真・天地無用!~縁~ (鵜飼 ひよこ。)
しおりを挟む

一路、岡山。
序&第1縁:仰げば尊し。/誘われて春。


色々と言いたい事はあるでしょうが、最後までお付き合いの程、宜しくお願い致します。


 序

 

「あのお空の向こうには何があるの?」

 

 小さい頃、まだ世の中の理屈や、しがらみを知らなかった頃の話。

母にそう尋ねた事があった。

空には満天の星空。

それが何時の頃で、何処の空かは記憶にない。

ただ都会では、街灯やネオンの明かりが邪魔して、そんな風景が見られるはずがないと。

そう考えると、何処か遠出をした時なのだろう。

丁度、何十年だか、何百年だかに一度の流星群の日で、空の星は無数に地平に駆け降りていった。

 

「お空の向こうにはね、ここよりも~っと大きな"世界"につながっているのよ。」

 

 優しく、とても優しく、温かな声で自分の質問に答えた母。

あの時、母がどういう意味で宇宙を"世界"と称したのか。

ついぞ聞けぬまま、母は空の星になってしまった・・・。

 

 そして季節は巡って岡山の春。

別れと出会いの季節に少年は・・・。

 

 

【天地無用!~縁~】

 

 

 開幕と相成り候。

 

 

 

 

 春、麗らかな日。

そう言えば非常に聞こえはいいが、今朝の天気は少々汗ばむ程の陽気であった。

 

(桜をじっくり見るのは二年振りだな・・・。)

 

 一人の少年が山道へと続く坂道をえっちらおっちら歩いているのだが・・・この陽気で運動をすると、暑いと感じる。

その証拠に少年の額には汗がじんわりと滲んでいた。

幸い、岡山に引っ越す前に心機一転とばかりに髪を短く切ったので、熱の発散具合は以前と比べてすこぶる調子がいい。

後ろ髪を刈り上げ、耳周りも耳がぴょこんと出るくらいの程度だ。

スポーツ刈りに限りなく近い。

ただツンツンになった前髪は、引っ越す前の友人に"パイナップル"と酷評・・・もとい、笑いを誘ったが。

 

「田舎を見誤った・・・。」

 

 今まで都会に住んでいて、自然の量が違う事に感動したのがそもそもいけなかった。

春と言えば桜だろうと思いつき、桜を見る為に外出を試みて、桜を見るのに適した場所はないかと地元の人に道を聞いたのがそれを更に助長した。

『この先の坂道を"ちょっと"行った所。』と教えてもらい、はや30分が経過しようとしている。

そして、目的地には未だ着かず・・・。

田舎は流れる時間の感覚が違うとか、距離感覚が違うというのをよく耳にするが、そんなものは眉唾ものだった。

しかし、なぅ。

今、少年はそれを身を以って味わう事態に遭遇していた。

 

「あぁ・・・もうダメかも・・・。」

 

 馬鹿正直に歩き続けていた少年はとうとう腰を折り、両手を膝につく。

急ではない緩やかな坂道でも、延々と歩けば見た目以上に消耗する。

先程よりも滲み出た汗が、それを表していた。

山あいを通り抜けて吹き付ける風だけは、彼に味方してくれているようで、ほてった身体を程好く冷まそうとしてくれている。

一息つきながら、なんとか身体を起して吹いてくる風に身を任せ・・・身体が軽くなるような感覚。

 

(・・・樹?)

 

 吹く風の正面に相対していた少年の視線がある一点で止まる。

山肌にある色とりどりの樹々、その中の一点に・・・。

 

(なんだろう?)

 

 元々思いつきで来ただけで、絶対に当初定めた目的地に行かなければならないというわけではない。

ふらふらと春の風に誘われ、少年は再び歩き出していた。

風に誘われてというのは、こういう事なのかも知れない。

 

 見たい風景を見る為に再び歩き出したのは良かったが、一向に目の前の大樹との距離が縮まるような気配がない。

やはり、見るのと歩くのとでは全然違う。

しかし、困った事と言えばいいのだろうか?

少年は意外と辛抱強く、そして少し頑固だったようだ。

道中何度も休みはしたが、それでも歩む事を諦めず、ただ歩いた。

 

(思えば、こんなに歩いたのって久し振りじゃないか?)

 

 特に・・・と、ここ最近の出来事を思い出す・・・。

 

「母さん・・・。」

 

 そう呟き、更にぐんっと踏み出す一歩に力を込めると、まもなく視界が開けてちょっとした平原に出た。

随分歩いたんだなと自分の歩んだ距離に満足しながら・・・。

少年は眼前にそびえる一本の樹を見つめた。

陽光を浴びてキラキラと光っているのは水だ。

不思議な光景。

池である。

池の中心に浮島のようなものがあって、その中心に大樹は聳え立っていた。

 

(植樹したのかな?)

 

 不思議だが、不自然でもある存在。

その樹は周りにある木々と比べて、あからさまに背が高く幹も太い。

どう考えても樹齢はン百年単位だろう。

そう考えると、確かに他の樹と一線を画している。

池も綺麗な円形で、尚更人の手が入ってるように思える。

極めつけは池の水面に顔を覗かせている岩だ。

その岩は丁度、樹へと案内をするように点々と中央の浮島へと存在していた。

・・・と、徐に池の淵へ近づく少年。

樹を見上げると、その大きさにあらためて圧倒される。

口もぽかーんと開けられたままだ。

枝の葉から漏れ出る光に目を細め・・・。

 

「まるで光のシャワーみたいだ。」

 

 それは全て自分へと向かっている光の束に見えて・・・。

気づけば更なる一歩を岩の足場へと向けていた。

熱に浮かされたように次々と岩の足場を飛んでいく。

池の中心の小島にあっという間に辿り着き、樹をほぼ真下から見上げたときには、脳内の思考は完全に停止していて、少年は今まで脳内を駆け巡っていた疑問を押しのけて諸手を広げる。

 

「ウチの御神木に何か用かのォ?」

 

 ビクッ。

少年の身体が跳ね、背筋がぴんっと伸びる。

唐突に背後からかけられた声による緊張。

そして、ゆっくりと・・・まるで幽霊でも見るかのようにゆっくりと振り返る。

その様はまるで夢現の世界から帰還したかのような表情だった。

 

「して、若いの、御神木に何の用じゃ?」

 

 白と水色の宮司服をまとった初老の男性がそこにいた。

白髪混じりで灰色になった髪、浅黒い肌、少々垂れ目のように見える瞳が見つめてくる。

全体的に物腰柔らかな体をしているが、何処か剣呑さがあるようにも思える男。

 

「御神木・・・?」

 

 その意味を考える間。

 

「左様。」

 

 頷く老人の動きをぽけっと見てから・・・。

 

「は?!す、すみませんっっ、そうとは知らなくて!!」

 

 御神木と言えば、神社仏閣に奉られたりするモノだとようやく理解した少年は大慌てで小島から離れ、飛び石を岸に向かってジャンプして渡って行く。

 

「うわっ。」 「おっと。」

 

 岸へ行く手前、最後の飛び石で注意力が抜けたらしい。

バランスを前後に崩す少年を老人は見事に片腕て受け止めた。

 

(ファインセーブ)

 

「大丈夫かの?」

 

「あ、はい。重ね重ねすみません。」

 

 老人としては早く、そして自分を受け止めた腕の力強さに驚きながら、態勢を立て直す。

 

「ん?お前さん、何処かで・・・?」

 

 ふと老人がそんな事を漏らす。

 

「本当にごめんなさい。僕、ここに引っ越して来たばかりで、あの樹が御神木なんて知らなくて・・・。」

 

 何はともあれ自分が一番悪い。

御神木という事は、ここは私有地でしかも大切に奉られているだろう樹にずかずかと足を踏み入れたのだ。

どう弁解したとしてもだ、自分の方が完全に悪い。

少年は丁寧に腰を折って、頭を下げた。

 

「ほぉ、そうか。あ~、まぁ、よいよい。事情を知らんものはどうにも出来んしの。」

 

 そう言うと老人は目じりを下げる。

 

「それにお前さん、真剣に反省しとるようだし、これじゃ、ジジィが子供を虐めてるようじゃわい。」

 

「そ、そんな・・・。」

 

 少年はぶんぶんと目の前で手を振る。

 

「ワシはこの先の山の上の柾木神社の神主をしてる、柾木 勝仁(まさき かつひと)という。」

 

「あ、僕は一路(いちろ)といいます。」

 

「一路?」

 

「はい、真実一路の一路です。」

 

 もう何度も言った事のあるフレーズなのか、スラスラと自分の名前の字を説明する一路。

しかし、説明する彼の表情には、何処にも面倒そうな素振りはなかった。

 

「最近引っ越して来たというと・・・。」

 

 勝仁はわざわざこんな田舎に引っ越して来るなどと、よっぽどの物好きか・・・訳アリという事になる。

 

「ちょっとした事情がありまして・・・。」

 

 どうやら、一路は後者のようである。

 

「まぁ、人には生きていれば色々あるもんじゃ。」

 

 少々デリカシーが足りなかったかとポリポリと勝仁は頬を掻く。

 

「・・・・・・大切な・・・。」

 

「ん?」

 

 吐息のように微かに呟く声。

 

「大切な人を・・・母を亡くしました・・・。」

 

「そりゃまた・・・・・・難儀な・・・。」

 

 それ以上は勝仁も聞くのを止めた。

わざわざ根掘り葉掘り聞くものではない。

寧ろ、それこそデリカシーが足りないと言えるだろう。

少年は、自分の孫より少し年下程度の年齢に見えた。

このぐらいの年の子は思春期とはいえ、まだ母という存在が必要な年だ。

 

「と、言っても、もう半年以上は前になるんですけれどね。」

 

 あはは、と笑う姿が痛々しく見える。

こういう事には年月は一切関係ない。

何時でも想えば哀しく、切ないものだ。

勝仁もそういう経験はある。

 

「人間な、生きておれば何かしらある。でも、それは生きてるからこそじゃ。何も忘れる事もなかろうて。」

 

 勝仁は人生の先輩、経験者としてその言葉を一路に贈しか出来ない。

 

「ありがとうございます。」

 

 そして、一路のあまりにも礼儀正しい対応に微笑むしかなかった。

 

「それはそうと、何故(なにゆえ)こんな森の中に?」

 

 残った最大の疑問はそれだった。

神社を目指して来たのならば、こんな場所を通る必要はない。

そもそも、ここは参道でもなんでもない。

 

「えぇと・・・。」

 

 一路はここで答えを渋る。

やましい事は当然何もない。

ただここに来るまでの動機が不純というか、あまりに幼稚ではないかと感じたのだ。

しかし、嘘をついてまではぐらかすわけにもいかない。

 

「以前住んでいた所はあまり自然が多いトコじゃなくて・・・その桜でも見たいなぁって・・・地元の人に道を聞いたんですけど・・・。」

 

「?」

 

「途中、ヘバって休憩してたら、この樹が見えて・・・どうしても行ってみたくなっちゃって。」

 

「なるほど。」

 

 納得した素振りを見せる勝仁だったが、妙な違和感を感じていた。

目の前の少年、一路の発言の真偽ではない。

彼が嘘をついているとは思えないからだ。

しかし、この樹は森の外からははっきりと見えない。

何故なら、他の木々が隠してくれているから。

その木々たちに埋もれていれ、遠景からでは認識する事が出来ないのだ。

それにも関わらず、彼はしっかりとここを目指して来たのだと言う。

違和感としかいいようのない矛盾。

森に入れば、時に地元の者でも迷う可能性のある森に、目印を外から見ただけでここに到達出来るかといえば・・・最近引っ越して来たばかりの人間ではまず不可能な事と思える。

では、最近引っ越して来た事自体が嘘だとしたら?

それでは更に不自然だし、一路の様な少年が母の死まで語ってというには・・・。

 

(母か・・・。)

 

 勝仁は自分の母をふと思い出し、そして御神木を見る。

或いはという可能性・・・。

それが勝仁の脳裏を直感的に駆け巡る。

 

「一路少年、どうしゃ、折角だ。御神木に触れてみんか?」

 

「へ?」

 

 先程注意されたばかりだというのに。

一路が戸惑うのは仕方ない。

 

「いいんですか?」

 

 だが、興味がそそられないかと言えば嘘だ。

 

「見ているのが神主のワシだけだしのォ。特別じゃぞ?」

 

 口に手をあてて、内緒話のように喋る勝仁の言葉に一路は苦笑する。

一路のイメージする神主は、厳格で凛とした感じだったが、この老人はそれとは異なっているようだ。

 

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて・・・。」

 

 くるりと振り返って、再び樹のある浮島に歩み寄ろうと試みる。

 

「てぇ~んちぃ~っ♪」 「い゛っ?!」

 

 一路の目の前、目線より高い位置。

"飛び込んで"来た。

少なくとも一路にはそう見えた。

それは空から落ちてきたと言っても構わないくらい。

陽光に透き通ると銀に見える髪と、美しい金色の瞳。

 

-ゴチンッ!-

 

 頭の中に盛大な音と衝撃が伝わって、一路の意識は途絶えた。

 

「コホン。魎呼(リョウコ)。」

 

「んだよっ!」

 

 咳払いを一つした勝仁が、魎呼と呼ばれた少女の目を見る事なく、地面に倒れた一路を指差す。

その指先につつつと目線を魎呼が下げ・・・。

倒れた人物が、目当てだった人物ではない事を確認。

 

「え~と・・・なははは~。」

 

 自分の失敗をなんとか誤魔化そうと苦笑いを浮かべる魎呼だったが、どう考えても過失は確定している。

可愛く笑っても、なにをしても、誤魔化し切れはしない。

 

「やれやれ・・・。」

 

 勝仁は、心の中でこの不運で哀れな少年、一路に合掌するしかなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2縁:おいでませ、おいでませ。

メリークリスマス!アナタに幸せが訪れますように。


『一路、ごめんね。』

 

 母のその一言から一路の人生は狂った。

しかし、母を恨むのは筋違いだと思っている。

全ては弱い自分のせい。

 

檜山(ひのやま)君。こちらとしては君を今回進級させるわけにはいかない。解るね?』

 

 だから、そう述べる大多数の大人達の弁にも、不服や理不尽さは不思議と感じなかった。

自業自得。

この一言に尽きる。

世の中には、自分よりもっと辛い体験や苦しみを味わった人間が沢山いる。

それでもその人達はきっと日々をしっかりと生きている。

一部の人間は特別強い人だったのかも知れないが、大半はそこまで強くない人達だ。

つまり、自分が特別弱かった。

そう思う事で、一路は心を整理している。

ただ・・・。

 

『一路、すまなかった・・・。』

 

 この父の言葉だけが一路には理解出来なかった。

一体、何がすまなかったなのだろうか?

母が死んだ事?

それとも息子が留年する程に傷ついていた事にだろうか?

でもなければ、父として何もしてやれなかった事?

それは同情とどう違うのだろうかとも思う。

しかし、よくよく考えたらそれは当然で、父と自分は別の人間で・・・。

とにかくその全てを推し量り、理解出来るわけがないのだ。

だから、一路はこの件に関して誰も責めない、文句も言わない。

たとえ生まれてこの方、ずっと暮らし続け住み慣れた街を離れる事になっても・・・。

 

「大丈夫だね、傷もたいした事ない。サービスでタンコブまで治療しておいてやったよ。」

 

「いやはや、お手数をおかけしますな。」

 

 母が死んでから今に至るまでのダイジェストムービーが流れる中、意識の片隅で自分の意思とは関係ない会話が始まる。

両者共、何処かで聞いたような・・・と。

 

「どーってことないさ。聞けばこの少年が怪我したのは、魎呼のせいだって言うじゃないか。」

 

 リョーコ?

知らない単語だ。

 

「だぁーって、鷲羽よォ~。あんなトコにジジィと男がいりゃあ、片方は天地だと思うじゃねぇか~。」

 

「あぁ~ら、魎呼さんは天地様と他の殿方との区別もつかないんですの?所詮、その程度なんですわね、天地様への想いなんて。」

 

 今度は少々・・・大分高飛車で高圧的な声。

 

「なぁんだとォ!阿重霞、テメェ、ケンカ売ってンのか!売ってンだな?!」

 

「本当の事を言ったまでですわ。」

 

「こっのォ~ッ!」

 

 これはヤバい。

話の雲行きが雷雨になりそうだ。

一路は必死に意識を完全に覚醒させようと夢現(ゆめうつつ)の状態からもがく。

身体の再起動。

とりあえずは、まず視界を・・・と、必死に瞼を開こうとする。

次は声・・・。

彼の視界には、意識が途切れる直前に見た金眼の美しい女性。

 

「お?目が覚めたみたいだね。」

 

 自分に向けられる声の主よりも、空から降ってきた美女に目がいく。

透き通るような髪。

 

「ん?」

 

 自分の視線に気づいたのか、当の美女がこちらを見る。

 

「・・・天女?」

 

 完全に意識が覚醒していないせいか、考えた事を脳のフィルターに通さずに口にしてしまっていた。

 

「はぁ?天女だぁ?アタシをあんなヤツと一緒に・・・。」

 

「リョーコちゃん。」

 

 くわっと目を見開いて、自分に今にも食ってかかろうとした少女を嗜める別の少女。

赤い蟹のような派手な髪型に、緑色の瞳。

どことなく横にいる少女に面影が似ている。

 

「災難だったねぇ。でも、悪気はなかったんだよ。ほら、リョーコちゃんも。」

 

 どうやら一路に激突して、今そっぽを向いて不貞腐れているのが魎呼という名前らしい。

それに対して、一回り小さい赤髪の女性の方が、力関係は上のように見受けられる。

 

「・・・悪かったよ。」

 

 一言。

それも渋々。

渋々だが、その表情を見るに悪気は感じているような気がする。

正直な所、一路は特に怒ったりはしてなかった。

何があったのか良く解らないままに気を失ったという事もそれを助長していたが。

 

「いえ、大丈夫です。天女がお迎えに来たのかとも思ったけど。」

 

 だとしたら母に会えただろうか?

ふと、そんな事をが一路の脳裏に過ぎる。

 

「だからアタシはっ!」

 

「魎呼、彼が言っておるのは、"個人名の天女"じゃなくてお天とさんの天女の事じゃ。」

 

「はぁ?」

 

「天におわします女神の事だよ。」

 

 勝仁の言葉を引き継ぎ、くぃっくぃっと鷲羽は天井を指す。

"天女"という単語で噛み合っていなかったのは、"天女という個人名を持つ人物"がいるという事らしい。

 

「アタ、アタ、アタシが女神?!」

 

 すっとんきょうな声を上げて顔を赤らめる魎呼。

 

(何、照れてんだか・・・"私の娘"なんだから、あながち間違ってないじゃないか。)

 

 鷲羽は心の中で苦笑する。

しかし、目の前の少年、勝仁に聞くところ彼は勘が良いのだろうか?

鷲羽は推測する。

人間の中には稀にそういう突出した第六感的なものを有した者もいないわけではない。

はっきりとそれと自覚出来る者もいれば、非常に曖昧なものと千差万別だ。

もっとも、ただ思った事を言っているだけという事もある。

なにより魎呼の態度だ。

彼女のこんな殊勝にさせた。

それを含めて、ちょっぴり興味がある。

天地や、その周りにいる人間程ではないが、これはこれでアリだ。

なんだかんだいって、この辺りの人間は血が薄まっているとは言っても、純粋は人間は少ない。

何せ、"いずれ天地を産む"だろう可能性を孕んでいたのだから。

 

「魎呼さんが女神ねぇ・・・。」

 

 先程、高飛車に魎呼を挑発していた人物が声を上げる。

紫の・・・相当な髪の量に桃色の瞳。

長いのは後ろ髪だけでなく、もみあげの部分も長く、ちょっと変わった着物を身にまとっている。

確か、阿重霞と呼ばれていた少女だ・・・。

 

「ところで一路殿?」

 

「はい?」

 

 返事はしたが、そこではたと何故この赤髪の少女は、自分の名前を知っているのだろうと思い、あぁ、勝仁から聞いたのだと認識し直す。

どうやらまだ完全に復活していないらしい。

 

「魎呼が天女なら、そこな意地が悪いお嬢さんは何に見えるのかナ?」

 

 ニヤニヤと笑いながら少女は一路に問う。

 

「わ、私?」

 

「えぇと・・・。」

 

「どうせミジンコか何かだろォ~。」

 

「お黙り!」

 

 美○憲一も真っ青な剣幕の阿重霞に対して、にひひっとほくそ笑む魎呼。

多少なりと仕返しが出来て、溜飲が下がったのだろう。

そんな魎子を無視して、そそくさと身だしなみを整える阿重霞。

どう考えても今更である。

 

「ん~と・・・気の強いかぐや姫。」

 

(う~ん、惜しい。)

 

 腕を組んだままニヤリと笑う鷲羽。

実際は皇子様を追っかけて地球に来た姫なのだが、あながちハズレてない事もない。

と、なると・・・。

鷲羽はいよいよ本題に入る事にした。

 

「まぁ、お姫様ですって。」

 

「オメェ、耳腐ってんのか?姫の前に"気の強い"ってついてんだろ?」

 

「えぇいっ、話が進みやしないじゃないか、アンタ達!」

 

 ピッコオオォォーン♪

爽快な音が室内に響き渡る。

何処から取り出したかも解らぬピコピコハンマーが鷲羽の手にはいつの間にか握られていた。

その餌食になったのは、勿論、魎呼と阿重霞の二人。

一路の目には頭から煙が出ているようにも見えたのだが、とりあえず気のせいにしておく事にした。

理由としては先程から勝仁は茶を啜ったまま、意に介さないかのように見えない素振りをしていたからだ。

然るにこれが日常の光景なのかもしれない。

きっとそうに違いない。

それにしても、アクレッシブな家庭である。

 

「んではっ。おほんっ、一路殿?」

 

「?」

 

「この鷲羽ちゃんはぱっと見でどんなイメージだったりするのかなぁ?」

 

 そう鷲羽に問われた時、一路はなぜこんな言葉を吐いたのか、この後に何度も思い出し何度となく悶えるハメになる。

のは、また後の機会にしよう。

 

 

「・・・母さん・・・かな。」

 

 

 しぃぃーん。

鷲羽としては、だ。

今までの流れからして余程ブッ飛んだ、或いは彼女の正体(・・・・・)に近しい回答が出て来るものではないだろうかと予期していた。

鷲羽はその分、ギャップにパチクリと目をしばたかせる。

 

「どんな答えが出てくるかと思えば・・・いやはや、まぁ、一路殿みたいな子がいるというのも感慨深げだネェ。」

 

 立ち直りというか、切り返しも早かった。

 

「うへぇ~、鷲羽が母ちゃんだって?オメェんチの母ちゃんはどんだけだよ。(ツラ)見てみてぇぜ。」

 

(そんなアンタは私の娘でしょうに・・・。)

 

 自分の娘のあーぱーさ加減に、育て方どころか、創り方を間違えたかと呆れる鷲羽。

自分のいない間、一体、親代わりである神我人(かがと)はどんな教育をしたんだ、他の子は皆指折りの優秀さなのになんで、魎呼だけ・・・。

首を捻りたくなる。

 

「魎呼。」

 

「んぁ?」

 

「勝仁殿?」

 

 ふと今まで完全に傍観を決め込んでいた勝仁が声を上げる。

勝仁の眼差しにたじろぐ魎呼。

どうも、この血筋の目には弱い。

 

「あはは・・・見せてあげたいけど・・・もうこの世にはいないんで・・・。」

 

「あ・・・。」

 

「おバカ。」

 

 俯く一路の様子に勝仁の言わんとしていた事に気づいた魎呼は、もう癖にすらなっている感のある頬を掻く動作をする。

 

「すまないねぇ、デリカシーの単語のない天女に、口の減らないかぐや姫で。」

 

 そのデリカシーのなさは、遺伝もあるのだが・・・。

 

「いえ、もう大丈夫ですから。」

 

 大丈夫になってきたからこそ、一路はここにいて、新たなスタートを切るのだから。

初っ端から、気絶する事にはなったけれど。

 

「男のコだねぇ。」

 

 鷲羽は、ぽんっと一路の肩を叩く。

自分が子供好きという自覚はあったのだが、一路までの年齢がその範囲に入るとは鷲羽とて思ってもみなかった。

ただイメージだけだったとしても、自分を"母"と呼んでくれる存在がいたというコト。

それが大きいだろう。

基本的に頼ってくる者を完全に切り捨てる事は鷲羽には出来ない。

厳しい事と、冷たいという事は全く別物なのだ。

 

「ふむ。どうじゃろう、今夜は夕食でも共にというのは。」

 

 誰かと別れる。

それも永遠の別れというものを勝仁も知っている。

それがどんなに辛く哀しく、身を切られるのかも。

長い年月を経て、それなりに鈍感を装えるようにもなったつもりでも・・・。

それすらも麻痺してしまったら、最早(おのれ)というモノがなくなってしまう。

 

「でも・・・暗くなったら道が・・・。」

 

 樹から家までの道のりの間、一路は気絶していた。

しかも、樹の元に来る時間はほぼ夢遊病者のようにして辿り着いてしまったので、暗くなってしまうと帰り道が解らなくなる。

特にここは山道だ。

街灯の明かりもない。

引っ越して早々に遭難なんてそれこそ情けなさ過ぎる。

 

「んな、気にスンなよ。アタシが送ってってやからさぁ~。」

 

 ここぞとばかり、名誉挽回を試みる魎呼。

周りにいた誰もがそれに気づいていたが、あえて突っ込むような事はしなかった。

 

「いや、でも、魎呼さんは女性だし・・・。」

 

(女性というより鬼ですわ。)

 

「確かに!か弱い(・・・)女性だけど♪」

 

(嘘つき。)

 

(熊だって一撃で倒せる癖に。)

 

(嘘はいかんのぉ。)

 

 声には出さないが、皆の表情から脳内を検索するとおよそこのようなカンジである。

 

「あ~、コラコラ。無理には失礼だよ。今日は砂沙美ちゃんも帰って来てないし、また日を改めて招待しようじゃないのサ。」

 

「え、あ、いや・・・。」

 

 それはそれで申し訳ない。

ましてや、会っていくばくも経っていない、それこそ初対面の相手に。

 

「失礼ばっかりしたお詫びだと思って受けておくれよ。」

 

「そうそう。」

 

 鷲羽の発言にうんうんと頷く魎呼。

全く以って反省の色が見えない。

 

「魎呼さん、貴女が一番反省なさるべきです。」

 

「あ?んなははは~。」

 

 すぐさま笑って誤魔化す。

これも彼女の常套手段だ。

 

「はぁ。」

 

「じゃあ、今度、好きな時に来なさいな。その時に日取りも決めればいいじゃないか。」

 

 日取りを決めるのにわざわざ一度訪ねるというのも、何やらおかしな話である。

 

「まぁ、ここには誰かしらおるしの。」

 

 どうやらこの家にはまだまだ他に人が住んでいるらしい。

少なくとも砂沙美という登場人物が控えているのだけは理解出来る。

ともかく大所帯だというのは、一路の頭でも把握出来た。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて・・・。」

 

 初対面からそう時間が経っていないのに、ディナーの約束とはどうかと思いもしたのだが、これ以上固辞し続けるというのも失礼な気がして、鷲羽の提案する妥協案に乗る事にした。

 

「お、じゃ、今日はアタシが下の道まで送ってってやるよ。」

 

 全く帰り道が解らないので、どんっと胸を叩いて張る魎呼の提案にも乗る事にしたのだった。

 




義務教育であっても、その教育課程に問題がある場合
(昔は、出席日数が全体の3分の1を大きく割り込む場合等)
学校長の権限において卒業・進級を認めず、再度の教育を行う事が出来ます。
と、いっても、義務教育なので滅多になく、大体保健室登校とか長期期間中の補習で済みますが。
この辺りは目を瞑って下さいな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3縁:さりとて別れは・・・。

「気をつけてネ。」

 

「またいらして下さーい。」

 

 山道を下って行く二人に手を振りながら声をかける鷲羽と阿重霞、そしてその横にいる勝仁。

明るく一路を見送っている二人に対して勝仁は思案げで、一路と魎呼の二人の姿が小さくなっていくのを確認すると。

 

「鷲羽ちゃんや。」

 

「なんだい?」

 

 二人が消えた先を互いに見つめたままで言葉を交わす二人。

 

「ちょっと気になる事があっての。」

 

「奇遇だね、私もなんだよ、"遙照(ようしょう)"殿。」

 

 一瞬の沈黙の後、二人はようやく視線を合わせた。

 

「調べて欲しい事がの・・・。」

 

「少年(一路)の霊体(アストラル)パターンだね。」

 

 無言で頷く。

アストラルパターンは、生物でいうところのDNAみたいなものだ。

ただ、こちらは生物としての肉体構造の設計図であるのに対して、アストラルパターンはその存在そのもの。

その生命が存在している、そして辿ってきた来歴が解る。

 

「比較対象は、遙照殿、天地殿の二人でいいかい?」

 

「お兄様?一体どういうことですの?」

 

 それではまるで・・・と、阿重霞が驚きの声を上げる。

 

「杞憂ならばいいのじゃが・・・。」

 

「ま、何にせよ、悪い事にはならないだろうさ。」

 

 鷲羽の勘は良く当たる。

自信だってある。

それは当然の事だが、阿重霞にとっては全く意味不明なせいか、表情を更に曇らせる結果にしかならなかった。

二人が少々物騒な話をする一方、話題の当人といえば・・・。

 

(わ、話題がない・・・。)

 

 年上(恐らく)、しかも初対面の女性。

意識が途切れる程の抱擁(激突)を受けて、初遭遇というのもアレだが、そんな相手に対する話題など一路は当然ながら持ち合わせていなかった。

ちなみに、その初対面の女性が考えている事といえば。

 

(空飛べねぇのは、メンドクセェな。)

 

 大して気にしていなかった。

 

「桜・・・綺麗ですね。」

 

 月並みと笑いたければ笑えっ!と、心の中で叫びながら、なんとか話題になりそうな言葉を吐き出す。

 

「ん?あぁ、桜な。この時期の酒は特別うめぇんだよ。」

 

 魎呼のこの言葉にやっぱり年上、ハタチ以上なんだなと一路は確信する。

まさか、ン千才という年齢だとは思ってもいないだろう。

 

「花見酒ですか?粋ですね。」

 

 魎呼はこの時期と言ったが、彼女の飲酒はほぼ毎日の事、しかも家庭の食費の6割以上に相当する。

もし、阿重霞の間の前でこんな発言をしようものなら、たちまち大喧嘩だ。

 

「ぉ?解るか?今度一緒に呑むか?」

 

 ニヤリと笑う魎呼。

 

「いや、僕は未成年なんで・・・・・・その、"少し"だけ。」

 

「そうかそうか、オマエ天地より融通利くじゃねぇかっ。」

 

 未成年なので呑まないと一路が言わなかった事に上機嫌になって、魎呼は彼の背をばしばしと叩く。

一応、言わせていただくが、お酒はハタチになってから。

未成年者の飲酒・喫煙は法律によって禁じられています。

良いコの皆は真似しないように。

 

「あの、天地さんて・・・?」

 

 先程から幾度となく出てくる名前だが。

 

「ん?じじぃの孫だよ。じじぃは普段神社に寝泊りしてっから、まぁ、あの家の家主みてぇなモンだな。」

 

 勝仁の先程の様子から、魎呼と阿重霞のあのレベルのバトルは日常茶飯事なのだろう。

そんな日常を日々送っている天地という人物も相当凄い人なんだと、一路は勝手に推測する。

これはこれで天地に会ってみたい。

 

「天地もな・・・母ちゃんいねぇんだ・・・。」

 

「えっ・・・。」

 

 一路の隣、神妙な面持ちで魎呼が呟く。

一路と会ってから豪放磊落、そしてちょっぴりツンデレ(だと一路は認識している)な魎呼のその表情。

悲しいというよりも、何処か悔しさが滲み出ているような複雑な彼女の顔を凝視する。

 

「天地が大分ちっこい頃にな。なぁ?母ちゃんを亡くすってどんな気分なんだ?やっぱりツレぇよなァ・・・。」

 

 母を亡くしてから毎日のように自分が封印されていた塚に来ては、一人泣く幼い天地の姿。

触れたくても触れられず、声をかけたくても届かない。

それが魎呼の記憶に焼きついて離れない。

母と一緒に笑っていた天地。

その笑顔をもなくした彼に、当時の身体のない魎呼はただ眺めるしかなかった。

もどかしさで苛立ち、苦しい。

何も出来ない自分。

心が軋んだ。

以来、時折思い返しては自問自答する。

そんな彼女の心の機微をうっすらとだけ感じた一路も考え込む。

なんと答えたらいいのかと・・・。

 

「辛い・・・です・・・。」

 

「そうか・・・。」

 

 当たり前の答え。

だが、その答えに魎呼は落胆しなかった。

自分に置き換えてみれば、解る事だから。

 

「僕はつい最近まで何も手につきませんでした。」

 

 自分だって、もし天地がいなくなったら・・・それも永遠に還らず失ってしまうとしたら。

耐えられない。

想像するだけで発狂してしまいそうだった。

 

「でも・・・。」

 

「?」

 

 一路は言葉を続ける。

そんな一路の顔を魎呼は覗き込む。

 

「僕は天地さんがどういう人か知らないけど、幼い時に母を亡くすよりは長く一緒にいられた分、僕は辛いと言ってられないと思いました。」

 

 物心つく前ならば、もっと楽だったのかも知れない。

けれど、母親が帰らぬ人となったのは同じだ。

同じだけれど、きっと自分と天地は違う。

恐らく、自分の方が圧倒的に軟弱者なのだ。

今なら一路にもそれが解った。

 

「それに・・・たとえ母親を亡くしたとしても、天地さんは今はきっと幸せなんだと思いますから。」

 

 力強い答え。

力強いからこそ魎呼は疑問に思う。

 

「そうかな?」

 

「えぇ。勝仁さんはとても優しかったです。鷲羽さんも優しかったし、阿重霞さんも天地さんの事が好きで・・・。」

 

 久し振りに人と沢山触れ合った。

そして温かいと感じた。

錯覚じゃない。

 

「大体、そんな風に心配してくれる魎呼さんもいて、幸せじゃないなんて有り得ないですよ。」

 

 自分が世界に独りぼっち。

きっと天地もそんな感覚を味わったのだろう。

しかし、あの家の空間はそんな事を心の片隅の何処かに収納しておけるだけの愛情と温かさがある。

その点では、一路が置かれた環境よりは断然マシだろう。

一路の周りには、そんな存在は何処にもいなかったのだから。

 

「だから・・・羨ましいと思います。」

 

 正直な感想だ。

なにより自分はこれから家に帰ったとしても、"おかえりなさい"も"ただいま"も言う相手もいないのだから。

 

「オマエ・・・イイヤツだな。」

 

 頬を染めた魎呼は照れているのだろう。

だが、さっきまでの表情よりは・・・。

 

「どうだろ・・・。母が亡くなった時の事は・・・多分一生忘れられないんだと思います。忘れたら母が可哀想だから。」

 

「だな。忘れちまうのは親不孝ってヤツだ。」

 

 ただでさえ親孝行なんて一つも出来やしなかったのだから。

 

「だけど、きっといつか、変えられると思うんです。」

 

「何に変わるんだ?」

 

 キョトンと瞳をしばたかせる魎呼。

 

「いつか悲しいが、悲しかったに。悲しかったが、"ありがとう"に・・・そっちのが大きくなるんです。」

 

「ありがとうか・・・。」

 

「僕にはまだまだ先の事だけれど・・・。」

 

 それでも前よりは変わってきている。

この地に引っ越して来られた事が何よりの証拠だ。

 

「アタシもそう思うぜ?天地を産んでくれてありがとうってな。」

 

 魎呼の笑顔を、一路は純粋に綺麗だと思った。

そして天地が本当に羨ましいとも。

それ以上に天地という人間に会ってみたいと。

 

「あ、じゃ、ここで。」

 

 そうこうしている間に山道を下山し終わってしまった。

舗装されたアスファルトを外灯が照らしているのが見える。

 

「おぅ、そっか。」

 

(あの家に帰るのか・・・。)

 

 素直に名残惜しい。

それは仕方ない。

誰もいない家に帰る。

誰もいない家は、家とは呼びたくない。

どちらかとうと、寝ぐらという表現が一番しっくりくる。

 

「今日は楽しかったです。」

 

 少々インパクトが強過ぎたが、久々に驚いたり笑ったりと表情筋が忙しかった。

 

「ん。」

 

 帰りたくない。

そんな声がじわじわと一路の心身を蝕んでゆく。

真綿で首を絞められるような・・・。

 

「じゃ、さようなら。」

 

 終わりの言葉。

告げてしまったからには別れるしかない。

急に重たくなった身体を引きずるようにして背を向けて歩き出す。

 

「一路!」

 

 ずしっと身体が更に重く・・・。

 

「て、魎呼さん?」

 

 それは帰宅する事への拒否反応でもなんでもなく、魎呼が自分の背中に圧し掛かっていた。

ぎゅっと、いっそう一路の身体に回された腕に力がこもる。

 

「また遊びに来いヨ?」

 

「え?」

 

「ばっか、オメェ、一緒にメシ食って、呑む約束したろ?忘れたのかよォ。」

 

 確かにまたの機会にとは言ったが。

そんなモノは明確なモノではなく、社交辞令的なものだとばかり一路は思っていた。

というより、呑む約束はしていない。

 

「そういう約束はちゃんと守れよなぁ~。いつでもいいんだゼ?本当に。」

 

 優しい声だ。

と、一路は思う。

回された腕も力が強過ぎる感はあるが、とても嬉しい。

背中が温かい。

柔らかくて、いい匂いがした。

 

「な?」

 

「・・・はい。"必ず"行きます。」

 

 必ずなんて、約束の保証なんて、何処にもないと知っていながらも一路はそう答える。

 

「よぉ~し。あ、一つ忘れてた。鷲羽な、鷲羽"さん"じゃなくて、鷲羽"ちゃん"て呼ばねぇと恐ぇゾ。」

 

「え゛?」

 

 一体、どう恐いというのだろう?

それよりも、"さん"と"ちゃん"明確な違いが一路には解らない。

しかし、魎呼が自分をからかって嘘をついているとも思えなかった。

 

「覚えておきます。」

 

「おぅ。んじゃまたナ~。」

 

 魎呼の言葉は、次の機会がある事を信じているソレだった。

一路の肩から離れても、その感触は残っていて彼の背を押す。

足取りは何故だか、もうそんなに重くはなかった。

そして一路は、誰もいない家へと帰る。

珍しくその日の夜はぐっすりと眠れた事を、一路は忘れないだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4縁:団欒を得る為に。

基本的に天地無用の原作を読み返したくなるようにが基本なので説明文が少ない場合もございますが、一応軽い説明を入れていこうと思っているので、ご了承下さい。


「あ~、やっぱ飛ぶと楽チンだわ~。」

 

 にゅるんと壁をすり抜けて家の中に入る魎呼。

その身体は某未来型青狸ロボットよろしく宙に浮いている。

 

「魎呼お姉ちゃん、ちゃんと玄関から入ってよね。」

 

「あん?砂沙美、堅いコト言うなって。ちゃぁんと靴は玄関に飛ばしておいたからさっ。」

 

 砂沙美と呼ばれたツインテールの少女はぷぅと頬を膨らます。

薄く透明感のある翡翠色の髪、とりわけぴょこんと横に生えているかのようなツインテールも、その動きに合わせてひょこひょこと動いた。

丸い桃色の瞳を必死につりあげようとしているが、そんな事で彼女の可愛らしさは一欠片も損なわれる様子はない。

そんな彼女の逆三角のマークがついた額の更に上、砂沙美の頭上には兎とも猫とも判別つかぬ・・・。

 

「ミャウッ!」

 

「ほら、リョーちゃんもダメだって。」

 

「ミャミャ。」

 

「んだよ、魎皇鬼まで。わーったよ、次からな。」

 

 粗野・粗暴を絵に描いた女(時には鬼女と呼ばれた事も実際にあったが)と普段から揶揄される魎呼にしては、かなりの譲歩とも言える。

逆に少々気味が悪い。

しかし、今の彼女はすこぶる機嫌が良かった。

それもこれも一路との会話のお陰だろう。

 

「珍しく聞き分けがいいな、魎呼。何か良い事でもあったのかい?」

 

 大小様々な沢山の料理が並べられているテーブルの上座に座る青年。

後ろ髪こそちょこんと紐で束ねているが、それ以外の部分は黒の短髪、黒い瞳。

少々丸顔で・・・特に美形というわけでもない至って何処にでもいそうな男の子。

彼がウワサの(?)柾木(まさき) 天地(てんち)である。

 

「てぇ~んちぃ~。そうなんだよ、今日すっげぇ面白いヤツが来てさぁ~。」

 

 鼻にかかった特有の猫撫で声で、天地の横にすり寄る。

面白いヤツとは、当然一路の事だ。

 

「あぁ、なんか、じっちゃんが連れて来たんだって?」

 

 どうやら誰かが既に今日の事を天地に話してしまったらしい。

誰かがと言っても、自分を除けばあの時に他に居合わせたのは、勝仁、阿重霞、鷲羽の三人しかいない。

折角、天地に面白おかしく話して聞かせようと思っていた魎呼は、先に言われてしまった事がつまらなかったが、それなら逆に話が早い。

 

「一路ってんだ。今日は砂沙美が遅かったから無理だったけど、今度ここで一緒にメシ食おうって話したんだ。なぁ、いいだろォ?」

 

 勝仁を除いたら、現在のこの家の家長は繰り下がりで天地となる。

魎呼は一応居候の身なので、お伺いを立てなければならない。

基本的に天地は公平な民主主義よろしく多数決で決めるようなタイプなので、ある意味形式的なものだ。

余程の事がない限り、却下される事はない。

 

「私からもお願いしますわ。」

 

 魎呼の援護射撃は意外な所から飛んで来た。

阿重霞である。

魎呼と犬猿の仲とも言える阿重霞までもが賛同しているのだ。

阿重霞も大切な人を失う恐さを知っている。

それは気が狂いそうになるくらいに。

一路を不幸だと思うような事は、一路に対して失礼だが、やはり不憫だとは思う。

ならば、少しくらい楽しい事があってもいいではないか、と。

魎呼とは何時も喧嘩してばかりだが、居なくなればなったで物足りない。

そして、大勢で食卓を囲むのもなんだかんだで楽しいものだ。

だから、それを少しでも一路に味わってもらいたい。

折角出来た縁なのだから。

 

「う~ん・・・オレはいいけど、料理を作るのは砂沙美ちゃんだからなぁ。」

 

「大丈夫だよ、天地兄ちゃん。一人分増えるくらい砂沙美にはなんてことないもん。」

 

 柾木家の家事を一手に引き受ける小さな少女は、任せてと小さな胸を張る。

 

「そうかい?」

 

 二度、天地が砂沙美の目を見て確認するのは、本当に無理をしていないかどうか見極める為である。

過去にそうやって無理をして、倒れた事が砂沙美には何度かある。

病弱というわけではないが、彼女は色々と小さなその身体に溜め込みがちなのだ。

 

「うん、お客さんを呼んでお夕飯なんて楽しみっ♪」

 

「砂沙美ちゃんがいいなら、オレも構わない。」

 

「やったー。砂沙美、会うの楽しみ~。ねぇねぇ、一路お兄ちゃんてどんな人なの?」

 

「ど・・・。」

 

「どんな?」

 

 砂沙美の問いに魎呼と阿重霞が顔を見合わせる。

 

「どんなって、そりゃ、おめぇ、フツー?」

 

「普通・・・ですわね。」

 

 魎呼のように空を飛んだり、壁をすり抜けたりするわけではない。

阿重霞のように結界を張ったり、素手でブ厚い鉄板を貫くわけでもない。

 

「え~っ、それじゃ砂沙美解んないよ~。」

 

 砂沙美が困るのも無理からぬ事。

この家の人外魔境さに比べてみれば、一路は普通以下。

良くも悪くも一般的な"地球人"だ。

 

「まぁ、なんだ、会えばどんなヤツか解るさ。」

 

「そ、そうですわね。私達も会ってからそう時間が経っているわけでもありませんし。」

 

 まさか、色々と話してみて鷲羽のように珍品発明を作る趣味とか、爆発を起すような事もしまい。

二人は互いにそういう方向で思考に決着をつける。

いや、逆にいえばこの家にいる者達の常識外れっぷりが浮き彫りになったという事に他ならないのだが。

 

「そうかぁ・・・なんだかんだ言って、ウチに来るのは宇宙からだしなぁ。」

 

 天地も彼女達の言う普通=地球人(一般人)という図式を理解して頭をかく。

それよりも自分もそれに近い認識のズレに苦笑い。

実は、当の天地自身も地球人と樹雷という星の混血児でもある。

この土地のちょっとした昔話に出てくる、若武者と鬼女の戦い。

それが天地の祖にあたる。

もう少し詳しく説明すると、その鬼女というのが数千年前の魎呼で、若武者というのが遙照という名の樹雷人=勝仁、彼の祖父になる。

地球に骨を埋め、名を勝仁とした彼を追ってきた来たのが、異母兄妹の阿重霞。

そして、その阿重霞の妹が砂沙美だ。

この辺は寿命や遺伝子操作の問題もあるが、地球の関係に則ると天地にとって二人は大叔母になる。

更に述べると、鬼女と呼ばれた魎呼の遺伝上の母が鷲羽になるのだ。

 

「何か呼んだ?」

 

 と、このように何処にでも介入しようと思えば介入できてしまう大天才。

 

「お夕飯だよ。」

 

 かくして、大宇宙(?)家族状態になった柾木家は、日々宇宙からのトラブル、人種が飛び込んでくるわけで・・・その中で一路という存在は、良く言えば平凡な、悪く言えば刺激のないものなのである。

他にも柾木家に来る者、住んでいる者、要するにレギュラーキャラはいるのだが、今日はご覧の通り家にはいないらしい。

 

「あぁ、そうかい。んじゃま、早速頂くとするかね。と・・・そういえば勝仁殿は?」

 

「じっちゃんなら、さっき樹の様子を見てくるから先に食べてていいって。」

 

「そうかいそうかい。じゃ、冷めないうちに頂こうかね。」

 

(樹か・・・。)

 

 箸を持っていただきマースと声を皆と揃え、何事もなかったかのように食事に手をつけつつ、鷲羽は一人思考を巡らす。

樹と勝仁と天地と・・・そして一路。

遺伝子情報を調べてみたが、何の共通項も見つけられなかった。

少なくとも一路は、勝仁から端を発する子孫=樹雷の末裔、その先祖返り的な存在ではないという事だ。

アストラルパターンも、特に気になる共通因子はない。

 

一点を除いて。

 

 因果律的な共通項に、愛する者との別れというものがある。

これは樹雷の、それも血の濃い皇族に多く見られるものだ。

天地しかり、遙照しかり、阿重霞、砂沙美しかりだ。

現樹雷国王の阿主沙(あずさ)ですらも。

しかし、そんなものは長く生きていれば、必ず出くわす事で、この星の人間の中で珍しいという事でもない。

では、他に考えられるとしたら・・・成人前後に宇宙(人)と接触を持つ・・・これなら、三人に共通しているといえなくもない。

遙照は地球人の妻。

天地は自分達と、そして同じく一路も。

しかし、一路の場合は樹の事もある。

 

「鷲羽ちゃん?お味変かな?」

 

「へ?」

 

 どうやら思考に夢中で半ば機械的に食事を摂取していたようだ。

知的探究心に火が点くと没頭してしまって、その他を疎かにし易い傾向にある自分、それを戒める友人がいたのも今は昔。

 

「あぁ、美味しいよ。」

 

「ならいいんだけど。」

 

「悪いけど、夜食もお願い出来るかい?」

 

「うん、いいよ♪」

 

「また何か研究ですか?」

 

 天地が問うのは彼女の研究の結果、生み出される発明品で問題が起きなかった事がないからだ。

まぁ、彼女の部屋は頑丈なセキュリティで護られているから、大抵の物事には対処出来るようになっているのだが、それを易々とくぐり抜けてトラブルを製造してゆく輩がいるのも事実で、理由の一つ。

 

「あぁ、ちょっとね。」

 

「お兄様とこそこそと一路さんの事を調べてるいのですね?私、今回ばかりは賛同しかねますわ。」

 

 言葉を濁す鷲羽の態度に、阿重霞はすぐに反応する。

いつもなら、経験と知識の豊富な二人のする事に反対などする事はほとんどない彼女だったが、今回だけは違った。

元々、こういう本人の知らぬ間にこそこそとするのを嫌う傾向のある阿重霞。

しかも、一路は何かこちらに危害を加えたわけではない。

確かにそういう事が起きてからでは遅いとは思うが、今までだってなんとかなってきた。

あんな母を亡くして間もなく、打ちひしがれた若者をよってたかって虐めているようで気が退けるのだ。

何より、そんな一路を疑惑の目で見る事が阿重霞には出来なくなっていた。

 

「なんだって一路のコトを調べるんだよ?どう考えてもパンピーじゃねぇか!」

 

 阿重霞のその反応よりも、一際大きな反応をしたのが魎呼だった。

基本的に魎呼は快楽主義に近い。

面白いと思った事、楽しいと思った事はなんでもやる。

逆に言えば、それを邪魔されるのは一番気に入らない事に分類される。

そして、彼女は既に一路の姿に、幼き頃の天地の姿を重ね合わせてしまった。

それが母性本能なるものだという事は魎呼自身理解していないが。

 

「そうかも知れない、それならそれで問題ないし、その方がいい。でもね、樹を見てここに来る。そしてアンタ達に溶け込むまでのスピードが早過ぎやしないかい?勘ぐりたくなったって仕方ないだろう?」

 

 だんっ!

大きな音を立てて、魎呼が立ち上がる。

 

「ごちそうさま。」

 

 そう言うと、彼女は宙に浮いてそのまま天井まで上がると、姿を消す。

どうやら家の外に出てしまったらしい。

 

「全く、短気だねぇ。誰に似たんだが。」

 

 溜め息をつく鷲羽だが、誰に似たもなにも魎呼は彼女の娘。

答えを求める事自体がナンセンスだ。

 

「別に一路殿をどうこうしようってわけじゃないから心配しなさんな。ただ普通の地球人が来るなんてほぼないだろう?だから、ちょっとした興味本位もあるのさ。」

 

 なんとか、残った阿重霞をなだめ、他の者を安心させようとする鷲羽だったが、阿重霞はそう説得出来たようには見えない。

 

「阿重霞さん、鷲羽ちゃんには鷲羽ちゃんの考えがあるんですよ。」

 

 緊張感が漂う食卓の風景に天地が割って入る。

天地もどちらかというと性善説に近い方ではあるが、彼の場合は鷲羽に信頼を置いているからこそというのもある。

何より、彼は不和を嫌う。

 

「今までだって鷲羽さんは、オレ達を何度も助けてくれたじゃないですか。だから阿重霞さん。」

 

 天地にそう言われてしまっては、阿重霞もこれ以上何かを述べる事も出来なかった。

ここに至って、一路は普通の地球人、自分達に何の害も及ぼさないと鷲羽自身の口からお墨付きが出る事を祈るばかりである。

 

「ありがとう、天地殿。」

 

「いえ、オレは何も。ただ・・・。」

 

「?」

 

「オレもその一路君って子に会ってみたいですけれどね。」

 

「そうだね。」

 

 鷲羽だって、疑いたくて疑っているわけではない。

ただ、何かしらの力が働いているような気がしてならない。

だが、一路に何の問題もなければ、彼女も天地を一路に会わせたいと思っていた。

同じような経験をした事のある先輩として、一路を天地に・・・と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5縁:樹になる行方。

「鷲羽のヤツ・・・。」

 

 月と夜の闇に隠れた山のその影との間にある一つの影。

魎呼は宙に浮きながら一人憤慨していた。

腕を組み、今は空中に静止している。

 

「大体、いつもアイツは偉そうに!」

 

 考え直すとまた余計に腹が立つ。

魎呼の中にだって、最近は鷲羽を母と認識している部分もあっただけに。

しかし、それとこれとは別で、今は逆に鷲羽の偉そうな態度に反発を覚えていた。

こんな事を言ったら、『思春期ねぇ。』と笑われそうだ。

鷲羽の言いたい事は魎呼にだって解らなくもない。

解らなくもないが、魎呼には一路が鷲羽が警戒するような人間には思えなかった。

何より母を亡くした一路の面影、そして天地を気遣いながらも、自分を励ましてくれたアレが演技だとは思いたくない。

一路の母への思慕を否定する事は、彼の母、ひいては天地の母も否定してしまうような気がして・・・。

 

「・・・一路どうしてっかなァ。」

 

 何度かバイトもした事のあるコンビニや、天地の通っていた学校、酒屋、瀬戸大橋・・・そして天地の父達の事務所くらいしか行った事がない魎呼。

宇宙ならば色んな所に行っているというのにだ。

当然、今日出会ったばかりの一路の自宅など解るわけもない。

彼の様子をそっと外から見るだけで、現在の心持ちも変わってきそうな気もしたのだが。

 

「あ゛~、イライラするっ!」

 

 ぐるんぐるんと宙に浮いたまま前転のように回転する。

 

「ん?」

 

 と、何かを見つけた魎呼はようやく方向を決め、そちらへと向かった。

 

 

 

「彼に・・・何かしたのか?」

 

 夜の森の中で一人、そう呟く。

一本の大樹の前。

今日、一路と始めて出会った場所だ。

 

「ワシはてっきりお前さんが呼んだ(・・・・・・・・)のかと思ったんだが・・・。」

 

 呟いた人物、勝仁は己の袖をごそごそと弄ると一本の棒を取り出した。

 

「なぁ、船穂・・・。」

 

 それはその樹の名前でもあり、そして勝仁の母の名だ。

樹雷の皇族は基本、その生を終える時まで樹と共にある。

長い年月の中、愛しい者との別れを幾度と無く見て来た勝仁にとって、唯一同じ時を共にいた存在だ。

 

「不憫に思ったか?彼を?」

 

 樹雷の樹は、超エネルギーを生み出す生命体で、意思もある。

だから、彼は樹に向かって話しかける。

勝仁の地球での妻が亡くなった時も、天地の母、勝仁にとって娘が亡くなった時も、船穂は勝仁と共にいた。

人の感情に反応する傾向のある樹が、一路という少年に何か想う事があったというのも珍しい事ではないのだ。

 

「魎呼か。どうした?」

 

 樹から目を逸らす事なく勝仁は、背後に立つ彼女の存在に気づき、問いかける。

勝仁の指摘通り、彼の後ろには複雑な表情をした魎呼が立っていた。

 

「おめぇが変な事を言うから、鷲羽と阿重霞が険悪になっちまったじゃねぇかよ。」

 

 自分の事を完全に棚に上げているところが、魎呼らしいといえばらしい。

だが、魎呼としては兎に角文句の一つでも言っておかないと気が済まないのだ。

問題は、特に文句の文言が思い浮かばなかったという事だが。

 

「ただ気になったんじゃよ。」

 

「なにがだよ。」

 

 基本的に魎呼は仲間内での隠し事を嫌う。

良くも悪くも直情的で竹を割ったような性格なのだ。

 

「母を亡くした迷い子を、見捨てておけるのかとな。」

 

 基本、樹の意思は女性体とされている。

それは、世に伝えられる創造の三神も女神であるからなんとか・・・。

 

「船穂が一路を呼んだってのか?」

 

 魎呼はじぃっと舐め上げるように樹を見つめる。

 

「魎呼、お前さんだって放っておけないと思っただろう。」

 

 封印される前の魎呼と違って、天地と出会った今の魎呼は別人のようだ。

勿論、当時は操られていたというのもあったが、天地と出会って慈愛の心のようなものが芽生えた。

更に母性というものも。

 

「そりゃ・・・な。」

 

 そんな魎呼を勝仁だって再び封印しようとも思わなかったし、何より孫である天地と共にいる魎呼、その二人を微笑ましくも思う。

だから、魎呼のそんな答えにも微笑む。

 

「船穂が呼んだというのなら、何の問題もない。」

 

 基本的に樹は好戦的ではく友好的かつ社交的で、悪しき者にはその力を貸す事は無い。

総じて、一路もそういう存在ではないという事になる。

 

「だが、もしその逆だった場合。」

 

「逆ぅ?」

 

「船穂が少年を呼んだのではなく、少年が船穂を呼んだ(・・・・・・・・・)としたら、どうじゃ?」

 

 大事(おおごと)である。

大事(おおごと)なのだ。

樹は、先程説明した通り、超エネルギーを生み出す。

研究者の中には、それは宇宙開闢の謎にも通ずると半ば伝説的に言われるくらいの規模の。

それはまぁいい。

良くはないのだが、意思のある樹自体が人を選ぶ、そして悪しき者には力を貸さないという善的要因のお陰でそういう事になっている。

問題は、もう一つだ。

樹は樹雷の皇家の象徴。

そして、樹には世代というものがある。

属に言う皇家の樹といわれるもので、世代が上の物ほど高い能力を持つ。

たとえ樹雷の皇族の血を引いていなくとも、樹に選ばれれば皇家の一員となれる可能性があるのだ。

また、第一世代の樹に選ばれた者はそれだけで皇位継承権を得る。

現存する第一世代の樹は、現在7本。

存在が確認されて、樹のパートナーと言われる人物がいるのが2名。

霧封(きりと)のパートナーであり、現樹雷皇の阿主沙(あずさ)。

そして天地の後輩で、神武(かみだけ)のパートナーになってしまった(・・・・・・)山田 西南(やまだ せいな)。

あともう一人いるのだが、それが遙照こと勝仁の船穂だ。

一応公式には行方不明となっているので、この事は半ば公然の秘密となっている。

そして、勝仁が先程から握っている棒は、孫の天地と同じ名で天地剣と言う。

これはマスターキーと呼ばれるもので、このキーを持っているものが対応した樹へのコンタクトへの優先権を持つ。

ちなみに、これは天地も使用出来るので、更なる問題の数々を引き起こす事になったのだが、それはまた別の話。

 

「そいつは・・・アレだ・・・マズいな。」

 

 魎呼は苦渋の表情を作る。

それもそのはず、一路がもし、樹となんらかの接点を持てる資質がある場合、樹に選ばれる可能性がある。

ただの樹ならまだいい。

船穂相手にその資質があるならば、第一世代と契約出来る可能性があるのが問題なのだ。

現在、皇位継承順位は遙照こと勝仁が1位、直系皇族である天地が2位、そして地球人の西南が3位となる。

下手をしたら、その順位の変動もありえるのだ。

なにより、樹雷という国はこの銀河で1,2を争う国家だ・・・ロクでもない騒動が起こるのが目に見えている。

では、全く関係なく樹と心を通わせる事が出来るとしたら?

それはそれでもっとタチが悪い。

ある意味、この銀河で元メルマスの巫女、ネージュ・メルマスに次ぐ危険な存在という可能性も・・・。

 

「ま、そう悲観する事もあるまいて。何より、鷲羽ちゃんがきちっと調べて何らかの対策を立ててくれるじゃろ。それにまだそうと決まったわけでないしのぉ。」

 

 確かに勝仁の言う通り、何もない可能性だってある。

そうそう特異な人間がぽこぽこいるわけがない。

他にも誰かの刺客という可能性もあるが、それこそ杞憂だ。

第一世代の樹、勝仁の船穂。

第二世代の樹、阿重霞の龍皇。

第四世代の樹、ノイケの鏡子。

始祖の樹、津名魅。

伝説の宇宙海賊、魎呼。

同じく銀河一の頭脳、白眉 鷲羽。

そして天地。

単純に戦力換算して、銀河の半分の軍事力を以ってしても互角かそれ以上の力が、地球のこの柾木家周辺にはある。

ただ、魎呼はそうでない事を、心から信じていた。

 

「じじぃも年食ったなぁ。」

 

「年寄りになると心配事があれやこれやと増えるもんなんじゃよ。さて、少年が来た時の宴が楽しみじゃわい。」

 

 どうやら、勝仁も一番最悪な方向には物事を考えてないようで、魎呼もほっとしていた。

 

「そうそう、一路な、ちょっとくらいなら酒オッケーらしいぜ?」

 

「ほぅ。天地より融通のきく少年じゃな。」

 

「だろぉ?」

 

 この辺りは、二人も同じ見解らしい。

兎にも角にも、なるようになるしかない。

二人は、それぞれに考えを巡らしつつ微笑むのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6縁:朝、瞼の裏も遠くありけり。

果たして続けられるんだろうか、私・・・。


 翌朝、何故だか一路はすっきりと目が覚めた。

とても、自然に。

朝日が昇れば目が覚めるといった自然の摂理を示すが如く。

その証拠としてはなんだが、本来起きる時間にセットされた目覚ましより早く起きるくらいには。

 

(珍しい事もあるもんだ。)

 

 当の本人の方が驚いたくらいだ。

どちらかといえば、その驚きは母の夢も父の夢も、そして自分を取り巻く大人達の夢も、そのどれも視なかった事の方が大きかったが。

起きるには早くはあるが、一路は自宅を発つ事にした。

二度寝という甘い誘惑を振り払う行為はかなりの重労働であったが、何かが今の彼を後押ししている。

言うまでもなくそれは昨日の出来事だ。

 

「魎呼さん達に感謝だ。」

 

 今度、何か手土産でも持って行こう。

魎呼だったら、やっぱりお酒かな?などと思考しながら歩いているとすぐに身体が空腹を訴えてきたので、そのままふらりとコンビニに立ち寄る。

ちなみにこのコンビニ、23時には閉まる。

24時間営業じゃないコンビニを見たのは一路も初めてだった。

だが、それを見た一路は何故だかクスリと笑ってしまった。

コンビニで緑茶とゆで卵を一つ、そしておにぎりを3つ購入して近くの公園のベンチに腰かける。

一路自身、料理はどちらかと言えば得意な方だが、如何せん一人分だけ作るという気はしなかった。

作った物を食べてくれる人間も、褒めてくれる人間もいない、それもある。

 

(食費が嵩むなァ・・・。)

 

 つい先程まで手土産を何にしようかと考えていた人物と同一とも思えないが、一路はこれでも成長期なのである。

たとえ平均身長ギリギリ周辺の数値だとしても。

そして、成長期の少年は常に空腹、ハングリーメーターは何時もえんぷちぃ。

 

(ん?)

 

 おにぎりの包みを開き、早速口に頬張る一路だったが、一口食べてぴたりとその動作を止める。

視線。

それを感じたからだ。

といっても、その視線の高さは一路より遥かに低く、人間ですらなかったが。

 

「・・・オマエも一人なのか?あ、一匹か。」

 

 などと話かけても、その生物、猫は答える事はない。

じっと見てくる猫に一路は少々考え、持っていたおにぎりを一欠片猫に転がす。

転々と自分の前に転がる米の塊。

その物体を目にして、一瞬ビクリと飛びのいく猫。

しかし、恐る恐る一路のおにぎりの臭いを嗅ぎ、そして元々いた位置と姿勢に戻ると、再び一路を見つめる。

 

「お腹空いてないの?」

 

 答えが返ってくるわけがないと解っていても、一路は再び問いかけてしまう。

人が猫を前にした時にニャーとついつい言ってしまうのと同じ。

 

「の、割には・・・。」

 

 持っているおにぎりを動かすと、猫の視線どころか顔ごと動く。

 

(う~ん・・・。)

 

 十数秒のやりとりの後、一路は再び思考する。

"相手の立場に立って考える。"

人間相手にする事が全て猫に通用するとは思えないが、それでも交流を行う上での初歩中の初歩だ。

もっとも別に目の前の猫と仲良くなりたいというわけではない。

たっぷりと考えた後・・・。

 

「うぅ・・・。」

 

 小さく唸った一路は、おにぎりを先程より遠い位置、しかも草むらの中へ向かって丸ごと一個を放り投げた。

放物線を描くおにぎりの図というのは、それはそれはシュールで滅多に見られない光景だろう。

おにぎり一個の犠牲は痛かったが。

おにぎりが草むらに落下する様を見届けた一人と一匹だったが、やがて一匹の方はその草むらへ向かってゆっくりと歩き出す。

 

「誰かから施しを受けるのを良しとしない君のプライドは凄いよ。」

 

 恐らく、自分が一路から貰ったおにぎりを食べる姿を見せたくなかったのだろう。

食事は、生物が無防備になる状態の一つだ。

しかも、一路は初めて出会う相手。

だが草むらの中なら別だ。

 

「・・・僕は貰っちゃったからなぁ・・・優しい言葉。」

 

 昨日の出来事を思い出し、自分は軟弱者なのだろうかと自問自答する。

それとこれを同列に論じるにはあまりにも違いがあるような気もしたが、あえて同列に並べるとすれば、目の前の草むらに消えていく猫よりは自分の方が軟弱者と言えなくもない。

プライド。

それは猫だろうと人間だろうと生命を脅かす可能性もある。

果たして、そこまでして守らなければならないプライドって一体なんなのだろう?

そこまで考えて、猫の行動や考えが自分の憶測でしかないという事に気づいて思考を止めた。

それよりも今はあの猫と同じように生命の危機、といっては大袈裟だが、それを回避すべきだ。

二つ目のおにぎりの包みを開けるとそれを頬張ってゆく。

こうして一路の転入初日の朝食は過ぎていくのだが・・・。

 

 

 

「う~ん・・・やっぱり何度シュミレートしても・・・。」

 

 様々なケーブルが横たわり(本人のとっては)規則正しく並べられた一室。

その主以外は全て無機質に囲まれた空間で、鷲羽は頭を掻きながら一人唸っていた。

 

「樹雷や遙照殿とは無関係だね、コリャ。」

 

 そんな事は見ただけで解りきっていたのだが、それでも何度となく検証を重ねてみたのだ。

 

(だとすると・・・。)

 

「異能者か・・・。」

 

 鷲羽しかいない研究室に、鷲羽とは違う声。

その声が鷲羽が口にしようとした言葉を先回りして呟く。

 

「あのねェ、親しき者にも礼儀ありだよ、訪希深(トキミ)。」

 

 突然のように降って湧いた言葉の主に対する驚きはなく、至って当然のように呆れながら言葉を返す。

 

「特に問題ない少年と思われるが?」

 

 鷲羽の注意も意に介さず、姿を現さないまま声は自分の見解を述べるべく言葉を続けるだけで、それは更に鷲羽に溜め息をつかせる。

 

「訪希深ちゃんや・・・。」

 

 自分が座っていた椅子の上に胡坐をかきながら、器用に椅子を移動させて適当な機材に肘をつくと身体をもたれかけさせた。

 

「この世界は、私もそうだけれどね。津名魅もゆっくりと、そりゃあ生命の進化と言えるくらいの長い時間をかけて見守り、少しずつ変化をもたらしたんだよ?」

 

 自分と訪希深、津名魅は、それぞれに独自の考えを以って生命体や次元へのアプローチを行い続けてきた。

時に友として、時に敵として、時に同化して・・・。

それもこれも大きな目的、課題の為と言っていい。

 

「そりゃあ、この世界を見回してみれば異能者くらいいるサ。でも、強い力には必ず"反作用"が存在する。」

 

 だから、ある意味で世界は"丸い"。

もし鷲羽が、一路を仮に異能者という見地で見たとして、それはそういう事に繋がる。

 

「ならば尚更、天地の傍に置いてみればいいだろう。」

 

 確かに一理ある。

天地はまさしくこの"三姉妹"の目的を叶える存在に今のところ最も近いのだから。

いや、ほぼ確定と言ってもいい。

しかし・・・。

 

「天地殿の反作用は彼じゃないし、ましてや"人柱"に決まっている弟君の方でもない。」

 

 人柱とは穏やかではないが、鷲羽が口にする次元規模の因果律とはそういうものなのである。

水面を叩けば、反動で波立つ。

強い力なら尚の事強く。

そして、ある地点で必ず起こる事象Aを強引に取り去ったとしても、因果は必ず違う地点でAを求めるか、同じ地点でA'を求める。

因果律の強制補填、或いは修正、運命、どう呼んでもいい。

勿論、それ自体を書き換えブッチ切れる者も存在するが、それこそより強力な反作用を生む。

それすらも吹き飛ばすとなると・・・。

 

「どうであろう?少年も宇宙に上げてみるというのは?」

 

「宇宙に上げて・・・どうするんだい?」

 

「環境の劇的変化は刺激となり、適応力という武器を以って人は・・・。」

 

「進化でも促すってのかい?」

 

 それこそ膨大な年月を費やす事になるか、新たな反作用を誕生させる事になりかねない。

 

「もしかすれば、本質を垣間見れるやも・・・。」

 

 そこまでいって、ぺしっと突然に鷲羽が身体を預けていた機材を叩く。

単純に訪希命の言葉を遮る為にだ。

 

「よしておくよ。」

 

「何故だ?」

 

 研究・実験・トライアンドエラーで惑星破壊の姉が、簡単にそれを放棄する事など有り得ない。

普段ならば、相手の自由を奪って磔にしても研究・実験を押し進めるというのに。

 

「環境ならもうとっくに変わってるよ・・・それも劇的にね。」

 

 だから、"そういう能力"が発現したのか・・・いや、未だこれを能力と言い切る事は出来ないのだが。

 

「それに・・・・・・一度でも"母"と呼んでくれた子にそんな事は出来やしないのさ。」

 

 自分を見つめる幼い男の子の視線・・・あれは酷く冷たく凍えるような寒さの中だったのを思い出す。

今はもう全てを全うした子の・・・。

 

「母・・・か・・・。」

 

「呆れたかい?」

 

 嘲笑。

そんな笑みしか、鷲羽には作る事が出来なかった。

遠い遠い昔の出来事だったとしてもだ。

 

「・・・いや、最近、学習しつつある。」

 

「そうだったね。」

 

 とある事件のせいで、今、訪希深の元には一人の赤子がいる。

その子を育てるという選択をしていた。

 

「・・・瞼の裏の母と子か・・・。」

 

 なんとはなしにそんなフレーズを虚空に呟いた鷲羽だったが、もう訪希深の返事も気配も無かった。

 

(上手くやれてるといいね、一路殿・・・。)

 




今回はちょっと私的解釈が強いですかね。
一応、人柱とか反作用とか書いてありますが、特に深く掘り下げないと思うので、細かく解説はしませんでした。
って、この話、面白いですか?(ヲイ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7縁:いざ、戦じょ・・・学校へ!

「檜山 一路です。皆さん、よろしくお願いします。」

 

 一路の命を賭けた戦いが始まった・・・と、表したら確かに大袈裟だろう。

だがしかし、この転校一発目の挨拶はその後のクラスでの自分の立ち位置、ひいては学生生活を決定づけかねない程に大事なものなのだ。

その証拠に張り詰めた空気を保ったまま、一路を値踏みするような視線が注がれている。

 

「なぁ~な~転校生~。東京から来たってホント~?」

 

 誰もが無言の中、へいへい~っと手を挙げる男が一人。

その手は手招きするようにはためいていた。

一瞬、呆気に取られていた一路だが、隣にいる担任の表情を確認。

何も言われないところを見ると、どうやら交流の時間として認めてくれているように思えたので、一路は口を開く。

 

「うん、生まれも育ちも東京だよ。」

 

 先程の挨拶よりも少々くだけた口調で同級生になるであろう男の質問に答える。

 

「うぉっ、マジでか?!オレ、この街から出たコトないんだよね~。東京ってどんなんどんなん?」

 

 ぐぃっと席と立って乗り出す男に、どの学校でもいるんだなぁ、こういうキャラのヤツと冷静に眺めてしまう。

 

「どんなって言われてもなぁ・・・。」

 

 当たり前のように東京に生まれて暮らしていただけ。

一路にとっては特筆して述べるべき事がすぐには浮かんで来ない。

 

()ズニーランドって超スゲェんだろ?!」

 

「へ?」

 

 東京とついてはいるが、あれはれっきとした千葉県にある王国である。

 

「え、だって東京デズニーランドだろ?」

 

 そこは勘違いしてはいけない。

 

「はぁ。情けないうえに呆れるは、アンタには。転校生クン、馬鹿が感染する前にこっちにおいで~。」

 

 ぽかんとする男のちょうど反対の位置にある席から、今度は声が上がった。

凛とした女性の声。

 

「馬鹿とはなんだ!オレは病原菌かっ!つか、感染(うつ)るわきゃねぇっつーの!」

 

「そうね、アンタの馬鹿は筋金入りだもんね、治らないわね。」

 

「んだと~!」

 

「何よ?」

 

 何やら教室の端と端で雲行きが怪しくなるが、どうやら転校生である自分を爪弾きにしようという事はないようだと安堵する。

現状は、ある意味で爪弾きにされていると言えなくもないが。

それよりも、昨日の柾木家での魎呼と阿重霞の口喧嘩があったせいで、現在の口喧嘩があまり険悪なモノに感じていない方が問題だという事に気づかない一路。

 

「あ、えと、結局、どっち側の席に行けばいいんだろ・・・。」

 

 どちらを選んだとしても角が立ちそうだ。

かと言って、どちらを立てた方がいいものか。

 

「先生、私の隣、空いてます。」

 

 二人の男女の罵倒しあう喧騒の中、すっと手が挙がる。

 

「あ、じゃ、それで・・・。」

 

「なっ?!」

 

「えぇっ?!」

 

 思わず助け舟のような声に即断即決で乗ってしまう一路。

何より、その声の上がった位置が、言い争いを始めた二人の間に位置するというのが大きかった。

 

「はい、じゃあそれで。」

 

 一路の同意を得られた事で、第三者(?)の少女が自分の隣の席を引き、手招きするのに一路は意を決して向かう。

 

「うん、今日も我がクラスは平和だわ。」

 

 ようやく口を開いた担任教師の言葉から推察するに、このようなやりとりは日常の1コマ程度のもののようだ。

だとしたら、どうしてなかなか面白いクラスじゃないかと思うのだが、それは端から見ればであってその対象に自分が巻き込まれるとなるとそれはそれで厄介ではある。

そう思わざるを得ない。

 

「よろしく。」

 

「ありがとう、よろしくね。」

 

 軽く微笑む少女に礼を言うと、持っていた鞄を机に置き、その席に着く。

 

(意外と早く溶け込めそうかも。)

 

 そう一路が安易に考えてしまうのも無理からぬ事だ。

とりたてて何もないままホームルームの時間は終わり、授業になってからが問題だった。

集中が続かないというより、ほとんどを聞き流す。

 

「じゃあ、早速この問題を転入生に解いてもらおうかな?」

 

 唐突に教師が述べてもすらすらと問題を解いた。

寧ろ、それが問題なのだ。

一路にとって雑作もない事が。

 

(この時はまだ母さんいたもんな・・・。)

 

 母が亡くなって、学校に全く行かなくなり留年する事になった一路も、3年の今頃はちゃんと学校に通っていたのだ。

中間テストを受ける辺りくらいまでだっただろうか。

留年の基準は緩いが、大体計算すると200日はゆうに休んでいただろうか?

考えながら再び授業を聞き流す。

この授業は一路にとって復習の復習、そういう範囲なのだ。

 

(今のうちに先の予習を家でやっておいた方がいいかもね。)

 

 そうでないと色々な意味で鈍っていきそうだった。

それに家ではとりたてて他にやるような事もない。

そんな一路にとって、逆に大変だったのは休み時間だ。

刺激の少ない田舎暮らしが大半の生徒達にとって、都会からの転入生は格好の的だった。

彼等の名誉の為に言うが、岡山は決して田舎というワケではない。

東京に比べれば確かに自然の量は圧倒的に多いが、この状況は単純に一路の存在が刺激的で目新しかった。

ただそれだけである。

ともかく一路は様々な質問攻めにあったのだったが、一路にとっては同年代との交流が新鮮だったので全てに淡々且つ嫌味にならない程度に丁寧に答えていった。

話の中心が東京、都会についての事ならば一路にだって答えられる。

ただ少々困ったものもあって・・・。

 

「ねぇねぇ、彼女は?いるの?」

 

「え~、こっちに越してくるくらいだからいないんじゃない?」

 

「解らないわよ、遠距離恋愛かも。」

 

「うっそ~、いや~ん、ロマンチックぅ~。」

 

 このテの黄色い、或いはピンク色の話題である。

いかんせん女子のこのパワフルさと言ったら・・・。

 

「いや、彼女はいないよ。」

 

 勢いに圧倒され、仕方なしに正直に答えると一際甲高い声が上がる。

 

(なんなんだろ、コレ。)

 

 まるで未知との遭遇。

違う生命体を目の当たりにしているようだ。

 

「お、心の友よ~、オレと一緒一緒。」

 

(ん?)

 

 何処かで聞いたというより、確実に聞き覚えのある声。

 

「さっきはごめんなさい。別に悪気があったわけじゃないのよ?」

 

 こちらの声も同じように聞き覚えがある。

先程、教室の端と端で言い合っていた二人である。

 

「いや、新鮮で・・・良かったよ。」

 

 何が良かったのか意味不明だが、一路なりに気を遣ってフォローしたつもりだった。

出てきた言葉は気遣いと本音、3:7程度の比率。

 

「お、なら良かった。オレは的田 全(まとだ ぜん)。ヨロシクな。」

 

 春だというのに日に焼けてなのか、地黒なのか、浅黒い肌に真っ白な歯。

これで髪の色が金か茶なら、結構完璧だったのに何処か惜しい感じがする少年。

 

「うん、よろしく。」

 

「同じ彼女いないもん同士、仲良くすんべ。」

 

「低レベルなまとまり方ね、ソレ。」

 

 濃紺のロングの髪を靡かせながら、全と一路の間に入ってくる少女。

 

「えっと君は?」

 

「私は雨木 芽衣(あまぎ めい)。ごめんね。先に名乗らないといけないのに。」

 

 二人共変な言い合いをしていた割には常識人のように見える。

何より良い人に一路には見えた。

 

「別に気にしてないから大丈夫。よろしくね、雨木さん。」

 

「クラスメートなんだから、"さん"づけなんていいわ。」

 

「そうだよ、もっと気楽に行こうゼ。な、雨木。」

 

「アンタは"さん"をつけなさい。」

 

「なっ?!」

 

 ピシャリと言い放つ様は、逆に小気味が良かった。

 

「いいなぁ、二人共・・・仲良くて、楽しそうで。」

 

 少なくとも相手の悪口だろうが、なんだろうが、それを含めて言い合えるという事は凄い。

言い合っていても尚、友達でいるというのは素晴らしく羨ましくも思える。

 

「そぉ?」

 

 さらりと流れる濃紺の髪を手で掻あげながら、芽衣は首を傾げる。

全も芽衣も一路より背が高いので、座っている一路からするとちょっと圧迫感があった。

一路が平均値ギリギリなのを差し引いても二人は高身長、というよりスタイルがいい。

特に芽衣はちょっとしたティーンのモデル並みで、東京でも滅多に見ない美人の部類だろう。

ただ東京にいる同世代のような派手さもないが。

だが、それを補うだけの清楚さがある。

勿論、全もそうなのだが・・・何故か残念な子に感じてしまうのは何故だろう?

 

「コイツと一括りにされてもなぁ・・・。」

 

「それはこっちの台詞かしら。」

 

「ど、どちらにしても一年間よろしく。」

 

 また口喧嘩が勃発してしまっては敵わない一路は、慌てて席を立ち二人の会話に割って入る。

 

「二人共、何時もの言い争いに一路君を巻き込んではダメ。」

 

 更に二人に割って入るように立ち上がったのは、一路の席の隣、ホームルームの時間に彼を促した少女である。

 

「別に言い争いなんて・・・好きでしてるわけじゃないわ、委員長。」

 

「激しく同意。つーか、別にそんな必要ねぇし。」

 

 彼女の一言であっという間に二人が沈静化してゆく。

 

(というより・・・いきなり名前呼び?)

 

 いきなり下の名前で、"君"付けこそしているが呼ばれた事に戸惑う。

だがそれより委員長と呼ばれた彼女の身長が自分と変わらない事にほっとした。

 

「あ~、えぇと、委員長?」

 

 とりあえず、名前が解らないので、二人に習って呼んでみるのだが・・・。

 

「私は委員長じゃないわ。」

 

 委員長と呼ばれているのに、委員長じゃないという少女。

だが、しかし、先程は確かにそう呼ばれていたはず。

 

「え、だって・・・。」

 

 前髪を真っ直ぐに切り揃えたショートカットに、眼鏡・・・。

 

「あれ?」

 

 を、しているように見えたのだが、していない。

思わず自分の目を擦ってしまったが、やはり眼鏡をかけていそうで、かけてない。

 

「あだ名みたいなもの。」

 

 さらりと述べる少女だが、委員長というあだ名がついている以上、クラスの中心人物か、何時も面倒事を押し付けられる、所謂、優等生と推測できる。

 

(というより、じゃ、本当の委員長って誰なんだろう?)

 

 一路の考えももっともだが、今はそれは重要ではない。

 

「じゃ、僕はなんて呼べばいいのかな?」

 

 皆が委員長と呼ぶのは、あだ名である。

現代でいうところのあだ名は、親しみを込めて周りが呼ぶものだ。

しかし、2学年からの持ち上がり組ではない、転入生の一路はいきなりそういうわけにもいかないだろう。

 

「・・・・・・好きに呼べばいいわ。三人共、次は移動教室だから遅れないように。」

 

「あ、ちょっと!」

 

 言いたい事だけを言い、あとは興味がないとばかりに三人をその場に残し、すたこらと教室を出て行く少女。

結局、まともな自己紹介すらしてもらえないままだ。

 

「オマエ、律儀だなァ。」

 

 全はうへぇっと吐くような仕草で一路を見やる。

ある意味で感心しているようだ。

 

「そう?」

 

「まぁな、ま、委員長もああ言ってるし、好きに呼べばいいっしょ。あ、オレは全でいいからな。」

 

「いやいや、好きに呼べって言われても、僕はみんなと違って持ち上がり組じゃないから、彼女のフルネームすら知らないんだけど・・・?」

 

 肝心の情報すらないのも全然解ってもらえない。

人生の内で転校生というヤツになる事など滅多にない事だから仕方ないだろう。

 

「委員長の苗字は漁火(いさりび)よ。元々海の仕事関係の家系じゃなかったかな。」

 

 苗字がそのまま家系の仕事や地位を示すことは、長年その地と共に歩んできたという証拠で、それは一路のいた都会ではほとんどない事だ。

そこには歴史や郷土愛に溢れていて、好感が持てる。

 

「私は芽衣"ちゃん"って呼んでいいからね。」

 

「ちゃんてガラかよ。」

 

「何よ?」

 

 再び口論になりそうな二人をよそに、一路はふとある人の事を思い出していた。

"ちゃん"といえば、魎呼の言っていた台詞。

鷲羽は"ちゃん"付けで呼ぶ事、そして柾木家は自分達の氏を冠した神社の宮司をやっていると言っていた事。

この家系も同じように昔からある一族なのだろうか?

 

「ねぇ、二人共?柾木神社って知ってる?」

 

 なんとなく聞いてみたくなった。

 

「ん?」

 

「柾木神社?東京の?」

 

「ううん、じゃなくてこの辺にあるらしいんだけれど・・・。」

 

 言葉を濁す一路。

彼は神社を見たわけでも行ったわけでもないから、はっきりと述べる事は出来ない。

更に言うなら、あんなアホな出会いのエピソードを二人に語るわけには流石にいかない。

美女に体当たりされて、頭を打って気絶とか末代まで(?)恥だ。

 

「・・・私は聞いた事ないけれど?」

 

 と、芽衣は視線を全に投げる。

 

「うんにゃ、オレも知らん。何かあんのか?」

 

「いや、知らないならいいんだ。」

 

 御神木が山の中にあるのと同じように神社も山の中にあるみたいだし、本当に地元の人間しか知らないかもと推測する。

 

(やっていけるのかな、あの神社・・・。)

 

 しかも、あの大所帯で。

余計な心配である。

 

「気になるなら市立図書館に行ってみりゃどうだ?神社なら昔からあんだし、資料くらいあるべ?」

 

「なかなかいい考えね。アナタにしては。」

 

「ホメるなよ。」

 

 どうやら嫌味だとは思わなかったらしい。

テンポ良く返ってこない怒りの反応に芽衣は何故だか溜め息をつく。

 

「て、ごめん、次は移動教室だったよね、移動しなきゃ。折角、委員長が忠告してくれたのに。」

 

「うぉっ、そうだった。行こうぜ!」

 

「あ、僕、場所が・・・。」

 

「おっと、そうだった。教えてやるから来いよ。」

 

「あ、うん、ありがとう。」

 

「いいってコトよ。」

 

 照れくさそうに頬をかく全を見て、一路はこれからの学生生活に楽観出来るものを少しだけ見出していた。

 

「芽衣さんも。」

 

 一緒に教室移動しようと誘う一路。

彼女はもっと親しく呼んで良いとは行ったが、出会ってすぐにちゃんづけで呼ぶのも躊躇われるものがある。

一路にとっては少々難易度が高かったようだ。

 

「もう、ちゃんでいいのに。先に行ってて、すぐに行くから。」

 

 本人が良いと言っても、流石にすんなりと打ち解けフレンドリーに・・・しかも相手は女子。

 

「遅れないようにね。」

 

「行くべ~。」

 

 芽衣に一言かけた後、一路は全に促されて教室を出る。

置いてかれては迷子になるやも知れないと、心持ち慌ててつつ。

そんな一路が教室を出て行く姿が見えなくなると・・・。

 

「・・・あのコ、どうして・・・。」

 

 その呟きは誰に向けて放たれたものではなく、ただ教室の片隅で誰に答えられる事なく、芽衣の独り言として消えていった・・・。

 




天地無用は偽名を使わない場合、名前で何処の所属が解ってしまうのが難点ですねぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8縁:問題山積、意気消沈。

大晦日ですね。
来年になっても引き続き宜しくお願い致します。


(う~ん・・・やっていけるだろうか?)

 

 一日の学校生活の感想がこれである。

全と芽衣の会話は夫婦漫才を見ているようで飽きなくはあった。

そもそも芽衣だけに限っていえば、全と話している時以外はマトモなのである。

マトモという言い方は相手に失礼だという事を解っていてもだ。

彼女の印象を一言で言うと、お嬢様。

だがしかし、全といる時だけ、あぁなのである。

全のテンションに引きずられているとも言えるかも知れない。

この二人の白熱し続ける言い合いを絶妙なタイミングで委員長が鶴の一言をいれてくれるという展開。

ちなみに今日一日で一路は自分のクラスの本物(?)の委員長を見つけ出す事は出来なかった。

 

「檜山君。」

 

「はぃ?」

 

 そんあ事を考えながら下校をしようとしている一路に声をかけた人物は、彼のクラスの担任である。

 

「どうだった?ウチは持ち上がりだし、田舎で皆昔からの顔馴染みばかりだから。」

 

 クラス内で自分が浮くわけだと一人納得する。

 

「いや、全・・・的田君達がいたから楽しかったですよ。」

 

 それにクラス内で浮いているのはどちらかというと担任の方で・・・。

彼女は教師というものの服装がよく理解していないのか、白のカットソーのシャツに赤いボディコン風のスーツ姿。

 

(これってOKなんだろうか?というより、田舎の学校と思えない・・・。)

 

 都会の学校にすらいない先生の姿だ。

いや、もしかしたらこの人も全の時みたく、都会の学校の先生はこんなカンジと思い込んでいるのかも知れない。

 

「ならいいわ。授業の方はどう?」

 

 どちからといえば、そっちが問題、大問題。

先程のやっていけるかどうかという一路の思いもそれが原因なのだ。

退屈。

寧ろ、苦行。

恐らく同世代の級友の誰よりも。

 

「まぁ・・・特にこれといった問題は・・・。」

 

 流石にそれは言い出せなく、言葉を濁す事で誤魔化すしかなかった。

 

「そうよね、アナタ達の歳じゃ、そんなものよね。教師としてはアレだけれど、私がアナタ達くらいの時もそうだったし。あ、これは他の先生方にはナイショね。」

 

 真紅のスーツは伊達じゃない。

なかなかどうして話の解る担任で良かったとは思う。

 

「まぁ、それはいいとして。」

 

 ぽんっと手を合わせ、さらりと流した後、この次の話題が本題らしい。

 

「他の皆は2年のうちに済ませちゃったんだけど、進路相談があるのよ。」

 

「進路・・・相談?」

 

 当然といえば当然。

一応、彼等は受験生。

これからの事に関して、ある程度の備えや心構えをしなければならない時期なのである。

しかし、困ったのは一路だ。

留年してしまった彼にとって、進学はするにしても試験形式は一般入試しか方法はない。

推薦などは貰えるわけがないからだ。

それと同様の原因から、一路の目標は"卒業するコト"。

義務教育なのだから、卒業なんて普通は出来るだろうというのは、一路にとってはナンセンス以外のなにものでもないのだ。

 

「そうそう、受験するにしても、就職するにしても。不景気な世の中だけれど、田舎のこの町じゃ中卒でも多少は仕事ある方よ?なんたって、私が教師出来るんだから。」

 

 あははと笑うこの教師はきっと卒業しても思い出される側の人間なんだろうなと一路には好感が持てた。

 

「気張り過ぎはよくないって事よ?ともかくそういうのを含めての進路相談なのだけれど・・・その、三者面談なの、ね?」

 

 一路が一人になるであろう下校のこのタイミングに声をかけたのは、"そういう意味"があっての事らしい。

それもこの教師なりの気遣いの一つなのだろう。

 

「あ、えーと、そうなんだろう?とりあえず父に聞いてみます。」

 

「そう?本当やぁね教師って、こんな杓子定規にしなきゃないないんて。」

 

 いくらでも抜け道ややり過ごしようはあるが、一応建前として、そうしなければならないのである。

 

「いいえ、ありがとうございます。」

 

 一路は深々と頭を下げた。

この教師が一年の間自分の担任である事は自分にとって素直に幸運だと思えた。

 

「ん。じゃ、気をつけて帰ってね?」

 

「はい、さようなら。」

 

「はい、また明日。」

 

 ようやく一路の学校生活の初日は終了したのだが、ふと校門から出る時、自分があの担任の教師の名前をド忘れしている事に気づいて苦笑するしかなかった。

 




更新予定の宣言通り、1日2回行進致します。
次の更新は正午。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9縁:拾ったあのコはラッキースター?

ではでは、年内最後の更新です。
良いお年を。


「三者面談か・・・。」

 

 誰に告げるでもなかったが、下校途中の一路はぽつりと呟く。

進学なら、ある程度、中の上くらいのレベルの高校を目指して受験。

就職するにも高専くらいには行きたいところだ。

片親しかいない一路にとって三者面談は難しい。

父は転勤の引継ぎのせいで仕事も忙しく、未だ東京にいる。

そういえば週末を除いて最後に顔をつき合わせてマトモに会話したのは何時以来だろう。

それくらいの忙しさだ。

 

(そんな事よりも問題は今日の夕飯か・・・。)

 

 夕飯は基本的に自炊だ。

日頃、母親の手伝いを積極的にして単純な料理をしていたのが役に立った。

もっとも"おふくろの味"なんてものは、もう一生再現も体験も出来なかったが。

ともかく、一路は学校を出ると食材を求めて最寄の商店街に向かう。

1店舗で何でも揃うスーパーと違って、各専門店が軒を連ねる商店街を一路は意外と気に入っていた。

何より活気や人々の小さな営みが解り易くていい。

家族や生きている人というものを実感出来る気がして・・・。

そんな商店街の活気にあてられる事を期待して。

 

「おばあさん、大丈夫ですか?」

 

「はいはい、どうもありがとございました。」

 

「いえいえ~。」

 

 視界の隅で老婆の手を引く女性。

こういう光景を良く見かけるのも、この町を好きになれそうな理由でもある。

 

(いつか僕も、この町の人間になれるのかな・・・。)

 

 この町の一部に無理なく溶け込めるだろうか心配になる。

勿論、彼自身が目立っている、浮いているという事はないのだが、どうしてもそういう被害妄想じみた気分になってしまう。

被害妄想と自覚していたとしてもだ。

 

「どうしましょ、どうしましょう~。」

 

「?」

 

 思考の先が少々間の抜けた声へと自然と向けられる。

と、同時に。

 

「どうしました?」

 

 思わず声をかけていた。

自分がそうする事で、この町に一歩溶け込める気がしたから。

以前に住んでいた所だったら、一路は声をかけたりはしなかったかも知れない。

それと、もう一つ。

声を上げた女性の美しく褐色な肌と、目の覚めるような金の髪に惹かれて・・・。

彼女も自分と同じで、必死にこの町に溶け込もうとしているように感じられたから。

 

「ふぇっ?あ、あ、あぅ~、さ、財布を・・・お財布を~っ!」

 

「財布?」

 

「私ったら、何処かにお財布を~っ。お、お買い物を頼まれだのにぃぃ~!どうしましょ~!!」

 

 綺麗なマリンブルーの瞳いっぱいに涙を溜めたその女性は、今にも一路の足に縋りついてきそうな勢いだ。

この世の終わりでも来たかのような様子とも言える。

 

「どうしようと言われても・・・。」

 

 自分に振られても困惑な表情をするしかない一路だったが、何故か腹積もりは決まっていた。

そうする事が当然のように、自分には違和感は全く感じない。

 

「じゃあ、僕が立て替えましょうか?」

 

「そうなの、立て替えてもらわないと叱られ・・・ふぇ?」

 

 ひとたりと泣き止み、一路を見つめる海のような瞳。

 

「だから立て替えましょうか?」

 

「い・・・。」

 

「い?」

 

 東京だったら、こんなのは出来の悪い寸借詐欺以下だ。

 

「いいの?!」

 

「えぇ。」

 

「本当に?」

 

「本当に。」

 

「本当に本当に?」

 

「本当に本当。」

 

 いい加減疲れる人だなぁと思いつつ。

 

「あ、ありがとうごじゃいまずぅ~。」

 

 今度は鼻水をたらしながら、本当に一路の足に縋りついてきた。

 

「いや、あの、その、落ち着いて・・・。」

 

 この後、彼女が落ち着いて一路の差し出したハンカチで涙を拭き、あまつさえ鼻をちーんっとかむまでの数十分の時を要した。

お陰で無事に彼女の買い物を済ませる頃には、日が暮れかける頃合いになってしまった。

 

「本当にありがとうございます~。」

 

 気の抜けた声に苦笑しながら頷く。

 

(今日の夕飯はカップ麺かな。)

 

 両腕で大きな紙袋を抱え、ほくほく顔の女性。

 

「それにしても随分と量が多いですね?」

 

 彼女の荷物はそれに止まらず、一路の両腕にもビニール袋が提げられている。

これが一路の夕食を決定付けた原因である。

彼女の買い物量は、一路の財布の許容量ギリギリだったのだ。

 

「そうなの!今日は皆で食べるんですよ~。皆でご飯食べるのは楽しいのよ~。」

 

(可愛い人だな。)

 

 年上の女性に適用する言葉ではないかとは思うが、他の言葉が見つからない。

ただ、財布の許容量限界まで消費した甲斐はあったとも言える。

所詮、男なんてそんな生き物。

女性の笑顔には無条件降伏なのである。

その辺りは、この物語の主題歌が物語って・・・話を元に戻そう。

 

「いいですね、皆でご飯。羨ましいです。」

 

「一路さんは誰かとご飯食べないんですか?」

 

 流石にお金を立て替えたのだ、名前と連絡先は交換しておいた。

一路としては、それこそ寸借詐欺に自ら飛び込んだという気分で、お金が返ってこない可能性を覚悟しての言動だったが、目の前の女性は老婆の手を引くのに夢中で財布を落としてしまうような人間だ。

そしてそんな彼女の弁を嘘だとも思えなかった。

寧ろ、妙に確信を持って信じる事が出来た。

 

「ん~、最近はずっと一人かな。」

 

「あら、まぁまぁ~。それは寂しいわ~。あ、そーだ!一路さんも私達と一緒にご飯食べましょー。」

 

「は?」

 

 ぽっかーんと口を開ける一路。

まさか、こんな展開になるとは・・・。

 

「このお買い物も一路さんが助けてくれたから、出来たんだし♪」

 

「いや、うん、確かにそうだけれど・・・。」

 

 自分がお金を出した食材での食事会(?)に自分が招かれる・・・なんて珍現象。

珍現象以外のナニモノでもない。

だが、相手はそんな事はお構いないといった様子だ。

それどころか、なんて名案というしたり顔をしている。

 

「楽しいですよ~。」

 

 それは楽しいだろう。

こんな可愛い女性と、大人数で食事が出来るというのなら。

 

「でも・・・いいのかなぁ・・・。」

 

 釈然としない。

皆で食べるという事は、家族団欒という事で。

そんな団欒の時間に部外者である自分が、のこのこと入っていいものか。

母親が亡くなり、家族というものがどれ程大事なのか解っているから尚更に。

 

「いいのいいの。て、私が料理を作るんじゃないけど、ずっご~い美味しいの~。」

 

 じゅるりと今にも涎を垂らしそうに表情が緩む。

 

(確かに、一人の夕飯よりは楽しそうだけど・・・。)

 

 カップ麺の夕飯という運命から逃れられるのも魅力的だった。

しかし、しかしだ。

こんな珍現象、あるはずがないと思った彼の考えはある意味で正しい。

何故なら・・・。

 

「解りました。お呼ばれしちゃいます、"美星"さん。」

 

「はい♪お呼ばれしちゃってください、一路さん♪」

 

 意気揚々と一路を先導する美星。

行き先は勿論・・・。

果たして、彼女は一路のラッキースターになるのだろうか・・・。

 




次回も1日2回更新と行きますので・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10縁:善行は巡り巡って・・・。

あけましておめでとうございます。
新年も宜しくお願い致します。


(おかしい・・・。)

 

 バスに乗り、更に歩き始めて数十分。

そして途中から軽い山道での山登りが始まるに至って、ようやく一路は気づく。

この風景が一度見たような気がしてならない事に。

 

(どう見てもこれって・・・。)

 

「さぁ、あの、お家ですよ~。」

 

 そして否応無しに答え合わせが始まる。

 

 

「やっぱり・・・。」

 

 確認するまでもなく、柾木家である。

 

(困ったな。)

 

 まさか翌日も訪問する事になるとは・・。

困り果てる。

 

「砂沙美ちゃんただいま~。」

 

 玄関先で美星が声を上げると、パタパタと置くから足音が聞こえてくる。

 

「おかえりなさ、美星お姉ちゃん。ごめんね、お買い物頼んじゃって。」

 

 耳の上辺りから生えるように下がる2本の髪、ツインテールに薄桃色の瞳。

背丈は小さく、大体小学生くらいだろうか。

白い割烹着の前掛け部分で手を拭きながら、砂沙美と呼ばれた少女が現れた。

 

「全く、みんな面倒くさがってお買い物行ってくれないんだもん。今日はノイケお姉ちゃんもいないのに。砂沙美お夕飯の支度あるし、荷物沢山持てないし・・・あれ?お兄ちゃん誰?」

 

 一通りの愚痴を吐いたところで、ようやく一路の存在に気づく砂沙美。

 

「あ、えと、一路って言います。えぇと・・・阿重霞さんの妹・・・さん?」

 

「お財布失くして困ってたのを助けてもらったのー。」

 

 名乗った一路にすかさずのフォローを入れる美星。

一路の発言と全く関係ないのが彼女らしい。

 

「お財布?ここにあるのは?」

 

 玄関の横、靴箱の上に置かれた財布・・・。

 

「へ?・・・い、い、一路さんっ!お財布ありましたーっ!!」

 

「は、はは・・・良かったですね。」

 

 かくして美星はお金も持たずに目的の物を手に入れ、しかも1円も失う事なく、一路をピンポイントで一本釣りしてきたという結果になるわけだが・・・。

 

「一路お兄ちゃん?」

 

 一路の名を確信して見つめる砂沙美。

どうやら、お兄ちゃん・お姉ちゃんという呼び方は、彼女にとって目上の者を"さん"と呼ぶのと同意義の敬称兼親称らしい。

 

「うん?」

 

 砂沙美の視線に合わせて膝を折る。

彼女もそれはそれは愛らしかった。

 

「どうして砂沙美が阿重霞お姉様の妹って分かったの?」

 

 そこが不思議だったらしい。

 

「だって似てるよ?砂沙美さんと阿重霞さん。髪の色とかは違うけど、なんとなく、うん、似てる。」

 

 砂沙美の方が、無邪気さの中にどことなく高貴な感じがするけれどという言葉を一路は飲み込む。

あまりに阿重霞に失礼過ぎる。

 

「そっか砂沙美似てるのかぁ。砂沙美、最近お姉様に似てるって言われる事ないから。」

 

 確かに髪形も髪の色も違う。

瞳の色も微妙に。

しかし、一路には姉妹に思えたのだ。

自分でも外見が似ているかという風に問われたら、年齢差もあるが似ているとまで断言できないと思うのに、だ。

もっとも、阿重霞はとある事情で髪を染めたり、遺伝子レベルで調整したりしているし、砂沙美は砂沙美で生まれた頃のままと同じ砂沙美ではないのだが、当然ながら一路は知るところではない。

 

「雰囲気はもう一人のお母様に似てるって良く言われるのになぁ。」

 

「もう一人のお母様?」

 

 な、なにやら複雑そう。

そう感じた一路は、これ以上深く追求するのをやめる事にする。

少々の反省をしつつ。

しかし、これは一路のちょっとした勘違いで、彼女の国では一夫多妻が許可されているのだが、これも一路の知るところではない。

 

「んだよ、うっせぇな。オチオチ昼寝も出来やしねぇじゃねぇか。」

 

 さて、どう会話を続けたらいいものかと思案し始めた一路の前に昨夜見た顔が・・・。

 

「魎呼さん!」

 

「んぉ?ぬぉっ!一路じゃねぇか!どした~?寂しくなってアタシに会いに来たのかぁん?」

 

 一路の顔を見るなり、寝ぼけ眼を一蹴してアルカイックスマイルで彼を迎え入れる。

 

(・・・今、魎呼さん、宙に浮いてなかったか?)

 

 そんな馬鹿な、疲れているのか自分と目をしばたかせる。

そういえば、初遭遇(?)の時も空から落っこちて来た気が・・・今思えば、あれも何だったのだろうか?と。

 

「どした?何かあったのか?」

 

 さては学校で、今流行りのイジメとやらに遭遇したのだろうかと首を傾げる魎呼の様子に慌てたのは一路の方だ。

 

「いえ!その、偶然、美星さんと出会って・・・まぁ、その、夕飯に誘われて・・・来ちゃいました。」

 

 話が長くなりそうになったので、簡潔明瞭に前略、中略で結論のみを述べる。

 

「そうそう、誘っちゃったの。お呼ばれ、ね~?」

 

 るんるん気分で、一路の言葉の補足にすらならない言葉を投げかけて、ね~っと同意を促す。

ただ、同じ事を言ってるだけである。

 

「みぃ~ほぉ~しぃ~っ!」

 

 突然、低く唸るような声色で、魎呼が呟く。

俯いた顔で表情が見えないが、どう考えても怒っているようにしか思えない。

 

「はぃ~ッ!!ごめんなさぁ~いっ!!」

 

 理由もよく解らぬまま、魎呼の怒気(?)に負けて美星は思わず直立不動で謝ってしまう。

特に今までの流れで魎呼が怒るような要素は無かったはずだ。

 

「でぇかしたぁっ!」

 

「はひぃ?」

 

 半泣き状態の美星が、ぽか~んと呆けながら魎呼を見る。

 

「今回ばかりは、良くやった。いやなァ、一路が学校でうまくやれてるかアタシも気になっててよ。」

 

 完全に美星の謝り損である。

 

「それは、心配させてごめんなさい。」

 

 魎呼が気にかけてくれた。

それが一路にとってはこそばゆくて、そしてどんな反応をしたらいいのか解らずに謝ってしまう。

 

「なぁに、アタシが勝手に気になってただけさ。ま、それはメシをでも食いながらだ。砂沙美~メシは~?」

 

「まだまだだよ。だって今、美星お姉ちゃんが夕飯のお買い物してきてくれたばっかりだもん。」

 

「あ~?ちぇ。んじゃ、どうすっかな?」

 

「あのォ~?」

 

 夕飯までの間、何をして時間を潰そうか思案する彼女の脳裏には、夕飯の準備を手伝おうという気はさらさらない。

そんな魎呼にまたまた恐る恐る美星が手を上げる。

まるで肉食獣を目の前にした草食動物、蛇に睨まれた蛙の如く。

どちかがどちらかかは、説明するまでもないだろう。

 

「お夕飯が出来るまでの間、一路にはお風呂に入ってもらって待ってもらうってのはどうでしょ~?」

 

「お風呂?」

 

 夕食後に入浴する派の一路にとっては、予想もしなかった展開だが、当事者であってもこの家の者ではないので、それ以上は何も言わないようにした。

 

「そうお風呂~。ここのお風呂は大きくてすっごいんですよ~。何たって、お空に浮い゛っ?!」

 

 ずごんッ!

と盛大な音がして、美星の顔が床に打ち付けられた。

いや、めり込んでいるかも知れない。

 

「りょっ、魎呼さん?!」

 

 突然、魎呼が拳を美星めがけて振り下ろした事に一路は目を白黒させる。

何が起きたか解らない、まさに電光石火の一撃。

 

「あぅ~。」

 

 殴られた頭を擦りながら、頭を起こす美星の首にすかさず魎呼は腕を回し、ヘッドロック。

そのままの体勢で美星の耳元に囁く。

 

「ばっか、オメェ、そんな事言ったら、アタシ等が地球人じゃねぇってバレちまうだろ。地球の風呂は空に浮かんでなんかねぇだろうが。」

 

「え?一路さん、何も?」

 

「知らねぇよ!」

 

 ごにょごにょと囁き合いながら、魎呼と美星が一路を見ると、何が起きたのか理解出来ていない為に首を傾げている。

 

「まぁ、なんだ、その風呂に入るのはいいかもな。」

 

 とりあえず、風景だのなんだのは鷲羽がいるからなんとかなるだろう。

他にする事もないのは確かだ。

そう判断した魎呼は、一路に入浴をススメる事にした。

 

「でしょでしょ。じゃあ、私はお背中を流しぼっ?!」

 

「ウチは混浴温泉じゃねぇ。」

 

 2発目の鉄拳は頭から煙が出ているように一路には見えた。

音も何やら重く鈍い。

当たってはいけない一撃のように見える程。

 

「くすんっ。だって魎呼さん何時も天地さんにぃ~。」

 

「それとこれは別だっ。一路の教育に良くねぇだろ?」

 

「魎呼さん?」

 

 ぱちくりと瞬きを繰り返しながら、美星は魎呼は見る。

そして同じように彼女を見る視線が・・・。

 

「りょ、魎呼お姉ちゃんが・・・"変"になっちゃった・・・。」

 

 砂沙美である。

酷い言われようだが、普段の魎呼の言動からしてみれば、十二分に異常な発言なのだ。

 

「オマエ等なぁ~・・・もういい、ちょっと鷲羽に風呂が大丈夫か聞いてくっから待ってろ。」

 

 宙に浮いている風呂という事実をなんとかしに。

その後ろ姿を美星と砂沙美、一路が見つめる。

二人は訝しげに、一路は首を傾げたまま。

ちなみに魎呼が鷲羽の部屋に入ると、何処かで一部始終を見ていたのか、腹を抱えて笑い転げる鷲羽が彼女を待っていた。

 




本日も更新予定通り1日2回更新になります。
引き続きお楽しみください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11縁:天地と女湯遭遇戦?!

評価の数値がイマイチ良く解らない今日この頃ですが、どうでしょうね、面白いのかイマイチ不安です・・・。


 結局、突貫即席で鷲羽の工作は終了し、言われるがままに一路は風呂場の脱衣所に案内された。

旅館で見るような暖簾に"天地"・"女"と下げてある二つの入口。

 

(天地?あぁ、ここに入る男の人って、天地さんしかいないって事か。)

 

 女性達の中に男が一人。

勝仁がいるとはいえ、不便とかないのかなぁと、ぼんやり思う。

想像が出来ない。

そして、やはり天地への興味が再び湧いてくる。

魎呼、阿重霞、鷲羽に砂沙美、そして美星。

自分には優しくしてくれる人達ばかりだが、タイプの違う人間達の中に性別の違う男が一人。

きっとそれなりに大変なのだと思う。

 

(想像出来ない。)

 

 女三人寄れば姦しいという言葉があるくらいだ。

きっと男のそれとは比べ物にならないに違いない。

そう考えると、逆に男湯に一人というシチュエーションは心休まる場所と言えるのではないだろうか?

あとは、トイレくらいなものだろう。

朝にトイレで新聞を読む父親の哀愁が理解出来たような、出来ないような・・・。

 

「ま、いっか。」

 

 思考を早々に放棄して、さっさか脱衣所で服を脱ぎ、脱衣籠に入れる。

そして、浴場へと続くガラスの引き戸を開けて・・・硬直した。

 

「・・・・・・広ッ?!」

 

 そこには旅館の岩風呂かと見まごうばかりの広さもある立派な浴場があった。

いや、それよりも大きい。

一路が寝起きしている部屋の一体何倍の広さがあるのだろう。

 

「・・・・・・田舎の土地事情って・・・東京と比べ物にならないんだなぁ・・・。」

 

 由緒正しい歴史あるであろう神社の神主を代々務めている家なのだから、広い土地や家を持っていてもおかしくはない。

それに大家族だし、御神木だって広い山の森の中にあったのだから。

そういう分析の元、勝手に解釈した一路はかけ湯をして、ちょっぴり幼い頃のワクワク感を持って湯船に足を沈める。

 

(・・・泳いだら・・・怒られるよ・・・ね?)

 

 誰も見ていないが、人の家という事でなんとかその誘惑を振り切る。

勿論、公衆浴場で泳ぐのはマナー違反なので、良いコの皆は真似しないように。

 

「それにしても・・・。」

 

 何処からか滝のように流れ落ちてくるお湯を横目に一路は辺りを眺めながら歩く。

困った事に湯気で視界が良くない。

だが、まるで露天風呂のように広く、随所に植物が生えているようにも見える浴槽は、一向に終わりが見えてこない。

 

「おい、魎呼。何度言ったら解るんだ、勝手に男湯に入って・・・あれ?」

 

 ふいに湯気の向こうから声をかけられて、一路は無言で驚く。

 

「君は・・・?」

 

「あ、その一路って言います。あなたは・・・天地さんですか?」

 

 男湯の向こうから現れた丸顔の青年に驚き、思わず後ずさる。

男湯なのだから、男が入浴している事に何の問題もない。

それは脱衣所に入る前に自分でも考えていた事だ。

 

「っと、うわっ?!」

 

 後ずさったまま、たたらを踏んだ一路は、そのままバランスを崩して後に倒れる。

なんとか手をつき、お尻をしたたかに打ちつけ、しぶきが高らかに上がるとそのまま頭に被った。

 

「だ、大丈夫かい?」

 

 眉をハの字にさせた青年が心配顔で、一路へと手を伸ばしてくる。

彼を助けようとする手。

その手はどう考えても一路を立たせようと差し伸べられた手。

柾木 天地という青年は、どの田舎にもいる普通の青年のようにしか見えない。

だが、一路が天地に抱いた印象は・・・。

 

「うわぁぁーっ!!」

 

 無意識の内に自分に差し伸べられた手を打ち払う。

 

「な?!」

 

「どうした一路?!何かあったか?!」

 

 思わぬ反応に驚く天地、そして一路の叫び声で女湯から壁をすり抜けて駆けつける魎呼。

二人の声に反応出来ずに背中にゾワリと這うような気持ち悪さと震えに耐えるしか出来ない。

 

"恐怖"

 

 純粋たる恐れ。

それが天地への印象。

 

「天地、一体どうしたってんだよ!」

 

「それが、オレにも・・・。」

 

 ただ単に手を貸そうと・・・さっぱりと解らない表情を浮かべる。

 

「大丈夫か?一路?」

 

 反応のない一路の肩を掴んでゆっくりと身体を揺らす。

 

「え、あ、ちょっと、急に・・・出てきたよに見えたから、驚いちゃっ・・・てって、魎呼さん?!」

 

 その場をなんとか取り繕うとした一路だったが、今度は女湯にいたはずの魎呼が男湯にいる事に驚く。

 

「ん?」

 

 魎呼にしてみれば、入浴している天地へちょっかいを出そうと何度も男湯に侵入しているので、特に違和感があるはずもない。

 

「魎呼、んー!」

 

 無言で女湯へGetout、出て行けと強く促す天地。

この辺も彼の優しさというより、空気を読めという圧力。

流石にタオルを全身に巻いて、何時もよりかは大分空気というか、一般常識的なものを配慮した格好ではあったが、思春期ド真ん中の一路には良ろしくない。

しかし、そこは魎呼なのだ。

誰が何と言おうと、魎呼は魎呼。

 

「あん?大丈夫だって、一路の背中を流してやろうと思って、ちゃ~んとこの下に水着着てっからよ。」

 

 どうだ?ちゃんと考えてんだろ?とご開帳よろしくピラリとバスタオルを両手で開き、勝ち誇る。

赤いハイレグの水着、チラリと見えるおヘソが可愛いぜな魎呼。

もう色々と台無しである。

一路は当然、天地も開いた口が塞がらない。

ただ耐性(?)がある分だけ、天地の再起動の方が早かった。

 

「ほら、魎呼、彼が困ってるだろ。」

 

 一路が困るという方向性で説得を試みる辺り、なかなか小細工が効いている。

 

「ん?そうなのか?」

 

 じっと自分を見つめる魎呼の視線に、ここでようやく一路も再起動する事が出来た。

 

「ちょっと、僕には刺激的かと・・・。」

 

 目のやり場に困っているのは確かなので、天地の後押しに反論することなく、かつ魎呼を傷つけないように配慮した一路であったが・・・。

 

「しゃーねぇなぁ、折角着てきたのに。なら、これならいいんだな?」

 

「はい?」

 

 言うや否や、素早く再び身体にバスタオルを巻きつけ、がっしりと一路の腕を取る魎呼は、そのまま強引に一路の腕を引っ張る。

 

「じゃま、天地。そーゆーコトで♪」

 

「うぇっ?!あ、ちょっ、ちょっと?!」

 

 抵抗らしい抵抗も出来ぬまま、一路は浴場の出口に向かって連れられて行く。

 

「オイ、魎呼?」

 

「大丈夫だって、女湯は今誰も入ってねぇから。」

 

「女湯?!」

 

 その言葉に更なる抵抗をしたくとも、自分を引っ張る力は尋常じゃない。

水飛沫を上げながら、されるがままで、腰に巻いたモノを飛ばされないようにするのが精一杯。

頼みの綱、肝心の天地は、最早諦めたような表情でこちらを見ているという事は、恐らく助けるつもりはないという事なのだろう。

 

(というか、手を合わせられたっ?!)

 

 そこも魎呼に慣れたものである天地は、一路を不憫に思いながらも自分に出来る事をするしかなかった。

すなわち合掌。

 

「ホント、突っ走ったら一直線なんだよな、魎呼は。」

 

 素直じゃなくて純情で一途。

やると言った事はやる。

有言実行の女、魎呼。

 

「でもまぁ、それも魎呼だけじゃないか。」

 

 なんだかんだいって、柾木家・・・いや、天地の周りにはそういった女性が多い。

 

「すまないねぇ天地殿。バカ一直線で。」

 

「まぁ、それも魎呼の良いところいうか、なんというか・・・。」

 

「?」

 

「って、鷲羽ちゃん?!」

 

 先程の魎呼に対して一路が返したような反応とたいして変わらぬ反応で、天地は驚く。

ある意味、男ってこんなものかも知れない。

 

「ま、アノ子のお馬鹿さ加減は別としてだね。問題は一路殿のあの反応さ。」

 

 天地に対しての拒絶に見える反応。

これが魎呼に対する淡い恋心から来る天地への嫉妬とかならば、あら、思春期ね、蒼い春だわと微笑ましく全力でからかうのだが、どう考えてもそうでないのは明らかだ。

 

「特に・・・悪いコには見えなかったですよ?」

 

 天地はフォローを入れるのは勿論、本当にそう思っているからなのだが・・・。

 

「あのね、天地殿?目上の者の経験上から言わせてもらうとだね、本当に悪意のあるヤツってのは、そんなものカケラも表に出しゃしないのさ。」

 

 本当の悪意・攻撃性は、気づいた時には絶対絶命の状況になっているものだ。

だからこそ恐ろしいし、十二分に警戒しておく必要がある。

 

「とは言え、私も天地殿の言う通り、あのコがそういうコには見えないんだけどねェ・・・だから余計に気になるんだよ。」

 

「はぁ。そんなものかな?」

 

「そんなもんさ。さて、魎呼が一路殿の背中を流すってんなら・・・。」

 

 ニタリ。

そう笑って鷲羽は天地の方に意味あり気な目線を送る。

 

「私は天地殿の背中を流すとしょうかね。」

 

 ふっふっふっと・・・。

 

「い?!いや、俺は遠慮してきますって!」

 

「大丈夫、大丈夫。メカは使わないから。あ、大人ボディの方がイイ?」

 

 その笑みは益々もって凶悪さを増すのだが、天地はこれで先程鷲羽が言った、本当の恐怖とはという意味を身を以って知る事になるのだったりもする・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12縁:慣れる事と忘れる事。

今までずっと大体近い文字数で作る方式でやっていたのですが、この天地無用は各話の字数にバラつきがあります、ご了承下さい。
最低文字数は2000字くらいを目安にしてるつもりなんですが・・・。


(え、えらいメに合った・・・。)

 

 一路はげんなりしながら居間へ続く廊下を歩いていた。

女性にはありえない程の腕力で、男子浴場→同脱衣所→廊下→女子脱衣所→女子浴場。

そして湯船にドボン。

投げ込まれた。

それでも股間にあった最後の砦、その布を手離さなかった自分を褒めてやりたい。

そのまま、されるがままに背中を洗われ、次に前をというところで何とか断るという名の逃亡が出来た。

魎呼は気にすんなと言っていたが、一路が気にする。

 

「何というか、ここの人は大らかというか・・・。」

 

 常識というもののラインがあやふやな気がする。

大家族で賑やかなのは羨ましい限りだが、限度がある。

 

「少年よ、また何やら悩んでいるようじゃの。」

 

 悩んでいるという程のものでもなかったが、廊下で立ち止まっていた一路を見て、勝仁はそう感じたらしい。

 

「あ、いや、悩んでなんかは・・・。」

 

「なんかは?」

 

「えぇ~と・・・。」

 

 何故だかこの人には隠し事がしづらい。

一路自身、余り嘘をつくという事そのものが苦手であるが。

それを差し引いてもだ。

 

「ここの人達は自由というか、なんというか、じょうし・・・あ、個性的だなと。」

 

 思わず"常識外れ"という単語を飲み込み、置き換える。

一応当たり障りのない言葉にしただけで嘘はついていない。

 

「個性的という範囲におさまるんじゃったらいいがのぉ。」

 

 顎に手をあて、一路の気遣いを易々と打ち砕くのだが、これもまた本当の事なので、一路には抗し難い。

 

「でも、賑やかなのはいいですよね。」

 

 家の中、部屋、何処かしらに誰かがいて、声がする。

それは一路にとって羨ましい事、このうえない。

 

「確かに。あのコ等が来るまでは、ワシと天地とその父の三人だけじゃったからの。」

 

 となると、ここにいる女性陣は皆、他所からやって来た事になる。

 

「男ヤモメってヤツですか?」

 

「うむ。それはそれで自由、勝手気ままではあったがの、人というのは慣れる生き物でなぁ。今じゃ、この騒がしいのもないとなんとやら・・・。」

 

 勝仁は思う。

彼は天地のもう一つの姿、といっては言い過ぎだが、もし母が亡くなった時の天地が一路のような境遇だったらば。

ふとした時にそういう思考に傾いてしまう。

 

「慣れちゃうんですか?」

 

 この騒がしさに慣れてしまえるのも、それはそれで凄い事なのではないかと思わず苦笑する。

 

「忘れれると慣れるのは違うんじゃよ。無論、どちらが一概に正しいとは言えんでな、時と場合によるのは、まぁ、何でもそうじゃな。」

 

 それがどんな事でも。

そう続けた。

要はどのようにして折り合いとつけるか。

亡くなった者はもう戻って来ないのだから。

 

「・・・覚えておきます。」

 

「臨機応変。大事なのは柔軟な脳ミソってヤツだネ。」

 

 並んで廊下に立っていた勝仁と一路の後、そこに鷲羽が立っていた。

 

「の、脳ミソなんですか?」

 

「そそ、というコトで、ぴっちぴちな灰色の脳細胞を保つ為にきちんと栄養を摂取しようじゃないのサ。」

 

 どうやら夕飯の用意が出来たので、二人を呼びに来てくれたらしい。

 

「砂沙美ちゃん特製の夕飯だよ。」

 

 二人を促す。

その背を見て、一路はやはり思うのだ。

賑やかな家族というものは楽しいものなんだと。

何せ、男三人、女四人の七人で夕飯なんて、一路にとっては初体験だ。

一路の脳内にある正しい田舎の食卓とはこうなんだろうなというイメージ、そのままの食卓が一路を待っている。

温かくて、湯気を立てた沢山の料理、途絶える事のない会話と笑顔。

 

「おぉ~、一路~こっちだこっち、早く座れ。ハラ減っちまってよ。」

 

「すみません、魎呼さん。」

 

 待っていた魎呼の隣には一人分の空きがあって、招かれるがままに一路はそこに座る。

 

「全く、食い意地が張ってますわね。」

 

「今日も元気だメシが美味いってな!」

 

 がははと笑う魎呼は既にアルコールが入っているのだろうか、上機嫌で阿重霞の嫌味も耳に入らない。

これには阿重霞だけでなく、近くに座っていた天地も呆れ顔だ。

 

「まぁ、一路君も冷めないうちに食べてよ。」

 

「あ、はい。」

 

 呆れ顔をしつつも、一応家長(勝仁もいるが)の天地は一路に料理を勧める。

天地におどおどと視線を合わせた一路には、先程の浴場で感じたような事はもうなかった。

 

(普通に良い人だよなぁ。さっきのなんだったんだろ?)

 

 あんな風に感じた事など一路もなかったし、もう二度と味わいたくないのが本音ではあるが、それよりも気になるのは目の前の御馳走である。

 

「いただきます。」

 

「どうぞ♪」

 

 打てば響くような返事。

もうどのくらいその声を聞いてなかっただろう。

その声に押されるように箸を取り、ゆっくいと目の前の料理を口に運ぶ。

そんな様子を料理を作った砂沙美だけなく一同が見守る。

 

「・・・おいしい。」

 

 なんと評したらいいのだろう。

これぞ手作り、家庭の味。

一言で言うとそんな・・・。

 

「良かった♪まだ沢山あるから、一杯食べてね。一路お兄ちゃん♪」

 

 砂沙美のその言葉に後押しされてか、一路は二口三口と食を進めてゆく。

その様子を見て、勝仁は微笑みながら手酌で注いだ酒を呷る。

他の者も思い思いに食事を開始して、その全てが笑顔だった。

それを眺めているだけでも、一路は幸せな気分だった。

母の事を忘れたわけじゃない。

忘れる事と慣れる事は違うし、どちらも間違いでも正解でもないのは、もう知っているから・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13縁:どちらも泥舟?!

実は実話です(?)作者の呟き:実は天地無用関連書籍、一冊も持ってません!
信じるか信じないかはアナタ次第です(謎)


「ところで一路殿?」

 

 食事も一段落した頃合いを見計らって鷲羽は声をかける。

途中から料理のあまりの美味しさに夢中になり、黙々と食べてしまって一路は少々食べ過ぎた腹を擦りながら鷲羽を見る。

 

「転入した新しい学校はどうだい?何か困ったりしてやしないかい?」

 

「お?それはアタシも聞きたかったんだ、どうだ?学校てヤツは。」

 

 ホロ酔い加減の魎呼は身体を支え切れなくなったかのように一路の肩に腕を回す。

軽いホールドなのだが、全く逃げられる気がしなかった。

 

「特には・・・。」

 

「ご学友はどうですの?優しくしてくださってます?」

 

 食後の日本茶を啜りながら、阿重霞がすかさず重ねて問う。

 

「よもやイジメなど受けたりは?最近のイジメというモノは陰湿と聞きますし。」

 

 さも知ったようなクチで聞くのだが、これは日々のワイドショーと、誰にも見られずにこっそりと調べていたからだったりする。

 

「あ゛ぁっ?!んなヤツはこの魎呼サマがブッ飛ばしてやっから心配すんな~。」

 

 ガックンガックンとか一路の首を振る魎呼にされるがままになりながら、何とか丁重に、機嫌を損ねずに断る。

でないと本気で木刀か何かを振り回しながら学校に乗り込んできそうだと思ったからだ。

実際は、それ以上の尋常ではない規模の破壊活動が待っているのだが。

 

「クラスメートは皆いい人達で、色々と気にかけてもらってます。」

 

 それに級友達は、学年が一緒でも年齢から見てみれば年下なのだ。

ちょっとした事では一路も怒ったりする気にはなれない。

担任も自分に気を遣ってくれていたようだし。

 

「ちょっと質問責めには苦労しましたけれど。」

 

「あ、それ解るなぁ、オレ。」

 

 傍観していただけの天地がふいに口を開く。

 

「自分の知らない、行った事のない所から来たってだけで興味が湧くから。オレの知らない何かを知っているって事じゃない?」

 

 宇宙にすら出た事のある者の発言とは思えない言葉だが、この素朴さが天地なのである。

 

「そういうものですか?」

 

「オレはずっと岡山のこの村暮らしだしね。気にならないって言ったら嘘になるかな。」

 

 ずずぅっと茶を啜る天地に一定の理解を示す一路だったが、他の皆は先程の理由から半ば呆れている。

気にしていないのは美星くらいのものだ。

 

「でも、お陰で何人か友達が出来ましたし・・・。」

 

「あらぁ~良かったです♪このまま友達100人できるかなでいきましょ~。」

 

 美星でなければそこそこ良い発言、シャレに取られたかも知れないが、残念な事に美星だ。

全部、本気。

 

「そいつは女か?えぇ、ヲイ。」

 

 最早、魎呼は完全に悪い酔いしているとしか思わない。

下品に小指を立てて、うりうりと一路に見せつけている。

 

「魎呼・・・。」

 

 見兼ねて注意する天地の声も全く耳に届かない。

 

「え、えぇと両方です。」

 

「それは良かったね、一路殿。」

 

「はい。初日から仲良く出来たのは嬉しかったかも。」

 

 一路自身も最初が肝心と思っていたが、その懸念は運良くいい方向に解消されたと思う。

 

「あ、でも・・・。」

 

「でも?」

 

 一日を振り返って、そう言えばと思い出した事。

 

「皆はクラスが持ち上がりだったから済ませたらしいんですけど・・・。」

 

「何だ?どーしたってんだ?」

 

「何かお困り事でも?」

 

「い、いや、二人共・・・近い。」

 

 ぐぃっと阿重霞まで乗り出してくるとは思ってなかった。

少し、いい匂いがする。

着物を着ているからお香か何かの香りだろうか。

 

「で、何だい?」

 

「あ、えと、進路相談なんですけど、三者面談らしくて・・・。」

 

「サンシャメンダン?」

 

「三者というと?」

 

 魎呼と阿重霞の二人にハテナマークが浮かぶ。

天地は学校を途中で止めてしまっていたので、二人がそういう単語を聞いた事がなかった。

大体、阿重霞は皇族だし、魎呼にいたっては学校にすら行っていない。

そのせいかこの二人には、そんな知識を仕入れる機会がなかった。

 

「あぁ、面倒だよな。ウチはじっちゃんがいたし、それに神社の宮司になるって言えば大丈夫だったからなぁ。」

 

 同じ片親である天地にとっては身に沁みた出来事だ。

親が仕事していると余計に面倒になる。

今はここにはいない天地の父は比較的子煩悩で、在宅でも仕事が可能だったし、祖父である勝仁がいたからなんとかなったが、一路はそうもいかない。

 

「父君はダメなのかの?」

 

「あ、父はまだこちらに引っ越してきてなくて、まだ東京に・・・。」

 

「え?じゃあ、一路お兄ちゃんご飯とかは?お洗濯は?」

 

 家事に気が回るとは、柾木家の家事を担う砂沙美らしい。

 

「え?洗濯はしてるよ?普段は部屋干しだけど・・・ご飯は、うん、今日、久し振りに美味しいモノを沢山食べられたかな。」

 

「うぼぁ~っ、いけましぇんよ~一路ざぁ~ん。ちゃんと食べないと死んぢゃいます~。」

 

 変なスイッチが入ってしまったのか、唐突に美星が泣き出す。

それはもう滂沱のように目から鼻から水分が。

 

「いやいやいや。」

 

 その余りの変貌ぶりに引きつつ、なんとか美星を宥めようと試みてみるが、一向に治まらない。

 

「毎日インスタント麺は嫌なのぉ~っ。」

 

 インスタント麺?

今の会話の流れの何処にそんなワードがあっただろうか?

いや、確かにレトルトやレンジでチンとか、そういった類いのモノが多いは多いのだけれど。

 

「ありゃぁ~、コリャ、何か変な貧困トラウマのスイッチでも押したかね。」

 

 恐らく今の彼女の脳裏には、地球に来て間もない頃の貧乏生活がリフレイン再生されているのだろう。

とうとう嫌々と泣きながら激しく首を振り始めた。

末期症状寸前か?

 

「美星お姉ちゃん、別に一路お兄ちゃんは何も食べてないワケじゃないから。」

 

 埒が明かないと、砂沙美が宥め始め、絶妙なタイミングでティッシュを差し出すと、美星が鼻をちーん、ずびずびと・・・。

年下の、それこそ小学生に慰められる大人の女性。

一路から見れば実にシュールな光景である。

 

「で、なんだったかね?あぁ、そうそう三者面談、三者面談。」

 

 美星が泣き止んだのを各にしてから、何とか脱線した話題を鷲羽が戻す。

 

「だからなんなんだよ、サンシャメンダンって。三発の弾を避けるテストかなんかか?」

 

 一瞬の間。

そして、×三射面弾→○三者面談の構図がようやく完成して・・・。

 

「って、解りにくいボケをカマすコだね、このコは。いいかい?三者面談ってのはね、クラスの担任と生徒と親の三人で今後の進路とか勉強方法を現状の成績を見ながら話し合う事だよ。」

 

「なぁ~る。あれ?でも、一路、今・・・。」

 

 ようやく問題の核心を理解したらしい。

本当、ここまで来るのが長かった。

 

「仕方がありませんね。」

 

 すっくとその場に立つ阿重霞。

 

「仕方がないだと?!阿重霞、オマエなんて冷てぇ事を!」

 

「不肖この阿重霞、一路さんの御両親代理として、その三者面談に望ませて頂きます!!」

 

 くわっと見得を切って、高らかに宣言する阿重霞。

食卓に夕食の食器類がなければ、そこに足を上げて歌舞伎ばりの大見得を切っていたかも知れない。

 

「一路さん、この阿重霞が一肌脱いでさしあげますから、大船に乗ったつもりで安心してくださいな。」

 

 先程まで三者面談の意味すら知らなかったとは思えない言い様だ。

それでも自信満々に任せろと言ってのける阿重霞は凄いと言い切れる。

 

「ばっか、オメェ、泥舟の間違いだろ?阿重霞なんかに任せられるわきゃねーだろ!」

 

 酒の酔いも覚めたとばかりに阿重霞に食ってかかる。

天地と一路に関しては、阿重霞に譲る気は全くない。

 

「一路の三者面談はアタシが行く!」

 

 持っていた一升瓶を食卓をどんっと置き立ち上がると、阿重霞に中指をおっ立てちゃう魎呼ちゃん。

 

「そっちの方がよっぽど泥舟ですわっ!出港すら無理無理無理。」

 

 お話にならないですわ、はんっと鼻であしらう阿重霞に一歩も引かない魎呼。

その様子をぼけっと見る天地。

普段だったら天地が止めに入るのだが、タイミングを完全に逸した。

争いごとの原因は大半が天地に関して、これが柾木家の日常の光景。

それならば天地だって止めに入れたのだ。

しかし、今回の原因は一路の事で、張り合いの理由も天地を奪い合う嫉妬でもライバル心でもない。

基本的に母性と良心というものが先行しての、何時もと微妙に違う現状についぼけっと眺めてしまっていたのである。

 

「こほん。天地、呆けておると足元すくわれるぞ。」

 

 勝仁のこの一声にようやく我に返る始末。

勝仁も自分で止めないで、天地に止めさせようとするところがどうしてなかなか狡猾である。

まぁ、天地命の二人の事だ、天地が止めに入るのが一番効果的なのはその通りなのだが、困った事に天地の仲裁はあくまでも公平にどちらか一方の味方にならないようにしなければならない。

でなければ、必ずどちらか一方が拗ねる。

拗ねるだけならば良い。

下手をすると、被害は拡大するどころか更に大きな問題へと発展するのだ。

天地の脳裏に【瀬戸大橋、謎の崩壊!!】という新聞の一面がチラついたりチラつかなかったり・・・。

 

「二人共、いいかげ・・・。」

 

「アンタ達、いい加減におし!」

 

 言いかけた天地の言葉を遮ったのは鷲羽だった。

 

「全く。そんなに引っ張ったら、子供の両腕が抜けちゃうだろ?」

 

 魎呼と阿重霞が互いに喧嘩をせず、大人しくなる事の一つにTVというものがある。

その中の時代劇であった有名な一幕だ。

 

「だってよォ・・・阿重霞が・・・。」

 

「魎呼さんが・・・。」

 

 どちらも養母でも生母でもないのが、ある意味非常に問題だ。

譲り合う事をしないのだから。

 

「一路殿を無視してそんな話をして、困ってしまうだろ?」

 

「そうだ!一路に決めてもらえば!」

 

「リョーコ。」

 

 メッと睨みつける鷲羽にあっという間に勢いが殺がれてシュンとする。

これが正しい母と娘の教育というものだ。

 

「いいかい?一路殿にとって、いや、誰でも家族というものは大切なもんなんだよ?代わりなんていやしないし、誰もなれやしない。それを軽々しく、しかも本人の意思を無視して、代理だの何だの、呆れて物が言えないよ。」

 

「言ってんじゃん。」

 

「リョーコ!じゃあ、アンタはある日突然、天地殿の代理でーすって輩が来て納得するのかい?阿重霞殿は?アンタ達がやってるのはそういう事なんだよ?」

 

 家族や絆、それがどれだけ大事なものなのかを一番に理解しているはずの二人の無神経さに腹が立つ。

 

「えと、あの、僕なら別に怒ってないです・・・その二人とも助けてくれようとして言ってくれたと思うし・・・その少し嬉しかった・・・です。」

 

 腕を組んで憤慨している鷲羽の勢いに負けながら、おずおずと一路が口を挟む。

確かに母や父の代わりなどはいない。

鷲羽が言った事は正しいと思った。

でも、数日前まで土地勘も知り合いすらもいなかった自分が、こんなにも温かい食卓に囲まれている。

こんなに優しく、自分の為に動いてくれようとしてくれる人がいる。

それはありがたい事で感謝しなければならないと一路は思うのである。

 

「たは~っ。どうやったらこんな良いコに育つのかねぇ。御両親の教育の賜物だわ。それに比べ・・・。」

 

 チラリと魎呼を見て脱力しつつ溜め息。

 

「な、何だその残念モノを見る目はっ!」

 

 本当に残念な()だと述べたら・・・と考えて、どう考えても暴れるだけだというオチで思考終了。

 

「ダメですよ~、一路さん。困ったら、助けて欲しいってちゃんと言わないと~。じゃないと、みんなどうすればいいのか困っちゃいます~よぁ~?あれ?困ったが困ったを呼んで困った事に困っちゃいますわ~。」

 

「・・・美星殿もどうやって育ったんだかねぇ・・・。」

 

 こちらもこちらで真っ直ぐ過ぎる程にド天然。

だが、思い切り呆れる鷲羽には悪いが、どちらもアナタの"血縁"ですよと突っ込みたい気分に駆られる。

誰が?

それは静観していた砂沙美。

正確にはその中にいる者だが。

 

「とにかく、本当にどうしようもなくなったら何時でも言ってくれよ。オレ達で出来る事があれば協力するからさ。」

 

 今度こそ何とか事態の終息を宣言するかのように述べた天地に、そして皆に感謝の意を込めて頭を下げる一路を横目でみながら。

 

「まだまだじゃの、天地。」

 

 と、一人、静かに茶を啜る勝仁だった。

 




う~ん、やっぱり計上される数値がどれくらいがどうなのか、未だに解らない・・・。
まぁ、数値が高ければ高い分いいのか、ちょっぴりトオイメになります。
兎にも角にも、感想・評価随時受付け中です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14縁:名前と存在意義。

オリキャラ同士の絡みなんていらねぇとか言わないでください(><)



「何の騒ぎ?」

 

 翌日、学校に登校して教室に入った一路を迎えたのは、机に齧りついている全の姿だった。

 

「お~、いっちー。聞いてくれよ~。」

 

「い、いっちー?」

 

 生まれて初めて呼ばれた。

多分、あだ名だよね?

いきなり呼ばれた事に対応出来ない。

 

「雨木が宿題を写さしてくんねぇんだよ!」

 

「は?」

 

「当たり前でしょう?私は自分で宿題をやったの。その労力を無視して写そうなんて百年早いわ。」

 

 机に齧りつく全の手を芽衣がぺちぺちと叩き落とす。

 

(そういう問題なんだ。)

 

 全の為にならないとかいうのではなく、あくまで何の代償も払わないで宿題を済ませるのが気にくわないという。

 

(結果で見たら間違ってないけど・・・。)

 

 苦笑しながら、自分の席に着き荷物を机の中に移す。

 

「おはよう。ねぇ、漁火さん、あの二人っていつもあんな感じなのかな?」

 

 全は常に欲望フルパワーだし、芽衣は普段はお嬢様然としているのに凄く冷たい。

 

「?漁火さん?」

 

 何の反応も無く無視されたのかと思いきや、彼女はじぃっと一路を見つめていた。

無言で見つめられると結構な威圧感がある。

 

(でも、眼鏡をしているようでしていないと。)

 

 何の幻覚だろうと思うが。

 

「どうして私の苗字を?」

 

 知っているのか。

つまりはそっちの方が一路に質問された事ようり優先されたらしい。

 

「えと、芽衣さんに聞いて・・・。」

 

 何かまずい事だったのだろうか?

いや、しかし、好きに呼べばいいと言ったのは彼女の方だ。

 

「聞いた?私に興味でもあるの?」

 

「へ?」

 

 そう切り返されるとは思ってもみなかった。

隣の席だし、呼ぶ時に不便だからとはいえないない雰囲気。

だが、不思議と自分を見つめる彼女の視線は、先程よりは威圧感を感じない気がする。

 

「お隣さんだし、折角なら仲良くなりたいじゃない?」

 

 当たり障りなく、しかし決して嘘はない答え。

 

「委員長という呼び方ではなダメなの?」

 

「ダメじゃないよ。でも、どうせなら名前で呼びたいかな。受け継いだ名前なんだし。」

 

「受け継いだ・・・面白い事を言うのね。個体を認識出来れば名前なんて記号と変わらないわ。」

 

 特に何の興味も感慨も湧かないというような視線。

 

「な、なんか哲学的だね。でも、それは寂しいかなぁ。」

 

 苗字も名も与えられたものではなく頂いたもの。

自分が存在する証だと一路は思っている。

普段はそんな大した思い入れもなく、彼女の言う通りの、その程度の認識かも知れないが、自分という人生の一歩目なのだ。

 

「寂しい?」

 

「漁火さんは自分の名前は嫌い?」

 

「・・・嫌いでも好きでもないわ。」

 

 一瞬の間だけがあっても、それでも彼女の心が動いたようには感じられなかった。

 

「そっか。でもじゃあ、尚更僕が好きに呼んでもいいよね?僕が君を認識して興味が持てるように。」

 

 とりあえずは相手の言い分を全部否定せずに、相手の土台に沿った会話。

面倒くさい事、このうえないやり取りだが、隣席同士・・・それと、転入したてという事も彼の背を押していた。

それ以上に、柾木家の人々の存在が大きいともいえる。

 

「灯華(とうか)よ。」

 

 一路の強情さに負けたと言わんばかりに吐き捨てる。

 

「ありがとう、灯華ちゃん。」

 

「ッ?!・・・ちゃ、ちゃんはやめて。」

 

 ようやく初めて彼女の表情が大きく動いた。

 

「あ、ごめんごめん。何か灯華さんより、灯華ちゃんの方が呼び易いというか、しっくりきたもんで・・・。」

 

 何故、自分はちゃんと呼んだのだろうと自分でも訝しげに首を捻る。

だが、やっぱり、しっくりくるというしか言葉に出来ない。

そういえば、灯華に関して言えば、こっちに来て出会った人間の中で、一番イメージが湧き難い事に気づく。

もしかして、浮かんだイメージが"さん"ではなく、"ちゃん"なのかも知れない。

 

「て、あれ?好きに呼んでもいいんじゃなかったっけ?」

 

 確か、そんな流れで彼女の名前を知りたいという点に至った気がするような・・・。

 

「でも、それは・・・女の子みたいだから。」

 

 はて?

これは奇妙な事を・・・。

 

「だって、女の子じゃん。あ・・・。」

 

 言ってからしまったと思った。

灯華が物凄い目で、殺気がこもっているかも知れない視線で一路を睨んでいた。

完全に一路が調子に乗り過ぎた結果だ。

でも、一路の中では無愛想だけれでも、ちゃん付けで呼びたくなるような可愛い女の子という事で納得する。

 

「なぁ、いっちーっ。もういっちーでいいから宿題写させてくれよォ~。」

 

 緊迫した(?)二人の空気を読む事なく全が一路の机に齧りついてくる。

子泣きジジイのようにテコでも動かんぞ~と半べそをかいていた。

 

「でいいからとか・・・。」

 

 頼み事をしているとは思えない程、まるで下手に出ていない全に言葉を失う。

 

「いっちー、ダメよ?こんな奴に甘い顔をしては。」

 

「芽衣さんまで・・・。」

 

 このままでは、"いっちー"というあだ名で成立してしまう。

 

「あら、ごめんなさい。全のがうつっちゃって。でも、可愛らしくていいんじゃない?」

 

「あぅ・・・。」

 

 何となく灯華の気持ちが今解りかけた気がしたような・・・。

しかし、灯華は元々女性、僕は男なんだいっと精神を持ち直す。

だが、最も問題なのは半べそをかいて、汚らしくなっている全の方だった。

このままでは毎時間、呪いのように机に齧りつかれそうだ。

妖怪、机齧り?

 

「宿題の提出は5時間目だったよね?それじゃあ、昼休みの途中までは自分でやりなよ。それで終わらなかったら"考えて"あげる。」

 

 上から目線の全の更に上から目線で告げる一路。

これならばある程度は全の為になるだろう。

但し、休み時間毎にきちんとやっている素振りがなければ、芽衣の言う通り宿題を写させるつもりはなかった。

 

「マジでか?!」

 

「マジで。ほら、早くしないと時間なくなっちゃうよ?」

 

 こうしちゃいられんぬぅおぉぉぉぉっと奇声を上げながら全は自分の席に戻り、猛烈にノートと教科書に向かい始めた。

 

「そんなに甘やかさなくていいのに。」

 

 肩を竦め、呆れたというジェスチャーをする芽衣。

彼女は今ひとつ納得していないようだ。

しかし、一路の案が落とし所でもあるというのを認めたのか、それ以上の強い反対はなかった。

 

「芽衣さんこそ、全に厳し過ぎない?」

 

 いくら付き合いが長いからといって・・・。

 

「ずっと子守出来るわけじゃないもの。お馬鹿さんはお馬鹿さんなりに成長してもらわなくっちゃ。」

 

 ミもフタもない断言。

 

「それが芽衣さんなりの愛情表現なんだね。余計な事しちゃったかなぁ・・・。」

 

 一路には幼馴染のような長い付き合いの人間はいない。

だから、それがどんな距離で、絆が深まるとどういう形になるのかなんて見当もつかない。

自分のした事は、そういう形を変に歪ませる要因になるかも知れないと思った。

 

「よして。愛情表現というより調教ね。」

 

(やっぱり全にだけ厳しいんだ、コレは。)

 

 その理由も長い付き合いだからなのだろうか?

 

「それに、やっぱり自分で労力を割いてやったものを写して終わりって楽されるのが嫌なのよね。」

 

「あ、うん。」

 

 実は今回の宿題は一路にとってはそうたいした労力ではなかった。

所詮は復習の範囲。

芽衣が言う程でもない。

彼女もそれほど苦戦したわけじゃないだろうと一路は思う。

 

「ところで、委員長は"ちゃん"づけで、何で私は"さん"付けなのかしら?」

 

 地獄耳。

しっかりと灯華との会話を聞いていたようである。

 

「なんでだろう?」

 

 だが、これに関しては一路にはこれといった具体的な解はない。

 

「芽衣さんはさんってカンジで、灯華ちゃんはちゃんてカンジで・・・う~ん、それがしっくりくる・・・気がする。」

 

 芽衣は悪態をついているように見えても、シャンとしていて、何処か余裕のあるお嬢様然としている気がするのに対して・・・灯華は・・・。

 

(あれだ、血統書付きの室内猫と野良猫の違い?)

 

 もっと正確に表現するならば、雨の日に一緒に雨宿りをした猫。

そんなイメージ。

だが、イメージをそのまま伝えてもきっと芽衣には通じないだろう。

なにしろ、一路本人も何故に猫?と聞かれても答えられないのだからして。

 

「似合う、似合わないの違いなのね?」

 

「え?他に何があるの?あ、呼び易さの違いってのもあるのかも。」

 

 だが、芽衣さんという呼び易さに関して、無愛想な委員長(と皆に呼ばれている)を灯華ちゃんと呼ぶ方が呼び易いというのも、他のクラスメートにとっては理解し難い。

 

「・・・なら、いっか。」

 

 しかし、予想外に芽衣にとっては理解し易かったらしい。

大人しく引きさがった。

 

「私にしてみれば、いっちーにちゃん付けで呼んでもらう方がしっくりくるんだけどな・・・。」

 

 と、意味深にボヤいたところで、担任の教師が入ってきて朝のHRが始まる。

ちなみにこのHRの間中、全は必死に宿題をやっていてこの教師の雷を受けたのだった。

 

「あなたって、随分と変な人なのね。」

 

 灯華にそう突っ込まれて。

しかし、それ以上の何の文句も彼女の口から出てこなかった。

もっともそれは、一路がちゃんづけで呼ぶような会話自体が、これ以上なかったからだったが・・・。

 




そろそろ息切れしてまいりました・・・。
しかし、ようやくなんとなく評価の見方が解ってきたかも知れません。(今更)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15縁:なんとか紙一重。

トウトウ、ソウゴウヒョウカガ、サガッタゾ・・・げぶぅ・・・。


「ぬおぉ~んっ、心の友よ~っ。」

 

 昼休み。

案の定、予想通りに全は宿題を最後まで終わらせる事が出来ずに、再び一路の机に齧りついてきた。

今日一日、机に向かう全とこの姿の彼しか見ていない。

 

「まぁ・・・うん。」

 

 そういう理由から全のノートを見るまでもなく、仕方なく机から自分のノートを取り出して全に渡す。

 

「お昼はちゃんと食べた方がいいよ?」

 

 写し終わるまでどれくらいの時間がかかるか解らないが、食べ盛り育ち盛りの年齢だ。

なによりかにより、燃費が悪いお年頃。

ただ、この学校に給食がないのには、一路も困っていた。

なにしろ、今の一路にはお弁当を作る時間も気力もない。

 

(砂沙美ちゃんのご飯、美味しかったなぁ・・・。)

 

 これから昼を食べるというのに、心が折れる。

普通は楽しみにするはずのものだが、悲しいかな、一路はコンビにのパン袋を開けて咥えると同時に同じくペットボトルの栓を開ける。

 

(若いうちだけだよなぁ、こんな事が許されるのって・・・。)

 

 どう見ても寂しい自分の昼食を眺める。

若いうちだろうが、身体に悪いのは変わりがない。

せめてサラダくらいは買っておけば良かったと思うのも後の祭り。

今日はこれで我慢するしかないと覚悟した一路の机の上に横合いからポリ製の蓋が置かれる。

 

「野菜、摂らないとダメ。」

 

「灯華ちゃん。」

 

 蓋の上に小さな野菜サラダの山が築かれていく。

 

「ちょっと多く持ってきたから大丈夫。」

 

「アンタの為じゃないんだからねって、どんなツンデレかしら?」

 

 と、勝手に二の句を芽衣が繋ぎ、これまた灯華と同じように煮豆が入った小さなカップを一路の目の前に置く。

 

「渋いでしょう?お母様が和食しか作れないのよ。」

 

 せめてオムライスくらいは作って欲しいわーとぼやく。

 

「僕、和食好きだから。二人共ありがとう。」

 

 二人共、一路の礼にどう致しましてと微笑む。

 

「むははっ。オレ様もやろうではないかっ。宿題を見せてもらった礼だ。受け取るがいいっ!」

 

 全が馬鹿笑いしながら、トンカツ一切れ、唐揚げ、ミートボールと盛っていくが・・・その色合いは見事に・・・。

 

「茶色い・・・。」

 

 そして全てが肉。

野菜どころか、魚すらない。

 

「アンタ・・・どういう食生活をしているの?」

 

「どうって・・・肉食?だって考えてみろよ。豚にしろ鶏にしろ、植物を食って育ったんだろ?植物の栄養で育った肉を食う。コレで全部の栄養を取れて一石二鳥、肉最強!」

 

「馬鹿だわ・・・本物の・・・馬鹿がいるわ・・・。」

 

 食物連鎖という壮大なレベルで語っているように感じるが、結果は芽衣の感想の通りである。

 

「いや、思いついた事自体は凄いと思う・・・。」

 

 流石の一路もこの辺りがフォローの限界だ。

 

「とにかく食え。人間食わなきゃ死んじまうからな。」

 

「うん、ありがたくもらうよ。」

 

「はい、コレ。私のデザート用のスプーン。」

 

 ここにいる限り、栄養不足にならなさそうだなとは思いつつも柾木家の皆といい、クラスメートといい、何かあとでお返しをしなきゃと思いながら食べるところが、一路の律儀なところで美徳だ。

感謝しつつ食す。

それが今の一路に出来る事。

 

「それにしてもパンと飲み物だけって、いっちーのお宅の御両親は共働きか何かなの?」

 

 それでも朝食の残りくらいは詰め込んで来られるのではないだろうかと、軽い気持ちで芽衣は尋ねただけだったのだが、一路にとっては充分に答え難い質問でしかない。

なにしろ正直に答えるとなると、気まずくなる事受けあいなのだ。

 

「あ~、うん、そんなトコ。」

 

 かといって嘘はつきたくない。

そんな微妙な葛藤から、言葉を濁すしか出来なかった。

 

「痛ッ!何すんのよ!」

 

 突然、芽衣がしかめっ面をして近くいた全に食ってかかる。

 

「人ンチの事にイチイチ口突っ込んでじゃねぇよ。困ってんじゃねぇか。」

 

 意外にも全が一路にフォローを入れた。

先程のお馬鹿発言をした同一人物とは思えない言動。

 

「だからって蹴る事はないでしょう!」

 

 どうやら一路の見えない机の下という水面下で、全が彼女の足を蹴ったらしい。

芽衣にしてみれば、自分の言動に関して注意をされたのがよりによって全、しかも自分の方が今回は悪いというのは、全のクセに生意気!と思わずにはいられない。

 

「都会は基本的に給食があるから。今度から、お母様にお弁当を用意してもらった方がいい。」

 

 灯華にまで言われてしまった事に一路は苦笑するしかない。

このまま流せれば良かったのが、一路の苦笑は灯華に見咎められてしまう。

 

「?変な事を言った?言いたい事があるなら、はっきり言って欲しいのだけれど?」

 

 その言葉には非難の色が含まれている。

だから、ここで言ってしまうかどうかを考え込むと余計に彼女を苛立たせる事にはならないか?

ここで嘘を吐くという選択肢が未だに出て来ないのもまた一路らしい。

言わないのと、嘘を吐くのはまた別だという認識が何処かにあるのかもしれない。

 

「あ、うん。今、家には僕一人なんだ。父さんはまだ仕事で東京だから。」

 

 暗に一人暮らしだと述べる。

しかし、灯華の視線には"私は母親にと言ったのだけれど?"という主張と共に、ひた隠しにするのも嘘を吐くのも同罪と言っているように一路には思えた。

 

「・・・母さんはいないんだ・・・その、去年亡くなって・・・。」

 

「・・・そう。」

 

 灯華はそれしか答えず、視線も何事もなかったかのように一路から外して前を向く。

芽衣と全の言い争いも止んでいた。

思っていた通りの気まずい雰囲気。

 

「出過ぎた事を言ってごめなさい。」

 

 一路を見る事なく、そのまま。

そのまま灯華はそう呟く。

 

「ううん、灯華ちゃんは悪くないよ。」

 

 別に怒る必要も、責める必要もない。

ずっと言わずにいるよりも、一度だけ言って知ってもらっておいた方が後々楽なのかも知れないと考え直すだけだ。

第一出過ぎたと彼女は言うが、それは厚意から出た言葉なのだから。

 

「あ、あの・・・。」

 

 しゅんとした表情で今度は芽衣がすまなさそうにしている。

 

「だから、芽衣さんも気にしないで。」

 

 気に病む必要など本当にない。

 

「だから言ったろーが。人ンチにゃ、それぞれ事情っつーもんがあんだよ。困ったら言ってくれりゃいいだけだ。このクラスの連中はそんなに冷たかねぇよ。」

 

「ッ?!」

 

「ぎゃぼぉわぁっ?!」

 

 今のが芽衣の堪忍袋のリミットだったのか、鋭い視線を全に放ちつつ、そのすらっとした足が全の脛を強かに蹴り抜いた。

早く鋭く正確なローキック。

足技においての基本をこれだけ華麗に決めるのは、新○プ○レスも真っ青だ。

 

「ぬぐぅお・・・なに?!オレ、珍しくマトモな事を言ってたよなっ?!」

 

 珍しく。

そう言ってのけるからには、普段の自分の言動がマトモじゃない事を認識しているという事なのだろうか。

 

(自覚症状はあるんだ・・・。)

 

 それはそれで手遅れなのでは?重症?

そんな疑問を持ちつつある一路と全の前から、ぷりぷりと怒って行ってしまう。

 

「横暴だ・・・一体何だってんだよ・・・。」

 

 そのマトモな事を言ったからだよとは、口が裂けても言えない。

全も珍しくと、それが滅多にないと言ってのけてしまっているのだから。

 

「お~い、檜山君。」

 

 全という人間の紙一重を見た一路を呼ぶ声がしたので、その方向を見てみると担任の教師が手招きをしていた。

それも器用に顔だけを教室の戸から覗かせて。

 

「なんだろ?ちょっと行ってくるね?」

 

「お~、行ってこいこい。」

 

 涙目で脛を擦りながら、一路の背を見送る全。

 

「なぁ、委員長?」

 

「何?」

 

 返事はするが、全を見る事はない。

 

「いっちーに惚れた?」

 

 彼女の視線の先にあるものを予測しながら、全はそう彼女に問う。

この男、見ていないようで意外と細かく見ている。

但し・・・。

 

「反対の足も蹴られたいの?」

 

「うぉっ、勘弁!反対もやられたら歩けなくなっちまう。」

 

 惜しむらくはTPOというより、空気を読む時と読めない時の差が激し過ぎるというか・・・。

的田 全、何処までも紙一重な男である。




いよいよ、連続更新期間の終わりが見えてきました・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16縁:女王様が出るか、鬼女が出るか・・・。

『今日の放課後、三者面談するからね。』

 

 呼ばれた一路が、担任から告げられた言葉は以上である。

勿論、一路は以前と同じ事を主張したのだが、担任は"保護者から連絡が来た"というような旨を言って去って行った。

さて、問題はそこで残された一路の方である。

当たり前の事だが、三者面談の件は父には言っていない。

父は東京だ。

言ったところで急に来られるわけがない。

では、それ以外に三者面談の事を話した人間といえば、級友と・・・。

 

(まさか・・・。)

 

 午後の授業が始まってもそっちのけで思考を巡らす彼の脳裏に浮かんだ人物。

 

(いやいやいや、あれだけ釘を刺されてたし・・・。)

 

 魎呼、阿重霞。

柾木家の二人である。

確かに鷲羽に釘を刺されてはいた。

果たして二人がその反対を押し切って来たりするだろうか?

そもそも一路が通っている学校の所在どころか、名前すら言ってないのだ。

 

(・・・別に来てくれるのが嫌なわけじゃないもんな。)

 

 二人共、一路を不憫に思ってはいるが、哀れには思っていない。

だからこそ、彼女達がかけてくれる言葉は純然たる厚意であると解っている。

それに対して、嬉しいと思う事はあっても、迷惑だと考えた事はない。

風呂場の件は黒歴史として。

鷲羽の注意も一理はあるが、ここに来た以上、新たな一歩を踏み出す為には・・・。

 

「どうかした?」

 

 授業が終わって、開口一番に問うてきたのは灯華だ。

 

「授業に気がいってないみたいだから。」

 

「流石、委員長。」

 

「私は委員長じゃないわ。」

 

 このやりとりが視線を合わせる事なく展開される。

その事に意外と溶け込めてきたのかななどと考えてしまうのだから、案外お気楽かもと苦笑しそうになる。

 

「ううん、別にただ・・・。」

 

「おーい、いっちー。今日ヒマ~?遊びに行こうぜ。雨木もついてくっけど。」

 

 二人の会話に割り込む全、その後には芽衣もいる。

 

(なんだかんだで仲良いよね、二人共。)

 

 先程までああだったので、口に出す事などという迂闊な事は一路もしなかった。

足を蹴られるのも嫌だったし。

 

「何よ、その言い方。私は別にアンタと遊びに行きたいわけじゃないの。いっちーには、その、さっき、アレだったから・・・。」

 

 そんな彼女の口調には、反省の意がきちんと感じられる。

自分が悪いと思ったら、すぐさま謝まろうと試みるのは、美点だと一路は思う。

特に自分が頑固な面もあるのを自覚しているだけに。

 

「別に怒ってなんかないから、大丈夫だよ。ただこの後、三者面談があってさ。」

 

 本当にあるんだろうな三者面談と思いつつ、丁重に断る。

一路だって、彼等と遊びたくはあるのだ。

 

「ぬあぁ~そっか。そりゃ残念。」

 

「でも、いっちー、三者面談って・・・。」

 

 と聞こうとして芽衣は慌てて口を押さえる。

先程もこの調子で失敗したばかりだ。

しかし、その動作は非常に愛らしく感じた。

 

「なか、多分、代理の人が来るんだと・・・思う?」

 

 不安。

ひっじょ~に不安だ。

阿重霞にしろ、魎呼にしろ・・・いや、阿重霞の方がまだマシか?

魎呼には悪いが。

 

「そうなの。」

 

「しゃーない、また今度だな。」

 

「うん、また今度。灯華ちゃんも一緒に。」

 

 そう一路に言われて、私?とハテナマークを浮かべながら一路達の方をにようやく視線を向けたところで帰りのHRが始まった。

それが終わると一路は級友達に挨拶をして職員室へと向かうのだが・・・。

 

「なぁ、委員長?」

 

「蹴るわよ。」

 

 一路が去った後の教室でこんなやりとりがまた繰り広げられていたとは、一路の知る由も無かった。

そんな事よりも一路にとって切実なのは、鬼が出るか蛇が出るかかだ。

まぁ、正確には女王様が出るか、鬼女が出るかの二択だが。

ともかく、一路の中ではあの二人のどちらかが宣言通り突入してくるのだと思っていた。

 

(・・・せめてどちらかで・・・二人共来ちゃうのはナシで。)

 

 充分に有り得る。

有り得るだけに頭を抱えたくあるのだが・・・。

 

「悩める少年よ、余り悩むとハゲちゃうゾ♪」

 

 その声。

 

「鷲羽さんっ?!」

 

「鷲羽"ちゃん(・・・)"。」

 

 そこは譲れず力強く、いっそ脅迫的に訂正。

 

「鷲羽・・・ちゃん。」

 

「はぁ~いっ♪鷲羽ちゃんでぇ~すぅ。」

 

 ノリノリで(ブイ)サイン。

一瞬だけ鷲羽から殺意を感じたような気もしたが、あらかじめ魎呼に忠告されていたので、すぐにそれと解る事が出来た。

と、それよりも・・・。

 

「そうきたか・・・。」

 

 まさか、鷲羽が来るとは思ってもみなかった。

どちらかといえば、引き止める側だったはず。

 

「で、何を悩んでいたんだい?」

 

「いや、魎呼さんか阿重霞さんが来ると思っていたんで・・・て、鷲羽ちゃん、背が・・・?」

 

 大きくなっているような・・・。

背だけでなく、出ているところのボリュームも。

一路の記憶にある鷲羽はミニマム、背のそれ程高くない自分の肩、それよりあるかくらいの可愛いサイズだったはず。

だが今の鷲羽は、逆に一路より頭一つ分以上の背がある。

 

「いやぁ、三者面談に行く為に張り切ったら伸びちゃってね。」

 

「いや、伸びないと思いマス。」

 

 それ以前に背以外も色々と違う。

明らかに成長したとしかいえない・・・。

もし、そんな事が出来るなら、この世の女性の半数以上は喉から手が出る程に、その手段を手に入れたがるだろう。

 

「ん?あ、これね、大きくなっても母乳は出ないからね?」

 

 だはは~っとオヤジ臭く豪快に笑う。

 

「どこからどう突っ込んだら・・・。」

 

「ま、今回は私で我慢しとくれよ。」

 

「我慢も何も・・・。」

 

 別に頼んだわけでもないので、我慢とかそういう話以前の問題だ。

 

「魎呼や阿重霞殿の方が良かったかい?」

 

「いや、それは・・・。」

 

 遠慮したいとは流石に言い難い。

大体あれだけ二人は、三者面談に出ると主張していたはずなのに。

 

「あ、二人が気になる?気になっちゃう?」

 

 ニヤリと歯を出して笑う様は、鷲羽(小)と全く同じだ。

 

「阿重霞殿は天地殿と砂沙美ちゃんに足止めしてもらって、魎呼は・・・魎呼は、まぁ、いいか。」

 

 研究室にふん縛って、力を無力化する封冠までつけて出て来たとは言えない。

というか、感性的にノーマル(?)の一路には刺激が強過ぎるだろう。

鷲羽自身、一路の母にはなれないが、見劣りしないように省エネモードの幼体ではなく、成体の姿で来ている時点で二人の事はとやかく言えない。

しかも、一路の通う学校を調べ、一路が自分の劇的な違いに必要以上に不思議に思わぬように細工してまでやって来ては。

 

「はぁ、まぁ、来てもらった事自体は嬉しいですけど、これって学校的にはOKなんですかね?後で問題になったしないですかね?」

 

 特に最近は個人情報の取り扱いに厳しいご時勢だ。

問題になって鷲羽や担任の教師に迷惑がかかっても困る。

 

「あぁ、その辺も大丈夫。問題ないない。」

 

 何故だか今の鷲羽は信用が出来ない。

 

「とりあえず、先生にはちゃんと説明してあるから、あとは行くだけだよ。」

 

 そう言うと懐から赤いスクウェアの眼鏡を出してかけ、準備完了だ。

 

「さ、一路殿、職員室に案内を頼む・・・よ?あ~、呼び方変えた方がいいかい?仮にも代理だし・・・坊ちゃまとか?」

 

「結構です。」

 

 絶対ワザとプラス楽しんでいるとしか思えない提案。

当然ながら却下である。

だが却下したところで、やる時はやるのがみんなの鷲羽ちゃんだ。

 

「あら、そうかい?」

 

 本当にこんなんで大丈夫なのかなと一抹の不安を持ったまま、それでも目の前の現実を受け入れて、彼女を案内するしかない。

あとは野となれなんとやら・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17縁:進むべき路。

大体、35話前後で1章くらいと考えてるので次辺りで折り返しですかねぇ。
それまで読んでくださる方はいらっしゃるのかしら・・・。


 視線が痛いとはこの事だろう。

職員室へ出向いた一路と鷲羽を迎え入れた担任は、どう考えても胡散臭げに鷲羽を見ている。

上から下まで。

そして、一路に視線を向ける。

向けられても、一路にはどうも言いようもない。

しかし、担任はそれ以上深く追求することなく彼等を先導して別室へと移動する。

非常に息苦しい。

それが一路の感想。

 

「えぇと、とりえず彼の成績ですけれど・・・。」

 

 二人が席に着くと担任はそのまま何事もなく面接を始めた。

一路が息を撫で下ろしたのは言うまでもないが、まだ面接は始まったばかりなのだ。

鷲羽相手では、何がどうなるかは解ったものじゃない。

 

「私の手元にあるものは、2年生の時のものですが、可もなく不可もなくってところですね。」

 

「中の中の、ど真ん中ってトコかしら?」

 

「いえ、上の中ってところです。苦手な教科はしいて言えば社会かしら?」

 

「あ、そのものは嫌いじゃないんですけれど、暗記が・・・。」

 

 正確には流れの伴わない単語の暗記がである。

その証拠に歴史物語は好きだ。

物語形式ならば覚えられる。

 

「まぁ、お受験用の暗記は作業だからねェ。その辺は諦めるしかないね。」

 

 何でも一瞬で覚えられる鷲羽には、そもそも暗記という概念がない。

システムだろうがなんだろうが、天才鷲羽ちゃんにとっては、忘れたら新たに構築すればいい。

それだけの話だ。

彼女にはそれが出来てしまう。

 

「そうね。臨機応変というのは大事よ。問題は苦手意識、それを持たない事ね。授業にはついていけてる?」

 

「あぁ、それは。」

 

「なら、成績に関しては特に言うべき事はないわ。」

 

 閻魔帳を眺めながら頷く。

 

「手のかからないコでいいね。ウチなんか手のかかる娘が・・・あ、話題がズレたね、コリャ。」

 

 ぽりぽりと頭を掻きながら足を組む鷲羽。

手のかかる娘とは誰なのかは最早言わずもがな。

 

「それで進路の方なのだけれど、進学でいいのかしら?」

 

 進学。

つまり高校受験だ。

担任の教師は一路のここに来る前の成績を得ているという事は、彼の事情も知っているという事だ。

そのうえでの問い。

 

(そう考えると僕は、素行不良扱いなのかな?)

 

 色んな意味での問題児に含まれるのかも知れないのではないかという思い。

内容はどうあれ、一括りにするとそのように分類されてしまう。

 

「高校進学と一口に言っても、商業・工業・他にも高専とか普通科以外にもあるからね・・・。」

 

「あの、僕は・・・。」

 

 高校進学。

ここからどんどん人生の岐路は増えてゆく。

それは解っているし、選ばなければいけないというのも・・・しかし、だ。

 

「その、今は、一日一日を大事にしたいというか・・・精一杯生きたいというか・・・。」

 

 将来を踏まえて考えなければいけない。

そうなのだが、一路は環境を変えてやり直しを始める事に今は精一杯。

しかも始まったばかりなのだ。

 

「センセ、この子はもう一度頑張り直そうと始めたばかりなんだ。いずれ決めなきゃいけないって事は本人も重々承知してるサ、ね?」

 

 自分の言いたい事をうまく言葉に出来ずに、もどかしく思ってるのを見兼ねた鷲羽の言葉に一路は頷く。

 

「それにサ、先生。今、高校進学って決めたとしても、先の事は誰にも解らないよ?来年になったら、もしかして地球を飛び出して宇宙にいるかも知れないじゃないか。」

 

「宇・・・。」

 

「・・・宙。」

 

 鷲羽の言葉に二人は唖然とする。

突拍子もない事、このうえなく。

それこそ地球を飛び出す程にブッ飛んでる。

 

「なんてね、例えだよ、例え。」

 

 片目を瞑ってウィンクをしても全然可愛くも、お茶目にも見えない。

それくらい鷲羽の発言は一路にしてみれば驚きだった。

 

「例え・・・ですか。確かに慌てて決める事ですから、じっくり考えてくださって構わないのですが、なるべく夏くらいまでには・・・。」

 

 担任の教師にだって都合や仕事がある。

一路が進学すると決めた場合には、用意しなければならない書類だとてあるだろう。

 

「ま、それはそうだろうねェ。一路、無理せずに頑張るんだよ。」

 

 教師の手前、保護者の代理として名前を呼び捨てにして微笑む鷲羽。

その鷲羽に何故だか、また母のイメージを強く抱く。

全然、これっぽちも母に似てないというのに・・・。

でも、一路はその言葉に頷いた。

 




次回は、シーン割りの都合上、文字数が少なくなっていましそうです。
ご容赦を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18縁:ココロの猫。

すみません、定番のタイトルですw
私の書いたものを全部読んでいる方は、またかよ、コイツ、好きだなぁと思う事でしょうw



「要はね、可能性の問題って事なんだよ。」

 

 特に他の話題も無く、一路は三者面談をつつがなく終える事が出来た。

教室を出て、玄関を出た所で待ち合わせをしていた鷲羽が、一路を見るなりそう呟く。

 

「アプローチの角度の問題と言ってもいいね。」

 

 腕を組んだまま、指をぴんと立てて。

 

「未来は予測は可能だとしても、不透明だ。可能性はチャレンジしていないなら0%にはならない。宇宙飛行士にだってなれるんだ。」

 

 到底無理だと解るが、挑戦していないなら失敗も成功も発生しない。

発生していないのならば、確かに可能性はないわけじゃない。

 

「宇宙飛行でなくても構わない。つまり、一路殿は何にでもなれるってコトさ。」

 

 鷲羽の言っている理屈は一路にだって理解出来る。

出来るのだが・・・。

 

「僕は何かになれるのかな・・・。」

 

 それは自分に自信のある者が出来る事で、一路は自分に自信があるとは言えない。

二人で校門に向かって歩きながら、一路は俯く。

 

「"なれる"かじゃないよ、"なる"んだよ。失敗したって誰も責めないさ。でも成功したら胸を張ってもいい。チャレンジするってのはそういう事。あぁ~若いっていいわ~。」

 

 年取ると肩凝る~っと組んでいた手で、ぽんぽんと肩を叩く。

 

「そういうものかな。」

 

「そういうもの。チャンレンジしてなんぼ、当たって砕け散れ青少年。」

 

「いや、砕けちゃダメなんじゃ・・・。」

 

「そぉーりゃッ!」

 

「へぶぅっ。」

 

 一路があんまりにもあんまりな鷲羽の言葉に突っ込みを入れようとした瞬間、彼女の姿が視界から消えた。

何やら黒い弾丸のような塊が飛んで来たような・・・。

 

「オマエが砕けろ!」

 

 聞き慣れた声。

 

「り、魎呼さん?」

 

「おう、一路。三者面談とやらに乗り込むぞ。」

 

 一路には視覚出来なかったが、魎呼が超高速で鷲羽にドロップキックをぶちカマしたのだ、が・・・。

 

(人間のスピードじゃない・・・。というか、今、何処から来たんだろう?)

 

 目の前の校門から魎呼が来たようには見えなかった。

彼女が何かをする度に、不自然さが募ってゆく。

 

「え、えと、もう終わりましたけど、三者面談。」

 

 何が一体どうなったか解らないまま、そう素直に答えると魎呼がその場で崩れ落ちる。

 

「な、なんだって・・・折角ちゃんとした服で来たのによォ~。」

 

 そういえば、魎呼の服装は何時も着ているような和服モダン(?)なものではない。

但し、魎呼が述べる"ちゃんとした服"とはとても言えないもので、彼女の体を覆い彼女のおうとつを強調する真紅のボディコンという服だ。

一人の女性としても忘れられたバブルの女といったカンジで浮いて見えるうえに、男子学生の母親としても完全に的を外れている。

一路の感想としては凄い肩パッド。

 

「魎呼さん、騒がしいですわよ。」

 

「ほぇ?」

 

 もうここまで来れば、一路だってヲチは解りつつあった。

鷲羽に魎呼が突っ込み、ここで更に乱入とくれば。

 

「阿重霞・・・さん?」

 

 予想通り、そこには阿重霞がいた。

 

「一路さんの心象を崩さず、親御さんの顔に泥を塗らぬようにしなければなりませんよ?」

 

 こちらは洋装の魎呼と違って、薄紫色の和服だった。

何時もの変形的なものではなく、純和装だ。

どうやらしっかりと準備をしてきたのだろう・・・だが、一路はここで酷だと思いつつも言わなければならない。

意を決して、では、どうぞ。

 

「阿重霞さん、三者面談はもう終わりました。」

 

 硬直する阿重霞。

溜め息をつく魎呼。

 

「な、なんですってーっ!」

 

「残念だったな、阿重霞。品のある代理が出来なくて。それもこれも!」

 

「全く騒々しい二人だね。一路殿もそう思わないかい?」

 

 何事も無かったかのように鷲羽が一路の横に立っている。

 

「鷲羽!テメェ、よくも!」

 

「卑怯ですわ、鷲羽さん!」

 

 三人の間に何があったのか解らない一路は、ぽかんと立ち尽くすしかない。

 

「アンタ達二人に任せると、ロクな事がないからね。それに代理と言っても何もなかったかのようにあっという間だったよ。一路殿は優秀な子でね。」

 

「いえ、そんな・・・。」

 

 中2頃はきちんと予習・復習だけはしていたし、3年生も今頃までは通っていたのだからそんなものだろう。

 

「謙遜しなさんな。事実は事実として受け止めるべし。さてと、三人共帰るよ。また何かあればその時に相談に乗ってあげればいいじゃない。」

 

「いや、それは迷惑なんじゃ・・・。」

 

 今回も結果的には助けてもらった事になるうえに、これ以上というのも・・・一路はそう思う。

余り世話になると、返せなくなる。

恩とかそういったものを、と。

彼はそういう真面目な人間。

 

「迷惑なんて思う輩がノコノコこんな所まで来やしないよ。そうだろ?」

 

 目の前の二人に目配せする。

 

「迷惑?これが迷惑のうちに入んなら、美星はとっくに吊るされてんな。」

 

「縛り首ですわよ、縛り首。」

 

 物騒過ぎる。

というか、美星は一体普段何をやらかしているのだろう?

乾いた笑いしか出てこない。

 

「あぁっ!てか、鷲羽、テメェ、話をスリ変えんな!そんな何時来るかも解んねぇ相談待ってられっか!」

 

 単純に一路が喜べばそれでいいので、相談が無ければ無いで無理矢理言わせようくらいの勢いが感じられる。

というより、やるのが魎呼だ。

 

「いや。意外とすぐにでもありそうかもよ?」

 

 一路の意思を無視したまま、鷲羽は今出て来たばかりの校舎を振り返る。

その視線は、さ迷う事なく、定まったある一点だけを見つめていた事までは誰も気づかなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19縁:ツンとデレの狭間に・・・?

これにて年末年始の毎日連続更新を最後になります。
なんとかやり切りましたねぇ。



「そういえば、昨日の三者面談どうだったのかしら?」

 

 翌日、一路を待っていたのは芽衣のそんな質問だった。

 

「昨日?あぁ、ほら、僕は今年からの転入だから、先生としても色々と聞いておきたかっただけみたい。」

 

 あの後、散々文句を述べる二人をなだめるのに苦心したのを思い出す。

それに対して鷲羽は考え事でもあるのか、何のフォローもしてくれなかった。

もっとも一路自身もそれを期待してはいなかったが。

そして、よく解らないうちに、今度また夕食を食べに行くという約束させられてしまったのだが、一体どうしてそんな展開になったのか未だに意味不明だった。

 

「なるほどね。いっちーのお父さん見て見たかったわね。」

 

 似ているか似ていないかでも面白いという事だろう。

 

「あ、いや、代理の人が来たんだ。」

 

「代理?」

 

 その言葉に珍しく灯華が自分から質問して、会話に入ってきた事に少し驚く。

彼女もあまり根堀り葉堀り他のクラスメートのように興味本位で聞いてくるタイプではなかったからだ。

 

「うん。ちょっとした知り合いでね、お世話になる事が多いんだ。」

 

 出会って間もないというのに、それこそ至れりつくせりだ。

特に魎呼が一番あれやこれやと構ってくる。

一人っ子の一路としては、それがとても新鮮で姉がいたらこうなのだろうかと想像するのが楽しかった。

 

「そう。そんな方がいるのね。」

 

「うん、前に皆に聞いたじゃない?柾木神社。そこの神主さんのお家なんだけどね。それがまた賑やかでさ・・・。」

 

「あまり興味がないわ。」

 

 自分から話を振っておきながら、返って来た反応はあっさりとしたものだった。

 

「その神主さんのお家とそんなに仲が良いの?」

 

 それでも変わらず芽衣は、一路の話を促す。

 

「どうなんだろ・・・夕食とか一緒に食べたりするよ?」

 

「お夕食を?」

 

「凄いんだよ?砂沙美ちゃんて言うんだけど、小学生なのに料理がすっごい上手で。」

 

 自分の事を喋るより、柾木家の人々の事を話す方が一路にとっては気分が楽だ。

自分の事を話したところで、楽しい話題にはならない。

寧ろ、一路にとって最近あった楽しい出来事は、柾木家の人々との出来事だから。

それにしても他人を自慢する事がこんなにも楽しいとは思ってもみなかった。

今頃、言われた方の砂沙美は、くしゃみを連発しているかも知れない。

 

「お?ナニナニ?食い物の話か?」

 

 話題の中にある料理の匂い(?)を全が的確に嗅ぎつけて輪の中に入ってくる。

芽衣は渋い顔だ。

 

「アンタねぇ・・・。」

 

「なんだよ?してただろ?食い物の話。」

 

(これは地獄耳って言っていいのかな?)

 

 どう考えても食べ物の話に敏感なだけである。

 

「食い物っていうか、僕がお世話になった事のある人の家の話。ほら、僕はこの辺に親戚とか知り合いとかっていないから。」

 

「あぁ、そうだよなぁ。この辺は田舎で、ウチも親戚とかってウザいって程交流あっから、気にしてなかったけど。そういうのが全くないってのも、不便つぅかつまんねぇかもな。」

 

 それが当たり前となってしまっている人間には、あまりにも距離が近過ぎて焦点が合わなくなる。

見え難くなるし、感じ難くもなるものだ。

 

「灯台元暗しってヤツだ。」

 

「・・・意味解って使ってる?」

 

「勿論!」

 

 うさんくささこの上ないというジト目で全を見る芽衣だが、その視線は彼女の印象もあってか、嫌らしさがない。

キツさは多少あるが、彼女の場合、普段は社交的で穏やかだと解っているから微笑ましさすらある。

 

「食いモンで思い出したけど、いっちー、今日どうする?」

 

「どうするって?」

 

 昨日言っていた放課後に何処かに行くという事だろうか?

一路の予定と全の予定に関する事柄はそれくらしか思いつかない。

 

「昼メシだよ。コンビニで買ったのを毎日なんてつまんねぇだろ?いっちーまだこの辺に詳しくないだろうから、どうよ、オレと一緒に外で食うとか。」

 

「アンタ、それ、校則違反。」

 

「うっせぇな、アレだ、いっちーの事を考えて情状酌量しやがれ。目を瞑れ、耳を塞げ、そして口を閉じて息を止めろ!」

 

「死んじゃうって、ソレ・・・。」

 

 勢いをつけて言っているだけだろう。

言いたい事は解るが、言っている事は無茶苦茶だ。

全の指摘通り、一路は今日もコンビニ飯というか、パンとお茶という組み合わせではある。

 

「まぁ、今日もコンビニのパンだけど、わざわざ校則違反までしなくても大丈夫だから。」

 

 そこまでしてもらうのは流石に忍びない。

親しいとか親しくないとかの問題ではない。

彼の気遣いには感謝すべきではあるが、それ以上に一路は真面目なのだ。

 

「そぉか?別に気にする事ないぜ?生きてりゃ校則違反の1つや2つや、ン十回程度何でもないぞ?気にすんナって。」

 

「ははっ・・・気にするってば。」

 

 厚意は嬉しくあるが、何と言えばいいのか参る。

断るとか呑むとか、迷惑とか、そういった事以前に自分がそういった厚意を受ける価値があるのだろうかと思ってしまう。

 

(年下だし・・・。)

 

「堅いやちゃなぁ。あんまり真面目くさると息が詰まるぜ・・・ぇ?」

 

 全の語尾が途端に弱くなった。

どんと無造作に全と一路の目の前に置かれた物のせいだ。

全と一路の二人だけでなく、芽衣もその光景に目を見張ってる。

そしてその視線は、その物体を置いた一路の隣の席の人間へ向けられる。

 

「お弁当、アナタの分。これで問題解決、校則違反なんてしなくていい。」

 

 視線を向けられた当人の灯華は、視線に対してそう答えただけだった。

 

「い、い、委員長が・・・。」

 

 カタカタと震える者ありけり。

そしてクワッと目を見開く者もありけり。

 

「デレたぁーッ!!」

 

 教室中に全の叫びがこだまする。

 

「これって・・・デレたの?」

 

 あまりの予想外の行動と、全と芽衣の引き具合いにうっかり隣の灯華本人に一路は聞いてしまう。

マズいと思ったのも後の祭り。

 

「知らない。」

 

 一切の視線を寄越さぬまま、灯華はそう一言のみ返してきただけだった。

 

「お、おい、いっちー、委員長に何かしたのか?」

 

 恐る恐る全が尋ねて来るが、特にこれといって思い当たる事がない一路は首を傾げるしかない。

 

「委員長にお弁当を頼んだというわけではないのよね?」

 

 それに関してはそうだ。

頷く。

第一、渡された当人だって驚いているのだ。

しかし、渡された事は驚いたが、灯華という人物の事に関しては驚きは少ない。

 

「見るに見兼ねてだよ、きっと。ありがとう。」

 

 普段なら丁重に断ったかも知れないが、内容が内容である。

捨てるような事になっても勿体ないし、素直に礼を言って受け取る事にした。

 

「ただ優しいだけだよ。」

 

 全達にはそう答える事で納得してもらうしかないのだが、そこまで言ったところでガタンと自分の席を立ち、灯華は教室を出て行ってしまった。

 

「・・・怒らせちゃったかな?」

 

 不愉快に思って、席を立ってしまったのだろうか?

不安になる一路。

 

「ん~。だったら、弁当を取り上げてんじゃね?」

 

 全のその意見ももっともだ。

 

「照れているのよ、きっと。お昼が楽しみね、いっちー。」

 

 そう言って、芽衣はお茶目に一路にウィンクしてみせるのだった。

ちなみに、彼女の作ったお弁当は純和風で美味しく、一路はその全てを綺麗にたいらげたのは言うまでもない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20縁:まわるまわる 歯車 マワル。

祝日興行となりにけり。
成人の方おめでとうございます。


「う~ん、いっちーはいいヤツだなぁ。」

 

 全はしみじみと呟く。

 

「宿題を写させてもらったからでしょう?」

 

 隣には芽衣がいる。

帰る方向も同じで、昔からの知り合い同士だからだ。

普段からいる事が当たり前過ぎて、ついつい今も一緒に帰る事が多い。

 

「あ?うん、まぁ、それもある。あるっちゃあるんだが、う~ん・・・。」

 

 再び唸り出す全に視線を送る。

見慣れた顔。

 

「何よ?」

 

「真面目でいいヤツなんだけどな、なんつーか、オマエの仮面優等生に近いような気がすんだよな。」

 

「誰が仮面優等生よ!」

 

 その態度がそうだというのだが、また蹴ってあげましょうか?というように、全を見ていた彼女の視線が強いものへと変化したので、やめておくことにした。

 

「いやよ、オマエの場合は自分からそうしてるわけで、いっちーはそれとは何か違うんだよなぁ。そうある事が、さも当然みたくてさ・・・。」

 

 果たしてそれが意識してやっているのか、それとも無意識なのか。

恐らく後者だろう。

 

「それは確かに・・・そうかも知れないわね。」

 

「優しいのは解るんよ。でもさ、必要以上にアレだとストレス溜まらんかなぁ、いっちー。」

 

 無意識下で抑圧しているとしたら、何時か爆発しやしないだろうかと少し心配になる。

余計なお世話なのかも知れない。

 

「でも、それはそうなってしまうような大きな事があったからでしょう?元々優しいからこそ。少し解る気がするわ。想像したくはないけれど。」

 

 例えば、何年も横にいるこの見慣れた間抜け(ヅラ)がいなくなったら。

ずっと子供ではいられないし、いつかは離れ離れになってお互いの道を行くとしても、それは永遠の別れではない。

一路はそれを体験している。

芽衣はそう考えるとしたら、少しだけ、ほんの少しだけ納得出来る気がした。

 

「あ゛~、もうダメだ。今度こそいっちーを遊びに誘うぞ!やってやる!やってやるぞ、オレ様はっ!」

 

 ぐっと拳を握り締め、一人、強く誓う。

当人抜きで考えるのにも限界がある。

だったら、こんなうだうだと考えていても仕方が無い。

 

「反対はしないけれど、アンタに全部任せるってのもなぁんか不安なのよね・・・。」

 

 一人ハイテンションで息巻いている、そのハイテンション故に芽衣にとっても心配なのだ。

 

「なら、オマエも委員長みたいに、いっちーをカマえばいいじゃんか。」

 

「委員長ね。まさかあんな事をする人だとは思わなかったわ。」

 

 誰かに頼られて渋々行動を起こす事はあっても、基本自分から主体的に動く事はしない。

それが自分を含めたクラスの皆の共通認識だ。

 

「いいんじゃね?委員長だって思う事があったんだって。オレ等だって、今こうしていっちーの事を話してるしな。嫌ならオマエも何かすりゃいーじゃん。」

 

「別に嫌だとは言ってないわよ、私は。」

 

 その言葉に今度は全がじぃっと芽衣の顔に視線を送る。

 

「何よ?」

 

「別にいっちーのコト、嫌いじゃないんだろ?」

 

「まぁ・・・。」

 

 その通りだ。

 

「というより、気になってる。」

 

「まぁ・・・。」

 

 それもその通りだ。

どうにも歯切れが悪い。

嫌いではないし、気にもなる。

それが一体どういう感情に根ざしているのか、芽衣自身にも解らないのだ。

 

「というより、惚れた?」

 

「まぁ・・・て、なワケないでしょ、何を言わせるつもりよ!」

 

 ここで、ようやく全にからかわれたというのを、彼のニヤニヤ顔を見て初めて気づいた芽衣は、途端に声を荒げた。

 

「なはは~。照れんな、照れんな。」

 

 それだけ言うと全は脱兎の如く走り出す。

長年一緒にいるだけに、この後の芽衣の行動を読んでの事だ。

 

「待ちなさい!コラぁ~、蹴ってやるからそこに直れなさいっ!」

 

 

 

 

 カチャリと扉の開く音がやけに部屋に大きく響く。

そして乱暴に扉が閉まる音がして、部屋の主が入ってきた。

部屋の真ん中にあるガラステーブル、そこに小さな包みをコトリと置いてから。

 

「ふぅ・・・。」

 

 自宅に帰ってきた安堵からか、少女は大きく溜め息をつく。

部屋の主の名は漁火 灯華。

机の上に置いたのは、今日一路に持って行った弁当だ。

灯華はそれに視線を移す事なく、自分が身に着けていた制服を脱ぎ始める。

制服はどうにも窮屈に感じて仕方が無い。

なんというか、学校に通う者が皆同じ格好という事、もっと言うならば、同じ制服なのに誰もがそれを当然といったように疑問のカケラも持たない事が気持ち悪い。

純白の下着姿の上からTシャツを着ただけの彼女は、他に何も着る事なく壁際の本棚へ向かう。

彼女の背丈より高い本棚にはビッシリと文庫・新書サイズの本がぎっちりと並べられていた。

その背表紙をなぞるよにして、今日読む本を選び始める。

本のジャンルとしては、宗教・哲学様々だが、学術書が大半を占めていた。

彼女の白い指がピクッと動き、ある一冊の前で止まる。

 

【星の王子さま】

 

 彼女の本棚のラインナップの中で唯一といってもいいその物語の背表紙をじぃっと見つめた後、結局彼女は本を取る事はせず、本棚と反対側に身を踊らせた。

ギシリと簡素なパイプベットが彼女の体重を受け止めて、スプリングを軋ませる。

スプリングが彼女の体重を受けきり、仰向けになったままじぃっと天井を眺めてから寝返りを打つ。

 

「・・・。」

 

 寝返りを打って視界に入ったのは、この部屋に入って一番最初にした事である弁当の包み。

一路は洗って返すと言ったのだが、『それじゃあ、明日も作って来られないじゃない。』そう言って奪うようにして持ち帰ってきたのだ。

 

「明日も・・・か・・・。」

 

 元々、そんなつもりはなかったのに。

そもそも弁当なんて作るつもりも無かった。

 

『・・・母さんはいないんだ・・・その、去年亡くなって・・・。』

 

 そう言った彼の一人暮らしは、今の自分のこの部屋と同じ状態で過ごしているのだろうかと想像すると、どうやら自分は少し同情してしまったのかも知れない。

初めて一路を見た時、不思議な雰囲気に興味を持った。

単純に困っていたというのもあったけれど・・・。

なるべく進んで人との交流を持たない自分にとっては珍しい事だった。

 

『な、なんか哲学的だね。でも、それは寂しいかなぁ。』

 

 自分が感じた通り、不思議な事を言う人間だった。

 

『そっか。でもじゃあ、尚更僕が好きに呼んでもいいよね?僕が君を認識して興味が持てるように。』

 

 自分に興味を持つなんて不思議というより、珍しい。

自分と話したところで、たいして面白くないのは自分自身解っているし、だからといってそれをどうこうしょうとも思っていない。

ただ、ふと、自分と同じような状況で過ごしている彼に弁当を持って行ったら、どうなるだろうか?何か変わるだろうか?

そんなリアクションを少しだけ考えたの、要するに気紛れだった。

気紛れとしか言えない。

だって、本当は自分と同じだなんて・・・そんな人間いるわけがないと解っていたから。

 

『ありがとう、灯華ちゃん。』

 

(それでも・・・"ちゃん"はないと思う・・・。)

 

 名前に"ちゃん"をつけて呼ばれたのも意外だった。

自分の名にたいして思い入れがないと言ったのは本当だったけれど、それにちゃんをつけただけで、こんなにも名が実というか身を持つようになるとは思わなかった。

本気で拒否感というか、変な寒気が走った。

 

『ただ優しいだけだよ。』

 

「そんなワケ、ないじゃない・・・。」

 

 一路が述べた言葉がぐるぐると脳裏を回る。

そういえば帰ってから、一路の事ばかりを考えている事に今頃気づいた。

 

『惚れた?』

 

 本当に余計な一言を思い出した。

全の言葉に腹が立って、ベットからようやく立ち上がる。

 

「そうなワケ・・・ないじゃない。」

 

 もう一度同じ事を呟いて、ストレートジーンズを履くと、弁当を掴み台所のシンクへ無造作に投げると家を出た。

明日の弁当の材料を買う為に・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21縁:心の構え。

「相変わらず険しいというか・・・山道だよね、コレ。」

 

 三者面談のあったあの日から、数日後。

一路は再び柾木家へと向かう道を歩いていた。

木々に覆われた山の中にある一本道に辟易としながら。

額にはしっとりと汗をかき、髪が額に張り付く。

前回来た時はもっと楽だったのだが、今回は荷物があった。

まず片手には一升瓶。

これは前回、何も手土産を持って行かなかった埋め合わせというか、魎呼への約束の酒だ。

これには月の生活費のうち、結構な割合を占めたが、夕食数回分と一路への学校へわざわざ出向いてもらった(しかも空振り)交通費と労力を考えれば、安い物だと思えた。

たとえそれが一路が頼んだ事でなくとも、一路にはそれが嬉しかったから。

あとは背中のリュックに鷲羽と阿重霞へ、同じようにお礼を兼ねた手土産。

その他にも諸々。

 

(?何の音だろう?)

 

 乾いた音が、山道を逸れた場所から聞こえる。

自分の荷物と労力と山道。

それを脳ミソで一瞬にして比較した結果、一路は近くにあった棒を拾って音のする方へ向かう。

迷わないように棒を地面について、それを引きずりながら、草花を掻き分ける。

こうしておけば、迷ったとしても安心だ。

転ばぬ先の杖といったところである。

 

「はっ!」

 

 乾いた音に続いて、誰かの声。

 

(この声って多分・・・天地さん?)

 

 人懐っこい笑みを浮かべた優しい眼差しの青年を思い出す。

あの温厚な人物が発するとは思えない凛とした声。

導かれるように歩を進めると、やはりそこには天地がいた。

木刀を片手に、膝を上げた格好で静止している。

足場には一本の杭。

杭を次から次へと飛び移っては、また片手で木刀を上段に構える。

ピクリと動かないし、ブレもしない。

 

「興味があるかの?」

 

 じぃっと天地に見とれていた一路に声をかけたのは勝仁だった。

 

「あ、どうも。すみません、覗きみたいな事して。」

 

「ん、まぁ、訓練というものは隠れてやってこそ、格好いいかも知れんがのぉ。」

 

 特に咎める事はせずに、勝仁は一路を招く。

格好いいとか悪いとか云々というのは、勝仁なりのちょっとしたジョークだ。

 

「あれって神社でやる踊りの練習かなんかですか?」

 

 能とかそういうのと同じ奉納の舞の類いかなにかと、乏しい知識の中で尋ねる。

 

「剣舞という事か?うぅむ・・・代々伝わるといえばそうじゃなぁ・・・。」

 

 基本的には柾木神社に伝わるといっても構わないだろう。

"地球に限れば"という前置詞をつければの話だが。

 

「あれ?一路君じゃないか。今日はどうしたんだい?」

 

 集中していたので、勝仁との会話をしている一路に気づくのが遅れたのか、手拭いで汗を拭きながら天地がやって来る。

 

「こんにちは。先日はお世話になったので、お礼をと・・・。」

 

 片手に持った荷物を掲げてみせる。

 

「魎呼さんと約束してたお酒。」

 

「君、未成年だろ?未成年に酒を頼むなんて魎呼のヤツ・・・。」

 

 昨今、未成年へのアルコール類の販売は厳しくなる一方だというのに。

困ったヤツだと天地は眉間に皺を寄せて難色を示す。

そんな天地に、一路は最初に感じた恐怖のようなものは無かった。

至って優しげな水のように澄んだ印象。

 

「あ、頼まれたってワケじゃなくて、僕が自分からお礼になる物って選んで持ってきただけなんです。」

 

「そうなのかい?う~ん、悪いね、本当に。」

 

「それにしても、さっきの凄いですね。」

 

 天地の優しげな眼差しは、先程稽古をしていた人物と同一人物だとは思えない違いがある。

稽古をしている天地は、間違いなく格好イイ。

 

「見てたんだ。オレなんかまだまだだよ。じっちゃんのが凄いぜ。」

 

「そうなんですか?」

 

 やはり天地の師であるだろう勝仁とは経験も年季も違うのだろうと羨望の眼差しで見つめる。

 

「ん?」

 

 視線に気づきつつ、それが満更ではないとなかりに片目だけ眉根を上げる勝仁。

 

「どうじゃな?やってみるかの?」

 

「え?」

 

「じっちゃん?」

 

 勝仁の提案に驚いたのは一路だけではない、天地もだ。

 

「ほれっ。」

 

 驚きが引かないまま勝仁に木刀を投げられた一路は、慌ててなんとかそれを掴む。

掴んだのはいいが、それを持ってどうしたらよいのか全く解らない。

というより、木刀を持った事すら初めてだ。

 

「鏡合わせで天地の真似をすればよい・・・と、左利きか。なら、そのまま真似するといいじゃろ。」

 

「いいのかよ、じっちゃん。」

 

 勝仁の傍に寄り、小声で囁く天地は困惑の表情を浮かべたままだ。

 

「何がじゃ?」

 

「だって、アレって樹雷の剣術の構えなんだろ?」

 

 以前、異母兄を探してこの地に来た阿重霞が、天地の剣の構えを見て、それが樹雷に伝わるモノだと見抜いて問い詰められた事があったのを思い出していた。

科学的な技術ではないにしろ、これも地球には存在していないはずのシロモノだ。

 

「あのコには解らんじゃろ。たとえ樹雷の名を言ったとしてもな。第一、減るもんでもなかろうに。」

 

「そりゃそうだけどさ・・・。」

 

 何がトラブルの元になるかは、全く予想出来ない。

樹雷とか外来絡みは特にだ。

それを身を以って体験している天地には、なかなかはいそーですかと言えるものじゃない。

 

「ほれ、さっさと行かんか。」

 

 それでも祖父であり、師である勝仁に言われたのでは仕方が無い。

渋々と天地は、さっきまで自分がいた足場に登る。

 

「最初は両足で、慣れてから片足で立とう。」

 

 言われるがまま、天地の真似をして杭に登り安定してくると、恐る恐る片足を上げる。

 

「なかなかバランス感覚はいいの。出来れば木刀は利き手一本で持つと・・・あぁ、そうじゃ。空いた手は腰だめに回すと良いぞ。」

 

 必死。

言われるがままに必死で杭に立つ一路。

さながらアスレチック気分だ。

いや、並みのアスレチックよりも厳しい。

足と手で別の動作をしながらも、上下一体でバランスを取らなければならないのだ。

 

「流石に目は閉じれないよね?」

 

「天地さん、それっ、は、確実にっ・・・落ちるとっとととぉ~思いますっ。」

 

 既に不安定なのである。

しかも、意外と残った足の方の筋肉も使う。

数分も経たないうちにピクピクと疲労で痙攣してしまうのは目に見えている。

天地がやっていた次々と杭に飛び移るなんて、夢のまた夢どころか、目を開いてても無理だ。

 

(ふむ・・・。)

 

 天地だけが目を閉じたのを見ると、勝仁は二人の死角から小石を天へと放る。

 

「あだっ。」

 

 片方の小石は放物線を描いて一路の頭頂部に当たり、 一方の天地に向かった方の小石は天地の木刀で弾かれる。

 

「ズゴイ!」

 

 単純な賞賛。

しかも、天地は目を閉じたままだ。

 

「流石に一朝一夕じゃ無理だったの。」

 

「当たり前ですよ。」

 

 片足で立つのにも限界で、足を入れ替えながら一路は答えたが、天地は一向に足を入れ替える気配もなければ、微動だにしない。

 

(単純に弾くというのでは対応できぬか・・・?)

 

 じぃっと一路を見た後、再び死角から小石を放る。

但し、今度は十分な"殺気"を籠めて。

再び小石は放物線を描き、そして天地の木刀で弾かれる。

 

「じっちゃん、そんな解り易く投げたら、いくらオレだっててっ?!」

 

 苦笑しながら呆れる天地の頭に小石が当たる。

低い放物線と高い放物線を描く二つの小石の時間差攻撃が見事に天地の頭に着弾したのだ。

 

「目先の気配のみに飛びつくからこうなるんじゃ、"二人共"。」

 

「え?」

 

 何の事か解らない天地が目を開くと、目の前にいたはずの一路がいない。

 

「あれ?一路君?」

 

「はい。」

 

 天地の真横、杭の横に一路はいた。

しかも、隠れるようにしゃがみ込んで・・・。

 

「石を避けたのか?」

 

「え?あ?さぁ?」

 

 まるで自分がどうやってそこに移動したのか解らないといったような顔。

天地も目を閉じていたので、事の成り行きが解らない。

解っていたのは、最初から最後までを終始見ていた勝仁だけだ。

 

「さて、稽古はやめにして、家に行くとするかのぉ。目的を達する前に日が暮れても困る。そうじゃ、荷物はワシが持って行くから、天地と一緒に畑で今日の夕飯に使う野菜でも採ってから来るといい。都会じゃなかなか体験出来なかろう?」

 

「畑もあるんですか?行ってみたいです!」

 

 勝仁の指摘通り、そんなのは学校の花壇程度の規模か、幼稚園の時の芋掘りくらいしか一路はした事がない。

興味は大アリだ。

 

「なら、日が暮れる前にじゃな。」

 

 荷物を預かると、勝仁は二人を促してその背を見送る。

見送りながら、両手に持った荷物をひょいと持ち直して・・・。

 

「石を投げる前に飛んだか・・・。」

 

 天地は殺気を込めた攻撃に反応した。

そして一路は殺気そのものに反応した。

結果、小石を弾く云々以前にその場から離れて移動したというのが、天地の真横まで動く事が出来た真相。

何かの事象を感じて、それを回避する。

ふと、一人の人物を思い出す。

そちらは、何かの事象があって更に何かを引き寄せるのだが。

 

「これだけ見れば、小僧の反対じゃな。」

 

 額に常に絆創膏貼り付けた五分刈りの坊主頭の顔を思い浮かべながら。

 

「今頃、何やっとるかのぉ、あの小僧は・・・。」

 

 自宅へと歩を向けるのだった。

 




どちらかというと、私は天地より好きです、あの小僧さんw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22縁:しっかりと泣けばいい。

GXPの新巻読んでおかないとなぁ・・・。


「へぇ、カブって意外と浅く埋まってるものなんですね。」

 

 天地に連れられて畑に来た一路は、目の前のカブを抜きながら一人感心する。

その言葉の意味がよく解らず反応に困っているように見える天地に対して一路は言葉を続けた。

 

「ほら、物語であるじゃないですか。」

 

 童話の大きなカブのようにうんとこどっこいしょのイメージが天地の頭に浮かんだところで、一路の言わんとする事を理解する。

 

「あぁ、確かにね。抜けないっていうんだったら・・・オレなら大きな牛蒡にするかなぁ。」

 

 一路の言いたい事に苦笑しながら、天地も実にアホな事を言って返す。

ひょろりとした牛蒡を大人数で引き抜く図を想像すると、やはりイマイチ絵にならない。

 

「う~ん、絵づらを考えると、やっぱり大きなカブか、大きな人参かなぁ。」

 

 あははと笑う一路につられて、天地も笑う。

都会の人は畑仕事のような土に塗れるのを嫌がるといったイメージがあった天地は、存外楽しそうに額に汗する一路を微笑ましく思う。

 

「ミャウッ!」

 

「ん?今、変な鳴き声が・・・。」

 

「あぁ、多分、ウチにいるペットが人参畑の方にいるんだよ。人参が大好物でさぁ。一路君が大きな人参って言うのが聞こえたんじゃないかな。」

 

「食いしん坊さんなんですね。もしかして、それであの畑なんですか?」

 

 柾木家の畑は大半が人参畑で占められていた。

思わず人参農家なんだろうか?と思う程に。

冷静に考えれば、柾木神社という立派な神社があるのだから、専業農家なわけがない。

 

「最初はそんなでもなかったんだけどね。畑自体、オレの趣味で。これが段々とハマってきちゃってね。そのうちに出荷してみたら、思いの他コアなファンがついちゃって。」

 

 あれよあれよという間にとはよく言ったもんである。

 

「でも、趣味で作ってるからそんな量が卸せなくて、何時の間にか幻の人参とか皆が勝手に言い出しちゃって・・・大袈裟だよね?」

 

 聞き方によっては、さり気ない自慢のようにも聞こえなくもないが、天地がそれを言うと全く嫌味に聞こえない。

ただ単に好きでやってるんだなぁと額面通りに受け止めるくらいだ。

 

(あ、そうか・・・。)

 

 天地の静かな瞳と言動を見て、一路は理解する。

天地は"湖面にそびえる一本の樹木"なのだと。

大きく広がる、それでいて静かな水面。

そしてそれを覗き込めば、鏡のように自分の顔を写し出す。

彼に面白くない感情を持っていれば、先程の話も自慢話にしか聞こえないし、敵意があれば当然相手にもそう認識される。

もっとも天地の水のような心の広さは多少の力では波紋を広げない。

そして、彼に良い印象を持てば、当然同じように返ってくえる。

だが、かといって天地には自分がないと言うわけではない。

水面から顔を上げ、上を見ると一本、芯のある大樹がある。

だとしたら、最初に感じた恐怖は・・・なんだったのだろう?

余計に気になる。

心臓を鷲掴みにされたような・・・まるで生殺与奪を握られたかのような押し潰されるような・・・。

 

「一路君?」

 

「あ、すみません。ちゃんと働きます!」

 

 せめて夕食分に値する仕事をせねば!

基本、一路の性分は真面目。

 

「いや、もう充分に夕飯の分は大丈夫だよ。少し休憩しようか。」

 

「はぁ。」

 

 体験した事のない畑仕事にノリノリでやっていて気づかなかったが、そういえば腰が痛い気がしてきた。

 

「すまないね。魎呼と阿重霞さんが。あの二人、何かと喧嘩というか張り合いが始まっちゃうと、あぁだから。」

 

 苦笑いの天地に対して一路が微笑む。

天地の気遣いは優し過ぎて、逆に恐縮してしまう。

 

「二人共、良かれと思ってやってくださってるので・・・それに僕も意外と嬉しいですから。」

 

「そぉかい?」

 

 天地の顔は全く信じていない顔だ。

 

「嫌なら嫌でちゃんと言いますし、それに誰かにカマってもらうのって久し振り・・・。」

 

 周りの大人はすぐに匙を投げた。

別にそれを恨んだりとかは全くない。

全ては自分が悪いというのは最初から解っている。

 

「そっか・・・。」

 

 天地は魎呼や鷲羽達に聞いた一路の事情を思い出す。

物心がつく前と物心がついた後。

どちらが辛いだろうか?

ふと、初めて一路の事情を聞いた時に考えた事を思い出す。

 

(結局、どちらが不幸とかっていう風に考えてるみたいで嫌になったんだよな。)

 

 どちらも悲しいに決まっている。

そういう結論しかないと思った。

 

「天地さんは、今が・・・って聞くまでもないですよね。」

 

 それ故に、一路が聞きたい事も解る。

 

「あぁ。今、オレは幸せだよ。でも、やっぱり母さんの事を思い出すと辛い。でも、それは当たり前だろ?それでいいんじゃないかな。」

 

 天地だって、母そっくりな姉の天女の姿を見ると切なくなる時はある。

そんなセンチメンタルも、魎呼と阿重霞達の喧騒を聞けば、感じている暇もなく何時もの日常が始まってしまう。

こっちが今の自分の日常。

それでいい。

 

「一路君?」

 

 天地はあらたまって経験者、先輩として何かを言わなければならないと思ったのだが・・・。

だが、同じ境遇でも彼と自分は違うのだ。

同じ母を亡くしたとしても、同じ人ではない。

その後の境遇も。

そして天地と一路は全く違う人間なのだから。

 

「はい・・・。」

 

 それでも何か、何かを言ってあげたい。

彼はこんなにも素直でいい子なのだから。

 

「泣いていいんだよ?辛いなら、さ。」

 

 かく言う天地だって、母が亡くなってしばらくは泣きまくった。

よりにもよって魎呼が封印されていた洞の前で。

しかも、それが精神体の魎呼に見られていたのは不覚だったが。

それに成長してからも、一度だけ母そっくりの姉を、母と勘違いして泣いた事もある。

一路が泣くより年齢的にタチが悪い。

 

「天地さん・・・。」

 

「うん?」

 

「確かに辛くて・・・泣きたくなる事があります。泣きたくなって、泣いちゃう事もあって・・・それでその後に思うんです。じゃあ、愛した人を、妻を亡くした大人の父さんはどうしてるのかなって・・・。」

 

 衝撃的だった。

天地にとってその一言は。

 

「それが・・・君が泣くのを我慢する理由かい?」

 

「いや、そういう事では・・・結局、泣いちゃうし・・・。」

 

 特に最近は周りが優し過ぎて泣きそうになる事もしばしばだ。

 

「そういう事が言えるんだから、君は凄いよ。オレよりもずっと大人なんじゃないかなぁ。」

 

 あははと苦笑した後・・・。

 

「でもね、いいんじゃないかな?泣くのは悪い事ではないと思うよ。泣きたい時は泣いて、笑う時は笑う。そうじゃないとさ、肝心な時に忘れちゃうよ?泣き方とか笑い方とか。」

 

 その言葉に俯く事しか出来ない。

 

「誰もそれに文句なんて言う権利なんてない。」

 

「天地・・・さんは、考えないですか?・・・母は、自分を産んで・・・一緒にいて、幸せだったのかって・・・僕は母さんに何にも・・・。」

 

 してあげられてない。

そう言おうとした時、一路の肩に天地の手が置かれた。

 

「だからさ。だからオレ達は生きてるんだろ?」

 

 それが本当の答えで、正解かは解らないし、誰が答えられるわけではないけれど、しかし、一路が涙を堪えるのをやめる理由には充分だった。

 

(頑張り屋さんだな。)

 

 魎呼達があれこれと世話を焼きたがるのも解る。

彼は優しくて健気なのだ。

そしてそのままに育った。

だから必要以上に周りが見えてしまう。

そんなところが、奇しくも先程の勝仁のように弟分とも言える西南(せいな)を天地に思い出させた。

まぁ、彼は彼で色んな意味で大変だが、周りにいる女性達がいずれも才女なので、心配ではあるがなんとかやっているだろう。

そんな事を考えているうちに、一路もなんとか持ち直したみたいだ。

 

「落ち着いたかい?」

 

「はい、あ、あのっ。」

 

「まぁ、いいじゃないか。こういう日があっても。」

 

 一路の礼の言葉も謝罪の言葉も天地は遮って、ぽんぽんと背中を優しく叩く。

 

「あとは食べるだけだ。」

 

 うんうんと、収穫物を詰め込んだ籠を見て頷くその向こう側から、車のエンジン音が聞こえる。

 

「あ、ノイケさん。」

 

 そう呟くと、二人向こう側から一台の軽自動車がやって来るのが見えた。

白い軽トラ、その運転席の窓から、女性が手を振っている。

 

「丁度良かった。オレ達と荷物を載せて行ってもらうとしようか。」

 

 そう気楽に笑う天地の一方で、一路は慌てて自分の顔をごしごしと擦る。

流石に初対面の女性に泣き顔を見せるというのは格好が悪い。

 

「丁度良いタイミングでしたね。お客様とご一緒に乗って行かれますか?」

 

 二人の前で止まった軽トラから降りてきた理知的な女性。

今まで見て来た柾木家の女性陣の中で、誰にもあてはまらないタイプの女性だ。

ショートカットの美しい碧緑の髪に同じ色の瞳。

にっこりと笑う様は外見の年齢より幼く、可憐に見えるが、どちらかというとお嬢様然としている。

 

「あ、初めまして、檜山 一路と言います。えと、その・・・。」

 

 目が合って慌てて自己紹介をして、そこではて、何と説明したらよいものかと考える。

友達というような感じでもないし、遠い親戚というわけでもない。

 

「最近ウチに遊びに来るようになった子で、連れて来たのはじっちゃんと魎呼なんだけど・・・まぁ、魎呼や鷲羽ちゃんのお気に入りってトコかな。」

 

 言い澱む一路に代わって、説明をする天地の言葉に驚くノイケ。

 

「まぁっ!それは・・・不憫に(・・・)・・・。」

 

「え?」

 

「いえ、なんでも。神木(かみき) ノイケと申します。」

 

 ぺこりと頭を下げるノイケに一路も習う。

彼女のフルネームは、神木 ノイケ 樹雷。

阿重霞や砂沙美と同じ、樹雷を取り仕切る四大皇家の一つの出なのだ。

といっても、彼女は養女なので直系ではないが、系図のみでいうと先の阿重霞・砂沙美両名の母方の叔母にあたる。

 

(今、一瞬、本音が・・・。)

 

 そう思っても言わないところが天地の深い愛情(?)なのかも知れない。

 

「詳しい事はまた後で話そうか。砂沙美ちゃんも待ってるだろうし。」

 

 この収穫物の何割かは、このまま夕食になるわけだ。

 

「そうですか。でも、その前に・・・。」

 

 ノイケは車の座席に戻ると水筒を取り出す。

その間、一路はぽかーんと考えていた。

柾木家。

天地の周りには、極端な性格の人間ではあるが、美女ばかりである。

果たして、この女性達は天地と一体どういった関係なのだろう?

下世話かなぁとは思うが、ただの居候というのとはちょっと違う気がする。

家族という雰囲気、空気はあるが、一路が感じる各人のイメージはばらばらで個性的というか、統一感が全くない。

でも、家族なのである。

だからこそ、不思議に思ってしまう。

 

「って、冷たッ?!」

 

 急にひんやりとした布をノイケにあてられて飛び上がった。

 

「あ、ごめんなさいね。でも、冷やしておかないと腫れてきてしまうかも知れないから・・・。」

 

 水筒のお茶で濡らした手拭い。

それを一路の頬に押し当てて微笑むノイケ。

どうやら泣いていた事は、ノイケには筒抜けだったようで一路は赤面する。

 

「誰にも言ったりはしませんから。」

 

 一路の余りにも可愛い反応に思わず吹き出しそうになりながら、ノイケは内緒ですと強調する。

お陰で一路は恥ずかし過ぎてゴシゴシと空いている方の頬を擦るしかない。

 

(カッコ悪スギ・・・。)

 

 思わず泣いてもいいと無責任に言った天地を見てしまう。

ちなみに天地は一連の流れが始まってからずっと済まなさそうに頬を掻いたままだった。

一つだけ天地のフォローをするとすれば、ノイケはそれだけ気遣いの出来る聡い、所謂才女というヤツであったという事である。

 

「では、参りましょうか。」

 

 結局、この場では誰にもノイケには勝てないという事だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23縁:良識のヒト?

これで地球での主要人物は、あえて出さない人以外は登場しましたかね?
え?信幸夫妻?(笑)


『頑張り屋さんでいらっしゃるのね。』

 

 車中で一路に関する話を天地から聞いたノイケの彼に対する感想はこうだった。

概ね、天地と同じ感想である。

ちなみに一路は、都会では体験出来なかった軽トラの荷台に乗って移動にいたく興奮している最中で、運転席でのこのやりとりの場にはいなかった。

このお陰で余りスピードを出せないという事実が、後に致命的な事態、籠にこっそり飛び乗った魎皇鬼に人参を片っ端から食べられるという騒動になる。

それが終わったら終わったで、出迎えた魎呼にまた浴室へ引っ張って行かれそうになり、そこでノイケが止めに入るのだが、魎呼の『一度一緒に入ってんだからカンケーねぇ。』の一言で彼女の説教が始まった。

しかも正座で。

その後、それを揶揄してきた阿重霞と魎呼のいつもの口喧嘩が始まり、それを天地が慌てて止めに入るという柾木家のいつもの平和な(?)ルーチンワークをフルコースで体験するのだった。

それを終わる頃には、夕食の準備が整っていた。

一路は多数の女性と一緒に暮らす天地さんは大変だなというのをまざまざと見せつけられたところで。

 

「ところで一路殿?」

 

 ノイケが調理に加わった料理は更に美味さが増し、必要以上に食べて腹の膨れた一路に声をかけたのは鷲羽だ。

前回もこんな振りから始まって、三者面談の騒動になった気がするな、と一路を身構えさせるのだから、鷲羽も大概である。

 

「あら~、そう身構えなさんなっての。鷲羽、傷ついちゃう~。」

 

「あ、いえ、そんな。」

 

 単純に学習しただけなのだが。

寧ろ、それはある意味で褒めるべきだろう。

 

「一路、気にすんナ。鷲羽がこんな事で傷つくかよ。ミサイルでも傷つかねぇオンナだぜ?」

 

 勿論、魎呼の言葉に一つの嘘はない。

ミサイルでも、核ミサイルまでなら余裕ではないだろうか。

 

「全く、可愛くないんだから魎呼ちゃんは。まぁ、いいわ。んでね、一路殿?」

 

 ニヤリと笑いながら、ノイケを手招きする。

 

「?」

 

 全く意図が掴めないまま、鷲羽の元へ。

 

「なんでしょう?」

 

 小首を傾げるノイケの両肩をがしっと掴み、一路の真正面に向ける。

 

「さぁ~て、一路殿?恒例のクイズのお時間ですよ~♪はいはい~、こちらのノイケちゃんのイメージはどんなかな~?」

 

(な、何のクイズ?って、クイズなの?コレ?)

 

 皆の視線も興味津々といった眼差しを向ける。

神木 ノイケ 樹雷。

旧姓、酒津。

彼女の背景は、ここにいる誰よりも複雑だ。

それ故に一路のイメージはどうなのかという関心度は格別である。

 

「り・・・。」

 

「り?」

 

 もう何の罰ゲーム!と叫びたい衝動を抑える。

ここで何かを言っても言わなくても、ここまで注目されてしまっては恥ずかしい事には変わりない。

 

「り、理知的な方かと・・・。」

 

「だぁーっ?!」

 

 あまりの普通の答えを聞いて、奇声を上げたのは鷲羽だ。

いつものカニ頭の両端がゆっさゆっさと揺れる。

 

「そうじゃない。そうじゃなくてね、あのね、それは印象でしょ?そんなフツーのじゃないのよ、鷲羽ちゃんが聞いてるのはさー。」

 

 鷲羽ちゅまんな~いとイヤイヤと首を振り主張されても、ちゃんと答えただけの一路は困惑するしかない。

 

「ほぉ~ら、魎呼とか阿重霞殿を見た時みたいなヤツだよ。印象じゃなくて、イメージ。抽象的なのでいいからぁ。」

 

「そう言われても・・・。」

 

 ぱっと見でなら言えるかも知れないが、もう何回か言葉を交わして、しかもあんな恥ずかしい泣き顔まで見られては、印象は固定されてしまう。

人の第一印象というものは、ものの数秒で脳ミソにインプットされてしまうという学説もあるくらいだ。

それを言えというのは、時を巻き戻せというのに等しい。

 

「う~ん・・・。」

 

 仕方なくノイケをもう一度見る。

まず目を引くのはその髪と瞳だ。

短くても流れるような髪。

きっと伸ばしたらもっと綺麗だろうと思う。

髪フェチではないが、瞳は意思が強そうに見えても、何処か儚げで・・・。

 

「う~ん・・・。」

 

 二回唸った後。

 

「・・・川・・・湖・・・水・・・水鏡?」

 

 ビクリ。

一路の言葉に身を震わせたのは、ノイケだけではなかった。

阿重霞も砂沙美もである。

だが、特に驚いたのはノイケ自身だ。

決して不自然にならぬ様に、だけどとても不自然にぎっぎっぎっと首を動かし、背後にいる鷲羽を泣きそうな目で見る。

これはどうしたら?

そう狼狽を浮かべた瞳。

 

「これまたどうしてだい?って、直感なんだから説明なんて出来やしないか。」

 

 そもそも抽象的なイメージをリクエストしたのは、鷲羽自身だ。

 

「えと、ん~、ノイケさんは綺麗で清廉な人で、でも、何処か透明っていうか、儚いっていうか、だから水とか・・・ほら、水を覗き込むと鏡みたいに映るじゃないですか、綺麗な水だと特に。だから・・・水鏡?それと・・・。」

 

「と?」

 

「何か一言で説明出来ない複雑なカンジというか・・・う~ん。」

 

 どうやら言葉にして説明出来るのはここまでの様だ。

 

「つまり水と鏡、イコール透明。この辺がキーワードなんだねぇ。あはは、いいよいいよ。上出来だ。」

 

 何が上出来なのか解らないが、鷲羽的には充分満足いくような答えを言えたようで、解放された事にほっとする。

その代わりと言ってはなんだが、ノイケの動きはぎこちない。

 

(段々と精度が上がってきたのかねぇ。)

 

 科学の研究というものは、机上の理論、数式で詰めてゆくものもあれば、実験・実証を繰り返す事で突き詰めてゆくものもある。

これまで魎呼、阿重霞、ノイケ、そして鷲羽自身を含めて一路にイメージを聞いてきた。

いずれもはっきりとは正解ではないが、不正解と言い切れるものでもない。

占いの結果程度のレベルだ。

だが、占いも占われた本人に心当たりがある出来事があれば、それを正解、或いは占いの結果と結びつける事も出来る。

ただ鷲羽は科学者だ。

正確には哲学士と呼ばれる者だが。

今、彼女の前に幾つかのサンプルとしての結果がある。

分析に足りるとは言えないが、推測の範囲は出せるかも知れない。

 

(それでも、私の"お母さん"はどうかと思うんだけどねぇ。)

 

「おぅ、一路、オマエが買ってきた酒だ、一緒に呑もうぜ。」

 

「魎呼さん、彼は未成年ですよ!」

 

 魎呼の言葉でようやく正常運転に戻ったノイケが釘を刺す。

 

「だって、コレ、一路が持って来たんだぜ?持って来たヤツが呑めねぇなんて不公平じゃねぇか。」

 

 これでも魎呼的には一路に配慮したつもりなのだが・・・何というか、モノがモノだけにノイケには見過ごせない。

 

「そういう問題ではありません。」

 

 郷に入れば郷に従え。

そういう諺が地球にあるように、いくら自分が地球人ではないにしろ、その地の法に従うのが当然だ。

そこに暮らし続けてゆく為には。

 

「あの、コレは前のお礼ですから、気にしなくても。」

 

 お礼を兼ねているのだから、それを自分も頂くというのは気まずい。

それ以前に未成年。

何より、これ以上ノイケを怒らせるのはよろしくない。

そういう結論。

 

「そうかぁ?」

 

 魎呼の今ひとつ納得しない様子を見て、一路は素早く彼女の酒瓶を取ってコップに注ぐ。

 

「どうぞ。」

 

「お、悪ィな。」

 

 それだけで魎呼は上機嫌だ。

これはこれで解決したと思っていいだろう。

ほっと胸を撫で下ろす。

ちなみに阿重霞にも砂沙美にも、勿論、鷲羽にもお礼としてちょっとした物を贈った。

一人だけ、酒という食料という贈り物だった事に、後々魎呼が暴れたのはまた別の話。

 

(あ・・・灯華ちゃんにも何かお礼した方がいいかなぁ。)

 

 ふと世話になったといえば、お弁当をくれた灯華を思い出す。

明日も彼女が作ってくれるとは限らないが、それでも今までの分の何かしらのお礼を、と。

 

(何がいいか考えておかないと・・・?)

 

 その為には、もう少し灯華の趣味趣向を知らねばならないだろう。

もっとも、魎呼達に渡した物も、魎呼以外はある意味でイメージ先行の贈り物であったが。

 

そ・こ・で・だ。

 

今、一路の目の前にはタイミングのいい事に様々な女性がいる。

様々過ぎて天地が大変なのが解るくらい。

女性への贈り物にどのような物がいいかアドバイスをもらうには、これ程に適したタイミングはない。

但し、魎呼を除いて。

これは仕方ない、うん仕方ない。

大事な事というか、言い聞かせる為に2度念じる。

では、はてさて、誰に頼んだらいいのやら。

魎呼に酌をしながら、柾木家の女性陣(今日はいない美星を入れて)を見回す。

とりあえず、魎呼と(年齢的な問題で)砂沙美を除くと、4人。

その中で、一番話を聞いてくれて、マトモな回答を得られる人物。

となると・・・。

 

「あ、あの、ノイケさん?」

 

「はい?」

 




長かったなぁ、人物紹介編・・・。
ようやく話しを動かせそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24縁:剥き出しの心。

「ご相談事とは何でしょう?」

 

 折り入って相談がある。

出会ってから2,3時間程度の一路の願いをすんありと聞き入れてくれるノイケは寛大だった。

この辺はいいチョイスだと言える。

居間では他人の目があるという事を察して、別室に移るというのも流石ノイケの配慮とも。

 

「あの、実はですね・・・。」

 

 問題はそれとは別の所にあった。

二人が入った部屋の扉の外にひっそりと詰める人影。

 

「アンタ達ねぇ・・・。」

 

 きっちり聞き耳を立ててぴったりと扉にくっついている魎呼と阿重霞の二人である。

しかも、魎呼にいたっては先程まで呑んでいた酒のコップを扉にあてている始末。

その光景に天地を連れた鷲羽は、ただただ呆れるしかなかった。

 

「ま、この二人はコレだからして、一路殿のノイケ殿を選んだ選択は間違っちゃいないって事かねぇ?」

 

 そう同意を求められても、天地としては曖昧に苦笑するしかない。

 

「こっちもこっちで大事なハナシがあるんだ。わざわざ天地殿にまで付き合って来てもらったんだから。」

 

 チョイチョイと指で二人を招き、こちらはこちらで内緒話(?)を始める。

 

「で、何だってんだ?」

 

 聞き耳を立てていた扉を名残惜しそうに眺めながら、魎呼は鷲羽に寄ってくる。

 

「一路殿の事だよ。」

 

 邪魔された事に文句も言いたいところだが、一路の事となってはこちらも蔑ろには出来ない。

 

「皆はさっきのをどう考える?」

 

「さっきの事とはノイケさんのイメージの事ですわね?」

 

 水鏡。

読みは"みずかがみ"だったが、そこには重大な意味がある。

 

「"みずかがみ"じゃなくて、"みかがみ"ってんなら・・・。」

 

 思い当たる節がある魎呼は、隣にいる阿重霞を見る。

 

「えぇ、"お祖母(ばあ)様の樹の名"ですわ。」

 

「そう瀬戸殿の樹の名前だ。それにノイケ殿自身の樹は鏡子(きょうこ)。これは偶然だと思うかい?」

 

 瀬戸と呼ばれる人物とノイケは、義理とはいえ親娘にあたる。

 

「偶然にしちゃ出来過ぎだけど、オレはなんか無理矢理って気がするけどなぁ。」

 

 天地は首を傾げるが、それも無理もない。

彼は一路が魎呼達のイメージを告げた時には、その場に居なかったのだから。

 

「天地殿の意見も尤もだ。でも、同じような事が何度も重ねりゃどうだろうね?」

 

 心理学的見地に基づいた、占いの解釈のようなモノで解決出来る範囲なら問題ない。

その人の、性格・心理から推測する範囲なら。

しかし、今回のはそういう範囲で説明出来る事だろうか?

 

「では、一路さんには何かしらの特殊能力が?」

 

「一番簡単な推測で・・・直感、第六感でヤツ?それが余りにも強くて、そのモノの本質がぼんやりと見えるのかも知れない。」

 

「本質ってーと?」

 

「この推測を持ったのは、天地殿だよ。」

 

「オレ?」

 

 鷲羽の説明を黙って受けていた天地は、唐突に自分の名が呼ばれた事にすっとんきょうな声を上げる。

皆の視線が集中しても、天地には何の事だか解らない。

 

「一路殿が天地殿を初めて見た時、叫んでひっくり返ってたろ?」

 

 確かにそんな事はあった。

 

「・・・ん?ちょっと待てよ、鷲羽。なんでそんなの知ってんだよ。あん時は二人共風呂に・・・って、テメェ!覗いてたな!」

 

「お黙り!今はそんな話はしてないよ、後におし!」

 

「あれは・・・うん、尋常じゃなかったな。助け起こそうとした手も払われたし・・・。」

 

「そこだよ。もし、一路殿が人の本質を透視出来るとして、天地殿の(なか)にある樹雷の力。光鷹翼や光鷹剣を生み出せる力を感じ取ったとしたら?」

 

 沈黙が降りる。

天地の樹雷の力は、宇宙創造の秘と実しやかに言い伝えられるくらい強大なモノなのだが・・・。

 

「一般の地球人の価値観しか持たない一路さんからしたら、途方もなく恐ろしい力に・・・見えますわね。」

 

 だとしたら、パニック状態になったとしても頷ける。

寧ろ、発狂しなかった事が幸いだった。

 

「困った事に、そうだとすると感じ取るイメージがどんどん的確になっていっている気がするよ。」

 

「でもよ、だからって何か問題があんのか?よーするにソイツがどんなヤツかなんとなく解るって事だろ?逆に危険なメに合わなくて済みそうじゃんか?」

 

 本質が見抜けるなら、相対的に自分に害ある者は避けられるのではないか?

 

「どうだろうね。天地殿の時だって、別に害意があったワケじゃないだろ?それより問題なのは・・・。」

 

「悪意にあてられる事ですわね。」

 

 指摘したのは阿重霞だ。

自分がさっき言った、一路は"一般的な地球人の価値観"しか持っていない。

 

「そう、もし強烈な悪意を向けられたとしたら?」

 

「あ・・・。」

 

 天地は夕方の稽古の時を思い出した。

あれは殺気に過敏に反応した結果ではないだろうか?

 

「心を病んでしまうかも知れない・・・。」

 

 殺気とは明確に感じれば、刃を突きつけられている事と変わりない。

その度に一路の心は確実に削られてゆく。

 

「そんな?!」

 

「もしかしたら、一路殿は私達と会ってはいけなかったのかも知れない・・・。」

 

 彼のこれを能力と言うのなら、そしてそんな能力が本当にあるとしたら、きっかけを作ったのは自分達だ。

 

「ヤイ、鷲羽!なんとかなんねぇのかよ!」

 

「能力をセーブするか、一路殿自身が強くなるしか今のところは。あとは・・・。」

 

「あとは?」

 

「これにしたって憶測だし、それにもしそういう能力だとするなら、単純にそれだけじゃないような気がするんだよ、一路殿は・・・。」

 

 大体、天地にあれだけの反応を示したとすれば、砂沙美にだって、鷲羽自身にだってもっと過敏に反応してもおかしくはない。

その意味で、もっと別の何かがあるのではないかと考えたくもある。

そもそも憶測で所見を述べるのは、哲学士としても鷲羽のポリシーとしても反するものだ。

だが、万が一の事があった場合の為に情報を共有すべきだと鷲羽は判断せざるを得なかった。

それくらい一路の能力は平凡である反面、危険を孕んでいる可能性がある。

 

「見守るしかないね。一路殿は誰の目から見ても頑張ってんだから。」

 

「なんだよ、こぅ、もっとズバっと解決できねぇのかよ。・・・んじゃ、一路の相談に乗ってくっか。」

 

「抜け駆けはさせませんわよ!」

 

「ぶべぇっ?!」

 

 会話を終わらせて、そそくさと一路の所へ行こうとしていた魎呼が何もない所でつんのめる。

しかも、その鼻っ柱は真っ赤になっていた。

 

「てめぇ、今、結界張ったな?!フツーそこまですっかよ!」

 

(また始まった・・・。)

 

 天地は溜め息しか出ない。

これがもう日常なのだから、誰も彼を責める事は出来ないだろう。

ただ、一体、一日に何回彼女達を宥めすかさねばならぬのか。

ところで、一路は・・・?

 

 

「という事で、物だと逆に困ってしまうかも知れませんから、そうですね、軽くお茶をするというのは如何でしょうか?」

 

 一路の相談事が思った以上に普通というか、年相応なのでノイケはほっとしていた。

 

「お茶ですか?」

 

「そう。食事までいってしまうと余計に気を遣ってしまいそうですから・・・ケーキとか?甘いものでしょうか。」

 

 当然の如く、至極真っ当なアドバイスを一路は受ける事が出来ていた。

ただ、アドバイスとしては正しくても、引っ越して来て間もない一路が、ケーキの美味しい店などというものを見つけ出すのは至難のワザだ。

難易度が高過ぎる。

結果、何とか探す事は出来たのだが、当然、この展開は後に波乱の端となるフラグとしか考えられない展開なのだが、とりあえず・・・。

 

「盗み聞きとははしたないですよ!」

 

 一路にとっては普通の理知的な美人のお姉さんであるノイケだったが、彼女も彼女で他の柾木家にいる女性陣と変わらず、それ相応の修羅場を潜っている為、聞き耳を立てる二人の気配は丸解りあのであった。

当然、はしたない二人にはノイケのそれはそれは長いお説教が待ち受けていたのである。

 




あえて、光鷹剣としてますです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25縁:得手、不得手のハナシ。

「はい。」

 

 委員長こと、灯華はその一言で一路の目の前に包みを差し出していた。

さも当然ながらに出されたそれは、勿論お弁当だ。

彼女の目には、それ以上の反応をするなという圧力がありはしたが。

 

「ねぇ、灯華ちゃん。放課後空いてるかな?」

 

「放課後?何故?」

 

 圧力に屈せず・・・屈しそうにはなったが、折角ノイケにも相談に乗ってもらったんだしと、目的と手段があべこべになったような状態で口を開いた。

元々、言おうと思っていたので心構えが出来ていたともいえる。

 

「うん、ちょっとね。空いてれば一緒に付き合って欲しいかなと・・・。」

 

「・・・。」

 

 沈黙が痛い。

重いのではなく、痛い。

痛いと言えば、視線も痛い。

一路を値踏みするようにも思える視線。

耐えるには相当の精神力を消費する。

かくいう一路もちょっぴり逃げ出したい気分に駆られるが、ちょっとした使命感と何よりクラスメートの栄養状態を心配して弁当を作っている人間が相手だと解っている。

 

「・・・放課後ね。解った。」

 

 ぷしゅぅ~。

そんな音がして、一路から緊張という名の空気が漏れ出ていく気がした。

冷静に考えると、我ながら大胆な事をしたもんだと気づく。

同年代の女の子を誘う事なんて、今までの自分だったらあり得ない事だ。

それを成長と呼んでいいものかどうかはまた別の話しではあるけれど。

 

「いっちー、一発目は選択体育だぜ~。さっさと着替えんべ。」

 

 それでもこうやってクラスメートが声をかけてくれる事が、気分を変えるにはとても良いという事だけは理解出来る。

 

「体育かぁ・・・苦手なんだよなぁ。」

 

「は?選択体育だろ?得意なモノを選べるから選択体育なんだぞ?」

 

 何言ってんだ、熱でもあるのか?と訝しげに一路を見る全。

選択体育というのは、体育の授業を提示された幾つかの種目の中から生徒自身が選んでいいというもので、1学期と2学期ではそれぞれ違った種目が提示される事になる。

 

「得意なモノが一つもないから困ってるんだよ。」

 

「なぁ~る。」

 

 これで合点がいったようだ。

ちなみに1学期は、柔道・剣道・ダンスの中から一つ。

2学期は、卓球・サッカー・バスケットの中から一つである。

一路はその中で剣道を選択していた。

柔よく剛を制すとはいえ、体格の大きくない一路に柔道は厳しいし、何より人数的な問題で女子と組むという可能性があるのが嫌だった。

授業でも女性に投げ技をかけるなんてしたくない。

ダンスは最早言わずもがなで、リズム感というものがそもそもない。

女子が一番多いので、選ぶ男子も多くはあるのだが。

という事で、消去法の末に選んだのが剣道である。

防具の付け方さえ覚えてしまえば、学校の授業は竹刀の取り扱いだけで難しいものではない。

基本は素振りがメインだ。

 

「いっちーは機敏そう見えんだけどなぁ。」

 

「どうだろ?」

 

 喋りながら、ダラダラと剣道場へ向かう。

全が同じ剣道を選択していたのは、一路としても良かった。

 

「竹刀の素振りも早いしさっ。」

 

 それは授業が始まっても同じで、会話は途切れずに互いに組んで攻め手と受け手で打ち合っても尚も続く。

 

「そうなの?左の方が右より筋力あるからじゃない?」

 

 剣道は剣術から派生したものである。

竹刀に当たる刀は左脇に差す。

左利きというのは原則存在しない。

右手を上手(うわて)にして持たれた竹刀は、野球のように利き手が上にくる事はない。

しかし、竹刀を振るう力を司っているのは、実は下に来る左手の方なのだ。

右手はその制御。

感覚的にはそうなのである。

 

「経験は~、あ~、ないわな。」

 

 ちょっとした身のこなしから、経験がない事は全でも解った。

 

「だから!苦手って、言った、でしょっ?」

 

 息を切らせながら素振りを続ける。

疲れるから話すのを止めればいいのにと誰もが思うところであった。

 

「まぁ、なぁ。」

 

「そっちは経験者みたいだね。」

 

 一路の目から見ても全の所作は綺麗だ。

 

「経験つっても道場とか通ってねぇし、だから級も段もねぇよ。」

 

 大体、段位は2段当たりで遊びのレベルから変わる。

少なくとも全はそのレベルに達しているのではないだろうか。

 

「まぁ、でも、どっちかっつーと、こんなのよりグーの殴り合いのが解り易くていいけどな。」

 

 物騒な事を言うが、一路はそれはボクシングの事だろうかと首を傾げる。

防具の面と面越しでは、互いの表情は余程接近しないと解りづらい。

全の言葉の真意を一路が計りかねた。

だとしても、一路のド素人レベルから見れば、充分格上のレベルだ。

純粋に羨ましく思えた。

対して自分のショボイことショボイこと。

一通りの素振りを終えた後には、自分に才能がない事は明白だった。

最後に時間を区切って軽く試合のような手合わせをするのだが、そうなると一目瞭然で、一路の竹刀は全の防具に掠りもしない程に差が出た。

こうなるとショボ過ぎて全に悪いと思うくらいである。

 

「かっかっかっ、ダ○エルサン、剣道ハ心だヨ?ホラ、ライトハンド、レフトハーンド。」

 

 完全にいい様にあしらわれている。

それでも一路は手を休めない。

 

「そっ、れはっ!剣道じゃなくて、空手だ、ミスターミ○ギ!」

 

 息も絶え絶えに、それでも意地で反論する一路の頑固さに全は微笑む。

 

「お?このネタが解るなんて、なかなか通だね!ちなみにオレは4とリメイク版は認めねぇ。」

 

 授業中だというのに会話の内容がそこはかとなくマニアックなお二人さん。

 

「そこは厨二病らしく斉○一の牙○とかじゃないの、フツー!」

 

 もう限界と、最後の一振り。

 

「○突をチョイスするとはいい趣味だな。でも、残念~。突きは危険だから中学の試合では禁止技~。」

 

 結局、これもあっさりといなされ、結局終始こんな調子で全にあしらわれ続けたまま。

 

「う~ん・・・当たりもしないなんて・・・・。」

 

 防具を片付けながら、しきり首を傾げる。

どこまで自分はセンスがないのだろう。

勝てないのは当然としてまでも、もっと有効打があってもいいのにと。

 

「いっちーは振りが速いけど、動きが単調で解り易い。なんつーか、正直者の性格がばっちりと出てる。」

 

「なにそれ・・・。」

 

「かっかっかっ、悪いコトじゃないぜ?」

 

「そうだけど、何か・・・フクザツ・・・。」

 

 褒められているのか、貶されているのか・・・。

正直そのどちらもなのだが、全の中では褒めている割合が若干多い。

何故なら、剣道はある一定のレベルまでは日々の練習でなんとかなるかも知れない。

だが性格はそうもいかないからだ。

 

「集中ってヤツだ。ほら、心静かに明鏡止水、火もまた涼しって言うだろ?」

 

「言わないよ、なにそれ。後半は心頭滅却でしょ?」

 

「そうとも言う。」

 

 そうとしか言わないのだが、疲労もあるし、これ以上突っ込むとややこしい事になりそうなので止める事にした。

防具を片付け、自分の持ち込んだ竹刀を見つめる。

同じ事を言われたのを思い出したからだ。

 

『動画をかい?』

 

 柾木家での夕食の後、一路はそう天地に願い出た。

勝仁に教えてもらった型が上手く出来なかったのが少し悔しかったからだ。

本来、何年もかけて習得するものなのだろうから、一朝一夕で一路に出来ないのは仕方ない。

だが、全く出来ないというのも悔しいのだ。

 

『・・・まぁ、いいか。』

 

 樹雷の型を部外者に教える事を天地は一瞬渋ったが、勝仁も許可している事だし、神社の伝統芸能と勘違いしている一路の伝統を大事にする気持ちも蔑ろには出来ない。

何より、これは実戦に応用出来る型なのだ。

精神と身体を鍛えるのにも一路の為にはなる。

そう考えると否応は無かった。

 

『ただ、動画は・・・やっぱり恥ずかしいね。』

 

 恥ずかしがる天地、それを時折邪魔する魎呼、その他にも色々と映り込んだりと大変だったがポイントを抑えて撮る事が出来た。

 

(あれも一つの精神修養だったっけ?)

 

 家に帰ると洗濯と予習・復習。

特にやる事のない一路にとってこの動画は良い気分転換になる。

といっても、やる時は本当に集中して行うのが一路の美点だ。

ふと全の言葉がこの経緯を思い出されて、竹刀を持ったまま覚えた所までを再現してみる。

 

(これを何も考えずに無心で出来るようになると、身につけたって言うんだろうなぁ。)

 

 動画と教えてもらった内容を思い出し、未だ不安定に身体を揺らしている一路には、そんな段階は夢のまた夢に感じる。

剣道にしろ、この型にしろ、本当に自分は不甲斐ない。

しかし、三者面談のあの日、鷲羽はやってみなきゃ解らないという彼にとっては重要な指針を言った。

だから・・・竹刀を握る手に力が入る。

 

「て、いっちー何してん?創作ダンス?」

 

 全から見て創作ダンスにしか見えないという程度のレベルでしかないのが、現状。

現実はシビアだ。

ダサダサ。

 

「あはは・・・。」

 

 考え事に夢中になって恥態を見られた一路にとって、ここは苦笑で誤魔化すしかない。

 

「そんな"型"なんかやってねぇで、さっさと行こうぜ、さっさと。」

 

 はて?

今、全は型と言わなかっただろうか?

自分はそんな説明をしてはいないのに。

 

(剣道経験者だし、地元の神社の舞だから解ったのかな?)

 

 全も昔からこの辺りに住んでいるのだし、舞を見た事があるのかも知れないと一路は理解する。

しかし、彼は一つだけ失念していた。

以前、柾木神社を知っているかという問いを既に一度しているという事を。

そして、その答えは"誰も知らない"という事だった事を・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26縁:気紛れの架け橋。

サブタイトルがすんなり決まる回と決まらない回の差は、一体何なんでしょうかねぇ・・・。


「何?」

 

 自分を見つめる灯華。

いや、自分が灯華を見つめているからだろうか。

放課後、帰宅の用意を済ませた一路が、隣の席の灯華を見ると、同じように用意を終えたであろう灯華が自分を見ていた。

 

「いや・・・本当に待っててくれてるんだと思って・・・。」 

 

「帰る。」

 

「うわぁぁぁっ、ごめんっ、本当にごめんなさい。」

 

 約束を破るようなタイプでない事は一路自身しっかり解っているつもりだったが、いざ灯華が自分を待ち、自分を見ているというのはやはり意外と言うしかなかった。

 

「・・・それで?」

 

 何の用?

用がないなら帰るわよ?

そんな主張をしている彼女の瞳に少し怯みつつ、一度深呼吸してから、なんとか彼女の目を見ようと建て直しを計る。

 

「ちょっと商店街の方まで案内して欲しいんだけど・・・?」

 

「何で?」

 

「な、何でって・・・。」

 

 これは恐らく理由を尋ねているのではなく、何故相手が私なのかという事を聞いているのだろう。

この会話の流れ上、灯華でなければならない理由が存在していない。

さて、何と答えたらよいものか・・・。

と、言っても一路の取れる選択が少ないのは仕方がない。

 

「えぇと・・・灯華ちゃんがいいか・・・ら?」

 

 何故、疑問形。

自分でも突っ込みたくなるような沈黙の後。

 

「そう。」

 

(これはいいってコトなのかな?)

 

 いまいち解りづらい。

しかも、自分も半分開き直りのような答えを返したのも良くない。

大体、一路自身、こんなに行動的になって女の子を誘うという事など経験にないのだ。

やり方など、これが正解というものが解るわけがない。

 

「行かないの?」

 

「行く、行くよ!」

 

 すたすたと教室を出る灯華の後を慌てて追いかける。

これじゃあ、どちらが誘ったのか解りはしない。

そんな二人の様子を見送る視線。

 

「どした?」

 

 二人を追う視線の主に声をかけたのは全だ。

 

「あの二人、仲良いのね?」

 

「あん?あぁ。」

 

 二人を見ていた芽衣と同じように二人を見た全は、特に驚くわけでもなく芽衣に相槌を返した。

 

「いいんじゃねぇの。悪い事でもなしに。」

 

「確かに悪い事ではないけど・・・。」

 

「そうだ、悪いこっちゃねぇ。どんな理由かは知らねぇし、聞き出そうとは思わんけど、こっちに引っ越して来て一人で頑張ってんだ、仲の良い人間の一人や二人、彼女の一人や二人だって作ってもいいだろ?」

 

「彼女を二人作っちゃダメだと思うけど?」

 

 アンタって人は、と芽衣は全を非難めいた目で見る。

そんな視線を受けても、全はケロリとしたもんだ。

慣れたモノと言った方が正しい。

 

「色々と大変なんだろ、昼メシも作れないくらい。だから誰かが見兼ねて弁当作って来てもオレは良いと思うし、一路は苦労してるみたいだから、報われたっていい。オレは許ス!」

 

 毅然とした体で胸を張る全。

 

「アンタに許可を貰う必要はないでしょうけど・・・。」

 

 それにしたって二人の距離の縮まり方は尋常じゃない気が芽衣にはして、なにやら複雑な気分というか、乙女心というか・・・転入生、都会っ子。

学生生活の非日常が詰まった一路に対して同じような気持ちは、他のクラスメートも思っているのだが、お嬢様然とした芽衣に尻込みをしているだけなのだ。

 

「だって、一路は優しくてイイヤツだ。本人に自覚がないっつーか、無意識であぁなんだから、オレはいと思うよ。」

 

 因果応報とは悪い事が返ってくるというイメージがあるが、全はイイヤツで、自分の事より他者を優先出来る一路の優しさは巡り巡ってもっと一路に返ってきてもいいと思っている。

 

「・・・珍しく、マトモな事を言うのね。」

 

 本気で驚く芽衣に日頃の行いとはいえ、全は苦笑するしかなかった。

でも、なんだか、そういう事に関しては譲れないというか、納得が出来ない性分なのだから仕方ない。

 

「ほら、昔話とおんなじ。古来から善行する優しき者にはささやかな幸福をってな。」

 

 罠から救われた鶴だって、笠を貰った地蔵だって恩を返す。

 

「"知らない"そんな話。」

 

 半ば説得に路線が変わっている事に気づいた芽衣は、これで会話も終わりといった表情で教室を出て行く。

 

「解り易いっつーか、いやはや、いいねぇ、若者は。・・・って、待てよ~。」

 

 肩を竦めつつも、全は芽衣の後を追う。

これを宥めるのは骨が折れると思いながら。

 

 

 

 そして同じように骨を折る苦労をしているのが、一路だった。

お弁当のお礼をしたいだけなのに、無言で横を歩く灯華。

無口なのは知っていたが、想像以上に会話がない。

しかし、普段のクラスメートの会話だけを聞いている様子からして、恐らく灯華から話しかけてくるような事はないだろう。

 

「アナタは結局、何がしたいの?」

 

 と、思った矢先に灯華から話しかけてきた。

 

「うん・・・したい事があるから誘ったのはそうなんだけれど・・・灯華ちゃんは何でお弁当を作ってくれたの?」

 

「気紛れ。」

 

 即答。

しかし、その潔い即答っぷりに一路は逆に安堵していた。

即答したという事は、正真正銘、本気でそう思っているのだろう。

下手な同情とか、そういう反応だったら、一路のショックは計り知れなかった。

母が亡くなったのは辛いが、同情されたくはないし、腫物のように扱われたくはなかった。

柾木家の人々がしてくれたように。

 

「そっか。じゃあ、僕にお礼をさせてくれないかな?」

 

 灯華の言葉は、一路の心も軽くしていた。

軽くなったその勢いを利用して、本題を一気に切り出す。

これまた即答で断られたらヘコむので、彼女と目を合わせる事はせずに。

 

「別にお礼が欲しくてしたわけじゃないわ。」

 

 その証拠に気紛れと答えたばかりである。

灯華にしてみれば、お節介と突っぱねられる事はあっても、お礼を貰えるだなんて思ってもみない事だ。

気紛れなうえに自己満足で成り立っていた行動なのだから。

 

「あぁ、うん、そうなんだろうね。でも、僕はお礼がしたいんだ。」

 

 それでも一路は引き下がらない。

それだけ感謝しているだ。

そして、ここにきてようやく一路が意外と頑固者だという事を灯華は知る事になる。

 

「譲らないのね?そういう人には見えなかったのに。」

 

 その声には明らかに呆れた調子が含まれていたが、それもこれも自分が蒔いた種。

強く出られない一面もある。

最悪、一路を振り切って置き去りにして帰るというテもある。

そんな思いもあった。

 

「かな?それだけ嬉しかったんだよ・・・顔の見える人の手料理って、こっちに来るまで無かったから・・・。」

 

 砂沙美の夕飯に灯華のお弁当。

比べる事なくどちらも涙が出る程嬉しかったし、美味しかった。

 

「だからなのかな・・・あ、ほら、これは僕の気紛れだと思ってさ。灯華ちゃんは欲しい物とかないの?」

 

「ないわ。」

 

 これまた即答。

ただ、一路の言葉に何処か自分の心が波立つのを灯華は戸惑いつつあった。

 

「あっても、アナタにはどうにも出来ないモノだもの。」

 

 口が滑った。

言い過ぎた。

2つの反省が灯華の頭を過ぎって、思わず一路を見つめる。

困惑して、少し泣きそうにも見える表情。

それが余計に心をざわつかせる。

 

「・・・そっか。」

 

 落胆。

落胆はしたが、灯華の事だからきっと本当にそうなのだろうと一路は素直に納得してしまった。

何故だか、彼女の言葉を丸々信用してしまう。

灯華は隠したりする事はあるが、きっと嘘は口にしない。

そう、ただ言わないだけ。

今までの会話だって、無視したり答えなかったりされた事は一度だってない。

必ず何かしらの反応があった。

興味がない事でも、『興味ないわ。』という意思表示の言葉が必ず存在していた。

 

「ザンネン。」

 

 一路は笑う。

仕方が無いと諦める。

押し付けがましく物を贈ったとしても喜ばれないし、邪魔なだけだ。

だから灯華に微笑む。

彼女は何一つ悪い事をしたわけじゃなかったから。

 

「そんなに残念?」

 

 どうして彼はこんなに自分に拘るのだろう?

そしてどうして自分はこんなに彼に拘っているのだろう?

矛盾している感覚にとらわれ、整理しきれなくなった灯華は目を逸らす。

どうしたらいいか解らなかった。

渋々礼を受け取る?それとも頑として断る?

どちらも正しくて、正しくない気がした。

今まで遭遇した事がない案件だからだろうか?

自分が彼から礼を貰ったら、彼は嬉しい?

では、自分は・・・?

 

(どうなの?)

 

 どんな気持ちになるのだろうか。

 

「・・・アレ。」

 

「え?」

 

 逸らした視線の先にあった物。

気づいたら、それを指差していた。

 

「アレがいい。」

 

 ショーウィンドウ越しに飾られていたソレを指差して、半ばヤケ気味に・・・。

 

「アレが欲しいから・・・アレにして!」

 

 どうだ!これで満足かっ!と言わんばかりに。

灯華にしてみれば、人生でベスト5に入るだろう大声を出す。

 

「あ、あ、うん、アレだね?ちょっと待ってて!」

 

 現金にもぱぁっと表情を明るくした一路は息せきかけてその店へと駆け込んで行く。

何を言っているかショーウィンドウ越しでは解らないが、店員にしきりに何かを言っているのが見える。

そんな一路の姿をじぃっと眺めて・・・ただ無機質に、そして急速に落ち着きを取り戻す。

心が冷えていく・・・。

 

「・・・馬鹿みたい。」

 




次回! 天災(けして誤字ではない)動く!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27縁:暗雲の兆し。

「なぁ、鷲羽?」

 

 鷲羽が自分の研究室へと続く階下の扉を開けようとすると、魎呼が声をかけてきた。

階段の上、彼女にしては珍しく宙に浮く事なく。

 

「珍しいね、魎呼ちゃんが研究室に近寄るなんてさ。」

 

 普段から様々なトラブルと実験の被害に遭っている彼女は、特別な用がない限りこんな所には来ない。

 

「一つ聞きたい事があってな。」

 

「なんだい?」

 

 難しい説明に1分とついて来られない魎呼が、自分に物事を聞いてくるのも本当に珍しい。

 

「何で一路の三者面談に行ったんだよ?」

 

 研究対象、知的好奇心の充足。

鷲羽の行動概念の基本はそれだ。

確かに一路には少し変わった能力(チカラ)があるのかも知れない。

しかし、それは天地という存在に比べれば、彼女には失礼だが、最たるものではないのだ。

 

「そりゃあ、魎呼ちゃん達が行くと何をしでかすか解りゃしないしぃ~。一路殿の人生、メチャクチャになってグレちゃったら困るじゃない。」

 

 大袈裟な・・・とは言い切れない事が悲しい。

が、それで魎呼が納得する事はなかった。

不満と非難がない交ぜになったような視線。

 

「・・・本当にそれだけか?」

 

 わざわざ身体を大人サイズにまでして?

一路だけの為に?

 

「あのね、魎呼ちゃん?」

 

 魎呼の真剣な眼差しに同じような真剣な眼差しをした鷲羽は・・・。

 

むにぃっ。

 

「ひっ、な、何すんだよっ!!」

 

 鷲羽の両手が魎呼の胸を鷲掴みにする。

流石に揉む事はしなかったが、いや、魎呼がすぐさま飛び退かなければきっちりかっちり揉まれていただろう。

 

「成長しないもんだねぇ。母性本能が刺激されておっきくなってるかと思ったのに♪」

 

「なるわきゃねーだろっ!」

 

 魎呼のボディは万素という特殊な生物細胞を使用して、鷲羽によってきちんとデザインされている。

ましてや、ある一定の外見フォルム(服装など)も自由に変更できるのだ。

 

「魎呼ちゃん。私にだって母性くらいはあるんだよ。」

 

「鷲羽・・・。」

 

 そう言うと鷲羽は魎呼に背を向け、ぺらぺらと片手を振って研究室に入って行った。

その後姿に魎呼はかける言葉が見つからず・・・。

 

「んなコト解ってら・・・。」

 

 でなければ、自分だって天地や一路にそれを感じる事はないのだから。

 

 

 

「全く可愛いったらありゃしないねェ。」

 

 先程の殊勝な魎呼の表情を思い出し、苦笑しながら席に着く。

 

「あ~あ~、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆ならトラトラトラっと。」

 

 近くにあるキーを鼻歌混じりにカタカタと打つと、巨大なスクリーンが点灯してログイン中という意味合いの言葉が浮かぶ。

どうやら、今のがログインパスワードなのだろうか?

 

「あろは~って、随分急なご連絡ねぇ・・・て、アナタが急じゃない事なんてないわね。」

 

 スクリーンに映し出されたのは妙齢の女性だ。

脇息にしな垂れかかり、片手には畳まれたままの扇子。

それを口元に添えてほくそ笑でいる。

 

「前略、単刀直入に聞くよ?これから送る地球の地図周辺、半径2km~10km以内、"正木村出身以外"の外来宇宙生物を教えてくれるかい?」

 

 色々と問題のある発言を前置き無しに述べる鷲羽にモニター越しの女性は目を細める。

 

「それは・・・どういう意味かしら鷲羽ちゃん?」

 

 本来、惑星間有人航行(ワープ航法)を持たない地球は未開の地とされ、この銀河連盟では介入禁止とされている。

宇宙人の接触も出来ないし、外から中に入る事が出来ないよう監視されている。

つまり、それ相応の目的があるか、遭難でもしない限り誰も宇宙から寄りつかない星、それが彼女達の連盟にとっての地球。

そんな星に用がある存在は?と、つまりそういう事を鷲羽は聞いている。

 

「正直、そっちが何をやってるかなんて興味はないんだ。面白くない限りはさ。邪魔されなきゃ邪魔しないしね。ただ、必要だから聞いているだけ。"この私が"。」

 

 目の前の女性、阿重霞や砂沙美の祖母である瀬戸は渋い表情をする。

先述の地球という未開文明の扱いは非常に難しく、それを踏まえると犯罪者の他には、同じ非正規でも何らかの国家組織に属した者達しかいない。

鷲羽や魎呼、勿論、瀬戸の孫達もだ。

他は間者、スパイなどのエージェントの類い。

 

「"戦友"だろ、私達。」

 

 この二人の間で言ってはいけない禁句。

ある意味一大スキャンダルになりかねないワードをスクリーンに向かって投げる。

 

「一体全体、どうしたって言うの?アナタらしくもない。」

 

 後頭部で一つにまとめられた後ろ毛を弄りながらつまらなさそうに、あくまで表面上はそうしながら瀬戸は問う。

 

「らしくないと来たかぁ~。私らしいってのは一体なんなんだろうね?」

 

 こんな身体に、身体だけでなくアストラルまでこんなに小さくなって、一体何を手に入れられたのだというのだろう・・・。

 

「解ったわよ。そんな鷲羽ちゃん堪らないわ。水鏡、いる?」

 

 泣く子ももっと泣き叫ぶ樹雷の船の名を事も無げにさらりと口にした瀬戸に鷲羽は首を振る。

 

「別に地球を壊そうってんじゃないんだから。」

 

「なぁ~んだ。」

 

 またもやつまらなさそうにするが、実際問題、意思ある樹である船はそんな頼みは聞かないだろう。

彼女達は友人であって、上下の関係ではない。

それが樹雷が桁外れな力を持っていても、宇宙を統べない理由の一つ。

 

「あ、寄越すならアレくれないかい?」

 

「アレ?」

 

 大抵のモノは自分で何とかしてしまう鷲羽が欲しがるモノなど、この宇宙の中では少ない方なのではないだろうか?

そういえば、そもそも鷲羽が欲しがるデータだとて、自分で勝手に探って手に入れればいい事だ。

軍の最重要機密だろうが、なんだろうが関係なく鷲羽にはそれが出来る。

それをこうして手順を(ある程度だが)踏んでいるのだ、つまりはそれ程の事なのだと気づく。

 

「そそ、アレ。鏡ちゃんの方が耳にしてる、ア・レ。」

 

「アレ?アレはダメよ!アレは西南ちゃんから貰った大事な!」

 

「あ~、まぁ、それに準じた宝石・鉱物でいいんだけどさ。別に西南殿から貰った物、その物を寄越せなんて言いやしないから。」

 

 咄嗟に自分の耳で輝くアクセサリーの片割れを隠した瀬戸の可愛さに鷲羽は苦笑してしまう。

 

「ま、頼むよ。パテント料からちゃんと出すからさ。」

 

 そう言うと、相手の返事も聞かずバイバイと手を振って通信を一方的に切ってしまう。

困ったのは言いたいだけ言われて切られた瀬戸の方である。

 

「んもぅ。聞いたわね?データと物を頼むわね。それと・・・。」

 

 鷲羽との通信と同時に開いていた2つのウィンドウの1つに視線を向けて・・・。

 

「最悪、第七、動かすわよ?」




どうも上手く書き込めてないですが、キャラが書き分けられてきた気がするので、この辺でテンポアップしていこうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28縁:雲の切れ間に照らされて。

あと10話くらいでまた一区切り・・・の、予定デス。


 簡素なベットに横たわったまま、パタリと音をたてて読んでいた本を閉じる。

今日は本当に調子が悪いと感じる。

もうダメかも知れないと自覚しつつ・・・。

 

「はぁ・・・。」

 

 視界を天井から横に逸らせば、昨日と変わらぬ全く同じ光景が広がっている。

そう感じられる程に部屋に馴染みつつあるお弁当の包み。

しかし、今日はそれにオマケがついている。

寧ろ、オマケというより、これが灯華をぐったりとさせた原因の張本人だった。

いや、張本人はこれを買った一路の方なのだが。

 

(何で・・・。)

 

 これについての感想は、この一言に尽きる。

何故、受け取ってしまったのか?

それ以前に何が欲しいのかと問われて、これを指してしまったのか?

更に、更に遡れば、何故お弁当などを作ってしまったのか?

 

(それもこれも全部・・・。)

 

 一路のせいである。

明白だ。

 

(あんな表情(かお)するから。)

 

 どうにも一路の困った様な、戸惑うようで泣きそうな表情に弱い。

あれを見ると、仕方ないと思ってしまう。

 

『惚れた?』

 

「絶対ナイ。」

 

 大体、灯華には恋というものは理解出来ない。

理解できないというか、未だに誰かに恋愛感情を抱いた事はない。

興味もないのだから、気にならないのは仕方ない事だろう。

そういうモノに勝手に自分を改変されるというのは、ある意味薄ら寒いものすら感じてしまうのだ。

だが、彼女の視線の先、その包みを見ると・・・。

 

「・・・・・・。」

 

 無言のまま身体を起こして包みを手にする。

掴んだ仕草は無雑作だったが、包みを開けて中身を取り出す動作はとても柔らかだった。

そういえば、人から物を貰う事自体久し振りだという事を灯華は思い出す。

 

「・・・失敗したかも。」

 

 中から出したソレを摘まんで、なだめすかしてから思わず呟く。

スワロフスキーで作られたクマのストラップ。

久し振りに貰ったプレゼントとしては、微妙だったかも知れないと今になって悔やむ。

このストラップというのは曲者だ。

自分で指定してプレゼントとして貰ったのだから、何処かにつけなければ相手に失礼になる。

それくらいは察する事が出来るくらいは、良くも悪くも灯華は真面目な人間だった。

これを流石、委員長と褒めるべきは別としてだが。

 

「何処に・・・つけよう・・・。」

 

 律儀に目に見える所につけなくてもいいのだが、一度くらいはつけている所を見せないと、またあの困った様な泣きそうな表情をされても困る。

あれは、自分にとって思っている以上に厄介なのだ。

どうしても苦手で、どうしても目を逸らせない一路の表情。

別に一路に、他人にどう思われようと構わない灯華ではあるが、ちょっとでも一路に共感覚を持ってしまった今、それを考えなければならない。

だが、よりよってこのクマちゃんは目立つ。

つぶらな瞳のクマちゃんに罪はないが、どう扱っていいものか。

灯華は自らの前に出された難題に苦慮する。

しかし、それは実は一路の事を考える時間とイコールだという事に気づかぬまま、灯華は目の前の問題に思案を巡らす。

 

(こんな事をしに来たわけじゃないのに・・・。)

 

 一路の級友になる事。

彼にお弁当を作る事。

今の生活の全て。

しかし、灯華の心は一路の前ではこんなにも揺れる。

何故か?

それは、一路の言動が灯華を必要と思ってくれているからだと。

たとえ何時か終わりが来るのだと解っていても・・・。

 

「はぁ・・・。」

 

 溜め息をつく彼女の夜はまだまだ長い。




個人的には今流行りのベ○ッガイⅢのストラップとかがいいなぁ・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29縁:日常になるかも知れない風景。

 それから数日が過ぎて、一路の日々はそれに伴って少しずつ充足していった。

学校のクラスの中でも物珍しさが溶けてきたのか、級友達も気軽に声をかけ、声をかけられれば一路も気さくに応じた。

週末になれば柾木家に顔を出し、畑仕事を手伝ったり、一緒に食事したり、また自宅で練習した型を天地や勝仁に見てもらったりと色々と忙しく過ごせた。

無論、学生の本分である勉強も怠ったりしないのも、相変わらずの一路の生真面目さだ。

そして一つ意外な事は、現在の柾木家で一番多く一路の相手をすのがノイケだという事。

柾木家で一番最初に激突した女性ではなく、一番最後に出会った女性というのに柾木家の面々も驚いていた。

まぁ、約一名は顔に面白くないと書いてあったが、これは単純に柾木家の面々で、ノイケが一番マトモだったからというだけである。

きちんと一路の相談に受け答えを的確にしてくれたせいもあった。

会話の軸がブレたり飛んだりしないという事は大事だ。

そして、もう一つ。

 

「灯華ちゃん、機嫌悪い?」

 

「別に。」

 

 灯華の様子がおかしいという気がする事だ。

彼女と接している総時間数が一番少ない一路にははっきりと言えないのだが、何か噛み合わないというか、よそよそしい。

だが、未だにお弁当は作ってきてくれているのである。

事の原因を、それこそ自分の胸に手をあてて考えてみるが、はっきりとしたものが解らない。

一度、食材費を出そうかと提案したが、断られた事が原因だろうか?

彼女の自尊心を傷つけたのやも。

かろうじて思い当たる事といえば、それくらいだ。

しかし、お弁当が今日もある以上、それもどうやら違う模様。

 

「よっ、色男、憎いゼ、この。」

 

「ちょっ、全!」

 

 かっちりと決まるチョークスリーパーを回避すべく、大きめの声を上げて彼の腕を素早くタップ。

するとすぐに解放して、一路の顔を覗き込んでくる。

 

「どした?何かあったか若人よ?」

 

「ん、ちょっと・・・。」

 

 全の言葉の言い回しに一切突っ込みを入れる事なく、彼の袖口を引きながら教室の隅に移動。

そして、自分達の事を誰も気にとめてない事を軽く確認してから、彼の耳元で囁き始める。

 

「なんか、委員長の様子が変というか・・・。」

 

「何?なんかセクハラでもしたん?」

 

「全じゃないんだから。」

 

「おうおう、言うようになったなぁ、ヲイ。」

 

 最初のインパクトが強かった全のボケも過ごした日数とともに徐々に慣れる事が出来た。

慣れなければやってられないというのもあるが。

 

「それはいいとしてさ、取り付く島もないっていうか・・・。」

 

「オマエなぁ、委員長は元々そんなカンジだったろ?現に弁当は今日もあるわけだ?全くコンチクショウ。」

 

 確かにその通りで、今日もお弁当は用意されていたのだが、イマイチそれだけで納得する事が出来ない。

普段の彼女は・・・。

 

「目を合わせなくても、あんな感じでも人の言う事はほとんど聞いてて、質問にはちゃんと答えてくれたんだけど・・・。」

 

 あまりにも下らない質問や話題は却下されるが、それでも灯華は一路の、一路だけでなく他の人間の話しかけてくる事も興味なさそうにしていてもしっかり聞いてくれていた。

そこからの違和感。

 

「どうしたの?男同士、そんな隅っコで気持ち悪い。」

 

 こそこそする二人を見かけた芽衣が二人の元に歩み寄って来たのだが、男二人で一人の女子の話題をこそこそとしていたと答えるのは気まずい。

思わず一路と全は目配せをして・・・。

 

「な、なんつーか、そう!そうだよ、男同士の会話ってヤツ?なっ?」

 

「うぇっ?!あ、うん、なんというか、男心が解らない女子みたいに、女心が解らない男子というか、そんなの。」

 

 目配せしたのにも関わらず、全くと言っていいほど噛み合っていない。

なんともお粗末過ぎる誤魔化し方である。

 

「なんなのソレ?あ、いっちー?委員長にお弁当作ってもらえなくなっちゃったんでしょ?」

 

 惜しい。

灯華の事を話していたには間違いないのだが、ニアピン・ザ・女の勘。

 

「・・・当たらずも遠からず、かな?」

 

 灯華の機嫌が悪かったとして、そのまま機嫌が直らなければ、そしてその原因が一路にあったというのであれば、芽衣の発言と同じ事にならなくはない。

あくまでも、かも知れないという仮定の話。

 

「ま、そうなったら私も、たまにはなら作ってあげてもいいわ。」

 

「うぇっ?!」

 

「ぬおォォォォーッ!」

 

 驚く一路よりも一際大きな声を上げて全が頭を抱え出した。

 

「いいなー、いっちーはモテて。だがっ!死にたくなくばヤメとけ。」

 

 羨ましいんだか、そうでないんだか、全く解らない。

 

「なによ、ソレ。」

 

「聞け、いっちー。コイツ、こう見てもそこそこの人気でな、特に運動部に熱心なファンがいる。肉体言語が好きな連中な。弁当を貰っても断っても死、食っても死だ。」

 

「ちょっと、その食べてもってのはどういう意味?」

 

 殺意に近いプレッシャー。

それでも一路を死なすわけにはいかんと全は言ったつもりだが、この状況を間に入ってなんとかしなきゃいけないのは一路の仕事だ。

なんとか二人の間に割り込む。

 

「ね、じゃあ、全はどうなの?」

 

「全?」

 

「オレ?何が?」

 

 なんとかを逸らす事に成功した一路は、疑問に思った言葉を続ける。

 

「全だって、いつも一緒にいるじゃない?その、ファンの人に・・・。」

 

「あ、全部返り討ちにした。いっちーがコイツに近づいても問題ないのは、いっつもオレとセットだから。」

 

 納得。

確かに芽衣と話す時は、女性のクラスメートがいるか、男子の場合、全と一緒の時だけだ。

そういえば、他の男子が単独で寄ってきている光景にあまり覚えがない事に今更気づく。

 

「大人気なんだねっ。」

 

 凄いなぁと羨望の眼差しを純粋に向けられ、怒りの矛先を喪失した芽衣は急にたじろぐ。

主に一路の純粋な眼差しに負けて。

 

「べ、別に、私がそうしろって頼んでいるわけじゃないのよ?」

 

(まるで女王様みたい。)

 

 単純な思考による、単純かつ短絡的思考。

口に出さずにとどまっている事だけは賢いが。

 

「な、ヒステリックで女王様みたいだろ?」

 

「ぇ?」

 

 思ってた事を言い当てられて、すっとんきょうな声を上げそうになる。

これを口に出してしまうとは、流石は全。

色んな意味で唸らずにはいられない。

そして、一路は本当は見たくないのだが、恐る恐る芽衣の顔を窺がう。

 

「ずぅえぇ~ん~っ。」

 

 もう無理だ。

瞬時にそう判断した。

これはどうやっても庇いきれない。

一路は早々に抵抗を諦めた。

そうなったら、爆心地からじりじりと離れてゆくしか生き延びる術はない。

 

『アリゲーターの目は横についているから、ゆっくりとまっすぐ後に下がれば大丈夫だ!』

 

 そんなB級映画の台詞が脳内に流れる。

速やかにそれを実行し、そして残った心の余裕のある部分で、願わくば全が次の体育の授業を受けれらる程度の被害で許して貰える事を祈りながら。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30縁:揺り戻し、

「痛ってぇ~、あの馬鹿力女。どうして、女ってあーなのかね。」

 

 顔面に見事に刻まれた傷に防具の面が当たる度に全が顔を顰めるのを見て、一路は苦笑するしかない。

どう考えても発端になったのは、全自身の発言だ。

 

「あれは言い過ぎだよ。」

 

 鈍感かも知れない(と思っている時点で既に鈍感な事に気づかない)一路ですら、禁句だと思って口に出さない言葉を全はすらすらと吐いてしまう。

正直と言ってあげればいいのだろうか?と首を捻るくらい。

 

「ばっか、嘘は言ってねぇべ?嘘はいかんが、真実なら仕方ないっ。」

 

 体育の授業、竹刀を交わして、押し合いの練習を続けながら二人は器用に会話を始める。

既に慣れたもので、二人は息を合わせながら、授業に対しての力を抜く方法を学習していた。

 

「それにしても、いっちー、剣道上達したなぁ。」

 

「そう?」

 

「おぅ、キレがあるキレが。」

 

 キレ!喉越し!

わけのわからない掛け声で、鍔競りをしていた竹刀を離し、面を入れ再び竹刀を合わせる。

交代交代でこれを繰り返すのが今日の練習だ。

 

「ビールじゃないんだから・・・最近、ちょっとずつ教えてもらって、家でも練習してる。」

 

 その成果がようやく出始めたのか、全に褒められたのが嬉しくて仕方ない。

地味な練習だったが、きっちりと成果が出ているなら今後も続けるモチベーションが持てるというものだ。

 

「熱心だなぁ。」

 

「暇なだけっ。」

 

 今度は一路が全に面を打つ。

一路の方が呼吸が先に上がるのは、基礎体力の差だ。

 

「そっか。マジメだなぁ、いっちー。」

 

「それもこれも全達のお陰だよ。」

 

「オレ等?」

 

 なんかしたっけかなと首を傾げる全。

 

「全達が色々と世話を焼いてくれるから。」

 

 それには当然、柾木家の人々も含まれている。

自分が、こんなにも弱い自分がブレずにいられるのは、どう考えても周りにいてくれる人達のお陰だ。

 

「だから、僕なんかが頑張ってられる。」

 

 一人暮らしのような状態も。

細かく言えば、食事も日々の勉強も、寂しさも。

 

「ぬわぁ~に言ってんだよ。オレ等が世話を焼くのは、オレ等の勝手だべ?それに努力してんのはどう考えてもいっちー自身だろ?」

 

 世話を焼きたいと思ったのは、自分達の勝手な都合。

必要、或いはそうしてやりたいからやっているだけの事だ。

それに応じるか、否かは一路次第で、それを断るのも一路自身の自由。

ともかく全が言いたいのは、それに対して努力で応えているのは一路自身の力だという事だ。

礼を言う程の事でもない。

ある意味で、何の偏見もなく一路を正等に評価しているのは全なのかも知れない。

 

「そうかなぁ?」

 

 でも、一路は全のようにきっぱりと断言出来ない。

自信がない。

その証拠に自分は一度挫折して、逃げるようにこの地に来たのだから。

もう一度頑張ろうと試みてはいるが、それまでの時間をふいにしていると言ってもいい。

 

「先生にだって迷惑かけてるし。」

 

「先生?」

 

 自分のような問題児(その認識はある)なら、教師に面倒をかけるのは解るが、どう考えても一路はそういうタイプじゃない。

全は首を傾げる。

もし、ここで面を喰らったら防御の薄い首筋に直撃していただろう。

ちなみにチョー痛い。

 

「ほら、三者面談の時。僕だけ追加でやったでしょう?担任の・・・・・・先生?」

 

「あぁ、なる程。んでも、それが教師の仕事だろうが。つか、いっちー?」

 

「何?」

 

「担任の名前、覚えてねーだろ?」

 

「あ、あははは~。」

 

 結構フランクな担任ではあったが、全の指摘通りだからして、ここは笑って誤魔化すしかない。

まぁ、毎度毎度自分の自己紹介をするわけではないから、覚えにくいというのは解るが・・・。

 

「いっちー、そりゃねぇぜ。」

 

 これには全も苦笑するしかない。

 

「なんかね、うん、ド忘れしちゃって・・・。」

 

 面目ない。

これは何たる失態だろう。

三者面談までして言葉を交わしたうえに、あんな無理を通してもらったというのに。

 

「意外と天然なのな、いっちー。防具も緩んでんぞ。」

 

「え?あ、ちょっと待って付け直すから。」

 

 指摘されて気づく辺りも、ドン臭い。

慌ててその場で直そうとしゃがみ込む。

籠手を外して、初心者の一路は更に面も外さないと、きちんと付け直す事は出来ない。

面倒だが、きちんと付け直さないとまた緩んでしまうから、仕方なく面も外す。

 

「担任の名前くらい覚えてやらんと可哀想だぜ?担任の名前は・・・。」

 

「名前は?」

 

 胴の紐を緩め、位置を確かめた所で全を見上げる。

 

「名前はだな・・・。」

 

 

「雨木さんが倒れたぞ!」

 

 口を開きかけた瞬間、そんな叫びが校庭の方から聞こえる。

 

「いっちー!」

 

 一路の行動は早かった。

全が驚く程に。

持っていた防具は放り出され、裸足のまま校庭へと駆けてゆく。

呆気に取られた全が正気に戻って、一路の後を追いかけ、そして追いついた頃には、一路は人だかりの中から芽衣を抱え上げていた所だった。

 

「おい!道を空けてやってくれ!いっちー、保健室だ!」

 

 人だかりの後からそう叫ぶしか全には出来なかった。

それしか出来ない自分自身、出遅れた事に少々気まずく思ったが、それよりも心配な事が全にはあった。

 

「大丈夫かしら?」

 

 一路を見送る全の横に何時の間にか灯華が立っている。

 

「どっちがだ?」

 

 その言葉に思わず問いかけてしまった。

何時もは出す事はない少し苛ついた声。

 

「どっち?倒れたのは雨木さんでしょう?」

 

 そう、倒れたのは芽衣、間違いない。

だが、それ以上に心配な状況だと全は感じていた。

 

「いや・・・いっちーがな。」

 

 全が呆気に取られて出遅れた原因は、一路の速さと表情の方だった。

血相を変えた顔、それも尋常じゃない程に顔面蒼白だったと言ってもいい。

ぱっと見て、芽衣は貧血か何かだろうが、だとすれば全には一路の方が余程重症に見えた。

しかし、まだ授業中。

様子を見たくとも授業に戻らねばならない。

一路の竹刀も置いたままだし、授業終了まで戻って来ないのならば防具も片付けなければ。

それ以外にも全にはやる事がある。

 

「委員長、アトで様子見に行く?あ、どっちかつーと、いっちーの。」

 

「言っている意味が解らないわ。」

 

「・・・多分、いっちーの方がダメージがデカいと思うんだわ。ああいう時は誰かがいないと、さ。」

 

 それだけ言って全は武道場へと戻って行った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31縁:かくて壊れた日常。

 保健室。

その白さが圧迫するようで苦しい。

幸い、芽衣は貧血だったようで大事はなかった。

それは良かったと思うし、安堵した。

安堵したはずなのだが・・・。

 

(息苦しい・・・。)

 

 鼓動の音がガンガンとやけに響いて聞こえる。

浅い呼吸を繰り返して安定させようとするのだが、一向に治まらない。

気づくと右手がかっちりと左の二の腕を掴んだまま、離そうとしても離れない。

原因は解っている。

 

赤色灯、消毒薬の匂い・・・白い壁、白い天井・・・。

 

 ここは違う。

そう言い聞かせてみても、母がいた病院を連想させる。

頭で違うと何度も言い聞かせて理解していても、身体が震え出す。

 

「・・・泣いてるの?」

 

 静まりかえった空間に投げられた声にはっとして、声の持ち主に視線を向ける。

見ると目を開いた芽衣が、不思議そうにこちらを見ていた。

 

「だ、いじょうぶ。」

 

 なんとか応えようとして、出て来た声は自分の声とは思えないくらいに上ずった声だった。

一体全体、何が、どちらが大丈夫なのかと思えるくらいに。

 

「ちょっとふらっときちゃって。私は(・・)大丈夫よ。」

 

 私は(・・)

その言葉に"アナタは?"と含まれている事は一路にも解った。

芽衣が目を覚ましたせいか、一路自信もそれで落ち着きを少しずつ取り戻してゆく。

 

「良かった・・・。」

 

 ぎこちない笑み。

芽衣はその笑みを見て、一路に手を伸ばす。

未だがっちりと左腕を握ったままで離れない右手へ。

 

「無理はしなくていいのよ?」

 

 芽衣の手が触れるまで、力を抜く事が出来てない腕に気づかなかった。

ほのかに温かい手が、自分の指を一本一本ずつ解いてゆくのを他人事(ヒトゴト)のように眺めながら。

 

「ごめん。」

 

「どうして謝るの?」

 

 なんとか腕が解放されて、右手はそのまま芽衣の手の中へと滑り落ちる。

 

「・・・少し・・・思い出しちゃって・・・。」

 

 一路の一言。

何とか吐き出されたその一言が何を指しているのかを芽衣は理解した。

だからといって、それを聞き返す事はしない。

 

「私は大丈夫よ。」

 

 ただもう一度、同じ事を確認作業のように呟くだけ。

親族を亡くす目にここ最近出会った事がない芽衣には、一路の辛さは解らない。

たとえ解ろうとしてもだ。

誰にも解らない事。

けれど、だからこそ尚更に自分に母を重ねる必要などない。

大丈夫という言葉にその全てを込める。

 

「カッコ悪いね。弱くて嫌になる・・・もう半年以上は経ってるのに・・・。」

 

 震えは未だに小刻みに続いていた。

 

「そういう問題じゃないわ。」

 

 きゅっと一路の手を握る力を強める。

力を込めて・・・。

 

「それに男の子がカッコ悪いのは知ってる。普段からね。」

 

 全とか全とか全とか。

そう言って笑う。

 

「・・・・・・母さんはさ、倒れてからあっという間だったんだ・・・。」

 

「うん。」

 

「だから、あんまり言葉を交わしたりとか出来なくて・・・。」

 

「そう・・・お母様はさぞかし心残りだったでしょうね。」

 

 鷲羽と同じ様な事を言うものだと一路は思った。

母になるという女性というものは、皆そう思うのだろうか?

 

「僕は、母さんに何も出来なかったから・・・。」

 

「ダメよ。そういう考え方はいけないわ。」

 

 芽衣が語気を強める。

間違っている事は間違っていると指摘しなければ気がすまないのは、彼女の性分だ。

 

「これからも出来るわ。あなたがこれから何をして、どう生きるか。それがお母様に出来る事よ?」

 

「これから?」

 

 じっと自分を見つめて、逸らす事をしない芽衣の強い瞳。

そこに説得力があった。

 

「そうよ?だって、お母様はあなたを生んだのよ?自分が生きたっていう一番の証じゃない。あなただけでも80年、あなたに子供が出来れば100年以上の証よ?これ以上のものがあって?」

 

 お腹を痛めて生むという事はそういう事なのだろうか?

男の自分としては、些か解り難い感覚だ。

母はもういない。

でも、自分がいる。

母が生きたという事は、残り続ける。

そう思うと、一路は心がほんのり温かくなってくるような気がする。

 

「ありがとう、芽衣さん。」

 

「あら、ここは芽衣"ちゃん"って呼ぶところじゃなくって?」

 

 悪戯っぽく笑う彼女を見ていると、血色が戻ってきているのが解る。

これでは、どちらが病人なのか解らない。

 

「そこで・・・それを要求するの?」

 

 なんとか、そう返す。

これくらい返さなければ、男の沽券に関わる・・・既にカッコ悪さを炸裂させた後ではあるが。

震えはもう治まっているが、まだ動悸は少し早いままだ。

 

「ん~、まぁ、それもそうね。それに私も、ありがとう。」

 

ゆっくりと上半身を起こしたところで、視界に入った光景に芽衣は気づく。

 

「やだ、いっちー裸足じゃない。」

 

「あ・・・うん、武道場から走って来たから。」

 

 同じ様に芽衣も校庭で倒れたままの状態で運んで来たので、ベッドの下には外履きの靴が置いてあるだけだ。

 

「困ったわね、私も内履き無しで戻らないと・・・。」

 

 それのどこが問題なのだろう?

靴下は汚れてしまうかも知れないが、そのまま戻ればいいだけの事だ。

それも嫌ならば、それこそ裸足で戻ればいいだけで・・・。

これはいよいよ以って、全が冗談半分に言っていた芽衣のお嬢様説が真実味を帯びてきた。

そうなると、一路の取る行動も自ずと決まってくる。

 

「じゃあ、来た時と同じようにして戻る?」

 

 幸い、芽衣の体格は一路が運ぶのに困難な程ではない。

重さもそうなのだが、極端に身長差だったり手足の長さだったりがあると持ち上げにくいのである。

その点、一路にとって芽衣は運び易い部類で良かったと思う。

 

「来た時って・・・そういえば、私、どうやって?」

 

「お姫様抱っこで運んで来たけど?」

 

 静寂。

 

「今、なんて?」

 

 再度の確認。

 

「こう、横抱きに抱えて。」

 

 お姫様抱っこというモノが理解しづらかったのかと思い、一路はあらためて違った言葉で身振り手振りを含めて説明する。

そしてまた静寂。

今朝方、女心は男には解らないという話をしたばかりなのだが、そういう意味で、些細な誤解というかスレ違いというか・・・。

芽衣は自分の顔を覆う。

 

「いっちー、そんなはず・・・目立つ事したの?」

 

 顔を覆った手の指の隙間から一路を見ながら、危うく漏らしそうになった恥ずかしいという言葉を飲み込む。

親切心で起こした行動なのだから、そんな事は言えないし、急だった。

更に言えばそれを指摘して一路を傷つけてしまっても困る。

 

「早く簡単に運べそうなので思いついたのがそれだったから。大丈夫、芽衣さん軽かったし。」

 

 芽衣が重さの事を気にしたのかと思って言った一路の発言も、完全に空振りだ。

スリーストライク、はい、アウト。

 

「そういう問題じゃなくてね・・・。」

 

 芽衣の呆れたような様子に、何かおかしい事があっただろうかときょとんとする一路。

これ以上、一路に何を言っても無駄だと悟った芽衣は、この話題で会話を続けるのを早々に諦め裸足で歩く事を決めた。

どりあえず、まずは靴下を脱がなければ。

そう思った矢先、保健室の戸が開く音が響く。

 

「誰?全?」

 

 しかし、返事はない。

カーテンで仕切られたベットからは、誰が入ってきたのかも見えなかった。

静かに再び、今度は戸を閉める音がした後、一路が動く。

芽衣が倒れた時と同じか、それ以上の速さで・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32縁:貌と仮面と嘘と。

 体育の授業が終わった全は、自分と一路の使っていた防具一式をきちんと片付け、二人分の竹刀を持ってジャージ姿て廊下を歩いていた。

芽衣の様子と、一路の速さを見た限り、とっくに保健室で大事なしと保健医に告げられたであろう事は明白だ。

 

(それにしても・・・。)

 

 全は思い出す。

芽衣の報せを聞いた時の一路の表情を。

あの尋常ではない様子は、きっと様々な事をそれとは望まずに思い出したのだと。

フラッシュバックに近いあの症状は、実は全も知り合いのソレを何度か目にした事がある。

一路の場合は、それ程重症には見えなかったが、それでもあれはトラウマに近いものとして、彼の心に深く刻み込まれているのだろう。

総じて一路が真面目で優しく、そして不器用だという事の表れだ。

その事自体は、全には良いとも言えないが、悪い事でもないと断言できる。

だから、力になりたいのだ。

お弁当の件で彼をからかったが、羨ましいと言った事の半分以上は冗談だ。

 

「いいよなぁ、アレくらいの支えがあってもさぁ。」

 

 芽衣にも言ったように、幸せになる権利は誰にでもある。

確かにこの世界自体は不公平に満ち溢れている。

だからって、その権利を邪魔したり、あげつらったりする必要はない。

寧ろ、そんな事をして何のメリットがあるだろう?

そんな事をする暇があるなら、幸せになる権利を追求する方がまだ建設的だ。

ほんの少し、そんな客観的に冷めた目で世の中を見つつも、楽しむ事が出来るのが、的田 全という人間だった。

 

「お?」

 

 全は視界の先にスーツ姿の女性を見つけ、歩を早める。

濃紺のタイトスカートに白のカットソー。

その上に黄色いブルゾンを羽織ったパンプスの女性。

 

「センセ~、何処行くの~?」

 

 にへらぁっと笑いながら、担任であるその女性に近づく。

 

「あら、的田君。私はこれから雨木さんの所にね、何か倒れたって言うじゃない?一応、担任としてね。」

 

「ふ~ん、アイツのトコへねぇ~。ところで、センセ?」

 

 自分を見る女教師の前で、能面のように笑みを貼り付けたまま全は口を開く。

 

「センセって、名前なんてーの?」

 

「え?」

 

 僅かだが、表情が曇ったのを全は見逃さない。

全の予想通りだったからだ。

 

「いっちー、あ、一路のヤツがね、酷ぇの。三者面談までやった担任の名前覚えてねぇっつーんだぜ?ド忘れにしたって酷くね?」

 

「ほ、本当?ちょっとソレは悲しいわね。」

 

「んでさ、おかしい事に、"オレも思い出せない"んだよネ、センセの名前。」

 

 体育の授業中、それとなく一路以外の級友にも全は、同じ質問をしてみたが、結果は一路と同じだった。

この教師の名を誰も知らない(・・・・・・)

担任なのにだ。

 

「迂闊だったな?いっちーは転入生だから、浅かったみたいだぜ?"認識操作"。」

 

 全は持っていた竹刀の袋を教師だった(・・・)人物へと突きつける。

 

「お陰でオレもおかしいって気づけたぜ。」

 

 担任としての自分の存在への認識・注意を逸らせ薄くする細工。

本来なら、担任の名前を覚えていない事を変だと思うはずだが、それ自体を不思議と感じさせないように促す。

だが、転入して間もない一路にはその効果は薄く、担任の名前を覚えていないという不思議さに気づいた。

だから、全も疑問を持つに至ったのだ。

名前を覚えてない事はあり得ない。

ここがミソだ。

覚えさせないように操作するのではなく、覚えていない事を変だと思う事を操作する。

間接的であればある程、婉曲的操作であればある程、違和感を感じる確率が低くなるからだ。

 

「で、アンタは何処の誰で何が目的だ?仲間はいるのか?本当の担任を何処へやった?」

 

 最初から潜入したのならば、彼女を排除するだけでコトが済む。

当然、被害も少ない。

しかし、本物の担任と何処かですり替わったのならば厄介だ。

人質がいる事とイコールなのだから。

生きていて欲しくはあるが、もう既にというならば全自身の行動は楽になる。

 

「そっちこそ、何者なの?」

 

「質問してんのはこっちだ。」

 

 竹刀袋に入れたままのソレをぐいと肉薄させる。

竹刀袋に入ったままというのが緊張感を高めていた。

果たしてその中に入っているものは、人を殺める事が可能なモノなのかという事に。

 

「言えないなら、言えないで言いたくなるようにするまでだ・・・ま、目的はなんとなく解るが。」

 

 大体の予想はついていたが、不確定要素を減らせるなら、減らせるだけ減らすに越した事はない。

もはや学生とは言えない冷たい目で、全は告げる。

これは脅しではないと。

 

「予想外だったわ。まさか、あなたが海賊(・・)で、こんなに頭が切れるなんて・・・。」

 

 悔しそうに唇を歪める女とは裏腹に、今度は全が表情を変える。

 

「海賊だって?!、ちょ、ちょっと待て!アンタ所属を言え!」

 

 全が声を荒げる中、女は自分に攻撃の意思はないと示す為にゆっくりと手を懐に入れ、ごそごそとしながら、全にとっては見慣れた四角いキューブとパスケースのようなも取り出して、中身を全に見せる。

 

銀河警察(ギャラクシーポリス)1級刑事よ。」

 

 地球が存在する銀河を含み、樹雷も所属している銀河連盟の司法機関だ。

彼女はそこに所属する一員らしい。

IDもキューブもそれを示している。

そして、その偽造が如何に難しいのかも全は知っていた。

故に・・・。

 

「て、コトは・・・。」

 

 全は身体中から嫌な汗がどっと吹き出る。

 

「ヤベェ・・・ヤベェぞセンセ!!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33縁:それでも微笑めるだけの覚悟を。

 授業後、廊下を歩きながら全が考えていた事と同じような事をその人物も考えていた。

この世は不公平で満ちていて、些細な主張の違い、人種の違いでも争いが始まる。

場合によっては、種を根絶するまで止める事はないだろう。

それはちょっとした生まれの差で大いに変わる事もある。

保健室の前で佇んでいたその人物には、中にいる者達の会話を聞き、ずっと繰り返し自分自身と問答をしていた。

一体、芽衣と一路と自分は、何処でその差が生まれたのだろうか?

どうして、こんな風に違ったのだろうかと。

二人の会話が中で途切れたところで、戸を開く。

 

「誰?全?」

 

 不安そうな声が聞こえた。

勿論、その問いに返事はない。

一方、一路は返答が返ってこなかった事を訝しげに思ったが、まだ警戒はしていないかった。

優しい優しい一路の、彼のその微笑みを思い出した人物は、意を決して手にした光る物体を握り締め動く。

そこに至って、一路も動く。

別に何かを見て動いたわけではない。

ただ一路は、その感覚を知っていた。

つい最近、教えられたばかりのものだったからだ。

それは上空から落ちてきた小石と共に。

 

"殺気"だ。

 

 二人が同時にトップスピードに入り、現れた侵入者の手に持つ物に芽衣が息を呑んだ後に見た光景。

 

「ッ!どうして!」

 

 侵入者である少女(・・)が思わず声を上げる。

それは自分の持っていた小刀が深々と一路の胸に突き刺さっていた光景。

 

「・・・どうして。」

 

 一泊遅れて同じ様に声を上げる芽衣。

信じられるはずもない。

そこにいたのは灯華だった。

見慣れた制服姿の灯華。

今日だって一路にお弁当を作って来ていた彼女が何故?

理由が思い当たらない。

タチの悪い夢でも見ているかのようだ。

芽衣の横たわるベッドの端にぺたりと尻餅をつく一路。

 

「・・・ダメだよ・・・とう・・・か、ちゃ・・・きみは・・・こんなこと、できるこじゃ・・・な・・・。」

 

 最後まで言葉を言えずに、口からこふりと血を溢す。

傷が深い証拠だ。

だが、一路の顔には笑みの表情があった。

自分を刺した人間に微笑む一路に、灯華はどうしていいのか解らずに首を振るだけ。

 

『折角なら、仲良くなりたいじゃない?』

 

 身体が小刻みに震える。

 

『ありがとう。』

 

 そう微笑んでお弁当を受け取る一路。

 

『灯華ちゃん。』

 

 短い時間の中での一路に関しての灯華の記憶。

今、その本人が目の前で死にかけている。

その原因は全て自分。

それでも灯華の目の前の一路は微笑んでいる。

本当に、一体何がこの違いを生んでしまったのだろう・・・。

 

「・・・とう、か・・・ちゃ・・・。」

 

 もう一度、灯華の名前を呼ぼうとした一路は、ブツリと何かが切れたように・・・。

 

「雨木!」

 

 同じタイミングで保健室の戸が壊れんばかりの音がして、全がずかずかと入って来る音が聞こえる。

そこでようやく正気を取り戻しとばかりに、出入り口とは反対、保健室の窓へ向かって灯華は身を躍らせた。

素早い身のこなしで灯華が逃げるのと、全が中に入って事態を視界に入れたのはほぼ同時だったろうか。

勿論、目に入った光景に全も息を呑む。

 

「いっちー?!」

 しかし、彼は灯華や芽衣のように固まって動けないという事はなかった。

胸に突き立てられた小刀を握ったまま意識を失っている一路に駆け寄り、素早く状態を確認するが、詳しく確認しなくとも重体なのは明らかだ。

 

(肺までイってるか?)

 

「全・・・あ、あのね・・・。」

 

 よく知った顔である全を見て、少しだけ冷静さを取り戻した芽衣が状況を説明しようとするが、口がうまく動かない。

全も、なんとか喋ろうとする芽衣を制した。

 

「雨木、オマエは先生と一緒に家に戻れ。」

 

 芽衣にかけられていた薄い掛け布団でそっと一路を包みながら、ぶっきらぼうに告げる。

その姿に何時もの学校での全の姿はカケラも感じられない。

刺さっている小刀はそのままに一路を抱き上げる。

下手に抜くと大出血する恐れがあるし、もしかしたら他の臓器を傷つけてしまうかも知れないと判断した。

 

「ぜ、全は?」

 

「一路を助ける。」

 

 助けてみせる。

母を亡くし、学校を転校し、心機一転とこれまで何とか頑張ってみせようとしていた一路の人生が、こんな終わり方ではあんまりではないか!

他人の人生ではあるが、全には到底納得が出来ない。

 

「これはオレの責任だ。」

 

 自分が変な勘違いさえしなければという自責の念もある。

だが、そんなちっぽけなプライドは、一路の生死の前ではクソみたいなものだ。

死んでしまっては詫びる事すら出来ない。

何もかも終わり。

 

「いいな?」

 

 芽衣が頷くか、否かのタイミングで全は一路を横抱きに抱え上げたまま、灯華が出て行った同じ窓から飛び出す。

そして、あっという間にその姿が見えなくなってしまう。

残された芽衣には、ただ一路が助かってくれる事を・・・それだけしか出来なかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34縁:友達の条件、親友の要件。

 なりふり構ってはいられなかった。

何より、この結果は自分の責任。

何が何でも助ける。

そう自分自身に誓う。

 

「踏ん張れよ!絶対助けるからな!」

 

 踏み込む足にぐんっと力が入ると加速する。

家屋やビルの屋上から屋上へと一足跳びで踏み越えながらぐんぐんと速度をあげて行く。

景色がどんどん流れるにつれて、一路の体温が失われていく気がしてきて、焦りだけが全を苛やんだ。

だが、全には一路を助けるアテが一つだけある。

今はひたすらそこへ向かう事だけに集中するだけ。

 

(オレの生体強化レベルなら!)

 

 町の中心部を抜け、山道に入る。

そこから森の中を疾走して、見えてくるのは湖畔に建つ一軒屋。

その縁側の窓に向かって、一路を庇いながら躊躇いなく激突する。

かん高い破砕音がした後、家の居間であろうスペースを衝撃を殺すようにゴロゴロと転がってゆく。

 

「なんだなんだ?」

 

 派手な音を聞きつけて一番最初に顔を出した人物は魎呼だった。

 

「は、白眉 鷲羽さんを!お願いです!一路を、一路を助けてやって下さい!」

 

 息が切れている中、自分の出せる最大限のボリュームで全は力の限り叫ぶ。

全の抱えた布団の隙間から、血の気を失った一路の顔を見た瞬間、魎呼は息を呑む。

 

「鷲羽!!」

 

「聞こえてるよ。」

 

 再度、自分の名を叫ぶ声を聞いて現れた鷲羽は、白衣・白帽を身につけていた。

そして一路を一瞥して、全を見下ろす。

 

「伝説の哲学士、白眉 鷲羽殿とお見受けします。」

 

 一路を傍らにそっと横たえて、全はその場で勢い良く床に額をつけて土下座する。

それ以外の方法は、全には思いつかなかった。

 

「あなた方が自分達に干渉しないのは知っています。でも、お願いです、一路を助けて下さい。どんな代価もオレが払います。コイツを死なせたくないんです!」

 

 何度もゴンゴンと鈍い音をたてながら、床に額をつける全。

床に散らばったガラスの破片で額を切ろうとも土下座を止めない。

 

「ふぅ、暑苦しいねぇ。あのね、アンタに頼まれなくたってやってやるよ。魎呼、砂沙美ちゃんを呼んで来ておくれ。その後、アンタも手伝いな。」

 

「おぅ!」

 

 そう言うと魎呼は壁をすり抜けて消える。

それを鷲羽は確認すると、再び土下座の姿勢で固まったままの全を見下ろす。

 

「樹雷の人間だね?」

 

「はい。的田 全と申します。」

 

「なんでも、こっちに来た天木(あまぎ)の眷属の警護とかなんとか。こっちの偵察にでも来たのかねぇ。まぁ、昔から天木は、これみよがしの権力思考な輩が多いから。最近は大人しくなったと思いきやだ。」

 

 そこにこっそりどころか、たっぷりの批難が含まれているのも全にとっては覚悟の上だ。

 

「面目ない。」

 

 一路がどうしてこうなったのかを鷲羽は、瀬戸の情報から察しての発言だ。

全はそれにも申し開きもない。

既に十二分に理解しているし、現代最高峰の科学者でもある哲学士に逆らおうとも思わない。

 

「話は解ってるよ、大丈夫。この子は助けてみせるから。」

 

 そう言うと鷲羽は一路の身体を片手で、まるでマジックの人体浮遊のように浮かせて奥の部屋に向かおうとする。

向かおうとしたところで、顔だけを全へと向けた。

 

「全殿も、きちんと手当てするんだよ?」

 

 今の全の身体は全身切り傷だらけ、どころどころにガラスの破片が突き立っていて、血ダルマと言っても過言ではなかった。

普通乗用車並のスピードで柾木家のガラス窓に突っ込んだのだ、当然である。

ダメージがないわけじゃない。

 

「どうも。きちんと片付けておきますよ。」

 

 だが、鷲羽の指摘と全く見当違いの発言をして笑う。

一路に比べれば、こんな痛みなんともないと全は思うのだ。

その返事を聞いて、鷲羽は今度こそ居間を出て行った。

 

「ふぅ・・・。」

 

 ここでようやく全の緊張が少しだけ解けた。

解けると、腕の中で血の気を失ってゆく一路の重さが思い出される。

自分が抱えられるだけの重さ、手の届く範囲。

それすらも護れない自分。

本当は、こんな事をしでかした灯華を捜さなければならないのだが、警察機構、GPも絡んでいる事を思い出して、がっくりと俯く。

 

(もう地球(ここ)にはいねぇんだろうな。)

 

 一路がそれを知ったらどう思うだろうか?

そんな疑問が浮かぶ。

白眉 鷲羽、彼女は万能ではないが、預けた以上、一路は助かるだろう。

全は微塵も疑わない。

しかし、助かった後、自分を刺したのが灯華という事実、そして彼女ともう二度と会えないという事態に一路は一体何を考えて何を思うのだろう。

彼の心の方が気になって仕方がなかった。

 

「どうぞ。」

 

 ふと、視界の外から手が伸びる。

タオルの握られた手。

そして、それを差し出したノイケが微笑んでいた。

何もかも解っていますよという笑みも見える。

彼女の笑みを見て、何故だから全もほっとしてしまう。

 

「あ、ども。」

 

 タオルをとりあえず受け取ったが、その真っ白なタオルで血を拭う気にはどうしてもなれなかった。

治療をする気も。

自己満足と解っていたが、一路が生死の境を彷徨っているというのに、自分だけがと。

 

「大丈夫。一路さんは強い子ですから。」

 

 ノイケのその言葉に全はただ頷くしかなかった。

 




誰だって出来る事ややれる事が絶対にあると私は思いますよ、えぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35縁:誰もが祈り、誰もが詫びる夕暮れ。

「鷲羽、大丈夫なんだろうな?」

 

 血の気を失い、胸に小刀が突き刺さったままの一路の生体活動を限界まで停止、時間凍結に近い形にして、それを抜いたところでようやく鷲羽は魎呼と砂沙美を呼んだ。

 

「アンタね、私を誰だと思ってんだい?天才哲学士、白眉 鷲羽様だよ?」

 

 哲学士とは、歴史・科学・工学など、ありとあらゆる分野のエキスパート。

技術の総合百貨店みたいなものだ。

 

「魎呼、一路殿の生命維持に宝玉の力を使うよ?いいね?」

 

「んなコト、イチイチ聞くなよ。」

 

 魎呼はそう言うと一路の手を握る。

生命活動のレベルを下げているせいで、彼の体温は冷たかった。

風呂場で大騒ぎをした時は、あんなにも熱く、(恥ずかしさで)真っ赤だったのに・・・。

 

「ジョージ、起きてるかい?アンタはノイケ殿から、鏡子内にある生命の水を分けてもらって来るんだ。」

 

 皇家の樹。

もの凄い力を秘めているとはいうが、やはりそれは植物の樹の形態を取っている事には違いなく。

それが育つ環境も限られてくる。

生命の水とは、皇家の樹が根付く事なく繁茂する為に必要なもので、皇家の樹と契約を交わした者は必ずそれも持っている事になる。

 

「かしこまりました。」

 

 鷲羽がそう指示すると、研究室の奥から丸い二つの目を光らせて金属の人型が現れる。

彼(?)がジョージだ。

アンドロイドと分類される人間に近い姿のモノとは違い、人型であるが外見は完全なロボットである。

彼としているのは、当のジョージ本人(?)が自分は男性型だと主張しているからに他ならない。

もっとも、旧式も旧式、超旧式の彼は特に外見でどうという区別が出来ないのだが、鷲羽は彼の主張を汲む事にしている。

鷲羽の執事兼、助手兼、料理ロボットといった扱いである。

性能は確かに旧式だが、古いという事は経験値が高いという事であり、その点も鷲羽は買っている。

今まで顔を出さなかったのは、鷲羽のお使いで宇宙に出ている時もあるが、柾木家に一路が遊びに来ていたからだ。

彼は鷲羽の指示通り、そそくさとノイケの元に走ってゆく。

 

「鷲羽ちゃん、砂沙美は何をすればいいの?」

 

 一番場違いな存在だと自覚している当人の砂沙美は、何故自分が呼ばれたのか解らず首を傾げる。

鷲羽が呼ぶのだから、必要なのだ。

それだけは理解していたが。

 

「あぁ、砂沙美ちゃんはね、一路殿の手を握ってお祈りしてくれないかね?頑張れって、帰っておいでって。」

 

「それだけでいいの?」

 

 何だか思ってたのと違うと思いつつ、魎呼とは反対側の一路手を握り跪くと、目を閉じてその手を額にあてる。

 

「さ、ジョージが戻ったら始めるよ。」

 

 そう誰となく、そして有無を言わせぬ覚悟を問うと、鷲羽はじぃっと一路の顔を見る。

血の気を失い白い肌を晒し、瞳を閉じた一路。

その姿は既に物言わぬ骸にしか見えない。

 

(ごめんね・・・一路。)

 

 これから彼を救う為にしなければならない事を、いや、これから彼が出会う現実に心の中で詫びながら、鷲羽は施術に取り掛かる。

彼がまた笑顔で戻って来る事を想って。

 




意外とジョージが好きな私は変なんでしょうか?
こういうファジーなロボットいいと思うんだけどなぁ・・・あ、アニメ版のNBは別の方向性でw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36縁:一人だけれど、独りではない世界。

 真っ暗だった。

そして肌寒い。

そんな場所に一路はいた。

いるんだと思った。

 

「そっか・・・。」

 

 自分が今、どういった状態に置かれているのかを理解して、そして小さく溜め息。

自分は死ぬのだ。

或いは、既に死んだのだと。

そう理解する。

理解してしまった(・・・・・・・・)のが問題だとは気づかずに。

己が死に逝く者だと理解するという事は、死を受け入れる事と同意義だ。

つまり、今の一路の状態は、既に生のしがらみから解き放たれてしまったという事になる。

 

「・・・死後の世界ってあるみたいな雰囲気だね、これは。」

 

 但し、真っ暗である。

上下左右も認識出来ない。

もし、死後の世界があるというなら、母に会えるだろうか?

ただ先人達の言うように、天国と地獄も存在していたら、きっと自分は・・・。

 

「はぁ・・・。」

 

 結局、これからどうしたらいいのか全く解らずに途方に暮れるしかなかった。

脱力していても、膝だけはつかなかったのは、座り込んだらもう二度と立てなくなりそうだったからだ。

まぁ、既に死んでいるのだから、二度と立てなくなってもきっと困りはしないんだろうなぁと思いながら。

 

「初めまして、檜山 一路さん。」

 

 がっくりと俯いたところにかけられた声。

何処かで聞いたようなその声に、一路は顔を上げる。

見た事もない女性。

長いエメラルド色の髪に美しい瞳。

一路と目が合うと、その女性はにっこりと微笑む。

 

(天使・・・?)

 

 初めて見た天使は和服美人だった!

そんなナレーションが脳内で再生されてゆく。

自分が日本人だから、天使も日本スタイル?なんてくだらない事を思ったりも。

 

「あれ?何処かでお会いし・・・た事、あるわけないですね。」

 

 和服の天使と面識などあるわけがない。

大体、こんなに美人だったら、忘れるはずもない。

けれど、何故だか何処かで会った事のあるような・・・。

 

「さぁ?どうでしょう?」

 

 返ってきたのは、肯定も否定もしない実に曖昧な答えと微笑みだけだった。

まるで一路の反応を窺がって楽しんでいるかのようだ。

しかし、何度考えたところで、一路の脳ミソは疑問の答えを弾き出してはくれない。

 

「では、参りましょうか。」

 

 一路から一向に次の言葉が紡ぎ出される気配がないのを感じ取ると、その天使(仮)は一路に向け手を差し伸べる。

雪のように白くほっそりとした指。

その手をじぃっと見つめながら、一路はこの行動の意図を考えてみる。

 

「あの?」

 

 自分の脳ミソがヨーグルトにでもなったかと心の中で思いつつ聞き返す。

自分に向けられている手の平、三途の川の渡り賃金?案内料を渡せとか?など考えた結果、正しい反応というものを導き出す事は当然出来なかった。

 

「ふふっ♪行きますよ。」

 

 きゅっと天使が一路の手を握った途端、真っ暗だった世界が一面の草原へと変わる。

花、風の感覚。

そして真昼間のような眩い光。

何もかもが塗り替えられていく。

目をしばたいて、その光景を見回す一路の驚きように満足した様に、傍らの女性は微笑む。

一路は一路で、流石死後の世界、何でもありだと一人納得していた。

 

「貴方は先程から落ち着いていますね。」

 

「僕がですか?・・・あの、すっごく驚いているんですケド・・・。」

 

 手品レベルでは済まされない変化に驚きの連続で寿命が縮まりそうだと言おうとして、自分のアホさ加減に気づくと同時に、ほら、やっぱり落ち着いてないと思った。

 

「そうではありませんよ。死というモノにです。後悔はないのですか?」

 

 いざ死ぬとなったら、どんな人間も何かしら想う事があるだろう。

突然に、自分から行動したとはいえ、死を迎える事になったのなら、尚の事。

だが・・・。

 

「後悔は・・・ない・・・かな。」

 

 一路にしてはかなり考えてから。

 

「それは何故か聞いても?」

 

 花畑の中で手を繋いだまま見つめ合う二人。

時間の概念が限りなく広く長く薄い中、どれくらい見つめ合っただろうか。

 

「・・・護れたから、かな。短い付き合いだけど、それでもこんな僕に優しくしてくれた人を護れたから。」

 

 脳裏に優しい言葉をくれた芽衣の顔が浮かぶ。

それも鮮明に。

 

「護られた方にしてみれば、僕が代わりに死んだんだって苦しむかも知れない。それは悪いなって思うけど・・・きっと何時かまた元気になってくれると思う。それが彼女の心の傷になるなら、僕の事を忘れたって構わない・・・僕はそれを歓迎するし、願ってる。」

 

 また元気に全に怒ったり、笑ったり、周りを明るい気持ちにしてくれる事を。

一路はそれだけを望む。

 

「て、コレは僕の我が儘だ。うん、どう考えても我が儘だね・・・。」

 

 自分だって、母の事を忘れられなかったし、立ち直るのに時間がかかった。

しかし、死んだ事によってその母にすら会えるかも知れないという淡い期待もある。

これは自分の我が儘で、場合によっては酷く卑怯な考えなのかも知れないとまで思う。

それでも、もし自分が仮に母に出会えたとしたら、胸を張って自分の最期について話せる気がした。

 

(なんて我が儘なんだろう、僕は。)

 

 自己犠牲も甚だしいし、自己満足の塊だ。

残される者の苦痛、辛さは一番嫌という程解っているくせに。

 

「・・・人は、やはり不思議な生き物ですね。」

 

 目の前の存在が人間ではないのだろうと思ってはいたが、いざ本人の口からそう言われると違和感がある。

普通に会話出来ているし、身体的特徴も(天使の羽根がないのに今更ながら気づいた)自分達と変わっている点が少ないせいだろう。

 

「あ・・・でも・・・。」

 

「?」

 

「やっぱり後悔はあるかな。一つだけ。」

 

「一つだけ?」

 

 たった一つの心残り。

何だというのか、興味を以って一路を促す。

 

「・・・灯華ちゃん。」

 

 悲痛そうな彼女の表情。

無愛想でクールな彼女のあの取り乱した表情は、忘れようにも忘れられない。

 

「僕を刺した子なんですけど・・・彼女が心配で・・・。」

 

 あの時の灯華は、一路の行動に驚いていた。

つまり、彼女は一路を刺そうなんて思っていなかったのだ。

一路でないのだとしたら、彼女の標的は芽衣という事になる。

全く関係ない一路を巻き込んだ事を、気にしていなかったらあんな表情にはならない。

それを彼女が気に病まないという事は到底ないだろうと一路は思う。

確かに芽衣を殺そうとしたのも彼女本人なのだが、少なくとも一路の知っている彼女はそういう子じゃない。

 

「貴方を刺した人なのでしょう?なのに?」

 

 首を傾げる女性は、相変わらず静かに笑みをたたえたままだった。

まるで問いの答えが出るまでもなく解っているかのように。

 

「でも、彼女、泣いてた気がするから・・・。」

 

 彼女はまた芽衣を狙うのだろうか・・・。

そしてまたあんな顔をするのだろうか・・・。

 

「だからこそ、友として並び立てる事に私は喜びを感じるのです。」

 

「え?」

 

 その口振りは、やはり何処かで出会った事があるかのように思える。

しかし、それ以前に目の前の彼女は今までの笑みとは違って、いかにも満足そうに見えた。

 

「ならば・・・。」

 

 一路の手を離し、彼の眼前で一つ、拍手(かしわで)を打つ。

 

「貴方はどうすべきかもう解っていますね?」

 

 もう一度打たれる拍手に、一路の周りに敷き詰められるようにして咲く花が散り、宙に舞う。

 

「僕は・・・僕は、まだ・・・。」

 

 次々と、次々と花は一路の周囲を舞い、やがてそれは花吹雪となり、一路から目の前の女性を覆い隠してしまう。

いや、覆い隠されたのは一路の方かも知れない。

 

「貴方がお母上と会うのは、まだまだずっと先ですよ?」

 

 よく通る女性の声が辺り響いて、そして・・・。

 




次回で、一区切りとなります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37縁:だから、少年は・・・。

これでとりあえず、一区切りですかね。


 肌に触れる心地良い風。

風に揺られる木の葉の音。

木の葉の落ちる水面。

 

その全てが生を感じる。

 

そして眼前には一際大きな樹。

御神木を見ながら一路は考えていた。

一路が目を覚ましてから五日程が経とうとしている。

 

『一路殿は死んだんだよ。』

 

 目覚めた時に一路の傍らにいたのは何故だか柾木家の人々で、開口一番の鷲羽の言葉がコレだった。

当然、一路には何の事か理解出来ないし、学校で刺されたはずの自分が何故柾木家にいるのかも解らない。

自分は刺された、そこで一路ははたと思い出し・・・。

 

『灯華ちゃん・・・そうだ灯華ちゃんは?!』

 

 彼女の安否。

一番最初に想う事が出来たのは、その人だった。

自分を刺した張本人だという事も忘れていた。

いや、関係なかった。

 

『事情は聞いてるよ。その娘の事も含めて、一路殿と周囲の状況を話さなきゃならないんだ。』

 

 念の押し方で、それがとても重要で重大な事だと理解して頷く。

それ以外の方法が今の一路には無かったし、鷲羽の圧力が有無を言わせぬものだったから。

 

『まず、一路殿は一度死んだんだ。正確には地球の医療レベルではね。』

 

『地球の?』

 

 そこから始まる話は、今でも一路には信じられない内容だった。

一路の怪我は、ほぼ即死といってもいいくらい、とにかく死を免れぬ程で手の施しようがないものだったが、何とか命を繋ぐ事が出来た事。

しかし、それは地球文明以外の技術を使用して。

そして、その技術を使ったが為に、一路は一般の地球人とは言えなくなってしまった。

彼の肉体に地球文明以外の技術を使用したという痕跡が、地球の技術でも判明してしまう程に残ってしまった事。

その技術を使う自分達は、地球外生命体であると。

 

つまり、鷲羽達は宇宙人。

 

長々と説明をしてもらったが、一路の中で要約して一番大事なところは、そこだと理解した。

というより、もうここまでくるとほとんど現実味が湧かなかったが、自分が生きている事がある意味でその事実を立証している面もあって、受け入れるしかない。

そして、ここからが一路が更に驚く内容で、宇宙人なのは柾木家の人間だけではなく、芽衣と全もだという事。

二人は樹雷という宇宙の中の一国家の出身で、灯華は恐らく樹雷に対する何らかの敵対する組織の一員。

一路はその二つの関係に巻き込まれたのだと。

 

『もしかしたら、私達と一緒にいたせいもあるかも知れないね。』

 

 自分達もその樹雷の関係者である事が一路を危険に巻き込んだ一端かも知れないと鷲羽を始め、柾木家の人々は口々に謝罪をしてくれた。

確かに、学校で鷲羽、魎呼、阿重霞の三人は目撃されたかも知れないし、美星も商店街で目撃された可能性もあった。

一路は勿論、そんな事はないと否定したが、それでも一般的な地球人である一路には縁のない事だったのは確かだ。

だから、一路は柾木家の面々に一言だけ。

 

『それでも僕は皆さんと出会えて良かったです。』

 

 少なくとも、これも紛れも無く真実だった。

それと同じようにここに来て出会った人々も。

だが、事実はもっと過酷で・・・。

全も芽衣も学校には登校してきてなかった。

当然、灯華も。

それどころか、何故か担任の先生も辞めていた。

 

『二人は多分、樹雷に帰ったんだと思うよ。』

 

 クラス名簿には住所も載っていたが、そこは空き家だった。

幸いな事に樹雷ならば知り合い(流石に皇族とか皇位継承者とは、天地の存在の都合上伏せられた)がいるので、二人の動向は調べられるとは言われたのだが・・・。

灯華の居場所だけはようとして解らなかった。

恐らく彼女も地球にはいないだろう。

芽衣がいないのならば彼女を狙っていた灯華もそう違いない。

それが逆に、とても心配だった。

 

 

 

 「一路殿?」

 

 今までの出来事を回想していた一路は、背後からの鷲羽の声に振り返る。

鷲羽の横には勝仁もいた。

 

「僕、刺された後、夢を視たんです・・・。」

 

 あれは・・・本当に夢だったのだろうか?

何となく手にまだあの温もりがあるような・・・。

 

「そこで、天使・・・女神様かな、とにかくその人に会って言われたんです。」

 

「ほぅ、して何を?」

 

 勝仁は一路のその言葉を一切笑う事も否定する事もなく、聞き返してきた。

 

「後悔はないかって・・・。」

 

 考えてみれば、後悔しない人間などいないし、大なり小なり何らかの選択を迫られれば、誰でも絶対に後悔する事はあるだろう。

 

「へぇ。それで、一路殿は何て答えたんだい?」

 

 だったら、どうせ後悔するならやるだけやって後悔した方が悔しさの質が違うんじゃないだろうか?

ずっと、言われた言葉の意味を考えていた。

 

「要約すると・・・お弁当が食べたい。灯華ちゃんの手作りの。」

 

 刺された日の弁当は食べる事が出来なかった。

折角、灯華が作ってくれたというのに。

 

「あんな事がなければ、灯華ちゃんはまだ僕にお弁当を作ってくれてたかも知れない。正直、灯華ちゃんが宇宙人だろうが犯罪者だろうがどうでもいいというか・・・そう言われてもピンと来ないし・・・だって、僕は同級生の灯華ちゃんしか知らないから・・・。」

 

 同級生、日常生活、そして母。

そういうモノを全部なくして岡山に来た。

だが、今回はまだなくしてないと一路は思っている。

 

「だから・・・僕は灯華ちゃんに会いたい!」

 

 何をすべきか。

夢で出会ったその人はそう言った。

だから一路は、自分がこの世界に戻って来られたと。

それをする為に。

 

「会ってどうするんだい?」

 

 鷲羽の声が詰問するような口調になっても、一路は鷲羽から目を逸らさなかった。

言わない方が絶対に後悔すると解っていたから。

 

「どうする?さぁ?どうしたら・・・満足なのかな。ただ会って言いたい事を言うだけ言って、もし、したくもない悪い事をさせられているなら、やめさせたい・・・だって・・・。」

 

 自分を刺した時の灯華は、少なくとも犯罪者の顔とは思えない。

いや、自分を刺してはいるのだが、それとこれとは別に・・・。

 

「灯華ちゃんは優しい子だから。」

 

「それがその子から感じた直感なんだね?」

 

「僕、我が儘ですかね?」

 

 聞くまでもない事だ。

先程までの強気が嘘のように、自信も頼り気も微塵もなく聞き返してくる一路に鷲羽は微笑む。

何処かしら誇らしげなモノを見るような・・・。

 

「うんにゃ。いいんじゃない?頑張れオトコノコ♪青春だネ♪」

 

 何時の間にか、何処から取り出したのか解らない天晴れ!とデカデカと書かれた扇子が鷲羽の前に広げられているのを、胡乱(うろん)気に見た後、勝仁はしきりと顎を撫でる。

扇子に嫌な思い出でもあるのだろうか?と思うか思わないかの瞬間、口を開く。

 

「ならば、宇宙に上がらんとのォ。」

 

「う、宇宙?!僕がですか?!」

 

「左様。」

 

 自分の聞き間違いかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

「そうだよ?宇宙へ出て、お姫様を捕まえて掻っ攫って来ないとね、白馬の王子サマ♪」

 

「宇宙・・・灯華ちゃんを捜しに・・・。」

 

 ゴクリと喉をならす一路。

特別な訓練を受けた宇宙飛行士でもない、ただの子供の自分が宇宙に・・・。

そんな現実離れをした、しかし確かに現実が自分に訪れるとは思ってもみなかった。

だが、鷲羽の手術で地球人にはない痕跡が残ってしまった一路には宇宙へ上がるか、地元の正木村で一生を暮らすしか選択肢がないという事を知るのだった。

そして、今の一路が選ぶのは一つしかない。

 

 一路、宇宙へ!

 




以上、長いキャラ紹介とコトの始まり。
少年は地球を飛び出す事に。
次回!宇宙編?!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一路、宇宙。
第38縁:見上げれば宇宙(そら)


というコトで宇宙編になりにけり。


 自問自答の日々。

それが今までの一路の日々だった。

悔恨と言っても過言ではない。

何故ならば取り返しのつかない事ばかりだったからだ。

だから、人は後悔する。

当然の流れによる結果。

 

「緊張し過ぎだよ、一路君。」

 

 気づくと隣に天地が座っていた。

今、二人のいる場所は、柾木家の縁側、テラスだ。

 

「天地さん・・・。」

 

「うん?」

 

 必死に言葉を探している一路の表情に、天地はじっと待つ事にした。

彼には時間が必要なのだと解っていたから。

天地としては、仕方ないと解っていても少し急ぎ過ぎで、一路にはもっと時間をあげたいと思っている。

 

「僕は・・・どうしようもなく子供で、怖かったんだと思います。」

 

 息継ぎ。

天地の返事はまだない。

言えるうちに言えるだけ、腹に抱えているものを出せるのは恐らく今しかないからだ。

 

「皆に優しくされるのも、腫れ物のように扱われるのも・・・何ていうか、どう返したらいいのか、返せないって・・・その優しさに対して何も・・・母さんの時みたく。」

 

「君は凄いなぁ。」

 

「え?」

 

 一路は天地を見る。

天地はその視線を空に向けたまま・・・。

そろそろ夜の帳が降りようとしている。

一等星程の明るさの瞬きが見えるくらいに。

 

「オレなんか、誰かに優しさを返そうとか、君と同じ年の頃に考えた事なんてなかったよ。ただ毎日を淡々と生きてた。」

 

 思春期の少年の日常生活なんてそんなものだろう。

別に誰に話しても、それは責められるべき事ではないと、十人が十人、そういう返事を返すはずだ。

 

「将来だって、じっちゃんの神社を継ぐんだろうなって漠然と思うくらいでさ。」

 

 何時もと変わらぬ明日があるのが当然だと。

何も疑う事なく日々を生きていた。

 

「でも、オレは魎呼達と出会った。」

 

 それはそれは波瀾万丈、ダイハードな日々だったけれど。

 

「僕も・・・だから、後悔したくなくて・・・。」

 

「いいんじゃないか?オレは一路君のその気持ち、大切だと思う。互いに後悔をしない人生をってね。」

 

 そう言うと天地は、一路に一振りの木刀を手渡す。

 

「餞別になるかは解らないけど、これ。」

 

 天地をお手本に覚えようとしていた型の練習に使う木刀だ。

 

「ありがとうございます。僕、きちんと練習しますから。」

 

 丁寧に自分が渡した木刀を受け取る一路に天地は微笑む。

自分の考えや思った事が間違いない事に満足して。

 

「やっぱり君は偉いなぁ。オレも見習わないと。」

 

「そうしてないと押し潰されそうになるから・・・。」

 

 どうしようもない現実、壁。

誰にでもあって、誰もが乗り越えるべき存在。

あれから、一路は決意をした。

宇宙へ。

少しでも彼女達に手が届く距離へ。

ただの子供の我が儘なんだと自分でも解っていた。

無謀でも、それでもそれを通したかった。

しかし、一路のその子供じみた決意を、誰一人笑わなかった。

それが一路にとっての幸福。

ただ一人を除いてだが。

 

「全く魎呼さんったら、すっかり拗ねてしまって、大人気ないですわ。」

 

 ブツブツと文句を連ねながら、阿重霞が二人の前にやってくる。

その視界に天地達を入れて、居住まいを正しながら。

 

「一路さんは、こんなに立派に旅立とうとしているというのにです。」

 

「仕方ないですよ。僕みたいな子供が宇宙とか言い出すんだから。」

 

 一路の宇宙行きに大反対したのは魎呼だけだった。

宇宙がどれだけ危険なものか、わざわざそんなそんな所へ行かなくても自分達がきちんと情報を集めてなんとかするからと言っても、一路は決して受け入れなかったのだ。

 

「何を言うのです。聞けば一路さんは今年で16歳と。16と言えば、我が国では元服、成人の義を行っている立派な大人です。」

 

「あぁ、そういえばそうだった。」

 

 阿重霞の意に天地が賛同する。

正木村の人々は16歳で元服し、その血の濃い者は宇宙へ出るか、地球に残るかを決めるのである。

 

「でも・・・やっぱり、魎呼さんの方が正論なんだと思います。」

 

 何も宇宙まで行く事はない。

その通りである。

 

「でも、正論だからって必ずしもそれに従わなきゃなんないって事はないとオレは思うよ?だって人には心がある。必ずしも理路整然と決められないさ。」

 

 心の。

例えば良心。

その赴く所へ進む事も大事だ。

 

「ほら、やっぱり魎呼さんが大人気ないんですわ。でも・・・。」

 

 阿重霞は一路見てから、ついと視線を逸らす。

 

「貴方を心配しての言動なのは解って下さいましね?」

 

「阿重霞さん・・・。」

 

 照れて頬を真っ赤にしつつも魎呼をフォローする様を見て、やっぱり阿重霞さんも魎呼さんを気にかけてるんだな、家族なんだなと一路に笑みがこぼれる。

 

「阿重霞さんもお元気で。」

 

「えぇ、私も一筆したためておきました。しっかりやるのですよ?」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 深々と阿重霞に、天地に頭を下げる。

阿重霞と鷲羽が、宇宙での一路の寄る辺を確保してくれた。

それは感謝してもしきれない。

本来ならば、地球人が宇宙に自分達の技術以外の力を以って昇るのは禁じられているからだ。

例外を除いて。

その例外事項を半ば無視して、半ば無理矢理捻じ込んでくれたらしい。

 

「・・・・・・かといって、無理はいけません。何かあったら何時でも戻って来るのです。」

 

「はい。」

 

 次に柾木家の人々と会うのは何時になるだろう。

だが、しかし、地球に帰る時は自分一人じゃない、少なくとも行きより違った結果を持った自分になっているんだと決意している。

 

「私もついでに一路殿に餞別を用意してあるんだよ。」

 

 やっほ~と、しんみりとなっている皆に手を上げて応える鷲羽。

 

「鷲羽さん!」

 

「"ちゃん(・・・)"。」

 

「あ、はい、鷲羽ちゃん。」

 

「よろしい。」

 

 と、お約束事の訂正事項から、一路の鷲羽との別れの儀式が始まった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39縁:女神の餞別?

「色々と、その、ありがとうございました。」

 

 深々と頭を下げる。

柾木家の中で一番世話になったのは鷲羽だ。

魎呼には悪いが、事実、一路はそう思っている。

恐らく、地球に帰る時も彼女の世話になる事だろう。

 

「いいの、いいの。いいかい、一路殿。一路殿を助けたいと思ったのは私等の勝手だ。ただ一路殿が一路殿だから、そうしたいと思ってやるんだよ。解るね?」

 

「でも、それに甘えるってのは・・・。」

 

 一路の人となりを見て、一路を助けたいと鷲羽達は思った。

だからそうした。

それはつまり一路自身の日頃の行いの良さと言っていい。

鷲羽の主張はそういう事だ。

しかし、それをただ受けるだけ受けるというのではいけないと一路は考える。

不公平というか、不誠実というか・・・。

 

一路(・・)。アンタはこれから宇宙に出る。宇宙は広くてアンタの常識で計れない事ばかりだ。そういう場所へ独りぼっちで出るんだ。いいかい?仲間を増やしな。なかにはアンタの優しさと誠実さを利用してくるヤツラもいるだろうね。だけど、真摯に向き合ってくれるヤツラも必ずいるよ。だから、その気持ちを絶対に失くしちゃいけない。」

 

 事実、人は醜い。

宇宙に出れば、そんな輩はごまんといるだろう。

しかし、鷲羽はそこまで口にする事は出来なかった。

ただ、一路の往く先が、彼にとってプラスになればいいと祈るばかりだ。

女神が祈るというのもアレだが。

 

「はい。」

 

 一路のはっきりとした返事に苦笑しながら、鷲羽は一路の顔に手を伸ばす。

すると、一路がそれに呼応して手を伸ばしやすい位置へと屈んだ事が、鷲羽には嬉しかった。

 

「餞別だよ。」

 

 一路の耳元で、カチリと音がする。

 

「あと、コレね。」

 

 もう一つは首に紐。

 

「・・・ピアス?」

 

 触れてみると、筒状の金属のようなモノが耳に嵌っている。

その筒の一部に何やらポッチりと丸い出っ張り。

 

「イヤーカフだよ。耳に穴なんて開いた痛みないだろ?」

 

 耳につけるモノといえば、ピアスかイヤリングくらいしか知らない一路には、まぁ、そういうものなのかとしか反応が出来ない。

そして、首から下げられたのがお守りだった。

 

「お守りだからね、もうどうにもならない!いっやーん、鷲羽ちゃんたすけて~って時に中身を取り出して祈る最終兵器♪」

 

 実際、女神に向かって祈るのだがら、用法としては間違ってないような気もするが、鷲羽という人物の人となりを知っている者からすれば、物騒なものを放り投げられただけという風にしか思えない。

 

「ありがとうございます。」

 

 知らぬが仏とも言おうか、それが一路特有の素直さとも言おうか、素直に礼を述べる。

 

「で、私から一つ、お・ね・が・い・♪」

 

 そら来た!!と、皆が皆、自分の事のように身構える。

このパターン、このパターンがお決まりともいえる災厄を呼ぶのだ。

 

「なんでしょう?」

 

(き、聞いちゃダメだっ!!)

 

 喉から出かかった叫びが何故だか、天地の口から出す事が出来ない。

こ、これがプレッシャーかっ?!と悶えようとするものの・・・。

 

「あのね、その2つ、肌身離さず持っててネっ♪」

 

(な、何の呪いのアイテムですの?!)

 

 もう二度とあのイヤーカフは一路の身体から外す事は出来ないのではないだろうかと阿重霞は不安になる。

鷲羽の一路に対する愛情のようなモノは、学校や今回の顛末を含めて、充分に信用に値するものなのだが、如何せん"日頃の行い"というものがある。

一抹どころか、多分に不安を拭う事は出来ない。

 

「はいっ。」

 

 そんな鷲羽の不吉な言葉に対して、朗らかに答えてしまう一路の性格の良さに、この先が案じられてならない。

それ以上に、更に不安になる要素がもう一つあるだけに。

 

「あ、お迎えが来たようだね。」

 

 空を見上げる鷲羽にならって、一路も空を見上げてみると、そこには巨大な飛行物体があった。

銀色一色の装甲に覆われ、鋭角な機首を持った・・・宇宙船。

 

「本当に美星さんで大丈夫なのでしょうか?」

 

 一路の宇宙への水先案内人を買って出たのが美星であるという事が、一番の不安。

 

「龍皇はユニット換装作業中だし、ノイケ殿の船はそもそも大事になりかねない。魎呼のヤツが拗ねて出て来ないんだ。どうしようもないね。」

 

 消去法で美星が選ばれるのだから、理由は推して知るべしとしか言い様がない。

 

「魎呼さん・・・。」

 

 ただ、魎呼に別れの挨拶が出来ないのは、一路としても心残りだった。

 

「ほっときな。魎呼なら大丈夫さ。一路殿に会いたくなったら、文字通り飛んで行くから。」

 

「ま、魎呼だしなぁ。」

 

「ですわね。」

 

 天地と阿重霞まで同意見なので、その通りなのだろう。

だが、魎呼の拗ねた原因だって元を正せば自分なのだからして、落胆するなと言われても早々割り切れるものでもない。

 

「兎も角、しっかりとおやり。私達も情報を掴んだら必ず連絡するからさ。」

 

 旅立ちの目的を見失ってはいけない。

自分は強くなるのだ。

 

「はい。では、その・・・"いってきます。"」

 

「「「いってらっしゃい。」」」

 

 その合唱に照れて微笑むと、一路の身体を光の帯が包む。

フワリと身体が浮き、ゆっくりと上昇して行く。

視線を下げて、下を見ると手を振る皆の姿が少しずつ小さくなってゆく。

 

(ここから・・・始まるんだ・・・。)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40縁:前途多難のシューティングスター。

更新が遅れましてすみません。
くそぅ、ケーブルテレビと落雷ヤツめっ。


「よっ!」

 

「はぃ?」

 

 目の前に魎呼がいた。

紛れも無く魎呼だ。

一路の身体は尚も上昇を続けているのだが、その上昇に合わせて魎呼も浮いているのだ。

いや、そんな事はこの際、関係ない。

一路は、湧き出る疑問の全てを押し込める。

 

「見送りに・・・来てくれたんですね。」

 

「何だよ?アタシがそんな薄情で冷てぇヤツだと思ってやがったのかァ?」

 

 腕を組み、流し目で非難の視線を送る魎呼。

 

「いえ、全然!魎呼さんは優しい人です!」

 

 だから、自分の身を案じて反対したのだ。

そして、反対した手前、皆の見ている前で堂々と見送りに来られなかったのである。

 

「・・・・・・そうはっきり言われちまうとな・・・。」

 

 んむぅと小さく唸り声を上げる。

口元が微笑むように歪んでいるのは、照れているのを隠しているからだ。

 

「あ゛~、もう調子狂うなっ、もう!んーっ!」

 

 強い口調と共に突き出される魎呼の手。

その手には、革紐のような物に通された石があった。

 

「餞別だ!持ってけ!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 まさか、魎呼にまで餞別を貰えるとは思わなかった一路は、丁寧にその石を受け取る。

深い藍色をした結晶。

角度によっては青くも、仄かに紫がかっても見える不思議な物体だった。

初めて見る物体は、恐らくこの地球には存在しない物体なのかも知れないと思う。

目の前にこうして浮いている魎呼を見れば、彼女が地球人はないのも確かだ。

 

「お守り代わりだ、首から下げとけ。」

 

「はい!」

 

 奇しくも鷲羽と同じ行動を取る魎呼。

鷲羽印(?)のお守りが既に首下げられてはいたが、それはそれ、これはこれだ。

何の躊躇もなくそれを首から下げた。

 

「大切にします!」

 

「そうか・・・うん、大事にしろよ。」

 

 余りの一路の喜びように魎呼は満足げだ。

ただ後年、天地の弟である剣士に同様の物を渡すのだが、それはまた別の話。

 

「なぁ、一路?」

 

「?」

 

 石を興味深げに宥めすかしていた一路に、魎呼は急に声のトーンを落とす。

 

「ヤバイと思ったら、すぐに逃げろよ?逃げるのは悪いコトじゃねぇ。人間、死んだらオシマイだ。命さえありゃ、どうとでもなるんだからな?」

 

(ほら、やっぱり・・・。)

 

 魎呼さんは優しい。

自分の思った、言った事は間違っていない。

 

「返事は!」 「はい!」

 

 互いに微笑むと、一路の身体は銀色の宇宙船に吸い込まれていった。

 

 

 

「は~い、それじゃあ~ご案内は、私、美星と~。」

 

「この雪之丞が務めまする~。」

 

 何処からか出囃子が聞こえる・・・。

覚悟を決めて乗り込んだ一路にとって、この出迎えは拍子抜けだった。

あっさりと出鼻を挫かれたと言ってもいい。

いや、挫かれた。

しかし、美星にいくらKYと言ったところで、どう考えても無駄な事だった。

 

「あ、ども。お願いします。」

 

 美星ではなく、空き缶に目玉がついたようなロボット(?)に言えただけでも大分マシだろう・・・多分。

 

「ではでは、待ち合わせの場所までいっきますよ~。」

 

「もう出発してますぞ、美星殿。」

 

「はれ?いっやぁ~んっ、出発進行!って、やってみたかったのに~。」

 

 なんとも緊張感のカケラもない。

不安度、一段階アップ。

 

「むぅ。じゃ、一路さん、お茶にしましょ~。」

 

「は?」

 

 さもイイコト思いついたわ、ぽんと手を打つ美星に一路はついていけない。

 

「美星殿?ランデブー時間に遅れてしまいますぞ。」

 

「あ~ん、ワープしちゃえばすぐなんだから大丈夫。お茶~、お茶はっと~。」

 

 サポートロボットの話を全く聞いちゃいない。

何というか、サポートの意味がない。

不安度、更に一段階アップ。

そして、コクピットの奥に潜り込んでごそごそして、目の前の揺れるお尻からすぐさま目を逸らす思春期一名。

 

「お茶請けは何がいいかしら~?一路さん?」

 

「な、なんでもないです。じゃない、何でもいいです!」

 

 直立不動で答える一路に美星は首を傾げる。

首を傾げたものの、すぐさま美星はカチャカチャとお茶の用意を開始した、それも鼻歌つきで。

 

「雪之丞さん・・・。」

 

「皆まで言わないで良いですぞ。」

 

 この人(?)も苦労してるんだなとしか言いようがない。

ロボットにストレスがあるかどうかは別として。

半ば強引にお茶の体裁を整えられると、仕方なくカップを受け取る。

西欧風のカップ。

だが、中身は緑茶だ。

 

(宇宙にも緑茶があるのかな?・・・そういえばもう宇宙なんだよね・・・。)

 

 普通なら、自分と同年代で宇宙を体験する者などいないだろう。

学校や父には、鷲羽が何とかしておいてくれると言っていた事を思い出す。

自分はこれからたった一人で事を成さなければならない。

手伝ってくれる者達はいるにはいるが、何時もの自分だったら諦めてしまうところだ。

しかし、自分の心の中の何かが、それを許さない。

 

「怖いかしら?」

 

「え?」

 

 そう聞いてきた声の主、美星の穏やかな笑みにホッとしている自分がいた。

 

「世界には、い~っぱい色んな人がいて、それこそ困ったちゃんもいるケド・・・。」

 

「・・・美星殿が一番困ったちゃんで・・・。」

 

 そんな雪之丞のぼやきはガン無視して・・・。

 

「それでも良い人達ばっかり。地球ってすっごい田舎って言われてたけど、皆優しくしてくれるの。天地さんはステキだし。きゃっ♪」

 

「はぁ・・・。」

 

 果たして、この人は何が言いたいのだろう?

 

「だから、色んな人がいるんだ~って思っとけば、私、何処に行っても大丈夫だと思うの。」

 

(こ、これは・・・励ましてくれてるんだろうか?)

 

 断言しきれないところが、何ともはや・・・。

 

「一路さんだって、初対面の私に優しくしてくれたじゃない。」

 

「あぁ・・・。」

 

 それだって自分と重ね合わせて、結果的にそうなっただけであって・・・。

そう考えると今の自分はなんて、利己的で偽善なのだろうと思う。

目の前の美星の純粋さとはエラい違いだ。

 

「だから、驚いたり、怖がったりせずにい~っぱい楽しんで来てくださぁ~い。」

 

(やっぱり、励まされてるんだよね?)

 

 美星なりに。

そういう前置詞は付いてはいるが。

 

「と、言うコトで、お茶でリラックスしたトコで、心の準備はいいかしら~?」

 

「はい?」

 

 どういう意味だろうか?

自分だけで完結されても困ってしまう。

 

「船を接舷するのは面倒だから、跳んじゃいますよ~。」

 

「と、飛ぶ?」

 

「美星殿?!」

 

 雪之丞までがすっとんきょうな声を上げる中で、美星はマイペースで透明なルービックキューブ状の物体をカチャカチャと回している。

 

「は~い。じゃじゃ~んぷっ。」 「ちょっ?!」

 

 誰の何の反対・突っ込みを受け付けぬまま、一路の目の前の視界は一瞬にして閉ざされる。

一瞬。

本当に一瞬だ。

慣れている美星は別として、初体験の感覚に一路はバランスを崩す。

 

「きゃっ。」

 

「てて・・・?」

 

 バランスを崩して倒れた一路は、その感触に首を傾げる。

 

「・・・きゃ?」

 

 そんな音が確かに聞こえたような気がしたが、とにかく起き上がろうと・・・。

 

「ふぁんっ。」

 

「?」

 

 聡い者ならすぐに理解いただけただろう。

美星が慢性トラブル製造機(メーカー)という事を理解している者も同様に。

一路が手をついた先には、柔らかな膨らみと・・・目に涙を溜めた少女。

とりあえず、一路の為に十字を切ってあげて欲しい。

 

「のォ・・・ヘンタイッ!!」

 

 バチコンッ!と音がして、一路の視界どころか意識もブツリと途切れる事になるのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41縁:ハリのムシロ。

「あ~、君が噂の一路君とエマリー君だね。」

 

 一路とエマリーと呼ばれた少女は一人の男の前に立っていた。

美星と同じく褐色の肌をした中年の男性。

如何にも中間管理職ですという佇まいの感のあるこの男が、この船の艦長だと説明を受けた。

そして、その男の隣には美星がにこにこと極上のスマイルで立っている。

 

「ところで、君、その頬はどうしたのかね?」

 

 一路の頬は真っ赤に腫れていて、そこにはくっきりはっきりと五つに分かれたモミジ型になっている。

 

「えぇと、何というか、勘違いというか、ちょっとした行き違いがありまして・・・。」

 

 まさか、自分の隣にいる少女を着替え中に押し倒して、ブン殴られたとは言えない。

言えるはずがない。

 

「ん?」

 

 見事に気絶した一路は、探しに来た美星に連れられて艦のブリッジに来たばかり。

ちなみに隣にいる少女は、一路を終始睨んでいる。

今なら視線だけで一路を射殺せるかも知れない。

完全に、絶対に、話したらコロスという主張が含まれてるに違いないだろう。

 

「大丈夫なのかね?」

 

「はい。」

 

「ならばいいのですが。美星一級刑事、彼の身柄、確かにお預かり致しました。」

 

「は~い。じゃ、一路さん、またねぇ♪」

 

 別れというのは寂しいものだ。

一路には充分過ぎるくらいにそれが解っているが、美星はまた明日と言わんばかりに軽く手を振って消えてゆく。

逆にその方が気が楽だった。

頬の痛みの原因を遡れば美星のせいだが、それを除けば、美星の存在には癒されてばかりだった。

 

(何、弱気になってるんだ僕は。まだ始まったばかりじゃないか!)

 

「さて、二人の事を詳しく紹介し合いたいところですが、二人共少々個人情報の取り扱いが難しいようだから、追々自分達で。すぐに出発してワープに入ります。」

 

 ワープ?

一路の脳ミソにハテナマークが浮かぶ。

 

「あのぉ?」

 

「ん?」

 

「座席に座ってシートベルトとか、した方がいいですか?」

 

「・・・・・・。」

 

 一路の言葉に対して艦長は押し黙る。

長い沈黙。

隣にいる少女の視線も心なしか、殺意が薄れ、どちらかというと憐れみのような視線に・・・。

 

「?」

 

「いや、デジャ・ヴュですかね。前にも同じような事があったような・・・・・・はっ?!」

 

 ガバッと男が周囲を見回し始めるのに、一路とエマリーは、身体をビクリと震わせる。

 

「レーダーの範囲を広げて下さい!周囲に機影、ワープアウトのエネルギー波がないか!」

 

 クワッと眉間に皺を寄せ、そう激を飛ばす男の言ったような事はなく、周囲のオペレーターは異常を告げる旨の報告をしてはこなかった。

 

「・・・考え過ぎですかねぇ・・・えぇと、シートベルトはしなくて結構です。座席に着いたら、個々に問診と書類作成をします。まぁ、アンケートみたいなものと考えて下さい。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42縁:中間管理職はツラいよ。

「・・・と、いうわけで、君がこれから行く先がどういった所かは理解できたかと思います。」

 

 席に着いた一路の周りにシークレットウォールと呼ばれる薄い膜が張られ、外部と遮断されると、実に様々な映像、CMみたいなものが流され、あれよという間に説明が始まった。

全てを理解出来たわけではないが、どうやら自分は美星の所属しているような、公安機関のような組織の教習施設、所謂、学校のような所に入学させられるのだという事が解った。

この辺りの事は、鷲羽達に任せきりだったので、一路も知らなかったが、そういう事らしい。

鷲羽に自分の人生の先行きを任せるなどとは、鷲羽の日頃の行いを知っている者ならば、卒倒するか、涙を流して激励、或いは憐れに思われるかのどれかでしかないのだが、知らぬが仏とは言ったもので、一路の中での彼女の評価というか、位置づけはかなり高かった。

 

「ところで、一路君は、樹雷辺境惑星の"かなみつ出身"との事ですが・・・。」

 

「は、はい。」

 

 それがどんな所なのかは知らないが、"そういう事になっている"みたいなのだろうと曖昧に頷くしかない。

 

「あ~、そのですね、これは壮大な独り言とでも思って下さい。」

 

「?」

 

「この船の航路上の付近に、地球という星がありまして。我々のように自分の属する銀河星系を自分達の文明力で脱出できぬこのような星は、未開の星として扱われます。そこには勿論、我々からの介入、如何なるアプローチも致しません。解りますか?」

 

「まぁ、それは。自分達で宇宙へ自由に飛び出して行けないレベルでは、摩擦が生まれそうだし・・・。」

 

 そもそも、地球人は外宇宙の旅行に耐えられる寿命を持っていない。

かといって、時間と距離の関係を短縮・越えられるワープ技術も持っていない。

土台無理な話だ。

 

「つまり、地球のような未開の星から、その星に住む原生民が我々の施設に入る事などありませんし、原則とされて禁止されています。」

 

(え・・・。)

 

つまり、今、現に一路が犯しているのは履歴詐称を除いても、犯罪レベルなのだ。

 

「まぁ、何を言いたいのかというと・・・。」

 

 コホンと一つ咳払いをして。

 

「かなみつも地球と比べては失礼ですが、辺境の星です。その出身である貴方にとって、自分のこれまでの常識や先入観を覆すモノや範疇外な事が多々あります。余り大きな動揺や、ましてや冷静さを欠くような事がないようにして下さい。」

 

「はい。」

 

 事前の忠告さえあれば、身構える事も出来る。

ここはもう宇宙。

宇宙に出たのだ。

 

「それと・・・ワープでシートベルトをしたり、Gの衝撃で椅子に押し付けられたりなんだりの諸々の事は、"地球のSF"くらいにしか出て来ない事なので、それも覚えておいてくださいね。」

 

「はい。て、え?あれ?」

 

 するとつまり、あれがこうなって、これがこうな・・・という事は・・・と、一路の額に汗が流れる。

自分でも目が泳いでいるのが解った。

 

「本当に・・・お願いしますよ?」

 

「す、すみません。」

 

 つまりはそういう事だ。

謝るより他に言葉が見つからなかった。

 

「はぁ、私、こんなんだから出世出来ないんでしょうかねぇ・・・。」

 

 がっくりと肩を落としている艦長が、苦労性だという事だけは一路にも解った。

 

「あ、もう一つ忘れるところでした。」

 

「ま、まだ何か?!」

 

「・・・貴方、変な能力(チカラ)とか持ってませんか?例えば海賊を誘き寄せたり、天災・人災・はたまた悪霊を呼び寄せたりは?」

 

「え、あ、いや、ないです。」

 

 大体、地球人だとバレているなら、そんなオカルト地味た超常能力を持つなど・・・中にはいるかも知れないが、滅多にいないのは解りきっているではないか。

 

「そうですか・・・なんというか、2度ある事は3度あると言いますし・・・。」

 

「?」

 

 目の前の男性艦長の台詞の意図が全く掴めない。

 

「あ、あぁ、だから壮大な独り言です。お気になさらずに。」

 

 本当に壮大である。

しかも、ちょっと被害妄想が入った。

 

「一緒にいた子は、その、僕と同じ?」

 

 ふと、例の目から殺人光線少女(一路の被害妄想)を思い出す。

 

「目的地が、と言えばその通りです。」

 

 つまり、彼女の出身は地球ではないらしい。

更に幾つかの注意事項と、この先の流れの説明を受けて、一路との話は終わる。

しかし、一路には更なる課題が残された。

1つはこれから先、鷲羽によって用意された設定の自分を演じなければならないという事だ。

演じるといっても、設定の量はそんな多くない。

ただ、指摘された通り、これから先、一路が初めて知る事でも、他の者には常識的な事かも知れない。

その逆も然り。

地球出身という事さえバレなければいいのだが、それが一番難しい。

下手な所でボロを出さなければいいが・・・。

とてもとても悩ましい問題だ。

そして、もう1つの課題が更に厄介。

 

(どう弁解したらいいもんかな。)

 

 乙女の柔肌を見てしまった・・・。

もっと言うなら、揉んでしまった。

いや、確かに柔らかいので柔肌だなとか、そういう事ではなく。

 

「はぁぁぁぁ~。」

 

 席を外し、船内の通路で盛大に溜め息、いや、ダメ息を吐く。

エマリーと呼ばれていた少女。

ふんわりとしたプラチナブロンドに蒼い瞳。

一昔前に見た西部劇に出てきそうな少女の顔立ち。

斑にあるソバカスなんて、特にそんな感じだった。

典型的70年代アメリカ少女というか、一路の頭の中ではエマリーではなく、ステファニーなイメージ。

何故にステファニーなのかは一路にも解らないが、昔に見た何かの番組のイメージかなんかだろう。

別にこれが直感というワケじゃない。

どちらかというと、妄想レベル。

 

(恋愛シュミレーションとかだったら、好感度マイナススタートってヤツだよね。)

 

 と、いっても一路はそういう類いのゲームに詳しいというわけじゃない。

昔、流行っていた頃に友人から借りてプレイした事があるのだが・・・。

 

「て、あれは黒歴史、黒歴史。」

 

 何かが黒歴史らしい。

一路は首を振ると、再び彼女への謝罪の言葉を考え始める。

しかし、いくら考えたところで名案が浮かばない。

それもそうだろう。

クラスメートへのお礼を何にしたらいいのかでさえ、ノイケに聞いたくらいなのだから。

 

「・・・仕方ない。」

 

 一路というにんげんは、一度腹を据えると頑固な分、行動が早い。

くるりと踵を向け、彼女が出てくるであろう扉の前で止まる。

何発殴られるか解らないが。ともかく気絶するまで謝ろうという、完全玉砕覚悟だ。

といっても、恐らく一発殴られれば気絶するのは体験済みだ。

 

(・・・理由はどうあれ、触ったのは事実だもんなぁ・・・。)

 

 やってしまった事は仕方ない。

 

「・・・でも、柔らかかったな。」

 

 これは許してあげて欲しい。

一路だってヲトコノコなんだから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43縁:貼られたレッテルは・・・

「あれはノーカンよ!ノーカン!」

 

 一路と目を合わせたエマリーが開口一番に叫んだのはこれだった。

頬を紅潮させたその姿は可愛いというより、怖いと一路は思う。

それでも非があるには変わりがない。

彼女の剣幕はもっともだし、それに怯んで謝罪の言葉を口にしないのは、一路にしても気分が悪い。

 

「事故とはいえ、本当にごめん。」

 

 一瞬土下座でもしようかと思ったのだが、土下座という習慣が通用するかも解らないのである。

この辺もまだ手探りで知るしかない。

 

「むぅ・・・。」

 

 頭を下げる一路を腕を組み、見下ろすエマリー。

 

「・・・ま、まぁ、いいわ許してアゲル。ノーカンだしね。」

 

「ほんと?」

 

 そういえば、ノーカンは和製英語だという事に気づく。

そして違和感なく会話が成立している。

もしかしたら、言語形態は近い種族が多いのかも知れないと一路はこれから先の見通しが少し明るくなった気がする。

 

「同期になるんだしね。仲が悪いままの方が問題が多そうだもの。」

 

「同期?あぁ、うん、そうだね。」

 

 確かGPアガデミーと言っていただろうか?

一路にしてみれば、鍛えてもらって、灯華の情報を手に入れる機会が多いならば、何処へ連れて行かれようが一向に構わない。

 

(次から次へと・・・。)

 

 てんこ盛りのアクシデントと驚きにそう思いはするが、生活環境が変わるという点は既に体験済みだ。

GPアカデミーも全寮制の学校に入ると思えばなんともない。

なるべくはやく帰りたいというのも本音だが。

 

(・・・灯華ちゃんは・・・一緒に帰ってくれるかな・・・。)

 

 不安がないわけじゃない。

でも、もうやると、それも自分の意思で決めたのだ。

どんなに無謀で、無様でも。

 

「そ。だったら仲良くした方がいいじゃない。」

 

(仲良くね・・・。)

 

 果たしてそんな事をしている暇があるのか。

こうしている間にも、何かが取り返しのつかない事になったりしはしないか・・・。

ただ、鷲羽と美星も、誰かと仲良くなるのも悪くないし、力をつける事と違いはないと言っていた。

 

「て、言っても、男女の寮は遠いし、行き来はほとんど出来ないみたいだけど。」

 

「あ、そうなんだ。」

 

「一応、通信は出来るけど、研修までそんなに会う機会はないらしいわ。」

 

「え、あ、なるほど。」

 

 返事に力がないように感じられる。

全く知らない事ばかりなのだ、ただ頷くしかない。

そんな一路の反応に疑問を感じたのか、エマリーは彼の表情をじっと訝しげに観察していた。

 

「何?」

 

「あなた、本当に田舎の出身なのね。なんにも知らなくて、GPになる気あんの?」

 

(鋭イ。)

 

 GPになるつもりも何も、GPが警察・輸送機構だというのは、ついさっき艦長の説明で知ったばかりだ。

 

「あ、え~と、ほら、田舎の中でも、僕は特に文明機器を使うのを制限するような一族なんだ。」

 

 よくもまぁ、次から次へと嘘が出てくるものだと、一路自身、自分に呆れていたが、目的を達成する為に必要なら、そうするしかない。

 

「あぁ、本当の原生民なのね。昔からの生き方を踏襲する化石みたいな。」

 

「か、化石・・・。」

 

 エマリーの発言は、地球の現代っ子、ゆとり教育世代と変わらないのかも知れない。

この一路の考え方も、ゆとり世代の人間には失礼な話だが、そういう一路自身もゆとり世代だ。

 

「かなみつって元々が農業とか第一次産業の惑星だもんね。今じゃ、軍事拠点で様々な艦船が駐在してるけど・・・でも、いずれあなたの一族みたいに元の牧歌的な暮らしを取り戻せるわ。」

 

「そうなの?」

 

 ここで溜め息。

 

「・・・ほんっとーに何も知らないんだ。ここ最近大きな海賊組織は次々と、ほとんどが壊滅してるの。何でも地球人初のGP艦長が綺羅星の如く現れて駆逐してるそうよ。」

 

(地球・・・人?)

 

 この銀河では、地球人の外宇宙進出は、宇宙の民の子孫以外はいないはず。

恐らく、これから自分が()く先は、純粋な地球人との遭遇の確率はほぼゼロ。

それが一路の認識だった。

 

「全く、地球人ってなんなの?今の樹雷のお后様も地球人だし、海賊キラーの艦長も地球人。何か特殊な能力でもあるのかな?」

 

「い?いや、僕に聞かれても・・・僕は田舎者だし。」

 

 田舎者というフレーズが既に免罪符と化している。

これからこのフレーズを何度も言う事になるのかと思うと、気が滅入りそうだ。

 

「ま、それもそっか。」

 

「エマリーさんは何処の出身なの?」

 

 聞いたところで、それがこの広い銀河の何処の位置にあって、どういう地なのか解るはずもない。

ないのだが、なんとなく・・・なんとなく会話の流れもあって聞きたくなった。

 

「あ~、うん、えっとね・・・。」

 

 今までの明朗さが嘘のように急に歯切れが悪くなった。

心なしか視線も彷徨っているような・・・。

 

「あ、ごめん。深い意味はないから言いたくないなら、うん、いいから。」

 

 自分にレクチャーしてくれた艦長が言っていたように、彼女だって特殊な事情があるのかと思うと、無理に聞こうとは思わなかった。

聞いても解らないという事の方が大きいが。

 

「ありがと。」

 

 ほっとしたように笑う少女。

彼女が自分の同期・・・そう考えると・・・。

 

(何か不安だな・・・。)

 

 覚悟はあっても不安は不安。

それはそれ、これはこれ。

 

「ともかく、入管と身体検査、入校式くらいまでは一緒だからヨロシク。」

 

「うん、よろしく。」

 

「そ・れ・と・!」

 

 じっと一路を見つめる視線。

 

「エマリー"さん"はいらないからねっ。」

 

「あ、うん・・・う~ん・・・。」

 

 この流れ。

 

(何かデジャ・ヴュ?)

 

 ほんの数週間前に芽衣とやったたりとりを思い出す。

そして、今頃彼女はどうしているだろうかと・・・ショックを受けてはいないだろうか?

彼女の事を思い出す度、一路はそればかり考える。

傷ついてはいないか、元気でいるか、きっと全が一緒だろうからそれ程深刻ではないと思いたいが・・・。

 

「どしたの?」

 

 気づくとエマリーが自分の顔を覗き込んでいた。

 

「なんでもないよ?」

 

 鷲羽が言うには、芽衣は恐らく宇宙に帰ったのだと。

広い広い宇宙だが、同じ銀河内にいるならば、何時か会えるかも知れない。

そんな淡い期待を持って。

 

「そぉ?じゃ、いい?"さん"はいらないから。その代わり、私も一路って呼ぶからね!」

 

 同期なんだし!と完全に決定事項だという彼女に苦笑しながら、そうだ、今度は"さん"無しで呼んでみるのもいいかもしれないと心に誓う一路だった。

 




新作リクエストの件、今話投稿現在引き続き募集しております、お気軽に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44縁:ふぁーすと・いんぱくと。

「私は地球人が大嫌いであーるっ!」

 

「いいっ?!」

 

 そびえ立つ銀の校舎が遠くに見える、その入り口のアーチ。

そこへと続く入管のゲートに入る前、この星に降り立った一路を迎えた言葉、その第一声がコレである。

 

(もうバレたっ?!)

 

 地球人が大嫌いだという男。

ピンク色の少し天然パーマが入った髪に金色の瞳。

偉そうに胸を張りふんぞり返るこの男からは、なんとなく高貴な感じが・・・。

 

「新入生を脅してどうする!」

 

 ゴインっと男の頭上に振り下ろされた鉄拳。

次から次へと起こる出来事に驚きというより、口を開けたまま固まってしまう。

 

「すまんな。この男はなんというか、ちょっと"アレ"なんだ。」

 

 口にするのも躊躇われると言わんばかりに頭を押さえているのは何と女性だった。

強力な鉄拳を振り下ろすベリーショートの長身の女性。

その腕は一路の何倍も太く筋肉も凄い。

こんな腕で振り落とされる鉄拳の破壊力を想像するだけで震えがくる。

むしろ、こちらの方が脅しとしてのインパクトが強い。

 

「あ、いえ、その大丈夫です。それに・・・。」

 

「ん?」

 

「とても悪い人に見えませんから。」

 

 地球人が大嫌いだと断言した男。

その割りには悪意が一路には感じられなかった。

少なくとも、本人に悪気がなく、ただ純粋にそう思っているのだろうと。

 

「そうか?そう言ってくれると助かる。」

 

 引き締まった体躯の女性が笑うと、綺麗な歯が爽やかさを強調する。

 

「いや、だって陰でコソコソと言うより、面と向かって嫌いだと言っちゃう人の方が、よっぽど信用できると思うし・・・。」

 

 少なくとも、理解はし易い。

相互理解は別として、この人は"そういう人"なのだと。

 

「面白い事を言うな。あの"ボウヤ"みたいだ。」

 

「?」

 

 ボウヤとは一体誰の事だろうと首を傾げる。

なるべく大袈裟な反応は取らないように心がけてはいるが、どうやらこれは癖になってしまっているようだ。

 

「あぁ、こっちの話だ。私の名はコマチという。そこでのびているのは、静竜、天南 静竜(てんなん せいりょう)という。余り関わりたくないとは思うが、教師や戦士としての腕は確かだ。」

 

「せ、先生なんですか?!」

 

「残念だが。」

 

 本当に済まなさそうに眉根を寄せて言うのだからそうなのだろう。

その目は現実を受け入れろ悟っているように感じられる。

 

「そうですか。あ、僕は一路。檜山 一路といいます。よろしくお願い致します。」

 

 深々と腰を折って頭を下げる。

 

「うむっ!なかなか謙虚でいいぞ!」

 

 何時の間にやら復活していた静竜がコマチの隣で高らかに笑っていた。

かなりの一撃だったにも関わらず、全くの無傷・・・ではなく、鼻から一筋の血が流れ出て・・・。

 

「おっと、すまない。」

 

 ずずっずるぅ~っと血が鼻へと逆流していく様を一路は生まれて初めてみた。

 

「相変わらず常識外れなヤツだな。」

 

 どうやらこれで完治してしまったらしい。

一瞬、宇宙人だからという理由で一路は納得しかけだが、これは常識外れの範疇に入るようで胸を撫で下ろす。

 

「私の器は常識では計り知れないのだ!」

 

(意味が違う気がする・・・。)

 

 どうやったら、この人物と会話を噛み合わせる事が出来るのだろう。

長い付き合いのようにも見えるコマチとも噛み合っていないようなのは気のせいだろうか?

 

「一路~、次、私達の番だよ~。」

 

 遠くでエマリーの声が一路を呼んでいる。

 

「えと、入管の手続きがありますので・・・。」

 

「あぁ、早く済ませるといい。」

 

「失礼します。」

 

 またペコリと頭を下げると、一路はエマリーが手を振る方へと走り出す。

 

「今期は何かあるかもな。」

 

「うん?」

 

 そんな静竜達の言葉を背に受けて。

 

 

 

「どっちが先に行く?」

 

「え?僕はどちらでも。」

 

 入管の手続きは地球の国々のそれと変わらない。

個々のレーンの個室に入り一人一人身分照会とウィルスなどの病原体のチェックをするだけだ。

 

「何よ、主体性がないんだから!」

 

「めんぼくない。」

 

 何故怒られなければならないのだろうと考える間もなく、ほぼ反射的に謝ってしまう。

 

「じゃあ、僕が後で。お先にどうぞ。」

 

 遠目で他の者を観察しつつ参考にすれば、失敗の確率は減るかもしれないと考えて、そう口にする。

これで少しは主体性とやらを示せただろうかとエマリーを見ると心なしか満足そうに見えた。

 

「そう?じゃ、お先~。」

 

 ひらひらと手を振って少女はすたすたと行ってしまう。

その一連の様子を眺めるに、一路が特に何かをするという事はなく、管理官のような者が勝手にチェックして幾つかの質疑応答(本人確認のようなものだろう)があるだけで、ものの数分で終わるものらしい。

 

「次の方。」

 

「はい。」

 

 それぞれが通るゲートが一個の筒状に区切られた隔離されているように見えるせいか、それが緊張を助長していただけみたいだと解ると、結構気楽に室内に入る。

リラックス、リラックス。

 

「え~と、檜山・A・一路さんですね?」

 

(ん?)

 

 言われた一路の方が・A・←こんな顔になる。

当然である、何時の間にやら自分の氏名にミドルネーム(?)ついているのだから。

 

「・・・・・・は、はい。」

 

 変な間が空いた事に係官がピクリと眉を動かしたのを見て、慌てて頷く。

ここで門前払いにでもされるような事があったら、それこそ問題外だ。

ちなみにこの係官は、ずんどうのような胴体に丸い顔。

アニメに出てきそうな弾丸型の大砲の弾に手足が生えたような人物で、およそ地球人ではありえない体型に宇宙に来たんだなぁと一路にいっそう自覚させる。

 

「アカデミーの入学が目的で、ほぅ、かなみつからですか・・・これは遠路はるばるお疲れ様です。」

 

「いえ。」

 

「えぇと、身元保証人が柾木 阿重霞 樹雷、アカデミーへの推薦者が白眉 鷲羽、と。」

 

 ホログラム映像で浮かび上がった投影画面を操作しながら、淡々と確認作業をしていたしていた手が止まる。

 

「は、はは、白眉 鷲羽・・・?!そ、そ、そんなまさか・・・。」

 

 努めて冷静な声をなんとか絞り出すその手は、一路から見てカタカタと震え始めていた。

 

「いや、しかし!・・・でも、保証人が柾木 阿重霞・・・樹雷・・・。」

 

 いよいよもって息も荒く挙動不審に・・・・。

 

「檜山・・・"朱螺(アカラ)"・・・一路・・・君?」

 

「はい。」

 

 身分証明にそう記載されているのなら、宇宙での自分の名はそうなのだろうとしか思っていない一路は、相手の言っている意味も解らずに素直に頷くだけである。

その名が何を指しているのかも知らずに・・・。

 

 【緊急事態発生! 緊急事態発生! 警戒レベル5A発生 全職員は直ちに避難して下さい 当施設は閉鎖 完全隔離されます】

 

「え゛?」

 

 突然鳴り響いた避難勧告に全くついてゆけず、呆然と立ち尽くす。

気づくと先程までいた係官の姿が何処にもない。

次の瞬間、一路が入ってきた入口のシャッターが勢い良く閉められ、室内の窓という窓にもシャッターが下りる。

 

「え?えっ?!」

 

 自分が閉じ込められた事実を飲み込めずに、それを理解する頃には完全に室内に閉じ込められた。

更に壁の通気口から溢れ出てきた煙で意識が次第に朦朧とする。

そして、そのまま気を失う。

GPアカデミーのある星に来て、一路が一番最初に学習したのは【無知は悪】という言葉だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45縁:見知らぬ・・・天丼?

サブタイトルに後悔はないっ!(ぇ


 2度ある事は3度ある。

先人達はよく言ったものだ。

それを嫌という程に味わった、それも身体で。

 

「・・・正直、慣れてくる事自体が問題な気がする・・・。」

 

 目が覚めて見知らぬ天井を視界におさめてからの一番最初に呟いたのが、この感想だった。

現在、一路は硬質なベットに寝かせられている。

否、ベットに縛り付けられていた。

毎回、考える。

こういう事態が起きる度に。

自分は何かそういう運命の元に生まれてきたのだろうかと。

漏れるのは溜め息ばかりだ。

溜め息をつくと、すぐさま自分の身体の感覚をチェックする。

身体には痛みはなく、怪我をしている感じもない。

拘束はベットから勝手に動かないように腕と胸をぐるりと回っていて、どうにも動けない。

動かせる箇所は、足と頭部のみという事を確認する。

何より、思っている以上に冷静である自分の思考。

 

(逃げようにも、ここが何処かも解んないし・・・。)

 

 大体、自分は経歴詐称以外の悪い事はしていない・・・はず。

それが重罪なのかも知れないが、地球の法律を比較してみても殺されるという事はないだろう。

ともかく、現状は情報が少な過ぎるし、取れる選択肢がない事だけははっきりしている。

 

「・・・・・・もう少し寝ておこうかな。」

 

 考えついた結果はこれだ。

そういえば、緊張の連続で睡眠時間がいつもより少なかった気もしてきた。

 

「って、キミ、随分と余裕ねぇ~。思わずズッコケちゃったわよ。」

 

「状況を説明して頂ける方が誰もいなかったもので。」

 

 どうやら、こういった事に揉まれるうちに大分スレてきたのかも知れない。

傍らに立つ人物をズッコケさせるくらいには。

柾木家の騒乱(しかも日常)に比べれば、今はそれ程酷い状態でもないと思えてしまう。

少し、ノイケの微笑みとか砂沙美の笑顔が恋しくなったが。

 

「えぇと、"お姉さん"、僕はこれからどうなっちゃうのか解りますか?」

 

 とりあえず、対話は出来そうなので、状況説明を求める事にした。

拘束されるくらいだから、教えてもらえない可能性は高いが、ダメモトだ。

 

「まぁ、お姉さんだなんて!素直ですこと~♪」

 

 どうやら、そっちの方がツボだったらしい。

翡翠色の髪を額で斜めに切り揃えたその女性は上機嫌で微笑むと、金色をした瞳で一路を見下ろす。

 

「キミが拘束されているのは、まぁ、約1名のせいで、特にキミ自身に問題はないんだと私個人は解釈してるわ。」

 

 随分と婉曲な言い回しが、お役所仕事みたいだと一路が思ったところで、彼の前に一枚の紙切れが突きつけられる。

 

「え~と、檜山・朱螺・一路クン?」

 

「はい。」

 

「キミはこの名前が意味するところを理解しているのかしら?」

 

 名前と言われても、それは自分の実名なのだ。

つまり、問題はそれ以外の部分か、実名の部分のどちらかになる。

もしかしたら、ミドルネームは高貴な人にしかつけてはいけないとか、そういった類いの事が頭に浮かぶ。

 

「・・・理解していないってコトはそういうコトなのかしらねぇ。」

 

 どうやら顔に出ていたらしい。

女性は、自分の額を押さえたまま溜め息をつく。

 

「あの、そういう事って?」

 

「じゃあ、次の質問。キミの経歴について。」

 

 マズい。

ひっじょ~にマズい。

早速の大問題で、一路は背に冷や汗をかいているのが解った。

 

「は、どうでもいいんだわー。」 「へ?」

 

 いいのだろうか?

些か拍子抜けしてしまって、間の抜けた顔になった一路を見て女性はニンマリと笑う。

 

「ま、ここには色んな事情を抱えた人が来るからねぇ。お姫様とかお姫様とかお姫様とか。」

 

(さ、3回言った!)

 

 とても重要な事に違いないと反射的に脳内メモしてしまう一路だが、何の事はなくさり気なくそこに自分も含まれていたと暗に主張したいだけだったりする。

 

「突っ込んで欲しいなら、突っ込んであげたいんだけどぉ?問題はそこじゃないんだわ。一番大事なのはココ。」

 

 彼女が指摘した場所は見なくても解った。

名前でも経歴でもなければ、残ったものは二つしかない。

意識を失う前に、入管の職員の手が止まった箇所。

すなわち・・・。

 

「保証人は言わずもがなというか、あー、このコ、何時かやると思ってたわ~的な、カワイソウなコ的なノリで温かい目で捨て置くとして。」

 

(捨てられた?!阿重霞さん捨てられた?!)

 

 確かに、普段の阿重霞は一路にしてみれば、芽衣の上をゆくお嬢様っぷりで、時にピントを大きく外す事もしばしば。

突っ込みを入れるのもどうかと思う時すらある。

いや、素でパンがなければビスケットをお食べレベルの事は言ってしまう気がするのだ。

 

「あ、あの、その人が一応僕の保証人なんで、その、あんまりこき下ろさないでいただけると・・・。」

 

 気はするのだが、世話になっている人物には違いない。

それを他人に、自分も他人だが、どうこう言われたくはなかった。

 

「はぁ・・・あのね、キミ、自分がそうなっている原因の一端になっているって解ってる?」

 

 完全に呆れられた反応が返された。

 

「それでも本人は良かれと思ってしてくれたんです。それを責めるのは筋違いだと思います。」

 

 一路はこういう所はブレる事がない。

ただ単に頑固なだけとも言うが。

 

「余計コジれてんだけどね。まぁ、いいわ。で、問題はもう一つ。推薦者、白眉 鷲羽。コレ、ホント?」

 

「そこにそう書いてあるんだから、そうなんだと思います。」

 

 書類に関しては、自筆署名の部分以外は全部鷲羽達が用意してくれたもので、自分の設定はそれこそ良かれと思って作られたものなのだろう。

それを一路は全て受け入れていた。

そこに疑いを挟む余地は、髪の毛一筋分もない。

彼はここでもブレなかった。

 

「かぁ~。」

 

 また長い溜め息が、女性の赤過ぎるルージュから漏れる。

その様は美人のはずなのに、何故か仕草がオヤジ臭い。

 

「ねぇ、一路クン?」

 

「はい。」

 

「この、白眉 鷲羽って人はキミにとってどんな人かしら?」

 

 どんな人。

どんな関係と聞かれたら、他人とか世話になった人と答えるところなのだが、どんな人と目の前の女性は一路に問う。

なかなかに難しい問いかも知れないが、そう聞かれたら一路の答えは決まっている。

最初に会った時から、今になっても変わらない。

 

「母のような人です。」

 

 やっぱり一路はブレない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46縁:そりゃ怒る時だってあるんです。

「母のような人です。」

 

 ブレずにそう断言した一路。

 

「母ァ?!あの人が母?!どんな答えが返ってくるかと思えばよりによって母!だーっはっはっはーっ、こりゃヘソで茶が沸かせるわ!今世紀最大のつまらないジョークよっっ!」

 

「笑うな!」

 

 自分で思っていた以上に大きな声が室内に響いた事に一路は驚いた。

それだけ怒りが込み上げたのだろう。

一路がそれを自覚出来なかったのは、今までそれ程の怒りを感じた事がなかったのかも知れない。

そして、一路は思った。

この人のユルい、ある意味で空気を読めない部分は、絶対に自分とは合わない。

 

「アナタがどう思うかは勝手だけれども、僕にとってはそうなんです!」

 

 こんな時まで相手を全否定する事はしない。

一路にしても、そんな大声を出す必要はないと解っていたが、なんだか自分の本当の母まで笑われているような、そんな錯覚をしてしまって過剰に反応してしまった。

 

「そりゃ・・・"亡くなった"母には全然似てないですけど、色々と・・・本当にお世話になった人なんです。」

 

 急に尻すぼみになってしまったのは、泣いてしまいそうになったから。

鷲羽は本当に色々と気にかけてくれた。

三者面談の時は、文字通り親代わりになってくれたし、重傷を負った時にも助けてもらった。

そして何より、今の自分がここにいるのも。

 

「アイリ理事長、今のは貴女がどう考えても悪いですよ?」

 

 突然かけられた声の方に頭ごと向けると、先程まで絶対に誰もいなかったと言い切れる、一路を挟んでアイリの反対側に一人の女性が立っていた。

 

「誰だって、自分の母親を笑われたら息子として怒りますよ。ねぇ?」

 

 老女と言うと少し過言な女性は、目尻に皺を寄せて穏やかに微笑む。

 

「ウチはそんな軟弱な教育方針じゃないもーん。」

 

 もーんって、コドモか!と突っ込みたくなるが、唇を尖らせてアイリはそっぽを向く。

 

「あら、どちらかというと貴女の方が言われて赤面される母でしたね。」

 

 などと辛辣な言葉を吐く恰幅の良い女性。

金髪に褐色の肌、そして蒼い瞳。

若い頃はさぞかし美人だっただろうと思えた。

それにそこはかとなく気品が溢れていて・・・。

 

「あれ?・・・・・・もしかして、美星さんの親戚か何か・・・で?」

 

 恰幅の良さは別として、外見的特徴と、何処となくだが、感じる包容力的なモノが似ていると感じた。

似たような空気を感じて、先程までの緊張が少し緩んでしまう。

 

「あら、ウチの孫をご存知なのね。」

 

「はい、お婆様でしたか。美星さんには色々とお世話になったり・・・。」

 

 お世話をしたりという言葉は何とか飲み込めた。

 

「あらあら、それはとんだご迷惑を・・・でも、おかしいですね、あのコはGPの任務で宇宙を跳びまわっていて、最近はずぅっと地球に駐留しているのだけれど?何処で出会ったのかしら?」

 

「あ゛・・・。」

 

 あーッ!!と一路は心の中で絶叫する。

と、同時に自分はもっと悪賢くなった方がいいのだろうかと真剣に思案した。

そもそもが嘘をつくという事に向いていないのだが、今は混乱しているのだろうか、そこまで考えが回らない。

 

「脈拍、瞳孔、その他諸々の計測からも、彼の今までの発言に嘘はないでしょう。実に誠実な子です。」

 

 まるで孫を褒めるように述べられても、一路には全然嬉しくはない。

当面の拠点に着いて早々にこんな事になっては。

 

「じゃあ、一路クン?キミはわざわざ"地球"から何しに来たのかしら?じっくり理事長室で聞かせてもらうとしましょ。」

 

 赤いルージュから発せられる問いに一路は軽く意識が遠のきそうになるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47縁:初めはAカラ。

私、これを投稿する今日が火曜日だと思ってました(爆死)
という事で一日遅れてしまって申し訳ないです。


 何とか拘束は解いてもらったものの、一路に待ち構えているのは結局尋問だ。

場所を変えて行われるソレは執務室のような部屋で、目の前の大きなデスクには理事長であるアイリが座っていて、その傍らには美星の祖母だという美守が立っていた。

外見的な年齢で言えば、こちらの女性が立っていて若い女性が座っているというのも不思議な感じがしたが、色々と立場とかもあるのだろうと一路は何も言わなかった。

そう、質問に対する答え以外は一切言うつもりもなかった。

 

「んで、結局、キミは何がしたいのよ?」

 

 

 のっけからストレートな質問である。

どうやら目の前の人物は、特段駆け引きのようなものをするつもりはないらしい。

 

「何って・・・まぁ、話せば長くなるんですが・・・。」

 

「手短に。」

 

「あ、はい。」

 

 そして案外、短気なのかも知れない。

 

「鷲羽さんに命を助けられたのは良かったんですが、どうやら地球外の技術を使った痕跡が残っちゃったみたいで、地球の生活に不適応というか・・・なら、宇宙に出て見識を広めるのと同時に勉強してこいってなって・・・。」

 

 嘘は言っていない。

よって、一路の顔にもその類いが出来ていないし、先程言われたように脈拍や瞳孔等の計測でも反応は出ていないだろう。

しかし、どうにも目の前の二人は納得していないように見える。

 

「あ~、ま、それが本当だとしてね・・・。」

 

 何か奥歯にモノが挟まった言い方だ。

当然、それは一路にも気になるところだ。

 

「自分の名前を推薦者として、しかもGP側にとか、あの人がわざわざやるわけないのよね。」

 

「ですね。」

 

 アイリの言葉に、隣にいた人物も同意の相槌を打つ。

 

「そうでなんですか?鷲羽さんは凄く親切な人でしたけど?」

 

「事実、保証人の阿重霞ちゃんだけで充分に入学出来るはずよね?皇族だし。ウチ、基本来る者拒まずだし。」

 

「・・・皇族だったんだ。」

 

 阿重霞が何処かの皇族だという事実に妙に納得してしまって、驚きの声すら出ない。

 

「それにね、キミは知らないようだから言うけど、この朱螺ってのはね、鷲羽ちゃんの大親友の名前で、そりゃもーこの施設では知らない人はいないってくらいの有名人なの。」

 

 やはり、自分の偽名の方が問題だったようだ。

しかし、大親友という名。

それを自分につけた・・・。

 

「僕としては、光栄ですけど・・・目立つ事以外は。」

 

 どうせ卒業するまで、ここにいられるとは思っていないし、こっちは副次的な産物でしかない。

 

「どうやら、私達は担がれたのかも知れませんね。」

 

 その一言にアイリはきょとんとした後、デスクにだらしなく突っ伏す。

 

「あ~、確かに。こんな超ド級の書類だったら、絶対私等は喰いつくわ。」

 

 ここにきてようやく、自分が抱いている鷲羽像と、目の前の二人のソレとは違うのだと一路にも解りつつある。

 

「つまり、何の後ろ盾も味方もいない彼を宜しくと、そういう事なんじゃありませんか?」

 

「過保護なコトで。」

 

 なぁ~んだつまんないと机に突っ伏したまま頬杖をついてしまうところが、何とも言えない。

 

「あの、僕はここで勉強させてもらえれば、それで充分なんですけど?」

 

 何も便宜を計ってもらおうなどとは思っていない。

自分を鍛えようと思っている一路にとって、寧ろ放って置いて欲しいくらいだ。

 

「勉強というと何を?」

 

 何を?

一体、何がこの学校で勉強できるのか解らないが・・・。

 

「出来れば、宇宙船に関わる知識とか、あとは護身術的なモノを。」

 

 勿論、灯華を探す為に。

 

「私がアカデミー神拳でも教えよーか?」

 

 投げやりな態度でぼやくアイリをちらりと一瞥して美星の祖母である美守は微笑む。

 

「それは別として。こちらが側としても困った事にあなたを一人に出来ないのです。地球の方には戸惑う事が沢山ありますからね。」

 

 彼女の言う通り、何をするにも周りの反応を窺いながらというのは骨が折れるのも確かだ。

 

「西南君の時みたく、誰かつけるかぁ。あ、キミ、変な特性ないわよね?」

 

「何か、ここに来る途中でも同じような事を聞かれたんですど、ないですよ?」

 

「じゃあ、一人つければいっか。え~と・・・。」

 

 ほんの数秒考えた後、デスクに備え付けられたボタンを押す。

 

「リーエル、ちょっとお願い。」

 

 そう言うや否や、ものの2,3分で部屋の扉が開き、人が入って来る。

 

「お呼びですか?」

 

「え・・・。」

 

 一路は思わずその人物を上から下まで凝視してしまった。

総身を薄いクリーム色の毛に包まれた、犬の顔をした女性。

それが一路の目の前にいるリーエルという人物の特徴だ。

 

「彼ね、一路クンというのだけれどぉ、辺境の星の、まぁ、ドもドのド田舎なんだけどー。」

 

 それほどに田舎と呼ばれると、愛国心・・・いや、愛星心だろうか、そういうものがないと大人達に言われる現代っ子の一路でも、酷い言われように顔を顰めてしまう。

 

「どうも"自然信仰の民族の出"らしいの。それでしばらく彼について、ここの常識をレクチャーしてあげて欲しいワケ。」

 

「えぇと~。」

 

 リーエルは自分を凝視したままの状態で固まっている一路を一瞥した後に、再び視線をアイリに戻す。

 

「一路さんが私で良いというのでしたら。」

 

 一路の反応を一種の拒否反応と捕らえた、(アイリには全く皆無な)大人の気遣いを見せたリーエルの返事に一路は正気に戻る。

新たなキーワード、自分は科学を受け入れない自然信仰の残る辺境の星の民族の出身というのを頭に入れつつ。

 

「え、あ、お願いします。」

 

つまりは、彼女は自分のお目付け役という事で、目の前の二人は自分の言葉の全てを信用しているというわけではなさそうだと認識する。

この二人、特にアイリに関わるよりも、自分を世話してくれる女性の方が一路には重要度が高かった。

何せ、この先の自分の言動の評価の行き着く先は、このリーエルという女性の評価を左右してしまうかも知れないのだ。

といっても、これまたアイリはともかく、美守の方は冷静沈着な分析・思考・判断を擁しているので、一概に全てをリーエルの責任にするなどという事くらいは容易に解る。

 

「よろこんで。」

 

 そう微笑むと、リーエルは一路に手を差し出してきた。

彼女の背からゆらりと尻尾が動くのか垣間見えて、しかもそこにご丁寧にリボンまで巻いている。

地球にもそういうアクセサリーや"そういうシュミ"の方がいるが、それとはまた違った次元で完成されているケモノ耳と尻尾を凝視してしまうのも無理からぬものだろう。

と、そこで手を差し出したままで自分を見つめている彼女の視線に気づき・・・。

 

「す、すみません。故郷じゃ見ない種族の方なもんで・・・。」

 

 なんとか目上(であろう)人物に失礼にならないように言い訳をして、差し出された手を握り返す。

手の中に納まるふわふわ、いやふさふさとした感触に、少しだけ弾力のある感触。

多分、肉球の名残りのようなものだろう。

二足歩行するのに手の肉球はそれほど重要ではないだろうからと一路は名残りだと推測した。

しかし・・・。

 

(うん・・・悪くないかも。)

 

 思わずにぎにぎとしてしまう。

 

「一路さん?」

 

「寧ろ、好きカモ。」

 

「?」

 

 リーエルに問い返されて、更に続く本音が口からこぼれたところでようやく正気に戻って来られた。

 

「はい、どうも・・・すみません。」

 

「いえいえ。気に入ってくれただけ、嫌われるより断然マシです。」

 

 嫌われる。

このフレーズが何故だか一路には引っかかった。

元来、素直・・・というよりバカ正直な一路は、目の前の事をありのままに受け入れてしまうタイプ。

それは先の静竜との出会いでもそうだ。

リーエルという目の前の女性(だと一路は既に判断している)は、まぁ、そういう種族なんだなぁくらいの認識。

自分がいた地球だって、肌の色だけでも何色もあるし、たまたま人間のような進化を遂げた種族が一個体しか発見されていない(もしかしたら、いてもおかしくないとさえ思っている)だけで、それがさて、宇宙規模となったら。

何があってもおかしくはない。

大体、一々驚いていたらきっと疲れるだけである。

 

「えと、見識が広がりました。」

 

 こういう種族がいるんだとメモメモとしながら、もしかしたら他にもまだまだいるんじゃないかとわくわくしてくる。

 

「くすっ。私達はワウという名の種族になります。」

 

 一路の反応が単純に可愛くて面白くてリーエルは微笑む。

微笑むといっても、そこは大きな犬歯が見えて、なかなかどうしてワイルドな感じがしたのだが、これはこれで何かサマになっている気がして、一路は好きになれそうだった。

 

「それではご案内しますね。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48縁:子供の拙さ、大人の余裕。

前回の事があったので、今回は超ビビリながらの投稿ですw


「成る程。随分と原始的生活に重点を置く一族なのですね。」

 

 移動の最中に一路は、地球という星の文明レベルについて当たり障りのないだろう範囲でリーエルに話した。

勿論、地球という星の名をかなみつに置き換えて。

人柄(?)の良い彼女に嘘をつくのは心が痛んだが、一路が少しだけ話すと、後はリーエルが勝手に脳内で補完してくれたお陰で、罪悪感は幾らか軽減された。

 

「宗教的倫理観は、自然に素を見出すアミニズム信仰から始まった文化圏という感じと。それはそれで素敵な生き方です。」

 

「そうなんですか?」

 

 地球で言うところの動く歩道に乗ってから、完全自動操縦の車で移動。

その最中でも会話は続けられた。

 

「今はなんでも、かつて禁忌とされていた魂の解析さえも可能な時代ですから。そういう生き方は記録したり、残してゆくことは非常に重要だと思います。私達は結局、宇宙という過酷な環境に出てしまったから、それに対応する為には致し方のない事だったのでしょうけれど。」

 

 では、自分達地球人も、宇宙に出て長い間旅でもすれば、宗教だの民族だのと言っている暇がなくなるのだろうか?

宗教に基づく何十年もの争いがある今の地球ではな全く想像出来ない事だ。

しかし、それはそれとして、壮大なスケールでわくわくしなくもないのだが、他に一路には気になる事があった。

 

「勉強になります。ところで、何で僕に対してそんな口調なんです?もしかして、トシ、変わらなかったり?いや、年齢を聞くのは失礼かな・・・女性・・・?・・・だし。」

 

 判断の基準、胸が出ているという身体的特徴があるにはあるのだが、先程もリーエルが言っていたように宇宙に適応した人種はどうなのか一路には解らない。

下手したら、種の保存の為に男も子育てに完全対応しているかも知れないし、雌雄同体だったりするかも知れないとまで考えを膨らます。

 

「?一路さんこそ、失礼ですけどお幾つで?」

 

「僕?僕は16歳になります。」

 

 答えてから、地球の年齢換算でいいのだろうかと思い直す。

1年=365日というのは地球という星の公転周期で、太陽系の話だ。

以前に阿重霞が16歳で元服だとかなんとか言っていたので大丈夫だとは思うのだが・・・。

 

「なら、私の方がお姉さんですね。」

 

(あ、やっぱり。)

 

 "お姉さん"という事で、幾つかの疑問が氷解していく。

 

「なら、そんな言葉遣いじゃなくていいですよ。」

 

 自分は気を遣わせる程の人間でもない。

そんな一路の言葉にリーエルは微笑む。

 

「じゃ、そうするね。一路クンもリーエルお姉ちゃんでいいから。」

 

「い?い、いや、それはちょっと。」

 

 一足跳びに跳び越え過ぎである。

なにやら非常に気恥ずかしい。

第一、お姉ちゃんづけで呼ぶなど柾木家の女性達相手ですらしたことないのだ。

 

「うふふ♪照れ屋さん。あぁ、そうそう。」

 

 ぽむ。と何かを思い出したかのように手を打つ。

 

「?」

 

「私は一路クンと交配も可能だし、妊娠も可能だからね。」

 

「こっ・・・。」

 

 あ然。

絶句。

要するにワウ人は自分達のような他種族と子を成せる。

ひいては、自分は女性体であるという事が言いたいのだろうが、言い方が直接的というか、艶かし過ぎて言葉に窮してしまう。

それと顔も真っ赤になる。

 

「可愛いですね。さっきのといい、一路クンは私の身体に興味があったりするのかしら?」

 

 至ってにこやかに述べるリーエルだが、一路にとっては、だ。

この辺は単純に年齢の差だろうか?

勿論、大人と子供の。

 

「あ、着きましたよ。ここがこれから私達が暮らすおウチです。」

 

(ワウ人って種族的にそういう人達なのかなぁ。)

 

 意外と悪くない感じだった肉球の感触を思い出しつつ一路が案内されたのは、地球でいうところのリゾートマンション、或いは高級マンションという所だ。

入口の自動ドアから中へ入ると、観葉植物だの彫像だのが並べられた広いエントランスが彼を迎える。

 

(TVの世界というか、なんというか、世の中って本当にお金持ちっているんだ、ホントに。)

 

 上を向いたらそのまま埃が入りそうなくらいぽっかーんと口を開いて見回す。

実際は、空気清浄されていて口に埃が入るなどはしないのだが。

ちなみに上(天井)には、デカデカとシャンデリアが吊り下がっていた。

 

「エレベータ横のスリットにこのカードキーを入れると住んでいるフロアに自動的に向かうから・・・て、一路クン?聞いてる?」

 

「ふわっ?!は、はい。」

 

 ここに来ると決まってから、目に入るものの大半が初めてなものがかりになるというのは、ある程度解っていた一路だが、こういった日常生活レベルにまでそれが及ぶとは思ってもみなかった。

 

「あぁ、こういう建築様式も初めてのレベルなのかしら?」

 

「あ、いえ、知識としてはありますし、もっと庶民的な集合住宅なら住んだ事もあります。」

 

 実のところ、この一路の属していたと設定される民族の文明水準は特にこうだと決めてはいない。

一路としては、当然地球レベルでいいかなぁと漠然と思うくらいなので、本当に何時ボロが口をついて出るかは気が気でない。

出来るなら、この自分の教養・教育担当になるリーエルには、本当の事を言ってしまいたい。

正直、理事長の直轄ならば言っても問題ないんじゃないだろうかと思わなくもないのだが、もう設定は述べてしまった後なので、今更言いづらい。

 

「なら、どんどん行きますよ~。」

 

(それにしてもデカい・・・。)

 

「えと、部屋は何階何号室に?」

 

「何号室?ううん、4階のフロア全部がお部屋よ?このエレベータのドアトゥドア。」

 

「へ?」

 

 チンッ♪

 

一路の間抜けな声とエレベータの到着音とのアンサンブルが奏でられたところで、扉が開く。

 

「じゃ、どうぞ。」

 

 エレベータのドア兼玄関。

きちんと靴置きと段差があるところを見ると、靴は脱ぐらしいと解った。

 

「お邪魔します。」

 

「エル、おかえり。早かったじゃ・・・。」

 

「?」

 

 一路が靴を脱いでいると、奥から小柄な少女が出て来た。

小柄も小柄。

平均身長を下回る一路のそれよりも更に低い。

140台後半・・・150には届いていないだろうか。

リーエルと違ってすぐに少女と一路が判断を下したのは、彼女が真っ白なスポーツブラとピンクのシマパン姿で現れたわけだらで・・・。

 

「えと・・・。」

 

 どう声をかけたものやらと思案する一路に、固まったままの少女。

 

「お・・・。」

 

「お?」

 

 微かに震える唇から声が漏れた。

 

「ヲトコーッ!!」

 

「そっちぃっ?!」

 

 フロア中に響き渡る少女の声に、一路は咄嗟に自分の頭部を庇う。

2度ある事は何度でもある。

学習能力を発揮した結果だ。

絶叫しながらドタバタと走り去って行く少女の背と・・・丸いお尻を眺めながら。

 

「よし、気絶しなかったぞ。」

 

 人の事は言えない的外れな言葉を吐く一路だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49縁:どうしようもなく涙目。

あっちぃけど、がんばっぺ。w


 目の前に涙目の少女がいる。

正確には、リーエルの肩越しに。

そして何故だか一路は正座。

 

「シアちゃん、ご挨拶は?」

 

 リーエルは背中の少女を促す。

正座はしているが、困った事に年下だろう少女の下着姿を見てしまった罪悪感が湧いてこない。

過失とか、不可抗力とか、そういった類いの言い訳があるとかではなく。

 

「ごめんなさいね、シアちゃんは、男性が苦手というか・・・。」

 

「男性が怖い、と。」

 

 彼女の悲鳴が多分、そちらの方に重点が置かれていたからだろう。

それは一路にも気づけた。

 

「シアちゃん、一路クンは今日から一緒に住むんだから。」

 

「ひっ!」

 

(あ、隠れた。)

 

 どうやら、何時の間にやら彼女達と同居する流れになっていたらしいという事に一路は溜め息をつく。

自分が何ら悪い事をしていない、ただ男に生まれただけで、こんなにも否定されるとは思ってもみなかった。

 

(単純に世界の45%くらいは確定で苦手ってコトだもんなぁ。)

 

 男45% 女50% 残りの5%はそれ以外。

それ以外という括りをどう突っ込んだらよいのかは解らないが、彼の脳内計算ではそういう事らしい。

ある意味で、一路の包容力が表れているといっていいのかも知れない。

 

「え~と・・・。」

 

 ただ目が合っただけで、この反応ではどうしようもないのも事実。

 

「僕は檜山・・・え~っと、A、一路って言います。」

 

 一瞬、ミドルネームをどうしようかと思ったが、もうその名で登録されているのだからと何とかAという言葉を述べる事が出来た。

 

「大丈夫ですよ、僕はここには住みませんから。」

 

 現状、どう考えても邪魔者は自分だ。

だから、深く考える事無く言えた。

 

「リーエルさん、学生寮みたいな施設ってありますよね?」

 

「え、えぇ、あるにはあるわ。」

 

「なら、僕はそこから授業の合間に通いますから。」

 

 手間はかかるかも知れないが、自分より小柄な少女にストレスを与え続けるというのは一路には出来なかった。

自分が教えてもらう立場なのだから、通う手間とかは言っていられない。

それを言うなら、目の前にいるリーエルの方がよっぽど大変だと思った。

 

「でも、寮は基本的に外出禁止だし・・・。」

 

「なら、リーエルさんには悪いですけど、学校に来てもらうか、もしくは通信教育的な・・・。」

 

 宇宙船で外宇宙に出られるレベルなのだから、きっと通信手段だって格段に進歩しているに違いないと踏む。

自分で言っていて、名案ではないかと思ったくらい。

 

「一路クンがそう言うのなら・・・。」

 

「はい、お願いします。」

 

 そしてそれとは別に。

 

「シアさん、どうもお騒がせしました。ごめんなさい。」

 

 自分が男性であるという事はどうにも出来ないので、一路としてはこれくらいの言葉しかかけられなかった。

ただ、人に恐怖されるというのは、存外つまらなく、寂しいもんなんだなとは思いながら、正座をやめて立ち上がる。

 

「とりあえず、理事長の所へ戻ってどうするかを決めます。」

 

 そうと決まったら長居は無用。

急がなければ今日の寝床すら確保出来ないかもしれない。

一礼して背を向けると、スタコラと玄関に向かう。

 

「・・・どう?いいコだと思うのだけど?」

 

 そんな一路の背を見たままで、リーエルは自分の背の少女に声をかける。

 

「・・・。」

 

 無言。

 

「あんないいコが路頭に迷っちゃうのか~。」

 

 顔をが見えないのをいい事にニヤリと笑いながら追い討ち。

しかし、それにも返答は無い。

無い代わりに、リーエルの背にかかっていた重さが軽くなる。

一路の後を追うシアの姿に、リーエルがほくそ笑んだのは言うまでも無い。

当然ながら、シアの行き先は1つである。

 

「待って。」

 

 シアに呼び止められて、一路は玄関先で振り返った。

何の用が?と表情に出ているのがありありと解るのだが、一路に視線を合わす事さえ出来ないシアには気づく事が出来なかった。

 

「・・・いいわ。」

 

「はい?」

 

 何とか搾り出すように発せられた声。

 

「ここに・・・住んでも・・・。」

 

「え・・・。」

 

 何かの聞き間違いかもと思ってしまうのも仕方が無い。

目を丸くして一路はシアを見つめる。

自分より小さく少し黒味がかった朱色のショートの髪に暗めの金眼。

外見のせいかやはり年下に見える。

 

「でも、さ。いきなり後から来たのは僕の方だしさ、無理しなくていいんだよ?」

 

 生理的に、というのはどうしようもない。

そこについては既に一路も納得している。

 

「そ、それは・・・別に、部屋を分ければいい。」

 

 シアの言う通り、別々の部屋で暮らすにしても、結局は共用のスペースがあるのだから同じじゃないかと言おうとして、一路は言葉を飲み込む。

他に気になる事があったからだ。

 

「無理、してるよね?」

 

 別に紳士ぶるつもりは毛頭ない。

人の嫌がる事はしない、女性には優しく、普通の事。

 

「し、してないっ。」

 

 瞼をぎゅっと閉じて、尚も言い張るシアの強情さ(?)に嘆息して・・・。

 

「だってシアさん、僕と一度も目を合わせてくれないし。」

 

 話している今も、シアは一路と目を合わせようともしない。

男性恐怖症だというのは解るが、これ程に言っている事と態度が噛み合わないのなら、どう考えても彼女の言っている事は信じられないし、無理に決まっている。

 

「そ、それは・・・。」

 

 一路に指摘されて、シアはなんとか一路の目を見る。

見るといっても、視線が合ったのはほんの数秒。

すぐに目を逸らされ、そして再び一路を見るを繰り返す。

 

「だ、大丈夫、本当に。」

 

「う~ん・・・。」

 

 どうしたものやらと一路には判断がつきにくい。

 

「きっと慣れると思うし・・・その、路頭に迷われても・・・嫌だから。」

 

 確かに現段階では、路頭に迷いかけているのも事実。

そもそも、第三者から見れば、シアに対する一路の対応は誠実過ぎる程、誠実だ。

そんな一路の態度には、シアだって思うところがあったからこそ、こうして逃げ出したい衝動に耐えて話しているのだ。

一路にもそれが解らないわけじゃない。

 

「・・・なんだか、平行線だ。お互いが頑固みたいだね。」

 

 そう言って一路は微笑む。

 

「・・・そうね。」

 

 シアもほんのちょっぴり、ちょっぴりだけ微笑む。

ようやくマトモな表情が見られた気がした。

やっぱり可愛いなと一路は思ってから。

 

「じゃあ、シアさんの厚意に甘えさせてもらおうかな。」

 

 なんだか最近、他人に甘やかされてばかりな気がするなと、一路自身も思うが、路頭に迷うよりは断然マシだ。

 

(しっかりしなきゃな・・・。)

 

 宇宙では頼りに出来るの第一候補は自分だけだ。

岡山に引っ越す時だって、今までの友人や親類とかに頼らないように逃げてきたのだから。

 

「どうぞ。」

 

「勉強が終わるまでの間だけだから・・・よろしくね。」

 

 一路がすぐにこの星、正確には星系、銀河の文化・風習を学習して慣れてしまえば問題はないのだ。

これはこれで勉学への意欲が更に湧いてきそうだった。

 

「うん。」

 

 と、シアが頷いたところで・・・。

 

「お話が片付いたなら、お茶にしましょ~。」

 

 奥からどう考えても成り行きを把握しているとしかいえないリーエルの声が聞こえた。

彼女の言葉に苦笑しながら、一路は再びシアを見る。

 

「雪兎・・・。」

 

「え?

 

「いや、何でもないないです。」

 

 シアのイメージ。

強すぎるくらいの警戒心と保護色、ともすればそのまま雪に埋もれて凍えてしまいそうな儚さ。

またバカな事を言ったなと思いつつ。

 

「じゃあ、行きましょうか。」

 

 奥の部屋に行く為には、シアが先に行ってくれないと通れない。

これから、そんな風に気をつけていかなければならいのだ。

今はそれと勉強の事だけを考えて・・・そうじゃないと、今すぐ宇宙へと飛び出して行ってしまいそうだったから。

勿論、それじゃあダメなのは解っている。

だから・・・。

 

(今を大切にしないと・・・。)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50縁:停滞は罪。

気づいたらもう50話ですか・・・導入の地球編が長かったですかね・・・。


 忘れない事。

それが成長への第一歩だとなにかの本で読んだ事があるのを一路は思い出していた。

もっともそれが一体何の本で、何処で見て、誰の言葉だったかなんて全く覚えていないのだが、この際それはどうでもいい。

とにかく習得した事を、その結果として得られる失敗も、成功も忘れず、次に繋げる。

そうしなければ成長はない。

一路はこの言葉をそう理解している。

 

(大体、自分で決めているように見えて、その間は流されてるんだよな、僕。)

 

 幸運続きと取るか、甘やかされていると取るかも人それぞれなのだが、それでもこれに関しては自分の意思だと断言出来る事をする事にした。

3人でのティータイムを終え、自分用に割り振られた部屋で一路は一振りの木刀を握り立ち上がる。

柾木神社に伝わる(と、一路は思っている)舞いの構え。

これだけは自分でやってみようと思い、様になるまで延々と繰り返していた。

早くもなく遅くもない舞い。

実戦的かどうかは解らないが、この大地を踏みしめるような動作と感覚が気に入っている。

これをやると世界に根を張れるというか、落ち着くというか・・・。

 

(元々、奉納したり、見せたりするものだから、無心でするもんだもんね。)

 

 呼吸を整え、自分の中で優雅に見えるように。

あくまでも自分の中でなので、実際のところどうなのかは置いておいて・・・。

 

「何してるの?」

 

 かけられた声にビクリと反応する。

だが、反応したのは一路ではなく、声も彼にかけられたものではない。

一路のいる部屋の外、ほんの少しだけ開かれた戸の隙間から彼の部屋の中を覗いていた存在、シアにリーエルが声をかけたのだった。

 

「エル・・・その・・・。」

 

 目を合わせない彼女の様子にリーエルは無言で行動する。

どんな行動か?

それはシアと全く同じ態勢になる事だった。

彼女の頭の上にもう1つの頭がダルマ落としのように並ぶ。

 

「はっはぁ~っ、そんなに気になるかしら?」

 

 ニヤリとワウ人特有の牙を見せる笑みと共に一路に感づかれない程の小声で下にいるシアの頭に話しかける。

 

「べ、別に・・・夕食をどうするか聞いておこうと思ったら、その・・・。」

 

「ノックも、呼びもせずに?」

 

「う・・・。」

 

 他人の部屋を訪れるなら、至極当然の流れである。

当然、シアもそうしようと思ったのだが、たまたまそこに隙間があって、なんとなく見入ってしまったのだ。

二人のそんなやりとりにも気づく事なく、一路は舞いの練習を黙々と続けている。

そのひたむきさにシアは声をかけられず、呆けるように見てしまったのだ。

 

「・・・・・・ねぇ、エル?」

 

「なぁに?」

 

「アイツはどうしてGPに来たの?」

 

 気になるのかとリーエルは尋ねてきたが、シアにはその一点だけが気になった。

何故なら・・・。

 

「あんなに・・・必死に・・・。」

 

 一言も声を発することなく、一振りの木刀を携えて舞い続ける一路。

その姿には確固たる意志が宿っているような気さえしてくる。

 

「さぁ?」

 

「さぁって・・・。」

 

 なんと無責任なとシアは思ったが、リーエルにしてみれば正直、そんな事はどうでも良い事だった。

 

「ただ、新しい何かを得ようと来たのは確かね。それでいいんじゃない?」

 

 本人に成したい事があるから努力している。

そこさえ解っていれば、学び舎は常に誰をも受け入れる。

そういうものだとリーエルは信じている。

これはワウ人特有のものだ。

 

「それは、そうだけど・・・。」

 

 何だが釈然としないのは、どうにもリーエルに自分がうまく丸め込まれているような気がしたからだ。

この銀河系でワウ人というのは、一般的に人間と呼ばれる種族のそれより精神的な成熟度が早く高いとされており、この事もあって成人年齢が低く設定されている。

つまり大人なリーエルが自分を子供扱いしているような・・・。

 

「はぁ・・・やっぱり天地さん達の足元にも及ばないな。」

 

 二人がやりとりしている間、ずっと剣舞の鍛錬をしていた一路は溜め息をつく。

一朝一夕で身につかないのは解っている。

解っているからこそ、こうしてほぼ毎日同じ舞いを繰り返し練習しているのだ。

それでもどうしてなかなか上手くなっている気がしない。

自分は剣道といい、こういう事に関しては、向いていないんじゃないかと思えてくるのだから、情けない事この上ない。

 

(全はどうしてるかな・・・。)

 

 剣道といえば、体育の授業で一緒だった全を思い出す。

挨拶ひとつなく目の前からいなくなった級友。

彼にもこうして宇宙にいれば、会える事もあるだろうか?

宇宙は広い。

しかし、地球にずっといたら、その可能性はぼぼゼロだ。

そう考えると現金なもので、少し元気が出てくる。

そういえば、剣道の時、自分の上達振りを褒めてくれたな、と。

やらなければ、動かなければならないのだ、自分は。

と、その前にかなりの汗をかいている自分の身体に気づいた一路は、その汗を拭う為に服を脱いで・・・。

 

「って、何してんのよーッ!」

 

「え?何って着替え・・・。」

 

 大絶叫で部屋の戸を開くシアに驚く事もなくマトモに答えを述べられたのは、ある意味での努力というか、反復による学習と褒められなくもないが・・・。

 

「このバカ!ヘンタイ!」

 

「へっ、へんたっ・・・。」

 

 覗いていたのはシア達のはずなのに、何故にこんな馬事雑言を浴びせられるのか解らない。

しまいには物までが飛んで来たのには参った。

 

「一路クン、意外とイイカラダしてるのねェ。」

 

 一人、リーエルだけが一路の身体を見て、妙に楽しそうに呟くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51縁:おお、心の友よ・・・?

「よっ。」

 

 色々と考えた挙げ句、口をついたのは月並みな言葉だった。

元々、こういうのは自分には向いてないんだよと心の中で愚痴りながら。

そして、投げかけられた方はというと、視線を床に下ろしたまま椅子に座し、少年の言葉に反応すら示さなかった。

別に少年の言葉が月並み以下で、センスがないからではない。

 

「ちっ、シケたツラしてんなぁ、オマエ。」

 

 相手の反応に怒るわけでもなく、少年は少女の許可もとらずに傍らにどっかと腰を下ろした。

 

「オマエ、実家に帰ってきたからって、急にお嬢様ぶったって無駄だぞ?オレには通じん。」

 

 大体、幼馴染なんだしと。

それでも、相手からの反応はなく無言のままだ。

 

「折角、貴重な休みをオマエの為にだなぁ・・・。」 「頼んでないもん。」

 

 やっと口を開いたと思ったら、口をついたのは文句の言葉だった事に深い溜め息をつく。

 

「辛気臭ぇの。この世の中で、テメェが一番不幸ってツラすんのだけはヤメロ。他の世界で歯ァ喰いしばって踏ん張ってるヤツ等に失礼だ。」

 

 そんな表情していいのは、死ぬ程頑張ったか、死ぬようなメにあったヤツだけだと少年は本気で思っている。

目の前のお嬢様は少なくとも自分達よりは家柄は上だ。

しょうもないしがらみは当然あるだろうが、裕福なのは間違いし、物理的に恵まれている。

少なくとも飢えや寒さなどはない別次元に生きている事は確か。

しかし、少年には羨ましいと思う時はあれど、嫉妬心というものは全くなかった。

生まれが違うのは当たり前、自分の出自を時に呪う事はあるが、そればかりしているようでは何も変わらないのも理解出来るようになったからだ。

 

「全、あんたには解らないわよ・・・。」

 

「ん?あ~、まぁ、解らんわな。」

 

 だから相手を理解するなど到底無理な話だ。

そこは否定しない、出来ない。

しかし、解ろうというする努力を怠るというのはまた別の話。

 

「性別も生まれも違えば、育った環境も違う。どう考えても解るわきゃない。オレはオマエじゃねぇもん。でもよ?それじゃあ、あんまりだろ?」

 

「何がよ?」

 

 二人の視線は未だに交わる事が無い。

だからこそ、全は苛立つという事もなく呆れている。

 

「いっちーにさ。」

 

 ビクリと少女の身体が跳ねる。

 

「浮かばれねぇよ、オマエがそんなんじゃ。」

 

 自分の目の前で刺された少年の純朴そうな笑みが脳裏を過ぎる。

それだけで胸が締め付けられるように苦しくて、全の横にいた雨木 芽衣は思わず自分の胸元辺りの服を掴む。

 

「だってそーだろーよ?オマエの為にあそこまでやってのけたいっちーが、オマエのそんな姿を望むか?本当、いっちー報われねぇわ。それともアレか?それも頼んでないとか言うのか?」

 

 そんな事は許さないし、許されない。

鋭い視線が自分の横顔に注がれているのが、見なくても芽衣には解る。

 

「そんな・・・そんな訳ないじゃない。」

 

 それだけ。

一路に関する事で言えたのはそれだけで精一杯だった。

しかし、芽衣がやっとの想いで絞り出した声を聞いているのかいないのか、全は胡坐をかいたままで、小指で耳をほじっている。

非常にダルそうに。

芽衣が見ていないからこそ出きる態度でもある。

 

「ふむ。ですよねー。まぁ、なんだ、浮かばれないとか報われないとか言っても、別にいっちー、死んだわけじゃないしな。」

 

「え?」

 

 今、一体、全は何と言っただろう?

あまりの予想外過ぎる言葉に芽衣は脳内で処理出来なかった。

 

「オマエ、何気に酷いのな。それともアレ?心の友と書いて心友のいっちーが死んでも涙一つ流さない冷てぇヤツとか思われてんの?オレ?それも酷ぇなぁ。」

 

 確かに涙一つ流してないし、死んだというような内容の言葉は一つも全の口から出た事もない。

彼が一路に関して述べた最後の言葉は、『一路を助ける。』の一言のみ。

 

「え・・・えっ?えっ?」

 

 そうするとつまりはそういう事で・・・と、芽衣の中でようやく脳内処理が開始される。

 

「さぁ~て、休暇終わりっと。」

 

 決定的な言葉を言わぬまま、全はその場をすっくと立ち上がり、自分が入って来た出入り口へと歩き出す。

ここで休暇が終わりという事は、全はこれだけの為に来たという事だ。

 

「全く、どいつもこいつも面倒かけさせやがんね、どうも。お陰で貧乏暇なし、下級仕官は辛いねときたもんだ。」

 

 もう芽衣に興味ない。

あとは彼女自身が動く事だから。

全は背を向けたまま、手をぴらぴらと振ると部屋を出る。

部屋の外の回廊には、男が三人。

一人は全の顔見知りで、二人は芽衣の警護の人間だ。

 

「いんやぁ、幼馴染に会うだけがこんなに面倒だとは、お偉い方ってのはどうもビビリだコトで。」

 

 これみよがしに聞こえる声で述べた後、にっこりと警護の人間に微笑んだ全は、これでもかと舌を出してあっかんべー。

 

「自分達は何とも思いませんが、育ちが割れますよ"艦長"。」

 

 全の行為を笑顔のままで嗜めるのは、もう一人の男性だった。

 

「悪いな。オレは生まれも育ちも庶民で"木辺"なんてついてねーもん。」

 

 その返答に肩を竦める相手の視線を見なかった事にして全は歩き出す。

 

(しっかし、いっちー、元気にやってっかなぁ・・・。)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52縁:だって、やるしかないでしょ?

 と、当の一路はというと・・・。

 

「お?目が覚めたでゴザルか?」

 

(ゴザる?)

 

 目が覚めると全く見知らぬ場所にいた。

少しでも自分の現状の情報を得ようと見回すと、ポニーテールをした少年がこちらを覗き込んでいる。

きっちりとおデコを出した乱れのない完璧なポニーテールと細い糸目。

どこかおっとりというか、間の抜けた顔をしている。

 

「プー、彼、目を覚ましたでゴザルよ?」

 

(やっぱりゴザるって言っているように聞こえる。)

 

「プー呼ぶな。照輝、僕にはプェルヴ・K・アーサーという名が・・・。」 

 

「縮めてプーで合ってるでゴザル。」

 

「だぁ~かぁ~らぁ~。」

 

 もう一人はクリーム色の毛並み。

 

「ワウ人?あれ?僕・・・。」

 

「ん?あぁ、そうだ、ワウ人だよ。君は一路君だったね。」

 

 ワウ人という種族は最近知ったばかりだが、彼は鼻の上に丸眼鏡が乗っているのが特徴的だ。

しかし、何故彼が自分の名を知っているかは謎だった。

 

「あぁ、ごめんごめん。あのね、君は本当は僕達と相部屋の予定だったんだ。」

 

「まぁ、事情は聞いたでゴザルが、事前の学習が終われば拙者達と同じ部屋に引越しという流れでゴザルな。」

 

 それで自分の名前を知っているのかと納得した後、じゃあ何故自分はここにいるのだろうと次の疑問へと切り替わる。

答えは簡単だったが・・・。

 

「そうか、僕、途中で・・・。」

 

「状況が飲み込めたかい?」

 

 プーと呼ばれた少年の言葉に頷く。

 

『本日は軽めにグラウンド200周!』

 

 授業の初日、一路を迎えたのはこの星に来た時に出会った天南 静竜だった。

彼を見た時、本当に教師だったんだと驚いたが、それより驚いたのはその言葉の内容だった。

グラウンド200周。

一路の感覚でだが、グラウンド1周が大体400mから500m程度だろうか。

つまり、それが200となるとざっと100km程になる。

しかし、更に驚いたのは、周りの皆がすぐ様実行に移した事だ。

 

「ごめん。今、何時?」

 

「ん?今は・・・17時かな。」

 

 この星も地球と同じ自転周期で1日約24時間。

外は17時となると少しずつ暗くなりかけているくらいだ。

 

「ありがと、じゃ、僕行かないと・・・。」

 

 鉛のように重たくなっていた身体をなんとか起こそうとする一路を見て、慌てて照輝が押さえてくる。

 

「行くって、何処にでゴザル?!」

 

「だって・・・まだ200周走ってないから・・・。」

 

 100周台前半、確か103,4周辺りで自分の意識が途切れているという事は、そこで倒れて彼等に運ばれた事になる。

 

「無茶だよ。確かに寮生活の僕等と違って君は門限はないけれど、その身体じゃ。」

 

「そ、そうでゴザルよ。一路氏は自然主義の出、生体強化もしてないのでゴザろう?」

 

「生体強化?」

 

 確かに初めて聞く単語だ。

それをすると、あんなに早く走れるのだろうか?

 

「僕達は入学前、下手したら生まれですぐに身体の遺伝子や構成を変えて、肉体を強化するんだ。まぁ、宇宙に出るわけだし、犯罪者を取り締まったりするわけだしね。」

 

 二人の説明に一路は頷く。

それならば200周程度朝飯前になるのだろう。

しかし、今の自分はどうしようもない。

ならば根性で走り切るしかないのだ。

 

「一路君もいずれ生体強化を受けて走れるようになるから・・・。」

 

「いずれじゃダメなんだ。」

 

 いずれって何時だろうと思う。

そのいずれを待つ間に、母のようになったら?友達が友達を殺すような事件が起きたら?

それはもう悔やんでも悔やみ切れないだろう。

いずれではなく、欲しいのは今だ。

 

「何やらワケアリのようでゴザルな?」

 

 一路の鬼気迫る表情を見て、その深刻さを感じ取る。

 

「ごめん・・・皆はGPになる為に、その夢を持ってここに来たんだろうけれど、僕は違うんだ。」

 

 謝ったのは、ここに来た時から感じていた罪悪感の欠片。

自分は夢を追って訪れた者達と比べたら、非常に不純な動機としか言えない動機だからだ。

 

「僕はどうしても強くなって・・・宇宙に出て会わなきゃいけない"人達"がいるんだ。どんな事をしても連れ出さなきゃいけない人も。」

 

 会わなければいけないのは、灯華だけではない。

芽衣にも全にもだ。

それまではどんな事があっても、歯を喰いしばって・・・一路は上体を起こす。

 

「熱血だな。」

 

「熱血でゴザルな。」

 

 一路の言葉にプーと照輝が頷き合う。

 

「また倒れられても困るでゴザルから、門限まで付き合うでゴザルよ。さ、肩を貸すでゴザル。」

 

「え・・・でも・・・。」

 

 それは悪い。

彼等だって200周走っているのだ。

疲れていないはずはない。

 

「聞いちゃったというか、言わせちゃったからには、ね。ほら、これ食べて飲んで。まずは栄養と水分補給からだ。」

 

 そう言って固形のレーションとドリンクボトルを一路に握らせる。

 

「あ、その前に背中出して貼り薬を貼ってしまおう。」

 

 こうして一路は更に5時間以上をかけて、走り切ったのだった。

ちなみに走り切ったのと同時にまた意識を失い、どうやって自宅に戻ったのか一路は覚えていない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53縁:何処までもアレな・・・。

 翌日の授業は腕立て200回、腹筋200回 スクワット200回に20km走だった。

午前中の座学(専門的なものではなく、一般的な授業だった)の後にこってりと絞られる。

腕立て、腹筋は根性でなんとかなったが、スクワットはきつかった。

前日のマラソンのせいで、腰から下はなかなか言う事を聞いてくれず、生まれたてのバンビちゃん状態だったからだ。

それでも歯を喰いしばり、時には叫び声を発し、吐き気を堪えながらそれをこなす。

確かにきつくて苦しかったが、この日は何故か周りの皆が一路が課題をこなすまで一緒にいてくれだのだ。

誰一人帰る事無く。

勿論、その中にはプーと照輝の姿もある。

時折、一路にかけられる励ましの言葉は、彼を奮い立たせるのに充分過ぎる程だった。

それがその翌日も続くのだ。

 

「少しやり過ぎではないか?」

 

「何をだ?」

 

 柱の影から、一路達のクラスの様子を見ていたコマチが、同じ様にこっそりと様子を見ていた静竜に声をかける。

 

「あの坊や、生体強化を受けてないのだろう?」

 

 生体強化を受けているのといないのでは、大人と子供以上の差がある。

それはもう埋めようもない程に。

 

「そうらしいな。」

 

 コマチの指摘にも何の反応もなく淡々と返事を返す。

 

「だから、何だというのだ?生体強化をしていなかったら相手は手加減してるというのか?」

 

 GPは警察機構だ。

当然、相手をするのは犯罪者である。

その主たる海賊は一時期に比べればかなり激減したが、それでもこの広い宇宙、犯罪者はいくらでも存在する。

 

「正論だが・・・しかし・・・。」

 

 コマチも元海賊で一流の戦士だ。

特に集団戦ではGP艦隊指令でもこなせる程の腕前である。

だから静竜の言い分も理解できる。

しかし、妻になり、母になる者の観点から考えて一路を見てしまうと、どうも昔のように冷静に考えられない。

それは一路の性情もある。

 

「私は生徒が一人たりとも欠ける事を良しとはしない。彼等が生き延びられる確率が上がるというのななら、鬼でも修羅にでもなろう。」

 

「オマエ・・・。」

 

 同じように静竜も夫なり、父となるという事なのだろう。

そして、教師としてあえての行動であるという言葉にコマチは少なからず感動を覚える。

 

「何より、あっのっ!山田 西南(やまだ せいな)ですら生体強化無しでやってのけたのだ!アイツに私の生徒が負ける事など許されると思うのか!いーや許されるはずがないっ!!」

 

 コマチが感心したのも束の間、その感動は一気に頭痛へと変わる。

 

「オマエ、まだ根に持っていたのか・・・。」

 

 そうだ、コイツはこういうヤツだった、と。

どう考えても比重的には、こっちの方が上で本音だ。

何よりこれでもまだ丸くなった方(?)だというのだから、目もあてられない。

 

「それよりだ、ヤツの目、気にならんか?」

 

「目?」

 

 何と何は紙一重の言葉を欲しいままにしている静竜は、すぐさま険しい眼差しへと変わる。

 

「あれは既に何かを決意した者の目だ。本来ならば、あんな目になるのはこの学び舎を出た後になるのだがな。」

 

 樹雷をはじめ、大抵の国、文化圏では16才で成人扱いとなる。

日々の大半を宇宙で過ごすような者達は、特にそれが顕著だ。

しかし、これから何者かになろうとする者の多くは、このアカデミーを出てから一人前の階段を昇り始めるものなのだ。

 

「コマチ。オマエは常に冷静だが、直感に従うというのは否定的か?」

 

「いや。それじゃあ宇宙では生きてはいけない。」

 

「ふむ。では、私の直感を一つ披露しよう。」

 

 視線の先では、ようやく課題を終え大の字に倒れた一路が、周囲の喝采を浴びながらボトルに入った水をかけられている。

その水を気持ち良さ気に笑顔で浴びる一路は、年相応の男の子だった。

 

「あの目はまだ早過ぎる。あれでは直にその重さに潰れてゆくかも知れん。」

 

 今の一路は何時の間にやら集団の輪の中にいる。

 

「今はまだ猶予を・・・か。」

 

 まだ世の中の理不尽さに晒されるには早い子供達。

何時かは否応なしに、逃げ場をなくしてしまうとしても。

 

「ふっふっふっ!どーだ山田 西南めっ!キサマがやってのけた事など、我が生徒にだって出来るのだ!ふっふっふっ、ふははははは-ッ!」

 

「またコレか・・・というより、一応あの坊やもオマエの生徒だっただろう・・・。」

 

 高笑いでコマチの声が届いていない静竜にただただ呆れるしかない。

しかし、これが天南 静竜。

これが平常運転。

何処までも紙一重な男なのである。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54縁:信用は後からついて来る。

 4日間。

4日間よく耐えた方だ。

根性あるヤツ。

それが一路に対する男子生徒の認識である。

だが、当の一路は満身創痍というヤツだった。

全身のアチコチには地球で言うところの湿布のようなものが貼られ、帰宅後に食事、リーエルの講習、入浴、そして排泄。

それ以外は何もしない。

最初の2日間は、食事しても吐いてしまう日々。

ようやく3日目になって、それが治まってきたかと思いきや、天然の回復力を以ってしても間に合わない程の筋肉の悲鳴。

そして4日目にして、ようやく普通並みの生活が出来るようになってきた。

と、いっても上記のように最低限の事しか出来ていないのが現状だったが。

そしてそんな中でも、柾木神社に伝わる剣舞だけはやめなかった。

地球を出発する時に天地から貰った木刀を振るい続けた。

そして4日間。

これならば、週に1日の休みまで身体がもつかも知れない。

一路の中ではそんな思考が出来るようになった頃。

 

「ねぇ?」

 

 食事を終え、一路が自室で倒れているだろう時間帯。

折を見ていたシアが雑誌を読んでいたリーエルに話しかける。

 

「ん~?」

 

 雑誌から目を逸らす事なく返事をしたリーエルに対して、眉根を吊り上げながら、シアは彼女の雑誌を上からひょいと掴み上げた。

 

「あぁん、何するの?」

 

「いいから聞いて。」

 

 眼光鋭くシアが睨みつける。

が、如何せんサイズがサイズなので、あまり迫力はない。

 

「はぁい。なぁに?」

 

 サイズ的にはアレでも、本人がなにやら怒っているという事だけは解るので、その意志を汲んで渋々リーエルはソファーの上に正座する。

ある意味、馬鹿にしているようにも見えるが。

 

「何で・・・何でアイツはああなのっ?!」

 

「はぃ?」

 

 怒り任せて声を荒げるシアの開口一番、その言っている意味がリーエルには解らない。

 

「毎日毎日、毎日毎日毎日!食べて、吐いて、勉強して、食べて!・・・壊れた人形みたく眠って・・・。」

 

 

「シアちゃん、よく見てるのね。」

 

 ようやく意味を理解したリーエルは嬉しそうに満面の笑みで応えたのだが、それを見て一層表情を険しくしたのはシアだ。

といっても、サイズがサイ・・・以下、略。

 

「そういう問題じゃないの!聞けばアイツ生体強化してないって言うじゃない!」

 

「彼の帰属していた社会は、必要以上の文明を進んで持つのは忌避するみたいだし、必要なければ生体強化すらしないんでしょうね。」

 

「なんとかならないの?生体強化なんて難しい事でもないじゃない。あれじゃ・・・アタシと変わらない(・・・・・・・)。あのままじゃ、アイツ・・・。」

 

 それはシアの優しさ。

シアが何故、ここにいるのかを知っているリーエルは少し考える素振りをしながら・・・。

 

「確かにそうだけれど、そうするとリハビリが必要になるじゃない?」

 

 生体強化を行う。

生体強化は肉体的・精神的限界を無視すれば、レベル1から10まで存在する。

つまり、現在の力が数倍から数十倍、果ては数百倍になるという事だ。

そこには問題が1つだけある。

倍々に力が増加するとしたら、今まで10の力で行っていた事を5、或いは1で行うという事になり、今まで以上に力の加減を習得しなければならない。

それがリハビリという事だ。

もっと簡単に言い直せば、オムツの頃からやり直すという事になる。

 

「そうなると~、一路クンがここにいる期間が長くなっちゃうのよ・・・ねぇ~?」

 

 語尾にイヤに変な力が籠もってる。

ニヤニヤとした下品なリーエルの笑みに視線。

そこではたと自分がハメられたのだとシアは悟る。

が、後の祭り。

 

「う・・・あ゛ー、もーっ!・・・どうでもいいわよ。ゾンビみたくうろつかれても困るし!」

 

「うふふ。じゃ、本人に承諾を得ないとね。"シアちゃんが心配してるから"生体強化受けてみないってね~。」

 

 そういうと素早く正座を解除。

まさに獣じみた速度で、疾風の如く一路の部屋へ駆け抜ける。

 

「コラぁっ。アタシそんなコト言ってないでしょっ!」

 

 リーエルにある事ない事言われては堪らないと、慌ててシアは彼女の後を追う。

最悪の場合、彼女の後頭部をブン殴ってでも止めなければ。

なぁに、全力で殴ってもきっと気絶するくらいだし、事情も自分から告げればいいのだと、壮絶な腹黒さで・・・。

 

「?」

 

 物騒な思考を持って、一路の部屋に向かったシアだったが、一路の部屋の前で中に入る事もせずに立ち止まっているリーエルを見つけて首を傾げる。

 

「何してるの?」

 

「しぃ~。」

 

 口に指を立てて、ちょいちょいと部屋の中を指す。

人の部屋を勝手に覗くというのはどうかと思うが、思わずその仕草通りにシアは部屋を覗き込む。

シアの視線の先の部屋の中では、一路が静かな寝息を立てていた。

年相応以下にしか見えないあどけない寝顔。

但し。

 

「何で木刀抱いて寝てるかなぁ、コイツ。」

 

「疲れてるんデショ?いいじゃない、木刀抱いてても、可愛いんだから♪」

 

 いいもん見ちゃった~と上機嫌なリーエルを横目で見ながら、そういう問題なのだろうかとシアは思う。

そして、もう一度一路の寝顔を確認して・・・。

 

(そりゃ・・・まぁ・・・いや、いやいやいやいや。)

 

 乗せられそうになる自分にはっとなって思わず首を振る。

何故、自分が。

しかも、よりによって苦手な男を可愛いと思わなければならないのだろう。

おかしい。

うん、おかしいと。

 

「でも・・・。」

 

 確かに無防備過ぎる程の寝姿を晒して、しかも静かな寝息を立てている美少年。

何故だか悪くないような・・・。

 

「ん・・・トウ・・・カちゃ・・・。」

 

(トウカ?)

 

 突如として一路の口から漏れる言葉にシアは疑問の視線をリーエルに向けるが、彼女もその解は持ってはいないようで首を振る。

 

(トウカって、人の名前?・・・誰?)

 

 寝言に出るくらいの人物の名。

胸の辺りがモヤモヤして釈然としない。

理由も、説明もつかないモヤモヤ。

それがずっとシアの中で一晩中燻り続けてゆくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55縁:ロンよりショウコの季節。

「これ、どういう事?」

 

 眼前に提出されている報告書を一瞥して、リーエルに問いかけているのは、アイリだった。

 

「確か、一路君の生体強化をするんでしたね?」

 

 そう問いかけたのは、アイリの横に立つ美守。

 

「えぇ、本人の同意を得て、本日行う予定でしたけれど・・・。」

 

「それがどーして中止?拒絶反応でも出た?」

 

 事も無げにサラリと言ってのけているが、本来その確率は小数点以下、しかもゼロの数字が何個も羅列する程ぐらいあり得ない事で、しかもGPアカデミーでやるソレは更に安全だ。

もし、それが起こったとしたらば、大問題も大問題、オオゴトなのである。

アイリが報告書の表紙を一瞥しただけで、中止になった事に興味を持っていない要因の一つ。

 

「そ、それが・・・ちょっとした問題は確かにあったのですっが、それがですね・・・。」

 

 論より証拠とでも言いたいかのように一枚の紙をアイリの前に出す。

 

「あん?なにコレ?【対象者の身体能力の測定結果、生体強化レベル2に相当する事を認める。】?どゆコト?」

 

「入学した当初から、生体強化を施してあったという事ですか?」

 

 そう考えると問題がないようにも思える。

だが、アイリと美守は、一路が地球育ち、しかも宇宙的遺伝因子を持っていないと知っている。

 

「いえ、彼は確かに生体強化を施されてはいませんでした。その証拠に天南先生の基礎体力訓練で、何度となく倒れています。」

 

 グシャッ。

アイリが手にしていた報告書を思わず握り潰した音だ。

 

「生徒を潰してどーすんぢゃ、あのアホンダラァ!」

 

「この数日を根性だけで乗り切ろうとする一路クンの悲壮さは、とても演技だとは思えません。どう考えてもその時点では生体強化前だったはずです。」

 

 つまり、授業が終わって帰宅するまでのごく短い期間に一路は生体強化を施された事になってしまう。

しかし、それこそ不可能。

生体強化後の身体感覚の変化は劇的で、実際立って歩く事すら困難なのだ。

その克服訓練も含めて、短時間でというのは無理だと断言出来る。

 

「現在、彼はどうしています?」

 

「恐らく今日も天南先生の授業で、私の家でピクリとも動かず倒れているかと思いますけれど?」

 

 ピキリとアイリのコメカミに青筋が立っているのが解る。

 

「それよ、そ・れ。彼よりあの馬鹿をどうにかする方が先。どっかの僻地にでも飛ばしてやろうかしら。」

 

「それではコマチさんが困るでしょうに。」

 

「ぐぬぬ。」

 

 コマチ・京という優秀な人材・人脈が手に入ったのが、天南 静竜を唯一評価出来る事だけに、それはそれで痛い話だった。

 

「あの、お言葉ですが、一路クンの方がでですね、何と言うか天南先生に懐いているというか・・・その、鍛えてもらって感謝しているというか・・・。」

 

 まさかの発言。

アイリは盛大な溜め息をつく。

 

「かぁぁぁ~っ!なんなのかしら彼。西南クンと同じ属性?」

 

「勝手なカテゴリを作らないで下さいね。リーエルさん、生体強化の件は解りました。記録上は、本日彼の生体強化を行った事にしておきます。しかし、彼はきちんとモニタリングしておかないといけないかも知れませんね。リーエルさんの講習が終われば、寮生活になるのでしょう?」

 

 銀河文明に関する日常的な知識の習得が、リーエルの所に一路がいる本来の目的だ。

それが終わってしまえば、一般生徒と同じように暮らしていく事になる。

生体強化の件については、リーエルには話していない心当たりも二人にはある。

そもそも最初から彼は特別なのだ、その氏名も。

 

「となるとだ。」

 

「何か名案でも?」

 

 アイリの目がキラリと光る。

 

「西南クンで思い出したのよ。ほら、アレ。またまた"アレ"の出番じゃない?」

 

「アレ、ですか?」

 

 嬉々として微笑むアイリを横目に、溜め息をつく美守。

"アレ"が何を意味するのかなど、長年の付き合いで手に取るように解る。

溜め息の理由は、どちらかというと一路を不憫に思っての事だ。

 

「そそ。またまたアレの季節が来たのよ。」

 

「季節ねえ。」

 

 別に季節の風物詩では全くないと知っている美守は、やれやれと。

アイラは鼻息も荒く楽しそうに。

そして、リーエルはただ首を傾げるのだった。

 




宇宙のアカデミー編は、前半が学校生活、後半が実習編のGXP形式になると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56縁:距離と少女と微妙な関係。

 さて、話題の当人である一路は、リーエルの予想に反することなく、自分の部屋で横になっていた。

生体強化レベル2といっても、その数値はGPの事務職でもざらにいるレベルだ。

一応回復力もそれに伴って、強化されてはいるが如何せん蓄積されていたそれまでのダメージが大きい。

流石に吐くというような事はなくなったが。

 

(これプラス専門教科・・・。)

 

 実際はリーエルとの一般教養、通常授業、静竜の基礎訓練と、ほぼ一日中勉強しているのだから、たいしたものではある。

しかし、まだ専門的な学科は始まってはいない。

 

(今のうちに予習しておいた方がいいのかな?)

 

 身動きが出来ないクセにこんな事を思うのだから、真面目にも程がある。

 

「・・・ねぇ?」

 

「?」

 

 今、声をかけらたような・・・空耳?

あぁ、最近疲れてるから、とうとう幻聴のレベルまで達したか、と一路が思うまでに至った時。

 

「アンタさ・・・。」

 

「ん?」

 

 自室の扉が少しだけ開いていて、そこからシアが覗いている。

開いた幅と一路との距離が、シアの男性恐怖症の程を物語っていた。

 

「なんなの?」

 

「何って?」

 

 シアの言っている意味が一路には全く理解出来ない。

 

「そんなになるまで馬鹿正直に訓練して・・・。」

 

 何の意味があるのかと。

流石に真面目にやっている一路に気を遣ってか、言葉の先を濁す。

 

「う~ん・・・でも、訓練なんだから、厳しいのは当たり前かなって・・・。」

 

 地球にいた頃、TV番組でやっていた公務員、挙げるとすれば自衛隊・警察・消防・・・およそ人の命を己の肉体で救う仕事をする職業は、今の自分のような、それこそ実地訓練を含めたらもっとハードなものをやっていた。

日本以外の軍隊なんか、激しく罵られながらの訓練だったと記憶している。

そのイメージがあるから、それと自分には確固たる目的があったから、特に疑問を持つ事はなかった。

寧ろ、生体強化の凄さの方が驚いたくらいだ。

 

「そんなの、生体強化したら苦でもないじゃん。」

 

 確かにシアの言う通りで間違いない。

正しいだろう。

 

「なんだろ・・・元々持っていない能力を後づけで簡単に、他人から貰ってもなぁ・・・。」

 

 楽してズルをしている気分になるのだ。

 

「そんなの、人には能力差があんのは当たり前なんだから。一定以上の成果を出すには必要だし、簡単でしょ?そんな事を言って、大事な時に失敗する方が大問題よ。」

 

 その通りだ。

ただあるから使っているだけ。

確実な任務遂行の為、宇宙空間に適応して生活する為に身体強化するのは当然。

これが宇宙の常識で、一路は地球の常識で抵抗感を持っているに過ぎない。

ちっぽけなプライドとして一蹴されても仕方がないのである。

 

「まぁ・・・うん・・・。」

 

 

 それに一路は知らないのだ。

生体強化と一口に言っても、個体差があって、一定のレベル以上は、強化前の本人の身体能力や精神力の強さに依存する事を。

 

「でも、ほら、少し慣れてきたから・・・。」

 

「慣れてって・・・。」

 

 シアは溜め息をつく。

そして本当はこんな事を聞きたかったわけじゃなかったのになと思い出して。

 

「そんなになるまでして、GPになってどうすんのよ?」

 

「え・・・。」

 

 これには一路が閉口するしかなかった。

GPになって何かを成したいのではなく、成し遂げたい事があり、たまたまGPアカデミーが近道になるだろうと、案内されたのだから。

 

"そんなになってまで頑張るのは、トウカってコの為?"

 

 そう喉まで出掛かって、シアは言葉を飲み込む。

それは赤の他人の自分が聞ける事ではないと・

 

「なりたい自分があるからかな。」

 

 端的にまとめるとそういう事だったんだと、自分の中で今更のように一路は気づく。

 

「いざという時に全力で動ける自分になりたい。」

 

 動いただけではダメなのも、一路はもう体験している。

動いて、且つ自分も大事に。

生き延びてこそ。

 

「動けない事で何かを成し遂げられなかったり、後悔したくないし・・・。」

 

 口に出してみると、すんなりまとまる。

珍しい事もあるもんだ。

そんな新鮮な感覚がある。

 

「たぶん、友達・・・周りの人間、うん、自分自身にも胸を張っていられるようになりたいだけなんだね、きっと。」

 

「・・・随分と欲張りね。」

 

 利己的と取られてもいい。

 

「あは。やっぱりそう思う?」

 

 今までの自分になかったもの。

やはり、一度死んで死後の世界(?)に到達すると、考えや価値観が変わったりするものなんだろうか?

擬似的な生まれ変わりみたいな?

馬鹿馬鹿しいと一路は思うが、そうとしか思えないような決意と頑固さで自分はここに来たのだ。

 

「変わらないよりマシじゃないかな。今だってシアさんの目を見て話せてるし。」

 

 初対面のやり取り以降、一度もこんな風に会話を交わした事はなかった。

普段は常にシアが一方的に観察しているだけなのだ。

しかも、一路には気づかれずに。

だから、一路は現在の状態が嬉しく思えた。

だが、言われた当人のシアは顔を赤らめる。

まるで、男性恐怖症をだという自分を今頃思い出したかのように。

 

「馬鹿ッ!」

 

 そう叫ぶと力強く戸を閉める。

音の激しさにシアの感情が込められているようだった。

一路は思わず目を顰める。

 

「・・・怒らせちゃったかな?」

 

 これを怒らせたという風にとらえる辺りが、一路の特徴というか・・・。

と、閉まった時と同じ勢いで戸が開く。

 

「アンタに荷物!」

 

「だっ?!」

 

 シアが投げた箱状の物体が一路の腹部に直撃する。

荷物と言われたからには、中の物が壊れたら困るので、何とか受け止める事が出来たが、中身の重量がそこそこあった為に相応のダメージを受けて、その場でゴロゴロと転がる。

 

「それと、怒ってないからッ!」

 

 再び勢い良く戸が閉まる。

 

「・・・・・・やっぱり怒ってるじゃん。」

 




次回!笑撃の新展開!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57縁:ヤツが来たッ!

もうオチも解っておられると思いますが、GXPベースの宇宙編だとこうなるのはお約束なんで・・・諦めてください(爆死)


 今、少年の前には二つの選択肢が存在していた。

曰く、【開く】か【開かない】か。

何を?

目の前に鎮座している荷物をだ。

宛名欄には、確かに檜山・A・一路となっている。

しかし、ちょっと考えれば解る事なのだが、この地で一路宛に荷物を送る人物にそれこそアテがない。

シャレではなく。

かと言って、地球にいる鷲羽達が送ったとも考えにくい。

第一、ミドルネームをわざわざ記す理由がない。

記さない理由もないのだが。

 

「・・・かといって、開けないってのも送り主に失礼だしなァ。」

 

 ちなみに、送り主の欄には、"足長お姉さん"と書かれている。

おじさんでも、おばさんでもなく、お姉さんだ。

地球の物語をパクったというなら、地球からの贈り物と考えるのが妥当だが、背の低い鷲羽が足長とは・・・それにちっさいお母さんのがしっくりくる。

何より、自分を自分でお姉さんとか言っちゃう人物というのが、何とも言えない。

だが、開けなければ開けないで現状が変わらないのも事実だ。

 

(危険物かどうかの検閲くらいしてるよね?)

 

 結局、十数分を費やして悩み、その箱を開ける決意をようやく固めた。

 

「品物名とか、差出人をきちんと書いてくれたらいいのに・・・。」

 

 とはいえ、一路に何かを届けるという第一目標(?)は達成しているので、差出人にしてみれば問題はないのかも知れない。

恐る恐る箱に手を伸ばし、【開封用拇印】を記載されている箇所に親指を・・・。

 

「パンパカパーン♪初めまして、おめっとさぁ~ん♪」

 

「・・・・・・。」

 

 箱の中にはバスケットボールが入っていた。

しかし、ただのバスケットボールではない。

そこには顔がある。

簡略化されたマンガ顔、しかしへのへのもへじよりはちゃんと描かれた。

 

「って、(ボン)、何やその反応の薄さは?ビックリせぇへんかったか?」

 

 バスケットボールが喋っている光景。

普通ならば、驚くに違いないだろう。

 

「いや、なんていうか、どう反応したらいいのかというか、ここに来るまで十二分に驚き過ぎてきたから、麻痺してるっていうか・・・。」

 

「何や、ワシ、無駄な労力使(つこ)うたみたいやないか。あ、ちょっと待ってぇな?」

 

 球体から細長い棒状の手足が生えて、あ、よいしょっと梱包財のダンボールから抜け出て来る。

 

「ワシの名はナビゲートロボット最新型。形式名称を略してNBR2D2。ヨロシク。」

 

 略した方が字数が長くないだろうかと突っ込みたいのをぐっと堪えて。

 

「ナビゲートロボットっていうと、雪之丞さんみたいな?」

 

 一路は聞いた単語で思い浮かんだ美星の宇宙船にいたロボットを思い出す。

 

「ん?ありゃ、宇宙船内のみやな。ワシの場合は、もっと坊の生活全般のサポートや。」

 

「全般?」

 

「例えば、この星の常識とか、そういうんを含めて日常生活をサポートするタイプや。坊、この星の事とか知らんやろ?」

 

「まぁ、確かに。」

 

 つまり、そういう事に対してのアドバイザー的な立位置なのだろうと理解する。

 

「それにしても、一体誰が君を?」

 

 そして、何故に関西弁?

 

「GPアカデミーに入るモンの特典の一つやと思うとけ。」

 

「なんか、至れり尽くせりだなぁ、GPアカデミー。」

 

「せやろ?まぁ、何でも聞いてくれりゃいいさかい、普段は話相手程度くらいに考えておったらえぇ。ワシも好きに動いとるしな。」

 

「うん。よろしくね、NB。」

 

 略称を更に通称に変換。

奇しくもある意味で正しいと言えなくはない呼び方だった。

果たして、NBが教えられる常識とは・・・。

解っている者には解っているだろう。

アレである、ア・レ・。

 

「しっかしなぁ、坊。いっくら慣れて達観しとるからって、不用心過ぎやないか?」

 

「うん?」

 

「ワシが、坊に危害を加えるモンやったら、どないすんねん。」

 

「あぁ、だってNB?さっき、僕が説明しなくても、雪之丞さん事を知ってたし、僕がこの星の常識の勉強が必要なくらい疎いってのも知ってたから。両方知っている人って、多分、このアカデミーの中じゃ、先生方くらいじゃないかな。」

 

 それ以外の選択肢だと、芽衣を襲った側の人間しか自分を害する者はいないはずだ。

情報を得るという意味では、それはそれでアリだとは思うが、だが、その可能性は限りなく低い。

自分を襲って得する理由がないからだ。

 

「それに僕を襲うって何のメリットがあるの?全くないと思うけど?」

 

(あら、意外と頭が回るのねぇ。半分は直感ってトコかしら?)

 

 NBのカメラアイを通して、一路の言動を観察していた人物は考える。

 

「なるほどな。」

 

「あのね、NB?」

 

「何や?」

 

「君が来たってコトは僕はここを出て寮に移るってコトなのかな?だって、君がこれからは日常生活をサポートしてくれるんでしょう?」

 

「そうやな、そうなるな。坊は生体強化も終わったんやろ?」

 

「うん。」

 

「なら、そうなるな。」

 

「そっか・・・。」

 

 途端に俯く一路にNBは首を傾げた。

 

「どないした?」

 

 NBに問い返されて、視線を落としていた一路は苦笑する。

苦笑するだけなら、まだ大丈夫だと思いながら。

 

「うぅん。授業を受けて、食べて、寝てばかりの繰り返しの生活だった割には楽しかったし・・・寂しいなって。」

 

 心残りはある。

もっとシアと仲良くなりたかったし、リーエルにももっと色んな事を教えて欲しかった。

勿論、リーエルとだってもっと仲良く・・・。

 

「何言うてんねん。寮に移ったら移ったで、もっとオモロイ事あるっちゅーねん!まだまだこれからや。これからウハウハだったり、ハァハァだったり出来るんやで?」

 

「うん、ありがとうNB。」

 

「カマへんて。」

 

「あ、でも、ハァハァは変態さんぽくてヤだなぁ。」

 

「ほな、ムフフがえぇか?ワシも寧ろソッチが望むところや!」

 

「それはそれで違う意味で変態さんだなぁ。」

 

 こうして一人と一体は笑うのであった。

 

 




書くのが私なせいなのか、一路君がぼややんなせいなのか、はたまた新型機だからなのか、マイルドな【NBR2D2カッコワライ。】これでいつでもボケとツッコミが展開可能にっ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58縁:あっちはあっちで、こっちはこっちで。

 NBを伴った一路が帰宅したリーエルに事の次第を話すと、少し残念そうな顔しながらも、一路の社会復帰(?)を歓迎してくれた。

シアは何か言いたそうだったが、一路が彼女に視線を向けると、口ごもる。

彼女自身も自分の中のモヤモヤしたモノと折り合いがつかずにいたからだ。

 

『それじゃ、オメデトウパーティーでもしないとね。』

 

 そう言って今朝は、アカデミーに送り出された。

 

「どうしてなかなか、坊は上手く生活出来とるやないか。」

 

 そう様子を見て、一緒について来たNBがエセ関西弁で感想を述べてきたが、一路にはとてもそうは思えなかった。

 

「そうかな?少なくてもシアさんは男性不信?があるから。」

 

 リーエルも悪い人ではないが、何というか、時折、完全興味本位で行動しているだけじゃないのだろうかと思う事が多々あった。

 

「解っとらんなぁ。男が女二人と暮らすってのはなかなか難しい事なんやで?」

 

「そういうもの?て、NB?学校までついてくるつもりなの?」

 

 果たして持って行っていいものなのだろうか?

彼の扱いはどうなのか、道具?ペット?

 

「何を言ってるんや。ワシは坊のサポートが仕事やで?坊につかず、離れず、一心同体というヤツや。」

 

「・・・一心同体は気持ち悪いカモ。」

 

 実際、日常生活の不慣れな点をサポートするのが役目なので、間違った事は言っていないのだが、何か引っかかる。

何か拒否反応が・・・。

 

「ま、前例もあるさかい、ノープロブレム、無問題や。」

 

 ワンフレーズに関西弁と同列に英語と中国語が同居するロボットの時点で、受け入れ難い。

かといって、こんな事を言い争って遅刻しても困る。

連れて行くしないのだが。

 

「む。キサマは・・・。」

 

 何故か、校門の前で仁王立ちしている静竜がいた。

 

「おはようございます。」

 

 そう一路は普通の挨拶をしたつもりだったのだが、何故だか静竜に睨まれ・・・ているのはNBだった。

 

「何や、あんさん。」

 

「その妙ちきりんな発音・・・キサマ!」

 

 学習能力の乏しい部類に入る静竜でも、昔NBに出会った事を覚えているようだ。

ぴんと伸びた指をNBに突きつける。

 

「確か山田 西南と一緒にいた!!」

 

「あのなァ、あんさん?それは同系機なだけでワシとは違う個体や。ワシはつい最近、一路坊のサポートロボットとして起動したばかりやで?」

 

 NBを指差したまま、疑り深く睨んでいた視線が一路に移ってきたので、慌てて頷く。

 

「ふむ。そうか。」

 

「・・・バカで助かったわ。」

 

「何か言ったか?!」

 

「いや、なぁ~んも。」

 

 しれぇ~っと目線を逸らすNB。

実際のところ、NBの中身の半分近くは同じなので、ニアピン賞といったところなのだが。

 

「そう言えば、オマエ、生体強化をしたのだったな?もう歩けるのか。」

 

 普通ならば生体強化後に、通常の生活に戻るのに約2週間程が目安といったところ。

一路の場合は事情が違うのだが、結果的に異常な早さでの復帰、と静竜には見えたのである。

 

「えぇ、お蔭様で。」

 

「ならば、もう手加減はせぬぞ。ビッシバッシッ、鍛えてやるからそのつもりでいるように!」

 

「はい!」

 

 倒れたり、吐いたりした事は何処吹く風か、一路は元気よく返事を返す。

 

「まぁーったく、このバカ男は・・・。」

 

 その様子に呆れを伴った怒りを露わにしたのはNB・・・の、中身。

正確にはNBを通して二人の様子を見ていたアイリだった。

NBはアイリが設計し、様々なソフトを(無理矢理に)インストールされ、あまつさえ(アストラル)を持つ人工知能が混在した末に生まれた人格を元にしている。

先に作られた山田 西南用のソレとはその人工知能が入っているかいないかの違いくらいしかない。

一路をサポートし、かつ監視も出来る構造なのである。

勿論、そういう状態に関してNBの元からある人工知能は疑問を持たないようになっていた。

 

「しかし、この場合、それについて行ってしまう檜山 一路君にも多少の問題があるかと思いますよ?」

 

 悪態をつくアイリに言葉をかけたのは美守だ。

一路の事情を知らない二人には、静竜のアホな言動についていってしまうのも、一言で言うとどっこいどっこいにしか思えない。

 

「そうなのよね。アノ子、一体なんなのかしらー。一級刑事どころか、樹雷の一級闘士にでもなるつもり?」

 

 頭の中があぁでも、静竜の実力、特に剣技はピカイチなのだ。

恐らく、彼に勝てる闘士は、樹雷の中では防衛総監代行の柾木闥亜・・・いや、神木家第七聖衛艦隊司令官の平田兼光くらいだろう。

あくまでも、闘士の中ではの話だけれども。

純粋な剣技のみの実力では天地よりも現時点では上だろう。

 

「でも、それだったら宇宙に上がってくる必要なんてないしね。」

 

「何故そう思うのです?」

 

「だぁーって、ただ強くなるだけだったら、遙照君のが強いもんっ♪」

 

 キャハッ!と年甲斐もなく両手を頬にあてて照れるアイリ。

 

「夫婦、仲良き事は宜しいですが、いいトシしてノロケても可愛げないですよ?」

 

 このアイリ。

遙照こと、勝仁の妻で天地の祖母にあたるのだ。

 

「好き好んでそんな格好をしているアナタに言われたかないわ。」

 

 ジト目でアイリを見つめる美守に頬をぷくっと膨らませながら、反論する。

 

「私はこの方が都合がいいので。」

 

 アイリは地球の感覚でいうと、とても勝仁の妻(しかも年上女房)に見えない程若々しい。

地球人の何十倍も寿命が長いアイリ達は、外見年齢は若いままなのだ。

勝仁は地球人に不自然に見えないように外見を刻々と変化させているのである。

というわけで、先代の柾木神社の宮司も、外見年齢を調整した勝仁だったりする。

美守もそれと同じように、自分の役職や一族の地位に見合うように初老の姿でいるのだ。

 

「生体強化だって、鷲羽ちゃんの細工だろーしぃー。」

 

 時限式に発生する生体強化。

それが二人の推測である。

しかし、そんなの聞いた事も、見た事もない。

第一、そんな事をするメリットが何もない。

こんな手間のかかる仕掛けを嬉々としてやるとしたら、100%鷲羽の仕業だろうと二人は結論づけたのだ。

 

「まさか、クローンとかデザインベイビーとかいうオチじゃないでしょうね?!」

 

 そういえば、一路が鷲羽の事を母のような人と言っていたのを思い出して、アイリは冷や汗をかく。

 

「だとしても、一体、誰のですか?モデルは。」

 

 デザインベイビーだろうが、クローンだろうが、基礎となる誰かの遺伝子を必要とする。

母のは鷲羽としても、父側のが必要だ。

だが、万素という万能細胞と万能遺伝子を持つ生命、魎呼の例もあるし・・・と。

 

「素直に考えると朱螺凪耶(あからなじゃ)の遺伝子でしょうが、彼女には全く似ていないですし、彼女の存在を今も大切にしている鷲羽ちゃんが、そんな事を今更するとは思えませんねぇ。」

 

「・・・・・・遙照君かも。」

 

「はい?」

 

 どうしてそんな?

 

「だって、鷲羽ちゃんの周りにいる男の遺伝子なんて、元を正せば遙照君なのよ?!」

 

 天地=遙照の孫。

天地の父、信幸=遙照の(後妻との)子孫。

元を正せば、確かに遙照こと勝仁に繋がる。

 

「それは考え過ぎかと・・・。」

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛~!とうとう遙照君にまでマッドサイエンティストの餌食に~っ。こうしちゃいられないわ!遙照君、今すぐ行くから待っててねーッ!」

 

 狂乱(錯乱)の叫びと共に、その場から走り出そうとしたアイリの首根っこをすんでのところで美守が掴む。

それはそれは目にも止まらない早業だった。

そして、溜め息。

 

「それを含めて、鷲羽ちゃんの手の上なんでしょうねぇ。」

 

 こうなる事が楽しくて、それを見越して鷲羽は一路の情報を隠しただけなのではないだろうかと美守は推測する。

それと一路を比較的ノーリスクで守る為に。

鷲羽ならば、それくらいやってもおかしくはない。

こうして意図しない方向に現場は混乱してゆくのを、当の一路は知らないだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59縁:夢と現実と、君の・・・。

祝日興行也。


 薄暗い空間。

上下左右360度、無機質な金属の板で組み合わされた何もない部屋に彼女はうずくまっていた。

何もしたくはなかったし、何も考えたくはなかった。

ただ何もしなくても、最後には眠りに落ちているし、腹も空く。

何故だか、そんな事すらも自分が浅ましく感じられて嫌だった。

与えられた仕事に失敗した事は過去にもあったが、こんなに取り返しのつかない事態になったのは初めてだ。

余りの惨めさに自害を試みようとした事もあったが、その度に一人の少年の顔が過ぎる。

自分が、漁火 灯華が手に掛けた少年。

本来ならば、標的でもなんでもない彼があんな目に遭わなくても良かった。

しかし、自分は彼を刺してしまった。

恐らく死は免れないだろう。

それを考えると、感じた事のないような何かが背筋を走る。

 

 人を殺した。

 

その行為でこんな気分になった事は一度もなかったのだ。

彼女自身、気づかないソレの名は、罪悪感。

それにさい悩まされながらの自害という行為。

それなのに彼の、一路の顔が浮かぶ。

少しばかりはにかんだような困ったような表情。

それはまるで、灯華がこれからする行為を望んでいないかように思えた・・・。

 

「だったら・・・どうすればいいの・・・。」

 

 誰もいない空間に呟いた声に応える者はいない。

この繰り返しで今もおめおめと生き残っている。

そして持て余していた。

 

『いいツラ汚しだな。』

 

 自分の失敗をなじる仲間達の声よりも、一路の事が気にかかる。

地球で過ごしていた時間というのは、それ程までに灯華の価値観を変えていたのだろう。

この独房の中で、唯一隠して持ち込めた物を握り締める。

一路に買って貰った小さなキーホルダー。

何の変哲もない陳腐な・・・。

それを握り締めたまま、灯華は膝を抱える。

 

「・・・あなたに・・・会いたい・・・・。」

 

 

 

 

「坊!起きんかい坊!」

 

 自分に与えられた痛みで一路は目が覚めた。

 

「あ・・・。」

 

「あ。やない!大分魘されとったで?大丈夫かいな?」

 

 魘されていた?

そういえば額に脂汗が浮いていて、身体がやけに重くて苦し・・・?

 

「NB、降りてくれる?苦しい。」

 

「お?すまんすまん、坊が魘されとったから、早く起こそうと思ってな。」

 

 どっこいせと、一路の胸の上に乗っていたNBが降りる。

 

「ワシかて、どうせならバインバインの姉ちゃんの胸にやな・・・て、それはええとして。何や嫌な夢でも視たんか?」

 

「嫌な夢?」

 

 夢の内容は全く覚えてなかった。

首を傾げながら思い出そうとしても。

 

「ま、嫌な夢なんぞ、覚えとらん方がえぇわな。」

 

「う~ん・・・いい夢でも悪い夢でも折角視たんだから、覚えてないと損したような・・・。」

 

 そう呟く一路にNBが肩を(球体なので、何処が肩なのかは謎だが)竦めて首を振る。

 

「坊、意外とセコいな。」

 

「そぉ?」

 

 自分のサポートロボットだという球体のNB。

口調は親父クサいせいもあるが、一路は自分と比べて精神年齢が大分上のように感じられた。

だから・・・。

 

「ねぇ、NB?」

 

「ん?」

 

「目的の為に嘘をついたり、黙っていたりするのは、やっぱりいけない事かなぁ?」

 

 正直、ここに来てまだ十数日程度で既に苦しい。

そのうち、誰とも言葉を交わすのも億劫になってしまうのではないかと頭を過ぎった事もある。

 

「どやろなぁ・・・目的次第やないか?」

 

「目的・・・。」

 

「坊は何も誰かを傷つけたくて嘘をついてるわけやないやろ?嘘は確かに良くないし、でも悪くないとも言い切れへん。でも、誰かを傷つける為の嘘はダメや。ついた方もつかれた方もアカンようになる。」

 

 何がどうアカンのかは解らないが、NBの言っている事は一路にも解る。

あくまでもサポートが目的のNBが、主人と設定されている相手に説教をタレるというのも珍しい現象なのだが、一路はそれには全く気づかなかった。

 

「それでも坊はそうしなきゃアカンのやろ?それに対して坊かて苦しんどる。そういう心が大切なんやないか?」

 

「NB・・・。」

 

 一路の中に何もかもブチまけたいという気持ちが溢れそうになる。

嘘をついている事だけでなく、灯華や地球での出来事。

ひょっとしたら、地球から来た事が問題なだけで、灯華に会いたいという願いは叶うかも知れない。

そんな根拠のない期待。

 

「あ、あのさ、NB?」

 

「一路クン?」

 

 NBに向かって溢れ出そうになった言葉が、部屋の外から遮られた。

正しくは部屋の出入り口からだが。

そこからひょこっと獣人の顔が生えている。

 

「リーエルさん?」

 

「何かうめき声と話し声が聞こえたから・・・。」

 

 リーエルの言葉にきょとんとしながら、一路がNB見るとNBが頷いた。

 

「残念ながら。」

 

 本来ならば、一見普通の部屋となんら変わらない素材に見えるが、この建物の素材は最先端技術で作られていて完全防音である。

ただ一路の部屋の場合、監視対象にもなっている為、その機能はなく地球の家屋となんら変わらないのだ。

 

「どうしたのかしら?」

 

「いえ、別に・・・。」

 

「それがな、リーエルはん。坊のヤツ、怖い夢視てな、ちょっとナーバスちゅーか、ホームシックちゅーか、アンニュイちゅーか。」

 

「おいおい。」

 

 思わず一路の口からそんな言葉がこぼれる。

反面、NBの語彙の多さに驚いていた。

もしかしたら、NBの中にはこの銀河中の言語が入力されているのかも知れないと一路は思う。

 

「ま、早いハナシ、リーエルはんに添い寝してもらいっちゅーワケやな。」

 

「いっ?!」

 

 何故そうなるの?!と非難の目をNBに向けると、NBは視線を合わそうともしなかった。

 

「あらあら。おやすい御用ですよ。」

 

「いやいや、易くないでしょう。じゃなくて!もー、NBぃ!」

 

 にっこりと微笑むリーエルとNBを交互に見比べる。

どう考えても二人は自分をからかうのを楽しんでいるに違いない。

その証拠にNBは葉巻を片手に、一路に向かってサムズアップをしていた。

心なしか眉と目元がダンディにキリっとしている。

 

(何処から出したんだ、葉巻・・・。)

 

 と、そういう問題でもなく。

 

「うふふ、大丈夫。毛皮の抱き枕だと思えば。」

 

「そういう問題でもなく・・・。」

 

「まぁまぁ、リーエルはんも大人や。坊がうっかり蒼い春を迸らせても、おおめに見てくれるやろ。」

 

「迸るってナニさっ?!」

 

 もう声が叫び声に近い。

そんな様子を見ても、リーエルはクスクスと笑ったままだ。

 

「でも、私みたいなワウ人相手じゃ、イマイチかしら。」

 

「ワウ人とか関係なくリーエルさんは魅力的です!あーじゃなくて!NBが悪いんだよ!」

 

「あらあら嬉しい♪」

 

 思った以上に取り乱していたらしく、言ってから自分が失言したと気づく有様。

恥ずかしくてNBに責任を(実際NBのせいなのだが)押し付ける事にして何とかこの羞恥心から逃れようとする。

顔を真っ赤にして唸る一路に対して、リーエルの方は満更でもなさそうで、うふふと笑顔が崩れる事はなかった。

 

「とりあえず、枕だけ持ってきちゃいますね♪」

 

 笑顔のまま枕を取りに行くリーエルの姿を見つめながら。

 

「坊、漢やな。いや、これから漢になるんやな。」

 

 などとよく解らないNBの言葉を聞き流したのだった。

 

 




私、思うの、ノット某監督のNBだったら、これもアリかなって(ぇ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60縁:今日も賑やかな朝が来る。

更新予定等は活動報告にて。
雪野ウサギさんの天地も面白いよ~と、言ってみるてすつ。


「一路、朝・・・よ・・・。」

 

 翌朝、熟睡していた一路は、少々寝過ごしてしまった。

そんな一路を気遣ってか、シアが起こしに部屋に顔を出したのだが・・・。

そこには添い寝したリーエルの胸に顔を埋めて眠っている一路の姿があって。

 

「ふっ、不潔ッ!!」

 

「ぬぉっっ?!」

 

 手近にあったボール・・・ではなく、NBを全力で一路に向かって蹴り込んだ。

 

「ふがっ!!」

 

 鳩尾辺りにめり込むNBに一路は息を吐いてもんどりうつ。

それは勿論、蹴られた方のNBにも相当なダメージを及ぼしている。

 

「あ、あ・・・アカン、ワシ、変な道に目覚めてまいそうや・・・。」

 

 ガクガクと痙攣するNBと悶絶する一路。

そんなこんな一悶着があって後。

 

 

 

「パーティ?」

 

 朝食の最中、一路がそんなすっとんきょうな声を上げたのは、リーエルからの提案があったからだ。

 

「そう。一路クンが一人立ち?アカデミーの卒業は全然先だけど、生体強化も終えて、無事男子寮に行ける事の・・・ん~、歓送会というヤツです。

 

 一路の生体強化に関しての真実は伏せられたまま、リーエルはそう述べる。

 

「本当は、数ヶ月・・・いえ、数週間は必要でしたが、NBちゃんが来ましたからネ。」

 

「まー、ワシはその為に来たさかいに。」

 

 何故かちゃっかりと食卓に座して、メザシ(のように一路には見える)をひょいとつまんで、体内に送り込む。

 

「そっか・・・リーエルさん、わざわざありがとございます。」

 

 丁寧に礼を述べ、そしてシアを見る。

 

「な、何よ?」

 

 その視線を受け続けるのに堪らなくなってシアが声を上げた。

彼女から見て、一路の視線は思いの他、穏やかで・・・。

 

「うぅん・・・その、寂しくなるなって。」

 

 なんだかんだで、一路は人好きなのだ。

しかし、そうストレートに言われた方の当人、シアの方はというと、本当に堪ったものではない、ないのだ。

 

「べ、別に私は何もしてないわよ。それに何?ここを出ても寮生活があるのよ?そんなんで大丈夫なの?」

 

「あはは、うん、まぁ、同室になる人達は良い人達だけど・・・でも・・・。」

 

「別に来ればいいじゃない。外出許可が出る休みもあるんでしょ?別に"死に別れる"わけじゃないんだし。」

 

「え?あ、うん、そうだね・・・。」

 

 "死に別れる"という言葉が胸にチクリと刺さる。

ジンジンと広がる痛みは、折角かさぶたになりかけていたソレを刺激する。

 

(もし、あの時、僕が死んでたら・・・。)

 

 こんな痛みを芽衣は感じただろうか?

重ねた月日が短くとも、そう想ってくれただろうか?

それは嬉しい反面、申し訳なくもあった。

今更ながら、自分のとった行動がどれだけ浅慮だったのかが理解出来る。

しかし、あの時は身体が自然に動いたし、あれ以外の方法が思いつかなかった。

でなければ、自分ではなく芽衣の方が犠牲になっていただろう。

 

(だからこそなんだ・・・。)

 

 だから、一路は強さが欲しいと思う。

しなやかで柔軟な力が。

まずは自分の身体を、そしていずれは周り人達を守れるだけの強さを。

そういう意味で静竜のしごきは耐えられた。

困った事に、本当に周りの人間からしてみれば、困った事に一路は心配される程、静竜に対して悪印象を持ってはいない。

そのうえ、何故か教師として、敬っている節がある。

 

「それじゃあ、同部屋のお友達も呼んで・・・。」

 

「いえ、今回は、3人で・・・あ、NBもいるから4人?」

 

 一路はリーエルのその言葉に再びシアを見た。

傍では、NBがパーティーの面子に自分が入っている事に満足そうに頷いている。

同室予定の彼等には悪いが、呼ぶと女性より男性の方が多くなってしまう。

男性にあまり良い感情を持っていないシアにとって、それは精神的によろしくないと思ったからだ。

勿論、彼女のそれはいずれ克服しなければならない事なのだろうが、それはそれ、これはこれ。

何もパーティーにそんな試練的なハプニングを望んではいない。

 

「そう?そうね、元々この面子での生活だったんだし、それもいいかも知れないですね。ね、シアちゃん?」

 

 意味ありげに投げかけられるリーエルの視線と声は、一路の意図するものを理解しているとしか思えないものだ。

一路にとっては、これは援護射撃として非常に手っ取り早くて良い。

 

「別に私は最初から反対してないわよ。」

 

「じゃ、決まりですね♪」

 

 




自分の行動を素直に省みて反省出来るというのは、若者にとっては美点だと私は思うのですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61縁:そして今日も夜になり。

祝日興行也。
って、秋は祝日多いねんっ!


「僕?僕に頼み事?」

 

 何時もの静竜の授業の後、これまた何時ものように大の字で倒れている一路の顔を覗き込んで来たのは照輝とプーの二人だった。

 

「そそ。」

 

「一路氏は生体強化を終えたと聞いたでゴザル。」

 

「うん。そうだけど?」

 

 そのお陰で、随分授業が楽になった。

現在は、以前を更に上回る課題を出されてはいるが、こういして倒れ込む事はあっても、吐いたり全く動けなくなるという事もなくなった。

それと同時に周囲の級友達の見る目も変わった気がする。

 

「生体強化の訓練期間(リハビリ)をこんなに早く終えた一路氏を見込んで一つ。」

 

「うん?」

 

 パンっと手を合わせる照輝に首を傾げていると。

 

「ちょっとした"お祭り"に参加してみないかい?」

 

 

 

「で、了承しちゃったワケね?」

 

「あ、はい。折角だし。」

 

「う~ん、お友達に溶け込む事は良い事だけれど、無理したり怪我したりしないようにね。」

 

 昼間あった事のあらましをリーエルに報告すると、反対はしないものの、やんわりと釘を刺されてしまった。

一路もリーエルの言葉には賛成だが、プー達の話を聞く限り、そんな危険な事には思えなかった。

だからこそ一路も了解したのだが。

 

「全くほいほい返事して困っても知らないんだから・・・。」

 

 話の流れを聞いていたシアは完全に呆れている。

だが、そんな事よりももっと呆れたのは・・・。

 

「・・・で、なんで理事長がいんのよ?」

 

 そこには皿を片手にもう片方の手でワイングラスを飲み干すアイリの姿があった。

 

「ん?パーティーなんでしょ?一路クンの門出を祝っての。なら、参加しなきゃ損じゃない。」

 

 何が損なのか誰にも解らないまま、アイリは次から次へとテーブルに並べられた豪勢な料理を平らげていく。

 

「全く・・・ほら、アンタもぼさっとしてないで食べるの。自分の為のパーティーなんだから食べなさい。」

 

 有無も言わせない圧力で、アイリに負けない速さで料理を一路の更に盛っていく。

もう皿の上に投げ込んでいると言ってもよい。

 

「くぁ~っ!小娘の分際で!」

 

 負けじとアイリ。

 

「いや、シアさん、僕、こんなには・・・。」

 

「男なら食べる。」

 

 もう無茶苦茶である。

 

「チッ。料理がダメなら、酒だわ。コラッ、リーエル、酒を注げ~。」

 

 もう既に出来上がってるのじゃないだろうかという勢いで、アイリはリーエルを捕まえる。

 

「うわぁ、パワハラ。」

 

 シアは絶句というより呆れていた。

 

(でも、賑やかな方がパーティーって気がするもんね。)

 

 もさもさと、シアによって大盛りにされた料理を咀嚼してやっつけながら、一路は微笑む。

柾木家でも思ったが、やはり大勢の賑やかな食卓の雰囲気は大好きなのである。

 

 

 

「宇宙か・・・。」

 

 そのまま食事を終えた一路が見上げた星空は、見慣れた星座はなくとも、一路の知っている瞬きのままだ。

母と一緒に見上げた空から、流れた月日と体験は鮮烈なものであったが、こうしていると何ら変わってないような気がしているから不思議だ。

 

「なに一人で黄昏てんのよ?」

 

「あぁ、シアさん。リーエルさん達は?」

 

 声で相手が誰だか解った一路は、視線を星空から外す事なく応える。

シアはそんな一路の態度に怒った素振りもなく、彼が立っているテラスに出ると、静かに一路の横に並ぶ。

二人の間には、微妙な距離が空いているのは仕方がない事だと解っているので、互いに何も言わない。

ただ、その距離は今までで一番近い。

 

「二人共も酔い潰れてリビングで寝てるわ。」

 

 全く以ってダラしない大人達だ。

いや、リーエルは被害者であって、大人気ないのはアイリだけ。

 

「そっか。」

 

「ねぇ、どうして急にあんな事を言い出したの?」

 

 あんな事というのが、照輝達との事だと解って、一路は首を傾げる。

 

「多分、きっと変わったからじゃないかな。僕は周りから期待されてなかったし、大人達に期待もしてなくて・・・うん、きっと世界に自分の味方っていうか、辛い事や苦しい事を分かち合える人なんていないと思ってたんだな。」

 

 驚いた事に、昔の話をしても前より苦しくなくなっている自分がいた。

 

「あんなに努力しているのに?」

 

 吐いても倒れても。

生体強化すらしていないのに。

 

「それは多分、応えたいからだよ。完全になくしてしまったモノはどうにもならないけれど、そうじゃないものは何とか出来るかも知れない。なら、やるしかないんだって・・・後悔を少しでも減らす為に。」

 

 結果はそれについてくる。

それだけを信じて。

一路は地球を出る時に鷲羽が言っていた言葉を思い出す。

こうしてシアに喋る事で、少し整理がついた気がした。

 

「ここに来たのも、多分、自分を増やす為なんだと思う。」

 

「自分を増やす?」

 

 一路はシアの問いに自分の胸を掴んで頷く。

 

「結局、欠けたり、罅が入った心には誰かが、何かが詰まるしかないって事なのかな。少しずつ、自分の中に色んな人が入って来て、隙間を埋めてくれたり、心の中に住んで、心を占めてく・・・。」

 

 それが友達、仲間、恋人・・・愛する人を増やすという意味の本質なのかも知れないと。

勿論、灯華の存在、優しさは一路の心の中にある。

 

「そう・・・私もそういう人が増えていくのかな・・・。私ね、ずっと施設の中にいたの。毎日、沢山の大人達に囲まれて、色んなテストを受けさせられて・・・だからかな、男の人が怖いの。」

 

(・・・違う。)

 

 何かが違う。

一路が抱いた印象、それは何かが決定的に違うんじゃないだろうかという事だった。

 

 

 




もう誰かこのババアを何とかしてくれ・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62縁:まずは簡単だと思うところから。

 違うと認識するに至った根拠。

そんなものはない。

シアが嘘をついているとも思わない。

ただ、彼女の言葉は他の、もっと何かを含んでいる、そう感じた。

これは思った以上に深刻で需要な事だぞ!と脳裏が警鐘を鳴らしている。

一字一句も聞き漏らしてもいけない。

そんな気がしていた。

 

「大人の人達に囲まれるか・・・。」

 

「そう、ほら、小さいから圧迫感があってね。」

 

 違う。

感じた違和感はここじゃない。

もっと別のだ。

 

「そんな状態で毎日テストってのも厳しいね。」

 

「うん・・・。」

 

 

(そうか・・・。)

 

 多分、テストなどというレベルの甘いモノではなかったのだろうと、一路は思った。

そこには口に出すのも、思い出すのも嫌な何かがある。

きっと自分が聞いたら引いてしまうくらいの事なのかも知れない。

それでも、シアは言葉を続けようとする。

 

「誰も私を見ていない。テストの、数値の結果だけが大事で、私って存在は・・・。」 「シアさん。」

 

 一路はあえて言葉を遮った。

これ以上は言う必要はないし、言わせてはいけないんだと察したからだ。

そして、自分は今、そんな彼女に"何かを"言わなければならない。

それも今すぐに。

 

「・・・昔の、辛い事ばかりを考えても意味なんて、きっとほとんどないんだよ。」

 

 どの口がそれを言うのか!

自分の口をついて出た言葉に、呆れてしまう。

今、自分はシアに向かってどんな顔をしているのだろうか?

だが、背に腹は変えられない。

今は、目の前の彼女をどうにかするのが最優先。

 

「・・・僕は今、シアさんの目の前にいるよ?ちゃんとシアさんが見えてる。」

 

 目を逸らさずに彼女を見る。

逸らしてしまったら、儚く消えてしまうのではないかというくらい所在なさげな少女。

一路より小さい身長が更に小さく見える。

 

「う~ん・・・なんて言ったらいいのかな・・・。」

 

 適切な言葉が見当たらない。

何を言っても、根拠なく、嘘くさく、更に偽善的になってしまいそうだ。

 

(こういう時は初心に返ろう。)

 

 一路は、自分の立場になって考えてみる事にする。

母が亡くなって、父と二人きりになり、その父も仕事で家を空けがちになった時、自分は周りに何を言ってもらえば、何をしてもらえれば、あんな風にはならなかったのだろうか?

その後の事でもいい。

岡山に行って、柾木家の人々と出会って、どう思っただろう。

こんな風に自分の事を顧みる事を一路はするとは思ってなかった。

それらを踏まえて、一路は自分の現状と照らし合わせて、答えを導き出す。

 

「とりあえず、シアさん?僕と友達になろう?」

 

「は?」

 

 深刻な雰囲気の中で出てきた言葉にシアは拍子抜けというより、きょとんとした後、声を上げて笑い出す。

 

(こんな風に笑うんだ。)

 

 とうとう目に溜まった涙を拭うまで笑ってから。

 

「うん、いいよ。友達になって"アゲル"。」

 

 "あげる"というところがシアらしくて逆に好感が持てたのだが、そこはかとなく何かを感じて、一路はふと後ろを振り向いた。

じっと自分を見て逸らす事のなかった一路の視線がふいに移ったのを見て、シアもその方向に視線を移す。

 

「坊、そこはもちっと、せやなぁ、もっとガバっとちゅぅ~っといってもええんやで?」

 

 テラスに向かって覗き込む影。

NBが窓にひっついていた。

ご丁寧に、片手に黒い小型のハンディカムを持ってだ。

 

「坊も蒼い春やな。もっと乱れてくれるとワシも、グッと・・・。」

 

「来なくていい!コンノォッ!ド変態ッ!!」

 

 ガラリと窓が開き、全身全霊と殺気を籠めたシアの蹴りが、NBの顔ド真ん中を捉える。

 

「ほんげぇぇ-ッ!」

 

 NBの目が一瞬飛び出たかと思うと、作用・反作用ヨロシクとばかりに壁と飛んで行き、そしてそのまま壁にめり込んで止まる。

勿論、持っていたハンディカムは再起不能の粉々だ。

 

(そか、シアさんも生体強化してるのか。)

 

 一路とはいうと、重量がそこそこあるNBを足を痛めずに蹴り飛ばせるシアの脚力を、ただただ感心するばかりだった。

ハンディカムで撮られていたとしても、それは恥ずかしくはあるが、別にやましい事をしているわけじゃないので問題ではないんじゃないかと考えるのが一路である。

寧ろ、こんな破砕音がしても、ベロベロに酔って起きないアイリとリーエルの方にこそ問題あるような気がした。

 

「でも、引っ越す前にシアさんと仲良くなれて良かった。」

 

「は?引っ越したって話は出来るじゃない。後で連絡先教えるわよ。」

 

 興奮のあまり肩で息を整えながら、シアは一路に振り返る。

別に今生の別れでもあるまいし、何を言ってるの?と言いたげなシアに、一路は苦笑する。

 

「ありがとう。」

 

 一路の言葉に、シアは小さく『"どういたしまして。"』と呟いた。

 




次回!蒼い春の暴走編!(本当か?)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63縁:さぁ、蒼い春を駆け抜けよう!

蒼い春のほどばしり編(仮)スタートですw
この流れが終了すると、アカデミー編前半の章は終了となります。



「で、これは何?」

 

 一路は今、暗闇の中にいた。

正確には寮がある建物の横の茂みの中だ。

そこに制服の上下を脱ぎ、黒の全身型のアンダーウェア姿。

普段の白と水色を基調とした制服は、腰の辺りに括りつけている。

このアンダーウェアは生体強化された一路達の動きにも耐えられる構造となっていて、更には宇宙服のアンダーウェアと兼用も可能なのだが、問題の論点はそこではない。

 

「なぁに、ちょっとした行事さ。」

 

 近くの茂み、一路の声の届く範囲からプーの声が返ってくる。

 

「行事?」

 

 余計に意味が解らない。

一路が首を傾げても、周囲にいる友人達には見えないだろう。

 

「早い話、障害物競走でゴザルな。」

 

 今度は照輝の声。

二人共、姿は一路と同じ黒のアンダーウェア姿だ。

 

「学校の外ではね、毎日がお祭り状態なんだ。そりゃあそうだよね、銀河中から人が集まってるんだ、各種族・民族の行事が目白押しってワケさ。」

 

「それに参加するってコト?」

 

 なんとなく一路にも話が呑み込めてきた。

だが、その割に自分達の格好はどうだろう、全身真っ黒で地味過ぎる。

 

「しかし、寮生は基本的に夜間の外出は不可が規則でゴザル。」

 

「でも、ある日、抜け出した生徒が現れて、それまた大事件を起こしてくれちゃったもんだから、アカデミーとしては、生徒が無茶をしない事とセイキュリティーの穴の確認と引き換えにこういうレースを黙認してるのさ。」

 

「アカデミー脱走レースねぇ・・・。」

 

 それはそれでまた問題なような気がしてくるが、あの理事長ならなんでもお祭り的な行事にしかねない。

そういう事で一路はなんとか納得・・・飲み込む事にする。

 

「参加は各々自由。成功すれば成績も上乗せでゴザル。」

 

 成功すれば。と、きたら・・・。

 

「失敗したら?」

 

「規則通り、破った罰を頂戴するって寸法。」

 

 なんというハイリスク・ハイリターン。

だが過去に成功した者もいるという事実に、一路は小さな希望の灯りを見ていた。

但し、その人物が不本意かつ、多大な犠牲の上に抜け出せたという事を一路は知らない。

知れば、こんなレースには参加する事はなかっただろう。

 

「さて、どうする?」

 

「参加は自由でゴザル。」

 

 暗闇の中でも二人が笑っているのが解る。

 

「いいよ、参加するよ。」

 

「意外だな・・・いや、誘っといて何だけど、君は参加しないと思ったよ。」

 

 プーも照輝も、一路のアカデミーに来た理由が並々ならない事を知っている。

だからこそ、誘ってはみたが、強制するつもりは一切なかった。

 

「・・・たまにはいいかなって。それに二人には借りがあるし。」

 

「借り、でゴザルか?はて?」

 

「授業中に助けてもらったし。」

 

 彼等は一路が倒れる度に介抱し、毎回寮の門限ギリギリまで付き合ってくれた。

感謝してもしきれない。

こうやって、恩ばかりが溜まっていくのも、一路にとっては何だか嫌だった。

そのスタンスは地球にいた時から変わらない。

 

「あぁ、そんなのは借りに入らんでゴザルよ。」

 

「うん。考えてみてよ?同期で一緒の船に乗ったら、互いが互いの命綱みたいなもんだ。誰一人欠ける事なく目的を達成して、帰還するのに助け合うのは当然の事だよ。」

 

 宇宙では自分以外の頼るべきものが圧倒的に少ない。

だからこそ、一層の協力が、団結が必要になるのだ。

 

「そっか・・・でも、やるって言ったからにはやるよ。」

 

「良かったでゴザル。拙者達の部屋は元来四人部屋。一路氏を入れてもようやくスリーマンセルでゴザルからなァ。」

 

「え、それだけの理由で?」

 

 ただの人数稼ぎなの?と肩を落としたが、すぐさまプーがそれを否定する。

 

「いや、総合的な判断だよ。生体強化のリハビリの早さ、努力の量、集中力。どれを取っても、君より上はそうはいないだろう。だから、僕達は一路、君と同じチームがいい。」

 

 そう言われて、一路が嬉しく思わないはずがない。

だが、彼等に言わせれば、それは正当なる評価なのだ。

もっと言えば、静竜の訓練、一路に対するそれは途中から度を越していたと言っても過言ではない。

自分を律し、常に努力と精進を怠らないのは、宇宙での基本生活の指針に通ずるモノがある。

一路は、正しくその評価を勝ち取ったに過ぎない。

 

「ありがとう。それで結局どうすればいいの?」

 

 ここでどういう目的で、何が行われるのかは理解出来た。

次はどういう手段・方法を使ってか、という事である。

 

「まずは倉庫に向かう。そこに訓練用の乗り物があるから、それを使って街へ出る。あ、免許は僕が持っているから心配いらない。」

 

 ワウ人は成人年齢が他の種族より低いからこその戦略だ。

 

「ただ乗り物の数は限られているし、邪魔も当然入る。」

 

「規則違反は規則違反だしね。じゃあ、プーが捕まってもリタイヤって事か。」

 

 すぐさま勝利条件と敗北条件を把握した一路に対して、二人も肯定する。

 

「それにしてもプーは詳しいんだね?」

 

「ん?あぁ、チャレンジして成功した人が親戚にいるんでね。」

 

「成程。」

 

 その親戚も例の大事件を起こした側の中にいたのだが・・・。

ここでもっと一路が深く、いや、プーが深く事の顛末を聞いていれば、もしかしたら引き返していたやも知れない。

いや、ここで引かぬ、顧みぬが、正しい蒼い春のスタンスなのかも。

やがて、ごそごそと音がした後、一路の前にプーの手が出てくる。

 

「何?」

 

「敗北条件の追加だ。」

 

「邪魔をしてくる敵から攻撃を受けると、刻印、それも口に出せないような恥ずかしいモノが押されるでゴザル。これがまた何日経っても落ちないんでゴザルなァ。」

 

 つまり、最悪の事態になったら、これで隠せという事らしい。

渡されたのは、すっぽり顔を覆うマスク。

規則違反のリスクは、本当に高そうだと手に取ったマスクを見て一路が覚悟したのは言うまでもなかった。

 




解っている方には解ってますね、例のアレです。
一つのイベントとして成立している設定にしました・・・アリだよね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64縁:走る馬鹿野郎共。

好奇心とか煩悩とかって意外と人が進歩するのに必要だったりするんですけれどね・・・私自身はトマトを世界で一番最初に食べた人の勇気を尊敬します(謎)


 その瞬間はすぐに訪れた。

一路達がいるのとは別の茂みから人影が飛び出したのだ。

それを合図に次から次へと人が動く。

 

「行くでゴザル!」

 

 照輝の声で一路も走り出す。

 

「ある程度は集団にいた方が被弾率は減る!」

 

 集団の速度はかなり速い。

どうやら皆、強化された能力をフルに発揮しちえるようだ。

そしてこの人数。

一年の男子寮生の8割以上はいるのではないだろうか?

 

「なんと言うか・・・男って馬鹿だね。」

 

 そういう自分もその範囲に入っているのだが、声に出さずにはいられない。

 

「ま、男ってそんなもんだ。」

 

「で、ゴザル。」

 

 そうこうするうちに、先頭の集団の方から悲鳴と怒号があがり始める。

 

「来たな・・・。」

 

「何?!」

 

「警備ロボでゴザル。」

 

「どっちに逃げる?」

 

 こうしている間にも悲鳴の声との距離は近づいてくる。

 

「しまった!後ろからも来たでゴザル!」

 

 挟撃。

一番最悪のパターンだ。

道を逸れる事は出来ても、敷地の外に夜間は徒歩で出られない。

かといって、乗り物のある倉庫へのルートを外れても勝算はない。

 

(どうすれば・・・。)

 

 もう万事休すなのか?そう過ぎった時だった。

 

「くおおらぁぁぁぁぁーッ!坊ーッ!よくもこんな面白い事にワシを置いて行きよったなぁぁぁーッ!!」

 

 闇夜を切り裂く怒声。

いや、恨み節。

 

「NBッ!」

 

 声の主の正体を理解した一路は声を上げる。

すると見慣れつつある球体が目からビー・・・ムではなくライトの光を出しながら急速に接近してくる。

 

「坊!漢なら後ろでも横でもなく!前へやでぇッ!」

 

 ひょいっとNBが投げて来た物を咄嗟に掴む一路。

それが何なのかは、握った瞬間に解った。

宇宙に出てから一日たりともそれを持たなかった日はなかった。

使い慣れ、手に馴染みつつある木刀。

今回のイベントの概要を知らなかった一路は、部屋に置いてきてしまっていた。

一路にとっては、それだけで力が湧いてくるマジックアイテム。

 

「プー、照輝、行くよ!」

 

「心得た。」

 

「了解。」

 

 死屍累々のクラスメート達を視界に入れつつ、一路は前に進む。

倒れた者達の身体のアチコチに見るにも言うにも耐えないスタンプが刻まれていた。

 

「成仏するでゴザル。」

 

 照輝が手を合わせると、そこかしこから『俺達の屍を越えてゆけ!』というフレーズが返ってきた。

言っている事はカッコいいのだが、状況はすべからくアレである。

 

「二人共、僕が一振り叩き入れたら、全速力で駆け抜けて!」

 

 どんなに頑丈なロボットでも、狙う部位を間違えず全力で叩けば数秒は止まるだろう。

たかが数秒といっても、強化された肉体ならば数百mは距離を稼げる。

ただ今の身体で全力を出して叩けば、木刀は折れてしまうかも知れない。

こんな事で大切な木刀を折ってしまっては、申し訳が立たないので、多少の手加減はするつもりだった。

数秒間時間を稼げればいいのだから。

ただ、それで止まらなかったら仕方がない、今夜の失敗は土下座して二人に謝ろう。

そんな事を考えているうちに、宙に浮くタコのような球体のロボットが視界に入った。

NBを赤くして複数の足を生やしただけのような気もする。

正直言って、気持ち悪い。

 

「空中に浮いてるなら、叩き落せば!」

 

 紫電一閃!とまではいかない一撃だったが、それは見事に入ったと胸を張って言えるものだった。

少なくともこの一撃は、剣道のセンスがないと全に笑われる事はないだろうと思った。

 

「お見事!」

 

「そぉ~れっ、走れぇ~っ!」

 

 土煙を上げる程の全力ダッシュ。

流石に後方のロボットは振り切れたようだ。

一路達の近くにいた集団も一緒について来ている。

数は三分の一になっているだろうか。

 

「上々だ。」

 

 プーが喜びの声を上げると他の集団の面々も頷き、何やら全体的にもまとまりが出来てきているような気がする。

困難を共に乗り越える戦友ってヤツだろうか。

根幹の出発点は"煩悩"だが。

 

(・・・なんか・・・変だ・・・。)

 

 一路はそう思う。

この奇妙な連帯感の事ではない。

こういう時にこそ、冷静に考えるべきだと。

挟撃を回避、被害はないし大切な木刀も折れてない。

追っ手は後方。

それでも何か得体の知れない、よく解らないものが背中に張り付いているような・・・。

では、これを拭うにはどうしたらいい?

 

「・・・二人共、ちょっとこっち。」

 

 一路はなんとなくプーと照輝の襟を引っ張って集団の後方に沈んでいくと、そこから一本隣、というより5、6m程横合いの道に逸れ完全に集団から離脱する。

 

「どうしたでゴザル?」

 

「プー、こっちの道からも目的地に行ける?」

 

「ん?あぁ、少し遠回りになるけれど大丈夫だよ?」

 

 それを聞いて頷いて、一路はそのまま横道の奥へと歩を進める。

 

「どうかしたのか・・・い?」

 

 仕方なく先頭を進む一路の後を追いかけてプーが声をかけようとした瞬間、遠方で悲鳴が上がった。

 

「成程、待ち伏せか・・・挟撃すらも囮で罠だったってわけか。」

 

 全員をあおの場で討ち取るつもりならば何も挟撃でなくても良かった。

四方を包囲して、その輪を縮めていけばいい。

恐らくあの場で左右に逃げたとしても、伏兵が潜んでいたのだとうとプーは推測する。

 

「人は安心した時に隙や混乱が生まれるでゴザるからなぁ。」

 

 混乱が起きれば起きる程、討ち取る側が有利になるからだ。

 

「挟撃、伏兵、奇襲。あぁ、なんて素晴らしい授業だコト。一路、よく気づいたね?」

 

「へ?あぁ、あれってそういう事だったんだ。」

 

 全く理屈を理解できていないまま、ただ何となくで行動しただけだった。

プーの言葉は、一路の行動理由の後付けでしかない。

 

「勘も運も実力のウチでゴザルよ。」

 

「結果が全てだしね。」

 

 二人は苦笑しながらも、やっぱり一路を誘って良かったと思った。

自分達の人を見る目、評価は正しかったのだと。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65縁:煩悩の逝く先に・・・。

祝日興行也・・・て、やっぱり秋は祝日多いですよね(汗)


「よし、目的地まであと少しだ。」

 

「ねぇ?倉庫がロボットに囲まれているって事はないの?」

 

 伏兵を配しての待ち伏せが可能なら、目的地に大量に配するのが堅い。

 

「あり得る事ではあるでゴザルが、警備ロボの数は決まってるでゴザル。それに乗り物の免許を持つ者がどれ程いるか・・・。」

 

「それに倉庫は広い。無理矢理入って乗り込んじゃえば、あとは突破出来る。」

 

「なんて強引な。」

 

 これは作戦と言えるのか?

甚だ疑問だ。

 

「坊、おかしいで・・・辺りが静か過ぎる。」

 

 ふと、今までこの方無言を通していたNBが突然呟く。

 

「そういえば・・・皆、やられたのか?」

 

 確かに先程までの喧騒が嘘のように静まりかえっている。

 

「ちょい待ち・・・。」

 

 三人を制して、NBが辺りを見回す。

 

「違うな。熱探知に反応がある。」

 

「と、すると・・・。」

 

「皆、機会を伺っているんだ。」

 

 先程までは数があり、開始直後だったから自分達以外の誰がヤラれても関係ない突撃が出来た。

赤信号みんなで渡れば怖くないの法則だ。

何故か妙な団結をした男子の下心は、例え誰かが倒れたとしても、最終的に目的を達成すれば・・・という雰囲気を出していた。

しかし、どうせなら達成するのは自分達のグループが良い。

そう思うのは当然である。

一路だってどうせなら、同室の二人に目的を達成させてやりたいと思う。

 

(ん?そういえば、僕は地球人なんだからお祭り関係ないんじゃ?)

 

 どう考えても地球のお祭りは存在しているわけがない。

他文化のお祭りを体験するのも有意義な事ではあるが、二人に誘われて当日になって目的を述べられても、興味がそれ程あるとは言えなかった。

何より今回参加したのは、あの晩シアに言った通りそういう目的ではない。

 

「さて、どうするか・・・。」

 

 だからプーが作戦を考えようとした時には、既に結論が出ていた。

 

「僕が囮になるよ。別にお祭り自体にそれ程思い入れないし、逃げて逃げて逃げまくって寮に帰っとくよ。」

 

「それじゃあ、面白くないでゴザル。」

 

「そうだよ、折角の"共犯"なんだから、ヤラれても最後まで行こう?」

 

 異を唱える二人に一路は首を振る。

一路的には、二人に異を唱えてもらえただけでもう充分なのだ。

 

(これ以上望んだら、バチが当たるよ、きっと。)

 

 それくらい二人には世話になったと思っている。

別にやられたとしても、命まで取られるわけでもないのだから。

 

「大丈夫。充分楽しかったし、それじゃあ、お土産でも買って来てよ。」

 

 それだけ言うと持っていた木刀に力を籠めて立ち上がる。

 

「じゃ、また明日の朝に。行くよ、NB。」

 

「なっ?!ワシも一緒なんか?!」

 

 まさかそこに自分に含まれてると思わなかったとばかりにNBは驚く。

 

「当然でしょう?僕のサポートロボって言ったじゃない?」

 

「じゃあ、二手に分かれるってコトで。」

 

「この借りはいずれ。」

 

 短い言葉を交わすと、一路は走り出す。

走るというような単純な動作の運動は元々好きだった。

そういえば、先程の木刀の一撃も全力疾走も、生体強化した身体での動作だったという事を思い出す。

 

「んと・・・。」

 

 グッと膝を沈ませ、バネを使って踏み出すとグンッとスピードが上がった。

これならば、視界内に入ったタコ型ロボットを振り切れるかもしれないなと思ったのだが、すぐに振り切ってしまっては、囮の意味がなくなってしまうという事に気づいてスピードを緩める。

要は踏み出す一歩目からの加速で勝負を掴めばいいのだ。

となると何処へ行くのかだが、当然プー達が目指す先の反対方向という事になるだろう。

 

「NB、どっちの方向に行ったら・・・NB?」

 

 ここは名目の通りの働きをしてもらおうとNBの助言を、と声をかけたが一路の周りの何処にも彼の姿はなかった。

 

(何処・・・に?)

 

 見回す範囲を広げてみると、一路に遅れて今から飛び出そうとするプー達の傍でNBが自分に手を振っているではないか!

 

「すまんの、坊。ワシもヲトコなんや、ヲトコにはヲトコの生き様があるんや!」

 

 つまりは、サポートメカとしての本来の自分の存在意義を完全に放棄して、己の欲望の赴くままにプー達について行くという事である。

地球のロボット三原則も真っ青だ。

アジモフ氏に謝れと言いたくなる。

しかし、こうなると一路にはどうしたらいいのか解らない。

闇夜の中、行く先も解らず道なき道を走る事になるだろう。

 

「そんなぁ・・・。」

 

 思わず落胆の声を上げる一路。

だが、囮になると言った手前、最低限その役目を果たさなければならないと思うのが、真面目な一路なのだ。

とりあえず、身を隠す事なくプー達から離れるように走ってゆく。

 

「ひゃぁっ?!」

 

 頬を掠めるように飛んでいくスタンプ弾の特殊インク。

当たりはしないが、風圧を感じる。

時にジグザグ、時にS字、緩急をつけながら、そして近距離に肉薄する個体には、木刀での一撃。

それを繰り返す。

後方で何かの破砕音がするが、確認する暇はない。

 

「はひーっ!」

 

 それくらいギリギリなのだ。

ただ今の音が、プー達が目的を達成した時に生じたものだったらいいなと思わずにはいられなかった。

でないと、正直この状況に晒されている意味がない。

転がるようにして、再び茂みに飛び込むと、後ろを見る事も出来ずに、一路は悲鳴を上げて暗闇の中を逃げ惑うのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66縁:男なんてそんなもんなんです、ホントに。

昔、同級生のMちゃんが『あれ?ここに紫の車が止まってたのにぃ。』と言った時、極度の方向音痴ってそういう認識力なんだと知りました。


 生体強化された身体で駆ける疾走感。

決して一路は力に溺れるようなタイプではなかったが、そこはようやく厨二病から脱出でたか否かの年齢だ。

ある程度の高揚感といったものを持ってしまうのは仕方のない事だろう。

足の親指のからその付け根までの範囲をつかって踏み込んだ時の加速感が事の外楽しく、グンッグンッと速度が上がるのを楽しんでいた。

 

(景色がどんどん変わる・・・凄い。)

 

 どちらかというと、力そのものではなくそれに付随して起こる現象、それも些細な事の方が楽しく感動するようだった。

このまま何処までも駆けて行きたい。

そんな想いを胸に過ぎらせながら、森を駆ける。

 

「キサマ!こんな騒動を起こして許されると思っているのか!ましてこの先はじょぶぎゅッ!!」

 

 

(ん?今、一瞬何か声がしたような・・・。)

 

 何かが膝に触れる感触が微かにあって、一瞬ピンク色の何かが一路の視界の端に見えたような、見えなかったような気がしたが、加速し続ける一路にはそれが何なのか解らなかった。

それに例え人の声だったとしても、今の速度ではドップラー効果ヨロシク、流れて消えていってしまう。

と、森の終わりが見えてきた。

徐々に速度を落とすと森を抜ける。

外灯はないが、建物の前に出た。

地面が舗装されているところを見ると、どうやら敷地内らしい。

だが、移動する前から現在位置が解らない一路には、当然今の現在位置も解るはずがない。

NBがいればあるいは、そこはある意味、自分の見通しの甘さを呪うしかない。

 

「ふぅ。」

 

 一息ついて建物の外壁に背を預ける。

警備ロボットはどうやら巻けたようで、そのままずるずると背を預けたまま尻餅をついてペタリと座り込む。

強化されたとて、疲れるものは疲れるのだ。

問題はどうやって帰宅するかという事だが、それよりも今は呼吸を整える事に専念する。

 

「・・・少しは役に立てたかなぁ。」

 

 思わず声に出た。

一路は自分が誰かの役に立つ、求められる自分の姿が想像出来ない。

だからこそ、力をつけたいという現在の願望は強い。

生体強化はその際たるモノだろう。

自分の努力・訓練で得た力ではない事だけが引っかかったが、これならば今度は灯華のナイフを刺されずに掴む事が出来るかも知れないと考えて、ちょっとセンチメンタル。

 

「で、ここで何してるワケ?」

 

「ほぇ?」

 

 思わず出た間抜けな声とともに、一路が顔を上げると・・・。

 

「え、エマリー?」

 

 艦の発着場で別れた以来の顔がそこにあった。

開いた窓辺の淵に頬杖をついて、ジト目で一路を見下ろしている。

 

「最初からエロいと思ってたけど・・・。」

 

「い゛っ?!いや、いやいや、違う違うって!て、何でエマリーがここにいるの?」

 

 あらぬ疑いをかけられそうになって慌てて両手を振って弁明する一路だが、その様子がますます嫌疑を深めてしまうという事に気づいていない。

 

「はぁ・・・そんなコト言うヤツが、するわけないか・・・。」

 

(夜這いなんてね。)

 

 続く言葉を胸の内に秘め、溜め息をつく。

 

「ここにいて当たり前でしょ?ここ、女子寮よ?」

 

「え?」

 

 どうやらかなりの距離を走ってしまったらしいと気づく。

といっても、以前エマリーから聞いた男子寮と女子寮が離れているという話からそう思っただけで、依然として自分の現在位置が判明したワケではない。

 

(あれ?そういえば、さっき、じょ、なんとかって聞こえたような・・・?)

 

 空耳かと思った声。

それって女子寮って意味?と首を傾げる一路だが、そう考えるとさっきのはやはり人だったという事になるわけで・・・と、そこで怖くなったので、一路はこれ以上考えるのを止めた。

 

「あぁ、うん、すぐ帰るよ、帰るけど・・・帰り道ってどっち?」

 

「はぁ?」

 

 完全に呆れた声を上げるエマリー。

この年齢で迷子というのは、確かに情けない。

恥ずかしさで顔を赤らめる一路。

 

(もぅ、そんな顔されたら怒れなくなるじゃない。)

 

「大体なんでこんな所にまで来たの?」

 

 エマリーのその口調は、母親が子にする説教のソレと変わらないものだった。

一路としても、その件に関しては男のアホさ加減としか言いようがないが、隠す必要も嘘をつくという事も考えなかった。

 

「それが・・・実は・・・。」

 

 何より、これ以上彼女に、周囲に、自分の事で嘘を重ねる事は良心が痛む。

こういう場面に出くわすと、それすらも言ってラクになりたい葛藤に常にさい悩まされるのだが。

とくにかく不純な動機に始まり、現在に至るまでを洗いざらいエマリーに告げる。

 

「ほんっっとっ、どーしようもない!」

 

 断言されてしまう。

こういう事態は、彼女の性格をして予想の範囲内だったが、必要以上に扱き下ろされなかっただけでもほっと胸を撫で下ろした。

 

「全く、どうしてそぅ後先考えないかなぁ、男子って。」

 

「面目ない。」

 

 非があるのは、自分の方なので一路には謝る以外ない。

 

「ん?」

 

 ひたすら謝り倒そうと決めた一路の耳に独特の音が飛び込んで来た。

その音はエマリーにも聞こえたようで、彼女の表情も険しいものに変わる。

 

「警備ロボの巡回だわ。」

 

「えっ?!どうしよう、急いで逃げなきゃ。」

 

 再び路頭に迷った顔をする一路を見ると、エマリーは数秒熟考した後、一路に手を伸ばす。

自分も案外どうしようもないかも知れないと思いながら。

 

「中に入って!早く!」

 

 深夜に男子の手を取って窓から中へ手引きする女子。

どう考えてもアレである。

この場面だけを切り取ったら、言い逃れも出来ないだろう。

しかし、そのまま放置しておく方が何故だか後味が悪い。

理由はエマリーにも解らないが、そうなのである。

 

「え、で、でもっ。」 「いいから!四の五の言わない!」

 

 戸惑う一路にエマリーは恥ずかしさを憤慨に隠しながら、一路の手を取って問答無用に窓へと引き上げる。

エマリーも生体強化しているので、一路を引き上げる力は強い。

 

(えぇいっ!)

 

 それはどちらの決意の声だったのか、一路の身体は宙に浮き窓の向こう側へと消える・・・。

 

 

 




因みに私は迷子になっても、迷いまくってるウチに目的地につくという能力があります。
あぁ、Mちゃんの弟さんは中学1年の夏休みの間に学校へと至る道を忘れて始業式の日に遅刻した事があります。
家系なんですネ、つづく(ぇっ?!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67縁:乙女の園へダイレクトアタック!

「痛たぁ~。」

 

 互いに部屋の中へという事しか考えていなかったせいもあり、二人はもんどりうつようにして室内に転がっていくのだが・・・もう説明はいらないだろう。

所謂、"二度ある事は三度ある"だ。

 

「もぅ、スケベ!」

 

 あぁ、また殴られるんだな、そういう学習だけは一路にも出来た。

以前の時と違って、生体強化した一路も今回は拳の軌道が見える。

だが、ここで避けてしまっては火に油を注ぐだろう事は目に見えている。

一度ならず二度までも。

仏の顔は三度までだが、乙女にはそんな余裕などあるはずがない。

甘んじてそれを受け入れようと覚悟を決める。

なぁに、今度は自分も生体強化をしたのだ、気絶する事なく耐えられるだろう。

 

(あれ?そういえば・・・。)

 

 そこで一路の顔面に拳がヒットする。

幸い顔の横からだったので、鼻血を噴き出す事はなかったが、それでも悶絶しながら部屋の壁に激突するまで転がっていった。

しかし、予想の通り意識まで持っていかれる事はない。

・・・少し、奥歯がグラついている気もしたが。

 

「・・・な、何よ、気持ち悪い。」

 

 殴られた一路が笑顔を浮かべて起き上がったのだ。

殴られても嬉々として起き上がる様はエマリーの指摘した通り気持ち悪い。

それは(そういう)側なのかと勘ぐりたくなる程だ。

 

「いや、生体強化しても気絶しただけだったなって。」

 

 そして、今回はダメージを受けただけ。

同じ力で殴ったとしても、生体強化前と強化後とでのダメージの差が少な過ぎる。

という事は、元から加えられた力が違うという事だ。

 

「ちゃんと力加減してくれてるんだね。」

 

 前の時も、今回も怒って思わず殴ったにも関わらず、手加減されている。

そこにエマリーの優しさと分別を感じたのでった。

 

(でも、殴られてはするんだけど。)

 

 そこは自分が原因なので、否は言えない。

 

「本当は殴り殺された文句は言えないんだからねっ。」

 

「うん、仰る通りです。」

 

 乙女の肌は真珠の肌、宝石と思え。

少し言い過ぎな感はあるが、流石に二回目となるとぐぅの音も出ない。

しかし、一路の素直な反省の態度も、エマリーにしてみれば拍子抜けというか、あっさり過ぎるようにも感じられる。

だが同級生の胸をあんな風にするというのは、エマリーにとっても、いや、事、アカデミーという場所においては、重要な意味を持つのである。

科学が魂の領域に触れても尚、オカルトめいたモノは存在するのだ。

 

「もしかして・・・ワザとやってる・・・の?」

 

 特にエマリーは自分の生まれ育った環境のせいで、幼い時に聞かされていて身近にある分、ソレを信じ易い傾向にあった。

 

「はひ?ワザと?」

 

 何でそんな自殺行為を自らやらねばならないのだろう?というより犯罪だと思うのは一路の側だ。

地球の法律とそこは相違ないという点も既に学習済みである。

 

「だって・・・あなたアタシをおヨメっ。」 「誰か来る!」

 

 闇夜の中を逃げ惑う事で神経が過敏になっているのだろう、一路は部屋に来る人間の気配を的確に察知していた。

 

「あーっ!もうっ、次から次へと!」

 

 何で自分がこんなメに。

その憤りを以って、エマリーは一路の首根っこを引っ掴むと、近くにあったベッドの布団を開き、力任せにそこに放り込む。

 

「ぶべっ。もう、乱暴だぐげぇっ。」

 

「つべこべ言わず詰める!」

 

 抗議の声を一路が上げようとしたのも束の間、今度はエマリーがショルダーアタックで飛び込んで来たのだ。

これでも気絶しないのだから、自分は本当に生体強化されたんだなぁと痛みを堪えながら、端に詰める。

なんとか二人が一緒の布団におさまると同時に、一路が感じていた気配が室内に入って来た。

 

「あれ?エマ、布団に入るの早いね。」

 

「疲れた?大丈夫?」

 

 入って来た人数は二人。

そういえば男子も基本三人一部屋、或いは四人一部屋だという事を一路は思い出す。

 

(女子も同じなのかな?)

 

 ではルームメイトだろうか?

そんな事を考えながら、一路は身じろぎもせず、ただ聞き耳だけを立てた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68縁:誰が悪いかと突き詰めれば・・・。

(そういえば、さっき何て言おうとしたんだろ?)

 

 身体は動かす事が出来ないので、思考だけが唯一の気を紛らわせる手段だった。

 

(おヨ・・・ネ?)

 

 よく解らないが、彼の脳裏に浮かんできたのは、田舎のおばあちゃんのイメージだった。

う~ん、惜しい。

しかし、それでは前述の"アタシ"という言葉に係らないという事に気づく。

となると・・・。

 

(アタシ・・・オトメ?)

 

 ダメだコリャ。

 

(う~ん・・・でも、乙女の胸を2回もってのは、正直許されるハナシじゃないしなぁ・・・。)

 

「それにしても、外うるさいね、何なのアレ?」

 

「あ、知らないんだ。なか、男子寮恒例の脱走イベントらしい。」

 

「大脱走、荒野に走れ。」

 

 会話が始まったようなので、今度はそちらに思考と意識を向ける。

顔は見えないが、一人はエマリーよりも低めのゆったりとした声音だ。

もう一人は抑揚のない高めの声。

 

「な、なんかB級映画みたい、それ。でも、男子ってほんっと、どーしよーもないんだから。」

 

(いや、うん、反論のしようもないです。)

 

 エマリーの言葉は、友人達との会話であるのだが、どう考えても一路に向けられているようにしか思えない。

 

「仕方ないよ、男子はエロに生きる生き物だから。」

 

 溜め息をつかれながら断言されてしまうと、少し泣きたくなってくる。

しかし、ここで声を出すわけにはいかない。

 

「男子と言えば、例のエロ少年はどうした?」

 

(例の?)

 

「例のって?」

 

 一路が思った事と全く同じ事をエマリーが問い返してくれたので、興味津々で聞き耳を立てる。

 

「エマの胸を揉んだエロ少年。」

 

(なっ?!)

 

 僕はエロじゃない!と大声で叫びたかったが、それも出来ないし、何より突っ込む点はそこではなかった。

寧ろ、その出来事をエマリーが周りの人間に言っているという点が問題なのである。

 

「どうもこうも、何の連絡もないわよ。全く、いくら合同授業がないからって、連絡の一つくらい寄越したってバチは当たらないわよね。」

 

 確かにそんな話は宇宙船内でした覚えはある。

しかし、一路だって今の今まで寮ではなく、リーエルと一緒に暮らしていたし、その日々は訓練づけだったのだ。

更に専用の端末だって持ってはいなかった。

NBが来てからは、彼を通してかろうじて通信する事は可能だったが、そうすると何故だかやたらと通販サイトらしきものを勧めるので、遠慮していたのだ。

 

「そう。困ったちゃんね。エマはこんなにもトキメキながら待っているのに。」

 

「トキメいてないっ!」

 

(ごめんね、エマリー。)

 

 まさか、そんなにも自分からの連絡を待っていたなんて、悪い事をしたなぁと単純に一路は思っているのだが、勿論、彼女達の言っている事はそういう意味以外も含んでいる。

 

「伝説の幕開け。」

 

「やめてよ!」

 

(ん?どんな伝説だよ、ソレ・・・。)

 

 きっとロクなもんじゃないだろうと直感する。

なんとういか、ばっさりと言ってしまうと、NBが日頃発言している内容と非常に酷似している気がしたのだが・・・。

 

「大体、そんなの迷信でしょ?!」

 

「いや、成功者はほぼ100%・・・らしい。」

 

「ひゃっ・・・で、でも、そんなの自己申告なんだから、当然じゃない!」

 

「楽しみ、楽しみ、くひひひひっ。」

 

「もうやめてってば!」

 

「しかし、それとは別に、会ってみたいものね、彼に。」

 

 彼というのは当然、自分の事なのだろうと暗闇の中で察する。

しかし、エマリーのこの拒絶反応というか、慌てぶりは何なのだろうかと首を傾げそうになるのを、今は布団の中だと思い出してかろうじて堪える。

 

「ワタシは伝説の真偽が気になる。」

 

「確かに。この星に入学しに来て初めて会った女性の胸を揉むかキスをすると結ばれる・・・て、何でキスか胸の2択なのかしら?」

 

(な゛っ?!うぶっ?!) 「ひゃっ?!」

 

 衝撃的なフレーズに一路は思わず身体が大きく動いてしまった。

そのまま顔を押し出す格好で、何やら絶妙な感触に阻まれたのだが・・・。

 

「どした?」

 

「ううん、何でも・・・。(ど、何処に触ってんのよ?!)」

 

 一路が正面衝突した先・・・。

 

(ふ、ふがっ!)

 

(ばっ、馬鹿!ダメだって、呼吸すんな!)

 

 それは突き出されたエマリーの・・・お尻だった。

 

(お、おヨメって・・・お嫁さんてコトォッ?!)

 

 衝撃的な展開。

これを衝撃的と言わずして、何が衝撃的だというのだ。

この後、エマリーが何とか二人の友人を部屋の外のに誘導する事に成功して、一路を正座させ説教をし、そこでようやく一路は解放された。

但し。

 

「さっきの会話は120%忘れなさい。いい?」

 

 有無を言わせぬ圧力をかけながら、エマリーに念を押された。

念を押されれば押される程、記憶に残るであろう事は互いに気づかずに。

ちなみに、一路がこの伝説の発端についての真相を知るのは、もっとずっとずっと後のお話。

 

 




昔からの天地無用を知っている人には懐かしい、どんなに各種○○版を入れようとも、このスタンスは崩しませんよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69縁:ナナメ45度と生体強化。

「諸君は実に優秀である!」

 

 生徒達は首を丁度45度に傾げながら、教師である男の話を聞いていた。

何故か?

 

「よって、基礎体力を養う期間は終わった!雛鳥というものは何時か必ず飛び立たねばならんのだ!」

 

 それは、彼等の前で大仰に頷いているピンク頭、天南 静竜が首にコルセットを巻いて斜めに傾げた状態だったからだ。

 

「なぁ、先生、なんであんななんだ?」

 

「さぁ?」

 

 その場にいた誰もが思っている疑問を口にするプーに照輝は答える事は出来ない。

だが、一路には嫌な予感があった。

 

「人は何時、危機的状況に晒されるか解らん!しかし、そんな時こそ、こういった訓練が身についている事が重要なのである。」

 

 もっともらしい事を胸を張って述べられても、現在の静竜の状態を見てしまった後では説得力もなる。

 

「昨夜も女子寮に侵入しようとしていた不貞の輩と相対したが、日頃の訓練のお陰でこうして無事でいる。諸君等も日々の鍛錬を軽く見る事がないように!」

 

(やっぱり・・・。)

 

 一路は空耳だと思っていた昨夜の出来事を思い出していた。

あれは決して空耳などではなく・・・。

 

「しかし、天南特例のある先生の首をあんなにしてしまうとは・・・いやはや、世の中には強者が多いでゴザルな。」

 

「天南特例?」

 

「あぁ、君は知らないか。まぁ、先生は色々と規格外で・・・うん、回復力も身体のナノマシンのせいで、生体強化された人間の何十倍って寸法。」

 

「それをして一晩かけても治らぬダメージを与えるとは・・・。」

 

「そ、そうなの?」

 

 激突した時の鈍い音、速度から考えてダメージを与えた箇所があれで済むとは確かに思えない。

ゴクリと喉を鳴らす。

 

「普通の人間なら、完全に骨折して即死だね。」

 

「それを捻挫レベルとは、いやはや。」

 

 生体強化というものの凄さに一路は改めて驚き、そしてマジマジと静竜の姿を見る。

ちなみに照輝もプーも先日の大脱走(?)を成功させたせいか、笑顔満点なうえに一路との友情も一層深まっていた。

一致団結ならぬ、エッチ団結。

 

「・・・天南先生くらいにならないとダメなのかなぁ・・・。」

 

 宇宙に出て、自分の生きたい、成したい事をなして生活していく為には、そのくらいのレベルでなければならないのだろうかという・・・そう、一路の完全な勘違いだ。

 

「「ナイナイ。」でゴザル。」

 

 当然の如く、一路の言葉を二人は全否定する。

 

「あ、あのね、さっきも言ったろう?あれは特例。ト・ク・レ・イ。」

 

「寧ろ、珍獣レベルのド変態でゴザル。」

 

 確かに二人共、天南の強さは認めているが、一路にはあぁなって欲しくはない。

というより、アレになるには相当アレでないと・・・しかし、純粋な一路ならば突っ走ってしまいそうで怖い。

 

「くぉらぁっ!聞いとるのか、そこの三人!」

 

 静竜の怒鳴り声に三人共周りを見ると、他の生徒が四列に分かれていた。

喋っていたせいで、静竜の支持を聞き逃してしまったようだ。

 

「宇宙ではそういう油断が死を招くと今言ったばかりではないか!」

 

「す、すみませんっ!」

 

 全く以ってその通りなので、一路と同様に他の二人も頭を下げる。

 

「いいか!もう一度言う。次回からの実戦形式の訓練の為に組み分けをする。各々、自分の生体強化レベルごとに分かれろ!」

 

 どうやら左から1~4までのレベルに分かれているらしい。

ちなみに一番両脇の人数が少ない。

同じレベルでも、個体の戦闘力差はあるが、当面の目安のようだ。

一路もそれにならって・・・。

 

(確か、レベル2とかなんとか・・・。)

 

『一路クンは出身が出身だkら、レベル2相当くらいで丁度いいんじゃないかしら?』

 

 リーエルやアイリがそう言っていたのを思い出した。

普通なら、精神や肉体が耐えられる範囲での高レベルを求めるモノなのだが、一路は逆にこの言葉にほっとしていたのだ。

シアにも説教されはしたが、やはり自分で努力して手に入れた力じゃないというのが引っ掛かってしまう。

こればかりは価値観の問題で、十六年間も地球に住んでいた一路にはなかなかどうして簡単に変えられるものではなかった。

と、まぁ、そんなこんなで一路は左から二列目、レベル2の集団の後ろへ移動する。

ふと友人達を見ると、プーは一路の後をついて来た。

 

「意外だな、君はもっと上だと思ってたんだけど?」

 

「こんなもんだって。」

 

 プーの自分に対する評価が高いのは嬉しいが、過大評価されても困る。

そう、自分はまだまだこんなものなのだ。

 

(あれ?照輝は・・・?)

 

 もう一人の友人は何処へ?

見回してみると、照輝は列の端にいた。

しかも端は端でも右端、レベル4の列だ。

列といっても、照輝の他には4,5人しかしない。

 

「ん?あ、照輝は特別だよ。しかし、照輝の他は皆、樹雷出身者か・・・。」

 

「樹雷?あれが・・・。」

 

「ま、樹雷出身が何だって話なんだけれどね。ここはアカデミー。自分達が宇宙の中心だとふんぞり返れる場所でもない。」

 

 プーの物言いには棘が含まれているのが解る。

そんなに樹雷の星の人間はヤなヤツが多いのだろうかと一路は首を傾げたのだったが・・・。

 

(あれ?でも、阿重霞さんは樹雷の皇族だって・・・。)

 

 一路の中の阿重霞は折り目正しい女性だった。

彼女の妹の砂沙美も非常に愛くるしい女の子で・・・。

 

「う~ん・・・。」

 

 一体どちらが本当なのやら。

 

「檜山・A・一路。キサマは何をしている。ちゃんと私が言った通りに分かれんか!キサマはこっちだ!」

 

「え?あ、ちょっと?!」

 

 再び静竜の怒声が鳴り響き、一路の腕が引っ張られる。

そのままズルズルと、レベル4の集団に放り込まれた。

 

「え?先生、でも、僕は・・・。」

 

「さ、授業を続けるぞ。」

 

 静竜は一路の言葉に聞く耳を持たない。

 

「やはり、流石は一路氏と言ったとこでゴザルな。」

 

 そう笑顔で声をかけてくる照輝に何を応えたらいいのか、ほとほと困り果てた一路だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70縁:姦しさの中心は。

「エマ?何をしてるの?」

 

「え?あ、いや、その・・・。」

 

 何も悪い事をしているわけじゃないのだが、人間、唐突に声をかけられるとこうなるという例に漏れず、エマリーは酷く狼狽してしまった。

 

「ん~?どれどれ~?」

 

 自分の背後からひょいと覗き込む小さな友人、黄両(コウリャン)を振り払おうとするも・・・。

 

「あー、男子の授業見てたんだぁ。で、どのコがお目当てなのー?」

 

 陽に透けると銀に見えるグレイアッシュの髪の少女の明け透けな物言いに少し辟易とする。

 

「あのね・・・。」

 

 彼女の種族的特徴とも言えるとんがった耳をピコピコと動かして興味津々なのも、言葉を返しづらい。

 

「もしかして、例の子コ?」

 

 呆れるエマリーをよそに彼女の脇に立ったのは、彼女の身長をゆうに20cmは越えるだろう長身の女性だった。

スレンダーなモデル体型に褐色の肌、同じように長く腰まであるターコイズブルーの髪が揺れている。

 

「あ、一人、ヤラれた。」

 

「えっ?!どこどこ?」

 

 何とか弁明をしようとしていたエマリーだったが長身の友人、アウラの言葉に思わず男子の集団を見てしまう。

 

「「一路!」」

 

 弁明しようと思ったにも関わらず、地に両手・両膝をついている一路の姿に思わず声を上げてしまう。

が、その声は自分の声以外も含まれていた。

 

「「え?」」

 

 次の声もハモらせながら、驚愕に声の方を向くと、同じように驚いた小さな少女と目が合う。

 

「あら、他にも一路クン目当てのコがいるのね。一路クンってばヤルゥ。」

 

 その傍にワウ人の女性が一人。

こちらも黄両と同じように耳をピコピコと小刻みに動いていた。

勿論、そのワウ人というのはリーエルだ。

 

「別にアイツのコトなんか!」

 

「とかなんとか言って、心配にしてるクセに♪」

 

「くっ!」

 

 そして、リーエルに喰ってかかってるのはシアだ。

エマリーは二人の女性が一路とどうういう関係なのかは知らない。

辛うじて、リーエルが着ている制服の色で、刑事でも教師でもなく事務系統の職務についている職員であると解る程度である。

 

「はいはい。私を見るより一路クンを見ましょうね?"二人共"。」

 

 その言葉に自分も含まれている事は解った。

彼女の言う通り、今は倒された一路の方が重要だ。

 

「へぇ、あれがエマの・・・。」

 

 面白そうに額手をかざして、わざとらしく眺める黄両が憎たらしい。

 

「う~ん、見た目はそんなイケメンって程じゃないけど・・・アウラはどう思う?」

 

「・・・・・・可愛い。」

 

「え゛?!」

 

 余計なお世話だとエマリーが憤慨しようとした矢先、ぽつりと呟かれた言葉に、その場の誰もが目を見張る。

 

「いやいや、アウラ?どの辺が?」

 

(確かに一路は田舎者でカッコイイ方とは言い切れないけど・・・。)

 

「・・・抱きしめたくなる。」

 

 どの辺りという説明を求めたにも関わらず、言葉が多分に抜けてしまうのが無口の友人の悪いところだ。

逆に黄両は言葉が多い。

 

「まァ、抱きごこちは悪くないですねェ。今度試してみますか?」

 

「そういう話じゃないでしょ・・・。」

 

 唯一、一路を抱き枕にした事があるリーエルの素直な感想にシアは呆れる。

突っ込んだシア自身、一路は見ていて危なっかしいので母性本能をくすぐられてしまうという認識があるにはある。

アウラが言ったように、時々抱きしめたいとまではいかないが、頭を撫でたいくらいにはなるし。

 

「だって、彼、立ち上がるもの。」

 

 グラウンドをアウラが指さす。

その先に誘われて視線を動かすと、確かにフラフラと立ち上がる一路の姿が見えた。

 

「きっと、彼、"これからも"何度だって立ち上がるわ。」

 

 猪突猛進、無謀と言ったらそれまでだが、アウラはそういう事を言っているのではなく、困難な事に何度だって立ち向かう一路の愚直なまでの真っ直ぐさを指していた。

 

「全く、あのバカ。」

 

 だからこそ周りは放っておけない。

 

「れれ?何か揉めてない?」

 

 一路が相手に何かを言っている。

それに対して、相手は意に介さず、取り巻きと一緒にすたすたとグラウンドを後にするのを一路が追いかけ始めたのだ。

 

「シアちゃん、行きますよ。」

 

 一路の姿が校舎の影に入って行くのを確認すると、リーエルがシアを促す。

グラウンドから出れば授業中で手を出す事が出来なかった現状が変わるからだ。

 

「あの頑固さが出てる時の一路クンは危ういわ。」

 

 これでもリーエルは一路がここに来て、一、二を争う程一緒にいた相手だ。

まがりなりにも初期教育の担当官でもある。

その分、他の者達よりも一路の性情を把握しているつもりだ。

その経験がそう告げている。

 

「ホントにバカなんだから?!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71縁:交流を持つ意義。

祝日興行也。
だから、秋は祝日多いっての!


(顔が笑ってない。)

 

『君が鳴り物入りで来た檜山君か。かなみつ出身の人間なのに素晴らしいね。』

 

 レベル4の列に入った一路に親しげに話しかけてきた人間に、一路が抱いた感想は"警戒すべき人間"だった。

初対面の人間が自分の名や、設定上の出身を知っている時点で充分に怪しい。

"鳴り物入り"と言うからには、入星する時の審査か、自分の推薦者の事を知っているかも知れない。

 

『あぁ、すまないね、僕はアマギ・サキョウという。』

 

 アマギ・・・その名に一瞬考えを巡らす。

 

『この者達は樹雷から僕と共に来た人間だ。』

 

 樹雷のアマギ。

そんなわけはないと考えを振り払う。

藍色のおかっぱ頭に細い目、そして張り付いたような笑み。

正直、"樹雷の人間"という点を踏まえてもお近づきにはなりたくないと思った。

 

『田舎のかなみつとはいえ、君も樹雷の息がかかった者である事には変わりない。どうかな、親交を深める意味でもいずれささやかな宴でも?』

 

 どういう意図があるのだろう?

一路は慎重に相手の顔色を探る。

 

(つまり、自分のグループに入れって事?)

 

 プーの言っていた言葉を思い出す。

レベル4にいる人間は、自分と照輝以外は樹雷の人間だと。

つまりは青田刈りみたいなものではないだろうか?

しかし、それだったら自分ともう一人、照輝にも声をかけてくるはずで・・・。

 

(樹雷・・・樹雷・・・。)

 

 自分のみが誘われるような自分と樹雷のつながり、かなみつ以外で・・・。

 

(柾木・阿重霞・樹雷・・・か・・・。)

 

 ほら、やっぱり仲良くなれそうにない・・・かも知れない。

 

『すみません。自分は田舎者なので、他の方と違うカリキュラムが追加されていまして・・・その、無作法者ですし・・・。』

 

 だからといって、はなから敵対するような事もない。

一路の性格と日本人的観念がそう結論づける。

 

『ふむ。』

 

 しかし、この考えを改めざるを得なくなったのは、このすぐ後だった。

組み分けの顔合わせを兼ねて組手が行われるまでの。

先程、日本人的観念という単語が出たが、一路と同じ年代の少年はおよそ武道というものに縁がない。

自ら習い事等でやらない限りは、義務教育の段階で齧る程度である。

当然、一路も同じで、以前、全にダメ出しされた剣道のみで、今回の様に徒手空拳などもやった事もない。

つまり、フルボッコである。

 

(生体強化したからって調子に乗ってたなぁ・・・。)

 

 やはり、自分の努力で得たものではないのは良くないなと素直に自省した・・・までは良かった。

翌日からもっと訓練メニューを考えなければと思うくらいで。

 

「かなみつの田舎者とすれば、こんなものか。」

 

 そう地に這った自分を見下ろすサキョウの声も確かにその通りだと反論もない。

実際には、一路の相手は彼の隣にいた付き人のような人物がしたのだが。

 

「"獣臭いワウ人"と"流浪の猪武者"と一緒にいては程度も知れよう。」

 

「待て!」

 

 捨て台詞を吐いて去ろうとするサキョウに叫ぶ。

一路自身、何故だか解らないが自然と足に力が入った。

あのまま倒れていれば楽だったはずなのに。

それでも立ち上がる。

何かが自分を立ち上がらせる。

 

「今、何て、言った・・・。」

 

 足はブルブルと震えていたが、意志力で捻じ伏せる。

その衝動が何というのか持て余し気味に、去って行く集団を追いかける。

 

「今、言った事を取り消してください!」

 

 目くじらを立てる程の事かといえば解らないが、それが怒りであるという事は一路には解らない。

いや、一路にもそういう類いの感情はある。

だが、こういう攻撃的な怒りの種類は、今の今まで持ち合わせてはいなかった。

 

「何の事だ?」

 

 返す眼前の相手は、不思議そうな顔をしていた。

だが、一路は知っている。

こういう人間が、何時も平気で人を傷つけるのだと。

 

「僕がどうしようもなく弱いのは、その通りだと思うけれど・・・僕の"友達"までどうこう言う資格はあなたにはない!」

 

 そこで自分の事を棚に上げてしまう一路は、ある意味で冷静に分析出来ているのかも知れない。

ただ、一路は少々頭に血が昇り過ぎていた・・・サキョウに手を伸ばそうとした自分の背後に立つ影に気づかない程。

 

「仮に、だ。それを撤回しようと、何をどう思おうと勝手だと思うのだが?」

 

 グキッと音がして、一路は地面に叩き伏せられていた。

 

「ぐぁっ。」

 

 腕をギリギリと締め上げられ、背に何者かの膝が乗せられる。

 

「そ、それでもだ!」

 

 自分でもなんて頑固だとうとは思う。

聞いたのは自分だけで、別段友人の二人が直接傷ついたわけでもない。

でも、こんな弱っちぃ自分と友達付き合いしてくれる、その二人を、しかも良く知らないであろう輩に貶された事が我慢ならなかった。

一路だって目の前のサキョウと良い交流を成そう、その努力はしようと、人付き合いというのはそういうものだと思っていた。

だが、この人間はそういう姿勢すら持とうとはせず、そして切り捨てたのだ。

 

「そんなに熱くなることか?腕が折れてしまうよ?」

 

 その一言が最後だった。

最近の若者はキレやすいという話を、事あるごとに地球では耳にするが、まさかそれが自分自身の中にもあるとは一路は思わなかった。

一路にとってはあくまでも、きっと多分これがそうなんだろうなぁと感じたくらい。

だがしかし、紛れもなく一路はキレていた。

 

 ゴキリ。

 

 鈍い音が肩から鳴って、腕に力が入らない事なんかどうでもいい。

音に驚いて、自分を押さえている力が一瞬弱まった事の方が重要だった。

拘束を振り払い、立ち上がり、地を蹴り、そして相手の胸ぐらを掴もうとする。

 

「知った事か!取りけっ・・・。」

 

 一路の手が空を切る。

手は届かず、自分の顔面から先程とは違った鈍い音が聞こえると、意識を失う寸前、もう一人の付き人のような生徒が、自分の顔面を掌底で殴打したのだと理解して、そして一路は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72縁:知己を得る。

(何だろう・・・また見知らぬ天井だ・・・。)

 

 何度目だろう、こんな事態に遭遇するのはと、ぼんやり考える。

 

「肩は脱臼、鼻骨は折れてる。一体、何の授業をしてたんだい?」

 

 誰かの呆れた声が聞こえたが、それが誰だかは解らない。

ただ内容はきっと自分の容体を指しているのだろう事は、一路にも理解出来た。

 

(結局、何一つ通せなかったな・・・。)

 

 暴力で解決しようとは一切思わなかったが、恐らくそれすらも通用しなかっただろう自分の弱さ、貫き通す意志の弱さに悔しくて涙が出そうだった。

 

「お、坊、目ぇ覚めたか?」

 

 細長い足をカシャカシャ鳴らしてNBが一路の寝ているベッドの脇にある椅子に器用に登る。

 

「ここは病院、坊はブッ倒れとって担ぎ込まれたんや。んで、ブッ倒れる前の記憶はあるか?」

 

 あんだーすたん?とNBは一路が求める前に、簡潔な説明をしてくれた。

 

「あ、うん・・・大丈夫。」

 

「あのな、坊?」

 

 そう語りかけようとしたNBは、一路の表情を見て頬を掻き(何処までが頬なのか解らないが)言葉を切る。

 

「まぁ、えぇわ、ワシの話は。また機会があったらするさかいに。」

 

 そのまま気だるげに椅子からひょいと飛び降りると、ベッドを仕切っていたカーテンの向こう側に出てゆく。

 

「坊、目ぇ覚ましよったで。意識もしかりしとるわ。」

 

 一体誰と話しているのだろう?と思う間にぞろぞろと人が入って来る。

プーに照輝、リーエルにシアにエマリー・・・と、一路の見知らぬ二人。

 

「アンタ、馬鹿?!」

 

「いい加減、大人になりなさいよ、イイトシなんだから。」

 

 矢継ぎ早にエマリーとシアからコンボのように罵倒された。

 

「いや・・・うん、ごめん。」

 

 思った以上に二人の言葉が堪えて、一路も苦笑しながら謝る。

 

「何かあったのかい?」

 

 早速、核心をついてきたのは、よりにもよって合わせる顔のないプーだった。

気まずさと罪悪感が一路の心を覆う。

この場合、罪悪感を感じるべき相手は他にいて、一路が悪いわけではないのは明白なのだが・・・。

それでも友人を貶された事を撤回出来なかった後ろめたさがどうしてもあるのだ。

 

「ううん、何も・・・。」

 

 だからこそ、一路もそう答えるしかなかった。

 

「何もって、一路クン大怪我なのよ?何もないわけないじゃ・・・?」

 

 そう問い正そうとしたリーエルの言葉を手を出してプーが遮る。

 

「何もなかったんだね?」

 

 念を押すように再度の確認。

 

「・・・うん。」

 

「そっか。大方何もないところでコケたんじゃないのかい?」

 

「そんなワケないじゃない!」

 

 エマリーが烈火の如く抗議の声を上げる。

勿論、この場にいる誰もがプーの話を信じるわけがないのだ。

ただ一人を除いて。

 

「全く、一路氏は時々お茶目でゴザルなぁ。心配する方の身にもなるでゴザルよ。」

 

 照輝だけがプーと一路の話に乗る。

 

「ごめんね。もう大丈夫だから。」

 

 結局、また自分は友達に甘えていると一路は痛感した。

"そういうコト"にしておいてくれる友人達の優しさに。

 

「怪我はあれど、命に関わらなくて良かったでゴザル。じゃ、拙者は用事を思い出したのでこれで。」

 

「うん。ありがと。」

 

「なんのなんの。」

 

 一路の返事にやれやれと頭を掻く照輝。

だが、それに微笑むと、プーに目配せをして足早に去って行く。

 

「なんなのアレ?」

 

 とっとと帰ってしまった照輝にエマリーが非難めいた声を上げる。

 

「まぁ、僕の不注意だから。」

 

 そう一言区切ってから。

 

「ねぇ、プー?」

 

「ん?」

 

「僕はもっと強くなりたいな・・・照輝やプーが友達として自慢できるくらい、さ。」

 

 それは地球で散々思い知ったというのに。

こんな不甲斐ない自分でなければ、こんな事にはならなかった。

怪我は自業自得だが、少なくとも授業中にあんな事を言われる事はなかっただろうと一路は思う。

そこが悔しい。

 

「あのね、いっちー?そういうんじゃないだろう?友達って。」

 

 プーは呆れる。

一路のその真摯な態度に。

呆れると同時に、だからこそプーは嬉しくてたまらない。

 

「僕達の方こそ、いっちーが自慢出来る友人にならないといけないくらいだよ。ともかくだ、今は傷を治して早く戻ってきてよ。四人部屋に二人じゃ広すぎる。」

 

 そう言うとプーは固定されていない方の一路の肩を軽く叩く。

 

「というワケで、美しい女性の皆さん、どうぞ、いっちーをヨロシク。ご覧の通りのヤツなんで。」

 

 軒並み以上の美しさ誇る女性陣に恭しく一礼し、ニッと牙を見せて笑うプー。

 

「じゃNB、僕達も行くよ?」

 

「なっ?!ワシもかいな。」

 

 チラリと一路と女性陣を見て、そしてプーを見るNB。

 

「・・・ハァ、何かアホらしくなってきたわ。やっぱワシも"浪花節"の方に行くわ。ほなな~。」

 

 名残惜しそうにはしていたものの、結局NBも出て行ってしまう。

男一人だけになる一路は微妙に居心地が悪い。

 

(NBって僕のサポートロボじゃないの?)

 

 真っ先にサポートを放棄していなくなるサポートロボットって・・・声に出して突っ込みたい一路だったが、それは出来ない。

女性陣の視線がそれを許さないような気がしたのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73縁:友達だからさ。

「アンタ、友達は選んだ方がいいわよ?」

 

「同感。」

 

 二人の発言に対しては、一路も思うところがあるので、はっきりしようと思った。

 

「だからあの二人が僕の友達なんだよ。」

 

 選ぶ選ばないという話ではないが、あの二人が友達で良かったのは間違いない。

 

「ところで、その、リーエルさんとシアが来たのは解るけど、何でエマリーまで?というか、後ろの二人はどちらさんなの?」

 

 リーエルはアカデミーの人間で、一路の教育係だったから連絡がいってもおかしくはない。

それにシアがついて来るのもいいだろう。

では・・・?

 

「いいでしょ!そんなの。後ろの二人は私のルームメイトよ。」

 

「黄両でーす。ヨロシク☆」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねる黄両と名乗る小さな少女。

 

「病院で暴れないの。」

 

 窘めるエマリーを尻目にすっとアウラが一路の眼前に進み出る。

 

「?」

 

「アウラ。ところで、一度抱きしめても、いい?」

 

「は?」

 

 えぇと、それはどういう意味だろう?と首を傾げながら、困ってエマリーを見る。

 

「気にしないで、この二人、正反対の意味で頭のネジ緩んでるから。」

 

 やはり、友達というものは難しいのかも知れない。

友人を選べという二人の言葉に妙に納得しつつ。

 

「えと、そういうのはもっと仲良くなってからという事で・・・。」

 

 とりあえず穏便に、かつ無難に答えたつもりだったのだが・・・。

 

「・・・そう。じゃあ、交換日記から始めましょう。」

 

「はひ?」

 

 クキンと一路の首が90度近く傾げられる。

 

「あーもー、一路も真面目に答えない!アウラの言った事は120%本気なんだから。」

 

 それはそれで正直でいい事なのではないだろうかと一路は思うのだが、一路自身がバカ正直なタイプなので、何とも救いようがない。

 

「どうでもいいから、一路、培養槽に入って促成栽培で治してくる。」

 

 このままでは埒があかないとばかりにシアが割って入って告げると、一路は微妙な表情でシアを見つめる。

そしてポリポリと頬をかく。

 

「促成栽培って野菜じゃないんだから・・・。」

 

 この銀河の科学水準からすれば、この程度の傷なら施設があれば一日もかからずに治ってしまうのは学習していて驚く事ではないのだが・・・。

 

「その事なんだけどさ・・・。」

 

 一路は病院で目が覚めてからずっと考えていた事を周囲に告げる。

そして、その翌日から一路の姿は病院にもアカデミーの施設内にもなかった。

 

 

 

 一方、一路が女性陣の前で話していた頃。

 

「お、おったおった。」

 

 パッパカパパパ♪パッパッ♪

陽気な音を立てて、とある集団の前に球体の何かが転がっているところだった。

もし、一路がこの場にいたなら、何故笑点のテーマ?と首を傾げていただろう。

 

「はい~。どうもどうも~。」

 

 腰を折り、膝前で手を叩きながら、次に出て来たのはプーと照輝だった。

その姿は完全な関西芸人そのもの。

ちなみに二人と入れ替わりに球体、NBは下がっていった。

 

「何事だ?」

 

 談笑していていた集団の中心にいた青年が、二人に対してそう言葉を発する。

 

「嫌だなぁ、決まってるじゃないか。ね、照輝?」

 

「勿論、同じメに合ってもらうでゴザルよ。」

 

「というコトで、いっちーの腕と鼻をやった人は速やかに前に出て来てもらえるかな?」

 

 にっこりと事も無げにプーは、集団の中心、アマギ・サキョウを見つめる。

 

「無礼な!」

 

 慇懃な態度にプーに一番近くにいた男性がプーに掴みかかると、一瞬プーの毛が逆立って男が短い悲鳴を上げる。

 

「速やかにって、僕言ったよね?」

 

 プーに掴みかかった男が地面に倒れピクピクと痙攣している姿を見つめる周りの者達が一様に固唾を飲む。

 

「何?強化レベル2だからって油断しちゃった?」

 

 それに対してプーは平然としている。

まるで何事も無かったかのようだ。

 

「君達は僕が"樹雷の雨木家の雨木 左京"そして彼等を樹雷闘士の卵と知って言っているのかな?」

 

 仲間が倒れているというのに、同じく平然とした態度で左京が言葉を返す。

慇懃無礼さは、プーよりこちらの方が上だったが、そんな彼の態度をよそに照輝は小指で自分の耳をほじっていた。

 

「ダメでゴザルよ、プー。コイツ等、言葉が通じてないでゴザル。」

 

「仕方ないよ照輝。権力が共通言語だと思ってんだから。樹雷?ここはアカデミーだよ?樹雷じゃない。闘士の卵?所詮卵だろ?本物の戦士じゃない。僕達と同じ学生さ。」

 

 権力をチラつかせればいいとしか思っていない人間は、時に尊大に思える態度しか取れないものだ。

そして世界はそれだけで回っていると思っている。

しかし、それは傲慢でしかない。

 

「・・・それは、もしや、この僕を、僕達を侮辱しているのかな?」

 

 ここに至っても、まだ左京の態度は変わらなかった。

それが人として致命的だというのも知らず。

 

「救えないでゴザルな。ま、拙者は"猪武者"でゴザルからなぁ。お貴族様の考える事は理解しかねるでゴザルよ。」

 

「僕も"獣臭い獣人"だから解らないな。」

 

 そう言った瞬間、双方が動く。

左京の前にいた二人の男以外の男二人がプーと照輝へと踊りかかったのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第74縁:特別な存在。

「僕ってそんな臭いかなぁ、照輝。」

 

 襲いかかる拳を紙一重でかわしながら尋ねるプーに、同じく相手の攻撃をいなしながら照輝が鼻をくんかくんかと動かす。

 

「プー、また拙者のリンス使ったでゴザルな?」

 

 照輝が眉根を寄せ、抗議の声を上げる。

 

「あれ?ごめんごめん。ほら、僕、一回で結構な量使っちゃうからさぁ、すぐなくなっちゃうんだよ。」

 

 全身を毛で覆われてるものだからつい、と笑って誤魔化すプーに照輝は呆れるしかなかった。

 

「今度から名前書いておくでゴザルよ。」

 

 こうしたやりとりの間にも、相手の攻撃は飛んで来てるのだが、一向に二人に当たる気配もない。

 

「何でだと思ってるね?確かにワウ人は武闘派と頭脳派両極端で、後者の僕は強化レベルも2だ。」

 

 ワウ人は基本的に戦闘能力が低い者の方がやや多い。

しかし、中には獣そのもののように強い者がいるのも確かだ。

プーはそういうタイプではなかった。

だから、この世界で生き残る為には自分の武器、頭脳をフルに活用するしかない。

 

「君達の動きは授業中に見せてもらった。なら、予測して最適解で避ければいい。つまりだ、星闘士(セイント)には同じ技は通用しない。」

 

 決まったとばかりにドヤ顔をカマすプーだが、その場にいる全ての物が怪訝な顔をしていた。

 

「プー?その、せいんと?って何でゴザルか?」

 

「ん?あぁ、僕の親戚・・・その人もGP隊員なんだけど、仕事で太陽圏の監視衛星駐在になった時に見まくってた地球のアニメだよ。何でも地球の衛星放送見放題だったんだって。」

 

「激しいまでの職権乱用でゴザル。著作権も何もあったもんじゃないでゴザル。」

 

「それが何と、彼等は素手で星を砕くんだ。」

 

「何と?!誠でゴザルか?!」

 

「そう、こんな風にして、さ・・・。」

 

 プーが拳を開き、掌を相手に見せて構える。

どう考えて胡散臭い。

というより、何かが起こるとは思えない。

 

「ライトニングボ○トーッ!」

 

 再びプーの毛が逆立ったかと思うと、拳から光が走り、一瞬にして目の前の相手がガクガクと激しく痙攣して倒れる。

 

「と、まぁ、イメージ的にはこんなカンジ。静電気ヨロシク、毛が逆立っちゃうのはいただけないね。照輝、リンス変えた方がいいんじゃない?」

 

 潤いが足りてないよ?と肩を竦める。

 

「プーみたいな超帯電、いや蓄電体質は購買層に入ってないでゴザルよ。どれ、こんなカンジでゴザルか?」

 

 照輝が同じように全力で繰り出す正拳突きを繰り出すと、ボッ!と音がして衝撃波が巻き起こる。

まるで指向性を持った竜巻のように、左京の周囲にいた取り巻き達を薙ぎ倒してゆく。

あとに残ったのは、左京と彼を守るように立つ2人の男。

 

「どうやら、あの二人でゴザルな。」

 

 二人共、一路がレベル4だと信じていた。

一路をあそこまでボコボコに出来るとしたら、同程度のレベルだと考えるのが妥当だ。

よって、照輝の一撃に耐えられる人間が可能性が高い。

 

「全く、野蛮だな。」

 

 自分を守る二人が未だ健在であるが故か、左京は一向に態度を変える気配がない。

ここにきて、プーも照輝も、彼が"そういう"ヤツなのだとはっきりと認識する。

 

「野蛮?複数で一人の人間をボコボコにするのは野蛮じゃないのかい?悪いけど、ワウ人の五感は騙せないよ?」

 

 プーは知っていた。

知っていて一路にああ言ったのだ。

これ以上、彼が自分を責める事がないように、或いは多少なりでもそれが軽減されるように。

 

「言いがかりも甚だしい。」

 

「・・・拙者、こう見ても今回の件、相当腹が立っているんでゴザルよ。」

 

 にこやかに微笑む照輝に、口を開こうとしていたプーが嘆息する。

勿論、プーだって腹が立ってはいた。

だが、それはどちらかというと自分への割合の方が多い。

だから、今回の事は一路には話さないでおこうと決めて、左京の元へ出向いた。

 

「どちらかというと、自分自身へという方が大きいでゴザルな。一路氏は拙者達の身どころか、心までも守ろうとしたでゴザル。対して、そちらも含め拙者達はどうでゴザル?一路氏のように友を護ろうと全力を注いでいるでゴザルか?」

 

 そう考えた時、照輝は自分の器の小ささに慄いた。

 

「しかし、結局、こういった手段しか拙者には取れぬ。」

 

 そしてなんと未熟者なのだろうと。

きっとこういう報復行動のようなものは一路は一切望まないだろう。

これは自分達の自己満足でしかないのだ。

 

「故に、拙者も"出し惜しみ"はしない事にしたでゴザルよ。」

 

 照輝は上半身を丸める。

ミシミシと音を立てる照輝の上半身。

 

(これが・・・。)

 

 どんどん大きく膨張する照輝の筋肉をプーは眺める。

肉体の変形、それも加速的な。

 

(話には聞いてたけど・・・ガギュウ人・・・。)

 

 一説には、ほぼ絶滅したと言われる少数民族だ。

驚異的な敏捷性と膂力、そして硬質化した皮膚を持つ戦闘民族とも言える存在。

しかし、とても穏やかな種族。

だから、普段はその姿を封印する事を選んだのかも知れないなとその光景を眺めながら思う。

眺めていたのはプーだけではない、その場にいた誰もが目を奪われいた。

そう、全員が見ていたはずなのだ。

それにも関わらず、照輝の姿は視界から消えていた。

 

「うっ。」 「ぐぅっ。」

 

 変わった事と言えば、左京の前にいた二人が"同時に"短い呻きと共に地に倒れたくらい。

 

「拙者はそっちとは違うでゴザル。骨を砕いたりはしないでゴザルよ。」

 

 突然自分の眼前に現れた照輝に思わず尻餅をつく左京。

 

「な・・・。」

 

 認められぬ、認めたくない現実に左京はただ唇をワナワナと振るわせるしか出来なかった。

取り巻き、護衛、権力、そういったモノを一つずつ剥いでいった末の、ただの学生、雨木 左京という人物。

 

「アンタさ・・・もしかしなくても、自分を特別な人間だとか思ってたりしてるのかな?」

 

 照輝の背後からプーも左京に歩み寄る。

 

「だとしたら、勘違いしているよ。"真に特別な人間"ってのはね、本人が何も言わなくても、態度に出さなくても、自ずと周りにいる人間が何かしたい、力になりたいと動いてしまう者の事を言うんだよ。」

 

 カリスマとか、そういう類いのものじゃない。

例えば、友人の為に常に何か自分が出来る事はないだろうかと考える事、それが第一歩。

 

「友人の為に何かしたいって思うのと何ら変わりはないんだ。」

 

 そう、弱っちくても、不器用でも、ましてや家柄とか出身なんてそんなのは全く関係ない。

本人のそういう点なんて、"友"という"特別な"存在の前では何ら気にする事ではないのだ。

 

「だから、もし、これ以上いっちーに手出しするような事があれば僕達が許さない。」 「でゴザル。」

 

 そして、それでもう用はないとばかりに、くるりと左京に背を向ける。

 

「さぁて、帰るかぁ~。」

 

「お腹が空いたでゴザルな。」

 

 何時の間にか照輝も普段の姿に戻っている。

上半身が裸なのはアレだが。

 

「今日は運動したから、ご飯がさぞかし美味しいだろうね。シャワーを浴びて早速食べよう。」

 

「リンスは貸さないでゴザルよ?」

 

「しつこいなぁ、しつこい男は嫌われるよ?」

 

 二人は何事もなかったかのように歩き出す。

左京を置いて。

 

「それをプーが言うでゴザルか?!あぁ、それはそうと、プー?」

 

「ん?」

 

「さっき言っていたセイントとかなんとかのアニメはまだあるでゴザルか?拙者も視てみたくなったでゴザル。」

 

「何だよ、結局興味あるんじゃないか。あるある、コピーしてあるよ。」

 

「・・・本当に著作権侵害も甚だしいでゴザル。」

 

 帰りも帰りで騒々しい二人を左京は呆然としたままで見送る。

これが一路がいなくなるまでの間に起きた出来事である。

ただ、二人は知らなかった。

 

「校内乱闘。便所掃除二週間ってところかしら。」

 

 左京を探し出す為にNBを連れて来た事に対する代償を。

そして、結果としてNBを通して一部始終をアイリに見られていた事に。

ちなみにこの裁定が下された後、二人はこれくらい安いもんだと笑って便所掃除をこなしていたという・・・。

 

 

 




ダメっ、絶対ダメっ! 違法コピーは犯罪ですっ。
次回で、宇宙編の一つ目の章を区切る予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第75縁:一人の限界。

これにて、学園編(?)の前半が終わりになります。
1章よりちょっぴり長くなってしまいましたね。



「全く、何を考えてるんだか・・・。」

 

 "不満"の二文字を隠そうともせず、声を上げるシア。

自宅のリビングで頬杖をついたまま、コップに注がれた水に人差し指をつけては出すを繰り返していた。

 

「こぉら、子供じゃないのよ?」

 

 リーエルが苦笑しながら窘めるも、彼女の表情は怒っているわけでもない。

 

「一路クン自身が決めた事なんでしょう?何なら私達は見届けるくらいしか出来ないわ。」

 

 困った子ねぇと微笑む。

 

「でも・・・。」

 

「それにいなくなったと言っても、授業にはきちんと出ているし、外出届も出しているだけで寮には帰っているそうよ?」

 

 事務職員の情報網を駆使した結果をシアに言うのもこれで四度目だ。

それでも、リーエルは辛抱強くシアが不満気ね表情をする度に、含めて言って聞かせていた。

 

「だからって、"あんな事"言うなんて頭おかしいんじゃないの?」

 

「ん~、まぁ、一路クンもオトコのコって事よ、それは言わないお約束ってヤツなの。そういう男の我が儘や矜持を笑顔一つで処理するのも女の甲斐性よ?」

 

 それはそれで極端なのだが、一応(?)大人のリーエルがそういうのだから、シアとしては反論しづらい。

なんだかんだで、リーエルを信用していて、彼女の話は大人しく聞くのだ。

 

「・・・何処で何してんだろ。」

 

「それも本当は黙っててあげたいんだけれど、今回は"新たなライバル"も出現しちゃったし・・・知りたい?」

 

 ニヤ~っと牙を見せて笑うリーエルは、実に大人気ない。

今までの大人の女性の甲斐性とやらが台無しである。

 

「べっ、別に私はアイツのコトなんて・・・なんて・・・。」

 

「なんて?」

 

 更に突っ込む様は完全に下衆キャラだ。

しかし、リーエルの言う通り、級友とやらも同じ様に思っているとしら、これはこれでアドバンテージというヤツではないのだろうかとシアの頭を過ぎる。

一体、何に対してのアドバンテージなのかという点は置いておくとして。

 

「どうでもいいけど・・・聞いてあげる。」

 

「じゃ、い~わないっ♪」

 

「ぐっ、もーッ!」

 

「あはは♪冗談、冗談よ。」

 

 と、まぁ、こんなやりとりを二人がしている頃・・・。

 

 

 

「ふぁぁ~っ。」

 

 ドサリ、或いはドチャリでもいい。

水分を含んだ物体が、倒れる音がする。

倒れたのは一路で・・・。

 

「何だ、坊主、もうヘバったのか?」

 

「しゃあーねぇなぁ、5分休憩だ。」

 

「ったはー、ヤレヤレ。」

 

 口々にそう一路に声をかけるのは、皆いずれも屈強な男達である。

 

「は~い・・・。」

 

 対する一路はやっとの思いで返事を返すのみで、身動き一つしない。

その腕と顔には包帯が巻かれたままだった。

 

「全く、坊やは子供だな。」

 

「・・・自分でもそう思います。」

 

 倒れた一路を見下ろす、一際大きな影はコマチだった。

 

「男は皆バカで身勝手な生き物だが、坊やは輪をかけてそれだ。」

 

 一路の横に腰を下ろすと、彼の顔にタオルを投げる。

 

「ありがとうございます。」

 

「しかし、いきなり私の所に来て、稽古をつけてくれ頼んだ時は驚いたぞ?」

 

 一路があの日、決意した特訓。

その相手に選んだのがコマチだった。

 

「なんでですかね?僕にも解りません。ただ、静竜先生の奥さんのコマチさんなら相談に乗ってくれるんじゃないかって、なんとなく思ったんです。」

 

 もっと強く。

そうあらなければならない。

その一心でコマチに泣きついたと言ってもいい。

 

「それだ。私に頼みに来たのもそうだが、剣の修行なら静竜でもいいだろう?ああ見えても剣の腕はピカイチだぞ?」

 

 流石に樹雷の皇族のようなバケモノ級を除けば、静竜も相当の腕だ。

一路はなんとか上半身を起こしてコマチを見つめる。

 

「静竜先生は確かに強いです。でも、今の僕に必要なのは、"正統な剣術"じゃなくて、戦って戦って生き残る為の"力"なんです。」

 

 例えば一対一ではなく多対一。

しかも、これまでの様に一回一回全力でいって、自分が倒れてしまってはダメなのだ。

自分の誰かに対する想いは守れても、誰かの自分に対する想いは守れない。

同じ過ちを繰り返し続けてどうするのか。

 

「理由の"半分"くらいは解った。で、それとその包帯姿は、どう関係があるんだ?」

 

 最初はお礼参りの類いか何かなのかと、一路の動機を考えたコマチだったが、それはすぐに違うと解った。

そんな下らない事を考えていないのは、目を見れば明らかだったからだ。

 

「これは教訓です。考えなしに想いだけで走っても何もならないっていう。幸い、利き腕は怪我をしていない左腕ですし。」

 

 反対の右腕も脱臼しただけで、折れたわけではない。

動かそうと思えば動かせる。

痛みはあるが。

 

「やっぱりか・・・そこがバカだというんだ。」

 

「だから、自分でもそう思いますって。」

 

「戦士なら、何時戦いになってもいいように身体を万全にしておけ。そんな見栄、豚でも喰わん。捨ててしまえ。」

 

(犬じゃなくて、豚なんだ・・・。)

 

 心の中でそう突っ込みつつ・・・。

 

「・・・最初はそれでも良かったんです。」

 

「ん?」

 

「一つの目的さえ叶えば、あとはどうでも・・・でも、なんていうか、ここに来て、色んな人と出会って・・・やっぱり、色んなモノを大事にするには、全力で努力しないとって・・・。」

 

 そう想う人も、想ってくれる人も増えたから・・・。

 

「そうか。では、死ぬギリギリまでやってみろ。ほら、5分経ったぞ。」

 

「はいっ!」

 

 死ぬギリギリというのが、どこまで本気なのか、或いはコマチなりの叱咤激励なのか。

すくっと立ち上がった一路は木刀を片手に再び屈強な男の集団に飛び込んで行った。

 

「なかなか見上げた根性ですな。」

 

 何時の間にかコマチの横に男が立っている。

自分が海賊だった頃の副官だった男・・・いや、今も副官ではある男だ。

 

「どうだ?モノになりそうか?」

 

「そうですね・・・"今のペース"を保てるなら、3カ月あれば・・・というところですかね。」

 

 今のペースは明らかにオーバーワークだ。

3カ月もつわけがないと誰の目から見ても解る。

ただ一路の高いモチベーションがそうさせているだけで。

コマチもそれが解っているし、止める事も出来るが、だが、ギリギリまでは、と考えている。

確かに一路の拘りは、子供の甘い考えかも知れないが、子供だからこそ許せない事もあるだろう。

自分だって幼い頃は、いや、自分だけでない全ての大人が思い当たる事がそれぞれあり、それを通過して大人になっていったのだから。

 

「意外と早いな。」

 

「確かに彼は器用な方ではないです。そして才能があるわけでもない。ですが・・・。」

 

「何だ?」

 

「恐るべく程の反復量でそれを補っています。」

 

 オーバーワークの一端にもなっているが、そのしつこいまでの反復練習が身につける速度を上げていた。

 

「何より、自分達にも臆さずにかかってくる気概がある。」

 

 最近、艦隊戦や白兵戦の回数も減ってきてはいるが、コマチを含め皆、少しは名の知れた海賊なのだ。

その自負や力量だってある。

下手をすれば、大の大人でも逃げ出す程のだ。

一路にしたって、その実力は肌身に感じているはず。

 

「本人が潰れるのが先か、身になるのが先か、か?」

 

「はい。」

 

「しかし、私の気のせいか?本人はド素人と言っていたし、静竜のような正統以外の剣欲しいという割には、剣筋に時折洗練されたモノが見える。」

 

「それは自分も感じます。彼は以前、何処かで基礎を学んでいたのやも知れません。」

 

 二人は知らない。

一路の剣の実質的な師が、樹雷で当代随一、剣神などとも呼ばれていた柾木・遙照・樹雷である事も。

彼が時折見せる剣筋が、皇家に伝わる構えに端を発している事も。

そして、何よりも一路がコマチを特訓相手に選んだ本当の理由。

コマチが理解出来なかった、そのうちの半分が、彼の目覚めつつある能力の一端である事を。

 

 目覚めの刻は、もうすぐ・・・。

 

 

 

「ただい・・・ま・・・。」

 

 ばふんっと自らのベッドに倒れこむ一路。

カランと木刀が転がる音が室内に響く。

コマチの特訓の後、恒例になっている特訓の復習と剣舞の練習をして帰宅、即倒れ込み眠るというのがここ最近の一路のルーチンワークだ。

 

「おかえり。あんな、坊?」

 

「んー?」

 

 布団に倒れ込み夢現の一路を出迎えたのはNBだ。

彼は基本無充電で、一日中フル稼働できるので眠らずとも良い。

 

「前にな、ほら、言いたい事があるてワシ、言ったよな?」

 

「うん・・・。」

 

 一路に掛け布団をかけながら、あの日、ベッドの上で目覚めた時に言いかけた言葉だ。

いや、それ以前から何度か言おうとしていた。

 

「坊は・・・友達ってもんを勘違いしとるで?」

 

「僕が?」

 

「あぁ、そうや。そんな何もかも一人で背負わんでも、友達はいなくならんで?一人やないんやから、友達ってのがおるんやろ?」

 

 まるで人生の先輩かのようにNBは淡々と言葉を続ける。

 

「あれや、辛い時は辛い、助けて欲しい時は助けてって言うだけでえぇんや。ただつるむだけやなくて、そういう時にこそ一緒におるんが友達や。それとも何か?坊は、自分の周りのモンをそういう人間やと思っとるんか?」

 

「・・・ううん、そんな事・・・ない。」

 

「どうにも出来ん事でもな、一緒に泣く事くらいは出来るもんや。だからな、坊だけがそないにならんで、えぇんやで?」

 

 毎日ボロボロになって帰宅する一路を見かねて、今日、ついにその言葉を言う事にした。

NBが出会った時から、一路はこうだった。

常に自分を追い込んで、追い詰めて。

何をそんなにこの少年をさい悩ませているのかと。

 

「うん・・・でもね、自分で決めた事・・・だから・・・今度こそって・・・。」

 

「坊・・・。」

 

 コマチにも言われたばかりだったが、それでも一人の男として、人間として譲れない最低限の境界、矜持が一路にはある。

たとえ、頑固者と言われても。

 

「あぁ・・・でも、NBに頼みたい事が・・・あったんだっけ・・・。」

 

「何や?何を頼みたいんや?言ってみ?・・・・・・て、坊?なんや、寝てもうたのか。しゃあないな。て、コトで、二人共、こんな坊やけど、友達でおったってや?」

 

 NBはロボットとは思えない程器用に嘆息しながら、後ろを振り向く。

そこには覗き込むようにしている照輝とプーの姿。

 

「当然だよ。ね、照輝?」

 

「無論でゴザル。」

 

 何の事はない。

一路が気づいてないだけで、二人は毎日一路が帰って来るまで、寝る事なく待っていたのだ。

声をかけるでもなく、何処で何をしているのかも聞く事なく。

つまり、男友達はそういうものであり、男はどいつもこいつも馬鹿なのであるという話。

それはもう、永遠に。

 

 




中の人がナベシンでないNBは、こうだと私は思っているッ!
あぁ、でもド変態なのは変わらない路線だけど・・・。
というワケで、次章も宜しくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一路、世界。
第76縁:ソラに出る前に。


という事で、前回と同じく章間の1ヶ月ちょいのお休みを頂いて、再開させていただきます。
改めてよろしくお願い致します。


「配属希望・・・?」

 

 ある日の夜の一路は、ぽっか~んと口を開けて、その言葉を吐いた。

あれから一ヶ月以上の時が過ぎ、ようやく傷の痛みも引いてきた頃、エマリーから通信入ったのだ。

正直、アドレスを交換した事すら、日々の特訓の中で忘れかけていたとは、痺れを切らして自分からコンタクトを取って来た彼女には口が裂けても言えなかった。

 

「進路希望みたいなモノよ。実際、希望を出したからって、なれるとは限らないけど・・・まぁ、もうすぐ始まる研修もその一貫ね。それの希望よ。」

 

 更にもう一つ挙げると、そんな実地研修があるのも忘れていた。

そもそも一路の目的はそこにはなかったのだ。

おのずと重要度が下がってしまうのは仕方ない。

 

「実際になるには倍率とか試験もあるけどね。」

 

「う~ん・・・。」

 

 困った。

しかし、自分にない技術を学ぶなら何でも良くはある。

その辺りは貪欲だ。

では、一路自身に必要なものといえば・・・一路はここに来た時にアイリに述べた事を思い出す。

と、同時に疑問が出て来た。

 

「あれ?でも、それを聞いてどうするの?」

 

 まさか自分と同じ希望を出すというわけではないだろう。

一路は首を傾げる。

 

「うぐっ・・・あ、アウラ、そ、そうよ、アウラが聞いてみたいって!」

 

 勿論、口から出まかせでそんな事実は一切ないのだが・・・。

 

「え?"あーちゃん"が?」

 

「あ、あーちゃんぅ?!」

 

 一路の口から予想外、今まで一度も聞いた事ないフレーズが飛び出て来て、エマリーは目を剥く。

 

「何ソレ?!」

 

「何って、アウラさんがそう呼んで欲しいって・・・あれ?皆もそう呼んでるんじゃないの?」

 

 何か問題が?と聞き返す一路に、エマリーは更に驚いた。

 

「なワケないでしょ?!大体ねぇ、何時そんな会話したのよ!」

 

「あ、いっちー。」

 

 無感情な声と共にひょっこりと画面に顔を覗かせたのは、噂のアウラだ。

しかも、さらりと一路をあだ名呼びして。

 

「あ、久し振りあーちゃん。」

 

「ん。」

 

 簡素な返事だったが、一路に向かって手を、とても控え目だが振ってくれている。

そこから見ても、機嫌が悪いというわけではないらしい。

本来ならば、こういう個人会話の回線は、周囲から覗かれたりしないようにシークレットウォールという隔離システムを使うのだが、特に聞かれて困る話でもないので、一路はそういった類いのモノは使っていなかった。

どうやら、エマリーもそれは同じだったようで、会話の中に自分の名がたまたま聞こえので、アウラは顔を覗かせたようだ。

 

「今、エマリーさんにね、研修の希望はどうするんだって聞かれて、あーちゃんは?」

 

「出来れば艦隊業務。」

 

 艦隊業務と一口に言っても、GPの船の種別は多い。

護衛艦もあれば、郵便・宅配業務の輸送艦もある。

 

「いっちーは?」

 

「僕?僕は・・・そうだなぁ・・・。」

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさい!」

 

「ん?」

 

 割って入って来たのはエマリーだが、もともとこの通信はエマリーとの回線だったはずだ。

それは文句の一つも言いたくなるではないか。

 

「なんでアンタ達、そんな親しげなのよ?!」

 

「親しげって・・・?」

 

 きょとんとして一路はアウラを眺める。

あの事件依頼、アウラと会話するような機会は一路にはなかった。

エマリーが記憶を思い起こしても、アウラが一路と通信しているのを見た事がない。

元々アウラは寡黙なので、音声通信自体を使用しないのだ。

なのに、アウラと一路は自分のソレより遥かに親密度が上に見えるのは納得がいかない。

 

「えと、これのせいかな。」

 

 ごそごそと一路が取り出して見せた物体に、エマリーの顎がカクンと落ちた

 

「こ、こう、かん、日記ぃーッ?!」

 

 一路が彼女に見せたのは、実に原始的でレトロちっくな紙媒体のノートだった。

その表紙には可愛く手書きの文字で、"交換日記"と書かれていた。

ある日、突然一路のもとにコレが送られて来たのだ。

一瞬、呆気にとられはしたが、すぐにアウラが思い当たった。

そして、ナルホド、120%本気の人だったんだなと妙に納得してしまったのだ。

あとは簡単で、中身を開いて返事を書いて(文字や書式には相当手こずったが)、記載されたアドレスへ送る。

律儀に返事を書いて一路が疑問を挟まずに返してしまった為に、今までそれが続いていた。

お陰で互いの事は、学校のクラスメイトか、それ以上並みに詳しくなっている。

 

「じゃ、楽しみしてるから。」

 

 それだけ述べるともう興味なさげにアウラは通信画面からはけていった。

その表情は興味なさげに見えたが、本人の口から楽しみというのが出るのだから、これもまた120%本気でそう思っているのだろう。

そんなアウラはどこか憎めないものがあって、一路は苦笑してしまう。

 

「解った、すぐに書いて送るね。」

 

「あー、いっちーだー。いっちー、ちゃんとこの黄両様にもお返事ー!」

 

 画面も見なくても解る騒々しさは黄両だ。

 

「ま、まさか、黄両とも・・・?」

 

 彼女の台詞の内容にマリーは慄く。

 

「あ、なんか、この交換日記に黄両のコラムコーナーがあるんだよ。」

 

 交換日記にコラムコーナーがあるとは、何と面妖なと一路も思ったが、このコラム、GPの噂話から伝統、昔話、果てはオススメの菓子類・ファッションと、実に多岐に渡って書いており、意外と一路の学習に役立っていたりして、馬鹿に出来ない。

しかも、質問や感想、リクエストにまで答えてくれるので、至れり尽くせりなのだ。

そんな一路の気持ちを文面から察してか、アウラも自分達の交換日記に黄両が書く事を黙認していた。

但し、字数制限というか、ページの占有面積が厳しく規定されているらしい。

しかし、それでもきちんと起承転結が成り立っているのだから、たいしたものである。

人は見かけによらずで、黄両の事務処理能力は高いのかも知れないと思った。

 

(まさか、そんな原始的な方法が成立してるなんて・・・。)

 

 ただただ驚愕するばかりのエマリーだ。

シアと同じように一時期半失踪状態だった一路にヤキモキして、いざ連絡が取れたと思ったらコレなのだ、全く以て不本意である。

 

「とりあえず、どんなのがあるかよく解ってないから、色々と調べて考えてからにするね?決まったらすぐに教えるから。えと、この回線で・・・いいの?」

 

 恐縮しながら聞いてくる一路の声にはっと我に返る。

 

「勿論よ!」

 

 流石にルームメイトの二人にように自分も交換日記を、とは言えないえマリーは一路ろのホットライン構築に重点を置いて答えるしかなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第77縁:ちょっと待て、そんな装備じゃ危ないぞ。

『あれ?いっちー、今日もとっく・・・・ん、じゃない、外出するの?』

 

『あぁ、うん。ちょっと調べたい事があって。』

 

 部屋着姿のインナーからきちんと制服に着替えていた一路にプーが声をかけてくると、一路は先日のエマリーとのやりとりを説明する。

 

『ついでに詳しい手続きの仕方も聞いて来ようかと思って。』

 

 ルームメイトのプーや照輝に聞いても良かったが、そもそも自分もその実地研修に参加してもいいものかを聞かなければならなかった。

西南のような前例を一路は知らないののだから、これは仕方がない。

ちなみに特訓の合間にコマチに聞いたのだが、

 

『そういう事は担当の者に相談するのが筋だろう。』

 

 と、すげなく返されたうえ、一路もその通りだと思ったので、そうする事にしたのだ。

外出届は既に提出、受理済みだったが、一路は一つだけ大事な事を忘れていた。

それは、今の今まで一度もシアに連絡を取っていなかったという事だ。

 

「ところで、リーエルさん、シアさんは何であんなに機嫌が・・・。」

 

「女心は複雑なのよ、ほっときましょ。」

 

 恐る恐る理由を尋ねた一路への言葉は簡素なモノだった。

 

「はぁ・・・。」

 

 ここにきてようやく、この事態が異変だという事を理解して、ほっといていいのだろうかと思い始めたというのだから、何とも言えない。

 

「どうせ、どっかで聞いてるんだし。」

 

「はぃ?」

 

「ううん、何でもないの。で、研修の参加だけど問題ないから大丈夫よ。但し、刑事課だけは単独行動に近い活動があるから、今回はちょっと我慢して下さいね♪」

 

「はぁ。」

 

 何となくそこに含まれている意図は理解出来たのだが、元々どんな課があるのか解らないので、どうしても曖昧な返事で首を傾げる事になってしまう。

 

「そうね、幾つかの部署があるのだけれど、駐在基地から周囲の宙域巡回する刑事課。これには細かい階級があるわ。」

 

 リーエル曰く、銀河を股にかけて飛び回るのは、一級刑事ばかりで、そうそう人数がいるわけではないらしい。

(当然、一路は美星が一級刑事だとは知らない。)

 

「他は艦隊業務ね。艦隊と言っても艦橋要員と船員はまた別だし、艦も輸送艦、郵送艦、護衛艦、旅客艦と様々。船員もそれによって業務内容は違うわ。」

 

 要するに、艦に関する輸送・移動・運航類の仕事のほとんどが対象らしい。

 

「成程。」

 

 一路にしてみれば管轄フリーで銀河の好きな所へ移動出来る一級刑事が一番自由に動けるのだが、刑事課はたった今釘を刺されたばかりだ。

それに階級が一級まで上がるには多大な時間がかかるだろう。

一路は自分にそんな時間があるとは思えなかった。

だからといって、操船技術が絶対必須だとだけは解っている。

と、いう事は・・・。

 

(艦隊業務かな・・・?)

 

 与えられた選択肢は限りなく少ない。

心ばかり逸っても意味がない事は解っているのだが・・・。

 

「でも、そうなると、しばらくはリーエルさん達には会えないんですね・・・。」

 

「ふふ♪寂しい?」

 

「寂しいというか・・・なんだろう・・・すぐに会えない距離にいるのが不安と言えばいいのか、多分、そんなカンジです。」

 

 何かがあった時にすぐに駆けつけられない距離が怖い。

だが、それでも"一生会えない"というのよりは全然マシだけど、と心の中で一人呟く。

 

「あら、そんな事言ったら、結婚するか、同棲するかしなくちゃならないわね?」

 

「どっ・・・同棲?!」

 

 ぽやや~んと頭の中でフルリのついたエプロン姿のリーエルが一路の脳内に浮かぶ。

非常に安直な新妻像である。

しかもデフォルトでケモノ耳標準装備。

 

「それも、アリかなぁ~寿退官♪でも、今の私って"コブ"付きなのよね。う~ん、愛の逃避行でも、しちゃう?」

 

「誰がコブよ、誰が。」

 

 スッパァーンッ!と戸が開いて、仁王立ちしたシアが乱入して来た事に、一路は驚く。

何故かシアは眉間に皺を寄せて、一路を睨むものだから萎縮してしまう。

 

「一路も鼻の下伸ばさないの。」

 

「の、伸びてなんか・・・。」

 

 いや、確かに新妻リーエルさんを想像しましたと声には出さずに答えつつ・・・。

 

「ほらね、やっぱり近くで聞いていたでしょう?」

 

「あ・・・。」 「あっ。」

 

 ニコニコと微笑んだまま動じないリーエルに、二人は声を上げて見つめ合う。

既にシアの眉間に皺はなく、顔を赤らめて。

 

「そ・れ・と・も・シアちゃんとも結婚しちゃう?」

 

「ばっ?!な、何言ってんの?!」

 

「あらぁ、コブじゃ嫌なら、二人してお嫁さんもアリじゃない?」

 

「二人って・・・あ、そうか、こっちじゃ重婚ってなんだ・・・。」

 

 内容のブッ飛び加減はともかく、この世界は一夫多妻、一妻多夫も可能なのを思い出した。

確実にリーエルとの学習の成果が・・・こんなところで出なくてもいいのだが、発揮されている。

この辺は宇宙というある種の極限状態な環境を生きる為の結果だとか、科学・技術の発達の結果という風に考える事で何とか、地球・・・というより、日本の倫理観を抑える事に成功していた。

もっとも、数百年前の日本にだって一夫多妻はあったのが。

 

「シアさんがお嫁さんかぁ・・・。」

 

 リーエルに引き続き、シアの花嫁姿を脳裏に浮かべようとして・・・。

 

「ばっ、想像しないでよバカ!本当、バカじゃない!バカ!」

 

「さ、3回も・・・。」

 

「この大バカッ!」

 

 3回で止まらず、4回目を叫ぶとシアは脱兎の如く部屋を出て逃げ出して行った。

 

「・・・何しに来たのかしら、あのコ。」

 

「ちょっとリーエルさん、そんな冷静な。あ、ちょっと僕謝って来ます!」

 

 一路も彼女をの後に続いて走り出す。

 

「謝るって・・・一体、何を謝るのかしら?」

 

 首を傾げるリーエルだけが、後に残されるのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第78縁:それぞれの手。

「シアさん!」

 

 一路はすぐさまシアの後を追って、彼女の部屋の扉の前で立ち止まっていた。

別段、一路が謝るような事はないうえに、彼自身思い当たる節もなかったのだが、研修が始まれば、しばらくの間、彼女にもリーエルにも会う機会がない。

それに・・・。

 

「別に・・・私は怒ってないから。」

 

 部屋の扉越しに聞こえた彼女の声は、確かに落ち着いているように感じた。

 

「だから、宇宙でも何処にでも行っちゃえ。」

 

 

 シアは自分がこんな気持ちになるとは思ってもみなかった。

彼女にとって、宇宙は怖い。

隔離されるようにこの部屋を与えられ、毎日監視されるようにリーエルだけと顔を合わせる日々。

そこに突如あらわれたのは、これまたよく解らない異性の異分子。

一路はその程度の存在だったはずなのに。

 

「・・・ちゃんと顔を見て、いってきますって言いたいんだ・・・。」

 

 

「ちゃんと見送りにはエルと行くから。」

 

 自分にだってそれくらいの自由はある。

 

「僕がそうしたいんだ。あの時、こうだったらって・・・死んだ母さんの時みたいに思いたくないから・・・。」

 

 いつでも、"また"とか"今度"があるとは限らない。

もしかしたら、謝る事も会話する事もこれで最期かも知れない。

大袈裟な事かも知れないが、一路にとっては決して大袈裟ではないのだ。

それに操船技術を得たのなら、すぐにだって灯華を探しに行く準備をしたい。

少なくとも、全か芽衣くらいには会わなくては。

そうすると一路がここに留まる確率は限りなく少ないのだ。

 

「・・・ズルい。」

 

 そんな言葉と共に扉がほんの少しだけ開いて、シアが顔を覗かせる。

 

「そんな言い方されたら、断れないじゃない。」

 

 恨めしげに見られて、一路は少しだけ悪い事をしてしまったなと思う。

しかし、嘘をついたり騙したりしているわけではないので、それを口に出さずに堪えた。

 

「良かった。本当に怒ってない?」

 

「怒ってない。呆れてはいるけど。」

 

「う゛・・・。」

 

 事情を全て話していないだけに、些か大袈裟過ぎるようにシアには感じられるだろう。

ある意味で可哀想なヤツとか呆れられても仕方がない。

 

「なんてね。ちょっと・・・いいなって思っただけよ。」

 

「シアさん?」

 

「私、あんまり何処かへ出かけたりとかないから・・・。」

 

(前にもこんな事、あったな。)

 

 一路は少し俯きがちになったシアの顔を見て、以前の出来事を思い出す。

あれは一路がここから出る時のパーティーの時だ。

あの日のシアは今日のように何かを我慢して、そして諦めたのような・・・。

 

「シアさん。」

 

 以前の時は"友達"になろうと一路は彼女に言った。

あれから自分は彼女と友達になれたのだろうか?

友達と思ってくれているのだろうか?

そう考える。

そう考えて、友達として自分に出来る事といえば・・・。

 

「今度、一緒に旅行に行こうよ。」

 

「は?」

 

 "旅行"に行く。

一路はその言葉を、かなりの覚悟を持って述べた。

シアの事情は何となくしか聞いてはいない。

だからの覚悟。

勿論、他にも覚悟する理由はある。

 

「そうだね、う~ん、行き先は僕の"故郷"とかどうだろう?結構いいトコだと思うよ?田舎だけど。」

 

 突発的な思いつきではない。

地球は未開で、不介入の地だ。

逆に言えば、地球に行けばこの文明・銀河圏の影響が全く及ばぬ、シアにとってしがらみも何もない唯一の世界なのではないかと一路は思ったのだ。

一時的か、一生かは解らないが、十分シアの心の静まりになるだろう。

 

「あ、田舎過ぎて逆に新鮮かも知れない。」

 

 しかも、不便。

一路にすれば、ここのが至れり尽くせり過ぎなだけだが。

 

「まぁ、何時になるか解らないけど、考えておいてよ。」

 

 これで灯華に出会った後の目標が決まった。

正直、灯華や全、芽衣と会った後の指針など皆無だった一路にとって、これは非常にいいアイディアに思えた。

モチベーションも上がるし、絶対に帰ってこようと気にもなる。

一人すっきりする一路だったが、肝心のシアの方はというと、固まったまま返事どころかリアクションがない。

 

「・・・・・・だからね。」

 

「ん?」

 

 ぽつりと小さなつぶやきが溢れる。

 

「・・・絶対だからね。」

 

 どうせ、そんなのは無理に決まっている。

シアにはそれが解っていたが、そういう希望というか想像くらいしたっていいじゃないか。

それくらいの権利はある。

"初めて"友達になった一路の言葉に思わずそう答えている。

期待しようとしてしまっている。

 

「努力するよ。」

 

(きっと、うん、帰ってこれる。絶対にシアさんとここから外へ出てみよう。)

 

 一路は思わずシアに手を差し出す。

一瞬、指切りでもしようと思って手を差し出したが、果たしてそんな風習があるだろうかと思った時点で中途半端に手を出したまま止まってしまったのだ。

 

「あ・・・。」

 

 そして差し出しておきながら、彼女が異性との接触が苦手なのを思い出した。

行き場のない手が益々行き場をなくして、どうしたらうまく誤魔化せるだろうと、激しく脳ミソを回転させる。

 

「・・・・・・いってらっしゃい。」

 

 恐る恐る手を差し出したシアが、一路の手の・・・指先だけを器用にそっと握る。

 

(あ・・・女の子の手だ。)

 

 ほんのり温かくて、柔らかい感触。

男にはない感触だなとまじまじ思ってから、シアに微笑む。

何処にでもいる普通の少女とやっぱり何も変わらないじゃないかと思いながら。

 

「いってきます。」

 




あと3話はシリアス(?)が続くでー(ホントか?)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第79縁:行動と責任。

「えぇと、これは・・・。」

 

 何の"ドッキリ"でしょうか?

一路の続く言葉はソレだった。

目の前には小料理屋のカウンター席。

そして割烹着姿の理事長、アイリの姿がある。

 

「ま、いいから座んなさい。」

 

 拒否など微塵も許さない、というより考えていないアイリに促される。

 

「えと、呼び出された場所、間違ってませんよね?」

 

 研修を間近に控えたある日、一路はNBを介してアイリに呼び出された。

勿論、思い当たる理由も全くないまま、呼び出された場所へ向かって、そしてこの現状である。

 

「さっさと座る。」

 

「はぁ。」

 

 それでも呼び出された相手自体は間違っていないので、言われるがままに仕方なく一路は席に着く。

 

「ま、小難しいハナシは食事でもしながらしましょ。」

 

 そういうとアイリは一路の目の前で料理と配膳をテキパキとこなしてゆく。

 

(砂沙美ちゃんやノイケさん以上だ・・・。)

 

 砂沙美もあの年齢では考えつかないくらい、ノイケにしたって常人以上のちょっとしたシェフ並みなのに、目の前のアイリの動きはそれ以上で、その素早さにただ圧倒されてしまう。

瞬く間に一路の前のカウンターに次々と料理が並べられてゆく。

いずれも和食ばかりだ。

 

「私が学生の頃にね、て、今、私にも学生の頃があったんだとか思ったでしょ?え?思ってない?まぁいいけど。その時にね、こういうのをやってみないかって、ここの店主に言われたの。」

 

 料理の皿を出し終えたのか、アイリはカウンター席の一路の横に座って笑う。

 

「ま、人生何が役に立つか、そしてどうなるかすら解んないって事だわね。どうぞ、召し上がれ。」

 

「い、いただきます。」

 

 手際からいって、味に不安なものもなかったが(勿論、変な薬を入れられたようにも見えなかった)それでも恐る恐る口をつける。

自分とアイリは相性が良くないという思いが原因の一端ではあるが・・・。

 

「美味しい・・・。」

 

「でしょでしょ?」

 

 えっへんと胸を張るアイリの横で、一路は料理に次々と手をつけていく。

そして、すぐに気がついた。

 

「あれ・・・・?でも、この味・・・。」

 

 何処かで・・・しかも、つい最近味わったような、それでいて何処か懐かしい気がしてくる。

 

「あ、やっぱり解る?ソレ、柾木家の味。」

 

「あぁっ!!」

 

 確かに最近まで味わった事のある味なはずである。

 

「正確にはこっちが本家。向こうが、まぁ、弟子みたいなもにょね。でもね、こう考えると何が起こるか解んないっていうのに実感が出てくるでしょ?人生、若いウチは"何でもチャレンジ"してみるもんだ。」

 

「何でも・・・。」

 

「ねぇ、一路クン?」

 

「はい。」

 

 割烹着を脱ぎ、無造作にカウンターに置いたアイリは、急に真剣な表情で一路を見る。

 

「キミが何をしでかそうとしているのかは解らないけれど、やるからには責任は伴うのよ?」

 

 ぴんっと人差し指を立て、一路を指す。

 

「確かに自分の言動で周りの人間が勝手に行動する事が、果たして本人の責任の及ぶところかどうかってのは別にして。流石に宇宙に出る段階になってまで、自分の行動に責任が持てないんじゃ、ちゃんちゃらおかしいってワケ。」

 

 そして、一路を指していた指先をつつぅっと店の窓に向ける。

その動きにつられて、一路の視線も一緒に動く。

 

「ちゃぁ~んと考えないと、あぁなっちゃうんだから。」

 

 小料理屋のテラス。

そこから円形の入江が見える。

夕暮れに差し掛かり、夕日を反射した美しい一望。

 

「アレ。あの入江、"鷲羽の毛穴"って言うのよ?」

 

「わ、わしゅうの毛穴?」

 

 余り深く考えたくはなかったが、自分が鷲羽という名に該当する人物と、アイリの言うそれは同一人物だろうと考える。

でなければ、わざわざ自分をここに呼ぶ必要がない。

いや、本当に考えたくはないのだが。

 

「大体、直径50キロメートル、深さ700メートルってトコかしら。実験装置の暴走で、ドカンと穴が空いたのよ。ね、自分の行いの責任をキチンと考えないと、"養母さん"みたくなっちゃうわよ~?」

 

 ニヤリと面白そうに鷲羽を養母と呼ぶアイリに対し、一路はゴクリと喉を鳴らす。

責任と一口に言われても、コレは自分のとスケールが違い過ぎる。

 

「お陰で、自分の失敗を揉み消すアノ人でも、他の学生達の一大キャンペーンを敢行されて、見事に記念に残されちゃうんだもんねー。」

 

 だもんねーと、こんな事をさらりと言ってのけるアイリも、実は大概アレで、哲学士としての行いでは鷲羽とそう対して変わらぬのを棚に上げている時点でどうかと思うのだが、今はそれに突っ込む者は誰もいなかった。

ちなみに鷲羽の毛穴の名は、鷲羽自身が【毛穴】みたいなもんだと言い放ったところから来ているというのだから、こっちもこっちでアレである。

 

「少なくとも、一路クンは伝説の哲学士、白眉 鷲羽が後見人で、その相棒でもある朱螺を名乗るのだから、尚更よ?だから、一度行ってきてみなさい。」

 

「行く?行くって、あそこにですか?」

 

 行ったところで、自分にピンと来るものは何一つないというのは行かなくても明白である。

 

「あの一角には"功績記念館"があるの。」

 

「功績記念館?」

 

「そ。白眉 鷲羽と朱螺 凪耶の功績を讃えた記念館。また表に残った唯一にして最大の失敗の隣にあるってのが、アノ人らしいっちゃぁらしいわよね。とりあえず、研修で宇宙に出る前に行ってらっしゃい。宇宙での自分のルーツとか"どうして朱螺だったのか"が解るかもよ?」

 

 最後まで冗談めいた言い回しだったが、これはこれで丁寧なもてなしと案内を受けたので、『ごちそうさまでした。』の言葉と共に行儀良く頭を下げて礼を述べる。

そして、アイリの言う通りに、その記念館へと向かおうと決めたのだった。

これが研修開始の3日前の事である。

 




次回、いよいよもってあの人の登場!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第80縁:第一種遭遇。

(改まって見ると・・・怖いな。)

 

 アイリに勧められた通りに一路が功績記念館に向かった際、鷲羽の毛穴を見た感想である。

断崖絶壁。

それが湾になっている。

正直、直径50キロメートルという規模が大き過ぎて、最初から意味が解らない。

一体、東京ドーム何個分?

それくらいに大きい。

ちなみに隕石などのクレーターに換算すると・・・まぁ、地球では大気の関係があるが、恐竜を絶滅させたてあろう隕石の規模が10キロ前後で、形成されたクレーターが180キロ程・・・推して知るべし。

さて、そんな感嘆を以て一路を迎えた功績記念館は思っていたよりこじんまりしていたが、中は様々な説明文と画像で溢れていた。

その大半が、鷲羽や凪耶が学生時代から取得した権益の数々。

つまりは、特許の説明である。

その数、価値、どれを取っても銀河随一で、実は鷲羽の個人資産は天文学的値である事等、驚きの連続だ。

 

「・・・・・・想像してた以上に鷲羽さんて、凄い人だったんだ・・・。」

 

 普段の言動が多分に問題アリな鷲羽の姿は、都合の良い事に(そして一路にとっての不幸に)彼の記憶にはない。

優しくて、厳しい人という印象。

しかし、よく考えてみれば、身体を刺されて心肺停止の重症を負った自分をあっという間に蘇生させるくらいなのだから、凄いのは当たり前なのかも知れないと思う。

そんな人物を"母"と呼んでしまった事は、本当に恥ずかしくて痛恨の極みである。

 

 だが・・・。

 

その反面、肝心の朱螺 凪耶という人物の資料は驚く程に少なかった。

 

(ほとんどが鷲羽さんとの共同か、代理申請者としての名前しかない・・・ん?)

 

 特許の数が数だけに少ないとは言えないが、どうしても鷲羽の影に隠れがちのように見える。

ある一点を除いて。

 

「この人、異様に古代遺跡の発掘数が多い・・・。」

 

 講義の時に習った、今の人種がこの銀河にたどり着いて繁栄する以前にあったという文明。

その遺跡の調査分野において、朱螺 凪耶は、他の追随を許さない程の功績を上げている。

 

(・・・意外とロマンチストなのかな?)

 

 科学者(哲学士)なのにロマンチスト。

それを想像すると、意外と好きになれそうかもと思ってしまう。

心の中で、自分の名に新たに追加された部分に愛着が湧いてくる。

そんな事を考えながら歩いていると、ここに来たのは無駄などではなく、有意義に感じられた。

やがて、中央の広間、一枚の巨大な写真が一路の眼前に姿を現す。

 

「これ、鷲羽さんと・・・。」

 

 今と全く姿の変わらない鷲羽の姿と同じくらいの背丈の女性。

そして体格の良い大きな男性が3人で仲良く並んで写っている。

 

「恩師である皇立アカデミー夷隈教授と・・・か。きっと大切な人だったんだろうな。鷲羽さん、笑顔だもん。・・・でも、この朱螺って人・・・。」

 

 呆然と見上げる視線の先に、静かな微笑みをたたえて立っている人物。

白髪にも見える銀髪に目つきこそ鋭いが、彼女はきっと鷲羽と一緒の時間を過ごすのが楽しくて仕方がなかったのだろうな、と思えた。

何故だか解らないが、そう思えるのだ。

 

「そんなにその化石のような写真が気になるのかしら?」

 

「え?」

 

 漠然と写真を見上げていた自分の背後から突然声をかけられて一路は振り返ると、そこには一人の女性らしき人影が佇んていた。

 

「古い・・・確かに古いけれど、僕には縁のある写真なので・・・。」

 

 そこでふと、さっきまでここにこんな人いたかなと首を傾げる。

この時間帯に、人はいたがそう何人もすれ違ったわけじゃない。

気配も感じなかった。

 

「縁・・・じゃあ、"夷隈教授"の?」

 

 彼女のこの一言に、一路はきょとんとしてますます首を傾げる。

理由は明白だ。

 

「どうしてですか?」

 

 一路は確かにこの写真に縁があると言った。

だが、言っただけで、"写真の人物"だとは言ってはない。

下手をしたら、写真を撮った人物の方かも知れないではないか?

しかも、写真には"3人も"写っているのだ。

それなのに、何故?

 

「どうしてって?」

 

「だって、この写真3人いるのにどうしてその人だと思うんですか?」

 

 会話の流れ上、どう考えても不自然だ。

 

「では白眉 鷲羽の方かしら?」

 

 悪びれもなくその人物は一路に歩み寄りながら再度尋ね返してくる。

ここでようやくその人物が、紬姿の妙齢な女性であると判った。

 

「まぁ、そうなんですけれど、"今の僕"はどちらかというと朱螺 凪耶さんの方かな。」

 

「朱螺・・・凪耶の?」

 

 艶のあるルージュから吐き出される言葉。

少し気怠げなタレ目が一路を見つめる。

 

「僕、檜山・朱螺・一路って言います。貴女は?」

 

 何かとこの環境ではトラブルしか招かない曰く付きのある名をきちんと告げる。

しいてその理由を挙げるとすれば、ここが彼女のゆかりの地だという事もあろうか。

 

「私?私は・・・・・・そうね、"鏡"とでも呼んでちょうだい。」

 

 そう言ってその女性は、微笑みながら艶かしいその唇を閉じられたままの扇で隠した。

 

 

 




功績記念館内の描写は作者の妄想設定です、あしからず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第81縁:朱螺と朱螺。

「鏡・・・さん?」

 

 名乗った女性をまじまじと見つめる一路。

不思議と、既視感がある。

 

(・・・あれ?)

 

 何故だか解らないがピンと来た。

来てしまったら、納得してしまう。

 

「朱螺さんの血縁の方ですか?」

 

「どうして?」

 

 思わず声に出して聞いてしまった一路に対して、鏡は先程と同じ様な言葉を、今度は立場を逆にして問う。

 

「どうしてって・・・似てる気が・・・して。」

 

「似てる?アタシが?朱螺 凪耶に?」

 

 面白そうに一路と写真を見比べる。

何かマズい事を言ったのだろうかと、一路はじんわりと冷や汗をかく。

 

「えと、その、微笑んだ時の印象が・・・。」

 

 穏やかな瞳で静かに、そして興味深そうに微笑む姿が、鷲羽を見る朱螺の顔に似ている気がなんとなくしたのだ。

 

「天下の天才哲学士に似ていると言われるのも、悪くはないわねェ・・・あなたの方は似ているようには見えないけど。」

 

 朱螺を名乗っていても、朱螺ではない一路。

そして、朱螺の名は持っていなくとも、何処か朱螺に似た女性。

構図としては滑稽な感もあるが、少々自分の思い込み過ぎだったかと、急に恥ずかしくなってくる。

余りにも稚拙過ぎたか。

 

「僕はこっちに来る時に、そう名乗れと言われただけなので。」

 

「名乗れ?それはまた・・・誰に?」

 

 そう言われて、思わず写真を見る。

写真の白眉 鷲羽、その人を。

その空気を察してか、鏡はふぅんと一人相槌ともとれる吐息を吐く。

 

「それで、どう?宇宙は?」

 

 どうと問われても、漠然とし過ぎて答えに困る。

 

「どうって言われても・・・まだよく解らないです。でも・・・。」

 

「でも・」

 

「白眉 鷲羽に、朱螺 凪耶に、出会えた人達に誇ってもらえる・・・う~ん、最低でも笑って、やれる事をやったって言い切れる自分でいたいなとは思います。」

 

「あら、それは大変ね。」

 

「大変です。でも、やらないと僕は鷲羽さんがつけてくれた、朱螺の名は名乗れないと思うんです。」

 

 母が亡くなってから、期待される事が皆無だった自分の意地のようなものだ。

幼稚だとは思うけれど、頑固さでは負けない。

 

「・・・それ程大層な名前じゃナイんだけどねェ・・・。」

 

「え?」

 

「いや、こちらの話よ。」

 

 オホホホと持っていた扇で口元を隠して、鏡は何とかその言葉を誤魔化す。

鏡とて、白眉 鷲羽が何かと気にかけているという人物を見てみたいとかねてから思ってはいたが、何としてでもという程でも無かった。

何より、"今のところは"鷲羽が望んでいるわけでもない。

ただ何となく来たついでに、滅多にない些細な感傷と共にここに出向いただけなのだ。

ただの偶然。

そう偶然でいい。

必然性を感じる必要はないと切って捨てる。

ただ、咄嗟に出た名前が鏡だったというのは拙かったが。

 

「僕が今、ここにいられるのは、出会った人達の、皆のお陰で、僕は誰かと繋がる事だけでここまで来られたから・・・。」

 

 一路は自分の耳元に手を伸ばす。

鷲羽がくれたイヤーカフは宇宙に出て以来、着けたままだ。

 

「きっとそういう意味で、鷲羽さんの隣にいた朱螺さんも、朱螺さんの傍にいた鷲羽さんも幸せだったんじゃないかなって思うんです。」

 

 朱螺 凪耶は、遺跡発掘調査中に事故に巻き込まれて行方不明となっている。

しかし、本当に行方不明なのか、そして事故に合ったのかすら定かではない。

何の為に、何を求めて遺跡発掘をしていたのかすら不明なのだ。

これには様々な憶測を呼んだのは言うまでもない。

と、一路はここで気づく。

鷲羽も朱螺 凪耶も、行方不明で生死不明だ。

特に鷲羽は数千年単位で行方不明になっている・・・と、いう"建前"のはずだ。

しかし、鏡は鷲羽が"今も生きている"という前提で話す一路に驚きもしていない。

 

(鷲羽さんが、生きているのを知って・・・る?)

 

「・・・そうね、それはそうかも知れないな。」

 

 一路がそんな疑問を感じ始めた時、鏡が口を開く。

鏡が、眩しいモノでも見るかのように壁に飾られた写真を見上げるので、一路は疑問を口に出す機会を逃してしまった。

そして、思わずつられて一路も背にした写真を見上げる為に振り返る。

 

(・・・・・・友達か。)

 

 やはり、周囲の人間と連絡を取るには、NBの力を借りねばならないだろう。

しかも、早急にだ。

 

「・・・僕は・・・守る事が出来るんだろうか・・・。」

 

 この期に及んで、まだ一路は何もかもを背負いながらやり通そうとする想いが何処かにあった。

少なくとも、最後の行動を起こす段階においては、自分自身のみであろうと。

 

「やってみなさないな。やれるところまで・・・たとえ結果が解りきっていても、可能性はゼロじゃないわ。」

 

 背にかけられた声に、言葉に、一路の背が震える。

背中を押されるような、優しく厳しいソレと同じ感触はあの時の地球で聞いた鷲羽のモノに似ていて・・・。

一呼吸の間の後、一路が振り返ると、もうそこには誰の人影もなく、まただった広いひんやりとした空間に一路一人だけになっていた。

何故、鷲羽の事を知っているのか、朱螺との関係はなんなのか、そんな事を聞く事も出来なかったが、そんな事はどうでもよかった。

 

「・・・・・・ありがとうございます。」

 

 そして一路は再び写真に向き直る。

やがて、その写真の前からも、誰もいなくなった。

 

 




朱螺の行方不明説に関しては、一路の認識としてこうしておきました。
今後の展開で、どちらかというと一路が朱螺が何処かで生きている可能性が鷲羽と同じように高いと思っている方がいいので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第82縁:歩みは人、それぞれで。

「なるほど・・・。」

 

 自分の眼下で行われている作業に一路は感嘆の声を上げた。

目の前のコンソール(といっても、完全に光学式で空中に投影されたモノ)を指が走っていく。

 

「という事で、発進前のチェックをして、進路を設定したら基本は自動。計器類を見ていればいい。手動になるのは輸送主体のこの艦では基本ないかな。」

 

 そう言って説明するのは、いかにも人の良さそうな眼鏡をかけた短髪の男性。

一路はあれから"操艦"を主とするブッリジクルーの研修を志望する事にした。

初期研修という事で、配属されたのは宅配業務の輸送艦だ。

この配属は当たり前の事で、基本的に学生は護衛艦などの戦艦に配属される事はないらしい。

 

「計器類は航路と出力、それ以外は操舵のみですか?」

 

「あぁ、小さい船なら、火器管制だの索敵だの一人で何でもやらなければならないけれど、この艦はほとんど自動制御の中型艦だからね。他は・・・。」

 

「発着進の時。火器管制は私の担当。」

 

 そんな一路の横で担当教官の言葉を引き継いだのは、アウラだ。

当初の発言通り、艦内業務を希望していた彼女とは、偶然同じ配属先となった。

勿論、学習能力のある一路は、この偶然を少々疑ってはいたが・・・。

何故なら、アウラの他にプーや照輝、黄両とえマリー・・・そしてよりによって左京も同じ配属先だったからだ。

刑事課志望のプーと照輝が乗組員としてこちらに回されてくるのはまだしも、左京と女子二人というのは、些か出来過ぎな気もする。

 

(まぁ・・・あの理事長の事だし。)

 

 そこはもうありのままを受け入れるしかない。

 

「ま、そういう事だから、あとは他の乗組員に挨拶がてら艦橋を見てくるといい。」

 

 半円状のテーブルに5つの椅子。

複雑なコードが乱雑に伸びてるわけでもなく、ちょっとしたカウンター席のようなブリッジ。

そしてその中央に一段高くなった艦長席があり、その真横に副艦長席がある。

艦橋はこの7人だけで構成されているのだ。

メインの乗組員の数など、スペースシャトルと変わらないと思うかも知れないが、あちらは常に地上管制と連絡を取り合い、何百人というバックアップ態勢があるのだから、やはりこちらの方が遥かに高度だ。

 

「ところで、いっちー?」

 

 担当教官に言われた通り、今現在、艦橋にいる他のクルーに挨拶を終え、一旦ブリッジから出ようとする一路に、隣にいたアウラが声を上げる。

 

「ん?」

 

「まだ、抱きしめちゃ、ダメ?」

 

 心なしか、手が微かにワキワキと動いている気がしなくもないアウラが、少々困ったような表情で自分を見つめてくるのに困ってしまう。

彼女が初めて会った時の、自己紹介時からの希望だ。

 

「諦めてないんだね、ソレ。」

 

 条件としては親しくなってから、イコール交換日記という手段を取ってはいるが、未だ彼女の望みは叶えられてはいない。

 

「お預けばかりじゃ、寂しいわ。」

 

「・・・何処までも欲望に忠実なんだね・・・っていうか、どうしてそう思ったの?」

 

 可愛い女の子ならまだしも。

背があまり高い方ではない一路にとって、サイズ的に言えば自分より小さい可愛いという分類に入りそうなのは、黄両とシアくらいなもので、自分は男の子だし、可愛くもないだろう。

確かに長身のアウラの背に比べたら、遥かに自分の方が小さいが。

 

(モルモット的なアレと同じなのかなぁ?)

 

 解釈的にはそっちの方が納得がいく。

 

「だって、今だけだもの。」

 

「今だけ?」

 

 何か、マイブームとかそういうタイミング的なものだろうか?

目的を果たしたら、ここから去るという選択肢もある一路にとって、そういう面はあるかも知れない。

だが、そんな話はアウラにも、いや、他の誰にもまだ話してはいない。

 

「そう。今だけ。」

 

「何で今だけなの?」

 

 力強く肯定する根拠は一体何なのだろう?

それくらい彼女は、きっぱりと断言している。

 

「だって、貴方はすぐに私よりずっと強く、カッコ良くなってしまうから。」

 

「・・・は?」

 

 何の脈絡もないアウラの理由に、開いた口が塞がらなかった。

全く根拠もない次元の答え。

 

「いっちーはきっと強くなるわ。少なくても、"心に見合った強さ"を手に入れるから。」

 

「・・・そうだと・・・いいな。」

 

 アウラの言葉は半信半疑だが、こうやって口に出して言っている以上、ご多分に漏れず120%本気でそう思って信じているのだろう。

 

「だから、抱きしめられるのは今のうちだけ。その内に、貴方は誰の手も届かない速さで、進んで行ってしまうから。」

 

 そのうちに自分と一路は並び立てなくなってしまうから。

今の愛らしさと強さであるのは今だけだとアウラは言う。

 

「・・・あーちゃん、僕は、それでも僕は僕だよ。何も変わらない。」

 

 変わらない部分もきっとある。

あっていいはずだ。

そう返すのが一路には精一杯だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第83縁:そして疑惑の・・・。

「いっちーは大丈夫でゴザルかなァ・・・。」

 

 目の前で流れてゆく荷の伝票に、ハンマー型の電子スタンプで消印を捺しながら、照輝は隣に座って同じ作業しているプーに語りかける。

 

「まぁ、少なくともアソコなら"安全"だと思うよ?」

 

 同じように伝票にスタンプしながら視線は動かさずに答える。

 

「成程。相変わらずプーは冷静でゴザルな。」

 

「・・・ヘマして自分だけが被害に遭うなら、自業自得で済むんだけれどね。」

 

 複雑な表情をしながら。

 

「あはは、まるでそちらの方が気が楽みたいに聞こえるでゴザルよ?」

 

 咎められたわけではないが、何故だかその言い方が癪に触った。

 

「照輝だって同じなクセに。」

 

 横でケラケラと笑う友人に呆れた声を上げる。

 

「如何にも。」

 

「いくらね、僕が利用出来るモノは何でも利用するタイプの人間だとしても、それくらいの分別はつくんだよ。」

 

 人として、越えてはいけない一線がある。

そんな事を言っている時点で、頭脳だけで上へとのし上がろうとする人間としてはどうかと思うが、そういうプライドの在り方があっても然りだと。

結局、再び笑い声を上げる照輝にゲンナリするしかない。

 

「何がどう安全なのかなーっ?」

 

「へ?」

 

「ん?」

 

 二人の会話に割り込む声。

 

「やほー。」

 

 プーと照輝の席の間、そこに小さな身体を更に小さく縮めてしゃがみ込む存在がいた。

黄両である。

 

「や、やほーでゴザる。」

 

 とりあえず、彼女につられてか、同じように挨拶を返す照輝の様子にこめかみを抑えずにはいられないのはプーだ。

 

「今、いっちーの話してたよね?よね?よね?何の話?アメちゃんアゲルから教えて♪」

 

 そう言うと黄両は懐から棒のついたスティックキャンディを3つ出して2人に見せると、徐に1つの包みを開けて口に含む。

 

「はぁ・・・。」

 

 確か、この人物は一路の見舞いに来ていた面子の中にいたな、とプーは思い出す。

 

(逆に考えれば、僕達よりうまく動けるかも知れないな・・・。)

 

 使えるモノは何でも使う。

その信条に誤りはない。

 

「そんなの貰わなくても、教えてあげるよ。」

 

 一路の安全性を考えるなら、その方が確率が上がるとすぐさま判断する。

用心に越した事はないのだ。

 

「えっ?いらないの?アメちゃん。」

 

「いる。」

 

 何やら話の論点がズレている気もするが、それはそれ、これはこれなのである。

2つのアメを自分と照輝で1つずつ受け取って、黄両がしたように口に入れる。

少し行儀が悪いが、そのままで話を続けようとしたのだが・・・。

 

「黄両!何やってんの?ちゃんと仕事してよ。」

 

 3人の輪に乱入する人影。

 

「あ、エマ。んとね、今2人にいっちーの話をしてもらおうとしてのさっ。」

 

 少々怒った様子のえマリーに黄両が胸を張る。

悲しい哉、そこはぺったりのっぺりだが。

 

「あぁ、ちょうど良かった。君にも手伝ってもらえると嬉しい。僕達の為じゃなく、"いっちーの為に"。」

 

 語尾を出来る限り強調する。

やり方が汚い。

それは当然解っている。

プーは幼い頃から、一族の中で賢い方だと言われてきた。

だからこそ、出来る事とそうでない事の判断が、常識を伴って理解してしまう。

それは可能性の途絶と言い換えてもいいのだが、世の中、簡単に諦めてはいけないモノがあるという事もプーはきちんと理解している。

ではどうすればいいのか?

それは、つまり、こういう事だ。

 

「一路の為に?」

 

 怪訝な顔をするエマリー。

 

「二人共、ゆっくりと視線だけを横にズラして。あぁ、もうちょい横。」

 

 声のトーンを一段落としたプーは、二人をそう促す。

その声に含まれる真剣さに仕方なく従うと・・・。

 

「見えるかい?取り巻きに囲まれてる、あの中心の。」

 

 無言で頷く。

言われた通り、何人かの取り巻きに囲まれた男子生徒が視界に入った。

 

「アイツ・・・確か前に授業で一路と・・・。」

 

「覚えているなら早いでゴザる。本当は男同士の友情を優先したいところでゴザるが・・・アレがいっちーに大怪我させた元凶でゴザるよ。」

 

 プーの考えを察して、そして他の人間を巻き込むという事に対する彼の罪悪感を減らす為に、照輝が背に腹は変えられぬとばかりに言葉を引き継ぐ。

 

「・・・・・・一発ブン殴ってくる!」

 

「だ、ダメだ、それはダメ。というか、君、意外と物騒だね。」

 

「そーだよ、エマ。"今は"ダメ。今、"()ったら"、いっちーが疑われるし、困っちゃうよー。」

 

 今にも飛び出しそうなエマリーの腕を掴んだ黄両の言葉に何とか思い留まってくれたようで、プーはほっとする。

そして、同時におや?と内心で首を傾げる。

今の黄両の言葉にだ。

"いっちーが疑われるし、困る。"

台詞単体で考えた時は、まさに彼女の言う通りなのだが、それ以前の彼女の言動を(それ程長く見たわけではないが)不自然に浮いたモノに感じられる。

 

(このコも意外とクセ者なのかも知れない。)

 

もっとも、ただの直感というヤツかも知れない。

ただ少々、こちらも発言内容が物騒な気したが。

 

「そう二人には我慢してもらってだ、お願いしたい。僕達はいっちーのルームメイトとして面が割れている。でも、君達は違うよね?」

 

「それって・・・?」

 

 ようやくプーの言わんとしている事がエマリーも解ってきた。

 

「それとなくアイツ等を監視くれないかい?」

 

「もし、何か少しでも不穏な動きがあれば、知らせて欲しいでゴザる。」

 

「りょーかいっ、合点承知でゴザるよー。」

 

 照輝の語尾をモノマネしながら黄両は敬礼をする。

 

「連絡先は、いっちーの回線コードのNBへ。」

 

「・・・て、NBは何処に行ったでゴザるか?」

 

「あれ?そういえば・・・艦には確実に乗艦していたんだけど。」

 

「確かにそれは拙者も見たでゴザるが・・・。」

 

 だが二人共、NBと一緒に部屋を出て来た記憶がない。

そして、NBが一路について行った覚えも無かった。

 

「・・・ロクなコトしなきゃいいけど・・・。」

 

「で、ゴザるな。」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第84縁:それでは皆さんお待ちか・・・ね?

「えぇ~と、コレがこぉなって、アレがあぁなるさかい・・・うぅむ!流石はワシ、えぇ仕事しとるがな。」

 

 部屋の中をあっちにゴロゴロ、こっちにグルグルと忙しく転げ回っているのはNBだ。

相変わらず怪しい関西弁もそのままである。

 

「しっかし、アレやな、ココ最近のワシ、坊に毒されてないか?そう思わんか?」

 

 壁に向かってブツブツと呟いているロボットなんて、もう末期症状と言う他ないのだが、そもそもこのNBに自己診断機能すらあるかも疑わしい。

 

「・・・・・・まぁ、確かに坊は悪いやっちゃないからなー。ワシとしてはやり易いんやが・・・ほら、アレやアレ。全国1千万のNB信者の皆様には物足りんとちゃうかー?」

 

 キリっと眉を太らせ、何処から取り出したかも解らない葉巻を持ってカメラ目線。

・・・何処にカメラがあるのかは解らないが。

 

「あとは坊が帰って来てからのお楽しみとしてぇ~。」

 

 お尻の辺りをむずむずと振ると1本のコードが生えてきた。

さながら、悪魔の尻尾と言いたいところだが、NBがやると何故かそういう類いのモノには全く見えない。

その先端を壁に開いた穴、端末へと差し込む。

 

「えぇと、ここ最近・・・あぁ、"外見は15前後なんやっけ?まぁ、えぇ、性別は牝っと。擬態やないみたいやから、身長150~160っと。」

 

 ふんふんと鼻歌交じりに検索をかけているのは、GXPの犯罪者リストだ。

一路に毒されていると自分でも言ったように、以前一路に頼まれた事を実行している。

検索内容は、勿論灯華の居場所。

ちなみにNBのやっている事は、ハッキングである。

宇宙に出ている大勢を乗せた船は、ハッキングをする隠れ蓑に丁度良かった。

一応GP所属ではあるし、バレて追手が来てもこちらが移動している分、多少の時間は稼げる。

当然、そんな事はないようにアクセス経路は巧妙に偽装した。

 

「あ゛~っ!まだるっこしぃっ!!」

 

 余りの処理速度の遅さにNBはすぐさま痺れを切らし、尻を振ると何本ものコードを吐き出す。

そして室内各所にある端末、室外の手近にある端末に次々とそれを差し込んでゆく。

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛~カイカン♪ワシ、コレ、クセになりそう、じゅるり。」

 

 ビクンビクンと身体を震わせるNB。

 

「最高にハイってヤツやぁ~。」

 

 コイツが言うと何やら締まらない。

犯罪者リストの、海賊、テロリスト、賞金首・・・ブラックリストを照合し、条件にそぐわない者達を除外していく。

やがて、残った人間の数が両手の指程になると、その横に数字がそれぞれ弾き出されて表示される。

性別、外見、身体的特徴、組織とすれば樹雷に敵対する(それこそ星の数程いるが)・・・etc・・・。

条件の適合率の高さだ。

NBはその中から、比較的確率が高い者達を眺め、ピンと来た者の詳細データを見てみる。

このピンと来たという部分が、NBが高性能だと言える証拠だ。

直感の類いのような機能は、ロボットには必要ないものだし、なかなか持ち得ない高度な感覚といえる。

 

「ん~・・・・・・げげっ?!マジかいな・・・コイツぁ、アカン。」

 

 表示されるデータを閲覧しての感想はそれだった。

 

「海賊ギルドなんやろなとは思っとたが・・・コイツは坊には見せられへんな・・・。」

 

 NBは一人(体?)で嘆く。

だが、とにかくこのリストに載っている者全員の居場所を突き止めなければならない。

話はそれからだ。

 

「何を見せられないの?」

 

「ヒッ?!」

 

 ご多分に漏れず、NBは後ろから声をかけられると何本もの出ていた触しゅ・・・コードを掃除機の巻き取りコードのような軌道でしゅるしゅると収める。

 

「なっ、何や坊、もう帰って来よったのか、どないやった研修は?」

 

 自分に声をかけてきた一路に向き直ると、話題を逸らす。

画面はコードが抜けた際にほとんどが消えているので、一路に見られたという事はないだろう。

 

「何とかやれそう・・・かな?プーと照輝は?」

 

「そりゃ上々。二人はまだ帰って・・・。」

 

「ただいま。」

 

「で、ゴザル。」

 

 噂をすれば、ではないがプーと照輝が帰って来て、NBは内心ほっとする。

これで完全に一路の興味を逸らす事が出来ると。

それに秘策はまだある。

 

「おかえり二人とも。」

 

 何気ない一言だったが、一路はやっぱりこういう"ただいま""おかえり"という言葉のやり取りは良いものだなと笑もがこぼれる。

 

「いやぁ、流石に疲れたね。」

 

「そっちはどうだったでゴザルか?」

 

 二人共、一路の姿を認めて今日の作業についての簡単な説明をする。

だが、そこに黄両達との会話は含まれてはいない。

当然だ。

それが一路の為なのだ。

 

「ん~、やっぱり覚える事が多くて大変かな。何しろ初めてだらけだし。」

 

 大半は頭に叩き込めたとしても、何時ポロリとこぼれ落ちるか解ったものではない。

一応、小さなメモ帳に書き留めはした。

教本など、自分の学習端末に入っているので、それを開けばすぐに確認出来るのだが、悲しいかな一路はアナログ人間だった。

彼はどちらかというと、書いて、五感を使って覚えるタイプであったのだ。

お陰で、メモを取る様を見たアウラに首を傾げられるハメになったのは、少々恥ずかしかったが。

 

「ま、お互いどっこいどっこいか。」

 

「まだまだ初日でゴザル。」

 

 初日からフル回転して、最終日までもたなければ意味がない。

 

「ふっふっふっ。そこでぇっ、ワシの出番や!」

 

 キュピーンッ!と某新人類のような音を出して、三人の間でNBがポーズを決める。

 

「そう!こんなこともあろうかと!!」

 

 そうお決まりのセリフを胸を張って叫び、君臨するNBの姿に、三人はぽかーんと口を開けて眺めるしかなった。

続く!

 

「ズコーッ!ここで引きかいっ!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第85縁:間隙、そして転回。

(あ、また良からぬ事を・・・。)

 

 

 NBの言葉にすぐさまそう直感する。

どうせロクな事ではないと。

 

「ワシの今日一日の成果をとくと見るが良い!あ、ぽちっとな。」

 

 3人が座る部屋の壁面に投影される映像。

勿論、こんな設備は一路達が入ってきた時はなかった。

 

「ぶっはぁぁッ!」

 

 そして直後、照輝が鼻血を吹いて盛大に仰け反る。

 

『やだぁ、うっそぉ~。』

 

 投影されたそこには、誰とも解らない丸い曲線、お尻が映っていた。

 

「こ、これって・・・まさか・・・女湯かい?」

 

 冷静なように思えるが、NBにそう聞き返すプーの声も若干興奮気味だ。

 

「イカにもタコにも、アシカにもっ!」

 

「・・・それは意味不明だけど、NBダメだよ、これは犯罪だ。」

 

 何とか視界にお尻を入れないように、一路はNBに向かって当然の如く、かつ真面目に注意をする。

もしかしたら、一番冷静なのは一路なのかも知れない。

興味が全くないわけじゃないところが、なんとも蒼い春ではあるが。

 

「何を言うか坊!これは漢の浪漫や!ろうまんと書いて浪漫!」

 

「いやいやいや、犯罪でしょ。」

 

 幸い時間的にまだ早かったせいか、ほとんど入浴している者もいなければ、湯気でカメラ(?)の大部分が曇ってしまっていてはっきり見る事は出来ないが。

 

『二人共、早く早くー。』

 

『黄両、焦らないの。お風呂は逃げないわよ。』

 

(え?)

 

 この声は聞き覚えがあるし、名前も記憶にある。

どう考えてもエマリー達だ。

 

「ダメ!NB、お終い!」

 

 流石に自分の知っている人間の裸を見るというのは、躊躇われる。

いや、そうでなくてもこれは犯罪なのだからダメなのだが、やはり見てしまった場合、明日からどんな顔をして会話をすればいいのか解らなくなってしまう。

こんな事で距離感を見失ってしまうのが、思春期というモノなのだ。

 

「ええやんか、ここからがエエトコや。」

 

 NBのその言葉に無言でぐぐっと身を乗り出すプー。

そして、何時の間にか照輝も復活する。

 

「・・・二人共、NBを止めてよ・・・。」

 

 何だろう、この状況は?

変なのは自分の方なのだろうか?

思わず呆れてしまう。

 

「しっ、静かに!入ってくるよ。」

 

「・・・えー。」

 

 何故だか嗜められてしまう。

しかも、これは送られてくる映像なので、別に静かにする必要はない。

やがて、誰かが入ってくる気配がして・・・。

 

「おぉっ!」

 

 更に身を乗り出す。

 

『業務連絡!1時間後に艦橋要員は各担当持ち場に集合する事。尚、他の各員も部屋に待機。業務放送がある!』

 

 画面にむさいおっさんが出てきて、その映像の顔をキスをしそうになって"二人"(と一体)は盛大にズッコケだ。

この業務連絡の後、NBが設置したカメラが故障したのか一切の映像が映し出される事はなく、歯ぎしりというより、浪漫とやらを打ち砕かれた男達はむせび泣くのであった。

ただ一人、一路を除いて。

 

「・・・さっきの男の人って・・・・・・。」

 

 

 

「メシだよ。」

 

 そう自分にかけられた声が何時もと同じ看守の声ではないという事に気がついた少女は、声のする方へと顔を向けていた。

 

「何だ、やっぱり生きてるじゃないか。」

 

 腰まで伸びた髪を無造作に束ねた房が揺れ、ニッカリと白い歯を見せて笑うと、"二つのトレー"を持ったその女性はどっかりと少女、灯華の横に腰を下ろす。

 

「ルビナ。」

 

「ルビナ"さん"。アンタに礼儀を教えたつもりはないけど、さんはつけな。」

 

 ルビナと呼ばれた女性は灯華の手にトレーの一つを押しつけると、残ったトレーで自分の食事を始める。

 

「んで、"何が"あったんだい?」

 

 食べ物を口に入れながら喋り始めるところを見ると、確かに行儀とか礼儀とか言えたものではない。

 

「何が?」

 

 何かがあったと断言してしまうルビナ。

勿論、任務は失敗したが、地球であった出来事の詳細は誰にも話していない。

 

「あったんだろうよ。任務に成功しようが失敗しようが自分には関係ないってツラして、しれぇっとしてるアンタが、今はそんなんなんだからね。」

 

「そんなの・・・。」

 

 解るわけがないと言おうとして、灯華は押し黙る。

両親がいない灯華にとって、年の近いルビナは"一般的"に見れば姉に近しい存在だ。

そういう事も解るかも知れない。

もっとも、姉といっても海賊の孤児だ。

当然、世間様のそれとは違う。

寧ろかけ離れている。

 

「ほれほれ。言ったらこの髪を触らせてやるゾ?」

 

 他にも沢山いた年の近しい人間達。

その中でも、灯華がルビナを選んだのは単純明快な理由だった。

彼女の長い髪はそれはそれは見事に目立つオレンジ色で、幼少の頃の灯華は思わず引っ張ってしまったのだ。

その後、物凄い説教と折檻が待ってはいたが。

 

「もうそこまで子供じゃないわ・・・でも・・・。」

 

「うん?」

 

 もしかしたら、年長のルビナなら答えられるかも知れない。

自分がここに入ってから考え続けていた事を。

 

「・・・もう謝れない人に謝るにはどうしたら・・・いい?」

 

「あ?あ~。」

 

 ルビナは食事をする手をピタリと止め天を仰ぐ。

思っていた以上に予想の斜め上の質問だったからだろう。

勿論、灯華が謝る人間といえば、一路しかいない。

彼女の手に今も残る感触からいって、彼は確実に死に至った・・・と、彼女は思っているのだ。

 

「・・・まぁ、謝るわな。」

 

「だから・・・。」

 

 その謝る相手がいないから、どうしたらいいかという話を自分はしているのに。

聞いていなかったのかと非難の目を向け・・・。

 

「だから謝るのさ。自分が死ぬのその時まで心の中で謝り続ける。そんな死んで一緒にアストラルの海に溶けるまでの事さ。」

 

 それは時に信仰だとか、祈りだとか、そう呼ばれる類いのモノに近い。

 

「どっちにしろ、最後の最後まで生き抜かなきゃ、それも意味がないよ。だったら余計にきちんとメシ食わないとな。チャンスをふいにしちまう。」

 

 自分の頭をポンポンと子供の時の頃のように気安く叩くルビナに反抗する事なく、灯華は首を傾げる。

 

「チャンス・・・?」

 

「そうさ、もう何周期かしたら、"ヤツ"が来る。きっと周りも浮き足立つだろうね。その時にどうするかはアンタの好きにしな。」

 

 




さぁ、さぁ、さぁっ!(謎)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第86縁:作為という名の無作為。

 正直な話、呆気に取られるというよりも納得してしまったというのが、一路にとって正しい認識であった。

プー達と一緒に見た業務連絡。

その映像に映った男の顔を何処かで見た事があるような気がしたのは、勿論一路の記憶違いでも何でもなく・・・。

 

「今回、オマエ達の研修を行う艦の艦長を務める"天南"コマチだ。研修といっても初期研修だ、気楽になどとは私の口からは言えぬが、よく見、よく聞き、多いに学習していって欲しい。」

 

 案の定、コレである。

益々・・・というより、どう考えても人選に作為があるとしか思えない。

映像の男ともそういえば、自分の特訓を眺めていた中にいた人物に違いなかった。

下手をしたら、今回の研修にプーや左京があるのも、偶然とは言えないのかも知れない。

と、そこでだから何だというのだろうという事に一路は思い至る。

一路にとって(左京の事は別として)何ら困るような状況ではない事に気づいたからだ。

 

(・・・これは、ひょっとして、後でお願いすれば稽古してもらえるのかな?)

 

 流石に以前の時のようなレベルの猛特訓は、研修もあるし身体がもたないが、これはこれでアリかも知れない。

その後、ブリッジ要員である一路達には当直のようなものがあって、3交代制であるという説明があった。

勿論、学生である一路達は、就寝時間を2時間程過ぎた辺りまでで、深夜を過ぎてからの当直はないとの事だ。

一路達は現在2時間の待機(自由)時間の後、就寝時間となる。

ただ、一路は運の悪い事に一番最後の当直で就業時間後2時間の担当になっていた。

その代わりといってはなんだが、起床時刻も2時間遅い。

一応、これに関しても加速睡眠という体感時間を圧縮してとる睡眠もあるのだが・・・。

 

(あれは、何か時間に対するありがたみが薄れそうなんだよね、何かおかしくなりそう。)

 

 まだどこか地球人の概念が邪魔をするのか、それともそれが人本来の時間との付き合い方なのかは解らないが、一路は出来れば遠慮願いたかった。

 

「いっちー?」

 

「ん?なぁに?」

 

 当直の割り振りが発表され終わると、アウラが声をかけてくる。

 

「当直、一緒よ。」

 

「あ、うん。」

 

 やはり、かなり作為を感じる。

こうなると何から何まで怪しく思えてくるが、何とかその言葉を飲み込む。

 

(あーちゃんも巻き込まれちゃったっていうんなら、ヤだなぁ・・・。)

 

 ルームメイトでも何でもない彼女が、自分の行動範囲内にいるというだけで、今この艦にいるとしたら・・・ちょっぴり憂鬱になる。

 

「いっちー?どうかした?」

 

「う、ううん、なんでもないよ?」

 

 あぁ、また愛想笑いだと、秘密ばかりは増えていくと苦々しく思う。

 

「当直までの時間は、何するの?」

 

 2時間程の自由時間。

仮眠というテもあるが、そんな気にはなれない。

どのみち睡眠時間は保障されているのだし・・・空いた時間にする事となると・・・。

 

「あ~、んと、"自主練"かな。」

 

 そういえば今日はまだ例の日課をしていない事に気づく。

研修期間だからとか、そんなのは一路にとってやらない理由にも言い訳にもならないのだ。

 

「自主練・・・。」

 

 キラーンっとアウラの目が輝いたように一路には見えた。

どう見ても興味津々といった様子だ。

 

「あーちゃん?」

 

「自主練・・・いっちーの自主練・・・。」

 

 ブツブツと繰り返すアウラに少したじろぎながら、これは言わないと後が怖いなぁと思った一路が口を開く。

 

「えと、あんまり見ても面白くないと思うけど・・・一緒に、来る?」 「行く。」

 

 速攻で即答される。

やはり興味津々らしい。

 

「いっちーの秘密、見たい。」

 

「いや、秘密でもなんでもないんだけどね・・・。」

 

 他の秘密は沢山あるけれど・・・と、思いつつ。

実際のところ、プーや照輝も見ているし、他にも見た事がある者は多い。

一路としても日課の方の練習は見られてとしても特に困るモノでもないと思っている。

そもそも何ら面白いものでもないとも。

まさか、それが知る人ぞ知る樹雷の、なんてカケラも思ってもいないのである。

 

「それでも見たい。」

 

「はいはい。」

 

 しかし、アウラのこの反応を見ると、自分に誰かが興味を持ってくれるというのも、満更でもないなと思ってしまう一路なのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第87縁:なにゆえ彼等は、そこに立つに至ったか。

あ、実は先週誕生日だったんですよ・・・いや、何でもねぇです、はい。


『綺麗・・・。』

 

 瞳を輝かせてうっとりと呟くアウラの方がよっぽど綺麗などという恥ずかしい台詞は、思ってても口から出せなかったが、一路の剣舞を見た彼女の感想は概ねそんなところだった。

大好評と言ってもいい。

一路としても、本来は誰かに(主に神仏なのだが)見せる事を前提とした舞い褒められるのは満更でもなかった。

 

(少しは成長してるのか、な?)

 

 自惚れるような事は決してないが、少しは身についてきている様で嬉しかった。

そんな事を暇で平和な当直の時間、先程あった出来事を回想する事で過ごしていたのだが・・・。

 

「檜山。」

 

 無表情のまま、ちょいちょいと自分を手招くコマチに回想を遮られる。

彼女はこの部屋の中心、一際高い椅子に座っているのだが、そこが艦長席という事らしい。

 

「何でしょうか?」

 

 艦の中で最上級の指揮権を持っている人物に呼ばれてしまっては、一路も無視する事は出来ない。

猫や犬でも呼ぶかのような仕草に仕方なく従ってコマチに近づく。

 

「そう緊張するな。何、ちょっとした雑談だ。」

 

「雑談って・・・。」

 

 それは最高責任者としてどうなのだろう?

 

「勿論、全く関係ない話じゃないぞ。」

 

「?」

 

「私はてっきりオマエが艦長希望だと思って、今回の指導教官を特別に引き受けたのだが・・・。」

 

 そう言葉を濁すコマチの言い分としては、"何故、操船系なのか?"という問いだ。

だが、逆に一路は首を傾げる。

"特別に"というフレーズもそうだったのだが、それ以上に疑問に思う事があったからだ。

 

「逆に何で艦長希望だと思ったんですか?」

 

「あ、コラ、疑問に疑問で返すな。今は私の方が上官なんだぞ?」

 

 上意下達、船の規律は常に守られねばならない。

確かにコマチの言葉に一理あるなぁと思って、果たして何と答えたらいいものかと思案する。

 

「・・・そうですね。僕は船が扱えればいいんです。確かに艦長でもそういう意味じゃそうなんでしょうけど・・・。」

 

「ん?」

 

 一路の言葉が一瞬だけ止まる。

不自然な間。

そして不自然な空気を自分で消すかのように口を開く。

 

「僕に、僕の目的の為だけについて来るような人はいないだろうから・・・なら、操船系の方がいいと思って・・・。」

 

 結局はそういう結論。

何もかも傷つけたく、振り回したくないから。

だから、一路はそう答える。

 

「ふむ・・・。まぁ、艦長というのも簡単な仕事とは違うからな。船の大小に関係なく。」

 

 当然だと思う。

船の中での最高責任者ともなれば、その判断で船員の安全を左右する。

その責任が常につきまとうのだ。

一路の言い分は、その責任を負いたくないというようにコマチには聞こえたらしい。

一路としても、近い意味で言ったのであながち間違いではない。

だが、コマチはすぐにそれはそれでいいではないかと考えを切り替える事にした。

無能な艦長を抱える船は不幸だ。

たとえそれが"運を呼ぶ船"でも・・・と。

 

「そうか。」

 

「どうしました?」

 

 何故、自分は目の前の少年が艦長希望と"決めつけて"しまったのかに気づく。

 

「その"()か・・・。」

 

「はぃ?」

 

 同じ目をした一路と同じ"地球人"がいたからだ。

 

「私の先入観というヤツだ、許せ。」

 

「先入観ですか?」

 

 はぁ。と何とも間の抜けた返事をする一路の顔を見て、笑みがこぼれる。

 

「成程、オマエは知らなかったのか。昔、山田 西南というオマエと同じッ!!」

 

 突然の衝撃。

艦を上下に揺さぶるその揺れに、一路とコマチが咄嗟に近く掴まり転倒しないように支える。

何が怒ったのか一路には全く解らなかったが、コマチには"ソレ"が何かを理解して声を上げる。

 

「全周囲シールド展開!何処からの攻撃だ!」

 




原作も第一部完結までのカウントダウンとなりました。
色々と凪耶関係や皇家の樹の関係も公開される予定なので、もしかしたらそれに合わせて少しお時間を頂く事になるかも知れないです。

では、また来週に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第88縁:深く静かに・・・。

GWって何ですか?
ガン〇ムウィ〇グの略?



 それを遡る少し前、エマリーは楽しげに、少なくとも彼女にしてみればそう見える一路とアウラの姿を目撃して、咄嗟に廊下の影に身を潜めていた。

 

(て、何で隠れてんのよ、アタシのバカッ!)

 

 とはいえ、隠れてしまったものは仕方がない。

今更二人の前に飛び出して行く方が不自然だ。

だが、気になっているのは事実で、そおっと二人の様子を影から覗く。

時は丁度、一路が日頃の日課をアウラに披露したその帰り、当直へ向かうところだった。

 

「いっちー、毎日アレをやってるの?」

 

「毎日?うん、そうだね。あ、でも、アカデミーに来るちょっと前に教えてもらったから、そんな長い期間やってるわけじゃないよ?」

 

 だが、律儀といえば律儀であるだろう。

 

(アレって何の事?)

 

 一方、エマリーがそう疑問に首を傾げるのも当然の反応である。

 

「いっちーはGP艦でアカデミーに?」

 

「うん。出身地が田舎だから便乗させてもらちゃった。そこでエマリーと会ったんだ・・・よ。」

 

 語尾が怪しい。

そして、何を考えたのか、自分の手に視線を落とす一路の仕草に、エマリーは赤面した。

 

(わ、忘れろって言ったのに、い、今、絶対!思い出したなぁぁぁっ?!)

 

 思い出したというのは、初対面のラッキースケベ的なハプニングである。

しかし、思春期のヲトコノコにとって、忘れろ言われても簡単に忘れられるものではない。

というか、忘れられぬ。

それ程にインパクトのある出来事なのである。

 

(アトでぜぇ~ったいブン殴ってやるんだから!)

 

 決定事項にするエマリーの頭からは、湯気が吹き出しそうな勢いだ。

 

「・・・・・・いっちーのえっち。」

 

「うぇっ?!」

 

 一路の視線の先に同じ視線を落としたアウラが、それが何を意味しているのかを気づいたらしい。

 

 

(そういえば、寮であーちゃんにその時の事を話しちゃってるんだっけ。)

 

 こいつぁ、しまったと思ってももう遅い。

 

「・・・私もしてもらえば、仲良くなれるのかしら・・・?」

 

 何を思ったのか、もにゅっと自分の胸を下から腕で持ち上げてアウラが呟く。

 

 

「はひ?い、いや、ちょ、ちょっとそれは・・・て、あーちゃん?!聞いてる?!」

 

 一路の声が耳に入っているのか否か、何の反応も見せずにアウラはすたすたと歩き始める。

その後を慌てて一路は追いかけるのだが・・・。

 

「えっ?えっ?待ってってば、ちょっ!!」

 

 アウラは思ってもいない事は、口にしないタイプだと知っているだけに、その発言は非常に問題だ。

何とか思い止まってもらわねばと、一路はギャーギャーと喚きながら、その場を去ってゆくのをエマリーは見送る。

出るタイミングを逸したからだけではない。

一路達が去った方向とはまた別から、人の気配と足音がしたからだ。

再び気配を消して、その場に留まる。

 

(あ、アイツ・・・。)

 

 複数の足音、集団。

その中に見知った顔を見つける。

 

「何も慌てる事はない。危険すらもない。皆、手筈通りにしてくれれば悪いようにはならない。」

 

 続く言葉に不穏当なモノを感じた。

 

(アイツ等、就寝前に何処に行くつもりなの?)

 

 エマリーの視界に入ったのは昼間も目にした事のある人物、左京だった。

彼は自分の周りにいる者達を軽く一瞥すると、ゆっくりと促す。

それはこれから就寝するとは思えない顔つきで、周囲の人間も皆一様に等しかった。

彼等の向かう先は、どう考えても居住ブロックとは違う。

先程の一路達の事も気になるが、それ以上に・・・。

 

『それとなくアイツ等を監視くれないかい?』

 

 一路を気遣うルームメイト、プーの言葉が頭に浮かぶ。

こんな時間にこそこそと行動している辺りもエマリーにとって気に喰わない。

とう考えてもロクな事ではないだろう。

 

『もし、何か少しでも不穏な動きがあれば、知らせて欲しいでゴザる。』

 

 "不穏な動き"

確かにそう言っていた。

これはその最たるものではないのか?

エマリーは素早く辺りを見回す。

照輝は知らせてくれればいいと言ったが、生憎今の自分は端末を所持していなかった。

周囲にそれらしい物も、残念ながら見つからない。

となると、あとは・・・。

このまま見逃すという選択肢は彼女には無かった。

それは何処か、対抗意識のようなモノなのかも知れない。

少女は少しだけ自覚に芽生え始めていた。

"一路の役に立ちたい"という・・・いや、"他の者達に負けたくない"といったところなのかも知れない。

エマリーは気配を消したまっま、彼等の後を慎重に追う。

これが彼等にしても、彼女にしても、どういう事なのかも解らないまま。

そして、檜山・A・一路が抱える"ナニか"の一旦がどういうモノなのかも・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第89縁:あっちもこっちも緊迫で。

「僕は無駄な事が嫌いだ。解るね?」

 

 周囲の人間にそう告げる左京達は、貨物室にいた。

ここにはこの艦が現在輸送中の品々が格納されている。

 

「そもそもこんな事自体、無駄な事なのだが、それもこれも以前の・・・いや、声に出すのも無駄だな。」

 

 忌々しいとばかりに話を打ち切る。

そんな様子をエマリーは当然ながら、覗いていた。

 

(就業時間外に貨物室に来るなんて・・・。)

 

 やはりロクな事ではないのは確かなようだと確信する。

 

「では、急いでマーカーを打ち込んでくれたまえ。」

 

(マーカー?)

 

 それが何かは解らないが、彼等の目的がそれを設置、或いは起動させる事だとしたら、やらせるわけにはいかない。

エマリーは覚悟を決めて、大きく息を吸い込む。

 

「アンタ達!何やってんの!」

 

 室内に盛大に響き渡る声に、早速作業を始めようとした左京の周囲の者達は辺りを見回す。

 

「何を?とは、それはここにいるアナタこそ何を?」

 

 その中で一人、左京だけが何処にいるかも解らないエマリーに冷静に言葉を返す。

彼の言う通り、こんな所に同じようにいるエマリーも、ある種の同罪ではあった。

が、エマリーも馬鹿ではない。

そのくらいの事は、しっかりと考えている。

 

「アンタ達の会話と行動は、記録させてもらったわ!」

 

「・・・成程。そこまで愚かではないらしい・・・しかし、数の計算も出来ないようではね・・・。」

 

 左京は顎で自分の取り巻き達を促す。

瞬間、エマリーは弾けるように駆け出そうと踵を返すのだが・・・。

 

「キャッ?!」

 

 突然の衝撃が貨物室内を揺らし、室内灯が薄明るい非常灯に切り替わる。

 

「ふむ。」

 

 左京がいち早く現状を認識して声を上げた。

 

『あーあー、テステス、マイクテス、本日はお日柄も良く、絶好の海賊日和だぁっ!!』

 

 室内に響くその声は、的確にその場にいた者達の疑問に答えていた。

 

『と、まぁ、ここまで言やぁ、話は解るな?抵抗なんて無駄な事をせずに積荷をよこしやがれっっ!』

 

(こ、こんな時に?!)

 

 慌てふためくエマリーをよそに、左京はじっと動きを止めたまま、そして・・・。

 

「早かったな。」

 

 

 

「まず最初に一発決めて、主導権を握ってからの要求か・・・教科書通りの海賊行為だな。」

 

 艦内に響き渡る大声を聞いてコマチは一人、ブリッジの最上段の自分の席でそう感想を述べた。

 

(海賊に教科書通りも何もなんじゃないだろうか・・・。)

 

 呟いたコマチの言葉を聞いて、微妙な表情で一路は彼女を見上げる。

同じようにブリッジ要員は皆、コマチに視線を向けて、艦長である彼女の判断を待っていた。

ふと、思案しているコマチと一路の視線が合う。

特に何があるわけでもなく、数秒、ほんの数秒だ。

二人は無言で見つめ合ったまま・・・。

 

「よし、檜山、ちょっとこっちへ来い。」

 

 以前呼ばれた時よりかは緊迫感が増したが、未だどこか犬猫を呼ぶような響きを保ったままで。

 

「何でしょう?」

 

「まず、一番最初に聞いておく事だが、オマエ、"変な能力"とかはないな?」

 

「はぃ?」

 

 何処かで聞いた様な台詞。

 

「以前も違う方に聞かれましたけど、ありませんよ?何ですか、ソレ?」

 

「ふむ。自覚がないだけなのか・・・?」

 

「いや、だから・・・。」

 

 どうにもこの件に関しては、変な先入観が先行している気がして、信じてもらえない。

 

「まぁいい。さて、現状だが、相手はああ要求しているが、オマエだったら、どう対応する?」

 

 どう対応するかと問われても、自分は艦長研修しているわけでもなく、目の前には正規の艦長のあなたがいるだろうという言葉を飲み込むと数秒考える。

何も難しい問いではない。

ただ思い出すだけの作業。

 

「教本通りに積荷を渡して、見逃してもらう事に専念します。」

 

「つまらん答えだな。」

 

 つまらないと言われても、教本通りなのだから、そういう問題ではない。

 

「基本的に積荷の、特に高価な物には保険をかけていますし、こちらは研修艦です。研修生は戦力に数えずに非戦闘員とみなすべきです。」

 

 全く以て、一路の言う事は全部が全部正論だった。

その証拠に模範的なこの解答に他の生徒、そして正規クルーまでが頷いている。

だが、コマチは微妙、はっきり言って不服そうな表情をしているのは、彼女が海賊出身だからだろう。

 

「応戦しようにも相手の戦力が解らない限り、艦隊戦はまだしも、白兵戦は無理で・・・。」

 

 と、言いかけて、一路は止まる。

"思いついてしまった"からだ。

 

「・・・・・・無理なので、仕掛けるとしたら・・・"白兵戦で奇襲を仕掛ける"しかないと思います。」

 

 言ってしまってから一路は後悔した。

コマチが何とも言えず・・・あえて、一言で述べるとしたら【血湧き、肉踊る】という喜々とした微笑みを浮かべていたからだ。

 

「ほぅ?」

 

 うっすらと微笑むコマチの笑みに、蛇に睨まれた蛙の如く硬直する一路の後ろで、コマチの副官(この艦の副艦長でもある男)の嘆息する声が聞こえたような気がした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第90縁:副官は黙っている程、モノを言う。

「えと、どちらにしろ荷物の移動が急務だと思います。」

 

 どうにも自分が話を進めないと事が始まらないらしいと気づいた一路は、甚だ不本意ながら言葉を続ける。

正直、あまり気乗りがしなかったのだが、自分が言い出した事だろうと突っ込まれてしまったら返す言葉もない。

口は災いの元とはよく言ったものだと、一人反省。

 

「出来れば高価な荷物と、それ以外のコンテナに分別を・・・あ、あと"空のコンテナ"も。」

 

 ピクリと一路の言葉にコマチの眉が上下する。

 

「成程。伏兵か。しかし、そんな簡単に引っかかるか?生態反応を確認されたら、それでお終いだぞ?」

 

「確かにコンテナ内を走査されたら、最低限しか誤魔化せないと思います。だから、放出するコンテナの最初の1、2こは本物の、それも一番高価な物から順に。あ、空のコンテナには、輸送している生物類も入れましょう。」

 

「撒き餌か・・・。」

 

 高価であればある程、警戒すればする程、それが緩むのも早くなる。

そうやって、かつて山田 西南に苦汁を飲ませられた者も多い。

 

(まぁ、あれは意識・無意識の問題もあるが・・・。)

 

「でも・・・こんな事を言っておいてアレなんですけれど・・・無理に戦う必要はないと思います。」

 

「ん?」

 

 俯く一路をコマチは見下ろす。

 

「こういうのは、最初から戦おうって思う人間が考える事で、僕達の優先順位は、人命。それから荷物で、その、勝つ事が目的じゃないし・・・そりゃ、勝てば荷物も"ある程度"の人命も守れると思いますけど・・・。」

 

「それは正しい。だが、その順位を理解しての判断なら、特に問題ないと思いますがね。」

 

 ふと、今までの会話に参加していなかった声が聞こえる。

俯いた一路がその声に顔を上げると、コマチの傍に控えていた男、彼女の副官と目が合う。

 

「あ、これは差し出がましい事を。」

 

「構わん。檜山、優柔不断な態度は、時に致命的な失敗に繋がる。」

 

「はい。」

 

 艦長というものには、そういう強固な意志と判断力が何より大事だという事は、一路にも理解出来る。

こんな風にうだうだ言っているうちに、相手が行動してしまってからでは遅いのだ。

 

「だが、きちんとした優先順位を合理的に立てられるなら、間違いは少なくなる。問題なのは、揺れる艦長を支える"優秀な副官"がいない事だな。」

 

 コマチがそう述べると隣にいた副官が、恐縮そうに頭を掻いていた。

確かに艦長は最終的には決断を下さねばならないだろう。

しかし、他に判断材料となる意見を求めてはいけないわけではない。

 

「荷物に爆弾を仕込むというテもあるが、この場合はオマエが考えた"正しい優先順位"に反する事になる。爆発物なんてものは大抵バレるがな。となると他の意見を汲んだ結果を私は出さなければならないわけだ。」

 

 今言われた事を、実戦形式で実演するとそういう事となる。

つまり、述べた事は思いつきだが、判断と責任は艦長が負うという事に他ならない。

 

(い、胃に穴が空きそうだ。)

 

「荷物の移動と放出の準備をしろ!」

 

 周囲に号令をかけると皆が一斉に動き出す。

静観の時は終わったのだ。

 

「ところで、檜山?」

 

 決断をして、号令をかけると頭脳である艦長は、時間を得て会話を続けるようだった。

横でギャーギャー騒がれても、邪魔でしかないとコマチは弁えている。

 

「単純に荷物を放出するだけで今回はいいはずだ。勿論、撒き餌の役目を果たさなければならないというのは解る。だが、そこまで徹底して分ける必要はあるまい?」

 

「あぁ、それは、本当、僕個人の問題というか・・・。」

 

「というか何だ?」

 

「保険金っていう代替えがきく価値のある物より、代替えがきかない想いの籠った手紙や贈り物の方が大事な気がして・・・。」

 

 高価な品の中にも勿論大切な贈り物もあるだろう。

貴重な芸術品や、歴史的価値のある物。

はたまた生命もあるかも知れない。

これはもう、本当に一路の個人的な価値観の問題であって、他意はないのだ。

いや、持ち主である当人にとっては、他意はないで済む話とかではないのだが。

 

「成程。納得がいった。そうだな、金持ちというのは、金があるから金持ちというのだしな。おいっ!優先順位は保険金の掛け金が高い物からにしておけ。」

 

 そう指示を追加するとコマチは黙り込んで、思案げに天を見つめる。

更にひと呼吸の後・・・。

 

「なぁ、檜山?成程、オマエの理屈は理解した。それが個人的な感情を含めてだ。さて、ここで私も自分の個人的な感情を入れてもいいものだと思うか?」

 

「え?えと、艦長といっても正式な軍じゃないし・・・その、内容によると思います・・・けど?」

 

「内容か・・・そうだな、その、例えば、ある特定の、企業というか・・・。」

 

 どうにも歯切れが悪いコマチの態度に一路は首を傾げる。

 

「・・・具体的に言うとだな、"天南財閥傘下の保険会社の品は除く"とか・・・。」

 

 何となく想像はついたが、言うのが非常に躊躇われるような照れる事だというのは、コマチの赤面っぷりから解る。

 

(意外と可愛い人なんだな。)

 

 それが自分の夫の実家に配慮してというところが特に。

きっと、こういう事をするのは本当は彼女のプライドが許さないのだろう。

しかし、なんというか、くすぐったい事に愛情が勝ったというか・・・。

ふと、彼女の横の副官に視線を向けると露骨に逸らされたという事は、なるほど優秀な副官なのだろうなと一路は思う。

この発言がどれだけ微妙な事で、"聞かなかった事"として済ますべきなのだという事なのが。

 

「えと、はい、ご自由になされたらいいかと存じます、です。」

 

 使い慣れない軍隊口調を真似しても、やっぱり自分には合わないなと思いながら。

 

「そうか、では・・・・・・やめておこう。」

 

 意外な反応に一路は目を2、3度瞬かせたが、まぁこれもこれでこの人らしいやと思えたので、それで善しとした。

寧ろ、最初から聞かなかった事にしようと思った。

 

「艦長!放出予定のコンテナ内に生態反応。誰かが侵入している模様です!」

 

「何ィッ?!全く何処の馬鹿だ。映像をこっちに回せるか?」

 

「はい!」

 

 返事が聞こえると、コマチと一路の間、向かい合わせに立つ二人の前に1枚のスクリーンが展開して映像が映される。

 

「エマ?!」

 

 一路の背後で、アウラの声がしたかと思うと、一路の身体は反射的にブリッジの出入り口へと向いていた。

スクリーンに映っていたのはエマリーだけではない。

彼女と一緒に左京の姿が映っていて、当然の事ながらどう見ても穏やかな雰囲気には見えない。

だが、どちらにしろこのままあの場所にいては、両者とも危険だ。

 

「待て檜山!」

 

「待てません!彼女達を連れ出します!放出作業と誘導お願いします!」

 

 そう述べるともう駆け出していた。

 

「クソッ!強化レベル3以上の者は、起床待機!放出作業は続行だ!急げ!」

 

 苛立ちを隠す事なく叫ぶ。

責任者としては迂闊に一路の後を追うわけにはいかない。

こういうところが海賊と違って窮屈で我慢ならないと憤然とする。

海賊にとって、一緒に船に乗る仲間は、家族の血より濃いと思っているのがコマチだ。

 

「自分が追います。」

 

「任せる。」

 

 提案する副官に、苦虫を噛み潰したようにコマチはそう答えて、彼を見送るしかなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第91縁:モノは言わずとも、友はいる。

 冷静さを欠いているか、そう問われたら半分はYESで、半分はNOだ。

ブリッジにいて、コマチに指針を問われた時までは完全に冷静だった。

艦内を猛然と駆けながら、一路は自分を冷静に分析する。

スクリーンにエマリーの姿を見た時も、連れ出せばいいと思えたので、その段階でもまだ冷静だったのだと思う。

しかし、左京の姿を見た時はどうだっただろう?

そう考えると自信がない。

ただ、初めて会った時に自分の出身について言葉を濁すくらいの彼女だから、きっと左京との面識はなかったはずで。

となると、彼女を、エマリーを巻き込んでしまった原因は、恐らく自分にある。

自分のせいで巻き込んでしまっただろう【推測】と、彼女"達"を連れ出す【手間】。

それだけで時間が惜しくて、一路は駆け出していた。

 とにかく危険なのである。

 

「いっちー!:

 

 コンテナのある貨物室を目指す一路の視界に見慣れたモフモフと長身の姿が見える。

 

「照輝!プー!」

 

 二人の姿を認めて、そこでようやく一路の歩みが緩まる。

速度を落とし、止まるが、心は急いたままだった。

 

「良かったスレ違いにならずに会えて。」

 

 心から安堵した様子で二人は一路に微笑みかける。

 

「こっちこそ良かった。二人共、今は危険なんだから・・・。」

 

「だから来たでゴザるよ。状況はNBから聞いているでゴザる。」

 

「だったら!」

 

「尚更手伝う事はないかなぁって、さ。」

 

 危険は承知の上。

そんなものは知っている。

知っているから来たのだと彼等は言うのだ。

 

「それなら、多分、この後に指示が出ると思うから。」

 

 先程、艦内放送でそういう旨が流れていたのを一路は耳にしていた。

少なくとも、強化レベル4の照輝は出番があるだろう。

 

「僕は行かなくちゃならないトコがあるから・・・。」

 

「行かなくちゃって、どうする気だい?」

 

「貨物室の中にエマリーと左京がいるんだ。もうじきコンテナの切り離しと排出が始まる。それまでに二人共連れ出さないと危険なんだ!」

 

 それだけ言うと、時間を惜しむ一路は再び全速力で走り出そうとして、プーに両肩を掴まれて押さえつけられた。

その腕力に驚く一路だったが、それはプーも同じだった。

強化レベルの差はあれども、効率的な筋力の運用を計れば一路と互角に、少なくとも力押しされるような事なく止められるはずだった。

 

(いっちー、まさか今も成長している?!)

 

 経験という成熟はあっても、強化レベルを変化させるような劇的な成長はありえない。

純粋な力比べで、しかもこの短期間でこんな成長するはずがない。

だが、今はそんな推測をする暇も時間も確かにない。

 

「ちょっ、ちょっと待った。二人共って、まさか左京も助けるっていうのかい?彼等は集団だし、どう考えても自発的にあの場所にいて、自業自得だってのに?」

 

 恐らく、左京は何かしらの企てを持ってあの場所にいるに違いないとプーは考えていた。

エマリーは単純に一路の為に、自分に頼まれた用事をこなしていただけに過ぎないとも。

プーは信じられないという目で一路を見る。

勿論、一路だってその件については道中ずっと考えていた事でもあった。

考えた結果の結論。

というより、考える程でもない結果だ。

 

「助けるよ。」

 

 一路はプーを真っ直ぐに見据えたまま、目を逸らさずに答える。

 

「・・・・・・君は、自分が何をされたのか忘れたのかい?」

 

 その言葉に、やっぱり以前の事はプー達にバレていたんだなと気恥ずかしくなった。

でも、言わなければならない事だけはきちんと言おうと、同時に思う。

 

「あんな痛い思い、生まれて初めてだよ・・・。」

 

 肉体的な痛みという意味ではだが・・・。

 

「だったら・・・。」

 

「でも!僕は生きている・・・死んじゃったら何もできないし、してあげられないんだ!」

 

「一路氏・・・。」

 

「もっと激突するかも知れない。解り合えないかも知れない。でも、その逆もまだあるかも知れない。・・・死んじゃったらさ、その先も何もないんだよ・・・何も無くなっちゃうんだ・・・残るのは、残された人間の想いだけ。そんなの嫌だよ。」

 

 それは一路にとって最大の我が儘だ。

常に残しておける余地のある選択肢の存在というのは。

 

「それにね、プー、照輝、ここで何かを切り捨てたら、僕は一生会いたい人に面と向かって会えない気がするんだ。」

 

 それは、そんな事をする自分は、もう地球にいた頃の自分と完全に違うモノになってしまう気がする。

肉体や遺伝子を操作しても、外見や能力が変わってしまっても、心まで別人になりたくはない。

だから、こちらも承知の上でこの選択肢を選んだのだ。

 

「そういう事なら仕方がないでゴザるな。拙者も一緒に行くでゴザる。」

 

「え?」

 

 思いがけない内容に一路は、ぽかんと口を開けて止まる。

照輝の口調は、ちょっとそこらを散歩でも程度で、緊張感も危機感の欠片もない。

 

「ま、決めちゃったんなら、しょうがないか。正直、左京は気に喰わないけど、僕も一緒に行くよ。」

 

 プーの口調も同様に、それでいて一路にしかりと釘を刺して。

一路はそんな二人の反応に呆気に取られたまま、顔を見比べて・・・。

 

「だ、ダメだよ、そんなの!」

 

「何がダメなんだい?」

 

「だって、危険だし・・・。」

 

「だったら尚更。一人より三人の方がいいでゴザるな。」

 

「・・・僕の我が儘だし。」

 

「そんな我が儘を言えるくらいの"親友"ってコトだね、僕等は。」

 

「お、腐れ縁に昇格でゴザるか?」

 

「昇格っていう表現で合ってるの、ソレ?」

 

「さぁ?」

 

 正直、嬉しい。

気を抜けば感極まって泣いてしまいそうなくらい。

でも、それと二人を自分の都合で振り回していいのかと言われれば、いいものなのか?

 

「・・・でも。」

 

「デモもストライキもないの。さっさと行って、帰ってこよう?」

 

「そうそう。時間がないのでゴザろう?」

 

「・・・ありがとう二人共。」

 

「礼はいらぬでゴザるよ。」

 

「いちいち言ってたら面倒で仕方ない。友達だろう?いい響きだね、友達。」

 

 うんうんと頷くプー。

 

「いやぁ、アカデミーに入ってから、脱走だの乱闘だの、本当に刺激的でいいでゴザるな。」

 

「あ、うん、それ。これだけで入学して良かった感じするよね?僕等、ツイてる。」

 

「恵まれてるでゴザる。」

 

 それは僕の方だよと言おうとして、危うく涙腺が緩みそうになったので、グッと言葉ごと飲み込んで堪える。

 

「二人共、急ぐよ。随分時間を使っちゃったから。」

 

 意を決して二人に同意を求める。

 

「了解。」 「で、ゴザる。」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第92縁:小石を投げりゃ、波紋くらい起こる。

 平和。

コラ、ピンフと読むな、ソコ。

まぁ、至って平和である。

相変わらずの喧騒はあるが、もはやそれは日常という名の一部なので気にはならない。

気にしたところで、どうにもならないし・・・と、彼は思う。

などというと、なんだか泣けてくるので、余り深くは考えない。

トホホと思うくらいだ。

その風が頬を撫で、若干の波紋を湖面に投げようとも、多勢は変わらない。

 

 さて、そんなここは何処かと聞かれたら、ズバリ、地球である。

欄干に座し、手にした釣竿から伸びた糸が水面に落ち、ひょこひょこと揺れる浮きを天地は眺めている。

 

「ねぇ、鷲羽ちゃん?」

 

 天地は同じように釣り糸を垂れているだろう鷲羽の顔を見ずに彼女に声をかける。

 

「何だい天地殿?」

 

 当の鷲羽は釣り糸こそ水面に垂らしてはいるが、その場に横になっていて、全く真剣味がない。

休日の無趣味なお父さんみたいである。

 

「ここに魚なんていないんじゃ・・・。」

 

 二人が釣りをしているのは、自宅のウッドデッキに面する小さな湖だ。

恐らく、世界で一番宇宙から物が落ちてくる湖だろう。

そんな毎日のように騒がしいこの場所では魚だろうが、人間だろうが、寄って来るはずもない。

 

「気分の問題さね。雰囲気と形さえあれば、釣りをしたって言えなくもないだろう?」

 

「はぁ、まぁ。」

 

「釣果は必要要件ではないのさ。」

 

 自分達が形式だけにしても、釣りを楽しんだと感じられれば、釣れようが釣れまいが重要でないと鷲羽は言うのだ。

彼女の言う事も一理あると天地も思う。

ただまぁ、この場合、釣れないと解りきっているのだが。

 

「確かに世の中、挑戦してみないと解らないって事もあるしなぁ。」

 

「だから、人生は面白いんデショ?」

 

 それもそうだと今度こそ頷きつつ。

 

「結果はどうあれ、楽しめるかそうじゃないかか・・・西南君も一路君もそう思えるような事があればいいんだけどなぁ・・・。」

 

 どちらも宇宙と、樹雷と・・・ひいては天地と関わってしまったが為に周囲を取り巻く環境を変えられてしまった者達だ。

 

「固定されてしまったベクトルは、突き進むのみで変更もきかないし、無理に歪めてもロクな事にはならいからね。ま、緩やかに曲げて向きを変えるくらいしかないんだよ。」

 

「曲げるというか、曲げられているというか・・・。」

 

 天地の脳裏に曲げた張本人の鬼姫の顔が浮かんだが、思い出さなかった事にした。

 

「ま、でもだ、樹雷の"建前上"の皇位継承権第一位とかァ?不老不死とかァ?そういう諸々の"オマケ"がくっついちゃぁいるけど、霧恋殿達がいるからジョブジョブ、ダイジョーブ。」

 

「オマケって・・・。」

 

 突っ込みを入れたい天地だが、そのどちらのオマケすらも自分が西南に付与したものであるが故に、強くは出られない。

だが、最近、1つだけ西南に関して思う事がある。

 

(それこそ、最大の不幸は"女難"だったりして・・・。)

 

 その辺りも人の事は言えないので、一切口には出さない、出せないが。

 

「そう考えると・・・。」

 

「ん?」

 

 おのずと気になるのは、ある意味でもう一人の弟分の方だ。

 

「一路君の方は大丈夫かな・・・西南君のように誰もついてないんじゃ・・・。」

 

 一路よりも更に遥か遠くの銀河にいる西南は、誰かがきちんとついている。

それこそ彼には危機回避能力と、生来の精神性がある。

だが、一路には・・・。

 

「天地殿。」

 

 鷲羽は何時の間にか横たえていた身体を起こし、真剣な眼差しで天地を見つめていた。

 

「あの子に何もないような言い方は、あの子に・・・何よりあの子の母親に失礼だよ。」

 

「鷲羽ちゃん・・・。」

 

「あの子には立派な覚悟が、信念がある。決意がある。」

 

「・・・そうだね。一路君はとても優しさのある良い子だったね・・そして強い子だと俺も思うよ。」

 

 気つきやすいが、健気で・・・。

 

「それにね。あの子の傍に"誰もいない"、"何も持っていない"と思うのは大間違いだよ。」

 

「えっ?」

 

 鷲羽は真剣だった表情を崩し、頭をポリポリと掻く。

 

「まぁ、"前者"はアタシもはっきりとは言えないし、アタシの口から言うもんじゃないけどね。後者の方は、ちゃんと持たせてあるのサ。それもあの子の覚悟に見合うモノをね。使う使わないは別として。」

 

 鷲羽の意外な、それも殊更一路を気遣う言葉。

 

「?何だい?」

 

 呆然とした表情で自分を見つめる天地にヤレヤレと鷲羽は嘆息する。

一体全体、自分は天地にどんな目で見られているのだろうかと。

確かに、最近は過剰に入れ込んでいる気もするが、(きちんとした人間相手の)一人息子を亡くしたばかりなのだから、これくらいならいいではないかとも思う。

 

「鷲羽ちゃん、さ、竿、引いてる・・・。」

 

「ん?」

 

 指をさす天地に促されて自分の竿を見ると、確かに浮き輪が沈み、竿がしなっていた。

 

「ありゃま。餌すらつけてないってのに、まぁ・・・やっぱりやってみるもんなんだね、人生ってヤツは。」

 

 苦笑しつつも、竿を手に取る鷲羽の姿は、心底楽しそうに天地には見えたのであった。

 

 




何って?
伏線と回収予告フラグだよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第93縁:我、想う、故に友ありて・・・。

「檜山、予定に変更はない。順次作業を行う。但し、現状白兵戦は無理に近い。最大出力でランダムワープだ。」

 

「解りました。」

 

 一路の視界のすぐ傍に展開されたウィンドウのコマチに対して、頷く。

現状、エマリー達のいるコンテナを排出しなければいいだけなのだが、相手は海賊だ。

根こそぎ奪うつもりだというのも踏まえなければならない。

 

「照輝。」

 

 走る一路を追うプーが、彼に聞こえない声で口を開く。

 

「解っているでゴザるよ。」

 

 プーの真剣な表情とは逆で、照輝は気楽そのものといった表情で微笑む。

 

『いっちーが無茶をするようなら、最悪"彼だけ"を安全圏まで連れ戻す。』

 

 NBの前で、一人と一体に告げた言葉だ。

 

(不誠実極まりないんだろうな、自分は。)

 

 心の中で一人愚痴る。

一路が誠実過ぎる分、余計にそう思えた。

だが、心の中ではきっちりと線を引いてしまった優先順位は変えられない。

一路の命が最重要だ。

アカデミーではほとんどないとはいえ、未だワウ人に対する偏見や、差別は根強い。

特に樹雷では顕著だ。

そんな中で差別も偏見もなく、自分の為に体まで張ってくれる友というのは、かけがえのないものなのだ。

とてつもなく。

それは一路だけでなく、照輝も同様だ。

苦楽を共にするクラスメイト、ルームメイト。

親戚だった同じワウ人であるナジャウがかつて語った馬鹿騒ぎの日々。

どれ程の憧れを抱いていた事か。

それが自分の目の前にぶら下がっているのである。

走らないわけにはいかない。

理想の世界がここにあるのだ。

 

(・・・うわっ、やっぱり自分の事ばかりだ。なんて俗物なのやら。)

 

「プー!照輝!どうしよう扉がロックされてる!」

 

 一路のそんな声で、プーは意識を思考の海から切り離す。

 

「ロック?ちょっと見せて。」

 

 たどり着いた貨物室の扉は、プーが見てもロックがかかっているのが近くの端末で解った。

 

「ダメだ。中からロックしてあるし、外部から操作出来ないように切り離されてる。誰かハッキングしたな?全くロクでもない。」

 

 嘆息というより、呆れ。

呆れというより、嘲笑。

そしてプーは改めて左京達が良からぬ事を考えているというのを確信する。

 

「どうしよう・・・。」

 

 一路の言葉にプーは肩を竦めるしかない。

 

「かなり入念に準備をしてきたらしい。中から開けるか、或いは・・・僕でも開けられない事はないけれど、多少の時間がかかるね。」

 

 こればかりはどうしようもない。

何とか出来なくもない手段があると言えばあるのだが・・・。

それはプーが判断して決める事ではないからだ。

 

「やれやれ。やっぱりついて来て正解でゴザったな。」

 

 肩をぐりぐりと回しつつ、すたすたと3人を阻む扉の前に照輝が歩み出る。

 

「照輝?」

 

「まぁ、拙者の出番が、そこはかとなく脳筋的な立ち位置というのが、何ともいやはやでゴザるが・・・役立たずで終わるよりはマシでゴザるかな?」

 

 一路の問いかけに微笑みで答えると、照輝は扉の閉じたわずかな隙間に指をかける。

 

「どれどれ・・・そこで見ているでゴザるよ。」

 

 照輝は時に考える。

何故、自分達の種族は、2つの姿を得るに至ったのか。

常人と変わらぬ人の姿は、人の世に溶け込む為だろうか?

進化適応。

はたしてそうだとしたら、もう1つの姿が本来の姿という事になる。

科学が進む、ガギュウ人も少数民族となった今、何故そちらの姿を捨て去るという適応をしなかったのだろう。

やはり本来の姿だからだろうか?

そもそも、どちらが本来の姿なのか?

人が宇宙の惑星に対応してガギュウ人となったのか、それともガギュウ人が増えすぎた人に対応して、今の姿となったのか。

考える事が苦手な彼でも、この命題というべき事柄を考えずにはいられない。

 

(それでも・・・。)

 

 ちらりと一路とプーを見る。

今の姿は人と"仲良くなる"には悪くないと思う。

"人と友好関係"を持つ為の姿だったらいい。

騙す為の擬態だと言われると心苦しいが。

でも、友人の役に立つのだったら、ガギュウ人の能力と姿も悪くないと思う。

果たして、一路は自分のこの姿を見てどう思うだろうか。

そう考えながらも姿を変えてゆく。

抑圧されている力を解放。

抑圧されていると認識する時点で、どうかと思うが、それが自分の本来の力なのだろう。

長い髪の毛の先、1本1本にまで力が満ちるのを感じながら、照輝は全力で扉の合わせ目に力を込める。

ミシミシと嫌な音が聞こえるが、気にしない。

髪の毛も逆だっている気がするが、これも意識の外に追いやる。

長い髪は、いつも鬱陶しくて切りたかったが、姿を変えると一定の長さまで伸びてしまうと発見して以来、面倒になって切るのを止めた。

そういえば、最初に髪留めをくれたのもプーだったな、と。

 

「ヌオォォォーッ!」

 

 ミシミシと音が鳴り続けて数十秒が経っただろうか。

バキャンッ!と音がして、扉が急に軽くなった感じがした。

左右にズッズッと動き出す扉。

どうやら過負荷に耐え切れず、扉の何かが破壊された音だったらしい。

 

「ふいぃ~。」

 

 人が1.5人通れるくらいの隙間を開けると、照輝はその場にへたり込む。

 

「お疲れ。」

 

 そんな自分に歩み寄って、プーが声をかける。

その表情は少し困ったような・・・。

 

「あ・・・。」

 

 もうそんな表情を見るのを慣れていた。

この姿を拒絶されるという事実も。

それでも固まっている一路の姿を想像すると、少し萎える。

 

「す・・・。」

 

「す?」

 

「すっ、凄い!照輝何それ?!変身?変身出来るの?!」

 

「は?」

 

 興奮しきった一路の声に照輝はのろのろと彼の顔を見る。

 

「カッコいいっ!!あ、変身に制限とかあったりするの?まさか、変身時間3分とか?!」

 

「か、格好いい・・・?」

 

 恐らくこれが、ガギュウ人の戦闘能力や風貌を知る他の惑星の人間だったら、照輝の想像通りの反応が待っていたのかも知れない。

しかし、一路は地球人の、それも日本の子供なのだ。

母の死の直後は無気力に病んでいたとはいえ、それまでは健全な(?)ジャパニメーションと特撮に囲まれた環境で育っているのだ。

追い詰められ、ピンチの時に変身、パワーアップで逆転なんて、ヒーローの絶対条件の一つ。

正直、見慣れ、何度も興奮したTVの中の光景が目の前で再現されているくらいのレベル。

しかも、そんな存在が自分の友人なのだ。

テンションが上がらないわけがない。

 

「思っていた以上に、いっちーって大物かも・・・。」

 

 そんな訳も知らないプーが、心底安心と呆れの混じった声で呟く。

勿論、自分の取り越し苦労に対してだ。

 

「ん?何?」

 

「いやはや、いっちーは本当、友達甲斐のある御仁でゴザるな。」

 

「全くだね。」

 

「え?何が?どういう事?」

 

 二人の言っている意味が、一路には全く理解出来ない。

ただ褒められているような、そうでないような・・・。

 

「何でもないよ。じゃ、ご対面といくかな。」

 

「そうだ!エマリー!!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第94縁:好意と悪意。

 緊張感の満ちた空間に不協和音が鳴り響いた後、しばらくの間をあけて聞き慣れた声が聞こえた。

 

「エマリー!何処!」

 

 これを聞き慣れたと思えるという事実が、エマリーの心に少しだけ余裕を取り戻させた。

声の主が誰なのかなんて確認しなくても解る。

 

「一路!こっち!」

 

 すぐさま身を隠すのを止め、手を上げて応えた。

 

「エマリー!」

 

「あー、左京達も出て来てね、いるのは解ってるから。」

 

 視界に現れたエマリーを確保する事のみに気を割いている一路の代わりに、彼の後から入ってきたプーが辺りに呼びかける。

 

「やれやれ。誰にも開けないようにしておけと言ってあったのに。」

 

 3人、エマリーを含めれば4人に姿を認めた左京は、首を竦めながら渋々と姿を現した。

その表情には、成果の無さにありありと落胆が浮かんでいる。

 

「言ってろでゴザる。」

 

 照輝も左京の真似をして肩を竦めた。

後味は確かに良くはないが、一路が危険なメに合うなら、左京などどうでもいいというスタンスは照輝も概ね同じだ。

 

「二人共、そんな事はどうでもいいから。」

 

 もう離さないとばかりにぎゅっとエマリーの手を握って引っ張ってきた一路は、両者の間にある険悪なムードに呆れる。

 

「また君か。全く余計な事を。」

 

 以前と違って左京は一路に対して物腰の柔らかな態度は皆無だった。

心底、邪魔者。

そう思っているのを隠しもせず言葉を吐く。

 

「ともかく、ここは海賊に狙われてるからっ?!」

 

 ガランガランッ!と金属音が反響すると、室内の空気が急激に動いたのを感じる。

 

「外壁に穴が空いたんだ!皆、こっちへ!」

 

 何が起こったのかという疑問に的確の応える男の姿が見えた。

一路の後を追ったコマチの副官だ。

 

「直に隙間は硬化ジェルで埋まるが、海賊共が侵入してくる!早く!」

 

 レーザートーチで外壁に穴を開け、そこから突撃・白兵戦というのは海賊の常套手段である。

 

「急ごう!雨木君も早く!」

 

 そう促した一路を左京は手で制した。

 

「その心配はいらない。彼等は元よりこちらで対処する予定だ。」

 

「え?」

 

 それはどういう意味だろう?

一路には彼の言っている意味が解らなかった。

冷静に考えれば導き出せる答えなのだが、一路には足りない認識が一つあったからだ。

それは、彼は敵ではないかも知れないが、"味方ではない"という事。

 

「アンタねぇ!」

 

 エマリーだけがただ一人、その場にいた誰とも違う反応を返す。

輸送品を狙って現れた海賊。

海賊の目的物に最も近い部屋。

ロックをかけてまで第三者を排除した空間。

そしてマーカー。

以上からエマリーが導き出した結論はこうだ。

 

「"自作自演"のクセして何言ってんのよ!」

 

「・・・自作自演?」

 

「成程ね。」

 

 エマリーの発言の意味を解らず、きょとんとする一路とは違い、したり顔でプーが呟く。

呟いた言葉の中には、呆れと侮蔑が多分に含まれていた。

 

「アホらし。皆、戻るよ。破壊した船も含めて、この樹雷のお坊ちゃんが弁償するってさ。」

 

 付き合っていられないとばかりにプーは全員を促す。

最早、完全に興味が失せたらしい。

 

「何故、こちらがそんな真似をしなければ?根拠も証拠もない事を。」

 

 白々しく左京はプーの言葉をあしらう。

 

「ヲイヲイ、お坊ちゃん。世間知らずもそこまでくると、一回り回って賢しいよ?弁償?するさ、しないのならさせるまでだ。」

 

 プーがニヤリと笑って牙を剥く。

今のプーには相手が誰であろうと関係ない。

親友を傷つける可能性のある者は、全て"敵"の一括りだ。

 

「ちょ、ちょっと二人共!今は喧嘩してる場合じゃ。ほら、海賊が。」

 

 二人のやり取りの発端すらもよく解っていない一路だが、このままでは埒があかない。

間に仲裁に入る。

既に空気の流れいてる気配はない。

海賊達がなだれ込んで来るのも時間の問題だ。

 

「大丈夫。樹雷のお坊ちゃまは顔が広くて、海賊にすら"お友達"がいるそうだよ。」

 

「心配は無用。我等、樹雷の者にかかれば海賊など雑作もない。」

 

 二人が同時に口を開いた瞬間、左京の顔の横をレーザーの光が掠め、赤の華が咲く。

 

「退くでゴザる!」

 

 照輝が叫んだ瞬間、全員がコンテナの影に滑り込む。

ただ一人、一路だけを除いて。

一路は握っていた手を解くと、エマリーを物陰に突き飛ばし、その反動で宙を舞う。

その場の重力制御が1Gを割り込んでいるのは身体の軽さで気づいた。

あとは強化された肉体で飛ぶだけだ。

 

「いっちー!」

 

「逃げて!退路を確保するから!」

 

 退却する時に一番重要なのは殿だ。

ある1点、これ以上は行かせてはならないラインで死守する役目。

悲しいかな、そういう判断を直感し、反射的に最速で動けたのが一路だけだったのである。

だから、一路は喜んでこの役目を引き受ける。

それが自分の命を秤に乗せるような行為だとしても・・・。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第95縁:跳ねる兎と疑問符。

(木刀、持ってくれば良かったな。)

 

 床を蹴りながら一路はそんな事を考える。

ブリッジには必要ないと部屋に置いてきたままの木刀。

相手の攻撃を木刀如きでは防げないと解っていても心の問題だ。

 

(ん?そういえば前、監視ロボを叩き壊せたよ、ね?)

 

 あれも相当硬い金属で出来ているはずである。

となると、自分の持つ木刀は、実体弾くらいは叩き落とせるのではないだろうか?

そう思えなくもない。

 

(て、あれ、本当に木だよね・・・?)

 

 自分の記憶が正しければ、あれは地球を出る時に餞別に天地から貰った何の変哲もない木刀・・・のはずだ。

はずなのだが・・・。

普段の実技授業、監視ロボットの件、そして最近ではコマチ達との特訓とひっきりなしの出番があり、その何れも耐え切った。

完全地球産である木刀一本だけでそれに対応するなど、何故自分は今まで気にしてこなかったのだろうか?

柾木家の面々に対する信頼の表れか、はたまたどの場面も今日のような戦いの場ではなかったからだろうか?

 

(命のやり取りなんて、僕にはどうやったって無理だろうし・・・。)

 

 木刀で人を昏倒させるくらいならまだしも、命を奪う事なんて自分には到底無理だ。

たとえ今のようにレーザーの光が飛び交うような場面でもだ。

一路は何とかそれらを躱し、コンテナの影に隠れる。

レーザー銃にくらべ質量の加減が出来ない実体弾では、船体を傷つける恐れもあるし、何より予測不可能なレベルの跳弾による同士討ちが怖い。

 

(どのみち木刀は使えないや。)

 

 流石に木刀でレーザーは跳ね返せない。

だが、そういう意味で船体に配慮した最低限の出力で、半ば威嚇目的の射撃のお陰で、今のところ大事には至ってはいない。

 

(確か、レーザーは貫通時に身体を焼くから、出血は少ないんだよね。)

 

 相手だって確実にケリをつけたいならば、こんなおっかなびっくり銃を撃つより、白兵戦のような近接戦闘の方が楽なはずだ。

それが今、一路にとって幸運な方向に進んでいる。

再びコンテナから飛び出し、次のコンテナに移る。

当然、光線の雨と嵐に見舞われるが、やはり的確に狙い撃ちという意思は感じられない。

第一、それだったら銃口は最小限しか見せないはずだ。

銃口さえしっかりと見ていれば、直進しかしないレーザーは軌道を読める。

 

(こっちは一人で、向こうは圧倒的な数的有利があるんだもんね。)

 

 要するに余裕綽々なのである。

逆に言えば、それがつけいる隙。

そこしかないとは思う。

思うのだが、彼等の撃退が現在の勝利条件ではない。

寧ろ、敗北条件へと繋がる可能性がある。

撃退した彼等が報復に艦隊戦を挑んできたら負けるのだ。

では、この場合の勝利条件とは何か?

一番は逃げおおせる事なのだが、逃げる事に関して現在は大局的ではなく・・・。

 

(皆、早く!)

 

 チラリと視界の隅に映る人影に注意しながら、一路は囮を演じる。

時に多く姿を敵に晒し、時に細かく出たり隠れたりを繰り返す。

この場面に至っては、勝利条件はこの場にいる皆の退避だ。

逸りそうになる心を抑えながら、一路は必死に海賊達の視界へと躍り出る。

 

「あっ。」

 

 その時だ。

一人の人影が、皆のいる集団から離れ海賊達に顔を見せたのである。

人影、それは雨木 左京。

彼に他ならなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第96縁:幕を引いて何とする。

 一路が声を上げる数分前の出来事。

 

「いっちーが引きつけている間に扉まで逃げるでゴザる。」

 

「でもっ?!」

 

 冷静に或いは冷酷にも聞こえる照輝の声にえマリーは非難の声を上げる。

 

「大丈夫。向こうだって馬鹿じゃない。船に風穴を開けるような攻撃や、ましてや人質になれる相手をむざむざ殺したりはしないさ。」

 

 エマリーの反論を諭すようにして、尚プーが説明する。

 

「二人は・・・二人はそれで平気なの?」

 

 こんな見捨てるような行為を・・・。

 

「平気じゃないさ。でも、これは誰かがやらなきゃいけない役目だ。いっちーは自分でそれを買って出た。だから、さっさと僕等が退避しないと、いっちーが逃げられない。僕の知っている彼はそんな"友達"だよ。」

 

「そうでゴザる。もっとも、このオトシマエは絶対につけさせるでゴザるよ。」

 

 照輝が、いや照輝だけでなくプーも左京を睨む。

二人はそう認識しているのだ。

 

「いっちーは優しいからね。だから、僕等がその分厳しくしなきゃいけないんだって気づかされたよ。次はない。仮にいっちーが今回の事で怪我をしたとして、そうだな、1ヶ所ごとに君の骨でも折ってやろうか。」

 

 左京に向けられたプーの冷たい視線は、それが脅しでもなんでもないと誰の目から見ても明らかだった。

 

「麗しき友情といったところだが、とんだ茶番劇だな。どうりで今夜は観客が少ないわっけだ。」

 

 以前の左京ならば、困惑と恐怖で声を失っていたところだっただろう。

しかし、今回は違った。

しでかした事は、重大な背信行為だ。

これだけの事をするのは、周到な用意と覚悟が必要である。

 

「あまりに観客自体が低脳過ぎたかな。今夜はこれで閉幕という事だ。」

 

(その低脳にすら、敵わなかった事実が見えていないのかね、彼は。)

 

 プーは詰めの甘さに呆れるが、それが彼のなけなしのプライドなのだろうと思う事にした。

未だにエマリーは不満で一杯だと顔に書いてあるが、落とし所としてはこんなものだろうと。

シラを切り通す事だって出来る左京が、ここまで折れているのだから、これ以上の危険はないように思える。

 

「君達もやめたまえ。今宵の茶番はこれで終わっ?!」

 

 周囲にいる取り巻き達でなく、銃撃戦を繰り広げている海賊達の方にも聞こえるように歩み寄った瞬間、左京は目を見開く。

海賊達の持つ銃、その銃口が自分に向いている事に。

そして、その引き鉄が引かれようとしている事にだ。

 

「危ないっ!」

 

 瞬間感じた横からの衝撃。

そして響く銃声と転がる物体。

その様をまるで他人事のように呆然と眺めていた。

 

「ってて・・・。」

 

「いっちー!」

 

「一路!」

 

「大丈夫でゴザるか?!」

 

 自分を突き飛ばしたのも、転がっていったのも、一路だとそこで左京は理解する。

 

「大丈夫、かすっただけ。でも、今ので鼓膜破れたかも・・・。」

 

 頬の辺りに火傷と、耳の穴から一筋の血が垂れている。

 

「何故だ・・・。」

 

 一路の姿を見て小さく呟くのをワウであるプーの耳が聞き取る。

 

「それはどちらの意味でだい?」

 

 それは今の疑問の正確な意味を把握していると他ならない一言だ。

 

「何故撃ってきたのかだったら、答えは簡単。あれが"本物の"海賊で、君の用意した"演者"じゃないって事さ。」

 

 本物の海賊。

今回の事が本当は左京達の自作自演というのならば、それこそ茶番劇だ。

 

「で、もし、何故助けたのかっていう事だったら、それはもっと簡単。それがいっちーだからさ。」

 

 言い放つプーの表情はとても自慢げだった。

幼い子供が宝物を手に入れたかのような。

 

「では、次は拙者が殿を務める番でゴザるな。もうこの際、脳筋枠で良いでゴザるよ。」

 

 苦笑しながら照輝が前に出る。

ガギュウ人としての姿ならば、硬質の皮膚がビームだろうが銃弾だろうが貫通する事はないだろう。

但し、致命傷にならないだけでダメージはある。

当然、何発も喰らえば命の危険性もあるだろう。

 

「ダメだよ、僕が言い出して二人を連れて来たんだから、僕が行く。」

 

(こんな時まで頑固だなぁ。)

 

 一路の言葉にプーと照輝は苦笑する。

 

「皆が同じ足場じゃなければ感電くらいさせられたのにな。」

 

 ない物ねだりはよくない、子供のする事。

今を切り抜ける事だけに頭を回転させなければ。

そう思考を切り替えようとした時。

 

 ブツンッ

 

そんな音がして辺り一面が暗闇に包まれた。

 

「何?!」

 

「電源が落ちたんだ!」

 

 エマリーの悲鳴にプーが答える。

 

【坊!早ぅ逃げぇっ!】

 

 聞き慣れたエセ関西弁。

 

「NB!」

 

 すぐさまこれがNBの仕業だと気がついた。

彼が照明の電源をカットしたのだと。

 

【まさか覗き用カメラの配線がこんなトコで役立つとは、ワシにもビックリや。ワウ人の兄ちゃん夜目が利くやろ?】

 

「任せとけ。皆、こっちだ。」

 

 プーを戦闘に何とか貨物室から出る皆を尻目に一路はすぐさま近場の端末にアクセスする。

 

「コマチさん!貨物室ごと切り離してください!」

 

「ダメだ。電源が落ちてるし、扉がそんな状態ではオマエ達も巻き込む。」

 

 扉は破壊してしまって修復は無理だろう。

 

「坊主!こっちだ!コマチ様、自分達の逃走経路に合わせて隔壁を!」

 

 気づくと丁度隔壁がある通路の繋ぎ目にコマチの副官が立っている。

 

「皆!」

 

 一路が促す必要もなく全員が全力で駆け抜ける。

 

「坊主、オマエは褒められるのに慣れてないようだが、よくやった上出来だ。」

 

 並走する副官が一路の頭に手を下ろしてぞんざいに撫でる。

 

(あ・・・。)

 

 その無骨な手の大きさに一路は、唐突に父を思い出してしまった。

こうやって父に最後に褒められたのは、いつの事だっただろう?

あれは初めて自転車に乗れた時だっただろうか?

 

「ありがとうございます。」

 

 父は遠く離れた地球で、今頃何をしているだろうか?

自分がいなくなった事に関しては、鷲羽が何とかしてくれたそうだが。

 

「ッ!」

 

 そう安心したら、耳の激痛がぶり返してきた。

 

「一路?」

 

「大丈夫、大丈夫。」

 

 心配そうに覗き込むエマリーに一路は微笑み返した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第97縁:海賊と海賊と海賊?

「檜山達の誘導を続けろ。隔壁を下ろすタイミングを間違えるなよ!」

 

 コマチは行き着く暇もなく指示を続ける。

 

「ワープ用の動力は確保出来てるか?」

 

「問題ありません。」

 

 何とか一路達が当面の危機を脱したのはよい。

未だ艦全体の危機は去ってはいないが、人質がいるいないとでは話が違う。

 

「全く、自分達から条件を出しておいて反故にするとは、何処のギルドだ。」

 

 海賊だからといって、別にその全てが野放図の無法者ではない。

海賊とは本来、宇宙開拓者の流れを組む、定住しない流浪の民の総称だった。

今現在、自分達の定住する惑星(正確には樹だが)を手に入れた樹雷だとて、その流れの末裔だ。

ギルドは寄る辺のない流浪の民が持つ国、家族のようなものだ。

人が集まり、集団的社会性を持てば、最低限のルール、不文律が大なり小なり出来るもの。

所謂、流儀というヤツだ。

そして、この海賊達の流儀はコマチのそれに反する。

大体、当座の活動資金が手に入れば、白兵戦までして船員の命を賭ける必要はないし、銃弾・燃料もタダじゃない。

その辺りの台所事情は、会社・企業の比じゃなくシビアだ。

しかし、それ以上にコマチを苛立たせていたのは・・・。

 

「自分から動けんのが、こんなに歯痒いとは・・・。」

 

 NBの配線を利用した回線から送られて来る一路達の映像を、ただ見ているだけという苦痛。

実際は見ているだけでなく、支持も並行して行っているのだが、それでも自分がその場に行けない鬱憤が溜まる。

自分の副官なぞ、そそくさと一路の後を追って行ってしまったというのに。

 

(もう二度と輸送船の艦長業などやるものか!)

 

 ただでさえ、一路が乗艦するからと渋々引き受けただけなのに。

まぁ、静竜がやるよりかは大分マシだが。

その一路のピンチにいないとは本末転倒。

一路が左京を突き飛ばし、レーザーの火線と交わった時は、思わず声を上げそうになった。

一人の生徒にそこまで肩入れするのはどうかと思うが、自分も母親とやらになったからだろうか。

一瞬、一路を傷モノにしてしまっては、彼の"母親に申し訳が立たない"とまで思ってしまった。

彼も母の腹の中で、十月十日愛情を込めて、そしてその母が腹を痛めて産んだと思うと尚更だった。

だからこそ、余計に余計に腹が立つ。

 

「さしあたって、次はどう手を打つか。」

 

 気分的には、白兵戦でもなんでもして憂さを・・・いや、自分達に相対した事を後悔させてやりたくはあるが・・・。

 

「レーダーに機影!」

 

「何?識別は?」

 

 味方にしては速過ぎる。

たとえNBの一路監視用回線を使ってもだ。

では・・・敵の増援か・・・。

 

「マズいな。」

 

 更に八方塞がりになってしまう。

 

「識別不明!高速で当艦に接近!」

 

 識別不明機。

この時点で楽観的な思考は捨てるべきだ。

コマチは敵と認識する。

 

「映像出ます?!こ、これは?!」

 

 レーダー係の上ずった声と態度は、その映像と共に全てのブリッジクルーに伝播してゆく。

艦と一区切り言っていいものか巨大な船。

なだらかなラインが双頭の頭のように分かれた双胴艦。

船から一条の光が閃く。

数秒遅れの爆発。

その衝撃に、それが夢でない事を誰もが思った瞬間、はたとコマチが現実に返る。

 

「損害は!」

 

 今の一撃で自分達が生きているなんて信じられない。

あの船は自分達の艦など、一瞬で消し炭どころか塵に還せる。

 

「ありません!損害もゼロです!」

 

 信じられない。

いや、信じていないという様に。

 

「船尾に張り付いていた海賊艦に被弾、炎上しています!」

 

 真空の宇宙で炎上している炎が見えるという事は、艦内の酸素が燃焼しているという事だ。

つまり、艦の内部まで到達する程、ダメージが深い。

 

「巻き込まれないように細心の注意をしろ。」

 

 と、言ったところでどうにもならない。

あの一撃は樹雷の船を除けば、銀河最強クラスの宇宙船規模だ。

生殺与奪は確実に握られた。

 

「通達させていただきます。海賊艦はGP艦を即座に解放して下さい。そしてGP艦以外の船から奪った積み荷の全てをこちらに。でなければ、次は艦を真っ二つにさせていただきます。」

 

 映像に映し出させる人影。

可憐な少女にも

見える少女は死の宣告を丁寧に、そして冷たく言い放つ。

 

「りょ・・・魎呼・・・。」

 

 誰かが呟く。

熱に浮かされたように。

それは船乗りの誰もが知る伝説。

子供の寝物語にも聞かされる怪談のような。

 

『言う事を聞かないと、鬼女に食べられちゃうぞ。』

 

 躾の一環にそう脅された者もいるだろう。

 

「伝説の海賊・・・。」

 

 誰かがそう口にした。

 

「GP艦は、生命維持以外の機関を全て停止して下さい。」

 

「これが・・・。」

 

「この圧倒感が・・・。」

 

「伝説の海賊、りょ・・・。」

 

 誰もが絶望の空気に呑まれる中で・・・。

 

「オマエは誰だッ!」

 

 その場にいる全員、口を開きかけたコマチですらも遮って声が反響する。

そこには息を弾ませ、今まで見せた事のない憤怒の形相の一路が立っていた。

彼の周りにいるエマリーも、プーも、照輝も、いつにない一路の様子に驚きの表情を隠せない。

ただ一人、左京だけは違った。

何故なら彼は一度だけ、一路のこの姿を見ている。

それは、肩の関節を外してまで自分に掴みかかろうとした、あの時の一路の姿。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第98縁:赦されざる暴挙。

一路を知る者。

彼の周りにいる者も含め、ここまでの彼の物語を識る人間は承知していると思う。

彼は基本的に温厚だ。

自分を嘲笑する人間の声を聞き流せるくらいに。

ただそれは、彼の怒りの沸点がどうという問題ではない。

寧ろ、彼はイマドキの若者だ。

ただそれくらいの事では、彼の怒りの起爆剤にはならないというだけ。

では何がそれにあたるのか。

簡単に説明するならば、コレである。

周囲の誰もが呆然と無言で見守る中、つかつかとコマチの横まで一路は進み出る。

 

「オマエは魎呼さんじゃない。」

 

 声、姿形は確かに一路の知る魎呼に瓜二つだ。

しかし、一路は確信している。

目の前に映し出されている者は、魎呼ではない。

魎呼が宇宙人だというのは一路も知っているが、全くの別であると。

だからこそ、魎呼を真似て攻撃しているように感じるのが許せない。

一路は魎呼が本当に正真正銘の伝説の宇宙海賊だったとは知らないのだ。

 

「オマエが!その姿で、その声で、魎呼さんを真似て悪事をする事を僕は認めない!」

 

 自分の今置かれた立場など関係ない。

 

「・・・一体全体どうすると言うのですか?」

 

「どんな事をしてでも止めてみせる。」

 

 彼女の挑発的とも見えるその笑みに、一路は自分のこめかみの血管がブチっと音を立てて切れる錯覚に陥る。

 

「少年、名前は?」

 

 そう問われて、一路はゆっくりと口を開く。

 

「檜山・朱螺・一路だ。」

 

 それは宣戦布告、決闘の名乗りにも聞こえて・・・。

 

「条件の追加です。彼を少々の時間、こちらで預からせてください。命と心身の保証は致します。」

 

 一路の名乗りを受けて、彼女は静かにそう述べたのだった。

 

 

「ねぇ、一路?」

 

 全くもって怒りが治まらない。

それは自分がそれを許せないし、許される事ではないと思っているからだ。

確かに海賊から自分達を解放してくれたとも考えられはするが、それにしてもだ。

世の中には自分に似た人間は3人はいるという。

広い宇宙、それ以上いてもおかしくはない。

でも、これはあんまりだ。

そう考えながら、一路は念の為に木刀を腰にさす。

心なしか、身が引き締まったような気がするから不思議だ。

 

「聞いてるの!」 「うわぁっ?!」

 

 突然、耳元で大きな声が聞こえて、一路はひっくり返りそうになった。

 

「急に大きな声を出さないでよ、エマリー。」

 

「そっちが応えないからでしょ?何度も呼んでいるのに。」

 

 そこには皆がいた。

プーや照輝だけではない、アウラも黄両もだ。

向こうが出した条件、これは飲まざるを得ない。

今も巨大戦艦の砲門はこちらをロックしているだろう。

妙な真似などしないように。

 

「まぁ、大丈夫だよ。安全は保証するって言ってるし。姿形はアレだけど、言っている事に嘘は感じないし。」

 

 そうして一路は、彼女の艦へ赴く事になったのだ。

移動は艦と艦のフィールドを通路のように張っているので、宇宙服はいらない。

逃げ出せないように相手がそう指定してきた。

木刀さえあれば、一路としては他はどんな服装でも構わない。

 

「やっぱり僕達も・・・。」

 

「プー?相手は僕一人を指名してるんだから。」

 

 その気持ちだけでも受け入れようと一路は笑う。

 

「ねぇ?そもそもあの伝説の宇宙海賊魎呼とはどういう関係なの?知り合いみたいだけど?」

 

「ん~、実は未だに僕もよく解ってないんだけど・・・。」

 

 彼女達の言う伝説の宇宙海賊と、地球に居る魎呼とでは、一路にはどうしても結びつける事は出来なかった。

宇宙人なのはそうなのだが、一路の知る魎呼は時に豪快で、でも優しくて、姐御肌で、天地の事が大好きな、基本的には普通の女性とそう大差はなかった。

これは後年、天地の弟である剣士も同様の印象を抱いているので、あながち間違いではない。

 

「きっと向こうに行けば解るだろうから、帰ったら教えるよ。」

 

 正直どういうカラクリかは解らないが、自分自身の事に関しては最低限隠さなければならない事もあるので、何とか誤魔化すしかないだろう。

どう誤魔化すかは、これから無い脳みそを絞らなければならないので、かなり憂鬱ではあるが。

それでも色々と問いたださねばならない事もあるので行くしかない。

 

「いっちー・・・気をつけて。」

 

「ありがとう、あーちゃん。行ってくる。」

 

 




次回!ついにその正体が明かされる・・・ウボァ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第99縁:ここは寒くて、暗くて・・・。

気づけば99話。
次で100話ですか・・・三桁は久し振りの投稿話数です。



「デカい・・・。」

 

 フィールドに満たされ、擬似的に作られた筒状の中を一路は自動で移動してゆく。

自分のいた艦から、謎のへと。

視界の隅に、未だ小さな爆発を繰り返している海賊船を見て、そして自分が行く先の艦を見た感想。

 

「ホンマやな。全くどうして今の時代、こんな代物を造るか、よぉ理解出来へんわ。」

 

「だよねぇ・・・え?」

 

 独り言だったはずの一路の言葉に反応がある。

だが、独り言というのはそもそも一人だから言うのであって・・・と、考えたところで再び現実に戻る。

 

「え、NBィ?!」

 

「どーも、ワシです。てかぁ?」

 

 緊張感のカケラもなくNBは至って普通に応えを返す。

 

「何で、ここにNBが・・・?」

 

「だって、そりゃあ、こんなオモロイ事態になっとんのに、誰も彼もワシの存在を忘れおってからに。つまりは、ワシと坊は一心同体っちゅー事や。」

 

「いやいや、要約出来てないし。というか、話飛んでるし。」

 

 しかし、一体どうやって移動する自分の流れに乗って来たのかは首を捻るばかりだし、今更引き返すわけにもいかない。

 

「僕一人って言われたのに。」

 

「まぁ、大丈夫やろ。ワシは坊のサポートロボットやし。」

 

「しょうがないなぁ、一緒に行こうか。」

 

「そうこなアカン。それでこそ坊や。」

 

「褒めたって何も出ないよ?」

 

 最早、このロボットの器用さと要領の良さに一路は呆れるしかない。

 

「けど・・・巨大な船だなぁ。これで生体反応がないなんて信じられない。」

 

 

「ホンマやなぁ。」

 

 移動前にせめてできる限り相手の戦力を確認しようとすると、生体反応1と出た。

これだけ巨大な船を動かすのに乗員が彼女1人とは考えられない。

かといって、こちらの走査を妨害されているというわけでもないようなので、何か特殊なプログラム、例えばNBや雪之丞のようなサポートロボットを使用しているのか・・・。

 

(該当艦はデータベースに無し、予想出力、予想竜骨による設計思想の近似値は・・・双蛇・・・眉唾モノね。)

 

 NBを通してアイリが分析した結果だ。

今はまだ大丈夫だが、中に入ってしまえば恐らく映像を受信する事はかなわないだろう。

今のうちに記録データを取れるだけ取ってしまわねばならない。

 

「あそこから中に入るみたいだよ?」

 

「何が出るんやろな。」

 

 そう呟いたNBだったが、結果は何も出なかったが正解だった。

 

「・・・何か・・・寒い・・・。」

 

 地に足をつけた一路がぽつりとこぼす。

 

「あん?艦内温度25.2度、湿度も・・・あー、そこまで寒かないやろ?」

 

 艦内の有害物質、酸素量、その他諸々を瞬時に計測し終えたNBが答える。

第一、一路の身につけている制服は、完全体温調節が可能な船外服のインナーだ。

そんな寒さを感じるはずがない。

 

「寒くて・・・寂しい船だ。何かの抜け殻、空っぽの揺り籠みたい。」

 

 通路の先、何もない空間を凝視して一路は眉根を寄せる。

 

「こんな寂しい船で暮らしている人は、どんな人なんだろうね、NB。」

 

「・・・あのな、坊?」

 

 NBは針金のように細い手足を器用に折り畳んで肩を竦める。

本当は首も傾げたかったが、彼に首はないので、円盤のようにはめ込まれた表情の面の部分だけがくるりと角度をつける。

 

「確かに全ての海賊が100%悪いヤツっちゅー考えはワシもどうかと思う。けどな、それでも相手は海賊なんや。解るか?海賊なんやで?」

 

 何を呑気なと嘆息してみたくもある。

情を持つなとは優しい一路には言えない。

だが、必要以上に情を持つのは危険でしかない。

一路の周囲の人間は、難儀しているというのを容易に想像出来る一言だ。

 

「そうだね。さっきも・・・凄く怖かった。」

 

 複数の人間が自分を傷つけに、危害を加えに来る。

そんな悪意、命のやりとり。

思い出すと足が震えて来そうだ。

自分でもなんて危険な事をと今にして思うのだから、きっとそれだけあの瞬間は夢中だったのだろう。

 

「せや。それが海賊、それが戦いや。」

 

「そうだよね!だって魎呼さんの名前を騙るくらいだもんっ!」

 

 グッと拳を握り、次々と廊下にあるゲートをくぐる。

 

「あ、いや、そういう事やなくてな・・・。坊?聞いとるか?」

 

「大体さ、あんな優しい魎呼お姉さんが、海賊なワケないじゃないか。」

 

 ※海賊デス。

 

「あ~、もうええわ。」

 

 一路の中の魎呼像がカッチリと確定して、どうやっても崩れないと理解したNBは、何を言っても無駄だと悟る。

世の中、知っておいて損はない事があるが、知らなくていい事もある。

おいおい知る事となるだろう。

 

「それにさ、昔は海賊だったとしてもだよ?今は普通に地球で暮らしてるんだしさ。大事なのは、今どうしてるかじゃない?僕なんかちょっと前まで、世界で一番不幸ですって顔をして引きこもってたし・・・さ。」

 

 だからといって母の死を引きずっていたあの時間の全てが無駄だったとは一路は思わない。

弱虫だとは思うが。

だからこそ今の自分を見て欲しい。

芽衣にも全にも、そして灯華にも。

 

「せやな。」

 

 宇宙に出てからの一路の、その境遇を知り、そのうえで傍にいる唯一の存在であるNBは、短くそう呟いて同意するだけだった。

 

「しっかし、そう考えると坊を呼びつけた理由てなんやろな?」

 

「ん?口封じじゃないかなって思ったんだけど?だって僕が偽物だーって皆の前でバラしたようなものでしょう?」

 

「あぁ。でも、本人は否定せんかったし、まぁ、肯定もしとらんが。けど、坊の身の安全は保証する言うてたしな。守るかどうかが別やで?」

 

「守るよ。」

 

「あん?」

 

「あの人は守る。そういう人だよ。」

 

 今まで会った事もない相手に何をとNBは訝しげに一路を見るが、彼の表情はそれを確信しているように見える。

 

(戦闘があった直後だから?彼、さっきから直感で動いてるわね。)

 

 意外に妨害電波の類は無く、アイリとNBの通信は確保されていた。

それが一路を害する事はないという先方の約束の一部なのかも知れない。

果たして、これが一路の能力といえるかどうかは、まだ検証が必要とだけ考える。

 

「だとしたらやで?他に口封じ言うたら、記憶操作の類いしかないで?」

 

 この方法ならば、自分が害されたという認識すら抱く事なく、それすらも消してしまえるだろう。

 

「う~ん・・・そういうのも違う気がするけど・・・。」

 

「じゃあ、もう残るは好奇心やな。」

 

「は?」

 

「味方なのか、敵なのか、どのみち相手を知らんとアカンやろ?この目でまず見るのが一番や。」

 

 確かに一理ある。

実際、一路だって、彼女に会うという事が指示されたからというより、会って一言『ふざけるな!』と言ってやりたいというのもあるからだ。

 

「ま、ともかく、会ってみてからやろ。推測だけじゃ埓があかっ・・・?」

 

「ほぶぅっ?!」

 

「???」

 

 今、一瞬にしてNBの視界から一路の姿が消えた。

 

「坊?」

 

 NBはすぐさま自分の視覚情報を疑ったが正常だ。

ハッキングされた形跡も、瞬間移動させられた痕跡もない。

では、自分が認識出来ない何かが起きた?

数コンマ秒でそういう結論に至った直後、背後でドコンッと鈍い音が聞こえた。

 

「わ、私、興奮してますっ!は、は、初めてです!初対面で私と魎呼さんを間違えなかった人はーッ!!!」

 

 よく理解出来ない。

理解出来ないが、一路が壁際に仰向けに倒れ、女性に馬乗りになられている事だけが、事実としてNBには理解出来た。

 

「ヤレヤレ。難儀な()っちゃな、ホンマ。」

 

 

 




あ、バレバレの正体判明まで話がいかなかった・・・orz


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第100縁:この広い宇宙で出会えた人は?

という事で100話目です。
下書きのルーズリーフはもうちょいで200枚に達する辺り、これからも宜しくお願い致します。



 NBと同様に一路にもよく理解出来ていなかった。

よく解らないが、何かが弾丸のように物の見事に鳩尾の辺りに突っ込んで来て、ゴロゴロ、ドカーン。

ここまでは理解出来た。

よけられなかったのは、相手が本当に速かったのと、敵意・殺意、そういった類いのモノを一切感じなかったからだ。

故に不意打ちで、そして何故だかその結果が女性に馬乗りになられている。

 

(だ、誰か説明して・・・。)

 

「わ、私、興奮してますっ!は、は、初めてです!初対面で私と魎呼さんを間違えなかった人はーッ!!!」

 

 涙目の女性が、一路の手を両手でぐっと握り締めながら叫んでいる。

 

(ん?)

 

 魎呼と同じ顔。

その顔で半泣きになられると非常に居心地が悪いのだが、魎呼でない事の裏は今の発言で取れた。

そして一路は首を傾げ、気がついた。

彼女自身、"一度も自分が魎呼であると名乗っていない"という事に。

 

「あれ?」

 

 艦内の人間は、彼女の言動で海賊と認識し、顔を見て確信して海賊の魎呼と言った。

一路もそれを受け、彼女の顔を見てから魎呼の名を騙る海賊だと認識して憤った。

だが、確かに彼女はここまで一度も自分が魎呼だと名乗っていない。

 

しかも、だ。

 

 海賊だとも言っていない。

 

(えぇと、これは・・・。)

 

 ようやく冷静になれた。

彼女だって魎呼の偽物だと一路が叫んだ時、一度も"肯定も否定もしていない"と。

それが結論。

だとすると・・・。

 

「ごめんなさい!僕、勘違いしてて!」

 

 これはこれは大変失礼な事をしでかしてしまったのでは?と、汗が吹き出てくる。

 

「あ、でも、貴女がいきなり攻撃してくるから・・・。」

 

 と、言ってはみたが、実際に攻撃されたのはGP艦ではなく海賊艦のみである。

そして彼女の要求は、海賊の積み荷のみで、GP艦の荷は求めていなかった。

つまり、それはただ海賊の上前をはねているだけで・・・。

 

「・・・貴方、ええと、檜山さんでした、面白い方ですね。すみません、私も取り乱してしまって。」

 

 一路の言葉にきょとんとした後、その女性はゆっくりと一路の上から降りる。

ぱんぱんと身体の埃を払い、仕切り直して一路に微笑む。

 

「私、ミナギと申します。巫女の巫に、草を薙ぐの"巫薙"です。」

 

 あ、これはこれはご丁寧に。

そう返してもおかしくないぐらい丁寧に自己紹介をされてしまう。

 

「遺伝子上ですが、魎呼さんの妹という事になります・・・か。」

 

「妹?!」

 

 納得。

これ程の納得の仕方があるであろうか、いやない。

そういう意味でのすっとんきょうな驚きの声を上げる。

魎呼の家族構成を確かに聞いた事はないのだし、姉妹がいても変ではない。

 

「一応そういう事になるのですが・・・あ、どうぞ。」

 

 巫薙も巫薙で口ごもったまま、一路を起こす為に手を差し出す。

 

「あ、すみません。」

 

 彼女の手を取り、身体を起こしながら一路は心の中でほら、やっぱりと思う。

 

「先程から微妙な反応ばかりな気がしますが、何故でしょうか?」

 

「だって、どう見ても魎呼さんに似てないから・・・。」

 

「は?似てない・・・ですか?」

 

 今度は、巫薙がすっとんきょうな声を上げる番だった。

 

「似ていると言われる事は毎度の事ですが、似ていないというのは・・・何やら新鮮です。」

 

 魎呼と実際に目の前で比べられて似ていると言われる事も多々あるが、初見で魎呼ではないと断言され、似ていないと言われた事は初めてだ。

 

「う~ん・・・言葉遣いが違うのは当然なんだけど・・・。」

 

 さて、どう表現すればいいのだろうかと、しばし思案して・・・。

 

「巫薙さんの方が、多分、器用でおっとりしてて・・・少し、寂しそう。」

 

 船の中で一路が持った印象。

それはこの船の主である彼女の印象のそれなのではないだろうか・・・ふと、そんな気がした。

 

「二人共、優しくて美人なのは似ているけど。あと、きっとどちらかというと魎呼さんの方が乙女ちっく・・・なのは、天地さんがいるからなんだろうけど。」

 

 良くも悪くも、魎呼の世界は天地と自分を中心に回っているんだと一路は思う。

特段それが悪いという事ではないが、それだけ純粋に誰かを好きになれるのは、羨ましくもある。

 

「成程。・・・一路さんには明確に私と魎呼さんとの違いが見えているのですね。寂しそう・・・ですか・・・。」

 

 一瞬、巫薙の目が陰る。

 

(あ・・・。)

 

 似たような光景を一路は地球で見た事があると、すぐさま思い出した。

それは何時だったかも鮮明に思い返せる。

夜の帰り道。

魎呼が一路に尋ねた時だ。

 

 "母親を亡くすのは辛いか?"

 

 そう聞かれた時の。

魎呼のあの瞳だ。

彼女ももしかしたら、そういう類の心の傷を負った者を見た事があるのかも知れない。

或いは・・・大切な人を亡くすような・・・。

 

「ごめんなさい。」

 

 ぽつりと謝罪の言葉が口に出る。

 

「え?」

 

「巫薙さんを傷つけるつもりは無かったんです。」

 

 一番最初に怒鳴りつけた時点から間違っていたのだから、これは始末が悪い。

だからといって、謝罪しないのはもっとタチが悪い。

そんな一路の逡巡を見てとったのか、巫薙はくすりと微笑む。

 

「本当に面白い方ですね、"一路さん"は。あ、これは悪い意味じゃないですよ?好感が持てるという事です。」

 

(うわぁ・・・。)

 

 満面の笑みを向ける巫薙に、一路は心の中で声を上げる。

言葉遣いも性格も違う別人だと認識していても、やはり魎呼と同じ顔の造りの巫薙のこの笑顔はクるものがある。

 

「では、互いに自己紹介が終わったところで立ち話もなんですし、こちらへ。」

 

 そう促されてしまうと、何も考えず反射的に従ってしまいそうになる。

 

「?どうしました?」

 

「いや、その顔でそんな優しく言われると・・・。」

 

「と?」

 

「何か・・・ズルい・・・です。」

 

 半分拗ねたような一路の言葉を聞くと、巫薙は益々楽しそうに微笑む。

 

「この顔なのも悪くないと、今、ちょっとだけ思いました。」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第101縁:もう1人の姉。

 非常に淑女的。

自分に差し出されたカップに口をつけて、あらためて一路が持った感想がこれだ。

ちなみに中身は緑茶である。

 

「一番聞きたかった点は既に聞いてしまったのですが・・・。」

 

 一息ついてから、そう前置きをして。

 

「また新たな疑問が一つ。」

 

「あ、はい。答えられる事なら。」

 

「今までの流れからすると、一路さんは地球のご出身。という事は正木村からいらした事になりますが・・・?」

 

 正木の村に住んでいる者達は大抵は樹雷の末で、成人を迎えるとこのまま地球で暮らすか、宇宙へ出るかのどちらかを選択する。

それが成人の儀式みたいなものだ。

例外は、自分がその末孫にあたると聞かされず、自覚もない者達だけ。

 

「いえ、違います。」

 

 一路は彼女が聞きたい事をなんとなく察して答える。

理由は一路がGP隊員の中にいたからだ。

現状は、地球から出て来た者は、必ず樹雷かGPのどちらかの所属になるしかない。

なかには研究専門の機関に入る者もいるが、GP隊員で樹雷出身は珍しい。

自国の軍に入る者が大半だからだ。

勿論、何の後ろ盾もない者はGPに入る事もありえるのだが・・・。

そんな事を一路が知らなかったとしても、所属と出身に関する疑問が巫薙に生じるのは当然の話だ。

 

「僕は、他の皆とは違う理由と目的で宇宙に上がりました。」

 

 柾木家の人々を知っている彼女ならば、正直に話したとしても問題ない。

そう考えて答えた一路に対して、一瞬だけ逡巡した巫薙は彼をじっと見つめる。

 

「・・・お聞きしても?」

 

 嫌ならばこれ以上話さなくともいい。

そんな逃げ道を一路に残して巫薙は問いかける。

彼女の分かりやすい優しさを一路は感じていた。

 

「そんな深い理由じゃないんですけど・・・。」

 

 ごちゃごちゃとコンソールが配置されたGP艦とは違った閑散としたブリッジ。

そこから眺める事の出来る暗黒の宇宙空間を眺めながら、これまであった事を一路は淡々と話しだす。

時折、巫薙が『はぅっ。』とか『それはそれは。』とか、そんな相槌を打ちながら。

巫薙に一通り話し終えた時には、一路自身の方がすっきりしていた。

今まで誰にも喋る事が出来なかったのに、NBに続いて話す事が出来たからだ。

その間中も、NBはといえば何処か呆れたような表情をしていたが。

 話し終えても、巫薙は無言のまま何かを考える様に俯いている。

 

「あ、でも、全部が僕の我が儘なんですよね。向こうは僕になんて会いたくもないかも知れない。一緒に来たくないかも知れないし。でも、"ああいう事"を彼女にさせる集団には、絶対に彼女をおいておけない。何があっても。」

 

 無言のままの巫薙の態度に耐え切れず、矢継ぎ早に言葉を続けてしまう。

灯華に拒絶されたっていい、構いはしない。

どうせ一度死んだ身だ、後悔ないように生きて何が悪い。

半ば開き直りの現状。

 

「あの・・・巫薙・・・さん?」

 

「ステキですっ!!」

 

「はぃ?」

 

 面を突然上げた巫薙は、物凄い速さでぎゅっと一路の両手を握ると、ずずずぃっと顔を近づけてくる。

どちらかがあとちょっと顔を動かせば、どうにかなってしまうような近さだ。

 

「何と素晴らしい友情!愛!かつてこれ程までの純愛体験記を聞いた事はありません!拝読させて頂いた阿重霞さん秘蔵のコ〇ルト文庫も真っ青です!」

 

 何やら局所的にマニアックなブームが彼女に来ているような・・・。

 

「どうでもえぇ情報やな。」

 

 終始黙っていたNBも思わず突っ込んでしまう情報だ。

 

「そう!まさにこれはピンクコバ〇トに匹敵します!いや、それ以上。折原〇ともメじゃありません。」

 

 益々どうでもいい情報だ。

しかも、その色のコバル〇文庫なんて、何時の時代の話しだ。

90年代か!昭和か!

 

「はぁ。」

 

「及ばずながら、私も協力させていただきます。いや、是非させてください!」

 

「あ、えと・・・。」

 

 勢いよくそう言われてしまうと、答えに窮してしまう。

 

「まぁ、えぇんちゃうか?GPの人間には頼れんし、かと言って樹雷に行くのもまっぴらやし?」

 

「NB?」

 

 一路の言葉に答える事なく、NBはカシャカシャと音をならしながら巫薙に近づく。

 

「巫薙はん、ちょっとコレを調べてくれんかいな。」

 

 そう言うと口の中から平たい板を取り出す。

厚さ1mm程度、長さ5cm程度で、先端が三角に尖っている物体。

 

「これは・・・情報素子ですか?」

 

「ワシが調べた情報が入っとる。そん中にある組織のどれかに坊のお姫さんがおる可能性が高い。それを特定して欲しい・・・で、えぇな?坊?」

 

 ここでようやく一路の許可を求める辺りが小憎たらしい。

 

「でも、それじゃあ巫薙さんが危険なんじゃ・・・。」

 

 これは自分の我が儘、目的の為に周りを巻き込みたくはないというスタンスを取っている一路のそれに反する。

第一、それがこの事を周囲に話さない、話せない原因の一つでもあるのだ。

 

「やっぱり優しい方ですね、一路さんは。私なら大丈夫です。"見た通りの外見"ですし、これでも剣術だけなら、魎呼さんより上、樹雷の上級闘士以上のレベルなんですから。」

 

 ニッコリと自慢げに笑う巫薙の言葉にピクリと一路が反応する。

 

「坊、稽古をつけてもらうとかいう暇はないで?最近、目的そっちのけで稽古馬鹿になってへんか?」

 

 ギクッ。

NBの一言に一路は身を震わせる。

巫薙の言葉が本当ならば、彼女は静竜レベルの実力の持ち主で、しかも静竜の樹雷の剣術とはまた違った(と、一路は勝手に思い込んでいるが、実は同じ)戦い方を学べるかも知れないのだ。

惹かれないわけがない。

実際、NB言う通り稽古馬鹿に見えるのだが、宇宙に出て何も知らなかった、それこそヒヨコ並みの自分が出来る事が増えた。

その事が一路にとっては楽しくて仕方がないのだ。

 

「では、それはまたいずれ、という事で。」

 

 NBの一路のやり取りを見ていた巫薙は面白くてしょうがないという体で、口元に手をあて笑みを堪えながら告げる。

 

「ほな、ワシの連絡先を教えるさかい。」

 

「えぇ。さしずめ私はピンチの時の"騎兵隊"というポジションですね。頑張ります。」

 

 それじゃあ、西部劇だ。

少女文学でも、ロマンス文学でもなんでもない。

そう思いながらも、一路は巫薙に頭を下げて頼むのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第102縁:その足音はひたひたと。

「いやぁ、非常に有意義な研修期間だったねぇ。」

 

 両手を上げ伸びをするのはプーだ。

ワウ人だけあって、その構図は動物園にいてもおかしくはない。

 

「久々のシャバの空気は美味いでゴザるな。」

 

「ホントよね、有意義なトイレ掃除だったわ。」

 

 照輝の言葉にげんなりしながらもえマリーが呼応する。

 

「まぁ、仕方ないじゃない?いっちーと違って、僕等は命令違反なんだし。」

 

「本当、誰かさんの言葉を真に受けたばっかりに。」

 

「ごめん。」

 

 やりとりを聞いていた一路は思わず謝る。

あの場にいた三人には、待機命令が出されていた。

にも関わらず、勝手に行動してしまった。

完全な命令違反である。

軍属はないので、それ程厳しい罰はなかったが、代わりに研修期間が終わるまでの間、トイレ掃除(GPの伝統的な罰ゲームである)が待っていた。

 

「いっちーが謝る事はないわよ。」

 

「そうだよ。僕達が自分でやった事なんだからね、自己責任ってヤツさ。」

 

「アンタ達、元気よねぇ。どんだけ体力馬鹿なの?」

 

 トイレ掃除という罰に最近慣れつつあるプーと照輝は、元々体力があった事もありケロリとしている。

 

「罰は仕方ないわ。でも、雨木君達の方が問題。」

 

 一路の隣をちゃっかりしっかりとキープしたアウラがぽつりと呟く。

 

「そうよ!ソレ!何なのアレは!」

 

 燃料を投下したかのようなその呟きが、えマリーんを一層激しく爆発させる。

 

 

『彼等がどんなに黒に近い行動をしたとしても、海賊の襲撃自体は本物だ。彼等の直接関係があったという証拠もない。』

 

 そう告げたのは、一路と共にブリッジに戻ってきた副官だ。

 

『つまり、現状は待機命令違反以上の裁きは与えられん。』

 

 副官の言葉と同様に処分の命令を下した本人であるコマチも同じだった。

別に一路はそれに対しては何の反論もなかった。

実に冷静で艦長の鏡たる人だと思ったくらいだ。

お陰で無駄な混乱は一切艦内で起きていない。

ただ、もし本当にエマリーに言う通りの、彼等がこの艦に乗る者達を危険に晒そうとしていたのなら、それは許し難い行為だとしか。

 

『だが、君のやった事やその勇気は無駄ではない。それは胸を張っていい。自分達と訓練した甲斐があったな。』

 

 そう言ってくれた副官も、やはり副官の鏡たる人だと感じ入った。

 

(・・・本当に僕は成長してるんだろうか。)

 

 灯華を連れて逃げおおせるくらいに。

実感し難い部分もある。

 

「いっちー?」

 

 思考が落ち込みそうになる寸前で一路を掬い上げる声。

 

「どうかして?」

 

 真横でアウラが首を傾げていた。

 

「なんでもないよ、ありがとう。」

 

「怪我は大丈夫なんでしょう?」

 

 同じように心配げに自分を見るエマリー。

 

「うん、大丈夫。エマリーもごめんね。心配かけて。」

 

 しょぼんと謝る一路に何故かエマリーの方が赤面する。

 

「別に心配はっ!何よ、皆、その目は?!」

 

 エマリーを眺める皆の生温かい視線。

 

「ツンデレだな。」 「ツンデレでゴザるな。」 「ツンデレ。」 「いっちー、飴ちゃん食べる?」

 

 最後の黄両以外が、皆、ほぼ同じリアクションでエマリーを見つめる。

 

「な、何よソレ!いっちー違うからね!」

 

「えと、何が?」

 

 何がどう違うというのだろうと一路は首を傾げる。

 

「な、何って・・・はぁ・・・ともかく、皆、研修お疲れ様でした!はい!この話オシマイ!」

 

「自分で話題振っておいて、ソレとは・・・。」

 

「理不尽でゴザるな。」

 

「何よ!」

 

「何でもないでゴザる。」

 

「うんうん。」

 

「いっちー飴ちゃんはー?」

 

 全くとりとめのない光景。

黄両から飴を受け取り、今にもプーと照輝に食ってかかりそうなエマリー。

それをなだめるアウラ。

その様子をケラケラと無邪気に笑う黄両。

 

(そういえば、皆いつの間に仲良くなったんだろう?う~ん・・・。)

 

 そんな風に考えながら。

 

「坊、大丈夫か?」

 

「大丈夫だよ、NB。ただ、僕がいなくなったら、皆どう思うかな?」

 

 巫薙から情報がもたらされた時、自分はここを離れる。

この輪の中には、皆とはいられなくなる。

 

「・・・やめてもえぇんやで?それで誰も坊を責めたりはせん。」

 

「やめないよ。それに、それは僕が僕を責めし、許せないから。」

 

 誰も知らないからこそ、それは尚更。

 

「ま、GPから追われるっちゅーコトはないから安心せぇ。」

 

 毎年、何人かは離脱者、脱走者が出てくる。

主に遊び半分の金持ちの子息が大半だが。

 

「そっか。」

 

「何なら坊が在籍してた記録自体消せるで?」

 

「そんな事したら捕まって分解されちゃうよ?」

 

「ワシがそんなヘマするかいな。」

 

「どうだか。」

 

 一路はっほえむ。

少なくともNB、彼は自分に最後まで付き合うと述べているのだから。

 

「大丈夫や坊。オマエの敵はワシの敵や。」

 

「ありがと。」

 

 素直に礼を口にする一路。

彼はまだNBとのこのやりとりの意味を、そして自分を取り巻く悪意に気づいていはいなかった。

以前、鷲羽が天地に言っていた"本当の悪意は直前まで表には現れてこない"という事を。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一路、奪還。
第103縁:日常にさよならを。


「はぁっ!」

 

 晴天の空の下、一路の声が響く。

彼を囲むのは数人の男達。

その男達全員がほぼ同時に一路に襲いかかる。

それに対して、一路は冷静に状況を見極め、相手の攻撃を受ける順番を決める。

例え動き出すタイミングが同時だろうと、寸分違わず一緒というわけではない。

個々の能力における速さ、彼我との距離、その他諸々を加味すれば必ず行動差は発生する。

時に自らそれを作り出し対処すればいい・・・はずだ。

少なくとも、ここ最近ようやくそれが理解出来るようになってきた。

・・・まぁ、そこに至るまで何度フルボッコなメに合った事か。

 

「ほぅ、駆け引きめいた事が出来るようになってきましたな?」

 

 一路の様子を見ていた男は、横にいる上司、コマチに語りかける。

 

「あぁ。しかし、早いな。」

 

「努力の量と質が、そこいらの生徒と違いますからな。」

 

 両腕を組んだまま呟くコマチは、一路から視線を逸らす事なく会話を続ける。

 

「成長速度の話ではない。いや、確かにそれも"そこそこ"だが・・・。」

 

 そこで言葉を一旦区切る。

 

「戦闘速度が以前より速い。特に回避能力がズバ抜けて・・・というより、時に先回りするように避けている節がある。」

 

 悪い事ではない。

剣の達人同士ともなれば、剣を交えずとも何合も加速する思考の中で打ち合うという。

中には後手であっても先を撮れる者もいる。

そのほんの入口といってしまえばそれまでなのだが・・・。

常人なら途方もない領域だろうが、生体強化をしている事を踏まえれば全くないという事ではない。

 

「慢心しているようにも思えませんし、あの性格ではそれもないでしょう。そう悪い事ではないように思えますが?」

 

 生き残る確立の上昇とう観点からすれば、宇宙に出る者の誰もが欲しい能力だ。

それに溺れる者は危ういが、一路の性格ではそんな事もないだろう。

杞憂だと言いたいのだ。

 

「気に食わん。以前静竜が言っていたが、特にあの目だ。あれは覚悟した者の目だ。」

 

「戦士の目・・・といえば聞こえはいいですが。そういえば研修期間中にも時折、あのような目になっていたかと思います。」

 

 コマチに自分の意見を述べた時、海賊相手に殿を務めた時・・・。

 

「焦りから生まれる類いならば、それは危険を招く。」

 

「・・・一体、彼はどういった生徒なのでしょうか?」

 

「うん?」

 

 一路の人となりは見たままなので、特に問題はない。

だが彼の入学の経緯や経歴、バックボーンとなると不審だったり、驚きだったりする点が多い。

 

「成程な。少し理事長殿に聞いてみるか。おい、オマエ達!今日はもう時間だ。檜山、身体を冷やすなよ!」

 

「はい!ありがとうございました!」

 

 コマチの声に一路が大きく腰を折って頭を下げる。

 

「可愛い坊やだよ、全く。」

 

 一路を見つめる彼女の目は優しいものだった。

 

 

 

 研修から戻ってからはつまらない程の、といっては語弊があるが、日常の連続だった。

早朝にコマチ達に稽古をつけてもらい、終わったら洗浄ポッドに入って身体を洗ってから授業。

その後、静竜に定番の居残りをさせられて、理事長に見つかって静竜がブッ飛ばされると寮に帰宅。

談笑しながら食事を摂って、明日の用意や予習。

最後に剣舞の練習と、時折女子寮にいるエマリー達や、シア達と通信する。

 

(地球の全寮制の学校と変わらない感じだよね。)

 

 それは一路にとって地球で取り戻したかった時間に近いものだったが・・・やはり、どうしても灯華達の事が頭に浮かんでしまう。

そこに彼女達がいて欲しい。

いてこそなのだと思う。

 

『ワシと巫薙はんで探して・・・・・・せやな、短くて2週間。それくらいの"時間はある"と思っとけばえぇ。』

 

 巫薙と会った後、研修の終わりにNBは一路にそう告げた。

NBが独自に調べてくれた情報を、巫薙に話して渡した。

彼女は事も無げにそれを了承してくれたのだ。

 

『まぁ、それを猶予と取るかは別としてな、坊、最低2週間以内にやり残した事を。準備と別れを済ましておくんや。そういうんは大事な事やからな。』

 

 そう言って、(恐らくは)複雑な表情を一路に向けた。

 

「別れかぁ・・・。」

 

 自分にとって、今までの人生・・・特に母と別れてから何度経験しただろう。

 

「慣れないもんだよね・・・。」

 

 これからの人生、自分はあと何度"さよなら"を言えばいいのか。

だが、きっと恐らく慣れるものでもなく、慣れる必要もないのだろう・

確か、勝仁も同じような事を言っていたのを思い出した。

それにまず最初にそのさよならを言いたくはないが為に、この地まで来たのだ。

だから、今はまず・・・。

 

「やり残した事かぁ・・・。」

 

 

 




し、シリアスパートに入るよぉぃ・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第104縁:蔓延る者達。

「研修、つつがなく終わり何よりだ。」

 

 薄暗い部屋の一室に左京はいた。

片膝をつき、俯いたまま畏まった姿勢で。

それは立体映像だというのに、全身は緊張から硬直しているのがありありと解る。

 

「とでも私が言うと思ったか?」

 

 映し出されているのは、灰色の顎鬚に覆われた中年の男。

その表情はやはり薄暗いせいかはっきりとは解らない。

だが、顔が見えなくとも威圧感だけはひしひしと伝わってくる。

 

「お前たっての頼みで貸出した者達を使うまでもなく、"本物の海賊"に出くわしたそうだな。で、それは"当初の予定通り"に処理してみせたのであろう?本物だろうが偽物だろうが、同じ目的に使えるのならば問題はない。」

 

 全て把握されている。

把握されているからこそ、この男は左京に聞いているのだ。

ギリギリと歯をすり合わせ、無言でその屈辱に耐えるしか左京には答える術は無かった。

 

「私は無駄を嫌う。だが"息子"という事で少々無駄に浪費している部分があるようだな。」

 

 それは左京の存在を許している事を含めてとでも言いたげな。

いや、実際そうなのだろうと左京は思う。

今回も左京が海賊を退けていれば、彼の、ひいては雨木家の株が地味な量で上がるし、自分や父への評価も上がる。

失敗したとしても、自分が大きなヘマをやらなければ、GP艦の信頼は下がる。

それに海賊達の奪った積荷も手に入る事も。

海賊が本物でも偽物でも、左京の成否如何でもある程度の利はあるのだ。

 

「申し訳ありま・・・。」 「無駄口はいらん。そう言ったばかりだ。」

 

 積荷も手に入らず、家の評価も上がらず、GPの信頼度も下がらず、今回の件は何一つ利がなかったのだ。

父の怒りは相当だろう。

 

「我が一族は、天木の眷属といえど、分家の分家。本家の前当主も以前の野心の欠片すらない。現当主殿が事を起こさねば、我等は上には上がれぬし、起こす時には目端につく位置におらねばならぬのだ。」

 

 樹雷は4つの家がそれぞれ樹雷皇を支えている。

柾木、神木、竜木、天木の四家だ。

当然の事ながら、樹雷皇もこの四家から選出される。

現樹雷皇は柾木家の出自だ。

そしてその各家に眷属と呼ばれる分家のようなものが存在する。

そこには厳然だる格付けがあり、それがそのまま皇位継承順になるのだ。

例外は唯一つ、樹に選ばれた時のみ。

それも、一足飛びに樹雷皇になる為には、第一世代の樹に選ばれなければならないのだ。

通常、上に伸し上がる為には、本家の養子となるか、本家の誰かと婚姻するくらいしかないが、現在の左京の家格ではそれも可能性が低い。

彼の父が述べているのはそういう事だ。

 

(GPで名を上げ、樹雷に帰還。闘士になり聖衛艦隊に配属か。)

 

 そこまではほぼ既に確定していたと左京自身もそう認識していたし、問題も障害も特にはなかった。

出来ればGPにいる間に、自分の将来の部下や右腕になる有能な者を発掘したいと思っていた程度だ。

しかし・・・。

 

(本当に恥をかかせてくれるな、檜山・A・一路。)

 

 あんなのは大事の前の小事、拘る必要もないと思えば良かったのだ。

だが、研修先ではそんな取るに足らない者に庇われた。

庇護される側と思われたのだ。

それが気に入らない。

弱いのならば弱い者らしく、自分の視界の外に引っ込んでいればいいのだ・・・。

 

「承知しております、父上。もうしばらくすれば研修結果を反映した内示が出ますので、そちらで結果を出してご覧にいれます。」

 

 寧ろ、今の自分にはそれしかない。

 

「いや、内示はこちらで受けろ。」

 

「は?」

 

「一旦、こちらに戻れ。外聞が悪いというのなら・・・そうだな、私の名代を務めねばならぬ事由があるとでも言っておけばよい。」

 

 横暴な。

そう思わないでもなかったが、この男は昔からそういう男なのだと左京も理解している。

嫌というくらいに。

だから・・・。

 

「解りました、父上。」

 

 そう答える他、選択肢などなかった。

 

 

 




たまには他のキャラを書かないと・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第105縁:やり残した事と言えば?

「こんにちは。」

 

 軽い、あまりにも軽い挨拶と共に一路はそこを訪ねていた。

 

「あら、違うんじゃないかしら?」

 

 一路のその挨拶にのほほんとした表情でティーカップを持ち対応したのはリーエルだ。

 

「?何がです?」

 

 一路の問いたゆんとリーエルの尻尾が大きく揺れる。

 

「そこは"ただいま"デショ?」

 

 にんまりと笑うリーエルに、一瞬だけきょとんした顔をしてから一路は頭を掻く。

 

「た、ただいま。」

 

 顔を真っ赤にさせて照れる一路に萌えながらも、リーエルはうんうんと頷いて満足する。

 

「はい、おかえりなさい。」

 

「あ、はい・・・。」

 

 これもまたどう返したら正解なのか解らない一路は、曖昧に受け答えするしかない。

 

「研修大変だったそうね?全く、研修中に海賊に遭遇するなんて、どういう確立なのかしら。」

 

 組織だった海賊ギルドの主要が崩壊した昨今では、なかなか海賊と研修船がかち合うのは珍しい。

出没する海域も限られているし、わざわざ研修艦なんて面倒な船を相手する事もないからだ。

そういう意味で遭遇する確立は低い。

一部では、"地球人も宇宙をゆけば海賊に当たる"的なレッテルを貼られつつあるのは、一路は知らない。

この数年後、それはある意味で宇宙だけでなく地球にいても起こりうるという、変な方向に歪められていくのだが、それはまた別の話である。

 

「でも、誰も怪我がないようで良かったわ。」

 

 実は怪我をしました。

しかも、自分だけ。

とは、言えない一路である。

 

「そうですね。あれ?そういえばシアさんは?」

 

 とりあえず、あははと苦笑して、お茶を濁しつつ。

 

「勿論、いるわよ。今頃照れて、どう声をかけたらいいかタイミングを計りながら覗いているんじゃないかしら。」

 

「誰が覗くか!」

 

 スパンッと戸が開いて現れたシアが怒鳴り散らす。

もっとも、その行動自体が覗いている事を示しているのだが、本人もその事に関しては気づいているのか否か、顔が真っ赤だ。

 

「ただいま、シアさん。」

 

 今度はリーエルに言われた通りのセリフで一路は声をかける。

勿論、覗いていたという点については突っ込む事をせずに。

どうせ火に油を注ぐだけである。

 

「ホラ、言った通り、すぐに会えたデショ?」

 

 リーエルのその言葉が、どちらにかけられたものなのか、一路には彼女の表情が読めない。

だが、彼女の一言が、逆にシアの登場するきっかけを作ったとも言えなくはない。

という事は、あえてわざとらしく言ってのけたという事も思えなくはなかった。

事実はどうかは別として。

 

「お、おかえり。」

 

 リーエルの言葉を聞き流すようにして、シアは顔を赤くしながらも一路に応える。

その様子を見て、互いが互いに元気そうだと思う。

そんな二人の間の距離や空気をニコニコ・・・いや、ニヤニヤと温かい目でリーエルが眺めていた。

 

「で、今日は何しに来たのよ?次の内示はまだ先でしょう?」

 

 顔を赤らめていたのも束の間、そんな言葉をシアが吐く。

そんな風に言われたとしても、一路が気分を害する事はない。

 

(どういう気持ちで言ってるのかって解るからかなぁ・・・昔は、人の言った事の裏なんて考えたくもなかったんだ。)

 

 自分に対する哀れみや同情の言葉なんて、考えるだけ無駄だったし、惨めになるだけだとしか思えなかった。

 

「シア?女の子は素直じゃなくっちゃ。男の子は何て声をかけようか困っちゃうわよ?」

 

「エル、五月蝿い。」

 

 笑うのを必死に堪えながら、それでもなんとか声をかけるリーエルは吹き出す寸前だ。

一路が作った無言の間は、ただ単に考え事をしていたからなのだが。

 

「あ、うん、そうだね、用事ね。」

 

 確かに用があって一路はここに来たのは間違いない。

 

「別に用事がなくても来ていいのヨ?シアちゃんもそう思ってるわけだしぃ?」

 

 実際、一路に下される次の内示の時期が何時頃なのかを知っている時点で、シアが一路を気にしていると言っているようなものである。

そんな事は一路も十二分に承知しているし、嬉しくだってある。

 

「シアさん、今日、時間空いているかな?」

 

「は?」

 

 突然の切り出し方に、ぽかんとするシア。

そんなシアの表情の愛らしさにクスリと笑いかけてから。

 

「これから僕と"デート"しない?」

 

「は?はぁぁぁーッ?!」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第106縁:でぇとってなんだっけ?

「やっぱり天候調整があると外出の時に便利だね。」

 

 擬似的な青空を見上げながら一路は笑う。

ナノマシンを用いて、大気の調節は自動で行われる。

天候操作もちょちょいのちょいだ。

勿論、降雨も必要なので(場合と所によっては雪も)その場合は事前の告知がされる。

よって、天気予報という、地球では曖昧なものは存在しない。

 

「何で、私がこんな・・・。」

 

そんな一路の横で、シアがぶつぶつと呟く。

納得がいかないとばかりに不満を述べるシアだが、その割にはクリーム色のワンピースに翠色のネックレス、小さな肩掛けのポーチ、そしてワンピースとお揃いの編み込みが入った紐のサンダル。

普段着と違った、いわゆるバッチリお出かけ着だ。

 

「その服、似合ってるよ。可愛いね。」

 

「ばっ?!バッカじゃないバッカじゃないバッカじゃない!」

 

 一路のふいの褒め言葉にまたまた赤面する。

 

「だから、3回も言わないでよ。本当に馬鹿なんじゃないかってヘコむから。」

 

 と、ここまでは普段通りに近いやりとりだ。

 

「・・・それで?一体何処に行こうっていうのよ?」

 

 デートという言葉に大混乱したまま、今の時間と自分の中で出来うる限りのオシャレをして、一路と外出・・・まではいいが、何故こんな事になったのか、シア自身未だに理解出来ないでいた。

そもそも、一路が何故デートを自分としようと思ったのか、それすら解らない。

自分とデートだなんて、どう考えても面白くないに決まっている。

 

「・・・何処に行こうか?」

 

「はぁっ?!」

 

 デート言ったまでは良かったが、一路としてもほぼノープランだった。

昼食とか、お茶とかのお店をいくつか考えているくらいである。

 

「今、また僕を馬鹿なんじゃないかとか思ってる目だよね、ソレ。」

 

「解ってるじゃない。」

 

「・・・それは褒めてるの?それとも貶して・・・るんだよね、やっぱ。仕方ないじゃないか、僕だって女性とデートなんて初めてなんだから。」

 

 では何故、そんな無謀というべき初デートをノープランで行おうと至ったのか。

それは"時間が限られている"からに他ならない。

NBが言ったおよそ二週間。

それが一路に与えられたここでの生活の残り時間だ。

その後の予定は何一つ立っていない。

地球に戻るのか、一旦こちらに戻ってくるのか。

なるべくなら、最終的には地球に戻ってこようとは思うが、そのまま地球に直行となった場合、気にかかる事が幾つかある。

その最たるものが、シアとの約束だ。

いつかは、自分の故郷に行ってみようという。

 

「そんなの・・・こっちだって初めてよ・・・。」

 

 一路の初めてのデート相手が自分。

そんな事を聞いて、シアは申し訳なくなってくる。

気の利いた話題も振れない、引きこもり気味で、こんなちんちくりんで可愛気のない(自分にだってその自覚はある)自分と人生初のデートだなんて・・・。

 

「まだお昼まで時間あるし・・・あ、そこでお茶でもしようか。」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 俯きがちになるシアの手を強引に掴んで、色とりどりのパラソルが立つオープンカフェに突入する。

 

「何飲もうか?あ、僕、この前の研修の手当が出たからお金出すよ。」

 

「何って言われても・・・そっちと同じでいい。席取っておくから。」

 

 強引な一路に少々の驚きと呆れをもって、シアはすごすごと空いている席を探しに行く。

 

(色々と突っ込みどころが多過ぎるのよ。)

 

 全くもってその通りで。けれど何時になく無いパターンの外出が楽しいのは、気のせいではないだろう。

昼前という半端な時間なせいか、そんなに混雑してなく、程なく空席を見つけられたシアは、ため息と共に席につく。

 

「一体、これからどうなるってのよ・・・。」

 

 男女間で行うデートというものの定義は、知識として理解していても、その中身の詳細や流れはよく解らない。

出来ることならば、これ以上驚く事がないと良いなと思う。

それと余り自分を"必要以上に連れ回す"のも。

 

「あれ?確かいっちーといた・・・。」

 

「?」

 

 席についてしばらく、背後から声をかけられた。

知り合いという知り合いは、ほとんどいないシアだが、一路の名を出されれば反応せざるを得なかった。

 

「あ・・・。」

 

 恐る恐る声をかけられた方に振り向くと、2人の女性が立っている。

知り合いのいないシアだったが、2人の顔には見覚えがあった。

確か、一路が怪我をした時に見舞いに来ていた・・・名前は・・・思い出せない。

 

「あぁ、やっぱりそうだ。」

 

 髪の長いお嬢様然とした女性と、活発的な雰囲気のある女性。

 

「アナタもここでお茶?良かったら私達と一緒に・・・?」

 

 相手の言葉がそこでふいに途切れる。

 

「シアさんお待たせ。まさかここにもあると思わなかったよ、タピオカ・・・?」

 

 シアを挟んで向かい合った女性と一路が固まる。

 

「いっちー?」

 

「エマリーとあーちゃん?」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第107縁:その時がくれば、彼は。

 普通に考えてみれば非常に気まずい状況なのかも知れないが、一路にとってすれば特にたいした問題ではない・・・という認識なのが問題なのだが。

 

「二人共、今日は買い物か何か?」

 

 まるで何事もなかったかのように(実際、やましい事は何もないのだが)エマリーとアウラに話しかける。

 

「あ、シアさん、はい。」

 

 両手に持ったカップの一つをシアの座るテーブルの前に置いて、自分も彼女の向かいに座る。

 

「ありがと。」

 

「わ、私達はそうだけど、いっちーは?」

 

 チラリとシアを見てから友人のアウラに目配せをして、エマリーは何とか冷静に問いかける。

少しだけ冷静になれたのは、自分より遥かに一路と親しく、かつ好意を寄せているだろうアウラの態度が一見して冷静に見えたからである。

 

「ん?僕等は特に何が目的あって外出してるわけじゃないけど・・・一郎、デート・・・かな?」 「うぶっ?!」

 

 事も無げにさらりと言ってのける一路にシアは、口をつけた飲み物を吹き出しそうになる。

 

「大丈夫?」

 

「アンタねぇっ、少しは雰囲気を読みなさいっての。」

 

「雰囲気?よく解らないけど、異性と示し合わせて外出するのって、デートって言うんじゃないの?」

 

 定義としてのデートとすれば、それで問題ないのかも知れないが、それとこれとはまた別で・・・。

 

「示し合わせてないでしょ。アンタが突然誘いに来たんだから。」

 

「でも、シアさんはその提案に乗ってくれたじゃない。」

 

「う゛・・・。」

 

 それはそれで定義のデートとしては成立しているのでは?

そう問う一路にシアは返す言葉がない。

しかも、一路が自分と違って平静なものだから、余計に腹立たしい。

一方、二人の親密(そうに見える)なやりとりに突っ込む隙を見失ったエマリーはアウラの表情を横目で見る。

この状況は、常日頃、愛情表現(?)を彼女なりにだが、あらわにしているアウラにとってはあんまりではないだろうかという想いがあるからだ。

しかし、アウラは先程から至って冷静にしているように見える。

元々、感情が表に出るタイプではないとしてもだ。。

 

「いっちー?」

 

「ん?」

 

 ふと、今まで無言だったアウラが口を開く。

ちなみに一路に呼びかけたアウラに対して、エマリーの気分は"いけーっ!やっちゃえーっ!"である。

 

「いっちーは・・・私が誘ったら、デート、してくれる?」

 

「うん、喜んで。」

 

 即答する一路に頷くアウラ。

 

「そう・・・じゃあ、抱きしめるのは?」

 

 まだ諦めていなかったのかと思ったのは、一路だけでなくエマリーも同じだったが、そこはあえて突っ込む事はしない。

 

「そ、それはデートしてから、そのもっとお互いが仲良くなってからで・・・。」

 

 しどろもどろに返す一路。

どちらかというと、一路の方が恥ずかしくて出来ないのだが、そんな心の機微をアウラに推し量れという方が無理なので、こちらも突っ込まないでおく。

 

「・・・解ったわ。」

 

「え?それで納得しちゃうの?!」

 

 驚いたのはエマリーの方である。

まさかそんなにすんなりと納得するとは思ってもみなかったのだ。

寧ろ、エマリーだけが納得できないモヤモヤを抱えるだけの状態。

 

「いっちーは必要があって、望んだから、誘った。私も必要なら、いっちーを誘うわ。」

 

 そして誘われたら一路は受けると言っているのだ。

そういう意味でアウラとすれば問題ないという結論に達したのだとエマリーに言いたかったらしい。

この場で唯一、一路に対しての好意を公言しているアウラがこう言うのだから、これ以上は誰も強く出るわけにはいかなくなる。

一方で、一路はこれも良い機会だと思っていた。

 

「前に・・・聞かれたよね。」

 

 一路がぽつりと呟くその口調に三人の視線が集まる。

それが少しプレッシャーにはなったが、それでも言葉を続けようと一路は小さく深呼吸して・・・。

 

「何でアカデミーに入ってGPになろうとしたのか・・・そうじゃないんだ。」

 

 これで自分はアウラとエマリーに、彼女達が話せば皆に、軽蔑されるだろうか?

まぁ、でも仕方がないか・・・そう思う事にする。

 

「GPになる為に宇宙に出て来たんじゃない。宇宙に出る為にGPになるのが一番近道だったんだ。」

 

 だから多分、鷲羽達は最良の方法として一路にその道を示したんだと思った。

それが自分にとって最短ではないが、最適な道であると。

"最上解が最適解とは言えない"のが、世の中の現実だったりするのだ。

 

「とにかく、宇宙に出なきゃいけなかった。そうじゃなきゃ出来ない事が余りにも多過ぎたから。」

 

 目の前のカップを両手で握る一路。

プラ製のそれを潰さないようにするのがやっとだった。

 

「一路・・・。」

 

 そんな彼の様子を見兼ねて、シアは一路の名を呼ぶ。

 

「プーや照輝みたいに一級刑事っていう凄い目標があるわけじゃない。」

 

 そんな友人を持つ事が間違いだったのだろうか?

それは一路にも解らない。

 

「それ以前に、"エマリーさん"や"アウラさん"のようにGPになる為でもなんでもない・・・。」

 

 一番拘っていた名前の呼び方に、その距離感に一路の悲壮さが誰にも伺い知れ始める。

でも、一路はそれがそれが当然の痛みであると認識している。

嘘をつけば、更なる嘘で自分を形作るしかない。

どちらにしろ孤独な戦いだというのは解っていたのだから。

 

「だから、本当はこんな生活に浮かれてちゃ、僕はいけないんだ・・・。」 「一路!」

 

 我慢の限界にガタンッと大きな音を立ててシアは立ち上がる。

限界だったのはシアだけでなかったはずだ。

 

「行くわよ!ほら、立って!」

 

 シアは一路の腕を掴んで強引に立ち上がらせる。

男性恐怖症なんて、そんな事もあったかも知れない。

でも、もう一路に限ってはそんな事は言っていられなかった。

 

「い、行くって何処へ?!」

 

「知らないわよ!アンタが誘ったデートなんでしょ?アンタが考えなさい!」

 

「うわっ、ちょっと!痛いって!引っ張んない、ころっ、転ぶっ?!」

 

 無理矢理一路を引っ張って連れ去ってしまうシア達に一言も声をかける事の出来ないまま、エマリーとアウラは見送る事しか出来なかった。

だが、確実に一路の別れは迫っている。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第108縁:君の望み。

「人間なんてね、生きてりゃ欲の1つや2つや3つや4つあるもんなの!」

 

 シアに引きずられて行った一路はというと、道端で説教されていた。

その勢いがあまりにも凄過ぎて、4つは多いんじゃないか?という突っ込みは不可能なくらい。

 

「一級刑事になりたい?刑事になる以上、目標にすべきことでおかしな事じゃない。GP隊員?アカデミーに入るんだからなってとーぜんよ!」

 

 かくしたてるシアをよそに、一路は呆けたままその話を聞くままだ。

どちらかというと、何故に自分の事でシアにこんなトコで怒られているのだろう?レベル。

 

「誰だって何かしらの望みを持ってここに来ているの。いい?それをイチイチ言って自分を卑下する必要なんて何処にもないの!解った?」

 

「え、でも・・・。」

 

「わ・か・っ・たっ・?」

 

 ギロリと睨みつけられた一路は、蛇に睨まれた蛙になるしかない。

コクコクと頷く様は、どこかが壊れた人形のようだ。

 

「返事は?」

 

「わ、解った。」

 

「よろしい。あーか、誰かさんのせいで、お茶の時間が台無しだわ。」

 

 全く以てシアの言う通りで、しかもその後のフォローすら出来ない自分が悪い。

ぐうの音も出ない。

 

「デートって意外と奥深いんだね。」

 

 二人で何処かに出かければいいやくらいにしか思っていなかった一路としては、頭を抱えて大いに悩むところだ。

 

「そうよ、難しいんだからね。ちゃんと私をもてなしなさい。この辺は・・・そうね、"次のデート"の課題ね?」

 

「次の・・・。」

 

 果たして、それがあるのかどうか。

きっと何となくシアは気づいていたのだろう。

だから、先程の一路の発言で確信を得つつある。

解っていてそう言っているのだ。

だから・・・。

 

「そうだね、勉強しておく。」

 

「よろしい。で、これからどうするの?」

 

 はい、ノープランである。

 

「ん~、予定通りにお昼を食べに行こうよ。」

 

「予定通り、ね。そこだけは何かアテがあるって事ね?」

 

 ノープランは元より、図星に図星を突かれまくっては、最早取り繕う意味もない。

 

「うん。鷲羽の毛穴って知ってる?それを眺められるお店なんだ。」

 

「え?」

 

 途端、シアの顔が強張る。

少し寂しそうで、そして申し訳なさそうな表情。

 

「どうかした?あ、行った事があるとか?」

 

 それだとかなりインパクトが低くなってしまう。

サプライズ感もゼロだ。

しかし、料理自体は美味しいし、それだけでも楽しめるはずだと前向きに考え直す。

 

「行った事はないわ。というか・・・私、そこには"行けない"。」

 

 行かないではなく、行けない。

 

「行けない・・・?!」

 

 そう呟いた瞬間、一路は自分たちを見つめる多数の視線を感じ取る。

いや、感じ"させられて"いた。

 

「その場所は、私の"行動範囲制限の外"なの。」

 

 制限。

それが彼女の心を痛める足枷。

 

「そうか・・・。」

 

『誰だって何かしらの望みを持ってここに来ているの。』

 

 その一言で一路は悟る。

 

『とりあえず、シアさん?僕と友達になろう?』

 

 だからあの時、約束をしたんだと。

 

『今度、一緒に旅行に行こうよ。』

 

『・・・絶対だからね。』

 

 "彼女を外の世界に連れ出す"という約束を。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第109縁:カニ頭、笑う。

気づいたらお気に入りが4桁にいってました。
ありがとうございます、引き続きよろしくお願い致します。


「何よ、コレ?」

 

 いつも通りの定位置で、アイリは書類を眺めながらスクリーンの映像と見比べていた。

 

「何と言われましても・・・ご覧の通りですね。」

 

 アイリの前でにこやかに答えているのは、リーエルだ。

 

「確かに画像と以前の天南先生の授業レポートを見る限りは、信憑性はありますねぇ。」

 

 同じく定位置、アイリの斜め後方で半眼になりながら美守が答える。

答えた本人も、あんまり信じたくない様子だ。

 

「私だって哲学士なんだから、見れば解るわよ!原理を聞いているの!何で!どうして!ナニユエに!こうなったのか!」

 

 三人が一様に見ている映像は、研修の報告結果だ。

勿論、正規のモノとNBのモノの両方。

雨木 左京の件もあったが、今は事を大きくする必要はないと判断して、非公式になった映像の部分だ。

 

「身体能力、特に回避能力に特化が見受けられます。山田 西南君・・・今は艦長でしたね。彼の様な本能に基づいたモノに近い・・・これが彼の"能力"ですか。」

 

 アイリも美守も、一路に何らかの特殊能力が備わっていると考えている。

そうでなくても鷲羽が絡んでいる時点で、何もないワケがない。

 

「生体強化を鷲羽ちゃんが時限式に施したとしてよ?」

 

 時限式で少しずつ、それこそ本人の自覚が出ない程度に身体強化をしていけばリハビリする必要はない。

そんな事は不可能に近いとかそういうレベルの事は置いても、そういう処置をしたと考える事にしる。

 

「彼は生体強化レベル2だったはずよ?それが何で今は"3以上"、"4"に届くって状態になってるワケ?」

 

 映像と静竜の授業のせいもあり、この前一路が来宅した時にリーエルが計測した身体データは、いずれも一路の生体強化レベルが4に近づきつつある事を示していた。

 

「そこはもう本人に聞くより他ないでしょうねぇ。ねぇ、鷲羽ちゃん?」

 

 美守が一歩横に避ける。

彼女のそのまた後ろ、理事長室の柱にしか見えない場所にサングラスをかけたカニ頭が立っていた。

 

「何だい皆、ガン首揃えてサ。わざわざ人を呼びつける事でもないだろう?」

 

 神経質な奴等だくらいに鷲羽は平然としていた。

しかし、鷲羽が関わる事ならば、些細な事でも把握しなければどんなメに合わされるかたまったもんじゃないというのが、鷲羽被害者の会の全会一致の意見だ。

 

「大体、一路殿は品行方正なんだから特に問題もないだろうに。」

 

 確かに、寮の脱走だって学生時代の誰もが経験する、それはそれは可愛いものだし、起こした暴行事件も、研修中の事件も、彼の仲間想いが先行した結果だ。

 

「そういう問題ではなくてね、」

 

「そうそう、これにはアタシもびっくりだよ。」

 

「・・・やはり何か仕組んだので?」

 

 苛立つアイリに対して美守は冷静だ。

というより、鷲羽相手に一々驚いても無駄だし、平静さを無くした方が負けだ。

哲学士としての興味本位の差だとも言える。

 

「娘より、息子の方が"必ず"出来がいいんだ。あぁ、でも巫薙がいるから、そうも言い切れないか。」

 

 やっぱり魎呼ちゃんが一番問題児で例外なんだねぇ、と一人で納得している。

 

「ちょっ?!檜山君は本当に鷲羽ちゃんの?!」

 

 息子なのかと続けようとして、脂汗がアイリの全身を襲う。

 

「な、ワケないじゃないか。」

 

 何を馬鹿な事をとアイリを見つめる視線は冷たい。

 

「では、朱螺 凪耶の?」

 

 すかさず美守が続ける。

 

「それもハズレ。」

 

 胸の前で腕を交差してペケマークを作る鷲羽は実に楽しそうだ。

こういう人格の持ち主なのである。

 

「では、一路君のこの力は何なのでしょうか?彼の体に負担などはありませんか?」

 

「ん?」

 

 ここでようやく鷲羽は、心配そうな顔をして自分を見つめるリーエルを見返す。

 

「あ、あの、わたしは一路君の教養の講師と、心身のケアをしているリーエルと申します。」

 

 伝説の哲学士にサングラス越しとはいえ見つめられ、うるうると半泣きになりながらも必死の形相で自分を見るリーエルの眼差しに、鷲羽はぽりぽりと頭をかきながらサングラスを取る。

少しやり過ぎたわねと思いながらだ。

鷲羽だって、それなりの良心は持ち合わせている。

無害極まりない人物を相手を虐めて楽しいわけではない。

 

「アンタは少しはマシそうだね。うんうん、いい人選だ。大丈夫だよ。あのコにはね、必要と心から望んだ時に、あのコが使える分だけ"分け与えてる"だけだから、身体を壊すような事はないよ。」

 

「どういう事ですか?」

 

「あー、うん、まぁ、アタシも仮説の段階なんだけどネ。簡単に言えばあのコの能力を呼応するようにしたってだけだよ。それ以外は何一つしてないのさ。」

 

 安心させるようにゆっくりと、だが肝心な部分はぼかしながら鷲羽はリーエルの不安を取り除くように説明する。

 

「それですと、この回避能力の説明がつきませんね。時折、彼は先読みして動いている節があります。まるで"予知能力"でも持っているかの様な。」

 

 美守がこれが核心だろうと言わんばかりの言葉を投げるが、鷲羽に届いたようには見えない。

 

「これ以上はアタシも教えてやれないよ。あのコ自身がどうなりたいのか決めない限りはね。ただ・・・。」

 

「ただ?」

 

「あのコが、最後の最後まで自分らしさを通せるか、だけだよ。」

 

「ぬわぁーんですってぇっ?!」

 

 美守と鷲羽がにこやかに微笑み合いながら、視線を激しく交差させ腹の探り合いをしている中、突然アイリが大声を上げる。

何事かと三人がアイリを見ると、何処からかの通話を受けていたらしい。

 

「私、ちょっと席を外すわ!」

 

「どうしました?」

 

「檜山クンがね。」

 

「?」

 

 話題の一路の名が出て、皆の注目が更に集まる。

 

「リーエルと同居している"保護監視対象者"を行動制限区域から連れ出したって。監視してるGP隊員をブッチぎって。」

 

「シアちゃんを?!」

 

「お、早速やってるね、一路殿。」

 

 驚くリーエルとは対照的に鷲羽は楽しそうだ。

 

「それと理事長、貴女が出て行く理由が結びつきませんが?」

 

 確かに、だからといって理事長自らが出向く必要はない。

一路を追いかけて捕獲するなら、肉体派のGP隊員を向かわせればいいだけの事。

 

「それがね、向かっている先ってのがナーシスらしいの!"私の料理"を食べさせる為に、監視包囲網を切り抜けて逃走しているのよ?料理人としてこれは応えるしかないわ!!」

 

 グッと拳を握って決意を顕にするアイリ。

勿論、そういう問題ではない。

というより、理事長としての仕事は完全に放棄である。

 

「貴女という人は・・・。」

 

 これには美守も溜め息をつくしかない。

 

「あはははは。女の子に美味しいご飯を食べさせる為だけに大逃走劇とは、流石、一路殿。天晴れ♪」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第110縁:笑顔に必要なコト。

『私は、ここから出られない・・・。』

 

 ふざけた話だと思った。

それでも約束をした。

 

『大丈夫、ほら、その辺で食べても構わないし。』

 

 構わないわけがない。

ないわけがないんだと自分の心が叫んでいる。

何処でお昼を食べるとか、そういう問題の話ではない。

根本的に違うんだと。

 一路は宇宙に出て、ここに来て、素晴らしいモノに沢山出会えた。

きっと地球にいては味わえないモノだっただろう。

 

『そういう事じゃないんだ。』

 

 人との出逢いは素晴らしいモノの一つでもあったが、そうでないモノもあった。

雨木 左京のような、少なくともワウ人であるプーを見下すような視線は、日々の生活の中で多々感じていた。

照輝も本来の姿を晒すのは控えているという。

そこには少なからず人種の壁が存在していた。

 宇宙に出て海賊にも会った。

彼等は人を殺める事が自分の利益に合致しているなら、躊躇いはなかっただろう。

自分の目の前に何処までも広がり続ける空間。

そこにある未知。

そしてこんなにも進んだ技術を持っているのにも関わらず、蓋を開けてみれば地球で見た、聞いた様な問題が顔を出す。

素晴らしいと感じる事が多い分、それは目立つ。

 

『シアさん、ごめん。』

 

 では、自分はそれに必ずしも従わねばならないのか?

いや、郷に入れば郷に従えという言葉がるけれども・・・。

 

『いいよ、ごめんね。』

 

 何故、彼女が謝らねばならないのだろう?

これから一生、彼女はその鳥籠のようなルールの中にいなけらばならないのか?

大体、そんなルール、大人が勝手に決めた事だ。

好き好んでシアだって従っているわけじゃない、シアには関係ない事だ。

プーの生まれだって関係ない。

照輝の姿形も関係ない。

友達になるのに、そんなの全く必要じゃない。

一路の中で何かが理不尽と感じ、何かがキレる音がする。

 

『目、閉じてて。』

 

 足に力が入る。

何かが心を刺激して、心が背中を押す。

もし、ここに鷲羽が、魎呼が、柾木家の面々がいたら呆れるだろうか?

それとも仕方ないなと笑ってくれるだろうか?

多分、ノイケと勝仁からは説教されるだろうなと思う。

 

『え?きゃっ?!』

 

 短い悲鳴を上げたシアを抱きかかえると、一路は地面を蹴っていた。

後先の事なんて考えなかった。

そんなのはその時に考えようと切って捨てた。

大体、ノイケの説教以上に怖いモノなんか、そうはない。

そう考えてみると笑みすらこぼれておた。

 

 

 

「料理を食べたら、すぐ戻るコト。」

 

 転がり込むようにナーシスに入った二人を微笑みで迎えたアイリが告げた事はそれだけだった。

いや、料理を食べる二人にもう一つ告げた事がある。

 

「檜山クンは、彼女の事情を知らなかった。初デートに浮かれて、イチャコラしたくなって、リビドーが暴走しちゃったってワケ、OK?」

 

 どんな暴走だよ!と突っ込みたくはなったが、理事長がそう取り計らってくれるというのだから、そこは黙っておくことにした。

本当はシアの事を突っ込んで聞きたくもあったが、きっと何も答えてはくれないだろう。

 

「いやぁ、私もまさか、理事長と料理人とを秤にかけられるとは思ってもみなかったわ。こりゃ、参ったわね。」

 

 それで今回の場合は料理人を取ったというのだから、それはどうなのだろう?

 

「美味しい・・・。」

 

「でしょう?」

 

 照れながら一路に向かって呟くシアに答えながら一路は笑う。

その様子を見ていたアイリもうんうんと頷いている。

 

(やっぱり、誰かと一緒の食事っていいよな。)

 

 改めて思う一路だった。

ちなみに、帰宅したシアにリーエルは一言、『楽しかったでしょう、初デート♪』そう聞いただけだったという。

それに対してシアがどう答えたかは、言うまでもない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第111縁:目を逸らしても始まらない。

「はぁ・・・。」

 

 シアの一件があってから数日が過ぎた。

未だ巫薙からの連絡もなく、NBも一路には何も言ってこない。

NB自身が2週間以上はかかると言ったのだから、そうなのだろうと一路も思う。

だが、今の溜め息はそれらに関してとは違った。

 

『キミが何を考えて、どう行動するのかに関しては、他人である私にはどうこう言えないわ。でも、"責任"っていう言葉の意味は考えなさい。』

 

 最終的にアイリの説教らしいモノといえば、これくらいだった。

全く以て、言う通りだと自分でも思う。

たからこそ、一路は考えるのである。

 

「はぁ・・・。」

 

 寮の自室、自分の専有スペースであるベッドに横たわったままで再び溜め息をついては、項垂れる。

 

「どないした坊?あんまり溜め息ばっかついとると、ハゲるで。」

 

「え?ハゲるの?普通は幸せが逃げていくとか、寿命が縮むとかって言わない?」

 

「どっちも同じや。相対的に不幸っちゅーコトには変らん。」

 

「そういう問題?」

 

「ベクトル的にはな。」

 

 NBといつも通りの問答をしても気が晴れない。

上体だけを起こして、傍らにいるNBを見つめる。

 

「なんや?」

 

「うぅん。たださ、何処に行っても人間関係のいざこざとか、社会問題ってなくならないんだなぁって。」

 

「そりゃ、そうや。あんな坊?」

 

 今度はNBが器用に溜め息をつきながら口を開く。

 

「それを全部一気に解決する方法って何やと思う?教えてやろか?」

 

「あるの?!そんなの?!」

 

 思わず食ってかかりそうになる。

 

「あんな?独りになるコトや。独りだったら誰かとぶつかる事も出来ん。永遠の孤独こそが、全ての争いを消滅させるんや。」

 

 非常に的確かつ、哲学的だが・・・。

 

「そんな破滅的な・・・。」

 

「せやな、誰でも独りは嫌さかい。だから、坊、認めなきゃあかん、受け入れなあかん。それをやってからやないと心の狭い人間になる。それは余計な争いを生み出すし、坊自身もダメになる。」

 

「自分と考えが違う人間がいて、当たり前?」

 

「せや。」

 

 細いアームの指を1本立てて、チッチッチッと振る。

何故だかその様が、一路にはNBが大人に見えた。

 

「ぶつかるのが悪いんやない。存在すらも否定する事が悪い事なんや。」

 

「・・・・・・そうしても納得出来ない事があるのも・・・?」

 

「じゃなきゃ、理不尽なんて言葉かて存在せんやろ?」

 

「そっか・・・。」

 

 何となく解ったような気がして、実際はよく理解出来てない気もするが、とにかく気が抜けた。

 

「結局は覚悟とか、許容とか、心の広さの問題なのかな?僕は、そういうのが全然足りてないんだろうね・・・。」

 

 己の道のみを進む覚悟、誰かを傷つける事になってしまうかもしれない可能性を孕んだまま、戦う覚悟。

 

「人を傷つける覚悟をかいな?」

 

「傷つけるとかそれだけじゃなくて、その・・・。」

 

 海賊との遭遇、明確な敵という存在、自分に向かってくる殺意と攻撃。

そういうモノに相対した時、自分は相手の命を・・・。

 

「はなから覚悟する必要なんかないで。色々と模索して、それでもアカンかった時に覚悟すればえぇ。それまではやられても踏ん張って、倒されたとしても立ち上がればいいやんか。往生際の悪い坊にはできるやろ?ド根性ってヤツや。」

 

「ド根性ねぇ・・・。」

 

 最後は精神論かと突っ込みたくはなる。

大体、根性があったら、こんなうだうだしたり言ったりしないんじゃないだろうかと思う。

 

「大丈夫や。その為にもろうとるんやからな。」

 

「貰う?何を?」

 

「心も身体も。きちんと坊のオトンとオカンからもろうとるやろって。」

 

 父と母の名まで出されては、一路も反論出来ない。

五体満足。

昔の人はよく言ったもんだと考えながら。

 

「このまんまにしとくか、全部皆に話すかは坊の好きにしたらええ。堪えんのがしんどかったら言ったってええしな。前にも言ったけどな?アカデミーのデータなんざ、ワシがいくらでも、どうとでもしたるさかい。」

 

 それがあからさまなハッキング宣言であって、完全に犯罪行為であるのは言うまでもないが。

 

「ありがとう。う~ん、やっぱりちょっと考え過ぎてパンクしかけてるのかなぁ。」

 

 上体だけでなく完全に起き上がると、一路は傍らに立てかけてある木刀を取る。

考えてみれば、地球にいた時から自分の持っているモノは少なかった。

だから離したくない。

そういう子供地味た意地だったり我が儘だったりするのかも知れない。

 

「ちょっと気分転換に身体動かしてくるよ。何が解決するわけじゃないけど。天南先生かコマチさんいるかなぁ。」

 

「訓練が気分転換になる時点で、坊も相当アレやな。」

 

 へいへい好きにしたらええと手を振るNB。

そう考えても呆れているのだろうなと思いつつも、他のストレス解消法なんて、友人達との交流と食事くらいしかない。

その交流も顔を見れば嘘をついている事や、ここから出て行く事ばかりがチラついてしまうのだから、消去法になってしまう。

 

「じゃ、行って・・・。」 「ちょい待ち!」

 

 ひらひらと手を振っていたNBの手がピタリと止まる。

心なしか声も先程の軽いモノとは違う。

 

「・・・・・・やっぱり、か。」

 

 そうぽつりと一言だけ呟やいて・・・。

 

「来たで、坊。捜し人の行く先を。」

 

 それは唐突に・・・しかし、唐突ではない別れなど、この世にはほとんど存在しない。

一路はそれを既に経験して知っている。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第112縁:時機を得て、

祝日にアップしようとして忘れてました(トオイメ)
という事で2話分近い量でお願いします。



「珍しいでゴザるな。」

 

「え?」

 

 照輝からかけられた言葉に、一瞬自分の事を言っているのを解らなかった一路は首を傾げる。

 

「さっきの授業さ。いつもより集中していないように見えたよ?」

 

 NBに別れの刻限を突きつけられてから一晩、今は当面の授業が終わり休み時間だ。

 

「そう?」

 

「自分で気づいてないでゴザるか?だとしたら重症でゴザるな。」

 

 気づいていないわけがなかった。

今も気もそぞろで彼等の声を聞いている状態なのだ。

自覚はある。

あれからずぅっと考えている事がある・・・といっても、新生活を始めてからここまでずっと考えづくめであるのだが。

 

『あんな坊、坊も知ってる通り、最近海賊は数を減らしとる。けどな、戦力の落ちた海賊は、互いに喰い合って淘汰されとるんや。』

 

 あの後、唐突に海賊の話をしだしたNBに一路はすぐに気づいた。

彼女は、灯華は海賊組織の中にいるのだと。

 

『規模を減らしたとしても、元々あった大きなギルドの分派や。何つーかな、後継者ってのがおってな?海賊ってもんは元から何時死ぬか解らんから、何処ぞの皇族より細かい継承順位があるんや。だからな、坊・・・。』

 

『行くよ。』

 

 これ以上の説明はいらなかった。

それがどんなに危険で、一路の身の安全をNBが心配しての発言だとしても。

 

『僕は行く。その為にここまで来たんだから。』

 

 そう言ってNBに向けて笑った、笑えた。

笑えるのだから、自分は大丈夫。

そう確信する。

 

『しゃあないな。主人が行くっつーとるんやから、ワシも腹括るか。なら、坊、どうにかして宇宙船を手に入れるんや。成功する確率は・・・まぁ、色々込みで高いのは3番ドックの参拾弐番艦やな。』

 

 灯華に会いに行く為に必要なモノ。

これがなければ始まらないのだが・・・生憎一路には全くアテがない。

どうしたものかと一晩中考えての結果、未だに妙案が浮かんでこない。

 

(こういうのもNBがハッキングで何とか出来ないのかなぁ。)

 

 今まであれだけ犯罪だの何だの言っていたのに、このザマである。

事実、宇宙船を拝借する(と、精神衛生上そう考える事にした)として、既に犯罪なのだから、この辺、緩くなっても構わないのだが。

 

「でね、いっちー?」

 

「え?あ、うん。」

 

「聞いてなかったね?」

 

「そんな事は・・・。」

 

 モロバレである。

これでは先が思いやられるなぁと頭を掻くしかない。

 

「いっちーは顔に出やすいでゴザるな。」

 

「ごめん。」

 

 

「まぁ、いいよ。僕達にね、研修結果の内示が出たんだ。」

 

 以前の研修結果と本人の希望を踏まえての内示は順次、個別に送られてくる。

ここで一つの挫折を迎える者もいるのだが・・・。

 

「僕も照輝も希望通り、刑事課になったよ。」

 

「えっ?!本当!?二人共、おめでとう!」

 

 二人が希望通りの進路に行けるというのは、一路にとっても嬉しい事だ。

ただ、その時を一緒に迎えられぬのが残念な事だったけれど。

 

「ありがとうでゴザる。ただ・・・。」

 

「ん?」

 

 照輝の眉がハの字に下がり、困惑しているようにも見える。

 

「例の樹雷の坊ちゃんが一緒なのは、どうにもいやはやでゴザるなぁと。」

 

 ぺしぺしと額を叩いて苦笑する。

どうやら、左京も花形の刑事課という事らしい。

流石にあれだけの悶着を自分絡みで起こしておいて、仲良くしろとは一路には言えなかった。

 

「ま、最初は衛星監視員・・・駐在勤務だろうけどね。そういえば、今日の授業、左京のヤツいなかったよね?」

 

「そうでゴザったか?」

 

「照輝は細かい事を気にしなさ過ぎ。」

 

 何かと警戒心の強いプーに比べて照輝は、どうでも良いモノはとことん脳みそから溢れ落ちていくタイプだ。

 

「それはプーの領分で、拙者は脳筋枠でゴザるからなぁ。適材適所でゴザるよ。」

 

「まだそれ気にしてたの?どうやらヤツは実家に戻ってるらしいんだけど、この時期にアカデミーを抜けるなんて珍しい事だよね。」

 

「こちらに何かしてこないというのなら、どうでもいいでゴザるよ。」

 

 それもその通りなのだが、そもそも左京は一路に絡んで来るパターンが確率として一番高い。

一路としては、自分がここから出て行けば、それ程問題ない気がしていた。

それに自分の内示は刑事課ではなかったし、その頃にはGPにもいない。

 

「僕も大丈夫だと思うな。」

 

 結論づけるとこうなのだが、一路にそんな考えがあるとは思わないプーは肩を竦める。

 

「いっちーまで・・・。」

 

 呆れられてしまった事を苦笑で一路は返す。

あぁ、やっぱり楽しかったな、と思いながら。

限られた三人の時間を噛みしめながら歩く。

 

「おっと。」

 

 談笑しながら歩いていると、廊下の角で誰かとぶつかってしまった。

思った以上に自分の注意力は、思考と談笑に割かれていたらしい。

 

「オマエ達!横一列に並んで歩くな!通路を塞いではいかん!」

 

「ゲ。」

 

「天南先生。」

 

 揺れるピンク頭が視線を引く、

時にアレだが、今回は割とマトモに先生らしい事を言っている。

 

「すみません。」

 

「反省してます。」

 

「面目ない。」

 

 至極真っ当な注意なので、一路達も謝るしかなかった。

というより、これは謝るべきである。

 

「うむ。解かればよろしい。」

 

 両腕を組んで尊大に言ってのける静竜のその姿はなんとも言えずアレである。

 

「ところで先生は何故こんな所に?今日の先生の授業は終わりましたよね?」

 

「そうだな。よくぞ聞いてくれた!実はな・・・。」

 

 勿体ぶったタメを無駄に作る時点で、もうメンドくさい。

 

「実は?」

 

 だがここで邪険に扱っても、話は進まないし変に怒りを買っても更に面倒。

それが天南 静竜。

話に乗ってやるしかない。

 

「実はな、ドックの管理キーを何処かに落としてしまってなっ!」

 

 はっはっはっ!と高らかに笑いが響く。

 

(馬鹿だ・・・。)

 

(馬鹿でゴザるな。)

 

「えぇっ?!大変じゃないですかっ!」

 

 三人の中で一路だけが声を上げた事に、プーも照輝も温かい目を向ける。

その中身は、静竜の話に乗ってあげるなんて、なんとイイヤツなんだという視線だ。

 

「そうなのだ!」

 

 通常、ドックのキーは生体認証なので、管理キーを持ち歩く事はない。

そういった理由で、失くなったとしても開けられなくてすぐさま困るというものでもないが、問題がないわけでは勿論ない。

特に静竜の責任問題になる。

 

「僕達も探さないと!」

 

 社交辞令でなく、本心から本気でそう思って述べているだろう一路に、うんざりしながら、まぁ、そうなるだろうなと諦めにも似た苦笑をプーと照輝がしたのは言うまでもない。

 

「オマエの申し出はひっじょーにありがたい。だが、学生の本分は勉学である。」

 

 一体、今日の静竜はどうしたのだろう?

これは本物か?中に誰か別人が入っていないだろうか?

そう誰もが思えるくらい、マトモな事を連発している。

 

「こんな事に時間を割くならば、寮に戻って勉学に励め。もしキーを見つけるような事があったら、私に報告するか、元の場所に戻しておいてくれれば構わん。」

 

 三人の予想をことごとく裏切る静竜はプーと照輝の肩を叩く。

 

「オマエ達は刑事課に配属だったな。すぐさま最前線というわけにはいかぬだろうが、しっかり学んで来い。」

 

「あ、はい。」

 

「どうもでゴザる。」

 

 そして次に一路の胸をとんとんと叩く。

 

「え?」

 

 違和感。

いつもの精神的なものではない、物理的なものだ。

胸を叩かれた辺り、正確には制服の胸ポケットの・・・。

 

「そして、なりたい自分を見つけて、なりたい自分になって帰って来い。」

 

 四角い感触が一路の胸ポケットの中にある。

 

(これって・・・。)

 

「どんなになっても、オマエ達は私の生徒だ。あぁ、ちなみに私が落としたキーは、"3番ドックのキー"だからな。」

 

 そう言うと静竜はスタスタと去って行ってしまった。

 

「・・・つまり、これからどんなに活躍しても、拙者達は天南先生の生徒で身内という事でゴザるか?」

 

 何とも複雑そうな悲鳴を上げる。

 

「あれって、逆に遠回しでキーを探せって言ってるつもりなんだろうか?」

 

 こちらも複雑そうに声を上げるプー。

 

「どうでゴザろう?とにかく寮に帰っても問題はなさそうではあるでゴザるな。いっちーはどう思うでゴザる?」

 

「・・・・・・。」

 

 胸元をぎゅっと握ったままの一路は、照輝の言葉に答えられなかった。

 

「いっちー?」

 

「え?あ、うん、大丈夫じゃないかな?一応は戻ってもいい、探さなくてもいいって言ってたから。」

 

 今はそれよりも自分の胸ポケットの中身が気になる。

これが静竜の言っていた通りのものならば・・・。

様々な疑問が頭の中を過る。

何故知っているのか?とか、どうしてくれるのか?とか、そういう事を。

それとも罠か何かなのか・・・。

いや、静竜に限ってそれはないだろう。

それに彼は『なりたい自分を見つけて、なりたい自分になって帰って来い。』と言ったのだ。

一路が今、成したい事は・・・。

 

 

「いっちー、大丈夫?」

 

「今日のいっちーはポンコツ気味でゴザるから、やはり早く帰った方がいいでゴザるな。」

 

 ともかく、これで時機を得た事になる。

 

 




天南の血が暴走しなきゃ、ちゃんと真面目な先生なんですってば、エリートなんですってば!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第113縁:計を成す。

 静竜は自分の計画を知っていたのだろうか?

しかも具体的なところまで。

理由は解らないが、具体的な事を知っているのは一路とNBだけなので、手を回したとすればNBの方だろう。

何で脅したか解らないが(しか方法はないと思っている)、もし罠だったとしても中止にする事は出来ない。

 

「坊?」

 

 考え事をしていた一路の傍でNBが呟く。

 

「あんな、坊。ワシ、坊に言わなアカン事があるんや。」

 

「NBが?」

 

 何だろうと首を傾げる。

 

「1個だけな。ワシ、実は大分前から坊の捜し人が海賊におるの知っとってな。研修の1日目にはどの海賊のとこにおるんかも見当がついとった。」

 

 改まって述べるNBの言葉の神妙さ加減に一路は、正座をして向き直る。

 

「前に海賊社会にも厳然とした格付けあるっちゅう話、したな?」

 

 聞く態勢が整ったのを確認すると、NBもそれにならって器用に足をたたんで正座する。

収納出来るはずの足をきちんと一路に合わせてそうしたのにも真剣さが垣間見えた。

 

「うん、覚えてるよ。」

 

「その中でもな、幾つか名の知られたデカいギルドがあるんや。まぁ、代表格っちゅーか、本家みたいなのは壊滅してるトコが大半なんやけど・・・。」

 

 だからこそNBは自分の目を疑ったし、それを告げようか迷った。

心の何処かで、それを告げてしまったら一路は諦めてしまうのではないだろうかと過ぎったからだ。

一路の決意が堅いのは知っている。

でも、それでもどうしようもない事もあるのだ。

サポートロボットとしてのNBは一路に無理をしてもらいたくない。

してもらいたくはないのだが、それでも諦めて欲しくはないという考えが何処かに存在していた。

そうしてしまったら、一路は一路でなくなってしまう気がするのだ。

そして、ここにきてきっと告げたところで何も変わらないのだろうと思い至ったから、ここで白状してしまおうと。

このタイミング以外で言う機会はないから。

 

「坊も覚えておくとええギルドは3つ。シャンク、バルタ、ダ・ルマーの3つや。」

 

「シャンク、バルタ、ダ・ルマー。」

 

 噛み締めるように復唱する。

 

「最大規模のギルドはついこの間までダ・ルマーだった。まぁ、これは例の地球人艦長に壊滅させられとる。シャンクも同様や。」

 

 成程、ふむふむと頷く。

 

「あれ?バルタは?」

 

「バルタは特殊でな、本家は樹雷の支援を受けて、一国家として承認されて共和国制を敷いて海賊行為はしとらん。脱海賊や難民の受け入れ先状態やな。それにそこの姫さんは出奔して、例の艦長の"

嫁はんの一人や。」

 

「えぇっ?!それってありなの?!一体何者なの、その艦長って・・・。」

 

 大きな海賊ギルドを二つも壊滅させて、挙句の果てに一国の元海賊姫をお嫁さんにとか、同じ地球人とは一路には思えない。

 

「まぁ、今こっちにはおらんから、会う事もないやろし、そこは気にせんでえぇ。」

 

「き、気にするなって言われても・・・。」

 

 そこまでスケールが大きいと、土台無理な話である。

しかも、対外的には次期樹雷皇だったりするのだ。

最大に困った事に、西南がそんな状況になっても本来の皇位継承者1位と2位が表に出て来ないのだから仕方ない。

この件で大騒動を引き起こすのは数十年後、それも分岐するとされる天地の息子が現れる頃の話である。

 

「その中で一番ヤバいのがシャンクギルドや。今は随分丸くなった・・・て言うのはアレやが、以前は一番残忍・冷酷なギルドやった。」

 

 事細かくNBが解説する事で、何となく一路の方も気づかせてもらえた。

NBが言いたい事はつまり・・・。

 

「灯華ちゃんは、そのシャンクギルドの何処かの船にいる・・・。」

 

「・・・もう聞かんで。」

 

 その為の2週間であったし、その為のアカデミーだった。

 

「やっぱり行くんやな。命がけやで?」

 

 一路の表情を確認して呟く。

 

「うん。でもさ、NB。人の命を守るのに命をかけるのは、人間なら誰でも出来る事なんだって僕は思うんだ。」

 

 そう思えるようになれて、本当に良かったなと一路は自分でも思う。

 

「だってさ、多分、僕の母さんは、僕の為に命がけで僕を生んでくれたと思うから。」

 

 だから、誰かの為に命がけになれるのは当然の事なのだ。

 

「そか。黙ってて悪かったな、坊。」

 

「心配してくれてありがとう。いってくるね?」

 

「はぁっ?坊、行ってくるやないで?ワシも行くんやから。坊はワシから、檜山 一路のサポートロボットっていうアイデンティティーまで奪うつもりかいな。」

 

 何を言ってんだコイツはというリアクションが返ってきた事に一路は笑う。

 

「そっか。じゃあ行こう、NB。」

 

「ほいきた。」

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第114縁:一人と一体の戦い・・・?

 GPの制服は寮のベッドの上に畳んで置いてきた。

中に着るインナーだけは拝借してきてしまったが、ジーパンに薄水色のパーカー。

地球から持ってきた服である。

 

GPとのお別れ。

 

 そんなフレーズが脳裏を過る。

パーソナル端末には、一路に向けた内示のメッセージがあった。

GPの整備課付きの操舵オペレーターへの配属と記されていて、ちょっぴり嬉しかった。

アウラには例の交換日記が届くようにしてあるし、他の皆にはメッセージが送信されるようになっている。

アイリ宛の退学願も制服と一緒に残して来た。

 これで自分には腰の木刀ひと振りと・・・。

 

「ふふ・・・。」

 

「何や、坊?」

 

「ううん。地球をさ、木刀1本だけ手に入れて出て来て、宇宙でNBがついてきてくれて、最低1つでも増えてるなぁって。勿論、みんなとの思い出もね。」

 

 出会ったという事実や記憶がなくなるワケじゃない。

 

「ええやないか、そうやって1コずつでもえぇから増えとんのは。千里の道も一歩からや。次は坊のお姫さんが増えるわけやしな。」

 

 全くもってその通りだ。

夜陰に紛れて寮を抜け移動する。

巡回ロボットのルートは、事前にNBがハッキングして調べてある。

ドックへの道順、最短ルートは調査済みで頭に叩き込んだ。

あとは静竜に渡された管理用のカードキーでドックに侵入して、宇宙船を奪うだけだ。

 

「・・・宇宙船の窃盗って、どれくらいの犯罪なんだろ。」

 

 NBを小脇に抱えて疾走しながら思わず呟く。

 

「無傷で返せばそこまでの問題にならんやろ。管理の責任の問題にはなるがな。」

 

 "元"生徒が宇宙船を盗んだとなれば確かに問題だ。

 

「最悪、地球に逃げ込めばええんやし。"建前上"、地球は銀河連盟の管轄外や。」

 

 樹雷の正妃の故郷という事もあって、大っぴらには干渉出来ない地でもあるのだ。

何より問題は、銀河連盟の戦力の半分以上を注ぎ込んでも勝てない戦力が地球にはあるからなのだが、NBはあえてそこまで言わない事にした。

 

「アレや。」

 

 整備課の施設がある埠頭。

大きく参と書かれたドックの入口で、一路は持ってきたカードキーを通す。

漢数字なのは、このドックの整備責任者の趣味だろうか?

中に足を踏み入れると、判り易い位置の床にカードキーを置いた。

 

「ちょっと拙いかなぁ、NB?これだけやっぱり天南先生の管理能力が疑われるよね?」

 

 別に先生を困らせたいわけではないのだ。

寧ろ、感謝しているくらいで、同じ地球人の西南とは全く違う感想だ。

 

「カマへん、カマへん。いざとなったら宇宙船の1隻や2隻ポケットマネーで買えるで、あの旦那。結婚してから羽振りが良くなったからな。」

 

「え、それってどんだけなの?」

 

「あぁ・・・まぁ、有数の財閥のボンボンやからな。個人主義ではあるんやが、結婚して以降順調に成功しとるから・・・本人もそう思って渡したんやろ。」

 

 じゃあ、カードキーがなくなったままよりはいいかなと考える。

自分がカードキーを盗んだという事になればいい。

どの道、これだけやればもうここには戻って来られないだろうし、それも折り込み済みの行動だ。

 

「ともかく先を急ぐで。」

 

 ドックの奥へと歩を進める。

途中で解体されてフレームだけの小型艇や、クレーンで吊るされた外装の一部を眺めながら、目的の船を見つけるのは簡単だった。

 

「練習艇の小型から中型艦の間のサイズやけど、きちんとワープも可能、小出力のレーザー武装とフィールドバリアも完備。最低限の保証付きや。」

 

 NBの言う通り、研修時に乗った船より遥かに小さい艦。

船首は縦長で、後部に行けば行くほど縦に幅広くなっている。

後部は尾翼が3つに分かれていて、真後ろから見るとテトラポットのような形をしていた。

 

(マンボウとテトラポットをくっつけたような・・・。)

 

 自分の人生で見た事のあるモノで例えるとそんな形だ。

 

「何をポケっと見とるんや?研修で習ったやろ?ほぼマニュアルやさかいチェック項目が起動までにぎょうさんあるんやで?」

 

 そうだった。

他の機能は追々でまだしも、一路が習った操舵系だけでもそこそこの準備時間が必要だ。

それに何か一つでもミスすると、後でとんでもない事になる。

 

「ん?乗船口がロックされとるな。ちょっと待っときや。」

 

 これから先、灯華を連れて帰るまではそういう旅なのである。

何から何まで自分達でもって、全ての責任も自分たちが負わなければならないのだ。

もっとも、宇宙に出る者全てが一路達と同じなのだから、これはある意味で"一人前の人間"という事なのだろう。

相互チェックが大事、互いが命綱と言ったのはプーだったか?

しかし、一路のその考えはのっけから躓く事になる。

何故なら・・・。

 

「成程、そうきおったか・・・。」

 

 何とも呆れた声を出すNBの方へ一路が顔を向けた、更にその先に1つの人影を見つける。

 

「え・・・なんで?」

 

 誰もいないドックのはずだった、そのはずなのに・・・。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第115縁:覚悟と甲斐性の話・・・なの?

「あ、あーちゃんっ?!」

 

 整備ドックの金属質の壁。

その壁に背をもたれかけさせて立っていた人物はアウラだった。

相も変わらず、いや、いつも以上に無表情で。

 

「なっ・・・な・・・。」

 

 何でここに?と言おうとしたのだが、一路の口があまりの驚きにそれを形作らない。

 

「それは私の台詞なのだけれど?」

 

 全くもってその通りなのだが、それに関して一路は一切答えられないでいた。

パニックになっているのもあるのだが。

一路のその様子を見てアウラは溜め息をつくと、片手に持っていた物を一路の眼前でふりふりと振ってみせる。

 

「いっちーの行動が、少しだけ読めるくらいには、仲良くなれたのと思うの。まだハグはダメなのかしら?」

 

 一路の眼前で揺れる物体は交換日記だ。

何の手違いか、一路達がこの場所を発つ前に彼女の手に渡っている。

 

「まぁ、元々が坊は嘘がつけるようには出来てないさかいに。」

 

 二人の微妙な空気を読み取ったNBが作業する手を止めて間に入る。

入るというより、もう畳み掛けている気もしなくもない。

 

「そうね。私も、そう思う。」

 

「せやろ?」

 

 酷い言われようというか、不思議な連帯感が生まれているような・・・。

 

「で、その顔は見送りってワケでもなさそうやな??」

 

 この際、半ば呆然としている一路を置いていく形で話を進める。

 

「私が何を言っても無駄だと思う、から。」

 

 既にアウラは一路が決めてしまった事を曲げるのは不可能だというのは解っている。

それにきっとこれが一路の大きな目的の1つなのだろうとも。

あの時、カフェで自分達に言った事は、こういう事なのだと見当もつく。

だとしたら自分はどうすれば良いのか?どうしたいのか?

それぞれに立場というものがある。

考え方も価値観も違う。

その中でエマリーでも、黄両でもなく、他の誰でもない、自分として。

 

「これ。」

 

 交換日記とは反対の手。

もう一方に持っていた物を一路とNBに見せる。

 

「カードキー、やな。」

 

「え、まさか・・・。」

 

 今、一路達に関するモノでカードキーといえば・・・。

 

「船のロックを解除するキーよ。」

 

「あーちゃん?」

 

「渡す条件は1つ。私も連れて行って。」

 

 それがアウラの選んだ道。

 

「だっ、ダメだよ!」

 

 そうやって覚悟した自分の道を、一路はいともあっさり却下してしまう。

当然、そんな事をすればアウラも罰せられてしまうという事が解っているからだ。

自分はまだいいとしても、地球に逃れるという道もある。

そもそもは、一路の故郷は地球であって・・・そういう意味での却下だったのだが。

 

「じゃ、渡さない。解除するのは時間かかるわ。その間に誰かが気づくかも知れないわね。」

 

「うぐっ。」

 

 一理ある。

こんな最初の段階で時間をかけて躓いてはいられない。

 

「だって・・・だって、もうここには戻って来られないかも知れないんだよ?GPにだっていられなくなっちゃうかも知れない!折角・・・折角研修だって終わって・・・。」

 

 彼女の未来はこれからなのに。

これから、自分達の未来を決めていこうと歩み出そうとしたばかりなのに。

 

「戻ってこられない?なら、いっちーはどうするの?」

 

 戻って来られないのは一路とて同じはずである。

アウラは自分の心配のみをする一路は、では一体どうするのかと逆に気になってしまうのは道理だ。

 

「僕は・・・故郷に帰るつもりだよ・・・その、GPに戻れたらいいなとは思うけど・・・。」

 

「そう・・・。」

 

 そこでふと考えたかのようにアウラは小首を傾げる。

といっても、アウラはアウラでここに来るまでの間に考えた結果のこの行動だ。

一路と同じで曲げるつもりは毛頭ない。

GPでの生活も悪くはないが、一路の行く末というか、そういった事を見届けてゆくのも悪くはない。

というより、一路を最初に見た時の自分の勘は間違いじゃなかったと思えた事が大きい。

 

「いっちーの、故郷に行くのも悪くないわね。」

 

 一路みたいな人間の育った地なのだから、きっと素朴で・・・そう悪い所でもないだろう。

そういう所で暮らしてみるのも悪くない。

今までと違った体験が出来るし、何より一路がいる。

 

 

「クックックッ。こりゃアカン、坊の負けや。」

 

 とうとうNBが吹き出して笑い始める。

その様子に眉を顰めたのは一路だ。

 

「NB、他人事だと思ってぇ・・・。」

 

 眉を顰めるというより半泣きの表情で、まさしく泣きつく。

 

「女にここまで言われたら、男として腹を括らなアカンな。」

 

 対してNBの顔は面白そうだと書かれた笑みをたたえている。

 

(坊の力なら、鍵だけ奪って置いて行く事も出来るもんやけど、それはしないやろなァ。)

 

 可能だからといって、実行するかといえばまた別の話なのだろう。

こっちの状況の方が面白いからという部分が大半の理由で、それを進言する事すらしないのだからNBも同罪である。

この場合、彼女を連れて行くか行かないかのどちらが一路にとってプラスになるか、非常に難しい判断ではあるのだが。

 

「この際、嫁はんに貰うってのは、どうや?」

 

「は?」

 

「自分の為に安定した未来をふいにした女に責任を取るのも、ヲトコの甲斐性やで?」

 

「いやいやいや。」

 

「ぽっ。」

 

「いやいやいや。」

 

 そこはそこで相変わらず緊張感のカケラもなく、ある意味いつも通りともいえるやりとりがしばらく続くのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第116縁:今、行くべき場所へ。

「何でこんな事になったんだろう・・・。」

 

 もとより悲壮感などというモノは無かったが、それなりの・・・一路にとってはNBと、1人と1体の孤独な戦いだと思っていた。

そういう覚悟はついていたし、少なくとも嫁だの何だのという単語が出てくるような要素は何処にもなかったはずだ。

それだけは断言出来る。

 

「でもな、坊。坊かて16にはなっとんのやろ?一応は成人や。そういうのを頭の中で考えてもえぇトシではあるんやで?」

 

 当たり前の事で、特に珍しがる事でもないとNBは言う。

 

「僕の故郷では違います。成人はハタチからです。」

 

 NBのそういうところが無神経なんだよと、1人でぷんすかする一路。

 

 

「・・・四年後。」

 

 ポツリとアウラが呟く。

何が四年後なのかは言わずもがなである。

 

「えぇと、あーちゃん?」

 

「冗談。」

 

 果たして本当に冗談なのだろうか?

一番の問題なのは、当のアウラが満更でもないように見える事だ。

そういえば、アウラが口にだした事は100%、そう本当に思っているとかなんとかをエマリーが言っていたような、いなかったような・・・そんな事が脳裏を過る。

ロックが解除された船内に足を踏み入れながら一路は肩を落とす。

意気揚々とドックに来た先程までの気合は何処へ。

これではすっかり何時もの日常の延長戦である。

寧ろ、変わらない。

 

「そうは言ってもや、これで火器管制と操舵要員はOKなわけや。」

 

 先の研修でアウラは火器管制を学んでいた。

船を動かすうえで助かるというのは、NBの言う通り間違いない。

 

「ワシも多少助けられるとはいえ、レーダーともう1人操舵要員がおればカンペキなんやけどな~。」

 

「仕方ないよ、NB。そこはあーちゃんが来てくれただけでも。」

 

 それはそれで気を取り直して・・・。

 

「何処かにおらんかなぁ~。あ~、何かワシ、ブリッジで延々作業するのダルくなってきたなぁ。」

 

「えぇっ?!NB、どうして急に?!」

 

「坊はえぇなぁ、未来の嫁はんと一緒やもんなぁ。ワシ、これから寝ても覚めても作業作業、作業づくしや。誰か助けてくれもんかなぁ。」

 

 白々しく、かつワザとらしく大袈裟に声を上げるNBの様子に一路が本気でうろたえる。

 

「はぁ、これからこの扉の先、ブリッジに入るのもユウウツだわぁ~。」

 

 と、言っていてもラチがあかないのは明白なので、NBはブリッジへと続く扉をくぐる。

 

「何やらお困りのようで。」

 

「猫の手、豚の手ならぬワウ人の手ならここにあるでゴザるよー。」

 

 先客がいた。

それもアウラ同様に、一路にとって見慣れた光景の。

 

「なっ・・・。」

 

「ほかほか。じゃ、ひとつ、お友達価格でどないや~?」

 

 もはや開いた口が塞がらない一路とは全く対照にNBは、席に着いている二人、プーと照輝に手を振って、自分の席である場所に向かう。

それに倣ってアウラも残っている席の1つに、まるで当然の様に座る。

1人残されたのは一路だ。

 

「坊、何やっとるんや?坊の席はそこの"艦長席"やで。」

 

「僕が・・・艦長・・・じゃなくて!どうしてプーと照輝がいるの?!」

 

 まず突っ込むところはソコである。

先程のNBのワザとらしい態度を思い出して、一路はNBを睨む。

 

「あん?ワシは何も言っとらんで?嬢ちゃんも、そこのアホヅラした2人も勝手にここに来よっただけや。」

 

「酷い言われようでゴザる。」

 

「まぁ、否定は出来ないね、NBの言う通りだし。僕達が自分達の判断でここに来たんだよ。」

 

 しれっと言葉を返すプーに、照輝が相槌を打って腕を組む。

 

「手数は多いに越した事はないでゴザるからな。第一、あれだけ判り易いいっちー態度を見れば一目瞭然。」

 

「てな、ワケで坊の態度でバレたわけや。」

 

「うぐっ。」

 

 そう言われると反論出来ない。

場所は静竜が口に出していたのだから、責めようもなく・・・。

 

「・・・でも、あーちゃんも2人も第一志望の内示が来てたのに・・・。」

 

 特に刑事課の2人は花形である。

エリートと言い切れるかどうかは解らないが、それでも倍率の高い部署だ。

 

「うん?まぁ、そういう人生の流れも悪くないんだろうけさ。」

 

「やはり、最後に持つべきものは友になるでゴザるよ。」

 

 隠し事も偽りもない友人関係というものの方が素晴らしいと二人は思う。

ましてや、一路はあんなにも困っていたのを間近で見てしまっているのだから。

 

「でも・・・。」

 

「長い人生、こういう事もあるでゴザるよ。」

 

「確かに先の事を考えるのも退治だとは思うんだけれどね。」

 

 苦笑しつつプーは花の頭を掻く。

 

「いっちーの故郷で暮らすのも悪くはないわ。」

 

 そういう方向でさらりとまとめようとするかの如くアウラが横から口を挟む。

 

「ふむ。牧歌的でいいかも。どのみちGPを退職したらその予定だったし。」

 

「悠々自適とはいかぬでゴザろうが、アウラ氏はそうするでゴザるか?」

 

「いっちーが故郷に帰るのなら。」

 

 もう決めてしまったかのように、いや、彼女が口に出したのだから決定事項でそうするつもりなのだろう。

 

「さてさて、そういう事ならばさっさと用事を済まそうとするでゴザる。」

 

「そうだね。さ、行こうか、いっちー。今、君が行きたい所が僕達のいくべき場所だ。」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第117縁:奪うこと、与えること。

今回はちょっと短く最低文字数状態ですみません。
ちょっと立て込んでいまして。


 自分の視界に音を立てながら転がってきた物がある。

体育座りのまま固まっていた灯華の前に滑り込んで来たそれは、掌に納まるくらいの小さなナイフだった。

 

「早く拾いな。」

 

 自分を閉じ込めていた扉の向こう側から聞き慣れた姉御分の声。

 

「体調は悪くないね?悪くったってチャンスは一回こっきりだ。使える脱出ポッドは8番、射出先はGPパトロール艦の巡回航路に設定してある。それから先は運次第だ。」

 

 矢継ぎ早に要点のみを述べる相手の声を聞きながら、灯華はナイフを素早く拾って袖口に隠す。

と、同時に疑問に思う事があって、視線を彼女に向ける。

 

「・・・何故?」

 

「ん?」

 

 確かに自分達にとって彼女は姉のような存在だ。

しかし、姉ようなといっても孤児である自分と彼女は別に血が繋がっているわけではない。

そんな全くの赤の他人が・・・。

 

「何故、助けてくれるの?」

 

 細長く小さな格子の覗き穴から、姉御分であるルビナのオレンジの髪が炎のように揺れているのが見える。

 

「理由か・・・やっぱり必要かい?まぁ、アンタにとっちゃ必要か。」

 

 ルビナは生意気というより、人形のような灯華の瞳を思い出す。

そう"思い出す"なのだ。

 

「昔のアンタよりもずっと、"生きようという意志"が感じられるからかな。」

 

 ほんの数ヶ月前まではそんなモノのカケラすら見られなかった。

彼女の中で一体何が起きたのだろうかは解らない。

そして、その変化が人間としては良い方向で普通な事である反面、海賊の暗殺者としては都合がよろしくないという事だ。

 

「潮時なのさ、アンタは。」

 

 生まれてからずっとそれ以外の選択肢を与えられないまま海賊をやってきた。

それにどっぷりと浸かってしまった自分とは違って、彼女には与えてやってもいいじゃないか。

ふと、そんな風に思ってしまった。

 

「私は、多分・・・死ぬ事を選んじゃいけない気がする・・・から。」

 

 彼が、一路がそれを望むとは灯華には到底思えなかった。

たとえ過ごした時間が少なかろうともだ。

 

「だからだよ。それと、もう1つ。」

 

「もう1つ?」

 

「たまには誰かに与えてみたっていいじゃないか。ずぅっと人様から奪ってばかりの人生なんだから。」

 

 ついぞ自分には与えられなかった選択肢。

それを誰かに渡せるなんて、しかもそれが妹分だなんていい気分だ。

 

「と、言ってもこれくらいしか助けてやれないけどね。せいぜい上手いことやるんだね。」

 

 きっとこれが互いに交わせる最後の言葉になるだろうと、そう思いながら口に出せずに・・・。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第118縁:今日も今日とて青春だ。

 一方、一路は完全に白旗を上げていた。

上げていたからそこ、今がその時なのだろうと。

そう思って一路は出航の準備をする皆の前で、自分の境遇、本来の目的を語り始めた。

勿論、地球や柾木家の事は語らずにだ。

母を亡くして環境が変わり、心機一転暮らし始めたところで、樹雷の関係者を狙った事件に巻き込まれて重傷を負った事。

その際に世話になった人を海賊に連れて行かれてしまった事。

その人を救う為の情報を得ると共に自分を一から鍛え直そうと思った事。

そしてまっさに今、その人の居場所が判明し、奪還に向かうところだったという・・・全てを隠したり、嘘をつくよりは真実を多分に含んでいる分、話し易い。

 

 

「何というか・・・。」

 

「結局、いつものいっちーと同じでゴザるな。」

 

 この事に対して、プーと照輝の反応は至極あっさりとしたものだった。

二人にしてみれば、自分ではない誰かの為に必死になる一路の姿は、以前から何度も見てきている。

そのスタンスに何の変わりもないというのだから、逆に普通過ぎてつまらないくらいだ。

まぁ、一路の目的が如何なものであっても、一緒に行くつもりだった二人にとったは、特段何の変化もなく単純に目的が明確になった程度だったが、唯一人、三人の反応を静観していたアウラは、考え込んでいるようにも見える。

その思案げな表情から、やがて躊躇いがちに口を開く。

 

「1つだけ、いい?」

 

「え?あ、うん、何でも聞いて。」

 

 一路は一路でプー達のリアクションの少なさに内心戸惑っていたところに投げかけられた言葉だ。

巻き込んでしまった以上、出来る得る限りの誠意をもって応対しようと覚悟している。

 

「助け出す人は、女性?男性?」

 

 覚悟をした割には拍子抜けするような質問だった。

そもそもこれから連れ出す相手の性別など、非常に些細な事ではないだろうか?

そう考える一路は不思議そうに首を傾げる。

対して、プーと照輝の方は逆に緊張していた。

自覚がないのは一路だけで、これはある意味修羅場の匂いがすると二人の直感が告げていた。

出来れば一路が質問に答えたうえで、うまく回避出来ますようにと望まざるをえない。

だが、相手はあの一路であろう、最悪二人のどちらか・・・どう考えてもアウラの方だが、全力で取り押さえねばならぬハメになるだろう。

固唾を飲んで見守る二人の前で・・・。

 

「灯華ちゃんは女性だよ?」

 

 言ったぁァァァァァッ!

言っちまいやがったァァーッ!

男共二人は同時に頭を抱える。

何もこんな時にまで馬鹿正直に答えなくてもいいぢゃないかっ!と二人は一路を微妙な目で見る。

 

「そう・・・。」

 

 ガクガクブルブルと小刻みに震えながら、恐る恐る返事をしたアウラを見る。

 

「・・・・・・お世話になったのね?」

 

「うん。お弁当作ってもらったりとか、灯華ちゃんだけじゃなくて、他の皆にも・・・GPの皆と変わらないくらい気を遣ってもらったんだ・・・。」

 

 会話におけるアウラと一路の温度差がまた余計に怖い。

 

「そう。」

 

 微かな、ほんの微かなアウラの溜め息。

そして、それに敏感に反応したプーと照輝は互いに目配せをする。

介入するとしたら、この次のタイミングだと。

 

「・・・・・・私も、お弁当作ったら・・・食べてくれる?」

 

 ココダッ!

 

「え?いや、それはわる・・・。」 「勿論、ありがたくもらうよね、ね、いっちー?」 「そうでゴザる。いやぁ、羨ましいでゴザるなぁ。」 「うんうん、青春ってカンジだね。」

 

 白々しい。

白々しいが、これ以上室温を下げるわけにはいかない。

二人とアウラの心は既に氷点下だ。

 

「プー?照輝?」

 

「食べるよね?」

 

「嬉しいでゴザるよな?」

 

「いや、あまぁ、それは・・・嬉しいよ?」

 

 一路の答えにそろそろと視線を動かし、アウラの反応を伺う二人。

 

「そう。楽しみにしてて。」

 

 アウラの一言にほっと胸を撫で下ろす。

 

「アホらし。皆、準備はえぇか?というより、相手は悪名高いあの"シャンク"ギルドや、下船(おりる)なら今のウチやで?」

 

 一言も言葉を発する事のなかったNBだが、何の事はない、ただ関わり合いになりたくなかっただけである。

 

「ここで降りるとか言ったらカッコつかないでしょうよ。」

 

「相手によって一度言い出した事を引っ込めるのはどうかと思うでゴザる。」

 

「そんなに危険なら、余計にいっちーが心配。」

 

「「うんうん。」」

 

「え、最後のだけ満場一致?!」

 

 そんなに頼りない?!と一路が1人でショックを受ける中。

 

「うっし、宇宙港のゲートにアクセス成功。ほな艦長、発進の号令をせな。」

 

 NBの言葉に息を飲み、やがて・・・。

 

「じゃあ、みんな、行くよ?」

 

 何とも頼りない艦長だと思いながら、一路はその場にいてくれる皆の顔を一瞥すると・・・。

 

「発進します!」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第119縁:保護者。

「はい、オシマイ。」

 

 ぱんぱんと手を叩く音がすると、一室に映し出されてた映像が消える。

 

「あぁん、鷲羽ちゃんのいけずぅ~。延長は?ね、延長はないの?」

 

 鷲羽に食ってかかるのは、アイリだった。

という事でここはGPアカデミーの理事長室である。

 

「ないね。大体、いたいけな少年を助けるフリして監視してるってだけでもアレなんだ。」

 

 鷲羽が言っているのは、NBの機能の1つである監視カメラの事だ。

 

「だぁ~って、カレったらワケアリみたいだしぃ~。しかも鷲羽ちゃんと阿重霞ちゃんのお墨付きで地球から来たいうしぃ~。心配じゃない?」

 

 顎に人差し指をあて、昭和年代のブリっ子アイドルポーズを決めるアイリを、鷲羽は腕を組んだままの態勢で見下している。

 

「ダメだね。第一、アンタ達を信用してるってんなら、一路だって馬鹿じゃぁない、というより賢い方だから事情だって正直に話したろうよ。」

 

 それを全くせずにここまできて事を起こしたというのだから、つまりはそういう事である。

 

「そう言われてしまうと耳の痛い限りですねぇ。」

 

 御多分に漏れず、アイリの斜め後ろの定位置にいる美守は呟く。

 

「信用度、とりわけ不信感の99.9%は誰かさんのせいですが。」

 

「確かに、全員が全員ってワケじゃあなさそうだね。現にコマチ殿には懐いてたみたいだし。」

 

 と、鷲羽はアイリ達に相対した位置にいたコマチに視線を動かす。

 

「わ、私はただ坊やが望んだ事を出来る限りしただけで・・・。」

 

 子供に懐かれる、信用されるという太鼓判を押してもらえたコマチは、何故だか赤面してしまう。

 

「だからこそ、最後の最後の一線で迷惑かけたくなかったんだろうよ。そこが明確な違いだなぁね。」

 

 偉そうに述べる鷲羽だが、一路が人を信用する条件・基準というのはある程度理解してはいた。

無条件に近い信頼を一路に寄せるだとか、母性或いは父性を感じ取れる事、他にも一路自身の基準で不快・悪だと判断していない事、云々、等々、エトセトラ・・・。

だが実の所、良好な人間関係を築くにあたって、基礎となるようなモノばかりだったりするのだ。

 

(ここにいるメンツはちょーっち大人の打算を持ち過ぎてる輩ばかりだからね。仕方ないっちゃ仕方ないか。)

 

 それ相応の権力としがらみを持ってしまえば、誰しもそんな打算を日常的にしてしまう。

 

「ま、潔癖なところがちょっぴりあるのは、子供らしさという事で。」

 

 それにしてもワウ人の教育係といい、コマチといい、どうしてなかなか一路は目のつけどころがいいと鷲羽は思う。

まぁ、ただ例の天南財閥のボンボンはどうかと思うが。

色んな意味で"普通の打算"を持たないわけだし、何より結果的に異一路のプラスになっているのだから、反論が出来ない。

 

「子供らしさで済む程度の事ならいいのだが・・・。」

 

 そうぽつりとこぼすコマチに、にぃっと鷲羽は微笑み返す。

 

「な、何だ?」

 

 鷲羽にしてみれば普通に笑いかけたつもりが、コマチに相当のプレッシャーを与えてしまったらしい。

確かにこの笑みを見て、失禁、発狂寸前に追い込まれる人物は、この銀河のそこらじゅうにいる。

 

「アンタ、"いい母親"になるよ。」

 

「なっ?!そ、それはどうも。」

 

 赤面するコマチにうんうんと満足げに頷くと鷲羽は自分が通ってきた亜空間ゲートに足を踏み入れようとして・・・ふと歩みを止めて一同に振り返る。

 

「あ、そうそう、あの船はこっちできちんと責任を持つけど、あの子の後を追いかけないコトだね。じゃないと"保障"は出来ないヨ。」

 

 念を押す。

保障出来ない範囲は少々、いやかなり怖くて聞き返す事など出来なかったが、これだけは言える。

鷲羽はそれなりの手を打っていて、それを邪魔すると何らかのしっぺ返しが来るという事だ。

 

「では!坊やに伝えて欲しい。事が済んだら好きなようにしろと、"戻る"のも"帰る"のも。」

 

 コマチが用件を終え、今まさにゲートを通ろうとする背に声を投げかける。

 

「・・・1つ、訂正するわ。いい母親だけじゃなくて、"いい教師"にもなれるよ、コマチ殿は。」

 

 




え?私、ずっとコマチ推しだったよね?(ヲイ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第120縁:そして、ここにも保護者。

「おや、どうしたってのサ、魎呼ちゃん?」

 

 亜空間ゲートを抜けた先、柾木家の自分の研究室・・・といっても、ここも亜空間で繋がっているだけの一室に戻った鷲羽を迎えたのは、モニターごしに浮かんでいる魎呼の姿だった。

浮かぶというのは何の比喩表現でも語弊があるわけでもなく、実際に胡座をかいたままの姿勢で宙にぷかぷかと浮かんでいるのだ。

 

「ったく、どーしたもこーしたもねぇだろォ。やい!鷲羽!手ェ出さずに眺めてろって、暇で暇で仕方ねぇじゃんかよ!」

 

 モ二ターの向こう側の魎呼は今、宇宙にいた。

宇宙船、魎皇鬼。

ただの宇宙船ではない。

魎呼達と精神的に連結している半有機的、つまり生きている宇宙船なのだ。

更に驚く事に、この宇宙船は銀河最強と言われるあの樹雷の皇家の船と同等以上の戦闘力を持っているのだ。

それが伝説の宇宙海賊魎呼の宇宙船、魎皇鬼。

 

「だぁ~めっ。誰が何と言おうとギリギリまでは手出し禁止だよ。」

 

 魎呼の乗る魎皇鬼は現在、宇宙のとある座標でじっと息を潜めている。

そんな宇宙船の眼下といえばいいのだろうか、二隻の船が停泊していた。

 

「だぁってよっ!アソコに一路のダチがいんだろ?アタシが行ってぱっぱと片付けちまえばいいじゃねぇかよ。」

 

 何の事はない、既に魎呼は一路達の目的地である宙域に先回りしていたのである。

 

「アンタねぇ、一度断られてるだろう?」

 

「ぐっ。」

 

 一度自分たちが何とかしてやるからと申し出て、一路に断られているのは事実だ。

しかも、その事でかなり魎呼はヘソを曲げたのだ。

 

「仮にだ、アンタが代わりに手助けしてやって、あのコは喜ぶと思うのかい?あぁ、そりゃあ喜ぶだろうさ目的は達成出来るんだから。気を遣って魎呼ちゃんに感謝だってするだろうよ・・・で?それであのコに"何が残る"のサ?」

 

 ジロリと睨んでくる鷲羽に、一瞬魎呼は仰け反る。

しかし、それはほんの一瞬ですぐさま反抗的に鷲羽を睨み返した。

 

「残るだろ!友達が一人無傷で帰ってくんだからよォ・・・。」

 

 かく言う魎呼にだってもう解っていた。

それは事態を解決しただけであって、一路の気持ちの整理は何一つつかないという事に。

 

「結局、自分では何一つとて解決出来なかったって負い目を作っちまうだけさ。第一、これからずっと事あるごとに助けてやれるわけじゃないんだよ?それじゃあ、子供は育たない。これからも保護者面したいってんなら、大人しくしときな。それが務めってもんなんだ。」

 

 長々とかつ、理路整然と説かれてしまっては魎呼もぐぅの音も出ない。

歯ぎしりをして、拳を震わせているのがその証拠だ。

 

「どうしても立ち上がれないってんなら、その時は魎呼ちゃんが力を貸してやんな。なぁに、腕や足の1本や2本なら、この天才哲学士の鷲羽ちゃんが何とでもしてアゲルから♪痛いメや苦労して得るモノが"本物(リアル)"、一番身になるの。」

 

「・・・不吉なコト言ってんじゃねぇよ。」

 

 折角、良い事を言っていたのに台無しである。

いや、逆にこっちの方がいつも鷲羽らしいといえば、鷲羽らしいのだが、何というか本当に残念な人である。

 

「全くロクなもんじゃねぇ、」

 

 呆れ果てて物が言えない魎呼は、相手方の船を眺める。

中型の駆逐艦と黒い大型艦だ。

両者とも、海賊船という名に違わない武装とエネルギー量があるのは確認済みだ。

もっともこの程度、魎皇鬼ならば赤子の手を捻るくらい簡単に、それこそ鼻歌を歌おうかなぁと思ったくらいの時間で宇宙の塵に変えられるだろう。

 

「一体、どうやってブッ飛ばすつもりなんだァ?」

 

 一路達がこちらに向かっているのは解っている。

しかし、GPの艦といえばども、戦闘艇で来るわけではないだろう。

では一体どうやってこの艦と渡り合うというのか?

 

「ミャア!」

 

 ふと、魎皇鬼が声を上げる。

魎呼より先に"彼女"の方が気配に気づいたらしい。

 

「来たか!」

 

 魎呼の考え通り、少し特殊なフォルムをした艦らしき機影がワープアウトしてくる・・・や否や、ワープ時のエネルギーを保ったまま、そして・・・。

 

「あ・・・。」

 

 大型の海賊艦の横っ腹に"突き刺さった"。

まさにそう形容するしかない。

そして艦が衝撃に揺さぶられる。

 

「や、やりやがったァァァァァッ!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第121縁:誰のものでもない自分。

「貧相な顔になったではないか。」

 

 その男は彼女の顔を見て無表情のまま口を開く。

座り込む灯華を見下ろす男は彼女に何の興味を持っていないのは確かだろう。

いっそ、死体だろうと関係ないのかもしれない。

 

「処刑の時間?」

 

 冷たく言い放った男と同じうに灯華も淡々と聞き返す。

互いが互いに相手そのものに対して興味がないのだ。

 

「処刑?オマエを処刑したところで何の利益もないだろう。ならば別の使い道をした方がマシではないか?」

 

「別の?」

 

 意外だ。

灯華を見下ろす男、アラド・シャンクはダ・ルマーギルドの中では知略家だ。

以前の首領のタラント・シャンクと違って親兄弟を部下の面前で殺害するような残虐性は持ち合わせていない。

いないものの狡猾であるには違いない男のはずだった。

 

「オマエは孤児だそうだが・・・。」

 

 傍らにいる部下から渡された資料らしきものを一瞥し、すぐさま視線を戻す。

一瞬だけ資料と灯華を見比べてからだ。

 

「どうやら出自は私の"家格"よりは上らしい。」

 

 海賊は今でこそ無法者の集まりであるが、事の発端を遡れば宇宙開拓民に行き当たる。

そこは家族のような身を寄せ合う一種のコミュニティのようなもので、当然ながら一族内での婚姻を繰り返す事になる。

近親相姦や血の濃さによって引き起こされる遺伝的な問題は、科学の力で克服出来たが、より一層の遺伝子管理や調整は最重要事項になっていった。

そしてそのような事情から、以前NBが言っていたように厳然たる血の順位が存在するのである。

 

「"次の女"が見つかるまで、私の踏み台となれ。」

 

 つまり、自分が棚ボタ的に手に入れたシャンクギルドの一派閥として、他の派閥をまとめあげる為の伴侶、旗印の一つとなれと言っているのだ。

自分より継承順位が上の存在を見出すまでのと注釈がつくが。

所詮は道具、籠の鳥になれという事だ。

言葉の響きからすれば、今の環境よりマシになっているような気もするが、所詮、ただの飼い殺しである。

次の被害者が現れるまで逃れられないというのは、地球の妖怪である七人岬とやらに似ているなと、学校の図書室で読んだ本を灯華は思い出した。

以前の灯華ならば、その事に対して何の感慨も持たなかっただろう。

特に自分自身の事にだって何の関心も持たなかった。

 

しかし・・・。

 

「未来の総帥の第一夫人にしてやるのだから、光栄に思えよ。」

 

 そう言ってぐいと灯華の腕をアラドが掴んだ時、理解してしまった。

それがどうしようもなく嫌で、それこそが"生理的嫌悪"だという事に。

 

「私に気安く触れるな!」

 

 そう思ってしまったのならば、実行するしかない。

ルビナから渡され、隠し持っていたナイフを自分を掴む腕に電光石火で突き立てる。

こんな男の物にはならない!

 

「こ、このアマァッ!」

 

 アラドの叫び声が聞こえてきたが、気にとめる必要はない。

一目散に全速力で駆け出す。

狭い艦内だ、逃げ場所など何処にもなかったが、唯一助かる方法があった。

艦内に逃げ場がないというのなら、外に出ればいい。

目的は小型艦や脱出艇のあるドック。

ルビナの指示通りの行動だ。

 

(撃墜されて死ぬ方がまだマシ。)

 

 それが一番可能性のある選択肢というのなら、尚更に飛びつくしかない。

 

「あぅっ?!」

 

 そう思っていた矢先、灯華の足に激痛が走り、それがすぐさま銃で撃たれたのだと悟った。

 

「なかなかに海賊の頭領夫人としては威勢がいい。だが、少々躾が必要か。」

 

 刺されたというのに、アラドが顔色一つ変えずつかつかと灯華に歩み寄る。

よく見ると、灯華が刺した腕から血の一滴も流れ出ていない。

 

「残念な事に、この腕は以前タラントに斬り飛ばされていてな、義腕になっている。まぁ、一種の"洗礼"みたいなものさ、彼の後継者という、ね。」

 

 ニィィと薄ら寒い笑顔で灯華を迎える笑み。

 

「気にする事はない、私は心が広い。彼ほど癇癪持ちではないよ。あぁ、勿論、足はきちんと治療させよう・・・ん?手足がない方が"持ち運び"が楽か?毎回顔を会わせる度に鬼ごっことは、些か私も疲れる。」

 

 何処が癇癪持ちではないだ、ただの凶状持ちではないか!

灯華だけでなくその場にいた誰もが、彼の部下を含めてそう思っても口に出せない中、アラドと灯華の距離が詰まっていく。

先程まで自分の腕に突き立っていたナイフを弄びながら。

 

「とりあえずは、もう逃げぬようにもう片方の足にも風穴を開けておこうか。」

 

 本気で彼はやるつもりだろうと灯華は理解する。

この男の伴侶となるくらいなら、死んだ方がマシだとも。

ならば、せめても道連れにしてやろう。

そう決意して、無傷の足を軸にして立ち上がる。

ふと、これだけ生きる事に頑張れば、一路は許してくれるだろうか?

そんな馬鹿げた事が脳裏を過る。

この銀河の科学において、魂であるところのアストラルは無意識の海に沈んで溶けると解明されている。

地球でいうような天国とか地獄とかは存在しない。

しかし、一路は地球人だから、もしかしたらそういう類いの所に魂は逝くのかも知れないと思う。

 

『・・・ダメだよ・・・とう・・・か、ちゃ・・・きみは・・・こんなこと、できるこじゃ・・・な・・・。』

 

 一路の最後の言葉を思い出し、灯華はうっすらと笑みがこぼれた。

それは自嘲の笑み。

結局、自分は最後の最後まで・・・。

 

(人殺しだ・・・。)

 

 灯華は覚悟を以て、最後の一歩を踏み出す。

 

 

 




私事が忙しくて年末進行出来るか危うい状況ですが、久々の緊迫バトル待ったなし中ですからね、最低でも定期更新はやり遂げたいと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第122縁:姫と騎士の戦い。

 直後、その場にいた誰もが何が起きたのか解らなかった。

艦内灯が常備灯から非常灯に切り替わり、粉煙が立ち込める。

そんな中、急激に空気が流出して、すぐに止まる事態に船の外壁に穴が開いたのだと解った。

 

「何事だ?」

 

 近くでアラドの少し苛立った声が聞こえる。

 

「何事だと聞かれたら!」 「答えてやるが世の情け!」

 

「ひとぉーつっ!人の世の生き血を啜り。」

 

「ふたぁーつ、不埒な悪行三昧。」

 

 大音声の声と共に煙が晴れてゆく。

 

「みぃーっつ!」 「灯華ちゃんっ!」

 

 自分たちとアラドの部下を分断する壁。

宇宙船の艦首からありえない、そして聞き覚えのある声に灯華が目を見張る。

 

「あぁ?!もうダメだよ、いっちー、こういうのは登場の台詞が大事なんだから!」

 

 男が呼ぶ名にもやはり当然ながら聞き覚えがある。

 

「あ・・・。」

 

 思わず口から感嘆の吐息が漏れた。

もう聞けない、会えないはずのその姿。

 

「・・・・・・いっちー・・・。」

 

「灯華ちゃん!"迎えに"来たよ!一緒に帰ろう!」

 

 紛れもない本物だった。

決して追い詰められた自分が見た幻覚や妄想の類いでもなく。

 

"生きていた!”

 

 その事実に素直に歓喜し、灯華は手を伸ばしてきた一路に向かって無意識に手を伸ばし返そうとして気を失った。

 

「灯華ちゃん!」

 

 灯華の傍らいた男、アラドが彼女を昏倒させたのだ。

 

「どいつも、こいつも、使えない。」

 

 どうやら自分と部下達が物理的に分断されたと理解したアラドは、すぐさま灯華を黙らせ彼女を肩に担ぐ。

自分で運ばなければならないのは、面倒極まりなかったがそうも言っていられない・

すぐさま他の部下と合流して、侵入者を排除、いや抹殺せねばならない。

 

「追っていっちー!」

 

 プーが瞬間的に判断して叫ぶ。

それと同時にアラドは灯華担いだまま走り去る。

 

「ここは拙者達が死守するでゴザるよ。」

 

「ただ、なるべく早く"お姫様"を連れて帰って来てうれよ!」

 

 本当はもっとカッコイイ事を言いたかったのだが、戦力的に不利なのは誰の目から見ても明らかだ。

だとしたら、徹頭徹尾引っ掻き回す奇襲戦しか方法はない。

可及的速やかな目的の達成。

一路を単独行動させるのには、心配があるが自分達が派手に暴れれば、なんとか危険度も下げられるだろう。

 

「二人共・・・。」

 

「帰る時は・・・。」

 

「五人でゴザる。」

 

 プーと照輝が笑顔で宣言するのを聞いて、一路も頷く。

そして踵を返すと、アラドを追いかける。

 

「・・・と、言ったものの多勢に無勢でゴザるなぁ。」

 

「ホント、チビっちゃいそうだよね。」

 

 ミシリと音をたてて照輝の筋肉が膨張を始める。

 

「けど、まぁ、あのままGPに残ってたら、こんなに刺激的で燃える場面には遭遇しなかったよ、きっと。」

 

「いくら偏見の少ないGPでも、"ワウ人"と"ガギュウ人"でゴザるからなぁ。」

 

 パリッ、パリリッとプーの周りで何かが爆ぜる音が鳴る。

 

「へへっ・・・。」 「ふっふっふっ。」

 

 照輝の皮膚は変色し硬質化、プーの毛は体内の電流の影響で逆だっていく。

 

「あはっ、あははははっ!」 「はっはっはぁーっ!」

 

 二人共、身体の奥底からこみ上げる笑いを止める事なく戦闘準備を完了する。

 

「青春サイコー!」

 

「友情爆発でゴザる!」

 

 不利は承知の上、だが二人の顔には悲壮感のカケラすらない。

寧ろ、笑みが浮かぶ。

自分達の乗ってきた船の艦首を盾に、アラドの部下達との戦いを繰り広げる。

 

「・・・馬鹿ね。」

 

 喜々として戦いに身を投じているようにも見える二人の姿を艦内のモニターで見ながらアウラは呟く。

3人に比べ戦闘能力の低い彼女は、全員が船に戻って来たらすぐさま離脱を行うという役目もあり、艦内に残っていた。

 

「まぁな、男なんてそんなもんやて。つか、"5人"ってワシが入っとらんやんけぇ、アイツらぁ~っ!」

 

 NBはカタカタとキーを打ちながら、目にあたる部分に文字列を走らせながら不満を露にする。

 

「うしっ、ハッキング終了。これでしばらくあっちの監視カメラにはオモロい映像が流れとるはずや。」

 

 同じくサポートで残ったNBが男達(アホども)のフォローになってないフォローを返す。

 

「どんな?」

 

「ん?あか、天南のヤツの無修正入浴シーン。いやぁ、研修の時に間違って男湯にもカメラをつけてもうて・・・あ゛。」

 

「・・・後で全データを没収するわ。」

 

 全データというのは、勿論、女湯のものもである。

 

「あ、はい。」

 

 アウラの威圧的なオーラ。

所謂、従わなければバラすぞ(スクラップ)という無言の意思表示に逆らう事は出来ない。

 

「しっかしな、嬢ちゃん?」

 

「何?」

 

 何か異論でも?と突き刺さるのではないかと思う冷たい視線をNBは浴びる。

 

「馬鹿だのなんだと言う割には嬢ちゃんも楽しそうやで?」

 

 NBの言葉にぴたりと静止するアウラ。

そして、何か納得したように一人で頷く。

 

「そうね・・・そうかも知れないわ。」

 

 




年末年始で奪還編が終わると思います。
ダラダラと、まぁ、なんというか・・・一応、アニメ的な流れでだとこの辺で区切るなってカンジで区切ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第123縁:覚悟の領域。

 長かった。

いや、短かったのかも知れない。

目の前の状況にもうどちらだか解らなくていいとも思う。

ここまで、ようやくここまで来られた事に自然に力が入る。

腰に差した木刀を抜き、覚悟を決めた。

 

(僕も・・・戦う!)

 

 ずっと自問自答し続けてきた命のやり取りについて、出来る事なら回避したいと今でも思う。

しかし既に自分はそれをプーと照輝に強要してしまっている。

たとえ、二人が自分の意思で、承知のうえで一緒に来てくれたのだとしても、自分だけ例外と置いておけるはずがない。

それに相手は当然の如く殺意を持って向かってきているのだ。

 

「灯華ちゃん!」

 

 その手を掴みに来た少女の姿、抱き抱える男の背が見えた事で一層足に力が入った。

 

「貴様ッ!」

 

 自分に対応する相手の手にある銃が光学系ではなく実弾系であるのを見て取った一路は、反射的に更に加速する。

 

(あれなら!)

 

 光学系であろうと実弾系であろうと、船内で使うのならば壁に穴を空けぬように出力が抑えられているはずだというのは、以前の海賊との遭遇時に学習済みだ。

跳弾の可能性もある実弾系ならば尚更に。

ならばと目を見開き、木刀を眼前に構える。

自分には出来る、可能だ。

コマチ達との訓練の記憶が走馬灯のように過ぎった瞬間、相手が引き金を引くのを感じる。

そうなればあとは銃口だけに集中。

 

「ぐっ?!」

 

 それがどちらの呻きか解らなかったが、次の瞬間には一路が当初の目的を達していた。

 

「灯華ちゃん、しっかりして!」

 

 一路は文字通り相手に体当たりするようにして、灯華の身体を奪いそのまま床に転がっていたから。

 

「弾丸を木刀で弾くだと?外見通りの代物ではないな。」

 

 男の驚きの声は一路には届かない。

何せ目の前にはあれほど会いたかった灯華がいるのだ。

 

「これはアンティーク物に拘った私の落ち度かっ!」

 

 ギュインッと音がして、一路の木刀が男の放つ弾丸を再び弾く。

"殺意のカタチ"は覚えた。

すぐさま、次弾が放たれる。

 

 銃声、弾丸を弾く音、銃声、再び弾丸を弾く音。

 

この繰り返し。

しかし、気づくと男は笑みを浮かべていた。

それもそのはずで、一路は灯華が背後にいる為にその場から動く事が出来ない。

自分が助かっても、意識の戻らない彼女が的になっては意味がないからだ。

一発弾丸が放たれる度にじりじりと相手との距離が詰まっていき、それを更に何度か繰り返した後、ふいに静寂が訪れる。

 

「素晴らしい。その木刀もそうだが、オマエの集中力もなかなかのものだ。」

 

 よもや敵であろう相手に褒められるとは思ってもみなかった。

 

「名を、聞こうではないか。あぁ、先に私が名乗るが礼儀か?私はアラド・シャンク・・・まぁ、正しくはアラド・A・シャンクというのだが?」

 

 語尾にオマエは?という調子を乗せて一路に述べる。

 

「・・・檜山・・・こっち風に言うと、一路・A・檜山。」

 

「お揃いだな。」

 

「?」

 

 男が一層愉快そうに笑みを浮かべる姿に、背筋が凍った。

 

「"A"の部分が・・・それで狙っている女も同じとは、いただけないな。」

 

 アラドが手にした銃を落すと、床にカランと音が鳴り響く。

 

「弾切れだ。次はコレでゆく。」

 

 アラドが何処からか取り出した銃、悔しい事に一路はそれが何処から取り出されたのか全く解らなかった。

先程の実弾系の物ではなく、光学系の銃とだけは瞬時に判断出来た一路は歩を詰めにはいる。

実弾は弾けると信じて、ある意味確信を持っていた。

弾く角度を間違わなければ後ろの灯華に当たる心配はない。

だがこれは別だ。

向けられる銃口を逸らす、あるいはそのものを叩き落とすべく突撃するしかない。

早撃ちとはいえない圧倒的に不利な中、一路はそれを敢行した。

 

「良い判断だ・・・だが、少々"不運"だったようだな。」

 

 結果、銃口を逸らす事には成功したと言えた。

逸らした火線が"一路の身体を貫いた"という事実を除けば。

脇腹に熱や痛みが走り、苦痛に顔が歪む。

 

「・・・い、っちー?」

 

 意識を失わなかったのは、微かなその声が耳に入ったからだ。

 

「いっちー・・・なの?」

 

 はて、こういう場合、何と答えたらいいのだろうか?

心に余裕などないはずなのに、一路は思わず考えてしまった。

 

「うん、本物。大丈夫、足もあるから。」

 

 激痛で息も絶え絶えとは言うわけにもいかないという理性が働いただけでも良しとするしかない。

歯を食いしばって踏みとどまりながら、息を吸い込む。

 

「灯華ちゃん、何も考えずにさっきの船のとこまで走って!」

 

 灯華が足を怪我しているのは一路も解っている。

互いに言いたい事や聞きたい事が山ほどあるのも。

でも、今はそういう事をしている時ではない。

でなければこうして身体を張っている意味がくなってしまう。

 

「・・・・・・わか、解った。」

 

 灯華の冷静なその返事にうっかり安堵してしまって、痩せ我慢していた痛みに悲鳴を上げそうになる。

 

「じゃあ、あなたは"同じA同士"、もう少し僕とここに残ってもらいます!」

 

 出来うる限りの余裕の笑みを繕って、自分からアラドに襲いかかる。

灯華の逃げ出す隙を作り、あまつさえ次は引き金を引く前に一撃を叩き込むという気迫と共に。

 




戦闘シーンは苦手でゴザる・・・orz


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第124縁:死線。

おあけましておめでとうございます。
年末年始は風邪を引いていつもの年末・お正月進行の連続更新が出来ませんでした。
それでは今年も引き続きよろしくお願い致します。


 ベキンッ!

 

 そんな鈍い音が辺りに鳴り響く。

あれから何合打ち込み、相手の火線を逸らし、あるいは木刀で受けただろう。

驚いた事に一路の木刀は、アラドの銃の光線すら受け止めてみせた。

これにはアラドどころか、一路自身も驚くしかなかったが、それもとうとう今の攻防で折れてしまい一路の手元には以前の三分の一に長さを残すのみ。

 

「全く、たいした木刀だ。一見、ただの木刀に偽装した物かと思いきや、"本当に木"のようだ。」

 

 折れた木刀の残りの先端部分、それを握ってしげしげと眺めながら感嘆の息を漏らす。

 

「噂に聞く樹雷の皇家の船の装甲も硬質に変化した木と聞くが・・・これが、という事か。」

 

 そんなの知るか!そう声に出そうとしても一路は息が上がってそれどころではない。

それを見越してアラドは喋っているのだ。

勿論、一路を休ませる為ではない。

自分の知的好奇心を満たす為と、力の差、余裕を見せつける為である。

一路は確かに相当な訓練を宇宙に出てから積んできた。

しかし、実戦の経験という点では、アラドに全く及ばない。

更に言えば、"人殺しの経験"があるかないかの差。

大前提として、一路は訓練で多対一の戦いを想定はしていても、人殺しは想定してはいないのだ。

人をなるべく傷つけない事に余分に神経を注ぐ、それがまた一路の負担を増やしていた。

 

「私も剣は持っているのだが・・・これの威力を試してみるのも良いかも知れないな。」

 

 

 ニヤリと肉食獣のような獰猛な笑みを一瞬だけ浮かべる。

木刀が折れてしまった今、遠距離戦よりも近距離戦を選んでくれるのは一路としてもありがたくはある。

当然それも相手の心理戦の範囲内、計算の内だろうが乗るしかない。

今の一路は何とか立っているといったところだ。

ちょっとでも気を抜けば、腹部に空けられた穴の痛みに気を失いそうになる。

痛みで意識がはっきりするかと思いきや、どうやら逆らしい。

幸いビームの熱量で焼かれたせいか、出血の量自体はそれ程でもない。

だからといって楽観できないのは解りきっている。

その証拠に未だ応援や連絡の類いが来るような気配はなく、相手もそれは同じだからだ。

プー達の足止めが成功しているなのだが、逆に言えば足止めされているとも言える。

だからこそ、一路は自分の不甲斐なさをより実感する事態に陥っていた。

 本来の自分はあの時の地球で死んでいた身だ。

それで芽衣や灯華の命が救えそうなのだから、上々といえば上々なのかも知れない。

脳裏をそんな事が過ぎらなないでもなかったが、生憎、それでは残された者達が浮かばれないだろう。

泣いてくれるかどうかまでは解らないが、少なくとも幾つかやりたい事がアカデミーで新たに出来てしまった。

それを考えると、一歩一歩こちらに歩み寄ってくる相手の一挙手一投足から目を逸らすわけにはいかない。

 

(まだ・・・まだだ・・・。)

 

 少なくとも自分はまだ死んではいないし、諦めるというわけにはいかない。

どうにしかしてこの場面から逃れてみせる。

こちらの目的は相手を倒す事ではないのだから。

恐らくこれが最後の攻防であるには間違いないだろう。

相手の今の興味は自分ではなく、寧ろ木刀の方であるというのが唯一の好機になればいいと・・・。

 

「ほぅ、まだまだ余力がありそうだな。」

 

 それにしても実に楽しそうに笑うではないか。

 

(考えろ・・・考えろ自分!)

 

 まず見る。

極度の集中、見る、見る、見る。

それがやがて見るから感じるの領域になり・・・振り下ろされる腕、その一瞬を狙ってあえて前に出る。

相手の脇腹辺りをすり抜けるようにして頭を突っ込み、身体を小さく畳んで突進。

無論、相手もそれを眺めているわけがない。

身を屈める一路の顔面に横合いから膝が飛んで来る。

 

(動けッ!)

 

 それでも一路は恐怖に目を閉じる事はしなかった。

咄嗟に足で踏み切って、まるで火の輪潜りをするかのように膝を飛び越える。

諦めず、目を閉ざす事をしなかった差がここに出た。

そのまま前転の形でごろごろと無様に転がりながら、一路はすぐさま起き上がろうと試みる。

逃げるのならば、止めを刺しそこねた、相手の一撃をかわした今をおいて他にない。

立ち上がって駆け出さねば!

 

「残念だ。」

 

 起き上がった一路の眼前にあったのは1本のナイフ。

すれ違いざまの刹那にアラドが投げ放ったそれ(トドメ)に、一路は今度こそ目を閉じた・・・。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第125縁:守護たる者。

「ミヤッオォォォーンッ!」

 

 目を閉じた一路に届けられたのはナイフでもなく、ましてや死でもなく、なんともこの場に不似合いなお叫びであった。

 

「え・・・?」

 

 恐る恐る目を開いた彼の視界に映ったのは、真っ白な兎だった。

いや、正確には兎とは言い難い。

犬と兎を足して2で割ったような・・・しかし、そのどちらでもない、まさにヘンテコな生き物が一路の目の前に浮かんでいるのだ。

ようく見ると、その生き物の真上に【ASURA SYSTEM】の文字。

 

「ミャゥッ!」

 

 を、その兎(?)が蹴り飛ばすと、ペタペタと何かを貼り付けだした。

 

「け・・・けんおうき?」

 

【GS:KEN-OH-KI】

 

「ミャウミャウ!」

 

 貼られた文字を読むと兎が返事をして、ごそこそと懐を漁る真似をしながら手持ち看板を持ち出す。

そこにはデカデカと一文字【堅】の文字。

 

「舐めてくれたものだな。"ガーディアン"を使わずにこの私に勝とうとしていたとは。」

 

「ガーディアン・・・。」

 

 

 アカデミーの授業で聞いた事が一路にはあった。

確か要人警護の話だった気がする。

ガーディアンとは文字通り守護者、基本的に個人に合わせデザイン、製作された戦闘服だ。

これに人格を持たせてNBのように身体にインストールした物がガーディアンユニットと言われる。

もっとも、戦闘服と言っても鎧のようなものから、ドレスのような様式のもの、用途も戦闘・防護・作業用と様々である。

ただ汎用型のものでもなかなかのお値段で、個人用のフルオーダー(オートクチュール)ともなれば、それこそおめめが飛び出る価値になる。

ちなみに、ASURASYSTEMは純戦闘用の最高級品の商品名の一つであり、こと戦闘用に限れば一流メーカーのカウナックに並ぶという事は一路は知らない。

 

「君が助けてくれたの?」

 

「ミャ~ゥ。」

 

 コクコクと首?(何処からが首なのか解らないが)を縦に振っているところを見るとそういう事らしい。

 

「あ~あ~テステス、聞こえてるかい?」

 

 ふと耳元で聞き慣れた声がした。

耳元といえば、地球を出る時に鷲羽に渡されたイヤーカフが填められている。

勿論、声の主も同じだ。

 

「これを聞いてるってコトはだ、アタシのお願いをちゃんと聞いて、んでもって大大大ピンチなワケだね?」

 

 やけに明るいその声を聞いて脱力しそうになる。

同時に自分の中で、無駄に入っていた力があるという事を認識した。

 

「あーあ、こんなになるまで頑張ちゃってもぅ、何やってんだかね、ホント。」

 

 本当に録音なのだろうかと、実は何処かでこっそり見ているんじゃないかと、辺りを見回したくなる衝動をぐっと堪えた。

鷲羽の言っている事はあまりにも的確過ぎる。

 

「しっかりおしよ、こんなトコでヘコたれてんじゃないよ!ヲ・ト・コ・ノ・コ、だろう?踏ん張りな!」

 

 この言葉に、ただの激励ではない何とも言えないこそばゆい、それでいて耳元で囁かれる、そう愛情的なものに足に力が入る、心に力がこもる。

 

「・・・・・・一緒に戦ってくれる?」

 

 ぽつりと呟きながら、近くに落ちていた自分に向けて放たれたナイフを握る。

自分からは解らないが、恐らく今、ガーディアンシステムを身に纏っていて、これがガーディアンシステムのディスプレイ画面で、彼(?)がOSなのだろう。

その証拠に持っていた看板がくるりと回転すると【剣】の文字が現れた。

 

「構造を瞬時に最適化するのか・・・とんだお宝ではないか、そのガーディアン。」

 

 アラドの驚嘆っぷりを見るに外見が変化しているようだ。

つまり、先程の"堅"というのは防御態勢という事だろうか。

 

「互いに出し惜しみするタイプというところまで同じだったという事か。」

 

 構える一路の前でアラドの体が薄緑色の半透明の膜に包まれてゆく。

あれがガーディアンなのだろう。

きっと自分の身体もあのようなエネルギー体に包まれているに違いないと理解する。

 

「次のラウンドといこうか。」

 

 

 

 




けんちゃん(仮)は、GSのOSであって眷皇鬼やりょーちゃんとは違う存在です。
このガーディアンシステムのデチューンは、後のアレという設定で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第126縁:馬に乗ってなくとも騎兵隊とはこれ如何に。

 互いのガーディアンを出しての再びの激突。

ナイフは2、3度打ち合っただけで折れた。

ガーディアンの防御力が相当なのだと容易に理解する。

今は再び最適化をして【拳】の文字が視界の隅に表示されている最中だ。

それに伴い、両腕・両足にエネルギー比率が重視され肥大化していた。

どれ程の時間が経過したかは一路には解らない。

だが、きっとそろそろだろうと思ってはいた。

 

『ぴんぽんぱんぽぇぇ~ん♪坊、お時間やでぇ~。聞こえってかぁ?撤退するで~。』

 

 

 なんとも間抜けなNBの声が艦内に響き渡る。

 

『あ、迷子になんなや~。』

 

「・・・そこまで子供じゃないってば。」

 

 これには苦笑せざるをえない。

 

「大胆だな。だが、わざわざ逃げると宣言されて、そう簡単に私が逃がすとでも?」

 

 アラドの言う通りだ。

そんな簡単に、はい、そうですかとはいかない。

ならば・・・。

 

「ケンオウキ・・・。」

 

 そう呟いただけで一路の意思を汲んで再び【堅】の防御態勢に切り替わる。

多少の悪手であろうと目を瞑って、ガーディアンの防御力を以てして強引にこの場を突破するしかない。

当然、アラドも一路のとろうとする行動の予想はついている。

蔑むような視線を寄越してきた。

 

『ほな、"3秒"で迎えが行くさかい、何かにしっかり掴まっときぃ~。』

 

「は?」

 

 今度は一路の間の抜けた声が漏れる。

3秒なんて今のNBのフレーズが言い終わるまでに過ぎてしまっているではないか。

つまり・・・。

 

 ドゴォォォォーンッ!

 

 金属がひしゃげる音と爆煙が二人の間に割って入る。

突然の、あまりに突然の事で・・・いや、予告はあったのだが、ほぼ過去形で言われた一路はよろめく。

 

「ども~おばんですぅ~。どちら様ですかぁ?檜山一路君の心の友と書いて心友の的田全と申しますぅ。あら、どうぞ。ほな、おおきに。ちゅーコトで助けに来たぜ、いっちー。」

 

 今日は何度驚かされただろう。

煙が晴れてそこに立っていたのは幻なんかではない。

正真正銘の・・・。

 

「全!」

 

 地球で別れたきりのクラスメイトだった。

 

「あーっ!こんなバッチくなって!誰だ、いっちーをこんなにしたヤツは!あ、アイツか!アイツだな?よぉーし、ブッ飛ばす!」

 

 ぐるぐると両腕をほぐすように振り回す全。

 

「全、何かキャラ変わってない?」

 

「あったりまえだろ?一人で何をコソコソやってるかと思えば、こんなトコまで来やがって。」

 

 ジロリと咎められるように睨まれれば縮こまってしまう。

 

「・・・ごめん、でも、僕は・・・。」

 

 一路にだって一路の、決して譲れない言い分がある。

 

「大体だなぁ、なんで仲間ハズレにすっかな。オレ様傷ついちゃったよ?んで、どりあえず助け、いるよな?」

 

 そう言われてしまっては一路も返す言葉がない。

勿論、嬉しくてだ。

思わず涙ぐみそうになりながら頷くだけ。

 

「よし、なら走れ。オレが乗ってきた船か、自分の船、どっちでもいいから乗り込め。オレの仲間にはいっちーの話をしてあっから。」

 

 それだけ言うと、あっちへ行けとでも言うようにひらひらと手を振る。

その仕草を見て一路は猛然と走り出した。

 

「さて、と。」

 

 一路の後ろ姿を視界の端におさめたまま、全は相手を見据える。

 

「すぐに飛びかかって来ないトコを見ると、なかなかに冷静だな、兄ちゃんよ。」

 

「あれだけ自分から牽制しておいてよく言う。」

 

「感動の対面にしたかったもんでね。だが!」

 

 ぱんっと手のひらを拳で打つ。

 

「いっちーをボコボコにした落とし前、つけさせてもらうぜ。大体、荒事にはこれっぽちも向いてないヤツなんだからな。全く無茶したもんだよ、ホント。」

 

 だからこそ全は一路を気に入っている。

無茶でも無謀でもここまでやって来た。

それをやってのけるだけの意志力を、純粋さを、優しさを。

 

「つーワケでこっからは"本職"の出番だぜ、"海賊"さん。」

 

 どばっちりだろうが八つ当たりだろうが、ブチのめさなきゃ気がすまないとばかりに言い放つ。

そう本来、こんな血なまぐさい事柄は、自分達の領分なのだ。

だから、全も一路と同じで自分のやるべき事をやるだけ。

心友としても、戦士としても。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第127縁:取り巻く環境は。





『絶妙にブサイク顔になってるよ、艦長?』

 

 ほんの数刻前、全は腕を組んだままの態勢でとある船の艦長席にいて・・・そして、爆発した。

 

「あ゛~っ!!!」

 

 奇声を上げて頭を掻き毟る。

見る見る間に全の髪型がボサボサに逆立ってゆく。

そんな全の姿に、周囲の人間は突っ込む事はしない。

我が艦長殿は何時もながら変だと思うくらいである。

 

「なぁ?」

 

 自分一人で全く解決に到達しなかったのだから、全は素直に白状するしかない。

 

「オマエ等、子供ン時約束した事、覚えてっか?」

 

「孤児のオレ達には身寄りもなければ、何の後ろ盾もない。たった一人じゃどうやったって"持ってる"ヤツ等には敵わない。」

 

 すると自分に声をかけてきた副官が笑顔のまま諳んじた。

彼も、いや、この船にいるほとんどの人間が孤児院の出身だ。

 

「皇族、血統主義が未だに残る樹雷じゃ、一生下級のままで上にはいけない。」

 

 もう一人、長身痩躯、短髪の男が続いて呟く。

以前、左京の父が言っていたように、全達の生まれた樹雷では家格が物を言う。

上に行く為には、どうにしかしてそういう家の籍を手に入れるしかない。

他の手段としては、戦士として名を上げてそういう家とのパイプを持つなりなんなりだが、一昔前ならまだしも、"表面上"の大きな諍いがなくなり、更に海賊が激減した今では戦いの場、それ自体が少ない。

 

「だから、オレ達はここにいる。遠い昔の、大航海時代じゃないんだ。血だとかそんな事は関係ない。ここでのし上がって、こんな馬鹿げた仕組みの社会を変えてみせるんだってな・・・思ってたんだけどよぉ。あ、いや、今でも思ってるぜ?」

 

 そこで全は溜め息を吐いて一息区切る。

 

「はぁ、困ったね、ウチの艦長は。何でもかんでも拾って来て一人で考え込む。」

 

 やれやれと肩を竦める副官の柔和な笑み。

 

「・・・どうしても今すぐ助けたいヤツがいる。ソイツはさ、一度挫折して、社会から爪弾きにされちまった。それもちょっとした、誰にで起こるような事でだ。それでも、今のまんまじゃダメだってやり直そうと踏ん張ってる。」

 

「それで?」

 

 幸いにも全には闘士としての才能があった。

そのお陰で一般市民水準の生活は余裕で出来ている。

ここまで順風満帆とはいかなかったし、一路と比べれば自分の方が遥かにきつくて辛い人生だっただろう。

それは無論、この船にいる全員がそうだ。

しかし・・・。

 

「我慢比べとか、不幸自慢とか、そういうハナシじゃねぇんだ。オレはアイツを助けたい。自分が逆の立場だったらならアイツは、いっちーはどんなに辛くても笑って助けに行くヤツだから・・・。」

 

 一路ならばきっとそうする。

そういう人間だと全は知っている、確信している。

 

「オレはな、一度助け損ねてる。そのせいで余計に辛いメに合わせちまった・・・。」

 

 負い目もある。

あれを一路の自業自得というには、余りにもあんまりだ。

だが、今ここで全が飛び出してしまえば、何らかの懲罰が待っているだろう。

軍属とはそういうものだ。

そして、その影響は部下にだって及ぶ。

何の後ろ盾もない者達だ、下手をしたらもう二度と出世は望めないかも知れない。

 

「・・・艦長の、全の友達ってんならしょうがないね。」

 

「は?」

 

「オマエの友ならば、自分達の友だ。」

 

 場の皆がその言葉に笑っている。

どうやら聞くまでもなく満場一致のようだ。

 

「友達を見殺しにする艦長なんて願い下げだよ。あと、全以外の艦長もね。」

 

 言いたい事は互いにそれで終わりだった。

あとは鷲羽にあらかじめ教えてもらっていた座標に一目散に移動。

移動先にいたGP艦に通信をつなぎ(応対した美少女を見て、いっちーは何時も美人に囲まれてんなぁと思いつつ)突入したというワケである。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第128縁:急転直下というより、断崖絶壁?

「艦が一隻予定航路を外れている?」

 

 その一報を受けて男は顔を顰めた。

こんな事が上の人間にバレたら、どうなる事やらと思ったからだ。

 

「一体どこの艦だ?ここは幼稚園じゃないんだぞ。」

 

 自分の艦隊において滅多に起こらない事態に疲労がどっと出てきて、溜め息をつく。

 

「はっ、的田艦長の突撃艇です。」

 

「・・・あの馬鹿。」

 

 その報告を聞いて上司である男は額に手をあてた。

的田 全という人物は知っている。

艦隊を預かる身として、各艦の艦長の名と経歴は把握しているのだが・・・特にこの的田 全という男は自分は抜擢した男だった。

 

「通信を繋げ。」

 

 孤児院の出身で、上昇志向と清貧を併せ持つ人物だと認識している。

先の要人警護の任でも暗殺者の手から要人を護った。

自分の力量をしっかりと把握、弁えていて他の評価も悪くはない。

後ろ盾がないというのも、しがらみを持ちたくはない自分の艦隊像としては都合の良い人材である。

 

「よー、おっちゃんまた老けた?」

 

 能天気な全の顔がスクリーンに映し出され、また更に溜め息をついた。

彼は常時こんなであるからだ。

たとえ、軍規違反を犯している状況でも。

 

『自分の艦の乗組員は自分が決めさせてもらいます。』

 

 それが彼の唯一の我が儘と条件。

そうして彼が選んで連れて来たクルーは、何の後ろ盾も持たない者や孤児ばかりで、そしてそのいずれも有能だった。

彼には人を正確に評価する目がある。

 

「オマエがその原因の一つだよ。おい、この通信は記録に残すなよ?」

 

 そう自分の部下に断ってから全を見る。

 

「で、何があった?幸い、今なら事と次第によっては"応じる"が?」

 

 何をどう応じるかという事の中に処分以外のニュアンスを含んで・・・。

 

「は!航行中に救難信号を受信、所属はGP艦で艦長は以前の任務で助力を得た人物であった為、事後承諾という事で急行中であります!」

 

 嘘である。

大体、救難信号を受信したのなら、突撃艇より先に他の艦が先に受信しているはず。

 

「全、おまえな・・・。」

 

 そんな事は自分の口から説明せずとも全だってよく理解しているだろう。

事後承諾とかいう軍にはない熟語がそれを物語っている。

 

「悪いね、"兼光のおっさん"もう突入するんでっ。」

 

「おい!」

 

 一歩的に通信が切れた。

 

「全く、任務中は司令と呼べというのに。」

 

 問題はそこではないのだが・・・。

 

「何か面白そうじゃなぁい?」

 

「面白くも何でもありません。」

 

 兼光は新たに入ってきた通信に露骨に溜め息をついてみせる。

当然、相手に聞かせる為にだ。

 

「あら、そぉ?じゃあ、"私だけ"追いかけちゃおうっと♪」

 

「余計にややこしくなりますから、やめてください。」

 

 楽しげな顔をしてスクリーンに映った妙齢な女性は口元を扇子で隠して笑っていた。

 

「だぁって、あのコ、最近のお気に入りなんでしょう?」

 

 ヤバい。

瞬時に兼光は悟る。

このままでは確実に全が新しい玩具にされてしまう。

 

「いい加減にしてください、瀬戸様。ただでさえ最近は"被害者の会"のお歴々から熱烈に勧誘されているのですから。」

 

 実態は互助会というか、愚痴の吐き合いの会であって何ら怪しい団体ではないのだが。

 

「あら、鷲羽ちゃんよりはマシよォ?」

 

 どっちもどっちだ鬼ババアめっ!と心の中"だけ"で毒づく。

正直なところ、この二人に人生の歯車を狂わされた人間は相当数に昇る。

かくゆう熱烈歓迎を受けている自分も現在進行形で被害者の最前線なワケなのだが。

 

「司令!」

 

「今度は何だ!」

 

 瀬戸との通信の最中に部下が割って入ってきたのを、ついうっかりと声を荒らげてしまう。

全く、自分もまだまだだ。

 

「すまない、どうした?」

 

「あ、いえ、あの、瀬戸様の水鏡の機影が消失しました。」

 

「何ぃッ?!」

 

 ばっとスクリーンを見ると既に通信は切れていた。

 

「あのクソババア!被害が"悪化"させられる前に探せ!」

 

 まるで悪性の腫瘍か何かの扱いである、いやそれよりもタチが悪い。

ある意味で事態を正確に認識している者の言葉である。

瀬戸の乗る船は樹雷皇家の船だ、本気で隠れられたら見つけ出す事は、より上位の皇家の船でない限り不可能だろう

と、そこで兼光は気づいた。

 

「・・・瀬戸様の水鏡は"何を"もとに全の艦の座標を割り出したんだ?」

 

 樹雷皇家の船のコアである樹同士ならば、上位・下位、あるいは世代の関係で位置を特定する事も可能だ。

しかし、全の船は当然の如くそんな船ではないうえに、中型の突撃艇である。

とすると、水鏡や瀬戸の部下の情報収集部隊かも知れないが・・・果たして、ほんの数分前に消息を断った船の行方など、そんなに早く解るものだろうか?

 

「まぁ、相手があの鬼ババアならありえるか。」

 

 そう一人ごちて、再び溜め息をつくのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第129縁:ちょっとくらい私怨があってもいいじゃないか。

「しかし、不思議な事があるものだ。」

 

「あん?」

 

 対峙したままの変わらぬ距離のまま、構えようともせずにアラドが呟く。

 

「あの小娘一人にそれほどの価値があるとは思えん。何せ、血縁を結ぼうとしているこの私にとってもそれ程価値が高いわけではないのでね。生かしてやっても良い・・・それくらいのものだ。」

 

アラドは心底不思議であると真剣に首を傾げる。

確かに自分にとって必要としてはいる、一時的な踏み台程度にしか過ぎないが。

だが、そんな小娘の為に海賊艦2隻に特攻をしかけてくる程のものだろうか、と。

 

「はぁ?知らねぇよ、んなもん。」

 

 長い溜め息というか、完全に呆れ果てた声で全は答える。

 

「全くもって解んねぇな。"自分を刺し殺した女"に会いに、しかも助けるに来るいっちーの気持ちなんてな。大体、人間の心ん中なんて解るわけねーじゃんよ。ただオレはいっちーがそれを必要とするなら、自分のすべき行動だと思ったってんなら手助けするだけだ。」

 

 つまり、そんな疑問を持つ事それ自体がナンセンスなのだと言い返す。

 

「んでもって、いっちーをあんなにバッチくしたのは気に喰わねぇし、そういう女の扱いをするのも気に喰わねぇ。よって、諸々含めてブッ飛ばす。」

 

 どうあってもブン殴ると宣言した全は腰元に下げていたものを素早く両手に装着する。

拳全体を覆うガントレット、文字通り殴る為の物だ。

 

「珍しいな。」

 

 銃でも剣でもない殴打、撲殺用の武器を携える全の姿に僅かに眉が動く。

 

「オレは変わりもんでね、こっちの方が性に合ってるらしい。」

 

 以前、地球の学校での剣道の授業時間に一路に述べた通りである。

樹雷でも闘士の基本的な戦闘スタイルは剣か槍が主流だ。

一路が覚えていた舞いが樹雷の皇族の剣の構えである事からも、それは伺える。

 

「さて、一応名乗っといてやる。樹雷は第七聖衛艦隊所属、闘士的田 全。」

 

 ま、この戦いが終わったら懲罰か下手したらクビなんだけどなーと心の中で苦笑しつつ、全は眼前で拳をぶつけて気合を入れる。

そして吶喊すべく地を蹴った。

両者が激突してまず最初にガキッっと鈍い音が辺りに響く。

全の拳がアラドの肩口辺りを正確に撃つ。

 

「確かに噂に違わぬ樹雷の闘士、早いな。」

 

 その状態でも余裕の表情を崩さないアラド。

自分が殴られたにも関わらず余裕の笑みのままなのは、その拳が届いてないからだ。

 

「ガーディアンシステムね。」

 

「卑怯かい?」

 

「うんにゃ、海賊に卑怯云々を口にするのが間違ってるだろうよっ。」

 

 更に肩口を押し、その反動で距離をあける全。

全自身も吶喊した瞬間に相手の余裕が崩れていない、ましてや避ける気配もない時点でそのくらいの事は解っていた。

"解っていたからこそ確かめた。"

 

「けど、そのガーディアン粗悪品じゃねぇの?ダメだぜ、自分の命預ける物をケチっちゃ。」

 

 ニヤリと笑う全。

その瞬間、ピシリとアラドの肩に罅が入る。

アラドもその様子をシステムの警告画面で理解した。

 

「なるほど。」

 

「こんな攻撃、卑怯だとか言わないよなぁ?」

 

「言うと思うか?」

 

「うんにゃ。」

 

 小手調べは終わりだ。

次は簡単に決めさせてはくれないだろう。

出来る事なら今の一撃で全も終わりにしたかったが、そうそう上手くいくはずがない。

もっとも、一路の受けた痛みの半分・・・どころか3倍返しで返してやりたくはあるというのが全の本音だが。

全の中の友情というモノは、ハムラビ法典よりも重いのだ。

 

「じゃ、次のはどうかなっ!」

 

 本格的な戦闘、その開始である。

 

 




ごめんなさい、今回は体調が思わしくないのでこの辺りの長さで。
次回からはいつも通りの長さに戻ると思います。
あと3、4話程で今章もメドがつく事になるかと思います。
そこから先は少し考えようかなと、ちょっとダラダラと長くなりすぎた感もありますし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第130縁:心の夜をブッ飛ばせ。

前回お休みを頂いて、なんとか今回更新出来ました。
なんとか生きてます。


「うぅ・・・。」

 

 当面の危機を切り抜けたせいか、一路は自分の脇腹に走る痛みに顔を顰める。

戦っている最中は、極限まで高められた集中力とガーディアンであるケンオウキの力で緩和されていたものが一気に吹き出てたような感じだ。

その当のケンオウキだが、一路が全の元から走り出してほどなく『ミャゥッ!』と啼いてディスプレイにカウントダウンが始まり、ゼロになると解除されてしまった。

時間制限が元々あるのか、それともエネルギー切れなのかは一路には理解できなかったが、どちらにせよ無いモノ強請りをしても仕方がない。

ピンチの時に出て来てくれただけでも恩の字だ。

もっとも、現在も進行形でピンチには違いないのだが。

 

「ダメだなぁ・・・。」

 

 たははと口から苦笑と吐息が漏れる。

ガーディアンがなくなり、共に来た友人も傍らにはいない。

これだけならば地球を出た時と同じだが、今はあの時に持っていた木刀も半分以上が手元にない。

逃げるのに精一杯で折れた先を回収する事すらも出来なかった。

何もない裸一貫の寂しさに不安が募る。

それ以上にそんな自分の弱さにほとほと呆れ果ててきた。

宇宙に出てから、少しは前向きになったかと思えばコレだ。

これじゃあ、地球にいた頃となんら変わらないんじゃなかと、がっかりするのも解らなくはない。

 

「あ・・・貰った木刀、折っちゃったの、謝りに行かないとなぁ・・・。」

 

 走る速度が落ちていた。

一路が望んでそうしているのではない。

無意識のうちに足に力が入らなくなっているのだ。

気づいてはいないが、歩みも真っ直ぐではなく、少しフラついている。

 

「そうだ・・・早く帰らなくちゃ・・・。」

 

 再び速度を上げようともがいても、もう足に力が入る事はない。

前に進むだけでもやっとだった。

ぷるぷると震える自分の足に力を何度もこめようとして、前のめりに倒れ・・・。

 

「無茶するなぁ、君も全も。」

 

 自分の身体を誰かが抱きとめている。

 

「檜山 一路君だよね?」

 

 その言葉は質問しでも確認でもなく、確信の響きがある。

しかし、一路はもう声を出すのも億劫だった。

 

「あぁ、僕は漆原 晶(うるしばら あきら)と言って、まぁ、完結に言って全側、君の味方、オッケー?」

 

 この人物の言う事を信じるか信じないかの選択肢はない。

仮に罠だったとしても手負いの一路ならば、止めを刺すのも簡単だろう。

 

「喋らなくていい。悪いけど治療している暇はないからね、そのままで移動するよ。」

 

 晶は一路の身体を見る。

よくもまぁ、この小さな・・・と言っても自分も同じくらいの身長なのだが、こんな大それた事をするものだと一周回って感心していた。

 

「肩を貸すよ。歩ける?」

 

 本当に満身創痍だ。

と、船体が衝撃に揺れたたらを踏む。

 

「おっと。」

 

 ここで傷だけの一路を放り出したら目もあてられない。

ちょっとした冷や汗をかきつつ何とか堪える。

 

「「くぅおらぁっ!一路!!」」

 

 突如、大音量が船内にこれでもかとこだました。

そのあまりの音の大きさに晶は驚くが、それよりも隣で身体を預けてきていた一路がぴくりと反応した事の方が気になった。

 

(この、声・・・。)

 

 一路にはすぐさまその声が誰なのかが理解出来たからだ

 

「なぁにチンタラやってんだコラァッ!!トロトロしてんならこの魎呼"お姉様"が全部やっちまうゾ!」

 

 間違いようがない。

ちゃっかりお姉様と自分でつけてくるところも彼女らしい。

魎呼がすぐ近くにいる。

その事実は一路にとって何よりも心強い。

 

「オトコだろ!タマァついてんならしっかりしやがれ!」

 

「ふんぎぃっ!」

 

(お?)

 

 豚を蹴り飛ばしても啼かないような醜い声が晶の隣で上がって、肩にかかっていた重みが消えてゆく。

歯を食いしばり、瞳にいっぱいの涙を溜めたまま鼻息荒く一路が仁王立ちしていた。

 

(へぇ・・・。)

 

 そこまできて成程、納得だと晶は理解する。

 

「うん、君も君のお姉さんも強烈だね。」

 

 これじゃあ、全でなくとも手を貸したくなってしまうじゃないか。

心の中で苦笑する。

同時に彼を助けた事で出世の道が閉ざされるというのなら、それはそれで自分を納得させられるような気がした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第131縁:正しい駆け引きの仕方?

 ドゴンという鈍い音の後、船の内壁が陥没して煙を上げる。

 

「あれぇ?避けていいの?船、傷ついちまうぜ?」

 

 ワザとらしく、実にワザとらしく言い放って全は笑う。

 

「脅しのつもりか?」

 

「うんにゃ、至極真っ当な駆け引きだよっと。」

 

 ベキンッと破砕音がして、全の拳が壁面にめり込むと、壁の中に埋め込まれていたケーブル類を引きちぎる。

 

「な?」

 

 余裕の笑みを互いにたたえてはいるが、アラドの方が多少分が悪いのは否めない。

本来ならば自分の船の中で戦っている側のアラドが、地形的という表現が正しいのか解らないが有利であるはずだ。

しかし、味方の援護もなく、一路との戦いで披露している今、その何時くるのか解らない援護を待ちつつ時間稼ぎをするしか勝つ展開が見込めなかった。

そのうえ、時間稼ぎというのは相手をする全も望むところなのだ。

 

「忌々しい。」

 

 そう愚痴りたくもなろうというものだ。

更に今の全の行動のお陰で、彼の攻撃は回避せずに受けるか、ああして全が船内をめちゃくちゃにする前に攻撃を仕掛けるしか選択肢はない。

この男、ヘラヘラしている割には抜け目がないとアラドは言わざるをえなかった。

 

「そう思うんなら、このまま見逃せば?こっちはそれで構わないんだぜ?お互い、変なプライド抜きにしてさぁ?」

 

「・・・先程と言っている事が矛盾しているが?」

 

 先程までの全は、アラドをブッ飛ばすと息巻いていたはずだ。

今の彼の発言はそれとは矛盾している。

 

「あら、オタク、そっちのがいいの?マゾなの?」

 

 安い挑発だ。

だが、相手の言い分に一理ある分、確かにやりにくい相手であるには相違ない。

 

「「くぅおらぁっ!一路!!」」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべる全を忌々しげに睨んだその瞬間、怒声が響く。

 

「「なぁにチンタラやってんだコラァッ!!トロトロしてんならこの"魎呼"お姉様が全部やっちまうゾ!」」

 

 言わずと知れた半ばキレ気味の魎呼の声だ。

だが、アラドにとっての問題は、その名の方だった。

 

「魎呼だと?!」

 

 今まで冷静に努めていたアラドの表情が驚愕に揺れる。

"伝説の宇宙海賊"の名は伊達ではないのだ。

当然、海賊であるアラド達にもこの名の威光は届く。

 

「偽物だと思うか?はてさて、伊達や酔狂で名乗れる名前かねぇ?」

 

 わざわざ偽物であるかも知れないと全は言う。

これが揺さぶりなのか否かは測りかねる。

 

「あ、ついで言うと、オレ、演習中で抜け出して来てんだわ。下手したらオレもアンタも"不幸な事に出くわす"かもな。いや、こっちはマジな、マジ。」

 

 流石にこれはトドメになった。

全は最初に自分の所属する艦隊を述べている。

その艦隊といえば、あの樹雷の鬼姫、対海賊船の最終殲滅艦【水鏡】が旗艦だ。

 

「とっ、トリプルゼット・・・。」

 

 完全殲滅コード、それがトリプルゼットだ。

これにはアラドも嫌な汗が出てくる。

 

「駆け引きにもなんねぇけどな。」

 

 正直なところ、当の本人が現れた日には、全自身も被害を被るのは目に見えている。

鬼姫こと瀬戸に睨まれたら、『あら、不幸ね。』だけでは済むはずがない。

尻の毛まで全部抜かれてしまう。

今まで被害を受けた者達の末路を見れば明白だ。

 

「・・・そ、それまでにオマエ達を人質にとれば・・・。」

 

「あ゛?出来んのかよ?まぁ、人質をとったところで、十把一絡げで巻き込まれて、ボンッ、だろうな。というか、それ以上言ってくれるなよ。互いに三下感丸出しになる。」

 

 それくらいの覚悟をしなければならないのだから、天を仰ごうというものだ。

 

「だから、正直駆け引きもあったもんじゃないよなぁって、オレも思う。」

 

 言っている全だって、もしそんな事になったら泣きたくもなるが使えるカードはブラフでも何でもいいから使いたい。

実際、全は瀬戸がこちらに向かって来ている事は知らないのだから、幸というべきか不幸というべきか・・・。

 

「でも、ま、大丈夫だ。いっちーは甘いがオレはそうじゃねぇ。きちんと"再戦"の約束くらいしてやるよ。」

 

 オマエはオレの獲物。

全はそう宣言する。

一路の事だ、灯華さえ救えれば後の事はどうでもいいのだろう。

勿論、目的は達成出来たのだから、それでいい。

問題は相手がそんな理屈など通用しない、面子と体裁を気にする輩だという事だ。

恐らくは、今後どんな手を使っても一路を抹殺しようとするだろう。

拳を交えればそれがよく解る。

 

「ま、オレとしてはだ、ここで最後まで()り合ってもいいんだが?」

 

 決断くらいは相手に委ねてやろうと、全は笑う。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第132縁:2度あるコトは何度だってある。

これでこの章は最後です。
次回からそろそろ風呂敷を畳み始めようかと思います。
・・・できるのか?


「・・・ぁ?」

 

 またコレだ。

一体見知らぬ天井との遭遇は何回目になるだろう。

相変わらず記憶が曖昧なのだが。

もういい加減情けなく思う事もなく、呆れて苦笑する事も出来ない程のレベルに到達してしまった。

 

「あ、起きた?」

 

 ふと自分が意識を失う寸前に聞いたような声が聞こえて顔を向ける。

 

 

「キミ、面白いね。まさか立ったまま気絶するとは思わなかったよ。」

 

 ふんわりとした髪を揺らしながら・・・そういえば"彼"でいいんだよな?と思いつつ柔和な笑みをしている彼を見る。

どうやら、自分は魎呼の激励の後、立ったままで気絶してしまったらしい。

 

「ぜ・・・ん・・・。」

 

 全は?灯華はどうなった?と声に出そうとしたが出ない。

それどころか身体に力が入らない。

 

「まだ麻酔が効いてるから動かないで。ごめんね、ウチ、ショボい治療設備しかなくて未だに普通に麻酔使ったりするんだよね。」

 

 やっぱり少年だよな?とマジマジと見ながら、それよりも聞きたい事が聞けない事の方がもどかしかった。

どうにかしてコミュニケーションを取れないだろうか。

 

「あ、ちなみに艦長なら元気だよ。殺しても死なないから、アレ。」

 

 アレ呼ばわりしつつ彼こと晶は、自分とは反対側を指さすのを目線だけ動かして、そこでようやく一路は安堵した。

 

「殺したって死なないって、オマエね。オレ、これでも艦長、一応上司なんだけど?」

 

「そこで、"これでも"とか"一応"とかつけちゃうのが全らしいよね、うんうん。」

 

 そう言って屈託なく笑う晶を見て、そういえば全と仲が良いんだなと思う。

随分と遠慮というものがない。

 

「まぁいいや。ここはオレ様の船の中だ。勿論、"委員長"のヤツも無事だぜ。あっちの船に回収されてる。友達も全員一緒だ。」

 

 委員長。

実際はそんなに時間が経っているわけでもないのに、全の口から出たフレーズが酷く懐かしく感じた。

あっちの船とは続く全の言葉の内容からして、自分達が乗ってきた船の事だろう。

どうやら無事に帰って来られたようで心底ほっとする。

 

「全く、いつからそんなに男前になったんだ?んー?」

 

 茶化すように笑う全に、一路はふと違和感を覚えた。

 

「ぜん・・・どした、の?」

 

 少しばかり麻酔が抜けてきたのか、声をさっきよりも絞り出せた。

 

「ん?あ、まぁ、色んな人間に助けを借りたとはいえだ、目的を達せられたのはいい事なんだが、な。」

 

 そういえば気絶する前に魎呼の声を聞いたはずだ。

魎呼が来たという事は、恐らく鷲羽も助けてくれたという事だろう。

 

「ちょっとてんこ盛りに盛り過ぎなんじゃね?」

 

「?」

 

 何の事だろう?

首を傾げる。

何度も説明をする事になるが、一路は魎呼が宇宙海賊であった事を知らない。

彼にしてみれば、今し方戦っていた者達と魎呼が同様の存在であるとは想像もつかない。

鷲羽にしたって功績記念館での鷲羽の姿は知っているが、被害者達の存在は知らぬというか、知らぬが仏なのである。

 

「魎呼さんの宇宙船はまだ解るとして、何だ?あのデッカい宇宙船。巫薙さんとか言ったか?」

 

「はひ?」

 

「何か、『義によって助太刀致す!』とか何とか暴れまわってたし、ほんでもってトドメは瀬戸様の水鏡。何?何のお祭り騒ぎなん?」

 

 水鏡?何それ?どういう事?

そう聞きたくとも声にならない。

以下、音声のみで簡単に説明するとこうである。

 

『あ、巫薙!てめ、何美味しいトコ持ってこうとしてんだよ!』

 

『そんなつもりはありません。私はどちらかというと弥七というか、そういう裏で動く役が好みですので。』

 

『それが美味しいって言ってんだよ!どけっ、アタシがやる!』

 

『あ、ズルいです!私だってちょっとくらいは!』

 

『へっへ~ん、こういうのは早い者勝ちだ!』

 

『たかが2隻の海賊船にアンタ達張り切り過ぎじゃぁなぁい?』

 

『うわっ、出やがったな鬼ババ。』

 

『誰が鬼ババよ。全員まとめてZZZブチカマすわよ?』

 

『どうしてこう暴力で解決しようとするのかしら、野蛮です。』

 

『人のコト言えないでしょうに。』

 

『あ゛ーっ!もうめんどくせぇっ!しゃらくせぇっ!魎皇鬼やっちまえ!』

 

 誰が誰だというのは、最重要機密扱いなので、伏せておくことにするが・・・。

 

「まさか、本当に来るとはねぇ。」

 

 全が先程見た悲惨な光景を思い出しながら、ぽんっと一路の腹に何かを置く。

 

「大事なんだろ、ソレ。ずっと握り締めてたもんな。」

 

 置かれたのはひと振りの木刀、その成れの果て・・・中程からぽっきりと折れたそれは握り手の部分がうっすらと朱色がかっている。

 

(?・・・こんな色合いだったっけ?)

 

 一路は木刀の風合いが違うような気がして、再び首を傾げる。

 

「でな、いっちー、こっからが本題なんだけどな?」

 

「ん?」

 

 急にしおらしく、神妙な顔つきになる全。

これはあれだ、良くない事が起きるパターンだとすぐに解った。

 

「悪いが、これからオレ等は"樹雷"に行く事になる。」

 

(樹雷?)

 

「オレだってよ、色々と準備してたんだぜ?いっちーと委員長をこっそり地球に"捨てて"来るにはどうしたらいいかってよぉ、それなのにそれなのに、こんなのってあんまりだ!」

 

 天を仰いで万歳と両手を上げる全の姿は滑稽というしかない。

 

「流石に瀬戸様の水鏡、しかも聖衛艦隊までついて来ちゃったしね、こっそりもなにも蟻の子一匹すら逃げ場がないよ。」

 

 つまり、全としては何事もなかったかのように秘密裏に処理しようとしていたのだ。

捨てるという言葉にそこはかとなくアレな感じがするが、確かに地球に逃げ込んでしまえば、建前上であれ不可侵。

一路が考えていたのと同じような事を全も考えていたのだ。

 

「すまん・・・本当にこればっかりはオレじゃどうにもできん。」

 

「・・・・・・ありがと。」

 

 それでもだ。

助けてもらったのは事実だ。

麻酔のせいで礼以外の感謝の言葉を紡げないのがもどかしい。

いいだろう、樹雷でも何でも行ってやる。

そう腹を括るしかない。

 

「もしかしたら、オレはいっちーを余計に追い込む事になったのかも知れない。」

 

 全はちらりと一路の手元の木刀に視線を移す。

 

(瀬戸様はオレの艦を追ってきたんじゃない・・・恐らくきっと・・・。)

 

「だいじょうぶ。」

 

「いっちー・・・勿論、オレも樹雷までこの船で一緒に行くからな?あっちの船にも悪いが一緒に来てもらう事になると思う。これはオレから伝えておくから。」

 

 そう言うだけが精一杯だった。

 

 




次回!樹雷編!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一路、樹雷。
第133縁:思えば遠くに来たもんだ。


恒例の章間一ヶ月のお休みをいただきましての再開、新章でございます。
よろしくお願いします。


 飾り付け前のデカいクリスマスツリー。

樹雷という星に初めてきた一路がまず抱いた印象がそれだ。

この星はその1本の樹、【天樹】そのものといって過言ではない。

なにしろ、建物の全てはその天樹を素材に使っているのだから。

特に皇宮は生きたままの樹をそのまま使っているというのだから驚きである。

 

「天樹か・・・。」

 

 樹雷に着いて早々に案内された一室で、一路は一人呟く。

 

『いいか?瀬戸様、あの鬼ババア相手にだけは一切の弱みも妥協も見せるなよ?』

 

 別れ際の短い間に全に言われたのはそれだけだった。

そもそも、今の自分がどういう待遇・扱いでここにいるのかも解らない。

ただ早く皆と合流してさっさと帰りたいというのが本音だ。

 

「そういえば、出だしも木だったなぁ。」

 

 全ての出会いは、柾木神社の御神木に触れようとしたところから始まった。

そう思うと、自分の人生は随分と賑やかになったものだとも思う。

果てにはこんな所まで来て・・・前言撤回、賑やかどころの騒ぎではない。

 

「誰?」

 

 ふと、気配を感じて声をあげる。

頼りない状態になってしまったが、折れた木刀をすぐさま握り締めた。

気配はかなりの数だ。

 

「いやぁ、すまんすまん。驚かせてしまった。しかし、それにしてもよく気づいたものだ。」

 

 体格の良い男が柔和な笑みを浮かべてノックもせずに部屋に入って来るのを見て、一路は首を傾げる。

 

「一体、どんな人物なのかと気になってしまってな。気になると、どうにも確かめずにはいられん性分なの・・・だ?ん?どうかしたのかい?」

 

 訝しげに自分を迎えた一路の様子を気にかけてか、男は心配そうに眉を顰める。

 

「あ、あの、お一人ですか?」

 

「ん?あぁ、外の扉には衛兵が二人立ってはいるが、自分一人だ。」

 

 おかしい。

一路の感じた気配は3人どころではなかったし、もっと沢山の、そして不躾でまるで自分を監視しているようなそんな・・・。

 

「・・・そうですか。」

 

 確かにそんな風に感じたのだが、今のやりとりのうちに消えてしまっていた。

 

(気のせいかな・・・まだ緊張と疲れが取れてないのかも。)

 

「ふぅむ。見れば見る程普通の少年じゃないか。」

 

 一路を上から下まで眺める男の視線も観察している事には変わりないのだが・・・。

 

 

「いや、すまん。あの鬼ババアと全が気にする程の人物がどんなものかと思ってね。いや、誠にすまん。」

 

「いえ、僕は普通の人間ですよ。だから全に助けてもらう事になっちゃって。全はどうしてますか?僕の仲間は?」

 

 相手の名を尋ねるよりも先にその言葉が口に出た。

それを聞いた男は、きょとんとした表情で固まるのを見て、一路の不安が募る。

 

「・・・なんと・・・普通の反応。しばらくぶりな感じがしてしまうところが、毒されている気がしてしまう。あ、全は多少の懲罰があるが大丈夫。お仲間はこちらで賓客待遇で扱っているから問題ない。」

 

「良かった。」

 

 姿を見て確かめたわけではないが、一路はほっと安堵する。

その辺りの一路の反応を見た男の表情も微妙だったが、一路としては相手の言葉は信用出来る気がしたのだ。

 

「俺の名前は平田 兼光。全の上司にあたる。君は?」

 

「檜山・A・一路です。」

 

「すまんが、檜山殿は何故海賊とあんな所に?」

 

 兼光の問いに一路は一瞬で考える。

目の前の男は信用出来るタイプの人間である事は"解る"。

だが、何処まで正直に話していいかというのはまた別で・・・。

 

「・・・海賊に友人が捕まっていて・・・それで、それを助けたくて・・・。」

 

 あれ?もしかして尋問されてる?と思いつつ。

 

「友人?」

 

 兼光が表情を変える事なく淡々と言葉を返すのを見て、やっぱり尋問されてるのかなぁと考えながら一路は言葉を続ける。

 

「そうです。その友人を助けようとしたら、あんな事になって、それで全は僕を助けようとして・・・。」

 

「檜山殿?」

 

「あ、一路でいいです。」

 

「では、一路殿」

 

 殿はいらないのになぁと思ったが、兼光が真剣な眼差しでこちらを見つめてきたので口を噤むしかない。

そこにはうむを言わせぬ、歴戦の強者めいた雰囲気があって・・・。

 

「友人というのは、あの"暗殺者"の事かな?」

 

「え・・・?」

 

「そうならば、彼女は樹雷要人暗殺未遂の容疑で近いうちに"処罰"される。」

 




あぁ、あと私、今日誕生日なんスよ(関係ない)
いや、お祝いの言葉とか、うん、いいのよ、無理しなくても(いい加減にしろ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第134縁:少年の憔悴と樹雷の大人。

『そうならば、彼女は樹雷要人暗殺未遂の容疑で近いうちに"処罰"される。』

 

 兼光からその言葉を聞いた時、一路は頭が真っ白になった。

 

『なんですか、それ・・・。』

 

 随分と間を空けて、そしてかろうじてそう言うのが精一杯だった。

確かに灯華は海賊だ。

でも、それはそうしか生きていく道が他になかったのだ。

 

『我等が樹雷筆頭四家の眷属の暗殺未遂という事だな。』

 

 未遂だろうと殺意を以て行動すれば、地球でだって処罰される。

それは一路にも解る。

だが、あの時の最大の被害者は自分だったのだ。

自分は気にしてないとは言い切れないが、少なくとも灯華をどうこうしようという気持ちはない。

 

『それは・・・重い罪なんでしょうか?』

 

 一瞬、嘆願をする為に、自分もその席に同席させて欲しいという言葉を飲み込んでなんとか耐える。

 

『重罪かと言われたらばだが、今の樹雷には死刑というモノは存在しない。命まで取られる事はないさ。ただ・・・君とは"2度と"会えなくなる可能性はある。』

 

 冗談ではない!

彼女に会いたくて、その手に自分達との日常を得る為に、連れ戻す為にここまで来たのだ!

そう憤ったとしても、今の自分では何も出来なかった。

 

「はぁ・・・。」

 

 そんなやり取りを今一度思い出して溜め息をつく。

一通り、灯華を含めた自分達のこれからの予定を連絡事項として説明された一路は手持ちぶたさになって、部屋を出ていた。

ぶらりと歩いてテラスのような所に出た瞬間だった。

ゾワリと自分を"監視するような視線"増す。

確固たる視線というわけではない、濃密な空気のような・・・。

その居心地の悪さに辺りを見回すのだが、それが何処からのモノなのか全く把握出来ない。

 

「これ、そこのお若いの。」

 

 夢遊病者のようにフラフラと歩き辺りをキョロキョロと見回す一路にかけられる声。

その声と共に、濃密な視線は霧散していた。

 

「何か面妖な輩にでも取り憑かれたかな?」

 

 見知らぬ男性がいる。

といっても、初めて樹雷に来た一路にとっては大抵が見慣れぬ者なのだが。

全と兼光、そして同級生の顔が浮かぶ。

今にしてみれば、彼の考えはある意味で樹雷に今も残る考えのひとつの側面ではないだろうか?と気づく。

勿論、"ひとつの"というところを強調したくはあるが。

 

「少年?」

 

「あ、はい、すみません。ちょっと考え事を、と、その、樹雷に来たのは初めてだったもので・・・。」

 

「ほほぅ、どうじゃね?良い国とは言い切れんかも知れんが、悪い国でもなかろう?」

 

 良い国ではないと言い切るところに引っかかりを覚える物の言い方だった。

 

「これでも風通しは随分良くなったんじゃながな。」

 

「風通し、ですか?」

 

 それが何をさすのかは一路には解らない。

口髭ともみあげの境界が解らない男性は、好々爺な顔を一路に向けて微笑んでいるだけだ。

 

「そもそも樹雷の樹は争いを好まぬからの。まぁ、今はそういった類いの表面上の争いが、ただ水面下に潜っただけなのかも知れんがの。」

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

 何やら樹雷の実情についてそこそこ詳しそうな人物である。

ここで自分にとって足りない知識を得るには格好の相手ではないだろうか?

そこに至って、一路は思い切って聞いてみる事にした。

 

「この国では、選ぶ自由すらなかった事でも全ての責任を負わなければならないんでしょうか?」

 

「ふむ?」

 

 一路の明らかに急過ぎる問いにその男は、はて?と首を傾げるのだった。

 

 




例の言い訳と告知を活動報告に追加しました。
というか、言い訳多くね?自分。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第135縁:微かなる展望。

「なるほどのォ。」

 

 それからの一路は堰を切ったように喋り続けた。

アカデミーで出来た友達の事、他の同級生からの謂なき言葉。

灯華との出会い、その結末。

きちんと順序立てて客観的に話せたかどうかも解らない。

しかし、そんな一路の支離滅裂ともいえる言葉を、男はふむ。とかほぅ。とかと時に相槌を打ちつつ聞いてくれた。

 

「一度法を犯してしまった人は、たとえ未遂だったとしても、他に選ぶ道がなかったとしても、やり直しはきかないのでしょうか?抜け出すという思考を奪われても、周りの大人達がそれしか教えてこなかったとしても・・・。」

 

 社会通念と同じだ。

国家主義の様相が変われば、社会的な常識も変わる。

革命というものは、他の社会、或いは他の者と比較する事から起こる事が多い。

格差からの不満だとかがいい例だ。

しかし、その差異すらも、違和感すらも感じる事が出来ないのでは土台そのものが変わってくる。

 事実、一路がそうだった。

一路はこれまで宇宙に出る事は勿論なかった。

それはほぼ全ての地球人類がともいえるが、そんな地球と宇宙の一番の差異といえば、真空、無重力だ。

天と地がある事が人の不自由の始まりとは、何の読み物の一節だったかは一路には思い出せないが、それを違和感と思わなければこれ程有効なスペースはないともいえる。

人の感覚で言うならば、味覚が一番説明しやすいだろう。

美食家だか至高のメニューだかなんだか知らないが、高級であるとか美味であるという事を知らねば、質素な食事でも満足出来るし、美味いと十分思える。

極端な話、錠剤でも構わないはずだ。

 

「難しい、と言わざるを得んな。人には言葉と文字がある。知識を記憶を伝えるという技術を持ってしまった。」

 

 それがまるで聖書で言うところの原罪であるかのように。

 

「連綿と伝え継がれてしまえば、それはなかなかに変える事は出来ん。たとえ頭で解ってはいても、それが当然になる。」

 

 先入観のない一路にはそういった拒否感はない方なのだ。

そもそも日本人は、保守的な閉鎖感はあれど、流入・混在にようる抵抗感は少ない。

自分達が被害さえ受けなかれば、倫理的な問題が発生しない限り"アリ"なのだ。

 

「・・・彼等が一体何をしたというのでしょうか?僕の"友人達"は何ら僕等を傷つけようとした事なんてないのに。」

 

 土台から分かり合えないわけではないはずだ。

だからこそそれが悲しい。

 

「それは何故争いが無くならないのか?と問う事と同じじゃな。」

 

「そんな・・・・・・。」

 

 それでは"変わる"事すら許されないではないか。

 

「・・・・・・人は、子供は、親を選べません。」

 

「ん?」

 

「でも、生きているうちに自分の親と他の家の親との違いを理解します。それを学ぶ機会もないというなら僕はそんな世界を不幸だと呪うだろうし、そんな生に社会に何の意味があるんだろうって思います。僕のこの考えすらも間違っているでしょうか?取るに足らない子供の喚きでしょうか?」

 

「ほぅ。」

 

 男が顔を綻ばして応える。

その表情にどんな意味があるのか解らないが、今の一路にはなんとなく何かが見えて来たような気がしていた。

自分のしたい事が漠然と。

 

「いいんではないかの?」

 

「は?」

 

「親は親、子は子、全く違う人間という事じゃな?少なくともワシは"アレ"の思い通りなんぞ生きなくて良いと思っとるしな。」

 

「アレ?」

 

 予想外かつ、よく意味の解らない男の言葉に一路は驚き、首を傾げる。

 

「そもそも法などというのは、国を動かす為の効率と為政者の都合とメンツで出来とるようなもんじゃ。それにアレが好き勝手するのは何時もの事だ。」

 

「だから、アレって・・・?」

 

「まぁ、何というか、クソババアじゃな。」

 

 またクソババアなる単語だと思った。

一体誰の事を言っているのだろう?

 

「山田西南殿といい、君といい、長生きするもんじゃなァ。」

 

「はぃ?」

 

「若者はこうでなければいかん。でなければ国は衰える。国の発展が可能性の排除と同意義になるようじゃいかんという話じゃよ。」

 

「おーい、いっちー。」

 

「全?」

 

 一路を呼ぶ全の声が微かに聞こえる。

 

「全!こっち!」

 

 自分を呼ぶ声に応えると、回廊の向こうからすぐさま全が顔を出してきた。

 

「なんだって、こんな建物の端の方にいんだよ。」

 

 ブツクサと呟きながら歩み寄って来る全の様子に一路は苦笑する。

 

「気晴らしだよ。ちょうどそこでこのおじいさんに・・・あれ?」

 

 名前すら聞いていなかった男性に全を紹介しようとした一路だが、そこには既に誰もいなかった。

 

「なんか・・・仙人みたいな人だったなぁ。」

 

「で、何だって?」

 

「あ、うん、その、あのね・・・。」

 

 




満を持してのババア引きw
一体誰の事なんでしょうねぇ(白々しい)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第136縁:国のカタチ、人のカタチ。

GWなんてものはなく、気づいたら一週間飛んでいた・・・キング・くりむぞ・・・

なんでもないです、では続きをどうぞ。


「まぁ、そりゃそうだろうなぁ。」

 

 全は近場の手すりに背を預けて苦笑する。

 

「生まれた国が違えば文化が違う。文化が違えば考え方も常識すらも変わる。そうやって溶け込めなかったりする異質なモノが弾かれる。」

 

 一路が今までどうしても無視する事の出来なかった違和感を話すとそんな答えが返ってきた。

 

「そんなものなのかなぁ?それだけであんな拒否感とか嫌悪感って出てこない気がするんだけど・・・。」

 

 脳裏に浮かぶのは、当然アカデミーにいた樹雷出身の面々だ。

 

「いっちーは授業で習ったと思うけどさ、元々、この銀河に今住んでいる、まぁ、樹雷も元を正せばだけど、宇宙開拓民だろ?」

 

 確か、そうだったと頷く。

それ以前に住んでいた者達は、各地にその足跡を残してはいるが、よくはっきりとしていないという事も。

朱螺凪耶はそういう方面の調査をよくしていたのを思い出す。

 

「もし、宇宙を漂流している時に裏切り者がいるって解ったらどうなるよ?」

 

 そんな事は一路にだって一々想像しなくても解る。

地球にだってそのテの映画・ドラマなんて溢れる程になるのだ。

 

「それは、大パニックだね。」

 

「そ。たった一人だったとしても自爆覚悟で船体にバカスカ穴を開けちまえば大惨事だし、それが生命維持装置だったら、あっという間にオシマイだ。」

 

 握った手を上に向け開き、ボンッと呟く。

 

「そう考えると、血族的或いは、家族的な結束のが信頼度が高くて、重要だってハナシ、解るべ?」

 

 異分子の混入は死に直結する。

根底にそういうった心理的背景があったからこそ、今の現状が出来上がってきたのだろうか?

 

「でもさ、だからって最初からそれ以外の人に攻撃的になったり、威圧的に振舞ったりしていいって事にならないじゃない。」

 

「・・・いっちー、何怒ってんだよ?」

 

「怒ってる?僕が?」

 

「違うのか?」

 

 全の言う通り、自分が怒っているのだろうか?

自分がここに至るまでの事を考え直してみる。

 

「怒っているってのより、悔しいのかなぁ。だってさ、こんなに凄いんだよ?宇宙を自在に飛び回って何処にだって行けて、僕等よりも遥かに長い寿命を持っていて・・・僕達に出来ない事、行けないトコへ・・・なんだって出来そうなのに。」

 

「この銀河にだけ拘る必要もないのに、まぁ、やっている事は地球人とたいして変らねぇレベルの低脳さに、か?そうだよなぁ、確かにちっちぇよなぁ。樹雷1つとったってエネルギー問題とか、環境問題とか皆無だしなぁ。」

 

 自分達の境遇、社会問題はさておき、一路の文明レベルからすれば遙か上の神の領域に近い。

まさに次元が違う。

 

「・・・ん~、いっちーは少し俺達の事を理想、美化し過ぎなトコあんじゃね?」

 

 そういった側面は確かにあるのかも知れないが、今はそういう事を言いたいのではなくて・・・。

 

「隣の銀河にゃ、"レンザ"っていうのもいるし、厳かな宗教団体様ってのもいるしなあ。なんつーか、規模がデカくなっただけで、何処もたいして変わんないのな。」

 

「う~ん・・・。」

 

 そう言われると身も蓋もない。

 

「どした?」

 

「結局、この銀河の国ってなんなんだろ?全が言った血族的な結束社会?結束だけが至上なのかな?」

 

 全は自分の思考をまとめながらも、言いたい事を何とか口に出そうと悪戦苦闘している一路の言葉を待つ。

今、この友人はとても大事な岐路に立とうとしている。

その考えを手助けするよな情報、参考数値的なものならば出せるが、考えを捻じ曲げてしまうような先入観を植え付けてはいけないと感じたからだ。

 

「僕が全の言う通り、変な理想を押し付けてて、美化しているのは解る気がする。多分、それだけ僕が子供だって事なんだろうけど・・・・。他の人間を許容しづらい環境だったってのも解るけどさ・・・そんなのは解ろうする努力をしてからだと思うんだ。はなから信用しないで切り捨てるっていうのもさ・・・。」

 

 国というカタチを持つ以上は、自分達を守るのに取らなければならぬ手段だとか態度あるだろう。

思っているよりも外交とは難しいという事も理解出来る。

 

「ねぇ、全?そんな国に"価値"ってあるのかな?」

 

 あぁ、と全は心の中で溜め息をつく。

一路は"そういう方向"で来たのか、と。

自分達も一度は通った道ではあったが、結局はその社会の中でのし上がる方向になった。

それはある意味で長いモノに巻かれたというカタチになったから。

 

「僕は"そんな国ならいらない"。う~ん・・・何か話がズレまくった気がするけど。」

 

「ズレてなんかないぜ?いっちーは今、超大事な事を言った。じゃあ・・・。」

 

 とんっと全は一路の胸元を叩く。

そろそろ自分も変わらなければいけないのかもなと思いながら。

 

「いっちーはどうしたいんだ?」

 

 後に全は思う。

自分の言った事に後悔するような点はなかったが、自分が思っているよりも遥かにこの地球の友人、檜山・A・一路は純粋過ぎたのだと・・・。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第137縁:男の成長は反抗期から始まる?

『じゃあ・・・いっちーはどうしたいんだ?』

 

 自分の内情を吐露して、最後に全にそう聞かれた時、やっぱり自分は青二才で反抗期の真っ只中なのだと一路は思った。

それでも、自分の内情を吐露出来る事になったという点は、地球の東京にいた時に比べれば成長しているのだが。

ただ、でなければ、そう考えなければ今の現実をうまく飲み込めないからだ。

 

「どうした一路殿?口に合わないか?概ね樹雷の料理は受け入れられやすい味付けなのだが。」

 

 隣の席に座る兼光が問う。

確かに目の前にずらりと並べられた料理は地球の和食に近い。

というより、まんま和食に見える。

だが・・・。

 

「いや、そうじゃなくて・・・なんでこんな宴会に・・・。」

 

 現在、宴会の会場の真っ只中にいて、一路は次々と料理を勧められている。

勿論、近くの席にはプー達もいて、喜々として料理を食べているのだが。

別に緊張感や危機感が抜けているというわけではないだろう・・・恐らく、いや、そう思いたい。

ただ、一路の頭では処理しきれない事態、こんな事をしている場合なのだろうかという拒否感とか云々を、一言で強制的、そりゃもう無理矢理まとめようとすると、反抗期と解釈した方が平静でいられ・・・いられてはいない気もするが。

 

「樹雷としては、眷属の命の危機を身を挺して救った者へのささやかな礼の宴といったところだな。」

 

「ささやかですか?」

 

 生演奏のBGMに豪華な料理、それをとっても一路の感覚ではささやかとは言えない。

もっとも料理にしてみれば、完全な時間凍結で保存していたものを、地球人の感覚で言えばレンジでチンしたレベルなのでそれほどの事でもない。

ただ、そんな事も知らない一路からしてみれば、この光景はただ呆れる。

これが一路のした事に対してという事ならば尚更だ。

 

「というのは建前で。」

 

「建前?あんまり好きになれないです。」

 

 反抗期が一路の口からそんな言葉を出させる。

兼光としては、そんな一路の"ある意味で"常識的なところが好感が持てる。

そういえば、西南殿も終始畏まったままだったなと懐かしくも思ったのだが。

 

「半分はメンツだ。ここで君を歓待しなければ何と度量の低い、となりかねん。もう半分は青田買いといったところか。」

 

 少なくとも、"あのババア"のやり方を兼光は十二分に知っている。

 

「ますます楽しめないです。」

 

 今時、海賊に単騎で突っ込んでゆく若者は珍しい。

寿命の長い彼等にとって、一路のような気骨溢れる若者は、戦士の卵としても大歓迎なのだ。

樹雷の軍にスカウトするしないとは別に、他の家、筆頭四家と言わずとも、眷属の何処かの家の者が身内に抱えたいと考えるやも知れない。

 

「宴の規模に関しては、今の樹雷がかつてない好景気だとか諸々あるが、とりあずタダ飯なんだ、食べておいて損はないぞ。ご友人達のようにな。」

 

 好感しか感じない兼光にまでそう勧められては口をつけないわけにもいかず、近くの杯を取って口をつける。

爽やかな果実の味が口の中に広がって・・・?

 

「ちょっ、これ、アルコール入ってません?!」

 

 全く飲めないタイプとは言わないが、どちらかといえば苦手な一路が呻き声をあげる。

 

「この程度、問題ないさ。」

 

 あぁ、そういえばこちらでは十六歳が元服、成人年齢なのを思い出した。

だが、GPでは18、地球人の一路にとてはお酒はあくまでもハタチから、未成年の飲酒は・・・以下、略。

 

(大体、僕は今とてもそんな気にはなれないし・・・。)

 

 捕らえられた灯華の事、全と話した事、そしてこの星の何処かにいるだろう芽衣の事、考える事はてんこ盛りだ。

 

「そういえば・・・全は?」

 

「さぁ?アイツは昔からむらっ気があるからな。とはいえ、当事者でもあるから何処かにいるはずだ。」

 

 そう言われても心配になる。

宴が始まって時間が経てば経つほど、自分を見る周りの視線が増えている気がする。

いや、増えている。

この星に着いた時から感じる視線も一緒だ。

上から下まで吟味されるような・・・。

 

「・・・嫌だな、この視線。」

 

「気にするな。」

 

 視線の密度といえばいいのか、どんどんと濃厚になってゆくその質が、一路の中で何かをこみ上げさせてくる。

酔いも手伝っているのだろうか?

一口、二口飲んだ程度なのに。

大体、何だこの視線は。

あまりにも無遠慮で失礼ではないか。

そう考えると気持ちが荒ぶる。

大人のメンツとか事情なんて一路にとっては知った事ではないのに。

 

「お、舞いが始まるぞ。」

 

 煌びやかな刺繍が施された服を着た仮面の一団が現れ、並ぶ。

片手には木刀。

木刀といっても、握りの部分に服と同様の美しい布が巻かれ、柄頭からは極彩色の紐房が垂れていた。

一団が礼をすると、今まで流れいたBGMが変わる。

 

「あれ?」

 

 始まった舞いの流れを見ると、どうにも既視感が募る。

 

「あれは樹雷特有の剣舞だ。闘士の基本の型もあれを元にしている。ほら。」

 

 兼光が指をさすと、数人が飛び入りで舞いに参加し始めた。

最初に現れた一団とは違う型だが、共通点がないわけではない。

成程、後から入った一団が闘士達なのだろう。

 

「宴の席だ、多少の無礼講は許して欲しい。なんなら一路殿も飛び入り参加してもいいんだぞ?・・・なんて、な。って、オイ?!」

 

 すくっと立ち上がる一路に冗談めかしていた兼光は驚きの声を上げる。

その手には折れた木刀。

 

「・・・踊ってきます。」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編:あなたと私の縁。

 何時もの喧騒を終えて、各々が各々の時間を過ごす中、彼女はそこにいた。

池とは言えない規模の大きさの人工の湖面、そこにせり出した縁側に一人座り夜空を見上げている。

今日は雲ひとつない夜空で、山の上にある空気の澄んだこの場所では沢山の星の瞬きを見る事が出来た。

 

「どうしたの?」

 

 一人で夜空を見上げていた彼女に青年は背後から声をかけた。

 

「お星様を見てました。」

 

「星?」

 

 青年は彼女の言葉に自分も夜空を見上げる。

 

「綺麗ですね~。お星様って下を向いていたら絶対見られないんですよぉ、知ってました?」

 

 何を当たり前の事をと思うかも知れないが、彼女は至極当然にかつ、真面目にそれを言ってのける。

 

「そうだね。星を見る為には、どんなに落ち込んでても上を向かなきゃね。」

 

 青年はそう微笑みながら、彼女の横に腰を落とす。

果たして、彼女の発言にそんな哲学的な意味合いがあったかは、普段の彼女の言動からしてみれば甚だ疑問ではある。

しかし、それで会話が成立しているのだから、そんな事は些細な問題なのだ。

 

「私もぉ、あんな風に綺麗に輝けるのかしら?」

 

「ん?あぁ、美しい星って書いて美星さんだものね。」

 

 美星は青年の、柾木 天地の言葉に微笑む。

 

「今見てるお星様の光って、ずぅ~っとずぅ~っと何万光年昔のモノなんですよぉ。ずぅ~っと昔から光ってて、ずぅ~っと昔からそこにあるんです。凄いですねぇ~?」

 

 そんな何万光年離れた場所へもひとっ飛びの船を持っている者の発言とは思えない。

行こうと思えば、その星がある所まで彼女は行けるのだから。

 

「俺には凄過ぎて想像がつかないや。」

 

 それこそ、彼はその星すらも自分で創造する事だって出来るのだが。

実際やってみるかはまた別の話ではある。

 

「昔の人は、亡くなったら天に昇ってお星様になるって言うケド、私にはあんな風に輝けるかどうか不安になっちゃいますねぇ。」

 

「そういえば、俺も子供の頃、そういう話を親父に聞かされた事あったなぁ。この星の何処かに母さんがいるんだぞって、オマエを見てるんだって。まぁ、今じゃ姉さんがあの宇宙の向こうにいるっていうんだから・・・。」

 

 こんなに綺麗な星を年頃の男女二人で見ているというのに、いやはや何ともロマンティックの欠片もない話題だ。

だが、これが美星のイイトコロなのだ。

この空気とか、自然体なところが。

 

「今じゃ、死んだ魂はアストラルの海に溶けていくって解ってるけどぉ~、こっちのがステキですね♪」

 

「そぅ?」

 

「はい♪こっちの方がロマンチックでステキですぅ。そうしたら何時でも何時までも天地さんを眺めていられますから~、きゃっ♪」

 

 いやんいやん、私ったら~と顔を抑えて首を振る美星に天地は苦笑する。

 

「もし・・・。」

 

「ん?」

 

 美星は動きを唐突に止め、だが顔を覆ったまま言葉を続ける。

 

「もし、私が大祖父様みたいに星になったら、天地さんは私の事を忘れないでくれますよね・・・。」

 

 ぽつりと彼女は、それまでとうって変わって静かに、そして小さな声で呟く。

その姿の、その儚さに、天地の力の影響で美星も不老化しているとは口が裂けても言えない。

 

「俺は鷲羽ちゃんみたく、うまく説明出来ないけど・・・成長とかって意味じゃなくてさ、人って何年経っても変わらないんじゃないかなって俺は思うんだ。良くも悪くも。生まれ変わりがあるとかなんとかってのも解らないけれど・・・何時でも何処でも同じような顔、同じような存在ってのがあるんだと思う。」

 

 人の魂はいずれアストラルの海に溶けていく。

だが、アストラルの海にもネットワークがあって、記憶だとか姿形とかは全くの別モノだが、固有のアストラルパターンをそのまま引き継ぐように持って生まれる人間は確かに存在する。

時に特異点と呼ばれたり、生まれ変わりと呼ばれたり、高位次元体と呼ばれたり。

天地がそれを知っているわけではない。

ないが、その言葉はある意味でこの世界、次元の真理を掠めていた。

 

「俺は皆が、この家族が好きだ。だから、きっと生まれ変わっても探すんだと思うな・・・それに・・・。」

 

「あ・・・。」

 

 天地が顔を覆っていた美星の手を握って、そっと彼女の顔から引き離す。

手を握ったまま、美星を見つめて・・・。

 

「何年、何百年、何万年たっても、人の心に残り続けるモノって絶対あると思う。だから、絶対に忘れないし、絶対に見つけられるんだって、俺は信じてるよ。」

 

 にっこりと微笑む。

微笑み合う。

きっと天地ならばそれが出来る。

超次元生命体に覚醒したからとかそういう意味ではない。

要は信じ合える絆がそこに存在するかなのだ。

 

「さ、冷えて来たし、家の中に入ろう?」

 

 握った手を引いて、天地は美星を促して家に戻ってゆく。

 

 

「あ゛~っ!美星ィ!何天地と手ェ繋いでんだよ!!」

 

「何をそんなにニコニコしてるんですの!キィィィィー!」

 

「魎呼お姉ちゃんも阿重霞お姉ちゃんも落ち着いてよ~。」

 

「やれやれ、五月蝿いわねぇ、手の1つや2つくらいで。」

 

「ノイケさん、お茶のおかわりを頂けるかね?」

 

「はい、ただいま。皆さん賑やかなのもいいですけれど、程々にしてくださいね。」

 

 

 時が過ぎ、世代が変わり、人がごっそりと入れ替わっても。

 

想いは受け継がれ、残り続ける。

 

ずっとずっと。

 

あなたがいてくれた事は私達のアストラルの中に。

 

 

 

 

【永遠の九羅密 美星こと、水谷 優子さんのご冥福を祈って】

 

 




第四期が決定したというのに・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第138縁:一路の中にある樹雷。

 反抗期も手伝って・・・と言えば言い訳になるだろうか?

そんな事を考えながら、踊りの集団の輪に加わる。

正直、宴にもう興味はなかった。

どうでもいいとさえ思う。

自分はただ、自分のやりたい事をやってきただけだ。

それは昔の自分からしてみれば考えられない程の我が儘で、そしてここまでやって来られたのは、我が儘を我が儘と知りつつも許容してくれた人達がいたから。

 

(我が儘か・・・僕の宇宙に出てからは、全部それだけなのかな・・・?)

 

 悔しさは確かにある。

全の言うとおり、美化したり、理想を押し付けたり、怒りもあった。

でも、それだけでその一言だけで片付けて、飲み込んだ事にしてよいものだったろうか?

思考が鈍った時、モヤモヤした時にこの剣舞だけは自分の中にあって、こなしてきた。

これは自分にとって、生まれ変わる為の儀式の1つなのかも知れない。

 

(懐かしいな・・・。)

 

 何かにつけて行ってきた。

こうしていると天地達、柾木家での温かな光景が思い浮かぶ。

それが自分の背を押してきた。

そういえば、ここはあの阿重霞の故郷だった。

これは元々ここから生まれて、阿重霞と同じように地球に旅してきたのだろうか?

人から人を伝って・・・。

自分と逆の道を巡り巡って・・・。

剣舞を押してえてもらい、照れながら動く天地の動画を見て、見よう見真似でずっと練習してきた。

何かを身につける事は嫌いじゃない。

寧ろ、楽しい。

それは変化するという事だから。

変われるという事は、一路にとって最大の命題なのだ。

だから、GPアカデミーは楽しかった。

たとえ嘘をついた偽りの自分の姿だったとしても。

そのうちに思考がどんどんとクリアになっていき、やがて考える事自体をやめ無心へと至る。

観衆の声や視線も気にならない。

だからといって、何処か一点に集中しているでもなく、逆に広がっているような錯覚に陥る。

溶け込んでいくような・・・。

 

 いつしか周囲の皆が静まり、音楽がやんでいる事にも気にしなくなった。

一通り、教えられた最後まで淡々とそれでいて完璧に舞いきる。

 

「見事だ。まだまだ荒削りだが、基本はしっかりと身についている。」

 

 静まりかえった人々の中でその声はよく通った。

紫紺の長い頭髪に口髭、泰然とした佇まいに威厳を感じるが、力強いその瞳は何処か熱い何かを感じさせる。

皆が礼を取る中、その男はつかつかと一路に歩み寄る。

 

「聞けば樹雷の生まれではないとか。だがどうだ樹雷の生まれの者、いやそれ以上に舞うとは些か驚いたぞ、客人。」

 

 その男は心底驚いたと口では言うが、顔は驚いても笑ってもいない。

 

「ありがとうございます。でも、僕に教えてくれた人達に比べればまだまだなので・・・。」

 

 相手が何処の生まれでも物怖じしない、気にしない。

思った事は、事実は曲げない。

柾木家の人はそんな人達だったのを思い出す。

ふと、一路は理解した気がした。

柾木家の懐の異様に広い、あの寛容さこそ、一路の求めている他種族との共存の在り方の根源なのだと。

だとしたら・・・。

 

「成程。余程良い師なのだろうな。樹雷の外から来た者でも、かく樹雷の様式を持てるというのならば、"王"としては一考せねばらなんな。」

 

「え゛?」

 

 今、何か聞き捨てならない単語が混ざっていなかっただろうか?

そういえば、リーエルの一般教の勉強の時に樹雷について触れた時、なんとなくこんなような顔をした人物を見たような・・・。

記憶を掘り返し、嫌な汗が背中を伝い流れていったところで、その男は悠然と上座の、その一番最上段の席に着き一路を見下ろす。

 

「柾木・阿主沙・樹雷だ。」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第139縁:子が子なら、親は親で・・・。

 一瞬、ほんの一瞬気が遠のきそうになるのをなんとか堪えた。

目の前にいるのが、この銀河の頂点の1つである樹雷皇だという。

一路の中でのいわゆる王様という存在は、こんな風に下々?とかく一般人の前に何の隔たりもなく座っていたりなどしない。

恐らくはなんらかの防衛手段を持って座っているだとは思うが。

 

「この度は、我が樹雷、天木家が眷属をその身を以て救った事、感謝する。ささやかな宴ではあるが、楽しんでくれ。・・・・・・と、樹雷皇としての口上はここまでだ。皆、宴を続けてくれ。で、檜山とやら。」

 

 周囲に目配せし、皆が宴を楽しむ事を再開したのを確認すると、阿主沙はちょいちょいと指で一路を手招きする。

 

「?」

 

 その仕草がまた微妙に王のイメージと合わない。

何かのイタズラを誘いかける子供といったところか。

 

「"時間がない"、早う。」

 

 心なしか焦っているような・・・。

 

「何でしょうか?」

 

 ここで拒否したところで埒があかない、恐る恐る近くに寄る。

 

「お前の舞いの師は誰だ?」

 

「師?師っていう程手とり足とり教えてもらったわけではないですけど、お手本にした人は・・・。」

 

 果たして、これを言ってもいいものだろうかと一路は一瞬考えたが、ここまで来て隠す程でもないかと思う。

大体、目の前にいる人は王様なんだし、と。

 

「人は?」

 

「えと、柾木 天地さんという方と柾木 勝仁さんという方です。」

 

「はぁ~。」

 

 一路の答えを聞いて、樹雷皇は盛大な溜め息をつく。

更に何やら非常に残念な目でこちらを見てきた。

 

「そんな事だろうと思ったわ。全く、門外不出という意味を解っておるのか・・・いや、解っているからやっているのだな、アレは。」

 

 "門外不出"という単語に一路は冷や汗が出る。

確かに柾木神社に伝わる(と一路は勘違いしている)モノなのだから、一族秘伝なのだろう。

しかも、それを自分は今軽々しく披露してしまった。

 

「あ、あの、ここで舞うのはマズかったでしょうか?」

 

 先程の勢いは何処へやら、一路はこれはもしかしてやっちまったのでは?と恐々とし始める。

 

「ん?あぁまで見事に踊りきられてしまっては、どうという事はないだろう。ところで、二人は息災だったか?」

 

「は?いや、はい。あ、そういえば阿重霞さんは樹雷の出身なんですよね、確か皇族の方だとか。阿重霞さんにはアカデミーへの身元保証人やら推薦人やら、あ、それと保護者代理までしてもらって・・・。」

 

 お陰で色々とハチャメチャなハプニングもあったけれど、楽しかったなぁと思わずしみじみと振り返ってしまう。

 

「・・・すまん。」

 

「はい?」

 

 何故、ここで樹雷皇が謝るのだろうか?

一路には全く意味が解らない。

 

「・・・娘だ。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

 ・・・・・・。

 

「すまん、娘なのだ。」

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

 何とも言えない微妙な空気と沈黙。

 

「うぉっほんっ!!」

 

 樹雷皇は一際大きく咳払いをすると、片手を上げて皆の注目を集める。

 

「という事で、諸々の感謝を含め、何か褒美を授けよう。檜山・A・一路、何かこの樹雷皇の裁量の中で望むモノはあるか?」

 

 何がという事なのか一路以外の周りの者達には一切解らないが、とりあえず一路が地球の出身で柾木家の面々と縁があり、それはある意味で樹雷皇にも繋がっていた。

そういう諸々の感謝と、きっと阿主沙の想像に違わぬであろう迷惑をかけた慰謝料込みで何かやるから勘弁しろ。と、こう阿主沙個人として言いたいという解釈で間違いないだろう。

この申し出の答えは、一路にしてみれば簡単なのは言うまでもない。

 

「じゃあ、1つだけ。」

 

「申してみよ。」

 

 樹雷の人間、それもそのトップに物を申せる機会など、これがきっと最初で最後だろう。

色々言いたい事は多々思い浮かぶが、裁量の中でと注釈がつくならば・・・そうたった1つ、1つだけ一路には譲れない願いがある。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第140縁:国と民、親と子。

「・・・樹雷に身柄を拘束されている漁火 灯華の引渡しを望みます。」

 

 これ以外の選択肢があるだろうか。

 

「ほぅ。」

 

 一路の言葉が想定したものとは些か違ったのか、樹雷皇は眉根を寄せる。

 

「それは何故だ?」

 

「そもそも彼女を先に捕まえたのはこちらです。身柄の優先権はこちらにあると思いますが?違いますか?」

 

 所属はこれでも一応GPだ、学生といえども緊急時の逮捕権はある。

もっとも、まだ除籍されていなければの話だが。

それに実際のところ、何の罪で?と問われたら、海賊行為という一点張りの主張しか用意していない。

 

「・・・ふむ、一理あるな。確かに裁量の範囲内でもある。」

 

「数分の一だけね。」

 

「チッ!もう来たか。」

 

 露骨に顔をしかめる阿主沙、しかも今絶対に舌打ちまでした。

 

「あら、樹雷皇自らお声がけする宴にアタシが欠席っていうのもいただけないでしょう?」

 

 ゆっくりと樹雷皇に歩み寄る女性の一団。

その中心にいるのは・・・。

 

「・・・・・・か、がみ、さん?」

 

 鷲羽の功績記念館で出会ったあの女性だとすぐに解った。

間違いない。

 

「檜山殿、樹雷としては確かに感謝はするけれど、その申し出は受け入れる事は出来ないわ。」

 

 一路の言葉を気にする事なく、まるで初対面というように冷たく言い放つ。

 

「おい、瀬戸。」

 

「彼女には暗殺未遂の嫌疑がある。ここで身柄を引き渡したら他に示しがつかないわ。これ以上不届き者が出ないようにする為にもね。皇族、その眷属に対する不法行為は厳罰、そういう決まりよ。」

 

 樹雷皇の非難の声も何のその、瀬戸は美しくも艶かしく冷徹な言葉を吐いてゆく。

 

「それが・・・貴方の本心ですか?」

 

 あの時出会った彼女は、慈愛に満ちた人に思えた。

少なくとも、平然とこんな事を言ってのける人だとは全く感じなかった。

 

「えぇ。」

 

 胸が痛い。

どうして痛いと思うのだろうか・・・どうして人は、"自分達"はこんなにも厚顔不遜に振る舞えるのだろう。

 

「彼女が・・・生まれた時から何の選択肢も与えられず、誰からも守られず、良い悪いを考えられるような環境にいなかったとしても?それが彼女のせいじゃなくても?」

 

 鼓動が・・・胸が苦しい。

 

「確かに、情状酌量の余地はありそうね。でも、罪は罪よ。」

 

「大体、あの事件の時、実際に被害にあって重体になったのは僕で、一番の被害者が言っていても?」

 

「殺意があった事は明白。ならば国としては民を守らければならないの。その為には時に厳正な裁きを下す必要がある。」

 

 どうしてこうなるんだろう・・・泣きたくなる。

 

「鏡さんッ!」

 

「アタシは鏡ではないわ。」

 

(嘘つきッ!)

 

「つまり、こういう時だけ大人は何もしてくれなかったとダダをこねる子供は虫が良すぎるって事ですか?」

 

「そうとも言うわね。」

 

 あぁ、これだから子供の反抗期って嫌だなと一路は思う。

恐らく鏡もそう思っているに違いないだろう。

そう考えながら一路はくるりと踵を返す。

 

「あ、おい!一路殿!」

 

 一路の行動に声を上げたのは兼光だ。

兼光の横、自分の席まで戻って一路は手近なそれを掴んでいた。

そして掴んだ瓶を逆さにして盛大に喉を鳴らしながらそれを呷ると、その瓶、"酒瓶"を投げ捨てた。

 

「だったら・・・。」

 

 再び背を振り返る。

 

「僕はそんな国も、大人もいらない。」

 

 そうまでして自分のメンツを押し通して守ろうというのならば、自分だって大切なモノの為に好きにさせてもらう。

一路は折れた木刀の切っ先を、決意を以て瀬戸に突きつけた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第141縁:僕等のポリシー。

「・・・それが子供だと言うのよ?アナタ、自分が一体何をしているのか解っているの?」

 

 木刀が折れているからではなく、一路の行動を一顧だにせずに瀬戸は応える。

 

「僕は、あんまり大人達に期待した事はなったんです。でも、とある人達に出会って、あの事件で重症を負って、死にかけて・・・新しい名前を貰った。その恩は忘れないし、少なくとも貰った名前に・・・朱螺の名に賭けて後悔するような事はしたくない。」

 

 譲れないモノの為に我が儘になる事、それは本当に、如何なるモノでも許されない事なのだろうか?

一路は思う。

 

「はぁ・・・そんな大層な名前じゃないって言ったのに。」

 

 ほんの一瞬、瀬戸の表情が困惑に緩んだような気がした。

 

「アナタ一人の為に、お友達にも迷惑がかかるのよ?」

 

 プー達の周りを闘士達が囲むのを視界の端で捉えながら、じっと考える。

 

「やれやれ、今度は樹雷だってさ。」

 

 急に自分達に話を振られたプーは照輝に目配せしながら、かじりついていた肉の骨を行儀悪く口からプッと飛ばして。

 

「しかし、何処に行っても走るか、食べる。もしくは暴れるかばかりでゴザるなぁ。」

 

 よっこいしょと二人は腰を上げる。

投げやりというより、非常に気怠げ、変な余裕すらそこにはあった。

 

「あ、いっちー、もう、なんか、ホント、コレ、定番みたくなっちゃってるから気にしないで。」

 

「本当、一体何時になったら脳筋キャラから抜け出せるでゴザるか?」

 

 二人共、本当に意に介してないように見受けられる。

素早くアウラを互いの背に庇う。

 

「これが樹雷流のやり方ですか?」

 

 瀬戸から視線を外さぬまま一路は呟く。

 

「ホントやな。坊、もっと相手を選んで喧嘩せなアカンで?それか、な?しっかりきっちり準備してからや。」

 

 鎧袖一触の緊張感の中、瀬戸と一路の間にコロコロと転がり出て来た球体。

 

「NB?僕、今大事な話を・・・。」

 

「ワシかて大事な話をしとる。全く今回の事もや、サポートロボットのサポートの域を越えまくってるっちゅーねん。」

 

 ガショッと細長い手足を出しながらNBは深い溜め息をつく。

 

「大体、交渉っちゅーのは対等な立場か、切り札を持ってやるもんやで?」

 

 ブンブンと手を振るNBの手には見慣れない棒状の・・・どう見てもスイッチが握られていた。

 

「坊、ワシがこのボタンを押したら、今一番頭に浮かんだ言葉を言ってやるんや。もう、何でもえぇで?どうせ乱闘になるのは変わらんやろ?久々にトサカにキたんやろ?しゃーないから手伝ったるわ。」

 

「・・・何をするか解らないけれど、ありがとうNB。」

 

 一路は心の中で強く呼びかける。

 

【け・ん・お・う・き】

 

-ミャオォォォォ-ンッ!-

 

 ガーディアンシステムが起動して、瞬時に一路を包んだ。

視界には【剣】の文字が浮かぶ。

エネルギー残量でもあるカウントが何故だか【∞】になっているのが少し気になったが、今はそれをあれこれと考えている暇はない。

 

「さて、全国8000万人の女子高生NBファンの皆様、お待たせしました。では、ご一緒に。あ、ポチっとな。」

 

 一路の準備に合わせて、前口上ヨロシクNBがボタンを押し込む。

 

「キャーッ!」 「うわぁぁぁッ!」

 

 次の瞬間、周囲から悲鳴が次々に上がり、プー達を拘束しようと近づいた者達を次々に弾き飛ばしてゆく。

 

「結界を張ったの?!」

 

 驚いたのは瀬戸の方だ。

樹に守られた樹雷でそんな暴挙が可能なはずがない。

そんな事を樹が許すわけ無いのだ。

 

「別に危害を加えとるワケやないしな。それにただの結界やないで?今頃、樹かて笑い転げとるやろ。」

 

 結界に弾き飛ばれた者、弾き飛ばされずとも触れた者、尚且つそれらの者に触れた者まで、その全てが・・・その何というか、所謂、下着姿だった。

 

「どや!NB様特製!武装解除結界・改、名づけて!【ウルトラ脱衣結界 脱げルンですC】の威力はァッ!なーはっはっはぁっ!」

 

 確かに相手の武力の無効化という点では間違っていないが、服が分解されただけで特に何かあるという事はない。

というより、絶対違う目的と用途で作られたとしか思えない。

 

「・・・後で没収。」

 

 アウラがすかさず突っ込む。

 

「かがみさ・・・いや、瀬戸さん。大人には通さなきゃならない理屈や筋があるのかも知れません。でも子供にだって子供なりの通さなきゃならないモノがあるんです。」

 

 そんな大人なんかいらない。

もうこうなったら、酒の勢いである。

NBに言われたように、その時に頭に浮かんだ言葉を言いたいだけ投げつけてやるしかない。

一路の頭に浮かんだのは、樹雷に来てから言われ続けたフレーズだった。

 

 

 

 

 

 

「このっ、分からず屋のクソババァッ!!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第142縁:ひたすらにアカンヤツや!

思った以上にNBの所業がスルーされていたのに驚きました。
・・・あ、元々こういうヤツでしたね。


 "クソババア"という単語が辺りに響き渡る。

それもまぁ、何故だかエコー音つきで。

樹雷で1、2を争う反抗してはいけない相手に対して最も言ってはいけない言葉に、周りにいた全ての者が『あ、血の雨が降るな。』と確信していた。

余談だが、樹雷で最も怒らせていけないのは樹雷皇・・・ではなう、その奥方の船穂である。

ちなみにちなみだが、完全に物理攻撃のみでボコられる。

 

「・・・1つだけ、他の選択肢があるぞ?」

 

 そんな立つ瀬のない樹雷皇が一言、静寂解けぬ緊張感の中で何事もなかったかのように口を開く。

 

「この樹雷皇、柾木 阿主沙の名の元に、檜山・A・一路よ。"樹選び"の儀式をやってはみぬか?」

 

 その言葉が更なる混乱を呼ぶ。

一路が口にした言葉も衝撃的だったが、こちらの発言も輪にかけて衝撃的な事なのだ。

 

「樹選び・・・ですか?」

 

 ただ一人、事の重大さを理解出来ぬ一路は疑問の声を上げる。

これに対して、瀬戸は渋面の表情をしている。

 

「阿主沙殿?いくら樹雷皇でも戯れが過ぎるのでは?樹選びはそもそもそれを受ける資格というものが・・・。」

 

「そんなモノ、選ばれた時に考えれば良かろう。酔いの助けを借りたとはいえ、瀬戸、お前に真っ向切ってクソババアと言ってのける輩が、"ワシ"と"遙照"の他に誰がいる?」

 

 その言葉に、その場にいた誰もが表には出さずとも、心の中で大きく頷いた。

樹雷の鬼姫、第七聖衛艦隊の司令、樹雷でも中心たる戦力を持つ彼女に禁句がを言って生きてかれる事の出来る人間などいない。

 

「それは・・・。」

 

 確かに何百年振りだろうか?

第一、彼女自身がそれを楽しんでいる面がある分、否定は出来ない。

 

「皆、思っていても口にが出せんだろう?」

 

 この点に関しては、当然ながら周囲に瀬戸の味方は一人もいない。

ある意味で強固な結束力がそこにはあった。

 

「その勢いを買おうというのだ。どうだ?今の状況より好転する可能性があるぞ?本当は人と争う事自体好まぬ方と見たが?」

 

 でなければ当代一の剣聖と呼ばれてはいても、あの放蕩息子がだ、型とはいえ武を教えるという事はないだろうと阿主沙は思う。

戦う事を好まぬ純朴な少年の自己防衛の為のみに教えたというのだろうという事も容易に理解出来る。

一路にしても指摘の通りで、人と争う事自体、宇宙に出てきてから顕著になっただけだし、そもそも日本の競争社会というものにだってあまり馴染めなかった方かも知れない。

だが・・・。

 

「お断りします。」

 

 それは予想外の反応。

一路が来てから、周囲の人間は驚かされっぱなしである。

勿論、それは提案した方もだ。

但し、瀬戸は一路のその返答に表情を変えない。

事実、今まで樹選びを持ちかけてそれを断った人間はいる。

かくいう目の前の男の父もだ。

まぁ、あれは家格とか駆け落ちとか、そういうヲチがあってからの事だが。

 

「ここで・・・戦う事になってもか?」

 

「出来れば、それは避けたいです・・・。」

 

 誰が好き好んで人を傷つけようとするだろうか。

自分だけが傷つくのならまだしも、この戦いはプー達、大事な友人も巻き込む。

今だって溜め息の1つや2つをつきたい気分だ。

だが、ここで譲るわけにはいかない。

 

「樹選びの儀は樹雷でも限られた者しか出来ぬのだぞ?」

 

「だからです。だってそれって成功したら・・・成功するか解らないですけれど、樹雷の人間になれって事ですよね?」

 

 樹選びという名がつくくらいだ、あの樹雷の樹のマスターになるという事は解る。

そんな力を手に入れた人間を樹雷が、他の組織に入れてよしとするわけがない。

 

「僕の帰る場所は友達と、僕をここまで送り出してくれた人。そして、僕を生んでくれた"亡くなった母"の眠る場所だけだから・・・。」

 

 悲哀に揺れる一路の眼差しに、一瞬だが阿主沙の頬が緩んだ気がした。

 

「母か・・・・・・亡き母の名を出されて無理強いは出来ぬな、相分かった。」

 

 そうなると結局、振り出しに戻るのだが、一路達を取り囲む面々は瀬戸に対する彼の発言を聞いて、戦意のほとんどは無くなっている。

逆にある意味で勇者扱いだ。

さて、これをどう収拾をつけたら良いものか・・・。

 

「ともかく、その辺の事は後でどうとでもなる。幸い"使える前例"がある。悪いようにはせん、樹選びだけでもやれ。上手くいけば、この星での発言権も得られる。事態も好転するだろう。解ったな?」

 

「阿主沙殿。」

 

「樹雷皇様。」

 

 何が解ったというのだろうという、まさかのスルー力を発揮して強硬する阿主沙に、尚も抗議の声を上げようとする二人を鋭い視線で制する。

なんだかんだでこれでも樹雷皇なのだ。

 

「二人共、ワシにこれ以上言わせるな。瀬戸、ワシは最初に樹雷皇の裁量の範囲内で"褒美"をやると言ったぞ?檜山・A・一路、お前だとて心の底から瀬戸を嫌っているわけではなからろう?」

 

 阿主沙には信じられぬ事だが、確かに一路の瀬戸を見る目には嫌悪だけではない、そう、親愛のようなモノを感じた。

そんな目で瀬戸を見た者も、クソババアと呼んだ者も、この数百年で数える程しかいない。

片手の手で足りるだろう。

今回の事も、子が親に反発しているような雰囲気に似ていた。

そんな風に瀬戸を想うなど、この年で何を不憫なと嘆きたくはあるが。

 

「・・・それは・・・解りました。ケンオウキ、ありがとう。」

 

「ミャウ!ミャウミャウ。」

 

 いいよ、気にしないでと言うかのように一路の視界でピコピコと耳を振ったかと思うと、彼の纏うガーディアンが消えた。

解除されたようだ。

 

「では、これにて宴は終いだ。そこの闘士も、良いな?」

 

 チラリと阿主沙が目配せをした先には、先の舞いの一団がいた。

仮面の一団、その一人が仮面を外すと、その下から現れたのは・・・。

 

「全・・・。」

 

 よく見れば、他の仮面を外した面々も、全の艦で見た事ある者達ばかりだった。

 

「ホント、命が幾らあっても足りゃしないぜ、いっちー?」

 

 憂鬱そうな言葉に対して、全の表情はしゃあないなぁと兄が弟を見守るかのようだった。

 

「良い友を持ったな。さて、あとはゆっくりと宮殿で休むがいい。」

 

 全の、反乱とも取られかねない行動を完全に無かった事のように黙殺する樹雷皇の気遣いには、ただただ感謝するしかない。

 

「その事なんですが、樹雷皇様・・・。」

 

 ひたすら平服するしかないのだが、一路が阿主沙にもう1つお願いがあった。

 

「ん?」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第143縁:樹雷皇と鬼姫の内幕。

一日更新日を間違えてました、すみません。


「何故、あんな強引な事を?」

 

 自室へと引き上げようとする阿主沙の背に向けて瀬戸は皮肉の言葉を投げかけた。

宴も終わり、皇族の部屋へと至る回廊には人の気配はない。

 

「瀬戸の方こそ、何を強情に。あんな年端もいかぬ者相手に大人げない・・・・・・のは、いつもの事か。」

 

 ふと、そうだったこのクソババアは、と今頃思い出したかのように阿主沙は頷く。

 

「まぁっ。」

 

 こちらもこちらでワザとらしいが、既に今更発言を引っ込めてひっくり返す事も不可能だ。

なので、このやりとりはどちらかというと後付けの意思確認と、ただのじゃれあいなのだが、樹雷皇と鬼姫のじゃれあいなど、怖くて見たものは卒倒している事だろう。

 

「子供がな、と言っても樹雷では特に珍しくもない齢いだが、ひよっ子には変わらん。それがどうだ?あの覚悟した者の眼差しは。」

 

阿主沙個人の、一人の男として、戦士としてはその意気や良しと多少の(多少どころではないのだが)無理無謀でも大いに褒めてやりたい。

しかし、為政者としては前途有望であろう若者にあんな悲壮な覚悟を持たせてしまった事は落胆すべき点だ。

 

「あれは、いかん。あの目は護る者の為ならば、己の滅するのも厭わんという目だ。あんな目を若者にされてはな・・・どうにもオマエの玩具にされてしまうのが不憫で、惜しくなった。」

 

 大体、瀬戸が関わるとその者の人生をより困難であったり、遠回りさせられてしまう。

一路を親身に兼光が気遣っていたのがその証拠だ。

自分の二の舞、同じ轍だけは踏ませてなるものかという。

彼も、結果的に己の能力に見合う地位と力を手に入れたが、それまでは・・・今もだが、瀬戸に散々振り回さっぱなしの人生だ。

・・・これからもだが。

同様に一路も前途多難としか思えない、それを阻止してやったりと阿主沙は何故だか瀬戸に勝ち誇る。

 

「解っていてちゃち入れる方が大人気ないわよ。いい?今は加速的に時代が"進ませられている"最中なの。そこに新興勢力や更なるバランスブレイカーを入れてごらんなさい。」

 

「その中心がオマエだろうに。」

 

 阿主沙は渋面を作った後に微笑む。

樹雷でも外様も外様、圏外に"行った"父母の息子である自分を樹雷皇に押し上げたのは瀬戸だ。

彼女のやりたい事も解っている。

解らなければ"樹を通して"聞けばいい。

第一世代である自分の樹の問いを拒否できる樹は、他に幾つもない。

それにそういった者達は、困った事に揃って樹雷の政治の圏外にいるのだ。

しかし、阿主沙は瀬戸に、瀬戸の樹に対してそんな事はしない。

何故なら、阿主沙にとって瀬戸は"家族"なのだから。

 

「・・・それにな、ワシは地球の、柾木の者に嫌われたくない。」

 

 こちらもこちらで半分以上は本心である。

この言葉を出されては、瀬戸は肩を竦めるしかない。

自分に贔屓の存在がいるように、阿主沙にそれがあって然りなのだから。

 

「で、本当にやるの?樹選び。」

 

 やるならばやるで、他の二家、自分の神木家と阿主沙の柾木家を除く家の者達を説得せねばなるまい。

既に事の次第は耳に入っているはずだ。

「選ばれなくとも、樹選びに樹雷出身でない身で出たというだけでハクはつく。」

 

 少なくとも一路の発言を子供の戯言だと一蹴してないがしろには出来まい。

樹雷の粉つきというのも、瀬戸や彼の両方の利になる。

 

「選ばれたら?」

 

 樹選びが行えるのは、皇族かそれに連なる家の者達が選出した者のみ。

そして、樹に選ばれるという事は、即皇族或いは連なる家の者の眷属の仲間入りする事を示す。

つまり・・・。

 

「それは、勿論、皇族の末席、或いは皇位継承者入りだろうな。」

 

 上位の樹であればある程、そのマスターに選ばれた際に相応の地位につくことになり、これがまた第一世代ともなれば自動的に皇位継承者になる。

ちなみに現在、真の皇位継承順は上から、柾木遙照(勝仁)、柾木天地、山田西南となっている。

が、肝心の1位は行方不明扱いの立場を(対外的には)貫いているし、そのお陰で天地は存在自体を(これも対外的には)公にされていない為、同、山田西南が1位という事になってはいる。

 

「権力争いの渦中に投げ込むつもり?」

 

 それこそ保護すべき子供という対象から逸脱して、汚い大人達の陣取り合戦に巻き込む事になるのではないかと、瀬戸は非難めいた目で阿主沙を睨む。

 

「なぁに、"先例がある"と言っただろう。」

 

 それが前述した山田家だ。

樹雷の筆頭四家は、柾木、神木、天木、竜木、そのどこにも山田家の名はない。

皇位継承の最上位であるにも関わらずだ。

つまり、この山田家とは樹雷にとっての例外中の例外であり、かつ手が出せない位置にいると言っても過言ではない。

別段、山田西南に何の野心がなくとも、そういう形で政治の焦点から外れるようにしている。

最悪、ここに放り込んでしまえばいいと阿主沙は言っているのだ。

 

「どちらが大人気ないんだか。」

 

 それでも、一路を樹雷の者達が囲い込むよりはマシだ。

 

(それに・・・あの小僧、瀬戸を鏡と呼んでいたしな。)

 

 鏡とは文字通り、瀬戸の鏡であり影武者であった存在だ。

あったとは、今では少々事情が異なってきているからなのだが、樹雷の最高機密の1つで、それを知り正確に把握している者は他に3人しかいない。

しかも、一路の態度を見ていると、瀬戸と鏡を区別出来ていそうに感じられる節がある。

これはこれで、我ながら樹選びの儀、面白くなるぞと、阿主沙は内心ほくそ笑むのであった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第144縁:再びのお嬢様。

(不思議だ・・・。)

 

 一路は一人、そんな事を思っていた。

何が?というと先程までの自分の振る舞いであった。

勢いをつける為に酒を呷ったが、実のそれほどアルコール度数がないのか、それとも樹雷人と地球人のアルコールに対する耐性の差なのか、それど酔いが回るという事はなかった。

それは幸いな事だったといえる、ではなく、今はあの樹雷史上に残る(兼光と全曰く)大暴言の件である。

一路自身、反抗期という言葉で片付けようとはしたが、実のところ反抗期というモノ自体がどんなものなのか、知識としてあってもよく解ってない。

事実、地球にいた頃は大人相手にあんな事を言った事はなかった。

それがどうだ?

 

(地球じゃ、そんな事を言えるような大人の話相手なんていなかったって事か・・・。)

 

 大人に何かを求めたり、期待もしなかった。

同じように大人も何処か機械的に流れ作業のように一路を扱うだけだった。

だから衝突する事にすらならない。

つまるところ、瀬戸は一路の憤りや鬱憤、今まで味わった悔しさ吐き出して投げつけるだけの大人の寛容さがのようなものが・・・。

 

(あった・・・の、かな?)

 

 寧ろ、逆に大人気なかったような気が・・・。

兼光も呆れていたし。

と、椅子に腰掛けて訥々と考えるだけの時間があった。

高い天井、落ち着いた調度品、それらに囲まれて一路はとある自分と面会する目的で、そこを訪れていた。

ちなみに他の者達はお留守番である。

NBだけがサポートロボットの権利(?)を行使してついて来る事を主張したが、例の武装解除結界という名の脱衣システム、この辺りは彼自身がそう発言したせいもあるが、その没収の為、記憶域のデータまで消去される事になり、"拘束"されていた。

アウラのNBに対する扱いは、拘束としか表現しようがないので、余り思い出さない事にする。

まぁ、NBも脳みそに何かを差し込まれた時には、『あ゛ぁ゛ぁ゛っ、新感覚やぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!』と、何やら楽しそうに見えた気もしなくもないので・・・。

ともあれ、一路が樹雷皇経由で頼んだせいか、宴の後、即日で面会出来るようになったのは僥倖である。

一路とて、決して忘れていたわけではないのだから。

この事に関して、全は一路の事を律儀なヤツだなぁと苦笑しながら送り出してくれた。

 

 部屋の外に誰かの気配を感じて、一路が姿勢を正すとすぐに扉が開かれる。

この扉もまたデカくて派手だなぁと思っていると、僅かに開いた扉の向こうから顔の半分だけを覗かせて、こちらを見つめてくる人物。

 

(らしくないなぁ。)

 

 その人物の涙目を見て、一路は心の中で苦笑する。

そしてすぐさま、その行動が自分のせいかと自嘲に変わった。

ゆっくりと椅子から立ち上がると、その場で腰を曲げ頭を下げる。

きっかり90度。

 

「芽衣さん!ごめんなさい!」

 

 第一声は決めていた。

彼女を助ける為とはいえ、軽率な行動だった。

あの時は咄嗟に行動してしまったが、地球の医学において一路は助かる術なくあの場で死んでいただろう。

治療をした鷲羽が言うのだから間違いはない。

 

「えっ?!はっ?!うぅ・・・。」

 

 深々と頭を下げ謝罪する一路の姿に驚いたのは芽衣の方だ。

一路が生きていた。

樹雷を訪れ、自分に面会を求めている。

生きてるのは全から聞いていたが、全てが驚きだ。

嬉しいには嬉しいが、一体どのような顔で会えばよいのだろう?

そう考えると怖さがこみ上げてきた。

素直に礼を言う?

死んでいたかも知れないのに?

自分を大切にしろと怒る?

身を挺して助けてくれた相手に?

脳内であぁでもないこうでもないと激論を交わしているうちに一路が来てしまった。

しかも、恐る恐るその姿を確かめるように覗いてみたら、向こうから頭を下げ、開口一番謝ってくるではないか!

そうなるともうパニックで、言いたかった事をも考えていた事も、何もかもすっ飛んでしまった。

どうしたらいいのか解らないまま、あぅあぅと呻きながら一路の傍まで近づき、微動だにしない彼を見下ろして・・・。

 

「いいから・・・そんなの。」

 

 頭を下げる彼の身体を恐る恐る起こす。

 

「生きてて、良かった・・・。」

 

 そう言って彼を抱きしめた。

月並みだが、他に何も思いつかなかったのだから仕方ない。

 

「ごめんね、もうあんな無茶はしないから。」

 

 留守番をしている皆が聞いたら、どの口がそれを言うのかと突っ込まれそうだったが、一路は次こそ上手くやってみせると心の中で誓う。

 

「本当ね?もう絶対にしないわね?」

 

 芽衣に強く念を押された事で、あぁ、やっぱり軽率な行動は良くないなと一連の出来事、それは瀬戸の事も含めて猛省しなおす事にした。

この辺の素直さが、一路の学習能力の高さの所以なのかも知れない。

 

「うん、しない。」

 

 そのやりとりがまるで幼子と、その母みたいで思わず吹き出しそうになったが、流石に不謹慎なので何とか堪える。

その証拠に、芽衣は一路の顔を真正面からまざまざと見つめ返してきた。

 

「・・・なら、いいわ。」

 

 何処か上から目線にも感じる言い方、そう地球にいた頃と同じ芽衣がようやく見られてほっとする。

芽衣は一路の顔を見て頷くと、一路が座っていた椅子の近くの席に腰掛ける。

 

「じゃあ、聞かせて?」

 

「何を?」

 

 芽衣が座るのを見て、再び椅子に座り直しながら聞き返す。

 

「全部よ。」

 

 きっぱりと即答する芽衣。

 

「アナタが今まで何を考えて、何をしてきて、そしてこれからどうしたいのかを。」

 

 酷く簡潔で、明瞭で、ストレート。

でも不思議と嫌味とは感じない。

 

「・・・少し、長くなるよ?」

 

「勿論。」

 

 芽衣だとて質問した事は沢山ある。

しかし、今は一路が"どういう人間"になったか、何を求めてこんな所まで来たのかが重要なのだと察した。

 

「じゃあ・・・。」

 

 




やっと出せたよ・・・何十話振りよ、この人。
さてさて、来月には樹選び編に入れるかなと思・・・いたい、です、はい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第145縁:三人以上寄れば・・・どんな知恵?

「さてっと、んじゃま、こっちはこっちでやる事を決めておこうぜ。」

 

 プー達GP組の前に颯爽と現れた全の開口一番はこうだった。

 

「いきなり出て来たヤツが仕切るのは、イラっとくっかも知れないが、時間がねぇ。」

 

 一路がよりにもよって樹選びをする事になったのだ。

どう考えても100%そこで事態が大きく動く。

 

「構わないよ。今一番大事なのは可及的速やかにいっちーのやりたい事をやって退散する事だしね。」

 

 かく言うプーの返事もこんな感じに軽いものだった。

 

「今更、自己紹介云々というのもなんでゴザるしなぁ。」

 

 全とは海賊相手に互いに乱闘した仲だ。

はっきり言って、もう戦友である。

 

「せやかてあんさん、さっきの宴会の後始末はどないしたんや?」

 

 先程、全とその親しい者達数名は、剣舞の一団に紛れていざという時に一路を支援しようとしていた。

それはある意味で国家反逆罪に問われかねない行為だ。

 

「あー、それはまぁ、優秀な部下に任せた!」

 

 胸を張っての責任転嫁宣言。

 

「あんさんなぁ・・・有能なのか、馬鹿なのかはっきりせんと静竜みたいになってまうで?」

 

「まぁ、あの人程俺は"振り切れて"ないと思うけどな。って、じゃなくてNB、いいから出来る限りの"高次元領域"までジャミング。」

 

「アストラルレベルのジャミングは出来へんで?」

 

 早い話、聞かれたくない話をするから、盗聴阻害をしろ、出来れば樹にも聞かれないレベルのと全が言った事に対して、NBは樹とマスターとのリンクは切断出来ないし、少なくとも第2世代、或いは超一級の哲学士相手には対抗出来ないと返したのだ。

 

「天樹の腹ン中にいる以上、それは仕方ない。」

 

「あいよ。」

 

 普段、両手・両足が生えてくる蓋が開き、円盤状のユニットが合計4つ出てくると、それぞれが独立して浮遊し、回転を始める。

 

「準備が出来たみただね。さて、問題は三つ。」

 

 プーが皆に肉球を見せながら、指を三本立てる。

 

「1つは灯華さんの奪還。もうこれは"最悪諦めなければならない"んだけど・・・。」

 

「いっちーが許すはずがないわ。」

 

 意外にも真っ先にそう主張したのは、事のなりゆきを沈黙で見守っていたアウラだった。

 

「ふむ。流石は"正妻候補"、良くお解りで。」

 

 全はアウラを至極真面目にそう評する。

 

「正妻・・・・・・。」

 

 それっきりアウラは再び沈黙してしまった。

 

「そこは樹雷には死刑がないから、チャンスはあると言って説得するしかないな。」

 

 たとえそのチャンスが髪の毛一筋程のモノでも。

 

「二つ目は彼女を奪取した時、或いは出来なかった時に、いっちーがどうしたいのか。」

 

 今後の展開という意味である。

この先、一路が恐らくしでかす、しようと望む事に対しての。

 

「あとアンタ達もな?」

 

 それはつまり、身の振り方という意味でもある。

 

「ん~、僕達は、事がうまく進んだらGPに戻るよ。」

 

 GPを出た時は、一路の故郷で逃亡生活でもするかと冗談めかしてはいた。

そんな流れを知らない全としては、それはそうだろうなと思う。

解りやすく例えると、今の一路は新興ベンチャーの上場株なのだ。

それもかなり有望銘柄。

右肩上がりの成長を見込める可能性がある。

反面、大暴落の危機も孕んでいる。

さて、どのダイミングで退くか?

これに関して全は、プー達を咎める事はしないし、出来ない。

大体、遡っていけば原因は自分にあるのだ。

当の全の場合は、もう有り金を一路にベットするしかないから、気楽と言えば気楽な方かも知れない。

少なくとも、もう友情との狭間で悩む事はない分、どう考えてもプー達より気楽だ。

 

「いっちーの事は心配だけれど、将来GP側からいっちーを支援する存在がきっと必要になる。」

 

「その為にはなんとしても昇進しなきゃならんでゴザるなぁ。」

 

 それが人種という障害がある二人にとって、どれだけ困難な事かを知っていても。

 

(へぇ。)

 

 二人のやりとりに全は彼等の評価を改めると共に、心の中で素直に謝罪する。

なんだかんだで、ここまで自分の意思で一路について来ただけの事はある。

 

「いっちーの事はそこの"本妻"にでも頼む事にするよ。」

 

「本妻・・・・・・。」

 

 全に続いてプーまでもアウラを茶化し始める。

しかし、正妻にしろ、本妻にしろ、それは第二、第三の妻が現れる事を示唆しているのだが、一夫多妻も認められるこの世界では、アウラは気にもとめていないようだ。

ちなみに、最近の若者の女性達は、大抵反発する傾向にあるので、やはりアウラが特別だという事だけを付け加えておこう。

・・・ただ浮かれていて気づいてないだけやも知れないが。

 

「三つ目は僕等が如何にいっちーの足でまといにならずにここから抜け出せるかだ。」

 

「宇宙船はワシがプロテクトをかけておいたさかい、他のヤツは出だしできへん。勿論、こっちからは今すぐにでも起動可や。いつでも動かせるで。」

 

「抜け目ないでゴザるな。」

 

「これでも坊のサポートロボットさかいな。」

 

 それがアイデンティティーであるとNBは指を振る。

 

「それよりも、一番"確率の高い"方の話をせなアカンやろ?」

 

 NBはこっちの方が大問題だと述べる。

 

「ん?あぁ、まぁ、そうなんだが・・・なぁ?樹雷の人間の俺が言うもなんだけどさ。やっぱいっちー、"選ばれる"よなぁ?」

 

 ほとほと困り果てたような顔で全は皆に向き直る。

出来れば否定して欲しくてだ。

 

「僕達の方こそ樹雷の人間じゃないし、樹に選ばれる基準っていうのも深く理解しているわけじゃないけど・・・。」

 

 そう前置きしてから、プーは照輝に目配せする。

 

「拙者もよく解らんでゴザるが・・・いっちーが樹に選ばれたと聞かされても、そうでゴザるか、やはり流石でゴザるな、いっちーは。と、妙に納得するでゴザろうな。」

 

 その言葉に皆がうんうんと頷く。

何処にでもいそうな普通の、だけれど何処を探してもいなさそうな彼の、要はその結果、その姿を想像出来るか否かという点で現実的などうかの判断をすると・・・という事だ。

 

「第四世代くらいか?出来ればいっそのコト、第二世代くらいまで振り切っちゃって欲しいかもしれん・・・。」

 

 本人がいない事をいいことに言いたい放題である。

 

「いや、待てよ、逆に上過ぎても皇家の拘束は厳しいか。かといって下過ぎても・・・あ゛ぁ゛~っ!」

 

 樹の世代による力関係は、樹雷の皇位継承順よりも純然としていて解りやすい。

下位過ぎて樹雷の眷属家の者達に見下されるのも、上過ぎて樹雷の政治に組み込まれるのも、どちらにしても癪なのだ。

そう困るのではなく、癪に障る。

今ここにいる誰もが、一路の誇れる友人達であると同時に、彼等にとっても一路は誇れる友人なのだ。

 

「ともかく、だ。いっちーの精神的なケアは、今は"向こう"に任せるとして、話をどんどん詰めていくか。」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第146縁:お嬢様と皇家の樹。

「それで?」

 

 心穏やかに。

出来れば姉のように、母のように話を聞こうと思ったのだ。

一路は、母を亡くしている。

そんな風に話を聞いてくれる相手などいなかったのだから。

そう振る舞える自身だってあった。

だが、その平静さを保っていられたのもほんの数分の事で、海賊船に、しかも悪名高いシャンクギルドの艦隊に文字通り吶喊した辺りで芽衣の血圧はピークに達した。

そしていつの間にか、先程の姉とか母とかそういった母性的なモノはほとんど何処かにすっ飛んで、ダメな生徒と教師、或いは不出来な部下と上司という様相に・・・。

 

「だから、えと、その・・・芽衣さんには悪いけれど、僕は灯華ちゃんの力になりたいんだ。」

 

 流石に一路も芽衣の機嫌が、雲行きが怪しくなってきた事に気づいて怯えるように彼女を伺う。

 

「私に悪い?どうして?」

 

 明らかに機嫌が悪いのにも関わらず、一路は想定外な彼女の返答に驚く。

 

「だって、芽衣さんを襲ったのは・・・。」

 

「あぁ。それで怪我をしたのはいっちーの方じゃないの。結果的に私は無傷だったのよ?"委員長"を非難する立場は、私よりいっちーの方が上じゃない。」

 

 あれ?そんなものなのかな?

宴の席では樹雷皇や皆の手前、同じような事を並べ立てた一路は首を傾げる。

あの場にいた面々と違って、芽衣は当事者なのだから、それとこれとは文字通り話が違うのでは、と。

 

「だってそうじゃない?話を聞けば確かに殺意はあって、なによ、ソレとは思うけれど、要点だけをまとめれば早い話が、洗脳状態の殺人未遂で情状酌量の余地がある。被害者も被害届を出すつもりもない。その代わり自分に保護観察の役目をさせろってコトでしょう?」

 

 

「そんな大袈裟な事じゃないんだけど・・・あれ?そういう事になるのかな?」

 

 芽衣の言う要点だけをかいつまんでみて述べるとそうなのかも知れないと一路が唸り始めると、とうとう芽衣はこめかみを押さえて呆れるに至った。

 

「何故かしら、もうこれ以上は心配しようがないくらい酷いのに、更に心配になってしまうのは・・・。」

 

 こんなんでよくもまぁ、宇宙に出て今まで生き抜いてこられたものだ。

余程、良い仲間と運に恵まれたのだろう。

樹雷の艦隊所属ではあるが、彼をフォローするように全にも良く言って聞かせねばならないだろう。

 

「いっちーが何をしたいのかは解ったわ。それは全部いっちーが考えて出した結論で、いっちーだけの問題だわ。だから私には口出し出来ないし、しない。」

 

 そう一言区切って。

 

「勿論、いっちーがちゃんと私の所に来て話をしてくれた事は嬉しいの。相談してくれれば私だって話は聞くし、出来るなら協力もする。それだけは忘れないでね?」

 

 何というか一路にとって、ある意味で耳にタコが出来るような話ではある。

皆、何処かで実はグルで口裏でも合わせてるんじゃないだろうか?

 

「うん、ありがとう。」

 

「それはこっちの台詞。そう言えばお礼もまだだったわね。助けれてくれてありがとう。でも、あんな無謀な事はもうしないで。」

 

 意外とすんなりと感謝の言葉も注意の言葉も言えたので、芽衣としては満足だ。

 

「あぁ、でも委員長を引き取ったら連絡してちょうだい。私だって文句の一つや二つ言う権利はあるもの。」

 

「あはは、お手柔らかにね?」

 

「さぁ?どうかしら?・・・なんてね。」

 

 束の間、地球にいた事と同じ呼び名、同じ空気に肩の力が抜ける。

そんな雰囲気に身も心も委ねた後、気を引き締め直す。

 

「じゃ、まずは樹選びの儀かぁ・・・でも、特に準備するような事がないしなぁ。」

 

「儀式って言っても、別に何かするわけじゃないのよね。ただ自分を選んで一緒についてきてくれる樹がいるかいないかってだけで。天樹の中の樹のいる間に入った時点で既に終わってるようなものよ?」

 

「あ、そうなんだ。僕、まだ詳しい事を聞いてなくて。じゃあ、本当に特に何かってワケじゃないんだ。芽衣さんは樹選びは?」

 

 もしや、芽衣も樹雷の船を持っているのだろうか?

こんな大きな(地球の一般家庭の価値観で)屋敷に住んでいるお嬢様なのだ。

樹雷の船を持っていたとしても不思議ではないと一路は考えた。

この辺り、一路の樹雷に関する知識は深くない。

 

「まさか。私の家は眷属の上の方ではないもの。そうねぇ、中の中、ド真ん中って辺りかしら。別に家格が樹選びに関係する事なんてないけれど、家格がないとなかなか樹選びのお声はかからないわ。」

 

「こんなに大きなお屋敷に住んでるのに中の中?!」

 

 思わず心の声が出てしまった。

 

「大きい家だからこそよ?だって皇家の船だったら、艦内に超空間で繋げた部屋が何十、何百と作るれるもの。家なんて玄関と飾り程度で十分よ?」

 

(スケールが違うよ、樹雷の船・・・。)

 

 一路だったら6畳とは言わないが、恐らく8畳くらいあれば事足りるだろう。

 

「う~ん、仮に持てたとしても、使いこなせる気がしないや。」

 

 どちらかと言えば、GPを抜け出した時に乗ってきたテトラマンボウ的な形の船くらいが快適でちょうどいい。

 

「慎ましいわね、いっちーは。皇家の船を持っていたら、もっとずぅっと上の家のお婿さんにだってなれるのよ?それこそ・・・っ・・・。」

 

「それこそ?」

 

「・・・・・・なんでもないわ。」

 

 それこそ、"私と結婚だってできるのよ"と言いそうになって、その事実に赤面する。

 

(私ったら何を・・・。)

 

 樹雷筆頭四家の眷属の血に生まれたのだから、そういう事もないわけではないが、それにしたって飛躍し過ぎである。

 

「そう?」

 

 きょとんと首を傾げる例の癖を出す一路の姿を可愛いなぁと思いつつも、ポーカーフェイスを貫き通す。

 

「そうよ。」

 

「そっか。とりあえず、気楽に構えていればいいんだね。他はやっぱり灯華ちゃんの事くら・・・・・・い?」

 

「どうしたの?」

 

 今度は反対に一路がぴたりと固まる。

 

「っ・・・。」

 

「?」

 

 ぽつりとこぼれた一路の小さな呟き。

その瞬間、どっと一路の背に何かが押し寄せて来た。

それは例えるなら津波のような地響きと共に・・・そして、脂汗が吹き出る。

 

「い・・・。」

 

「い?」

 

「痛い。」

 

「痛い?」

 

 途端、頭を抱えドサリと椅子から転がり落ちる。

 

「痛っ、いだ、いだだだだだだーッ!!!」

 

 頭に杭を打たれたかのような鋭い頭痛。

 

「いっちー!」

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!」

 

 芽衣の声に反応せず、ただ頭を抱えたまま、ジタバタとその場でのたうち回る。

 

「いっちー!しっかりして!誰か!誰かすぐ来て!いっちーが!!」

 

 慌てて人を呼ぶ芽衣の声の後に、一路の意識はブッツリと途切れた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第147縁:その日をゆく者。

「本当に大丈夫か?なんだったら掛け合って延期にしてもらうぞ?」

 

「うん、大丈夫。」

 

 心配そうに声をかける全に一路は微笑む。

一路が倒れた翌々日の今日、彼は樹選びの儀式を行う事になった。

樹雷の最大行事のであるにも関わらず、異例の早さで行えるようになったのは、樹雷皇と瀬戸、柾木家と神木家の鶴の一声であると同時に、あの宴の席での件が他家にも伝わっていたからだ。

天木家の一部には反対の声もあったが、それはいつもの事なので半ば捨て置かれた。

それよりも、瀬戸相手に啖呵を切ったという事は、一路はいつもの四家選出の樹選びとは違って、そのどの派閥にも属さない、ある意味で自分達の家に引き込めるかも知れないという点が買われたと言わざるを得なかった。

 

「けど、何だったんだろ?」

 

「いや、俺に聞かれても・・・。」

 

 頬を掻く全。

 

「前から時折、変な感覚はあったんだけど・・・。」

 

「あのな、そういう事はなるべく早く全員に言っておけよ。」

 

 全はぐったりと肩を落とす。

 

「全の言う通りだよ、いっちー。習ったよね?一人のクルーの体調不良やミスは、全員の命に繋がってるんだよ?」

 

 プーの言うのはGPにいた時に話した、"互いが互いの命綱"の考えだ。

 

「全くでゴザる。誰一人欠けて帰っても意味はないんでゴザるよ?皆で揃って帰るでゴザる。」

 

「そうだね、気をつけるよ。」

 

「いっちー、めっ。」

 

「めって・・・。」

 

 アウラの怒り方に自分はそれ程子供ではないんだけどなと言い返そうとしたが、アウラの悲しそうな目を見て、ここは言い返すところではないと思い至り・・・。

 

「ごめんなさい。」

 

 つまるところ、素直に謝るしかなかった。

 

(樹雷に来てから謝ってばかりだなぁ・・・て、いつもか。)

 

 ともかく、ここは素直に謝り、素直に反省するしかない。

 

「まぁ、解ってんならいいけど・・・。しっかし、意外と似合うな、その服。」

 

 樹選びという樹雷の伝統儀式に合わせ、今の一路は、樹雷風の衣装を身に纏っていた。

樹雷の人間ではないし、なりたいとも思っていなかった一路にとっては、衣装に拘りはなく普段着でも構わなかったのだが、阿重霞が着ていた事を思い出し、一度くらいはいいかなぁと思ったせいでもある。

和風と南国風のテイストがないまぜになったような服は、阿重霞が着ていた物程煌びやかではないが、これはこれでいい。

 

「あれだよね、馬子にもなんとかってヤツ。」

 

「自分で言ってどないすんねん。」

 

 すかさず傍らにいたNBが突っ込みを入れる。

今回もNBは、NBだけでなく全員が留守番だ。

 

「えぇか、坊。こういうんはな?なるようにしかならん。そこんとこはいっくら考えても無駄や。せやから一番なのは、なってしまった後をどうするかを冷静に考えるんや。初動の早さの差は重要なんやで?」

 

 時折、マトモ過ぎる程マトモなNBの発言に一路はしっかりと頷く。

 

「自分が考えて動くように、相手かて同じように考えて動いてるんやさかいな。」

 

「解った。」

 

 向かい側から出迎えの者が近づいてくるのに会釈をしながら、一路はNBに声を返す。

 

「じゃ、いってきます。」

 

「いってらっしゃい。」でゴザる。」

 

 皆の声を受け、一路は歩み出す。

 

「いっちまったなぁ。」

 

「しかし、本当に大丈夫でゴザるか?」

 

「信じるしかないよ。」

 

 誰を?

その答えは一路が倒れた時間まで遡る・・・。

 

 




本当はこの倍長かったんですけれど、うまく区切れる場所がここしかなかったもので・・・(汗


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第148縁:彼の中の方程式。

 一路が倒れてすぐさま運ばれたのは病院のような治療施設ではなく、全やプー達がいる部屋だった。

彼を運んで来たのは、全の見覚えのない、しかし何処の誰の手の者か一目で解る者達だった。

一路に監視がついている。

別に驚く事ではない。

それが一路の行動を害する者達ではないであろう瀬戸付きの女官ならば尚更だ。

 

「あぁ、そこ、そこにゆっくりと、ゆっくりとだよ?寝かしておくれ。」

 

 それよりも驚いたのは、その女官に指示を出していた人物の方だった。

 

「あぁ、NB。部屋の中に簡易結界を張りな。出来るんだろう?」

 

 左右に張り出した特徴的な赤髪、一言で形容するとカニ頭、更に要約すると・・・。

 

(何故、鷲羽様が樹雷に・・・。)

 

 女官に次々と指示を出しているのは、全が地球で見た白眉鷲羽その人だった。

更に突っ込むとしたら、"ナース姿"の白眉鷲羽だが。

彼女は、全と目が合うとまた会ったわねと言わんばかりにウィンクしてみせる。

 

「体調が悪くなったのは樹雷に来てからで間違いないね?」

 

 一路を心配する周囲の者に開口一番で確認を取る。

 

「そういえば時折、ぼーっとしてたような・・・。」

 

「倒れた時は頭を抱えて急に痛いって苦しみだしたわ。」

 

 女官達の最後尾から今にも泣きそうな顔で入くるとそう口にしたのは芽衣である。

その姿は半ば冷静さを失っており、挙動不審そのものだ。

 

(まぁ、目の前で倒れられるの二回目だしなァ・・・。)

 

 そういう全も、もしこの場に一路を連れてきた者の先頭に鷲羽がいなかったら、慌てふためいて人の事をとやかく言えなかっただろう。

逆にインパクトの大きさと技術の確かさという信頼から、変に落ち着いてしまってかえって浮いていた。

他の者は、彼女が鷲羽だと気づいているのやら、いないのやら。

まぁ、とりらにしろ仮に気づいていたとしても、ここは黙っているのが得策である。

 

「あー、えー、女医さん?看護師さん?一体、なんでいっちーはこんな事に?」

 

 お陰で、何と呼んでいいのやら。

 

「ん?あー、そろそろかとは思ったのさ。NB?」

 

「終わっとるで。」

 

 そう返答するNBは、例のアンテナのような端末を浮遊させたまま転がり出る。

その姿を確認して、鷲羽は大きく息を吸い込んだ。

 

「アンタ達!覗きはいい加減にしなさい!めっ!!」

 

 室内中に響く一際大きな声に、他の全員が耳を塞ぐ。

 

「んー、良し。あー、"水鏡"アンタもだよ。」

 

 "水鏡"という単語で、一体何が除き見していたのか全には解ってしまった。

いや、全だけではないだろう。

恐らく芽衣も気づいたはずだ。

 

「樹がいっちーを?」

 

 思わずそう漏らした事からして、気づいたのだろう。

全は更に溜め息をつく。

 

「なんでまた・・・。」

 

「ん?誰も気付かなかったのかい?」

 

 一様に驚く皆の姿に鷲羽は顔を顰める。

 

「アンタ達ね、"言わないから大ごとじゃない"わけじゃないし、"聞かない事の全てが優しさ"なワケじゃないんだよ?そんなぬるま湯みたいな"友情ごっこ"がやりたいなら、他のヤツとやりな。」

 

 ピシャリと一喝しつつ、女官達が持って来た機材で一路の様子を診る。

いつの間に取り出したのか、鷲羽の手には見慣れないボードのようなものまで握られていて・・・。

 

「とうとう、生体強化レベルが5を越えたか・・・賢皇鬼を起動させた時点で、見当はついてたケド・・・。」

 

 そんな鷲羽の言葉に真っ先に反応したのはプーだった。

 

「5?!そんな!GPの授業の時は4弱くらいだったはずです!」

 

 確かに強化レベルはそのぐらいで、一路はその後再調整はしていないはずだ。

 

「理由は簡単。アンタ達が不甲斐ないからさ。時折、このコの動きや勘が鋭くなるような事はなかったかい?」

 

 その言葉と共に周囲の顔を見回して鷲羽は頷く。

そして確信する、どうやら何かしらの心当たりはあるようだと。

 

「その度に、追い詰められる度にこのコは願うのさ。"もっと力を""もう何も失う事がないような力を"ってね。その意志のチカラがこのコの肉体を凌駕して作用する。このコが望むように精神が肉体にね。」

 

 どういう事だろう?

誰もが鷲羽の言っている意味が解らない。

 

「一路は人の"本質を見抜く"。それは宇宙に出る前からあった傾向だった。けれど、それが果たして"本当の一路の能力"かどうかは確証が持てなかった。だから1つだけ実験をしたんだよ。て、あぁ、勿論、一路に対して悪影響はないよ?」

 

「それがいっちーの生体強化?」

 

「と、賢皇鬼だね。本来なら他の生命体と同じ様に生まれるまでのエネルギーと時間がある程度必要なのさ。もっと長い時間とエネルギーがね。」

 

「だからどういう事でゴザる?」

 

 段々と混乱してきたのだろう照輝の肩にプーが手を置いて首を振る。

 

「だから、何がいっちーの能力なのか仮説を建てて検証してみたって事だよ。但し、いっちーの日頃の生活に支障が出ない範囲でね。」

 

「ま、早い話がそういう事で、で?結論は何だったんです?」

 

「あはっ♪わっかんない♪」

 

 てへっと舌を出して笑う鷲羽に皆が盛大にズッコケる。

コレだ、この人はこういう人なんだ、瀬戸様と同じ部類の人間だ。

そうすぐに思い至った分、全だけは他の者達より素早く立ち直る。

 

「つまり、坊の直感は人の本質とか、善意やら悪意やらを見抜ける。それは有機体、精神体関係なく作用する。簡単に言うと、下手をすればアストラルにも触れられるっちゅーコトやろ?だから、賢皇鬼と繋がれてガーディアンシステムという形で起動出来たし、求める存在の位置もなんとなく解る。勿論、悪意ある攻撃もな。」

 

「成程。」

 

「む、難しいでゴザるな。」

 

「え?じゃ、じゃあいっちーの頭痛って?」

 

「樹と繋がりそうになった、か。」

 

「おやおや、繋がるってのは大袈裟だよ?別に一方的なアストラルリンクが出来るわけじゃないサ。そんな事が出来たら一路一人で樹雷征服出来ちゃうじゃないのサ。」

 

 あ、それもそうだと皆が頷く。

第一、それが出来ないから一路はこうして倒れたわけなのだから。

 

「今回はこのコがどんどん力を拡張しようとした弊害だろうさ。それもこのコの能力の一部でしかないのかも知れないし、それは解らない。」

 

 そう前置きして。

 

「ただね、覚えておきなよ?もし、このコがこうやって強制的に自分の身体能力を強化出来るとして、このまま"一人だけで"戦う覚悟をし続ければ、じゃあ、どうなるだろうね?」

 

 一般的に強化レベルというのは個々の肉体や精神の資質から設定される。

例えばGPの場合、戦闘行為をしない事務職員の多くは大体強化レベルは2前後。

これは主に延命、疾病対策等の措置の為だ。

戦闘も想定される刑事職の一線級で4~6。

6はそれこそ一級刑事のレベルで、このクラス以上の強化レベルを持つ者は大抵いずれかの軍事的な職や地位にある者が大半だ。

それはそれで素晴らしい事かも知れない。

但し、一路の心身がそれに耐えられればの話だ。

心身に見合わない生体強化は精神崩壊、つまり廃人となる可能性がある。

鷲羽の言葉は、一路がその線を越えてしまうかも知れないという意味だ。

 

「成長速度に見合うだけの根性を見せるこったね。このコが"樹を選んで"帰って来るなら余計に。」

 

 本来の樹選びの儀式である樹に選ばれるでなく、樹を選ぶ。

もし、一路の能力が共感に根ざすものならば、一路はある程度任意に樹を選ぶ事も出来るかも知れない。

その事実に皆の表情が変わる。

 

(いい顔つきになったじゃないのサ。いい友達が出来て良かったね、一路。その調子でおやり。)

 

 皆の覚悟を促すつもりで、あえて鷲羽はそう述べたのだ。

一路の能力についてはおおよその予想はついてはいたが、事この生体強化の変動に関しては一路の精神と肉体とのバランスが崩れないように随時制限、微調整が出来るようにしてある。

危ない事など何ひとつ無かったりするのだ。

 

(協調、直感、他者の心に寄り添える能力・・・か・・・。)

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第149縁:未来を決める回廊にて。

「随分と落ち着いているな。」

 

 巨大な回廊の中を歩きながら、一路は隣にいる阿主沙にそう声をかけられた。

一路の反対側には瀬戸がいる。

三人は樹選びの儀が行われるという場所へ赴く途中だった。

 

「前にも誰かに言われた事がありますけど・・・。」

 

 あれは何の時だっただろうと思い返した時、一路の頭に浮かんだのは和装の天使(仮)の姿だった事に笑みがこぼれる。

両隣の二人にまさか一度死んだ時なんて言えない。

というより、信じてもらえぬだろう。

 

「落ち着いてるんじゃなくて、開き直ってるというか?どうしたって逃げられない状況なら、後悔しないようにやるしかないですからね。それに樹選びの儀って、聞いた話だと、僕自身は特別何かするわけじゃないって。行ってみなきゃ解らないって聞いたので・・・。」

 

「確かに何もする事はないわねぇ。お友達探しのサロンみたいなもんよ、"気の合う樹"がいるかどうかの。」

 

 気の合う樹とは・・・。

 

「・・・瀬戸、まさかそれはシャレのつもりか?」

 

 阿主沙が残念そうに一路の頭越しに瀬戸を見る。

 

「あら、程よく脱力できたでしょう?」

 

「何処かだ、見ろ、呆れておるではないか。」

 

 何と哀れな子羊よ、と言わんばかりに一路を見下ろす。

 

「い、いや、あの、何というか・・・。」

 

「何だ?」「何かしら?」

 

「え、えーと・・・樹雷皇様は普段は意外と砕けた感じで、瀬戸様と仲が良いんだなぁ・・・なんて、思った・・・り?」

 

 二人の威圧感に押されて仕方なく白状すると、阿主沙はこめかみを押さえ、瀬戸はニンマリと笑う。

 

「当然だ。四六時中、眉間に皺を寄せて厳つい顔をしておれというのか?いいか?オマエは知らんだろうが、ワシは好きで樹雷皇になったわけでも、樹雷皇になりたかったわけでもない!」

 

「え?!そうなんですか?!」

 

「好き好んでこんな不自由な生活に誰が身を投じるか!それもこれも、そこの"クソババア"の抜け目ない陰謀と・・・。」

 

 少女の微笑む声が聞こえた気がした、

 

「陰謀と?」

 

 一瞬言いよどむ阿主沙に一路は首を傾げる。

そんな事より、本当にクソババアって呼ぶんだと思いながら。

 

「100%陰謀だ。」

 

「それでもしっかり樹雷皇やってくれるんだから偉いわよねぇ、"阿主沙ちゃん"ってば。」

 

 事の顛末のほとんどを知る瀬戸としては、おかしい以上に愛おしくて仕方なかったはずだ。

 

「そのやり口がいかんから、この者にまでクソババアと言われるんだ。見てみろ、この人を騙す傍からバレてしまいそうな純朴そうな顔を。」

 

 何やらエラい言われようだが、クソババアと述べた事によって、何故だか阿主沙を始め樹雷の人々の信頼を集めてしまった事の方が一路には驚きだ。

 

「あら、アタシってば何て罪作りな女なのかしら、これも美人の宿命というものなのね。」

 

「シレっと自分で言うな、自分で。オマエも瀬戸に何か言ってやれ!ここにはワシ等しかおらんから何を言っても許す!」

 

 唐突に阿主沙に話を振られても困るのだが・・・。

 

「え?あ、その、瀬戸様が美人なのはそうだと思いますけど・・・。」

 

 白磁器のような白く美しい肌、鋭く妖艶な瞳、そしてそこに映える唇。

どこをどうとっても美人である事は否定出来ない。

 

「あら、本当、"正直"ねぇ。」

 

 一路の発言に対して、あっさり言い放つ姿に阿主沙は言葉が出ない。

 

「お二方共、本当に仲がいいんだなって羨ましく思います。」

 

「う゛・・・あー、瀬戸よ?ワシは今、少しだけこの若者に樹選びを勧めた事に良心が痛んだぞ?」

 

 オマエはどうだと話を振る。

 

「あら、奇遇ね、アタシも少しだけ、何故アタシの部下までもが彼を庇うのか解る気がしてきたわ。」

 

「それは何時もの事だろう!!解ったか?瀬戸はこういうヤツなのだぞ?今のうちに学習しておけ。」

 

 その言葉の後に、『学習してもどうにもならん時はならんが』と付け足す事も阿主沙は忘れない。

 

「・・・?あの、学習も何も、"この瀬戸様"とお会いするのは初めてですけれど?」

 

 沈黙。

もし、この場に他の誰かがいたら、コイツは何を言ってるんだ?

こんな鬼ババアが何人もいてたまるか!

果ては、あぁ、とうとう・・・君は疲れているんだ

等々・・・。

ありとあらゆる言葉で否定されるだろう。

しかし、そんな言葉は終ぞ二人の口から出てくる事はなかった。

 

「やはりそうか。」

 

 と、阿主沙は一路が瀬戸と鏡を正確に見分けている事と確認し頷き、そして彼に"も"何かしらの才能が備わっているのだという結論に達する。

 

「意外とあっさりバレちゃったわね、オンナのヒ・ミ・ツ・♪」

 

 瀬戸、いや鏡は新しい玩具発見とばかりに微笑む。

 

「そういえば、先程から瀬戸を"様"付けで呼んでおったしな。」

 

 宴の席で対面した時は"さん"付けで呼んでいたのを思い出した。

対外的な場ならまだしも、この場では様をつける必要もないはずだ。

 

「檜山くん?女の秘密はあんまり口外してはダメよ?」

 

 開いた扇子で口元を隠しながら呟く鏡を見て、あ、やっぱり違うやと一路は感じる。

一路が今まで知り合った大人の女性と(そんなに多くはないが)比べると、今この場にいる瀬戸の方が少し若め(失礼)というか、少々ノイケに似ている感じがする。

お姉さんタイプと言えば良いか。

一方記念館や宴の席にいた瀬戸はどちらかというと、鷲羽やアイリに似ている。

お母さんタイプと感じられた。

どちらがどちらというのもアレだが、一路的には後者の瀬戸の方がより親近感がある。

 

(顔が同じって事は姉妹なのかな?あ、でも、医療技術が凄いからそうとは限らないのか・・・う~ん・・・。)

 

 興味という点ではそのくらいである。

 

「あ、はい。秘密がある方が女性は魅力的に見えるっていうアレですね?」

 

 何かの本?アニメだっただろうか?

昔、そんなフレーズがあったような記憶がある。

 

「あらま、そんなの何処で覚えたの?解ってるじゃなぁい。」

 

(・・・・・・不憫だ。)

 

 そんなやりとりを尻目に、阿主沙は結局こうなってしまうのかと胸中で嘆く事しか一路にしてやれる事がなかった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第150縁:その樹の木陰で。

「やぁ、君が噂の強者(つわもの)だね?」

 

 朱色に染め上げられた回廊を抜けて行き止まりまで行くと、そこには好々爺といった印象の恰幅の良い男性が立っていた。

 

「僕の名は天木 舟参(あまぎ しゅうざん)。一応、樹選びの儀の門番みたいな事をしている。まぁ、どのみち樹に呼ばれないと通れない所が多いから特に門番が必要ではないんだがね。」

 

 にこやかに微笑む。

 

「あ、僕は檜山・A・一路と申します。今日はよろしくお願いします。」

 

「うんうん、知っているよ。久し振りに自分や阿主沙殿以外で、瀬戸殿に堂々と楯突く無謀な人物が現れたと思ったねぇ。」

 

 ここに至って一路はようやくアレ?僕ってやっぱりやらかしたんだなぁと自覚する。

暴言という点で反省する事はあっても、樹雷の人々にどういう反応や受け取られ方をするかまでは考えていなかった証拠だ。

それよりも、気になる事が1つ。

 

「天木様も?」

 

「おっと、様付はいらないよ?もう隠居の身でね。こうして門番や立ち会い人をしながら、次はどんな素晴らしい若者がやって来るのかと楽しみにしているんだ。あぁ、質問の答えだけれども、若い頃にねぇ。いやはや若気の至りというのかな?お陰で瀬戸殿達にコテンパンにされてしまったよ。」

 

「まぁ、舟参殿ったら。」

 

 あはは、うふふとまるで同窓会のような雰囲気を醸し出す二人に対し、すすすと阿主沙は一路の傍らに寄る。

 

「こんな事を言っとるが、そんな可愛いもんではないからな?人死が出てもおかしくないレベルの諍いだ。」

 

 小声で一路に囁く阿主沙の言葉に、権力者怖いっ?!というトラウマを軽く植えつけられそうだった。

 

「さて、始める前に軽く説明しよう。樹選びは比較的若い樹のいる部屋から順に巡って行く。向こうからも語りかけて来る事もあるから、直感で連れて行くコを選んでくれたまえ。もし、その場にいないとなれば、1つ上の世代に行く事になる。但し、一定以上世代が上の樹への部屋は呼ばれない限り踏み入れないからね?」

 

 手順は別として、芽衣が述べていた事とおよそ違いがなかったので、一路は質問する事なく頷く。

特に何の緊張もない。

 

「さて、じゃあ、深呼吸して。いやぁ、何だか自分までドキドキしてきた。」

 

 そう苦笑すると広間の中央に備え付けてあるゲートを起動させる。

 

「では行きましょうか。」

 

 瀬戸に促されて一路は淡く発光するそこへと足を踏み入れた。

 

 

 

 

「こんな所で油売ってていいのかい?」

 

「そっちこそ、こんな所まで来ていいの?」

 

 小さな部屋の中でだらしなく仰向けに寝そべっているのは二人の女性。

瀬戸と鷲羽だった。

 

「必要があれば何処だって行くサ、そうだろう?」

 

 と、鷲羽。

 

「そう。じゃあ、アタシは行く必要がなかったから、ここにいるの。」

 

 と、瀬戸。

互いに仰向けのまま、視線を交わす事なく数分の沈黙。

今頃は一路が樹選びの儀を行っている頃だろう事は、二人共解っている。

 

「どうしてあんなのつけたの?」

 

「何の事だい?」

 

 鷲羽は"昔から"こうだった。

寛容さと孤高さ、そして慈愛を合わせ持っていた。

彼と、子供と別れるまでは。

 

「名前よ、名前。解ってるんでしょ?」

 

 言わせないで欲しいわと独りごちる。

 

「いい"目印"だったデショ?」

 

「"人の名前"を迷子札みたいに。」

 

「事実、アンタは拾ったじゃないのさ。いいだろう?どーせ、もう使うアテもないんだ。」

 

 使うアテというより、使えなくなったと言った方が正しい。

皆が知る朱螺 凪耶はもう何処にもいないのだから。

 

「まぁ、正直なところ、何かあげたかったのよ、あのコに。自分をさ、それこそ自分で言うのもなんなんだけどね、こんなアタシを慕ってくれるあのコに。愛情表現ってヤツを。」

 

 ゴロリと寝返りを打った鷲羽は、瀬戸の横顔を見つめる。

 

(なんとも、まぁ、老けちゃって。)

 

 恐らくは禁句だろうから口には出すのを控えつつ。

そういえば、昔から気苦労を背負い込むタイプだったなぁと思い出す。

 

「アタシの名前じゃ物騒過ぎてアレだからね。愛情と信頼の証に、アタシの中で大事な名前を"宇宙限定"であげたのよ。」

 

 その言葉を聞いていた瀬戸も、彼女の方へ向き合うように寝返りを打つ。

 

「随分と入れ込んでるじゃない?」

 

 らしくない感傷かも知れない。

確かに鷲羽は血の繋がった息子を、建前上だが初めて亡くすという経験をしたわけだが・・・。

 

「そっちこそ、アタシは拾って見守るくらいで十分だと思ってたんだけど?」

 

「アタシじゃないわよ。阿主沙ちゃんがね・・・やっぱり親ってモノに何か思う所があるのよね。あのコ、樹選びの儀をしないかって言われた時、何て言ったと思う?」

 

 思うと聞きはしたが、瀬戸は特に鷲羽の答えを待っているわけではなく、一息置いて口を開く。

 

「樹に選ばれたら、樹雷の人間にならなければならないのなら、やらない。自分の戻る、帰るべき場所は樹雷じゃないからですって。」

 

 瀬戸の表情は呆れているのか、面白がっているのか読み取る事は出来ない。

 

「"らしい"わ、全く。」

 

 だがどうやら鷲羽にとっては予想の範囲内だったようだ。

 

「誰に似たのかしらね。」

 

「誰って、決まってるだろう、"親"にだよ。」

 

「どうだかぁ。そっちの悪影響じゃないの?」

 

「人聞きの悪い事を言いなさんな。」

 

 軽口を叩いて会話を楽しんでいるように思えるが、二人共一路が気になっている事には変わりはない。

 

「どうなる事やら。」

 

「そんなの決まってるさ、"朱螺"の名前に負けない、誰もが成程あのコらしいと思える結果を出すってね。」

 

 十分入れ込んでるじゃないと鷲羽に対して思いながら瀬戸は口に出さなかった。

 

「案外、次世代の朱螺になれるかもよぉ~?」

 

「だから継ぐような大層な名前じゃないって言ってるのに。」

 

「血が繋がってなくてもさ、そういう存在がいるってのもいいもんだよ?」

 

 瀬戸にしてみれば、鷲羽程ではないが娘もいるし、孫もいる。

それ以外にも養女がいて、一応血族という者はいるのだが、鷲羽が言っているのはそういう事ではないという事も解る。

 

「それこそ、彼次第じゃない?」

 

 瀬戸にとって、いや鏡にもだが、自分の人生にこれから先も寄り添えるだろう者はいる。

だが、朱螺 凪耶としてはどうだろう・・・それを覚えていて寄り添ってくれるのは、もはや目の前にいる親友しか・・・。

ふと、そんな事を思う瀬戸だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第151縁:彼は彼で彼なりに。

 初めは錯覚だと思った。

いや、そういう"人間が来る"という事は知ってはいた。

だが、それが檜山・A。一路とその仲間達であるというのを彼、雨木 左京が確認したのは、道を歩く一路の姿を遠目に見た時だ。

 

(何故だ?)

 

 何故かという理由は知っている。

しかし、それでも頭の中に浮かんで来たのは【何故】という単語だった。

一体、どんな魔法を使ってここにいるのだろうかと。

 

(何処へゆく?)

 

 思わず目線が彼の行く先を追う。

その先は基本的には住宅街しかない。

左京自身も幼い頃からよく行っている天木家の眷属が多く済むブロックだ。

結局、それ以上は跡をつける事はしなかったが。

それよりも一路が自分の住む国の一部の者に知られるような立場になっているという衝撃の方が大きかった。

そういう意味では、一路を自分の仲間に引き込もうと左京は先見の明があったのかも知れない。

もっとも、動機がアレではあるが。

しかし、それでも勧誘が成功していればの話だ。

 現に、左京は今回、父にその事について呼び出された。

呼び出された時に用件は聞かされていなかったが、すぐに見当などつく。

大体、あの父が子供と交流したいなどという理由で呼びつける事の方がありえない。

 

「GPから来客があったようだな。」

 

 だから開口一番、挨拶も息子を気遣う言葉もなく本題に入った事にも何の感慨も浮かばなかった。

父は無駄を嫌う。

それは、つまり、息子との交流もその無駄なモノの1つに入っている事に他ならないのだが。

 

「そのようですね。」

 

 それが解っているだけに左京も前口上なく、ただただ質問に答える。

 

「全く以て、度し難い事だが。その者は後日樹選びをする事になった。」

 

「は?はい、それは初耳でした。」

 

 一瞬、間の抜けた声を出してしまったが、すぐに取り直す。

 

「樹雷の特権たる樹を氏素性も知れん外から来た者に渡すつもりなどとは・・・樹があるからこそ、その威を以て樹雷は他に覇を唱えられるというのに。」

 

 珍しく愚痴のような・・・といっても、子供の頃から聞き慣れたフレーズの1つであるので、左京は相手に見えないように顔を顰める。

 

(だから樹に選ばれないのですよ、父上は。)

 

 心の中で左京は毒づく。

過去に父は天木家の推挙のもと、樹選びの儀式に出た事があるらしい。

結果はご覧の通りだ。

左京とて、確かに特権意識はあるが、それと樹は別の話だと思っている。

確かに、樹は政治的交渉のカードにはなるが、積極的に、というよりそれを使って他をどうこうしようとは思っていない。

樹雷人の誇り、アイデンティティとしての樹、あとは自分の実力を以て示すのが左京の中の特権とか選民という概念なのだ。

第一、そんな攻撃的な事を樹は許さない。

当然、そんな人間を選ぶはずもない。

それくらい左京どころか、5歳児でも解る。

だから、もし、今の自分が樹選びの儀式に出たとしたら、恐らく父と同様に選ばれる事はないとも思っている。

 

「それで私にどうしろと?」

 

 いつまでも父の愚痴に付き合っていられない。

 

「・・・いずれオマエにも樹選びをさせる事になるだろうが、今はまずその者が一体どういう人間なのか、そして出来れば"オマエの配下"にしたい。」

 

 そこで父ではなく、自分の配下という点に左京は再び顔を顰める。

 

「外の者という事は、だ。考えようによっては樹雷の誰にも、何処の家にも属していないという事、誰もが取り込もうと画策するだろう。」

 

 以前に勧誘に失敗しているとは言わない事にする。

樹雷人ではない者を自分の配下にはしたくはないが、息子の部下にならば問題ない。

寧ろ、どうでもいいというその自分勝手な思考に吐き気がする。

これでも、左京は左京なりに自分の一派に取り込む相手は選んでいる。

勿論、あくまでも自分の中の基準だが・・・そういえば、一路の時は何故だっただろうか?

 

「・・・父上、その者は阿重霞様を身元保証人にしてGPアカデミーに入学しているはずです。」

 

 そうだった。

たったそれだけのはずだった、はずだったのだ。

 

「何?成程な。いや、しかし、それはそれで樹雷皇の柾木家とのつながりを持てるやも知れぬ。」

 

 ふと、左京は自分の手のひらを見る。

そして思い出す。

あの目、GP艦が海賊に襲われた時、一路が自分に向かって差し伸べた手を。

自分に喰ってかかってきた瞳を。

 

(それだけだったはずだ・・・。)

 

「ともかく、巧く取り計らえ。」

 

 結局、用件はそれだけで、左京は返事もそぞろに父がいた部屋を出る。

自分の手を視界におさめながら。

 

「・・・・・・檜山・A・一路、目障りなヤツだ。」

 

 

 




何故か解らないけど、彼、意外と好きなのかも知れない(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第152縁:出会い頭の・・・。

 溢れる光、宙に浮く円盤の数々。

その一つ一つに樹が存在する。

但し、その全てが普通の植物のように大地に根付いているわけではない。

地に根付いた樹はやがて大地と同化し、その特殊な力を失うからだ。

これは本来、樹が惑星開拓の礎となる為だからだと言われているが、何処から来て何処へ還るのか、自分の存在とは何なのかと嘆く女神の想いの表れかも知れない。

 

(もう、このくらいじゃ驚かないぞ。)

 

 転送された先で学習能力を発揮させるのが、一路の第一の行動だった。

 

「どうかしら?」

 

「オマエはこれから、この樹の一つ一つと言葉を交わし、己の樹を見つけ・・・・・・?」

 

 樹雷皇としての威厳を以て、厳かに説明をしようと振り返った阿主沙は、視界の先にいるはずの一路を見失っていた。

 

「む?」

 

「二人共、ほら、彼ならそこに。」

 

 事態を把握しきれなかった阿主沙、そして瀬戸に舟参が指をさす。

そこには地面を転げまわる一路の姿があった。

 

「何を、しているのだ?」

 

「あひゃっ、ちょっ、くすぐったっ、うわっひっ、やめっ、やめてっ?!」

 

 脇腹を、体のあちこちを押さえたまま、ジタバタと身を捩らせる一路の姿に瀬戸と阿主沙はドン引きである。

 

「やっ、ひっ、せとさ、んっ、見てなあぁっ、で、たすけっ、てっ!」

 

「えーと、一言でいうと。彼、絡まれてるねぇ、樹に。」

 

 冷静な舟参の説明と助けを求める一路の声にようやく事態が飲み込めた。

 

「阿主沙殿が言わないと。」

 

「あ、うむ。あー、皆、よさないか。」

 

 第一世代の樹のマスターたる阿主沙が声をかける事で、ようやく悶える一路が止まる。

そこで初めて、一路の体が淡く発光している事が解った。

動けない樹の生体への接触行為である神経光だ。

通常ならば、線状のはずの神経光が寄り集まって一路に降り注いでいたのである。

 

「笑い死ぬ・・・かと・・・。」

 

 光がみるみる治まっても立ち上がれずに脱力したままの一路が、息も絶え絶えに呟く。

驚かないと構えてはいたが、まさかこんなこんな事になるなんて思ってもいなかった。

 

「ごめんなさいねぇ、気づくのが遅れちゃって。」

 

「まさか、樹選びがこんなにも"賑やか"なものだなんて・・・全然思わなかった・・・です。」

 

「賑やかだと?」

 

 なんとか息を整えつつ、感想を述べた一路には予想外の出来事だったのだが、彼のその感想を聞き逃さなかった阿主沙は訝しげに問い返す。

 

「ここに来た時から五月蝿いくらい賑やかですよ?今はそんなもでないですけれど、ほら子供の、赤ん坊の声みたいなのが。」

 

 一路は天に向かって指をさしたが、それに対して顔を見合わせたのは阿主沙と瀬戸の方だ。

 

「それはきっと樹が君に挨拶しているんだよ。」

 

「挨拶?なんて過激な挨拶だ・・・こんにちは。もう、あんな挨拶はやめてね?僕が笑い死んじゃうから。」

 

 宇宙に出て死因が笑死はカッコ悪過ぎる。

 

「あ、僕の名前は檜山・A・一路、よろしくね。」

 

 自己紹介をしていなかったと一路は周囲に向かって語りかける。

 

「いやはや、礼儀正しい子だねぇ。そして何より面白い。いやぁ、長生きはしてみるもんだ。」

 

 呑気に声を上げる舟参に対して、瀬戸と阿主沙は何やら2、3言話し合った後に一路に向き直る。

 

「よし、一路。」

 

「はい?」

 

「ワシは決めたぞ。ここは飛ばして、次の部屋に行く。そこでもう一度樹が何を言っているのか聞いてみろ。」

 

「え?もう次ですか?ここはいいんですか?まだ入ったばかりなのに?」

 

「樹は沢山いるわ。今ここで決めて、後でもっとカワイイコと出会ったら困るじゃない?」

 

 微妙過ぎる例である。

第一、一夫多妻制もOKな樹雷でそれを言ってもと思うのだが、そこは一路にでも解るようにと説明したのだろう。

実際、一路にしてみれば、言いたい事は解るが、特にプレッシャーも感じずに物見遊山気分でここまで来たので、それ程心動かされる提案でもなかった。

 

「いいじゃないか、檜山君。奥に行けば行く程、レアで時に何処へ導かれるか解らないなんて、ちょっとした冒険で滅多に味わえるものではないのだから。」

 

 あ、この人は意外とマトモなのだなと一路は思う。

少し、樹雷に来てアレな人なかりと接していたせいだろうか。

そういえば、昔は瀬戸と真っ向から対立していたみたな話をしていたし・・・。

 

「あ、えと、苦労なさったんですね。」

 

 思わず思考の結論を口に出してしまった。

 

「ん?あっはっはっはっ、うん、うんうん、君は確かに次の部屋に行くべき人間かもね。」

 

 今度は一路に代わって涙目になるくらい笑った後、舟参はぽんぽんと一路の肩を叩く。

 

「いや、本当に長生きっていいねぇ。ねぇ?」

 

 そう言うと舟参は瀬戸と阿主沙に微笑むのだった。

 

 




さてさて、行く先はどのお部屋かな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第153縁:導きの再来。

予約投稿の時間を間違えていた件について。


(う~ん・・・。)

 

 次の部屋へ行けと言われて部屋を移ってみても一路にはピンとこなかった。

阿主沙達にしてみれば、樹の世代が変わるという事は重大案件なのだが、そういった緊張感というものは一路には微塵もない。

というより、あまりよく解ってはいない、気になどしていないと言えばいいだろうか。

強いて挙げるとすれば・・・。

 

「ちょっとだけ言葉みたいな?単語が・・・聞こえま・・・す?」

 

 先程は言葉にならない音の羅列のようなものだったが、今は少しだけ明瞭になった気がした。

一路に触れるてくる神経光も先程より心なしか一つ一つが太いようにも感じる。

 

「言葉か。言葉として聞こえるのだな?」

 

 阿主沙が再度確認するので頷く。

 

「ありがとう。僕、檜山・A・一路っていうんだ。よろしくね。」

 

 樹からの神経光に対し、いちいち丁寧に言葉を返す一路の姿に瀬戸は眉根を寄せる。

どちらかというと・・・違和感にだ。

 

「一路殿?アナタもしかして・・・。」

 

 一路の飄々とした態度にもしやと思い問い詰めようと口を開いた瀬戸だったが、それは一路の言葉に遮られた。

 

「今の!!い、今の見ました?!」

 

 興奮に急に声を上げる一路に他の三人は顔を見合わせる。

 

「何を見たというのだね?」

 

 三人は何かを確認したという事はないとだけ共通の認識を持ったが、興味がある事には変わりがない。

 

「同じだ!同じだったんです!!」

 

 しかし、全く以て質問の回答になっておらず、会話すら成立しなかった。

それでも、一路はいてもたってもいられないというようにソワソワしだす。

一路以外の三人が何かをしたという事はないのだから、残る選択肢は樹が何かをした事に他ならない。

 

「落ち着け。」

 

 そう阿主沙が促しても無駄だ。

 

「ねぇ、みんな!"あの人"がどっちに行ったか教えて!お願いだから!」

 

 一路が周囲に響き渡る大声を出すと、樹々の神経光が乱舞する。

それは音楽のような・・・。

 

「あっちだね?ありがとう!」

 

 瞬間、一路は駆け出した。

強化された身体をフルに使って。

 

「あ、待ちなさい!」

 

「いや、瀬戸、よい。放っておけ。」

 

 当然ながら瀬戸の静止で止まる事はないのだが、瀬戸を遮ったのは以外にも阿主沙の方だった。

 

「阿主沙殿?」

 

 自分を止める阿主沙に非難めいた声をあげようとした瀬戸は、阿主沙の余りにも穏やかな眼差しを見て喉の奥に引っ込んでしまう。

 

「ここには"人間"は他にはおらん。ワシ等以外はな。」

 

 しかし、一路は確かに"あの人"と口にした。

だから、阿主沙は一路を止めようとはしなかった、出来なかった。

出来るはずがないのだ。

"かつて自分と同様に奥へ向かう"一路を。

 

「あの人と問うた言葉に樹は応えた。それで十分だ。ワシ等は外で待とう。」

 

「そうだねぇ。そもそも彼の行く先は"阿主沙殿以外、誰も入れない"だろうからね。」

 

 あっさりと引き下がっていく阿主沙。

その姿にどうこう言う事もなく追従する舟参。

舟参にも阿主沙がどう思っているのかは、解っていた。

一路の向かう先に"誰が"いるのかも。

二人の背を交互に眺めた後、瀬戸は先程まで一路に問おうとしていた言葉を思い出す。

それは一路が求めている事、その道程の先。

何の為に樹選びに挑み、樹選びの儀式、ひいては樹雷に対してどんな心を持つに至ったのかだった。

 

「二人共。」

 

「何だ瀬戸、くどいぞ。」

 

 二人がそそくさと一路を追うのを諦めた理由、"本当のところ"は瀬戸とて解っている。

でも、今回はそういう事ではなくて・・・。

 

「あのコの樹の事なんだけれど・・・多分、二人共何か勘違いしてるわよ?」

 

「勘違い?」

 

「どういう事かな?」

 

「多分あのコ・・・。」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第154縁:女神の気まぐれ。

「にょっと。」

 

 鷲羽はその穴をくぐって部屋に入る。

瀬戸と一通り会話した後はすぐに帰ろうと思っていたのだが、そこではたと思い至ってそこに向かう事にした。

 

「えぇっと、一応は初めましてだね。」

 

 その部屋にいた先客に向かって声をかける。

体育座りのまま、ぼんやりと壁を見つめていたその人物は、突然現れた闖入者に特に関心がないようで、全く見向きすらしない。

 

「折角、【通り抜け的なアノ輪君】を使って来たんだからサ、突っ込むとは言わないまでも驚いて欲しかったんだけど?」

 

 大仰に悲しむフリをしてから、その人物、灯華を見下ろす。

 

「アンタは十中八九、"時間凍結"の刑になる。」

 

 時間凍結とは、死刑がないと"表向き"にされているこの地でのほぼ最高刑罰になる。

表向きというのは、戦闘行為中の死亡だったり、護送中の死亡事故は少なからずあるからだ。

ほぼというのも、記憶の抹消や矯正という同列の、それこそ死刑に類する刑罰が存在するからなのだが、この時間凍結もそれに近い。

犯罪者の時間を凍結させるというのは、そこに生きていたはずの時を奪う。

一言で表せば浦島太郎状態である。

共に生きたであろう人、物、その全てを亡くすという事だ。

それは確かにその時間の流れにおいては死刑と言えなくはない。

 

「まぁ、アタシは、それはどーでもいいんだわ。ただねぇ、一路がそれを許さない。」

 

「いっちー、が?」

 

 そこでようやく鷲羽の独り言のような語りかけから、会話らしい入口に入る。

 

「アタシが今すぐココから出してあげてもいいんだけどサ・・・。」

 

 腕を組んでう~んとわざとらしく唸る鷲羽の姿に、灯華は確かにここまであっさりと入ってこられたのだから、出て行くのも簡単なはずだと彼女を見つめる。

 

「それってぇ、アンタはおろか、一路の教育にも良くないヨネ?」

 

 本当に、非常にワザとらしい。

 

「一路は、今、アンタの為になるんじゃないかって悩みながら、樹選びの儀式に挑んでる。」

 

「どうして?!」

 

「ん?それは"どっちの意味"でだい?」

 

 何故、自分の為にそんな事をするのか?

何故そんな事態になったのか?

どちらにしても、灯華の為という点に帰結するのだが。

 

「ん~、簡単に言えば、納得がいかないからじゃない?人間の行動原理なんて案外単純なもんサ。」

 

 先程とはうって変わったように話に食いついてくる灯華の姿に鷲羽は満足げだ。

満足げに頷いてから、真剣な表情を作る。

 

「でだ、どうする?どんな結果になったとしても、どんな目に合おうとも一路について行くかい?アンタがきちっと選ばないと、あのコのやってる事が全部無駄になるんだよ。それは"効率的"じゃないヨネ?」

 

 効率的とは言ったが、人生において効率的である事が至上であるとは限らない事ぐらい鷲羽だって解っている。

勿論、灯華にしてもそうだ。

確かに灯華を連れ戻す為に一路は宇宙に出たのだから、灯華が拒否すればそこからの時点から必要がなかった事になる。

実際は新たな友人が出来たりと、得難い経験を得られたりしているのだが、それはそれとして置いておいて鷲羽は問う。

 

 長い沈黙。

 

その沈黙の後、鷲羽はくるりと灯華に背を向ける。

 

「ま、言いたいコトはそんだけ。時間はまだあるからサ。」

 

 そして、入って来たのと同じように例のアノ輪に足をかけて潜る。

 

「あー、これも教えといてあげるよ。一路さ、アンタに会ってどうしたいって言ったと思う?"お弁当"だってサ。アンタの作ったそれを食べたいんだと。ヤレヤレ、胃袋を掴むとはよく言ったもんだねぇ。んじゃ。」

 

 本当に言いたい事を一方的に言いたいだけ言って鷲羽は去っていった。

壁の穴はもう消え、元の冷たい壁に戻っている。

そんな壁を見つめたまま、灯華は一人、一路の事を想うのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第155縁:降臨。

 瀬戸が自分の感じた事を二人に話している時、一路は必死に走っていた。

 

(絶対に見間違いなんかじゃない!)

 

 その証拠に彼の耳には次々と囁き声が入ってくるのだ。

ある声は行き先を示し、ある声は自分を激励してくる。

その声の導きのままに熱病にうかされるよりも少し、確固たる足取りで進む。

時に行き止まりかと思えた場に直感で飛び込み転送、転送させられる度に周囲の色が空気が、ひいては世界が少しずつ変化してきている事に一路は気づいていない。

気づく余裕がなかった。

ただ、途中から耳に入る声がはっきりしたものになりつつも、数が減ってゆき、その間隔が空いていくとやがて一切が聞こえなくなった。

 

「待って!」

 

 もう一度、探していたモノの服の裾が視界に入った時には力の限り叫んだ。

 

「はい、待ちますよ。ここがゴールですから。」

 

 そう返事があって初めて、その存在が現実にあるという認識がやっと出来た。

 

「やっぱり・・・。」

 

 自分の声に応えて振り向く女性の姿に一路はほっと息をつく。

灯華とは違った意味で、会えるのならばもう一度会いたかった人だ。

いや、人と表するには間違っているのかも知れない。

何より、もう二度と会えないのだろうと思っていたのだから・・・。

 

「やっぱり"天使さん"だった。」

 

「天使さん?」

 

 それはあの時、地球での死、この宇宙の理論でいうところのアストラルの海に沈んでいきそうになった一路の手を取り、引き戻してくれたあの和装の天使だった。

 

「あ、あの時は名前が聞けなかった・・・から。」

 

 だからといって天使という通称は、少々恥ずかしい。

そこに気がついて赤面する一路を見て、相手は微笑む。

 

「そうでしたね。私の名前は・・・。」

 

 微笑んだまま自己紹介をしようとした天使は、少し間を空けて笑みの形を変えると・・・。

 

「名前は、天使さんという事にしておきましょう。」

 

 あっさりとそう言い放つ。

 

「・・・命の恩人にそれはどうなんでしょう?」

 

 だが、本人(?)にイタズラっぽく微笑まれながら言われてしまっては、強く反論する事も出来ない。

 

「私はそんなにだいそれた事はしてはおりませんよ?どんなに力を尽くそうとしても、生きる力、意志がない人はどうにも出来ません。ですから、あれは貴方自身の力なのです。」

 

「そういうものでしょうか?」

 

「えぇ、そういうものなんですよ。」

 

 断言されてしまうと特に言いかせないのは何故だろうと思いつつ。

 

「じゃあ、天使さんで・・・えと、天使さんは樹雷の方だったんですか?」

 

 あの時は和装の天使というインパクトと樹雷という存在を知らなかった。

今ならば、彼女の着ている変則的な和装が樹雷の衣服と酷似している事が解る。

 

「そうと言えば、そうとも言えますし、微妙なところでしょうか。」

 

 YESかNOの問いにこうまで微妙で曖昧な答えが返ってくるとはおもわなかった。

しかし、この場にいるのだから少なくとも樹雷の関係者である事には間違いないのだろう。

そうなると次に出てくる疑問は当然決まっている。

【一体、何の目的で何をしにこのタイミングで現れたのか?】

このタイミングだというのは、自分が樹選びの儀式に挑んだからなのは恐らく間違いない。

となると・・・。

 

(天使さんは・・・。)

 

「一路さんにもう一度会ってお話をしてみたかったという事もありますが、頼まれてしまいましてね。」

 

「頼まれた?誰にです?」

 

 もっともな突っ込みである。

 

「それは"船穂"と・・・。」

 

 全く聞き覚えなのない名が出てきた後、天使は一路に向けていた視線をついと外す。

そして、その先には・・・。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第156縁:天突く樹の下を照らす月は・・・。

 人がいる。

しかし、そんなはずはない。

建前上は門番である舟参がいるのだ。

彼が自分達以外の人を通す事はあるかも知れない。

だが、一路の直感はそれを否定していた。

限りなく人であるが、人の形をしているが、人とは言い切れないと訴えている。

何かが人の形をしている。

能面のような表情、まるで感情というものを見て取れないというのに何処か儚げで、でも芯の強さと穏やかさ・・・そして美しさを持つ。

そんな女性が天使の傍らに佇んでいる。

 

「時間は3分もあげられませんよ?」

 

 天使がそう呟くとその女性が頷いた気がした。

 

「檜山 一路さん。貴方は樹雷に、"私達”に何を望みますか?」

 

 唇は動いてはいなかった。

しかし、その言葉は一路に届く。

それが物理的に放たれた声か否かは一路には解らない。

そんな事よりも、目の前にいる女性の問いの方が、一路の心に刺さった。

一路の本心を的確に見透かされたからだ。

 

(この人は解ってるんだ。)

 

 思わずゴクリと息を呑む。

これを嘘や誤魔化しで乗り切る事も出来るだろう。

しかし、それが正しいのか?果たして誠実と言えるだろうか?

それを考えると答えざるを得ない。

何より、目の前にいる女性に与えられた時間は3分のみなのだから。

 

「・・・・・・何も。」

 

「何も、とは?」

 

 何とか絞り出した一言でも女性は追求してくる。

再度確認をされ、一路は目の前の女性と天使を見比べる。

自分をここに導いた相手は何も言わない。

言ったのは3分という時間の区切りと、ここがゴールという事だけ。

という事は、最初からこれが目的なのだろう。

 

「僕は、宇宙に出る事、樹雷という国に憧れがありました。」

 

 これは嘘じゃない。

灯華を連れ戻すのが目的ではあったが、広大な宇宙と進んだ科学文明、様々な種族、全てが新鮮な驚きと発見の連続だった。

 

「う~んと、うまく説明が出来ないけれど・・・。」

 

 色んな出会いがあって、樹雷に来て全に問われて、そこで一路は改めて考えるようになった。

勿論、樹選びに関しても。

 

「えっと、結論だけ言うと、僕はやっぱり樹雷の人間にはなれない、樹もいらないです。」

 

 目の前の二人は、一路の言葉に互いの顔を見合わせる。

この光景を見て、やはりこれでは説明が足りてないなと一路は思う。

 

「樹の力は素晴らしいけれど、僕にはそんな力はいらないし・・・。」

 

 全は樹があれば環境問題もエネルギー問題も解決出来ると言っていたが、これが地球にあればなどと感動はした。

だが綺麗事だとは解っていても、その解決を樹だけに押し付けている気がして、どうにもすっきりしなかった。

第一それじゃ、問題を起こした当の人類が何の努力もしていないじゃないか。

 

「僕は心の弱い人間だから、そんな力があったらきっと頼ってばかりになっちゃうだろうし、そんな依存は間違ってると思うから。」

 

 それを自分の力だと錯覚してはいけない。

自分を特別だと思ってもいけない。

あくまでちっぽけな人間なのだ。

 

「樹にも意思があります。力に限りも。全ての望みを叶えられるわけではありません。」

 

 樹にも最低限の善悪の判断や思考基準はある。

ただ、攻撃性という点においては矛盾を孕んでいるのは、以前、山田西南が神武を用いた時に精神汚染という結論で証明したばかりだ。

 

「だから余計に。僕は樹雷人になれないし、樹雷を自分の国とは思えない。そりゃあ、今の日本人は愛国心の高い民族とは言えないけど、でも、僕の帰る場所は地球のそこだから。第一、意思のある樹を、ここに来るまでだって沢山話しかけてくれた樹を他の樹と引き離すなんて考えられない。」

 

 樹々のネットワーク範囲は広大なうえに、若い樹は同族意識が希薄なので一路の言うような心配はないのだが、一路にとっての国家や家族論というのは、そういう事なのだろう。

これは今まで一路が生きてきた中で築かれた価値観だ。

 

「本音をもっとぶっちゃけちゃうと、樹雷の国の構造は好きじゃなくて・・・何処か変で・・・樹雷の人にとって樹って何なんだろう?神様みたく崇めるモノ?ただ船に乗せる動力源?解りやすい権力?」

 

 どれもが正解で、どれもが間違いという気がする。

少なくとも、一路が出会い見てきた樹雷人はそのどれかだったと思う。

 

「人と樹は別物で、どちらかに依存するものじゃなくて、したとしてもいつかは、その、卒業しなきゃいけなくて・・・。」

 

 親離れみたいなものだ。

いずれではなく、強制的に母と離されるようになった一路ならではの感覚だろう。

何もかも樹を中心として決定され回ってゆく樹雷。

一路にはそういった樹雷の歪な側面ばかりが焼きついてしまった。

そんな風になってしまうのならば、一路はそもそも求めたりはしない。

 

「対等ではないと?一路さんはそんな関係は望まないという事なのですね?」

 

 天使が呟く。

 

「え?あれ?そういう事なのかな?うぅ・・・僕はただ"友達"になるくらいが丁度いいかなって思ったんだ。喧嘩も出来ない、お願いばかりを都合よくする相手じゃ、信頼も友達関係も出来ないかなって。でもそれって樹選びの儀式なんかしなくってもなれるもんじゃないのかなぁ・・・て?」

 

 鋭い視点で切り込んできたかと思えばコレである。

そもそも樹選びの儀式は、誰彼構わず樹を与える事のないように二重のセキュリティの意味合いがあったのだが、それすらも一路には歪に感じるのだろう。

樹とは、共に並び立って歩んで行くモノではないのかと一路は言いたいのだと、天使こと津名魅は理解する。

姉と共にこの銀河に降り立ってから、一神(ひとり)で歩むようになった時に出会った兄妹を思い出す。

まだ樹々がなかった頃、樹雷という国もなく、彼が総帥という名で呼ばれていた頃を。

 

「繋がりによって社会や国が出来るのであって、人が手を広げなければ何も生まないというのは真理ですね。」

 

 以前、NBが言っていた事が一路の脳裏に浮かぶ。

あの時のNBは、永遠の孤独こそが人の心の、世界の平穏を生むと言っていた。

一路はそれはナンセンスで、余りにも寂しく悲し過ぎると反論したが、つまりはそういう事なのかも知れない。

 

「それが貴方の、貴方だけの国なのですね?」

 

 一路だけの国。

まるで答え合わせをされた気分だった。

一路の心の奥底で何かに火が灯るような・・・。

 

「では、契約はやめにしましょう。勿論、樹選びも。一路さんには必要ないのですもの。そんな事よりも、"私達"とお友達になる事の方が重要で大切なのですものね?」

 

 一路は、初めて目の前の女性から人間味を感じた気がした。

その微笑みと共に。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第157縁:あの頃の自分は・・・。

「樹を選ぶつもりがないだと?!」

 

 瀬戸の言葉を受けて阿主沙は大声を上げる。

 

「あくまで彼の言動を鑑みての推測よ?」

 

 推測ではあるが、一路の何処か他人事のような樹選びに望む態度を見るに間違いはないだろう。

変な確信がある。

 

「ぬぅぅ・・・いや、確かに樹選びの儀式に乗り気ではなかったが・・・資質はあるのだと確信があるからこそ、ここにさえ連れて来れば・・・。」

 

「樹と契約するとでも思った?自分の時はあんなに嫌がってたクセに、あのコはそうじゃないって、どの口が言うのかしら?」

 

「あ、あれはだな?!」

 

 自分は選ばれないと思っていたから。

阿主沙はそう反論したかった。

樹の声すら聞こえない、聞くことの出来ない自分には樹を持つという事など到底無理な話で・・・彼女"達"を落胆させるだけだと。

ならば樹雷にとって自分は必要のない人間ではないか。

当時の阿主沙にとって、樹選びの儀式というのは死刑台へと続く階段でしかなかった。

 

「時代は巡るというけれど、なんというか、時代の波とでも言うのかな?新人類なんだねぇ、きっと。」

 

 これはこれで面白いなぁと述べる舟参は本気で楽しんでいる。

 

「昔は時代の波に乗らなきゃいけない。いや、その波すらも自分で起こすんだと思ったものだよ。」

 

 身の程を弁えたというより、牙を抜かれた、腑抜けたと今の舟参を揶揄する者もいるだろう。

しかし、舟参自身はそう変わったとは思ってはない。

いや、変わりはしたが、それが全てだとは思っていないのだ。

その証拠に今も自分は樹選びの門番を担っている。

 

「でも、こんなになってもまだ役目というものはあるんだよ。もし、彼が樹を選ばなくとも選んだとしても、責任を以て結果を受け止める。まぁ、ちょっとはしたないけれど、ケツを持ってやるのが大人ってもんじゃないかい?」

 

 樹雷の男としての矜持も、当然大人としての矜持も捨てたわけじゃない。

名誉職の半ば世俗から離れ隠居した身だからこそ、若者達に任せ、時に矢面に盾になってこの生を終えるべきだ。

それが出来ないというのならすぐ様、樹雷からも出て行かなければならない。

舟参はそう考える。

 

「あら、今、すんごい株が上がったわよ、舟参殿。」

 

 この時ばかりは、あの往年の舟参の姿がダブる。

しかも、あの時のような嫌な気がしない。

 

「それは嬉しいな。」

 

「それに比べ・・・。」

 

 アンタの株は大暴落よ、と言わんばかりの視線が阿主沙に注がれる。

 

「阿主沙殿、こんな自分にだってこうも変われるのだから・・・。」

 

 若い者を大人の都合で型に嵌めて矯正したところで・・・。

 

「なんだなんた、まるでワシだけが悪いみたいではないか。元を正せば瀬戸、オマエのせいなのだぞ?」

 

「あら、そうだったかしら?アタシ過去は振り返らないオンナなのよねぇ。」

 

 などと言っても、鏡・瀬戸としての記憶のみならば共有化していた時と比べ、それ程多くはないのが事実なのだが。

 

「あのぉ・・・・・・お取り込み中ですか?」

 

 ・・・・・・。

ぽつり。

今まで会話に参加していた声とは違う声、闖入者が。

非常にすまなそうな顔をした一路が、小さくなりながら二人の後ろに立っていた。

 

「ば、馬鹿者、戻ったのなら戻ったと言え。」

 

 転送された一路の気配に気付けなかった阿主沙がそうこぼす。

だが、そこではたと気づいた。

 

「・・・契約したのだな。」

 

 樹雷本国、しかもその中心たる天樹の中で樹雷皇の自分が真後ろに転送されてきた人間の気配が解らないという事はありえない。

正確には第一世代【霧封】と契約している自分がだ。

つまり、その事実は一路が"同等"の樹、或いは"隠れんぼが得意"な近い世代の樹と契約した事を暗に示していた・・・はずだった。

 

「いえ、契約"は"しませんでした。」

 

 見事に裏切られる。

そこにいた阿主沙以外の二人は、あぁやっぱりという顔をしたものの、阿主沙には到底納得出来ない。

 

「では・・・。」

 

「天使さんに会ってきました。」

 

「は?」

 

 天使?

 

「もう会えないって思ってました。出来るならお礼言いたかったんです。」

 

 呆然としている阿主沙をよそに淡々と一路は言葉を続ける。

空気が読めないとばかりに矢継ぎ早に。

 

「・・・・・・"奥の間"にたどり着いたのではないのか?」

 

 そんな状態で、阿主沙がなんとか問い返せたのはそれだけだった。

 

「あ、えーと・・・奥って言われても、奥が何処だってのが・・・。」

 

 看板があるならまだしも、初めて訪れた場所だけに一路にはそれが解るはずもない。

 

「嘘をつけないタイプなのねぇ・・・。」

 

 言ってはいけないと解っていたのに瀬戸は言ってしまった。

確かに自分の性格上、一路が何を誤魔化す、或いは躊躇っているのかは気になる。

普段の自分だったら突っ込んで聞くかもしれない、いや聞く。

ただ、それは別に今じゃなくてもいいだろうし、いずれ解るというのならそれでいいと思った。

第一言いたくない人間が傍にいる状態で言えるはずもないだろう。

そう、一路が隠したいと思っているのは、阿主沙に対してのみに思えたからだ。

 

「ふむ。」

 

 しかし、一路を睨む阿主沙の視線は、現状からの話題転換を許さない。

 

(ほんっとに大人気ないわよ、阿主沙ちゃん。)

 

 今度は口に出さなかった。

・・・出しても良かった気もする。

 

「あぁ・・・えーと・・・。」

 

 一路に縋るような目で見られてしまうと、思わず助けたくなるものねぇ、きっと周りの皆もそうって事よねぇと呑気に納得するだけだった。

 

「約束しちゃったもので・・・。」

 

「約束?」

 

「・・・・・・お、面白いから阿主沙ちゃんにはナイショにしときましょうって・・・・・・。」

 

 どうやら言いたくなかったのは内容の方ではなく、その前の段階の話だったようだ。

 

「あ、あぁ、成程。"あの子"か・・・実にあの子らしい」

 

 真っ先に一路の言葉の意図を理解したのは皮肉にも舟参だった。

苦しそうな泣きそうな表情を作って呻くと、ただただ頷く。

 

「はぁ・・・。」

 

 深い溜息をついて阿主沙は項垂れる。

 

「全く、ドイツもコイツも!もうよい!!」

 

 その時、その時だけはまるで子供のような反応だと誰もが思ったのだった。

 

 

 

 




ちょっと舟参の株を上げてやりたかったんだよ、あのじぃさんだって想うとこはあったんだと思うよ。
じゃなきゃ、やるせないじゃないか・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第158縁:そして今日も前途多難。

「それで?これからどうするつもりなのかしら?」

 

 舟参と別れ、来た時と同じように道辿って帰る。

 

「アカデミーに一度戻ります。もう除籍されていると思うけれど、宇宙船を勝手に持ち出しちゃったので・・・アイリ理事長と静竜先生に謝らないと。」

 

 やってしまった事は後悔はないが、その行為自体は犯罪なので宇宙船を返却して謝罪し、然るべき処罰を受けなければならない。

灯華と同じようなものだ。

 

「何故、そこで天南の馬鹿息子が出てくる?」

 

 阿主沙の口ぶりからして、先生自身の事は知っているようだったので、その辺りの事は省略し一路は説明する。

教科担当である事、そして半ば騙すように(と、しておいた方が先生の名誉のためにも良いと判断して)宇宙船を手に入れて今に至る事を。

そんな一路の話を聞いて黙り込む阿主沙。

 

「ま、まぁ、その辺はこっちでも穏便に済むようにアイリ殿にもお願いしておくから。」

 

 阿主沙が押し黙り、それが非常に不機嫌だと解る表情をしていると気づいた瀬戸が間に入ると、慌ててフォローを始める。

 

「・・・天南の倅に、瀬戸。その他に色々と・・・少し、"アレ"過ぎはせぬか?」

 

 アレとはどういう事だろうと首を傾げるが、阿主沙の脳裏に浮かんだ人間の名は一路には解らない。

解らないが、これはきちんと言わねばならぬという事だけは解る。

 

「生徒想いのいい先生ですよ?奥さんのコマチさんにもお世話になってますし。」

 

 困った事に一路の方は当然の如く本音を言っているのだから、それを聞いた阿主沙が余計に渋面になるのも無理はない。

最早、病気か変な宗教かと思うばかりだ。

 

「どうやら今回は"天才"の目が出てるみたいねぇ。」

 

 こっそりと耳打ちする瀬戸。

 

「良いか?アレの事で何か不便を感じたのならば、必ず他の"良識ある"大人に言うのだぞ?」

 

 ちなみにその良識的とやらには、瀬戸もアイリも入っていない。

ギリギリ戦闘モードではない時の美守くらいか。

 

「はぁ。」

 

 逆に一路の方はというと今ひとつピンと来ていない。

というより阿主沙の意図が解らなかった。

 

「い・い・な・?」

 

 力強く言われて頷くに至る。

 

「で、穏便に済んだとしてその後はどうするの?」

 

 何らかの罰則はあるだろうが、その後にGPに居続けられるかは別だ。

一路自身、既に学籍・所属は抹消されていても驚かないし、そのつもりでいる。

そもそもアカデミーの入学自体が目的達成の手段であって・・・それが楽しくなってしまった面は確かにあるが。

 

「皆が残れるなら全責任を取って退学になるのは構わないし、戻れなくても仕方がないとは思うんですけど、どうなったとしても一度地球には戻ろうと思ってます。」

 

 自分が突然いなくなった事に関しては鷲羽がどうにかしてくれていると信じきっているので、それ自体は何も心配はしていない。

していないのだが、それでも父の事とか気にならないわけではない。

今や、たった一人の肉親なのだし。

 

「地球を出る時に、天地さんに餞別で貰った木刀を折ってしまったので、謝りに行かないと・・・。」

 

 この木刀がなければ今の自分はない。

感謝してもし足りないのに、それを折ってしまったというショックはそれなりに大きかった。

思わず腰にさしたソレを撫でる。

 

(・・・遙照の・・・"船穂の木刀"か・・・放蕩息子にしては粋な事をすると褒めてやりたいところだが・・・国家機密だぞ、馬鹿者。)

 

 恐らく木刀以上の硬度で彼を守り、能力に関する電波塔のような補助の役割もしてきたのだろう。

 

「全く、何処までも律儀なヤツめ。どれ、もしアカデミーから地球への足がなければ連れていって・・・。」 「阿主沙殿。」

 

 最後まで言わせる事なく瀬戸が阿主沙の言葉を遮る。

樹雷皇自ら船でとなったら、何の軍事行動とも思われかねない。

いや、樹雷の人間というものは生来が宇宙の民というか、風来坊、冒険野郎の気質が抜けないのだ。

阿主沙自身、この地位についてなければ今頃銀河中を旅していただろう。

可愛い愛娘に会いたいというのもあるが。

 

「確かにそれくらいの手段なら用意しましょう。出たくなったら天地殿達がいるのだし、でもそういう事ではなく、もっと後の話ね。」

 

「もっと後?」

 

「どうするつもりなのかしら?ずっとそのままでもいいのだけれど、アナタの周りの人間はそっとしておいてくれないでしょうね。」

 

 嫌な大人の言い回しだな。

数時間前の一路だったらそれだけしか思わなかったかも知れないが、今は違う。

"樹雷の人間"である瀬戸と"地球人"の一路にとって、これは必要なやりとりなのだろう。

なんとなくだがそう思う。

これも説明された自分の能力の一つなのだろうか?

 

「樹選びに成功したか失敗したかは関係ないわ。樹雷の人間以外の者が樹選びに参加しただけでそれはそれは優秀な人間と認識されるの。そりゃそうよねぇ、樹と契約した人間が樹雷の、それも何処の所属でもないとしたら、それこそたぁっいへ~ん♪」

 

 何が大変だ、この鬼ババア。

それを言ったら山田西南がモロそうではないか、本人に確認も取らずに結婚式の準備すらしてたクセに。

阿主沙は今も銀河中を飛び回ってる青年を不憫に思う。

 

「何か・・・面白いですね、そういうのって・・・。」

 

 一路は一人微笑む。

 

「樹と契約したかどうかは関係なくて、ましてや僕の人格なんてのも重要じゃなくて、どっちかっていうとどうでもいい事で・・・大人になるってそういう事なんですかね?」

 

 名前とか人格とかそういうモノではなく、記号みたいに。

社会の歯車とは日本でもよく例えたりするが・・・そういう扱いは一路が地球で学校に行かなくなった時の大人達と近いものがある。

その辺りは、意外と冷静に一路の中で処理できているのだが、なんだろうか、それと同じような感覚が宇宙に出てもあるというのは・・・。

以前に指摘された通り、少々の幻想や理想が自分の中にあったのやもと認めざるを得ない。

 

「そうだな。大人というとなにかとメンツ、メンツだ。ワシもそうだ。子供の頃にそんなもんの洗礼を浴びた結果が"コレ"だ。」

 

 それで樹雷皇というのはそれはそれで凄いんじゃないかと思えるが・・・。

 

「守る者が増えるのはな、失う可能性も増えるという事だ。そしてそれを失う事や傷つく事に対しての恐怖は総じて増す。それこそ保身に狂うくらいにな。全く愚かであろう?そして哀れにも思う。大人などと大層な事を子供に言っていても実際はそんなものだったりするものだ・・・まぁ、娘には言うなよ?」

 

 非常にぶっちゃけた等身大の皇様というのもいないだろう。

だが、だからこそ樹雷皇になれたんじゃないかと一路は妙に納得した。

なんだかんだいって、一路がたどり着いたあの場所で、第一世代と契約できたのだ。

そこに尊敬の念はある。

 

「そういう大人には正々堂々正面切ってクソババアと言ってやればよい。なぁに、一度やってのけたのだ、もう怖いものはないだろう。」

 

「コラコラ阿主沙ちゃん?特定個人になってるでしょ、ソレ。」

 

 特定個人である瀬戸が阿主沙を睨む。

その様子に一瞬だけ視線を泳がせた後。

 

「ただ信じるに値する大人もいる事を忘れないでもらいたい。それと、これはワシ個人の意見というか願いなのだが・・・。」

 

 コホンと咳払いを一つする阿主沙は、切なそうに口を開く。

 

「カタチはどうであれ、親の愛情だけはどうか疑わんでくれ。」

 

「確かに、方向性はともかくね。」

 

「折角、話を上手くまとめようとしておるのに!」

 

「阿主沙ちゃんには前科があるから。」

 

 前科とは阿重霞を樹雷に連れ戻す為の強制見合いの件だ。

ちなみに相手は天南 静竜だったのが黒歴史たる所以である。

 

「とーにかく、変な勧誘があったとしてもいい?昔からアナタも言われてきたでしょ?"変なオトナ"について行っちゃダメよ?」

 

「瀬戸、それこそオマエがソレを言うのか?」

 

 "変なオトナ"の部類の筆頭を挙げろと言われれば、この樹雷では大抵は瀬戸が入る。

一路の場合、既に鷲羽→静竜→アイリ→瀬戸と、山田 西南と同じフルコースで既に手遅れと言ってもいい。

少なくとも、この名前のどれかしらに誰かが震え上がるのは間違いない。

そう思うと本当に本当にほんっとーにっ心の底から不憫だ。

いっそのこと各種被害者友の会の案内を取り揃えて送ってやり、本気で入会をすすめるべきだなと阿主沙は思う。

ただでさえこれから巻き込まれるであろう様々な懸念事項の他にも、一路に関して特筆すべき出来事があるのだから・・・。

 

 

 

 




次回で、樹雷編をしめたいと思います。
というより、ある意味で西南君のより状況が悪化してないか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第159縁:君がいるから。

とりあえずは、ここで一区切りで・・・。


「いやぁ、結果だけを振り返ってみるとみるとだよ?全編に渡っていっちーらしさが大爆発した旅だったね。」

 

 満面の笑みと牙を見せてプーは笑う。

 

「"常"にそうでゴザるからなぁ、いっちーは。特に樹選びの儀式で樹なんていらないと宣言するいっちー、拙者も見たかったでゴザる。」

 

 一路に聞いた事の顛末を面白可笑しく言い合う二人は、宇宙船の操縦席にいた。

海賊船に突撃した部分の損傷をはじめ、全ての箇所は樹雷の技師達によって修復されている。

あとは艦長である一路を乗せて、彼の宣言通りの行先に向かうだけだ。

 

「ブレのない一貫性と頑固さはいっちーのウリだし、ま、いいんじゃない?里帰りした時の土産話が増えるばかりで僕としてはいいけど。」

 

「確かにいっちーの頑固さは拙者の石頭も負けるでゴザるな。でも、そこがまたいっちーの強さで、魅力なんでゴザろうなぁ、アウラ殿?」

 

 さらりとアウラに振るところが憎らしい。

 

「だからついて来たんでしょう?私もあなた達も。」

 

 と、こう返されてはプーも照輝も顔を見合わせて笑うしかない。

そして、二人とも揃って諸手を上げる。

 

「降参、降参。結局、性別も生まれも関係なく僕等も同類ってコトだわ。」

 

「まぁ、これが俗に言う"惚れた者の弱味"というヤツでゴザろうなぁ。」

 

「仕方ないわ、いっちーだもの。」

 

 あっさりと許容してしまうアウラにこれまた苦笑するしかない。

 

「流石。正妻候補の貫録でゴザる。」

 

「ツーと言えばカーってかぁ?ワシ、ケツが痒くてたまらんわ。」

 

「NBのお尻って何処なのさ。」

 

 笑いながら突き合う二人と一体、微笑むアウラ。

いつもの日常が戻ってきたように感じる。

しかし、そこには過去にあったような日常はないのだ。

恐らく、この帰還の間が最後、GPアカデミーに戻れば恐らく元のような生活には戻れないだろう。

戻れたとしても表面上のものでしかない。

 

「遅くなってごめんっ!」

 

 そんな事実を抱きながら笑い合う輪の中に、慌てた様子で一路が駆け込んで来た。

 

「思ったより樹雷の人と話し込んじゃって。」

 

「いいって、いいって。別に時間制限のある帰路じゃないしね。」

 

 出来ればこの時がいつもまでも・・・そう願わずにはいられない。

だが、その時を自分たちの手でもう一度作り出す為には、それぞれがそれぞれの場所で成すべき事をしなければならないのだ。

 

「では、艦長殿?行き先は"何処"にするでゴザるか?」

 

 それでも確かめずには、聞かずにはいられない。

そして出来るならば、彼の口から彼の故郷の名前を聞きたかった。

 

「アカデミーへ。」

 

「本当に、それでいいんだね?」

 

 やろうと思えば、一路とアウラを選択肢の一つであった地球に捨ててくる事も出来る。

それを選んだとしても・・・プーも照輝もその準備は一応してきた。

・・・万が一の可能性だが。

 

「うん、"帰ろう"。」

 

 やはり徒労に終わったかと胸中で溜め息をつく。

 

「じゃ、皆で怒られに帰りますか。」

 

「何というか、本当に最後の最後までいっちーはいっちーでゴザったなぁ。」

 

「だねぇ。」

 

「ん?ナニソレ?」

 

 一体、何の事?ときょとんとする一路の表情を見て、他の全員が笑う。

 

「え?なに?なんなの?」

 

「まぁまぁ、これからアカデミーに戻って、さっさと卒業して出世してだ、偉くなって特権バンバン使って、いっちーのお友達を釈放してみせようじゃないのさ。そういう話をしてきたんでしょ?」

 

「え?あ、うん、そんな感じかな。」

 

「樹雷の狗と思われるのは癪でゴザるが。」

 

 たとえ灯華の事を周りが知らなかったとしても、樹雷寄りの人間と周囲はとるだろう。

派閥のようなモノだ。

 

「ま、少数民族だったり、政治的基盤を持たない僕たちには出世の後ろ盾は元々ないんだ。この際精々、コネでもなんでも使わせてもらうとしよう。」

 

「あ~、嫌だ嫌だ。嫌な大人の世界でゴザる。」

 

 結論が出たとこで、はい、解散とばかりに二人は自分達の席に向かう。

 

「それでも、叶えたい事があるのでしょう?」

 

 先に席に着いた二人と同様にアウラも一言だけ一路に告げた後、答えを待つことなく自分の席に戻る。

 

「あー、何だ、ワシとしては、だ。皆もちっと子供でいてもエエと思うんやけどなぁ。」

 

 NBは誰ともあえて視線を合わせる事なく呟く。

 

「・・・それに見合ったもんの大きさに成長せなアカン・・・か。せやな、ほなワシも精々サポートさせてもらうさかい。」

 

 元よりそれがNBのアイデンティティである。

ならばとことん一路についてゆくまでだ。

 

「ありがとう。それじゃあ、アカデミーに向けて出発しょう!」

 

 行きと同じように艦長である一路が高らかに宣言すると、皆が一斉に行動を開始する。

その姿を眺めながら、一路は己の腰にさした"二振り"の木刀を撫でるのだった。

 

 

 

 一路の艦を見送る阿主沙はやれやれと溜め息をついた。

既に艦の機影は、小さな光点となっている。

 

「ここで溜め息なんて、老けた?」

 

 その傍らには瀬戸。

鏡ではない方の瀬戸だ。

 

「若い頃からオマエの相手をしていればな。」

 

 そう嫌味を返すのが精一杯だった。

だが、問題はそこではないし、本題もそこではない。

 

「今日付けで銀河連盟とアイリに伝えておけ。征木 阿主沙 樹雷の名において、檜山・A・一路に外交使節員同様の外交特権の付与を求めると。」

 

「あらぁ、大盤振る舞いねぇ。」

 

 早い話、一路は樹雷の人間ではないが、樹雷国民同様の扱いと外交官相当の扱いをするので、無闇やたらに絡んで来るんじゃねぇ。という事である。

 

「樹を選ばなかったのだから仕方なかろう!アヤツを護るべき樹がないのだ!おまけに・・・おまけに"あんなモノ"まで持って帰ってきおって!」

 

 一路が樹選びの儀式を終え、阿主沙の元へ戻ってきた時、行きとは違った点が1つだけあった。

しかし、その場にいた三人が三人とも、その意味すらも解っていながらあえて触れる事はせず、口にもしなかった。

一路の言い分からそうなのだろうと容易に理解出来たからである。

だが、それが何を意味するのかは、樹雷のほんの一握りの者しか解らないだろう。

その為にも解りやすい措置とスタンスを示さなければならなかった。

樹雷の人間にはなれない、そう一路が言ったせいでもある。

 

「そうよねぇ、まさか"天樹製の木刀"を持って出て来るなんて、予想もつかないわ。」

 

 一路はその腰に朱色のグラデーションが入った木刀をさしていた。

一見、ただの綺麗で派手な木刀にしか見えないが、この樹雷の星自体ともいえる天樹製なのだ。

天樹は切り出すとその色を朱へ、朱から緋へと変える。

樹選びの儀式の門へと伸びる道の柱、勿論、門もだが、皇宮のありとあらゆる所で築材として天樹は使われているのだ。

木刀という用途を考えれば、硬度も相当なものだろう。

身体強化した体を以てすれば、宇宙船の外壁程度ならば破壊するのも容易と考えられる。

 

「瀬戸よ、オマエならワシの考えてる事くらいお見通しだろう?」

 

 ふいに阿主沙が声をひそめる。

 

「あれが・・・もし・・・。」

 

 瀬戸も同様に声をひそめて阿主沙の言葉に応える。

 

「もしも"マスターキー"だったら・・・。」

 

 マスターキー

樹と対をなす、その名の通りの鍵。

優先命令権者の証。

では、天樹で作られたアレがマスターキーだとしたら、"何の鍵"なのか。

一路は、樹選びの儀式で樹を選ばなかったのだ。

それとも、そうではかったとでもいうのか。

想像を膨らませるのすら恐ろしい、恐ろしいのだ。

しかし、それ以上に阿主沙には恐ろしいと思う事がある。

 

「もう・・・誰の"喰い物"にはさせん。」

 

 それは自分が樹雷皇になるにあたって、己に課した一つの誓いのようなものだった。

かつて、自分には樹雷という国の構造、呪縛から救い出だす事ができなかった人。

それくらいに阿主沙の中では、天木 魅月という女性は、少年期の精神的支柱だった。

勿論、今傍らにいる神木 瀬戸という女性も。

 

「優しいのね、阿主沙"ちゃん"は。」

 

 穏やかに微笑む瀬戸の顔を見て、鼻であしらうと、そこではたと阿主沙は思い出したかのように彼女をまじまじと見つめる。

 

「?」

 

「一路は・・・地球出身なのだから、ここはひとつ"先輩"を紹介してやるべきだな。すぐに呼び戻すか、さもなくば連絡を寄越すように伝えておけ。オマエの事だ、当然のように居所くらい知っているのだろう?」

 

 半分は老婆心、半分は驚かされた意趣返しも含めてニヤリと笑う。

 

「やっぱり、阿主沙ちゃんは阿主沙ちゃんだわ。」

 

「オマエに言われたくないわ、クソババア。」

 

 ようやくいつもの調子が出てきたとばかりに吐き捨てる。

 

「それと約束だからな、漁火灯華を監視付きで釈放するように伝えろ・・・教育係も必要だ。そうだな、"麻真"なら手も空いているだろうし、上手くやってくれるだろう。」

 

 娘である砂沙美の元乳母だった女性の名を挙げ、ようやくひとごごち着いた阿主沙は胸を撫で下ろした。

 

 




何時もの章間のお休みを頂いて、もう少し続行したいと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一路、帰還。
第160縁:さりとてその旅路は・・・?


章間の1ヶ月の休みが初めて短いと感じました・・・orz


 何事もない。

とても平穏だった。

それが一路の帰路での感想。

しかし、考えねばならない事が山程あった。

樹雷に残した灯華の事を始め、全に言われた言葉。

地球人である自分と宇宙で出会った人々との価値観。

 

『で?その後は?』

 

 そう問うてきた瀬戸の言葉の意味。

今までは選択肢などほとんど無かった。

ただガムシャラにやってきたから。

では、今は?

今は勿論、選択肢がそうあるわけではないけれども・・・。

それでも樹雷では"樹を選ばない事を選べた。"

結果は、今形を持って一路の腰の辺りに確かな重みを成している。

自分がこれから成すべき事とは一体何だろう?

瀬戸の口振りからすると、ちょっとばかり知名度が上がるという事だが・・・。

 

(注:一路は詳しく説明されていない為、"作為的"にそう考えるに至っている。)

 

 となれば、自分のやりたい事に賛同する仲間だとて集められるだろうか?

 

「眉間にシワ寄っとるで?」

「NB・・・。」

 

 何時の間にか足元に転がっている。

思えばNBはいつも絶妙なタイミングで一路の傍にいて、必ず何かを言ってくれていた。

 

「・・・NB、ありがと。」

 

 思わず口をついていた。

 

「ん?あんな坊?そういうんは、最後の最後で言うもんやで?」

 

「えぇ?そうかなぁ?必要と思ったら伝えるべきだと思うんだけど?」

 

 母にはそれが言えなかったから。

そう言葉を続けるのを控える。

 

「女やったらな。男同士にそんなんいらんやろ。」

 

「そういうものかな?」

 

「そういうもんや。大体な、坊?一人で悩むから、袋小路に入ってこーんな顔になるんやで?」

 

 と、例の太眉の濃い顔でキリとキメる。

 

「え、嘘だぁ。」

 

「ま、ええわ。帰ったらぎょーさん"一緒に"考えようや。な?」

 

「え、あ、うん・・・ありがとう。」

 

 結局のところ、自分の考えや性格を一番把握しているのはNBのような気が一路にはしてきた。

いや、以前からもそう思う事はあったが・・・。

 

「と・い・う・わ・け・でっ!坊、風呂場でも行こか?丁度いいタイミングに今、アウラはんが入っとるさかいな。」

 

「う゛ぇっ?!ちょっ、なんでそうなるわけ?!」

 

 というわけでという話題転換も解らないし、何が丁度いいタイミングなのかも意味不明だ。

先程までの自分を理解云々の感動も台無し。

 

「そこに風呂と美少女がおるからやろ?」

 

さも当然のように・・・。

 

「大声で何かあったでゴザるか?」

 

「あぁ、照輝にプーもいいところに!」

 

「お、いいところに来おったな・」

 

 二人の登場に一路とNBはそれぞれ別の意味で声を上げる。

 

「NBがまたお風呂場を覗こうとしてるんだよ!」

 

「なんなら二人も一緒に行くか?」

 

「NB!」

 

 そう話題を振られてプーと照輝の二人は顔を見合わせる。

そして微妙に困った顔を向けられた。

 

「いや、お誘いは嬉しいんだけど・・・。」

 

「流石に"人の嫁(候補)"相手にそれは遠慮しておくでゴザるよ。」

 

 逆を返せばそうでなければ一緒に行ったのにと言わんばかりの口調に一路は更にげんなりする。

 

「んまぁ、いっちーが覗く分にはいいんじゃないかな?」

 

「良くないでしょ!」

 

 一体全体どういう理屈だろうか。

 

「ま、それならしゃーないな。ほな、坊、ワシ達だけで行こか。」

 

「だから行かないって!」

 

 日常か?これが返ってきた日常だというのか?

いや、そんなの断じて認めるわけにはいかないぞっ!と一人意気込む一路。

 

「何を言うとる坊、さっきも言ったやろ?そこに風呂と美少女がおるなら、男として行くのが礼儀や!」

 

「「うんうん。」」

 

 何を馬鹿なと思う一路を尻目に、NBの言葉に力強く頷く二人。

 

「もう!・・・確かにあーちゃんが美人なのは認めるけど・・・。」

 

 一路だとて男の子である。

女性に興味がないわけではないし、美醜の感覚もある。

勿論、好みも。

別にアウラの事を嫌いというわけでもない。

周囲の正妻(何故そんな超展開になったか解らないが)という囃し立てを抜きにしても、好ましく思っている。

 

「私が、何?」

 

「ふぇっ?!」

 

 そんな一路の考えをよそに至って冷静、どころか話題の内容が内容だけに冷水になりそうな声がかけられる。

 

「あ、あっ、あーちゃん!」

 

 別にやましい事をしたわけではない。

寧ろ、そういった行為を止めようとした側なのに何故だか声が裏返りそうになった。

 

「?どうかして?」

 

 風呂上りのせいか、白磁のような肌を心なし桜色に染めてはいるが、相変わらずのクールさにタジタジになってしまう。

 

「いやな、坊がアウラはんと一緒に風呂に入りたい言うてなー。」

 

「へ?!」

 

 一瞬にして首謀者に仕立て上げられてしまった事に一路は奇声を上げる。

 

「お風呂に?」

 

「いやね、あーちゃん、これはね、NBが勝手に・・・。」

 

 なんとか弁明を試みようと、しどろもどろになりながら一路はアウラに訴えようとするのだが、当のアウラには聞こえていないようだ。

既に思考する事に力を注いでいるのか聞こえているように思えない。

アウラには時折こういった事がある。

プー曰く、思考加速型の身体強化をしているのではないだろうかという事だったが。

 

「あのね、だから・・・。」

 

「・・・次からは私が"入る時"に言って。」

 

「い゛っ?!」

 

 そう告げると、話はこれで終わりとばかりにすたすたと歩き去ってしまった。

 

「流石、正妻。」

 

「で、ゴザるな。」

 

 去ってゆくアウラの背を見送りながら、妙に納得する二人に完全停止する一路。

 

「なーんや、つまらん。」

 

 耳と思われる辺りをほじりながら、思ったより面白い展開にならなかったNBだけはケッと悪態をつく。

 

「まぁ、坊が好かれてるっちゅーコトが再確認出来ただけでもよしとするかぁ。ほな、解散。」

 

 NBが宣言すると、皆が各々の持ち場に戻る為にその場を離れてゆく。

ただ一人、固まったままの一路を除いて。

異性と入浴というのは、一路にとって刺激が強かったのかも知れない。

というか、章の始まりがこんなんでいいのか主人公!!

 




天地って(GXP)こんなでしたよねー(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第161縁:処罰。

「艦の係留を確認。」

 

 

「機体損傷等、船体の損傷特にナシでゴザる。」

 

 帰って来た。

帰って来たという表現で正しいのだろうか?

そんな事が一路の脳裏に横切る。

 

「もう下船可能よ?」

 

「ほな、坊行くで。説教されにな。」

 

「うへぇ、NB嫌な事を思い出せないでよ。」

 

「プー、現実逃避は良くないでゴザるよ。」

 

 そんな事を言い合いながら座席を離れ、下船する為にハッチに向かう。

宇宙船の無断使用の件は最初から自分に責任がある。

出来る事なら処罰は自分だけで。

それは一路が瀬戸の前で話した通りだ。

そういう心構えをしていた一路をハッチが開いて出迎えたのは、案の定アイリと美守だった。

表面上は怒っているように見えなかったが、そんな事はどうでもいい。

まずは先に謝らなければ・・・。

 

「あのっ!」

 

「檜山・A・一路、理事長室へ来なさい。」

 

 一路の言葉を制してアイリがそう告げる。

もう逃げる事は許さないと言わんばかりだ。

勿論、逃げようなどとは一欠片たりとも思っていなかったが。

 

「いっちー・・・。」

 

 最初に自分に声をかけたのは誰だっただろうか・・・ただ・・・。

 

「みんなありがとう。先に戻ってて。」

 

 微笑んで言ったつもりだったが、ちゃんと出来ているだろうか?

あぁ、思えばいつも自分はこんなだな、"さよなら"すらマトモに言えなくて・・・なかなか成長なんて出来ないもんなんだなと自嘲するしかなかった。

 

 

 

 理事長室に移ると、そこには心配そうな顔をしてリーエルが佇んでいた。

 

「大丈夫?怪我しなかった?ご飯は?ちゃんと食べていましたか?」

 

 最初にかけられた言葉がこんな質問の嵐だったせいで、一路の心は尚更痛む。

嘘は良くない事だなんて、あれほど解っていながらもついていたクセに。

 

「何、親戚のオバちゃんみたいな事言ってんのよ。全く甘いんだから。で、アナタは?一応、申し開きを聞こうじゃないの?」

 

 今にもぺたぺたと一路の身体に触れてチェックし始めそうなリーエルを尻目にジロリと一路は睨まれる。

 

「ありません。今回の事は僕一人の独断で、皆を無理矢理巻き込みました。何故ならここに来た理由は最初からこれが目的だったからです。独断という根拠はそれです。」

 

 端から一人で行う計画でアカデミーに入学したのだから、ここで出会った皆と行動を共にしたのはあくまでイレギュラーだったのだと主張する。

これも一人で考えた結果、用意していた台詞だ。

皆には、このアカデミーで成すべき、叶えるべき夢がある、理想がある。

これ以上、それの邪魔はしたくはない。

 

「はぁ・・・なんでこぅなるのかしらね?」

 

 何の弁明にもなっていない一路の言葉に、溜め息をついたアイリは行き場のない気持ちを美守に振る。

 

「あら、責任の所在をたらい回しにする方々に聞かせてあげたいと思う潔さだと思いますよ?」

 

 子供の方がよっぽど責任感と危機感を持っていて、筋の通し方を知っていると美守は苦笑せざるを得なかった。

 

「・・・若気の至りってヤツなのかしら?」

 

「貴女の学生の頃と何処か違いがありまして?」

 

「ぐぬぬっ、そう言われるとミもフタもないわ。」

 

 呻き声を上げるとアイリは自分の机の上の手元で何かを操作する。

 

「わっ?!」

 

 突然、一路の目の前にB5サイズの画面が表示されたので、思わず声を上げた。

男性の顔写真のついた履歴書のような・・・。

 

「何ですか?これ?」

 

 そう尋ねる一路の目の前に次々と同じようなモノを重ねて現れる。

顔写真のついた画面がどんどんと。

 

「『終始勤勉、真面目だった彼がそんな事をするわけがない。』『局地の田舎から来てストレスが溜まっていたのではないか?彼が戻ってきた後にカウセンリングをするべきだ。』『彼の不断の努力に少なからず敬意を持っていた。今回の事も何か理由があるに違いない。』。」

 

 朗々と声を上げるアイリ。

 

「『彼はこんな事をしでかす前にもっと周囲に相談をすべきだった。それをさせないような理事長の圧力があったんじゃないのか?』『どうせ理事長かなんかがしょうもない事を言ったに違いない。』誰だぁ、こんなの書いたヤツァ!」

 

 がーっと一人で憤慨するアイリに対して、一路は全く展開についていけない。

 

「えぇと・・・?」

 

「有り体に言うと嘆願書ですよ。あなたの処分の軽減を求めるね。日頃の行いが良いと、こういう事もあるのですよ?逆に日頃の行いが悪いと・・・。」

 

 視線を美守の横で、嘆願書を読みながら吠えているアイリに移されると一路も思わず見てしまう。

 

「こほん。嘆願書と本人の反省、それと樹雷からの一筆も来てるし・・・まぁ、これはこれで越権的で問題なんだけど、まぁ、それは置いといて。檜山・A・一路。当分の間、謹慎の処分を下します。監察官の元、カウンセリングと授業の補習を受ける事。監察担当はそこのうずうずしてるリーエルでいいわ、もぅ。」

 

 怒涛の成り行きを一度で理解する事は出来なかった。

一体、それは、つまり・・・?

 

「基本的にお咎めなってコト、バンザイ♪」

 

 混乱している一路を見越して、簡潔明瞭に告げる言葉に一路はようやく事態が飲み込める。

 

「・・・・・・僕は・・・。」

 

 嘆願書だと言われた数々の電子板を見渡してみる。

一度や二度見た顔、授業がずっと一緒だった顔、全く知らない顔。

 

「・・・僕は、ここにいたんだね・・・ちゃんと見てもらえてたんだ・・・。」

 

 自分が確かにここにいて、皆と同じ時間を過ごしたという事実。

一人で悩んでいたつもりでも、気にかけてくれた人がいたという事。

地球にいた時には、ほとんど味わえなかったと感じていた居場所があった事が素直に嬉しかった。

それこそ泣きそうなくらい。

自分でもよく泣かずに耐えていると思う。

 

「一路クン・・・。」

 

 ぎゅぅっとリーエルは一路を抱きしめる。

高級絨毯のような肌触りだ。

 

「同期の桜、一生モンなんだから大事にしなさい。あー、それから船の使用申請と申請書不備による再提出の遅れを含めた反省文を後で提出しなさい。それで船の無断使用の件は辻褄を合わせるから。」

 

 何処かで責任の所在と落としどころをつける為には、それくらいはやもえない。

温情も温情である。

 

「あら、理事長、こんな嘆願書もありますよ?」

 

 ついと美守が自分の視界に入った電子板をアイリに寄越す。

 

「ん~?なになに?『授業の間、"あの"天南先生の言動に耐えて、付き従っているだけで非凡としか言いようがない。檜山君の器の大きさは、将来のGPにとって必要になるかも知れない。』・・・・・・どう判断していいか迷うとこだわ。まぁ、確かに凡人じゃムリよねぇ・・・。」

 

「あ・・・。」

 

 ここに至って、この話題が出て、ようやく落ち着きを取り戻した一路は一つ言い忘れていた事があったのを思い出した。

 

「あの・・・静竜先生の事なんですけれど・・・。」

 

「船は"使用申請が出ていた"のだしぃ?船の使用申請の不備と、備品の管理問題はまた別のハ・ナ・シ。」

 

 打てば響くような、ある意味取り付く島もないアイリの容赦ない発言に一路は閉口する。

完全に静竜をフォローする機会を逸してしまった。

 

(ごめんなさい、先生・・・。)

 

 これが大人と子供の責任の取り方の差なのかと心の中で謝るしかない。

いや、本人に向かって謝りに行ってもいい。

 

「あのね、庇いたい気持ちは解るけど、全部が全部どうこう出来る問題だと思ってはダメ。アナタは子供にお毛毛が生えたようなもんで、あっちは大人、しかもいいトシした人の親のうえに教師なのよ、"アレ"でも、解る?」

 

 重ね重ね返す言葉も無かった。

しかし、言い方がやはりアイリ、少々下品だ。

 

「コマチさんの事もあります。それ程重い罰は下りませんよ。安心しなさい。伝統と規則に則ったものにします。」

 

 にこやかに美守が告げた時、一路以外の全員の心の声は全く一緒だった。

すなわち・・・。

 

(トイレ掃除ね。)

 

 

 

 




何処までもアレな人達・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第162縁:さてさて、少年はどうする事やら。

 何故、自分がここにいるのか解らない。

それが一番正しい感想だった。

帰還早々にアカデミーを追い出され、地球へと強制送還コース直行だと思っていただけに、リーエルに先導されて彼女の家に向かうというこの状況ははっきり言って想定外だ。

そんな風に自分の中で一連の出来事が処理出来ぬまま見慣れたエントランスを抜け、ドアトゥドアで彼女の家へ。

 

(そういえば、この広さに初めて来た時は驚いたっけ・・・。)

 

 それも何故だか遠い過去の出来事のように感じる。

 

(僕は・・・これからどうすればいいんだっけ・・・。)

 

 冷静に自分の今後の身の振り方を考えねばと思い至って、ようやく事の顛末や木刀の事を含めて柾木家へ、地球へと帰ろうと思っていたんだっけと・・・。

里帰りとでも言うのだろうか、父に連絡を取らなければとも。

 

(その前にアカデミーの皆に今回の事を謝らないと。)

 

 これは当分の間、謝罪参りの日々になりそうだ。

そんな事を考えているうちに、目的地に着いてしまった。

視界の先には小柄な少女。

眉根に皺を寄せて困り果てた顔で立っている。

実際、困っているんだろうなぁと一路でも理解出来た。

自分をどう迎えればいいのだろうか、怒るべきか、無事で良かったと言うべきか、それとも泣けばいいのだろうか、そういった諸々の事を思案して結論が出せないでいる顔だ。

何故、一路にそんな事が理解できるのか。

それは簡単だ。

彼女、シアと同様に一路自身もどんな顔を彼女に対してすればいいのか解らなかったからだ。

よって、今の自分の表情も目の前の彼女と似たり寄ったりの状態に違いない。

そう思うと心境は複雑だった。

それでも互いにせめて何か一言でも言おうと思い、先に口を開いたのはシアの方である。

 

「・・・おかえり、なさい。」

 

「た、ただいま。」

 

 思わずそう返して、一路はここにも自分の居場所はあったんだなぁと思う。

 

「あらあらあら。」

 

 そんな二人の間に流れるぎごちない空気を察してか、手で口を抑えながらニヤニヤするのはリーエルだ。

 

「な、何かおかしいのよ?別におかしくないでしょう!」

 

 帰って来た者へかける言葉がどういうものかイマイチ理解していないシアでも、自分の言動は間違っていないと確信出来る。

 

「そりゃあ、私だって自分に似合わないのは解ってるわよ!仕方ないじゃない"エル以外"にそんな言葉を言う機会なんてなかったんだし!」

 

「あ・・・。」

 

 その瞬間だった。

何処か他人事のように、ある種の燃え尽き症候群のようになっていた一路の心に新たな火が灯ったのは。

 

「何よ?アンタまで笑う気?」

 

 ふいに声を上げた一路に今にも噛み付ききそうな勢いのシアに微笑む。

 

「うぅん、ありがとう。」

 

 それは様々な意味を込めて。

 

「は?え、まぁ・・・うん。」

 

 急に尻すぼみになるシアの態度をよそに、一路はリーエルに向き直る。

 

「あの、部屋は前と同じ場所で?」

 

「えぇ、そうよ。」

 

 今までの流れがまるで無かったかのように、ただ赤面したシアだけがいるという状態で、淡々と切り出す。

 

「なんなのよ、もぅ!部屋ならもう先にあの"変なロボットが荷解き"してるわよ!」

 

「NBが?!」

 

 ただのロボットならまだしも、"変な"という冠詞がついたらNBしかいない。

しかし、荷解きという単語が引っかかる。

一路はアカデミーと発つ時も、樹雷からの帰りも特に荷物らしい荷物は持って出なかった。

となると、NBが荷解きしているという荷物とやらば、どうせ、いや、きっとロクナモノではないだろう。

 

「ちょ、ちょっと見て来ます!」

 

 何か被害が出て広がる前に!と慌てて以前に自分が住んでいた事のある部屋と走り出した。

 

「NBィ!今度は一体何?!」

 

「んー?おー、遅かったやないか。」

 

「なっ?!」

 

 部屋の中に入った一路を出迎えたのは、ギンギラと鋭く光る、まるでミラーボールを連想させるドデカい椅子に座っているNBだった。

童話にも出てくるのではないかというくらいの大きな、そう、王様とかが座っているのを彷彿させるような椅子。

しかも、日頃の行いが祟って酷いメに合うタイプの話に出てきそうな悪趣味な椅子。

そして、その背もたれの上部からは同じくギラギラと光る傘のようなモノが突き立っている。

 

「お、遅かったか・・・。」

 

 へなへなとその場にうずくまる一路。

もはや突っ込む気力も失せていた。

 

「で、坊。ワシな、一つ聞きたかった事があるんや。」

 

 にょきぃんっと何処からか出してきた極太の葉巻に口をつけ、ぱふぅ~っと煙を吐く。

ロボットに一体何の効用があるのかは解らない。

 

「あぁ・・・もう、なぁに?」

 

「灯華はんの件は、まぁ望みをつないでリベンジするとしてや。」

 

 もうリベンジという単語からして、一路とNBの認識に差異があるように思えてならないのだが、一路としてはその話題は丁度いいタイミングだった。

一路もNB同様に聞きたい事があったからだ。

 

「んとさ、一旦は地球に戻ろうと思うんだ・・・けど・・・。」

 

「けど?」

 

「けど・・・その・・・。」

 

 非常に言い出し難い事だった。

 

「坊、ワシと坊の仲やないか。」

 

 葉巻を口に咥え、ヂヂヂッと音がして赤い火口(ほぐち)が進む。

 

「えぇと・・・その、もう一回、"ここを出た時みたいな事"をしちゃダメ、かな?」

 

 聞いたら誰もがブッ飛ぶような発言だった。

オマエは反省という言葉を知らないのか!と誰からも突っ込まれる事だろう。

 

「ふぅむ・・・それをやらなあかんような事を思いついたってワケやな?」

 

「え?あ・・・うん。」

 

 まさにNBの言う通りなのだが・・・。

 

「よっしゃ!」

 

 シャキーンと何時の間にかNBの目には黒い逆三角のサングラスが覆っていた。

 

「そんな事もあろうかと!ふひひっ・・・このスゥパァ"ピー"通信機、【キテるね、イッてるねくん】の出番や!コイツを使えば"ピー"を使ってどんな"ピー"にも繋がるとっておきの"ピー"通信機なんや!」

 

 ちなみに細かく説明するとピーの音は、NB自身の声から発せられている。

 

「なんで、ところどころそんな・・・。」

 

「ん?あぁ、"ピー"の技術は、ワシの言語中枢じゃ情報封鎖されて発言が許可されてないみたいやな。多分、突っ込んだら負けな部類なんやろ。」

 

「自主規制みたいなもの?」

 

「ほんま、世の中、規制規制で世知辛くなるばりや。たかだか"誰も確立していない"相互"ピー"通信なだけやないか・・・あ゛ーっ!もう!」

 

 NBとしても不本意のようで、とうとう癇癪を起こし始めたのを宥めつつ、ピーの音を一路自身もうっとしいなぁと思いながら説明を求めるのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第163縁:天災、鷲羽→序曲。

「で、つまりどういう事?」

 

 なんとかNBに説明をしてもらったのだが、難解な専門用語とやはり例のピー音が邪魔をして頭に入ってこない。

 

『あー、まぁ、早い話、"この銀河にいる生物"で、一定の条件下なら基本誰とでも連絡がとれるってコトよん♪』

 

  降ってわいたような聞き覚えのある声と揺れるカニ頭の映像。

『理論上、やろうと思えば秘匿通信やR18な通信も聞けちゃうケド、どうする?』

 どうするとはどういう意味だろう・・・ではなく、問題はそこではない。

「鷲羽"さん"!」

 

『はーい、鷲羽"ちゃん"ですよー?いいですかぁ?鷲羽"ちゃん"、さん、はいっ!』

 

「わ、わしゅう・・・ちゃん。」

 

『はいはいぃ~♪よく出来ました♪』

 

「はぁ・・・どうも。」

 

『本当によくやったね、一路。アンタは一つやりきったんだよ。』

 

  温かい声が投げかけられる。

「でも・・・。」

 

 どうしてもそれを素直に受け止められない。

『デモもストライキもないよ。アンタは挑戦した、諦めなかった。だから結果が出た。当然の事じゃないのさ。たとえ一人だけの力じゃなくとも、今はそれが"アンタの力"なんだ。』

 

  力・・・自分の能力、あの時、樹選びの間で"天使さん達"とかわした言葉を思い出す。

 

 

 

「貴方の力は感じる力、繋ぐ力、それは人の心に触れられる能力。」

 

 その人の声はまるで歌のようだった。

 

「本来なら、生きとし生ける者が持ち得るだろう力、持っていただろう力。」

 

 そして極上の楽器のようでもあった。

 

「皆が持てるのなら、成程諍いというものもなく、人はその存在を"次の次元"へと昇る事が出来るかも知れない。」

 

 自分をここまで導いた天使の呟きにとうとう耐え切れなくなった一路は口を開く。

 

「・・・・・・そんなの・・・無理だ。」

 

 一路は知っている。

理解しようと思っても、どうやっても埋められない溝、価値観があるというのを。

それを身を以て体験したし、自分一人の力はとてもちっぽけなものだと痛感してきたからだ。

 

「そうでしょうね。しかし、貴方は"挑戦する事それ自体は諦めない。"」

 

 当然だった。

それすらもやめてしまったら、人付き合いですら不可能なものになってしまう。

傷つくのを恐れるのは自衛として問題はないが、その"リスク"を想定するだけで身動きが取れなくなったらおしまいだ。

 

「僕は・・・僕は、どうすれば、何をすればいいんでしょうか?」

 

 自分の能力だと突如突きつけられたモノには、特に興味はなかった。

使い方もよく解らないし、使いこなせるものだとも思わない。

というより、使えたからどうだというイメージが湧かないのだ。

 

「それは貴方の人生だもの、好きに生きてばいいの。ただ、もし自分の力に戸惑った時に、それに答えてあげられる人がいるとは限らないから・・・だから、"どうしても伝えたかったの"。」

 

 決して私のようにはならないように。

今でも時折、自分の事を思い出して物思いに耽る阿主沙を感じる度に、なんと残酷な事を彼に求めたのだろうと・・・。

 

「少しでも・・・何かの助力になれれば・・・。」

 

 こうして一路は彼女達から例の木刀を貰った。

一路の強固な主張から、友好の証として。

交流は天使の与えた時間ギリギリまで続いた。

そして、最後に・・・。

 

「全てのアストラルが次元を超えられるという可能性。それは、かつて"私達"が、いえ、今も求めている存在の一端に繋がるかも知れない。けれど、これだけは覚えておいてください。例えどんな力を持ったとしても、"法則を創造する力"を持たない限り、貴方の肉体は3次元に属したままでいるという事を。」

 

「・・・え、と?」

 

 どういう事が理解出来なかった。

 

「貴方は肉体の器と精神の器の容量が違い過ぎるの・・・だから・・・。」

 

 告げられた言葉。

その言葉だけは、誰にも言う事なく一路は墓場まで持ってゆくのだと心に誓った。

 

 

 

「僕の力・・・。」

 

 伝えられた力を率先して使おうとは思っていないし、実は使い方もよく解っていない。

二人(?)によれば、その力の何割かは無意識に使っているらしいのだが・・・。

 

「あの、僕、一度地球に戻ろうと思ってるんですけど、それで・・・。」

 

「あぁ、うんうん、足がないんだネ?アイリ殿もケチケチしないで宇宙船の1つや2つや3つ、くれればいいのにねぇ。」

 

 そんなホイホイと宇宙船を貰えても逆に扱いに困る。

一路の庶民的な金銭感覚では、クルーザーのような宇宙船の存在なんて意味不明だ。

 

「あいよ、解った。それはこっちで何とかするわ。"ちょうど"手頃なのがあるしね。」

 

「・・・そんな都合よく宇宙船の用意なんかあるわけないやろ。」

 

 全く白々しい茶番劇に今まで黙って聞いていたNBが呆れる。

こういうテの輩は、もううんざりだと言わんばかりだ。

 

「あ゛?何か言ったかしら?」

 

「うんにゃぁ、な~んも。」

 

 それでも面倒な事はゴメンやとすっとぼけるNBに鷲羽は話を続ける。

 

「いつ頃寄越せばいいんだい?」

 

「アイリ理事長にも許可を貰わないといけないし、それに・・・。」

 

「それに?」

 

「その、迷惑をかけた事を、その、まだ皆に謝ってないので・・・。」

 

 赤面しながらもにょもにょと言葉を呟いて、どんどん俯いていってしまう一路の姿に鷲羽は苦笑する。

 

(律儀だねぇ。アタシの時なんか一度だってそんな事・・・て、大抵は夷隈教授か凪耶が頭下げてたか。)

 

「解った。なるべくゆっくりめに届けるから。中型の・・・操作はGP基準か、なるべく簡単なのにしとくから。それくらいは出来るようになったんだろう?」

 

 「た、多少なら。」

 

 何やら試験をこれから受けるような気分だった。

経験は浅いが、今から更に復習していけば、中型もなんとかいけるだろう。

 

「なら、そうね。早くて2,3日、"ダダこねなきゃ"だけど。」

 

「ダダ?誰が?」

 

「うんにゃ、こっちのハナシ。じゃ、"良いコ"にして待ってるんだよ?きちんと皆に謝ってサ。」

 

「はい。」

 

 そして、"鷲羽に船の用意を頼む"のがどういう事なのかを誰にも指摘も説明もされぬまま、一路は里帰りまでの日々を過ごす事になる。

 

「ほんま、アホらし・・・。」

 

 




遅れてすみません。
ちょっぴり多めにしておきますた・・・orz


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第164縁:謝罪行脚珍道中。

今年も一年、けっぱろうね。


「それで?」

 天候調整され澄み渡る青空に鈍い音が響く。

 

「わざわざ謝りに来たって事かいっ。」

 

 鋭く打ち下ろされる木刀を何とか受けるも、一路はそれを捌ききれないでいた。

彼の眼前にいるのはコマチだ。

無事の帰還と首尾を聞かれた後、、何故か一対一での戦闘訓練が始まった。

 

「色々とっ、迷惑をっ、かけたものおぉぉ~っ。」

 

 速さや直感的な読みは一路が勝るものの、悲しいかな膂力はコマチの方が圧倒的に上だった。

勝っている点が読みといっても、その読みよりもコマチ経験則の方が一日の長がある為、それで先手を取る事も有効打も取れず、力負けによるスタミナの消費という現状は、ただのジリ貧だった。

しかし、そんな事よりも静竜の件を謝罪されたコマチのあっさりとした反応の方が拍子抜けした。

 

「腕を上げたな。それでこそ、訓練をつけた甲斐があったというもんだ。」

 

 そう爽やかな笑顔で言われると反論もしづらい。

コマチにとっては謝罪よりも、一路の成長の方が重要と言わんばかりの・・・。

 

「こんなところか。なぁ、静竜(アレ)のやった事は自分でやった事だ。オマエだって別に騙したり襲ったりして鍵を奪ったわけじゃないんだろう?」

 

「・・・確かに鍵は拾った事になってますけど・・・でも、それって結局その方が自然の流れっていうか、辻褄が合わせやすかっただけで・・・。」

 

「なら、それでいい。オマエが訳ありというのだって、こっちは気づいていたし、それを問い質す必要もないと聞かなかった。全てとは言わないが、それを呑み込んだうえで訓練をつけた。実際、優秀で"真面目"な生徒だったよ。」

 

 何の、何処をとって真面目というのかと口に出そうになったのをなんとか堪えた。

コマチは淡々と澱みなく言っているのを見ても、本心だろう。

その点では、取り繕う事などしない"大人"だと一路も認識している。

 

「最終的にはだ、オマエは無事に帰って来た。そして私に会いに来て、謝罪もした、それでいい。私はそれで満足だ。」

 

 こういうおおらかさというか、器の大きさがあるから、人の上に立てるんだろうなぁとコマチに会う度に一路はしみじみ思う。

逆に言えば、そういう人間以外が人の上に立つのは、不幸な事なのだというのも同時に理解出来る良い見本だ。

不幸なのは勿論、下に属する部下の事である。

極端な事を言えば、そういう人間は人の上に立つべきじゃないんじゃないか・・・と。

 

(プーと照輝の上官もいい人だといいんだけれど・・・。)

 

 出来ればコマチになって欲しいくらいだ。

彼女は彼女で自前の艦と部下がいるのだが。

そんな事を考えながらコマチとの面会は終えた。

 

「あぁ、肝心な事を忘れていたな。"おかえり"。」

 

 別れ際にさらりと言われた言葉が何よりも嬉しかった。

 

 

 

 告解のような挨拶回りはコマチだけでなく同期生達、教員、事務員、果ては整備士達にまで及んだ。

謝罪と感謝を述べた同期生の大半は、心配とやんややんやの喝采で一路を迎え、教員達も杓子定規なお小言を言ってはきたが、

 

『まぁ、天南が絡んではな。』

 

 の一言で大抵の話が終わった。

中には"天南条例"だの何だのと言っていた者もいたが、一路にはそれが何の事か解らず首を傾げるだけだった。

一応、一度だけNBに何の事か聞いてはみたのだが、

『知っても得にならんし、アホ見るだけや。』

 

 と、バッサリ言われたので、そういうもんなのかと深くは聞かない事にした。

何だかんだで、エロが絡まない時のNBの言う事は、人生において概ね正論であるというのも学習出来ていた。

ちなみに一番怖かった整備士たちへの謝罪だが、これも艦の戦闘・航行データの提出と艦の損傷無し(樹雷で修理された為)ので、何とか帳消しくらいにはなった。

 

「今回はついて来るの?」

 

 こうして大半の謝罪を終えると、最後の難関というか、砦というか、一路にとっての鬼門の地に赴くだけとなる。

別に避けていたわけではない・・・と、自分自身に言い訳しつつ・・・。

 

「当然や!女子寮やで?女の園、充満する乙女のかほり、一番無防備になる神秘の楽園!行くに決まっとるやろ!」

 

「まぁ、そうくるよね・・・いい事か悪い事か解らないけれど、僕、なんか慣れてきたよ。」

 

 胸を張っていいのかさえも麻痺したまま、渇いた笑いを上げる一路。

 

「坊も大人になってきたんやなぁ。」

 

 唐突に感慨深げにキリッとなるNBを見ると余計に脱力してくる。

 

(というかNBのこの機能って、僕のサポートに必要なのかな?)

 

 今更ながら謎が深まってくる。

 

「それにや、坊が多分一等行きたくない場所だろうし、ついてってやらんとな。」

 

「・・・そう。」

 

「そうや。」

 

 それっきり無言になる一人と一体。

女性であるアウラを、本人に脅迫されたとはいえ巻き込んだ手前、行きづらい。

アウラは自分の意思で同行を求めたのだが、たとえそうだとしても周囲の人間はどう思うだろう。

特にエマリーと黄両の二人は。

友人を危険な目に合わせた事を。

一路だったら怒る、怒るに違いない。

それが友として親しければ親しい程強くなるのは当然である。

 

「・・・でも。」

 

「んー?」

 

「謝るってそういう事だよね。こっちが悪いから謝るんだもん。」

 

「せやな。」

 

「だから、ちゃんと行って謝らないとね。」

 

「せやな。」

 

「ところでNB?」

 

「んー?」

 

「そのカメラ、ナニ?」

 

 地球で見た事のあるタイプのカメラ。

しかも、バズーカのような望遠レンズがついている。

 

「決まっとるやろ?これで乙女の園のあーんなトコやこーんなトコを、モロに!間近に!ドカーンッ!と激写してやるんや!やったるで!ワシはやったるで!」

 

「あー、まぁ、うん、そうだよね、NBだもんね・・・。」

 

 カメラを構えて意気揚々と様々なポーズを取るNBを尻目に、一路は死んだ魚のような目をしながら適当な相槌を打つ事しか出来なかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第165縁:覚悟の謝罪。

「いっち~、お土産~っ!」

 

 重い空気とNBとのやりとりで既に疲弊していた一路を出迎えたのが、黄両だったという事実は幾ばくか心の負担を軽くした。

樹雷でのお土産は入手できなかったが、GPに帰って来てからお詫び用としての菓子折りは用意してあったのでそれを渡す。

 

「さっすがいっちー、ワカってるぅー。」

 

 一路から素早く箱をひったくる黄両。

謝罪などしなくても、彼女はこれで許すのだろう。

ひょっとすると怒ってすらいないようにも思える。

 

「黄両、一人で全部はダメ。」

 

 当然ながら一路を女子寮の玄関で迎えたアウラも怒ってなどいないのは言わずもがなだ。

ただ・・・。

 

「えぇと・・・。」

 

 ぶっすぅっと自分を睨みつけているエマリーだけは、一筋縄ではいかないだろう。

 

「た、ただいま。」

 

 そう一言、とりあずまずはコレだろうと思い、気まずさも手伝って口から出た。

 

「おかえり。」

 

 ぽつりとそう言葉が返って来て、エマリーは一路に歩み寄って来る。

返事は返ってきたものの、彼女の表情は険しいままで、柔らぐ素振りがない事をしっかりと確認してから、一路は心の中でこう呟いて目を閉じた。

 

(・・・アーメン。)

 

 別にクリスチャンというわけではない。

超常的という意味での神の存在はあっても不思議ではないと思うくらいで、その存在を心から信じた事は今までない。

そして、全身の要所要所の筋肉に力を込め、或いは緩めた辺りで頬に猛烈な衝撃を感じ一路の身体は壁に叩きつけられた。

 

「ほひ?ひっひぃー、ほかへり~。」

 

 衝撃音を聞いて、お土産である菓子を頬張って"おかえり"を黄両が言ったのだろうという事を数秒遅れて理解してから、なんとか目を開いて見上げると自分を殴りつけたエマリーが目にうっすらと涙を溜めて仁王立ちしていた。

 

「とりあえず、今はこれで勘弁しといてあげる。あとは話を聞いてから考える!」

 

 相当怒っているのは解るし、下手したら骨の一本や二本くらいならば平気で折られそうなくらいの気迫だったが、ダメージを負った一路にはそういった思考をする余裕はなく・・・。

 

(青かァ・・・。)

 

 視界に飛び込んできた色を口に出したら、トドメを刺されるだろうなぁくらいにしか頭が回転していなかった。

 

「坊、派手にフッ飛んだが生きとるかー?お?目の覚めるようなブルーやな?」

 

「あ、バカ。」

 

 一路の様子を確認して、あまつさえ彼女のスカートの中を見て、更にカメラまで携えたNBの呟きに"完全に終わった"と確信。

折角、"手加減する理性"はあったのに・・・。

 

「こ、このォッエロボール!!」

 

「「きゅべっ?!」」

 

 多少のズレはあったものの、蹴られた側のNBとNBに激突された一路が声を上げたのは、ほぼ同時だった。

それだけ力のこもった蹴りでNBは打ち出されたという事でもある。

何やら懐かしいパターンだな、コレは。

何度目かの経験で学習した結果の余裕と、しかし回避行動は取れないまま、彼の意識は途切れた。

 

 

 

『二人でちゃんと話して来た方がいいわ。』

 

 たっぷり一時間を要して意識を取り戻した一路にアウラが口数少なくそう振ってきた事にエマリーが同意してくれたので、何とか弁解の時間は与えられそうな事にとりあえず安堵した。

とりあえず、話は外でという運びになった段階で、NBが一路に手を振る。

 

「じゃあ、ワシは留守番という事で、ここで失礼っ、ふぎゃぁっ?!な、何するんやアウラはん?!」

 

 留守番と言いながら、カメラを携え女子寮の奥へと行こうとしたNBをむんずと掴んだアウラの行動に一路はツッコミを入れるのすらしなかった。

というより、エマリーのあの蹴りを受けて尚、カメラを死守した事に驚くしかない。

 

「前に、変なプログラムは消去するって言ったわ。」

 

「きゃははっ、なになに?ソレ"割る"の?スイカ割りする?」

 

 どちらの主張も本気なので余計に突っ込めない。

流石は有言実行少女。

 

「うぎゃぁぅ、指!指ぃ!もう割れかけとるヒビ!ヒビ入っとるから!」

 

「じゃ、行きましょ。」

 

 宙吊りで絶叫を上げながら悶える凄惨な光景と、その後に起こる出来事に目を逸らしたくなったタイミングでエマリーが促す声がして、一路は是が非でもなく従う事にした。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第166縁:ヒジョーにビミョーなヲトメゴゴロ。

時間は遅くなりましたが、ようやく本来の文字数まで回復出来たような気がします。


「で、結局何がしたかったのよ?」

 

 エマリーが問いたかった事は実はそう多くはない。

2、3の質問で終わらせるつもりだった。

ただ、その会話をアウラや黄両に聞かれるのは少々憚られたので、アウラの申し出は渡りに船とも言える。

 

「うん・・・それは・・・。」

 

 今までずっと嘘をつき、それを取り繕う生活を捨てられるというのは、一路にしてみれば魅力的ですっきりする事だが、それでも一体どこまで話したらいいものやらと思案はする。

 

「うん、まぁ、その・・・大半は今回の事が最終的な目的だったんだけど・・・。」

 

「けど?」

 

「一人で全部やるつもりだった・・・あ、一人って言ってもNBはいるけど、でも、うん、他の誰も巻き込むつもりなんてなかったんだ・・・。」

 

 だから嘘を突き通そうとおっもったし、それが辛くもあった。

カッコワルイなぁ、やっぱりと思いつつも、頭を掻いて誤魔化すくらいしかない。

鷲羽はやり通したと言ってくれたが、どうしたって中途半端さが目立つ。

 

「じゃあ、どうして?」

 

 何故、アウラを仲間に引き入れたのか。

ある程度の事情は聞かされていても、当の本人の口から聞きたい事でもある。

 

「それは、交渉されたっていうか、脅されたというか・・・う~ん、詰めが甘いよなぁ、ほんと。でも、やっぱり少し嬉しかったんだ。」

 

「嬉しかった?あんな美少女に言い寄られて?」

 

「ち、ち、違うよ!あ、あーちゃんが美人じゃないとかそういう意味じゃなくてね?!」

 

 そんなフォローは今はいらないのだが、こういう所も律儀さが出るのは一路らしい。

 

「自分に興味を持ってもらえた事が、さ。ちきゅ・・・故郷では誰にも見向きもされない、されたとしても一瞬の事で、あ、いや、そりゃあ、みんな自分が大事だから、落ちこぼれの僕なんかに構ってる余裕がないのは当然なんだけどね。でも、あーちゃんは違った。プーや照輝も。だからかな。」

 

 照れて笑う一路のその表情をエマリーは不覚にも可愛いと思ってしまった。

 

「エマリーにだって感謝してるよ?」

 

「え?」

 

「多分ね、どんな事、相手だろうと出会いって大事なんだなって思ったんだ・・・。」

 

 出会った相手への好き嫌い自体、そこには意味はない。

プーも照輝も、アウラや他の皆とも。

そこに特別さや意味を追加してゆくのが人付き合いで、その積み重ねが思い出なんだと一路は考える。

その考えだと、左京や海賊達との出会いも同列になってしまうのだが。

 

「だからね、だから宇宙に出て初めて出会えた同年代の"友達"がエマリーで本当に良かった。」

 

 でなければ、自分も宇宙人やGPに変な先入観や偏見を持っていたかも知れない。

彼女は彼女なりに自分に気を遣ってくれたし、励ましてもくれた。

最初が肝心とは言うが、その点に関しては恵まれていた。

そう恵まれているのだと強く思う。

そして、それを辿って元を正せば柾木家の人々に、岡山のあの地に来た時点から恵まれていたのだと。

 

「だったら・・・。」

 

「ん?」

 

 一方的に喋っていて、気づくとエマリーは寮を出る前と・・・。

 

(あ、もしかして、また噴火したり・・・する?)

 

 思い返せば、彼女をと一緒にいると、気絶したりさせられたり、叩かれたり殴られたり・・・て、どっちも変わらないじゃないか!混乱してるぞ自分!と思ったりなんだり・・・。

 

「だったら、今度は私も連れて行きなさい!」

 

「はひ?」

 

「急に行方不明になられる方の身にもなりなさい!一緒にGPに来て、頑張ろうって言ってた相手がいなくなったのよ?しかも気づいたら同じ寮の友達までいなくなって!心配するでしょう!」

 

「え、あ、う、うん・・・うん。」

 

「普通は心配するもんなの!!」

 

「は、はいっ!」

 

 一見ヒステリックにしか見えないが、エマリーの言っている事は正論だ。

正論過ぎて逆に拍子が抜けてしまうくらい。

 

「オマケに聞けば外宇宙に飛び出したって言うじゃない。怪我してないかとか心配して当然でしょ!・・・しかも。」

 

 ヒステリックだったエマリーが急に萎れ出す。

しゅんとなった犬の如くしぼんでいってしまっているのだ。

 

「色んな噂が飛び交って、心配で・・・でも、どれも確かめようもなくて・・・。」

 

「噂?噂ってナニ?」

 

 そういえば、謝りに行った人達は、自分が船で宇宙に出て行ったのは知っていても、何の為に、しかも樹雷や海賊とのいざこざの詳細は知らされていない事に気づいた。

その大半が"あの天南"の絡んだ事件なのだから、関わるだけ損だと思われている事は一路は知らない。

そんな僥倖もあってか、はたまた人徳がないアイリのせいなのか、比較的スムーズに一路はアカデミーに復帰出来ていた。

 

「それはともかく!今度は事前に私にも相談しなさい!別に理由を聞かずに殴ったりとかしないわよ!」

 

「・・・・・・してる気が。」

 

「してない!いい?私に相談せずにアウラだけに相談してった事を怒ってんの!第一、最初の友達なら、まず私に相談する流れでしょー!」

 

 うがぁっと手をぶんぶん上下に振って訴えるエマリー。

しかし、それに対して一路が思った事といえば。

 

「そういえば、初対面の時も殴られた気が・・・確か、あの時は・・・。」

 

 エマリーの胸を・・・胸を・・・?と思い出して、一路の視線が自ずと下がっていく。

 

「もう一度殴られたい?」

 

「あー、えーっと・・・。」

 

 微妙な一路の反応に、エマリーがキッと睨んでくる。

 

「いや、それは遠慮しとくけど・・・。」

 

「だから、そのけどけどって、何なのよ?」

 

「・・・触ったら"結婚"するんだっけなって・・・。」

 

「ばっ?!」

 

 以前、そんな伝説があるという事を耳にしたのを思い出したのだ。

一路自身、そんなデタラメな伝説は噂に過ぎないと思っている。

それでも見事(?)やってのけた者がそういう結末を迎えるのは、そういう慣習や本人同士の取り決め、自然な流れ・・・etcがあったからだと解釈した。

一方、一路の結論に対応しきれなかったのはエマリーの方である。

胸を触られた時の事(以外にも多々ある)が脳裏に浮かび、そしてみるみる間に顔が真っ赤になってゆく。

冷静に、冷静に呼吸をして・・・も、無駄だった。

 

「ばっかじゃない!ばっかじゃない!バ・カ・じゃ・な・い・のっ!」

 

 何故だから全ての馬鹿が違うイントネーションとアクセントでまくしたてられる。

そんな様子を殴られなかっただけマシだろうと見つめる一路。

 

(エマリーんお花嫁姿かぁ・・・。)

 

 それくらは想像してみてもいいんじゃないかと、美しい彼女の姿を思い浮かべる。

相手が自分だとかそういうのは置いといてだ。

 

「もう!ほんっとバカ!エロ!サイテー!ともかく次からはちゃんと相談する事!っていうか、もう二度とやらない事!いいわね!!」

 

 顔を赤らめ半泣き状態の涙目のまま喰ってかかるエマリーから、何故だか一路はすすすっと視線を逸らす。

 

「あ、えーと、うん、善処します。」

 

 返す言葉も何処か上の空というか、適当さがあるその態度を睨みつけ、すぐさまエマリーは相手の首根っこを掴んだ。

 

「ちょ、ちょっとエマリー?」

 

「それは、また何かやらかそうって魂胆ね?」

 

「いや、その・・・。」

 

「コッチを見ろ、コラ。」

 

「え、エマリー、ガラ悪いよ?」

 

「誰のせいだと思ってんのよ!ほら言いなさい!」

 

 首元を掴まれたままガックンガックンと揺らされる。

 

「ちょ、エマっ、エマリー、やめでぇっ。」

 

 か弱い女性のソレではない、生体強化され自分を一発で撃沈させる者の力で揺らされるのだ、たまったもんじゃない。

 

「おらぁ~、吐けぇ~。」

 

 そんな押し問答は一路が(物理的に)本当に吐く寸前に達するまで続いた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第167縁:這い寄る闇。

「何の用だい?」

 

 ドスの効いた声が辺りに響く薄暗い空間で、自分の周りよりも二段高い位置に座すその人物辺りだけが、ぼんやりと照らされていた。

一向に返って来ない返事に女性はあの相手であるアラド・A・シャンクを睨む。

 

「用がないんなら帰るよ。」

 

 存外にオマエに付き合っている暇はないと言い放ったのはルビナだ。

 

「まぁいいか、と思いましてね。」

 

「あ゛?」

 

 人を小馬鹿にしたような笑みで、いや実際に小馬鹿にしているのだろう。

 

「その髪も見栄えが良さそうだ。」

 

「いい加減に・・・。」

 

「まさか自分の足元に"丁度良い継承権持ち"がいるとは私もついていると。」

 

 痺れを切らしたルビナの言動を遮った言葉はそれだった。

 

「こっちとら根っからの孤児だよ。」

 

「という設定だったわけですか。まぁ、良いです。足掛かりとしてはそんなものでしょう。」

 

「誰が・・・。」

 

「断るのならば、"オマエ以外"の全てを殺すだけだ。」

 

 孤児という事が偽りだとすれば、血縁者もいるかも知れない。

そうでなくとも、彼女がこれまで生きて関わった人間は存在する。

灯華だとてその一人だ。

そしてこの男はやると言ったらならば、本当にそれをやるに違いないだろう。

 

「どうせならば、持ちつ持たれつが良いと思いますよ?・・・ん?」

 

 話の途中でアラドが首を傾げる。

 

「そうですね。ここは一つ、私が先に折れてみせるとするかな。」

 

 終始上から目線のあまま、アラドが微かに動くと空中に一人の白衣姿の男が映し出される。

 

「要点だけを。」

 

 男が口を開くより先にアラドが告げる。

 

「アラド様が以前持ち帰られた"この木"、ご指摘の通り微かにまだ生きております。」

 

 男の後ろにあるのは先端が丸みがかった細長い木の棒。

根元は折られたのか、不規則な断面を晒していた。

 

「それで?」

 

「遺伝子配列を解析したところ、外見上と何ら変わらない木でした。」

 

「そんなはずはない。」

 

 断言するアラドの威圧感に慌てて襟を正した男は口を開く。

 

「ですので、アストラルパターンも解析いたしました。余りにも複雑で、所々ブラックボックスと化している点から、外見は木ではあるが全く異なった性質を持った未知の物であるという結論に達しました。」

 

「私は・・・簡潔に話せと言ったつもりだったのだが?聞いていたか?」

 

 映像に向かって光の帯が走る。

 

「ひっ?!」

 

「映像だから自分は安全。だとでも思っていたりするのかな?」

 

 映像に向けてレーザー銃の引き金を引いたのだ。

 

「こ、これと同一の物質を再現するのは不可能です!ブラックボックス部分をこちらで類推して構築したとしても類似品どこrこか、少し硬質なだけの粗悪品が産まれるだけです。」

 

「やはり、殺しますか。どの道役立たずのようですし。」

 

「でででで、ですが!これと類似したブラックボックスパターンを持つであろう"物体"を作成たという記録があります。被検体のデータは残っておりませんが、それ以降も研究が続けられていた模様で、それを入手出来ればブラックボックス部の補完も可能かと。」

 

「成程。それで、Dr.クレーの方はどうですか?」

 

「は。先日返答があり、その・・・。」

 

「何だ?」

 

 言い淀む男を視線で促す。

 

「『確かにワシは金を積まれればどんな研究開発でもやるが、シャンクギルドにはもうこれ以上ない程に"笑わせてもらった"から遠慮しておこう。』だそうで・・・。」

 

「ふむ。そうか。そちらに割く労力は今は惜しい。ならば我々だけで行うとしよう。その研究データを手に入れる件は後程。」

 

 そう言うとアラドは返事を聞く事なく一方的に通信を切り、その手でまた通信を別の所に繋ぐ。

 

「研究者の中で、成果の上がりが悪い者を2、3人程"処分"しておけ。」

 

 見せしめ以外のなにものでもない指示をし、今度こそ通信を終える。

 

「と、まぁ、君を"信頼"してこのくらいは教えておいても良いと思いましてね。」

 

「何が信頼だ。ただの脅しじゃないか。」

 

 自分の秘密の計画を教えるという点は、確かに信頼しているからという事も常識的にはあるかも知れない。

しかし、話の全体、特に後半ではただ逆らう、使えないと感じた者には、誰であろうと本当に殺すという事を示して見せただけだ。

 

「これは手厳しい。」

 

 それでも余裕の態度を崩さないのは、見せた案件がそれ程重要度が高くないのか、それとも自分が灯華の代わりの花嫁候補だからなのかルビナには解らない。

 

(そもそも、あの子の代わりってのが解せないね。)

 

 それに・・・と、暗さになれた目でアラドの顔を見つめる。

 

(全っ然っ、好みの顔じゃないし。)

 

 ないわーと心の中で毒づく。

どうせなら灯華を迎えに来て、見事掻っ攫ってのけた男の方が・・・顔は見ていないが余程マシだ。

 

(しまった、顔くらい見とくんだったよ。)

 

「先日の襲撃の件は・・・。」

 

 考えていた事が奇しくもアラドの口から出て一瞬ギョッとする。

 

「艦の損害は大きかったが、代わりに良い物を置いて行ってもらった。小娘の代わりは目の前にいますし、艦は修復可能。となると、悪くはない。」

 

 そこに人命の損失を考えない点がアラドがシャンク名乗れる所以なのかも知れない。

 

「檜山・A・一路か・・・彼は実に私好みかも知れないですね。」

 

 アラドが加虐的な笑みを浮かべる中、ルビナは未だ顔を見ぬ一路の名を心に刻むのだった。

 

 

 




ルビナ姉さん、覚えてらっしゃいます?
なるべく忘れない頃に各キャラを出しているつもりなんだけれど・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第168縁:前を向いて、腕を振って。

 とても機嫌が良さそうである。

半歩前、それも自分の速度に合わせて歩く一路を見て、シアはそう感じた。

悔しい事に今回も突然のデート(不本意ながら一路の定義はそうらしい)誘いを受けて、了承してしまったのだ。

 

「でも、なんでアンタまで。」

 

 自分の真横を転がるNBだけはいただけない。

 

「あー、まぁ、言いたい事は解る。けどな?」

 

「一路のサポートロボットだからって言いたいんでしょ?」

 

 デートという名目では超不満!という単語を呑み込む。

 

「いんや。」

 

「じゃあ、何よ・・・て、やっぱりいい。どうせロクなコトしか考えてないだろうから。」

 

 これが所謂、日頃の行いというヤツである。

 

「ん?あぁ、だったら楽なんやろけどなぁ・・・そろそろ嫌な予感がするねん。」

 

「は?」

 

「こっちのハナシや。」

 

 言葉を濁すNBに首を傾げるシア。

 

「どうかしたの?」

 

 自分の後ろでごにょごにょと会話を交わしているのに気付いた一路が微笑みながら振り返る。

 

「何でそんなに上機嫌なのよ?」

 

 NBの事といい、上機嫌な一路といい、何やら理解出来ずに腹が立つ。

 

「んー。謝りまくったせいか、なんて言うか心が軽くなったっていうか・・・。」

 

 

「・・・頭まで軽くなってんじゃないの?」

 

 冷静な一言で場の空気が凍るはずの中でも、一路の微笑みは崩れず、そんな顔を見ていると何故だかシアはさらに悔しくて腹が立ってくる。

 

「心の中で整理が出来てクリアになった・・・う~ん、区切りがついて目標が鮮明になったというか・・・。」

 

 それでもGPに来た直後にあった悲愴感は影を潜めているのだから、まだマシな方か。

変なヤツなのは解っているし。

そう自分に言い聞かせて、目的地であろう建物に入る。

 

「ここって・・・。」

 

 それはシアにとって馴染みの深い建物だった。

もっとも一路にとってもだが。

 

「自分でもさ・・・。」

 

「え?」

 

 シアの方を一切振り向かず、建物の扉をくぐって歩を進める一路。

彼に従って仕方なくシアもついて行くが、これが普通の、一般的な、オーソドックスなデートコースではないというのは既に理解出来ている。

 

「自分でもこの後のオチはなんとなく想像出来るんだけどね。でも、まぁ、一応行っとかないとアレかなって。」

 

「ホンマに解っとんのかいな。」

 

「???」

 

 一路もNBもシアと視線を合わせる事なく会話が進む。

というより、これは会話なのだろうか?

受付を済ませ、それがシアの想像した通りだと確認してから建物の最上階へ向かう。

その途中で溜め息をついたのは一路だった。

 

「子供だろうと、大人だろうと、筋は通さなきゃダメって事なんだよね。」

 

「筋を通さない大人もおるけどな。」

 

「・・・どうして今日のNBはそんなに荒れてるの?」

 

「荒れとるんやない、呆れとるんや。坊、えぇか?そんなんしとると、損ばっかの人生になってまうで?」

 

 最奥の扉の前にNBが立ち、扉が開く。

ここが目的地だ。

 

「そういう僕でも良いって言ってくれる皆に甘え過ぎなのは解ってるよ。」

 

「はぁ~、そういう意味で言っとるんやなくて・・・。」

 

 損した分を得とは言わないが、プラスマイナスゼロにまでにしてくれる自分の人間関係の幸運と、自分の不甲斐なさを挙げる一路。

対してNBは一路の力不足を嘆いているのではなく、うまく立ち回れない"馬鹿正直さ"に呆れているのだが、全く通じていない事に溜め息をつくしか出来ないのだ。

 

「ね、ねぇ、ここって理事長室よね?」

 

 数えるくらいだが、リーエルに連れられて訪れた事がある場所だった。

引っ越したりしていなければ、そういう事になる。

 

「そうだよ?」

 

「そうだよ。じゃなくて・・・。」

 

 何故という理由を問いかけるつもりだったが、これもNBの先程の言葉同様に通じてない。

 

「あー、シアはん?こうやって意固地になっとる坊は"アホの子"やさかい何を言っても無駄やで。」

 

 NBは決して長い時間を一路と一緒にいたわけではないが、それくらいは理解出来るくらいの時間は経っている。

もうどうにでもなれと投げやり気味に鼻をほじりながら言うNBは、もう既にほとんどの興味が失せているようにしか見えなかった。




そろそろオチが見えたとは思いますが、が、が、


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第169縁:それはフラグという名の前フリ。

「予想していたメンツより一人多いんだけどー?何事かしら?」

 

 理事長室に入って当然の如くアイリが、また何かの面倒事か?と眉根を寄せて出迎えた時点で、シアも嫌な予感がしてきたのは言うまでもない。

 

「こんにちは。理事長、今日は"休学届"を出しに来ました。」

 

「休ぅ学ぅ?それで?今度は何しようっていうの?」

 

 つい最近も休学してたようなもんでしょ、アンタは。

そう睨まれるのも一路にとっては想定内だ。

 

「ただの帰郷です。この前の報告を柾木家の人にするのと。折角貰った選別を壊してしまったので、それを直接謝りに行きたいんです。」

 

 今回は一切の嘘偽りはない。

全部本当の事。

そして、これから言う事も。

 

「で、その里帰りに"シアさんを連れて"行きたいので、出来れば許可を貰えませんか?」

 

「な?!」

 

「今度はそうきたかぁ・・・。」

 

 目を見開いて驚くシアと成程ねーとさして驚かずに溜め息をつくアイリ。

それを静観するのは美守とNBだ。

 

「あ、アンタ、自分が何言ってんのか解ってるの?!」

 

 シアには行動範囲の制限と外出時の監視が常時ついているのだ。

それをブッチぎっての星間旅行の申請。

シアが驚くのも無理はない。

ないのだが、何故か驚いているのはシアだけという現状。

 

「だって、約束したよ?僕の故郷を見せるって、連れて行くってさ。」

 

「その前に"いつか"って言葉がついてたでしょ!」

 

「だから、今かなぁって?」

 

「アンタ、バカ?!」

 

「・・・・・・つい最近、同じ事を言われたや。」

 

 そこまでがワンセットの会話を交わして、がっくりと肩を落とす。

詳しい事情はシアも知らないが、一路は自分がどういう状況にいるのか解っているはずだ。

 

「確かに、自分の行動に責任は持てって言ったわね。」

 

「手続き上の許可を求める相手も間違ってはいませんね。それで檜山一路君?こちらが許可をしないと言った場合はどうしますか?」

 

 一路のドストレートな行動を特に否定する事なく美守は聞き返す。

無論、そこには一路の行動に対する興味と、彼のその真意についてがあってのことだ。

果たして、彼は次にどう答えるのだろうと。

 

「特には・・・どうもしません。許可を取りに行く事、その結果が許可を得られなかったっていう事が解るのが大事だったので。」

 

「まー、休学届けは受理するわよー。」

 

 本当にそれだけなのかと更に問おうとした美守のより先に、アイリが答える。

これは生徒の権利なので、休学届けに関してはアイリも美守も拒否する事は出来ない。

シアにしても、当の一路にしても、返って来る言葉は予想の範囲内のようだったし。

さて・・・。

 

「こちらとしても、残念ですが同行の許可は出せないですねぇ。」

 

 美守がそう言うと、一路は何の反論もなく一礼して部屋から意外な程あっさりと出て行く。

それを慌てて追いかけるシア。

その姿を見送ってから・・。

 

「要するに、宣戦布告ってヤツ?理由なき反抗?かあーっ!青春!!」

 

 ぺしぺしと自分の額を打つアイリに美守は嘆息する。

 

「貴方が変に煽ったりするからですよ?彼は生来温厚な人柄のようですし。」

 

「道中誰かが迎えに来るってんなら、行き先は地球だし、柾木家だし?滞在先としては文句はないわよ?なんたって、遙照くんがいるもーん♪」

 

「確かに辺境の保護区に、それもあの戦力に真っ向きって突っ込んで行く輩はそうはいないでしょう。」

 

 堂々とノロケて見せる点だけを華麗にスルーして会話を続ける。

この点を見ると、この展開はよくある事だけ解るだろう。

 

「そ。だぁーかーら、道中の安全よ。魎呼ちゃんか天地ちゃんが迎えに来るってんなら考えても良かったんだけどぉー?」

 

「それを提示してあげない事はどうかと思いますけれどね。」

 

「言われなかったし、聞かれなかったもーん。ともかく、すんごいボディガードがいなきゃダメダメ。」

 

 てんで話にならないわーと一蹴するアイリ。

この数分後、そう一蹴した事を。

そして、口は災いの元であるという事を嫌という程、思い知らされる事になる。

 

 




世の中、言っちゃぁ、いけない事もあるのですよ・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第170縁:天災が連れてきた災難。

 来た時と同じ道のりで一路達は歩いていた。

 

「さて、どうしようかなぁ。」

 

「?」

 

「どうもこうもあるかいな。警戒されて余計やり難ぅなっただけや。」

 

 それくらい解っとったろ、アホかいなと続け様に悪態をつくNBを見ていると何故だか笑みがこぼれる。

自分でも正直これはないなぁと思っていたからというのもある。

勿論、最初から許可など下りないのも解っていた。

それはNBの指摘の通りである。

 

「まぁ、そうなんだけどさ。言わなきゃ解んない事もあるし、ブツかるのを避けて想いが伝わらないのもいけない事なんじゃないかなって・・・今までの僕がそうだったから。」

 

「坊、悪い方に事を動かすブツかり方は成長したって言わへんで?」

「あはは、だよね。」

 

 そんなやり取りを交わした後、一人と一体は少女の方へ顔を向ける。

 

「え?!」

 

「要は嬢ちゃんを乗せて太陽系までブッチギレばええんやろ?」

 

「えぇっ?!」

 

「港を出る事と太陽系の樹雷の観測圏に行くまでがネックかな。」

 

「ちょっ、ちょっとアンタ達、本気?!」

 

「最初から言うてるやろ?意固地になった坊に何を言うても無駄やって。」

 

 確かに理事長室に入る前にNBはそんな事を言ってはいた。

言ってはいたが、それをはいそうですかと納得出来るような問題ではない。

 

「私を連れ出すって事がどういう事か解ってるの?今度は謹慎で済まないのかも知れないのよ?」

 

「んー、まぁ、約束は約束だよ。」

 

「そういう問題じゃ・・・。」

 

 それで人生を棒に振られても、何というのか重い。

 

「そういう問題なんやろ、坊の場合は。第一、約束やら価値観やら、そんなもん人それぞれや。たまたま坊は"そういう価値観"の持ち主やったってだけで。大体、友達を連れ出す為に宇宙に飛び出して海賊の真っ只中に突っ込む輩やで?坊は。」

 

 まさにミもフタもない解釈である。

が、正しい。

 

「ほんとね、なんなんだろうね。ただ自分が後悔したくないってだけなんだけど。」

 

「この先の人生を棒に振るかもしれないのよ?」

 

「え?う、う~ん・・・。」

 

 腕を組んで唸る一路に、それ見た事かという反面、少し寂しくもある。

しかし、自分の境遇に誰かを巻き込む事はしたくないのは、シアも同じでしたくはないのだ。

別段、自分が不幸であると思っているわけではない。

というより、以前にいた環境よりはかなり恵まれている。

恵まれているのだ。

 

「う~ん・・・実は、地球に戻ればなんとかなるんじゃないかなぁなんて思ってる。・・・かなり虫が良すぎるけど。」

 

 地球にはこの銀河圏の文明の手が及んでいるわけではない。

自分の体の事を別にすれば、一路は生粋の地球人なのだから、どうにかならない事などないだろうと短絡的に考えている。

その場合、シアをGPに帰すのが難しいとは思うが・・・。

 

「あぁ、良かった。"オレの事だから"そのまま会えないかと思ったよ。」

 

 ふいに聞き覚えのない声を聞いて、一路はすぐさまシアを背に庇いつつ、腰に差した木刀を抜く。

 

 "コイツはヤバい"

 

そう直感的に自覚しながら。

 

(何で?!声をかけられるまで全く気付かなかった!)

 

 短めに切り揃った髪に額の絆創膏、そしてGPの制服。

ぱっと見なら学生にしか見えない。

表情も温和を絵に描いたようで、特段に目立つ点は本当に絆創膏しかないくらいなのだが・・・何か変だと感じる。

佇まいだけでだ。

 

「い゛?!いやいやいや妖しい者じゃないって!確かに目立たないように久々に制服を新調したけど!俺はここの出身だし、君を迎えに来たんだって!」

 

「迎え?」

 

 目の前で両手を上げて大きく振る男に対して一路は首を傾げる。

一口に迎えと言っても、色々な意味合いがある。

迎えを称する人攫いかも知れない。

 

「そうそう。檜山君だろ?鷲羽さんから聞いてない?参ったなぁ。用意した宇宙船をGPにいる子に内緒で持って行くだけって・・・サプライズだとか何かとかしか、俺も聞いてないんだよなぁ。」

 

 鷲羽さんてそういう所あるからなぁ、トホホと一人ボヤく。

 

(確かに宇宙船は届けるって言われたし、宇宙船の事を知っているのは鷲羽さんとNBしかないし・・・サプライズとか鷲羽さんならやりそうだけど・・・。)

 

 目の前にいる相手が自分に対して殺意や敵意の類いを持っていないのは解る。

解るのだが、それがイコール協力者とは直結しない。

害意は皆無なのに、身の危険を感じるという矛盾し過ぎて自分でも解らないこの状況が何よりヤバい。

 

「えと宇宙船を使って何処かに行くんだろ?だったら一度準備をする必要があるよね?その時に鷲羽さんに確認してみてよ。」

 

 それもそうだ。

即座にこの場から移動して、何処か安全な場所でとも思ったが・・・。

 

「シアさん、僕はNBもいるし、"コレ"があればいいから、今すぐ行けるけど・・・シアさんはどうする?」

 

 先の折れた木刀と、新しい朱色の木刀を握り締めシアに問う。

 

「本気・・・なのね?」

 

「うん。勿論、シアさんが行きも帰りも僕が送り届けるよ?シアさんが"望む"なら。」

 

 それはつまり、"望まなくても良い"という事だ。

もし、シアが帰る以外の選択肢を取る事があれば、協力を惜しむつもりはない。

といっても、結局鷲羽に相談するところからなのだが・・・。

 

「・・・そう。解った。私は身一つでここに来たから特に問題ないわ。」

 

それは承諾という意味だ。

 

「訳ありで急ぎって事かな?なら今すぐ行こう。あ、俺の名前は、山田せっ・・・。」

 

 ボンッ!

 

名乗りを遮るように破裂音がして、彼方で黒煙が上がっているのが見える。

一体全体何事だろう?

 

「ここは相変わらず毎日がお祭り状態だなぁ・・・色んな意味で懐かしいよ。」

 

 そういうイベントなんだろうと勝手に当りをつける男に、そうなのかなぁ?違う気がするとまた首を傾げる。

一路にはどうもこの男の人となりが解らない。

 

「丁度いいやって言ったらアレだけど、あっちとは反対の宇宙港に船を待機させてあるから、すぐに行こうか?」

 

 その言葉が余計に一路を不安にさせる。

果たしてそんな都合良く、自分達が向かう方向と逆方向でイベントなり事故なりが起きるものなのだろうか?

何か納得がいかない。

納得がいかないが、考えても仕方がないし、そんな時間もない。

とにかく訝しげに思いながらも、先導する男の後に続くのだった。

 




満を持してっ!www


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第171縁:それはそれはとてつもなぁ~く運の悪い人達。

これくらいの話数になると、毎回、あれ?この単語タイトルに使ってなかったっけ?と悩むんですよ(ヲチなし)


 さて、お祭り状態と彼に評された本当の場所は、実は理事長室であった。

 

「貨物用の宇宙港で爆発ぅ?一体、原因は何よ?」

 

 現場の宇宙港では正直お祭り騒ぎどころの話ではなく。

 

「そ、それが電気系統のトラブルとしか。」

 

 現場と交信しているアイリは眉を顰めるしかない。

GPは警察機構である。

慣例的な行事やイベントはあれど、基本は真面目な学び舎がある組織なのである。

そんなGPでこれほどの大きな事件が起きる事などそうそうある事では・・・と、ここまで考えてアイリがピタリと静止した。

 

「・・・あったわね。」

 

 じわりと冷や汗が背に伝わるのがアイリにも解る。

 

「こちらで受けた報告では輸入されて搬入された愛玩動物が檻から逃げ出したそうで・・・。」

 

「えーと、それってその動物が電気系統を破壊したって事?でも、通常はゲートが降りてるはずでしょ?」

 

 動物には当然、搬入の際の検疫の義務がある。

手続きの時に逃げ出されても困るので、隔壁などを用いた隔離を厳重に行う規則だ。

 

「それがなんでも、一番最初に誰かが搬入作業員にぶつかって操作を誤り、檻が放り出される形になりまして・・・それを避けようとした別の作業員がゲートのコントロールパネルに激突して、その・・・事態を早々に解決させようと応援を呼んだのですが・・・。」

 

「で、非常召集をかけたら、余計に被害の範囲が広がったわけね・・・。あぁ!もう、なんとなくその"最初の誰か"ってのが解っちゃった気がするんですけどー。」

 

 過去、直近でこんな事件が起きたのは、全て一人の男が原因だ。

 

「一体、何処から・・・と、言っても彼ならどうにでもしてしまいそうですからねぇ・・・。」

 

 だが、幸運な事に目的も行き先も解っている。

アイリは指示を出すべく、通信スイッチを押すとすぐさまGP内の他の警備担当が顔を・・・。

 

「?」

 

「どうなさいました?」

 

「今・・・今の画面に一瞬だけ走ったノイズは何?」

 

「ノイズ、ですか?」

 

 そんなのありましたか?と通信先の相手が首を傾げる。

 

「いいわ、それはこっちで調べるから貴方達は檜山・A・一路と、シア・・・監察対象者の身柄を拘束。但し、一緒にいる確率が高いだろう男には一切手を触れない事。いい?関わってもダメよ?」

 

 どうなるか解ったものじゃない。

冗談ではなく命が幾つあっても足りないくらいだ。

 

「というより、女性陣は何してるのよ?まさかあのコ一人で来てるの?あのコを一人にしたら"こうなるって解りきってる"じゃないの!」

 

「流石としか言いようがないですね。」

 

 美守はニコニコと微笑みを絶やさぬままだが、これは単純にどうにもならないだろうと完全に諦めモードに違いない。

 

「理事長、確認しましたが監察対象並びに檜山・A・一路両名の位置をロストしました。」

 

 通信を切る間もなく返答が来て、アイリは即座に理解する。

先程のノイズ、きっとアレが原因だろう。

GPの警備システムは、一度大きな事件があってから、より強固に改良されている。

その発端になった事件を起こしたのが、今まさにこのGPに来ているのだ。

ならば、"そういう道理"も通るのではないか、と。

恐らくジャミングか、それとも電源供給システム自体に何らかの障害が起きたか。

 

「あのガキんちょめぇ~っ!全ての宇宙港の閉鎖。人員を総動員して停泊中の艦の立ち入り検査をしなさい!」

 

 何がどうしてこんな手間のかかる大事になったのだと問うたところで、アイリには無駄だと解っていた。

何故ならば、これはどうしようもなく"運が悪かっただけ"なのだ。

それ以外の理由はない。

というよりそれが全てだ。

 

「あのコに関わると、なんでもかんでも運が良かった悪かったって話にしかならないのってズルいわよねぇ・・・ある意味なんでもアリなんだもん。」

 

「ある意味、運が良かったというべきじゃありませんか?貴方も言っていたじゃないですか。道中のボディガードされあれば良いと。」

 

「あー、言った言った、言いました!でもだからってコレはないでしょ?大体、今あのコ、別の銀河に行っているハズでしょう?こんな展開になるなんて思わないもの。そりゃあ、このまま彼女をずぅっと飼い殺しみたいなメに合わせるわけにはいかないし、何より教育に良くないのは解ってるわよ?ここ、教育機関だし。解ってるけど・・・ぬわぁぁぁんか悔しい!!」

 

 そこは、まぁ、貴方が大人気ないだけなのでは?という言葉を美守は飲み込みつつ、さてどうしようかと考える。

 

「ですが、あの二人が顔見知りになるのは良い事かもしれませんね。何より"同じ出身"のGPアカデミーの先輩なのですから。」

 

 いずれ二人を引き合っわせようとしていたのは美守だけでなくアイリも一緒だ。

一路と同じ地球出身でGPに関係し、かつ樹雷と交流があるといえばどうしても彼の名が筆頭して挙がる。

 

「何かしらの刺激、化学反応が起こればいいわねぇ・・・なんて呑気に思ってたのは今は昔のハ・ナ・シ・よ!第一あのコ一人で来ているなら、大問題よ!」

 

 この役割は天地の姉の天女や、アイリの娘の水穂という選択肢もあったのだが、そこはどう考えても良い方向にならない・・・特にアイリにとってはだが・・・。

かといって柾木家の面々に任せっきりなのも思想に偏りが出そうなのは同じである。

理由は簡単で、一路の思想がある意味で鷲羽に洗脳されているようなものであるからだ。

一路が抱く鷲羽のイメージと他の者が抱くイメージとの隔たりが果てしない事、この上ない。

 

「・・・・・・レイアちゃんと信幸くんとの子供のお守りは、柾木家の他の人間には任せらんないわ、コリャ。」

 

 しいて言えば、信用できるのは砂沙美のみだ。

 

「一応、"母"としてなら、鷲羽ちゃんは良い母ですよ?」

 

「なにそれ、身内びいき?」

 

「事実です。」

 

 美守の九羅密家は遡れば鷲羽に行き着く。

亡くなった前当主は彼女の息子だ。

それが周知の事実となって、思えばあれから九羅密家のある世二我だけでなく樹雷、宇宙も変わった。

非公式とはいえ、天地が表れ、三女神の実在が一部の者に明らかになり、鷲羽の生存の公表、そして・・・今、この状況の中心にいる山田西南の存在・・・。

 

「時代の流れはいつも唐突ですね。」

 

「急に老け込まないでちょっ?!」

 

 そう突っ込もうとした瞬間、爆音が上がる。

 

「これって・・・。」

 

「多分、檜山一路くんと山田西南くんが宇宙に出た音じゃないでしょうか?」

 

 既に美守は、いや、とっくの昔に捕まえられるという可能性は諦めている。

彼等ならば、何があろうと一度決心した事はやり抜くに決まっているから。

 

「・・・で、損害だけが残るってわけね・・・あー!もー!ほんと、相手に物理的だけじゃなくて、精神的ダメージまであっさりと与えられるのはズルいわ。」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第172縁:懐かしき日々よ。

「坊、口が開いたままやで?」

 

 そうNBに指摘されて一路ははたと正気に戻る。

戻りはしたのだが、なんともやるせない顔をしてNBを見てきた。

 

「だって・・・だってこんな・・・。」

 

「言いたい事は解るで、よぉ~く解る。せやけどな、これが世の中、現実ってもんなんや。そう思って諦めるんやな。」

 

 途中から既に説得の領域に雪崩込んでいた。

一路が呆けるのも無理はない。

彼等は既に船に乗り込み、宇宙にいた。

 

「軽い気持ちじゃなかったよ?僕だって覚悟してたんだよ?簡単な事じゃないと思ったし、大変だなってのは自分なりに解ってたのに・・・。」

 

 遂にはふるふると軽く震え出す始末で・・・。

 

「なのに、"ただ宇宙船まで走った"だけで宇宙に出られるなんてってか?だから世の中そんなもんやと思うしかないって言ってるやろ?深く考えたら、それこそノイローゼになるで?」

 

 もちろん、一路達の行く手を阻もうとする者達は何人、何十人もいた。

いたのだが、何故かその者達は触れる事すらも出来なかったのだ。

 

 ある集団は、"突然に"現れた暴れダチョウの群れに妨げられ、轢かれ、連れ去られて行った。

 

またある集団は、"たまたま"行われていた地下工事用の穴に吸い込まれるように次々と消えていった。

 

そのまたある集団は、"何故か"目隠しをして剣術の修行をしていた静竜に斬り捨てられて(勿論、峰打ち)いった。

 

宇宙港に着いてもその不可思議な流れは途切れず、行われていた立ち入り検査の順番は、"偶然にも"一番最後だったし、

 

そこにまで雪崩込んで来た追っても"どうしてか"床にぶちまけられたオイル、水、宇宙ウナギ、宇宙バナナの皮・・・etcに転倒。

 

 その流れのまま作業機械が暴走→ゲートに激突→小爆発→ゲート開放。

そして、宇宙へ、なのである。

ぶっちゃけ、本当に一路達は何もしていない。

ただ、船に向かいそれを起動させ、発進させただけだ。

 

「まぁ、ワシも摩擦係数的にバナナの皮で人は滑るっちゅーのは物理論文で証明されてるってのは知っとたが、本当に滑っとるのは初めて見たな。」

 

「寧ろ、そんな論文が存在してるって事に驚くよ、それ。」

 

「何を言ってるんや?地球の、それも日本の教授がノーベル物理学賞を取った論文やで?」

 

「ホント?!」

 

「あ、"イグ・ノーベル賞"やったわ。」

 

 などと非常に雑でヲチにもならないこのやり取りを、山田西南は懐かしそうに感慨深げに眺めていた。

かつての自分の姿を重ねて。

宇宙に出た時、西南は自分が本当にちっぽけな存在で、だけれども地球にいた時にはない自由と可能性を感じていた。

もしかしたら、自分のこの運命を変える何かが待ち受けているのではないだろうかと。

解き放たれたと言っても良い。

そこには自分の存在を必要としてくれた人がいた。

・・・その時と比べれば今は、少し窮屈だとは思う。

樹雷やそこに属する銀河連盟の思惑、簾座に代表される他の銀河連盟、そして地球の存在に・・・。

それはとても壮大過ぎて、西南一人ではどうにもならなかっただろう。

 

『マスターよろしかったのですか?』

 

 ふと、脳内に声が響く。

 

『D、だって余りにも可哀そうだと思うんだよ。俺はさ、もう既に物心ついてたけど、彼等は違うじゃないか。』

 

 することは出来ないと完全に諦めていた結婚だって宇宙に出て出来た(結婚式はメチャクチャになってしまったが)のだ。

世に言う夫の苦労というものを窮屈だと感じるのは、更に贅沢が過ぎると思う。

 

『しかし、これでは"依頼の内容"と異なります。』

 

『だから、"3人"じゃなくてD一人だけを連れて来たんだよ。』

 

 依頼。

確かに自分は鷲羽に檜山一路に"一人で"出会い、宇宙船を渡し、地球に"無事に"送り届けるという依頼を受けた。

普通ならば、額面通りに受けて何ら支障のない内容なのだが、こと山田西南の場合は事情が違う。

違うというのは、天地無用GXP小説第一部全14巻、DVD全8巻、コミックス1巻絶賛発売中!のいずれかをご覧になれば解るだろう。

勿論、全部見ても構わない。

そこには絶対に両立しない矛盾が存在する。

彼にとって宇宙に"一人で"出て、何事も無く"無事"なワケがない。

それ故に、流石に西南も一人で来るのを躊躇われたのだ。

まぁ、降りた宇宙港と全く違う宇宙港に現れて爆発騒ぎの原因になってしまうのもアレなのだが。

 

「ん?」

 

 ふと、西南は視線を感じてその方向に顔を向けると、一人の少女がじぃっとこちらを見つめていた。

結婚して、お嫁さんがいて、周りに傾国級の美女達がいても、未だに女性の視線にはたじろいでしまいそうになる。

 

「何かな?」

 

 何とか微笑みながら問いかけてはみたが、自分を見つめる少女の瞳は不安そのものだったので、西南は溜め息をついて観念するしかない。

 

「・・・どうして、あなたが・・・?」

 

 その言い方からして、やはり彼女は自分が何者で、現状がどういう事なのかを一番良く把握しているようだった。

 

「あー、えぇっと、檜山くんとNB?」

 

 まぁ、隠しているわけじゃないし、ちょっと鷲羽の依頼の"真の意図"とは違って、肩入れし過ぎだとは西南も思う。

でも、この少女に地球を見せたいという少年の願いには肩入れをしてもいいんじゃないかと思う。

事実、西南だって一人で全てを一人で何とか出来たわけじゃないし、あの戦いの時、"この少女を含め"全ての人を完全に救えたわけではない。

そして、今、彼女を救う手立ての一つであろう一路の行動を支持したい。

結局、自分が始めた戦いの続き、その後始末を彼に押し付けたような気まずさもないわけではなかったから・・・。

 

「お取込み中済まないんだけど、"そろそろ"だと思うんだ。だからお喋りはやめて注意した方が・・・。」

 

 と、言ったそばから船体が揺れる。

 

「ほげーっっ!」

 

「何?!」

 

 突然の衝撃に船内を転げるNBに一路の叫び。

西南が宇宙港を出た時から、用意周到に隠された運命という罠。

不幸を呼ぶはずの西南と一緒にいて、Dしか災いを偏向させる存在がいないのに、何故だか宇宙に出るという目的が達成されてしまった。

その方向に運命が巡る理由。

それは・・・。

 

【宇宙に出た方が、より災いの度合いが大きいから】

 

 




西南の特性の逆転は本来3人セットの組み合わせなのですが、ここは1人でも、1人分の軽減が出来るという事にしています。

という事で、懐かしみつつ天地無用GXPを振り返ろうキャンペーンを張ってみました(マテ)
でも、巷には西南が主人公なんて認めないって人が多いそうで・・・GXPはあれはあれで好きなんだけどなぁ、私。

ちなみに、バナナの皮の下りは全て実話ですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第173縁:確率がゼロでなければ・・・。

 当然の事ながら、といえばいいのか、この状況は西南にとっては想定内だ。

鷲羽が柾木家にいる誰でもなく、自分を一路の迎えに選んだのは、勿論これを含めての選択であろう。

 

「海賊よ。」

 

 いち早く現状を把握したのも、ずっと自分の存在に注意を払っていた少女だった。

 

「海賊って、GPの輸送航路でもないのに?!」

 

 GPからの追手を警戒して(実際は西南がいるので来る事はないのだが)、一路はGP艦の常用する航路から外れた形で太陽系への突入を選んでいた。

広大な宇宙だ、海賊だって船の通る確率の低い宙域で待ち伏せするよりも、そちらの方へ行くはずだ。

ましてや、未開・未発達で接触禁止の太陽系に向かう船なんて、樹雷の補給船と駐在員の為の小さな小包くらいなものだ。

海賊といえど、小さな個人事業主とおなじ。

要するに何の採算も取れない、割に合わない仕事はしないのだ。

 

「事実はそうなの!」

 

「そんなのどうすれば・・・。」

 

 二人の表情が逼迫したところで、西南は仕方なく口を挟む事にする。

 

「あー、いいかな?この船の艦長は君なんだ。君が判断しないと。」

 

 自分が初めて艦長になったのも、海賊に襲われたのも、彼と同じ年齢くらいだったなぁと思いつつ、当時の自分も一人で判断を下すのは難しかった事を振るのだから、意地が悪いよなぁ、俺も、とほほ。

そう心の中で毒づく。

 

「僕が艦長・・・。」

 

「一国一城の主みたいなもんだよ、マイホームを持った、ね。」

 

 

(ウチの大黒柱はなんだかんだで霧恋さんだけどね。)

 

これまた当時の自分には出来なかった事を一路に振る。

 

「さぁ、どうする?」

 

 流石にノーヒントでは可哀相だろうか?

 

しかし、鷲羽の思惑としては一応ノーヒント&ハードモードでいって欲しいはずなので、西南としてもそうペラペラと口を出せない。

 

「どうするもなにも・・・皆、席に着いて。きっと今のは威嚇だ。降伏勧告か白兵戦をしてくる前に逃げよう!」

 

 そう言うとすぐさま艦長席である中央の一段高い席に座る。

 

(思い切りはいいし、判断も早い。今のが威嚇だってのも正解だ。)

 

 ただ沈めたいだけならば、先程の不意打ちで一気に決めるはずだ。

一路が研修の時に一般的な海賊の作法(?)、行動指針を見ていた事が幸いしている。

 

「NB、ワープは出来そう?一気に突き放すよ?ワープ先を予想されないように一度目はランダムで!」

 

(ん?)

 

「任しとき!」

 

(んんっ?)

 

 続く声に疑問符を浮かべたのは西南だ。

一路の艦長としての判断は概ね正しい。

マニュアルによる艦長の取るべき選択肢の一つに挙げられるくらに。

もし、西南が一路の教官なら及第点だ。

だが・・・。

 

「ワープするで!」 「あ。」

 

 一路の判断を西南が訂正させる前にそれは行われてしまった。

一般の艦長としてなら上出来ではあるのだが、"一般の出来事"ではないのが今の状況なのだ。

 

「ごめん、それは悪い手だ。」

 

「・・・なんで・・・・・・。」

 

 西南の落ち着いた声の後に、愕然とした声が聞えて、その陥った状況にそうなるよなぁと溜め息をつく。

 

「何でワープ先にも海賊がいるの?!」

 

(あ、なんか久しぶりに聞いたなぁ、そのフレーズ・・・。)

 

 最近はお嫁さんズががいるのもさることながら、簾坐の奥ゆかしくも(?)誇りある(??)勇者の(???)決闘という戦闘方式が多かったせいか、艦長になった当初の頃に多かったこと展開が起きる事は少ない。

というか、流石に皆が慣れたというか、慣れなきゃやってられんという空気になっていた。

 

「もう一度ワープ!!」 「はっ?!」

 

 などと懐古しているうちに二度目のワープが行われ、結果は火を見るより明らかな、海賊倍々ゲームが発生していた。

まさに確変突入。

 

(あの時はどうなったんだっけ・・・?)

 

 自分の時の結末を西南は思い返す。

 

(確か、あの時はまだ福がいなくて・・・。)

 

 危うく餓死しかけたという事を思い出した。

 

「餓死されても困るしなぁ・・・。えーと、檜山君、君の判断は凄く正しいし、よく解るんだけど、今回はそれ以外の方法で・・・例えば戦うとか、そんなカンジでなんとかならないかなぁ?」

 

 どうやっても切り抜けられない無限ループの現象なので、これでは意味がないと思い西南は答えを切り出す。

 

「戦うって、どうやってですか!」

 

「え、あ、いや、多分、鷲羽ちゃんの事だから、この船きっとそういうの、あるよ?・・・多分。」

 

 でなけりゃ、いきなり人を死地に追いやる悪魔の所業だ。

いや、鷲羽ならありえるか。

無理なら自分がなんとかするだろうくらいのノリで、今回の事を押し付けたのかも知れない。

 

(最悪、俺が船から"降りる"か・・・。)

 

 嘘みたいな話だが、原因を取り除くという意味ではそれは一番の解決策だ。

西南が船を降りて、一路達が再びワープする。

それであっという間に解決だ。

だが、それが最良の正解だと一路に言ったところで、信じる事もその選択肢を取る事はしないだろう。

 

(やっぱり、俺が戦うしか・・・。あぁ、なんか今、瀬戸様のトリプルゼットを思い出した・・・。)

 

 相当に手加減しないと辺り一帯が大参事になりかねないからか、瀬戸の乗る水鏡の撃滅宣言信号が頭を過る。

これって本末転倒なんじゃないかなぁと西南は、一路達にも降りかかった理不尽さを心の中で謝るのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第174縁:思考実践。

 西南に言われたからというわけではないが、一路には一路なりの自覚が芽生え始めていた。

それは艦長という位置にである。

こういった事に限らず、物事には考え方というものがある。

人間の主義主張と同じようなもので、見方を変えると全く違った捉え方が出てくるというアレだ。

以前にも述べたが、一路にはそういう思考の仕方が出来るくらいの多様な出会いに、良くも悪くも恵まれている。

但し、今、彼の目の前にいる山田西南はどかと問われたら非常に困ってしまうが。

彼を知る誰もが胸を張ってそうだと答えてあげられないのが残念なところだ。

 さて、そんな中で一路は思考を巡らす。

 

「NB、この船に武装があるか確認できる?」

 

 一応の確認だ。

船に乗る前に一路も船の外観を見たが、一言で表すと卵型。

横にした卵に小さな翼が生えているくらいだ。

シアはその外観を見て、微妙な顔をしていたが、西南がここまで乗って来た事、何よりそれが鷲羽が自分の為に用意したものだという事で、一路は特に何の不安も恐れもなかった。

哲学士にしてみれば、それは学術的興味の対象にしつつ、一路の事は変人或いは狂人呼ばわりする事だろう。

たが、今の問題はそこではなく、真っ白な卵型宇宙船のその外観を見た限り、およそ武装などというものがあるとは到底考えられない。

となると文字通り、口八丁手八丁でなんとかこの事態を乗り越えなければならないという事になる。

 

(消去法でも白兵戦は論外だし・・・あるのはまだ無事な船体だけか・・・。)

 

 ちらりと西南の表情を伺う。

西南の戦力がどれほどかは解らないが、流石にこの現状を引っくり返せないだろう。

一路hがそう考えるのは無理はないが、実際のところは彼一人でどうにでも出来たりする・・・のを理解しろというのは無理な話だろう。

 

(元々、こういうのって僕には向いてないんだよな・・・他の皆なら別だろうけど・・・。)

 

 ふと、そう考えて・・・では、皆ならこの状況でどうするだろうと一路は思う。

 

(照輝なら、やっぱり一人で突っ込んじゃうかな?う~ん・・・意外と冷静だから、皆を逃がす為の、道を作ってくれる・・・かな?)

 

 そこから順々に素早く考えていく。

 

(あーちゃんだったら一番にルートを探してくれるだろうし、プーならとりあえず交渉するかな?雨木・・・はやっぱり権力?あ、そもそも襲われそうな事はしないか・・・。)

 

 そんな風に考えていって、次に相手である海賊の事を考えてみる。

彼等は何故、海賊行為などするのだろうかとか、この場合は一体自分達をどうしたいんだろうかとか・・・。

 

(やっぱり、楽して大金を稼ぎたいから、かな。あ、自由だからってのもあるよね。)

 

 種族間、国家間、銀河間、そういうしがらみに縛られたくないというのも解らなくはない。

 

(あとは・・・生まれた時からそうだったか・・・。)

 

 海賊の子は海賊。

馬鹿げた話だ。

そしてもう一つ、一路は思いつかなかったが、既に何らかの罪を犯していた者だ。

 

(楽に・・・楽にかぁ・・・。)

 

「やっぱりソレっぽいのは無さげやな。」

 

 チェックを終えたNBの答えも想定内として・・・。

 

「ねぇ、シアさん、やっぱり人間、一度楽な方を味わっちゃうと、抜け出るのって大変だよね。」

 

「はぁ?」

 

 何の事はない、自分だってちょっと前までは思考停止した引きこもりだったのだ。

他人に危害こそ与えないものの、迷惑をかけているのは同じ。

 

「うん、"プーの案"でいこう。」

 

 ここにはいない友人の名を出して、シアを更に困らせてから、NBの方に向き直る。

 

「NB、海賊船と通信したいんだ。広域に回線を広げられる?」

 

「そりゃ当然できるが、どないするんや?まさか海賊共と"今更"交渉かいな?こっちは相手が欲しがっとるもんなんぞ一つも持っとらんで?」

 

「うん、でも向こうはそう思ってなくて、楽して稼げると思ってるんだよね?」

 

「そらまぁ、そうやな。ほれ、OKやで。」

 

 何かしらの操作をしてNBは一路の要望に応える。

何だかんだで、ナビゲートロボットとしてはそこそこ優秀なのである。

 

「あー、えーと聞こえますか?あの、僕はこの船の・・・て、そういえば船の名前まだ決めてなかった・・・シアさん、どうしよう?」

 

 まさに逃げるように出てきたので、そんな初歩的な事も忘れていた事に気づく。

というより、この船は船籍とか登録されているのだろうか?

 

「いいから話を続けなさい、バカ!」

 

「あ、また馬鹿っていう。そういうのヤメてって言ったじゃない?」

 

「い・い・か・ら・続・け・な・さ・い!」

 

「う゛っ・・・あ、艦長の檜山一路です。」

 

 シアの凄みに負けてというか、怒りはもっともなので、すごすごと引き下がって続ける事にする。

 

「えっと、この状況では逃げる事も抵抗する事も無駄だというのは、子供で解ります。」

 

 多数の海賊船に囲まれた状態で、一路の言っている事は間違いではないし、実際にこのようにして襲われた船が交渉してくる事はよくある。

だがこのように広域帯で通信を試みるのは意外と少ないし、基本的には海賊側から降伏勧告があるので、先に降伏してくるというのは民間船以外ではこれまた少ない。

 

「なので、降伏して積荷を明け渡して船員の安全を保障してもらいたいと思うんですけど・・・。」

 

 ここまでは本当にセオリー通りの定型文だ。

何も珍しい事もない。

一路側に明け渡す積荷がない事を除けば。

 

「でも、一体全体、"どの船の船長さんにそれをお願いすればいいのか"解らなくて困ってるんです。こちらの積荷は、当然"一隻分"しかないもので・・・。」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第175縁:一陽来復。

「うまいなぁ。」

 

 思わず呟いたのは西南だ。

海賊というのは、前述した通り皆が今の一路と同じように一国一城の主であり、個人事業主のようなものだ。

誰もが楽して儲けたいという思想だし、採算を・・・いや、採算以上に利益を得たい。

つまり、どういう事かというと、一隻の船がおもむろに船体からアームを伸ばして一路達の船を拘束しようとすると、そのアームを他の船から伸びたアームが押しとどめる。

そしてその横から漁夫の利を得ようとした第三の海賊船がアームを、更にそれを阻止しようとする海賊船が現れ、そしてそのまた・・・と、あとは連鎖反応的に海賊同士の争いが勃発する。

そんな事をしては、余計に割に合わなくなるのだが、目の前にぶら下げられた餌と海賊としてのメンツのせいで、そんな事は棚に上げられてしまうのが海賊だ。

 

「アンタね、友達は選びなさいって前にも言ったでしょ?」

 

 辺りで繰り広げられる海賊同士の争いをモニター越しに眺めながら、シアは一路にツッコミを入れる。

一路の言動が、彼の友人の影響で取られたものだというのが、"プーの案"という呟きで解ったのだろう。

朱に交われば赤くなるというワケだ。

 

「だから選んでるって・・・。」

 

 その証拠に雨木 左京とはあまり仲良くなれてはいない。

好き嫌いはあるものの、一路側としては別に一般的な(それこそ社交辞令的な)交流までも断絶しているつもりはないのだ。

 

(こっちから行く気がない時点で同じか・・・。)

 

 その辺りは追々反省しようと思いつつ。

 

「さ、今のうちに抜けて行こうか?」

 

「あい、微速前進でそろーりと・・・。」

 

 西南に促されて、ゆっくりと亀の歩みの如く海賊船の隙間を抜けてゆく。

レーダーに大きく拾われないように、慣性の法則よろしく、だ。

 

「きゃっ!」

 

「そんな甘くはないか、」

 

 包囲網から抜け出そうかとした丁度のその時、一路達の動きに気づいた一隻がアームを伸ばしてきたのだ。

 

「NB!全開で振り切って!」

 

 包囲から抜け出せたのなら、ワープが出来ない今は一目散に逃げるしかない。

 

「檜山君達、攻撃が来るよ、何処かに掴まって!」

 

 自分の時も、この後は雨あられと攻撃を浴びせられた経験から、一路達にすぐさま注意を促す。

 

「何とかアームを振り切ったで!ぬぉっ?!」

 

 船の真横で起こる閃光。

 

(真空なんだから爆発ってしないんじゃっ?!)

 

 そこは先進科学というものだろうかと、一路の浅い科学知識では解らないままミサイルの衝撃によろめく。

 

「NB!」

 

「当たっとらんから、だいじょっうげぇんっ?!」

 

 どう考えても次の衝撃は被弾したものであると誰にでも解った。

 

(潮時かな?)

 

 西南が拳を握る。

 

「振り切れそう?」

 

「わからん!」

 

 それでも必死に事態から抜け出そうとしている姿を見るとギリギリまで見守ろうとは思うのだが・・・。

第一、これから船を持つだろう一路のピンチをいつでも救えるとは限らないのだ。

出来る限りは自分達の力で解決する術を見つけるにしなければ。

 

「・・・最悪、地球に向けって超々距離ワープしか・・・。」

 

 攻撃を受けながらのワープは難しい。

更に座標をしていして、遠距離ワープなど自殺行為に近いのは全員理解している。

それでも事態が好転する可能性があって、他に選択肢がないというのなら、一縷の望みに賭けるしか・・・。

 

 

 -ミャオォォーンッ!!-

 

 一路が決意をして身体を起こす為に艦長席のコンソロールに手をついたその時だ。

一路の耳に、いや、その場にいた全員の耳に鳴き声が木霊する。

 

「今度は何や?!」

 

「船内が光ってる?」

 

 外の映像を映していたスクリーンが一瞬にして切り替わる。

 

【刮目相待】

 

 そういう文字が大きく表示され、その下に横長のバーが出る。

左から順に少しずつ色が変わり、バーの横に68%と数字が出てどんどん値が上昇し、100%になったところで船内の発光現象が治まった。

 

【我 曲突徒薪】

 

 そして、剣、拳、堅の三文字を頂点とした三角形の中心に"賢"の文字が浮かぶ。

その文字を見た者達の中で、一路だけは何が起きたのかを理解した。

 

「賢皇鬼・・・?」

 

「ミャン!」

 

 恐る恐る問いかけると、一路にとっては聞き慣れた声が返ってくる。

それに合わせてスクリーンの賢の文字がぴょんぴょんと跳ねた。

 

「なるほど。坊のガーディアンシステムと同期出来るようになっとるわけか・・・いや、元々宇宙船用やったちゅうことか?」

 

(福や天地先輩のトコのりょーちゃんの体がない版か。そういえばどっちも成長出来るんだよな。りょーちゃん6才くらいになったんだっけ?)

 

 元々こういう事を想定して、一路に合わせて成長させる為に先渡ししておいたという事も考えられる。

いや、鷲羽ならありうる。

ただ、問題は一路のパーソナリティに沿う学習は出来ていても、宇宙船の扱いを習得しているかだ。

なにせ、初めて与えられた自分の体が宇宙船だ。

 

(絶対ぶっつけ本番で試すつもりだったとしか・・・。)

 

 そんな事の為に自分に白羽の矢が立ったのかと思うと、西南は本当にやるせなくなる。

 

「自分のホログラムも出せへんのか、しゃーないな。」

 

 西南と同様の問題を感じ取ったNBは、自分の尻部分になるコードを尻尾のように伸ばし、近くのコンソロールに力強く射し込んだ。

 

「ワシが制御と座標をサポートしたる。後は賢皇鬼、坊、頼むでっででででで・・・。」

 

 あ゛あ゛あ゛という声に身体をガクガクと痙攣させるNB。

 

(ああいうところはそっくりだけど、こっちのNBの方が大分大人で面倒見がいいんだなぁ。後継機だから?やっぱりこれも俺との運の差かなぁ?)

 

 そんなしょうもない事を頭の隅に押しやりながら、西南は一路の顔を見る。

本当ならいけないんだけど、地球からGPに来た後輩にそれくらいの優遇があってもいいんじゃないかなぁ、何しろ初めて出来た地球出身の後輩だしとも思う。

勿論、後輩の部類には、成人後に地球に残るか、宇宙に出るかを最初から選べる柾木村の人々は数に入っていない。

 

「じゃあ、"艦長"、次の指示を。」

 

 先輩の余裕を見せつつ、一路に声をかける西南だった。

 

 

 




なんとなく四字熟語シリーズ(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第176縁:そりゃただの船のワケがない。

 賢皇鬼が船のシステムとしてインストールされ、管制をNBがサポートとして連結した時と同じく、一路の乗る船の外観にも変化が現れていた。

横にした卵に羽根が生えたような外装に罅が入り、中から鋭角的な艦首をしたフォルムが現れる。

まるで孵化したような現象ながら、全体のサイズが変化しないという物理法則を完全無視した変わりようである。

船のフォルムが変わるに伴い、申し訳程度についていた羽根も大型化し、なにより一つ増えて三枚の翼になっている。

これまた物理法則をガン無視である。

鋭角的なテトラポッドのような形をした船。

それが一路の新しい船である。

 一路が初めて艦長の真似事をした時に乗り込んだあのGP艦に酷似しているのは決して偶然ではない。

賢皇鬼にとって物心ついて初めて乗った一路の船は、それに他ならないし、それ以外の船は海賊船と樹雷の船しか知らない。

前者は一路を攻撃してきた船であるから、あの形になるのは論外。

樹雷の船も、何やら一路の好みではなさそうなので、これまた論外。

と、なると自ずとこの形になるのは当然の帰結なのだ。

 

「ミャ?ミャミャミャッ!」

 

 船の変化に一時的に行動を止めた海賊達を尻目に、賢皇鬼の気合一発。

船内のディスプレイにNBの顔をした丸印が次々と現れ、そこに青い光の線が駆け抜ける。

まるで場末のゲームセンターにあるガンシューティングのゲームのように。

NB印のマルチロックを賢皇鬼が的確に撃ち抜いていく。

 

「ミャ、ミャ、ミャ、ミャ!」

 

「すごい・・・。」

 

「呆けてないで早く指示を出す。」

 

「あ、うん。」

 

 爆発を次々としてゆく海賊船の光景に口を開けたままあんぐりとしていた一路は、シアに突っ込まれてようやく正気を取り戻す体たらくだった。

一路が口にして指示をしない限り、賢皇鬼が入った今の船は動かないのだ。

 

「そのまま攻撃しつつ逃げ切るよ?」

 

「ミャッオォーンッ!」

 

 一路の指示しか受け付けないというのは、セキュリティ上はとてもよろしい。

よろしい事なのだが、一路の緊急時に誰の命令も受け付けないのでは考えものである。

幸い、賢皇鬼はその名の通り賢そうなので、きちんと教えれば(恐らく順位付け的な)理解してくれるので、早々に教えてゆけば大丈夫だおるとと一路は楽天的に考える。

何より、先程から続いている攻撃も、完全に相手を撃沈していなかった。

自分達に向かってくる確率が高い船を優先して、それはNBのロックマークのせいかも知れないが、武装系統のみを確実に撃ち抜いていた。

ミサイルのような実体弾は誘爆の恐れがあるが、そこまでは流石にこちらも関知出来ない。

周囲にとって阿鼻叫喚でしかない光景の中、船は進む。

その間も当然攻撃の手は休まずに続き、海賊船の4割近くが無力化されていた。

 

「何とかなりそうね?」

 

「うん。海賊の人達はちゃんと帰れるかな?」

 

「あんたねぇ・・・。」

 

 一路の発言に流石にシアも呆れて二の句が継げない。

 

「でもさ、こんな広い宇宙に放り出されたら、結構精神的に来ると思うよ?」

 

 例の本や映画で見た一路の狭い知識からの引用だ。

本来なら、こういった事は真っ先にNBが突っ込むのだが、今はそれどころじゃない。

 

「そりゃそうだけど・・・何もこんな時にまで・・・。」

 

 

 -ボンッ-

 

「え?」 「へ?」

 

 当面の危機から脱した安堵感から出た会話の最中に、船内で起きた不釣り合いな小さな破裂音に二人が固まる。

再び高まる緊張感の中、辺りを見回すとその原因が船内のディスプレイに隠れるようにして煙を上げるNBだという事に、一路の表情が変わってゆく。

 

「NBィッ!あちっ?!」

 

 慌てて駆け寄り、NBの身体を持ち上げようと触れてみるが、あまりにも熱くて触れられなかった。

その熱量が破裂音の正体がNBである事を如実に表している。

 

「一路!どいて!」

 

 シアが一路を押しのけ、NBを繋いでいたケーブルを蹴り飛ばす。

固定されていたNBが解放され、反動を受けてころころと転がるも何の反応もない。

 

「NB!NB!どうしようシアさん!NBが?!」

 

 一路の取り乱し方はシアにとっては、少々驚いたものだった。

しかし、NBは一路にとって宇宙に出て、一路だけの一路の為の存在なのである。

そもそもロボットと認識しているシアとは価値観が違うし、絆の深さも違う。

 

「私に聞かれても・・・山田さん、どうす・・・あれ?」

 

 解決策を教えてやりたいのはヤマヤマだが、生憎シアは工学系には詳しくはない。

しかも、NBはその最高峰である哲学士が作ったものだ。

あんなんでもアイリは腕はちゃんとした(果たしてちゃんとしたという形容詞が正しいのかは別として)ものなのだ。

しかし、それ以上にシアが戸惑ったのは、先程までそこにいたはずの西南の姿がない事だった。

賢皇鬼が起動して、海賊船を攻撃した辺りまでは確かにいた記憶がある。

というより、船が動き出してからこの方、ずっと同じ位置にいたはずだ。

 

「何処に行ったの?」

 

「僕に聞かれても・・・。」

 

 一路も西南がこの場から出て行ったという認識はない。

NBはあんなだし、肝心な時に西南はいなし、八方塞がりである。

唯一の救いは船が順調に進み始めたくらいだろうか。

 

「ん?どうしたんだい、二人共?」

 

 と、思ったタイミングで西南が二人のいる艦橋へと続く扉を開けて入ってきた。

 

「いつの間に外に・・・じゃなくてNBが大変なんです!」 「何処に行ってたんですか!」

 

「え?え?二人同時に言われても・・・。大丈夫そうなのを見てちょっとお手洗いに・・・て、NB?」

 

 西南は煙を上げているNBの姿を一瞥する。

 

(なんだかんだいっても、賢皇鬼は皇家の樹と同系の有機システムっていってもいいようなもんだからなぁ・・・流石にNBの方が耐え切れな・・・ん?NBってそんなに性能低かったっけ?性能高すぎてスペックの無駄遣いレベルだった気がするんだけど。)

 

 西南は自分の傍にいるNBのデータの内包量や性能を振り返って、心の中で首を傾げる。

 

「大丈夫だよ、鷲羽さんなら俺のトコのNBもイジった事あるし、きっと何とかしてくれるよ。念の為、時間凍結をしておこう。俺に任せて。」

 

 多分、この船にもその機能は存在するだろうが、これは自分が請け負っておこう。

 

『頼んだよ、D。』

 

 船は地球への進路を続け、一度ワープすればものの数時間で着くだろう。

一路が、西南が、GPに向かった時もそうだったのだから、逆もまた然りだ。

 

 

 




次回は番外編!・・・の、予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編:ちょっとは先輩って呼ばれてみたいじゃないか。

 時を遡る事、NBが煙を上げる少し前になる。

 

「さてと。」

 

 西南は苦笑いを浮かべながら、ここ最近で乗り慣れたそのシートに身体を預ける。

船としては十二分に快適な部類に入る賢皇鬼だが、やはり自分の思うにならない他人の船に乗るというのは、妙に肩がこる。

これは船乗りなら誰もがそう思うだろう。

"これなら自分で動かせる船の方がマシだ"と。

 

「彼は正直、優しい子だね。宇宙に出て何度か海賊に会ったってのに、変わらず優しさを持てるってのは凄い事だと思うよ。」

 

 誰に言ってみたわけでもない。

いや、恐らく昔の自分に言っているのだろう。

あの時、自分は毎日を生きるのに必死で、宇宙への憧れと続々と降りかかる出来事を処理するだけで精一杯だった。

その証拠に、一路の意を受けた攻撃は最小限に留められたもので、数も被害も小規模。

武装を無力化した程度だ。

 

「力を手に入れても、何度海賊に襲われても同じでいるってのは大変な事だもんなぁ。」

 

 皇家の樹、幼生固定された種とのリンクですらも自分は多分な全能感と暴力的衝動に駆られてしまった。

ひょっとしたら、一路ならばそんな事もないのではないかと・・・。

 

「・・・・・・そうならないようにするのが"大人"ってヤツなのかなぁ?」

 

 どうにも西南にはそういう感覚が少ない。

周りの大人達が特段に優秀であるが、特大にダメだというにも知っているから余計に何とも言えない。

特に筆頭が・・・と、頭に浮かべてそれを振り払う。

自分に対して時に過保護だなぁと思う事もあって、そういう意味では子供だったあの頃の自分に対して、そこそこには大人というか保護者的な体裁というか、そういう役目もしていたのだと思う。

思う事にする。

 

「やれやれ、俺も人の事言えないじゃないか。でも、誰かがやらなきゃならないっていう事は生きてれば沢山あるよね?」

 

「武装無力化、全体の48%、全艦航行可能、生命維持装置の健在を確認。」

 

「じゃあ、D。"行くよ"。」

 

 そう西南が呟いて、海賊達の眼前の空間に罅が入り、巨大な人型が現れたのが時間にしてほんの数秒。

その巨神が腕を振るって閃光を走らせたのがコンマ数秒の単位。

そして再び姿を消して、何事もなかったかのようにそこにいつもの宇宙空間が戻ったのが数秒。

数秒後、その場に集っていた海賊船の武装・航行類が吹き飛ぶ。

 

「マスター、少々甘いのでは?」

 

 ひと仕事して、息をついた西南はDの呼びかけにう~んと唸り、そして苦笑する。

Dとしては、本当にそう思っただけでそこに非難とか否定的な意味合いがあるわけではない。

 

「そりゃ、さ、いつかはそうしなきゃいけない、選ばなきゃいけないとしてもだよ?でもさ、今ぐらいはまだそういう大人の汚い面は大人で解決するべきだと思うんだよね。俺の時に皆がそうしてくれたようにさ。」

 

 命のやり取りをするのはもう少し後、それもどうにもならない程に切羽詰まってからにしてもらいたいものだと西南は思う。

寧ろ、そんな選択を一生しないに越した事はないし、出来るならずっとそうでいて欲しい。

が、それも無理だろうというのは、一路がどういう状況であれ賢皇鬼を手に入れてしまった事からも解る。

願うとすれば、せめて自分の時よりは手加減して欲しいものだ。

一路の持つ、価値観はこの宇宙では貴重なのだから。

それは、自分と瀬戸がこれから行うだろう計画にも。

まぁ、それもこれからの一路の言動次第なのだが。

 

「じゃあ、D、俺は戻るよ?転移をお願い。それと、林檎さんに連絡して樹雷の艦隊を回してもらって。」

 

「林檎、ですか?聖衛艦隊に直接ではなく?」

 

「うん、瀬戸様じゃなくて林檎さん。あの海賊達の懸賞金は、一路君にツケといて欲しいって伝えておいて。」

 

 先輩として宇宙に出た後輩の門出・・・と言ったら額が多いがあって困るものでもないし、何時入り用になるか解らない。

自分はそうそう何度も援助出来るわけではないので、いざという時に使ってもらおう。

 

「了解。」

 

 そして西南の身体は巨神から消えて、再度賢皇鬼の・・・。

 

「冷てぇっ!」

 

 ・・・の、トイレの便器に片足を突っ込んで帰還したのである。

 

 

 




知らない間にお金持ちになってゆく一路君のお話でした。
え?巨神?何でしょかね、あの巨神(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第177縁:故に、それは本当の・・・。

「ひ・・・はぁ・・・。」

 

 閑静な山道に荒い吐息が聞こえる。

ゆらりと身体を左右に揺らしながら、延々と続く坂道を無言で登り続ける人影。

季節は初夏にさしかかろうとしている今、その人物は額にじっとりと汗を滲ませていた。

首筋に流れてゆくそれを拭う事もせず・・・いや。拭う体力もなく、それでもただひたすら、苦行のように歩みを止める事なく。

そして相変わらずぜぇはぁと荒い呼吸を繰り返したまま、その場所を目指す。

山の上にあるという柾木神社へ・・・。

 

 

 

「いやぁ、ごめんごめん。」

 

 ひたすらに謝る西南を尻目に一路は何とか上昇したNBの熱を下げようと、強化された身体を使って必死に扇いでいた。

今のままでは西南に任せようとも熱くて持つ事すら出来ないのだ。

時間凍結はその状態の全てを凍結してしまうので、熱量も保存されてしまう。

冷却する道具も船の何処かにあるかも知れないが、探す余裕もないので着ていたジャケットを脱いで、ばっさばっさと振るう。

非常に原始的な方法だ。

効率的ではないとは解っているが、いてもたってもいられない。

 

「水をかけるわけにはいかないしなぁ・・・。」

 

 いくら言動がちゃらんぽらんだとしても、中身は精密機械の塊だ。

そんな事をしたら修理不能になってしまうかも知れない。

 

「あ、俺も扇ぐよ。」

 

 一路の健気な姿を見て、西南も着ていた上着を脱ぐと一路の隣で同様にばさばさと振り始める。

 

「・・・なんか、間抜け。」

 

 思わず口を出てしまった自分の口を押さえるシアを見て、一路と西南は顔を見合わせて笑う。

 

「そりゃあ、こんなの気休めかも知れない。でも、やらないよりは断然いいと思うね。そうだろう?」

 

「そうですね。まぁ、何もやらないよりは・・・。」

 

「やるだけやってどうにもならなくなったら、その時はまた考えればいい。死なない限りはどうとでもなるよ。」

 

 希望とか絶望とか、そういうもの以前の環境で生きてきた西南の言葉は、彼とその体質を知るものならば、何と重い言葉だと思っただろう。

 

「とりあえず、当面の危機を脱したのなら、これからの事を決めようじゃないか。」

 

「これからの?」

 

 西南の言わんとする事がピンとこない一路は首を傾げる。

 

「これからって・・・だから、この船で地球に帰って、天地さんに謝って鷲羽さんにNBを直してもらって・・・あ、父さんにも連絡を・・・。」

 

 そこまで言ってから眉間に皺を寄せる。

 

「・・・・・・中間終わってるから、学校でつ、つ、追試を受けないと・・・。」

 

 声が震えているのは、状況を理解したというよりは、もう留年なんて出来るか!という事からだ。

 

「いやいや、そうじゃなくて。」

 

 一路の余りに具体的かつ、逼迫した学生生活に覚えがある西南はまず苦笑する。

 

「その先さ。」

 

「先?どの先?」

 

「どうだい?宇宙に出てみて。わくわくしなかったかい?」

 

「・・・しました。」

 

 それはまるで飛べなかった雛が急に自由に空を飛び回れるようになったかのように。

だが、その自由というモノには、様々な制約や代償が必要だった。

 

「うん。じゃ、そこでだ、これから君は宇宙でどうしたい?何をしたい?選択肢が沢山あり過ぎて迷ってしまうだろうけど、何かあるかい?"地球に帰る以外"で。」

 

 地球に帰るという選択肢も当然あるのだが・・・西南はちらりとシアを見る。

見て、彼女の為にそんな選択肢があっても、彼女がそれを取らせはしないだろうなと思う。

シアの事を抜きにしても、宇宙の素晴らしさを知ってしまっては、余り取れない選択だ。

 

「宇宙に出た時はそりゃわくわくしました。こんな所に来られるなんて思ってもみなかったし・・・だってその半年ちょい前は僕は引きこもりだったんですよ?」

 

「試していないのなら、確率はゼロじゃないし・・・なんだっけ?あのカラスの話のヤツ?それに俺も初めて宇宙に出た時は君と同じだったよ。」

 

 ちなみに西南が言おうとしたのは"ヘンパルのカラス"の話だが、これは帰納法の問題提言の話であって、微妙に使い方が間違っていたりするのだが、それは突っ込まずに置いてあげてほしい。

ちょっと先輩ぶってみたいだけなのだ。

 

「でも、それと同じか、それ以上にがっかりしました。」

 

「がっかり?どんな事に?」

 

 一路のがっかりだったという話は、聞くまでもなく西南には理解出来た。

今ならば、勝手に妄想して一人で盛り上がり、憧れを抱き、勝手に失望しただけと冷静に評する事が出来る。

出来たうえで、やはり納得がいかぬと声を上げ行動していただろう。

ま、ちょっとしたカルチャーショックとジャパニーズ感覚というヤツだ。

だが、西南のその一言で、一路の中の何かが決壊した。

 

「だってこんな凄い技術を持ってるんですよ?!何万、何億光年もひとっ飛び、ほぼ死亡状態の人間の蘇生、遺伝子調整で大寿命!どこのどれを取っても地球の文明じゃ追いつくのに何百年、ううん何百年じゃ足りないかも知れないのに!なのに!」

 

 一路はシアを見る。

出会った人々の顔を思い出す。

思い出して、その言葉を続けるようする。

それを手で制して遮ったのは西南の方だ。

 

「うん、そんな辛そうな顔をしないでくれないか?俺の方が困ってしまうよ。だからそんな辛い事は思い出さなくていいよ。」

 

 話せと言ったのは西南なのだが、およそ予想していた範囲からそう離れていなかったという事と、彼なら自分達の"協力者"になり得るかも知れないという勘が大きく外れていないという事を再確認出来ただけで十分だった。

 

「う~んと、じゃあ、そこを一足飛びに行って、結論だけにしよう。色々な事を宇宙に出て学んで知った君は、結論として、どうしたい?」

 

 

 




ちなみに西南の口調は悩んだ末、時折ですがパラダイスウォー寄りにしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第178縁:想いのゆく路。

 どうしたい?

そう聞かれると一路としては困ったと言わざるをえない。

全く同じ事を以前から聞かれているのにも関わらずだ。

その問いの答えを持っていないわけじゃない。

但し、誰に言ったとしても荒唐無稽だと思われるだろう。

しかし・・・。

 

「えと・・・チャンスが、欲しいです。」

 

 遠回しに答えるとするならばそんな感じだった。

 

「うん、それで?」

 

 西南も急かしたりはしない。

どんなチャンスを?というニュアンスを含めた声で続きを促す。

 

「チャンスが、きっかけがないと人はなかなか変われないと思うんです・・・。」

 

 ふと心細くなって、目の前の"友人"に触れようとしたが、まだかなりの熱を持っていて慌てて手を引っ込める。

 

「僕"も"そうでした・・・。海賊の子供は海賊になるしかないんでしょうか?ワウ人は、ワウ人は一生他と相容れないんですか?他の少数種族も。広いこの銀河で、大人達が今やっているような権力争いを僕たちも続けなきゃならないんですか?一体いつまで?地球人は延々とこの銀河の少数の権力者の手のひらの上にいなきゃならないんですか?」

 

 どうして顔も知らない、自分達が産まれる前から続けられているこの事態の全てを、全く関係ないのに、生まれだけで押し付けられなければならぬのだろう?

それが一路の中に生まれ、最終的に残った疑問だ。

 

「そうだね。先人達の知恵って言葉もあるけど、全部が全部従う必要なんてないよね。うん、ないよ。」

 

 西南はこの少年の一言一言が面白くて、嬉しくて、そして希望に満ち溢れていて心が弾んで仕方がない。

逸る気持ちを抑えながら・・・。

 

「ないけど、一路君?じゃあ、一体どうすればいいと君は思うんだい?人は結局は社会に属さなきゃ生きてゆくのは大変だよ?それが嫌だから海賊や旅人がいる。いや、一応海賊だってギルドがあったりするから、あれも一種の社会集団だね。」

 

 ああ、なんて意地悪な事を言っているんだろう俺はと、西南は自分の良心がチクチクと痛んだ。

だが、ここが正念場だろう。

彼の腰に挿してある朱塗りの木刀を視界に入れながら、解答を待つ。

答えは既にその木刀が証明していたりするのだが。

 

「居場所を作りたいんです。例えば人生をやり直せる。勿論、人種だって。誰かの目や身分を気にせずに、怯えずに自由に発言できる・・・。」

 

 それでいて他者に侵害されない社会集団というと・・・。

 

「つまり、君は"国"を作りたいというのかな?樹雷でも、世二我でもなく、GPやアカデミーとは違う第三国を。そんな事が出来ると思うのかい?」

 

「出来ないと思います。例え賛同してくれる人が沢山いても、まず土地がないし、土地があっても他の人達がそれを許すわけがないと思います。逆に潰されちゃうかも知れないし。支援があったりしても、それはそれでその人達の利益になるように動かされる事になっちゃうかも・・・。」

 

(色々と考えてはあるのかぁ・・・なんか、俺の昔と違って、大人過ぎやしないか?彼。)

 

 心の中でトホホと涙目になるのを表には一切出さないようにして・・・。

 

「それでも出来るならばやってのけたいって事、なんだよね?」

 

 最後の問いかけに一路は力強く頷く。

 

「そうかぁ~。君をそうさせるのは、やっぱりお友達の存在があるからかな?」

 

「・・・そう、ですね。」

 

「いい事だね。友達は大事にしないと。さて、じゃ、ここで大人の悪知恵を貸してあげよう・・・はぁ、なんかヤだな、こういう言い方って。段々ロクでもない大人達に俺も近づいている気がしてしょうがない。」

 

 自分で言っておいて大ダメージ。

 

「まず土地の事なんだけど、実は俺、"惑星を1個持ってる"んだよね。」

 

「・・・は?」 「へ?」

 

 これには事の成り行きを固唾を飲んで見守っていたシアも口をあんぐりと開けて間抜けな声を発していた。

大体、どうすれば一般人が惑星をひとつなんて持てるというのだ、その手段すら解らない。

 

「先住民は多少いるけど、惑星全体からすればほんの数1%以下の小数点くらいでさ。ほとんど未開の惑星だから開拓するのも大変だし、俺一人で惑星持ってても持て余しちゃうから"貸してあげるよ"。」

 

 そしてその星を丸々一つ、先住民に配慮せねばならないが、ぽんっと貸すとかいうのも一路の脳みそでは理解出来ない事である。

 

「・・・ん?」

 

 固まったままの二人の様子を見て、はて?何か変な事を言っただろうかと西南は考える。

 

「あぁ。昔、未登録の惑星を発見してね。まぁ、なんというか成り行きでその星の持ち主の権利?みたいのをたまたま手に入れちゃったんだよね。」

 

 言うまでもなく神武の事である。

正式にはその胎内にある、樹雷の樹の種なのだが、問題なのは、これがまぁ樹雷の皇位継承権を兼ねている第一世代の樹だったくらいだろうか。

それは第一世代の現存数が4本だと思っていた樹雷側もおったまげである。

ちなみにこの現存数だが、地球にある行方不明扱いの船穂は対外的には含まれていない。

ただ、事を更にややこしくしているのはそこで、つまり現状、第一世代を持つ樹雷皇を除けば他には西南一人になり、自動的に皇位継承第一位になってしまっていたりするのだが、それに伴ういざこざはまた別の話。

 

そして、第一世代が"本当に6本しか現存していないのか?"というのもまた別の話にしておこう。

 

「いや、そういう事ではなくて・・・。」

 

「あ、勿論、正式な持ち主は俺のままだし、所有権は銀河連盟、当然樹雷にもGPにも世二我にも認められているから大丈夫。鷲羽さんも多分、幾つか持ってると思うけど、鷲羽さん名義だと、ほら、なんていうか、何かと物騒な気がしないかい?」

 

 鷲羽なら惑星ごと改造していてもおかしくはないというのが西南のイメージだ。

恐らく動機は、必要だったからとか楽しそうだったからとか、何というか子供が段ボールハウスを作ったり、懐中電灯片手に押し入れの中に籠ったりするのと同レベルの感覚でそれをやっていそうではある。

 

「いや、問題はそこでもなくて・・・。」

 

「うん。」

 

 シアの呟きに呆然としながらも一路は頷く。

そこから何とか自らを奮い立たせて表情を引き締めながらも・・・。

 

「どうしてそこまでしてくれるんですか?」

 

「ん?だって君にとっては必要な事だろう?」

 

「そうですけど・・・。」

 

「じゃあ、同じ地球人だから・・・ってだけじゃ拙いか。うまい話には裏があるって言うしね。」

 

「裏、あるんですか?」

 

「そりゃあ、あるよ。大人の悪知恵って言ったじゃない?」

 

「聞いても?」

 

「昔ね、俺も同じような事を考えた事があるんだ。でも、その時の俺にはそんな力も大それた計画も希望も無かった。でも、俺よりもっと前に同じような事を考えた人がいた。今じゃ前より多少の力を手に入れて、少なくない友達や仲間、知り合いも増えて、前よりももっともっと昔じゃ考えられないくらい、俺の人生はハチャメチャで豊かになったんだ。そうして歩んで来た道をある日振り返ったら、なんと真後ろに君がいるじゃないか。」

 

 声に出してまとめてみると、なるほどそうだったと再認識する。

同じ地球人ってだけじゃない。

同じような価値観を持てる、同じ視点だけどちょっと違う角度で見る事の出来る人間。

 

「これは先輩としても、これから先、共に歩いて行く同志としても、手を差し伸べざるを得ない。なんてね。勿論、君は君で、俺は俺で、その道を歩んで行けばいいし、なんだったら全力で追い抜いて行ってくれて構わない。努力なら俺も負ける気はないけどね。ただそうだな・・・・・・うん、君にこれだけは先輩として言っておこうかな。"君のその考えは、想いは決して間違ってなんかいないよ"。だから、いつか俺達はどっかでかならずまた交わる。その時の為に力を貸すのは、俺にとっても悪くはない話だろう?」

 

 先行投資みたいなものだと言う西南に、先物取引の間違いじゃないだろうかと言いたくなる反面、西南の言葉は何か温かいモノを以て、一路の胸に染み込んでいく。

 

「時間はまだあるし、じっくり考えて、きっちり下準備して決めてくれればいいよ。返事は鷲羽さんか、樹雷の瀬戸様、GPだったら美守さんかアイリさんに伝えてくれれば・・・・・・。」

 

 そこまで言ってピタリと止まる西南の姿に一路とシアも固唾を呑む。

ここまでかなり美味い話なのだ、どんでん返しがここであってもおかしくはない。

 

「あー、やっぱり美守さんにしよう、うんうん、美守さんに伝えてくれれば大丈夫だから・・・・・・多分。」

 

 瀬戸は一路の存在を知っているし、彼が自分のやろうとしている事に組み込まれるのを否とは言わないが、かなりの・・・いや、大変なる試練を課しそうだし、アイリは嬉々としてこの騒ぎにかこつけてあの星に別荘か秘密基地でも作りそうだ。

鷲羽は一応、一路寄りではあるが、何時手のひらを返して暴走するか解らない。

となると消去法でここは美守の良識に賭けるしかなかった。

西南は一路を見る。

宇宙に出た頃の自分よりも幾分か幼くひ弱そうな気もするが、瞳に篭められた意思は何よりも強いように見えた。

 

(う~ん、しっかり者の弟かぁ。これは兄貴分としても負けられないぞ。)

 

「まぁ、いきなり国ってのは考えなくて構わないよ?最初は自給自足の家庭菜園のサークルみたいなノリから始めれば・・・。」

 

 惑星規模の家庭菜園なんて想像しろという方が無理である。

コロンブスも真っ青だ。

 

「でもまずは仲間集めだね。その辺は天地先輩んチに着いてから考えようか。」

 

「はい。」

 

 思わぬところで一足飛びに前進してしまったこの現状を一路はまだ信じられないでいた。

でも、頑張り続けてさえいれば・・・先人がいるというだけでも心強い。

 

「ところで、一路君?」

 

「はい?」

 

「そろそろ地球の重力圏だと思うんだけれど、NBはあんなだろ?地球への大気圏突入はどうやるんだい?賢皇鬼も初航行じゃ大気圏突入なんてした事ないんじゃない?」

 

 ・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

 

「あ・・・。」

 

「?」

 

「あ゛ーっ!!!」

 

 一路の絶叫が船内にこだまする中、船は加速を始め地球の重力に引かれてゆく。

地球施設の各衛星やレーダーに姿が映るような事はないが、大気圏突入時の衝撃はまだ別である。

 

「あー、まぁ、この船なら壊れる事はないし、俺達も大丈夫だけど、なるべく水のある所に落ちてね?」

 

「なんでそんな落ち着いてるんですかっ!」

 

「そんな事いいから、一路、早くなんとかしなさい!」

 

「なんとかって?!」

 

 今回のヲチはコレかぁと半ば諦観気味の西南は慌てふためく一路とシアを二人共仲がいいんだなぁと眺める。

 

「う~ん・・・これは俺の時と同じというか、"美星さんコース"かな・・・。」

 

 




何故シリアスにならぬっ!ならぬのだっ?!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第179縁:母は強し、父は・・・。

母の日付近に・・・。


「成程、成程。いや、それはとんだ御足労を。」

 

 柔和な笑みを浮かべる勝仁は、対面した見るからにビジネスマン風の男に茶を勧める。

勿論、そのお茶は砂沙美が煎れたものだ。

 

「いえ、息子が世話になっているのですから、ご挨拶に伺うのは当然の事です。」

 

 生真面目に唇を結んだまま、恐縮する男。

その男の様子を外からこそこそと覗き見しているのは、阿重霞と魎呼だ。

 

「チッ。よく言うぜ、仕事だか何だか知らねぇけどよ、今の今までおっぽといて何が当然の事だってんだ。」

 

 顔に不満だとか気に入らないとデカデカと書かれた表情で、一路の父と名乗った男を睨む。

 

「声が大きいですわよ、魎呼さん。けれど、どうしてなかなか生真面目そうな方ですのね、お顔はそんなに似てらっしゃるようには見えませんから、一路さんはお母様似という事に・・・。」

 

「まぁ、一路はあんな無愛想ヅラはしねぇな。」

 

 全く同じ意見に二人は頷く。

 

「なんのなんの、何というか儂が言うのも何ですが、出来た息子さんで、世話をするどころか、こちらこそ畑仕事だの何だのを手伝ってもらっている次第で。」

 

 実際、そのどれも一路は真面目に、そして体験する事の新鮮さや楽しさを感じながら興味を持ってやっているのだから、大したものである。

 

「本当は・・・。」

 

「ん?」

 

「本当は、そういう事を私が親としてすべき事なのでしょうね・・・息子をここに連れて来ようと思ったのもそういうところからなのですが・・・。」

 

 湯呑から立ち昇る湯気に視線を落とし、沈痛な面持ちで呟く様子に魎呼と阿重霞は互いの顔を見合わせた。

互いの顔に書いてあるのは、"だったら何故?"という疑問だ。

 

「ん?キミタチ、何をやってるんだい?」

 

 疑問符を浮かべていた二人に後ろから声をかけた信幸は、あっという間に二人に拘束され、口を塞がれる。

モゴモゴと情けない姿を晒しながら、只事ではない二人の様子と視線につられて、その先を見る。

 

「恥ずかしい話、どこをどうしていいのか解らなくなってしまいましてね。妻に先立たれた後、息子に何と声をかければいいのか・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

 父の自嘲の言葉に対して勝仁は何も返さない。

目の前の男にだって、彼なりの父としての考えだとか矜持がある。

一度、その全てをここで吐き出させてやるのもいいのだはないか?

そう思ったからだ。

 

「親として、父として・・・いや、一人の人間として何を言わねばならないというのは理解しているはずなのですが・・・ふと、怖い事に取り憑かれたと申しましょうか?」

 

 怖い事・・・とは?はて?そこにいる全ての人間、覗き見をしている者達を含めて皆一様に首を傾げる。

 

「私は"今までどうやって息子に接していたのだろう?"と。何と言いますか、距離感と言えばいいのでしょうか・・・。私は結局、妻を通しての息子しか見てなかったのではないか、妻がいなければどう見えるのだろうか、こんな自分が果たして父と呼べるのだろうかと・・・。」

 

 言い替えれば、自分の息子なのだろうかという認識とも聞こえるその言葉に、いてもたってもいられなくなったのは覗き見をしていた二人の方だった。

特に魎呼の方は、今に突撃しようと腰を上げている。

しかし、その行動を制したのは、何の変哲もない男の手だった。

決して力尽くではない、そして優しく置かれた"父の手"だった。

自分の口を塞いでいた手をゆっくりと外し、無言のまま堂々と居間に進んでいく。

 

「泣けば良かったんじゃないですかねぇ?」

 

 開口一番、居間にいる二人の席に乱入した信幸はそう苦笑した。

 

「あ、いや、すみません。お二人の話が聞こえてしまったものでね。」

 

 本当はずっと聞いていたのだが、義父も気づいていただろう。

そでも今の自分の発言を止めぬというのだから、それでいいのだと信幸は考える。

 

「僕も息子が幼い時に妻に先立たれましてね。いやはや情けない事に今も思い出すと本当に情けない。」

 

「あなたも?」

 

 思わぬ同志の登場に驚く一方で、何事も無かったかのようにどっかと勝仁の横に腰を下ろす。

 

「何も手につきませんでしたねぇ、僕は。まぁ、僕には頼りになる人達がいましたけどね。」

 

 幼い時分の天地は、一人母を想い泣いていたのを何より魎呼が一番覚えている。

それを精神体のまま見ていたからだ。

いつしか、その涙を拭ってやりたい、そして成長を見守ってやりたいと、荒ぶる心の中に母性と愛情が芽生えていた。

 

「頼りになる人がいないってのは辛いですよね。でもね、貴方と同じように"息子さんにも頼りになる人はいない"んですよ。"父親以外には"。」

 

 その言葉にはっとする男の表情を見て微笑む。

 

「その話を息子さんにしましたか?格好悪くても情けない親でも仕方がないんじゃないですか?互いに同じ大切な人を亡くしたんですよ?一緒に大泣きでもなんでもすりゃあいいじゃないですか。案外、父親の貴方が泣かない事で、息子さんも泣けなかったのかも知れませんよ?」

 

 信幸は一路について詳しい事は知らない。

基本的に夕飯時に会うとか、天地や他の皆からの伝聞だ。

だが、信幸は恐らくきっと一路はそうだったんじゃないかと思う。

天地と一路では母を亡くした年齢が違う。

天地は幼かったから、毎日のように泣いていた。

泣いていたから、息子が妻を愛していて、愛していたからこそ、自分と同じように辛いんだというのが痛い程解った。

理解していたからこそ、何とかやってこられた。

 では、泣けなかっただろう一路が母を愛していなかったのかというとそんなわけはない。

彼は分別がつきすぎていたのだろう。

だから、一人で耐えようとして、そして耐え切れなかったのだ。

それをどうして責められよう。

分別がついていたからといって、一路は子供なのだ。

ただ、信幸にしたってその悲しみを分ち合うだとか、そういう類いの事を、痛みを肩代わりしてやれない情けなさと負い目のようなものはあった。

天地に再婚の話を何とか切り出せて、そして娘の天女と同様に祝福された事で多少なりとも折り合いがついて緩和されたが、それでも自分の妻であった女性を忘れてはいない。

それは何というか、そう、何というかまた違った領域というか次元なのだ。

隣にいる義父にしたってそうなのだろうと思う。

 

「いやぁ、あはは、偉そうな事を言ってしまってすみません。でも、貴方を見てたらど~しても言いたくなっちゃって。ただね、その息子さん、一路君は元気にやってますよ。安心してください、素晴らしい息子さんだ。」

 

 手を差し伸べれば、その先に必ず道は作れるとさえ教えてやれば、自分で立ち上がれた。

恐らく、必ず選び切り開いて進んでいけるタイプの人間なのだろうと思う。

ただ、ちょっと天地といい、一路といい、頑張り過ぎというか変に生真面目、堅物な所があるので心配だし、あんまり手助けというか、気の利いた事を言えないのが親としても大人としても甚だ情けないのだが。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「あ、いや、そんな頭をお上げになってくださいよ、いやだなぁ、困ったな。お義父さんも何か言ってくださいよー。」

 

「まぁ、ある意味で天地よりは見込みはあるの。」

 

 何の見込みだよ!と周りの皆が心の中で突っ込む。

 

「二人共何してるんだい?あ、また覗き見だな?二人共、良くない・・・ぞ?」

 

 信幸と同じように通りすがった天地が、魎呼と阿重霞を窘めようとしたのだが、何やら熱い視線を受けて固まってしまう。

 

「天地・・・オマエのオヤジ、何か凄ぇのな。」

 

「まさに謹言至極ですわ。」

 

 うるうると感動している二人にたじろぎつつ、天地は何事かと二人が覗き見ていた居間を一瞥した後、事情を察したのか破顔する。

 

「"当然"じゃないか。」

 

 そう言う天地は誇らしげに居間に行くと、勝仁に何か言われてペコペコと一路の父親に頭を下げている。

そんな様子を今度は呆然とした表情で見つめ、そして互いに顔を見合わせる。

 

「あれも・・・。」 「親子だからってコトかねぇ・・・。」

 

 

 




信幸さんは、終始ちゃらんぽらんに見えるけど、見えないトコというか解らないように色々と深く考えているタイプの優しい人だと思うのですよ。
じゃなきゃ、あんな美人な嫁さん二人も貰えないでしょ?(ヲイ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第180縁:疾風怒濤に流れてゆくものなんです。

 自分の父と違って真面目そうだ。

それが天地の一路の父に対する第一印象である。

逆に言えば、一路も生真面目なところがあるという事で、尚更説得力が伴う。

ひとつ挙げるとすれば、一路の外見はおっとりしているように見えるので、その差だろうか。

となると、自分と父もやはり似ているのだろうか?

あぁ、時折いい加減というか、優柔不断なところか。

 

(って、魎呼達があんな事を言うから・・・。)

 

 思わず親子である事について考え込んでしまったと頭を振る。

 

「俺も一路君の事を凄いなぁって思うんです。一生懸命に色んな事を考えてて・・・。」

 

生きる事に必死・・・過ぎて・・・そう言葉を続けようとして飲み込んだ。

 

(あぁ、そうか。)

 

 天地はようやく一路の言動の基準がそこにあるのだと理解したように思えるた。

それだけ岡山に来てからの一路は毎日が必死だったのだと。

そう"生きるという事に"。

もっと細かく言うなれば、生きるという辛さ、残されるという苦しさ、そしていつか必ず死ぬという理不尽さに。

それはまさに人という存在の愛別離苦に他ならない。

 

(俺も母さんが死んでなければ、死ぬって事にもうちょい他人事でいられたのかもな。)

 

ある意味、それが若さというものの一端なのだろう。

知ってしまったからこそ考えざるをえない。

自発的に考え始める事と、強制的に考えさせられる事は似ているようで、やはり全く違う。

だから、一路は人の本質というものに敏感なのかも知れないと。

 

「とても優しい子なんだなって、少しだけ興味があったんです。」

 

 のような教育と環境だったらこうなるのか、良い意味で親の顔が見たいというか、それはそれは大きな愛を受けて生きてきたんだろうという・・・。

「実際は息子にこの世の不幸を押し付けたような父親です。それを貴方のお父上に言われてようやく気付く程度の・・・。」

 

 沈痛な面持ちをする男の顔を見ても、やはり天地の抱く感想は、親子なんだな、似てるとしか出てこない。

それはそれで失礼な事だなと思いつつも。

 

「儂は・・・。」

 

「じっちゃん?」

 

「儂は"人に寄り添える子"だと思うたな。」

 

 最初の挨拶以来ずっと無言を貫いてきた勝仁が口を開いたので、声を上げた天地だけでなくその場の全て人間が視線を向ける。

その視線を受けて、しばらくの間、そして勿体ぶったように・・・。

 

「誰かにそっと寄り添う事の出来る人間は優しく、そして強い。ただ痛みに敏感過ぎて傷を負ってしまうのは、少々の強さとそして己が歩む道を肯定し、見守ってくれる者がおらぬからじゃよ。だが、それも心配いらん。」

 

 護るモノを手に入れ、それに見合う強さを求め、それでも道を見失わない者に樹は手を貸す事が多い。

こと、護るという事に樹の性質は特化しているといってもよいのだ。

 

「護られる者から護る者に変わってゆくのを大人への成長と言うのかも知れんのぉ。という事で、天地?」

 

「ん?」

 

 唐突にまとめの言葉を発したかと思うと、何故か天地に話題が振られる。

その不自然な流れに天地は首を傾げるしかない。

 

「ほれ、しっかり持っとれ。」

 

 無雑作に勝仁が何かを天地に向かって投げる。

 

「・・・・・天地剣?」

 

 そいえば今日は野良仕事以外は何の外出の予定がないので、居間に置いてあったのを思い出す。

樹雷の者が見たら卒倒しそうな状態だが、覚醒してそれを努めて表に出さないようにしている今の天地にとって、正直天地剣というのは、喚べば来るようなレベルになってしまっているので、特に無用心というわけではない。

それに勝仁を除いて、天地以外の誰もが使えるものでもない。

ではなく、問題なのは・・・。

 

「やれやれ、気づかんか?もう来るぞ?」

 

 呆れたように湯呑を持ったまますっくと立ち上がる勝仁を見てから、天地ははっとする。

が、もう時間が残っていなかった。

音がどんどんと大きくなり、轟音に変わり何かが迫って来るのが解る。

ここでようやく天地剣を構えるに至る天地なのだが・・・皆はもうご理解いただけただろう。

柾木家に迫っているのが、宇宙船だという事に。

そして、それが寸分違わず柾木家の横にある池を目指している事に。

果たして墜落に近い大気圏突入が不幸であるのか、柾木家の池に落ちるコースが不幸なのか。

一体、どれが、どこまでがその範囲だったのかが解らないところが、山田西南の影響を排除出来ない大きな要因だろう。

因果律というのはそういう・・・

 

ザッパーンッ!!!

 

 大量の水が縁側の窓をサッシごと砕き雪崩込んで来る。

仮に勝仁が明確に備えると言っても流されないにするしかない。

シールドを宇宙船に向けて張ってもいいが、それでは宇宙船に乗っている者達が傷ついてしまう。

誰が乗っているかも解らないのに、そこまで気を使う理由は明白である。

何故なら、この現象は柾木家の面々にとって、墜落でも何でもない。

ある種の・・・・・・"着陸"であるからだ。

池の水の中に落ちるのに着水ではなく着陸とはこれ如何に・・・。

 

(美星さんがこっちにいるからって油断してたなぁ・・・。)

 

 ずぶ濡れになりながら苦笑するしかない天地であった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第181縁:傍らの、もうひとつの兆し。

 水しぶきと波が起きて数分も経たないうちに、湖とも言える池の中から塊が飛び上がる

それは放物線を描いてゆっくりと柾木家の縁側に降り立った。

薄く色づいた膜、ガーディアンシステムに覆われた状態を解いて開口一番叫んだのは一路だ。

 

「すみません!池がただいまで!水が壊れてNBが!って父さん?!」

 

ただでさえ混乱しているのに、自分が引き起こした現在の惨状に父が巻き込まれている事で口をパクパクさせながら、状態に陥る。

 

「あー、うーんと・・・。」

 

 何から説明したらいいのやらと苦笑する天地も、動揺こそは(日常茶飯事レベルなので)しないまでも、困り顔になる。

 

「はいはい、おかえりよ。さ、NBをよこしな。それと魎呼、一路殿のお父上も運んでおくれ。阿重霞殿は一路殿と彼女にタオルを。」

 

 平然としたまま指示を出せたのは、その場にいた者達をかき分けて入ってきた鷲羽だった。

その声に弾かれるように我に返った一同が慌ただしく動き始める。

 

「じゃあ、俺は・・・掃除かな。」

 

 さも当然の役割だと天地も慣れたものである。

 

「それとも、先に”あっち"の相手をした方がいいのかな?」

 

 未だ波立っている池の方角を眺めながら、微かに感じる気配に向けて投げがけてみたが、その気配はあっという間に消えた。

 

(顔を出せない事情・・・か。そりゃ大変だよなぁ、瀬戸様だもんなぁ・・・。)

 

 相手の複雑な立場を慮りつつ、天地はモップと箒、チリトリを取りに玄関へ向かう。

 

(ガムテープもいるかなぁ・・・。)

 

 何だかんだで、非常に効率的というか、慣れたものの一言である。

それが良い事かは別として。

 

「どれ、儂等は茶でも煎れ直して客人をもてなすかの?」

 

「はい、お義父さん。」

 

 "一滴も"濡れていない勝仁と信仁は、いそいそと流されて壁に引っかかっていたテーブルを持ち上げ、お茶の準備を始めるのだった。

 

 

 

「締まらんなぁ・・・。」

 

「何がだい?」

 

 施術台にベルトでバツ印に固定されたまま、人でいうところの意識を取り戻したNBはポツリと呟く。

 

「そりゃあもう、何から何までや。あんな美味しいとこ取りしといて、オーバーヒートとかカッコ悪過ぎるやろ。」

 

 身体のハッチというハッチを開放し、真ん中からもバックリと開いた状態で、鷲羽に点検されながら溜め息をつく。

ここに鷲羽がいるという事は、地球に着いたか、少なくとも一路の身の安全が確保されたという事だと認識しての発言だ。

 

「あら、カッコつけたかったのかい、アンタ。」

 

 前のサポート型NBを知っているだけに少し以外そうに鷲羽は笑う。

このNBは小細工なしのオリジナルNBとほぼ同型機だ。

元々アイリの設計なので、他のサポートロボットより郡を抜いて高機能だし、拡張性も高い。

もっとも、前のNBはその拡張性の大半を別人格と無駄なインストールソフトで使い果たしてしまったが、今回は違う。

 

「いや、それは言葉のアヤや。それでも、まぁ、何て言うん?坊の兄貴分みたいな気概っちゅーやつか。そりゃ、ワシは坊のサポートロボットやから、それ以外の事はせぇへんし、できひんけど、ま、それとはまた別にして、な。」

 

「なんだいなんだい、意外とマトモな口きくじゃないかい。」

 

 ガーディアンシステムと時間凍結で保護されていた事と、記憶系統の損傷がなく簡単な修理で済んだ事に鷲羽はほっとする。

どんな状態でも直せる自信は当然あるが、大事になると、ましてや記憶が飛ぶとなると、一路が悲しむ。

無機物体だろうが有機物体だろうがだ。

あれはそういう子だ。

 

「作られた目的に沿うっていう制約があっても、逆に言えばそれ以外は自由やしな。」

 

 拡大解釈をしてゆけばそういう事になる。

前のNBもそうだったが、ロボット三原則など知った事かという感じだ。

実際、前のNBはその辺りが、破綻しているとしか表現出来ない状態で、何度が主人である西南を裏切っていた。

 

「それで?アンタはどうなれば満足だって言うのサ。」

 

「ん?満足?そうやなぁ・・・。」

 

 自分の産まれた意味、それを考えれば答えは簡単なのだろう。

しかし、NBはそれで満足が出来るかと問われれば、果たしてそうなのだろうかと思う。

 

「ん~、坊は何でもかんでも自分で抱え込むからなぁ・・・頼られたい?信頼されたい?そういうのもピンと来ぃへんなぁ・・・。」

 

 各部を開け締めして具合いを確かめながら、NBは唸る。

 

「坊はエェ子やから、やっぱ幸せになってもわなアカンな。昔は宇宙に出て独りぼっちやったから、ワシが必要だったけど、今は少しずつ良い方向に変わっとるし・・・。」

 

 最後にひとしきり唸ってから・・・。

 

「坊が幸せになって、ワシが必要なくなるくらい友達もぎょーさん出来たのを眺めながら、笑って"役目を終えたい"なぁ・・・て?どないしたんや?」

 

 NBの言葉に手を止めて、目をぱちくりする鷲羽に首を傾げる。

 

「あ、アンタ、まさか・・・。」

 

「ん?なんや?あ、何か変な機能つけたんじゃないやろな?ただでさえアイリはんの設計って事で疑われとんのに・・・。ハッ?!ワシの盗撮データ狙いか?!て、アレはアウラ嬢ちゃんに没収されたんやった。ほな、何や?」

 

「いや、何でもないよ。修理はおしまい。追加した機能は宇宙船とのペアレントコントロールだけだよ。基本は賢皇鬼だし、有機物体と無機物体間のペアレントは避けるに越した事はないんだけど・・・ま、次からはオーバーヒートなんて事にはならないから安心しな。」

 

 そこは鷲羽ちゃんの太鼓判だよと胸を叩く。

 

「ま、えぇか。ありがとさん。さて、坊とこれからの予定でも立てるかいな。」

 

 ひょいと台から身を躍らすと、コロコロと転がってゆくNBの姿を眺める鷲羽。

 

(自分の死に方を模索して、緩慢だろうがそれに向かって進むっていうのは、巷のサポートロボットの枠を逸脱してるんだけどねェ・・・。)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第182縁:勝ち取るべき願い。

「で、あれからどうしたんだよ?」

 

 柾木家の面々とひとしきりの再会の挨拶をかわした後、父親が意識を取り戻すまで、一路は問われるままに今に至る顛末を話し始めた、

 

「それで今回はこうなったワケか。アイリのヤツを出し抜くなんて、宇宙に出てから肝が座ってきたじゃねーか。」

 

 一路のそれを素直に成長を受け取った魎呼は、ニシシと歯を見せて笑う。

 

「正しいと思った事を貫き通して、他者と衝突してしまう事は多々ある事です。」

 

 同様に一路を評価する阿重霞。

 

「んで、本音は?」

 

「日頃の行いが悪いせいって、魎呼さんッ!!」

 

 誘導尋問にもならない質問に乗っかって声を上げ、阿重霞はぽかぽかと魎呼の肩を叩く。

この二人の様子を見られただけで"帰ってきた"のだと一路は思う。

 

(帰って来た・・・か・・・そう思うって事は、僕の居場所はやっぱり"ココ”なのかな・・・。)

 

 宇宙に出ると出身の単位が惑星レベルになってしまうせいか、どうにも帰属意識というものが希薄になる。

かといって、『アイ アム ジャパニーズ!』と高らかに謳う程、愛国心があるわけでもない。

その辺りが複雑で、なかなか表現しずらかった。

 

「それで?これからどうするつもりなんだい?ここまで”彼"と一緒だったみたいじゃないか。」

 

 魎呼と阿重霞の騒動が拡大する前に、すかさず天地が違う話題をねじ込む。

 

「あっ!」

 

「もう帰ったみたいだけれどね。色々と"立場"があるから、彼は。」

 

 怒濤の展開過ぎて、すっかり西南の事が頭から抜け落ちていた。

あれだけ世話になったというのに、何て礼儀知らずな・・・。

 

「お礼を言いそびれてしまって・・・。」

 

「礼どころか、素直に地球に戻ってこれんかったじゃろ。気にする程でもない。それにあの小僧なら、最初から礼を求める気などさらさらないじゃろうて。」

 

 全てのやりとりを信仁と眺めながら茶を啜っていた勝仁は、話しが進まなくなりそうなのを見越して、フォローを入れる。

こういったタイミングの良さは、いつまでたっても真似出来るものじゃないと天地は思う。

 

「はい。また何処かでお会い出来るといいんですけど・・・。」

 

「は、はは、彼も何かと忙しいからね。」

 

 会ったら、会ったで、恐らく、いや絶対に何かしらのトラブルに巻き込まれると解っているにも関わらず、そうきっぱりと言ってのける。

そんな一路に渇いた笑いが漏れる。

 

(何ていうか、豪快というか・・・成長したんだな。)

 

 そこは先輩として生温かい眼差しで・・・。

どちらにとっても、自分は先輩みたいなもんで、どちらも自分の後輩みたいなもんなのだから、仕方ない。

もとより、どちらかを贔屓するつもりもないが。

 

「それで、ここでの用事が終わったらどうするんだい?あ、いや、そうじゃないな・・・。」

 

 話題があらぬ方向に修正して同様の問いかけを再度しようとした天地は、そこで言葉を止める。

ぽりぽりと自分の頭を掻いて、ひと呼吸。

 

「"何をする"んだい?もう決めたんだろう?協力できるか解らないけれど、教えてくれないかい?」

 

 別に天地まで、魎呼達のように保護者を気取ろうというわけなじゃない。

それに天地達だって、おおっぴらに動けるものでもない。

それでも、それだったとしても、何というか意思表明みたいなモノはしたいのだ。

 

「正直、どこから話したらいいのか・・・。」

 

 一路の結論、意思というものは、一言で表すなら、"宇宙に出てからの道程"である。

それを全て話すには時間が足りない。

 

「そうだね、宇宙に出てからの全てだしね。じゃあ、宇宙に出た感想は?」

 

「悔しかったです。」

 

 その一言だ。

それ以外に一言で表せる言葉はない。

 

「自分の力が足りない、弱いのは、それは自分の責任だから、自業自得だけれど・・・でも、それが足りない事で、誰かが傷つくのだけは絶対に嫌で・・・そりゃ、一人の人間を全ての脅威から完璧に守るなんて事が出来ないのは、解っているんですけど・・・。」

 

 思い出すと震えが止まらなくなる。

誰かを失う事に直結するかもしれないという事実に。

それが、あんなにも自分に良くしてくれた人達だという事に。

 

「でも、放ってはおけないんだろう?」

 

 天地の言葉に俯きかけていた顔を上げる。

天地は、一路に優しく微笑んでいた。

 

「俺も同じだよ。俺も弱いから、"独りじゃ生きていけないんだ。"」

 

 天地が戦闘力的には弱いとかそういう次元は、この際投げ捨てて置くとして。

 

「だからさ、多分、これから一路君が言おうとする事、望む事は、きっとそんなに変な事でも、間違った事でもないと俺は思うよ?」

 

 望みを口にする前に、しかも、宇宙で西南に言われたのとほぼ同じ言葉で、断言されるとは思ってもみなかった。

天地は確固たる気持ちでそれを断言する。

それは信頼と同一だ。

だから、一路は、流れ出そうになる涙をぐっと堪えて・・・それでも幾ばくかを流しながら。

 

「理不尽な事を、理不尽だと言いたいです・・・それはすっごく勇気がいるけれど、生まれだけで価値や未来を決められたりするのを見るのは嫌なんです。そんな世界で、何かを諦めて、下を向いて生き続けるのは、違うと思うんです・・・だから・・・だから・・・。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。