七彩物語 (セブン)
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2つの虹

1つの終わりは、何時だって何かの始まり。

高町なのは


1

 

 

あぁ、暗い。何も見えず身体の感覚もない。落ちて落ちて沈んでいく。底が見えない奈落の底に落ちていくかのように俺はただその身を流れに任せる。

何処まで落ちるのだろうか。

寒くて暗くて、目を開けずとも此処がろくでもない場所だというのは分かる。きっと罰が当たったのだ。王族の責務を全てを投げ捨て私利私欲の為に血を浴び続けた俺はきっとこのまま地獄に落ちるのだろう。

 

我を通し無茶を通し全てを捨てて尚も叶わなかった。

力が足りなかった。

想いが足りなかった。

何もかも足りなかった。当たり前だ、責務を果たさない王族に誰が信頼し着いてくるというのか。

 

焼けるベルカの大地。無残に散っていく民。俺が求めた光景はこんなものだったのか?

問いかけても答えは帰って来ない。

 

もう、疲れた。

皆死んでいった。

 

守るべき民も、誇るべき友も、大切な家族も。

 

もう何も考えたくない。

戦乱に身を投じて汚れ切った己だがもし、もしも許されるのであれば最後に1度。

たった一瞬でいい。

 

ただ守りたかった。

彼女の、愛すべき妹の。

 

 

 

 

 

「オリヴィエ……」

 

 

愛してやまない。

俺の妹の笑顔がみたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞いてくれ。朝起きたら隣で妹が裸で寝ていたんだ」

「そうか、帰りに病院に行く事をお勧めする」

「ほんとなんだって!助けてくれ、お前しか頼れるやつがいないんだ!」

 

いや知らんがな。

そんな家族間のシビアな問題進んで関わるのは御免こうむる。涙を流し俺の腕を掴んでくる馬鹿をひっぺがす。

 

「大体もう認めて抱いてしまえばいいだろ。それで取り敢えず上手くいく」

「取り敢えずっ!?それ後がないじゃん!?」

「じゃあ我慢しろ」

「それが無理だからこうして相談してんじゃんかよぉ……」

 

おい。お前手を出し掛けなのか。

もしもし?管理局ですか、今目の前に自分の妹に手を出しそうな変態がいるんですが。

とデバイス片手に言っているとデバイスをひったくられた。冗談の通じないヤツめ、そんなに俺を信用出来ないのか。

 

「それで1回本当に通報したの誰だ」

「あぁ、俺だな」

「性格悪すぎだろ」

「ありがとう。最高の褒め言葉だ」

 

正確には聖王教会に通報したんだけどな。

 

「まぁ真剣に言わせてもらえば頑張れ、としか言えん」

「だよなぁ……」

 

そうやって項垂れる友から目線を外し窓の外を見る。雲一つない空は青くどこまでも続いている。きっとそこで拳を天に掲げて決意新たにしてる馬鹿と天気は連動しているに違いない。この無駄にポジティブな我が友に雨の日なんてやってくるのだろうか。いや、まず無いな。

ふぅ、と息を吐き空を見上げる。

妹が裸で添い寝?

 

そんなのめっちゃ羨ましいじゃん死ねばいいのに。

 

…………。

やっぱり1度蹴っておこう。俺は取り敢えず雄叫びを上げる友のケツを蹴り上げぶっ飛ばした。

 

 

st.ヒルデ魔法学院中等部。

その名の通り色々な魔法分野に特価した魔法学院なのだが俺はそこの普通科に所属している。世の中はどうしても魔力があり魔法が使えないと渡り歩くには厳しい。故にその学び舎であるここは幅広いジャンルの魔法関係の授業を履修登録で選択出来自由度も高い。

魔力量が多ければ優遇され、陸戦や空戦のランクが高ければ高い程優遇される世の中。それは当たり前でミッドチルダだけでなく管理世界全ての共通認識ではあるが勿論、魔力や適正に恵まれなかった者も存在するわけで。

 

その為の普通科であり、実力主義である今の魔法文明の中で生き残っていく為のスキルを身に付ける学部。当然魔力や才能に恵まれた人は入らない学部ではある。

勿論他の魔法学院には普通科なんてない。聖王教会系列の学院だからこそ、言ってしまえば金持ちの奴しか此処には通えないからだ。

だから間違いなく俺は運がいいのだろう。

 

校門が見えて来て来るとそこでずっと待っていたのか俺を見付けると嬉しそうに綺麗な金髪を靡かせて手を振ってくる。

左右で色が違うオッドアイの瞳を輝かせ、俺の元へと駆けてくる。

 

あぁ、懐かしい。確か昔もこんな感じだったけ。

 

「どうしたの?リネスお兄ちゃん?」

「なんでもない。さ、帰ろうか」

 

不思議そうに首を傾げる女の子にそう微笑み掛ける。俺が歩き出すと隣に立って付いてくる姿に思うところがないと言えば嘘になる。

きっとこの気持ちは俺のモノじゃなくて、そして向けているこの気持ちも彼女を通して別の誰かに向けられているモノで。

 

「あのねっ、またリオとコロナと同じクラスなんだ!」

「そりゃ運がいいな」

「でしょでしょ!」

 

けれども紛れもなくそれは俺の本心で。

きっとこの気持ちは純粋なモノじゃない。俺の本心ですら記憶に引っ張られて彫り込まれたものなのかもしれないと思うと何も信じれなくなる。

 

「そう言えば今日も一緒なんだよね。やった!」

「別に一緒に飯を食うだけだろ。なのはさん、娘まで使って俺を呼び寄せるかよ普通」

「えへへー」

「褒めてねぇからな?」

 

だらしなく頬を緩めるヴィヴィオ。

 

でも、悪くないな。

そんなヴィヴィオを見ていると自分も自然と頬が緩んでいるのを自覚しつつ、頭を撫でてやる。目を細めて嬉しそうにされるがままになる姿は猫よう。

可愛い奴め、と思い。

乱暴に掻き乱すように髪の毛をぐちゃぐちゃにした。

 

にゃーっ!?と猫のような叫び声をあげて嫌がるヴィヴィオを横目に笑ってやる。目線と言葉で抗議してくるが軽く受け流すと不貞腐れるように拗ねる。

あぁ、本当に悪くない。

 

「二人ともおかえりー、ってヴィヴィオ?」

「聞いてよなのはママ!リネスお兄ちゃんがね……」

「ふふっ、2人とも仲がいいんだね」

「ママ!茶化さないでよっ!」

 

どうやら騒ぎすぎて俺達が帰ってきていたのが向こうに筒抜けだったようで玄関を開けてなのはさんが向い入れてくれた。

娘であるヴィヴィオを茶化すように笑いさらにヴィヴィオは頬を膨らませる。まるで茹でダコのようだ。そんないじらしい姿を見ているとどうしても俺は彼女に構うのを止められない。

挟むようにヴィヴィオの膨らませている頬を掴む。するとばふーっと間抜けな音と共に空気が口から逃げて行く。

 

何するのー!?と、顔を真っ赤にしてぽこぽこと俺の胸を叩いてくるヴィヴィオ。

 

おとめのそんげんがぁ〜、と嘆くヴィヴィオを横目にお邪魔しますとなのはさんに頭を下げて玄関に入ると見覚えのある靴がある事に気が付いた。

 

「あっ、おかえりリネス」

「帰ってたのか母さん」

「うん。船が整備でね、丁度休みになったんだ」

 

そうやって笑いかけてくれる俺の母さん。

フェイト・T・ハラオウン。

ここ高町なのはさんの家の隣がフェイト母さんと俺が住んでいる家で、執務官の仕事で家を開け気味である母さんがなのはさんに頼んで俺の面倒を見てもらっている形で良くお世話になっている。

 

ご機嫌斜めなヴィヴィオを促して一緒のテーブルを囲み食事を共にする。その頃になれば既にヴィヴィオの機嫌は治っており楽しそうになのはさんや母さんに今日あった出来事を話していて実に幸せそうだ。

間違いなく今俺の置かれている環境は恵まれていて、そしてこれ以上の幸せなんてないと言える程に幸せだと感じている。

 

だと言うのに。

 

「ねぇ、リネス」

「母さん?」

「まだヴィヴィオには話さないの?」

 

高町家での食事を終えデバイスを貰い歓喜乱舞しているヴィヴィオに見送られ家に帰ると母さんはそんな事を聞いてきた。

今更、いや違う。

 

「話しても意味が無いからだよ」

「どうして?」

「だって……」

 

俺は今でも偶に夢に見る。

折り合いを付けて過去は過去、今の俺は今の俺だと認識して。けれどもこの身を焦がす程の想いと記憶が、時が経っても決して色褪せることも無く今もマグマのように激しく煮えたぎるこの想いが俺の中にはある。

戦いに身を置いていても確かに幸せだった日常。俺に向けてくれる笑顔、声に、気持ち。全て何もかも忘れずに俺の中に刻まれているというのに。

 

「ヴィヴィオには記憶がねぇから。俺が打ち明けた所で「そうなんだ」って驚いて喜ばれて終わりだから」

 

何もかも大事で大切な思い出は俺の中で生き続けている。けれどもそれを忘れられる事は何よりも辛い。それならいっそ出会わなければ、そう思ってしまうほどに残酷で苦しい。

 

「リネスがそう言うなら良いんだけど。けどヴィヴィオはヴィヴィオでオリヴィエじゃない、それだけは分かってるよね?」

「もちろんだ。アイツとヴィヴィオじゃ全然違うからな」

 

確かに違う。似ていても似つかない2人。

けど事ある毎にヴィヴィオの姿にオリヴィエの影を感じるのは事実で。

 

「うん。けどあんまりヴィヴィオを舐めない方がいいよ?」

「は?それはどういう意味だよ」

 

俺がそう怪訝に返すと母さんはんー、と考える仕草をする。ほんと母さんの仕草は一々あざといと思う。するとウインクをしながら母さんはこう言った。

 

「だって、なのはの娘だもん」

 

自信を持って、まるで自分の自慢話をするようにそう言った。

その回答に俺は首を傾げる。

けれど近い未来俺はそれを身を持って実感する事になる。

 



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覇色

悲しみなどない?
そんな言葉を、そんな悲しい顔で言ったって
誰が信じるものか!


フェイト・T・ハラオウン


2

 

 

 

 

普通科と言っても履修次第では魔法を行使する授業にも参加が出来る。が基本魔力関係において劣っているからこその普通科であり彼等が魔法を行使する授業を履修する事はないと言っていい。

 

だと言うのに。

 

「どうしたのですか?リネス」

「いや、何だか無性にお前をしばき倒したくなった」

 

こてん、と首を傾げ特徴的なツインテールに結ばれた碧銀の髪を揺らす。いや可愛いんだがどうしてもそれが俺の気に触って仕方がない。

 

そんな目の前の女に自分が操作する()()のシューターを飛ばす。凄いスピードで飛んで行ったシューターは彼女の額に当たる前に掴まれそして、後頭部に直撃した。

威力が強過ぎたのかそのまま地面に勢いよく倒れ込む。

 

ゴッ

と割と鈍い女の子に対してやらかしてはいけないような音が響いたが気にしてはならない。ていうかコイツにはこれぐらいが丁度いい。

 

「いつまで寝てんだ起きろ」

「……女の子に対して取る態度じゃありませんね。それに相変わらずの転移精度です、全く分かりませんでした」

「普通に撃ったら投げ返すだろお前。あと嬉しそうにファイティングポーズとるなバトルジャンキー。戦わねぇからな?」

 

やったのは単純、シューターを後頭部に移動させただけ。

コイツの脳は戦いと修行の2文字しか存在しないに違いない。

俺は普通科だ。故に自主的に抽選科目で魔法を行使する授業を取らなければ魔法を使う事なんてないのだが目の前の露骨に戦わないと言って残念そうにする女もどきのせいで履修する羽目になった。コイツ、やたらと俺と同じ授業を履修してくるのだ。

許し難い事実である。

 

「意地悪ですね、焦らしプレイですか。まぁ後で沢山私にしてくれるのなら……」

「おい誤解を招く言い方はやめろ」

 

顔赤くしてくねくねすんな。

さっきから遠巻きにひそひそとなにかを言われているのはもう諦めたがこれ以上要らぬ誤解をうみ続ける必要も無い。

 

「もう、一緒にお風呂やベッドに入った仲なのに」

「うるせぇわ。その時お前男だったじゃねぇか」

「私はずっと女の子ですよ?」

「……もういいわ」

 

ほんとコイツの相手疲れる……

俺がコイツと出会ったのはここの初等科1年だった頃。

俺が学校に向かっている途中、 後ろでなにかを落とす音がして振り返ると手を口に当て信じられないという顔をし涙を流す女の子が。俺はその時1番現実的なドラマの撮影でもしてんのかと周りを見渡すがカメラなんてなくて、いるのは彼女と俺だけ。

 

名前を呼ばれ抱き締められて漸く気が付いた。コイツは、クラウスの子孫なんだと。

それから事ある事に俺と戦いたがる女の子、アインハルトを時にボコしたり無視したり。まぁ昔はともかく今の俺達の関係はそんな感じだ。

アインハルトも当時はクラウスの記憶に混乱していていたが今はもう折り合いが着いたようだ。けどあの馬鹿はどうやら俺に負け続けたのが悔しくて死に切れなかったらしくその想いは強く彼女に残っていて襲ってくる。

きっとクラウスにはヤンデレの素質があったに違いない。時代を超えて襲い掛かってくるなんて、凄まじいストーカー力である。

まぁそんなこんなでアインハルトとは6年の付き合いになる。今思えば結構長いな。

 

「あの時は驚きました。だって姿が縮んだだけであの頃と変わりませんでしたから」

「そいつは悪かった」

「いえ。寧ろ助けられましたし、感謝を感じることはあれど謝られる事はありませんよ」

 

 

早い話俺の姿をみてアインハルトが擬似クラウスになりかけた事があった。まぁ色々あって収まったわけだが今は良いだろう。

俺はヴィヴィオと違って姿、魔力素質、記憶ですらそのまま受け継いで生まれてきた。

ある意味俺は過去の聖王その人でもある。けれども所詮は過去の人間、今を生きているのはリネスであって奴ではない。

 

結局マルチタスクを応用したシューターの同時操作の授業はアインハルトにシューターをぶち込み続けるだけで終わり、アインハルトと別れて着替えを済ませる。

 

そして教室に戻るとお弁当を広げたアインハルトと親友がいた。

親友は分かる同じクラスだし。しかしアインハルトがいるのは珍しい、俺のストーカーであるアインハルトだが俺の教室に来たのはそれこそ数えれる程度しかない。なんでも「押してダメなら引いてみろ、です」とか。そのまま一生引いてて欲しい。

 

「待ってましたよリネス」

「待ってたぜリネス」

「いやお前今日はどうしてここにいんだよ」

 

首を傾げるアインハルト。

てめぇそれやってたら許されると思うなよ。

あと横で同じように首傾げてるお前、全然可愛くねぇぞ。ていうか男がしてもキモイだけだ。

コイツらのやることなすこと一々突っ込んでいたらキリがない。だからほって置くことにした。

さっさとお弁当を食べてしまおうと鞄に手を突っ込んでお弁当を探す。

 

「……しまったな。弁当忘れちまったらしい」

「珍しいな。お前が忘れるなんて」

「いや昨日はお母さんが帰ってきててな、自分で作らなかったんだ」

 

いつもは自分で作っているから忘れる事なんてないんだが、せっかく作って貰って忘れてしまったのは申し訳ない。帰ったらちゃんと食べよう。

ここにいても仕方が無いし食堂に向かおうと席を立とうとすると袖を引っ張られた。

 

「なんだよ」

「でしたら私のお弁当、分けて上げましょうか?」

「いいのか?」

「構いませんよ、はい口を開けてください」

 

そういうことなら、と差し出された玉子焼きを口に含む。

 

「普通に美味しいな。親御さんにお礼を言っててくれ」

「これ私が作ったんですよ?私だって女の子なんですからこれぐらい作れます」

 

そう言えば失念していたがアインハルトは意外と女子力が高い。私服もスカートが多いしヒラヒラ率も高く、言われてみれば可愛い系ばかり。その割には部屋にはトレーニング器具があったりと色々とアンバランスな気もするが。何故そんな事を知っているかと言うと、コイツの家には何度か招かれたことがあり行ったことがあるからだ。その時は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で別に何かあったとかそういうのは決してない。家だけでなく外出も幾度となくしておりコイツの趣味とかは嫌でも分かってくる。

 

そういうのを鑑みてやはり普通どころかかなり可愛い女の子、なのだろうが少し化けの皮を剥がせば変態バトルジャンキーの本性が表れるのが致命的である。それ以外にも、

 

「お前ほんとそういう所なかったら文句なしの美少女なのにな」

「ひふれいですね」

 

じゃあその俺に差し出した箸を口に含んでモゴモゴしてるのは何でなんだ?

やめろ、と引き抜こうとしても無駄に力があって中々動かない。ムカつくから押し込んで箸を突き刺してやろうか。と思っていると親友が声を掛けてきた。

 

「あのさ」

「なんだよ、ていうかお前もこれ抜くの手伝え」

 

俺は忙しいんだ手短に頼む。

 

「お前ら仲良いよな」

「冗談は顔だけにしとけよ親友」

「辛辣過ぎないっ!?」

 

冗談でも言ってはいけないことがあるって教わらなかったのか。

 

「けど実際お前らが付き合ってるって噂が流れてるぐらいだしなぁ」

「なに?」

 

実際コイツのせいで誤解を周りに与え続けているのは事実。今更訂正しようにも1度広まってしまった噂を否定するのには骨が折れる。俺が不愉快な思いをするだけだその他の被害はないのだが。

 

「お前、狙っていたな?」

「なんのことですか?」

 

その笑顔が実に白々しい。

にこりと笑うアインハルト。外ズラだけはいいので万人を魅了するであろう笑顔はとても可愛らしい。

 

が俺はそんな笑顔を浮かべるアインハルトの目に指を突き刺した。乙女が出してはいけない声をあげてのたうち回る。少しクラウスが出てきていたような気がしないでもない声だった。

本当にいつもいつもコイツは何で俺を困らせたがるのか。

 

「お前ときどき鬼畜だよな」

「ありがとう。最高の褒め言葉だ」

 

苦笑いする親友。

そもそもコイツが悪いんだろ。当の本人はもう復活して席に戻ってきてるし。きっと覇王の血は体を頑丈にしているに違いない。

アイツ(クラウス)、ブレイカー食らっても笑顔だったし。流石はリネス、と何故か感心してるアインハルトはほっておく。

 

「そういや親友聞いてくれよ!」

「なんだ」

「俺は気が付いたんだ……愛があれば妹だって関係ないんだって!」

 

どうして俺の周りはこうも騒がしいのだろうか。

そうか。とだけ返しておく。

アインハルトもそうだがまともに取り合うだけ疲れるから。

 

「やっぱり妹だよな!家族だからこそ1番身近で大切な妹を愛してしまっても仕方がないよな!」

「そうだな」

 

面倒いから肯定しておく。

このバカならきっと止められても笑顔で突っ切るだろうし。

……それが羨ましく思う。きっと俺にはないものだから。

 

俺が相槌を打っていると突然アインハルトに肩を叩かれる。何故か扉の方を指差していて振り返ってみると

 

「あははは……」

 

苦笑いしたヴィヴィオがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、ヴィヴィオさん。私は産まれる前からリネスさんと好きあっているアいたっ!?」

「真面目に自己紹介しろ」

「もう、いつになく激しいですね。やはり愛しの妹さんがいるからですか」

「ごめんなヴィヴィオ。コイツ前世から多分間違いなく馬鹿だったんだよ」

「あ、いえ〜……なんというかユニークな方ですね!」

 

妹よ、それは遠回しに馬鹿にしているぞ。

あとアインハルト。お前さっきから俺の腕掴むな引っ付くな。

お弁当を持ってきてくれたらしいヴィヴィオだがタイミングが悪かったとしか言えない。

 

「…………」

「あの……どうかしましたか?」

「いえ。改めて自己紹介を。ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルト。貴方と同じ古代ベルカの王、覇王の血を継ぐ者です。以後お見知り置きはしなくて結構です」

「えっ?」

 

アインハルトはそれだけ言ってヴィヴィオから興味が失せたと言う風に目線を外す。バトルジャンキーなのはどうしようもないが妹にまではかるような目線を向けるのは辞めて欲しい。

 

「それよりもリネス。今日は私と鍛錬しませんか?」

「……人の妹にそんな失礼な態度を取る奴とはしてやろうとは思えないな」

「すみません。けれどもこれは私が勝手に失望しているだけで私のわがままだと分かっています。ですがやはり、思う所がないとは言えません。それに……」

 

そう言うとじっと俺を見詰めてくるアインハルト。左右で違うオッドアイは俺を射抜くがあいにく俺はアインハルトが何を考えているのか分からない。いつもと同じなのに何処か雰囲気が違うアインハルトは目を瞑ると俺から目線を外した。

 

「なんでもありません。ただ私は彼女を貴方の妹だと認めたくないだけです」

 

認めるも何も本当の妹ではないし俺が1つ上でなのはさんと同じくヴィヴィオがママと言っているフェイト母さんが俺の家族になってくれたからであって特に深い意味なんてない。

知っている人からすれば奇跡のような巡り合わせで。

また巡り会えただけでも奇跡で幸せだと言うのに。心が締め付けられ軋んでいく。

こんな事なら、と思った事は1度や2度ではない。

 

きっとアインハルトに取ってオリヴィエは重要な存在で、ヴィヴィオとオリヴィエは違うと分かっていても。それでも今のヴィヴィオの在り方に武闘家として何か思うところがあるのだろう。俺にはそれだけでないようにも思えるが。アインハルトは確かに馬鹿だし変態だ。だが決して賢くない訳では無い。寧ろ聡明でこんな事で喧嘩を吹っかける奴でないのは俺が知っている。

 

「そんなことっ、貴方に言われたくありません!」

「自覚しています。だからこれは私のワガママですよ。皆が認めても私は認めません」

「ヴィヴィオはリネスお兄ちゃんの妹です!」

 

 

ヴィヴィオにしては珍しいムキになって声を張り上げる。そう言ってくれること自体は嬉しい、嬉しい筈なのに何故こんなにも苦しいんだろう。

 

軋む心を見ないフリをして、ただ現実を見ない子供のように蓋をする。もうこれ以上望むことなんてない。もう良いんだ。

そう言い聞かせて。

何かが割れる音がした。

 

 

 

 

 



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ズレた歯車は戻らない 前

長くなるので2分割
実はここだけで4回ぐらい書き直してる。

何で何度書いても勝手にコイツら仲直りすんだよ……
っていう感じに。


3

 

 

 

 

 

リネス・ハラオウンは学院において様々な意味で有名人だ。ハラオウンという性だけ見てもそのネームバリューは凄まじいのだが、本人の容姿も整っており彼に密かに想いを寄せる女学生は少なくない。表立ってファンクラブまで存在する始末である。

 

ならば何故周りに誰も寄ってこないのか。

それは彼の周りにいつもアインハルトが居るからだ。アインハルトは普段大人しい性格であり積極的に周りに絡みに行くようなタイプではない、けれども彼女は10人に聞けば10人が美少女だと認める程に整った容姿をしていてそんな皆が認める美少女が露骨にリネスに擦り寄っているのを見れば誰だって気後れしてしまう。

 

それだけならまだ近寄ってくる人はいるだろう。しかし2人の会話を聞けば「同じベッドで寝ていた」「お風呂で背中を流しあった仲」だと。それを否定する訳でもなくて話している2人を見ればそれが事実であると分かってしまう。

 

故に「コイツらもうデキてんのかよ。けっ」となるのである。

 

 

それだけでなく一つ下の妹までいてその妹はなんと聖王のクローンで美少女ときた。これで有名にならない方が可笑しい。

 

そしてリネス・ハラオウンを語るにおいて外せない要素が1つある。それは彼がとてつもないシスコンであるということ。

彼はシスコンである。大事なことなので2度言いました。

何を根拠に、と言うかも知れない。仲つつまじく登下校したり普段見せない笑顔を見せたり。それだけではただ仲のいい兄妹でシスコンではないのではないかと思うかも知れない。

 

けどある時事件は起きた。

リネスの妹である高町ヴィヴィオはアインハルトと同レベルの美少女だ。聖王のクローンという事もあり近寄り難いイメージこそあるものの本人の人柄はとても明るく人懐っこいイメージとは真逆のものだ。それでもある意味タブーな存在である彼女に恋愛的な意味でアプローチを掛ける者はほぼ居ない。そうほぼ居ない。

いたのだ、彼女にアプローチを掛ける者が。

 

そこまではいい。誰かに恋をして想いを告げること自体誰も否定しない。彼が間違えたのはその後。

告白を断わられた後しつこく迫った彼はいつも校門で待っているヴィヴィオが来ない事を不審に思って探していたリネスと鉢合わせた。

 

その後彼は学院を離れた。

何が行われたのかは謎ではあるが間違いなく彼はリネスの逆鱗に触れた。その日その時間、学院は突然揺れたという。

リネス・ハラオウンは度を超えたシスコン野郎だ。これは学院の共通認識でそれからヴィヴィオに近寄ってくる男はいなくなったという。

 

皆は思った。

やはりハラオウン(シスコン野郎)の名は伊達ではないと。

間違いなく今もフェイトが独身なのは後ろで色々やっている黒そうな名前(クロノ)の兄のせい。というのは管理局でもそれなりに知れた話であった。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

金髪の兄妹が一緒に下校する姿はもうこの近隣では見慣れた光景となっているが、いつもの仲つつまじい会話の声は聞こえてこない。

 

事の発端は昼頃。

お前やんのか?おっお?

とアインハルトが喧嘩を売ったのをヴィヴィオが買った形だ。アインハルトはまだ分かる、しかしヴィヴィオがここまで怒りを顕にするのは珍しい事であった。それまでに自分の妹であるということに意味があるとは思えないのだが、それは(妹である価値)ヴィヴィオしか知りえない事だろう。

 

 

 

 

「お兄ちゃん。私、アインハルトさんに勝てると思う」

「正直に言おう。お前じゃ間違いなく勝ち目はない」

「っ!?」

 

悔しそうに唇を噛み締めるヴィヴィオ。

正直に言ってしまっていいのか迷った。だが仮に「勝機はある」だなんて気休めにもならない程にヴィヴィオとアインハルトでは差がある。もし()()()()()()()()()()()()()()()()があったのなら万が一にも勝機があったのかも知れない。

だがアインハルトは俺と出会った。

そして最高傑作と言われた俺と幾度となく戦っている。全盛期の力こそないがこれでも最強と言われた聖王、記憶も魔力素質も受け継がれた俺が記憶を継承したと言ってもまだ成長途中である女の子に負ける理由にはならない。何より前世でもクラウスに負けた事がないのだから。

 

アインハルトは天才だ。

戦う度に強くなっていくのを幾度となく感じてきた。その成長速度は圧巻である。

詳しくは分からないが同世代であればそれこそ次元世界最強と言っても過言ではない。

 

「お兄ちゃんはアインハルトさんより強いんだよね」

「何言ってるんだ。俺は普通科だぞ?」

「私知ってるよ?アインハルトさん、学院で1番強いのにお兄ちゃんに勝てないんだって。やっぱり私とのスパーでは手を抜いてたんだ」

 

アインハルトがリネスと戦って強くなったというのなら、ヴィヴィオだって実戦形式でないにしろストライクアーツのスパーリングにてリネスと模擬戦を何度もしている。回数だけで言ってしまえばヴィヴィオの方が遥かに多い程。薄々ヴィヴィオも気が付いていた、格闘技をしていれば相手との差というのは何となく感じ取れるようになる。スパーリングで感じる違和感はそういう事だったのかとヴィヴィオは納得する。

 

俺を真っ直ぐ見詰めるヴィヴィオのオッドアイは悲しみか、それとも怒りからか揺れて見える。

当たり前か、黙っていただけでなく俺は自分がまるで本気を出しているかのように振舞っていたのだから。その点、アインハルトに対しては割と容赦なく叩き潰していた。別に本気になっていた訳でないにしろ、愛されているんだとヴィヴィオ自身が感じても。

そうやって子供扱い、まだ守られる対象なんだと言われてるようでヴィヴィオは嫌なのだ。

 

もう何も出来ず守られるだけでなく、次は守ってくれた人を守りたい。

色々なことを教えてくれた。

この幸せを返したい。

 

だからヴィヴィオはストライクアーツを始め強くなろうとしている。

 

 

「すまん、けど」

「けど何?私じゃ全力でやる価値もないって事?」

 

違う、と言いたかった。

けれども口は開かない。俺が黙り込みただなんの音もしない沈黙。

ヴィヴィオは怒っている、いつもの茶化されて怒っているような戯れなんかじゃなくて真剣に。

こんなに怒っているのはストライクアーツをやると言い出して俺が最後まで反対だった時以来だろうか。

これは俺のわがままだ、俺がそうあって欲しいと願って押し付けているに過ぎない。

 

力はいつの時代でもろくな結果しか生まない。力を持てば身に降りかかる火の粉というのは不思議な事に群がってくる。それにヴィヴィオの魔力素質は高速並列運用型で格闘型には向いていない、そうオリヴィエとは違って。ヴィヴィオの強い想いを聞いて、結局は折れる事になったが俺の中でそれは満足した、納得した訳では無い。

 

もうこれ以上傷付いたり、悲しんで欲しくない。何よりもう離したりしない。

そんな純粋な願い。

 

「私はもう守られるだけじゃ嫌なの。お母さんを守れるぐらいに強くなりたい」

 

知っている。

だってあんなにも真剣に言っていたのだから忘れるはずがない。けどその願いは俺の願いとは似ているようで何処か決定的にすれ違っていて。

だから俺は

 

「お前は……失った事がないからそんな事が言えるんだ」

「だから失わないように私は」

「そう言って皆死んでいくんだ!取り残された者がどれだけ辛いか、忘れられるという事がどれだけ心を締め付けるのか……お前がよりによってそれを言うのかよっ!」

 

俺がどれだけ強かろうとも絶対なんて存在しない。強さなんて結局ちっぽけなもので俺は守るべきものも、本当に守りたかったものも守る事が出来なかった。

どれだけ世界が平和で安全だったとしても俺は何一つ信じられない。今こうしている間にもどこかの世界で何の罪もない命が散らされているだろうから。

いつだって世界は残酷だ。

 

結局俺は怖いんだ。また失うのが。

だから手元に置いておきたいんだ。

 

ズレ始めた歯車はもう止まらない。

 

 

「っ!?お兄ちゃんなんてもう知らない!」

 

 

ただそう言って走り去っていく妹の姿をただ見ているしかなくて。

 

『私はただ、お兄様を守りたいんです!』

 

どうしようもなくすれ違って。

お互いに愛し合っていて守りたいと思い合っているのに。

 

アイツ、泣いてたな。

地面に付いた点模様を隠すように雨が降り始めた。

 

 

 

 

 

 

降り続ける雨。

ザァザァと鳴り響く雨音が今ばかりは心を落ち着かせてくれる。いつも見慣れている道。

いつも此処をヴィヴィオと歩いている。

けれども隣には誰も居なくて、いつも使っている道が違って見えてくる。

気が付かなかった。

1人でいると見える世界が変わると言うけれど、その通りだ。世界はこんなにも冷たくて色がないんだろう。

 

身体が重い。

服が雨に濡れているからと言われればそれでお終いかも知れないがそうじゃない。

ただ何も考える気にもなれず気が付けば家の前にいた。隣の家にはヴィヴィオがいる。すぐ側にいるのにどうしてこんなにも通じなくて苦しいんだろう。

 

「おかえり、リネス」

「ただいま母さん」

「お風呂沸かしてあるから入っておいで。それからお話しよっか」

 

どうやら母さんには全てお見通しらしい。笑顔が綺麗なのにそれが本能的に恐ろしいと感じている。

執務官の母を持つ人はどう隠し事をするのだろうか。ふとそんな事を思った。

ただぼーっと湯船に浸かり用意しておいた部屋着に着替えてリビングに戻るとソファに座る母さんと目が合った。目線でこっちに来いと語っている母さんを見て何となく悟る。

それに従い目の前に移動して

 

 

パァン

 

 

思いの外威力があってよろけそうになる。

くっそ、めっちゃ痛い。血の味がする。

 

「わざと叩かれたのは反省しているから?それとも罪悪感?」

「反省はしてない。罪悪感……だな」

 

無理やり表に出そうになる鎧を抑え込んでいたのはバレバレらしい。抑えれるギリギリの強さで頬を叩いてきた母さんは凄いと思う。

此方を鋭く射抜く母さんの目は明確な怒りが浮かんでいる。その間お互いに言葉はない、俺にも譲れないものだってある。

明確に間違っているわけでもなく、だからと言ってヴィヴィオが間違っている訳でもない。

 

「ヴィヴィオ泣いてたよ」

「そうか」

「ヴィヴィオ、今日の為に一生懸命練習してたんだ」

 

練習?

母さんは今何の話をしている?

 

「朝早く起きて、何度も失敗して。やっと形になって喜んでくれるかなって。今日のお弁当、ヴィヴィオが作ったんだよ?」

 

そう言って母さんが取り出したお弁当箱。俺がいつも愛用している巾着袋から取り出されたお弁当箱はいつもの物とは違って俺の家にはないもので。

俺はただ唖然としていて未だに全てを理解した訳じゃない。けれども自分でも自覚のない間に蓋を開けていた。

時間も経っていて最初は綺麗に盛り付けられていただろうハンバーグや卵といったおかずはぐちゃぐちゃに混ざりあっている。

形も少し変でちっさくて。

 

お弁当箱と一緒に仕舞われていた箸を手に取り震える手でそのまま口に運ぶ。

 

ゆっくり、ゆっくりと。

噛み締めるように。

正直時間も経っていてぐちゃぐちゃになっていて見た目は最悪だ。味だって何だかしょっぱい。

 

「おい、しいなぁ……」

 

けれども今まで食べたどんな食べ物もこのお弁当には叶わない。

 

ぼろぼろと涙が流れ、もう涙の味かお弁当の味かわからないけど。

ゆっくり、しっかりと完食した。

 

「リネスはずっと1人で頑張ってきたもんね。でも、それでも叶わなくて。ずっとずっと辛かったんだね」

「ぁ、う、うん」

 

母さんが優しく抱き締めてくれる。

俺に家族と言える家族はオリヴィエしか居なかった。オリヴィエを守りたくてただひたすら走り抜けて。けれども上手く行かなくて。

クラウス達もいたけれど彼等は対等であって不安も弱音も吐ける訳もなく全て飲み込んで1人だった。

 

俺はまだ信じられない。

自分が弱いから、何より怖いから。

 

「大丈夫。大丈夫だから。もう私やなのはが居るから。貴方もヴィヴィオも私達が守るよ」

 

きっと本当の母さんというのはフェイト母さんやなのはさんのような人なのだろうなと。

 

 

 

 



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世界は、いつだって……こんなはずじゃないことばっかりだよ!!

ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ!!

こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは、個人の自由だ!

だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間を巻き込んでいい権利は、

どこの誰にもありはしない!!

ーーークロノ・ハラオウン


 

 

 

 

 

「殿下」

「よしてくれ。俺はもう聖王じゃない。それに俺はリネス、リネス・ハラウオンだ」

「では、リネス様と」

「……もうそれでいいや」

 

こうべを垂れるシスターに思わず溜め息を吐く。

ここのシスターはどうにも頭が固く俺への敬意を崩そうとしない。俺はあくまでリネスであり過去の人物なんかじゃない。

シスターに案内され扉を潜りそのまま席につく。案内をしてくれたシスターはそのまま退室して行く。

 

「殿下」

「やめてくださいよ、カリムさん。冗談でもタチが悪い、さすがに肩が凝っちまう」

「すみません、つい」

 

上品に笑ってみせる対面に座る女性は聖王教会に所属している騎士、カリム・グラシア。

俺の存在は秘匿されている。一部の人間にしか俺が聖王の生まれ変わりだというのは知られていない。母さんやなのはさんは勿論、目の前のカリムさんも俺の正体を知る1人。

という事になっているのだが何故かヴィヴィオ関係のシスター達には俺のことはバレているらしい。

ヴィヴィオの方はJS事件もありその知名度は高いが俺の方はJS事件が始まる随分前に密かに保護されたので知らない人ばかりである筈なのだが。

 

 

「それで、話って言うのは?」

「過激派が何やら不穏な動きを見せています」

「そいつは確かに穏やかじゃないな」

 

なるほど。俺を呼び出したのはそれか。

 

聖王。

もうそれは歴上の人物で過去の人間でしかない。けれどそれを信仰し崇める人にとって、その言葉の重みは変わる。

ベルカは滅んだ。強過ぎる力は争いしか生まず、戦乱の果てに滅んで行った。それは当然の帰路であり逃れられない運命だったのだろう。

だと言うのに聖王擬きが復活したからって馬鹿みたいに舞い上がって建国を狙ったり、利用しようとする奴がいたり世の中にはそんな馬鹿達が後を絶えない。

それの一つに過激派だ。

 

「まだ何があるかと決まったわけではありませんが一応話しておくべきだと思いまして」

「狙ってくるなら俺かヴィヴィオだからな。けど間違いなく狙われるのはヴィヴィオの方だろう」

「そうですね。だから暫くは出来るだけ一緒に行動して貰っても大丈夫でしょうか?」

「まぁ大丈夫だろ。今も結構一緒にいる頻度は高いしな」

 

と言ったところでしまったと思った。

そう言えば最近喧嘩をしたばかりだった。

 

ヴィヴィオは聖王の血を引いているが全てを受け継いでいるわけでない。オリヴィエのような戦闘力もなければ、その記憶もない。

だが俺は違う。

もう1人で頑張る必要はないと、フェイト母さんは言ってくれた。俺は聖王じゃなくてただの子供でまだ守られる対象なんだと母さんは教えてくれた。

けど過激派は俺自身が撒いた種でもある。

 

「それはそうと」

 

考え込んでいると空気の流れが変わったのを感じる。嫌な予感がする。

 

「ヴィヴィオさんとは、何か進展しましたか?」

 

ほら的中した。

王様は皆スキル直感持ちなのである。こういう時の予感ほどよく当たる。

 

「進展も何も、俺にとってヴィヴィオは妹みたいなもんだ」

「けど別に今は妹でも親族でもなくて唯の仲のいいお隣さんでしょう?」

 

にこり、と笑うカリムさん。その笑みが余りにも胡散臭くて顔が引き攣るのを感じる。

いい歳して恋バナとか、とは言わない。

リネスは学ぶ男だ。前に1度やらかした事があるだけ、とも言う。

確かに俺とヴィヴィオは戸籍上、全くの他人で血の繋がりはない。けど俺とヴィヴィオはクローニング技術で生み出された存在で元になった存在はお互いに血の繋がった兄妹だっ

た。

 

だから俺とヴィヴィオは書類上他人だが実際は血は繋がっている。

 

「本気ですか?」

「本気じゃなければこんな事言いませんよ」

 

だから仮に俺がヴィヴィオと結婚をしても世間体的には何ら問題はない。だが知っている人からすれば倫理的に問題があるとしか言い様がないのも事実。

こんな話をするのは1度目ではない。俺の前世での話はある種有名な話でそんな事を聞いているのだがたまったもんじゃない。

 

それに俺は自由恋愛は出来ない。

別に俺に人権がないだとかそういう訳では無い。頭の硬いお偉いさん方が聖王の血がどうたら〜、と煩く家柄的にお眼鏡にかなう相手でないと結婚は出来ない。そんなもの、と一蹴りしてもいいのだが聖王というのは影響力が強くそう簡単な話ではないらしい。

俺の知った所ではないが。

 

「俺に見合い話を持ってきたのはカリムさんでしょ?」

「えぇ。どうやら相手側とも上手くいっているようで」

 

俺の見合い話はつつがなく進んでいて問題がなければ籍を入れれる年になれば直ぐに入籍する事になるだろう。

幸い俺も相手もそういうことに興味が無いので形だけの物になるだろうがそれで世間体と頭の固い奴が納得するのなら、という事で同意している。

 

だから分からない。ここまで都合良く話が進んでいるというのに此処でそんな話を切り出してくるのかが。

そもそも知る人からすれば倫理的に問題があるヴィヴィオとの縁談は話に上がって即刻破棄された筈だ。

 

「ええ確かに問題はあります。けどそれを知っているのは我々の周りと少し融通の利かない人達のみ」

「…時間の無駄だろ。それにそんな事したって何の得にもならない」

「そんな事はありませんよ」

 

いつになく真剣なカリムが真っ直ぐ俺を見詰める。

 

「私達はいつだって殿下の味方なんです」

「そういうのはいい」

「それにあれだけ熱い、あつ〜い兄妹愛の話が本当だったなんて知ってしまったら応援したいと思うのは当たり前じゃないですか」

「おい」

 

本音漏れてるぞ。

うふふふ、と笑うカリムさんはこころなしか頬を赤くしている。誰だよ現代までそんな話を受け継いで来たやつ。

あと扉の向こうで聞き耳立ててるシスター多過ぎるくないか?どんだけみんな恋バナ好きなんだよ。

女の子って歳でもないくせに、とは絶対に言わないけど。

 

「でもやっぱり好きなんですよね?」

「……そんなの俺だって分かんねぇよ。俺が見ているのはヴィヴィオなのに偶にオリヴィエの姿がダブって見えて、別人なのに俺は何処かヴィヴィオを通してオリヴィエを見ている」

 

頭では理解している。

なのにどうしても俺にはヴィヴィオからオリヴィエの姿を幻視してしまう。血が受け継がれていてもヴィヴィオはヴィヴィオだと言うのに。

もしかしたら俺のコレはヴィヴィオではなくてオリヴィエへのモノなのかも知れない。

 

そんな俺の葛藤を知ってか知らずかカリムさんはにっこりといい笑顔で言った。

 

 

「面倒臭いんでさっさとくっ付いて貰えますか?」

「俺結構悩んでるのにそれは酷くないか?」

 

そう言うと更に深く溜め息を付かれた。

いやなんでだよ。

 

「ぶっちゃけ葛藤とかオリヴィエとかそんなのどうでもいいんでさっさと結婚して貰えますか?」

「ねぇ、帰っていい?」

 

帰ろうとする俺に対して「冗談じゃないですかー」と服を引っ張るカリムさん。それ完全に私情とか混じってるだろ。

というか聖王教会でそんな事いって大丈夫なのか。

 

「大丈夫ですよ。ここにいるのは殿下、ヴィヴィオちゃんの味方だけですし」

 

ニコニコ微笑むカリムさんが言う味方というニュアンスに含みを感じるのは気の所為だろうか。

気の所為じゃないんだろうなぁと苦笑いしつつ、ヴィヴィオが皆に愛されているんだなと安心する。決してヴィヴィオは望まれて、恵まれて生まれてきたとは言えない。

けど今は母さんが居て友達がいて夢がある。

きっとそれは素晴らしいことだ。

 

「だから」

 

もうカリムさんの顔から胡散臭い雰囲気は消えていた。

 

「もう自分の幸せを考えてもいいんじゃないんですか?」

「幸せも何も……俺は母さんに拾われてヴィヴィオと出会って、これ以上の幸せなんてないですよ」

 

本当にそう思っている。

愚かで悲しみに溢れていると誰かに言われようとも俺はきっと前世を否定しない。記憶の中の俺は間違いなくオリヴィエがいるだけで幸せで満足だった。結局俺はそれだけで良かったんだ。

自分がどれだけ1人でも、何かを犠牲にしても。例えそれで誰かが悲しむ事になったとしても。俺は生き方を変えられない。

 

言いたいことは言ったのだろう。それだけ言うとカリムさんは再び口を開いた。

 

「とりあえず過激派の事は本当に申し訳ないですが宜しくお願いします」

「それは任せて下さい」

 

必ず過激派は近い内に俺とヴィヴィオに対して仕掛けてくる。過激派と言っても内部で木の枝のように派閥があって厄介さが異なるのだが試験管送りにして研究したいマッドサイエンティストとかなら大した事がない。

どうせはぐれ次元犯罪者とか雇われてもたかが知れてるしその程度管理局でも対応出来る。

問題があるのは武闘派だ。

 

カリムさんと俺が危険視しているのは彼らだ。

1度武闘派に管理局の陸士、空戦部隊共に無傷で壊滅させられている。そこにエースやストライカーと呼ばれる人達がいながらである。

正直管理局の魔導師では彼らに太刀打ち出来ないだろう。

もちろんなのはさんやフェイト母さんでも。

 

普通そんな事は有り得ない。

では何故管理局は彼らに手も足も出ないのか。

 

魔導師は魔法を手段として武器として戦う。

多少の違いがあれど魔導師は魔法を主軸とした戦い方する事に変わりはない。アームドデバイスで戦う騎士であったとしても必ず魔法は使っているし戦略に組み込んでいる。

魔導師とは己の得意分野をどれだけ活かし自分のフィールドで戦うかが求められる。

 

故に魔法が通じない相手には滅法弱い。

 

武闘派達は武を極めた者の集まり。彼らにとって魔法とは己の技術を際立たせる補助でしかない。

 

ただの踏み込みがブリッツアクション並の者がブリッツアクションを使ったら?

武器の攻撃が音速を越え視認出来ない程の使い手が身体強化を使ったら?

 

下地が違うのだ。

己の身体1つでそれだけの事をやってのけるのが武闘派。殆どの者が魔法を使う事すらさせて貰えずに落ちていった。

元より己の武を磨く事にしか興味がなかったが故に管理局も特に彼らを気に留める事はなかった。

しかし最強と言われた聖王の復活。

ベルカの騎士でもある彼らが動き出すのは必然で1度目は俺が目覚めて間もない頃、何処かで俺の目覚めを嗅ぎつけて軽い管理局との戦争になったのだがその時は俺が叩き潰した。

 

彼らは俺と戦う為なら手段を選ばないだろう。そういう連中だ、俺に本気を出させる為にヴィヴィオに目を付ける事は十分に考えられる。そうなった時は……

 

「念の為デバイスは此方の方で用意しておきます」

「助かります」

 

俺は弱い。

いやきっと戦いであれば負けない。

想う度に苦しんで。理解もされずに足掻いて。それでも俺は誰にも縋る事が出来ない。

ただこの生き地獄のような暗闇で俺はひたすらもがき続ける。

いつか届くと信じて。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

気が付けばもう夕暮れ。

俺は沢山のシスターに生暖かい視線を背中に受けながら協会を後にした。色々話すのは勝手だが俺にそういう目線を向けるのはやめて欲しい。こそばゆいから。

 

仕事終わりや学校終わりの者が多いのか交通量が多い道路を横目に歩いていると見覚えのある人物が見えた。

俺は見なかった事にした。

 

「ちょっと見えていたでしょう」

 

俺は何も聞こえない。

 

「無視ですか、私を無視するなんて……ってほんとに行かないで下さいっ!?ちょっと、ほんとごめんなさい謝りますからお願いだから待ってっ!?」

「……分かったから抱き着くなうっとおしい」

「おや?やっぱり泣き落としは効くようですねこれからこの路線で……って嘘ですから行かないでっ!?」

 

さっきから表情がコロコロ変わって忙しない奴である。そんなうっとおしい奴、アインハルトは佇まいを直し此方に向き直した。

 

「……逃げないで下さいね?」

「逃げねぇから要件を話せ」

 

いつもと違って弱気なアインハルトの上目遣いに不覚にも目を奪われる。腐ってもみてくれはとびきり可愛いアインハルト。くっそ、協会であんな話をしたばかりで俺も無駄に意識してしまう。離れているのに香ってくるこの甘い香り、パッチリとした目に格闘技をしているとは思わせない女の子らしいすらっとした足。スカートから覗かせている生足が今は凄く目に毒だ。

 

そんな俺の逃げるように吐いた言葉を聞いて安心したのか佇まいを直して俺に向き合うアインハルト。

 

「ヴィヴィオさんと仲良くなりました」

「……んんっ?」

「ヴィヴィオさんとダチになりました」

「いや言い方じゃないから」

 

あれ、お前らすげぇ喧嘩腰じゃなかったっけ?

俺の顔が間抜けだったのだろう。アインハルトは察して言葉を続ける。

 

「いやそうだったんですけどね、心へし折ってやるつもりで一方的にボコボコにしたんですけど友達になりました」

「いやなんでだよ」

「いやこう……あしたのジョー的な?」

 

いや分かんねぇよ。

そんな超次元サッカー的なノリで友達になれるものなのか。

 

「それで合宿に参加する事になりました」

「いやだからなんで……はぁもういいや」

 

首を傾げるアインハルト。俺的にはもう少しそのスパーをして仲良くなったくだりを聞きたいのだが。

 

「もちろんリネスも」

「俺は行かねぇよ」

「ダメですよ。その日はきちんと行くようにとカリムさんも言ってましたよ」

「はぁ?」

 

なんでカリムさんが、と言いかけたところで全て納得がいった。さてはあの人全部こうなる事が分かっていたな?

カリムさんがそういうという事は聖王教会の決定でもある。俺はそれに今のところ拒否する事は出来ない。いやしてもいいのだが過激派の話を聞いた後だ、俺の拒否権は実質ないも同然。

 

お節介というか余計なお世話というか。

 

突然腕が取られた。

横を見るとアインハルトが驚いた顔をしてコッチを見ていた。

 

「あれ、いつも投げ飛ばされるのに……」

「……俺も偶には考え事だってするさ」

「ふふっ、そうですか。じゃあ今日は私の初勝利記念と言うことでこの腕は貰っていきますね」

「いや取れないしあげないから」

 

振りほどくのは簡単だ。けど、何処か嬉しそうなアインハルトにどうしてかそんな気には慣れず結局そのまま帰宅する事にした。

 

 

 

 

 

 




次回、視点が変わります


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お兄ちゃん

6

 

 

 

私には1つ歳が上のお兄ちゃんがいる。

お兄ちゃんと言っても血は繋がってなくて私がまだ1人じゃ立ち上がれない頃から手を差し伸べてくれる優しくて頼りになる男の子。

 

フェイトママの養子でずっと、ずっと一緒にいたお兄ちゃんは私の中では決して血の繋がりなんてなくとも家族の一員だと思っている。

自惚れじゃなければお兄ちゃんも私を本当の妹のように、家族だと思ってくれていると思う。えへへ、なんだか自分で言うと恥ずかしいな。

 

そんな私は今初等科の4年生になり友達も出来てとても幸せです。まだ進路の事で悩んでいて、まだ焦るような時じゃないって言われるけど私の周りには色々なお仕事をしている人達がいてそんな人達を見ていると今から悩んでしまう。

けれどそれは決して悪い悩みじゃなく私の成長にも繋がる大事な悩みで今が充実しているからこその悩み。だからこそ自分は恵まれているんだと実感出来る。

 

そんな贅沢な悩みとは別に最近私にはもう1つ悩みがある。

私はお母さんと約束したんだ。直ぐに泣かない、転んでも1人で立てる強い子になるって。だから私はストライクアーツを始めた。ストライクアーツを始めるにあたってお兄ちゃんに猛反対されてそこでも一悶着あったんだけどなのはママとフェイトママに説得される形で渋々お兄ちゃんは認めてくれた。

多分内心では認めてないんだろうけど。

 

別にそれは良かった。私が頑張ってそれに見合った結果を出せばきっと優しいお兄ちゃんの事だ。私の事を認めてくれるはず。

 

そんなお兄ちゃんと最近喧嘩をした。小さな喧嘩なら何度もした事があるけど今回は違う。私はもう1人でも立てる、守られるだけじゃ嫌だ。なのにお兄ちゃんは私に過保護でまだ早いと言う。何故分かってくれないの?

 

お兄ちゃんより弱いから?

それとも格闘技が向いてないから?

 

いつも隣にいるお兄ちゃんがいない生活は常に私の心に影をさし続ける。リオやコロネと笑いあっても、ノーヴェとスパーをしても、テストでいい点数をとっても。

心から楽しめない、喜べなかった。

いつも「良くやったな」「凄いじゃないか」と優しく笑いかけてくれて頭を撫でてくれるお兄ちゃんは隣にはいない。

喧嘩しているのだから当たり前だけど、それでも私の心はギュッと何かに縛られているように苦しい。

 

いつも側にいて私に手を差し伸べてくれるお兄ちゃん。気が付けばそこにはお兄ちゃんがいて当たり前のように自然とお兄ちゃんを探している自分がいる。認めてしまおう、私高町ヴィヴィオはどうしようもないぐらいリネス・ハラオウンのことが好きだ。そこにいるのが当たり前でお兄ちゃんがいない生活なんてとてもじゃないが今の自分には想像が出来ない。

コロナやリオに言えば間違いなくお兄ちゃん離れ出来ない妹だ、と笑われるだろうけどそれは違う。

 

本当はもっと妹じゃなくて女の子として見て欲しい。お兄ちゃんは本当の妹のように私を甘やかしてくれるけどそうじゃないそれだけじゃ嫌だ。

 

けど妹じゃなくなったらお兄ちゃんは私から離れていくんじゃないか。

そう思わずにはいられない。

お兄ちゃんは物凄くモテる。贔屓目に見ても顔は整っていて成績もトップ、それを自慢する素振りすら見せない姿がクールだと学院では物凄い人気だ。

そしてアインハルトさんはそんなお兄ちゃんと距離が近い。それはもう近い。

はっきり言うと私は我慢していた。2人が付き合っているという噂は学院でも有名な話だったし何処かお兄ちゃんとの関係を諦めていた私はずっと傍に居られればそれで良いと思っていた。

 

あのお弁当を届ける日までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「リネス見て下さい!」

「あぁ、もう!分かったから引っ付くな!」

 

目の前でアインハルトさんとお兄ちゃんはイチャラブしている。何だろう、これはもしかして私に喧嘩を売ってきているのだろうか。私がぎこちない笑顔を浮かべてアインハルトさんを見ると目が合った、ニコリと笑うアインハルトさんと歪んだ顔の私。

 

『私マウントとるの好きなんです』

『ぐぬぬ……』

 

念話でドヤ顔するアインハルトさん。

ちょっとお兄ちゃんもなんで少し照れてるの?やっぱり胸なの?そりゃ私は絶壁だけどさアインハルトさんも大して変わらないよね?こうなったら変身魔法で……

 

「ヴィヴィオ落ち着いてっ!?」

 

何か2人が言っているような気がするけど聞こえない。

そもそも私達が後部座席で2人が隣同士で座っていること自体がおかしい。そりゃ私が喧嘩中だから仕方がないのかも知れないけど、やっぱり鼻の下伸ばしてるお兄ちゃんが悪い。

むむむ、と唸っていると困った顔で助けを求めるようにくるくる顔を回していたお兄ちゃんと目が合った。ふんっ、と顔を逸らす。おっぱいで鼻の下を伸ばすお兄ちゃんなんて知りません。

 

 

合宿地であるルーテシアの家に着いた頃にはお兄ちゃんはげんなりとしていてアインハルトさんは心なしか肌がツヤツヤしていた。

 

「さっさと仲直りしたらどうですか?張合いがなくてつまらないです」

「今回ばかりは譲れないんで無理ですよ」

 

そう今回だけは絶対に自分からは謝らない。因みにアインハルトさんとはあの試合の後に良きライバルとして認め合った仲だ。格闘技の実力は悔しいけど実力差はかなりある、けどお兄ちゃんを落とすという意味であれば私とアインハルトさんは平行線である。曰くどれだけアプローチしても全然効果がないらしい。それは此方も同じなのだがやはりおっぱいなのだろうか。ぐぬぬ、やはり大人化して1度迫らねばならない日が来るような気がする。

 

何故アインハルトさんとそんな事になったのか。実は自分も良く覚えていない。ただボコボコにされて何も出来なくて、けれど諦めたくなくて。お兄ちゃんを見返したい一心で。

その時に私はある事を口走ったらしい。

恥ずかしいから明言は避けさせて貰うけどこれで私のお兄ちゃんへの気持ちは皆にバレたわけだ、だけど皆なんというか「知ってるけど?」みたいな反応で更に私は恥ずかしくなった。私ってそんなに分かりやすいだろうか?

 

「久しぶりリネス」

「久しぶりだねリネスくん」

「エリオにキャロ久しぶりだな。にしてもめちゃくちゃ身長伸びてんなぁエリオ。ハンサムになりながって。キャロは……」

「なんで合掌してるのっ!?これでも1.5cmも伸びたんだからねっ!」

 

涙目でぷりぷり怒るキャロさんをからかうお兄ちゃん。エリオさんとキャロさんはお兄ちゃんと同じようにフェイトママに保護された身の内で家族のようなものであり仲が良い。

私の方が仲がいいもん、そう言ってやりたい。

 

一通り挨拶を終えた後エリオさんはお兄ちゃんに向き直った。

 

「リネス。僕と模擬戦をしてくれないか?」

「え、普通に嫌なんだけど」

 

即答だった。

流石にエリオさんも苦笑いしている。

 

「そもそも俺あんまり戦うのは好きじゃないんだけど。何より……」

「いいんじゃない?受けてあげても」

「フェイト母さんまで……」

 

お兄ちゃんは極端に戦うことを嫌う。私とのスパーだってこれでもかってごねたりおねだりしないとやってくれないぐらいだ。

フェイトママに言われるとは思っていなかったのかお兄ちゃんは少し悩んでいる。

 

「リネス、君だって負けっぱなしは嫌だろう?男なら逃げずに受けてくれ、それとも負けるのが嫌なのか?」

「……分かったよ。やろう、彼女の前でかっこ悪い姿晒してやるから覚悟しとけよ」

 

彼女、そう言うとエリオさんの隣にいるキャロさんはギュッとフリードを抱き締めて顔を赤くしていた。いいなぁ、と思う。

 

「これは良い機会ですね」

「何がですか?」

「ヴィヴィオさんはリネスの戦闘スタイルをご存知ですか?」

「……いえ」

 

そう私はお兄ちゃんの魔法の腕もその実力も殆ど知らない。今思えばお兄ちゃんはそれを隠そうとしていた。

何故だろう、と疑問に思う前にアインハルトさんは言葉を続ける。

 

「私もリネスの本気は見た事はないんですが知識としてはあります。恐らくそれは使わないでしょうが実力の一端は見ることが出来ると思いますよ」

 

何故かアインハルトさんがドヤ顔をしていた。少しウザイ。

エリオさんは決して弱くない。寧ろストライカーとは言わずとも準ストライカー級の実力は持っている。そんな第一線で活躍している管理局の魔導師相手をアインハルトさんの言葉通り受け取るならば倒すのだとさも当然のように言い切った。

 

遠い。

今近くにいるはずなのにお兄ちゃんが遠くに居るような。

私全然お兄ちゃんの事知らない。

それがとてつもなく嫌だった。

 

 

 

 

 

 



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孤独な王

少しは役に立ってあげたいのよ、、、どんなことだっていいんだから、何にも出来ないかもしれないけど、少なくとも一緒に悩んであげられるじゃない!?

アリサ バニングス


 

 

 

俺にとって戦いは日常だった。

殺して殺して殺して殺して殺して。

その時も特に何も思わない。弱い奴が死んで強い奴が生き残る、当たり前のことだ。ただ俺は降り掛かる火の粉を払い除けただけ。

生まれながらにして持って生まれた才能と可能性。それが完全に俺の運命を決定づけた。

 

類まれない武の才能。1度見たものは完全に模写してみせ自分のものにして見せた。

 

圧倒的な魔力量と適正。これのお陰で俺は戦場に立っても長い間戦い続ける事が出来た。

 

そして聖王の鎧と()

俺には歴代の聖王が誰も抜く事が適わなかった剣さえ抜いてみせた。

多分それが周りを増長させる事になり闘争へと駆り立てた。誰もが浮かれそして確信していた必ず勝てると。

 

何も無い俺に妹が出来てからただ妹の為に生きていた。今思えばある意味初めての家族だった妹が可愛くて可愛くて仕方がなかったんだと思う。

 

ただ妹がいるだけで満足で他は必要ない。

だがある日妹は泣いていた。いつも笑顔で出迎えてくれる妹が。

いつもの様に戦場で数多の命を刈り取り帰ってくると妹は泣いていたんだ。

俺はその日の事を忘れない。

その日から俺は人を殺める事を辞めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デバイスは……」

「持ってきてる。相棒じゃないから不服だとか言うんじゃねぇぞ」

「分かってるさ。それが傲慢なんかじゃないって事も。だからこそ油断もしない」

 

これは本来の俺のデバイスではない。協会に借りているデバイスだ。このデバイスには特殊な魔法が内蔵されていて、まぁ違法な魔法なのだが特別に貸し出して貰っている。大っぴらに戦えない俺にはうってつけの魔法。

 

相棒であるストラーダをセットアップし構えるエリオ。なるほど、前とは雰囲気が違う。余程負けっぱなしは嫌だったんだろうなということが伝わってくる。

しかしこっちは妹がいる手前負けられない、いや()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだがそこは何とかしてみせる。

デバイスを起動する。蒼い魔力光が俺を包み込み形だけのバリアジャケットを展開し細く伸び両端に刃が着いている俺の得物、ツインセイバーを1度掲げて回し構える。

 

あぁ、手に馴染む。

嬉しくない感触だ。こんな力欲しくなかった、けどこれがないと守りたいものも守れない。

戦場でも俺は常に孤独だった。簡単な話だ。誰も俺には勝てず俺一人で戦争なんて終わってしまうから。それ自体に思う事なんて何も無い。虚しさも悲しさも何の感情すら湧いてこない。きっと俺は人として何処か大事なものが欠けてしまっているのだろう。

それが普通じゃない事は妹が泣いていた事で嫌という程理解した。

それでも俺にはそれしかなかった。それしか知らないからそうするしかなかった。誰も教えてはくれなかった。いや違う。

きっとクラウスやエレミア達なんかはそうじゃなかったんだと思う。けど遅過ぎた。全部全部何もかも遅かったんだ。

だから俺はコレを抜いて立ちはだかるモノ全てを斬り伏せる。これからずっと。

 

 

「行くぞ!」

「来いよ。俺がお前の壁になってやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が始まると同時にエリオさんはフォトンランサーを幾つも飛ばしながら真っ直ぐお兄ちゃんに突っ込んだ。

速い、流石だと思った。一筋の雷光となりバチバチと電気を放つ槍の一閃。一目でそれが凄まじい威力がある技だと分かった。

だからこそ信じられない。

お兄ちゃんは四方八方から迫ってくるフォトンランサーに見向きもさず曲芸でもするかのようにセイバーを回転させて全て斬り裂いてみせた。必然的に生まれる僅かな隙、エリオさんは分かっていたんだろう。必ずお兄ちゃんなら真正面から打ち破りにくると。圧倒的傲慢、本来ならそれは決して褒められた事ではない。

 

「うそっ!?」

 

その傲慢は決して相手を侮っていた訳では無い。エリオの放った紫電一閃は当たる筈だった、雷の名に恥じぬ一撃は届く筈だった。

踏み出しは見えていたがそれだけ、私には視認する事すら間もならない一撃はセイバーを突き出したお兄ちゃんと悔しそうな顔をしてお兄ちゃんの少し後ろに立つエリオさんを見れば防がれた事は明らかだった。

 

「あれはただ攻撃を逸らしただけですよ。どれだけ威力がある攻撃でも当たらなければ意味がないですから」

 

アインハルトさんはそういうがあの視認する事すら間もならない一撃をワンモーションのみで防げるものなのだろうか。

 

「リネスには出来るんです。1度見た事がある攻撃は通じぬどころか真似すら出来てしまう」

 

エリオさんが放ったバスターが真っ二つに割れる。ただ1度振り抜かれた一撃だけで。

 

「リネスには天才なんて言葉生温い。勘もずば抜けていて正しく天下無双」

 

嵐のようにぶつかり合う両者の得物。

どちらが有利かなんて私の目からしても明らかだった。それにお兄ちゃんは試合が始まってからまだ1歩も動いていない。

 

次元が違う。

エリオさんには申し訳けれどそうとしか言えなかった。

 

「ヴィヴィオさんは気が付いてますか?立て続けに魔法を使い続けるエリオさんに対してリネスは1度たりとも魔法を使っていない」

「けど身体強化魔法ぐらいは使ってるんじゃ……」

「あれ、使ってないんですよ」

 

そんな馬鹿な、と思った。

これで全力ではないというのだから信じられない。

 

「これが武の極地。個にして最強を体現した1つの可能性。まぁ弱点としてアルカンシェルみたいに圧倒的魔力で四方から逃げ道潰して押し潰せば流石のリネスも倒せると思いますよ」

「それ弱点って言えるんですか?」

「さぁ?けどリネスは初めて負けた時は魔力が枯渇してる時に回避不能の集束魔法食らったって言ってましたよ」

 

それ弱点ではないです。普通に誰だってやられます。あとあのお兄ちゃんを倒した人は多分人間じゃない。

蓋を開けてみれば決着は何とも呆気なかった。魔力が枯渇して体力が尽きたエリオさんが降参して試合は終わってしまった。

涼しげな顔したお兄ちゃんにエリオさんはやっぱり悔しそうにしているが何処か吹っ切れたようにも見える。

 

「さすがだね、手も足も出なかったよ」

「俺にゃこれしかないからな」

「エリオくんっ!大丈夫?」

 

振り返ると心配そうにしたキャロがあたふたしながら駆け寄ってきた。

 

「あぁ、攻撃はされてないしちょっと疲れただけだよ」

「良かったぁ……負けちゃったけどエリオくんとてもかっこ良かったよ!」

 

ギュッとエリオさんの腕に抱き着いて笑顔を浮かべるキャロさん。そんな2人に呆れたような顔でお兄ちゃんは言った。

 

「うへぇ、試合に勝ってなんか色々と負けた気がするんだけど」

「あははは……」

 

 

楽しそうに笑い合う3人を何処か私は遠くに感じていた。お兄ちゃんの言う通りだった。私は覚悟したつもりだった。頑張っているつもりになってそれで満足して。

努力はしていたけど全然足りなかった、何より意識が違う。ただ楽しくやるだけじゃとてもじゃないけれど背中だって見えやしない。

 

 

「そんなに思い詰める必要はありません。リネスのあれは正直言ってバグですから。並び立つのも追い掛けるのも修羅の道ですので馬鹿でもやりませんよ」

「違うんです」

 

力が入った肩に手を置いて笑顔を作り話しかけて来てくれるアインハルトさんを見る。

違う、そうじゃない。

お兄ちゃんは凄かった。それこそ次元世界最強だなんて可愛く見えるぐらいに。

遠くて何も知らなくていつも近くにいて長い付き合いだというのにまるで別人のようで。

 

 

「お兄ちゃん、寂しそうでした」

 

 

アインハルトさんの笑顔が崩れる。

 

「凄い強くてカッコ良くて流石だなって思いました。流石は私のお兄ちゃんだって。けどお兄ちゃんはずっと寂しそうでした」

 

確信もなんにもないけれど何となく私はそう思った。

お兄ちゃんはずっと1人だったんだ。

親友がいても家族がいても。

兄ちゃんは何だって出来てしまう。誰かと一緒にやるよりも1人でやる方がずっといい結果を出す。きっとそれは凄いことだけど残酷な事だ。

 

ギュッと拳を握る。

 

「分かりました」

「アインハルトさん?」

 

私と同じ左右で色が違う瞳が私を真っ直ぐ射抜く。力強くて何かが燃えている、そんな瞳。

何かを決心したかのようなアインハルトさんに私は息を呑む。

 

「当初は貴方抜きで、と思っていましたがやはり私達には貴方が必要。いえリネスには貴方が必要なのでしょう」

 

アインハルトは語ってくれた。

そうして私は差し出された手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 




これでENDまでの道筋は出来上がりました。


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罪悪感

 

 

 

 

 

オリヴィエが魔道事故にあった。

ある日俺が戦争から帰ってきて最初に聞かされたのはそんな耳を疑う言葉だった。

 

怪我の状態は酷く助かるかどうかも分からない。眩暈がした。

一体何故?どうして?

国内は安全ではなかったのか?どうしてオリヴィエが?

様々な疑問が浮かんでは消えてを繰り返す。それでも訳が分からなかった。少し頭が冷えたところで疑問は全て怒りへと変わった。

何故オリヴィエがそんな目に合わなければいけないのか。何かをした訳でもなく純粋無垢な可愛らしい少女が一体何をしたというのか。

しかしここで俺が怒りに身を任せた所でオリヴィエの容態が良くなるわけでもない。それにそんな事をしたところでオリヴィエが喜ぶはずが無い。ただ俺は痛々しいオリヴィエの姿を見ているしか出来なかった。

 

結局オリヴィエは助かった。

 

両腕と女性としての生殖機能を犠牲にして。

 

 

これは警告だ。最近俺は大臣の命令をぞんざいに扱っていた。やれあそこに行けやらどこどこに行ってこいだとか、正直ウザかったのもあるのだが何より妹との時間が減るのはどうしても容認出来なかった。それがどうにも気に入らなかったのだろう。奴らは俺を自分達の都合のいい兵器だと思っている。

もしオリヴィエが生まれなければ完全に命令を聞くだけの忠実な兵器になっていただろう。だがオリヴィエは、俺の妹は生まれてきた。そこで近く俺は俺という自我を手に入れたんだと思う。

そんな俺に奴らはこう言っているのだ。

 

「貴様の妹なんて何時でも殺せるのだぞ」と。

 

もはや国内に安全な場所なんてないと言ってよかった。所詮俺はお飾りの聖王、実質国を動かしているのは大臣達で俺に実際の発言力なんてない。何も知らない国民ならいざ知れず、他に俺の言葉に耳を貸す者なんていない。人を殺さないと誓った筈なのに俺はそれを直ぐに破った。何と情けない事か。

それでもオリヴィエの周り、世話係や女中といった人達だけは俺達の味方でいてくれたのは今思えばとても有難かった。

 

 

そんな中でも決してオリヴィエの笑顔が曇る事がなかったのが唯一の救いか。本当に強い子だ。そんな妹の為に何も出来ない自分を強く恥じた。幾ら戦場で常勝無敗、天下無双を誇っていても愛する妹の為に何も出来ないのが悔しくて悔しくて堪らない。

故に俺はオリヴィエの為に義手の制作を依頼した。依頼したのは今の時代で最も優れた技術を持っていると言われているエレミアの一族。

 

 

そしてやってきたのがヴェルフリッドだった。

 

 

今思えばあの出会いがあったからこそオリヴィエはあそこまで強く、そして何より聖王家として誇り高く最後まで生きる事が出来たのだと思う。

それは俺にはないもので羨ましいとは思わないが余程俺なんかよりも聖王に向いていたのは間違いない。

 

側付きとして、何より友としてオリヴィエを支えてくれたヴェルフリッド。

 

「ヴェルフリッド」

「なんだい?」

「オリヴィエの為に……死んでくれ」

 

困ったような顔をして、それでも力強く頷いてくれた。あぁ本当にいい友を持ったんだなオリヴィエ。

 

でもそんなヴェルフリッドを殺したのは俺だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中で女の子を拾った。

いや大丈夫だ。文面的に色々と問題がありそうだが大丈夫だ。安心して欲しい、俺も何を言ってるのかよく分かっていない。

 

「ほんまおおきになぁ、助かったわ」

「まぁ……うん。とりあえず良かった」

 

このほんわかしているフードを被った女の子。何でもミッドチルダで散歩に出て気が付いたら此処にいたらしい。まずどうやったらミッドチルダからこの無人世界に、とか色々ツッコミ所はあるのだが今は置いておく。

何でも空腹でぶっ倒れていた所に丁度俺がやってきて、今俺が手持ちに持っていたお弁当を女の子にあげて今に至る。

 

ぶっちゃけるとコイツは間違いない。

エレミアだ。

記憶までは継承されていないみたいだが俺には分かる。俺の感性が目の前の女の子はあのヴェルフリッドと同じエレミアなのだと告げている。証拠もなければ確証もない、しかし何故だか俺はエレミアなのだと確信している。

 

だからこそ俺は目の前の女の子を見る度に胸が締め付けられるような気持ちになる。これがなんなのか、そんなものは分かりきっていて。決して恋だとかそういう甘酸っぱいものなんかじゃなくて。

きっとこれは罪悪感だ。

じっと女の子を見詰める俺に気が付いたのか此方を見上げて少し恥ずかしそうに視線を外される。

それがただ羞恥からくる仕草だと分かっているのに責められているような気がしてまた軋む。まだ思いっきり罵倒され罰を与えられれば幾分かマシになるのかもしれない。

けれど目の前の女の子はエレミアであってもヴェルフリッドではない。罪を覚えているのは俺だけで勝手に女の子を通じてヴェルフリッドを見て自爆しているのは自分だ。

 

彼女は俺を責めるのだろうか。

 

いや分かっている。ただ俺は楽になりたいだけだ。自分の罪を忘れた事だなんて1度もない。けれどもそれを俺は身勝手にも許して欲しいだなんて思っている。許されるはずなんてないのに。

それこそ罵られ批難されても何も言えないぐらいのことを自分はやったのだから。

 

あぁ。

俺はきっと……

 

「どないしたん?」

「いや、なんでもない。俺はリネス・ハラオウンだ」

「私はジークリンデ・エレミアや。よろしゅうな」

 

 

俺はきっと友の事を忘れられないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ハルにゃんやん!」

「あれ?何で此処にエレミアが?」

「なんだお前ら知り合いだったのか」

 

なんで、とか言いつつハイタッチをする2人に苦笑いをする。俺が森に入ってここに戻ってくる間に大人達のトレーニング、子供達の水場遊びという名のトレーニングは終わっていたらしい。

とりあえずコイツ拾いました。と報告だけするとじゃあ一緒に合宿やりましょうか。という予定調和になった。まぁなのはさんならそういうと思ってた。

俺も肉を焼こうかなぁと思った時にすっと横にいたアインハルトが串に刺さった肉を差し出してきた。

 

「おぉ、さんきゅー」

「いえ。そろそろ戻ってくる頃かと思いまして用意しておきました」

「お前普通にしてたら優秀なんにな。んで」

「んー?」

 

にこりと笑顔を向けてそう言うアインハルト。まるで何処かのお嬢様のような振る舞いにそういえば忘れがちだがアインハルトもれっきとしたお嬢様なのだと思い出した。そんなアインハルトのギャップから逃げるように視線を動かすとリスがいた。

いや正確には肉を頬に溜め込んだエレミアだが。どんだけ食い意地張ってんだよ。

 

「も、もしかしてエレミアってあのジークリンデ・エレミア選手じゃないですか!?」

「ん?エレミアって有名人なのか?」

「そうなん?私はよう分からんけど」

「有名人も何も一昨年も昨年も世界戦の優勝者、チャンピオンですよ!次元世界のチャンピオンですよ!超有名人です!」

 

捲し立てるようにリオとコロナがそう言った。サイン下さい!と押し掛ける2人に流石のエレミアも困った顔をしている。サインを貰って満足したのかホクホク顔で席に戻る2人。ちゃっかり此処にいないヴィヴィオの分も確保してるあたりヴィヴィオは愛されているのだろう。対照的にエレミアは何だか照れくさそうだ。

 

「へー。お前、凄いんだな」

「そんな事ないんよ。それこそリネス、君と比べたらね」

「買い被りだ」

「エレミアが本気を出しても勝てなかったのはリネス、正確にはその御先祖様やねんけどな。君だけなんよ」

「お前……」

 

コイツ、俺の前世を知っているのか?

さっきまでの抜け切った雰囲気とは全く違う。今のエレミアは正しく戦う者の顔をしている。

 

「何となく分かる。私じゃリネスには勝てへんわ。けどその内絶対に勝たせて貰うで」

 

 

遠くの方で何かが揺れた気がした。

 

 

 



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いつも間に合わない

9

 

 

 

俺はいつも遅い。

大切なものに気が付くのも、誰かを助けるために動き出すのも何もかも。俺はいつも間に合わない。

手が届かないのがまるでお前の運命なのだと嘲笑うかのように俺がその手で掴もうとするものを全てに俺は手が届かない。

 

 

俺は聖王だ。1つの国を納める最高責任者、民を導き守る者。所詮はお飾りの聖王だが民達は何かと俺を気に掛けてくれていたと思う。何せ俺と妹が城下町を歩いていると目線が何やら微笑ましいものを見るような目で見てくるのだから。

彼らは俺達を何かと気遣ってくれていた。正直感謝していた。味方が少ない俺と妹にとって民がそのように接してくれるのは数少ない心の支えでもあった。その構図は聖王家の腐った野郎どもの思惑通りだっただろう。それでも何気ない言葉や気遣いというのは心地良いものであった。

だから俺はそれに報いた。この力が誰かの、オリヴィエ以外の役にもたてれるのならと。

 

だが結局俺は国を捨てた。

全ては妹、オリヴィエの為に。

 

俺の力は自惚れでも何でもなくベルカで最強だった。俺を止めれるヤツなんていない。常勝無敗の天下無双。

俺が天下を統一するのは時間の問題。

だがそれがいけなかった。だからこそ彼らはその引き金を引く事が出来た。

ロストロギアの引き金を。

 

禁忌の兵器。

それは生物兵器であったり無差別殺人兵器であったり様々だ。技術や仕組みなんてものは完全なブラックボックスでそんなものを誰もが制御出来るはずもない。それでも国の王達にはプライドがあった。やられるのならお前も道連れだと、次々と引かれる禁忌の引き金。

戦場はもはや混沌と化しベルカの大地は腐敗し荒れ果てた。もはや緑も水も何もかも枯れ果て腐った大地。

 

俺はロストロギアの脅威を食い止める為に駆け回った。気に食わない大臣からの命令でもあったがこの美しい我が国が朽ち果てさせる訳にはいかない。此処には家族が、妹が、その妹が愛した民がいるのだから。しかしいくら俺の力が絶対的であっても俺だって人間だ。疲労も溜まるし魔力にも限界がある。遅かれ早かれ破綻するのは目に見えていた。それでも俺は足掻き続けた、俺には守るべきものがある。所詮それしか能がないのが俺だ、喜んで平和の礎になろう。

限界まで身を削り僅かな休息を経てすぐに国を出る。妹は辞めてくれと懇願するが俺は止まらなかった。

俺は俺にしか出来ない事をやる。やっとの思いで何個かのロストロギアを食い止めた時魔力が枯渇し意識が朦朧とする中、気が付けば俺は見た事のある魔導師達に囲まれた。

 

俺の国の魔導師だった。

なんて酷い奴らだ。使い潰すだけ使い潰して俺を斬り捨てるのか。あのクソハゲ大臣、私兵の全部こっちに仕向けやがったな。数は実に数千といったところか。

正直立っているのもギリギリだ。

それでも俺は止まれないしまだ死ねない。だってそれじゃオリヴィエが悲しむから。せめて、せめてオリヴィエが生きていけるようにロストロギアだけでも滅ぼさなければ死んでも死にきれない。

既に感覚が無くなりつつある右手で片方の刃が欠けた己の得物であるダブルセイバーを構える。魔力はすっからかんで剣はもう使えて後数回、鎧も何度発動出来るか分からない。

 

やれるか?

いややるしかない。

 

踏み込もうとした時、突然周りの魔導師達は吹き飛んだ。俺を囲うように現れたのは見知った奴ら。

俺のピンチに駆け付けてくれたのがクラウスにヴェルフリット、雷帝だった。俺が唯一友だと認めた者達。

俺は聞いた。なぜ来たのだと。

彼らは答えた。友のピンチに駆け付けるのに理由なんて必要ないだろうと。

 

バカだろうお前ら。

お前にだけは言われたくないな。

 

代表するようにクラウスがそう答えた。そうだ、コイツらはそういやこんなどうしようもない馬鹿共だった。これなら何とかやれそうだ。

 

オリヴィエが〝ゆりかご〟に乗ろうとしている。だから僕達は君を迎えに来た。

なんだって?

 

馬鹿正直なクラウスが嘘を言う筈がない。

確かにゆりかごは強力な兵器だ。このロストロギアで荒れ果てたベルカの大地を取り戻せるかも知れない。だがゆりかごには致命的な欠点がある。

1つ目は聖王たる人物が玉座に座りコアとならなければ動かない事。

2つ目はコアとなった者の寿命を大きく削る事だ。

 

止めなければならない。

だが幾らクラウス達がいたとしてもこのままでは間に合わない。負けはしないだろう。だがこの数千の兵は俺達の足止めをするには充分過ぎた。それに何人か達人級のもいる、単体でクラウス達に迫る実力があるそいつらが俺達をまんまと通すとは考え辛い。

俺が万全の状態なら何とかなっただろう。しかし俺は既に満身創痍、足でまといもいい所だ。

 

どうする?

何か方法はないのか。

 

焦る俺にヴェルフリットは言った。

自分が此処に残り足止めをするから皆はオリヴィエの元に行ってくれと。とっておきがあるだと微笑む彼女。その顔を見なくとも察してしまう。彼女は此処を死地にするつもりだ。

だから俺は言った。

 

「ヴェルフリット」

「なんだい?」

「オリヴィエの為に.......死んでくれ」

 

当然のように友の命よりオリヴィエの命を選んだ自分が憎い。そして何より嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィヴィオがいない。それ自体は問題ない。だが何故皆がここに居るのにヴィヴィオだけいないのか。

いつもなら直ぐに違和感に気が付くのにこの時ばかりは気が抜けていたのか、それともエレミアと出会って心が罪悪感で満たされていたからか気が付かなかったのか。

 

「なのはさん.......」

「.......ごめん私行くね」

「待ってください。気持ちは分かります、けどなのはさんがそんなんじゃコロネ達が心配します。それにその状態で行って冷静な判断が出来るとは思えないです」

 

ギュッと拳を強く握り締め今にも走り出しそうななのはさんを引き止める。

今の感覚は間違いない。森の方で一瞬ヴィヴィオの魔力と他の魔力が膨れ上がったのを感じた。一瞬だった、だからこそ気が付けたのは数人。フェイト母さんを見れば頷き自然にリオ達と接している。

もう一度なのはさんを見ればその顔は少し青く胸のレイジングハートを強く握り締めている。

痛い程分かる。今すぐにでも走っていきたいのだろう。俺だってそうだ。

 

「俺が行きます」

「ごめんね、任せたよ」

 

自分が行きたい。そういう顔をしている。

俺が反対の立場ならとても我慢出来ていないと思う。やはりなのはさんは強い。

俺が行った方が確実で自分が冷静でない自覚もあるのだろう。局員として母親として。色々な気持ちがある中でこうして我慢が出来る事は凄いことだ。

 

「危なくなったら直ぐに帰ってきて」

「言われなくとも。必ず連れて帰る」

 

フェイト母さんからの念話。

ああ、分かっているさ。きっと俺はなのはさんと同じで冷静じゃない。けどなのはさんのように強くない俺はきっとこの場でじっとしていればどうにかなってしまうかも知れない。それをなのはさんとフェイト母さんは分かっているのだろう。

だからこそリスクを犯して心を殺して俺にその役目を譲ってくれ心配する気持ちを押し留めて背中を押してくれる。きっと俺は2人には一生頭が上がらない。

 

 

想いは託された。

だからこそ今回は間に合わせてみせる。

 

そして俺は森へと飛び出した。魔力を足へ回し身体強化、枝から枝へと高速で飛び移る。

森に入って直ぐに大きな魔力の痕跡を察知した。くそ、嫌な予感しかしないぞ。

暫くして辿り着いた場所は木々は倒れ地面にはクレーターが出来ておりただ事出ない事が一瞬で理解出来た。

 

 

 

今俺はいつも以上に冴えている。だからこそその場に潜んでいた何十人という敵からの魔力弾から砲撃を全て一太刀で消し飛ばした。

余波で更に木々がなぎ倒されるが知った事じゃない。不気味な全身フードの魔導師達は俺を取り囲むように現れるが追撃はない。

無駄がない動きに統率が取れた連携、今の攻撃も何一つお互いの攻撃を阻害していなかった。それだけでこの魔導師達が異常なのが分かる。

30人が同時に攻撃してお互いの邪魔をしなかった。1点を狙い済ました攻撃でそれが出来るのは局員として訓練をしている魔導師でも難しい。力技で対処したが今のは肝が冷えたぞ。

 

「ヴィヴィオは何処にやった」

「聖王は筆頭が運んだ。戻るがいい、筆頭はお前の事を待っている」

「俺を待っている?お前らの狙いはヴィヴィオじゃなくて俺なのか?」

「これ以上の問答は無用。早く戻るがいい」

 

一斉にデバイスを向けられる。

過激派だと言うのはもう既に分かっている事だが、だからこそ謎だ。何故聖王を手に入れたのに俺を待っている?奴らは俺の存在を知らないはず。何処かに存在する事は知っていても俺があの聖王だということは過激派には伝わっていない。バレたのか?

いや考えていても仕方がない。

にしても背を向けても奴らが攻撃してこないとなるといよいよ読めない。本当に俺が目的なのか?

 

ならば俺を此処に誘き出す事こそが奴らの狙い?

 

「くそっ!?ふざけんなよ!」

 

まんまと罠に掛かったのか俺は。

理解するのと同時に違和感を覚える。ヴィヴィオをだしにして俺を誘き出したのは何故だ。普通ならなのはさんや局員が来ると考えるはず。

俺の正体がバレているのならあの場で叩かれていただろう。ならば何故。

そもそもなのはさんじゃなく俺が駆け付けるのを予測出来る奴なんて極一部の限られた人で。

 

「.......てめぇ」

「遅かったじゃないか親友。お前の大好きな妹は此処にいるぞ」

「お、お兄ちゃんっ!?」

 

そこに居たのは地に倒れるなのはさん達とヴィヴィオを捕らえていたクソ野郎(親友)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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最高傑作の聖王

こんな作品でも待って下さる方がいらっしゃるようなので、今書いてある分だけ出しておきます。


10

 

 

 

 

俺がご先祖さまの血に目覚めたのはずっと前で、きっかけは妹が虐められていたのに割って入った時だ。

ただ無我夢中で割って入った俺は心底ウザそうに俺を見下しながら拳を振り上げるイジメっ子を何処か他人事の様に見ていた。

 

だっておかしいかも知れないがそれが何の脅威にも思えなかったから。

 

拳の軌道が未来予知をしているかのように分かった。

次々と俺に降り掛かってくる拳や足を俺は自分でも驚くくらいに、冷静に全てを避けていた。

そんな異常に妹を虐めていた奴らは逃げ腰になるのは当然で。

俺が近付けば顔を歪めるほどビビっていて 、これじゃどっちが虐めているのかも分かったもんじゃない。

 

とん、と軽く押してやれば尻もちを付いて倒れるイジメっ子達は泣き喚きたいながら逃げて行く。

その時の後ろで俺を怯えたような目で見る妹の姿は今でも忘れられない。

 

その日から俺はベルカの血に取り憑かれたんだ。

 

 

 

強くなれ、強くなれ。

戦え、戦え。

 

夢を見た。

何処かの戦場で人を殺す夢だ。

毎日が訓練や殺し合い、そんな殺伐とした夢。

 

でも不思議と怖いとは思わなかった。

寧ろそれが当たり前で自然だと思うほどであった。

自分でも自分がおかしくなっていっているという自覚はあった。

でもどうしようもなかった。

人を簡単に殺す技術を思い出した、身体の動かし方や構造を理解して敵がどう動くのかが分かるようになった。

 

沸き上がる何かを必死に押さえ付けて、人とはなるべく戦わず自己鍛錬だけでどうにかクールダウンする日々。

それで済んでいたのも自分が勝てそうにない人を見てこなかったからだと思う。

身体が疼くのでそういう関連の映像は見ないようにしていたが、それでも目に入る時は入ってくる。

 

局員を見た。

弱いと思った。

 

映像越しにエースやストライカーを見た。

苦戦はするだろうがそれでも負けるとは思えなかった。

 

 

 

体格の問題さえ解決すれば負けるとは思えなかった。

だからこそ俺は呑まれる一歩手前でずっと耐え忍んでいた。

 

 

そして俺が決定的に変わったのはあの時から。

 

 

 

st.ヒルデ魔法学院初等科に入って暫くした頃。

俺は運命に出会った。

まるで熱に魘されているかのように激しく脈打つ心臓。

人目でわかった、肌で感じた。

 

俺よりも強いヤツがいる。

 

理屈なんて分からなくて、ただ何となく漠然とコイツは俺よりも強いってのが分かった。

こんな事は初めてで、気が付けば俺は一瞬で距離を詰めていた。

点と点を結んだかのように、縮地と呼ばれる技術による高速移動。

完全なバックアタック、更にそこらの加速魔法なんて目でない程の加速。

捩じ込むように練り上げた拳を突き出す。

 

殺った、そう思った。

手応えもあったし完全な不意打ちでこれに対処出来るのはそれこそ過去最強の聖王ぐらいではないだろうか。

 

運動エネルギーを凝縮し一点に纏められたこの拳は下手をすれば校舎を跡形も消し去る程の威力がある。

そしてその拳が突き刺さろうとした瞬間、

ガクン、と身体が沈んだ。

纏め上げられていたエネルギーは霧散し、薄れゆく意識の中俺は何が起こったのかも分からず顔を上げ、拳を叩き込もうとしたソイツを見上げる。

 

印象的だったのは「やっべ、やっちまった」とでも言いたげな顔をしていたソイツ顔。

 

でも俺はしっかりと見ていた。

うっかり、何かをやらかしたのは本当だろう。

でも俺は見ていた。

ソイツから僅かに漏れていた魔力がカイゼル・ファルべ、虹色だって言うことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前がやったのか.......」

「そうさ。と言っても魔力ダメージで皆寝てるだけだよ。本当ならちゃんと戦いたかったんだけど本命の前にベストのコンディションを維持したいものだろう?だから話し合いの結果こうなったわけだ」

「てめぇがこんなクソ野郎だとは思わなかったぞ」

「そう言わないで欲しいなぁ。局員以外はちょーっと別の場所に移動してもらったと言うのにさ」

 

話し合い?

どうせヴィヴィオを盾にして命を助けて欲しくばじっとしてろとか言って吹き飛ばしたんだろう。そうでなければなのはさんやフェイト母さん達がそう簡単に負けるはずがない。

移動してもらった?

人質を2つに分けて念入りに保険を掛けただけだろう。ニタニタといつもと変わらない笑みを浮かべるクソ野郎は心底嬉しそうに笑う。

 

俺はいつも遅い。

そうだ、前も間に合わなかった。そして今も間に合ったとは言い難い状況。母さん達は倒れていてヴィヴィオを見れば目尻に涙を溜めて目を赤くしている。

あの滅多に泣かないヴィヴィオが。

頭に血が上る。殺せ殺せと本能が叫んでいる。人を殺すのは簡単だ。今の時代デバイスにセーフティが掛かっており魔法は全て非殺傷となる。ただでさえ殆どの人が魔法を使える世界なのだから当たり前だと言える。

そうでなければ子供の喧嘩でさえ殺し合いになるだろうし誰しもが懐に凶器を隠し持った状態になり疑心暗鬼になる。

だから非殺傷設定というのは今の魔法文明の命綱だ。

 

 

 

「アインハルトはまだまだだがエレミアは良かったよ。まぁ真髄を発動されちゃ心底面倒だから一気に意識を刈り取ったんだけどね」

「お前.......」

「驚いたか?俺、結構強いんだよ」

 

実力を隠していたのは知っていた。だが此処までだなんて思わなかった。

やはり最初に感じたあの殺気は気の所為ではなかったということか。

 

「.......何が目的だ」

「それを言う前に1つ話を聞いて欲しいんだ親友」

「この場に及んで仲良く談笑か?冗談は顔だけにしろよ。それ以上ふざけると俺はもう我慢が出来ないかも知れない」

 

 

傍らにいるヴィヴィオは未だに目尻に涙を溜めていて、遠目に見てわかるぐらいにボロボロだ。

デバイスを持つ手に力が入る。

不安そうな顔が、自分のせいだと自分を責めているような顔が。

そんな悲しい顔をさせているだろう俺に、そしてクソ野郎がただただ許せない。

 

 

「至って真剣さ。俺はお前に出会って変わっちまった、抑えてたもん全部溢れちまって今じゃ同じもん抱えた奴らの中でも1番になった」

 

遠くを見るように語る。

 

「戦って戦って。それでも満たされない。だからさ、いい加減に我慢出来なくなっちまった」

 

クソ野郎は俺を見る。

 

「殺ろうぜ親友。心ゆくまでさぁ!」

 

 

目の前にクソ野郎が一瞬で現れ、拳を振りかぶっていた。

それをデバイスでガードしようとして、思いとどまり身体を大きく逸らし回避する。

空気を切り裂く音すらも置き去りにして通過した拳は衝撃波を生み出し、俺の背後にある森を大きく抉る。

 

「これを躱すかっ!やはりお前は最高だ!」

「くっ!?」

 

命を軽く吹き飛ばすであろう拳の暴風が襲い掛かる。

反撃しようにもこのデバイスでは奴の攻撃は受けきれない、きっと一撃でお陀仏になるだろう。

使えるデバイスはある。

でも、

 

今にも泣き崩れて消えてしまいそうな顔で俺を見るヴィヴィオ。

 

「いつまで行儀のいい戦い方してんだよっ!見せてみろよ、お前の本当の力ってやつをさぁ!」

 

駄目だ、出来ない。

当たれば人の命なんて簡単に刈り取るであろう攻撃を辛うじて躱していく。

この今使っているデバイスは俺の魔力性質を隠す意味合いも持っている。

今は蒼色の魔力光だと誤魔化せているものが剥がされれば.......

 

(駄目だ、ヴィヴィオにだけは知られちまったら.......)

 

ずっと隠し通さなければならない。

じゃないと賢いヴィヴィオは気付いてしまう。

そうなってしまえばきっともう今までのような関係じゃいられなくなってしまうから。

 

 

でも現状魔力を使わず奴を倒す方法なんてものはないのも事実。

 

(俺は.......俺は.......)

 

「.......いいぜぇ、お前がその気なら俺にも考えがある!」

 

突如膨れ上がった闘気に俺は吹き飛ばされる。

そしておもむろに奴は後ろを向いて

 

「っ!?やめろぉぉぉ!」

 

奴が腕を振り抜いた。

それだけで空間が振動し空気がうねりを上げる。

地面を抉り突き進んでいくのはソレは真っ直ぐヴィヴィオに向かっていて。

 

無我夢中だった。

何よりも大切で、たった一人の家族で。

俺にとっては彼女は全てで、何よりも愛していて。

 

溢れんばかりの力が沸いてくる。

久しい感覚だった。

迸るように湧き上がってくる魔力が俺を通じて輝いている。

まるで流星のように、七色に光り輝くそれは王の証。

如何なる攻撃をも通さない王者の鎧。

 

そんな有り得ない光景にヴィヴィオは唖然となった。

 

 

「そうだよ、それでこそだよ!聖王なんだからさぁ、それを締まってちゃ話になんねぇよなぁ!」

 

カイゼル・ファルべ。

それは七色に輝く虹色の魔力光。

そしてそれを纏う者は遥か昔に滅んで消えたはずの王。

民を見捨て、友を切り捨て、ただ1人の愛した家族の為に生命を燃やした愚王。

今も迸る七色の魔力光はまるで鎧のようにヴィヴィオを、そして己の主を守るように輝いている。

 

「.......分かった。そこまで言うならば見せてやる。聖王の剣をっ!」

 

 

 

虹色の剣閃が幾つも瞬いた。

 

 

 

 

 




念の為言っておくと、聖王の剣は武器でもデバイスでもありません。
エクス○リバーでもありません。


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