Fate/lost imagine (ぽっとでの急須屋)
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第一日
校舎での激戦


 うちで飼っている急須が深夜テンションのときの様子。
 「うぉおおおおおお!!! 物語、書くの、面白いぞぉおお!
 できれば、感想・アドバイス、欲しいぞぉおおお! ポォオオオオオ!!!」
 ちなみに、この状態で入れるお茶が最高においしい。

 初トーコーです。
 感想・アドバイス心よりお待ちしております。


 ジャッ。ギン、ギギギギギンッ。

 

 夜。辺りは暗くなり冷気が静かに満ちている。街を照らすのは点々と灯る小さな街灯のみで、多くのものは夜闇の中で眠っている。長閑な日の下とは打って変わった世界。その世界は空をつんざく衝撃によって異常への幕を切ろうとしていた。

 

 超硬度な物質が亜音速でぶつかりあう音。その中心では長髪緑髪の美形人が舞うようにして火花を散らしていた。一挙手一投足。その全てが、彼の元へと飛来する矢をはたき落とさんがためのものだった。

 

 カンッ。キキキキキキキンッ。

  

 一本の矢が現れた、と思った次の瞬間、けたたましい音と共に無数の矢が力無く宙を舞っている。矢は美形人の多様な武器に変形する五体によって弾かれ切られ潰され払われ、拉げられていた。害意を消された矢はグラウンドの土へ無残に倒れていく。見るからに人間の理解を超えた危機の渦中に立つ彼は、しかし人形のような顔を微塵も変えずに、ただひたすらに矢を放つ根源の方を向いていた。

 

 

 その男は弓を構えていた。正確無比な射撃は一瞬の間に十の矢を美形人の体に当てる。弾かれることが分かっていながら、その手は弦を弾き続けていた。怒濤の速度で空へ、また美形人へ。

 

 突如、男は弓を下ろし地面を蹴った。

 

 ドゴォッ。ジャラジャラジャラ。

 

 男の立っていた土を破ってそれらは現れた。無数の鎖、その先端には矢尻がついている。

 

 (やるじゃないか………!)

 

 美形人は自らの放った攻撃を容易く躱され、素直に感嘆していた。直前まで男は地面に対して何の反応も示していなかった、にもかかわらず、不意を突いて現れた鎖を難なく避け、更には反撃を用意している。

 

 男の隙を捉えるために駆けようとしていた美形人に無数の矢が降り注ぐ。美形人の、不意を突こうという攻める気持ちが堪っていたところを、逆に不意を突く形で矢の猛雨が攻めたてた。美形人は身体の変形が間に合わず、数瞬の間無防備な姿をさらしてしまう。

 

 ドドドドドドド。

 

 一撃一撃が確かな威力をもって美形人の身体にぶち当たる。身を襲う激痛。しかし土煙の中から現れた美形人の肉体は無傷だった。

 

 沈黙する男。美形人も静かに男を見据えていた。

 

 夜。辺りから消えていた静寂が再び戻ってきた。しかしそれは決して安全な物などでは無い。静かに燃える炎が互いの火薬を舐めているような、一時の油断もならない状況だった。

 

 パキッ。

 

 ふと、その空気を破る小さな音。小枝を踏みでもしたのだろう。林などで気がつかぬうちに立ててしまうような微かな音がした。

 

 「不味い!」

 

 慌てて男が美形人を射るも既にその姿は無く、豪速の矢は虚空へと吸い込まれていった。

 

 「どうしたの、アーチャー!」

 

 「悪い、マスター。事情を説明してる暇はないな、こりゃ」

 

 そう男が言うと、戦闘が行われる側で緊張の面持ちで立っていた、マスターと呼ばれた女は男に担ぎ上げられた。

 

 「えっ、どういうことよ!?」

 

 「舌噛むなよ」

 

 男が跳躍をすると、女は悲鳴をあげる間もなく高速で校舎に飛んでいった。

 

 星月の光が差す校舎には抉れた地面と、無数に突き立つ矢だけが残った。

 



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逃走する本能

〇2019/6/9(日)書き直しました。
・矢よけのアミュレット→赤い宝石のペンダント
読んでくれた人ごめんなさい。

ここだけの話、うちの急須が言っていたんですけど。
この物語を書くにおいて、やりたいことは大きく二つあるらしいですね。
一つは、Fateシリーズに登場した最強のサーヴァント達の戦いを書くこと。
もう一つは、Fateシリーズのキャラクター同士の掛け合いを書くこと。
この二つのどちらをより優先するかはそのときになってみないと分からないらしいんですけど。


 タッタッタッタッタ。

 

 校舎に男の靴音がこだまする。制服を着た赤髪の学生だ。彼は何かから逃げるように、窓ガラスから差し込む月明りの中を走っていた。

 

 顔は青ざめ、肩が上気する。自らの足音より鼓動が激しく耳を叩く。肺は締め上げられ、腹の物をぶちまけたくなる衝動に駆られるが死ぬ気で堪える。

 

(生きるんだ。死にたくない。あんな者がいるなんて)

 

 男の中で思いの濁流が氾濫する。絶望、不安、憧憬、羨望、期待、恐怖。男は正気を失っていた。冷静では無かった。腕を振り、足を出し、身体を動かすが、自分がどこに向かっているのかは理解していなかった。

 

 (どうすればいいんだ。どうすれば生きて………)

 

 激しく鳴っていた心臓の音が変わった。胸元を見ると一本の槍が自分の胸を貫いている。槍を中心に真っ赤な牡丹が咲いた。痛い、という当たり前の感覚より先に絶望が男を襲った。

 

 (逃げられなかった。追いつかれた。俺は死ぬんだ)

 

 槍が抜かれると、男は倒れた。俯せに倒れ込んだ床は暖かく、そして冷たかった。男は自分の身体が作り出す血の海に沈んだ。息をすることも、目を開けることも、もう意味がなかった。男の意識は静かに遠のいていった。

 

 槍は自らの目的を果たし、音もなく姿を消した。

 

 「マスター、ここだ」

 

 足音とともに一組の男女が現れた。先程のマスターと呼ばれた女と、アーチャーと呼ばれた男だ。

 

 「こんなことって………」

 

 女は男の無残な姿を見て絶句する。目の中には恐怖の色が宿ったが、すぐにその思いを振り払い、どこからか赤い宝石のペンダントを取り出した。

 

 「それは」

 

 「ペンダントよ。これにこもっている魔力を使うの」

 

 そう言って、女は伏した男の胸元にペンダントを広げ詠唱を始めた。ペンダントが仄かに発光する。魔術の光だ。女が手をかざすと男の胸の傷は綺麗にふさがった。

 

 「ほう、綺麗なもんだな」

 

 「………」

 

 女は無言で立ち上がる。

 

 「どこへ行くんだ、マスター」

 

 「帰るわよ。目を覚ます前に立ち去らないと」

 

 「マスター、それでいいのか」

 

 マスターの背に声がかかる。その声はなぜか厳しさが混じっていた。マスターが振り返ると、アーチャーの端正な顔はしかめられていた。有無を言わさぬ気高さがそこにはあった。

 

 「何よ………?」

 

 マスターは心の微かな波紋を抑え込み、アーチャーと正面から向き合う。

 

 「この少年は死ぬんだぞ」

 

 「何を、傷はふさがって………。まさか、見たっていうの!?」

 

 事情を理解したマスターは青ざめる。アーチャーのその目で見たということは、それは起こりうる事実だということだからだ。

 

 少年、と呼ばれた男を見る。普段学校で関わることは少ないものの、いなくてはならない人だと思っていた。こんなことで死ぬとは考えたこともなかった。死ぬならきっと、老いて家族に囲まれながら死ぬ人なんだと思っていた。

 

 (自分とは違う、普通の人、そう思っていたのに………)

 

 「ああ。て言っても見たのはランサーの方なんだけどな。あいつは俺たちが去った後、彼を殺すぞ」

 

 比喩でもなく、予想でもなく、結果として。アーチャーは淡々と未来を述べた。

 

 「………」

 

 「マスター」

 

 アーチャーは待つ。マスターの出す答えが、自分の望む通りのものであることを知りながら、自らの信じる強かさを秘める少女を見つめる。

 

 「分かったわよ。………ランサーを倒しましょう」

 

 顔を上げた少女の目には小さく光る闘志があった。

 




カタルシスを制する者が全てを制す。
なんつって。


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語る魔術師

いっ、一か月だと……。
バカな!?


(あれ、ここは……?)

 

 衛宮士郎は混乱していた。寝た記憶がないのに、目を覚ますとなぜか自分は見覚えのある和室に横たわっていたからだ。

 

(……眩しいな)

 

 天井を見上げる顔を蛍光灯の光がじかに照らす。頭は未だ靄がかかったようではっきりしない。漠然とした判断だが、ここは自分の家だろう。

 

 士郎は重たい体を起こした。

 

(痛っ!)

 

 士郎は胸を押さえた。内側からくる痛みに抗うすべはないものの何かせずにはいられなかった。心臓が血を押し上げる音が聞こえる。どろどろと滞っていた物が一気になだれ込んでくる。

 

(吐き気がする)

 

 士郎は視界が青くなるのを見た。血が頭まで巡っていないのかもしれない。手足に力が入らず、自分の居場所さえ覚束ない。辛い。意識が朦朧として、どこかに飛んで行きそうだ。

 

(耐えろ……)

 

 時間が流れる。時計の音が聞こえてきた。カチッカチッカチッカチッ。途切れそうだった神経が何とか手繰り寄せられた気がした。

 

「気がついたみたいね」

 

「えっ」

 

 目を覚ましたと思っていた自分は間違いで、まだ夢を見ているのかもしれない。ついそう思ってしまうぐらい、その声が聞こえることはありえないことだった。

 

 振り返ると、そこには学年のアイドル、遠坂凛がたっていた。

 

(な、なんで遠坂が!?)

 

 士郎の心臓が飛び跳ねる。嬉しい、いや嬉しいのか? 状況が分からな過ぎて困惑する。学校で目にする制服姿のまま、遠坂は縁側の柱に体をもたせかけていた。薄桃色の肌に艶やかな黒髪がよく映える。士郎は今にも自分の体を置いて空へとのぼっていきそうだった。

 

「なんて顔してるのよ」

 

 はぁ、と呆れた様子で遠坂は言う。

 

「いや、なんで遠坂がここに? ていうか俺は……?」

 

「死んだはずじゃ」そう言おうとすると、遠坂が待ったをかける。

 

「そう、衛宮くんは死んだわ。心臓を貫かれてね。でも、いやぁ良かったわよ。たまたま私が通りかかって。」

 

 少し眉を吊り上げて、遠坂は言った。

 

「遠坂が助けてくれたのか? ……でも、どうやって」

 

「そりゃ簡単なことじゃなかったわよ。私の取り返しのつかないものを使っちゃったんだからね」

 

(遠坂、なんか怖いな……)

 

 遠坂の髪はゆらゆらと沸き立っているように見えた。遠坂からビリビリとどす黒い波動が空気を伝わって、士郎の肌を震わしている。

 

(ああ、なんだろ。怒髪天っていうのはこういうのを言うのかもな?)

 

 遠坂は笑っていた。いや、笑顔だった。ただ、笑顔なのにどこまでも怖かった。

 

「衛宮くん、実は私魔法使いなの」

 

「……」

 

 士郎はある男に言われたことを思い出していた。士郎はその男に命を救われ、育てられた。そして、士郎はその男の夢を受け継いだ。

 

(爺さん)

 

「信じられないかもしれないけど、これが証拠よ」

 

 バリン。

 

 遠坂は自分の近くにあったガラスを割った。

 

「遠坂!?」

 

 遠坂が一言二言呟くと、地面に散らばったガラスの破片が動き出し、元の場所に戻っていった。

 

 士郎は唖然としていた。『魔法使い』と遠坂は言ったけれど、これは士郎が知っている物だった。

 

「魔術……!」

 

「……。衛宮くん、今なんて言った?」

 




人のキャラ動かすの、ムッズ。
でも、完結はさせたいよなぁ~。


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ランサーの襲来

いやぁ、不定期更新のタグをつけよう。


 割れたガラスが元に戻るなんて、こんな不思議な現象は魔術じゃないとありえないだろう。でも、俺はこんな魔術を知らない。遠坂はすごい魔術師なのか……?

 

「衛宮くん。教えて、あなたは魔術師なの?」

 

「ああ」

 

「……ふーん、そうなんだ。じゃあ、話は早いじゃない」

 

 遠坂はしかめていた顔を少し和らげた。

 

「目撃者は一般人じゃなくて関係者だったってことでしょ。じゃあ、私が衛宮くんを守る必要もないわけね……」

 

 うんうん、と一人で頷く遠坂。

 何がどうなってるっていうんだ? できれば説明してほしいんだけどな。

 

「何が何だがさっぱりだ。遠坂は何を知っているんだ」

 

「何を、ねぇ……。まぁ、いいわよ。衛宮くんは聖杯戦争って知ってる?」

 

 遠坂はようやく肩の荷が下りたのか、ほっと一息つくと聖杯戦争について説明しだした。

 いわく、聖杯戦争とは七人のマスターと七体のサーヴァントが殺し合い、最後の一人になったものが聖杯を得られる。

 いわく、マスターに選ばれた者には令呪と呼ばれる三画の刻印が現れる。

 いわく、サーヴァントとは過去の英霊だ。

 いわく、聖杯戦争は秘匿されており、目撃したものは口封じに殺される。

 

 つまり、俺が校庭で見かけた戦闘はサーヴァントという使い魔によるもので、俺がそのうちの一体に殺されたのは口封じのためだったわけだ。なんだか、ムカついてきたぞ。完全なとばっちりってことじゃないか。

 

「ところで、衛宮くん。あなたは何の魔術が使えるの?」

 

 聖杯戦争についての説明にひと段落ついたところで、遠坂が切り出してきた。

 

「強化ぐらいだな」

 

「またなんとも半端なものを使うのね」

 

「遠坂の魔術はすごいよな。窓ガラスを即座に直せるなんて」

 

 ん、遠坂の表情が翳ったぞ。俺はなんだかまずいことを言ったみたいだ。

 

 それから遠坂が魔術について話し、俺がそれに答えると、遠坂は困惑し終いには呆れてしまった。どうやら俺は魔術師として素人同然らしい。

 

 遠坂は何かに気付いた様子で窓の外を見た。

 

「どうしたんだ、遠坂」

 

「もうすぐランサーがここにやってくるわ」

 

「え、それは大丈夫なのか!?」

 

「ええ、外にはアーチャーもいるし、危険はないでしょ」

 

 突然のことだった。

 ドゴォオオオン。

 地面に何かが衝突する音、それと共に伝わる振動。

 庭に何かが墜落したのは間違いなかった。

 遠坂が勢いよく窓と障子を開ける。

 砂煙の合間から見るに、その衝撃の中心にいるのは校庭で見かけた褐色肌の男だ。男は即座に立ち上がり、弓を上に上げ迎撃の姿勢を取る。その視線の先には校庭で見かけたもう一人の男、緑色の長髪が特徴的な人だった。

 

 俺の心臓はまた力強く動き出していた。

 

(また、始まる…)

 

 そう、始まるのだ。あの光景が。

 互いに研鑽しつくされた圧倒的な暴力がぶつかり合う、神話の時代の闘争が。

 俺はごくりと喉を鳴らすと、その光景を逃さないよう目を凝らした。

 




〇独自解釈ポイント
 アーチャーの目は、途中の物体を透過して遠くのものを見ることができ、目の前にいる対象の心を読むことができ、一度見た相手の未来を予測することができる。


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ランサーの対話

「アーチャー、遠くから撃ち落とすんじゃなかったの」

 

 凜の問いかけに、敵を逃すまいと弓を張りつめているアーチャーは振り向かずに答えた。

 

「そうしようと思っていたんだがな。このランサー、姿を変えるわ、辺りの魔力を弄るわで、行方を眩ませるもんだから、うっかり通しちまった。すまん、マスター」

 

 月夜の中、辺りは緊迫の様相を呈していた。緑髪のランサーは白い衣を一枚羽織り壁の上に立っていた。

 

「始末したはずの目撃者とアーチャーのマスターがいるから、興味本位でやってきたんだけどね。何のことはない、始末する対象が二人ここにいるだけだ」

 

「待って、ランサー。この目撃者は魔術師なの、聖杯の秘匿のために殺す必要はないわ」

 

 凛が焦った様子で弁解を述べる。無理もない、凛は校庭での戦闘を最も間近で目撃したのだ。ランサーの美しさに秘められた暴力性に凛が気おされるのも当然と言える。

 

(あの遠坂でさえ、慌てるのか)

 

 そして、それはランサーとアーチャーの相性にも理由があったと言えよう。ランサーはその高い身体能力に、大地から大量の武器を生み出しそれらを高速射出する力を持つ。近距離戦においては独壇場だ。たいしてアーチャーは校庭でこそ何とか拮抗させていたものの、それはアーチャーの目によってランサーの手数を手際よくさばいていたに過ぎない。今の互いの間の距離はわずか数メートル。アーチャーの目がいかに優れていようと、それはもはや焼石に水に過ぎないのだ。

 

 なにより凛には分かっていた。この距離では自らの命も無事では済まないことが。

 

「魔術師、か。それならいいだろう。ならば、僕というシステムは君一人に注げばいいわけだ」

 

 戦慄が走る。ランサーの冷たい目は遠坂へと注がれた。遠坂はわずかに震えたようだった。

 

「待てよ、ランサーと言ったか。俺の家で勝手に暴れようとするな!」

 

 その言葉には衛宮を除く二人が驚いた。しかし、ランサーの表情は変わらない。

 

「それは、……そうだね。困ったな、アーチャーのマスターよ、場所を変えてくれるかい?」

 

 そのちょっと間の抜けた質問に答えたのは、凛ならぬ士郎であった。

 

「いや、それは駄目だ。遠坂には今日ここで泊まってもらう」

 

 士郎の可笑しさに凜はこらえきれず口を出した。

 

「何言ってんのよ、衛宮くん。衛宮くんには関係ないでしょ」

 

「いや、関係ある。夜中に出歩くなんていけない」

 

 はああああ!? と遠坂は驚いた様子だ。

 

「ふっ、ランサーよ。今回は開きにするか?」

 

「困ったな。こういう場合はマスターの命令を優先して、やはりアーチャーのマスターはここで始末させてもらおう。魔術師の君は巻き添えを食わないように気を付けてくれ」

 

「やっぱこうなるかよ」

 

 衛宮の主張も、凛の困惑もよそに、二人の意志は昂っていく。

 

 先に動いたのはアーチャーだった。

 




〇独自解釈ポイント
ランサーの肉体を変える技は、その物体の本質である魔力も変えることができる。
ランサーの大地を操る技で、自分の劣化分身を作ることも可能。


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魔術師の逃走

 絶体絶命のピンチにおいてアーチャーが繰り出したのはやはり弓の一撃だった。いや、一撃とは言えないか。その弓からは同時に二十の矢が放たれたのだ。風を裂くようにして進む矢は全てランサーの体へと当たる。

 

 ズドドドドドドッ。

 

 その衝撃に何度も痙攣するかのように震えるランサーだが、全く動けないというわけではないらしく、体を武器へと変容させていた。

 

「……そういうことか」

 

 やむことなく、放たれつづける矢の中で、ボソリとランサーはつぶやいた。ランサーは未だにその場から動けていない。

 

「マスター、こいつはここで足止めをしておく。その間にマスターはここから離れてくれ」

 

「ええ、分かったわ。じゃあ、衛宮くんとはさよならね」

 

 別れを告げ去ろうとする遠坂の手を衛宮はつかんだ。

 

「待てよ、遠坂。送っていく」

 

「ああもう。言うと思ったわよ。でも駄目。私行くから」

 

 ついてこないで、と手を振りほどく遠坂に衛宮は、それでも、と後を追った。

去っていく二人の後ろ姿は戦場から離れていった。

 

 ズドドドドドドッ。

 

 二人が去った後も放たれ続ける矢。その猛威の中でランサーは徐々に大地を武器へと変えつつあった。

 

「そうくるよな」

 

 手数で負ける相手に対して、アーチャーが取れる手段は単純だった。

 その手数が放たれる前に、手を封じればいいのである。

 

 ランサーの大地から武器を射出する力には、それをするまでのタメの時間が必要なのだ。そこをアーチャーは見抜いていた。

 

 つまり、武器を射出する準備が整うまではランサーの身体だけを狙えばいいというわけだ。そこでアーチャーの目だ。アーチャーの目による未来予知は、ランサーの動かそうという部位を全て事前に察知し、その部位を正確に射貫くことに成功させた。

 

 あとは、武器を射出するまでの間はとりあえず時間を稼げる。その隙に凛を逃がせばいいのである。

 

 しかし、胸中でアーチャーは焦っていた。

 

(まいったな、こりゃ)

 

 その時間稼ぎもランサーの準備が整うまでの間だけ。整ってしまえば、やはりランサーの一方的な蹂躙が始まってしまう。

 そこで距離を置く、という一般的な弓兵の戦法もこのランサーが相手ではしづらい。なにせ、姿を変え、魔力を弄り、行方を眩ませるのである。その技をされてはランサーがマスターの元まで追いついてしまう可能性すらある。いくら、アーチャーの目がよくともこの場をおさめるのは至難の業と言えた。

 

(マスター、逃げてくれよ……)

 

 

 

 

 

「どうしてついてくるのよ、衛宮くんは!」

 

 二人は走り続けていた。そのおかげであと半分もすれば遠坂の屋敷につく。

 

「考えたんだ。どうすればあのランサーとかいうやつを倒せるか」

 

 息が苦しい中、それでも二人は喋り続けた。

 

「それで」

 

「ああ、俺もサーヴァントを召喚すればいい」

 

「えっ」

 

 思わず立ち止まってしまう遠坂。なんだ、そんなに変なことを言ったつもりはないぞ。

 

「だから、俺もサーヴァントを召喚して、二人でランサーを倒せばいいんだ」

 




〇独自解釈ポイント
ランサーの「大地から武器を射出」にはタメが必要。
これは嘘。書いてから絶対魔獣戦線見たけど絶対そんなことない。
まぁ、でも攻撃食らっている間は打ちづらいだろうし、ね。


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魔術師の召喚

「本気で言っているの、衛宮くん!?」

 

 冬という事もあり少し冷えた室内の空気の中で、二人はひと時の安堵を得ていた。

 

 二人はあの場で立ち止まっていてはランサーに追いつかれることに思い至り、すぐさま駆け出した。ようやくたどり着いた遠坂邸。洋風の外観で、壁は赤レンガでできている。庭を通り抜け玄関を開け、一階のロビーへ。今二人は地下室の扉の前に立っていた。

 

「当然だ。この状況で冗談なんか言わないさ」

 

 戸惑う凛に対して、士郎は頑なに譲らなかった。

 

「遠坂は分かっているんだろ、今の状況じゃランサーに勝てっこないって」

 

「そりゃそうだけど」

 

 そうだ。今の状況ではランサーに勝てない。マスターという私を狙う戦法を取られては、遠距離攻撃が主軸のアーチャーでは心もとない。できれば、あと一体白兵戦に富んだサーヴァントがいてくれればとは思う。

 

「俺が召喚する。俺だって魔術師の端くれだ。召喚できないわけないさ」

 

「そうだけど……」

 

「頼む、遠坂。下の魔法陣を貸してくれ」

 

 凜は沈黙する。できることはできるだろうが、させたくないのが本音なのだ。

 

 どうして遠坂は貸してくれないんだろう。このままじゃ勝てないのは分かっているのに。

 

「衛宮くんにはさせたくないのよ」

 

「なんでさ」

 

 遠坂の顔は俯き、手は震えている。

 

「だって、聖杯戦争は甘くないのよ。何も衛宮くんが巻き込まれること……」

 

「遠坂!」

 

 士郎の表情は真剣そのものだった。

 

「俺は遠坂に巻き込まれたなんて思ってない。ランサーに襲われた時も助けてくれたじゃないか。俺は俺の意思で遠坂を助けたいんだ」

 

 士郎の目には闘志の炎が燻っていた。

 

(それを巻き込むっていうんでしょ……)

 

 凛は考えていた。こうなってしまっては自分がどうあがいても衛宮くんは意思をまげないだろうということ。そして、もしこのままサーヴァントを召喚しない場合のリスクを……。

 その末に凛は決めた。とりあえず今を乗り切ろう、と。

 

「分かったわよ。じゃあ、準備するから先に下へ行って」

 

「ありがとう、遠坂」

 

 

 

 

 

「これでいいのか、遠坂」

 

「ええ、完璧よ」

 

 魔法陣の前に士郎は立つ。

 

「じゃあ行くぞ」

 

 光に包まれだした魔法陣に、詠唱を唱えていく。

 

 素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

 降り立つ風には壁を。

 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 閉じよ。(みたせ) 閉じよ。(みたせ) 閉じよ。(みたせ) 閉じよ。(みたせ) 閉じよ。(みたせ)

 繰り返すつどに五度。

 ただ、満たされる刻を破却する。

 

 ――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

 誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。

 

 汝、三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守りてよーーー!

 

 魔力の高ぶりと共に、風が吹き荒れる。

 燦然と輝く、魔法陣の中心に果たしてその姿は現れた。

 

 男は臣下の礼をとり、面を上げた。

 

「問おう、君が俺のマスターか」

 

 灰色の長髪に端正な顔立ち。胸元と背中が大きく開いた鎧。大剣を脇に抱えている。

 龍を彷彿とさせるその青年はまごうことなき士郎のサーヴァントだった。

 




〇独自解釈ポイント
魔法陣はある程度使いまわし可能。


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一休み

 セイバーが召喚されてからしばらく時間がたったころ、凜のもとへアーチャーから念話が届いた。

 

「どうやら、セイバーの魔力を感じ取ってランサーは帰ったようね」

 

 ふぅ、と安心して士郎と凛は息を吐きだす。ようやく危険が喉元を過ぎ去ったのだ。

 

「それにしても、召喚しただけで帰るものなんだな」

 

「うーん。おそらく、ランサーは遠くのサーヴァントの実力を測る何かを持っているんじゃないかしら」

 

「それで勝てないと踏んで去っていったのか。セイバーは強いんだな」

 

 士郎は自分の傍に控えている男へ話しかけた。召喚されたばかりのセイバーであったが、士郎とセイバーは互いに互いのことを気に入ったようで、話す言葉の節々に親愛の情が見て取れた。

 

「ああ、これでも最優のセイバー。といっても十分に実力を発揮できるとは言えないが……」

 

 何とか召喚に成功した士郎だったが、セイバーの実力を十分に発揮できるとは言えなかった。士郎の魔力供給が足りないのである。今のままでは、セイバーの主砲となる剣の宝具は聖杯戦争中に二発撃てれば御の字といったところであった。

 

「それでも良かったわよ、ランサーは撤退してくれたんだから」

 

「ああ、その通りだ」

 

 そういえば、と言って凛が切り出す。

 

「衛宮くんはこれからどうするの? 聖杯戦争にはあまり乗り気じゃなかったみたいだけど」

 

 その言葉を受けて、士郎は黙る。士郎の目的はランサーが凛の命を狙うのを防ぐことであった。ランサーは聖杯戦争中、何度も凛のことを襲うであろう。ランサーだけではない。まだ見ぬサーヴァントがあと四体。遠坂を守りたい、というのであれば聖杯戦争に参加するのが良いだろう。しかし、一度命を救われた借りを返したという意味であれば、ここでセイバーを手放すという手段もある。何より、士郎は聖杯戦争というシステムにまだ納得がいっていなかった。殺し合いを幇助するかのような内容だ。それに参加したいかと言われれば、正直なところ参加したくないのが本音であった。

 これはジレンマである。

 

「今はよく分からない」

 

「そう。……だったら、監督役のところへ行ってみる?」

 

「監督役?」

 

「ええ、聖杯戦争の監督役が教会にいるのよ」

 

「教会って隣町の教会か?」

 

「そうよ。行くんだったら行きましょ」

 

「ちょっと待て、今から行くのか?」

 

「何か問題があるの?」

 

 普段では味わえない、超常の現象を何度も目のあたりにし、士郎はいささか疲れていた。本音を言えば、今日は休んで明日にでも……、と言いたいところだ。

 

「セイバーはどうなの?」

 

「なんでセイバーに聞くんだよ」

 

「セイバーの方が状況を分かってそうだからよ」

 

 ん、なんだか棘のある言い方だぞ。これでも遠坂と俺は助け助けられの関係だろ。もっと打ち解けてもいいんじゃないか。

 

「マスターが状況を正確に判断したい、というのなら監督役のところへ行く方が良いだろう」

 

「じゃ、決まりね。行きましょう」

 

「おい、待てよ。勝手に決めるな」

 

「よく分かってない衛宮くんは黙ってついてくる」

 

 命令か。なんか分かってきたぞ。遠坂、もしかしなくても俺で遊んでいるな。

 

 はぁ、とため息をつく士郎は、凜に連れられ夜の町へ出かけるのだった。

 



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一方その頃
キャスターの来訪


この話からしばらく、zero視点が続きます。


 昼間の飛行場にはたくさんの飛行機があった。ここを出発点とするものもあれば、ここを終着点とするものもある。そのことを考えればこんなに感動的な場所もない。空は十分に晴れ、これから送り出される者たちも安全に空の旅を味わうことができるだろう。

 

「ここが切嗣の生まれた国」

 

 アイリスフィール・フォン・アインツベルンもまた、空の旅を味わった者の一人であった。寒い国から来たのか厚手の服を着ており、頭にはロシア帽をかぶっている。銀髪は風に靡いており、赤い目はこれから目にする光景に期待がこめられていた。

 

「どう、キャスター? 空の旅の感想は」

 

 アイリは自分の後に続いて降りてきた一人の男に言葉を振った。

 

「うん、中々に快適だったよ。少し寝てしまうぐらいにね。」

 

 ふぁ~、と大きなあくびをするキャスター。そういう彼の髪は白く、黒い服に身を包んでいる。完全にアイリの趣味だ。

 

「英霊ともなれば、空を飛ぶことぐらい驚くことでもないかしら?」

 

「いや、そんなこともないさ。私は驚いたよ。人間の科学の発展というのは目覚ましいものがあるね」

 

 そういうものかしら、とアイリは首を傾げた。

 

 二人は長旅を終え、ようやく日本に着いたのであった。

 

 

 

 

 

「それにしても、私の趣味につき合わせちゃって悪いわ」

 

「いいや、そんなことはない。私もこの身で現世を楽しめるからいいものさ」

 

 本来であれば、マスターとともに歩くときは、霊体化することで身を潜めるのがサーヴァントの通例だ。それは実体化をしている際、魔力を消費するという理由もある。しかし、キャスターの場合であれば、魔力を消費するという問題は関係なかった。キャスターは単独顕現というスキルをAランクで取得しており、魔力供給がなくとも現世に存在することができるからだ。

 それを知ったアイリは名案を思い付いたとばかりに、切嗣に頼み込み何とかキャスターのパスポートを用意してもらったのだった。

 

 空港の中へ移動したキャスターとアイリ、それに付き人が二人。空港には様々な人がいるものの、アイリの美貌に勝るものはいないのか、それとも単に一行が珍しいのか、行き交う人々は思わず見ずにはいられないようだった。

 

 アイリはその様子を気にすることもなく話す。

 

「そうだったら嬉しいわ。私もあなたの服を選ぶ楽しみが増えたもの」

 

「そのことなんだが、本当に私のこの格好はこの時代になじむものなのかい?」

 

「私との釣り合いをとって選んだ服なのだけど、……気に入らない?」

 

「いや、それなりに動きやすいし。それに格好いい。私は気に入ったよ」

 

「そう言ってくれると嬉しいわ。私も選んだかいがあったわね」

 

 二人が話しながら歩いていると外に出た。目の前には手配していた黒塗りのタクシーがあった。

 

 

 

 

 

「すごい活気ねぇ」

 

 走る車の窓から、アイリは外を眺めていた。流れていく景色の中にある、建物、人、車、人工物。それらは全てアイリにとって知っていた情報ではあっても、そのどれもが真新しく輝いて見えた。

 

「もう切嗣もこの地についているんだっけ?」

 

「ええ、半日早くね。でも、向こうから見つけてくれるから大丈夫よ」

 

 アイリは外に夢中になり振り向かずにそう言った。キャスターは微笑ましいものを見るようにその姿を眺めていた。

 

「当面は状況の変化を見極めながら、柔軟に臨機応変に。せっかくの日本だもの戦いが始まる前に満喫しておかないと」

 

「ああ、その意見に賛成だ。しかし、何処かに拠点を構える必要はないのかい?

切嗣と相談することもないのかい?」

 

「それはそうなんだけど……。勿体ないじゃない。せっかくこんな遠い国に来たんだし。それに……」

 

 少し言い淀んでからアイリは言葉を口にした。

 

「私ね、初めてなの……。外の世界を出歩くのはこれが初めてなの」

 

「えっ、それじゃあ生まれてからずっとあの城にいたのかい!?」

 

 アイリは視線を落とす。その顔には悲しみの色が浮かんでいるようだった。

 

「私は聖杯戦争のために造られた人形だったから……。もちろん、何も知らないわけじゃないのよ。切嗣が映画とか写真とか、外の世界の出来事をいっぱい教えてくれたもの。でもこの目で本当に世界を見るのは、これが初めて……。だから、ごめんなさい。はしゃぎすぎちゃった」

 

 キャスターは沈黙する。自分が願うのは聖杯戦争での勝利だ。それはマスターにとっても切嗣にとっても最優先にするべきことだろう。しかし、今はいいのではないか。幸い、聖杯戦争は夜に開始されるものだ。昼間の今なら、幾分か時間はある。このマスターを楽しませる時間も十分に……。

 

「止めてくれ」

 

 急に車を止めるよう頼んだキャスターにアイリは驚いた。

 

「私とてこの町を歩くのは初めてだが、私でよければエスコートさせてくれ」

 

 キャスターから差し出された手を、アイリは取った。

 




なんか、私がアイリスフィールを書くとババ臭くなっているような気がするのは、気のせいだろうか。


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男の闘い

今回の話を見た人は「ありえねぇだろ」と思うかもしれません。


 波打ち際の海岸に立つと銀色に輝く月が海の波間に反射して、まるでこの世界を幻想へと誘っているかのようだった。

 

「素敵、まるで夜空の合わせ鏡みたい」

 

 夜風は冷たく、辺りには人影もない。この海岸はまさにキャスターとアイリだけの物であった。

 

 アイリは裸足になり波のところまで駆けていった。初めての海の感触が楽しいのだろう。そのまま少し歩き出した。

 

「殿方に付き添われて見知らぬ町を歩くのはとても楽しいわね」

 

「それは結構、夢魔の私としても君が喜んでくれるのは好ましい」

 

 さざ波は静かに浜へと打ち寄せている。

 

「キャスター、海は好き?」

 

「好きか、と問われると少し返答に困るね。どうだろう、嫌いではないかな」

 

 アイリは、本当は切嗣とここに来たかったのではないのかい。

 そう、キャスターが問うと、アイリは言葉を捻り出すようにして話した。

 

「……あの人は駄目よ。辛い思いをさせてしまうわ」

 

「もったいない。切嗣は君と過ごす時間を楽しまないのかい」

 

「あの人は幸福であることに苦痛を感じてしまう人だから……」

 

 波の音が辺りを包み込む。静寂の帳が降りたようだ。

 

 キャスターは気付いた。

 

「敵のサーヴァント?」

 

 その様子が分かったのか、アイリはキャスターに尋ねた。

 

「ああ、百メートル先から気配を漂わせているね。どうやら我々を誘っているらしい」

 

「律儀ね。戦う場所を選ぼうってわけ。お招きに与るとする?」

 

「少し骨が折れそうだけどね。望むところさ」

 

 

 

 

 

 埠頭に行くと、何処からか声が聞こえてきた。

 

「よく来たな、今日一日この町を練り歩いて過ごしてみたが、どいつもこいつも穴熊を決め込んでやがる。俺の誘いに乗ったのはお前だけだ」

 

 現れたのは一人の男、銀の軽装を纏った美丈夫だった。緑の短髪に、鋭い眼光。手に持つ青銅の槍を見るからに、クラスはランサーか、若しくはライダーと言ったところだろう。

 

「その杖を見るにキャスターか? しかし、剣なんぞ持って何の真似だ」

 

「それは今に分かることだろう。私がどうして強いのかもね」

 

 ほざけ、と言って男は槍を構える。距離は十数メートルあるというのに、放たれた殺気が鋭く刺さる。どうやら敵に距離が遠いということはないらしい。

 

 ピンと緊張の糸が張られる。アイリの手は汗がにじみ、呼吸は浅くなる。傍から見ていてそうなるのだから、対峙している二人はどれだけのプレッシャーを感じ取っているというのだろう。

 

 瞬間が一生に感じる空間。空気が粘着し、今か今かと体が震える。

 

 動いたのは両者同時だった。

 

 杖を掲げ魔術を行使するキャスター。それを読んでいたのか、男は地面を低く走り、飛んできた光弾を槍で弾き飛ばした。振り落とされる槍。その先端には無防備に構えるキャスターが……。

 

 ゴィィィイインッ。

 

 堅いもの同士がぶつかりあって弾かれる音。

 

「ああ、言わなかったけ。流石に無防備で来るのは危ないから、事前に魔術で対策を打たせてもらったよ」

 

「この魔術師がぁあ!」

 

 決闘を汚されたと感じたのだろう。男は切れた。振り回す槍の速度がどんどん上昇していく、どうやら力業でキャスターの障壁を破るつもりらしい。そんな男を前にして、キャスターは全く臆することなく片手に持った剣を振るう。

 

 ドゴォオ。

 

 衝撃波がアスファルトを砕き、埠頭に積まれたコンテナ群へぶつかる。ランサーは紙一重でその剣をかわし、身を引いていた。

 

「……どうやら、その剣は飾りじゃないみたいだな」

 

「言っただろう。見ての通りさ」

 

 チッ、と舌打ちするランサー。キャスターなら白兵戦は苦手と踏んで距離を詰めたが、どうやら相手にはあまり意味がないらしい。なんといっても、障壁が邪魔くさい。あれほどの防御力を持つものは余程の時間をかけたか、余程の実力があるかだ。キャスターの剣を受けたところで傷一つ負わない自信はあるが、なんだかきな臭い。あのキャスターは何か、まだ奥の手がありそうだ。

 

 距離を取りつつ、攻撃を繰り返そうと決めた男は先ほどと同じように構えた。

 

「距離をとっていいのかい」

 

 男の下へと幾つもの光弾が雨あられと降り注ぐ、そのどれもが意味がないことを感じ取った男は光弾を体で受けることにする。向かうは一直線に、キャスターのもとへ。稲妻のごとき疾駆する男の突進は音を超え、光に迫った。

 

 ギィイイイイン。

 

 障壁にぶつかり、鈍い音が響き渡る。男は障壁が破れぬものではないことを知っている。魔術師は彼の時代にも居た。いくら技が優れていようとこの世に壊せぬ魔術はない。彼はそれを信じ、突き進んだ。それに対応してキャスターは剣を振るう。

 

 ズパッ。

 

 張り詰めた水風船を裂いたかのような音。空虚が支配する埠頭の中に突如その音はなった。

 

 ズパズパッ。

 

 続けて二度。男は自らの体を見ると、血が滴っているのを感じ取った。なぜ? 疑問を口にする前に男はその場を飛びのく。

 

 男は見た。キャスターの剣に血がついていることを。それは誰の血だ。間違いなく自分の血だ。何をした。まさか、こいつは神性を……。

 

「ああ、やはり神性だったか……。魔術を発動するのに時間がかかったよ」

 

 何、こいつは何を。武器に神性を付与したのか? そんなことがありえるのか。

 

「まあ、噛まなくてよかった。噛んだら台無しだからね」

 

 依然変わらずのほほんとした空気を纏うキャスターに、男は警戒心をあげた。

 




〇独自解釈ポイント
キャスターはこれぐらいできると思いました。


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潜む切嗣

 埠頭のとある場所で男と女は身を潜めていた。

 

「始まってるな」

 

 それは全身黒ずくめに銃で武装した衛宮切嗣と久宇舞弥の姿である。剣戟は遠く、攻撃の余波があたる心配のない場所に二人は立っていた。

 

「誰かが結界を張っている。おそらくは敵サーヴァントのマスターだろう」

 

「あの上からなら、戦場が隈なく隅々まで見渡せますが」

 

 舞弥の視線の先には赤いクレーンがあった。近場で戦いが行われていれば、それは本来の役目であるはずのコンテナを運ぶという行為には使用されず、物見台に使われるというのはある種の奇妙さを感じさせる。

 

「確かに、監視にはあそこが絶好だ。誰が見たってそう思うだろう。舞弥は東側の岸壁から周りこめ、僕は西側から行く。キャスターたちの戦闘と、それとあのデリッククレーンの両方をやれるポイントに付くんだ」

 

「分かりました」

 

 そう言うと各人は持ち場へ移動した。

 

 

 

 

 

 スコープ越しの視界は独特だ。自分が現実から剥離されたかのように感じられる。そこから覗ける命は近くに見えるというのにどこよりも遠く、引き金を引けばそれで終わるのだと考えると、どこか達観めいたものがその身に宿った。

 

 切嗣はキャスターたちの戦いが見えることを確認すると、敵マスターがいないか探 した。

 

「ふっ。舞弥、キャスターたちの北東を見ろ。そこに敵のマスターがいる。見えるか?」

 

 切嗣と舞弥は事前に身に着けていた無線で連絡をとる。

 

「いえ、私の位置からは死角のようです」

 

「分かった。こちらで仕留める」

 

 そう言って弾をこめた矢先だった。突如感じる違和感。自らが英霊に近い存在になっているのが理由なのだろうか。すぐそこに英霊の力があるのを感じた。

 

 振り向くと、スコープ越しに中国服を着た白髪の老人が立っているのを見た。運よく、そのサーヴァントはキャスターたちの戦いを見るのに夢中なのかこちらに気付いた様子はない。

 

「こちらも視認しました」

 

「このままひとまず様子を見よう。引き続きそのサーヴァントを監視してくれ。僕はもう片方をやる」

 

「私がそのサーヴァントに攻撃を仕掛けて注意を引き付けているその隙に、敵のマスターを」

 

「駄目だ、舞弥。あそこに陣取っているのがサーヴァントなのが問題だ。今僕たちには対サーヴァント戦の備えが十分でない」

 

「分かりました」

 

 

 

 

 

 キャスターと男の戦いは膠着状態に陥っていた。障壁を身にまとうことでダメージを受けずに済んでいるキャスターに対し、決定打をもらわないように立ち回ることで実質の損傷はないに等しいランサー。どちらも互いの実力を知り、油断のならない敵だと認めていた。

 

(私としては幻術が効かないのが苦しいところか……)

 

 キャスターは幻術をAランクで取得しており、その威力は目の前にいる者へ全く違う光景を見せることさえ可能だった。しかし、目の前のサーヴァントにはそれが効いていない。

 一見障壁によって優位を取っているかのように見えるキャスターだが実際は違う。障壁のおかげでようやく五分に立っているのだ。そしてその均衡を敵が上回ることはあっても、キャスターが上回ることはない。なぜならキャスターの場合、奥の手とも言える宝具が攻撃用ではないからだ。

 

(ジリ貧だ。できれば逃げたいところだが)

 

 戦闘も一息つき、お互いは立ち止まった。

 

「魔術師といって侮っていたが、中々剣の技も映えてやがるな」

 

「そういう君も速さだけに頼りをおいた戦法ではなく、技巧を凝らした立ち回り。いやいや強いねぇ」

 

「じゃれあいはそこまでだ、ライダー」

 

 魔術を使っているのだろう、ライダーのマスターの声がどこからか響いてくる。

 

「ライダーのマスター!」

 

「これ以上勝負を長引かせるな。そこのキャスターは難敵だ。速やかに始末しろ。宝具の開帳を許す」

 

「了解した、マスター。俺もいい加減ケリを付けたかったんだ」

 

 ピューーーイ、とライダーが口笛を吹くと、空をかけて三頭立ての戦車が舞い降りてきた。強烈な神秘を纏った馬が二頭、そして力強き馬が一頭。銀の車体は荒れ狂う暴風を感じさせるかのようなフォルムだ。正に宝具、正に奥の手。

 

 ライダーは戦車に颯爽と飛び乗ると、槍を構え走らせた。

 

疾風怒涛の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)。さぁ、受けてみろ」

 

 風を裂き、大地を踏み砕きながら戦車は進む。

 その先にいるキャスターは花咲き乱れる野原に立つようにほほ笑んでいた。

 




ライダーがライダーぽくない。


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魔術師の憤慨

2/2加筆修正しました。


「王の話をするとしよう。そこは壁もなく城もなく、国すらない始まりの空。地の底で輝く原初の星。魂の在り処を見せようか」

 

 詠唱をすると共に急速にキャスターの下へ魔力が集まっていく。その輝きはライダーの宝具にも勝るとも劣らない。月光の光量を遥かに凌駕したその光は神秘的であると同時に異質だった。

 

永久に閉ざされた理想郷(ガーデン・オブ・アヴァロン)

 

 果たしてそれは完成した。殺風景なアスファルトに花が芽吹き、どこからともなく爽やかなそよ風が吹いてくる。剣呑とした空気は霧散し、マーリンを包み込むようにして塔が立つ。ああ、これが。これこそが理想郷なのだ。

 

「何をした、キャスター!」

 

 周囲の空間が変わろうとも突き進むライダー。車輪は回転し突撃の威力をあげていく。敵の宝具の正体も分からず、勇んで進む姿は勇猛というより、無謀であった。

 

「なに、単純なことさ。空間の展開だよ」

 

 ライダーの戦車が塔ごと踏み抜かんと進撃する。稲妻が奔り空気が集束する。空を駆け、天に轟くその衝撃はキャスターの塔を砕き――――――――はしなかった。

 

「何だと!?」

 

 驚くライダー、それも当然だ。何せ、塔に当てようと駆けた戦車が、塔に当たる瞬間に止まってしまったからだ。これには戦車を引く馬たちも驚いたようで必死に足を動かしているが一向に戦車は進まない。

 

「ははは、無駄さライダー。この空間を一度展開してしまえば、誰しもが矛を収めるしかない。この空間にいる者は傷が癒え、あらゆるものを傷つけることができなくなってしまうんだ」

 

「小癪な真似をしやがるな。キャスターよ!!」

 

「こうでもしないと私が負けそうだったからね」

 

 

 マーリンとアキレウスは再び相対する。しかし、依然として状況は好転しない。どちらも宝具を使用したというのに決着はつきそうになかった。

 

(相手はトロイアの英雄アキレウスだったのか。これはまた分が悪い。逃げるとするか)

 

 キャスターは塔から降り立つと、アイリを担ぎ逃げ出した。アイリの豊満な胸が背中にあたるがそこは気にしない。

 

 それを追おうとするライダーだが、マスターから止めがはいる。

 

「ライダーよ、相手にするな! 逃げる臆病者は逃げさせておけ、あのようなものは次会う事もなくそこらの雑魚にやられるであろう!」

 

 普段とは違うことを言うマスターにライダーは違和感を持ったが、マスターに歯向かうのは自分の忠義に反すると考え、その言葉におとなしく従った。

 

 ライダーは霊体化し、その場を去る。もし実体化したままであったらあまりに強く握りすぎて手から血がにじみだしていただろう。屈辱的だ。見事に弄ばれてしまった。

 

 (次会うときは覚悟しておけよ、キャスター)

 

 花は散り、静寂が舞い戻った。あとに残るのは破壊されたコンテナや、抉れたアスファルトのような、戦いの傷跡のみであった。

 

 

 

 

 

「いや~、危なかった」

 

 危機的状況から脱したキャスターは戦場から十分に距離をとると、抱えていたアイリを脇に下ろした。

 

「まさか、ライダーのマスターが見逃してくれるなんて、驚いたわ」

 

「それには十分種も仕掛けもあるのさ、マスター」

 

キャスターは説明する。

 

 キャスターの幻術はライダーには通用しなかった。では、ライダーのマスターはどうであろう。ライダーのマスターは姿が見えないが声は聞こえる、ということは、どこからかこの戦いを見ているはずだ。そこでキャスターは見た者の自尊心を存分に煽る幻術を使った。結果は上々。冷静さを失ったマスターは見当違いの命令をライダーに出し、ライダーはそれに従った。

 

「というわけなのさ」

 

 説明を聞いたアイリは目をぱちくりとさせている。まるで赤子が逆立ちをしている様子を目撃したときの母親のようだ。

 

「あなたってすごいのね」

 

 キャスターは称賛を受け取り照れた仕草をとる。それはもう嬉しそうに、べた褒めされて照れている子どものように照れた。嬉しいことは大げさに楽しいことは全力でがキャスターのモットーなのだ。

 しかし、その間にも胸中を満たしていたのは強烈な違和感だった。

 

(この聖杯戦争には何かがある気がしてならない)

 

 本来なら英霊ではないキャスターが聖杯戦争に出てきたのもその違和感を突き止めるためだった。

 

(何事もなく終わればいいが……)

 

 月に雲がさし、地上に影を落とす。夜風はどこか冷たく、触れる者の心を冷やす。そんな夜に、キャスターは不穏な気配を感じずにはいられなかった。

 




そろそろ語彙力の危機。

〇独自解釈ポイント
キャスターの「永久に閉ざされた理想郷」の効果。
マーリンを中心に花が咲き乱れる空間を展開する。マーリン自身は塔の中に立てこもる。花が咲いている場所にいるものは、傷が癒え、傷つけることができなくなる。


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第一日・続
綺麗の信託


この話からまたstaynightになります。


 士郎と凜は教会へ行ってきた。そこで荘厳な礼拝堂には似つかわしくない、不吉な神父言峰綺麗と出会った。聖堂教会に属するというのに、魔術を習っていた偏屈者の彼は、衛宮士郎という人間の神経を逆なでした。

 

 思い出したくもないが、忘れもしない。

 

「――――喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う」

 

 そう信託を下すように神父は言った。

 

 その言葉を言われたとき、俺の頭にガーンと横殴りされたかのような衝撃が走った。同時に襲い来る底冷え。その言葉は。自分でも気づかなかった、衛宮士郎の本心ではなかったか。

 

「――なにを、いきなり」

 

 咄嗟に俺はそう言った。認めたくなかったのだ。なによりこいつに言われたのが気に食わない。

 

「判っていた筈だ。明確な悪がいなければ君の望みは叶わない。たとえそれが君にとって容認しえぬモノであろうと、正義の味方には倒すべき悪が必要だ」

 

「っ――――――――」

 

 目の前が、真っ暗になりそう、だった。

 神父は言う。

 衛宮士郎という人間が最も崇高な願いと、最も醜悪な望みは同意であると。

 ……そう。何かを守ろうという願いは、

 同時に、何かを犯そうとするモノを、望むことに他ならない――――

 

「――おま、え」

 

 けど、そんな事を望むはずがない。

 望んだ覚えなんてない。

 あまりにも不安定なその願望は、

 ただ、目指す理想が矛盾しているだけの話。

 だというのに神父は言う。

 この胸を刺すように、〝敵が来てよかったな〟と。

 

 今はもう教会の外だ。神父の姿も見えない。だというのに何だろう。この居心地の悪さは。

 

「大丈夫か、マスター。顔色が悪いようだが」

 

 外で俺を待っていたセイバーが声をかけてくれる。

 ふと、気になった。セイバーならどう答えるだろう、と。

 この男の願いは「自分の正義を貫きたい」だった。だったら、この問いにも答えをすでに決めているんじゃないか。

 縋るような気持ちで口に出そうとした言葉を寸前で俺はのみ込んだ。

 いや、やめよう。これは俺の問題なんだ。俺が答えを出さなくてはいけない。

 

 とりあえず、方針は決まったんだ。俺は他のマスターが叶えようとする邪な願いをやめさせる。ただそれだけに思いを集中させればいい。

 

「行きましょう。街に戻るまでは一緒でしょ、わたしたち」

 

 言うだけ言ってさっさと歩きだす遠坂。その後に続いて、俺たちも教会を後にする。

 

 

 

 

 

 三人で坂を下りていく。遠坂が前で、セイバーが俺の後ろ、俺はその間だ。来た時もそう話した方じゃないが、帰りは一段と会話がない。

 その理由ぐらい、鈍感な俺でも分かっていた。教会での一件で、俺は本当にマスターになったのだ。

 ああ、そうだ。遠坂に聞いておかないと、

 

「遠坂と俺で同盟を組まないか」

 

 バッと振り返る遠坂。その顔は驚きを隠せないでいる。

 

「何言ってるのよ。……いや、でも」

 

 ブツブツと遠坂が呟きだした。なんだろう、目の前で呟かれるというのは何を言われている訳でもないだろうけど意外と心にくるものがあるな。

 

「目的は?」

 

「え?」

 

「同盟を組む目的よ。まさか何も考えていないってわけ?」

 

「ああ、目的か。当面の目的は敵サーヴァントが来たら協力して倒すこと。最終的には遠坂が聖杯を手にすればいい」

 

「え!」

 

 後ろでセイバーは黙っている。こういうとき何か思う事があれば言ってくれるやつだから、黙っているという事は賛成しているという事だろう。でも、一応訊いてみるか。

 

「セイバーはどう思う?」

 

「マスターの意見に賛成だ。凜なら聖杯を悪く扱わないだろう」

 

「あなたたちそれでいいの? 聖杯に願う願いもないわけ」

 

「ああ、俺はない」

 

「俺もない」

 

 うーん、と凛は唸った。俺の言葉を信用していいのか悩んでいるのだろうか。

 

「……分かったわ。組みましょう、同盟」

 

 しぶしぶといった感じで凜は承諾した。

 




私の士郎は情緒がかけている。

原作ではすぐには同盟を組まないけど、そんなに出てこない発想ではないと思うんだが、組みたくない理由でもあったんだろうか。


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魔術師の帰り道

 夜の街灯が立ち並んでいる。光を放っているはずなのにどこか心もとないのは、光量が少ないからか。光が届かない薄暗いところの中に何かが潜んでいるかもしれない。そんな気がするからか。

 

「遠坂。お前のサーヴァント、大丈夫なのか」

 

「え……? あ、うん。アーチャーなら無事よ。……ま、ランサーにやられたダメージは簡単に消えそうにないから、しばらく実体化はさせられないだろうけど」

 

「じゃあ、そばにはいないのか」

 

「ええ、私の家で匿っている状態。いま他のサーヴァントに襲われたら不利だから、傷が治るまでは有利な場所で敵に備えさせてるの」

 

 なるほど。うちはともかく、遠坂の家なら外的に対する備えは万全なんだろう。魔術師にとって自分の家は要塞のようなものだ。そこにいる限り、まず負けることなどない。

 逆に言えば、ホームグラウンドにいる限り、敵は簡単には襲い掛かってこないという事か。

 ……うむ。うちの結界は侵入者に対する警報だけだが、それだけでも有ると無いでは大違いだし。

 

 歩く途中で俺は遠坂に幾つか質問した。同盟相手だし今後とも持ちつ持たれつの関係になるんだから、親睦を深めるためにもってやつだ。まぁ、本当は単純に疑問に思っただけなんだけど。

 

 その会話の中の内容をまとめるとこうだ。

 サーヴァントの真名を人に明かすな。

 言峰綺麗は信用するな。

 

 綺麗を信用してない。遠坂からその台詞が出てきたことに驚きはしたがホッともした。それでも、なんとなくその台詞には、神父への親しみが含まれている気がした。

 

 そうして橋を渡る。

 

「遠坂の聖杯にかける願いってなんだ」

 

「同盟を組んだ後にそれを訊くの? 衛宮くんって魚を尻尾から食べる質?」

 

 なんか、聞きなれない言葉が出たぞ。魚を尻尾から食べる。過程をすっとばして結論から物事を進めようとする、ってことか……?

 

「私の願いはないわ」

 

「遠坂もだったのか」

 

「なんでそこでちょっと嬉しそうなのよ」

 

 いや、安心した。話を聞く限りだと聖杯というのは、本当に何でも叶うらしいじゃないか。それに願いを託さないという事は芯が強い証だろう。

 

 不思議と、隣りを歩く遠坂の顔を見ようとは思わなかった。

 今は遠坂の顔を見るより、こうして一緒に夜の橋を歩く方が得難いと思う。いや、同盟を組んだのだから、このような機会はまたあるのか。

 本当なら俺が正規のマスターになったときに、協力関係は終わりって言われるかもと心配していたんだ。でも今はこうして、俺と遠坂とセイバーで並んで歩いていける。

 

 交差点に着いた。それぞれの家に続く坂道の交差点、衛宮士郎と遠坂凛が分かれる場所。

 

「ここでお別れね。どう、行動するかとか、詳しい話は明日からにしましょ」

 

「ああ」

 

「もし、サーヴァントがやられたら迷わずさっきの教会に逃げ込みなさいよ。そうすれば命だけは助かるんだから」

 

「それは気が引けるけど、一応聞いておく。けどそんな事にはならないだろ。どう考えてもセイバーより俺のほうが短命だ」

 

 冷静に現状を述べる。

 

「――――ふう」

 

 謎のリアクションを見せる遠坂。彼女は呆れた風に溜息をこぼした後、ちらり、とセイバーを流し見た。

 

「衛宮くんはもうちょっと自分の命を大事にした方がいいわ」

 

 何を言っているんだ、遠坂は。そんなことは言うまでもないことだろうに。

 

 くるり、と背を向けて歩き出す遠坂。

 

「――――」

 

 だが。幽霊でも見たかのような唐突さで、彼女の足はピタリと止まった。

 

「遠坂?」

 

 そう声をかけた時、左手がズキリと痛んだ。

 

「――――ねえ、お話は終わり?」

 

 幼い声が夜に響く。歌うようなそれは、紛れもなく少女の物だ。視線が坂の上に引き寄せられる。いつのまにか雲は去ったのか、空には煌々と輝く月。

 

 ――――そこには。

 

 伸びる影。ほの暗く青ざめた影絵の町に、それは、あってはならない異形だった。

 

「――バーサーカー」

 

 聞きなれない言葉を漏らす遠坂。……追求する必要などない。アレは紛れもなくサーヴァントであり、同時に――十年前の火事をなお上回る、圧倒的なまでの死の気配だった。

 

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 

 微笑みながら少女は言った。その無邪気さに背筋が凍る。

 なぜ今、どうしてこのタイミングで。もちろん狙っていたのだろう。疑問の余地もないほどにその登場は悪意的だ。

 

「――――」

 

 傍らのセイバーに視線を向けたくなるが、体が凍っている。アレは化け物だ。視線さえ合っていないのに、ただ、そこに在るだけで身動きがとれなくなる。

 

 圧倒的なまでの力を孕んだその存在に嫌というほど俺はくぎ付けになっていた。

 




ちらほら原文そのままパクっています。
あかんかな。


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狂戦士の闘争

 少しでも動けばその瞬間に死んでいるだろう、と当然のように納得できた。むき出しの腹に、ピタリと包丁を押し当てられている感覚。……手が鉛のように重くなり、足が棒になる。自分はこの場で動く資格がない。動くにはあまりにも弱すぎる。

 

「――――やば。あいつ、けた違いだ」

 

 震えている俺とは違い、遠坂には身構えるだけの余裕がある。……しかし、それも僅かな物だろう。背中越しだというのに、彼女が抱いている絶望を感じ取れるんだから。俺がなにかできれば――。

 

「あれ? なんだ、あなたのサーヴァントはお休みなんだ。つまんないなぁ、二匹いっしょに潰してあげようって思ったのに」

 

 坂の上、俺たちを見下ろしながら、少女は不満そうに言う。……ますますやばい。あの少女には、遠坂のサーヴァントが不在だという事も見抜かれている。

 

 ――と。少女は行儀よくスカートの裾を持ち上げて、とんでもなくこの場に不釣り合いなお辞儀をした。

 

「はじめまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわかるでしょ?」

 

「アインツベルン――――」

 

 その名前に聞き覚えがあるのか、遠坂の体がかすかに揺れた。そんな反応が気に入ったのか、少女は嬉しそうに笑みをこぼし、

 

「じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」

 

 巨体が飛ぶ。バーサーカーと呼ばれたモノが、坂の上からここまで何十メートルという距離を一息で落下してくる――――!

 

「――――マスター、下がっていろ」

 

 セイバーが駆ける。灰色の髪が翻り、視界が一瞬閉ざされる。

 

 二つの衝撃が混ざり合う。

 バーサーカーの落下地点まで駆けるセイバーと、旋風を伴って落下してきたバーサーカーとは、全くの同時だった。

 

「っ…………!」

 

 空気が震える。岩塊そのものとも言えるバーサーカーの大剣を、セイバーは銀の大剣で受け止めていた。

 

 夜をつんざく衝撃。はちきれんばかりの剛腕によってくりだされた一撃は、隕石でも落ちたかのように戦いの余波を辺りにまき散らす。クレーターの中心にいるセイバーは押しつぶされたかと思ったが、かろうじて立っていた。俺は震える骨で理解するしかなかった。お互いの間に広がる圧倒的膂力の差を。

 

 繰り出される連撃。剛撃は束となり嵐となる。セイバーを襲う猛打は徐々にセイバーを追い詰めていく。荒れ狂う侵略。バーサーカーが振り下ろす石斧には技巧を感じられない。人類が強いものに勝つために積み上げてきた技術。そんなものは圧倒的な力の前には無力なのだ、と言わんばかりの無茶苦茶だ。

 

 セイバーはしかし食らいつく。圧倒的な力の前に屈しはしなかった。人類が挑むべき天災。それを前にして絶望するでも悲願するでもなく、勝利への一歩を、敵を屠るべく前進を、その体は成し遂げたのだ。

 

 それは確かに一瞬の出来事だった。時間にして一秒にも達しないだろう。瞬きと瞬きの間。その奇跡は起きた。

 

 下段から振り上げられるセイバーの一撃。乾坤一擲。その刃はバーサーカーの腰元から首にかけてを奔り抜ける。

 

 ズバッ。

 

 ――――喝采は絶望に砕かれた。身を後ろに傾けその一撃を浅く受けるバーサーカー。そして回転、からの蹴り。バク転の形で宙へ浮かびあがったバーサーカーは地に着く前に、蹴りを繰り出す。

 

 セイバーの喉元を抉るかのように突き上げられる。剛撃。一撃一撃が必殺のそれは決して油断していたわけではないセイバーを苦しめる。一撃を防ぐセイバー。しかしそれでは終わらない。剣をもつ両手を蹴り上げられた、セイバーは攻撃などするべきではなかった。踏み込めたことはチャンスなどではなかった。それは死の宣告だった。たかをくくると殺す、と。

 

 迫る二撃目。二本目の足がセイバーの顔を踏みつけた。

 

 ドッォゥン。

 

「――――えっ?」

 

 瞬間、セイバーは吹き飛んだ。はるか後方で、ドサリと物が倒れる音。目の前から戦いが去り、希望を失う。当然、戦うべき相手を失った狂者は新たな敵を打ち滅ぼさんと走るわけで、――――俺の前に絶望が現れた。

 

 巨躯。この言葉がこれほど当てはまる者も他にいないだろう。二メートルは優に超えている。人体の限界を超えたかのような肉体。筋肉の隆起などは一つ一つが破壊に対する誠意に満ち満ちていて、その集合体はまさしく破壊の権化とでもいうべき存在だ。

 

「あ…………」

 

 死ぬ。間違いなく自分はここで終わりだ。十代半ばといったところで終わるのは無念だ。自分はまだ何も成し遂げていない。何もなせなかった人間だ。俺は求めていたものの影さえ見ずに終わるのだ。正義に憧れ、正義に準じようとした。しかし、そんな俺は圧倒的な力の前で終わりを迎える。

 

 ふざけるな!

 

 振り上げられる巨腕。それは瞬時に目の前の物体を肉塊に変えるかと思われたが――――。

 

 バンッ。

 

 それは突如飛来した一つの物体によって止められた。それを目視できたものはいないだろう。誰の意識にもとらわれない、予期せぬ攻撃の来訪。文字通り面食らったのはバーサーカーだ。バーサーカーの頭部は肉が抉れ、骨が拉げていた。

 

 俺を後ろに引っ張る遠坂。未だ混乱の中にいた俺は、数秒が経ってからそれがアーチャーの射撃によるものだと気づいた。

 

「遅いわよ、アーチャー。危うく死ぬところだったじゃない」

 

 そうだ死ぬところだった。でも、それももう終わりだ。俺はバーサーカーの死体を見る。理不尽なほどの暴力は過ぎ去ったのだ。これでもう恐れることはない。いつのまにか手の震えも消えている。イリヤ……と言ったか、彼女に聞きたいこともあるんだ。

 




放浪息子という漫画を全巻買い読み進めています。おすすめです。

セイバーの行動に関しては直観もってないしこんなものかと。


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士郎の昏睡

「……ふうん。見直したわリン。やるじゃない、アナタのアーチャー」

 

 どこにいるのか、楽しげな少女の声が響く。

 

「いいわ、戻りなさいバーサーカー。つまらない事は初めに済まそうと思ったけど、少し予定が変わったわ」

 

 ……黒い影が揺らぐ。ありえないことに巨人は少女の言葉に応えた。バーサーカーの方を見ると、潰れていた顔が元に戻っている。死んだ者が生き返る、そんな魔術もあるのかもしれない。でも、それだったらバーサーカーを倒すことなんて………。

 

「――なによ、それ。ここまでやって逃げる気?」

 

 遠坂の声は震えていない。去ったはずの猛威が再び目の前に現れたことに対して、驚きはあっても怯えはないようだった。

 

「ええ、気が変わったの。セイバーはいらないけど、アナタのアーチャーには興味が湧いたわ。だから、もうしばらくは生かしておいてあげる」

 

 巨人が消える。白い少女は笑いながら、

 

「それじゃあバイバイ。また遊ぼうね、お兄ちゃん」

 

 そう言い残して、坂の向こう側へ消えていった。

 

「…………」

 

 それで、突然の災厄は去ってくれた。口ではああ言っていたが、遠坂もあの少女を追いかける気はないのだろう。俺にだって見逃してもらえたと判るのだ。なら、あの遠坂がわざわざ無謀な戦いを挑むとは思えない。

 

 「マスター。負けてしまってすまない」

 

 坂道の下からジークフリートが駆けてきた。その体に傷はなく、俺は疑問を抱いた。

 

「セイバー、傷は?」

 

「ああ、見ての通り大丈夫だ。俺は並みのサーヴァントより頑丈でな。それよりマスターの怪我はないか。俺はそれが心配だ」

 

「……。ああ、俺の方も怪我はない。――――!」

 

 それは地面に転がるアーチャーの矢を見たときにおこった。

 それは何の変哲もない矢であるはずだった。屈強なバーサーカーを撃退した矢。何故、そこまで気になったのかは、自分でも分からない。それが魔力の残滓となって散っていく。跡形もなく消える様は熱に溶ける飴のようでもある。その感覚――。

 

 それが――――

 

 ――――理由もなく、吐き気を呼び起こした。

 

「――マスター、今のは」

 

「……アーチャーの矢だ。それ以外は、判らない」

 

 顔をあげ、遥か遠くのアーチャーに視線を移す。未だ姿を見たことがない彼は、見えるはずがないのに微笑んだ気がした。

 

「衛宮くん、無事?」

 

 ……遠坂が駆けよってくる。それに、無事だ、と手をあげて答えた。さっきの違和感に妙な心残りはあるが……。

 

「そう。なら私たちも行きましょう。結構ハデにやったんだから、騒ぎを聞きつけて人が来るわ」

 

 じゃあね、と長い髪をなびかせて、遠坂は坂道を遠坂邸の方へかけていく。

 

「――――――――」

 

 それに続いて自宅のほうへ行こう、と地面を蹴った瞬間。目の前が真白くなった。

 

 

 「マスター……!?」

 

 ……倒れる体を支えてくれる感触。それもすぐに消えて、あっけなく、ほとんどの機能が落ちてしまった。――――残ったのは、この鼓動だけ。何が癪に触って、何が気になっているのか。……意識は落ちようとしているのに、熱病めいた頭痛だけが、鼓動のように続いていた。

 

「衛宮くん、大丈夫なの」

 

 その異変に気付き、凛は坂道を戻ってきた。しかし、既に士郎の意識はなく、ただセイバーの片腕にうなだれているだけだった。微かに聞こえる寝息が大事はないことを伝えてくれる。

 

「なんだ、意識を失っただけみたいね」

 

 それなら大丈夫か、と凜は考える。だけど、一応のことは考えて衛宮くんを家まで送ろう。そんな考えも凛の中に浮かび、凛はそちらを選ぶことにした。

 

「アーチャー。私、衛宮くんを家まで送ることにしたわ、付いてきてね」

 

 パスを通じて、一方的に告げられた命令にアーチャーは答えた。

 

「ああ、マスター。その心意気は素晴らしいものだ。だけど、すまねぇ、今それどころじゃないものを目撃してな」

 

「なによ、それ」

 

アーチャーは自分も困惑しているといった調子で続ける。

 

「マスターたちが教会に行っている間に、遠坂邸が全壊した」

 

「……何ですって?」




なんとかこじつけながら士郎には無限の剣製を使えるようになってもらいます。
だって、そっちの方がかっこいいんだもの。


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アーチャーの視察

 士郎が教会にて嫌な信託を綺麗からさずかっているとき、アーチャーは遠坂邸にいながら千里眼によって凛たちの動向を見守っていた。魔術師の家というものはすなわち工房だ。迫りくる外敵から身を守るためにあるもの。それを打ち破ってくる者も偶にはいるが、それでも足止め程度にはなるし、たとえ効果をなさないとしてもあるというだけで攻めたいとはあまり思わなくなるものだ。その守りに頼ることでアーチャーは自分の回復をも行っていた。

 

 アーチャーは家屋の屋根の上に立っていた。眼下には遠坂邸の鬱蒼とした庭から、新都内のビル群にわたり、隣町の家々までが広がっている。アーチャーの千里眼であれば、隣町と言わずこの市から出たところまで見渡せるのだが、それはやめていた。凛から聞いた話によると、マスターというのはここ冬木の地に集まるのが常識だからだ。何も凛から聞いた話を鵜呑みにしているわけではなく、アーチャーも聖杯戦争が始まったというのに冬木の地以外の場所にいるような下策をとる者はいないだろう、と考えていた。

 

 サーヴァントの召喚に神話の戦闘。非日常的でかつ危険な行いが起きているというのに、町はやけに静かだった。その静けさはそのまま遠さとして心に現れる。今となっては神話の時代。かつてのペルシャには似ても似つかない光景が広がっているが、どこか妙な親しみを覚えていた。それはいつの時代にも人の住まう場所には守るべき民がいるからだろう。

 

 この戦いでも民を犠牲にはしない。アーチャーにとっては当たり前のそれだが、聖杯戦争というのは酷なものだ。最たる例が魂食いだ。英霊は人間霊に性質が近いため、生きた人間の精神や魂を食うことで自身の魔力の強化・補充が可能なのだ。そんなことをやってはならない、とアーチャーは考えている。運のいいことにそれはマスターである凛も同じであった。

 

 それ以外にもただサーヴァントが戦うというだけで、その余波に巻き込まれ人が死ぬこともある。宝具なんてものを使えば尚更だ。

 

 アーチャーは自身の宝具について思いを巡らす。自身の宝具も恐ろしい威力を秘めている。かつて世界に神秘が満ちていた頃は国境を作ったほどだ。そののちに自分の五体は四散してしまったが……。

 

 ふと、アーチャーは埠頭の方に魔力の高まりを見た。究極の魔力の集結、迸る光。あれはまさしく宝具の輝きだろう。宙に闘気を放ちながら飛ぶ戦車が、野花あふれる理想郷を駆けている。その中央に立つ塔の頂には腰元まで垂らした白い髪が特徴的なキャスターと思わしき人物がいる。そこに疾風迅雷のごとく加速したライダーが突っ込んだ。

 

 しかし、衝撃はあたりに轟かず、驚いたことにキャスターは無傷のようであった。

 

 アーチャーの目はその近くに銃を持った人が二人、中国服を着たサーヴァントと思わしきものが一人、そして魔術師が一人いることにも気づいた。

 

(狙うか)

 

 アーチャーは考える。この距離であればサーヴァントらしき中国服を正確に射貫くことは可能だ。しかし、この人物が本当にサーヴァントなのかは分からない。ただの一般人ということはないだろうが、もしかしたら何かのマスターかもしれない。できれば、無益な殺生をしたくない、という点でマスターを撃ち殺すのは避けたかった。

 

 サーヴァントの気配、それに考えを巡らせたとき、アーチャーは気付いた。今までに気配を感じていなかったところからサーヴァントの気配を感じ取っていることに。それも足元だ。なぜ、今? 疑問を抱くと同時にアーチャーは屋根から飛びのき、隣の家へと移った。

 

 アサシンだろうか。気配遮断のスキルをもつアサシンであればここまで接近を許したのも分かる。だが、気配遮断のスキルが途切れるのは攻撃に移る瞬間だ。姿も現していないのに気配だけを現す意味が分からない。

 

 混乱の渦中にあったアーチャーを更なる混乱が襲った。

 

 緑色の長髪が特徴的な立ち姿の美しい人がそこには立っていた。

 

 ――ランサーだ。

 

 激戦の末、なんとか撒いたランサーが遠坂邸の玄関の内側に立っている。扉があいた音がしなかったことから、飛び越えたのだろう。ランサーはアーチャーと戦ったときとは違い、なぜか微笑んでいる。

 

 弓を構えるアーチャーだが、ランサーの視線が遠坂邸に向かっていることに気付き、その手を止める。どうやら、自分が正体の分からない謎のサーヴァントに対してランサーは目星がついているようだった。

 

「出てきなよ、ギル。隠れ潜むなんてことは君の性にあわない」

 

 鈴の音が鳴るような涼し気な声を発したランサーは燻る闘気を静かに立ち昇らせていた。

 

(ギルガメシュだと……!?)

 

 人類最古の英雄にして王。 あらゆる英雄の原点にして頂点。その存在が突如として遠坂邸に現れたというのか。

 

「ふむ。そう焦るな、我が友エルキドゥよ」

 

 遠坂邸から現れた金色の鎧に身を包みし男はそう言った。その言葉にまたもやアーチャーは耳を疑った。

 

(――エルキドゥ!?)

 

 そのギルガメッシュと同等に渡り合ったとされる神々に作らし兵器。その英雄と自分が戦っていたことにアーチャーは驚いた。

 

 両者は微笑みながら闘気を昂らせていく。戦闘がおこるのは必至と言えた。

 

 災厄が起きそうな予感を抱きながらアーチャーはその場から静かに離れることを決意した。

 




千里眼Aの未来予知と直感Aの未来予知は大体一緒のものと考えていいんでしょうか。
ちょっとした先しか見れない、ということでいいんでしょうか。
蒼銀のフラグメンツを読めばはっきりするんだろうけどなぁ。


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ギルガメッシュの愉しみ

 遠坂時臣は慌てていた。弟子の言峰綺麗が最優のセイバーを召喚したことは嬉しいといえば嬉しい誤算であったが、自分の召喚したギルガメッシュいわく、この聖杯戦争にはギルガメッシュに匹敵するサーヴァントがいるという情報があり、王が本気を出してくれて嬉しい反面、この聖杯戦争で簡単に勝つことが難しくなったことから喜んでもいいのかわからなかった。さらに大変なのは、そのサーヴァントが遠坂邸に乗り込んできたというのだ。

 

 喜色満面。それはさも嬉しそうに体中から闘気を奔らせて金のアーチャーは遠坂邸の窓から出ていった。

 

 今は恐る恐る窓から様子を見ている時臣だが、その頭の中には逃げるか否かの考えが渦を巻いていた。ギルガメッシュの言が本当なら両雄が本気を出したらこの遠坂邸は無事では済まない。しかし、王の手前仮にも臣下の礼を取っている自分が王より先に逃げてもいいのかどうか。

 

「我の前に立つのが相応しいのは後にも先にもお前だけだ。今宵はどのような用件でこの場に足を運んだのだ? いや、言葉を発することすら無粋だったな」

 

「ああ、僕らの前に言葉はいらない。一度会ってしまえば、そこが戦いの場になることは必定だ」

 

 両雄が立ち昇らせる闘気は夜の冷気と混ざり合い次第に周囲に充満していく。刺さるようなその気は近づくものを脅かし、その渦中にいる二人の闘志をさらに高めていく。

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 

民の叡智(エイジ・オブ・バビロン)

 

 二人の撃鉄が落とされた。ギルガメシュの背後に広がる無数の空間の揺らぎから大小さまざまな宝具が射出される。対してエルキドゥは空中、大地を問わず、周囲の空間から鎖を射出し、自らは突貫する。

 

 飛来する槍を右手ではじき、斧を左手で叩き落とし、それ以外は自らの疾走に続く鎖に任せてギルガメッシュの下へ肉薄する。ギルガメッシュはそれに応じて宝物庫から取り出した一本の剣を握り振り下ろした。

 

 体を横に捻り剣を躱し、そのままの姿勢から回転し飛び蹴りを放つエルキドゥ。魔力の激震とともに二本の脚がそれぞれ顎と鳩尾に走る。

 

 バンバンッ。

 

 連続して放たれた二撃に続いて更に手刀が放たれる。

 

 バンッ。

 

 押されながらも踏み止まったギルガメッシュの手に持たれていたのは剣ではなく、両手盾だった。剣が躱されたと同時に宝物庫から取り出したのだろう。そしてエルキドゥの頭上から武器が降り注ぐ。

 

 休むことなく続く攻防。宝物庫から武器が射出されたかと思えば、それを蹴りで、手刀で切り払うエルキドゥ。かと思えば鎖に防御を任せ捨て身の突貫、それが効かぬとなれば足元に鎖を忍ばせギルガメッシュを縛ろうとしてくる。

 

 ギルガメッシュがやられてばかりかと言えばそうではない。宝物庫から展開される大量の宝具の圧倒的物量により、高速機動するエルキドゥを何度も窮地に陥らせている。その度にエルキドゥは機転を働かせ、上手く躱すため決定打を与えることは叶わなかったが。

 

 手数ではギルガメッシュが勝るものの、それを凌ぐ速さをエルキドゥは持っている。二人の強さは完全に互角であった。

 

「ふっ、やはりお前にはこれでは足りぬか」

 

 そう言ってギルガメッシュは宝物庫から超常の剣を抜く。

 

「行くぞ、エルキドゥ。開戦の祝いだ。持っていけ」

 

「ああ、僕も全力で行く」

 

 ギルガメッシュは二本の足で悠然と大地に立つ。回転する三つの円筒が束となり、一つの剣をなしている。風が吹き荒れ周囲の魔力が集結していく。さらなる魔力の高ぶりがそのまま猛威となって現れようとしていた。

 

 エルキドゥは身を屈め、大地に手をついた。瞬間、吹き上がる魔力。大地はそれに呼応して揺れだした。

 

 高まる二つの魔力に大気が鳴動する。その振動はビリビリと見るものを圧迫するようにあたりをねめつけていく。

 

 鬱蒼とした遠坂邸の森が神話の世界の一部となる。そこには弱者は立つことすらままならない空間が広がっていた。

 

 使い魔越しにそれらを見ていたマスターたちは震撼した。その周囲にいるものは瞬く間に消し炭になるであろう、と。

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)

 

人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)

 

 衝撃はぶつかった。片や天地を分かつ剣の一撃、片やギルガメッシュを縛り天上に連れ戻すための無数の鎖。両雄とも他に並び立つ者のいない究極の攻撃だった。大気は裂け、光は拡散する。その衝撃の余波は遠坂邸を全壊させて余りあるものだった。

 

 その惨劇のあとに両雄は立った。互いに無傷であった。

 

「はっはっは。中々に愉しめたわ。ではな、エルキドゥ。お前を倒すものは我であることをゆめ忘れるなよ」

 

「ああ、分かっているとも。では、次会うときこそは雌雄を決しよう」

 

 そう言って二人は去った。二人の心は最大の全力ではなかったものの、力を振り絞った戦いができ満足であった。

 

 その後、上機嫌のままギルガメッシュは瓦礫の中で気絶している時臣を引きずり出した。



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幕間1

 どこかの使われていない地下水道。糞尿と生活排水が混ざりあった悪臭が漂い、光は届かない。そんな鬱屈とした場所に二人の男はいた。一人は髑髏の仮面をつけ、甲冑を着込んでいた。

 

「すっげーすよ、まじですっげーすよ。本当にそんな闘いがあるんすか、アサシン様」

 

「ああ、マスターよ。これが此度の偵察で我が見聞きしてきたことの全てだ」

 

 初めてアサシンと雨生龍之介が出会ったとき、アサシンはこれほどの度し難いクズはいないと感じたが、それももう昔の話だ。このマスターは自分の求める芸術に対してひたすら真摯であるだけで、それに伴う行為に悪意はなかった。であれば、同じく信仰に基づいて真摯に暗殺をする自分に似通ったものがある。そう考えると自分に向けてくる尊敬の念も相まって邪悪さなどは感じず、少し可愛らしく感じるほどであった。

 

「俺も見たいっすよ、それ。いや~、すごいんだろうな~」

 

「マスターよ。外に出向くには危険が伴うが、それでも良ければこの山の翁と共に行くか?」

 

 はしゃぐ孫を更に甘やかすようにアサシンは告げる。それを受けて龍之介は喜んだ。自分の期待するすごいものの実物が見れるのだ。気分はテーマパークに行く子どものそれだった。

 

「ああ、もちろんっすよ。むしろ、喜んでお供します。いや、させてください」

 

「だが、今日はもう無理だ。日が昇りだし始めた。動き出すのは今宵となろう」

 

「わっかりましたー。じゃあ、俺は寝ます。おやすみなさーい」

 

 そう言って龍之介は寝袋に入っていく。そんな龍之介の傍を後にするとしばらくアサシンは佇んでいた。その後、何か思いついたのか霧のように気配を消し、その場を去って行った。

 

 

 

 

 

 隣町の家屋の一室に男が二人いた。一人は宙に金色の二つの輪を浮かべている。

 

「不味いよ。どうなってんだよ、これ!」

 

 時計塔よりやってきた年若き魔術師、ウェイバー・ベルベットは困惑していた。今にも部屋にあるものを大なり小なりぶちまけたい気分だった。

 

「どうした、マスター。冷静を欠いてはできることもできなくなるぞ」

 

 それを諫めるのはウェイバーに召喚されたサーヴァント、ランサーであった。ランサーはあたふたとしているウェイバーとは対照的にどこまでも冷静であった。

 

「冷静でなんていられるか! お前はさっきの光景を見ていないからそんなことが言えるんだ」

 

「それはそうかもしれないな。では、マスターよ。その光景とやらを俺に話してくれ」

 

「……一体のサーヴァントとアーチャーが遠坂邸で戦っていたんだ。で、そのサーヴァントはエルキドゥ、アーチャーはギルガメッシュだということが分かった……」

 

「そうか。それがどうしたというのだ。戦う相手の正体が分かって何故嘆く」

 

ランサーの無神経な物言いにウェイバーは切れた。

 

「お前分かってないだろ! あのギルガメッシュとエルキドゥだぞ!! あんなのが本気で戦ったらおしまいだ」

 

「分からないな。確かに敵は強大だ。だからと言って慌てる理由にはなるまい。お前はただ信じて待てばいいのだ。この槍が敵を屠ってくることを」

 

「う…………」

 

 正論だ。ウェイバーは言葉に詰まってしまった。

 

「お前さー、そんなに自分の力に自信があるのか?」

 

「俺は一刺しの槍に過ぎない。ただ全力を出せば悪いようにはなるまい」

 

「全力ねー」

 

 ウェイバーはベッドに突っ伏した。ウェイバーは魔力量が少ない。よって、ランサーに対する魔力供給も少なかった。もし、ランサーが宝具を開放し全力で戦うようなことがあれば、ウェイバーは魔力が枯渇し即座に倒れてしまうだろう。ウェイバーは認めたくはなかったが、それが事実だった。

 

「はぁ」

 

 当たり前だが自分は危険な状況にいることを知り、ウェイバーは先が不安になった。

 

 

 

 

 

 衛宮切嗣はホテルの自室で映像を見ていた。遠坂邸がランサーに襲撃された様子だ。宝具が発動され、使い魔が傷を負うまでの光景が映っている。使い魔に括り付けていたカメラを回収しに行ったとき、遠坂邸は酷い惨状であった。家は全壊して瓦礫の山となり、木々は倒され葉は散り散りに、地面は渦巻き状に抉れていた。

 

「どう思う、舞弥」

 

「はい。空間から武器を射出する方法をとっていることからギルガメッシュというサーヴァントはアーチャーかと、そして地面から武器を射出しているエルキドゥは白兵戦を積極的に狙っていることからランサーだと思われます」

 

 切嗣は舞弥から受けた情報をもとに再び考える。舞弥が話したことはまさしく切嗣も考えていたことだ。問題はこれが誰のサーヴァントなのかだ。埠頭で行っていたマーリンの戦闘と時をほぼ同じくして行われたということは、順当に考えればウェイバー・ベルベットか、まだ見ぬマスターのはずなのだが、切嗣はなぜだか違和感を持った。

 

「舞弥。遠坂邸の監視を再び開始しろ。それと、教会にも使い魔を放っておけ」

 

「よろしいのですか」

 

 不可侵であるはずの教会に使い魔を放つという事は聖杯戦争において違反行為だ。それを行うという事は最悪、他の全てのマスターに命を狙われるよう仕向けられる可能性もある。

 

「ああ、構わない。……まだ動き出していない言峰綺麗に対する監視でもあるんだからな」

 

 早々に令呪が発言したのはいいものの、未だ姿を現していない綺麗についても気がかりだった。事前情報が正しければ、綺麗は遠坂時臣の弟子だ。二人は協力関係だろう。その師匠である時臣が窮地に陥っていたというのに全く動きがなかったのは気になるところだ。

 

「では、そのように」

 

 そう言って舞弥は準備する。

 

「じゃあ、僕は鍛錬に移る」

 

 そう言って切嗣は服を脱ぐ。

 

 マーリンのスキル、英雄作成によって作られたプランのもと、切嗣は聖杯戦争中にも関わらず体を鍛えていた。他のマスターの同行を探るのは舞弥に任せきりなのもこれをするためであった。

 

 本来なら、マーリンの英雄作成は王を作り上げるためのものなのだが、その中でも体づくりという点だけなら切嗣にも教えられるであろうと、マーリンが発言し、それではという事で行うことになった。

 

 これが本当に効果をなすのかは実際の戦闘になってみなければ分からないが、切嗣は別の鍛錬によってちょっとしたサーヴァントの気配の感知ができるようになったことから、マーリンの英雄作成は全くの無意味ではないということが既に実証されている。

 

 勝つためには手段を選ばない。そう言って憚らない男の、筋トレをする姿がそこにはあった。

 




マーリン式ブートキャンプ


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第二日
セイバーとの談話


 ――――見た事もない景色だった。

 

 頭上には炎の空。

 足元には無数の鋼。

 戦火の後なのか、世界は限りなく無機質で、生きているモノは誰もいない。

 灰を含んだ風が、鋼の森を駆け抜ける。剣は樹木のように乱立し、その数は異様だった。

 

 十や二十ではきかない。百や二百には届かない。だが実数がどうであれ、人に数え切れぬのであらば、それは無限と呼ばれるだろう。

 

 大地に突き刺さったいくつもの武具は、使い手が不在のままに錆びていく。

 

 夥しいまでの剣の後。

 

 ――それを。まるで墓場のようだと、彼は思った。

 

 

 

 

 

 ……視界が戻る。日が昇って随分と時間がたったのだろう、確かな陽射しが伝わってきた。

 

「――――今の、夢」

 

 ぼんやりと目を開けて、見ていた夢を思い起こす。

 

……剣の丘。

 

 あんな夢を見たのは、セイバーとバーサーカーの戦いが何か関係しているんだろうか――

 

「あ、お目覚め? それは結構。大事がなくて何よりだわ」

 

「は…………?」

 

 と。

 

 同時に、偉そうに見下ろしながら、とんでもなくフツーな一言を述べる遠坂凛。

 

「~~~~~~~~っ!」

 

 布団を跳ねのける。そこからザザザと後ろへ這って、ともかく遠坂から距離をとった。

 

「遠坂!? な、何故にいま俺の部屋……!!??」

 

 俺は剣の丘――じゃなくて、坂にいた筈で、近くにいたのはセイバーで、どうして自分の部屋で眠っていてもう朝になっているのか……!?

 

「と、遠坂、どうしてお前がここにいて、俺は何してたんだ――――!?」

 

 口にした途端、ますます頭が回りだした。自体が急展開を迎えている。

 

「驚くんならどっちかに驚きなさいよ。どっちも取れるほど器用じゃないでしょ、衛宮くんは」

 

 こっちの心境も知らず、遠坂はあくまでクールだ。

 

「――――む」

 

 それで停止していた頭に喝が入った。そうだ。そりゃあ目が覚めた途端、遠坂の顔があったらびっくりするのは当然だ。が、裏を返せば、それはつまり――――

 

「……そうか。状況を見ると、気を失った俺をここまで運んでくれたんだな、遠坂」

 

「へえ。なんだ、見た目より頭の回転は速いんだ。混乱しているようでちゃんと物事は考えてるのね。うん、面白い面白い」

 

 …………む。褒めているのか貶しているのか、判断しづらい発言は止めて欲しい。

 

「……じゃああれから半日ぐらいしか経ってないのか。俺の家まで運んでくれたってことは、人目につかないで逃げられたんだ」

 

「ええ、そういう事。話が早くて助かるわ」

 

 まだ話すことがあるのか、遠坂はその場にいた。いや、話すことがあるというより、話すべきかどうか考えていると言った風だ。

 

「…………やっぱり、衛宮くんには話しておかないといけないわね。私の家がサーヴァント達の戦闘に巻き込まれて全壊したわ」

 

「ぜ、全壊!? だって昨日は坂道で戦っていた筈だろう、なんで遠坂の家が? 他のサーヴァント達がやってきて勝手に戦っていったってことか?」

 

「ええ、そうよ。何の目的でそれをやったかなんて分からないけどね。……でも、アーチャーが持ち帰った情報によると…………」

 

「…………な、なんだよ」

 

ごくり。

 

「…………私の家の中に人影があったらしいわ」

 

「え……?」

 

なんだそれ、つまりどういうことだ?

 

「聞いた限りではその人影の特徴は亡き父に似ていたわ」

 

「そんなことってあるのか……」

 

「ええ、そうよ。こんな話バカみたいでしょ。でも、本当にあったことなの。――――この聖杯戦争は何かおかしいわ。衛宮くんも気を付けてね」

 

「おい。どこ行くんだよ、遠坂」

 

「私は私だけで調べたいことがあるのよ。どっかの寝坊助さんと違って忙しいんだから」

 

「そうか、すまない遠坂。それと、ありがとう」

 

 遠坂は後ろ手に手を振ると、部屋を出て行った。

 

 遠坂が去った後は、暖かな日の光の満ちた庭が見えた。俺はそこから視線を逸らし、自分の手を見つめる。

 

 遠坂の父さんに似ていたという人物は単に他人の空似なんだろうか。しかし、魔術がある世界だ。魔術よりすごい魔法なんてものだってある。ある程度はなんでもありだろう。それこそ死者が蘇ることだって――。でも、誰が何の目的で、どうして第五次聖杯戦争が行われている今に……?

 

 いや、本当に俺が引っかかっていることはそこじゃない。俺は本心から目を逸らしている。俺が本当に引っかかっていること、それは切嗣のことだ。

 

 もしも、そう、もしもでしかないが、切嗣に会えたとして俺はどうする。会いに行くのか? …………会いに行きたい。会ってただ話をしたい。どんな話でもいい。他愛無い話でいい。俺の周りで最近起こったこと、自分なりに充実した日々を過ごしていること、相変わらず藤ねえに振り回されていること……。それらの話を聞いてほしい。

 

 まあ、もしもでしかない。今まで俺の家に切嗣がいなかったことを考えればその可能性は低いだろう。でも、もしもは可能性がないというわけじゃない。もしかしたらありえるのだ。

 

 俺はこのことを心に留めることにした。

 

 さて、今日は休日だ。することと言えば特にない。そうだな、今後のためにセイバーと話でもしておくか。

 

「セイバー」

 

 そう俺が呼ぶと目の前に灰色の髪の男が現れた。毎回見るたびに思うが、霊体から実体になるのって軽く怪奇現象だよな。

 

「なんだ、マスター」

 

「セイバーのことについて教えてくれよ。セイバーって英雄だったんだろ、そのときの英雄譚とかさ」

 

「それは不味いぞ、マスター。その情報は俺の真名につながる」

 

 そうだった。遠坂から「衛宮くんは隠し事とか無理だから、真名を教えてもらわないようにしなさい」と言われていたんだった。同盟相手に命令されるのはなんかへこむけど、まぁその通りだから俺はそれを守ることにしたのだ。

 

「じゃあさ、セイバーが好きなものってなんだ? それぐらいならいいだろ?」

 

「そうだな。それならば構わないだろう。俺の好きなものか、それは願いをかなえることだ」

 

 願いを叶える? 好きなものを聞いてそんな答えが出てくるなんて驚きだ。

 

「聖杯に願うような願いではないんだろ? どんな願いなんだ」

 

「なに、俺の守りたいものを守る。それだけだ」

 

「……………………そうか」

 

 沈黙がおりる。俺の中で何かが腑に落ちた感覚がした。

 

「なんだ、マスター。俺は何か変なことを言っただろうか」

 

「いや、そういうわけじゃないさ。ただ面食らったというか、驚いたというか。いやなに俺の願いもそうだからさ」

 

「そうか、それは何よりだ。…………幸運はEだといのに、俺は良いマスターに巡り合えたようだな」

 

「幸運がEなのか!? それは知らなかった」

 

「む、マスターはステータスが見えてないのか。少し目を閉じていてくれ」

 

「……? いいけど」

 

 俺は目を閉じた。後から額に触れる微かな感触。どうやらセイバーは俺の額に指で触れているらしい。

 

 ――――と。俺の視界にゲームの説明欄のようなものが広がった。

 

「今のは?」

 

「どのような方法で現れたかは知らないがそれが俺のステータスだ。慣れれば今のように他のサーヴァントのものも見えるようになるだろう」

 

「……そうか、俺は本当にマスターになったんだな。あらためて実感したよ」

 

「ああ、そして俺はマスターのサーヴァントだ。なんなりと命令してくれ」

 

 その後はセイバーと幾つかのことを話した。セイバーのことは初めてあったときから何となく気に入っていたんだが、その理由が今回分かった気がする。俺とセイバーは似ているんだ。その後の話し合いで、願わくば最後まで共に戦っていたい、そう思うには十分なほど俺はセイバーを信用するようになっていった。

 



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