かの探偵に憧れた凡人 (もちもちのトーテムポール)
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始まり

見切り発車で至らぬ点も多いですが、よろしくお願いします。


人は平等であるか否か

 

かの福沢諭吉が「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と説いたのはよく知られている。だが、その続きは意外と知られていないのだ。

 

まあ噛み砕いて要約すると、「人間は実は平等じゃないからお前ら勉強しろよ」と宣っている。一見もっともらしく見えるが、よく考えれば変な話だ。それではまるで努力さえすれば人との差など埋められるようではないか。

 

考えても見てほしい。金持ちの家に生まれる、整った容姿を持っている、などなど、スタートラインが圧倒的に有利な人々は確かに存在しているではないか。努力では埋められない差など、数えだしたらきりが無い。

 

以上のことから、凡人では天才に勝てはしない、というのが僕の結論だ。そして自分が凡人であることも、はっきりと自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 

「早過ぎたかも...」

 

そう独り言をこぼす僕、片桐(かたぎり) (とおる)は、人気のないバスに揺られていた。

 

4月、桜の季節。高校1年生の僕は、今日から通う学校へ向かう為にバスに乗ったは良かったものの、余裕を持ちすぎた時間設定のせいでバスは貸し切り状態となっていた。

 

「まあラッシュの時間に乗ったらサラリーマンの方々に迷惑がられるし」

 

そう自分に言い聞かせ、僕は読みかけの小説を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石に大きいな...」

 

20分ほどしてバスを降り、目の前に現れた巨大な施設、『高度育成高等学校』を見た僕は思わず呟いた。

 

この学校を進学先に選んだ理由は大きく分けて2つ。

1つは政府が運営に深く介入する学校、という肩書きに興味をそそられたこと。

 

もう1つは、この学校の情報があまりにも少なかったことだ。いくら調べても、希望する進路を選べることや、簡単なシステムの説明くらいしかわからない点を不審に思った。何せこの情報社会でここまで内実を秘匿できるというのは不自然極まりないだろう。

 

 

ところで、僕の話をしよう。

 

僕という人間の根幹には、ある人物への憧れがあるのだ。それすなわちシャーロック・ホームズ。コナン・ドイルが生み出したロンドンの名探偵である。

 

きっかけは些細なことだったと思うが、もう覚えていないくらい昔から僕はミステリーが大好きで、とりわけホームズへ向ける熱意は特別だった。彼に憧れ、彼のようになりたいと思っていた。

 

しかし、精神的な成長につれ、僕はあることを否応なく理解してしまった。それは、この世には天才と凡人がいること。そして、僕は凡人であること。

 

ホームズに憧れて多方面の知識を学び、武術を習ううちに、一定の力をつけることはできても、周りの才能がある人達には置いていかれてしまうことを理解したのだ。

 

ただ、その事実を理解しただけで諦めがつくには、ホームズの存在は鮮烈過ぎた。彼の後ろ姿を追うことはやめられなかった。

 

そんな僕の気質は、この不思議な学校へと僕を連れ出すには十分過ぎたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初投稿です。生暖かい目で見てやってください。感想、誤字脱字報告などしていただけると助かります。


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早起きは三文の徳

校舎に入った僕は、教員と思われる女性に名前を言い、所属するクラスが書かれた紙などを受け取った。どうやら僕はDクラスらしい。早速向かうとしよう。

 

「.....ん?」

 

案の定、教室には誰もいなかったのだが、足を踏み入れた瞬間に何ともいえない違和感を覚えた。一見何の変哲もない綺麗な教室なのだが、僕はこういう時の勘は大事にしている。注意深く周りを見渡すと...

 

「何だアレ?」

 

天井に不自然な歪みを見つけた。近づいて見てみると、それはカメラであることがわかった。職員室はまだしも、クラスとして使われる教室にあるのは不自然だ。設計上この教室が特別なだけなのか。それとも他の教室にもあるのか。

 

「確かめたいし他のクラスに行ってみようかなぁ...」

 

あわよくば他クラスの友達ができるかもしれない。知らぬ間に友達が出来る小学校ならいざ知らず、中学高校での友達作り、それも他クラスとなれば、始めが肝心であることを僕は学んでいる。それも中学で友達作りに失敗して孤立を体験するという形で、だ。あのような悲劇は繰り返されるべきではない。

 

などと、益体も無いことを考えつつ廊下に出る。隣のCクラスはまだ電気がついていなかったので1つ飛ばしてBクラスへ。幸い、まだ男子生徒1人しかいないようだ。同性の方が話しやすいので助かった。ささやかな幸運に感謝しつつ、ドアを開ける。

 

「や、おはよう」

「おはよう。Bクラスの生徒...ではなさそうだが?」

 

おそらく鞄を持っていなかったからだろう。男子生徒が落ち着いた声でそう言った。

 

「うん。僕は片桐 徹。Dクラスなんだけど、誰も来ないから退屈だったんだ」

「まだ早い時間だからな。俺は神崎だ。神崎隆二」

「よろしくね、神崎君」

「こちらこそ。それよりさっきのは何か聞いてもいいか?」

「というと?」

「いや、教室に入ってすぐに天井を確認したように見えたからな。勘違いならすまない」

 

僕は内心、かなり驚いた。確かに天井のカメラを確認したが、一瞬目線を向けた程度だ。神崎君はなかなか鋭い観察眼を持っているのだろうか。

 

「ああ、カメラを確認したくてね」

「カメラ?」

 

僕は天井のカメラを指差しつつ言う。

 

「Dクラスにも同じ位置にあったんだ。高校とはいっても教室ごとにカメラがあるのは不自然だったからね」

「なるほど、全く気づかなかった。確かに不自然だな。しかもこの様子だと全クラスにあると見ていいだろう。目的は...人材の選別、か?」

 

僕は今度こそ舌を巻いた。神崎君が今言ったことと同じことを推測していたからだ。政府が介入する学校。希望の進路を選べるという制度。それらを考慮すると、優秀な人材を見つける為のカメラではないかと。しかも彼は即座に考えついたことを踏まえると、頭の回転も凄まじいようだ。

 

「すごいね。僕は頭をひねってやっと考えついたのに、ノータイムで辿り着くなんて」

「俺はそもそもカメラに気づいていなかったんだ。大したことじゃ無い」

 

そう謙遜しつつもこちらをフォローしてくれるイケメンっぷりに感動していると、

 

「そうだ。片桐、端末は持っているか?」

 

と聞いてきたので、先程クラスが書かれた紙と一緒に受け取った端末をポケットから取り出す。目で意図を尋ねると、

 

「せっかくだから連絡先を交換しないか?他クラスの様子も知りたいし、個人的に仲良くしたいしな」

 

やだ、何このナチュラルイケメン...! と思わず惚れかけたが、生憎と僕にそっちの気はない。ありがたく連絡先を交換し、一旦お別れをしてAクラスに向かう。

 

Aクラスを覗くと、こちらも1人しかいないようだ。しかし幸運は続かず、中にいるのは華奢な女の子だった。思わず踵を返しそうになるが、女子との会話もいずれ克服しなくてはいけないのだ..!

 

そう決意してドアを開ける。

そしてこちらへと振り返った女子生徒は---

 

 

 

 

 

 

 

---とんでもないほどに、美少女だった。

 




おそらく次話まで原作には入りません。オリジナル部分をしっかりと書く代わりに、原作と同じところはダイジェストや軽い回想で済ませようと思っています。ご意見、ご要望などありましたらお気軽にお願いします。


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理性では本能に勝てないのです

突然だが、僕には日常的に心がけていることがある。すなわち、いつでも冷静であること。かの探偵に憧れた僕は、物事を俯瞰的に見て、適切な判断が出来るように日々努力している。

 

そう、例え遭遇した女の子がどんなにタイプであったとしても、至って冷静でなくてはならないのだ。気持ちを落ち着けて、理性的に、スマートに挨拶をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドアをくぐると、そこは美少女であった」

 

 

---理性が本能に敗北した瞬間であった。

 

 

 

あー。やらかした。美少女を前にして意味のわからない、そして主語のない台詞を言ってしまい、一拍遅れて僕は失態に気がついた。

 

目の前の少女は、幻想的で、儚げな印象であった。柔らかな銀髪の上の帽子がとても似合っている。これは理性を失っても仕方ない。僕は悪くない。そこまで考えて、少女が何か言おうとしていたので、思わず身を硬くする。

 

「ふふふ。面白い方ですね」

 

はい。案の定嫌われて...ん?なんて?

 

思ったより好意的な反応を受け取り、少しばかり戻ってきた理性を総動員して言葉を返す。

 

「いきなり変なことを言って申し訳ない。僕はDクラスの片桐 徹です」

「そんなにかしこまらなくても結構ですよ。私は坂柳 有栖と申します。片桐くん、ちなみにさっきの言葉は何かお聞きしても?」

 

全然よろしくないです。喉元まで出かかった言葉を飲み込み、観念して僕は言った。

 

「いや、坂柳さんがあまりにも可愛かったから、咄嗟に言葉が出てしまったんだよ」

「そ、そうですか...ありがとうございます?」

 

髪を指に巻き付け、頰を染めながら言う坂柳さん。何この可愛い生き物。僕は陶然することしかできない。そんな僕をよそに、坂柳さんは不意にこちらを向き---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、先程は上手く聞き取れませんでした。もう一度言っていただけませんか?」

 

と、獲物を見つけた肉食動物を彷彿とさせる笑顔で、そう言った。

 

 

 

 

拝啓、天国のおじいちゃん

幻想的な小動物風の美少女は、小悪魔的な肉食動物風の美少女でした。何なら僕が狩られる小動物でした。それでも僕は強く生きようと思うんだなぁ。

とおる

 

 

本格的に現実逃避を始めた思考の片隅で、僕は自分がパンドラの箱を開けてしまったことを実感していた。

 

「言ってくれないのですか?片桐くん、いえ、徹くんとお呼びしてもよろしいですね?私のことも有栖と呼んでくださいね」

「いや、いきなり名前は...」

「徹くん?」

「はい」

 

どうやら拒否権はないらしい。

 

「徹くん、連絡先を交換しましょう。ふふふ、今度一緒に遊びましょうね」

 

その遊びとは僕の想像する遊びで合っているのだろうか。僕は美少女の連絡先を知った喜びよりも数倍の恐怖を感じた。

 

 

 

さk..有栖さんとは長い付き合いになりそうな予感がした。そしておそらく彼女に振り回され、いじられ続けるだろうことも。そんな想像ことを想像し、そしてそれも案外悪くないと思ってしまう自分に心底呆れてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




調子に乗って本日2回目の投稿です。おかしい...坂柳とのイチャイチャを書いてたはずなのにどうしてこうなった...

感想、ご要望などお気軽にお願いします


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個性的な面々

「散々な目にあった...」

 

有栖と別れてAクラスから出た僕は嘆息する。まったくもって恐ろしい人間だ。僕をいたぶりつつも、常にこちらを品定めするように見ていた。神崎君といい、この学校には頭の切れる人しかいないのか。

 

まだ登校時間には余裕があったが、各クラスに数人はいるようだ。先程の一幕を誰かに見られなかったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

そんなことを考えつつ、再びDクラスのドアを開ける。すでに仲良くなったらしい数人が談笑していた。当たり障りのない挨拶をし、自分の席につく。

 

席の隣の人物は誰かと見てみるとやけに表情が変わらない少年と、綺麗な黒髪を伸ばした少女が話をしていた。何やら良い雰囲気を醸し出しているようであるが、出来れば関わりたくないなどという会話が聞こえた。何があったのだこの2人には。そんな不思議な二人がとなりの生徒なのかと思っていると、こちらの方に少年が振り返ってきたので、慌てて挨拶をする。

 

「や、おはよう。僕は片桐 徹だよ。よろしくね」

「おはよう。オレは綾小路 清隆だ。あまり人と話すのは得意ではないが、よろしく頼む」

 

無表情でもなかなかにイケメンな綾小路君は、笑顔の威力が凄そうだな... と変な感想を抱きつつ、黒髪の少女にも声をかける。

 

「君もよろしくね。名前を教えてもらってもいい?」

「私に答える義務はあるかしら?」

 

明らかに会話を拒むような返事が返ってきた。なるほど。そっちがそういう気なら意地でも名前を聞き出してみせようではないか。手順は簡単だ。

 

「君のような妹は、さぞかし自慢できるだろうな」

「あなた...どこで兄さんを?」

 

よし、これで会話の取っ掛かりができた。ほら、とても簡単だろう?

 

「へえ、お兄さんがいるのか」

「...カマをかけたわね?でもどうして妹だと?」

「何となく、ただの勘だよ」

 

まあ、この少女はおそらく他人にも自分にも厳しいタイプだ。兄や姉と比較され、周囲から期待されて育った人間に多い。とはいえ、それを言ってもややこしくなりそうなので黙っておく。

 

「それで、勘が当たった賞品をいただいても?」

「...堀北鈴音よ。嫌いなタイプはあなたのような人間よ」

 

何はともあれ、記念すべきDクラス初の知り合いができたのだった。

 

 

 

 

 

生徒が次々と登校し、騒がしくなっていく教室で綾小路と雑談しているうちに始業のチャイムがクラスに鳴り響き、教室前方のドアから黒いスーツを着た女性が教室へと入ってきた。

 

それを見た生徒が着席すると、女性は咳払いをして話し始めた。

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐江だ。普段は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前たち全員と学ぶことになると思う。よろしく。今から一時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらう。以前入学案内と一緒に配布はしてあるがな」

 

先生はそう言って学校のシステムについて説明していたが、僕は資料を読んでいたためほとんどを聞き流していた。現金として使える10万ポイントが支給されることには多少驚いたが、先程神崎君と話した推論に照らせば妥当だと言えるだろう。生徒の質を見極めるための国からの投資だと思えば合点が行く。

 

周りの生徒は10万ポイントに興奮し、使い道を話し合っているが、戸惑っている生徒も少なくない。僕もなるべく節約するべきだと考えている。10万ポイントが毎月変わらず支給される可能性など、0に等しいからだ。生徒を監視して査定し、支給するポイントを決めるようなシステムであれば、なかなかに過酷だ。事によれば人間関係にも影響するだろうが、この不可思議な学校ならやりかねない。

 

警戒を怠らないように自分に言い聞かせ、ぼくは入学式に出るべく準備をした。

 

 

 

 

 

 

 




地の文が少し多めです。原作の部分はかなりカットしました。賛否両論あると思いますが、皆さんのご要望をなるべく満たしたいと思いますので、ご意見、感想などお気軽にお願いします。


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イケメンの再来

入学式を終え、今日の行事は全て終わったので解散となる。生徒達は早速遊びなどに行くようだったが、学校内の施設を見たり、日用品を買ったりしたかった僕は教室を出たのだが、

 

「片桐くん!ちょっといいかな?」

 

と、教室の中から呼びかけられた。振り返って見ると、いかにも好青年といった男子とポニーテールのギャル風女子が立っていた。

 

「確か...平田君だったかな?何か用かい?」

 

そう、この好青年は先程クラス内で行われた自己紹介の立案者であった。無論、僕は当たり障りの無い自己紹介をしたため、おそらく印象は薄かったと思われる。

 

「覚えていてくれたんだ!うん、僕は平田 洋介だよ。さっきも話したけど、サッカーが好きで部活もするつもりだよ。僕は下の洋介と呼ばれることが多かったから片桐くんも気軽に話しかけてもらって大丈夫だよ」

 

キラキラという擬音がつきそうな爽やかさである。女子が彼の元に集まるのも納得だ。

 

「じゃあ洋介と呼ばせてもらおうかな。僕は片桐 徹。とくに呼ばれ方には拘りはないよ。読書が趣味だから、今のところ部活に入ろうとは考えてないかな」

「せっかくだから僕も徹って呼ぶね!これからよろしくね!」

「うん、こちらこそ」

 

などと話していると、今度はポニーテールの女子が話しかけてきた。

 

「片桐くんはこの後暇かな?」

「この後は日用品の買い物とかをしようと思ってるんだ。せっかく誘ってくれたのにごめんね」

「そっか〜。ううん、全然気にしないで。そういえば言ってなかったっけ。あたしは軽井沢 恵だよ。よろしくね〜」

「改めてよろしくね」

「せっかくだし、平田くんと片桐くん、連絡先交換しない?」

「僕は構わないけど」

「うん、喜んで」

 

洋介に近づくための潤滑液のように使われた気もするが、まあ素直に喜ぶことにしよう。

 

その後、2人はクラスの子達とカラオケに行ったようだ。

 

「それにしても...」

 

軽井沢さんはなぜ、あんなに怯えていたんだろう。

 

有栖のように好戦的にこちらを品定めするのではなく、脅威になるかどうかを必死に判断する目をしていた。皮肉なことに、中学時代の僕とよく似ているのだと思う。同じ怖気を体験したからこそわかる彼女の弱さ。それでも明るく快活に振舞っていたので、僕の方から何が出来るわけでもないが。

 

 

 

 

 

とりあえず生活に必要なものを買い揃えるためスーパーを目指して歩いていたが、スーパーは寮の近くにあるらしく少し距離があるようであった。初めて行く場所は遠く感じるものだが、それにしても時間がかかるなと思っていた。それもそのはず、この高度育成高等学校は町一つが敷地内に存在しているためとても広大であるのだ。

 

スーパーに到着した僕は、最低限の日用品を買い揃えた後に食品コーナーへ向かった。先程も気になったのだが、無料の商品のコーナーがある。つまり学校はポイントがなくなる事態も想定しているということだ。いよいよ本格的に怪しい。なるべくポイントの消費は抑えよう...と思案していた僕の視界に、見知った人物が現れた。

 

「片桐か。朝以来だな」

「そうだね、とても久しぶりだね神崎君」

 

ナチュラルイケメンこと神崎君である。1日で2度会うとは思っていなかったのだが。

 

「食材の買い出しか?片桐は料理ができるんだな」

「大したものは出来ないけどね。それを言うなら神崎君だって料理をするんじゃないの?」

「俺はただ見にきただけだ。色々施設を確認しておきたくてな。そういえば、お前はどう思う?」

「10万ポイントの話?」

「ああ」

「最初は面食らったけど、国からの投資と考えたら妥当ってところかな」

「やはりそう考えるか。とすると、支給されるポイントは...」

「うん。変動するのは間違いないと思う」

「だろうな。だが詳しいことは来月にならないとわからないだろうな」

「あくまで推測の域だから、何を言っても仕方ないよね」

「そうだ片桐。話は変わるが、今度遊びにでも行かないか。Bクラスの友人にも紹介したいしな」

「それはとても嬉しいけど...僕はそんなに面白い人間じゃないと思うけど?」

「俺がそうしたいんだ。駄目か?」

 

ナチュラルに口説いてくるのをやめてもらっていいですかイケメンさん。

 

思いの外積極的な神崎君と今度遊ぶ約束をして、今日は別れる。あの神崎君の友人なら、良い人ばかりなのだろう。会うのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにヒロインは神崎君ではありません(多分)
感想や要望がモチベに直結しますので、ぜひお気軽に...


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授業と昼食と

入学式翌日、特に何事もなく登校した僕は、クラスメイトに挨拶しながら期待に胸を膨らませていた。何せ今日から授業が始まるのだ。国が投資する学校の授業とはどんなものだろうかと、昨夜はあれこれ思案して寝付けなかった。

 

洋介や綾小路君と話をしていると、朝のホームルームの時間になる。まもなく授業が始まるので、とても楽しみだーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、授業自体はとても良いものだった。先生方は教えるのが上手い人ばかりだった。問題は生徒側だ。先生が注意しないのをいいことに、私語や端末使用を行なっていた。それもかなりの人数が、だ。真面目に受けていた人もいたが、エスカレートする私語に集中力が乱されてしまうことは避けられないだろう。

 

昼休みになり、僕は内心かなり苛立っていたが、仕方がないと割り切って一緒に食べてくれる人を探す。

洋介は大勢の女子に囲まれて食堂に行ってしまったようだ。となると...

 

「綾小路君、お昼一緒に食べない?」

 

ちょうど櫛田さんと話し終わったようだったので、綾小路君に声をかけた。ちなみに櫛田さんというのは、コミュニケーション能力の塊のような女子であり、なんでもその可愛さと優しさから一部の男子からは天使なんて呼ばれているようだ。

 

そして肝心の綾小路君は少し驚いたような顔をしていたが、

 

「もちろんだが...いいのか?」

 

どうやら迷惑ではなかったようで安心する。でもなぜこっちがお礼を言われているのか。

 

「一緒に食べてくれる人がいて欲しかったからね。それに友達なんだからそんなに気を使わなくてもいいのに」

 

今度は少し感動している様子の綾小路をよそに、僕は弁当箱を取り出す。

 

「片桐は弁当なんだな。料理ができるのか?」

「できるってほどじゃないよ。節約したかったってのもあるしね」

 

綾小路君はコンビニのパンを取り出す。別に悪いとは言わないが、栄養は偏りそうだ。そう思った僕は無言で口を開けるよう促し、そこに卵焼きを放り込む。続けて野菜の和え物、生姜焼きを放り込んだ。

 

少し強引だったかな...?と思ったが、心なしか目が輝いている様子を見るに、味は大丈夫そうだ。

 

「これは...美味いな...」

 

と褒めてくれたので、お世辞だと理解しつつも気分が良くなる。しかも、定期的におかずを味見させてくれとお願いされた。気を使ってくれたんだろうか...

授業で憂鬱とした気持ちになったが、一流褒め師綾小路のおかげでだいぶ気分が晴れた。

 

しかし放課後、

 

『徹くん、お昼休みはとても楽しそうでしたね。ところで、私もあなたの手料理を食べてみたいと思うのですが、今夜のご予定はいかがでしょうか?』

 

こんなメールが届き、僕のさらなる受難が始まろうとしていた。

 

 




やっと次回、メインヒロインが再登場です。
感想が励みになりますので、是非お願いします。


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夕食と・・・

4月。学校生活2日目の放課後に、僕は寮への道を歩いていた。昨日と違うことといえば、隣に杖をついた美少女がいること。そしてその少女が、誰もが知っている名曲である『ジングルベル』を口ずさんでいることだ。安心して欲しい。僕も何回も聴き直した。そしてもう一度言おう。今は4月である。

 

どこから指摘するべきか。そう考えながら隣の杖の美少女こと坂柳有栖を見る。彼女は短い付き合いの僕でもわかるほど上機嫌である。同じく下校中である生徒達からの好奇な視線が痛いのだが、下手な事を口にして機嫌を損ねることだけは避けたいので、頭をフル回転させる。

 

4月にクリスマス気分の少女がいるのだから、サンタクロースが慌てん坊になるのも当たり前だよな...などと、半ば現実逃避じみた感想を抱いていると、ついに彼女の方から声がかかる。

 

「そういえば、まだお返事を頂いていませんでした」

「...と、いうと?」

「決まっています。私は徹くんが作った夕食をご一緒したいのです。もちろん徹くんの部屋で、ですよ?」

 

まあその話ですよね...と覚悟していた僕は、勇気を奮い立たせて返答する。

 

「でもさ、坂柳さんそれは...」

「坂柳さん?...そのような呼び方でよろしいので?」

 

冗談抜きで周りの温度が急降下する感覚に襲われる。朝の教室と違って周りに人がいる状況では、下の名前で呼ぶことは気恥ずかしいのだが、背に腹は変えられない。

 

「悪かった...有栖。でも入学した翌日に女の子が男の部屋に行くっていうのはいろいろと問題があると思うんだ」

「そんな...私と夕食を食べるのは嫌ですか...?」

 

先程までの態度と一転して、上目遣いで悲しそうにしながら迫る有栖。だが僕も成長するのだ。昨日と同じ手に引っかかっているようでは何が探偵か。

 

「いやいやそんな訳がないじゃないか。むしろ大歓迎だよ」

 

...軽く自己嫌悪に陥りそうだ。全く、救いようがないとは僕を指す言葉なのか。

 

「そうですか!ふふふ、徹くんの手料理とは、とても楽しみです」

 

まあこの笑顔を見られただけ良しとしよう。さて、冷蔵庫には何があっただろうか...

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「ご馳走様でした。とても美味しかったですよ、徹くん」

「お粗末様。口にあって何よりだよ」

 

白身魚のフライとスープというありきたりな夕食だったが、有栖は美味しそうに食べてくれたので安心した。

 

「では私はそろそろお暇しますね。今日はありがとうございました。徹くんが良ければ、今度ご飯をご馳走させてください。この体ですので手料理は難しいかもしれませんが」

 

聞けば、有栖は先天性の疾患があるらしい。常に杖が必要で、運動もできないそうだ。

 

「それは楽しみだ。作った料理を誰かに美味しく食べてもらうっていうのもなかなか嬉しかったよ」

「それはまた手料理を振る舞ってくださると受け取っても?」

「お、お手柔らかにお願いします」

 

有栖が席を立ったので、見送るために立ちあがる。そして玄関に向かおうとした瞬間、壁際に置いていた荷物に有栖が足を引っ掛けてしまった。よろめく有栖。手を伸ばすが体勢が悪い。とっさに有栖の背中に手を回し、壁に手をついて踏ん張り...

 

「あ、危な...」

 

出かかった言葉を飲み込む。すぐ近くに有栖の顔があったからだ。まさに互いの息が触れ合うくらいの距離。

 

「ご、ごめんっ」

 

慌てて、しかし細心の注意を払って有栖の体勢を整える。心臓が早鐘を打つ僕をよそに、

 

「失礼しました。私の不注意です。では徹くん、おやすみなさい」

 

そう言って部屋を出て行く有栖。普段と変わらない冷静さを見て、自分は異性としては見られていないのか、と失望する。そんな気持ちに気づき、どっと力が抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、ある男子の部屋から出てきた少女が顔を真っ赤にして照れていたという噂が広まるのだが、それは僕が全く知る由もない話である。

 

 

 

 

 




更新が遅れてしまって申し訳ありません。今後も不定期更新になるとは思われますが、寛大な心でお待ちくださればと思います。
感想、ご意見などお気軽にお願いします。


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同じ男でどうしてこうも違うのか

お久しぶりです。よう実新巻でモチベが戻り、環境も落ち着いたため再開します。


入学してから1週間ほど経った朝、いつものように登校し教室に入ると、何やら浮足立った男子たちによる集会が行われていた。

 

 

「いやあー、授業が楽しみすぎて目が冴えちゃってさー。眠れなかったんだよな」

 

「なはは、分かるぜ。何せ俺もだからな。この学校は最高だぜ、四月から水泳の授業が行われるんだから!」

 

 

そんな池と山内の会話が聞こえたので何となく事情を察する。自分の席で荷物を整理していると、一足先に教室に着いていた綾小路が集会に取り込まれていくのが見えた。

 

何となく視線をやると、彼の隣人と目が合う。

 

 

「おはよう。堀北さん」

 

「...あなたは行かないの?」

 

 

こうなるとは思っていたが、挨拶をちゃんとすることは僕のモットーである。純100%の戸惑った顔をしていると、ため息をつきながらも彼女は再度口を開く。

 

 

「おはよう、片桐君。あなたって本当に面倒な人ね」

 

「いやあ、それほどでも」

 

「脳に異常でもあるの?それなら納得ね...それで?」

 

 

先ほどの質問だろうが、生憎と積極的に女子に嫌われる趣味は僕にはない。その旨を伝えると、

 

 

「そう。最低限の常識はあるようでよかったわ」

 

 

確かに女子もいる中でああいった類の話をするのは非常識だろう。集会の端っこで形容しがたい表情をしている綾小路もそう思っているに違いない。あえて例えるとすれば、蟻地獄にとらわれたシマリスのような顔をしている。さすがにかわいそうなので助けてあげますか。

 

 

問題の男子集団に近づくと、山内が声をかけてくる。

 

 

「お!来たか片桐!実は今俺たち、クラスの女子の胸の大きさを賭けようってことになってるんだけどさ、おまえも参加するだろ?」

 

 

どうやら事態は思っている以上に深刻らしい。非常識というか、もはや有罪なのではないだろうか。

 

 

「おはよう山内くん。ごめんね、ちょっと綾小路君に用があるからまた後で」

 

 

華麗に受け流して綾小路君と一緒に席に戻る。

 

 

「悪い片桐。助かった」

 

「気にしないで。それよりおはよう綾小路君。いい朝だね」

 

「ああ、おはよう片桐。おまえのおかげでな」

 

 

そんな心温まるやり取りをしていると、

 

 

「随分優しいのね、それに仲がよさそうで何より」

 

 

と堀北さんが呟く。彼女が会話に口を挟むことはあまり無いので、これ幸いと言う。

 

 

「クラスメイトだし、僕はいい人には基本優しくするよ?もちろん堀北さんも、僕のいいひとリストに入ってるから安心してよ」

 

「そんなものからは外してもらって結構よ。それよりあなたが本当に優しいなら、あの非常識人たちに自分の愚かさを教えてあげたらどう?」

 

「僕のリストは僕の意思以外は反映されないから堀北さんは外さないし、彼らは入ってないから優しくはできないかなあ」

 

「意外と冷酷なのね」

 

「君に言われたくはないなあ」

 

 

まあ、間違ってはいないけどね。僕は善人ではないし、全員に優しくするなんて無理難題だ。

 

 

 

 

                                         ◇   ◇   ◇

 

午後になり、水泳の授業のためにプールへとやってきたわけだが、これまた広々としていて立派なものだった。まあ今更なので驚きはしないけれど。

ちなみに午後が近づくにつれて落ち着きがなくなっていた男子たちだが、その野望は頓挫したようだ。賭けの本命であった長谷部や佐倉が授業を見学したからだ。あれだけ騒いでいればそうなるよね。

 

 

絶望する男子たちをスルーし、集団から少し離れて話していた綾小路君と堀北さんのもとへ向かう。僕が声をかけようとすると、突然堀北さんが綾小路君の体を触りだしたではないか。

 

 

 

「やあ、お二人さん。仲がいいのは大変喜ばしいことだけど、外でするのはいかがなものかと思うよ?」

 

「違う片桐、オレの許可なく勝手に触られたんだ。変な話に巻き込まないでくれ」

 

 

綾小路君の言い分を聞き、堀北さんへと目を向ける。当の本人は涼しい顔で

 

 

「失礼ね、綾小路君の体が引き締まってるから、何か運動でもしていたのか聞いただけよ」

 

 

そんなことをのたまう。確かに無駄がなくいい体をしている。格闘技か、それこそ水泳でもしていたかのように全身が引き締まっている。ってそうじゃない。これじゃあ僕も同類じゃないか。見ろ、二人に見つめられて綾小路君が

困り果てている。

 

 

「ま、まあ許可は取ろうね、嫌がる人もいるかもしれないから」

 

「失礼ね、見境なく人の体を触ったりしないわ」

 

 

まったく、親切心から言ってるのにまるで聞く耳を持たない。ひねくれているのとは少し違う気がするが、まあ深入りはしないでおこう。

 

 

そんなことを考えていると授業が始まる。

 

 

ザ、体育の教員という感じの先生が、話すことを注意して聞いてみたが、これと言って重要な話は無かった。しいて言うなら、泳げるようになれば必ず役に立つ、とやけに強調したことくらいか。まあ今考えても仕方ない。

 

 

少し泳いだ後に、先生から男女別の自由形で今から競泳をすると言い渡された。初回から競泳とはなかなかハードだ。しかも一位と最下位にはそれぞれボーナスとペナルティがあるらしい。水泳に自信がない生徒が落ち込むのが見て取れる

 

 

かくいう僕もあまりいい気分ではない。運動全般は好きなのだが、水泳だけは別だ。苦手というわけではないが、嫌いである。これに関しては好みだと割り切っているけれど。

 

 

結果は、女子は水泳部の小野寺さん、男子は高円寺君が僅差で須藤君に勝ってみせた。バスケ部で恵まれた肉体を持つ須藤君が優勝候補であったので驚きだ。クラス一の自由人である高円寺君が物事に対してやる気を見せるのは珍しかったため、気になって声をかける。

 

 

「や、凄かったね高円寺君」

 

「ふ、片桐ボーイ。完璧な私にしてみれば造作もないことさ」

 

 

お、名前覚えてくれてる。言動は尊大だけど意外とマメなんだろうか。

 

 

「ちなみにだけど、やる気出した理由とかあるの?」

 

 

答えには期待せず聞くと、

 

 

「ただの気まぐれだよ、ボーイ」

 

 

やはり相手にされないか。こういう相手にはいくら言葉を選んでも意味がないだろう。素直に接するのが一番だと判断して再度賛辞を送る。

 

 

「そっか、まあ僕から言えるとすれば、やる気を出した君のほうが美しいってことくらいかな」

 

「ふふ、なるほど、よくわかってるじゃないか。人をよく見ているんだねえ片桐ボーイ。君は面白いから探偵ボーイと呼んであげよう」

 

「そりゃ光栄だ」

 

 

そんな会話をして彼と別れる。話してみて、彼は単なる自由人ではないと再確認した。判断力も洞察力も高い。

 

 

「それにしても探偵、か」

 

 

僕は独り言を呟く。僕に対して探偵、恐れ多いが素直に喜んでおくとしよう。何となくだが、彼とは仲良くなれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




夏休みまでは原作部分は省略気味で行こうと思います


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異質なものたち

一年生が東京都高度育成高等学校に入学してから、もう少しで二週間が経とうとしていた。いかに初対面の人達であったとしても、クラスにおけるおおまかな立ち位置が決まるには十分な期間だ。現に、1年Dクラスでも複数の派閥やその中での階級が定まりだした。

 

男子の頂点は言わずもがな、平田洋介である。容姿、言動ともにイケメンであるにもかかわらず、気取らず全員を平等に扱う姿勢は好印象を与えるのだろう。一部の男子は嫉妬をあらわにしているが、それも冗談の類であり、本気で彼を嫌う人は恐らくいないと思われる。まったくできた人間である。そんな彼の影響もあってか、男子にはっきりとしたカーストは存在していない。

 

対照的に、女子は明確に派閥が分かれ、カーストも定まっているようだ。中でも強力なのは軽井沢恵のグループだろう。強気な態度で女子の頂点に収まってみせた彼女は、クラスでも屈指の影響力を持つことだろう。

 

その他、群れることを好まない綾小路君や堀北さんのような生徒が一定数存在するが、もう一人特筆すべき人物がいる。どこの派閥にも属さないが、ほぼ全員に信頼され、発言権を持つ櫛田桔梗だ。彼女は優れた容姿と持ち前のコミュニケーション能力で立場を確立し、クラスの垣根さえ超えた交流関係を築いている。個人的には彼女に対して思うところがないわけではないが、人との繋がりも武器の一つであることは確かなので、僕が口を挟むのは筋違いだろう。

 

肝心の僕はというと、自分で言うのもおかしいが悪くないスタートを切ることができた。洋介と親しくしていると嫌でも女子との会話の機会が増える。最初は洋介目当ての女子から邪魔者扱いされていたが、話していくうちに多少打ち解けられた、と思う。「平田ほどではないが、意外に話せるし悪くはないやつ」くらいの認識だろうか。

 

 

なかなかに充実した生活ではあるが、一つ不満を言うとすれば「ぎゃははははははは! ばっかお前、それ面白すぎだって!」...これくらいか。

 

相変わらず授業中の態度が酷い生徒が多い。先ほどの発言をした池は、山内、須藤を含めて三バカトリオなんて呼ばれている。もっとも、騒いでいるのは彼らだけではなく

 

「ねえねえ、今日カラオケ行かない? 昨日知ったんだけど、最新曲が入ったんだって!」

「それマジ? 行く行く〜!」

 

このように、女子のあるグループが放課後の予定を話し合っている。授業に必要な道具すら出していない始末だ。

 

間違いなく彼らは何らかのペナルティをくらうだろうが、こちらの集中を乱されることは遺憾と言わざるを得ない。洋介に頼んでそれとなく注意してもらおうか、などと考えていると授業が終わる。ふと携帯を見ると、男子のグループチャットに池が書き込んだ情報が目に留まる。何でも、洋介と軽井沢さんが付き合い始めたらしい。

 

こういったスキャンダルに対して興味はない僕だが、これはなかなかに興味深い。何せ軽井沢さんは常に警戒心を張り巡らしながら人と接している。しかも表面上は気丈に振舞っているのだから大したものだ。あそこまで周囲におびえている人間が、簡単に彼氏など作るだろうか?考えられるとすれば、軽井沢さんが洋介のことを度を越えた善人だと判断して恋愛感情を抱いたか、あるいは何か別の目的があるのか。とはいえ考えても仕方ないし、これも僕が口出しするような話ではない。

 

そう結論付けると同時に授業が始まる。科目は日本史、Dクラスの担任である茶柱先生が教室に入ってくる。

 

 

「静かにしろー。今日はちょっとだけ真面目に授業を受けて貰うぞ」

 

「どういう意味っすか、佐枝ちゃんセンセー」

 

そんな馬鹿にしたようなあだ名を付けられる先生が不憫でならない。

 

「月末に近いからな、今から小テストを行う。後ろに配ってくれ」

 

あくまでも事務的に、茶柱先生は一番前の生徒たちにプリントを配っていく。前の生徒から受け取り確認すると、主要五科目の問題が載った、如何にもな小テストだった。

 

「え〜聞いてないよ〜。ずる〜い」

 

「今回の小テストはあくまでも今後の参考用だ。成績表には一切反映されることがない。だから安心して取り組め。ああ……、カンニングだけはするなよ? その場合は問答無用で退学処分とするからな。まあ、そんなバカな行為をする生徒が居るとは思ってないが」

 

 

成績表「には」ね...茶柱先生に限らず、この学校の教員は含みのある言い方をする決まりでもあるのだろうか。

 

 

開始の合図があり、問題に目を通すが、思わず脱力するほど簡単だった。肩透かしをくらった気分になりながら中学1、2年生レベルの問題を解き進めていく僕だったが、ラスト三問に差し掛かったところで手が止まる。それもそのはず、解いてきた17問とは全くレベルが異なる問題だったのだ。明らかな難易度の違いが感じ取れたので、意識を切り替えて取り組む。

 

1問目は化学、完全な知識問題だった。幸いにも化学は好きな科目だ。様々な推理小説に登場する薬品を調べるうちに相当量の知識を獲得できたので、この問題は難なく正解する。物事を調べるときに、その無駄と思える周辺情報にまでも手を伸ばす自分の収集癖に感謝する。

 

2問目は英語、長文問題だが見たことのない単語が点在している。単に専門性の高い単語ばかりというわけではなく、同じ意味でも難しめの英単語を選別しているように見える。好きな小説の原本を読む過程で、文脈から単語の意味を推測する力はついたと思うが、この英文は僕には難しすぎる。何とか答えを出したが、自信はない。

 

3問目は数学、僕にとって特別な教科だ。得意ではあるし、好きだが嫌い。言葉にすると不自然だがこう表す他ない。もともと理詰めの思考は得意で、適切な解法を選択して解き進めていく能力もある方だ。しかし、あるキャラクターが数学への本能的な嫌悪感を覚えさせる。その人の名前はモリアーティ。そう、あのホームズの宿敵の数学教授である。いくらホームズが憧れで、その宿敵が数学教授とはいえ、それで数学そのものが嫌いになるのは大げさではないか?と僕も思ったが、他に理由もないし、嫌ってしまったものは仕方がない。それだけ僕の中のホームズの存在が大きかったということだろう。

 

少し脱線したが、この問題は一見すると未知の知識が必要かと思われたが、アプローチを変えてみると持っている知識の組み合わせで解けるものだった。恐らく一般的な解き方と比較すると手間がかかり、計算も煩雑だったが自信はある。多分合っているだろう。

 

 

土台となる知識、推察力、対象を俯瞰することや発想の転換。全てかの探偵たらんとして僕が努力してきたものだ。小テストとはいえ、それが発揮できている。

 

 

やはりこの学校は興味深い、僕はそう再認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公の異質さを表現するために小テストを掘り下げてみました。次回はちゃんと物語を進めたいですが、そろそろ神崎君たちBクラスとの絡みも書きたいんですよね。


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さりとてイケメンは魅力的である

小テストの翌日、4限の授業が終わったので学生証を手にドアへと向かう。そんな僕を見て綾小路君が意外そうに声をかけてくる。

 

「片桐、今日は弁当を作ってこなかったのか?」

 

「うん、Bクラスの友達に誘われててね」

 

そう、何を隠そう神崎君からのお誘いがあったのだ。変なところで節約癖がある僕は一度も学食で昼食をとったことがなかったので楽しみだ。あの神崎君のことだ、そんな事情を知った上で誘ってくれたとしてもおかしくはない。ってさすがにないか。ないよね?

 

「そうか。その、なんだ、楽しんできてくれ」

 

綾小路君がそう言ってくるが、明らかに落ち込んでいる。そんな捨てられた小動物のような目で見ないでくれ。心が痛む。

 

「何なら一緒に行く?落ち着いた人だから多分綾小路君が苦手なタイプじゃないし」

 

「いや、遠慮しておく。いきなり加わったら迷惑かもしれないしな。ただ、片桐の料理が食べられないのは残念だ」

 

いやそっちかよ。完全に餌付けされてんじゃん。まあ僕のせいなんだけども。とはいえあれだ、入学当初は感情表現が乏しかった綾小路君がこうやって自分の思いを表に出し始めたのは感慨深いものがある。お母さん嬉しいよ。いや誰だよ。僕だけども。

 

「わかった。今度好きなものを作ってくるよ」

 

一人漫才を切り上げて言う。するとわずかに声のトーンを上げて綾小路君が応える。

 

「卵焼き、甘めの」

 

「了解、じゃあ行ってくる」

 

「ああ」

 

こうして教室を出た僕だが

 

 

「哀れね」

 

「アイツの料理が美味いのが悪い」

 

「...そんなに美味しいの?」

 

「ああ」

 

「勝ち誇った表情をしないで。不愉快だわ」

 

教室に残された綾小路君と堀北さんの間で起こった会話は知る由もなかった。

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

「ごめんね、待った?」

 

「気にするな。それよりも急に誘って悪かった」

 

「いやいや嬉しかったよ?誘ってくれてありがとう」

 

「どういたしまして。俺も片桐と昼食を食べられるのは嬉しい」

 

うーん、紳士だ。これはBクラスではさぞかし「あのー、そろそろ紹介してもらっていいかな?」神崎君の隣に座る女子が遠慮がちに言った。ストロベリーブロンドというのだろうか、長く綺麗な髪の美少女だった。イケメンと美少女の並びは大変絵になっている。

 

「残念だけど、そう簡単にウチの神崎はやれないな」

 

「え⁉どういうこと⁉」

 

「あ、間違えた。今のなしで」

 

「いや気になるよ⁉急に神崎くんとイチャイチャしだすし、変なこと言ってくるし!」

 

「神崎君、このうるさいの、知り合い?」

 

「残念ながらな」

 

「神崎くんまで酷いよ!うぅ...私、一之瀬、帆波...よろしくね」

 

「息も絶え絶えって感じだね」

 

「そうだな、大丈夫か一之瀬」

 

「君たちのせいだよ⁉」

 

「まあまあ落ち着いて。あ、僕は片桐徹。よろしく~」

 

「そこで自己紹介しちゃうんだ⁉ああ、もう、よろしく!」

 

「それで、なんで一之瀬さんが一緒なの?」

 

半ばやけくそ気味な一之瀬さんを尻目に、神崎君に問う。

 

「それは...」

 

そう言って困ったように一之瀬さんを見る。

 

「にゃはは、私がお願いしたんだ。神崎くんがよく話してくれるから気になってね。もしかして迷惑だった?」

 

「いや?新しいおもちゃ...じゃなくて知り合いが増えるのは嬉しいよ」

 

「おもちゃって言った!ねえこの人おもちゃって言った!」

 

「落ち着け一之瀬。片桐、一応理由がないわけではないんだ。これでも一之瀬はBクラスのリーダー的な存在でな。これでも」

 

「え、私何か悪いことでもした?」

 

「なるほどね、つまり今日は考察会、ということ?」

 

「ああ、いよいよ学校の異質性が見えてきたからな。いきなりだが、小テストについてどう思う?」

 

 

Bクラスの中心人物二人と僕ではとても釣り合わないような気がするけどね。心の中でつぶやきつつ、口を開く。

 

「まあ最後の3問だね。難易度が飛びぬけてた。英語は多分間違ってると思うけど、他は何とかって感じ。二人は?」

 

「数学だけだな、他は全く歯が立たなかった」

 

「化学と英語は専門性高かったしね。スネ之瀬さんは?」

 

 

いじり倒されて若干拗ねている一之瀬さんに話を振る。ツッコむ気も失せたのか、ため息をついてから応える。

 

「私も数学だけかな、あんまり自信はないけど」

 

 

そこから話は発展し、それぞれのクラスの出来栄えなどの確認を行った。

 

 

「なるほど、この感じだと平均は70前後かな、あと気になるのは先生が言った、成績表には関係ないって言い回しだね」

 

「それはこっちの担任も言っていたな。となると、やはり生徒の評価とは...」

 

「うん、監視カメラの件の裏付けになるね。で、今まで何も発表がなかったことからわかるのは」

 

「生徒の評価は月単位ってことだね!」

 

 

長い議論を一之瀬さんがそう締めくくる。神崎君が認めているからわかっていたけど、話していると察しがいいことを実感する。

 

 

「なんにせよわかるのは五月になってからだな」

 

「そうだね、昼休みも残り少ないし教室に戻る?」

 

「ああ、有意義な時間だった」

 

「ありがとね、片桐くん。神崎くんの言う通り、凄い人だったよ!また話そうね!」

 

「こちらこそありがとう二人とも。ぜひまた話そうね。僕も楽しかった」

 

 

そう言って僕達は教室に戻る。だが、この時の僕は楽観的過ぎた。学校の仕組みを解き明かしているつもりでいた。

 

後日―――

 

 

 

「──お前らは本当に愚かだな」

 

僕の予想は、最悪の形で実現することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




更新遅れたのに全く物語進んでない...
夏休みまでは駆け足になるかもしれないです


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