BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - (津梨つな)
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【大和麻弥・青葉モカ】不思議と眼鏡と唐変木
2019/09/02 文化の祭りとSandwiche


だらだらぐだぐだするものが書けたらと。
筆休みのような作品を目指します。


 

 

 

「ねーねー。早く次のひとくち食べさせてよー。」

 

「まぁ待て青葉、まず口の中無くせ。」

 

「いつ見ても凄い食欲っすねぇ…。」

 

「…そういうお前は俺の手を塞ぐのをやめろ。」

 

 

 

昼休み。ここは、多くの生徒が休み時間に利用する羽丘学園高等部の中庭。

木陰に座った俺は、両側をそれぞれ一人ずつの女子生徒に詰められて、およそ昼食時とは思えない激務に追われている。

一夫多妻だの少数精鋭ハーレム(笑)だの、同級の男に揶揄われる事もすっかり慣れたが、ここ数年で共学化された影響か男子が少ないんだ。…仕方ないだろ。

 

 

 

「ねーねーせんぱーい。…あーーーん。」

 

「…悪い、俺の片手はすっかり汚されてしまってな。千切ってやれそうにないから、そのまま食ってくれないか。」

 

 

 

左側で雛鳥のように口を開け、次の一欠(エサ)を待っているこの後輩は青葉モカ。

名前は片仮名だが日本人だ。…多分。

特徴と言っては何だが、とにかく食欲がすごい。言われるがままに餌を与え続けると、永遠にごちそうさまを聞けないまま寿命が来てしまいそうなほどだ。

今も待ちきれないためか、ロールパンを持った俺の左手を持って食事に勤しんでいる。…いや、そうするなら自分で持って食えよ。

 

 

 

「食欲もそうっすけど、相変わらずべったりですなぁ。」

 

「なあ麻弥。…俺もこのあと授業受けるわけだけど…それ続ける?」

 

「えぇー。だって、お手伝いしてくれるって言ったじゃないっすかー。」

 

 

 

右側で俺の右手にベタベタとマニキュアを塗りたくっているのは、クラスメイトの大和麻弥。

最近気付いたんだが、上から読んでも下から読んでも「やまとまや」になるんだ。すごくね。親酔っ払って名付けたんかな。…そんなアイドルがいたような…。

あ、アイドルで思い出したんだが、こいつこんな調子で現役のアイドルらしい。正式に言うとアイドルバンド…しかもドラム担当だ。

人は見掛けに拠らないとはよく言ったもんだよなぁ。

そんな彼女が俺の右手を前衛的アートに仕上げている理由は、『足りない女子力を高める一環としてネイルアートを習得する』為らしい。

 

 

 

「…自分のでやれよ。」

 

「えっ?何か言ったっすか?」

 

「…別に。」

 

「フヘヘヘ、じゃあ大人しくしてて欲しいっす。」

 

 

 

二人とも何がきっかけで連むようになったかまるで覚えちゃいないが、気づけば学園生活の殆どをこの二人と過ごしている気がする。

こいつらも、何が楽しくて俺なんかと一緒にいるのかわかんないけど…。

 

 

 

「せんぱーい。…なくなっちゃったよー。」

 

「指を舐めるんじゃない。…これで買った分全部だろ?まだ食い足りないのか?」

 

「うーん……………………腹二分?」

 

「ダストシュートみたいだなお前。」

 

 

 

あーあー…左手はべっちょべちょだ。おまけに右手はべったべただしな。

ところで、そろそろ文化祭があるわけだけど、うちのクラスは全く出し物が決まっていない。…ふと気になったので青葉に訊いてみよう。

 

 

 

「お前のクラスってさ。何やんの?」

 

「ぅ?……勉強??」

 

「勉強?変わった出し物だな。」

 

「あー、文化祭のことかぁー。」

 

「なんだと思ったんっすかね。」

 

「さあな、青葉だし。」

 

「…うちのクラスはぁー、メイド喫茶ぁ?をやるみたいなんですよぉー。」

 

「……ベタだな。」

 

「漫画みたいっすねぇ。」

 

 

 

よくありがちなアニメや漫画の文化祭みたいになりそうだな。別にメイド服なんかこれっぽっちも興味はないが。

うちのクラスは去年クソ真面目に展示なぞやっていたらしいが…。本当に参加しなくてよかった。

 

 

 

「○○さん、今年は参加するっすかぁ?」

 

「…うーん、そうだなぁ…。」

 

 

 

よっぽどのことでもなければ時間勿体無いしなぁ。

 

 

 

「何か、心躍るような出し物になるんなら考えるさ。…それか面白そうなイベントでもあるなら。」

 

「…地味に難しいこと言いますよねぇ…。」

 

「あ、じゃーあー。…モカちゃんと一緒に、文化祭散策しませんかぁ??」

 

 

 

これまた漫画かアニメみたいな展開だな。つか、青葉みたいに外見だけはいいやつなら他に喜ぶ奴も居そうなのに。

…そもそも、

 

 

 

「お前、幼馴染連中と回るんじゃないのか?」

 

「んー??……うーん、せんぱいとは2年しか一緒にいられないでしょー?

 3年になったらみんなと回ろっかなーって。」

 

「ふーん…。…彼氏とでも行けよ。」

 

「えー?モカちゃんじゃ不満ですかぁー。」

 

「そ、それじゃジブンが…」

 

「麻弥かぁ……。いつも一緒に居るしなぁ…。」

 

 

 

それじゃあイマイチ特別感?が無いんだよな。……まぁ、まだ当日までは時間もあるからどうでもいいや。

…きっと今年も参加しないんだろうな。

ぶー、と音が聞こえてきそうな顔で睨みつけてくる二人を見ながら、漠然とそんなことを考えた。

 

 

 




またしても新シリーズです。
書きにくい二人。




<今回の設定>

○○:高校2年生。無気力だが面倒見はいい。
   こんなに羨ましい状況なのに、ただただ鬱陶しく思っている。

モカ:かわいい。めっちゃ食う。甘えんぼ。鳴き声は「うなー。」

麻弥:メガネを外すと美人。メガネをかけるとメカニック。
   同級生にも敬語。異性とかにはあまり興味がないよう。
   怒ると怖い。


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2019/09/21 文化の祭りって何だ

 

 

 

「うなー。つーかーれーたー。」

 

「またか。ったく、今日何度目だよ…。」

 

「まぁまぁ、その辺でちょっと休憩でもしたらいいじゃないっスかー。」

 

 

 

いつもと違い無駄に活気溢れる校内を歩く。両サイドには、重りのように引き摺られる後輩と同級生のメガネ。

後輩の方は食べる量に比べて恐ろしく燃費が悪いらしく、少し移動しては鳴きまた移動しては鳴きを繰り返していた。その度に麻弥が休憩できそうなスポットを見つけてきて…って、これじゃあ何のために登校してるんだかわからんな。

そもそも俺が折角の休みの日にこんなところに居る理由。それは、先の文化祭談議の際、何だかんだで一緒に回ると押し切られてしまったところにあった。…まさか二人して俺を拘束してくるとは。

 

 

 

「せーんぱーい。」

 

「……なんだよ。」

 

「もう帰るー?」

 

「もう飽きたのか。」

 

「うなー。そうじゃないけどー、疲れたっていうかー。」

 

「はいはい。麻弥は?お前も飽きたとか抜かすんじゃないよな?」

 

 

 

ベンチに四肢を投げ出し、人の膝を枕代わりにして寛ぐ青葉はもう放っておくとして、隣のクラスメイトはどうだろう。まさか飽きたってことはないだろうけど、コイツはコイツで人や物事に関心ない奴だからなぁ…。

 

 

 

「うえっ!?ジブンっすか?……うーん。元より、これと言って見たいものとかは無かったんですよねぇ。」

 

「……じゃあ、何で来たんだよ。」

 

「それはほら、〇〇さんを公の場に連れ出すという使命の為というか。」

 

「余計なお世話だ。」

 

「うっ……じゃ、じゃあ、〇〇さんと?一緒に居たかった?的な?…フヘヘヘ。」

 

「思い付きで喋ってんじゃねえよ。」

 

「…割と本気なんですけどね…。」

 

 

 

本気でも色々困るわ。クラスメイトに登校日以外の時間会いたいとは思わんだろ、普通。……と、こんな話をしている最中だというのに、膝の上の青葉はフリーダムさをこれでもかと出してくる。

 

 

 

「せーんぱーい。せんぱいの鞄、美味しいものの一つも入ってないんだねー。」

 

「勝手に漁んなこのバカちんが。…そもそも鞄に美味いものが入ってるってどんな状況だよ。」

 

「うなー?」

 

「どれどれ……おぉ、フリ〇クが入ってるじゃないですかぁ!青葉さんこれはどうです?」

 

 

 

青葉にチョップをかましている間に俺の鞄は麻弥の手に。だから何故そう勝手に漁る。

ごそごそとフ〇スクを取り出した麻弥は軽快な動きで2,3粒掌に出し、そのまま青葉の口元へ…と思いきやそのまま突っ込んだ!!

直後まるでバネのように跳ね起きた青葉は、未だかつて見たことが無いほどの素早さでソレを吐き捨てた。まるでタネマシンガンの様だ…。

 

 

 

「なんじゃこりゃー?…お口がすーすーしますなぁー。」

 

 

 

体はそれだけの反射を見せているのに、相変わらず平坦な声で喋るんだなおい。

 

 

 

「つーかここ屋内な。廊下に唾を吐くなお前は。一昔前の不良かよ。」

 

「だってすっごく変な味…あ。」

 

 

 

吐き出した方へとてとてと歩いて行った青葉は、無残にも吐き捨てられている白い粒を拾い上げ…

…俺の口元へ。

 

 

 

「きったねえな。なんだよ。」

 

「せんぱいも食べてみればー?すーすー。」

 

「いやもう色々な意味で汚過ぎだから。」

 

「食べ物を粗末にするのはよくないっすよ?〇〇さん。」

 

「お前が原因だろうが!」

 

「てへぺろっす。」

 

 

 

「てへっ」とお茶目な顔をしつつ「ぺろっ」と舌を出して可愛らしさをアピールするのが本物の「てへぺろ」だとするならば麻弥のそれは…。

 

 

 

「それじゃあただ真顔で舌を見せびらかす奴じゃねえか。もうちょっと何かないのか。」

 

「無いっす。」

 

「じゃあもうどうでもいいや…。」

 

 

 

俺達は一体何をしているんだろうか。文化祭に来たというのに自分のクラスに立ち寄るわけでもなければ催しや展示物を見て回るわけでもない。

少しずつ休憩所を経由しつつこんな感じでダラダラ過ごしているだけだ。こんなことをしていて、何かが起こるとも思えないし…。

 

 

 

「…帰るか。」

 

「うなーっ!賛成ー!」

 

「〇〇さんがそうしたいならそれで…。」

 

 

 

こうして高校2年の文化祭は終了した。

 

 

 

**

 

 

 

で今に至るって訳だ。

あの後特に予定も決まっていなかった俺は、何となくまだ一緒に居たい的なムードを醸し出す女性陣に引っ張られるままショッピングモールをうろついていた。

やはり本物の商業施設ということで売り物もテナントもクォリティが違う。そのためか、二人とも偉く元気だ。

 

 

 

「〇〇さんっ!次はあのお店いきましょーよ!!」

 

「麻弥…テンションたっけぇな…。」

 

「フヘヘヘッ!!学生風情のしょーもない出し物より俄然盛り上がるってもんっす!」

 

「口わっる。」

 

 

 

まぁた悪い部分が出てるぞ。麻弥は普段猫を被っている。…いや、猫を被ってアレなのかっていう声もわかるが、恐らく素の部分をどんどんプッシュしていくともっと孤立してしまうだろうな。…言葉選びが悪すぎるんだあいつは。

俺は別に気にしちゃいないが、そのオタクっぽさと面倒くさそうな雰囲気から麻弥を敬遠する奴は少なくない。まぁ、麻弥本人が然程他人に執着しないのがせめてもの救いか。お陰で何かと俺に付きまとってくるんだが。

 

 

 

「むーっ、むーっ!」

 

「なんだなんだ…引っ張らないで口でちゃんと言え、青葉。」

 

 

 

颯爽と姿を消した麻弥を見送り佇んでいると隣の青葉にこれでもかと袖を引っ張られる。

 

 

 

「せんぱーい。あれ、あれやろー!」

 

「どれ。」

 

「んっ!」

 

 

 

びしっ!と指差す方には人が入れるほどの箱が幾つか……。プリクラか。

玄関近くにアミューズメント施設を置くモールってのも斬新だなぁ。

 

 

 

「プリクラ…撮りたいのか?」

 

「うなー。」

 

「よし、百円あげるから行ってこい。」

 

「……う?」

 

「……え、百円じゃねえの、一回。」

 

「うーなー……。」

 

「えー…何で俺まで…。ハズいじゃん。」

 

「うなー!うーなーっ!」

 

「わかったわかった…お前は人の服をなんだと思ってんだ…。」

 

「うなぁ。」

 

 

 

青葉の説得に負けて渋々簡易個室へ。うわぁ、機械が話しかけてくるぞ…。

青葉、そんなにワクワクしちゃって…すっげぇ髪直してる。ってかさ、今のプリクラって四百円もかかんの?マジの写真じゃん…。

 

 

 

「…コースとかよくわかんないんだけどさ。お前やってくれよ。」

 

「えぇぇー。プリクラくらい触れないと今時モテませんぞー。」

 

「求めてねえからいいんだよ。」

 

「仕方のないせんぱいだー。……ええと、これとこれのー…こっちにしてー…ぁ、こんなのも……んふふ、美白にしちゃおー。」

 

 

 

一人でブツブツ言いながら軽快なタップで進んでいく。さっきから移り変わる画面を見てはいるが、全く以て意味がわからない。

いいじゃんもう、お金入れたらはいシャッターで。

 

 

 

ソレジャァ一枚目ハァ…

 

 

 

「ぅお、始まったのか。」

 

「せんぱーい、最初は仲良しのポーズー。」

 

「何だ仲良しのポーズって…。」

 

 

 

言いながら俺の左手を開かせてくる。開いた指と指の隙間に青葉の指を挟み込むように差し入れ、そのまま握った手を掲げて。

 

 

 

「…これで仲良し?」

 

「うなー、せんぱい笑ってー」

 

「こ、こうか?」

 

 

 

眠そうな目のまま顔をキメる青葉とぎこちなく口角だけを釣り上げる俺。自分の様子を確認できるモニターにはそこそこ気色悪い絵面が…うぁっ!あぁシャッターか。

 

 

 

イイネェ!ツギハ格好良ク、ファイティングポーズ!

 

「えっ、ファイティングポーズって格好いいか?」

 

「やー!とー!」

 

「痛い痛い痛い痛い!実際に蹴るバカがどこにいんだ!」

 

「うなー。」

 

「お返しだっ!」

 

 

 

シャッターの瞬間。恐らく中々に躍動感のある戦闘シーンが撮れていただろう。マジで鳩尾に食らってたしな。

 

 

 

ケンカノアトハナカナオリ!ラブラブナポーズ、イクヨォ!

 

「せんぱーい、次はらぶらぶのポーズー。」

 

「わけがわからない」

 

「ぎゅーってしよー?」

 

「いつもやってると思うけど、あれってラブラブだったのか。」

 

「ぎゅー。」

 

「はいはい、ぎゅー。」

 

 

 

抱き合うような格好の二人を横から撮る形になる。…これがプリントされて残るの、まずくない?

 

 

 

ウンウン!スッゴクイイヨォ!ジャア次ハ、ロックナ一枚イクヨォ

 

「唐突…。」

 

「ロック!…モカちゃんはぁ、かき鳴らしますぅ。」

 

「俺は一体…。」

 

「せんぱいはねー、格好いいと思うポーズとってたらいいよー。」

 

「はぁ。…こんな感じか。」

 

 

 

閃光。……あ、これ何となくやったポーズだけど、冷静に考えてみたらクラークさんのポーズだ。

別に格好良くねえし。

 

 

 

最後ノ一枚!個性ヲ爆発サセタ、素敵ナ一枚ニシヨウ!

 

「急に指示が雑!」

 

「うなー、せんぱい、だっこー。」

 

「またぎゅーってやつか?」

 

「んーん。お姫様のやつ。」

 

「えぇ…お前重いじゃん。」

 

「はーやーくーっ!」

 

 

 

結果押し切られる形で青葉を抱え上げ、上機嫌な青葉はダブルピース。お前、笑えんのかよ。

 

 

 

その後隣のブースに移動し、落書きをするらしい。わざわざ特設ブースがあるのか…。

ここでも、喜々として青葉がペンを奮っているためそれをぼーっと眺めて過ごす。何か書けとは言われたが特に書く事もないので、豚のスタンプを押しておいた。

…プリントには少し時間がかかるらしいし、何しろ慣れないことをやらされたせいで酷く疲れた。…近くのベンチで待機しよう…。

 

 

 

「んふふー。せんぱいとー、プリクラとっちゃったー。」

 

「結構ハードなのな。」

 

「これはー、みんなに自慢するのでーす。」

 

「みんな?」

 

「蘭とー、ひーちゃんとー、つぐとー、トモちんー。」

 

「あぁいつもの連中か…。…まて、それ俺も写ってるよな?」

 

「デート記念ー。」

 

「デートじゃねえよ。」

 

「うなー。」

 

 

 

俺をバラ撒くんじゃないよ…。

俺はあんまり面識あるわけじゃないんだから。

 

 

 

「あ、でたー。」

 

「とってきな。」

 

「うなー。」

 

 

 

取り出し口を覗き込み小刻みに体を揺らす青葉。わくわくしすぎだろ、さっきプレビュー見たじゃないか。

落ちてきた紙をハサミで切り分け、片割れを渡してくる。

 

 

 

「はいどーぞー!」

 

「…いや別にいらな」

 

「どーぞー。」

 

「あぁ…。」

 

 

 

特に欲しくはなかったがくれるというのでもらっておいた。まぁ、青葉も満足そうだしいいか。

 

 

 

「もう気は済んだか?」

 

「うんー。つかれたー。」

 

「……帰るか。」

 

 

 

何か忘れているような気もするが、休日に疲労がたまるというのもバカバカしいので帰ることにした。

帰りも青葉がベタベタと暑苦しかったが、それ以外特筆するようなことはなかった。

 

 

 

「あれぇ!?お二人がいないっす!?」

 

 

 

 




どうしてもモカちゃんに寄っちゃうなぁ…。




<今回の設定更新>

○○:羨ましいやつ。モカのことは猫か何かだと思って受け流している。
   麻弥については恐らく学校一詳しい。

麻弥:あまり人に関心がないのか、ぼっちでも平気なタイプ。
   主人公もぼっちだと勝手に思い込んで付き纏っている節がある。

モカ:うなー。うなー?…うなー!!!
   可愛い生き物。


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2019/10/18 放課後の予定は?

 

 

 

「やぁやぁ久しいね、〇〇氏。」

 

「何だその喋り方は。」

 

 

 

教室で一人読書に勤しんでいるところへやってきた同級生の女子…大和麻弥。いつも変と言えば変な奴だが、今日はいつにも増して頭がずれてしまっているようで。

顔を見るまで誰に話しかけられているんだか分からなかった。…いや、顔を見ても、一瞬分からなかった。

 

 

 

「今日は眼鏡じゃないんだな、麻弥。」

 

「あっ、気付いたっすか?……じゃない、気付いたのかね。〇〇さん…じゃないや、〇〇氏。」

 

「いやもう普通に喋れ。一貫できてねえじゃんか。」

 

「やはり自分を偽るというのは難しいっす。」

 

「どうして急に変えだしたんだ?」

 

「実は……」

 

 

 

麻弥の話を要約すると。一応芸能界に属す麻弥に、とある映画の出演依頼があったそうで。それがまた胡散臭いアイドル学者(?)の役で、役作りも兼ねて喋り方を変えているそうだ。眼鏡をコンタクトレンズに換装しているのも、メディア出演時に照れないように慣れる為らしい。

…どうも普段の麻弥を知っている身としては、不可能に近いオファーだとは思うんだが…。

 

 

 

「まぁ、眼鏡を掛けないってのは良いと思う。個人的な感想だがな。」

 

「そ、そっすか?……でも、あまり落ち着かないなって気はします。」

 

「最早体の一部だな。」

 

「眼鏡が本体ってのは、眼鏡キャラのお約束っすからね。」

 

 

 

そんなお約束は知らんが、眼鏡を掛けていない麻弥はかなり可愛い部類に入る。折角の整った顔だし、普段も眼鏡で隠しているのは勿体ないと思うんだが。

 

 

 

「そんなこと言って、ジブンがモテ始めたらどうするんです~?それから嫉妬しても遅いっすからねぇ。」

 

「嫉妬?する訳ねえだろ。」

 

「ちょっとはしてくれたっていいじゃないっすかぁ!」

 

「モテるのは良い事じゃんか。みんなが麻弥の可愛さに気付くって事だろ?…俺は別にモテたいとは思わねぇし。」

 

「あーいや、うん、そういう事じゃないっす。」

 

 

 

モテ始めた女子に嫉妬する男ってのも嫌な構図だろ。モテてきたってんなら、俺は素直に祝福すると思うね。逆に今これだけクラスで浮いてる意味が分からないし。

…あいや、それは嘘だ。こいつは浮く。…中身がアレだからな。

 

 

 

「…そういや、何か用があったんじゃないのか?」

 

「え?」

 

「態々話しかけてきたろ?」

 

「いや、別に…何もないっす…けど。」

 

「あそう。変なの。」

 

「きょ、今日のご予定は何かあるっすか?」

 

「帰り?」

 

「はい。」

 

「………青葉と飯食って帰るくらいかな。」

 

「…また青葉さんっすか。」

 

 

 

そう言われてしまうのも仕方ないかもしれない。ここの所登下校はずっと青葉と一緒だし、下校時は必ず何かを食べてから帰っているし、お互いそんなに広い交友関係も持っていない為必然的に二人きりになる。なんだ麻弥よ、お前も何か言いたいのかよ。

 

 

 

「…悪かったな、ぼっちで。」

 

「そ、そういうことを言いたいわけじゃないんすよ。…ジブンも、ぼっちですし…」

 

「…じゃあなんだよ。」

 

「ジブンも混ぜてほしいっす!!仲間外れは嫌っすもん!」

 

「お前、小食じゃん?」

 

「お二人が大食い過ぎるんすよ…。」

 

 

 

青葉はとにかく吸い込むからな。見ていて気持ちいいんだが、絶対体の体積以上の物を飲み込んでると思うんだよ。どういう仕掛けなんだあのダイ〇ン。

大して麻弥はと言うと、小食も小食。前に俺の昼飯に合わせて学食に行ったときなんか、ミニのかけうどんを残しやがった。限界です~とか言って突き出してきた残りを引き受けたが、ものの二口で平らげちまったよ。エラく驚いた表情をしていたが、俺にしてみりゃ一口分にも満たないんだよなぁ…。

 

 

 

「……で?今日はいっぱい食べられる日なのか?」

 

「うっ……が、頑張るっす…。」

 

「うっし、それなら良いだろう。…んじゃ、HR(ホームルーム)終わったら帰らないで待っててくれな?」

 

「りょ、了解っす!!……あわわわわ。」

 

 

 

こうして地獄の大食いツアーに小食小動物ちゃんが連行されることとなり、渦中の小動物ちゃんは早くも恐れ戦きだしている。

…まぁ、多分また最後までは付き合いきれないとは思うが、それでも付いて来たいというのだから、本当に意味が分からない。

 

 

 

「……ほんとに、無理してこなくても」

 

「行くっすからぁ!!」

 

「会話は食い気味なんだな…」

 

 

 

 




モカちゃんは一回お休みね。




<今回の設定更新>

〇〇:登下校はモカと手を繋いでランランしているらしい。羨ましい。

麻弥:基本的に演技ができない。他人も自分も騙せない、いい子なのだ。
   結局この後、即効ギブした。


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2019/11/03 祝うということ

 

 

 

「○○さーん。あれ、聞こえてるっすかー?○○さぁーん。」

 

「…相変わらず朝からうるせぇなお前は…。」

 

 

 

日曜の朝、喧しい着信音に安眠を妨害されご機嫌とは言い難いテンションで目覚めさせられる。画面の表示を見ずにハンズフリーのまま通話を繋いでしまった俺にも責任の一端はあるのだが、予想外の相手からの着信に不機嫌さを隠すことなく載せた返答をしてしまったようだ。

 

 

 

「…あれ、朝から御機嫌斜めっすねぇ。」

 

「休みだぞ?何の用だってんだ。」

 

「ふっふっふっふ……実は、今日ジブンの誕生日なんっすよ!」

 

「あそ、おめでと。おやすみ。」

 

「あ、ちょちょっ」

 

ピッ

 

 

 

ったく…朝から電話で起こすたァ何事かと思えば誕生日だぁ?……誕生日?

未だ触れていなかったスマホに手を伸ばし、改めて日付を確認する。

 

 

 

「……ったく。」

 

 

 

履歴を呼び出し折り返し発信する。……話し中か。

大方、慌てて再発信した麻弥と俺の折り返し電話が重なったか何かだろう。割とよくある現象である。

そのまま五分ほど待ち再度発信。

 

 

 

「…………………あー、なんだ、その…」

 

「フヘヘヘ、今度はちゃんと起きてるっすかー?」

 

「あぁ、悪い。性質の悪い悪戯電話かと思って。」

 

「…なっ!誕生日主張してくるイタズラ電話って新しすぎませんかね…」

 

「…だな。……で?今年の誕生日は何すんだ?」

 

 

 

確か去年も似たようなことがあったような…。あの時は電話じゃなくたまたま一緒にいる時に言われた気がしたが。

 

 

 

「あ、それなんですけどね…。」

 

「??」

 

「……実は、○○さんに切られた後にクラスの子から電話がありまして…。」

 

 

 

どうやら、先程の話し中はマジモンの話し中だったらしい。麻弥曰く、クラスの一軍グループ――俺と麻弥がそう揶揄している――に誕生パーティをするから、と誘われたらしいのだ。

普段ほぼ話したことすらない面々に困惑ながらも、会場を抑えてしまったと言われ断りきれず…といった流れらしい。どうにもきな臭い話だとは思うが、俺がどうこう言う問題でもないし…。

 

 

 

「…良かったんじゃないか?普段絡まないやつと仲良くなるチャンスだ。」

 

「へへ……○○さんも来ません?」

 

「誘われてないし俺。……お前の誕生日なんだから、頑張って楽しんでこいよ。」

 

「……そっすか……。じゃあ、一人で楽しんでくるっす。」

 

 

 

…通話終了。さて。

 

 

 

「……こっちはこっちで準備するか。」

 

 

 

麻弥を送り出した姿勢のまま、イマイチ頭数にならない後輩へ発信。

 

 

 

「……んぁー?せんぱーい?」

 

「おう青葉、ちょっと付き合って欲しいんだが…」

 

 

 

**

 

 

 

「せんぱーい……。」

 

「こらこら、お前は目を離すとすぐ口に物を入れるな…。」

 

「おいしくなぁい。」

 

「当たり前だろ、造花を食うな。」

 

「ピンクだったから美味しいのかと思ってー。」

 

「……ピンクボールに食われちまえ。」

 

 

 

夜。自室で相変わらず不可解な行動をする後輩とダラダラしていると、朝と同じようにけたたましい着信音がなる。

 

 

 

「うなー…せんぱぁい、うるさーい。」

 

「…なら出るかパスよこせ。」

 

「んー………もしもぉし。」

 

 

 

出るんかい。

 

 

 

「んーむ。……おー、ついにですかー?………やだなぁー、分かってるくせにぃー。」

 

「……誰からだ?」

 

「……んー。」

 

 

 

結局手渡すんなら最初から出るんじゃないよ。

 

 

 

「もしもし?」

 

「…ぁ、○○さん……。」

 

「どした、エラく疲れた声してんぞ?」

 

「えぇ…まぁ…。」

 

 

 

どうやら例の誕生日会からは、つい先ほど夜二十一時を以て解放とされたらしい。結局知っている人間もほぼおらず、盛り上がる会場にひたすら気を遣い続ける数時間だったようだ。

 

 

 

「それでその…お恥ずかしい話、○○さんの声が聞きたくなっちゃいまして…」

 

「ほほー…そりゃお疲れさんだな。……俺の声聞くのもいいんだけどさ、これからって時間あるか?」

 

「うぇ!?……こ、これ以上何か試練があるんすか…?」

 

 

 

あ、今試練つったな。

そんなキツかったんか。

 

 

 

「いや?別に、何となく暇だからウチでゲームでもしねえかなーってだけだけど。」

 

「あ、あぁ…成程。迷惑にならないなら…行っちゃってもいいっすかね…?」

 

「おう。場所は今更言わんでもいいな?」

 

「ええ、はい、まぁ…。」

 

「おっけ、んじゃあ着いたらいつも通り上がっちゃっていいから。」

 

「りょ、了解っす!」

 

 

 

…さて、と。これで誘導は完璧だ。

 

 

 

「あー、せんぱい悪そうな顔してるー。」

 

「顔が怖いのは元からだ。ほら、青葉も準備しろ。」

 

「あいあいさー。」

 

 

 

すっかりだらしなく部屋着を着崩した後輩を追い立てるように台所へ向かわせる。アイツには運搬係をやってもらうとして、俺は部屋の掃除に取り掛かろう…。

卓袱台を出し再度きれいに掃除、部屋にもコロコロした粘着テープのアレを走らせ、準備を整える。先ほど青葉と二人で作った料理も並べ終え、飛び道具の開封作業をしている頃。

 

 

 

「やー、結構な準備でしたなぁー。」

 

「あー?これくらい友達なら普通だろ。」

 

「モカちゃんの時もやってくれますー?」

 

「当たり前だろ。…ほら、まだ引かないように持っとけよ。」

 

「りょー。」

 

 

ピンポーン

 

 

「お!……青葉、シー。シーだぞ…。」

 

「しぃー…。」

 

 

 

口に人差し指を当て青葉を黙らせる。真似をして何故か姿勢を低くする青葉を尻目に部屋の電気を消し階段を上ってくる足音を聴く。

 

 

 

「し、失礼するっすー」

 

「おーう、入れー。」

 

 

 

二秒ほどの間の後、遠慮がちに部屋の扉が開かれる。

 

 

 

「……あれ?暗…」

 

パンッパパンッ!!

 

「ひゃぁっ!?」

 

 

 

我ながら息ピッタリのコンビネーションで発砲される計三つのクラッカー。小気味よい破裂音と飛び交っているであろう紙テープ。

麻弥が驚いたのを確認して、部屋に明かりを戻す。

 

 

 

「……うなー!」

 

「…いらっしゃい&おめでとう、麻弥。」

 

「めでとー。」

 

「……へ?」

 

 

 

ポカンとしている麻弥。……まぁ、同じ日に二度も祝われてもって所はあるよな。

頭に乗っている紙吹雪と紐の残骸を払いつつ、手を引いて部屋に招き入れる。

 

 

 

「…夜なのに呼んじまって悪かったな。」

 

「…○○、さん…。」

 

「ほら、昼間はお前も色々大変そうだったし、俺たちもその……」

 

「○○さぁんっ!」

 

 

 

突然のダッシュ&タックル。さすがの俺も床に崩れ落ちるように体勢を崩す。受け止めきることはできたので麻弥に怪我はないはずだが……。

 

 

 

「急だとビビるだろうが…。怪我ないか?麻弥。」

 

「………ぅぅ、ぅぅうう。」

 

「…どっかぶつけたか?…なんで泣いてんだ。」

 

「○○さぁん!!」

 

 

 

顔を上げた麻弥は泣いていた。…お、今日はメガネじゃないのか。

 

 

 

「ジブン…ジブン、間違ってたっす!」

 

「何が。」

 

「ジブンには、やっぱり○○さんしか居なかったっすよぉ…」

 

「…わけがわからん。」

 

「うわぁぁぁ…○○さん、○○さん!大好きっす!!」

 

「はいはい、俺も嫌いじゃないよ。…取り敢えず、離れてな?…ほら、腹減ってないかもだけど飯もあるからさ。」

 

 

 

暫く時間を置き、未だえぐえぐ言っている麻弥を引き剥がす。泣き止んでも尚、何故か服の裾を掴んで離さないのでそこはもう諦める。

隣に並ぶようにして卓袱台の前に座ると、麻弥の居ない側に青葉が寄ってきた。

 

 

 

「…ぉわぁ…。」

 

「どんな声出してんだ。…すまんな、少し作りすぎたかもしれん。」

 

「こ、これ、○○さんが作ったっすか?」

 

「去年もそうだったろ。」

 

「そっすけど……また、腕上げたんすか。」

 

「まあ、他に趣味のひとつもないしな。」

 

「…食べても?」

 

「あぁ、お前が食べ始めないと青葉が餓死しちまうから早めに頼む。」

 

 

 

すっかり涙も引っ込んだような麻弥が置かれている料理に手を伸ばす。…青葉、もうちょいだけ待て、だぞ。

 

 

 

「……美味しい…グズッ」

 

「…また泣き出してお前は…クラスの連中に酷い扱いを受けたのはなんとなくわかったけどよ…ほら、今は俺らが居るじゃねえか?」

 

「うなー…おなかすいた…」

 

「あぁ、お前はもう食っていいぞ。」

 

「ほんとー?…っただきゃーす。」

 

 

 

言うや否やがっつき出す青葉。お前はいいなぁ、能天気そうで。

暫し無言で料理を突く麻弥だったが、やがて…

 

 

 

「あの、○○さん…。」

 

 

 

箸を置き、こちらに向き直る。

 

 

 

「正直、今日のことはジブンにも非があったかと思うっす。」

 

「………そうかね。」

 

「ええ、簡単に人を信じちゃいけないと、勉強になったと思って引き摺らないようにするっす。」

 

「おう。」

 

「…○○さんは、…いえ、○○さんと青葉さん、おふたりは信じてもいいっすよね?」

 

「…当たり前だろ。俺をあの連中と一緒にすんなよ。」

 

 

 

俺がその場に居た訳ではないから詳しくは分からないが、少し聞いた話とその話しぶりから大凡の雰囲気はわかる。…前にも似たようなことがあったしな。

きっと、曲りなりにも芸能人である麻弥と取り敢えずお近づきになりたいとか、祝ってやれば話題にしてもらえるだろうとか、そんな浅はかな考えに利用されただけだろう。

以前も……いや、この話はいいか。

 

 

 

「……ジブン、ずっと○○さんと一緒に居たいっす。○○さんだけ、ちゃんとジブンを見てくれるっすから。」

 

「おう、満足するまで居たらいいさ。…何せ俺もクラスじゃ浮いてるようなもんだ。」

 

 

 

俺も青葉も純粋に麻弥が()()()()()()()()()ことを祝福したいだけだからな。名目だけ祝えば仲良くなれると勘違いしてる有象無象のバカとは違う。と、思ってる。

 

 

 

「ふへへ…そっすね…。…なら、末永く」

 

「うーなー!!麻弥せんぱい告白してるー??」

 

「へっ!?あ、あわわわ、違うっす!違うっすー!!」

 

 

 

いつの間にか麻弥の後ろに廻っていた青葉が組み付く。そのまま慌てふためく麻弥の匂いを嗅いだり耳を噛んだりと、もうやりたい放題だ。

 

 

 

「ちょちょ、そ、そこはやめるっす!!」

 

「よいではないかーよいではないかー。」

 

「あっ、あっはははは!!!いひひひ……」

 

「意外と弱いところが多いんですなぁー。」

 

 

 

世の中で"誕生日を祝う"ということがどんな行為を指すのかは知らないが。

昼間のアホ連中のように会場を抑えて見ず知らずの頭数を揃えて祝いの言葉()()をぶつけるのが祝福だと思ってる奴もいれば、俺らみたいなチープで小規模なバカ騒ぎをプレゼントする奴らもいる。

 

 

 

「も、もう!○○さんも見てないで止めて欲しいっす!!」

 

「うーなー!モカちゃんぱわー!!」

 

「あっひゃははは!!」

 

「お前ら、程々にしとけよ…。」

 

 

 

数少ない大事な友達を祝うんなら、そいつ自身が笑ってなきゃ…な。

 

 

 




すっごく遅れてすみません。




<今回の設定更新>

○○:暇人はこういうとき強い。
   以外にも料理もできることが判明した。
   サプライズは基本嫌いだし、不特定多数とつるむのも嫌い。

麻弥:おめでとうございます。
   人との距離があまりわからず、友達もイマイチ選べない身だが今回のことを皮切りに
   主人公だけ居ればいいと思うようになったとか。
   耳と脇腹が弱い。

モカ:うなー?うなー。うーなー!
   轟け、モカちゃんぱわー。


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2019/11/28 猫にマタタビ

 

 

 

「うなー?…うー……なぁ…」

 

「なんだよ。」

 

「……せんぱいはぁ、モカちゃんのことどれくらい知ってるかなぁーってー。」

 

 

 

休み時間、机の周りで角度を変えながらやたらと見てくると思ったら。お前、毎日何考えて生きてんだ?ほんと。

 

 

 

「そんなに知らねえ…し、興味もねえ。」

 

「うなぁ、ひどぉいー。」

 

「酷かねぇ。第一、お前から勝手に懐いてくるんだろうが。」

 

「だってー、せんぱいはぁ、いい匂いがするから~。」

 

「…柔軟剤だろ。」

 

 

 

自分の両腕を嗅いでみる。…うん、勿論無臭だ。

 

 

 

「うなー!ちがうのー。…こう、せんぱいの匂い?っていうかぁ、せんぱいの心のにおいなのでぇす。」

 

「そんなもんするか、散れ。」

 

「いーやーだー。」

 

「……騒がしいと思ったら、相変わらず仲良しっすねぇ。」

 

 

 

近づいて直に嗅ごうとするバカ犬みたいな後輩を手で押し止めていると、最近メガネを変えたという麻弥が呆れ顔で近づいてきた。

 

 

 

「これが仲良しに見えんのか、お前は。」

 

「えっ。だって、○○さんがお喋りするのって青葉さんくらいじゃないっすか。」

 

「お前とも喋ってんだろ。」

 

「…青葉さんの方がよく喋るでしょう。」

 

「うなー。」

 

 

 

それはコイツの方が喧しいからであって…ああもう、腕の隙間を縫って近づくなお前は。

 

 

 

「…で、どうしてまたそんな過激なスキンシップを取ってるっすか?」

 

「あー…それはだな」

 

「うなぁ。せんぱいっていい匂いするねってお話ですぅ~」

 

「匂い?」

 

 

 

首を傾げつつ二歩距離を詰める麻弥。お前も嗅ぐ気か。

 

 

 

「こらこら、それじゃあお前も同じだろうが。何の匂いもしねえよ。」

 

「…でも、言われてみると気になるっす。」

 

「気にすんな。何もねえって。」

 

「うなー?気にしないでほしいなら、いっそ嗅いでしまえばいいのではぁ?」

 

 

 

真昼間の教室でそんなことできるか。ただでさえクラス内で浮きかけてるんだぞ?明日から学校来れなくなっちゃうだろ。

 

 

 

「そうですそうです、嗅がせてくださいぃ~」

 

「あぁ麻弥まで…。」

 

「うなー、かーくーごーしーろー。…えいー。」

 

「…うぉっ!?」

 

 

 

後ろに回っていた青葉に後ろから抱きつかれる…流石に後ろは対処できず、何とか引き剥がそうと藻掻いていると前からは麻弥がしがみついてくる。

女生徒二人に動きを封じされるという何とも滑稽で情けない状況だが、迂闊に暴力を振るうわけにもいかないし…まぁ、匂いとやらを嗅げば離れてくれるだろう。

 

 

 

「すん…すんすん………んー。」

 

 

 

まず顔を上げたのは胸のあたりに顔を突っ込んでいた麻弥。不満そうな顔に見えるが。

 

 

 

「んー…何だかゴツゴツして居心地悪かったっす。」

 

「そこ?や、当たり前だろ。」

 

「前に(あや)さんに抱きついた時は、もうちょっと柔らかい感じがしたっす。」

 

 

 

彩…っていうのはコイツとアイドルグループで一緒の丸山(まるやま)彩って子のことだろう。たまにテレビで見かけるが、確かにありゃ可愛い。アイドルだってのも頷けるな。

 

 

 

「そりゃもう男女の差としか言えないなぁ…。」

 

「言うほどいい匂いもしなかったし、青葉さんには青葉さんの感覚があるってことっすかね。」

 

「よくわかんねえ奴だかんなあ…」

 

 

 

「程々にするっすよ?」と苦笑と共に残した麻弥は自分の席の方へ戻っていった。…結局何しに寄って来たんだアイツ。

話している最中も、話が終わってからも…後ろで抱きついている青葉は相変わらずスンスン言ってる。

 

 

 

「…なあ青葉、まだ満足しないのか。」

 

「……すん…すん……うにゃぁ……すんすん………うにぁあ……」

 

「おーい青葉。俺はいつまで拘束されてりゃいいんだ?」

 

「うなぁ……すんすんすんすんすんすんすんすんすんすんすん…。」

 

「嗅ぎすぎ嗅ぎすぎ…あとお前、さっきからずっと当たってんぞ。」

 

 

 

麻弥が俺の胸で居心地悪い時間を過ごしていた時も、俺の後頭部は中々にいい感触の中にいた。再現できそうにない未知の柔らかさだな。

 

 

 

「うなぁ……。」

 

「…満足か?」

 

 

 

ぼんやり考えつつ青葉の胸が後頭部から離れるのを感じた。振り返ってみると、何やら上記した顔でトロンとした目つきをしている。

 

 

 

「…どした、熱でもあんのか?」

 

「うにゃぁ、せんぱぁい。」

 

「…本気でどうした?」

 

「うひゅひゅ……せんぱぁい、おねーちゃん欲しくないですかぁ?」

 

「はぁ?なんだそら…わぷっ。」

 

 

 

振り返ったことにより向かい合う形になった俺を、今度は正面から抱きしめる。…ううむ、成程さっきの感触を顔で体験するとこうなるのか。

 

 

 

「えっへへへぇ……モカちゃんがおねーちゃんになってあげましょぉ…」

 

「……むぐむぐ、うぅむ??」

 

 

 

こいつ思ったより力が強いんだな。

つか、こういうところだぞ。…そう言ってみたが塞がっている口では言葉にならなかった。

 

 

 

「これからはぁ、モカちゃんがぁ……あり??」

 

「ぶはっ!」

 

 

 

急に腕が緩み解放される。新鮮な空気と引き換えに、妙な満足感が肺から抜け出ていくような感覚を味わいつつ見上げる青葉の表情はいつもどおりだ。…いや、少し不思議そうであるか。

 

 

 

「ありゃりゃ??…モカちゃん何だか変だったぁ。」

 

「ああ、おかしかったぞ。ふざけてたのか?」

 

「んーん。…せんぱいの匂い嗅いでたら、ふわぁぁぁってしてきて、くらくらぁぁぁってなっちゃって、あらららぁぁぁってなっちゃったの。」

 

「………それは、酔ったってことか。」

 

 

 

俺の知っている青葉語から解析するに、その感覚はアルコール漬けか媚薬に近い感覚なのか…とにかくそういうものだった。

 

 

 

「うなぁ。危険な甘い香りなのだぁ。」

 

「猫にマタタビ、青葉に俺か……本当何なんだお前は。」

 

「謎多き美少女、モカちゃんでぇす。…おねえちゃんとしてお一ついかがぁ??」

 

 

 

そういう事ばっか言ってるから一向にお前のことがわからねえんだよ…。

 

 

 




酔ってる時ってどうしてあんなに気持ちイイんでしょうね。




<今回の設定更新>

○○:麻弥を通して知った丸山彩ちゃんが密かなお気に入り。
   後輩の扱い方が未だによくわからない。
   体は鍛えている方。

モカ:うなぁ。うなー?うーなー!!
   主人公の匂いを強く嗅ぎすぎると酔っ払うそうな。
   用法・容量をよく守りお使い下さいませ。

麻弥:年に7~8回メガネを買い換えるらしい。


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2019/12/08 休日には飯事を

 

 

 

「どうして俺は日曜だというのにこんなとこに…」

 

「いいから、つべこべ言わず手を動かすっス。」

 

「てめぇ麻弥、騙しやがって…」

 

「フヘヘ、来ちゃったもんは観念するっすよ。」

 

 

 

日曜。本来であれば一日休養に専念できる素晴らしい一日だというのに。

クラスメイトのこの眼鏡のせいで、俺は学校の家庭科室に呼び出されていた。

 

 

 

「よっし、出来たっす!!」

 

「んじゃあ俺はこれくらいで帰…」

 

「まだ稽古があるっすよ?」

 

「んなもん一人でやれば」

 

「手伝ってくれるんですよね?」

 

「………ヒエェ」

 

 

 

どうしても直接会って伝えたい大切な用があるとかで呼び出されたのが朝八時半。結局電車の遅れで待ち合わせ時間に数分遅刻はしたが、朝からかなり気を遣った。

それほど深刻そうな口調で電話かけてきやがるし、本当に何事も無くて良かったっちゃ良かったんだが…。

結局蓋を開けてみりゃなんてことない、いつもの「芸能事」に協力してくれとかいうやつだった。今回は舞台の稽古らしく、先程からせっせと台本のマーカー引きをやっていたんだが…。

 

 

 

「にしてもよく会議室なんか抑えたな。」

 

「あぁ、仕事関係の事に使って良いって契約になってるらしいんっす。事務所と学校の間で。」

 

「ほー…若ぇ奴が芸能界に入るってなぁ大変なんだな。」

 

「やっぱ本分は学業っすからねぇ。」

 

 

 

確かウチの学校にはもう一人、この麻弥と同じグループに属するアイドルが居たはずだが、そいつも似たような契約でやってるんだろうか。

何でも、芸能方面とはまた違った意味で有名人らしいが…

 

 

 

「…え、日菜(ひな)さんっすか??…あー、あの人はあの人で強烈っすから。」

 

 

 

らしい。

何が強烈なのかは分からんが、芸能界でやっていけるくらいなんだしきっと変人だろう。出来れば関わり合いに成りたくないもんだ。

 

 

 

「じゃあ、ジブン発声練習も終わったんで本読みに入るっす。」

 

「おう。」

 

「〇〇さんはお好きに寛いでいてくださいっす。…あ、でも会議室(ココ)から出ちゃだめっすよ?」

 

「」

 

 

 

それって監禁って言うんじゃ…と言いかけたが、伝えても無駄だろう。何せ相手はあの麻弥だ。

普段は全く押しなんか強くない癖して、こと仕事が絡んできた時には威圧感が凄まじくなる。男の俺もちびりそうになる程に。

今だって素直に言う事に従っているのは、その笑顔の下で何を考えているか全く予測できないからである。未知とは則ち恐怖。君子危うきに近寄らずである。

 

 

 

「…君子…いや、玉子だったかな…」

 

「何か言ったっすか?」

 

「あいや、こっちの話。」

 

 

 

本読みを始める…といっても、実際にベラベラ文字を音読するわけじゃあない。以前も同じ状況になったことがあるが、まずはその文章を只管に黙読するのである。

二人きりのこの空間で麻弥がそれを始めると否が応にも俺は黙り込んでしまう訳で、シン…と静寂が支配するこの空間では二人分の呼吸音と紙の擦れる音、それに時折鳴る椅子の軋む音のみが木霊するのであった。

あぁ、不思議と苦痛じゃないこの沈黙は何なんだろう。

 

 

 

「……………。」

 

「…………ん??」

 

 

 

その無音に身を委ねていると、妙に突き刺さる様な視線を感じ、思わずそちらを見てしまう。

真剣な表情の所謂"仕事モード"な麻弥が鋭い眼差しで俺の何かをじっと見つめている。…一体何を観察しているのだろうか。

 

 

 

「〇〇さん。」

 

「ん。」

 

「もしも、ジブンが○○さんの弟だとしたら、距離感ってどうなるっすかね。」

 

「弟ぉ…?」

 

 

 

成程、弟ね。俺自身弟は居ない為に適切な距離感ってのは分からないが…同性の兄弟だとしたら、然程考えずに好きな距離を保つんじゃないだろうか。用があれば近づくだろうし、普段特別べったりはしないだろうし…。

 

 

 

「んー……別に、今くらいの距離なんじゃねえの。」

 

 

 

授業を受ける通常の教室対比で八割程のサイズだろうか。その個室に、会議用の長机を挟み窓際の端に俺、それと丁度対角線で結べる位置…部屋の隅に麻弥。

特に関わる必要のない時、男兄弟なんてそんなもんだろう。

 

 

 

「……ふむ、結構寂しい感じなんですねぇ。」

 

「男兄弟なんてそんなもんだ。」

 

「…あ、そうか。いや……んー?」

 

 

 

何やら納得できていないご様子。何がそんなに不満だというのか。

麻弥の兄弟事情については知らないが、俺なんかに訊いてくると言う事は何もわからないからであるだろうし、何かで得た知識との差異に引っ掛かりを覚えているのかもしれないし…いや、そもそも何故俺がこんなに気を揉まねばならんのだ。

 

 

 

「あぁ、なるほど。謎が解けたッス。」

 

「謎とは?」

 

「いえね、ジブンの演じる役は"お姉ちゃん"で、"弟"がいるんすよ。でも、掛け合いや絡みのシーンが掴めなくて訊いた訳っすけど…。」

 

 

 

…合点がいった。

要は、麻弥は単純に"弟"という存在に対しての距離の図り方を知りたかったわけだ。だが俺は"兄"と"弟"の距離感を答えてしまったと。

それは当然、"男兄弟"特有の距離感の話になってしまうし、姉弟とはまた違った視点での役作りになってしまうと、そういう"謎"か。

 

 

 

「んじゃ、弟とどうするかって考えるよりお前がお姉ちゃんになってみりゃいいんじゃねえか?」

 

「…その結果がさっきの質問っすよ?」

 

「だからよ、弟とどの距離感~みたいに上辺だけじゃなくてよ、自分が完全に姉なら周囲のキャラクターとの関係性も自然に作られるんじゃねえのか?」

 

「………素人の割に結構言うっすね。」

 

 

 

ままごとみてえなもんだがな。…と心の中で思ったが、事実そう言ったところに通じる遊びなのかもしれない。

まずはなりきる、思い込むこと。第二者との関りは、本人が出来上がってからだろう。

 

 

 

「……それじゃあ、ジブンがお姉ちゃんになれるように、協力してほしいっす。」

 

「…協力ぅ??」

 

 

 

嫌な予感がする。

 

 

 

「弟役に……じゃなかった、弟になってほしいっす。」

 

「………げぇ。」

 

「何すか、不服っすか。」

 

「不服っつーか……何で俺まで…」

 

 

 

とは言えその言葉と表情にはふざけている様子も冗談のような雰囲気もまるで無い。飽く迄仕事として、真面目な提案なんだろう。

…なんだろう、勝手に乗りかかってしまった船ではあるんだが、手伝う責任が俺にあるのだろうか…。

 

 

 

「…まぁ、あるんだろうな。」

 

「はい?」

 

「いや、いい。…で、どうしたらいいんだ、俺は。」

 

「ええとっすね……あ、じゃあまずは呼び方から。」

 

「姉ちゃん、って呼べばいいのか?」

 

「待ってほしいっす。今本を…………あぁ、この弟くんは、「ねえね」って呼ぶらしいっす。」

 

「……あんだって?」

 

「「ねえね」っすよ。お姉ちゃんの呼び方。」

 

 

 

宇宙の起源は何処にあるんだろう。ビッグバンとかいう無から有を生み出す奇跡があったからこそ原始の世界が始まり、広がり続ける無限の彼方では今日もまた輝かしい出会いと希望に満ちた愛情の物語が紡がれていて――

――いけねえ、衝撃のあまりトリップしかけてたぞ。

……状況を整理しようか。俺は弟役になりきることで、麻弥のお姉ちゃん像完成を手伝う。…これはわかる。

まずは何処から手を付けたもんかと考えてみたが、手っ取り早いのは相手の呼び方からだよね。…これもわかる。

「じゃあ「ねえね」って呼んでみようか」…わからない。

 

 

 

「…わからない。」

 

「どうしたんすか?〇〇。」

 

「……姉からは呼び捨てなのか?」

 

「そっすよ。…ほら。」

 

 

 

言いながら台本を開いて近づける麻弥。……おぉ、本当だ。

 

"タケルはお姉ちゃんっ子だもんね。仕方ないよね。"

"ねえねはボクのこと嫌いなの?……ボクはこんなにも、こんなにもねえねを愛しているのに!!"

 

本気で"ねえね"って書いてある。…つか何だこの弟、怖くね?呼び名と喋り方でキャラぶれすぎだろ。何歳の設定なんだ…?

 

 

 

「…具合悪くなってきた。」

 

「大変っすね。」

 

「お前のせいだよ。」

 

「お前じゃ無いっす、"ねえね"っすよ。」

 

「この"ねえね"はそんな語尾じゃないぞ。」

 

「あぁっ!確かに!…s」

 

「息漏れてんぞ。」

 

「………〇〇。」

 

 

 

一呼吸置いたのちに、一際落ち着いた声で俺の名を呼ぶ。役に入っているのだろうが、不覚にも心臓を鷲掴まれたような感覚を覚えた。

…でも、本当に役に入るなら呼び名は俺の名前じゃダメだろ。

 

 

 

「……ね、ねぇね……。」

 

「うふふふ、もっと呼んで?」

 

「ねえね………ねえね……ううむ」

 

 

 

馴染まねえな。

 

 

 

「もっと大きな声で、いっつもみたいに呼んで…ごらん??」

 

「大きい……まじか。」

 

「マジよ。うふふ。」

 

 

 

わかった、多分麻弥にこの役向いてねえ。顔は引き攣ってるし、人物像が早くもおかしくなってる。「マジ」と「うふふ」のミスマッチ感がやばい。

 

 

 

「……ねえね!!」

 

「いいねぇ!!」

 

「ねえねー!!!」

 

「もっと、もっとよ!」

 

「ねえね、ねえねー!!!」

 

 

ガチャァ

「るんっ♪あ、麻弥ちゃ…」

 

 

「ああん、お姉ちゃん嬉しくなっちゃうー!」

 

「ねえね、ねえね、ねえねぇえええ!!」

 

「ぎゅーしてあげよっか!…ぎゅぅううう!!」

 

「ねえね!!…ぅぶっ。……!?あ、ねえね、じゃない、麻弥!」

 

「だめでしょぉ、ねえねってちゃんと呼ばないとぉ……って…!!」

 

 

 

あまりの非日常感のあまりぶっ飛んでしまっていた俺達は、休日の闖入者に気付くことも出来ず盛り上がってしまっていたらしい。

抱き締められた胸の中で一足先に気付いた俺の指す指に、ワンテンポ遅れて視線を向けた麻弥は思わず硬直。…会議室の入り口でニヤニヤとこちらを見ていた青髪の少女は、俺達が動きを止めたのを確認するとより口角を吊り上げて…

 

 

 

「麻弥ちゃんが、変態さんプレイしてるぅうううううう!!!!!」

 

 

 

大声を張り上げた。満面の笑みで。

 

 

 

「あっあわわわ、ち、ちち違うッス!!違うッス日菜さぁん!!!」

 

「…………。」

 

「なっ、何ぼーっとしてるっすか!!〇〇さんも止めてくださいよぉ!!」

 

「いやぁ……お前、結構胸あんのな。」

 

「ヒィッ…ば、馬鹿言ってる場合じゃ無いっすぅうう!!」

 

「あっはははは!!やっぱり変態さんだー!!!変態サンダー!!!!あひゃひゃ!!」

 

 

 

 

 

その後、騒ぎと変態ワードを聞きつけた教師陣にそれなりに怒られた。練習としては有耶無耶になってしまった感が否めないが、麻弥にあの役は厳しいだろうな。

しかしなんだ……

 

 

 

「埋まる程あんのか……。」

 

「…??何か言ったっすか?」

 

「…いや。」

 

 

 

やばいなありゃ。

 

 

 




すっすっすぅー




<今回の設定更新>

○○:演技とかそういったものには興味も無い。
   ふっかふかのクッションに顔を埋め、何かに目覚めてしまいそうらしい。

麻弥:「っす」はもう取り外しの利かないジョイントパーツのよう。
   一応「っす」と「ッス」でテンションが違うらしい。
   一生懸命になると何も見えなくなるご様子。

日菜:情緒がもう…


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2020/01/06 出会いと芽生えと食欲と

 

 

 

「何度来ても、最高の空間ですなー。」

 

「あははっ、空いててラッキーだったね。」

 

「この香りだけで食パン一斤はいけちゃうなー。」

 

「食パンもパンでしょ~。」

 

「モカちゃんはぁ、パンに埋もれるだけで幸せだと思うのだー。」

 

「なにそれ~。」

 

 

 

…何だこのツッコミ不在の空間は。

隣の麻弥はどこか諦めたような遠い目をしているし、こいつはいつもこうなんだろうか。

「山吹ベーカリー」。この街に住む人間ならば誰しも存在を知っているだろうこのパン屋は青葉の行きつけの店らしく、冬休みだというのにこうして付き合わされている。行きつけの店なら尚更一人で行ってくれと思うのだが、絶対に一度は足を運ぶべきだという主張に押し切られる形になってしまった。

でその結果がこれ。顔馴染みらしいこの店の娘と、何とも気の抜けたようなスッカスカな会話をしている様を、付き合わされた二人が傍観するという状況に。

看板娘らしい彼女も、しっかり者っぽい雰囲気とは裏腹に青葉と波長が合ってしまうらしい。南無。

 

 

 

「せんぱーい。」

 

「なんだ、まだ買い終わらないのか?」

 

「せんぱいはぁ、何も買わないのー?」

 

「えー…パンならコンビニでいいだろ…」

 

「そっすよねぇ…確かにここのパンは美味しいっすけど、わざわざ休みの日に繰り出してまでは…」

 

 

 

麻弥とはこの辺りの感性が近いらしい。意見が合う様で、場所的にも空気的な意味でもあったアウェイ感すら和らいだように感じる。…と思ったのだが。

 

 

 

「えっと…それ、店員の前で言っちゃいます?」

 

 

 

看板娘ちゃんが詰め寄ってきてしまった。そらそうだ。

自分の店のパンよりコンビニのパンがウマイだの態々休みの日に買いたくないだの言われては気分も良くはないだろう。近くで見ると成程、中々に勝気な顔つきだ。何故青葉と波長が合うのか。

 

 

 

「…そうだよな。すまん、悪気はねえんだ。」

 

「ご、ごめんなさいッス!」

 

 

 

そちらの事情も分かる為素直に頭を下げる二人。顔を上げた先でニヨニヨとこちらを眺める青葉が鬱陶しいが、パン屋のお姉さんは案外いい人らしい。

 

 

 

「あいや、謝ってもらう程の事じゃ…麻弥さんだって、たまに買ってくれるわけですし。」

 

「無意識に言っちまったが、気持ちのいいもんでも無いだろ。すまんな。」

 

「……ええと、モカの…先輩?さん?でしたっけ。お名前を訊いても?」

 

「あぁ、○○っていうんだが…そんなに先輩扱いしなくていい。青葉だってその…色々雑だし。」

 

「せんぱーい、ココからココまで全部買ってぇ。」

 

「………。」

 

「あはは…好かれているというか懐かれているというか…」

 

「笑い事じゃないぞ、ええと……山吹?さん?」

 

「あっ、私は山吹(やまぶき)沙綾(さあや)っていいます。沙綾でいいですよ。」

 

「沙綾…ね。ため口で良いぞ?…あぁ、仕事上のアレなら仕方ないけど。」

 

 

 

流石に接客業にため口は強要出来ない…が、どうせ顔見知りになってしまった以上は堅苦しいのは好ましくないのだ。

何というか、数少ない青葉を御せる人間は大事にしていきたいってのものあるし。

 

 

 

「…ほんと?…なら、そうしちゃおっかな。」

 

「っ!……お、おう。」

 

 

 

何だ今の。一瞬見せた上目遣いから眩しいばかりの笑顔への流れるようなコンボ。滅多に人間に抱く感情じゃないが、可愛いとさえ思ってしまった。

吃ってしまったのは決してコミュ力の低さが原因ではない。本当だぞ。

 

 

 

「…○○さん、山吹さんみたいな子がタイプっすか?」

 

「ばっきゃろう、ち、ちがわい。」

 

「あ、そーなんだ!…へへ、嬉しいな…。」

 

「うっ」

 

 

 

だからその、アンニュイな表情をやめなさい。照れとか純粋な笑顔とか、新鮮過ぎて刺さりまくるんだ。

 

 

 

「…ほ、ほんとに違うからな!?」

 

「あははっ、そんなムキにならなくても…私がタイプ何て言う人、今まで居たことも無いしさ、分かってるから。」

 

「………それは…直接言い出せなかっただけじゃないのか?」

 

「??なんで?」

 

「何でってそりゃ…」

 

「…○○さんが…オロオロしてるっす…!」

 

 

 

茶化すな麻弥。パニックなんだ。何だこの可愛い生き物。

 

 

 

「…うなー…」

 

 

「お、おおそうだった!青葉を忘れるところだった!」

 

「モカ??…あぁ、そういえばまだパン買ってなかったね。」

 

「さーやー!!」

 

「はいはい、決まったのー?」

 

「ふふん、ココからココまで買うよぉー。」

 

「えっ、棚買い??…さっすがお得意さんだねぇ。」

 

「ふっふっふー、感謝したまへー。」

 

 

 

無駄に大仰に反り返る青葉。そのまま後ろにひっくり返らねえかな。

そんな様子で恩着せがましく笑う銀髪のバカにも沙綾は、真剣な表情で心配する。

 

 

 

「でも、そんなにお金持ってるの?あと、凄い量だけど運べる??」

 

「む??そこはだいじょーぶ。今日はせんぱいがいるからぁ。」

 

「は?」

 

「せんぱーい、お財布ー。」

 

「ふざけんなこの馬鹿ちんがっ!」

 

 

 

調子に乗りに乗りまくっている後輩に神の裁き(チョップ)を下す。勿論それ程強い一撃では無いが、ちょうど旋毛の辺りにトスッと入った。

…おふざけの流れだと思いやったが、何故かぽかんとした様子の青葉は阿呆のように口を開けている。

 

 

 

「…あれぇ?」

 

「あれぇじゃねえよ。買わんし持たんからな俺は。」

 

「えぇ?だって、さっき買ってって言った。」

 

「本気で言ってたのかよ…。」

 

「モカちゃんはぁ、いつだって本気ー。」

 

「モカー?あんまり○○さんを困らせちゃだめだよ?…自分の買える量で、食べきれる…そこはまあ心配ないか。運べる量を買わないと。」

 

「えぁー。」

 

 

 

不満そうに口を尖らせる青葉だったが、沙綾の言葉には素直に従う様だ。トレーとトングを持ち、渋々と言った様子でパンを盛り始める。…が、次第に気分が乗ってきたのか鼻歌なんぞ歌いながら売り場を物色し始めた。

 

 

 

「ふんふふんふんふん~うにゃにゃにゃーにゃー♪」

 

 

「…ガキか。」

 

「あはは…でも、ホントにすっごく懐いてるよねぇ。」

 

「だいぶ手を焼いてるよ…。」

 

「それに麻弥さんも、あまり男の人と一緒に居るイメージなかったから意外。」

 

「あぁ、麻弥とは…何か合うんだよ。雰囲気的な。」

 

「へー…。…二人は付き合ってるの?」

 

「?」「ぇえっ!?じ、ジブンがっすかぁ!?」

 

 

 

ぼーっと青葉の背中を眺めていた麻弥へ思わぬタイミングでの流れ弾。当然のようにスルーした俺とは対照的にわたわたと慌てふためく眼鏡は、急に動いたことによる足の縺れから俺の背中へと倒れ込む。

幾ら受け止めるだけの体が出来ていると言っても不意打ち気味の背後からの衝撃に耐えられる筈も無く、麻弥の体重を乗せ前へとつんのめる様にしてバランスを崩す俺。…その先には。

 

 

 

「えっ、あっ、ちょっ!!」

 

「「「わぁー!!!」」」

 

 

 

急な事ながら支えてくれようと手を伸ばした沙綾を押し倒す形でコンクリートの床へ。怪我だけはさせまいと、咄嗟な判断で目の前の彼女を抱き寄せ、背と首の後ろに腕を回し頭を守るように力を込める。

着地と同時に両腕に走る鈍い痛み、背中で眼鏡の同級生を受け止めたことによる圧迫感、口を塞ぐ柔らかく湿ったもの…。

 

 

 

「んむっ……ん!?」

 

「んっ……んぅ!?」

 

 

「おぉぉ、()()()()たっくる…」

 

 

「ぷぁっ…!…ご、ごめんっ、つーかすまんっ!!」

 

「ぁ……………。」

 

「○○さんっ!?な、なななにがあったっすか!?怪我とか無かったっすか!?」

 

「お、俺は大丈夫だけど…よ…」

 

 

 

仕出かしてしまった事実に気付き、腕立ての要領で慌てて体を起こす。それも背に麻弥を乗せたままだ。もう腕が痛いとか抜かしている場合じゃない、だって俺は今日出逢ったばかりの女の子の唇に…

とてとてと青葉が近寄ってくるのも確認したが、未だ仰向けのまま天井を見つめ放心状態の沙綾が気に掛かる。右手で口元をなぞる様に撫でながら、その目はどこか遠くを見つめている。

 

 

 

「さ……沙綾…?」

 

「…ぁ。」

 

「うなー、さーや怪我したー?だいじょー………うなっ!?」

 

「な、何だよ青葉。」

 

「さーや……何かえっちな顔してるー!!」

 

「えっ……って!?」

 

 

 

心配そうに沙綾の顔を覗き込んだ青葉がギョッとしたような声を上げる。…内容はよく分からんものだったが、今の沙綾の上気して惚けた蕩けるような表情を表現するにはピッタリの言葉だったかもしれない。

えっち……かぁ。

 

 

 

「うなっ!せんぱいっ!!さーやとえっちしたでしょー!!」

 

「してな…何だって!?」

 

「うなぁ、まちがえた…えっちなことしたでしょ!!」

 

「あ、あんまり変わってないッス。」

 

「えっちなこと……か。」

 

「しっ、したっすかっ!?ケダモノッ!!」

 

 

 

やいのやいのと騒ぎ立てるいつもの二人。対して未だ惚けたままの沙綾が心配だが…本当に、頭とか打ってないよな??

目の前でひらひらと手を振ってみると、漸く眼球がすすっと動き俺の顔をロックオン。…そのまま暫しじっと見つめられることとなり針の筵を味わう。無駄に整っている顔面のせいで余計にタチが悪い。

 

 

 

「……あのね、○○さん。」

 

「おっ!?おう!?」

 

「………あげちゃった。」

 

「あげ…何だって?」

 

 

 

揚げパンの話だろうか。…とアホな発想に至ってしまったが、隣でジュルリと涎を啜る音とゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた事から察するに、後輩も中々にアホなようだ。

 

 

 

「揚げたて…うなぁ…」

 

 

 

ほらな。

 

 

 

「…何を…あげたんすか?」

 

「……初めて、だったから……。」

 

「………!!!」

 

 

 

死んだ。俺死にました。

何がってもう、やらかした事の重大さにも気づいてしまったし何故かその発言を柔らかい笑顔と共に零す沙綾にも心臓を鷲掴みにされた気分になったしそもそも俺だって初めてだし。

テンパって舞い上がって、咄嗟に出た言葉がもう頭おかしいとしか思えなかった。

 

 

 

「お、俺も初めてだから!あ、あぁ!ちゃんと気持ちよかったからな!?…お、おそろっちだね!!」

 

 

 

コレ、後で思い出して死にたくなった奴ね。ちゃんとってなんだ。

 

 

 

「ぷっ……ふふっ、○○さん、変なの…。」

 

「……へ、へへっ。」

 

「大丈夫、別にそんなに気にしてないし。事故だもんね?事故。」

 

「お、おうよっ!」

 

 

 

少し間を置いて沙綾が面白がってくれたからいいものの。一歩間違えば逮捕されかねない案件だった。

その後は「さーやにえっちした罰」ということで青葉の欲しがった大量のパンを買い(未だに意味が分からない)、何故か上機嫌な麻弥を引き連れて自宅へと帰った。何故自然な流れでウチを目指すのか、何故その後の二時間もかけてパンを頬張る青葉を見ることに時間を費やさなきゃいけないのか、疑問は色々あったが…帰り際に沙綾が寄越した言葉が頭から離れない。

 

 

 

『○○さん!…また、会いに来てね?』

 

 

 

パンを買いに来い、の間違いじゃあないんだろうか…。

 

 

 




新たな出会いは物語発展のチャンス。




<今回の設定更新>

○○:パンより米、米より肉派。でも魚も好き。
   初めてを事故により奪われてしまったが、可愛い子だったからまあいいか
   的なノリで済んだ。
   ついでに人生初の棚買いも経験し、ちょっと大人になった。
   
麻弥:火種。
   付き合ってると勘違いされたからか帰り道はルンルンだった。
   モカが居ると口数が減るが、決して苦手な訳じゃない。

モカ:うなー。
   パンも大好きだがパンの匂いがする沙綾も好き。
   えっちな事が何なのかイマイチ分かっていない。
   試しに主人公が「どういうことがえっちな事なのか」訊いてみたら
   小一時間迷った挙句「かんちょ」と答えたそうな。

沙綾:かわいい。


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2020/02/02 欠伸と女体化の日曜日

 

 

「うなー?…んむんむ。」

 

「こら青葉。人の服を噛むんじゃない。」

 

「……うなぁ…んむ。…うなっ!?」

 

「言わんこっちゃない。金具噛んだのか?」

 

「うなぁ……。」

 

 

 

涙目で苦い顔をする銀髪の後輩。暇を持て余しすぎた結果俺の服の裾を齧る作業に入り、徐々に場所をスライドさせていった結果飾り金具を思い切り噛んだようで。

分かるぞ、気持ち悪いよなあの感覚。特徴的な鳴き声と共に頭頂部を俺の脇腹にグリグリと押し付けてくる…ホントに猫みたいなやつだなお前は。

 

 

 

「うなっ!…うなぁ!」

 

「いてて、いてぇいてぇっての!いいか青葉、そこはレバーっつってな、鍛えようもない上に急所になり兼ねん場所なんだ。そんなところにズンズン頭突きを続けたら俺だって怒…」

 

「ればー??……おいしそう。」

 

「涎涎…いや、俺の服で拭くな…あぁもう滅茶苦茶だよ…。」

 

 

 

元よりしゃぶられていたせいで色が変わっていた生地だ、今更零れた涎を拭いたところで何も変わるまい。…というか折角の日曜、休日というのに家でダラダラゴロゴロ…昔の俺が言えたもんじゃないが、幾ら何でもこれは怠惰すぎやしないだろうか。

青葉も麻弥も、人の家をまるで共有スペースみたいに使いやがるし…

 

 

 

「そういや麻弥、さっきから黙々と何やってんだ。」

 

 

 

麻弥は俺の机を占領して何かを一心不乱に書き殴っていた。さっきまでは図でも描いているような手の動きだったが、今はカリカリとまるで執筆でもしているような動きだ。

その横、ベッドの上でじゃれ付く青葉に構ってやる俺。…非常にまったりとした空間だが気になるものはなってしまう。

 

 

 

「ん、もうちょっとでできるっす。○○さんは青葉さんと遊んでいてくださいー。」

 

「……何を作ってるんだ…。あぁこら、服の中に入ろうとするんじゃない!」

 

「うな?」

 

「「うな」じゃねえよ。服の中には何も無いだろ?お前には何が見えてるんだ?」

 

「………せんぱい、いいにおいするから。」

 

「…前のアレ忘れたのかよ。」

 

 

 

青葉は謎体質の持ち主で、俺の匂いを嗅ぐとおかしくなるらしい。以前検証済みの結果だが、どうやらその作用には常習性があるようで。

事ある毎に何とかして近くで匂いを嗅ごうと、こうしてスキンシップが激しくなっていると言う訳だ。とは言え服に潜り込もうとするとは、流石にそろそろ何とかしないと痴女になってしまう。

 

 

 

「うなぁ…。だめぇ?」

 

「だめ。」

 

「ちょっとだけ!ちょっとだけぇ!」

 

「だーめ。」

 

「さきっちょだけぇ。」

 

「匂いに先も根本もあるか!どこで覚えてきたそんな言葉!」

 

 

 

こいつの交友関係は存じちゃいないが、幾ら何でも下品すぎる。それはもっと別の交渉で使う物だ。

…学校で会っても物理的に纏わりつくようになった辺り、いよいよその依存性も高まってしまっている可能性があるが…。

 

 

 

「できたっすぅ!」

 

「………。」

 

 

 

燥ぐ麻弥。こっちはそれどころじゃないんだよなぁ。

 

 

 

「何が出来たんだよ。」

 

「○○さんの女体化っす。」

 

「…なんだって?」

 

「○○さんが女の子になったら、を真剣に考えてみたッス。」

 

 

 

こいつはそんなことの為に半日以上も机に齧りついていたのか…。勿論誰も頼んじゃいないし、脈絡も無さすぎる。

手に持っている資料を見る限り半端じゃない練り込みだ。何だよあの枚数、論文でも出すのかいね。

 

 

 

「お前はどこへ向かっているんだ…」

 

「絶対可愛いと思うんすよねぇ。…あ、青葉さんも興味あるっすか?」

 

「いいにおいするー??」

 

「そりゃもう!なんてったって女の子っすからね!○子ちゃんっす。」

 

「○子……うなぁ、おいしそー。」

 

 

 

もうやだこいつら。

 

 

 

「……○○さん、興味ないっすか?」

 

「寧ろあると思った切っ掛けはどのあたりなんだ教えてくれ今すぐ消し飛ばしてやる。」

 

「あはははっ、遊びみたいなもんじゃ無いっすかー。冗談にいちいちムキになってると老化が進むらしいっすよ?」

 

「あぁ?……ソースは?」

 

「…た、タルタルっす。」

 

「テンパるんならもう少し面白い事言ってくれ…。」

 

「じゃあ○子ちゃんの詳細っすけど…」

 

 

 

その話にそんなに自信があるんだな。

…わかった、どうせ暇だし聴いてやろう。こいつが俺をどんなイメージで見ているのか、その参考にもなるやもしれんしな。

やや青葉に押し倒されそうになっていた姿勢を起こし、壁に凭れて座る。体育座りを崩したような格好になったが、開いた足の間に座り込みさも当然のような顔をしているこの後輩は一体何なんだろう。こちらを見上げ「うな」と小さく鳴く姿に怒るに怒れないんだが。

 

 

 

「まず高校生はそのままっす。」

 

「あぁ。」

 

「1年E組の出席番号は11番くらいで…」

 

「E組…うちの学校にはないクラスだな。」

 

 

 

俺が通っている高校は全学年Dまでしかないからな。早速創作っぽくなってきたぞ。

 

 

 

「実際の○○さんは結構ノッポじゃないっすかぁ?」

 

「まぁ…一応180はあるぞ。」

 

「だから○子ちゃんは155cmっす。」

 

「…その具体的な数値は何だ。…155、どれくらいだよ…。」

 

「モカちゃんはひゃくごじゅうはち。」

 

「興味ねえ……いや待て、こいつよりちいちゃいってのか。」

 

 

 

そこそこに鍛えていた結果身長もぐんぐん伸びてしまった俺だが、そんなとっくに通り越した身長を言われたところで全く想像ができない。

青葉よりもちいちゃいらしいという点に少なからず戦慄は覚えたが、果たして…

 

 

 

「そっすね……うちの学年に、(みなと)友希那(ゆきな)さんっているじゃないっすか。」

 

「知らん。誰だそれ。」

 

「えぇぇえ!あれだけの有名人っすよ!?…同学年で知らない人が居たなんて…。」

 

「知らんもんは知らん。そいつが155cmなのか?」

 

「はい…。」

 

「うなー!ひーちゃんもひゃくごじゅうごなんだよー!」

 

「ひーちゃん??」

 

 

 

要所要所で鳴き声が足の間から上がる。話に入りたいんだろうが如何せんタイミングを見計り損ねているようで、うなうな言いながら体をもぞもぞ動かしているのが擽ったい。

漸く乱入タイミングを見つけたのか、ひーちゃんなる謎の人物の名と共に参戦してきた。麻弥の間の抜けた声も分かる、誰やねん。

 

 

 

「ひーちゃん、しらない?麻弥せんぱい。」

 

「流石に愛称じゃちょっと…青葉さんのお友達っすか?」

 

「ひーちゃんはおさななじみー。」

 

「幼馴染…っすか。生憎とジブンじゃ把握できてない部分っすねぇ。」

 

 

 

青葉の幼馴染か。ここ最近俺の周りをうろうろし続けているせいでより一層気にしていなかったが、こいつ友達とかいるんだろうか。いるんならそっちに行ってくれないだろうか。

青葉に幼馴染が居たとして俺には全く関係がない。

 

 

 

「うなぁ、ひーちゃんは面白い子。」

 

「そか。まぁどうでもいい。兎に角背が低いんだろ。」

 

「は、はいッス。…そんで髪は栗色の癖っ毛にしたっす。」

 

「栗色か、悪くないな。…癖っ毛とはまた…あぁなるほどそんな感じか。」

 

 

 

栗色ってあれは栗のどの部分の色なんだろうか。棘?中身?中身の中身か??…ううむ、日本の色の表現は難しいよな。

癖っ毛についてはあまり想像ができなかったが、麻弥に渡された絵を見る限りとても邪魔くさそうだった。真っ直ぐに伸ばせよ。アイロン持ってんぞ、俺。

 

 

 

「…目は紫…ほほう、こいつぁいいじゃないか。」

 

「そっすよね!?いつも涼しげで、偶に見せる流し目が堪らないっすっ!!」

 

「うなー!!!」

 

「……マジかよ、よくそこまで想像膨らませられるな。」

 

 

 

オタク少女の本領発揮といったところか。その無限の可能性に、俺は恐怖すら感じてしまうよ。

青葉も目ぇ輝かせてるし…お前もこういうの好きなんかい。

 

 

 

「あ、これは想像っていうより日頃の○○さんを参考にしましたぁ。」

 

「……麻弥、俺のことどう見てんの…?」

 

「え。……あ、いや、その………ぃゃーん?」

 

「疑問符取れそれぇ。」

 

「うなぁん。」

 

「お前はもうちょいやり切れ!」

 

 

 

涼しげな目…俺が?

取り敢えず麻弥は嘘も冗談も下手らしい。

 

 

 

「うな!…おっぱい!!」

 

「お、いい着眼点ですね青葉さぁん!…実はこの○子ちゃん…Bカップっす!!!」

 

「ぅな"っ!?」

 

「…楽しそうだな。」

 

 

 

どうやら俺を女にするとBカップだったらしい。全く以て意味の分からん情報だが、二人の盛り上がりは凄まじい。麻弥はいい形に描けただの制服の撓みが至高だの語っているし、青葉は自分の胸をペタペタ触っている。お前はCって言ってたろうが。

やがて俺の手を取り引っ張ろうとするがこれを全力で阻止。流石に何の関係でもない後輩の胸を揉みしだく趣味はない。

 

 

 

「けち。」

 

「バカ言え、俺を変態にするつもりか。」

 

「…でもせんぱい、モカちゃんがすっごくおっきいのだったら触ってたでしょー?」

 

「…………ノーコメントで。」

 

「うなー…ひーちゃんくらいあったらなぁ。」

 

 

 

顔も知らないひーちゃんとやらは巨乳らしい。

 

 

 

「そのうえでですね、いっつも明るい人気者!芸術家タイプの文系で、美術の授業なんかはそりゃもう凄いっす。」

 

「設定細かいんだか雑なんだかわからんなぁ…。」

 

 

 

そりゃもう凄い、って。

 

 

 

「うなぁ、麻弥せんぱいは何かっぷ?」

 

「ええと、青葉さんって下着はどうやって買ってるっすか?」

 

「うな……ひーちゃんが選んでくれてるー。」

 

「なるほどなるほど…カップ数ってのはですねぇ、結構アバウトなもんなんすよ。」

 

「あばうと…?」

 

「詰まる所バストサイズっていうのは、トップとアンダーの差っすからね。ブラのカップっていうのは、BだろうがCだろうがDだろうがフィットすりゃいいんすよ。」

 

「………じゃ、じゃあ、タグに書いてあるあるふぁべっとは変わるかも知れないのー?」

 

「まぁそんな感じの認識で間違いないっす。」

 

「う、うなぁ!……………せんぱいせんぱい、(*`ω´)フフン。」

 

 

 

何だそのドヤ顔。可能性を感じたって顔だな。

…あぁこらやめろ、手を引っ張るんじゃない。揉まない揉まない…。

 

 

 

「…随分作りこんだじゃないか。何のためかはわからんが。」

 

「こういうの好きなんすよねぇ。…あっ、因みに女体化した○○さんは、"あくびテロリスト"の称号を持っているっす。」

 

「あくびテロリストとは。」

 

「えっとー……うーんと、うまく表現できないんすけど…」

 

 

 

初めて聞いた単語に思わず食いついてしまった。青葉も興味津々だ。

 

 

 

「ちょ、ちょっと顔が怖いっすよ?○○さん、そんなに気になるっすか?」

 

「すっげぇ気になる…し、物騒な単語だったんでな。おかしなこと言ったらタダじゃおかねえぞ。」

 

「そんな凄むことないじゃないっすかぁ!」

 

「うなぁ!………うなぁ…。」

 

「あ、青葉さんはもう興味がどっか行っちゃったみたいっすよ。」

 

「あぁ?…あぁ、あんなのいつものこったろ。それよりテロリストとはどう言う了見だ?」

 

 

 

足の間から動こうとはせず俺の上着に付いているボタンを弄りだす青葉。飽きたんだろうか。興味が向いたと思えばすぐ移る…移った先でもすぐ飽きる…本当に猫のような奴だ。

 

 

 

「うな…………くぁあ…ぁふ。…せんぱいねむーい。」

 

 

 

暢気に欠伸なんかかましてやがる。しかしなんだ、この姿を見ていると細かいことはどうでもよくなるような…和んだ気持ちになるのは。

ねむいねむいと連呼しながら体勢を変え、そのまま俺の腿を枕に見立て、丸くなって睡眠の姿勢に入ったようだ。

 

 

 

「……おいおい本当自由だな。」

 

「うなぁ。」

 

「褒めちゃいないんだがな。」

 

「へへっ、とっても和やかな絵面っすよ?…あっ。」

 

「…なんだよ。」

 

「あくびテロリスト、こういうことっすよ!」

 

「くぁあ……ぁふぅ。うなー。」

 

「…………。」

 

 

 

あぁ、なんとなくわかる。自由気ままに、気持ちよさそうに、本能のままに伸び伸びと繰り出す猫のような欠伸。

 

 

 

「……こりゃとんだテロリストだ。空気もへったくれもありゃしねえ。」

 

「うなぁー。」

 

 

 

銀の髪をサラサラと撫でて過ごす、穏やかな時間。

本当のあくびテロリストは、こいつなのかもしれない。

 

 

 




まったり。




<今回の設定更新>

○○:高身長。麻弥曰く爽やかな視線にイチコロらしい。
   動物は嫌いだがモカなら飼ってもいいかなとは思い始めている。
   あ、変な意味じゃなくて。

麻弥:時々妄想大行進が止まらなくなる。
   目に見えないものを形にする、また、目に見えるものを改変させた結果を妄想する
   力に長けている。
   ふへへって、最近笑わないね。

モカ:真のあくびテロリスト。
   かわいい。
   ひーちゃんが好きだが胸囲の格差社会に衝撃を隠せない。


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2020/03/09 後輩は猫である

 

 

無気力である。

なんとも無気力なのである。

 

 

 

「うなぁ……。」

 

「ああぁぁぁぁ………。」

 

 

 

自室、ベッドにて。

怠けきった気分のまま一日の授業を潜り抜け、何とか下校というミッションをクリアした後真っ直ぐ帰宅。途中で何やら小言を言っていた麻弥の誘いには乗らず、自室に辿り着いた。

最早ごく自然な流れで青葉も付いて来ているがこの際どうでもいい。

 

 

 

「うーなぁ…」

 

「……青葉ぁ…。」

 

「うなぁん?」

 

「何か元気が出ることやってくれぇ。」

 

「うなぁ……いっぱつげいとか?」

 

「それを見て元気になれると思うならどうぞ。」

 

「うな…なれにゃい。」

 

「じゃあだめだぁ…。」

 

 

 

日が落ちるのもどんどんと遅くなっているこの頃、まだ夕方のように感じられる景色が窓から見えるが、もう二十時を回っている。

こんな時間まで自室で異性の後輩と二人きりというのもまずいだろう。いくら相手が青葉だからと言ってもこう、倫理的に。

 

 

 

コンコン

「晩御飯出来てるわよー」

 

 

「…げー…もうそんな時間かよ…」

 

「うなぁ!ごはん!」

 

 

 

部屋をノックするお袋の声に飛び起きる青葉。直前まで仰向けの俺の腹の上でゴロゴロしてたため、勢いよく起き上がる為のパワーは俺をベッドに押し付けることで生まれる。

変な声が出そうになったが、何とか痛みには耐えきった。

 

 

 

「あら、モカちゃんもいるの??」

 

 

「あぁ…帰すの忘れてたわ。」

 

 

「モカちゃんもおゆはん一緒にどう?」

 

 

「うなー!いいの!?」

 

 

「いいのいいの、一人くらい増えたって変わらないわよ。」

 

 

「うなぁ!せんぱいのままさん、いい人。」

 

「よかったな。」

 

「…せんぱいは、あんまりいい人じゃない。」

 

「あ?」

 

 

「あらあら、それはよくないわねぇ。」

 

 

 

真に受けるお袋。

 

 

 

「早めにいらっしゃいな~」

 

 

「うな!」

 

「……お前、飯絡みの時だけ元気な。」

 

「うなぁぁん。」

 

 

 

そう言えば、朝からグダグダやってたのは俺だけで、青葉は元気に登校していた。授業中は知らないが、昼飯を食い終わるまでは元気一杯だったように思える。

その後の昼休みではいつも通り昼寝に入ってしまったために気力については確認できなかったが…こいつ、俺の真似してるだけか?

怪訝な目で見つめているのがバレたのか、立ち上がった青葉に手を引いて起こされる。飯を前にすると急に元気になる後輩だが、力まで強くなるのはどういう仕組みだろうか。

 

 

 

「うな、せんぱい、早くいこ。」

 

「まぁ待て、お前はそもそも何しに来たんだ?」

 

「うな?」

 

 

 

そうそれだ。俺があまりにうだうだ言っていたせいで見落としかけていたが、そもそもこいつは何故ここに居る。

妙な居心地の良さから、ベッドに倒れ込むなりくっ付いて来ても特に気にしていなかったんだが…。

 

 

 

「うーん。」

 

「…。」

 

「お腹空いたねぇ、せんぱぁい。」

 

「…はいはい。飯食ったらまた聞くからな。」

 

「うなぁ。」

 

 

 

腹を満たしてからでもいいか、別に。

 

 

 

**

 

 

 

「うなぁ、いっぱいたべた。」

 

「すげえな。米もいけんのか。」

 

「う?」

 

「パンだけじゃねえのかって意味。」

 

「うなー、人類皆平等…」

 

「それなんか違う…」

 

 

 

満腹になった俺と取り敢えず空腹は治まった青葉。一食で四合も米を食う女を俺は初めて隣で見た。てっきりパンばかりバクついているイメージを持っていたが、日本人の心も忘れていないらしい。名前は片仮名なのにな。

食事中やたらとウチの両親に可愛がられていた青葉だったが、あそこまで食べっぷりがいいと見ていて気持ちいいのだろうか。この後は危ないから送って行ってやれと釘を刺されてしまった。

大変面倒ではあるが、数少ない顔見知りの後輩だし…遅い時間に気付けなかった俺にも責任はあった。止むを得ず、「一休みした後」という条件付きで送って行く事にした。

 

 

 

「うな!」

 

「おふっ!?…こらこら、食い終わったばかりの腹に乗るんじゃない…」

 

「でちゃう?」

 

「でちゃうよ。困るだろ?」

 

「うぇー、きちゃなーい。」

 

「なら食休めは大切にしないとな。体がビックリしちまう。」

 

「うーなー…。」

 

 

 

体に障るやんちゃは御免だ。俺の説得が効いたのか、大の字に寝そべる俺の隣に大人しく寝転がる青葉。

勝手に俺の腕を枕にしよった猫みたいな後輩は、何が面白いのかじっとこちらに視線を送って来る。まん丸な瞳、意外に長い睫。…本当に猫みたいなやつだ。

 

 

 

「…つんつん、つんつーん。」

 

「こら、耳に指を突っ込もうとするな。」

 

「にへへ。うなぁぁ。」

 

「楽しむんじゃない…。」

 

 

 

とは言え大人しく寝させては貰えないようで。

 

 

 

「食べてすぐ寝たら猫になるんだよー。」

 

「……牛じゃなかったか?」

 

「ありゃりゃ??でもひーちゃんが。」

 

「…前に言ってた巨乳の子か。」

 

「うなぁ。」

 

「ひーちゃんはお馬鹿さんなのかな。」

 

「ひーちゃんも牛みたいだから、いっぱい食べてすぐねちゃうのかなぁ。」

 

「かもなぁ。」

 

 

 

むふふふっ、と堪えるように笑い手をぱたぱたと激しく動かす。笑い終えたら終えたで、より体を摺り寄せて来ての上目遣い。あぁ、意図は分からんが可愛い子ぶってる顔だ。

 

 

 

「うな、じゃあせんぱいも牛になりたいの?」

 

「なりたいわけじゃねえ。」

 

「うなー…おっぱい欲しいのかと思った。」

 

「いらん。」

 

「猫じゃなかったのかー、ざんねーん。」

 

「ははは、でもこれで正しい知識が身に付いたなぁ。」

 

 

 

牛になるというのも正しくは無いんだが。少なくとも歩くミルクタンクこと"ひーちゃん"の間違いに踊らされずに済んだと考えればまだ良しか。

…しかし、牛とまで揶揄されるとは、ひーちゃんとは一体どれ程のものをお持ちなんだろう。学校も同じわけだし、今度確認しに行ってみようか。

 

 

 

「せっかく、猫になれるとおもったのに。」

 

「……え?」

 

 

 

心底残念そうに、銀髪の後輩は呟く。

 

 

 

「…なりたいのか?」

 

「猫、すきだから。」

 

「へぇ。」

 

 

 

初耳だ。

 

 

 

「…青葉はもう猫みたいなもんだろ。」

 

「うな?」

 

 

 

くしゃくしゃと空いている方の手で目の前の銀髪を掻き回す。くすぐったいのか心地良いのか、目を細めて鳴く後輩を眺めつつ確信する。

こいつは猫だ。

 

 

 

「うなぁぁぁ……。」

 

「…ほれ。」

 

「うなー。せんぱいは猫好きだもんね。」

 

「あぁ。…麻弥から聞いたのか?」

 

「うん。」

 

「そか。猫は飽きないからな。」

 

 

 

我が家では昔、猫を飼っていた。小さな三毛猫で、機嫌がいい時にはこうして一緒に寝転がったりもした。

ある日突然姿が見えなくなった「マキ」と名付けて可愛がっていた猫はどうなったのか…当時小学生だった俺には「家から逃げちゃって」というお袋の説明だったが、今なら意味が分かる。

いつか失い悲しむことになるなら、相手が何であろうと情を移さなければいい。思い返せばそれがきっかけだったようにも感じる。

俺が他人と距離を置くようになった、最初の。

 

 

 

「………。」

 

「せんぱい。」

 

「ん。」

 

「…モカちゃんが猫になったら、今よりももっと可愛がってくれる?」

 

 

 

そんな思い出の欠片でも読み取ったかのように、上目遣いをキープする後輩は続けた。

 

 

 

「…馬鹿言うな。今でも十分可愛がってるだろ?」

 

「ほんと?」

 

「うな……。モカちゃん、もっともっと、せんぱいとくっつきたい。」

 

「……これでも、足りないのか。」

 

「せんぱいは……女の子、嫌い?猫なら好き?」

 

「………もうそろそろ、帰ろ。送ってくよ。」

 

「…うな?もうそんな時間??」

 

 

 

視線を合わせ続けることに耐えられなくなったため思わず顔を背ける。その先で見た時計を咄嗟な建前としてこの話題からの離脱を図った。

特に遅いと感じる時間じゃなかったが、このままでは平常心を保てそうになかったのだ。

 

 

 

「…お前はその…女の子なんだから、あんまり遅くに歩くのは良くない。だからほら、帰る支度しな。」

 

「えー、まだ居たーい。」

 

「だめだ。…ほら、明日だってまた学校で会えるだろ?」

 

 

 

昼間だってどうせくっ付いて来るんだから、何も変わらないだろうに。

身体を起こし、ベッドから逃げるようにして窓辺に立つ。そこから見える景色はまだまだ冷たく、柔らかな春は遠く感じる。街灯の寂しげな灯りも相まって、何とも寒々しい光景だ。

 

 

 

「せっかくせんぱい独り占めだったのに。」

 

「……流石に夜は冷えそうだな。ちゃんとマフラーと手袋と、忘れずに――」

 

 

 

トッ…と、背中に軽い衝撃。叩かれた…にしては弱すぎるし、シャツ一枚越しモフモフと毛の感触を感じる。

…頭か、と認識する間もなく両腕を腹の方へと回される。バックハグだ。

 

 

 

「…青葉?」

 

「…………せんぱい、()()()、めいわく?」

 

「…………いや。」

 

 

 

ドッドッドッドッドッドッドッド…

沈黙の中、鼓動だけが厭に響いて聴こえる。自分の体内から聞こえて居るのか、はたまた背中にピッタリとくっつけられた青葉の小さな胸から伝わってくるのか。

迷惑?その質問に一体どんな、いや、この体勢は一体…?

 

 

 

「青葉、取り敢えず一回離れよう。な?」

 

「……や。」

 

「ほら、帰る支度もしなきゃだし、その…」

 

「……いっぱい頑張ってるのに、せんぱい全然だから。わたしが猫になったらって思ったけど…それもやっぱり全然で。」

 

「………青葉。」

 

 

 

全然、か。俺だって別に、そこまで鈍感な訳じゃない。

日頃の激し目なスキンシップはともかく、ここ最近の青葉の行動を思い返してみれば流石にそこにある好意くらいには気づく。だがそれに応えるかどうかはまた別の話だ。

俺は兎に角、失うのが怖い。突然いなくなったあの三毛猫のように、それは相手が何であろうと変わることは無く、あの時さして追及もせずに一人諦めた俺にはその資格すら無いのだから。

 

 

 

「…せんぱい、わたしの名前、しってる?」

 

「はぁ?…青葉は青葉だろ。」

 

「………むぅ。麻弥せんぱいは麻弥って呼ぶのに、わたしはどうして青葉なの。」

 

「…あー……。」

 

 

 

言われてみればそうか。最初に呼び始めた時のまま、というか、丁度しっくりくる呼び方というか。

特に気にしたことは無かったが、俺の知り合いの中で青葉だけ苗字呼びというのもおかしいかも知れない。

 

 

 

「不満なのか。」

 

「うん。」

 

「そっかぁ、そりゃ悪かったな。」

 

「うん。」

 

「………つまり名前で呼べと?」

 

「うん。」

 

「うぁー……。」

 

「やなの?」

 

 

 

呼び方を変えるというのは、ただそれだけのことなのに関係まで変わってしまいそうで。少しの恐怖とかなりの気恥ずかしさがある。

特に相手が青葉だと違和感まで付いてくるが…まぁより猫っぽさが増すだけと考えればいいか。

 

 

 

「…嫌ってわけじゃないけどな。恥ずかしいだろ?」

 

「……じゃあ、わたしもせんぱいのこと○○って呼ぶ?」

 

「じゃあの意味が分からんが。」

 

「……○○?」

 

「ッ……。」

 

 

 

相変わらずバックハグの体勢の為表情は分からないが、絶対揶揄ってる顔だこれ。それかさっきのような上目遣いで精一杯可愛い子ぶってる顔。

どのみち、名前を呼び捨てにしてくる人間など両親くらいしかいない訳で、背中から飛んでくる甘ったるい声は俺の耳を通して体中を蕩けさせてしまいそうな程だった。

 

 

 

「……わ、わかったから勘弁してくれ…モカ…。」

 

「うゅっ……!」

 

「モカ…?」

 

「うにっ……!!」

 

 

 

要望に応えてやれば、背中に帰ってくるのは奇声と振動。震える程嫌なら求めるんじゃないよ…。

 

 

 

「落ち着け、どうした。」

 

「……にゃあ、もういっかい。」

 

「落ち着け、どうした?」

 

「そ、そこじゃなくて……なまえ。」

 

「……モカ?」

 

「に……にぁぁぁ………。」

 

 

 

ぎゅう、と回された腕に力が篭もる。と言っても締め付けられるほどの力はなく、しがみ付く程度のものなのだが。

照れている…という解釈で合っているのか。

 

 

 

「………うにゃぁぁあ………はずかしい。」

 

「じゃあたまに呼ぶだけにしようか。」

 

「…うにゅ、まよう。」

 

「毎度そうやって悶えてたら会話も出来ないだろ?」

 

「うん…。じゃあ、たまーに、大事な時だけ。」

 

「そうしよう。俺も身が持たねえ。」

 

 

 

恥ずかしいのはお互い様なのだから。

 

 

 

「それじゃ、そろそろ解放してくれ。いよいよ遅くなっちまうぞ。」

 

「あ、それは困っちゃうー。」

 

「ん。…ほら、家まで送ったるから。」

 

「…ねえせんぱい。()()()一つお願いしてもいい??」

 

「……可能な限りで。」

 

 

 

最後、というワードが引っ掛かったが、ここまで来たら大抵の事は乗り越えられそうだ。

漸く解いてくれた腕をぼんやり眺めながら振り返り、願いとやらを待つ。予想通り上目遣いで見上げてくる青葉は数秒もじもじしたかと思うと、

 

 

 

「……頭、撫でてほしい。」

 

 

 

と小さく呟いた。

珍しいこともあるもんだ。いつもなら「うなー!撫でろー!」くらいの勢いはあるというのに。

 

 

 

「…ああ、お安い御用だ。」

 

「ん。…マキちゃんにしてたように、優しーくしてね。」

 

「そうか…。」

 

 

 

幼い頃のあの暖かさを思い出しながら、本日何度目になるか分からない後輩のおねだりに応える。銀のシルクを解く様に、絡むことも引っ掛かることもない綺麗な髪の間を俺の指が泳ぐ。

あの子もそうだった。毛色こそ違うが、撫でて欲しい時は目の前で小さく鳴くのだ。行儀よくちょこんと座って、頭を差し出しながら。そして俺も応えてやるべく、彼女が満足して頭を引くまでその毛並みを堪能する。精一杯の、愛情をこめて。

 

 

 

「………うなぁぁぁ……。」

 

「…顔、緩みまくってんな。」

 

「うなー……うな??」

 

「どした。」

 

 

 

急に頭を上げてキョロキョロと不思議そうに周りを見渡す青葉。やがて自分の頭に載っている俺の手に気が付くと、ぐいぐいと頭を押し付け始めた。

 

 

 

「うなっ!……うなぁっ!」

 

「どうしたどうした…」

 

「頭、撫でてくれたのせんぱい?」

 

「お前が撫でろって言ったんだろ……。」

 

「むむ??モカちゃんが??」

 

「あぁ、マキみたいに優しくーって言ってたろうが。」

 

 

 

猫なのに鳥頭とはこれ如何に。

 

 

 

「まき??……せんぱい、また女の子たらしたの?」

 

「おいやめろ人聞きの悪い…」

 

「うなっ!?もう真っ暗!!せんぱいせんぱい!モカちゃん帰らなきゃっ!」

 

「本当自由だなお前は…」

 

 

 

まさに猫の様な気紛れさ。

急いで支度を始めた青葉を眺めながら、これから味わうであろう夜の寒さに身を震わせるのだった。

 

 

 

「せんぱーい、おいていくよー。」

 

「どういう立場なんだお前は…。」

 

 

 

 




うなぁ




<今回の設定更新>

○○:決して鈍感な訳では無いとは彼自身の認識である。
   後輩相手にドキドキしてしまったことを数日引き摺ったらしい。

モカ:うなーとうにゃぁは別らしい。
   モカちゃんは可愛がられたい。

マキ:主人公宅で昔飼っていた三毛猫。
   加齢から衰弱しきった彼女は、気付けば姿を消していたそうな。
   主人公にとってはトラウマの原因だが、彼女は最期まで幸せだった
   という。


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2020/04/30 カリの日

 

 

 

「――それで、あの日以来青葉さんは…」

 

「特に変わりはねぇよ。ただやっぱ何つーか、少し()()()になった感はある。」

 

 

 

すっかりフリーパスのように我が家に出入りする様になった麻弥と件の後輩の件について話し合いながらゲームに勤しむ。…今日の俺は狩人だ。

著しく猫化…若しくは雌猫化を見せたあの夜以降、何処となく様子がおかしくなってしまった青葉についてという議題だったが、如何せん狩りの最中というのは集中力が別の方向に向いているもので。

 

 

 

「あ"ッ!?」

 

「…フヘヘッ、そんな所でお肉食べちゃダメっすよ。」

 

「うっせい、間違えて押しちまったんだ。」

 

「もー…集中しないと狩り友達さんに悪いじゃないっすかぁ…。」

 

「…じゃあ話しかけんじゃねえよ。」

 

 

 

大した趣味も無く毎日無駄な時間を過ごすだけだった俺。それを見兼ねてか、麻弥が半ば強引にプレイさせたのがこのゲームだった。

今では共にco-opプレイに没頭できる知り合いも出来た訳で、一応曲がりなりにも感謝はしているのだが…ハマり過ぎているのもそれはそれで気にくわないようである。意味の分からない女だ。

 

 

 

「…お、狩り失敗っすかぁ。いやぁ残念、残念!」

 

「嬉しそうだな。」

 

「ま、折角訪ねて来たんで。どうせなら構って欲しいじゃないっすか。」

 

「素直ーぅ。」

 

「……そろそろ恥ずかしがってる場合じゃないっすからね。」

 

「…あん??」

 

「な、なんでもないっすぅ!…あっ、ほ、ほら!チャットが来てるっすよ!」

 

 

 

何かを盛大にはぐらかされた気分だが、麻弥の指差す先を見ればオンラインで繋がった狩り仲間――沙綾から"今日は終わりにしよう"といった旨のチャットを受信していた。

時計を見れば午後十五時を回ったところ。成程これから混雑の時間でも迎えるのだろう。パン屋の娘というのも大変だ。

 

 

 

「……ん~~~~っ!…ふぅ。」

 

 

 

電源を落とし、気付かず猫背に固まっていた背中を思い切り伸ばせばまだ明るい外の景色が視界に入ると共に凝り固まっていた肩甲骨がゴキゴキと鈍い音を鳴らす。

その様子にフヘフヘと笑いを零す麻弥には特に触れずに、学習机備え付け回転イスを回し彼女と向き合う形になる。

 

 

 

「…で、青葉の話をしに来たわけじゃないんだろ?」

 

「あー………実は、一つお願いがあって。」

 

 

 

今日の昼間。用事を終わらせた俺がいつも通りにチャットを交わしていたらいきなり食いついたようで。そんな予定も無かったというのに突撃取材の様にウチを訪れたのが昼頃だ。

何が狙いかは聞いていなかったが、急に訪問の予定を入れてくるところはこいつも青葉も似たようなもんだ。

 

 

 

「なんだよ。」

 

「……頭、撫でていいっす…か?」

 

「……………頭湧いてんのか。」

 

「ひっ、酷すぎるっすよぉ!そんな言い方ないじゃ無いっすかぁ!」

 

「だってよぉ……。」

 

 

 

撫でて欲しい、ではなく撫でさせて欲しい、なのか。

生憎と俺はそういったプレイに興味を抱くタイプではないのだが、何処か倒錯しておかしくなってしまったのだろうか。

もし逆の頼みなら喜んで聞いてやれるのだが…。

 

 

 

「…俺がお前を、じゃなくてお前が俺を?」

 

「はい…っす。」

 

「………変わってんなぁ。」

 

「や、今の○○さんなら誰でも撫でたいって思う筈っす。」

 

「やめろよ気持ち悪ぃ。」

 

 

 

元々真面目そうとか波長が合いそうとか思っていた麻弥も、実は隠れ変態だったのかもしれないな。もっと早く踏み絵でもして炙り出しておくんだった。

だがその為だけに態々家まで押しかけてくる根性ないし執念は買おう。…それにまあ、撫でられるだけなら俺が頑張ることも何もなさそうだし、日頃何かと騒がしくしてしまっている(主に青葉が)詫びも兼ねて聞いてやるとするか。

 

 

 

「……だめ……っすかぁ?」

 

「……………マジ、なのか。」

 

「マジもマジ、大マジっす。」

 

「………はあぁぁ。……好きにしろ。」

 

「ま、マジっすかっ!?うわぁい!天使っすぅ!!」

 

 

 

再度椅子を回し背中を向けるや否や、ベッドに降ろしていた腰を勢いよく持ち上げて飛び掛からんばかりに距離を詰める麻弥。狂ってやがる。

…そのまま幾秒か待つが触れてくる気配はなく。…代わりに耳に届いてくるのはゴクリと唾を嚥下する音。

 

 

 

「……おい、何緊張してんだ。」

 

「そ、そりゃぁ!……するっすよ。○○さんに、これから、触れるんすから。」

 

「?…今更だろ?」

 

 

 

言って考えてみるが彼女とこうして直接的なスキンシップを図るのはそう多くないことかもしれない。青葉のせいで感覚が麻痺してしまっているが、通常俺達くらいの年頃の男女はそうそうボディタッチにも走らないだろうし…いやまぁ、俺がその辺全く気にしないからどうでもいいんだけどさ。

その辺彼女はある程度の世の常を反映しているのか、妙に呼吸の荒い彼女は何か重大な決心でもするかのように固まっている。

訪れる静寂。漂う緊張感。やがて――

 

 

 

「え、ええい!!」

 

「っ!!」

 

 

 

ショリ…と、刈りたての後頭部を撫で上げる感触。続けて聞こえる恍惚の声…。

 

 

 

「ほ、ほわぁぁあ……。これは…魔性っす……。」

 

「…………。」

 

「うふふぇへへぇ……チクチクでザラザラっすぅ…。」

 

「…………。」

 

 

 

部屋で二人きり、同級生の異性に髪を撫でられるだけの時間。情景だけならばときめいてしまうようなシーンかも知れないが相手はあの麻弥だ。

今更何を意識することがあろうか。

 

 

 

「……ふ、ふへへへへへぇ……」

 

「満足したか?」

 

「…うぅ、ずっと触って居たい気分ですが…。」

 

「やめろ、禿げる。」

 

「でも、やっぱこの感触は最高っす。○○さんの髪、マジ神っすよ。」

 

「え?」

 

「……何でも無いっす。」

 

「無理があるだろう…。」

 

 

 

散髪したての短い毛。ヤツの狙いはそこにあったらしい。

だから美容室から帰ってきた時のあのチャットに食いついたのか。柄でもなく短く刈り上げたことにより酷くワルさを増した俺の人相を格好いいと言ってのける様なおかしな感性を持つ麻弥だ。"短い髪を触る"ことに興奮を覚える様な特殊性癖だとしても今更驚くまい。

 

 

 

「でもホント、これだけは癖になっちゃってるっす。」

 

「…何ならクラスの男連中の連絡先でも教えてやろうか?運動部の奴等なんて覿面…」

 

「え、エンリョしとくっす!」

 

「……触り放題だぞ?」

 

「ちがっ……そうじゃなくって…そうじゃないんすよぉ…。」

 

「髪質…とかか?」

 

「んぅ……○○さんには一生理解できないだろうからいいっすもん…。」

 

「…そりゃまぁ…。」

 

 

 

俺は変態じゃないし。

 

 

 

「じ、ジブンだって変態じゃないっすぅ!」

 

「はいはい。」

 

「○○さんのじゃないと意味が無いんです…。○○さんの、刈りたての短髪じゃないと嫌なんすよぅ…。」

 

「…んじゃ、俺は常にこの髪型キープしといたほうがいいのか?」

 

「………そういうことじゃ、ないんすよぉ…。」

 

 

 

普段はどちらかといえば長い部類に入る髪型の俺だ。今のような状態はスースーと風が通り抜ける感覚が落ち着かず好ましくは無いが、麻弥がそうして欲しいと言うなら考えなくもない。

それだけ拘りも無いしな。

 

 

 

「…どんな髪型でも、○○さんが好きっす。フヘヘヘ……。」

 

 

 

笑う麻弥。

………ううむ。

 

 

 

「………やっぱ変態なんじゃねえのお前。」

 

「むぅ…!一筋縄じゃ行かないにも程があるっすよ…!?」

 

 

 

また次も刈り上げてやろうか。

 

 

 




ううむ時間が取れない




<今回の設定更新>

○○:普段は後ろで余った髪を結ぶような浪人ヘア。
   愛用の武器は大剣とヘビィなボウガン…らしい。

麻弥:少し焦りを感じているようだが口下手が災いしている。
   刈り上げたての髪の触り心地は確かに良い。分かります。


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2020/07/31 非常事態

 

 

 

「そ……それは、正真正銘、実際に起きたこと…っすか??」

 

 

 

麻弥が妙に悪い顔色のまま、フレームを新しくしたとか言う眼鏡をクイとずらす。

 

 

 

「……うななぁん。事件の香りですなぁ。」

 

 

 

青葉も同様に、神妙そうな雰囲気を装いつつ俺の太腿に乗せた頭をグリグリと押し付ける。

 

 

 

「別に……生きてりゃ一度や二度くらい、あるもんだろ。」

 

「や、○○さんに限ってそれは……嵐の予感とか、するでしょう?」

 

「しねえ。」

 

「うなー。せんぱいはかわりもの…。」

 

「お前に言われたかぁない。」

 

「うなぁん。」

 

 

 

青葉の顎下をごろごろやりながら考える。

……愛の告白とやらを、この俺がされるとは。

 

 

 

**

 

 

 

「で?」

 

 

 

すっかり見慣れてしまったこの光景。俺の部屋に居座る同級生と後輩。

中でも人見知り全開だった当初と比べ、慣れっぷりが異常な麻弥は勉強机備え付けのキャスター付きチェアに背凭れを抱き込む様に座り、何とも雑な質問を飛ばしてくる。

 

 

 

「「で?」じゃないが。」

 

「気になるっすよ。一体どこの酔狂な女に目を付けられたんすか?」

 

「口悪ぃなオイ…。」

 

 

 

相手は隣のクラスの妙にギャルギャルしい女生徒だった。毎日ちゃんとメイクをして、さりげないヘアアレンジで気分を表現して。

合同授業の時にやたら話しかけられると思ったらついに今日……そう言う事になったってワケだ。

 

 

 

「ふむ……ふむふむ。隣のクラスでギャルっていうと…」

 

「……知ってんのか?」

 

「リサさんっすよね。今井(いまい)リサさん。」

 

「ああ。確かそんな苗字だった。」

 

「どうして告白してきた相手の名前すらあやふやなんすか…?」

 

 

 

仕方ない。名前しか聞いていなかったし、その告白の際に初めてフルネームの様な物を名乗ったのだから。

正直何の感情も抱いていない相手だったために、こうして返答を持ち帰ってしまったのだ。

にしても麻弥、食いつきが異常だぞ。

 

 

 

「まあ色々あんだよ。」

 

「リサさんっていうとー、スタイルもいいし面倒見もいいしー……。せんぱいには勿体ないくらいのモテさんだよねぇー。」

 

「お前も知ってんのか。」

 

「うなー。アルバイトが一緒なのー。」

 

「……アルバイト、してたのか。」

 

 

 

どうにもまだまだ知らないことだらけな後輩だ。どうやらアルバイトをしているらしい青葉の話によると、リサは学校近くのコンビニで働いているとか。

選ぶお菓子のセンスが良いとかいうどうでもいい情報は聞き流しつつ、こうなってしまった原因を探る。

 

 

 

「そもそも、○○さんの何処が良かったんすかねぇ?」

 

「奇遇だな。俺も同じこと考えてたよ。」

 

「○○さんって、口も悪いし人相も悪いし、おまけに空気も読めなくて最悪じゃ無いっすか。ないない尽くしでデフレスパイラルっすよ。」

 

「てめぇ、口縫い付けてやろうか。」

 

「そういうところっす。」

 

「こういうところか。」

 

 

 

麻弥の疑問も尤もで、友人の一人もできない辺り俺の人間性というのは地に近い所にあるらしい。特にこれといって何かをやらかした経歴は無いのだが、一番近くで毎日過ごしている彼女が言うのだから…多分そういう事なんだろう。

はて、ではそんな人間の何処に惹かれたというのか、あの女生徒は。

 

 

 

「せんぱぁい。」

 

「?」

 

「せんぱいはぁ、リサさんのこと好きぃ?」

 

「いや。」

 

「振っちゃうのぉ?」

 

「んー…。」

 

 

 

好きか嫌いかと言われたら嫌いではない。では好きかと訊かれたら…。

兎に角接点が碌に無いのだ。好感度の気配さえ見えていなかったというのに。

 

 

 

「どうしようか。」

 

「うなぁ。ゆーじゅーふだん…。」

 

「この手の問題は先延ばしにしても誰も幸せになれないって言うしな。……いっそ一思いに振ってしまうか、或いは――」

 

 

 

知らないのなら、知ってみてから考えればいい。

まずは友人として。そして次第に深まった関係を次の段階と呼称するかどうか……そこで再度迷えばいい。そうも思った。が。

 

 

 

「「だめ!!」」

 

「っ!?」

 

 

 

声を揃えて制止の様を見せる二人。やはり半端な気持ちのまま容易に関係を持つべきでは無いという事か。

言い終えてから「しまった」というような顔をする二人。確かにこれは、俺自身が判断しなければいけない問題。

初めて直面する選択肢とて、乗り越えず背を向けるのはあまりに無様すぎる。

 

 

 

「ちょ、「だめ」ってなんすか、青葉さん。」

 

「麻弥せんぱいも言ったくせにぃ。」

 

「あれは……だ、だって、考えてもみてくださいよ!○○さんが、リサさんとっすよ!?」

 

「うな。つりあわにゃい。」

 

「ですよね!!だからその……そ、そう!○○さんが笑いものにならないように、先手を打ってあげないと……」

 

「うなうなぁ。せんぱいは地味地味のジミーさんですからなぁ。」

 

「そっすよ!私服の一つも自分で買ったことないなんて、今時ダメダメっす!!」

 

「うなぁ。ちなみに今着てる部屋着は、前にモカちゃんがぷれぜんとしたやつです。」

 

「んな…ッ!?」

 

 

 

論点がずれすぎちゃいないだろうか。

いやいや、確かに釣り合わないとは俺も思う。ドッキリか罰ゲームかとも思ったくらいだ。だがあの表情、あの挙動不審っぷりは、たまに授業で見掛ける彼女とは確かに違っていたし。

 

 

 

「ぷ、ぷれ、ぷれぜんと……??」

 

「うなぁ。誕生日プレゼントにぃ、何が欲しいですかーって訊いてぇ…。」

 

「……答えたんすか!?○○さんがぁ!?」

 

「うみゅ……その時モカちゃんが着てた服、肌触りがいいねって言われてー。」

 

「……お、え、あ、まさか??」

 

「にひ。おそろっち。」

 

「ぬぁあああ!!」

 

 

 

騒がしい二人を放り、スマホを取り出す。確か電話番号も渡されていた筈だ。

一先ず何も分かっちゃいないが、告白の真偽だけでも確かめてみよう……そう思った。

数コールの後、声が聞こえてくる。

 

 

 

『もしもーし。今井ですー。』

 

「……ああ、ええと……○○、だけど。」

 

『……………。』

 

「………。」

 

『……エェッ、アィッ、○○くん!?』

 

「ああ……。その、大丈夫…か?」

 

 

 

数秒の間の後、ドスンバタンと暴れる様な音共に裏返り気味の声が聞こえる。忙しかっただろうか。せめてこれから電話を掛ける旨だけでも伝えられたらよかった。

 

 

 

『……ご、ごめんね?今ちょっと、ばたばたしてて…』

 

「忙しいなら、後でまたかけ直すが…」

 

『い、いいの!全然大丈夫だからさっ!!』

 

「…………昼間のこと、だが…」

 

 

 

大丈夫だというのだから続けてしまおう。

 

 

 

「本気、なのか?……その、俺を好きだとか、付き合って欲しいとかいう――」

 

『……あ、あははー…急に、迷惑だった…よね?』

 

「迷惑…いや迷惑とかではないが。……関りも殆どないだろ?俺達。」

 

『うん……でもその、色んな話、モカからも聞いててさ。……遠目で見てる分には、格好いいし…』

 

「……青葉が?」

 

 

 

つい訊き返してしまったが。

名前を呼ばれたと思ったのだろうか。ベッドの上でキャットファイトを繰り広げていた二人がピタリと手を止め、ことに青葉の方が首を伸ばしてこちらを窺っていた。

別に呼んじゃいねえ。

 

 

 

「うな、せんぱい、お電話中??」

 

「……ああ。リサに――」

 

 

 

言うや否や。

 

 

 

「にゃああああ!!!!ま、麻弥せんぱい!!とめないと!!」

 

「そ、そっすね!!うぉぉおお!!!!」

 

 

 

跳ね起きる青葉と猛進する麻弥。ラガーマンよろしく突っ込んできた麻弥の勢いのままに、さして抵抗するでもなく押し倒されるようにスマホを奪われてしまった。

この間ほんの二秒。常人なら何が起きたかも認識できないだろうね。

 

 

 

「おいこら、何する…っ!?」

 

「だ、だめっす!!だめだめ!!!通話終了っすぅ!!!」

 

「お、おい馬鹿…!」

 

 

 

手際よく通話終了の赤いボタンをタップし、沈黙した愛機は青葉の元に投げられる。

 

 

 

「ふぅ~、ききいっぱつですなぁ。」

 

「何が何だか……」

 

「と、とにかくだめっすよ!!そんな……そう!これは、女の子にとってとってもナイーブな問題なんすから、○○さんみたいな糞朴念仁が無策で電話かけるなんてあっちゃいけないことっす!!」

 

「うなぁ。麻弥せんぱいのいうとおり~。」

 

「何だってんだ……」

 

 

 

……リサと仲良くなると都合でも悪いってのか?

いやまあ、仲良くなるかどうかも分からんが。

 

 

 




特に意味はない…?




<今回の設定更新>

○○:いいところがまるでないと有名。
   が、二人の懐き様もまた校内では有名である。

麻弥:最近容赦がなくなってきた。

モカ:うななぁ。

リサ:物好き。


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【羽沢つぐみ】お兄ちゃんの、ばか。
2019/09/17 居残り


 

 

 

「……ちゃん。…ちゃん、…きてー。」

 

「んん…。」

 

 

 

誰かが俺を呼ぶ声がする。頭上から。

折角安らかな眠りを堪能しているというのに、一体誰が邪魔しているというのかね?

 

 

 

「……ぅ、よだれ…れちゃってる……」

 

「んむぅ…。」

 

 

 

今度は口元を何かで擦られる。なんつー斬新な起こし方だ。摩擦熱で焼たらこ唇が出来上がるわ!

…何だったか、この邪魔が入るまで素敵な夢の中に居たような気がするんだ。…窓から差し込む斜陽に心地よい涼風。

あぁなるほど。今俺の睡眠を妨げてくれているのは"獏"だな。…かの有名な妖怪のアレ。

 

 

 

「もー………つまで…るのぉ…。」

 

「…んぁ?」

 

 

 

いつまでも止まない騒音に薄目を開ける。獏の正体、この目に焼き付けたるわ!!

 

 

 

「…出たな獏!」

 

「ひゃっ!?…わ、わたし獏じゃないよっ!」

 

 

 

クワッ!と見開いて見せた俺の双眸が映したのは獏とは程遠い、何とも珍妙なポーズで震える小動物だった。

 

 

 

「……それは一体なんのポーズだ?…つぐ。」

 

 

 

俺の双子の妹にして隣のクラスの人気者、羽沢つぐみだ。…俺からしたらただの地味で普通な子なんだが、これでどうやら結構モテるらしい。

顔がそっくりだとか言われる割には、俺は全くモテないんだがなぁ…。

あ、そうそう。俺とつぐは俗に言うところの"一卵性双生児"なんだけど、一卵性で異性の双子が産まれることってかなり珍しいことだそうな。

…ま、どうでもいいか。

 

 

 

「お兄ちゃんが急におっきい声出すからでしょ!!」

 

「……つぐが俺の眠りを妨げたからそうなったんだろう?…何でも人のせいにするのは良くないぞ。」

 

「うぅぅぅ…わたしが悪いみたいになってるし…。」

 

 

 

そもそも俺は何故こんなところで眠ってるんだ?

放課後はタイムアタックが如くダッシュで帰るのがポリシーだというのに…。

 

 

 

田崎(たさき)先生に言われたやつ終わったの?」

 

「なんだそれ。」

 

「お兄ちゃんが言ってたんでしょ?お昼休みの時。」

 

「そんなこと言ったっけ。」

 

 

 

田崎…うちのクラスの担任だな。何だかムカつく顔面の狸みたいな親父だ。アレに言われたこと…って。

 

 

 

「あぁ、あれね。うんうん、あれならもう終わったよ。だから帰ろうつぐ」

 

「うそでしょ。」

 

「うん。」

 

「単位が足りなくなるからって、追加の課題出されてたでしょ?」

 

 

 

あー……うん、それだ。

クソがつくほど真面目な(つぐ)と違って、俺はどっちかっていうと不良な方だ。アウトローって響きはかっこいいと思うけど、ヤンキーはいけ好かない…そんな感じ。

学校には来ているんだが、授業中は専ら悪友とどこかで時間を潰しているってところだな。

その様子を教師陣に密告(チク)っているのは他でもなくこの妹なんだが。

 

 

 

「あったなぁ…そんなの。」

 

「遠い目してる場合じゃないよっ!お兄ちゃんがちゃんとやらないと、わたしに文句が来るんだからっ!」

 

「はぁ?それまたどうして。」

 

「家が同じだからでしょっ!!」

 

「なーる。」

 

 

 

その"課題"ってのは恐らく、机の上で水没しているこのプリント類の事だったと思うが…。どうも机で寝ると涎が酷くていけねえ。

まぁどうせ出すつもりもないしいーんだけど。

 

 

 

「ま、今日の所は帰ろうぜ?」

 

「…ちゃんとおうちでやる?」

 

「やるやる。任せとけ。」

 

「……信用できないなぁ。」

 

「血の繋がった兄妹を信じられないとは、冷たい世の中になったもんだなぁ…。」

 

「血が繋がってるからよくわかるの。…はぁ、しょうがないなぁ。」

 

 

 

わざとらしく溜息を吐く妹。身長差の関係で表情は見えないが、やれやれ的な顔を全力でしているに違いない。妙に演技派なんだこいつは。

…おっ、つぐって旋毛二つあるんだな。

 

 

 

「ご飯食べてお風呂入ったら一緒にやろ?わたしもお手伝いするから。」

 

「つぐはつぐで自分の勉強があるだろ?…こんな兄貴は放っといていいから、そっちやんなさい。」

 

「…優しそうなフリしてるけど面倒臭がってるだけなの、バレてるからね?」

 

「まぁじかぁ!…お前ってホントエスパーなっ!…よっ伊東!」

 

 

 

ぱぁんっと口でSEを付けつつ、ピストルのようにした両手をつぐに向ける。

 

 

 

「ふざけてもダメです。」

 

「だめかぁ。」

 

「伊東じゃないです。誰ですか。」

 

「そっかぁ。」

 

「お勉強ちゃんとしますか。」

 

「…するかぁ。」

 

「んっ。…じゃあ帰ろっ、お兄ちゃん。」

 

「うーん、そうするかぁ。」

 

 

 

妹が俺に対して敬語で喋りだすときは

「そろそろ冗談抜きで真面目に喋ろうな?しつこいんだよお前。」って時だ。

実際に聞いたわけじゃないけど、これだけ一緒に居りゃ嫌でもわかる。

 

 

 

**

 

 

 

夕暮れ…いや、もう日は沈んだか。そんな薄暗くなった中を妹と並んで帰る。

帰った後には地獄の課題。文字を読むことで発症するアレルギーの恐怖に怯えながらも、つぐとの他愛もない会話は自宅まで続いた。

 

薄明りの中、うっすら伸びる、長さの違う二つの影。

そんな、放課後。

 

 

 

 




少し短い立ち上がりですが羽沢つぐみ編、新シリーズです。
肩の力を抜いて楽しめるようなお話にしたいです。




<今回の設定>

〇〇:主人公。高校2年生。
   一卵性双生児で別性という珍しい双子の片割れ。顔はつぐみにそっくり。
   特に身長は高くないが、つぐみが著しく小さい為どうしても差が生まれる。
   一応例の面々とは幼馴染だが、あまり関りがない。

つぐみ:天使のような妹。いや、妹として生まれた天使?
    主人公の双子の妹。とても小さい。
    勉強は出来るが運動はちょっと苦手。
    Afterglowは結成されておらず、幼馴染の面々ともあまり深い関りは無い。
    主人公の悪友ともそこそこの面識はあるが、不良になった兄はちょっと好きじゃない。


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2019/10/03 交換条件

 

 

 

「もー!またこんなとこにいるー!」

 

 

 

天気もよく、程よい気温に保たれた屋上。ここ四時間ほどの安眠を妨げるように、開け放たれたドアから届く可愛らしい怒声。

その声に、閉じきっていた目をうっすら開ける。

 

 

 

「お兄ちゃん!午前中の授業、全部出てないでしょ!」

 

「……ああ、今日はでなくてもいい日なんだ。」

 

「嘘ばっかり。そんなわけ無いでしょ。」

 

「うるせぇなぁ…。」

 

 

 

相変わらず世話焼きの妹だこと。…つぐがここに来るってことは、時間的には昼休み頃ってわけだ。

道理で腹が鳴る…と思いつつ横たえていた体をゆっくり起こす。

本来立ち入り禁止の屋上。その隅、貯水タンクと避雷針があるブロックの影が、俺たちの絶好の寛ぎポイントなんだ。

 

 

 

「大体な、屋上は立ち入り禁止なんだ。そんなところにつぐみたいな"良い子"が来ちゃダメだろ?」

 

「お兄ちゃんもでしょ!…ほら、早く行くよ。午後の授業はちゃんと出なきゃ。」

 

「こらこら引っ張るな…。…ふんっ!」

 

「きゃぁっ!?」

 

 

 

ぐいぐいと引っ張ってくる腕を逆に引き返し、体勢を崩し倒れ込んでくるところを抱え込む。そのまま先程までの寝る姿勢に入り…

 

 

 

「ちょ、ちょっとだめだってば!…こんなところに寝転がったら制服も汚れちゃうし髪だって…」

 

「いいだろ?たまにはお兄ちゃんと一緒に寝やあな。」

 

「……一緒に、寝たいの?」

 

「あぁそうだなぁ、つぐが一緒に寝てくれなくなって寂しくなったもんなぁ…」

 

「うーん……。」

 

 

 

勿論そんなことはない。ある程度の年になった子供たちが部屋や寝所を分けるのは当たり前のことだと思うし、それに対してなんの不満もない。

プライベートが確立されるって大事だしな。

 

 

 

「じゃあ…」

 

「ん。」

 

「……きょ、今日から一緒に寝てあげるから…。午後は授業、出よ?」

 

「……んん??」

 

 

 

どうやら俺の適当な口先マジックを本心と受け取ったらしい妹は、それを交換条件に授業へ出ることを提案してくる。

だがな妹よ。それはいくら何でも安すぎる取引だと思わんかね?

 

 

 

「寝るだけか?」

 

「えっ?」

 

「俺が授業に出たら、一緒に寝てくれるだけなのか?」

 

「えっ、えっ?…もっとしてほしいこと…あるの?」

 

 

 

そうだなぁ……。どうせなら、もっと恥ずかしがる姿も見てみたいし、困っている様子を見るのも面白い。結局のところ、妹ってのは可愛いもんだしな。

 

 

 

「よし、じゃあ帰りに着ぐるみパジャマを買って帰ろう。」

 

「!?どうしてそうなったの!?」

 

「んで、それを着て暫く俺の部屋で過ごしたあとに一緒に寝よう。…それくらいしないと、交換条件にはならないなぁ。」

 

「…お兄ちゃん、ただ困らせたくて言ってる?」

 

 

 

鋭いな。

 

 

 

「……いや、お兄ちゃんはこう見えて寂しがり屋さんだからな。もっとつぐを近くで見て、ずっと一緒にいたいんだ。」

 

 

 

どうせなら本気っぽく、ということで熱演してみることにした。

妹への愛情を熱く語る兄貴。…うん、この程度で騙されるようなら余程の馬鹿者だ。

 

 

 

「……へー?そ、そうなんだ…。お、お兄ちゃんがそうしたいっていうなら、べ、別にそういう条件にしてあげても?いいけど?」

 

 

 

馬鹿だった。

 

 

 

「……はぁ。…行くか、つぐ。」

 

「う、うんっ。」

 

 

 

**

 

 

 

久々に真面目に授業に出た気がする。当然そこまでの過程を全く受けていないわけだから内容はチンプンカンプンだし、周りの奴は物珍しそうにジロジロ見てくるしで全く居心地の悪い時間を過ごした。

そんな無意味な時間を経て、放課後。

 

 

 

「お兄ちゃーん!」

 

「……つぐ、恨むぞ。」

 

「ん??…授業、どうだった?」

 

「最悪。」

 

「もーまたそんなこと言って…」

 

「…約束、忘れてないだろうな?」

 

「う……。」

 

 

「つーぐー!帰らないのかー??」

 

 

「あ!うーん!ちょっとだけ待っててー!」

 

「……宇田川の姉の方か。」

 

「うん。校門まで一緒に帰ろうって。」

 

「ふーん……俺も一緒にいて問題ないのか?あいつは。」

 

 

 

宇田川巴。…俺とつぐの幼馴染と呼べる関係性の女だ。どうもここ数年馬が合わなく、顔を合わせては啀み合ってばかりな気がする相手だ。

その度につぐが空気の回復に一苦労する羽目になるので、あまり関わらないようにしていたんだが…

 

 

 

「……どうだろ。ちょっと訊いてくるね。」

 

 

 

教室の入口まで駆けていくつぐ。何やら話しているようだが……おっ、つぐからOKのハンドサイン。

カバンを持ち二人に近づいていく。

 

 

 

「ようトモ。俺も一緒で平気なのか?あ?」

 

「…なんで最初から喧嘩腰なんだよ。」

 

「さあな。行くぞつぐ。」

 

「あっ。」

 

 

 

俺と巴の間でキョドキョドしているつぐの手を握り、引っ張るように歩き出す。

つんのめる様な形で付いてくるつぐのもう片方の手を、巴が掴んだ。

 

 

 

「……何の真似だ?」

 

「兄貴だからってつぐを独占しすぎなんだよ。…校門までは、アタシが先に約束してたんだからさ…。」

 

「巴ちゃん…。」

 

「ちっ…好きにしろ。早く行くぞ。」

 

 

 

廊下を横並びに広がって歩く三人はさぞかし滑稽だっただろう。

宇田川巴はそういうやつなんだ。昔から、俺とつぐが一緒にいると必ず割り込んで来て張り合おうとするような。

 

 

 

**

 

 

 

「じゃあなーつぐー!!」

 

「ばいばーい!また明日ねー!!」

 

 

 

校門まで、なんとか揉めることなくたどり着いた。と言っても、口を出さないようひたすら歩きスマホに勤しんでいただけなんだけど。

漸く煩いのも居なくなり、俺たちの家路に就く。

 

 

 

「…偉かったね、喧嘩我慢できて。」

 

「…ガキ扱いすんな。お兄ちゃんだぞ。」

 

「ふふっ、双子だもーん。…考え方によってはわたしの方がお姉ちゃんなんだからね?」

 

「そうかよ。……あ、忘れてないよな?」

 

「なに??」

 

「ド○キ行くぞ。パジャマ買わなきゃ。」

 

「う……ほ、本当に行くの?」

 

「当たり前だ。」

 

「うぅ…。」

 

 

 

**

 

 

 

店内でも散々弄り倒し(可愛がり)、結局三着を購入して帰ってきた。

今はあいつが風呂に行っているため、その内どれを着て戻ってくるのか予想し待っているところだ。

候補は、ピンクのファンシーな豚、黄色いふわっふわのひよこ、グレーでさらさら素材が素敵なネズミだ。ふふん、風呂に合わせて好きなものを選ばせる兄貴の懐の深さよ。どうよ?

 

 

 

「しかし、どれも可愛いからって奮発しすぎたなぁ…。暫くは贅沢できねえぞこりゃ…」

 

 

 

一着¥2,980(ニーキュッパ)って高くね?それを三着だぜ?

○ンキ侮れねえわ。

 

ガチャッ

 

!!

 

 

 

「おかえ………り?」

 

「………は、はずっ、はずかしいんだけど、これ。」

 

「つぐ………お前……」

 

「お、お母さんにも変な目で見られたしっ!」

 

 

 

正解は…………ネズミだった。

ドアから少し覗き込んで入室してくる様子も、ちょこちょこと小股で隣まで駆けてくる様も、全てがぴったりマッチしている。最高の可愛さだ。

 

 

 

「…………。」

 

「も、もう!何か言ってよ!!」

 

「……お前、何かあざといな。」

 

「!?……お兄ちゃんが着させたんでしょ!?」

 

「でもそれ選んだのはつぐじゃん?」

 

「うっ…!」

 

「…いいじゃん。似合ってて可愛いぞ?つぐ。」

 

「………ばかぁ!」

 

 

 

真っ赤な顔でジタバタするつぐ。いいじゃん、可愛いって褒めてんだから…。

結果的に、つぐ自身気に入ったようで、これ以降家の中で着ぐるみパジャマのままウロウロすることが多くなった。

眼福、眼福…、

 

 

 

 




着ぐるみパジャマは至高




<今回の設定更新>

○○:朝のHRが終わってずっと屋上にいた。
   友達と一緒だったがそいつはつぐみの波動を察し撤収していたらしい。
   シスコンではない。

つぐみ:お兄ちゃんにはちゃんとしてほしい。
    別に恥だとかはないけど。
    ブラコンではない?
    巴と主人公がバチバチやりだす度に胃が痛むが、もう諦めている。

巴:主人公が堕落し始めてから嫌悪するようになった。
  ただ、嫌っているわけではなく、元の真人間に戻って欲しいと思っている。


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2019/10/21 生徒会長

 

 

「お兄ちゃんっ!」

 

 

 

昼飯時、後ろから飛んでくる声に何とは無く振り返ればご立腹の妹が。…態々学食にまで、ご苦労なこった。

 

 

 

「なんだ?今日は珍しく学校に居たぞ。」

 

「学校に来たって授業に出なきゃ意味ないでしょっ!!」

 

「……誰から聞い……アイツか。」

 

夏野(なつの)くんから聞きました!!……もう、どうして真面目に授業受けられないの…。」

 

 

 

夏野っていうのは俺の数少ない友人…所謂"悪友"ってヤツで、毎日つるんで一緒にサボったりフケたりする不良仲間みたいなもんだ。

元々はそんな奴じゃなかったんだが、入学後に色々あったせいですっかり落ちぶれちまった。…俺も人の事は言えないけどな。

今じゃ二人セットで、学校の爪弾きみたいな扱いをされる始末。別に慣れてしまえばどうってことは無いんだが、夏野の奴は、どうやらつぐみに気があるらしい。

しょっちゅう俺の事を報告するフリをして接する機会を作ってるっつー訳だ。

 

 

 

「あの野郎…。後でシメてやらにゃならんな…。」

 

 

 

昼時にも居ねえと思えばそういう事かよ。

 

 

 

「そもそもどうしてこんなところに居るの?お弁当渡してあったのに…。」

 

「あぁ、弁当はだな……。んー…と。」

 

「今言い訳考えてるでしょ。」

 

「いや?…ええと。」

 

「正直に言って。」

 

「………あれは、人にやっちまった。」

 

「…人?」

 

 

 

丁度いい言い訳が全く浮かばなかったので諦めて吐く。…まぁ、今日のは別にいいんだ。母親が寄越してきた奴だし。

「人にやった」という状況がイマイチ分からないのか、ポカンとして突っ立っているつぐみ。

 

 

 

「…ほれ、そんなとこ突っ立ってないで座れよ。」

 

「ふぇ?…う、うん。」

 

「順を追って説明するとだな…」

 

 

 

税込み360円のかけうどんを啜りつつ、二時間ほど前にあった出来事を説明してやることにした。

 

 

 

**

 

 

 

相も変わらず授業には後ろ向きな俺。移動教室の時間を利用して何とかフケてやろうと計画していたところに…

 

 

 

「わー!!どいてどいてー!!!」

 

 

 

喧ましい大声とともに何かが突っ込んでくる気配がして、何気なく後ろを振り返る。と、そこには

 

 

 

「どいてってばぁ!!」

 

 

 

眼前まで迫った、水色の髪と薄緑の瞳。…あぁ、うちの有名人の…と名前を思い出す前に

 

ゴンッ

 

鈍い音と共に視界は黒で塗りつぶされ、一瞬火花の弾ける幻覚が見えたかと思うとそのまま平衡がズレる感覚。…続いて周囲の喧騒が遠ざかり、恐らく衝突相手であろう元気な声が反響するように耳を擽り。

…気付けばそのまま、生徒行き交う廊下で大の字に伸びてしまったらしい。

 

 

 

次に覚えているのは固く冷たい床と暖かい枕、頭上から降ってくる耳に馴染みのない声だった。

 

 

 

「うぉ、目が開いた…!!死んでなかったんだね!!」

 

「起き抜けになんつー……()ッ…。」

 

 

 

酷く額の辺りが痛み、思わず顔を顰める。それを見てか見ずしてか、少ししゅんとなる水色。

恐らく痛みからして豪快なヘッドバッドを決め合ったのだろうとは予測できるが…。…こいつはどうしてそう平然としているんだ?ぶつかったのはお前も同じじゃないのか?

 

 

 

「ご、ごめん…痛かったよ…ね?」

 

「…結構重い一撃だったぞ…。お前は、大丈夫なのか?」

 

「へ?あ、あたし??」

 

「?あぁ。ぶつかった相手って、お前だろ?」

 

「……あ、あたしはほら…石頭、だから。あっでもでも、おねーちゃんの方が石頭かも!」

 

 

 

そういう問題じゃないだろ…。音と衝撃からして、共倒れになってもおかしくないぶつかり方だったはずだ。…というか、この状況は一体?

 

 

 

「なぁ。」

 

「なあに?」

 

「……今更だけど、あんた…生徒会長?」

 

「あたしを知ってるの?」

 

 

 

全校生徒の前に散々顔を晒しておいて今更何を言っているのかこの女は。第一、生徒の模範になるべき生徒が廊下を爆走していいと思ってんのか。

何故か頬を染める生徒会長様はそのまま言葉を続ける。

 

 

 

「あ、あたしを知ってるってことは、あたしに興味あるってこと…?」

 

「はぁ?これっぽっちも……いや、今のこの状況には興味あるかな。」

 

 

 

頭を強く打って意識が飛んだと思ったら学校一の変人として有名な生徒会長の太腿の上で目覚めるという奇々怪々な現象。

柔らかさに流されそうになるが、その間どれほどの時間が経っているのかも気になるし、キチンと確認することは必要だろう。

 

 

 

「そ、そっかー…。」

 

「一体何があった?そんで、一体何がどうなってこうなった。」

 

「んとね。あたしが走ってて、前に○○っちが出てきて…」

 

「待て。…俺、自己紹介したっけ?」

 

「う?…あぁ、校内で有名人だもん。君たち二人組。」

 

「……二人組?」

 

 

 

やっぱ不良連中ってことで目ぇ付けられてんのかな。生徒会所属なら教員連中とも絡みが多いだろうし。

…二人組ってことは、どうせもう一人は夏野(アイツ)だろうし…。

 

 

 

「うん!○○っちと、つぐちゃん!!超絶ラブラブのカップルだって!!」

 

「あ"!?」

 

 

 

どんな捻れた伝わり方してんだ。…いや、そもそもカップルじゃねえし。兄妹だし。

ただ生徒会長がこんなんだし、噂に尾ひれが着いて飛び回っている可能性は大いにある。誰に、どこまで伝わっているのか。

 

 

 

「待て待て……。いいか?ええと…」

 

氷川(ひかわ)日菜(ひな)だよ!!日菜ちんって呼んで!!るんるんっ♪」

 

「るん……?日菜はさ、知らないのか?」

 

「ちん!!…何を?」

 

「俺とつぐみ……双子の兄妹だぞ。」

 

「……へ?…だって、つぐちゃんの苗字って羽沢でしょ??」

 

「あぁ、そうだな。」

 

「それで、○○っちは………羽沢?」

 

「おう、俺、羽沢。」

 

「…で?」

 

 

 

で?じゃねえよ。同い年の二人がいて、そこそこ珍しい苗字が被ってんなら双子を疑えよって話だ。

よくそれでカップルとか言えんな。

 

 

 

「日菜、お前バカだろ。」

 

「ちーんー!!!!…バカじゃないし!!」

 

「じゃあ、俺とつぐみの関係、わかるよな?」

 

「……夫婦?」

 

「……俺でも生徒会長出来そうな気がしてきたぞ。」

 

「褒めてる?」

 

「なわけ。」

 

 

 

全力で馬鹿にしてるよ。その答えが大真面目に捻出した物だとしたら俺はある意味尊敬する。その脳の謎構造に。

こいつは常識的な思考パターンというか、論理を持っていないのだろうか。生徒会長といえば確か一学年上だったと思うが、これを先輩と思うのは難しいだろう…。

気が付けば頭痛が額の痛みを上回っている。どうやら骨や脳まで異常は起きていない様だ。一応額を擦り、先ほど迄のような鈍い痛みが消えていることを確認…もぞもぞと起き上がる。

正直あの膝枕は魅力的だったが、硬い床に寝転がるのは少々しんどいんだ。

 

 

 

「…あれ、もう起きちゃうの?」

 

「…もっと寝てたほうがよかったか?」

 

「別に、もっと使ってくれてもいいのに。」

 

「今度疲れたとき頼むわ。膝枕。」

 

「いいよっ!…その代わり、日菜ちんって呼んでね!!」

 

「……それはまあその時考えるよ。」

 

 

 

頼むことはないと思うがな。俺にはつぐみがいるし。

周りの状況から察するに、ここは屋上へ続く扉の前、階段で言うところの最上段踊り場ってところか。そりゃ床も硬いわけだけど…何故わざわざこんなところまで連行して寝かせた?

 

 

 

「るん?…保健室とかだと他の生徒も来ちゃうでしょ?こうやってじっくりお話するなら二人きりがいいなって思ってさ!!」

 

「…じっくり話す必要があんのか?」

 

「…だって、気になるじゃん?あたしも双子だけど、他の双子って知らなかったからさ。」

 

「あそ。んじゃ行くから。」

 

「えっ!?ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

「……あんだよ。」

 

 

 

立ち去ろうとしているのに慌てて呼び止めようとする生徒会長さん。いつまでもこんなところで寝てるわけにはいかないんだが。

若干イラつきつつ階段に差し掛かっていた足を止め振り返る。

 

 

 

「…あたし、お礼が欲しいな?」

 

「あ?…なんの。」

 

「介抱してあげたお礼…?」

 

「元はといえばお前のせいだろ……。」

 

「でも、男子憧れのあたしの膝枕だよ?……なんなら、今後も好きな時に?つ、使わせてあげるし…」

 

「………はぁ…。…何を要求してんだよ。」

 

「んー……るんっ♪って来るやつ!!」

 

「あ"?」

 

「………伝わんないかなぁ…」

 

 

 

どうしてお前が面倒そうな顔出来るんだよ…。こっちは早く切り上げたいんだが…と、最早キレそうな心境になったとき。

 

ぐぅぅぅぅ

 

間抜けな音が、踊り場の狭い空間に響いた。

それと同時に真っ赤に茹で上がる目の前の少女。

 

 

 

「………何か買ってきてやろうか。」

 

「うぅぅ…一緒に学食、行こーよ…。」

 

「無理。今日弁当なんだ。」

 

「むぅ……あっ、じゃあ何か買いに行こ?」

 

「めんどい。………じゃあうちの教室まで来い。弁当やるわ。」

 

「ほんとっ!?いくいく!」

 

 

 

その後有名人を引き連れ教室に戻った俺。すっかり昼休みに差し掛かっていた教室は、「屈指の不良と稀代の変人生徒会長」という異質な組み合わせに騒然となったが。

それを全く意に介さない俺と不思議そうにぴょこぴょこ跳ねる日菜は俺の机へ。カバンに入っていた弁当の包を渡し、日菜に出て行くよう促す。

 

 

 

「え、一緒に行かないの??」

 

「行かねえ。一人で食え。」

 

「……ツンデレ?○○っち。」

 

「早く行かねえと弁当返してもらうぞ?」

 

「わっ、そりゃだめだ!……じゃあ行くね!お弁当ありがとー!!」

 

 

 

そうして、昼飯の無くなった俺は学食へと向かったのであった…。

 

 

 

**

 

 

 

「そっ、それで日菜先輩に…?」

 

「あぁ、今頃食ってんじゃねえかな。」

 

「………ずるいなぁ日菜先輩…。」

 

「あ?」

 

 

 

何やらボソボソ呟いたように聞こえたが、つぐみはふるふると首を振るので深くは追求しないことにする。

 

 

 

「もう、それでもサボっていたことに変わりはないでしょ?

 どうしたら真面目に授業受けてくれるの…??お兄ちゃん…。」

 

「えぇ…?………うーん、そうだな…。」

 

 

 

以前もやった交換条件というやつだろうか。この妹、味を占めたのかあれ以来頻繁にこの駆け引きを出してくる。

ならば今回は…

 

 

 

「…よし、じゃあ昼の弁当はつぐみが作ってくれよ。」

 

「へ?」

 

「そうしたら、お前の弁当をモチベーションに午前中は頑張れるからよ。」

 

「…ほ、本当?」

 

「おうとも。」

 

「……う、うん……わかった。明日から、そうするね?」

 

「………交渉成立だ。」

 

 

 

よし。これで明日からは、毎日つぐみの飯が食えるってわけだ。

図らずとも素敵な結果を呼び寄せたことで、心の中でのみあの変な生徒会長に少し感謝した昼休みだった。

 

 

 

 




遅くなりました。




<今回の設定更新>

○○:割とやんちゃボーイ。
   年上でもガンガンタメ口で行くタイプ。

つぐみ:お兄ちゃんの頼みなら断れない。
    生徒会長にはいつも振り回されるしっかり者さん。

日菜:自由な石頭。
   お弁当はうまかったらしい。

夏野:悪友。これからもどんどん登場する予定。
   友達の妹、つまりつぐみに恋しちゃってるんです。


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2019/11/16 級友

 

 

「おい○○…○○…おいってば!」

 

 

 

授業中。二限目だったか三限目だったか覚えちゃいないが、取り敢えず今は大事な睡眠時間だったはずだ。

それを隣からの喧しい声に目覚めさせられた訳で…。

 

 

 

「あんだよ夏野…殺すぞ。」

 

「どうして起こしただけで殺されなきゃいけないんすかね…。」

 

「で?…授業中だぞ、私語は慎めよ。」

 

「それ、ブーメランね。」

 

「…真面目に授業受けろよ、不良野郎が。」

 

「アンタに言われたくねぇよ!!」

 

 

 

ほんとに煩い奴だ…。夏の暑い日に顔の周りをぶんぶん飛び回る羽虫より五月蝿い。

 

 

 

「おい、羽沢、夏野、騒ぐなら外でやれー。轢き殺すぞー。」

 

アッハハハハハハハ

 

 

 

ほれみろ、単車乗りで有名な数学教師のジジイに目ぇ付けられたじゃねえか。オマケにクラスの連中からはいい笑いもんだし…隣の元凶を見ると、必死になって教科書で顔を隠し「ヒィ」とか抜かしてやがった。

遅ぇよ。

 

 

 

**

 

 

 

「ちょっと、羽沢。」

 

「あん?」

 

 

 

数学の授業も終わり、騒がしくノイズに包まれる教室の中、一人の女子生徒が目を吊り上げて話しかけてくる。

 

 

 

「あれ、いいんちょ。なーに怒ってんの。」

 

「糞虫は黙ってなさい。あたしは羽沢に用があんの。」

 

「扱い酷くないっすかね…。」

 

 

 

一蹴され涙目で黙る糞虫…もとい夏野。いつもそういう扱いなんだからちょっかい出さなきゃいいのによ。

この目の前で偉そうに腕組みしている髪の長い女はこのクラスの学級委員長…瀬川(せがわ)桜恋(さくらこ)だ。何とも画数の多い名前だこって。

 

 

 

「あんだよ桜恋。怒るんなら相手が違うぜ。」

 

「アンタでいーのよ。…アンタね、ちゃんと授業受けるってつぐみと約束してるんでしょ?」

 

「あぁ、弁当と引き換えにな。」

 

「…だったらもうちょっと集中なさい。報告する身にもなって欲しいわ。」

 

 

 

お前までイチイチ密告(チク)ってたんか…と精一杯恨めしそうな顔で睨みあげてやる。…直様、「あによ」と鋭い眼光を返されてしまった…。

 

 

 

「うっせぇな…お前は俺のかーちゃんか。」

 

「アンタみたいな出来の悪い息子を産んだ覚えはないわよ。」

 

「しってらぁ。」

 

「……あんたら仲良いっすね。」

 

「良くないわよ。」「よかねえよ。」

 

 

 

………うん、こういう息の合い方とかが揶揄われる理由なんだろうが…夏野のげんなりした顔にもまま納得だ。

 

 

 

「…兎に角、つぐみを困らせるような事するんじゃないわよ。」

 

「言われんでもわーってるよ。…早く席戻れおてんば娘。」

 

「…馬鹿にしてんの?」

 

「はよ戻れっての…。」

 

 

 

腑に落ちない様子で自分の席へと歩いていく怒り肩を見送る。…つぐみもあんなのとよく仲良くできんな。

 

 

 

「…なー、○○。」

 

「あんだよ。」

 

「実際どうなの、いいんちょのこと。」

 

「桜恋が?…どう、ってのは何だ。」

 

 

 

何とも逆らいがたい気迫は背負っていると思うが。

 

 

 

「んー……例えば、告白されたら付き合えるか…みたいな?」

 

「無理。」

 

「即答かよ…。」

 

「あのなぁ、もう少し幻想見せてくれるような女ならいいけどな?…アレだぞ?」

 

「でもほら、見た目だけなら結構モテたりするじゃん。」

 

「……マジ?」

 

 

 

夏野の話によると、あれはあれで連日のようにラブレターやら呼び出しを受けているらしい。今日日ラブレターって…平成初期かよ。

ただその度に全て断っているようで、桜恋を攻略することがこの学校での男のステータスになりつつあるとか何とか。

 

 

 

「怖。」

 

「命知らずな連中も居るもんだよなぁ…。」

 

「暴力振るわてるのは俺らだけらしいけどな。特に夏野だけど。」

 

「差別酷くないっすかね…。」

 

 

 

恐らく"不良"に属する生き物が心底嫌いなんだろうな。この学校で俺たち二人だけに当てはまるステータスといえばそれくらいだし。

…ただそれをそのままこの馬鹿に伝えても面白くない。ここはひとつ、揶揄いつつも扇動してみることにした。

 

 

 

「バッカ、逆に考えんだよ。…お前にだけ暴力振るうってことは、お前だけ特別扱いしてるってことだろ?」

 

「…というと?」

 

「お前が真剣に行けば、ワンチャン落とせる可能性があるってことさ。」

 

「…マジかよ!○○お前天才だな。」

 

「あぁ。…だからここは、夏野が男を見せる場面だってことよ。」

 

 

 

この単細胞馬鹿のことだ。これくらい煽ててやれば後は自ずと…

 

 

 

「○○、僕いっちょカマしてくるよ!」

 

「おう、精々ぶつかって砕けて来い。」

 

「HAHA、僕は成功を約束された男だからね。拾う骨はないと思いな…アデュー。」

 

 

 

あぁ、こいつ本格的にアホなんだなって。

ボロ雑巾の様な夏野を引き摺った桜恋が文句を言いに戻ってきたのは、それからほんの五分ほど後だった。

 

 

 

**

 

 

 

「……って訳だわ。」

 

「ふーん。じゃあやっぱりお兄ちゃんが全部悪いんだ。」

 

「やっぱりって…桜恋は何も言ってなかったのか?」

 

 

 

深夜、既に就寝の形を取っている二人。布団の中で、昼間の出来事を問い質されていた。

どうやらあの後、昼食の時間を共に過ごした桜恋に散々愚痴られたらしい。

 

 

 

「桜恋ちゃん、本当に迷惑そうだったんだよ…。「夏野は見境が無さ過ぎるー」とか、「どうせ羽沢のせいなんだろうけど」とか。」

 

「それで俺に訊いてきたってわけか。」

 

「……まぁ。」

 

 

 

俺の左手を下敷きにしている妹が、寝返りを打ち背を向ける。…あぁ、少し痺れてきたかも。

 

 

 

「じゃあ真相も分かった事だし、自分の布団帰んな?」

 

「うっ………」

 

「うっじゃないよ。…話がしたくて潜り込んできたんだろ?」

 

 

 

元はといえば、早めに寝ようと布団を被っていた俺のもとに枕を持ってやってきたのが切っ掛けでこの話は始まったんだ。

以前一緒に寝る約束をしていたが、何故か親父に怒られた結果睡眠時だけは部屋を別にしなければいけなくなったのだ。…流石に思うところがあったのかどうかは定かではないが、話が終わった以上帰るのが良いだろう。

 

 

 

「……今日、ここで寝ちゃダメ?」

 

「親父がまたキレるぞ……どうした、お兄ちゃんラブなのか?」

 

「ちがいます。……さ、寒いからっ。」

 

「ふーん……?」

 

 

 

外では雪も降っているし、寒いという言い分はわからなくもないんだが…屋内なんだし、お前の部屋にも布団あるじゃねえか。

 

 

 

「いーでしょっ!お兄ちゃんだって、私と寝られて幸せでしょっ!」

 

「……や、言っても妹だからなぁ…。」

 

「夏野くんだったらきっと喜ぶと思うよ??」

 

「あいつは女なら誰でも喜ぶさ。」

 

「うぅぅぅぅ…。」

 

 

 

背中を向けたままジタジタと踵を打ち付けてくる。こりゃ追い出すのはもう諦めて、さっさと寝てしまったほうが得策かもしれないな。

 

 

 

「わかったわかった……わかったから一回頭上げてくれ。痺れて適わん。」

 

「…やった。」

 

「…親父に言うなよ?」

 

「わかってますっ。」

 

 

 

左腕に血が行き渡る感覚。じわぁ…と温度が戻ってくると同時に、ほんの少しの痒みが…

 

 

 

「えいっ。」

 

「ちょっ…」

 

 

 

どすんと降ってくる妹の頭部。完全に戻りきっていない腕の感覚にもどかしさを覚えつつも、仕方なく妹の頭を撫でて眠りにつくのだった。

 

 

 




兄の身の周りの人達




<今回の設定更新>

○○:忘れかけていたが一応不良。
   悪い奴じゃないし馬鹿でもない。
   妹には何だかんだで甘い。

つぐみ:出番少なめ。クラス違うから仕方ないね。
    怒りっぽい親父さんも娘には甘いのだが、兄妹で一緒に寝ることは何故か禁止された。

夏野:主人公の悪友。全体的にノリが軽く、弄られポジション。
   かなりタフで、常人なら致命傷になる傷でも数分で回復する。

桜恋:主人公や夏野と同じクラスの学級委員長。綺麗な緑の髪を腰下まで伸ばしている。
   その整った外見から異常な程モテるが誰ひとり成就しない。
   その実なかなかにお転婆で、その有り余る攻撃力を受け止めるのは夏野である。
   同じクラスの美竹蘭としょっちゅう揉めるがつぐみとは仲良し。


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2019/12/09 相性

 

 

 

「お前らいい加減にしとけって…」

 

「うっさい馬鹿、〇〇は黙ってて。」

 

「そうだよ、〇〇には関係ないから。」

 

「えぇ…?」

 

 

 

放課後の教室。いい夕暮れ時だと黄昏ていた俺だったが、妹の悲痛な呼び声の為にこの戦に立ち合わされている。

対峙しているのは学年規模で有名になる程相性の悪い、我らが鉄壁の委員長こと桜恋…それに、綺麗な黒髪にインパクトのある赤メッシュが特徴的な俺達の幼馴染、美竹蘭。見ている分にはただ只管に整った外見の二人だが、その気性は獰猛を極める。

…正直、逃げ出したいです。

 

 

 

「蘭、アンタさ、結局はただの構ってちゃんなんでしょ??」

 

「…は?何それ意味わかんないし。あんたこそ、誰かとつるんでいないと行動できない、ただの小心者なんでしょ。」

 

「「チッ」」

 

「構ってほしいなら構ってほしいって言えばいいのに、クールぶっちゃってさ~。恰好つけてるつもりなの??」

 

「別にぶってないし。あたしはあんたとは違って、一人でも何でも出来るし。」

 

「「クッ…!」」

 

 

 

何故こんなしょーもない言い合いを繰り広げているのかは正直謎だ。…ただ、しょーもない諍いとは言えそこに俺の可愛い妹が巻き込まれているというのは事実であって。

…そのせいでこうして長々と居残りに付き合わなきゃいけない訳である。

 

 

 

「…なあなあ○○、早く帰ろうぜ。」

 

 

 

夏野、お前は勝手に帰れ。誰も引き留めちゃいないんだから。

 

 

 

「うるせぇ、一人で帰ればいいだろ。」

 

「えぇ…?…んじゃ、つぐみちゃんかーえろ!」

 

「ふぇ??……や、でも桜恋ちゃんと蘭ちゃんが…」

 

「えー、いーじゃんか!そんなガサツ女共は放っておいてさ!僕と遊びに行こうよ!ね!?」

 

「でもぉ……」

 

 

 

早く帰りたいのか、つぐみと一緒に居たいのか。何はともあれ、無駄に燥ぐ事で手一杯の夏野では気づけなかったようだ。気の強い二人が一時休戦の姿勢を取り夏野を睨みつけていることに。

 

 

 

「……ねえ、夏野。」

 

「はい?」

 

「ガサツ女~とか聞こえたんだけど…誰の事かしらね?」

 

 

 

音も無く距離を詰め、ポンと夏野の肩に置かれた桜恋の手。一見穏やかな声が聞こえるや否や、その白く綺麗な手に筋が立つ。

同時に聞こえる何かが軋む音。

 

 

 

「ンギョァァアアアアア!!か、肩がぁ!!!」

 

「あら~、ごめんなさいね。何だか握りつぶし易そうな肩だったから。」

 

「〇〇…鬼だ…鬼だよこいつぅ…」

 

 

 

哀れ夏野。それを機に反省してくれ。……あと気色悪いから這い寄ってくるな。

 

 

 

「…ちょっと瀬川。やりすぎでしょ。」

 

「……あによ蘭。アンタこの馬鹿の肩持つわけ?」

 

「肩ならたった今あんたが握りつぶしたじゃん。」

 

「…それもそうね。」

 

 

 

まさかここでも再度勃発するとは。夏野め余計な真似を。

 

 

 

「……あのさ。」

 

 

 

何時まで経っても帰れないのは流石に御免だし、頼りにしていた人身御供も肩を粉砕されてしまったので俺も参戦することにする。

ほんと、はやく、かえりたい。

 

 

 

「〇〇。」

 

「お兄ちゃん…?」

 

「まず、何をそんなに揉めてたんだ?お前ら。」

 

「それは……その……」

 

 

 

まずは原因の究明。俺も途中で観戦を始めたクチなので、何が何やらチンプンカンプンなんだ。

やけに桜恋が口籠る隣で、蘭が淡々と説明してくれる。

 

 

 

「放課後についてなんだけど、あたしがつぐみと約束あってさ。授業終わったつぐみがあたしのところに来た訳。」

 

「ん。それは俺も見てた。」

 

「で、二人で帰ろうと思ったら瀬川が絡んできて。」

 

「それもまあ見てたよ。」

 

「うん。…あとはまぁ、売り言葉に買い言葉…みたいな。」

 

 

 

終始クールな無表情で話し続ける蘭だったが、最後だけはバツが悪そうに眉尻を下げていた。自分でも思うところはあるんだろう。

…さて、次は我らが委員長に訊かなきゃなんねえな。

 

 

 

「……で、桜恋。お前は?」

 

「…………ぅぅ。」

 

「唸っててもわかんねえよ。何で蘭に突っかかって行ったんだ?」

 

「…………ったから。」

 

「…あ?」

 

 

 

蘭が話し始めたあたりからずっと床とにらめっこの桜恋。少し強めに訊いたら何かをぼそぼそと呟いた様だがまるで聞こえやしない。

 

 

 

「私も、つぐみと一緒に帰りたかったから!!」

 

「……いやいや、だからって絡んでいく意味が分かんねえわ。一緒に帰ろって言やあいいだろ。」

 

「だって………ぃもん。」

 

「あぁ?でっけぇ声で喋れよ。」

 

「恥ずかしいもん!!!」

 

 

 

顔を真っ赤に染めて叫んだ桜恋に、思わず引いた。ガキかよ。

揉めるよりよっぽどいいと思うんだが、何故こいつはいつもこう攻撃的なカードを切ってしまうのか。

 

 

 

「…難儀な奴だなぁ…」

 

「うっさい!!」

 

「今までの時間返せよ…ったく。」

 

「う、うっさいっての!」

 

「…つぐ、お前蘭とどんな約束してたん?」

 

 

 

隣であわあわしている妹に問いかける。いつの間にか掴まれていた制服の裾はより一層強く握りしめられていて、千切れてしまうんじゃないかと心配になる程だったが、少し考えるように顎先をトントンやったあとに妹は続ける。

 

 

 

「んぅ……えっとね、特に用事があったわけじゃないんだけど、お茶でもしてから帰らない?って。」

 

「お前なぁ……仮にも自宅がカフェだっつーのに、他所の店に金落とすんか…」

 

 

 

うちはあまり繁盛はしていないながらも潰れない程度に細々やっているカフェなのだ。一応、その名を「羽沢珈琲店」という。

珈琲が飲める羽沢さんち…うん、まんまだなぁ。

 

 

 

「お父さんとおんなじ事言う…。」

 

「そういうもんなの。ま、用事ってそれだけだろ?」

 

「うん。」

 

「…なぁ蘭、俺も一緒に居ていいか?」

 

「……〇〇が?珍しいじゃん。」

 

 

 

目を丸くする蘭。確かに一緒に過ごすことはほぼ無いが、一応肩書は幼馴染だし変な事ではないだろう。

特に拒否するわけでも無かったので、許可が出たものとして考えよう。

 

 

 

「たまには蘭と一緒に過ごすのもいいかなー…なんつって。」

 

「……ふ、ふーん。…まぁ、別に、いいんじゃない。ぁああたしはどっちでもいいけど…さ。」

 

「よし決まりだ。…んじゃあさっさと行こうぜぇ、腹減ったよ…。」

 

「ぁ……。」

 

 

 

話を強引に纏め、未だ地面で突っ伏す夏野の背を踏み越え歩き出す。カエルの潰れたような声が聞こえたが、あいつはもうどうでもいいや。

流れの中で自然につぐみの手を制服から引き剥がし、右手で包み込み…そのまま蘭の背を押し、教室を出ようとする中後ろから聞こえる小さな声に振り返る。

 

 

 

「そうだ桜恋。よかったらお前も来いよ。」

 

「ぇ……?」

 

「つぐみも蘭も、問題ないだろ?」

 

「いいよ!桜恋ちゃん、一緒に行こ!!」

 

「…来るなら来たら?あたしは別に、来てほしくないとかじゃ、ないから。」

 

 

 

折角だし、全員連れてウチの家計の足しにしてやろう。それにつぐみの友達として(見た目は)可愛い女の子がお客になりゃ親父も喜ぶだろうしな。

窓から差し込む夕日をバックに、いつになくオドオドした様子の桜恋は小さく問う。

 

 

 

「……本当に、私も行って……いいの?」

 

「良いに決まってんだろ…早く来いよ。」

 

「…〇〇…。…じゃ、じゃあ…一緒に行く!行きたい!」

 

「ん。…ほれ、遅くなる前に行くぞ。」

 

 

 

どうやら同行する気になったらしいので、そのまま再び歩き出す。背後では、夏野の泣き声(カエルの潰れる声)がもう一つ追加で聞こえていた。

 

 

 

**

 

 

 

「はぁ…マジ腹減ったな…。」

 

「…ごめんって、〇〇。」

 

「ところでつぐみ。」

 

「なあに桜恋ちゃん?」

 

「アンタ達っていつもそうやって手ぇ繋いで帰ってるの?」

 

「そうだよ~。」

 

「……兄妹よね?」

 

「うん!」

 

「……なーにを疑っとるんだお前は。」

 

「いや別に…でも珍しいじゃない?この歳でそういうのって。」

 

「さあなあ。……んだよ蘭、見過ぎだぞ。」

 

「…手、繋いだことない。あたし。」

 

「蘭ちゃん!私の右手空いてるよっ!」

 

「んー……。」

 

「俺の左手も空いてるぞ。」

 

「お兄ちゃん…?」

 

「や、ノリだよノリ。」

 

「本当にノリだけ…?下心とかは」

 

「まぁ別に繋ぎたかったら繋いでも」

 

「繋ぐ。」

 

「…早いなぁ!」

 

「〇〇手汗やばいね。」

 

「蘭、そこはそっとしといてくれないと。」

 

「ふふ、緊張してる??」

 

「どうしてこうなったのか意味不明過ぎて困惑してる。」

 

「……ほんとに繋ぐんだ。」

 

「な、俺もびっくりだよ桜恋。」

 

「というか待って、私だけ仲間はずれじゃん?」

 

「桜恋ちゃん!私の右手空いてるって!」

 

「…でも道で広がって歩くのってマナー違反よね。」

 

「私の右手……」

 

「ここは正論言う流れじゃないでしょ。…これだから瀬川は…」

 

「あぁ?上等じゃないの。…蘭、あんたが毎度毎度吹っ掛けるから…」

 

「お前ら、うちで騒いだらすぐ追い出すからな?大人しくしろよ?」

 

「あれぇ?お兄ちゃん?…結局ウチのお店になったの??」

 

「さっき言ったろ?」

 

「言ってないよっ!」

 

「…あー、んじゃ察しろ。」

 

「無茶だよ!!」

 

「本当に俺の双子の妹か?つぐみ。」

 

「双子にそんな力ないもん!」

 

「………っとに仲良しよね。」

 

「うん。……つぐみと〇〇は、昔からこう。」

 

 

 

久々に賑やかな下校ってやつに落ち着いた。

こういうのも、悪くはないもんだな。

 

 

 




とにかく賑やかな雰囲気を書いてみたかったんです。




<今回の設定更新>

○○:蘭とはあまり接点がないせいで少し他人行儀気味。
   妹が大事なだけなので、妹を戦場から離脱させるためには紳士っぽい
   振舞いも時にはする。

つぐみ:毎度毎度影は薄いが、結局つぐみが居ないとこの話は成り立たない。
    全員に共通し、全員を結びつけるのが大天使つぐみ。
    かわいい。

蘭:クール。表情や感情が乱れることもあるが基本的には冷静。
  感情は現状声のトーンと眉の動きだけで判断するしかない。
  未経験の事が多すぎる箱入り娘だったりする。

桜恋:扱いにくい。
   気が強いのは引っ込み思案で人見知りな自分をカバーしようとした
   結果であり、コンプレックスから生まれた人格なせいでより面倒。
   でもきっと悪い奴じゃない。

夏野:歩くサンドバッグ。
   生きる屍。起き上がりこぼし。
   負けるな、南無。


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2020/01/08 幼馴染たち

 

 

 

昼下がりに目覚め、喉に乾燥から来る違和感を感じる。軽く咳払いもするも、()()()()ないがらっぽい音が鳴るだけ…水分、水分を摂らなければ。

寝間着のままリビングを抜け台所へ。冷蔵庫を開け買い置いていた……あれ?

 

 

 

「…あれぇ?」

 

 

 

気に入っているペットボトルの紅茶をまとめ買いして冷蔵庫に放り込んでいた筈なんだが…一本たりとも見当たらない。親が邪魔くさがって何処かへ遣ったのだろうか。

 

 

 

「………。」

 

 

 

一先ず喉を救うのが先決と判断し、昨日の夜つぐみが作って置いたと思われる麦茶を取り出し、流し台に放置してあったマグカップに注ぐ。

……相変わらず好きになれない味だ。

 

 

 

「…おっ。」

 

「??……あぁ、来てたのか。」

 

「…よぅ。」

 

 

 

後ろ…台所の入り口から小さな声が聞こえたかと思い振り向けば、そこでバツが悪そうに髪を弄る赤毛のノッポ。宇田川の姉の方だが、未だに姉妹揃って俺とは仲が良くない。

凡そ、噛みつき合う事に慣れ過ぎたせいで居心地が悪いんだろうが…

 

 

 

「…今日はお前だけか?」

 

「…いや、(らん)とモカも来てる。」

 

「モカちゃんも?…ほぉ。」

 

「……あの、さ。」

 

 

 

手に持ったマグカップに二杯目の麦茶を注ぎ、今つぐみの部屋にいるであろうモカちゃんの姿を想像する。…銀髪のロングヘアがよく似合う、不思議属性持ちのカワイ子ちゃん。いつも無駄にサイズのでかいパーカーやコートばかり着てるせいで気付かないがスタイルもいい。デカすぎず小さすぎず、程よくを体現したような子だ。

その邪な妄想に気付かれたのか、巴が俺を見る目は不審者を見るそれに変わっていた。一口茶を呷り、彼女の言葉の続きを待つ。

 

 

 

「○○、そっち系の奴なのか?」

 

「……あ"?」

 

 

 

意味が分からない。モカちゃん好きはアブノーマルとでも言いたいのだろうか。…酷く心外だ。

 

 

 

「どういう意味だトモ。」

 

「そのまんまの意味だよ。…まさか、好き…とかじゃぁないよな?」

 

「……………もしそうなら何だってんだ。」

 

「…………それなら尚更、そんな卑劣な行為、辞めた方がいい。」

 

「……お前は何を言っているんだ。」

 

 

 

妄想を辞めろだと?無理に決まってる。

毎日毎日、モカちゃんが彼女になってくれたらの妄想のお陰で生きているようなもんなんだから。睨みを効かせたつもりは無いが、キツイ目になってしまっていたらしく、巴がいつもの様に嫌悪感剥き出しな態度を取る。

 

 

 

「だからつまり…好きなら動いてみろよって話だ。」

 

「あぁ?どうしてお前にそんな指図されにゃならん。」

 

「昔はもちっとまともな男だったのによ。落ちぶれたと思えばそんなところまで腐っちまったってのかよ。」

 

「おいおい酷い言われようだな…。何が腐ってるってんだよ?あぁ?」

 

「……そ、それは……」

 

 

 

そこまでの威勢はどうしたのか、俺の質問に口籠る素振りの巴。こんなんじゃ喧嘩にもなりゃしないし、俺自身何が腐ってる判定なのかは気になる所だ。

 

 

 

「それは?」

 

「……かっ、間接…キス、とか。」

 

「……はぁ?」

 

「だからっその…っ!…あーもうっ!アタシだって苦手なんだこの手の話題はぁ!」

 

 

 

俺はそこまで妄想しちゃいねえ。なんだそのちょっと陰気な匂いすらするマニアックな妄想は。

 

 

 

「なぁトモ、お前は何を言って…」

 

「巴ちゃん??お茶の場所分かった??……あ、お兄ちゃん。」

 

 

 

巴の後ろから顔を覗かせる我が妹。助かった、この話にはまともな進行役が居ないんだ。

 

 

 

「つぐみ、トモがおかしなことを言うんだ。」

 

「おかし??お菓子がどうしたの??」

 

「だってさぁ!○○がさぁ!間接……を狙ってんだもんよぉ!」

 

「狙ってねえっての!!何の話をしてんだお前は!!」

 

「関節??関節…技の話??」

 

 

 

ああもうどうしようもないなこの妹は。日本語にホント弱い。

 

 

 

「つぐ、あのコップ見てみろって!!」

 

「こっぷ??」

 

 

 

巴が指さすのは俺が今まさにお茶を飲むために使っている、流し台で放置されていたカップ…これが何の……ッ!?まさか、これは巴の…!!

 

 

 

「ち、ちちちがわいっ!俺は別に、トモ何かに興味はねえし、そういう陰湿な…とにかくちがわいっ!!」

 

「…あっ、それ蘭ちゃんが使ってたやつだ。」

 

「そうなんだよぉ!蘭が狙われてんだ!!気色悪いだろ?な!!な!?」

 

 

 

………。成程こりゃとんだ勘違いだ。俺が一種でも巴のコップだって想像しちまったのも何だか嫌な感じだし、蘭なんぞを狙ってると思われるのも心外だ。

当然誰かの使ったものだとわかっていれば使わないし(つぐみ除く)…モカちゃんの使用済みと分かればどうなるかは分からないが…。

 

 

 

「巴ちゃんっ!?何で抱きつくの!?…あれっ、右手の場所おかしいね!?何処触ってるの!?」

 

「だって○○がさぁ!蘭をさぁ!!…あれ、つぐ成長し」

 

「おいこらクソレッド。ドサクサに紛れて人の妹にセクハラすんな。」

 

「あぁ!?誰がクソレッドだ!…それに、つぐはお前の妹じゃなくてアタシらの幼馴染だかんな!」

 

「っせぇな!取り敢えずその、なんだ、揉むのを辞めろ。」

 

「ソイッ…嫌だね!それに女同士だし、これはセクハラじゃないっ!」

 

 

 

何だその謎理論。性別絡んでるんなら漏れなくセクシャルなハラスメントだろ。

 

 

 

「ああああのねっ!?巴ちゃんっ、そろそろ、触るのやめてほしいかなって!!あでもねっ!嫌だとかそういうんじゃないけどね!くすぐったいからねっ!?」

 

「…ほら、つぐみもそう言ってるだろ…?だからもう」

 

「何だ?一方的だからセクハラなのか?ようし分かったッ!…じゃあつぐ!つぐもアタシのを揉め!!」

 

 

 

頭の悪さが滲み出ていらっしゃる。どこまでも掴み処の無い超理論により新展開に新展開を重ね掛けする赤髪に、力の差でされるがままのつぐみは涙目だ。…くそっ、何とかして助けなければ…。

 

 

 

「コラ、いい加減離し…服を捲くんじゃねえ変態野郎が。」

 

「あぁ?素肌の方が揉みやすいだろっ!?そいやぁ!」

 

「~~~~ッ!?」

 

 

 

幼馴染の同性とは言え至近距離でそんなもの見せられたらそうなるだろう。突如露わになった宇田川山…いや高台くらいのものかアレは…?森林公園と名付けてやろう。宇田川山改め宇田川森林公園の登場に目を白黒させ声にならない悲鳴を上げる我が妹。

そのテンパった右手を強引に誘導しようと、巴が空いている手で引っ張る。…俺は一体何を見せられているのか。ドタバタと繰り広げられる騒ぎを聞きつけてか、もう一人の幼馴染が台所の入り口に現れる。

 

 

 

「…………何やってんの、二人とも。」

 

「ち、ちがうの蘭ちゃんっ!これはね!巴ちゃんが…その…」

 

「…何にも違わねえよ。頭のおかしい変態が、変態プレイに俺の可愛い妹を引き摺り込もうとしているってだけだ。」

 

 

 

友達想いの心優しいつぐみだが、流石にフォローの仕様が無かったようで。「その、あの、」と滝汗を流していたので見兼ねて加勢した。

 

 

 

「ふぅん……巴、色々見えてるよ。」

 

「おぉ!蘭も揉むか!?」

 

「…………………。」

 

 

 

美竹蘭これを無言で華麗にスルー。困り顔のつぐみを一瞥し、スタスタとこちらへ近づいてくる。

 

 

 

「……それ、あたしのカップなんだけど…洗った?」

 

「あいや、ここにあったから使っちまった。」

 

「ふぅん。……あたしもお茶。」

 

「その棚、コップ仕舞ってあるから持ってこいよ。」

 

「…それでいいよ。頂戴。」

 

「…でもそれじゃあ間接」

 

「いいよ。」

 

「っ!?……マジ?」

 

「直接じゃないだけまだマシだし。早く。」

 

「お、おう……ほれ。」

 

「ん、ありがと。」

 

 

 

何を思ったのか件のカップを使い茶を呷る蘭。前々から思ってはいたが、こいつもこいつで中々に謎の多い女のかもしれん。巴がギャーギャー騒ぐ横で喉を潤し、空のカップを突き出す。お替わりだろうか。

 

 

 

「もう一杯か?」

 

「……ごちそうさま、苦かった。」

 

「おう。味はつぐみに文句言ってくれ。」

 

「ん。」

 

 

 

満足したらしい。特に何も言わず背を向けて歩き出す辺り、クールな切れる女なんだろう。

そのまま入り口近くで未だに暴れている巴からつぐみを引き剥がし、こちらも見ないままに戻って行ってしまった…。

 

 

 

「……おいトモ、二人とも戻ったぞ。」

 

「………そう、だなあ。」

 

「お前は戻らんのか。」

 

「………何だこの虚しい気持ち。」

 

「取り敢えず、前仕舞え。」

 

 

 

何時まで開けさせとくつもりなんだ、それ。

 

 

 

「はぁぁぁぁ……揉む?」

 

「死ね。」

 

 

 

**

 

 

 

煩い連中が帰った後、夕食。

結局あの後自室に籠り、ギャーギャーと煩い妹の部屋からの騒音を聞きながらだらけて過ごした。静かになるまで奴等が絡んで来る事は無かったし、モカちゃんに遭遇するチャンスも無かった。

それでも減った腹を満たそうと、つぐみと二人でもそもそと食事を摂っていたわけだ。

 

 

 

「…二人ってのも静かでいいな。」

 

「そだね。」

 

「………。」

 

「……………。」

 

「……うめぇ。」

 

「…ねえ、お兄ちゃん。」

 

「ん。」

 

「……蘭ちゃんが好きなの?」

 

「………どうしてそうなった?」

 

 

 

親は外出中の為、非常に静かな夜ではあるのだが…妹はまだあの騒ぎから抜け出せずにいるようで。

 

 

 

「さっき、間接ちゅーして喜んでたから。」

 

「喜んでねえ。いつも通りのお兄ちゃんだったろ?」

 

「うーん…わかんない。蘭ちゃんに連れて行かれちゃったから。」

 

「それもそうか…じゃあ喜んでたかどうかは分からないだろうに。」

 

「むぅ…でもそう思ったんだもん。」

 

「あそ…。」

 

 

 

また会話が終わり、食器の音だけが支配する空間となる。やがて食べ終えた食器を片付けようとつぐみが立ち上がったところで…

 

 

 

「あっ。」

 

「??」

 

「でもね、蘭ちゃんはすっごく恥ずかしそうだったよ。」

 

 

 

またもやチンプンカンプンな事を言われる。

 

 

 

「んなわけあるかい。顔色一つ変えずに戻ってったろ?」

 

「んーん。階段上って私の部屋まで行く間、ずっと顔真っ赤だったもん。」

 

「……恥ずかしいならやらなきゃいいのにな。」

 

「うーん…すっごく喉乾いてたんじゃない?」

 

「……そう、かなぁ…。」

 

 

 

幼馴染って、絶妙に面倒臭い。

 

 

 




おやおや。




<今回の設定更新>

○○:暴走気味なところを見ているせいか巴が苦手。すぐ喧嘩腰になる。
   モカを前にすると上手に話せなくなる程意識している模様。

つぐみ:天然?
    家の中でも若干早歩き…というより小股が過ぎるので、足音で身バレ
    するらしい。

巴:ソイヤソイヤ。
  変態かもしれないヤ。

蘭:おやおや?赤メッシュのようすが…


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2020/02/04 羽丘動物園

 

 

 

「○○ー、昼飯どうすんのー。」

 

「あぁ?俺はつぐみの弁当あるけど。」

 

「相変わらず幸せそうで羨ましいっすね、アンタ…。」

 

 

 

相変わらず、と言うほど繰り返しているやり取りならいい加減訊かずとも覚えて欲しいものなのだが。夏野はやれやれと言った様子で立ち上がり、徐に「行くぞ」と告げる。

 

 

 

「…行くってどこへ。」

 

「学食。」

 

「聞いてなかったのか?俺は弁当だっつってんだろ。」

 

「んなこたぁ知ってるよ!でもこのままじゃ僕はボッチ飯を決め込むことになるだろうがぁ!」

 

「そうかそうか、で?」

 

「で?じゃねえよっ!お前もっ!一緒にっ!来るのっ!プリーズプリズンブレイク、ウィズミー!?」

 

「意味わかって言ってんのか。」

 

 

 

何故お前と脱獄せにゃならんのだ。

 

 

 

「いいから!とにかく僕は一人で飯を食うなんてダサい真似したくないんだよぉ!」

 

「…他のやつ誘えよ。」

 

「僕と飯食ってくれる奴なんていねぇよ!…○○、お前を除いてな☆」

 

「言ってて死にたくならないか?それ。」

 

「どういう意味だよ!?」

 

 

 

そのまんまだ。誰も一緒に飯を食ってくれないなんて…哀しすぎるだろ。

 

 

 

「なぁ夏野。…どうせなら俺みたいにむさ苦しい男じゃなくて、可愛い女の子囲んで食っちまえよ。」

 

「や、○○みたいに手は早くないし、囲むほどの女の子の知り合いなんて居ないし…」

 

「……。桜恋ぉー!夏野が一緒に飯食わないかってよー!!」

 

 

 

夏野が泣いて喜ぶ程可愛らしい容姿の女に声をかけてみる。遠くの席で弁当を広げようとしていた桜恋が何ともおっかない顔でこちらを向いたのが見える。

 

 

 

「ヒ、ヒィィッ!!お、お前!何て奴に声かけてんだよっ!!」

 

「あ?カワイイ女の子だろうが。飯のついでに桜恋も食っちゃえば、もう人生バラ色だぜ?」

 

「血の雨が降るわ!!」

 

 

 

泣いてキレられた。何だこいつ。

どうやらアホの夏野でもアイツに嫌われていることはそこそこ理解できているようで。…いや、厳密に言えば嫌われちゃいないんだが、少なくとも男としては見られていなさそうだ。

なら次の候補は…

 

 

 

「あー…じゃあ、ちょっと待ってろ。」

 

「お前が来てくれりゃ済む話なのに…早くしろよな!」

 

 

 

夏野を残して席を立つ。次に目を付けたのはあいつらだ。

 

 

 

「らーんー、どっちの方がモカってると思うー?」

 

「しらない。…モカってるって何?」

 

「「つぐってる」のモカちゃん版~。流行るかなー?」

 

「さあ。で、行かないの?購買。」

 

「ちょっと腰が重い気分ー。」

 

「なにそれ…」

 

 

 

桜恋程離れちゃいない場所で謎の会話を繰り広げる赤メッシュと銀髪。俺やつぐみの幼馴染でもある、蘭とモカちゃんだ。

近付いてくることに気付いたのか、うんざりしたようにモカちゃんの相手をしていた蘭が顔を上げた。

 

 

 

「どしたの○○。」

 

「よう、お二人さん。昼飯まだか?」

 

「ん。今から購買行こうとしてたとこ。」

 

「購買…もう昼休みも半ばだぞ?大したもん残ってねーだろ…。」

 

 

 

漫画やゲームでよくあるような暴動のような混み具合の購買ではないが、置いてある種類も量も飽く迄おまけ程度…本当に食事がしたい奴はまず立ち寄らないような購買だ。

昼休み開始から十分程度でまともな食べ物は消え失せると言ってもいい。…特にこのロングの銀髪が素敵なモカちゃんなんかは成人男性の七倍~八倍程の胃袋を持つ少女であり、あの購買にある物じゃ絶対に満たされることは無いと断言できる。

 

 

 

「えぇー??残ってないのー??」

 

「あ、あぁ…残ってない…んじゃないかな。」

 

「○○、わかりやすすぎ…」

 

「何か言ったか?」

 

「……いや。」

 

 

 

不服そうな声で露骨にがっかりするモカちゃん。モカちゃん今日も可愛い。

とそれに合わせるように不機嫌になる蘭…何か言ったような気がしたが聞き取れない上に教えてもくれないのでまあいいとしよう。

 

 

 

「つーわけで、だ。学食行かないか?」

 

「…一緒に?」

 

「おう。」

 

 

 

…と言っても一緒に行くのは俺じゃないが。…いやでも、モカちゃんが一緒なら同行するのもアリか?モカちゃんの何が良いって、美味いものを鱈腹食べている時のあのご機嫌な顔よ。

いやぁ何とも、食べっぷりのいい女の子は実に良い。見ていて飽きないというか、自然と心が休まる様な気がする。

 

 

 

「…いいよ、行こ。」

 

「まじか!」

 

「モカちゃんも行くー。」

 

「おぉ、そりゃいいな!…俺も行こうかな…。」

 

「えっ?」

 

「………何だよ蘭、間抜けな顔して。」

 

「…ちょっとまって○○。一緒に行くって誰の話?」

 

「夏野だが?」

 

 

 

今日の蘭は表情が豊かでいいな。大変元気である、うむ。

だが夏野の名を聞いてげっそりしたような表情になっちまった。…嫌われてんなぁ、アイツ。

 

 

 

「夏野…?マジ?」

 

「マジもマジよ。…おーぃ夏野ぉー!」

 

 

 

じっとこちらの様子を窺っていた夏野だったが、俺の声を聴くや否や恐ろしい程の身の熟しで近寄ってきた。犬かお前は。

 

 

 

「何!?ら、蘭ちゃんとモカちゃん、オッケィだって!?」

 

「まだ何も言ってねえだろ…。」

 

 

 

OKは出ているのだが。

 

 

 

「え、ちょっと待ってよ○○。○○は…その、来ないの?」

 

「あん?…俺はつぐみの弁当があるからな。学食に行く理由がない。」

 

「えー……」

 

「露骨に嫌な顔するなお前は…。頼むよ蘭、こいつ一人じゃ飯食えねえって言うんだ。可哀想だろ?」

 

「んなこと言ってねえよっ!」

 

 

 

言ってたろ。

 

 

 

「モカちゃんはさんせー。…なっちー、奢ってくれるぅ??」

 

「おご…っ。…ま、まぁ良いでしょう!普通なら一緒に食事ができるだけで貴重な体験だと思うが、今日は僕のサービス・デイだ!光栄に思って食べることだね!!」

 

「わーい。きもーい。」

 

「きも……っ!?」

 

 

 

お前は喜ぶのか調子こくのショックを受けるのかどれかにしろ。イチイチうるせえんだ。

何はともあれ夏野の昼休みに関してはこれで無事解決…やっと静かで穏やかな昼食の時間に入れそうだ。

 

 

 

「るんっ♪なんのおはなしー??」

 

「あぁ?夏野の昼飯相手を探してたんだよ。」

 

「なつの??○○っちのお友達?」

 

「あぁ、こいつ。」

 

「わぁ面白い顔だねっ!あたしも一緒に行っていーい??」

 

「おう行け行け。…やったじゃん夏野…っておい日菜。何自然に混ざってんだお前。」

 

 

 

解決した満足感に浸り過ぎていて気付かなかった。こいついつの間に乱入してやがったんだ?

 

 

 

「え"……生徒会長…さん?」

 

「そだよっ!よろしくねっ!なつのくん!!」

 

「……………。○○、ちょっとこっち来いや。」

 

「あぁ?」

 

 

 

肩を組まれ集団から引き離されたかと思えば、そのむさ苦しい顔を極限まで近づけられる。

…俺にそっちの気は無いんだが…つかさっさと行けよ学食。

 

 

 

「お前、生徒会長とも知り合いなの?」

 

「勘違いすんな、アレが一方的に絡んで来るだけだ。」

 

 

 

廊下で激突の一件以来、やたらとちょっかいを掛けてくる厄介な存在。それが変人生徒会長の氷川日菜…なんだが。

 

 

 

「…すっげぇな。」

 

「どういう意味だ。」

 

「知らねーの?あの人も頭おかしい部類の人だけどさ、見てくれは良いからか結構人気あんだぜ。」

 

「…物好きも居るもんだな。」

 

「ばっかお前!ウチのいいんちょサマも中々の人気だが、あの会長サマはもっとすげー…芸能界からも声掛かってるらしいぞ。」

 

「ほー。」

 

「「ほー」って!…「ほー」ってぇ!!」

 

 

 

うるせえ、二回も言うな。

 

 

 

「っかー!これだからお前みたいな天然ジゴロのパーリーピーポーは困るぜ!」

 

「何だそりゃ。日本語で言え。」

 

「あ?…ええと、えっと、自然にその、女子供をたらし込む、愉快…な?お祭り男がいぶし銀でギンギン!みたいな。」

 

「態々不自由な日本語で言わんでいい。」

 

「アンタが言えって言ったんでしょぉがぁ!!」

 

「五月蠅い、黙れ。」

 

「…くそぉ、調子に乗りやがって…。」

 

「で、何が言いたいんだよ。俺早く飯食いたいんだけど。」

 

 

 

全く要領が掴めない。ちらっと見た感じ、日菜と蘭とモカちゃんは楽しそうにお喋りしているし、変な間にはなっちゃいないが…こっちで夏野とくっ付いている意味はさっぱり分からない。

 

 

 

「…○○も、行こうぜ学食。」

 

「いやだから弁当が」

 

「頼むってぇ!あんなに美少女に囲まれちゃぁ、僕食事どころじゃないYO!!」

 

「良かったじゃん、昼飯代浮くな。」

 

「餓死しちゃうよぉ!!」

 

 

 

めんどくせぇ。…もういいや、イチイチ相手するのも怠いし。

それにこっちでグダグダとしょうもないやり取りをして蘭達を待たせるのも悪い。

 

 

 

「…わかったわかった。行きゃいいんだろ。」

 

「来てくれんの!?マジ!?」

 

「来いってしつこいのお前だろうが…」

 

「マジかよ!ヒャッホゥ!」

 

 

 

歓びのダンスを踊る夏野を引き摺り女性陣の元へ戻る。お腹を押さえて待ち草臥れた様に死んでいるモカちゃんと、若干険悪なムードを放っている蘭・日菜組。

 

 

 

「…今度は何があったんだ。」

 

「聞いてよ○○っち!」

 

「ちょ、○○に言う事ないでしょうが!日菜さん!」

 

「何。」

 

「蘭ちゃんがね、さっきまで行くって乗り気だったのに、○○っちが行かないなら行かないって言うの!」

 

「ちが、言ってな…いや、言ったけど…って、そういう遠慮の無さが苦手なんですって!」

 

「あーもうまた苦手って言う!!」

 

 

 

…何だこの動物園感は。こいつら大人しく飯の一つも食えねえのか?少しはモカちゃんを見習って静かに…あぁ、こりゃ空腹で死にかけているだけか。

兎も角、争点も原因もどうやら俺にありそうなのでここはできるだけ面倒の少ない方に進もう。

 

 

 

「わかったわかった…まずは二人とも落ち着け。」

 

「う……。」

 

「…………うむむ。」

 

「さっき夏野と話しててな…俺も一緒に行くよ。」

 

「…ほんと?」

 

「あぁ、つっても食うのは弁当だがな。」

 

「わー!じゃぁ○○っちも一緒だね!!」

 

「…あぁ。だからさっさと行こうぜ。本当に食う時間無くなる。」

 

 

 

「わーい!」と声を上げながら廊下へ飛び出していく日菜に飯の気配を察知したモカちゃんが続き、気色悪い位のるんるんステップを披露する夏野も出て行った。この状況はもう解決というか勝手にしてくれって感じだが、結局俺が行かないと学食でもまた揉め事を起こすんだろう。

残って赤い顔で見上げてくる蘭と暫し顔を見合わせた後、弁当を持って付いて行く事にした。

 

 

 

「…○○、無理してない?」

 

「してるかもな。」

 

「……その、ごめん。」

 

「いーっての。蘭こそ、そんな顔真っ赤になるほどヒートアップしてたのか?日菜(アイツ)なら相手するだけ損だぞ。」

 

 

 

言われて気付いた様に頬に両手を当てる蘭。その後にぷるぷると首を振ったかと思えばすぐさま俯き、「行こ」と呟いた。

うん、今日の蘭はやっぱり愉快な感じがする。

 

 

 

「おう。…しかし夏野にも困ったもんだなぁ。」

 

「そだね。……あたしは、夏野に感謝したいくらいだけど。」

 

「??…あぁ、あの時間から購買行っても無駄足だしな。…俺の提案も中々ナイスタイミングだったって訳か。」

 

「……そう…だね。」

 

「……お前、何食うの?」

 

「んー……○○のおすすめは?」

 

「カツカレー。安くてボリュームあるかんな。」

 

「ふーん。…じゃ、それにする。」

 

「蘭に食い切れるかなぁ…」

 

「……残しちゃったら、ちょっと手伝って。」

 

「…ちょっとだけな。」

 

「えへへ、やったね。」

 

 

 

いや、かなり変かもしれない。

 

 

 

**

 

 

 

「…ということがあってだな。」

 

「どうして私誘ってくれないの!!」

 

 

 

夜、つぐみに昼休みの居場所を問い詰められての会話。どうやら弁当に箸を入れ忘れたことに気付き俺を探したが見つからなかったそうで。

 

 

 

「悪いな。文句なら夏野に言ってくれ。」

 

「もー…巴ちゃんとひまりちゃんと、三人でずっと探してたんだからー…。」

 

「ごめんて。」

 

 

 

三人も居るならだれか学食まで探しに来たらいいのに。とは言わないが。

本当に心配をかけてしまったようで少し申し訳ない気持ちだ。ほんの少しだけど。

 

 

 

「それで、お箸どうしたの?」

 

「ん、隣に蘭が居たからな。スプーンとフォーク借りた。」

 

「蘭ちゃんも学食に行くって珍しいよね。今日はお弁当じゃなかったのかな。」

 

「まあ珍しいわな。」

 

「…ね、お兄ちゃん。」

 

「分かってるっての、今度はちゃんと誘うから。」

 

 

 

膨れ面を見りゃ言いたいことは大体わかる。妹だしな。

要は仲間外れにされた気がして寂しかったんだろう。ただでさえいつも一緒に過ごす幼馴染が二分されたんだ…その上実の兄である俺も見つからないとなると、それはそれは心細い…

 

 

 

「んーん、そうじゃなくて。あ、誘ってくれたらそりゃ嬉しいけど。」

 

 

 

…違った。

 

 

 

「蘭ちゃん、何か言ってた?」

 

「蘭?……特に何か言っていたわけじゃあないが、妙に表情が豊かだったな。」

 

「…それだけ?」

 

「うん。」

 

 

 

何だろう。何か用事か言伝でもあったのだろうか。

暫し難しそうに眉根を寄せるつぐみだったが、暫くして「ま、いっか」と納得していた。

…あっ、待てよ?

 

 

 

「そういえば、夏野の食い方汚いって指摘してた。」

 

「夏野くんは別にどうでもいいや。」

 

 

 

夏野……哀れな男よ。

 

 

 




つぐみメインの回無いですね。




<今回の設定更新>

○○:人望があるんだか天然の人たらしなんだか。
   相変わらず妹には頭が上がらず、何だかんだで大事にしているようだ。
   モカに対してデレデレしてしまう様だが恋心はない。

つぐみ:毎度出番が少ないようだが今日も目一杯ツグってます。

蘭:おやぁ?デレるのも時間の問題かぁ?

モカ:モカてゃんモッカモカ。

日菜:モテるらしいがとにかく煩い。そして面倒臭い。

夏野:扱いが割り箸のササクレ以下。


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2020/03/01 お出かけ

 

 

「お兄ちゃんと二人でお出かけって久しぶりだね。」

 

「ああ。」

 

「天気良くてよかったね~。」

 

「ああ。」

 

「今日はどこ行っちゃおっか?」

 

「ああ。」

 

「……お兄ちゃん?」

 

「ああ。」

 

「…………お兄ちゃんっ!」

 

「…あん?」

 

「もーやっぱり聞いてない…。」

 

 

 

有意義にゴロゴロダラダラと過ごそうと思っていた日曜日。だったはずなのに…。

巴と出掛ける予定だったつぐみがドタキャンを受け、その余波の被害にあったのがそう、この俺だ。特に宛のない放浪の旅に、兄妹二人…オチつくのかこれ。

 

 

 

「さっきから何やってるの?歩きスマホはダメって言ったでしょ。」

 

「うるせえな…お前は正しさの奴隷か。」

 

「なにそれ!ダメなものはダメなの!」

 

 

ピコン

 

 

「あっ、モカちゃんだ!…………ふふっ、暇だから逆立ちしてるって。」

 

「おいブーメラン。」

 

「ぶーめらん?…買いに行きたいの?」

 

「俺がそんなアウトドアに見えるかね。」

 

 

 

相変わらずズレた頭だ。しかしモカちゃん、暇な時間に逆立ちしてるとか…可愛いかよ。是非ともその様子を一度間近で見てみたいものだが…モカちゃんはあの健康的なお臍がけしからん。まっことけしからんのよ。

 

 

 

ゴスン

 

 

「に"ゃ"ぁああ!!!」

 

「!?」

 

 

 

お臍に思いを馳せている間に右後ろから何かが潰れるような悲鳴と鈍い音が。見れば額を抑えて尻餅をついているではないか、我が妹が。パンツ見えてるぞ。

出発前にもスカートが短いんじゃないかと散々指摘したのだが、タイツを履いているからいいとそのままで来てしまった訳だが…そのタイツ越しのパンツがもう…。

 

 

 

「おっと涎が。」

 

「あうぅぅぅ……」

 

「これに懲りたら歩きスマホなんかするんじゃない。な?」

 

「お、お兄ちゃんに言われたくないよっ!」

 

「俺は道端でポストにぶつかったりしない。」

 

「むぅ。」

 

 

 

真っ赤になった鼻の頭を摩りつつ立ち上がる。少しの間恨めしそうにスマホを見つめていたが、続けて鳴ることの無い愛機にため息。ポーチにしまいこんでいた。

 

 

 

「よしっ。」

 

「……鼻赤いぞ。」

 

「しってるっ。」

 

「痛かったか?」

 

「……………いたい。」

 

「帰る?」

 

「…………帰らない。」

 

「泣くほどか。」

 

「…………ん。」

 

 

 

コクリ、と頷く涙目の妹。いや痛いんかい。

凄い音したしな。そのまま進むのか帰るのか、俺の上着の裾を掴んで離さないつぐみがどうするのか次第なんだが。何故かガンとして動こうとしない。

 

 

 

「……んー、どうしよう。」

 

「歩きスマホ、よくないね。」

 

「身を以て知ったな。」

 

「……はい、ちょうだい。」

 

「は?」

 

 

 

一転、エラくキリっとした顔つきで右手を指し伸ばしてくる。…はて。

取り敢えず右手を突き出しその手を握ってみる。握手ってやつだ。

 

 

 

「……??」

 

「???」

 

 

 

ほわんとした表情。違うらしい。

それなら、と…左手を出して掌を合わせてみる。

 

 

 

「…ぎしき?」

 

「あ?」

 

「…これ、ぎしき?」

 

「何の??」

 

「わかんない。この前夏野くんが「儀式だよ」って言っておんなじ事してきたから。」

 

「あいつぜってぇ殺す。」

 

 

 

最近調子乗ってんだよな。とは言えこのままじゃ夏野と一緒だ。

合わせている左手を少し動かし指を絡めてみる…恋人つなぎってやつだな。

 

 

 

「……お兄ちゃん、妹相手にもそんな気持ちになっちゃうの?困ったちゃんですね。」

 

「………痛み引いたなら行くぞ。」

 

「ち、違うの!スマホ出してって言いたかったの。」

 

「なんで。」

 

「歩きスマホしたら、鼻ケガしちゃうよ。」

 

「つぐみじゃないんだから。」

 

「……お兄ちゃん鼻綺麗なんだから、怪我したらモテなくなっちゃうよ?」

 

 

 

余計なお世話だし今もモテねえやい。鼻一つでそこまで変わるとも思えないし、その程度の負傷で形が変わるなら今頃お前の鼻は……

 

 

 

「なるほど、鼻が綺麗なのは遺伝だな。」

 

「ふぇ?」

 

「つぐみも綺麗だよ。」

 

「あぅ……ありがと…。じゃなくて!私と一緒なのにスマホばっかり見てるから…没収です!」

 

「……マジかよ。」

 

 

 

最近生徒会だの風紀委員だの手伝いで引っ張りだこらしいからな。確かにつぐみは真面目だし責任感もある。

ただ嫌とは言えない…断りきれない性格もあってか自分のキャパシティをオーバーしてでも頑張ってしまう。以前倒れたこともあるし、無理はさせたくない…って蘭が言ってた。倒れたのかこいつ。

 

 

 

「という訳でお前を頑張らせるわけには」

 

「だめです。今日のデート中は没収します。」

 

「デートて……つぐみこそモテるんだから、そういうことは彼氏とやれよ…。」

 

「い、いないよっ」

 

「まじかぁ……枯れてんなぁ。」

 

「お、お兄ちゃんこそ、彼女さん作らないの?」

 

 

 

俺はつぐみと違ってまるでダメだからなぁ…。告白の一つもされたことねえし。

つぐみに「上手な振り方」を相談される度に胸痛んでんだからな。

 

 

 

「気配すらねえよ。」

 

「ふーん……ところで今日は誰からメッセージ来てたの。」

 

「え。」

 

「さっき。歩きスマホしてたのって、返してたんでしょ?連絡。」

 

 

 

よく見てんな…。

ええと、今日朝から煩い連中は…。

 

 

 

「夏野。」

 

「夏野くんは別にいいから。」

 

 

 

相変わらず可哀想な夏野。

 

 

 

「桜恋と蘭。」

 

「ほら……。」

 

「ほら?…あぁあと、日菜からも来てんな。」

 

「…………。」

 

「や、別に大した内容じゃねえからいいんだけどさ。」

 

 

 

暇つぶしの雑談めいたメッセージばかりだったし、俺が望むのはモカちゃんくらいなものなんだが、ちーっとも来やしない。

モカちゃん、君は今も逆立ちしているのかい?

 

 

 

「どんな?」

 

「あん。」

 

「内容。どんなおしゃべりするの?」

 

「あー……ほれ。」

 

 

 

説明も面倒なので画面を開いて渡す。

内容としては本当に大したことなく、桜恋は「暇なら付き合え」だの「別に声聞かせてくれてもいいよ」だの、矢鱈と上から目線で暇つぶしに巻き込もうとしてくる。

日菜は只管に遊びに行っていいかとか出かけるなら付いて行っていいかとか、勝手に休日のスケジュールをpdfファイルで送りつけられたりしている。何がしたいのかサッパリだが、アレが意味不明な行動を取るのは今更だろうし。「私を知って」だぁ?そんな暇人じゃねえっての。

蘭は……如何せん口数が少ないのはチャットでも同じで、基本的に俺が話しかけたことに対して「うん」とか「そう」とか……ただ話が終わりそうになると向こうから話題を振ってくるんだよなぁ。そうなるともう止めようがない。上手いんだあいつ。

 

 

 

「………っしゅう。」

 

「んあ?」

 

「没収します!!」

 

「えー。」

 

「そして今日はお説教です!」

 

「えー?」

 

「まずはお昼ご飯だよ!お兄ちゃんの奢りね!」

 

「うぇー…。」

 

 

 

なぜ俺が。

 

 

 

「お兄ちゃん、碌な死に方しないよ…?」

 

 

 

このあと、滅茶苦茶買い物とウィンドウショッピングに付き合わされた。…小言付きで。

 

 

 




短め




<今回の設定更新>

○○:そこそこに整った顔をしている。つぐみにソックリなんだから当たり前か。
   妹相手だとあまり強気になれない。モカちゃんラブ。

つぐみ:鈍感とよく言われるらしい。
    蘭と桜恋によく相談事を持ちかけられている。
    タイツもイイ。


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2020/04/10 誕生会

「どーして俺まで。」

 

「お兄ちゃんだって幼馴染なんだから、文句言わないの。…って、去年もした気がするよこの会話。」

 

 

 

今日は蘭の誕生日らしい。らしい、とか言っておきながらきっちりスマホ内のカレンダーアプリで共有済みなのだが。

今は途中で合流した(トモ)と俺とつぐみの三人で、会場であるひまり(ひぃ)の家へ向かっている最中。一応名ばかりのプレゼントを持ち、妹に引き摺られるようにして歩いているのだが…。

 

 

 

「いい加減観念しろよ○○。いいじゃんか、年に一度くらい祝ってやったって。」

 

「うるせー。この歳にもなると…色々あんだよ。」

 

 

 

俺を含めた六人の幼馴染が一堂に会せば、俺以外は全員女子。皆が皆トモみたいに男勝りだったら問題ないが、流石に居心地も悪いってもんだ。

モカちゃんに会えなかったら絶対行かねえもん、マジで。

 

 

 

「ほー?」

 

「何だそのおちょくった様な顔は…?」

 

「別に。そんなに嫌か、アタシらと居るのは。」

 

「嫌ってわけじゃねえが…別に俺抜きでやったらいいじゃんかよ。いつまで強制参加させんだ。」

 

「だめ!蘭ちゃんの誕生日は、お兄ちゃんも絶対参加なの!」

 

「…っくりしたなぁもう。急にでけぇ声出すな。」

 

「あぅ。…だ、だって!お兄ちゃんが来ないと、蘭ちゃん寂しがっちゃうから…!」

 

 

 

あいつがそんなタマかよ。恐らく幼馴染イチCoolな女だぞ。何故かクラスも昔からずっと一緒だからよく見ているが、あの夏野も気軽にちょっかいを掛けようとしないのは蘭と桜恋くらいなものだ。

何と言うか、独特の拒絶オーラがあるんだよな。話してみたら気のせいだってわかるんだけど。

 

 

 

「へぇへぇ。」

 

「…光栄に思えよ?○○。」

 

「何でトモが誇らしげなんだよ。」

 

「蘭に好かれるなんて、卵割ったら三つ子だった時くらいの奇跡なんだ。お前は選ばれたんだよ!」

 

「大したことねえじゃねえか!」

 

 

 

スーパーで買える程度の奇跡にいちいち誇っていられるか馬鹿者め。

そう騒ぎながら歩く事十五分程度か。カラフルな電飾を雑に取り付けられたひぃの家の玄関が見えてくる。クリスマスかっての。

事前に伝えてあるしいいかと、チャイムも鳴らさずに中へ。

 

 

 

「おーっす!ひまりー!来たぞぉー!」

 

 

 

こういう時、馬鹿みたいにデカい声のノッポが居ると非常に便利だな。

 

 

 

「あ!」

「どーしよーモカ!蘭まだ準備できてないよぉ!」

 

「でよっかー?」

 

「お、おねがい!…あ、あと…!」

 

「わかってるー。モカちゃんにおまかせー。」

 

 

 

ひぃの部屋が玄関から然程離れていない位置にあるせいか、ドタバタと慌ただしく動いているのが丸聞こえだ。やがてガチャリとノブが回る音に引き続き、なんともマイペースな足音が近づいてきた。

 

 

 

「やーやー。みなさんおそろいでー。」

 

「おう。これ、お菓子やらジュースやら買ってきたぞ。」

 

「ずっとトモちんが持ってきたのー?○○もいるのにー。」

 

「あ、ああ、いや、その、これはだねモカちゃん」

 

「こいつ、箸より重い物は持てないっつーんだよー。貧弱で参っちゃうよなぁ!ハッハッハ!」

 

 

 

うぜぇ。選りにも選ってモカちゃんの前で下らねえ冗談を言いよってからに。そもそもは俺に財布を預けてお前が商品持って行っちまったのが原因だろうが。

強く反論したかったがどうもモカちゃんの前だと調子がくるってしまい、上手く話せない俺を弄る…いつものトモのやり口である。汚い、流石宇田川、汚い。

 

 

 

「お、おま…うっせぇよ…。」

 

「……す、すごいよね巴ちゃん!力持ちさんだ!」

 

 

 

つぐみ。お前のそれは完全に追い撃ちだ。

 

 

 

「…そっかぁ。○○はハコイリムスメなんだね。」

 

「…ちがわい。」

 

「で、トモちんは筋肉もりもりマッチョマンのへんた…」

 

「そういえば、蘭ちゃんは??」

 

 

 

つぐみ。色んな意味でナイスだ。

 

 

 

「えとねー、今ひーちゃんがオメカシ大臣やっててねー、蘭を変身させるんだってー。」

 

「へぇ。」

 

「まだ結構かかりそう?」

 

「うんー。三人はリビングに行ってると良いよー。あたしはひーちゃんに報告があるからー。」

 

 

 

言われるがままに靴を脱ぎ散らかし中へ。

「つっかれたぁー!ただいまぁ!」と相変わらずの声量で突き進むトモの脱ぎ捨てた靴をせっせと揃えるつぐみを待って、俺達兄妹もリビングへ。恐らく準備の途中だと思われるリビングには俺が物心ついたころには既にあったバカでかいテーブルと二組の三人掛けソファ。いつも通りの見慣れた光景があった。

俺から回収した上着を自分の物と纏めて隅に置き、早速腕捲りで気合を入れる妹。

 

 

 

「お兄ちゃん。」

 

「ん。」

 

「手洗いとうがいしなきゃ。」

 

「まじかよ…。」

 

「まじ。巴ちゃんもいくよ!」

 

 

 

成程、準備に取り掛かる前に恒例の儀式をしないと気が済まないらしい。

真面目なのも考え物だな、妹よ。

 

 

 

**

 

 

 

「…こんなもんでいいか。…トモ、そっち貼ってくれ。」

 

「おー。」

 

 

 

あれから少し時は過ぎ、未だ終わらない蘭の準備を待ちつつ後着組三人は会場設営を完了させるところだった。

幼い頃から自分たちでプロデュースするこの誕生会。リビングが一番広いひぃの家が会場になるのはすっかり恒例で、昔は大したことができなかった飾り付けも年々クォリティが高まっているように思える。

手先不器用な俺とトモは主に小学生レベルの工作を任されることが多く、今も色紙を使った鎖を張り付けているところだ。今日は他にも、モカちゃんお手製のくす玉やひぃ手作りのカーテン・謎のオブジェを飾ったりしたが…踏み台を必要としない点だけはトモが羨ましかった。

一方つぐみは飲食・食器周りなどパーティの中心となる繊細な部分を担当している。…食器並べるだけに繊細もへったくれも無いと舐めてかかっていたが、俺とトモではマキビシのように食器の破片を床に飾り付けてしまう事が分かった為早々にクビにされたわけだ。

 

 

 

「わぁ!もうばっちりだね!」

 

「あ、ひまりちゃん。蘭ちゃんの方はどう??」

 

「もうすっごいよ!蘭って素材がいいから何着せても似合うんだけど…今日のは私でもときめいちゃう感じ!」

 

 

 

幼馴染きっての()()上原(うえはら)ひまり。奴の女子力の影響は自分で完結せず、周囲の人間にまで及ぶ。

影響されて女子力が上がる…ということではなく、女子力を発揮するキャンバスにされてしまうという事だ。この前も、ひぃの見た目と豊満な持ち物に惑わされた夏野が女装の刑に処されていたし。

「目覚めそう」だぁ?知らんが。

 

 

 

「えー!すっごい楽しみー!…ね?お兄ちゃん。」

 

「あん?なにが。」

 

「蘭ちゃんだよ!ひまりちゃんプロデュースってなると、誰でもお人形さんみたいになっちゃうからね!」

 

「○○も楽しみでしょ!?すっごい可愛いんだから!」

 

「…………。」

 

 

 

別に蘭は着飾らなくてもそこそこ整っている方なんじゃないかと反論しそうになったが、男女の感性差として「可愛い」の基準が違う可能性とその発言を厭と言うほど弄られる危険性を察知して何も答えなかった。

最近のこいつらはやたらと俺と蘭を紐付けたがる。迂闊に乗らないのが吉ってもんだよな。

 

 

 

「…よし、こんなもんで完成か。」

 

「だな。お疲れ○○。」

 

「トモもな。」

 

「えぇー?何か二人とも…えぇー??」

 

「んだよ。」

 

「○○がまるで興味ないみたいでつまんないのー!…巴は、蘭の可愛い姿見たいよね?ね??」

 

 

 

ひぃはミーハーというか、騒がしい的な意味で"年頃の女の子"っぽい。スイーツの話だとか、遠くて行けなかったファンシーショップが近くの街にできたとか、誰と誰が両思いだとか…あいつの話題はいつもそんなのばっかりだし。

こんなに女ばかりの身内だというのにその存在が浮くのもまた珍しい話だろうと俺は思う。他が落ち着き過ぎなのか?

 

 

 

「んー…蘭は別に、着飾らなくても可愛いだろ。」

 

 

 

……。

そういやお前はそういう奴だったな。見ろ、つぐみもひぃも赤面プラス絶句状態じゃねえか。

どうしてそう恥ずかしい事を臆面も無く言い放てるんだよ。お前の口はもう武器だよ、武器。

 

 

 

「…なんだぁ?皆変な顔して。」

 

「……巴ってさ、そういうとこズルいよね。」

 

「わかる。きっと「恥ずかしい」ってスイッチをどこかに落として来ちゃったんだよ。巴ちゃんは。」

 

「あーやっぱり!」

 

「おい。」

 

 

 

エライ言われようである。南無。

 

 

 

「お兄ちゃんは逆に変なかっこつけばっかりだからさ、ちょっとは見習ってほしいんだけど。」

 

「おいつぐ。」

 

 

 

おい。

 

 

 

「言えてるー!」

 

「おい!!」

 

「あはははは!!それじゃ、蘭の仕上げ行ってきまぁす!」

 

「こら!ひぃ!!」

 

 

 

荒らすだけ荒らして歩く女子力は去っていった。残されたつぐみとタラシとかっこつけの三人は何とも言えない雰囲気の中、各々で時間を潰す作業に入るのだった。

モカちゃんが眠そうな表情でリビングに入ってきたのがそれから二十分後くらい、続けてひぃが続き、クラッカーを構えて待つ一同。

…宴が、始まるのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「…し、失礼…します。」

 

 

 

カチャ、と控えめに扉を開けて彼女が入って来ると同時にパンパンと軽快な音を奏でるクラッカー。いつもとはまるで方向性の違う美しさを纏った蘭の姿に紐を引く手が一瞬遅れてしまったがバレてはいないだろう。

例えるならばそう、気付けばいつも窓から見ていた風景のうち一本の樹だけがある日突然クリスマスツリーになっていたような…いや俺に例え話は向いていなさすぎる。兎に角衝撃だった訳だ。

 

 

 

「う、うぉお!何だそれ可愛いな!蘭おまえ可愛いな!?」

 

「ちょ、巴…近い、近いって…」

 

「赤のドレス…!うんうん、ひまりちゃん、さすがのセンスだね!」

 

「でしょー!…今回は、普段蘭があまり出したがらないデコルテを全部露出させるという革新的な…」

 

「………。」

 

「蘭!なんつーエロさなんだ!?誘ってるのか!?おぉ!?」

 

「トモちんうるさいー。」

 

「あはははっ!巴にはクリティカルだったか~!」

 

「……お兄ちゃん?固まってるよ??」

 

 

 

一気に沸き立つ会場。食い付きの良すぎる巴に困惑する蘭が、未だ嘗てない程に綺麗に見えた。眩い程きめ細かい肌を見せつけんばかりに肩と胸元、それに両腕を曝け出したかと思えば引き締まって括れた腰回り。膝上程の短い丈のスカートの下からは黒地に金のメッシュをあしらった薄手のタイツが覗いている。

髪飾りも恐らくひぃがプロデュースしたんだろうが、花束を思わせるそれには数種類の花が綺麗で、そして華やかに纏められていて…。要するに暫し見惚れていたって事。

 

 

 

「…ぁ?…あぁ。」

 

「…○○。…やっぱ変、かな。あたしがこんな格好してるのって。」

 

「………まぁ?…ィッツ!?」

 

 

 

隣に座るつぐみに全力で太腿の辺りを抓り上げられる。痛いのなんのって。

だって変だろ。昔から見慣れてる幼馴染相手に可愛いとか思っちゃうのってさ。その原因が目の前の衣装にあるのならば、それは()なんだろう。

 

 

 

「お兄ちゃん?馬鹿なの?」

 

「や……だってさ、変だろ?蘭が可愛いんだぜ?夢でも見てるみたいだ…ッイツッイッツゥッ!?」

 

「………。」

 

 

 

どうやら求められている答えは違う様だ。このまま問答を繰り返していても俺のシルクの様な肌に青痣が刻まれてしまうだけであり、事態の打開にはならない。

気恥ずかしさを誤魔化す意味も込めて、蘭に別角度の質問をぶつけてみる。

 

 

 

「と、ところでその花、蘭が選んだのか?」

 

「ん……これ?」

 

 

 

複数の花が組み合わさったブーケの様な髪飾り。花の話題なら蘭にぴったりだし、俺も全く関心が無い訳じゃない。何というかこう…色も形もそれぞれの物を一つの芸術品に仕上げるってのは夢があるし凄い事だと思ったんだ。

少し沈んだ表情に見えた蘭だったが、自分の得意とするジャンルという事もあってか元気を取り戻したように喋り出す。

 

 

 

「…あたしが選んだのと、ひまりが提案してくれたのと。」

 

「ほー。何種類くらいだ??」

 

「四…かな。」

 

「そか。…うん、シャレオツでいいじゃん。似合ってるし。」

 

「ん。」

 

「………な、何て種類の花なんだ?」

 

 

 

気を抜くと沈黙の中見つめ合う羽目になってしまうのはいつも通りか。こういう時くらいもっとテンション上げても良いだろうに。

 

 

 

「ひまりって花とか詳しかったっけ?」

 

「んーん。でも、誕生花くらいは調べたら出てくるしね。」

 

「誕生花かぁ。ナイスアイディアだね!ひまりちゃん!」

 

「えっへへー!でしょー??」

 

「…知りたい?」

 

「おう。…えと、この薄紫の花は?」

 

「それはツルニチニチソウ。花弁の形が可愛いでしょ。」

 

「ああ。」

 

 

 

形云々より、"ニチニチ"という音が何だか気に入った。狭い空間に生肉をたっぷり詰めたような音。

 

 

 

「で、その隣の紫の小さい花は…○○でも知ってる花だよ。」

 

「え。…向日葵とか?」

 

「馬鹿なの?見たら違うって分かるでしょ。」

 

「そりゃな。…でも俺が知ってる花なんてそんなに…」

 

「パンジー、知らない?」

 

「……。」

 

「お兄ちゃんの事だから、バンジーとごっちゃになってそう…。」

 

「ありえますなぁー。」

 

「…………。」

 

「??巴、どうして黙ってるの??」

 

「………パンジーって、花だったのか。」

 

 

 

成程。それなら俺でも聞いたことがある花だ。ただ全くの知識が無い為、名前からの連想でもっと大きい花だと思っていた。

いやはや、こんな可憐な紫の花弁もあるのか。

 

 

 

「パンジーって一口に言っても色もサイズも色々。」

 

「ほほう。チューリップみたいだな。」

 

「…花を花で例えないで。…これは少し小さくて、ビオラって言ったらわかるかな。」

 

「うむ、わからん。」

 

「あそ。」

 

「あそ、って………で?こっちの派手目なピンクの花は形が違うようだけど…」

 

 

 

少し長めに、アクセントの様に加えられている存在感の強い花。恐らくパンジーでもニチニチのやつでもないだろう。

ピンクという俺の発言にやや首を傾げていた蘭だったがやがて閃いた様に顔を戻す。

 

 

 

「…あぁ、エゾギク…かな。一応赤いのを選んだつもりなんだけど。」

 

「これ、赤なのか。」

 

「あれ紫じゃないのか??」

 

「んー、私はピンクに見えるけどな…。」

 

「おー、さすが双子。○○と同じ感性ぃー。」

 

「いや絶対紫だ。絶対。」

 

「…ふふっ、綺麗でしょ?」

 

「ああ。色がどうだろうと、蘭に似合っていてすげー良い。」

 

「ばっ……そ、そう。」

 

「蘭のメッシュほど赤くはないけど…うん、これもいい赤だ。綺麗だな。」

 

 

 

赤とピンクの中間…と言った感じだろうか。いやはや美術的センスの欠片も持ち合わせていない俺だが、この色は嫌いじゃない。存在感を感じられつつも決して他の邪魔をしていない…そんな色。

それはそうとさっきからうるせえな外野よ。

 

 

 

「お兄ちゃん……。」

 

「んふふー。つぐにも同じ血が流れてるんだよねぇー。」

 

「わっ、私はそんなに恥ずかしい事言わないもん!」

 

「「「えっ」」」

 

「…えぇ!?」

 

 

「……。」

 

「四種類…ってことは、わーっと広がってる白い花で最後か?」

 

「うん。」

 

「可愛らしい花だな…。まぁ、勿論種類はわかんねえんだけど。」

 

「これ、リナリアっていうんだ。小さくて儚くて…可憐で…。」

 

 

「…ここでいっぱつ決めたら男だよねぇー。」

 

「ははっ、○○には無理だろ。なぁ?つぐみ。」

 

「……ぅぅ、みんなの馬鹿。…しらないもん。」

 

「拗ねんなよぉ!」

 

 

 

儚くて可憐で…か。外野も盛り上がってるみたいだし、ここは幼馴染として空気を読んでやろう。

ワードから連想するものと言えば…。

 

 

 

「…今日の蘭みたいだな、それ。」

 

「ひぅっ…!?な、なんで…?」

 

 

「おぉぉぉ…!」

 

「き、聞いた!?巴、聞いた!?ひゃぁぁ///」

 

 

「…実はさっきも恥ずかしくて言えなかったんだけどさ。…今日はその、誕生日ってこともあって、気合入ってるって言うか…頑張ってるって言うか…」

 

「……ん、んぅ。」

 

「普段じゃ見られない格好、じゃん?そもそもスカートもあまり見ねえし。」

 

「そう…だね。」

 

「だからその…なんというか……。」

 

「………。」

 

「……正直、滅茶苦茶可愛いと思う。…いや!へ、変だよなぁ!長い付き合いなのに!」

 

「………!!」

 

 

 

やはり人を褒めるのは慣れない。可愛いという単語自体はつぐみにアホ程ぶつけているので言い慣れてはいるが、やはりこれが身内と他人との違いか。

さっきまで嬉々としてお花談義を繰り広げていた蘭は上気した顔で心ここにあらずと言った様子だが…そりゃ引くよなぁ。どうもトモのように上手くは立ち回れないみたいだ。

 

 

 

「…あー……その、変なこと言ってごめんな?思ったからって何でもかんでも言うもんじゃなかったよ。」

 

「……あ、う、その…かわいいって、ほんと?」

 

「?…ああ。」

 

 

 

空気を読むとは言ったが騙すつもりはない。いつもとは違って、感想を素直に言ってみただけの事だ。

案の定外野勢は大興奮。視界の端ではトモとひぃが何度目か分からない乾杯を交わしていた。一方複雑そうなつぐみが気にはなったが…あいつは心から引いてるだけだろう。

 

 

 

「……えへへぇ、何だろう、嬉しい。…かも。」

 

「……ッ!」

 

 

 

こっちはこっちで大変なんだ。可愛い格好して、可愛い花を頭に飾り付けた蘭が、見たことないくらい可愛い顔で笑うんだから。

 

 

 

「おぉ……血は争えない……」

 

「モカちゃん?変なこと言わないでね?」

 

「……○○はタラシで、つぐはおこだ…。」

 

 

 

違うんだよ、そういうのじゃないんだってばモカちゃん。

 

 

 

**

 

 

 

「いやぁ、食った食ったぁ。」

 

「……。」

 

 

 

すっかり暗くなった夜の道をつぐみと手を繋いで歩く。さする腹には、何故か蘭に大量に食わされた料理がパンパンに詰まっており、幸福感と苦痛を同時に与えている。

結果から言うならばパーティは大盛り上がり。例年にはなく蘭本人がご機嫌だったこともあって、いい思い出になったと言えよう。ただ一方で我が妹は終始難しそうな顔をしているのだが…腹でも下したのだろうか。

 

 

 

「…なんだよつぐみ、構ってもらえなくて拗ねてるのか?」

 

「そんなわけないでしょ。」

 

「だよなぁ。…なら、何をそんなに思いつめた顔してんだ。」

 

「…………。」

 

 

 

素っ気ないようでありつつもチラチラとこちらを見上げるつぐみ。やめろやめろ、その恋する乙女のような視線を実兄に向けるんじゃない。惚れてしまうでしょうが。

 

 

 

「…お兄ちゃんは、蘭ちゃんのこと、どう思ってるの。」

 

「まぁ今日はかなり可愛く見えたよなぁ。でもま、クラスメイトとしても幼馴染としても悪くない関係だと思ってるけど?」

 

「…それだけ?」

 

「うん。」

 

「……はぁぁぁ……。」

 

 

 

途方も無い馬鹿を前にしたかのような深い溜息。失礼な話である。

それとも何か?さっきまでのパーティノリがまだ残ってて、「愛してる」とでもほざいた方が盛り上がったとでも?

 

 

 

「…あのね、このままじゃ蘭ちゃんが可哀想だよ。」

 

「や、流石にさっきのはノリだって分かって…」

 

「分かるわけないでしょ!?見た!?あの蘭ちゃんの顔!!」

 

 

 

……何ともだらしなく笑っていた印象はあるが…表情一つでそこまで読み取れるものだろうか。

可哀想、そいうワードも相まって、何やらとんでもないことをやらかした気分になってきた。それならそうと、トモやひぃも教えてくれたらいいのに。

 

 

 

「お兄ちゃんのそういうところ、ホント嫌い。」

 

「お、おい…。」

 

「……桜恋ちゃんに報告する。」

 

「待てっての!あいつは今関係ねえだろ!?」

 

「…じゃあどうするの。蘭ちゃん、お兄ちゃんの事…」

 

「そんなの分かんないだろうが。それとも、蘭が俺の事好きとでも言ってたか?…俺達は、幼馴染だろうが。」

 

「……言われてないけど…聞かなくてもわかるよ。」

 

「…………意味わかんねえ。」

 

「お兄ちゃん!」

 

 

 

モヤついた気分だ。

曲がりなりにも女子である蘭から好意を向けられていることに少しばかりの興奮を覚えた。だがそれは事実であるならば、の話だ。

つぐみが加担するとは思えないが、トモやひぃあたりの揶揄いである可能性すら残っている。…第一、俺が好かれるほど蘭に何かしたかよ。あいつにはもっと釣り合う奴が…。

 

 

 

「お兄ちゃん。…花言葉ってね、調べたら簡単にわかるから。」

 

「………だから、なんだよ。」

 

「蘭ちゃんのこと、大事な幼馴染だと思ってるなら、お話した事覚えてるよね。」

 

「…………。」

 

 

 

花言葉、ねぇ。

 

 

 

 




意味は沢山ありますが都合のいい物だけ選ぶと…




<今回の設定更新>

○○:空気の読める男。
   だが、人の気持ち迄は到底読めない。
   相変わらずモカちゃん推し。

つぐみ:ちょっとおこ。
    鈍感な兄に思うところは無いが、人を傷つける兄は許せない。
    周りは楽しければ良しが強すぎた為か、今年の誕生日は純粋に祝えなかった。

蘭:かわいい。
  想いは止まらず、感情は追いつかず。
  勿論重い話にはしませんとも。

巴:主人公はトモと呼ぶ。
  強ぇ。

ひまり:主人公はひぃと呼ぶ。
    女子力ゥ。

モカ:長髪可愛い。

意識した花言葉
 ・ツルニチニチソウ:「楽しき思い出」「幼なじみ」
 ・パンジー・ビオラ:「あなたのことで頭がいっぱい」「信頼」
 ・エゾギク:「変化」「信じる恋」
 ・リナリア:「この恋に気づいて」

全部4月10日の誕生花らしいですね。
お、重い。


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2020/07/07 祭

 

「ねえ、羽沢。」

 

 

 

珍しく出席した英語の授業中。オーラルコミュニケーションが何とかって事で、ランダムな相手とペアになり会話をすることに。

勿論真面目に受けるつもりもないし、日本に骨を埋める以上英語なぞ必要ない。話の分かる相手を探していた結果、我らが委員長こと桜恋と組む羽目になった。

つぐみにダイレクトに繋がっていることもあって、迂闊な事は言えないが…と出方を窺っていると、意外にも雑談を振ってきたのは桜恋の方だった。

 

 

 

「あん?」

 

「今日、放課後空いてる?」

 

「…………何が狙いだ?」

 

「失礼ね!何も狙ってないわよ!!」

 

 

「おいそこ、真面目にやれぇー。」

 

アッハハハハハハハ!!

 

 

 

唐突な質問につい穿った感想を述べた結果、顔を真っ赤にした桜恋の猛烈な反撃により教師に見つかってしまった。

クラスのいい笑いものである。

 

 

 

「ぐっ……。」

 

「どうした、落ち着けよ桜恋。…笑われるのなんていつもの事だろ?」

 

「アンタ達と一緒にしないで!」

 

「へぇへぇ。…で?放課後に何があるってんだ。」

 

「それは……。」

 

 

 

確かに、遠巻きで見えた夏野がヘラヘラしているのは苛ついた。てめぇ、モカちゃんと組みやがって。後で覚えとけよ。

しかし真相を聞き出そうにも、この質問に対しては桜恋が元気なく俯いてしまう二進も三進もいかない。

 

 

 

「今日、何かあったっけか。」

 

「おいコラ羽沢。」

 

「あ?…何だクソ教師か。授業には出てるだろ?何か文句でもあんのかよ。」

 

 

 

一向に英会話を始めないことに違和感を覚えたのだろう。やたらと上からの物言いが気に障る男性教師が近づいてきた。

名前は覚えちゃいないが、事ある毎にネチネチと嫌味をかましてくる奴だ。

 

 

 

「あのなぁ…。授業に出席したことは褒めてやるが、どうせならキチンと授業に参加せんか。」

 

「うっせ。英語だって知ってたら出てねえわ。」

 

「委員長にまで迷惑掛け折ってからに……いやはや、双子でこうも違うとは…」

 

 

 

余計なお世話だ。双子でエライ違い様だとは今に限った事じゃないが、つぐみは俺の良い所も全て吸い取って行ったんだろう。

つまり俺は残り滓、悪意の結晶の様なものだ。誰が残り滓だ。

 

 

 

「あんまり周りに迷惑かけるんじゃないぞ?妹の方だって心配して――」

 

「……あ、夏野がまた悪さしてるぞ。教師として、見過ごしていいのか?」

 

「何だと…?アイツめ、また女生徒にちょっかいを……いいか?真面目に学ぶんだぞ?じゃあな。」

 

 

 

出来の悪い友人を持つとでっち上げに苦労しなくて済む。夏野が何をしていたかなぞ全く見ちゃいないが、クソ教師は捨て台詞もそこそこに窓際の夏野(バカ)の方へと歩いて行った。

 

「コラァ!夏野ォ!授業に集中せんかぁ!」

「ヒィィィ!?」

 

間の抜けた悲鳴が聞こえたが、悪く思うな、友よ。

 

 

 

「…しゃーねぇ、少しはまともにやるかぁ。…桜恋?」

 

「………。」

 

「おーい、何惚けてんだ。口開いてんぞ。」

 

「…ッ!?な、なんでもない!何でもないから!」

 

 

 

変な奴だ。教師の前で黙り込んでいると思えば、人の顔なんかぼーっと見て。

口許を拭いつつ慌てて教科書を手に取る委員長。逆さまに持って見せるというベッタベタなボケは狙っての物か、果たして…。

 

 

 

「落ち着け落ち着け…。取り敢えず授業に集中しようぜ。」

 

「くっ…わ、分かってるし…。」

 

「ええと…うわ、横文字読めねえ…なんだこれ…。」

 

「………何だって私がこんな…。」

 

「今何つった?何行目??」

 

「うっさい馬鹿!」

 

 

 

急に怒るな。

何なんだかよく分からないうちに、ペアを替えて再度同じ会話を試すよう指示があった。桜恋は何か言いたげではあったが大人しく引き下がり、次に組んだ夏野を恐喝していた。いや、遠目に見ただけで実際のところは分からんが。

こっちはこっちで、次に組んだ蘭に詰め寄られることになっているが。

 

 

 

「○○。さっき――」

 

「わーってるよ、ちゃんとやるっての…。」

 

「??」

 

「…違ったか。余計なやる気を見せちまった。」

 

 

 

これじゃあ英語大好きマンみたいじゃねえか。

 

 

 

「あたしが訊きたかったのは、さっき瀬川と何話してたの?ってこと。」

 

「あー…。」

 

 

 

思い返してみるに、大した話はしていないような。

しかし、そんなことまで気になるとは、こいつどんだけ桜恋とウマが合わないんだ…?

 

 

 

「…いや、特に何も話してねえな。急にキレられたくらいで。」

 

「ふーん。…瀬川、顔赤かったから何事かと思って。」

 

「虫の居所が悪かったんだろ?よくあるこった。」

 

「へー。」

 

 

 

そうか。言われてみれば赤かったような…。

いや、怒ってりゃ顔も赤くなるか。そういや放課後がどうとか言ってたような――

 

 

 

「○○。」

 

「あん?」

 

「放課後、時間ある?」

 

「……放課後?」

 

「うん。」

 

 

 

お前もか。

今日はやたらと放課後の時間を狙われるが、何かあったろうか。

因みに俺の今日の計画としては、夏野がまた妄言をばら撒いていたので共にゲーセンで時間を潰す予定だ。

「僕の超絶テクにゲームマシンもメロメロさぁ!」とか何とか言っていたが…どうせ一人が寂しいだけだろう。夏野だし。

まあ、つぐみも幼馴染連中と出かける様な話だったし丁度いい暇潰しにはなるだろう。

 

 

 

「何かあんの?」

 

「…えと、ほら、今日ってお祭りじゃん?」

 

「……………そうなのか?」

 

「…○○、ホント興味ないよね。そういうの。」

 

「言うほど面白くないしな。…お前らも、俺が付いて行かない方が楽しそうだし。」

 

 

 

そういえば今日は七夕だったか。外れの方にある空き地で毎年恒例の七夕祭りりが開催されているんだった。

催し物にも興味はないし、同じ幼馴染だというのに俺は敬遠されるのだ。つぐみは歓迎されるのに。

 

 

 

「巴が…ね。」

 

「ああ。」

 

「…………それで、予定ある?」

 

「ああ、悪いな。つぐみを頼むわ。」

 

「……そっ…か。」

 

 

 

昔からムッとしたような表情ばかり見ている幼馴染の一人だが、この時ばかりは少々落ち込んでいるように見えた。

俺にも来て欲しいと?まさかぁ。

 

 

 

「うっし、じゃあ教科書、読んじまおうぜ。またあのオッサンにどやされちゃ堪ったもんじゃねえ。」

 

「…………うん。」

 

 

 

遠目ではあるが次の獲物を探しているクソ教師が視界に入った。また難癖付けられても面倒だし、読めない横文字に頭を痛めるとしよう。

あ、あい?すぴーきんぐ??何だって?

 

 

 

**

 

 

 

放課後。夏野と共に近所の寂れたゲームセンターで。

よく分からんギター型の音ゲーを掻き鳴らす夏野の背中を眺めながら、遠くに花火の音を聞いた気がした。

結構遠い場所ではあるが、祭りの開始を報せる物だろう。

 

 

 

「…祭り…か。」

 

 

 

思えばつぐみは朝から張り切っていて、母親に浴衣の着付けを約束させていたり、使い捨てカメラをポーチに詰めていたりしたな。

髪のセットに使う…とかで、一緒になってヘアピンも数えさせられた。好きな男でも出来たのかと少々焦ったが、高校生の女の子はみんなそうらしい。そりゃ男の子には分からんわな。

 

 

 

「何だよ羽沢。シケたツラしてよぉ。」

 

「あん?…終わったのか?」

 

「見てなかったのかよ!」

 

「やったことねえし、上手いか下手かも分かんねえんだもんよ。」

 

「はぁぁぁぁ……全く仕方ないな羽沢は。」

 

「あ?」

 

 

 

急に絡んできたかと思えば勝手な気遣いで財布を漁りだす馬鹿。無駄に動き回っていたせいか、奴の貼りつくような汗が鬱陶しさを増している。

つぐみの姿を思い出している内に三曲のメドレーを終わらせるほどの時間が経っていようとは、我ながらシスコンが過ぎるようだ。

 

 

 

「いいか?僕の超絶テクは一日三度までなんだ。親友のよしみで二度目を披露してやるが…この意味が解るな?」

 

「……なあ、夏野。」

 

「何。」

 

「祭り、興味ねぇ?」

 

「祭りぃ?…ああ、そーいや今日だったねぇ。七夕の。」

 

 

 

面倒臭そうに後頭部を掻く夏野。こいつも同じだ。

所詮は世からズレたはみ出し者…祭りりだ催しだと、陽の当たる所に居場所はなく、斜に構えた体を装って鼻で笑う。

どの時代も変わらず、一定数居るものなんだ。こういう人間が。

 

 

 

「なに、行きたいわけ?」

 

「………いや、花火が聴こえたもんでな。行く気はねえよ。」

 

「ははっ、らしくねぇなぁ。…ようし!んじゃ、気を取り直して…」

 

 

 

行きたいわけじゃない。行きたい訳じゃない…んだが。

どうにもあの、蘭と桜恋の真意を掴みあぐねている感じが気持ち悪かった。

肩を鳴らしながら筐体へ向かっていく悪友を眺めながら、酷く体が渇いた様な心地だった。

 

 

 

「目ぇかっぽじってよぉく聞いとけよォ!」

 

 

 

どこからツッコんでいいやら。

一昔前に流行ったラブソングのイントロを聞きながら、店前にある自動販売機へ向かった。

 

 

 

**

 

 

 

「あ!!!!」

 

 

 

自販機の前で小銭を探していると聞こえてくるクソデカい元気な声。このエクスクラメーション多目な妙に明るい声は…。

 

 

 

「…日菜?どうしてこんなところに…。家、こっちなのか?」

 

「んーん!お出かけ中!」

 

 

 

空色の浴衣に身を包んだ生徒会長。状況から察するに祭りの会場にいなければいけない格好だが…。

 

 

 

「へぇ。」

 

「………も、もうちょっと興味持ってよ!」

 

「……綺麗な…浴衣だな?」

 

「えへへ!ありがと!!」

 

「……。」

 

「………。」

 

 

 

まぁ無難に茶でいいだろう。緑茶はあまり好きじゃないが、売っている水に金を払うのも癪だ。ジュースだなんだって気分でもない。

…ええと、百二十円…あったかな…。

 

 

 

「…何飲むの?」

 

「茶。」

 

「ふーん。」

 

 

 

あぁ、あったあった。

しかしこの生徒会長、祭りへ行く訳では無いのだろうか。手に持った小さな巾着をブラブラさせながら、目の前の自販機を眺めている。

…何入れるんだ?それ。

 

 

 

「……日菜も、何か飲むか?」

 

「んーん。これからお祭り行くから大丈夫。」

 

「そか。」

 

「うん!…今日はね、おねーちゃんと一緒なんだぁ!」

 

「…おねえちゃん?」

 

 

 

小銭を掴んだ手はそのままに、何が楽しいのかニコニコ顔の彼女へ目を向ける。周りを見るに、姉らしき人物は見当たらないが…あ、もしかしてあのおばさんか?

…いや、流石に無いか。

 

 

 

「お前、一人みたいだけど。」

 

「え。」

 

 

 

今更気付いた様に周りを見渡し、えへへと笑う。

 

 

 

「もー。おねーちゃんったらしょうがないなー。高校生にもなって迷子だなんて。」

 

「お前だお前。」

 

「えー?あたしは迷子じゃないよー?こうしてまっすぐお祭り会場に…。」

 

「…………。」

 

「……ここ、どこ??」

 

 

 

漸く状況が分かったか。傍に居る筈の姉なる人物を探しあちこち見やるも自分は一人。

恐らく来たこともない場所だろうし、さぞかし不安だろう。…いやいや、流石にマンホールの中には居ないだろう。

やがて眉を思い切りハの字にして至近距離まで詰め寄ってきた。服の裾迄掴まれるオマケつきだ。

 

 

 

「はぁ。…いいか日菜。まずはそのおねえちゃんとやらだ。」

 

「いないよ?」

 

「スマホ、持ってないのか?」

 

「あ。……電話!」

 

「そうだな。まずは連絡だ。」

 

 

 

手提げの巾着袋の中から飾り気のないスマホを取り出し何やらポチポチと操作し始める。ただ待つのも暇なので俺も自分のスマホを…おぉっ。

画面を見て驚いた。出かける準備があるらしいつぐみと別れてからまだ三時間弱。十数回に渡る着信履歴が表示されているじゃないか。

何かあったのかと焦りを覚えつつ、努めて冷静に通話を飛ばす。

 

 

 

「…………。」

 

『あっ、お兄ちゃん?』

 

 

 

電話口のいつも通りの声にほっと胸を撫で下ろす。よかった、無事なら何よりだ。

 

 

 

『何回も電話したのに。』

 

「ああ、悪い悪い。急ぎの用だったか?」

 

『蘭ちゃんが誘ったのに断ったんだって??』

 

「あー、うん。…まずかったか?」

 

『…蘭ちゃん、落ち込んでたよ。』

 

「まさか。」

 

『ホントだもん。だから、今からでも来てくれないかなーって。』

 

「あー……。」

 

 

 

あの蘭が俺が居ない程度で落ち込むとは思えないが…。そもそも祭りって参加したところで何を楽しめばいいんだ?

出店があるのは分かる。だが普段から食おうと思えば食えるものや、やりようによっちゃ自宅で出来る遊びばかりだろう。

何故態々暑い外で、それも無数の人波の中でと、縛りを入れにゃならんのだ。やはり俺には、催しの意義が分からん。

何とか言葉を探して、断りを入れようとした矢先――

 

 

 

「○○っち!おねーちゃんお祭り会場に居るって!!」

 

 

 

目の前の元気の塊が喜びの声を張り上げた。

 

 

 

『……お兄ちゃん?誰かといるの??』

 

「ああいや…」

 

「あ……電話中かぁ。ごめんごめん。」

 

 

 

勿論電話の向こうのつぐみが気付かない訳もなく。時すでに遅しとは思うが両手で口を塞ぎ申し訳なさそうに見上げてくる日菜を見下ろしながら、面倒事の予感を覚えた。

よし、切っちまおう。どうせ祭りには行かねえし。

一先ずの安否は確認できたので良しとし、多少強引だが通話を終わらせることにした。

 

 

 

「あ、ああ!なんだか…電波……おかしいなぁ!」

 

『えっ、お、お兄ちゃ――』

 

 

 

ピッ。

………すまぬ、妹よ。兄は面倒事が嫌いなんだ。

 

 

 

「…よかったの?つぐちゃんでしょ??」

 

「ああ。大した用じゃ無さそうだしな。」

 

「ふーん。……じゃあ、はい!」

 

「はい?」

 

 

 

納得したかせずしてか。フンスと鼻息が聞こえてきそうなやる気満々の顔で、右手を差し出してくる日菜。

丁度、シャルウィダンスのフレーズが似合いそうな腕の角度だ。

 

 

 

「行かねえの?祭り。」

 

「行くよ!だから!…はい!!」

 

 

 

再度差し出していた腕をピンと張って強調する。最早突き出しだな、それは。

そこでピンときた俺は、差し出された手――ではなく手首を掴み、体ごと向きを変えるように九十度回す。

直後不思議そうな顔で首を傾げる様は、徐にマジックを見せられた公園のハトのようだ。

 

 

 

「祭り会場はあっちだ。」

 

「ち、ちがうよ!向きを訊いてたんじゃないの!」

 

「なんだ違うのか…。」

 

「連れてって!」

 

「……あんだって…?」

 

 

 

面倒事を避けるために強引な手段に出たというのに。

コイツのせいでより面倒な何かに巻き込まれている気さえしてきた。

 

 

 

**

 

 

 

結局、日菜の姉とやらを探すのに付き合い、出店を連れ回され、何故か姉妹と場所を同じくして目玉の花火を見せられ。

…やっとのことで自宅に辿り着いたのは夜の十時を回った頃だった。

ずっと握られていたせいで左手には乳酸が溜まっているし、足も棒のようだ。

…間違いない。あの女は疫病神かなんかの類だ。

 

 

 

「ぁ……お兄ちゃん。」

 

「ただいま。…散々な目に遭ったぜ。」

 

「…………。」

 

 

 

ふいっ、と。

顔を背けるようにして二階の自室へと歩いて行ってしまうつぐみ。やはり怒らせてしまったか。

一応機嫌取りの為にと買ってきた綿飴を構え、部屋へと突撃することにした。

 

 

 

「おーい、つぐみー。入って良いかー。てか入るわ。」

 

 

 

考えたらノックなどしたこと無かった部屋に拳を当てること数度。馬鹿馬鹿しくなって突入。

勉強机備え付けのキャスター付きの椅子に座ったまま哀しそうに見つめてくる妹と目が合った。

 

 

 

「…その…なんだ、ごめんな?…電話、切っちゃって。」

 

「………。」

 

 

 

静かにふるふると首を振る。

厭に元気がないな。

 

 

 

「…つぐみ?」

 

「………お祭り、行ったんだ。」

 

「…あー…ええと、これには深い理由がな?」

 

「蘭ちゃん。……泣いてたよ。」

 

「……蘭が?なんで。」

 

 

 

つぐみ曰く――蘭はどうしても俺と一緒に七夕祭りに行きたかったそうな。だが昼間は断られるしつぐみの電話は繋がらないしで諦めていたと。

…漸く切り替えて楽しめる様な心持ちになった時、見掛けたんだそうだ。日菜と手を繋いで出店に並ぶ俺を。

俺にとっては逃げられない為の鎖の様な物でしかなかったが、傍から見る分には仲の良い恋人に見えたそうな。

 

 

 

「ははっ、アレと恋人に見られるとはな。…いやしかし誤解だ、つぐみ。」

 

「…どうして、来てくれなかったの?どうして、日菜先輩の言う事は聞くの?どうして――」

 

「待て待て、俺が祭りとか嫌いなの知ってんだろ?…日菜の言うことだって、別に従ってああなったわけじゃねえ。ただ――」

 

「蘭ちゃんには、見えた二人が全てでしょ!?」

 

 

 

そうだった。自分の辛いとか哀しいとかはまるで主張しない癖に、周りの人間の事となるとこいつは。

ここまで感情的になる原因があの蘭となれば…それは酷い有様だったに違いない。俺がどんな言い訳をしようと、正に今のこの現状こそが現実。

何かしら動く必要があるのは紛れもなくこの俺だろう。しゃーなし、それもまた、他人に優しすぎる妹を持った兄の宿命とも言えるだろう。

 

 

 

「………そうか。いや、うん。蘭には連絡入れとくよ。」

 

「……そうして、あげて。」

 

「…誤解、解かないとな。」

 

「うん…。」

 

 

 

つぐみの激情は長くは持たない。すぐにまたしゅんとしてしまった妹に歩み寄り、気を遣い過ぎて疲れたであろう頭をそっと撫でた。

 

 

 

「…お兄ちゃん。」

 

「ん。」

 

「あと、桜恋ちゃんにも聞いたんだけど…。」

 

「………桜恋?」

 

「…桜恋ちゃんのお誘いも、適当に茶化したんだって…?」

 

「……あー…。」

 

 

 

何故皆つぐみに報告するのか。

気を回しすぎて疲れちゃうだろうが、つぐみが。

 

 

 

「……なぁ、今日って何かあったのか?…ほら、イベントとかさ。」

 

「…なんで。」

 

「だってよ。二人とも急に俺を誘うとかおかしいだろ?今まではそんなことなかったのにさ。」

 

「……わかんないの??」

 

「うん。だから本気で、日頃の恨みとかを晴らすべく呼び出し食らってるのかと思って…」

 

「………。」

 

「あ、と、特に、桜恋はな??」

 

「……お兄ちゃんの、ばか…。」

 

「はぁ?」

 

「そんなことばっかり言ってて、みんなに嫌われちゃっても、知らないんだからね…?」

 

 

 

全く以て意味が解らない。

例え周りが全員嫌いになったとしても、この妹だけは傍に居てくれそうなものだが…如何せんつぐみの良くないところは、赤点通知の後に正解を教えてくれないところだな、うん。

 

 

 

「つぐみが誘ってくれたら喜んでいくのにさ。勿論二人きりで。」

 

「なっ…何言ってんの??」

 

「いやほら、俺ってばつぐみラブじゃん?」

 

「……もう、ホントお馬鹿さんなんだから…。」

 

 

 

今日も妹が、最高に可愛い。

 

 

 




ここにきてタイトル回収。
荒れそうで荒れないメンバーを選んでます。




<今回の設定更新>

○○:不良、これに尽きる。
   羽沢家で唯一門限の概念が適用されず、羽丘でただ二人だけ自由登校制になっ
   ている。
   自由なのも大概にして欲しい。
   モカちゃんと妹が大好き。

つぐみ:苦労人。
    苦労の大半は兄絡みの対人関係と兄がどんどんアウトロー寄りになってしまう
    こと。
    蘭と桜恋の気持ちにはそこはかとなく気付いているが兄が予想不可能すぎて
    頭を痛めている。
    つぐぅぅぅ。

蘭:ピュアピュアさん。
  最近は主人公を前にすると言葉が上手く発せなくなるとか。
  日菜が苦手。

日菜:実は方向音痴らしい。
   というより、好奇心旺盛すぎていつの間にか本筋から外れているだけ。
   久々のおねーちゃんとのお出かけに燥いだ結果祭り会場とは真逆の外れにある
   ゲームセンターに辿り着いた。
   シスコン。

桜恋:素直になれないところは少し前の蘭を見ているよう。(モカ談)
   クラスではそこそこ中心人物だが、プライベートにまで及ぶ友人はいない。
   頭はいい。

夏野:元気だろう?
   主人公と居ることに居心地の良さを感じているがソッチの気はない。
   ほんとだよ。


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2020/08/14 拘り

 

 

 

そういえば、今はイベント限定のガチャが来ているんだっけ。

寝起きの目を擦りつつ、時間確認ついでに見た愛機のディスプレイにはあと四日限定で有料ガチャの提供割合が変動していると通知が出ていた。最近遊びに遊んでいるソーシャルゲームのものだ。

まだ胸元でむにゃむにゃ言っているつぐみを抱え込むように両腕を回し、つぐみの後頭部あたりでスマホを操作する。

俺は朝にそれほど弱くないが、反対につぐみは滅法弱いのだ。

今日は同じ布団のため問題ないが、別室で寝起きしている普段はどうにも苦労している。こういうシチュエーション、しっかり者の妹に叩き起こされる……などと、夏野あたりなら妄想しそうだが現実は斯くも色気のないものだった。

 

 

 

「……ほう?」

 

 

 

通知こそ流し見していたが肝心の詳細は今が初見だ。なるほどなるほど、ピックアップキャラクターはこいつらか。

悪くない…どころか中々俺得な内容に、思わず声が出てしまったほどだ。

 

 

 

「……んぅ??」

 

 

 

その声を聞いてか聞かずしてか、胸元の妹が薄目を開ける。まだ意識は覚醒していないのか、その両目は俺を見ているようで何も捉えちゃいなかったが。

まだ多少の余裕はあるし、焦って起こすこともない。そこそこにやんちゃな寝相から来る跳ねた後ろ髪を撫で付けつつ、宥めるように声をかけた。

 

 

 

「大丈夫、まだ起きる時間じゃないよ。」

 

「……んん……おやしゅ…む。」

 

「……また新しいつぐ語だな。」

 

 

 

無論そんな言語はない。

寝巻として着ている色褪せたシャツに顔を擦りつけながら、静かに再開する寝息。可愛いもんだ。起きている間は中々に口うるさい妹だが。

さて、肝心のガチャへ意識を戻そう。

……なるほど、今の有料通貨から考えるに二十連はできそうだ。どのみち毎日コツコツと無償で貯めた、所謂配布分の有料通貨なわけだしあまり重く考えることもないか…と気楽に押したボタン。結果は――

 

 

 

「……おぉっ!?おぉぉぉおお!?」

 

「んぇっ!?な、なに!?朝??がっこ!?」

 

「おぉぉぉぉおおおお!!!!!!!」

 

「お、にいちゃ、朝!?起き…遅刻!?」

 

「おおおお!!!!」

 

 

 

日頃の行為を神はちゃあんと見ているようで。

腕の中で妹がパニックを起こしてじたばたするほど、俺の全身からは興奮が迸っていたらしい。

なるほど、今は八月、季節は夏。

 

 

 

「水着もいいなぁ!!」

 

「おに…水着!?着てないよ!?ねえ何の話!?何の話っ!?」

 

 

 

つまりは、お目当てに一発で巡り合えたということさ。

 

 

 

**

 

 

 

「んもう!それで起こされたんだから!!」

 

「あはははっ、つぐも大変だ~。」

 

 

 

昼休み。学食で昼食を共にしているのは俺達兄妹と夏野とひぃ。同じ弁当を前にぷんすこ怒っているつぐみと対照的にげっそりな俺。

残り十五分で食べきるのは絶望的な量の昼食をがっつきつつヘラヘラ嗤うひぃと、一つのメロンパンをやたら時間をかけてちびちび食べる馬鹿、もとい夏野。

 

 

 

「僕だけ紹介酷くないっすかねぇ?」

 

「何の話だ。」

 

「や、何だか失礼なことを考えられていたような気がして…」

 

「……おかしな奴だな。そんなだから馬鹿とか言われるんだぞ、俺に。」

 

「羽沢てめぇ!!」

 

 

 

こいつは勝手にくっついてきたからいいとして、だ。愚痴るつぐみも大概だけども、ひぃなら俺の喜びをわかってくれるはずだ。何せ同じゲームをプレイする仲間なんだ。何なら今回のピックアップも興味を持っているかもしれない。

 

 

 

「で?つぐちゃん怒らせるって、どれだけ騒いだんだよ?」

 

「いや別に……ヤッターってくらいだけど。」

 

「お前が「ヤッター」って喜んでるとこ、想像できないんだけど…。」

 

「ぜ、全然そんなんじゃなかったでしょ!!「うおおおお」って、びっくりしたんだからぁ!」

 

 

 

ひぃが適度に流し続けたからか、今度はこっちに猛抗議。おのれ妹め、夏野を篭絡するつもりか。

 

 

 

「なあ、ひぃ。」

 

「んー?」

 

「今回のガチャ、見たか?」

 

「うん、みたよ。」

 

 

 

口の周りをだらしなく汚す桃髪の幼馴染へ声をかける。別に夏野とつぐみが話し始めて居心地が悪くなったとかそういうわけじゃない。

俺の問いかけに、視線を料理から外すことなく答えるひぃ。

 

 

 

「どう思う?」

 

「んぅ、特に推しじゃなかったし、いいかなーって。」

 

「……そうかぁ。」

 

「○○、当たったんでしょ?」

 

 

 

フォークとスプーンを動かす手は止めず、淡々と答える彼女だが…どうしてそうも予想がつくのか。いや、話の流れ的には読めるのか…?

兎にも角にも、そっちが話を進める気ならありがたい。スムーズに事実が共有できるってもんだ。

 

 

 

「ああ!イチオシの、"ローゼちゃん"がなァ!!」

 

「あはっ、よかったねぇ。ちょっと喜びすぎな気もするけど…。」

 

 

 

早速アプリを起動し、入手したばかりのそのキャラクターを見せびらかす。

ローゼちゃん。今絶賛プレイ中のソーシャルゲーム、"ビジネス音楽祭"に於いて俺が最も推しているキャラクターの一人である。

中学生ながら抜群のルックスとあざとい程の可愛らしさで世の男性を虜にする…という設定の小悪魔系美少女だ。よく猫耳や尻尾を装着している様が描かれるなど、わかりやすく可愛いを体現した子なのだ。

その水着仕様が今回のイベントの目玉。いつもより更に増した肌色の面積と、腕の間でぎゅうと押しつぶされるたわわな……いや、これ以上は言うまい。

 

 

 

「こりゃテンション上がるだろ…??」

 

「女の子の私に聞かれてもなぁ。…あ、夏野くーん。」

 

「あん?なに、ひまりちゃん。」

 

「これ!……ちょっとスマホ貸してね?…これ、どう思う?」

 

「なにこれ。……何…かのキャラクター?」

 

「そうそう!可愛い??」

 

「んー……。」

 

 

 

俺のスマホを手に取り、夏野に見せるように突き出すひぃ。必然的につぐみもその画面をのぞき込む形になるわけだが…反応はそれぞれ。

ひぃは悪い顔でニヤつきながら二人の様子を見ているし、つぐみは眉を顰めて画面と俺を見比べている。一方で夏野は暫く唸った後に一言、「犯罪集がする」とか抜かしやがった。

 

 

 

「夏野てめえ。」

 

「○○、お前これで朝からつぐちゃんの安眠妨害したのかよ。最低だな?」

 

「いいじゃねえか!可愛いんだよ!!」

 

「いーや、つぐちゃんの方が断然可愛いね!!」

 

「それはお前の趣味だろうが!!」

 

「大体何だこのおぱ…おっぱい強調しまくった水着とポーズは!誘ってんのか!?最高かよ!!」

 

「おっぱい言うな。それとお前はどっちのサイドでキレてんだ。」

 

 

 

男ならわかるだろうコレの良さが。そりゃもうテンションも鰻登りって……いや待て、つぐみさんは何をそんなに怒っていらっしゃるんでしょうか?

 

 

 

「お兄ちゃんも夏野君も…最低…。」

 

「ヒョッ!?つ、つぐちゃん??ど、どどどうして、僕まで…?」

 

「だって…女の子のそんなところばっかり見てるの…不純だもん。」

 

「…ち、ちがうよ?僕はそういうのじゃなくて…えっと…脚、とか…」

 

「そ、それもえっちだもん!!」

 

「エェー」

 

 

 

大概こういう場合は夏野がヘイトを集めてくれるので傍観者でいられる。惚れた弱みもあるのだろうが、露骨に動揺するあたりまだまだ未熟な変態である。

 

 

 

「未熟な変態って何だ。」

 

「○○?」

 

「ああいや、何でもない。こっちの話だ。」

 

「ふうん。……○○、ってさ。」

 

「ん。」

 

 

 

この僅かな騒ぎの間に完食したらしいひぃが、おしぼりを広げつついつものトーンで問う。つぐみと夏野はまだ泥仕合を繰り広げているし、下手につついて変態扱いされるのもごめんだ。

ひぃに向き直り、そのままの流れでスマホを回収する。

 

 

 

「その……んむ、どれくらいが、んんむ、好きなの?」

 

「お前、喋るのか口拭くのかどっちかにしろよ。」

 

「だってぇ、時間がもったいないなーって。」

 

「……結果全然拭けてねえじゃねえか。」

 

 

 

一生懸命に手を動かしたところで、汚れている個所もわかっていないのだろう。まだ左の口の端にクリームが残っている。

俺の指摘に、口を噤み拭くことに集中する。

 

 

 

「…とれた?」

 

「全然。」

 

「む。…………どう??」

 

「全く。」

 

「くっ。…………これでどう??」

 

「はぁぁ。」

 

「あーんっ!!どこが汚れてるのー!?」

 

 

 

幼馴染連中の中では一番の女子力を誇るといってもいい…が、鏡を持ち歩くという思考には至らなかったようだ。

やはり脳まで脂肪が詰まっているのか?涙目になっているひぃからおしぼりを引ったくり、空いている手でその丸顔を引き寄せる。

 

 

 

「………ほら、これでとれたぞ。…ったく、鏡くらい持ち歩けってんだ。」

 

「………!!」

 

「なんだよ。綺麗になったっての。」

 

「…ぇ、あ、うん。…えと、ありがと。」

 

 

 

顎に添える形になっている俺の左手に自分の右手を重ね、呆けた様子で宙を見つめている。

一体なんだってそんな赤い顔で……あっ。

現状を客観的にみると、この構図かなり恥ずかしいことになってないか?吐息もかかりそうな至近距離で、顎に手を添え見つめ合う男女。

これって、そういうことをおっ始めるような……!!恐ろしくて周囲も見渡せない心持のまま、そっと手を放し距離を戻す。同時にひぃも何かに気付いたように、恥ずかしそうに頬を染めながら前のめりの姿勢を戻した。

 

 

 

「ええと………その、さっき、何か言おうとしてなかったか?」

 

「え!?あ、ああ!!うん!!その……~~~~ッ!?」

 

「…どうした?」

 

 

 

気を紛らわせるためにと振った話題だというのに、思い出しながら口を開いたであろうひぃはそのまま固まってしまう。

今度は何に思い当たったというのか。

 

 

 

「……あぅ、えっと…ろ、ローゼちゃんって、中学生にしてはその……大きい、よね?」

 

「……おっ…じゃない、胸か?」

 

「…んぅ。」

 

「まあ…偽乳部分もでかいっぽいけど。」

 

 

 

ローゼちゃんはキャラを確立するための影の努力は惜しまない、まさに頑張り屋さん。そこもまた良いのだが。

 

 

 

「その……○○、は。……大きい方が、好き…なの??」

 

 

 

胸が、ということだろうな。そう訊かれるとどうか……って!!

特に意味も無く視線を降ろしたのがまずかった。ひぃも全くの無意識だろうが、自分の身を抱くように腕組みした彼女の、とっても豊満なそれは制服の上からでもわかる変形を見せていて。

 

 

 

「……ッ。」

 

 

 

慌てて視界を…つまりは顔を横に背ける。些か勢いが良すぎて筋が音を立てて痛んだが…これ以上見るのは、毒と判断したのだ。

いやしかし今日のひぃはどうした。妙に艶めかしいというかその肉付きが目に付くというか。ローゼちゃんめ、なんてタイミングで来てしまったんだ。ほんとありがとう。

 

 

 

「……えっと…ね?私、蘭よりも、おっきいん…だよ?だからその……ど、どうかなー…って。」

 

 

 

何がだ!!何がなんだ上原ひまり!!

顔を背けた先で興味津々に光る四つの目――要は夏野とつぐみだが――と相見えたのもあって、俺の動揺はピークに達する。

頭の中が何故かマシュマロの画像で埋め尽くされる中、俺が言えたのは何ともか細い一言だけだった。

 

 

 

「さ、サイズよりも……感触?だよ…な?」

 

 

 

**

 

 

 

「もう!お兄ちゃんは全く、もう!!」

 

 

 

無論、つぐみに"えっち"扱いされたのは言うまでもない。夏野には「スクラム組もうぜ!」と謎の提案をされ、真っ赤な顔のひぃには「変なこと聞いてごめんね」と謝られてしまった。

でもあれはもう仕方のない流れだと思うんだ。誘導尋問が過ぎるもの。

ったく、どんな顔してひぃと喋ればいいんだこれから…。

 

 

 

「……ところでつぐみ?」

 

「なあに。」

 

「……お前その(くだり)、蘭に話した?」

 

「……??どうしてそんなこと…。」

 

「そうだよなぁ…。」

 

 

 

わざわざそんな訳の分からないことするわけがない。俺に対して本気で怒っている様子からもわかるが、妹はソッチ方面にあまり耐性がないらしいし。

はて、ではどうして――

 

 

 

「それよりも……ね?」

 

「あん?」

 

「その……私、すごーく怒ってるの。」

 

「だ、だからごめんて。そもそもあれは、キャラクターに託けてひぃが始めた話だし…」

 

「男の人って…やっぱりおっきい方が……いいのかな。」

 

「……つぐみ?」

 

 

 

身内が真剣に気にしだすとなると、どうにも居心地が悪い。今までだって興味がなかったわけではないし、俺も然程隠していたわけでもない。

だが、あまりオープンに体の問題を話すというのも気が引けてしまうのだ。

だがしかし、目の前でそう……自分のサイズを確認するようににぎにぎしている姿を見ると……いかん、血の繋がった兄妹相手に何を考えているのだ、俺は。

 

 

 

「あー…その、つぐみはまだ、成長途中だよな?」

 

「なっ……て、どうして知ってるの!」

 

「そりゃまあ……お前、寝るとき下着――」

 

「!!い、ぁ…え…えっち!!お兄ちゃんのえっち!!」

 

 

 

シングルサイズのベッド。逃げ場もない空間で、直にくっついてりゃそりゃわかるっての。

それはそうと、蘭から来たあのチャットは何だったんだろう。

 

 

『○○』

『サイズより感触が大事って』

『ほんとう?』

 

 

――ううむ。考えたくはないが、あの二人のどちらかが密告(チク)ったんだろうなぁ。

…ひぃはそれどころじゃなさそうだし…夏野かなぁ。なら、明日は半殺しかなぁ。

 

 

 

「それはそれで、楽しみだなぁ…」

 

「な、何言ってるのっ!!お兄ちゃんの馬鹿ぁ!!」

 

 

 

…違うんだぞ?つぐみ。

 

 

 




うへぇ…。




<今回の設定更新>

〇〇:親父には怒られるものの、つぐみの要望で夜は一緒に寝ている。
   胸と尻に関しては並々ならぬこだわりがあるとか。
   最近はひまりと共通の音ゲーに熱中している。
   ロリコ…若い子が好き。

つぐみ:えっちなことは許しません。
    寝る時は素肌にキャミソール、その上に着ぐるみパジャマ。

夏野:ご存知歩くサンドバッグ。
   脚フェチ。

ひまり:食べ方にスピード感を感じる。
    主食をおかずに主食を食べるスタイルで、その手は居合の達人にも見えぬ
    程の速さで乱舞する。
    下ネタにはそこそこの耐性があるものの、少女漫画のようなシーンには弱
    い。

蘭:つぐみの愚痴のせいで知ってしまった。
  一安心らしい。


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【RAISE A SUILEN】例えばこんな歯医者さん
2019/10/07 邂逅編・天使のPareo


 

 

 

「……羅須(らす)歯科、か…。」

 

 

 

仕事中突如奥歯が痛み出し、慌てて飲んだ鎮痛剤も効かず…。そう、我々人間の中で畏怖の対象として口授されている、"親知らずの反乱"である。

とは言え、こんな片田舎の歯医者なぞ、どこも17時や18時までの診療が主流であり、勤務時間終了後に受診できる場所はそう多くない。

痛みの退かない昼休み。ダメ元でグー○ル先生に訊いてみたところ唯一ヒットしたのがこの羅須歯科。……地味にネット予約可能だったのも評価が高い。

ただ、評価欄が軒並み低評価だったのは気になったんだが…背に腹は代えられないと、当日予約したってわけだ。

 

 

 

「……すっっっっげぇネオン。」

 

 

 

そういう建物の密集地であるかのように、ギラギラと不気味に光る建物。看板も表札レベルで小さいため、予約でもしていなければ歯医者だとは思わないだろう。

外観とは裏腹に、"ザ・歯医者"といった匂いの中受付を目指す。取り敢えず保険証は持ってきたし、大丈夫だろう…。

 

 

 

「あっ!ええと…らっしゃぁせ!!」

 

「は?え、あどうも。予約してた者なんですけど…」

 

「よやく??」

 

「あれ??」

 

「よやく、って?」

 

「あの、ネットから……ええと」

 

 

 

受付の綺麗な黒髪のお姉さんはぽかんと口を開けてこっちを見てくる。小首をかしげる姿は食事中のウサギのようで可愛いし、滅茶苦茶美人の類だと思うんだけど……予約、伝わってないのかな。

 

 

 

「ちょっとまってね?」

 

「あはい。」

 

 

 

考えた結果何もわからなかったのか、受付にある内線電話を操作するお姉さん。………ポチポチポチポチポチポチ…桁多くない?そんな複雑な内線なの?

 

 

 

「あ、これうちの番号だ。」

 

「こっちの事務所ってやつじゃないですか?18番。」

 

「あ、それかも。えへへ、ありがとーねお兄さん。」

 

「あはい。」

 

 

 

我慢しきれず身を乗り出して口出ししてしまった。今までの話の通じなさは何だったのか、言われた通りに1・8と入力するお姉さん。……あ、名札。この人「花園」さんっていうのか。ふわふわしててぴったりだな。

 

 

 

「あ、えっと……なんかね、よやくって人がいるよ?」

 

「……。」

 

「……うん…う?………うんうん、……わかんない!」

 

「…………。」

 

「………えー?……わかったぁ。じゃねー、ばいばいー。」

 

 

 

大凡患者の前で話す様子とはかけ離れたものだったが、連絡は終わったらしい。

 

 

 

「予約、取れてました?」

 

「…ん??よやく、って??」

 

「あれ、今の電話は…」

 

「花ちゃん!!」

 

「あ、レイ~。この人だよ、この人。」

 

「ちょ、だめだよ!患者さんに指さしちゃ!!」

 

「…間者?」

 

 

 

奥からこれまた綺麗なお姉さんが出てきた。「レイ」と呼ばれた彼女は、受付の花園さんとは違ってクールビューティな雰囲気がある。

未だ俺を指し続けている花園さんの手をそっと下ろし、にこやかに話しかけてくる。

 

 

 

「19時にご予約されている方ですよね?…ええと、○○さん。」

 

「あ、そうです!よかった…予約失敗したのかと思った……」

 

「す、すみません…この子も、悪い子じゃないんですけど…」

 

「あ、うん、全然気にしてないんで大丈夫ですよ。楽しかったし。」

 

「うぉっ!お兄さん、いい人?」

 

 

 

謎のポーズを取る花園さんに一礼し、レイさんに導かれ診察室の方へ。6個並んだ椅子のうち、一番窓側へ案内されるままに座る。

「すぐ先生が来ます」と言い残しレイさんは去っていってしまった……。

…にしても、俺以外の患者一人もいないんだな。遅い時間ってのは分かってるけど、逆にどこもやってない時間だし、社会人とか多いかなーって勝手に想像してたんだけど。

 

 

 

「おい。」

 

「っえ??」

 

「お前、今日はどうしたんだ。」

 

「はぁ?」

 

「……あぁ、名乗るの忘れてた。佐藤です。佐藤ますき。」

 

「あ、先生なんですね。よろしくお願いします。」

 

「で?」

 

「え?」

 

「どうしたんだ、今日は。」

 

 

 

ぶっきらぼうな話し方だな…。

先生と自称する金髪の女性。や、仮にも医療現場でここまでギラギラした髪色ってのもどうかと思うけども、怖ぇよ。

取り敢えず質問には答えておく、低姿勢で。

 

 

 

「……あぁ、そういう感じか。じゃあまずは写真だな。…あっちの部屋行って。」

 

「あはい。」

 

 

 

指差された方向を見ると、…あぁ、レントゲンの部屋ね。

手渡された紙のエプロンのようなものを装備しながら歩いていく。……ドンッと。何かにぶつかった気がした。

が見渡しても何もない。何か機材でも蹴ってしまったかと足元に視線を移―――何だか小さな女の子が不機嫌そうに見上げていた。

 

 

 

「あ、ごめんね。ぶつかっちゃったね…。大丈夫?」

 

「…アンタも私をChild扱いするってわけ?」

 

「……あ、大人の方なんですか??」

 

「うっさい!早くその部屋入る!そこ座る!これ噛む!…動くんじゃないわよ!!」

 

バァン!

 

 

 

稲妻の様な速さで指示とセッティングをし、力いっぱい扉を閉めて出て行かれた。あぁ、レントゲン撮ってくれるってことは…衛生士さんか技師さんってところか。失礼なこと言っちゃったな。……だってさ、俺の胸くらいまでしか身長ないんだよ?子供だと思うじゃん。

 

ガチャ

 

 

 

「終わりよ!口の中のはそこ、あとそれはそっちに置いてさっさと席に戻りなさい!」

 

「……何で俺怒られてるんだろう。」

 

 

 

複雑な気持ちのまま先ほどの椅子へ向かう。…あぁ、もう佐藤先生が仁王立ちで待ち構えてるよ。だから怖ぇんだって…。

 

 

 

「撮った?」

 

「はい。」

 

「…タメ口でいいぞ。」

 

「いや先生ですし。」

 

「…そうかよ。」

 

 

 

不満なんですかね。

 

 

 

「ふむ。お前、前にも親知らずの治療したのか?」

 

「ええまあ。と言っても、炎症が起きた時に消毒して抗生物質飲んだくらいですけど。」

 

「へぇ。…今回は親知らず関係ないぞ。」

 

「まじすか。」

 

「あぁ。写真撮ったんだから分かるよ。…ほらこれ見ろ。」

 

「………や全然わかんないす。」

 

 

 

レントゲン写真突きつけられてもな。暗いし。

あ、これブラックジャ○クで見たやつだ!くらいにしか思わんよ。

 

 

 

「ここ。」

 

「はい。」

 

「割れてるぞ、歯。」

 

「え"…それって大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫じゃないから治療に来たんだろ。馬鹿か。」

 

「まぁ…。」

 

「ん、じゃあまず削るから。…麻酔したいか?」

 

「痛いのは嫌です。」

 

「はぁぁぁ……じゃあ横になれ。倒すぞ。」

 

 

 

不思議とこの先生の「倒す」が「椅子を倒す」じゃなくて「お前を倒す」に聞こえるんだよな。

英語で言うならテイクダウンだ。

 

 

 

「おらぁ!!」

 

「!?」

 

「なんだこれ……人の口の中とか生理的に無理だわ…。」

 

「!!…!!」

 

「この辺刺しとけばいいか。」

 

「!!??」

 

「んじゃ削るぞー。」

 

「!!!!!!!!!!!」

 

「何だよジタバタすんなよ、他削っちまったらどうすんだ。…殺すぞ。」

 

「!!?????」

 

 

 

**

 

 

 

地獄の時間だった。恐怖やら痛みやら、今までの人生観が根こそぎひっくり返るほどの衝撃。結局何が起きていたって言うんです?

気が付けば枕が…これまた新しいお姉さんの膝に変わり、優しい掌で頭を撫でられていた。

 

 

 

「……終わった、んですか…?」

 

「はい~。全て終わりましたですよ~。」

 

「……めっちゃ怖かったぁ…。」

 

「マスキさんは少々やりすぎちゃうことがありますからね~。あ、でもでも、悪い人じゃないんですよ~。」

 

「本当すか…。」

 

「ふふっ、怖かったですよね~。落ち着きましたか~??」

 

「お姉さんは…一体…?」

 

 

 

なんだこれ…歯医者に於ける天国と地獄。いやそもそもこれは歯医者なのか?

…新手のプレイみたいだけど。頭上に見えるカラフルな髪、人懐っこそうな優しい笑顔。名前だけでも訊いていかなきゃ…。

 

 

 

「私ですかぁ?私、パレオっていいます~。ここの衛生士さんなので、これからあなたのお口の環境を守っちゃいますよぉ~。」

 

 

 

唐突な歯痛に訪れざるを得なかったぶっ飛んだ歯医者。

これは運命か、或いは……

 

 

 

「あ、お兄さん治療終わった?…ちゃんとお金払って帰ってね?」

 

「あ、花園さん……」

 

 

 

わかってますとも。

 

 

 

 




通っている歯医者さんの衛生士さんが倉知玲鳳さんに似ていたことから思いついたシリーズ。
キャラがふわふわしております。




<今回の設定>

○○:会社員。特に残業が酷かったりするわけじゃないが、職場が遠い。
   一旦着替えて~…とすると、大体19時以降に病院を探さなきゃいけないせいでこんな事に。

パレオ:天使。優しい。マジ天使。

佐藤:当院唯一のお医者さん。狂犬マスキング。絶対接客系向いてない。悪気は無い。

チュチュ:レントゲン担当だったあの子。名乗る暇すら無かった。
     一番可愛い。

レイヤ:衛生士さん。受付もこなす。たえ大好き。

たえ:期間限定のサポートメンバー。歯医者のサポートメンバーってなんだ。


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2019/10/25 呼声編・混沌のRAS

 

羅須歯科に通う事数度。何とか歯の修復は終わり、素敵なシルバーアーマーを身に着けた奥歯は心なしか誇らしげに輝いている。

現在は特に治療する箇所もなく、三ヶ月に一度定期健診で来てほしい…と言われたのみで、暫くあの面々とは接点も無いんだろうと思っていたが…。

 

 

 

ピコン

 

「んぁ?」

 

 

 

早朝。聞こえた通知音により寝起きの状態へと移行した俺は、ぼんやりとした頭のまま通知音の発信源を探す。枕の下に入り込んでいたソレを引っ張り出すと、メッセージの受信を示す数字が"2"と表示されている。

そのまま視線を右斜め上方へ移動させると時刻は四時台……四時??

 

 

 

「なんだよ…まだ起きるまで二時間もあるじゃんか…。」

 

 

 

この時間から二度寝は非常に危険だ。目覚ましのけたたましいアラームすら通さない鉄壁のシールドを耳に纏うことにもなりかねない。

渋々ではあるが諦めて体を起こし一伸び。ぐぐぐっと広がる様な感覚を覚える背中が心地よく、ぼんやりしていた頭も晴れていくようだった。

 

 

 

「…ええと……あぁ、グループかぁ…。」

 

 

 

どうやら、新着メッセージを受信していたのは羅須歯科のグループチャット。……普段やたらと業務連絡や雑談が飛び交うこのグループチャット、患者である俺が絶対に居ちゃいけない場所だとは思うが、最後の治療――シルバーアーマー装着の儀――の日に放り込まれたのだ。

ええと、あれは確か佐藤先生が「お前面白い奴だな。…ラ〇ン教えろ」とか唐突に言ってきたせいなんだっけ。本人曰く「柔和な笑顔」で詰め寄られた挙句、ちびりそうになって思わずアカウントを教えてしまったのだ。

 

 

 

たえ『〇〇昨日歯ブラシして寝た?』

たえ『しないで寝たら悪い子だよ?』

 

 

 

……これはどうリアクションしたらいいんだろう。まず、多分だけどあの花園さんは俺より歳下だと思うし、個人チャットもあるのにどうしてここで言うのかも分からない。…まあ一番の問題は発言する時間だけども。

どこか間の抜けた質問にどう返そうかと思案していると他の面々も気づいたようで…

 

 

 

MaskI『過保護か』

 

RAY『花ちゃん時間』

 

珠ちゅ『うっさい寝ろ』

 

 

 

と散々な返答が返ってきていた。因みに皆独特のセンスでアカウント名を作成しているようで、最初見た時は花園さんしか分からなかった。…というか佐藤先生と花園さんしかまともに本名確認できてないし。

この流れでパレオちゃんだけはいつまでも反応を示さなかったが、肝心の俺が何も返答しないのもどうだろう。ちゆちゃん辺りが煩そうだし、無難に返信しとくか…。

 

 

 

『うん』

 

 

 

……無難すぎるかな。あ、因みに表示名が「珠ちゅ」なのが玉出ちゆちゃん――レントゲンを撮ってくれたちっちゃい女の子。あとの人は分かるからいいか。

俺の返事に、少し間を置く様にして周りも騒がしくなってきた。

 

 

 

たえ『結構』

 

MaskI『何様だお前』

 

たえ『おたえちゃんですぅ』

 

珠ちゅ『時間考えて送んなさい』

珠ちゅ『起きちゃったじゃない』

 

MaskI『沢山寝ないと背伸びないぞ』

 

珠ちゅ【中指立てた女の子のスタンプ】

 

『今日は休診日とか?』

 

RAY『営業日です!その後痛みとかはどうですか?』

 

たえ『元気です!』

 

RAY『花ちゃんじゃないよ』

 

『今のところは大丈夫そうです』

 

たえ『何の話?』

 

MaskI『花園一回お口チャックな』

 

 

 

ふと、ここまで騒がしいのに反応が無いパレオちゃんが気になった。あまりに煩いので通知を切っているのだろうか…いやでも業務連絡も兼ねているグループなんじゃ。

俺なんて知りたくもないのに残業とか体調不良の連絡見ちゃってるのに…。

 

 

 

『パレオちゃん寝てる?』

 

 

 

思わず入力してしまったが気付いた時には時すでに遅し。話の流れも読まずに唐突に名前を出す流れとなってしまった。

あれ程騒がしく交わされていた会話がピタリと止まる。

 

 

 

「うーわやっべぇ…。絶対おかしい奴だと思われてんよ…。」

 

 

 

既読は人数分ついているので確実に全員読んでいるはずだ………ん、人数分?

このグループには、俺を含め六人のメンバーが参加していることになっている。既読数の表示は"5"。…ということは。

 

 

 

ピコン

 

非アクティブになっている画面でのアクションを報せる通知音が鳴る。"新着メッセージあり"…?

通知をタップすると別のトーク画面、パレオちゃんとの個人チャットが開かれ、

 

 

 

『ぱれおをごしょもうですか?』

 

 

 

と表示されていた。

 

 

 

『起こしちゃってごめんね?』

 

『用があったとかじゃないんだけど、

反応なかったからさ』

 

 

 

すぐに既読が付いた。……が、待てども待てども返信が無い。

恐らく現在非アクティブになっているグループの方からはピコンピコン通知音が鳴り響いているというのに…。

余りにも煩いので一旦そっちを開いてみる。

 

 

 

RAY『患者さんはどうなるんですか?』

 

MaskI『予約入ってないだろ』

 

RAY『そうなの?花ちゃん』

 

たえ『ごはんたべにいこーよ』

 

RAY『予約は?』

RAY『花ちゃん』

 

たえ『よやくって?』

 

RAY『前に教えたでしょ?紙に書くやつ』

 

珠ちゅ『今日の予約ならゼロよ』

 

RAY『ほんと?』

 

珠ちゅ『ええ、昨日見たもの』

 

MaskI『お前昨日何処に居たんだ』

 

珠ちゅ『暇だったからカウンターでお絵描きしてたの』

 

たえ【トーストが焼きあがるスタンプ】

たえ『ちーん!!』

 

RAY『予約台帳に変な生き物いっぱい描いたの院長だったんですか…』

 

珠ちゅ『変?』

珠ちゅ『猫よ』

 

『何事です?』

 

 

 

もう耐えられなかった。朝から何てものを見せられているんだろうか。…正直結構面白かったが、ずっと見ていると頭がおかしくなりそうだった。

混沌とし過ぎだ。…つーかあのちいちゃい子、院長さんだったんだ…。

 

 

 

MaskI『今日、休みにするぞ』

 

『はい?』

 

MaskI『なんだお前、歯だけじゃなくて目も悪いのか』

MaskI『何の為に生きてんだ』

 

珠ちゅ『納税の為でしょ』

 

『急に休みにしたら、急患とか困るんじゃ?』

 

たえ『ねます、ぐぅ』

 

珠ちゅ『いいのよ、患者なんか碌に来ないんだし』

 

RAY『四日続けてゼロ人でしたからね』

 

『でも今日は来るかもしれないじゃないですか』

 

MaskI『うるせえ。じゃあお前が治療しろ』

 

『んな無茶苦茶な…』

 

 

 

……どうやら今日は急に休診にするらしい。普通じゃ有り得ない判断だが、羅須歯科ではどうやら普通の事らしい。上層連中が満場一致なのが特にヤバい。

これ以上無茶苦茶言われても困るのでそっと通知を切り、今日のところはもう関わらないようにする。

…と、そのタイミングでピコンと、通知音が鳴った。最後の送信から十五分余りが経過しているパレオちゃんの個人チャットへ。

 

 

 

『ぱれおはもじをうつのがすごくおそくてにがてなのです』

『だからみなさんにもいっぱいいぱいめいわくがかかるのです』

『〇〇さんはいやっていわないでくれるとうれしいのです』

『ぱれおは〇〇さんとなかよしさんでいたいのですからよろしくです』

 

 

 

うーん、どうやらパレオちゃんはスマホの入力が苦手らしい。遅れてしまうからグループでは発言しないと……これは唯一の癒しかもしれない。

ところどころ入力を間違えているところとか、平仮名ばかりの文面とか…何と言うんだろう、守ってあげたくなる?感あるよな。

 

 

 

『ゆっくりでいいからね。』

『今度打ち方教えてあげよっか。スマホの使い方も。』

 

『ありがとごじます』

『わあまちかえちゃいました』

 

 

 

…気づけば、患者の一人も来ない珍妙な歯科医院がクセになり始めている自分が居た。

 

 

 




ライン一つでこんな…




<今回の設定更新>

〇〇:この後普通に出勤した。歯磨きは一日に4回する派。

パレオ:機械が少し苦手なよう。かわいい。

チュチュ:想像以上に可愛い名前でしたね。これでも一番偉いのだ。わはは。

マスキング:ラインのアイコンはシャボン玉に囲まれたうさぎさん。口が悪すぎる。

レイヤ:真っ当。彼女が居なければもう色々と成り立っていないと思う。

たえ:まだサポートメンバー。正直居なくても困らない。
   面白そうなスタンプを買うだけ買い漁って使わないタイプ。


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2019/11/21 会合編・猛進のChuchu

 

 

今日も今日とてチャットグループはアホみたいに元気だ。確かに今は深夜だし、営業時間は終わっているんだろうけど…よくもまぁここまで雑談が続くもんだ。

ま、作業中に見る光景としては丁度いいかな。

 

 

 

珠ちゅ『アンタも居るなら反応しなさいよ』

珠ちゅ【猫が爆発するスタンプ】

 

 

 

ただ会話を眺めているだけだったが、既読の付き方で分かったのだろう。個人チャットの方に院長様からお怒りのメッセージが届いた。

相変わらず、猫が好きなんだか嫌いなんだか分からない独特なセンスのスタンプを使う子だな。

 

 

 

『今手が離せないんです』

 

『あぁ?』

『何でよ?』

 

『忙しいんです』

『色々と』

 

『それは、右手が忙しいってやつ?』

 

『ちゆちゃんってそういう人?』

 

 

 

なんつーことをぶっ込んで来るんだ。実際のところ歳は分からないがあのサイズだしたぶん子供だろう…ということで"ちゃん"付けにしてしまったが、怒られるだろうか。

 

 

 

『ちゆちゃん?』

 

『あぁごめんつい』

『ええと…玉出先生?』

 

 

 

…その後待てど暮らせど個人チャットでの反応はなく。どうやら怒りのラインを一足に踏み越えてしまったらしい。

相変わらずグループの方では楽しそうに戯れが続いているが…。

 

 

 

たえ『そういえばね』

たえ『えっと』

 

珠ちゅ『私はSwordの方にしたわ』

 

MaskI『あ?お前Shieldって言ってたろうが』

 

珠ちゅ『乙女ってのは常にInspirationに従って動くもの』

珠ちゅ『誰にもDon't Stopだわ!』

珠ちゅ【スピード感溢れる猫のスタンプ】

 

MaskI『あ?被ったじゃねえかどうしてくれんだ』

 

珠ちゅ【猫があかんべーするスタンプ】

 

MaskI『死ね』

 

 

 

仲良しなんだか殺伐としてるんだかわかんないなぁ…。とりあえずちゆちゃん…玉出院長先生が猫好きなのは何となく把握した気がする。

このまま言葉のドッヂボールを眺めながら作業するのも良いかなと思いつつ、無心で手を動かす。…と、

 

ピコン

 

個人チャットの方から通知が。通知バーを見るに、ようやっと院長から返信があったらしい。…パレオちゃんじゃないのか。

 

 

 

『チュチュよ』

 

 

 

???

何だ?

 

 

 

『はい?』

 

『ちゆちゃんじゃなくて』

『チュチュって呼んで』

 

『ニックネームか何かですか?』

 

『まぁそんなとこ』

『確かに私が年下だし本名呼びでもいいのだけれど』

『あなたに呼ばれると虫唾が走るの』

『Sorry』

 

 

 

なんだそりゃ…。虫唾て。

そこまで嫌なのは一体何なんだろうか。俺が嫌われているのか本名を好んでいないのか…何にせよ、違う名前で呼べと言うのだから仕方あるまい。

 

 

 

『じゃあチュチュって呼ぶね』

 

 

 

我ながら素っ気なさすぎたかな。虫唾がどうとか言われて少し悲しかったけどそこまで悲嘆することでもないし、かと言って絡みに行くほど仲良しでもない。

多分これくらいが丁度いい距離感なんだとは思うけど…

 

 

 

【怒る猫のスタンプ】

『それだけ?』

 

 

 

院ちょ…チュチュちゃんはお気に召さなかったようで。

 

 

 

『他にも何か?』

 

『私がNicknameで呼ぶことを許可したのよ』

『もっと喜ぶでしょ普通』

 

『なんで?』

 

 

 

貴族か何かなのかコイツは。

 

 

 

『あなた、友達居ないでしょ』

 

 

 

うるせぇよ!

何故にこんな上から目線でモノを言われなきゃいけないのか分からないが、どうも光栄な事らしい。…いやもう面倒だから放っておこう。

気を取り直してグループの方に目を向ける。

 

 

 

RAY『花ちゃんは結局何が言いたかったの?』

 

MaskI『そういや静かだな』

 

RAY『そういえば…って言ってから何も言わないね』

 

珠ちゅ『違うわ、最後は「えっと」よ』

 

RAY『はいはい』

 

珠ちゅ【爪を研ぐ猫のスタンプ】

 

たえ『猫だ!』

たえ『にゃーにゃー!』

 

MaskI『あ、いた』

 

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

 

珠ちゅ『ハナゾノ、クビにするわよ』

 

たえ『だってかわいい』

 

RAY『うん、可愛いから、私と個人の方でいっぱい貼ろっか?』

 

たえ『にゃんにゃーん』

 

 

 

相変わらず凄いなこりゃ…。これだけ賑やかなら嘸かし素敵な職場なんだろうな。

…いや待て、これは飽く迄チャットのやりとりだろ?…これが実際の職場に近い環境――要は、通話状態で声でのグループトークであればどうなるのだろう。

少なくともスタンプは無いわけだし、だいぶ変わりそうだが…。

 

 

 

MaskI『調子乗んなよ花園』

MaskI『虫歯以外の歯だけ抜くぞ』

 

たえ『えーやだー』

たえ『パン食べられなくなっちゃう…』

 

RAY『何故パン限定?』

 

『あの』

 

 

 

混沌世界に足を踏み入れる。あぁ…何だか途轍もなくマズい領域に突入してしまった気分だ…。あれだけ騒がしかったのに一瞬で静まるチャット欄。出方を窺っているのだろうか。

腹を決めて爆弾を投下する作業に移る。

 

 

 

『俺も会話入っていいすか』

 

 

 

これはまだジャブだ。

ホッとした様に騒がしさを取り戻すチャット勢。

 

 

 

珠ちゅ『何よ驚かせないで』

珠ちゅ『勝手に入れば』

 

RAY『そうですよ!一緒にお話ししましょ!』

 

MaskI『一々断ってんじゃねえよ』

MaskI『出禁にすんぞ』

MaskI『やっぱしない』

 

『よかったー』

『じゃあ折角なんで、通話にしません?』

 

 

 

さぁ、再び静かになったグループ。どう出る。

そこから二分…三分……六分………十分…。あれ、全く以て誰も喋らなくなったぞ。そこまで?

 

ピコン

 

どうやら誰かが個人チャットを送ってきたようだ。流石に調子に乗り過ぎだと、裏でこっそり怒られるパターンなんだろうか…ん!?

通知が表示されていたのはパレオちゃんとのトーク。まさかのタイミングだぞパレオちゃん。もっとやったれパレオちゃん。

 

 

 

『おてんわわたしもはいっってよいですか』

 

 

 

マジかぁ…!思い付きで言い放った茶番に参加してくれようとは!

…本当にこの子天使なんじゃないだろうか?

 

 

 

『ほんと!?』

『是非お願いしたいな!』

『俺もパレオちゃんの声聞きたいし!』

 

 

 

つい興奮して矢継ぎ早にチャットを送ってしまった。とは言えまだグループの方では動き一つないし、手持無沙汰だったから丁度いいんだけども。

…そして待つこと数分。一生懸命打ったであろう文章が返ってくる。

 

 

 

『やったあ わたしも〇〇さんのおこえききたいです』

『あとそのびっくりのやつはどうしたらでるですか』

 

 

 

…可愛い。

エクスクラメーションマークの打ち方は今度また教えてあげることにしよう。ほんと、その辺スマホは面倒なんだから。

 

 

 

**

 

 

 

通話の発信音が鳴る。これは全員が応答するか拒否し終わるまで鳴り続けるもので、応答した人は随時会話ができる状態になる。

一回…二回…三回…

 

 

 

「あっ、あっ…ぁ、あの…」

 

「………パレオちゃん?」

 

「あぅ……○○、さん……は、はじ、はじめまして…は変ですよね、あははは…。」

 

 

 

可愛い…。

相変わらず鳴り続けている発信音や誰ひとりとして反応しない状況はさておいて。…慣れていないのか、酷い音割れと共に聴こえてくる可愛らしくも控えめな声。

あぁ、近すぎてボボボ…とマイクに息が当たりまくっているのもまたいい…。

 

 

 

「久しぶりに……声聞いたな。」

 

「あぇ……その、変じゃ、ないですか?私の声。」

 

「相変わらず可愛い声だね。…すっごい癒される気がする。」

 

「えっ、えっ、あっ、あぅ………。えへへ、嬉しいです。」

 

 

 

あぁ…俺はもしや一生分の運を使い切っているのでは?

そう思ってしまうくらい、パレオちゃんは天使だった。

 

 

 

「○○さんのお声も……すっごく素敵で、毎日聞いていたいくらいです…よ?」

 

「…ッ。いやいや、そんなそんな…」

 

「ほんとですっ!だってだって、何だか落ち着く声で、安心できて、大好きで……ぁ。」

 

 

 

あ。

暫しの沈黙。多分電話の向こう側で顔を真っ赤にして悶えているんだろうなー…とこれはまあ俺の勝手な妄想だけども。

でも、なんだって?大好き?…ちょっと待ってよぉ…そんなこと言われても俺困っちゃうよぉ…。

 

 

 

「じゃあさ……その、時間あれば、だけど……毎日電話、する…?」

 

「!!………い、いいんですか…?」

 

「俺は全然、パレオちゃんと喋れるなら……それにほら!文字の打ち方も教えられてないし!!」

 

「そ、そうですねっ!………ぜひ、お願いしたいです。」

 

 

 

なんということだ。あの病院のメンツを引っ掻き回したいだけだったのに、こんなに可愛らしい通話相手ができてしまうとは…何たる僥倖、何たる棚ぼた。

これからは毎日、楽しい作業時間が待っているぞ…!

 

 

 

「アンタ達、何を青臭い会話してんのよ。」

 

「げっ」

 

「い、院長さぁん!?」

 

 

 

居たのか。いつ応答してたんだ。玉出。

 

 

 

「ちゅ、チュチュちゃん!どこから聞いてた?」

 

「!?」

 

「割と序盤からね。「可愛い声だね~」くらいから。…人の病院スタッフ口説くのやめてくれない?」

 

「違うんだチュチュちゃん!…いや違わない、か…?」

 

「………。」

 

「ほら、パレオは否定しないじゃない。沈黙は肯定って言うじゃない?」

 

「パレオちゃん…!!」

 

 

 

どうしてだろう。チュチュちゃんと喋りだしたあたりからパレオちゃんの声が聞こえなくなったぞ。いや、別にチュチュちゃんが大声を出しているというわけではないんだが、純粋にパレオちゃんの様子が変というか。

 

 

 

「○○さん?……「チュチュちゃん」って?」

 

「へ?……あいや、さっき、そう呼べって言われて。」

 

「……ふぅん。」

 

「ええと、だめ…だった?」

 

「ダメとかじゃあないですけど、何だかもやもやする気持ちですっ。」

 

「もやもや?」

 

「何だか、すっごく仲良くなってる気がするです…。」

 

「えぇ…?」

 

 

 

なんだなんだ、雲行きが怪しくなってきちゃったぞ。

 

 

 

「じゃあええと、パレオちゃんも何か呼び方変えよっか。」

 

「うぇっ!?…えぅ…あぅ……その、ええと。」

 

「…なあに?」

 

「私……"れおな"って言うです。名前。」

 

「……パレオって本名じゃなかったんだ。」

 

 

 

それもそうか、カタカナだし。髪の色こそ愉快なことになってるけど、名前は確かに違和感があったんだよな。

れおな、れおなか…。

 

 

 

「…ん、わかったよ。じゃあこれから、"れおな"って呼んでいい??」

 

「ひゃぅっ。……ひゃ、ひゃい…それで、よろしくお願いしましゅ……。」

 

「そんなに固くならなくていいよ…名前で呼ぶだけだし…。」

 

「ら、らって…男の人に名前…初めて…あぁう」

 

 

 

ポーン

 

あ。

テンパった挙句に通話からもいなくなっちゃった。あちこち弄って切っちゃったのかな?それもそれで可愛い…

 

 

 

「……あの子の名前、れおなっていうんだ。」

 

「あ、気になるとこそこなんだ、チュチュちゃん…。」

 

 

 

…なんだかなぁ…。

 

 

 

 




カオス。




<今回の設定更新>

○○:声がいいらしい。低めの落ち着いた声をしている。
   作業作業といいつつ、趣味のお絵描きをしていただけという。
   名前を覚えるのが苦手。

パレオ:れおなちゃん。相変わらず文字を入力するのは遅い。
    主人公の声が好みらしい。よくテンパる。

チュチュ:お騒がせ院長。
     圧がすごい。

マスキング:怖い。

レイヤ:たえが気になって仕方がない。お母さんか。

たえ:手に負えない。


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2019/12/01 拉致編・飲酒でRAS

 

 

「あっはっはっはっは!!!!いいぞ花園!!踊れ踊れぇ!!」

 

「…マスキング、それは花園の持ってきたフラワーロックよ。何ならアンタが煩いからクネってんの。」

 

「おぉ?おぉぉお??…はっはー!今日も今日とてちっちゃいなぁお前はぁ!チッチャイナァ!」

 

「どうして私は認識できるのよ……ちっちゃい言うにゃぁ!…あっ!?」

 

「ああもう、二人とも飲みすぎですよ…。ほら、院長、暴れるから零すんですよ…。花ちゃんも、服ちゃんと着ようね?」

 

「あついんだもーん。(・ω・`)」

 

 

 

…なんだこれ。

貴重な日曜日だというのに、俺はまたしても混沌の中に居た。しかも最近慣れてきた文字の付き合いではなく、顔を突き合わせて酒を酌み交わすといった、ある意味"大人の付き合い"の場だ。

大人…なんだよな?皆。

 

 

 

「…なあ、れおなちゃん?」

 

「ふあい。」

 

「みんな、年齢的には大丈夫なんだよな?」

 

「そう…れすかね。」

 

「……れおなちゃんだけだったよね?未成年は。」

 

「うへへへ…ぱれおは未成熟ですよぉ。」

 

「未成年、ね。」

 

 

 

隣で首をかくかくゆらゆらとしながらオレンジジュースを飲んでいる天使。相変わらず今日もカラフルなパステルヘアーだ。

昼間、れおなちゃんとデートに漕ぎつけた俺だったが、待ち合わせ場所である羅須歯科の前で待っていたのは半泣きのれおなちゃんと恐怖の面々の姿。あの時のにんまりしたチュチュ院長の顔を俺は忘れないからな。

 

 

 

『飲み、行くわよ。』

 

 

 

至極楽しそうに院長が楽しそうに口にした言葉はまるで死神の呪詛のように響き、頷かざるを得ない状況にれおなちゃんの涙は加速。

斯くして、気付けばどこぞの料亭の宴会場にてこのような地獄の様相へとなり果てたのだった。

 

 

 

「…れおなちゃん、首据わってないよ。」

 

「えぇ~??私はここに、ちゃぁんと座ってまひゅ。」

 

「参ったなぁ……。」

 

 

 

一人だけ未成年と説明し、確かに果汁ジュースを持って来て貰ったはずなのに、いや、俺自身一口貰ったのだから間違いようはあるまい。それじゃあどうしてこれほどまでにベロベロに?

 

 

 

「説明してあげゆ。」

 

「うぉっ、…あぁ、チュチュか。」

 

「その子ね、果汁100%に弱いんよ。…普通の人でいうところの、アルコールみたいに酔っぱらっちゃのよね。」

 

「それを先に言ってくれりゃいいのに…。」

 

「ふふ、らって、みんな気持ちよくなっているところに一人だけ素面じゃおもしよくないじゃない?」

 

「微妙に舌回ってねぇな…そんなら連れてこなきゃいいじゃんか。」

 

「それじゃあアンタが来ないれしょーが。」

 

 

 

えぇ…それじゃあ何か、れおなちゃんは俺を釣る為の餌…?

こう言っちゃ何だが、折角デート迄発展した仲を邪魔しないでほしい。…確かに、これだけの美女軍団と飲めるなら一瞬幸せな空間かとも思ってしまうけど……。

 

 

 

「えへへへへ、〇〇さぁん、いい匂いれふぅ…」

 

 

 

幸せな空間だったわ。モゾモゾと頭頂部をこすりつけているれおなちゃんにどうしたものかと迷いながらもその旋毛の行く先を観察する。…こらこら、シャツに入ろうとするんじゃない。

ふと思い出し右側を向くとやけにソワつくチュチュと目が合う。

 

 

 

「…え、何、どういう感情?」

 

「そ、そんなにいい匂いなのかと思って。」

 

「やめてね。」

 

「嗅がせ」

 

「やめてね。」

 

 

 

先手を打ったのに乗り越えて来るんじゃないよ。相変わらずどんちゃん騒ぎの大人グループを他所に、実年齢子供&見た目子供組は落ち着いている方へと避難してきた形になるが…

さっきからチラチラと目が合うんだよなぁ、佐藤先生と。

 

 

 

「おいお前、何を見ている。」

 

 

 

ほら、もう…。

 

 

 

「目が合ったら勝負開始、こっちに来て飲めやオラァ!」

 

 

 

輩じゃん…。

 

 

 

「しょーがないな…来れないってんならこっちから行ってやんよォ…」

 

 

 

頼んでない…。

この幸せ空間をぶち壊さないように、もう少し揺蕩って居たかったが仕方ない。元気一杯無自覚絡み酒先輩(エナジーモンスター)と化した佐藤先生がフラフラする足取りで立ち上がる中、禿げるんじゃないかと心配になる勢いで頭を擦りつけているれおなちゃんをチュチュに託す。こっちに来る前に、俺が行かねば。

 

 

 

「もう、絶対飲みすぎっすよ先生。」

 

「うるせぇなぁ。お前はあーしのオジイチャンか。」

 

「はいはい、違いますよ。」

 

 

 

酔っぱらっても普段の方向性と変わらないらしい。…というか、酒さえ飲ませておけば大人しい分普段よりマシかもしれない。

隣で脱ぎ捨てられる花園さんの服を一生懸命拾い集めるレイさんも気にはなるが、まずはこっちのお姉さんを何とかしなくては。

 

 

 

「オジイチャンじゃねえのかよ。」

 

「…オジイチャン…好きなんすか。」

 

「殺意しかない。」

 

「アンタ俺のことそんなに嫌いなんすか。」

 

「いや、お前は違うな。…お前はアレだ、出来る客だ。」

 

 

 

なんだそりゃ。酔っぱらいの言葉だから信憑性に関してはゼロに等しいが……少なくとも、オジイチャンよりは嫌われてないらしい。…そのオジイチャンが汚物とかを指していたら泣くけどな。

 

 

 

「出来る客って……」

 

「ウチに態々予約入れるのなんかお前くらいなんだぞ?」

 

「それは…もうちょっと経営の体制を…」

 

「ガキが知った様な口を利くんじゃねえ。」

 

「アンタ同い年だろ!!」

 

 

 

最近知ったが、この人はどうやら同い年らしかった。…この病院に関しての真面目な情報は大体レイさんがくれる。未だにレイさんが独身なのかどうかは教えてもらってないが、それはまあどうでもいいだろ。

 

 

 

「……まぁ、大切なお客様ってこった。」

 

「そう思うんなら虫歯じゃない歯ぁ削るのやめてもらっていいですかね。」

 

「虫歯に見えたんだよ。細かい事気にしてると立派なオジイチャンに成れねえぞ。」

 

「まだ老後の事なんざ考えたことも無いっすよ。」

 

「気付けばすぐだぞ。」

 

「そりゃどうも。」

 

 

 

手が止まって少し酔いが醒めたか、こちらを見詰める目は先程より幾分かはハッキリしている。…ただ、黙っていれば美人な方だし何というかその…恥ずかしくなってくる。

 

 

 

「…なんすか。」

 

「………お前、割と整った顔してるよな。」

 

「酔い過ぎっすよ。」

 

「……あのさ、あーしさ…」

 

「あーっ!!!見て、レイ!!ちゅーするのかな??ちゅーするんだよね!!」

 

「は、花ちゃん、邪魔しちゃだめだよ…」

 

「だって、ずっと目見てるよ?あれはするでしょ?するなぁー濃厚なやつ!」

 

 

 

外野で花園さんが喚いている。レイさんもあまり一生懸命止める気は無いみたいだけど…この佐藤先生に限ってそれは…

 

 

 

「なるほど、ちゅー…か……確か目を閉じて」

 

 

 

やる気になってらっしゃる!!

いやいやいや、何急な流れで人の唇奪おうとしてんすか。目ぇ閉じると益々美人だな、とか口が裂けても言えないけどいやぁあああ!近づいて来ないで!!!

 

 

 

「ほら!するよね?絶対するよね???」

 

「は、花ちゃん!しーっ!黙って見てないとまた怒られるよ!」

 

「へっちゃらだいっ!」

 

 

 

ガキか…じゃない、止めろ!

 

 

 

「…先生、とりあえずストップです。」

 

「…ん、なんだ?」

 

「先生、その……そ、そーゆー事は、ノリとかでやっちゃいけないもんです…。」

 

「なんで。」

 

「…先生は知らないすけど……俺はその…はっ、初めてなので…。」

 

 

 

笑うがいい。いい歳して全てが未経験な残念な奴だと。…そりゃ皆みたいに可愛かったり綺麗だったりするなら、トキメキなんて全く感じなくなる程擦れ切った行為かも知れないけどさ、俺はやっぱり大切にしたいんだよ。

佐藤先生が嫌いとは言わないけど、やっぱり最初は愛する人と、さ…。

 

 

 

「……ま、マジか?」

 

「ええ!マジですよ!どうぞ笑ってやってください。」

 

「……かっこいい。」

 

「へ??」

 

 

 

今何つった?馬鹿にしてんのか?と一瞬イラつきそうになったが、目の前で相変わらずの酔っぱらいは真剣な表情だ。どこが格好いいのかはさっぱりだが、どうやら俺は許されたらしい。

 

 

 

「…まぁなんだ、悪かった。ノリでいっちまえって部分は確かにあったし、あーし的には、お前ならいいかなって思って…」

 

「先生……すみませんが、俺的には先生はパスで。」

 

「…あぁ!?ぁんでだよ!!」

 

「食い千切られそうな…イメージが…。」

 

 

 

そんな猛獣に生肉を口移しするような危険行為はやりたくない。せめて素面ならワンチャンあるけど、酔っぱらいは勘弁なんだマジで。

 

 

 

「あーしは虎か何かかぁ!?…ええい、もうさせろ!いっそさせろ!!」

 

「本性現してんじゃ無いっすか…」

 

「だっ、だめです先生!!強引に行っちゃ、折角の患者さんなのに…んむっ!?」

 

 

 

俺を押し倒さんとする佐藤先生をレイさんが必死に止める。その結果、代わりに貪られたのはレイさんだったが…まぁ本人達も満更じゃなさそうだし放っておいていいとして、問題はまだある。

レイさんが犠牲になっているということは、最早羅須歯科の名物になりつつある怪物、天真爛漫未知怪異(フリーダムハナゾノ)が野放しになっているということで…。

 

 

 

「どうしてちゅーしなかったの。」

 

「流れでするようなもんじゃないでしょ?大事にしなきゃ。」

 

「ふーん……おもしくないなぁ。」

 

 

 

君の娯楽のために大切な初めてを適当に扱いたくはないんでね。まだ何か言いたそうにこちらを見ているが、下手に絡んで碌な目に遭った試しがない…ということで、未だくんずほぐれつを続ける二人にけしかけることにした。

 

 

 

「花園さん。」

 

「なあに、ちゅーする?」

 

「しないしない…。そこの二人は今お愉しみみたいだから、君も混ぜてもらえばきっと面白いことになると思うなぁ。」

 

「…ほんと?」

 

「ほんとほんと。だってほら、二人とも夢中になってるでしょ?」

 

 

 

指をさす方向をじっと見つめる花園さん。その視線の先で繰り広げられているのはとても"面白そう"なものではなかったが、やがて花園さんはコクンと小さく頷くと、

 

 

 

「……確かに。はっするだ。」

 

 

 

と言うや否や飛び掛かっていった。

その迅さ、獣の如し。きっと三人で宜しくやってくれることだろう。

 

 

 

「ちょっと〇〇、見てたわよ。」

 

「チュチュ…見てたなら手伝ってくれよ。」

 

「ふふん、中々に愉しい余興だったわ。…それにしてもアンタ、随分と手慣れてきたものね。」

 

「慣れないと食われちまうんで。」

 

「あそ。…ところで、もう一つ頼めるかしらね。」

 

 

 

ほっと胸を撫で下ろせたのも束の間。いつの間にか背後を取っていたチュチュがしな垂れかかる様に俺の背を押し、相変わらず上から目線で揶揄うように絡んでくる。

頼み事…はて、今度はどんな無理難題を押し付けられることやら…。

 

 

 

「可能な範囲でなら…」

 

「簡単で、アンタにしか頼めない事なのよね。」

 

「…?」

 

「このバカ騒ぎだけど、まだ暫く続きそうじゃない?」

 

「まあ。」

 

「…でもあの子、潰れちゃったみたいなの。」

 

 

 

クイと顎で指した先は先程迄俺が居座っていた楽園。そこに突っ伏して震えているれおなちゃん。…うっそだろオイ、ジュースで酔うのはまだしも潰れるまで行くかね。

残念なことに全てマジらしく、肩を竦めて笑うチュチュもお手上げ状態らしい。

 

 

 

「介抱するにしてもアンタの方が適任だと思ってね。」

 

「…何故俺が。」

 

「…きょ、今日デートの邪魔しちゃったじゃない?…だからその、この時間は邪魔しないようにしてあげるから、イチャイチャしてきなさいって事よ…このバカ。」

 

「あーなるほど。で、どうしてチュチュがそんなに恥ずかしそうなん?」

 

「うっさい!早く行け!」

 

 

 

うっぷ。背中を思い切り蹴飛ばされたせいで込み上げてきそうになったが…地べたで震えている姫を放っておくわけにもいかないので傍に腰を下ろす。

 

 

 

「れおなちゃん??…どしたの??」

 

 

 

どうしたものかと考えはしたが、結局状況もいまいちわからないのでまず声をかけてみる。

すると震えがピタリと止んで、ゆっくりと顔が上がる。

 

 

 

「ふわぁ、〇〇さんらぁ…。ろこいってたんれすかぁ…?」

 

「うん、ごめんねぇ。ちょっと酔っぱらいの相手を…」

 

「うひゅひゅ、ぱれおも今はよっぱらいさんなのれすよぉ?」

 

「そう…みたいだね。…何飲んだのさ。」

 

 

 

近くに転がっているコップには水滴一つ残っておらず、そこから推測するのは難しい。

何が楽しいんだか、ケラケラと笑うれおなちゃんは匍匐姿勢のまま這い寄ってきて…

 

 

 

「んふ。…うぁうぁうー。うひゅひゅひゅひゅ。」

 

 

 

ぽすっ、と、胡坐をかく俺の太腿に顎を乗せる。そのまま意味のない鳴き声を発しているが、何やらご機嫌そうだ。

そこから寝返りを打つ要領で仰向けになり、こちらの顔を覗き込んでくる。因みに俺はというと、寝返りに合わせて枕にしやすいようにと足を伸ばしたため、若干キツイ体勢になってしまった。攣りそう。

 

 

 

「えへへへー、こうすると○○さんのお顔が良く見えまひゅぅ」

 

「…あんまりじっと見るんじゃないよ、恥ずかしいでしょ。」

 

「〇〇さんは照れ屋さんなのれすねぇ、かわいいれふ。」

 

「そうかね。…れおなちゃんの方が可愛いよ。」

 

「あう。…そんらこと、言われたことないれす。」

 

「またまた……。」

 

「ほんとに、初めて言われたれすよ。…ぱれお、可愛いれす??」

 

 

 

そんな馬鹿な。まるで精巧なお人形さんの様に可愛らしい彼女が、一度も…?

世の中の目が俺の想像以上に厳しいのか、れおなちゃんの記憶力があまりに残念過ぎるのか…はたまた何かの罠か…。

 

 

 

「…少なくとも俺の知ってる女の子の中では一番かな。」

 

「……あぅぅ。ほんと…ですか。」

 

「うん、最高に可愛い。」

 

「…何れ二番になったりするですか。」

 

「………。」

 

 

 

いやそりゃ可能性はあるだろうけどさ。ほろ酔い気分の上、ここまでの美少女に目を潤ませてそんなこと訊かれたら、ねえ…。

根拠のない嘘だって吐きたくならぁな。

 

 

 

「そんな日は…来ない、かな。」

 

「…うそだぁ。」

 

「ほんとだよ、れおなちゃんは一番かわいくて、ずっと一番だから、それで…」

 

「…信用しても、いいれす??」

 

「ん、信用して。れおなちゃんは何時までも俺の一番だから。」

 

 

 

あぁぁぁ……これは酔いが醒めてから後悔するパターンだ。

…だがしかし、勢いで言ってしまった言葉ではあったけれど、どうやられおなちゃんには効いたらしく。

 

 

 

「あ、あうあう……ぅぁあ、あう」

 

 

 

真っ赤な顔で悶えていらっしゃった。

 

 

 

「おうおう、こいつウチのスタッフ口説いてんぞ。」

 

「レイの耳たぶおいしかった」

 

「そこまでしろとは言ってないのだけどねぇ。」

 

「焼き芋みたいな味がした」

 

「いっそアイツもうちの病院に勤務させりゃいいんじゃねえの。」

 

「口はべとべとしてた。ますきんぐさいあく。」

 

「花ちゃんもうやめて…」

 

「その手があったわね…。というかマスキング、酔いは?」

 

「とっくに醒めてる…から追加で飲むぞオラァ!」

 

「またちゅーする?」

 

「ちょっと!私だってそろそろ限界なんだからね!!」

 

 

 

……何という事だ。俺が一生懸命れおなちゃんを可愛がっている様子を、選りにも選ってあの面倒連中に見られていたとは。

上層部はまだ呑み続けるらしく酒瓶を片手に何処かへ消えて行ったが、何かを失ってしまった様子のレイさんと、歩く無法地帯が残る。

 

 

 

「……君はもう飲まないの?」

 

「〇〇さん、ちゅーする?」

 

「まだ言ってんのか。君とはそんなこと」

 

「違う、パレオちゃんと。」

 

「………。」

 

 

 

れおなちゃんと…?いやいやいや、確かに初めてするならこの子がいい、とは思う、けど!

潰れている相手に、こんなムードも何もないような状況で流されるままにってのはどうなんだ…

 

 

 

「…せっかくのチャンス。大事にしないとだよ。」

 

「チャンスて…花園さん…」

 

「んぅ??…〇〇さん、ちゅーしたいれふか??」

 

「ふぉぉぉお……!!」

 

 

 

下から伸びてくる綺麗な手が俺の頬と唇をなぞる。今にも寝てしまいそうなれおなちゃんのトロンとした目と、何故か真剣な表情で見守る花園さんに俺は…!!

 

 

 

「くっ……!」

 

 

 

 

 

小心者と嗤うなら嗤ってくれ。

 

 

 




羅須歯科は今日も元気です。




<今回の設定更新>

○○:意外と誠実らしい。
   酒には無駄に強い。

パレオ:果汁100%ドリンクで酔ってしまう特殊体質。もちろん飲み過ぎると潰れる。
    もしかしたらちょっと重い系ガールかもしれない。

チュチュ:案外面倒見はいいらしい。
     どうでもいいかもしれないが、いつも猫耳を付けている。
     ヘッドホンではない。

マスキング:猛獣先生。酒癖が悪い…フリらしい。
      甘味をツマミに呑む。

レイ:ファーストキスは酒の味になった。
   どこへ行ってもおたえの保護者。

たえ:何なんだこの人。


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2019/12/15 遭遇編・深淵のPareo

 

 

 

ふにぃ

 

まただ。またこの感触。

今日も今日とてれおなちゃんにスマホの操作を教えているんだが、場所は街のとあるファミリーレストラン。日曜日ということもあって、そこそこ賑わっている店内だが、そんなことはお構いなしに隣に座ってくるのがれおなちゃんという女の子の習性だった。

画面を見つつ手順やら操作方法を教えるという名目上、理に適っていると言えばそうなのだが。

…要は、理性が持たない。

 

 

 

「ふわわぁ!今のびゅんってやつはどうやったです??」

 

「えっとね…ここの端の方を、二回トントンってやってみて。」

 

「…とん…とん……あれぇ??」

 

「あぁ違う違う、素早く"トントンッ"って感じかな。」

 

「難しいです…。」

 

 

 

小さな子供に教えている気分になる。当然、"タップ"だの"スワイプ"だの言っても通じないので、やって見せたり手を掴んで実際にやらせたり、今の様に擬音で表現することになるんだが…。

これがまた何とも興奮する。

 

 

 

「トントンってどれくらいです?"とんっとんっ"です?…それとも、"トントンッ!"です??」

 

「う、ううむ…。」

 

 

 

これ会話だけだと伝わらないだろうけど、れおなちゃんがトントンやって見せているのは俺の右頬である。強弱と速さを変えつつ人差し指でほっぺたをツンツン…甘すぎるっ!!さっきから冷静さを取り戻す為に呑み続けているブラックコーヒーも何だか砂糖水の様だもの。

学生時代から今まで恋人が居た経験は有れど、こんなに甘ったるいスキンシップを図られたことないオジサン…ドッキドキである。

 

 

 

「今の二回目の方、近いかもね。…それを画面でやってごらん。」

 

「はいっ!……い、いきます。…とんとんっ!…うぁっ!?」

 

 

 

先程練習で開いていたスポーツ選手のスキャンダル記事がググッと拡大される。ダブルタップ習得である。

一瞬目を見開き驚いていたが、自分にもできたことの歓びが遅れてやってきたのかそれを体現するれおなちゃん。

 

 

 

「やりましたっ!パレオもスマホマスターです??ですよね???」

 

「んっ!?」

 

 

 

ぎゅーっと腕に抱きついてくる…のはいいが、その、冒頭でも表現したような、「ふに」というか「ほわ」というか…そういった感触で右腕が包まれていく。

成程成程…、いつも歯医者で治療を受けている時にも頭頂部で感じ続けていたことだが、この子意外に()()。…今その事実を右腕で受け止めて、再度思い切った行動を敢行してみようと思う。

出逢った当初はセクハラを恐れて訊けなかったが、「治療中当たっていることに気付いているのか」そして「気にならないのか」。ダブルタップを習得して喜んでいる今ならノリで行けるだろう。

 

 

 

「やったねぇ!……ところでれおなちゃん?」

 

「はぁい??」

 

「ぎゅーってしてくれるのは嬉しいんだけど、その…当たってるよ?」

 

「???…ぴんぽんです??」

 

 

 

一先ず第一段階。君の胸は当たれば判るくらいには実ってるんだと言う事を伝える。

 

 

 

「いやその、ぴんぽんって回答だとぶっぶーなんだけど…」

 

「?????なぞなぞです??」

 

「胸が、当たってるんだよ。」

 

「……パレオのおっぱいですか。…興奮します?」

 

「………えーと…ア、リトル…」

 

 

 

そんなに無垢な顔で見詰めんでも…。もうちょっと怒るなり恥ずかしがるなりするかと思えば、変わらずニコニコしたまま素直に訊いてきた。俺としてもその返しは予想していなくて、結局謎のカタカナ英語で返してしまうという失態を晒すが…ええい、取り敢えず次の段階だ。

 

 

 

「そうですかぁ!…うれしいですぅ。」

 

「………。」

 

 

 

ダメだわ。この子俺を堕としにかかってるわ。

 

 

 

「そ、その、いっつも病院でも頭に当たってて、結構柔らかいなーなんて、思って、いたんだけどね、あははは!」

 

 

 

もうこうなったら作戦も段階もへったくれもない。質問を組み立てる余裕も無くドストレートにとってもハラスメントなクエスチョンを繰り出す俺。ハラクエだハラクエ。

そんな、方々に喧嘩を売って居そうなRPGは放っておいて、もうれおなちゃんの顔もまともに見られなくなったぞどうすんだ畜生。

 

 

 

「あー……、なんか、いっつも当たっちゃうんですよぉ。それで、「パレオちゃんはやらかいね」って、いっつも褒められてます!」

 

「……何だって?」

 

 

 

待て待て。それじゃああの極上の感触をその他大勢の患者達も味わっているというのか…?…許せん。俺の、俺だけのれおなちゃんだぞ。年齢が分からんせいで何とも言えんが、然程高身長なわけでもなく当然太っている訳でもないのに確かに存在するという奇跡の山だぞ?…あの金山は俺のもんなんだ。逃すなビッグウェーブ、俺inゴールドラッシュなんだ。

 

 

 

「……何考えてんだ俺は…そもそも、あんなに過疎った歯医者だぞ?他に患者なんて…あっ。」

 

「??かんじゃさん??病院のお話です??」

 

「その、さ……や、柔らかいって褒めてくれるのは患者さん?」

 

「違いますよぉ?…ハナゾノさんですぅ。」

 

「HANAZONO…?」

 

 

 

はなぞの…ハナゾノ………花園、あいつかぁ…!!!

 

 

 

「……はぁぁぁぁ。」

 

「ど、どうしたです??…疲れちゃいました??」

 

「…うん、もう、何というか精神的にね…。」

 

 

 

どうもこの子は心臓に宜しくない。危なっかしいというか、防具も着ずに急所が歩き回っている状態というか…。兎に角、心配事が多すぎるのだ。

れおなっぱいは守られたとして、今後何をやらかすかわかったもんじゃないし不安が尽きない子だな、全く。

 

 

 

「……ご、ごめんなさい…パレオなんかと一緒に居ても、疲れるだけって事ですよね…面白いことも無いですし…」

 

「あいや、そういうことじゃ」

 

「パレオ、○○さんに嫌われたらもう存在している意味も目的も無くなっちゃいます。…だから、今このスマホを砕いて飲み込んで面白おかしく死んで見せますからどうか最後に楽しんで頂いて」

 

「ストップ!ストップ!!」

 

 

 

何だ今の暗黒超特急は。ちょっと大袈裟で可愛いなとか思ってた前半部分は壮大なフリだったのか?スマホの破片飲み込んで自殺って笑えねえよ。

 

 

 

「そんなこと思ってないから!やめてよ簡単に死ぬとか言うの!」

 

「だって…だって、パレオは○○さんに一生を捧げるって誓いましたから…」

 

 

 

初耳だよ。

 

 

 

「いつそんな誓い立てちゃったの!?…や、この際その誓いがあるなら死なずにいてよ!」

 

「でも、疲れますよね…?」

 

「疲れない疲れない!他の人がれおなちゃんのおっぱい触って「柔らけぇ」とか言ってたらやだなって思ったけど花園さんならまあいいか的な安堵してただけだから!いや何を言っているんだ俺は。」

 

「…たまにチュチュ様も掴んでくるです。」

 

「そんなに皆しておっぱい楽しんでんの?そんな素敵な職場あるの?っていうかおっぱいブームでも来てんの?」

 

「でも、言うほど大きくないと思いますです…。」

 

「いいんだよ!でっかいのが好きなんじゃなくて、服の上からだと一見平らそうなのに実際柔らかみが凄い、みたいなおっぱいが好みだからまさにれおなちゃんのおっぱいがドストライクで…!」

 

 

 

…テンパるあまり俺は忘れてしまっていた。時は日曜日の昼時、場所はそれなりに混むファミリーレストラン。

その中、妙に近い距離でベタベタしてる男女が大声でおっぱいおっぱい連呼しているというのは…どうも目に付く。

突き刺さる様な視線を受けハッと我に返る俺と、未だに自分の胸を揉みつつ「大きくも無いし気持ちよくも無い」と呟くれおなちゃん……えっと、今日はどういう集まり何だっけ。

 

 

 

「……さ、次は文字入力についておさらいしようか。」

 

「あっ!そうでした!!」

 

 

 

切り替えが早い二人だった。

 

 

 

「…おっぱいって打ってみるです?」

 

「………もっと違うのにしよう?ほら、(エクスクラメーション)とかさぁ。」

 

「えくす…??」

 

「あぁ、びっくりのやつだよ。」

 

「びっくり!!知りたいです!!!」

 

「あぁもう、可愛いなぁ……。」

 

「……ふぇ?何か言ったです??」

 

「い、いや。…その、ちょっと疲れたね。休憩して何か飲み物でも……あっ。」

 

 

 

やっと元の流れに戻ったと思ったのに…どうやら会話の中に出てくるワードも検索対象らしい。

ニコニコしていたれおなちゃんの顔がさっと無表情になり、目も虚ろに。

 

 

 

「…やっぱり、パレオと居るのは疲労に直結することなんですね。○○さんが疲れてしまうならばその原因を排除するのもパレオの義務。例え原因がパレオにあったとしてもパレオは立ちふさがるパレオを引き裂いて亡き者に…あぁ、そういえば"チュウボウ"とかっていう、武器や凶器に満ち溢れた設備がこのお店にはあったです。そこならきっとパレオも一瞬で」

 

「ストップだってば!狂気に満ち溢れてるのはれおなちゃんだよ!!」

 

 

 

スマホ講座は大して進まなかったが、一つ確信を得たことは有る。

パレオちゃん…鳰原(にゅうばら)れおなちゃんは、とっても重い。そして恐らく、その奥底が見えないほど深い闇を抱えている。

 

 

 

「……でも可愛いんだよなぁ。」

 

「……ふぇ?何か言ったです??」

 

「…ぁぁあああっ!!!!」

 

 

 




パレオちゃんは隠れ美乳(真剣)




<今回の設定更新>

○○:深い沼に片足を突っ込んだ模様。
   おっぱいは正義、おっぱいは安らぎ、おっぱいは惨劇の始まり。
   もうパレオから目が離せない。

パレオ:だいぶスマホに慣れてきた。
    覚えは悪くないのだが、脱線しやすい。
    めちゃくちゃ着痩せするタイプ。だって服着てたらほぼ板だもん。


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2020/01/07 発見編・登場のLock

 

 

 

「こ、こんばんは~!お、お名前頂戴します!!」

 

「あ…ええと、○○といいます。…今日十八時から予約してて…あぁ、これ、診察券です。」

 

「あ、は、はい!!ちょ、頂戴致します!!お席にかけておまっお待ちくださいっ!!」

 

 

 

久々に訪れた羅須歯科で俺を待っていたのは何とも活力に満ち溢れた新しい風…恐らく"初めまして"になるであろうスタッフが増えていた。メガネの似合う青髪の女の子…名札は一瞬で裏返ってしまったために読めなかったが、今までにないタイプだ…。いや、病院の新人としては正しい形なんだろうけど、ほら…羅須歯科(ココ)って異常な程にアットホームだからさ。

一生懸命バインダーやファイルと睨めっこし、パソコンをイジってはワタワタと慌てる様が実に初々しい。…うんうん、こういうのだよな。白衣の浪漫ってのは。

 

 

 

「やっぱ可愛いよねぇ。」

 

「………花園さん、なにやってんの。」

 

 

 

いつも通り貸切な待合室のソファだが、いつの間にか隣に客がいた。…客、うんまあ私服だし患者側で来てんのかな?この子は。

黒髪の素敵なお姉さんはソファをベッドのように使いつつ、受付の新人お姉さんを眺めている。ニヤニヤと、実に楽しそうだが…

 

 

 

「う?……暇だから、シカン。」

 

「視姦ん?…意味わかって言ってんの?」

 

「わかんないけど、チュチュが「あんたはそこでシカンしてなさいっ!」って。」

 

 

 

相変わらず無茶苦茶な院長だ。しかし、暇だとはどういうことなんだろう。…この病院、シフト制ではなかったはずだけど…

 

 

 

「あのクソガキ…」

 

「聞こえてるわよ。」

 

「アッアッ、院長!いやぁ本日も麗しい…」

 

「…出禁にするわよ?」

 

「したら患者ゼロ人になるだろ。」

 

「くっ……!!」

 

 

 

すっかりお馴染みのやりとりを交わし、歯噛みするチュチュのテンコツをグリグリと撫で回し、さっきから気になっていた疑問をぶつけてみる。

 

 

 

「…花園さん、今日休みなの?」

 

「え?…あぁ、ハナゾノはもうここのスタッフじゃないの。」

 

「……え、クビ?」

 

「クビというか…契約期間が終わっただけよ。」

 

「あんだよ、折角まともな判断ができるようになったのかと思ったのに。」

 

「まともなはんだんん!?私、しょくをうしなったんですけどぉ!」

 

「君はどうも危機感のない喋り方をするね。今どうやって生活してんの?」

 

 

 

どうやら契約社員のような立ち位置であったらしい花園さんは、話の通りなら現在無職。どう考えてもこんなところで視姦に勤しんでいる場合じゃないと思う。

どんどん頭の悪そうなキャラに堕ちていく彼女だが、一体全体素性の掴めない人物である。

 

 

 

「今はレイヤと暮らしてるんだっけ?」

 

「そ!レイは私のおかあさん!にひひ。」

 

「お母さんかどうかは知らないけど…確かにこの病院の唯一の真人間感はあったもんなぁ。」

 

「むっ、ワタシがいるじゃない!」

 

「チュチュは…真人間っていうより、被扶養者って感じ。」

 

「ひふよーしゃ?…なにそれ?」

 

「うーん……守ってあげたいってことだよ。」

 

「なっ…!!」

 

 

 

うん、間違ってはいない。要は子供ってことなんだが…そういえばこの人も実年齢知らないな。この前酒は飲んでたから成人してはいるんだろうけど…容姿的にも身長的にもいいとこ中学生くらいだと思うけど、曲がりなりにも一病院を回している訳だし人も雇うし…ホント何なんだこの病院。

 

 

 

「まっ、まぁ?…どうしても、守ってあげたいって言うなら、任せてあげなくも…ないけ」

 

「お、お待たせしましたっ!○○さんっ!」

 

「ちょっとっ!今いいところでしょーがぁ!」

 

「ひぃっ!?ご、ごめんなさいごめんなさい!!」

 

 

 

あぁもう、勘違いして暴走した挙句真面目に仕事する新人に当たり散らしてるよ…。間違いない、この病院の自由度はこの人由来だ。

必死に何度も頭を下げ遂には最後の一撃は受付のカウンターにクリティカルヒット。もう不憫で見ていられなかった俺はおでこを抑えて涙目の彼女の元へ近づき、ギャーギャー喚く後ろの赤髪を尻目にフォローに回ることに。

 

 

 

「大丈夫大丈夫、院長が悪いんだから。」

 

「ふ、ふぇ??でも、怒ってらっしゃって…」

 

「いいんだって。…ほら、隣のお姉さんも全く動じてないでしょ。」

 

「はっ花園さんがですか??」

 

 

「ふわぁぁあああ………おなかすいた。」

 

 

「ほんとだ…!」

 

「ね?」

 

 

 

誰も反応していないのに怒りの勢いが全く衰えない永久機関のようなチュチュとどこまでもマイペースな花園さん。この状況に全く驚きを覚えなくなった俺は、きっともうどうにかなっているんだろう。

まだオロオロと視線を彷徨わせる新人さんだが、近くで努めて落ち着いて話しかけたこともあってか落ち着きを取り戻し始めている。

 

 

 

「お姉さん、最近入ったの??」

 

「はっ、ひゃいっ!…あっ、朝日(あさひ)六花(ろっか)っていいますっ!」

 

「朝日さん、ね…。」

 

「ふっ、不束者、ですが!よろしくお願い、しますっ!」

 

「それは何か違うぞ朝日さん…。」

 

「あ、あれぇっ!?」

 

 

 

なんというか…この人がこんな調子なのは新人云々だけではない気がする。きっと元よりこんな、慌ただしい子なんだろう。

それはそれで、れおなちゃんとはまた違った魅力があるというか、可愛らしいというか…

 

 

 

「まぁ、何だ…多分ここ受診するのって大した人数いないと思うけど、みんな心の広い人ばっかりだろうからさ…ゆっくり慣れていったらいいと思うよ?」

 

「!!あっ、ありがとうございますぅ!!!…あいたっ!」

 

 

 

ゴォンッと、再度カウンターに頭を叩きつけて照れ笑い。…うん、これは新たな癒しだ。これを目当てにここに来ても…

 

 

 

「えへへ…またやっちゃいましたぁ…。あっ、そ、そういえば診察の準備ができたようでっ!」

 

「ん、ありがとう朝日さん。」

 

 

 

…ごめんれおなちゃん。俺、案外目移りしちゃうタイプかも。

 

 

 

「よく来たな○○。今日も色んなところ削ってやるからなぁ!」

 

「今日はクリーニングだけって言ったじゃないですかぁ!!」

 

 

 




やっと加入。




<今回の設定更新>

○○:可愛い子が好き。そりゃそうか。

ロック:かわいい。オロオロしてても可愛い。好き。
    パレオと二大カワイイポイントを担うことに。

チュチュ:この雰囲気の原因。
     ちょっとデレた。

たえ:自由人。レイとよろしくやっているらしい。

マスキング:今日も絶好調。ミス・ドリラー。


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2020/01/28 参入編・切掛のMagma

 

 

 

「…で、歓迎会に何故俺も?」

 

「なに、不満なの?」

 

 

 

火曜日の夜。俺は例の如く羅須歯科の面々の中にいた。

何でも、六花ちゃんの歓迎会をやるとかで招集がかかったのだ。仕事中に病院から連絡が来たから何事かと思ったが、厭に上機嫌なチュチュの「今日は飲むわよぉ!」の一言により逃げられないことを悟ったのだ。

どうやら前に飲み会を開催した店はお断りされたようで、全室座敷タイプの個室になっている羅須歯科行きつけの店(らしい)での開催だ。これならスペース的にも無茶な騒ぎにはなるまい。…それは必然的に、逃げ場もないことを示しているのだが…。

 

 

 

「不満じゃねえけど…こういうのって身内だけでやるもんじゃないの?」

 

「ええそうね。…だからアンタも呼んだんじゃないの。」

 

「話聞いてた?俺、只の一患者じゃん?」

 

「つべこべ言わないで飲めお前は。」

 

「あっ、佐藤先生そんな…!」

 

 

 

既にビールが半分ほど入っているジョッキに謎の液体を注がれる。この人、最初何頼んでたっけ…?

 

 

 

「ちょっ何入れたんすか!」

 

「ひっひっ、いいからいいから、気にしないで飲んじゃえよぉ!」

 

「いやいや、得体の知れないもんは飲めないですって…」

 

「○○さん、無理して飲まなくていいですよぉ。何だったらパレオが飲んで」

 

「アンタは未成年でしょうが。…○○、イッキしなさい。男でしょ。」

 

 

 

アルハラの上にセクハラじゃないか…何ならパワハラもありそう…。

れおなちゃんに飲ませるわけにはいかないので、仕方なくここはチュチュに従っておく。…………なんだこの味、絶対酒だけじゃねえ。

 

 

 

「先生、これ何混ぜたやつっすか。」

 

「あー?そりゃあれだ、あーし特製ドリームカクテル。」

 

「どりーむかくてるぅ…?」

 

「あぁ、安心してください○○さん。マスキング先生は甘党だから、多分ソフトドリンクを混ぜただけだと思いますよ。乾杯はいつもノンアルコールだからこの人。」

 

「なるほど。…ところで、レイさんは何飲んでるんです?」

 

 

 

苦い顔をする俺に丁寧に教えてくれるレイさん。正直この面々、レイさんが居ないと誰ひとり素性は掴めない。誰も説明すらしようとしないのだから。

この人、本当に必要な人材って感じがして何か格好いいわ。

 

 

 

「ん。……私はこれ、ピーチフィズ。」

 

「あぁ、可愛らしいの飲んでますね。…お酒は苦手で?」

 

「んー…飲もうと思ったらイケるけど、花ちゃんの面倒みないといけないから…ね。」

 

「なるほど。…院長や先生の面倒も見なきゃですもんね。」

 

「…みんな、私のことお母さんか何かと勘違いしてるんじゃないかな…。」

 

「はははっ、ほら、レイさんだけまともな大人だから!!」

 

 

 

いいなぁこの人。なんかほんわかする。

割とクール目な外見してるんだけど、お酒の場ということもあって砕けて話せると落ち着くなぁ。病院だとせかせか動き回ってるイメージしかないけど。

 

 

 

「レイ~、みてみて、新しいスイーツ。」

 

「んー?……あぁもう、食べ物で遊んじゃダメだよ花ちゃん。」

 

 

 

見ればいちごフロートにフライドポテトを刺して一人盛り上がっている花園さん。いちごフロートってのはあれだ、イチゴシロップで作った炭酸飲料にバニラアイスが浮かんでいるもの。メロンフロートになるとチェリーがつくんだよな。

正直見た目としては中々にシュールだが、俺は知っている。生クリームとかソフトクリームとか、クリーム系のものはポテトと合うんだ。俺も昔ウィンナーコーヒにシューストリングを刺して楽しんだもんだ。

レイさんが一本ずつ引き抜き叱っている横で、改めて面々を見回す。

 

 

 

「それでぇ?○○とはどこまで行ってんの?」

 

「あぅっ、そ、それほどでもないですよぅ。」

「たまーに遊びに行くくらいです。」

 

「ふぅん…?たまに、ねぇ…」

 

「もぅ!なんなんですかぁ!」

 

「もう×××とか△△△△くらいまではやってるもんだと…」

 

「しっ、しもねたはきんしですぅ!」

 

「あはははっ!アンタ可愛いわねぇ!」

 

「チュチュさまのいじわるぅ!」

 

 

 

右側の方ではチュチュとれおなちゃんが弄り合っていて、れおなちゃんは相変わらず可愛くて。

…つかあいつ、"様"付けで呼ばせてんのか…引くわ。

 

 

 

「若いよなぁ…」

 

「マスキング先生もあんまり変わらないでしょう?」

 

「…いや、六つも七つも違ったらだいぶ違うだろ。」

「レイヤ、お前は恋人とかいないのか。」

 

「私は……まぁ、暫くは無い話かなぁ。」

 

「ふーん……。すぐにでもいい母親になれそうだけどな。」

 

「何それ…母親の前にお嫁さんにならなきゃでしょ?」

 

「お嫁さん、ね。」

 

「そういえば先生、この間ゼク○ィ読んでたよね。…結婚するの?」

 

「い、いやっあれは……花嫁ってさ、可愛いじゃんか。」

 

「可愛いっていうか…綺麗?かな。」

 

「おう…。ああいうの、あーしも着れるのかなとか、考えてて…」

 

「あー、ますきんぐかわいーじゃん、どしたのー。」

 

「かわっ!?……ハナゾノ、てめぇ…」

 

「ますきんぐはねー、背も高いしスタイルもいいから、

花嫁姿似合うと思う。ガチで。」

 

「確かに。」

 

「お、おま…お前ら……恥ずかしいこと、言ってんじゃねーよ…。」

 

「あーますきんぐ真っ赤だよ。暑い?脱ぐ?」

「おたえちゃんは脱ぎます。とりゃー!」

 

「だ、だめだめ!どうして下から脱ぐの!花ちゃん!!」

 

 

 

こちらも騒がしい大人の方々。視界で言うところの左半分から正面の連中だが、思いがけず佐藤先生の可愛らしい一面を見てしまった。あの人の花嫁姿…ううむ、いつものスカジャン姿からは予想つかないな。いい加減仕事中くらいは白衣とか着てくれねえかな。

あと、花園さんって酔うと脱ぐ癖があるらしい。今日に至ってはジュースしか飲んでいない気もするけど、前の飲み会の時も脱いでたしな。…何とも大人びたぱんt…足が綺麗だった。

 

 

 

「えとあの、グラス空ですけど、お次は何飲みますっ?」

 

「ん。…そうだなぁ……って、六花ちゃん、隣に座ってたんだね。」

 

「えぇ!?ずっといたじゃないですかぁ!」

 

「ちっちゃくて見えなかった…とは言えないなぁ。」

 

「き、聞こえてますっ!酷いっ!」

 

 

 

歓迎会の主役、新入りの六花ちゃんの姿が見えないと思えば、隣で一人静かにメニューを眺めていたらしい。マジで気付かなかったんだよごめんな。

どのグループにもまだ属していないようだし、ここで仲良くなっておこうか。

 

 

 

「飲み物はいいとして…六花ちゃんはお酒いける方なの?」

 

「ぁ……わ、私、まだ成人してないんです…。」

 

「あーなるほど。…そんじゃ、一緒にソフトドリンク開拓していこうか。」

 

「えっあっ、の、飲まれないんですか??お酒。」

 

「俺は別に酒好きって訳じゃないからなぁ。…美味しいジュースも好きだよ?」

 

「そうなんですかっ!…パレオさんも花園さんも、あんまりお話できなかったんで寂しかったんです…。」

 

「酷い話だよなぁ…君の歓迎会だってのに。…おっ、このマグマドリンクってなんだろう。」

 

「いえいえそんな……なんでしょうね。真っ赤ですよ。」

 

 

 

身を寄せ合って一つのメニューを二人で眺める。ソフトドリンクも充実されている店のため、色とりどりのメニューを見ているだけでも相当時間を潰せそうだが…

この会が始まって早一時間少々、この子はずっとそうやって一人過ごしていたんだろうか。そう考えると、無性にこの子を放っておけないような気さえしてきた。

上手く自分から入っていけない引っ込み思案な子、こんな雰囲気の職場なら…それも初めての飲み会とあっちゃ、しんどいものもあるだろう。

 

 

 

「…大丈夫だ、ゆっくりやっていけばいいさ、六花ちゃん。」

 

「……??何のお話です??」

 

「いや。……頼んでみるか、このクッソ赤いやつ。」

 

「え"、…お兄さん、チャレンジャーですか??」

 

「開拓っていったろ??折角飲み放題なんだし、面白そうなものは試してみないとな。」

 

「ふぁ、なるほど……。それじゃ私は……うむむむ…」

 

 

 

眉間に皺を寄せて上から下へ、左から右へとメニューを読み込む。…そんなに真剣にならんでも、と思ってしまうくらいに一生懸命探しているので、また追い詰めてしまったような気がして。

気付けばぽんぽんと六花ちゃんの頭を撫でていた。

 

 

 

「う、うぇぇ??何事ですかっ?」

 

「いやぁこれは……その、癖みたいな?」

 

「お兄さんは女の子の頭を撫で繰り回す癖があるんですか…??」

 

「ちがうちがう。……あれだ、そんな一生懸命に探さなくてもいいよって。…気、遣ってるだろ?」

 

「あぅ…………そ、それはまぁ、少し…。」

 

「いきなり隣に知らないおっさんが座ったらそうもなるよなぁ…。」

 

「そ、そういうのじゃ、ないんですっ。ただその……○○さんは、この病院にとって特別な方のようだったので、私なんかが隣に座ってていいのかな…って。」

 

 

 

想定していなかった方向の気の遣いようだった。確かに特別な扱いを受けているとは思う。…だがそれは、他に患者のいない廃れた病院だからということであって、俺が特別な存在なわけじゃないと思うんだけども。

さて、このクソマジメちゃんをどう揉みほぐしていったものか。

 

 

 

「…あ、ところでさ。」

 

「はい?」

 

「飲み物、決まらないんだったらこのマグマドリンク二人で試さないか?」

 

「………え、二人同じものは面白みに欠けないですか?」

 

「試しだからさ。一つだけ頼んで、一口ずつ飲んでみるとかさ。」

 

「…あー、なるほどですね!美味しかったらもひとつ頼んじゃいましょう!」

 

「そうそう、それでいこう。」

 

 

 

たまたま近くを通りかかった店員さんに一つだけ注文。とても不安そうな店員の顔が気になったが、取り敢えず無視。ストローを二本セットで頼んでおいた。

 

 

 

「…私、注文とかも、上手にできないんですよ。」

 

「注文に上手も下手もないだろ。」

 

「いえ……つっかかっちゃうんです、言葉が。」

 

「あー…でもほら、今は普通に喋れてるだろ?これと同じ感じでいいんだよ。」

 

「緊張しちゃうというか、てんぱっちゃうというか…いつも、受付の時もそうなんですけど。」

 

 

 

初めて六花ちゃんに会った時のことを思い出してみる。…なるほど、あの吃り様はチュチュのせいじゃなかったって訳だ。

こればっかりは慣れしかない…と思うのは適当すぎるだろうか。

 

 

 

「他にもその、皆さんと違ってできないことばかりで……実は、もう向いてないかなーとかも考えているんです。」

 

「…人と話す、仕事?」

 

「はい…コミュニケーション、というんでしょうか…。どうしても、アガってしまってお話どころじゃなくなっちゃうんです。」

 

 

 

今めっちゃくちゃ喋ってることに気づいていないんだろうか、この子。少し早口気味で話す六花ちゃんだが、こうして吐き出すことで少しでも楽になってくれたら御の字なのだが。

そうこうしているうちに真っ赤なグラスが運ばれてくる。…パチパチ言ってるし底の方もドロッとしたものが渦巻いている。これ、洒落にならないモンスターを召喚してしまったんじゃなかろうか。

 

 

 

「だからその、転職とかも……うわぁ!すっごい赤いぃ!」

 

「強烈だよな…六花ちゃんからいく?」

 

「えっ!!……いやぁ、そんな度胸無いですよぉ…」

 

「…ふむ。……ようしじゃあ俺から行くぜえ。」

 

 

 

これが最高にうまいドリンクで、六花ちゃんに少しでも元気が戻ればとストローを開封する。少し掻き混ぜてみると全体的に粘度が増したような気がする…。

断言しよう、これ絶対ゲテモノの類だ。

 

 

 

「……………。」

 

「……ど、どうしました?」

 

「見とけよ六花ちゃん……。んっ……!!!!」

 

 

 

勢いよく吸い上げた結果、ドロドロとした刺激――熱と激痛――が駆け上がってくる。舌と口腔内の灼けるような感触に慌てて飲み込むもまた地獄。

思わずグラスを置き無言で俯き、震える体を抑えた。心配そうに覗き込む六花ちゃんに大丈夫だというジェスチャーをし、グラスをスライドし渡す。最初こそ俺とグラスを見比べていた彼女だったが、やがて意を決したようにストローに口をつけた。

 

 

 

「ぇぃっ…………!?…んむっむぅうう!!!!」

 

 

 

ガアン!と荒々しくグラスを置き、顔を真っ赤にのたうち回る。メガネを放り出し、髪を振り乱し…まるでヘッドバンギングのようだ。

流石に他の面々も放って置けなかったのか、なんだなんだとそれぞれの表情を向けてくる。特にお母さ…レイさんなんかはすぐに介抱に向い、大丈夫かと声をかけれおなちゃんもそれに追従しているようだ。

少し口の刺激が収まり六花ちゃんを観察する余裕が出てきた俺のもとにニヤニヤと意地悪げに笑うチュチュが近づいてくる。

 

 

 

「アンタ、うちのロックになにしてくれてんのよ。」

 

「あん?…ロック?」

 

「私が授けてあげた名よ。ウチのスタッフには皆そうしてニックネームをつけるの。」

 

「ほへぇ…俺にもくれたりする?」

 

「何言ってんの、アンタはウチの仲間じゃないでしょ?このコードネームはウチの大切な一員であることの証明なんだから。」

 

「…さっきニックネームって」

 

「細かいところまでうっさいのよ。」

 

「なんだ、ちゃんと認めてたんだな。六花ちゃんも仲間だって。」

 

「当たり前でしょう。ロックはよくやってくれているし、頑張り屋さんよ。できることならいつまでも一緒にいたいと思うわ。」

 

 

 

年の割に大人びた表情を見せるチュチュ。とはいえこの子の本当の年齢を俺は知らない…が、精神的にきちんと成熟した部分もあることは十二分にわかった気がした。

それと同時に、六花ちゃんの居場所がちゃんとあることも。

 

 

 

「てかアンタ、アンタこそ随分仲良くなったじゃない?いつの間にか名前呼びになってるし…。」

 

「あぁ…何か放っておけなくてさ。上手く打ち解けられていないみたいだし。」

 

「ふーん…?……お節介焼くのもいいけど、パレオを悲しませたら承知しないわよ?」

 

「そりゃ勿論、俺だってそんなことするつもりはねえよ。」

 

「…だといいけど。ま、ロックのことは任せておいてちょうだい。面倒見のいいレイヤは勿論、マスキングだってああ見えて可愛がってるんだから。」

 

「ほー。……おっ、もう大丈夫そうだな、六花ちゃん。」

 

 

 

レイさんの介抱もあってか、落ち着きを取り戻した六花ちゃん。涙目ながら皆と楽しそうに話しているようだ。

かなりの荒療治だったが、結果オーライってことでいいだろう。

 

 

 

「そうね。……ねえアンタ、少し私にも付き合いなさいよ。」

 

「飲み?」

 

「そうよ。まだ全然酔ってないじゃない。」

 

「そだな。…別にいいけどさ、あんま飲んだら明日に響くぞ?」

 

「ふふん、大丈夫よ。潰れたら○○に世話してもらうもの。」

 

「なんだよそれ…」

 

「私にもお節介焼かせてあげるって言ってんの。…ほら、角ハイ追加よ!飲み比べしましょ!」

 

「おま…」

 

 

 

あの子はきっと大丈夫だろう。

目の前でこれから潰れようとしているちんちくりんの馬鹿は知らんが。

 

 

 




ロックかわいいです。




<今回の設定更新>

○○:酒は別に好きじゃない。
   会社の飲み会等は極力断っているが、このメンツが相手だとどうにも断れない。

ロック:かわいい。
    メガネが似合う。一番下っ端でかなり気を遣っている。
    ストレスも溜まっていそうだが…?

チュチュ:院長様。パレオには様付で呼ぶよう指示している。
     猫耳っぽいヘッドホンを複数所持しており、気分で色や形状を変えている。

パレオ:今回は影が薄い。一番可愛い。最強。

マスキング:かわいいものすき。
      きっと六花ちゃんもかわいがってもらえるでしょう。

レイヤ:お母さん。
    一緒にいると凄く落ち着く。結婚して欲しい。

おたえ:(´・ω・`)オタエ
    (´・ω・`)アツイカラ、ヌイジャウノ


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2020/02/16 誘惑編・全知のChuchu

 

隣町のちょっぴり複雑な構造の駅を出る。日曜の朝だってのにヤケに人間が少なく感じるのは時勢のせいかたまたまか…今日はあるエラーイお方との待ち合わせでここを訪れてきたんだが…

 

 

 

「ちょっと、遅いじゃないの。」

 

「そう言われても…走ってきたのは俺じゃなくて電車なんだよなぁ。」

 

「うっさい。降りてから改札迄歩いてきたんでしょ。」

 

「……走れと?」

 

「このチュチュ様が遊んであげるって言ってるんだから、それくらいして当然でしょう?」

 

 

 

お前はどこの独裁者だ。

そう、今日は例の歯医者の院長さんである"チュチュ様"こと珠手ちゆちゃんだ。少し抜けた感じの腰下まである赤髪は今日も元気に外ハネ気味…あれ、そういえばいつもの猫耳ヘッドホンが見当たらないが…?

 

 

 

「はいはいありがとうございますぅ。」

 

「むぅ、いけ好かない態度ね。」

 

「ところで院長、いつものヘッドホンは?…というか服の感じもいつもと違うような…」

 

 

 

いつも…といっても見かけるのは主に病院なのだが、数度あった飲み会ではヘッドホンは常時装着していたし服装ももっとシンプルなものだった。ワイシャツにネクタイ、それに黒のスラックス。

白衣関係なしに呑みの席でもその格好だったのでてっきり好んで纏っている服装だと思っていたが…今日はどうしたのだろう。

身体のラインが浮き出るような紺色で無地のワンピースに白いカーディガンを羽織っている。カーディガンは立体感のある編み込みの様なデザインの…エンボス編みという奴だろう。いつも背の小ささも相まってつい子ども扱いしてしまっていたが、成程こうして見ると女の子らしさと女性らしさが同居したような絶妙な人物に見える気がする。

 

 

 

「まっ、まぁ…ね。見飽きた服を見せるのも面白くないかと思ったのよ。」

 

「……院長、デートだと気合い入れ過ぎちゃうタイプ?」

 

「な、な、何を言ってるのかさっぱりねっ。」

 

「まぁでも似合ってると思うよ。大人っぽく見えるし、可愛い可愛い。」

 

「ぅ……それより、その「院長」ってのやめなさいよっ。」

 

 

 

はて。院長は院長だが。

凡そ照れ隠しのつもりだろうが、嫌がっているのなら代案を出そう。…とは言え他はあまりにも呼び慣れていない上、苗字に至っては呼んだことも無いぞ。

正確な年齢も不明な為、敬称についても難しい所だ。年下とは言っていた気がしたが、呼び捨てにして「子ども扱い」と拗ねられてしまってはあまりに惜しい。何せ一日を共に過ごすのだから。

 

 

 

「…どのような呼び方をご所望で?」

 

「………チュチュって呼ぶの、やめたの?」

 

「…あー……。」

 

 

 

そういえば前にそう呼べと言われていたような…。レイさんが「院長」って呼ぶからつい釣られちゃったんだっけ。スマホで入力する時も実際口に出す時も楽なんだよ、院長って。

チュチュ…チュチュかぁ…。

 

 

 

「本名よりニックネームがいいって変わってるよな。嫌いなの?自分の名前。」

 

「……そうじゃないわよ。」

 

「ふーん…。」

 

「ただ、私を本名で呼ぶ人間なんて居ないから…その……てっ、照れるのよ。」

 

「………ふーん?じゃあちゆちゃんって呼ぶかな。」

 

「なっ…!」

 

 

 

口を大きく開けて絶句。流石歯医者さんだけあって綺麗な歯並びだ。まぁ、彼女が治療をすることは一切無いのだが。

それはそうと呼び名だが、折角なら希少な人間になりたいじゃないか。呼ぶ人間が少ないのなら、それにより新鮮な反応が見られるなら、俺は迷わずそれを選ぶ。コミュニケーションの糸口にもなるし、何よりも拒絶程では無い今の状況から鑑みるにその方がより距離を詰められると思ったからだ。

 

 

 

「なっにゃ、にゃにを聞いていたの!?照れるって言ってるじゃ」

 

「じゃあ今日一日で慣れようぜ。…ほら、名前で呼び合う方が仲良くなれそうじゃん?」

 

「あぅ……」

 

「俺も羅須歯科ファミリーに入りたいんだよー。」

 

 

 

これは割と本気だ。

 

 

 

「何よそのファミリー……わかったわよ、でも、呼び過ぎはstrict prohibitionだからねっ!あぁっもうっ!I'm so embarrassed, my face is on fire!!」

 

「それと前から訊きたかったんだけど」

 

「なによぉ!」

 

「ちゆちゃんって帰国子女か何かなの?時たま英語が漏れてるよね。」

 

 

 

とは言え今の様な英文は初めてだったが。

…"ちゆちゃん"って、文章の中に含まれているだけでも恥ずかしさは反応するのか。真っ赤な顔が可愛らしい。

 

 

 

「あ、あぁ…そうね、数年前帰ってきたばかりなの。人生の半分以上は国外に居たからそのせいかもね。」

 

「へぇ。ルーじゃなかったんだ。」

 

「るー?」

 

「こっちの話。…それじゃあまずはどこ行くんだっけ?」

 

 

 

大柴的な奴かと思ってたよ。ごめんね、ちゆちゃん。

気を取り直して本日のデートプランを整理する。…といっても、内容はちゆちゃんの提案で、()()この街で俺が行った店や場所・行動をそのまま追体験するというものだ。

前々から予定自体は入っていたのだが内容について決まったのはつい三日前。つまり昨日の過ごし方についてはもう変更が効かない状態での提案だったわけで…。

 

 

 

「言ったでしょう?昨日のあなたを追うのよ。」

 

「やっぱそうか……」

 

「何よ、昨日もこの街に居たんでしょ?」

 

「居たには居たが…まぁ行こうか。」

 

「???」

 

 

 

種明かしは最後に取っておこう。今は昨日の俺を、忠実に再現するだけだ。

 

 

 

「それじゃあちゆちゃん、ちょっと前髪を失礼…」

 

「まえが……ひっ!?ひゃっ!?……あ、あなた、なにして……ッ!?」

 

 

 

サラサラの前髪をかき分けるようにして現れた然程広くない額にキス。昨日の再現というだけで、悪意や欲求は更々無い。要するに変態行為ではないと言う事を分かって欲しいのだ。

 

 

 

「なっ……なっなっなっ……にゃにを」

 

「何って昨日の通りに動いているんだけど…」

 

「こっ、行動は再現しなくていいのっ!…えっ何っ!?あなた駅前で人のオデコにキスする癖でもあるのっ!?」

 

 

 

そんな狂気めいた癖があってたまるか。

…なるほど、行動は再現しなくていいのか。

 

 

 

「ねえよ。……ごめん?」

 

「き、気を付けなさいよねっ…ドキドキするじゃないの…」

 

「すまん…じゃあ最初の場所だが…」

 

 

 

位置情報を追っていくだけなら簡単な上に気楽ってもんだ。スマホで昨日のGPS情報を辿りつつ、ちゆちゃんと共に歩き出すのであった。

 

 

 

**

 

 

 

「……ここは?」

 

「見て解らない?コンビニ。」

 

「それは分かるわよ。」

 

「入る?」

 

「いい。…昨日はここで何したの?」

 

「マスクと飲み物を買った。」

 

「それだけ?」

 

「それだけ。」

 

 

 

何を期待されているのか分からないが、昨日はマスクを忘れたことに気付いてここに寄ったのだ。ついでに買った飲み物は完全に主旨と外れたものだし、場所自体に大した意味なんかない。

マスクも飲み物も、一人分だろうが二人分だろうが変わらないしな。

 

 

 

「…じゃあ次、どこ行ったのよ。」

 

「次はあれ。」

 

「………はぁ?」

 

 

 

指をさしたのは斜向かいにあるPCパーツショップ。自分の住んでいる街にはこういった店は無く、ジャンク漁りが趣味の俺はこの店を訪れる為だけに電車に乗ることもしばしば。…昨日は特に用があったわけじゃないが、どう言った場所か紹介を頼まれたために行ったのだ。

ちゆちゃんの表情から察するに興味はゼロであろう。そりゃそうだ、余程のモノ好きでないと基盤やらグラフィックボードのウィンドウショッピングを楽しもうなどとは思わない。

 

 

 

「…行きたい?」

 

「行きたくないっ!!…何よ!何でもうちょっとexcitingな場所に行かないのよっ!!」

 

「何よって言われてもなぁ…」

 

 

 

忠実に再現するとどうしてもこうなってしまう訳だが…ああそういえば、次はちゃんと楽しめるお店だった。

 

 

 

「ええと、次は確かお昼ご飯を食べに行ったんだよ。」

 

「昼っ…えぇ!?あなたどれだけあそこに居たのっ!?」

 

 

 

驚くのも無理はない。電車を降り駅を出たのは午前九時ごろ…コンビニの前に辿り着いた時点で九時半にもなっていなかった為、必然的に昼食の時間までをパーツショップで過ごすことになるのだから。

事実昨日は二時間強をあそこで過ごしたし、中々に有意義なイベントにも巡り合えた。ジャンクパーツに囲まれて幸せだったのもあるが。

 

 

 

「…まぁいいわ、お昼は何を食べたの?」

 

「行ったのは蕎麦屋さんだからね。鴨せいろ蕎麦を」

 

「おソバ!?いいわねぇ!!」

 

 

 

食いついた。

 

 

 

「お昼はそこにしましょう!!」

 

「え。」

 

「なによっ!不満なのっ!?」

 

「…いや、あの店日曜が定休なんだよ。」

 

 

 

蕎麦好きなら早く言ってくれたらよかったのに。行きつけの店、というやつなのだが、店主の都合で日曜を休みとしているその店は、メニューこそ少ないが非常に質のいいお店なのだ。

蕎麦も旨いが天麩羅も美味い、そんな印象だ。

 

 

 

「もぉぉぉぉ!!!あとはっ!?あと楽しめそうなところはないのっ!?」

 

 

 

あ、噴火した。

 

 

 

「まぁまぁ怒らないで…昨日行ってないところならいくつか心当たりはあるけど…」

 

「No way!!それじゃあ意味が無いのっ!」

 

「もー…拘りは強いんだから…」

 

「私は、あなたに興味を持ったからこう提案したのよっ!?あなたが私の事を考えてルートを決めたんじゃ意味がないじゃないのっ!」

 

 

 

この娘、中々に難しい事を言う。

俺が俺の為だけに構築した休日の行動プランなぞ、面白くないに決まっているだろうに。…だが、芯の通ったというか、プライドの高さは嫌いじゃない。

 

 

 

「わかったよ…でもほら、お昼のお店だけは考えさせてくれ。空腹のまま連れ回すのも気が引けるし、君の食事風景も見てみたい。」

 

「はぇっ!?べ、別に普通の食事風景よ…どんな性癖?」

 

「嫌な言い方すんな…俺も君に興味があるってだけさ。」

 

「ふうん…じゃあ、他は何処に行ったの?」

 

 

 

よし。…そういえば次は少し面白い場所かも知れない。

学生時代よく入り浸り、昼夜問わずに時間を過ごしたこともあるお気に入りの場所。昨日はそれ程長い時間を過ごした訳じゃないが、それでも楽しかったんだよなぁ。

 

 

 

「ここからそう遠くはない。あっちの……あのタワーの方に歩いて行ってだなぁ。」

 

「ん。あのタワーに上るの?」

 

「いや、そこまでは行かない。」

 

「上る様なタワーじゃないって事ね。」

 

「あいや、上ることは可能だが、俺が上りたくないんだ。」

 

「どうして。」

 

「高いとこ駄目なんだよ、俺。」

 

「……………へぇ。」

 

「おい、意地悪い顔するんじゃないよ。何を企んでるんだ。」

 

「べっつにぃ。」

 

「言わなきゃよかったな。」

 

「…ふふ、いいじゃない苦手な物の一つや二つ。可愛いと思うけど?」

 

「よせやい。」

 

 

 

苦手な物を上げればキリがない…が、こいつにだけは言わない方がいいのかもしれない。弄りが怖い上に面倒臭そうだ。

バカ話を繰り広げつつ幾つかの横断歩道を渡れば、昨日も訪れた公園に辿り着く。まだ幾分か雪が残っているように見えるが、辛うじて座ることができるベンチには寝転がる人や談笑する人々、ぼーっと空を見上げる人など様々な模様を映している。

その中でも噴水を越えた先、地下歩行空間への入り口付近にあるベンチが空いていた為、ちゆちゃんの手を引きつつ座る。………うん、今日も空気が心地よい。

 

 

 

「休憩なの?」

 

「いや?昨日もここでこうやってな…他の人や空を見ながら、行き交う車の音に耳を澄ませたりしてたんだ。」

 

「……強烈な休日の過ごし方ね。」

 

「昨日は特に有意義だったぞ。昼寝もしたし。」

 

「…ここで?」

 

「あぁ。素敵な時間だった。」

 

「私はしないわよ?」

 

「別に強制はしないさ。ただこうしてボーっとしていると眠気が……ふあぁ…ふ。」

 

 

 

離している最中にも欠伸が漏れてしまった。いかんなぁ、こりゃまた寝ちゃいそうだぞ。

どうも昔からこのまったりした空間が好きで、特に暖かい陽光が射すなんかにゃ一層強化された睡魔と対峙しなきゃいけなくなる。それはそれは恐ろしい、抗いようの無い睡魔と。

 

 

 

「……何だったら今も少し寝てく?」

 

「えぇ…?昼飯食えなくなるぞ。」

 

「それくらいになったら起こすし。」

 

「ふーん?」

 

 

 

ちゆちゃんも疲れちゃったのだろうか。何処にも入らず歩き通しとなると、確かに疲労は溜まる。ましてやちゆちゃんにとってみたら何か楽しいことを期待していただろうに何もないまま、お洒落も無駄にしてしまったようで申し訳ない。

 

 

 

「…いいならほんの少しだけ…」

 

「……そう。膝、貸したげよっか。」

 

「はい!?膝!?」

 

「膝枕……日本の恋人たちは皆やるもんなんでしょ。」

 

「いいのかちゆちゃん…俺、恋人じゃないけど。」

 

「いいじゃないそれくらい。膝は減るもんじゃないし。」

 

 

 

不覚にもドキドキする。視線を下ろしてみれば、張りのある生足がワンピースを盛り上がらせるようにして二振りの枕アピールをしている。確かに、あの控えめでありながら程よく付いた肉に頭部を埋めることが出来たら、それは最高な夢が見られるのかもしれない。

いいのか?いやしかし。でもちゆちゃんはいいって言うし。ううむ…。

 

 

 

「早くしないとご飯の時間になっちゃうわよ。」

 

「あ、あぁ…じゃあ失礼して…」

 

「はいはい、どーぞー。」

 

 

 

あまり体重をかけても折れてしまうんじゃないかとそっと頭を乗せてみる…が、すぐにバレて手で押さえつけられてしまった。硬くも無く柔らかすぎず、程よい弾力と柑橘系の香りが顔の右半分を包み込むと同時に忍び寄っていた睡魔が全力疾走を始めた感覚を覚えた。

少しでも長くこの幸福を楽しんでいようと、必死に抵抗を続けていると頭上から彼女の声が降ってくる。

 

 

 

「……あの子は、どんな気分でこの景色を見ていたのかしらね。」

 

「……え。」

 

「知られてないと思ってた?」

 

「…………どっちの可能性もあるとは思ってたけど。」

 

「甘いわね。羅須の団結力を嘗めるんじゃない。」

 

「うむう。」

 

 

 

そうか、知っていてこれか。

休日の昼前、ベンチで膝枕をする男女。端から見れば、これはカップルの蜜月にでも見えるのだろうか。そういえば昨日れおなちゃんも言っていたっけか。

 

 

 

「私達って…」

 

「見えるかもね。」

 

「まだ何も言ってないじゃないの。」

 

「どうせそれも聞いてるんだろ?」

 

「……………私は、そう見られてもいいと思うわ。」

 

「それってどういう…」

 

「はいはい、もう寝なさい。このあとは映画館に連れて行ってくれるんでしょう?」

 

 

 

左の頬を撫でられる。年下で子供っぽくて…背徳に似た感情さえ持ってしまうのは、今膝を借りている彼女が昨日のあの子よりも低い目線を持っているからだろうか。

どこまでの話を聞いているのか分かったもんじゃないが、スケジュールについては全て聞いているんだろう。であれば、最後に行き着く城についても聞いている可能性はあるし、何処で何をしたのかだって――

 

 

 

「見たい映画でもあんのかい?」

 

「別に?…ただ、暗闇でキスをするならあなたがいいと思っただけよ。」

 

「あの子には内緒って概念が無いのか。」

 

「期待するだけ無駄よ。…あーあ、私も冷たいお蕎麦が食べたいなー。」

 

「…膝枕って体のいい尋問じゃねえか。」

 

「幸せでしょ?」

 

「すっげえいいにおいする。」

 

「二股の香りねぇ。」

 

「優柔不断なんだよ悪かったな。」

 

 

 

撫でる手はどこまでも優しく、時たま吹くまだ冷たい風は高くなりすぎてしまいそうな二人の熱を丁度良く冷ましてくれていた。

 

 

 

「………どうでもいいんだけど、Hotelを本丸っていうのは辞めた方がいいと思う。」

 

「…お城って言うじゃん…ってれおなちゃんにも言ったと思うけど?」

 

「今日も4番のお部屋なの?」

 

「れおなちゃんのバカ…ッ!」

 

「昨日は私の事を考えて休憩だけだったみたいだけど、明日は誰とデートするのかしら??」

 

「うるさいうるさい、もう寝させて」

 

「寝かさないって言ってたのはあなたでしょう?…あぁ、これは昨日の話だけど」

 

 

 

羅須歯科の団結力、おそるべし。

…結局昼食は少し離れた別の店でそばを啜る羽目になったが…悪戯っぽい笑顔と八重歯が見れたので良しとしよう。その後については、ちゆちゃんの提案する()()()()()だった。

 

 

 




絆が深いグループの一人とは迂闊に行動できないというお話。




<今回の設定更新>

○○:気が多いらしいが身を固める気は無いという。
   それを許容する周りも問題だが、結局のところ唯の患者じゃない。
   飽く迄も本命はパレオ。

チュチュ:あざとすぎない大人っぽい服装に挑戦する為、前日はレイと
     ショッピングに出ていた。その途中でパレオから実況を聞いて
     いたらしいが…。
     好意は持つものじゃなく感じるものだそう。
     心は大人です。

パレオ:「チュチュ様には全部筒抜けなんですよぉ」
    後でチュチュに全てを聞かされてちょっと拗ねた。
    飴を舐めたら忘れたらしい。


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2020/03/18 加速編・複雑なRock

 

 

 

「い、いいんでしょうか…私までご一緒してしまって…。」

 

 

 

最近思うことがある。

 

 

 

「何言ってんの。アンタだってウチの一員なんだから、食事会にだって参加する…当たり前じゃないの。」

 

「あぁもう院長、そんな言い方してたらハラスメント扱いされちゃいますよ?最近世間も敏感なんだから。」

 

「む。…じゃあそういうフォローはこれからレイヤがやりなさい。私より口が上手なんだからぁ。」

 

「ごちゃごちゃうっせぇ。早くグラス持てよ、二人とも。」

 

 

 

…俺に、プライベートなんか無いんじゃないかって。

 

 

 

「○○さん??考え事です??」

 

「え、あ、あぁ、いや、ちょっとね。」

 

「…ぱれおのとなり、嫌だったです??」

 

「う、ううん!そんなことあるわけないじゃないかー!」

 

 

 

どうしてこう、俺を巻き込みたがるんだろうか、この病院は。

勿論嫌な訳じゃない、数少ない通院患者だと言われて、まるで仲間みたいに扱われて、それなりに仲良くやっていけている。

…寧ろ心地よすぎて困ってるんだ。

 

 

 

「それじゃあDrinkは行き渡ったわね。…ロック、KANPAIをかましなさい。」

 

「え、えぇ!?わた、わたしれすか!?」

 

「あぁ?文句あんのか?」

 

「ひぃ!よっぽどハラスメントですよぅ…」

 

「ようしっ!かんぱ」

 

「花ちゃん、まだ早いよ?…って、どうしてもうグラス空なの?」

 

「げぇぷ。」

 

「うっそでしょ…。」

 

 

 

すっかり居場所になってしまったこの騒がしい面々と共に、今日も俺は居酒屋に連れ込まれている。

いやまあいいんだけどね。仕事終わりで、糞みたいな職場から持ち帰ったストレスを浄化してもさらに余りある程の恩恵を受けられるここは、俺にとって最早実家みたいなもんだし。

 

 

 

「そ、そそそ、それじゃあ……か、かんぱいです…っ!!」

 

 

 

グラスの音は始まりを告げる。

 

 

 

**

 

 

 

「――つかよぉ、○○は結局何なんだぁ?」

 

 

 

一時間ほど経ったろうか。車で来ている俺を置いてけぼりに、恐ろしいほどのピッチで飲み進める佐藤先生が後ろから絡みつく様に凭れ掛かって来る。ふわっと香るアルコールの匂いを纏って、耳元に口を寄せてくる姿は傍から見れば情事…に見えなくもないだろうが。

残念ながらそんな淫靡な物ではなくただの拷問であることを俺は知っている。酔った佐藤先生は言動が恐ろしく飛躍する。「お前は何なんだ」…唐突な哲学である。

酔ったこの人が寄ってくるとれおなちゃんも逃げて行ってしまうし、早めに抜け出したところではある。

 

 

 

「なんつー質問してんすか。不躾に。」

 

「いやぁ、お前さ。ウチのスタッフ次々に堕としてるだろぉ?…こりゃ、あーしもウカウカしてられないと思って…」

 

「何なんすかその人聞き悪い言い方。」

 

 

 

それじゃあまるで俺がタラシ回っているみたいじゃないか。そして申し訳ないが佐藤先生にはこれっぽっちも興味はない。

 

 

 

「……でもさぁ、マジでお前、そのうち刺されると思うぞ?」

 

「いやいや、そんな恨まれるような事」

 

「無駄よマスキング。」

 

「んぁ…?」

 

 

 

以前の様な洒落た格好ではなく、クソダサいTシャツに子供の様なひらっひらのスカートと、何かを間違えてしまったかのようなある種背徳的な服装のチュチュ院長が現れた。

何故か頭のテンコツの辺りで搔き上げた前髪をピン止めし、デコッパチを強調するような髪型と…今日は随分はっちゃけている彼女だが、フォローでもしてくれるというのだろうか。

 

 

 

「悪い大人、だものソイツ。」

 

「はぁ?」

 

「………っあー、なるほど。…そりゃパレオも酷いもんに引っ掛かったってワケだ…。」

 

 

 

意味が分からない。悪い?善良な市民の間違いだろう?

 

 

 

「あの、ちゆちゃん?」

 

「…ま、また名前で呼ぶし…」

 

「だってよぉ、チュチュって発音しにくいんだもの。あと同名ですっごい好きなキャラが居るせいでややこしい。」

 

「むぅ……。」

 

 

 

それはそれは可愛らしい二次元のキャラクターを頭に思い浮かべながら、口を尖らせる院長を眺める。後ろに組みついている佐藤先生も唸っているし、俺そんなに悪い人間なのかな。

 

 

 

「うーむ……お前が弄ばれるってのも珍しいよなぁ、チュチュよ。」

 

「…全く以て心外だわ。」

 

「弄んでなんかいねえわ。」

 

「ま、そういうところも変に大人なんでしょ。」

 

 

 

腑に落ちないがまあいい。食事の席だし、無駄に重苦しい空気を作るのも何だ。

話題を変えようと、まるで突っ込み待ちにも見える院長の服装について突いてみることにする。

 

 

 

「ちゆちゃん、今日は一体どうしちゃったわけ。」

 

「何がよ。」

 

「服。…そのシャツは何のプリント?」

 

「あぁ、それあーしも訊こうとしてたんだ。」

 

「これ?………ジャーキーよ。」

 

 

 

……なんだって?

 

 

 

「じゃーきー…ってのは、あのジャーキー?」

 

「犬のおやつだろ?」

 

「何よ、文句あんの?」

 

 

 

無い胸を張り、その珍妙なデザインを見せつけてくるちびっ子。クリーム色のシャツに、木目が綺麗なテーブル、青いラインが一本走った白い丸皿、そこに盛り付けられたスティック状のジャーキーが無数に散りばめられている。

製品としてGOサインを出す方も馬鹿げているが、それを堂々と公衆の面前で着ようとする度胸も大したもんだ。

 

 

 

「………。」

 

「文句はないけど…それにそのスカートは何なんだ。お前、小学生だったのかぁ?」

 

「誰が小学生よ。」

 

「「ん。」」

 

 

 

二人分の人差し指を向けられ小さく溜息を吐く。

 

 

 

「はふぅ……服が無かったのよ。」

 

「…いやいや。」

 

「いい?○○。…病院って忙しいのよ。それで、夜遅くに帰ったら洗濯とかも面倒じゃない?だから服が足りなくなっちゃって…おまけに休日は寝なきゃいけないし。」

 

 

 

あの病院でなにをそんなに忙しくこなすというのか。暇すぎて予約名簿に落書きしてるような奴が、服が足りなくなるまで洗濯をさぼるんじゃないよ。

まったく、本当に子供なんじゃないだろうなこのちびっ子は。

 

 

 

「…それならそうと言ってくれれば洗濯くらいしに行くのに。」

 

「うぇっ!?」

 

「…いやそんな驚かんでも。」

 

「だ、だだあだだだだ、だって、そんな、駄目じゃない!?ダメ、なんじゃ、ないの!?あーん!!」

 

 

 

テンパり様が尋常じゃない。どうしたどうした。

一先ず落ち着くのを待とうと、両手をばたつかせているちゆちゃんから目を切り手元のグラスを呷る。たまに無性に飲みたくなる炭酸飲料…今は爽やかな水色が素敵なラムネを飲んでいる。うーん思い出されるは少年時代…。

 

 

 

「…お前、やっぱすげぇわ。」

 

「何すか佐藤先生。もう虫歯治ったからいいでしょ、サイダーくらい。」

 

「そうじゃな……ああいや、そういうとこだよ。」

 

「??」

 

「………○○って、たまに突拍子もない事言いだすわね。」

 

「どこでそう思ったん。」

 

「洗濯って……しっ、しし、下着…とかもあるのよ?させるわけないじゃないの…ばかぁ。」

 

 

 

それだけあんなにテンパるかね。…それに、

 

 

 

「下着くらい、今更だろ。」

 

「何だって!?」

 

「……まあ、確かにそうかもしれないけど。」

 

「チュチュ!?」

 

 

 

勿論本気で洗濯を代わってやろうなどと思っちゃいない。その場の、話の流れ…的な?

別にちびっ子の下着なんぞに興味はないが、変な服を着て外に出られる大人には興味もあるし。ただそれだけの話だ。

 

 

 

「え、え、なに、こわい、お前等付き合ってんの?」

 

 

 

困惑の佐藤先生。いつも嬉々としてドリルを振り回しているだけあって、こういう表情は本当に新鮮で面白い。

酔いもあるんだろうけど、リアクションも大きい気がするし。

 

 

 

「ばっ、そんなっ」

 

「はっははっ、まさか、そんなわけないでしょ!」

 

「ッ…!……………。」

 

「先生、いくら酔ってるっていってもボケが雑ゥ!」

 

「…………。」

 

「…チュチュ。」

 

「ええ、まあ、こういうヤツなのよ。」

 

「想像以上に酷ぇや。」

 

 

 

どうしたら俺とちゆちゃんが付き合う流れになるって言うんだ。いいとこ友達止まりだろうし、互いに気心の知れた知り合いってところだろう。

佐藤先生もそんな突飛な発想になる程困惑しなくてもなぁ。

何だか妙にしゅんとしたちゆちゃんが少し離れた先の自席に着くと、微妙な表情の佐藤先生も付いて行ってくれた。漸く解放された俺の背中はじっとりと汗ばんでいて、佐藤先生の体温の高さを改めて実感できた。

 

 

 

「…やっと離れたです。」

 

「お……れおなちゃん。いっぱい食べてるかい?」

 

「はい。……○○さんは、チュチュ様と仲良しですか??」

 

 

 

二人が離れたのを確認して、戻って来るれおなちゃん。ピトッと隣にくっついて、腕を絡ませたところで漸く定位置である。

こちらを見上げる表情はどことなく不安げにも見えて…。

 

 

 

「…仲良し…じゃない方がいい?」

 

「そ、そんな、そんなことはないです……けど…。」

 

「…けど?」

 

「この前、ぱれおと同じデートコースをチュチュさまも辿ったと聞いたです。」

 

「…あー……。」

 

 

 

筒抜けなのは両方ともなのか。()()()とは言うものの、その回数も一度や二度ではなく。ちゆちゃんは、れおなちゃんからデートの報告を受けるや否やすぐにリプレイを所望するのだ。

嫌がらせ目的なのかもと不仲の可能性を疑いもしたが、最近はもう"そういう性癖"なのだと割り切る様にしている。俺にとってみれば役得なのもあり、だいぶ気楽に考えてはいたのだが…。

 

 

 

「…もう、ぱれおは要らなくなっちゃったですか。チュチュさまの方が良きです?」

 

「んな訳あるかい。…どっちの方がいいとか、必要とか不要とか、人間関係ってのはそういうもんじゃない。」

 

「………。」

 

「いいかいれおなちゃん。俺にとって、れおなちゃんは最高に大事な女の子で、ちゆちゃ…院長も、最高な友人さ。」

 

 

 

どちらも欠けていい存在じゃない。今の俺にとって、ここまで形成してきた人間関係という確かな絆は、簡単には手放せない程大事な物なんだ。

その想いを、正面かられおなちゃんの目を見詰め伝える。その言葉にれおなちゃんは、「ぱれお…だいじ…チュチュさま…ゆうじん…」と言葉を転がすように小さく呟き、やがてにっこり笑った。

 

 

 

「えへへへっ。ぱれおも、○○さんが大事ですっ。さいこーに大事です!」

 

「おぉ、有難い言葉だねぇ。」

 

「…えっと、○○さんは、ずっと傍にいてくれるです?ぱれおの。」

 

「ん?…あぁ、勿論。ずーっと傍で、ずっと大事にし続けるよー。」

 

「ほんと?ほんとにほんとです?」

 

「うんうん、ほんとにほんとさー。」

 

 

 

ひしっとしがみ付く力が増し、一生懸命に訊きなおしてくる姿がまた可愛くて、つい頬が緩んでしまう。

きっと今の俺は気色悪い位にデレデレしていると思うが…この際仕方ないだろう。どんなにキモイと言われようが、この幸せで打ち消し――

 

 

 

「うっわぁ見てレイー。○○さんすっごいキショい顔してるぅ。」

 

「だ、だめだよ花ちゃん、人様にそんな事言っちゃ…」

 

 

 

――前言撤回。胸にクるわ、これ。

 

 

 

「……ま、まぁ安心してくれていいよ。俺はずっとれおなちゃんと一緒に居る。」

 

「……えへへぇ。いまの、なんだか"ぷろぽぉず"みたいでしたぁ。ぱれおは赤くなってしまいます…!」

 

 

 

プロポーズ、か。()()()()()()()()()だろうけど、確かにその表現がしっくりくる言葉だったかもしれない。…まぁ、れおなちゃんも嬉しそうだしいいか。

 

 

 

「…なあチュチュ。」

 

「あによ。」

 

「涙拭けよ。」

 

「はぁ?何言ってんの。あいつはそーゆー奴なんだって。」

 

「…や、お前がいいならいいけどよ…」

 

「良く…は、ないけど、それも魅力の一つだと思うのよ。」

 

「……お前等みんな気持ち悪ぃ。」

 

「でしょうね。」

 

 

 

どうやらあの二人は何としてでも俺を悪人に仕立て上げたいらしい。今度そこについても問い詰めなければ…と。

 

 

 

**

 

 

 

久々の酒を伴わない居酒屋飯を終え、割かし悪くない気分で自宅へ戻ってきた俺。

勿論未成年組は家まで送り届けて来たし、支払いも俺持ちだ。紳士だろう?

 

 

ヴーヴヴッ

 

 

「ん。」

 

 

 

ポケットに感じた振動に愛機の画面を開いてみれば。

 

 

 

『おつかれさまです!』

 

 

 

先日眼鏡を新調したばかりだという六花ちゃんからのメッセージだった。

俺もまだ眠くないし、明日の準備をしながらメッセージを交わすことにした。

 

 

 

『おっつー』

 

 

『送って頂きありがとうございました!』

『今はもうご自宅ですか?』

 

 

『今帰ってきたとこ』

『何かあった?』

 

 

『特に用って程では無いんですが』

 

 

『んー』

 

 

『パレオさんと院長先生』

『どちらとお付き合いされてるんですか?』

『あ!言い難い事だったらすみません!』

『気になっちゃったもので…』

 

 

 

「…ふむ。」

 

 

 

どちらかと…或いは療法と付き合っているように見えたんだろうか。思い返してみれば今日はあまり六花ちゃんとも話せてなかったし、距離の近いあの二人を遠巻きに見るとそんな感じなのかもしれないな。

…あれ、もう一人やたら距離の近い先生が居たような…

 

 

 

『全然いいよ』

『どっちとも特に付き合ってはいないかなー』

 

 

 

すぐに既読。しかし返信が来ない。

しまった、言い方が雑過ぎただろうか。あまり仲も良くない相手に「ハイお前不正解!」と言われたら嫌な気持にもなるだろう。

…と心配している間に、ちゃんと返信は来た。

 

 

 

『そうだったんですね』

『すみません、勘違いでした』

 

 

 

考え過ぎだったか。

 

 

 

『ところで』

『今度お暇な時にでもお出かけしませんか!』

『二人で!』

 

 

 

「…まじかぁ。」

 

 

 

どうやら、この歳にして来てしまったらしい。

「モテ期」というビッグウェーブが…!

 

 

 

『いいねー』

『楽しみにしてるよー』

 

 

 

まぁ、誰かと深い関係になろうとは更々思っちゃいないだがね。

 

 

 




僕こういう男嫌い。




<今回の設定更新>

○○:みんなと仲良く、楽しく過ごせるならそれでいい。
   スキンシップに抵抗がなく、相手が誰であろうと遊べるタイプ。
   最近割かし甘党。

パレオ:かわいい。主人公に捨てられないか不安で仕方がないらしい。

チュチュ:かわいい。子供服も似合うと思う。
     主人公の良くない面も察しつつ魅力だと言い切る懐の深さ。
     よっ、流石院長!

ロック:ユクゾ…ッ

マスキング:思ったよりまとも

レイヤ:おかあさん

ガヤ:花園たえ


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2020/06/13 破壊編・悶着のChuChu

 

 

 

「おはよ…ございますぅ。」

 

「おはよう六花ちゃん。…新しいベッドはどう?」

 

「ベッド…?………ッ!!」

 

 

 

寝起きの乱れたパジャマを直すことも無く顔を真っ赤にして蹲る。ベッドという単語から何を連想したというのか…。

 

 

 

「……寒い?」

 

「ち、ちがいますっ!昨日の…寝る前の…その…。」

 

「…ああ。」

 

 

 

此処は隣町のとあるアパート。以前六花ちゃんと出かける約束こそしたものの、お互いの仕事のスケジュール等で中々会えず。

相談を受けたのか見兼ねたのか、例の世話焼き院長(ミニマム)から六花ちゃんの引越しを手伝う様要請されたのだ。

余談だが、それまで親戚の家に居候していたことはその時初めて知った。

やっとこさ一人暮らしを始められる準備が整ったとかで、運搬やら家具家電の購入やら、人手が要るんだそうな。…いや、そこまで説明できるなら病院連中で手伝えばすぐ終わるんじゃ?…とも思ったが、無駄に鋭い眼光の前に俺如きの案など霧散も同然だった。

 

 

 

「大丈夫?どこか痛い所とか無い?」

 

「…あは、はは…ちょっと、違和感はあります…ね。」

 

「だよなぁ。…まぁ無理せんと、今日も俺は休みだからさ。こき使ってくれていいよ。」

 

「すみません…何から何まで…ほんと…。」

 

「いいのいいの。…ちゆちゃんからの頼みでもある訳だし…。」

 

「ちゆ??」

 

「院長。」

 

「…ああ。」

 

 

 

流石に雇用主を名前で呼んだ経験は無かったか。

花を散らせた直後という事もあって、あまり無理はさせられない。細かい荷ほどきやら何やらは後々自分で出来るとして、家具の配置だとか家電のセッティングだとかは今日中に終わらせてしまおう。

隣町となると中々来ることも無いだろうし、力仕事が出来そうなのも俺か佐藤先生くらいなものだ。あの人は立ち塞がる大岩でもぶっ壊せそうなイメージなんだよな。うん。

 

 

 

「……取り敢えずその…服、着替えたら?」

 

「…あっ。…み、みみ、見ないでくださいぃ…!」

 

「パジャマくらい今更だとは思うけど…水回りやってくるよ。洗濯機は昨日の場所で良い?」

 

「あはいっ。…あれ?」

 

 

 

昨日のうちに部屋の大体のイメージはついている。…と言っても、引っ越し経験者なら分かるだろうが、配線や排水口の存在からしてある程度の制約内にはそれほど自由が無いのだ。

いそいそと着替えを漁る六花ちゃんを尻目に、排水ホースをキャップに捩じ込む作業に入る。…と。

 

 

 

「あ、あの…○○さんっ!」

 

 

 

背後から切羽詰まった様な声が。

着替え中という事も考慮し振りまかないまま返事を返す。

 

 

 

「んー。」

 

「で、でんわです!院長から!!」

 

「……ちゆちゃんから?」

 

「ど、どうしますか!?」

 

「どうもこうも…出たら?」

 

「あっ……そ、そうです、よね!?…も、もしもっし!」

 

 

 

自分のスマホで通話を始めることくらい、いちいち報告せずともいいのだが。…彼女なりに、今は話したくない相手…であったのだろうか?

いや、それは考え過ぎか。

 

 

 

「………あれ?……はい…………はい。」

 

「……。」

 

「…え。………います、けど。……はい。」

 

「…?」

 

「…………あのー、○○さん。」

 

「ん。代われって?」

 

「はいぃ…。」

 

 

 

何だろう。

一度手を洗いスマホを受け取る。念の為画面をチェックするが間違いなくちゆちゃんだ。

 

 

 

「…代わった。」

 

『うぉぉ本当に出た!もしもーし!!』

 

「………花園さん?なんで。」

 

『今ねー、病院に来たらねー、みんな暇そうでねー。』

 

「…。」

 

『誰のかわかんないけど電話が落ちてたからー――』

 

『Wow!!ハナゾノ!!何して――』

 

『あ、ちゅちゅだ。やっぽー。』

 

『返しなさい!それ私の!!…って、誰にCallしたの!?』

 

『あーん、私のすまふぉぉ。』

 

『私のよ!!…もう。…もしもし?』

 

「もしもし。」

 

『な…ッ…○○??それ、ロックのじゃ…?』

 

 

 

酷く驚いた様子のちゆちゃん。

花園さんの自由具合は相変わらず…って待て??

 

 

 

「…まぁそれはおいといて…花園さん、辞めたんじゃなかったか?」

 

 

 

ついこの前、六花ちゃんが受付その他の業務で独り立ちしたためにサポートメンバーだった花園さんが退職…契約期間満了という形を取ったと聞いたんだが。

まさか契約事項に関して迄自由なのか?

 

 

 

『ええ…でも来るのよ、この子。』

 

「それでいいのか羅須歯科…!」

 

『そんなことより…どうなの?引越しの方は。』

 

「あん?ああ、順調。」

 

『そ。しっかりやんなさいよ。』

 

「おう。」

 

『それと――』

 

「?」

 

『――パレオを悲しませるようなこと、するんじゃないわよ?』

 

「…と言うと?」

 

『……アンタ馬鹿?』

 

「言葉を選びたまえチャイルド。」

 

『うっさいわねぇ!要するに、私やパレオにしている様な事をロックにはするんじゃないって言ってんの!』

 

「………あー……。」

 

『アンタまさか……!』

 

「えっとだな?その、長距離運転して、夜中に着いたらそのー…疲れるだろ?な?」

 

『……ロックに代わって。』

 

「は?…いやいや、まずは話を――」

 

『代わって!!Hurry!!』

 

「……oh。」

 

 

 

何だか必要以上に疲れた気がして。

そのままやいやいと怒鳴り声が聞こえ続けているスマホを持ち主へ返す。

 

 

 

「??」

 

「代わってってさ。院長が。」

 

「!?…わ、わかりました…っ。」

 

 

 

ぐっと両こぶしを握り深呼吸してから神妙な面持ちでそれを受け取る。イチイチ動作が可愛いなぁおい。

 

 

 

「…代わりました、朝日――」

 

『ロック!!!今から私もそっちへ向かうわ!!住所教えなさい!!』

 

 

 

ああ、スマホ越しの声ってこんなにクリアに聴こえるんだ。

しどろもどろになりながら必死に新住所と目印を伝える六花ちゃんを眺めながら、今日あたり本当に殺されるかもしれないとポーカーフェイスの奥で歯を鳴らしていた。

 

 

 

**

 

 

 

「……ふぅん、良い部屋じゃない。」

 

「…で、ですよね!お気に入りなんです!!」

 

「通勤だけ少し大変そうだけど…ま、ロックが良いならいいわ。」

 

「はい!」

 

「…で?○○。」

 

「………何でしょう。」

 

「話があるのだけれど?」

 

「俺には無いけど?」

 

「うっさいわね!表出なさい!」

 

 

 

引き摺られるようにして玄関へ連れて行かれる。

あの電話から二時間少々、颯爽と現れた院長様は部屋の隅々までを物色し悪くない部屋だと言った。彼女が来るまでに力仕事になりそうなタスクは全て終わらせたし、残るは細かいパーソナルな荷物だけ。

これだけやれば、見られても恥ずかしくない程度には完了したと言っても過言ではない。…が、目的は六花ちゃんの引越し自体ではないようで。

まぁ、状況によっちゃ恋人の蜜月にも見えかねないこの状況…逆壁ドン状態とでも言おうか。勿論、壁際に尻餅をつくという俺の協力あっての状態な訳だが。

 

 

 

「…なんだよちゆ。そんな怒る事かよ。」

 

「Umm…アンタ、状況分かってんの?」

 

「あん?…引越しの手伝いの真っ最中に君が来た。それ以外に何か?」

 

 

 

歯噛みするような顔を見せ、尚も納得いっていないご様子。

 

 

 

「私はね、アンタのそう言うところ、大っ嫌いだわ。」

 

「まじかぁ。」

 

「…パレオのこと、どう考えてるの?」

 

 

 

無理な体勢から腕を震わせ始め、流石にしんどくなったか仁王立ちへとその姿勢を変える。そのままリビングの奥を覗き込み、ふんふんと鼻歌混じりに段ボールを開封している六花ちゃんを確認してから質問の追撃。

 

 

 

「無論、好きだ。」

 

「……ロックは?」

 

「いい子だよな。好感が持てる。」

 

「………はぁ。」

 

「ああ勿論、君もな。」

 

「はいはい。…じゃあ次の質問。…○○にとって、「好き」って何?」

 

 

 

お次は概念の問題か。

しかし、さりげなく混ぜた揶揄い半分のジョークに顔色一つ変えず受け流すとは。成長したな、ちびっ子よ。

「好き」とは何か…感情の一つ、という答えが相応しいのだろうが、そのまま言うのも趣が無い。ううむ。

 

 

 

「…ふむ。」

 

「……ちゃんと、考えて。」

 

「好きってのは…アレだ、嫌いじゃないって事。」

 

「はぁ?」

 

「そんなのって無いじゃない?だって――」

 

「○○さーん!片付け出来ましたぁ!」

 

 

 

俺の答えに苛立ちを覚えたのか、価値観の違いからムキになったのか。声を荒げようとした矢先に割り込んでくる達成感溢れる六花ちゃんの声。

流石にバツが悪いのか大人しく黙るちゆちゃんを置いて、上手い事説明できないままリビングへ向かう。

 

 

 

「ほほう。…こりゃ大物系も頑張った甲斐あったねぇ。」

 

「えへへ。…あ、大事なお話し中だったらごめんなさい。」

 

「いや、いいさ。」

 

「そですか。…へへ、○○さんが居てくれてよかったぁ。」

 

「ん。」

 

「何度か会っただけなのにこんなに優しくしてくれて、色んなお手伝いまでしてくれて…」

 

「いやいや。」

 

「…なんでです?」

 

 

 

労働後のナチュラルにハイな気分はどう命名したものか。恐らく今の彼女がそれだ。

やりきった達成感がそうさせるのか、いつにも増して饒舌な彼女はまたも難しい質問を投げかけてきた。

 

 

 

「…そりゃま、可愛い子にお願いされちゃうと弱いから…かなぁ。」

 

「か、かわっ……!!……えっへへへ。そんなこと…ない…ですよぅ。」

 

 

 

苦し紛れの"逃げ"の解答だったが、思いの外耐性が無かったようで。顔が崩れ落ちてしまいそうな程綻ばせている六花ちゃんは、可愛い。

大きな眼鏡で少し隠れているとはいえ、これだけ整った容姿の彼女だ。言われ慣れているだろうと踏んだが意外だった。

一安心した俺とは対照的に玄関から聞こえてくるクソデカ溜息。

 

 

 

「…。」

 

「も、もう、○○さんったら…!誰にでもそんな事言ってるんじゃ…??」

 

 

 

此処で素直に答えるのは機嫌を損ねてしまう事だという経験則。女の子は特別感が嬉しいのだとか。

唯一大人だと誇れる知識庫を駆使して、最も当たり障りのない答えで茶を濁す。

 

 

 

「そんなことないさ。誰にでもなんか言わない。」

 

「…ほ、ほんとですかぁ?」

 

「ああ。本当に、六花ちゃんが可愛かったからつい――」

 

「………えへへ……えへへへへ……もう、○○さん!…もう!!」

 

 

 

リビングにゆっくり入って来るちゆちゃんは恐ろしいほどに冷めた、完全に氷点下の無表情だったが。大方、ウチのスタッフを誑かすなとか、いつものやつだろう。

 

 

 

「…えと、その…○○さん?」

 

「ん。」

 

「前に、訊いたじゃないですか…?お付き合いしてる人は…って。」

 

「うん。」

 

「……今もその、誰とも…?」

 

「ああ、うん、まあね。」

 

 

 

間違っちゃいない。そもそも俺自身制約や束縛が嫌いな身だ。

誰かと付き合おうと考えたことも無いし、ライトな関係を築けたらそれで満足な訳で。勿論六花ちゃんとも。

 

 

 

「…!!………えへへ、よかったぁ。」

 

「??」

 

「あの、私、昨日の夜…その、痛くないようにって○○さんが色々お話してくれてる時から考えてたんですけど…私、○○さんと――」

 

「○○。」

 

 

 

六花ちゃんの言葉を遮るように。鋭く声を上げたのは何時の間にかすぐ隣にまで来ていたちゆちゃんだった。

ビクリと肩を震わせて言葉を飲み込む六花ちゃんと、やや間を空けて視線を下ろす俺。「もうやめておきなさい。」視線を交えた彼女の目はそう語っているように見えた。

 

 

 

「…なんだよチュチュー、びっくりさせんなよー。」

 

「○○。今の時間は?」

 

「え。…昼…少し過ぎたくらいか。…何だ、お腹空いちゃったのか?」

 

「違う。夕方からパレオとデートって話だったでしょ?帰らないと。」

 

「!!」

 

「はぁ?」

 

 

 

何を言い出しているんだこいつは。

勿論そんな予定は無いし、そもそも今日れおなちゃんは出勤だったはずだ。全くちびっ子の意図が汲み取れないまま、探る様にして言葉を考える。

 

 

 

「…ホテル押さえてあるんだって?やるじゃないー。」

 

「ほ、ほて…る…?」

 

「待て待て待て、全部初耳――」

 

「Sorry、ロック。この男、パレオとの約束すっかり忘れてるらしいのよ。」

 

「ぇ……ぇ…え??」

 

「ほら、アンタも早く戻らないと。…あんなに可愛い()()、失くしたくはないでしょう?」

 

 

 

困惑する六花ちゃんを他所に、帰り支度を進めさせる院長。話の流れは全くと言っていい程理解できないが、この場から俺を連れ出したいのだという事は分かった…気がする。

何より、れおなちゃんを失いたくないだろうと言われたらそこは勿論イエスだ。六花ちゃんとの関係も大事だが、れおなちゃんだって慕ってくれる数少ない良い子なのだから。

 

 

 

「まぁ…そうだね。友達は裏切れない。」

 

「とも…だち……。」

 

「ええ、そうね。ほら早く、力仕事も終わったんでしょう?」

 

「まあ。……ええと、何かごめんな六花ちゃん。また今度、一緒にお出かけしよう?」

 

「あ、いえ…気に…しないでください。パレオさんと…楽しんで。」

 

「ああ。」

 

 

 

何とか思考が追い付いてくれたようで。ぎこちないながらも笑顔を浮かべ、送り出してくれた。

表面上は何とかおどけた様子をキープしているちゆちゃんが先に玄関を潜り、俺も続いて――彼女の家を後にしようとしたその時に、だ。

背中に、縋るような悲痛な声をぶつけられたのは。

 

 

 

「あの!!」

 

「……??」

 

「パレオさんとは!昨晩の様な事…してないんですよね!?」

 

「……ッ!」

 

「パレオさんは…お友達、なんですよね!?」

 

「…………。」

 

「パレオさんとは、何も…何もないんですよね…??」

 

 

 

全ての問いに、いつもならば即答出来ていたであろう。そう、返事を阻止すべく必死に服の裾を掴んでいる小さな彼女が相手であれば。

その力強さと泣きそうな表情のせいで、上手く呼吸ができなかった。…これだけの無様を晒しておいて、何が大人だ。

結局、代わりに茶化すような声を上げたのはちゆちゃんで。

 

 

 

「あははっ!ロック!…こいつにそんな度胸も甲斐性もある訳ないじゃないの!!」

 

「……。」

 

「………そう、ですよね。」

 

「そうそう!それじゃ、失礼するわね!」

 

「…えへへ、はい、○○さんも、また今度。」

 

「…………ああ。」

 

 

 

情けなく、絞り出すような返事が、俺の精一杯だった。

 

 

 

**

 

 

 

「何だってんだ。」

 

「……。」

 

「なぁ、ちゆちゃんよ。…全く意味が解らん。」

 

 

 

借りていた軽トラックを返したのち、羅須歯科まで院長様を送る。とは言えそう遠くない道程だ。硬いコンクリートを踏みしめ、只管に歩いた。

 

 

 

「私はね、傷ついてほしくないの。」

 

 

 

漸く口を開いてくれた彼女はそんなことを言った。言葉の意図が掴めず首を捻っていると、見兼ねた様に「できるだけね。」と付け足された。

 

 

 

「アンタ、大人の方が正しい。…って考えてるでしょ。」

 

「………正しい、かは分からんが。大人には大人ならではの生き方があるだろう?」

 

 

 

意思決定も人生観も、全ては自己責任として人生に圧し掛かって来る。

どう考えようがどう動こうが、詰まる所自己完結な訳だ。俺の答えに、今日何度目か分からない程の溜息を吐いて見せる。

 

 

 

「……相手が、同じような大人ならね。」

 

「……あぁ?」

 

「ロックはまだ子供でしょう。」

 

「………。」

 

「それに、アンタは確かにあの子から心を奪った。」

 

「はっ。」

 

 

 

心、ねぇ。

どこかの大泥棒じゃあるまいし、そう綺麗な表現で纏められる物だろうか。

 

 

 

「…何。」

 

「それじゃあ何か?六花ちゃんが俺に惚れてるとでも?有り得ない。」

 

「…………。私、ずっと聞いてたのよ。ロックが嬉しそうにする、アンタの話。」

 

「…。」

 

「勿論、パレオも聞いてはいたけどね。」

 

 

 

偶に通院して窓口で会話する程度の仲だったが、何がそんなに印象深かったのだろうか。

 

 

 

「だからこそ今回預けた訳だけど。…迂闊だったわ。」

 

「何がだよ。」

 

「…全てよ。」

 

「まさか……初めてだったから怒ってんのか?」

 

 

 

だがそれくらい、幾度となく経験してきたことだ。それこそ少し前にも。六花ちゃんにも言われたがすっかり手慣れていたし、苦痛にならないように細心の注意を払った。

新品のベッドだったわけだし。

 

 

 

「……ふっ。」

 

「あ?」

 

「……ふふっ……ふふふっ…。」

 

 

 

ちゆちゃんが、壊れた。

 

 

 

「Sorry、アンタを責められないって気付いて、虚しくなっただけよ。」

 

「…わかる様に説明してくれ。」

 

「…簡単な話よ。ロックは…いえ、六花は、凄く真面目でとてもいい子。まともに一生懸命生きてる子なのよ。」

 

「ああ。」

 

「…そして、アンタは。…いや、私も、そしてパレオもね。…壊れてんのよ、とっくの昔に。」

 

 

 

壊れている?俺が?

 

 

 

「アンタが深い関係を築かなくなった原因は何となく聞いてる。」

 

「…れおなちゃんめ…。」

 

「そして、その事にsympathyを感じている私が居る。」

 

「…。」

 

「…でもそれって、哀しい事じゃない?一生人とは少しズレた場所で生き続けるって事だもの。…勿論こういった擦れ違いだって起きるし、価値観が合わない人に当たれば揉めるでしょう。」

 

 

 

ああ。笑顔で話す彼女を見て幾つか思い当たる節がある。

俺のトラウマまで事細かに報告しているれおなちゃんにはお仕置きを考えなければいけないが、そのせいで今の俺が居るのも事実。

また、背中や腹に古傷があるのも恐らくその、"価値観の違い"とやらが招いた悶着のせいだろう。

そこに共感が持てる彼女もまた、きっとどこかで心に傷を負ったのだろう。

 

 

 

「…ちゆちゃん、それって。」

 

パレオ(あの子)もね、幼い頃から中々に生き辛い家庭で育ったから……だから、悲しませることが無いようにって、アンタには念を押すのよ。」

 

「そうか。」

 

「兎に角、ロックは私達と同じだと思っちゃダメ。どうしても自分を曲げられないなら、近寄るのもやめなさい。」

 

「……。」

 

「奪ってしまったものは仕方ないけれど、傷口を抉るのはお互い良くないもの。…大丈夫よ、Aftercareは私が何とかする。」

 

「なあちゆちゃん。」

 

 

 

六花ちゃんにとって、俺が最大の毒であることは何となく理解したつもりだ。

だが、彼女がそこまで気を病む理由はどこにある。そりゃ院長ともなればスタッフのケアは職務だろう。だが俺なぞ強引にでも潰してしまえばいいだろうに。

 

 

 

「…君は、もっと強引な手段だってとれたはずだろ。どうして俺に、そこまで肩入れする。」

 

「別に、してないけど。」

 

「いや、あれだけ赤裸々に語っといてそれは無いだろ。」

 

「…………別に。」

 

「言えよ。」

 

「…。」

 

「……なあって。」

 

「うっさいわね!…壊れている私が、壊れているアンタを好きになったのがそんなにおかしい!?」

 

 

 

驚きだった。いや、それよりも疑問が強かった、か。

俺の価値観を知った上で何故好きなどと言えるのか。

 

 

 

「…分かってる。別に深い仲になりたいわけじゃないわ。…けど、愛しく思ってしまったのよ。ただそれだけ。」

 

「………。」

 

「…もう帰って。」

 

「え……?…あ。」

 

 

 

気付けば見慣れた場所。羅須歯科の玄関前に辿り着いていた。

次いで気の利いた言葉を返せるでもなく、俺は一人、その場から逃げるように立ち去る他なかったのだ。

分からない、分からないことだらけだ。

 

 

 




もうすぐ終わりそうです。




<今回の設定更新>

○○:過去の失敗経験から現在の様な屑に成り下がった模様。
   相手が好意を持たなければ凄くいい人。

ロック:ごめんよ。

チュチュ:そりゃこれだけちっちゃい子が病院回してるって、何かの闇はあるよなぁ。


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【湊友希那】偽兄妹- Falso fratello e sorella -
2019/10/26 Gioca e dimagrisci


湊友希那編ではありますが、以前の友希那編とは関係ないものになります。
ご注意くださいませ。


 

 

 

「ほうら友希那(ゆきな)!言っていた通り、誕生日プレゼントはお兄ちゃんだぞぉ!」

 

 

 

居間に立ちオーバーなリアクションで俺を紹介する優男風のイケメン。別に頭がおかしいとかではなく、父親が一人娘に誕生日プレゼントを用意しただけの話ではあるのだが。

…この父親(イケメン)、もしかすると相当のアホなのかもしれない。

 

 

 

「…ぅ"、うわぁいやったー!……ぁっ、パパ大好きぃ!」

 

 

 

この親にしてこの子あり、か。隣で万歳をして一生懸命に口角を上げているこの女の子も、もしやアホなのかもしれないし。

 

 

 

「あらあら、うふふふふふ。…おや○○、何をぼーっとしてるの?お兄ちゃんらしくなさい。」

 

 

 

一歩引いた場所で見たこともないような優しい笑顔を浮かべているババ…おばさんは俺の母親。まぁ、俺だけの母親だったのは昨日までで、さっきの発表があってからは、そこの万歳少女の母親にもなったわけだが。

 

 

 

「……マジか。」

 

 

 

何の変哲もない土曜日…いや、何の変哲も()()()()土曜日は、"親の再婚"というとんでもないサプライズによりとんでもない記念日へと進化を遂げたのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「……で?」

 

「…でとは。」

 

 

 

色々疲労の溜まる時間を過ごした後、まだ寝巻きも着替えていないことに気づいて部屋へと戻ってきたわけだが。

 

 

 

「ここ、俺の部屋な?」

 

「そうね。」

 

「お前の部屋じゃない訳な?」

 

「それは違うわよ。」

 

「違わねえわ!」

 

 

 

下では相変わらずいい歳の大人がいちゃついているから居心地が悪いっちゃ悪いんだろうが、先ほど精一杯の万歳を見せていた少女も俺にくっついて部屋まで来ていた。お陰で着替えも出来やしない。

 

 

 

「お前、マジでお兄ちゃん欲しかったの?」

 

「そんなわけ無いでしょ、馬鹿なの?」

 

「さっきのは何だよ。」

 

「……ああしていれば、パ…父は喜ぶのよ。」

 

「パパって呼べばいいじゃんかよ。」

 

「呼びたくて呼んでるんじゃ……まあいいわ。」

 

 

 

今少し会話を交わして判ったことがある。…こいつ、表情がねえ。

や、そりゃ多少パーツの動きが見えることはあるが、眉根が上がったり下がったり、目が開いたり閉じたり…その程度だ。幸い感情は欠如していないようなので、恐らく人間ではあるんだろうが…何だか調子が狂う。

 

 

 

「あなた、ちょっと協力しなさい。」

 

「はぁ?何に。」

 

「……父の前では、仲のいい兄妹として振舞って欲しいの。」

 

「えぇ…?親父さんの前でだけ?」

 

「それ以外、演じる必要があるかしら?」

 

「…もう根本からズレてるみたいだから置いとくか。どうして親父さんの前で演じる必要があるんだよ。」

 

「それは……」

 

 

 

彼女…ええと、友希那とか言ったか。新しく出来た妹は辿辿しく話し始める。

――ああ見えて一端のミュージシャンだという父親が絶大なスランプに陥ったのは一年ほど前。そのスランプの原因は、友希那の母親、つまり親父さんにとっての奥さんが出て行ったことにあるという。出て行ったと言っても別居のような生易しいものではなく、一方的に離婚を突きつけて出て行ったのだそう。

理由は話していなかったためわからなかったが、夜逃げ同然で娘も置いて出て行ったというのだから相当な何かがあったのだと伺える。それ以来唯一残された友希那に妻の面影を見出し、周りも引くほどの"ベッタリパパ"になったのだとか。

ただ父親のタイプが変わったからといって娘も急に対応はできず、またスランプも解消されないまま日々は過ぎ、切羽詰まった父親が友希那に尋ねたそうだ。

 

「友希那がもっとパパを好きになってくれたらパパはもっと頑張れる。そうだ、次の誕生日には何が欲しい?」と。

 

受け入れきれないとは言え決して父親を嫌っているわけではない友希那は頭を捻った。だが一つ引っかかったのは、出て行った母親のことをまだ愛しているということだった。きっと父親が求めているのは妻という存在である…それでも自分は新しい母親を欲しいだなんて絶対に思えない。…それなら、と。

本人曰く逆転の発想で、母親が居なければ手に入らない・それも、今から生産したんじゃ間に合わない年上の兄弟を欲しがってみてはどうか…という考えに辿り着いたのだという。……あとはお察しだ。

 

 

 

「…困ったことになったわね。」

 

「お前、やっぱアホだろ。」

 

「なっ……」

 

「…お母さんとヨリを戻して欲しい、とは願わなかったのか?」

 

「あっ」

 

「……はぁ。」

 

 

 

うん、やっぱ少し足りてないみたいだこの子は。確かに、「そんな無茶なこと言うもんじゃない」とか「深い事情も知らないくせに」とか、色々言われるような案件かも知れない。それでも俺は、目の前で頬を膨らませている友希那(こいつ)はある種の被害者だと思うし、問題になっている二人の実の子供な訳だしで、十分言う権利はあったと思う。知る権利だって。

 

 

 

「わぁったよ。協力する。」

 

「……何、急に。」

 

「お前は親父さんも出てったお母さんも両方好きなんだな?」

 

「う…ん。」

 

「で、差し当たっては親父さんのスランプを何とかしてやりたい。」

 

「…ええ。」

 

「おっけ。…じゃあ親父さんの前ではお前に合わせよう。俺は今日から、お前の兄ちゃん()だ。」

 

「………いいの?」

 

「おうよ。その話からすると、うちのお袋と再婚するのだって友希那に兄貴を作るためなんだろ?」

 

 

 

身内の俺から見てるといっても、いくら何でもあのババァがあんなイケメンに好かれる要素を持っているとは思えない。何かしらクサイとは思っていたがこんな真相があったとはな。

事前に何も聞かされていない恨みもあるし、俺にだって色々と事情はあるんだ。

 

 

 

「そう…かはわからないけれど。」

 

「俺だって思うところはあんだ。…親が再婚ってことは俺の苗字も変わるんだろ?」

 

「あっ……そ、そうね。」

 

「友希那、苗字なんて言うんだ。」

 

「……みなと。」

 

「みなとぉ?…船が停まってる、あれか?」

 

「いえ、(さんずい)(かなでる)で、(みなと)。」

 

 

 

……くそっ、ちょっと格好いいじゃねえか。元の苗字、武者小路(むしゃのこうじ)も格好いいと思ってたけど、ベクトルの違う良さがある。こう…スタイリッシュな。

 

 

 

「ま、まぁ?ちょっと収まりはいいかもしれねえけど、勝手に苗字も変えられるわけだ。なら、俺にだって一言言う権利だってあるだろ?

 

「……あなたって、実はいい人だったりする?」

 

「実はって何だ失礼だな。お兄ちゃんだぞ。」

 

「……ふふっ、変なの。」

 

 

 

あ、笑えるのか。てっきり笑顔もないものだと思っていたが、なんだ、笑うとなかなかに可愛い顔するじゃないか。腰の上あたりまで伸びた真っ直ぐな銀髪、無表情そうに見える原因を作っているであろう感情の読めない深い黄土のような目、大声も出せなさそうな小さな口。…うん、よく見りゃ造形は整ってんだな。

 

 

 

「…ふむ、笑ってると可愛い顔してんじゃんか。」

 

「……妹相手にナンパかしら?」

 

「馬鹿言ってんじゃねえ。俺の妹になるんなら、精々もっと笑えるようになるこったな。」

 

「嫌よ。」

 

「何でだよ。仲良くするんだろ?」

 

「……恥ずかしいもの。」

 

「あのなぁ……。」

 

 

 

兄妹間で笑顔見せることすら恥ずかしがってどうする。前途多難だな…。

 

 

 

「でもま、これからよろしくな妹。」

 

「ええ、こちらこそ…お兄ちゃん?」

 

「疑問譜を付けるな。…まぁ確かに兄なんて求めちゃいなかったんだから納得はできねえだろうけど…。」

 

「……そうでもないわ。」

 

「あん?」

 

 

 

相変わらず掴みどころのない妹に頭を抱えかけたが、まるで峠道のように右へ左へと話は動き続ける。またしても予想に反する答えを返す彼女に顔を上げると…

 

 

 

「…私、お兄ちゃんをねだって正解だったかも、って…少しだけ感じているのよ?」

 

「………そんな顔もできるんか。」

 

「ふふふ……可愛がってね?お兄ちゃん。」

 

 

 

さっきの純粋で邪気のない笑顔とは違って、何か裏を感じさせるような妖艶な笑み。…全く、大した表情筋だ。

これから一緒に生活していく中で新たな発見があるんだろうが……何とも観察しがいのある妹に、出会ってしまったようだな。

とんだ幸せな誕生日(ハッピーバースディ)だよ。

 

 

 

「…友希那ってさ、妹っていうよりかは姉っぽいよな。」

 

「一人っ子よ、ずっと。」

 

「マジ?」

 

「何を疑っているの。」

 

「…後でひょっこり弟が出てきたり…とかしそうだなって。」

 

「馬鹿なの?そんなのあるわけ無いじゃない。」

 

「ま、妹っぽくないってことだよ。」

 

「どうしろっていうのよ…。」

 

 

 

何だかんだ、仲良く出来そうじゃねえか。

 

 

 

 




誕生日に伴い新シリーズです。
どうぞよろしくお願いします。




<今回の設定>

○○:主人公。高校3年生。
   ずっと弟妹が欲しかったが親を見て色々諦めていた。
   クラスの中では中心に入っていけるタイプだが、家では割とおとなしい。
   旧姓?が格好良くて気に入っていた。

友希那:今回は妹。高校2年生。
    色々複雑な家庭環境になってしまったが、父親の崩れっぷりに悲しむ余裕もなかった。
    無表情寄りではあるが感情は豊かな方なので、慣れてくると表情だけで気持ち
    が分かるようになるらしい。


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2019/11/06 Unschuldig und unwissend

 

 

 

「ほうら友希那、好き嫌いはダメだぞー。」

 

「チッ…調子に乗りくさって…」

 

「何か言ったか??」

 

「!!…う、ううん??私、苦いのはダメなのぉ、お兄ちゃん。」

 

 

 

夕食時。食卓でにこにこと団欒を演じている俺たち家族。平皿に盛られた野菜炒めから挽肉以外全ての野菜を端に避けている友希那にすかさず一発かましてやったんだが…。

慌てて取り繕った妹に酷く睨みつけられてしまった。

 

 

 

「そっかーしょうがないなぁ。…じゃぁ、お兄ちゃんが食べさせてあげるからなー?」

 

「いっ、いいよぉ別に。自分で…そう、後で食べるから…。」

 

「そんな悲しいこと言うなよ~。兄妹のふれあいだろ~?」

 

 

 

一向に食べようとせず、チマチマと選別作業を続けている妹に、まとめて掴み上げた色とりどりの野菜を差し出してやる。

兄直々に「あーん」をしてやろうというんだ、ありがたく口を開け…

 

 

 

「………こ、殺すわよ、お兄ちゃん。」

 

「…漏れてる、漏れてるぞ友希那…。」

 

 

 

どうやら憎しみのあまり素が隠しきれなかったようだ。

 

 

 

「あんたたち、仲良いのはいいけどご飯はちゃんと食べちゃいなさいね。」

 

「は、はーい…ママ。」

 

 

 

そう言えば、友希那はウチのお袋のことを"ママ"と呼ぶなあ。父親のこともパパと呼んでいるようだが…。本当の母親のことは"母さん"と呼んでいたらしいが、何か友希那なりに線引きがあるんだろうか。

 

 

 

「……ごちそーさん。」

 

「ん。食器はちゃんと水に浸けておきなさいよ。」

 

「わーってるよ。……うっし、じゃあお先だー友希那。」

 

「…ん。」

 

 

 

最近分かったことだが。

俺の妹は食うのが遅い。

 

 

 

**

 

 

 

ガチャリ、と部屋の扉が開けられる。

 

 

 

「…おう、遅かったな。」

 

「…………。」

 

「…なーにをそんな膨れたツラしてんだ。」

 

 

 

無言のままスタスタと部屋に踏み入ってくる妹。何が気に入らないのか、その小さな顔はフグのようだ。

そのままベッドに腰掛ける俺の前に立ち、相変わらず表情の読み取れない黄土の瞳で見下ろしてくる。

 

 

 

「……お兄ちゃん、馬鹿なの。」

 

「おいおい随分な言い草だな。」

 

「欠点の一つや二つ、可愛いものでしょうに…。」

 

 

 

一つや二つって、お前野菜全般食えねえじゃねえか。

 

 

 

「一つや二つで済むのか?」

 

「いいのよ。……野菜の食えない女、ミステリアスだわ。」

 

「ガキなだけと違うんか。」

 

「ああ言えばこう言う…。」

 

 

 

お互い様だなそりゃ。

 

 

 

「…で?いつまで兄ちゃんに影を作る気なんだ?…兄ちゃん光合成できないと死んじゃうんだけど。」

 

「蛍光灯の灯りに何を言うのよ馬鹿。」

 

「…選ばれしボディなんだ。」

 

「……今朝は「陽の光を浴びると灰になる」って言ってたじゃない。」

 

「…ああそうさ、俺は選ばれしヴァンパイア…選ばれシンパイア!!」

 

「うるっさ…。」

 

 

 

心底面倒臭そうな顔をされた。そりゃ至近距離で唾を浴びせられりゃそうもなるか。

 

 

 

「……何だ、今日は特に冷たいな。」

 

「お兄ちゃんが私に変なものを食べさせようとするからでしょう。」

 

「ピーマンと人参と…ありゃもやしだったか?…変なものじゃないだろうに。」

 

「あんな物は全部敵よ。…人類の…敵だわ…!」

 

「苦いってだけでそこまで言うことないだろう。栄養たっぷりだぞ?」

 

「アレを食べないと摂れない栄養なら、それを必要としないくらいの進化をしてみせるわ。」

 

 

 

ものごっつ真剣な顔して言ってますがね。…こいつならやりかねんから恐ろしい。

このままだと本気で野菜相手の戦争を始めかねないので、突っ立ったままブツブツと呪詛を零す妹君をベッドに座らせる。

 

 

 

「馬鹿なこと言ってないで座れ。…まぁ好き嫌いなんざ、追々克服すりゃいいんだ。」

 

「…そう。……それで、あの。」

 

「なんだ。」

 

「…今日はその…一緒に寝てくれないの。」

 

「…あのなぁ。まずいだろ色々。」

 

 

 

何の準備もせず、急に始まった再婚生活のせいで家具や生活用品は色々と不足していた。…元々広くもないただの民家だ。何なら部屋の数だって足りちゃいない。

今、兄妹ふたりの部屋として俺の部屋を使っているんだが何せ寝具も一つしかないんだ。

 

 

 

「おに…あなたをずっと床に寝かせておくのは何だか申し訳なくて…。」

 

「いーんだいーんだ、気にするこたぁないさ。…俺は男で兄貴、お前は女の子で妹な?ならベッドで眠るのがどっちか、考えるまでもないだろ。」

 

「だから、一緒に眠ったらいいじゃないの。」

 

「兄妹っつっても結局は他人だぞ?間違いが起きちゃ困るだろ。」

 

「間違い?……枕に、足のせちゃうとか?」

 

 

 

途轍もなく純粋無垢な顔をして質問してくる。…そうだった。こいつは下ネタの一つも通用しない。

恐らくその類の知識が欠片もないんだろう。弄るつもりの下ネタじゃなくて、大切な貞操観念のお話すら通じない点は困ったところだな。今時小学生でももっと知ってるぞ…。

 

 

 

「ええと……ほら、男の子と女の子が一緒の布団で寝ると、な?」

 

「…暖かくていいじゃない。」

 

「……んー……。」

 

「お兄ちゃんは暑がりさんなの?」

 

「ううむ……。」

 

 

 

どうやら、こいつにはまず男女の体の違いから…

 

 

 

「やっぱり私…迷惑だったのかしら。…協力しろだなんて…嫌われて当然よね…。」

 

「ああいや……わかった。今日だけ一緒に寝てみよか?」

 

「……ふふ、今日は寂しくて目覚めることもなさそうだわ。」

 

 

 

教えられるわけ、ないよなぁ…。

 

 

 

 




かわいい妹。




<今回の設定更新>

○○:意外と紳士的かもしれない。
   友希那が来てから、毎日床で適当に寝ている。
   好き嫌いはない。

友希那:部屋に誰が一緒にいようと大して気にならない。
    枕が替わると眠れない体質らしく、未だに寝不足が続いている。
    殆どの野菜が食べられない。トマトは好き。


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2019/11/27 Qual è tua sorella

 

 

 

今日、久々にラブレターを貰った。

ただ、嬉しいとか恥ずかしいとか、その類は今大した問題じゃない。今はただ只管に、その対処のせいで帰りが遅くなってしまったことが問題なのだ。

帰路はまだ長く、徒歩という移動手段の為にかなりの時間を要することは自明の理。…と言う訳で、家に着くまでの間、さっきまで対処に追われていた事態についてダイジェストでお送りしよう。

 

 

 

***

 

 

 

昼休み、飯も食い終わり珍しく暖かな日差し差し込む窓辺にて。ぼんやりと校庭を見下ろしながら微睡んでいると、不意に肩を叩かれた。

振り返るとやや不機嫌そうな短髪のイケメンが立っていた。…何故か若干イラついているのが気になったが、思い返せばいつもこんなだった様な気もする。

 

 

 

「……何。」

 

「………ん。」

 

 

 

不機嫌なイケメン――そんなに仲は良くないが同じクラスの高宮(たかみや)誠司(せいじ)とかいう男だ――が差し出すのは一つの茶封筒。

はて、何か金銭のやり取りでもあったかと不思議に思いながら受け取ると、中には三つ折りにした紙が四枚も入っているではないか。…手紙か?

 

 

 

「…お前にだ。」

 

「…高宮から?」

 

「んなわけわるか……預かってきたんだよ。」

 

 

 

よかった。一瞬果たし状かホモホモラヴレターかと身構えてしまったが、話を聞いてみれば後輩の女の子に預かってきたのだという。

未だ消えていない果たし状の線に注意しつつ、それを制服の内ポッケに押し込んだ。

 

 

 

「あ?読まねえのか。」

 

「別に後でもいいだろー…かったりぃ。」

 

「大事な内容だったらどうすんだ?」

 

「えぇ…?大事な内容ならお前に預けねえだろうが。」

 

「そうかもしれんが、ほら、緊急の用かもしれないだろ。」

 

 

 

なんだ、妙に急がせやがる。

こいつもしや、手紙の中身を知ってるな?

 

 

 

「…なぁ、高宮っち。」

 

「変な呼び方すんな。…誠司でいい。」

 

「そっか。…んで、この手紙を書いた子ってのは可愛いのか?」

 

「はぁ……知らんよ。」

 

 

 

心底興味なさそうだ。そういえば、年齢や時期も相まって、こと色恋話に関しては騒がしい印象の周囲だが…。

こいつの浮いた話なんかは聞いた覚えがないな。そこそこモテそうな外見なんだが。

 

 

 

「知らんって…誠司だって男なら可愛い子かどうか位は判断できるだろぉ??」

 

「あのなぁ…お前は女と見りゃ誰彼構わず外見の評価を始めるのか??んなもんどうだっていいだろうが。」

 

「冷めてんなー…。お前、モテそうだけどな。中々にいい顔立ちをしている。」

 

「きめえ。」

 

 

 

一蹴。

バッサー!って効果音が聞こえてきそうなほど容赦がなかった。

 

 

 

「まぁいいから、読んでやってくれよ。」

 

「しゃーねーな…誠司からの頼みだし読んでやるか…」

 

 

 

なになに…?

 

 

 

「…………………………………………………………………ふむ。」

 

「速読か。…んで、どうだ?」

 

 

 

手紙の中身を要約すると、「一瞬見かけて気になったからまずは友達として仲良くしたい」的な流れだったが…。

 

 

 

「これさ、お前のよく知ってる奴からの手紙なんだろ?」

 

「…なぜそう思う。」

 

「……ええと、文面にめっちゃ出てくんだよ。「誠司くん」って。」

 

「えぇっ!?」

 

 

 

手紙をひったくる様にして慌てて読み出す。…ふむ、コイツでもこう表情を動かすことがあるんだな。よかったよかった、誠司は鉄面皮じゃなかったんや。

やがて読み終わったのかガックリと肩を落とす誠司(イケメン)に、続きを促す意を込めて視線を送る。

 

 

 

「……あぁ、この手紙を出した子なんだけど、何かと危なっかしい奴でな。…何だかんだありつつも面倒を見てやる形になってるんだ。」

 

「ほーん…存外、面倒見がいいんだなお前。」

 

「まあ色々あるんだよ。…んで、どうだ?」

 

「どうって?」

 

「所謂ラブレター…ってなモンなんだが、○○の答えはよ。」

 

 

 

答えって言われても、何かを訊かれているわけでもなければ付き合って欲しいと言われているわけでもない。何も答えようがないんだが…。

 

 

 

「…俺は何を答えりゃいいんだ?普通に友達にはなるが。」

 

「えっあっ…」

 

「逸り過ぎだ…可愛がるのもわかるがな。」

 

「…妹みたいな奴だからな。…すまんが、仲良くしてやってくれ。」

 

「妹ね、その気持ちはわからんでもないさ。」

 

 

 

うちにも大変な姫様がいるもんな。

 

 

 

「ま、好感触だったと伝えてくれい。…ええと、この、香澄(かすみ)ちゃん?に。」

 

 

 

善意とかそういったものじゃあないが、飽く迄で「友達の妹」として対処することにしたのだった…が。

まさかその日のうちに会うことになろうとは。

 

 

 

**

 

 

 

「………ええと、何?」

 

「…………あのっ、あのっ。」

 

 

 

下校。「今日もまたお兄ちゃんプレイを頑張らないと~」なんて軽い気持ちで校舎を出たのだが…いや、大概下校時ってのは軽い気持ちなもんだが、校門のところで別の学校の制服を着た女の子に腕を掴まれた。赤茶の髪を肩のあたりで真っ直ぐに切り揃えた大人しそうな子だ。

後ろをついてくる二人の女の子に応援されるようにして声を絞り出してはいるが…。

 

 

 

「…うん?」

 

「えと…あの………あうぅ。」

 

「ガンバだよ!香澄ちゃん!!」

 

「………。」

 

「ほら、有咲(ありさ)も応援してあげなって!!」

 

「……どうしたの?俺に用事かい??」

 

「うぅ……ええと……その……」

 

 

 

埒が明かない。

俺もそんなにノンビリしてるつもりはなかったし、何よりここは校門だ。往来でもあるわけで、こんな目立つことをしていたらそりゃ好奇の視線も向けられるわけで。

 

 

 

「ひぅっ………あうぅ……」

 

 

 

この、恐らく香澄ちゃんと思われる女の子も小さくなる一方だった。

 

 

 

「あー…なんだ、その。…場所移そ?」

 

 

 

三人の他校の少女を連れて無言で歩く俺の姿はさぞ滑稽だったことだろう。

ともあれ、近くの喫茶店に逃げ込むことに成功した。店内に入り、対面式の様相になっている奥の方のテーブルへ就く。

二つ並んだ椅子に俺が座ると、向かいの壁際に位置するソファに三人が並んで座る。少々狭そうだが、女の子が三人くっついているというのは何とも良い景色だ。

 

 

 

「……さて、いきなり腕を持って行かそうになったわけだけども…?」

 

「あっあぅあぅ…ご、ごべんなさい…」

 

 

 

ホッとして気が緩んだのか、彼女は半泣きだ。先程応援していた女の子から受け取ったハンカチで鼻をかんでいる。…ハンカチだよな?

 

 

 

「よし、まあまず何か飲んで落ち着こ。」

 

 

 

数分の後、彼女らが揃って頼んだココアが染みわたり落ち着きを取り戻した香澄ちゃんが話し始める。

 

 

 

「わ、わたし……戸山(とやま)香澄っていいます……」

 

「うん。」

 

「…手紙!読んでくれたって、誠司くんから聞いたので、嬉しくなっちゃって……その、すぐに会いたくなっちゃって…」

 

「ん、読んだよ。お友達になろーってやつだよね。」

 

「はい。……その、前に丁度学校から出てくるあたりで見かけて…」

 

 

 

これが噂に聞く一目惚れってやつなのか。目の前の彼女は調子を取り戻したのか、眩しいばかりの笑顔で俺の良さなんぞを語っている。

途中で自己紹介を挟まれたが、先程から応援したり世話を焼いたりと面倒見のいい片方の少女が沙綾(さあや)ちゃん、基本的に黙って睨みつけてくるだけだがしっかり食事は取るもう片方の少女は有咲ちゃんというらしい。どうして睨まれにゃならんのかね。

 

 

 

「……成程ね。まぁ話を聞く限りじゃ嬉しい限りだが、誠司が気にするのも納得だな君は。…何というか、危なっかしい。」

 

 

 

友希那とはまた違った方向で庇護欲を唆る子だ。小動物みたいな感じ。

 

 

 

「ま、さっき連絡先も交換したし…ゆっくり仲良くなっていこ。」

 

「は…はいっ!!よろしくお願いします!!」

 

 

 

あぁ…二時間も経ってるよ。

 

 

 

***

 

 

 

とそんなことがあって今走っているわけだが…。

……あぁ、何故君はそんな所に立っているんだ。

 

 

 

「…友希那?」

 

 

 

遠目でもわかる。玄関の前で何故か仁王立ちしてこちらを睨みつけている妹の姿が。

近づいて話しかけても黙って見上げてくるのみで返事もしてくれない。

 

 

 

「……ま、あんまり外に居ても風邪引くからな。気が向いたら入ってこいよ。」

 

「………。」

 

 

 

相変わらず返事はなし、ね。…そのまま脇を通りドアノブに手を掛けようとしたところで、左腕を掴まれる。

今日はよく腕を掴まれる日だな。

 

 

 

「…なんだ?」

 

「お兄ちゃん、どこ行ってたのよ。」

 

「友達と寄り道して帰ってきたんだけど…急用でもあったか?」

 

「……そういうわけじゃないけど、帰ってこないかと思ったじゃない。」

 

 

 

そんなわけあるか。俺の家はここにしかないんだから。

 

 

 

「おいおい心配性だな…遅くなったのは謝るからさ、お家入ろ?」

 

「……うん。はいる。」

 

 

 

怒ってるんだか寂しがってるだか。どのみち安心してくれたのは間違いないだろう。

先程まで握り締めているイメージだった左腕を掴む小さな手も、少し緩んだようにその位置を左手へと移している。

 

 

 

「友達って、男の人?」

 

「いや、別の学校の女の子。」

 

「……お兄ちゃんってモテるの?」

 

「まさか。こんなの人生で初めてだよ。」

 

「…付き合うの?」

 

「どうかな……妹みたいなイメージなんだよな。」

 

「………妹?」

 

 

 

はぁ…やっぱ家の中は暖かくて落ち着くぜ。どうしても外から帰ってきたときは、玄関⇒廊下⇒リビング⇒ストーブの道を早足で歩いちまう。

この時期の醍醐味っちゃぁ醍醐味なんだけどなぁ。

 

 

 

「生き返るぜ……どうした友希那、上着も脱がないで。」

 

「…妹は、私でしょ。」

 

「あぁ?知ってるよそんなもん。例えだ例え。……よしこっちこい。お前だけのお兄ちゃんが、上着脱がしてやるからなー。」

 

「……うん。」

 

 

 

ほんの少しの距離でさえもどかしくなるような小股でトテトテと近づいてくるや否や、「ん。」と両手を広げる。

…何度見ても、3Dゲーのバグみたいな姿勢だなこりゃ。

 

 

 

「お兄ちゃん。」

 

「…んー。……おい、せめて片腕は自分で引き抜いてくれ。」

 

「んしょ。……いつもありがとう。」

 

「なんだよ急に…あ、お前マフラー噛んだのか。口元ヒタヒタじゃねえか。」

 

 

 

全く動かない人間から上着を剥ぎ取るのは少々面倒なもので、アレコレ指示を混ぜながら脱がせる。

そのコートとマフラーをセットにしてハンガーにかけてやって…ついでに友希那の口の端に残っている赤い毛糸を取る。

 

 

 

「ありがと…お兄ちゃん大好きよ。」

 

「はいはいどーも。…ホント直せよ、マフラー噛むクセ…。」

 

 

 

あと、上着くらい自分で何とかしてくれ。

 

 

 




癖って治らないものですね。




<今回の設定更新>

○○:モテるわけではない…どちらかといえば、男同士で掛け算に突っ込まれるタイプ。

友希那:何も出来ない…訳ではないが、味をしめたのか"お兄ちゃん"に甘えがち。
    不安になると何かを噛む癖がある。

香澄:他校ではあるが幼馴染の誠司を迎えに来た時に主人公に一目惚れ。
   依頼悶々としていたが誠司の提案によりアタックを敢行。
   おとなしい性格。

誠司:イケメン。実は主人公とのカップリングが中々に人気である。その筋の者に。
   幼馴染の香澄をついつい世話してしまうが、流石に他人が絡んでくる事には慎重。

有咲:目つきが悪い。口も悪い。姿勢も悪い。

沙綾:少々おせっかい気味。


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2019/12/19 Fratello e sorella solitari

 

 

 

「お兄ちゃんって、学校ではどんな人間なのかしら。」

 

「どうもこうも、普通だよ。今見てる俺そのものだ。」

 

「…でも、私が見てるのって"私のお兄ちゃんになった以降の"お兄ちゃんでしょ。…言うなれば、素の状態のお兄ちゃんを知らない訳なのよ。」

 

「"お兄ちゃん"がゲシュタルト崩壊しそうだ…。…そうだなぁ…学校での俺か…。」

 

 

 

夕食時、相変わらずおかずから野菜だけを弾き出していた友希那を咎め、両親が去った食卓で「完食するまで部屋に行けま10(テン)」を敢行していた俺達。一つ口に運ぶ度にしょうもない雑談で空気を濁そうとする友希那に付き合ってやるのがすっかり習慣となってしまったが、訊かれた事にはちゃんと答えてやるのが俺の描く兄貴像だ。

話しながらでもちゃんと食べるように釘を刺し、日中の…学校生活を送る俺の話でもしてやることにした。

 

 

 

***

 

 

 

「よう誠司。」

 

「……ん、武者小路か。何だよ。」

 

「今はもう湊だっつったろ。」

 

「………あぁ、再婚だっけか。随分さっぱりした苗字になったな。」

 

「格好良さは無くなったがな。」

 

「まあいいだろうさ。…俺は湊って苗字、良いと思うぞ。」

 

「…マジ?…誠司の苗字、高宮も中々に格好いいよな。」

 

「そうかよ。普通の苗字だろ。」

 

「いやいや、なんつーかこう…シュッ!としてていいじゃんか。お前らしくて。」

 

「お前、独特な感性してるよな。」

 

「はっは、褒めんな褒めんな。」

 

「褒めてねえよ馬鹿。」

 

「あぁ?馬鹿とか言ってんじゃねえよ馬鹿。」

 

「…………で?」

 

「で?とは?」

 

「武者小路、お前さっきの休み時間も俺のとこ来てたけど、ボッチなのか?」

 

「だからよ、今は湊なんだっての。」

 

「ああもう…ややこしいな…」

 

「おいおい、イケメンの癖にそういうトコお茶目かよ。」

 

「イケメンじゃねえし…。」

 

 

「あの二人、休み時間の度に一緒に居るわよね。」

 

「えっ、もしかして付き合ってるんじゃ…」

 

「何それ捗るんだけど…!!」

 

 

「………。」

 

「…………。」

 

 

 

**

 

 

 

「よっす。」

 

「お?…おー!!……ええっと…」

 

大樹(ひろき)だ!いい加減覚えろや!」

 

「そうだったそうだった。…隣のクラスから態々なんだよ。」

 

「…ええと…ジャージ貸してくれ。」

 

「はぁ?また忘れたんか。」

 

「洗濯忘れてな。…つか、さらっと常習みたいに言ってんじゃねえよ。初めてだわボケが。」

 

「口悪ぃな大樹…。で、何で俺なんだよ。」

 

「あぁ、クラスの奴に訊いたら「湊なら背格好似てるし…」って言ってたからよ。」

 

「…まぁ、モデルにしてる人間が同じだから仕方ないよな。」

 

「湊、そういうことは言っちゃいけねえ。」

 

「…貸すのは別にいいけど、汚すんじゃねえぞ?」

 

「汚さねえよ。」

 

「俺と似てるところあるから心配でよ…。」

 

「お前は人から借りたジャージを汚して返すのか?」

 

「うん。…なんつーか、自分で洗わなくていいって思うと無性に汚したくなるっつーか。」

 

「屑か。」

 

「でも、何となくその気持ちわかるだろ?」

 

「…まぁ、モデルにしてる人間が同じだと仕方ないじゃんよ。」

 

「大樹、言ってる言ってるお前も。」

 

 

「あの二人、別のクラスになってもよく一緒に居るわよねぇ。」

 

「後ろ姿とか雰囲気も似てるし、兄弟とかなんじゃない?」

 

「…兄弟っていうより、カップルっぽさも出てるけど。」

 

「いつも常盤(ときわ)くんの方から来るもんねぇ!」

 

「既に…ラブラブ…ってこと…!?」

 

「やだぁ~それもアリ寄りのアリだよねぇ~!!」

 

 

「…。」

 

「…………。」

 

 

 

**

 

 

 

「おいコラ小笠原。」

 

「あでっ。…武者小路っす先生。」

 

「湊だろ馬鹿。」

 

「わかってんなら間違えないでくださいよ。」

 

「…まあいい。湊てめぇ、昨日面談やるっつったろ。」

 

「そうでしたっけ。」

 

「そうだよ。二者面談、終わってないのてめぇだけだからな。」

 

「だって、個室にオッサンと二人きりって何か嫌じゃないすか。」

 

「まだそんな歳じゃねえだろてめぇ。」

 

「アンタだ、アンタ。」

 

「あぁ?…まぁ冗談は置いといてだ。最近やけに急いで帰るが、放課後何かしてんのか?」

 

「まぁ、妹の面倒見なきゃなんで、ダッシュなんすわ。」

 

「………やっぱ、二者面談、早めにしないと。」

 

「何なんすかそんな憐れむような眼で…」

 

「いいか湊。お前が一人っ子で寂しいのは分かったが、居もしない妹の幻影を見るようになっちゃあお終いだ。」

 

「…いやいや。」

 

「悪いことは言わねえ。…早いとこ病院に」

 

「できたんすよ、妹。」

 

「………まさかぁ…」

 

「丁度苗字が変わった時にね…ほら写真」

 

「………え、これマジ?…本気で言ってんの?」

 

「ええ、友希那って言うんす。」

 

「…………くっ、こ、これで勝ったと思うなよな?」

 

「めっちゃ表情豊かじゃないすか。」

 

「うるせぇ!絶対お前と二者面談してやるからなぁ!体洗って待っとけ!!」

 

「首だろ…大まかに指定してんじゃねえぞ…。」

 

 

「○○くんって教師もイケるクチなのかしら。」

 

「きっとそうよ…!魔性の男ね。」

 

「先生も満更でもなさそうだし…」

 

「教師と教え子…禁断の…!!」

 

「ちょっとぉまだ昼間よぉ!!」

 

「勝手にディープな想像してるのアンタでしょぉ!!」

 

 

「……。」

 

 

 

***

 

 

 

「…あれ。俺って客観的に見るとこんななの…?」

 

「…お兄ちゃんは、男の子が好き?」

 

「んなわけあるか!」

 

「じゃあ女好き?」

 

「言い方ぁ!」

 

 

 

相変わらず無表情で淡々ととんでもないこと言いやがる。ホモor女好きって究極の二択辞めろ。俺は丁度いいところが好きなんだ。

…普通で良いだろ、普通で。

 

 

 

「ホモホモしい人っていうのよね。」

 

「妹よ、どこでそんな言葉を…」

 

日菜(ひな)から聞いたわ。」

 

 

 

はて。ひな、ひな……うん、少なくとも俺の知り合いの中にはそんな名前は無い。恐らく友希那独自で構築している人間関係のうちの一人だろう。

少なくともあまりまともな方向に進んでいる人間じゃない事は、その授けられた単語から察せられる。

 

 

 

「…その日菜って子は、意味も教えてくれたかね?」

 

「ふふん。流石の私もそれくらいわかるわよ。」

 

「…ほう?」

 

 

 

大して無い胸を張り、自慢げに目を瞑る。…多分分かっちゃいないんだろうけど一応説明を促す。

 

 

 

「教えてもらおうか。」

 

「……要するに、男の人同士で繁殖できた頃の原始人って事でしょう?」

 

「」

 

 

 

想像以上だった。まず、"男の人同士で繁殖出来た頃"…そんな頃あってたまるか。わしゃアメーバか。

そして原始人って…おそらくホモと聞いてサピエンス的な方面に思考が飛んで行ったんだろうけど、ありゃ原始人の名前じゃなくて割と広い範囲の人類を指すんだぞ妹よ。…何なら君もそうや。

…今日まで友希那と暮らしてきて、変わったところはあるがバカではないと思っていただけに少し衝撃が強すぎた。…日菜とやら、あまりウチの妹をおかしい道へ引っ張って行かないでくれ。ネタ要因はいらんのじゃ。

 

 

 

「あのなあ友希那。」

 

「……ん。せいかい??」

 

「いや、そもそもそういう思考自体が…いや。」

 

 

 

違うな、俺が言いたいのはそんなことじゃなくて…。

 

 

 

「お前のお兄ちゃんは、女の子が程々に好きな男の子だ。……ただモテなくて、男とばかり一緒に居るっていう…それだけの。」

 

「……………ふっ。」

 

「…おい何で鼻で笑った。」

 

「別に。何でも無いわ。」

 

「何でもないってことはねえだろ?」

 

「……ただ、私と似てるなって、思っただけよ。」

 

 

 

俺と友希那が似てる…いやまて、ということはだぞ。

学校であまりモテない友希那は女の子達と百合百合した学校生活を送っている…と…?

 

 

 

「おい友希那、それって……そんなに素敵な学校生活を送っているって言う事かい。」

 

「…お兄ちゃんは、自分の学校生活が素敵なものだと思ってるの?」

 

「うーん……別段そうは思わないかな。」

 

「つまり、そういうことよ。」

 

 

 

なるほど、わからん。

だが、どうやら俺達兄妹は二人揃って異性に縁が無いらしい。…一生魅力的な異性とは巡り合う事すらできないのだろうか。

交際まではいかなくとも、せめて知り合ってお喋りして、遊べるくらいの関係にはなりたいものだ。

 

 

 

「…でも、最悪お兄ちゃんと結婚するからいいわ。」

 

「冗談はほどほどにしなさい。」

 

「あら、割かし本気だったのだけれど。」

 

「…兄妹で結婚は出来ません。」

 

「……つまらないわね。」

 

「そうだね。…ほれ、話も長引いちゃったし、そろそろ寝ないと明日に響くぞ。」

 

「…ええ。…今日は私が手前で寝たいから、お兄ちゃんが先にお布団入って。」

 

「そのポジションの拘り何なん。」

 

「いいから。」

 

 

 

 




オチなし




<今回の設定更新>

○○:男にモテるタイプ。
   女性陣は烏滸がましいとかいう謎の理由で近寄ることさえない。
   素敵な芸術品は、触れられないからこそ美しくあり続けるのだ。

友希那:色んな女生徒から可愛がられ世話を焼かれる。
    数少ない男性の知り合いは恐れを成して近寄ってこない。
    渾名は"よちよち歩きの劇薬"。


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2020/01/05 Ricordi sepolti nella spazzatura

 

 

 

毎年何だかんだ言いつつも年末の行事として熟す大掃除だが、今年は妹の我儘に付き合っていたせいもあり年始の今日やることとなってしまった。

とは言え終わっていないのは自分の部屋と周辺の廊下や壁だけなので、それほど時間を要するものでもないだろうし…半日もあれば終わるだろう。

 

 

 

「ぅおい友希那、お前も動きんさい。」

 

「や。」

 

「や、じゃない。お前がいつも寝ているベッドだとか椅子代わりにする卓袱台だとか…掃除できるところはいっぱいあるだろ?」

 

「…や。」

 

「どうした、幼児退行か。」

 

 

 

相変わらず感情の読めない表情を一ミリも崩すことなくベッドを独占する我が妹。小さな体を「大」の字に目一杯広げる様は、「動いてなるものか」という固い決意が見えるようである。

 

 

 

「じゃあせめて着替えておいで。いつまで寝間着でいるんだよ。」

 

「面倒なの。」

 

「面倒でも着替えといで。もう昼になっちゃうからよぉ。」

 

「ん。」

 

 

 

そのまま起きる事無く両腕を突き出してくる。表情は変わらないが顔はこちらを向いており、何かをさせようとしているようだが…起こせと言う事か?

 

 

 

「…ったく起きるくらい自分で…っしょっと。」

 

「………??…ん。」

 

 

 

突き出された両手が下りない。要求と違う事をしてしまったのか?

 

 

 

「なんだよ。起こしてあげたろ?」

 

「着替え。」

 

「着替えが何。」

 

「やって。」

 

「馬鹿野郎。」

 

 

 

果たして正気なんだろうか。幾ら物臭とは言えこの歳になって異性に着替えを任せるんじゃない。まぁ、妹相手に何をそんなに意識しているのかと言われたらそれまでだが、妹になる前は他人だった女の子だ。俺にとってみりゃ苦行以外の何物でもない。

つい口が悪くなってしまったが、ここで許すと今後も…更には俺以外の男にまで考え無しに依頼しだす未来さえ見える。そんなの、ほら、あれだろ?

 

 

 

「いいか友希那。」

 

「何かしら。」

 

「お前女の子、俺男の子。」

 

「知ってるわ。」

 

「…なら、着替えはおかしいよな?」

 

「???何故?」

 

「こらこらその純粋な目を向けるのはやめろ。ほらその…女の子の裸をこんな至近距離で見ちゃうのは倫理的にも人道的にも…アレだろ。」

 

 

 

そもそも俺がそんな耐性無いんだ、この手の奴は。

 

 

 

「でも、裸にならなければ着替えは出来ないわ。」

 

「だから自分でやれと…」

 

「布一枚剥がすのに何をそんなに悩む必要があるの?」

 

「その布一枚が途轍もなく重いんだよ馬鹿…。」

 

「???……重くないわ?ほら、簡単に捲れるじゃない。」

 

「わぁー!わーっ!!やめろ馬鹿!何てもん見せんだ!!」

 

「???」

 

 

 

重いという言葉を文字通りに受け取ってしまったお馬鹿な友希那だが、重くない事を証明するために取った行動は輪をかけて阿呆なもので。半分はだけて残り二つとなっていたボタンを全て外して、パジャマの全面部分を観音開きにして見せたのである。正に仏の如く神々しい程にキメ細やかな肌とまだまだ未発達な……兎に角、普段まともに動かない癖に妙なところで行動力を見せつけてくる妹。これからはナマケモノと呼んでやろう。

そのナマケモノさんだが、本当に状況が理解できていないらしく「何を言っているんだお前は」と言わんばかりのキョトン顔で小首をかしげている。いいから閉じろ、前を。

 

 

 

「その、ほら、何だ!風邪ひくだろ!!」

 

「…確かに、この風通しはあまり心地良いものじゃな…っくちゅっ!」

 

「ほら言わんこっちゃない!じゃあもう着替えなくていいから、邪魔にならないところに避けててくれ。」

 

「お兄ちゃん、鼻水だわ。」

 

「あぁもう……ほれ、()()()せぇ。」

 

 

 

二枚引っ張り出したティッシュをずびずび言っている友希那の鼻に宛がう。紙に水気が増していく感覚を確認し、強くこすり過ぎないように拭き取る。事が終わると満足そうに鼻の下をぺたぺた触り、大人しくベッドから降りてくれた。

…さて、長くなったが目標は大掃除。早速空いたベッドから手を掛けて行こう。

 

 

 

**

 

 

 

「ふぃー…。ここまで細かくやると気持ちいいもんだなぁ。」

 

 

 

隅々まで道具を使って掃除していくと、普段は気づけない汚れやゴミが出て来て正直引く。だが、それらを片付け終わった後の達成感はかなり大きい。

…残るは部屋の入口脇に設置してある四段のカラーボックス。ここは最早魔窟だ。

元々整理もせず、兎に角「保管しておきたいが仕舞うところが無い」ものを雑多に突っ込んでいたり、「机や棚から追いやられたが捨てるに棄てられないもの」を()として突っ込んでおくことが多いこのボックス。友希那が住む様になってからは倍速で魔界化している気がする。流石兄妹。

 

 

 

「………ここかぁ。」

 

「なっ…!ちょ、ちょっとお兄ちゃん?」

 

「何だよ慌てて。」

 

「……ここ、片づけるの?」

 

「当たり前だろー、ここで最後なんだから。」

 

「……むぅ。」

 

 

 

どうやら何か都合が悪いらしい。それまで頑として動かなかったくせに、一段目を開けようとした瞬間に小走りで近寄ってくる。しかし小股だな。

 

 

 

「…何か隠してんのか?」

 

「か、っかかかくしてなんかにゃい、わよ。」

 

「ふーん…?じゃあ開けちゃってもいいよな?」

 

「にゃぁー!!ちょっと待って!待ちなさい!!」

 

「何だよ可愛いな。」

 

 

 

「にゃー」って。いや、噛んだのはわかる。テンパってるのもわかるんだよ?でもあの友希那が「にゃー」って…。

草も生えるってもんですよ。

 

 

 

「はいっ!」

 

「おっ、いい挙手だ。…じゃあゆきにゃちゃん。」

 

「何よその呼び方。」

 

「にゃーにゃー言ってっからさ。」

 

「……悪くないセンスだわ。」

 

「だろ?……で?何の挙手?」

 

「このカラーボックスだけは私が整理するわ!」

 

「……ほぉ?…できんの?ゆきにゃちゃん。」

 

 

 

今までの事もあるし今更やる気出したところで違和感しかない訳だが…一応面白いので話は聞いてみよう。

 

 

 

「できるっ!」

 

「…その威勢を普段から出しなさいな…。」

 

 

 

活力に満ち溢れておる。

ぽんぽんと頭を撫でると且つてないやる気で腕まくりを始めた。恐らく後で引き継ぐかやり直すことにはなるんだろうが、無気力な友希那が折角やる気を見せたんだ。

動悸はどうであれ、任せて見守るのが兄貴の務めってもんだ。上手にできない腕まくりを手伝い、その無駄に長く綺麗な髪を結ってやる。形が整うとテンションが上がる感覚が友希那にもあったようで、戦闘準備が完了する頃にはすっかり掃除人の顔つきになっていた。

 

 

 

「…やるわよ!」

 

「はいはい、それじゃあ一足先に休憩させてもらうかね。」

 

「存分に休むと良いわ!」

 

 

 

斯くして、謎の挙動不審っぷりと共に、「ゆきにゃのドタバタ☆おおそおじ」が始まったのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「…いちゃん。…お兄ちゃんってば!」

 

「……あん?」

 

 

 

いけない。あまりに暇すぎてうたた寝していたようだ。至近距離で聞こえる妹の声に、朦朧とした意識を覚醒させる。

 

 

 

「…おぉ、友希那。終わったかい?」

 

「まだよ。」

 

「そうか…。で、何の用だい。」

 

 

 

態々掃除の手を止めて起こしに来たんだ、きっと俺に何かあるんだろう。顔を見ると若干不機嫌そうだし、何なんだ。

 

 

 

「お兄ちゃん、これ何。」

 

「ん。…………おぁあ、こりゃ懐かしいなぁ。」

 

 

 

俺が横たわるベッドに撒くように投げられたL版サイズの写真。五枚や六枚じゃなく、数十枚に及ぶそれらには全て同じ人物がプリントされている。

全く懐かしいったら無い。

 

 

 

「誰?この女。好きなの?」

 

「詰め寄り方が重い系彼女みたいになってんぞ……元アイドルだろ?この子。」

 

「あいどる???」

 

 

 

様々な衣装とポーズで彩られた大量のブロマイド写真。中には直筆のサインが入ったものや、"○○さんへ"と名前が入っているものまである。

――大和(やまと)麻弥(まや)。昔知人の影響で追っかけていたアイドルグループに所属していた子だ。王道路線よりかは少しずれた、三枚目キャラや毒舌キャラ、オタクキャラなどを持ち合わせた独特な雰囲気の子だった。

周りの他のアイドルがキャッキャと可愛い子ぶる中で少し冷めたようで、一歩引いた立ち位置から爆撃のように強烈なワードで畳みかける流れが大好きだったんだ…。普通に可愛いし。

麻弥ちゃんの卒業と同時にグループを追う事も止め、その知人とも疎遠になっていき…結局ブームが去ったというか、まぁそう言う事だ。

 

 

 

「そうか…そこに突っ込んでたんだっけ…。」

 

「本当にアイドル?彼女とかじゃなくて?」

 

「ググってみ?」

 

「ぐぐ??」

 

 

 

…あぁ、そういう単語も分からないのね。アイドルを知らないのは何となく予想通りだったけども、こういった言葉が伝わらないのは正直しんどい。

 

 

 

「むぅ………。」

 

「何が不満なんだよ。好きだったのだって昔の話だぞ?」

 

「……だって、この子、可愛らしいじゃない。」

 

「そりゃアイドルだからな。」

 

「あいどるって可愛いの?」

 

「大体はそうだな。」

 

「むぅ………。」

 

「安心せぇ、お前も十分可愛いさ。」

 

「………じゃあ、私もあいどるかしら?」

 

「…なりたいの?」

 

「別に。…でも、可愛かったらあいどるなんでしょ。」

 

 

 

こいつは"アイドル"というワードについて形容詞か何かと勘違いしているのか。アイドル=可愛いが成り立っても可愛い=アイドルにはならないんだが、どうにもこの妹、短絡的らしい。

 

 

 

「あー……うん、そうだな。お前は湊家のアイドルだ!」

 

「意味が分からないわ…。」

 

「乗ってやったんじゃねえかちきしょう!」

 

「あいどるなんかに現を抜かしてないで、早く大掃除終わらせちゃいなさい。」

 

「お前がやるっつったんだろ!」

 

「つかれたもん。」

 

「ああもう知ってたよ…!」

 

 

 

結局最後まで掃除は俺の仕事になったが…まあ片付いたので良しとしよう。

汚れが無くなり、すっきりした心の中には、いつか友希那にアイドルっぽい衣装を着せるというどうでもいい野望だけが残っていた。

 

 

 




にゃー。




<今回の設定更新>

○○:マイブームの移り変わりがかなり激しい。そのかわり嵌ると何処までも
   のめり込む癖があるそうな。
   アイドル大好き人間ではないが、可愛い女の子は好き。そういうもんだろ?

友希那:昂るとにゃーにゃー鳴くらしい。
    最近じゃ着替えも一人じゃしたがらない。
    信頼する人間には甘えるタイプ。いや猫やん。


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2020/01/30 Kraftvoll blühende Blumen

 

 

 

「違うわよ。もっとこう…熱く燃え盛るように。」

 

「そう言われてもな。感覚的によりこう…「腹筋を」とか「喉を」とかそういう技術面の方がしっくりくるんだけどなぁ。」

 

「お兄ちゃんはそれ以前の問題だもの。感覚の方がよっぽど伝わりやすいと思うけど。」

 

 

 

妹に歌を教わる兄貴の図である。

色々あって歌を一曲歌い上げ収録しなければいけなくなった俺だが、こと歌に関してはとんと無縁なのだ。カラオケにはたまに行くが、一曲作品として仕上げる…となると、なかなかに難しい。

それに輪をかけて大変なのが俺の余計な凝り性で。「作品」「発表」という言葉が絡むとどうも完璧を求めてしまう。

そんな中、友希那が歌についてはプロフェッショナル級の実力を持つと親父から聞いて…現在に至るというわけだ。

 

 

 

「あのね、Roselia(ロゼリア)って、もっとこう情熱を孕んだバンドなのね。今のお兄ちゃんみたいにふわふわなよなよじゃ絶対歌いきるのなんか無理だと思うの。」

 

「そう言われてもなぁ…。」

 

「…今からその曲って変えられないのかしら?」

 

「無理だな。担当は決まっちまった。」

 

「そう……なら、もっと覚悟を決めて打ち込んでもらわないと。」

 

「ぐぬぬ…。」

 

 

 

普段おっとりまったりな友希那がこうも目を輝かせて活き活きとしている…新たな一面ではあるが、どうやらこの妹は歌や音楽に対して並々ならない何かを持っているようだ。

因みにRoseliaというのは俺が歌わなければいけない楽曲を作り奏でるバンドだ。これも知らなかったが友希那が教えてくれ、色々調べることでぼんやりだが概要を掴めた存在である。

 

 

 

「じゃあもういっかい歌ってみるよ…。」

 

「ええ、かけるわね。」

 

 

 

流れ出すピアノの音色。割かしアップテンポでありながらしっかり聴かせるフレーズに重厚感のあるそれぞれの楽器が重なり、威圧感とも言える程の波が耳を通して心に届き…

 

 

 

「「私を動かすのは…この居場所…少しずつ…明ける空に…」…いや、なんか違うな。」

 

「ストップ。……一度休憩にしましょ。」

 

「うむ…。」

 

 

 

どうもしっくりこない。やはり俺には歌なんて…

 

 

 

「顔が死んでいるわよ、お兄ちゃん。」

 

「うーん……やっぱ俺には無理かもなぁ、これ。」

 

「無理って言ってもやるしかないでしょう。担当になっちゃったんだから。」

 

「でもほら、こういう表現系のものって気分で出来が左右されるっつーか」

 

「そんな大層なミュージシャンでもないでしょう?まずは兎に角歌いこむしかないわ。」

 

「回数こなしたってなぁ…」

 

「グチグチうるさいお兄ちゃんね。……ところで、歌詞の意味、わかってる?」

 

「意味?……あいや、そういやちゃんと読んだことなかったな。」

 

 

 

確かに歌を理解する、其の物の生い立ちを意識することでも友希那の言う感覚的な没入による歌い込みができるかもしれない。やれやれといった表情の友希那から意識をそらすようにスマホで歌詞を調べる。

…ふむ。静かながらも力強い言葉の羅列…歌詞をざっと読んだだけじゃ意味まではよくわからないが…というか難しい表現もあってイマイチ解読が捗らない。

 

 

 

「この歌はね…」

 

「ん。」

 

「…Roseliaのキーボード担当の白金(しろかね)燐子(りんこ)の成長の歌なの。」

 

「成長…?」

 

 

 

そうだった。バンドの存在すら知らなかった俺が一から調べるより詳しい友希那に聞けばいいじゃないか。

 

 

 

「ええ。彼女、途轍もないピアノの実力者なのよ。それに目をつけられてRoseliaに引き入れられたのだけれど…彼女は恐ろしい程に内気でね。」

 

「内気。」

 

「そう。バンド内での打ち合わせでもじっと黙って話を聞いているタイプなのよ。感情を表に出さないというか。」

 

「ふむふむ。」

 

「内気な上に臆病で、引っ込み思案で。恥ずかしがり屋にコミュ障も足そうかしら。」

 

 

 

ボロクソじゃないか。

 

 

 

「そんな燐子だったけれど、ある日ピアノコンクールに出場するって言い出してね。」

 

「なるほど、腕前を試すってことね。」

 

「真意はわからないけれど、どうやら昔色々あったコンクールらしくって。…その挑戦する気持ち自体珍しいことなのだけれど。」

 

「勇気いるだろうね。」

 

「ええ。…ただ、コンクールの課題曲が彼女のトラウマになっているような曲で。」

 

 

 

…あぁ、それは辛い話だな。折角前向きに進んでいく決心をしたのにその心を折るような仕打ちだ。人生における壁というやつだろうか。

それでまたビビっちゃうとかそんな感じだろうか。

 

 

 

「結論から言うと、燐子は以前にも増して落ちていった。音楽と向き合う姿勢も、気持ちも、自信も…何もかもが折れてしまっていたの。」

 

 

 

やっぱり。

 

 

 

「…でもね。Roseliaってバンドはそんな彼女を見捨てるはずもなくて。気分転換に誘ったり相談に乗ったりして何とか燐子を立ち直らせようとしたのね。」

 

「優しいんだな。」

 

「まぁまだ若い女の子達だもの、友達が落ち込んでいたら心配でしょう。ただ、それだけよ。」

 

 

 

そういえばさっき調べたらまだ高校生らしいということが載ってたっけ。俺とそんなに変わらない世代の子達がこれ程に悩み考え、支えあって音楽を…そう考えると、歌詞に込められた意味や想いも親身に受け取りやすい気がしてきた。

 

 

 

「彼女は感じ取った…らしい。楽器というツールを使って一つの音を奏でていることで、その音を通して仲間の想いが伝わってくることを。」

 

「…………。」

 

「その中で楽しさを思い出し、さらには「自分がピアノを弾く理由」も再認識したらしいの。」

 

「…理由?」

 

「彼女…内気で思うように気持ちを伝えることのできない自分でも、ピアノの音色に乗せてなら感情も想いも表現できるって。…音楽に触れている時の楽しい気持ちを伝えるために弾いているんだって、気づいたのよ。」

 

 

 

音を楽しむ、とはよく言ったものだが…人によって成長をも促すツールになるのか。

事象に対しての接し方は人それぞれ、白金燐子というピアニストにとっては、音楽と仲間そして自身と切っては離せないピアノが掛け替えのない全てだったんだろう。

そしてそれに気づいたとき――

 

 

 

「彼女は芯の強い女性だったのね。コンクールもやり遂げることができて、自分の過去の悪しき記憶も存在を問う悩みも…乗り越えてみせたのよ。」

 

「すげえな…それで生まれたのがこの歌?」

 

「そう。まさに、「乗り越えた運命が燐子の未来を照らす様」を表した歌。…RingingBloomはこうして生まれたのよ。」

 

 

 

何だか熱い話だった。それだけのことを知っていれば、そりゃ感情も乗せて歌えることだろう。

白金燐子さんか…確か綺麗な黒髪が印象的な、スラっとして綺麗な人だった。Yaho○!画像検索でチラ見しただけだけど。仲間の絆も然ることながら、やはり人そのものの強さってのも生き方に表れるんだろうなぁ…。

 

 

 

「さ、お話はこれでおしまい。そろそろ練習に戻るわよ。」

 

「……………。」

 

「お兄ちゃん?どうしたの変な顔して。」

 

「そんな詳しい話知ってるほどのファンだとは思わなくてな。…こんなことならもっと早くその話を聞いておけばよかった。」

 

「そう?…まぁファン、といえばファンなのかもしれないけれど。」

 

「…にしても、見てきたように話してたよな。そういうのって全部ネットで載ってんの?」

 

 

 

臨場感があるというか、あまりに深入りした部分まで知っているかのような口ぶりだった。高校生ということもあって、もしかしたら身近な知り合いなのかもしれない。

 

 

 

「………お兄ちゃん、さっきRoseliaについて調べていたわよね。」

 

「ん、ああ。…でもそんな話載ってなかったぞ。」

 

「ほかのメンバーの名前、みた?」

 

「あー…悪い、メンバーの名前までは調べてないや。」

 

「…ボーカルの名前、調べてみなさいな。」

 

「ボーカル、ね……ええと…」

 

 

 

"Roselia ボーカル 名前"とワードを打ち込み検索する。結構なヒット数だが、取り敢えず一番上に出てきたこのリンクでいいか。

……………はい?出てきたメンバーの一覧。名前と画像を見て思わず固まる。

 

 

 

「出てきた?」

 

「………あぁ。」

 

「「湊 友希那」」

 

 

 

ふふふっと妖しく笑う妹。

……友希那、お前…何者なんだ?

 

 

 




いい曲。




<今回の設定更新>

○○:妹の知られざる姿を知ってしまった。
   音痴。

友希那:みんなの妹友希那ちゃん。
    なんということでしょう、その真の姿はRoseliaのボーカルだったのです。
    /(^o^)\ナンテコッタイ


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2020/02/17 Deux visages, deux amis de couleur.

 

 

 

「成程、話は分かりました。」

 

「ええ、それはよかったわ。」

 

「だとしても…その、何ですか、それは。」

 

「?」

 

 

 

膝の上できょとんと眼を開けている我が妹。そして妹がさっきから目線もくれずに喋っていたのは友達…?っぽい子。

珍しく友希那の方が遅く帰ってきたと思えばこれだもんな。友達いたのかこいつ。

 

 

 

「えっ、あ、あの、お兄さん…って、本当のお兄さん、ですか?」

 

「……それは実在するかどうか…ってこと?」

 

「や、そーゆーんじゃなくて、その、湊さんに兄弟が居るってこと自体知らなかったので…。」

 

「あぁ…。友希那、説明してないのかい。」

 

「……………。」

 

「友希那?」

 

「………え?」

 

「聞いてた?」

 

「何を?」

 

「…一回動画止めなさい。」

 

「えっ、あっ………もう、お兄ちゃんのばか。」

 

「湊さん?」

 

 

 

ほら見ろ。人の話も聞かずに兄の膝の上でPCに夢中になっていた友希那。一体何周する気なのかとツッコミを入れたくなる気持ちをぐっと堪え、クセの強い三つ子が暴れまわるアニメの再生を停止する。

直後に出る最近の友希那の素。それはお友達も困惑することだろう。

 

 

 

「…何かしら、美竹(みたけ)さん。」

 

「いや、だからあの、お兄さんが居るなんて言ってなかったじゃないですか。」

 

「??訊かれてないもの。」

 

「だとしても……えぇー…?」

 

 

 

わかる。わかるよ美竹ちゃん。前に遊びに来た紗夜(さよ)ちゃんって子も混乱してたもん。

要するにアレだ、今までの友希那とギャップが凄すぎるのだ。この、無駄にお兄ちゃんっ子になってしまった友希那は。どうしてここまでキャラクターないしアイデンティティが崩れ去ってしまったのかは俺も分からない。ただあの一件、「自分がRoseliaのボーカルである」という事をカミングアウトしたあの日以来、パーソナルな部分について赤裸々に話す様になり、同時にべったりするようになった。

こうして帰宅して早々俺を椅子にするような真似も以前は無かった筈なのに…。

 

 

 

「兎に角、湊さんがそんな体たらくになってしまってはAfterglow(アフターグロウ)としても困る訳です。張り合いがないというか何というか…」

 

「あら、別に腑抜けている訳では無いもの、問題ないわ。今度の対バンだって、目にもの見せてあげる。」

 

「………全然説得力無いんですよ、その…そういう体勢で凄まれても。」

 

「だろうな。」

 

「もー、お兄ちゃんは黙ってて。」

 

「はいはい。」

 

「湊さん?」

 

 

 

こんなことになるなら玄関まで迎えに行かなきゃよかった。

 

 

 

**

 

 

 

遡る事一時間ほど前。玄関から聞こえる「ただいま」の声に、俺はいつも通り迎えに行った。何故って、そりゃこの時期コート位着るだろう?友希那は自分でコートが脱げない(と言い張っている)からさ。

そもそもその用事が無ければこの子は「ただいま」すら言わない。

だが油断しきっていた俺を待ち受けていたのは見ず知らずの女の子の姿だった。

 

 

 

『あ、ドモ、美竹といいます。…えと、湊さん……のお知り合いの方?ですか?』

 

 

 

この瞬間。

「あっ、この妹、友達居たんだ」と「こいつ何も説明してねえ」が同時に物凄い勢いで脊髄を駆け上がる感覚があった。その感覚に震えている間にも、玄関の土足エリアと室内エリアを隔てる段差に座り込んだ友希那は無言で見上げる体勢に。

あぁ、これは靴を脱がせろと言う無言のアピールだ。靴ひもが面倒ならマジックテープにしろと何度も言っているのだがどうにも皮の感触と匂いが好きらしい。お陰でこれも習慣化されてしまった。

 

 

 

『美竹さん…だったっけ』

 

『はい』

 

『今すぐ友希那も向かわせるから、取り敢えず真っ直ぐ行った突き当りのリビングでソファにでも座っといて』

 

『あ、はあ…』

 

 

 

思えばこの瞬間から違和感はあった。刺さる視線の「何だこいつ感」が尋常じゃないというか。いや、「何だこいつら感」かもしれないが。

結局自分の靴を脱ぎ終え来客用のスリッパに履き替えたところで待っていた美竹さんと共に、全ての外套をパージした友希那を友希那の部屋へ誘導する。何故俺が、とも思うのだが、友希那は玄関で一度座り込んでしまうともう何もしない。

友人への案内など以ての外だし、いつもおんぶの格好で部屋まで連れて行くのだから。

 

 

 

『や。お兄ちゃんの部屋がいい。』

 

『!?』

 

 

 

そんでもって最近できた友希那用の部屋まで連れて行けばこれだ。友希那用とは言え、物置になっていた部屋を片付け無理矢理個室として仕立て上げただけの場所であり、普段からあまり友希那が居るイメージは無いのだが。

頬を膨らせてそんなことを言われたらもう何も言えず。…仕方なく美竹ちゃんに俺も同行していいか了承を得た後に今に至ると言う訳だ。

 

 

 

**

 

 

 

「対バン…ってことは、美竹ちゃんもバンドマンなの?」

 

「えぇまあ。Afterglowって名前のバンドで。」

 

「へぇ…。格好いいねぇ。」

 

「はぁ。」

 

「……。」

 

 

 

なんという塩対応。この子、確かに髪にも謎の赤いメッシュが入っているし、真面目そうに見えて案外不良なんだろうか。あまり話しかけない方がいいとは思うが、肝心の友希那がふにゃふにゃしていて気まずいのだ。

 

 

 

「あの、湊さん。」

 

「ん。」

 

「あ、お兄さんじゃないです。」

 

「だよね、知ってる。」

 

「湊さん。」

 

「………。」

 

 

 

声は出さずに目線だけを美竹ちゃんに向ける友希那。

 

 

 

「まさかとは思いますけど…この前聞かされた"RingingBloom"を歌ってた男の人って」

 

「みみ、美竹さん。あなたこそ最近どうなのかしら。」

 

「…どう、とは?」

 

 

 

友希那よ。アレを他人に聴かせたのかい。そしてその人を本人の目の前に連れてきたのかい?どういう評価かは知らないけど、めっちゃ恥ずかしいよ?

美竹ちゃんめっちゃこっち睨んでるし、あれ、そんなマズいことしたの俺?必死に話題変えてるけどお兄ちゃん気付いちゃったからね、後で説教だよ。

 

 

 

「あああああなた、最近恋人ができたとかで、あまり練習に身が入ってないんじゃなくて?」

 

「みな、ちょっ、湊、さんっ!?」

 

「ふふん、図星ね。」

 

「だ、だれ、だれっ、からっ??」

 

戸山(とやま)さんよっ!!!」

 

「………ッ!!」

 

 

 

なるほどなるほど、美竹ちゃんには恋人ができたのか。そりゃめでたいことだ。でそれを共通の友人?か何かの戸山さんが教えてくれたと。…案外友達多いんだなぁ。

 

 

 

「な、なんて……」

 

市ヶ谷(いちがや)さんが無駄にお洒落になってしまって、可愛すぎて困るそうよ。あと美竹さんの話ばかり聞かされるとか。」

 

「あぁもうやめてください!」

 

 

 

すっげえ照れてる。市ヶ谷さん、ってのが彼氏さんかな。まぁ恋人が出来て服装の趣味や方向性が変わると周りにすぐバレるらしいからね。結局自分で惚気てりゃ世話無いけど…。

その市ケ谷さんって人も随分ピュアな男の子らしい。これだけ可愛い彼女が出来たら自慢したくなる気持ちもわかるけど、こうして人伝で伝わる程ってのも中々にすごい。

 

 

 

「よっぽど愛されてるんだねぇ。」

 

「は?部外者が知ったような口を利かないでください。」

 

 

 

つい口を開いてしまったらこれだ。音速の切り返し…ゼロカウンターとでも名付けようか。

大人しく黙ることにしよう。

 

 

 

「お兄ちゃんはお喋りさんね。」

 

「もう黙ってるよ。」

 

「ふふ、そんな拗ねないの。…私の事、ぎゅってしててもいいのよ?」

 

「湊さん?」

 

「……する。」

 

「湊さんっ!?」

 

「んっ…。……んふぅ。」

 

 

 

後ろから腕を回しお腹の前でクロス。完全にバックハグ状態になると友希那は満足そうに鼻息を漏らした。

あぁ、相変わらず体温が高いなこの子は。

 

 

 

「……………帰ります。」

 

「えっ。」

 

 

 

その様子を見て小さく溜息を吐いたかと思えばスッと立ち上がり上着を着る美竹ちゃん。用が済んだのだろうが、あまりに脈絡が無さすぎる。

 

 

 

「あら、早いのね。」

 

「別に、どうでもいいでしょう。」

 

「……羨ましくなった?」

 

「ッ!……べ、別にそんなんじゃ…。」

 

 

 

後ろを向いているせいで顔は見えないが、きっと図星を衝かれ赤くなっている事だろう。声も肩も震えている。

大方この抱かれている友希那を見て、さっき話に出てきた市ケ谷さんに自分も抱かれたくなっただとかそんなところだろう。友希那の指摘にああなるってことは。

青春してんねぇ。

 

 

 

「じゃ、じゃあ帰りますからっ!また……また、ライブで。」

 

「ええ、楽しみにしてるわ。」

 

 

 

ぱたん、と静かに戸を閉めて遠ざかって行く足音を聞く。美竹ちゃん、不思議な雰囲気の子だった。

俺には敵意剥き出しだったけど。

 

 

 

「ん~。」

 

「なんだい。」

 

「続き、見たい。」

 

「アニメ?」

 

「うん。再生、押して?」

 

「はいはい。」

 

 

 

美竹ちゃんも市ヶ谷さんとやらの前ではこんな風にギャップを見せるのだろうか。そのギャップを目の当たりにしたなら、俺も困惑を体験することができるのだろうか。

再度流れ出したアニメの音声を聞きながら、友希那の旋毛を見てそんなことを考えた。

 

 

 

「美竹さんにもね、素敵なお兄さんが居るのよ。」

 

「マジかー。」

 

「あっちは本当のお兄ちゃんなの。」

 

「……そっか。」

 

 

 

本当の、か。友希那がどう思ってくれているのか分からないが、俺は今この子の兄としてやっていけているんだろうか。

アニメは佳境に差し掛かっているらしく、友希那の足は一層激しくぶらんぶらんと揺れていた。

 

 

 

 




足ぶら友希那ちゃん




<今回の設定更新>

○○:色々思うところもあり複雑なお兄ちゃん。
   面倒見過ぎも良くないのだろうが、可愛い妹の為に何でもしてあげ
   たい。

友希那:べったり甘えモード。
    紗夜に見られたときは病院へ連れて行かれそうになった。
    何も言わなくても意思疎通が図れるうえ身の回りの世話に於いて
    有能な兄が大好き。

蘭:美竹蘭編「妹よ、どうした。」と世界観を共有しています。
  最近有咲と付き合いだした模様。切り替えが利き、メリハリのある
  プレイスタイルで今日もデレデレしている。


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2020/03/06 Giorno di gelosia

 

 

 

「友希那友希那。」

 

「なあに。」

 

「もう美竹ちゃん来ないのか?」

 

「………一応訊くけど、どうして?」

 

 

 

妹があのRoseliaのボーカルだということが判明した後、たまに我が家を訪れる紗夜ちゃんやリサちゃんからの情報もあり、昨今のガールズバンド事情について少し調べてみた。

あの美竹ちゃんの所属するAfterglowとRoseliaは、バンド活動を抜いてもプライベートで交流がある程の仲らしく…というより、その辺一帯の有名どころは大体顔見知りらしいのだ。

学校が同じだとか、何処と何処が姉妹だとかで。

 

 

 

「ほら、最近色々調べてさ…みんな可愛いなって。」

 

「……………目的が下衆ね。」

 

「あいや、別にその、女の子が好きだとかそういうアレじゃないんだが…」

 

「男の子が好きだったものね。ホモホモしいサピエ」

 

「おい訂正したろその知識。」

 

 

 

未だ()()()()()とやらの影響が色濃く残っているというのか。この妹は兄貴のことを都合よく世話をしてくれるホモだと思っているらしい。何て酷い肩書きなんだ。

 

 

 

「第一、女の子が好きなら居たでしょう。」

 

「何が。」

 

「お兄ちゃんにラブレターを渡したっていう…」

 

「あー…」

 

 

 

香澄ちゃんか。あの子はあの子で今も交流が続いているが、どうも妹って感じが抜けなくてなぁ。

向こうも最初こそ緊張して異性感バリバリだったが、すっかり打ち解けて仲のいい友達って感じになっちまったしなぁ。いやそもそも女の子目的でこんなこと言い出したわけじゃないんだって。

 

 

 

「まぁそれはいいじゃんか。…実は、もっと色んなバンドの事知って、ライブハウスとかも行ってみたいと思ってだな。」

 

「…本当?」

 

「あぁ。」

 

「へぇ……。美竹さんならもう暫く来ないんじゃないかしら。」

 

「……そか。」

 

 

 

俺の言い分を信用したかどうかは定かではないが、美竹ちゃんは来ないらしい。あの時も結局何故付いてきたかは分からないが、あまり印象も良くなかったみたいだし…次に会ってもそれはそれで怖いか。

 

 

 

「他に仲良いバンドってどんなのがいんの?」

 

「別に、仲良しこよしで音楽をやっているわけじゃないのだけれど。」

 

「あー…んじゃ、交流のあるバンド?って言ったらいいのかな。それは?」

 

「………Poppin'Party(ポッピンパーティ)とか、Pastel*Palettes(パステルパレット)とか、いくつかはあるけれども。」

 

「おぉ!?ま、マジなのか!それは!?」

 

「んっ!……お、お兄ちゃん、痛いわ…。」

 

 

 

驚いた。驚きのあまり目の前の華奢な肩をガッシリ掴んでしまったほどだ。

思わず顔を顰めて痛がる妹に、少なからず可愛さを見出してしまったにも関わらずそれを流してしまえるほどに、今の俺は興奮していた。

相変わらずRoseliaって凄いな。交友関係も未知数すぎる。

 

 

 

「あ、あぁ…ごめんよ。」

 

「んもう……なに、どうしちゃったの。」

 

「ぽ、ぽぽぽぽっぽぽっ」

 

「…ハトさん?」

 

「Poppin'Partyもっ、し、知り合いなのか?」

 

「え……えぇ。…やっぱり、女の子が好きなの?お兄ちゃん。」

 

 

 

Poppin'Partyっていうと、あの香澄ちゃんが歌ってギター弾いてるバンドだろ?…最初会った時はよくわからない連中だと思っていたが、どうやらあの面々は皆バンドグループのメンバー。

同級生五人で組んだバンドメンツらしい。そして何よりも…

 

 

 

「いや、そういうわけじゃないが…」

 

「じゃあどうしてそんな食いつきいいの?」

 

「その、さ。Poppin'Partyには沙綾ちゃんがいるだろ?」

 

「……あぁ、ドラムの。知り合いなの?」

 

「知り合いも何も…あのふわっとした立ち振る舞い!包み込むような包容力!ほかのメンバーを導き見守るような保護者感…」

 

「お、お兄ちゃ」

 

「さらに!そこにギャップのように畳み掛けられるライブでの活き活きとした表情、熱い演奏、確かなテクニック…!」

 

 

 

彼女とプライベートの関わりがあることに関して言えば、香澄ちゃんに感謝しかない。彼女がパン屋の娘さんということもあって、何なら香澄ちゃんより会っている。

交流を重ねていく上で辿り着いた答えがある。感じるものがあったというか。

 

 

 

「あんなお姉ちゃんが欲しかった!!!」

 

「………!!」ビクゥ

 

 

 

年下だが何故か滲み出る姉感。堪らないんだ…。

 

 

 

「そういう訳で、Poppin'Partyは素晴らしいんだ。」

 

「…………。」

 

 

 

無言のジト目。恐らく付き合いの浅い人間ならいつもと大して変わらないように見えるだろう。

だが、ここまで日々を共に過ごしている俺ならわかる。これは怒りだ。静かでありながら、確かな怒り。腕を組んでいるのがポイントだ。

 

 

 

「ま、まぁそれはそれでいいとして……Pastel*Palettesも知り合いなんだって?」

 

「………………ええ、まあ。」

 

「ってことはその…千聖(ちさと)ちゃんも…?」

 

「かっ、彼女はやめておきなさい。」

 

 

 

怒った表情はそのままに。詰め寄るようにして声を荒げる妹、どうしたと言うんだ。

 

 

 

「山吹さんが好きってことは…その、彼女にも似たようなお姉さん感とか感じているんでしょう。」

 

「ああ。千聖ちゃんは素晴らしい。何で止められているのかわからんが、あのハチャメチャなメンバーを纏める姿は正に聖母。何よりもあの天使の如き微笑みが」

 

「も、もういい、わかったから…。」

 

 

 

そうだよな。今更説明するまでもなく知り合いなんだもんな。辟易した顔もわからなくはない。

 

 

 

「でもほら、彼女はえっと……こ、怖いじゃない。…怒ると。」

 

「………なんだって?」

 

「だから、えと、や、やめといたほうがいいわよ。…がおーって言われるわよ。」

 

 

 

嘘にも程がある。何だその注意点。

「怒ったらがおーって言います」?…かわいいじゃねえか。

 

 

 

「それはそれでアリ…」

 

「!?…す、すっごく怖いんだから!…だから、お姉さんより、妹の方がいいと思うわ。」

 

「妹と言えば彩ちゃんだよなぁ。」

 

「!?」

 

 

 

千聖ちゃんと同じPastel*Palettesのボーカル担当。さすがアイドルということもあってルックスは抜群、明るい印象に朗らかな笑顔。

それでいてちょっとドジで放っとけない感じがもう…絶世の妹感出してる。

 

 

 

「あの妹感はすごいよなぁ…一緒に過ごしたら毎日大変そうだけど、それはそれで…あぁ、彩ちゃんなら怒ったら「がおー」とか言うかもな。ははっ。」

 

「…………。」

 

「友希那?」

 

 

 

相変わらず表情は変わっていないがプルプルと小刻みに震えているように感じる。ジト目も変わらず無駄に近い距離で見つめてくるのも同じだが…さっきまで組んでいた両腕を俺の顔へ伸ばしてきたかと思えば…

 

 

 

「あうぇ?ゆ、友希那?」

 

「むぅ………むむむむむむむむむ……」

 

「い、痛い痛い!すとっふ、すとっふだ友希那」

 

「むむむむむむむむむむぅ…!!」

 

 

 

両頬を掴みグニグニと引っ張ってくる。これ以上喋るなとでも言わんばかりに強く…いやまって本当にいたいって…!!

 

 

 

「い、妹なら……私がいるじゃないの…!!」

 

「いちちちちっ、い、いっかい離せ、な!?」

 

「むむむむぅ!!!」

 

 

 

漸く解放された俺の両頬、おかえり。

顔真っ赤になって、恐らく怒ってはいるのだろうが、表情がほぼ変わらな…あぁ、眉毛が少しきつくなってる。

離した両手も、次にどこを掴んでやろうかとワキワキしているし…何がそんなにカンに触ったのだろうか。

 

 

 

「おほー…いてぇ…。…で、友希那が妹なのは紛れもない事実だけど。」

 

「そういうことを言ってるんじゃ……お兄ちゃん、私のこと嫌いなの?」

 

「……そんなこと言ってないだろ。」

 

「だって、丸山さんが妹っぽくていいとか、山吹さんはお姉ちゃんに欲しいとか、他の子ばっかり…」

 

 

 

ポコ、ポコ…と今度は俺の肩を叩く作業に変更したようだ。全く痛くはないが、時々嫌ーな場所の骨に当たって気持ちが悪い。

 

 

 

「こらこら…お兄ちゃんを叩くんじゃありません。」

 

「私のこと、嫌いだと思ってるんでしょう!別の子の方が、妹に欲しかったって、思ってるんでしょう!」

 

「だからぁ…そんなこと言ってないじゃんよ…」

 

「私、妹っぽくないから…」

 

 

 

自覚あったのか。

 

 

 

「お兄ちゃんって呼ぶじゃん。」

 

「……だって、そう呼ばないと、父に変な目で見られる」

 

「マジレスぅ。」

 

「……嫌いじゃない?」

 

「嫌いじゃないね。」

 

「好き?」

 

「それはまあ…答えによっては誤解されそうな…」

 

「好き?」

 

「…好きじゃなかったら面倒みねえよ…。」

 

「好き?」

 

「はぁ……そうだな、好きだよ、好き。」

 

「今のは仕方なく言わされてる感じがしたわ。」

 

「…妹として、友希那が好きだよ。」

 

「………ん。私もお兄ちゃん好き。」

 

「……あれ、これ何の話だったっけ?」

 

「お兄ちゃんがシスコンかどうかって話。」

 

「……。」

 

 

 

絶対違う。

 

 

 

 




毎回オチがあるとは限りません。




<今回の設定更新>

○○:女の子が好き。
   お姉さん系に弱いらしい。全員年下だが。

友希那:嫉妬とかではなく、自分が一番じゃない状況が嫌だっただけらしい。
    あと、他の子の話をしている時のデレデレした表情が嫌いらしい。


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2020/04/01 Il giorno della falsità.

 

 

 

「お兄ちゃん。」

 

「ん。」

 

「今日は何の日か、わかる?」

 

「………??」

 

 

 

背後から圧し掛かる様に体重を預けてくる友希那。耳元でぼそぼそとそんなこと囁くものだから、くすぐったくて敵わん。

とは言え「今日が何の日か」かぁ。妙に友希那がご機嫌なのも分からないし、四月一日に記念日なんかあっただろうか。

 

 

 

「…誰かの誕生日とか?」

 

「ぶっぶー。」

 

「親の結婚記念日…でもないしなぁ。」

 

「うん。」

 

「……友希那が初めて野菜を美味しいと感じる日?」

 

「…あ"?」

 

「違うよね。…なんだろう。」

 

 

 

そんなにドスの利いた声出さなくてもいいじゃないか。いい加減野菜も食べられるようになってくれないと、俺ベジタリアンくんになっちゃいそうなんだけど。飯の度に妹の食べ残しを押し付けられる身にもなって欲しいものである。

あとはエイプリル・フールくらいしか思いつかないが、態々それを言ってくるような…ちびっ子じゃあるまいし、可能性は無いに等しいな。

 

 

 

「…難しかった?」

 

「あぁ。お手上げだ。」

 

「……ふふっ、今日はね、えいぷりるふーるって言うのよ。」

 

「…………。」

 

 

 

ちびっ子じゃあるまいし?確かに前々から少し危なっかしい様子は見ていたけど、ここまでガチ目でヤバい子だとは。そしてそのドヤ顔は何だ。知ってるっつの。

 

 

 

「…まぁじかぁ。」

 

「何でも、いっぱい嘘をついた人が頂点へ上り詰められる日らしいわ。」

 

「誰だそんな知識教え込んだの。」

 

「リサよ。」

 

「リサ…ちゃん…ッ!?」

 

 

 

幼馴染の今井(いまい)リサちゃん。まだまともに会話した事すらないが、「リサに教えてもらった」の後は大抵碌なことにならないのは知っている。友希那が知識の無いことは何でも信じてしまう特製を盾に、好き放題引っ掻き回してくるのだ。

 

 

 

「…と言う訳で、今日はいっぱい嘘を吐くわ。」

 

「だーめ。」

 

「むっ、私が頂点を目指すのが、そんなに気にくわないって言うの。」

 

「…そもそも、嘘は良くない事だろ?」

 

「………でも、誰かのためを思って吐く嘘は優しいものだとテレビで」

 

「誰の為を思って吐くのさ。」

 

「………………お兄ちゃん、好きよ。」

 

「本日一発目の嘘がそれかぁ!」

 

 

 

嘘塗れの一日が始まった。(夕刻)

 

 

 

**

 

 

 

「お兄ちゃん、私実は男だったの。」

 

「へぇ。」

 

「……引っ掛かった?」

 

「…。」

 

 

 

エイプリルフールを楽しむのはいい。頑張って嘘を吐こうとするのもまぁいい。だが如何せん下手すぎる。

ベッドで寝転ぶ俺から少し離れた位置…丁度部屋の入り口付近で腕を組みドヤ顔の友希那さんだが、もうどこから突っ込めばよいやら。部屋に入って来るなりいきなりこれだ。

話題のチョイスというか嘘の振れ幅というか、全てに於いて"加減"の概念がぶっ飛んでいる様に感じられるのだ。これではもうエイプリルフールを楽しむどころの騒ぎではなく悪夢のような一日になり兼ねない。

 

 

 

「……友希那。」

 

「なあに。」

 

「…俺、実は本当の妹が居てな?」

 

「……えっ?」

 

「………まぁ、小さい頃に養子として他所に貰われていったんだけども。」

 

「えっえっ、えっ??」

 

 

 

リアル目な嘘の手本というものを見せてやろう。

…まぁ、焦りに焦っている目の前の小動物の様な彼女を見るに、恐らく何を言っても信憑性100%で信じるんだろうが。

 

 

 

「う、嘘…よね?えいぷりるなのよね?」

 

 

 

エイプリルはただの四月だ馬鹿者め。

 

 

 

「…友希那とは正反対で、よく気が利くし懐いてべったりするしで可愛くてなぁ。何処へ行くでも一緒に付いて来たがって、まさに妹って感じの子だったよ。」

 

「…………。」

 

 

 

俺の脳内では某アニメーションの妹キャラが小躍りをしている。当然俺は昔から一人っ子な訳だし、そんな都合の良い妹なぞこの世に存在していないだろう。

だからこそ、ツッコミどころ満載で反面のリアリティが生まれるのだ。

 

 

 

「……うぇ」

 

「上?」

 

「うぇぇぇええええええええ!!!!!!!」

 

「お、おわぁ!?」

 

 

 

泣いた。

なるほどなるほど…この子の脳みそでは「認めたくない現実」と「リアリティのある嘘」の区別がつかなかったわけだ。知れば知る程、音楽以外はポンコツなんだと実感するなぁ…。

嘗てない程のギャン泣きにこっちまで動揺してしまうが、その滝のように流れ出す涙と鼻水を拭おうともせず、歩く屍の様に両手を突き出してゆっくり迫って来る姿が滑稽で噴き出しそうになるのを堪える。

泣き声を上げながらジリジリと近づいて来るその様はまさに「よちよち歩きの劇薬」。異名通りだ。

 

 

 

「あぁぁぁぁぁ……ん!!!…うわぁぁぁぁああああ!!!」

 

「……ンブフッ………ンフゥ、フゥ、ンフフフフッ……」

 

 

 

堪え切れていない気もするがしゃくり上げている友希那には関係ないようだ。

やがて上体を起こした俺の元まで辿り着くと、その水源を俺の胸元に擦り付けて泣き続けた。くぐもってはいるがその実、音量は三割増しだ。

服にしがみ付く両手以外を脱力させ「ここから動く気は無い」と表現しているかとも見れる妹を抱き寄せ、背中を摩り髪を撫でる。何もそこまでショックを受けなくても。

 

 

 

「…ぃっく……ひっく………。」

 

「………落ち着いた?」

 

「…………その妹さんは、私より可愛いの?私より好きなの?」

 

「…いや?」

 

「……ぐす……私がいちばん…?」

 

「んー……俺、ずっと一人っ子だからさ。そんな妹知らんし。」

 

 

 

どうネタバラシしてやろうかと考えていたが、こいつに小細工は無用だろう。…それよりも早いとこご機嫌を取っておかないと、後で親父にどやされるのは俺だ。

俺の一人っ子発言に涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて固まる友希那。

 

 

 

「エイプリルフールなんだろ?今日。」

 

「………ぁ、え……。」

 

「上手な嘘ってのは、こういうのを言うんだ。」

 

 

 

放心状態。両目は俺を見ているようで何処か遠くへ向けられていて、服を掴んでいた手もぼんやり開かれている。何よりもこの阿呆面…非常にレアで面白い。

思考回路がショートでもしているのか、暫く意味の無い音を口から発する玩具の様になってしまった。

 

 

 

「ま、流石に泣くとは思ってなかったけどさ。」

 

「…ぅ………ぅぁ……」

 

「そんなにショックだったんなら謝るよ。…やり過ぎたんだな、ごめん。」

 

「えぅ………ぃぁ……え…」

 

「…友希那?」

 

「……。」

 

 

 

そうかと思えば今度はグッと口を結び、睨みつけてくる。眉も心なしか吊り上がり気味だ。そして顔が近いぞ。

 

 

 

「……お兄ちゃん、嘘つくのは良くない事よ。」

 

「散々溜めて言う事がそれかね。」

 

「…傷ついたわ。」

 

「全部、嘘だかんな?」

 

「嘘でもよ。」

 

 

 

存外にナイーブらしい。今までまともに他人と交流してこなかったが故の防御力の低さ、これは今後考慮していくべきかもしれないな。…と思いつつ、困った時のウィークポイントとして覚えておく必要もあるだろう。

 

 

 

「…ごめんなぁ。」

 

「……私がいちばんの妹でしょう?そうよね?」

 

「まあ君以外に妹居ないし。」

 

 

 

参加人数が一人なら当然一位だろう。

 

 

 

「……うん。」

 

「…。」

 

「ん。」

 

「何だ?」

 

「だっこ。」

 

「…そんな、子供じゃないんだかr」

 

「ん!!」

 

「……はいはい。」

 

 

 

両手を広げる妹の脇に手を入れ持ち上げるようにして体勢を変える。太腿の上で向かい合わせになる様に乗せるや否や、勢いよくしがみついて来て…。

 

 

 

「撫でて。」

 

「…どこを?」

 

「あたま。」

 

「はいはい。」

 

「せなかも。」

 

「はいはい。」

 

 

 

泣いている最中の慰めがお気に召したらしい。抱き合う姿勢のまま頭と背中を摩ってやれば、満足げに「ンフー」と息を吐いた。

すっかり機嫌も直ったようで、いつ解放されるのかと一心に摩り続けていると。

 

 

 

「…私、えいぷりるふーる嫌いだわ。」

 

「……確かに、友希那には向いてないかもなぁ。」

 

「……でも、さっきの…う、ウソ泣きは上手だったでしょう?」

 

「いやあれマジのやつ…」

 

「嘘なの!えいぷりるなの!」

 

「……はいはい。」

 

 

 

もう、言ったモン勝ちである。

 

 

 




友希那編の終わりが見えない




<今回の設定更新>

○○:適度な嘘って難しい。
   …これほどの美少女に密着されて変な気起こさないとかどこか
   おかしいんじゃないか。

友希那:すげぇ泣くやーん。
    嘘がよくわかんなーい。

リサ:黒幕。


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2020/05/19 Le sorelle e il bombardamento.

 

 

 

「お兄ちゃん、お出かけ?」

 

 

 

意気揚々と外出の準備を進める俺の背中に不思議そうな声がかかる。友希那の帰りを待っていた為に少し遅い時間となってしまったが、目的の店はまだ営業時間内…彼女にも恐らく会える事だろう。

俺の後ろではベッドに仰向けに寝転がった妹がベッドから溢れた両足をブラブラと揺らしていたが、暇そうに見えて俺の動向は気になるらしい。

 

 

 

「ああ。沙綾ちゃんのとこ。」

 

「……もうすぐ晩御飯よ?これからパンなんか食べて大丈夫なの?」

 

「まぁ…そんなに沢山は買わないからさ。」

 

 

 

パン屋の娘こと山吹沙綾ちゃん。最初は香澄ちゃんの一件を通して知り合った訳だが、今では一番と言っていい程交流がある。友希那の影響で知ったガールズバンドブームの割かし先端にも彼女等の属するPoppin'Partyがいて、音楽なぞこれっぽっちも興味が無かった俺を初めてのライブハウスへ誘ったのも確か彼女だったような。

今日はその沙綾ちゃんの誕生日。祝福の言葉を伝えるには店を訪ねるのが一番だと思ったのである。

 

 

 

「ふぅん。……私もついて行っていい?」

 

「え"」

 

 

 

疚しいことがある訳では無い。が。何というかその、普段家では見えていないであろう兄の姿を見られるというのは些か恥ずかしいものであり、できることなら避けたいというか何と言うか。

正直発展を期待していない訳じゃないし、少なからず好意を持ってしまっているのも事実だ。それを友希那に悟られたらどうなるのだろうか…。

 

 

 

「……なに。焼きたてパン独り占めする気?」

 

「…ああいや、そういうわけじゃないんだが…。」

 

「じゃあどうして「え」とか言うの。一緒に居たくないの?パン屋さんに連れて行きたくないの?」

 

 

 

…いや、真っ先にパンの心配をするあたり大丈夫だろう。元より音楽以外はポンコツな妹だ。

時間も限られている事だし、降参した振りを見せた俺は友希那の手を引いてパン屋――やまぶきベーカリーへ向かうことにした。

 

 

 

**

 

 

 

少し遅くなってしまったか、店に着いた頃には店主である沙綾ちゃんのお父さんがシャッターを下ろしているところだった。

パンはもう買えそうにないがそれは目的では無い。沙綾ちゃんを呼んでもらおうとお父さんに話しかけ…ようとした時、俺よりも一歩が早かったのは友希那だった。

 

 

 

「こんばんは。」

 

「ん。…あぁ、湊さんのとこの…すまないが今日はもう閉店なんだ。」

 

「パン…もう買えない??」

 

「ああ、ごめんね。また今度、明るいうちに来るといい。」

 

「そうなの……。」

 

 

 

しゅんと肩を落とす友希那だが、大して間も置かずにこっちを向いて一言。

 

 

 

「お兄ちゃん、あんなにパン食べたがってたのに残念ね。」

 

「…あー…うん。まあなあ。」

 

「おっ、武者小路さんとこの…○○くんだったか。」

 

「あはい、ども。」

 

「……ちょうど閉店時間で申し訳ないが…」

 

「あいや、いいんです、今度買いに――」

 

 

 

古い苗字を覚えられていたのは驚きだったが、話をこちらへ振ってくれたのは僥倖。あとは話の流れで誕生日を祝いたいことを伝えれば物語は先へ進むはずだったのだが。

「今度買いに来るんで~」と伝える俺を遮る様に口を出したのは他でもない、我が妹。

 

 

 

「あのねおじさん。お兄ちゃん、本当は沙綾さんに会いに来たの。パンは口実なんですって。」

 

 

 

こいつになら悟られないとか安心しきってた馬鹿は何処のどいつだ。そうだよ俺だよ。

とんでもなく急すぎる切り口にお父さんの営業スマイルもピタリと静止する。

 

 

 

「……ほう?」

 

「おいこら友希那。」

 

「何よ。お兄ちゃん言ってたじゃない、「沙綾お姉ちゃんに甘えたい」って。」

 

「言ってねぇ!!」

 

 

 

恐らく以前話したお姉さん感の話をしているのだろうが、その略し方と披露する状況が考えうる限り最悪の組合せだ。ご家族の前でなんてことを言いやがる。

 

 

 

「…………つまりアレかね?君は、ウチの大切な娘と如何わしいプレイをする為に、こんな夜更けにここへ?」

 

「ち、ちがうんすよお父さん!俺はそんな風に娘さんを見たことは―」

 

「君にお父さんなどとは呼ばれたくないがなぁ!!」

 

「あああああ誤解です!!そういう意味で言った訳じゃないし、そもそも話自体に誤解が…!!」

 

「誤解じゃないわ。「熱くて確かなテクニックとギャップがたまらない」って言ってたもの。ね、お兄ちゃん。」

 

「貴様ァ!!!」

 

「いやほんとにもう何かすみません、失礼します!!」

 

 

 

度重なる絨毯爆撃と援護射撃に見せかけた同軍の正確な誤射の数々に耐え切れず脱兎の如く逃げ出す。このまま居たら誕生日を祝うどころか俺が超絶不埒な傾奇者として目も当てられない事になってしまいそうだった。

戦場からの離脱中も背負われた友希那は不思議そうな顔をしていたが、恐らくこの子はこの子で何も悪気が無いんだろうなあ。

 

 

 

「……はぁ…はぁ……ここまで来れば…もういいだろう……。」

 

 

 

別段追われていたわけではないが暫くあの辺りには近づけないと思った方が良いだろう。いやしかし、これからどうしよう。

妹を連れるだけでこれ程までに難易度が跳ね上がるとは。

 

 

 

「??おじさんと仲悪いの?」

 

「…ほんっとにお前は…。」

 

「???」

 

 

 

こてんこてんと首を傾げる姿は可愛らしいのかもしれないが、今の俺にとってみれば悪魔が次の悪戯を思案している様にしか見えず戦慄が走りっぱなしなのである。

何はともあれ沙綾ちゃんに直接~の線は消えたと言っても良いだろう。斯くなる上は――

 

 

 

「あっ、けいたい。」

 

「ん。電話するからちょっと静かにしてね。」

 

「わかったわ。」

 

 

 

出来れば取りたくない手段であったが…。文明の利器に頼ること自体に何ら嫌悪は無い、が、記念日だとかそういう特別な言葉は機械を通さずに伝えたい派だったのだ。

ついでに言うと沙綾ちゃん直通の連絡先を知らないがために、唯一個人で繋がっている香澄ちゃんへ電話を掛けている。もう一つの懸念はこの連絡手段にあって…

 

 

 

『はい、香澄のスマホですが。』

 

「…………スマホが…喋った?」

 

 

 

本気でそう思ったのだ。疲れてるんだろうか。

 

 

 

『…武者小路か。』

 

「何だか今日はやけに苗字で呼ばれるな。…その声は誠司だな?」

 

『ああ。香澄なら今ちょっと手が離せない状態でな。どうした?』

 

 

 

懸念というのがこれで、香澄ちゃんの電話へ連絡すると高確率でこのイケメンが出る。イケてるのが顔だけに留まらず声にまで影響しちゃってるコイツの声を耳元で聞くと耳が孕みそうになるんだ。勘弁してくれ。

案の定というか何と言うか、少なくとも誠司と話している以上は沙綾ちゃんの事を訊けそうにない。…そもそも香澄ちゃんと知り合ったのはコイツの頼みもあってのことだし、頼みというのも香澄ちゃんが俺に一目惚れしたから仲良くしてやって欲しいとかいう内容だし。

…流石にその辺の事情を把握したうえで沙綾ちゃんの情報を聞き出そうとしている事を悟られるのはマズい。

 

 

 

「……香澄ちゃん何してん?」

 

『着替え中。』

 

「…ほう?」

 

『……変なこと考えんじゃねえ。』

 

「そんなんじゃねえけどよ…お前は何やってたんだ?」

 

『今香澄の家にいる。これから二人で有咲ちゃんの家に行くんだよ。』

 

「……お前は、羨ましいというか何と言うか…。」

 

 

 

香澄ちゃんを可愛がるとそんなオプションが…。しかし、こんな時間から有咲ちゃんの家とな?あの子、初対面時は只管に敵意しか感じなかったが、どうやら中々に可愛らしいお嬢さんらしい。

というのも、俺が若干の苦手意識を持っていることを察した香澄ちゃんが事ある毎に有咲ちゃんのプレゼンをしてくるのだ。この前なんかは遂に家にまでお邪魔してしまった。

 

 

 

「あの、立派な蔵があるとこだろ?」

 

『へぇ、知ってるのか。意外だな。』

 

「一回だけ行ったことあるんだよ。香澄ちゃんから聞いてないか?」

 

『…いや、聞いてないな…。』

 

 

 

ふむ。…いや待て、俺は何を呑気に話し込んでいるのだ。早いとこ沙綾ちゃんの情報を何とかしないと…

 

 

 

『…あー、誠司くんまた勝手に電話使うー。』

 

『ん。…香澄に電話だぞ。』

 

『もー、勝手に出ないでよねー。……もしもし??』

 

 

 

どうやら着替えが終わったらしい。最近矢鱈と聞く機会が増えた大人しい声が響く。

 

 

 

「…香澄ちゃんかい。」

 

『ぁ…○○さんですか!?』

 

「やあ。少し訊きたいことがあって電話したんだけど…出かけるんだって?」

 

 

 

視界の端で暇そうにしている妹を見ながら話の糸口を探す。正直少し面倒になりつつあるが、ここまで騒いでおいて今更引き下がるのも何だろう。

 

 

 

『あっ、そ、そうなんです。これから有咲ちゃんの家でパーティーが…。』

 

「…パーティ?」

 

『はい。沙綾ちゃんが誕生日だから…』

 

 

 

成程、それであのデカい家に集まる訳か。

伊達に蔵を所有しているわけじゃなく、有咲ちゃんの家はクッソ広い日本家屋なのだ。今時…それもこの辺りにしては珍しく、立派な門に雅な庭、庭木用に剪定師も雇っているような良いところのお嬢さんということで、Poppin'Partyの面々も何かあればそこを拠点とするらしい。

 

 

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。」

 

「どした。」

 

「…退屈だわ。」

 

「そうだよな…。」

 

「山吹さんにはおめでとうって言えた?」

 

「いや、まだだ。」

 

「そう。」

 

 

 

かなりの長電話になっていたようだ。電話を持っていない左手にぶら下がる様にして揺れていた友希那も痺れを切らして訊いてきた。

これ以上付き合わせるのも申し訳ないし、香澄ちゃんもこれから楽しいイベントへ参加しようとしているのだ。あまり気分を害するような真似はしたくない。

 

 

 

「あー、香澄ちゃん?」

 

『はい。何でしょう??』

 

「質問はまた今度にするとして、沙綾ちゃんにおめでとうって伝えといてもらって良いかな?」

 

『あっ、わかりました!沙綾ちゃんもきっと喜ぶと思います。』

 

「ん。……それじゃあ、楽しんできてね。」

 

 

 

…通話終了。

スマホを仕舞う様子を見て少し綻んだ表情の友希那。

 

 

 

「ごめんな友希那。長くなっちまった。」

 

「いいわ。ずっと手を繋いでいたもの。」

 

「そか。」

 

「…言えたの?」

 

「んー……ま、上手くいかない日もあるさ。」

 

 

 

これでいいのかもしれない。俺の好意なんて所詮一方的なものだし、傍から見れば俺達は然程仲も良く無いのかもしれない。何せ互いの連絡先すら知らない程度だ。

それに、曲がりなりにも"付添い"を申し出てくれた妹をこれ以上待たせるというのも心苦しい訳で。

すっかり夜の帳に包まれた街を、自宅に向かって引き返すことにした。詳しくは友希那にも話さないままだが、どうせ無意識下で察しているだろう。

 

 

 

「…帰るの?」

 

「ああ。用事は終わりだー。」

 

「……ごめんなさい、私がついてきたばっかりに。」

 

「友希那はなにも悪いことしてないだろー?…そうだ、パン買って帰ろうか。」

 

「え…またおじさんの所に行くの…?殺されるわよ…?」

 

「ちげえや、コンビニでも寄ってさ…」

 

 

 

俺が沙綾ちゃんに会えなかったからか、友希那は妙にご機嫌に見える。気のせいだとは思うが、妹として何処か思うところもあったのだろうか。

こいつが俺に嫉妬…ないしは似たような感情を抱くとも思えない。大して懐いている様にも見えないしな。

 

 

 

「お兄ちゃん?」

 

「あ、ああごめん。ぼーっとしてたな。」

 

「うん。間抜けな顔だったわ。」

 

「おいこら。」

 

「ふっ。」

 

「鼻で笑うな。」

 

「お兄ちゃん。」

 

「何だよ。」

 

「手。」

 

「……………そもそもこの歳の兄妹で手を繋ぐのかっていう」

 

「手!!」

 

「……うむぅ…。」

 

 

 

納得はいっていないが。待たせてしまった分の償いとして、今は所望されるがままに手を差し出しておこう。

 

余談だが、日付が変わる少し前になって沙綾ちゃんから電話があった。香澄ちゃんのスマホを通じてではあったが、中々楽しんでいる様子だった。

沙綾ちゃんとしても香澄ちゃんを応援する気持ちでいっぱいらしく、俺の淡い期待もメッタメタに打ち砕かれる予感を犇々と感じた。

何はともあれ、誕生日おめでとう沙綾ちゃん。

 

 

 




誕生日回がいつもうまくいくとは限らないって話




<今回の設定更新>

○○:ひどい目に遭った。
   周りのムード的にどうあっても香澄と近づかなければいけない感ある。
   重荷にならなければいいが。

友希那:メインヒロイン()
    兄妹ですよ。ほんとに。

沙綾:お誕生日の子。
   何故このシリーズで触れたかは不明。
   お姉ちゃんになって欲しい。

香澄:何なんだろう。

誠司:イケメン!抱いて!好き!


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2020/08/16 Soggetto principale

 

 

 

「今日は大事なお話があるの、お兄ちゃん。」

 

「……なんだぁ?改まってからに。」

 

 

 

特にこれといった事件もなく、まったりとした日々を送っていたある日のことだった。

いつものように帰宅後の着替えまでを俺に任せきりの友希那だったが、部屋着に着替えるや否や神妙な面持ちで切り出す。

神妙…だよな?相変わらず無表情だけども。

 

 

 

「ここすわって。」

 

「普通大事な話って向かい合ってするもんじゃ――」

 

「いいから。はやく。」

 

「……。」

 

 

 

ベッドに腰かけ、隣の敷布団をぽふぽふと叩く。向かい合う位置に勉強机があるわけだが、どうやら背凭れは使わせたくないらしい。

仕方なく指定された部分を軋ませたら、さも当然という風にのしかかってくる妹の36.8℃(たいおん)44kg(そんざいかん)

 

 

 

「……ンフー。」

 

「えっと…友希那?」

 

「なあに。」

 

「椅子になってほしいならそう言えばいいんじゃないか…?」

 

「……ち、違うのよ、大事な話なの。」

 

「忘れてたろ?」

 

「…………えっとね、最近思ったんだけど」

 

「失敗から目を逸らすな。」

 

 

 

顔こそ見えないが焦りようはわかる。満足げな鼻息も聞こえたし、すっかり定位置となったこの場所に一息ついてしまったんだろう。

エフンエフンと、わざとらしく咳込んだ後に体の向きを反転させる妹。正面から抱き合う形になり、その目立たないながらも整った顔が必然的に近くなる。

……正直、妹でなかったら危なかった。

 

 

 

「あのねお兄ちゃん。私、思うのだけど。」

 

「ん。」

 

「いろいろと、見失っている気がするのよね?」

 

「……んん??」

 

 

 

はて。

見失っているとは、いったい。

 

 

 

「どういうこと?」

 

「その……最初の日…えと、私が、お兄ちゃんの、妹になった日。言ってくれたじゃない?」

 

「何を。」

 

「協力してくれる…って。」

 

「…………。」

 

 

 

あぁ…。

いや、忘れていたわけじゃないぞ?

つまりはあれだ、すっかり慣れ親しんでしまったこの状況――友希那と兄妹関係になる――の発端である、友希那の父親の離婚・再婚問題。そいつについて解き明かし、友希那の願いも可能なら叶えるっていう…いうなればこの関係の本筋だ。

確かに思い返してみれば父親(あの人)のスランプは解決しちゃいないし、それどころか音楽関係の仕事をしているようにも見えない。この前なんか某tuberになったとか自慢してたくらいだし。

 

 

 

「…たた、確かにっ?そそそろそろ動いてもいいかもな。」

 

「お兄ちゃん?どうしてそんなに汗をかいているの?」

 

「それはそうと、何だって急にその話を?」

 

 

 

勿論、引っ掛かっていながら何も考えていなさそうな兄に言い出せなかった可能性は大いにあるが。

胡麻化し半分で投げかけた問いに、心なしか表情を曇らせる友希那。

 

 

 

「………んぅ。」

 

「?」

 

「さっき。……学校帰り、用事があってスタジオの方に寄って来たの。」

 

「Roselia絡み?」

 

「ええ。…そこで……お母さん、を、見かけたの。」

 

「……!」

 

 

 

嬉しくもあり、寂しくもあるような、そんな表情。そりゃそうだ。

大好きな、ただ一人の、本当の母親。まだ高校生の、こんなに華奢な体で背負わなければいけない親の勝手な都合。

そうだった。そのあまりにもあんまり過ぎる境遇に、俺は虚しさを覚えたんだった。

 

 

 

「ねえお兄ちゃん。」

 

「うん。」

 

「私…やっぱりお母さんが好き。一緒に暮らしたいのは、私のお母さんなのよ。」

 

「……ああ。そうだよな。」

 

 

 

妹の願いは聞いた。ならそれを導いてやるのが兄貴の役目だろう。

例え血の繋がらない間柄だろうと、例えそれが一時のものだろうとだ。

 

 

 

「俺に任せとけ。友希那。」

 

「……ん。」

 

 

 

**

 

 

 

「とは言ったものの…。」

 

 

 

手始めに、改めて友希那から大体の事情を聴いてみた。といっても、本当に"大体"でしかないわけで。

当たり前だが、あの日聞いた内容と特に変化はなくどうにも核心を掴みかねる話だ。

 

 

 

「そもそも、自分の旦那がスランプってだけで離婚にまで発展するかね?」

 

「……わからないわ。お母さんが、あの人のどこに惹かれたのかだなんて、聞いたこともないもの。」

 

「自分の親の馴れ初めとか、知らなくて当然だもんなぁ…。」

 

 

 

勿論俺も知らないし、知りたいとも思わない。そもそも親父に至っては顔も知らないし、正直あまり関心がない。

だとしても、友希那から聞かされる要因にはどうにも違和感があった。

 

 

 

「んで、そこでウチのババアが出てくるのもまた謎だ。」

 

「そうなの?」

 

「仮に、友希那の兄になるような息子がいるシングルマザーなんざ、世の中には腐るほどいるだろ?」

 

「……ええ、まあ。」

 

「近場で済ませたかったか或いは…」

 

 

 

特別な繋がりが元よりあった、か。同窓生や仕事関係、何らかの趣味や組織・自治体を通しての顔見知り。可能性だけならほぼ無限にあるといってもいいが、だからと言ってアレを選ぶ程の要因があるようには思えない。

やはり謎だ。何なんだあのイケメンは。

 

 

 

「あっ。」

 

 

 

小さく声を上げた妹に目をやれば、ポケットから取り出したスマホに目を落としていた。グー〇ル先生は親の離婚理由まで把握しちゃいないと思うが…何だろうか。

 

 

 

「どした。」

 

「……ごめんなさい。私、今日練習があるってすっかり忘れてしまっていたわ。」

 

「さっきスタジオに行ったんじゃなかったのか?」

 

「行く最中にお母さんを見かけたんだもの。……そのまま、つい、帰ってきちゃったの。」

 

「お馬鹿さんか…。」

 

 

 

いや、気持ちはわからなくないが。こういう少し抜けているところも、愛嬌なのだろうが。

脇の下に両手を差し込むようにして、友希那を俺の膝から降ろす。出かけるとなればまた準備が必要であり、すっかり妹属性が身に染みたこの子は世話を焼かれることに馴染みすぎてしまっている。

「んっ!」と両手を広げ、着替えさせろのアピールをしてくる。できることならば、部屋着に着替える前に思い出して欲しかったなぁ…。

 

 

 

「わかったわかった。荷物……はさっきのままでいいか。何着る?制服?」

 

「ええ。」

 

「せめて脱ぐくらいは自分でせえよ。」

 

「や。ぬがせて。」

 

「……年頃の女の子だろうに。」

 

「はやく。リサが迎えに来るの。」

 

「何から何まで…お姫様だな、本当に。」

 

 

 

女物なぞ触ったこともなかったのに、脱衣着衣の手際が良くなってしまっている俺も人のことは言えないか。

この前も香澄ちゃんに驚かれ…いやあれは引かれたと言っても過言ではないな。

付き合いたてにしてはスムーズに脱がせ過ぎたのはまあ、反省点か。

 

 

 

**

 

 

 

「それじゃリサちゃん、よろしくな。」

 

「はぁい。任せといてー。」

 

「終わったら、連絡するわね。」

 

「ん。ちゃんと小まめに給水するんだぞ?」

 

 

 

準備を終え、玄関先で待っていたリサちゃんに友希那を預ける。ぱたぱたと手を振りながら引き摺られる友希那をそのまま見送り、角を曲がり姿が見えなくなったところで家の中へと引き返した。

 

 

 

「お?○○一人かぁ。」

 

「……お父、湊さんか。何か用?」

 

「つれないなぁ、いい加減お父さんと呼んでくれ給えよ。」

 

 

 

そこで鉢合わせたのはまさに渦中の人。友希那の実の父親であり、今現在は俺とも戸籍上で親子関係にある優男。

にこにこと柔和な笑みを浮かべ両手を広げて迫ってくるが…正直俺はあまり得意としていない部類の人間だ。友希那曰くお袋と再婚するまで見たこともなかったらしい完璧な笑顔は胡散臭すぎるし、そもそも父親という存在にいい印象もない。

友希那の苦悩の種ともなれば、もはや恨みを抱いているといっても過言ではないのだし。

 

 

 

「まあ、そのうちにでも。……友希那ならRoseliaの練習に向かったところだけど?」

 

「そうかそうか、いや、頑張っているようで何より。」

 

「……暇なのか?今日も一日家にいたみたいだけど。」

 

「まぁ、ね。活動をやめてからこっち、特にすることもないしね~。…あ、もちろんお金の心配はないよ?収入が絶たれたわけじゃないし、全くの無職ってわけでもないから。」

 

 

 

トコトン友希那には似ていないと思う。

へらついた様子を隠すこともなく、何が目的なのかもわからない。友希那は居合わせていないが、あの子は一生この父親に対してムーブを掛けることもできないのだろうか。

割とズバズバ物を言う友希那でさえ問うことの出来ないデリケートな問題。果たして俺が介入してもよいのだろうか。…正直葛藤はある、が、力になると宣言した手前、何もしないというわけにも行くまい。

 

 

 

「……あんた。」

 

「んん??」

 

「友希那のこと、もうちょっとちゃんと見てやれよ。」

 

「…………。」

 

「あいつが、本当に兄貴を欲しがったと思うのか?俺みたいな素性も知れない人間を引き合わせて、挙げ句兄貴と呼ばせて。……それで本当に、今のあいつが幸せだとでも思ってるのか?」

 

 

 

笑顔が消える。

お前に言われる筋合いはないと突っ撥ねられるだろうか。お前に何が分かると嘲笑われるだろうか。

結局のところ、血の繋がりも愛情もない俺とこの男は他人なのだ。母親には悪いが、最悪関係が拗れたとしても俺にも引けない時がある。

 

 

 

「……何が言いたいんだね?」

 

「友希那は、母親を欲してんだ。ウチの小汚えババアじゃねえ、あんたの元の妻……本当の"お母さん"をだ。」

 

「〇〇。……無理を言っちゃいけない。友希那から何処まで聞いたかは知らない。が、大人にも色々あってね。双方の気持ちだったり、事情が――」

 

「どんな事情があったって、あいつを苦しませていい理由にはならないだろ!!」

 

「…………。」

 

 

 

沈黙。一瞬見えた素の表情は、いつもの余裕ぶった薄気味悪い笑顔とは違って、確かに感情の籠もった生の顔だった筈なのに。

悔しいような、やりきれないような、そんな顔。

なのに、俺を諭しにかかった顔は、取り繕った憐れみを込めた表情だった。

色々ある、だ?我慢ができなかった。

 

 

 

「せめて説明してやれよ!納得行くまで、諦めが付くまで全部教えてやれよ!!親だろ!?父親なんだろ!?」

 

「〇〇!!」

 

「ッ!!」

 

 

 

すっかり頭に血が上っていた俺を止めたのはリビングから顔を覗かせた母親で。今にも軋み出しそうなほど歯を食いしばった俺とは対象的に、冷たくも強い声で呼んだ名前は、俺にそこまで責める権利がないことを暗に示しているようだった。

"父親"を見れば相変わらず気に入らない「やれやれ」とでも言いたげな薄い笑み。母親がその辺の事情を知っているのかどうかはわからない。

それでも、汚い大人の醜い事情が満ちているこの家には居たくなくて。

行き場を失った怒りを引き摺るように、家を飛び出した。

 

 

 

**

 

 

 

「そう……ですか。」

 

「いやごめん。君にこんなこと愚痴っても、仕方ないことだった。」

 

 

 

夜の公園。ブランコに乗る歳ではないと思い腰掛けたベンチで、思いの丈を吐ききってしまった自分に多大な嫌悪を抱きながら。

左手の甲を摩り続けてくれている恋人に、幾分か遅すぎる謝罪の言葉を。

 

 

 

「そんな!謝らないでください…!何なら、すっごく嬉しい気分っていうか…うまく、言えないですけど。」

 

「……嬉しい?」

 

「はい!だって…いつも〇〇さんにはお世話になりっぱなしだし、初めて、頼って貰えたっていうか……初めて、恋人っぽいこと出来たかなって。」

 

「……相変わらず変わってるな、香澄ちゃんは。」

 

 

 

さすが、誠司が目も離せないだけのことはある。こんなことを言って回れば、悪い虫がつかないかそりゃ心配だろう。

…勿論、俺がそうじゃないかと言われたら強く否定もできないわけだけど。

家を飛び出して後、無意識のうちに向かっていたのがこの公園だった。何度か香澄ちゃんとデートで訪れた程度であったが、落ち着いた雰囲気と常に閑散としている感じが妙にお気に入りなのだ。

香澄ちゃんにはその姿を偶然目撃され、問い詰められた挙げ句全てを話してしまったわけだが…。

プライベートもプライベートな話題だったことと、感情に任せて愚痴の限りを吐き出してしまったことが何よりも申し訳ない。

後悔先に立たずとは言うが、年下の、それも俺なんかを好いてくれる特異な子にこんな事…全く情けない限りだ。

 

 

 

「えへへ…誠司くんにも、よく言われます。」

 

「変わってるって?」

 

「はい。「香澄は普通の子とちょっと変わってる所あるから、変な人にはついて行っちゃだめだよ」って。」

 

「お父さんかアイツは…。」

 

 

 

同感、だけども。

 

 

 

「……でも、知らなかった。友希那さん、そんな事になってるなんて。」

 

「そっか、バンドで繋がりあるんだっけか。」

 

「はい!Roseliaにも友希那さんにも、色々お世話になっちゃってるので…。」

 

「……。」

 

「私にも、何かお手伝いできること、ありますか?」

 

 

 

摩る手を止め、真っ直ぐな目で問うてくる。この子のことだから、俺が恋人だからとか友希那と知り合いだからとか抜きに、純粋な気持ちでそう言っているのだろう。

至って真剣なその目に、いつだったか、何度目かの告白の日にも負けたのだ。

だが、俺自身本質を掴みかねているこの状況で彼女の手を借りることはあるだろうか。あの男が何を思っているのか、どうしていくつもりなのか…何もわからない状況で。

だからこそ、彼女に返せる答えは一つ。

 

 

 

「そう…だな。これから、もしまた俺がテンパっちまった時…悔しかったり、どうしようもなく泣き言を言いたい時。……今日みたいに、話聞いてもらっても、いいかな。」

 

 

 

迷惑はかけたくない。ウチの内情に巻き込みたくもない。

それでも、力になりたいと思ってくれるこの子を無下にも出来ない。現に今日は救われているのだから。

迷い半分で伝えた言葉に、握っている手と同じくらいの温かい笑顔を返してくれた。

 

 

 

「えへ、任せてください。いつでも、そばに居ますから。」

 

「……そうか。」

 

 

 

誠司、この子めっちゃいい子だわ。

心の中で誠司に手を合わせている丁度その時、公園の入口の方から見覚えのあるちっこい影が近づいてきた。

 

 

 

「……友希那?」

 

「お兄ちゃん。帰ったらおうちに居ないんだもの。一体……戸山さん?」

 

 

 

珍しく眉尻を下げて、まるで心配でもしているような表情の妹だったが、隣でにこにこと眺めている香澄ちゃんに気づき近づく足を止めた。

 

 

 

「何、してるの?」

 

「友希那さん!私、応援してますから!!」

 

「んぇ??……え、ええ、ありがとう??じゃなくって、どうしてそんな、くっついて…ええ??」

 

 

 

香澄ちゃんの状況説明とは程遠い一声も相まってか、思考が追いついていない様子。

そういえば、香澄ちゃんと付き合ってること、言ってなかったっけ。

 

 

 

「探してくれたのか?」

 

「え、あ、うん。だって、帰っても一人じゃつまらないし、夕飯はできていたし。」

 

「そかそか。ごめんな、急に出掛けたりして。」

 

「うゅ……別に、見つかったから、いいのだけれど。」

 

 

 

香澄ちゃんの温もりに包まれている手を放し、棒立ちの妹に近づいて髪を撫でる。幾分か擽ったそうに身を捩るが眉尻は元の位置に戻っていった。

そのままの流れでいつものように手を繋いだところで、ハッとしたように友希那が顔を上げる。

 

 

 

「お、お兄ちゃんっ。」

 

「なんだよ。」

 

「さっき、戸山さんと、手、繋いで…」

 

「落ち着け落ち着け。繋いでいたが、どうした??」

 

「……私だけじゃ、なかったの?」

 

「??」

 

 

 

はて。俺の手の所有権に関して決まり事は無かったはずだが。

しかしこの心底心配そうな表情。先程俺を探していたときの顔より余程重篤な問題を前にしているように思える。

もしかして俺は、友希那とも付き合っていた…?

 

 

 

「うぉぉ……友希那さんって、めっちゃお兄ちゃんっこですね!!」

 

「なっ……だ、黙りなさい、戸山さん!そんなことないわ!!」

 

「だってぇ…えー?友希那さん可愛い…!!」

 

「かわっ……お兄ちゃん!お兄ちゃんからも何か言ってやって!!」

 

「……友希那は可愛いよな?」

 

「お兄ちゃ………うぅぅぅぅう…!」

 

 

 

結局香澄ちゃんの乱入により妹の言いたかったことは話題の波の彼方へ。

その後は三人して茶化し合いながら帰路を辿り。妹と我が家に着いたのはすっかり闇の帳が降りてからだった。

 

 

 

「お兄ちゃん。」

 

「なんだよ、揶揄ったのは悪かったって。」

 

「……もう、急に居なくなったりしちゃ、嫌だから。」

 

「……ああ。」

 

 

 

否が応でも帰らなければいけない自宅。可愛い妹。

明日からもこの現実と、理不尽な問題と向き合っていかなければいけない。

心強い恋人の協力も得た今、俺はなんとしても友希那を救わねばならんのだ。

 

 

 




すっかり忘れていたお話。




<今回の設定更新>

〇〇:忘れてたわけじゃないからね?
   なんだかんだで、香澄とはヨロシクやっている。

友希那:外と家とのギャップが凄い。
    リサはある程度の状況は理解してくれているようだが…。
    痩せ型。

パパ:一体何を考えているのやら。

香澄:天使。


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【ぷち】私とちいさな彼女の日記
2019/11/02 1.疲れと笑顔の関係性について


 

 

「あら!うかない顔ね!!」

 

「んー…あぁ、こころんか。ちょっとね、疲れちゃって。」

 

「うふふっ、つかれたときはね、いっぱいわらえばいいのよ!!」

 

「……笑う元気もないときは?」

 

「それはあたしじゃわからないわね…あ!みっしぇるにきいてみましょっ!」

 

 

 

膝の上によじよじと登ってきて眩しいような笑顔を見せてくる、体長30cm弱の女の子…。この子は、作り物やおもちゃなんかではなく「ぷちどり」というれっきとした生き物だ。

科学者である私が生み出した「人造生命体」である。やれ「非人道」だの「科学の暗黒面」だの揶揄され研究所を追い出された私だが、新天地として選んだ研究都市『ギャラクシースペース"サークル"』。…ここでついに研究を完成させ、固定観念や偏見のないこの自由な街で気ままに暮らしているってわけさ。

 

 

 

「ねぇねぇみっしぇる!○○がつかれてるんだって!…どうしたらいいかしら?」

 

 

 

今膝の上で懐からクマのぬいぐるみを取り出して何やら話しかけている金髪のこの子は、型番BD-021K・名前は「こころん」だ。

不思議な事に、人格や知識については一切手をかけていない。ビーカーの中で、小さな粒子として誕生した直後より独自で学習・成長していくらしく、結局のところ彼女らもまた1個体として懸命に生きていることが伺い知れる。

 

 

 

「んー???…あぁほら、こころん。ちょっとみっしぇるを貸してご覧。」

 

「んっ!」

 

「…うん、やっぱりちょっと解れちゃってるね。すぐ直してあげるから、テーブルの上で待ってて?」

 

「わかったわっ!」

 

 

 

ええと裁縫道具裁縫道具…と。あぁあった。

女にしては致命的な程ガサツと自負している私でも、簡単な裁縫くらいはできるつもりだ。…尤も、この技術も別の「ぷちどり」に教えてもらったことだが…。

食卓として使っている長机へ戻ると、こころんが小さなクマのぬいぐるみ――彼女は何故か"みっしぇる"と呼ぶ――に笑顔で話しかけているところだった。

 

 

 

「いーい?みっしぇる。あなたの体はおなおしがひつようみたいなの!…あっ、しんぱいいらないのよ、○○はてんさいなんだからっ!」

 

「…手術、受けてくれるって?」

 

「えぇ!みっしぇるはとってもつよい子だわ!!」

 

「オーケイ。この名医様に任せときな?」

 

「よぉしくおねがいしまぁすっ!」

 

 

 

こころんからみっしぇるを受け取る。……針に糸を通そうと、糸通しを用意していると近づいてくるもうひとつの気配。

 

 

 

「はいコレぇ。探してたでしょー?」

 

「あら!リサも来たのね!」

 

「んー?…なぁんだ、リサが持って行ってたの??」

 

「あっははっ、やっほーこころん。…んま、ちょっとね~」

 

 

 

長机から床まで伸びた階段をトコトコと登ってきたのは少し派手目な印象の茶髪の子。彼女はBD-008L・名前は「LISA」という。アルファベットで名付けてしまったのは当時ハマっていた歌手の影響が強かったが、本人もほかの「ぷちどり」達にも不評なのでカタカナで呼ぶことにしたんだっけ。…音で聴く分には関係ないはずだけども…。

あ、因みにだけど、糸通しっていうのはアレね。あの銀色のペラペラのやつ。エリザベス女王の横顔みたいなのが描いてあるやつね。

 

 

 

「持ってきてくれてありがとうね、リサ。」

 

「いーよんっ。…あっ、こころんのみっしぇるじゃん!アタシが直そっか?」

 

「いーのいーの、これは私が引き受けた手術だからね。」

 

「そっかー。」

 

「…もし暇だったら、助手役お願いしちゃおっかな?」

 

「助手!いいねいいね、やるやる~。」

 

「ようし、じゃあ……茶糸。」

 

 

 

どこからか取り出したエプロンを装着したリサを携え、手術はスタートする。

 

 

 

「はいよっ」

 

「……汗。」

 

「あーいよっ」

 

「………糸切り鋏。」

 

「りょ~」

 

「…んー、ちょっと綿抜けちゃってるのかなぁ…。」

 

「綿、入れる?」

 

「そだねぇ…。綿の袋、どこにあるかわかる?」

 

「まっかしとき~」

 

 

 

元気に階段を駆け下りていくリサ。手術は一時休憩だ。

そのタイミングを見計らってか、肘を付く格好になった右腕のあたりにはこころん。

 

 

 

「せんせい…うちのこはだいじょうぶでしょぉか?」

 

「…まぁ、あとはみっしぇるくんの生命力次第ですかねぇ…。」

 

「……がんばって…みっしぇる…」

 

「大丈夫、ご安心を。」

 

「んぅー。」

 

 

 

右腕はしがみつかれているので使えないが、代わりに空いている左手でその頭を撫でてやる。それまでの緊張感とは無縁なほど間抜けな鳴き声が、まるで押し潰されたかのように漏れる。

 

 

 

「あっははは、何だその声は。」

 

「あ、○○わらったわ!!」

 

「ありゃ、本当だ。」

 

「うふふふ、みっしぇるをよろしくねっ!」

 

「あいよ。」

 

 

 

やがて戻ってきたリサより綿を受け取り、詰め詰め…。無事に縫合も終わり、私の役目は終わった。

 

 

 

「…よし。じゃあ助手、あとは玉どめをお任せする。」

 

「らじゃー!」

 

「うむうむ。……こころんさんや。」

 

「はい!」

 

「直ったよん。」

 

「わぁい!!」

 

「…はい、こころん。」

 

「わぁ……!!!ありがとう、ふたりとも!!」

 

 

 

玉どめも完了したみっしぇるをリサが手渡す。…どこで玉どめしたんだか全くわからない程の腕前、なんつーえげつない技術なんだ。

恐るべし、LISA。

 

 

 

「ねーねー○○?アタシのお給料はー?」

 

「そうだねぇ……はいこれ。」

 

「うわぁ!!二つもいいの!?」

 

「ん、助かったよ。また何かあったらよろしくね。」

 

「了解~!」

 

 

 

ポッケから取り出した二粒の金平糖。リサはそれを大事そうに抱えると走っていってしまった。

…何故かこの「ぷちどり」たちはコレが大好きなようで、私からのお礼やお小遣いとして渡すと物凄く喜ぶ。…今回は、こころんにも上げないとね。

 

 

 

「う?あたしのもあるの??」

 

「うん、一個だけだけどね。」

 

「でもあたし、なんにもしてないわ。」

 

「私を笑顔にしてくれたでしょ??そのお礼だよ。」

 

「あっ!!……えっへへへ、あたしもえがおになっちゃうわね!」

 

「現金だなぁ…。」

 

 

 

これは、日記という名目で残す、私と"彼女"たちの研究日誌―――――

 

 

 




新シリーズは全キャラでます。




<今回の設定>

○○:18歳にして稀代の天才と謳われるマッドサイエンティストの少女。
   白衣を常時着用していて、独特な高笑いをする。
   無から生命を創る、という禁忌を犯したために通常の生活区では生きていけなくなった。
   現在の研究都市に移り住んでからは、自ら生み出した「ぷちどり」達と
   幸せに暮らしている。

こころん:型番BD-021K・名前は「こころん」。
     体長30cm弱のボディながら気品溢れる振る舞いのお嬢様のようなぷちどり。
     無駄に元気。みっしぇると名付けた小さなテディベアが親友らしい。

LISA:BD-008L・名前は「LISA」。何故かアルファベットの名前を嫌がった。
   頭にカタカナを思い浮かべて呼びかけるだけで喜んだので思考を読めるのかもしれない。
   派手な見た目だが面倒見のいいお姉さんのような存在。
   主人公に裁縫を教えたのも彼女。


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2019/11/24 2.人格と記憶の再現性について

 

 

「よしよし。…もう大丈夫だからね。」

 

「ふぇぇん……ふぇぇぇ……。」

 

 

 

腕の中で震えながら小さく鳴いている水色の生命体。生命体といっても、少し潰れたお饅頭の様なボールに簡易的な目と口が付いているだけのシンプルな見た目をしている。

私は創造主だから当然、生き物としてファーストインプレッションを果たしたが…恐らく"ぷちどり"の存在を知らない人間が初めてこれを見たらまず生き物だとは思わないだろう。

この子達――研究上「断片(フラグメント)」と私は呼称している――は、誕生する確率は物凄く低い。多少嫌な言い方にはなってしまうが、要するに設計図に誤りがあったために未完成のまま実体化してしまった生命なのだ。

例えば元となる粒子状態の期間に不純物が混入してしまったりだとか、容姿形成段階で設備に不調が表れたりだとか。…そういった計算外の出来事一つによって容易に崩れてしまうのがこの"生ける可能性の方程式(ぷちどり)"なのだ。

 

 

 

「階段は危ないからスロープを付けたでしょ?どうして無茶するの、ふらん。」

 

「ふぇぇぇ……。」

 

 

 

ふらん。この水色のフラグメントは私の下で誕生した最古のフラグメントで、正式呼称は『フラグメント・オブ・カノン』という。実在する人物の人格を宿せないかと試行錯誤した末にあと一歩のところで頓挫した計画。

『カノン』というのはモデルにしたかつての研究仲間の名前であり、ぷちどりとして誕生した暁には「かのん」と名付ける予定だったのだ。フラグメント化したことにより別の個体名を考案する必要があったが、いちいち「フラグメント・オブ…」などと呼んでいては厳つすぎる…ということで、適度に縮めた結果がこの"ふらん"なのだ。

ふらんには先程説明した通り手も足も無い。と言うより、体の部位というものが無い訳で、当然他のぷちどりが利用している通路を同じように利用することは困難を極める。

よって、段差にはスロープを、梯子横にはエレベーターを設置したのだが……。

 

 

 

「またうっかりしちゃったのか。…本当にふらんはうっかり屋さんだね。」

 

「ふぇ!」

 

「はっはっは、威張る所じゃないからね、それ。」

 

「…ふぇぇ??」

 

「はいはい、次は気を付けるんだよ。」

 

 

 

ばうんばうんと跳ねるようにして私から離れていくふらん。…そのまま何処かの部屋へ行ってしまうのかと思ったら、寄り道。

あっちへフラフラこっちへフラフラ、何が楽しいんだか部屋のあちこちを見て跳ねている。…あっ!何だか危なっかしい動きだと思い注視していると、案の定階段ゾーンへ入っていきそのまま踏み外す。

べいん、ばいん、ぼいん、ぽわん、ぺやん、ぽわん…べちゃ。コミカルな効果音を響かせながら転げ落ちて行った彼…彼女?は突っ伏して震えながらまたも鳴き声を上げる。

 

 

 

「ふぇぇぇぇん……ふぇぇええええ!!」

 

「……もー。」

 

 

 

駆け寄りながら考える。

そもそもこの個体はここまでアグレッシブな子じゃなかった。いつもPCの近くやケージの隅でぼんやりしている様な子…。

それが、他のぷちどり個体を目にするようになってからだろうか。自分も同じように動き回り、同じようにコミュニケーションを取り、同じように成長し…周りと同じことをしたがっているのだ。

我々人間の子供に置き換えてみるとわかりやすい。ただの幼体ではなくなり自我が芽生えた頃。それに付いて回り保護してあげる…まさにそんな存在が必要なんじゃないだろうか。

 

 

 

「ふぇぇぇ。」

 

「そうだねぇ…。君のはうっかりじゃないかもしれないねぇ。」

 

「ふぇぇ!ふぇぇ!!!」

 

「…確かにそうだ。…ふらんにも、そういう人が居てくれるといいけどねぇ。」

 

「…ふぇえ??」

 

「…………わかったよ。」

 

 

 

居ないなら作ればいい。失敗したならもう一度挑めばいい。

私はこの子を生み出してしまった親なわけだし、この子が望むならそれを無下にできる理由はない。

 

頓挫して封印されていた、あの計画をもう一度。

 

 

 

「待っててね、ふらん。」

 

 

 

**

 

 

 

「……だめだ。」

 

 

 

ふらんに見得を切ってから早くも四時間が経過した。手元の計画書と作業台に積み上げられた失敗データの山を前に、すっかり疲れ切った私は大きなため息を吐き出していた。

ふらんを生み出した時と違い、今は科学の進歩を感じられる設備が多く揃っている。そのなかでも発生実験の結果を予測できるシミュレーターなんかは大いに役立っている。役立っている筈なのだが…。

やはり自然発生ではなく人格等を調整している為かどうもうまくいかない。足元で不安そうに見上げるふらんには悪いが、この実験は限界と…

 

 

 

「いかんいかん、何を弱気になってるんだ。決めたじゃないか、この子に"母親"を創るって。」

 

 

 

気分を変えようと、リフレッシュルームへ足を運ぶ。様々な観葉植物や人工的な空、疑似的に季節やロケーションを味わえる装置などが並ぶ中、ふらんの色にも似た水槽が並ぶゾーンをぼーっと眺める。

やっぱりマンタはいいなぁ…。大きくて、優雅で…あの背中に捕まりのんびりと漂って居たいものだが…

 

 

 

「ふぇぇ!!ふぇぇぇぇっ!!」

 

 

 

何だ、君までついてきたのか。

ふらんの方を見ると、二つ隣の様々なクラゲが漂っているブースで燥いでいた。クラゲね…そういえば、カノンも大のクラゲ好きで、あいつのデスク脇にもデカい水槽があったっけ…。

未だ燥いでいるふらんの隣に立ち、暫しぼーっと水槽を眺める。……あっ。

 

人格形成の際、要は人生に於いての準備期間にあたる期間ではあるが、「好き」や「嫌い」といった判断も大いに影響を受ける期間だと聞く。元のカノンの人格にクラゲがどれほど影響を与えていたかは分からないが、試してみるのもアリかもしれない。どうせシミュレーターを使うんだから。

クラゲの水槽に手を翳し、反応を見せた個体を水面へと誘導する。やがて浮かび上がった個体の内一際小さな個体の、一見美味しそうにも見えるその笠の部分へ注射器を刺す。針も無ければ傷も残らない、スポイトの様なこのツールは、生きている者の体から固有成分(エッセンス)を拝借するためのものだ。勿論人間からも採集できるし、ぷちどりからも何かしら摂れるだろう。

これにより採集したエッセンスを基に、再度設計図を練り直す。構成物子を分子レベルまで計算し尽くす。

 

 

 

「……ふふん、やればできるもんだ。」

 

 

 

……どうやら私は辿り着いたらしい。あれから半日ほど経過してしまったが、シミュレーターが初めてプラスの数値を吐いたのだ。

いつもの様に粒子を保管・育成するための試験管を用意し、マシンも起ち上げた。…いよいよだ。新たな誕生の予感を感じ取ったか、数人のぷちどり達も集まってきている。

思わずゴクリと喉を鳴らした事に数秒遅れて気づくほど、私の心は高揚していた。スイッチに触れ、システムを走らせる。

最初こそ微振動を伝えているのみだったマシンだったが、やがてその動きは大きくなり一閃―――薄暗かった研究室が、眩いばかりの閃光に包まれた。

 

 

 

**

 

 

 

「…そう、〇〇ちゃん、頑張ったんだねぇ。」

 

「この子の為に、どうしてもやり遂げたくてさ。」

 

「ふふっ、すごいねぇ。」

 

「ふぇぇ!」

 

「うん、そうだよぉ。私が君のママ…かのんっていうんだよぉ。」

 

「ふぇっ!」

 

「ふふふっ、きみはふらんちゃんっていうんだねぇ。」

 

 

 

夜。何人かのぷちどりが私の元を訪れては「おやすみ」を言って去っていく。その対応に追われながらも机の上で和やかに笑う今日の成果を誇らしく思った。

 

あの閃光の後、本来であれば試験管に微粒子が浮かぶ状態で成功と言えるのだが、今回はすっかり完成しきった少女がそこに立っていた。多分に漏れず30㎝弱のボディではあったが、その立ち振る舞いや表情はまさに()()のそれで。

まだまだ研究途中とは言え異例の事態に、用意していた型番を伝える前に話しかけてしまった。

 

 

 

『…花音?』

 

『あー、〇〇ちゃん。久しぶりだねぇ。』

 

 

 

彼女はBD-022K。名前は「かのん」。

彼女なら、きっとふらんの良き母になってくれるだろう。私の知っている()()もそういう奴だった。

 

 

 

「…〇〇ちゃん?何か良い事でもあったのー?」

 

「ははっ、なあに。科学者ってもんは実験の成果にこそ生きている実感を得られるもんでね。だからこそ」

 

「「科学とロマンは無限大。故に私はその為に生き、その為に死ぬ。」…だよね??」

 

「…かのん。」

 

 

 

人格が同じ別の個体があったとして、別の思い出や別の人生を歩ませたときに果たしてこうも交わるものだろうか。

すっかり小さくなった且つての盟友を前に、私は時間も忘れ、声を上げて笑った。

 

 

 

「アァーッ―――――ッハハァッ!!!」

 

 

 

全く、世界ってのは面白い。

 

 

 




研究っぽい




<今回の設定更新>

○○:どんどん禁忌に手をつけていく方針。

かのん:BD-022Kを冠する水色髪のふわふわしたぷちどり。
    かつての盟友「花音」の人格を再現するプロジェクトの末誕生したもので
    採集した時期より後の記憶についても人格がそのままコピーできていれば
    再現できることが証明された。
    人格によって行動や思考のパターンは同じ一途を辿るのだ。

ふらん:言わば、「かのん」になりきれなかったもの。
    飽く迄一個体の生命として、この先も生きていく。


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2019/12/21 3.血縁と特質の共存質について

 

 

机の上で先程誕生したばかりの生命にまた新たな実験の成功を感じ、思わず小さくガッツポーズをした夕刻。

そもそもこの実験に手を出したのは、BD-010Aの一言があったからであり、BD-010Aもまたかのんと同じように知人をベースに人格再現を試みた個体だった。…正直なところ、今日の実験のきっかけとなった一言が出るまでは人格再現すらも失敗していたかと悲嘆していたところなのだが。

 

 

 

『きんきのそうぞうしゃ○○よ、おはなしをききたまえ。』

 

『そらまた仰々しい御名を頂戴したものだね。』

 

『ええと、ええと…』

 

『普通に喋ってどーぞ。』

 

『あこね、あこはね、なんだかさびしいきがするんだぁ。』

 

『…寂しい?』

 

『うん!…よくわからないけれど、あこはいっっっっっつもだれかといっしょにいたきがするの!』

 

 

 

朝食を終えた後、ぷちどり達の健康状態をチェックしていた時の事。紫髪をいつもの様にコテで丸めていると、BD-010A――通称「あこ」は唐突に始めた。

あこ、というのは古い知人の妹さんを再現しようと試行錯誤した結果に生まれた個体につけた名前で、モデルとなったその妹さんからそのまま貰ってきている。今回の人格再現は少し特殊で、私自身にあまり関りの無い人間の創造が目的。

私が思うに、近しい人間を造り出すのは再現であろうと創造であろうと少し易しい。再現であれば正解を知っている試験を受け直すようなものだし、創造するにしても自分を人格形成に関与させられる為に楽なのだ。…だがそれが無い場合。つまり、自分の与り知らぬ部分が多い生命体を創造或いは再現する場合は、大部分を想像や予測で埋め合わせなければならない分完成形が理想と大きくずれることが多い。

何せ正解を知らないどころか問題文すら無い物を解き明かさなくてはならないのだから。

そういった経緯を踏まえると、あこのその発言に辿り着いた時点で私の想像力の勝利なのである。…まぁ、何かに取り憑かれた様な痛々しく芝居がかった口調を時折使うのは残念な部分なのかもしれないが。

 

私の古い知人――モデルとなった「あこちゃん」の姉にあたる――はよく言っていたものだ。

 

「あこはアタシのただ一人の妹だからな。」

 

そう言っていた彼女も、今ではどこで何をしているのやら。私が研究所を追われる少し前に、あこちゃんを残して友人たちと出かけたまま消息を絶ってしまった。

BD-010Aの人格形成に大きく影響しているあこちゃんのイメージは、昔知人宅を訪れた時のべったりな"妹感"溢れる彼女と、大切な姉の帰りを一人待ち続ける強がりな彼女の二面である。たったの二面。…それでも、彼女の大部分は埋め尽くされていたんだろう。

私に、ここまで人を強く想う事が出来るだろうか?いや、出来ない。

 

 

 

『……誰か、か。…名前とかは思い出せないのかい?』

 

『うぅむ……あのね、このへんまででかかってるんだ!でも、ここからなまえがでてきてくれないんだよね!』

 

『…ん。きっと名前は、一度聞いたら忘れられなくなると思うけどね。』

 

『○○はしっているのか!?…さすがはぜんちぜんのうの…えっと……しってるならおしえてよぉ!』

 

『私じゃなくて本人から聞くべきだよ、それは。』

 

 

 

そのせいか無性に、この子の寂しさを埋めてあげたくなったのだ。

その心は、モデルのあこちゃんへの罪滅ぼしか、はたまた持たざる者である私から彼女への羨望の気紛れか。

 

 

 

**

 

 

 

「さてと、ここまでの手順はもうすっかり手慣れたもんだ。」

 

 

 

禁忌と言えど、こうも繰り返せばその準備などは当たり前のように熟せる様になってくる。シミュレーターを前に、且つての知人のデータや記憶・その他人格形成に役立ちそうなものを入力していく…が。

 

 

 

「成程、"特質"…か。」

 

 

 

かのん・ふらんの件から再度システムを見直した私は、シミュレーションの時点でより精度を上げ選択肢を広げるための項目をソフト内に追加していた。それが"特質"。物質や物体、データや音・光といった形の無いものまで何であろうと取り込み、遺伝子レベルで組み込むことができる。

この項目により、より人格再現の精度が高まったと共に"微妙にコレジャナイ感"を伴う個体も生み出せるようになってしまった。今まで「形になるか否か」だったものが「形になること」を前提とした精度の差が付くようになったと言う訳だ。これはこれで挑戦し甲斐があるし、創り出した後の充足感も一入なのである。

 

 

 

「あこも、なにかおてつだいすることあるー?」

 

「そうだねぇ…。」

 

「あこにできることなら、なんでもするよっ!」

 

「………。」

 

 

 

恐らくあこは、今から何をしようとしているかもあまり理解はしていないだろう。姉の存在を示唆するような発言もしたくない…糠喜びというのは本当に純粋さに傷を入れる行為だと思っているからね。

ただ手伝いたいというその意向も無下にしたくは無いので、一つ提案をしてみることに。

 

 

 

「あこはさ、ずっと一緒に居るとしたら、どんな人が良いかな?」

 

「えっとねー……あっ、おねーちゃん!」

 

「っ!!!……そっかぁ、お姉ちゃんかぁ。」

 

「うん!つよくてぇ、かっこよくてぇ、やさしいの!!」

 

「そかそか…。」

 

 

 

これはもう十分と言っていい程の成功例かもしれない。元のあこちゃんがどんな子だったか完璧に把握している訳では無いが、姉の方のイメージはまさにそんな感じ。

少々ガサツなところもあるが面倒見は良いし、常に男が途切れないくらい美人な癖して髪がショートの時期なんかは女性にまでモテてたっけ。…私の思い描く彼女を作るのはそう難しい事ではないが、直接関係を深めていくのはBD-010A(あこ)だ。この子の思い描く姉像に出来るだけ近づけてやりたいと思う。

 

 

 

「なんかね、どぉーん!ってなって、ばぁーん!ってかんじなの!!」

 

「……どーん、ばーん…???」

 

「そうだよ!それはまさに、しっこくのやみよりうまれいづる、しんえんのまおうのみゃくどうのような…」

 

「心臓の音…って感じかな?」

 

「ぴんぽーん!おっきいどきどきがずんずんってなって、あこはなんだかうれしくなるんだぁ!」

 

 

 

どーん、ばーん、ってなってズンズン心臓に響く…と言ったところだろうか。花火…ロックバンドのベース…コントラバスなんかも連想されるが。

肝心なのはその要素をエッセンスとして掛け合わせたときに、辿り着きたい人物像にどれだけ近づけるかという事。要するにあこのフィーリング次第と言う訳だ。

 

 

 

「花火とか…そういう「どーん」?」

 

「んぅ…ちがうんだよなぁ。」

 

「ふむ。……どーん、ばーん…。」

 

 

 

破裂音、或いは衝突音とも呼べるか。分類するにはかなり幅広く分布する"音"ではあるが…身近にそういったものがあったろうか?少し住処の中を探そうと色々部屋を回ってみることにする。

大掃除の最中に今の部屋が終わっていないまま隣の部屋に手を付ける様な、まるで宛ての無い作業ではあるが、かのんの時も些細なリフレッシュから鍵を見つけたのだから…強ち軽んじる訳にもいくまい。

呟きながら突如として立ち上がった私を心配する様に、その30cm弱の体躯を揺らしながらBD-010Aもついてくる。とてとてと聞こえるコミカルな足音も心なしか不安げに響いている。

 

 

 

「ここには何か…いやそう簡単にはいかないか…?」

 

「○○はなにをさがしちゅうなの?」

 

「あこのお姉ちゃんっぽいものだよ。どーんって感じのをさ。」

 

 

 

キッチン・浴場・トイレ…と、無駄に水回りを経由した後に訪れたのは沢山の玩具が散らかっている部屋。私は滅多にここを訪れることは無いが、ぷちどりたちは遊び場としてよく過ごす場所らしい。夜になるとリサとかのんが一生懸命片付けやら掃除やらをやってくれていると聞いた気がするな…。

成程、ここなら何かしらあるのではないかと期待して――

 

 

 

「○○!!!これぇ!!!!」

 

「…………ほほう、確かにこりゃ「どーん」だね。」

 

「うんっ!!!」

 

 

 

――まさか部屋に踏み入れた時点で見つかるとは思っていなかったがね。あこのフィーリングに任せるとは言ったが、ここまで一直線に向かっていくとは思わなんだ。

ボールで遊ぶ犬の様にダッシュで戻ってくるあこと一緒に、私も少しワクワクしながらマシンへと戻るのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「おねーちゃぁぁああああん!!!」

 

「あこおぉぉぉおおおお!!!」

 

 

 

もう何度目か分からないハグを交わし、グリグリと互いの頬をこすり合わせる姿に涙が出るほど笑った。笑い過ぎて、リサに背中を摩らせてしまう程、酸欠になる程感情を露わにしてしまった。

勿論純粋にその光景が面白かったこともあるが、目の前で起きる神秘と科学の発展に胸が躍ったのだ。自らの仮説と経験・直感に運が重なり出逢いは生まれる。それはきっとこれからも同じことで、その出逢いの数だけこの"日記"は頁を増していくだろう。

 

 

 

「○○。」

 

「あん?…なんだい。」

 

「アタシの名前…だけどさ。」

 

「…そっか、笑うのに夢中でつけ忘れてたね。」

 

「……見たことない位笑ってたな、お前。」

 

「何もかも見たことないでしょうに。あんたはまだ赤ん坊なんだよ?」

 

「…………そうだったな。確かに()()()()()()、赤ん坊か。」

 

「…………え?今何て」

 

「それよか名前だよ。…あるんだろ?お前のセンスが爆発してるヤツ!」

 

「あ、あぁ…ええと。」

 

 

 

BD-012T。…手元の、裏紙を束ねて作ったお手製のメモ帳にはそう記されている。だが例によって型番なんかで呼ぶつもりはなく、且つての"彼女"の名前に寄せた新たな名前は――

 

 

 

「……てょもえ。」

 

「あっはははは!!!なんだそれ!!」

 

「………うっさい、噛んだんだよ…。」

 

 

 

ともえ。…そう呼びたかったのに、興奮のあまり噛んでしまった。それをアイツみたいに大口を開けて笑うもんだから、つい。

 

 

 

「もう、そんなに笑うんなら知らない。本当に「てょもえ」って呼ぶからね。」

 

「ははははっ!いーぜいーぜ!全然いいよ!!センスも変わってないなーお前ー!!」

 

「…マジでうっさい。」

 

 

 

斯くして、あこには待望の姉が、私には昔なじみの顔がまた一人増えたのだった。

研究はまた一段階伸びしろを見つけ、今は興奮からまともに思考できない頭でも時間を置いてクールダウンした後に突き詰めていくだろう。

ただ純粋に喜んでしまって目を向けることも無かった、人格再現というおかしな事象に。

 

 

 




どんどんふえるぷちどりふぁみりー。




<今回の設定更新>

○○:意外と交友関係は広そう。
   どんどん禁忌を冒し、神の領域へと踏み入れていくご様子。
   ちなみに、まるで自給自足の様に振舞っている家庭菜園も研究の産物で、
   あらゆるエネルギー・食物・飲料はその他物質からの変換に成功している。
   最早創造神レベルだが、本編で触れる気は無いのでここで補足しました。

あこ:BD-010Aの型番を持つ紫髪のぷちどり。
   やたらと中二くさい言動を繰り返すが、知能故かどこかあほっぽい。
   姉が大好きで、モデルの記憶を呼び覚ますほど。

てょもえ:そいやそいや!そいやっはぁっ!
     せいせいっ!せいやぁ!あーやっはぁ!
     そぉいそいそいっ!そいやいさっはぁ!あーらよっと!


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2020/01/10 4.友情と年始の筋肉痛について

 

「ふはぁ……こうも雪が多いと参っちゃうな…。」

 

 

 

無事に年を越して早十日。厳かな雰囲気は何処へやら、降雪地帯であるこの都市に所在する私の研究所もご多分に漏れず、除雪の作業に追われていた。最近また少しずつ増えてきたぷちどりやフラグメント達の力を借りて毎日熟している訳だが、こうも連日続かれると流石に厳しいものがあるのだ。

ぷちどりという自分の娘の様な存在が出来たこともあり、安全面への考慮から自走型の除雪機を廃止…それ故の人力除雪作業なんだが、如何せん腰にクる。腰の痛む箇所をとんとんと解し、自然と曲がっていく背筋を伸ばす私を見てケラケラ笑うぷちどりや、新雪に燥ぎ転げまわるぷちどり。個性というものが実に現れる光景だが、一人黙々と作業を手伝ってくれる者もいる。

 

 

 

「…さーや?取り敢えず道は出来たし、残りは午後にやろっか。」

 

「えー?こっち半分は良いとして、あっち側はやっちゃわない??」

 

 

 

全身をモコモコと私お手製除雪作業着で固めたぷちどりが、子供用サイズのシャベルを置いて振り返る。一旦の昼休憩を提案してはみたものの、彼女にはこの中途半端な状態が気に入らないらしい。

目の前の公道の方を指差し、まだ終われないと切り返す。

 

 

 

「あっちの方って、さーやの身長だと埋まっちゃうでしょ??どうやって雪押すつもりなの?」

 

「……でもさ、早く雪退かさないと今日の新聞も見られないでしょ?」

 

「あー……うん、まあそれは追々、ね?」

 

「その言葉は一昨日も聞きましたー。」

 

「はっはっは、さーやは手厳しいなぁ。」

 

 

 

BD-005S、名を「さーや」と名付けた彼女は、今ウチで暮らしているぷちどり達の中でも取り分け精神が成熟している個体であり、私でさえも時折母親の様な威厳を感じてしまう程のしっかり者さん。

他の子らもまるで姉や母親を見るかのように慕っている節があるし、こうして行動力や判断力もある。現状唯一私を叱りつける存在でもあり、物臭な私が積雪故に諦めている朝刊の回収をこうして完遂させようとするのだ。

正直、パンパンになった郵便受けに諦めすら抱いている私は、雪解けを待つ姿勢で居たのだが…。

 

 

 

「もー。○○ってばほんとだらしないんだから。」

 

「そうだね…。…分かったよ、じゃあここから…あそこまで。広さは求めずに、さーやくらいの幅で道を作るのはどう?」

 

「…んー。それって、○○通れる?」

 

「朝はさーやの方が早起きでしょ??…ついでに取ってきてよぉ。」

 

「…はぁぁ…。しょーがないな、じゃあその分朝食が遅れちゃうから、準備手伝ってくれる??」

 

「交換条件と来たか…!…うん、いいでしょう。分担は後で決めよ?」

 

「りょーかい。…じゃ、さっさとやっちゃうよ?」

 

「はいはい…。」

 

 

 

どうやら、私も朝食準備の係に取り込まれてしまったらしい。朝が得意な訳では無い私は、いつもこころんに圧し掛かられるようにして起こされている。要はぷちどり達よりも遅く目覚める形になる為、朝食含む家事の殆どもこの子らに任せっきりなのだ。

頼んだ覚えも命令した覚えも無いが、自分たちの生命維持ないし生活の為にそれぞれが学習し取り決めたのだろう。研究結果としては大いに収穫のあるものであるし、彼女等に頼まれた装置やプログラムを組むことで私の技術力も上がる…と、何とも夢のような環境ではあるのだが。

 

 

 

「こら、何ぼーっとしてるの?早くやらないと終わらないんだからね。」

 

「…あいよ。」

 

 

ばしゅっ

 

 

「あうっ。」

 

 

 

腰に手を当て仁王立ちのさーやの顔面に柔らかく丸められた雪玉が弾ける。なんとも間抜けな声で尻餅をつき、ブルブルと首を振って水気を切る姿はまるで犬のようで可愛らしいが…後ろであわあわと過失を悔やむ犯人に目を向ける。

 

 

 

「かーしゅーみー?」

 

「ひぅっ!…ち、ちがうの、ありしゃちゃんがすっごいの投げてくるからね、わたちも負けないよってやったんだけどねっ、ありしゃちゃんは足がびゅんってしてるからね、それでね」

 

「間違えてぶつけちゃった時はどうするんだったっけ?」

 

「えぅ、あう……その…」

 

 

 

まるで猫の様な何とも特徴的なシルエットを形作る髪型の少女、BD-001K「かしゅみ」がその小さい体を一生懸命に使って必死の弁明をする…が、ここは保護者として、過ちを犯した時の対応を教え込まなければならないのだ。

少し顔が怖かったのか、ビクリと体を震わせ近づいて来る彼女は最早泣き出しそうだ。当のさーやはマフラーで顔を拭き終え、特に怒ったり悲しむ様子も無くかしゅみを見ている。さーやのことだ、本当は笑顔で迎え入れたいだろうに私のやろうとしていることも察しているんだろう。

 

 

 

「かしゅみ?なあに??」

 

 

 

もじもじと体を揺らすだけで何も言い出せないかしゅみに、さーやが優しい声で問いかける。

直後、ぶわっと溢れ出す双眸からの涙と謝罪の言葉。

 

 

 

「あ、あの"ね"…わたちね、えっとね、さーやちゃんにね、痛いことしようとしたわけじゃないんだよ、でもね、まちがってもね、さーやちゃんにぶつけちゃったからね、えっとね……ご、ごべんなざいな"の"ぉ…」

 

 

 

言い終える直前、最後の「えっとね」のあたりからほぼまともな声になっていなかったが、「悪い事をしてしまったら謝る」というプロセスは実行できた。崩れ落ちる様に泣き出すかしゅみを尻目にこちらに視線をやるさーや。頷きで返すと、泣き声を一生懸命抑えようとしゃくり上げるかしゅみの体を包み込む様に抱いた。

 

 

 

「うん…ちゃんと謝れて偉いね。…私は、怒ってないから大丈夫だからね。今度は近くに誰も居ないところで思いっきり投げようねえ。」

 

「うん……うん………うん……!!!…ごめんなざぁいぃ!さーやちゃぁあぁん!!ああぁぁあん!!!!」

 

 

 

許されることで大きくなる泣き声は安心に包み込まれることが由来するんだろう。ここまで優しく諭された経験のない私にはよく分からないが、さーやはきっといい母親になる。…と思う。

ところでぷちどりに子供は出来るんだろうか…と脱線した考えに及んだところで、木陰からじっとこちらを観察する小さな影を見つけた。さらりと零れるような金髪は隠せておらず、釣り気味の目は真っ直ぐにさーやとかしゅみを見詰めている。

その不審人物の死角をキープする様に近づき、後ろからひょいと持ち上げてみる。

 

 

 

「こら、ありしゃ。何してるのこんなところで。」

 

「や、やべー!…なにもしてないけど?」

 

「嘘おっしゃい。今、かしゅみから全部聞いちゃったんだけどなぁ。」

 

「………くっ。」

 

「正直に言ったら怒らないでいてあげるけど?」

 

「……………ありしゃは、かしゅみと雪遊びしてただけだし。」

 

「…だろうけど、かしゅみが泣いちゃってるよ?行ってあげなくていいの?」

 

 

 

眉間に皺を寄せ、視線だけをあちらこちらとふらふら彷徨わせるありしゃ―型番はBD-002A。もちもちの頬は霜焼けで真っ赤だ。

もごもごと言い辛そうにしていたが、体格差もあり逃げられないと悟ったのか小さく呟く。

 

 

 

「だって、今はさーやがいるじゃんか。」

 

「さーやが居たらどうして行かなくていいの?」

 

「う、うっせー!かしゅみはさーやの方が好きなんだろ!ありしゃはお呼びじゃないもん!」

 

 

 

一体どこで覚えたんだそんな表現…。

どうやら、つまらない意地を張っているらしい。当の本人に"つまらない"などと言ってしまえば怒らせてしまうだろうけども。

こんな時、きっとさーやなら上手い事円満に解決できるのだろうが、生憎と私にはそんな語彙力も発想もない。出来る限りの優しい言葉で、さーやにパスを回すとしよう。

 

 

 

「あのねありしゃ。かしゅみはありしゃが好きだから一緒に遊んでたんじゃないの?」

 

「……でも、今はさーやといっしょにいるだろ。」

 

「それはさーやに間違えて当てちゃったからでしょ?痛い事したら謝らなきゃ。」

 

「…かしゅみ、今あやまってるの?」

 

「そうだよー。いっぱい泣いてるけど、ちゃんと「ごめんね」って言えたから、今仲直りしてるんだよ。」

 

 

 

元から仲違いはしちゃいないが、表現としては間違えてないだろう。

 

 

 

「……。」

 

「ありしゃも、一緒にごめんねって言って来たら?」

 

「なっ……だ、だって、ありしゃはぶつけてないし…!」

 

「でも、さーやの方に逃げて行ったからかしゅみがそっちに投げちゃったんだよね?」

 

「う………。」

 

「……ありしゃは、かしゅみのこと好きかい?」

 

 

 

すっかり抵抗の体は辞め、落ち着いた様子で考えつつ抱き合う二人を見詰める。どこか寂しそうで、何かを我慢したようなありしゃに少し違う角度でのアプローチを試みてみる。

この、"攻める角度を変える"という発想は科学にも共通しているもので、そういった視点の転換であれば私にもできる。

 

 

 

「……すき。」

 

 

 

霜焼けの頬を更に赤く染め、消え入りそうな声で返事を返す。

手応え、あり。

 

 

 

「そっか。…それじゃあ、さーやのことは?」

 

「………すき。」

 

「うん。そうだね。…それなら、ありしゃも「ごめんね」ってできるかな?」

 

「……………ん。」

 

 

 

こくんと小さく、確かに頷いたのを確認し、雪の少ない場所へ降ろす。ついでに走り回ったせいで解けかかった緑のマフラーを直し、ポンポンと頭を撫でてやる。

 

 

 

「……いっといで。」

 

 

 

わーっと走り出すありしゃに気付いたのか、両手を開いて迎え入れるさーやとかしゅみ。収まりかけていた泣き声が二重奏にアップグレードされたのを聞きつつさーやを見れば無言のサムズアップ。

…わかったよ、仕方ないがここからは一人で頑張ろう。

 

 

 

「さぁて、もうひと頑張りしますかぁ。」

 

 

 

歩き回ったお陰で背中の凝りも幾分か気にならなくなったところで、先程近くの雪塊に刺しておいたスコップを引き抜き、ポストへの道を再び掘り出したのだった。

…あぁ、次は除雪用のパワードスーツでも造ろうかなぁ。

 

 

 




雪の日の一コマ。




<今回の設定更新>

○○:除雪作業から来る筋肉痛や凝りに若さは関係ない。
   ネーミングセンスが謎。

さーや:正式名称BD-005S。みんなのお姉さん、若しくはお母さん。
    異常な程面倒見が良く、落ち着きもある。
    理解力も半端じゃなく、主人公もテレパシーの研究を始めようと
    思ってしまう程。
    ポニーテールが可愛い。

かしゅみ:正式名称BD-001K。精神年齢的にもまだまだ幼く、すぐに泣く。
     髪型は猫耳のようにツノが立った独特な物…だが、恐らく原因
     は生成時に興味本位で入れた金平糖。
     この主人公、すっかり遊び感覚で命を創造している。

ありしゃ:正式名称BD-002A。かしゅみの姉妹体のように、同じ設計図で
     生成された経歴を持つ。こちらは金平糖ではなく固ゆでの
     ゆで卵を投入された模様。主人公曰く、
     「ハードボイルドになるかと思って」だそうだが…何故か出
     来上がったのは素直になれないツンデレ娘だった。


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2020/02/05 5.才能と創造の極限値について

 

 

 

「○○っ!」

 

「どしたんこころん。」

 

「あたし、じょゆーになるわっ!」

 

()()()()……?あぁ、女優か?それまた急だね…。」

 

 

 

それは唐突の宣言。丁度先日開発した「人生楽々一生引き籠りセット」の発注受注転送装置を改良している時の出来事で、正直こころんが私の背中をよじ登っていた辺りで何か来るとは思っていた。思っていた…が。

女優とは書いて時の如く俳優業の女性を指す。ぱっと思いつくのはドラマや映画など演技表現の場での活躍。それにテレビを点ければCMや番組の華として見掛けることもあるだろう。…個人的な意見としては業務内容の掴み難い職業名だとは思うのだが、要は様々な要素を内包したタレント…観衆の心を動かす為の道具や歯車のようなものだと私は思っている。

そこをこころんが…ぷちどりが目指すと言うのだ。まぁこころん自体影響されやすかったり思い付きで物事を決める癖があったりするのは事実だ。だがそれなりに何かを感じて言っているのは間違いないだろう。

 

 

 

「急なのは相変わらずだけど…今度は一体何を見たの。」

 

「んとね、さっきテレビを見てたのね!…あ、勿論みっしぇるも一緒だったわ!」

 

「ずっと抱いてるもんねぇ。」

 

 

 

そこが定位置であるかのようにこころんの腕の中で大人しく脱力しているクマ。こころんはいつもこのみっしぇるを抱いて行動してるんだよね。

 

 

 

「そうしたら子供の将来の夢ランキングっていうのがやってたのよ!」

 

「あぁ、巷で調査しました的な奴だ。」

 

「…ちまたっていうのは…ごはん?おいしいやつ?」

 

「………こころん、ちまきとごっちゃになってない?」

 

「あのおにぎりみたいなご飯よね!」

 

「ちまきはね?巷っていうのは……ええと、何だろう、まぁアレさ。「その他大勢の人間の世界」ってかんじかな。今回で言うと、一般の子供たちに訊きましたーって感じ。」

 

 

 

厳密な意味など知らないが、大体の雰囲気さえ伝わればいい。こころんは頭の良い子だし、きっとニュアンスが伝われば後は自己で完結できるだろうし。

ちまきはこの前差し入れで貰ったものを皆で分けたから記憶として新しいだけだろうし…美味しかったけどさ。

 

 

 

「じゃあじゃあ、その他大勢の人はみんなじょゆーになりたがってるの?」

 

「あくまで人気職ってだけさ。子供なら子役って言う手もあるし。」

 

「あたしもなれるかしらっ!こやくっ!」

 

「こころん、女優って何する人か知ってる?」

 

 

 

そもそもの前提条件だが相手はぷちどりだ。寧ろ日常での会話やら感情表現が出来ている事も中々に不思議の塊状態なのだが、どこまで出来てどこからが出来ないのか、そこはまだ研究途中となっている。

体内のスキャンデータによると、人間の脳にあたる部位はほんの十数グラム程しか存在して居ないのだから、女優が何なのかすら把握できずに口が動いていることさえある。

 

 

 

「しらないっ!でも、皆を笑顔にしたり感動させたりするお仕事ってテレビで言ってたわ!」

 

「なるほどね。」

 

 

 

こりゃその部分から教え込む必要がありそうだ。とは言え私本人も交流のある人間も、芸能とやらの分野に関しては全く以て明るくない。

何せ生活の殆どを科学と研究に浸して生きているのだから、広がる人脈だってそう遠くないものになってしまうのだ。私は思い浮かべた中で最も外界に興味を持っていた且つての友人に連絡を試みることに。

 

 

 

「ま、何かを目指すってのはいいことだ。…私も女優とかについては調べてみるからさ、少し時間を頂戴な。」

 

「わかったわ!それじゃあ○○がじょゆーになるまで、あたしとみっしぇるもお稽古してくるわね!」

 

「…私が女優になる訳じゃあないんだけどなぁ…。」

 

 

 

元気に走り去っていく背中は、今日も可能性に満ち溢れているようで。

私は私の生み出した結果に、今日もニヤニヤが止まらなかった。

 

 

 

**

 

 

 

『誰かと思えばアンタか。電話の使い方知ってたんだな。』

 

「出ていきなりそれは失礼なんじゃないの?」

 

『電話越しにアンタの声聞く日が来るとは思ってなかったからな…で、急にどしたよ。』

 

(あおい)くんさぁ、アイドルだの女優だのと仲いいでしょ?」

 

 

 

枢木(くるるぎ)葵。彼と出会ったのは昔々のそのまた昔、私がまだ真っ当な科学者をやっていた頃の話。

十一歳で心を持ったAIを作り天才キッズとして注目されていた私がテレビに出る機会があったのだ。世界中の"特殊な"子供を集める特番か何かだったと思う。その番組のMCをやっていたミスだらけの新人アイドルが居て、収録後にその子を迎えに来たのが葵くんだった。

まだあの頃は人間に対しても興味を持てていた私はそのアイドルに絡みに行った。サインをもらうという名目で。そうしたなら案の定テンパってわたわたと百面相するものだから面白くなって…迎えに来た彼に「本当に十一かぁ?前世の記憶持ってるとか、ロリババアだとか、そういうんじゃねえだろうな。」と不本意な疑いを掛けられたりもしたが、何だかんだでそれ以来も交流は続いている。結局のところ、男の子はメカやマシンの類にロマンを感じるらしい。

 

 

 

『……面倒事頼もうとしてるだろ?』

 

「面倒ってわけじゃあないけどさ。身近な女優さんとかいない?」

 

『どんな質問だそりゃ。』

 

「……アイドル侍らせて暮らしてるんっしょ?アヤピから聞いたよ。」

 

『…あのバカ…!』

 

 

 

アヤピ…と呼ぶ程仲良くなった彼女こそ、出会いのきっかけになった例のポンコツ…あぁいや、元・ポンコツアイドル。名を丸山(まるやま)(あや)といって今や売れっ子の国民的アイドルに成長した素敵な女性だ。

実は彼らは従兄弟同士らしく、共に暮らしていた期間も長かったとか。アヤピの話だと今は同棲人数も増えてそれはもう乱れに乱れているとか……乱れる云々はこちらの勝手な想像だが。

 

 

 

「フヒヒ……で?」

 

『……まぁ、確かにウチに一緒に住んでる奴で女優はいるよ。』

 

「マジか。」

 

『…わかってて訊いたんじゃないのか?』

 

 

 

まさかこうも簡単にビンゴを引くとは。女優の卵の一人でも知り合いにいればと軽い気持ちでかけた電話だったが、この少女たらしは中々の結果を導いてくれたようで。

斯くなる上はすぐにでもその人物に引き合わせてもらって―――

 

 

 

「いや待てよ。」

 

『…あん?』

 

「…………ふふ、ふははっ!私は天才かぁ!?」

 

『……あんだってんだよ。』

 

 

 

―――引き合わせてもらうだって?そしてそこから地道に"女優たるや"を学ぼうって?

…そんなのは昔の私の考え方だ。昔からの知り合いに頼ったからといってやり方や考え方まで古くなってしまってどうする。今の私の持てる全てで以てして、今できる最善の選択で最良の手段を利用してやればいいだけなのに。

今の私には"創る"ことができるじゃないか。会うことが叶わなくとも、話すことが難しくとも、()()()()()()()()()()()してしまえばいいだけのこと。

 

 

 

「葵くん。その女優さんだけど。」

 

『あぁ?』

 

「プロフィールとかボイスサンプルとか写真とか、すぐに用意できるだけのモノを送ってくれはしないかい。」

 

『バカ言え、知り合いっつったって事務所とは何の関わりもない人間だぞ?流出だ私的利用だってクソうるせぇこの世の中でお前…』

 

「葵くんさぁ、私が外界と関わり持たない人間だって知ってるっしょ?それにほら、使()()()()()()()()()()()()()()()人間だってこともさ。」

 

『そらそうかもしれんが……あぁもう、今度は何やらかそうってんだよ?()()()だってアンタ、散々な目に遭ったじゃねえか。勿論彩だって悲しんだし、俺だって気持ちのいいものじゃ…』

 

「葵くん。」

 

『…ッ。』

 

「私はさぁ…もう一生分の業は背負っちゃったわけよ。もう……引き下がれないわけなんよ。」

 

『………。』

 

「今の私にはあの子達しかいない。だからあの子達が望むなら…またっ、【禁忌】にだって…!」

 

『わかったわかった。どうやってそっちに送りゃいいんだ?アンタのことだし、メール便だ何だって訳じゃねえんだろ?』

 

「……私は、君のような友人を持てて実に幸せだよ。」

 

『うるせぇ馬鹿。俺は彩の泣き顔が死ぬほど嫌いなだけだわボケ。』

 

「…相変わらずアヤピの事となると口が悪くなるようで。ククッ。」

 

『だーもう!早く教えろ!何だって送ってやるから!!』

 

「アァ――ッハハハァッ!!!」

 

『後で怒られんの俺なんだからな…。』

 

 

 

生身の人間と触れ合うのもたまにはいい。無論、彼の様に理解があって、無害な上に私の"生きる"邪魔をしない人間に限っての話だ、が。

 

 

 

**

 

 

 

「……あなたが○○ね。」

 

「お目覚めかい。……ええと、名前は確か…」

 

「しらさぎ、ちさと。きちんと覚えてもらっていいかしら?」

 

「はいはい、ちさとちゃんね。…ただ悪いんだが、ここでは名前は私が決める、いいね?」

 

「それが規則ならば従うわ。」

 

「ん、よろしい。…さてどうしたものか。」

 

 

 

机の上、綿とガーゼを敷き詰めた簡易的なベッドの上で目覚めた…いや目醒めた新しい生命。言語に関しての能力は軒並み平均以上、知力に関しても他とは一線を画している気がする。

反抗心も見えず問題なしだが、…オリジナルのフルネームを覚えているとは。…設計図を精密にしすぎるのも考えものということか。私が観測したいのは飽く迄も可能性の一途なのだから、完全にコピーを作ってしまっては何にもならず。禁忌どころの騒ぎでもない。

一先ず目の前の女優様に新たな名を冠してやらねば。

 

 

 

「しっかし、ダメ元で訊いたにしてはとんでもないものを引いたわ。」

 

「…なぁに?」

 

「あぁいやこっちの話。」

 

 

 

葵くんめ。白鷺(しらさぎ)千聖(ちさと)だって?

碌に外界に意識を向けない私でも知ってる超一流の女優じゃないか。何せ一部機器や生理用品等で使っている自作以外の"商品"、それらのPRやCMにだって起用されるほどなのだから。

大手企業が使いやすい、多用したいとし、どんなに難しい要求であっても難なく乗り越える…そんな彼女であれば女優の何たるかなぞ朝飯前だろうに。興奮のあまり嘗てない程の精度で設計してしまったよ。

実質葵くんにも何かしらの才能があるんじゃなかろうか。そんな大物やアヤピのような超絶可愛い子と平然と同棲してのけるのだから。…そのうち何かで感謝の意を伝えなければ、私の人としての僅かに残った部分すら許せなくなってしまいそうだ。

はて、彼であれば何を――

 

 

 

「あの、私の名前は?」

 

「…ん。…あぁ、ごめんね。つい考えに沈んでしまった。」

 

「そう。…自分の名前すらない状態というのは、何とも居心地の悪いものなの。早くね。」

 

「はは、それもそうだ。」

 

 

 

まるで人形のようにどこまでも澄んで綺麗な髪をまるで人形のような手で弄りつつ、上目遣い気味に恨み言をぶつけてくる小さな命。

ははぁ、これでは実際の白鷺千聖も中々に扱いづらそうである。葵くんあたりはどう手懐けているのか、はたまた敷かれているのか…。白鷺のような聖さと豊かに実る大き()()愛を持つ女性…なるほどなるほど。名は体を表す、とは斯く言うものか。

 

 

 

「…んじゃ、BD-017C。君に授ける名前は……"チサト"だ。」

 

「??……それじゃあ何も変わらないじゃないの。」

 

「あぁ。それ以上に君を表す言葉が見つからなかった…ということでね。ただ私は、親しみを込めて"ちーちゃん"って呼ばせてもらおうかな。」

 

「ちーちゃん?……随分と距離が近いように感じるけれど。」

 

「そりゃそうだ。私は君のお母さんだからね。」

 

「……まぁいいわ。あの男も私をそう呼ぶもの。」

 

 

 

…葵くん、やってんなぁ。

 

 

 

「それはそうと、君を生み出した理由だがね。」

 

「…ええ。」

 

「その…ただの女の子が女優になるにはどうしたらいいかな。」

 

 

 

厳密には()()()子ではない、けどね。それでも何も知らない小さな少女が目指すという意味では間違いじゃない。

ふわっとした問ではあったが、ちーちゃんは真剣に眉を寄せ…いや、これは、顔を顰め?

 

 

 

「それはまず無理でしょうね。」

 

「えっ」

 

「女優とは生まれるもので、作られるものではないもの。」

 

「それってどういう。」

 

「簡単なことよ。持って生まれる才能なの。あとから拾い上げたり、作り出すことなんてできないのよ。」

 

「………あー、その。」

 

「つまり私も、正しくは女優なんかじゃないのよ。創られた命、ある程度は都合よく貴女が"書き込んだ"ものなんでしょ?」

 

 

 

悲しげに、そして全てを悟ったような表情をこちらに向ける小さな大女優。何といったものか…送られてきた資料から一度読み込んだ白鷺氏の情報をもう一度洗う。

……あぁなるほど。今でこそ"頑張り"を観衆に見られることも多くなった彼女だが、出生から少なくとも数年間は完全に才能を感じさせる子供だったようで。まさに持って生まれた「天才型」。其れ故の考え方であるのだろうが…。

 

 

 

「それは申し訳ないとは思う。」

 

「まぁ、謝ってもらおうと思っているわけじゃないの。科学ってそういうものよね。」

 

「そう。」

 

「別にいいわ。…折角授かった命だもの、楽しんで生きるとするわ。」

 

「ん。まぁわからないことがあったら何でも聞いて。他の子達もいい子だし。」

 

 

 

大人びすぎている印象のせいで、仲良くやれるかどうかは何とも言えないけど。でもまぁ、さーやのような子もいるし、何とかなるだろう。

科学者の身でありながら希望的推測で話をするのはどうかとも思うが。

 

 

 

「あ、○○っ!…と、そちらはどなたかしら??」

 

「おやこころん。」

 

「はじめましてっ!あたしはこころんっ!あなたは…」

 

 

 

またいつの間にやら机の上までよじ登っていたこころんが軽快な足取りでちーちゃんに近づく。そういや二人とも、引くほど綺麗な金髪だなぁ。

 

 

 

「……○○、この子が例の?」

 

「あっ…そ、そうなんだよね。」

 

 

 

雰囲気で察したのか何かしらの特殊な能力があるのか…一目見た段階で早くも空気を読む姿勢になったちーちゃん。女優の成せる技なのか、完成度からくるスキルなのか。

できれば純粋なこころんの夢や憧れを打ち砕かないように程よくマイルドに事実を伝えて欲しいのだが…

 

 

 

「ふふっ…よろしく、私はチサト。ちーちゃんって呼んでね?」

 

「わかったわっ、ちーちゃんっ!」

 

「よろしくこころん。…ところで、こころんは何かやってみたいこととかあるの?」

 

 

 

おあぁ…ストレートに行ったなぁ。大丈夫か。

こういった科学に基づかない心理的なものは苦手な分野だ。手に汗握り見守ることしか出来ない。

 

 

 

「??…特にはないわっ!…あ、あたしお歌が好きなの!!」

 

「歌?…ええ、歌はいいわね。今度一緒に歌いましょっか。」

 

「えぇ!楽しみにしてるわっ!……あれれ?あたしみっしぇるをどこかに置いてきちゃったみたい。」

 

「おや、それは大変だね。探しておいで、こころん。」

 

「そうするわっ!…それじゃあ、またねちーちゃんっ!」

 

 

 

走り去っていく元気な背中は数時間前と何ら変わってはいない。…だが、女優云々はどうしてしまったのだろう。

また深く考え込んでしまいそうになる私にちーちゃんがニヤついた顔を向けてくる。

 

 

 

「ね、○○。」

 

「ん。……なーんだその悪い顔…。」

 

「子供ってね、あんなものなのよ。」

 

「…子供みたいな等身でえげつない事言うね。」

 

「あの男も貴女に対して同じ事を言っていたわよ?」

 

「……葵くんめ…。」

 

 

 

未だに同い年か年上のように扱ってくるもんな。十は若いってのに。

 

 

 

「ふふ、私たち、仲良くなれそうね?」

 

「そんな同志はいやだなぁ…。」

 

 

 

 




少し異色のぷちどりが増えましたね。




<今回の設定更新>

○○:よりマッド感を深めていく方針のサイエンティスト。
   意外にも交友関係は広く、様々な分野や世界(世界線)で活躍する人物との交流
   がある。
   彩とは愚痴を交わす仲。

チサト:BD-017Cの型番を持つ少し異様な雰囲気を持つぷちどり。
    いつも主人公が適当に放り込んでいる設計図や素材を究極に練りこむとこうなる
    模様。
    ほぼ本人のクローンのような完成度を持つ彼女は、当然のようにオリジナルの
    知識や記憶を引き継いでいる。

こころん:可愛い。記憶が飛ぶ時間については興味の強さとの関係性を調査する予定。

葵:枢木葵。アラサーになり本格的に結婚を意識し始めたらしい。
  現状Pastel*Palettesの五人と同居している形になるが、部屋数の都合から
  従妹である丸山彩と同じ部屋を個人スペースとして利用している。
  千聖ともそこそこにいい関係を築いているらしいが、この期に及んで人生の伴侶
  を選びきれない事で日々説教を食らうらしい。

みっしぇる:きせかえセットが今のところ八種類ある。
      タキシード、エプロン、ピエロ、ウェディングドレス、オーバーオール、
      ウェスタン、ポリス、セーラー服の八種類。
      全てリサの手作り。


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2020/02/28 6.報いと信念と過去と未来と

 

 

無気力。

急に訪れることもあるだろうその状態は、まさに文字通り気力が欠片も残っていないと言う事であり、何もする気が起きずダラダラゴロゴロと時間を浪費してしまう。

勿論良い事では無いと分かってはいるのだが…そもそも私の生活には何の生産性も無ければ目標も無い。趣味の延長の様な只の好奇心からぷちどりを生み出しては眺め、観察する。そのデータを何に活かすでもなく只管に己の研究結果として纏めるだけなのだが…。

まあ確かに、元の棲家を追われた身としては、学会に発表したり仕事を得たりと表世界に出て行けないのも仕方のない事なのだが。

 

 

 

「もう、またそうやってゴロゴロして。」

 

「…さーやー、暇ぁ。」

 

「暇だったら他の子の面倒見てあげてよー。私はかしゅみとありしゃで手一杯なんだから。」

 

「…私、さーやみたいなお嫁さん欲しい。」

 

「普通お婿さんじゃないの?欲しがるなら。」

 

「だめだめだなぁさーやは、ノーマルに縛られていちゃぁ、新しいものは拓けないんよ。」

 

「んー、ちょっと意味わかんないかなぁ。」

 

 

 

ぷちどりの彼女には同性間での愛情は伝わらなかったか…。少し残念ではあるが、その辺りについても追々研究を進めて行こう。

机に突っ伏す私を頭の横に立って叱るさーやだったが、遠くからかしゅみに呼ばれたことにより走って行ってしまった。ホントにお母さんだなありゃ。

また怒られても面白くないのでしぶしぶ作業に入ることに。

 

デスクの脇、コルクボードに貼ってあるメモを見る。メモというには大きすぎる気もするが、A3サイズの用紙にあまり上手とは言えない文字がびっしり書いてある。

これはぷちどり達に自由に書かせている、言わば「欲しいものリスト」だ。「ぽっぷこーん」や「かれーらいす」や「みっしぇるのいもうと」など、純粋に食べたいものや欲しいものが書いてある場合もあれば、「高い所に届く機械」や「乾燥機」や「暖房器具に触れないようにする装置」など、開発・作成を必要とするものもある。

私の生活は、主にこの依頼を熟して行く事で成り立っている訳だ。上手くいけば外界に売りつけるものも出来なくないし、ね。

 

 

 

「………かたな?」

 

 

 

その欲しいものリストに見慣れない言葉が。少なくとも昨晩には無かった物であるため、夜の間か私が机に突っ伏している間に書き込まれたのだろう。

凡そ書いたのが誰かは分かっているが。

 

 

 

「イヴー!!」

 

 

 

奥の玩具部屋に呼び掛けると、部屋の間仕切りの裾から、綺麗な銀髪に宝石の様な青い目といったまさにお人形さんの様な個体が顔を覗かせた。先日「純和風」なぷちどりもいいかと思い立ち創造したのだが、どう見ても洋に染まった子が誕生してしまったのだ。設計図は合っていた筈なのに…と思いきや頭の中はそこそこに「和」。そこそこというのは、まさに胡散臭い海外の人が日本に対して勝手に抱きそうな和風を持っていたから付けた。

彼女に与えた個体番号はBD-019E。名をイヴとした。名前の由来は、日本を内包した用文化の塊が生まれたことで、日本と海外の繋がりにより一層明るい未来を感じたから。世界平和への前段階…イヴに因んで名付けたのだ。今回はモチーフにした人物はいないので、完全なるオリジナル個体であると言えよう。

 

 

 

「なんデスか。」

 

「おーいで。」

 

「はぁい。」

 

 

 

とてとてと近寄ってきたかと思えば、椅子に座る私の足元…の床で正座する。

 

 

 

「…あのねぇ、別に私は偉い人じゃないんだから、そんな傅かれても。」

 

「いえ、お母様デスから。」

 

「お母さまでも無いし。○○ーって呼び捨てで良いんだってば。」

 

「○○…ドノ?」

 

「殿って……誰がお殿様だよ。」

 

 

 

こういうところだ。ここまで来ると最早知識云々といった話ではないような気もするが。やたらと「です・ます」を強調した話のまま続けようとするイヴを持ち上げ、机の上に乗せた。

 

 

 

「あわわ……高いデス…!」

 

「高いとこダメだっけ?」

 

「はわわ…はわわわわわ…!」

 

 

 

お話にならない。

このまま淵に置いておいても面白いが今はある程度コミュニケーションが取りたいので、体を支える様に持ち上げてデスクの中央へ。

コーヒーカップと並んだ彼女はまるでマスコットの様に可愛らしい。震えも恐怖も収まったようで、真っ直ぐな目を向け見上げてきた。

 

 

 

「御用デス?」

 

「ごよっ…まぁ用事はあるけどさ。」

 

「はぁい。」

 

 

 

こてんと首を倒すイヴちゃん。こてんこてんと首を揺らす姿はボブルヘッドみたいで愛らしい。彼女の前にソーラーパネルを置いたらもう立派な置物だもの。

だが今は別件だ。彼女の前に置いたのはソーラーパネルでは無く件の欲しいものリスト。

 

 

 

「あー!カタナ!」

 

「やっぱイヴだったかー…。」

 

「カタナ!テレビで見たデス!」

 

「時代劇でも見たの?」

 

「すごいデス!ばんばんってして、びゅんびゅんってしてまシた!」

 

「……?」

 

 

 

はて。バンバンしてビュンビュンするものなんかやってたかなぁ。そもそもこれが書かれる直前となると、テレビはあことリサが占領していた筈。何やらDVDを見るとかって騒いでいて…その映像を見て刀に憧れたのだろうか。

 

 

 

「ギリニンジョウデス。」

 

「ん。」

 

「男の生きる道は、ギリとニンジョウとイバラの道なのデス!」

 

 

 

ははぁん。こりゃ極道モノでも見たな?となると見たのは刀じゃなくてドスとか言われる短刀だよなぁ。

刀と言えば刀かもしれないが、ジャパンに憧れる人が想像するカタナとはまた違ったものであろう。

 

 

 

「で、イヴ?」

 

「はいデス。」

 

「そこにも付くんだ……ええとね、刀は危ないからあげられないんだ。ごめんね?」

 

「…ぇー。」

 

「ごめんねぇ。」

 

「えー…。」

 

 

 

それまでのハイテンションとは打って変わってしょんぼりした顔。首もすっかり項垂れてしまっているし、声にも覇気が見えない。

だが、流石にこの環境でぷちどりに凶器を持たせるのは不安である。料理をしたがるリサやさーやにも包丁を諦めて貰ったほどだし、チサトにも画材の類を諦めて貰っている。

信用していない訳では無いが、彼女は飽く迄も検体。研究の過程で生み出された結果の一つに過ぎないのだから、対等な立場としての信頼関係を築けるかどうかはまた別の話になってくるのだ。

 

 

 

「カタナ、だめデスか…。」

 

「うーん…危ないからさぁ。ほら、何を見たのかは分からないけれど、人を斬ったりしてたでしょう?」

 

「ええと、タマを斬っていまシた。」

 

「…玉?」

 

 

 

???くす玉でも割ったのだろうか。

 

 

 

「他には?」

 

「ばんばんっていうのと闘っていて、最後には自分の首をずぶずぶと…」

 

「…え、は?あの子らそんなの見てるの?」

 

「「みるな、キズになる」って言われまシた。」

 

「そりゃトラウマものだもの…。」

 

 

 

中々に生々しいものをご視聴なさったらしい。生活に悪影響を及ぼさなきゃいいが…リサは問題ないとしてもあこはカウンセリングが必要かもしれない。…あとで呼び出さなくては。

 

 

 

「でも、いぶは人を斬りたいわけじゃないのデス。」

 

「何を斬りたいの?」

 

「き、斬りたくないののデス!なにも!」

 

「じゃー刀いらないじゃん。」

 

「………かっこいい、デスから。」

 

 

 

形だけの刀が欲しいと。格好良さに憧れて、ね。

 

 

 

「そっかぁ。…やっぱり日本刀みたいな刀が好きなの?」

 

 

 

危害を加えない刀なら別だ。何か程よく安全な刀を作れないものかと思案しつつ、イヴの話を広げてイメージを探ることに。

PCのモニターの前へ左手を置くと掌に乗ってきたので、そのまま空いている右手でイメージ画像を検索する。…ふむ、画像検索でも結構ヒットするものだ。

 

 

 

「あっ!…あー!あれもカタナデス!?」

 

「そーだよー。……おぉ、結構格好いいじゃん。」

 

 

 

私も目覚めるかもしれない。

 

 

 

「これっ!」

 

「これ?」

 

「そうデス!この形がかっこいいデス!」

 

 

 

おいおい、ゴリゴリの日本刀じゃないか。やはり見たという映像は侍や武士のものだろうか。

イヴは目を輝かせてその画像を食い入るように見つめている。「ほぁー」とか「はぇー」とか……漏れる声はなんとも間抜けでありながら微笑ましい光景。本当に母親にでもなった気分だった。

 

 

 

「よし。」

 

「??」

 

「イヴちゃんは約束、守れるかなー?」

 

「約束デス??何何デス??」

 

「んー……んふふふふ…。」

 

 

 

私はこの子の願いを叶える気になっている。…が、それと少しばかりの意地悪への好奇心は別物だ。私だって科学者の端くれ、好奇心だけなら人一倍だ。

さてさてこの子はどんな反応を返してくれるか…。

 

 

 

「聞きたい?」

 

「デス!」

 

 

 

おいおい死にそうだね。

 

 

 

「んふふ………んふふふふふ……。」

 

「言ってくださぁい!知りたいデース!」

 

「どーしよかっなぁ。」

 

「ぐむむむむ…!じゃーいいデスっ!」

 

 

 

お。こりゃ新しい反応だ。

 

 

 

「セップクデスっ!」

 

「ぶふっ…こらこらどうしてそうなった。」

 

「これがニッポンの精神、ブシドーというそうデス!カイシャクカイシャクッ!」

 

 

 

もう全部間違えてるよイヴちゃん。介錯ってそんな楽しげなものじゃないし。

刀を抜くふりをしながらガニ股でリズムを刻む銀髪の人形。介錯介錯と口ずさむ姿は、最早怪しい教団の舞だ。…私は、我慢の限界だった。

 

 

 

「……あはっ!」

 

「??○○もカイシャクするデス??」

 

「くっ……アハッ―――――ハハァッ!!!」

 

「?????」

 

 

 

かわいい。

 

 

 

「ひー…はー…いやぁ、ごめんねイヴ。私の負けだ。」

 

「負けののデス??」

 

「ああ、負け負け。…負けたら相手に尽くすのも武士道だもんね。」

 

「ブシドー!?○○もブシドー好きデスか!」

 

「ああ、嫌いじゃないよ。……よし、じゃあ教えてあげよう。」

 

 

 

勿体ぶっている様だが私とて言いたくて仕方ないのだ。彼女らぷちどりは最早自分の娘のようなもの……喜んで笑顔でいる姿こそ幸せな景色という……待て、私はこんな人間だったか?

 

 

 

「やくそくっ!約束っ!」

 

「はいはい、ええとね。…イヴは、刀を持っても絶対に人に振るっちゃいけないよ。」

 

「…ひとに??…何故ののデス??」

 

「…きっとイヴが見たのは「人を斬るため」の刀だよね。」

 

「はいっ!かっこいいデスぅ…。」

 

「うん。…でもね、私はそんな刀より、大事な物の為に振るえる…守るための刀が好きかな。」

 

「???むつかしいデス。」

 

 

 

この気持ちを伝えるのも難しいんだよね。

…昔から、物事の発展には悪が必要だった。…所謂必要悪という訳だが、科学にも勿論あったわけで。それも、私の最も嫌うもの……戦争だ。

奇麗事を言うつもりは無い。だが、私は私の好き好んで学び・探し求めてきた物が、人の歩むはずだった道を奪うのが厭で仕方がないのだ。爆弾の発明も、銃の発展も薬物の研究も戦闘機の開発も……全てが偉大なものであり、全てが何かを壊すためのものだから。

その偉大な先人達を尊敬はする。だが、憧れはしない。だから私は、私こそは絶対に。

 

 

 

「………今度は泣いてるデス?○○。」

 

「………えぁ?……ああいや、これは何だろうね。」

 

「……悲しいことをしたデス?」

 

「ちがう、違うんだよイヴ。」

 

「…わるいことを、シてしまったデス?」

 

「……どこかで、間違ったりはしちゃったかもね。私のやっている、科学っていうのはそういうものだからさ。」

 

「誰かが、酷いことをシたデス?」

 

「ご、ごめんねぇ、私がこんな………でも、これは大丈夫なやつでね?これは」

 

「…わかったデス。」

 

 

 

いつの間にか真剣な思想に入り込んでしまっていたようだ。気付かず悔し涙を流すとは。

「これは昨日の残り湯だ」とでも冗談を飛ばそうと思ったが、左手の捲り忘れた袖を掴まれたことで言葉が止まってしまった。…その、真剣な目に。

 

 

 

「守ること。」

 

「…ん。」

 

「ほかのみんなも、○○も。」

 

「………イヴ?」

 

「みんなを守る時まで、カタナは使いません!それが、いぶのブシドーです!」

 

「…イヴ……。」

 

 

 

不覚。耳の奥に深く染み渡ったイヴの武士道。

私はここまで何を創ってきただろうか。私はこの先、この子達と共に何が見られるだろうか。

最早信じられる人間など両手にも満たないこの世界で、どれだけの子供達を愛し、守れるだろうか。

 

 

 

「○○のかがくは、間違ってないののデス!」

 

「………ッ!イ…ヴ…?」

 

 

 

どうせなら、後悔するかしないかすら考える暇がないほど熱中してやろう。

私に出来ることは、これからも生み出し、応え続けることだけなのだから。

 

銀の髪を撫でながら、少しだけ泣いた日のこと。

 

 

 

**

 

 

 

「ふわぁ!!これがいぶののデス!?いぶのカタナののデス!?」

 

 

 

驚きと喜びの混ざり合った感情に、人形は踊る。イヴが食い入るように眺めていたあの刀をモチーフに、鞘までそれなりに拘って作りこんでみた。

自分の発明品に意匠まで手がけたのは初めてかも知れない。私とて武器の類を作るのは初めてじゃない…が、愛すべき子供に血腥い物は持たせたくなかった。だがイヴの意思も無下にするわけにはいくまい。

よって、キチンと刃は付けたものの、ある機能も付けておいた。私が元の人生を棄てるキッカケにもなった禁じられたテクノロジーだが…恐らくそれが日の目を見ることはないだろう。

何せイヴは「私」も含めた皆を守るために抜くと言った。

 

この子達を守るのは、私だ。

 

 

 

「かっこいいねぇ。」

 

「デス!デスデス!」

 

「鞘を見てごらん?」

 

「う?…………ふわぁ!これはいぶデスか!ちょんまげデス!ちょんまげいぶ!あはははは!!!」

 

「頑張って彫ってみたんだよー。…気に入ったかな?」

 

「これはいいカタナデス!愛のカタナデス!」

 

「ははっ、そりゃいいや。」

 

「いぶの…愛の…カタナ……"イヴラブレード"と名付けるデス!」

 

 

 

こりゃとんだ和洋折衷だ。

 

 

 




少し真面目なお話




<今回の設定更新>

○○:少し変わり始めたような、そんな回。
   みんなのお母さん。

イヴ:BD-019E。世界平和の一歩手前を意味してイヴと名付けられた。
   愛刀「イヴラブレード」を引っさげ、今日も皆を守ります。
   「ののデス。」が口癖。
   結局見たのはブラックラグ○ン。銀さんのアレ。

さーや:主人公を叱るのはこの子の役目。
    このあと包丁を滅茶苦茶強請った。
    美味しい和食を作りたいらしい。

イヴラブレード:イヴ+ラヴ+ブレードという安直な名前。
        イヴによって名付けられた。
        その時が来るまで絶対に抜かないと約束したその鞘の内には
        世界で最も恐れられ世界で最も触れてはいけないとされた禁忌が
        封じられている。


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2020/04/02 7.原初の可能性と核心の不安について

 

 

今のままではだめだと、唐突に思うことがある。

何かを始めなければ、何かを変えていかなければ。

気は逸り、焦りは募り、不安と焦燥に煽られるように手を伸ばす。

 

例えば昨日…いやあれは今朝方か。何かあった時に咄嗟に動けるようにと、久しく使っていなかったVRマシンに手を出したのもそんな思いからだった。

 

 

 

**

 

 

 

ぷちどり達が寝静まったのを確認してヘッドギアを装着。マウント型のディスプレイに焦点を合わせ、モーションセンサーを搭載したコントロールスティックを握る。

それらを感知するカメラの正面に立ち、周囲の安全確認を済ませた上でプログラムの始動。

飽く迄拡張現実―それも主に視界と腕の動作程の範囲だが、軽く運動をするという目的であれば然程支障はない。開ける視界とサラウンドで聴覚に作用するサウンドに、少なからず迫っていた睡魔も飛び気分が昂る。…こう言った部分は、私もまだ子供なんだろう。

 

ずらりと並ぶメニューから取り敢えず一時間ほどのコースを選択。ザックリ言うなればボクササイズ…というものだったかこれは。開発チームはあまり聞いたことの無い名前だったが、実際の著名なトレーナー協力のもと確かな効果を実感できるように組まれた、と話題のプログラムだった。

運動不足気味の私を気遣ってか馬鹿にしてか、昔友人からもらったそれを私なりにアレンジしてみたものだが…画面内の血気盛んそうな筋肉質の男性やしなやかな筋肉を躍動させる女性トレーナーを全て我が家の娘たちに置き換え、ボイスも差し替えてみたが中々に効果はあるようで。

まるで実際に本人たちに監視されているかのような、妙な緊張感に包み込まれた。これで私の運動不足も解消できそう―――

 

 

 

―――二時間ほど経ったろうか。

開始早々に震え出していた脚部や腕部はもうすっかり脱力し、肩回り・腹回り・関節各位が痛みと共にガクガク揺れている。…完全なるオーバーワークだ。

指示に従って左右の拳を突き出すだけ、ただそれだけの単調な動作でこうも人間は打ちのめされるのか。改めて各方面のアスリートに敬意を表すると共に、二度と当プログラムを立ち上げまいと心に決めたのだった。

 

 

 

「……おふろ、はいろ。」

 

 

 

ヘッドマウントディスプレイを机の上に乱暴に放り投げ自分の体を検めてみればこの時期に似つかわしくない程の汗。立っていた場所には足跡まで付いている。

恐らく毎日の日課として熟せば寿命を半分ほどに短縮することができるだろう。一先ずはこの不快な汗を対処すべく入浴を以てしてリフレッシュを図ることにした。

我が家のお風呂事情だが、私用の入浴スペースは存在して居ない。元々あった浴室をぷちどり達が溺れずに浸かれる様改修したため、通常の人間サイズが入ることのできるバスタブは消滅したのだ。

よって私が身体の衛生環境を整える時は、まだ幼かった私が開発した省スペース微粒子シャワーを浴びることにしているのだが…流石に今日はゆっくり熱湯に浸かりたい気分だった。

…暫く思案した末、結局諦めて微粒子のシャワーを浴びる。服も脱がずに全身のクリーニングを出来る優れもので研究の合間に良く利用してはいるが、今日に限っては別だ。身につけている衣服もすっかり水分を吸い重くなってしまっている為、脱ぎ捨ててその解放感を楽しむ。

人工的に作り出された微粒子の風が体に沿うように流れていく。その後には皮脂も汚れも埃一つ残らず、最後にはその日の気分で選んだ香りづけもしてくれる。…我ながら良い発明だ。

 

 

 

「はいこれどーぞ。」

 

「ん、ありがと。」

 

 

 

手渡された冷やしタオルで首と額の荒熱を取りつつ装置を自浄モードへ移行させる。普段は白衣のまま入ることもあり、水分が衣服や体に残ることは無い設計となっている。さっきまでベタベタだった肌もすっかりサラサラだ。

 

 

 

「…頑張るのはいいけど、やり過ぎはよくないよ?」

 

「分かってはいるんだけどさぁ……あれ?」

 

 

 

あまりにも自然な流れで気付くのが遅れてしまった。私は今誰と話しているんだ?

ぷちどり達は皆眠りについたはずだし、サポート用の機械類にAIを搭載したものもまだ少ない。それに自発的な会話なんて…

先程服を脱ぎ捨てた場所を見ると、ぐしゃっと纏められた汗で重くなった衣類を小さな背中が一生懸命に運んでいるところだった。うんせうんせと小さな歩幅で洗濯機を目指すのは昨日目覚めたばかりのぷちどり。BD-015Tの名をつけた彼女、「ちゅぐみ」は何ともしっかり者のようだ。

とは言え、あれだけの汚物を運ばせるのも少々忍びない。体格的にもまるで拷問のようだと思いながら、その洗濯物を拾い上げる。

 

 

 

「あっ」

 

「…ごめんねぇちゅぐ。これは汚いから私がやっとく。」

 

「えっ、で、でも、お手伝いできることはしないと…」

 

「…あのねぇ。…よいしょ、ちょっとそこで待ってて?」

 

「あぅ。」

 

 

 

机の上まで彼女を運び、何か言いたそうな顔にウィンクを飛ばして黙らせる。さーややリサにも見られる特徴ではあるが、こちらが何かを頼む前に率先して手伝いをしたがる個体が稀に生まれる。いつか記したかもしれないが、性格・思考傾向については大まかな誘導こそ可能でも行動指針やら趣味嗜好までは踏み込むことができない。そこまでやってしまえばもう禁忌どころの騒ぎではないだろうし。

だというのにどうしてこの子らは…。洗濯機に衣類を突っ込むも騒音で他のぷちどりを起こしてしまう事を考慮しスイッチは入れずに放置することにした。どうせ朝が来れば他の洗濯物も出てくるのだし、その時にやってしまえばよいだろう。

洗濯問題は置いといて、机の上のちゅぐみの様子を見てみると落ち着かない様子で机の整頓をしてくれていた。忙しなく動き回る茶色のショートカットヘアに苦笑いしつつ湯を沸かす。少しの菓子を皿に取り二つのマグカップを持って机へ戻った頃にはやり切った様な顔で待ち構えられていた。

 

 

 

「机、どうして汚いの?」

 

「はは、それはそれで落ち着くのさ。…片づけてくれてありがとうね。」

 

「気になっちゃって…つい。…わっ、お菓子食べるの?もう夜中だよ?」

 

「運動したらおなか空いちゃってさ。ちゅぐはクッキー嫌い?」

 

「んー…甘いのはすき。」

 

「よし、じゃあ一緒に食べよ。」

 

 

 

親睦を深めるために――。

私はいつも、新しい個体が誕生する度にこうして個別にコミュニケーションの時間を設けるようにしている。勿論複数人での応対を要求する個体もあるが、基本的には二人きり。どうせこの後は他のぷちどりに溶け込んで行ってしまうのだし、最初の真っ新なうちにしか出来ない質問だってあるからね。

ちゅぐみは誕生から一日経った今日でもあまり交流を図ろうと輪に入っていくようには見えなかったし、この時間で少しでも思考傾向を掴めたら、というのも狙いの一つである。

 

 

 

「…おいし?」

 

「うん。……おっきい。」

 

「体格の差だねぇ。」

 

「…ちゅぐも、いつかは"まま"みたいに大きくなれる?」

 

「どーかな。ぷちどりの外殻成長についてはまだ研究中なんだよね。」

 

「???」

 

 

 

ちゅぐみが目覚めて他とは違った点、それは真っ先に意識をこちらに向けてきた事と、私を「まま」と呼ぶこと。

確かに私自身ぷちどり達の事は自分の子供のように扱っているつもりだし、漠然と親子のような関係を保っている。がしかし、しっかりと母親を感じさせるニュアンスのワードを口にした個体は彼女が初めてで。以前のいぶの一件もあり私の中にも多少変化があったとして、果たしてそれがぷちどりの生成に作用するのか否か…研究項目がまた一つ増えた訳である。

だがもしも仮定としてだが、創造主の精神状態や思考が反映されるのだとしたら、何よりも重要なのは秘匿性になる。研究者の驕りなのかもしれないが、私はこの可能性達を「共に過ごす」目的以外で扱う気は無いし一生命体以外の存在として認識することも無い。…が、同様のテクノロジーが外界に漏れるとなると話は変わって来る。

果たしてこの人間という生き物は己の願望を叶えることのできる、人には余りあり過ぎる力を前にして自らの業を抑えることができるのだろうか。広がり続ける可能性は常に破壊と終末の色も孕んでいる。忘れてはならない付帯リスクでもあるのだから。

 

 

 

「ははは、難しかったか。」

 

「うん。…さーやちゃんがね、ままはとっても難しい事を研究してて、ちゅぐ達のいるこの世界をもっと良くしようと頑張ってるんだって教えてくれたの。」

 

「…さーやが?」

 

「うん。だからちゅぐは、早く大きくなって、ままのお手伝いが出来るようにならなきゃいけないんだ。」

 

「うーん……気持ちは嬉しいけどね、ちゅぐ。私は――」

 

 

 

私は君を「お手伝いさん」として生み出した訳じゃない、と続けようとして思わず言い淀んだ。では何のために?研究の為?具体的には何の?

中々続きの言葉を発さない私を前に、手のひらサイズのクッキーを両手で持ったちゅぐは首を傾げて見せる。

この子達は何故生まれ、何のために生きているのか。そもそも生の概念とは何だ?死んでいない事か?では命さえあればそれは生と言えるのか?ならば命とは何だ?身体的に生命活動を行っている状態?いや、それではあまりに現物すぎる。とはいえ俗に言う脳死の状態で行われる延命治療やそれに付随する――

 

 

 

「コップ空っぽだね。今ちゅぐがコーヒー淹れて来てあげ――ひゃぁっ!?」

 

「!!…ちゅぐっ!!」

 

 

 

思わず深い思考に入ってしまっていた私の視界の端で、気を利かせて私のマグカップを持ったちゅぐみが机から落ちる様が見えた。まるでスローモーションのように小さな手足をバタつかせながら、真っ逆さまに落下を開始するちゅぐみを見て、体の痛みなど気にならない程の必死さで手を伸ばす。二の腕と肩甲骨あたりにビリっと電流が走る様な錯覚を覚えたが、私も崩れ落ちるようになりながらも何とか彼女の小さな体が地面に着く前に抱き留めることに成功する。

両掌の中でハッ、ハッ、と荒い呼吸を繰り返す泣きそうな表情は一瞬の恐怖を物語っていて、その目にいっぱい溜めた涙は今にも零れそうで。これは全て私の不注意から起きた事故。言いたいことも言うべきことも色々あったけど、今はとにかく…

 

 

 

「……よかったぁぁ……」

 

 

 

安堵の溜息と同時に吐いた言葉は、珍しく思考を介さない素直な気持ちだった。

 

 

 

**

 

 

 

「とにかく、危ない事はしないこと。」

 

「はいぃ…。」

 

「それから、何でもお手伝いしないとーって思わないこと。」

 

「はいぃ……。」

 

「あと、私の前から居なくならないこと。」

 

「は、はいぃ……。」

 

 

 

一頻り二人して泣いた後、簡単な片づけをした後の会話。説教…までは出来る立場じゃないので、飽く迄今後の確認程度だが。

名目上は私のお願いとして、一つ一つ聞いてもらっている。ちゅぐみはずっと私の両掌で作ったお椀の中で正座をして聞いていて、時折ふやっとした返事を返す玩具の様になってしまっていた。

 

 

 

「あのねちゅぐ。私はちゅぐに出逢ってまだ一日ちょっとしか経っていないけど、ちゅぐのことはとっても大切に思ってるんだ。だから、ちゅぐが怪我したり危ない目に遭うのはすごーく嫌なのね。…お手伝いについてはさーや達が言っていたから…ってのもあるんだろうけど、私はちゅぐと一緒に毎日楽しく過ごせるだけで幸せなんだ。だから、"こうしなきゃいけない""ああしなきゃいけない"って事よりも、"こんな事やってみたい"とか"こうしてると幸せ"っていうことをいっぱい見つけていきたいと思うの。…って、一気に話過ぎても難しいか。」

 

 

 

言いたいことはいっぱいあった。それをなるべく噛み砕いて話しているつもりだが、如何せん子供相手というのは難しいものだ。その上今の彼女は怒られていると思って話を聞いている訳だし。

それでも一生懸命に相槌を打って、一生懸命にうんうん唸っている姿を見るに、真面目で一生懸命というのが彼女の核になっているんだろう。少し反応を待ってみる。

 

 

 

「……ちゅぐ、ままにききたいことあるんだけど。」

 

「どうぞ?」

 

「他の皆は、すっごく楽しそうに遊んでるんだけど、ちゅぐ達って、何のためにつくられたの?」

 

「……。」

 

 

 

此方を見上げる真っ直ぐな瞳は真剣そのもの。刺し穿たれそうな視線と核心を突く言葉。答えは分かっている。

科学者とか言う傲慢で愚かな動物のエゴだ。研究・科学の発展などと都合のいいことを言いつつも、私だって結局は汚い大人なのだ。マッドサイエンティスト…かつてそう呼ばれていた時期もあったが、私は科学者でも何でもないのかもしれない。ただ、生まれてこの方碌に人間を見ようとしてこなかったツケが回ってきたとでも言うべきか。

 

 

 

「…私、寂しかったんだ。」

 

「え…?」

 

「許されない事をしているとは思う。…でもきっと、寂しかったんだよ。誰かを近くに感じたかった。誰かに叱ってもらいたかった。誰かと互いを温めたかった。…その為の、研究だったかも、しれない。」

 

「…………。」

 

 

 

何のために生み出されたか。生後二日にしてその疑問を抱いてしまったちゅぐみ。ある種当然とも言える問いだが、答えてあげられない自分に不甲斐なさと憤りを感じる。私だってわからない。でも、この研究に手を出した切っ掛けはきっと些細な事だったはずなのだ。

やがて口を開いたちゅぐみは質問を変えたようだ。

 

 

 

「…ちゅぐ、お手伝いしなくていいの??」

 

「いいよ。」

 

「お手伝いしなくても、机から落っこちそうになっちゃっても、嫌いにならない?」

 

「………ならないよ、絶対。」

 

 

 

つまるところ彼女等も不安なのだ。訳も分からないうちに生命を与えられ、何も分からないままに何も目指さない日々を生きていく。その中に一際体の大きな女が居て、どうやらそいつが全ての元凶らしい、と。

何も考えないまま、本能の赴くままに走り回るもよし、自分の仕事を見つけて、担当となって時間を費やすもよし。…要は、自由過ぎることは不自由で、掛値の無い愛情など不安にしかならないということ。生きる意味と保証が欲しい、ということ。

 

 

 

「…ちゅぐみ。私とずっと一緒に居て。危ないこともしないで、何でもやりたいことだけやっていていいから。皆と同じように、私と一緒に生きて。」

 

「………ちゅぐね、お手伝い好きだよ?…さーやちゃんも好きって言ってたけど、お掃除も花壇の水やりも機械のめんてなんすも、全部ままが喜んでくれるから好き。」

 

「ちゅぐみ…。」

 

 

 

生命創造の可能性(ぷちどり)は、独りぼっちの科学者が生み出した、哀しい奇跡の結晶だから。

私が実は相当の寂しがり屋で、誰かを近くで感じたかったのだと気付いたことも、研究成果なのだろう。

 

 

 

 




ちゅぐぅ




<今回の設定更新>

○○:次の日全身筋肉痛でバッキバキになり、研究どころじゃなくなった。
   心の温かいマッドサイエンティスト。

ちゅぐ:かわいい。真面目さん。
    BD-015Tが正式名称に当たる。
    色々手伝いたがるが、理由は研究中。


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2020/07/13 8.自身の起源と事象の根源について

 

 

いや、切っ掛けは本当に些細な事だったのだ。

相変わらずのテレビっ子であるこころんと共に一服の時。またしてもどこかに引っ掛けたのか、千切れかけた右腕を痛々しくぶら下げているみっしぇるの修理を請負い、すっかり手に馴染んだ裁縫道具を繰っていた。

 

 

 

「わあ!!きれいね!きれいね!!」

 

「んー。」

 

「〇〇、あれ、お姫様かしら!?」

 

 

 

画面では神父の言葉に一組の男女が誓いを交わしている場面が。

科学が進歩したとはいえ、このような風習・習慣は失われることがなく。親族やら友人を一つの会場に集め、感動的な式を挙げるのだとか。

お姫様、とは言い得て妙だ。純白のドレスに身を包んだ彼女は、今この時は主役。宛ら、愛する王子に抱き竦められる美しい姫君も同然なのだから。

 

 

 

「……はぁん、結婚式…ね。」

 

「けこんしき?」

 

「ん。あの男の人とあっちのお姫様が、人生を共有することを宣言して、みんなに祝ってもらうんだよ。」

 

「???」

 

 

 

ぷちどりには難しい話だろう。だが、私自身経験もなければ縁もなく。どうにも噛み砕いた説明というのができかねる。

気持ちだとか感情だとか、計算式で表せないものはからっきしなのだ。

 

 

 

「ええと…大好きな人と、これから一緒に生きていきますよーって、約束するパーティみたいなもんさ。」

 

「そうなのね!!…それじゃあ、あたしと〇〇も、けこんしてるの??」

 

「そうきたか……こころんにはまだ難しかったかねぇ。」

 

「う??」

 

「ははは、リサにでも訊いてご覧?あの子なら色々知ってるし、わかりやすく教えてくれるかも…さ。」

 

「そうね!!そうするわっ!……あっ」

 

 

 

創造主よりも知識がある"子"というのもどうかと思うが、あれはあれで外界の"一般常識"をよく拾っている。どこで蓄えてくるんだか、私も世話になるほどだ。

私の言葉に勢いよく立ち上がったこころんだったが、いつもの相棒が未だ私の手にあることに気づき表情を曇らせる。

 

 

 

「大丈夫、ちゃちゃっと治しとくから。私に任せて、行っといで。」

 

「…うん!!みっしぇるをよろしくね??〇〇。」

 

「任せなさーい。」

 

 

 

今度こそ、と、ソファから私の太腿によじ登り、足を伝うようにして床へ。短い手足を必死に動かして、今は洗濯機付近にいるであろうリサの元へと駆け出していった。

ぷちどりたちは今日も元気だ。天気もいい。何もタスクはなく、しばらくの生活資金も問題ないだろう。だがしかし、私自身は妙にモヤついた気持ちだった。

 

 

 

「結婚………か。」

 

 

 

私だって、科学者である前に、一人の女であるのだ。

 

 

 

**

 

 

 

確かにまだ成人もしちゃいないが、そういった気持ちを抱いたことは確かにあった。

恋愛…と呼ぶにはあまりにも粗末なものだったかもしれない。それでも、そこらの同年代の少女が一度は経験するような妄想や憧れに耽ったものだ。

彼の苗字に自分の名前を組み合わせ、姓名判断を試したり。決して実現するはずのない彼との蜜月に脳内で浸ったり。理想的な関係の始まり方をシミュレートしたり。

今となっては「止めとけ」以外の感情は特に浮かばないが…いや、幼すぎたのだ。

 

 

 

「ふぅむ。いやはやそれはまた…()()()な話だね、〇〇。」

 

「こら、人の頭の中身を読むんじゃない。」

 

「はっははは、なぁに、顔を見るだけで丸わかりなのさ。」

 

「そんなにわかりやすいかねぇ…。」

 

 

 

みっしぇるの修理を終えて。庭で楽しそうに燥ぎ回るかしゅみやありしゃ達を眺めながら、暫しのコーヒーブレイクと洒落込んでいたわけだが…頭に過るのは先程のテレビ番組。

憧れがないといえば嘘になるが、ここまで引きずってしまうような面倒な女じゃなかったはずなんだけどな。

とまあ一人悶々としていたところにふらりと現れたのがこのぷちどり、「セタ」だ。短くスポーティに切り揃えられた紫の髪に真っ赤な双眸がなんともミステリアスな雰囲気を醸し出している彼女だが、設計当初はぷちどり達の癒やしを想定したものだった。

ターゲットは特にお姉さん連中。日々何かと面倒をかけてしまっている彼女らに、少し大人びた…それでいて良き理解者になるような、中性型のぷちどりを。

 

そうして生まれたのがこの、BD-024K(セタ)だ。

相手の心を汲んで話し、求むるものに目敏く気付き、話し上手に聞き上手…そんな、ストレスフリーな快癒用の個体を目指したはずなのに…。

出来上がったのは何とも頭の痛むような、妙に気障ったらしい子だった。

 

 

 

「おや、顔色が優れないようだが…。」

 

「…相変わらずあんたは扱いにくいな…ってさぁ。」

 

「ふふ、お褒めに預かり光栄だよ。○○。」

 

 

 

ぶわぁぁ…と、背後にバラの花吹雪でも見えそうな立ち振る舞い。所作の一つ一つが鼻につくような胡散臭さだ。

いや、別に嫌っている訳じゃない。ただ、苦手なのだ。こういう……所謂一軍として最前線で殴り合えそうなイケキャラは。

 

 

 

「だが…何を悩む必要があるというんだい?」

 

「あん?」

 

「だって…君はこんなにも美しく、可憐だ…。あぁ、その吐息の一つですら儚い。」

 

「……。」

 

「今の君は、()()()の様な幼い少女ではないだろう?あの時成し得なかった、思い描くに留まった…そんな未来でさえ、実現することもそう難くはないんじゃないかい?」

 

 

 

言ってくれる。

確かに其れができる技術力も設備も十二分にあるとは思う。だが手に入れられなかったもの――それも人間の心という度し難いもの――を、私利私欲に染まった禁忌で得ることに果たしてどんな意味があるのか。

そんなの――。

 

 

 

「……虚しすぎる。」

 

「…ふむ?」

 

「あのねセタ。私は別に、()()()のことを悔やんじゃいないんだよ。ただ、思い返すにアレが最初で最後だったんだろうなって思うだけで。」

 

「……最後という事はないさ。君はまだ若い。」

 

「年寄りみたいなこと言うね。生後ひと月にも満たないってのに。」

 

「ふふ。……だが君の言う事もわからないわけじゃあない。この状況を鑑みるに、今後人間関係の発展は――」

 

 

 

分かり切った行く末をセタが語り終える前に、死角から気配無く現れた別個体によりセタはその小さな体を硬直させた。

 

 

 

「こら()()()。あまり分かった口利くんじゃないの。」

 

「ち……チサト。」

 

 

 

BD-017C。今も尚トップクラスの実績と天性の才能で芸能界を牽引する大女優…のデータを基に作ったぷちどり。彼女は矢鱈とセタに厳しく、何故か彼女特有の呼称でセタを追い詰めていく節がある。

セタの方も彼女を脅威と感じているのか、まるでか弱い少女の様に怯える姿を拝むことができるのだが…こいつ、今どこから?

 

 

 

「人の心はそう簡単に動かせるものじゃない。それは、○○自身にだって当てはまるものでしょう?…私達は所詮造られた命。今を生きる生身の人間にアレコレ意見できるほど大層な命は負ってないわ。」

 

「えと…その……ごめん、チサト。私…まるで分かってなかったね…?」

 

「……まぁでも、○○の煮え切らない感じは確かにどうかと思うけどね?」

 

「えっ」

 

「私達は貴女の子供みたいなものなんでしょう?前にそう言ってたわよね?」

 

「言ってたけどさ。」

 

「…子供ってのは、母親が不安そうにしているのが一番不安なの。私達にとって、貴女だけが身近な人間で、貴女だけが唯一信頼できる存在なんだから。もうちょっとシャキッとしなさいな。」

 

 

 

何だろう。諭されている様なこの感覚。

チサトの…いや、ちーちゃんの言葉にはいつも謎の威圧感が含まれている。まるで、そうしなければいけないかのように。

 

 

 

「……やってみたら?思うままに。」

 

「いや…それはほら、倫理的にアレっていうか」

 

「これだけの事やっておいて今更それ言う?」

 

「…だって……。」

 

 

 

その結果と会話していることからも、状況自体が巨大なブーメランのように跳ね返ってくるわけだが。

賢い彼女には分かっているのだろう。私が、あとほんの一押しさえあれば自らの欲求の為に唯一無二の権利を行使するという事を。

 

 

 

「…いいじゃない。過去をどうこうしようってわけじゃない…あるかもしれなかった未来の、ほんの一端を見るくらい、我儘の内にも入らないわよ。」

 

「ちーちゃん、それは…。」

 

「結婚なんて、過程でしかないんだから。」

 

「…………。」

 

「いいじゃない。貴女が何かに囚われるほど固執するなんて……少し前じゃ考えられなかったんだし。」

 

 

 

矢鱈に押せ押せなちーちゃんに根負けした訳では無い。…何なら、背を押されたと言ってもいいだろう。

みっしぇるをセタに手渡し一人白衣を脱ぎ捨てた私は、あの頃の断片を手繰る様に、ありとあらゆる記録を漁り始めたのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「…………あぁぁぁぁ…やっちゃった……。」

 

 

 

数刻の後、机の上で不思議そうにこちらを見上げる個体と、抱えきれない程の自己嫌悪。

結局私は、遠からず抱いていた想いの結晶を、たった今一人で作り上げてしまったのだ。

 

 

 

「…まま??」

 

「……ああ、私が君のママだよ。ええと…」

 

 

 

そうか、いつも通りまずは名づけの作業からだったっけ。自分よりは小さいとはいえ、他のぷちどり達より大きい彼の姿に若干違和感を感じつつも、いつもより時間をかけて名前を考える。…不思議と、型番を付ける気にはなれなかった。

やや悩んだ末、やはり頭に残るはあの人の名前。流石にそのままつけるのは重すぎるし……一文字くらいなら、もらっちゃってもいいよね?

もう二度と繰り返さない。やはりこんなのは間違っている。

研究対象でも何でもなく、ただ一個人の勝手な想いによって作り出してしまった彼には、あの人の名前からの一文字と私が存在を創った証を冠せよう。

 

 

 

「…創大(そうた)。」

 

「ママァ!!!」

 

 

 

ああ。でもやっぱり違う。

飛びついてきた彼を抱きかかえるも、その温もりは何処か後ろめたくて。不思議と嗅ぎ慣れた気さえする彼の甘い香りが鼻腔を擽ると同時に、忘れかけていたあの出会いが脳裏に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

『失礼しまーっす。…おぉ、居た居たぁ!』

 

『??……あ、あの。』

 

 

 

毎日変わり