全ての未知は書物に通ず (山石 悠)
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ヨハンという男


45層グーテンベルク【大図書館・三階】


 

 館内は薄暗く、整然と並んだ本棚の奥は闇に包まれていた。

 利用者に与えられたランタンのみが光源であり、蔵書が日に焼けないように気を使われている。一階のエントランス以外、この図書館に窓は存在しない。

 

「……ここか」

 

 本の探し主──ヨハン──は本棚から本を引き抜いた。『怪物と財宝』とアインクラッドの言葉で書かれた書名を確認し、その場で中を検める。

 

 SAOというゲームは、そのファンタジー的な設定の数々が細かく説明されることはない。

 種々の情報はNPCやゲーム内にある資料のデータから類推的に知ることしかできないのが現実だ。しかし、その情報の入手難度に対応するように、ゲーム内で非常に有用であるといえる様々なデータは資料によって入手が可能となる。エネミーの弱点やアイテムの生成方法等、攻略に関する情報は有用な例と言えるだろう。

 

「当たりだな」

 

 ヨハンは目的の内容が書かれていそうなことを確認して本を閉じる。

 本を持ったまま、誰もいない閲覧席の方に移動する。閲覧席には既に十冊程の本がうず高く積まれており、それらは全てヨハンの調べ物について書かれた本だ。ほとんどの利用者は一階と二階しか利用しないため、ヨハン以外の人間がこの三階を訪れることはない。

 

 ランタンを傍に置き、先ほど取りに行った本を開く。

 静かな紙をめくる音を聞き、ヨハンの意識は数百もの紙に綴られた文字列へと向けられる。彼の保有している《読書》スキルが機能し、アインクラッド独自の言語であるそれらは、ヨハンの知る日本語としてその目に映った。

 

 

 

 

 


45層グーテンベルク【大図書館・一階】


 

「コッチコッチ」

 

 大図書館の一階、エントランスホールには少なくない人が訪れていた。

 SAOというゲームの中にいても、本や知識というのは貴重である。毎日、ある一定の人数はこの図書館を娯楽や調べ物のために訪れていた。45層が解放されてかなりの時間が経ったこともあり、ほとんどは顔なじみである。

 

 ヨハンは、自分のことを呼ぶ人物──アルゴ──を見つけると、そちらの方に歩み寄った。

 

「調べ物、終わったんだロ?」

「ああ」

 

 ヨハンはメニューを開き、データを送信する。知った仲ではあるものの、契約関係である以上は一方的な情報の持ち逃げ等は可能性として存在しうる。そのため、実際の情報や報酬のやり取りに関しては、会って行うのが二人の慣例となっていた。

 

「情報だけど、これでいいか?」

「大丈夫ダ、ありがとナ」

 

 アルゴがそれを確認すると、すぐさまヨハンに依頼料が振り込まれる。定額ぴったりである。

 

「それにしても、大した速読だヨ」

「《読書》スキルがカンストすれば、このくらい誰でも読めるようになる」

「でも、あのスキルって全文ひらがなから始まって、少しずつ普通の文章になるだけなんだロ? 普通そこまでの気力は湧かないし、そもそも読むスピードは本人依存じゃないカ」

「それは、まあ」

 

 《読書》スキルはゲーム内に存在する、本オブジェクトに対して機能するスキルである。

 スキルを取得していないと、アインクラッド独自の言語という体の、かなりアレンジの加わった仮名文字を読むことになってしまう。スキルを取得すれば、全文ひらがなから漢字交じりの文章に変化し、カンストすれば辞書機能が付いた翻訳機と化す。

 そもそも、ゲーム内の基本的なメニューやメッセージは通常通りに読むことが可能であるため、わざわざダンジョンや街で取得した本を読まない限りは必要なスキルではない。

 

「今回の調べ物は、なかなか面白かったな。知ってるか? 雪山にいる龍が持つ煌めく結晶の話とか」

「それはまた今度ナ。ヨハ坊、話し出すと止まらないカラ」

「そんなに長話をした覚えはないんだけど……」

「させてないからナ」

 

 アルゴは僅かに笑みを浮かべる。

 普段は人と会話をする機会が多くないヨハンにとって、アルゴと言葉を交わすこの時間はとても貴重な時間だった。

 

「そういえば、攻略の方はいいのカ?」

「確か、そろそろだっけ?」

「参加するんだロ?」

「もちろん」

 

 ヨハンは前線攻略をする、いわゆる攻略組と呼ばれる者達の一人である。

 腰に差している短剣《ライブラリライト》はペーパーナイフを模しており、司書然とした眼鏡と深い緑のゴシック調のスーツ姿をしたヨハンにマッチしている。

 

「相変わらず、攻略組っぽくないナ」

「攻略組の前に読書家だからな」

「ハイハイ、《司書長》様は流石だネ」

 

 アルゴは呆れたように大げさに首を振った。ヨハンの読書好きは今に始まった話ではない。

 

「それデ? ボスの情報は集まってるノ?」

「もちろん。既に収集済みだし、共有も終わってる」

「流石だネ」

「まあ、専門だしね」

 

 ヨハンは攻略組の中でも特別強いわけではない。むしろステータス的には攻略組でも下位に部類され、ボス攻略をするには少し心もとない値だ。

 しかし、ヨハンにはその問題を補って余りある知識がある。

 

 このゲームが始まった当初は、βテスターのまとめたデータが非常に有用だったと言われている。だが、攻略が進みβテストですら確認されていない階層になった時点で、それはなくなっていった。

 また、大図書館にはアインクラッドの全てと言ってもいい程の情報が蓄えられている。それはもちろんボスに関する情報も例外ではない。エネミーの弱点、アイテムの効果的な使用方法、まだ知らないギミック。それらの知識は、この世界を生きるのに必要な技術である。

 

 ヨハンはアインクラッドにある書物をひたすら読み続け、その膨大な知識を蓄えている。ゲームを攻略本片手に勧めるように、ヨハンの知識は見えないステータスとして彼を生かしていた。

 

「じゃあ、また攻略終わったらこもりっぱなしだネ」

「毎度悪いね」

「いやいや、いいヨ。その情報を売ってくれればサ」

「現金な奴め」

 

 ヨハンは笑う。

 彼が最前線で戦い続ける理由は、ただ一つしかない。それは、アインクラッドにいる間にしかできない、ヨハンにしかできないであろう壮大な目標。

 

「まあ新しい本が、俺を待ってるからね」

 

 最新層に存在する、まだ誰も読んでいない本を読むため。

 このデスゲームの中でヨハンが命を懸けてまで戦いを挑むには、充分すぎる理由だった。

 

「頑張りナ、応援してるヨ」

「ありがとう、アルゴ」

 

 SAOことソードアートオンラインは、鋼鉄の城アインクラッドを舞台としたVRMMOだ。現在は制作者である茅場晶彦の策略によってデスゲームと化しており、プレイヤーはこのゲームのクリアをするまで現実に戻ることはできない。

 人々はゲーム攻略という非日常に少しずつ適応し、デスゲームという環境を日常として生きている。もちろん、ヨハンも例外ではない。

 

 本を読み文字を綴る彼は、間違いなく──

 

「じゃあ、そろそろ続きを読みに行くよ」

「ハイハイ、行っておいデ」

 

 ──《本の虫(ビブリオマニア)》としての日常を、謳歌している。




アインクラッドの本を全部読むだけの物語。

大図書館の設定とかは、公式になかったのでテキトーに作りました。
実はあるよ、みたいなのがあったら補足いただけますと幸いです。


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