紙のみぞ知るセカイ (猿野ただすみ)
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紙のみぞ知るセカイ
舞島学園舞島高校。そこは私が通う学校。
私の名前は汐宮栞。2年生で図書委員をしている。
私は静かな図書館で、静かに本を読んでいるのが好き。
人と話すのは苦手。争うなんてとんでもない。
そんな私には、人には言えない秘密がある。それは。
「栞」
委員長の藤井寺さんが、私に声をかける。その表情はかなり真剣。これは、もしかして。
「仕事だよ」
……やっぱり。
はぁ…
憂鬱になった私は、小さくため息を吐いた。
私たちは書庫へとやって来た。
扉を閉め、鍵をかけると、ひとつの本棚の前に立つ。その中の一冊の本を押し込むと。
カチリ
と、スイッチの入る音がして、本棚が左へスライドする。
その奥は階段が続いており、そこを下っていくと机と椅子、モニター以外はなにも無い、殺風景な部屋に出た。
部屋には、ひとりの人物が待ち構えていた。彼は。
「やあ、待っていたよ。汐宮…、いや、『
英語教師で2年の学年主任、児玉先生だ。
「委員の仕事で忙しい中、呼び出してしまってすまないね」
はい、大変迷惑です。私は、ただ静かに本を読んでいたいのです。
なんて、バカバカ! そんなこと、先生に言えるわけ無いでしょ!
……いや、先生じゃなくても言えないけど。
「さて、君を呼び出したのは他でもない。先日寄贈された本の中に
君にはその本を守ってもらいたい」
はっきり言って、私も気になる。
「あの、それはどういった本なんでしょうか」
藤井寺さんが尋ねると、児玉先生が一冊の本を取り出した。準備のいいことだ。
私はそのタイトルを見て、……めまいを覚えた。
【PCゲーム・西恩灯籠 ~オリジナルロット・そのうわさと真偽~】
なんだろう。
本に優劣はない。私ははっきりとそう言える。心の中でだけど。
だけど、これは…。私の思い描く稀覯本じゃない!
「おーい、しおりー。聞いとるかー?」
はっ!? いけない。思わず物思いに耽ってた。
私は慌ててうなずいた。
「うむ。それでは『女紙』くん。君にこれを預けておく。
犯人は、明後日の最終下校時刻までに奪うと予告していたから、それまで守り切ってくれればO.K.だ。ready?」
「は、はいっ」
私は、返事をしてうなずいた。
翌日のお昼休み。今の所、怪しい人物が接触してくる気配は無い。私が本を所持してることは、判ってるはずなのに。
何しろ、今、私がその本を読んでいるのだから。
……言っておくけど、別にサボってるわけじゃない。こうすれば、向こうからリアクションがあるはずだ、というのが藤井寺さんの考えなのだ。
それにしてもこの本、読んでみるとなかなかに興味深い。
【西恩灯籠】はパソコン用に発売されたゲームなのだけど、どうやらこれは曰わく付きらしい。
発売されてすぐに回収されることになったのだけれど、その原因が10本ほどしか作られていない『オリジナルロット』と呼ばれる製品なのだとか。
この『オリジナルロット』、何かオカルトめいた噂があるらしく、この本ではその噂について、取材を踏まえた考察が書かれている。
何より素晴らしいのが、この本の著者はオカルト寄りでも科学寄りでもない、とはいえどっちつかずというわけでもなく、両方の側面からしっかりと検証を行っているということだ。
この本は、……立派な学術書だ。
私が感動に打ち震えていると。
「あの~、すみません」
なんだろう。どこからか声が聞こえる気がする。
「あの…」
ああ、私の至福のひとときを邪魔しないで。
「すみませーん!!」
はっ!?
ようやくここで私は我に返った。
正面にいるのは、長い黒髪をポニーテールにした女子生徒。頭の左側には、大きなドクロの髪留めがついている。
「は、はい、なんでしょうか」
「あの、しょーぼーしゃの本ってありませんか?」
顔を輝かせながら聞いてくる。
消防車。確か消防車について書かれている本は、この図書館に全部で…、って違う、違うでしょ! 汐宮栞!!
まずは相手の希望を聞かなくては。
「……どういった内容の本がよろしいのですか」
「え? えっと、色々な消防車の写真が載っていて、詳しい解説が書かれているのがいいです」
なるほど。ということは専門書、ううん、解説付きの写真集がいいのかな。
私は席を立つと。
「こちらです」
そう促した。もちろん、本も忘れずに持っていく。
目的の書架に向かっていると。
「あのー、その本は…」
ああ、やっぱり気になるよね。
「……これは、大事な本なので」
「ほえー、そーなんですかー」
私が答えると、そう返してきた。何だか気の抜けてる人だなぁ。
「でもこれなら、誰かに盗まれる心配もありませんね!」
びくぅっ!
「……あれ? 私、何か変なこと言いましたか?」
「いいいいいえ、そんなことありませんですことよ!
……あ、この本ならご希望に添えると思いますっ!」
そう言って取り出した写真集を、彼女に押しつける。
「わあ、ありがとうございます」
お礼を述べて、彼女はニッコリと微笑んだ。
……あの、後生ですから、心臓に悪いこと言わないでください。お願いします。
結局その日は、怪しい人物は現れなかった。
さらに翌日。今日は休みの日なので、図書館は午前中で終わり。つまり、私たちにとっての最終下校時刻は、図書館の鍵を閉めて職員室に返すまで。
もしもそれ以降に襲ってきたら、そう難癖をつけてやれ、と藤井寺さんが言っていた。藤井寺さん、よくそんなこと思いつくな。
……それにしても。休みの日の図書館は、いつも閑散としている。静かなのはいいのだけれど、誰も来てくれないのは、本を愛する者としてはやっぱり悲しい。
そんな複雑な思いを抱えつつ、私は稀覯本を読み終えた。
時計を見ると、閉館時間まで20分を切っている。そろそろ閉館の準備をしなければ。そう思った矢先。
図書館の入口からひとりの男子生徒が入ってきた。
眼鏡に寝癖が目立つ男子生徒は、真っ直ぐ
「すみません。昨日妹が、消防車の本を借りていったと思うんですが…」
消防車の本…。あの女子生徒だわ。
私はコクリと頷く。
「実はもう一冊、別の写真集があったら借りてきて欲しいと言われたんだけど」
もう一冊…。そういえば、救急車とパトカーを含んだ緊急車両の写真集もあったっけ。
「はい、あります、が」
「よかった。ええっと、その場所まで案内してくれませんか?」
「うぇ!? ……は、はい」
なんか、押しの強い人だな。
そう思いつつも私は席を立ち、本を手にして…!?
違う! 表装も重さも手触りも、確かにあの稀覯本のものだけど、これはあの本じゃない!
私はポケットの中にあるものに意思を込める。するとそれはポケットから飛び出し、矢を形作り、一見なにも無い空間へと飛んでいって。
「わひゃあっ!?」
昨日の女子生徒が、目の前を掠めた矢に驚いて尻餅をついている。この人が犯人!?
私は再び
それにしても。彼女が姿を消していたのは、どうやら傍らにある、半透明の羽衣のせいみたい。それに、あの偽物の稀覯本。
もしかして、この人…。
「『ミス・フェイク』…?」
話に聞いたことがある。羽衣を使って、偽りを真実のように見せる能力者のことを。そして彼女には、一緒に仕事をするパートナーがいるということも。
ということは。
「あなたは、『ザ・ゲーマー』ですか…?」
振り返った先にいる、眼鏡の男子生徒への質問。
『ザ・ゲーマー』。収集した情報から道筋を見極め、結末へと導く能力者。それは先読みの遙か上をゆき、未来視に近いレベルという。故に能力者。
更に特筆すべきは、彼は自らその状況を作り上げ、能力の精度を底上げしているということ。それこそまさに、ゲームを攻略するかのごとく。そしてそのパートナーが『ミス・フェイク』。
つまり。昨日彼女が接触してきたときからすでに、彼の攻略は始まっていた…?
今まで沈黙を貫いていた彼は、フッと笑い。
「驚いたな。ボクのルート選択は間違っていなかったはずなのに。
キミはどうして、あの本が偽物だと解ったんだ?」
「……触れた瞬間、紙じゃないのは判ったので」
私の答えを聞いて、彼は納得のいった表情を浮かべた。
「そうか。やっぱりキミは、『紙使い』だったんだね」
私の能力を見抜いた彼は、言葉を続ける。
「イギリスの某図書館の
そうなると、日本学校図書連盟専属のエージェント、コードネーム『女紙』か」
私のコードネームまで把握しているとは。なかなかの情報収集能力ね。
「……さて、ボクの立てた道筋も、キミの能力のせいであっさりと瓦解した。その本は諦めて、ボクは帰らせてもらうよ」
「だめ、逃がさない」
今所持している紙の全てを、私たちの周り一帯に展開させる。これで下手な動きは出来ないはず。
はぁ…
彼はひとつ、ため息を吐き。
「おいこら、そこのバグ魔! いつまでも寝転がってないで、さっさと脱出するぞ!」
「は、は~い!」
ジャキン!
え!?
私が振り向くとそこには、羽衣を大きなハサミに変えて紙のロープを裁ち切り、その身を自由にした『ミス・フェイク』がいた。
『ミス・フェイク』は更に羽衣を変形させて、大きな扇風機を作り。
ブオォォォ…!
強力な風で、展開した紙の結界を吹き飛ばす。
紙が強風を舞う中、入り口のドアが開く。
いけない。後を追わないと!
そう思い、一歩を踏み出した、その時。
私の前に、小さな女の子が立っていた。女の子は、私のことをじいっと見てから口を開く。
「栞。もう、目をさまさないとダメだよ?」
え? この子は一体、なにを言ってるの?
そう思った次の瞬間、セカイはぐるりと反転して、私は…。
ぱこん!
「はうぁ!?」
え、あれ?
「おー、ようやく目が覚めたか」
あ、委員長?
「栞が本を読みながら居眠りなんて珍しいな」
そうか。私、カウンターで本を読んでたら眠っちゃったんだ。それであんな夢を見たのね。
「それにしても栞は、本当にジャンルを選ばないね。
それ、ライトノベルでしょ?」
そう。私が読んでいたのはライトノベル。先日寄贈された本の中の一冊。
私はコクリと頷いた。
「栞が読まない本なんて無いんじゃないの?」
いえ、マンガはほとんど読みません。絵も一緒に追うのが大変なので。
「まあ、そっちの方が栞らしいか。
…さて、それはそれとして。
委員の仕事中に、居眠りはいかんぞ栞」
「あうぅ、ごめんなさい」
叱られてしまった。でも、仕方ないよね。
「……ん。反省もしてるみたいだし、この話はおしまいよ。
それじゃあ栞は、返却図書を戻してきて」
「は、はい」
返事をすると私は、読んでいた本をカウンターの隅に置いて立ち上がる。
【R.O.D -READ OR DAI-】
またひとつ、私の好きな本が増えた。
……そういえば、夢の終わりに出てきた子はなんだったのだろう?
どうも、猿野ただすみです。
今日(6/5)、若木先生の新作読み切りが掲載されるので、急いで書き上げた短編です。
元ネタは作中にも出てくる、【R.O.D】という作品。アニメ版神のみで、メインシナリオを書いていらした方の作品です。
【R.O.D】の主人公がビブリオマニアなので、栞とかけてみた次第。
なお、作中の時期は、栞の中の
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