、目の前の少女は得体の知れない恐ろしさがあった。

 

『ほう、貴様等が四天王とやらか。なるほど、少しは楽しめそうだが……残念だ。貴様等では私の相手にならんよ。せめて四人同時に掛かってくれば、まあ少しは遊び相手にはなれるかな?』

 

 そう馬鹿にしたように笑う姿はあまりにも侮蔑的で、恐ろしかった。体格、身に宿している魔力、それらを総合的に見て、自分達が恐れるような相手ではない。だと言うのに何故だ。何故この少女はこんなにも恐ろしい?

 

 魔族は人間よりも優秀だ。ましてや自分達はその中でも最強。如何に得体が知れなく恐ろしくとも、四天王総出でかかるなど魔族の矜持が許せる筈がない。

 

『ふん、小娘が。貴様は我が八つ裂きにしてくれる』

 

 四天王の一人、風魔のシノンがフォーマルハウト達を押しのけ前に出る。魔族一の速度と風魔術を利用した暗殺術は、相手が死んでいる事すら感じさせないほど鮮やかなものだ。

 

 四天王筆頭であるフォーマルハウトですら、彼とは一対一ではやり合いたくないと思うほどの強者である。

 

『ほう、一人でやるつもりか? せっかく忠告してやったというのに、実に愚かだな貴様等は。まあいい、今の私は機嫌がいい。少しだけ遊んでやろうじゃないか』

 

 そう言って前に出てきた瞬間、彼女の後ろにいる神官達が、オオオオオ! と歓声を上げる。まるで彼女を女神のように称える讃美歌を謳う彼等はまるで邪神に魅入られたように狂信的で、フォーマルハウトは嫌な予感がした。

 

『うん、後ろの奴らが気になるか? 心配するな。手は出させん。こいつらは所詮観客みたいなものだ。この私、ミスト・フローディアの覇業のな!』

『滑稽だな。貴様の覇業とやらは、この一瞬で泡沫の夢と化すというのに』

 

 瞬間、シノンの身体がぶれた。魔族一の速度を持つ彼の動きは、並の者では見る事は叶わない。少女は己が死んだことすら知覚出来ないまま、この世を去るだろう。

 

 そんなフォーマルハウトの予想は、有り得ない光景と共に覆される。

 

『遅い』

『ば、馬鹿な!?』

 

 まるで先読みをしているかのごとく、ミストと名乗る少女はシノンの攻撃を軽くいなしていた。小太刀二刀流のシノンの斬撃は決して遅くない。むしろ、ほとんどの者が最初の一撃で死んでいて当然なほど速い。

 

 だというのに、この少女はまるで欠伸が出るとでも言わんばかりに、つまらなさそうに躱していた。

 

『な、ならば!』

 

 そうして距離を取ったシノンは魔術を放つ。鉄すらバターのように切り裂く風の斬撃だ。二百を超える斬撃の嵐を躱す事は不可能。今度こそ少女の胴体は細切れに分かれるだろう。そんな未来をフォーマルハウトは想像した。

 

『面白いものを見せてやろう』

 

 だが、そんな四天王が絶対の自信を持って放った魔術は、少女の一言と共に手を前に出した瞬間、まるで何もなかったかのように霧散する。

 

 魔術の上書き。超々高度なそれは、理論上可能とは言われていたものの、成し遂げられた者は誰もいない空想上の手法。長年生きてきたフォーマルハウトでさえ、そのあまりに精密な魔術操作ゆえに諦めていたものだ。

 

『なっ!? 俺の魔術が!?』

『驚いてくれたか? くくく、それはそれは見せた甲斐があったというものだ。そして……終わりだ』

『え……?』

 

 瞬間、風魔のシノンの首が飛ぶ。それは文字通り、胴体と離れて地面に落ち、コロコロと炎雷のフォーマルハウトの足元へと転がってきた。

 

 己の同僚の首を見下ろしながら、彼は一筋の汗を額から流す。不可視の刃は恐らく風の魔術。だが少女からはまるで魔力の発動を感知出来なかった。先ほどの魔術の上書きをした時もそうだ。結果は起きているのに、過程が何も見えない。有り得ない。有り得ない! 

 

 だが現実として四天王のシノンは死んだ。暗殺に長けた接近戦も、必殺の魔術もかき消され、何が起きたのか理解すら出来ないまま蹂躙されてしまった。

 

『フ、フハハハハ! 所詮魔族の四天王といってもこの程度か! ほら次だ! このミスト・フローディアを楽しませてくれる者はいないのか!?』

 

 オオオと後ろの神官共がうねりを上げる。最強! 最強! ミストちゃん最強カワイイー! とふざけたコールをしているが、フォーマルハウトには狂人の集まりにしか思えなかった。血が飛び交う戦場でこれだ。まさに邪教の輩と見て間違いないだろう。

 

 とはいえ、この少女の指示で邪教徒達は手を出さないらしい。ともなれば、如何に恐ろしいとはいえ敵は一人。この教主とも言える少女さえ潰せば後は雑兵に過ぎないはずだ。

 

 ここは四天王の矜持に反するが、残り三人で一気に仕留めるべきか。そう考えているうちに、体中を樹木に覆われた男が前に出てしまう。

 

『魔樹人クロノヴァ。貴様を屠る者の名だ』

『樹木の呪いを受けた魔族か。ふん、覚える価値もないな。そもそも一人で前に出てきてどうする? もはや番付は済んだと思うが?』

『所詮シノンは四天王最弱。四天王の面汚しよ。それを倒したからといって調子に乗っているようだが、貴様に真の魔族の恐ろしさを教えてくれよう』

『くくく、そうかそうか。では、さっそくご教授頂こうか』

 

 そうして睨み合う二人を見てフォーマルハウトは焦る。この少女は一人で相手取るには危険だ。だがもはやここで三人がかりで潰そうと言う意見が通るとは思えなかった。というより、そんな事を言ってしまえば臆病者扱いされかねない。

 

 そして魔樹人クロノヴァとミストの戦いが始まる。樹属性は火水風土の四大属性から外れた特質な属性。クロノヴァはとある聖樹を傷付けた呪いで体中を魔樹で覆われることになったが、それすら糧にした魔人である。

 

 魔樹人クロノヴァが両手を上げると同時に大地が大きく揺れ、大樹が現れる。その大樹はまるでミストを敵と判断したかのように、その枝を鞭のようにしならせて襲い掛かった。

 

 大質量の樹属性は城すら破壊する広範囲魔術。繊細な魔術のコントロールが必要となる魔術の上書きなどは簡単には出来ないはずだ。

 

『なるほど、面白い……こうか?』

 

 圧倒的な質量少女が不敵に笑うと、両手を上げる。その瞬間、まるで鏡合わせのように巨大な大樹が現れた。そして襲い掛かる筈の枝を撃ち落すように、その葉が勢いよく飛び交った。

 

『なっ!? 馬鹿な! 何故貴様が樹属性の魔術を使える!?』

 

 そんな動揺する魔樹人クロノヴァに対し、少女はまるで赤子に囁くように優しく、諭す様に告げる。

 

『これが、世界の支配者足る者の才能だよ』

 

 そうして間もなく。魔樹人クロノヴァは唯一己のみが使えるはずの魔術で押し潰され、その身を消滅させる事となった。

 

 

 

 

 そして今、二人で戦おうという間もなく飛び出した魔獣王ガロウが、少女によって蹂躙されている。

 

「お、おのれぇぇぇ!」

「そんな大振りが当たるものか! 大きな攻撃とはな、相手の体勢を崩してから行うものだ! こんな風になぁ!」

「う、が、ぐおっ!」

 

 細かい連打がガロウを連続で打ち抜く。その一撃一撃が並の魔族では粉砕される程重いものだが、それでもガロウは耐え続けた。だが少女の言い分が確かなら、この後の一撃こそが本命。

 

 そうフォーマルハウトが推測した通り、少しずつ強く、そして速くなるミストの一撃に耐えられなくなったガロウの身体が一瞬宙を浮く。

 

「浮いたな?」

「しまっ!」

 

 必死に地面に踏ん張っていたガロウは、身体を宙に浮かすこと言う事がどういうことか理解する。が、そでに時は遅い。

 

「真の一撃とは、こうして相手が無防備の体勢になった時こそ威力を発揮する。貴様にこの一撃、耐えられるかな?」

「お、おのれ……おのれぇぇぇ!」

 

 そうして、一瞬のタメを作ったミストは、その拳を全力で振り抜く。その一撃を受けた魔獣王ガロウは、腹部に大きな穴をあけて、そのまま後ろへと吹き飛んでいった。

 

「ほら、これで三人目だ。後は貴様だけだな」

「し、信じられん……」

 

 魔獣王ガロウも、魔樹人クロノヴァも、もちろん四天王最弱の風魔のシノンにしても、決して弱くはない。当たり前だ。彼等は皆、炎雷のフォーマルハウトと同等の最高位魔族なのだから。

 

 だというのにこの目の前の少女はたった一人でこれらを蹂躙してしまった。正確に言えば彼女の後ろに百人近い神官達がいるが、まあ彼等はただの人間。無視していいだろう。

 

 もはや勝敗は決した。フォーマルハウトはそう思いつつ、最期の矜持を持って前に出る。

 

「四天王筆頭、炎雷のフォーマルハウト。貴様に地獄の業火をお見せしよう」

「ふ、貴様等は前口上は立派だな。さて、それでは魔王の前座として、世界の支配者の実力を見せつけてくれようか」

 

 世界の支配者。普通なら一笑してしかるべき発言だが、こうも堂々と言われてしまえば確かな説得力を感じてしまう。

 

 この少女は確かに世界の支配者だ。勇者よりも、敬愛する魔王様よりも恐ろしい何かを感じる。だからこそ、フォーマルハウトは覚悟を決めた。これは、生きてはいけない何かだと本能で感じ取ったから。

 

「いくぞぉぉぉ!」

 

 そうして最期の四天王、炎雷のフォーマルハウトは己が内包する炎の数倍の炎によって焼き尽くされてしまう。その炎に焼かれながら、その魔力の出処を察知した彼はようやく悟った。

 

「そうか……そうだったのか……私は見誤っていたのか……真に、真に警戒すべきはこの少女ではなく……く、魔王様、お気を付けください……この者は……この者達はっ」

 

 フォーマルハウトの視線の先には、彼が有象無象と判断した神官達に注がれている。それに気付いた一人の神官が、無表情で掌を向ける。瞬間、フォーマルハウトの体は極炎により消滅することとなった。

 

「括目せよ! 震撼せよ! 世界の支配者に相応しいのはこの私だ! 魔王でも勇者でもない! この私、ミスト・フローディアだ!」

 

 神官達は一斉に歓声を上げた。この場の誰よりも小柄な、だが世界の誰よりも巨大な力を持った少女に崇拝の念を込めながら、大きな歓声を上げるのであった。

 

 

 

 

 さて、楽しそうに高笑いをしているミストを見ながら、暗黒神官長トールはそれぞれの神官達にねぎらいの言葉をかけていく。

 

「時魔術は強力過ぎて負担大きかっただろうけど大丈夫だった?」

「もちろんです神官長! ミスト様から見たら世界はめちゃくちゃ遅く感じたと思いますよ! あのシノンの攻撃も欠伸混じりでしたし! ミスト様の欠伸かわいかったぁ……もう超天使!」

「オッケー全然大丈夫そうだな。幻術部隊もお疲れ、おかげで最後まで気付かれなかったよ」

 

 ちょっと小太りの神官達が集まるところへ趣き、そう伝える。

 

「いやぁ、僕らこれくらいしか取り柄ないんで。でも流石っすね神官長。一撃であのシノンの首落とすとか尋常じゃねえっすよ」

「あれは相手が気付いてなかったから出来た芸当。つまり、君ら幻術部隊のおかげってことだよ」

「またまた謙遜しちゃって。あ、そういや幻術で相手の脳に干渉して自ら魔術を消させる事で魔術を打ち消すってアイデア、最初は出来るか心配でしたけど、出来ちゃいましたね」

「ああ、あれはヤバイな。マジで魔術師殺しだ」

「ヤバイっすね。ミスト様の為以外には使わない様にしとくっす」

「ああ、それが良いな」

 

 そして次に顔を含め全身を隠した神官達に近づいていく。

 

「お疲れ」

「神官長か……なに我らが神のため、この程度造作もない」

「裏切り者の浄化も出来たことだ。気遣いは無用」

 

 彼等はかつて魔樹人クロノヴァが傷付けた聖樹の守り人達。聖樹が傷付き悲しんでいた所、ミストのファンになりこうして暗黒神官として付いて来てくれた者達である。

 

 おそらくミストが魔樹人クロノヴァと戦う時、彼の使う樹魔術に興味を示すだろうと思い、今回の遠征に連れてきたのだ。

 

 ミストは相手の魔術を正面から上回って打ち倒すのが好きなので、実は今回一番困ったのはこの魔樹人クロノヴァの魔術をどう再現するかだったのだが、運よく使える者がファンになってくれて助かった。

 

 やはりミストは運命に愛されていると思うトールである。

 

 そうしてトールは連れてきた神官達一人一人としっかりコミュニケーションを取っていく。彼等はみなミストのファンなので、ファンクラブのトップであるトールには好意的だ。

 

 だがそれと労いの声をかけない事は同意ではない。きっちり相手を褒め、いかにミストの役に立ったかを伝えるのも、神官長であるトールの役目なのだから。

 

 魔獣王ガロウを圧倒したのは最強のバフ『魔術ロイヤルパワー』に、一定時間無敵状態にする『ゴットガード』。そしてミストの動きを達人の域にしていたのは操作魔術『マリオネット』のおかげである。

 

 それぞれ肉弾戦をしたくなった時用にトールが連れてきた神官達である。こうした肉弾戦に関しては多くの神官達がいるので、いかようにもなるため助かるのが本音だ。

 

 トールはありがとうガロウ、と軽く頭を下げる。

 

 まあ、もっとも楽だったのは炎雷のフォーマルハウトなのだが。何せ最後の相手なうえ、炎属性と最もポピュラーかつ派手な魔術を使う為、力押しをしても映える。

 

 魔術映え。この暗黒教団では重要な要素の一つだ。なにせ、この教団の目的は『ミストちゃんに楽しんでもらう』ことだから。

 

 つまり、魔術が派手なら派手なほど、ミストも楽しんでくれる。

 

 問題は火力だが、なにせ相手が一人に対してこちらは百人以上。それも一人一人が魔王軍四天王級。正直言って、楽勝である。

 

 そして締めを飾る良い演出が出来た。フォーマルハウトが最後のおかげで派手に終われた。これがもしシノンが最後だったら色々演出を考えなくてはならなくて大変だったに違いない。

 

 そんな風に色々な神官と話しながら振り返っていると、幻術部隊の神官が話しかけてくる。

 

「しかし神官長、あれ良かったすね。ほら、魔樹人クロノヴァの言ってた『所詮シノンは四天王最弱。四天王の面汚しよ』ってやつ。あれ絶対ミスト様上がりましたよ」

「ああ、あれは良かった。まさかマジであれ言うやついるとは思わなかったな」

 

 あのセリフはミストのテンションが上がっていた。それだけでクロノヴァには価値があったと思う。

 

 「くくく、はーはっはっは! 世界を闇に覆う魔王? そんなもの、このミスト・フローディアが叩き潰してくれる! ははは、ハーハッハッハ!」

 

 そう笑う姿は相変わらず可憐で、トール含め教団員はみんな見惚れてしまう。心臓がドキドキと鼓動を早くし、この気持ちは恋に違いないと全員が思っていた。

 

「相変わらずミスト様は楽しそうで可愛いなぁ……あれ見てるだけでマジ幸せっす」

 

 神官達は未だ高笑いを上げて楽しそうにしているミストを見てほっこりしていた。ただ日本からやってきたトールは、一つだけ思う。

 

 今まさに恋する乙女のように胸を押さえて可憐な少女を見るこの神官共、ついさっきまで魔王軍四天王を蹂躙してた化物達である。ぶっちゃけ国くらい簡単に滅ぼせる戦力である。

 

 ほっこりしてるが、実は周りは血が飛び散った悲惨な現場である。

 

「やべぇ……こいつらが暴走しないように俺が何とかしないと……」

 

 ミストが可愛いと思いながら、そんな事も思う暗黒神官長トールであった。



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VS魔王 前話

初のミスト視点


 一歩踏み込めばその瞬間重苦しい圧力が全身を襲い、まるで底なしの闇の中を歩いているかのような錯覚を覚える。松明に燃える青い炎だけが空間に光を与え、その道を照らしてくれていたが、それも敵が用意した物だと思うと地獄へ向かう道にも見えてしまう。

 

 この先に人類の敵にして世界を闇に覆う者、魔王クロノがいるのだ。ならば、例えその先が地獄の底であろうと、堂々と歩いて見せよう。

 

 魔王クロノ。突如魔界より現れた彼の者は瞬く間に近隣諸国を滅ぼし、魔族達の領土を地上に生み出した。その力は人類の手に負えるレベルではなく、歴戦の猛者達が次々と破れる様は人々を絶望へと誘ったものだ。

 

 そんな化物である相手とこれから殺し合いをする。そう思うと己の中に流れる血が滾るのを感じた。

 

 最強、最強だ。もちろん人間の勇者も最強クラスに違いないだろうが、単体戦力という意味では間違いなく魔王が種として最強である。

 

 これを滅ぼせば、間違いなく己が世界最強にして最優の個として証明できるだろう。

 

「ふっ……」

 

 思えば遠くまで来たものだ、とミストは思う。

 

 生まれた時から己の身に宿る神の存在は知覚していた。それが決して善の属するものではなく、この世の終わりの先に存在する悪しきモノだと言う事も理解していた。

 

 己が本気を出してしまえばきっと、世界は滅びるだろう。そう確信していたからこそ、彼女は生まれた時からその力を隠してきたのだ。

 

 だがこの身に宿る神はそれを許さなかった。

 

 殺せ、壊せ、この世の全ての生きとし生きる生命を殺戮せよ。

 

 毎夜ミストが眠りにつく度に、呪いのようにそう囁いて来る。時には体の自由すら奪い、何度死の淵を彷徨ったか数えきれないほどだ。

 

 恐ろしかった。殺される事がではない。殺さなければ生きていけない自分の存在が恐ろしかった。

 

 この身に宿るモノを仮に邪神と名付け、殺す手段を調べた。だが殺すためにどれだけ魔術を勉強しようと、邪神に近づく事さえ出来なかった。

 

 日に日に強まる邪神の声。少しでもこの声を遠ざける為、手当たり次第に暴れた事もある。人を傷付け、物を壊し、周囲からは狂人だの破壊王女だの言われたが、そうしなければ我を保てる自信がなかったのだ。

 

 次第に自分の周りからは人が離れていった。残ったのは暴れた自分を取り押さえる為の騎士と、わずかばかりの使用人だけ。

 

 いっそ全てを投げ出して破壊衝動に呑まれるか、この身を絶つか。そんな事が頭に過ぎる程、追い詰められていた。

 

 そんな時、一人の青年と出会う。

 

 王城で噂にもなっていた、暗黒神官を天職に持った青年、トールだ。

 

 一目見てわかった。自分には彼が必要だと。彼こそ、ミストが長年求めていた邪神へと繋がる鍵なのだと。絶対に手放してはならない存在だと。

 

 トールは優秀だった。魔術を教えればすぐさま理解し、応用すら見せて見せる。知りたい情報は王族の力をフルに利用し、どんな情報も集めて来る。何より、ミストが隠してきた邪神の事さえ、察して見せた。そして邪神の囁きを押さえる術さえ見つけてきたのだ。

 

 その時は興奮のあまり思わず抱き付いてしまった。そう言えば、抱き付かれたトールはアタフタと焦っていて見ものであったなと思い出して笑う。

 

「ミスト様?」

「ん? なんだ?」

「いや、ずいぶんと楽しそうだと思いまして」

 

 魔王と戦う直前だからだろうか。トールがいつもより少し強張った声でそう尋ねてきた。

 

「思い出していたんだよ。お前と出会った時をな」

「それは、あまり思い出して欲しくない場面ですね……」

 

 そういえば元々は乞食同然で襲い掛かってきたのだった。それを思うと思い出して欲しくないのも当然か。自分としてはいい思い出なのだが、と当時のトールを思い返してまた笑ってしまう。

 

 思えば、あの時の出会いから全ては始まった。隣を歩く、己よりも頭二つは背の高い青年と、最初はたった二人。それが今やこの場にいない神官を含めると、千人を超える大所帯だ。

 

「最初は私達二人だったのに、ずいぶんと大きくなったものだ」

「そうですね。まあ、ミスト様のカリスマがそれだけ凄かったってことですね」

「まったく、貴様は……」

 

 その言葉に呆れてしまう。確かに彼等が己を慕って付いて来てくれているのは知っている。しかし、ミストは決して無能ではない。団員のほとんどが、トールがリーダーだから付いて来ていることくらい理解していた。

 

 この集団を作ったのはトールで、この集団を維持しているのもトールだ。自分がその旗印であることは理解しているが、仮に自分いなくともトールがいればこの集団は別の形で残るだろう。そして、その逆はない。

 

 だというのにこの男は決して己を前に出さず、常に一歩引いたところでミストを立てる。ミストに替わってこの組織を使い、世界中の富も財宝も好き放題出来るだけの実力を持っている癖に、それを表に出す事は絶対にない。

 

 確かに自分は世界の支配者で、それに見合った力もカリスマも、富も名誉も美貌も全て持っている。しかしそんな自分でさえ、この男ほどの忠臣を持てた事を天に感謝しているほどだ。

 

 ふと、これだけの忠臣に対してこれまで褒美らしい褒美を与えて来なかったと思う。もうすぐ目標の一つである魔王退治が終わるのだ。そこまでくれば、褒美の一つや二つ与えないと主としての器量が問われかねない。

 

 とはいえ、この男が何かを欲しいと言ってきたこともなく、正直何が欲しいのか分からなかった。

 

「お前に欲しい物はないのか?」

「突然ですね……んー、実は昔から欲しい者はあるんですけど、手に入れる為には命を全力で賭けてもまだ足りないくらいで……手が届かないんですよね」

「ほう……」

 

 少し驚く。この無欲の権化とも思える男に、現状ですら手が届かないような物があるらしい。

 

「もっと早く手に入れとけばって思う時もあるんですけど、手に入れちゃったら手に入れたできっと価値がなかったんだろうなとも思います。ま、今更ですね」

「私が手に入れてやろうか?」

「あー……ミスト様でも、って言うよりミスト様だからこそ手に入れられない者なんで」

「よくわからん物言いだな? 世界の支配者たる私に手に入れられないものはないぞ」

 

 富でも名誉でも『女以外』なら何でも与えてやれるというのに、不思議な男だと思う。そんな風に首を傾げていると、トールは穏やかに苦笑する。

 

「これは人の手を借りずに自分で手に入れないといけないものだから、頑張りますよ」

「そうか。まあお前がそう言うならいいがな」

 

 ミストはこのトールのちょっと困ったような笑い方が嫌いでなかった。この顔が見たいがために、よく困らせる命令をしたものだ。

 

「ふ……」

 

 随分と感傷に浸ってしまったが、それも終わりのようだ。

 

 目の前には巨大な扉。その奥からは隠す気もないほど荒々しい魔力の渦。間違いない、この先に『世界を闇に覆う者』魔王クロノがいる。

 

 ミストは振り向く。この場に来ている百人余の神官達。彼等はミストの勇姿を後世に称えるために付いてきた命知らず達だ。

 

 隣に立つトールと二人から始まったこの旅路。その軌跡の証明とも言える彼等には夢と、そして未来を魅せる義務が自分にはある。

 

 一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと神官達を見据えながら口を開く。

 

「さあ、私に付いてきた愚か共よ! この世の中から逸れたはみ出し者共よ! 証明しようではないか! この世は誰のものだ? 神に選ばれた勇者のものか? 否! 違う! 世界を闇に覆う魔王でのものか? 否! 否だ!! 世界に中心は、この世界はこの世に生きとし生きる全ての生命の物だ! そして!」

 

 黙ってじっと見つめる瞳を一人一人見つめ返し、不敵に笑ってやる。ゆっくり右手を心臓に当て、一呼吸を溜めた後、ゆっくり言葉を紡ぐ。

 

「私だ。その全ての生命の頂点に君臨するのはこの私、ミスト・フローディアだ! さあ括目せよ! 喝采せよ! これより貴様等は伝説を目にする事だろう! その生き証人として、この場にいられる栄誉を嚙み締めながら、この私の背を眼に焼き付けろぉ!」

 

 オオオォという大きな歓声を受け、ミストは魔王の扉に向かって振り向く。

 

 そしてゆっくりとその扉を開け、中へと入っていた。百人を超える神官達と、そして隣に一人の男を添えて。




感想もらってめっちゃモチベ上がったので2日連続投稿。
ありがとうございます。


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VS魔王 中編

 ついにこの時が来たか、と魔王クロノは目の前の少女達を見て思う。

 

「貴様が魔王クロノか?」

「左様。思っていたよりも老いぼれで期待外れだったかな?」

「ふ、確かに枯れ木のように細い身体だが、その内側から漏れ出る魔力は凄まじいものではないか。期待外れなどとんでもないさ」

 

 そう言いつつも、その瞳の奥に映る色は格下を見るものだ。この少女はこの魔王を前にして、それでも己こそが上位者であるという自信に微塵の揺らぎもないらしい。

 

 クックック、と腕を組み不敵に笑う姿が妙に絵になる少女だ。黄金の髪に、同じく黄金の瞳。この少女を見ていると、かつて己が命を賭して倒したあの邪神を思い出す。

 

 まあそれも、こうして相対すれば思い出すのも当然かとクロノは思う。

 

「まったく、長生きするものだな。まさか再びこうして相見えることになろうとは……」

「……何の話だ?」

「なに、昔話だ。遠い昔のな」

 

 かつて友と二人で戦い、そして滅ぼした邪神。その気配を濃厚に纏ったこの少女が何者か、もはや語る余地もない。魔王にとっては千年経っても忘れられない宿敵だ。

 

「さてさて、すでに全盛期を過ぎ、そして友もいない。こんな老骨にこのような大役を任せるとは、どうやら神はよほど余の事が嫌いらしい」

「違うな魔王」

「うん? 何が違うというのだ?」

「貴様が神に嫌われているのではない。私が神に愛されているのだよ」

 

 己の言葉こそ真理であるといわんばかりに、自信満々でそう言い切る。

 

「く、くくく……なるほどな。そうか、余は神に嫌われているわけではないのか。それは、愉快だな」

「なんだ、魔王のくせに神に嫌われたくないのか?」

「それはそうとも。なにせ余も所詮この世界の生命の一つでしかないからな。神に愛されたいと思うのは当然だ」

 

 そう答えると、少女は少し意外そうな顔をする。

 

 確かに人から見れば、魔に属する自分達は神の反逆者という見方の方が強いのだろう。実際、神を嫌う魔族は少なくない。だがそれも全ての魔族に当てはまるわけではないのだ。

 

 現実として、魔族という種そのものが神から見放されてた種族であることを魔王は誰よりも知っていたが、それでも求めてしまうからこそ、神と呼ばれるのかもしれない。

 

 魔王クロノは神を求めているからこそ、地上の底に存在する魔界からこうしてはい出てきたのだ。魔界という過酷な環境から、神に見放された魔族という種を救う為に。

 

 それだけの事を成す為に千年かかった。これ以上は己の力も、時間ももう足りない。だというのに、最期の最期で目の前に立ち塞がるのがかつて滅ぼした邪神だというのだから、もはや運命を呪う以外ないだろう。

 

「器の少女よ、貴様は己が何者か理解しているか?」

「私は私だよ。世界の支配者にして生きとし生きる全ての生命の頂点、ミスト・フローディアだ」

 

 視線が交差する。少女の目を見た瞬間、魔王は理解した。もはや取り返しのつかない所まで事態は進んでいるらしい。

 

「ではも改めて余も名乗ろう。魔族達の王にして世界を闇に覆う者、魔王クロノだ」

 

 お互いが相容れない存在であることは最初から分かっていた。それでも僅かばかりの期待を胸に、こうして話し合いの時間を設けてみた。

 

 残念ながら結果は、無駄に終わる。長い年月を生きてきた魔王にはわかってしまった。少女の器はすでに溢れ始め、限界が近いのだと。

 

 少女の後ろに並ぶ神官達。一人一人が邪神の恩恵を受けているのか、人とは思えないほどの力を秘めているのが分かった。

 

 この場になってようやく思う。かつて隣にいた友の存在がどれだけ心強かったかを。そして千年前、彼女が、勇者が将来の為にと撒いてきた種が芽吹いてくれた事に安堵する。

 

 これでもし自分が敗北しても大丈夫。心置きなく戦えるというものだ。

 

「さあ、それではどちらが世界の支配者に相応しいか決めようではないか! 魔族が好きな、力を持ってな!」

「器の少女……いやこれは礼に反していたな。ミスト・フローディアよ。お主の野望、ここで打ち砕かさせてもらうぞ」

 

 ミストが手を翳す。それに相対するように魔王クロノは杖を構える。

 

 世界最強クラスの二人が今、激突しようとしていた。

 

 

 

 ミストの背後で並び立つ暗黒神官達。その中の一人、神官長トールは魔王の姿を見て何故か懐かしい気持ちになっていた。

 

 当然、元々日本に住んでいて、ミストに拾われてからは彼女の傍を離れていない。遠い大陸すら離れていた魔王となど、出会ったことなどあり得ない。

 

 だがこの魔王の魔力を感じると懐かしさを覚えるのだ。

 

 魔王の姿をもう一度見る。元は黒かったであろう女性のように腰まで長く伸びている髪はほぼ白髪になり、体や腕はミストの言う通り枯れ枝のように細く、見た目だけなら四天王の方が遥かに強そうだ。

 

 しかし相対すれば分かる魔力の厚み。これまで出会ってきたどの生物よりも遥か強者であることがわかる。これが魔王という生き物。全ての魔族の頂点にして神。

 

 やはり見た事などない。だが絶対に知っている。

 

「くそ、なんだってんだ一体!」

 

 知らないはずなのに知っている感覚に気持ち悪くなり、つい悪態を吐いてしまう。

 

「神官長、指示をお願いするっす」

 

 幻術部隊の神官からの声にハッと顔を上げる。すでにミストと魔王は臨戦態勢。すぐにでもお互いの魔術をぶつけ合う事だろう。

 

「バフ部隊はミスト様が傷付かないよう『ゴッドガード』を。いいか、5人でローテーションして絶対に切らすな! ミスト様に傷一つでも付けたらぶっ殺すからな! 幻術部隊はミスト様の背後に黄金のオーラを展開! 魔王相手にテンション上がってるはずだからいつもより三割増しで強者ムーブ出来るようフォロー! それから千里眼部隊は――」

 

 テキパキとそれぞれの部隊に指示を出しつつ、冷静に魔王とミスト二人の動きを観察する。

 

「魔王初手、炎系の……最下級か。様子見のつもりか? いや、あれは……」

 

 最下級のファイヤーボール。しかしその規模は通常のそれを遥かに上回る。すでに熱量は上級魔術『ヘルフレイム』に匹敵、もしくは上回っている。常識を覆す、圧倒的魔力。

 

「なるほど、魔王ってのは伊達じゃねえな! だが俺らミストちゃんファンクラブを舐めるなよ! 熱血三兄弟!」

 

 トールが声を上げると、三人の筋肉の盛り上がった男達が前に出る。

 

「兄者、俺達の出番だな!」

「おおとも弟達よ! この盛り上がった筋肉をミスト様に褒めてもらうチャンスが来たぞ!」

「おおお! 燃えるぜぇぇぇ! やってやんぜぇぇぇ! 俺の炎が火を噴くぜぇぇぇ!」

「戦いは数だ! それをあの魔王様に教えてやれ! 転送用意!」

 

 トールが指示を出すと同時に三人が手を翳す。すると両手から大量のファイヤーボールが飛び出した。それはそのまま真っ直ぐ、ミストの方へと向かって行く。

 

「転送部隊!」

「ハッ!」

 

 別の神官が魔術を唱える。その瞬間、ファイヤーボールの進行方向の先の空間が歪み、そして火球はそのまま空間の中へと消えていく。

 

『なるほど、凄まじい魔力だ。最下級の魔術でこれとは恐れ入る。ふ、しかしそれではただのデカい的だな』

 

 ――ミストがそういった瞬間、彼女の掌から大量の火球が飛び出した。

 

『一つで駄目なら数で補えばいい。ふふふ、そう言えば我が神官が言っていたか。戦いは数だ、とな』

 

 そうして魔王の放った大火球はまるでガトリングガンのように連射された同じ魔術で相殺されることになる。それどころか、相殺が終わった後は一方的な火球の嵐が魔王を襲う。

 

 しかしそこは流石魔王。魔術障壁を展開し、その全てを防ぎきる。

 

「ちっ、流石にやるな。熱血三兄弟は一端下がれ。これ以上同じ魔術の乱用はミスト様が飽きる。今のうちにポーションで魔力回復。いつでも出れるよう待機だ」

「むぅぅ……一筋縄ではいかぬか……」

「この筋肉で仕留めきれんとは……無念」

「うぉぉぉぉ! 流石魔王、やりやがるぜぇぇぇ!」

 

 己の手で決めきれなかったからか、熱血三兄弟は残念そうに下がる。

 

 それを見送りながら、次の魔王の手を見る。どうやら今度は一撃の威力重視ではなく、数で勝負するらしい。

 

「甘く見るなよ。数で勝負ならこっちに分があるってんだ……ん?」

 

 数には数を、そう思った瞬間、ミストの後ろ姿を見て判断を変える。どうやら我らがお姫様は一撃の威力を重視したいらしい。

 

「なら、最高のパフォーマンスで叩き潰してやるよ」

 

 魔王の掌から二十三十と黒い魔弾が放たれる。闇属性のブラックランス。ファイヤボールとは比べ物にならないほど高威力で殺傷力の高い魔術だ。その分難易度も跳ね上がるが、どうやら魔王からすれば児戯に等しく、ありえない数を連射してくる。

 

『叩き潰す!』

「叩き潰す!」

 

 ミストが天井に向けた掌を、勢いよく振り下ろす。そのタイミングでトールは同時に超高威力の重力魔術『クラビティ・ウォール』を放つ。

 

 ミストの体の正面で展開された重力の壁は、魔王が放った黒槍をことごとく潰し、一本たりとも彼女の体に触れることはなかった。

 

「だ、大丈夫っすか」

「余裕」

 

 そう言いつつも、かなりの魔力を持って行かれたのは事実である。流石魔王というだけあって、一つ一つの威力が半端ではない。もしトールが少しでも手を抜けば、一本くらいは抜かれていたかもしれない。

 

「こりゃあ、油断出来ねぇな」

 

 額から汗を流し、魔王の強さを再認識しながらトールは周りを見渡す。そして常に最善策を打たなければ魔王に上をいかれるかもしれないというプレッシャーに襲われつつも、信頼する部下達となら大丈夫と己に言い聞かせた。

 

「うっし! ここらでミスト様は一発大技をかましたがるはず。となれば合成魔術だな。出来るだけ派手な……雷主体か? いや……魔王相手に一番挑発的な……闇か!」

 

『魔王よ、闇の嵐を喰らうがいい!』

 

「ヤベェ、間に合わねえ……トッキー!」

「はい! 神官長! 時魔術『スロウ・ダウン』」

 

 瞬間、ミストと魔王の二人の周辺のみ動きがゆっくりになる。その隙に風魔術部隊と闇魔術部隊を前に出し、魔力を重ね合わせる。

 

「よし、トッキー準備オッケーだ!」

「はい!」

 

 その言葉と共に魔王達の動きが通常通りに戻る。そしてミストが放った闇の暴風は魔王を呑み込み、そのまま魔王城の壁を突き破った。

 

「オオオオオ!」と神官達が喝采を上げるも、トールは油断しない。何故なら、まだ魔王の魔力は最初と変わらずほとんど減っていないのを、感じ取っていたからだ。

 

「こいつは、きっついなぁ……」

 

 ミストも何となくそれを察しているのか、突き破られた魔王城の壁を鋭く睨みながら腕を組んでいる。

 

 どうやら戦いはまだまだ続くようだと、トールは再び気合を入れ直した。



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VS魔王 後編

 ミストが放ったように見える『闇の暴風』は魔王城の壁を突き破り、そのまま天へと消えていく。

 

 闇と風の上級魔術を掛け合わせた超々高難易度の合成術だ。並の魔物はもちろん、四天王クラスですらまともに受ければ塵一つ残らない威力を誇る。当然、魔王とて無傷ではいられない。それが大多数の意見だろう。

 

 魔術の余波で吹き荒れていた粉塵は時間と共に拡散していき、元の視界に戻り始める。ミストがじっと先を見つめていると、粉塵の奥から黒い影が立っている事に気付いた。

 

 ザッ、と砂利を踏む音が静かな城内に響く。そうして完全に視界が明けた先には、無傷の魔王が立っていた。

 

 細く痩せた身体。色の落ちた白髪の髪。彼が魔王と知らなければ、ただの老人にしか見えなかっただろう。しかし、その身に宿る魔力は莫大。その力は世界最強といっても過言ではない。

 

 己に絶対の自信を持っているミストですら、警戒に値する正真正銘の化物である。

 

「なるほど……流石は魔王、とでも言っておこうか。あれを受けて無傷とは恐れ入る」

「凄まじい威力だ。これほどのものは千年は受けた記憶がないぞ? 全く、恐ろしい魔術師だな」

 

 そう言いつつも魔王の身に宿る魔力に陰りは一切見られない。傷が付いているようにも見えず、どうやら完全に防ぎ切ったようだ。とはいえ現実的に考えて、アレを受けて無傷とは考えづらい。

 

「何か裏があるな?」

「さてな。長生きするとどうも姑息になりがちだが、余が何かしたところで貴様からすれば児戯みたいなものよ」

「ハッ! よくわかっているじゃないか魔王よ! その通り、貴様が何をしようと関係ない……その小細工ごとぶち破る!」

 

 そうして再び始まる魔術合戦。ミストが大量の爆発魔術を放てば、魔王は一振りの極炎魔術でその全てを破壊する。魔王が光線を放てば、ミストは反射魔術で跳ね返す。

 

 互いに一進一退の攻防。二人共無限に魔力があるのではないかと思うほど大規模魔術を連発するが、疲労の色を見せることはなく、戦いは永遠に続くのではないかとすら思われる。

 

 そんな戦いに苛立ちを覚えたミストが舌打ちをする。

 

「ちっ、これでは埒があかんな」

「この魔力は……」

 

 これまでとは異なる異質な魔力の流れを感じた魔王クロノは、一気に警戒の度合いを跳ね上げる。かつて感じた邪神の力。その一端がミストの中から溢れだしてきたのだ。

 

「不味いな。器から漏れ始めたか……」

 

 出来れば事が起きる前に妨害しておきたい。そう考え一歩踏み出した瞬間、とてつもない魔力の重圧が襲い掛かり、その場に拘束されていまう。

 

「むぅ……これは……」

 

 その魔力の出処を辿ると、一人の神官に行きつく。一人一人がとてつもない実力者だが、魔王から見ればその神官は頭一つ以上抜けていた。

 

 下手をすれば己以上……部屋に入った時からその魔力の強さ、そしてその質を感じ取り歓喜していたが、こうして敵に回ると厄介極まりない存在だ。

 

「まったく……ままならぬ……」

 

 この重力魔術を弾くには時間がかかるだろう。そして、この拘束から抜け出す頃にはミストの準備は終わっているに違いない。

 

 そしてその予想通り、重力魔術を弾き飛ばした魔王の見た先には、身の毛もよだつほど邪悪な魔力がミストの周囲を渦巻いていた。

 

 長い髪が魔力に当てられて揺らめき、その美しい黄金の瞳と同色の魔力が昏い闇色と同化して妖しく輝いている。忘れたくても忘れられない、世界を滅ぼさんとする邪神の魔力そのものだ。

 

 それを身に纏う少女は、獰猛な笑みを浮かべて魔王を見下しながら宣言する。

 

「ハッ! よくぞここまで喰らい付いた! 貴様は確かに魔の王として十分な実力を持っていたぞ! だがしかし相手が悪かったな! 貴様が相手にしているのは天魔無双の大魔術師にして神をも下す絶対の支配者、ミスト・フローディアだ! 我が魔の深淵、今ここで見せてやろうではないか!」

 

 そうして掌に集まった魔球はどんどん大きくなり、魔王城の天井を砕いてなお広がっていく。その魔力は魔王が全ての力を集結しても太刀打ち出来ないほど。集まった魔力を見上げながら、魔王は一つ溜息は吐く。

 

「……ここまでか」

「さあ、それでは幕を引こうか。これが我が全力の一撃……『終焉なる世界』」

 

 そして――世界から色と音が無くなる。

 

 

 

 

 

 

「くそ! おいお前ら! ミスト様を守れ! あとついでに自分も守れ! 城の崩落に巻き込まれたら流石に俺らでも死んじまうぞ!」

 

 トールは崩壊する魔王城からミストを守りつつ、全力で他の団員に指示を出していた。

 

 ミストの放った魔術は神官達のものではない。その一撃は神官達の全力を持ってなお出せないほどの威力で、ミスト自ら放ったものだ。そして、そんな魔術に魔王城とはいえ一つの建築物が耐えられるはずがない。

 

「くくく……はーはっはっは! どうだ我が力は! あの世界を闇に覆う者とすら謳われた魔王すら、この私の手に掛かればこの様だ! さあ貴様等、括目せよ! 喝采せよ! 我が名はミスト・フローディア! 魔王すら滅ぼす、世界の支配者だ!」

 

 その言葉に神官達はオオオー! といつものように声を上げてミストを称え続ける。

 

 しかしその瞳はいつもと違い欲に塗れたものではなく、まるで貴き神を相手にしているかのように心酔し切っていた。

 

 その事に気付きながら、トールはあえて無視して団員達を率いながらミストを城の崩落から守り続ける。しかし完全に崩れ落ちるまで秒読み。もはや手段を選んでいられる暇はない。

 

「ミスト様! 愉しんでるとこすみませんが失礼します!」

「クハハ! ハーハッハっングゥ!」

 

 トールは全力で高笑いをしているミストを抱き抱え、闇の暴風で空けた風穴から一気に外へと飛び出た。同時に重力魔術を己にかけ、まるで羽のようにゆっくりと空を落下する。

 

 ちらりと後ろを見ると、他の団員達も何だかんだで協力しながら飛び出してくるのが見えた。全員が全員、身体能力が高いわけではないが、他の団員のフォローがあれば何とかなるだろう。

 

 空を落下しながら、トールは腕の中にいる少女の事を考える。

 

 あの魔王を滅ぼした魔力は、間違いなく彼女自身、もっと言えば彼女の中に潜む邪神のものだ。かつて世界を滅ぼしかけた、あまりにおぞましい存在だと名前すら記録に残せない神。

 

 ミストの悪感情(ストレス)を糧に少しずつ力が強まっていた事には気づいていたが、彼女の機嫌さえ損なわなければ何とかなるとこれまでフォローし続けてきた。

 

 しかしどうやら魔王との戦いの中で、どうやら決壊してしまったらしい。

 

 何故、という思いがある。トールがこれまで仕えてきた限り、ミストは派手な戦いに機嫌を良くしてきた。今回の魔王戦など、ミストにとっては最高にテンションの上がるものだったはずだ。

 

 だというのに、傍から見てもわかるほど、戦いが長引けば長引くほどミストの悪感情(ストレス)は増していったように見える。

 

 正直言って、ここで邪神の力が目覚めるのは予想外もいいところだ。このまま行けばそう時間が経たず邪神がミストを取り込み、世界を滅ぼしてしまうかもしれない。

 

 地面に降り立ったトールは、腕の中で蹲ってる小さな少女の綺麗な後頭部を見つめ、暖かいなぁと思いながら問いかける。

 

「ねえミスト様。ちょっと聞いてもいいですか?」

「…………」

「ミスト様?」

「っ!? なんだ! もう地面か!?」

 

 バッと勢いよく離れられてしまい、残念だと思いつつ、しっかりミストを見つめる。そのミストだが、やはり戦いの火照りがまだ取れないのか少し頬を赤らめ、目線を下に下げていた。

 

「……ふん、それでトールよ、聞きたい事とはなんだ?」

 

 そんな態度に疑問に思いつつ、トールは改めてミストに問いかける。

 

「最後の魔術、あれ凄かったですね」

「当然だ。私は最強だからな」

「知ってますよ。けどあれ、俺知らない魔術だったんですけど、どこで覚えたんですか?」

「ん? いやなに、出来ると思ったからやっただけだが?」

 

 普通、魔術は出来ると思っても出来ないものである。

 

「……あぁ、なるほど。ミスト様最強ですもんね」

「ああそうとも! 私は最強だからな!」

 

 しかしトールはそんなことおくびにも出さず、ただただミストを称える事だけをする。どうやら先ほどまで濃厚に感じられた邪神の力は一度引っ込んでいるらしく、今はこれまで通り普通に可愛いミストであることがわかったからだ。

 

 トールは周囲を見る。今トールがミストと話しているため、神官達は少し遠巻きに会話が聞こえない位置で待機していた。

 

「ところでミスト様、もう一個聞きたい事があるんですけど」

「ふっ、今の私は機嫌がいい。何でも答えてやろう」

「じゃあお言葉に甘えて……何であんなに焦ってたんですか?」

「っ!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ミストはまるで怒られるのが嫌な子供のように一瞬背筋をビクっと伸ばした。さらに目線をトールから逸らす。

 

 これは確定か、とトールはミストを見る。

 

「ミスト様、あの魔王と戦ってるとき焦ってましたよね。らしくない。いつもなら全力で高笑いをしながら叩き潰していたのに、愉しむどころか早く決着を付けようと必死に見えました。何か理由があったんですか?」

 

 もしかしたら、自分が思っている以上に邪神の影響が大きくなっているのかもしれない。そしてミストは自分の心がいつまで持つか、不安に思っているのではないか。そんな予想をトールは立てた。

 

「…………」

 

 ミストは黙る。そんな彼女を見守る様にトールはじっと答えが出るのを待つ。

 

「……魔王は強かった」

 

 そうして、ポツリと一言零す。ト―ルは焦らせない。ただ頷くだけで、次の言葉を待つ。

 

「戦いながら、これまでとは違う圧力を感じた。もしかしたら、私よりも強いかもしれない。そんな風に思った時、ふと……」

 

 そしてミストは周囲を見渡し、神官達が遠くにいて聞こえない位置にいるのを確認する。そしてトールをじっと見つめ、口を再び開く。

 

「これはお前にだから言うのだぞ。わかっているか? 絶対に他の者には言うなよ」

「わかりました。絶対に言いません」

「絶対だからな!」

 

 自分だけ、という言葉に特別感を覚えてしまい、つい頬が緩んでしまうのは仕方がない事だろう。そんなトールに気付かず、ミストはポツリと普段の彼女からは想像も出来ない弱弱しい口調で続きを放し始める。

 

「……ふと思ったんだよ。もしかしたら私は負けるかもしれない。そして、私が負けたら、後ろで我が覇道を信じ付いて来ているお前らは皆殺しに合うだろうと。そう思ったら、早く倒さなければと……っこれ以上はいいだろう! つまり、そう言う事だ! まあ結局私が最強で! 意味のない心配だったんだがな!」

 

 ふん、と腕を組んでミストは背中を向ける。その小さな背中には信じられないほど思い宿命を背負っている彼女だが、今は可愛らしい少女にしか見えなかった。

 

「そっか。そうでしたかぁ……」

「おい、何をニヤニヤしている。いいかよく聞け。別に貴様等の心配などしていないからな! ただ、我が覇道の行く末を後世に伝える大事な観客共が死んでは目覚めが悪いと、そう思っただけだからな!」

「わかってますって」

「わかってる顔じゃないぞお前……ふん、まあいい。これで魔王は倒した。後は勇者を倒し、そして世界へ宣戦布告を――」

 

 そう言いかけた言葉を、トールは最後まで聞く事はなかった。

 

 何故なら、突然襲いかかってきた魔力光からミストを庇い、右腕を切り落されたからだ。

 

「ぎっぃぃぃぃぃ!」

 

 あまりの激痛に呻き声を上げるものの、ミストを心配させまいと何とか歯を食いしばる。そうして涙で歪んだ瞳で光が飛んできた先を見ると、そこには一人の男が立っていた。

 

「トール! おい貴様、大丈夫か!?」

「ぐぅぅ……だい、じょうぶです! ですから、ミスト様は逃げて下さい!」

 

 彼女の前に立ち、激痛を我慢しながら青年を睨む。見た事のない男だ。だが面影はある。例え見た目が違っても、あれが何者かはすぐにわかった。

 

「貴様! 何者だ! まさかこの私の部下を傷付けて、無事に済むと思っているのか!」

 

 後ろでミストが叫ぶ。自分の事で怒りを覚えてくれるのは嬉しいが、彼女が悪感情(ストレス)を溜めると邪神の力が増してしまうから、出来れば離れていてほしい。

 

 そう言いたいが、言えるほどの余裕もなくただ痛みに堪える。

 

「そうか、この姿ではわからんか。つい先ほどまで死闘を繰り広げていた男だというのに……」

 

 その男は人とは思えないほど、あまりに美しかった。白銀の髪をまるで女性のように長く伸ばし、漆色の軽防具はその銀を更に輝かせる。何より目を引くのは、まるで神話の堕天使のように伸びた片翼の羽根と、この世の全ての光を吸い尽くさんとするほど黒い剣。

 

 まるで中二病の権化のような姿だとトールは思うも、その身に宿る力はあまりに強大で、決して笑えるものではなかった。

 

 男はじっとトールを見つめた後、その背後にいるミストを睨みつける。

 

「余は魔王クロノである。そして邪神の器、ミスト・フローディアよ。先の戦いで余は確信した。今の貴様の力なら、全盛期の余であれば倒せると。制御しきれていない今ならまだ、余の力とこの黒の剣があれば倒し切れると、そう確信したぞ!」

 

 そうして片翼を広げ、剣を一閃。それだけでこれまで感じた事のないプレッシャーをトールは感じた。

 

 ヤバイ、あれは本格的にヤバイ! そう本能が警鐘を鳴らす。あれは、命を賭けた最もタチの悪い存在だ。命を賭けて、こちらを滅ぼそうとする化物だ!

 

「なればこの命、賭してでも滅ぼそう。この世の先の者達のためにな! 例えこの一時のみの力だとしても、命だとしても、ここで貴様を滅ぼし尽せるなら後悔はない!」

 

 そして、若返り全盛期の力を取り戻した魔王クロノは、かつて邪神を滅ぼした姿でトール達に向かって一歩踏み出した。



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VS頂上決戦 前編

 その戦いはいずれ、伝説として語り継がれる事だろう。

 

 黄金の邪神が放つその魔力は天を穿ち、白銀の魔王が振るうその剣戟は大地を斬り裂く。すでにこの大地は最初の原型を留めておらず、二人から漏れ出す魔力のぶつかりが世界そのものを歪ませていた。

 

 世界の支配者として相応しい力だ。とはいえ、どちらが優位かは一目瞭然。トールを欠いたミスト側の戦力は落ち、そして魔王クロノの力は先までのものを遥かに上回る。時折反撃こそしているものの、防戦一方となっていた。

 

 そんな二人の戦いを見ながら、トールは己の不甲斐なさに悪態を吐く。

 

「っ……くそ! まだか!?」

「切れた腕がそう簡単にくっつく筈ないじゃない! 大人しく治療されなさいよ馬鹿神官長!」

「っくしょう!」

 

 普段はほとんど活躍の場がない治療部隊だが、その実力は世界トップクラス。とはいえ流石に斬り飛ばされた腕を治すのにはそれなりの時間がかかる。

 

 腕が治るまでの間、他の神官達からは戦線を引くよう後方へと押しやられた。今ミストはトール以外の神官達が必死に守っているところだ。

 

 しかし、真の力を解放した魔王クロノの力は神官達だけでは抑えきれない。このままではいずれミストが敗北してしまうだろう。

 

「おのれぇぇぇ! 許さん、貴様だけは絶対に許さんぞ魔王ォォォ!」

「力に繊細が欠けているぞ? それでは余には届かんよ」

 

 ミストが怒りの咆哮を上げ、その感情に比例するかのように破壊の渦が戦場を覆うが、剣一本で全てを斬り裂く魔王は傷一つ付かない。決して他の神官達が弱い訳ではない。ただ、この魔王が強すぎるのだ。

 

 遠目でも分かる。ミストの悪感情(ストレス)は既に限界値を超えかけていた。これ以上戦闘が長引けば、邪神の力が再び漏れ出しかねない。

 

「どうする? このままじゃミスト様が……」

 

 邪神にその身を奪われる。それだけは絶対に避けなければならない。しかし、このまま魔王に勝てないと判断すれば邪神の力に頼るだろう。

 

 ――自分達を守る為に……

 

 ミストと魔王の戦いはさらに激しくなる。正に天変地異とも言える激しい攻防は、余人に立ち入らせる隙を与えない。

 

 もはや並の魔族や人間では立ち入ることの出来ない領域に達している。もしそう、あの頂上決戦の中に入れる人間がいるとすれば、それは邪神の恩恵を受けた神官達かもしくは――

 

「さて……これは一体どういう状況だ?」

 

 ――神の寵愛を受けた、異世界の勇者くらいだろう。

 

 

 

 

 ある日突然、幼馴染達と共に異世界へと飛ばされた一条(いちじょう)誠也(せいや)は、そこで魔王討伐を依頼される。まるでゲームのような世界で魔王を倒せと言われて、元来人間不信気味のセイヤはかなり警戒した。

 

 しかし相手は国王とその側近。高校生の自分がどうこう出来る相手ではないと思い、とりあえず言う事を聞く事にしながら、情報を集める事に専念する。

 

 結果、自分達の置かれている状況があまり良くない事を理解した。

 

 魔王を倒せ、と簡単に言ってくれるが、相手は国が軍隊を出しても勝てない正真正銘の化物。物語で勇者が魔王を倒すのは鉄板ネタかもしれないが、現実ではそう都合よくはいかない事くらい子供でも分かる。

 

 とはいえここで逆らえばどうなるかわからない。実際一緒に来たであろう自分達よりも年上の男は、いつの間にかいなくなっていた。

 

 一人で旅立ったと聞いていたが、何か揉めていたようだし、状況から見ても不都合があって消されたと考える方が自然だろう。

 

 不幸中の幸いとも言えるのが、勇者というものがこの国にとって非常に都合のいい存在で、丁重に扱われたことくらいか。

 

 待遇が良ければ多少の不満は消えていくのか、召喚されて二週間ほど経った頃には、幼馴染三人も警戒を解いて魔王討伐に乗り気になっていた。

 

 王女は美しく、聡明で、柔かな物腰で自分達勇者を立てて来る。騎士団長や国王といったこの国の重鎮達も、勇者がいかに素晴らしいかを声高々と宣言する。

 

 特別な人間として扱われるのは、悪い気がしない。一際この国の人間を警戒していたセイヤですらそう思ってしまうのだ。元々人の良い幼馴染三人が懐に取り込まれるのは、当たり前の結果だった。

 

 城で訓練を終えた四人は、そのまま旅に出た。魔王軍に苦しめられている村や町を救い、英雄として祭り上げられ、さらに次へとこの国の為に尽くす。

 

 この辺りからだろうか。幼馴染三人と自分に温度差がハッキリと出始めたのは。

 

 セイヤの第一目的は元の世界に全員引き連れて戻す事だ。極論を言えば、魔王を倒さなくとも元の世界に戻れるならばその方法を選ぶ。

 

 国を襲う魔族を倒すのは、現時点でわかっている帰還方法が魔王を倒す事のみであり、その為に強くなる必要があったからだ。

 

 しかし幼馴染三人は違う。この国を本気で救う為に戦っている。この国の人間達の為に傷付き、戦っていた。例え自分が傷ついても、この国の人間を守れて良かったと笑うのだ。

 

 それが、セイヤには我慢できなかった。幼馴染三人は、セイヤにとって宝だ。彼等がいなければ、彼等の優しさに触れなければ己は碌な人間にならなかっただろう。

 

 そんな誰よりも大切な幼馴染達が、どこともしれぬ誘拐犯達の為に傷付くなど、許せる筈がなかった。とはいえ、彼等の意志は尊重したい。だからセイヤは、国民を守る幼馴染達を守る事を決意した。

 

 しかしその行為は決して簡単な物ではない。勇者として召喚されただけあって、その実力はこの世界の人間から見れば高い。しかし、魔族相手に無双出来るほどではなかったからだ。

 

 当然、進めば進むほど強くなる魔族を相手に苦戦し始める。聖剣に選ばれ、光の加護を得ていたセイヤを除いて。

 

 異世界から召喚された四人の勇者。しかしその中で本当に勇者と言えるのは、結果だけを見れば光の加護を得たセイヤだけだったのだ。

 

 はっきり言って、他の三人の勇者とセイヤの実力は天と地ほど離れている。魔王軍八天将との戦いでその差が浮き彫りになった。だからこそ、それ以降セイヤは幼馴染三人から離れて行動するようになる。

 

 足手まといと言うわけではない。彼等がいてくれたおかげで助かった事は何度もある。しかし、これからの戦いについてこれるかと言えば、そうは思えなかった。

 

 もっと言えば、これ以上の戦いで彼等を守り切る自信がなかったのだ。

 

 実際、魔王城に近づくたびに強くなる魔族達。聖剣に選ばれ、光の加護を得た勇者セイヤであれば難なく屠れる者達も、幼馴染三人では太刀打ち出来ないレベルであった。

 

 それに、幼馴染と自分では戦いの目的が大きく食い違っている。街を、村を守るなどと言う『余分な』行動を取らず、ただ己の身を鍛え続けたセイヤは、四人で行動していた時とは比べ物にならないほど力を付けた。

 

 その目的はただ一つ。魔王を倒して元の世界に戻る事。それ以外は全て些事である。

 

 

 

 

 

「さて、これは一体どういう状況だ?」

 

 セイヤの視線の先は、本来魔王城があるはずの場所だ。しかし魔王城は見るも無残に崩落し、まるでこの世の地獄とも言えるほど濃密な魔力が辺りを渦巻いている。

 

 それを引き起こしているのは、二人の人外。聖剣に選ばれ、光の加護を得たセイヤをして、化物と言わざる得ない力だ。

 

「これは、サクラ達を置いて来て正解だったな……」

 

 天が割れ、地が裂ける。これまで戦って来た全ての魔族達が赤子に見えるほど、そこで行われている戦いは次元の違うものだった。

 

 自身以外の人間が近づけば、あっさり挽肉になってしまうに違いない。それはきっと、同じ勇者である他の三人も例外ではない。

 

 もし一緒にここまで来ていれば、セイヤは彼等を守る事も出来ずに殺されていたはずだ。心の底から思う。一人で行動を始めていて良かった、と。

 

 化物と化物の殺し合い。勇者セイヤの目にはそう見える程高次元の戦いは、どうやら片翼の堕天使が黄金の女神を圧倒している。

 

 状況を顧みると、この二人のどちらかが魔王だろう。とすれば、もう一人が何者かなどどうでもいい。己の目的は、魔王の討伐なのだから。

 

 戦いの余波でそうなったのか、片腕を失った神官に目を向ける。男からもまた凄まじい魔力を感じる。それこそ、聖剣を全力で使用している時の自分と同等か、それ以上の力だ。

 

 この世界では珍しい黒髪黒目。どこかで見た覚えがある男だが、今は関係ない。

 

「なあそこの神官。俺は今来たばっかなんだ。状況が把握出来ない。教えてくれないか?」

「光の勇者……もうここまで来たのか」

「お? 俺を知ってるか。じゃあ話は早いな。俺は勇者セイヤ。魔王を討伐に来た」

 

 聖剣を背中から抜き、視線を戦いの舞台へと向ける。戦っているうちの片方、黄金の女神はこの男同様どこかで見た覚えがある。

 

 ともすれば、恐らく片翼の堕天使が魔王だろう。凄まじいイケメンだな、と場違いな事を考えてしまう。黄金の女神もまた美しい。神聖さすら感じてしまう二人の存在は、神々が戦争をしていると言われても頷いてしまうほどだ。

 

 しかしである。元々日本人であり、若干の人間不信であったセイヤは、かつて自分が考えたある設定を思い出してしまう。

 

「銀髪、片翼の翼、黒い剣……金髪の女神……う、頭が……」

 

 思わず己の黒歴史を思い出しかけ、セイヤは頭を押さえる。さらに言うなら今の自分は聖剣の勇者である。まさに中二病のオンパレード。ここに邪眼や右腕がなどという輩がいなくて良かったと心の底から思う。

 

「どうする……今ここで加勢が入るのは僥倖だ……しかし、ミスト様が加勢を喜ぶか?」

「ミスト? ああそうか、どっかで見た事あると思ったら、アイツ王女か」

 

 数度遠目で見ただけだが、あれだけの存在感は目を引く。流石に数年前に見たきりだったため思い出すのに時間がかかったが、確かに美しい黄金の髪をしていた。

 

「へぇ……破壊王女なんて呼ばれてたけど、こいつは驚きだな。つーか、あんなに強いのがいるなら俺ら召喚する必要なかったじゃねえか」

 

 ミストの力は明らかに自分を除いた他の勇者を超えている。圧倒している。それこそ、聖剣に選ばれ、光の加護を得たセイヤの全力を持っても打ち倒せるか疑問なほどだ。

 

「つっても、ありゃ不味い。魔王よりもよっぽど邪悪な気を発してやがる」

 

 伊達に何年も勇者として戦ってきていない。魔族以上に醜悪な気配を纏った王女を見て、そのヤバさを肌で感じ取ってしまう。

 

 その言葉が聞こえたからか、王女の部下らしき神官がまるで親の仇を見るような目で睨みつけてきた。

 

「くっ、ミスト様に手を出すというなら、ここでお前を殺す!」

 

 手負いとは言え、明らかな強者。流石にこの殺気を受けてセイヤは体に力が入ってしまう。とはいえ、セイヤにとってどれだけ王女が邪悪でも関係ない。

 

「なあアンタ。取引しないか」

「なに?」

 

 セイヤの言葉に神官は警戒の色を濃くする。しかしセイヤからすれば、そう大した事を言うつもりはないのだ。

 

「なに、簡単な取引だ。アンタ強いだろ? だからさ、ちょっとお願いがあるんだ」

「……内容によるな。いいだろう、言ってみろ」

「お、話がわかるな。それじゃあ――」

 

 例え魔王を倒した後、あの黄金の女神が世界を滅ぼそうと関係ない。自分達四人は元の世界に帰って、これまで通りの日常を謳歌するのだ。

 

 だから――

 

 ――これから俺は魔王を殺す。その代り、魔王を殺した後、あの王女が俺を殺さないように守ってくれ。

 

 まるで悪魔のように囁きながら、勇者セイヤはそう言った。

 

 あの女神の奥底に眠る、魔王以上に本当にヤバイ存在を、彼は本能で察してたから。




勇者セイヤ登場
真・魔王クロノも登場
そして邪神ミスト登場寸前!

ここからがクライマックス!

良ければ楽しみにして頂けると嬉しいですので、よろしくお願い致します。

あと、ミストが可愛いと思ったら感想お願いします。


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VS頂上決戦 中編

 その存在は超常の二人をしても無視できないものだった。

 

 肩に担ぐ聖剣に、魔王クロノやミストとは対を成す強大な光の魔力。魔王を殺すべき異世界より舞い降りた刺客。

 

 ゆっくりと歩きながらやってきたその男は、不敵な笑みを浮かべて堂々と二人の間に立つ。そして睨みつけるは世界を闇に覆う者、魔王クロノ。

 

「よお魔王、殺しに来たぜ」

「勇者か……なるほど、このタイミングで、か。やはり神は余を嫌いらしい」

 

 片翼の魔王は黒の剣を握り、溜息を吐く。予期せぬ乱入者は魔王の意に沿わぬ者だから当然だろう。しかしその乱入者を望まぬ者は、魔王だけではなかった。

 

「失せろ勇者。今この場において貴様の出番はない」

「っと、お前が答えんのかよ」

 

 勇者の背後から不遜な答えが飛んでくる。勇者が振り向くと、美しい黄金の少女が不機嫌を通り越し、敵意すら向けているのだ。それも、濃厚な殺気を交えて。魔王に攻撃を仕掛けたら、背後から撃ち殺されそうな勢いだ。

 

「おいおい、一応俺は仲間なつもりなんだが……」

「仲間? おいおい勇者ともあろうものが随分と腑抜けた事を言うではないか! この私に仲間など不要。ましてや勇者、貴様はいずれ潰してやろうと思っていたターゲットの一人だぞ? それを仲間などと、くくく、腹が捩れらせて笑い殺す気か貴様?」

「え、なに俺潰される予定だったの? マジでコイツ怖いんですけど。笑いながらスッゲェ濃厚な殺気ぶつけてくるんですけど!?」

 

 ミストは馬鹿にしたように笑いながら、その瞳は一切笑っていない。ただ見極めようと、黄金の瞳をじっと黒髪の勇者へと向ける。

 

 そして勇者セイヤ。彼の瞳もまた、言葉とは裏腹に一切の笑いが含まれていなかった。

 

「つーかよ、アンタさっき負けそうだったじゃん」

「……何?」

 

 その一言はミストにとって聞き逃せないものだ。視線を強くし、勇者を睨みつける。だがそんな人を殺せそうな視線も何のその、飄々とした様子でミストを見つめ返す。

 

「外から見てたけど、明らかに押されてただろ? あのままだったら負けてたぜ」

「ほう、どうやらその黒い眼は飾りらしいな。誰が負けそうだと?」

 

ミストはこめかみをピクピクとさせ、怒りを抑えるかのように頬をひきつらせる。が、明らかに抑えきれていない。そんなミスト相手にセイヤはふっ、と鼻で笑いながら腕を組む。

 

「プライドが高いのは結構だけどよ、これでも勇者だ。戦いを見る目に関しては自信があるって。んで、確かにアンタは化物並に強いけど、どうやらあっちの方が化物っぷりは上らしい。ここままだったら、アンタ負けるぜ?」

「ふん、私はまだ本気を出していないだけだ。我が力の深淵はこの程度ではないぞ? それで自信があるとは、片腹痛いわ」

「アンタがそう言うならそうかもしれないけどさ、その力の深淵とやら、使えんの?」

「っ!」

 

 勇者の指摘にミストの言葉が詰まる。ミスト自身わかっていたからだ。その身に宿る力は決して、安易に使っていいものではない事を。そして、その力を使わなければ魔王クロノを相手にするのは非常に困難だと言う事を。

 

 とはいえ、それと勇者の力を借りることは別問題だ。何せ勇者の力を借りなければいけないと言う事は、自力で魔王を倒せないと言っているようなものなのだから。

 

 それは己自身のプライドも、そして己に付いて来ている部下達の信頼をも失いかねない事実であった。そんなミストの葛藤を見抜いたように、セイヤは言葉を畳みかける。

 

「使えないんだろ? 分かるぜ、その力、まかり間違っても個人が持ってていい代物じゃない。そんなものに頼るくらいなら、素直に俺を頼ろうぜ」

 

 この勇者の力を借りれば魔王を倒す勝率は格段に上がる事は理解していた。プライドも部下の信頼も、負けてしまえば元も子もない。

 

 百人いれば百人が、千人いれば千人が勇者の力を借りるべきだと誰もが言うだろう。当然だ。死んで残るものなど、何一つないのだから。

 

 故にセイヤは正論をもって問いかける。一人では無理でも、二人なら勝機がある事を伝え、共闘へと持って行こうとする。

 

「……黙れ」

「は? いやだから――」

「黙れと言ったのが聞こえなかったか下郎!」

 

 だがしかし、ミスト・フローディアは凡百のそれとは違う! 彼女は己を至高の存在と位置づけ、その身は神すら超える存在であると確信している! 故に仮に千人だろうが万人だろうが選ぶ選択肢であろうと、己の意思を捻じ曲げるような選択は有り得ない!

 

「良いかよく聞け矮小なる勇者よ! 所詮貴様は凡愚! 故にその程度の思考しか持ち合わせられんのだ! 私は誰だ!? お前達、この私は誰だ!?」

「「「ミスト・フローディア! 至高にして最強の魔術師、ミスト・フローディア!」」」

「っ!?」

 

 瞬間、千人の神官達が狂信者の如く一斉にミストの名を上げる。その声で大地がうねり、あまりの魔力の高まりに周囲の空間が歪む。その圧力は、勇者をして圧倒されるものだ。

 

「そうだ私だ! 私なのだ! この世界の支配者は! 最強は! この私、ミスト・フローディアなのだ! その私が負ける? あり得ない幻想を抱くのは結構だが、勇者よ……貴様の言葉は神である私に対する冒涜である! 不遜である! だが私は寛大だ。ゆえに、一度だけ許しを得るチャンスをやろう」

 

 そのあまりの傲慢さにセイヤは頬を引き攣らせた。まさかここまで話が通じないとは思わなかったのだ。セイヤにとって魔王を倒すこと以外に意味はない。しかし魔王の力は想定以上のもので、セイヤとて一人で勝てる自信はなかった。

 

 故に共闘。この王女だって一人では恐らく勝てないが、自分と二人なら勝てることくらい理解している筈だ。それこそが最善策であると、そう思っていた。

 

「今この瞬間、この場から消えよ。それを持って赦しとしよう」

 

 だが現実として王女ミストに共闘の意志はない。それどころか、もはや完全に敵認定されてしまった。こうなればセイヤがこの場から生き残る確率はグッと下がる。一度撤退すら考えなければならない事態だ。

 

 だが――

 

「だからって……はいそうですかって訳にいかねえだろ」

 

 勇者が帰還する条件は『魔王を殺す』事。『魔王が死ぬ』事ではないのだ。旅の途中で集めた情報では、勇者の召喚に使われた魔術は、細かい契約に基づいているらしい。

 

 すなわち、ここで仮にミストが魔王を殺す、もしくは魔王がその力を使い切って死んでしまえば、セイヤ達は戻る手段を失うことになる。もちろん可能性の話だが、そんな僅かな可能性すら、セイヤにとっては死活問題なのだ。

 

「おい王女さんよ。アンタに退く気がないことはよぉくわかった。わかったが、俺も退けねぇんだわ。つーわけで、悪いけどアンタの赦しはいらねぇ」

「……ほう、そうか。ならばもはや遠慮はいらんな。魔王共々、貴様も潰してやろう」

「やれるもんならやってみやがれクソ王女」

 

 先ほどの戦いを見れば、ミストの力は凄まじいが何とかなるレベルだ。問題なのは、これが一対一ではなく、彼女の動向を気にしながら魔王と対峙しなければならない事。

 

 だがそれは魔王も同様だ。一人なら魔王がこの場では最強かもしれないが、各々が隙を伺う以上、このレベル帯であれば純粋な実力差などあてにならない。

 

 セイヤの見積もりでは、実力は魔王を筆頭に、自分、そしてミストの順となる。ミストとて優先順位は自分よりも魔王だろう。そして自分の目標は魔王一本である。とすれば、やはりこの場で一番不利なのは魔王に他ならない。

 

 この状況なら殺れる! セイヤは冷静に分析し、そう確信した。

 

 とすれば、流石に王女を背に戦うわけにはいかない。セイヤは魔王と王女、二人の攻撃に対応出来る位置へとさり気なく体を動かす。

 

「なんだ、結局手を組まないのか? 余は構わんよ。二人同時に相手をしてもな」

 

 それまで静観を決め込んでいた魔王クロノが、堂々たる姿でそう言い放つ。

 

「くくく、そんな無意味な事はしないさ。魔王、貴様も勇者も私直々に叩き潰してやる」

「ふっ、今の貴様では不可能だ」

 

 二人の間で火花が飛び散る。一触即発とは正にこのことだろう。とはいえ、お互い迂闊には動けない。何故なら、彼等の他に実力が拮抗した者がもう一人いるからだ。

 

 迂闊に動いて隙を見せれば、その瞬間セイヤは動く。世界最強の聖剣を持って、魔王だろうが邪神であろうが、間違いなく切り裂くだろう。

 

 故に動けない。それぞれがそれぞれの思惑を持って、動く隙を伺っていた。

 

「……はあ、まったくミスト様はこれだから」

 

 三人が動けないそんな時、緊迫状態の三人とは違う、別の人間の声が大地に響く。

 

「トール……お前、腕は……」

「この通り、ちゃんと元通りになりましたよ。そこの勇者様が時間稼ぎをしてくれたんでね」

 

 トールは魔王によって切り裂かれた腕を軽く振り、ミストへと大丈夫アピールをする。

 

「しかし流石ですねミスト様。普通なら勇者の提案、受けますよ?」

「ふん、本当にそう思っていたのか?」

「まさか、ミスト様があんな提案受け入れるなんて、欠片も思ってませんでしたよ。まあでも、珍しく苦戦してるのは確かだったんで、肉壁くらいになってくれれば御の字かな、とは思ってましたけど」

 

 そうやって穏やかにミストに笑いかける男を見たセイヤはゾッとした。腕を失っていた先ほどと違い、万全の状況の男の実力は底が見えなかったからだ。

 

 あれはヘタをしたら魔王よりも……セイヤがそう思った時、先ほどまであれほどの邪気を放っていたミストが、まるで拗ねた子供のように頬を膨らましている姿を目にする。

 

「苦戦などしていない」

「そうですね。ミスト様は最強だから苦戦なんてしませんよね」

「当然だ」

「当然ですね。ですけど、せっかくの最終決戦です。どうか俺の力も使ってください」

 

 そういうトールの言葉を聞いたミストは、その視線から目を逸らすように首を反対へ向ける。

 

「いらん。私一人の力で十分だ」

「そう言わないでくださいよ。せっかくここまで来たんです。ほら、俺に欲しいものがないかって聞いて来たでしょ? なら俺は、この最終決戦でミスト様の力になりたいんです。それをこれまでの褒美にしてくださいよ」

 

 ニコニコと頼み込むトールに、ミストは少し困った顔をしながら、悩む。悩み、そして決意する。

 

「ちっ、いいか、何度も言うが、本来なら私一人の力でも十分だ。だが、他ならぬお前がそこまで言うなら……いいだろう。寄越せ」

「はい。ありがとうございます」

 

 そう言うと、男は全身から信じられないほどの魔力を生み出し、その全てをミストへと捧げる。その姿はまるで神に己を捧げる聖職者のように尊く、神々しい光景だった。

 

 そして魔力の譲渡が終了した瞬間、ミストの気配が先ほどまでとは比べ物にならないほど大きくなる。

 

「くくく……ハーハッハッハ!」

「うっ!」

「ぬぅ……」

 

 ミストが笑う。それだけで世界が震撼する。その圧力は、魔王や勇者をして圧倒されかねない力を秘めていた。

 

「この力! この万能感! 流石は我が忠実なるトールだ! 素晴らしい! 素晴らしいぞ! この絶対の力をなんと表現しよう!? ははは、まあ名前などどうでもいいか。大切なのはただ一つ、我が力こそ絶対であるということだけだ!」

 

 そうして腕を天へと伸ばす。瞬間、千を超える雷が大地を穿ちなお鳴り響く。そうして三つ巴の状況を最初に打破したのは、邪神に魅入られた王女ミスト。

 

「さて魔王、そして勇者よ。始めようか。世界の命運を決める、最期の戦いをなぁ!」

 

 ――世界の支配者となるために。

 ――平穏なる日常を取り戻すために。

 ――種の繁栄を永劫のものへとするために。

 

 邪神の王女と、異世界の勇者と、魔界の王はそれぞれの思いを胸に最後の戦いに挑むのであった。



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VS頂上決戦 後編

 ――この世の中は理不尽なことばかりである。

 

 魔王クロノは魔界で生まれ、魔界で育って来た。太陽の届かぬ昏い大地は、草木すら育たぬふ不毛な世界。大気を覆う濃厚な魔力は弱い種族にとって有害な毒であり、生き延びる為には環境に適応するか、何かしらの手段を取る以外に方法がなかった。

 

 そんな過酷な世界において、クロノは運が良かったのだろう。魔の森に棲むエルフの王族として生まれ、高い魔力耐性を持っていたため魔界であっても生きる事は苦ではなかった。

 

 その土地や食べ物を奪う為、強大な力を持った魔族や魔物に襲われることもあったが、元来強い力を持つ種族である。返り討ちに出来たし、敬われもした。

 

 魔界にいる間、クロノは己が不幸だとは一切思わなかった。魔界とはそういう場所であったし、自分の立ち位置はその中でも最上位に位置するのだと、誇りにすら思っていた。

 

「だが、知ってしまったのだ。太陽の輝きを、その暖かさを!」

 

 地上の光を知ってしまった。地上に住む脆弱な人間達を、そこに生きる生物達を知ってしまった。魔界がいかに過酷で、地上がいかに幸せな場所かを知ってなお、魔界に戻ろうとなど思える筈がなかった。

 

 何故神は我々魔族を魔界に押し込み、人間を地上で生活させるのだと、何度も思った!

 

「故に、余は決意した。我々魔族は魔界から地上へ出て生きるのだと!」

 

 そう決意したのが千年前。しかし、その決意はたった一柱の邪神によって阻まれる。

 

 この世の全ての悪意を凝縮したかの邪神は、地上も、魔界も、そして神々が住まうと言われている天界すら滅ぼそうと暴れ回るそれは、決して存在していいものではない。

 

 そして地上で生きる事を目的とするクロノにとって、その大地を破壊しようとする邪神は敵であった。

 

 当時魔族の勇者と呼ばれ、最強の魔族であったクロノは邪神を倒すべく、人間の勇者と協力することを決意。そうして滅ぼすことに成功したものの、力を使い切ったクロノに魔族を率いる力もなく、魔界の生物を全て地上へ移住させる計画は頓挫することとなったのだ。

 

「あれから千年。ようやくだ。ようやく全ての準備が整ったというのに……何故今、今なのだ!」

 

 上空で腕を組み不遜に笑う姿は、千年前の邪神そのもの。ミスト・フローディア、かつて魔王が倒した邪神の器にして今代の邪神。その力はもはや最盛期の力を取り戻した魔王すら上回っていた。

 

 ――千年。千年待った結果がこれである。これを理不尽と呼ばず何と呼ぶ!

 

「さてな。一つ言える事は、私がこの場にいる限り、貴様に未来はないと言う事だ!」

 

 ミストの腕が振るわれる。瞬間、凄まじい爆発と衝撃が魔王を襲いかかる。かつて千年生きた古代龍を吹き飛ばした魔術が、連鎖するように空を覆い尽くし魔王を呑み込んだ。しかし――

 

「この程度の魔術が余に通じると思うなぁぁぁ!」

 

 魔王が持つ黒の剣は、魔界に生きる最古の龍の牙を溶岩で溶かし生み出した、ありとあらゆる魔術を斬り裂く魔界最強の剣。かつて世界を破滅へと導いた邪神を倒した、神殺しの剣であった。

 

 爆発を抜けた魔王はその翼を使い、そのままミストへと肉薄する。黒の剣ならば、邪神であろうと殺せるのは千年前で証明されているのだ。

 

 凄まじい速度で距離を詰める魔王にミストが目を見開く。想定以上の速さだったのだ。ミストの顔を見て、魔王は殺れると確信した。

 

 だがそれは、一対一の戦いであれば、という前提だ。

 

「死にやがれぇぇぇぇl!」

「チィ!」

 

 ミストへ向かう魔王だったが、自分よりも上空から一気に降下してくる勇者の一撃を避けるために方向転換を余儀なくされる。彼の持つ聖剣は、魔王の持つ黒の剣と対になる、地上最強の剣だ。例え最盛期の力を取り戻した魔王であっても、まともに喰らえば致命傷は避けられない。

 

「勇者……そろそろ目障りになってきたな」

「へっ、だったら一生見なくて済むようにしてやるよ!」

 

 光の翼を背中に生やした勇者と、黒い片翼の魔王が空中で睨み合う。そして一瞬、音を置き去りにした速さでぶつかり合った二人が振るう聖剣と魔剣が、激しい火花を散らす。

 

 世界最強の剣は二つもいらないと言わんばかりに剣戟を重ねる両者だが、相手の技量に関しては心から賞賛せざるえなかった。

 

「伊達に魔王名乗ってるわけじゃねえってか!」

「貴様こそ、これほどまでの使い手は初代以来だ……この世界に来たのが数年前と思えば、恐ろしい才能と言わざる得ないな」

「やれば出来る奴だって、ダチからは良く言われてたからなぁ!」

 

 翼を自在に使いこなし、縦横無尽に空を飛び回る二人は何度目かになるぶつかり合いの中で互いの実力を認めあった。十、二十と剣戟の嵐は激しさを増していき、その凄まじい技量から奏でられる金属音は美しい演奏のようにも聞こえてくる。

 

「素晴らしい見せものだ。やはりどのような分野であれ、最高クラスの者達が奏でる演奏は格別だな。だが、この私を忘れて楽しそうにしているのは違うのではないか?」

 

 瞬間、二人を纏めて呑み込むほど巨大な雷龍が天から落ちて来る。二人が雷龍を見上げた先には、まるで己こそが神であると言わんばかりに二人よりも上空から見下すミストの姿があった。

 

「っ、やろう! 俺ごと……!」

「ふん!」

 

 勇者と魔王は同時に龍の口に向けて剣を向け、天を巻き込む斬撃を放つ。雷龍は斬撃に耐え切れず、そのまま細かい雷となって空に散った。同時に、魔王と勇者は距離を取る。

 

 己の魔術を無効化されたというのに、上空を支配するミストは相変わらず不敵に笑っていた。まるでこの程度、児戯であると言わんばかりの態度である。

 

「さあって……どうするかな」

 

 既に三つ巴が始まり一時間以上は経っているが、今のところ場は膠着していた。小手先の技では相手にダメージが与えられず、大技を繰り出そうとすれば、その気配を感じれば残りの二人がそれを潰しにかかるからだ。

 

 セイヤは勇者になって、これほど苦戦したことはなかった。異世界に召喚され、明らかに他の幼馴染達とは異なる次元の力を持っていた彼は、魔族との戦いもそう恐ろしいものではなかったくらいだ。

 

 戦えば戦うほど成長する身体。己の能力が目に見える形で強くなるのは、ゲーム好きの人間なら楽しいものだろう。すでにセイヤのステータスは人間を超越している。

 

 だが今戦っている二人は、生物という枠組みすら超越しているのではないかと思うほど、これまで戦って来た者達とは次元が違っていた。三人の中で誰が一番劣っているのか、それを理解出来ない男ではないのだ。

 

 どんな魔族も一振りで倒してきた聖剣すら決定打に欠ける現状に、セイヤは内心焦りを隠せなかった。

 

「……覚悟を決めるか」

 

 己と彼我の戦力にそこまで差はない。しかしこのまま戦い続ければ一番最初に脱落するのは自分だと、何となく予想は出来た。

 

 虎穴に入らざれば虎子を得ず。セイヤの生まれ故郷の言葉だ。このままジリ貧で追い詰められるくらいならいっそ、危険を冒してでも己の優位を手に入れようと決意した。

 

 セイヤは己の聖剣を持つ手に力を籠める。

 

 聖剣エクスカリバー。地上に生まれた邪神を滅ぼす為、神が創り出した最強の剣。一振りで山を切り裂き、かつての勇者はこの剣で邪神を滅ぼしたと言い伝えられている。

 

 そのあまりに強大過ぎる力は製作者である神すら恐れ、一つの制約を付ける事にした。すなわち、真の力を解放するには担い手の生命力を捧げる事。

 

「ったく、何が聖剣だ。使用者の生命吸って強くなるとか魔剣の間違いじゃねえか……だがいいぜ。どうせこれが最後の戦いだ。魔王に、そんであの王女に勝てるだけの力が手に入るなら、好きに吸いやがれぇぇぇ!」

 

 セイヤが聖剣を両手で持ち、全力で魔力を込めると凄まじい勢いでその力が吸い取られる。

 

「っ……この力は!?」

「ぬぅ……勇者め、聖剣を解放するつもりか!」

 

 魔術をぶつけ合っていた二人が同時に振り向く。勇者セイヤから感じる力の波動は己達の存在を脅かすに十分な力を秘めていた。あれをそのまま放置するのは危険だと、本能が告げる。

 

「ハッ!」

「フンッ!」

 

 二人同時に魔術を放つ。四天王クラスの魔族ですら吹き飛ぶ威力のそれは、しかし真の力を解放した聖剣の前にかき消されることとなる。

 

 そうして聖剣の力をフル解放した勇者セイヤは、白く輝く光の魔力に覆われた姿で、魔王達に向かって飛び出した。

 

「速い!」

「おせぇ!」

「ぬぅぅぅ!」

 

 聖剣と魔剣が再びぶつかり合う。先ほどまでは互角だった唾競り合いだが、真の力を解放した聖剣の威力は先程とは比較にならず、受け止めきれなかった魔王は大地へと落とされる。

 

 同時に、セイヤの背後から爆発的な魔力の高まりを感じた。

 

「この私を前に余所見とは、いい度胸だな!」

 

 飛んで来る黒い闇。それを斬り裂き、ミストへと距離を詰める。

 

「わりぃけど、今はお前に構ってる暇ねえんだ! ぶっ飛んでろ!」

「貴様ァァ! ぐあっ!」

 

 聖剣の一撃は魔力障壁で防がれたが、反対側から全力で蹴りを入れる。聖剣の力で極限まで身体能力が強くなったセイヤの一撃だ。山を三つ貫くまでその勢いは止まる事がなかった。

 

「これで邪魔はなくなった! ここで……決める!」

 

 セイヤは地上に落とした魔王に向けて止めを刺すべき、聖剣へ魔力を込めた。その光はさらに激しさを増し、極光とも言える一つの太陽と化してなお止まらない。

 

 瓦礫の中から魔王が出て来るが、もう遅い。

 

「うぉぉぉぉぉ! この一撃に全てを賭ける、極光剣……『閃(ひらめき)』ィィィ!」

 

 振り下ろされた聖剣が、世界を光に覆う。世界最強の聖剣が世界最強の勇者の力をフルに吸い込んだその一撃は、世界に太陽が堕ちる様を見ているようだ。

 

 その閃光の先にいるのは、魔界の王にして闇の勇者クロノ。

 

「この力、まさに太陽そのもの……ならば余も全力で応えよう! 黒の剣よ……我が魔力、その全てを持って行け……そして、太陽を闇に覆い尽くせ!」

 

 瞬間、爆発的に高まるクロノの魔力。闇が渦巻き、その全てが黒の剣へと集約されていく。

 

「魔剣……『絶(ぜつ)』」

 

 夜よりも深く昏い闇が閃光を押し返す。

 

 激しくぶつかり合う光と闇。その力は二人の中間地点で拮抗し合い、互いを滅ぼさんと激しくぶつかり合う。

 

「負けねぇ……負けねぇぞ……俺はお前を、魔王を倒して元の世界へ帰るんだぁぁぁぁぁ!」

「我が背には何十、何百万の魔族の未来が掛かっている。負けるわけにはいかんのだぁぁぁ!」

 

 勇者セイヤが更に力を込めれば、魔王クロノもまた負けずと押し返す。地上と魔界、それぞれの世界で最強の力を持つ二人は、それぞれの思いを胸に最後の力を振り絞っていた。

 

 それはまるで物語の最終幕を飾るに相応しい応酬。観客達は固唾を飲んで見守り、そしてどのような決着が着くのかと心を震わせる場面。

 

 だが――

 

「くくく……そうだな、やはりこうでなくては! 聖剣と魔剣、二つの力がそれぞれの思いと共にぶつかり合い、そして死力を尽くす。我が力を全力で使うには、このような戦いの終幕を引くのが相応しい! なあ勇者、魔王よ。そうは思わないか?」

「て……テメェ……もう戻って……ぐぅ!」

 

 彼女は、邪神に魅入られた少女、ミスト・フローディアはそんな舞台の終わりを終わらせる者。

 

 二人の遥か上空から莫大な魔力を溜めたミストは、この世の全ての悪意を凝縮させたように笑うと、二人を見下すように言い放つ。

 

「さあ、終わらせようではないか。あらゆる宿命を、世界を、そして我々の戦いを!」

 

 ――終焉魔術『星堕とし』

 

 瞬間、空が割れ、巨大な隕石がゆっくりと地上へ堕ちていく。それはまるで、世界を終わらせる為にやってきた神の怒り。

 

 勇者は思惑は二つ外れてしまう。一つはあれだけ吹き飛ばせば帰ってくるのに時間がかかるだろうと思っていた事。そしてもう一つは、この一撃なら抵抗も出来ずに魔王を倒せると思っていた事。

 

 もしあの一撃で魔王を倒せていたら、勇者の運命は変わっていたかもしれない。

 

 もしあの一撃で勇者を倒せていたら、魔王の運命も変わっていたかもしれない。

 

 だがそれは全て『もし』の話である。

 

 そしてこの物語に――『もし』はない。

 

 なぜならこの世界の中心はミストであり、彼女が望む通りに物事は動くのだ。その事を、彼女の傍で見守ってきたトールはずっと前から知っていた。

 

「ふはは、ハーハッハッハ! 見たか! これが我が力の神髄! 我こそは世界を破滅に導く者、ミスト・フローディア! さあ貴様等、括目せよ! 喝采せよ! 神に選ばれた勇者であろうが、世界を闇に覆う魔王だろうが関係ない!」

 

 ミストは愉しそうに笑う。哂う。嗤う。まるで世界を巣食う全ての生物を滅ぼしかねないほどの邪気を纏って、嗤い尽くす。

 

「私だ!」

 

 その姿を見て、トールは悲しく微笑む。彼は、『もし』を期待していた。

 

「世界の中心はこの私、ミスト・フローディアだ!」

 

 勇者が、魔王が、彼女の中に巣食う邪神を倒す事。そんな『もし』を期待していたのだ。

 

「ヒヒッ……さあ、これで全ての邪魔者は消え去った。もはや私を止められる者はどこにもいない! それではこれより世界を破壊しよう! ありとあらゆる全ての生命を、この手で根絶やしにしてやろうではないか! クカカ……カーカッカッカ!」

 

 今の彼女はミストではない。

 

 彼女はあんな笑い方をしない。

 

 彼女は世界を滅ぼそうとはしない。

 

 彼女は、己が一番だと証明したいだけの、どこにでもいる可愛い女の子なのだから。

 

「お姫様を救うのは……勇者の役目のはずなんだがなぁ……」

 

 だが仕方がない。一目見た時に恋に落ちた。その生き方に憧れを抱いた。何より、心が叫んでいた。自分は彼女の、ミスト・フローディアの為に生まれてきたのだと。

 

「天職『暗黒神官』。どんな思いを持っていても必ず邪神を崇拝するようになる……か。まったく、王宮のやつら、適当なこと言いやがって。あんなに可愛い女の子が、邪神の筈ねえじゃねえか」

 

 魔王とは違う。自分の種族を、世界を守る為じゃない。

 

 勇者とは違う。仲間を、日常を守る為でもない。

 

 トールが戦う理由はただ一つ。

 

 ただ一人、かけがえのない大切な人が自由に生きれるようにする為、それだけだ。

 

 トールはゆっくりとミスト――邪神へと近づいていく。

 

「クカカ。どうしたトール? 我が忠実なる僕よ。これまでの貴様の働きは我も認めているところだ。貴様には特別に、世界を破壊する様を特等席で見させてやろう」

「ねえミスト様、欲しい者は何かって聞いてきましたよね? あれ、今答えてもいいですか?」

 

 トールは邪神の言葉を無視して、ミストに向かって穏やかに語り掛ける。

 

「おい貴様……何を言って――?」

「俺の欲しい者、それは……」

 

 ――貴方ですよ。ミスト・フローディア。

 

「だから、返してもらうぞ! 俺の、俺達の女神(アイドル)をよぉぉぉぉぉ!」

「「「オオオオオオォォォォォ!!」

 

 トールの宣言と共に、背後の暗黒教団『ミストちゃんファンクラブ』の面々も一斉に雄叫びを上げる。彼等が心棒しているのは邪神などという訳の分からないものではない。

 

 彼等が仕えるのは黄金の輝きを持った女神にして慈愛の天使。そう、彼等にとっての神とは『ミスト・フローディア』に他ならない!

 

 トールが叫ぶ!

 

「俺達の神を穢したゴミ屑野郎に鉄鎚を!」

「「「鉄鎚を!」」」

 

 更に叫ぶ。

 

「俺達の神は誰だ!?」

「「「ミスト・フローディア!」」」

 

 喉が切れそうな程、天に向かって叫ぶ!

 

「世界一可愛いのは誰だ!?」

「「「ミスト・フローディア!」」」

 

 まるで演劇のように、大きく手を広げて叫ぶ!

 

「俺の嫁は誰だ!?」

「ミスト・フローディ……おいコラ神官長調子に乗るな!」

「ぶっ殺すっスよ!?」

「埋めてやろうか!?」

「ちっ、ひっかからねぇか! だが良い気迫だ! もう準備は良いなテメェら! それじゃあそろそろ俺達の女神を穢したゴミ野郎をぶっ殺そうじゃねえか!」

「イヤェェェェェ!」

 

 そうして、一斉に強大な魔術の嵐が呆気に取られていた邪神を襲う。

 

 これより暗黒教団『ミストちゃんファンクラブ』と邪神による、世界の命運を賭けた戦いの火蓋は切って落とされた




次話、最終決戦。

面白かったら感想とか評価とかもらえると、モチベアップに繋がるので、ぜひよろしくお願いします。


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VS最終決戦

 篠宮(しのみや)透(とおる)は邪神と化したミストと対峙しながら、ふと、今でも思う事がある。

 

 もしあの時勇者の召喚に巻き込まれなければ、自分はどうなっていたのだろうか、と。

 

「クカカ! 羽虫の如くワラワラと沸いてきおって! そんなに潰して欲しいのなら潰してやろうではないか!」

 

 これから社会の荒波に揉まれていく、そんなときの召喚だったため実際は分からないが、自他共に認める程度には器用な方だ。まあそれなりに上手くやっていただろうとは思う。

 

「どうだ見たか! これが世界を破滅に陥れる我が力よ! 貴様等ごときが触れられるほど、甘くはないわ!」

 

 普通に生きて、普通に出世し、普通に結婚して、普通に死ぬ。器用ではあったが、これといってやりたいと思う事もなかった自分はきっと、そんな人生を歩んでいたのだろう。

 

「虫けららしく無様な飛び方だな! ほらほら次、貴様も貴様も貴様もだ! 全員この世の恐怖を知ってから死んで行け!」

 

 それが悪いかと言われれば、別段どうも思わない。それが自分だから。平凡に生きる事に満足していたし、将来に不安もなかった。

 

「ちっ、流石にこうも数が多いと鬱陶しいな。潰しても潰しても埒が明かん……ん? アイツは……さっき潰したやつではなかったか? ふん、まあいい、何度でも潰してやる!」

 

 ただ時々思う。自分はなんてつまらない人間なのだろう――と。

 

「おい、なんなんだ貴様等は……さっきから吹き飛ばす度に顔をニヤケにも似た醜く歪ませよって……というかワザと殴られに来てないか?」

 

 そんな時だ。まるでゲームや漫画のように召喚されて、まるで世界の主人公のような扱いを受けて、正直言えば心が踊った。

 

 もちろん許可のない召喚など拉致以外の何物でもない。しかし男なら、いや女であってもあの時のシチュエーションでテンションが上がらない人間はいないだろう。

 

 もっとも、現実はそう甘いものではなかったが。

 

「何なんだ貴様等は! 反撃もせず、ただただ攻撃を受けに来て何がしたいのだぁ! 何ぃ!? 我々はご褒美を受けに来ているだけですだとぉ! ふ、ふざけるなぁぁぁぁ!」

 

 戸籍もなく、常識も生きる術すらない世界に放り込まれた時、自分の器用さなど何の武器にもならない事を知った。

 

 今だからはっきり言えるが、あれは地獄であった。例えどんなブラック企業に勤めていたとしても、あれ以上の地獄はなかっただろうとはっきり言える。

 

 誰も助けてくれない。誰も見向きもしてくれない。この世界の住民は日本よりも遥かに生きることで精一杯で、とても他人を助ける余裕などなかったのだろう。

 

 飢えた。食べ物に飢えた。人の温もりに飢えた。世界で一人ぼっちであることに、心の底から恐怖した。

 

「わ、私は恐怖に陥った顔が見たいのだ……そのような気色悪い顔など見たくもない! 死ね!死ね! 死ねぇぇぇぇ! だから何で笑顔なのだ貴様等ぁぁぁぁ!」

 

 ――く、くくく。そうか貴様が王宮で話題になっていた暗黒神官か。面白い。貴様、私の下に付け。

 

 誰からも手を差し伸べられなかった時、人の尊厳を捨てる以外に生きる術がなかった時、手を差し伸べてくれた存在。

 

 ――我が名はミスト・フローディア! 天魔を喰らい世界に覇を轟かせるこの世の全てを支配する者だ! 貴様、トールと言ったな? 今日から貴様は我が従者だ。世界の王たる我が身の世話ともなれば並の者では務まらんと思うが……ふっ、まあ精々励むがいい。

 

 人から畜生へと堕ちかけていた透を救ってくれたのは、まるで地獄の底から差し込んだ太陽の光のような少女だった。

 

 そんな少女に差し出された手を握った瞬間、透の世界は一変した。

 

 透は運命の出会いがあるとしたら、間違いなくこの瞬間だったのだろうはっきり言える。人からケダモノに堕ちた瞬間、篠宮透は死に、そしてケダモノから人間に戻った瞬間、彼は暗黒神官トールへと生まれ変わった。

 

 食べ物の飢えから救い、人の温もりを与えてくれ、人としての尊厳を取り戻してくれた少女。この世の誰よりも傲慢で、この世の誰よりも美しく、この世の誰よりも神に愛された少女。

 

 トールは一生涯守りたいと思う少女と、出会ったのだ。

 

「ふざけるな……ふざけるなフザケルナふざけるなぁぁぁぁ! 我は神! 世界を破滅に導く邪神なるぞ! 矮小なるゴミ虫共の分際でいつまでも調子に乗るなぁぁぁ!」

 

 その少女の名はミスト・フローディア。暗黒神官トールの主人にして、最愛の少女。

 

「黙れよ」

「……なに? おい貴様、トールよ……今貴様何と言った? 黙れ? 黙れと言ったのか? この我に? 世界を破滅に導く邪神であるこの我に?」

「ああそうだよこのクソ邪神。黙れって言ったんだよ見苦しい」

 

 まだトールに力がない頃、差し向けられた暗殺者にミストが殺されそうになったときも、彼女は笑っていた。

 

 ――ふ、何を情けない顔をしているトールよ。殺されるかと思った? まったく……ありえんな。我がこのような所で志半ばに倒れる事など、例え全人類が望もうと神が許さんよ。そもそも、まかり間違って死んでいたら、我は所詮その程度だったということだ。

 

 堂々と言い切る姿は正に覇王そのもの。この時すでに彼女に戦闘力がない事を知っていたトールは、それでも思ったものだ。彼女こそ、やはり世界最強なのだと。

 

 少なくとも、この目の前の邪神のように予想外のことがあっても、取り乱した姿を見せる事は絶対になかった。

 

「ミスト様の身体で、ミスト様の声で、テメェなんて無様な姿見せてやがる。いいかよく聞けクソ邪神! ミスト様はなぁ! どんな時でも不敵に笑い! どんな時でも敵を嘲り! どんな時でも自分こそ最強だと言って絶対動じないんだよ! それがテメェはなんだ! 高々俺ら程度に一々ビビりやがって、ふざけてんのはどっちだアアン!」

「っ!」

 

 トールが一歩踏み出した。それと同時に、邪神は一歩後退る。それに気付いた邪神は、己の行動に唖然とする。

 

「ば、ばかな……我が……世界を破滅に導く邪神である我が……高々人間一人に気圧された? 我は神だぞ? そんな……そんな馬鹿な話があるか!」

「馬鹿なも糞もあるか! テメェは今ビビってんだよ! 俺に、俺達に! ミスト様ならぜってぇ退かねえ! むしろ一歩踏み出して足を舐めろくらいは言う! ほらこの時点でもう格付けは済んだんだ! テメェはミスト様を満たせる中身に値しねぇ! さっさと身体を返しやがれ!」

 

 さらにトールが踏み込む。邪神は前に出ようとして、気が付けば一歩後ろへと踏み出していた。

 

 信じられない思いだった。このような経験は、勇者と魔王を同時に相手したときでも思わなかった。

 

 邪神は目の前の男を見る。その背後に集まる千の集団を見る。彼等は皆、邪神を崇拝するために生まれてきた者達の筈だ。この邪神の眷属の筈なのだ。なのに、何故彼等は敵を見る目でこちらを見るのだ!

 

「き、貴様等は我が眷属だろ! 我の下僕達であろう! なのに何故どいつもこいつも我に歯向かうのだ!」

 

 そんな邪神の言葉を、トールは鼻で笑う。

 

「はっ……おいお前ら、教えてやれよ」

「「「ミストちゃんは可愛い! ミストちゃんは格好いい! ミストちゃんマジ女神!」」」

 

 まるで最初から決まっていたかのように声を揃えて言い放つ神官達。

 

「つーわけだ。誰もお前の事なんて崇拝してねえんだ。場違いなんだよ、お前はよ」

「ば、ばかな……」

「わかったらさっさと消えやがれ! いつまでも俺達の女神の中に居座ってんじゃねえぞクソが!」

「「「クソが!」」」

 

 全員一斉に邪神へ中指を立てて罵倒する。

 

「……おのれ……おのれおのれおのれおのれおのれぇぇぇぇぇ! 貴様等我を、神である我を愚弄したなぁぁぁ! 殺してやる! 殺してやるぞ貴様等ぁぁぁぁ!」

 

 邪神が飛び上がり、掌を天へと伸ばす。

 

 瞬間、天が割れ空から超々質量を持った隕石がゆっくりと地上へ向けて堕ちて来る。

 

 ――終焉魔術『星堕とし』

 

「ヒヒヒ! どうだ、魔王も勇者も纏めて潰した我が秘奥! 人間如きが調子に乗って、今更後悔してももう遅いからなぁぁぁ!」

「ふん……」

 

 トールは腕を組みながら、空を睨みつける。堕ちてくるのは巨大な隕石。魔王も勇者も同時に潰した、世界最強の魔術。

 

 ――だからどうした。

 

「わかってなぇな邪神様よぉ……一より十、十より百、百より……千! 戦いってのは、数なんだよ!」

 

 そう言うと同時に、暗黒神官全員が隕石へと視線を向ける。邪神の恩恵を受けた世界最強クラスの魔術師が千人。それが一斉に魔術を向ける。

 

 それはまさに魔術の嵐。爆発が、雷龍が、闇槍が、重力弾が、閃光が、あらゆる魔術が巨大な隕石を削る。削る。削り続ける。

 

「そ、そんな馬鹿な……」

 

 邪神は慄く。『星堕とし』は己が誇る最強の魔術。神々すら恐れさせた、邪神の力そのものと言ってもいい。それが今、たかが人間の手によって打ち破られようとしている。

 

「やめろ……やめろ……やめろやめろやめろ!」

 

 神とはすなわち力そのものだ。人々の信仰心があるから存在できる。存在そのものに力があるから存在できる。

 

 つまり、最強の力そのものが存在の象徴である邪神は、脆弱な人間によって打ち滅ぼされるという『矛盾』が起きた事により、その存在そのものが世界より疑問視されてしまう。

 

「やめてくれぇぇぇ!」

 

 ミストの体から、黒い靄のようなものが溢れだす。邪神の力そのものだ。あらゆる存在を破壊する最強の邪神が、人間の集団すら破壊出来ない。

 

 それはつまり、邪神の存在がこの世から消える事を意味していた。

 

「あああぁぁ……消える……我が、わがちからがきえていく……あぁぁ、あああああああああ!!!」

 

 そうして、超々巨大な隕石が粉々になったと同時に、邪神が天へと絶叫しながらミストの体から抜け出て、天へと消えていく。

 

 トールはそんな邪神を見つめ続ける。

 

 かつて勇者達が倒したときとは違う、神の完全否定による完全消滅。もう二度と、あの邪神が生まれることはないだろう。それはつまり、もう二度と、ミストが彼の力に悩まされる事はない事を意味していた。

 

「おっと……」

 

 邪神がいなくなり、気を失ったミストの身体をそっと支える。

 

 小さな身体だ。この小さな身体のどこに、あれほどの自信と覇気が隠れているのだろうか。そう思っていると、腕の中のミストが小さく身じろぐ。

 

「ん……トールか?」

「はい……貴方のトールです」

 

 力が入らないのか、ミストはまるで生まれたての赤ん坊のように身を任せて来る。無言で身体を支えよと訴えてくるので、その意を汲んで優しく抱き抱えた。

 

 そうしてしばらく密着していると、不意にミストが小さく呟く。

 

「……そうか、終わったのか」

「ええ、終わりました」

 

 己の中に潜んでいた邪神の存在。それは生まれた時から彼女を孤独へと誘って来た存在だ。その力が、生まれた時から身近にあったその力が、完全に無くなっていた。

 

「そうか……では、もう私は最強ではないということか……」

 

 ミストにしては弱弱しく、しかしどこか嬉しそうに空を見る。邪神には散々苦しめられてきたが、その存在を身近に感じていたからこそ、ミストは己が最強の存在であることを誇示出来ていた。

 

「なに言ってんですか?」

「何?」

 

 その力がなくなったのだ。もはや最強を名乗ることなど出来まい。そう思っていたミストに対し、トールは首を振ってミストを自身の背後に向ける。

 

「おおおおおお! ミスト様ぁぁぁぁぁ! よかったぁぁぁぁ! おい神官長いつまで抱き付いてんだ調子に乗るな!」

「やっぱり可愛い最高っすぅぅ! 早く離れろ神官長ぶっ殺すっすよ!」

「あの目、あれに俺はやられたんだ! あの全てを見下す目にな! しかし、今のちょっと弱ったミスト様も最高だぁぁぁぁ! 海へ埋めてやろうか神官長!」

 

 そこには千人を超える神官達が、各々涙を流しながら膝を着き、戻ってきたミストを称えるように声高々と叫んでいた。トールへの悪態を吐きながら。

 

「き、貴様等……」

「ほら、世界最強の邪神を倒したやつら、ミスト様が戻って来てくれてあんなに喜んでる。知ってます? あれ全部、ミスト様の物なんですよ。つまり、やっぱりミスト様が最強ってことですね」

 

 邪神を滅ぼした者達を率いているのだ。そんなミストが最強でなくて、誰が最強だというのだ。

 

 だがミストが気になったのは他に合った。

 

「……お前もか?」

「うん?」

「お前も私を……その、心配したか?」

「いいえ」

 

 その返事にミストは思わずトールの顔を見る。心配してくれなかったのかと少しだけショックを受けるが、トールの表情は初めて出会った時のケダモノの顔ではなく、愛しい人を見る、人間の顔であった。

 

「例え俺が何かをしなくても、ミスト様なら自力で邪神を打ち破るって信じてましたから」

 

 ――まあ、ちょっとでも早く戻ってもらいたくて出しゃばっちゃいましたけど。

 

 そう続けながらミストへ微笑む。

 

 その返事を聞けたミストは、何故か嬉しくなった。

 

「そうか……そうか!」

 

 腕の中で何度もそうか、そうかと頷くミスト様可愛いなぁと思いながら、しかしこのままいつまでも抱きしめ続けていたら本気で殺されかねないと思い、そっと腕を放す。

 

「さあミスト様、魔王は倒しました。勇者も倒しました。そして、長年の宿敵、邪神すら滅ぼしました。そろそろ、お願いします」

「む……そうだな」

 

 そう言ってトールはミストの右後ろ――いつもの定位置に立つ。

 

 そしてミストは神官達の前に堂々と立ち、自身に満ち溢れた高笑いを始める。。

 

「ハーハッハッハ! 神に選ばれた勇者? 世界を闇に覆う魔王? 世界を破滅に導く邪神? 全く笑わせてくれるではないか!」

 

 ミストが腕を振るう。それに合わせて幻術部隊が巨大な爆発を演出する。

 

「私だ!」

 

 その声と共に、天から落雷が落ちる。もちろん別の部下の仕業である。

 

「世界の中心はこの私――ミスト・フローディアだ!」

 

 炎の龍が生まれ、天へ向かって雄たけびを上げる。熱血三兄弟が一緒に叫んでいた。

 

「証明は成された! 私こそが、我が力こそが世界最強であるということをな! よって――計画は次の段階へと突き進む!」

「ん?」

 

 トールは次の計画があるなど聞いていない。何を言うつもりだろうこのラスボス王女様はと思っていると、すぐに続きが宣言される。

 

「国堕としだ――我が王国も、南の共和国も、西の傭兵国家も、そして煩わしい北の帝国も全て支配下に置いてやる! 誰が世界の支配者なのか、改めて教えてやる必要があるからな!」

 

 その言葉に、神官達は一斉に歓声を上げた。

 

「いい気概だ! それでこそ我が尖兵達よ! ははは、それでは貴様等に天を見せてやる! 我が覇道、最期までその目に焼き付けよ!」

 

 瞬間、歓声が爆発した。圧倒的なカリスマ。この場の誰よりも小柄な、だが世界の誰よりも巨大な力を持った少女に神官達は崇拝の念を込めながら、大きな歓声を上げるのであった。

 

 そんな中、日本からやってきたトールは思う。

 

「勇者と魔王倒して、邪神も滅ぼしたってのにまだ満足しないとか……」

 

 ――この子、一体どこのラスボスなんだろう、と。

 

「ハーハッハッハ! ハーッハッハッハッハ! さあお前達、私に付いて来い!」

 

 ミストが美しい金髪を靡かせて、察そうと歩き出す。それについて行きながら――

 

「……ミスト様がいつも通り楽しそうにしてるから、まあいいか」

 

 そんな風に思う、トールであった。




次話エピローグ
本日十二時に投稿します。


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エピローグ

 ――魔王と勇者、そして邪神の戦いから五年の月日が経った。

 

 活気溢れる街の中を、一人の青年が歩く。これまで様々な場所を渡り歩いてきたが、これほど活気あふれる場所はなかった。

 

 何せ、今日は世界最大の祭りである。

 

「世界を統一した初代皇帝ミスト・フローディア。その統一記念日、ねぇ」

 

 青年――勇者セイヤは街の中心にある、美しい女神象を見上げる。そこには見覚えのある少女が、凛々しくも可愛らしく立つ姿があった。

 

 腰に差した剣にそっと触れる。世界最強の剣の力を最大限に発揮しても勝てなかった化物が、今や英雄扱いである。

 

「まあ、俺よりよっぽど勇者してたからな」

 

 魔王が死に、邪神が滅んで人の世になった世界はあまりに醜かった。各国が己の覇権を巡って侵略戦争を繰り返し、歴史上最悪の戦乱が幕を開けたのだ。

 

 魔族という共通の敵がいなくなったと思ったらすぐこれだ。ほとほと呆れてしまい、セイヤはどの戦力にも手を貸さずに人助けだけをしてきたが、ミストは違う。

 

 己の勢力を纏め上げると、瞬く間に王国を制圧。そして周辺諸国へと自ら乗り込んで制圧していった。信じられない事に、個人で各国を侵略し、そして従えていったのだ。

 

 最終的に圧倒的軍事力を持つ帝国すら滅ぼし、統一国家を作った時は何処のラスボスだと思ったものだ。

 

 幸い、終焉魔術を受けたセイヤは死んだ事となっていた。情報の周りが遅いこの世界であれば、適当に顔を隠していれば早々勇者だとはバレないものだ。

 

 生きていると知られたら不味い理由がセイヤにはあったため、これはありがたい話である。

 

「もしあの化物が暴走でもしたら、止められるのは俺だけだからな」

 

 魔王を自らの手で殺せなかったセイヤは結局、元の世界に戻る術を無くしていた。とは言え、実は手段が全くないわけではない。

 

 現に、すでに一緒に召喚された幼馴染三人は元の世界に戻っていた。残っているのはセイヤのみ、しかも己の意思で、こうして残っていた。

 

「まさか、あの王女が送還魔術まで使えるとは……」

 

 勇者である幼馴染達が元の世界に帰れたのは、ミストの手によるものだ。それだけなら泣いて感謝をしたいほどなのだが、彼女が『世界を渡れる』となれば話は変わる。

 

「あの性格だ。こうして世界を統一した以上、次は俺達の世界を狙うかもしれねぇ」

 

 実際に戦い、そして統一戦争でのミストを見たセイヤは、本気でそう思っていた。だからこそ、こうして彼は帰れる手段があるにもかかわらず、この世界に残っているのだ。

 

 元の世界の幼馴染達が、平和で暮らせる為に。

 

 万が一の時は、暗殺でもなんでもして、絶対に止める。

 

 そんな覚悟を持って残ったセイヤは今、フローディア統一帝国の首都シノミヤに来ていた。

 

 統一記念日、それは数少ない、一般市民が皇帝ミスト・フローディアを見物出来る日だからである。

 

「さてっと、今年は大丈夫そうかな?」

 

 市民達が一斉に大歓声を上げる。どうやらミストが現れたらしい。セイヤは持った身体能力を駆使して、一気に近くまで駆け寄った。

 

 そこにいたのは、黄金の髪を靡かせ、髪と同じく美しい黄金の瞳を市民に向ける少女がいた。その瞳はどこまでも優しく、市民達をまるで我が子を見るように慈愛に満ちていた。

 

 そして隣には、セイヤも見覚えのある黒髪の男。男もまた、少女を愛おしい者を見る目で優しく微笑んでいた。

 

 皇帝の夫として公私共にサポートする統一帝国の宰相、トール・シノミヤ・フローディア。

 

 彼がセイヤと同じく、というよりはセイヤに巻き込まれて日本から召喚された男だと知ったのは、戦いが終わってから二年以上経ったあとだった。

 

 そして同時に、魔王と勇者の血を引く男だと知ったのも、全てが終わってからだった。トールは、魔王達が再び現れる邪神を倒す為に準備していた、勇者達の子孫だったらしい。

 

「まあ、今更それはどうでもいいか」

 

 セイヤはバルコニーから市民に向かって手を振るミストをじっと見る。

 

 かつての姿からは想像も出来ない、穏やかな表情だ。昨年は双子の男女児が生まれたと聞いたが、あのお腹を見る限り、来年にはもう一人くらい生まれそうだなと思う。

 

「つーことで、とりあえず一年は安全ってことだな。うし、それじゃあ行くか」

 

 そうしてセイヤは王城から背を向け旅に出る。その旅に理由はない。ただ、自分に出来る事を探す旅というのも、悪くはないなと思っていた。

 

「それじゃあお二人共、お幸せにな」

 

『ああ、貴様もな』

 

 脳裏に直接響いた声に思わず振り向く。ミストはこちらに気付いていないのか、市民を優しく見守っていた。しかしその隣、トールを見ると、穏やかな瞳でセイヤを見ていた。

 

 視線が交差する。しかしこれ以上の言葉はいらない。

 

 きっともう、自分と彼等の道は交わることなどないだろうから。

 

「さってと、それじゃあ俺も、そろそろ幸せについて本気で考えてみようかな」

 

 異世界だけど婚活でもしてみようか、などと軽く思いながら、セイヤは歩き出した。それからはもう、一度も振り返ることもなく、ゆっくりと、だけど軽い足取りで、歩き出したのであった。

 

 

 

 

ラスボス系王女をサポートせよ! ~俺を助けた王女様が世界を支配したがってるので全力で手助けすることにしました~ 完




これにて『ラスボス系王女をサポートせよ! ~俺を助けた王女様が世界を支配したがってるので全力で手助けすることにしました~』は完結となります。

短い話の中に自分が書きたい内容を詰め込んだおかげか、当初の予定通り終わらせる事が出来、自分でも良かったなと思います。

ここまで応援ありがとうございました!


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番外編 暗黒教団を迎撃せよ!

 昏い、昏い闇に覆われた空間。そこに集まる者達は異様な雰囲気を漂わせている。

 

「……やつは絶対に手を出してはならないモノに手を出した」

 

 一人の神官が告げる。本来なら清廉を身に纏う白い服を纏うはずの神官だが、彼等は皆一様に黒い神官服を身に纏っていた。

 

 かつて魔王と勇者を殺し、邪神を滅ぼしただけでは飽き足らず、戦乱の時代を暗躍して蹂躙し尽した世界最悪の集団、暗黒教団。

 

 そのトップであるミスト・フローディアとトール・シノミヤを除く幹部全員が集まり、深刻に話し合いが続く。

 

「どうする?」

「もはや殺すしかあるまい」

「しかし、やつの力は強大っす。しかも警戒心も強い。暗殺は困難っすよ」

「問題ない。如何にやつとはいえ、我々幹部全員が力を持ってすれば――チャンスはあるはずだ」

 

 世界中から恐れられている組織の幹部達。彼等ですら恐れる一人の男がいた。しかもその男の行動は下手をすれば、暗黒教団すら壊滅に陥らせるほど凶悪な代物なのだ。

 

「これは諜報部隊を使って独自に得た情報だ。見てくれ」

 

 進行役の幹部は一枚の紙を全員に見せる。

 

「こ、これは……」

「まさか……まさか!」

「ヤ、ヤベェ! もう一刻の猶予もねえじゃねえか!」

 

 この危険人物がとある宝石店で真剣な表情をしている写真がそこにはあった。世界トップクラスの超高級店だが、この男なら十分手にする資格があるだろう。

 

 だからこそ不味い。幹部達は一瞬だけ瞳を閉じ、そして告げる。

 

「この戦いに俺は、命賭けるぜ」

「俺もだ」

「俺もっす」

 

 ミストを慕い、ミストに憧れた男達は、己の居場所を守るために決断した。進行役の幹部が周りを見渡し、その瞳に映る決意を見て頷く。

 

「よく言ってくれた。それではこれより我らが女神ミスト・フローディアを守るため、例え最後の一人となっても戦い抜こう……あの一人で抜け駆けしまくってミスト様と最近イチャイチャしまくってるクサレ暗黒神官長をぶっ殺そう!」

「「「イエァ!」」」

「これは嫉妬などではない! 聖戦である! 我らが女神ミストを守ろう!」

「「「イエァ!」」」

「ミストちゃん可愛い!」

「「「可愛い!」」」

「ミストちゃん可愛い!」

「「「可愛い!」」」

「ミストちゃんは?」

「「「我らが女神! イエェェェェ!!!」」」

 

 昏い闇を吹き飛ばす程の勢いで幹部達が立ち上がる。最近ミスト様から一番信頼を受けてるからってイチャイチャしているしているあの男――暗黒神官長トールを打ち倒す為、彼等は命を燃やす事を決意した。

 

 

 

 

 暗黒教団神官長トールはこの日、休暇を取ってとある場所へと向かっていた。

 

 魔王と勇者を倒し、邪神も滅ぼした。先日ミストを嫁にするとか調子に乗っていた帝国の皇帝をボコボコにして潰した。ようやく大陸が統一され、彼の周辺も落ち着きを見せ始めたので、彼はかねてより秘めていた計画を実行することにしたのだ。

 

 目的の店に到着したトール、その中へと入っていく。並の貴族ですら手が出ない程の高級志向に拘った、大陸最高の宝石店。

 

 当然店内にいるのは大陸有数の貴族や商人ばかりだが、それでもトールという現在統一国家となったフローディア王国のナンバー2の登場に騒めきだした。

 

「店主、すまないが人払いを頼む」

「これはこれはトール様! わざわざ来店して頂き、申し訳ありません。貴方様のためならばいくらでも店を閉めましょう!」

「俺の都合だ。まさか城で話をして勘付かれるわけにはいかないからな」

 

 こればかりは絶対にバレる訳にはいかない。サプライズで一気に決め、押し切るつもりなのだ。先手必勝、考える隙は与えない。

 

 別室に案内されたトールは、最高級のソファに身を沈め、店主と向かい合う。

 

「ミスト様へ指輪のプレゼント。そして愛の告白。男らしいではありませんか」

「もう出来ているな?」

「はい、間違いなく歴史上最高クラスの宝石と装飾技術で作られた最高の逸品ですとも」

 

 そうして取り出されたのは、ミストの髪と瞳を意識したゴールドカラーをベースに、不純物を除いた最高品質のダイヤが取り付けられた指輪。トールはこれを持って、ミストへ愛の告白をするつもりだった。

 

「素晴らしい」

 

 これを渡した時、ミストはどんな表情をしてくれるだろうか? 笑うだろうか? 驚くだろうか? もしかしたら怒るかもしれない。それを想像しただけで心が弾む。

 

 最近は戦いが落ち着き、内政に興味を持ちだしたミスト。そのせいか、これまでのようなギラついた性格は鳴りを潜め、少し大人びてきた。初めて出会った時よりも女性らしい身体つきになり、縁談話もうるさいほど入って来る。

 

 もっとも、全てトールの権限で握り潰しているが。

 

「では店主。代金は後程持ってこさせる」

「お気に召したようで良かったです。それでは、吉報をお待ちしておりますよ」

「ああ、任せておけ」

 

 そう言って店を出た瞬間、トールの周囲が不自然に歪み、視界がぶれ始めた。この現象をトールは知っている。

 

「ちっ、転移魔術か!」

 

 そうと気付いた瞬間、トールは見覚えのない荒野へと飛ばされていた。凄まじい早業。とてつもない技量の持ち主が相手だと、一気に警戒心を強める。

 

 そうして目の前の相手を見て――

 

「……何してんだお前ら?」

 

 思わずそう呟いてしまう。何せこの世界でミストを除けば最も長く付き合って来た、暗黒教団の幹部達百人が勢揃いしていたのだ。警戒していた分、思わず力が抜けてしまうのも仕方がない事だろう。

 

 ただし、妙に殺気立っておりただ事ではない雰囲気であるのは間違いなさそうだ。

 

「トール・シノミヤ。貴様は犯してはならない罪を犯した」

「はっ?」

「暗黒教団『ミストちゃんファンクラブ』のトップでありながら、その地位を私的に利用し女神と交流を深め、ついには愛を囁くようになった。間違いないな?」

「いや……地位を利用とかはしてねえけど……」

 

 少なくともミストと話す分には利用していない。縁談話を潰すことには利用しているが。

 

 ただ、幹部達の目的は分かった。どうやらミストを崇拝している彼等は、個人的に親しくしているトールが気に食わないらしい。

 

 確かに、トールとて逆の立場であれば納得できない。彼等の気持ちが良くわかるトールは集団のトップとして、確かに落とし前を付けるべきだろう。ならばと思い、集団リンチくらいは覚悟する。

 

 その考えが甘いものだと知るのは、すぐの事だったが。

 

「よって判決、死刑」

「……重すぎね?」

「むしろ軽すぎるということで意見は一致している」

 

 死刑より重い判決とか怖い。そう思うトールだが、彼等の目は真剣だ。ゆえに、トール自身も真剣にならざる得ない。

 

「とはいえ、神官長としての貴様の働きは我らをして情状酌量の余地があると判断できる。ゆえに寛大な我らは赦しの道を用意した」

「……ほう」

 

 ことミストに関しては下手な狂人よりも狂っている彼等から出された一本の細い道。流石のトールも幹部全員を相手に生き延びる自信はなく、彼等の提案を受け入れざる得ないと思っていた。

 

 しかし――

 

「貴様が先ほど買った指輪。それを我らに渡せ。そして一神官として、ミスト様から離れて再度研鑽を積むのだ。それを持って赦しと――」

 

 その幹部は最後まで言葉を発することは出来なかった。発する前に、とてつもない重力が身体を襲い、地面に潰されたからだ。

 

「おいテメエ等……言いたい事はそれだけか?」

 

 トールの声には怒りが込められていた。それはかつての邪神と戦かったとき、もしくはミストを嫁にと言い切った帝国の皇帝を相手にしたときに近い怒りだ。

 

 その姿を間近で見ていた幹部達は、トールの恐ろしさを思い出す。だがそれはすでに時遅し。

 

「俺から、ミスト様に離れろ、だと? おいおいおい! お前ら、誰に向かって何言ってんのかわかってんのかアアン!」

「っ! 全員防御結界!」

 

 トールが腕を振るう。瞬間、魔王すら超える強大な魔力が幹部達を襲う。彼等とて百戦錬磨の怪物達。世界最強クラスの魔術師だ。だが、トールの魔力は彼等の結界をものともせず、結界ごと纏めて吹き飛ばした。

 

「なあ、なあ、なあ! お前らよぉ! 俺からミスト様を奪おうってのか? ええ、オラ何とか言ってみろよ! 俺から! ミスト様を! 奪おうって言ってのかって聞いてんだ!」

「ひっ」

 

 幹部の一人があまりの恐ろしさに声を漏らす。かつて邪神にすら恐れず立ち向かった彼等だが、今のトールの怒りはミストへの思いすら塗りつぶしかねない恐怖を撒き散らしていた。

 

「答えやがれぇぇぇぇ!」

「「「うぁぁぁぁ」」」

 

 爆発する魔力。形式化されていないただの魔力の放出だが、ただそれだけで幹部達は再び一斉に吹き飛ばされた。

 

「全員、戦闘開始! 目標は暗黒神官長トール! これまで戦って来た中でも最強の化物だ! 絶対に油断するうぁぁぁぁ!」

 

 指揮を取ろうとした男がトールに蹴り飛ばされ、そのまま気絶する。

 

「ミスト様ミスト様ミスト様ミスト様ミスト様……」

「祈りは済んだか?」

「あ、あ、あ……助けて」

「断る」

 

 神官の一人の頭を掴み、そのまま地面に叩き付ける。

 

「怯むな! 遠距離から絶えず魔術で攻撃だ!」

「「「オオオオオォォォォ!」」」

 

 かつて邪神の終焉魔術を削ったように、様々な魔術が荒野に飛び交う。しかしトールはそれを防ぎ、躱し、迎撃し、一つ一つ的確に捌いていく。

 

 そうして魔術の嵐を抜けたトールは、目を血走らせて神官達を蹴散らし始めた。

 

「オラオラオラオラオラ!」

「負けるな! ここで負けたら我らが女神が奪われる! それだけは、それだけはぁぁぁぁ!」

「お前ら全員倒さなきゃミスト様が手に入んねえってんならいくらでも倒してやるよぉぉぉぉ!」

 

 

 男と男のぶつかり合い。それはかつての邪神との戦い以上の激しさで魔術が飛び交う戦場となった。

 

 そうして数時間、途中から援軍と称してやってきた暗黒神官達、総勢一万人との戦いは荒野が更に荒廃するまで続き、最終的にトールの勝利として決着が着く事となった。

 

 

 

 

 そして――夜。

 

 本日の業務を終えたミストは、王城の城壁から街を見下ろしていた。空には満月が浮かび、月明かりが城下を照らしている。

 

 この景色を見るのが好きだった。だからこの時間は邪魔されたくないと、護衛の人間も外している。ただ一人を除いて。

 

「ミスト様」

 

 唯一その場にいる事を許された存在、トールは背後からミストを呼びかける。

 

「ん、その声はトールか。どうした? 今日は休暇のはずではなかったか?」

 

 ミストは振り向き、そして怪訝そうな顔をする。

 

「……いや、本当にどうしたのだ? ボロボロでないか!」

「どうしても譲れない戦いがあり、勝利してきました。お見苦しい姿を見せてしまい申し訳ありません」

「……そ、そうか。お前程の者がそこまでなるのだ。よほど大切な戦いだったんだろうな」

「ええ、何者にも代えられない、とても大切な戦いでした」

 

 そう言いつつ、トールはそっとミストの隣に立ち、街を見下ろす。トールはこの光景が好きだった。ミストと二人、ゼロから作り上げてきた大切な景色だ。

 

 ミストが同じように街を見下ろす。二人は並び、無言で同じ景色を見ていた。

 

 それからしばらくして、ミストが呆れたように呟く。

 

「全く、休暇の時にボロボロになって、しかもそんな身体でここまで来て、何がしたいのだお前は」

 

 もっと早く戦いが終われば、着替える余裕もあった。だが暗黒教団『ミストちゃんファンクラブ』のメンバーはしぶとく、好戦的で、しかも増援を呼ばれたせいで更に全滅させるまでに時間がかかり、ギリギリの時間になってしまったのだ。

 

 かと言って、この時間以外は護衛が付いていて二人きりになれず、別の日になれば暗黒教団のメンバーが何をしてくるかわかったものではない。

 

 だからこそ、例え不格好であってもこの瞬間を逃すわけにはいかなかったのだ。

 

「どうしても二人きりの時に、お伝えしたい事がありました。このタイミングくらいしか二人きりになれないですから」

「だとしても、それなら事前に言えばいいだろう。多忙とはいえ、お前のためならいくらでも時間を取ってやる」

「ははは、ありがとうございます」

 

 そう笑いながら、視線をミストへ移す。月明かりの光が黄金の髪を反射し、キラキラと輝いていた。彼女が立つその姿が幻想的で、本物の女神のように美しい。

 

 頭一つ以上小さな彼女は、じっと見て来るトールを見上げながら何も言わずただ待ってくれている。そんな彼女にトールは覚悟を決めて、懐から小さな箱を取り出した。

 

「ミスト様。以前俺に欲しい者がないかって、聞いてくれたことがありましたよね?」

 

 そうして箱を開き、中に入っている指輪をミストへ見せる。

 

 ――貴方の一生を俺に下さい。代わりに俺は一生、貴方の傍で生きていきます。

 

 この時の、涙を流しながら嬉しそうに笑うミストの顔を、トールは一生忘れないだろうと、そう思った。



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第二章 幸せな日常を謳歌せよ!
第一話 ラスボス系王女達を幸せにせよ!


完結してるにもかかわらず、新たにブクマをしてくれてる人達が結構いたので、小説家になろうで書いた分をこちらでもキリの良い所まで更新します。




「ぱぱ、あそんでー!」

 

 そう笑顔で近づいて来る3歳になったばかりの小さな少女を、トールは脇に手を入れて持ち上げる。それだけでキャッキャと笑う愛娘に頬を緩ませてしまうのは、父親なら当然だろう。

 

 金色の髪に黄金の瞳。まるでミストをそのまま小さくしたような少女は、しかし母には似ず愛嬌たっぷりの愛らしい少女に育っていた。

 

「ちちよ。われもだっこをしょもうする!」

 

 そしてもう一人、トール譲りの黒髪黒目の幼い少年は、舌足らずながらも尊大な物言いで、両手を上げながらトールに迫る。将来は凛々しい男になるだろう美しい顔立ちだが、おねだりはとても可愛いものだ。

 

「よーし、ヤマトもカグヤも纏めて来い!」

 

 トールは娘を片腕で持ちかえると、反対の手で息子を抱き上げる。

 

「おぉ!」

「ぱぱすごい!」

 

 小さな二人を持ち上げただけだというのに、両腕に抱えられた二人は尊敬の眼差しで見つめて来る。そんな瞳で見られると、もっと喜ばせたくなる。

 

 二人を抱えたままぐるぐる回ったり、ジャンプしたり、その度に良いリアクションをしてくれてる双子が可愛くて仕方がなかった。

 

 右手に抱えるのは、カグヤ・シノミヤ・フローディア。

 

 左手に抱えるのは、ヤマト・シノミヤ・フローディア。

 

 共に最愛の少女ミストとの間に儲けられた最愛の子供達である。

 

「まったく……頬が落ちるほどにデレデレしおって。旦那様はこやつらに甘すぎだぞ」

 

 トールが振り向くと、まだ生後一歳に満たない赤ん坊を抱っこしたミストが部屋に入ってきた。彼女は呆れたような言い方だが、その瞳は愛しい者を見つめる優しいものだ。 

 

「ママ!」

「はは!」

「うおっ! お前ら危ないって!」

 

 ミストを見つけた瞬間、双子は同時にトールから降りようと動き出す。どうやら遊んで来る父親よりも、普段から守ってくれる母親の方が優先順位は高いらしい。

 

 すでに身体強化を使いこなしている二人は三歳にして並の騎士よりも運動能力が高いため、急に動くとトールでも支えるのに苦労するのだ。

 

 トールは暴れる二人が落ちないように支えながら、ゆっくりと地面へ下ろしてやった。同時に駆け出す二人はミストの前で止まると、眠っている妹の愛らしい寝顔を覗き込んだ。

 

「みことねてるね」

「うむ。ういねがおである」

「二人共あんまり騒ぐなよ。ミコトが起きたら大変だからな」

 

 ミストの言葉に二人揃って口に手を当てて頷きあう。

 

 そんな二人の後ろからトールは三人目の娘を見下ろした。

 

 ミコト・シノミヤ・フローディア。

 

 トールと同じ黒髪だが、今は閉じられているその瞳はミストと同じ黄金。そして生まれ持った魔力は、すでにトールさえ上回る。

 

「寝ている姿は天使なんだがなぁ」

「くくく、そうだな。ついさっきもお腹が空いたのか、泣きながら城下町目掛けて隕石を落としてきたぞ。まあ我が臣下達が粉々に叩き潰していたがな」

「わ、笑いごとじゃないんだが」

「なに、いつもの事だ」

 

 お腹が空く度に街一つを破壊しようとする愛娘。とはいえ、可愛いので許す。もっと言うと、文句がある奴は処す。そんな事を思っていると、ミストは小さな二人の頭を順番に撫でる。

 

「それに、すでに力を制御し始めたカグヤやヤマトの教育の方が大変だと、よく言われているぞ」

「ちがうよ! かぐやはいわれたとおりやってるだけだもん!」

「われもだ!」

 

 必死に己の正当性を訴える二人だが、ミストもトールも知っていた。

 

「城壁を吹き飛ばしたのは?」

「かぐやだよ?」

「地面を切り裂いて地割れにしたのは?」

「われだが?」

 

 悪気ない二人の態度に思わず苦笑してしまう。もはやトールをして規格外と言わざる得ない力に、暗黒教団の面々は振り回されっぱなしだという。

 

 ミストは再び眠っているミコトを見下ろした。

 

「ま、こやつらがどんなに風に成長するか知らんが、この私とお前の子供達なのだ。大物になるだろうな」

「それだけは間違いない」

 

 かつてのミストでは絶対に見せなかった優しい眼差し。

 

 トールは改めてミストを見る。子を産み、身体つきも成長し、昔とは違った色気があった。顔つきは母のものへと変わり、胸は以前よりも母性を含む。腰から下半身にかけては柔らかさが増しているようだ。

 

 彼女をそうしたのが自分だというのが、何よりも誇らしい。夜同じベットで眠る時、柔かい匂いも堪らなく、毎晩のように求めてしまうのも仕方がない事だろう。

 

 何より、最初は強気に挑発してくる彼女が、だんだんと声を荒げながら何度も名前を呼んで求めてくるという、あまりに可愛らしい仕草に男として耐え切れず――

 

「おい旦那様。子供の前で何を考えている」

「何も考えてないです」

「目がやらしい。ふふ、そんな目をする男とは夜一緒に寝られんな」

 

 挑発するように鼻で笑うミストだが、トールも昔とは違う。ただ従順なだけのではなくなったのだ。

 

「そんな事を言いつつ最期はいつも――」

「よしカグヤ、ヤマト。今日はミコトと四人だけで寝るぞ」

「え……?」

「いいの!?」

「ははとしゅうしんをともにできるのか!?」

「うむ。もちろん、旦那様は無しだ。今日は母が特別に、我が武勇伝を聞かせてやろう!」

「「やったー」」

 

 普段一緒に寝られない二人はミストと一緒と言う事で、大はしゃぎである。そのはしゃぎっぷりは父であるトールの存在を完全に忘れ去ってしまうほど。

 

「あ、あの……カグヤー、ヤマトー?」

 

 子供と一緒に寝る。そんな一大イベントに置いていかれるわけにはいかない。だが父として、そう簡単に謝るなど弱い姿は見せられない。

 

 ――絶対ベットで泣かしてやる

 

 そんな言葉をぼそっと呟くと、ミストが挑発的な笑みを浮かべてトールを見下した。

 

「おいトール」

 

 その口調は昔、まだ二人が主従関係だった時のような声色だ。思わず背筋が伸び、顔を上げてしまう。

 

「貴様、まさか私の弱みを握っているつもりじゃないだろうな? んん?」

 

 結婚して三年。すでに夫として対等の立場にいたが、それでも長年染みついた従者としての本能は中々消えはしない。今のミストとトールの立場は、完全に主従関係のそれである。

 

「ごめんなさいミスト様許して!」

 

 さっと土下座を決意。ミストはそんなトールを見て愉快そうに笑う。

 

「ははは! 無様な姿で滑稽だな! 久しぶりにお前のそんな姿が見られて私は嬉しいぞ!」

「じゃ、じゃあ許してくれ――」

「ハッ、断る! さあアホなトールは放っておいて、行くぞ二人共。今日はそうだな、南の傭兵国家が魔界大帝を呼び出した事で世界が滅びかけた時の話をしてやろう」

「わぁぁぁ!」

「まかいたいてい……なんとかっこいいひびきだ……ぜひそのはなしを!」

 

 この二人と、もう一人生まれた娘、そしてミストの為なら、トールは邪神が万単位で襲い掛かっても叩き潰して見せる。

 

 そんな決意をする三児のパパ神官であるトールだが、家庭内ヒエラルキーはまだまだ下のようだった。

 

 そんなトールをひたすら笑い続けたミストだが、扉から出る前に一度だけ振り返る。

 

「おいトール……一つだけ、約束出来るなら来てもいいぞ」

「します!」

「まったく、まだ何も言ってないのに貴様ときたら……まあいい」

 

 ミストは抱き抱えたミコトと、足にくっつく二人の子供達を見ながら呟いた。

 

 ――私達を、一生幸せにしてくれるか? 旦那様?

 

 そう挑発的に笑うミストと、それを真似して笑う子供二人、そしてスヤスヤと眠っている娘に向けて、大声で答える。

 

「当たり前だ! お前ら全員、俺が死ぬまで幸せにしてやるからな!」

 

 それを聞いたミストは穏やかに笑うが――

 

「ふ、ふぎゃ、ふぎゃぁぁぁっ!」

「「「あっ」」」

 

 トールの大声に驚いたミコトが泣きながら起きてしまい、邪神を超える魔力が天空へと向かう。と同時に鳴り響く轟雷の音。

 

「おおミコト、そうかそうか驚いたのか。そうだな、悪いパパだな。よし、それじゃあ責任を取って、旦那様には一人で対処してもらおうか」

「え……マジで?」

「ああ、マジだ。もちろん、ちゃんと片付くまで一緒に寝るのは無しだからな」

 

 ミストは神々でさえも見惚れてしまうであろう美しい笑顔でそう答える。

 

 トールはそんなミストから視線を逸らし、窓の外を見る。落雷と巨大な炎龍が空を覆い、その上空からは巨大な魔力反応を感じ取った。そしてゆっくりと堕ちて来る隕石。

 

 トールはそれを見ながら、窓を開けて外に飛び出した。

 

「がんばれぱぱー」

「うむ、ちちのかつやく、このめにやきつけようではないか」

「では旦那様。ベットで待ってるからな」

 

 家族のためなら何でも出来る。世界最強のパパ神官は今日も家族を幸せにするため、戦うのであった。

 

「ちっくしょー! やってやらー! 愛しい娘の愛情表現だと思えばなんでもこいやー」

 

 そう、ラスボス系王女達を幸せにするために。



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第二話 幼い双子を救出せよ!

 かつて南の傭兵国家ヴァジュラには、三百年前より恐ろしい魔族が隠れ潜んでいた。

 

 その名は――魔界大帝ボノボン。

 

 血と計略と戦争を好む、悪鬼羅刹とも相違ないと魔界でも悪名高い魔族である。

 

 かつて魔王クロノと魔界の覇を競い合ったとされる彼は、最終的はクロノによって斬り伏せられたと伝えられていたが、実際は地上に逃げ込み力を蓄えていたのだ。

 

 用心深いボノボンは昔からほとんど表舞台には立たず、陰から国を操り血を流させる事を生き甲斐とする卑劣な魔族である。

 

 地上へと逃げた彼は己の隠れ住む場所として、当時すでに傭兵国家として周辺諸国に戦争狂いと認識されていたヴァジュラに目を付けた。

 

 ヴァジュラの初代傭兵王に成りすまし、力を蓄える。そしていずれは魔王クロノに復讐を遂げ、魔界を制覇する。それがボノボンの野望だ。

 

 そうして時は流れ、復讐相手である魔王の死を知ったボノボンは喜んだ。拍手喝采である。別に自分が倒さすことにこだわりのなかった彼は、周囲の部下達に笑いながらこう言った。

 

『魔王のアホよりワシの方が長生きした。つまり、ワシの方が魔族として格上っちゅーことじゃ』

 

 厚顔無恥とはこの事だが、彼の周りは何も言わない。この男は卑劣であるし恥知らずであるが、その力は決して侮れるものではないのだから。

 

 そうして恐れるモノは何もないと周辺国家へと戦争を仕掛け、そして一か月後には血祭に上げられてしまう。

 

 魔王を殺した少女――ミスト・フローディアとその従者達の手によって。

 

 そうして魔界大帝ボノボンの野望は潰えた――かに見えた。

 

「ぐふふ……」

 

 昏い闇の中、一人の男が王城を見上げる。

 

 体格は良く、二メートル近い身体は無駄な筋肉を削ぎ落としてなお並の男性よりも肥大。その形相は鬼のようで、子供が見れば泣き叫ぶほどに恐ろしい。

 

 彼こそ、魔界大帝ボノボン。かつての戦乱を生き延び、こうして悪意のある笑みを浮かべて王都シノミヤへと侵入を果たしていた。

 

 公式には、ミスト達によって追い詰められた傭兵国家ヴァジュラが伝説の傭兵王ボノボン――実際は魔界大帝ボノボン――を召喚して反撃に出たとされる。

 

 しかし実際、ボノボンは元々傭兵国家ヴァジュラの中に隠れ住んでいたのだ。では召喚された傭兵王は何者か?

 

 それは魔界でも有数の大悪魔にして、魔界大帝ボノボンの側近中の側近――悪魔公爵ブラックサンダー。彼が影武者となり、ミスト達を殺して世界中を戦乱の渦へと巻きこもうとした。

 

「ワシは悟った。表に出るから負けるのよ。最初から最後まで影からアホ共を操れば、何があっても負ける事はないんじゃ」

 

 悪魔公爵ブラックサンダーは強大な悪魔だ。もしこれが他の国との戦争であれば、間違いなく傭兵国家ヴァジュラの勝利だっただろう。

 

 ただ相手が悪かったのだ。魔王すら殺して見せたミスト達を相手に奮戦こそすれ、力の差は歴然。ミスト達と敵対した悪魔公爵ブラックサンダーが殺されるのは、そう時間はかからなかった。

 

 こうしてボノボンが三百年の時をかけて作り上げた傭兵国家ヴァジュラは、闇の女王ミストによって滅ぼされる事となった。

 

「さあ復讐の時間じゃぁ」

 

 しかしボノボンはめげない。雌伏の時を過ごし四年。否、魔王クロノに負けてから数えて三百年以上。

 

 待つと事に関しては誰よりも得意だったボノボンは、こうして復讐のチャンスを待ち続け、そうしてついにチャンスを掴みとった。

 

 そう、ミスト・フローディアが公務で王都を留守にしている隙に、彼女の子供達を攫うチャンスを。

 

「さあ待っとれよあのメス餓鬼が……おどれの餓鬼共の四肢を引き千切って、一本ずつ送り届けたるからのぉ……」

 

 王城を見上げた魔界大帝ボノボンは、そのまま闇に消える。そして――

 

 

 

 

 この日、最悪の悪意が王都を襲う。

 

 カグヤとヤマトの二人は、暗黒神官達すら気付かぬうちに忽然と姿を消してしまったのだ。最初はヤンチャな二人だ。隠れて遊んでいるだけだろうと思っていたが、それはあまりに長く、ついには日が暮れても誰も見つける事が出来なかった。

 

「探せ! 探せぇぇぇ!」

「カグヤ様ー! ヤマト様ー!」

 

 しかし懸命な捜索にも拘わらず、彼等二人の消息は不明のままだった。

 

 それは王都シノミヤ中で似顔絵などが飛び交う騒ぎとなる。そんな似顔絵を手に取る一人の青年がいた。

 

「……まじかよ。どこのどいつだ! 下手したら今度こそ世界が滅びるぞ!」

 

 青年は皇帝達がいない隙に王都を楽しもうと来ていたのだが、王子達が行方不明になったと知った瞬間、慌てて駆け出した。まるで迷うことなく、まるで目的地がわかってるかのように、凄まじい速度で駆け出した。

 

 

 

 

「ぱぱ……まま……こわいよぉ」

「なくなかぐや。ふかくをとったが、おまえだけはかならずにがす」

「やまとぉ」

 

 突然闇が訪れたと思えば、二人はいつの間にか廃墟へと連れ去られていた。そして目の間には恐ろしい鬼がいたのだ。

 

「恐ろしく似た顔立ち……その顔を見てるだけで、臓腑がひっくり返りそうじゃわい」

 

 地獄の底から出たような低い声。明らかに人とは異なる岩のような顔面に白一色の瞳。カグヤ達が五・六人分はありそうな巨体。

 

 魔界大帝ボノボンは、城の中でしか過ごしたことのないカグヤ達にとって、初めて見る恐ろしい化物であった。

 

 恐ろしさに涙を流すカグヤを庇うように、ヤマトは震える体に力を入れて睨み返す。とはいえ、恐ろしいものは恐ろしい。如何に大人顔負けの力を持っていようと、相手は正真正銘トップクラスの化物である。

 

 三歳とは思えない聡明さを持つヤマトは、カグヤ以上にこの状況の不味さを感じ取っていた。

 

「おいおに! もくてきはなんだ!」

「……なんちゅー生意気なガキじゃ。どうやら己の立場が理解出来ん様じゃな」

「がっ!」

 

 ボノボンはヤマトに近づくと、その小さな腹へ蹴りを入れる。ヤマトの腹部くらい大きな足だ。ヤマトが踏ん張ることなど出来る筈がなく、勢いよく壁へと蹴り飛ばされた。

 

「やまと!」

 

 いつも一緒の大切な兄が鬼に殺される。そんな恐怖が足を突き動かし、ヤマトの下へと向かおうとするが、ボノボンに首根っこを掴まれ宙に浮かされる。

 

 そして目の前に、恐ろしい鬼の形相を持つ化物。

 

「あ……あ、あ、あ……」

「ほんまにムカツク顔しとる餓鬼じゃのぉ……このまま喰ってやろうか!」

「ひぅっ! やだやだ! たすけてパパ、ママ!」

 

 カグヤは恐ろしくなり目を閉じつつも、首を横に激しく振り抵抗をする。それが何の意味もなさないことは、この場にいる誰もが分かっていた。

 

「ぐ、ぐぐぐ……おのれ、かぐやをはなせばけものめ!」

 

 崩れ落ちた壁から出てきたヤマトは、必死に這いずりながらボノボンを睨みつける。

 

 そんなヤマトを見て、ボノボンは思わず目を見開いた。

 

「信じられん。手加減したとはいえ、普通死ぬじゃろ。なんで生きとんじゃ……」

「ふぐぐ……かぐやを……はなせ」

「とはいえ、半死半生なのは違いないか。ぐふふ、そうじゃ、お主の目の前でこの餓鬼の腕を一本ずつ喰らってやろう。その次は足、そして腹、最後に顔」

 

 ボノボンは醜悪な笑みを浮かべたまま、ゆっくり近づき――

 

「そうすれば、お主はどんな顔をするんじゃろうかのぉ?」

 

 地面に這い蹲るヤマトの背中を踏み潰す。

 

「ぐがぁ! ぐぅ……ぐぅぅ……!」

「やまと、やまとー!」

 

 あまりの激痛に苦悶の声が漏れ、涙を浮かべながらもヤマトは叫ぶのを耐える。

 

 何故なら自分は大陸を統一した偉大なる皇帝ミストと、その右腕にして世界最強の魔術師トールの息子。そして、時代のフローディア統一帝国の皇帝となる者。情けなく声を上げるなど、出来る筈がない!

 

 ヤマトにはこの場を打開する手段はない。だがきっと、耐えれば助けが来るはずだと信じていた。普段はふざけている神官達は極めて優秀だ。何より、このような蛮行、父と母が許すはずがない。

 

「あんしんせよかぐや……ぐぅ! われは、ぅ……つよいから、かならずたすけて、やるから」

「あ、やまとぉ……」

 

 そんな二人の兄弟愛は、しかし化物には通用しない。

 

「つまらんのぉ……」

 

 魔界大帝ボノボンはぽつりと呟くと、足をヤマトから退ける。

 

「もうええ。人質は二人おっても面倒なだけじゃ。とりあえず、メス餓鬼は喰らって、このオス餓鬼が泣き叫ぶのでも見て愉しむか」

「き、きさま! これいじょう……かぐやをなかせてみろ! ころしてやるからな!」

「ぐふふ……その端整な顔がどう歪むか、愉しみじゃ!」

「やだ! やだよぉぉ!」

「やめろ……やめろぉぉぉ!」

 

 かぐやを己の正面に持ち替えたボノボンは、その小さな腕に目を向けて大きく口を開く。

 

「それじゃあ、頂きまー……」

 

 その瞬間、一筋の光が煌めく。

 

「あ……?」

 

 かつて魔界ではあの魔王とさえ覇を競い合う、最高クラスの魔族。謀略と策略は卑怯と罵られる事も多いが、それ以上に逆らう者を殺し尽すことで恐れられた最凶の魔族。

 

「なんじゃ? おいこれはなんじゃ何故ワシの腕が……腕が堕ち……」

 

 そんな魔界大帝の両腕が、ゆっくりと堕ちる。

 

「腕がぁぁぁぁぁ!」

 

 その瞬間を、ヤマトは、カグヤは一生忘れないだろう。

 

「これ以上しゃべんなクソ野郎」

「なっ! 誰じゃ貴様! なんなんじゃ貴様は――」

 

 あまりに美しい剣線。流星のような煌めきと共に煌めいたと思えば、ボノボンの足が堕ちる。同時に胴体、そして首。たった一線に見えたその剣戟は、無数の光が遅れて来るほど速く、まさに閃光と言うに相応しいほど綺麗なものだった。

 

「ワシは……まかいたいてい……ぼの……ぼ……」

 

 それがかつて魔王と覇を競い合った魔界大帝の、最期の言葉となる。細かく崩れ落ちた身体は決して戻る事はなく、地面にボトボトと堕ちていく。

 

 更に男はその肉体の一粒すら存在を許さないと言わんばかりに、落ちていく身体を火炎魔術で焼却した。

 

「……ふう」

 

 そうして黒髪の青年はいつの間に抱き抱えたのか、カグヤをゆっくりと地面に降ろし、動けないヤマトへ回復魔術をかけると優しく微笑んだ。

 

「二人とも、よく頑張ったな」

 

 その言葉を聞いてカグヤとヤマトは自分達が助かったのだと、ようやく実感が出来た。

 

「あ、あれ……?」

「む、むう……?」

 

 頬を伝う一筋の水滴。二人は自分達が最初、何で泣いているのかわからなかった。だが黒髪の青年の微笑みを見て、安堵したのだと気付き、一気に緊張の糸が途切れてしまう。

 

「あ、あ、ああああ!」

「むぅぅ! ないてない! われはないてないぞ!」

 

 大きく泣き叫ぶカグヤに、必死に我慢するヤマト。そんな対照的な二人を見て、青年は少しだけ笑ってしまう。

 

「何この二人。見た目はあいつらそっくりなのに、すっげぇ可愛い」

 

 そう言いながら青年は泣く二人を抱き締めてやり、落ち着くまで待ってやる。しばらくして泣き止んだヤマトがしっかり立ち上がり、青年を見上げた。

 

「いのちをすくってくれたこと、れいをいう。なにかのぞみはあるか? われがなんでもこたえてやるぞ」

「なんつーか、三歳児がこんなにしっかりしてると、ちょっとヒクな」

 

 将来が怖いんだけど、と呟きながら、青年は気まずそうに頭をポリポリとかく。

 

「別に礼はいらねーよ。お前のとこの両親には、ちょっと借りがあったからな。それを返しただけだ」

「きしさまは、ままとぱぱのしりあいなの?」

 

 カグヤの言葉に、青年はしまったと思うが後の祭り。その言葉に瞳を輝かせた二人は、一気にテンションが上がる。

 

「であれば、しろにまねこう! われらをたすけたのだ。そうおうのれいはするぞ!」

「うん! おれいしたい!」

「いや、だからいいって。あ、そうだお礼っつーならさ、お前らの両親に俺の事隠しといてくれよ。それがお礼! いいだろ?」

 

 慌てたようにそう言う青年に二人は首を傾げるが、命の恩人だ。二人は揃って頷く。

 

「良い子だ」

 

 青年は二人の頭を再度撫でる。それを二人は気持ち良さそうに受けいれた。

 

「うむ。ぬしはけんのうでだけでなく、なでるうでもいいな」

「はは、どういたしまして」

 

 頭を撫でていると、カグヤが顔を赤くして見上げてくる。

 

「……ねえきしさま?」

「ん? なんだ?」

「きしさまがすきなおんなのこは、どんなひとですか?」

「と、唐突だな……」

 

 青年は考える。いくら落ち着いたとはいえ、先ほどまで恐ろしい目にあったのだ。ここで会話をして気を紛らわせられるなら、いいだろうと思った。

 

「そうだなぁ……どっちかっていうと、お淑やかで髪の長い女の人が好きだな」

 

 青年が思い出すのは、幼馴染の一人。別に恋心があったわけではないが、女性の理想像を言えば彼女になると、当たり前のように思った。

 

「うん、ほかには?」

「後はそうだな。俺に殺意を向けない、高笑いしない、もう一回言うが殺そうとしない。これは絶対条件だ」

「それはあたりまえだとおもうが……」

 

 青年はこの二人とそっくりの少女を思い出す。高笑いをしながら落雷を落とし、炎龍を暴れさし、仕舞には隕石を落としてきた少女。あれは今でも恐ろしいと、若干トラウマになっていた。

 

「わたし、おしとやかになる! あと、たかわらいしない! きしさまをころそうとはおもわない! ……うわきしないなら」

「おう、良い心がけだ! 頑張れよ! ところで最後なんつった?」

「うん、がんばるからまっててね」

「うん? ああ、まってるな?」

 

 首を傾げながら答える青年を見て、ヤマトは呆れたように呟く。

 

「これは……きしよ、じんせいのはかばにあしをつっこんだな」

「誰に教わったんだよそんな言葉」

「うちのしんかんたち。まあたいせつないもうとだが、われもきさまならかまわんさ」

 

 謎の言葉が妙に重く感じた青年だが、不意に背後に振り向いた。その顔は盛大に引き攣り、額からは汗を流し出す。

 

「どうしたの?」

「ああどうやら二人のお迎えが来たらしい。つーわけで俺は帰るな」

「え?」

「おい!」

 

 二人が引き留めようと手を伸ばすが、そんなもの関係ないと青年は一気にその場から駆けだした。

 

「じゃあ約束な! 二人には、俺の事内緒だからなぁぁぁ!」

 

 そんな声と共に、青年は姿を消した。それとほぼ同時に現れた二つの影。

 

 それは、二人がこの世で最も愛する両親の姿であった。

 

 

 

 その後――

 

「それで、誰が助けてくれたのだカグヤ?」

「んー、ないしょ!」

「なあヤマト、ヒント! ヒントくれ!」

「ちちよ、それはいえぬ」

 

 ミストとトールは愛しい二人を守ってくれた人物について尋ねるも、二人は頑として答える事はなかった。二人とて礼を言いたいのだが、どうも子供は時として頑固で、いくら聞いても無駄に終わってしまう。

 

 ただ、この日を境に二人はまるで明確な目標が出来たかのように変わった。

 

 ヤマトは積極的に剣を学び、いずれは世界最強の剣士を目指し始めた。

 

 カグヤはマナーや教養といった、淑女に必要な科目を必死にこなしていた。

 

 そんな二人の頑張りを、トールとミストは見る。微笑ましい姿だ。頑張る子供はやはり可愛い。しかし――

 

「俺、魔術師なのに息子が目標にしてくれないんだが……」

「娘が私と真逆の性格を目指しているように見えるんだが……」

 

 解せぬ。と同時に呟く二人であった。



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第三話 異世界の温泉旅館を堪能せよ! 前編

本日二話目です。


 トールは目の前の建物を見て、感慨深い気持ちになった。

 

 今でこそミストの手によって統一国家となった大陸だが、当然ながらその国、地域によって文化は異なる。とはいえ、多少の差異があるにしても、大きな街の建築物に関しては石造りがメインとされていた。

 

 そんな中、目の前の建物はこの大陸では珍しい、風情溢れる木造建築だ。美しい深緑の木々に囲まれて建てられたそれは、かつて住んでいた日本の温泉旅館をイメージさせる。

 

『異世界旅館 幻想亭』

 

 そう綴られた建物は、トールが己の権力と財をフルに使って手掛けた温泉旅館である。

 

「これが旦那様の国の建物か。木造だからこそ生み出せる美しさ、自然溢れる心落ち着く空間……初めて見る様相ではあるが、いいではないか! 気に入ったぞ!」

「ああ、本当にいい出来だ」

 

 完成した姿を見るのは初めてだが、つい故郷を思い出して目頭が熱くなり空を見上げる。別に元の世界に未練があるわけではない。だがこうして見ると、どうしても感じ入るものがあるのだ。

 

 不意に、己の手が柔らかくも暖かいものに包まれる。隣に立つミストがそっと手を添えてくれていたのだ。

 

 挑戦的な笑みを浮かべる彼女を見ると、それまであった哀愁の念は消えた。その代わり、背筋は伸び力が入る。

 

「せっかく旦那様が私のために用意してくれた時間だ。存分に堪能させてもらおうか」

「ああ、ぜひ楽しんでくれ。今日は俺達二人だけの記念日なんだから」

 

 添えられた手を握り返す。そうしてトール達は木造で作られた門の中へと一歩踏み出した。

 

 

 

 

 この日、二人は公務ではなく完全に私事にてこの旅館まで足を運んでいた。

 

 王都シノミヤからは大きく離れた、海と山に囲まれた村に存在するこの『異世界旅館 幻想亭』は、トールがこの日の為に二年以上の月日を費やして作り上げたものだ。

 

 ほとんど私事で金を使わないトールが、どうしても作りたいと物があるとミストに懇願した時は、彼を知る者ほとんどを驚かせた。

 

 周囲の者が詳しく話を聞くと、故郷をイメージさせる街を作りたいというのだから更に驚きは増す。

 

 とはいえ、元々異世界からの来訪者であることは周知されており、しかも国の頂点に位置する人間の頼みだ。異世界の文化というのも面白いと、ミストを含め満場一致で採用された。

 

 そうしてトール主軸で行われる街づくりのテーマは『温泉街』。とはいえ、事はそう簡単な話ではない。

 

 トールが地球にいた頃、趣味と言えば? と聞かれれば「温泉巡り」と答える程度にはよく旅館を巡っていた。だからといって旅館の歴史や建築の知識、それに畳の作り方など知っている訳もなく、こうして温泉旅館を作ろうと思い至った時、大いに頭を抱えたものだ。

 

 暗黒教団の情報収集力を持ってすれば、温泉の湧き出る地域を探すのはそう難しくなかったが、物を作るとなるとそうはいかない。

 

 何せこの世界にはパソコンもインターネットもないのだ。素人の知識など当てにならず、見た目のイメージ以外に伝えられる手段がなかった。

 

 職人達と細かく打ち合わせをするも、現物のない物を作ろうというのだ。多くの有能な職人達を登用して進められたこのプロジェクトだが、進行は思うように進まず、二年の月日が経って出来たのはメインとなる旅館一棟とその周辺のみ。

 

 今回はその完成した旅館を一番最初に堪能すべく、こうしてオープン前に二人でやってきたのだ。

 

 二人がプライベートで王都を離れる事は、先日の誘拐事件のように不安がないわけではない。しかし今回は暗黒教団の幹部ほぼ全員が王都に集結して警戒に当たっている。先日のような不祥事はまず起こり得ないだろう。

 

 ミコトが隕石を落としても大丈夫なだけの戦力はある。むしろミストの護衛がトール一人だけという方に心配されたが、トールには計画があった。今日ばかりは、他の誰にも付いて来られるわけにはいかなかったのだ。

 

 過去に暗黒教団の総勢一万人を相手に勝利した実績がある。それを盾に取り、煩く騒ぐ幹部達を押しのけることに成功した。悔しそうにする幹部達だったが、物わかりの良い子供達に諭され大人しく王都で護衛をする事が決まる。

 

 そうして勝ち得た二人きりの旅行だが、この旅館を建てるにあたり、後半はトール自身公務に忙しく、ほとんど関われなかったので不安があった。

 

 だが実際に完成した建物は外装はもちろん、内装までトールのイメージと遜色ない出来で、驚きを隠せずにはいられない。そして驚かされたのは建物だけではない。従業員のもてなしに関してもそうだ。

 

「ようこそいらっしゃいました。ミスト様、トール様。従業員一同、お二人の御来訪、心よりお待ちしておりました」

 

 旅館に入ると同時に、美しい所作で床に三つ指をつき丁寧に頭を下げる女性達。

 

 確かに話はしたがあくまでイメージ。そう思っていたが、着物で着飾った女将達の美しい立ち振る舞い、小さな気遣い、笑顔、言葉遣い。どれをとっても最高レベルの接客にトールは呆気に取られてしまう。

 

 そのもてなしの心はミストにも届いたのか、中々に心地が良さそうだ。見覚えのない装飾物に目を光らせ、物珍しそうに通路を歩く様は子供のようで実に可愛らしかった。

 

 初めて見る物とはいえ、その美しさは本物である。ミストの目利きをしても満足のいくレベルの物が用意出来ているようで、トール自身少し安堵してしまうのは仕方がないだろう。

 

 ただ意外だったのは、ミストが一番反応した物だった。

 

「この畳というの、いいではないか! 柔らかく、美しい! なによりこの黄金色の床というのが私を象徴しているようで素晴らしいぞ!」

 

 この大陸には素足で部屋に入るという習慣がない。最初は珍しく不安そうな顔をしていたミストであったが、畳の触り心地を感じてからは満面の笑みを浮かべてはしゃいでいた。

 

 その姿を見たトールは、内心ケダモノになりかける自身の心を抑え込むのに苦労したものだ。

 

「それではお二方。当館の説明は以上となります。ごゆるりとお過ごしください」

 

 旅館のルール、温泉など一通りの案内を終えた女将が三つ指で頭を下げそう言うと、畳が敷かれた部屋にミストと二人きりとなる。

 

「…………」

「…………」

 

 別に二人きりなど珍しい事ではない。寝る時はベットでいつも一緒であるし、公務でも二人になる場合は多い。

 

 ただ、こうして周囲に知り合いが一人もいない中、いつもと違う環境で二人きりというのは妙に緊張する。ミストの顔もなんとなく、普段とは異なり緊張しているようにも見えた。

 

 だがトールには緊張している暇はなかった。今日はミストを心の底から楽しませると決めているのだ。そして、絶対に為し得なければならない目標もある。

 

「ど、どうだミスト? この旅館は?」

「う、うむ……まあ、その、悪くない。悪くないぞ!」

「そ、そうか! それなら良かった!」

 

 日本の旅館と違い、テレビも車もない世界だ。部屋は静かな自然の音のみで、少し顔を赤らめているミストを見ると、大きくなった心臓の音まで聞こえてしまうのではないかと思う。

 

「なあ旦那様……さっきの女が着ていたアレは初めて見るが……何と言うのだ?」

 

 妙に挙動不審に尋ねて来るミストに首を傾げるが、着ていたアレというのが着物であることはすぐに察せられた。

 

「あれは着物といって、俺の国の……昔の女性が着ていた服だな。今だとこんな感じの旅館か、特別な時くらいしか着ないけど」

「ほ、ほう……」

 

 きょろきょろと瞳を泳がせるミストを見て、もしかして着てみたいのだろうかと思う。

 

 美しい金糸のような髪のミストが着物を着るのだ。似合わない筈がないし、とてつもなく見たかった。

 

 トールは無言でクローゼットの中を開ける。そこには柔らかそうな生地のタオルと、浴衣が置いてあった。

 

 男性用の浴衣は濃い紺色の物が一つ、だが女性用の浴衣は三種類が置いてある。

 

 白地をベースに薄いピンクの桜模様――この世界に桜はなく、トールも説明していないのに何故かある――の物。

 

 黒地をベースに赤いバラ模様の入った物。そして青地をベースに白い花模様の入った物だ。

 

 それぞれのミストを想像してみる。可愛い。間違いなくどれも似合う。

 

「むむむ……」

「何を唸っているのだ?」

 

 ひょいっと肩越しに顔をだしたミストに声をかけられる。

 

「む、それはまさか……」

「浴衣なんだが、どれもミストにはどれも似合うのは間違いないから、どれがいいかと思って。絶対全部可愛いし……」

「だ、旦那様よ……心の声が漏れてるぞ」

 

 言われて振り向くと、少し恥ずかしそうに顔を背けるミストがいた。可愛い。しかし完全に内心をばらしてしまい、トール自身も顔が赤くなる。

 

「あ、や、その……本心だから」

「わ、分かっているさ……そ、そうだな。それなら全部着てやろう。べ、別に一着しか着てはならないというルールはないのだろ!?」

「ほ、本当に!? 全部見せてくれるのか? ……しゃあ!」

 

 色々なミストの浴衣姿が見れると聞いて、トールのテンションは一気に跳ね上がる。絶対可愛い。見たい! 今トールの心はそれ以外考えられなかった。

 

「そ、そこまで喜ばれると少々気恥ずかしいな……ところで、これはどうやって着るんだ?」

「ああ、それは……」

 

 軽く見本を見せる様に、自分が先に浴衣を手に取り着替えて見せる。じっと見られるのは恥ずかしいが、流石に何度も夜を共にしているのだ。今更見られてところで何の問題もない。

 

「なるほど……」

 

 そうしてミストは白い浴衣を手に取った。恐らく見た事のない桜のデザインが気に入ったのだろう。じっと見ている。

 

 そんなミストをトールはじっと見ている。

 

「……おい旦那様。じっと見られながら着替えるのは、流石に恥ずかしいのだが」

「大丈夫。俺は恥ずかしくない」

「私が恥ずかしいのだ馬鹿もの!」

「あいたっ!」

 

 頭をはたかれ強制的に後ろに振り向かさせられる。残念と思いつつも、背中越しすぐ後ろで布擦れ服が落ちる音が聞こえてくると、下手に視覚がない分余計にエロい気がした。

 

 振り向いちゃ駄目だろうか? 夫婦だしいいんじゃないだろうか? などと悪魔の誘惑がトールを襲うが、この後の事を思い出し必死に悪魔を追い出す事に成功する。

 

「い、いいぞ……」

「お、おう……」

 

 そうして振り向くと、女神がいた。いや、いつも女神だが、いつも以上に女神だった。

 

 白地の浴衣は主張こそ控えめだが、美しいミストの黄金の髪や瞳をより際立たせる。緋色の帯も金とのコントラストが完璧で、この浴衣はミストの為に作られたのではないだろうか思わずにはいられない。

 

 出会った頃より少し膨らみのある胸は強調し過ぎず、腰からお尻にかけてのラインがはっきりと分かる浴衣のデザインは、何時も以上にミストを魅力的に映えさせていた。

 

「ど、どうだろうか?」

 

 ミストは少しだけ不安そうに身体を見ながらクルリと一回転する。

 

「率直に言って……襲い掛かりたいくらい可愛い」

「おっ!? そ、そうか! まあ私だからな! 何着ても似合うのは当然だ! だ、だがまだ日も出てるから! 襲うのは駄目だぞ!」

「大丈夫……まだ大丈夫……」

 

 これが後二回も残っているのだ。それにトールには計画がある。今襲い掛かって全てをパーにするわけにはいかないのだ。

 

「だ、旦那様も中々……その、格好いいぞ」

 

 ――もう襲っちゃ駄目だろうかこの子。

 

 彼女の上目遣いはトールの計画、『貸し切り露天温泉で混浴しながらイチャイチャ大作戦』を崩しかねない恐ろしいほどの威力を持って襲い掛かってきた。

 

 しかしもちろん、トールは鋼の意志を持って我慢する。ミストと露天温泉でイチャイチャする為に。

 

 ――ミストと露天温泉でイチャイチャする為に!




次回温泉回

一応小説家になろうの方が先行して投稿しているので、先が気になる方はそちらから。
別に急いでないしのんびり待つって方はハーメルンで続きをお楽しみください。


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第四話 異世界の温泉旅館を堪能せよ! 後編

 トールの計画では旅館の案内が終わった後、スムーズにミストを温泉へと誘えていたはずなのだ。しかしである、一緒にお風呂へ行こうというこの言葉、実は中々ハードルが高い。

 

 よく考えて欲しい。

 

『一緒にお風呂に入ろう』

 

 もしトールがこのパワーワードをさらっと言えるなら、それはきっとチャラ男とかパリピとか、そんな風に呼ばれる人種だったに違いない。

 

 何せ『一緒にお風呂に入ろう』である。

 

 つまり、お互い裸になって全てを曝け出しましょうと言っているようなものなのだ。例え夫婦であっても、恥ずかしいものは恥ずかしい。残念ながら、それなりに器用に生きてきたトールであるが、チャラ男やパリピのような人種とはかけ離れた性格をしていた。

 

 なら普段ベットの中ではどうしているか? と聞かれれば大抵の場合理性などぶっ飛んでいるのでこんな風に考えずにそのままダイブ、と答えが返って来る。

 

「どうした旦那様? ずいぶんと挙動不審だぞ?」

「い、いや何でもない!」

 

 自分達は夫婦だ。決して付き合いたてのカップルでもなければ、友人関係でもない。すでにお互いの全てを曝け出し、愛し合っている。だからただ一言、言えばいいのだ。

 

 トールは覚悟を決めた。男らしく、しっかりと愛する妻を見つめて口を開いた。

 

「この後なんだが……お――」

「ん?」

「――っきなカニが出て来るらしいから楽しみだな!」

 

 だが言えない! 例え魔王だろうが邪神だろうが敵対する者に対して臆することなく戦い続けたトールだが、愛しい女性を混浴に誘う事はとてつもない気恥ずかしさを覚えてしまう。

 

 愛する嫁を混浴に誘うだけのはずなのに、まるで初恋をした中学生が意中の相手の連絡先を聞くくらいの勇気が必要だった。

 

 もごもごする男らしくないトールを不審に思ったのか、ジト目でミストは見つめて来る。

 

「旦那様、何か隠してないか?」

「ななな! 何にも隠してないぞ!」

「そうは思えない不審っぷりだが……まあいいか。というか、確かにカニは美味いと思うが別に王城でだっていつでも食べられるではないか。それよりあれだ、私は温泉というのに興味があるんだが――」

「お、温泉!? 温泉な! あれは良い! 凄くいいもんだ!」

「お、おう……そうなのか?」

「ああ! 暖かい源泉から湧き出る湯は身体と心の疲れを吹き飛ばしてくれるしな! だから一緒に温泉に入ろう! ……あ」

 

 『一緒に入ろう』こればかり考えていたせいで、つい脈絡なくぽろっと心の声が零れてしまう。

 

「あの、これは……」

 

 言い訳をしようとするトールだが、顔を真っ赤にして視線をそわそわさせるミストを見て思わず口を紡ぐ。

 

「……だ、旦那様は時々、急に男らしいな。ま、まあせっかくの異世界文化だ。温泉の楽しみ方というやつを現地の人間に教えてもらいながら、というのも悪くない……決して私も一緒に入りたいとか、そんなつもりはないからな! 勘違いするなよ!」

 

 口を紡ぐ代わりに、必死に言い訳をする嫁が可愛すぎたのでとりあえず抱き付く事にした。 

 

 

 

 

 

 貸し切りの混浴露天風呂、と言っても流石に脱衣所は男女別々だ。着替えながら早々に元気になっている己の下半身に若干呆れながら、先に温泉に入ったトールはミストを待っていた。

 

「てか旅館といい、この温泉といい、マジでこの再現度凄いな……」

 

 岩で囲まれた露天風呂は、空を見上げれば明るい星々が照らしている。周囲にはしっかり葉を付けた木々が柔らかい自然の様相を映し出し、心を落ち着かせてくれる――はずだった。

 

「ヤベェ……マジで心臓破裂しそう……」

 

 そんな自然の中で、何時も以上に丁寧に身体を洗ったトールは湯に浸る。源泉から引いている温泉は普段王宮で使用している風呂とは違った心地良さを与えてくれるのだが、それに反してトールの心は温泉に集中できないでいた。

 

 湯に浸かってから少しして、カラカラカラっと脱衣所からスライドされる木扉の音が聞こえてくる。

 

「っ!」

 

 思わず振り返りそうになるが、それでは盛りの付いた獣と同じだと心を抑えつける。ビークール、ビークール、と謎の言葉を呟きつつ、耳は全力で背後の音を拾おうと集中する。

 

 柔らかい足音がゆっくりと、躊躇いがちに近づいて来るのがわかった。そしてその足音は、トールの背中すぐ近くで止まる。

 

「このまま、入っていんだよな?」

 

 姿は見えずとも、聞き慣れた銀の鈴音のような美しい声から、彼女も緊張しているのが良く分かる。トールはその言葉に頷くだけで、何も言わなかった。その仕草を見たミストは、ゆっくりとトールの横に足を入れる。

 

 顔は動かさず視線だけをチラっと向けると、故郷の雪を思い出す美しい足が水面に波紋を揺らしながら入っていく。

 

 それは足だけでなく、太腿、腰、身体、胸、そして肩を沈めてようやく全身を温泉に浸らせる。

 

「ほぅ……」

 

 常日頃の威風堂々とした姿からは考えられない、あまりに緩んだ頬。湯が気持ちいいのだろう、目を閉じて顔は空に向け、ふぅ、と小さな息を何度も繰り返す。

 

 隣に自分がいるというのに、とてもリラックスした表情だ。それだけ信頼されていると言う事を思うと、嬉しくなった。

 

 だが逆に、トールはリラックスなど出来るはずがなかった。

 

 長い黄金の髪は濡れないようにするためか、小さなタオルで巻いており、普段見ることの出来ないミストの姿に心臓が跳ね上がりっぱなしだ。ミストが小さく息を吐くだけで、こちらの心臓が飛び出そうな程の色気を持っている。

 

「なるほど……これが温泉か……なかなかいいものだなぁ……」

 

 囁くようにミストが言う。

 

 そうして初めて、トールはしっかりとミストの方を見る。事前に説明した通り、タオルは置いてきたようだ。ミストはその身に何一つ纏うことなく、美しい肢体を惜しみなく晒していた。

 

 星空の下で見た彼女の体は、まるで幻想的でどこか別世界に迷いこんだような錯覚さえ覚える。

 

 温泉の気持ち良さに蕩けそうな顔をしていたミストだが、トールの視線に気付いたのだろう。恥ずかしそうに身体を手で軽く隠す。そんな仕草が余計にエロいのだとは気付かずに。

 

「……旦那様よ。あまりじっと見られると、流石に恥ずかしいのだが」

「大丈夫……いつもと同じ、いやそれ以上に綺麗だから」

「……馬鹿者め」

 

 ほんの少しだけ、ミストは距離を縮めてくれる。丁度手が肩に回せる距離だ。

 

 甘えベタな彼女はたまにこうして、して欲しい事を行動で表現する。もう何年も傍に居続け、彼女の意を汲んできたトールにとって、こうした仕草一つでミストが何を求めているのかすぐにわかった。

 

「ん……」

 

 肩に手を回して身体を寄せる。小さな体だ。この世界に来て必死に鍛え上げたトールからすれば、こんな小さな身体が大陸の全てを握っているとは今でも信じられなかった。

 

「はぁ……気持ちいい」

 

 ミストが恍惚とした声でそう呟く。何が? とは聞かない。もちろん温泉に決まっているからだ。だがそうと分かっていても男は本能的に立つものだ。

 

 我慢など……出来る筈がなかった。

 

「ミスト……」

「ん?」

 

 声をかけると、可愛らしく見上げてくる。その紅い唇は瑞々しく水滴を纏っていた。それをふき取るように、そっと舌で舐めてやる。

 

「ぁ……」

 

 ミストは驚いたように小さく呟くが、嫌ではなかったのか顔は下げないまま見上げてくる。今度は唇を舐めるのではなく、ゆっくりと顔を落としてキスをする。

 

「ん……ぁ……んぁ」

 

 ぴちゃ、ぴちゃ、と身動ぎのせいで温泉が波紋を生み出されていく。最初は小鳥が啄むようなキスだったが、段々と水音を含み、音は激しく互いを求めあうように舌を絡ませ合った

 

「はあ……はぁ……ぁぁ」

 

 求めあうのは唇だけではない。ミストは体勢を向かい合う様に変え、その手と足をトールの背中に回し、正面から抱き合う様にしながらキスを止める事はしない。

 

 そんな彼女が動きやすいようにサポートしながら、トールは肩に回していた腕を太腿の後ろと背中に変え、抱き抱えるように密着させる。

 

 男とは違う控えめながらも柔らかい肌。それを全身に感じていると、幸せな気持ちになる。特に色々な部分が擦れて、とても気持ちいい。

 

「だ、だんなさまは……はぁ、ぁ……えろいなぁ……ん」

 

 ミストはそんな事を言いながら、背中、首筋、耳裏と掌で撫でる位置を変え、しかし顔だけは離さずにずっと唇を合わせ続ける。

 

 そんな一生懸命な彼女が愛らしく、そして少しだけ悪戯心が沸いてきて、絡み合っていた唇を離す。すると寂しそうな顔で睨んでくるから面白い。

 

 トールは唇の代わりに、自分の指をそっと近づける。するとミストはその指をチロチロと赤い舌で何度か舐め、そのまま口へと含んでくれた。

 

 ちゅっちゅと水気のある音を鳴らしながら、吸い付く姿はとても艶めかしい。

 

 普段とは違う、星空の下での行為にミストも興奮しているのだろうか。いつも以上に積極的な愛情行為だ。

 

 ミストが自分の指をトールの唇に当ててきた。舐めろ、という事だろう。トールはミストと同じように、優しく、丁寧に、だけど積極的になめ合う。

 

 上下に顔を揺らしながら一生懸命自分の指を舐めてくれる愛しい人を見て、興奮しない男はいないだろう。

 

 トールは舐めていた指から唇を離すと、ミストの口から指を引き抜く。そうして空いた唇をもう一度重ね合わせた。

 

 ミストの頭に巻いていたタオルが水面に落ち、長い髪がサラリと舞うが、二人は気にしない。ただひたすら互いを激しく求めあう。

 

 それをしばらく繰り返し、互いの唾液が絡まり糸を引きながら、恍惚とした表情のミストを見つめる。

 

「ミスト……」

「……ぁぁ」

 

 お互いが何を求めているのか、言わずともわかった。そうして月と星が照らす、誰もいない世界で二人は重なり合った。




これはセーフ? セフト? 
アウトだったら書き直します。


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エピローグ 新たなラスボス王女をサポートせよ!

「まったく……やり過ぎだ馬鹿もの」

「ミストが可愛すぎるのが悪い」

「旦那様はいつもそれだな。むぅ……」

 

 温泉から出て再び浴衣になった二人はそんな軽口を叩き合いながら、部屋へと戻ってきた。

 

 部屋の窓際にある椅子に座りながら軽く風に当たっていると、木々の揺れる音が聞こえてくる。

 

 この世界には車もテレビもない。夜になると人の時間は終わり、外から涼しげな虫の音や風の音、動物達の息遣いなど、自然の生活が良く聞こえてくるのだ。

 

「風流だなぁ」

 

 趣のある旅館で自然の音色を耳に入れつつ、小テーブルを挟んだ先にいる美少女を眺める。黒の浴衣に着替えたミストは先とはまた別の魅力があった。特に椅子に座った事で少しずれた足の部分から覗く白い太ももは、浴衣の黒との対比でより美しさを増している。

 

 今この瞬間、この光景を見る事が出来るのが自分だけなのだという事が、何よりも誇らしい。

 

「ああ……凄い贅沢してるなぁ、俺」

「大陸の政治を全て司っている人間が何を言っているのだ」

 

 ミストが呆れたように嘆息しながら足を組み直したおかげで、浴衣の隙間から僅かに黒い下着が見えた。風呂場のように全てを晒す姿もいいが、こうして服の上からチラリと見えると違った興奮を感じてしまう。

 

「目がやらしい」

 

 見ている先がバレて睨まれるが、不可抗力としか言いようがない。階段の先に短いスカートの女子がいたらつい見上げてしまうように、チラリズムを追うのは男の本能のようなものなのだ。

 

 まあ、今はミスト以外の女が歩いていても見る気はなかったが。

 

「先ほどあ、あれだけしておいて……旦那様の性欲魔人め」

 

 温泉での出来事を思い出したのか、ミストは顔を赤らめて睨んでくる。

 

「もう駄目だって、何度も言ったのに!」

「そのあと我慢しきれずに何度も喘ぐミストは最高だったな! 特に呂律が回らなくなってから必死に抱き付いてくる可愛さといったらもう堪らん!」

「そう言う事は言葉にするな!」

 

 トールはチラっと視線を横に向ける。この旅館のおもてなしは完璧で、畳の上には既に敷かれた布団は一枚。しかし枕は二個。

 

「お、おい旦那様……一応聞くが、なぜ布団を見る……そ、それに! お前それ! さっきあれだけ出しただろ! 何でもう元気になってるんだ!」

 

 もはや隠しきれないほどのふくらみを見たミストが目を見開き立ち上がる。そんなに凝視されるとすぐにでも襲い掛かりたくなるが、その前にクローゼットへと向かって確認しなければならないことがあった。

 

「よし」

 

 最初に確認した通り、クローゼットの中には予備の浴衣と予備の布団はしっかり置いてある。これなら、いくら汚しても大丈夫だろう。

 

「何がよし、だ! 何を確認した!? おい旦那様、今何を確認したんだ!?」

「愛し過ぎても大丈夫かどうか確認したんだよ」

「愛し過ぎてって馬鹿か貴様んぐぅ!?」

 

 近づいて来るミストにいきなり抱き付き、そのまま首筋に顔をうずくめ匂いを嗅ぐ。甘い香りと温泉の匂いが混ざり、男の本能が刺激されていくのがわかった。

 

「っぅ……コラぁ……まだいいって言ってなぃ……んん」

 

 浴衣の上から優しく指先でお尻を撫でると、ミストからくすぐったそうな甘い声が出る。耳元で囁くように聴こえてくるのが妙にエロく、その声が聞きたいがあまり何度も撫でてしまう。

 

 抵抗のせいか浴衣がはだけ始め、肩から胸までの柔らかい曲線ラインが見え始める。お尻を触っている指をそっと足の隙間へと移動させ、そのまま先ほど見えた黒い下着の中に手を入れてみると、汗とは違った瑞々しさがあった。

 

「ハァ……ぁぁ……さっきの温泉でのがまだ……ん、静まってないから……だから今はだめ……」

「可愛い」

「はぅっ!」

 

 耳元で小さく呟いてあげると、背筋をびくっとさせる。まるで猫のようだと思う。しかしもはや力など入れていないのだが、ミストは口では駄目と言いつつ抵抗する兆しが見られない。

 

 こうなるともう少し意地悪をしたくなる。無言で指を動かしつつ、口で浴衣の襟部分を摘まんでゆっくりはだけさせる。

 

「ぁぁ……んぁ……ん、ん……何か、言って……」

「駄目か?」

 

 抱き締めた腕を離し、少し甘え気味に聞いてみた。

 

 指を動かすのを止めてミストを見ると、温泉上がりのように息は荒く頬を赤く染め、瞳は潤んでいる。よほど気持ちが良かったのか、もはや焦点が合っていない。

 

 温泉の中で全てを曝け出していた時とは違い、今は浴衣も着ていて大切な部分は全て隠れている。だがそれが余計に支配欲を刺激するのか、中途半端にはだけた今の状態に一層興奮している自分がわかった。

 

「だめ……じゃない、けど……」

「けど?」

「灯り……消してほしい」

 

 周囲の魔力で動くライト。これらをさっと消してから、ゆっくりミストに多い被り布団へと押し倒す。

 

「あ……」

「これでいいな?」

 

 周囲が暗く月明かりでしか見えないが、ミストは無言で首を縦に振ったのはわかった。軽く覆いかぶさっただけなのに、まるで赤ちゃんが母親に甘えるようにぎゅっと抱き付いて来る。

 

 首が甘噛みされるが、それも一つの愛情表現だと思うと愛しさが増してくるものだ。トールはしばらくされるがままにしつつ、優しく髪を撫でていた。

 

 しばらくするとミストの甘噛みが弱くなり、じっとトールを見つめる。

 

「……しないのか?」

 

 期待と甘えの含んだ声だ。

 

「するよ」

 

 そんな彼女の期待に応える為、少し強引に彼女の足を広げる。ミストは恥ずかしそうに身動ぎするが、抵抗らしい抵抗はないまま素直に身を委ねてくれた。

 

 その体勢のまま、トールは下着に手を伸ばす。最高品質のシルクで出来た下着は、本来なら肌触りは滑らかなはずが、水分を多く含み従来の触り心地とは違っていた。

 

「濡れてるな」

「――っ……汗だ」

「違うだろ?」

「ぅぅぅ……」

 

 イヤイヤと首を振りながら呻く彼女を見て、少し虐め過ぎたと反省する。

 

「ごめん」

「キス……」

「ん」

 

 素直に求めて来る彼女が愛おしく、優しく口づけをする。触れ合い、舐め合い、お互いが一つであることを認識するかの如く、その動きは段々と激しくなり、そして――

 

 

 

 

 

「これは……旦那様にだから言う事だが……」

「ん?」

 

 事を終え、布団で抱き合いながら寝ていると、不意にミストが呟く。

 

「旦那様と出会って、子を産み、家族に囲まれる。こんな幸せを矜持する自分は、本当に自分なのだろうか。そう思う時があるのだ」

 

 それはミストらしかぬ発言だ。いつも自信満々で、光に溢れ、未来を見通す統一国家の皇帝。トールの前でこそ甘えを見せる彼女であるが、皇帝としての彼女は依然として世界の覇者に相応しい威厳を持っている。

 

 そんな彼女が零す弱音。トールは彼女が言いたい事を終えるまで、優しく髪を梳きながら黙って待つことにした。

 

「かつて邪神に蝕まれていた頃、人を超えた圧倒的な全能感があった。それが無くなりただの人となった私だが、それでも貴様達がいてくれたから、こうしてここまで来れた」

 

 ミストの統治は完璧とは言えないだろう。だが史上最悪の戦乱期とも呼べる戦国の世を、瞬く間に太平の世へと導いた功績は、誰の目から見ても明らかだ。

 

 皇帝になり世界に知らぬ者なしとなった今、暗黒教団の規模も昔とは比較にならない。情報を特に重視するトールにとって、世界中に支部が存在するこれらは、反乱の余地もなく彼等が生きている限り太平の世は続くと確信していた。

 

「魔王という旗印がなくなった今、魔族達の侵攻はもうない。生きていると噂されていた魔界大帝も完全に死んだ。大陸には私を脅かす勢力もなく、この世で最も愛おしい男と子を育み、国を慈しみ、そうして一緒に天寿を全うする。それが今の私の願いだ」

 

 それはトールの願いでもある。動乱の刻を共に過ごし、今の幸せを掴みとったのだ。愛しい女性と結ばれ、可愛い子供達に囲まれ、天寿を全うする。人間これ以上の幸せなどあり得る筈がない。

 

「だが――」

 

 だが――

 

「私の中の私が言っている。そのような平穏だけを享受するような女なのか? ミスト・フローディアは、市井の女と同じような幸せを求めるような、そんな平凡な願いを全うすることを望むような女だったのか?」

 

 トールが最も憧れ、輝きを見た少女はそんな幸せだけで満足するような女だったか? この世界で生きてきて、最も生きていると実感していたのはどんな時だったか?

 

「否! 否である!」

 

 そう、否である! トールが一目惚れをし、生涯を賭けて尽くすと決めた少女は――

 

「このミスト・フローディアはそのような当たり前の幸せ、掴んで当然だ! そのようなもの、求める必要すらあり得ない! 私が求める物は、手を伸ばしても伸ばしても、凡愚では手に入れることの出来ない物であり続けなければならない!」

 

 ――世界一つで満足するような、器の小さな女ではないのだから!

 

「かつての人類の誰一人足を踏み入れたことの無い地。前人未到の魔界制覇……取るぞ私は。世界を、この世の全ての世界を一つに纏め上げる!」

 

 子が出来、国を慈しみ、男を愛する。そんな人生も幸せだろう。だがミストはそれだけでは足りないのだ。彼女は邪神の器。その身に注ぐ欲望の量は、大陸一つで収まるようなものではない。

 

「貴様には特等席で見せてやる。だから、一生隣にいろ! トールよ!」

「嫌だって言われても、ずっと隣にいますよ。ミスト様」

 

 少しだけ、昔に戻ったようで懐かしいやり取りだ。

 

『私は世界の全てを手に入れる。貴様には特等席で見せてやる。だから、一生傍にいろ』

 

 かつて王国で危険視され、たった二人で命からがら逃げだした後、小さな馬小屋で一夜を過ごしたことがある。そんな馬小屋の中でさえ彼女は自信満々で自分にそう言い切ったのだ。

 

 その姿はあまりに眩しく、美しかった。

 

 味方など一人もいない、そんな絶望的な状況で語ったそれは、子供の夢物語ですら有り得ないほど荒唐無稽なものだった

 

 だがそんな夢物語をミストは実現させた。

 

 そして今、以前とは違う万全の体勢で新たな野望を語った彼女は、かつて以上の輝きを持っている。

 

 これで、実現できない筈がない。

 

「ふふふ、滾ってきたぞ! そうだ、これこそが私だ! この五年ほど、どうやら大人しくし過ぎていたようだな! さあ魔界よ待っていろ! この私、ミスト・フローディアがその全てを支配してやるからな! ハハハ、ハーハッハッハ!」

 

 まるで邪神に魅入られていた時のように笑う、哂う、嗤う。

 

 心底愉快そうに高笑いを始めるミストを見るのは好きなのだが、今は深夜の時間帯である。貸し切りなうえ、従業員達の部屋はかなり離れているとはいえ、状況としてはあまりいいとは言えないだろう。

 

 それに、自分は昔とは違う。彼女の高笑いをただ微笑ましく見ているだけの昔とは、違うのだ。

 

「ミスト」

「ハッハッハ! 何だ旦那様!」

「そんなに笑う元気があるなら、まだまだイケルな?」

「――っ!?」

 

 先ほどはミストの体力の限界で終えたのだ。だがこんなに元気なら、止める必要なんてなかった。

 

「ま、待て! これは違う! あ、そうだもう布団の予備がないぞさっき散々汚したからな! ほら、これまで汚したら寝る場所が無くなるしそしたら旦那様も困るだろ!?」

「大丈夫。夜明けに温泉入ればすっきりするから」

 

 四つん這いで逃げようとするミストの腰をガッツリ掴み、そのまま浴衣を上げて可愛らしいお尻を丸見えにする。そしてそのまま下着を剥ぎ取り――

 

「ぁぁぁ、んんん! はぅ、あ、ぁっぁ……ふかっ! これ以上されたら、ダメっ、ぁだ! おかしくなるから! あ、あ、あ、ああああぁぁぁ!」

 

 先ほどの高笑いにも劣るとも勝らない程の音量で絶頂するミストに、トールは満足した。

 

「一生傍で守るから」

「ぁ、ぁたりまぇだ……ばかものぉ……」

 

 生涯仕えると決めた主人と、生涯愛すると決めた女性が同一人物であるなど、男としてこれ以上の幸せはないだろう。

 

 魔界は人が一度も踏み入れたことの無い魔境の地。想像もしないような危険が待っているかもしれない。

 

 だがそれでも、何があったとしても絶対守る――彼女の幸せは、その先にあるのだから。

 

 そう決意した夜であった。

 

 

 

 

 昏い、昏い闇を世界を覆う。地上から漏れる僅かな光を光源とし、つねに曇天の空に覆われた大地――魔界。

 

 そんな大地の一角、巨大な城壁に囲まれた都市にそびえ立つ荘厳な城の中で、一つの邂逅が行われていた。

 

「よくぞ召喚に応じてくれました。異世界の勇者よ。今魔界は魔神による侵略によって未曽有の脅威に晒されています。どうか我々をお救いください」

「…………」

 

 かつて魔王を倒すべく地球から召喚された聖剣の勇者、一条(いちじょう)誠也(セイヤ)はこうして、二度目の召喚で今度は魔界に呼び出されることになった。

 

 数年前まであまりに強大な魔力を持つゆえに封印されていた、魔王クロノの娘によって。

 

「魔神の目的はこの大地の全てを根絶やしにすること。我が父である魔王なくしてその軍勢を押さえる事はならず! 私一人では、この地を抑える事で精一杯。もう我々には伝承にある、勇者召喚以外に手立てはなかったのです! どうか、どうかこの世界を救ってください、勇者様!」

 

 セイヤの前に立つ少女は美しかった。腰まで真っ直ぐ伸びた白銀の髪。水晶のように透き通ったサファイアの瞳。かつて対峙した魔王クロノと同じ人と異なる尖った耳。ゆとりのある蒼銀のドレスの上からでも分かる、大きな胸。

 

 年齢はすでに二十歳を超えたセイヤより少しだけ下くらいか。

 

 己の世界が滅ぼされようとしている中、必死に掴んだチャンスなのだろう。セイヤの腕を掴む少女の瞳は不安に揺れていた。

 

 だが、そんな中にも強い意志を感じる。吸い込まれそうな程の強い意志だ。こんな瞳を彼は知っていた。そして、そんな瞳をする者を、放っておける筈がなかった。

 

「だからって、何でまた俺なんだよーーーー!」

 

 そろそろ本格的に異世界で嫁を見つけて永住しようと決めた矢先の出来事。あまりの理不尽な展開に、セイヤは天界に住むと言われている神々を呪わずにはいられない。

 

「お願いします。お願いします!」

「わかった! わかった協力する! だから腕を胸に押し付けんな柔らけぇだろ!」

 

 こうして魔界の皇女に召喚されたセイヤは、魔王軍に混じって魔神の軍勢との戦う事を決めるのであった。

 

 なお、セイヤは高校一年生の時に召喚され、それ以降は戦いの日々だったためまだ童貞である。だが胸を押し付けられた事と、魔界を救う事を了承したことには何の因果もない――はずである。

 

「そう、勇者様は胸が好きな変態なのね」

「協力するって言った傍から態度変えんの止めてくんね? 毒舌系クール美女とかキャラとして出尽くしてっから」

「何を言ってるか分からないけど、馬鹿にされてるのはわかったわ。それで、変態勇者は私の胸を揉み扱きたいのね? 別にいいけど、凍らせるわよ」

「俺、これからこいつのサポートしてかなきゃいけねえのかな? 一人で好き勝手やりたい」

 

 魔神と戦う前に心が折れそうな勇者であったが、彼はまだ知らなかった。

 

 魔神以外にも、この魔界を狙っている者がいる事を。

 

 それがかつて、聖剣の勇者をしてトラウマにするほど強大な悪だと言う事を。

 

 勇者セイヤの受難は、まだまだ続く。




これにて第二章 完結です。
どちらかと言えば、間章といった感じで幸せ家族生活を書きました。

第三章は新たなラスボス系王女を交えて、再び戦いという名の蹂躙が始まります。
果たして聖剣の勇者セイヤは幸せになれるのか!?

また書き溜めが終わったら更新するので、これからも応援よろしくお願い致します。


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第三章 混沌たる魔界を侵略せよ!
第一話 魔神軍を殲滅せよ


三章が始まります。
新たなラスボス系王女を登場させつつ、勇者セイヤの活躍も増えていきます。


『殴られたら殴り返せ。殴られてヘラヘラ笑ってるのは軟弱者のすることだ』

 

 そんな言葉を平然と言い張る自分の父親が、世間一般的にあまりいい人間と言えない事を一条(いちじょう)誠也(せいや)は知っていた。

 

 博打はするし酒は飲む。しかも結構な悪酔いをするタイプで、母親が泣かされた事も何度もあった。その度に父親に殴りかかるのだが、大人と子供。その体格差は如何せんどうにも出来ず毎回返り討ちにされたものだ。

 

『お前は中々大した奴だ。俺が殴っても泣かないからな』

 

 そうやって地面に這いつくばる自分を見て笑う父親の姿がセイヤは大嫌いだった。

 

 酒臭いし親父臭い。周囲の人間関係もあまり良さそうではなかったし、見るからにチンピラといった風貌。これで警察官だというのだから、世の中間違っているといつも思っていた。

 

 そうして結局母親には愛想を尽かされ、いつの間にか逃げられる始末。

 

 一緒に連れて行ってもらえなかった幼いセイヤは、一人で生きていく手段を持っている筈もなく、嫌いな父親と二人で生活を余儀なくされたのだ。

 

『いつか将来、俺が殴った分だけお前は俺を殴ればいい。世の中ってのは平等でな、因果応報、自業自得、身から出た錆。結局のところ、悪い事をしたら自分に返ってくるんだよ』

 

 そんな駄目男だが、たまに大人らしい言葉を発するときがあった。

 

 警官の癖に自分が悪い人間である自覚を持っている父親は、セイヤを殴った後いつもそう言うのだ。そして決まり文句のようにこんな言葉を続ける。

 

『お前は俺みたいになるなよ。悪事が返ってくるってのは同時に、善意も返ってくるんだからな。なんせ、目に見えないだけで世の中平等だ。努力は実らなくても無駄にはならないし、縁は切れたように見えてもどこかで繋がってる』

 

 その言葉は母親に逃げられた後悔の念から出ているだろうと、幼いなりに理解していた。そして同時に、自分に言い聞かせるように言う父親の姿を見て、自分は決してこうなりたくないと思ったのだ。

 

 きっと父親は自分の人生に後悔しているのだろう。

 

『悪意には悪意を。善意には善意を。苛められたら苛め返せ。助けられたら助け返せ。絶対に恩も仇(あだ)も踏み倒すな。仇を踏み倒せば損をするし、恩を踏み倒せばそれは悪だ。踏み倒した分だけ、より大きな悪に踏み倒される。いいか、最後にもう一度だけ言うぞ』

 

 ――世の中ってのは、意外な事に平等だ。

 

 セイヤの中学卒業式、父親は昔捕まえた犯罪者の恨みによって殺された。

 

 せめて子供を庇ったとか、誰かを助けた代わりに死んだとかなら格好も付くが、最後は酒を飲んでいる時にナイフで刺されるという、実にチンピラらしい死に様だったそうだ。

 

「……世の中、意外と平等か」

 

 父親の最後の言葉は、半年たった今も深く心に残っていた。

 

 因果応報、自業自得、身から出た錆。父親が殺されたのも、それに見合う悪事を重ねていたからなのだろうか。

 

 死んだ父親が、セイヤは大嫌いであった。

 

 酒癖は悪いしすぐ殴る。おまけに警察官として鍛えているせいで反撃しても返りうちにされる始末。母親には逃げられて、唯一血の繋がった息子には毛嫌いされる最低の父親だ。

 

 最低な父親で、駄目な父親で、いつもいなくなればいいのにと思っていた。

 

「それでも、一人になるってのは結構寂しいもんだな」

 

 雨が降り注ぐ中、ひっそり佇む父の墓の前でセイヤは一人呟いた。心に穴が空いた気分だ。もはや自分の人生も、世の中もどうでもいいとすら思ってしまう。

 

 だが――

 

「誠也は一人じゃないよ」

 

 びしょ濡れのセイヤの頭上に、一本の傘がさされる。それは本来、濡れ切った身体に何の気休めにもならないはずだ。だというのに、たった一本の傘が、言葉が、彼の心の空虚を埋めていく。

 

 誠也は振り向く。そこには幼い時からずっと一緒だった三人の男女がいた。

 

「そっか……」

 

 彼等は笑っていた。笑いながら、手を差し伸べてくれた。

 

 それは彼等にとって当たり前のことだったのかもしれない。だが、そんな当たり前の事が、セイヤにとって心の救いとなったのだ。

 

『悪意には悪意を。善意には善意を。苛められたら苛め返せ。助けられたら助け返せ。絶対に恩も仇(あだ)も踏み倒すな。仇を踏み倒せば損をするし、恩を踏み倒せばそれは悪だ。踏み倒した分だけ、より大きな悪に踏み倒される』

 

 父の言葉――それはセイヤという人間の原点でもある。

 

 もしあの場で彼等に救われなかったらきっと、父と同じようにロクデナシの人生を歩んでいたに違いない。不良として喧嘩と酒に塗れ、チンピラになり、最期はろくでもない死に方をしたはずだ。

 

 セイヤは彼等に人生を救われた。だから誠也は一生を賭けて彼等を助けると誓った。彼等以上に大切な物など、この世にないのだから。

 

 

 

 

 そう誓っていた筈なのだが―― 

 

「なんか気付いたら、守らなきゃいけないもんが増えちまったなぁ……」

 

 魔王城の城壁から外を見下ろす。そこには大地を埋め尽くさんほどの魔獣の群れ。もはや一万、二万では済まない、恐ろしい数だ。

 

 周囲には城壁から魔術や弓で魔獣の群れを撃ち落す魔族達。彼等はみな、自分と同じように守るべき者のために戦っていて決死の表情をしている。

 

「なんでかなぁ……っかしいなぁ……」

「セイヤ、いつまでもグダグダと言うのは男らしくないわ。1年前私の胸に誘惑された貴方が悪いのだから、いい加減覚悟を決めなさい」

「待て姫さん。俺は別にアンタの胸に誘惑されたわけじゃない」

「初対面の時あんなに強く揉んだくせに」

「あれは姫さんが押し付けてきたんだろうが!」

 

 この魔界の地に勇者として召喚されて一年。魔王クロノの娘にして現魔王のイリーナが率いる魔王軍と魔神軍の戦争は激化の一途を辿っていた。

 

 その中で、セイヤはイリーナの命を受け、魔界全土で魔人軍と戦いを続けている。

 

 魔王と戦った時よりも更に成長したセイヤの実力は魔界の中でも群を抜いており、幹部級の魔人達を多く倒してきたが、そもそもの数が違いすぎた。

 

 たった一人では、局地的な勝利に貢献することは出来ても、魔界全土で行われている生存戦争において、そう役立てるはずもない。

 

「確かに貴方のおかげで多くの幹部達を討ち滅ぼせたわ。だけどここが落ちたら魔界は終わり。それが分かっているからこそ、魔神もここに戦力を集中し続けているの」

「わかってるって。だからこうして、魔王軍の最高戦力である俺と姫さんがいるんじゃねえか」

「わかってるなら、さっさと行きなさい」

 

 美しい銀髪の少女は、顎をクイッと魔獣の群れに向けて上げる。行けというのは、魔獣の群れに突っ込めという合図である。

 

 セイヤは城壁の下を見る。何度も言うが、魔獣の数は大地を埋め尽くさんとしていた。

 

「……なあ姫さん、俺って結構頑張ってるんだから、そろそろ褒美が欲しいっつーか――」

「……汚らわしい」

「俺まだ何にも言ってねえけど!?」

「どうせいつものように胸を揉み扱かせろと言うのでしょう?」

「一度も言った事ねえよ! なに当然のように俺がいつも姫さんの胸を狙ってるみたいな悪評ばら撒いてんの!?」

「……くっ」

 

 イリーナはまるで過去に受けた辱めを思い出したかのように顔を背け、悔しそうに顔を歪めた。彼女の周囲で護衛をしている魔族達の目が、セイヤに向けて鋭くなる。

 

「おい止めろ! マジみたいに見えるだろ!? おいお前らも信用するなよ! 俺は姫さんの胸に興味は――」

 

 チラっとイリーナの胸を見る。大きい。ゆったりとした蒼銀のドレスの上からでも分かるくらい大きい。まるでメロンのようだとセイヤは思った。

 

「目は口ほどに物を言うわね」

「しまった!」

 

 未だ童貞のセイヤにとって、美し過ぎる彼女の胸はあまりに魅力的だった。

 

「ってちげぇから! 欲しいのはそろそろ休暇! マジで俺休んでねえの!」

「魔神倒したら休ませて上げるわよ?」

「ドブラック過ぎんだろ!」

 

 地上で勇者として戦ってた時だってもう少し余裕があった。とはいえ、休んでいないのは目の前の王女も同じ。この細い体で、誰よりも多く戦場に立ち、誰よりも多くの政務を行って来た。

 

 じっと見つめると、その瞳の奥には不安が隠れているのが分かる。それに碌な睡眠も、食事もとれていない筈だ。だが彼女はそんな弱みを周囲には一切見せない。

 

 彼女は、セイヤの知る誰よりも強かった。

 

「はぁ……わかった、わかりましたよ! 行けばいいんだろ行けば!」

「……よろしい。ではセイヤ、王女イリーナが命じます! 魔獣の群れを殲滅しなさい!」

「はいよ!」

 

 そうして城壁から飛び降りたセイヤは、十万を超える魔獣の群れへと突っ込んで行った。

 

 それから三日後、無限にいると思われた魔獣の群れは殲滅されることになる。

 

 たった数年で魔界最強であった魔王クロノと互角に戦えるようになった男は、そこから更に六年の研鑽を積みさらに強くなった。その強さの底はまだ誰も見えない。

 

 

 

 そして、地上――

 

「くくく、国内情勢もようやく安定した。ミコトも夜泣きはなくなった。さあ、これで我が魔界侵攻を脅かす者は全てなくなったぞ! これで準備は全て整ったな、旦那様よ!?」

「ああ、魔界への道も見つけた。幹部達を連れて行っても、今の国なら問題はない。行けるぞミスト」

「ハッハッハ! どうやら今は魔王軍の残党と、魔神なる新たな勢力とが争っているらしいが……ククク……面白い。どちらの勢力も、きっちり潰して誰がこの世の支配者か、知らしめてくれようではないか! アハハ、ハーッハッハッハ!」

 

 混沌としている魔界に、更なる災禍が訪れようとしている事を、魔界の者達はまだ誰も知らなかった。



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第二話 支配された魔王領を解放せよ! 前編

「ば、馬鹿な……」

 

 グリフォンの羽根を生やし、蛇の尻尾を持つ黒い狼――マルコシアス。

 

 魔界を滅ぼさんと侵略を繰り返す魔神軍の将軍であるこの男は今、制圧した都市の城壁から驚嘆とも言える表情で眼下の光景を眺めていた。

 

「俺様の兵達は魔神軍でも最高の突破力を持った精鋭部隊だぞ……それが、それが!」

 

 マルコシアスは鋭い牙を潰すほどに強く歯ぎしりをする。

 

 己が鍛え上げてきた最強の兵士達。一人一人が厳しい訓練を乗り越えてきた、自慢の精鋭達だ。それがまるで羽虫のように蹴散らされていく状況は、まるで悪い夢でも見ているようだ。

 

「何なんだ……何なんだテメェ等はよォォォォ!」

 

 眼下の集団。おおよそ一万程度の軍勢は今日突然現れたと思うと、マルコシアスが支配する城塞都市の前で陣取り、まるで挑発するかのように魔術を空へと向けて放ってきた。

 

 ――舐められている。

 

 魔神軍随一の孟将として魔王軍から数々の城を奪って来た自分が、魔将軍と知られる自分が、自分達の軍が舐められている!

 

 この城塞都市に集まる戦力は優に十万を超える大軍だ。対する相手の戦力はどう多く見積もっても一万程度。城攻めの難しさを考慮すれば、守っていれば相手はおのずと自滅することは分かっていた。

 

 だがそれでも、マルコシアスは一考の余地なくこの雑軍を滅ぼすことを決めた。魔神軍の将軍として、例え相手が正体不明の軍であっても弱気の姿勢を見せるわけにはいかなかったからだ。

 

 何より、挑発されて笑顔でいられるほど、気の長い性格はしていない。魔神軍の中でも孟将として知られるマルコシアスは、気性の荒い魔人であることもまた、知られていた。

 

「たかが一万程度の相手に何をモタモタしてやがる! こっちは十倍以上いるんだぞ! 魔神軍一の孟将、このマルコシアス様に恥を掻かせる気かテメェラはよぉぉぉ!」

 

 マルコシアスは醜態を晒す部下達に激を飛ばす。

 

「このクソ雑魚野郎どもが……もういい、俺が出る!」

 

 十倍近い戦力差であるにもかかわらず、明らかに押されている部下達に痺れを切らしたマルコシアスが、巨大な戦斧を持って出陣する。

 

 己ならあの程度の敵、皆殺しに出来ると確信しての、出撃である。

 

 ――その判断が彼の全てを狂わせることになるとは知らずに。

 

 

 

 

「くくく……ハーハッハッハ! 見てみろ旦那様よ! まるで虫けらのように空を舞う魔獣達! 全く愉快! 中々面白い見世物ではないか!」

 

 ミストは軍の本陣から腕を組み、楽しそうに高笑いを続ける。

 

「どうせ数が多いから正面から潰せばいいとでも思ったのだろう! 馬鹿め! 確かに戦いは数が重要だが、たかが十倍程度で我が軍門を打ち砕けると思うなど片腹痛いわ!」

 

 そんな彼女の周囲を囲むのは、暗黒教団の中でもより優れた精鋭達だ。ミストの勇姿をより近くで見る事の出来るこのポジションは、この程度の戦争が可愛く見えるほどの熾烈な争いを勝ち抜かねばならない。

 

 そして今戦場にて魔神軍を蹴散らしている神官達は皆、このポジションを手に入れる為に死にもの狂いで功績を上げようとしているのだ。

 

『殺せ、殺せ、殺し尽せェェェ!』

『こんなむさ苦しい戦場よりミスト様のお傍で仕えテェヨォォォ!』

『功績だ! 功績を寄越せ! 首を、身体を、その命をヨコセェェェ!』

『ミスト様ミスト様ミスト様!』

『カグヤ様! 小さく可愛いカグヤ様! とってもキュートなカグヤ様!』

『ヤマトきゅんハァハァ! ヤマトきゅんハァハァ!』

 

 遠目からでも分かる異質な雰囲気は、子供達の教育に悪そうだとトールは思った。

 

「……こういった雰囲気も久しぶりだな」

 

 トールは少しばかり感慨深い気持ちになっていた。大陸を統一してからは、国の経済を発展させる事に注力してきた。その甲斐あって、ミストが統治する大陸はかつてないほどの安永を誇っている。

 

 だがその分、こうした戦いの場に出て来る機会は一気に無くなった。当然だろう、平和な国のトップが戦いに出るタイミングなどある筈がないのだから。

 

 ゆえにトールはミスト同様、久しぶりの戦場に気分が高揚していた。

 

「おお、これが戦場か……話には聞いていたが、やはり我が軍は圧倒的なのだな」

 

 トールの隣に立って戦場を見下ろしているのは、五歳を過ぎたばかりの息子、ヤマトだ。言葉もだいぶはっきりと話せるようになり、小さいながらもその堂々とした立ち振る舞いはミスト譲りでとても様になっていた。

 

 初めての戦場を目の前にしても臆した様子は見せず、我が子ながら将来有望だと感心してしまう。

 

「あわ、あわあわわ……」

 

 逆に怯えた様に足にしがみつくのはカグヤだ。見た目はミストそっくりだというのに、その雰囲気はずいぶんと逆に見える。

 

「怖いなら帰るか?」

「だ、大丈夫パパ……だけど、手は握ってて欲しい」

 

 リトルミストは涙目になりながらぎゅっと手を握って来ってくる。怖いなら怖いと素直に言えばいいと思うのだが、仕方ない。とトールは顔を引き締めて手を握り返してやる。

 

「旦那様よ。顔が緩みまくっているぞ。戦場だというのにデレデレし過ぎだ」

「そんな事実はない」

「父よ……その顔では説得力がないぞ」

 

 まさか息子からまでそんな風に見られているとは、と思うトールだが、暗黒神官の一人がさっと出してきた鏡に映る自分を見てると、その目は蕩けるように落ちていて口元は緩みまくっていた。

 

 とはいえ仕方がない事だろう。可愛い可愛い娘が頼ってくれているのだ。父親として、これ以上の幸せはない。

 

「む……父よ。あれは中々の猛者ではないだろうか?」

「ん?」

 

 見れば城門から新たな軍勢が出てくるのが見えた。ヤマトの言う通り、今まで外で戦っている雑兵とは比べ物にならない練度のように見える。

 

 その軍勢が突撃してくると、最前線の一部が崩された。

 

「へぇ、やるじゃねえか。前線が崩されるなんて帝国の奇策一回くらいだったのに」

 

 トールは止まらない魔神軍を見て感心したように呟く。目を引くのは狼の姿をした魔人。あれが噂の魔将軍とやらだろう。あの魔人を先頭に、突撃してくる部隊こそ、この軍の主力に他ならない。

 

 敵を倒しながら何度も吼える姿は味方を鼓舞し敵を委縮させる。恐らくかの戦場ではここから見える以上に威圧されている事は想像に難くない。

 

 ましてや総大将本人の登場である。完全に押されていた味方からすれば、正に万軍の増援を得たに等しく、その士気は疲労すら吹き飛ばすに違いなかった。

 

「だが、それは下策だ」

 

 明らかに押されている戦場において、総大将自ら飛び出してくるなど下も下。あの魔人がしなければならなかった事は、増援が来るまで城塞都市に籠るか、いっそのこと全力で逃げるかの二択だけだ。

 

 そうして他の軍に侵略者の脅威を伝え、対応を練るべきだった。

 

 いくら蹂躙しようとも、敵軍は十万。全滅させることは可能だが時間はかかる。三万程度この場に残せば、他が逃げる隙くらいは作れたはずだ。だと言うのに、あの魔人は前線へと出てきた。

 

 ――死と混沌が支配する、戦場のど真ん中へ。

 

「よっぽど自分の武に自信があるんだろうけど、そいつは過信ってもんだ」

 

 地球と違い、たった一人でも戦場を支配できるのがこの世界の戦争だ。だがしかし、それはあくまで絶対的な力を持つ者だけに許された特権。

 

 たとえ今は押されようとも、戦場で暴れる暗黒神官達は雑兵とは違うのだ。彼等を圧倒できる存在など、かつての魔王や勇者クラスでなければありえない。

 

 ましてや最前線の新兵達と違い、その後ろに控える部隊は大陸戦争すら蹂躙した暗黒教団の精鋭達である。新兵相手にあの程度では、相手側の総大将が打ち取られるのも時間の問題だろう。

 

 トールとミストは大将らしくドンと構え、ただ待っていればいい。それだけでこの城塞都市は攻略出来ると確信していた。

 

 故に待つ――

 

「くくく、血が滾るとはこのことか! この大地の悲鳴! そして空に舞う鮮血の雨! 戦場の花々は何とも美しいものではないか!」 

 

 ――などという選択肢を取れる筈がなかった。

 

 すでに我慢の限界にきてしまっている愛しい彼女が、凶悪な笑みを浮かべて戦場を見下ろしていている。そして瞳を輝かせて自分を見ているのだ。

 

 極力目を合わせない様にする。

 

「旦那様よ! 私も出るぞ!」

 

 それが無駄な抵抗だということくらい、分かっていたが。

 

「待ってれば勝てるんだけど」

「待つ意味がないな!」

 

 動く意味の方がないのだが、まあいいとトールは思う。すでに親衛隊たちは二人一組でストレッチを始めていたし、そもそもこの軍勢はミストが愉しむことを最優先に動くのだから。

 

「父よ。我も行きたいぞ!」

 

 背中に背負った子供用の剣を素振りしながら、ヤマトが見上げて来る。憧れの男がいるらしく、学び始めた剣術は意欲的に吸収し、わずか一年鍛えた程度だが、相当なものだ。母譲りの胆力は初の戦場にもかかわらず、一切物怖じしていない。

 

 とはいえ、いくら何でも五歳の子供を戦場に送り込むようなど愚の骨頂。トールは父らしく厳格に抑えようと思うが、その前にミストが口を開いてしまう。

 

「その心意気や良し! それなら母に付いて来い!」

「うむ!」

「あ、ちょ!」

 

 そう言って飛び出す二人。ちなみにすでに身体能力が馬鹿げているヤマトと違い、ミストは親衛隊がかけた身体能力頼りである。そしてこの親衛隊、基本的にミストの言う事以外聞かない。

 

「おいお前ら! 絶対二人から離れるなよ」

 

 無言で親衛隊が追いかける。本当はトールもミストを追いかけたいが、この場にはまだカグヤと、スヤスヤ寝ている赤ん坊のミコトがいた。流石にこの二人を放り出していくわけにもいかないパパ神官である。

 

「カグヤは……怖いからここでお留守番してるね」

「大丈夫だ。行けなんて絶対言わないから」

 

 なお、ここも戦場である。この娘もミストと自分の子であるだけあって、若干普通とは違う感性をしている気がした。

 

 そして戦場で爆発音や怨嗟の悲鳴が響く中、すやすやと眠るミコトは間違いなく将来大物になるだろうと確信するトールであった。

 

 

 

 それから間もなく、暗黒教団側から歓声が上がる。見るとミストが敵の大将を血祭に上げ、空から高笑いをしている姿が見える。

 

『ははは! ハーハッハッハ! さあよく見ろ魔人共! この無様な駄犬が貴様等の総大将、そして私がこの軍の総大将だ! どちらがより強者か、これではっきりしたな! 勝敗は決した! さあお前達、我が名を叫べ!』

『ミスト・フローディア! 偉大なる統一帝王にして世界一可愛い最強王女!』

『もっとだ! もっと叫べ!』

『ミスト! ミスト! ミスト! ミスト!』

『そうだ私だ! 私こそが世界の支配者、ミスト・フローディアだ! さあ魔神の兵達よ、この名を己が身命に刻み、恐怖に震えるがいい! 新たな魔王も、魔神も関係ない! 魔界は我が支配下に置くと決めた! 私が決めた! 故にこれは決定事項である! さあ貴様等、我が名を叫び、その力を魔界全土へ知らしめるがいい!』

 

 その宣言と共に魔神軍を蹂躙する勢いが増しいく。総大将が捕えられ、戦意が低下している相手に容赦なく攻め立てる姿は、まるで悪の皇帝にしか見えなかった。

 

『ははは、ハーハッハッハ! 進軍せよ! 蹂躙せよ! 我が部隊の力、見せつけてやれぇぇぇ!』

 

 そんな様子をトールは娘であるカグヤと二人で眺める。

 

「ママ、凄く楽しそうだね」

「ああ、スッゲェ楽しそうだ」

 

 それならまあいいかと、そう思うトールであった。



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第三話 支配された魔王領を解放せよ! 中編

 マルコシアス率いる魔神軍を殲滅し城塞都市に入ったトール達だが、城内の光景は見るに堪えないほど悲惨なものだった。

 

 血の沁み込んだ地面。磔(はりつけ)にされ、炎で全身を炙られた魔族。子を守ろうと抱き抱え、その子ごと串刺しにされている親子達。蹂躙という言葉すら生温い、虐殺された街の光景。

 

「愚かだな……」

 

 苛立っているのだろう。隣に立つミストが顔をしかめながらがそう呟く。その言葉にトールはただ無言で頷いた。

 

 トールには魔族と魔人の違いは分からない。分かるのは魔族は元々魔界に住んでいた住民。そして魔人は魔界を滅ぼすために魔神に生み出された生き物だということくらいだ。

 

 そしてこの城塞都市は魔人によって制圧されていた。それはつまり、魔人によって蹂躙された都市である。この都市の光景を見れば、魔人達という存在がいかに残酷な存在か物語っていた。

 

「おいお前ら。ヤマトとカグヤはまだ城に入れるなよ。この光景は、あいつらにはまだ早い」

 

 トールは近くの神官に指示を出しつつ再び城内を見渡す。

 

 すでに戦場に立ち、いずれは知らなければならない事とはいえ、流石にまだ五歳。子供に血と肉で埋もれた大地を見せたいとは思えなかった。

 

 ここは戦場ではない。厳しい環境の中でも平和に暮らしていた、魔族達の街なのだから。

 

 

 

 

 

「あれは……」

 

 神官達と共に街を調査していると、高い壁で閉鎖されている場所がある事に気が付いた。かなり広い。この城塞都市自体とてつもない広さを誇るが、その五分の一程度はある様に見える。

 

 囲う壁の上には逃亡防止用の鉄線が張られており、入り口には巨大な檻。

 

 ――家畜小屋。

 

 壁にそう書かれた文字が何を意味しているのか、すぐに気が付いた。

 

「胸糞悪ぃな」

 

 檻に近づく。男女種族関係なく、裸で首輪だけを取り付けられていた。五体満足な者はほとんどおらず、酷いものになれば顔の半分が焼き爛れている者もいるほどだ。

 

 街の惨状を見るに、魔人達は残虐な思考を持って魔族を襲っている。魔族から流れる血に何の感慨も持っていないのだろう。

 

その光景は、人の尊厳を無視したあまりにも惨いものだった。

 

「おい、あの魔人を連れて来い」

 

 背後で同じ景色を見ている神官の一人にそう指示すると、すぐにボロボロになった魔神軍の将――マルコシアスを引きずって来る。

 

「……ぐっ」

「おいクズ犬。これ何だ?」

「オ、俺様は誇り高き魔神軍が将、マルコシアス様だぞ! 誰が下等な人間ごときにこたえ――」

 

 その言葉を最後まで聞かず、トールはその顎を蹴りあげる。

 

「――ひぁっ、ひぃぁ、ぁぁぁ」

 

 抉れた音と共に砕けた牙が地面に落ちる。完全に顎が砕けたのだろう。マルコシアスは口を半開きにした状態で声にならない悲鳴を上げ、鼻水と涙を流す。

 

「で、これは何だって?」

 

 しゃがみ込んだトールは地面に蹲るマルコシアスの顎を掴み、無理やり顔を上げさせた。

 

 砕けた顎は軽く掴むだけでクシャリと危険な音を響かせ、マルコシアスの顔が激痛で歪む。

 

「ひゃ、ひぁ……」

「ああ、そうか。顎が砕けたら喋れないよな? おいマリア、こいつを治してやれ」

 

 トールが一人の神官の名を呼ぶと、黒いローブに身を包み、蒼い髪をポニーテールにした女性が近づいていて来る。

 

「直すんだったら壊すんじゃないわよ馬鹿神官長」

 

 マリアと呼ばれたは面倒臭そうにマルコシアスに近づくと、砕けた顎を凄まじい速度で治していく。

 

「あ、あ……?」

 

 まるで信じられない物を見る目でマルコシアスが女性神官を見る。これほどの治療魔術の使い手、彼が知る限り魔神軍では一人もいない。

 

 ――自分が今相手にしている者達はなんだ? 絶対の自信を持っていた魔人軍は蹂躙され、己の武は通じず、見たことの無いレベルの魔術の使い手がゴロゴロしているこの集団は、一体何なのだ!?

 

 もしかしたら自分達は決して手を出してはいけない相手に喧嘩を売ってしまったのではないか。そんな恐怖がマルコシアスを襲うが、考える暇を与えてなどくれる相手ではない。

 

「さて、これで話せるな?」

「ひっ!」

 

 ――恐怖。魔神によって生まれ、将として数多の城を落としてきた彼には今まで縁のない感情。それを今、彼は生まれて初めて感じていた。

 

 だがそんなもの、認められるはずがない。

 

 魔神によって生み出された彼は、魔人以外の全ての生物は家畜同然の下等なものだ。そんな存在に屈するなど、魔神軍の恥でしかない。

 

 幸い目の前の相手は油断している。すでに戦場で金髪のメスにやられた傷も、先ほどの回復魔術で治っているのだ。今なら、目の前の男を縊り殺す事が出来るに違いない。

 

「ふ、ふざけるな! 俺様を、この俺様をコケにしやが――」

 

 だが、そんな言葉は最後まで続かない。マルコシアスが気付いた時、すでにその顎は蹴り砕かれ、両腕の骨と筋肉は潰されていたからだ。

 

「……で、何だって?」

 

 仰向けに倒れる自分を見下ろす、一人の男。その瞳はどこまでも見透かすほどに暗く深い闇色をしていた。

 

「ひぁ……ふぃ……」

 

 再び回復魔術がかけられ、強制的に治されていく身体。だがマルコシアスが起き上がろうにも、身体は金縛りにあったように動かない。

 

 ――起き上がれば、この男に再び身体を砕かれる。

 

 そんな未来を視た彼は、まるで嵐が過ぎるのを待つ子供のように、身体を震わせ時が過ぎるのを待っていた。

 

「……立たないのか? だったらその足はいらないな?」

「……え? あ、ぎ……ぐ、ギィャァァァァ」

 

 マルコシアスの両足が潰れる。何をされたのか分からないまま一瞬呆けたあと、あまりの激痛に天に向けて叫んでしまう。

 

 そしてすぐに身体は回復魔術によって再生するが、沁み込んだ恐怖と痛みはすでにマルコシアスの心を蝕んでいた。

 

 ――嫌だ、嫌だ、嫌だ! もう壊されるのは嫌だ! 助けて! 助けて!

 

 巨大な頭を抱え、地面に蹲り子供のように泣き叫ぶ。その姿はとても雄々しい勇将とは思えない、あまりにも惨めなものだ。

 

 そんな彼をトールは冷たい瞳で見下しながら、地面についた指を踏みつける。

 

「で?」

「ひぃ! ……言う! なんでも話す! だからもう、もうヤメテクレェェェェ!」

 

 恐怖に負けたマルコシアスが泣きながらすべてを語り始める。

 

 魔人の目的、下等な魔族達をどう痛みつけたか。そして自分がその行為に対し、如何に愉悦を感じていたか。

 

 嘘を一つでも言えば体の一部が潰され、そしてゆっくりと回復させられる。肉がひしゃげる感覚を何度も植え付けられ、もはや抵抗する気力は完全に折れていた。

 

「ゆるして……もうゆるして……」

 

 心が壊れたようにぶつぶつと呟く魔人を見るトールの瞳には同情などない。当然だろう、この魔人が行ってきたことは、ただただ感情に任せた暴力でしかない。

 

 ――そうであるなら、同じように暴力によって捻じ伏せられても仕方がない事だろう。

 

「相変わらず敵には容赦ないわね」

「……悪いか?」

「べつに」

 

 女性がやや唇を尖らせ、不満そうな顔をしてる。

 

 男性が多い暗黒教団の幹部を押しのけ、ミスト、トールに次ぐ地位に立つ彼女は、比較的まともな感性を持った暗黒教団の良心ともいえる存在だ。ゆえに、こういった力の差を見せつけるような行為は、あまり好まないのだろう。

 

「アンタさ、ミスト様がいるときと違いすぎない?」

「いいんだよ。ミストは光だ。そして光が強ければ強いほど、闇は大きくなる」

「その闇がアンタって言いたいわけ?」

「ああ」

 

 そして出来る限り、この闇はミストに関わらせたくない。

 

 マリアはそんなトールをじっと見る。

 

「一応元聖女として言わせてもらうけど、アンタに闇には向いてないわ」

「……なに?」

 

 マリアの言葉に思わず眉をひそめる。その表情で何を思っているのか分かったのだろう。彼女は呆れた顔をして溜息を吐いた。

 

「ハァ……ま、それが理解できるならこんな事してないか。だけど覚えておきなさい。私も……それから一緒にされたくないけど他の変態達もみんな、アンタには光の道を歩いて欲しいって思ってることをね」

 

 ――まったく、せっかく大陸を統一して光の道を歩めてたのに……

 

 それだけ言うと、マリアは背を向けて歩き出した。

 

 もうマルコシアスから聞きたいことはすべて聞いた。これ以上この魔人を痛みつける必要も、そして治す必要もなく、彼女の出番もしばらくはない。

 

 去りゆくマリアを見送り、高い壁に囲まれた檻の先を眺めながら彼女の言葉を考えてみる。

 

「光の道……ねぇ」

 

 とても自分がその道を歩けるとは思えなかった。覇道を好み、あらゆる敵を正面から打ち砕いてきたミストとは違う。策略、謀略、暗殺、トールは『生き延びるため』なら何でもやってきた。

 

 正面から叩き潰せる時でさえ効率を考え、あえて邪道を選ぶのが自分だ。そんな自分が光など、胸を張って言えるわけがない。

 

 トールは絶望で死人のような目をした魔族達を見て思う。

 

「これが支配?」

 

 トールは昏い笑みを浮かべ、嘲笑う様に口元を歪めた。

 

「恐怖で感情を抑えつけ、暴力によって相手を屈服させる……それが、支配だと?」

「ヒィ!」

 

 そんなトールの表情を見たマルコシアスが怯えたように悲鳴を上げる。

 

「く、くくく……まったく笑わせてくれるな。魔人ってのはずいぶんとヌルい。支配ってもんを全然わかっちゃいねぇ!」

「な、なんだと……?」

 

 魔人の将として、考え尽く限り残忍な方法で魔族を苦しめてきたマルコシアスだ。それがまさかヌルいなどと表現される事になるとは思ってもおらず、男の恐ろしさを忘れて疑問を口にしてしまう。

 

「き、貴様は……貴様は何を言っている!?」

「ん? どうした声を荒げて……まさかこんな雑な支配でお前は満足してたのか!?」

 

 心底驚いた、と言わんばかりにトールは大袈裟に問いかけた。

 

「雑? 檻に閉じ込め、服を着る事すら許さず、体も心もこれ以上ないほど傷付け、知性ある生物としての尊厳を全て奪い取った俺様の支配のどこが雑だというのだ!?」

 

 マルコシアスは叫ぶ。叫ばなければ、その恐ろしさに己の全てを奪われると思ったからだ。

 

 そんな風に叫ぶ魔人を、トールは下らない物を見る瞳で見下して続ける。

 

「雑だよ。雑すぎる。なるほどどうやら魔人は支配に関しては素人らしい」

 

 トールは近づいて来る教団員の気配を感じ、そちらを見る。先頭を歩くのは彼等が主であるミスト・フローディア。大陸を統一し、支配尽した絶対の支配者。

 

「せっかくだからよく見ておけ。本物の支配者の、絶対的な在り方についてな」

 

 そう言うトールの姿はマルコシアスから見れば、彼こそ誰よりも恐ろしい本物の支配者にしか見えなかった。



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第四話 支配された魔王領を解放せよ! 後編

「ふん、なるほど。この魔人はこれを支配と呼んだのか」

「ああ」

 

 入り口を塞ぐ鉄柵を破壊し、魔族達が捕えられている家畜小屋へと足を進めるミスト。それに追従しながら、トールは彼女が内心で怒りに満ちている事を感じ取っていた。

 

「旦那様の言う通りだな。どうやら魔人共は、相手を支配すると言う事を何にもわかっていない素人集団らしい」

 

 足を抉られ、満足に歩けない老人。元は美しかったであろう顔面を殴打され、原型を留めていない女性。口を裂かれ泣くことすら許さない子供達。

 

 ミストの視線の先には、生きる希望を無くした魔族達がフラフラを歩いていた。その姿はまるで、かつての王都に巣食っていた浮浪者達と同じ、生きながら生を拒否した死者そのものだ。

 

 特に酷いのは若い男達。反逆を恐れてか、もしくは反逆をした後かはわからないが、まともな身体をしている者は一人もいなかった。

 

 彼等は鉄柵が破れたというのに、この家畜小屋から出る気配はない。外からの来訪者が気になるのか、視線を向けて来る。気付いていても、それに対応するだけの気力はないのだろう。

 

 それでもただ絶望の表情が晴れないのは――

 

「完全に負け犬根性が染みついているな」

 

 ミストは腕を組み、逃げ出さない感情を揺らさない魔族達を見ながら不機嫌そうに舌打ちをする。

 

「さ、散々俺様が痛め付けてやったんだ! 心が折れない方がどうかしているさ!」

 

 トールによって散々痛めつけられた筈のマルコシアスだが、自分が行ってきた事を見て優越感を覚えたのか、唾を飛ばしながら声を上げる。

 

「ちっ」

「ひっ……」

 

 メンタルの回復が早いやつは面倒だと思う。もう一度顎を蹴り砕いてやろうかと睨みつけると、植え付けられた痛みを思い出したのか、マルコシアスは小さく悲鳴を上げながら一歩距離を取って黙り込む。

 

 そんな愚か者から視線を外し、ミストの後ろを歩きながら周囲を見渡した。

 

「さて……この状況、どうする?」

「旦那様、それは私に対する挑発か?」

「まさか」

 

 少し不機嫌そうに答えるミストに対し、トールは肩をすくめて笑う。なにせ彼には、これから行われるであろうことが容易に想像できたからだ。

 

 ミストは己の来ている黒い軍服を見下ろし、血に濡れた部分を軽くなぞる。

 

「さて、それでは私は着替えて来る。それまでに準備は終わらせておけよ?」

「仰せのままに」

 

 仰々しく首を垂れると、ミストはその場から去る。そんな彼女を見送り、トールは近くの神官達にそれぞれ命令を下していった。

 

 

 

 

「これで……全員だな」

 

 しばらくして、トールは城壁の上からざわつく魔族達を見下ろしていた。神官達を使い、家畜小屋に囚われていた魔人達全員を、街で一番大きな広場へ集めたのだ。

 

 そして、全ての準備が整ったのを見計らったかのように、ミストが皇帝として振る舞うときに使用する礼服でトールの下へやってきた。

 

 ミスト彼の隣に立つと、集められた魔族達を見て機嫌良さそうに笑う。

 

「くくく、流石は旦那様だな。この短時間でこれか。相変わらずいい仕事をする」

「お褒めに預かり至極恐悦」

「……流石にへりくだり過ぎだ馬鹿者」

「いて……悪い」

 

 軽く脛を蹴られ、素直に謝る。

 

「ふん、まあいい。それで……これで全部か?」

「ああ、神官達の探索魔術も使って調べた。これが、この街に住む全ての住民だ」

「なるほど……これは存外、不自然なほど残っているものだな」

 

 ミストが眉を顰め、不審げに城下を見下ろす。

 

 言いたい事は理解出来る。魔神軍の目的は魔族の殲滅だというのに、この街に残っている住民は少なく見積もっても五万を下らない。

 

 もちろん中には老人や子供、女性といった戦力外の者も多いが、反乱を起こす分には十分過ぎる戦力である。

 

 これでは魔神軍の目的と行っている事に矛盾が生じる。確かに彼等はみな満足な食事も与えられず、五体満足な者もほとんどいない。だが蹂躙を目的としている魔人軍が彼等を生かす理由もなかったはずだ。

 

「これは、魔神とやらの真意は他にもあると見るべきか?」

「どうだろうな……完全に現場の独断という線もある」

「まあ、どちらもでいいか。魔神もその軍も全て蹂躙する。この方針に変化はないのだからなぁ」

 

 まるで悪魔のように口を三日月型に歪ませ、ミストはいくらか残った魔人軍の残党を嘲笑う。彼等は往々にして怯えていた。蹂躙する側だったのが、たった一日でひっくり返ったのだ。これまで自分達が行って来た悪行を思うと、怯えるのも当然だろう。

 

「さて、そろそろ下のやつらも騒めいてきたな」

 

 集められた老若男女の魔族達は最初こそ覇気がなかったが、今の事態がいつもと違うと思ったのか怪訝そうに当たりを見渡し始めた。それは一人、二人と増えていき、小さな音はどんどん大きくなっていく。

 

「やれ」

 

 ミストが手を挙げて合図をした瞬間、彼女の背後から巨大な炎の龍が現れ、天に向かって雄たけびを上げる。その音は街中全てを覆うほど大きく、騒めいていた魔族達の視線を一気に奪い取った。

 

 魔族達は当然、その先にいる集団にも気付く。あれはなんだ? ついに魔人が自分達を根絶やしにするつもりか? そんな絶望を感じているのが遠目にもわかる。

 

「く、くくく……なんだ、まだ恐怖という感情をちゃんと持っているではないか」

 

 ミストはそんな彼等を見下しながら不敵に笑った。彼女は仰々しく両手を広げると、まるでその大地全てを己の物だと言わんばかりにその手を握りしめる。

 

「さあ、はじめようか! ここからだ! ここから、我々の魔界制覇が始まるぞ!」

 

 

 

 ――その日、魔族達は一つの奇蹟を見た。

 

『貴様等は……負け犬だ!』

 

 広場に集められた彼等は、街を覆う城壁の上から叫ぶ一人の少女を見上げる。遠目でも分かる小柄な少女だ。魔族を蹂躙した魔人達にかかれば、簡単にその身をすり潰されてしまうことが容易に想像できた。

 

 だというのに、その声に込められた強い意志は、まるでかつて彼等を先導してくれた一人の王を思い出させる。

 

『何故だかわかるか!?』

 

 少女が叫ぶ。

 

 わからないはずがない。魔族達は負けたのだ。負けて家族を、仲間を、知り合いを根こそぎ奪われた。

 

 抵抗した者は殺され! 服従した者は生き物としての尊厳は奪われ! 身体を! 心を踏みにじられたのだ!

 

 自分達はもう生物として立ち上がることなど不可能だろう。それだけの事をされてきた。心が屈してしまったのだ。火種がなければ炎は立たない。もはやこの街の魔族達は死んだも同然である。

 

 だから……もう放っておいてほしい。例えこの先の未来が魔人によって殺されるだけなのだとしても、自分達はすでにその未来を受け入れた後なのだから。

 

『貴様等は負け犬だ! 本当は悔しい気持ちがあるはずなのに目を背け、楽な道を選ぼうとしている!』

 

 だが、少女は声を更に大きくして叫ぶ。

 

 彼女の言葉は的外れだ。悔しい気持ち? そんなものはもはやない。そんなものはないのだ。

 

 涙はすでに枯れ切った。慟哭によって喉は擦り切れ、まともの声など出やしない。魂の炎はすでに消えてしまっている。

 

『貴様達は負け犬だ! 本当はその身に怒りを宿しているというのに、それを表に出さない臆病者どもめ!』

 

 少女が叫ぶ。だが無駄だ。無駄なのだ。少女がどれだけ叫ぼうと、自分達魔族の心は決して動かない。

 

 動かない……はずだった。

 

「……なんで?」

 

 一人の魔族からそんな呟きが零れる。その魔族の瞳からは涙が流れていた。彼はそんな自分を、まるで信じれないという顔でそっと頬に触れる。

 

 涙は枯れた。喉は潰れた。彼等の心は死を受け入れた……はずなのだ。

 

『貴様達は負け犬だ! 己が魂の慟哭から目を背け! 誇りを宿した心の憤怒から目を背け! そして信頼すべき仲間からすら目を背け! 誰かが何とかしてくれるのを待っているだけの負け犬だ!』

 

 止めてくれ……そう誰かが言った。それは自分だったのかもしれないし、隣に立つ女性だったのかもしれない。

 

 城壁から叫ぶ彼女の声は、あまりにも眩し過ぎた。すでに心を闇で閉ざし、膝を抱えて絶望していればいいだけだった自分達を無理やり光の下へと連れ出そうとして来る。

 

 それはまるで――お伽噺で聞く、地上にあるという灼熱の太陽のようだ。

 

 だがそんなもの、望んでいない。望んでいない。望んでいない!

 

『立ち上がれ!』

 

 ――立ち上がることなど、望んでいない!

 

『顔を上げろ!』

 

 ――顔を上げる事など、望んでいない!

 

『怒りの涙で大地を濡らせ!』

 

 ――涙など、とうに枯れ切っている!

 

 そのはずなのに、彼女の言葉は何故こんなにも心に響くのだ!?

 

『魂を燃やせ! 心を震わせろ! その強靭な足腰は何の為にある!? その精強な牙は何のためにある!? その人智を超えた肉体は!? その強大な魔力は!? 魔界という過酷な地にてしがみ付きながらも必死に生きてきた貴様達の意地を、その魂の輝きをこの私に魅せてみろォォォ!』

 

 ――ウォォォォォォォォンl!

 

 瞬間、一人の狼獣族が立ち上がり天へ叫ぶ。魔人に特に抵抗したせいか、片目は抉られ両腕はなく、生きているのも不思議なほど重体な男だ。

 

 だが彼の叫びは空を突き抜け、周囲一帯を震わせる。それは空間だけではない。一緒にいる五万の魔族達の心を、心臓を、魂をも震わせた。

 

 ――魂の火種はまだ残っていたのだ。

 

 まるで彼に合わせる様に他の狼獣族達が立ち上がり、一斉に叫ぶ。叫び、叫び続け、他の魔族達をも巻き込み始める。

 

 それはまるで、湖に落ちた一つの小石が生み出した波紋のように最初は小さいものだった。だがそれは一つ、二つと合わさり、どんどんと大きな波紋の連鎖を生み出していく。

 

 ――ふざけるなぁぁぁぁ! 俺は、俺達は! 私達はここにいるぞぉぉぉぉぉ!

 

 狐獣族が、猫獣族が、エルフ族が、ヴァンパイア族が、魔界に住むあらゆる種族がまるで天に己の存在そのものを示すかのように、ひたすら叫んだ。

 

『ふはは……ハーハッハッハ! いいぞ貴様等! 少しは見れる顔になっているじゃないか! だがまだまだだ! もっとだ、もっと天に叫べ! 貴様達のその叫びを! 怒りを! この魔界中に伝えてみせろ!』

 

 そうして魔族達が天へ向かって叫んでいると、空にいくつかの黒い影が現れる。

 

「あいつらだ! 魔人共だ!」

「死ね! 死ね! シネェェェェ!」

「返せ! 家族を返せ! 仲間を返せ!」

 

 空中で見えない魔力によって磔にされた魔人達は、あらゆる罵声を受けながら恐怖に震えていた。この後何がおこるのか、わかっていたからだ。

 

『我が覇道は黄金の輝きをもって世界を支配する! さあ貴様等、私に付いて来い! この魔界を貴様達の手で取り戻すのだ! その為に光が必要だというのなら、この私が貴様達の太陽になってその道を照らしてやろう!』

 

 そして、ミストが生み出した巨大な炎の龍が凄まじい熱量を持って魔人達を喰らう。魔族達を虐げ、暴虐の限りを尽くしてきた彼等は、たった一振りの魔術によってその身を消滅させたのだ。

 

 そしてその炎の輝きは、立ち上がった魔族達の輝きそのものである。

 

『我が名はミスト……ミスト・フローディア! 天地魔全てを統べる世界の帝王である! 私に付いて来るものは我が名を叫べ!』

 

 瞬間、大地が爆発したかのような轟音が街中を埋め尽くす。

 

 ――ミスト・フローディア! ミスト・フローディア! 我らが新しき魔界の王、ミスト・フローディア!

 

『そうだ! 私だ! 私こそが魔界の王である! さあ行くぞ魔族達よ! 魔界の全ては私と、そして貴様達の物だ!』

 

 ――ウォォォォォォ

 

 その歓声は魔界の黒い雲を割り、血のように紅い空にすら亀裂を与えるようだった。

 

 そんな彼等を見てミストは機嫌良くしながら、背後で身動きを封じられたマルコシアスを見下す。

 

「どうだ魔人よ。これが、これが本物の支配というものだ」

「あ……あぁぁ、アァァァァ!」

 

 マルコシアスは目の前の少女に本能的な恐怖を覚えた。あれだけ完璧に心を折った魔族達を、僅かな時間でこうも完璧に己の支配下に置くなど、尋常ではない。明らかに、己とは格が違う存在だと、本能を上書きされたのだ。

 

「暴力だの、心を折るだの、全く無駄な事をする。支配とはこうして、逆らう者を己の物にする事だ。これから先、あれらの気迫は次の街でも響くだろうな。そうすれば、いずれその波紋は魔界全土へ普及し、我が軍門へと下っていくものさ」

 

 そしてミストは相手を恐怖に陥れる、歪な笑みでマルコシアスを見下す。

 

「さて、貴様等は中々いい道化だったぞ。ゆえに、褒美をやろう」

「ひぃぃぃぃ! たすけ! 助けてくだ――!」

 

 パチン、とミストが指を鳴らす。それにより、彼の言葉が最後まで紡がれる事はなく、その魂に一辺まで焼き尽くされることとなった。

 

 ミストは城壁から叫ぶ魔族達を慈愛の表情で見ていた。

 

「くくく、あれが我が新しい国民達だと思うと、中々可愛く見えるな」

「そうだな」

 

 彼女にとって己の支配下にあるものは全て守るべき対象だ。ゆえに、これからは自国民と同じように愛情を持って接することだろう。

 

「怪我の重い者達も多い。マリア達治療部隊を出してやれ。仮にも元聖女だ。マリアなら死んでさえいなければ何とでもなるだろうさ」

「了解。ミストは?」

「久しぶりに叫んで疲れたから休む。あの魔族達も十分な休養を与えてやれ。これから、忙しくなるのだからな」

 

 そう言って背を向けるミストを見送り、トールは叫び続ける魔族達を見る。彼等はすでにミストを心酔しているのか、大怪我をしているはずなのに依然としてミストの名前が収まる様子は見られなかった。

 

 その熱狂的な姿は、暗黒教団の神官達を思わせる。

 

 そんな事を考えながらトールがマリアの下へ辿り着いた時、彼女はすでに準備を終えているところであった。

 

「それじゃあマリア。後は任せたぞ」

「分かってるわよ。まったく、アンタといい、ミスト様といい聖女使いが荒すぎるわ」

「信頼してるからな」

「……はいはい」

 

 トールがそう言うと、マリアは不機嫌そうに顔を歪ませて魔族達の下へと行く。

 

「さあ、ここからが本番だ」

 

 それを見送りつつ、トールは魔神がいるであろう東の空を見上げ、これから起こるであろう大戦に覚悟を決めながら、そう呟くのであった。



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第五話 魔界の情勢を収集せよ!

 聖剣の勇者としてセイヤが魔界に召喚されて一年が経った。

 

 戦力としては強大な彼だが、戦争とは一人で行うものではなく、彼がいくら孤軍奮闘したところで、戦況が良くなる兆しは見られない。

 

 幹部と呼ばれる魔人達を倒しても敵の情報は得られず、制圧された街を救出しても心を折られた魔族達は新たな戦力として機能せず、セイヤ一人では街を守り切る事も出来ないまま再度制圧されてしまう。

 

 対して魔人側の戦力は本当に削れているのかと思うほど、その数の底が見えなかった。ここ数日はだいぶ数も減っているようにも感じるが、それも大侵攻の前触れではないかと疑わずにはいられない。

 

「……くそ、マジでそろそろ限界か?」

 

 日夜問わず襲い掛かる魔神軍に、イリーナ率いる魔王軍は疲労の限界が近づいていた。常に最前線で戦い続けているセイヤは、日に日に弱っていく仲間達を見て、先の未来に不安を感じてしまう。

 

「大丈夫よ」

 

 そんなセイヤの不安を吹き飛ばすかのように堂々と、それでいて氷のように冷たい声がセイヤの背後から聞こえてきた。振り向くと、長い白銀の髪を揺らしながらイリーナが隣に来て、そっとセイヤの手を握る。

 

「大丈夫……私達はまだやれるわ」

「姫さん……」

 

 その言葉に力はあるが、それがやせ我慢であることは一目瞭然だ。なにせ眼の下にはもはや化粧ですら誤魔化せないほど深いクマが出来上がり、疲労を隠しきれていないのだから。

 

「……休めって言っても、聞かねえよな」

「当然ね。休んでいる暇などないわ」

 

 魔王の娘として魔王軍を率いて戦って来た彼女だが、その戦闘面での負担、未来への重圧、精神的な不安は当然他よりも遥かに重い。だというのに、セイヤは彼女が満足に休んでいるところは見たことがなかった。

 

 抱き締めれば折れてしまいそうなほど細い身体。こんな彼女が、今の状況をいつまでも耐えられる筈がない。

 

「まったく……羽虫のように沸いて来るわね」

 

 イリーナは冷たい瞳で城壁の外を見下ろすと、襲い掛かる魔獣に向けて軽く手をかざす。

 

 それだけで数十匹纏めて氷漬けにしてしまうのだから、この防衛戦において彼女の存在は不可欠となってしまう。なにせ二度、三度と何度も同じ動作を繰り返すだけで、大地を覆う魔獣の群れを殲滅してしまうのだから。

 

「ふぅ」

「お疲れさん」

「……貴方は見ているだけだったわね」

「いや、あの氷の魔術の中を突っ込んだら流石の俺でも死んじまうから」

 

 辺り一面氷雪の大地となった魔界を見下ろし、自分がその場にいたとしたらゾッとしてしまう。

 

 イリーナの魔力はかつて戦った魔王クロノすら超え、魔界において彼女に追随する者はいないだろう。世界中を回ったセイヤから見ても、明らかに飛び抜けた才能だ。

 

 こと魔術においては、ある一人の人間を除けば間違いなくトップに位置する。

 

 とはいえ、本音を言えばこれ以上彼女に無理をしては欲しくなかった。

 

「……まあ、だからといって引っ込まれたら負けちまうんだが」

 

 本来なら魔王として指示を出す立場であるが、最高戦力の一人として最前線で戦わざる得ないほど、状況は切迫しているのだ。いくらセイヤが彼女の事を思おうと、現実はそう簡単にはいかなかった。

 

「……セイヤ」

「ん、なんだよ姫さん。ジッと見つめて」

 

 無表情で見上げて来るイリーナに、セイヤは首をかしげる。そんな彼を無視して、イリーナは一言――

 

「褒めなさい」

「……は?」

「私は今回頑張ったわ。貴方が間抜けな顔をして見ている間、敵を殲滅したの。だから――」

「だから?」

「褒めなさい」

「お、おう……」

 

 無表情で見つめて来るイリーナから、凄まじい圧力を感じる。父に甘えた経験のない彼女は、時折こうして無表情で褒めろとアピールをしてくるのだが、今回ほど圧力を感じたことはなかった。

 

 気圧されるようにセイヤが手を伸ばし頭を撫でると、まるで猫のように目を細めて気持ち良さそうな表情をする。妹はいないセイヤだが、なんとなくいたらこんな感じなのかもしれないと思ってしまった。

 

「報告します!」

「っ!」

 

 だがほんの僅かなほのぼのとした時間は、勢いよく駆けてきた兵士によって打ち切られてしまう。

 

「ど、どうした?」

 

 セイヤは慌てて手を離し、イリーナは総大将としての威厳を見せた態度に戻る。

 

 兵士は一瞬セイヤを睨んでから、すぐさまイリーナへ向き直った。

 

「北の斥候から連絡が入りました!」

「……そう。それで?」

 

 約一か月前、包囲されていたセイヤが魔物を殲滅したタイミングを見て、魔王軍は魔界各地に斥候を出していた。これまではセイヤ一人しか大陸を見て回る事が出来なかったため断片的な情報しか得られなかったが、少しでも各地の情報を得る事が出来ればという思いで出した斥候達だ。

 

 もはや魔界において魔族が安全に生きられる場所はない。そんな危険な任務に当たってくれた者達が、無事に帰って来てくれた。それだけでもイリーナにとってはありがたい話だ。

 

 一人の斥候が前に出る。

 

「――は! 最北の城塞都市フェニクスが陥落しておりました!」

「……待て、フェニクスは俺が見に行った時はもう陥落してたぞ」

 

 かつて召喚された当時、まだ現在ほど魔王軍が押し込まれていなかった時、セイヤは魔界中を渡り歩き魔神軍の幹部達を襲撃していた。

 

 セイヤがその気になれば軍ごと壊滅に追いやる事が出来るのだが、最初の一回でそれが無意味である事に気付いてしまう。

 

 街を解放しても、蹂躙された住民達の心が折れており、次に繋がらないからだ。セイヤが離れれば再度蹂躙される。セイヤの身は一つしかなく、守れる物がわずかばかりでは、何の意味もなかった。

 

 城塞都市フェニクスもそんな街の一つだ。かつて街に潜入したセイヤは、その惨状を見て他の街同様、住民達の心は完全に折れ、立ち向かう気力など残っていないのが一目でわかった。

 

 故に放置した。現在セイヤ達が主戦場としているこの南の城塞都市ゲンブとは距離も離れており、仮に街を解放したところでそれ以降助ける事など出来る筈がなかったからだ。

 

「……フェニクスは陥落していたのね?」

 

 イリーナが意味深に問いかけると、兵士は再び大きく頷いた。

 

「いやだからフェニクスは――」

「何者の手によって?」

「……なに?」

 

 イリーナの言葉に、セイヤは己が思い違いをしている事に気付く。そしてその考えを証明するように、兵士は大きな声で叫ぶ。

 

「城塞都市フェニクスは現在、所属不明の部隊によって解放されました! その部隊は突如現れると、魔神軍に宣誓布告! そしてそのまま戦闘に入り、魔神軍を鎧袖一触! まるで羽虫を薙ぎ払うが如く蹂躙し、わずか一日で城塞都市フェニクスを制圧してしまいました!」

「なっ!」

 

 その言葉にセイヤは驚きを隠せない。魔神軍は決して弱くはない。少なくとも並の魔族が太刀打ちできる相手ではない。特に城塞都市フェニクスは魔界でも五指に入るほど堅牢な都市だ。

 

 それがたった一日で陥落させたと聞き、驚きを隠せない。

 

「報告します!」

 

 そしてその驚きは新たな斥候の情報によって更に上書きされる。

 

「北の大地にて魔族達が一斉蜂起! 次々と魔神軍を襲撃を開始! 解放した街や村の魔族達を取り込んで、勢力を拡大しています!」

「……マジか?」

 

 セイヤは直接見たから知っている。魔族達がどれだけ痛めつけられ、そして心が折られてきたのかを。だからこそ、この報告が信じられなかった。

 

「報告します! 北に新勢力あり! すでに北の大地から魔神軍の勢力は駆逐され、魔族軍の勢力は拡大する一方です!」

「報告します! 魔族達を率いて先陣に立つのは見た事もない種族です!」

「報告します! 北の勢力を率いてるのはどうやら女性のようです!」

「報告します! 圧倒的なカリスマを持った一人の女性が、魔族を次々と取り込み今では一大勢力となっております!」

「報告します!」

 

 しかし斥候達は次々と戻って来ては同様の、もしくはそれ以上の情報を報告してくる。その内容は決まって、北の大地は一人の少女によって解放されたという事だ。

 

 集まって来る情報は全てが正確な訳ではない。しかしこれだけ同じ情報が持ち帰られている以上、信憑性は高かった。

 

「……いったい、何が起きているというの?」

 

 流石にイリーナもこの状況に困惑を隠せていない。もちろんセイヤも同様だ。魔界の住民達がどれほど絶望に陥っているか、彼等は知っている。知っているからこそ、この地以外の魔族達が立ち上がり戦っている事が信じられないのだ。

 

「まさか……まさか!」

「セイヤ?」

 

 だがイリーナと違い、セイヤにはこれらの現象に一つだけ心当たりがあった。ただそれは、出来れば合って欲しくない現実。本来なら歓迎すべき事象も、たった一人の女性によって引き起こされたとしれば、それは決してセイヤ達に対する追い風にはならない。

 

 むしろ、彼女が出てきたとすれば、魔界が更なる闘争の渦に巻き込まれる事に他ならないのだから!

 

「おい! 誰か、誰かその先導者の名を知っているやつはいないか!?」

 

 セイヤが叫ぶ。報告者達はその言葉に一瞬言葉に詰まると、互いを見渡し、そして同時に言った。

 

 ――先導者の名は、ミスト。ミスト・フローディア。魔族達、新たな魔王として崇められる存在である。

 

 その名を聞いた瞬間、セイヤは天を仰ぎ、逃げ出したい気持ちを必死に抑えつけるのであった。

 

 

 

「ふはは……ハーハッハッハ! さあ魔界北部は制圧した! 次は東部! そしてそのまま中央を蹂躙し、南部で引き篭もっている魔王軍、そして西でふんぞり返っている魔神共々蹂躙するぞ!」

『オオオオオ! ミスト・フローディア! 我らが新たな魔王、ミスト・フローディア!』

 

 空を浮かびながら解放した魔族達を見下ろし、ミストは再び高笑いを続ける。その背後ではいつも通りトールが控え、次なる計画を練っていた。

 

「くくく、魔族達も中々に従順で可愛いではないか! さあ旦那様、まだまだこれからだ! 地上、そしてこの魔界が誰の物か、この大地の生きとし生きる全ての物に知らしめてやる!」

「ああ、任せとけ。勇者だろうが、魔王だろうが、魔神だろうがミストの敵じゃねえことを証明してやるよ」

「いいぞ! それでこそ旦那様だ! すでに魔界での基盤も整った! それでは貴様等、カーニバルの始まりだ!」

『オオオオオ! オオオオオオオオオ!』

 

 ミストを称える魔族と暗黒神官の面々達。彼等の心にはすでに恐怖はない。あるのはミストを信奉し、彼女についていくという決意のみ。

 

 そしてそれさえあれば、種族差など些細な物だった。

 

 魔界の地にて生まれた新たな勢力は、これより魔神軍、そして魔王軍をも巻き込み戦乱を拡大させていくことになる。

 

「さあ魔神とやら、せいぜい私を愉しませてくれよ」

 

 この盤面が非常に愉快であると、そう言ってミストは不敵に笑う。笑い、戦場に立つのであった。




※最新作として短編も投稿しました。

『女性下着専門店で【鑑定】を極めた俺は巨乳に偽装した王女のパッドを見抜いて奪い取る』

中々評判もいいので、良ければ読んでみて下さい。


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第六話 黒髪の戦女神を捕縛せよ!

かつて魔界を統一した魔王クロノが地上で消息を絶ってから数年。

 

 新たに台頭してきた魔神を名乗る存在によって魔界は戦乱期へと入り、そして更に地上からやってきた一人の女性の侵略行為によって、魔界はかつてない激動の時代へと向かっていくことになる。

 

 これまで魔界のほとんどを支配していた魔神軍であったが、徐々に支配地域は制圧され、現在は三つの勢力によって分断されようとしていた。

 

 そのきっかけとなったのは、地上より魔界を制覇しようと侵略してきたミスト達暗黒教団の面々だ。

 

「ハーハッハッハ! 弱い! 脆い! さあお前達! 今まで散々やられてきたんだ! 倍返し? 甘いな! やられたら十倍返しが基本だろ! 怒りを見せろ! 牙を、そして爪を砥げ! 己の信念に誇りをもって斬り進めぇぇ!」

「ウオオオオオ!」

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「捧げよ! やつらの心臓を我らが魔王へ捧げよ! 血を! 肉を! 魂を! その全てを捧げるのだぁ!」

 

 先陣を切るのは魔界で虐げられてきた魔族達。彼等は魔神軍によって家族を、仲間を、己の尊厳全てを貶められてきた者達だ。

 

 ミストという強大な旗印の下で魔神軍を蹂躙する姿は悪鬼羅刹を思わせるが、それも全ては魔神軍に対する怒りによるところが大きかった。

 

 彼等の奮闘により魔界北部、そして東部はすでに解放され、現在は旧魔王城がある中央地域に攻勢をかけているところである。

 

 中央地域においてもミスト軍の力は圧倒的で、戦線を徐々に押し込んでいく。しかし、順調だったのは旧魔王城を囲むところまでであった。

 

 これまでの力押しとは異なり、旧魔王城に立てこもった魔人達は明らかに指揮を受けた者達の動きで、堅実な守備をするようになったのである。

 

「ほう……中々やるな」

 

 ミストは感心したように、包囲した旧魔王城を見上げる。

 

 これまで魔神軍には慢心があった。神に選ばれた自分達は選ばれた種族である。魔族など下等種族でしかない。そんな心で戦っていたからこそ、正面からの戦いとなり暗黒教団は蹂躙することが出来た。

 

 しかし、この旧魔王城を守る将軍はこれまでとは違う。

 

「矢を放て! 魔術を防げ! 敵は烏合の衆! 数はこちらの方が多いです! きっちり守れば敵は何も出来ません!」

 

 ミストが見上げる先にいるのは、将軍とは思えないほど線の細い体を持った人間のような見た目の女性将軍。離れていても聞こえてくる大きな鼓舞は凛々しくも美しく、その指示を忠実に守る守備兵達は堅実で、その練度はこれまで見てきた魔神軍とは一線を画していた。

 

 まるでトールやセイヤを思い出せる黒い髪に、少し平べったい輪郭は地上でもあまり見ない顔立ちだ。騎士のように長剣を振りかざし、致命的になる魔術のみを的確に撃ち落していく姿は戦女神(ヴァルキリー)という言葉が良く似合う。

 

 敵ながら彼女の持つ雰囲気は、それだけで美しい芸術を見ているように思え、ミスト自身知らず知らずに笑みを浮かべてしまう。

 

「くくく、魔神軍にも骨があるやつがいるではないか。さて、ではこれはどうかな?」

 

 ミストが戯れに近くの神官達に指示を出すと、三人の神官達が巨大な火球を放つ。凄まじい威力のそれは、城壁の一部を軽く吹き飛ばす、はずだった。

 

 しかし、すぐに女性将軍が水の魔術でレジストしてきたため、火球はその役目を果たせないまま消滅。それからも色々な属性の魔術で二度、三度と繰り返すも、女性将軍は全てを打ち消し、更に同時並行で戦場で指揮を執っているのだから並の技量ではない。

 

「面白い!」

 

 圧倒的な個の力量、隙の無い守りの指揮、そして美しい容姿。あの女性将軍はどれをとっても一級品だ。

 

 ミストは蹂躙するのは好きだ。特に己が強いと思っている小物を嬲るのは最高の娯楽とも思っている。しかしそれ以上に、本当の強者を正面から叩きのめすのが大好きだった。

 

「おい旦那様! 私をあいつのところまで連れていけ!」

 

 背後で控えるトールに指示を出す。いつもなら打てば響くと言わんばかりに己の望みを叶えてくれる男は、しかしミストの言葉に対する返事がない。

 

 それを怪訝に思い振り向くと、トールは呆気に取られてような顔で城壁の女性を見上げていた。

 

「……旦那様?」

「あ……な、なんだミスト?」

 

 明らかに動揺した様子を見せる男に、ミストはジッと見つめる。

 

 ミストから見たトールと言えば、冷静沈着でどんな無茶ぶりにも完璧に対応して見せる男だ。これまで多くの男を見て来たが、トール以上の男はいなかったし、これからも一生出会う事はないだろうと思う。

 

 しかし、そんな完璧な男でも、男である。であるならば、美しい女を見て呆けてしまうのも仕方がない。仕方がないかもしれないが、許せるかと言えば許したくない。それがミストの心情だ。

 

「……なあ旦那様? まさかと思うが、今あの女に見惚れていなかったか?」

「……は?」

 

 はっきり言って、トールはモテる。

 

 昔は髪をボサボサにし、常に寝不足だったからか目付きも悪かった彼だが、今では一国の宰相だ。昔と違い身嗜みもしっかり整えられ、元々顔立ちも整っているうえ、若くして最高権力者の一人なのだから、国中の女性達の憧れの的でもあった。

 

 それでいて面倒見がいい。本人に自覚はないだろうが、実際教団の中にはミストではなくトールのファンも多数いるのが実情だ。

 

 当然、過去には彼の寵愛を受けようとする不届き者もいた。もちろん、そんなやつはこの世の地獄を味合わせてやったものだが。

 

「いやしかし、トールは今まで他の女に目移りしたことなかったのに……何故いきなり?」

「おい、ミスト? おーい」

 

 ミストは腕を組みながら城壁の女将軍を見る。確かに美人だ。これまでミストが見て来た中でもトップレベルなのは間違いない。

 

 とはいえ、これまであらゆる女性のアプローチを受けてきながら全く気付かなかった鈍感魔神のトールである。

 

 あのマリアだってかなり遠回しにトールにアピールしているのだ。全く気付いた様子は見られず、ミストも同情してしまい見逃しているが。

 

 それがどうして突然……そう思ってふと思う。

 

「……黒髪か?」

 

 まるで天啓を得たと言わんばかりにミストは顔を上げる。

 

「いやミスト? 何か勘違いしてないか?」

「我が国には黒髪はほとんどいなかった……そう言えば昔、旦那様の国にはフェチという物があると言っていたな……故郷を思い出すというなら、なるほど盲点だった」

「いや別にフェチとかねえけど……」

 

 マリアはミストに匹敵するレベルの美人だが、青髪だ。恐らく青髪はトールの琴線に触れなかったのだろう。それに対しあの女将軍はどうだ?

 

 美人で、強く、それでいて黒髪。なるほど、トールの好みに一致しているではないか。

 

「……ちっ」

 

 つい苛立ち混じりに舌打ちをしてしまう。凡愚が近づいて来ようとミストの敵ではないが、あれほどの器量を持ち、それでいて強く、何よりトールのフェチである黒髪ともなれば、流石に危機感を覚えてしまう。

 

「潰すか」

 

 ふと零れた言葉に、しかし思う。ここで彼女を潰すのは難しくない。確かに強いが、己の軍勢は最強だ。いかに優れた指揮官であろうと、如何に個人の武勇に優れていようと、負ける道理など一切ない。

 

 ここは戦場だ。であるなら、全力を持って敵の将軍を潰す判断は間違っていない。しかし女として、それで良いものかと問いかける。

 

「み、ミスト……?」

「否、否だ!」

「うおぃ!」

 

 ミストは近づいてきたトールの手を振り払い、城壁の女将軍を睨みつける。

 

「我が名はミスト・シノミヤ・フローディア! 美の化身にして世界最高の女傑である! 魔術師としてはもちろん、女としてもあのようなポッと出に負ける道理などない!」

「ま、まてミスト……だからさっきから何の話をして……」

「旦那様は黙ってろ!」

「うぉ!?」

 

 見ず知らずの女に見惚れるなど情けない、とは思わない。何せトールは故郷よりも自分を選んでくれたのだ。そして自分を選んだからこそ、黒髪との縁を一生切ることとなった。

 

 だから、故郷を思い出すあの黒髪に惹かれることだけは、寛容な心で応対しなければならないと思う。

 

「旦那様よ! 黒髪が欲しいか!?」

「は? 別に要らねぇけ――」

「そうか欲しいか!」

「いや聞けよ」

 

 トールはいつも自分に色々な物を与えてくれる。だがそれに対して自分はどうだろうかとミストは考える。

 

 この男は何でも出来る。もちろん自分は至高の存在と疑っていないミストは、与えられるのが当たり前だと思っていた。だが、そんな彼女もトールに対してだけは考え方が異なってしまう。

 

 ――与えたい。女として、求められたい。

 

 そんな欲求がその身に宿っていた。

 

 これはミストにとって馴染の少ない感情だ。トール以外の人間には思いもしなかったものでもある。

 

 だが、それが不思議と心地良い。

 

「お前達ぃ!」

 

 ミストは振り向き、己を守る親衛隊達を見渡す。トールが己の半身だとすれば、彼等は手足である。世界最強の、ミスト・シノミヤ・フローディアの剣達だ。

 

「あの女を捕えろ! 決して傷付けずに我が眼前まで連れてくるのだ!」

「「はっ!」」

 

 どんな無茶な要求でも彼等は迷わない。疑わない。何故なら手足が、武器が考える事など必要ないからだ。

 

 世界中にいる数百万を超えるミストの信者たちの中でも、トップクラスの実力者達。彼等が集団で戦えば、太刀打ち出来る者など極々わずかである。

 

 恐らくあの女将軍はそんな僅かに入るレベルの猛者だろう。だがそれがどうした? 

 

 彼等にとってミストの命令は絶対。そこに疑問を挟む余地も、思考を挟む余地も必要ないのだから。

 

「いや、あのレベルの奴を無傷っておま――」

「わかっている。皆まで言うな」

 

 トールの言葉を遮って、ミストは主戦場を見渡す。これまで蹂躙してきた敵とは思えないほどの粘りを見せ、一進一退の攻防を繰り返している。

 

 しかしそれもあの黒髪の女将軍が指揮をしているからに他ならない。親衛隊達が女将軍と戦いを始めれば指揮系統は乱れ、城壁はあっさりと陥落するだろう。

 

 そうすればあの女将軍を捕えるのも難しくはない。そして、ミストにとって本当の戦いはこれからだ。

 

「旦那様は大人しく待ってろ。誰が一番か、その身にしっかりと刻み込んでやるからな」

 

 相変わらず何か言いたそうなトールを手で制し、ミストはトールに微笑みを浮かべる。その笑みを、とても優しい女神のような微笑みだった。

 

「いや……だから……あのな? その……もういい」

 

 何か言いたそうなトールだったが、最期の最期で諦めの表情を浮かべ、城壁の女将軍を見る。

 

 もう何も言わず、自分と同じ、日本人と思われる女性を見るのであった。



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第七話 魔王軍の生きる道を模索せよ!

 魔神軍を殲滅したイリーナは、氷の大地を踏みしめながらゆっくりと魔界を見渡す。辺り一帯は彼女の魔術によって氷の彫像となった魔獣達がずらりと並んでいた。

 

 己が凍った事すら気付かないままの者もいれば、恐怖に負けて逃げようとしている魔獣もいる。時間すら凍りつくされたその場所は、一つの世界を作り上げていた。

 

 空は血のように紅く、鈍い雲に覆われていた。大地を覆う白銀の世界とは対照的で、その世界の歪さが魔族の心を荒ませるのかもしれない。

 

「この荒廃した大地の風が気持ちいいと感じるのは、私だけなのかしら?」

 

 氷の世界にただ一人立つ白銀の女王。それは触れれば壊れてしまいそうなほど儚く、幻想的な風景だ。

 

「魔界はこんなにも美しいのに」

 

 凍った魔獣に触れながら、その冷たさに己の身を委ねる。そうすることで、己が世界の一部として認められているように錯覚出来た。

 

 

 

 

 かつてイリーナは、父であり魔王であったクロノによってその身ごと封印されていた。もし封印されなければ、生まれ持った強大な魔力が暴走し、魔界全土を氷の大地へと変貌させかねなかったからだ。

 

 彼女がそれを恨んだことは一度もなかった。

 

 母が誰なのかは知らないが、父であるクロノは不器用ながらも愛情を注いでくれていたし、過酷な土地ではあったが、魔王の部下である魔族達はイリーナのことを大切に扱ってくれていた。

 

 父によって封印を告げられた時も、仕方がないと思ったのだ。そうしなければ魔界全土を氷雪の地獄へと変貌させかねないほど自分の力は特別で、その成長速度は異常だったのだから。

 

 イリーナは魔界を愛していた。たとえそれがどんなに厳しい土地であったとしても、彼女にとっては生まれ故郷で、美しい世界だったのだ。

 

 もし地上に打って出た魔王クロノが倒されなければ。もしくは魔の神を自称する者が現れなければ。イリーナは今でも封印の中だっただろう。だがそれでも良かったのだ。

 

 愛すべき魔界が守れるなら、己が封印されていようとイリーナは満足だった。己の力が必要になる事態など、ないに越したことはないのだから――

 

 

 

 

 

 イリーナが旧魔王城が制圧された、と伝令から聞いたのは大陸南部を制圧した後だ。

 

 大陸南部に存在する城塞都市ゲンブの作戦会議室で、セイヤの隣に座ったイリーナは地図を広げながら、側近達を集めて魔界の情勢について考えていた。

 

「これで東部、西部に続いて中央も制圧されたということだけど、セイヤはどう思う?」

「まあ、俺らとしては最悪から一歩だけ前に進めた、って感じだな。とはいえ、別に状況が好転したかって言われっと微妙だけど」

「……そうね」

 

 幸か不幸か、ミストの進軍によって中央に戦力を集めなければならなくなった魔神軍は、その戦力をほとんどを南部から撤退させている。

 

 これまで一方的に攻勢に晒されていたイリーナ率いる魔王軍にとって、このチャンスを逃せるはずがなかった。撤退する魔神軍を徹底的に攻撃し、支配していた街や村の奪還することに成功したのだ。

 

 これにより戦力の補充、そして設備の補強などの時間を得ることが出来た魔王軍は、一時ばかりだが平穏な時間を得ることが出来た。

 

 一年以上まともな休息を得られなかったイリーナやセイヤも、ここ数日ばかりは体を休め、久方ぶりに満足のいく睡眠を取ることが出来たくらいだ。

 

「私たちがあんなに苦戦した魔人達をこうもアッサリ……流石は父を倒した集団なだけあるわね」

「……一応言っとくけど、魔王殺しなら俺も関わってっからな」

 

 イリーナは素直に感嘆の思いから放った言葉なのだが、複雑な気持ちを抱いているとでも思ったのか、セイヤがわざわざ言わなくてもいいことを言ってきた。

 

 魔族にとって力が全てだ。背後から不意打ちを受けたならともかく、正面から戦って負けたのであれば、それは魔王クロノより相手が強かった。ただそれだけの話である。

 

 ミストを恨んでもいないし、ましてや魔界を滅亡から救うために尽力を尽くしてくれているセイヤを責められるはずがない。

 

 だというのに、彼は時折こうしてワザと悪役になろうとしてくる。悪役になることで、罵倒を受け、相手の溜飲が下がるのを期待しているのだろうが、全く意味がないことを理解していない。

 

 じぃっと彼の顔を見上げてみる。

 

「な、なんだよ……」

「もしかしてセイヤって、ドMの変態なの?」

「おい待て、一体何をどう思考したらそんな結論になった!?」

「私、ムチとかはあんまり得意じゃないのだけれど、セイヤがどうしてもって言うなら頑張るわ」

「淡々とムチで叩かれるとか恐怖以外の何物でもねえよ!」

 

 ちょっとからかうとすぐムキになって叫んでくる。それが面白く、もっと彼を弄りたくなるのだ。

 

 イリーナはセイヤにばれないように、小さな氷を瞼にそっと当て、目元を濡らし、口元を抑えて顔をそらす。

 

「ひどい……ちょっとからかっただけなのに……そ、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないっ」

「え? ちょ、なんで泣いてっ、いやその、あっと……悪い」

 

 あからさまなウソ泣きなうえ、棒読みなのに物凄く動揺しているセイヤを見て、少しだけ罪悪感を覚えてしまう。まったくもって純情な男である。これは世の女性のことをちゃんと教えてあげないと、悪い女に引っかかってしまうかもしれない。

 

「罰として……そうね、お尻を出しなさい」

「何で!?」

 

 とりあえずウソ泣きを見抜けなかったピュアボーイに世の中の厳しさを教えることが先決だろう。氷で出来た大きな棒を軽くスイングする。

 

 氷点下以下で出来た氷棒は白い冷気を揺らせながら、ヒュンッっと鋭い音を鳴らす。それを二度、三度と繰り返し、納得のいくスイングが出来たイリーナは満足げにセイヤを見つめ、口を開いた。

 

「いけるわ」

「いけんな!」

 

 持っていた氷棒があっさり溶かされる。驚くほどの早業だ。イリーナは抵抗するどころか、いつ溶かされたのかさえわからなかった。

 

 とはいえ、百戦練磨の勇者であるセイヤに対して、魔力が多いだけで戦闘面に関しては素人の域を出ない自分が彼の挙動を察知することなど出来るはずがないのだが。

 

 とりあえず、もう一度氷棒を作ってみる。が、一瞬で溶かされる。

 

「ねえセイヤ……どうして溶かすのかしら?」

「あぁん!?」

 

 イリーナが不満げに睨むと、ガラ悪く睨み返される。先ほどよりもかなり凶悪な顔だ。とても聖剣に選ばれた勇者とは思えない。

 

「だから、そんなに睨みながら怒鳴らなくてもいいじゃない」

「人のケツぶっ叩こうってやつに優しくできると思うな!」

 

 正論である。しかし元を正せば女のウソ泣きに簡単に騙されるセイヤが悪いのだ。正義は彼が悪い女に引っかからないよう教育している自分にある。

 

「お尻を叩かれるのは嫌なの?」

「どうして嫌じゃないと思った!?」

「だってセイヤ、ドMの変態じゃない!」

「それはお前が勝手に張ったレッテルだろうが! 力強く言えば押し切れると思うなよ!」

 

 なるほど、と頷いたイリーナは一歩セイヤに近づくと、その暖かで大きな手を両手で包み見上げる。

 

「……だってセイヤ、ドMじゃない」

「可愛らしく言えばいいってもんじゃねぇぇぇ!」

 

 今日一番の怒鳴り声が作戦会議室に響き渡る。

 

 二人の様子を周囲の魔族達は呆れたように、だがどこか微笑ましい様子で見ていた。それを感じ取ったイリーナは少しだけ頬を染めてコホンと一息吐き、表情を真剣なものへ変える。

 

「さて、それじゃあ本格的に、今後の動きについて考えましょうか。みんなはどう思う?」

 

 イリーナは周囲の側近たちに問いかける。彼らの答えはみんな同じだ。このまま南部を安定させたのち、そのまま西の魔神を倒す。

 

「無理だな」

 

 だがそれを否定するのは、この中で唯一の人間であるセイヤだ。まるで一考の余地もない、と言わんばかりに意見を切った。

 

 それにより作戦会議室の温度が一気に上がった。元より好戦的な者が多い魔族である。また、これまでの魔人達による蛮行により、怒り恨みは消さないでいる状態だ。

 

 これまでの戦いで実力を認めさせてきたセイヤであるが、流石にこの場で消極的な意見を出した事は許される雰囲気ではない。

 

 スーツ姿に白い髪をオールバックにした初老の魔族――シルバが、落ち着いた声でセイヤに問いかける。

 

「セイヤ殿、なぜ無理だと? 今魔神軍の力は大きく削がれています。このチャンスを逃すわけにはいかないかと具申いたしますが」

 

 それは他の魔族達にとって共通認識だ。中央大陸を制覇しているミスト軍は確かに強大だが、彼らの大部分は魔族で構成されている。そしてこれまでの動きを見ても、ミスト軍の敵は間違いなく魔神軍。

 

 敵の敵は味方、と誰もが思っているわけではないが、側近達にとってミスト軍は同朋だと思っていた。自分たちが魔神軍に攻め入れば、必ず協力してくれると思っているのだ。

 

 だがセイヤは違う。魔族を率いる者がミストであると聞いた瞬間から、魔界の情勢はあまりにも複雑になったと思ったくらいだ。

 

 セイヤは過去を思い出す。魔王クロノとの戦いのとき、彼は共闘を持掛け、そして一蹴された。そう、ミスト・フローディアにとって、敵の敵は敵なのだ。

 

「俺はミスト・フローディアという女をよく知っている。奴は、俺らがこのまま魔神軍に攻め入れば、これ幸いと俺らの背後から襲いかかって殲滅しにかかるような女だ」

 

 その言葉に否定的な者は多い。なにせ率いている者はともかく、主力となって動いているのは今や魔族達なのだ。仲間を裏切るはずがないと思うのは仕方がないだろう。

 

 だがセイヤは言い続ける。ミストの手腕がいかに恐ろしいのかを。地上を征服した彼女のカリスマは、己の腕一つあればのし上がれる魔界とは違った強さがあるのだということを。

 

 一人、そしてまた一人と側近達がセイヤの言葉に意気消沈していく。

 

 彼の言葉を素直に聞くなら、こちらから魔神に攻め入ることは出来ないということなのだ。

 

「そう、貴方の言い分はわかったわ。だけどそれなら、私たちはどういう動きを取るべきかしら?」

「降伏」

 

 そういった瞬間、会議室の面々が立ち上がり、殺気立った瞳でセイヤを睨む。

 

 ――ただ一人を除いて。

 

「そう、なら使者は私しかいないわね」

「姫様!?」

「何をバカな!?」

 

 まるで当たり前のようにそういうイリーナに、周囲の側近たちは揃って驚愕し声を上げる。

 

 考え直して欲しい! 我々を信じてほしい! 様々な言葉が投げかけられるが、イリーナは動じない。なぜなら、彼女にとっても降伏以外の道は見えてこなかったからだ。

 

 イリーナはもう一度地図を見る。

 

 たった数年で塗り替えられた魔界の勢力図は、そこから一年でさらに塗り替えられた。そんな偉業を成し遂げたのは、自分達以外の勢力達だ。

 

 もはや、自分達が生きる術は降伏以外に存在しない。そして、当然ながら魔神に対して降伏するという選択肢はない。

 

「さあセイヤ、貴方は護衛よ。せいぜいしっかり守りなさい」

「あいよ……はあ、二度と正面からは会いたくなかったんだけどなぁ」

 

 そうしてミストの下へと下ることを決意したイリーナは、セイヤを連れて北の地へと足を運ぶのであった。

 

 これにより、魔界を巡る戦争は終盤を迎えることとなる。もっともそれは、セイヤやイリーナが予想していたものとは違う展開であった。

 

 

 

「くくく、久しいな聖剣の勇者よ」

「ああ、出来ればあんたとは二度と会いたくなかったよ」

 

 セイヤはたった一人、玉座に座るミストの前に立つ。

 

「そう邪険にするな。一緒に殺しあった中ではないか。くくっ、それで? 南の残党どもは我が軍に降伏するというのは間違いないか?」

「ああ」

 

 セイヤが頷くと、ミストは機嫌よく笑う。

 

「そうかそうか。それで、ただで降伏するというわけじゃないんだろ? 貴様の望みはなんだ?」

「……」

 

 ミストの圧倒的支配者としての圧力を感じながら、セイヤは一瞬黙り込む。彼女はまるで悪魔だ。契約者の望みを叶えるために、魂を要求する悪魔。

 

「魔王を――」

 

 だがそれでも、セイヤは彼女に賭けるしかなかった。

 

「うん?」

「魔王イリーナを、一緒に救出して欲しい」

 

 道中に現れた魔神によって片腕を奪われ、それどころか守ると約束した少女まで奪われた勇者は、歯を食いしばりながら、絞り出すように言葉を紡いだ。

 

 例え悪魔と契約してでも、イリーナを取り戻す。そう心に誓いながら。



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第八話 攫われた王女を救出せよ!

 ミストによって降伏が認められたセイヤは、与えられた一室で肘から先が失われた右腕を見下ろし、歯を食いしばる。

 

「畜生……」

 

 すでに過去にあった腕の痛みはなくなっている。マリアと呼ばれる女性によってかけられた治癒魔術は、セイヤが使えるモノとは一線を画しており、信じられない勢いでその機能を回復させていったからだ。

 

 腐りかけていた自分の腕が健康的に戻る様はある意味グロテスクだったが、それ以上に早く治れという思いが強かった。

 

 とはいえ、さすがに切り飛ばされてから時間が経っているせいか、腕をくっつけるのには多少の時間が必要とのことだ。だが元に戻るお墨付きはもらっている。

 

 それならいい。まだ戦えるなら、なんだって良かった。

 

 セイヤは一人、ベッドの上でこれからの事を考える。

 

「勝てるのか、俺は……」

 

 思わず自問自答してしまうが、それも無理のない話だ。

 

 思い出すのは、魔神との戦いの記憶。

 

 

 

 

 ――力を見せてみろ。

 

 突然現れたフードの男は、ミスト軍へと向かうセイヤとイリーナに向かってそう言い放った。

 

 セイヤは聖剣に選ばれ、光の精霊の加護を得た勇者だ。そしてイリーナは魔王クロノさえその力の大きさに封印を選ばざる得なかった最強の魔族。

 

 そんな二人にとって、脅威を覚えるような敵というのは、早々現れるものではない。

 

 確かに男は一目で普通ではない雰囲気を醸し出していたが、それでもセイヤは負けるとは思えなかった。だがそれもフードの男が見覚えのある黒い剣を抜き放ったことで雰囲気が一変する。

 

 魔王クロノが使っていた魔界最強の剣――黒の剣。

 

 それを持って飛び出したフードの男による圧力は、あまりにも重く苦しいものへと変貌していく。それは、かつて敵対した魔王クロノや、邪神ミストすら上回るほどだ。

 

 とはいえ、セイヤも今や歴戦の剣士。一瞬で最大級の脅威と判断し、初撃を受け止めた後はお返しとばかりに反撃にも出た。

 

 そして数合も打ち合えば敵の力量は読み取れる。読み取って、信じられない思いだった。

 

 魔界でも地上でも、今のセイヤとまともに打ち合えるものなどほとんどいない。だが目の前の男は、明らかに自分よりも強いことに気付いたのだ。

 

 その焦りがイリーナにも伝わったのだろう。彼女は援護するようにフードの男に魔術を放つも、あっさりと防がれてしまう。それも、セイヤと打ち合う片手間で。

 

 ――ヤバい!

 

 セイヤの腕が切り飛ばされたのは、そう思った瞬間だった。

 

 一瞬の思考停止――そして気が付いたとき、セイヤは殴り飛ばされていた。あまりに重い一撃に脳が揺られ、立ち上がることも出来ずに地面へ伏してしまう。

 

 意識が朦朧とする中、己の名を叫ぶイリーナの声が聞こえてくるが、体に力が入らない。そうしている内に、紅い空に覆われていた大地は白い雪景色へと変貌していく。

 

 イリーナが全力で戦っている。だが、セイヤすら敗北した今、彼女一人で太刀打ち出来る相手ではない。

 

 ――逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!

 

 セイヤは動かない体と意識に鞭を打ち、必死に心の中で叫ぶ。だが激しい魔術のぶつかり合いは、セイヤの体から光と音を奪っていく。

 

 そして、セイヤの意識がようやくハッキリとした頃、白い大地からはあらゆる生命の息吹が消え去った後だった。

 

 

 

 

「俺が、守るって約束したのに……」

 

 完膚なきまでに負けだった。決して不意打ちなどではない。正面から戦いを挑まれ、全力を出しつくし、そして負けたのだ。

 

 最後までフードを被っていたせいでその顔を見ることは叶わなかったが、その圧倒的な存在感は普通の魔人とは明らかに違っていた。

 

 そう、敵は名乗りこそしなかったが間違いない。あれこそが魔神だ。そう勇者としての本能が告げている。

 

 かつて対峙した魔王クロノさえ超越したその存在感は、正に魔の神と呼ぶに相応しいものだった。

 

 ハッキリ言って、勝てるビジョンが思い浮かばない。これまでどんな相手であっても、全力さえ出せば勝てないと思ったことはなかった。

 

 それは魔王クロノにしても、ミストにしてもだ。

 

 だがあの時対峙したあの魔神は、その強さの底が見えなった。例え聖剣の力をフルに使ったとしても、勝てるとは思えないのだ。

 

「ちっくしょう! 何が聖剣の勇者だ! 何が光の精霊の加護だ! 女一人守れない俺に、いったい何の価値がある!?」

 

 セイヤは声を荒げ、思い切りベッドを残った左腕で叩く。

 

 魔神の強さはセイヤの想定をはるかに上回っていた。例え残った魔族を引き連れて戦ったとしても、死体の山が出来上がる未来しかない。

 

 だからこそ、彼は一つの手段に出た。セイヤの知る限り最も危険で、最も手を借りるべきではない相手に頭を下げるという手段。

 

「アイツ等となら――きっと……!」

 

 ミスト・シノミヤ・フローディア。そしてトール・シノミヤ・フローディア。

 

 セイヤの知る限り、世界最強の戦力を持った少女と、世界最強の力を持った魔術師。この二人に加え、自分が一緒に戦えば、魔神相手でも勝機はあるはずだ。

 

 以前の魔王クロノとの時とは違う。セイヤの降伏はあっさりと認められた。それはつまり、彼らもまた、セイヤという手札を手に入れたかったに違いない。

 

 この戦いの後、何を要求されるかは恐ろしいが、もはや手段は選んではいられないのだ。時間は刻一刻と過ぎていく。

 

 理由はわからないが、魔神はイリーナをその場で殺されず連れ去った。とすれば、何かしらの目的があると考えるのが妥当だろう。

 

 それが碌なモノでないことは簡単に想像できる。

 

 セイヤはもう一度己の腕を見る。傷口は抉れているが、出血も痛みもない。違和感はあるものの、今この状態でも十分に動けてしまうだけに、戦いに赴けないこの時間に焦りを覚えてしまう。

 

「くそ、まだか?」

「まだに決まってるでしょう? ったくどいつもこいつも、腕が簡単にくっつくと思ってんじゃないわよ」

 

 セイヤの言葉に対し、青髪をポニーテールにした少女が不機嫌そうに入ってくる。最初に治療をしてもらったときに自己紹介をした少女――マリアだ。

 

「ほら、これ」

 

 彼女は手に持った腕をポイッとセイヤへ投げる。

 

 慌てて受け取ると、その腕は腐りかけていた時とは違い、健康的な肌色をしていた。少なくともセイヤの持つ治療魔術では、切り飛ばされた腕をこうも見事に治すことは出来ない。これだけ見ても、彼女の力量がうかがえる。

 

「今からくっつけるから、千切れた腕出しなさい」

「あ、ああ!」

 

 言われた通り、素直に腕を差し出す。その腕をマリアは真剣な表情でにらみ、ゆっくり腕をくっつけると、自分の指をそっと傷口に当てる。

 

「結構痛いけど、無視するから」

「おう、頼――ガァァァァァァ!」

 

 まるで切れた腕の傷口を溶岩に押し当てられたような、灼熱の痛みがセイヤを襲う。そのあまりの激痛に思わず声を荒げてしまうが、最初の宣言通りマリアはまるで無視したように治療を続けていく。

 

 ――男なら黙ってなさい。

 

 そんな無言の圧力だけをかけながら、いくら喚こうがマリアは気にしない。

 

 そして数分後、セイヤの腕は見事に元通りとなっていた。

 

「はい、おしまい」

「ハァ! ハァ! ハァ!」

 

 荒い呼吸を整えるように大きく息を吐く。そしてしばらく経ち、腕の動きを確認するように何度も掌を開け閉めする。

 

 違和感はない。切られる前と同じように動く。

 

「助かった。これでまた、俺は戦える!」

「あっそ。でもまあ、もう戦う機会はないかもね」

 

 最大級の感謝の気持ちを込めて言った言葉だが、マリアの返事は妙に意味深だ。思わずマジマジと彼女を見てしまう。

 

「……どういう意味だ?」

「だって――」

 

 ――もうミスト様、とっくに魔神のとこへ向かっているもの。

 

 その言葉を聞いたセイヤは、思わず固まってしまう。

 

 己を戦力の一部として計算していた彼だが、どうやら件の少女はそんな計算など全くなく、相変わらず唯我独尊のまま生きているようだ。

 

 ――魔王イリーナを一緒に救出してほしい。

 

 そう願ったはずだが、どうやら一緒という部分は聞いてもらえなかったらしい。

 

「あああ、もう! わかった! なら俺も、勝手にやってやる! おいアンタ!」

「アンタじゃないわ。マリアよ」

「じゃあマリア! マジで助かった! この恩はぜってぇ返すから!」

「そう……まあ期待しないでおくわ。生きて帰ってくるとも思えないしね」

 

 淡々とそう言うマリアは、そのまま部屋から出ていった。

 

 それを見送ったセイヤは、壁に立てかけられた聖剣を掴む。

 

「待ってろよイリーナ。今度こそ、守るから」

 

 そう誓いを立てて、セイヤは部屋を出る。その先に、たとえ戦えなくなっても構わない。ただ一つ、この誓いだけは絶対に、破らないと心に秘めながら。



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第九話 最後の戦いを覚悟せよ!

 聖剣の勇者とはそもそも、どういった存在か――それは勇者本人であるセイヤも知らない事柄だ。何せ彼が説明された内容といえば、当時すでに大陸に名を馳せていた侵略者である魔王を討伐する者ということだけなのだから。

 

 だがしかし、冷静に考えればそれはおかしい。魔王クロノはとてつもない力を秘めた魔王であったが、少なくとも世界における異分子ではないのだ。

 

 同じ世界に生きる一生命。それを討つために、世界を超えて勇者を呼び出すなどルール違反ではないだろうか?

 

 それが許されるという事は――勇者の役割とは魔王を討つことではない。

 

「聖剣の勇者とは、邪を討つべき者です」

 

 濡羽色の髪を腰まで伸ばした女性は、両腕を鎖で繋がれ牢屋に入れられたイリーナを憐みの瞳で見下ろす。

 

 対するイリーナは淡々としたものだ。

 

「そう、それを私に言ってどうして欲しいのかしら?」

「特に意味はありませんよ。ただ、貴方には知っておいて欲しかった。それだけですから」

 

 女性はイリーナの事を知っているらしいが、イリーナ自身は彼女の事を知らない。少なくともこれほど深い黒の髪は魔界にはいないし、そもそも彼女は魔界のどの種族とも見えないのだ。

 

 彼女の容姿はそれこそ、セイヤと同じ人間という存在にしか見えなかった。

 

「それと、貴方の父は偉大な魔族でした」

「……さっきから脈絡がなさすぎるわね。この状況が見えないのかしら? アナタが勇者と魔王について詳しいのはわかったけど、それを聞いたところで何も出来ないのだけれど」

「さっきと同じですよ。ただ、言いたかっただけです」

 

 それだけ言うと、黒髪の女性は牢屋に背を向けて去っていく。

 

「一体……何のつもりだったのかしら?」

 

 いきなりやってきて、好きなことを言うだけ言って去っていく女性に困惑を隠せなかった。

 

 あの女性を見たことはない。だが彼女は自分の事を知っているらしい。一方的に知られているというのはあまりいい気分ではないが、イリーナの立場的には十分あり得る話だ。

 

 だがしかし、あの女性は王女である自分ではなく、一個人として知っている。そんな口ぶりだった。

 

 そしてイリーナも、あの女性を見たときに何か違和感があった。絶対に見覚えのない顔。だが知っているような、そんな違和感。彼女を一目見たとき、一種の感情を覚えたのだ。

 

「懐かしい……? いやでも……そんなはずは……」

 

 知っているようで、知らない女性。頭に靄がかかったようで気持ち悪く、何とか思い出そうとしても思い出せない。

 

 イリーナは一人、暗い牢屋に残されたまま深い思考の渦に飲み込まれるのであった。

 

 

 

「万を超える兵隊が接近中! キキョウ将軍、至急指示をお願いします!

「全く、因果の巡りというのは恐ろしいものですね。いえ、この場合は呪いとでも言うべきでしょうか?」

 

 イリーナの捉えられた牢屋から出た女性――キキョウは兵士の言葉に頷きながら廊下を歩く。

 

 窓の外を見ると、すでに視認できる距離まで敵軍が迫ってきているのが分かった。

 

「邪神に魅入られた少女」

 

 その戦闘に立つ黄金の太陽は、隠そうとしても隠れられるものではない。圧倒的な存在感を持って進軍する様は、正に天上の覇王足る風格をもっていた。

 

「邪神を倒すために未来を託された青年」

 

 黄金の覇王の横に立つ青年を見てつい微笑んでしまう。こうして彼の顔をきちんと見るのは初めてだが、大きくなったものだと感慨深くなる。

 

「そして、邪神を滅ぼすために神に選ばれた勇者」

 

 自分は聖剣の勇者を知らないが、あのイリーナが選んだ男だ。魔神によって敗れはしたものの、あの程度で諦めるような男ではないだろう。

 

 完膚なきまでに敗れ、それでも立ち上がって刃向うのであれば、彼を正式に勇者と認めてやってもいいかもしれない。

 

「何にしても、ここが最終決戦の場になることは間違いないでしょうね」

 

 キキョウは兵士達に簡単な指示を出した後、そのまま魔神がいる部屋へと入る。

 

 窓一つない部屋は、蝋燭の小さな明りのみで照らされていた。そんな暗い部屋を、イリーナは慣れた足取りでまっすぐ進む。

 

 その先に居るのは、フードを被ったまま玉座に座り込む魔神。

 

「さあ、敵が来ましたよ? どうしますか?」

「…………」

 

 キキョウの言葉に魔神は答えない。それどころか、ピクリとも体を動かさなかった。まるで、座ったまま死んでいるかのようだ。

 

 それがわかっていたのか、魔神の対応をキキョウは特に気にしない。ゆっくり玉座に近づくと、まるで愛しい者を触るかのようにやさしい手つきでその頬に触れる。

 

「そうですよね。貴方は今も、戦っているのですよね」

 

 そっと、動かない魔神のフードを外す。すると女性のように長い白銀の髪が一気に表で出てきた。

 

「相変わらず、女である私が嫉妬してしまうほど美しい髪」

 

 魔神は瞳を閉じたまま反応しない。キキョウはそんな魔神の髪を丁寧に整える。

 

 あまりに美しい容貌に、太陽を反射するほど光沢の持った神。そしてイリーナと同じく伸びた耳。これが、魔神として魔界全土を恐怖に陥れた男の風貌。

 

 そして、その男は――

 

「ねえクロノ。負けてはダメですよ? 貴方が負けたら、世界は今度こそ滅んじゃうんですから」

 

 魔王クロノ。かつて魔界を統一し、そして地上へ出て太陽を手に入れようとした、魔界最強の男の姿がそこにはあった。

 

「可愛い娘も待っています。未来を託した息子だっています。それに、そのお嫁さんにお婿さんまで。これを見ないで死ぬなんて、絶対にダメですよね」

 

 動かないクロノの首に両手を回し、枝垂れかかるようにギュッと抱きしめる。

 

「ダメですからね、邪神なんかに負けたら、絶対にダメなんですから」

 

 千年前から続く因果の呪いは、魔界という地において収束することになる。

 

 ――かつて邪神を倒し封印した者。

 ――封印された邪神に魅入られた者。

 ――邪神を滅ぼす未来を託された者。

 ――邪神を滅ぼすことを義務付けられた者。

 

 邪神に関わる全ての者達の絡み合った因果の糸が、この血に濡れた大地に集まるのだ。

 

「今度こそ、全てを終わらせましょう。例えその結末が――」

 

 そっとキキョウはクロノにフードを被せ直す。

 

「さあ、それでは始めましょうか。千年の呪縛を打ち砕く、最後の戦いを」

 

 キキョウは覚悟を決めた瞳で歩き出す。

 

 その堂々とした足取りは、まるで古代の勇者のようであった。



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第十話 魔神について考察せよ!

 魔界の情勢はこの数年で一変した。

 

 かつて魔王クロノによって一度は統一されたこの地は、魔神という新たな支配者によってその八割以上を失うこととなる。その後は地上より現れた支配者であるミストの手によって、更にその勢力は大きく塗り替えられることとなった。

 

 もはやかつて魔王クロノが支配していた地域は全て両者によって奪われ、三つ巴だった勢力は二分化されている。しかしそれも、ほとんどがミストの支配下であり、魔神の支配地域は大陸の西のわずかなものだった。

 

 そして今、その最後に残った地域すらも支配しようと、ミスト率いる暗黒教団は魔神軍へと襲い掛かろうとしていた。

 

 

 

 

「……つまらん」

 

 ミストは一人、己の天幕でふてくされていた。

 

 すでに戦端は開かれそれなりの時間が経っている。外から聞こえてくる雄叫びは、戦いの激しさを物語っているのだろう。

 

 当然、自分もその戦場のど真ん中で華々しく活躍をしているはずの時間帯だ。だというのに、ミストは今戦場にいない。

 

「旦那様め。なぜ私がこんな後方で待機しなければならんのだ」

 

 トール曰く、魔神の力が想定以上だったため、ミストの力を温存する必要があるとの事だ。

 

 しかし昔と違い、今のミストは己自身の力が大した物でないことを知っている。その自分が後方に待機したところで何の意味があるというのか。

 

「そのくせ自分は悠々と戦場へ。全く、これは久しぶりに調教が必要だな。とはいえ……」

 

 今回の件、トールは今まで以上に警戒しているようにも感じる。昔から暗躍の好きな男であったが、戦力的に優位な立場になってきたここ最近は、あまり見なかった様子だ。

 

「別に……正直に話せば許してやるというのに……まったく旦那様は」

 

 トールが暗躍をするときは大抵、自分を危険に巻き込まないときだった。そのくせ、己の身の危険に関しては無頓着なのだからタチが悪い。

 

「一体どれだけ私が心配しているのか、わかっていないのだ。だからすぐ命を賭けたりするし、怪我して帰ってくる」

 

 昔の、己の力ですべてを薙ぎ払ってきたと思い込んでいた時は気付かなかったが、今ならわかる。トールはいつも先陣を切り敵の情報をかき集め、そして有効な手立てを持ってから敵を倒す。

 

 ――ミストが気持ちよく敵を蹂躙できるように。

 

「……優秀すぎる副官というのも、考えものだな」

 

 これまで与えられた物が大きすぎて、ミストですら彼に返せる物が思いつかなかった。もちろんトールは家族だから、今誰よりも幸せだから何もいらないと言うのはわかっているのだが、それではミストの気が晴れないのだ。

 

「……今度マリアのやつに、男の悦ばせ方でも聞くか」

 

 ――私はまだ処女ですからミスト様!

 

 そんな叫び声が聞こえてきそうだが、あえて無視する。外から聞こえてくる戦場の音がかき消してしまうのだ。

 

「しかし、いつまでも私を抑えられると思うなよ旦那様? 早くしないと、勝手に出陣してしまうからな」

 

 トールに何度も念押しされなければ、とっくに戦場に出ているところだ。

 

 すでにヤマトとカグヤは遥か後方、中央大陸の魔王城に置いてきている。そして自分まで後ろに置いていく以上、今回はよほど厳しい戦いになると予想しているのだろう。

 

 天幕から外に出て戦場を見下ろす。血と肉が飛び交うその先には巨大な城壁がそびえ立っていた。

 

「いいさ。ちゃんと従ってやる。だから、無事に帰ってくるのだぞ」

 

 視線の先にいるであろうトールに向かって、ミストはそう呟くのであった。

 

 

 

 

 件のトールはといえば、戦場を背に一人城壁を突破し、すでに魔神がいるであろう居城へと侵入を果たしていた。

 

「さてっと。ここまでは順調だな」

 

 かつては別の魔族が使っていたであろう城は、敵の侵入を防ぐためというよりは、その財力を見せつけるような造りになっている。

 

 おかげで複雑な道もトラップらしき物も存在せず、城壁を抜いてからはそう時間をかけずに進むことが出来た。たまに遭遇する魔人は叫ばれる前に潰し、奥へ奥へと進んでいくと、一人の女性が目に入る。

 

 かつて戦場でまみえた、魔人軍の女将軍キキョウだ。彼女は近くの魔人達に細かい指示を出している。

 

「っ……」

 

 かつてミストの親衛隊達が捕縛にあたり、逃げられた相手だ。そこらの雑魚とは違う。それこそ遠目で見ていた限りでは、聖剣の勇者であるセイヤに匹敵する実力を有していた。

 

 流石に敵の居城でアレを相手にして、無傷でいられる自信はない。そっと気配を消し、キキョウがいなくなるのを息を潜めて待つ。

 

「行ったか……」

 

 キキョウの気配が遠くなったことを確認したトールは、一気に城の中を突き進む。

 

 今回のトールの目的は二つ。

 

 一つは魔神の情報を収集し、万全の体制で戦いに挑むこと。そしてもう一つは、魔王イリーナの救出である。 

 

 幸い、何人かの口の軽い魔人を拷問することで、イリーナが無傷で地下牢に囚われていることは確認できた。

 

 どうやら魔神はイリーナを何かに利用するつもりらしい。その中身までは末端の兵士では知らされていないので分からなかったが、しばらく時間に猶予があることだけは確かだ。

 

 となれば、あとは魔神の情報である。

 

 これまでの魔界での戦場や支配地域を見ていけば、かの魔神が万全の状態ではないのは予想できていた。問題はそれがどのレベルなのか、そして魔神の最終目的は何なのか。

 

「最低でも、この二つくらいは確認しておきたいんだが」

 

 魔人達が掲げる魔族の殲滅、という割にはやっていることが矛盾しているのだ。確かに魔族の心を折り、一切の抵抗を許さず家畜のような扱いはしていたが、殲滅が目的なら殺さない理由はない。

 

 かといって魔界を支配する、というのもまた違う。支配とは搾取である。飼い殺しにするような真似は資源を無駄に使うだけで、百害あって一利なしだ。

 

 魔神の目的は殲滅ではない。そして支配でもない。とすれば、自ずと答えは見えてくる。魔神にとって魔界を蹂躙し、手に入れる物。それは――

 

「畏れ……そして信仰か」

 

 地球では神は空想上の存在として認知されてる。だがしかし、この世界には『神』と呼ばれる存在は確かにいるのだ。

 

 トールはこれまで、敵は魔神などと名乗っているが、所詮は大きな力を持った魔族か何かだと思っていた。しかしいくら強い魔族であっても、聖剣の勇者であるセイヤを正面から破ることなど出来るだろうか?

 

 不可能。それがトールの出した結論である。少なくとも聖剣の勇者であるセイヤは、人類を超越した力を持っている。魔族の中で突然変異が現れたとしても、彼を圧倒できる生物がいるとは思えなかった。

 

 これまでの魔神軍の行動に当てはめてみると、本物の神である可能性が見えてくる。

 

「神……か」

 

 神にいい思い出はない。なにせトールにとって思い出すのは、最愛の女性を乗っ取った邪神なのだから。

 

 まともなやり方では神は倒せない。事実、邪神を滅ぼすために、トールは凄まじい遠回りをしたものだ。存在を否定し、存在の矛盾を突き、そして存在そのものをなかったことにする。

 

 そのための暗黒教団。そのためのミストファンクラブ。神以上の圧倒的信仰を持って、神と戦う術を得たのだ。

 

 何年も入念に準備を整えた。だからこそ、歴史上誰も成し得なかった神殺しに成功した。

 

 だからこそ、魔神と名乗る者が本物の神なのだとしたら、不味いかもしれないと思う。今のトールには、神と戦うには情報が足りなさすぎるのだ。

 

「信仰は潰すことが出来る。だが、畏れは……」

 

 窓の外では暗黒教団が魔神軍を攻め立てている。パッと見た限り、戦況は優勢だ。だがトールは戦場で戦う魔族達が未だ、敵である魔神達を恐れていることを知っていた。

 

 ――与えられた心の傷痕はそう簡単に消えるものではないのだから。

 

 そしてもしそれが魔神の力の糧となるのであれば、不味いかもしれない。

 

「今の時点で勇者を圧倒出来るやつが更に力を付けたら……はは、勝てる気しねぇ」

 

 トールは苦笑しながら、頭の中で思考をフル回転させる。現状では情報が足りないが、それでも何とか勝つための光明を探し続ける。

 

 そして一つの事柄に気付いた。

 

「今セイヤより強いやつが、なんで戦場に出てこない?」

 

 まだ目標にしている力まで届いていないから? それとも――

 

「……力を発揮できない状況にある?」

 

 そう呟き思考を整理させていく。これまでの魔神がとってきた行動の矛盾点を思い出しながら、一つ一つ、勝機を探していくのだ。

 

 勇者であるセイヤを見逃したのは何故? 敵であるイリーナを幽閉しているだけで殺さないのは? 今も戦場に出てこない理由はなんだ?

 

 過去を遡り、魔神が現れたところまで思考を戻す。

 

「……魔神はこの世界で全力を出せない? 違う、おそらく依代になった今の体を使いこなせてないんだ」

 

 信仰だけでは駄目なのだろう。畏れだけでは駄目なのだろう。神は神として地上に現れるためには、依代が必要だ。

 

 それはかつて邪神によって選ばれた、ミストのように。

 

「もしそうなら、チャンスはある!」

 

 トールは駆け出すスピードを一気に上げる。目指すは城の最奥、魔神がいるであろう玉座である。

 

 時折トールに気付いた魔人達が邪魔をしてくるが、すれ違いざまに潰していきながらそのスピードを緩めない。

 

「見えた!」

 

 そうして王の間へと続く階段を駆け上がり、一気にその巨大な扉をこじ開ける。

 

 そこには――

 

「いない!?」

 

 主を失い、もぬけの殻となった王座が一つ存在するだけだった。



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第十一話 戦う理由を考えよ!

 ミスト達暗黒教団に置いて行かれていたセイヤは、とてつもない速度で荒野を駆け抜けていた。目指す先は西の果て、主戦場となっているであろう魔神の居城である。

 

 走りながら、なぜ自分は今こんなにも必死になっているのだろうかと思う。そもそも、セイヤが魔界の戦争に身を投じたのは、ある種の罪悪感を覚えていたからだ。

 

「今思うと、ガキだったんだよな」

 

 幼馴染達と共に勇者に選ばれ、唐突に世界を救って欲しいと言われた。人の良い幼馴染達はともかく、なぜ自分が見知らぬ誰かのために戦わなくてはいけないのだと思ったのを今でも覚えている。

 

 それでも戦ったのは、戦わなければ元の生活に戻れないと告げられたからだ。

 

 勇者として魔獣を斬った。魔族を斬った。そして――人を斬った。

 

 召喚したフローディア王国の敵になる者は容赦なく斬ってきた。

 

「俺の手は血で濡れている」

 

 戦えば元の世界に戻れる。そう信じて戦い続けてきた結果、セイヤは戻れないところまで来ていた。幼馴染達は世界のために血を流してきたが、セイヤは自分の世界を守るために返り血を浴びてきた。

 

 セイヤが苦戦するほどの敵はほとんど現れず、ほぼ一方的に蹂躙する側だったセイヤは、相対する敵からすれば死神か悪魔にも見えたことだろう。

 

「魔族にも、家族や生活があることくらい、わかってたのにな……」

 

 セイヤは魔王クロノを討つため、そして強くなるために戦ってきた。魔王軍は侵略者。そんな言葉を免罪符にして戦ってきたが、その実、自分こそが異世界からの侵略者ではないか。

 

 この世界の戦争だ。この世界の者に任せれば良かったのだ。

 

 魔王クロノがミストを乗っ取った邪神によって殺されたとき、心の底からそう思った。 

 

「そう思ったのに……俺なんてお呼びじゃなかったっつーのに、なんで俺はまた同じことしてっかなぁ?」

 

 そう呟きながら足を止める。崖の下には狂気が渦巻いている戦場が広がっていた。パッと見ただけでも押しているのは、ミスト率いる魔族軍だ。

 

 彼らはみんな必死に戦っていた。己の生存を賭けて、己の未来を賭けて。

 

 では自分は? 一体自分は何のために戦っている?

 

「……決まっているか」

 

 魔界で過ごし、魔族を守るようになってセイヤの傍には多くの者達が集まるようになった。それは力があって戦っている魔族から、街の中で懸命に生きる者まで様々だ。

 

 人間である自分に憧れの視線を向ける魔族の子を見たときは、思わず苦笑してしまった。

 

 地上で戦っていた時は、幼馴染を守れればそれで良かった。それ以外は仮に守れなくても何も感じなかったくらいだ。

 

 だがこの魔界での戦いは違った。たった一人で召喚され、守ってほしいと懇願され、そして己の意思で人々を守ってきた。守りたいと思っていた。

 

 それは彼らが絶望的な状況でも必死に生にしがみつき、戦ってきたから。地上の時のように、勇者に任せきりの人間たちとは根本から違っていたから。

 

 もはや幼馴染と離れ、一人になったセイヤにとって彼らの生命の輝きはとても眩しいものだった。

 

 そんな彼らを守りたいと思ったのだ。

 

 何より、セイヤは知っていた。彼ら魔界の人々を守るために誰よりも戦い続けて生きた一人の少女を。彼女の生命の輝きは、セイヤにとって憧れであり、そして――愛おしいと思うものだった。

 

「助けないとな」

 

 守ると約束したのに、守れなかった少女がいる。戦う理由なんて、それだけで十分だと思う。

 

「約束を破るやつは最低だからな」

 

 大嫌いな父の言葉を思い出す。

 

『悪意には悪意を。善意には善意を。苛められたら苛め返せ。助けられたら助け返せ。絶対に恩も仇あだも踏み倒すな。仇を踏み倒せば損をするし、恩を踏み倒せばそれは悪だ。踏み倒した分だけ、より大きな悪に踏み倒される。いいか、最後にもう一度だけ言うぞ』

 

 ――世の中ってのは、意外な事に平等だ。

 

 イリーナは己に善意を見せてくれた。魔神は己の悪意を見せてきた。例え己が異邦人であり、この世界から見たらイレギュラーだとしても関係ない。

 

「イリーナは助け出す。魔界も救う。魔神を倒す。そうだ、俺は――聖剣に選ばれた勇者だから」

 

 強大な魔力が敵の城からあふれ出している。その力はかつて感じた魔王や邪神ミスト以上の力だ。だが関係ないのだ。

 

 倒す、そして救う。考えることは、たった二つ、これだけの簡単なことなのだから。

 

 

 

 

 

 牢屋に捕えられたイリーナは、窓の外から聞こえてくる剣戟の音で、戦争が佳境に入ったことを感じ取った。すでに見張りをしていた魔人も戦場に駆り出され、外の喧騒がよく聞こえてくる。

 

「やっぱり駄目ね。魔力そのものが封じられてるのかしら」

 

 ガチャガチャと手首にかけられた手錠をどうにかしようにも、上手く魔力が練れない。魔力のない自分はただの女であることを否応なしに実感させれる。

 

「……みんな、無事だといいのだけれど」

 

 状況はある程度把握していた。というのも、キキョウと名乗る女性が頻繁に牢屋にやってきて、逐一報告してくれるからだ。

 

 すでにセイヤはミスト達と合流していることも、そして外の戦いがミスト軍による侵攻であることも報告されている。

 

 これが最後の戦いになるだろう、とキキョウは言っていたが、正にその通りだろう。長く続いた魔界の命運をかけた戦いは、ついに終局まで来ているのだ。

 

 その戦いの舞台に自分が立てていないことが歯がゆく、こうして脱出のために動いているものの成果は見られなかった。

 

「無駄な真似をしているな」

「っ!」

 

 鉄格子を挟んだ先に現れた男は、イリーナに気配一つ悟らせることなくその場に現れた。あまりに唐突の出来事にイリーナは息をのんでしまう。

 

 現れたのは魔神。依然としてフードを被っているせいでその顔は見えないが、その瞳には憎悪の炎が宿っていることが分かる。

 

「貴様には貴様の役割がある。それまで大人しくしておくがいい」

「女性をこんな牢屋に閉じ込めて役割があるだなんて、魔神というのはとんだ変態だったのね」

「くだらん」

 

 魔神を挑発してみるも大した反応は見られない。ただその声はどこか聞いたことのあるような気がする。だが、頭に靄がかかったように思い出せないでいた。

 

「こんなところにいてもいいのかしら? 外ではもう戦いは始まってる。純粋な戦力で言えば魔神である貴方がいなければ、この程度の城すぐに陥落するわよ」

 

 目の前の魔神の力は強大だ。セイヤと二人がかりですら敗北するような相手に、ほんの少しでも情報が欲しいと思い、挑発を繰り返す。

 

「かまわんよ。しょせん魔人など、この魔界を侵略し、絶望させるための駒でしかなかったからな。もはや用済みだ」

「駒……? 貴方のために死んでいく兵士達に対して、そんな思いでしかないの?」

 

 思わず口調が厳しくなり、目の前の魔神を睨み付ける。確かに魔人達はみな残酷な敵であるが、この神のために死んでいった者達も大勢いるのだ。

 

 その主がこれでは、あまりに報われないではないか。

 

「くひ!」

 

 一人の王として許せない思いで目の前の邪悪を睨み付けた瞬間、魔神はまるで人が変わったかのように嗤いだした

 

「ククク、カッカッカッ! カーカッカッカ!」

「――っ!? 何がおかしいの!?」

「くひひ! 我は前回の事で学んだのよ! 使った駒はキチンと処分せんと、すぐ逆らう! ゆえに役目を果たした以上、逆に死んでもらわねば困るというものだ!」

 

 それまでの落ち着いたものとは違う、醜悪に歪んだその声色は見ているイリーナをぞっとさせる。

 

 ――これは、なんだ?

 

 強大な魔力を持って生まれたイリーナにとって、これまで恐怖を感じる相手などいなかった。自分よりも強い相手はいつも、彼女の味方だったからだ。

 

 だがこれは違う。魔力の量もだが、その中身があまりにも醜悪だった。だというのに、この醜悪な魔力の中に感じる、懐かしいような何か。

 

 イリーナは、この魔力を知っている。だが、信じられない。少なくともこの魔力の持ち主は、彼女の知る限り誰よりも魔界を愛し、魔族を愛した人なのだ。

 

「貴方は……貴方は誰!?」

「くひひ、そう睨み付けるな。なあ――」

 

 そう言って魔神は身にまとっていた外套を脱ぐ。その姿を見たイリーナは、信じられないと目を見開く。

 

「――っ! なん……で……」

 

 その男は人とは思えないほど、あまりに美しかった。白銀の髪をまるで女性のように長く伸ばし、漆色の軽防具はその銀を更に輝かせる。何より目を引くのは、まるで神話の堕天使のように伸びた片翼の羽根。

 

 この純然たる魔力で出来た羽根は、魔界における伝説の象徴だ。

 

 かつて世界を滅ぼそうとした邪神を地上の勇者と共に封印し、この世の全ての光を吸い尽くさんとするほど黒い剣を持って、混沌とした魔界の闇を切り裂いた魔界を統一した歴史上もっとも偉大な王。

 

 そして、イリーナにとって伝え聞く地上の太陽のように大きく暖かな存在。

 

「お父……様?」

 

 魔界の王にして、イリーナの実父である存在――魔王クロノがそこに立っていた。



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第十二話 魔神の正体を看破せよ!

FGOでパリピな清少納言がラッキーヒットでちゃんマスなれてテンションアゲアゲだから1日2話目あげちゃうポヨ~

※訳
FGOで引いたら爆死する前に清少納言が引けてマスターになれました!
嬉しいので明日投稿する予定だった話を今日投稿します。
なお、今日の午前中にも投稿してるので、読む人は注意お願いいたします。


「くかかかか、久しい再会だな我が娘よ」

「――っ! 違う!」 

 

 魔王クロノは嗤う。その嗤い方はあまりにも醜悪で、歪で、とても優しかった父の姿とは重ならない。だがその見た目は間違いなくクロノそのもの。

 

「くひひっ! 違うものか、この体は魔王クロノそのものだ!」

「そう……そういうこと。魔神なんて存在がいきなり現れたかと思ったけど、そうじゃなかったのね」

「おっ? なかなか敏いな」

 

 イリーナの言葉にクロノが面白そうに嗤う。

 

「かつてお父様はセイヤと、そして地上の王との戦いに敗れて死んだと聞いた。その際、地上の王には一柱の神が宿っていたと聞いているわ」

 

 イリーナは父の死に際を、直接戦ったセイヤから聞いていた。壮絶な戦いだったはずだ。魔界で猛威を振るっていたセイヤですら、ほんの少し間違えれば死んでいても可笑しくなかった戦い。

 

 正に地上、魔界合わせた世界最強を決めるに相応しい頂上決戦だったという。

 

「そんな三つ巴の戦いは、最終的にその地上の王によって終結される。強大にして邪悪な神の力を持って、勇者も魔王も共に下した」

「その通り!」

 

 魔王クロノはイリーナの言葉を嬉しそうに聞く。

 

「……セイヤは言っていたわ。あの力は間違いなく自分たちを殺す一撃だったと。だけど彼は生き残った。手に持った聖剣が、全力で守ってくれたから」

 

 そう、最終的にセイヤは生き残った。それはまるで運命に愛されていたかのように、確実に死んでいたはずの逆境で生き残ったのだ。

 

「流石に怪我も大きくて、しばらくは動けなかったそうだけど、彼は生き延びた」

 

 であれば、互角以上の実力を持ち、そして聖剣と相反する力を持った魔剣を持ったクロノだけが死ぬのは可笑しくないであろうか?

 

「生きて……いたのね」

「ああそうとも! 生きていたのだよ、魔王クロノはな!」

 

 仰々しく両手を広げて、クロノはらしくない笑みを浮かべる。だがイリーナの言っている「生きていた」は決してクロノの事を言っていたわけではない。

 

 そう、彼女が言ったのは――

 

「生きていたのね……邪神!」

「くかか……かかかかか!」

 

 笑う、哂う、嗤う。邪神は醜悪な笑みを浮かべて嗤い続ける。鉄格子を握り、耐えられないと言わんばかりに声を荒げ続けるその姿はまるで、この世のすべての悪を収束したような、心を荒ませる酷い嗤い方だ。

 

「ひーひっひっひ! ひっひっひっひっひ!」

「……なんて、こと」

 

 イリーナはこれまで、魔神といっても突如現れた魔族の一人だと思っていた。しかし違う。これは神だ。邪に属するとはいえ、正真正銘の神。

 

「邪神、貴方……奪ったのね! お父様の身体を!」

「そぉぉぉとも! くかか、千年以上も前からずっと狙っていたのだ。全く忌々しい男であったが、最強を冠する相応しい男であったさ。いつかこの身体を奪って、顕現しようとずっと思っていた!」

 

 神が地上に顕現するには、依代が必要となる。かつて千年前の邪神がそうしたように、そしてミストに憑りついたように。

 

「ミスト・フローディアは依代としての相性こそ良かったが、所詮は普通の小娘。我の力を存分に振るうには身体が耐え切れん。もっとも、それでも地上を焼き払うことくらい造作もなかったが、この身体は違うぞ!」

「くっ――」

 

 魔神から魔力があふれ出す。それは魔界全土を見渡しても追随する者がいないイリーナすら軽く凌駕していた。

 

「どうだ、素晴らしいだろう!? 流石に完全とはいかないが、十分すぎるほどの肉体性能だ! 神の力をここまで引き出せる者は、早々見つかるものではない!」

 

 その言葉の通り、イリーナは目の前の存在に勝てるイメージが湧かなかった。

 

 魔王の体を邪神が乗っ取る。それによって生まれた、歴史上類を見ない最低最悪の存在――魔神が生まれてしまったのだ。

 

「とはいえ、ここまで力を取り戻すのは容易でなかったぞ? 地上はミストとトールのせいで我の畏れや信仰は完全に消し去られ、魔王クロノの精神力は流石の一言。魔界で恐怖をまき散らし続け、ようやく自由に体を動かせるようになったくらいだ」

 

 神とは概念である。信仰心の強い信者が多ければ多いほど力を増し、逆になれば弱っていく。かつてトールはその事象を持って神の力そのものを奪い取り、邪神を滅ぼすことを画策した。

 

 実際、それはほとんど成功した。ただ一つ誤算があったとすれば、邪神はトールが思う以上に慎重にして周到な性格をしていたことだろう。

 

「あの時、トールは我が滅ぼされる事を確信していたようだが甘かったな。千年前、忌々しい勇者とクロノによって封印されたとき、我は悟ったのだ。人を、魔族を甘く見てはいけなかったと。故に、我が力の種を蒔いておいたのだ!」

「神ともあろう者が、ずいぶんと弱気なのね」

「それだけ貴様らを認めているという事だ。だがまあ、前回は流石に予想外でもあったがな。まさか我が力を与えた眷属を丸々簒奪するような事を画策されるとは、思いもよらんかったぞ。おかげで本気で滅ぼされかけた」

 

 実際、ミストの中にいた邪神は完全に滅ぼされたのが現実だ。だが邪神はかつて封印される直前、地上の勇者と魔王クロノ、二人の中に邪神の種を蒔いていた。

 

 そうして瀕死だったクロノの身体を乗っ取って、再起を図ったのだ。もしこのときクロノの身体が万全であれば、邪神は逆に力を奪われるか、完全消滅していたことだろう。

 

「だがそのおかげで我はここにいる。魔神として、かつての邪神の力すら大きく超えた存在としてな!」

 

 魔神の名は今や恐怖の代名詞として魔界全土で広がっている。蹂躙された街々の者達はみな、畏れているのだ。例え一時解放されたとしても、そこにつけられた心の傷は決して消えはしない。

 

「だから貴方は魔族を殺さず、心を折るように蹂躙だけしていたのね!」

「そぉぉぉとも! ひひひ! あぁぁ、あの恐怖に怯えた感情、最高の味だともぉぉ」

 

 再び魔神は歪に嗤う。冷静な顔を見せたと思えばこうして異常者のように叫ぶこともあり、その姿はまるで情緒が安定しておらず、埒外の魔力を合わさって不気味さを増していた。

 

「そんな――そんなことのために! くっ!」

 

 思わず鎖で繋がれるのも忘れて、魔神に食って掛かる。暗い牢屋の中で鈍い金属音が響くも、そんな程度で解放されるわけもなく、白い手首からは紅い血が流れる。

 

 普段の冷徹な瞳とは打って変わり、憎悪を込めて魔神を睨み付ける。

 

 イリーナは魔界を愛していた。例え己の力の受け入れ先がなく、封印されることとなっても、この生まれ故郷を愛していたのだ。

 

 彼女にとって、魔王クロノは良き父だった。魔界の住民たちはみな、イリーナを愛してくれていた。封印から解き放たれた彼女は、そんな魔界を守りたいと思っていた。

 

 それがどこからともなく現れた神などという存在によって、全てを奪われた。父を奪われた。愛する大地を、民を全て奪われた。

 

「ヒッヒッヒ!」

「――っ! 殺してやる! 殺してやる!」

 

 水晶のように美しいサファイアの瞳は今、憎悪の炎によって歪まされ、白い肌は興奮によって紅潮しきっていた。

 

 そんなイリーナの姿を見下す魔神は、心底楽しそうに見下していた。

 

「無理だとも。貴様には役割があると言っただろう?」

 

 そう言っていきなり己の手首を軽く斬った魔神は、取り出した一つのグラスに自身の血を注ぐ。すぐに満タンになったそれは、超々高純度の魔力の塊であり、そして魔神の力そのものである。

 

 その禍々しい魔力は、怒りに支配されていたイリーナすら正気に戻させられる。聡明な彼女には、これから行われる行為が理解出来てしまったからだ。

 

「貴様は我が依代の一つとして、生まれ変わるのだよ」

 

 もはや用済みだと言わんばかりに、牢屋の鉄格子が切り落とされる。そうして紅い血のグラスを持った魔神は、鎖で繋がれたイリーナの前に立った。

 

「クカカ、なんだその反抗的な目は?」

 

 魔神はイリーナの頬をはたく。

 

「っ――!」

 

 唇を切った彼女だが、口に含まれた血をそのまま魔神の顔に吹き付けた。そうして馬鹿にしたように、魔神を鼻で笑う。

 

「ふふ、血で濡れて少しはいい顔になったわね。元がお父様の顔とはいえ、美形ではあるけど性根が腐ってるから今は醜くていけないわ」

「くくく……貴様、希望を持っているな。自分ならこの血に染められることもないと、そう思っているんだろう? 全く愚かしいことだ。人風情が、神に逆らえるはずがなかろう」

 

 そんな最後の抵抗も、魔神の感情を揺らすことは出来なかった。

 

「さあ、飲め。そして――我が眷属として、我が依代として生まれ変わるがいい!」

「誰が!」

 

 無理やり口元に寄せられたグラスを飲まないよう、必死で抵抗するも魔神の力だろう。無理やり口を開かされ、そして――

 

「ふ、ぐぅ……んんん、んんんんんあぁぁぁぁ!」

「ひひひ、ひーひっひっひ!」

 

 暗い牢屋の中で、しばらくの間少女の慟哭と魔神の嗤い声だけが響き渡ることとなった。




新しい短編書いてるので、良かったら読んでくれると嬉しいです。
『最強の魔術師である僕が戦わない理由? 有名になったら将来TSさせられちゃうからだよ!』
※TSモノではありません

戦国時代や三国志の武将、それに歴史上の偉人達が何百年後、TSさせられる本が流行りまくってる狂った異世界の話。(要は現代日本みたいなファンタジー世界)

そんな世界で、英雄になれる力を持った主人公が未来でTSさせられるのを恐れて戦いたくないと引きこもるコメディファンタジーです。

短編で気軽に読めるので、良ければよろしくお願いいたします。


ちょっと書く余裕が出来たので、出来ればここから一気に完結まで書き上げたい。
良ければ応援よろしくお願いいたします。


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十三話 氷の世界から脱出せよ!

 突如現れた強大な魔力に、狂気に染まりきっていた戦場が静まり返る。

 

 魔人、魔族、人間。誰も彼もが戦いの手を止めて、発信源である魔神の住まう居城に目を向けた。

 

「なん……だ? これは……」

 

 そのつぶやきを放ったのは一人ではない。血と怒号が飛び交い、興奮と熱気によって支配されていた戦場を、心を凍らさせるほど冷たい魔力によって一瞬で正気に戻されるほどだ。

 

 実際、凍ったのは心だけではない。彼らの眼前、魔神の居城を見れば、その全体を覆うように氷壁で覆われていた。

 

 あまりに一瞬の出来事に、何が起きたのかを理解できた者はほとんどいない。ただわかるのは、強大な力を持った何者かが現れたという、ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

「ちっ、やられたな」

 

 トールは魔神の居城の中から外を見る。強大な魔力によって編みこまれた氷の壁により外界とは完全に遮断され、まるで巨大な氷の牢屋に閉じ込められてようにも感じた。

 

 魔力を探知してみると、既に周囲に隙間なく埋め尽くされた氷壁によって脱出できる場所はないようだ。試しに壊してみようと魔力をぶつけるも、一瞬凹みが出来るもののすぐに修復されてしまう。

 

 トールの一撃で吹き飛ばせない氷壁。込められて魔力は尋常ではではない。さらにこれだけの広範囲に展開ななど、並の者では数秒保たせるどころか、発動すら出来ないレベルだ。

 

「こんな大規模な魔術、いつまでも維持できるはずがねぇ……って言いたいところだが」

 

 残念なことに、この氷壁に込められている魔力の質は、トールにとって馴染みの深いものだった。

 

 もう何年も前、この魔力の主を倒すために様々な計画を立てた。調べれば調べるほど、その力の大きさに絶望し、それでも一人の少女を救うために諦めずに戦った。

 

 そしてようやく突破口を見つけ、ついには滅ぼすところまでいったのだ。だがそれは、どうやら幻だったらしい。

 

 愛しい少女に憑りついた神は滅ぼした。だがどうやってか、件の神は生きていたようだ。しかも、ミストに憑りついた時よりもさらに強大な力を持って、再び自分たちの前へと現れた。

 

「生きてやがったのか……邪神!」

 

 トールが魔術を何もない空間へと放つ。瞬間、その空間が歪み、魔術がかき消された。そしてそこから現れたのは、かつてトール達が戦った男、魔王クロノだ。

 

「くかか、久しいではないか、裏切者のトールよ」

「……」

 

 もっとも、姿が魔王クロノであっても、その醜悪なまでに濁った昏い魔力は魔族のものではない。

 

「テメェ……魔神なんて名乗ってるのも、そういうことか」

「ほう、驚かないのだな」

「聖剣の勇者だって生きてたんだ。なら、あの時魔王が生きてても可笑しくねえだろ」

「くひひ、相変わらず優秀な男だ」

 

 嗤う邪神をトールは睨むが、実際には現時点で勝算などなかった。何せ相手はセイヤすら圧倒したほど。

 

 基本、戦闘力のないミストに憑りついていた時でさえ、人知を超えた力を見せた化物だ。それが生来生まれ持った力がすでに化物だった魔王を依代に顕現している。その力はミストの時の比ではないだろう。

 

「で、俺を閉じ込めてどうしようってんだ?」

「取引をしようではないか」

「あん?」

 

 邪神の提案に訝しげな顔をしてしまう。しかしそれも当然だろう。なにせ邪神は現時点ですでに世界を滅ぼせるだけの力を秘めている。

 

 過去のミストの時とは違い、すでに顕現も済ませた後だ。となれば、今更トールの力など必要ないだろう。

 

「貴様が協力するというのであれば、前の依代とあの不敬な信徒どもを殺すのは、最後に回してやる。どうだ? 悪い話ではないだろう?」

「どうだもクソもあるか。何を企んでやがる?」

 

 少なくともこの対面しているだけで感じるプレッシャーは尋常ではない。例えトールが全力を出しても、時間稼ぎがせいぜいだろう。

 

 それだからこそ、余計に不審に思う。この時点で邪神は圧倒的に優位な立場にあるのだ。それが取引? 怪しい予感しかしなかった。

 

「我は貴様を評価しているのだ、トールよ。勇者でもない、ただの脆弱な人の身でありながらそこまで上り詰めたその執念。もはや人にしておくには惜しい」

「随分と高評価じゃねえか」

「くかか。我は昔から貴様を評価していたさ」

 

 魔王クロノらしからぬ軽快な笑いを見せる邪神。だがそれも一瞬。真剣な表情に戻ると、トールをじっと見つめてくる。

 

「今の貴様に我の力を注げば、神殺しすら可能になるだろう。そして、これから世界を滅ぼした後は、天界の神々達と戦争になる。我とて戦力は欲しいのだ。少なくとも、あの忌々しい神々を滅ぼせるのであれば、人の世をほんの少し長く生き長らえさせることも吝かではない、と思う程度にはな」

「……」

「改めて言うぞトールよ、我が眷属となれ。そうすれば貴様の身内だけは殺さずに生かしておいてやろう」

 

 邪神はどこからともなく取り出した紅い液体の入ったグラスを差し出してくる。

 

 トールはそのグラスを手に取り、そして――

 

「断る!」

 

 そのまま地面へと叩きつけた。

 

 紅い液体が白く凍った地面に染み込み、まるで血塗られた大地のようになる。

 

「俺はミストのためにだけ生きてきた。それはこれからも一生変わらねえぇ! 世界を壊し、ミストが望まない世界を作ろうとしてるテメェには、従えないんだよ!」

「そうか、残念だな。では貴様はこのまま、この氷の世界で凍えて死ぬがいい」

 

 邪神はそう言うと、その場から姿を消した。

 

 残されたトールは、何とかこの世界から脱出する手段をと思うが、魔力差もあり力づくでどうになるものでもなく、今のところ見当もつかなかった。

 

 また、邪神がいなくなったことで外の戦況が不安にもなる。

 

「焦るな。大丈夫だ。見た限り邪神も力を完全に扱えてるわけじゃねえ。ウチの奴らなら、十分時間を稼げる」

 

 魔人に対しては魔族が率先してぶつかっているため、主力であるミストちゃんファンクラブの面々は、この戦争においてほとんど戦力を減らしていない。

 

「この氷の魔術を使ってるやつだって、これ以上は何も出来ないはずだ」

 

 トールは自他ともに認める世界最強の魔術師である。故に、自分を抑えられるほどの者が仮にいたとしても、それは全力を出し続ける必要があるだろうと推測した。

 

「最悪、我慢比べになるか? いや、それじゃあ外のやつらがやられちまう。クソ!」

 

 自分の手の届かないところで自分の大切な者が危険に晒される。それがトールを焦らせる要因になっていた。

 

「こんにちわ」

「っ――!」

 

 不意に、トールの背後から声がかけられる。慌てて振り向けば、そこには魔人軍の将、キキョウが柔らかい黒髪を靡かせて立っていた。

 

 普段ならここまで近づかれて気付かないトールではない。だが度重なるイレギュラーに焦りが出てしまい、こうして敵の接近を許してしまった。

 

 しまったと思うももう遅い。一刀のもとに斬り伏せられる未来を覚悟をし――

 

「少し、お話をしませんか?」

 

 そう言ってキキョウは、まるで母が子供を見つめるかのような瞳で、優しく微笑むのであった。



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第十四話 魔界の戦いを終わらせろ!

 魔神軍とミスト軍の戦いは佳境に達していた。

 

 守るべき城が氷漬けになり、すでに退路が断たれた魔神軍に対し、ミスト軍は士気で圧倒している。ここから先、よほどのことがない限り挽回など出来ないだろう。

 

 しかし、そんな現状であってもミストは楽観視出来ないでいた。

 

「トール……貴様は、ちゃんと無事なんだろうな」

 

 丘の上から見つめる先は、強大な魔力によって氷の城。トールとの連絡手段は途絶え、中の様子は伺うことも出来ない。

 

 あの氷の城から漏れ出ている魔力がなんなのか、ミストはこの場の誰よりも早く理解していた。なにせ、かつては己の身に宿っていた力なのだから当然だ。

 

「邪神め、まさか生きていたとは……」

 

 あまりのしぶとさにミストは苛立ちを隠せない。そんな時、己の背後から声がかけられる。

 

「状況は?」

「ふん、戦況は悪くはない……と言いたいが、奥に潜んでいる愚か者のせいで少し悪いな」

「そうか」

 

 声をかけた人物ーー聖剣の勇者セイヤはそう頷くと、氷の城を見る。

 

「アイツは、俺が止めてくる」

「出来るのか?」

「出来るさ。イリーナを助ける。魔神は倒す。そして、魔界も救う。俺は、聖剣の勇者だからな」

 

 自信を持って言い切る勇者セイヤに、ミストは不敵に笑う。

 

「ふ、ならば勇者としての力、この私に見せて見ろ。役に立ちそうだったら、そのまま部下として扱ってやろうじゃないか」

 

 そんな傲慢な言葉にセイヤは苦笑しながら、かつてを思い出す。

 

 初めて魔王と対峙したとき、トールは腕を斬られ、ミストは劣勢だった。それゆえ助太刀を申し出たのだが、何故かまるで敵扱いされ魔王共々攻撃されたものだ。

 

 それが今回は部下にしてくれるという。これは彼女の心の成長なのか、単純に邪心から解放されたのかはわからない。

 

 ただ一つ言えることは、かつての最終決戦では叶わなかった、自分とミストの共闘。そして――もう一人の男がいれば。

 

「はっ! 負ける気がしねぇな! 任せとけ!」

 

 セイヤ頂上決戦の時のように光の翼を顕現させる。聖剣は輝き、その力はかつて以上のものとなっていた。

 

「じゃあ、先に行ってるぜ! 早く来ねえと、俺一人で終わらせちまうからな!」

「ふん、生意気な! 出来る物ならやってみるがいいわ!」

 

 凄まじい速度で飛び去るセイヤの後ろ姿を見送りながら、ミストは周囲の親衛隊達に声をかける。

 

「お前達! 敵はかつてこの私に対して不敬を働いた、死にぞこないの邪神だ! 私はあの邪神を許さない! お前達はどうだ!?」

「許させません! 今度こそ、絶対に滅ぼしてやります!」

「このまま勇者にだけ良い所をもって行かれてもいいのか!?」

「よくありません! 我らはミスト様の盾にして、絶対の剣。であれば、あのような小僧に後れを取るわけにはいきません!」

 

 ミストの言葉に、整然と並ぶ戦士たちがそれぞれ己の意思を避けぶ。それを聞いたミストは不敵に笑うと、視線を氷の城へと向けた。

 

「ならば、そろそろ我々も動こうではないか! この下らない戦争を、終わらせになぁ!」

「オオオオオオ!」

 

 ミストの言葉に大地を揺らすほどの雄叫びを上げた親衛隊達は、そのまま一気に氷の城を睨みつける。その先頭で飛ぶのは当然、地上の王にして最恐の侵略者、ミスト・フローディアである。

 

「誰がこの世の支配者なのか、この魔界全土にも見せつけてくれるわ! さあ行くぞ! 勝利は我が手中にあり! 全軍、突撃ぃぃぃ!」

 

 その号令と共に、ミスト率いる暗黒教団が、ついに動いだした。

 

 こうして、魔界を巡る決戦は最終局面を迎えることとなる。

 

 

 

 

 一方、氷の城に閉じ込められたトールは、外の様子が一層騒がしくなってきたことに気が付く。だが、今はそれに意識を割かれるわけにはいかなかった。

 

「で、話ってのは?」

 

 突如現れた魔神軍の女将軍キキョウ。彼女は話をしようと言いつつ、トールを広い一室に招き、そのまま用意されたテーブルに腰掛ける。それを向かい合うように座ったトールは、内心の焦りを出さないようにしながらも苛立ちを隠さない。

 

「本来ならゆっくりお茶でも、と思ったのですけど……どうやらそんな気分にはなれないようですね」

「当たり前だ」

「では単刀直入に言います。魔神を完全に消滅させるために、貴方の力が必要なので手を貸してください」

「……ふん」

 

 なんとなく、本当になんとなくだが、そんな気はしていた。トールは初めて彼女を見たとき、どこか既視感があった。それは別に見たことがあるとかそういう話ではなく、彼女の存在自体が懐かしさを感じたのだ。

 

 彼女が魔神軍にいる事はありえない。己の本能がそう叫んでいた。

 

「理由は?」

 

 だからと言って、そんな感情論ですぐに返事をするわけにはいかない。トールはミストの参謀であり、そしてフローディア王国の宰相だ。危険の芽は事前に摘まなければならないし、何よりかつて敵だった者が仲間になる、という言葉ほど疑わしいものはないのだから。

 

「ふふ……」

 

 そんなトールをキキョウは嬉しそうに見る。

 

「本当に、大きくなりましたね」

「は?」

「おっと失礼。理由でしたね。簡単ですよ。私は魔王クロノを愛している。そして、クロノを奪った邪神を許せない。それでは、駄目ですか?」

 

 その言葉に、トールは目を丸くする。目の前の女性は人間だ。これに対して魔王クロノは千年以上生きた魔族。恋愛に年の差は関係ないと思うものの、この女性と魔王クロノが恋人同士というのは少し違和感がある。

 

「と言っても、そんな言葉では信じられませよね。なので少し、昔話をしましょうか」

 

 それが伝わったのだろう。キキョウは苦笑しながら、テーブルに立てかけた剣をそっと触りながら、語り始める。

 

「私は、千年前に召喚された勇者です」

「……なに?」

 

 そうして始まった彼女の過去は、壮絶な物だった。

 

 千年前、当時普通の女子高生でしかなかった彼女は、トールやセイヤと同じように地球から召喚されてこの世界にやってきたという。

 

 当時の世界は文明も今より低く、何より魔王との戦線が今よりも遥かに激しい時代だった。ゆえに勇者として召喚されたキキョウは、戦うことを強要され、狂ったように魔族達との殺し合いに参加させられていたらしい。

 

 光の精霊に力を与えられ、聖剣を手にした彼女は強かった。来る日も来る日も魔族を殺し、殺し、殺し続け……そして彼女の心は耐え切れなくなった。

 

 自分が今こうして地獄の底にいるのは、全て魔族が悪い。侵略してくる魔王が悪い!

 

 そう考えたキキョウは、全ての元凶を討つべく単身魔王を倒しに飛び出した。 

 

 そして魔王軍を切り裂き、その先にいる魔王との初めての邂逅。

 

「彼は、魔王クロノは強かった」

 

 これまで負け知らずだったキキョウは、己の力に絶対の自信を持っていた。魔王を倒せば元の世界に帰れる。その言葉を信じて戦いを挑んだが、結果は完敗。手も足も出ず、その場で拘束されてしまう。

 

 もはやこれまでか、そう思っていたキキョウに対し、魔王は言う。

 

『この私の命を狙うだけであれば、自由にしても良い』

 

 これまで数多の魔族を殺してきたキキョウに対して、自由を与えた。初めは罠かと思い、しかしその言葉の通り魔王だけを狙う。そもそも魔王さえ倒せば、元の世界に戻れるのだ。であれば、他の魔族と戦わず、直接魔王を狙えるこの状況はなんともありがたい話であった。

 

 何度魔王に挑んでも、まったく歯が立たない。だが、彼との戦いだけに集中できるこの状況は、これまでただ機械のように殺すだけだったキキョウの心を徐々に解していく。

 

 そこでキキョウはこの世界に来て初めて、魔族を殺さない生活を手に入れていることに気が付いた。

 

 そして、キキョウはある日クロノに問う。何故自分を殺さないのか。

 

 その問いかけに対し、クロノはこの世界のために勇者が必要なのだと返す。

 

 わからなかった。魔族を滅ぼすのが聖剣の勇者だ。だというのに、その魔族が勇者は必要だと言う。

 

「理由を知ったのは、邪神が世界に現れた時でした」

 

 絶対的な悪意を持って現れたその邪神は、人も、魔族も関係ない。世界を滅ぼすために生まれた邪神を見て、キキョウは自然と思ったのだ。

 

 ――ああ、これが全ての元凶か。

 

 クロノはこの邪神の存在を掴んでいた。己の悲願を達成するために、絶対に倒さなければならない敵。そして、自分だけでは倒せないこともまた、知っていたのだ。

 

 邪神を真に滅ぼせるのは、光の精霊に、そして聖剣に選ばれた異世界の勇者だけなのだと。

 

「あとは貴方も知っての通り。魔王クロノと共闘した私は邪神を倒すことに成功しました。クロノはその戦いで大きく力を削がれ、こうして千年間、人と魔族の争いは終結したのです」

「……なら、俺に邪神は倒せないのか?」

 

 聖剣に選ばれた勇者以外、本当の意味で邪神を滅ぼせないというのなら、トールでは滅ぼせないということだ。同じ異世界から来たとはいえ、トールに聖剣は扱えない。それはつまり、己の手で戦いを終結させることが出来ないということだ。

 

「倒せませんね、ただし、今のままなら」

「なに?」

 

 キキョウは愛おしい者を見る目でトールを見る。

 

「私とクロノは邪神を倒しましたが、滅ぼせていないことにも気づいていました。ゆえに、この先邪神が再び現れた時のために、一つの種を蒔いていたのです」

 

 クロノとキキョウは、自分達の力を分け合い、未来へと託した。

 

「いつか未来のため、また邪神が現れたときのため、未来の赤子に魔王と勇者の力を引き継がせていたのです」

「まさか……」

 

 ずっと気になっていたことだ。何故自分はこの世界に呼ばれたのか。セイヤはわかる。彼は聖剣の勇者として、この世界の危機に呼ばれたのだから。だが自分は? 光の精霊とも、聖剣とも関係にない自分が呼ばれた理由は?

 

「それがトール、貴方ですよ。あなたは、この世界から邪神を完全に滅ぼすために呼ばれたのです」

 

 その答えが、今ここに示された。

 

 



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第十五話 魔王イリーナを救出せよ!

 セイヤは一人、怒号と血飛沫舞う戦場の空を突き進む。た飛行出来る魔人が邪魔をしてくるが、そんな相手はセイヤの敵ではない。一刀で切り捨て、目指す先は氷の城の上に立つ少女。

 

「よおイリーナ、約束通り迎えに来たぜ」

「……セイヤ」

 

 腰まで真っ直ぐ伸びた白銀の髪は美しく、サファイアのように澄んだ瞳は相変わらず人を見下すように冷めていた。それでいながら、その奥には不安と寂しさが隠れているのだから、ズルイなとセイヤは思う。

 

 セイヤの知っている彼女は、自分に向けてこんな顔をしない。彼女はいつも、どんなに不利な状況であっても、己の不安など決して見せずにふてぶてしく己を弄るのだから。

 

「んだよその情けない顔。俺を馬鹿にしてんのか?」

「近づかないで!」

 

 セイヤが手を伸ばして少し前に出ると、それを拒絶するように二人の間に氷の壁が生まれる。

 

「私は……今の私は邪神の眷属! この魔界を滅ぼす者よ! たとえ貴方であっても邪魔をするなら容赦しないわ!」

「はっ!」

 

 完全に鼻で笑いながら、セイヤはイリーナを真っ直ぐ見て叫ぶ。

 

「馬鹿みたいなこと言ってんじゃねえよ!」

「ば、馬鹿?」

「馬鹿だろうが! 誰よりも魔界を愛してるお前が、そんなこと出来るわけねえじゃねえか!」

「で、出来るわ! そもそも私は魔界なんて、こんな苦痛しかない世界なんて嫌いなのだから!」

 

 イリーナは怒りに満ちた瞳で睨んでくるが、そんなものセイヤにとっては何にも怖くない。

 

 セイヤは知っている。彼女がこの荒廃した大地を、血のように赤い空を愛してる事を。彼女ほどこの魔界を愛している者はいない事を。

 

「だいたい、この城凍らせてるだけで結局、誰も攻撃出来てねえじゃねえか! 無理なんだよお前が大好きな魔族を攻撃するなんてことはなぁ!」

「くっ! この、言いたい放題言って! 見てなさい!」

 

 イリーナが掌に魔力を込めると、百を超える巨大な氷柱が宙を浮く。それらの先端はセイヤと、その背後で戦っている魔族軍に向けられていた。

 

「死になさい!」

 

 無数の氷柱が一斉に襲い掛かる。目にも止まらない速度で飛んでくるそれは、まともに受ければ魔族軍は半壊するだけの威力を秘めていた。

 

「はっ、シャラくせぇ!」

 

 しかし、それらが魔族軍まで届くことはない。セイヤが聖剣を一振りしただけで、氷柱は全ては切り裂かれ、そのまま粉々になって地面に落ちていったからだ。

 

「この!」

「無駄だっての!」

 

 さらに多くの氷柱が迫るが、セイヤに傷一つ付ける事が出来ない。そんな攻防がしばらく続くも、先に息を切らしたイリーナが困惑した様子でセイヤを睨む。

 

「どうして……どうして通らないの!? 私の魔力は今、邪神様のおかげで上がってるはずなのにっ!」

「わかんねぇのか?」

「えっ?」 

 

 イリーナは疑問の声を上げるが、セイヤには何故彼女がわからないのか、それの方が疑問だった。

 

 何せ彼女が本気になれば、自分ごとこの大地の全ての命を凍らせることが可能なのだ。もちろん、邪神の力などない状態で。

 

 だというのに、こんな弱い魔術しか使ってこない、そんな理由など、一つしかないだろう。

 

「お前はさ、魔族を、魔界を傷つけたくないんだよ。だからこんな意思の弱い魔術になる」

「そんな、そんなはずは……」

 

 セイヤの瞳が真っ直ぐイリーナを射抜く。その眼光に押され、彼女は一歩後ろに下がるも、すぐに氷の柱にぶつかり下がれなくなった。

 

「邪神の眷属? この魔界を滅ぼす者? 無理無理、だってお前は――」

「や、やめ……」

「誰よりも魔界を愛する『魔王』なんだからよ」

「――違う!」

 

 イリーナが首を振りながら、掌を空へと向ける。すると、邪神の力と本来の彼女の魔力が交わり、恐ろしく強大な氷塊が空を覆い始めた。

 

「私は、魔界が大嫌いなの! ただ生まれ持った魔力が大きすぎるからとこの身は封印され、自分達が危機に陥ったらそれに対抗するためだけに都合よく目覚めさせられる! 起きれば父は死に、魔界全土は侵略されたこの状況で戦えと、魔王の血族としての責務を果たせと押し付けられる!」

 

 そんなイリーナの慟哭と共に氷塊はさらに大きくなり、もし落下をすれば大地を埋める魔族、魔人、人間問わずすべてを潰してしまうことだろう。

 

「そうよ、最初からこうすれば良かったんだわ……」

 

 まるで泣いている子供のように震える声で、イリーナは魔界の大地を見下ろしていた。

 

「邪神様は城を凍らせるだけでいいと仰ったけれど、この大地全てを氷尽くせばいい! そうすれば、全部なくなるのだから!」

「まるで駄々っ子の発想だな」

「黙りなさい! 例え聖剣の勇者であっても、今の私の全力を受け止められるとは思わない事ね!」

 

 そうして、イリーナが腕を振り下ろす。ゆっくりと落ちる巨大な氷塊は、まるで天空の大地がそのまま地上を潰そうとしているかのようだ。

 

「潰れなさい! セイヤも、魔族も、魔人も魔界も全部!」

「……イリーナ。お前の全てを、俺は受け止めてやる」

 

 イリーナを守る。そんな小さな約束さえ守ることが出来なかった。

 

 この世界に来て初めて、幼馴染達以外で守りたいと思った女性なのに、肝心なところで力が足りない。そんな自分が許せなかった。

 

 だが今再び、彼女を守る機会を得た。

 

「なあ聖剣、今まで敵を倒すためだけに使ってきたけど、今日だけはさ、あいつを守るために使いたいんだ。だから、力を貸してくれ」

 

 落ちてくる氷の大地を見上げながら、セイヤは聖剣に力を込める。その瞬間、これまで沈黙を保ってきた聖剣は、まるで暗い魔界全てを照らす光を放ち、真の力を解放する。

 

「潰れなさい! 潰れなさい! 潰れなさい! 全部、全部凍りつきなさい!」

「潰れねえし、凍らせねえよ。だってそうなったら、お前泣くだろ? だからこの一撃でお前の闇を全て斬り払う。」

 

 セイヤは光り輝く聖剣を両手で振りかぶり――

 

「極光剣……閃(ひらめき)ぃぃぃぃぃ」

「……あ」

 

 激しい光が氷の大地を切り裂き、空を駆ける。そして――そのままイリーナを飲み込むと、聖剣の光はしばらく魔界の空を、暗いはずの大地をまるで太陽のように照らし続けていた。

 

 魔族が、魔人が、人間が、あらゆる種族がその美しい光に目を奪われ戦いの手を一瞬止める。

 

「っと」

 

 セイヤは空から落ちてくる少女――イリーナを不安なく抱きかかえると、ゆっくり地上に降りる。すると、すぐに腕の中でイリーナが身じろぎ、そして目を覚ました。

 

「ん、あ……セイ、ヤ?」

「ああ。大丈夫か?」

「……悪い、悪い夢を見ていたわ」

「そうか」

 

 光が消えた頃、氷の城がゆっくりと解け始め、空を覆う光が反射し美しい光景を作る。

 

「綺麗……こんな、こんな美しい魔界が見られるなんて……」

「もう少しだけ休んでろ。あとは、俺が全部終わらせて平和な魔界を作るから」

「……信じていいの?」

「ああ。そしたらまた、こんな綺麗な光景作ろうぜ。俺とお前の二人なら、いくらでも作れるんだからよ」

「そうね、綺麗な魔界。それも、悪くはないわ。それに、貴方と二人でっていうのも……」

 

 そう言うと、イリーナは小さく微笑みながら目を閉じる。

 

 もう彼女の中の邪神の力はない。聖剣の力が、その全てを薙ぎ払ったのだ。

 

 聖剣は邪神を滅ぼすために存在する。そして――聖剣の勇者もまた、邪神を滅ぼすために生まれたのだ。

 

 セイヤは近くで待機していた魔族軍の幹部、シルバにイリーナを預けると、背後から強烈な殺気を放ってくる敵に振り向く。

 

「よお邪神。リベンジに来たぜ」

「おのれ、おのれぇ! 聖剣の勇者め、邪魔しおって!」

 

 イリーナと同じ白銀の髪に、片翼の男が憤怒の表情でセイヤを睨んでくる。

 

 その力は強大で、聖剣の力を完全に解放したセイヤすら超えているが、それでも先日ほど恐ろしいとは感じていない。

 

「前回とは違うぞ! すでにイリーナによって作られた時間でこの身体の掌握は完全に終わっている! 前はクロノの意思が邪魔をして見逃すことになったが、今度はそうはいかん! 八つ裂きにして、聖剣も粉々に砕いてくれるわ!」

「はっ! やれるもんならやってみやがれ! 言っておくがな、俺は今マジで怒ってんだ! 人の女連れてって、好き放題しやがってよぉ! ぜってぇぶっ殺してやる!」

 

 二人がにらみ合い、尋常ではない魔力を高め合っていく。聖剣の勇者と世界を滅ぼす邪神。そんな彼らの間に入れる者など、地上世界、そして魔界全土を見渡しても――

 

「く、くくく! 相変わらず私を置いて盛り上がるのが好きな男だな貴様は。だがまあ今回は寛大な心で許してやろう。この氷輝くの光景は、それだけの価値があるからな!」

「ははは、許してくれてありがとよ。こう見えて、あんたが来る前に終わらせようと思って結構苦労したんだ」

 

 黄金の髪をなびかせ、威風堂々と歩き二人の前に姿を現したのは、かつて邪神の寵愛を一身に受け、そして今では地上世界の覇王にして魔界の侵略者。 

 

 その者の名は――

 

「ああ、そういえば初めましてだな邪神」

「ぬぅ! 貴様は!」

「ずいぶんと好き勝手してくれたみたいだが、貴様の出番は終わりだよ。なあ、そろそろ幕引きといこうじゃないか!」

「たかが依代の分際で、この神に向かって大言を吐くとは何事だぁぁぁぁ!」

「はっ! 貴様こそたかが神の一柱の分際で調子に乗り過ぎだ! いったい誰に向かってそのような口をきいている!」

 

 かつて地上世界の覇を競い、三つの勢力がぶつかり合った。今では歴史の分岐点の一つとして語られる、たった三人の頂上決戦。

 

 その勝利者である少女は、神を相手に不敵な笑みを浮かべて言い放つ。

 

「すでに魔界の支配者はこの私、ミスト・フローディアだ! もはや貴様のような旧時代の神などいらん! いつまでも情けなく世界にしがみ付かず、さっさと退場するのだな!」

「ま、そういうこった。俺はもうこいつの下についてっから、後はテメェを倒してハッピーエンドだ。わかったら、さっさと消えな!」

 

 そんなミストの横に立つのは、光輝く聖剣を携えた、勇者セイヤ。

 

「ミストっ! それに勇者! 貴様らこの我をコケにした事、奈落の底に落とすだけでは生温い! 生きたままその皮を剥ぎ取り、殺してくれと叫びながら永遠の苦痛を与えてくれるわ!」

 

 そんな二人を睨みながら、邪神は己の魔力を噴出させる。魔界全土を覆うほど強大な、暗い闇の魔力。一個人が持っていては絶対にいけない、圧倒的な破壊の力。

 

 だがそんな力を前にしても、ミストは怯まない。己の力を最強と信じ、背後の部下に向かって激励を飛ばす。

 

「さあ、始めようか! 世界の命運を賭けた、最後の戦いを!」

「「おおおおおおおおお!!!」」

 

 こうして、地上全てを滅ぼそうと画策している邪神と、聖剣の勇者と、そして黄金の支配者による、最終決戦の火蓋が切られることとなった。

 

 

 



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第十六話 邪神との最終決戦を制覇せよ!

 邪神との最終戦、その先陣を切ったのは聖剣の勇者であるセイヤだった。

 

 光の翼を広げ、一瞬で邪神との距離を詰めると、真の力を解放した聖剣で一気に斬りかかる。

 

「おらぁ!」

「ちっ!」

 

 対する邪神はかつて魔王クロノが愛剣として使用していた黒の剣でその一撃を防ぐ。が、その表情は憎々しげで、余裕のあるようなものではない。セイヤから次々と放たれる斬撃を防ぐことで精いっぱいのようにも見える。

 

 ――先日戦った時は勇者など敵ではなかった。だというのに、なぜ今はこんなに押されている?

 

「どうした邪神! ずいぶんと剣が軽くなったもんだなぁ!」

「だ、だまれぇ! 下等な人間無勢がぁ!」

 

 邪神が黒の剣に魔力を注ぐ。世界すら切り裂きかねないほど凶悪な闇が剣に纏わりつき、セイヤの聖剣を押し返し始める。

 

「どうだ! これが神の力よ!」

「は、そんな力押しが効くかよ!」

 

 邪神の剣を防ぎ、受け流し、そして的確にその急所を狙って反撃する。

 

 元々持った身体能力によるものか、それとも邪神としての力か、セイヤの放つ一撃はことごとく防がれるものの、その回避動作は隙も大きい。

 

「……やっぱりな! テメェ、あの時とは全然違うぜ!」

「何!?」

「ありゃ魔王クロノの技だった。魔王クロノの剣術に、圧倒的な魔力と身体能力が合わさって増えてすっげぇ強さだった。だけど今はちげぇ! 使えもしねぇ剣術に振り回されてる、身体能力が凄いだけの素人だ!」

「くっ! 黙れ!」

 

 あの瞬間、まだクロノの記憶がかなり残っていたのだろう。だからこそセイヤすら圧倒するだけの剣術となり、手も足も出なかった。しかし今、邪神の剣術はこれまで戦い続けてきたセイヤからすれば拙いものだ。

 

 魔王クロノとは、技術が違う、戦いの経験が違う、何より戦う上での覚悟が違う!

 

「今のてめぇには、負ける気がしねぇなぁぁぁ!」

「ぐ、ぐううう!」

 

 セイヤの一撃が黒の剣の防御を超え、邪神を討つ。とはいえ、纏わりついている魔力の防御壁を超える事は出来ず、ただただ距離を離しただけに終わるが、ダメージはあるらしく苦悶の声が暗い魔界の大地に響き渡る。

 

「おのれぇ……おのれぇぇぇぇ!」

「はっ、ずいぶんと辛そうではないか邪神よ! だが、そんな風に勇者だけを見ていて、私を忘れていないか?」

「なんだと?」

 

 空を覆う無数の炎龍。それを操るのは黄金の女神。それはまるで神話の奇跡のように幻想的な光景を生み出している。

 

「そら、踊れ炎龍。魔界の大地を紅く染め上げろ!」

 

 それらが一斉に邪神へ目がけて巨大な口を開けて襲い掛かる。

 

 しかし邪神はそれを見て鼻で笑う。邪神には、これらの魔術が己に通用しない自信があった。

 

「下らん。我は邪神。聖剣の力か、我が恩恵を受けた物以外の攻撃で傷など付けられるはずが――」

「甘いな」

「何?」

「確かに私はもう貴様の加護を受けていない……だがなぁ……」

 

 ニヤリと、ミストは決して正義の味方がしてはいけない笑みを浮かべて邪神を失笑する。

 

「我が眷属は依然として、貴様の加護を受けた『暗黒神官』達だぞ?」

「はっ! しま――」

「もう遅い! 食らい尽くせ! 炎龍ヴルガ!」

 

 ミストの放つ炎龍が次々と邪神を襲う。普通の人間の魔術では傷一つ与えられないはずの邪神の体を焼き尽くさんと、極炎が大地を覆った。

 

「ぐ、ぐぅぅぅぅぅあぁぁぁ!」

「ははははは! いーい叫びだ! なんだ邪神と言っても痛覚はあるのか! それは知らなかったなぁ!」

「うぇ……エグ……っていうか煽り方、完全に悪側じゃねえか」

 

 燃え盛る大地に埋もれる邪神を見ながら、ミストは笑いセイヤはその残虐性にドン引きしている。とはいえ、その戦闘態勢は解かず、二人とも鋭い視線で邪神を睨んでいた。

 

 実際、炎の中から感じる邪神の魔力は衰えている様子はない。ダメージこそ受けているものの、どうやら邪神を本格的に倒すにはミストでは根本的な何かが足りないらしい。

 

「ふん、以前トールが調べたことは正しかったという事か」

「ん? 何か知ってるのか?」

「ああ、邪神は本来聖剣以外では滅ぼすことが出来ん。眷属の力を使っているからダメージこそ与えられるが、根本的な霊基ともいうべき核は無傷のままだ」

 

 かつてトールが邪神について調べたとき、そのような供述があったとミストも聞いていた。とはいえ、邪神についてはほとんど情報がなかったため、真偽に関してはあいまいで確証はなかったのだが、現状を見る限り間違いなかったらしい。

 

「ふん、仕方がない。業腹だが、私がやつを抑える。止めは貴様に譲ってやろう」

「……まじか?」

「なんだその顔は」

「いや、昔のアンタだったら、絶対に止めを譲るなんて考えられそうになかったから……正直ちょっと驚いた」

「……そうだな、私も少し変わったのかもな」

 

 そう言いながら、ミストは解け切った氷の城を見る。その愛おしい者を見る視線だけで、彼女が今誰を想像したのか理解したセイヤは、少しだけその気持ちを理解した。

 

「愛は偉大……ってか」

「なんだそのむかつく顔は。貴様から潰してやろうか?」

「悪い悪い! ただ、今ならアンタの気持ちもわかるなって、そう思っただけだ」

 

 セイヤはこれまで幼馴染以外に守りたいと思っていなかった。地上で人助けの旅をしていた時も、ただ漠然と己の力を使うことだけを考えていたくらいだ。しかし今、魔界にやってきてからは違う。

 

 守りたいと思う人が出来た。守りたいと思う場所が出来た。

 

 それが、今まで以上の力となっているのが実感できる。

 

「まあいい。それで、止めは任せられるな?」

「おう! 俺としても、やつには腕を斬られた恨みと、イリーナを連れてかれた恨みがあるからな! 任せとけ!」

 

 そして、二人同時に炎の中から出てくる邪神を睨む。

 

 美しかった銀髪はところどころ焦げて短くなっており、闇を象徴する片翼の翼もだいぶ美しさを失っている。その表情は怒りに満ち、美丈夫が台無しだった。

 

「ふぅー! ふぅー! き、貴様らぁ……よくもやってくれたなぁ!」

「はははははっ! 良いぃ姿じゃないか! 貴様の性根がよく現されてて前よりもずっと似合って格好いいぞ!」

「殺す! 殺す! 殺してやるぞミスト・フローディア!」

「語彙が少ないなぁ! もっと人の世を知った方がいいんじゃないか!? だからそんなに惰弱な精神になるのだよ!」

 

 邪神を煽り続けるミストは、もちろん考えなしに言っているわけではない。邪神の意識を己に集中させ、セイヤに止めを刺させる段取りを作っているのだ。

 

 そしてその思惑は成功する。感情的にさせる、という一点に関しては。

 

「うがぁぁぁぁ! 許さん、許さんからなぁぁぁぁ!」

 

 怒りに自我を支配された邪神は、その膨大な魔力を身に宿し、その姿を変え始める。その闇はどんどん巨大になり、クロノの体の全てを覆ってなお止まらない。まるで世界中の闇を全て集めているかのような魔力の暴走は、背後にある城を軽く超えるまで続いてなお止まらない。

 

「……でかいな」

「つーか、デカ過ぎだろ」

 

 ミストとセイヤ、二人揃ってそのあまりの大きさに思わず唖然とする。もはや邪神が意思を持っていないのは明らかだ。

 

「何? 俺があれに止め刺すわけ?」

「……貴様、出来るといっただろう」

「いや、それ言ったらお前、抑えるって言ったけど、あれの足止め出来るか?」

「……ふん」

 

 躊躇いがちに尋ねるセイヤに、流石のミストも歯切れの悪い返事となる。なにせ邪神はまだまだ大きくなっているのだ。このままではたった一歩踏み出すだけで大量の死者が出かねない。

 

「どうせやる事は変わらん」

「ま、そうだな。やるしかねえか」

 

 二人揃って己の全力を持って立ち向かおうとした瞬間――

 

「おいおいおい、何がどうなったらこんな事になるんだよ」

 

 二人の背後から一人の男の声が聞こえてきた。



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第十七話 災厄の邪神を消滅せよ!

 男の声にいち早く反応したミストが振り向く。すると、これまで一度も見覚えのない剣を腰に携えたトールが、少し困った顔で穏やかに笑っていた。

 

「ふん、遅いぞトール。貴様はこんなときまで遅刻とはな。まったく、帰ったら罰を与えてやるから覚悟しろ」

「悪いって。ただまあ、ちゃんと成果は持ってきたからさ」

「成果……それはその手に持っている、剣か?」

「ああ……」

 

 そう言って鞘から抜き放った剣は、セイヤの持つ聖剣とは対照的に闇色に光り輝いていた。しかしその剣の持つ力強さ、そして何よりも神々の力が宿った神聖さは、聖剣にも引けを取らない。

 

「その剣は、まさか……聖剣? いやだけど、聖剣は俺以外は扱えないはずじゃ……いやそうか、そういえばアンタは確か……」

 

 驚きを見せたのは、ミストよりも聖剣に馴染みが深い、勇者であるセイヤだった。彼は己の聖剣とトールの剣を見比べて、それが本物の聖剣であることを理解する。それと同時に、かつて古代遺跡に残された古文書に書かれた内容を思い出した。

 

 かつて魔王クロノと、そして千年前の勇者の力を引き継いだ邪神を滅ぼす者がいることを。そして、それがトールであることを。

 

「ふん、それで? その剣があれば、あのアホみたいに巨大化した邪神を倒せるのか?」

「あーどうだろうな? ただまあ、この剣は託されたんだ。だったら、やるしかないだろ」

「……そうか、貴様がそう言うならきっと、大丈夫なんだろうな」

 

 ミストはそう言うと、トールの体に抱きつく。突然のことに一瞬驚くが、そういえばミストは意外と繊細なのだと思いだす。彼女は、自分の背後にいる部下たちが傷つくのを酷く嫌うのだ。

 

 これほど邪悪で巨大な魔力を放つ邪神を相手に、内心不安があったのだろう。優しく抱き寄せると、ほんの少しだけ体が震えている。トールにだけ見せる、少し弱いミストの姿があった。

 

「最後は任せてもいいか?」

 

 トールはそんな、普段は強がった姿を見せながらも、少し弱い彼女が大好きだった。

 

「ああ、もちろん。俺が全部、終わらせるから」

「……よし! ではトールよ! この私、ミスト・フローディアが命じる! あのデカブツを、滅ぼし尽くせ!」

「りょうかい!」

 

 そうして、巨大な邪神の前に剣を構えたトールは、その力を全て解放する。闇色の光を放つ聖剣は、その力を増していき、どんどん巨大になっていく。そしてそれを振り被り、一気に振り下ろした。

 

「うおおおおおおおおお!」

「グオオオオオオオオオ!」

 

 しかし邪神が巨大になるスピードはそれよりも早い。それどころか、巨大な体からあふれ出る闇がどんどん魔界の大地を浸食し、泥となって流出されていく。

 

 トールの一撃は、生み出された泥を弾き飛ばす事で終わり、本体まで届かなかった。そして弾き飛ばされた泥は再び邪神からあふれ出し、魔界全土を飲み込もうとしてくる。

 

「ちっ! 威力が足りないか!」

 

 この邪神まで聖剣を届けようと思えば、かなりの時間を要する。しかし泥が侵食してくるスピードは速く、このままではジリ貧だ。

 

 そんな焦るトールの前に立つのは、不敵に笑うミストだった。

 

「トール、貴様は邪神を倒す事だけを考えろ。この泥は……私がやる!」

 

 この泥に触れればどうなるか、そこに含まれている邪悪な魔力を見れば誰もが想像がつく。

 

 ミストは邪神からこぼれ出る泥が世界を覆う姿を一瞬想像する。それは最悪の未来だが、今の彼女にこれを防ぐ手段はない。とはいえ、それを黙って見ているミストではない。

 

「ふん。邪神らしい汚い泥だ」

 

 ミストは空を飛び片手を上げると、莫大な魔力が集まりだす。それは徐々に形づくり、数多の龍となって空を支配するように飛び回っていた。

 

 そして、炎の、風の、土の、そして水の龍がそれぞれ交わるように集まると、一つの巨大な龍となり、迫りくる泥を睨みつける。

 

「喰らえ! 滅龍ヨルムンガルド! 汚らしい邪神の泥を吹き飛ばせ!」

「グオオオオオオ!」

 

 龍の咆哮が世界を震撼させる。その凄まじい魔力の放流は、世界を飲み込もうとする泥を喰い散らし、なおも止まらず邪神本体に喰らいつく。

 

「おいおい、なんつー魔力だよ」

 

 個人が出せる魔力の限界をはるかに超えたミストの魔術に、トール同様聖剣をセイヤが驚きを見せる。その威力は、セイヤが聖剣を全力で放った時に匹敵するほどだ。

 

「ふん、この程度造作ないわ! だが……ちっ、やはりやつ本体には効いていないか」 

 

 泥があふれ出すたびに滅龍ヨルムンガルドが喰らい続けるが、しかしそれでも泥の浸食が止まらない。むしろ己の危険を感じたのか、邪神からあふれ出す泥の速度はさらに上がったようにも見える。

 

 ミストは背後を振り返る。そこには、彼女を信じ、彼女を敬愛する『ミストちゃんファンクラブ』の面々が、彼女の号令を待っていた。そこに絶望している者は一人もいない。彼らはただ、ミストのために動ける事に幸福を感じ、そしてその勇士を目に焼き付けられることを誇りに思っていた。

 

 そんな面々の姿を見て、ミストは不敵に笑う。

 

「ふっ……貴様ら、持てる全ての力を私に寄越せ! これは世界を総べる最後の戦いだ! 出し惜しみなど無用! その身に宿す魔力の底まで全て差出し、私に勝利を見せて見ろ!」

「「「おおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 その雄叫びは天をも貫き魔界の大地を震わせる。それと同時に彼らの魔力が一気にミストへ集まり、黒い闇が球体として圧縮されていく。

 

 長い髪が魔力に当てられて揺らめき、その美しい黄金の瞳と同色の魔力が昏い闇色と同化して妖しく輝き始めた。それはかつて世界を滅ぼさんとする邪神の魔力を使って生み出した魔術。

 

 その名は――

 

「我が魔の深遠、ここに極める。さあ邪神よ、これはかつて貴様が生み出した魔術を、私がさらに高みへと昇華させた世界最強の魔術」

 

 ――『終焉なる世界』

 

 そして、暗い闇が世界を覆い、一瞬だけ光が消える。

 

 その場にいる者が次に目を見開いたら、そこには泥を全て吹き飛ばし抉れた大地が広がっていた。

 

「く……」

 

 空を浮いていたミストは、ゆっくりと地上に降りると膝をつく。荒い息を吐き、顔面蒼白だがその意志の強い瞳はまだまだ鋭かった。

 

「……さあ、お膳立ては済ませてやったぞ。次はお前の番だ。情けない姿を見せるなよ?」

「へいへい。 ここまでやってもらったんだ。ここでやらねえと男じゃねえよな!」

 

 極大まで溜めた光が神々しく輝く。邪神を討つために生み出された神の剣。その力は、使用者の生命力を吸い続けることで増していく。聖剣どころか、まるで魔剣のようだと思っていたが、自分次第でいくらでも威力を上げられることはセイヤ好みでもあった。

 

 ――なにせ、自分の気合いと根性があればどこまでも高められるのだから!

 

「はっ! どうせこれが最後だ! 全部持ってけこの野郎!」

 

 瞬間、その輝きは増し、光り輝く刀身は巨大に膨らんでいく。もはや天に届くのではないかと言わんばかりに巨大になった邪神だが、聖剣の光はその身体すら超え天を切り裂いた。

 

「喰らい……やがれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 振り下ろした聖剣を受け止めようと邪神が腕を交差させるが、聖剣は邪神を滅する最強の剣。

 

「ルオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「ぐ、ぐぐぐぐ……ぐううううううう!!」

 

 苦悶の声を上げる邪神を切り裂こうと、セイヤはさらに魔力を込める。

 

 化物となった邪神は今、理性があるようには見えなかった。ただ本能に従って、その泥をまき散らす災厄そのものだ。その泥は一度ミストによって全て消滅させられたが、それでも無限にあふれ出してくる。

 

 しかしそれも、聖剣の一撃によって次々と蒸発させられていった。しかし――

 

「ぐ、ぐぐぐぐぐ! これは……まずいか?」

 

 邪神の耐久力はセイヤの想像を上回っていた。このままでは、邪神の防御障壁を全て吹き飛ばすよりも先に、セイヤが力尽きかねない。そして、ここでセイヤが力尽きれば、今もなお邪神を吹き飛ばそうと力を溜めているトールまでその魔の手が届いてしまう。

 

「負けねぇ……負けねぇ……!」

 

 ここで負ければ魔界も、地上も、そして彼が愛した女性も終わってしまう。そんなもの、今のセイヤに許せるはずがない。

 

「俺は、俺は負けね――」

 

 そう踏ん張っていたが、勇者とはいえ人間。すでにその身を神として顕現した邪神を相手に勝てず、聖剣の光も徐々弱っていく。

 

「ぐ……ちく……しょ」

 

 そして最後に力を使い果たし、地面に倒れようとしたその瞬間――

 

「大丈夫……」

 

 セイヤの背を支えるように、冷たい掌がそっと添えられる。それをした少女は、魔界を守るために誰よりも戦い続けた最も新しき魔王。

 

「あ、イリー……ナ?」

「大丈夫。貴方は負けないわ。だって、約束したもの」

 

 ――あなたは魔界を救ってくれるって。

 

 それは二人が初めて出会い、そして交わした小さな約束。

 

 もし誰か他の者が聞けば、大したことのないものだが、この二人にとっては何よりも掛け替えのない約束だった。

 

「さあ、今日この時を持って、私たちの魔界を取り戻しましょう!」

「……ああ、そうだな……長い戦いも、これで終わりにするぞ!」

 

 二人で共に聖剣を握ると、弱り始めていたその光が先ほど以上の輝きを放ち、一気に邪神を押し込み始める。

 

「うおおおおおおおおおお!! いい加減、沈みやがれぇぇぇぇ!!」

「ル、グ、ウ、ガァァァァァァ!!」

 

 一刀両断。黒い泥で構成されていた邪神の身体は二つに分かれ、悲痛の声が魔界全土に響き渡る。

 

 全ての力を使い果たしたセイヤは、イリーナの身体にもたれかかるように倒れこむ。

 

「っ――はあ! はあ! はあっ! どうだ! あとは、アンタの番だぜ! 頼むからここで決めてくれよ!」

「ああ、任された」

 

 トールが見上げると、邪神は二つに分かれてなお泥を形成し、元に戻ろうと醜悪な姿を見せていた。しかし聖剣で受けたダメージは邪神にとって致命的で、これまでと比べて再生速度が圧倒的に遅い。

 

「思えば、お前がいたから俺はここにいるんだよな」

 

 トールはつい先ほどのキキョウとの会話を思い出していた。

 

 千年前、魔王クロノと聖剣の勇者キキョウによって未来を託されたことでこの力を得て、そして邪神がミストを依代にしたからこそ、自分はこの世界に召喚され彼女と出会った。

 

 辛いことも多かった。絶望することもあった。だがそれ以上に、ミストと出会えたことは最高の幸運だった。

 

「まあ、だからって感謝はしねえよ。それに憐みもしない。だってさ――」

 

 黒い闇の聖剣が魔力を高めていき、それは次第に圧縮されていく。そうして生まれた闇色の剣は、その刀身こそ普通の長剣と同じ程度だが、そこに秘められた力は魔界全てを合わせたように強大だ。

 

「俺とミストが出会うのは運命だったんだから」

 

 ――クロノ、長い旅を終えましょう。

 ――ああ、そうだなキキョウ。

 

 黒い聖剣が邪神に向けてそう語りかける。それと同時に邪神の力が一瞬弱まり――

 

「終わりだ」

 

 トールが剣を振るう。

 

 

 この日、邪神によって画策された魔界全土を巻き込む大戦は終わりを迎える。それと同時に地上の勇者と魔界の勇者の、長い、とても長い戦いが終わったのであった。

 



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エピローグ ラスボス系王女をサポートせよ!!

 大地一面に広がる色とりどり花畑を目にした白銀の少女は、地面に咲く小さな花に触れてみた。

 

「ああ、なんて美しい光景なのかしら」

 

 魔界の魔王イリーナ。彼女は生まれてから一度も目にした事の出来なかった地上の光景に、思わず感嘆の息をこぼす。

 

 今彼女の目の前には、かつて血に濡れた赤く荒廃した大地ではなく、美しく草木が生え、青く澄んだ空の下に広がる地上の大地があった。

 

「これは父が地上を手に入れたいという気持ちも、よくわかるわね。やっぱり魔王らしく地上に侵略しようかしら?」

「イリーナ、冗談でもそういう事言うのは勘弁してくれ」

 

 かつてミストと戦ったことのあるセイヤは、このような冗談一つですら真に受け、嬉々として襲い掛かってくる黄金の女王が簡単に想像できた。あの理不尽なまでの暴力は、単純な強さ以上に恐ろしいものがありトラウマものだ。

 

 そんなセイヤのげんなりとした表情が面白いのか、イリーナは機嫌よく笑う。

 

「ふふ、そうね。貴方となら出来るかもって思ったけど、やっぱり止めておくわ」

 

 白い花を撫で、柔らかい風に身を任せる。

 

「だって、こんなに美しい世界を傷つけるなんて、私には出来そうにないもの」

 

 そうして柔らかく微笑む氷の魔王の姿に、セイヤは思わず見惚れて何も言えなかった。

 

 

 

 

 かつて邪神によって引き起こされた魔界での騒乱から十年が経過した。

 

 多くの魔族が傷つき血と涙を流した。そんな戦乱の傷跡が残る魔界であったが、地上の王であるミスト・フローディアと魔界の魔王イリーナがお互い手を取り合い、見事に復興を果たす。

 

 当初ミストは魔界の全てを支配し、総べる予定であった。これはもちろん地上の人間も、魔界で吸収された魔族軍もそう思っていたが、当のミストによって否定されることとなる。

 

 ――魔界の支配は、魔王がするべきである。

 

 魔界を正式な統一国家と定め、魔王イリーナと聖剣の勇者であるセイヤの統治の下、同盟国として宣言したのだ。

 

 元々魔界を支配すると豪語していたミストの心変わり。これにはイリーナも裏があると警戒していたが、ミストは愉快そうに笑ってセイヤを見る。

 

『くくく、まあうちは双子だからな。片方だけに大きい物をあげては平等ではないだろう?』

 

 その言葉の意味を当時理解できたのは、その場では苦々しい表情のトールだけだった。

 

 ミストの一声により地上へ引き上げた王国軍であるが、その中にはミストを心酔していた魔族の姿も見受けられた。

 

 最初は人類の敵である魔族が地上へやってくることを反対する者もいたが、彼らが同士であることを理解しすぐに酒を共にする間柄へと変わっていく。

 

 そうして地上ではこれまでではありえない、人間と魔族の共存する街が生まれるようになったのだ。

 

「ふっ……この光景も見慣れてきたな」

 

 ミストはそんな光景を城のバルコニーから見下ろしていた。その隣にはもちろん、王国の宰相でありミストの愛する男が立っている。

 

「地上は完全に掌握した。もはや私に反抗する愚か者などいない。そうだな、トール」

「ああ。そして、魔界との仲も良好だ。やつらが地上を侵略するなんて、もう二度とありえないだろう」

 

 この十年、トールは魔界とのやりとりに尽力を注ぎ続けてきた。かつて日本で学んだことや、この世界で宰相として国を運営してきたノウハウを全てセイヤに叩き込んだのだ。

 

 さらに厳しい環境でも育つ野菜や花を地上から魔界に持ち込み、生活環境やインフラを整え、凶悪な魔物類は全て滅ぼした。魔界の生態系が変わった時は流石に焦ったが、世界一つを変える大規模事業の前では小事と割り切ったものだ。

 

 そうして今の魔界は、地上までとは言わないものの、弱い魔物でも笑顔を見せられる世界へと変わっていった。

 

「いや旦那様……私が言うのもアレだが、やり過ぎだぞ」

「そんなことない!」

 

 トールの魔界でのやり取りは色々報告を受けていたが、もはや魔界とは? とまで言われかねない変貌を遂げている地域もある聞き、ミストも驚きを隠せない。しかもそれがまだ発展途上だというのだから、この男、優秀すぎる。誰がここまでやれと言った、とミストは言いたかった。

 

 しかしトールはまだまだやり足りないと言わんばかりに、魔界改変事業を拡大していくのだ。

 

「来年にはカグヤが、俺の可愛い可愛い愛すべき娘のカグヤがあのクソ勇者の下に嫁入りするんだ! どんな危険も取り除いて、どこよりも快適な環境を作ってやるのが父親としての役目だろ!」

「お、おうそうか……まあ、そうだな」

 

 トールの激しい勢いに押され、ミストは珍しく曖昧に頷くだけだった。

 

「父上、母上、そろそろ準備が出来ましたか?」

 

 不意に、一人の少年が二人に向かって話しかける。

 

 母親譲りの凛々しい顔立ちに、この世界では珍しい黒髪黒目の少年。この少年こそ、トールとミストの長男であり、ミストから地上の王を譲り受ける次世代の王、ヤマト・シノミヤ・フローディアその人である。

 

 その後ろにはヤマトの裾をぎゅっと握る、小さな黒髪金眼の少女が立っていた。

 

 ミコト・シノミヤ・フローディア――トールや魔王イリーナすら上回る、世界最高の魔力を持つ少女である。幼いころは夜泣きをするたびに隕石を落としていた彼女だが、その血筋を感じさせる美しい容姿は老若男女を魅了し、すでに一大勢力を築いている恐ろしい少女だ。

 

 とはいえ、本人はファザコン、マザコン、ブラコンでありシスコンなので、世界をどうこうしようという意思は全くない。あえて言えば、大好きな姉を魔界へ連れ去ろうとしてる一人の男をどう始末しようか考えているくらいだ。

 

「ん、まあ私たちも元々準備万端だ」

「おう、それじゃあ行くか」

 

 この日、世界を統一し、魔界とすら平和を築いた歴史上もっとも偉大な王が退位する。そして、世界は新たな若き王の下、さらなる発展を築き上げていくのだ。

 

 ミストとトールは、世界中の国民が涙を流す姿を見下ろしながら、そっと手を握り合う。

 

「なあトール。私は、幸せだな。これだけの者に愛されているのだから」

「……ぷ、くくく。いやお前、流石にそのキャラはない」

「く、くくく。すまん、流石に冗談が過ぎた」

 

 城下でミストの退位を惜しむ声が叫ばれる中、二人は笑う。笑いながら、徐々にその声は大きくなり、王都中に響き渡る。

 

 そうしてミストはいつもの不敵な笑いを見せると、そのまま眼下の民に向けて声を張り上げた。

 

「くくく、はーはっはっは! 貴様ら何を泣いている!? 何を嘆いている!? これより世界は生まれ変わり、未来へと歩みを進めていくのだぞ!? 私という破壊の王の時代は終わり、そして新たな治世の王が地上を、そして魔界を遥か高みへと発展させていくのだ! であれば、貴様らがすべきことは何だ? 幼子のように泣き叫ぶことか?」

 

 ミストの問いかけに、多くの国民が嘆く声を止め、耳を傾け静かに見上げる。

 

「違う、違うぞ! 貴様らがすべきことはただ一つ! より良い未来が来ることを信じ、歓喜の叫びをあげる事だ! さあ祝砲を上げよ! 世界よ笑え! 私が作り築いてきた時代は終わった! これより先は我が息子であり、次代の王であるヤマトが引き継ぎ平和な世を作り続けるであろう!」

 

 そうしてヤマトが一歩前に出る。これだけの衆人環視の中、威風堂々とした態度はまさに覇王の血を引くに相応しい。

 

「そしてっ!」

「ん?」

「母上?」

 

 隣でミストの演説を見守っていたトールとヤマトは、事前に話していた内容と違う流れに疑問に思う。

 

「地上、魔界を制圧した偉大なる王の私は、新たな道を歩みだす!」

 

 トールはこの流れに既視感を覚えていた。そして演説を魔界の王としてこの戴冠式に招かれていたセイヤは、とても嫌な予感がした。

 

「地上の王は全て蹴散らした! 魔界すら一度は支配下に置いた。と、なれば次はもちろん――」

 

 しかしミストはそんな二人をあえて見ず、大きく空を見上げて天に向かって指をさす。

 

「天界だ」

 

 その一言で演説を聞いている者全てが空を見る。

 

「私は天界へ乗り込み、神すら支配する!」

 

 嬉々としてそう叫ぶミストを見て、トールは思い出す。かつて地上を支配した後、一緒に温泉に行ったときミストは、自分との子を宿し、幸せだと言った。しかし、それだけではない。

 

『このミスト・フローディアはそのような当たり前の幸せ、掴んで当然だ! そのようなもの、求める必要すらあり得ない! 私が求める物は、手を伸ばしても伸ばしても、凡愚では手に入れることの出来ない物であり続けなければならない!』

 

 そう、ミストという女性は、世界を一つや二つ手に入れただけで満足するような、器の小さい女ではなかった。

 

 子が出来、国を慈しみ、男を愛する。そんな人生も幸せだろう。だがミストはそれだけでは足りないのだ。彼女は邪神の器。その身に注ぐ欲望の量は、大陸一つで収まるようなものではない!

 

「もはや神などいらん。人の世は人の手によって治められるべきなのだ!」

 

 邪神に魅入られ、人生を狂わされた復讐ではない。神という存在が気に食わないというわけではない。ただ、ミスト・フローディアという、生まれながら覇王の素質を持つ女傑は、自身の欲望を抑えきれないだけなのだ。

 

「ゆえに、私はこれより王を辞め、そして天界へと侵略を開始する! これより先は修羅の道! 私に付いてきたい者だけが付いてこい! しかしそれは平穏を捨てる事と同義! 二度と平穏など訪れないだろう! だが代わりに約束してやる! 誰も見た事のない、遥かなる高みの世界をなぁ!」

 

 ゆえに、その究極の我がままは、その矛先を神へと向けた。

 

「ふはは、ははは、はーっはっはっは! さあ貴様ら、我が旅路に相応しい雄たけびを上げよ! 我が名を叫べ! そう、私こそが偉大なる王にして世界最高の魔術師!」

「「「うおおおおおおおお!!! ミスト・フローディア! ミスト・フローディア!」」」

「そう、私だ! 私なのだ!」

「ミスト・フローディア! ミスト・フローディア!」

「私こそ世界の中心にして三千世界全てを総べる者、ミスト・フローディアである! 称えよ! 崇めよ! 神など、我が覇道に転がる障害物の一つでしかないことを証明して見せようではないか! ははは、はーっはっはっは! はーっはっはっはっは!」

 

 ただ、それだけの話なのだ。

 

「ふ、まったく……相変わらずというか……神すら潰すとか、どこのラスボスだよ。だけどまあ……」

 

 トールは苦笑する。彼女は変わらない。たとえ明日世界が終わるとしても、きっと変わらないだろう。

 

『く、くくく。そうか貴様が王宮で話題になっていた暗黒神官か。面白い。貴様、私の下に付け。貴様の知らない世界を見せてやろう』

『私は世界の全てを手に入れる。貴様には特等席で見せてやる。だから、一生傍にいろよトール』

 

 そんな黄金の輝きを持つ彼女だからこそ、トールはずっと傍にいると決めたのだ。

 

「一生傍にいるさ。俺は、お前を守り続けるって、決めたんだからな」

 

 天に向かってひたすら高笑いを続ける、まるでゲームのラスボスのような少女が愛おしく、トールはずっと彼女を見守り続けていた。

 

 

 

 

ラスボス系ヒロインをサポートせよ! ~異世界で助けてくれた王女のため、最強の魔術師になった俺は世界を征服する~ 完

 

 




【読者の皆様へ】
ここまで読んで下さりありがとうございます!

本来は前半の章で完結のはずが、感想でもっと読みたいという嬉しい声があり、こうして続けさせてもらいました!
投稿が遅く、待ってくれていた人には凄く申し訳なかったですが、何とか完結まで来れて良かったです!

これも読者の皆さんの応援のおかげです!
ありがとうございました!


【重大告知!!】
実は完結とほぼ同時に、小説家になろうで新作を投稿しています!
もしラスボス王女が面白かった方は、ぜひ新作も応援お願いします!

タイトルは
『落雷転生 ~俺だけ使える【雷魔術】で最強の魔術師を目指します~』

王道の異世界転生ファンタジーです!
ぜひぜひ、応援お待ちしてますので、よろしくお願いいたします!


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