魔王ヨシヒコと勇者モモンガ (カイバーマン。)
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ヨシヒコ編・第一章 マスターピース
1-1


その者は人々からヨシヒコと呼ばれていた

 

かつて迫りくる魔王の脅威を前に屈するしか無かった人々の為に

 

頼もしき仲間と共に幾度も世界を救った伝説の勇者

 

これは彼が再び新たな地で出会った仲間達と共に

 

世界を支配せんと企む邪悪なる大魔王と戦うお話である。

 

 

 

 

 

 

 

まず目を開けるとそこは一点の光も見当たらない完全なる闇だった。

 

「……んん?」

 

突然の出来事に困惑しつつ上体をゆっくりと起こすも、何処を見ても周りは何も見えない

 

最初に暗闇の中で目覚めたその者の名は『メレブ』

 

マッシュルームカットと鼻の下のほくろが特徴的な魔法使い。

 

覚える呪文はほとんど役に立たないがヨシヒコの窮地を幾度も救った事が一応あり

 

基本的には暴走気味のヨシヒコの良きツッコミ役をしてあげたりと世話役を自ら買って出ている。

 

 

「いやちょっと……え? なにここ?」

 

ここはどこなのだろうと困った様子で独り言をつぶやいても、返事はどこからも返って来ない。

 

「え~……嘘だろまたこのパターン? もう何度目だよ……」

 

メレブが一人途方に暮れていると、ふとすぐ隣に誰かが自分と同じく横になっている姿が確認できた。

 

「お、ヨシヒコ寝てる」

 

「そうか、その草を食べれば私もそんな風に強くなれるのか」

 

勇者・ヨシヒコである。

 

彼はメレブの隣ではカッと大きく目を見開きながら、ブツブツとうわ言の様に呟いている

 

「なに? 私が食べても何も起こらないだと? むしろ私は虫だから消滅する? 何を馬鹿な事を、私は虫ではない、勇者ヨシヒコだ、勇者は例え道端に落ちている草であろうとたちまち体力を回復する事が出来るのだぞ」

 

「……相変わらず気味の悪い寝方と寝言だなぁ……てかどんな夢見てんのコイツ?」

 

まるで意味のわからない夢の内容を呟き続けるヨシヒコを感心する様にしばし見つめた後、メレブは軽く彼の頬を叩くのであった。

 

「ヨシヒコ、起きなさいヨシヒコ、目覚めるのです勇者ヨシヒコ」

 

「大体さっきから私の事をおかしく言っているが、そっちの方がずっとおかしい、なんだそこにいる小さな子供は、さっきから私を宙吊りにしている縄を笑いながら切ろうとするばかりか、突然二人や三人に分身したりとても普通の人間とは……あ、メレブさん、おはようございます」

 

「……ああ、またちょっと気になる所で目を覚ましちゃった」

 

寝言の内容がやや不気味なホラーになった所でヨシヒコが遂に目覚めた。

 

彼こそが勇者『ヨシヒコ』

 

紫色のターバンとマントがトレードマークであり、腰に差しているのは故郷の村に伝わる伝説の剣・「いざないの剣」

 

あらゆる困難に自らの勇気を奮い立たせて立ち向かい、この手で幾度も強敵を倒していった正に勇者と呼べる存在。

 

しかし向こう見ずな所があったり天然気味な所があったり空気が読めない所があったりなど、絵本に出てくる完璧な勇者になるのは未だ程遠い。

 

時には魔王を倒すという役目さえも放棄してしまう程抜けた一面も持っている。

 

それでも正義感に満ち溢れ、お人好しで熱血漢な性格こそ、真の勇者に相応しい器なのかもしれない

 

「……どこですかここ? 随分暗いですが……」

 

「いやもう……わかるでしょ? 間違いなく“アレ”の仕業だから」

 

「アレ?」

 

少々、というよりかなり心当たりがあるのかしかめっ面を浮かべながら呟くメレブ

 

アレとは一体何の事だ? よくわかっていないヨシヒコは上体を起こしてゆっくりと立ち上がろうとすると……

 

 

 

 

 

ヨシヒコよ! ヨシヒコよーッ!

 

「! 今のは……!」

「ほら来た、やっぱりアイツの仕業じゃないの~」

 

頭上から聞こえる大きな声が二人の目をより覚まさせる。

 

聞き慣れたその声にヨシヒコがすかさず反応するとメレブもめんどくさそうに立ち上がりながら顔を上げた。

 

ヨシヒコよー! ヨシヒコよー!!

 

「いやもういいから! さっさと姿現せ! 俺等気付いてるから!」

 

ヨシヒコ!? どうしたヨシヒコ!! ヨーシーヒーコくーん!! あーそーびーまーしょー!!

 

「だからなんでそんなステップ踏みながら徐々にテンション上がんだよ! めんどくさい! はよ出て来い!」

 

最初は威厳ある声付きであったのに徐々に悪ノリで叫んでる様な調子に

 

眉間にしわを寄せながらメレブはもういい加減にしろと叫ぼうとしたその時

 

 

 

 

「さっきからずっと隣にいるんですけどー!? なんでこっちに振り返らねぇんだよテメェ等ー!!」

 

「うわ! ビックリした!」

 

「仏!」

 

急に真横から先程の声が更に大きくなったので、メレブとヨシヒコはビックリして同時に隣に振り返った。

 

そこにいた人物こそ、まさに『仏』であった。

 

仏と言うだけあって見たまんまの格好をしており、ヨシヒコ達に魔王討伐の命を出し、旅の道中で何度も空に現れては道を示した張本人。

 

しかし実際の所はやる気が無かったり曖昧な指示を出したりたまに台詞を噛んだり忘れたりと、正直頼りになる存在と素直に言い切れる人物ではない。

 

ちなみに空に浮かんで現れる時はヨシヒコは目視することが出来ず、メレブが取り出す目に掛ける何かがないと見る事は出来ない。

 

だがこうして空からではなく目の前に現れると、目に掛けなくても見ることが出来るのだ。

 

「ホントダメダメだなー、なんで気付かないのかなー? 長い付き合いなんだからパターン読みなさいよ全く」

 

「いやだから! ずっと上から声がしてたんだよさっきまで! ここの構造ホントわけわかんないんだって!」

 

「あーはいはい、そんじゃ、とりあえずいつも通り話するからちゃんと聞いて下さい、ね?」

 

「相変わらず腹立つなぁ……」

 

上を指差しながらすぐ様抗議しようとするメレブをはいはいといった感じで適当になだめる仏。

 

少々ムカつきながらもメレブは渋々従うと、最初にヨシヒコが仏に尋ねる。

 

「仏、我々をここに呼んだ理由は何でしょう、まさか再び魔王が現れたのですか?」

 

「その通りだヨシヒコ、我々の世界から再び魔王が復活してしまった、そしてお前はその魔王を倒す為に再び旅に出るのだー!」

 

「……」

 

「あれ? ヨシヒコ? どしたん? 心なしか凄い嫌そうに見えるけど?」

 

「いや……私の代わりに行く人とかいないんですか?」

 

「えぇ~……ヨシヒコそれは流石に私えぇ~なんだけど……」

 

どうやら再び新たなる悪の権現、魔王が蘇ってしまったらしい。

 

しかしそれをちょっとキメた感じでビシッと叫んでみた仏とは対照的に、ヨシヒコの反応はやや冷めた感じであった、というか物凄く嫌そうな顔を浮かべている。

 

するとそんなヨシヒコに代わってメレブがしかめっ面を浮かべながら

 

「あのさあのさ、仏よ、俺達がここに来る前にやった事ちゃんと覚えてます?」

 

「えーとね、まず異世界に逃げた竜王という魔王を倒しましてー、その次にまた別の異世界で破壊の神であるシドーを封印しましてー」

 

「そう、しかもその間の隙間全くない、ハーフタイム全くない状態で次の現場向かわされてんの俺等、もう連続で魔王やら破壊神やらと戦っちゃってるのよ実際」

 

実を言うとヨシヒコ達は今とんでもなく忙しいかつ大変な目に遭ったばかりの直後であった。

 

別の世界で長い旅を終え、やっと魔王を倒したと思いきや

 

その直後に目を開けた時にはまた別の世界にいて、更に目の前にいきなりラスボスである破壊の神が

 

そしてその破壊神を無事に封印した直後、気が付いたらヨシヒコ達はここにいたのである。

 

「どう思う実際? これ聞いておかしいと思わない?」

 

「いやね、仏もちょっと悪いなと思ってますよ、マジで。けど我々って忙しい時が華なの、今の内に現場の環境や空気に慣れれば絶対後々為になるから? しっかりと腕を上げて、頑張って売れようよ」

 

「おい、なんだその若手の俳優の愚痴に付き合ってる上司みたいな返しは、何様だよお前」

 

「仏様です~」

 

「うわ~絶対にそう言うと思った、つまんねぇ~、仏マジつまんねぇ~」

 

「二回も言うんじゃねぇよ!」

 

自分の都合で勝手に振り回しているというのに反省する気も無い様子で、ありきたりな返答までして来る仏。

 

そしてメレブとヨシヒコが全く乗り気じゃない事もお構いなしに、仏は勝手に話を続けていく。

 

「はい、そういう事でして今回ヨシヒコ御一行様に倒していただくのはですね、魔王バラモスという、え~これがまたねぇ、なんとも厄介な相手なんですよ~」

 

「魔王の名前はバラモスらしいですよ、メレブさん」

 

「え~~結局無理矢理俺達にやらせる気だよこのペヤングマン……たまにはお前一人で行って来いよ」

 

「おいキノコ、おいおいキノコマン、お前さっきから仏と面合わせてるのに失礼な事言い過ぎだから、そろそろ仏ブローが飛ぶよ、仏ブロー」

 

魔王・バラモス、それが今回の旅で倒すべき相手だと説明しながら、先程からずっと失礼な物言いのメレブに拳を軽く突き出す仏。

 

「それで今回の魔王は我々の世界ではなく別の世界にいます、元々はうちの世界にいたんだけど、一旦異世界へ逃げて、そこで力を蓄えてから我々の世界に戻ろうって算段、らしい」

 

「らしいってなんだよらしいって……え? てかまた異世界!? 前回と同じ流れじゃんそれ! どんだけズボラなのお前の管理能力!?」

 

「いやね、私もまあ頑張ってはいるんだけど、相手が魔王となると中々上手くいかないのよ、こっちも忙しいし」

 

「嘘つけ! お前別の世界で仏ファミリアを作るんだとか遊んでただろ! はぁ~また余所の世界に迷惑起こしてからにも~」

 

「異世界……」

 

冒険に出向く先が再び異世界だと聞かされて、メレブはツッコミながらつくづく仏のずさんな世界の管理能力に呆れていると、異世界と聞いてヨシヒコもまたピクリと反応する。

 

「異世界というと前に行った様な世界に赴き、また同じように旅をすればいいんですか?」

 

「そうそう、呑み込み早いねェヨっ君は」

 

「その世界に行けば、私は今度こそモテますか?」

 

「ん~~~? それは知らない、そこは大事じゃない」

 

前に異世界に行けば何をせずとも向こうから女性が寄って来てチヤホヤされると、メレブから聞いた事があったので

 

今度の異世界ではそれが可能かと目の色を輝かせて顔を近づけて来るヨシヒコに、仏は首を傾げながら頬を引きつらせて苦笑。

 

「あの、モテる云々は一旦置いといて、私がヨシヒコ達にやって貰いたいのは、その異世界に逃げた魔王を討伐して欲しいって事だから、それだけはキチンと覚えておいてホント」

 

「私は出来れば巨乳の女にモテたいです」

 

「いや、そんな事言われてもね、リクエストとか受け付けてないから、困ったなぁ、仏困ったなぁ、その辺は君次第だから勝手にやって、ていうか私の話今軽くスルーしたけどホントにわかってるヨっ君?」

 

「では行きましょうメレブさん」

 

「焦るなヨシヒコ、そんなに袖を引っ張られると千切れる、この服の生地安いしちょっとの力ですぐ破けるから」

 

 

一方的に自分の主張をするヨシヒコに仏がどうすればいいのやらとただ笑うしか出来ない様子。

 

するとメレブが代わりにヨシヒコに向かって「ちょい待ち」と呟き手の平を突き出して

 

「まだ仏から詳しい話を聞くことがあるからもうちょっと待ってなさいヨシヒコ、大丈夫、異世界にいるであろう女性達は逃げないから、お前が来るのをちゃんと待っているから」

 

「しかし私は一刻も早くフィーロとアトラに会いたいんです!」

 

「いやフィーロとアトラって誰よ? なにやっぱりもう既に頭の中で、ヒロインの名前決めちゃった?」

 

既に頭の中で自分のストーリーを展開してヒロインまで創造しているヨシヒコ

 

切羽詰った様子で急に叫んでくる彼に軽く引きながら、メレブはまあまあとなんとか抑えながら仏の方へと振り返った。

 

「おい仏、また俺達は世界から逃げた魔王を追う為に異世界に行くというのはわかったが、その前にまず俺達になんか渡すモンとかない訳?」

 

「え、なに?」

 

「いやすげぇ力とか武器とか、異世界に行く時に神様がそういう能力を授けて楽させてくれる奴あるじゃん、俺達もいい加減楽して冒険したいからさ、そういうのくれ」

 

「は? いやくれって言われても困るんだけど」

 

手の平を差し出して合図するメレブに対し、仏は目を細めて怪訝な様子で首を傾げながら

 

「前にも言ったよね、私そんなの出来ないから、仮に出来たとしてもお前にだけは絶対あげない」

 

「えぇぇ!? お前まだ出来ないのかよ! ほんっと使えねぇなお前! 仏のクセに超しょーもな!」

 

「おい! だから面と向かい合ってる時にさ! 仏に対して偉そうにお前とか言うんじゃねぇよ!」

 

出来ないとキッパリ即答してしまう仏にメレブは口をへの字に曲げてガッカリしながら悪態を突きまくるので

 

仏はそれに一喝すると、小指で鼻をほじりながらやる気無さそうに

 

「あーそれと前にも言ったけどさ、今度の異世界でも現在装備してる武器は持ち込み可ね、が、レベルとステータス、あと覚えている呪文は全てリセットされるんでよろしく」

 

「はいでましたまた逆に弱くなるパターン! だからなんだよレベルリセットって! なんで強くさせる事は出来ないのに弱くさせる事には全力で対応できるんだよ!」

 

「すみませんねー、そういうシステムでやってるんでウチ、という事でまた1から頑張ってくださーい、草葉の陰で応援してまーす」

 

「鼻をほじった手で耳をほじるな! 臭いをかぐな!」

 

割と重要な事を適当な感じで説明しながら今度は耳をほじり出す仏にメレブはキレると

 

ふとある事に気付いた。

 

よくよく考えればどうして自分とヨシヒコの“二人”しかここにいないのであろう……

 

「……あのさぁ仏さん? 俺とヨシヒコはここにいるけど、ダンジョーとムラサキが全く見えないんだけど」

 

「……気づいちゃった?」

 

「いや気付くだろ! だって明らかに俺ばっか喋らされてるもん! ツッコミ役が足りないんだもの!」

 

今更ながらここにいるのはヨシヒコとメレブ、そして仏のみである。

 

ヨシヒコにはまだ二人大切な仲間がいた。

 

元盗賊でありながら義理堅くそして頼れる親父的存在の戦士・ダンジョー

 

あまり戦力にはならないものの、たまにとんでもない活躍をしてくれる村の娘・ムラサキ

 

彼等もいてこそヨシヒコパーティの完成であるのに肝心な二人がどこにも見当たらないのだ。

 

「お前まさか……前回みたいにまたあの二人を先に異世界に飛ばしちゃったな?」

 

「うん」

 

「認めるのバリ早ッ! なんなのお前! わざと俺等の足引っ張ってんの!? もしかして敵側!?」

 

「いやでも待って、ちょい私の話を聞いて、あの二人を先に送った事には、ちゃんと今回は理由があるから」

 

その件についてメレブが深く追及しようとすると、仏は「いやー」とぼやきながら螺髪を掻き毟り

 

「実はですね、え~お前達二人が目覚める前にダンジョーとムラサキが先に起きまして、それで先に私から魔王を倒しに行って欲しい事を言ったんですよ、そしたらね、二人で先に行っちゃった異世界」

 

「いやなんで? なんで教えたら俺達置いて先に行くの? そこの経緯大事だからちゃんと教えて」

 

「あーほらさ、前の冒険であの二人竜王に操られちゃって、敵になった事あったじゃない?」

 

適当にかいつまんで短絡的に説明を終えようとする彼に、メレブが持ってる杖を左右に振りながら問い詰めると、仏は思い出すかのように話を始める

 

「あの事について二人共かなり気にしちゃってたみたいで、そんで今回はキチンとヨシヒコの助けになる為に、二人である事を決めたみたいなのよ」

 

「え、ヨシヒコの助けになるんならそこは普通に俺達と冒険するのがセオリーなんじゃないの? 何しに行ったのよあの二人」

 

「勇者ヨシヒコに匹敵する、超頼りになる逸材の勇者候補を異世界で探すらしい」

 

「ほう、超頼りになる勇者候補とは?」

 

ダンジョーとムラサキが自分達に何も言わずに勝手に行ってしまった事がピンと来ていないメレブに、仏はようやくその理由を語るのであった。

 

「ほら、ここに来るまでに二度別の世界で戦ったけどさ、そん時にその世界の人達のお世話になったでしょ?」

 

「まあ……いたっちゃいたね、基本は唯々キャラが濃いって連中ばっかだったけど」

 

「その中でもヨシヒコに負けないぐらいに強い心を持った、もう磨けば光るって感じの主人公タイプがいたじゃない?」

 

「あ~いたいた、ぶっちゃけ俺等より強いんじゃね?って奴は確かにいた」

 

メレブは仏の話を聞いて今まで出会って来た異世界の住人達を思い出す、彼の言う通り確かにヨシヒコに匹敵、成長性に見込みありな者達も何人か見かけた。

 

「ダンジョーとムラサキはね、そんな将来性に見込みのある、最終的にはヨシヒコの助けになってくれそうな助っ人候補を見つけようと旅に行っちゃったのよ」

 

「ん? じゃあ一旦二人は俺達とは別れて行動して、その勇者候補を見つけた後に、魔王と戦う時に改めてそいつを連れて来て俺達と合流するって事?」

 

「その通り」

 

あの二人の目的をようやく理解してメレブがポンと手を叩くと、仏はビシッと指さして正解の合図。

 

するとずっと話を一緒に聞いていたヨシヒコも「なるほど……」と深く頷き

 

「では私の代わりにその者が魔王を倒してくれるという訳ですね」

 

「ううん違う、ヨシヒコも頑張るの、他人に押し付けないで」

 

今まで何を聞いていたのだと、すかさずメレブがヨシヒコの方へ振り返った。

 

「ダンジョーとムラサキはただお前が魔王を倒す為に手伝ってくれる助っ人を探しに行っただけだから、魔王を倒すのはヨシヒコ、それは何も変わらない」

 

「たまには変えても良いんじゃないですか?」

 

「いやそこ物語的に一番変えちゃいけない所だから、主人公だよヨシヒコ? 主人公がラスボス戦を他人に任せちゃダメだって」

 

「しかし私が魔王にかまけてばかりいては、キールとウィンディアが寂しがってしまいます」

 

「いやだから誰よそれ……またヨシヒコの中のヒロイン候補? さっきと名前変わってるじゃん、思いきりハーレム築こうとしてるじゃん」

 

真顔でアホな発言を連発するヨシヒコにメレブが呆れつつもとりあえずツッコんであげる。彼の頭の中にはどれだけのヒロイン候補が創造されているのだろうか……

 

「とりあえずめんどいけど、まずは魔王倒す事にしようぜ、仏がうるさいからさ」

 

「そうですね、私は勇者、魔王を倒す事は勇者である私の使命」

 

「そうそう、流石ヨシヒコ、お前こそ真の勇者」

 

「それでは魔王を倒しに行きつつ私のヒロインを探す事にします、巨乳の」

 

「流石ヨシヒコ、真の勇者にしてむっつりスケベ」

 

どう言っても諦める気は無い様だと真っ直ぐな目を向けて来るヨシヒコにメレブが苦笑していると、仏がおもむろに注目を集める為に「コホン」とわざとらしい咳をする。

 

「えーそれではね、お二人共魔王を倒す為に旅に行く決心をしたところで、仏からもう一つ情報を教えておきまーす、まあそんな大した情報じゃないけどね、一応耳に入れておいた方がいいかなと思って」

 

「お、遂に嫁と離婚すんのか」

 

「しねぇよバーカ! 一生安泰だよ! 変な事言うんじゃねぇよ!」

 

変な予想をして来るメレブを一喝して黙らせると、仏は早速本題へと移るのであった。

 

「今から行く異世界には、魔王バラモスが仕掛けたと思われる邪悪な呪いが振り撒かれている」

 

「呪い!? え、大丈夫なのそれ!? 俺達もその呪いにかからないの!?」

 

「全然大丈夫、その呪いは世界全域に振り撒かれたけど、ごく一部の者にしか影響与えてないみたいだから、余所の世界から来たヨシヒコ達にはなんの影響も無いだろうし、まあ大したもんじゃないでしょうねぇきっと」

 

「おい、そこ大事なんだからどんな呪いなのかどうか調べておけよ、呪いだぞ呪い」

 

異世界に振り撒かれた呪い……それが一体どんな効果をもたらしているのかはわからないが

 

楽観的に大丈夫だろうと言いのける仏を見てメレブは何かとてつもなく嫌な予感と共に疑問を覚える。

 

その呪いは一体、その世界の者達にどんな影響を与えたのだろうか……

 

「はいそれじゃあ私の話はここで終わり、という事でそろそろお時間という事で、早速二人には旅立ってもらいましょう」

 

顔をしかめるメレブをよそに仏はパンと手を叩くと、ヨシヒコ達を異世界に送り飛ばす事に

 

「それでは勇者ヨシヒコよ!」

 

「はい!」

 

「ヘッポコ魔法使いメレブを連れて異世界へと旅立ち! 見事魔王バラモスを倒すのだー!」

 

「わかりました!」

 

「おい、誰がヘッポコ魔法使いだ、素敵なホクロを付けた凛々しい魔法使いと呼べ」

 

気合を入れて力強く叫ぶヨシヒコと不満げな様子のメレブ

 

かくして勇者ヨシヒコは魔王討伐の為、再び異世界へ足を踏み入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

「待っていろラフタリア!! 私が必ず会いに行くぞー!」

 

「あ~また謎のヒロインを創造しおってからに……一人に選びなさい一人に」

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれが今から数十分前の話

 

異世界で謎の呪いを振り撒いた魔王バラモスを討伐する為、ヨシヒコとメレブはその異世界の地を歩いていた

 

「なんだろう、新しい異世界に来た筈なのに……ここすげぇ見覚えがある」

 

空は雲一つない程の快晴、ではあるのだが二人がいるのはだだっ広い深く茂った山の中であった。

 

「なんで仏の奴ははじまりの街とかそういう場所に降ろさないのかね……頑なに山の中に飛ばすよないつも」

 

「まずは町に行きましょう、この世界の仕組みやヒロインの情報がわかるかもしれません」

 

「いやヒロインの情報はいいってば、魔王の情報を探しなさいヨシヒコ」

 

新たな地ではあるがどことなく見覚えのある山の中を、ヨシヒコとメレブはいつもと変わらない掛け合いをしながら歩き続ける。

 

「それにしてもまた私達レベル1になってしまいましたね……」

 

「うむ、もはやお約束と化しているな、どこぞのバカ(仏)が力不足のせいで技や呪文も失ってしまったし、またこの辺の魔物と戦っていきながらレベルアップしなければ」

 

ヨシヒコとメレブは幾度も魔王を倒した実績はあるが、その経験値は全て失ってレベル1に戻っている。

 

魔王を倒すには、まず魔物を倒し続けてひたすらに経験値を稼ぎ、レベルを上げまくるしかないのだ。

 

 

「でもさぁ、二人だけのパーティって不安だよなーやっぱ、俺呪文一つも覚えてないからまともに戦えるのヨシヒコだけだし」

 

「そうですね、このままでは不安です。前の旅では異世界の頼もしい仲間と出会えたんですけど……あ」

 

「いや~頼もしいとは素直に言えなかったような、アホな自称女神にドMの女騎士に……ん? どしたヨシヒコ?」

 

戦闘参加人数がほぼ1人だけという状況に淡い危機感を覚えていたヨシヒコが、小さく口を開けて何かに気付いた様子。

 

メレブも背後からヨシヒコが見つめている方向に目をやるとそこには

 

 

 

思いきり見覚えのある魔物達がゾロゾロと沸いて出てきたのだ。

 

『スライムがあらわれた』

 

『ドラキーがあらわれた』

 

『ばくだんいわがあらわれた』

 

『おどるほうせきがあらわれた』

 

『ゴーストがあらわれた』

 

『ギガンテスがあらわれた』

 

「え、ちょ! うっそいきなり大量の魔物と遭遇!? しかも完全に俺達の世界の魔物だし!」

 

「どうやらこの世界もまた魔王の影響により、我々の世界の魔物達が現れるようになったみたいですね」

 

現れたのは過去ヨシヒコ達が何度も倒して来た覚えのある魔物達。

 

青色のプルプルしたモノや小さな羽でパタパタと飛ぶモノ、他にも突然爆発するモノや混乱状態にさせて来る厄介なモノ、更にはこん棒の一撃で一気に瀕死に追い込むほどの強敵まで揃い踏みだ。

 

「マズいですよメレブさん、異世界に来ていきなり大量の魔物と遭遇してしまうとは……今の我々では全く勝ち目はありません」

 

「も~~~なんで仏の奴はこんな魔物がいっぱいいる山に俺達を飛ばしたんだよ~! 異世界来てすぐ全滅の危機じゃん俺達!」

 

まともに戦える状態はヨシヒコだけというこの危機的状況で、まさかのモンスターの大群に襲われてしまうとは……

 

このままでは非常にマズイ、だがその時

 

 

 

 

 

 

「ほう、声がしたので何事かと来てみれば、いささか面倒ごとに巻き込まれているご様子で」

 

「「!?」」

 

不意に背後から聞こえて来たのはしわがれた年季の入った声

 

ヨシヒコとメレブがすぐにバッと後ろに振り返ると、そこにはヨシヒコ達よりも背の高い屈強そうな男が立っていた。

 

白髪の髭の生えた老紳士にも見えるが、その鋭く光る眼光はまるで歴戦の猛者の様である。

 

「よければ私が代わりにその魔物のお相手をしても問題ないですかな? 遠慮はいりません、その魔物の生態についていろいろと調べる必要があるので」

 

「な、なんだこのいかにも仕事出来そうな超紳士的なおっさんは!」

 

「す、凄い! 見ただけでもう絶対になんでも出来てしまいそうな気迫を感じる……!」

 

謎の白髪の男は魔物の大群を前にしてもこれっぽっちも恐怖を感じておらず、むしろ平然と片付けてやろうと拳を鳴らしながら歩み寄って来た。

 

この異世界に来て初めて出会った人物ではあるが、メレブとヨシヒコは即座にきっと物凄く出来る人なのだと全面的に信頼してしまうのであった。

 

一体この者の正体は……

 

 

 

 

 

そしてそんな状況をヒッソリと隠れながら覗く者が一人

 

「兄様……またもや異世界に来てしまわれたのですね、ヒサは心配です……」

 

木の裏から顔を出しながら心配している娘は、兄であるヨシヒコの身を案じてついて来てしまった彼の妹・ヒサ。

 

 

 

どうやら今回もまた程よい波乱が起こる旅になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 



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1-2

仏のせいでまたもや異世界に飛ばされ、新たな魔王退治の旅に出向いたヨシヒコ一行。

 

しかしダンジョーとムラサキは同行せず、彼等は彼等でヨシヒコに匹敵する勇者の素質を探す為に先に行き

 

仕方なくヨシヒコはまたメレブと二人でレベル1の状態のまま、未開の地へと足を踏み入れたのであった。

 

そしてそれからしばらく経ち、ヨシヒコ達はこの異世界で初めて夜を迎える事となった。

 

「それにしても……驚きましたね、メレブさん」

 

「驚いたね~、まさかまさかだったねぇ……」

 

視界が見えない内は無闇に歩くのは危険と判断し、ヨシヒコとメレブは山の中で焚火を焚いて朝を待つ事に

 

そしてぼんやりとした表情でしばし唯一の灯りである火を見つめた後

 

ヨシヒコとメレブは、未だ把握できていないこの世界で初めて出会った人物の方へ振り返った。

 

「まさか、我々を助けに颯爽と駆けつけてくれたおじいさんが」

 

 

 

 

 

 

 

「こんな状態になるまで魔物達にやられてしまうとは」

 

「いやーボッコボコだったね、ドン引きするぐらい見事にボッコボコにされてたね」

 

「……返す言葉もございません」

 

ヨシヒコとメレブと一緒に火を囲んで座っているのは、この世界に来た直後に魔物に襲われたヨシヒコ達を助けに現れた素敵な老紳士だった。

 

しかし今の彼は整った髪は乱れ、素敵な紳士服もボロボロになり、精悍な顔付きに蓄えた白い髭は少し毟り取られているというなんとも可哀想な見た目であった。

 

「まさか助けに入った私自身があなた方に助けられてしまうとは……一生の不覚」

 

「まあまあまあアレはしょうがないんじゃないかなー? 相手が悪い、おたくが一つ目巨人の魔物にブンブン振り回されてジャイアントスイングされ始めた時、「あ、これヤバいわ」と思ったもん」

 

「執拗に目潰し攻撃とかされてましたしね、あんな卑怯な真似をされたら負けるのも仕方ありません」

 

我ながら情けないと見た目かなりごつい老紳士がガックリと肩を落として落ち込み始めたので、メレブとヨシヒコは「仕方ない」と口を揃えて励ましてあげた。

 

「今はこうして皆無事に生き延びれた事を喜びましょう、倒れたおじいさんをメレブさんと一緒に引きずってなんとか逃げきれたのも奇跡です」

 

「あの時ゴメンね、顔面思いきり引きずっちゃって、こっちも必死だったもんだからもう遠慮なくズサーッ!って引っ張っちゃって」

 

「いえいえとんでもない、あなた方に命を救われたのですからこの程度なんてことありません」

 

「やだこの人心広ーい」

 

ぶっちゃけ彼の顔面の傷はほぼほぼ地面に引きずり回したヨシヒコ達のせいなのだが、その事について咎めるつもりは毛頭ないらしい。

 

「ところでそろそろ、私はあなた方にどうしても聞いておかねばならない事があります、よろしいですかな?」

 

「ほう、この俺達に聞いておきたい事とな? 良かろう、なんでも聞いてみるがいい、この魔法使いメレブがなんでも答えてやろう」

 

「いやはや話が早くて助かりますメレブとやら、して? 単刀直入尋ねますがあなた方はいったい何者で?」

 

この期に及んで上から目線で接して来るメレブに気にもせずに、男の目つきが先程よりも若干鋭くなる。

 

「あなた方はあの時現れた魔物の群れを相手にして恐怖を感じていましたが、それは未知なる存在に対するモノではなく、強敵と判断した上で恐れを抱いているに見えました」

 

「ほぉ~……」

 

「つまり元々相手がどの様な強さを持っているのか事前に知っていたという事、違いますかな?」

 

「なんという驚きの洞察力……やはりこのじいさん只モノではないな、さっきボッコボコにされたけども……!」

 

「あの魔物共は少しばかり前から発見されたとても謎の多い者共です、この近辺の村の者はおろか、”我々”でさえまだ解明出来ていません」

 

「ん? 我々?」

 

「しかしあなた方は先程の動きを見る限り、どうやらあの魔物の対処法を少なからず知っていたように見えます、何故です? 見た所あなた方は普通の人間となんら変わらない様に見えますが」

 

あの魔物の群れに襲われている状況下で、男はヨシヒコ達の様子を冷静に観察していたらしい。

 

そしてすぐに見抜いたのだ、彼等はどこか、自分”達”以上の何かの情報を掴んでいるのだと

 

そんな男の鋭い観察力にメレブはただただ驚いていると、ヨシヒコはどっしりと座ったまま真っ直ぐな目を向けながらはっきりと答える。

 

「私はヨシヒコ、この世界に現れた魔王を倒す為に、遠い世界から仏の力によってやって来た勇者です。我々があの魔物の事に詳しいのは、元々あの魔物は我々の世界にいた魔物だからという事、私は今まで何度もあの様な魔物達と元いた世界で戦っていました」

 

「ふむ……申し訳ありません、少し詳しくお話をお聞かせ願いますか?」

 

「いいでしょう、長くなりますが構いませんか」

 

「構いません」

 

男の眉が若干ピクリと上がった、どうやら予想していたよりもずっとかけ離れた答えであったのだろう。

 

そして詳しく説明が欲しいと尋ねてきた彼に、ヨシヒコは時間をかけてゆっくりと話す事にした。

 

自分とメレブは仏という者の導きで幾度も旅に出て多くの魔物を倒し、最終的に元凶たる魔王を倒し続けて来た事。

 

そしてこの世界に自分達の世界にいた魔王が逃げ出したので、それを倒す為に仏の命によって自分達が半ば無理矢理こっちに飛ばされてきた事

 

自分達の世界の魔王がこっちに来たという事はつまり、魔王と共に魔物達もこっちに現れるようになったという事

 

なのに仏の力不足のせいでこっちの世界に来た自分達はかつての力を失いまた一からやり直しになった事。

 

他にも二人仲間がいたのだが、今は訳合って別々に行動している事

 

 

妹がいる事

 

父親は今、再婚して自分の知らない場所で幸せに暮らしてる事

 

仲間の一人のダンジョーはもみあげが凄い長い事

 

仲間の一人のムラサキは凄い貧乳だという事

 

仏の耳は凄い大きい事

 

メレブが最近手相占いにハマり出した事

 

自分の乳首が最近無性に痒くなる事

 

「以上です」

 

「……長くなると言いましたが、結構短い内容でしたな、というか後半かなりどうでもいい話があった様な、特に最後」

 

「私も、言いながらあまり長くなりそうにないなと思ったので、途中から色々と付け足してしまいました」

 

「何故付け足す必要が……まあ良いでしょう、かなり有益な情報があったのは確かですから」

 

意外にもあっさりと身の上話が済んでしまったので余計な小話まで追加したヨシヒコに男は若干の疑問を抱くも

 

少なくとも最初の下りはかなり興味深い内容だったので、男はそれで良しとした。

 

「非常に不可解かつ奇妙なお話でしたが、見ず知らずの私に聞かせて頂きありがとうございます」

 

「私の乳首の事を聞きたいならもっと話しても良いですが?」

 

「乳首は結構です」

 

「どうすれば痒みが収まるんでしょう」

 

「いやだから乳首は……なるべく清潔にするよう心掛けてみましょう」

 

「はい」

 

なんで一番どうでもいい話をさらに掘り下げようとするのだと、ますますヨシヒコの天然具合に男が困惑していると、ずっと黙って話を聞いていたメレブは「ほほ~?」と何やら意味ありげな感じで男の方へ目を細めた。

 

「まさかあっさりとヨシヒコの話を信じたのは意外だったな、俺が言うのもなんだがかなりぶっ飛んだ内容だと思うのだが」

 

「なるほど、確かに私が即座にあなた方の話を信用した事に懐疑を抱くのは当然ですな、しかしそれは簡単な事です」

 

「と言うと?」

 

「今この世界ではあなた方の話よりもずっと不可解な現象が起きている、こんな状況だからこそあなた方の事情もその現象の一つとあっさりと受け止められたのです、それに何より……」

 

男はそこで話を一旦区切ると、ヨシヒコの方へ鋭い目を向けた。

 

「この男の眼差しには嘘偽りは無いと確信したからです、私は”人間”という生き物にとても強い関心を抱いています、そして彼はその者達の中でも一際その瞳から強い使命感の様な輝きが見受けられる、まるで私を創造して下さった御方の様な」

 

「ヨシヒコ、目を褒められたからってカッと大きく見開く必要ないから」

 

「それに私も、別の世界から来た、という部分については色々と経験がありますので……」

 

これでもかと大きく目を見開いてアピールするヨシヒコをメレブが呆れた感じで窘めていると、ふと「ん?」と彼の頭に一つ疑問が浮かび上がる。

 

「あれ? さっきおたく、人間に興味があるとか言ってたけど……え? もしかしておたく人間じゃないの?」

 

「はい、私の種族は異形種、竜人です」

 

「えぇぇ~!? 人間じゃなかった事にも驚きだけどなにそれ竜人って!? すげぇ強そうなんすけど~!」

 

「竜……ドラゴン……」

 

あっさりと自分の正体を話してしまう男にメレブがぶったまげた様子で驚く、ヨシヒコもまたキョトンとした様子で

 

「おじいさんはドラゴンだったんですか? とてもそうは見えませんが」

 

「私にはもう一つの姿があるのです、今ここで起こっている異変のおかげでお見せする事は出来ませんが、そちらの姿であればあなた方がよく知っているのに似ているやもしれません」

 

「そうなんですか、実は私、ここに来る前にいた別の世界ではドラゴンナイトという職業やってましたので、よろしければおじいさんの背中に乗って見て良いですか? 頭思いきり撫でてあげますので」

 

「……あまり人前に晒したくない光景が脳裏に見えたので遠慮しておきます」

 

突如座りながらズイッと一歩前に出て、自分の頭を撫でたそうにこちらを見つめるヨシヒコを男がやんわりと丁重に断っていると、メレブが「ん?」と突如首を傾げ

 

「つか普通の人間じゃないならさ、少なくとも今の俺達よりは強い筈じゃね? なんで俺達の世界の魔物相手にあそこまでボコボコにされてたの?」

 

「……そうですな、あなた方から大変貴重な話を伺いましたし」

 

竜人がどんな種族なのかはわからないが、いかにも強そうだしあれぐらいの魔物など何てことない筈では?

 

そんなメレブの疑問に男はちょっと溜めると、決心したかのように静かに頷いた。

 

「そのお返しとして今度は私からもお話を提供させて頂きましょう、あなた方の疑問とこの世界、そして”我々”について」

 

「聞きましたかメレブさん、私の乳首の話のおかげで現地の人から情報を入手できるキッカケを作れましたよ」

 

「「乳首は関係ない(です)」」

 

なぜか嬉しそうにはしゃぐヨシヒコに、男はメレブと真顔でハモってツッコミを入れた後、改めて話を始めるのであった。

 

「それではまず私の名を明かす事にしましょう、私の名は”セバスチャン”、以後お見知りおきを」

 

「……陸に憧れる人魚姫とそれを良しとしない頑固おやじの間で板挟みにとかなってない?」

 

「おっしゃる事は理解出来ませんが……まあ気軽に私の事はセバスと呼んで下さい、それと私の職業は執事です」

 

「黒執事……!」

 

さっきからメレブは何を言っているのだろうと男、セバスは頭の上に「?」を浮かべるも、気にせずに話を続ける事にした。

 

「さて、軽く自己紹介も済ませたしまずはこの世界の異変について説明させて頂きましょうか、そうなるとまず、私が属しているある組織の話から始めた方がよろしいですな」

 

「組織、ですか? 一体どんな組織なんです?」

 

「いくら信頼出来そうなあなた方でも我々の組織の名を明かす事は出来ませんが……つい最近そこで起こった出来事を私の主観で話させて頂きます」

 

組織の名を隠しつつ、セバスはヨシヒコ達にここ最近の出来事を話し始める事にした

 

「あれは今から少し前の出来事です、後々詳しく説明させて頂きますが、ある日を突然に、我々が拠点とする地域で不可解な異変が発生しました」

 

「異変……」

 

「その異変を機に我々の組織の均衡に綻びが生じていき、日に日に我々の間で混乱や疑心が芽生え始め、遂には組織そのものの形成さえ危うくなる程の深刻な事態に陥ったのです」

 

謎の怪異現象が起きて間もなく組織崩壊の危機……一体どれほどの事が起きたのかはわからないが

 

男の緊迫した話し方といいかなり深刻な状況である事がヨシヒコとメレブも容易に想像出来た。

 

「我々の中で徐々に焦りと苛立ちが募り始め、更にはその異変が組織近辺だけではなく、この世界全域に降り注がれている為、もはや逃げ場は無いという真実が判明し」

 

「ほうほう」

 

「更に追い打ちをかけるかの様に未知なる魔物達が大量発生、我々の敷地に入り込むモノまで現れ始め、組織はおろか我々の身、そしてなにより我々の上に立つ”至高の御方”にまで危害が及ぶ可能性まで出てきました」

 

「あら~段々ヤバい雰囲気になって来た……」

 

「しかしこの様な絶望的な状況を打開せんと、身内で言い争いばかりしていた愚かな私達を見かねて、遂にあの御方が自ら立ち上がってくれたのです」 

 

「あの御方?」

 

「我々にとって最も大事かつ偉大な存在、私が執事として一生の忠義を誓う唯一無二の至高の御方です」

 

どうやらセバスにとっての主とはその組織のトップである至高の御方という者であるらしい。

 

一体その人物が組織崩壊の危機にどんな一手を指したのか、興味深そうに身を乗り上げるヨシヒコとメレブの前に、突然セバスはスッと懐から一枚の紙を取り出した。

 

「その御方は王の玉座の上に我々に向けての言伝を書き残し、自ら我々の前からお姿を消しました」

 

「ほーそれでおたくが持っているその紙が、その至高の御方からの置き手紙だと?」

 

「部外者である私達が言うのも差し出がましいですが、読んでみても構いませんか?」

 

「どうぞ」

 

セバスから受け取った手紙を開いて、背後から覗き込むメレブと一緒にヨシヒコはそこに書かれていた言伝を読んでみる事に、するとそこにはなんと……

 

 

 

 

 

 

『旅に出ます、探さないで下さい』

 

 

 

 

 

 

「え、えぇ~……いやコレ……えぇ~~~~~……」

 

「セバスさん、これは一体……」

 

「お気づきになられませんか?」

 

それはかなりざっくりに一言で終わってる置き手紙であった。

 

それにちょっとやけになっていたのか、筆の動きがかなり乱暴で雑な走り書きになっている。

 

えらくシンプルな内容にメレブとヨシヒコが困惑しながら手紙から視線を上げると

 

セバスはどこか誇らしげな様子で

 

「あの御方は不毛な争いを続ける愚かな我々の行為に深く失望し、供に連れるにも値しないと、たった一人で異変の解決に向かわれたのです」

 

「なんだと!?」

 

「いや逃げたんだって、普通に」

 

それを聞いて驚愕するヨシヒコ、一方メレブは真顔でボソッと呟くのみ

 

「そもそもこの異変の出来事で最も心をお痛めになったの他でもないあの御方です、故にこの事態を早急に解決せねばと、失ったモノを取り返さんと自ら動く事もまた道理であり必然でもあったのです」

 

「つまりここに書かれている「旅に出ます」というのは……!」

 

「「異変が起きた原因を探りに行く」でしょうな」

 

「「探さないで下さい」というのは……!」

 

「「追って来るな、コレは自分一人でケリを付ける」って事でしょう」

 

「す、凄い……! あえて部下を突き放し、危険を顧みずにたった一人で事態の解決に出向くとは……! なんて勇気ある御方なんだ……!」

 

「そう言われるとあの御方の部下として、非常に誇らしく思います」

 

「だから逃げただけだって、絶対」

 

 

二人で勝手に深読みしていくのでメレブがめんどくさそうにツッコむも、彼等の耳には届かなかった。

 

「故に至高の御方に取り残された我々はいかに自分達が愚かであったのだと痛感しました、主の御心も読めずにただ組織の安定ばかりに気を取られるなど部下としてあるまじき愚行……この様な醜態を晒すから見放されたのだと」

 

「気を落とさないで下さいセバスさん、その方もきっとあなた達を見放した訳ではありません、もしかしたらあえて冷たい真似を取って、あなた達が追いかけて来るのを待っているのかもしれませんよ」

 

「なんとそこまでご理解して下さるとは……実は私がこうして拠点から抜け出して外を出歩いているのも、我々一同己の行為を悔い改め、皆別れてあの御方を探し回っているのです、どうか自分達が犯した罪を償わせて欲しいと」

 

「いや~そっとしておいてやろうよそこは……疲れたんだよきっと」

 

ヨシヒコの言葉に感激でもしたのか、少々熱くなった様子で自分がここにいる理由を語り出すセバス。

 

しかしメレブは消えてしまったその主とやらの心境をわかっている様子で、わざわざこっちから出向く必要は無いのではと考えていた。

 

「てかさ、そもそもさっきから言っているその「異変」っていうのはどんなモノなの? なんかこうして聞いている限りかなりヤバいモンだってのはわかるんだけど」

 

「私もかなり気になっていました、なんだかとてつもなく嫌な予感を覚えます」

 

「まぁ~でも多分アレだよな、仏が言ってたアレ」

 

改めてメレブとヨシヒコはセバスの口から度々出て来た「異変」がどういったモノなのか疑問に思い始めた。

 

組織一つを容易に崩壊させる現象というのはどう見ても普通ではない。

 

しかしメレブは既にその異変を起こした元凶というのを、ここに来る前に聞いた仏の話からなんとなくピンと来ているらしい。

 

「アイツ言ってたじゃん、魔王の奴がこの世界にいる一部の者に呪いをかけたって、異変って多分その呪いなんじゃね?」

 

「言ってましたっけ?」

 

「言ってたよ、忘れちゃったのヨシヒコ? 仏の話どうでもいいから聞き流してた?」

 

「魔王の呪い……?」

 

メレブとヨシヒコの会話を聞いて今までずっと淡々と喋っていた様に見えたセバスが、初めて声色に動揺が混ざって変化があったように感じた。

 

「魔王の呪いとは一体どういう事ですかな、詳しくお聞かせを」

 

「いやーぶっちゃけ呪いの効果がどんなモンなのかもわかってなかったみたいなのよアイツ自身、だから詳しくは俺等もわからないんだよね」

 

「魔王の呪いは後で仏が現れた時にでも聞いておきましょう」

 

「……承知いたしました、しかしもし我が主がお求めになった事態の黒幕がその魔王となると」

 

メレブ達も未だその辺は深く解明出来てないらしい、しかしこうして彼等と話している内に新たな情報が次々と出てくると確信したセバスは

 

コレから自分がどうすべきなのか、最善の選択とはなんなのかと考え始めながら

 

ある一つの妙案がふと頭によぎった。

 

「仮にあの異変と魔王の呪いというのが繋がっているのであれば、賢明なあの御方なら既にその事に気付いて元凶の下へ向かっている筈、ならばその者を倒す事を宿命とするこの者達と共にいればいずれ……」

 

「おーおー急にブツブツ呟き始めてどうしたおじいちゃん」

 

「何かわかったんですかセバスさん?」

 

「いえ、ですが一筋の光明は見えました、あなた方……いえ、ヨシヒコさんとメレブさん、折り入ってあなた方に一つ御頼み事が……」

 

こうして一人で闇雲に探し回すよりも……セバスは思い切ってヨシヒコ達にある一つの頼み事をしてみようとする。

 

彼等なら、特にこのヨシヒコにはかつて自分を創造して下さった御仁と同じ匂いさえ感じる、もしかしたら……

 

 

 

 

 

「あらあらまあまあ、随分と親し気にお喋りしているじゃないかえ、セバス」

 

「!?」

 

「ん?」

 

しかしセバスがヨシヒコ達にその頼みごとをする前に、突如その空気を引き裂くかのような不穏なる気配が彼等を襲うのであった。

 

突然闇の奥から聞こえて来たのはのどかな感じでこちらに語り掛ける小鳥のさえずりの様な少女の声。

 

だがこの様な暗い場所ではあまりにも不釣り合いで、どことなく得体の知れない何かを感じる。

 

セバスはすぐにハッとその声にいち早く気付いて立ち上がったので、メレブがどうしたのかと眉間にしわを寄せて振り返ると……

 

「この様な場所で下等なる生き物と仲良く密会とは、もしやそなた、偉大なる御方のお傍にいて置きながらあっさりと鞍替えでも考えているのではおるまいか?」

 

「誰この娘……は? なんかヤバイ感じすんだけど……」

 

その人物はパッと見、ヨシヒコ達の世界ではあまりお目にかかれなかった(何度かはある)服装をした娘であった。

 

漆黒のドレスを着飾り、スカート部分は大きく膨らみ、フリルとリボンが付いたボレロガーディアンを羽織り、肌があまり露出されない様に配慮されたどこぞのお姫様の様な格好。

 

その上で、着飾る当人は銀髪紅目のまだ年端もいかない少女にも見えて、先程からの若干違和感ある喋り方がより不釣り合いにも感じた。

 

特にその整った顔立ちから作られたどこか歪に感じる柔らかい笑顔が、ますます彼女の得体の知れなさに拍車をかけている。

 

つまりどう見ても”まとも”ではないという事だ。

 

えらく小柄な割には”不自然な形で膨らんでいる胸”もまた何か怪しい……

 

「誤解しないで頂きたい、私は彼等に情報提供をして貰っていただけです、あなたこそ一体どうしてここに」

 

「どこにいようが私の勝手でありんす、しかしまっこと不快なモノを見せられるとは思いもしませんでしたなぁ、私達が行うべきは去って行った我が主を探し見つけ、今一度この頭を下げて全力で忠義を尽かさせて貰う事ただ一つだけの筈」

 

二人の言動から察するに、彼女もまた同じ組織の者というのが容易に伺える。

 

しかしセバスの意見をまともに聞いているのかどうかさえわからない態度で、銀髪の少女はニタニタと笑いながらヨシヒコ達を覗き込むように見つめながら思いきり首を傾げて見せた。

 

「なのにお前は下等生物相手に情報収集? その様な者達が崇高なる我が主の居場所がわかるとでも本気でお思いか? ”ナザリック地下大墳墓の執事”ともあろう者がそんな愚行を犯していると知ったら、我が主はきっとお嘆きになるであろうよ」

 

「おいおいお~い! なんだこの小娘、さっきからすっげぇ俺達の事を見下してるぞ! 言ってやれセバス! ここにおられるメレブ様はとっても凄い魔法使いで! 輝くホクロとキューティクルな髪型がチャームポイントの素敵な紳士ですって!」

 

下等なる生き物と称された事にメレブがムカッとした様子で抗議すると、少女はセバスを問い詰めるのを一旦止め、取り繕った笑顔も消してジロリと彼の方へ殺気の込もった視線をぶつける。

 

「おい、黙っていろ下等生物、蛆虫風情が私の話を邪魔して許されると思ってんのか。苦しまずに死にたいならまずはその薄汚い口を閉じろ」

 

「閉じませ~ん! 一生喋り続けてやります~! 重たい雰囲気が一瞬で払拭されると定評ある、このメレブのスペシャルトークに酔いしれるがいい!」

 

「……コイツはさっさと殺すか」

 

「殺されませ~ん!」

 

さっきまでの口調とは違いえらく攻撃的な言動になった少女、こちらが素に近いのであろうか。

 

しかしメレブはそれでもお構いなく全力でバカにした態度を取るので、早急に始末すべきだと彼女がすぐに実行に移ろうとしたその時

 

ずっと黙っていたヨシヒコがスクッとその場で立ち上がったのだ。

 

「こんな夜中にどうして子供が出歩いている、ここは危険だからさっさと帰りなさい、きっとお家でお母さんとお父さんが心配している筈だ、もし迷子なら私が家まで連れて行ってあげよう」

 

「やだヨシヒコ、この子ったらこの娘の事をただの子供だと思ってらっしゃる……!」

 

「はぁ~……ここには生きるにも値しない馬鹿しかいないのかえ?」

 

今までのセバスと自分の会話を聞いた上で、完全に子供扱いして来るヨシヒコの態度に、彼女は思わず頭を手で押さえてガックリと呆れ果てた。

 

「セバス、私がこれ程までにお前に失望したのは初めてであろうよ、よもやこんなゴミ共と仲良く火を囲んで言葉を交える事が私達にとっての利益になると本気でお思いか? 返答によってはこの場で粛清も止む無しぞ」

 

「ゴミでは無い、私は勇者ヨシヒコだ! いいからさっさとお家に帰りなさい!」

 

「だから私とコイツの会話に一々首突っ込むんじゃねぇよ!」

 

「フッフッフ、翻弄されるがいい、残念ながらヨシヒコは、空気など読めぬのだ」

 

「テメェも邪魔すんじゃねぇ亀頭野郎!」

 

「おい待て、その表現は止めろ、せめてキノコ頭にしろそこは」

 

セバスと話し合いをしたいのに事あるごとに会話に混ざって来るヨシヒコとメレブに遂に彼女がキレた。

 

綺麗な銀髪を乱暴に掻き毟るとより口調が荒々しくなっていき、徐々に殺気を強くさせていく。

 

「はぁ~……最終的に始末しようとは思っていたがもう仕方ありやせん……」

 

「もしやあなた……」

 

一旦呼吸を整えて無理矢理落ち着こうとする彼女を見て、セバスはすぐにこれからするであろう彼女の行動を勘付いた。

 

「面倒ではありんすがセバスとゆっくり語り合う為にはまずゴミ掃除から始める事にしましょう、それも出来るだけ強い痛みと絶望を味合わせながら」

 

「お待ちなさい、この者達は本当に我々に取って重要な人物になる可能性があるのです、あなたも彼等の事情を聞けばすぐにご理解出来る筈、今すぐ矛を収めて冷静さを取り戻し、私の話を聞いて下さい」

 

「ごちゃごちゃうっせぇぞクソセバス! 言っておくが私が殺す対象はコイツ等だけじゃなくテメェも入ってんだよ! 人間なんぞを庇いやがって! この薄汚ねぇ裏切り野郎が!」

 

「なんと、もう既にあなたは考える事さえ放棄しておられるのですか……?」

 

セバスの精一杯の弁明も届かず、彼女は金切り声を上げながらヨシヒコ達だけでなく自分をも殺そうと躍起になっている。

 

流石にこの展開はマズイと、セバスの渋い顔つきが更に濃くなった。

 

「これもまた我が主が行方をくらましてしまった原因でしょうか、元々彼女は考えるより先に手を出す方でしたが、主が不在だという事に彼女の心に強い焦りが生まれ、代わりに余裕や思考能力を失ってしまったのでしょうな」

 

「なるほど、つまり「バカ」から「すんごいバカ」になったんだな、どうする同じくバカのヨシヒコ」

 

「止むを得ません、ここは私が出ましょう」

 

同じ主を持つ同志がここまで変わり果ててしまった事に(ぶっちゃけ根本的にはたいして変わっていないが)嘆き悲しむ様にセバスはそっと自分の頭を手でおさえる。

 

するとそこへ、ヨシヒコがザッと彼女の前に静かに立った。

 

「私には勇者として魔王を倒すという使命がある、それを邪魔するのであればこのヨシヒコ、例え子供であろうと容赦しない」

 

「勇者、魔王? 虫けらの言ってる事はよくわかりやせんが、この私に対して命乞いではなく歯向かおうとしている事だけはわかりました、全くもって無駄な事ではありんすが、ほんの余興として遊んであげるかえ」

 

真っ直ぐな眼差しをこちらに向けて挑もうとして来る彼を見て、彼女はますます不愉快に思いながらも

 

衝動的に湧き上がった怒りが徐々に収まっていき、急に改まった様子でスカートの裾を軽く摘まみ上げてペコリとヨシヒコに向かって頭を下げた。

 

「今から死に絶える者に名を教えるというのも無意味だとは思いますが。いわゆる冥土の土産として特別にお教えしましょう」

 

 

 

 

 

「わらわの名は”シャルティア・ブラッドフォールン”」

 

 

 

 

 

「残酷で冷酷で非道、そして可憐な”化け物”でありんす」

 

堂々と名乗り上げた少女、シャルティアはゆっくりとヨシヒコの方へまたあの歪な笑みを浮かべて顔を上げた。

 

次回、ヨシヒコ、異世界にて初めての一騎打ち。

 

激戦確実

 



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1-3

この世界へやって来たヨシヒコ達への洗礼と言うべきか

 

まだレベル1だという状態にも関わらず、彼等の前に明らかに異質かつ禍々しい雰囲気を放つ者が現れた。

 

シャルティア・ブラッドフォールン

 

見た目は幼い少女ではあるが、そのあどけない表情の裏には徹底的に相手を弄びながら殺し、ひたすら見下しながら嘲笑い、ただ己の快楽の為だけに蹂躙して楽しむという恐ろしい残虐性が見え隠れしていた。

 

「フフフ……久しぶりに人間の血を吸って楽しむとしましょうかえ」

 

「私の血を? どういう事だ?」

 

こちらの体の部位をチラチラと目に通しながら品定めしてくるシャルティアに、ヨシヒコは彼女の言葉に首を傾げていると、傍にいたセバスが冷静に教えてくれた。

 

「気を付けて下さいヨシヒコさん、彼女は”吸血鬼”、異業種の中でも上位に君臨する恐ろしい種族です」

 

「すみません、吸血鬼ってなんですか?」

 

「よし、それには俺がお答えしようヨシヒコよ」

 

聞き覚えの無い種族にヨシヒコはどう対処すればいいのかわからないでいると、セバスの隣にいたメレブがドヤ顔で説明する。

 

「吸血鬼というのは人間の血を飲む事を好み、吸った相手を自由に操る事さえ出来るパワーを持つ生き物なのだ、他にも空を飛び回ったり滅茶苦茶怪力だったり、日光を浴びせるとか心臓を杭で刺さすとかしないと死ななかったり、時間を止めたり、二丁拳銃で暴れ回ったり、ホテルを経営していたり、機械人形を手下にしたりする、つまり超やばい」

 

「な、なんて恐ろしい……! まさか異世界に来て早々、そんな強敵と戦う事になってしまうとは……!」

 

「あと、ドーナッツが好きだったりするよ!」

 

入手経路は不明だが、メレブが出来る限り吸血鬼という生き物の生態を詳しく説明すると、ヨシヒコは一筋縄ではいかない相手だと顔から汗を滲ませる。

 

しかし彼はだからといってここで退く訳にはいかないと、腰に差す立派な剣、「いざないの剣」を抜いて両手で構えて真っ向から対峙した。

 

「しかし私には魔王を倒すという使命がある、例え相手が吸血鬼だろうがここで負ける訳にはいかない」

 

「ほ~ん、多少の恐怖は感じているみたいでござんすが私から逃げる気は毛頭ないと? さてさて無知とはホントに恐ろしいものでありんすなぁ」

 

こちらの攻撃を正面から受ける気だと判断したシャルティアは、相変わらず人を小馬鹿にした態度を取りながらヨシヒコを嘲笑う。

 

もはや彼女はヨシヒコを敵と判断していない、ただその辺に這いつくばっている虫を潰すだけの簡単な作業だとしか思っていないのだ。

 

「己と相手の力量が全く違うという事にも気づかないとは……人間とは実に嘆かわしい生き物でござんす」

 

「さあかかってこい! 私はいつでもお前を迎え撃つ準備は出来てるぞ!」

 

「迎え撃つ? そんな準備はいりんせん、何故なら……」

 

 

剣を構えてこちらを睨みつけ、絶対に勝つという信念さえも感じるヨシヒコの態度にシャルティアは不快感を覚えると

 

お望み通りにと彼女はダッと地面を蹴ったその瞬間、一瞬で彼との距離をゼロに縮めてしまったのだ。

 

「私の小指一本で、お前程度なんとでもなるでありんす」

 

「!?」

 

「ヨシヒコォー!」

 

いきなり目の前に現れた事にヨシヒコが怯んだのも束の間、シャルティアは小さな手から長い爪の生えた小指一本だけを立てて、無邪気に笑いながら彼のお腹を抉り取ろうと突き刺したのだ。

 

小指一本とはいえ吸血鬼の一撃だ、いくらヨシヒコでもただでは済まないぞ、とメレブが焦った様子で呆然と眺めていると

「……」

 

「……」

 

「……あれ?」

 

すぐにヨシヒコの腹からおびだたしい血が流れるとか、モザイク表現になるとかそういうグロデスクな光景を見せられると予想していたメレブであったが

 

シャルティアに一撃を食らわされたヨシヒコは無表情でただジッと自分の胸元近くにいる彼女を見下ろすだけであった。

 

そして攻撃を繰り出したシャルティアの方もしばし硬直した様子で固まり、辺りに微妙な雰囲気が流れ始めると

 

「……」

 

シャルティアはそっと無言でヨシヒコから一歩離れる、右手の小指を大事そうに左手で握りながら

 

「ん? おいあの吸血鬼、まさかぁ~……指痛めた?」

 

さっきまでベラベラしつこいぐらいに喋ってたクセに、急に黙り込んで後退するので、明らかに彼女の様子がおかしいとすぐにメレブが見抜いて小首を傾げる。

 

「……ヨシヒコ、今お前攻撃まともに食らったけどぶっちゃけどうだった?」

 

「……お腹を指で突っつかれました」

 

「……それだけ?」

 

「はい」

 

もしかしたらヨシヒコ自身は攻撃を食らったという感覚さえ無かったのかもしれない。

 

さっきまで小指一本で倒してみせるとのたまっていたシャルティアは、それを聞いてジンジンと痛む小指をさすりながら何度も頷き

 

「ただの……ただの人間の割には中々やるでありんすな」

 

「……まだなにもやってないが?」

 

「次から、次からいよいよ本番でござりんす、左手、左手一本で殺してやるんで覚悟しておくんなまし」

 

テンションもかなり下がっている様子で落ち着いた声でそう呟く彼女にヨシヒコが真顔で答えると

 

シャルティアはまるで自分に言い聞かせるように同じ言葉を繰り返しながら、左手で拳を構えて再度彼に挑む事に。

 

そして

 

「死ねぇぇ!」

 

「う!」

 

再び猛スピードでヨシヒコのお腹に向かって攻撃、今度は小指などではなく渾身の左でのボディブロー

 

これは流石に効いただろうと彼女も内心思ったのだが……

 

「……」

 

「あ、あれぇ……?」

 

微かに呻き声を上げて若干後ろに体が揺れただけで、依然ヨシヒコは無言で立ったままであった。

 

どうしていいのかとシャルティアが困った様な表情を浮かべてしまうと、メレブが頬をポリポリと掻きながらヨシヒコに向かって

 

「ヨシヒコ、今の攻撃、ダメージにするとどんぐらい? ぶっちゃけていいから正直に答えて」

 

「……1ぐらいです」

 

「わぁお、スライムレベル」

 

「な!?」

 

最序盤に出て来るレベルの魔物と同格の攻撃力と聞いて口を開けてメレブは絶句、シャルティアも絶句。

 

「今の無し! 次こそは私の本気だから! 本気の本気! もう! マジで死ぬからアンタ!」

 

「おいおいどうしたどうした~? なんかさっきまでシリアスぽかったのになんか変な空気流れてるぞ~? どうしてくれるんだこの空気~」

 

「うっさい! コイツ殺したら次はお前だ金髪腐れ菌類!」

 

外野のメレブに苛立ちを募らせながらもシャルティアは今度こそ殺してみせると一旦ヨシヒコから離れる、今度はより勢いを付ける為にかなり距離を取った。

 

「おお、助走付ける為にヨシヒコから離れ始めた、今度は勢い付けるんだ、いいよいいよー頑張ってー」

 

「……」

 

「おや? 足元の石が気になっちゃうのかな? じゃあ転ばないよう弾いておかないとね~、そうそうそう」

 

後ろに下がるがてら足元にある石ころでうっかり転ばないよう危惧して、シャルティアは無言で落ちてる石を手づかみで外側に弾いて行く。メレブはそれをにこやかに笑みを浮かべ見守っていた。

 

そしてそれをジッと見ていたヨシヒコも気になったのか、彼女の傍に寄ってしゃがみ込んで

 

「あぁ~ヨシヒコが気を使って一緒に石捨てるの手伝い出しちゃった、敵なのに」

 

「その靴は山道に向かないから、走るんだったら一旦脱いでおきなさい」

 

「あ、なるほど……」

 

「そして敵なのにアドバイスしちゃうヨシヒコ、そして敵なのにアドバイスに従う吸血鬼、なんだお前等、仲良しか?」

 

ヨシヒコに石拾いを手伝って貰いながら更には助言までされるシャルティア

 

彼の言う通りに一旦靴を脱いでそれを丁寧に揃えてちょっと離れた場所に置いて来ると、彼女は改めてヨシヒコと一定の距離を置いたのを確認して……

 

「さあ今から貴様を徹底的に嬲って殺してやるでありんす!」

 

「よし来い! 私は絶対に負けない!」

 

「いやこの流れで普通にやるんかい、今更シリアスっぽくしても無駄だから、なんかもう、薄々勘付いて来たからこっち」

 

一連の二人のやり取りのおかげですっかり茶番にしか見えなくなってしまったメレブだが、そんな彼をよそにシャルティアとヨシヒコは三度目の正直という事で、再びぶつかり合う事に

 

「うおぉぉぉぉぉ!! これで死に果てろぉ!!」

 

「うわーもうヤケクソだ、パンチが効かないからってなりふり構わずに体当たりを仕掛けて来たよ」

 

メレブの呆れて実況がする中、全身全霊の一撃を食らわさんとヨシヒコに向かって全速力で突撃を開始する。

 

靴を脱いだおかげで先程よりも更にスピードが速い、このままヨシヒコに全身で体当たりをかますのかと思いきや……

 

 

当たる直前で咄嗟に身を翻してヨシヒコが無言でスッと避けるのであった。

 

「ぎにゅッ!」

 

「いやそこ避けんのかい!」

 

事前にキチンとセッティングをさせておいて何食わぬ顔で避けてしまったヨシヒコに思わずメレブもツッコミを叫んでいると、哀れシャルティアはヨシヒコの背後にあった大きな木に頭から突っ込んで、短い叫び声を上げてズルズルとその場にもたれ込む。

 

「ヨシヒコ! それは酷い! あんなに手伝っておいて結局避けるのは流石に酷い! そこは受け止めてあげないとダメじゃん! 彼女の頑張りに応えてやってそこは!」

 

「いやだって……死にはしなくてもやっぱり痛いモンは痛いですから……」

 

「あんなに優しくしておいて最終的に冷たく突き放すとか……酷い男だわ~ヨシヒコ」

 

呆気なくダウンを一つ奪う事に成功したヨシヒコであるが、そのやり方にメレブがちょっと納得いかない様子で首を捻っていると

 

「おのれ……」

 

木に激突して倒れていたシャルティアが頭を押さえながらヨロヨロと起き上がった。

 

「おのれぇぇぇ!! よくもこの私にこんな醜態を! 絶対にぶっ殺してやるぞ貴様等ぁ!」

 

「いい加減になさい、”ナザリック地下大墳墓 第一~第三階層守護者”、シャルティア・ブラッドフォールン」

 

「!?」

 

額の箇所を赤くさせながら目を血走らせて激昂する様子を見せる彼女に見かねて落ち着いて声を掛けたのは

 

今までずっと無言で彼女を眺めていただけだったセバスであった。

 

「あなたがそうして滑稽な姿をさらしているのは、他でもないあなた自身の責任です、”異変の影響”をもう忘れたのですかな?」

 

「……」

 

自業自得だと冷たく言い放つセバスにシャルティアは何も言えずにただ無言で彼を睨みつけていると、異変と聞いてメレブも「お?」と反応して彼の方へ振り返る。

 

「そういやまだ異変の事について聞いてなかったっけ? もしやあの吸血鬼から察するに……」

 

「そう、今の我々はかつての頃に比べて雲泥の差と言っていい程酷く”弱体化”している状態、それが異変なのです」

 

察しの良いメレブにセバスは深く頷くと、改めて異変についての話を教えてくれた。

 

「我々は今、異変が起きる前に比べて格段に力を失っています、それもただ単に弱くなるだけではありません、本来持っていた筈のあらゆるスキルや装備品、アイテム全てを失ってしまっているのです」

 

「ほう、冒険の章が消されてしまいました的な感じかな?」

 

「異変の影響は強き者ほどより大きく影響を受けると確証されております、つまり我々の組織の面々はその強さが仇となり、此度の現象によって甚大なる被害を被ってしまった訳です」

 

セバスの言っていた異変というのは、どうやらその者の強さに比例してより大きな損失を被ってしまう厄介な現象の事だったらしい。

 

魔物の群れに袋叩きにされていたセバスと、人間一人とまともに戦う事すら出来なかったシャルティアを思い出し

 

強さに比例して弱くなるという事は、きっとこの二人は異変が起きる前は自分達が想像つかない程強かったのだろうとメレブは推理するのであった。

 

そして今となってはもうこの二人は、ぶっちゃけ自分とヨシヒコと同じレベル1の状態なのであろう。

 

「更にこの異変というのは性質が悪く、私達の様な生き物だけでなくモノ自体にも影響を与え、至高の四十一人が築いて下さった多くのワールドアイテム、あの御方達がいた証であられる神器までもが一瞬で消失してしまったのです」

 

「ん~よく分からないけど、なんとなくすげぇアイテムや超レアな装備品も無くなっちゃったというのは理解した」

 

至高の四十一人? ワールドアイテム? 神器? 

 

意味わからない単語が連続で出て来てメレブは考えるのを一旦諦めて、とにかく異変の影響で今まで築き上げた財力を失い、そのせいで組織の崩壊に拍車を掛けている事だけはわかったと適当に頷いて見せる。

 

「つまりこの世界は今、その異変、つまり魔王が放った呪いの影響で、みんな弱くなっちゃってるんだな、なるほどー大体わかった」

 

「……あまり驚きになられないのですね」

 

「んーぶっちゃけ俺達はレベル1になるのはもう慣れてるからねー、仏のせいで」

 

所持品全部失ってレベル1にリセット、そういう体験は慣れっこであるヨシヒコ達にとってはなんら珍しい事ではなかった。

 

しかしそんな体験に慣れていない彼等にとっては、当然耐えがたい屈辱なのであって……

 

「認めない……私は認めないでありんす……!」

 

今まで築き上げたモノが全て水泡に帰してしまったという現実を、受け止める事が出来ずにシャルティアが一人怒りというよりも焦りに震えながら呟き始めた。

 

「我が創造主であられるぺロロンチーノ様が私に下さった沢山のお力や贈り物……それら全てが消えてしまったなんて絶対に私は認めない! きっと今はまだ見えていないだけで、すぐに私の下へ返って来る! そう! 我等の主・”アインズ様”のように!」

 

「ペペロンチーノ? なに食い物の話? いやそんな事よりお前さ、ちょっと今の自分の状態欲見てみ、特にお腹の部分」

 

「はぁ?」

 

興奮した様子で吐き出すように叫んでくるシャルティアに対し静かにメレブが指摘したのは彼女のある”一部”であった。

 

いきなり何を言い出すんだと彼女は怪訝な様子で視線を下に向けると

 

「お前のおっぱい、腹に移動してるぞ、どうした? 吸血鬼のおっぱいは動くのか? 自動移動型おっぱいなのか?」

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

メレブが指さしたシャルティアのお腹には謎の膨らみが二つぽっかりと浮かんでおり

 

その代わりに本来あるべき彼女の胸の部分はさっきに比べて確実にボリュームが薄くなっており……

 

言ってみれば完全にぺったんこ状態であったのだ。

 

これに対して今まで以上の金切り声を上げてシャルティアは凄まじい形相を浮かべると、急いでそのお腹に置かれた二つの山を必死に胸の所に上げようと奮闘。

 

そんな慌てる彼女を見たヨシヒコは途端にハッと表情を変え

 

「ま、まさかお前……!」

 

「その通りだヨシヒコ、最初見た時から怪しいと睨んでいたが俺は確信した、アイツは! あの吸血鬼は間違いなく!」

 

ずっと不自然に思っていた彼女の部分、あの華奢で小柄な割には明らかにサイズがおかしいと思っていたがこれで合点がいった。

 

全ての謎が解けたかのようにメレブは、名探偵の様にビシッと彼女に向かって指を突きつけ高々と。

 

「奴は胸に! 確実にパッドを詰め込んでいます! つまり奴は! ”エリってる”!」

 

「つつつつ詰めてないもん! コレはちょっと……アレだから! 吸血鬼特有のアレだから!」

 

真実を突きつけられ明らかに口調がおかしくなりキャラの設定がブレブレになり始めるシャルティア

 

しかしそんな彼女の言い訳を聞かなかった様にスルーして、セバスはメレブの口から出て来た聞き慣れない単語に興味を抱く。

 

「すみません、エリってるとは一体どんな意味ですか?」

 

「うむ、よくぞ聞いてくれた、エリってる、それはかつて俺達が別の異世界でお会いした事のある女神の名前から引用した言葉であり、その者は女神でありながらあろう事か、胸に大量のパッドを詰めて自らを巨乳だと偽っていたのだ」

 

「なるほど……それは狡猾で姑息ですな、己を偽り他人を騙すとは正に女神としてあるまじき行い」

 

かつて別の異世界でメレブが冒険していた時に出会った幸運の女神、その言葉の意味は彼女が元ネタだと聞いて感心するようにセバスは頷く。

 

「つまり胸をパッドで誤魔化す輩の事を……エリってる! と俺はそう呼ぶ事に今決めた、てか今咄嗟に考えた!」

 

「大変勉強になりました、無知なる私に教えて下りありがとうございます」

 

「使いたかったらいつでも使うがいい! そして広めろ! この世界にも”幸運の女神・エリス”の哀しく笑える事件を後世にまで伝えろ!」

 

面白半分でこの世界にあの女神の哀しきエピソードを広めてやろうと我策し始めたメレブ。

 

そしてヨシヒコの方はというとまだ胸にパッドを詰め直す作業に手こずっているシャルティアを可哀想な目で見つめながら

 

「貴様エリっていたのか、貧乳のクセに巨乳だと偽るとは……なんて哀しき娘だ……」

 

「偽ってないし! ただおっぱいがズレただけだし! 見るなぁ! そんな目で私を見るなぁ!」

 

早速メレブが言っていた単語を使いこなすヨシヒコに悲痛な声で訴えながら、ようやくシャルティアは大きな山二つを元の位置に戻し直すのであった。

 

「こうなったら私の本当の姿で殺してやる……! 私の真の姿で貴様等を八つ裂きにぃ!」

 

『シャルティアはへんしんをとなえた』

『しかしMPがたらなかった』

 

「うえぇ!?」

 

最終手段として取っておいた切り札を使おうと試みるシャルティアであったが、案の定なにも変化はない。

 

すると驚愕して絶句する彼女に向かってヨシヒコは容赦なくキリッとした表情で剣を構え

 

「どうやら今のお前ではもう私とまともに戦う事すら出来なくなっているらしい、このまま引き下がるのであれば逃がしてやるぞ」

 

「黙れ黙れ黙れぇ! 虫けら風情がこの私を下に見るんじゃねぇ! 私は誇り高き吸血鬼にしてナザリックの守護者! 虫けら程度に尻尾巻いて逃げるなら死んだ方がマシだ!」

 

「そうか、ならば私も全力でお前を斬らせて頂く」

 

半狂乱で怒鳴り散らし、己の誇りに掛けて逃げるつもりは無いと宣言するシャルティアに応えてやろうとヨシヒコの剣がキラリと光る。

 

するとそこへセバスが一歩前に出て

 

「お待ちくださいヨシヒコさん、彼女は今正気ではありません、どうかお命だけは奪わないで貰えませんか?」

 

「フ、案ずるなセバスよ」

 

流石に同胞であるシャルティアをここでみすみす殺されてしまっては、敬愛すべき主に顔向け出来ないと彼女の助命を願うセバスに対し、メレブが笑みを浮かべながら答える。

 

「ヨシヒコが持っているのは「いざないの剣」、アレは斬ったモノの命を奪うのではなく眠らせる事が出来る剣なのだ、例え斬られてもしばらく眠るだけ、あの娘が死ぬ事は無い」

 

「なんと、その様な武器があったとは……」

 

相手の命を奪わず眠らせる事が出来る、つまり不殺の剣

 

カボイの村に伝わりしその武器の特性にセバスが驚いていると

 

それを横から聞いていたシャルティアは一人ほくそ笑む。

 

「フッフッフ、聞いたぞえ、この私を殺すのではなく眠らせると? 吸血鬼特有の強い睡眠耐性を持つこの私を?」

 

あらゆる状態異常の耐性を持っている吸血鬼である自分がそんな剣如きに負ける筈など無い、あってたまるかとこの期に及んでまだ自信満々の彼女に向かって、ヨシヒコは高々と剣を両手で振り上げてみせた。

 

「望む所! この私を眠らせるモノなら眠らせてみるが……!」

 

「とぉう!」

 

「う!」

 

「うわ、まだアイツ台詞言い終えてなかったのに……」

 

かかってこいと両手を広げて凶器の笑みを浮かべた彼女になんの躊躇いもなく剣を振り下ろすヨシヒコ。

 

相変わらず空気の読めない彼にメレブが「ドSな所あるよねお前」と呟いていると、シャルティアはあっさりとその場にバタリと倒れ

 

「Zzzzzzzzzz!!!」

 

「うわ寝た! 速攻寝た! 斬られて一瞬ですぐ寝た!!」

 

「フガッ! グゴォォォォォォォォ!!!」

 

「しかもいびき超うるせ~! フガッって言ってるし、も~鼻詰まってるよ~!」

 

仰向けに倒れてそのまま盛大ないびきを上げながら爆睡してしまうシャルティアをメレブが呆れて見下ろしていると、剣を鞘に仕舞い終えたヨシヒコは目の前で眠る彼女をしばし見つめた後

 

 

 

 

 

「それじゃあ……私達も寝ますか」

 

「……だな」

 

「私が見張りをしておきましょう」

 

異世界に来て早々色々な事に巻き込まれたヨシヒコとメレブは

 

見張りを志願してくれたセバスの言葉に甘えて焚火を囲んだ状態で横になるのであった。

 

かくして、ヨシヒコとメレブの異世界での初日は、早くも波乱を迎える予感がありつつもようやく終わった。

 

異世界に来て出会い頭に魔物に襲われたり、老紳士が助っ人に来てピンチになったり、更にはいきなり吸血鬼に襲われたりと

 

どうやら今回もまた一筋縄ではいかない旅になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

数十分後

 

「このジョルノ・ジョバーナには夢があるッ!!」

 

「フンゴォォォォォォォォォォォ!!!」

 

「食らえ! ゴールド・エクスペリエンス!!」

 

「ドドドドドドドドドドドドドド!!!!」

 

「ちょ! コイツ等超うるせぇ! なにヨシヒコの寝言!? またなんかの物語始まっちゃってる! しかもまさかの! この小娘のいびきが効果音を担当!」

 

「無~駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!」

 

「ドヒュゥ! ドグシャァァァァァァァァ!!!」

 

「どう寝ればそんないびきが出んだよ! この二人寝てる時は協調性超高いな!」

 

「静かにしてくれませんかメレブ、今主人公が組織に入る為の試験に合格出来るかどうかという大事な所なので」

 

「なに夢中になってんの! 見張りしろジジィ!」

 

 

 



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1-4

ヨシヒコとシャルティアが真夜中の激闘を終え、夜が開けて朝日を迎えた頃

 

彼女と同じ組織に属するセバスはようやく落ち着いたシャルティアに、ヨシヒコとメレブが近くの川で顔を洗っている隙に彼等の詳しい事情を説明するのであった。

 

「……つまり彼等は、異変の原因を起こした元凶たる魔王という者を討ち倒さんと、別の世界からやって来たという訳です」

 

「はぁ……つまりこ奴等はユグドラシルから来た私達のようにこちらに飛ばされて来たという訳でありんすか……」

 

「ええ、大分勝手は違うかもしれませんが、なんでも仏の導きだとかなんとか」

 

「仏? ますます意味がわからん……それは神かなんかかえ?」

 

「詳しくは知りませんが、恐らくそれに匹敵するお力をもった方でしょうな」

 

 

とりあえず話だけでも聞いてやるという態勢の彼女に、セバスは現状知る限りの事を話してあげると

 

最初は胡散臭そうにその話を聞いていたシャルティアであったが、色々とぶっ飛び過ぎた話で逆にこの状況ではそんな事もあり得るのではないかと、頬杖を突きながらふと思ってしまう。

 

「作り話にしてはあまりにもお粗末すぎるでありんすがお粗末すぎて逆に……してセバス」

 

こんな緊急事態ではまともな正攻法を考える事さえも馬鹿らしくなる、故にシャルティアはセバスに向かって一つ尋ねる事にした。

 

「そろそろお前がこ奴等に近づいた狙いがなんなのかお聞かせ願いおくんなまし、我々の崇高なる御方の事や組織の事情まで、あろう事かあんな人間風情にベラベラと喋った事についても詳しく」

 

「それは無論、こちらの事情を説明すればあちらの警戒心も早く解けると思ったからです」

 

「してその心は」

 

「彼等の懐に入り込み、異変を振り撒いた魔王とやらに接近を試みます」

 

どう見てもまともではない行動をしていた自分の本意を問い詰めて来たシャルティアに、セバスは表情一つ変えずにあっさりと本音を暴露し始めた。

 

「今最も異変の元凶に近づけるモノがいるならばそれは仏とやらに導かれ、その元凶の下へと向かう彼等でしょう」

 

「ふむ……」

 

「共に行動すればゆくゆくは魔王等という存在に確実に辿り着ける筈、そしてそれは、きっと既に気付いて歩を進めているであろうアインズ様にも今一度巡り合う事が出来るという結果に繋がる筈です」

 

「アインズ様……」

 

魔王の下へ近づければ、それと一緒に偉大なる君主ともいずれ巡り合う事が出来るに違いない。

 

疑いも無くそう確信するセバスに対し、アインズと聞いて目の色を変えて、恍惚な表情を浮かべてシャルティアはうっとりときめかせる。数百年恋焦がれた愛しき殿方に想いを馳せるかの様な

 

「ああアインズ様、あの御方は一体どこに……! 私達が愚かな争いを続ける事に失望し去って行った我等が盟主……! 願わくば今一度あの御方の前に馳せ参じ、醜いお姿を見せた事に贖罪する許可を……!」

 

「それは私も同じ事、だからこそ彼等を、特にあの勇者と名乗っているヨシヒコという男を利用するのです」

 

まるで今にも歌って踊りだしそうな演技じみた台詞を吐いて悦に浸るシャルティアだが、セバスは特に気にせずに真面目に話を続ける。

 

「あの男を我らナザリックの下で傀儡と化し、魔王の下へと案内させましょう、ここで彼と会えたのもまた天運、協力関係を結んだ上で体よく我々の為に働いてもらいましょう」

 

「ほほーん……そして更にはあの虫けらに魔王を倒させ、異変を解決した私は晴れてお戻りになって下さったアインズ様に寵愛される機会を得る事が出来ると……」

 

「あなたが寵愛されるかどうかはわかりませんが、つまる所そういう事ですな」

 

「なるほどなるほど……」

 

利用価値があれば例えそれが下等生物の人間であろうと使うという訳か……

 

セバスの腹の内をそう解釈したシャルティアは意地悪そうにクスクスと笑った。

 

「おぬしも結構ワルよのぉセバス、お前はナザリックに属する者では珍しく、人間に対しては善意を持って接する数少ない”変わり者”ではあったと私は記憶していたありんすが?」

 

「……その解釈は間違いでありますな、私は別に人間全般に好意を持っている訳ではありません、相手によってはその扱い方も当然変わっていきます、時と場合によっては冷徹に利用し、利用価値が無くなれば斬り捨てるのもまた手だと考えております故……」

 

「クフフフ、どこまでが本意で言っているのかわからんが……ならば私もその話にちょっと乗ってみようかえ」

 

ヨシヒコの仲間になるフリをして上手く彼を利用して魔王の下へ向かわせれば、こちらにとっては都合の良い事ばかり起きるに違いない

 

コレを逃す手はないとシャルティアもまたセバスの案に乗っかる方針で、笑みを浮かべたまま縦に頷くのであった。

 

「ところであのターバン男は我等の宿願を叶えるまでは生かしておくとして、あのギャーギャー騒ぐだけのキノコ男はどうするかえ?」

 

「そうですな……ヨシヒコさんもいますし今の所は迂闊に手は出さない方が良いでしょう、しかし我々の足を引っ張る要因となるのであれば……」

 

「殺すのも仕方なし、という所でありんすか……フフ、それはそれで楽しみな事……」

 

ヨシヒコは利用価値がある間は生かしておくのが妥当であろう、しかしメレブに至ってはぶっちゃけ邪魔でしかないと思っているシャルティアは、何時あの男を殺せる機会を得られるのかと嬉々としながら待つ事にしようと静かに笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

「ヨシヒコ、悪い事は言わん、アイツ等を仲間にするのはよしといた方がいいぞ」

 

「どうしてですかメレブさん?」

 

セバスとシャルティアがそんな企みをしている一方で、川で顔を洗い終えたメレブは不意にヨシヒコに彼等の話を始めている所であった。

 

「確かにあの吸血鬼の娘は私に襲い掛かりますが、セバスさんのお仲間であればきっと良い人に違いありません、それにゆくゆく我々と共に戦いレベルを上げて行けば、いずれ大事な戦力になる筈です」

 

「いやーでもなー、あの娘に力付けさせたら、ぜってぇヤバいと思うんだよなぁ~」

 

突然牙を剥いたシャルティアであろうと、根は良い人に違いないと甘い考えをするヨシヒコに

 

メレブはしかめっ面で昨夜の事をふと思い出す。

 

「だってアイツすげぇ弱かったけどさ、俺達人間に対して散々ひでぇ事言ってる様な奴だぜ? ありゃきっとアレだな、「人間は日々互いに争い続けあう事しか出来ない愚かで弱い生き物」とかそういうお約束的な人間嫌いタイプだ」

 

「お約束ってなんですか?」

 

「んーたまにいるんだよね何処の世界でも、「人間こそ悪! だから滅ぼすべし!」とか主張してる輩が」

 

「そうだったんですか?」

 

「うん、俺の知ってる限りだと、テイルズオブほにゃららってシリーズの世界が特に多いね」

 

人は脆弱な力しか持たぬ癖に、醜く常に争い合うだけの野蛮な種族。そんな風に考えている人外の種族などなんら珍しくないと、メレブはあっけらかんとした感じで答えた。

 

「多分アイツ等が言ってた組織ってのは多分あの小娘みたいな考え方を持ってる奴が一杯いるんだと思うね、あのセバスってじいさんがその例外に当てはまってるだけで」

 

こうして昨夜の件を思い出していくと段々彼等のいる組織がどういう所なのかも曖昧だが見えて来た。

 

竜人、吸血鬼がいるとなると属する者はほとんど人外であろう、それはまるで自分達が何度も戦ってきた魔王軍の様な……

 

「仮にアイツ等と共に旅をするというのであれば、いずれ俺達の寝首を掻くこともあるやもしれんぞ」

 

「いえ、それはあり得ません、私は彼等を信じています、きっと共に戦えると」

 

「ほう、では何を根拠に?」

 

「………………」

メレブの問いかけに対しヨシヒコは無言で固まってしまった。

 

それがあまりにも長い沈黙だったのでメレブは目を細め

 

「もしかして……何も考えてなかった?」

 

「……はい、何も思い浮かびませんでした」

 

「ちょ! そこ結構重要な所じゃーん! そこは主人公らしくスパッと答えるべきなんじゃないのヨシヒコさ~ん」

 

「ですが、ですがきっと大丈夫です!」

 

「おい、この流れで押し切るつもりかさては」

 

ぶっちゃけ初めて出会ったのも昨日の事だったしヨシヒコはあの二人の事は全くわからなかった。

 

故に「~~だから」とかそういう確固たる理由は無く、メレブに指摘されてもヨシヒコは無理矢理話を進める。

 

「今後共に旅を続けて行けば! その内分かってくれます! かつて私が仲間にしてきた魔物達のように! 我々人間は敵ではないと!」

 

「まあ俺は別にアイツ等に人間がどう思われてようが知ったこっちゃ無いんだけどさ、そんじゃヨシヒコの中ではもうアイツ等を仲間にする事は決定済みなの?」

 

「はい! 私は彼等を仲間にします! あの二人と共に冒険を続ければ! きっと魔王を倒せると勇者の勘が耳元で囁いているんです!」

 

「いや耳元で囁くモンなの勇者の勘って、どうしてそんな内緒話してる感じに教えるの」

 

根拠なき自信を全て勇者の勘で誤魔化せると思っているのかと思いつつも、メレブは断言するヨシヒコにため息をこぼしながら「うん」と小さく頷いて見せた。

 

「まあお前がそうしたいってなら俺はもうこれ以上言わないけどさ、だって勇者はお前だし」

 

「ありがとうございます、メレブさん」

 

「ま、ぶっちゃけって言うとアイツ等が一体何を企んでようが……」

 

あの二人を仲間にする事を了承しつつ、メレブはヨシヒコの方へ目をやって。

 

「やる事なす事予想出来ないデタラメな勇者ならなんとでも出来るっしょ?」

 

そう一人確信した様子でニヤリと笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そして数分後、ヨシヒコとメレブは焚火を炊いて一夜を明かした場所、話を終えたセバスとシャルティアの所へと戻って来た。

 

「……随分と長く顔を洗っていたみたいですね」

 

「すみません、顔だけでなく全身も洗いたくなってしまい、気が付いたら二人で川の中を全裸で泳いでいました」

 

「ヨシヒコ、別にそこは誤魔化さなくていいし、その誤魔化し方もどうかと思う、てか俺まで被害に遭ってる」

 

こちらに立ち上がって声を掛けてきたセバスにヨシヒコは適当な話ででっち上げようとするも、明らかに嘘だとわかるので隣でメレブがボソリと呟いてやっていると

 

セバスの隣で座っていたシャルティアがスッとおもむろに立ち上がって見せ、スカートの裾をつまみながらわざとらしく深々とこちらにペコリと頭を下げた

 

「昨夜はそちら側に失礼な態度を取ってしまい大変失礼しました、改めまして私はシャルティア・ブラッドフォール、”アインズ・ウール・ゴウン”所属にてナザリック地下大墳墓 第一~第三階層守護者を担当する真祖の吸血鬼でありんす」

 

「ほほう、アインズ・ウール・ゴウン……それがお前達がいる組織でありんすか~」

 

「……私の口調を真似するなクソ虫」

 

「クソ虫じゃありんせん~わっちは魔法使い、メレブ様ざんす~」

 

「よしやっぱコイツは今殺そう……」

 

自分のロール設定である「あまり正確ではない廓言葉」をちょっと真似して見せるメレブに早速化けの皮が剥がれるシャルティアだが、そこへすかさずセバスが彼女の前に手を出して制止さえ、代わりに話の進行を進める。

 

「あなた方にお願いがあるのですが、よろしいですかなヨシヒコさん?」

 

「ええ、私が出来る事であればなんでも言って下さい」

 

「ありがたい事です、では率直にお頼み申し上げましょう」

 

快く話を聞く態度であるヨシヒコにセバスは軽く会釈すると、その猛禽類の様な鋭い目つきを向けながら彼はヨシヒコにゆっくりと口を開く。

 

「このセバスチャンとここにいるシャルティア・ブラッドフォールンを、あなた方の旅のお供に加えさせて頂きたい」

 

「なんだと……?」

 

「確かに見ず知らずの私達を仲間にするなど出来る筈が無いでしょうが……」

 

「いえ違います、私が驚いたのはそういう事ではありません」

 

 

こちらの頼みにヨシヒコが目を見開いて驚いて見せたので、セバスはやはり怪しまれてると思ったのだが

 

ヨシヒコはすぐに首を横に振る。

 

「実は私もあなた方がよろしければ是非仲間にしようと考えていた所なんです、ですからそちらから話が来るとは思っていなかったので少々ビックリしてしまいました」

 

「なんとそうだったんですか……」

 

これはセバス達にとっては願ったり叶ったりの事であった、ここからどう彼等を信頼させて仲間になる為の交渉を進めようと思っていたのだが、向こうから仲間に誘ってくれるのであればありがたい。さっさと事を進める事が出来る。

 

「ならばその誘い、ありがたく承りましょう。今の私では十分に力を貸す事は出来ませんが、いずれはきっと役に立つとこのセバスチャン、アインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて偽りなく宣言させて頂きます」

 

協力関係を結ぶ点においては嘘は無い、あくまで異変が解決する”まで”だが……

 

友好的に手を差し伸べて来たセバスに対し、口元をやわらげながらヨシヒコは力強く彼と握手を交えた。

 

「共に魔王を倒し、そしてあなた方の君主も探しましょう」

 

「……魔王を討伐するだけでなく、我々の偉大なる御方、アインズ様も共に探してくれると言うのですか?」

 

「ええ、話を聞く限り大層素晴らしいお人らしいので、一度私もそのアインズ様とやらを見てみたいと思いました」

 

「……」

 

純粋な瞳を向けながらハッキリとそう答えるヨシヒコに、セバスは若干胸にチクリと小さな痛みが生じたのを自覚した。

 

これはきっと利用する立場であるヨシヒコに対し罪悪感が芽生えたのであろうと冷静に自分を分析する。

 

「そうですな、いずれあなたに会わせたいモノです、その機会があればの話ですが……それとメレブ、あなたもよろしくお願いします」

 

「あ、俺は普通に呼び捨てなのね」

 

ヨシヒコに対して曖昧な返事をすると今度はメレブに対しても一応握手を求めた。

 

ヨシヒコにはさん付けだったのに自分の事は呼び捨てなんだと思ったメレブは、彼の握手に応えながら若干胸にモヤっと嫌な感じがしたのを自覚した。

 

これはきっとセバスの中で順位付けが出来ていて、自分はヨシヒコより立場的に下だと位置付けられたのだろうと冷静に分析した。

 

「言っておくけどアレだからね、俺今はまだ呪文一個も覚えてないけど、覚えたらもう半端ないから、もうそん時から異世界無双始めっから」

 

「そうですか頑張ってください」

 

「うわ~絶対に信じてねぇよこのじぃさん……ぜってぇアッと驚かせてやるから覚悟しとけよ」

 

こちらの言い分を聞いても空返事気味のセバスにメレブがいずれ時が来たら新呪文で仰天させてやるという決意を胸に秘めていると、シャルティアもまたヨシヒコと握手していた。

 

「シャルティアでありんす、昨夜の件は水に流し、共にこの世界を救ってくださいまし、ヨシヒコ」

 

「もちろんだ、胸にパッドを詰めた少女よ」

 

「……おい、その呼び方は止めろ」

 

「胸を大きくさせる方法を知っているか?」

 

「いや余計なお世話だし勘弁しておくんなまし」

 

「ひたすら牛乳を飲み続ければ大きくなると、貧乳である私の仲間が教えてくれた」

 

「はぁ……貧乳が言ってる時点で信頼性ゼロのお話をどうもありがと……」

 

最初は作り笑顔で相手を油断させようという魂胆であったシャルティアだが

 

余計な事を次々と勝手に話し出すヨシヒコのおかげで徐々に素のしかめっ面になってしまう。

 

どうもこの男はやりにくい、まあいい、どうせ短い付き合いだ、上手い具合に転がして事が済んだらさっさと始末しよう……

 

そんな事を考えながら彼女はヨシヒコとの握手を終えると、今度は向こうからニコニコしながらメレブがこちらに手を差し出して来た、すると

 

「……」

 

「いて! まさかの俺だけ握手拒否!」

 

しかしシャルティア、ここはあえて彼との握手を全力で拒否。メレブの手を乱暴に払って彼女は目を逸らし黙り込んでやると、しばらくしてメレブは憎らしげな表情を浮かべながら彼女に向かってボソリと

 

「吸血鬼(笑)」

 

「あぁぁぁぁぁ!? なんつったコラァァァァ!!」

 

囁くように呟きつつも明らかに悪意が混じったその言葉に、シャルティアはすぐ様反応して彼に襲い掛かろうとするが、すぐにセバスが彼女を背後から羽交い絞めにして止める。

 

「(笑)ってなんだ! (笑)ってなんだよ説明しろゴラァ!」

 

「落ち着きなされ、ただの戯言です」

 

「そうさっきのはただの戯言だ、気にするなパッド(吸血鬼)」

 

「うがぁぁぁぁぁぁ!! コイツはもう殺す! 確実に今殺す!」

 

セバスに拘束されながらもジタバタともがきながら、シャルティアは目の前でへらへら笑うメレブを一刻も早く殺してやりたいという強い衝動に駆られていると。

 

そこへ突然、空から光が……

 

 

ヨシヒコォー! ヨシヒコォー!!

 

「「!?」」

 

「あ、やっとおいでなすったか」

 

「これで次に向かうべき場所がわかりますね」

 

突如天から雷が降って来たかと思いきや空に浮かぶ大きな雲がパックリと割れる。

 

そして上空から聞こえる声が勢いよく飛んで来て、セバスとシャルティアが素で驚く中、メレブとヨシヒコは慣れた様子で動じずに空を見上げた。

 

すると後光をバックにし、雲の上からニュっと……

 

「どもーーー!! 仏でゅぇ~~~~す!!!」

 

早朝からいきなりハイテンションな様子で、ヨシヒコ達を導く存在、仏がノリノリな様子で現れたのだ。

 

これには初めてお目にかかるセバスとシャルティアも唖然としているが、それをよそに仏は出てきた時は笑ってたのにいきなりキリッと真顔に戻り

 

「ヨシヒコよ、無事に異世界へと降りたようだが、またしても波乱に巻き込まれたみたいだな、しかしそれこそが勇者の宿命、前へ進めばその度にお前には幾度も大きな壁が立ちふさがり……ってあれ? ヨシヒコ~?」

 

「……」

 

威厳のある声でヨシヒコに語りかけようとする途中で仏は気付いた。

 

彼がさっきから自分のいる方向とは全く別の所を見つめている事に

 

自分を探してるかのようにキョロキョロしているヨシヒコを、仏は目をぱちくりさせながらゆっくり問いかける。

 

「ん~これはまた? またですか? ヨシヒコ、ヨっ君だけ~私の事見えてない、的な?」

 

「……すみません、声は聞こえるんですがやっぱり見えません」

 

「おいもういい加減にしてよ! なんなんホント! もしかして私が悪いの!? 泣くよ! 仏泣いちゃうよいいのヨっ君! 仏見てくれないと泣いちゃうよ!」

 

ヨシヒコは空に浮かぶ仏を何故か肉眼で見ることが出来ない。

 

その事に毎度毎度嘆く仏をほっといて、メレブは慣れた感じで袖の奥からガサゴソとある物を取り出すと

 

「はいヨシヒコ、これ被れば多分見れるぞ」

 

「はい」

 

と言って取り出した物をヨシヒコの頭にカポッとハメてみた。

 

黒くてゴツゴツし、大きく口を開いた、いかにも強そうな怪獣の頭部を

 

「お~それはもしや……ゴジィィィィラァ……!」

 

「見えます……! 仏の顔がはっきりと!」

 

「おー怖っ! てかもはや目に掛けるモノじゃ無くなってるよね完全に、それもう被ってるだけだよね」

 

今もなお怪獣界のトップに君臨し続ける怪獣王の頭を被りつつ

 

驚いた様子でこちらを視認出来ている様子のヨシヒコに苦笑しながら

 

仏は困ったように耳たぶを触りながら首を傾げる。

 

「いや~あのさ、ゴジラは誰でも知ってる人気者だよ? 私もまあまあ知ってますよ、でもね、それはどうかなと思う、だって勇者が被るモノじゃないでしょゴジラ、アイツ基本的には人類の敵とかそういう設定じゃなった、あれ? 味方になる時もあるんだっけ? ちょっと私そこまで詳しくないからわかんないけど」

 

「いいだろうもうヨシヒコこれでお前の事見えんだから! つべこべ行ってないでお告げ言えよ!」

 

ヨシヒコの被るヘルメットに疑問を持ちかける仏だが、メレブがめんどくさそうに流しながら話を進めようとする。だが仏は「うるせぇな……」と小さく舌打ちしながら

 

「お告げ下す前にやる事あんだよこっちは! 勝手に段取り仕切ってんじゃねぇよバカヤロー!」

 

「やる事ってなんだよ! お前はただお告げをするだけの存在で良いんだよ!」

 

「イヤだわお告げするだけの存在とか! 意地でもここで喋り続けてやるわ!」

 

苛立つメレブを一喝すると仏はすぐに口元に微笑を浮かべると

 

さっきからこちらをずっとポカンとしている表情で見上げているだけのセバスとシャルティアの方へ視線を向けた。

 

「おいーっす! オラ仏! よろしくな!」

 

「……」

 

「……よろしくお願いします、いやはや申し訳ない、色々と驚かされてしまい言葉を失ってしまいました……」

 

「なにもー! ちょっと堅くない!? もうちょっと肩の力落としてリラックスしようぜー!」

 

こちらに向かって両腕を上下に振り上げながらウキウキした様子で話しかけて来る仏に圧倒されるセバス、シャルティアに至っては微動だにしない。

 

それでもなお仏の一方的なトークは続き

 

「なんかもうこっからずっと見てんだけど、君等二人がね、仲間になってくれんでしょ? ヨシヒコの?」

 

「ええ、おっしゃる通りです、我々とヨシヒコさんの目的は一致しておりますので、彼等と共に魔王を討ち滅ぼす所存です」

 

「んふ、聞こえなかった? もっかい言うよ? ”ずっと見てたんだぜ”、私?」

 

「……」

 

最初はにこやかに挨拶を仕掛けて来た仏であったが、どこか意味を含んだ言葉を漏らしながら笑いかけて来る彼に、セバスは険しい表情で黙って見上げ続けた。

 

すると仏は彼の反応を愉しんでるかの様にヘラヘラ笑ったまま

 

「まあでもご心配なく、別にね、君達にどんな思惑があろうが、私がそれでどうこう言うつもりは無いんで、お好きにしてどうぞ」

 

「そうですか……」

 

「あ、でもコレだけは一つ教えておいてあげる」

 

明らかにこちらの企みを見透かしている様子の仏だが、それでこちらに手を加えるつもりは毛頭ないらしい。

 

ヨシヒコを自分の組織の為に利用しようとしているというのに何故……疑問に思うセバスに仏は自分の手の平を指でなぞりながら適当な感じで呟く。

 

「その勇者さ、お前等の手の平に収まるほど甘くないぜ?」

 

「……」

 

「はいじゃあお告げいきまーす!」

 

「え、今のなに? なんかこっち側に言ってたぽいけど、俺等全然わかんないんだけど?」

 

いきなりコロッと態度を変えてお告げを始めようとする仏に拍子抜けするメレブ。

 

セバスの表情が更に険しくなっている所からなにかを伝えたみたいだが、仏はしれっとした表情で「いいからいいから」と勝手に話を進める。

  

「ヨシヒコよ、この世界には呪いが掛かっていると伝えた筈だが、どうやら一つ誤りがあったみたいだ」

 

「誤りとはなんですか?」

 

「正確にはこの世界にかかったのは『呪い』ではない、『波動』というモノだ」

 

「波動……」

 

ヨシヒコが静かに呟くと、仏は更に話を続ける。。

 

「波動とは呪いよりもずっと強力であり、それこそ魔王の中の魔王のみが扱う事が出来ると言われている、そしてこの波動はなんと、「魔王を脅かす一定以上の力を持つ強者は、たちまち力を失ってしまう」という恐ろしい効果があるのだ」

 

「なるほど、ではやはりセバスさんが影響を受けた異変とやらは、魔王によって起こされたモノだったみたいですね」

 

「その様ですな……」 

 

仏の話を聞いてヨシヒコもセバスもこれでようやく疑惑が確信に変わった。

 

やはり異変を起こした黒幕は、全て魔王の仕業だったみたいだ。

 

つまり解決するにはその波動とやらを起こした元凶、つまり魔王をまず倒す事が先決であろう。

 

「ヨシヒコよ、まずは力を手に入れるのだ、今のお前達では魔王の足元に及ばぬ、今から「ちわ~す!」って会いに行っても、「ウチ新聞いらないんで!」とか怒鳴られて魔王の城にさえ入れてもらえないであろう!」

 

「ではまず私はどうすればよろしいのですか、教えて下さい仏」

 

「ここから南西にある村へと向かうのだ、村の名前はカルネ村という」

 

「カルネ村……我々がまず向かうべき場所はそこなのですね」

 

「うむ、お前そこで魔王の新たな情報を知る事になるであろう!」

 

ビシッと右の方へ指を指し示す仏、それに釣られてヨシヒコも左の方へ振り向くと

 

「失礼……南西はあっちです」

 

と言ってセバスが右の方向へ指差した。

 

思いきり左を指差してしまった仏はバツの悪そうな顔で腕を下ろして

 

「うんまあその……頑張れ! みんな頑張れ!」

 

「うわ! アイツまた道間違えた! やだも~超だっせ~!」

 

「うるせぇぞバカヤロー! あのね私! ココの世界よく知らねぇんだから! 初めてなんだもん! 仏初めてなんだもんこの世界!」

 

冷ややかにメレブに指摘されて下唇をブルブル震わせながら言い訳を始める仏。

 

すると天に浮かぶ仏の姿が徐々に薄くなっていく。

 

「ではさらばだヨシヒコー!」

 

「うわ逃げやがった! おい! 道順ぐらい覚えとけ! 仏のクセに!」

 

ゆっくりと消えながらこちらに嬉しそうに手を振って消えていく仏

 

メレブがしかめっ面で呆れた後、ふとセバス達の方へ視線を戻す。

 

「ちなみにアイツが俺達の世界からこっちの世界に魔王を逃がした全ての元凶です」

 

「なんと、そうだったんですか……?」

 

「あの妙に顔のデカい男のせいで私等は異変に巻き込まれたのでありんすか……!?」

 

「そうなのよ、だから次アイツ出てきた時は、二人共ガンガン責め立てていいから」

 

メレブからの思わぬ情報にセバスとシャルティアが絶句する中、お告げを聞き終えたヨシヒコは被っていたゴジラヘッドを取る。

 

「どうやらまた、我々は大変な旅に出る必要があるみたいですね、メレブさん」

 

「ホントだな、しかも今回は更に、以前よりも更に辛くなる旅になるやもしれん」

 

ヘルメットを受け取りながらメレブはチラリとセバスとシャルティアの方へ目を見る。

 

「前の旅で出来た新たな仲間二人とは最初からいい感じだったけど、今回はそうはいかんみたいだからな……」

 

「大丈夫ですよメレブさん、共に旅を続ければ、徐々に絆は強まっていきます」

 

セバスとシャルティアというこれまた怪しい仲間が出来たヨシヒコ。

 

初っ端から不安だと呟くメレブをよそに、ヨシヒコは前向きに考えているのだ。 

 

「魔王の前に辿り着く頃にはきっと、ムラサキやダンジョーさん、それに女神やダクネスがいた頃よりも負けないパーティーになっている筈です」

 

「うんまあ……そうなる事を願ってみるよ、期待できないけど」

 

ハッキリと言いながら頷いて見せるヨシヒコに、メレブは苦笑しながらぎこちなく返事し終えると

 

彼等は早速南西のある街へと向かい歩き出すのであった。

 

 

「それでは早速仏が言っていた、カルネ村とやらに向かいましょう」

 

「その村の名前には覚えがあります、あまり大きな村では無かった筈ですが」

 

「このわらわがこんな朝から歩かされるなんて……テレポートがあれば一瞬だというのに」

 

「ほほう、この世界でもルーラの様な呪文はあるのか」

 

「……ルーラとはなにかえ?」

 

ワイワイと談笑を交えながら、ヨシヒコ達は南西にある村『カルネ村』に向かう為に山を下りて行く。

 

新しき仲間が加わったヨシヒコの冒険はまだ始まったばかり、果たしてこの先どうなる事やら……

 

 

『セバスチャンがなかまにくわわった』

『シャルティアがなかまにくわわった』

 

「い、今変な音楽が空から降って来た様な気がしたでありんすが!?」

 

「……私もです」

 

「気にしないで下さい、よくある事です」

 

「ん~~まあ最初は驚くだろうけど次第に慣れるから、うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそんな彼等を心配そうに木陰から見つめる者が一人

 

「兄様、兄様は今回も異世界で魔王と戦うのですね、ならばヒサがやる事は一つです」

 

隠れていた木の上からバッと姿を現してヨシヒコ一行を見送るのはヨシヒコの妹であるヒサ

 

「今回また、ヒサも兄様と一緒に魔王を倒せるよう強うなろうと思います! この異世界で己を鍛え上げ! 今度こそ兄様の隣で共に戦いとう思います!」

 

そう強く決意を露わにして強くなることを決心するヒサ、だがそこに

 

「娘ヨ、コンナ所デ何ヲシテイル……」

 

「は! あなたは!」

 

ヒサの方へのっそのっそと歩いて来たのは、ライトブルーの甲冑に身を包ませたアリとカマキリが合体したかの様な外見の昆虫騎士、四本のある手の内の二本は斧を携え、残る二本は剣が握られている。

 

「我ノ名ハ、コキュートス、ナザリック地下大墳墓、第五階層守護者……ココハ我等ノ拠点近ク、緊急事態ノ為、近ヅク者ハ誰デアロウト斬リ伏セルノミ……!」

 

「なんと悪そうな御方! は! つまり勇者である兄様の敵!」

 

わざわざ丁寧に自己紹介までしてくれる誇り高き武人・コキュートスに、ヒサはこれは兄の脅威となるに違いないと察し、華奢な身なりで拳を構える。

 

「兄様の下へ行かせませぬ! ここでヒサが戦って時間を稼ぎます!」

 

「我ヲ前ニシナガラ逃ゲズニ立チ向カウカ娘……ソノ粋ヤ良シ、ナラバ我ハ、武人トシテ貴様ノ勝負受ケテヤロウ」

 

ヨシヒコが見てない所で始まるもう一つの戦い。

 

ナザリック守護者・コキュートスVSヨシヒコの妹・ヒサ

 

 

二人の戦いの決着は

 

 

次回へ続く。

 

 

 

 

 



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ヨシヒコ編・第二章 Believe In Magic
2-1


新たに頼もしき仲間(になる予定)を加えたヨシヒコ。

 

彼等は仏が示した場所、『カルネ村』を最初の目的地として向かう事にしたのだが

 

そう簡単に行かせまいと、彼等の前に魔王の手先である魔物達が立ち塞がっていた。

 

「ふん!」

 

ヨシヒコが青くてプニプニしたにこやかに笑うスライムを攻撃し

 

「この程度の相手であれば、今の私でも容易い」

 

セバスがパタパタと宙を舞いながらにこやかに笑うコウモリ型の魔物を拳で殴り

 

「はん! この私を前にして下卑た笑みを浮かべるとは不届き千万、今すぐに殺して……いった!」

 

シャルティアが踊りながらにこやかに笑うまん丸サボテン型の魔物から体当たりでダメージを食らい。

 

「……あ~やっぱ伸びたなー」

 

そしてメレブは一人、自分の指を眺めながらそろそろ爪を切ろうかなと考えるのであった。

 

それから少し経った後、ヨシヒコ達は無事に魔物達を全員倒し切る。

 

「これぐらいの相手であれば、今の我々でも十分に戦えますね」

 

「そうですな、多少はあの未知なるモンスターとの戦い方もわかってきました」

 

「……」

 

剣を鞘に仕舞いながらヨシヒコは段々とコツを掴んで来たセバスとそんな会話をしていると

 

それをさも面白くなさそうに、シャルティアがジーと見つめていた。

 

「私はコツどころかまともにダメージさえ与えられない状況でありんすが……」

 

「あなたは元々前衛信仰系職ですからね、ほとんどの力を失った今、後衛に回って私達に補助魔法や回復魔法を掛けてくれればありがたいのですが」

 

「いやそもそも、魔法自体全部覚えてありんせん……」

 

ここに来るまで4人で何度も魔物と遭遇して戦っているヨシヒコ一行だが、未だ自分が蚊帳の外と化してる事に苛立ちを募らせるシャルティア。

 

それもその筈、本来彼女が所持していたスキルや魔法、装備品やアイテムは全て魔王の波動によって消えてしまい、思いきり弱体化してしまっているからだ。

 

今のシャルティアでは恐らく、頑張って倒せるのはスライムぐらいである。(現在2勝5敗1引き分け)

 

「く! この私がこの様な屈辱を味わわせられるとは……! アインズ様に顔向け出来ないでござんす……!」

 

「そんな事を心配する必要はない、私も最初はそうだった、そしてこれからもっと多くの魔物を倒して行けば、いずれレベルが上がりどんどん強くなっていく」

 

「レ、レベル?」

 

拳を震わせ、こんな不甲斐ないままでは盟主に会わせる顔が無いではないかと強い憤りを覚えるシャルティアだが

 

そこへヨシヒコが魔物を倒した時に出て来るゴールドやらアイテムを拾い終えて戻って来た。

 

「私もよくわからないが、たまに魔物を倒し続けていたりすると突然空から音が鳴り、その時不思議と少しだけ強くなった感じがする」

 

「空から音が鳴る……あー私とセバスがお前と仲間に加わったときの様な音でありんすか?」

 

「こういう音だ」

 

彼の説明を聞いて首を傾げるシャルティアに、ヨシヒコは身を屈んで彼女の目線に合わせると

 

「パララ パッパッパー♪」

 

「な、なにその間抜けな音……? てか顔近いんだけど……」

 

真顔のまま呟く彼の奇妙な男に、シャルティアは思わず表情を強張らせた。一体なんなのだコイツのいた世界は……

 

「なんともおかしな世界でござんすな……お前も含めて」

 

「私はおかしくない」

 

「いや絶対おかしい、そこは認めなんし」

 

「あなたがそう思うのも仕方ないでしょう、私も彼等の世界には驚かされ続けています」

 

ヨシヒコにツッコミを入れるシャルティアの方へ、セバスもまた話に加わって来た。

 

「しかし今の話で一番大事なのは、地道にモンスターを倒し続けて行けば少しずつ力を取り戻せるという事です、自分はお荷物だと嘆くのはまだ早いんじゃないですか、シャルティア?」

 

「ふん、そこまで卑屈にはなりんせん……しかしまあ、セバスの言う通りここは時と手間を費やしてでも、多少は戦えるようになりたいでありんすなぁ」

 

「それは今後次第でしょう、ナザリックの守護者、それも序列的に一位として君臨していたあなたであれば、それもまた遠くない筈です」

 

せめてまともに戦えるようにはなりたいと思わず本音を零すシャルティアに、セバスは優しくフォローを入れるとヨシヒコの方へ振り返り

 

「こう見えて彼女はナザリックでもトップクラスの戦闘力を持っていまして、更に回復魔法や支援魔法、あらゆる展開に対処できる優秀な実力者、ゆくゆくは我々の中で最も強くなる可能性が大いにあるので、今の所は大目に見て下さると助かります」

 

「ええ、セバスさんがそこまで評価してる程ですから、私も彼女の成長性には期待しています、回復の呪文を覚えてくれるのであれば非常に有難いですし」

 

彼に対してヨシヒコは何も心配は無いと力強く頷く。

 

その反応を見てシャルティアはフンと不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ヨシヒコから顔を背け

 

「人間如きに期待されても何も嬉しくないでありんす、してそれよりもまず問題なのは私よりもアレ……」

 

ぶっきらぼうにそう言った後、彼女は自分達から少し離れた所で地面に杖で絵を描き始めている男を指さした。

 

「この中で最も成長性に見込みがありんせんあの虫けらはどう処分するおつもりかえ?」

 

「あ、やべぇ、へのへのもへじの三つ目の「へ」を何処に描けばいいのか忘れた……え? なんか言った?」

 

自称、魔法使い、メレブ

 

さっきから彼だけは一向に戦いに加わらず傍観ばかりしており、終いには一人で暇潰しをやり出す始末。

 

仲間に加わったばかりのシャルティアなら、一体コイツがなんの役に立つのかと疑問に思うのも当たり前だ

 

「ほほう、さては俺がいつまで経っても戦闘に参加しないから怒ってんだろー」

 

「……よく自分の立場をわかってるでありんすな」

 

「フフ、お見通しだよこっちは、「あ、そろそろ来るな」と予感してたから」

 

「メレブさんは私が誇る凄い魔法使いだ、私は何度も窮地をメレブさんの呪文に助けて貰った事がある、今回の冒険でもきっと誰よりも戦いに貢献してくれると思うので、今の所は大目に見てやってくれ」

 

「いや、お前がどれだけコイツの事を高く評価しようが、私はコイツには砂の一粒たりとも期待しなせん」

 

ヨシヒコはシャルティアの事を期待してくれたのに、彼女はメレブの事は全く期待していないらしく

 

こちらにヘラヘラ笑いながら戻って来た彼を、彼女は冷たい視線をぶつけながら拒絶

 

「そもそもその呪文とやらが使えるのかどうかさえ甚だ疑問でありんすなぁ……もしクソの役にも立たない呪文だったらその杖とテメェの骨へし折るからな……」

 

「フ、馬鹿め、そんなナメた態度を取れるのも今の内だぞこのロリっ娘吸血鬼が」

 

「ロリっ娘言うな」

 

目を細めて凄味のある素の口調で威圧して来るシャルティアに対してもメレブは全く怯んでおらず、逆にそんな彼女を小馬鹿にする態度で

 

「ていうか~、どこぞのしょーもない吸血鬼さんも~、何時になったらまともに戦えるようになってくれるんですかね~」

 

「あぁ!? お前にだけは言われたくないわボケ! お前だけにはな!!」

 

自分の事を棚に上げ、未だシャルティアが結果を出していない事にニヤニヤと笑いながら挑発するメレブ

 

そんな彼を強く指さしながら怒鳴ると、彼女はすぐにヨシヒコの方へ振り返って

 

「本当に今まで何度も助けて貰ったのでありんすか!? こんな口先だけの男に!」

 

「……何度かはある」

 

「……さっきより自信なさそうに言っているのは私の気のせいかえ?」

 

全く持って実力が読めない自称偉大な魔法使い・メレブ

 

果たしてシャルティアが彼の真価を見る事になるのは近い内かはたまた一生来ないのか……

 

 

 

 

 

「あ、ところで残念吸血鬼娘、お前またおっぱいが移動してるぞ」

 

「は!」

 

「ホントだ! メレブさんの言う通り、さっきの戦いのせいでいつの間にか彼女のおっぱいが背中に!」

 

「ギャアァァァァァァ! 見るな! 今の私を見るなぁ!」

 

「ていうかもっと前に気付けよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

シャルティアの偽乳が元の位置に戻った後、それから何度も魔物と遭遇しては倒すを繰り返していったヨシヒコ一行は

 

ようやく仏が言っていたカルネ村が見える所まで到着するのであった。

 

「も、もうダメ……死ぬ……死ぬでありんす……!」

 

「まさか村一つに辿り着くまでここまでモンスターに襲われるとは……」

 

「やはりこの世界は、思っていた以上に我々の世界の魔物が溢れかえってるみたいですね……」

 

しかしその頃には既に三人共体力を真っ赤にした状態でボロボロであった。

 

ただ一本道を歩いていただけなのに何度も何度も魔物に襲われ続け

 

なんとか倒したり逃げたりしてここまで来れたが、もはや限界だ。

 

「こ、こんな姿絶対にアインズ様どころか他のナザリック守護者の面々にも見せられやせん……」

 

シャルティアに至っては綺麗に整っていた銀色の髪はクシャクシャになっており、煌びやかなドレスは枯葉まみれ、その辺で拾った木の枝を杖代わりにしながらヨロヨロと歩いているというなんとも可哀想な状態に。

 

しかしこの激戦を経験し彼女はようやく希望を見出す事が出来た、その希望とは……

 

「クフフ、だがここに至るまでの戦いを経て私は”パララ パッパッパー♪”が頭の中で2回も響いたでありんす……心なしか強くなった気もするし微量であれど回復の魔法も覚えた気もする……コレは正に、私のレベルというのが上がったという事……!」

 

「おやシャルティア、あなたもその音を聞いたのですか?」

 

「へ?」

 

何度も酷い目に遭わされながらも魔物を倒せないというジレンマの中で、遂にシャルティアはレベルが上がったのだ。

 

その事にボロボロでありながらも勝ち誇った様子でグッとこぶしを握りながらガッツポーズをとる彼女

 

しかしそれを遮るかのように唐突にセバスが口を開き

 

「ちなみに私は3回ほどパララ パッパッパー♪を聞きました」

 

「な! 3パララ パッパッパー!?」

 

「あ、私もセバスさんと同じ、3パララ パッパッパー♪です」

 

「わ、私は2パララ パッパッパー♪であるというのにお前達はダブル3パララ パッパッパー!?」

 

彼女の中で新たな造語が次々生まれている中で報告し合うセバスとヨシヒコ

 

何故同じ戦いを経験しているというの、彼等だけそんなにレベルが上がるのが早いのだ……

 

シャルティアは強いショックを受けた様子で遂にその場に両手を突いてへたり込んでしまう。

 

「ど、どうして私だけ2しかレベルが上がりんせん……」

 

「恐らくレベルというモノは上がり方も個人それぞれなんでしょう、どうやらあなたは我々よりも優秀な分、成長も遅いみたいです」

 

「落ち込まないでいい、コレから何度も戦って経験値を稼いでいけば、嫌という程パララ パッパッパー♪を聞くことが出来る」

 

「く、なんのこれしき……! こんな理不尽の仕打ち程度でこのシャルティア・ブラッドフォールンが折れるとでも!? 成長が遅かれ早かれ、アインズ様への下へは着実に進んでいる筈!」

 

数々の災難や理不尽に振り回され、事あるごとに落胆して来た彼女であったが、レベルが上がれば全盛期の強さにまで届けるかもしれないという微かな光が、項垂れていたシャルティアを奮起させる。

 

「絶対にパララ パッパッパー♪を鳴り響かせてどんな壁であろうと乗り越えて見せん!」

 

「あ~ちなみに俺の報告良いっすかね?」

 

「あ?」

 

ガバッと立ち上がってまだまだこれからだと自分自身に言い聞かせながら強く決意するシャルティアだが

 

そこへあのメレブが軽く手を挙げて歩み寄り

 

「俺、6パララ パッパッパー♪」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!? なんで!? 戦いにも参加せずに周りをウロウロしてるだけのお前がレベル6も上がってんだコラァ!!」

 

「いや~そう言われましても~、こればっかりは仕方がないというか~」

 

なんとここでメレブ、ダントツでパーティー内でレベルトップに

 

全く戦いに参加せずなんの活躍もしていないこの男が何故……流石にこの不公平さにはシャルティアも黙っていられず怒鳴った後頭を抱える。

 

「全く持って意味がわかりんせん……! この私が2に対しこんなゴミ虫が6? 一体どういう事なのでありんすか……」

 

「私もまだその辺はよくわからない、メレブさんは何故か、昔から異様にレベル”だけ”上がりやすい」

 

「なるほど、レベルは上がりにくいが潜在能力の高いシャルティアとは対照的に、大して強くなる見込みのないメレブはレベルが上がりやすいという訳ですな」

 

「おい、今さり気なく酷い事言っただろジジィ」

 

メレブの謎の成長速度については未だ謎があり、付き合いの長いヨシヒコでさえもまだ解明には至っていない。

 

だが当の本人はそんな些細な事気にしていない様子で、「俺がレベルトップ~」と陽気に歌いながらステップを踏んで小躍りをしている。

 

「ま、君達そうやってね、どうしてこんな奴がとかジェラシー抱くのはわかるよ? けどしょうがない、生まれた時から天才になる事を義務付けられた奴もいるの、それが俺」

 

「ヨシヒコ、コイツを斬っておくんなし」

 

「あー早く、この天才の力を君達にお披露目したいわ~」

 

踊りながら自分を親指で指してドヤ顔を浮かべるメレブに、もう我慢ならんとシャルティアがジト目でヨシヒコにメレブの殺害を要請していると……

 

 

「「「「!?」」」」

 

突如として、彼等の周りにあった茂みから、ザッと数人の人影が取り囲むように現れたのだ。

 

しかも全員弓を構えてこちらに狙いを定めながら

 

いきなりの展開に一同驚くも、すぐに自分達の周囲を囲む連中が何者なのか観察してみる。

 

それは頭に角の生えた短い牙を口から生やす緑色で小柄の……

 

「おんや、もしや”ゴブリン”かえ?」

 

「私達の世界のモンスターを見るのは久しぶりですな」

 

「ゴブリン……」

 

特徴から察するにそれがシャルティア達がよく知るゴブリンという魔物だという事に気付いた。

 

そしてヨシヒコも、以前何処かで見かけた様な気がすると眉間に眉をひそめてジーッとそのゴブリン達を見つめながら

 

「そういえば前の異世界で戦った事があります、確か集団で人間に悪さをする連中だと覚えが」

 

「概ねそれで合っています、単体だと大して強くありませんが集団のゴブリンは中々に厄介です、しかしどうしてこんな所にゴブリン達が……」

 

「ほぼほぼ体力限界の私達で勝てる見込みは無いでありんすな……チッ、こんな雑魚共相手に私がこんな思考に陥るなんて……」

 

カルネ村の周囲だというのに、何故ゴブリンがこんな所で隠れ潜んでいるのか

 

そして何故こちらに向かって弓を構えたままで、どうしてすぐに攻撃をしてこないのか

 

シャルティアが苦々しく舌打ちしてる中、セバスは状況をもっと冷静に観察してみようと鋭い視線で彼等を見つめていると……

 

「やれやれ、仕方ないですな~」

 

そこへ呼んでも無いのにまたしてもメレブが調子乗った風に笑って勝手に歩き回りながら

 

「ここは俺に任せときなさい、俺が呪文と顔だけじゃないカリスマ魔法使いだって事を、俺をナメ腐ってるお前達に教えてやる」

 

「……メレブ、あなたは一体このゴブリンに対して何をなさるおつもりで?」

 

「お前に出来る事があるとしたら命乞いぐらいでありんしょう、さっさとしろ、そしてゴブリン共に殺されろ」

 

「フフフ、まあそこでおじいちゃんとエリってる残念な吸血鬼は大人しく見ていなさんな」

 

このタイミングで初めて自ら前に立って何かアクションを起こそうしているメレブを、セバスとシャルティアが怪訝な様子で眺めていると

 

「しかとその目に焼き付けるが良い、このメレブが編み出した、過酷な世を生き延びる為に身に着けたとっておきのコミュニケーション能力を」

 

メレブは小足でステップを踏みながら周りにいるゴブリンの中の一匹に向かってゆっくりと近づいて行った。

 

「こういう時はまず、こちらに敵意が無いことを示す必要がある、大人しくここを通して貰えるよう誠意を伝える大事なのだよ」

 

「ヨシヒコさん、メレブが一体何をするつもりなのか付き合いの長いあなたではわかりませんか?」

 

「いえ、私にもわかりません、しかしメレブさんならきっとこの状況を打破する秘策を持っている筈です、信じましょう」

 

一体彼が何をやろうとしているのか見当もつかず、三人はとりあえず固唾を飲んで見守っていると

 

メレブは弓を向けて来るゴブリンに

 

 

 

 

 

「お前等! それでいいのかよ!!」

 

「あ、なんかいきなりゴブリンに叫び出したでありんす」

 

何かを訴えかけるかの様に大声を上げるメレブ、ゴブリンはビクッと反応した。

 

「お前等だって本当はずっと期待していたんだろう! 誰も苦しまず! 悲しまず! 犠牲にならない最高のハッピーエンドって奴を!!」

 

「あれは……なんですか?」

 

「……わからないです」

 

突然ゴブリンの前で体を激しく演説みたいな説教をしだすメレブ、これにはセバスだけでなくヨシヒコも困惑、そしてそれを間近で見せられてるゴブリンも当然困惑

 

「アレ……誰の真似でありんすか?」

 

「答えろよゴブリン! お前等が本当に望んでいたのはこんな形で終わらせる事じゃない筈だ! ここで俺達が争うんじゃなくて! 最高の形で物語を締めようぜ!」

 

「はて、なんか適当にどこぞの誰かの台詞をうろ覚えでパクったかのような……」

 

「さっぱりわからない……」

 

徐々にテンション上がってるメレブにシャルティアがヨシヒコと首を傾げているますます謎が深まるばかり

 

「だがそれでもなお俺達を襲うってんなら……いいぜゴブリン……! まずはそのふざけた幻想をぶち殺……!」

 

そして間近でその謎の舞を見せつけられているゴブリンは、メレブの背後にいる方の同族に無言で手を挙げて合図すると、その同族はコクリと頷いて

 

サッと弓を引いて無言でメレブに矢をパシッと放った。

 

「「「あ」」」

 

「す……あ」

 

ゴブリンの放った矢はプスリとメレブのお尻に命中

 

一同が声を出すと、一人でテンション上がっていたメレブも臀部に違和感を覚えてピタリと静かになると

 

矢に何か動きを止める類のモノでも塗ってあったのか、そのまま気絶したかのようにドサリとその場に倒れてしまうのであった。

 

「「「……」」」

 

「「「「「……」」」」」

 

メレブが倒れて動けなくなったと同時に、ヨシヒコ達とゴブリンの間に微妙な沈黙が流れ始めた。

 

そして最初にその沈黙を破ってくれたのはゴブリンの中の一匹で

 

「……アンタ等何しに来たんだ?」

 

「え、喋れたんですかあなた方?」

 

「いやまあ、喋れるけど、この変な男が急に怒鳴り出したからどうしていいのかわからなくてよ」

 

持ってた弓を下ろして普通に話しかけて来たゴブリンにヨシヒコがキョトンとしていると、そのゴブリンは倒れたメレブを指さしながら

 

 

 

 

 

「で、なにしたかったんだコイツ?」

 

「「「わかりません」」」

 

自分がレベルトップになれた事での驕りによって生まれた、メレブがゴブリンとのコミュニケーションを円滑に進める為に行った奇妙な説教

 

しかしその実態はヨシヒコ一行とゴブリン達には知られる事無く

 

彼等の中で永遠の謎となるのであった。

 

次回、カルネ村に到着

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2-2

次にメレブが目を開けた時、そこはこじんまりとした質素な家の中だった。

 

「……知らない天井だ」

 

「あ、お目覚めになりましたか?」

 

「ん?」

 

未だ意識がぼんやりとしていて、どうして自分がこんな所で寝転がっていたのかさえよくわかってない様子のメレブに、何者かが近づいて声を掛ける

 

「どうして倒れたのか覚えてます? あなたはこの村に来る前、ゴブリンさん達に痺れ薬が塗られた矢を撃たれて気絶しちゃったんですよ」

 

それは栗色の髪を胸元辺りまで三つ編みに伸ばした、少女と女性の中間辺りの年頃と思える娘であった。

 

健康的に焼けた彼女の肌を眺めながらメレブはゆっくりと半身を起こす。

 

何故であろう、目を覚ました時に彼女が目の前に現れたその瞬間、自分の中に小さな火が灯ったかの様な不思議な感覚を覚える。

 

「もしやそなたは倒れた俺を介抱してくれたのかい? ありがとう、俺は魔法使いメレブ、そなたの名は?」

 

「エンリ・エモットです、そんなかしこまらなくて全然結構ですよ、私はただのこのカルネ村に住むしがない村の女ですから」

 

「……きゅん」

 

彼女はエンリと名乗ると朗らかに笑いかけてきた、なんと眩しい笑顔なのであろう。

 

思わずメレブが真顔で己の心情を思わず吐露してしまっていると、彼がエンリを前にうっとりしまっていると小さな少女が突然邪魔するかのように走って来た。

 

「キノコのおじさん起きた!?」

 

「おいなんだクソガキ、今こっちは大事なイベントが始まりそうなんだから邪魔するな、シッシッ」

 

唐突に叫びながら飛んで来た小さな子に対してメレブはすぐに不機嫌そうな声を上げながら手を軽く振って追い払う仕草をすると、そこへエンリが口を開き

 

「その子は私の妹でネム・エモットと言います」

 

「あーそうでしたかー! そういえば似てますねー! なんて可愛らしい妹さんだー!」

 

エンリの紹介を聞いた途端コロッと態度を変えて彼女の妹・ネムの頭を無理矢理撫でるメレブ。

 

撫でられてる方のネムはそれに対し「むー」と若干嫌そうな顔。

 

「そういえば、俺の仲間……この俺の下で働かせてる三人の舎弟はどこにいるのか心当たりは無いかな?」

 

「お仲間さんですか? それなら……」

 

ネムが撫でて来る彼の手を振り払って逃げ出していると、メレブはちょっと見栄を張りながら自分の仲間達は何処へ行ったのかとエンリに尋ねると、彼女はすぐに後ろへと振り返って

 

「あそこでジュゲムさん達と一緒に仲良くごはん食べてる所です」

 

「うわ気付かなかった! なんかゴブリン達に紛れてすげぇバクバク飯食ってやがる!」

 

ふと見るとそこには仲良く円を描いてゴブリン達と共に仲良く食事しているヨシヒコ達が

 

それも一心不乱に皆で食べており、行儀よく食べているのはセバス一人である。

 

そんな光景を見て思わずメレブが叫ぶと、ヨシヒコが気付いたのかまだ口の中にご飯を入れた状態で

 

「目が覚めたんですか、メレブさん、私達もこうして、メレブさんが起きるまで待っていたんです」

 

「いや口からポロポロなんか出てるし! てかぜってぇ待ってなかったでしょ俺の事! だって勝手に飯食ってんだもん!」

 

「ここにいるゴブリン達が食べていけとおっしゃってくれたので、お言葉に甘えました」

 

自分が寝てる間に勝手に食事してる事に対して、平然としているばかりで行儀の悪いヨシヒコにメレブがツッコミを入れる。

 

するとヨシヒコ達と一緒に食事しているゴブリン達の中の1匹が彼に話しかけ

 

「そういや兄さん、あんた人間の割に随分と変わってるな、普通は俺達を初めて見た人間は誰だって驚いたり怖がったりするモンなんだがな」

 

「私はお前達を怖がったりする事など無い、前にもこうして多くのゴブリンに囲まれた経験があるからだ」

 

隣に座ってるシャルティアからこっそり野菜のスープをパクリながら、ヨシヒコはふと随分前の出来事を思い出しながらメレブの方へ目をやる。

 

「いやー懐かしいですねメレブさん、確か前の世界でも私達はこうしてゴブリン達に囲まれた事がありましたよね」

 

以前別の世界にいたとある出来事を思い出し、今となっては思い出話の一つだとヨシヒコはやんわり微笑みながら呟く。

 

「あの時は1匹残らず全員この手で斬ってやりましたが」

 

「おいヨシヒコ……その言い方は誤解を招くから……! ていうかゴブリンさん達に囲まれてる中で笑顔で言うな……!」

 

「あーいいですよ全然、どうせ人間に悪さをしたゴブリンを殺したって事でしょきっと」

 

サラッとゴブリンにとってはとんでもない物騒な事をぶっちゃけるヨシヒコに、メレブが声を潜めながら肝を冷やすが、ゴブリン達はさほど気にしてはいない様子で上手く察してくれた。

 

「まあでも安心して下せぇ、俺達はその辺の野良ゴブリンと違って悪さはしねぇし、この村や住人に害を与えるような真似をしなければ手は出さねぇんで、まああの金髪ホクロのお兄さんは胡散臭かったから思わず矢で射ってしまいやしたが」

 

「ならば私のとある友人が言っていた言葉を教えてあげよう」

 

どうやらこの村にいるゴブリンは普通のゴブリンとは違うらしく、村を襲うどころか警護に務め住人達を護ってるらしい。

 

そんな良識あるゴブリンに対し、ヨシヒコはフッと微笑みながら優しく語り掛ける様に……

 

「人前に出てこないゴブリンだけが良いゴブリンだ……」

 

「……エンリの姐さん、このお兄さん怖ぇ……前にこの村に来たルプスレギナって奴とおんなじ目してやがる……」

 

「ああ、俺達をいつ狩ろうかと静かに観察してる目だ……」

 

「こらヨシヒコ! いつの間にそんな怖い事言う人とお友達になったの! そんな子と付き合っちゃいけません!」

 

笑っていても目だけは全く笑っていないヨシヒコに、ゴブリン達が「この男は何かヤバい」と恐怖を感じてしまう。

 

これにはメレブも大慌てでヨシヒコとを叱りつけると、エンリは心配そうに彼を見て

 

「あの……あの人大丈夫ですよね? 私達の村のゴブリンさん達を急に殺そうとかしないですよね?」

 

「大丈夫! あのちょっと前にゴブリンのせいでトラウマが出来ちゃっただけだから! 普段はどんな魔物でも仲間にしちゃうぐらいよい子だから!」

 

「ど、どんな魔物でも……? それって逆に危ないんじゃ……」

 

ヨシヒコの事を若干警戒し始めたエンリに即座にフォローに回るメレブだが

 

魔物を仲間にする事が出来ると聞いて彼女が困惑しているので、慌ててメレブは話題を変える事に

 

「そういえば先……カルネ村に住んでいるとおっしゃっていましたが、もしやここがその村なのでございましょうか?」

 

「え? あ、はいそうですよ、ここが私達の村のカルネ村です、今は色々あってゴブリンさん達も一緒に住んでいます」

 

上手く話題を反らせた事でホッと一安心するメレブ

 

その間、ヨシヒコのご飯を無言で横取りするシャルティア

 

「お仲間の皆さんから話は聞きましたが、なんでもここに用があるから来たみたいですけど……ここって特に何もない寂れたただの村ですよ?」

 

「いやまあ……ちょっとよくわからない変なおっさんにここ行けって言われたもんでね、とりあえず来てみただけなんすよ……まあ今は、この出会いにマジ感謝」

 

「?」

 

こんな殺風景な村にわざわざ何しにやって来たのかと尋ねるエンリに、メレブはやや気持ち悪くニヤリと笑う。

 

その間、ヨシヒコ、自分の食事が減っている事に気付き、そして隣のシャルティアが明らかに自分の分を盗った事にも気づく。

 

「それにちょっと前に兵士に襲われて多くの村の住民が殺されてしまい、今はなんとか再興を試みてる所なんです」

 

「ほう、そんな事がこの平和そうな村で起こったと」

 

「はい、あの事件のせいで私の両親も亡くなり……今はこうして妹と二人でなんとかやっていこうと」

 

「あぁ……そんな悲しい事が遭ってもめげずに頑張ってるなんて……あの、もしよかったら俺が力になりますが? こう見えて俺、魔法使いなんで、それもかなり凄腕な魔法使い……」

 

「い、いえお気遣いなく……」

 

エンリとこの村のちょっと前にあった事件と悲劇を聞いてグイグイと自分をアピールし始めるメレブ

 

その間、ヨシヒコは食事を盗られた事でシャルティアと取っ組み合い開始

 

「ていうか兵士に襲われて、よく村は形を残せましたなー」

 

「あ、それは私達をお救いして下さったかの魔法詠唱者≪マジックキャスター≫がいましてですね」

 

「……え、なに魔法詠唱者って?」

 

「いや魔法を専門とする方達の事ですよ、知らないんですか?」

 

「あーウチの地元じゃ大体そういうのは魔法使いで片付けるんすよねぇ」

 

「はぁ……」

 

どうもメレブのいる世界とこの世界では魔法使いに対する呼称が違うらしい。これもよくある異世界同士でよくある細かな違いの一つである。

 

その間、ヨシヒコとシャルティアの喧嘩はヒートアップして、ゴブリン達が観戦して騒ぎ立てている。

 

「で? その恐らく俺には遠く及ばないであろう魔法使いがこの村の窮地を救ってくれたと? ふーん……」

 

「そうなんですよ、それに私達の為にあそこにいるゴブリンさん達を召喚出来る不思議なアイテムを下さったり、他にもいろいろ支援して下さったりと、本当に感謝してもし切れないほどの恩があるんです、その方には」

 

「ジェラシー……!」

 

誰だから知らないがその村を助けてくれた魔法詠唱者とやらにはエンリはとても恩義を感じているらしい。

 

そして嬉しそうにその恩人の事を語り出す彼女に、メレブは会った事もないその恩人に対してメラメラと嫉妬の炎を燃やしていると……

 

「私の分を返せぇ!」

 

「お前が先に私のを奪ったのでありんしょうがぁ!」

 

「てかさっきからうるせぇんだけどお前等! 喧嘩するなら外でやって頼むから!」

 

ヨシヒコとシャルティアの取っ組み合いが激しくないっていき、遂には立ち上がって戦い始めたので

 

ようやくメレブが二人の方へ振り返って声を上げるのであった。

 

「ですがメレブさん、彼女は私の分を横取りしたんです」

 

「その前に私の分を盗ったのはコイツでありんす」

 

「子供かお前等! 余所様の家なんだから少しは落ち着いて食べなさいよ全く!」

 

勇者一行としてはあるまじき低レベルの内輪揉めをしてしまうヨシヒコとシャルティアにメレブがお母さんの様に厳しく怒鳴りつけると、未だ一人で黙々と食べているセバスの方を指差して

 

「そんなに食いたいならセバスに分けてもら……おい、待て」

 

あの素敵な紳士の老人であれば食べ物ぐらい恵んでくれるだろうと思っていたメレブだったが、ふと彼が食べている食事の数に気付いた。

 

「よく見たら二人分食ってるぞコイツ、それもしかして……俺の分だろ」

 

「……おっしゃっている意味がわかりませんが?」

 

「クソジジィ……!」

 

猛禽類のような鋭い眼差しでキリッとしながら誤魔化そうとするセバスにメレブは頬を引きつらせて悪態を突く。

 

このセバスという男、一見良識ある常識人ポジションかと思いきや、流石はシャルティアの同胞、真面目そうに見えてかなりしたたかである。

 

そしてそんな三人を見てメレブだけでなくエンリも怪訝な様子で

 

「あの……本当に大丈夫なんですよね? なんかこう言ってはなんですが……少々普通の感覚とはズレた方達なのでは?」

 

「いやいやホント心配ないんで怖がらないで下さい! 確かにヨシヒコはちょっとお馬鹿で、小娘は偽乳でジジィはちょっとボケ入ってるんすけど! 基本は正義の味方ですから俺達! やる時はやる連中なんで!」

 

「は、はぁ……ってあれ?」

 

なんだか危ない連中を家に入れてしまったのでは危惧し始めるエンリにメレブがいらぬ心配はかけないと精一杯に弁明するのだが

 

エンリがふとヨシヒコ達の方へ目をやると

 

なにやらヨシヒコが勝手に自分の家に置かれているツボを両手で掲げて

 

ガッシャーン!と思いきり床に投げつけて割り出したのだ。

 

「はぁ!? いやあの、なにしてらっしゃるんですか!?」

 

「いや……ツボの中身が知りたくて」

 

「中身が知りたいって……それなら普通に中覗くだけで良いじゃないですか! 人の家のモノを壊さないで下さい!」

 

「……すみません」

 

突然の奇行に走るヨシヒコに思わず怒ってしまうエンリ。

 

彼は軽く頭を下げて謝罪するも、次の瞬間にはその割れたツボの隣にあった小さなタルを掲げて

 

パッカーン!とまたもや床に投げつけて壊す。

 

「いやだから! なんで壊すんですか一々!」

 

「まもりのタネを見つけた!」

 

「あ、おめでとうございます、じゃない!」

 

中から出て来た奇妙なタネを掲げて叫ぶヨシヒコにノリツッコミまでかましてしまうエンリ。

 

「お願いですから人の家のモノをこれ以上壊されては……ってまた勝手に!」

 

しかしヨシヒコは止まらない、勇者故に。

 

今度は勝手にあろう事か、人の家のタンスを豪快に開け始めたのだ。

 

「なんなんですかホントに!」

 

「エンリのしたぎを手に入れた!」

 

「取らないで下さい! 勝手に懐に入れようとしないで下さい!」

 

流石に自分の下着を持ち去ろうとする真似は頂けない、エンリはすぐに駆け寄って全力で彼からなんとか下着を取り返すと、ゼェゼェと息を荒げながらメレブの方へ振り返り

 

「全然大丈夫じゃないじゃないですか!!!」

 

「大丈夫です! ウチのヨシヒコはちょっと! 人の家のツボを割ったりタンスを開けるのが好きなだけなんです!」

 

「それを聞いた上で大丈夫だと思える人なんていません!!」

 

ハッキリとヨシヒコの生態を叫ぶ彼に負けじとエンリが反論すると、コレはマズいと思ったのか、メレブはおもむろに立ち上がって家の端っこにいどうすると、ヨシヒコ達に向かって

 

「ちょい、ちょいお前等、こっちに一旦集合」

 

「どうしたんですかメレブさん、なにかあったんですか?」

 

「なんでお前みたいなゴミムシの言う事を聞かなきゃならないんでありんすか」

 

「私はまだ食事中なので」

 

「いいから来いつってんだろがい!」

 

メレブがそう一喝すると、各々のダラダラした足取りで渋々といった感じで端っこにいる彼の下へ集まった。

 

するとメレブは声を潜めて三人にボソッと

 

「えー非常にマズイ事になりました……俺等、初めての村で早速警戒されまくってます」

 

「なんでですか? 私達は特に何も悪い事はしてないと思うのですが」

 

「ヨシヒコ、そっ……んなキラキラした目でよく言えるねぇ……!」

 

せっかく警告を促したのにヨシヒコ自身はキョトンとした様子でまるでわかっていない様子であった。

 

「主にあの方たちに警戒されてる原因を作ったのは、ほぼほぼヨシヒコ、お前だよ……!」

 

「どうしてですか、私はただゴブリンをいつ倒そうかと考えたり、ツボの中にアイテムが入ってないか確認しただけですよ」

 

「私もそれはまっこと道理に適っていると思うのでござんすが? 格下の雑魚を使って遊ぼうと考える事も、下等生物の所有物を強奪する事などなんら悪い事ではないぞえ」

 

「おい、おいおいおい……! なんでさっきまで喧嘩してたのに急に意見が一致してんだよお前等……!」

 

ヨシヒコは勇者として、シャルティアは下々の存在を見下す吸血鬼として

 

そんな正反対の二人がまさかここでウマが合うとは思っていなかったメレブは慌てて話を始める。

 

「とにかくだ……! ここではどうやら俺達の世界とはちょっと文化が違うらしい……! ここではきっと人の家で勝手にツボを割っちゃいけないんだよ……!」

 

「ツボを割ってはいけないって……随分とおかしな世界ですねここは」

 

「こんなクソ虫の言う事なんぞに耳を貸すでないぞヨシヒコ、下等生物の居所を蹂躙し本能の赴くままに破壊する、それは強者を目指す者であればなんらおかしい事はないでありんす」

 

「ホントどうした急に……! え? もしかして俺が気絶してる間になんかあったの君等……!? みんなでカラオケ行ったりとかして打ち解けた?」

 

コレが勇者一行の間で使われる会話なのだろうか……なんだかとてもいけない方向に進んでいる気がすると危惧するメレブだが、そこへセバスがおもむろに口を開き

 

「私はメレブの意見に賛同します、今の我々の状況では余計な騒ぎを起こさない方法を優先すべきです、ですからここは村の住人やゴブリンの警戒を解き、改めて我々を信用させるのがよろしいかと」

 

「やだこの紳士、すんごいイケメン……」

 

「ところでヨシヒコさん、先程あの村娘の下着を奪おうとしていたがあれは頂けません、男なら真っ向から女性と対峙し、正々堂々ベッドの上で奪……」

 

「言わせねぇよ! 何考えてんだこのエロジジィ!」

 

男気溢れるダンディな風格でハッキリと正論を言ってくれたセバスに感心したのも束の間

 

突然ヨシヒコに向かってド直球な下ネタアドバイスを言い出したのですかさずメレブがそれを阻止。

 

「あのホントふざけないで、マジで、俺今ちょっと、あのエンリって娘にときめきを感じているんだから」

 

そしてここで初めて、メレブがどうしてもあのエンリという村娘に警戒されたくない理由を語り始めた。

 

「正直もう完全に一目惚れしちゃって是非ともお付き合いとかしたいとか考えてたりするから、頼むから俺との彼女が結婚式を挙げるまで、そして温かい家庭を築き上げるまで何も問題行動を起こさないで下さい、以上」

 

「……現在進行形でこの中で一番ヤバいのは間違いなくお前じゃないかえ? 急に長々と痛い妄想語り出して頭沸いてんのか蛆虫」

 

「沸いてません、コレは決定された俺と彼女の未来ビジョンなんです」

 

「メレブさん、あの村娘に惚れたんですか? 私はもっと巨乳の方が好みなんですが」

 

「私はもっと尻が大きい方が好みですな」

 

メレブのやや痛い話にシャルティアが一人蔑む様な視線で見つめ、ヨシヒコとセバスは勝手に乳か尻かで盛り上がる始末。

 

そんな家の端っこでコソコソとやっている奇妙な4人組がいれば、当然エンリやゴブリンも不安に思う訳がなく。

 

「エンリの姐さん……あの連中どうにも怪しい、特にターバン巻いてるあの兄さんが特にヤバい、頭が……早い所村から出てってもらった方がいいかもしれねぇですぜ」

 

「うん、それもそうなんだけど……でもあの人達冒険者の類の人達らしいし、追い出そうとすると抵抗して村を襲ったりしそうで……」

 

「ハハ、心配いらねぇですよ、そん時は俺達が全員総出であの連中をとっちめてやるんで」

 

もはやヨシヒコ一行をこの村から追い払う事前提で話し合っているエンリとゴブリン。

 

その上ゴブリンに至っては暴れるヨシヒコを全力で迎え撃つとまで言ってのける。

 

「この村とエンリの姐さんを護るのが俺等の義務なんでね、多少の揉め事の一つや二つ、俺等が何とかしますんで、荒っぽい仕事は全部俺等に任せときゃいいんですよ」

 

「あ、ありがとうございますジュゲムさん……けど出来れば誰も傷つく事無く穏便に済めればそれで……」

 

自慢の力こぶを見せつけて相手が誰であろうとやっつけてみせるとアピールするゴブリンに感謝の意を伝えながら、エンリは出来る限り無理はしないでくれと彼にお願いしようとしたその時……

 

「お、お姉ちゃん! 大変大変!」

 

「え? どうしたのネム、そんなに慌てて」

 

そこへ急に慌てて家の中へと駆けつけて来たのは妹のネム

 

血相変えて慌てた様子で、何があったのかとエンリが尋ねると彼女は外を指差しながら

 

「ゴブリンのみんながたった一人の変なおじさんに倒されてるの!」

 

「ええ!?」

 

「そ、そいつは本当か!?」

 

彼女の話を聞いて周りの空気が一瞬にして変わった。

 

ゴブリンとはいえそれをたった一人で倒す人物とは一体……

 

エンリが思わず言葉を失う中、この家で待機していたゴブリン達はすぐに戦闘準備に入る。

 

先程までヨシヒコとシャルティアの喧嘩にバカ騒ぎしていた連中は、既に戦う漢の顔をしていた。

 

「嬢ちゃん、俺等を倒した奴は村に入って来てるのかい?」

 

「うん、さっきからみんなで頑張ってるんだけど、すっごい強くてみんな負けちゃって……」

 

「わかった、嬢ちゃんはエンリの姐さんと一緒に隠れてろ」

 

ネムの状況説明はたどたどしかったが十分だった。

 

敵は強い、それも自分達が何体いようが全く歯に立たない程の……

 

このまま行っても無駄死にする確率の方が圧倒的に高い事も嫌という程よくわかった

 

しかし彼等は一切迷わず歩を進め

 

「行くぞ野郎共ぉー! この村に入って来た不届き者にいっちょお仕置きかましにいこうじゃねぇかぁ!!」

 

「「「おー!!!」」」

 

死ぬとわかっていても戦いへと赴くのであった。

 

それがエンリ・エモットと、彼女の住む村を護る事を使命と化したゴブリン達の仕事なのだから

 

 

 

 

 

 

そしてそんなゴブリン達が熱く盛り上がってる中で、ヨシヒコ達はというと

 

「彼女と結婚したら、まず立派な家を建てて犬を飼いたいなー」

 

「それは楽しみな事、お前が幸せの絶頂を迎えたその瞬間に全てをグチャグチャに出来るのかと思うと今から笑いが堪えきれんでありんす」

 

「セバスさん、実は私は巨乳だけじゃなく……お尻も好きなんです!」

 

「それは男として生まれたのであれば至極当たり前の事です、男は女性を愛し、その体を欲する。胸も尻も、男は好きで当然なのです、なんら恥ずべきことではありません」

 

先程までのエンリ達の話を全く聞こえてなかった様子で、未だに勝手に自分達で盛り上がっている最中であった。

 

そして彼等がペチャクチャと喋っている内に……

 

 

 

 

 

 

「ゴブリーーーーン! 獲ったどぉーーーーーーー!!!!」

 

侵入者かと思われる男の雄叫びが村中に轟き始めるのであった。

 

次回、魔王四天王戦

 



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2-3

ようやく掴めた一時の安らぎを送っていたカルネ村に、またしても未曽有の脅威が訪れた。

 

「ウラーラーラー!!!」

 

奇声を上げながら鋭いモリを振り回すその姿は正に蛮人

 

村の警備を務めるゴブリン達を次々と蹴散らしていき、猪の如き猛進で遂にはエンリの住む家の前にまで到達してしまう。

 

「な、なんて野郎だ……! たった一人で俺達全員を……!」

 

「つ、つえぇ……!」

 

如何に集団戦を得意とするゴブリンでさえも全く歯が立たない強さを誇り、ゴブリンの援護に駆けつけた勇気ある村人達も全く相手にならない。

 

そしてゴブリンの中でもリーダー格の、エンリからジュゲムと名付けられているゴブリンを最後に倒し終えると

 

「ゴブリーーーーン!!! 全員獲ったどーーーー!!!!」

 

「ぐ……! まさかこんなヤベェ奴が現れるなんて……!」

 

気持ちよさそうに咆哮を上げる相手に倒れたゴブリンが抱く感情は相手に対する怒りではなく、己自身のふがいなさに嘆く哀しみ。

 

”あの攻撃”を前に自分達は何も出来ず、ただただやられる事しか出来なかった事に悔しさを隠せなかった。

 

しかしそこへ

 

「そ、それ以上村の人やゴブリンさん達を傷付けるのは止めて下さい!」

 

「あ、姐さん……!?」

 

「お? なんやぁお前ぇ!」

 

「エンリ・エモット……この村の娘です……!」

 

彼に今すぐ避難しろと言われていたエンリが、懸命に勇気を振り絞って彼等を庇うかのように侵入者の前に現れたのだ。

 

すると侵入者の男は手に持ったモリを肩に掛けながら彼女の方へ振り返り

 

「俺はバラモス様直属の魔王四天王の一人、マッサル様じゃ! 頭が高い! 控えおろぉ!」

 

「バラモス様……魔王四天王……? 何者なんですかあなたは……」

 

「なんやバラモス様知らんのか、まあしゃあないか、最近デビューしたばかりやし」

 

聞き覚えの無い単語を用いて自己紹介するマッサルにエンリがキョトンとしていると、彼は持ってるモリを地面に突き刺して一旦説明を始めるのであった。

 

「ええか、バラモス様はこの世界に君臨なされ、人も魔物も全て支配出来るお力を持った魔王様や。めっちゃ強い御方なんや、この世界をあっという間に征服出来てしまうんやで」

 

「……あなたはその魔王の部下という事ですか」

 

「そやで、それもバラモス様が率いる軍団の中でも特に強い”5人”のメンバーは魔王四天王って呼ばれてんねん、そのうちの一人がこの俺、マッサルさんや」

 

「え、ちょっと待って下さい……5人なのに四天王……?」

 

「バラモス様が指名した時にうっかり1人多く選んでしもうて、でも「まあええか」って感じでそのまま5人になってしまったんや」

 

「……結構適当なんですね」

 

「いつもは真面目なんやけど、たまに手を抜く時あんねんあのおっさん」

 

「おっさん!?」

 

魔王バラモスが率いる最強の5人、その名も魔王四天王……

 

色々と数的に矛盾が生じているとエンリが怪訝な表情を浮かべるが「細かい事は気にせんでええよ」とマッサルが軽く手を横に振って誤魔化す。

 

「そんで俺もこうしてバラモス様の御命令でこの村を襲いに来たんや、バラモス様の勢力を広める為に」

 

「そんな! 魔王だかなんだか知らないですけど! こんな寂れた村をどうしてわざわざ襲うんですか!」

 

「決まってるやろ! 俺等が望んでいるのは完全なる魔物達だけの世界! そう! 魔物達の”めちゃめちゃイケてる”世界を作る事が目的なんや!」

 

「めちゃめちゃイケてる世界!?」

 

「めちゃめちゃイケてる世界や!」

 

彼等はこの世界を征服せんとまずは勢力拡大の為に自分達の様な小さな村でさえも襲っているらしい。

 

魔王バラモスが望むのは、魔物の魔物による魔物達だけの理想郷を築き上げる事、その為にこの世界で不必要なのは

 

「だからエルフやドアーフ、ホビットとかいらんねんこの世界には、そんで当然、何の役にも立たへんお前等人間もや!」

 

「私達を……」

 

「バラモス様はな、特にお前等人間をかなり敵視しとるで、他のモンは奴隷ぐらいにはしてやってもええけど、人間にはそんな慈悲も許さへん!」

 

「まさか私達人間全てを滅ぼすつもりじゃ……」

 

最悪の事態を予想してごくりと生唾を飲み込むエンリに対し、マッサルは真顔でサラッと

 

「いやあのおっさん、人間とのコミュニケーションが苦手やから、人間はもうどっか遠い所に追い出したいんやって」

 

「えぇ!?」

 

「ぶっちゃけ人間にビビッてんねん、なんか色々と人間との関係でトラブル遭ったらしいで」

 

全人類を隔離して追い出そうと目論む魔王バラモスの恐ろしい計画に愕然とするエンリ。

 

魔王が人間と上手くコミュニケーションが取れない……まずはその問題から解決するのが先ではなかろうか……

 

「だからまずはこの村の住人を追い出して、バラモス様の最初の計画の第一歩とさせてもらうわ」

 

「そんな……!」

 

「でも住人追い出すより先に、コイツ等どうにかせなきゃならんな」

 

偶然なのかわからないが、バラモスはまず最初にこの村を襲う事にしたらしい。

 

そして四天王のマッサルを要請し、彼に全ての人間を一人残らずそこから立ち退かせと命じているみたいだ。

 

だが彼が今倒そうとしている相手は人間ではなく、足元で倒れているこの亜人種……

 

「魔物のクセに人間なんぞを護ろうとするとか考えられへん、コレはもうアレやな、お前等ゴブリンは全員油にポーンの刑や」

 

「油にポーン!?」

 

「生きたまま油鍋にぶん投げて、カラッと揚がった所を俺が食ったる」

 

「へ……俺達を食うってか……好きにしな、ただし俺達は揃いも揃って汚くて臭ぇゴブリン……例えこの身を食われようが思いきり腹下させて殺してやるぜ……!」

 

「なんやコイツ、まだ俺に減らず口叩く余裕あんのか! 腹立つからやっぱカラッと揚げる前にお前だけは殺しとといたる!」

 

「ジュゲムさん!」

 

例えこの身が朽ち果てようと、せめてもの一矢を報いてみせると、こちらを見下ろすマッサルにニヤリと笑って見せたゴブリン。

 

そんな彼に向かって非情にもモリを振り上げて突き刺さんとするマッサル。

 

このままでは以前多くの兵士達に村を襲われた時と同じだ、村人は殺される心配はないみたいだが、今度はゴブリン達がまとめて殺される。

 

この残酷な現実を前にエンリが悲観に暮れながらも、自分達の村を一生懸命護ろうとしてくれたゴブリン達を助けようと手を伸ばそうとする。

 

だがその時だった。

 

 

 

 

 

「何やら騒がしいと思ったら……大変な事になってるみたいですね、セバスさん」

 

「ふむ、状況を観察する限り、この村は現在あの蛮人に襲われているようですな」

 

「!?」

 

そこへ颯爽と現れたのは、勇者ヨシヒコと執事セバス。

 

外が騒がしい事にようやく気付いて、家の中から飛び出して来たみたいだ。

 

突然現れた彼等にエンリだけでなく、マッサルの方も驚いてゴブリンを刺し殺すのを中断する。

 

「ああ!? なんやお前等!? この村のモンか!?」

 

「私はヨシヒコ、この世界を支配せんと企む邪悪な魔王を倒す為に遠い地からやって来た勇者だ」

 

「勇者やて!?」

 

「ゆ、勇者!?」

 

魔王を倒しに来た勇者と聞いて驚くマッサルであったが、それ以上に驚いているのはついちょっと前の彼の行動をはっきり見ていたエンリの方であった。

 

「私の家をあんなに荒らしておいて勇者!?」

 

「勇者だからこそだ!」

 

「勇者はそんな事しません!」

 

「それよりそこのモリを構えた男! 先程そのゴブリンを殺そうとしていたが! それだけは絶対に許さん!」

 

「誤魔化さないで下さい!」

 

 

散々家のツボ割ったりタンス開けたりと、暴れ回ったヨシヒコを勇者などとは到底思えない様子のエンリを尻目に

 

ヨシヒコは強い口調で叫びながらマッサルにビシッと指を突きつけた。

 

「そのゴブリンを倒すのは私だ! 一匹残らず全て葬ると決めているんだ! 私の獲物に手を出すなぁ!!」

 

「おじいさんこの人本当に勇者なんですか!? 絶対違いますよね!」

 

「……さあ、私も知り合ったばかりなので、共に旅を続けていけばその内ハッキリとわかると思うのですが……」

 

誰であろうと自分の獲物を横取りする者は許さない、ゴブリンに対してマッサル以上に強い殺意を持つヨシヒコに

 

エンリは彼の仲間であるセバスの体を揺さぶりながら疑問を尋ねるも、彼自身もヨシヒコが勇者だと素直には言い切れない様子。

 

するとそこへ遅れてメレブとシャルティアも家の中から現れ

 

「おいヨシヒコ、お前また俺のフィアンセを怖がらせる様な真似を……ってん~~~? コレは一体何が起きているのでございましょうか?」

 

「なんぞやヨシヒコ、もうゴブリン共を始末したのかえ? 私にも少し分けて欲しかったというのに」

 

目の前の状況をイマイチ把握できていない様子のメレブと、倒れているゴブリンを見て遂にヨシヒコが手をかけたのかと思うシャルティア。

 

二人がやって来るとエンリはすぐに振り返って

 

「あそこでモリを構えている人はバラモスとかいう魔王の手先です! 部外者である皆さんはすぐにお逃げください!!」

 

「魔王の手先……? あんな頭の悪そうな男が? こりゃまた魔王とやらは随分と人材不足の様でありんすな」

 

「ほほう、魔王に与する者が向こうから現れたか、ならばここは俺達で食い止めるしかあるまい」

 

「え!?」

 

胡散臭い連中とはいえ、この村とはなんの関係もない者達、無駄な犠牲を生まない為にエンリは彼等に逃げろと指示をするが

 

彼女の言葉など全く聞いていない様子で、急いでヨシヒコとセバスの隣に並ぶシャルティアとメレブ。

 

既に彼等の中でやる事は一つ

 

「あ奴は私達にクソ忌々しいモンを振り撒いた親玉の手下らしいざんす、生け捕りにして拷問を加え、さっさと親玉の居場所を吐かせるべきでありんしょう」

 

「うえー拷問はしなくていいと思うんだけど~? 出来ればエンリちゃんの前ではやらないでね、ビックリしちゃうから」

 

この場で徹底的に弄びながら居場所を聞き出そうとやる気になるシャルティアに、メレブが両手を合わせてお願いしていると、「なんやなんや!?」とマッサルが急に現れた素性の知れぬ連中に戸惑っている様子。

 

「まさかお前等全員、バラモス様を倒そうとか言うとる勇者の仲間か?」

 

「いかにも、我々は利害の一致で協力関係を結んだ勇者一行です、あなた方をこの世界から殲滅する為の刺客と言えばおわかりですかな?」

 

「はぁ~もうそんなのいるんやな、こりゃあのおっさんもうかうかしてられへんでホンマ」

 

キリッとしながらハッキリと自分達の事を紹介するセバスに、マッサルは呑気そうに呟く。

 

勇者一行が現れたとわかってもあまり危機感は覚えていないらしい。

 

それは強者特有の油断なのか、はたまたただのアホなのか

 

「しゃあないな、こりゃ予定変更せんとマズイで、ただのゴブリンやっつけるよりもこっちを先に倒さへんと」

 

そう言ってマッサルはその場から離れると、改めてヨシヒコ達と対峙する。

 

「よっしゃ! 俺の名はマッサル! 魔王四天王の一人や! お前等がバラモス様を倒しに行くっちゅうのなら、お前等全員まとめて油にポーンや!!」

 

「ヨシヒコさん、レベルの上がった今の我々で魔王の傘下に組み入るこの者にどれほど通用するか、試させて頂きましょう」

 

「はい、私達の力を一つにし、この男とゴブリンを駆逐してやりましょう」

 

「……ゴブリンは見逃してやってもよろしいのでは? 今はこの村を救う事を優先すべきですし」

 

「私の友人がこんな事を言っていました、「救えるかどうかは分からん、だが、ゴブリン共は殺そう」と」

 

「ヨシヒコさん、メレブも言っていましたがその友人とのお付き合いは止めた方がよろしいかと」

 

今まで散々多くの魔物達を倒していき、それによって培った力をここで実践する時が来たのだ。

 

ドサクサにマッサルだけでなくゴブリンにも狙いを定めているヨシヒコをセバスが窘めていると

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

最初にマッサルが動き出して戦いのゴングが鳴った。

 

「いくでいくでいくで~~~~~!!!」

 

『マッサルはちからをためている』

 

「はん! なんぞやアレは! せっかくの攻撃のチャンスにただ力を溜めるだけとは!」

 

自慢のモリを振りかざし、渾身の一撃をお見舞いしようと力を溜めるマッサルだが

 

あまりにも隙だらけなのでシャルティアが嘲笑を浮かべるも、そこへヨロヨロと起き上がったゴブリンが声を掛け

 

「気を付けろアンタ等! 俺達は全員そいつのたった一撃でやられたんだ! 隙がある内に早く倒せ!」

 

「ゴブリン如きの助言などいらん、私を誰だと思うているのかしら? 言われずとも遠慮なく……!」

 

負けたゴブリンの言葉など耳に貸す必要があるか、とシャルティアは薄ら笑みを浮かべながらマッサルに接近し

 

「死ねぇ!」

 

「あ、いて」

 

全身全霊を込めた気合の一撃を拳に込めてポコっと殴った。

 

しかしマッサル、軽く反応するだけで全くダメージが通ってない様子。

 

「全然効いてないじゃないですかい!」

 

「ダメだあの娘! 口先だけだ!」

 

「うるせぇゴブリン風情が! 外野からビービー叫んでんじゃねぇ! 私の本気はこっからだ!」

 

真面目にやっているのかと周りにいるゴブリン達にブーイングを浴びせられた事に腹を立ててシャルティアが怒鳴っていると

 

「では次は私が……」

 

肉弾戦を得意とするセバスが、未だ力を溜め続けるマッサルにゆっくりと歩み寄り

 

「ふん!」

 

「うお! なんやこのじいさん! めっちゃ効いたわ今の!」

 

右手から放たれたすさまじい勢いの拳がマッサルを襲い、ようやくまともなダメージが入ったようでマッサルはのけ反りながら焦り出す。

 

「これならさっきのお嬢ちゃんの攻撃なんやったん!? 全然おる意味ないやん!」

 

「そうだそうだ!」

 

「じいさんを見習え!」

 

「ぐぬぬ……! なに敵の言葉に賛同してるんだコイツ等~……!」

 

今度はマッサルに便乗して文句を言い出すゴブリンに、シャルティアが今に見てろよと殺意を燃やしている中

 

「次は私だ! 食らえ魔王の手先!」

 

「ぐお! 効いたー! これも中々効いたでー!」

 

セバスの次にヨシヒコが飛び出し、自慢の剣を振り下ろして再びマッサルにダメージを与える。

 

しかしまだまだ倒れる様子は無く、マッサルはやはりずっと力を溜め続けたままだ。

 

「お前等の攻撃はまあまあやけど、俺もそろそろ反撃させてもらうで! 力が溜まるまであとちょっとや!」

 

「そうはさせなさい! 私達にはまだメレブさんが残っている! メレブさん、彼にトドメを!」

 

ヨシヒコ達の攻撃を耐えきったとニヤリと笑って見せるマッサルに、ヨシヒコは信頼する仲間、メレブにいっちょ決めてくれと振り返る。

 

だが

 

「安心なさい、この村の脅威はこの俺、偉大なる魔法使いメレブが救ってみせよう、それまでおぬしはここで俺の大活躍劇をその目に焼き付けておくがいい」

 

「い、いや……それは嬉しいんですけど、私と話してる暇あるんですか……?」

 

「メレブさーーーーーん!!!」

 

『メレブはエンリをくどきはじめた』

 

『しかしなにもはじまらなかった』

 

なんとここでメレブ、まさかの戦いの最中でエンリを口説こうとする。

 

しかも全く相手は彼に対してそんな気は無い様子で、ヨシヒコが悲痛に叫ぶ。

 

「ダメだ、メレブさんはすっかりあの村娘に心を奪われてしまった……」

 

「元々クソの役にも立たんカスでありんす、勝手に発情してればいいでござんしょう」

 

メレブが戦えない事にヨシヒコはショックを受けているみたいだが、ここに来るまでまともに戦う事すらしてないメレブなどハナっから期待してなかったとキツめに呟くシャルティア。

 

するとそこで遂に……

 

「うおぉぉぉぉぉ力が漲ってきたで~~~~~!!!」

 

「「「!?」」」

 

マッサルの全身から突然赤いオーラが噴出されたのだ、これにはメレブ以外の一同も驚く。

 

そして明らかに攻撃力が上がっている様子で、今まで溜めていた力を吐き出すかのように

 

「ウラーラーラー!!!」

 

「ごへぇ!」

 

「ぐ!」

 

「う!」

 

ビュンッ!と目にも止まらぬ速度で彼がモリを横薙ぎに振るった瞬間、ヨシヒコ達に強烈なダメージが発生し後ろに吹っ飛んでしまう。

 

彼が力を溜めていたのはこの一撃必殺の技を生み出す為だったのだ。

 

「く! たった一撃でこの威力とは……!」

 

「目の前が真っ赤になっています、これは一気に体力を削られた事による影響でしょうか……」

 

予想以上の攻撃力にヨシヒコは剣を杖代わりにしてようやく立ち上がり、セバスもまたかなり残り体力が無くなってしまったようで立つのもやっとの状況。

 

そしてパーティーの中で一番HPが低いシャルティアはというと……

 

「かひゅー……! かひゅー……! し、死ぬー……!」

 

「これはいけません……シャルティアが完全に瀕死です」

 

「かろうじて体力が1残ってる状況という感じですね……非常にマズイ」

 

その場で大の字で倒れて目を血走らせながら、明らかにヤバい呼吸をしている彼女を見て危機感を覚えるセバスとヨシヒコであるが

 

シャルティアは弱々しく腕を天に掲げると、力を振り絞って口を開き

 

「ホ、ホイミ……!」

 

『シャルティアはホイミをとなえた』

 

『シャルティアのHPが少し回復した』

 

魔物との戦いの中で覚える事が出来た唯一の回復呪文を自分自身に使ったのだ。

 

多少は受けたダメージを修復出来たのか、ゼェゼェとまだ息は荒いがようやく立ち上がってみせた。

 

「危なかった……! 今のはまこと危なかったでありんす……!」

 

「お見事です、魔物との戦いがようやく活かされてきましたね……しかし私の方はもう……」

 

「しっかりしなんしセバス! この程度の相手に敗れてはアインズ様に顔向けなど出来ぬぞ!」

 

回復呪文を覚える事が出来たシャルティアを褒め称えながら倒れそうになるセバス

 

彼女が慌てて声を掛けていると、そこへヨシヒコがサッと駆けつけ

 

「安心しろシャルティア、セバスさんもコレを食べればすぐに体力を回復できる」

 

「なんと!」

 

既に体力を回復できるアイテムでも持っていたのか、期待を込めた様子でシャルティアが彼の方へ振り返ると、その手に握られていたのは……

 

「……なにそれ?」

 

「ここに来るまでに倒してきた魔物から手に入れた”やくそう”だ、コレを食べればセバスさんも回復できる」

 

「いやそれ私が見る限り……ただの雑草じゃね?」

 

「やくそうだ」

 

「いや雑草だって、その辺で抜いて来ただけでありんしょ?」

 

「やくそうだ」

 

それはまるでその辺から適当に毟ったかのような草であった

 

ヨシヒコはあくまで「やくそう」だと主張するがシャルティアからはどう見てもただの草でしかない。

 

しかし彼女の疑問をよそにヨシヒコはそれを持ったままセバスの方へ歩み寄り

 

「さあ食べて下さい、しっかり噛んで」

 

「ぐむ!」

 

「直で食わせるんでありんすか!?」

 

躊躇いなくその草をセバスの口に突っ込むヨシヒコ。これにはシャルティアも目を見開いてギョッとするしかない。

 

そしてその光景を離れて見ていたエンリやゴブリン達も

 

「あ、あのターバンの男……! 年寄りに煎じてねぇ薬草を直で食べさせてやがる……!」

 

「悪魔だ……ターバンの悪魔だ……!」

 

「ずっと思ってたけど……やっぱりあの人怖い……」

 

ヨシヒコが突然奇行に走ったとかなりドン引きして言葉を失っていると、しばらくしてヨシヒコにやくそうを無理矢理口に突っ込まれたセバスは……

 

「あ、なんだか体の傷が癒えた気がします」

 

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」

 

まだ口の中からはみ出てるやくそうをムシャムシャと食べながら、セバスは体力が微量ながら回復した気がすると発言。

 

これにはシャルティア、エンリ、ゴブリン達が揃って同じ表情で驚いて見せると、ヨシヒコは彼に笑いかけて。

 

「これでセバスさんも大丈夫ですね」

 

「助けて頂きありがとうございますヨシヒコさん」

 

「やくそうで体力を回復するのは冒険で必須ですから、あらかじめ用意しておいて正解でした」

 

「なるほど、非常に参考になりました、しかもコレ、結構クセになる味です、好きですこの味」

 

苦みが強いやくそうの味をしっかり噛んで味わいながら、まだ口からやくそうがはみ出ている様子でヨシヒコにお礼を言うセバス。

 

そしてヨシヒコ自身もまた体力回復の為に食べたのか、いつの間にか口からやくそうをはみ出している。

 

「さあコレで全員まだ戦えます! いきましょう皆さん!」

 

「ええ、やくそうが尽きる前にあの男を倒しましょう」

 

「……」

 

口から草をはみ出しているのも気にせずに戦おうとするヨシヒコとセバスに、シャルティアが頬を引きつらせて固まってしまっていると

 

戦っている相手のマッサルも「うわー……」と彼等を見て

 

「草食いながら戦おうとしとるこの人達……勇者とその仲間、こわ……」

 

「わ、私もこ奴等と一緒にされては困るでありんす!」

 

流石に魔王の部下もこの光景には引いている様子であったが

 

今は気にしてる場合じゃないと、シャルティアの抗議も無視してマッサルは再び手に持つモリを振りかざす。

 

「ちょっとお前等怖いからさっさと終わらせるわ、頼むから次で全員死んでくれ」

 

「また力を溜め始めましたか……どうしますかヨシヒコさん、このままシャルティアの回復魔法とやくそうだけで乗り切りますか?」

 

「今の私達ではそれしかありません……なにか相手を倒す手段があればいいんですが……」

 

「いいからさっさとその口から出てる草全部食いやせん」

 

真面目な雰囲気で相談し合うセバスとヨシヒコだが、二人共口が草まみれなので緊張感がまるでない。

 

シャルティアが彼等に呆れた様子で呟いていると、そこへ……

 

「フッフッフ、お困りの様だね、諸君」

 

「メレブさん!」

 

得意げに笑みを浮かべながら戻って来たのはさっきまでずっとエンリを口説き落とそうとしていたメレブであった。

 

戦いに参加していなかったので彼だけ完全に無傷である。

 

「戻って来たんですね!」

 

「愛しのハニーに、俺の活躍を見せなきゃならんのでな」

 

彼が戻って来た事に素直に喜ぶヨシヒコをよそに

 

メレブはチラリと背後にいるエンリに片目をパチパチして下手くそなウインク

 

これには彼女もただ苦笑して見せるしかない。

 

「よし、いいかお前等よく聞け、俺が戦いに参加していなかったのはあの男の戦い方を見る為だ、そして俺は……奴に勝つ為の方法を閃いた……」

 

「いやお前が戦いに参加しなかったのは、単に女口説こうとしてただけだろうがクソ虫」

 

今まで戦いに加わなかったのはビビっていたのではなく、あくまで相手の動きを観察していたのだと告白するメレブ。

 

しかしシャルティアとセバスから今までずっと最低評価であった彼が、この状況を打破できるとは到底思えなかった。

 

「……全く期待しておりませんが、本当に奴に勝つ見込みがあるのですか、メレブ」

 

「奴に勝つ方法はただ一つ……」

 

やくそうをゴクリと飲み込みながら尋ねて来たセバスに、メレブは自信満々の表情で

 

「この俺が、この世界で初めて得た呪文を使うのだ」

 

「呪文!?」

 

メレブその一言に敏感に反応するヨシヒコ、そう、彼はずっとこの時を待っていたのだ。

 

「メレブさん、もしやそれは! 遂に……!」

 

「その通りだよヨシヒコ、待たせてしまって悪かったな、俺は遂に……」

 

期待の眼差しをこちらに向けて来るヨシヒコに、メレブは頬を手でさすりながらニヤリと笑い

 

 

 

 

 

 

「新しい呪文を覚えたよ」

 

こちらが喋ってる中また力を溜め始めているマッサルを前にして、右手に持った杖を掲げながらメレブが己の勝利を確信した様子で頷くのであった。

 

果たして彼が遂にこの世界で覚えた初めての呪文とは……

 

次回に続く。

 

 

 

 

 

 



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2-4

カルネ村でまさかの魔王バラモスの手下である、四天王の一人、マッサルと交戦するヨシヒコ達

 

しかし彼のあまりにも桁違いな攻撃に苦戦してしまう事態に

 

そして村を護るゴブリン達や村娘のエンリに見られている中

 

ここに来てメレブがある逆転の一手を生み出した。

 

「新しい呪文を、覚えたよ」

 

「それさっき聞いたでありんす」

 

「大事な事だから2回言ったんだよ」

 

杖を構えながら得意のドヤ顔を浮かべてボソッと呟くメレブ、この戦いの中で新たな呪文を会得したらしい彼にヨシヒコはすぐに食いついて

 

「遂にこの世界で呪文を覚えたんですねメレブさん! 今度は一体どんな凄い呪文を覚えたんですか!」

 

「……知りたいヨシヒコ?」

 

「知りたいです! 凄く知りたいです! そして早く私に掛けて下さい!」

 

「ふふ、せっかちなお人ですこと、しかし焦るでないヨシヒコ、まずは俺の話を聞くのだ」

 

やたらと彼の呪文を掛けてもらいたがるヨシヒコのいつもの様子に、メレブは静かに笑みを浮かべながら窘めると

 

「おい! 俺いつになったら攻撃してええの!?」

 

さっきからずっと待ってくれている敵のマッサルに向かって

 

「あ、ごめんちょっとだけ待っててくれません? ちょっと俺今、超凄い呪文を覚えたんで、それを仲間に教えなきゃいけないんで」

 

「いつ終わんのそれ!?」

 

「んー5分? 5分ちょいで済ますんで」

 

「わかった! 待っとる!」

 

「あざーす」

 

ダメ元でお願いしたらすんなりと新しい呪文の説明の猶予を作ってくれたマッサルに感謝しつつ

 

メレブは三人に向かって杖を左右に振りながら

 

「皆さん、長らくお待たせしました、この偉大な魔法使いメレブが、いよいよ本気になる時が来たみたいです」

 

「偉大なのかどうかはこちらで判断させて頂きます」

 

喋れば喋るほど信用性が低下していくこの胡散臭い魔法使い、メレブ

 

そんな彼をここで生かす価値が本当にあるのかどうか

 

厳しく見定めようと睨みつけるセバスであった

 

「してメレブ、その呪文とやらは本当に役が立つモノで?」

 

「フ、愚問だな、この俺が覚える呪文に、役に立たない呪文など今まで一つたりとも存在、したことない!」

 

「あーもういいからさっさと言いなんし、回りくどいったりゃありゃしない……」

 

「いや言ってもいいんだけどー、大丈夫シャルティアちゃん?」

 

「あ?」

 

手を振ってさっさとやれと催促するシャルティアに、メレブは目をも開いてほくそ笑みながら

 

「俺のとんでもない呪文の効果を聞いてショックのあまり泣き出したりしない? 「うわーん、メレブ様が滅茶苦茶凄い呪文覚えたせいで、私の立場がますます無いでありんす~、え~んえ~ん」って」

 

「いいからとっとと言え! 殺すぞ!」

 

ニヤニヤしながら一向に茶番を挟みながら話を進めようとしない彼に彼女が怒鳴りつけていると

 

唯一彼が覚えた新呪文に興味深々なヨシヒコが身を乗り出した。

 

「メレブさん、今回は随分と勿体ぶりますね! 一体どんな呪文なのか早く教えて下さい!」

 

「ん~しょうがない、いいか諸君、よく聞け。今回俺が覚えた呪文は味方にしか掛けられない、その効果はなんと……」

 

サラサラな金髪ヘアーを何度も首を回してなびかせながらしっかり間を置いた後、メレブは彼等の方へ向き直り真顔で

 

 

 

 

 

「相手から受けたダメージを、そのまま相手に返す効果があるんだよ」

 

「受けたダメージを相手に!?」

 

「しかもね、攻撃であればなんでも返せる。物理とか魔法とか精神とか、もうこちらに対してなんからの害を与える攻撃であれば、絶対に相手に返す事が出来る」

 

「どんな攻撃でも跳ね返せるんですか!?」

 

「しかも今なら特別キャンペーンで……2倍にして返す」

 

「特別キャンペーン!?」

 

「ごめんヨシヒコ、反応するとこ間違ってる、2倍、2倍にして返すって方に驚いて」

 

ちょっとズレた驚き方をするヨシヒコにツッコミを混ぜつつも、メレブは超強烈なカウンター魔法を手に入れたという事を説明しながら最後に。

 

「そして私はこのとんでもない呪文に……」

 

 

 

 

 

「「ハンザワ」と名付けさせてもらったよ」

 

「す、凄い! こんな序盤でこんな恐ろしい呪文を覚えるなんて! もはや魔王など敵ではない!」

 

「フフフ、しかもこの呪文に掛かった者はもれなく……」

 

 

 

 

 

「相手の攻撃を倍返しした後、最終的に有無も許さず出向、じゃなくてどっか遠い所に飛ばされてしまうよ」

 

「なんだと! それからどうすれば元の場所に帰れるんですか!」

 

「ん~~~~~、そこは自力で頑張って帰って来るしかないよね?」

 

「無敵だ! 我々はメレブさんが覚えた新呪文のおかげで無敵になってしまった!」

 

「いやそれ思いきりダメでありんしょうが!!」

 

どうやらメレブが名付けた「ハンザワ」という呪文は一度は相手に強力なカウンターを仕掛けられるも、その後は掛けられた本人は何処か見知らぬ遠い場所にランダムに飛んで行ってしまうらしい。

 

つまり一度だけ相手の攻撃を倍返しにする代わりに、パーティーの内の誰かが長期的な戦況離脱しなければらないという事だ。

 

喜ぶヨシヒコをよそにシャルティアはすぐにその致命的な弱点を指摘する。

 

「そんな呪文私は絶対に掛けられたくないざんす!」

 

「私もです、一刻も早く魔王を倒し、アインズ様を探しに行かねばならないというのに、一人見知らぬ土地に飛ばされては無駄に時間を浪費してしまいます」

 

当然シャルティアとセバスはそんなデメリットが半端ない呪文など掛けられたくないと断固拒否

 

だがやはり……

 

「掛けて下さいメレブさん! 私にハンザワを掛けて下さい!」

 

「はぁぁぁぁぁ!? 正気かえヨシヒコ!?」

 

「流石は勇者ヨシヒコ、それじゃ遠慮なく……」

 

どんな呪文であろうと後の事は何も考えずに掛かりたがるのがこの勇者ヨシヒコ

 

強く呪文を懇願する彼にシャルティアが素っ頓狂な声を上げる中、メレブはヒョイと杖を彼に向けて

 

「ほい!」

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「掛かるの早くありませんかな?」

 

「まさかの無詠唱魔法……」

 

パパッと無駄なくヨシヒコに呪文を掛けると

 

その途端すぐに何やら力が滾ったかのように咆哮を上げるヨシヒコ

 

セバスとシャルティアがその姿と呪文の手早さにビックリしてる中、ヨシヒコは物凄い鬼気迫る表情でマッサルの方へ振り返り

 

「おお……! なんだか今! 物凄く強大な力に対して反抗してやりたい気がした! そしてどんな手段を持ちいてでも、相手を屈服させてやりたいという強い意志が私の中に生まれた!」

 

「うわ~ヨシヒコものっすごい邪悪な笑顔浮かべちゃってるよ」

 

「なんや? もう戦ってええんか?」

 

「あ、どうぞどうぞ、好きに攻撃して下さい」

 

敵以上に怖い気迫を放つヨシヒコにメレブは苦笑しつつ、様子見していたマッサルに攻撃していいと促す。

 

するとマッサルは馬鹿正直に「よーしやってるでー!」と手に持つモリに力を込めて

 

「実はさっきからずっと待っとる間力を溜めてたんや! この一撃でお前等全員沈めたるからなー!」

 

そう叫ぶとマッサルは全身全霊を込めた必殺の一撃を放たんと、思いきりモリを横に振り払う。

 

「どりゃあぁぁぁぁぁ!!!」

 

「うぐ!」

 

「これはまたさらに強力な……」

 

「死ぬー!」

 

「ええ!? 序盤のボスのクセに攻撃力半端ねぇ!」

 

全体に対して大ダメージを与えるマッサルの一撃にヨシヒコだけでなくパーティー一同が一気に瀕死の状態に

 

「……やくそうを食べさせて頂きます」

 

「ホイミ! ふぅ~こんなのが続いてたら身が保たんぞえ……」

 

そして急いでセバスはやくそうを再びムシャムシャ食べ始め、シャルティアが自分を回復させている中、メレブは倒れた状態でヨシヒコに向かって

 

「今だヨシヒコ! 奴から受けたダメージを跳ね返せ!」

 

「はい!」

 

「なんやて!?」

 

攻撃を跳ね返す事が出来るのかとマッサルが驚愕の表情を浮かべると、ヨシヒコはビシッと彼に指を突き出して

 

 

 

 

 

「やられたらやり返す! 倍返しだ!!」

 

「ほぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ヨシヒコが叫んだその瞬間、触れてすらいないのに謎の衝撃波によって後ろに吹っ飛ばされてしまう。

 

それは彼がヨシヒコに与えたダメージの倍の威力、力を溜めていたことが仇となり、絶大なカウンターとなってマッサルに襲い掛かったのだ。

 

「メレブさんやりましたよ! 私の倍返しで奴を見事に叩きのめしました!!」

 

「うむ、さすが勇者ヨシヒコ、見事俺のハンザワを使いこなした」

 

派手に倒されたマッサルを見て、すぐに後ろに振り返りガッツポーズを取るヨシヒコに、メレブがニコニコと満足げに笑っていると

 

「コレで我々は魔王に勝つ事も出来あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

『ヨシヒコはとおくへはねとばされた』

 

「ヨシヒコー!!」

 

両手を上げていたヨシヒコが突然彼の目の前で何処かへと飛ばされてしまう

 

ハンザワのもう一つの効果が発動してしまったのだ。彼がいた場所に残されたのは最後に叫んだ悲鳴のみ

 

そしてヨシヒコがいなくなった事に辺りがしんと静まり返った所で、飛ばした張本人であるメレブは

 

「いやー……飛んで行っちゃったね、ヨシヒコ」

 

居心地悪そうに左右をキョロキョロしていると

 

「まだやられてへんぞー!」

 

「ってうわ! まだ生きてたのコイツ!?」

 

「ギリギリやー! ギリギリHP1だけ残ったんやー!」

 

てっきりやっつけたと思っていたマッサルが突然モリを掲げながらボロボロの状態で立ち上がって見せた。

 

せっかく貴重な戦力であるヨシヒコを犠牲にしたというのに……これにはメレブもかなり焦り気味

 

「おいセバス! 早くアイツにトドメを刺せ! パンチしろパンチ!」

 

「むぐ……待って下さい、しかしこれはきっと酒に合うでしょうな、いやはやここに無いのが実に勿体ない」

 

「やくそうはもういいだろ! なにやくそうモグモグしながら呑気に感想呟いてんのこのジジィ!」

 

またしてもピンチが発生したというのにその場で正座しながらまだやくそうを食べているセバス。

 

するとメレブは今度はシャルティアの方へ振り返り

 

「おい! もうお前でいいから決めてこい! せっかくの活躍できるチャンスだぞ!」

 

「ホイミ! あ~まだ死にそう……まだ立ち上がる事も出来ない故私はパス……」

 

「やっぱ使えねぇなコイツ……自分を回復するだけで精一杯ってなんなのホント」

 

セバス以上にダメージを食らったのかまだ残り体力がヤバいままの様子で、倒れたまま何度も自分を回復させているシャルティアに、メレブは両手で頭を押さえながら大慌て

 

「俺一人じゃどうにもならないって~! ハンザワは一日一回しか使えないのに~!」

 

「よっしゃあ! なんとか生き延びた俺の勝ちやぁ!」

 

「はわわ~~!」

 

戦う術をすでに失ってしまっているメレブだけではマッサルを倒す事は出来ない。

 

このままではせっかく追い詰めたというのに全滅の危機、しかしそこへ……

 

「いて」

 

メレブに斬りかかろうとしたマッサルの頭に、突然コツンと小さな石が当たった。

 

その瞬間、残り体力が僅かでしかなかったマッサルはしばしの間を置くとそのまま前のめりに倒れて

 

「や、やられた~~~!」

 

「えぇぇぇ!?」

 

最期に声を上げるとガクッと力尽きるマッサル

 

目の前でいきなり倒れてしまった光景にメレブは驚きつつも、すぐに彼にトドメを刺した石が飛んで来た方向に振り返ると……

 

 

 

「いやぁ!! さっきからなんか頭の中でパララパッパ~♪って音が何度も繰り返されてるの! なんなのコレ!?」

 

「お、落ち着いて下せぇエンリの姐さん!」

 

「マイハニー!!」

 

思わずメレブは感激の声を上げてしまう

 

そこには両耳を押さえて混乱して悲鳴を上げているエンリの姿があったのだ。レベルが上がってるらしく何度も頭にお決まりの音が鳴り響いているらしい

 

そう、残り体力ぎりぎりのマッサルにトドメの一撃を浴びせたのは、他でもない咄嗟に石を投げつけた彼女だったのである。

 

勇者一行、村娘の力を借りて魔王四天王の一人・マッサルを倒す事に成功。

 

損害

 

複数のゴブリンと村人が負傷

 

勇者ヨシヒコ、何処へ去る

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして

 

消耗した体力を村に貯蔵されていた、村にとっての貴重な資金源となるやくそうを勝手に食べて(特にセバスが)回復したヨシヒコ除く三人は

 

半ば追い出されるような形でカルネ村を後にした。

 

「なんか、一応村を救ったのに村の者達は最後まで我々の事を警戒し続けていましたな」

 

「いやだってそれヨシヒコが彼女の家の中で暴れたりゴブリンに物騒な事言ったりしたからさ~……」

 

正直もっと長居したかったメレブは名残惜しそうに後ろの村を眺めつつ、他人ごとに呟くセバスに向かって

 

「あとお前な! 勝手に村に保管されてたやくそうを食べまくったお前も悪い!」

 

「失礼しました、所持していたやくそうのほとんどはヨシヒコさんが持って行ってしまったので」

 

「だからって村が持ってたやくそうを勝手に食べる!? 超ドン引きしてたからね村人!」

 

村から道に沿って歩きながら反省点を踏まえるセバスとメレブ。

 

異世界に来て初めての村とはいえ、つい自分勝手な行為に走ってしまった事に反省している様子。

 

「あなたも食べていたじゃないですか、メレブ」

 

「俺は隠れて食べたんです~! あんな人前で堂々と両手で鷲掴みにしてムシャムシャ食べるような真似はしてません~!」

 

セバスとメレブが不毛な言い争いを始め出すと、二人の後をついて来ていたシャルティアがジト目を向けながら

 

「いい加減にしなんし貴様等、そんな下らん論争をするより、今の私達はそれよりも重要な悩みを抱えているのを忘れたのかえ?」

 

「無論忘れてはおりませんよシャルティア、ヨシヒコさんが何処かへ飛んで行ってしまった事ですね、このメレブのせいで」

 

「待って、確かにヨシヒコがどっか行っちゃったのは俺のハンザワのせいではありますけど、そのハンザワのおかげで俺等魔王の手下をやっつけられたんだからね」

 

「魔王の手下を最終的に倒したのはあの村娘だった筈ですが?」

 

「いやアレも俺の計算の内だから、やっぱ最後は彼女に花持たせてあげたかったのよ、将来の夫として? うん」

 

「もういい加減にしなんし、下らん言い争いをしてる場合じゃないとついさっきわらわが言ったばかりであろうに……」

 

やはりヨシヒコ不在というのもあるのか、セバスとメレブも不安を表に出さない為に、いちいちつまらない事で言い争いを始める始末。

 

これには遂にシャルティアも呆れ果ててどうしたもんかと途方に暮れていると

 

 

 

ヨシヒコー! ヨシーヒコー!!

 

「ん? おんや……」

 

ふと彼女が空を眺めていると、突如雷鳴が鳴り響き、雲の隙間から光が差し込められた。

 

するとその光の中からパァーっと前に見たあのブツブツ頭……

 

「…………アレ? なんか見えないね?、若干一名見当たらないね?」

 

「……おいセバスや、それとクソ虫、仏が出て来たぞえ」

 

ヨシヒコがいないというのにここに来て更に面倒事を増やしそうな仏が現れたのだ。

 

シャルティアが二人に伝えると彼等もすぐに顔を上げる。

 

「あ、ホントだ」

 

「おや、こんな時にまたあなたですか」

 

「はい、こんな時にも仏ですよ、え、ちょっと、ちょっと待って……一回じっくり眺めさせて君等の事、疲れてんのかな私? ん~誰か一人? ん~それもとても大事な? ん~人が見えない気がする?」

 

2度目ともなれば仏の降臨すっかり慣れたシャルティアとセバス

 

しかし今回は仏の方が困惑している様子で、細い目を更に細めながらジーッと彼等を見渡し終えると……

 

「……やっぱヨシヒコいないよね? え? なんでさ!? なんで勇者がどこにもいないんさー!?」

 

「ああ、俺の呪文。それでヨシヒコどっか飛んで行っちゃった」

 

「おま! お前のせいかコノクソキノコヤロー! なに平然とヤベェ事報告してんだ、ええ!?」

 

導くべき人物である勇者がいなくなっている事に慌てる仏に、適当な事後報告を済ませるメレブ。

 

そしてセバスも何も知らなかった仏に対し首を傾げ

 

「おや? 前にあなたは我々の事をずっと見ているとかおっしゃっていた筈でしたが、もしやカルネ村での一件をご存じないのですか?」

 

「確かにそんな事言ったよ、私もね、ちょっとカッコ付けて言ったよ、けどぶっちゃけ、白状するけど、いくら仏でもね、四六時中ずっと見てる訳ないじゃない?」

 

「そうなんですか、最初は抜け目ない相手だと思ってましたが、抜け目結構あるんですね」

 

「まあ……男ってのは……ちょっとばかり隙がある方がモテるって言うからね、フ」

 

「聞いた事ありません」

 

フフッと笑いながら得意げに言ってのける仏を冷たく突き放すセバス、コレなら結構簡単に計画を進められるかもしれない……

 

そう考えていた彼をよそに、今度はシャルティアが仏の方へ口を開く。

 

「して仏、ヨシヒコがいない中、次に私達はどうすればいいのかえ?」

 

「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 

「ん~が長い……はよ言いなんし」

 

「わかんないよね、仏もどうすればいいのかわかんないわ、ごめん」

 

「はぁ!?」

 

顎に手を当てしばらく考える仕草をしていたと思いきや、結局自分でも判断できないと答える仏にシャルティアは目を見開く。

 

「そこをはっきり答えて導くのはお前の仕事でありんしょうが!」

 

「だってぶっちゃけお前達さ、え? ヨシヒコがいない中で普通に冒険できる? そこら辺魔物だらけだぜ?」

 

「まあ、今の所まともに戦えるのはセバスだけでありんすしな……私は回復による補助のみ、そしてクソ虫はクソ虫……」

 

「だべ? 悪い事は言わない、ヨシヒコが戻ってくるまでしばらく先に進むのは止めておいた方がいいって」

 

彼女としては一刻も早く先へ進みたいのだが、戦う役目を担うヨシヒコがいないとなると、仏の言う通り確かにキツイ……

 

「いや~ちょっと悪いけどこっちも考えさせて、仏に時間をください、だって私も長いけどこんなの初めてだし、勇者が行方不明なのはちょっとマズいっしょ」

 

「はい、全て、メレブの責任です」

 

「おいやくそうジジィ、今は誰が一番悪いのか責任を押し付け合う時じゃないだろ? ヨシヒコがいなくなったのはみんなの責任、つまりみんなが悪い」

 

「いや悪いのあなた一人です、確実に」

 

「うん、お前が悪いキノコ頭」

 

「絶対お前のせいでありんす菌類」

 

「わお、チョー四面楚歌」

 

やんわりと責任逃れしようとするメレブにセバスだけでなく仏とシャルティアも非難すると

 

仏はしかめっ面をしながら「しゃないねぇ~」と困った様子で首を捻り

 

「わかった、じゃあ私がね? ヨシヒコの方探しておいてあげる、それまで君等はちょっと、そこの村でしばらく待機、以上!」

 

「え、それだけ!?」

 

そう言うと仏は「待っててヨシヒコー!」と元気一杯に叫びながらフッと消えて行くのであった。

 

本当に彼に任せて大丈夫なのだろうか……

 

そして残された一同は渋々といった感じで

 

「まあ仕方ありませんな、現状でその考えが最も妥当なのは確か……しかしこんな序盤で足止めを食らうハメになるとは……これではまたアインズ様との距離が遠のく事に……」

 

「でも俺等、ついさっきあの村から追い出されたんだぜ……また戻るの?」

 

「お前がヨシヒコを何処かへ飛ばさなければこうはならなかったざんす、責任取って村人を説得するなり土下座するなりして取り繕えクソ虫」

 

ヨシヒコが不在の間、彼が戻ってくるまでカルネ村で待っていろという仏のお告げに

 

各々どこか納得いかない表情浮かべながらもそれに従う事に

 

「あ、でもぶっちゃけ……しばらくあの村に厄介になるって事は、それと同時に彼女にお近づきになれるチャンスでもあるし……これもまたフラグ的なモノを立てる機会なのでは?」

 

「セバスや、ヨシヒコがいない今ならこの虫けらを殺してもなんら問題ないのでは?」

 

「いえ、村で騒ぎを起こしてはますます面倒な事態になります、まだ様子を見ましょう」

 

「そして俺の後ろで仲間二人がすんごい不穏な事言ってるー、ヨシヒコすぐ帰って来てー!」

 

後ろで普通のトーンで「メレブ暗殺計画」を相談しているセバスとシャルティアの話をバッチリ聞いたメレブは

 

己の命が消えゆく前に、一刻も早くヨシヒコが戻ってくる事を心の底から願うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそんな彼等を木の陰からコッソリと眺めている者が一人

 

「なんてこと、兄様がいなくなってしまわれました……!」

 

木の陰から姿を現したのはヨシヒコの妹であるヒサ。

 

兄が姿を消してしまった事に激しく動揺し、慌てている様子。

 

「今頃兄様は一人途方に暮れている筈……ならば兄様の妹として、このヒサがすぐにでも駆けつけてお助けせねば!」

 

「行カレルノカ……ヒサ殿……」

 

「は!」

 

しかしそこへ茂みの中から突然何者かが現れた。

 

「ナラバコノコキュートス……武人トシテヒサ殿ヲオ護リスル為……付キ従ウ許可ヲ頂キタイ……!」

 

「なんと! 誠でございまするか!?」

 

「二言ハナイ……コレハ我ノ意志、我ハナザリックノ守護者ノ名ニカケテ……ヒサ殿ヲ御守リシタイノダ……」

 

それはセバス、シャルティアと同じ組織に属する異形種、コキュートスであった。

 

ヒサとの間に何があったのかは知らないが、どうやら彼女に付き従うつもりらしい。

 

するとヒサは真剣な表情で彼に頷くと、巨体である彼の背中に乗っかって

 

「では行きましょう、兄様の下へ!」

 

「ソレガヒサ殿ノ望ミデアルナラバ……! イザ共ニ参ロウゾ……!」

 

ヨシヒコがどこにいるのか見当もついてないのに、彼女は本能の重く向か間に叫ぶとコキュートスはゆっくりと前進していく。

 

足元からキュルキュルと何かが転がっている様な音を出しながら

 

後ろから黒づくめの人が二人がかりでコキュートスを押しているのがうっすら見えながら

 

 

次回、外伝、墜ちた骸骨の旅立ち

 

 

 



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モモンガ編・第一章 僕クエスト
EX1-1


 

これは勇者ヨシヒコの冒険ではなく別の主人公が織り成す物語

 

時期的にはヨシヒコがメレブの新たな呪文の効果で何処かへと飛んで行ってしまってからの事。

 

そんな事が起こっているのも露知らず

 

勇者ヨシヒコの仲間であり、今は訳あって別行動をとっている

 

戦士ダンジョーと村の娘ムラサキは、生い茂った林の中を歩き回っていた。

 

「ううむ匂うぞ、匂う……この俺の研ぎ澄まされた嗅覚が、ヨシヒコに匹敵する新たな勇者がこっちにいるのだと感じている……」

 

「もう何度目だよそれ……そんな事言って、さっき見つけたのだって犬のウンコじゃねぇか」

 

「アレはもしや、ヨシヒコに匹敵する逸材の犬が産み出したのかもしれん……」

 

「どんな犬だ!」

 

自分の背丈にも匹敵する草葉を両手で押し退けながら先頭を歩くもみあげの似合うダンディな男がダンジョー。

 

ヨシヒコと共に数々の激戦を繰り広げ、戦士として時には年長者としてパーティーを支え続けて来た人物である。

 

対してそんな彼の後ろをけだるそうに歩いている男口調で胸の平らな女性はムラサキ。

 

最初は父の仇(勘違い)としてヨシヒコをつけ狙っていたのだが、その内に自然な流れで仲間になり

 

職業がただの村の娘なので特筆すべき所も無いのだが、たまに役に立つ特技を覚えたりとんでもない呪文を会得したりと、未だ底が知れない力を秘めた謎多き乙女である。

 

「ていうかもう諦めた方が良いんじゃね? もう数日こうして人が近づかない様な場所を彷徨ってるけど一向に勇者候補なんて見つからないじゃん」

 

「いや、絶対にいる……この世界のどこかにきっと、俺の第六感がそう強く囁いている……」

 

「だからそういう「なんか感じます」的なモンはいいんだよ! どうせただ適当に歩いてるだけなんだろ! 本当の事言えよオッサン!」

 

「オッサン言うな!」

 

例え相手が年上であろうと物怖じせずに思った事を叫んで指摘するムラサキに

 

指摘された事よりもオッサン呼ばわりされた事に敏感に反応して即座に彼女の方へ振り返るダンジョー

 

「いいかムラサキよ、俺達がどうしてヨシヒコやメレブと別れてこうして新たな勇者候補を探しているのか、お前は当然覚えているな?」

 

「あ~……いや全然わかんない、もう完全に記憶無いわ私」

 

「馬鹿者! どうしてそんな大事な事をあっさり忘れるんだお前は!」

 

「ん~……別に大事な事じゃないからじゃね?」

 

「大事だ大事! いいか! もう一度一から教えてやるから今度はちゃんと覚えるんだぞ!」

 

キョトンとした表情で完全に自分達がどうしてこんな事をしているのか忘れてしまっているムラサキに、ダンジョーは一喝しながら事の一部始終を振り返り出した。

 

「かつて俺達は別の異世界で、魔王にまんまと操られ結果的にヨシヒコ達を殺そうとしてしまった事がある……それは流石に忘れてないよな?」

 

「うん、覚えてる覚えてる、思いきりヨシヒコ殺そうとした」

 

「あの時はなんとか助けられて無事に元凶である魔王を倒す事も出来た……しかし俺達は操られていたとはいえ、魔王の部下についてあろう事か世界の救世主たるヨシヒコを倒そうとした罪は非常に重い……」

 

「ふーん、私は別にもう過ぎた事だから特に気にしてないけど、ヨシヒコもあんま気にしてなかったし」

 

「故にその事に対し強く反省した俺達は、ヨシヒコと共に冒険する資格は無いと悟り、まずはあの時の汚名を返上する為に、影ながら奴の助力をする事を誓ったのだ」

 

「うん? いや私、全然そんなの誓った覚え無いんですけど?」

 

「そう、奴に並ぶ程の器を持つ……正に世界を救う勇者を探して見つけ出し、もう一度奴と共に戦える資格を得る為にな……」

 

ムラサキのツッコミや疑問をちょいちょいスルーしながら、ダンジョーは話を終えると満足げに笑みを浮かべて

 

「どうだ? コレを思い出してなおまだお前は……アイツ等の下へ帰りたいと思えるのか?」

 

「いや普通に思ってるけど、あのさぁ~もういいからマジで一旦ヨシヒコ達の所へ戻ろうぜ」

 

「なんでそうなる! こんなにも俺が熱く語ったというのに!」

 

「だって私が元々ダンジョーについていった理由って、オッサン一人で行かせると変な女に引っ掛かりそうで危ないと思ったからってだけだし」

 

「ムラサキ……お前一体俺をいつもどんな風に思っているんだ……」

 

「女が現れるとすぐに鼻の下伸ばすスケベ親父」

 

「……酷いなお前、おじさん結構頑張ってるんだよ?」

 

嘘偽りなくハッキリと自分の印象を答えるムラサキに、ダンジョーが複雑な表情を浮かべながら前の茂みを手でどけるとそこには……

 

「む? 何やら怪しい洞窟を発見したぞ」

 

「怪しいなら入らない方がいいんじゃないですかね~?」

 

「よし入ってみよう、中に俺達が求む勇者が潜んでいるのかもしれん」

 

「どこの世界に洞窟に潜む勇者がいるんですかね~!?」

 

そこにあったのはさほど大きくはないが、ポッカリと穴が開けた薄暗い洞窟であった。

 

時間もすっかり夕方だという事もあって、入り口からはとても中はハッキリと見えない。

 

しかしダンジョーはこれしきの事で微塵も恐怖せず、勇敢かつ無謀にその洞窟の中へとズカズカへと入って行ってしまう。

 

「やっぱ私だけヨシヒコの所に戻ろうかな~?」

 

勝手に行ってしまうダンジョーにムラサキは不満げな表情でブツブツと呟きつつも、どんどん暗い洞窟の奥深くへと入り込んでいく彼の後を仕方なく追うのであった。

 

「……」

 

そんな彼等の背後に、何者かが無言で警戒する様に見つめている事も気づかずに

 

 

 

 

 

人気のない場所で偶然見つけた洞窟の中をしばらく進み続けるダンジョーとムラサキ

 

灯りである松明を持ったダンジョーを先頭に、彼等は何度か暗い内部でつまずきそうになるが

 

遂に最奥部と思われる少々開けた場所に出れたのだ。

 

「ここが一番奥か……勇者……いなかったな」

 

「あのさ、最初に私が言ったからね。こんな所に勇者いる訳ないよって」

 

「ん? いや待て、足元を見ろムラサキ」

 

こんな暗くてジメジメした所にもうこれ以上いたくないと帰りたがるムラサキであったが

 

ふとダンジョーは彼女の足元の方を松明で照らす。

 

「なにやら見慣れない武器や防具が転がっているぞ、どれもこれも使い古されてボロボロだが」

 

「うわホントだ、きったねぇ……しかも全く使いモンにならない奴ばっかだし」

 

よく見るとここには何者が使った形跡のある防具や武器がゴチャゴチャと置かれていた。

 

それも雑にある訳ではなく、キチンと並べられた状態で

 

しかしその武器のほとんどが旅の序盤でぐらいしか役に立たない、つまり初心者用のお試し装備品だ。

 

「こんなモノが置かれているという事は間違いなくここに誰かがいたに違いない、それもこれだけの装備品だ、かなりの人数かもしれんぞ」

 

「ねぇ待って、この怪しくて人気の無い洞窟にこんなに装備品があるってコレ……」

 

装備品自体はお粗末な造りではあるが、これらを所持している者達がいるとなると相当な数になる。

 

そしてそれがこの人目が付かない洞窟にあったとなると……

 

「まさかここ盗賊のアジトとか、危ない奴が隠れ潜んでいる場所だったりしない?」

 

「なるほど……勝手に入っちゃったのはやっぱマズイか?」

 

「当たり前だろうが! おいもう帰ろうぜ! こんなしょぼい装備品なんて拾ってもなんの役にも立たねぇし!」

 

一人アハハと苦笑するダンジョーにツッコミを入れると、慌てたムラサキはつい衝動的に足元にあった粗末な兜を蹴り飛ばしてしまう。

 

すると兜は洞窟の壁に当たり、カランカランと音を周りに響かせた。その瞬間……

 

 

 

 

 

「……それ以上の我々への侮辱は許されないな」

 

「「!?」」

 

真っ暗なその空間の一番奥から、突然男の低い声が聞こえて来た。

 

今まで自分達以外にここには誰もいないと思い込んでいたダンジョーとムラサキは同時にビクッと反応してそちらに振り返ると

 

その時、暗かった洞窟の中が一瞬にしてパッと明るくなった。

 

「ほう、どうやらこの私が物思いに耽っている隙を狙って、金目当ての卑しい賊が入り込んで来たみたいだな」

 

「うお! コ、コイツは……!」

 

「おいおいおい! オッサンヤベェってこれ絶対!!」

 

奥からヌッと現れたそれは、なんと肉も皮も無い完全に骨だけの体であった。

 

つまり人間ではなく魔物、しかしただの魔物ではないというのは一目見てわかる。

 

ダンジョーよりも背丈は長く、本来目玉がある部分からは鋭く赤い眼光が怪しく輝き

 

そして頭の後ろからは黒い後光の様なモノが発せられている。

 

見るからに禍々しく、邪悪なオーラを醸し出し、身に着けている煌びやかに黒く輝く豪華なローブが、一層威圧感と恐ろしさを体現していた。

 

長き旅の中で戦ってきたダンジョーやムラサキでさえ、これ程までに恐ろしい魔物を見た事が無い。

 

「おいムラサキ……まさかコレが……仏の言っていた魔王という奴かもしれんぞ」

 

「はぁぁ!? じゃあなに!? 私等何の準備もせずに試しに入った洞窟の中で、いきなり魔王と出くわしちゃったって訳!?」

 

「魔王……? フン、生憎私はそんないかにもって感じの名前で呼ばれるのはいささか不本意だな」

 

間違いなくこの骨の怪物はボス、それもラスボスクラスに強い筈だと見抜くダンジョーであるが

 

怪物の方はその場から一歩も動かずに彼等を見下ろしたまましわがれた声で呟く。

 

「冥土の土産として我が名を黄泉にまで持っていくがいい、私の名は……”アインズ・ウール・ゴウン”」

 

演出っぽくバッと両手を広げて己の名を名乗る骨の怪物。

 

しかしどこか、その名を自称する事に躊躇いが感じられる。

 

「貴様等下等な人間など相手にする事さえ面倒ではある、だが私の大切な……仲間達との思い出が残る装備品を侮辱し、あまつさえ蹴飛ばすなど言語道断、その大罪は万死に値する」

 

「……なんか怒ってるみたいだからオッサン謝った方が良いんじゃない?」

 

「謝るのはお前だろムラサキ! 俺はしょぼいだの汚いだの罵った挙句に蹴飛ばしたりしておらん!」

 

こちらを見下ろしながら明らかに不機嫌になっている御様子の骨男を前にして

 

ムラサキとダンジョーはどちらが悪いのかと責任を押し付け合う。

 

しかし間もなくして、骨男はユラリと両手を上げて彼等の方へゆっくりと向ける。

 

「貴様等には慈悲による一瞬の死など与えん、じわじわとその体に恐怖と苦痛と絶望を味わわせ、時が永遠になったかと錯覚してしまう程に、ゆっくりと嬲り殺しにしてやろう……」

 

「おいヤベェって! なんかアイツ怖い事言いながら仕掛けようとしてんぞ! ぜってぇこの世界のラスボスだ! もう逃げようぜオッサン!」

 

「……いや俺は逃げん」

 

全身全霊の殺意を持って徹底的に痛みつけてやろうと動き出す恐怖の骨男を前にして、ムラサキは逃げようとダンジョーに叫ぶが、彼はその場から一歩も動かないどころか、腰に差す剣を抜いて

 

「コイツはここで、俺が斬る……!」

 

「え?」

 

「……え?」

 

真っ向から対峙し、戦ってやろうと腹をくくるダンジョー

 

それに口をポカンと開けて固まるムラサキ、同時に骨男の方から彼女と同じ反応する声が聞こえた様な気がした。

 

「いいかムラサキ、この様な恐ろしく凶悪な魔物など今まで俺は見た事が無い……きっといずれはヨシヒコの脅威に成り得る存在だ、ここでコイツを生かしておいては奴が危ない」

 

「……貴様、もしやこの私を倒せるとでも本気で思っているのか? 私はあの……アレだぞ? アインズ・ウール・ゴウンであっていずれはこの世界を征服する程の力を……持っている可能性もある恐ろしい存在なんだぞ」

 

「そんな名前など知らん! 世界を征服する野望があるならなおの事! ここでこの戦士・ダンジョーが成敗してやる!」

 

「いや待て、落ち着け、一旦冷静になれ、頭を冷やしてよく考えて私を改めて見てみろ」

 

既に剣を抜いて斬りかかる気満々のダンジョーを前にして、急に歯切れ悪そうに警告し始める骨男。

 

何やら段々きな臭くなってきた。

 

「私の見た目を見てどう思う? 恐怖とか感じるだろ? 命の危機を感じてすぐにでもこの場から立ち去りたいと本当は思っているんじゃないのか? そんな虚勢を張ってこの私に挑もうとするなど無駄にその命を散らすだけだぞ」

 

「これは虚勢や下らんハッタリなどではない……俺はかつて犯した罪を償う為に、いずれ魔王討伐の妨げになるであろうお前をこの場で倒す事こそ使命だと考えている」

 

「いやだから! 罪を償うだとかコレが己の使命だとか! そういう一時のテンションに身を任せる真似は良くないと思うんだ私!」

 

キリッとした表情で全く決意が揺るがないダンジョーにしびれを切らしたのか、骨男は声を荒げていき。

 

「人間ってそういう所あるよねホント! 絶対に死ぬから! 私に挑んだら絶対に殺されるから! 物凄く痛いよきっと!」

 

「それしきの事で恐れて勇者の仲間が務まるかぁ! 行くぞぉ! 怪人骨男ぉ!」

 

「変なあだ名で呼ぶな私の名はアインズ……! ちょ、ちょっと! こっち! こっち来るな!」

 

剣を振り上げたダンジョーは問答無用と、まだゴニョゴニョ言って来る骨男に雄叫びを上げながら突っこんで行く。

 

それに対し骨男はかなりテンパった様子で慌て始め

 

「もういいわかった! 今回は特別に見逃してやるからもう帰れ! ここでの事は一切他言無用だぞ!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「いやホント! マジで! 戦いでは何も生まれないんだって! こんな争いただの無意味だから! 心を豊かにするのが何よりの大事だから!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「じゃ、じゃあこうしよう! 素直に帰ってくれたら今ならタオルと洗剤を……!」

 

何を言っても一向に退かず、逆にどんどん駆け寄って来るダンジョーに、どんどん必死になって行き最終的にはモノを上げて帰らせようとする骨男。

 

しかしダンジョーの振り上げた剣は容赦なく彼に襲い掛かり

 

「どっせいぃ!」

 

「ぐはぁ!!」

 

「え、一撃でやられた!」

 

ズバッとダンジョーに斬られたその瞬間、説得による抵抗虚しくあっさりとその場に沈んで倒れる骨男。

 

その凶悪な見た目とは裏腹に、あまりにも呆気ないとムラサキが驚いていると

 

「待って、いや本当に待って下さい……なんか知らないけど今視界が真っ赤になってて……これ次斬られたら、絶対私死……」

 

「よぉしわかった! じゃあトドメだ! えいやー!」

 

「あ~~~~!!! もう待てって言ってるだろうが!!」

 

遠慮なくトドメを刺そうと再び剣を振り上げるダンジョーに対し、倒れた骨男がさっきまでの強気な態度はどこへ行ったのやら、急に弱々しく情けない声を出し始めた。

 

これにはムラサキも「え?」と怪訝な様子で彼の方へ歩み寄り

 

「なあオッサン、コイツもしかして……強そうなのは見た目だけで本当は滅茶苦茶弱いんじゃね?」

 

「う~む、確かに全く手ごたえが感じられん……どういう事だコレは?」

 

彼女に言われてダンジョーも剣を一旦構えるのを止めて疑問に思い始めていると

 

ゼェゼェと息を荒げながら瀕死になっている骨男はガバッと顔を上げて

 

「み、見た目にビビッて逃げてくれると思ったのに……どうして逃げない! 空気を読め!」

 

「いやそう言われてもねぇ~……私は素直に逃げようとしたんだけど」

 

「あ~……なんというか、すまん、つい斬りかかってしまって」

 

弱ってる状態で怒鳴り出す骨男に思わず罪悪感を覚えるムラサキとダンジョー

 

どうやら彼の目的はここで自分達を始末する、のではなく、この場から遠ざける為に驚かせて逃がすという作戦だったみたいだ。

 

するとそこへタイミング良く、彼等の背後から突然……

 

「はぁぁぁぁぁぁん!! 私めがうっかり目を離してる隙に大ハプニィィィィィング!!!!」

 

「うるさ! 今度はなんだよ!」

 

後ろから聞こえた絶叫の様な奇声にビックリしてムラサキが振り返ると

 

そこに立っていたのは軍服を着たピンクの卵と言うべきか……

 

ペンで簡単に丸く塗りつぶしたかのような黒い穴が3つ付いてるだけの

 

なんとも形容しがたい奇怪な見た目をした魔物が派手なリアクションを取りながら現れたのだ。

 

「おの~れ~!!! よくも私の偉大なる創造主であられる御父上を! 愚かな賊共め! この私が……ん~~~~~ジェノサイド!!」

 

「「うわぁ~……」」

 

目の前で華麗なステップを踏みながらダンスしてにじり寄って来るおかしな卵男に

 

ムラサキだけでなく何故か骨男もドン引きした様子。

 

そしてダンジョーは怪しむように自ら彼に近づいて行って剣を構え

 

「ほい」

 

「あぁぁぁぁぁ!!!! 今の一撃で私の! 私の命の炎が消えて行くぅぅ!!!」

 

軽くサクッと斬り付けてみた途端、卵男はその場で悶絶するとクルクルと回転し

 

やがてそのまま骨男の方へ回り込むと、ドサッと彼の膝の上に頭を預けて

 

「願わくば……御父上のお膝元で眠らせて頂きたいと思います……ガクッ」

 

「おい! 私を助けに来たんじゃなかったのかお前!? なに私より先に満足げに死のうとしてるんだ!」

 

勝手な事言って自分の膝で倒れる卵男に骸骨男が叫んでいると、ムラサキが顔をしかめながら彼等の方へ近づいていき

 

「……で? お前等はなにモンなの?」

 

「……」

 

彼女の問いかけにしばし間を置いた後、骸骨男は観念したかのようにため息を突いてゆっくりと顔を上げた。

 

「私の名はアインズ……いや、もはやその名を名乗る資格など俺には無いか……」

 

そう言ってため息を突くと、ムラサキとダンジョーに向かって彼は改めてもう一度名乗り出した。

 

 

 

 

 

 

「私はモモンガ、……かつて仲間達が築き上げた想いの結晶が消えゆくのを、ただ指をくわえて見ている事しか出来なかった、ただの愚かな……」

 

「私はナザリック地下大墳墓 宝物殿領域守護者!! パンドラズ・アクターどぅえす!!!!」

 

「お前は黙ってろ!」

 

しんみりした様子で語り出そうとしていた骨男、もといモモンガだが

 

そんな彼の膝元で倒れていたのに急にガバッと起き上がって復活したと思いきや空気も読まずにビシッと敬礼して自己紹介する卵男、もといパンドラズ・アクター。

 

ダンジョーとムラサキが彼等に出会った事で

 

また別の物語が始まろうとしていた。

 

 

 

 



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EX1-2

互いに戦うにしては妙に変な空気になってしまったので、骨男こと、モモンガに事情を聞く事にしたダンジョーとムラサキ。

 

彼の話からこの世界の事について詳しく知ろうというのが狙いだったのが、それとは別にとても興味深い内容も含まれていた。

 

「つまりお前は、かつてはアインズ・ウール・ゴウン、という沢山の強力な魔物が集う組織の長を務めていた、が、突如、力を失ってしまうという異変が立ちどころに起こってしまい、組織の維持が出来なくなってしまったと」

 

ダンジョーは彼から聞いた話を上手く簡潔にまとめてみると、モモンガは全て本当の事だと力なく頷く。

 

「はいそうです、全部私の力不足です……」

 

「見た目思いきり魔王のクセに、正座しながら普通に話してるのがシュールだなぁ……」

 

「いやホント、私が悪いんですよ……」

 

とても強い魔物達を纏めていた組織のトップとは思えない言動と態度に、胡坐を掻きながらムラサキが首を傾げていると、そこへバッとモモンガをフォローするかのように

 

「御父上! 御父上はなにも悪くありません! 悪いのはそう! あなたの息子でありながら、御父上がお心を痛めて密かに悩み苦しんでいた事に気付けずにいた私! パンドラズ・アクターであります!」

 

「ああうん、とりあえず私の事を御父上って呼ぶの止めろ」

 

「……」

 

唯一座らずに立ち続け、周りで大袈裟に手を振って喋り続けるのはパンドラズ・アクターというこれまたムラサキ達が見た事もない奇妙な魔物。

 

そんな彼に父上呼ばわりされるのが嫌なのか、モモンガがボソリと窘めると、彼はしばし首を傾げて、しばらく考える行動をすると、突如閃いたかのように両手を高々と掲げて

 

「パパ!」

 

「パパも止めろ!」

 

「ダディ!!」

 

「それも駄目!」

 

「ファーター!!!」

 

「ドイツ語でもだ! とりあえず私の事を父と呼ぶな! 恥ずかしい!」

 

執拗に自分の事を父と呼びたがるパンドラズ・アクターに勘弁してくれと心から願うモモンガ

 

そして彼等のそんな姿を見て、ムラサキも気になったのかアインズに向かって目を細め

 

「え、もしかしてお前達って親子なの?」

 

「まあ……一応コイツを作ったのは私自身だし、親子と言えばそうかも……けど流石にお父さんって呼ばれるのはちょっと……」

 

「え? もしかして複雑な家庭をお持ち?」

 

「いや複雑って訳じゃ……まあでも深くは聞かないで欲しいかなと、なんか恥ずかしいんで……」

 

「あらまあ~」

 

なんかいけない事聞いちゃったのかなと口を手で押さえるムラサキ、それを見て「なんか誤解されてる様な……」とモモンガは呟きつつ、再び話を始める。

 

「なんというかまあ……情けない話、もう夜逃げ同然で飛びして来たんですよ、これ以上アインズ・ウール・ゴウンが崩壊していく様を見る事が辛くて……」

 

「いやそれ普通にダメじゃね、だってお前そこで一番偉かったんだろ? なんでそいつが他の奴等置いて逃げてんだよ、そこはお前がしっかりしないとダメだろ」

 

「元々あそこはかつていた仲間達と共に築き上げたギルドであり、私なんかが皆を率いて上に立つ資格なんて無かったのだ……確かに異変が起きる前の私であれば、それなりに何かできる事があったであろう、だが……」

 

ムラサキに辛口な非難を素直に受け止めながら、モモンガは手で頭を押さえながらため息をついて見せる。

 

「私の前から去って行った仲間達が所持していた神器やワールドアイテム、思い出の詰まった物が目の前から何もかも消え去ったその瞬間、私の中で確かに強い虚無感と喪失感が生まれたのはハッキリと覚えている」

 

「なるほど、それでお前は組織が崩壊したのは自分に責任があると恥を感じて、夜逃げしてこんな洞窟の中に潜んでいたのか」

 

「責任? フ、そんな理由だったらもっとマシだったかもしれませんね」

 

ダンジョーの推測にモモンガ自虐的に少し笑った。

 

「私のこの禍々しい見た目はただの仮初の姿、中身はただのしんどい現実から逃げたかった小心者なんですよ、アインズ・ウール・ゴウンから逃げたのは己の非を恥じて逃げたのではなく、ただ目の前で起こった現実から目を背けようとしただけです」

 

「ったく、とことんダメダメだなお前」

 

「ハハハ、はい、ダメダメなんです私」

 

「まあでもさ」

 

結局のところ、組織から抜け出したのは誰かの為や責任を取るという形などではなく、唯々現実から逃げたかった為。

 

その恐ろしい見た目とは思えない程に力ない声でそれをはっきりと告白して渇いた笑い声を上げるモモンガに

 

呆れた様子でムラサキはしかめっ面を浮かべながらもそんな彼にフンと鼻を鳴らして

 

「自分が弱いって事をちゃんと自覚して、それをなんの誤魔化しもせずに正直に告白できるっつうのは、私は嫌いじゃないぜ」

 

「……そういえばこんなにもあっさりと自分の本音を話せたのは久しぶりですね……しかしどうしてナザリックの面々にはこんな事絶対に話そうとはしなかったのに、初対面のあなた達にはこんなあっさりと言えたんでしょう」

 

「普段距離が近過ぎる関係だからこそ逆に言い辛かったんじゃねぇの? 私等みたいな会ったばかりの縁のゆかりもない相手ならなにぶっちゃけても問題ないだろうと思ったんだろ」

 

「な、なるほど……」

 

肩をすくめながら適当かつどこか的を射ている発言をするムラサキに、モモンガは納得したかのように頷いた。

 

この人、最初会った時はヤンキーっぽくて怖かったけど、話してみると結構優しくて良い人だなーと内心思いながら

 

「そういやここにある装備品はなんの為に置いてあんの? しかもやたらと綺麗に並べられてるけど」

 

「ああ、それは……」

 

「それはナザリックの宝物庫を管理する事を生業とする! パンドラズ・アクターがお答えしましょう!!!」

 

「おい……」

 

そんな彼女がふと周りにあるボロボロの装備品を機になった様子だったのでモモンガはすぐに答えようとするが

 

そこへ無理矢理間に入って来たパンドラズ・アクターがまたもや大袈裟に叫びながら突然語り出した。

 

「ここに置かれているのは何を隠そう! 例の異変によって大量消失してしまった数々のアイテムの中で唯一残って下さった! 至高の御方達が過去に所持していた思い出の品々なんです!!」

 

「どれもこれも最初にログインしたばかりに持っていた初期装備ばかりだし、今となっては持ち主もいないので完全にただの置物なんだけどな……」

 

「そしてこれをこの場に置いて毎日綺麗に並べ整えているのは! このわたくし、パンドラズ・アクターの日課となっております!!」

 

「別に私は頼んだ覚えは無いんだがな……まあ残ってくれたモンだから大切にはしたいんだけど」

 

隙あらば自分を全面的にアピールする彼に少々疲れた様子を見せながらもモモンガ相槌を打って答えていると

 

ムラサキはパンドラズ・アクターの方をうっとおしそうな反応しながら彼に目を細め

 

「てかさっきから聞きたかったんだけど……なんでお前、コイツも一緒に連れて来たの? さっきからマジうるさいんだけど……」

 

「仕方ないじゃないですか! 私だって誰にも気づかれないよう細心の注意を払って逃げ出したのに! いつの間にかコイツ! 残ったアイテムかき集めて私の後をテクテクついて来てたんですよ!」

 

「わたくしめは御父上が創り上げて下さった唯一無二の息子! 組織が崩壊しようと親子という絆は決して崩れ去らないのです!」

 

「他のナザリックの面々からは上手く逃げれたのに……認めたくはないがやはりコイツは、親である私の心境を誰よりも早く気付く事が出来る様だな……」

 

親子の縁というのは上司と部下の関係とは別の繋がりを持っているらしい。

 

自分が逃げ出した事にもすぐに気付いて独断で動き、息子として追いかけて来てくれたというのは

 

なんとまあ微笑ましくもあり面倒臭くもある

 

「それに私には御父を助ける力があります! 無論忘れてはおりませんよねダディ!!」

 

パンドラズ・アクターは自信たっぷりに胸に手を当てて突然自分が持つ能力を語り出す。

 

「私の種族はドッベルゲンガー! つまりずば抜けた変身能力があるのですよパパ!!」

 

「ええい! せめて私に対する呼称を統一しろ!」

 

「なんかこのハニワ野郎見てるとさ……私あのキノコ頭の役立たず魔法使い思い出すんだけど」

 

「……俺もだ、おんなじ臭いがプンプンする」

 

ウザイぐらいに無駄にテンション高く叫び続ける彼に、ムラサキとダンジョーが共に旅をしてきた一人の男が脳裏に浮かんでいるのをよそに、モモンガは疑った様子で

 

「ていうかお前、私や他の者と同じくほとんどの力を失ってしまっただろう、その、今でも変身出来んの?」

 

「ダー! 実は私! 一から己を鍛え上げ! 新しい変身術を会得しましたのでございまっす!」

 

「いつの間にそんな事やってたのお前……私と違って前向きだなぁ……」

 

「そして遂に私は一つだけですが変身する事が可能となりましたぁん!!」

 

モモンガがますます何もせずに引き篭もってた事を恥じる中、バッと両手を上げながらパンドラズ・アクターは宣言する。

 

「これがわたくしのファ~ンタスティックな変身術! 名付けて! 『ミヤノマモシャス』!!」

 

「ミ、ミヤノマモシャス!?」

 

「ミヤノマモシャス! なんか頭に天啓的なアレな感じで浮かんだので採用しました!」

 

「な、なんか……人の名前とか入ってないかそれ?」

 

「なにをおっしゃってるのか全然わかりません!」

 

変身という事もあって「モシャス」が付いているのはヨシヒコの世界関連の呪文だという事であろう。

 

しかしモモンガはそのモシャスの頭に付いてる妙な人名っぽい響きに違和感を覚えていた。

 

それを無理矢理遮るかのように叫ぶと、パンドラズ・アクターは周りをキョロキョロと見渡し

 

「それではお披露目タイムと行きましょう! 皆さん! 私の華麗なる変身術を見て驚く準備は出来てますか!? ようござんすか!?」

 

「ござんすってお前……シャルティアのロールだろそれ……」

 

「ああはいはい、やりたいなら好きにすれば?」

 

「もしかしたらなにか役に立つかもしれんな、よしやれ」

 

「ん~~~~~!! 声援がイマイチ物足りないのが不満ですが! いいでしょう! それでは!」

 

あまり期待されていない事に若干の文句はあるものの、改めて会得した変身術を披露しようとするパンドラズ・アクター。

 

彼を両手を天に掲げたまま一層やかましい声量で

 

「これぞ選ばれし私のみが使える究極の変身!! ミヤノマモシャス!!!」

 

そして力強くそう叫んだ瞬間、彼の背後からヌッと二人の黒子が大きなカーテンを持ったまま現れ

 

変身すると叫んだ張本人をバッと手に持ったカーテンで覆い隠して、モモンガの視界から一旦消す。

 

「はい今私! 変身してます! 変身してますよー!」

 

「あの、この黒い人達……誰?」

 

「いいから、ツッコまなくていいから」

 

「ああいい! 来てます! これもうかなり変身出来てます!! パンドラズ・アクター! トランスフォォォォォォム!!!!」

 

カーテンの裏で明らか一人でゴソゴソやってるパンドラズ・アクターにも疑問だが、それよりもモモンガが気になるのは突然現れた二人の黒子であったが、それは大して重要ではないのでムラサキが気にする事は無いと彼を諭す。

 

そしてそれから数分後、思ってた以上に変身時間がかかったが、ようやく彼を隠し続けていたカーテンが地面に落ちた。

 

するとそこにいたのはパンドラズ・アクターではなく……

 

 

 

 

「これぞ究極にして最強……未知という名の存在に神秘を追い求め辿り着いた結果の成れの果て……」

 

 

 

 

 

「やぁやぁ諸君、私こそが全生物を超えしモノ……」

 

 

 

 

「”うーさー”だ」

 

「「「……」」」

 

長い耳を地面に垂らし、変身前とさほど変わらない顔付き、黄色い体毛

 

そしてウサギなのか犬なのかよくわからない珍妙な形をした不思議な小動物に変化していたのだ。

 

「控えおろぉ貴様等、うーさー様のMAXな威光にひれ伏せ」

 

「……なにコレ? ねぇモモンガさん、なにコレ?」

 

「ごめんなさい……私も全然なんなのかわかりません」

 

「……俺もう帰っていいか?」

 

うーさーと名乗るよくわからない生物だが、”声”は変わっていないのでパンドラズ・アクターが変身したというのはわかる。

 

しかしその見た目とは裏腹に無駄にイケメンボイスなおかげで、そのギャップのせいもあってモモンガ達の間に異様な雰囲気が立ち込める。

 

「で? こんな奴が一体何の役に立つというのだ?」

 

「私ならムカついた時に殴るサンドバッグにするかな」

 

「……サン〇オのポム〇ムプ〇ンじゃないよな?」

 

「おいそこのホネホネマン、私をあんなあざとい犬っころと一緒にするな、お前こそアンパン〇ンのホラー〇ンもどきであろう」

 

「ホネホネマン!?」

 

ダンジョーとムラサキがイマイチうーさーの使いどころに悩んでいると、ボソリと思った事をつい声に出してしまったモモンガに、突然うーさーが表情変えずにツッコミを入れると、聞いても無いのに勝手に自己紹介を始め出す。

 

「いいかお前達、もう一度言うぞ、私はうーさー、好きなものは肉、金、制服、そしてギャル……。それを日々求めながら欲望のままに彷徨う究極生物であり……」

 

「それで? お前の仲間はみんなこんな奴等なのか、モモンガ」

 

「まあ……確かにおかしいのもいますけど流石にここまでの奴は中々いない……かな?」

 

「好きなのは特にギャルだ、選り好みはせずに巨乳も貧乳も関係なく大好きだ、だが顔はやっぱり可愛い方が……」

 

「なるほど、ならば出来るだけ役に立てそうな奴を教えてはくれんか?」

 

「おいオッサン、どうしてそんな事を聞き出すんだよ」

 

「オッサン言うな、いやな、実はさっきから考えてる事があったのだ」

 

「そして何より、そのギャルを包み込む制服が重要だ、アニメや漫画とかで使われてる「え~コレあり得ないんじゃね?」という制服のデザインも捨てがたいが、やはりごくごく平凡な一般的な制服もたまらないのであって……」

 

一人で勝手に喋り続けるうーさーを無視してダンジョーはモモンガにふと彼の仲間の事を聞き始めた。

 

それに首を傾げるムラサキにダンジョーは一つ決心した様子で

 

「このモモンガとかいう者、もしかしたら俺達が探し求めていた、この世界を救う勇者の才能を秘めているのかもしれんとな」

 

「ええ、コイツが勇者!?」

 

「ええ、私が勇者!?」

 

「なりたいモノはとにかく権力が高い地位に就きたい、皇帝とかになってやりたい放題しまくって、肉とギャルをはべらして酒池肉林を築き上げたい、と1日に13回ぐらい妄想している」

 

ダンジョーの言葉にムラサキだけでなくモモンガ自身もビックリする。

 

一体何を根拠にそんな事を言い出すのだと……

 

「モモンガよ、実は俺達はこの世界に起こったという異変の原因を突き止めている、それは恐らくこの世界に来る前に現れた魔王という奴の仕業であろう、そして俺達はその魔王を倒す為に別の世界からやって来た勇者一行なのだ」

 

「そういえば私を最初に見つけた時に魔王がどうのこうの言ってた気が……え? それってマジな話ですか?」

 

「今の俺達はその魔王を倒す為に力になってくれる、勇者に匹敵する逸材を持つ仲間を探している所でな」

 

「誰でもいいから王位を献上してくれる親切な人とかいないかなー……」

 

ここで初めてダンジョーから、異変の原因はこの世界に振り立った魔王にあると聞かされてモモンガはショックを受ける。

 

魔王、それが自分達の力を一気にそぎ落とし、組織そのモノを崩壊の危機に陥れた元凶……

 

それに対して一切恐怖や後悔も見せずに立ち向かおうとするダンジョー達……

 

彼等の強い意志にモモンガは驚いていた。

 

「そしてこうして偶然出会ったお前にはその勇者、ヨシヒコと同じカリスマ性を感じたのだ、それと妙にしまらない部分とかもアイツに似ている、何よりお前のそのお前の目の底には、何か光るモノがあると俺の長年の勘が囁くのだ……」

 

「私、目、無いんですけど……いや買い被り過ぎですって! 私、今の今までずっと引き篭もりだったんですよ!!」

 

「今の今までの話であろう! 俺はこれから先、未来の話をしている!」

 

「未来……」

 

「てかもう、王位じゃなくてもいいから肉だけでも欲しい、大田原牛欲しい、十頭分」

 

勢いある迫力に押されながらモモンガは動揺してブンブンと首を横に振って無理だろうと言うも

 

それでもダンジョーはどうしても彼を仲間にしたいようで

 

「魔王が恐れたほどの強大な力を持っていたお前、そしてお前の仲間達であれば! 成長して力さえ取り戻せれば必ず魔王を打ち倒す事が出来る筈だ!!」

 

「いやいやいや……取り戻すって簡単に言わないでくださいよ……だって力だけでなくアイテムも失ってるんですよこっち、それも世界を変動させかねないワールドアイテムとか神器とか……それすらも消滅する事が出来る魔王なんてきっと半端ない強さ持ってるんですよ、私なんかじゃ勝てる訳ないですって……」

 

「戦わずして諦めてどうする! ならばお前はこのままおめおめとこんな所に隠れ続ける気なのか!! お前を慕う仲間達や、そして組織の長としての立場を取り戻そうとは思わんのか!」

 

「取り戻したいと思っているに決まっているだろう!!!」

 

「!?」

 

「ギブミー松坂牛ー!」

 

さっきまで弱腰だったモモンガが、ダンジョーの挑発を受けて豹変したかのようにガラリと変わる。

 

そう、彼だって好きでこんな所に引き篭もっていた訳ではないのだ

 

「勇者の仲間など知った事か! なにも知らないクセに勝手な事をほざくな!! アインズ・ウール・ゴウンは私の全てだぞ! 組織だけではない、ナザリックの者達も私にとっては何よりも大事な宝だ!!」

 

「ならば何故その宝を捨てて、こんな所にいるのだお前は……」

 

「簡単な事! 私こそがそのアインズ・ウール・ゴウンにとって最も不要なモノだからだ! 無能な長が玉座に座っていてもいずれ破滅するのは目に見えている!! 私が消えればきっと残った者達は自分達で考え、この世界でもやっていけると……!!」

 

「馬鹿者!!!」

 

「あはん!!」

 

怒りに身を任せて立ち上がり、ずっと抱えていた事を爆発させるかのように叫び出すモモンガ

 

そんな彼にダンジョーも立ち上がると漢の鉄拳を彼の頬骨に思いきりかます。

 

思いもよらぬ一撃にモモンガは後ろに倒れるも、すぐに殴られた箇所を手で押さえながらムクッと起き上がり

 

「お、おい! 今こっち死にかけてるんだぞ! いきなり殴るな!! 目の前真っ赤なんだってホント!」

 

「お前こそ仲間をなんだと思っているのだ! 仲間とは! 例えいかなる時でも支えあっていくモノ!! こんな時だからこそお前がその者達を導くべきだったのであろう!!」

 

「だからそんな事私が出来る訳……!」

 

「出来る訳ないと誰が決めた! 決めたのはお前自身!! 仲間ではない!!」

 

「!!」

 

ダンジョーの熱い言葉にモモンガは上体を起こしたままハッと気付かされる。

 

本来痛みを感じないスケルトンの体に、胸の奥から痛みを感じるのを覚える。

 

そんな彼を今度はダンジョーは憤怒の表情から一変して優しくフッと笑いかけ

 

「モモンガよ、お前は疲れているのだ、くだらんしがら身も忘れて一旦思い出してみるがいい、お前にとって最も満ち足りていた頃の一時を、楽しかったその頃を……」

 

「楽しかった頃……それはかつて一緒に組織を支え続けたギルドメンバーの皆と冒険の日々を送っていた……」

 

彼の言葉に従ってモモンガはふと一旦この状況を忘れてずっと昔の事を思い出す。

 

それはこんな事が起こる事さえも知らず、ただこの日々が毎日続くのだと思い込んで無邪気に楽しんでいた……

 

今は去ってしまった仲間達との遠い昔の思い出の記憶であった……

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、なにこの青春ドラマみたいな奴?」

 

「神戸牛も食べていいですかな!?」

 

「それでお前はさっきからホントうるせぇ」

 

「もし漫画の世界の食べ物を一つだけ食べれるとしたら、私は「トリコ」のジュエルミートが食べたい!」

 

「もうさっさと終わらねぇかな~」

 

そしてダンジョーとモモンガがなんか熱く語り合っているのをよそに

 

喚き散らすうーさーを両手で抱きかかえながら、ムラサキは対照的に冷めた表情でいつ終わるのかと眺めるのであった。

 

次回、かつていたモモンガの、ヨシヒコ一行に負けず劣らずの愉快な仲間達の冒険記憶

 

 

 

 

 



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EX1-3

それはモモンガがアインズ・ウール・ゴウンと名乗り出すずっと前

 

彼がまだ、大切な仲間達と共に冒険の日々を過ごしていた幸せだった時の記憶の中の1ページ

 

「く! おのれ凶竜・キングヒドラ! モモンガさんを! あんなちょっと面白い姿にさせるなんて!」

 

「助けて下さ~い……」

 

目の前に立ち塞がるは5つの頭を持つ巨大な紫色の竜。その凶悪な姿を見ただけで誰もが恐れ、そして無慈悲なる力の前に屈するしか無かった。

 

現に当時、まだ冒険始め立ての新参者でしか無かったモモンガは、あまりの怖さにビビって動けなくなってしまっていたら、いつの間にか踏みつけられて頭だけ地面から顔を出しているというなんともマヌケな姿に

 

しかしその事に対して強く正義の心を燃やしながら、彼の仇を討とうとキングヒドラの前に颯爽と立ち向かう者が一人。

 

後に戦士系職業の中で最強のクラス「ワールドチャンピオン」を取得する男、”たっち・みー”だ。

 

「誰かがピンチになっていたら全力で助ける! それが正義の務めだ!」

 

「でもさ~たっち・みーさん、アレはちょっと流石に勝てないでしょ、今の私達じゃ」

 

剣を構えて勇敢に立ち向かおうとする彼であったが、そこへモモンガの仲間の一人

 

人間サイズの全身ピンクのスライム、後に最強のタンク役として大活躍する予定の”ぶくぶく茶釜”が隣から異議を唱える。

 

「だって明らかにアレって序盤のボスじゃないでしょ、滅茶苦茶強そうだし逃げた方が良いわよ」

 

「バカな事を言うな! ここで逃げたら!」

 

自分達では手に負えない相手とここは素直に撤退するべきだと主張する彼女に対し、たっち・みーはすかさず埋まっているモモンガの隣で、同じく足だけ埋まって身動き取れない状態の者に指を突きつける。

 

「あそこで足だけ埋まってしまっている! 君の可哀想な弟さんの仇が取れなくなってしまうぞ! それでもいいのかぶくぶく茶釜さん!」

 

「いや別に……むしろマヌケな愚弟が醜態晒して笑えたから、逆にちょっとスッキリしてる」

 

「なるほど! スッキリしちゃったのか!」

 

「えへ! スッキリしちゃったの私♪ きゃは☆」

 

「ねーちゃん酷い~……」

 

急にちょっと甘えた感じで妙に現実感のない声でぶくぶく茶釜が返事すると、その弟であり埋められてる状態の”ぺロロンチーノ”が哀しそうに地面から呻いている。

 

するとそこへ

 

「フン、いいじゃないか、戦おう。仲間の仇だの、戦う事にそんな理由は必要ない」

 

ズシンズシンとたっち・みー達より少し大きめのサイズを誇る、いかにもな感じの荒武者・武人建御雷が現れる。

 

後に五大明王コンボというあらゆる武器を使って行う恐ろしい技でギルドを支える事となる立役者だ。

 

「相手が強敵なれば尚の事良し、戦いとは常に生と死の狭間の中を、ひたすら無心で突き進みそれを楽しむ事が大事なのだ、全滅になる心配は二の次だ、いっちょやってやろうじゃないか」

 

「流石は武人建御雷さん! あなた本当に真の武人ですね!」

 

「フン、勘違いするな、たっち・みーさん、アンタを倒すのは俺、俺が鍛え上げた武器の役目なんだ、それをあんな沢山頭をニョロニョロ生やした竜などに先を越されてたまるか」

 

「オッサンのツンデレとか超可愛くないんですけど~」

 

「オッサン言うな!」

 

やる気になってくれている武人建御雷いたっち・みーが素直に喜んでる中で

 

彼のちょっとしたツンデレ発言を冷ややかに茶化すぶくぶく茶釜。

 

するとそこへまたしても……

 

「はぁ~仕方ねぇな~、ホント、俺がいないとみんなダメダメなんだから」

 

「!?」

 

こんな状況にも関わらず、のんびりとした声がたっち・みー達の背後から飛んで来た。

 

彼等が振り返るとそこに立っていたのは

 

「そんじゃ、ここは俺がちょいと本気出させて頂きましょうかね~」

 

「ウルベルトさん!」

 

「たっち・みーさん、悪いが俺はアンタが良い格好してるのは気に食わなくてさ」

 

オシャレなスーツにシルクハット、そしていかにも悪役っぽいマントを身につけた人外の者

 

”ウルベルト・アレイン・オードル”

 

後に物理最強クラス「ワールドチャンピオン」を取得するたっち・みーと対照的に

 

魔法最強クラス「ワールド・ディザスター」を取得する男である。

 

「ここらで俺が大活躍して、真の主役は誰なのかこの場でハッキリとさせてもらうよ」

 

「そうは言うけどさぁウルベルトさん、あんなデカい奴を倒す方法なんてあんの?」

 

「フ、わかってないなぁぶくぶく茶釜さん、俺がどうしてこんなに得意げに、更に自分を追い込みながらカッコよく現れたと思う?」

 

「いやカッコよくは無いけど」

 

「俺はね、ここに辿り着くちょっと前に……」

 

冷静にツッコミを入れるぶくぶく茶釜をスルーして、ウルベルトは得意げな様子でちょっとした間を開けると

 

 

 

 

 

「新しい魔法を覚えたよ」

 

「本当ですかウルベルトさん!?」

 

「本当だよ、今回はマジ半端ない魔法だよ」

 

何とここに来て新しい魔法を覚えたと宣言するウルベルト、勝利の活路を見出し、希望を得た様子で叫ぶたっち・みーであったが

 

対照的にぶくぶく茶釜と武人建御雷は疑ってる様子で

 

「え~どうせまた使えない魔法なんじゃないの? この前も全く役に立たない魔法だったし」

 

「ウルベルトさん、アンタ、現存する魔法でなくいつもオリジナルの魔法を作っているが……今度はちゃんとまともなんだろうな?」

 

「おお~っと、早速皆さん俺を疑ってらっしゃるようだ~、しかし安心しろ。今回はホント、本当に凄い魔法だから、ね?」

 

出会った当初からずっと役に立たない魔法ばかりを覚えて来たウルベルト。

 

そのことに対して未だ不信感を持つ(たっち・みー除く)仲間達に向かって、彼は「絶対イケる」と確信した様子で杖を掲げると。

 

「という事で、一番身近にいたぶくぶく茶釜さんに~……ほい!」

 

「ちょ! 急に私によくわからない魔法掛けないでよ!」

 

すぐ隣にいたぶくぶく茶釜に杖を向けて突然魔法を掛けだした。

 

いきなりの事に彼女がピンク色のボディをヌルヌル動かしながら抗議するが、突然ピタリと動きを止める。

 

「……」

 

「どう? どうぶくぶく茶釜さん? なんかあった?」

 

「……なんか急にあんころ餅食べたくなった」

 

「よし!」

 

自分でも困惑してる様子で呟く彼女にウルベルトはガッツポーズ。

 

「俺が覚えたこの魔法、なんと掛けられた相手は……無性に甘いモノが食べたくなってしまう」

 

「は? なにそれ?」

 

「そして俺はこの魔法を……」

 

 

 

 

 

 

「甘美なる無間地獄≪デスパレード・ギブミー・シュガー≫と、今この場でハッキリと名付けた」

 

「やっぱ使えない魔法じゃん! なんで名前だけちょっとカッコよくしてんのよ!」

 

ここに来るまで結構時間を掛けて考えたウルベルトの新たな魔法。

 

しかしその微妙な効果にやはりというべきか、薄々使えないと予想していたぶくぶく茶釜がすぐツッコミを入れる。

 

「甘いモノが食べたくなる魔法なんて何の役に立つのよ!」

 

「ぶくぶく茶釜さん甘い、甘くなる魔法なだけに甘い」

 

「全然上手くないし!」

 

「いいですか? この甘美なる無間地獄を食らった相手はとにかく甘いモノを食べたくなる、そんな状態じゃまともに戦えなくなること間違いなし、つまり隙だらけ、つまり攻撃し放題、つまり……勝てる!」

 

「勝てるかぁ! そんなんで勝てるかぁ!」

 

ウルベルトの持論に思わず声を荒げてしまうぶくぶく茶釜。

 

冒険とは常に何が起こるかわからない、そんな都合よく事が進むなどあり得るわけがない。

 

しかし彼の話をずっと黙って聞いていたたっち・みーはと言うと……

 

「す、凄い! これならもうモンスターなんか敵じゃない! く! 悔しいが今の彼はもはや無敵だ……ウルベルトさんは無敵になってしまった!」

 

「え? 今の説明でどうしてそうなるの? たっち・みーさん」

 

「掛けてくれ! 今すぐ私に甘美なる無間地獄を掛けてくれ!」

 

「なんで敵に掛ける魔法なのに掛けられたがるかな……いつもの事だけど」

 

ウルベルトの魔法を絶賛し声高々に掛けてくれと志願し出したのだ。

 

これにはぶくぶく茶釜も呆れてしまうも、それを聞いてウルベルトはまた得意げに杖を構えて

 

「その言葉を待っていましたよたっち・みーさん、という事でほい」

 

「!?」

 

間髪入れず、そして何も考えずに魔法を掛けてあげる、するとたっち・みーは己の体に異変が感じ始め

 

「おお……おおぉ! うおぉぉぉぉぉぉぉ!!! バナナが!! とてつもなくバナナが食べたい!!」

 

甘いモノに対する欲求を抑えれずに咆哮を上げると、たっち・みーは衝動的に剣を構えると

 

さっきからずっと待ってくれている5つの頭を持つ竜・キングヒドラに向かって飛び掛かった。

 

「私にバナナを寄越せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「……どうやら俺の甘美なる無間地獄は、味方に掛けるとバーサク状態になるらしい」

 

「らしいじゃないわよ! どうすんのよアレ!」

 

「マスクメロォォォォォォォン!!!!」

 

単独で特攻を仕掛けに行った彼を見送りながら、満足げに観察結果を述べるウルベルトにぶくぶく茶釜が吠えるのであった。

 

「あの……とりあえず誰でも良いから私、私達の事助けてくれませんか……?」

 

「助けてねーちゃ~ん……」

 

すぐ背後で頭だけ地面から出て来ているモモンガと、両足だけ地面から出しているペロロンチーノの事も気づかずに

 

 

 

 

その後、甘いモノに対する欲求に溺れ、理性を失ったたっち・みーが思ってた以上に豪快に暴れ回り

 

なんだかんだでまさかのキングヒドラを討伐成功するに至ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「懐かしいなぁ、あの頃はこの絆は永遠に続くと思って色々バカな事に巻き込まれて楽しく生きてたなぁ私……」

 

「……すご~く長い回想だったな」

 

「あ、すみません、ちょっと昔の事を思い出すとつい」

 

そして時は今に戻る。

 

しみじみと過去の感傷に浸ってしまっていたモモンガに

 

ずっと放置されていたダンジョーが渋い表情でため息を零す。

 

「はぁ~~まあいい、とにかく昔、お前には掛け替えのない仲間達がいた事はわかった、ならば改めてもう一度問う」

 

そう言ってダンジョーは「はい」と正座して待機するモモンガに一つだけ尋ねた。

 

「その仲間達が築いていった楽しき冒険の日々、その大切な思い出に泥を塗るかのように全てを奪い去った魔王をお前は許せるのか?」

 

「許せる訳がない! 既に私の前から去ってしまった仲間達だが! 彼等との日々は今でも私の記憶に確かに残ってくれている! なんならもっかい回想してお見せしましょうか!?」

 

「いやもういい! お前の回想は長い!」

 

「じゃあ今回はこれで終わりという事で!」

 

「まだやり足りないのか!?」

 

彼の非常に長い昔話にこれ以上付き合ってられるかと、ダンジョーは慌ててそれだけは阻止するも、モモンガはまだ諦めていない様子だ。

 

そんな彼をよそに、ダンジョーは拳を掲げて高々と叫ぶ。

 

「過去の感傷に浸る前にお前には為すべき事があるだろう! 魔王を許せないと言うならやるべき事は一つ! 俺達と一緒に魔王を倒すのだ! よし行くぞぉー!」

 

「あ、それとこれとは話が別です、私は勇者になれません」

 

「な! なにぃ!? まさかこの流れでそう答えるとは思わなかったぞ!?」

 

「いやぁだって現実的に考えてどうやっても無理というか……だって今の私じゃ、逆立ちしても勝てないでしょ」

 

「くぅ~! なんでそんなに弱気なんだ貴様はぁ!」

 

「今の私、もう完全に素の状態なんで」

 

なんとここまでダンジョーが情に訴えながら説得を試みたというのに、まさかの仲間になる事を拒否するモモンガ。

 

結局あの長い回想はなんだったのだと、付き合ってやった時間を返せとダンジョーは苛立ちを募らせながら叫ぶが

 

同じくこの場にいたもう一人の仲間、ムラサキはめんどくさそうに

 

「別にもういいんじゃね? 行きたくないなら無理に誘わなくなっていいでしょ」

 

「そう、彼はとても疲れているんだ、疲れる事も悪くない、引き篭もるのも悪くない、だから好きなだけ彼を引き篭もらせてやってくれ」

 

「どうせこんな奴連れてもなんの役に立たなそうだし」

 

「でも私は、可愛いギャルに囲まれるハーレム生活という明るい未来を約束さえしてくれれば、行ってやらんでもない」

 

「あとこの黄色いナマモノがホントにうぜぇ!」

 

さっきからムラサキの足元でウロウロしながら自分勝手に主張しているのは、パンドラズ・アクターが変身した姿、通称うーさー。名前以外はなんだかよくわからない生物である。

 

「もうこんな奴等ほっとけばいいって! おいオッサン! 勇者探しは諦めてさっさとヨシヒコの所へ戻ろうぜ!」

 

「いいや! 俺は絶対にコイツを連れて行く! こういう奴ほど叩けば光るんだ! 俺にはわかる!」

 

「ほう、それは私、うーさーの事かな?」

 

「お前はいらん! 帰れ!」

 

そんなムラサキとダンジョーの口論の中にも邪魔している謎生物を「本当になんなんだろうなアレ?」と疑問に思いつつ眺めながら、モモンガ一人重いため息をつくのであった。

 

「所詮誰も私の心を理解出来るものなどいないんだ……今の私に、信頼出来る仲間など作れる訳が……」

 

そんな事をついモモンガがガックリしながら愚痴をこぼしていると……

 

 

 

 

「アインズ様……」

 

「!?」

 

突如薄暗いこの洞窟に、綺麗な声色が静かに響いた。

 

声の主はここにいる者達ではない、しかし確実に聞き覚えのある声にモモンガは反射的にバッと最深部であるここに辿り着く為の通路に目をやると

 

「遂に……遂に……見つけましたわ……! アインズ様……!」

 

「あぁー!」

 

コツコツと足音を立てながらゆっくりと中に入って来た人物に、モモンガは思わず声を上げて指を突き出す。

 

「ア、アルベドぉ!?」

 

「ああ、ようやく会えました! 愛しの我が君!」

 

外見は純白のドレスをまとった美しい女性、僅かな微笑を浮かべた顔は女神の如き輝きを見せ

 

腰のあたりまで届く黒髪はつややかに流れ落ちている。

 

「わたくし、必死に探し回りましたの……アインズ様が消えたその日からずっとずっとずっと……!」

 

しかしそれは人ではなく悪魔

 

瞳は金色で瞳孔は縦に割れ、頭からは山羊のような角が突き出し、腰からは漆黒の天使の翼が生えている。

 

彼女こそが他でもないアインズ・ウール・ゴウンが誇るナザリック地下大墳墓の守護者統括

 

最強の盾と称される「慈悲深き純白の悪魔」こと”アルベド”であった。

 

「敬愛すべき私達の主にして……私の愛しき旦那様が遂にわたくしの前にお戻りになられた……!」

 

「ど、ど、どどうやって私を追いかけて来たんだ!?」

 

「愛の力です!」

 

「なにそれ!?」

 

自分をどうして見つけられたのかと不思議に思うモモンガに、答えになってない答えを歓喜の表情で叫ぶアルベド。

 

するとその騒ぎを聞きつけたダンジョーとムラサキは口論を止めてそちらへ振り返りすぐにギョッとさせ

 

「う! こ、これは……! あまりにも美し過ぎる……!」

 

「なんじゃあ! あのおっぱいの化け物は!?」

 

ダンジョーはアルベドの凄まじい美貌を前に絶句し

 

ムラサキはアルベドの凄まじい巨乳を前に絶句した。

 

するとモモンガを羨望の眼差しで見つめていたアルベドであったが、彼等の叫びを聞いてようやくその存在に気付いたかのように振り返り

 

「アインズ様……何やら虫けらが2匹ほどいるみたいですが……わたくしの手で処理しますか?」

 

「あ、ああ……ちょっと待て……この二人に手を出すのは止めた方が……」

 

すぐ様冷たい声を漏らしながらその目には強い殺意が。

 

彼女にとって人間は自分達に劣る下等生物であり、例外こそあれど基本的にはただのその辺にいる虫と同列の存在でしかないのだ。

 

しかしそんなアルベドの蔑み、徹底的に見下している表情よりも前に

 

ダンジョーとムラサキは突然現れた彼女に驚いて気にする所では無かった。

 

「これ程の美女がいるとは……! 間違いない、ヨシヒコなら一目見た瞬間すぐ恋に落ちる!」

 

「うん、こりゃ絶対ヨシヒコに会わせちゃいけない奴だな」

 

アルベドは人間ではないとはいえこれ程までに美しく、かつ巨乳。二人はすぐに確信した

 

勇者と呼ばれしあの男が彼女を一目見れば、たちまちイチコロで落ちてしまうであろうと。

 

すると二人は彼女の視線を無視してすぐにモモンガの方へ歩み寄って

 

「おい、おい……まさか彼女はお前の仲間なのか……? お前も結構抜け目ないなぁ……このスケベ」

 

「サイテー」

 

「い、いやそういう下心があった訳じゃなくてですね……」

 

「ア、アインズ様になんたる無礼……虫けら風情がぬけぬけと……」

 

我が主に炊いて馴れ馴れしい口調でニヤニヤしながら話しかけるダンジョーと、軽蔑の眼差しを向けているムラサキを見て一瞬でアルベドは冷静を装いながらも先程よりも更に殺気が増す。

 

あたふたと言い訳をしようとするモモンガをよそに、彼女はすぐに二人に高圧的な態度で

 

「人間風情が気安く声を掛けるな、この御方をどなたと心得ているの?」

 

「ビビリで意気地なしな骨野郎だと思ってるけど」

 

「殺す……!」

 

「やってみろやこのおっぱいモンスター!」

 

平然と我が主をハッキリと侮辱された事に、アルベドは冷静さを失ってムラサキに向かって襲い掛かる。

 

「乳の無い人間如きが! この私に勝てると思ってるのかしら!」

 

「おいおいおーい! テメェ今言っちゃいけない事言ったなコラァ! ぶっ殺してやんよ!」

 

ムラサキもまた巨乳である彼女に一目見た時から強い嫉妬心を燃やしていたようで、わざと挑発しながら受けて立つ構えを取る

 

モモンガが隠れ潜んでいたこの洞窟にて女同士の激しい戦いが始まる。

 

「うわぁ、どうしよう……なんか二人で喧嘩始めだしたし……」

 

「うむ、これはこれで……悪くない!」

 

「この人すんごいスケベな顔してる……」

 

女二人の戦いにすっかり蚊帳の外になってしまったモモンガが顔を手で押さえて嘆き

 

ダンジョーは揺れるアルベドの巨乳を眺めながら一人いやらしい笑みを浮かべて幸せそうであった、

 

一方、一人で待機していたうーさーは

 

「ギャルに囲まれてゲーム三昧する妄想していた私だったが、ふと我に返ったら女と女がぶつかり合っているという、なんともドロドロした光景を目の当たりにしてしまった」

 

 

 

 

 

 

 

「もうちょっとまともな子同士のが見たかったなぁ私、痴女とガサツ女とかなんの得にも……きゅっぷい!」

 

思わぬ失言してしまいアルベドとムラサキに

 

同じタイミングで思いきり頭を踏みつけられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれを、気配を悟られるようコッソリ物陰に隠れて観察している者が一人……

 

「は~ようやく見つけましたでぇ、魔王さんに知らせとかなぁ……」

 

登場人物があちこちで交差する中で、いよいよモモンガの物語が新たに動き出す。

 

次回、魔王四天王最強の男

 

 

 

 

 

 



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EX1-4

随分と投稿が遅れてしまい申し訳ありません、彼等の冒険が再び始まります。


前回のあらすじ

 

全能力を失い自信喪失していたモモンガをダンジョーが、彼を勇者として仲間に勧誘しようとするも。

 

その時、モモンガを追いかけてやって来たナザリックの忠臣、アルベドが現れた。

 

そしてムラサキは彼女の持つ美貌と巨乳にジェラシーを燃やし、喧嘩を吹っかけ、面倒な事態に。

 

「ぬおぉぉ~……!」

 

「く……! この人間如きがぁ……!」

 

「はいのこった! のこったのこった!」

 

薄暗く狭い洞窟の中で、ムラサキとアルベドは苛烈な激戦を繰り広げていた。

 

最初はひたすら相手の顔を引っ張ったり、引っ掻いたり、引っ張叩いたり、いかにも女同士の取っ組み合いを続けていた二人であったが

 

次第にエスカレートした結果なのか、今では互いの腰を両手で掴み合い、必死の形相で相手を投げ飛ばそうと夢中になっている。

 

それはまさに相撲の構図であり、周りの視線など知ったこっちゃないと、ただただ相手を倒す事だけを考え、睨み合いながら火花を散らすムラサキとアルベド。

 

そんな二人の傍では、いつの間にか元の姿に戻ったパンドラズ・アクターが彼女達の周りをウロチョロしながら行司の真似事をしていた。

 

「……本来のアルベドならただの人間の村娘など一瞬で塵芥に出来た筈なのだが、よもやあそこまで弱体化してしまうとは……」

 

「う~む、しかしあの二人の戦いは本当に長いな……まるで季節を二つほど飛ばしたぐらい長く感じる」

 

「あ、それ私も思ってました、なんかもう、こうして会話する事自体久しぶりな気がして」

 

そしてムラサキとアルベドの戦いに離れて観客気分で眺めているのはモモンガとダンジョー。

 

女同士の戦いに首突っ込む勇気も無かった二人は、ただただじっとこの醜い争いが終わることを待つのみである。

 

すると遂に

 

「うおっしゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「きゃん!」

 

一瞬のスキを突き、カッと目を見開いたムラサキが渾身の力を振り絞り、アルベドの腰を掴んで豪快に投げ飛ばしたのだ。

 

そのまま為す総べなく吹っ飛ばされたアルベドは、短い悲鳴を上げて地面に横から倒れてしまう。

 

それを確認した行司役のパンドラズ・アクターはビシッと斜め上に手を掲げ

 

「ウィナァァァァァ! ムラサキ~山~!」

 

「いえぇぇぇぇぇい!! どうだ参ったかホルスタイン女ぁ!!」

 

「くぅ~! まさか私が人間如きに……!」

 

彼の言葉によって勝敗の決着は完全なものとなり、拳を掲げてムラサキはガッツポーズ。

 

逆に敗者となってしまったアルベドは悔しそうに地面を拳で叩きながら目に涙を滲ませる

 

「アインズ様を守護すべきこのわたくしが! こんな虫けらに後れを取るなんて……!」

 

「うぇぇぇぇぇぇい!! 私の勝ち~! お前負け犬~~~!!!」

 

「申し訳ありません! アインズ様!」

 

「あ?」

 

女性がしてはいけないようなとびっきりのドヤ顔で、勝者の特権とばかりに敗者を煽りだすムラサキ。

 

これにはアルベドも怒るのも無理はない、と思いきや彼女にとって何よりも屈辱的なのは単に負けた事だけではなく

 

「ま、まさかこのような醜態をアインズ様にお見せしてしまうとは……!」

 

無様な姿をあろう事か敬愛すべきモモンガの前で晒してしまった事である。

 

彼女はすぐに地面から上体を起こすとモモンガの方へと振り返った。

 

「わたくしの先程の敗北は! ナザリックの守護者として! いえ、貴方様をお慕いする一人の女として恥ずべき事ですわ!」

 

「え? いや別に……ただ相撲で負けただけじゃないの?」

 

「こうなってはもうこれ以上生き恥は晒せません! わたくしに残された道は一つ、アインズ様自ら、どうかこの惨めで役立たずなわたくしを殺してください!」

 

「え~~~~!?」

 

自らの胸に手を押し当てて、まさかの自分を殺してくれと懇願してくるアルベドに

 

モモンガ表情は変わらないが驚きの叫びを上げるとすぐに首をブンブンと横に振り

 

「ダメだ! 死ぬ事だけは絶対に許さん! 今のお前じゃ生き返る保証も無いんだぞ!」

 

「それもまた仕方なしですわ……力を失ったとはいえあんなちんちくりん女にやられるなどナザリック守護者としてあるまじき失態ですわ! これはもう死んで償うしか!」

 

「ダメだダメ! 絶対ダメ! 死ぬの禁止! いのちをだいじに!」

 

「おい、今さりげなく私の事ちんちくりん呼ばわりしなかったか牛女」

 

彼等から逃げてしまったとはいえ、我が子同然であるアルベドを失うのは流石にモモンガも許せる事ではない。

 

彼女に思いきり馬鹿にされた事にムラサキがカチンと来てる中、モモンガは額に指を押し当てながらいかにも困った様子で

 

「この程度の事で軽々しく死ぬだなんて言うな、お前が死んでしまったら私はお前の創造主であるタブラさんに顔向け出来ないではないか……いやお前達を置いて逃げ出した時点で彼等に向ける顔など既に……」

 

「ああ! そんな事はおっしゃらないで下さいませ! アインズ様がナザリックを去ったのは全てはわたくし達の愚かさが原因なのです! よもや力を失っただけであのように狼狽えてしまうとは……!」

 

「いや全ての責任は本来お前達を統括すべき立場であった私……」

 

「アインズ様はなにも悪くありません!」

 

「いやいやでも……」

 

「アインズ様はなっんにも悪くありませんッ!!」

 

「えぇ……そう何度も言われるとなんか逆にますます申し訳なくなっちゃうなぁ私……」

 

本当に悪いのは他でもなく責任者である己自身だと主張したいモモンガなのだが、アルベドは断固として受け入れず、頑なに主の謝罪を拒み自分達こそに責任があると譲ろうとしない。

 

モモンガに対する忠誠心故の行動なのだろうが、これはこれで酷く自分が情けなくなって来た。

 

「ところでアインズ様、さっきからずっと聞こうかどうか迷っていたんですが、質問してよろしいですか?」

 

「なんだ唐突に、こっちが今ちょっとブルーになってるのに……良いだろう、私への質問を許可する」

 

「……何故アインズ様はそこの人間二人と共におられたのですか? あとそこのドッペルゲンガーとは面識無いのですが?」

 

「今更そこ聞くのか……普通ここに来た直後に尋ねる事だよねそれ」

 

むしろ聞くのが遅すぎるだろと、急に改まって疑問を投げかけてきたアルベドにツッコミを入れつつも

 

モモンガは一つコホンと咳ばらいを済ませると、まずパンドラズ・アクターの方を指さし

 

「アイツはパンドラズ・アクター、お前たちと同じ守護者の一人だ」

 

「アレが……名前だけは存じております、アインズ様が”自ら”お造りになられた唯一の……」

 

「奴のテリトリーは普段は誰も近寄る事が出来ない特殊エリアの宝物殿だからな、同じ守護者であるがお前達と接点は無い、というか俺にとってアイツの存在は完璧黒歴史だからあまり誰にも見せたくなかったからなんだよなぁ……」

 

モモンガ自身が創造した存在だという事を少々引っかかっている様子で苦々しい表情で呟くアルベドをよそに

 

かつて自分がハマっていた要素をバンバン設定に加えて作ってしまったパンドラズ・アクターを、こうして彼女に紹介する事になってしまったのを少し恥ずかしがってしまうモモンガ。

 

しかしそんな親の心境など知らず、パンドラズ・アクターはまた大げさにビシッと手を掲げながら早速アルベドに向かって

 

「こうして直接顔を会わせる事は初めてですかな! お初にお目にかかります! わたくし! ナザリックにおける最重要施設の宝物殿を!! 我が父上から直々に管理する事を請け負った! パンドラズ・アクターでござぁいまぁす!!!」

 

「……父上……」

 

「ま、まあコイツが言ってることは気にするなアルベド……」

 

「……アインズ様、わたくし、今とても気になることが……」

 

声高々に自己紹介するパンドラズ・アクターにアルベドはかなり不満げな様子だ。

 

自分達の従うべき主を堂々と気軽に父と呼べる関係が羨ましくもあり悔しくもあるのだろう。

 

なんとか取り繕うとアタフタしているモモンガの方へ、彼女は目を細めて振り返る。

 

「ナザリックから姿を消した時……何故、わたくし達守護者の中で、この男たった一人を連れて行ったのですか?」

 

「へ!? い、いやそれはコイツがいつの間にか勝手について来ただけであってだな……!」

 

「それなら私がお答えしましょう!」

 

「っておい!」

 

どうして自分を選ばず、コイツを選んだのかと視線のみで訴えてきているアルベドに慌てて答えようとするモモンガであったが

 

そこでパンドラズ・アクターが勝手に横からしゃしゃり出て

 

「このパンドラズ・アクターはあなた方と違って唯一父君に創られた存在! つまり! 実の親子だからこそ連れ添う事を許されたのです!! つまりつまり! 父上にとって最も傍に置いておきたい大事な存在とは~~~~!! 私なのです!! 主従の絆より親子の絆! これぞ真理!!」

 

「そ、そんな! やはりアインズ様にとって真に心許せるのは自らが作った者のみなのですか!? わたくし達は信用ならないから見捨てたと!?」

 

「違う違う違うって! こいつの言葉を真に受けるんじゃない!」

 

目に涙を溜めて上目遣いを使ってくるアルベドにモモンガはアタフタしつつも否定するとすぐにパンドラズ・アクターの方へ振り返り

 

「おい余計な事を言うな! 話がどんどんこじれていくぞ! お前のせいで!」

 

「私はただありのままの事実を彼女に伝えたまでですよ、パピー!」

 

「パピーは止めろ! 何故だか知らんがその呼ばれ方が一番腹立つ!」

 

モモンガが怒鳴ってもパンドラズ・アクターは反省するどころか更にウザッったい態度で苛立たせて来た。

 

そろそろその丸々でツヤツヤした卵フェイスに一発拳をぶち込んでやりたいという衝動に駆られつつも、ここはまず話題を変えるべきだとモモンガは次にダンジョーとムラサキの方へ手を出し

 

「き、気を取り直せアルベド、さあ、次に紹介するのはついさっき出会ったばかりのダンジョーさんとムラサキさんだ」

 

「フ、よろしくお嬢さん……俺は戦士、ダンジョーだ……」

 

「フン胸糞悪い、近づくな下賤な人間風情が」

 

「あ……」

 

「おっさん、目がいやらしい、下心丸見えなんだよ」

 

「おっさん言うな!」

 

モモンガに紹介されるとダンジョーは早速気さくな態度でアルベドの方へ歩み寄り手を差し伸べようとする。

 

当然その手はゴミを見るような目つきの彼女に払いのけられ、ショックを受けたダンジョーに今度はムラサキが追い打ち。

 

そんな掛け合いを見届けた後、モモンガはぎこちなく話を続けようと

 

「えー人間だしちょっと怖いが私たちの身に降りかかった現象を解決してくれるみたいで……」

 

「目を覚ましてくださいアインズ様ぁ!!」

 

「ええぇ~! 今度はなに!?」

 

彼等を軽く紹介してる時に突然豹変して金切り声を上げるアルベドに素でビックリするモモンガ

 

彼女の予想できない感情の起伏にますます困惑の色を浮かべていると、アルベドはダンジョー達を指さし

 

「この者共は人間です! 人間など虫けら同然下等生物ではありませんか! その様な者達と何故、アインズ・ウール・ゴウンの統括者であられるあなた様が親しげに会話したり紹介したりしているのですか! そのような行い! 貴方様には相応しくありませんわ!」

 

「い、いやこれは成り行き上自然な流れでこうなっただけでだな……本当に彼等は悪い人じゃないんだぞ?」

 

極度の人間嫌いのアルベドはナザリックに所属するたった一人の人間を例外として、異常なまでに攻撃性を剥き出しにするのだ。

 

なんでそんな頑なに人間を嫌うのかは知らないが、とにかくこれ以上突っかかれるとめんどくさいと思ったムラサキはしかめっ面を浮かべ

 

「そうそう、私等この世界にいる魔王を倒しに来ただけだからさ、いい加減こっちに噛みついてくるの止めてくれる? マジで?」

 

「左様、俺達の目的はただ一つ、この世界を支配せんと企む邪悪な魔王を倒し! 平穏を取り戻すことだ!」

 

「平穏を取り戻すですって……!」

 

力強く叫んだダンジョーの決意に対し、アルベドはピクリと耳を動かしギロリと睨みつけ

 

「無知で愚かで同族同士で殺し合ってばかりのお前達人間に! そんなモノが本気で手に入れる事が出来るとでも!?」

 

「当然だ、この世界に光をもたらす勇者が、きっと世界を平和に導くだろう……」

 

「ああもう結構! これ以上人間の戯言なんて聞いていたら耳が腐り落ちてしまいます!」

 

睨みつけながら挑発してくるアルベドにダンジョーは真っ向から思っていることを正直に答える。

 

しかしそれを聞いてもアルベドは手を軽く振ってもう沢山だとモモンガの方へ振り返り

 

「行きましょうアインズ様!!」

 

「え? どこに?」

 

「決まっているでは無いですか、我々アインズ・ウール・ゴウンの拠点、ナザリック地下大墳墓ですわ」

 

「ええ!? い、いやそれはちょっと……!」

 

先程の剣幕から打って変わって、男なら誰もが落ちるであろう妖艶な笑顔をモモンガに向けるアルベド

 

当初の目的は忘れておらず、彼女は彼を連れ戻したいようだ。しかしモモンガの方は全く乗り気ではない

 

「今更私が戻ってもしょうがないと思うぞ……こんな情けない当主が玉座に戻っても絶対みんな喜ばないって……」

 

「な! なにをそんな弱気な事を! しっかりして下さいアインズ様! 我々は皆あなたのご帰還をお待ちです! 力を失おうと、貴方様を慕う気持ちは一同皆決して変わることはありませんから!」

 

「う~ん……」

 

彼の右手をグイグイ両手で引っ張っり強引に連行しようとするアルベド

 

しかし次の瞬間、モモンガのもう片方の手に更に引っ張られる力が

 

「おい! なに勝手に話進めてんだよ乳デカ女ぁ! コイツは私とおっさんと一緒に魔王倒しに行くんだよ!」

 

「ええ!? い、いやだから私は魔王なんて倒しに行かな……!」

 

「おのれ乳無し娘ぇ! わたくしのアインズ様に気安く触るな無礼者がぁ!!」

 

モモンガを連れ去ろうとするアルベドをムラサキが反対側から彼の手を引っ張って阻止。

 

互いに相手を罵り合いながら、間で左右に引っ張られているモモンガはただされるがままの状態。

 

そしてそんな両手に花(?)の姿でいる彼をダンジョーとパンドラズ・アクターは見守るように優しく微笑み

 

「ハッハッハ、懐かしいなぁ、俺の若い頃を思い出す。俺も昔は中々のプレイボーイ……いや今もたまに狼になっちゃうけど」

 

「父上、私のマミーはどっちになるんでしょうか? 私は時に厳しく、時に甘やかしてくれるマミーがいいです」

 

「まともなのは俺だけか!?」

 

全く助けてくれる気が無い二人に思わず叫ぶモモンガ

 

段々両腕の関節が痛くなって来てなんかもう色んな意味で泣きそうだと思っていると……

 

 

 

 

 

「おっと、悪いけど何処にも行かせへんで~~」

 

「「「「「!?」」」」」

 

突如洞窟内に木霊する聞き覚えの無い声。

 

独特の方言の入った軽い口調、やや棒読み気味なその声に一同が振り返ると

 

洞窟の出入口にヒョロッとしたガリガリの背の高い男が立っていた。

 

男はピシっとしたスーツ姿で、ファンタジーなこの世界の住人にはとても見えない。

 

「全く気配を感じさせず俺達の傍に現れるとは……貴様は誰だ……」

 

いち早く警戒する姿勢を見せたのは最年長のダンジョー。

 

腰に差す剣の柄を握って構えをとると、鋭い眼光で男を睨みつける。

 

しかし男の方は全く怯むことなく、それどころかお客様を歓迎する宿の女将の様な微笑みを浮かべ

 

「いやーお初にお目にかかります、私の名は”ヤーベン”、この世界の新たなる支配者、バラモス様の配下であり魔王四天王の一人を名乗っております」

 

「魔王の配下だと!? なんてことだ……! もう俺達がいる事を嗅ぎ付けて刺客を送って来たのか!」

 

「は? なんの話ですのん?」

 

「とぼけても無駄だ! 俺達は魔王を倒す為にやって来た勇者のパーティー! お前がここに来た目的は、俺達を始末しに来たのだろう!」

 

不気味なぐらい馬鹿丁寧に己が魔王の配下だと名乗ったヤーベン

 

それを聞いた瞬間すかさずダンジョーは握っていた剣を鞘から乱暴に引っこ抜くと

 

「だがそうはさせんぞ! 見る限りお前はただ一人! しかしこちらには! ヨシヒコに代わりこの世界で新たな勇者となったモモンガがいるのだからな!」

 

「え、ちょ! その話断りましたよね私!」

 

背後にいたモモンガに目配せし勝手に彼を勇者に仕立て上げたのだ。

 

これには当人も困惑し、アタフタと手を横に振り

 

「違う違う! なに勝手な事言ってんですか! 魔王だのなんだのそんないざこざは沢山なんですよホント! 頼むから巻き込まないでください!」

 

「何を言っている、こうなってはもう遅い、アイツの狙いはもう完全に俺達だ。俺達と一緒にいる所を見つけられた時点で、お前は奴等の標的の一つなのだからな」

 

「嘘でしょちょっと待ってよ……洒落にならないって、いやマジで……」

 

「……なんかコイツ、会ったばかりの頃よりかなり喋り方変わってね?」

 

アインズ・ウール・ゴウンの統治者としてのロールを放棄し、アルベドが傍にいようとお構いなしに素になってしまってる状態のモモンガに、ムラサキがボソリとツッコミを入れていると

 

「おのれ! 魔王だのなんだの! 誰であろうとアインズ様を傷つけることは許せぬ!!」

 

アルベドの方はそれでも彼を護ろうとバッと盾になるように立ち塞がった。

 

「例えこの身が朽ち果てようと、アインズ様だけは絶対に御護り致しますわ!!」

 

威勢よく啖呵を切り、変わらぬ忠誠心と想いを胸に正体不明の敵と戦う覚悟を決めるアルベド

 

しかしヤーベンの方は「はぁ……」と肩をすくめるだけで、テンションの高い彼女とは対照的に薄い反応を見せた。

 

「……もしかしておたくら、なんかえらい勘違いしてませんか?」

 

「今更シラを切る気かしら!? 貴様の狙いはこのアインズ様! 今は力を失っていても! いずれはこの世界の頂点に立つ恐ろしい御方だという事を察知して消しに来たのでしょう!」

 

「いや知らんし、どーでもええわそんな骨、それに勇者とか一体なんの話してんのさっきから?」

 

「な!」

 

顔をしかめながら首を捻るヤーベンの反応に一同は口をポカンと開けた。どうやら彼の目的は勇者一行を始末する事でも、力を取り戻す前にモモンガをここで殺す事でも無いらしい……

 

では彼がここに来た目的は一体……

 

「俺の目的はアンタや、色白で長い黒髪のねーちゃん」

 

「わ、私ですって!?」

 

ここでヤーベンが不意にアルベドを指さす。

 

モモンガではなく自分が狙いだと聞いて流石に彼女も驚きの表情を浮かべると、彼は話を続ける。

 

「そや、一目見たときにビビっと来たんや、こりゃ間違いなくあの御方が気に入る逸材に違いないと」

 

「あの御方……?」

 

「決まってるやろ、魔王バラモス様や、だから今からアンタは俺と一緒にバラモス様のいる城に来てもらう、そんで……」

 

 

 

 

 

 

「バラモス様の嫁さんになってもらうんやー!!」

 

「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

気の抜けた回答に素っ頓狂声を上げながら思考が停止するアルベド。

 

そしてそれは他の一同も同じで言葉を失ってしまうのであった。

 

次回、四天王最強の男の繰り出す恐ろしい力の前に、モモンガ一行全滅?

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです、カイバーマンです。

いやはや長い間休んでしまい本当にすいません。

今まで休んでいたのは白状しますと倦怠期です

実は私、SS書いてると数年に何度か書く意欲が突然無くなっちゃうんですよね……

書かないといけないとわかっていたんです。
けど、いつかやろうとダラダラ引き延ばしていたらいつの間にか半年以上も経ってしまいました……



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