BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - (津梨つな)
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【氷川姉妹】ひかわさんち。 2019/06/10 姉妹と僕と、3人で

 

 

今日は休日。

 

僕は2歳年上の姉さん二人とショッピングモールに居た。

 

 

 

「○○。そんなにキョロキョロしないの。

 ちゃんと前を見て歩かないと、他のお客様とぶつかってしまうでしょう。」

 

「あ、うん、ごめん紗夜ねぇ。

 …今日すごく混んでるね。月曜なのに。」

 

 

 

姉さん二人の学校が終わって帰ってきてから出かけたので、夕方という時間帯もあって

モールはそこそこ混んでいた。いや、ちょっと混みすぎな気もする。

イベントでもあるのかな?

 

…因みに僕だけ休日だったのは、開校記念日のせいだ。

お陰で一日暇だった。

 

 

 

「そうね。

 …ほら、こっちに来なさい。逸れるでしょ。」

 

「えっとね、逸れそうなのって、多分コレのせいだよ。」

 

 

 

紗夜ねぇは、出かけるといつも目の届くところに居るよう言ってくる。

もう中3だっていうのに、子供扱いしすぎなんだよな。

 

今だって逸れそうになっているのは僕のせいじゃないのに…と若干の抗議の意味も込めて

左腕に絡みついているもう一人の姉を指差す。

 

 

 

「えー、ひどくなーい?

 仮にもお姉さんに向かってコレとかぁー。」

 

「…日菜。

 あなたがウロウロしてどうするの…。○○が逸れないように手を繋いでいたんじゃなかったの?」

 

「だってね!すっっごい久しぶりに来たんだもん!

 あ!あそこってペットショップだった??前は洋服屋さんだったよね!」

 

 

 

うちの二人の姉さんは、全然似てない。

顔とか髪の色とかは結構似てるんだけど。

上の姉さん――紗夜ねぇはしっかり者で、決まりとか常識とかにすごく厳しい。

困った時に相談したりお願い事をするのは大体紗夜ねぇなんだ。

 

二番目の姉さん――日菜ねぇは何というか…元気?というかいつも煩い。

迷惑とかじゃないんだけど、何を考えているかもよく分からないし、疲れている時とかに喋ると

余計疲れるって感じだ。

今だって、しっかり手を握られているせいで逃げられないけど、あっちに行ったりこっちに行ったり…。

…お陰で紗夜ねぇに注意されるのは僕なんだけど…。

 

 

 

「…日菜。色々見て回ってきてもいいから、○○の手は離してあげなさい。

 あなたと一緒に居るといつ迷子になるかわからないわ。」

 

「…紗夜ねぇ?僕もう中3だよ?

 迷子とか、ならないって…。」

 

「いいえ!万が一ということがあるでしょう!

 …そうなった場合、日菜に任せていたとあっては後悔してもしきれないわ。」

 

「そ、そう…?

 ところで紗夜ねぇ?日菜ねぇ、さっきあっちに凄い勢いで走ってったよ。」

 

「ッ!」

 

 

 

あ、怖い顔してる。

 

 

 

「○○。」

 

「はい。」

 

「こっちに来て?手を繋ぎましょう。」

 

「はい。」

 

「これで逸れないわね?

 日菜を探すわよ。」

 

「はい。」

 

 

 

この顔をしている時の紗夜ねぇは逆らわないほうがいいんだ。

何というか、そのあともずっと離してくれなくなるしすごくめんどくさい。

 

――結論から言うと、日菜ねぇはすぐ見つかった。

何だかよくわからないぬいぐるみ?みたいなものを袋一杯に入れて走ってきたんだ

覚えのないゲーセンが入っていて何となくクレーンゲームやったら取れすぎちゃったんだって。

 

…そのテクニック、今度教えてもらおう。

 

 

 

「○○くんも一緒に来たらよかったのにー。

 なんかね!『ここだな!』って思ったところが全部当たっててね!

 あとあと!お店のお兄さんもすっっごい優しくて、サービスとかしてもらっちゃって!」

 

「日菜。あなたが勝手に逸れるから予定が狂ったでしょう?

 そういう話は後にして、まずは目的の店を周るわよ。」

 

「えー?あとー?

 あ!後だったら、おねーちゃんも聞いてくれる??」

 

「はいはい、帰ってからね。」

 

「うわーい!○○くん、さっさと済ませちゃうから、逸れないようについて来てね!!」

 

「あなたが言いますか…。」

 

「はは…大丈夫だよ日菜ねぇ。ほら、紗夜ねぇと手ぇ繋いでるから。」

 

 

 

繋いでいるというか最早握り締められている状態の右手を見せる。

 

 

 

「あ!!おねーちゃんずるいよー!

 さっきまであたしが繋いでたのにー!」

 

「ふふん。真っ先に迷子になるあなたには任せられないでしょう?」

 

 

 

少し勝ち誇ったような顔をしている。

 

結局紗夜ねぇは最短ルートで目的の店を周り、長いこと話していた間より

短い時間で全ての用事を終わらせた。

日菜ねぇは途中から飽きて不機嫌になるし、その相手をするのは僕だけだしで

平日より疲れた。

 

帰り道でも僕の両手は塞がっていたし、二人とも僕に話しかけてくるせいで気は休まらなかった。

 

たまに同級生の奴らに羨ましがられるけど、どこがそんなにいいんだろう?

二人とも優しいし、仲はいいほうだと思うけどさ。

 

 

また今度出かけた時にでも、じっくり観察してみようかな。

疲れない程度に。

 

 

 




何だかそれぞれのキャラでシリーズ化できそうな気もしてきました。
一応内容としては、日記のような、一部実話に基づいて構成しているため
ネタがない日だと投稿しない気がします。




<今回の設定>

○○:主人公。
   中学3年生になり、姉とベッタリが少し恥ずかしくなってきている。
   日菜には振り回され、紗夜には過保護にされ、と
   二人の正反対の姉の板挟みになっているせいか精神的にかなりタフ。

紗夜:姉①。
   重度のブラコン。
   そのくせ素直に愛情を表現するのが苦手なため、過保護気味な上に
   つい説教じみた物言いをしてしまいその度に自己嫌悪に陥る。
   日菜に対しては大好きな弟を振り回す事に対する敵意が希に出てしまう。

日菜:姉②。
   弟も姉も大好き。
   その性格と予測できない行動の為に友人が少なく、数少ない身内として
   家族に対する依存が物凄い。
   寂しがり屋。


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2019/06/16 姉妹と溺れる日曜日

 

 

 

「すぅー……すぅー………。」

 

 

 

日曜の昼下がり。

いつも何かと忙しく結局夜にならないと会話一つできない姉さんが珍しく家にいる。

そしてさらに珍しく、昼寝をしている。

僕の記憶の限り、この人が昼寝をしているところなんか見たことない。

逆に昼寝をしすぎて起こされる側だからね。

 

 

 

「んぅ……。……すぅー……。」

 

 

 

二人いる姉さんのうち、煩い方がいつも通り外出しているからか

親も出かけたこの時間はとても静かだ。

それこそ、紗夜ねぇの寝息が聞こえるほどに。

 

 

 

「……重い。」

 

 

 

そもそも今日は最初からちょっとおかしかった。

日曜なのに紗夜ねぇは6時半に起こしに来るし。

朝飯中もどこかぼーっとした紗夜ねぇは味噌汁ぶち撒かすし。

日菜ねぇが出ていくや否や僕の部屋に理由もなく来るし。

お説教で来ることはあってもあんな理由で来ることは普段ないからね。

 

凄いんだぜ。ノックもしないでいきなり開けてさ。

『……○○。お姉ちゃん、今日は○○と一緒にいたいなーって思って…その、きちゃった。』

 

誰かと思ったよ。

それで今に至るってわけ。

結局何かするわけでもなく仰向けで寝転がる僕のことをずっと見てた。

そのうち、胸のあたりに頭を乗せて寝ちゃった。

 

お陰で動くに動けないし、紗夜ねぇが身動ぐ度に擽ったいしで

何とも言えない時間を過ごすことになってるんだけど…。

 

 

 

「………。」

 

 

 

そういえば紗夜ねぇって、いつも眉間にすっっごい力入ってんだよね。

眠ってる紗夜ねぇの緩んだ眉間を見て、改めて思う。

…なんであんなに怒りっぱなしなんだろうか。

 

 

 

「もっと力抜いてる方がいいのになぁ。折角可愛い顔してんのにさ…。」

 

 

 

ピクっと。

紗夜ねぇの体が反応を返した気がした。

…起きてんのかな?

 

 

 

「おーい…紗夜ねぇ…?

 ……反応ないな。」

 

 

 

気のせいかな。

相変わらず規則的な寝息を立てている。

 

 

 

「……紗夜ねぇ、寝顔可愛いね?」

 

 

 

ぴくっ。

 

おっ。

予想通りだ。

 

 

 

「あー。紗夜ねぇは可愛いなぁ。

 可愛い可愛い~。自慢の姉さんだなぁ~。」

 

 

 

ぴくっぴくっぴく。

 

何だか面白くなってきたぞ!!

普段はできないけど、調子に乗って頭なんかなでてみる。

 

あっ。

…なんだよ、突っ伏しちゃったよ。

顔が見えないじゃんか…。

 

紗夜ねぇ髪キレーだなぁ…。

さらっさらだ。

手触り癖になりそう…。はぁ、たまに触らせてもらおうかな…。

 

 

 

「…………あの。」

 

「…え?」

 

「そ、その…そろそろ、恥ずかしいの、だけれど。」

 

「………。」

 

 

 

胸元から声が聞こえる。

正確には胸のあたりにある紗夜ねぇの頭から。

 

あっ。これぜってぇ怒られるやつだ。

早く手を退かさないと。

 

 

 

「……○○くん、何してるの。」

 

「!?」

 

 

 

僕の部屋のドア、確かに半開きだったけれども。

隙間からは物凄くどんよりとした眼が此方を覗いている。

あ、何だか深淵の話思い出した。多分そういう話じゃなかったと思うけど。

 

 

 

「○○くん、おねーちゃんにだけそういうことするんだー。

 あたしなんかくっつくだけでも嫌がられるのになー。

 そういえばさっき可愛いとか聞こえたような気がするなー。

 気のせいだったかなー。でもちょうどその辺から頭なでなでし始めたような」

 

「ひ、ひぃっ」

 

 

 

怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

瞬き一つせず、それでいて部屋に入ってくるわけでもなく高速でブツブツ言ってる。

胸元のワンチャン怒られそうな姉さんよりあっちのモンスター級の恐怖を彷彿とさせる姉さんの方が早急な対処が必要なやつだ。

 

 

 

「さ、紗夜ねぇ…?一回退いてもらっていい?

 日菜ねぇが何かやばそうなんだけど。」

 

「……いや。

 お姉ちゃん眠いからまだ動きたくない。」

 

「ぇえ!?」

 

「あーやっぱり仲良しなんだー。

 いいなーいいなーおねーちゃんばっかりー。

 あたしも○○くんのおねーさんなんだけどなー。

 あんなに○○くんに優しくしてもらったことないなー。」

 

 

 

みしっ。

こちらが上の姉さんの対処に手間取っている間に、決して踏み込むことのなかった一歩が踏み出される。

魔物が来る。直感で思った。

 

 

 

「紗夜ねぇ!紗夜ねぇってば!

 日菜ねぇが!あぁもう!日菜ねぇ、その顔なんとかしてよ!!」

 

「あたしが居ない隙におねーちゃんとそんなことになるなんて、あでも朝からおねーちゃん変だったし考えてみたら色々辻褄合うかも、日曜におねーちゃんが家にいるのもおかしいしね、それにおねーちゃんもおねーちゃんだよ、あたしが寄って行っても邪険にするくせに○○くんには自分から擦り寄っていくんだもん、別にあたしもとかって訳じゃないけどやっぱり仲間はずれは許せないよねうんそうだよね。…えい!」

 

「ぐあぁ!」

 

 

 

唯一自由だった下半身に衝撃が走る。

胸元には紗夜ねぇ(動いてくれない)、腿のあたりには日菜ねぇ(全力で抱き抱えられている)

の構図が出来上がってしまった。

 

 

 

「……いやいや、お二人共、どいてくださいよ。」

 

「……す、スッゥー。…あーむにゃむにゃ」

 

「嫌!ずるいもんおねーちゃんばっかり!!」

 

 

 

退ける気はないみたいだ…。

こうして、貴重な日曜日は姉二人にホールドされ、やりたいこともできないまま浪費されることが決定したのだった。

 

 

 

 

―――日菜ねぇ、あんたはもうちょっと大人になってくれ。

―――紗夜ねぇ、寝たフリあまりに下手過ぎて笑いそうになるから勘弁して。

 

 

 

 




姉にあこがれがあります。





<今回の設定更新>

○○:日曜は全力で趣味に没頭する派。
   といってもこれといった趣味が無い為、その日その日で思いつきから行動している。
   日菜の闇を初めて見た。

紗夜:連日気を張り続けたことにより、久々の何もない日曜に壊れた。
   鉄面皮が剥がれた結果、弟と過ごしたい欲求が天元突破しこんな事態に。
   弟成分をたっぷり吸収したので翌週の動きのキレがやばかった。

日菜:とある用事から弦巻家に行っていたため昼過ぎまで家を空けていた。
   弟に伝えていなかったので、午後から構ってもらおうとルンルン気分だったが。
   弟も好き、おねーちゃんも大好き。
   でも今回は仲間はずれが何か嫌だっただけ。


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2019/06/21 デリバリー氷川

 

 

 

どたどたどたどた……

階段を駆け上がる音が聞こえる。

さっきも玄関のチャイムが鳴ったとき、同じ音を響かせながら走って行ったんだっけ。

 

 

 

「全く。もう子供じゃないというのにあの子は…。」

 

 

 

僕の頭を撫でる手を止め、ドアの方を見やる紗夜ねぇ。

紗夜ねぇが僕に膝を貸しているという状況からも分かるように、現在廊下を走り屋よろしく爆走中なのが日菜ねぇだ。

恐らくあと1、2秒で部屋に…

 

バァン!!

 

 

 

「○○くん!おねーちゃん!ピザ、届いたよ!!」

 

 

 

ドアの悲鳴と共に現れたのは、髪をおでこの上で纏め、ピザ箱を両手に持った日菜ねぇだ。

器用なことに、その両手のピザ箱の上にはサイドメニューの袋やら取り皿が載っている。

…は?その状態で走ってたの?

 

 

 

「お待たせいたしました!ピザ屋さんの日菜ちゃんです!」

 

「日菜、もう夜なのよ。ご近所に迷惑だわ。」

 

「日菜ねぇはピザ屋さんじゃないでしょ。お金払ってんだから。」

 

「もー…二人ともノリ悪いなぁ…。」

 

 

 

人生初めてのデリバリーピザが余程嬉しいのか、普段に輪をかけてハイテンションな日菜ねぇ。

注文を決めたのも大部分は日菜ねぇだし、届いたものを見てもその張り切りっぷりがわかる。

断言できるよ、絶対食べきれない。

 

 

 

「取り敢えず、ほら、テーブル出しといたから置きなよ日菜ねぇ。落としちゃうよ。」

 

「うん!ありがとね!○○くん!」

 

「全く…私たちしか居ないからって、本来なら食卓で食べるべき物なのよ。

 それをこんな、○○の部屋でなんて…。」

 

「あ、いいんだよ紗夜ねぇ。

 三人で部屋で食べるってさ、何かちょっとわくわくするじゃん?

 …日菜ねぇも嬉しそうだし、ナイスな提案でしょ??」

 

「○○…。はぁ、それでもね、部屋や物には用途というものがきちんとあって」

 

「紗夜ねぇ…僕の部屋で一緒に食べるの、嫌だった…?」

 

「ッ……!」

 

 

 

今日は両親ともに急な用事で帰らないので、食事は僕らに任されていた。

そんな状況だ。確かに僕だって、日菜ねぇが喜んでいるのもあって乗ってしまったところはある。

だから紗夜ねぇが嫌なら、今からでも食卓に移動して…と言おうとしたが、紗夜ねぇに抱きしめられた為に続きは言えなかった。

 

 

 

「ちょ、紗夜ねぇ?」

 

「もう…弟と一緒にする食事が嫌なわけ無いでしょ。

 そういうズルい質問しないの…。」

 

「あーっ!またおねーちゃんばっかり!!

 あたしも仲間にいれてよぅ!!」

 

「い、いや、仲間とかじゃなくて…ほら、紗夜ねぇも一回離して…」

 

 

 

渋々といった様子で解放する紗夜ねぇ。

この人、この抱きつき癖なんとかならないかな…。

 

 

 

「ね、ほら。せっかく買ったんだから、二人とも食べようよ。」

 

「はっ!そうだった!

 …はいこれおねーちゃんのお皿ー♪」

 

 

 

相変わらず切り替わりはえぇ…。

日菜ねぇはテキパキと取り皿とか箸とかを配っていく。

その間紗夜ねぇと僕はおしぼりで手を拭いて待機だ。

 

 

 

「さて…と。

 うわぁあ!!すごいねこれ!豪華な感じ!!!」

 

「豪華かはわからないけど…。

 日菜ねぇ、座んなよ。ほら、ここ。」

 

 

 

僕の隣に置いた座布団をぽんぽん叩く。

 

 

 

「わーい!○○くんの隣だー!!」

 

「いつも食卓だと斜め向かいだもんね。

 今日は隣で食べよ?」

 

 

 

いつもの食事ポジションは、僕の隣が母さん、向かいが紗夜ねぇ、その隣が日菜ねぇ。

父さんは中々時間が一緒にならなくて、自分の部屋で食べているか明け方にここで一人で食べるからしい。

そもそも、最近は姉さん二人が忙しいこともあって、一緒にご飯を食べることすら珍しくなっちゃっているんだけどね。

 

 

 

「えへへー。今日は○○くん優しいね。

 おねーちゃんみたいにぎゅっ!てしていい??」

 

「流行ってんの…?

 …これからご飯食べるんだから短い時間にしてね。」

 

「やったぁー!…えいっ♪」

 

 

 

ぎゅぅぅぅうううううう、と音が出そうなくらい強めに抱きつかれる。

紗夜ねぇに抱きつかれているときは、ふわっとした感じで、()()()()感覚なんだけど、日菜ねぇの場合は締め付けられてるって感じだ。

おまけに日菜ねぇの方が…その、柔らかみ?があって、苦しいのと相まって変な気分になる。

紗夜ねぇだとあんまり気にしたことないけど、違いの正体は一体何なんだろう。

 

そろそろ、と日菜ねぇを引き剥がしつつ紗夜ねぇを見ると。

 

 

 

「………。」

 

 

 

物凄く無表情でこちらを見ていた。

瞬き一つしない。

 

 

 

「…さ、紗夜ねぇ?」

 

「終わったかしら?

 さぁ、さっさと食べてしまいましょう。」

 

 

 

ツーンとした様子で言うや否や、ものすごい勢いでフライドポテトを頬張り始めた。

そういえば好きなんだっけ、ポテト。

 

 

 

「わっわっ、まって、あたしも食べる!!」

 

 

 

負けじと日菜ねぇも食べ始める。

すげえや、掃除機が二台あるみたいだ。

特にスピードに拘らない僕は手近なところにあった、ピザを1ピース頂く。

 

……ん、やっぱピザといえばこのベーシックなミックスピザかな。

トマトソースにたっぷりかかったトロっとしたチーズ。

つぶつぶしたコーンと、その苦味と歯応えがアクセントになるピーマンに…って

 

 

 

「なに?二人とも。」

 

「んーん、見てるだけだよ。」

 

「ひひふぃふぁいふえまうぇわいまふぁみ。」

 

「紗夜ねぇ、ごっくんしてから喋らないと何言ってるかわかんないよ。」

 

 

 

二人が吸引(食事)を止めじっとこっちを見ている。

まあ、紗夜ねぇに至っては飲み込むスピードを凌駕する速さで手が動いていたけど。

 

 

 

「○○くん、おいし?」

 

「ん?…うん、おいしいよ?」

 

「えへへ…。ピザ食べてる○○くんも可愛いね。」

 

「…男に可愛いって、それ褒めてるの?」

 

「いーのいーの♪…うん。

 なんだか、るんっ♪て来たよ。」

 

 

 

その後ペースを落とした二人と楽しく喋りながら食べ進め、案の定残った分は明日の食料とすることになった。

食べる前とは逆で、片付けや食べ残しの保存は全部紗夜ねぇがやる。

ついて回ってラップ掛けとかは手伝ったけど、多分あの人1人でも滅茶苦茶効率良く終わるんだよね。

 

 

 

「日菜ねぇ?食べてすぐ寝ると牛になるんだって。」

 

「いーよいーよ。動きたくないんだもーん。」

 

「豚だったかな。」

 

「ぶーぶー。ぶたさん日菜ちゃんだぁー。」

 

「なんだそれ……じゃあせめて自分の部屋行ってよ。」

 

「いやーだよーぅ。○○くんのベッドで寝てやるんだー。」

 

「ふーん。」

 

 

 

そのうち本当に眠っちゃうし、仕方ないので今日は紗夜ねぇの部屋で寝ることになった。

僕の寝床問題は解決したんだけど、紗夜ねぇの布団で寝ていいか訊いた時に、紗夜ねぇが鼻血を出したのがちょっと心配だ。

急にすごい量出たんだから。

 

ピザを食べる前にしてもらっていたように、今度は僕が膝を貸してあげた。

暫く横になっていると出血も収まったようで何よりだった。

 

 

 

近くに誰かの存在を感じながら眠るのは久しぶりだったけど、これはこれで温かくて落ち着いて何かいいね。

 

 

 

 




ご要望があったために今日はこの組です。
いつも頼んでいるピザ屋さんに期間限定でデッカイピザが出ていたので頼んだら
案の定明日の食料に回りました。





<今回の設定更新>

○○:ピザに対して特に特別な気持ちはない。
   因みに冒頭の紗夜の膝枕は、紗夜がたまに強要してくる最早恒例の行事。

日菜:漫画で読んで、ピザを注文したい衝動にかられた結果こうなった。
   初めてってわくわくするよね。
   着痩せするタイプだと思ってます。

紗夜:ブラコンがもう隠せない。止まらない。
   日菜とも仲良く過ごしてるし、幸せな世界なのかもしれないね。
   学校でも最近柔らかくなったと専らの評判だが、
   ただ単にキャラがぶれているだけかもしれない。


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2019/06/29 ねぇ。

すみません、投稿できないことに気づいておりませんでした…。
本日は夜も投稿するので2本立てと思っていただければ幸いです。


 

「……日菜ねぇ、戻ってきませんね。」

 

「んー。まぁたどっかで道草食ってるんでしょー?

 そのうち帰ってくるって。」

 

「そう、ですよね…。」

 

 

 

気まずい。

優雅な午後を満喫しようとしていたはずだったのに、どうしてこんなことに。

折角、姉さんが二人とも居ない時間をまったり過ごしていたのに…。

 

昼食後、窓のすぐそばで日向ぼっこを兼ねた読書をしていた僕。

あの時まではぽかぽかして幸せだったんだ。そう、あのうるさい方の姉さんがお客さんを連れてくるまでは…。

 

しかも連れてきたら連れてきたで、雑に紹介された上で丸投げ。『仲良く遊んでてね!』と謎の指示を出した姉さんは買い出しに行くと出て行ってしまった。

あれから一時間はたっただろうか。隣に座ったギャルっぽいお姉さんと気まずい時間を過ごしていた。

 

 

 

「ねね、弟くんはさ、お姉さん二人とは仲良しなの?」

 

「まぁ…仲良しかはわかりませんけど、喧嘩とかはしないですかね。」

 

「へぇ~。姉弟ってさ、なんかいいよねー。

 …ほら、アタシ兄弟とかいないからさー、憧れ?みたいなものがあってね~。」

 

「…お姉さんって感じしますけどね。今井さん、一人っ子なんですか?」

 

「そそ、ずーっと一人でさ。…あ、でも手のかかる幼馴染が居るから、面倒見る相手には事欠かないかなぁ。」

 

 

 

日菜ねぇが連れてきたお客さん――今井リサさん、というらしい――と会話して過ごす時間。うん、やっぱり気まずい。

無駄に話しやすくて逃げるタイミングが見つからないのもまた気まずい。

なんだろう、ウチの二人にはない()()()()()というか、姉力??みたいなのがある。

これで一人っ子だって言うんだから、よっぽどその幼馴染さんが強烈なのか…。

 

 

 

「ってかさ、そんな畏まらなくていいよ??お客さんはアタシの方なんだし。

 二人に聞いてたとおり、しっかり者なんだね。」

 

「え、あの二人、僕のこと話してたんですか。」

 

「うんうん、色々聞いてるよ~?

 甘えん坊とか、優しいとか、…まぁ、最後には二人ともかわいいかわいいって」

 

「も、もういいです…ストップで…。」

 

 

 

あの人たち外で何の話してんだ。聞いてるだけで恥ずかしい言葉がポンポンと…。

思わず遮っちゃったけど、他に何言われてるのか分からないし…もう余計なこと言われないようにベタベタするのはやめよう…。

 

 

 

「あははは、どしたのー?照れちゃった?

 仲良しでいいよねぇ。」

 

「別に…そんな特別仲良しとかじゃ……。」

 

「ふぅん…?」

 

 

 

あ、この感覚は知ってるぞ。

確実に良くない流れが来てる時のやつだ。

今井さんも、目を細めてじっと見てるし…絶対良くないこと考えてる。

なんでわかるかって?日菜ねぇも同じ目で見てくることがあるんだよ。

 

 

 

「弟くん?…アタシのこと、「リサねぇ」って呼んでみてよ。」

 

 

 

あー…そっちかぁぁ……。

 

 

 

「…はい?」

 

「あの二人が羨ましくなっちゃってさー。…アタシにも弟がいたらな~って思っちゃって。

 ねね、どうせ今、ヒナが戻ってくるまで暇でしょ??

 ちょっとやってみてよ~。」

 

 

 

うーんと、高校生くらいのお姉さんってのはドコでもこうなのかな?

確かに暇なのは暇だし、流石に今日会ったばかりの人が無茶苦茶言ってくることもないだろうし――

 

 

 

「…リサ、ねぇ。」

 

「んんー?ちょっとぎこちないっかなぁ。

 …もう一回♪」

 

「リサネェ」

 

「あはははは、もー、何そのイントネーション!

 笑わせに来たでしょ??もっかいもっかい!」

 

「そりゃ初めてだと呼びにくいし、緊張もしますよ。」

 

「あはは、敬語もいらないから、ヒナとか紗夜と接する感じいいよ~。

 ほら、もう一回。」

 

「くっ……。じゃ、じゃあ、今だけはタメ口にするね?リサねぇ。」

 

「おっ……。」

 

「??また何か違った?リサねぇ?」

 

「あ、あはは…これはこれは、思ったより恥ずかしい、みたいなー?」

 

 

 

あなたがやらせたんでしょうが。

こっちの方がより恥ずかしいの、分かってます??

 

 

 

「う、うん!こりゃあの二人が堕とされるわけだ~。

 ほら、おいで弟くん?」

 

「おいで?とは?」

 

「弟くん。今はアタシの弟くんなんだから、大人しく可愛がられなさい。ね?」

 

「………はぁ。」

 

「ほら、おいでって。」

 

「……ん。リサねぇ。」

 

 

 

もう抵抗はできない。助けになりそうな人も誰も家にいないし。

僕は諦めて、両手を広げて待っているリサね…今井さんに体重を預けることにした。

 

 

 

「んっ。……おぉ、これはなかなか…。

 ん"んっ。…よーしよし、存分に甘えなさいな、弟くーん。」

 

「ちょ、ちょっと、リサねぇ、くすぐった…じゃなくて、力強くない??

 髪のセットが…。」

 

「おぉ?ませてんだねー、弟くん。

 どうせ今日は出かける用事もないでしょー?…ほらほら、もっと撫でさせなさーい。」

 

 

 

その後、日が落ちて真っ暗になるまで日菜ねぇは帰ってこなかった。

そのせいでずっとリサねぇのおもちゃにされて過ごす休日となってしまった…。

 

結局、紗夜ねぇと日菜ねぇが一緒に帰ってきた頃には、すっかり打ち解けてしまった僕とリサねぇだったけど。

 

 

 

「ごめんねリサちー。来てもらったのに一緒にいられなくて…。

 あ、○○くんとは仲良くなれた??」

 

「別に気にしなくていいよー。こっちはこっちで仲良くやってたし、楽しかったからさ~。

 …ね?」

 

「ぅ?うん。…あ、はい。」

 

 

 

急にウインクとかやめて、心臓止まっちゃう。

 

 

 

「今井さん、私の弟が迷惑かけたりしなかったかしら?」

 

「迷惑?うーん……どうだったかなぁ…。」

 

「え!?ちょ、リサねぇ?」

 

「あらら。」

「えぇ!?」

「は?」

 

「…あ。」

 

 

 

気づいた時には遅く。

この数時間ですっかり洗脳された僕の口は、馴染みきってしまった姉呼びを漏らしてしまっていた。

その後、わーわーと関係性について騒ぎ立てる二人の姉さんを尻目に、「あはは」と苦笑いのリサねぇは素早い動作で帰っていった。

 

 

 

**

 

 

 

「いーい?○○くん。

 リサちーと仲良くって言ったけど、そーゆー仲良しさんは違うんだからね?

 ○○くんがお姉ちゃんって呼んでいいのはあたしだけなんだから、ね?」

 

「ちょ、日菜、私は。」

 

「えぇー?おねーちゃんはあたしにおねーちゃんって呼ばれるからいいでしょー?

 それともおねーちゃんは色んな人におねーちゃんって呼ばれたい様な欲張りなおねーちゃんだったの??」

 

「日菜、うっさい。」

 

「は、はは…」

 

 

 

お姉さんという生き物は、難しい。

 

 

 




リサちぃ。




<今回の設定更新>

○○:大正義弟くん。図らずも姉が増えてしまった。
   弄られすぎて、色々麻痺している気がする。

リサ:ついに動き出した姉界のボス。
   溢れ出る女子力を武器に、主人公を自分の弟にしようと――

日菜:いつも何処か行ってんな。

紗夜:風紀委員の用で頻繁に土曜は潰れるため、今日も習慣で登校したが。
   結局特に仕事はなく、見回りやら教師陣の手伝いやらで遅くなってしまった。
   頑張り屋さん。


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2019/07/03 姉妹が渋滞してるねぇ。

すみません、昨日の分です。
姉妹です。


 

ピコン

 

「…ん。」

 

 

 

不真面目なこの僕が珍しく自宅で勉強中だというのに…誰からのメッセージだ…?

画面には…"LISA"の文字。はぁ。

 

 

 

『やっほー』

 

『どしたの』

 

『べつにー?今何してるの??』

 

『勉強中。』

 

『あら~。えらいね。』

 

『もうすぐテストだし。』

 

『ひどい結果になると紗夜ねぇが怒るから。』

 

 

 

…っと、本当にこんな脱線してる場合じゃないんだった。

まだ今日の授業の復習すら終わってないし…。

 

僕はいつも(勉強自体たまにしかしないけど)勉強の時は音楽を爆音で聴きながら机に向かう。

…さすがに、今日みたいな夜に勉強するときはヘッドホン装着の上で、だけど。

無音でカリカリやるより集中できる気がするんだよね。わかる?僕だけか。

 

というか、紙とペンの触れる音が苦手っていうか、まあそういう感じ。

 

 

 

「○○くんー!」

 

「はぁ……。なにーー!!」

 

「入るね!」

 

 

 

がちゃっと、ドアを開けると同時に言いながら入ってくるうるさい方の姉さん。

入る前に言いなさいよ。

 

 

 

「○○くん、きいてきいて!

 今ね、おねーちゃんがお風呂入ってるんだけど…覗きに行かない??」

 

「あんたは修学旅行中の男子か。」

 

「わっ、ツッコミもするんだね。

 るんっ♪って」

 

「来ない。今勉強してるから、また後でね?」

 

「わっわっ…」

 

 

 

可哀想だけどここはご退場願おう。

何なら僕も一緒になって遊びたいくらいだけど、状況が状況だけにこっちを先に片付けちゃうべきかなーって。

 

 

 

「もー!!あとで遊ぼうって言っても遊んであげないんだから!!」

 

 

 

はいはい…。そう言いながら絡んでくるのは日菜ねぇじゃないか…。

さて、今日もすっかり習慣化した流れで日菜ねぇを無力化したし…やっちゃおうか。

 

 

 

**

 

 

 

結局あれからもいまいち集中できずに、無駄に長引いてしまったぞ…。

あるよね、夜だと特にね。…僕も風呂入っちゃおうかな。

 

僕ら姉弟の部屋は2階、リビングや浴室があるのは1階だ。

欠伸を噛み殺しつつ下っていく階段で紗夜ねぇと会う。

 

 

 

「…あら、今までやっていたの?」

 

「うん、ちゃんとやったよ。」

 

「そう。偉いわね。」

 

「…紗夜ねぇ、お風呂は無事に終わったの?」

 

「??…無事、とはどういう意味かしら?」

 

「んーん、別にいいや。日菜ねぇは?」

 

「日菜?さぁ、さっきリビングでだらしなく寝転がっているのは見たけど…。」

 

「ふーん?」

 

「○○、これからお風呂?」

 

「そだよ。」

 

 

 

あ、因みにこんなに長々喋っているのは一つ理由があって。

うちの階段、幅が狭くて擦れ違えるスペースがないので、誰かと会うとついつい喋り込んじゃうんだよね。

日菜ねぇは別だけど。

 

 

 

「もう少し早く入ったらお姉ちゃんと一緒だったのにね。」

 

「…紗夜ねぇもそういうこと言うの?」

 

「ふふ、あなたにだけよ。」

 

「……じゃあ今から一緒に行く?」

 

「な…ッ!」

 

 

 

想像して顔赤くするくらいなら言わなきゃいいのに…。

日菜ねぇやリサねぇと違って耐性がなさ過ぎるんだよな紗夜ねぇは。

そのくせ無理して弄るからもう見てらんない…。

 

 

 

「…顔真っ赤だよ。紗夜ねぇって可愛いねぇ。」

 

「ちょ……お姉ちゃんを、からかうもんじゃ、ありません…。」

 

「ははは、じゃ、僕下降りるね。」

 

「…私も行くわ。」

 

「部屋戻らないの?」

 

「よ、用事ができたのっ。」

 

 

 

紗夜ねぇと一緒にリビングへ。

…あぁ、だらしないってそういう。

 

リビングの長ソファでは顔に本を載せた日菜ねぇが半身を投げ出すように眠っていた。

 

 

 

「はぁ……日菜。そんなとこで寝てないで、部屋に行きなさい。」

 

「うーん…むにゃむにゃむにゃ……。」

 

「めっっっちゃヨダレ。」

 

「日菜!」

 

「ぅあっわっ、えっ!?あ、おねーちゃん。おはよう」

 

「おはようじゃないわよ…まったく。」

 

「日菜ねぇ、色々出てたよ。」

 

「ふぇ?色々?いろいろってどういう…」

 

「早く行きな…さい!」

 

「ま、まって!いろいろって!?ちょ、ちょっと…」

 

 

 

バアン!!

 

恐ろしい勢いで扉を閉める紗夜ねぇ。

…うん。日菜ねぇ、家でも下着くらいつけようよ…

 

 

 

ガッ!

 

 

 

「いってぇ!…な、なに紗夜ねぇ。

 顔、めっちゃ怖いよ。あと肩!指、食い込んでるって!!」

 

「フーッ!フーッ!フーッ!フーッ!」

 

「さ、紗夜ねぇ…?」

 

「さ、さぁ…これで二人になれたわね…

 お…おふふ、おふふふふ…ジュルリ、お風呂に、は、は、はは、入りましょう…」

 

 

 

どうしたお姉ちゃん!!

おかしくなってんぞ!!

 

 

 

「じょ…冗談だよね…?あっ、脱衣所行かずに脱いじゃう感じ…?ちょ!ちょっと待とう!ね!?ね!?」

 

 

 

**

 

 

 

「おねーちゃん、39℃だってー。」

 

 

 

紗夜ねぇは結構な高熱で寝ている。

そんだけ熱出てりゃおかしくもなる、か…。

 

結局あのあと、リビングで突如として脱ぎだした紗夜ねぇを何とか止めつつ、日菜ねぇを呼んだ。

部屋に行かずに階段でいじけていた日菜ねぇはすぐに駆けつけ、漫画とかでよく見るような首筋へのチョップで紗夜ねぇを落とした。

部屋まで二人がかりで担いでいき、今に至るというわけ。

 

 

 

「あーあー。○○くん、おねーちゃんにえっちなこと言ったでしょ。」

 

「い、言ってないよ!」

 

「ふーん??ま、おねーちゃんそういうの耐性ないからさ。

 あんまり過激なこと言うと、熱出しちゃうんだよね。…注意しないとね。」

 

「まぁ、うん…。そうだね。」

 

 

 

初心すぎる…。可愛いかよ。

 

 

 

「あれ?○○くんお風呂は?」

 

「…あぁ、これから入るよ?」

 

「なるほどなるほど……」

 

「じゃあ、行ってくるね。紗夜ねぇを宜しく。」

 

 

 

今度こそやっと静かに風呂入れるよ…。

珍しく日菜ねぇが紗夜ねぇを看病してるみたいだし、…って

 

 

 

「日菜ねぇ?」

 

「んー??」

 

「紗夜ねぇは?」

 

「おいてきたっ♪」

 

「…服、脱げないんだけど。」

 

「あ、脱がして欲しいの??…甘えんぼさんめぇ。」

 

「ちがうよ。」

 

「なぁんだ、自分で脱げるのかぁ。それじゃあ」

 

「ちょ、ちょっとまって、服に手をかけないで。

 さっき入ったんじゃないの?あ、ちがうあれは紗夜ねぇか…」

 

 

 

ごっちゃごちゃしてきたぞ。それくらい混乱中だ。

 

 

 

「えー?訳わかんないこと行ってないで入ろうよぅ??」

 

「もう!あとで入って!!

 今これから僕がひとりで!入るから!あとパンツ穿いて。」

 

「えー…一緒に入ってあげるよぅ。」

 

 

 

この家に、安息はないのか。

 

 

 

 



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2019/07/14 鍋食ってる場合じゃねぇ!!

 

 

鍋。

どんな季節に食べてもおいしい。

寒い冬には暖まるために。暑い夏にも熱さを楽しむために。

素敵な料理だ。

そしてその素晴らしい点はもう一つ。

家族で囲んで食べることができる点だ。

食事といえど、コミュニケーションがあるかないかで味も大きく変わる。

気持ちの問題と言われたらそれまでだけど。

 

要するに、一緒に鍋を囲む人間によって味や満足度も違うということなのだが…。

 

 

 

「もう、○○。お肉ばかり取らないの。

 お皿貸してごらん?お姉ちゃんがバランスよく…」

 

「はい!○○くん!!

 ○○くんの好きな鶏肉いっぱい入ってるんだよ!!あたしが取ってあげるから、○○はどんどん食べて食べて!!」

 

「いやあの、自分で取れる…」

 

「何言ってるの?自分で取ったら好きなものばかり取るでしょう?

 …○○が体を壊したりしたら、お姉ちゃん心配で死んじゃう。だからちゃんと栄養取るのよ?」

 

「う、うん…わかってるよ紗夜ねぇ…。」

 

「でもでも、筋肉にはやっぱりお肉だよねぇ。

 あたし、筋肉質な男の人って格好いいと思うんだぁ!だからいーっぱい食べるんだよー?」

 

「ひ、日菜ねぇ…。お皿に入りきってないよ…。」

 

 

 

目の前のお皿にはこれでもかとぶち込まれた鶏肉と波々満たされたスープ。

別皿にサラダのように盛り付けられた野菜たち…。

僕、鍋食べてるんだよな…。

 

 

 

「日菜、どうしてそうバランスを考えずに盛り付けるの?

 …結局のところ必要な栄養分は摂取しなくてはいけない訳で、ひいては健康を維持する…」

 

「もー、おねーちゃんもどういうつもり??

 男の子なんだから、いっぱいっぱい、好きなもの食べたいんだよ!!お肉は体にもいいしね!!

 それに一食バランス崩れたくらいで体調崩すようなヤワな子じゃないもん○○は。」

 

「ねぇ、食べようよ。美味しくなくなっちゃうよ?」

 

「○○、ちょっと待っててね?お姉ちゃん今頑張ってるところ。」

 

 

 

何をだ。

 

 

 

「○○くん?○○くんも折角だから美味しいもの食べたいもんね?

 あたしに任せといてっ!」

 

 

 

不安だ。

 

いつ終わるのかもわからない不毛な二人のやり取りを眺めていると、不意に体を後ろに引き倒された。

 

 

 

「うぉっ」

 

「大丈夫?弟くん。」

 

「…リサねぇ。いきなり引っ張ったら危ないよ。」

 

「もう、真面目だなぁ…。」

 

 

 

あれ?何でリサねぇが後ろに??

紗夜ねぇに接近禁止って言われて向かい側で食べていたはず…。二人が揉めてる間に移動したのかな??

というか!後ろから抱きしめられてるから、その…。いい匂い、するし…。柔らかいし。

 

 

 

「お姉さん二人が怖かったねぇ。…もう大丈夫だからね?

 お姉ちゃんがくっついててあげるからね?」

 

「リサねぇ…!だ、大丈夫だよ。子供じゃないんだし…。」

 

「アタシからしたらまだまだ子供だよ~。

 ほら!大人しくする!」

 

 

 

ぎゅぅぅぅぅっと力を込められる。

あぁ…埋まっていく…。

 

 

 

「今井さん?」

 

「リサちー?」

 

「んー??どうしたの二人共?」

 

「その状況は…何かしら?」

 

「どの状況?」

 

「今リサちーがやってることだよ!!

 どうして○○くんのことぎゅってしてるの!?」

 

「あなたには接近禁止を言い渡したはず…。

 ○○は私の弟です。あなたのそういった不乱次な行いは看過できません。」

 

「そーだそーだ!リサちーはなんかその…えっちじゃん!!」

 

「いや、ちょっと、二人共…。」

 

「あなたもいつまでそこにいるの!!」

 

「弟くんはここが落ち着くんだよね~?」

 

 

 

あぁ、板挟みだ。

そもそも接近禁止とか以前に、何故態々リサねぇを呼んだのか。

紗夜ねぇも日菜ねぇも、全く何がしたいんだかわかんない…。

 

 

 

「とにかく!喧嘩しないで!

 僕はご飯くらい一人でちゃんと食べられるから!!

 姉さん達も大人しくご飯食べてっ!」

 

「あっ……。」

 

「ッ…!」

 

「うぅ…。」

 

 

 

リサねぇの抱擁を振り払って立ち上がる。

ついでに喧嘩をしないようにもちゃんと言った。

 

 

 

「………。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

「…あれ?」

 

 

 

シーンとしてしまった。

分かってくれた?…訳ではなさそう。

 

 

 

「………う、ふえぇ…」

 

「!?紗夜ねぇ!?どうして泣いてるの!?」

 

 

 

あの紗夜ねぇがボロボロと涙をこぼし、しゃくり上げるようにして泣いている。

 

 

 

「だって…だって…ッ!

 ○○が…○○がぁ……うぇっ……ふぇえ…」

 

「僕がなに?僕がどうしたの?」

 

 

 

背中をさすりながら問うてみる。

 

 

 

「○○に…嫌われ、ちゃった…からぁ……

 ○○が、一人で…やるって…いうからぁ……。」

 

「う、うわぁ……。」

 

「日菜ねぇ、今は空気読んで。」

 

「あはは…こりゃ凄い愛情だわ…。」

 

「リサねぇも。」

 

「○○?…お姉ちゃんの、こと……ひっく、…嫌いになっちゃった…?

 いらなく、いらなくなっちゃ…うぇぇぇ……」

 

「なってないよ。ずっと要らなくなんてならないよ!

 紗夜ねぇのこと、ずっと大好きだよ!」

 

「…ぐすっ…ほんとう…?」

 

「本当だよ?…だから、泣き止んで。

 お鍋食べよう?」

 

「…うん。○○といっしょにたべる。」

 

「「!!」」

 

 

 

とりあえず今は紗夜ねぇを落ち着かせなきゃ。

こんな紗夜ねぇは初めて見る。子供みたいだ。それも僕よりもずっと小さい。

 

 

 

「紗夜ねぇの分、これでいいかな?食べられそう?」

 

「……○○、あーんして。」

 

「………。え、えーと…。」

 

「はやくぅ…」

 

「あ、う、うん。あーん…?」

 

 

 

あーん、と小さくだが開けてくれた口に小さく崩した豆腐を入れてやる。

 

 

 

「…どう?」

 

「…えへへ、おいしい。」

 

「「!!!!」」

 

「よかった…。」

 

「○○…もっと、もっとぉ」

 

「えー、もう自分で食べてよー…。」

 

「やだ。○○にあーんしてもらわないと食べられないもん。」

 

 

 

…振り切ってるなぁ。

と、まるで子供でもあやしている様な気分になったとき

 

 

 

「リサちー?」

 

「…うん。」

 

 

 

「「うわぁぁぁぁぁああああああああああん!!!」」

 

 

 

放置していた二人の姉が爆発した。

 

 

 

「○○…ここからが踏ん張りどころよ。」

 

「紗夜ねぇ…復活したんだね。」

 

「お姉ちゃんだからね。それよりもあの二人…何とかしなさい。」

 

 

 

鍋食べるだけでこんな騒ぎになるの?

 

僕、戦慄みたいなものが走ってるんだけど。

 

 

 




GAP




<今回の設定更新>

○○:意外と面倒見がいい。
   後で残りの姉も"看病"しました。

紗夜:弟に嫌われたら消滅する。

日菜:「なるほど…その手があったか…。」
   不思議と日菜がやっても効果は薄い。

リサ:色仕掛け担当。何故だか不思議艶かしい、リサねぇの甘やかし。


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2019/08/02 姉と弟のあわあわ☆ふりーだむ

 

 

「あっはっはっはー!!見て見て!○○くん!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ日菜ねぇ!外でやんなって!!」

 

 

 

やっぱりというか何というか…。

基本的に家にいない人が家に居るともう滅茶苦茶になるなぁ。

学校から帰ってくるなりいきなり花火を渡された時には、さすがの僕も視界が霞んだよ。

その状態から「取り敢えず花火はやめて別の遊びにしよう?」と冷静に対処した自分を褒めてあげたい。

だって室内だぜ?

今だってリビングがシャボンでいっぱいだ。

 

 

 

「ねーねー!これすごくない??おっきいのが作れるんだって!!」

 

「あぁ、テレビで見たことあるよ…ってそれどこから出したの。」

 

「いっひひー。…タライにシャボン液をー…。」

 

「だから!リビングでやるもんじゃないってば!

 外でやるか…せめてお風呂場とかさあ…!」

 

「お風呂?お風呂入りたいの??」

 

「どんな耳してんだよ!」

 

 

 

こんなタイミングで急に入浴とか脈絡なさすぎでしょ。

日菜ねぇじゃないんだから。

 

 

 

「ってかさ、この状況どうする気?」

 

「んー?ご飯食べる時とか?」

 

「もっと心配することあるでしょ…。

 ほら、(紗夜ねぇ)が帰ってきたら~とか、考えないわけ??」

 

「まっさかぁ~。おねーちゃん、今日は生徒会がどうとか言ってたと思うよ??

 まだまだ帰ってこないって~。」

 

 

 

ケラケラ笑う日菜ねぇ。そういうフラグっぽいこと言うなって…。

 

 

 

「…ただいま。」

 

 

 

ほらー!!

 

 

 

「あ、あわわわわわわわわ。」

 

 

 

こっちはこっちでわかりやすくテンパってるし!

 

 

 

「泡に囲まれて「あわわ」って…ぷっ。」

 

「わ、わわわ、笑ってる場合じゃないでしょー!

 どーすんのこれ!!」

 

「しーらないっ。

 僕は部屋に帰ってるから、たまにはじっくり怒られてみたら?」

 

「○○くんのばかー!裏切り者ー!!」

 

「はいはい。」

 

 

 

リビングを出て、階段へ向かう途中に紗夜ねぇに会う。

機嫌悪いのかな?目線は足元やや前方に向けられているし、相変わらず眉間には皺が寄ってる。

…それでも僕に気がつくとにっこり笑って「ただいま」と言ってくれた。可愛い。

日菜ねぇにはああ言ったけど、少しだけ時間稼ぎしてやろうかなぁ。

 

 

 

「おねーえちゃん。」

 

「!?○○…?どうしたの?きょ、今日はやけに可愛いわね…」

 

「この呼び方は恥ずかしいからやめよう…。

 えっと、帰ってきて紗夜ねぇが居ないとやっぱり寂しくてさ。

 …ただいまって声聞いて、今日は何だかすごく嬉しかったんだ。」

 

 

 

うん、嘘は言ってない。

紗夜ねぇに素直に気持ちを言う、その行為自体は僕らしくないけど。

 

 

 

「そう、そうなの…ふふふふ、ふふふふふふ。」

 

「さ、紗夜ねぇ?」

 

「…ね、○○?」

 

「おねえちゃんと、お部屋でお昼寝しよっか?」

 

「…ん??」

 

 

 

あ、やばい距離間違えた感あるぞこれぇ。

さっきまでただただ可愛かった紗夜ねぇに、何やら不穏な気が流れ始めた。

少しは時間も稼げたろうし、逃げ時か。

 

 

 

「なんなら、寝付くまで隣で子守唄歌ってあげよっか?」

 

「あ、それいいかも…」

 

「それじゃあ行きましょ。」

 

「えっ、あっ、あの、えっと」

 

「…?あ、まだおねむじゃないのね?

 ふふっ、わかったわ。それじゃあ私の部屋でアレを」

 

「あぁ!そういえばリビングで日菜ねぇが面白いことやってたよぉ!?」

 

「…日菜が?」

 

 

 

ごめん、日菜ねぇ。

でも紗夜ねぇのメンツの為にも仕方なかったんだ。

あのまま黙ってたら絶対やばいこと口走ってたよこの人。

ピクリと眉を反応させ、柔らかそうな表情を引き締め直す紗夜ねぇ。

踵を返しリビングへ向か―――う前に一言。

 

 

 

「○○、後でね?」

 

「…は、はい。」

 

 

 

後で何があるってんだ…。

 

 

 

**

 

 

 

「うぅっ…ぐすっ……ひっく、ひっく……うえぇ…」

 

「日菜ねぇ、あれは流石に怒られるって。」

 

 

 

夜。

晩ご飯の間までネチネチ怒られ続けていた日菜ねぇは、僕の部屋でしゃくり上げて泣いていた。

流石に心が折れたのか。

 

 

 

「でもさ、ちょっと時間あったでしょ?

 …よりにもよって、なんであんなことしたの。」

 

 

 

あのあと紗夜ねぇが向かったリビングはまさに地獄絵図。

どうやらテンパった日菜ねぇは一応隠蔽を試みたようだけど、僕が早々に見捨てたことにより袋小路に。

もう時間もないし隠すのは無理がある――じゃあ紗夜ねぇもシャボンの楽しみに巻き込めばワンチャン…?となったそうだ。いやならんだろ。

 

結果、紗夜ねぇを特大サイズのシャボン玉で封じ込めようという暴挙に出たらしいのだが…。

知ってのとおり、テレビとかでもやっている()()は中に入る人の協力が必要だ。

勿論抵抗した紗夜ねぇによってそれは叶わず、零したシャボン液を紗夜ねぇが被るわ飲むわで大騒ぎになったらしい。

そのあとの空気は流石に僕の甘えじゃどうしようもないほど苦かったよ。

 

 

 

「だってさ…だって、あの状況はもうどうしようもないじゃん…。

 ○○くん、裏切るしぃ……えぐっ、えぐっ…」

 

「はいはい、すごいよ鼻水。

 これ、びろーんって!はははは!」

 

「もー!お姉ちゃんの鼻水で遊ばないの!!」

 

「はい、じゃあちーんしましょうねー。」

 

「んぅ。……ずびーっ」

 

「お姉ちゃんだって言い張るならもうちょっと年上っぽいことしなよ…。」

 

 

 

えぐえぐ言っているのを慰めて、鼻水の処理までして…

 

 

 

「赤ちゃんの面倒見てるみたい。」

 

「なにそれーひどいー!!」

 

「はははは、ごめんごめん。

 じゃあ次は怒られないように気を付けないとね?お姉ちゃん?」

 

「うん…次は気をつけるもん…。」

 

「うん、えらいえらい。」

 

 

 

ぐちゃぐちゃになった前髪を手櫛で梳く。

…次は外で遊ぼうね、日菜ねぇ。

 

因みに、このあと日菜ねぇが落ち着き次第ではあるけど、僕は紗夜ねぇの部屋に呼ばれている。

さっきの「後でね」発言の全貌がいよいよ明かされるのだ。

 

 

 

「…出頭する気分だなぁ。」

 

「……逮捕しちゃうぞ☆」

 

「日菜ねぇ、その鼻水しまって。」

 

 

 

 

 




紗夜ねぇが帰ってこなければ花火もしちゃってたぞ☆




<今回の設定更新>

○○:姉弟関係的にも姉妹の真ん中に入ったほうがしっくりくるのか…?
   でも双子だしな…
   ( ゚д゚)ハッ!…三ツ子…?

日菜:泣き顔も可愛い。
   何故か外遊びを室内で、インドア遊戯を屋外でやりたがる傾向にある。
   河川敷で七並べとか。

紗夜:相変わらず弟にはデレデレ。
   日菜に対して怒る時のみ、若干の恐怖補正により「いつもより多めに」怒ってしまう。


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2019/08/16 姉、動く

 

 

「っじゃーん!お姉ちゃんが来たよっ!!」

 

「………ぇ?あ、ごめん…。…何?日菜ねぇ。」

 

 

 

早朝。時間で言うと6時を回ったところ。

徹夜で"怖~い動画"を友人と見ていたら、部屋のドアを吹き飛ばしつつ日菜ねぇが入ってきた。

友人とはヘッドホンをつけて通話中だったので、僕も気づかない日菜ねぇの声を友人に教えてもらうっていう…所謂ヘッドホンあるある。

一言断りを入れて席を立つ。

 

 

 

「う~ん…お邪魔だったかなぁ??」

 

「どうかなー。」

 

「ぶー…せっかく何もない土曜日だからって早起きしたのにぃ…。」

 

「や、こんな時間にこられても何もできないしさ。」

 

「やーだーやーだー!!○○くんと遊ぶのぉー!!」

 

「日菜ねぇ?…普通にうるさいよ?」

 

「なんでそんなに冷たいのー!?お姉ちゃんのこと嫌い!?」

 

 

 

嫌いじゃないけど…と思いつつチラリとPCに視線を移す。

ミュートにしてないから全部聞かれてるんだろうな…。相手は、よく二人の姉をベタ褒めしては会わせろとか結婚しないのとか喚いてくる奴だ。迂闊なこと言っても面倒なことになるのは目に見えてるし…。

 

 

 

「まぁ、無条件で大好きってわけじゃぁ、ないかな…。」

 

「………!!」

 

「……日菜ねぇ?」

 

「そうだったんだ…。…ごめんね。あたし、○○くんも好きでいてくれてるって思ってやりすぎちゃったね…。

 …ぐすっ。」

 

「わ、わー!!なんで泣いてんの日菜ねぇ!?」

 

 

 

リアルなショックを与えてしまったようで、目にいっぱい涙を湛えて俯く日菜ねぇ。

あぁ、これいつもの構って欲しい時のじゃなくてマジ泣きのやつだ…。まだ2回くらいしか見たことない…。

これはこれで人様に聴かれるのはまずい状況なのでは??

 

 

 

「ち、ちがうんだよ日菜ねぇ…。えっと、えっと…。」

 

「いいの…ぐすっ。あたし、よく迷惑がられてるみたいだし…いろんな人に。」

 

 

 

…あぁ、気づいてたの。

まぁ紗夜ねぇとかは隠すつもりもないみたいだし普通気づくよなぁ…。

 

 

 

「○○くんだけは、あたしのこと見捨てないでくれてると思ってたけど、やっぱりそんな上手く行かないよね…。」

 

「日菜ねぇ…。」

 

 

 

そして始まる脳内会議。

議題は、「日菜ねぇとの関係をとるか友達から弄られるネタと姉の片方を失うか」。

…うわぁ、どっちもどっちだなぁ…。

 

 

 

「今までごめんね…。本当にごめん…。」

 

「日菜ねぇ…。」

 

「………。」

 

「…………。」

 

「…なぁ!○○!!その居た堪れない空気どうにかしろよぉ!!」

 

「っ!?」

 

 

 

あのバカ…!

ヘッドホンから友人の怒号が聞こえてくる。いくら聞こえるからって入ってくるなよ。ってかどんな声量だ。実家暮らしだろお前。

びっくりした様子でヘッドホンを凝視している日菜ねぇ。…こう言っちゃなんだが、おもちゃに興味を持った猫みたいだ。

日菜ねぇ、ヘッドホンは噛み付いたりしないよ。

 

 

 

「…も、もしもし…。」

 

 

 

あぁ!マイクを見つけてしまったか…。

恐る恐る話しかける日菜ねぇかわいい。

 

 

 

「…??……ふーっ。」

 

 

 

ヘッドホンから反応がないことに気づき、マイクにとりあえず息を吹きかけてみる日菜ねぇ。

大丈夫、機械トラブルじゃないよ。多分向こう悶えてるだけだから。

 

 

 

「はぁ……。」

 

「??……わぷっ。」

 

 

 

折角なんでヘッドホンを日菜ねぇに装着させてあげる。

そのまま続けてマイクに「余計なことだけは言うなよ。」と念を押した上で、

 

 

 

「日菜ねぇ、僕のクラスの友達。

 変な人じゃないから話してみてもいいよ。」

 

 

 

と促してみる。

人見知りしない日菜ねぇのことだ、直ぐに仲良くなるんじゃないかな。あんまりなって欲しくないけど。

 

 

 

「……ひ、日菜っていいます。…○○くんのお姉ちゃんの妹のほうです…。」

 

「何故そんなややこしい言い方を…」

 

「………。……………??」

 

「…えっ?……うん、嫌われちゃったみたいで……。

 ち、違うよっ?………うん。…いつもどんな感じなの??」

 

「……。……………!!」

 

「うん。………わっ、そうなの??」

 

「………。……??」

 

「は?たっくん、それどういうこと。………ふーん…。

 そうなんだ。それは初耳だなぁ。」

 

 

 

急に顔つきが紗夜ねぇみたいになったな。何言ってるんだあいつは…。

それにしても、めっちゃ盛り上がってんね。僕と通話してる時は8割が生活音のくせに…。

 

 

 

「……!!……!!…。……?……?」

 

「…!!ふぇ?…えへへへ…そうかなぁ…えへへ。

 ……う??………うん、あたしも好き。……うん。」

 

 

 

…"好き"?

 

 

 

「……。…………!!」

 

「…うんっ!…ありがと。たっくん。

 ………そうなんだぁ!………試してみるね。」

 

「…?」

 

「るんっ♪○○くんっ!!」

 

「えっ…な、なに??」

 

 

 

さっきまであまりにしょんぼりしていたから忘れていた。相手が日菜ねぇだということを。

完全無防備な僕にずいっと顔を近づけた日菜ねぇは…そのまま僕の唇を奪った。

 

 

 

「……んむっ!?」

 

「……………んふぅ…♪」

 

「ぷぁっ。……ひ、日菜ねぇ!?」

 

「えへへ……どう?」

 

 

 

どう?って……。

なんて幸せそうに笑うんだこの姉は。…いや、そうじゃなくて。

 

 

 

「日菜ねぇ、姉弟でこういうこと、しちゃいけないんだよ!!」

 

「えぇー?嬉しくなかった??」

 

「う"……。」

 

 

 

嬉しくない、といえば嘘になる。

そりゃ姉弟でそういうことをしちゃいけないとか、好きな人とすべきだとか色々建前はあるけど。

…日菜ねぇは正直可愛いし、僕だって何だかんだ言いながら、好きだし…。

 

 

 

「そりゃうれs」

 

「それに、別に初めてってわけでもないもんね?」

 

「…えっ。」

 

「初めては、リサちーにあげちゃったんだもんね?残念だなー。」

 

「ひ、日菜ねぇ?」

 

「……でもいいの。」

 

「…??」

 

「○○くんが誰とちゅーしたとか、リサちーの家にたまに行くとか、ちょっと嫌だなぁって思うけど…。

 でも、学校で()()()()にいっぱい惚気けてるって、聞けたから。」

 

「惚気けてる…??ちょっとまってて」

 

 

 

日菜ねぇからヘッドホンを回収。

すぐさま()()()()…いや、クラスメイトの拓馬(たくま)を問いただす。

 

 

 

「お前、何言ったんだよ。」

 

『あぁ…ほら。今井の姐さんとの話…しちゃった☆』

 

「あ?ふざけんなよ。」

 

『めんごめんご…。だから代わりに、お前がお姉さんのことめっちゃ好きってしょっちゅう惚気けてるってことにして取り繕っといたから!』

 

 

 

おいおいほんとヤメロオマエハ…。

リサねぇのことはいつかバレてもおかしくないとは思っていたから仕方ないものの、でっち上げてきやがった内容に関してはどうしたもんか…。

 

 

 

『でもさ、お姉さんが好きなのは本当だろ?』

 

「はぁ?」

 

『頻繁に惚気るってのは作り話だけど、「結婚するなら姉みたいな人がいい」って言ってるのは本当だろ。』

 

「それは僕のことをよく知ってるからって意味で…」

 

『はぁ?じゃあ日菜さんは俺がもらってもいいのか?』

 

「ダメに決まってるだろ!日菜ねぇは僕のだ!……あ」

 

「…○○くんっ!!」

 

 

 

しまった。何て巧妙な誘導尋問だ。

後ろから抱きついてくる体温高めの重さに意識を移す前に、ヘッドホンの向こうからは「お幸せに~」という嘗め腐ったような声と通話を終了する音が聞こえた。

文句を言う相手もいなくなり、気の抜けた僕はそのまま床に引き倒される。

 

 

 

「○○くん!あのねっ、あのね!お姉ちゃんもね!お嫁さんになるなら○○くんのがよくってね!○○くんが大好きでね!○○くん大好きなの!おねーちゃんも好きだけどおねーちゃんよりも○○くんの方が好きかもしれない!ううん○○くん大好き!」

 

「ちょ、ちょっとまって日菜ねぇ…」

 

 

 

馬乗りになった日菜ねぇに顔をホールドされた状態で捲し立てられる。

何言ってるか多分本人も自覚できてないんじゃないかってくらい早口だし、なにより声量がすごい。鼓膜が持って行かれそうだ。

それにこの姿勢、さっきのことも考えると次いつ奪われるかわかったもんじゃない。

確かに日菜ねぇのことは好きだけど、家族・姉としての話だからね?異性としてじゃないんだから、そういうことはしちゃいけないとはやっぱり思うし

 

 

 

「またちゅーするね!!…えいっ」

 

「――――ッ!?」

 

 

 

ほらきたぁー!!

 

ドッドッドッドッドッ…

 

「朝っぱらからうるっさいわね!!!…ひっ!?」

 

ゴトッ

 

 

 

足を踏み鳴らして部屋に入場するや否や怒りの声を張り上げる紗夜ねぇ…が視界に映ったのは一瞬で、現状を把握した紗夜ねぇは後ろにゆっくり倒れ、鈍い音と共に沈黙した。

 

 

 

「ぷはぁ。……えへへ、またしちゃったね♪

 …あれ?おねーちゃん?何でそんなところで寝てんの??」

 

「さ、紗夜ねぇえええええええ!!!!」

 

 

 

朝っぱらから何やってるんだろう。僕。

 

 

 

**

 

 

 

「…○○くん、絶対にあたしの物にしちゃうんだから。」

 

 

 




分岐点です。氷川姉妹それぞれ独立したシリーズもいいかもしれませんねぇ…。
※すいません、脱字を治そうと思ったら焦って丸々消しちゃいました…。




<今回の設定更新>

○○;恐らく徹夜なんかせずにおとなしく寝ていれば…
   惚気けた事実は勿論無いが、シスコンの気はあるかもしれない。
   …いや確実にある。

日菜:やる時はやる子。ただ人を純粋に信じすぎる傾向あり。
   たっくんの言うことを100%信じている模様。
   …別に今後リサとの雰囲気が悪くなったりはしない。

紗夜:このあと滅茶苦茶昏睡した。

拓馬:今回の戦犯。
   恐らく一番仲がいい。絡むことが多い。
   後日マジで怒られた。


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2019/08/25 姉妹、近すぎる関係

 

 

 

「これは、由々しき事態ね、日菜。」

 

「確かに、これは事件の匂いだね、おねーちゃん。」

 

「二人してなにやってんの、テーブルの下なんか入って。」

 

 

 

日曜日の朝。

とても朝型とは言えない僕と、恐ろしく早朝型の姉二人が会ったのは食卓。

ただ二人は何やら相談中らしく、テーブルの下でヒソヒソと囁き合っている。何かの新しい遊びかな?

…にしては、紗夜ねぇが乗ってあげるなんて。珍しいこともあるもんだ。

 

 

 

「○○っ!」

 

ゴンッッ

 

「っつぅぅぅぅぅぅぅ……。」

 

 

 

驚いたのかその場で立ち上がろうとし、テーブル底面にしこたま頭をぶつける紗夜ねぇ。

今のは痛かったろうな。すっごい音したもん。

日菜ねぇも、ただでさえでかい目を余計大きく見開いて見ている。

 

 

 

「…大丈夫?紗夜ねぇ。」

 

「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……痛いわ…。」

 

「…まずはこっちに出てきたら?」

 

 

 

四つん這いのままベイビーのように這い出てくる姉①。

椅子に座る僕の元までそのまま来て、太腿に両手を乗せる。そのまま涙目でこちらを見上げてくる紗夜ねぇはなんというか…犬みたいで可愛くて…

気づけばその頭を優しく撫でてしまっていた。

…日菜ねぇは、何を思ったかまたテーブルの下へ潜り込んでいった。

 

 

 

「…うわぁ、結構コブになっちゃってるね。…冷やす?氷持ってこようか?」

 

ゴンッッガンッッ

 

「…いい。そのままナデナデして。」

 

ドゴォッゴガァッ

 

「もー。…また紗夜ちゃんになっちゃったの?」

 

ゴッゴッゴッゴッ…

 

「うー…。だって○○のなでなで好きなんだもん…。」

 

 

 

あぁこれ、痛みは大体収まってるな?

あの鍋事件以降、紗夜ねぇは頻繁に幼児退行を見せるようになった。どうやら撫でられるのが好きらしいこのモードの時は、何故か姉扱いすると不機嫌になるので"紗夜ちゃん"と呼ぶようにしている。

ただひたすらに滅茶苦茶可愛い、ずるいモードだ。

 

 

 

「…じゃああとちょっとだけね?今日はちょっぴり忙しいから。」

 

……ドゴォッ!ガッシャァン!

 

「うるさいなぁ!」

 

 

 

後ろの騒音の主(日菜ねぇ)を振り返りつつ、なかなかの音量で聞こえ続けていた音についてキレる。

何がしたいんだあんたは。

 

 

 

「だってぇ!だってぇっ!おねーちゃんばっかりずるいじゃん!

 あたしも○○になでなでされたい!!」

 

「…それより、頭、大丈夫?」

 

「なにそれー!?それがお姉ちゃんに対して言う言葉!?」

 

「そういう意味じゃないよ。ずっと凄い音してたでしょ?痛くないの?」

 

「あ、そっちか。…うーん、不思議と平気。」

 

「じゃあなでなでいらないね。」

 

「あっー!」

 

 

 

頭を抱えて踞る姉②。

ほんと何がしたいんだあんた。

 

 

 

「…はい、それじゃあ紗夜ちゃん。なでなではここでおしまいね?」

 

「うー…うん。ありがとう、○○。」

 

「はいはい。…ところでさ、二人とも。」

 

「「なぁに?」」

 

 

 

ハモった…!!流石双子。

 

 

 

「あのさ?今日って、リサねぇの誕生日じゃん?二人はどうするの?」

 

「…私は、友達との集まりがあるから、そこで祝おうと思ってるわ。今井さんも来るし。」

 

「日菜ねぇは?」

 

「んー。あたしは特には考えてないかなー。

 特に仲良しってわけでもないし、会う予定もないしねー。」

 

「そっかー。」

 

「…まさか○○。お祝いに行こうとか言い出す気じゃないわよね?」

 

 

 

え、何でそんな怖い顔してんの紗夜ねぇ。

さっきまでの可愛らしい紗夜ちゃんはどこへ…?

 

 

 

「お祝いに行くよ?日頃お世話になってるし。」

 

「ッ――!!」

 

 

 

気付いた様子の日菜ねぇ。やめてね?今余計なこと言わないでね??

 

 

 

「おねーちゃん。やっぱり、止めたほうがいいんじゃないかなぁ?」

 

「…そうね。今井さん、最近やたらと○○の話ばっかりするし、二人きりにさせるのも危ないかも知れないわね。

 主に○○の貞操的に。」

 

「貞操…ねぇ?」

 

 

 

うわぁ。そんなハイライトの消えた目を向けないでくれるかな日菜ねぇ。

心臓をぎゅっと掴まれた気持ちになるよ。

 

 

 

「紗夜ねぇは、このあとでかけるってこと?」

 

「えぇ、そうなるけど…。」

 

「そ、そうなんだ!じゃあ日菜ねぇ、後で一緒に遊ばない??」

 

「んー?いいよぉ!!なにしてあそぼっかー。」

 

 

 

顔がぱあっと明るくなる日菜ねぇと、それに反比例するように不機嫌そうな顔になる紗夜ねぇ。

めんどくさいなこの二人が一緒にいると…。

 

 

 

「じゃあ、取り敢えず部屋に行こっか、日菜ねぇ。」

 

「いこいこ~♪」

 

「…………。待ちなさい。」

 

「…はい。」

 

「……………日菜。」

 

「むっふふー。わかってるよっ、おねーちゃん。」

 

 

 

何が、とは恐ろしくて訊けないが通じ合うものがあるのか。流石双子。

そのまま不機嫌そうな紗夜ねぇを残し、日菜ねぇと共に部屋へ移動する。

 

 

 

**

 

 

 

「……ふぅ。」

 

「○○くん?行きたいんでしょ、リサちーのとこ。」

 

 

 

部屋に入るなりいきなり核心を突いてくるなこの人は。

そりゃ行きたいよ。

 

 

 

「まぁね。日菜ねぇ達が何を想定して引き止めているのかはわからないけど、知ってる人の誕生日なら祝わなきゃ。」

 

「…ふーん。」

 

「…だめ?」

 

「…はぁーあ。手ごわいなぁ、リサちーは。」

 

「何の話?」

 

「あたし達がこんなに時間をかけても崩せなかったものをどんどん攻め落としちゃうんだもんなぁ。」

 

 

 

意味がわからない。

ゲームかなにかの話だろうか?

 

 

 

「行ってもいいけど条件があります。」

 

「…っ!……はい。」

 

「絶対に、悪い男の子にはならないこと。」

 

「…はぁ?」

 

「…あのね。今○○くんがしていることって、実はすっごい残酷なことなんだよ。

 今はわからないかもしれないけど。」

 

「…残酷?」

 

「だからね。…最後はちゃんと自分がどうしたいか、どうなりたいかって決めること。

 これは、これからのこと全部に言えると思うけど、"平等"とか"普通"とかって凄く難しいものなの。

 そんなのは誰も望んじゃいない。…どんな結果になろうと、○○くんの意思で一つに決めることが、大事なんだよ。」

 

「…うん…?」

 

 

 

なんの話をしてるんだ??結局、何をさせたいんだ?

 

 

 

「それがわかってるなら、日菜ちゃんは止めないよ~っ♪」

 

「えっ?…そんなんでいいの?」

 

「さっきのこと、ちゃんと約束できるんならね。

 色々経験して、大きい男の人になるんだよ~♪」

 

 

 

シリアスな雰囲気かと思えば急に明るいいつもの日菜ねぇになって。

…そのまま部屋を出ようとする。

 

 

 

「あれ?遊ばないの??」

 

「うーん、何か今日は疲れちゃったなぁって!

 折角の日曜日だし、お部屋でゴロゴロしよっかなぁ!!んじゃねっ。」

 

 

 

………なんだろ。

あんなに、泣いているんだか怒っているんだか笑っているんだかわからない日菜ねぇは初めて見た。

いつもよくわからない人ではあるけど、色んな感情が見えてわからないのは、初めてだったんだ。

 

 

 

**

 

 

 

「お姉ちゃんはゆるせません。こんな遅くに、何時に帰ってくるかもわからないのに外出させるなんて…。」

 

「だって仕方ないでしょうよ、さっきまで紗夜ねぇ達と一緒にいたんでしょ??

 じゃあこの時間になっちゃうのは当たり前じゃんか!!」

 

 

 

夕方?夜?微妙な時間帯だが、リサねぇと事前に約束していた時間が目前まで迫っていた。

このままでは、走っても間に合わないかもしれない。

慌てているのを悟られないように、けれど迅速に、紗夜ねぇを説得する。

 

 

 

「それに今井さんのところでしょう?…別に無理にこんな時間に行かなくても、今度お姉ちゃんがついて行ってあげますから、ね?」

 

「…でも、それじゃダメなんだ。

 …約束、したんだよ。」

 

「…………。はぁ。」

 

「ちゃんと帰ってくるから、悪いことしないで、お祝いしたらすぐ帰ってくるから。…それじゃダメかな?」

 

「…日菜には許可貰ったの?」

 

「うん。条件と引き換えに、だけど。」

 

「……条件?」

 

「絶対悪い男の子にならないって。」

 

「…………そう。」

 

「…うん。」

 

 

 

しばし沈黙。

何かを考え込むように顎に手を当てる紗夜ねぇ。…少し時間を置いては、「あっ」と顔を上げる。…そしてまた、何も言わずに俯く。

それを何度繰り返しただろうか。

長い、深い溜息を吐いたかと思うとゆっくり顔をあげ

 

 

 

「じゃあ、私からも一つだけ条件。」

 

「…なに?」

 

「今度………貴方の丸一日を私にちょうだい?」

 

「どういう…こと?」

 

「まぁ、一日デートにでも付き合ってもらおうかしらね。」

 

「それでいいの??」

 

「……それを3日もらおうかしら。」

 

 

 

あ、今慌てて増やしたな?

凄い汗。…紗夜ねぇ、隠し事とか下手なんだから…。

 

 

 

「それは全然いいんだけど…その条件にした理由は??」

 

「………はぁ。…私は、少しだけ悪い女の子になってしまってるってことよ。」

 

「……??」

 

「いいから、行きなさい。

 約束の時間、過ぎてるんでしょ?」

 

 

 

その言葉にハッとして腕時計を見る。

やばい、やばいやばいやばいやばいやばい…もう走るとかそういう次元じゃない。既に遅刻している…!

紗夜ねぇに「ありがとう」とだけ伝えるとドタバタとコメディ映画か何かのように慌ただしく家を出た。

 

 

 

「私たちの最大の武器が、仇になっちゃったのね。…日菜。」

 

 

 

家を出る時に聞こえた紗夜ねぇの一言は、今の僕にはまだ理解できないものだった。

 

 

 




シリアスめ…?
リサねぇの誕生日に合わせて多めの更新でした。




<今回の設定更新>

○○:戦犯。
   姉という姉を誑かして回っているようですが、まだ幼いので勘弁してやってください。
   リサ編に続いています。

日菜:今回は珍しくまともな事言う。
   石頭(物理)

紗夜:実は日菜より精神年齢低めかも知れない。
   諦めはものすごく悪い。


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【今井リサ】ひかわさんち。 - √LISA 「三人目」【完結】 2019/07/24 愛の巣

 

 

 

それは、僕に()()()()姉ができた日の話。

 

 

 

**

 

 

 

先日の鍋事件。

発端は紗夜ねぇが悲しみのあまり幼児退行してしまったことから始まる。

 

その時は紗夜ねぇの対処に追われて気付かなかったが、どうやら()()()の姉もそれぞれの要求を抱えていたようだ。

…いや、欲求か。

 

その抱えていたものが、紗夜ねぇは「弟に甘える」事だったため、ああなってしまったと。

そして、今日はリサねぇの要求に応えなければいけないらしい。

 

怖い。

何が待ち受けているのか、この扉の向こうに。

何を、どうされるのか。

 

 

 

ガチャッ

 

 

 

「弟くん?…どーして入ってこないの?」

 

 

 

長く考え込み過ぎたんだろうか。

本日のお相手の()が顔をのぞかせる。

 

 

 

「あ、いや…ちょっと、緊張しちゃって…。」

 

「あはは、いーのいーの緊張なんかしなくたって…。

 このお家にはね、アタシと弟くんしか居ないんだから、誰かに見られるとか心配しなくていいんだよ?

 自分の家だと思って、寛いじゃってよ~。」

 

「いやそれもどうなの…リサねぇ。」

 

「いいんだってばぁ。

 弟くんを独り占めするために、態々新しく借りた部屋なんだから…

 上がってくれないと、全部無駄になっちゃうなぁ?」

 

「…わかったよ。」

 

 

 

なんだよその裏事情。今日初めて聞いたぞ…。

僕一人と過ごすためだけにわざわざ賃貸を?

 

確かに、同じ街に実家があるのにすぐ近くで一人暮らしなんて変だなとは思ってたけどさ。

 

…根負けした僕は、遂に意を決してお邪魔することにした。

 

 

 

「おじゃましま――」

 

バタン!ガチャン!

 

「…何で鍵?」

 

「ん~?…邪魔者が入らないように、かなぁ…?」

 

 

 

早速出たぞ!おかしいぞ!

早くも恐怖に駆られている自分の体を、思わず震えさせてしまう。

 

 

 

「り、リサねぇ?僕、何されるの?」

 

「あっははは!そんな怯えなくても大丈夫だって!!

 …ほら、()()()お姉さんズ、ちょっと色々大変でしょ?

 きっと日頃素直に甘えたりできてないだろうと思って、ここにご招待したって訳。」

 

「あー…まぁ…。」

 

 

 

どっちかというと面倒見てるのは僕の方だもんな。

特に日菜ねぇ。最近じわじわ紗夜ねぇもか。

 

 

 

「だから、肩の力も抜いて、今だけはアタシを本当のお姉ちゃんだと思ってさ。

 ()()()()の弟で過ごしてほしいな。」

 

「…甘える側、か…。」

 

「そそ。…それとも…アタシの事、嫌い?」

 

 

 

そっと手を取られる。

そのままリビングの方へ引かれるように歩く。

 

 

 

「う"っ……嫌いじゃ、ないけど…。」

 

「じゃあ、好き?」

 

「……そりゃまぁ…。嫌いになる要素もないし。」

 

「もうちょっと素直になっちゃおっか?」

 

 

 

ずいっと顔を近づけてくる。

あぁ、またこの目だ。悪戯半分揶揄い半分って感じの、それでいて優しい目。

…逆らえない、ずるい目だ。

 

 

 

「…好き。」

 

「んー。もうちょっと足りないなぁ。」

 

「??」

 

「「おねーちゃん、だいすき。」でしょ?」

 

「…おねーちゃん、だいすき。」

 

「んー!よくできました!!

 よし、素直で可愛い弟くんにはぎゅってしてあげようね~。」

 

 

 

僕の意思などお構いなしに少々強めの抱擁を貰う。

うなじから立ち上る女の子特有の甘い香りとか、鼻先をくすぐる癖のある長い髪。

あぁ、もう何だかどうでもいいや――

 

 

 

「…うん、おねーちゃん、大好き…」

 

「うんうん、ここに居る間は、弟くんはアタシ()()の弟くんだからね??」

 

「うん。」

 

「あっはは!かぁいいね~!!」

 

 

 

僕を抱きしめる腕に力が篭もるのが伝わってくる。

暖かく、柔らかく、心地良い…。

確かに、家の二人が相手じゃ感じることのできない感覚かもしれない。

これが、甘える幸せか。

 

 

 

「あっそうだ!弟くん、プリン好きだったよね??」

 

「ぇっ?…ぷぁっ、なんで知ってるの?」

 

 

 

胸に埋もれていた顔を上げ問いかける。

…もう少し埋まっていたかったかも。

 

 

 

「へへ~、お姉ちゃんは弟くんのこと、な~んでもしってるんだよ??」

 

「…すごいね。」

 

「でしょー?…作ってみたんだけど、食べる??」

 

「…!!食べる!!」

 

「うんうん、ちょーっとそこで座ってまっててね?」

 

 

 

お洒落なアンティーク調の椅子に座る。おぉ、固そうな見た目の割にふわふわだ。

お尻が幸せ。

 

…にしても、どうして僕がプリン好きって知ってたんだろ?

あの二人も知らない事なのに。

と疑問を浮かべていると、目の前に陶器入りのそれが置かれる。

 

 

 

「おぉ……!!」

 

「ふふっ、おまちどおさま♪

 お替わりもあるから、好きなだけ食べてね??」

 

「うん!ありがとうおねーちゃん!!」

 

「あぁぁぁぁあああっ!!」

 

「!?」

 

 

 

身悶えする様に体をくねらせるリサねぇ。

…背中でも痒いのかな。

 

 

 

「おねーちゃん…?」

 

「ん!な、なんでもないよ!…あ、あはは…」

 

「えっと…スプーンってどこにあるの?」

 

 

 

正直、この質問は安易すぎた。

先程の身悶えで気付くべきだったんだ。…リサねぇのスイッチが入っていることに。

 

 

 

「…スプーン、要る?」

 

「だって、ないと食べられないよ。」

 

「そっかぁ……それじゃあ、じゃーんっ!スプーンでぇす!」

 

「なんだ、ずっと持ってたの?」

 

「まぁね~。…ちょっとプリン借りるね?」

 

「……あーんとかする気?」

 

「まっさかぁ。…してほしいの?」

 

「い、いや…別に…」

 

「だよね。そんなことしてあげませーん。

 …あむっ。」

 

「へ?」

 

 

 

何を思ったかリサねぇは、その取り出したスプーンでお手製プリンを一口掬い取ると、自分の口の中へ。

呆然とする僕を尻目にその味を楽しむ。

 

 

 

「…えーっと、僕の分は…?」

 

「んぅ?…んふー♪」

 

 

 

美味しそうに頬を緩めるリサねぇは、半分ほど減ったプリンを置き、空いた手で僕の頭をホールド。

…ん、あれ?と考える間もなく距離を詰められ

 

 

 

「――――ッ!?」

 

「んー……。」

 

「!!―――ッ!ッ!!」

 

「んふ……んぅ。」

 

「ぷぁっ!」

 

「…ふふっ、美味しかった?」

 

「はぁっ…はぁっ……!!」

 

 

 

直に口の中に流し込まれたそれは、ただのプリンとは違う滑らかさと甘さがあって…

それをゆっくり感じる間もなく、喉から体内へと流れ込んでいった。

でもあの最中僕の味覚を独占していたのは、感触的に考えてリサねぇの

 

 

 

「リサお姉ちゃん特製の、"プリンチュゥ"だよ?」

 

 

 

**

 

 

 

家に上がったらいきなりあれだもんな。

随分押しの強い姉ができたもんだ。

でもまぁ、嫌って訳じゃなくて

 

 

 

「弟くぅん~?まだ寝てるのかなぁ~??」

 

「あっ、も、もう起きるよおねーちゃん!」

 

 

 

あれから暫く、()()()()()()の絡め獲るような甘さから抜け出せていない。

 

 

 

 




今回は珍しく既シリーズからの派生シリーズとなります。
あ、プリンチュウっていうお菓子は実際にあります。こういうのじゃないですけど。




<今回の設定>

〇〇:言わずと知れた氷川家の宝。
   本シリーズでは「ひかわさんち。」の合間々々に行われる
   リサねぇの篭絡シーンが描かれます。

リサ:氷川姉妹が居ると割り込めないため、いっそ自分専用のステージをと思い
   わざわざ部屋を一つ押さえた。
   主人公を自主的に通わせることにより、徐々に手籠めにするのが目的。
   鍋事件の後、「それぞれの姉が一つだけ願望を叶える」流れに沿ったまでであり
   氷川姉妹もそこまでする奴はいないだろうと高を括っていた結果である。


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2019/08/07 物知り

 

「あ、そうだ。ねーねー、弟くん?今日の晩御飯、何が食べたいかなぁ?」

 

 

 

今日もまた、相も変わらずリサねぇの()()()()に来ている。今日は学校から帰った後、日菜ねぇに捕まりそうになったが何とか振り切ってこれたんだ。

まさかあんなに足が早かったなんて…。

 

そして恐ろしいのはリサねぇも同じだ。

僕は一応合鍵を貰っているから問題はないんだけど、来ていざその鍵を使おうとした時にはもう開錠済み。…要は既にリサねぇが居たってこと。

だってさ、リサねぇって基本的には自分の家、実家に住んでるんだよ。こっちの部屋は僕と二人で過ごすために借りたって言ってたし、つまり…。

 

 

 

「あのさ、おねーちゃん?今日何も連絡してないのに、僕よりも早くここにいたじゃん?」

 

「そうだね~。…それがどうかしたの?」

 

「…僕が来るって、知ってたの?」

 

「あったりまえじゃ~ん♪弟くんの考えなんて全部お見通しだよ~。」

 

「なっ……」

 

「いやぁ、愛の為せる業っていうか~?」

 

 

 

これだ。

他にもいろいろ疑問はあるんだけどね。問い詰めたところで結局全部、この"愛の為せる業"で片付けられちゃうからね。

気にしないのが一番だ。それはそうと

 

 

 

「ふーん…。えっと、晩ご飯だっけ?」

 

「そーそー!…まぁ?弟くんの好きな食べ物は勿論把握済みだけどさ?

 今日は何が食べたいかは、流石に訊かないと、ってね。」

 

「うーん…。因みに、僕の好きな食べ物って?」

 

「んー?んふふ、聞きたい?」

 

「全部合ってるんなら、是非。」

 

「よぉーしわかった。こっちおいで?」

 

 

 

向かいのソファで手招きするリサねぇの隣へ。

暑い時期ということもあって、肩やら腕やら、ちょっと肌色が眩しすぎるような気もするリサねぇ。ほんの少し汗ばんだその白い肌は僕の意識を逸らすには十分すぎるくらいで…。

いや、見るまい。そういう疚しい気持ちまできっとお見通しなんだ、この()()()()()()は。

今は好きな食べ物の話、好きな…。

 

 

 

「ん、素直に来てくれたね。えらいぞ~。」

 

「…んむ。」

 

 

 

座るや否やその流れで抱き寄せられる。薄い布一枚越しの胸が目前に迫る。

力を抜いても倒れる心配のなくなったその姿勢は僕の頭の中から"抵抗"の選択肢を否応なく奪っていく。…いつもの事だね。

諦めて顔を埋めると、いつもの落ち着きと安らぎを混ぜて安心を掛け合わせた様な香りが胸いっぱいに広がる。

あぁ、やっぱ素敵なお姉ちゃんだ…。こんな素敵なお姉ちゃんが僕の本当の

 

 

 

「…ふふっ、今「本当のお姉ちゃんになってくれたら~」とか考えた??」

 

「…なんで分かったの。」

 

「理由なんかわかりきってるくせにぃ。」

 

「…うん。」

 

「じゃあ、弟くんの好きな食べ物、知ってる限りで言うね??」

 

「どうぞー。」

 

 

 

殆ど誰にも話していないんだし、きっと全部は知っちゃいない。知っているなら神だ。姉神。

 

 

 

「前も言ってたプリンでしょ?あとは、カレーも好きだよね?それとハンバーグにエビフライも好きだよねえ。」

 

「ぅ…」

 

「意外と渋いところで、きんぴら系も好きなんだっけ?

 あ!おにぎりの好きな具はオーソドックスな梅と鮭、それもフレーク系じゃなくて形がしっかり残ってる奴。」

 

「む…………。」

 

「あと、これは忘れちゃいけないよね。ゼリー飲料が好きなんだっけ?マスカット味のやつだよね?」

 

 

 

…姉神だ。降臨なされたんだ。

 

 

 

「神様…。」

 

「うぇ??…あ、あはは、嫌だなぁもう!神様みたいに美しいなんて~」

 

「いってないよ、うっぷ。」

 

 

 

あぁもうグリグリしないで。リサねぇは頭を撫で回しているつもりなのかもしれないけど、されている僕側には色々なものが押し付けられてもみくちゃにされて…。

 

 

 

「えぇ~、でも思ってるでしょ??」

 

「うぅ?…えっと、はい、まあ。」

 

「もー。困らないでよーぅ。」

 

「ごめんって、おねーちゃん。」

 

「ふーんだ。「おねーちゃん可愛い」って言ってくれなきゃ、お姉ちゃん許してあげないもーん。」

 

「おねーちゃん可愛い!好き!」

 

「んんんんん…っ!!アタシも!弟くん、大好きだよぉ!!」

 

「うぁっ!?」

 

 

 

今度こそ体勢を変えて、改めて抱きしめられる。やめて!首筋の匂いを嗅がないで!!汗かいてるからぁ!

めっちゃ背中を上下に撫でられてるし、首周りの匂いを嗅ぎ回られる。

そのうち僕、食べられちゃうんじゃないかなぁ…。

 

 

 

「ぜ~んぶ、正解だったでしょ?」

 

 

 

ぴたりと動きを止めて耳元で囁かれた言葉に、僕は黙って頷くしかなかった。

 

 

 

**

 

 

 

『○○、まだ帰ってこないの?』

 

 

『ごめん』

 

『今日、友達とご飯食べて帰るから』

 

 

『え?』

 

『ちょっと待って』

 

『さっきはリサちーと会うって言ってたよね??』

 

 

『あー』

 

『そのあとで友達に会ってさ』

 

『そんな感じ』

 

 

『ふーん』

 

『おねーちゃんとおかーさんに伝えたらいい?』

 

 

『おねがい』

 

 

『わかった!』

 

 

 

…やっぱこういう連絡は日菜ねぇだな。

紗夜ねぇだと追求が長くなっちゃうし。

 

 

 

「…ふぅ。」

 

「おうちにちゃんと連絡できた?」

 

「うん、日菜ねぇに。」

 

「もー。…ここにいる間は、アタシだけがお姉ちゃんだって言ったでしょ?」

 

「あ、そうだった。…日菜()()()にちゃんと言ったよ。」

 

「…うん♪偉いね、弟くん♪」

 

 

 

晩御飯はハンバーグカレーだった。

 

 

 




お店のカレーより家庭料理としてのカレーが好きです。




<今回の設定更新>

○○:まとめると「小学生男子が好きなものは大体好物」
   正直、大体こいつのせい。

リサ:愛情補正が掛かっている。
   主人公のことは顔を見ていれば全てが透けて見える。
   今回も、結局晩飯のメニューは聞かずに作ったらビンゴだった。
   …着実に洗脳は進んでいる。


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2019/08/25 幸時間

 

 

 

「はぁ、はぁっ…はぁ、…はぁっ!」

 

 

 

走っていた。

すっかり暗くなった市街地。

やっとのことで二人の姉を説得した僕は、約束の時間を大幅に遅れてしまっていることを悔やみながらも、呼吸を忘れるくらい全力で走っていた。

 

 

 

「……はぁっはぁっ…み、見えたっ!!」

 

 

 

目的の建物へたどり着くための、いつも目印にしている看板が見えてくる。

無駄にカラフルな美容室の看板が目印なんだ。

…この角さえ曲がれば、あとはまっすぐ…っ!

 

 

 

バァン!

 

「リサねぇ!!」

 

 

 

案の定鍵は開いていた…が、中は真っ暗だった。

呼びかけにも返事が無いし、何よりいつも玄関まで迎えに来てくれるあの悪戯っぽい笑顔が見当たらない。

…靴は、あるんだけどな…?

胸騒ぎがした僕は、脱いだ靴もそのままにリビングを目指す。

 

 

 

「リサねぇ…?」

 

 

 

戸を開けて室内を見渡すも、人の気配はない。…誰もいないのだろうか。

でも、鍵を開けたまま、靴も履かずに出かけたりするかな…?

 

 

 

「リサね」

 

「しーっ…。…そのまま動かないで?」

 

 

 

後ろからがっしりと羽交い締めにされる。

直後に手のひらで抑えられる口と、続けて耳元に当たる吐息。

 

 

 

「…呼び方も違うぞぉ?」

 

「……ぉ、おねーちゃん。…遅れてごめん。」

 

「…………。」

 

 

 

口は開放してもらえたが、相変わらず体の自由は奪われたままだ。

正直、男女の差もあるし僕がその気になったら振りほどくのは簡単だ。でも、そうさせない、そうできなくなってしまうような魅力が、この体勢には多すぎる。

 

 

 

「…………ぐすっ。」

 

「!?…お、おねーちゃんっ!?」

 

「…もぅ……弟くん、来てくれないかと…思ったよぉ……。」

 

「……ぁ…ぅ、……ご、ごめん……」

 

「…どーして、こんなに遅く、なっちゃったの?」

 

「……日菜ね…日菜ちゃんと、紗夜ちゃんが……行っちゃダメだって。」

 

「………それで?」

 

「……日菜ちゃんは、誕生日祝いに行くだけって言ったらすぐ引き下がってくれたけど、」

 

「…紗夜には、何をして許してもらったの?」

 

「………今度、一緒に遊びに行く約束。」

 

 

 

丸一日デートするって約束で開放してもらったんだ。

……3回。

 

 

 

「じゃ、じゃぁ……アタシのこと、嫌いになったわけじゃ、ない…?」

 

「も、もちろん!おねーちゃん、大好きだよ??」

 

「………うぅぅぅ…。」

 

「わ、わーっ!泣かないで??泣かないで?ね??」

 

 

 

リサねぇの流す涙が僕の後頭部を、首筋を、シャツの襟首を濡らしていく。

遅くなってしまった――言葉で言ってしまえば簡単なものにしかならないけど、今日という日に関しては、彼女に大きな傷を…痛みを与えてしまったのかもしれない。

この罪に対して、僕はどう向き合えるだろうか?

 

 

 

「おねーちゃん……ええと、本当にごめん。

 …でも、おねーちゃんのこと嫌いになったとか、誕生日を忘れたとか、全然そういうのじゃないから!!」

 

「……ぅん…。」

 

 

 

力なく僕の体は解放される。

振り返り、リサねぇの目を正面から見つめる。…そして、本当はお祝いのためと用意しておいた秘策を、せめてもの償いとして行使する。

 

 

 

「…ぇ?」

 

「……いつも、ハグはおねーちゃんの方からだったもんね。

 僕ね、おねーちゃんにぎゅってされると、どんなに嫌なことがあった時でも落ち込んでる時でも、あったかい気持ちになれるんだ。

 すーって感じで、体が楽になるんだよ。」

 

「……ぅん。」

 

「だから今日は、いつも色々優しくしてくれたり甘やかしてくれるおねーちゃんにお返しって思ってたんだけど…。

 …流石にこれじゃあ、おねーちゃんの悲しい気分は無くならないよね…?」

 

「………っ。」

 

 

 

一方的に抱きしめる形で暫しの時を過ごし、リサねぇの震えが収まってきたことを感じる。

あぁ、そうだったんだ。リサねぇってこんなに体温が高かったんだ。

それに、抱く側になって初めて気づいたかもしれない。…おねーちゃんおねーちゃんって、年上のお姉さんだと思って当たり前に包まれていたけど、こんなにか弱くて小さな体だったんだ。

その華奢で儚いおねーちゃんを、僕は…僕は…ッ!

 

 

 

「………う。」

 

「…………?」

 

「……ぅう、うぅぅぅ……。」

 

「お、弟くん?」

 

 

 

なんてことをしてしまったんだと、後悔の念と重い自責の気持ちが込上がってくる。

それは不覚にも涙となって溢れてしまった。……だめだ、止めないと。傷つけたのは僕の方なのに、このままじゃ、腕の中から見上げてくる笑顔のリサねぇに……笑顔?

 

 

 

「……弟くん?…今、凄く可愛い顔してるよ?」

 

 

 

えっ。

あれ?

 

 

 

「ねぇ、弟くん…?もっとよくお顔見せて…?」

 

「ちょ、ちょっと?…おねーちゃん??」

 

 

 

今のって、もうちょっと感動だったりとかそういう雰囲気になる流れだったんじゃないの??

 

 

 

「ふふ、ふふふふ。あのね、弟くんの可愛い泣き顔見てたら、悲しい気分とかどうでもよくなっちゃったぁ。」

 

「…えぇ?」

 

 

 

そこから体勢も逆転。

泣きながら困惑する僕を抱きしめ、体中の匂いを嗅がれる。…すっかりいつもの状態に。

 

 

 

「…え、うそ?…これでいいの??」

 

「あぁ…っ。……弟くんと一緒にいられて、お姉ちゃん幸せだよぉ…あはっ。」

 

 

 

**

 

 

 

「え…っと。…ほんと、ごめんね?弟くん。」

 

「……本当に心配したし、申し訳なかったんだけど。」

 

「…うぅ……だって、弟くんが可愛すぎるから悪いんだよ…。」

 

 

 

1時間後。少々怒り気味の僕にひたすら謝り倒すリサねぇの姿があった。

なんでも、うちの姉事情も当然理解しているため、言うほど傷ついていなかったとのこと。

外を走る僕の姿が見えたため、部屋中の電気を消し、息を潜めて脅かそうとしたらしい。

ところが、来ていきなり謝りだした僕が…その、い、愛おしく、なったらしくってそこからは興奮が抑えられなかったそう。

途中泣いたのも、悲しかったわけではなく愛されすぎて嬉しかったとかなんとか。なんだそりゃ。

さっすがリサねぇ。日菜ねぇとは別方向で理解が追いつかないや。

 

 

 

「もう、プレゼントあげないよ??」

 

「えっ!?やだやだやだやだやだ!!やだ~!!」

 

「なんか、僕が心配したの、無駄みたいじゃん…。」

 

「そ、そんなことないよっ!…すっごい、すっっっっごい嬉しかったんだからぁ!!」

 

「じゃーそれがプレゼントってことでいーんじゃないですかー?」

 

「うぅ……弟くんのばかぁ。」

 

 

 

とはいえ。

渡さずに持っていても使い道もないため、物自体は渡しちゃおうかな。

 

 

 

「…反省してる?」

 

「し、してるしてる!」

 

「ほんと?」

 

「ほんとにほんと!紗夜に誓うよっ!」

 

「…実の姉に誓われてもなぁ…。」

 

「もー!!!」

 

 

 

駄々を捏ねるリサねぇも正直可愛いけどね。他じゃ絶対見られないだろうし。

 

 

 

「……はぁ。…はいこれ。」

 

「えっ?えっ!?……こ、この箱?」

 

「うん。…要らないならあげないよ?」

 

「い、要るよ要る!あ、あけけk、開けるね?」

 

「落ち着いてどうぞ。」

 

 

 

あれ、おかしいな。

僕はあげる側だってのに、どうしてこんなに緊張するんだろう。

箱にしなきゃよかったな。…開けたあとのリアクションとか考えて、ドキドキしちゃう。「なにこれー」とか言われたらどうしよう…

 

 

 

「……っっっ!?」

 

「………………どう?」

 

「けっけけけっ、けけけ」

 

「…け?」

 

 

 

そんな笑い方だっけ?

…ゴーストタイプみたいだなぁ…。

 

 

 

「け、結婚、しようってこと?これ…」

 

「はぁ!?…ちち、違うよ!これ、みて!」

 

 

 

左手の小指を見せる。

そこには小さなリング、ピンキーリングってやつらしい。

 

 

 

「…ね。お揃いなんだ。」

 

「……弟、くん。」

 

「今日みたいに、うちの二人に捕まったりとか、普段だって会えない日もあるわけだし…。

 そんな時にね、お揃いのこれがあれば、心は一緒にいられるかなーって……。へ、変だよね。かっこつけみたいで」

 

「弟くん…ッ!」

 

「ウワァー」

 

 

 

感極まった様子のリサねぇにソファに押し倒される。

体重を僕に預けたまま、リサねぇのくぐもった声が、「ありがとう」と「大好き」を繰り返す時間は小一時間続いた。

僕はただ「うん、うん」と相槌を打つだけだったけど、それは凄く満たされた、幸せな時間になった。

 

この贈り物が、二人で過ごす時間が、ずっとずっと忘れられない思い出になってくれたら、いいなぁ。

 

 

 




リサねぇ大好き。




<今回の設定更新>

○○:指輪はオーダーメイド。一年分のお小遣いを前借りして買ったらしい。
   ウワァー(棒)

リサ:誕生日おめでとう。
   外でのリサと愛の巣でのリサ。人格が乖離しつつある。


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2019/09/20 姉恋慕

 

 

学校が終わり、すっかり惰性のままに向かう様になってしまったその足でリサねぇの部屋を訪れる。

おっといけない、前に注意されてたの忘れちゃってたな。「リサねぇの部屋」じゃなくて「ふたりの部屋」って言わなきゃいけないんだった。

僕にとっても帰ってくる場所だから、だってさ。優しいよね、リサねぇ。

 

 

 

「ただいまーっ。」

 

「あっ、おかえりー!」

 

 

 

いつもながら元気のいい声とパタパタという足音がリビングから聞こえてくる。また何かしてたのかな?

靴を脱いで洗面所へ。ちゃんと手洗いとうがいもしなきゃね。

ざぶざぶと手を洗っていると、後ろからふわりとした柔らかい感触に包まれる。

 

 

 

「もー、手ぇ洗いにくいよー?」

 

「えっへへへー、アタシだって寂しかったんだからぁー。…黙って抱き締められてなさいっ。」

 

「あうぅぅ……。」

 

 

 

もみくちゃと手の届く範囲をまさぐられる。擽ったいし柔らかいしいい匂いだし…もうホント手洗いどころの騒ぎじゃないなこれ。

やられっぱなしも悔しいので即効で手を拭き終え体を180度回転させる。目の前に来る驚いた顔のリサねぇに思いっきりキスを仕掛ける。

 

 

 

「………………………………もう、やるようになったなぁ弟くんも。」

 

「……いつまでもやられっぱなしの僕じゃないからね?」

 

「生意気な弟くんめぇ…」

 

 

 

それから暫くキスの応酬に身を委ねる。リサねぇの舌の感触が、唇の感触が、時折触れる歯の感触が…それらが僕に、リサねぇとしっかり繋がっていることを伝えてくる。

……今更だけど、僕とリサねぇの関係っていったい何なんだろう。こ、恋人?だったりするんだろうか。

 

 

 

「ぷぁっ。…ねえ、おねーちゃん?」

 

「……ふぅ。なあに?」

 

「僕とおねーちゃんってさ、どういう関係?」

 

「???」

 

 

 

何言ってるの?とでも言いたげなキョトンとした顔で見つめられる。や、そんなおかしいこと言ったつもりないんだけどな…。

 

 

 

「…因みに、弟くんはどう思ってる?…若しくは、こうなりたい!でもいいけど。」

 

「僕は……、この呼び方的には、やっぱり姉弟なのかなって思ってるよ。…本物じゃあないけど。」

 

「うんうん。」

 

「でも、やっている行為(コト)は姉弟じゃやっちゃいけないことだと思うし…。」

 

「んー…そうかなぁ?」

 

 

 

手を繋いだりハグしたり、一緒にお風呂で洗いっこしたり一緒に眠ったり…それくらいなら姉弟でも問題ないとは思うけどさ。

でも、キスしたりその先まで行ったり…ってなると、やっぱり姉弟の枠を飛び越えているような気がする。

 

 

 

「普通…が僕にはあんまり分からないから、何とも言えないけど。」

 

「……でも、ヒナや紗夜ともキスしたりするでしょ?」

 

「ぅ…………知ってるの?」

 

「知ってる知ってる~。紗夜はともかく、ヒナなんかはわざわざ教えてくれるからね~。

 「〇〇くんとちゅーしちゃったんだぁっ!」って。」

 

「日菜ねぇ…。」

 

 

 

あの日の事だろうか。あの拓馬が絡んだ、忌々しい事件…。

 

 

 

「あっ、でもでも、お姉ちゃんは全然怒ってないからね?

 その分、二度と思い出せないように上書きしてあげればいいだけだし。」

 

「えっ………んむっ」

 

「ん………んふ……。」

 

 

 

もう何度目の口付けになるか。こりゃリップクリーム要らず、保湿はばっちりだ。

口を離した後も、リサねぇの悪戯っぽい笑みに釘付けにされてしまう僕としては、姉弟にしかなれないって言うのは少し残念な気もして…。

 

 

 

「ごちそーさまでしたっ。」

 

「……ねえ、おねーちゃん。」

 

「んー?」

 

「……おねーちゃんは、おねーちゃんじゃなくて僕の彼女さんになるってのは…嫌なの?」

 

「え……?」

 

 

 

思わず口を衝いて出てしまった"告白"と取られても可笑しくない言葉。言ってしまってから気付いて慌てたのでは、時すでに遅し、だこれ…。

一瞬目を丸くしたリサねぇも、寸刻遅れて笑い出す。

 

 

 

「あっはははは!!かっわいいなぁ弟くんは!!

 顔、真っ赤じゃん。」

 

「え、あぅ…あの、違くて…」

 

「そっかそっかー、そんなにお姉ちゃんが好きかー。あははは!!」

 

 

 

笑いながらくしゃくしゃと強めに頭を撫でられる。心なしか、リサねぇも顔が赤い気がするけど…?

 

 

 

「弟くんに好きになってもらえて、お姉ちゃんすっごく幸せです。

 …でもね、彼女さんになるのはごめんなさいかなぁ。」

 

「えっ……」

 

「んっふふ~、だってお姉ちゃんじゃなくなったら、こうやって一方的に可愛がったり虐めたりできなくなるわけでしょー??

 だったら、関係を表す言葉は"姉弟"のままがいいかなーって。」

 

 

 

フラれた……フラれた…リサねぇにフラれた。

姉弟のままの方がいいって。これ以上先には進みたくないって。………フラれたんだ。

 

 

 

「え?あれ!?どーして泣いてるのかな弟くん!?」

 

 

 

ショックの大きさに、涙腺もすっかり崩壊してしまったようだ。…止めどなく溢れ出す涙に、視界の自由を奪われていく。

何やらリサねぇが焦って拭ってくれているが、もうよくわからない。人生初の失恋、それをこんなにも甘々な関係の相手に味わっているのだから。

 

 

 

「……くそぉ…絶対付き合ってもらえると、思ってたのに…なぁぁ……」

 

「おかしいな!?おかしいね!?アタシ、別に嫌いとか言ってないよね!?」

 

「ううぅぅぅぅぅ」

 

「だ、だって、姉弟の、お姉ちゃんで居るほうが、イロイロ…ってかだめだぁ!泣いてる弟くんカワイー!!!!」

 

「リサねぇ……のばかぁぁあ」

 

「バカって言われちゃったよっ!!あっはぁ!!!」

 

 

 

おかしいほどのハイテンションに転身したリサねぇに、それはそれは強く抱きしめられる。息が荒いように感じられるのは気のせいじゃなくて、こうなっている時のリサねぇは大抵興奮状態にある。…性癖的な意味で。

未だ止まってくれない涙をロックオンされたのか、リサねぇの柔らかく温かい舌が僕の頬を這い始める。…不快、ではないのだけれど、この状況端から見るとどう見えるんだろうか。色々マズいんじゃなかろうか、倫理的に。

 

 

 

「はぁ…はぁ……はぁ……んふふ、弟くんの味だぁ…。」

 

「………汚いよ、おねーちゃん。」

 

「そんなことないよぉ?…尊い味がするよぉ…。」

 

「んっ…おねーちゃんは、僕のこと、嫌いなの?」

 

「……どうしてそんなこと訊くかな。」

 

 

 

あっ。質問が悪かったか、ハイテンションモードの終了に伴いぺろぺろも終わりを迎える。…結構気持ちよかったのに。

 

 

 

「だって、彼女さんになってはくれないって…」

 

「あーそれね。…弟くん、姉弟って、家族だよね?」

 

「うん。」

 

「あと他に家族って言ったらさ、何があるかな。」

 

「ええと……親子とか、夫婦とか?」

 

「そだね。…恋人ってさ、家族かな。」

 

「……まだ、家族になる前だと思う。結婚して、夫婦になったら、家族……?」

 

「うんうん。そうだよね。……アタシはさ、弟くんが大好きなんだ。

 世界で一番って言っていいかもしれないくらい、大好き。」

 

「………?」

 

「だからね、恋人――なんて他人止まりの関係じゃなくて、もっと近い関係、家族になって愛したかったんだよね。」

 

 

 

深い…のかな?あまり理屈っぽい話は僕の低スペックな脳には向いてないけど、リサねぇにはリサねぇなりの世界観と考え方があるんだろうな。

…でも、その話を踏まえるとしたら…

 

 

 

「じゃ、じゃあさっ。……同じ家族なら、結婚して夫婦になっちゃえばいいんじゃないの?」

 

「……………ホント弟くんは可愛らしいことばっかり言って…。

 そんなに軽々しく結婚とか言っちゃダメだぞ?…その言葉には、お互いを一生縛り付けるくらいの強い意味があるんだから…ね。」

 

「いいもん。僕、一生おねーちゃんと一緒に居たいもん。」

 

 

 

一生縛り付ける。そんなの、願ってもないことだ。僕はこの人の隣に一生居られるなら、それ以上の歓びは無いと……あれ?何時からこんなこと思うようになったっけ…?

 

 

 

「…その言葉は嬉しいけど、ね。弟くんがもっと大人になって、紗夜やヒナ達も認めてくれてから改めて聞きたいな。

 それまでは姉弟の関係のまま、イチャイチャ……しよ?」

 

「………本当に、その時になったら結婚してくれるの?」

 

「ん。お姉ちゃんが嘘ついたことある?」

 

「……ない。」

 

「うんっ。……別にいいじゃない?姉弟から始まる恋も、あるんだよ。」

 

「おねーちゃん…。」

 

 

 

今日も今日とて姉という沼に沈む僕。

果たしてこれは、愛か恋か、……それとも。

 

 

 

 




リサねぇには何かしらの魔力があると思うんですよね。




<今回の設定更新>

〇〇:おねー…リサねぇ大好き。勿論、異性として。
   行く行くはきちんと婚姻関係を結び…という幻想を抱いているが、
   その願いは届かなそうなご様子。

リサ:計 画 通 り
   年下の男の子の涙・泣き顔に弱い。
   もう、逃がさない。


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2019/10/16 付いて離れて揶揄い悶え

 

 

 

お菓子も買った。ジュースも買った。着替えも持った…!!

今日はお泊まりなんだ。ふたりの部屋に。

 

 

 

「リサねぇ!ただいま~!!」

 

 

 

毎度のことながら、先に居て色々と準備をしていてくれるリサねぇ。…僕より後に学校が終わってるはずなのに、どういう仕組みで先にここに着くんだろう。ま、今日は買い物とかしてきたからアレだけど…。

 

 

 

「お、来たねぇ弟くぅん。…おかえり、外寒かった??」

 

「うん!結構冷えてきたねぇ。」

 

「そっかぁ。…あ、ホントだ。手、真っ赤だよ??」

 

「まだ手袋は早いかなーってさ。それにまだ、寒さの本番はこれからだしね。」

 

「ううむ、このままじゃ弟くんの可愛い手のひらが霜焼けになっちゃうよ…。」

 

「んしょ。……霜焼けはまだ早いって、リサねぇ。」

 

 

 

暖かいリビングまで入り、いつもの場所…ソファの脇に荷物を下ろす。今日は泊まりのグッズもあるため少々大荷物だけど、リサねぇと過ごすためだし仕方ない。甘んじて運搬しよう。

買ってきたものに関しては流石に床に置くわけにもいけないので、念のためリサねぇに確認。

 

 

 

「これ、買ってきたよ。…どこ置こうか?」

 

「ありがとね~。冷たいのは冷蔵庫で、お菓子とかは……いつものとこでいいや。流しのところ。」

 

「ん。…………………………おっけー、置いたよ。」

 

「ありがと。……ご褒美あげるからこっちおいで~。」

 

「ご褒美…?」

 

 

 

なんだろ。というか何に関してのご褒美?

声の方を見やると、ソファで隣の空きスペースをぽんぽんするリサねぇ。そこに座れってことかな。

 

 

 

「なぁに?リサねぇ。」

 

「手、見せてごらん?」

 

「手?……ぁい。」

 

 

 

手を開いてリサねぇに突き出すようにして見せる。ふむふむと頷きながらその掌を触って何かを確かめるリサねぇ。…大丈夫だよリサねぇ、僕はちゃんと存在しているよ。

 

 

 

「真っ赤っかじゃんかぁ……。寒い上に荷物まで持って…頑張ったね。偉いねぇ。」

 

「むぅ…」

 

 

 

すっかり眉をハの字にして、心配顔のリサねぇは僕を抱き寄せるようにして頭を撫で回してくる。擽ったい様な照れくさいような、それでいて落ち着く"お姉ちゃん"の手。…本当に、どうしてここまで可愛がってくれるのか未だに謎だけど、弟として好いてくれるならもうそれだけで全てがどうでも良くなるような気さえしてくる。

…要は、ここが凄く心地いいってこと。

 

 

 

「ほら、手貸して?………んっ。…んふふ、暖かいでしょ。」

 

「えっわっ、あっちょっ、あっちゃっあっ、ままままま、ままま、待ってリサねぇ」

 

「…ふふふっ、今更何照れてんの??…暖を取ってるだけなんだけどにゃぁ~??」

 

 

 

全く、その悪戯っぽい笑い方…。困らせようとして、わざとやってるな…?

僕の手が誘導されたのは、赤い毛糸のセーターにより暖められたリサねぇの体。…具体的に言うと、服の中、少し硬い下着を感じられる部分だ。ジッと顔を見つめてくるその上目遣いと世界史上最も柔らかいであろう感触にクラクラしてくる。

…確かに手は温まるけど、もう体中が火照ってくるというか、頭が沸騰しそうな…

 

 

 

「あっはははは!!弟くん!顔が真っ赤だよ~??……柔らかい?」

 

「……も、もうっ!!リサねぇのばか!!」

 

「にゃっはははは!!」

 

 

 

幸福の抗争は、小一時間続いた。

 

 

 

**

 

 

 

「はー、笑った笑った……。ところで弟くん?今日のお菓子は何を買ってきたのかにゃ??」

 

「………別に、普通だよ。」

 

「もぉー、拗ねないのー。……あっ、スナック菓子が多いね。」

 

「…気分じゃなかった??」

 

「そーじゃないいけどね。…例えば、ポテチってあるじゃん?」

 

「うん。…今日も買ったよ?のりしお。」

 

 

 

好きなやつ買っといでっていうから…。

 

 

 

「ふふっ、好きだもんね。…のり塩はアレだけど、ポテチ自体はおうちでも作れるんだよ??」

 

「…そ、そんなことが…」

 

「できるできる~。簡単だから、一緒に作ってみようか?」

 

「……いやでも、僕料理はあんまり」

 

 

 

不器用というか、そもそも料理に向いていないというか。前に一度、紗夜ねぇに教えてもらったことがあるけども、指は落としそうになるわ皿は落とすわフライ返しは溶かすわで散々だった。紗夜ねぇは「大丈夫よ」って言ってくれたけど、あの惨状は最早心傷(トラウマ)として僕の脳裏に焼き付いている。

 

 

 

「大丈夫大丈夫、料理なんて要は慣れなんだからさっ。」

 

「でも……。」

 

「あのね。…アタシの幼馴染の子がいてさ。友希那っていうんだけど、その子も料理とか全く出来ない子でね?」

 

「うん?」

 

「…でも、アタシの誕生日に向けて料理を練習したみたいでさ。……すっごくおいしい料理、作ってくれたんだよ。」

 

「………。」

 

「それを実際に見たアタシだから言えることだけど、弟くんにもきっとできる事なんだよ…料理なんて。」

 

「……ほんと?僕でも、できる?」

 

「うんうん、できるできるっ。…ほら、アタシのエプロン貸してあげるから、やってみよ?」

 

 

 

恐らく、これからやることは"料理"なんて大したものじゃなく、本当にちょっとした作業みたいなものなんだろう。…それでも、料理に関係する以上僕は萎縮してしまうし、リサねぇの幼馴染の話も当てはまるわけだし。

…結局、自分でもハッキリとした気持ちを決められないまま、リサねぇの誘うままにピンクのチェック柄のエプロンを身につけてしまっていた。

 

 

 

「…わ、本当にじゃがいも使うんだ。」

 

「そりゃぁね。ポテトのチップスなんだから。」

 

 

 

そう、僕はこのレベルだからね。ポテチなんか、じゃがいもを機械でどうにかこうにかして作るもんだと思ってた。

 

 

 

「んじゃまずは皮むきからね?…後ろ失礼します~。」

 

「わっわっ…」

 

「ほらほら、しっかり持って。大丈夫、アタシがちゃんと掴んでてあげるから、やって覚えるんだよ??」

 

 

 

後ろに回ったリサねぇに手の上からじゃがいもとピーラーを握られ、少しずつ皮を削ぎ落としていく。あ、ピーラーっていうのは僕がずっと皮剥き器って呼んでた謎の武器。古からの何かかと思ってたよ。

背中に当たる柔らかさに、さっきまで其れを直に…と邪な想像が脳を支配しそうになるが、飽く迄調理に集中する。…折角リサねぇが教えてくれてるんだ。そんな馬鹿な考えに乱されている場合じゃない。

 

 

 

「んふふ、当ててるんだよ。」

 

「確信犯なんだね…?」

 

 

 

…その後も様々なアプローチを振り払いつつ、何とか揚げる段階まで来た。

手元のバットには、薄くスライスされたお芋さん達が並んでいる。……あっ。

 

 

 

「ねえねえ、おねー…リサねぇ?」

 

「…別におねーちゃんって呼んでいいのに…。なあに?」

 

「思ったんだけど…これって、太く長くなるように切ったらフライドポテトになる??」

 

「んー……それだけだとただの揚げ芋になっちゃうんじゃないかなぁ。……紗夜に?」

 

「………うん。いつも面倒見てもらってばっかりで、何もお返しできてないからさ。

 …もし家で作れたらって、思ってたんだ。」

 

「………もう!どうして弟くんはそう可愛いことばっかり言うのかなぁ…。君の方こそ、確信犯なんじゃないの?」

 

 

 

何やら複雑そうな顔のリサねぇが詰め寄ってくる。…紗夜ねぇの話題出したから怒ってるのかな。

 

 

 

「ええっと…」

 

「わかった。フライドポテトの作り方もお姉ちゃんが教えてあげちゃいましょう。…ただし!」

 

「う、うん?」

 

「……あんまり紗夜の方ばっかり構ってたら、こっちのお姉ちゃんだって拗ねちゃうんだからね?」

 

「そ、そりゃもう、わかってるよ…」

 

「…ほんと?」

 

「……ほんとだよ。」

 

「リピートアフターミー…「おねーちゃん大好き」。はいっ」

 

「おっ、おねえちゃんだいすき…」

 

「もっと元気よくっ!」

 

「おねーちゃん、だいすきっ!」

 

「んんんんんんんんっ!!!!………はぁ…ん。良い子だね、弟くんは。」

 

 

 

なんだか知らないけど許されたようだ。…その言葉が欲しいなら何度だって言ってあげるのに。

 

 

 

「でも、いつかは本当にアタシだけ見てくれたら……なんてね。」

 

「??」

 

「さっ、揚げちゃおっか!もうすぐ完成だよ~」

 

「!!…おっけぃだよ。」

 

 

 

………右腕の数カ所と引き換えに出来上がったお手製ポテトチップスは、中々に幸せな味をしていた。

 

 

 

 




久々のリサねぇですね。




<今回の設定更新>

○○:リサと一緒なら料理を始めとする様々なトラウマを克服していけそうな予感がある。
   今はちょっとだけ、話で聞いたリサの幼馴染が気になっている。先人として。

リサ:甘甘お姉ちゃん党代表。実の弟?知らんな。
   弟くんを揶揄うのも弄るのも心配するのも、全てお姉ちゃんであるアタシの特権なんです。
   嫉妬はするけど重くはない、そんな素敵な女性です。


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2019/11/26 三人目から唯一人(終)

 

 

 

「アタシね、ずっと弟が欲しかったんだ。」

 

「…うん?だから、僕がいるじゃない。」

 

 

 

夜、二人でリサねぇの手料理を食べて、お風呂に入った後のこと。気付けばもうすっかりこっちの家に入り浸っちゃってるなぁ…なんてぼんやり考えながらリサねぇと布団に入っていた時の事。

ふと訪れた沈黙の中で、低いトーンでリサねぇが話し出す。

 

 

 

「……ありがと。…昔、一度弟が生まれるってなったことがあったんだけど、結局ダメになっちゃってね。」

 

「………。」

 

「それ以来、居もしない弟相手におままごととか、いつか本当の弟に出逢った時の為にお姉ちゃんぶる練習したりしてさ。」

 

「…うん。」

 

「そのうち、友希那をお世話する様になって、色々出来ることも多くなって……ここまで来たんだけど。」

 

 

 

リサねぇが僕を弟として可愛がる理由が何となくわかった気がする…けど、どうして急にそんな話を?

 

 

 

「リサね…おねーちゃん?どうしてそんな話を?」

 

「ふふっ……もう、やめようと思って。」

 

「えっ。」

 

 

 

やめるって言うのはこの関係の話だろうか。嫌われるようなことしちゃったかな?それとも、正式にリサねぇに彼氏ができたとか?まさかとは思うけど、ウチの二人の姉ちゃんは絡んでないよね?

 

 

 

「…もう、そんな不安そうな顔しないの。…別に弟くんの事が嫌いになったとかじゃないから、安心してくれて大丈夫だよ。」

 

「よかった……だってあまりに急すぎるから心配しちゃったよ…。」

 

「あはは……ごめんね。…でも、これは伝えなきゃいけない事だと思ったからさ。」

 

「そっか。…それで、何をやめるの?」

 

 

 

まだ肝心な部分は聞けていない。何をやめようと思ったのか、何を伝えなきゃいけないと思ったのか。

…正直なところ、少し怖い。聞いてしまったら本当に何かが終わってしまいそうで。

 

 

 

「……弟くん、はさ。…アタシの事、好き?」

 

「え?…勿論、好きに決まってるでしょ!」

 

「あっははっ…相変わらず真っ直ぐだなぁ…。…うん、そういうところもおねーさんは…じゃないや、アタシは好きだよ。」

 

 

 

…少し照れる。

 

 

 

「それは…紗夜やヒナに対しての"好き"と同じなのかな。」

 

 

 

それまで明るかったリサねぇの声が、急に小さく窄んだ気がした。勿論声量だけの話じゃなくて、元気というか、自信の無い声に変わったように感じたんだ。

それはどのような心境からくるものなのか……リサねぇも、不安に思うことはあるんだろうか。

 

 

 

「…お姉ちゃんとして、ってこと?」

 

「………うん。…ほ、ほらっ、アタシ、弟くんのことめーっちゃ甘やかしてたじゃん??

 だから…っ。……女の子っていうより、世話焼きのお姉さんって映っちゃってたかなって…。」

 

 

 

…何となくだけれど、リサねぇがやめようとしていることに予想がついた。そのことを考えると、不安がっているリサねぇがとても可愛らしく、愛しく思えてきて…。

 

 

 

「…ッ!?…お、弟くんっ??」

 

「大丈夫。大丈夫だよリサねぇ。」

 

 

 

何とか安心させてあげる方法はないかとアレコレ考えたが、結局のところ僕に講じられる手段なんて限られていて。つまりは、僕の腕の中にリサねぇを包み込んであげることただ一つだった。

今までも、これからも。

 

 

 

「これまでだって、リサねぇのことは女の子として大好きだったよ。…まぁ、ずっと「おねーちゃん」って呼んじゃってたし、伝わってなかったと思うけどね。」

 

「……ほんと?」

 

「ほんと。紗夜ねぇや日菜ねぇとは違って、異性として好きって気持ちを向けてた。だからこそ、毎日一緒に居る為に無茶もしたし、日常の一つ一つの仕草に…なんというか、ときめいて?いたんだよ。」

 

「……弟くん…。」

 

「だからさ。」

 

 

 

俯いていたリサねぇの顔を両手で包み込むようにして上向かせる。…いつも真っ直ぐな瞳は揺れ、その潤みが月の光をゆらゆらと映していた。

これ以上不安にさせないよう、しっかりと僕の言葉で伝えるんだ。これからも、()()と一緒に居る為に。

 

 

 

「…もう、姉弟でいるのはやめよう?……僕はリサねぇと…()()と同じ目線で、支え合って生きていきたい。」

 

「………お姉ちゃんじゃないアタシでもいいの?」

 

「…そもそもリサが「お姉ちゃんみたいに接してよ」って言ったのが始まりでしょ?…未だによく分からない流れなんだから…。」

 

 

 

あの時「リサねぇ」なんて呼ばせるから……あぁ、あの時の騒ぎを思い出したら、思わず頬が緩んでしまった。

 

 

 

「それは…キミがあんまりにも可愛かったから仕方ないじゃん……もー、何笑ってんのー??」

 

「えっ…ああいや、短い間だったけど、リサ()()()()()()の弟も楽しかったなってさ。」

 

「別に、弟扱いが終わったわけじゃないんだかんね?」

 

「……んん??」

 

 

 

あれ、結構勇気振り絞って言ったんだけど、違った…?それか、外した??

 

 

 

「要するに、キミはアタシと対等な関係になりたいわけだ?」

 

「……そう、なる、けど…。」

 

 

 

おや?さっきまでの不安げな表情はどうしちゃったのか。またいつもの様な悪戯な目をして見つめてくるリサ。

 

 

 

「…ちゃんと、言葉で言って?」

 

「う"………。…えと、…僕の恋人になってほしい…んですけど、どうですか??」

 

「ん~~~~~っ!!!!」

 

 

 

すっっっっごい恥ずかしい。ナニコレ。何でこんな恥ずかしい目に…というか、どうしてリサはジタバタしているんだろう。

前に美味しい牛肉を食べた時にも同じリアクションを取っていたんだけど…え、ずっとお肉食べてたの?

 

 

 

「~~~///…んはぁ。やっぱいいなぁ、キミは。」

 

「…揶揄ってるでしょ。」

 

「…ううん、そんなことないよ。…アタシって、本っ当に心の底からキミに惚れちゃってたんだって…実感してただけだよ。」

 

「り、リサねぇの方が恥ずかしい事言ってるよ…。」

 

「あー、リサねぇって言ったね~?」

 

 

 

しまった、動揺のあまり染み付いた癖が出ちゃった。そしてそこを目敏く見つけたリサの反応は早かった。

こりゃ面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりに、その細く艶めかしい指でツンツンと胸板を突いてくる。

 

 

 

「こりゃ、姉弟続行かにゃ~??」

 

「い、嫌だっ。…僕は、リサと、ちゃんと付き合いたい。姉弟みたいに面倒を見てもらうだけじゃなくて、リサのこと護れるくらいの一人前の男になりたいんだっ!」

 

「~~~~~///…だぁかぁらぁ…ズルいんだってば、()()()()()()は。」

 

 

 

また少しジタバタと悶えた後、小声で呟きながら目線を逸らす。その姿があんまりにも可笑しくて…

 

 

 

「……付き合って、くれますか?」

 

 

 

ちょっとだけ可愛い子ぶってみた。

 

 

 

「……ん、んぅ…。………んっ!!」

 

「んむっ!?」

 

 

 

チラチラと目線を寄越してきたかと思うと、顔の赤さが最高潮に達した頃、飛び掛かる様に唇を奪われた。

貪るようにその感触を押し付け合い、唾液を交わし、互いの奥底を求め合うようにその舌を絡めて……やがて、すっかり上気しきった顔を離し再度見つめ合うと、蕩けたような顔で微笑む彼女が居た。

彼女は小さな咳ばらいを一つ吐くと、

 

 

 

「……アタシでよければ、一生隣に居てください。」

 

 

 

と、か細い声で奏でた。

 

 

 

**

 

 

 

「んっふふ~。」

 

「急にご機嫌だね。」

 

「だってさ、アタシ彼氏とかできるの初めてなんだもん。」

 

「…へ?ほんと??」

 

 

 

意外だった。…てっきりそういう点も含めて、お姉さんだと思ってたから。

 

 

 

「ほーんと。…可愛い弟が居なくなっちゃったのは寂しいけど、頼もしい彼氏くんができたからいっかなーなんて。」

 

「……弟扱い辞めない気だったんじゃないの?」

 

「んにゃ…してほしい?」

 

「…お姉ちゃんとしてのリサも、大好きなんだ…もん。」

 

「………んふふ♪」

 

 

 

今日、僕達は姉弟をやめた。

 

 

 

「じゃあ、これからもずーっと可愛がってあげるかんね。…弟くん!」

 

 

 

それでも、僕の最愛の人はリサねぇ唯一人なんだ。

 

 

 

おわり

 

 

 




リサねぇルート完結ですね。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:弟は立派に成長しました。
   これからもベタベタいちゃいちゃすることでしょう。
   一途で素直って素晴らしい。

リサ:弟なんか居なかったんや。
   世界で唯一の弟兼彼ぴっぴゲットおめでとう。


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【氷川紗夜】ひかわさんち。 - √SAYO 「しあわせなせかい」 2019/09/06 紗夜お姉ちゃん

 

 

 

「あのさ、紗夜ねぇ?」

 

「どうしたの?苦しい?」

 

「んーん。」

 

「…くっつくの、嫌になった?」

 

「んーん。…怒ってないの?…あの日の事。」

 

 

 

ベッドに座り、僕の頭を抱きかかえるようにして撫でている紗夜ねぇに問いかける。

あの日の事、というのは、リサねぇの誕生日の一件の事だ。…結局あの日は日付が変わるころまで向こうに居たので、帰ってきてから滅茶苦茶怒られたんだよね。

日菜ねぇは、何だか無表情で一瞥していっただけだけど…。

 

 

 

「…あら、怒ってほしいの?」

 

「いや、そういうわけじゃ…」

 

 

 

ふわっと笑う紗夜ねぇ。今日学校から帰ってきてからというもの、妙にご機嫌だ。何かあったんだろうか。

 

 

 

「じゃぁ別に怒らないわ。…〇〇はリサさんの誕生日をお祝いしに行ったんだものね。

 …優しい子に育ってくれて、お姉ちゃん嬉しい。」

 

「…う、うん…?あれぇ??」

 

 

 

何だろう。…少し小言くらいは貰うかと思ったのに…あと何か引っかかる。

どこだ。今の話のどこにおかしな点が…

 

 

 

「あのね、今度私も、リサさんの部屋にお邪魔しようと思うのよ。」

 

「え"っ」

 

「……嫌なの?」

 

「いやー……別に。」

 

「…はぐらかさないで大丈夫よ。今井さ…リサさんから全て聞いたもの。」

 

 

 

あっ。…リサねぇの呼び方だ。

今まで紗夜ねぇは、今井さんって呼んでたもんな。

…ということは、だ。この紗夜ねぇの態度と、呼び方の変更から察するに…。

 

 

 

「リサねぇと、何かあったの?」

 

「…ふふ、まあね。お姉ちゃん同士の話し合いがね、あったのよ。」

 

 

 

どうせ本人()の居ないところでまた何か勝手に決められたんだとは思うけど、詳細を訊く。

どうやら、今後の僕との付き合い方に関しての話し合いがあったらしい。付き合い方て。姉弟以外の何があるってのさ。

 

 

 

「姉弟以外もあるでしょう?…〇〇のお姉ちゃんは誰?」

 

「紗夜ねぇと日菜ねぇ。」

 

「リサさんは?」

 

「あぁ、そういうこと…。でも、お姉ちゃんみたいなもんじゃん。」

 

「…本気で言ってる?」

 

 

 

あれ、地雷踏んだ?紗夜ねぇの整った眉が、ピクリと跳ねる。

だってリサねぇだっておねーちゃんだもんな。僕にとっては。

 

 

 

「あの人も上手くやってるのね…。リサさんは実の姉弟じゃないでしょう?」

 

「うん。」

 

「…だから、付き合い方が大事なの。」

 

「…うん。」

 

「………そういえば、久しぶりかもしれないわね。こういうの。」

 

 

 

それはあなたが幼児退行を繰り返すからだよ…とは言えなかったが、確かに久しぶり。のんびりとした時間の中で、紗夜ねぇの胸と太腿と両腕と…暖かくていい匂いのお姉ちゃんに包まれている。

…やっぱり、お姉ちゃんといえばこれなんだなぁ…。

 

 

 

「ふふ、緩んだ顔しちゃって…。」

 

「…紗夜おねーちゃん。」

 

「んー?…なぁに?懐かしい呼び方しちゃって。」

 

 

 

小学生くらいまでだろうか。僕は二人の姉の事を今とは違う呼び方で呼んでいた。

紗夜ねぇは"紗夜おねーちゃん"。日菜ねぇは"ひーちゃん"。…そんなに昔じゃないのに、随分と懐かしい思い出に感じる。

何時からだろう。…姉に素直に甘えるのが恥ずかしくなったのは。

 

 

 

「紗夜おねーちゃんはさ、僕のこと好きなの?」

 

「…えぇ、当たり前でしょ?…世界で一番、愛しているわ。」

 

「…そっか…。」

 

「なぁに?…不安になっちゃったのかな?」

 

 

 

右の手で耳・頬・唇、と順に撫でられる。顔を這い回るような心地よいこそばゆさと、暫く聞けていなかった甘く蕩けるような声。

吸い込まれるかのような感覚に抗う様に身悶えするも、それは却ってお姉ちゃんの()()を刺激してしまったようで。

 

 

 

「んぅっ……そういうわけじゃ、ぅぷっ。…擽ったいよおねーちゃん…。」

 

「ふふふっ、本当可愛い…。ずっとこうしていたいわね。」

 

「……しててもいいよ。」

 

 

 

全然嫌じゃない。寧ろ落ち着く。…日菜ねぇに同じことをされたらどうかわからないけど、紗夜ねぇは別だ。…ただただ際限なく甘えてしまいそうになる…。

 

 

 

「…本当?ほんとのほんと?」

 

「ん。ほんとにほんと。」

 

「…今日は本当にどうしたの?」

 

「結局…さ、僕が安心して甘えられるのって二人だけなんだよね。

 …紗夜おねーちゃんと、ひーちゃんと…。あっ、勿論リサねぇも嫌いとかじゃないんだけどね。」

 

「うん。」

 

「…だから、三人ともお姉ちゃんで、その中でも特に、ずっと僕の事を見ててくれた紗夜おねーちゃんに可愛がってもらえたらなぁ…っていう。

 理想とは言え幼稚過ぎかな?」

 

「…ううん、そんなことないわ。……寧ろそういってもらえて、お姉ちゃん嬉しい。」

 

 

 

堅いイメージも怖いイメージもなく、いつかの幼い日のように笑う紗夜ねぇ。

あぁ、きっと僕は、紗夜ねぇが大好きなんだ。いつだって一番近くで、この人と一緒に居たい。

 

 

 

「ねえ、〇〇?…お姉ちゃん、我儘言ってもいいかしら?」

 

「いいよ。」

 

「…お姉ちゃんね、〇〇のことずっと離したくないの。…この先どんなに大きくなっても、どんな道に進んでも。

 お姉ちゃんはずっと、〇〇のお姉ちゃんとして一緒に」

 

「紗夜おねーちゃん。」

 

「…ッ!」

 

「それ、僕がお願いしようとしてたやつだよ。」

 

「――――ッ!!」

 

 

 

顔を真っ赤にして目に一杯涙を湛えた紗夜ねぇが、タダでさえ抱き抱えているような姿勢だってのに覆い被さってくる。

顎と顎がぶつかるような体勢になったけど、そんなことはお構いなしに泣きじゃくる紗夜ねぇ。

…そんなに、距離を感じてたのかな…?それとも―――

 

 

 

「……ぐすっ…約束、よ?〇〇。」

 

「…ん?」

 

「……私、もうあなたのこと、誰にも渡さないんだから…。」

 

「……うん。…ずっと一緒だよ、紗夜おねーちゃん。」

 

 

 

暫くギスギスした空気を感じる姉弟に訪れた、ふとした一日。

きっとこれから、甘えて甘えられて、互いに依存し合うような日々が始まるんだろう。…それでも、それもきっと一つの選択。僕と姉達の生きる道だ。

 

 

 

 




ここから紗夜ねぇ編が始まります。
このあと日菜ねぇ編も始まるのですが、それぞれ別の世界線での話になります。
2シリーズの間で設定や流れが異なりますので、別のものとしてお楽しみください。




<今回の設定>

○○:決断を下せずに全ての姉と依存しあう道を選んだ世界線。
   恐らくひたすらいちゃいちゃべたべたする未来が待っている。

紗夜:厳密には紗夜ルートではなく、"紗夜の望む姉弟関係"ルートになります。
   同様に、日菜ルートも、"日菜の望む姉弟関係"ルートとなりますので、
   誰とくっつくくっつかないは最後までわかりません。
   取り敢えずこのルートの紗夜は優しく、全力で弟を愛し、甘やかす、といった構成になっています。


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2019/09/28 みんなお姉ちゃん

 

 

「〇〇。……もう朝よ?」

 

「んー………」

 

「もう、あなたが退けてくれないと、お姉ちゃん起きられないでしょ?」

 

「あぁ…うん、ごめんねぇ…。」

 

 

 

朝日が眩しい。…その光を受けてキラキラしている紗夜ねぇの髪も。

紗夜ねぇは毎朝こうして僕を起こしてから起き抜けていくけど、どうせ僕はここから二度寝するんだよなぁ。

 

 

 

「……もう、ふにゃふにゃしちゃって…可愛いんだから。」

 

 

 

僕の顔をなぞる様に指先を滑らせ、微笑む。

今日も女神のように綺麗だね、紗夜ねぇ。

 

 

 

「紗夜ねぇ…時間、大丈夫?」

 

「ええ、問題ないわ。」

 

「そっか。……じゃあ僕は、もう少し寝るね。」

 

「ふふっ、御寝坊さんね……。」

 

 

 

そしてまた二度、髪を梳くように撫でた紗夜ねぇは、頬にそっと口付けを残し部屋を出て行った。

ここ数日、すっかりお決まりとなった朝のひと時。

 

 

 

**

 

 

 

紗夜ねぇが寝床を出てから一時間ほど後、僕も学校へ行く準備の為リビングへ向かう。

…その途中にある部屋に寄り、寝起きの悪いもう一人の姉を起こすのは今やもう僕の仕事になりつつある。

 

 

 

「日菜ねぇ、起きないと遅刻するよー。」

 

「うぅぅぅぅむぅぅぅ。」

 

 

 

どんな唸り声だ。物凄く深い皺が眉間に刻まれている。

どのみちこのままじゃ起きないので……こめかみを突いてみる。

 

 

 

「うっ!?……むっ!!……うひゅっ!?……ぇわっ!!…」

 

 

 

相変わらず同じ発声器官が備わってるとは思えない声だなぁ…。

そしてここまでされても目を覚まさないというのは何なんだろう。眠り病的な、一種の奇病に罹っている可能性さえあると思う。

 

 

 

「ぃ、いたいよっ、〇〇、くんっ」

 

「あ、起きてたんだ日菜ねぇ。」

 

「今起きたのっ!」

 

「…おはよ、日菜ねぇ。」

 

「んー……」

 

 

 

折角目を開けたというのに、またしても目を閉じ仰向けに寝転がる日菜ねぇ。

 

 

 

「何。」

 

「んー………。〇〇くん、はやく。空気読んで。」

 

「空気読んでも分からないものは分からないんだよ日菜ねぇ。」

 

「おはようの…ほら、あれ…」

 

「…あぁそれのことか。…ごめんね、忘れてたよぅ。」

 

 

 

目覚めのキス。日菜ねぇ流に言うと、「おはようのアレ」。…先日行われた氷今(ヒーマ)姉弟連盟会談に於いて可決された「弟独占禁止法案」により、僕は()()のお姉ちゃんの共有財産という形で生活している。

それぞれの姉の要求を程よくミックスし、僕と触れ合う機会を均等化するという凄まじい状況の中に居るわけだけど。…これがまた何とも居心地の良い毎日なんだ。

勿論、要求やそれに伴う対価などは変更希望者が出るたびに開かれる会合で議論されるんだけど、今のところは「紗夜ねぇ=夜」「日菜ねぇ=朝」「リサねぇ=リサねぇが暇になり次第」と時間や状況で権利を分けているようだ。

何が言いたいかと言うと、日菜ねぇが毎朝求めてくるこれは、僕たち四人が幸せになる為に必要不可欠なものだってこと。

 

 

 

「…ん。」

 

「んんぅ………。ふふふ、今日もしちゃったねっ。」

 

「日菜ねぇがさせてるんでしょー?」

 

「嫌なの…?」

 

「ううん、僕も好きでやってることだからいいんだけどさ。」

 

「わーいっ!〇〇くんだいすきっ!」

 

 

 

今まで仰向けで寝転がっていたとは思えないほどの勢いで跳ね起き抱きついてくる日菜ねぇ。

寝起きがいいんだか悪いんだか…。

元気にるんるん言ってる日菜ねぇと手を繋いで一緒にリビングへ。

 

 

 

「あらおはよ。…あんた達最近随分仲いいわねぇ。」

 

「あ、母さんおはよ。…別に普通だよ。」

 

「ぐっもーにんまみー!そう見える?そう見えるっ?」

 

 

 

食卓に朝食を並べている最中の母親に会う。核心を突いてくる母さんと、妙にハイテンションな日菜ねぇはスルーだ。

 

 

 

「そう見えるよ。…ま、日菜と〇〇は昔から仲良しだったっけか。」

 

「えっへへー、いいでしょー。あたしね、〇〇と結婚するんだぁ。」

 

「……日菜ねぇ。」

 

「あっ。…ええと、今のは冗談で、ええと。」

 

「はいはい。いいからご飯食べちゃいなさい。」

 

 

 

幸い母さんが流してくれたからいいものの。

氷今姉弟連盟(H.I.M.A.)の中では、「結婚」のワードは禁句だ。誰も結婚できず、誰もが結婚しているような曖昧で危うい関係だから、らしい。

日菜ねぇだけが無駄に笑顔のまま、食卓でそれぞれの席に座り朝食をとる。あとで日菜ねぇを叱っておかないと。

 

 

 

「ね、ね、〇〇くん。」

 

「なに。」

 

「あーんしてあげよっか。」

 

「別にいい。時間ないし。」

 

「えぇー??…じゃああたしにして?」

 

「話聞いてた?…時間無いからやりません。」

 

「ぶー。」

 

「ん、ご馳走様。…じゃあ日菜ねぇ、先行くよ??」

 

「わ、わっ、待ってよ〇〇くんっ。…もー何でそんなに食べるの早いのー。」

 

「人の顔ばっか見てる日菜ねぇと違って食事に集中してるからね。」

 

 

 

日菜ねぇは、何が楽しいんだかずっと僕の顔をガン見している。そのせいで箸は止まるし、味噌汁は零すし…。

よかったね、紗夜ねぇが居なくて。

っと、本当にのんびりしている場合じゃないので、ぶーぶー煩い日菜ねぇを置いて外へ。

 

 

 

「母さん!いってきまーす!」

 

 

 

勿論、挨拶は忘れない。

家から歩く事数分、最初の曲がり角に差し掛かったところで―――

 

 

 

「おはよっ弟くん。」

 

「…おはよう、リサねぇ。」

 

 

 

いつもこうして壁に寄りかかって待っているリサねぇ。

そう、ここからはリサねぇの時間。

僕の学校に着くまで、僕の左手はリサねぇの物だ。

 

 

 

「今日もいつも通り可愛いねぇ!」

 

「リサねぇもね。」

 

 

 

()()()()()()()本当に良かった。

誰も傷つかない上に、三人もお姉ちゃんができるなんて。

 

 

 

 




とても幸せで、とても狂った世界。




<今回の設定更新>

〇〇:お姉ちゃんズと共依存にある関係。
   最初こそ自分の甘さに嘆いていたが、
   何も考えない事で永遠に中途半端な関係を続けていくと決めた。
   毎日甘々で、人格も変わりつつある。

紗夜:現状夜担当。決してやらしい意味ではない。
   飽く迄、睡眠時の弟に安らぎと安心を与えるのが仕事。

日菜:現状朝担当。朝はいつものアレが無いとエンジンがかからないようだ。
   担当と言ってもふわっとしていて夜に日菜が一緒に寝る日もある。

リサ:現状その他担当。決まった時間帯は無いが、隙あらばちょっかいを出す。
   結局誰と過ごしたいかは主人公のその時の気分に一任されるため、
   リサが何だかんだで強い。

H.I.M.A.:元おねーちゃん連合。苗字の頭文字を取ってこうなった。
     小難しいことは色々あるけど、要はみんなで弟を愛しましょうってこと。


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2019/10/28 お姉ちゃんと寝るだけ

 

 

 

思う様に寝返りが打てず、何かに挟まれている様な圧迫感を覚え緊急浮上する僕の意識。開いた目に映る景色は未だぼんやりとしていて薄暗い。

……あ、薄暗いのはきっと、まだ起きる時間じゃないからだな。

だが、この圧迫感は何だろう。まるでサイズの小さい寝袋に無理やり入り込んだかのような、少し窮屈に感じるスペースで身動きが取れずにいて、ずっと底面・ベッドに面している左半身が居心地の悪さを主張している。早く姿勢を変えなければ。

どうやら手も塞がっているようで、体全体を少しずつ捩るようにして体勢を変える。

 

ふにっ。

 

 

 

「んぅっ………。」

 

 

 

顔を覆っていた何か柔らかいものを、首を捻じることで除ける。同時に頭上から聞こえる小さな声。

…段々と意識が覚醒してきたようで、僕が()()()()()()()()()()()のかわかってきた。夜の睡眠時間は紗夜ねぇと過ごすことになっているんだったっけ…ってことは今のは紗夜ねぇの…。

いざその事実に気付いてしまうと最早睡眠どころではない。姉弟とは言え、濫りに身体に触れていいものではないし、そんな爛れた関係になってはいけない気がする。

恐らく抱き締められる形になっているであろう現状を少し緩和すべく、目の前の柔らか…じゃなくて紗夜ねぇから距離を空けるように後方へ下がる。

 

ふよん。

 

 

 

「んんっ…。」

 

 

 

先程のデジャヴュのような感触が後頭部から伝わってくる。それと同時に、またしても頭上…やや後方より落ちてくる艶めかしい響き。…あぁ、この声と感触はもう一人のお姉ちゃんか。

待てよ?夜の担当は紗夜ねぇだったはず。でも状況的に、いつも通り正面から僕を抱き締める様にして眠っている紗夜ねぇと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()日菜ねぇに挟まれていることになる。ううむ、これは由々しき事態だぞ。

紗夜ねぇに抱き締められて眠るのは非常に心地よい。ただ、無意識なのか意図的なのか、明け方の紗夜ねぇの腕力は強く、胸の中で窒息死してしまいかねない状況に陥る為気付いた気に向きを反転する様にしているんだ。要は、紗夜ねぇに後ろから抱き締められる形になるって訳だね。

ただ、今朝のこの状態でソレをやることがどれだけ難しいかったらもう…。そもそもシングルベッドに三人が寝ているわけだし、二人ともぎゅうぎゅうと絡みついてくるせいで空いているスペースがほぼ無い。全身が二人のお姉ちゃんに密着している状態であって、縦後ろを向いても今度は日菜ねぇの胸に顔を埋めることになると言う訳だ。

でももう左腕と肩が限界だ。このままでは全く安らぎどころじゃないので、仕方なく寝返り作戦を敢行することにした。

 

 

 

「んしょ…」

 

ふにっ

 

 

 

「あんっ…。」

 

 

ふにゅん

 

 

 

「んぁ……っ」

 

 

ふよっ

 

 

 

「ぁっ……んぅっ…」

 

 

 

…何だろう。ただ姿勢を変えているだけだというのにこの感触と嬌声の連続は。一応健康な男子学生である僕にとって良くない。非常に良くない。

一苦労の後、漸く後ろを向くことに成功したが……姉弟でこんな見方は良くないと思うんだけど、日菜ねぇの方が胸の主張が激しいらしい。紗夜ねぇの時は服の上からの見た目で意識するようなことは無かったのに、日菜ねぇの方を向いた途端に胸の位置が分かってしまう程だ。

 

 

 

ぎゅぅ

 

 

「んっ?」

 

「……もう、変なところいっぱい触って…悪い子ね、〇〇は。」

 

 

 

日菜ねぇの胸部を観察していると、僕の鎖骨あたりに後ろから回された腕に力が入る。思わず零した声に返ってくるのは紗夜ねぇの優しい声。

紗夜ねぇ、最近ますます柔らかくなったよな…。…あ、ち、違うよ?態度とか声色の話ね?

 

 

 

「ごめんなさい…。」

 

「ふふっ、別に怒ってないわよ。…お姉ちゃんはあなただけのものなんだから、何処を触ってもいいのよ。」

 

「い、いや…それはちょっと…。」

 

「……ほら、ぎゅってしてあげるわね。……どう?柔らかいかしら?」

 

「……あったかい。紗夜おねーちゃん、好き。」

 

「私も大好きよ…〇〇。」

 

 

 

後ろから程よい締め付けを感じ、その温もりに身を任せる。柔らかく温かい、紗夜ねぇは包容力の権化みたいなお姉ちゃんだ。

 

 

 

「んんっ……んぅ…」

 

「…ねー、紗夜ねぇ?昨日寝る時って、日菜ねぇここに居たっけ?」

 

「居なかったはずだけど…。狭いと思ったら日菜が入り込んでいたのね。」

 

「起こす?」

 

「…どうせもうすぐ起きる時間だし、そっとしておきましょ。私たちに何かある訳じゃないんだし…」

 

 

 

紗夜ねぇがそう言いかけたところで、日菜ねぇの体がどんどんと迫ってきた。後ろで若干力の入った紗夜ねぇの体から察するに、日菜ねぇが紗夜ねぇを抱き寄せたのだろう。実際近づいてるのは日菜ねぇの方なんだけど。

 

 

 

「ちょっ、ちょちょちょ……」

 

「んにゃ……んふふふ」

 

「んぷっ……!!!!」

 

 

 

先程迄の状態でさえ狭かったのに、今やすっかりサンドウィッチ状態だ。さっき眺めていた日菜ねぇの胸に顔を埋められ、尚もぐいぐいと押し迫ってくる。

紗夜ねぇも紗夜ねぇでじたばたしているし、日菜ねぇ一人増えるだけで寝床はこんなにも混沌とするらしい。

柔らかさと甘い香りの中、酸欠で薄くなっていく意識。何とかしようと両手を動かしたが、最終的に日菜ねぇを抱き寄せる形になってしまった。後ろから紗夜ねぇに抱き締められつつ、正面の日菜ねぇの背中に手を回し抱き締めている。当の日菜ねぇは僕ごと紗夜ねぇをしっかりと抱き締め……。

 

 

 

**

 

 

 

結論から言うと、篭もる熱気と低酸素状態のせいで僕は強制的に二度寝を味わった。

目覚めたのは昼過ぎで、今度は適度に距離を保った二人に見つめられる中での起床となった。…平日だし、本当は普通に学校もあるんだけど目覚めない僕は当然として、心配になった二人まで学校を休んだそう。

必死に謝る二人だったが、正直僕は何一つ嫌な思いもしていないので一つだけ条件を出して手打ちと言う事にした。

 

 

 

「……でも、本当にそれでいいの??〇〇くん。」

 

「だめかな?」

 

「あたしはすっごくいいと思うけど…おねーちゃんは??」

 

「…確かに、夜は私の担当だけど…〇〇は、私達両方と寝たいのよね?」

 

「うん。紗夜ねぇも日菜ねぇもどっちも一番好きだからね。…今日の朝は苦しくて気絶しちゃったけど、それでも幸せだったなぁってさ。」

 

「……も、もぉ。ズルいくらい可愛いよ…〇〇くん。」

 

「ええ、〇〇、自分の可愛さをわかっててやってるでしょ…?」

 

「…ホントにそう思っただけなんだけどなぁ。」

 

 

 

僕が提案したのは、『夜は三人で寝ること』。但し、今日の様に紗夜ねぇのシングルベッドで寝るのは厳しいので、日菜ねぇの部屋のダブルベッドを使う…というものだった。

日菜ねぇの部屋だけダブルベッドなのは、小さいころ寝相が悪すぎたためにいつも床で目覚める日菜ねぇに親が与えた為だ。今でこそ落ち着いた寝相だが、本当にあの頃は酷かったらしい。

 

 

 

「えへへ……あたしの部屋で皆で寝るのかぁ…。お泊り会みたいで楽しいね!!」

 

「普段から同じ家で寝泊まりしているのに今更何言ってるの…。」

 

「でも、おねーちゃんもちょっと嬉しいでしょ??」

 

「私はいつも〇〇と一緒に寝ているもの。」

 

「ぶー…。」

 

「まあまあ…。…あのね、もう一つ提案なんだけど。」

 

「なあに??」

 

「……今日、学校休んじゃったでしょ?…だから、この後は日菜ねぇのベッドでずっとゴロゴロして過ごしたいなぁ…って。…ダメかな?」

 

「賛成っ!あたし、すっごくいいと思うっ!!るるるんってする!!」

 

「……はぁ。まぁ、〇〇が言うんなら仕方ないわね…。私も賛成よ。」

 

 

 

その後もずっとベッドから出ずに過ごすという幸せな一日を送ることができた。勿論、その日の夜から寝床は日菜ねぇのベッド。…これでずっと一緒だね、お姉ちゃん。

 

 

 




最高。




<今回の設定更新>

〇〇:触り放題。くっつき放題。
   主人公曰く、紗夜ねぇの布団はフローラル系のエロい匂い。
   日菜ねぇの布団は甘い女の子っぽい匂いらしい。

紗夜:夜の独り占めが出来なくなって少し残念。
   …だが、その分朝や昼間の割り当てを少し貰った。
   弟が触ってみた感触の感想は「薄い筋肉の上に確かなふにっとした感触。
   受け入れてくれる優しさと吸い付く肌が素敵」。

日菜:夜もくっついていられることに只々歓喜。おねーちゃんも大好きだもんね。
   弟からの触感についての感想は「ただ柔らかいだけじゃない魔性の
   母性。紗夜ねぇよりメリハリのある体つき」。


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2019/11/22 勘違い

 

 

 

「〇〇くぅん、やろーよー!」

 

「やーだよー。」

 

 

 

日菜ねぇが今流行りの動画配信者になりたいと言い出したのは突然の事だった。何でも、暇潰しに有名な動画サイトを漁っていたところ、偶々知人だった元アイドルの女性の動画を見て触発されたらしい。

それ自体は正直好きにしてくれたらいい問題なんだけど、こうして只管後ろをついて回るのは恐らく僕を巻き込むためだろう。…それだけは勘弁なんだけど。

 

 

 

「いじわるー!やってくれたっていいでしょー!」

 

「嫌だよ…。…というか、トイレまでついてくる気なの?」

 

「え?……うーん、あたしは気にしないけど…」

 

「僕が気にするの!早く出て行って!」

 

「トイレ配信…」

 

 

 

ボソッと不穏な言葉を残す日菜ねぇを力づくで追い出す。…全くもう、どうしてそんなに僕を巻き込みたいんだか。僕も見せてもらったけど、日菜ねぇが触発されたそのアイドルの人の動画は本人一人だけで色々な事を取りあげていたんだよ。

それをやってみたいと思うなら一人でやってみるのが道理じゃないか。こんな見た目に華があるわけでも無い僕を巻き込んだっていい事なんか…

 

トイレから出ると、そこに日菜ねぇの姿は無かった。やっと諦めてくれたかと一安心したのも束の間で…

 

 

 

「こーらっ。〇〇。」

 

「??紗夜ねぇ?」

 

 

 

何故かご機嫌ナナメの紗夜ねぇにコツンと頭頂部をノックされる。はて、僕はまた無意識に何かしてしまったろうか。

 

 

 

「どうして怒ってるの?」

 

「どうしても何もないでしょう。…さっき聞こえてたわよ。」

 

「さっき?」

 

 

 

動画配信の勧誘を、かな。

 

 

 

「その…「ヤろう」とか「ヤらない」とか……えっ、えっちな、お話、が…。」

 

「えっち?」

 

「仮にも姉弟なんだから、もう少しこっそりとね…?」

 

「動画投稿がえっちなの??」

 

「動画…ッ!?…却下です。お姉ちゃん許しません。」

 

 

 

おかしいな。どうしてより怒りが加速してるんだろう。動画がそんなにいけなかったんだろうか。

 

 

 

「…もし却下だとしたら日菜ねぇに言わないと」

 

「やっほー!紗夜ー、弟くんー。」

 

「あ、リサねぇ。」

 

 

 

いい機会なので紗夜ねぇの却下を以て日菜ねぇを止めて貰おうと提案しようとしたんだけど、ニッコニコのリサねぇの乱入により遮られてしまった。…いつの間にうちに来てたんだろう。

 

 

 

「いやー、バイトが終わって帰ろうとしたらおばさんに会っちゃってね。「遊びに来たら?」って言うもんだからお言葉に甘えちゃった。」

 

「そっかー。」

 

「ふふふ、弟くんは今日もかあいいねぇ。…ほら、おーいで。」

 

「リサねぇも相変わらず可愛いよ。……ん。」

 

 

 

そっとハグしたリサねぇからは、ほんのり外の香りと冷たさが伝わってきて。体を離すのが少し惜しかったけど、あまり長く抱かれているとリサねぇに堕ちてしまいそうな気がして距離を離す。…やっぱり少し名残惜しくて、後でもう一度ハグしようと決めた。

挨拶を終えたリサねぇに紗夜ねぇが駆け寄る。

 

 

 

「わっ、とと…。どしたの紗夜。」

 

「聞いてください…。………、………。」

 

 

 

耳打ち。別に僕に聞かれるのは問題ないんだろうけど、内容が内容だけに大声で話しにくいんだろう。…多分さっきの件だろうし。

 

 

 

「ふんふん……えぇ?……ヒナが?マジ?」

 

「おまけに、……。…………!!」

 

「……はぁ!?それって、ハメ撮りってことぉ!?」

 

「~~~~///」

 

 

 

おや。おやおやおやおやおや?

真っ赤になって何度も頷いている紗夜ねぇだけど、四方や紗夜ねぇに限ってそんな勘違いは…と思った僕が馬鹿だったみたい。

要するにアレだ。日菜ねぇが僕に向けて連呼していた「やろう」を「ヤろう」だと思って注意しに来たのに、僕が「動画投稿」だなんて零すもんだから…淫らに乱れで上書きした状態になってしまったらしい。

それを聞いたリサねぇも複雑な表情で固まっているし、これはどう収集を付けたものか。

 

 

 

「…おっ、〇〇くーん!!おトイレ終わったぁ?」

 

「日菜ねぇ!!」

 

 

 

恐らく一番状況的にマズい人が現れてしまった。元凶と言っても過言ではないお姉ちゃんが。

日菜ねぇは能天気な声のままトテトテと歩いてきて、二人の鬼の前で僕に抱きつく。むぎゅぅぅぅ…と言っているのは日菜ねぇの口だ。

 

 

 

「日菜!!」

「ヒナ!!」

 

「え?…なあに??…あっ、リサちーだ!!」

 

「そんなことはどうでもいいのよ、あなた一体どういうつもり!?」

 

「どうって?」

 

「どうでもいいってのは頂けないけど、ヒナにはちょーっとお話があるかなぁ。」

 

「リサちーまで?…どしたの二人とも。」

 

 

 

この状況で全く物怖じしないのが凄い。わっと二人分の言葉の奔流を受けているというのに、日菜ねぇ本人は至って涼し気な笑顔のままだ。確かに現実問題勘違いから怒っているのはお二人サイドだけど、普通その状況だとビビっちゃうよね。多分僕なら泣いてるもん。

 

 

 

「あなた、〇〇と何しようって言うのよ!」

 

「…えー?まだ深くは決めてないけどぉ…あ、お外で何か探すってのも面白いよね!」

 

「そ、外……。」

 

「それにほら、お外で遊ぶと色んな人に出逢えるでしょー?そういう人たちも巻き込んで出来たらなーって。」

 

「複…数…!?」

 

 

 

質問に答えるたびに紗夜ねぇの顔から煙が出ている様な錯覚を覚える。実際紗夜ねぇにしてみたらそれくらいぶっ飛んだ話に変換されてるんだろうけど…おもしろいからもうちょっと黙っておこう。

 

 

 

「しかもヒナ、動画撮るってマジなの?」

 

「あったりまえじゃーん!撮影も編集もあたしが何とかするから、後はそれを投稿してぇ…」

 

「いやいやいや、流石にマズいよヒナ。もしかしたら学校とか特定されちゃったり、変な人に絡まれるかもしれないでしょ??」

 

「あ、確かにそれは怖いよね…。モザイクとか?…でも結構みんな顔出してるんだよなぁ。」

 

「よそはよそ、うちはうちでしょ??」

 

「あははっ!リサちーお母さんみたーい。…リサちーも一緒にやる??」

 

「三人…で??」

 

 

 

あぁぁ…リサねぇももう駄目みたい。日菜ねぇの問いに沸騰寸前って感じだもの。

因みに紗夜ねぇは早々にダウンして僕の手を握ってる。落ち着くんだって、これ。

 

 

 

「おねーちゃんも居るから四人かな!!」

 

「四人………ヒナ、弟くんの干物でも作る気なの?」

 

「えぇ?そんな企画は受けないと思うよ??」

 

「企画じゃなくて!そうなっちゃうよって話だよ!!」

 

「んー……どゆこと?」

 

 

 

リサねぇも敗北か。…やっぱり天災児の日菜ねぇには誰も敵わないみたいだね。

…そろそろまとめに参加してあげようかな。

 

 

 

「日菜ねぇ、あのさ」

 

「まぁ…アタシは別に、やってもいいんだけど。」

 

「ほんと!?」

 

「弟くんが…やりたいなら、かな。」

 

「なっ…今井さん、いけませんよそういうのは!」

 

「だって…アタシ弟くん好きなんだもん…。」

 

「そんなこと言ったら私だって好きです!」

 

「じゃあ紗夜も参加したらいいじゃん?」

 

「う…………、分かりました、私も参加します。」

 

「いや、ちょ、二人とも」

 

「やったぁ!!四人でできるんだぁ!!」

 

 

 

うわあ……どうしよう、頼みの綱のしっかり者二人がこれじゃあいよいよ手の施しようがないぞ。しれっと僕も頭数に入れられてるし、このまま四人で…そ、そういうことやらなきゃいけないのかな??

 

 

 

「あのね、多分みんな食い違ってると思うから確認なんだけど…。」

 

「う?…〇〇くん?」

 

 

 

このままだと本当に干物にされ兼ねないので、恐る恐る危険地帯に足を踏み入れることにする。

日菜ねぇの首を傾げる姿に"可愛い"以外の感情を持ったのは久しぶりだ。

 

 

 

「……紗夜ねぇとリサねぇはその…僕とそういうことがしたいって、事なんだよね?」

 

「………えぇ。私は……したい、わ。」

 

「…本気なんだ。」

 

「アタシもしたいよ。今でも毎日会えてるわけじゃないし、少しでも弟くんを感じて居たいから。」

 

「………ごめんね、リサねぇ。」

 

 

 

何だかとても申し訳ない気分になる。きっと男としてこれ以上ないくらい幸せな状況なんだろうけど、それを今から正さなくちゃいけないから。

多分相当酷い顔をしていたとは思うけど、近年稀に見る程ご機嫌な日菜ねぇに視線を送る。

 

 

 

「…で、日菜ねぇは動画配信者になりたいんだよね。」

 

「そうだよ!あたしも"(ゆう)チューヴァー"になるの!!」

 

「…………遊チューヴァー?」

 

 

 

気の抜けたような声を漏らしたのはどちらだったか。

…"遊チューヴァー"と言えば、誰もが知っている動画共有サイト『遊-Choove(ゆうチューヴ)』で動画を投稿し金銭を授受する人たちの総称だ。日菜ねぇも現代の若者と言うことでご多分に漏れず憧れてしまっただけなんだが…。

 

 

 

「……えっとさ。紗夜?アタシら、すっごい恥ずかしい事言った?」

 

「…そうみたい…ですね。今井さん。」

 

「………ねえねえ〇〇くん、おねーちゃんたちどうしてこんなに落ち込んでるの?」

 

「日菜ねぇのせいだと思うけどな…。」

 

 

 

イマイチ理解の追い付いていない日菜ねぇに、二人の勘違いとさっきの宣言の意味を耳打ちで教えてあげる。

話し終わって耳から口を離すと、何とも言えない目で二人を見る。その若干見下すような視線に、日菜ねぇのイメージとはかけ離れた冷たいイメージを覚えた。

 

 

 

「……おねーちゃん達、欲求不満なの?」

 

「「うるさい!!」」

 

 

 

……結局、日菜ねぇの気紛れと言うことで動画デビューの話は無かったことになったが、そこから暫くギスギスした姉弟間の空気を味わう事になったのは言うまでもない。

 

 

 

 




チューバ―へのあこがれはまったくないですね。




<今回の設定更新>

〇〇:タイプの違う三人の姉の相手をしていることで段々と察する能力が
   育ってきた。
   動画とかにあまり興味はない。

紗夜:えっちな話題に耐性が無い。…が耳年増。
   恥ずかしくなると険しい顔になる。

日案:ミーハーなタイプ。
   多分何でも出来ちゃうせいでどんどん新しいことに手を出さないと
   死んじゃう病なんだと思う。

リサ:久しぶり。
   えっちな動画も普通に見るし、知識もそれなりにある。
   知識は。


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2019/12/17 一線?一戦!?

 

 

 

「結局のところさ。」

 

「…?」

 

 

 

最早氷川家(我が家)の一員であるかのように食卓を囲み深夜まで居座るリサねぇ。今も結構な夜更けだというのに僕の机で呑気にネイルアートに勤しんでいる。

そんな()()()()()()()が誰に言うでもなく唐突に切り出す。

 

 

 

「……姉弟でデキたらどうすんの?」

 

「………できる、とは?」

 

 

 

返事を返したのは僕の頭を膝に載せて只管に撫で繰り回す作業で時間を浪費している上の姉さん、紗夜ねぇ。僕はリサねぇの言わんとしてることが察せたから黙ってたけど、無垢で純粋な紗夜ねぇは反応してしまったらしい。…きっとまた()()()()の話で餌食にされるんだろう。

 

 

 

「いやさ、実際問題としてどこまで行ってるかはわからないけどぉ……紗夜とかもうヤっちゃってても不思議じゃないじゃん?」

 

「…行く?……やる…っていうのは??」

 

「…はふぅぅぅ。紗夜ってホント可愛いよねぇ。」

 

「???…全く意味がわかりません。」

 

 

 

爪を塗りたくる作業を一旦止めリサねぇが振り返る。…あぁ、あのニヤニヤした顔、完全に玩具を見つけた悪戯猫の顔つきだ。一瞬目が合った時に何やら良くない気配がして悪寒まで覚えてしまったので、寝返りを打つ要領で顔を紗夜ねぇのお腹側に。はぁ…太腿気持ちいい…。

 

 

 

「ぶっちゃけどうなん?紗夜ってモテるっしょ?」

 

「さぁ……そういった事はよくわかりませんね。何分女子校ですし、私には○○が居ますし。」

 

「ふぅ~ん?……んじゃあ、弟くん相手にさ、こう…ムラムラっと来る事とかなぁい?」

 

「むらむら…ですか。」

 

 

 

少し身動ぎしたかと思えば、顎に手を当て考え込む紗夜ねぇ。多分話題的にそんなに真剣な表情になることはまずないと思うのだが、恐らく"ムラムラ"の意味が分からないんだろうな。

 

 

 

「そそ、一人でシちゃおっかなーみたいなさ。」

 

「一人でする…というのは、むらむらをですか??」

 

「や、ムラムラっていうのは気持ちというか、概念というか……ムラムラするから一人でシちゃうって流れかにゃぁ。」

 

「ふむ。むらむら発信なのですね。……結局、一人でするというのは、何をするんです?今ここでも出来ることでしょうか?」

 

「ぷふっ。」

 

 

 

しまった。あまりの純真さに噴き出しちゃった。…だって、今ここでも出来ることですかって、正気の質問とは思えないんだもの。

だがそれがいけなかったようで、僕の頭を撫でる手がピクリと反応し移動する。そのまま僕の顎を持ち上げるようになぞり、つられて見上げた先で紗夜ねぇの真剣な目と合う。…言えないよ、シモの事なんて。

 

 

 

「○○は知っているの?」

 

「……ま、まぁ…あでも、女の子の事は分かんないからリサねぇに訊くのがいいと思うな。」

 

「…ということは、男の子のそのむらむらがあるということ?男の子も一人でするの?ねえ○○?」

 

「……う。」

 

 

 

あんまり顔を近づけないでほしい。直前にそういう話をしているわけだし、紗夜ねぇだって実の姉さんとは言え極上に美人なわけだし、その匂いや顔や体に変な想像をしないとも限らない訳だし…。

 

 

 

「…こらー、あんまり二人の世界に入らないの。…紗夜、やってみる?一人で。」

 

「えぇっ!?」

 

「……どうして弟くんが驚くかな。」

 

 

 

だって、そんな、ここで、一人でなんて、紗夜ねぇの、そういう…

 

 

 

「…出来る物なら、是非。」

 

「だ、駄目だよ紗夜ねぇ!!」

 

 

 

神妙な顔で思い切る紗夜ねぇの腰に、堪らず抱きつく。思い切り体を捻じる形になって酷く背中が突っ張って痛いが、何だかそれはとても見たくない光景だったのだ。

…ただ、抱きついた場所が場所だけに、再度その行為を想起してしまう。目の前に迫っているデルタゾーン。勿論短いキュロットパンツを穿いている為に直接は見えないが、中身を想像できないほど僕も初心じゃない。

フェロモンと表現して凡そ間違いではなさそうな匂いに、思わず体を"く"の字に折り曲げる。…そこを悪戯猫姉さんは見逃さなかった。

 

 

 

「…おやおやぁ?弟くんが先にするのかなぁ?」

 

「なっ……!○○、実際にやって教えてくれるって事なの!?」

 

「ち、違うよ!?絶対やらないしっ。」

 

「…後でするんでしょ?」

 

「リサねぇ!!」

 

 

 

嫌だこのお色気担当さん。今日に限ってはちょっとお下品だもの。

間で話に付いて行けずにキョロキョロしてる紗夜ねぇも少し可愛いし、出来れば紗夜ねぇに知られたくない事だけど……そういえば、散々煽って見せるリサねぇはどこまで知っているんだろう。勿論、経験として。

 

 

 

「リサねぇこそ、ここでやって見せてあげたら!?同じ女の子なんだし!」

 

「…ふむ、確かに一理ありますね。先程から聞いている限りだと、どうやら男女で違いが」

 

「はぁっ!?や、やらないよっ!?……ま、まぁ、弟くんが見たいって言うなら…二人きりで見せてあげてもいいけど。」

 

「ぶっ!!言わないよそんなことっ!」

 

「○○、汚いわよ。…あぁもう、涎が…」

 

「…ごめん紗夜ねぇ…。」

 

 

 

何てこと言うんだ。ありゃもう悪戯猫どころの騒ぎじゃない。女豹だ。

そりゃちょっとは見てみたいって思うけど、実際見せられたらもうまともに会話もできなくなっちゃうんじゃなかろうか。

 

 

 

「……でも何となくわかったわ。」

 

「え"」

 

「……え、えっちな…お話、してる…?」

 

 

 

僕の口を拭き終わり、またリサねぇの方をキッと睨みつけるように見やる紗夜ねぇ。少しの間を置いて、意を決したように震える小声で言ったのが上の言葉。

言い終わる頃には、顔から火が出るというより顔色が最早紅蓮の炎であるかのように真っ赤に染まっていた。

 

 

 

「……あっははははははは!!!!」

 

 

 

その顔を真下、至近距離から見上げていた僕は何も言えなかったけど、僕の学習机にセットで備え付けてあるキャスター付きの椅子で背中を反らせていたリサねぇは、その姿勢で強調する様に突き出していた形のいい胸を揺らして笑う。

 

 

 

「ひー…ひーっ……いやぁごめんごめん!まだ紗夜にはちょっと早い話題だったねぇ…。…何なら、最初の疑問すら愚問だったにゃ~。」

 

「????…リサさん?…今、凄く馬鹿にしてません?」

 

「してないしてない。…凄く羨ましいだけだよ。」

 

「羨ましい??」

 

 

 

今度はエラく頓珍漢な言葉が出た。

 

 

 

「アタシや弟くんが知ってて紗夜が知らない…それだけ聞くと紗夜が何か足りないみたいに聞こえるけどさ、結局のところ、知らなくても良い事ってあるんだよね。」

 

「……はぁ。」

 

「今回の事だって、全く知識が無いのに弟くんのことを愛してるって言い切る紗夜は本当にすごいと思う。……汚れた心じゃなく、打算でも欲望でもなく、純粋に一人の男の子が好きってことでしょ?」

 

「…まぁ、○○のことは、世界で一番愛してますけど。」

 

「そうそう、そういうところね。……だからさ、アタシも揶揄っちゃって悪かったなーって。……ちょっぴり反省。」

 

 

 

ペロっと舌を出し困ったように笑うリサねぇ。いい意味で何も知らない綺麗なままの紗夜ねぇを、流石に弄り過ぎたと言う事だろう。

…というか、そもそも紗夜ねぇは知識が無さすぎて、恥ずかしがったり勘違いするラインまで達してないんだよね。どんな匂わせ方しても純粋に"?"で返してくる、そういうところはまるで子供みたいな人だから。

その気泡一つない氷の様な澄んだ心が羨ましいと、世俗に塗れ、欲望に汚れてしまったリサねぇは言いたいんだろう。

……ただ一つ、リサねぇは知らない紗夜ねぇを、僕は知っている。…何なら、それよりももっと放置しちゃいけない魔物も知っている。

 

 

 

「そう…ですか。私は今はよくわかりませんが、そのうち自然と知ることができるのでしょうか。」

 

「うんうん、紗夜ならだいじょーぶだよ。そのままでいて。」

 

 

 

……大丈夫じゃないんだよなぁ。

 

 

 

「リサねぇ。」

 

「なぁに、弟くん。」

 

「……最初の質問だけど、もしデキたらどうしたらいいのかな。」

 

「…………………にゃ?」

 

 

 

僕の(恐らく)爆弾発言に、間抜けな声を出して固まるリサねぇ。話が終わったと思って油断していたんだろう。

たっぷり一分ほど沈黙を保った後に、爆発した。

 

 

 

「んんんんんっ!?弟くん!?ど、どういうことかな!?」

 

「ええと、どこから話したらいいか…」

 

「最初?…あぁ、できるってやつでしたっけ。」

 

「し、してるってこと!?紗夜と!?ずる…いやダメでしょ!」

 

「あの、できるってどういう」

 

「多分、紗夜ねぇはそういう自覚無いと思うんだよね。」

 

「おぉぅ…それはまた…そっかぁそっちタイプかぁ…。」

 

「あの、何をしてるんでしょ」

 

「まって!どこまで!?最後まで!?」

 

「…多分、大体は僕が寝てる間だから何とも言えないけど…」

 

「うっわぁ…えっぐぅ…」

 

「寝てるとできるんですか?ねえリサさん、○○。」

 

「朝起きると妙に気怠いんだよ。」

 

「あっちゃぁ………えぇー?もう手遅れだったらどうしよう!?」

 

「や、今のところは多分、大丈夫だと思うけど…。」

 

「確かに、寝起きで疲れが残っているのは手遅れかも知れませんね。…○○、ここは今日もお姉ちゃんと一緒に」

 

「だめ!!紗夜は今日は紗夜と弟くん一緒に寝るの禁止ぃ!!」

 

「えっ……。ちょ、ちょっとリサさん?それはいくら何でも…」

 

「紗夜が正しい知識を身につけるまで、弟くんはヒナと寝なさいっ!」

 

「日菜!?日菜ならいいんですか!?…またあの子は、私のものを…」

 

「あのね、リサねぇ……日菜ねぇはもっとやばいとおもう。」

 

「ん"ぅ!!」

 

「だって、あっちは知識もあって…その上で、本気だもん。寝ぼけてたフリとかするし。」

 

「日菜は知ってるのね…。あの子、帰ってきたらただじゃ置かないわ。」

 

「もうっ!!!……今日は弟くんはアタシが連れて帰ります!!」

 

「「ええっ!?」」

 

 

 

確かにリサねぇに関しては未知の領域だけど、氷川に棲む二体の怪物を相手にするよりはいいだろう。今はまだ来てる紗夜ねぇも、いつ来なくなるか分かったものじゃないし、日菜ねぇに関しては何仕出かすか分かったもんじゃないし。

紗夜ねぇとシンクロする様にして驚きの声を上げた僕だったけど、二時間後にはリサねぇの布団の中で甘い香りにで抱き締められていた。

 

 

 

後日、リサ大先生仕切りによる保健のお勉強会と久々の氷今(ヒーマ)姉弟連盟会談が開催されたのは言うまでもない。

…あぁ、リサねぇってちゃんとお姉ちゃんだったんだなぁって…凄く、実感しました。

 

 

 




しあわせなせかいは今日も倫理観を見失う




<今回の設定更新>

○○:幸せなんだか不幸なんだかわからない弟。
   実はけっこうやることやっちゃってた…いや、襲われてた被害者。
   とは言え大好きなお姉ちゃん相手ということで拒むことも出来ない。
   …うーむ、ファンタスティック。

紗夜:知識は無いが本能的な愛が凄い。
   弟の事を思い浮かべるだけで迸るマウンテンデューが何なのか知らないまま
   気づけば騎乗スキルを発揮していたとの事。
   ハイヨォ、シルバァーッ!

リサ:この場では唯一の良心。
   混ざりたい気持ちを必死に堪えて、姉弟を正しい道へと誘導した。
   だが結果として可決された新法案は「リサちーもまざればいいじゃん」
   だったために、結局理は崩れ往く運命なのだ。
   因みに中々の熟練者。

日菜:不在。


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【氷川日菜】ひかわさんち。 - √HINA 「もう戻れない」 2019/09/16 だめだよ、おねーちゃん

 

 

 

「○○……今、大丈夫?」

 

「?紗夜ねぇ…どしたの。」

 

 

 

夕食後、部屋で珍しく掃除に勤しんでいると、ドアから控えめな姉さんの声。

隙間を開け覗き込むように様子を伺っている紗夜ねぇ……一体何の用だって言うんだ。

 

 

 

「入ってもいい?」

 

「いいよぉ。」

 

「……お邪魔するわね。…ふぅっ。」

 

 

 

いつもの定位置、僕のベッドの枕付近に座り一息つく紗夜ねぇ。

いつにも増して険し気な表情をしているけど…何かあったのかな。

 

 

 

「…日菜、最近変じゃない?」

 

「日菜ねぇが?……そんな感じは…しないけども。」

 

「何だかね、距離を感じるの。」

 

「距離?」

 

 

 

あんなに人と至近距離でぶつかってくる日菜ねぇに距離だって?…あでも、確かにここ数日はスキンシップの一つもないような。それどころか…

 

 

 

「…あぁ、何だか妙に大人っぽいってのは感じるかも。」

 

「そうなのよ。……ま、弟の貴方に言われる程だからよっぽどなのだろうけど…。」

 

「直接訊いてみたら?何かあったのーって。」

 

「…そういうわけにはいかないのよ、○○には分からないかもしれないけど、難しいのよ。色々。」

 

 

 

ふーん?紗夜ねぇがそうだと言うならそうなんだろう。言われるとおり、僕じゃ何もわからないし。

 

 

 

「…じゃあ日菜ねぇにも色々あるってことなのかな。…あでも、紗夜ねぇまた怖い顔してたよ?」

 

「そうかしら。」

 

「すごかったよ。眉間なんか、こーんなに皺寄ってた。」

 

「あら……。」

 

 

 

眉を両端から指で寄せて見せる。それを見て、少し表情が和らいだみたいで少しホッとする。

 

 

 

「ふふっ、○○は優しいのね…私のことなんか、別に気にかけなくてもいいのに…」

 

「そんなこと言わないでよ…。紗夜ねぇだって大事なお姉ちゃんなんだから。」

 

「そうね。…ありがとう、○○。……おいで?」

 

 

 

微笑んでくれる紗夜ねぇ。…弟の僕が言うのもアレだけど、笑顔の紗夜ねぇは本当美人だ。…その顔でそんな、両手を開いた受け入れ態勢整えられちゃったらもう…

 

 

 

ガチャッ

「おねーちゃーん、ちょっといーい?」

 

 

 

「ッ!!」

 

「あっ日菜ねぇ。」

 

 

 

その胸に飛び込もうかという瞬間、部屋のドアが開かれ(くだん)の日菜ねぇが入ってきた。紗夜ねぇに用があるみたい。

 

 

 

「ヒッ日菜っ!?…な、ななにかしら??」

 

「…紗夜ねぇ?」

 

「あのねぇ、ちょっと部屋で見て欲しいのがあるんだぁっ。」

 

「部屋…?…部屋に行けばいいのね?」

 

「そだよー!すぐ終わるから!ねっ??」

 

 

 

日菜ねぇと僕とを交互に見比べる紗夜ねぇ。…やがて小さなため息を一つ吐いて、不承不承立ち上がる。

「また後でね」と声に出さずに口を動かし、ウィンクを投げてくる紗夜ねぇは今日も綺麗だ。

 

 

 

「ごめんねー?○○くん。ちょっとおねーちゃん借りるねっ!」

 

「どうぞー。」

 

 

 

パタム。と扉が閉じられ、再び部屋には静かな時間が戻り、僕も掃除に戻る。

…部屋で何してんだろ。あの二人。

 

 

 

**

 

 

 

小一時間ほどかかって、掃除も終えた僕はベッドに倒れこむ。…紗夜ねぇ、戻ってこないなー。

 

 

 

「…何話してんのかな。」

 

 

 

ふと思い立ち、抜き足差し足…で日菜ねぇの部屋の前へ。扉にそっと耳を付け、中の様子に聞き耳を立てる。

……聞き耳成功。少しだが会話が聞こえるぞ!

 

 

 

「…じゃあ、どうしたらいいの!?」

 

「……自分でもわかってるんでしょ?」

 

「……でも、でも!」

 

「おねーちゃん!!!」

 

「……ッ。」

 

「このままじゃ……みんな不幸になっちゃうよ。」

 

 

 

???何の話だ?

想像していなかった緊迫のムードに、思わず固唾を飲み込む。

不幸?不幸とは?

 

 

 

「それでも……私は嫌よ…大好きなの。」

 

「じゃあどうするの!?割り込んで奪い取る!?

それであの子は幸せなの!?ねえ!!」

 

「それ…は……」

 

「おねーちゃんの言ってることは只の我侭だよ…

それは、あたしやおねーちゃんが持っちゃいけない感情なんだよ…?」

 

 

 

…これは、聞いちゃマズイやつかな。流れから察するに、好きになっちゃいけない人を好きになっちゃった的な…?

すごいな、昼ドラみたいだ。見たことないけど。

にしても紗夜ねぇに好きな人かぁ…美人だから仕方ないけど、ちょっと複雑だよなぁ…。

 

 

 

「…いや、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!」

 

「……おねーちゃん。…おねーちゃんに、あの子を傷つける権利があるの?」

 

「…はぁ?」

 

「だってさ。…おねーちゃんは、どんなに頑張っても

おねーちゃんでしか居られないんだよ?」

 

「だからっ!?…だから諦めろって言うの!?」

 

「…おねーちゃんも、あの表情見たらわかるよ。」

 

「なにがよ!?」

 

「…敵わないんだって。…あたし達は、同じフィールドにも立ってないんだって。」

 

「ッ!!……それでも。…それでも……」

 

「…あたしはあの子が大好きだから。だからおねーちゃんになるよ。」

 

 

 

…日菜ねぇが紗夜ねぇになる??どういうことだ??入れ替えどっきりとか?

詳しい状況は全く飲み込めないけど、本当にヤバイ相手を好きになったみたいだ。

…僕にも相談してくれたらいいのに。

 

 

 

**

 

 

 

コンコン

「日菜ちゃん入りまぁす♪」

 

 

 

何だか居た堪れなくなり自室で大人しくしていると、待ち人じゃない方が入ってきた。

 

 

 

「…日菜ねぇ。…紗夜ねぇは?」

 

「おねーちゃん具合悪くなっちゃって、今あたしの部屋で寝てるんだー。」

 

「えっ!!……だ、大丈夫なの?」

 

「うんっ!あたしがついてるからだーいじょーぶっ。

 …それよりぃ……ねね、最近リサちーとはどうなの??」

 

「うぇっ?り、リサねぇと?別に普通だけど…。」

 

「うんうんっ、相変わらず仲良しってことだね♪…あ、恋のお悩み相談なら、おねーちゃんよりあたしの方が適任だからねっ?」

 

「な、何の話だよっ!!」

 

「あっははー。○○くん真っ赤になっちゃってるから、あたしはおねーちゃんのところに戻るね~。」

 

「もー!」

 

 

 

終始賑やかな様子で弄るだけ弄って帰っていった日菜ねぇ。…紗夜ねぇは心配だけど、やっぱり僕には関与できない話だったのかな。

少しもやもやしたが、気にしないことにした。

 

 

 

 




日菜ルートスタートです。
ギスギスシリアス…になりそうな始まり方ですね。




<今回の設定>

○○:みんな好き。まだ姉弟とか恋人だとか、"好き"に幅がない。

日菜:悟ってしまっている。でも弟は大好き。………辛い。

紗夜:弟大好き。好きすぎて…


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2019/10/11 その席は埋まっている

 

 

 

「ん。」

 

 

 

夕食を食べている最中、自宅ということで最近サイレントマナーモードにしっぱなしのスマホに灯が灯る。

少々行儀が悪いが、箸をくわえたまま手を伸ばし…

 

 

 

「こら、○○。」

 

「んぇ?」

 

「お行儀が悪いでしょう。ご飯食べ終わってからにしなさい。」

 

「…でも紗夜ねぇ、今さっき食べ始めたばっかりだよ?待たせるのも悪いし、返信してすぐ置くからさ。」

 

「……もう。じゃあさっさと返信しちゃいなさい。」

 

 

 

最近また険しい顔をすることが多くなった紗夜ねぇに怒られつつも、素早く画面の通知を確認。…案の定リサねぇだったために、素早く「ご飯中だからあとで」と返す。

 

 

 

「…誰からだったの?」

 

「別に、誰からでもいいでしょ。」

 

「ふーん?…まぁ、あたしもおねーちゃんも予想は付いてるからいいんだけど。」

 

「予想ついてるなら態々訊かないでよ。…リサねぇから。」

 

「やっぱり?」

 

「……チッ。」

 

 

 

相変わらずぽやんとした様子の日菜ねぇと、何故か舌打ちを返す紗夜ねぇ。

 

 

 

「紗夜ねぇの方が行儀悪いじゃんか…舌打ちなんて。」

 

「打ってないわよ。」

 

「チッて言ったじゃん。」

 

「してない」

 

「舌打ちしたよ」

 

「打ってない」

 

「じゃあ何打ったの。」

 

「……し、舌鼓。」

 

「…ぽん?」

 

 

 

何だか最近増えたなこういう小さい喧嘩みたいなやり取り。

……舌鼓は不意打ちだったけど。あと日菜ねぇ、「ぽん」とかホント要らないから。こういう時ばっか空気読まないで。

 

 

 

「てゆーかさー。」

 

「なんだよ日菜ねぇ。」

 

「○○くんの、その"~~ねぇ"っていうの、お姉ちゃん呼ぶときに付けてるんだよね?」

 

「そうだけど。」

 

「じゃあ、リサちーに付けるのおかしくない??」

 

「えっ…今更?」

 

 

 

もう何ヶ月それで呼んでると思ってるの。日菜ねぇはお茶碗に山盛りのおかわりを盛ってきたようで、とても女の子とは思えない豪快な箸捌きで掻き込んでいる。

フードファイター日菜……悪くないかもしれない。因みにその横で紗夜ねぇは、自分が咄嗟に出してしまった失言に悶えている。…それ以上秋刀魚をバラさないであげて。もう内蔵だか身だか分からないくらいぐちゃぐちゃだから。

 

 

 

「てっきり流された話題だと思ってたのに、今になってどうして…」

 

「んー……○○くんはさ、リサちーの弟になりたいの?」

 

「えっ?……どうなんだろ。考えたことはないけど…。」

 

「折角他人なんだから、恋人とか目指すのが普通なんじゃないの?」

 

「日菜、やめなさい。」

 

「おねーちゃんだっておかしいと思うでしょ?リサちーがお姉さんなんて。」

 

「……いいから、それ以上はダメ。」

 

「何の話?全く見えないんだけど。」

 

 

 

双子で盛り上がってるところ申し訳ないけど、当の僕本人が全く話についていけてないですよ?いいんですかね?放置で。

 

 

 

「要するに、○○くんはリサちーの弟にはなれないってこと。」

 

「……一応訊くけど、なんでさ。」

 

「だって、リサちー弟いるし。」

 

「!?…ゴフッゴホォッ!」

 

 

 

恐ろしく予想外の答えに、僕の気管が謀反を起こしたようだ。幸い口には何も入っていなかったが、息を吸う暇がないほど咽る。

さすがの紗夜ねぇも心配になったのか、背中を摩りつつ「何やってるのよ…」と呆れ顔だ。

 

 

 

「ふー…ひー……日菜ねぇ、それどういうこと?」

 

「どうもこうも、いるんだよ。歳の近い弟が。」

 

「……え、だって、一人っ子って、聞いてるんだけど…。」

 

「んぅー。何か都合があって言い出せなかったとか?わかんない。あたしリサちーじゃないもん。」

 

 

 

どうしてリサねぇが僕を騙すようなことなんか…。まさか最近になって急に弟ができたなんてバカなこともあるわけないし…。

 

 

 

**

 

 

 

その後、暫くリサ…ねぇとチャットを交わしたが、そのことについては訊けず。

ただひとり、モヤモヤとした気持ちのまま眠りに就くのだった。

 

 

 

 




久しぶりの短編。うーんギスギス難しい。




<今回の設定更新>

○○:衝撃の事実。大丈夫、私もだよ。
   ご飯はよく噛んで食べるタイプ。

日菜:ずっと前から知ってるけど何となく今言いたくなった。
   一食あたり3合程の米を消費する驚異の胃袋。
   着痩せするタイプ。

紗夜:気まずい。今ちょっと弟とどう接していいかわからない。
   割と少食。魚を食べるのがちょっと苦手。かわいい。


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2019/11/12 諦めたんだよ

 

 

 

「いざ身体を壊してからじゃ遅いのよ、いい?」

 

「……わかってるよ。」

 

 

 

学校から帰ってきたらこれだもんな。

家について早々、玄関で僕を迎えたのはご立腹の紗夜ねぇだった。どうやら、部屋から大量のエナジードリンクの空き缶が出てきたことに怒っているようで、部屋着に着替えてすぐ紗夜ねぇの部屋に呼び出されていた。

 

 

 

「○○もいつまでも子供じゃないのだから…今はわからないだろうけど、こういう不摂生の"ツケ"は大人になってから回ってくるのよ?」

 

「…あそ。」

 

「ちゃんと聞いてるの?お姉ちゃん心配でこうやってあなたに…」

 

「紗夜ねぇ。…僕がこれでいいんならいいと思わない?」

 

 

 

僕としても思うところはあった。最近の紗夜ねぇはずっとよそよそしく、こうして怒っている時か小さな注意をしてくる時しか会話もまともにしてくれない。

そんな状態の紗夜ねぇが今更「心配」だって?素直に納得できると思う?…ねえ、紗夜ねぇ?

 

 

 

「あのね、紗夜ねぇ。」

 

 

 

だから、少しピリピリしていたせいもあったのかもしれないけれど。

 

 

 

「……心配しているフリとかもういいからさ。…結局は紗夜ねぇだって、僕とリサねぇが仲良くしているのが気に入らないだけなんでしょ?」

 

 

 

僕は、人生で初めて…紗夜ねぇに()()したんだ。

 

 

 

**

 

 

 

『……もういいわ。出て行きなさい。』

 

 

 

すごく怒ったような、それでいて悲しそうな震える声に自室へと戻った僕。…只今絶賛後悔中だ。

母親から晩ご飯の完成を伝える声が聞こえても、ベッドに突っ伏したまま動くことができなかった。

紗夜ねぇは僕のことをどう思っているんだろう。…僕の気づかないところで怒らせるようなことをしてしまったんだろうか。…それとも僕のことが、単純に嫌いになってしまったんだろうか。

 

 

 

「……わかるわけないじゃんか。」

 

 

 

家族の…取分け血の繋がった姉弟の話ともなると、友達にも誰にも相談しづらいもので。

考えれば考えるほど僕の頭は鈍り心は曇っていく。目頭を押し付けた枕はとうにひたひたに濡れてしまっているし、もうどうしていいんだか皆目検討もつかない、負のスパイラルに突入していた。

 

 

 

「……紗夜ねぇ。」

 

 

 

思わず口から出たその声は酷く弱々しく震えていた。

 

 

 

…何程そうしていたかな。

恐らく夜はとっくに更けていて、冷えた部屋に頭はすっと冷静になっていたらしい。自分が空腹であることに気づき起き上がる。

スマホの画面に表示される時間は夜の十時を少し過ぎたところで、画面に映る通知の数は二十ほど。そのうち全てないし殆どはリサねぇからのものだろう…。

 

 

 

「……日菜ねぇ?」

 

 

 

予想に反し、通知の半数ほどはもう一人の姉さんからのメッセージを示していた。

…紗夜ねぇがガラッと態度を変える傍ら、日菜ねぇも少しずつ変化しているように思えた今日この頃。このメッセージにしたってそうだ。今までの日菜ねぇであればメッセージのやりとりなど面倒な工程はすっとばして、ついでに僕の部屋の扉もすっ飛ばすような人だったのに。

 

コン…コン…

 

 

 

「……誰?」

 

 

 

丁度そのメッセージを読み終えたところで、部屋の扉を控えめに叩く音が響く。

 

 

 

「あたし。日菜だよ。」

 

「……日菜ねぇ?」

 

 

 

さっきのメッセージといいノックといい、どうしたんだろう。

訝しみながらも声の主を部屋に引き入れる。…ついでに電気も点けた。

 

 

 

「あはっ、○○くんだ。」

 

「そりゃそうでしょ、僕の部屋なんだから。」

 

「うんうん、そーだね。……おねーちゃんと、喧嘩したんだ?」

 

「…喧嘩って程じゃないよ。」

 

 

 

ただ怒られて、それが納得できなかっただけ。

 

 

 

「…おねーちゃん、今大変な時期なんだよ。」

 

「……そーなの?」

 

「うん。…きっとね。」

 

「じゃあ、僕のこと嫌いになったわけじゃないの?」

 

「…きっと、ね。流石にあたしはおねーちゃんの考えていることまではわからないけど…それでも、おねーちゃんが今までと変わらず○○くんを愛していることはわかるよ。」

 

「………ふーん。」

 

 

 

愛…ね。紗夜ねぇが一体どのような状況に置かれていて、どう大変な時期を迎えているのかはさっぱりわからないけど、少なくとも今の接し方に愛は感じられないけど。

 

 

 

「ね。だからあんまりおねーちゃんを責めないであげて欲しいんだ。どうしても辛かったり、納得できなかったらあたしに話してくれていいから…ね?」

 

「日菜ねぇ…何か悪いものでも食べたの?」

 

 

 

日菜ねぇの方がお姉ちゃんな気がして。まるで悪い夢でも見ているかのように、目の前の()()()像がぶれて見える。

紗夜ねぇもおかしいし、日菜ねぇも何か…

 

 

 

「あはは……実は、さ。」

 

「??」

 

「これは、おねーちゃんと話したことなんだけどね。」

 

 

 

伏し目がちな日菜ねぇはそのまま低いトーンの声で続ける。

 

 

 

「おねーちゃんもあたしも、()()()()お姉さんになろうって決めたんだ。」

 

「ちゃんと…って?」

 

「○○くん、今はリサちーに夢中でしょ?」

 

「………でも別に、それは関係ないんじゃ」

 

「おねーちゃんはね…異性として、男の子として○○くんが好きだったんだ。」

 

 

 

それって…血のつながりを超えて、付き合いたいとか結婚したいっていう好き?そんな馬鹿な、あの紗夜ねぇが?

 

 

 

「まぁ、急に言われても驚いちゃうよね…。でもさ、結局のところあたし達ってお姉ちゃんな訳じゃん。リサちーみたいに、これから発展していく…ってことにはならないんだよね。」

 

「…………。」

 

「だから、諦めることにしたの。諦めて応援してあげようって。今はその、一生懸命○○くんを弟として見ようと頑張っている期間なんだよ。」

 

「…だから、あんまり話してくれないの?だから冷たく当たるの?」

 

「い、いや、その。そう感じるかもしれないけど、おねーちゃんは一生懸命…」

 

 

 

そんなの間違ってる。家族としても、姉弟としてもそんな絶対おかしいよ。そんなことならいっそ……

 

 

 

「そんな風になっちゃうならいっそ、…僕は家族を辞めたいよ。」

 

「………○○くん、今自分が何言ってるかわかってるの?」

 

「だってそうでしょ。僕が紗夜ねぇの弟だから悪いんだ。僕がこの家の一員じゃなかったら、紗夜ねぇだって今まで通り優しい紗夜ねぇのままでいてくれるって…」

 

「バカぁ!!」

 

 

 

日菜ねぇの劈く様な大声に思わず二の句が継げなくなる僕。…怒ってる?

 

 

 

「○○くんはあたしたちの弟だから家族でいられるんでしょ!?それを、おねーちゃんと()()()仲良くなりたいがために全否定するの!?」

 

「日菜ねぇ…。」

 

「…今○○くんが言っていることは逃げだよ。おねーちゃんは今頑張って乗り越えなくちゃいけないんだ……乗り越えて、正しい姉弟の形に戻らなきゃいけないんだよ!!」

 

「……でも…でも、辛いよ。辛すぎるよこんなの!!日菜ねぇはわからないんだろうけどさぁ!!」

 

 

 

話を聞く限り、この件の当事者は僕と紗夜ねぇ、それにリサねぇの筈だ。そりゃ自分の感情や気持ちが動いていない日菜ねぇは傷つかなくていいよね。どんな事だって言えるだろうし、全部をわかったような顔だってしていられるよ。

 

 

 

「…わかるよ。」

 

「……は?」

 

「あたしだってわかるよ…おねーちゃんの気持ち。…○○くんの辛さ。」

 

「いいよ、そういうのは…。」

 

「あたしだって…あたしだって!!」

 

 

 

再度放たれた日菜ねぇの大声に胸が締まる。…実はさっきからずっと気になっていたことがひとつある。

どうして日菜ねぇがそんなに辛そうな表情をするの?どうして、そんなに辛そうに声を絞り出すの?

 

 

 

「…あたしだって…頑張って諦めたん、だからぁ……!」

 

「……!!」

 

 

 

まるで殿を務める要石を引き抜いてしまったかのように、日菜ねぇの顔がその一言で崩れ出す。決壊した涙腺からは大粒の涙が滝の様に下り、閉じなくなった口からは嗚咽が溢れている。

その光景にまるで他人事の様に動けないでいる僕。

 

 

 

「日菜ねぇ…僕…」

 

「へ、変だよねぇ……あたしもおねーちゃんも、○○くんも姉弟なのにぃ……う、うぁああああ…!」

 

「……日菜ねぇ!!」

 

 

 

目の前で泣きじゃくる日菜ねぇの姿に、ふと硬直が解けた僕は無意識のうちに日菜ねぇの細い体を強く抱きしめていた。

 

 

 

「……だ、だめだよ……○○くん、そんなことしちゃ、だめなんだよぉ……!!」

 

「…………日菜ねぇ、僕。…いいよ。」

 

「………ぇ?」

 

「姉弟でも、そういう気持ちになったっていいと思う。…それに、そこまで強く日菜ねぇが想ってくれているんなら、僕もひとりの男として受け止めてあげるべき…なんだと思う。」

 

 

 

血の繋がりなんて関係あるもんか。姉弟だからなんだって言うんだ。

目の前で女の子が辛い運命にぶつかり涙を零している…それをどうにかしてやれなくて何が男なんだ。

僕はただの弟じゃない。日菜ねぇの弟である前にれっきとした一人の男なんだから。

 

 

 

「日菜ねぇ……我慢、しないでいいから。」

 

「………○○くん…。」

 

 

 

愛情の表し方に決まりなんてあってたまるか。

仲が壊れるくらいなら、関係性を僕ら独自のものにしちゃう方がよっぽど……。

 

 

 

カチャァ…

「……………………………。」

 

 

 

僕は、この姉さんと一生離れずに居るんだろう。

腕の中で、目を真っ赤に腫らして見上げる、日菜ねぇと。

 

 

 

「…………………許さない。」

ミシッ…

 

 

 

「○○くん?」

 

「……なに、日菜ねぇ。」

 

「………大好きなんだよ。」

 

「……うん。」

 

「………ごめんね。」

 

 

 

 




日菜ルートですよ。




<今回の設定更新>

○○:変な方向にスイッチが入ってしまった模様。
   この選択が、波乱を呼ぶかもしれないっていう夢を見た気がするような。

日菜:辛かった。苦しかった。
   でも、やっと受け入れてもらえた。…波長的に、弟は似た生物なのかもしれない。

紗夜:このルートだと救われない子。
   日菜に説得されて必死に想いを封印したはずなのに。


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2019/12/03 騒ぎの中に答えは在らず、静かに事は運ぶべし

 

 

 

自分の部屋、自分の布団、自分の枕。パーソナリティスペースと呼ばれる、自分だけの場所。

リラックスできる場所でもあり、孤独になれる場所でもある。

特に何かがあったわけではない平日の夜、僕がここで過ごすのも必然なわけで。

 

 

 

「んっふふ~♪○○くん、いい匂いだねぇ。」

 

「だめだよ日菜ねぇ、まだお風呂も入ってないんだから。」

 

 

 

そこに()のうち一人がくっ付き居座っているのもまた必然なんだ。…あの一件以来、日菜ねぇはまたグンと距離を縮めた。それこそ、街中では恋人と間違われるほどに。

…でも、その裏側で、もう一人の姉さんとの関係性は悪くなっていく一方で。

 

 

 

「お風呂ぉ?いいねぇ。今日も一緒に入る?ね、ね、一緒に入るぅ??」

 

「今日()って…いつも入ってるみたいな言い方しないでよね…。」

 

「あたしは毎日でもいいんだよぉ??」

 

「僕がよくないの。」

 

 

 

日菜ねぇと紗夜ねぇの間にどんな会話があったかは分からない。知らない事だし、何故か教えてくれない。それでも、確実に二人は壊れて行っている気がする。

そのどちらにも僕が絡んでいるのか、何が二人をそうさせてしまっているのか。

 

 

 

コンコンコンコンコンコンコンコンコンコン

 

激しいノックの音。僕はもう慣れてしまったんだけど、この音が聞こえるたびに父さんも母さんも不安そうな顔をする。

 

 

 

「あっ、おねーちゃんだ!…はぁい!!」

 

「日菜~?ちょっといいかしら~??」

 

 

 

ドア越しに聞こえてくるフワフワとしたご機嫌な声。紗夜ねぇだ。

決してドアは開けず、顔も見せず…声だけでの応答を徹底しているのは果たしてどのような意図があっての事か。

僕にはそれを推し量ることはできないが、この後の流れは容易に想像できる。

 

 

 

「ちょーっと待っててね!〇〇くんっ!」

 

 

 

るんるんとまるでハイキングにでも行くかのような軽やかな足取りで扉へ。ノーウェイトで開けた先には()()()()()()()()()紗夜ねぇが一瞬見えた。

前にも同じことがあり声をかけてみたが無視されてしまい、ショックを受けて以来気軽に呼び掛けることのできなくなった姉さん。ホント、どうしちゃったんだろう。

パタム、と静かに閉まる扉にすぐさま駆け寄り耳を当てる。

…足音…数歩歩いて、扉を開ける音……閉まった。どうやら紗夜ねぇの部屋に行ったらしい。音を立てないようにドアを開け、紗夜ねぇの扉に耳をつける。

 

 

 

「……何度言ったら分かるの。」

 

 

 

紗夜ねぇの声だ。取り繕っていない、素の。

 

 

 

「…何度も言ってるように、あたしは変わるつもり無いから。」

 

 

 

日菜ねぇの、少し怒った様な声。

 

 

 

「ッ!だから!もう止めなさいって言ってるの!!」

 

「意味が分からないよ。おねーちゃんの言ってることはおかしいと」

 

「おかしいっ!?私がおかしいのだとしたらあなたもおかしいのよ!日菜!!」

 

 

 

言い争う声。紗夜ねぇは最近ずっとこうだ。沸点が低いというか、加速が早いというか。

冷淡な様子から突然大声を出したりする、酷く波のある人になってしまったイメージだ。

 

 

 

「あたしはおかしくないよ。」

 

「あらそう。ええそうね。おかしくないわよね。」

「あなたは〇〇にあそこ迄慕われて、懐かれて、受け入れられて認められて愛されて!!」

「……私の欲しかった、求めていたものを全て持って行ってしまうんだもの…。」

 

「おねーちゃん…。」

 

「昔からそう!!…そうよ、あなたは昔からそうだったわ。」

「私の手に入れたものを片端から奪い取っては誇らしげに見せつける!」

「あなたは一体何がしたいの!?私をどうしたいの!?苦しんでいる私を見て、何が楽しいの!?」

 

「………。」

 

「そうよね、都合悪くなったらだんまりは昔からの癖だったわよね。」

「私もそうしていれば○○に好かれるのかしら?」

 

「おねーちゃん、いい加減にしなよ。」

 

「……あぁ?」

 

 

 

正直、姉さん達が揉めているのを見て見ぬフリはしたくない。…それでも、何の解決策も思いつかず、この一枚のドアさえ開けられないのが僕、ただの無力な弟ってわけだ。

 

 

 

「おねーちゃんは逃げてるだけでしょ!?」

 

「この…っ、分かったような口を…!」

 

「そうやってまたあたしを叩いて終わりにするの?それじゃあ何も変わらないんだよ?」

 

「……うるさい…うるさいうるさいうるさいっ!!」

 

 

 

ヒステリックな紗夜ねぇの声と、ドアに何かがぶつかる音・衝撃…それも二、三度。と同時に近づく足音。

…来る。きっと紗夜ねぇは、今まさにこのドアを開いて出てくるはずだ。

 

バァン

 

 

 

「……っ!」

 

「………○○。」

 

「紗夜……ねぇ。」

 

 

 

思わず尻餅をついて、紗夜ねぇを見上げる格好で固まる僕。怒りや悲しみの篭った冷たい目で見下ろしてくる紗夜ねぇ。

 

 

 

「……○○、その…」

 

「……。」

 

「私は……私は………。」

 

 

 

何かを言おうと口を動かすも、先程までとはうって変わって小さな声が漏れるだけだった。次第にそわそわと視線を彷徨わせ始めた紗夜ねぇだったが、その最中に元いた部屋の中を見るや否や大きく目を見開いた。

震える瞳を伏せ、唇を力いっぱいに噛み締めた紗夜ねぇは表情の読み取れない平たい声で、

 

 

 

「盗み聞きなんて品のないことをして……恥を知りなさい、○○。」

 

 

 

そう言い残して階段を下りていってしまった。足音に混ざって嗚咽が聞こえたのは僕だけの幻聴か…背中が悲しみを帯びていたのかもしれない。

!!それはそうと、日菜ねぇだ。さっきまで戦場と化していた紗夜ねぇの部屋へ駆け込む。ドアは開け放たれていたおかげで、ノックだなんだと気にする必要はない。

 

 

 

「日菜ねぇ!!…うっ!?」

 

 

 

一言で言えば異常、だった。

壁や天井中に貼られた僕の写真も然ることながら、机やベッドに染み込んだ赤黒い液体。そしてこの臭気。

生臭いような、鉄の酸化したような匂いが立ち込めていて、あんなにも清潔感が溢れていた紗夜ねぇの部屋の面影はどこにも残っていない。暗く、生温いといった印象だった。

 

 

 

「○○くん…?…あ、あはは、やっぱり驚くよね、これ…。」

 

「何…これ……。」

 

「今おねーちゃんはね、色々いっぱいいっぱいなんだよ。だからやっぱり、誰かが分からせてあげなくちゃいけなくて、○○くんも見守ってあげてて欲しいんだ。」

 

「見守るったって……あっ、日菜ねぇ、大丈夫!?」

 

 

 

部屋の惨状に気を取られすぎていたらしい……声のする方に視線を向けて思わず泣きそうになるくらい驚いた。

えへへと眉をハの字にして笑う日菜ねぇの頬は内出血を起こしているのか青黒くなっており、へたりと力なく座り込む体、そのスカートから見える綺麗な腿には真っ黒な痣ができている。

 

 

 

「あ、いーのいーのこれは。ちょっと怒らせすぎちゃったみたいだから…痛っ…!」

 

「ひ、日菜ねぇ…。」

 

 

 

有り得ない位置にまで転がっているキャスターチェアーを見る限り、これをぶつけられたか殴られたかの線が濃厚だろう。

さっきまで心の中に渦巻いていた、もう一人の姉さんへの心配や同情といった感情が静かな怒りに変わっていくのを感じた。

 

 

 

「だ、だめだからね。おねーちゃんはそっとしておいてあげないと…」

 

「日菜ねぇ。…こんなの間違ってるよ。こんなの紗夜ねぇじゃない。」

 

 

 

何より、そんな姉さん、嫌いだ。

 

 

 

「ね、ね、○○くん。あたしは大丈夫だからね、おねーちゃんは、もうすぐなんとかなるんだから。」

 

「そんなこと言ったって、日菜ねぇ…」

 

「今はあたしと一緒にいて?やっぱりちょっと痛いのは痛いし、治まるまで傍にいてよぉ。」

 

「日菜ねぇ。……ん、わかった。僕のベッドでいいよね?」

 

「…うん。ありがと。」

 

 

 

このままじゃダメだ。紗夜ねぇも日菜ねぇも、どっちも僕が救わなきゃ。僕が、動かなきゃ。

日菜ねぇを抱えながら、すっかり泥沼のようになってしまった姉弟の関係に頭を痛めている僕だった。

 

 

 

 

 

「ふふっ♪ごめんね、おねーちゃん♪」

 

「??何か言った?」

 

「…何も言ってないよ…痛っ」

 

「だ、大丈夫??冷やす??」

 

「ううん、大丈夫だから…ぎゅってしてぇ…。」

 

「うん…。」

 

 

 

 




日菜ルートもぐちゃぐちゃしてきましたね。




<今回の設定更新>

○○:目の前のことで手一杯。まだ若いから仕方ないといえば仕方ないが…
   其れ故に話は拗れていく。

日菜:いいことを言っているように見える。
   許しが出たため主人公にべったり。
   おねーちゃんとも仲良くなりたい……??

紗夜:壊レ始メてイる。


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【Afterglow】夕暮れの幼馴染 2019/06/13 幼馴染その1 -ひまりと過ごす夜-

 

「なぁ、いつまで居んの?」

 

「はははは!…えぇ?

 …まだ20時だよ?いーじゃんいーじゃん、隣なんだし。」

 

 

 

隣で動画を見ながらアホ面で笑っている幼馴染に話しかけるが軽くいなされる。

いくら隣に住んでるからって、こんな時間まで居座んなよ…。

 

 

 

「ひまり……よだれよだれ。」

 

「えー??あ、ほんとだ。あははは!!えい。」

 

「きったねぇな!人で拭くなバカ!」

 

 

 

親同士も幼馴染らしく、まさに生まれた時からの付き合いなのだが。

如何せん奔放すぎる。

何やらバンド活動なんかもやっているらしいが、楽器はおろかまともに活動できているのすら謎だ。

手料理を振舞うと言い出したかと思えば徐に駐車場から雑草を毟り取ってくるような奴だ。

イカレてやがる。

 

 

 

「いーじゃーんいーじゃーん。JKのヨダレだよー?

 有り難く受けとんなよー。」

 

「JKだろうが何だろうがお前のはいらん!

 …つぐみのとかだったらまぁ…。」

 

 

 

つぐみ――挙げた名前は、同じく幼馴染の羽沢つぐみのことだ。

つぐみは何というか、かわいい。

 

 

 

「はいはーい。○○はつぐ大好きだもんねー。

 ふーんだ。」

 

「なんだよ。別にいいだろ、好みなんか人それぞれなんだから。」

 

「そーですかー。

 ……ねえ、○○?」

 

 

 

急にトーンを変えてくる。

暫く見つめて来て沈黙が続いたあと。

 

 

 

「もしここにいるのが、私じゃなくてつぐだったら…

 帰れとか言わないでずっと一緒にいたの…?」

 

 

 

あまりの態度の変わりように思わず息を飲んでしまう。

上目遣いの潤んだ目、不安そうな表情。

普段見てもいなかったハリのある唇に、無駄に豊かに育ったその肢体に

俺の視線はあちらこちらと彷徨ってしまう。

 

 

 

「え、えっと…ひまり?

 おまえ、何言って……」

 

「答えて。」

 

「俺は…俺、は……。」

 

 

 

普段なら即答だっただろう。勿論だと。

でも今は…。

 

 

 

「どう、かな…。」

 

「どう、とは…?」

 

「別に、お前だから帰れって言ったわけじゃなくて…その…。

 お、女の子なんだから、例え一瞬しか外に出ないとしても危ないから…っていうか…」

 

 

「……………。ぷふっ。」

 

「あ?」

 

「あははははははははははははははは!」

 

 

 

この感じ。覚えがある。

 

 

 

「…なんだよ。」

 

「だって!だって…!あははははは!!!

 凄い真面目な顔しちゃってさ!!真剣に考えちゃってさ!!はははは!」

 

「うるせえな…。

 そういうとこだぞお前。少しはつぐみを見習えよ…。」

 

「ドキドキした?ドキドキしたでしょ!?」

 

「したよ。」

 

 

 

反撃だ。

 

 

 

「ドキドキした。…お前、急にすげえ可愛いし、襲いそうだった。」

 

「えっ、えっ。嘘?ほんと…?」

 

 

 

さっきやられた雰囲気を思い出しながら、急に空気を引き締めていく。

 

 

 

「ほんとだよ…。ひまりは…ごめん、急にこんな態度気持ち悪いよな?」

 

「えっえっえぇ!?…○○、急にどうしたの?本当に私のこと、好きになった?」

 

 

 

一言も言ってねえのにどうしてそうなる。

 

 

 

「好き、かも…。」

 

「つぐより?」

 

「…だったらどうする?」

 

「……。ちゅーして。」

 

「ぶっ!…ふふっ!」

 

「……!!!

 もー!!○○!バカ!しらない!!」

 

 

 

こうして弄って遊べるって考えると、ひまりみたいな幼馴染も悪くないかもと思う。

おーおー、真っ赤になっちゃって。そんなに照れたのかよ。

 

 

 

「バカ!また来るから!!」

 

 

 

叫び声とドアの悲鳴を残して、ピンクの幼馴染は帰っていった。

その後つぐみにちょっと怒られたのはまた別の話。

 

 

 




今日は脳死で書いてます。




<今回の設定>

○○:主人公。
   高校2年生。
   ひまりやひまりの所属するバンドグループ"Afterglow"の面々とは幼馴染。
   ただ中学時代に女子5人がバンドを結成してからは交流に差が出来てしまった。
   幼馴染の羽沢つぐみが好みどストライクらしく、もう好意を隠してすらいない。

ひまり:幼馴染衆唯一のクレイジー担当。
    Afterglowに忙しい他4人が主人公との接点を減らしている中、
    家が隣同士ということもあり頻繁に主人公のもとを訪ねてくる。
    というかほぼ居る。
    実は何度も主人公に告白紛いの行動を取っているが、冗談だと流され続けている。
    最近ネットで調べて色仕掛けを学んでいる。


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2019/06/22 幼馴染その2 -『Afterglow』-

 

 

「おー○○ー!

 いっつも待っててもらって悪いなー!」

 

 

 

ライブ終わり。ライブハウスロビーにて。

さっきまで熱い演奏を繰り広げていた幼馴染連中がゾロゾロ出てくる。

ライブの後は全員分の差し入れを用意して帰りを待つのがすっかり習慣化している。

…俺マネージャーか何かかな。

 

 

 

「おう、巴。今日も熱かったぜ。」

 

「さんきゅー。」

 

 

 

グッ。と突き出した拳を合わせる。

あまり女の子とコレをやるイメージはないが、まあ相手は巴だし。

こいつは幼馴染連中の中で恐らく最も波長の合う奴だ。

バンドだとドラムを担当していて、性格もあんまり女の子っぽくない。

…と、忘れないうちに頼まれていた飲み物も渡す。

 

 

 

「ほれ、これでいいのか?」

 

「お!これこれ!

 いやー、あこから聞いて気になっちゃってさー。」

 

 

 

渡したのは「ガラナ」。

一時期から急に飲みたがりだし、ついに今回はリクエストされてしまったので買ってみたのだが。

…まさか通信販売に頼る事になるとは。この労力、高くつくぜ。

ちなみに、話に上がった"あこ"とは巴の妹のことだろう。

小さい頃しか記憶がないが、巴にべったりな感じだったな。

 

 

 

「で、蘭は炭酸水でいいんだよな?」

 

「…ん。ありがと。」

 

 

 

黒髪に赤メッシュが入ったこの子は蘭。

ギター弾きながらボーカルもやるっていう、いかにもバンドマンって感じの奴だ。

いつもえらくパンクな雰囲気を醸し出しているんだけど、確か家が華道の何かスゲエ人たちらしい。あんま興味ないからどうでもいいけど。

確かバンド結成の理由も蘭が関係してたような…?

ひまりから聞いただけだからあんまり詳しくは知らないけどね。

因みに、言葉数が少ないのは怒っているからじゃない。

昔結構な喧嘩をして以来ちょっと距離があるのだ。

 

 

 

「蘭、機嫌悪い?」

 

「別に…。

 ○○は、機嫌悪い?」

 

「いや?そう見える?」

 

「ううん。いつも通り何も考えてなさそうな顔に見える。」

 

 

 

ほらな。

ちょっとディスってくる感じは、確かこいつの素のはずだ。

 

 

 

「○○くん!いつも待っててくれてありがとね。

 …今日の演奏、どうだったかな?」

 

「ッ…!つ、つぐ…み…。

 あ、あぁ、うん。いつもどおり、最高だった…よ。」

 

「よかったぁ!

 今日は結構ミスも少なくって、調子いいなぁ!って自分でも思ってたの!!」

 

 

 

あぁ…天使や…。

この子が俺の愛してやまない幼馴染、羽沢つぐみちゃんだ。

実家は商店街の名店。喫茶"羽沢珈琲店"を経営しており、つぐみに会うために小遣いを削って通いつめた思い出もある。

…普通に遊びに誘ったりが恥ずかしかった頃だな。

バンドではキーボードを担当しており、練習中もライブ中もとにかく目が離せないほどかわいい。

普段も何かと頑張っちゃう子で、その姿勢もまたかわいい。

とにかく可愛い。

 

 

 

「つぐみは、えぇと…これか。」

 

「ありがと!

 この時期は特に喉渇いちゃうから、助かったよ~。」

 

 

 

はぁ…渡したペットボトルの紅茶をちびちび飲む姿もまた可愛い…。

水皿から水を飲むハムスターみたいだ。

 

 

 

「○○ー。なんか危ない顔してるー。

 ……で、モカちゃんの頼んだやつはー?」

 

「…はっ!お、おぉモカ!

 お前のは確か……なぁ、ほんとにこれでよかったのか?」

 

 

 

取り出したのは牛乳。普通の、パックのやつだ。

一応指定ありで、絶対低脂肪のやつは買わないようにと言いつけられている。

 

 

 

「うーん、ありがとー。

 これはねー、帰ってからパンと組み合わせて楽しむんだー。」

 

「…お前、ホントにパン好きな。」

 

「んふー。まあねー。」

 

 

「ね、ねえねえ!私のは!?」

 

「……なんだ、居たのかひまり。」

 

「えぇ!いたよー!!ずっと!横に!いたの!!」

 

「そうか、それはよかったな。」

 

「もー!適当に流さないで!!

 私のはないの!?」

 

「ない。」

 

「無いってことないでしょーが!!」

 

「…お前、また太くなったんだろ?

 ほれ、俺の飲みかけの水でいいならやる。」

 

「…扱いがひど過ぎるとおもうんですケド…。…ちょうだい。」

 

 

 

いや飲むんかい。

 

 

 

「ぷはぁ。

 …って!太ってないよ!!」

 

「え?だってモカが…」

 

「モカ!?」

 

 

 

適当に言ってみただけだが、ひまりに合わせてモカの方を見やる。

 

 

 

「んー?……ぴーす。」

 

 

 

無表情のまま素敵な程雑なピースを頂いた。

と、同時に崩れ落ちるひまり。

 

 

 

「うぅ……みんなひどいよ…。

 特に○○がひどい…。」

 

「はっはっは!○○達は相変わらずだな!!」

 

「…うん、いつも通り。」

 

「それな。」

 

 

 

巴や蘭が言うように、これは飽く迄()()()()()の光景だ。

ひまりは弄りやすいしな。リアクションがでかい割に、無駄にメンタルが強いのがまた良い。

と、そこにつぐみが慌てて入ってくる。

 

 

 

「ま、まあそのくらいにして…

 そろそろ暗くなっちゃうし、みんな帰ろ??」

 

「確かにな。…打ち上げは明日やるんだっけ?」

 

「そだよー。明日のお昼からー、みんなでつぐの家にしゅーごー。」

 

「そかそか、明日もつぐみに会えるのか。

 そりゃ早く帰って、明日に備えなきゃなぁ…。」

 

「あ……あぅ…○○くん……」

 

「お前、つぐ好き過ぎな。」

 

「まぁな。」

 

「……………。」×2

 

 

 

巴は良くわかってくれているのか、いつも通り程よくイジってくれる。

が、最近、蘭とひまりがこの話題に乗ってくれなくなったんだ。

今もそうだが、急に無言で見てくるというか…怒ってる?

まぁ、バンドとかそういうグループ活動って恋愛沙汰で崩壊とかよく聞くもんな。

音楽に対して真剣な蘭のことだ。それを危惧している可能性は十分にある。

…蘭の前ではあまり口に出さないほうがいいのかな…。

 

因みに、当のつぐみ本人は毎度新鮮に恥ずかしがってくれる。

ほんのり頬を赤らめ、視線がウロウロと彷徨うのだ。

この反応が見たいがために言っている節もあるからな。自重しようか。

 

 

 

「なんだよ二人とも?帰ろーぜ?

 モカも眠そうだし。」

 

「うーん…。頑張ったあとはー、まぶたが重いのでーす。」

 

「そう、だね…。」

 

「う、うん。それじゃあ、今日は解散にしよっか!

 ○○くんとひまりちゃんはあっちだったよね??」

 

「あぁ、みんなとは反対方向だもんな…。

 それじゃ、みんなまた明日な~。」

 

「あ、まってよ○○…、あっ、みんなまたあした!!」

 

 

 

1拍置くようにしてひまりもついてくる。

さっき弄りすぎたのか、少し元気がない。

流石に悪いことしたかな…。

 

 

 

「どしたひまり?疲れたか?眠いか?」

 

「…んーん。別に。

 明日、一緒に行く?」

 

「おう。…寝てたら起こしに来てくれ。」

 

「もー…仕方ないんだからー…。」

 

 

 

歩き出してもあまり元気は戻ってこない。

まぁ疲れてるのもあるんだろうが。

うん、やっぱ元気のないひまりは見てても面白くないし、ここは――

 

 

 

「あ、そうだ。コンビニでも寄っていかね?」

 

「…いいけど、何買うの?」

 

「…お前、一人だけ水しかもらってないことになんの異議もないのか?

 だとしたら弄られ慣れすぎだぞ。」

 

「そ、そんなことないけど…。」

 

「…なんとなく甘いもの食べたい気分になっちゃってなぁ。

 ひまり先生おすすめのスイーツでも買って、ウチでプチ打ち上げやらないか?」

 

「…!

 いいね!やろやろ!私が選んでいいの??」

 

「俺じゃあどれが美味しいとか分かんねえもんよ。頼むわ。」

 

「えへへへ。任せといて!

 何買おっかな~♪」

 

 

 

…あれだけ頑張ったあとだもんな。

たまには優しくしてやらんと、大事な幼馴染だし…と、少し俺らしくない態度を取ってしまったが、結果的に機嫌も戻ったようなので良しとしよう。

 

やけにハイテンションなひまりとコンビニへ。

太るだなんだと言えないレベルの量を買い込み、二人でささやかな打ち上げをした。

 

こういう時、幼馴染って関係性の良さが実感できるよな。

 

 

 




日をまたいでしまいましたね…
つぐみ可愛いです。





<今回の設定更新>

○○:つぐみ愛がすごい。
   一見パシリのようだが、飽く迄好意でやっている。(パシリ)

巴:若干男勝りな感じも相まって主人公とは波長が合う。
  恐らく幼馴染勢の中で唯一主人公が気を使わない存在。
  妹と"限定"という言葉に弱い傾向がある。

蘭:ずっとツンツンしてる。
  高1の時にメッシュのことを弄った主人公にブチギレて以来、ちょっとギスり気味。
  対して口は利かないが何だかんだで主人公のことを見ているので、仲が悪いわけではない。
  本当はもっと仲良くなりたいと思っているらしい。(モカ談)

モカ:気が付けば大体何か食ってる。
   パン大好き。
   潤滑剤的な役割を持っており、モカのマイペースのおかげで今日もAfterglowは
   円滑に回っています。

つぐみ:天使。
    みんなのことが大好き。みんなからつぐみに対しても言わずもがな。

ひまり:ちょっとチョロすぎるかもしれない。
    最近、主人公に冷たくあしらわれるのが若干癖になりつつある。
    何だかんだ優しくしてくれる主人公にベッタリ。


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2019/06/30 幼馴染その3 -偉大なる大魔王の叡智のアレとかソレ-

 

 

 

知り合い・身内はいえ、その中でも距離感が微妙な相手っているよな。

今目の前のテーブルで黙々と勉強している風を装っているこの子は、まさに俺にとってそんな感じの子なんだ。

 

 

 

「…あー!!もう全っ然わかんないよぉ!!」

 

「さっきも聞いたよそれ。」

 

「だってぇ…全然理解できないんだもん。」

 

「だから勉強するんだろ?勉強しないなら俺帰るぞ?」

 

「…教えてほしいって言ったのはおねーちゃんにであって、○○にいじゃないもん。」

 

「………。んじゃ帰るよ。いくぞひまり。」

 

「えっ?えっ!?」

 

 

 

いま勉強を見てやっているこの子は、宇田川あこ。巴の妹だな。

正直、あまり関わった記憶もないし、接し方が正直わからない。

あこの方も同じ心境らしく、お互いに一人ずつ付き添いをつけた状態で部屋に居る。

…よって部屋はパンパンだ。

そりゃ高校生が4人もいりゃそうなる。

 

 

 

「待ってよ!○○ー!

 あこちゃん、明日テストだって言ってたよ??見てあげようよ!!」

 

「え、嫌だけど。」

 

「もーなんでー!巴からのお願いでしょー?

 後輩ちゃんなんだし、見てあげようよ!!」

 

「……はぁ。ひまり()()が見てあげればいいだろ?

 俺は帰る。」

 

「あ、あの…!」

 

「ん?」

 

「そ……その……。○○、さん…。わ、私からも……お願い、します…!

 あこちゃん、…確かに、勉強はできないかもだけど……ちゃんと、一生懸命、出来る子、なんです……。」

 

 

 

ずっとオロオロ見守っていた黒髪の人が必死そうに言葉を発する。

ええと確か…しろ…しら…。リンコさんだっけか。

 

 

 

「えっと…リンコさん、でしたっけ。

 リンコさんが教えてあげるってのはどうです?仲いいんでしょ?」

 

「わ、私は……その………。」

 

「間がなげぇ。」

 

「ちょ、ちょっと!燐子さんは普段からこうなんだから、悪く言っちゃダメだよ○○!」

 

「なんだよ、お前も知り合いだったのか。」

 

「うん、バンドで…ね。」

 

「ふーん……。」

 

 

 

あれ、この部屋の中で、俺だけ凄くアウェイ感じるの気のせい?

マジ俺いらなくね。

 

 

 

「まぁ、よろしくやってくれ…。」

 

「○○ったらー!」

 

「……○○にい、かわいそう。」

 

「お前のせいだっ!」

 

「ふっふっふっふ、矮小なるか弱き微生物よ、大いなる驚異に……えっと…」

 

「その微生物ってのは俺のことか。」

 

「うん!」

 

「サイズ考えて物言え。」

 

 

 

お前のがよっぽどちんちくりんだろうが。

あでも、何か感覚掴んできたわ。

距離感微妙だと思ってたけど、真剣に物事考えなければ楽かもしれん。

 

 

 

「大体どこでそんな手こずってるんだよ。」

 

「えぇー?これー。」

 

 

 

漢字ドリルってお前…。

前日ギリギリに追い込みかけるのって歴史とかそういう系じゃないんか。

つか自分の苗字は漢字で書けるようになれよ。

 

 

 

「うっそだろおい。よりにもよって現代の国語じゃねえか。

 暗記系とかはよ?」

 

「ふっふっふ……安心したまえ、和の国の歴史であればこの頭脳に刻み込まれている。」

 

「……漢字も書けないのにか?」

 

「え、知らないの?○○にい?

 にっぽんにはね、ひらがなっていう素敵な文化があってね?」

 

「お前前回の歴史何点くらい取ってたの。」

 

「……その数字、魅惑の交わりを持つ丸みを帯びた」

 

「80?」

 

「…8。」

 

「はちぃ!?」

 

「うん、カタカナのやつしか正解じゃなかった。」

 

「あぁ…こりゃ今回のテストもダメだわ…。

 あとさっきの、厨二病とかじゃなくてただの"8"の形状の説明じゃん。」

 

「思wいwつwかwなwかwっwたww」

 

「…その朗らかさは尊敬するよ…。」

 

 

 

「よかった……一時はどうなるかと…思いました。」

 

「ふふ、なんだかんだ言って、面倒見はいいので…。」

 

「ちょっと怖そうな人ですけど……優しいんです、ね…。」

 

「そのギャップもいいとこなんですよ~。」

 

 

 

聞こえてんぞ。恥ずかしいからやめてくれ。

 

 

 

「二人も、暇なら手伝ってくれないか?

 あの巴の妹がここまで残念なことになってるとは…。」

 

「でも、でも、おねーちゃんは、あこはあこのままでいいって」

 

「勉強の話じゃねーだろ。」

 

「あこは…あこは……」

 

「ほれ、まずは"宇田川"って漢字で書けるようになろうな。」

 

 

 

その後も少し書いては騒ぎ、また少し読んでは騒ぎ、と対して進まない勉強をひたすらそばで見てはいたが…。

…すまん巴、俺には無理だ。

 

リンコさん…燐子って書くのか。

燐子さんも投げてたしな。てかあの人年上だったのか。

 

 

 

**

 

 

 

帰り道。

 

 

 

「…なんか、すごかったね。あこちゃん。」

 

「あぁ…ありゃ確かに巴の妹だ。面倒臭さが並じゃない。」

 

「でも結局最後まで教えてあげてたでしょ?…やっぱり○○優しいね。」

 

「途中何度か逃げようとしたんだがな。

 …燐子さんが悲しそうな顔すんだもんよ。あれはずるいだろ。」

 

「ふーん?…私が悲しそうな顔しててもそうだった?」

 

「いや、指差して散々笑って帰ると思う。」

 

「ひどーい!!」

 

「あの人も…色々凄かったもんな。近くで見ると。」

 

「??………あっ。」

 

「Afterglowにもああいうタイプの人はいないしなぁ…。

 あの雰囲気は、気になっちゃうよな。仲良くなりたい、的な?」

 

「そうですかー。…どうせ胸ばっか見てんでしょ。○○のえっち。」

 

「ばっかりってこたぁねえけど…。凄かったなってだけだ。

 …お前の姉さんも凄かったよな?」

 

「しーらないっ。」

 

 

 

そこに関しては、お前も受け継いでそうだし。

…家系なんだろうか、と、あこに言えないくらい頭の悪いことを考えてしまう俺だった。

 

 

 

因みに。

巴には今度ラーメンを奢らせる約束を取り付けた。

今日の分として、精々感謝してもらうこととしよう。

 

 

 




結局毎回タイトルはあまり意味を持ってないのかもしれません。





<今回の設定更新>

○○:学力は並。何かお礼するからと巴に頼み込まれてこんな目に。
   男は大体おっぱい星人だろ、と開き直ることにした。

あこ:愉快な魔王。苗字も漢字で書けない。
   でもカッコイイやつとか厨二臭い感じは書ける。髑髏とか薔薇とか。
   歴史上の偉人達はみんな平仮名で書くとふわふわしてしまって抵抗があるため
   カタカナと知ってる限りの宛字で書くようにしている。
   ヲ堕=ノ武ナ雅。

燐子:あこと遊ぶつもりで家に来たら知らない男がいてパニックになったのはまた別のお話。
   でかい。(直球)

ひまり:姉のことは好きだが主人公と一緒にいる時の姉は嫌い。
    なんかムカつくから。


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2019/07/09 幼馴染その4 -三者三様-

 

 

「流石にあれだけ食ったらキツイな…。」

 

「はっはは!〇〇、欲張り過ぎなんだよ!」

 

「折角の巴の奢りだからさ、トッピング全部いってやろうと思って…」

 

「なんだお前、ガキかよ!はははは!」

 

 

 

放課後、以前あこの勉強を見た件の礼として巴とラーメン屋に行った。

何でも好きなものを食ってくれ、と言われたので巴おススメのガッツリ系ラーメンに載せられるだけのトッピングを合わせ注文したのだ。

結局、数分後目の前に現れたのは山のように積み上げられた"トッピング丼"。店主も苦笑いだったが、成程麺が見えてくるまでにかなりの胃の容量を持っていかれた。

勿論残すような真似はせず、少々時間をかけ完食。巴は隣でずっと茶化していた。

 

今は満腹状態の腹を抱え、羽沢珈琲店で休憩がてらつぐみを目で追っている。

 

 

 

「うるせえな…一度はやってみたいってもんだろうが…」

 

「まぁな。あれはなかなかに面白い光景だったよ。

 見ろこの写真フォルダ!!ラーメン・トッピング・〇〇・ラーメン・トッピング・〇〇…」

 

 

 

先程撮りまくっていたであろう写真をひたすらスワイプしつつ見せてくる。

その食い合わせ最悪な三角食べみたいな言い方やめろ。

 

 

 

「ごちだったわ巴。」

 

「いいっていいって!それよりも、また今度あこと遊んでやってくれないか?」

 

「えぇ…?」

 

「そんな露骨に嫌そうな顔しなさんな!あこはどうやら、〇〇がお気に入りみたいだからさ~」

 

 

 

勘弁してくれ…。

どれだけの疲労を覚えたか説明してやろうと、あの日の事をまた思い浮かべていると

 

 

 

「やっとお客さん引いてきたよぉ~。

 …二人ともごめんね?せっかく来てくれたのにあまり話せなくて…。」

 

 

 

天使(つぐみ)が降臨なさった。

エプロンにお盆を持ち、申し訳なさそうに眉をハの字にしている彼女は、どこからどう見ても可愛い。異論は許さない。

 

 

 

「大丈夫大丈夫、この時間帯が混むのはいつもの事だもんなー。

 〇〇も、働くつぐが見られて幸せだったってさ。な?〇〇。」

 

「あぁ。最高に目と心の癒しになった。

 ありがとうつぐみ。結婚してくれ。」

 

「も、もう!またそんな揶揄っちゃって…。」

 

 

 

真っ赤になり、わたわたしながらも受け流される。

割と本気なんだけどな。

 

 

 

「そ、そうだ!今日は閉店まで居る?」

 

「んー。俺はどっちでもいいんだけど…巴は?」

 

「アタシは……や、今日はもうちょいしたら帰るかな。」

 

「そっかぁ。〇〇くん、どうする?」

 

「あまり遅くまで居て迷惑なら帰るけど…。」

 

「あっ、違うの!迷惑とかじゃなくて、夜、ちょっと相談が…。」

 

「おぉ、つぐみの相談なら全然乗るぞ?」

 

 

 

相談を口実に一緒に居られるなら最高の役得だと言える。

この機を逃すわけにはいかない。

 

 

 

「あ、違うの!えっとね、夜、蘭ちゃんが曲の事で相談に来ることになってて…。

 よかったら〇〇くんも一緒に聞いてほしいなって思って…。」

 

「なんだ蘭の相談か…。」

 

「おいおい、エラく露骨に沈んだな!

 蘭もあれで色々大変なんだし、どうせ暇なら乗ってやってくれよー。」

 

「巴…他人事だと思って言ってんな?」

 

「はははは!頼られるのも面倒見がいい証拠だ!

 よかったじゃんか~。」

 

「そうかよ…。

 …あー、いいよ、つぐみ。閉まるまでここで休ませてもらう。」

 

「ほんと??…ありがと!

 蘭ちゃんもきっと喜ぶよ!」

 

 

 

そうは思わないけど。

 

 

 

「よしっ!じゃあ任せたぞ〇〇。アタシは帰る。」

 

「あ、うん!またね、巴ちゃん。」

 

「……またな。」

 

 

 

**

 

 

 

その後蘭に、来て早々に若干嫌そうな顔をされたが、蘭もまた遊びに来ていたわけではないためそのまま話し合いとなった。

…うん、やっぱり巴も居たほうがよかったな。いまいち話にも入れないし暇だ。

まぁ、スペースの関係上すぐ隣につぐみが座っていたのは良かった。触れている右肩が局所的な幸福感に包まれていたよ。だが、それだけだ。

 

 

 

「結局、〇〇は何でいたの。」

 

 

 

帰り道、蘭を送るために家とは違う方向へ歩いている。

…そんな辛辣な質問はないじゃねえかよ。

 

 

 

「つぐみに、一緒に話聞いてほしいって言われたんだよ。」

 

「ふーん…。つぐみには、優しいんだ…。」

 

「まぁ、つぐみだしな。つーか別に他の奴らと差は付けてねえよ。」

 

「…そう?ひまりにはだいぶ冷たい印象だけど。」

 

「冷たくしてるつもりはないさ。幼馴染の中で一番近い関係の奴だし、あーもなるだろうよ。」

 

「…あたしには?」

 

「蘭は…。うーん…。」

 

「…苦手?」

 

「そんなことはない…けど。」

 

「けど?」

 

「蘭って、あんまり喋らないし感情表に出さないだろ。

 Afterglowのメンバーにはわからんけど、俺に対しては特に。」

 

「……………。だって」

 

「だって?」

 

「…恥ずかしいんだもん。」

 

「今更何言ってんだ。」

 

「はぁ……。そういうトコだよ、〇〇。」

 

「何が?」

 

「…なんでも。」

 

「言えよ。」

 

「…別に。そういうのもある意味いつも通りかって思っただけ。」

 

「はぁ?」

 

 

 

俺の幼馴染はまだまだ謎が多い。

 

 

 




つぐみメインの回はまだまだ先になりそうですねぇ。




<今回の設定更新>

〇〇:巴とはやっぱり絡みやすい。蘭はその真逆。
   黒目がつぐみを追ってしまう病に罹っている。

巴:御礼の時はとことん尽くす。いい姉御。

つぐみ:天使。照れてる姿が最高に可愛い。

蘭:まだツン。


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2019/07/28 幼馴染その5 -幼馴染だから-

 

 

 

「ねーえ!ねえってばぁ!!」

 

「…なんだようっせえなあ。…俺今忙しいの。」

 

「相談があるっていったでしょ!

 何のためにわざわざ○○の部屋まで来てあげてると思ってるの??」

 

「何も言わなくてもお前頻繁に来るじゃん。」

 

「もうっ、どーして私にだけそんなに冷たいの!?

 巴とかつぐとはあんなに仲良くしてるのにー!!」

 

「…ひまりがひまりだから、以上。」

 

「意味わかんないんだけどー!

 ふんだ、そのうち私に彼氏ができたら遊んであげられなくなっちゃうんだからね!!」

 

「はぁ。」

 

「その時に寂しがったって遅いんだからねー!!」

 

「ひまりに彼氏ねぇ…。」

 

 

 

**

 

 

 

そんなやり取りをしたのはいつだったか。

真新しい記憶ではないが、昔というほど昔でもなかった気がする。

何故そんなことを思い出したのか、理由は今俺が見つめているスマホに届いたメッセージにある。

 

 

 

「モカめ…いきなりなんつー爆弾を…。」

 

 

 

『きょうひーちゃんがデートだから暇なんだよね~』

 

 

 

取り急ぎ、尚且つ自然にモカへ通話を飛ばす。

 

 

 

「はいはぁい。モカちゃんで~す。」

 

「お、おう、暇なんだって?」

 

 

 

焦るな…逸るな…悟られるな…。

いやそもそも何故そんなに動揺する必要がある。

 

 

 

「うーん。ひーちゃんと食べ歩きの予定だったんだけど、約束が入っちゃったってー。」

 

「ほ、ほーん?…俺が一緒に行ってやろうか?」

 

「えぇー?でも、○○いつも嫌がるでしょー?」

 

「今日はその…丁度暇つぶしを探してたんだよ。」

 

「ふーん…?」

 

「……。」

 

「ふーーーん??」

 

「なんだよ。」

 

「べっつにー。珍しいこともあるもんだなーって。」

 

「あ、明日は嵐になるかもな!なんつって!!はははは!!」

 

「…じゃ、後で○○の家いくねー?」

 

「お、おう!支度しとくわぁ!」

 

 

 

通話を切る。

よし、途中危なかったがなんとかモカと会えそうだ。

現状状況をを一番把握しているのはモカっぽいしな。何としてでも詳しく聞き出さねば。

 

 

 

**

 

 

 

一通り身支度を済ませてモカを待つ。…と。

 

 

 

「ぴーんぽーん。」

 

「あいつめ…インターホンくらいちゃんと押せ…。」

 

 

 

聞こえる間延びした声に思わずツッコミ、早足で玄関へ向かう。

戸を開けるといつもの様に薄い表情のモカが立っていた。

 

 

 

「お前、ぴんぽんを口で言う癖直せよ。」

 

「○○はでてきてくれるからー。」

 

「勘弁してくれ…。」

 

「じゃーさっそくいきましょー。」

 

「…おう。今日は何の食べ歩きだ?」

 

「…んー。それなんだけどー。」

 

「?あぁ。」

 

「今日の食べ歩きは、なしになりましたー。」

 

「はぁ?じゃあ何処に向かってるんだよ今。」

 

「はざわこーひーてーん。」

 

「??何だってそんなところに。」

 

「……○○、ひーちゃんのこと聞きたくてついてきたんじゃないのー??」

 

 

 

…なんでバレてんだ。

そんな勘のいい奴だったか?こいつ。

いやいや、待て。つぐみの前でその話をする気なのかこいつ?心なしかその薄い笑顔も悪魔に見えてきたぞ…。

 

 

 

「お、俺そんなこと言ったっけ?」

 

「モカちゃんはぁ、何でもおみとーしー。」

 

「ま、まてよ。いくらなんでもそんなむちゃくちゃな…」

 

「はぁい、そう言ってる間にもーついちゃいましたー。

 ここが、かの有名なー…」

 

「いや、紹介はいらんだろ。散々来てんだし。」

 

 

 

カランカランと小気味よい音を響かせドアが開かれる。

入ってすぐ、店内の涼しい風を感じるより先に看板娘と視線を交わす。

 

 

 

「いらっしゃいま…あ!○○くんとモカちゃん!!」

 

「はぁ…つぐみは今日も可憐だ…。」

 

「つぐー、はろはろー。

 …あの席、いーい?」

 

「うん!ちゃんと空けといたよっ!

 ○○くん、ゆっくりしていってね~。」

 

「あ、うん。ずっとゆっくりするよぉ…。」

 

 

 

だめだ。当初の目的なんかお構いなしに頬が緩む…。

こればっかりはもう反射レベルで刷り込まれてるな、うん。

 

ぼーっとしているうちにモカに手を引かれ、角にある磨硝子で仕切られた席へ着く。

 

 

 

 

「おぉ、ここって会議で使う席じゃんか…。」

 

「内密な話ですからー。」

 

 

 

コホンとわざとらしく咳払いをし、テーブルに身を乗り出すように顔を近づけてくるモカ。

 

 

 

「○○はさー、ひーちゃんなんかどーでもいーんじゃなかったの??」

 

「別に、どうでもいいってわけじゃねえけど…。」

 

「ほうほう。…好きなの?」

 

「そんなんじゃ…ねえけど。」

 

「んー???

 じゃあなんなのー?」

 

「なん…うーん。

 いや、それよりもさ、あいつがデートってどういうこと?彼氏とかいたっけあいつ?」

 

「んー……。なんであたしに訊くの??」

 

「え?」

 

 

 

まさかそんな質問が飛んでくるとは思っていなかった。

だってそんなの考えりゃわかることで、当たり前の

 

 

 

「デート云々ってこと自体モカから聞いたからだろ?

 一番情報持ってそうなやつに訊くのが一番手っ取り早いし、流れ的には当たり前じゃね?」

 

「当たり前っていうならさー、ひーちゃんに直接訊くのが一番早くなーいー?」

 

「…あ。」

 

 

 

そうだった。

確かに最短だし最速。そして最も確かな情報が得られる。

…でも、何か直接訊くのもな。

 

 

 

「直接は訊きづらいー??」

 

「う……。」

 

「でもどーして気になるのかなー。ひーちゃんに彼氏がいてもー、○○にはあんまり関係なくなーいー?

 なくなくなくなくなーいー?」

 

「…………。」

 

「それともどうしても気になる理由があるのかなー?」

 

「それは……。」

 

「理由はあっても訊く勇気はないのかなー?それってチキンじゃなーいー?

 …あ、唐揚げ食べたいかもー。」

 

「ッ……!」

 

 

 

くそ、好き放題言いやがって。

…モカめ、見てろよ…。

 

 

 

「悪い、電話するわ。」

 

「そ?じゃー、モカちゃんは注文してくるー。

 おーい、つぐー。」

 

「ひまり、ひまり…っと…。」

 

 

 

理由もわからない緊張を抱えたまま電話帳からひまりを探す。

ひまり、ひまり…は見つからないな。

上原…上原…あぁ、そうか。…"バカ"で登録してんだった。

 

 

 

「………………。」

 

「はぁい?○○??」

 

「…おう。」

 

「あれ?珍しいね、電話なんて。」

 

「……おう。」

 

「…なんか元気なくない?何かあったの?今どこ?」

 

「………はぁ。」

 

「???ほんとにどうしたの?」

 

 

 

怪訝そうな電話越しのひまり。

そういやまともに声聞いてるのって久しぶりかもな。

向かいでは山盛りの唐揚げを美味そうに頬張るモカ。くそっ、幸せそうな顔しやがって…。

 

 

 

「お前、今日デートだったんだって?」

 

「わっ、えっ?なんで知ってるの??」

 

「…彼氏、できたんだな。」

 

 

 

さあ、何が返ってくる。

随分前からだと笑い飛ばされるか、キモいこと聞くなと蔑まれるか。

 

 

 

「…デートっていうのは、モカからきいたんでしょ。」

 

「あぁ。」

 

「相手のことは聞いてないの?」

 

「相手?…聞いてないけど。」

 

 

 

目の前の大食いに視線を送る。

おいこら唐揚げを差し出すな、電話中だぞ。食わねえよ。

 

 

 

「あ、あはは…そうなんだ。」

 

「…どうして彼氏できたって教えてくれねえんだよ。

 あれだけ毎日、顔合わせてるのに…。」

 

「…それは…。」

 

「確かに言わなきゃいけねえって義理はねえけど、俺達幼馴染だろ?

 それくらい…教えてくれよ。」

 

「…ごめんね。事前に言っておくべきだったね。」

 

「…いや、もういい、けどさ。

 でもお前、彼氏できたんならもうあんまり家くるなよ?彼氏に悪いだろ。」

 

「え?え?…あ、そうか、えっと…。」

 

「じゃあ、彼氏と仲良くな…。」

 

 

 

なんだこのモヤつく気持ちは。

別に、鬱陶しいのが来なくなるだけで俺的には助かるからいいけど。

 

 

 

「ね、ねえまって!」

 

「…なんだよ。」

 

「あの、今日のデートの相手ってね…薫先輩なの。」

 

「……彼氏は学校の先輩なのか。…ん?」

 

「えっとね、女の人…なの。」

 

「はぁ…?」

 

「えっと、えっとね、心配してくれて嬉しいんだけど、彼氏とかじゃないの。」

 

「…………。」

 

「モカと話してて、薫先輩がデートしてくれるんだってふざけて言ってて…。」

 

「あぁ??」

 

「だから!彼氏とかじゃなくて、ただ女の先輩と遊んでただけ!」

 

「………んん??」

 

「彼氏は、いないもん!!そんなモテないし!!」

 

「…………。」

 

 

 

そっと通話を終了させる。

 

 

 

「どーだったー?」

 

「…てめえ、全部知ってたのか。」

 

「にしし…ちょー面白かったよー?」

 

「……はぁ。」

 

「…彼氏いなくてほっとした?」

 

「うるせぇ。…一個寄越せ!」

 

「あー、あたしのなのにー。」

 

 

 

どうしたってんだ俺。今は全くモヤモヤしねえ。

モカの言うとおり、あいつに彼氏がいなくてホッとしてる??

……いや、これは違うな。

 

 

 

「…で、どーしてそんなにひーちゃんのこと気にしてたのー??」

 

「んむんむ……あぁ?」

 

「やっぱ好きだったのー?」

 

「…いや、何か気に入らねぇからだ。」

 

「はぁ?」

 

「俺達幼馴染じゃんか。それなのに、俺だけ知らないことがあるっていうのがムカついてたんだ。

 だからあんなにモヤモヤしてたんだ。いやーすっきりだぁ。」

 

 

 

全部解決。

最初から直接電話かけりゃよかったんやなぁ。うん。

幼馴染最高!!

 

 

 

**

 

 

 

「モカちゃん、どうなった…?」

 

「あははー、ひーちゃんも蘭も苦労しそうだなーって。」

 

「あー…○○くん……。」

 

「つぐも他人事じゃないよー?」

 

「う……そ、そうだよね…。」

 

 

 

 




あぁ、仲良しの幼馴染ギスらせたい…。




<今回の設定更新>

○○:モカとも仲がいいらしい。
   最近の気持ちが揺らぐこと揺らぐこと。

モカ:多分一番悪い。
   美味しいものと面白いことが好き。

つぐみ:天使。○○の行く末が心配で心配で仕方ない。

ひまり:そもそも食べ歩きの予定はなかった。
    薫とのデートで前日眠れなかった。


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2019/08/15 幼馴染その6 -幼馴染じゃなくてもいい-

 

いつも通りのバンドの練習後。

つぐみとモカを除いた3人と俺は近所の安価で有名な焼肉店に来ている。

2時間食べ放題でドリンク付き、一人頭二千円弱という何ともリーズナブルなお店だ。

そんなに頻繁に来るわけではないが、家族連れなんかも多く入りやすいため、贅沢として訪れることがままある。

 

 

 

「はぁ……。」

 

「なんだよ辛気臭いなぁ!そんなにつぐが恋しいのか??えぇ?」

 

「絡んで来んなよ巴…暑苦しい。」

 

「ばっかお前!美味いもん食ってる時くらいにこにこしろよー!」

 

 

 

ならない。幼馴染の中で唯一と言っても過言ではないほど希少な存在である、大天使つぐみが来ない食事会なんて…

はぁ…何度でも深い溜息が出せるぜ…。

 

 

 

「○○、暗い。」

 

「…蘭よぉ、落ち込んでる幼馴染に慰めの一つもないんかいな。」

 

「…ないけど。」

 

「よぉしひまり!○○を元気づけるためにも、あーんで攻めてみようぜ!」

 

「えっ、わ、私!?…うーん、でも、それじゃ○○喜ばないと思うな…。」

 

「わかってんじゃん。さすが幼馴染。」

 

「そうだよね…。」

 

 

 

俺の隣に座っていたひまりも撃沈。

 

 

 

「お、おい!お前まで落ちてどうする!」

 

「……はぁ。追加注文するけど?」

 

「あ、俺ジンジャエール…。」

 

「私、チョコレートミルク…。」

 

「……割と元気あんじゃん。」

 

 

 

金払って食ってんだ。飲むもんは飲むし食うもんは食う。

でもつぐみがなぁ…。

 

 

 

「なぁ、○○。マジでさ、今は元気に振舞ってくれよ。」

 

 

 

巴が顔を近づけてこそこそと話しかけてくる。

怒っているわけではなさそうだが、何が言いたいんだ?

 

 

 

「…どゆこと?」

 

「それはだな……なぁひまり?ひまりはわかってるだろ?」

 

「う、うん…。」

 

「というか、ひまりが落ち込む意味がわからない。」

 

「ひどいっ!?…まぁ、あれだよ、蘭ちゃん、いつものやつ。」

 

「あぁあの奇病がまた出たのか。」

 

「そうなんだよ…。だから○○、頼むよ。」

 

 

 

いや、頼まれても困るんだけど…

蘭は音楽に、というか自分のやっていることに完璧を求めすぎる傾向があるからな。

それで何度()()()スランプに陥ったか。今回もまたそれが出ているってことは、今日の練習でまた何かやらかしたな?

思わず蘭を凝視する。そんな様子を匂わすことなく注文をこなしているが…。

 

 

 

「……じゃあ以上で。……なに?」

 

「えっ?…あぁいや。」

 

 

 

いかんいかん、訝しまれるほどガン見してしまった。

 

 

 

「…すごい見てたじゃん。何かあったの?」

 

「なんもないって、怒んなよ。」

 

「怒ってないし…。」

 

「そっかそっか。」

 

「………。」

 

「…………。」

 

「なぁ、ひまり。」

 

「なに??巴。」

 

「アタシ、この沈黙見てられないんだけど。」

 

「…冷麺頼んじゃおっか?」

 

「……いいなぁ。アタシラーメンね。」

 

 

 

怒ってはいないみたいだし、蘭に何があったのか訊こう…とは思ったものの、上手く言い出せず言い淀んでしまった。

その隙をついて、外野が何やら楽しそうに追加注文の相談を進めている。いいなぁ…。俺もそっち混ざりたい。クッパとか食べたい…。

 

 

 

「言いたいことあるなら、さ。言いなよ。」

 

「…え?」

 

「あの二人も何か距離置いてるし…。○○、あたしに気、使ってる…?」

 

「ええっとだな…気を使ってるとかそういうのじゃなくて…」

 

 

 

助けを求めるように巴に視線をスライドさせる。が、その速さに合わせるように、巴は視線を窓の外へ。

諦めてひまりを…ってひまりは首をぷるぷるさせながら必死に天井の照明を見上げている。

「わぁーゴージャスだねぇー。シャンデリアみたいだぁー。」じゃねえ、何回も来てるだろここ。

 

 

 

「もういいよ!」

 

「ひっ………。」

 

「三人ともなんなの…。言いたいことあるなら言ったらいいじゃん…。

 あたし達、幼馴染じゃん…。」

 

「蘭………。」

 

「あたし、もう帰る…。お疲れ。」

 

 

 

怒らせちゃったか…。

おいどうすんだお前ら。

 

 

 

「…なんだよ○○、アタシの方見んなよ。」

 

「……。」

 

「……や、やめてよぉ。私のせいじゃないもんー。」

 

「お前ら、薄情な。…俺も大概だけどよ。」

 

 

 

きっとまだ遠くまで行ってはいないだろう。この二人は宛てにならないし、俺一人でも追うべきなんだろうか。

いや、追うべきなんだろう。結局、落ち込んでるであろう蘭をより苛立たせただけになっちまっただろうし。

…ひまり、お前は本当にもうちょっとでもいいから気にかけてやれ。そんなに旨いか、冷麺。

にこにこしちゃってまあ…。ちょっと可愛いけど。

 

 

 

「…よし。巴、会計頼むわ。」

 

「はぁ!?なんでアタシが…」

 

「蘭のことを俺に頼んだのはお前だろう…。」

 

「…巴。」

 

「…ひまり?」

 

「…ラーメン、来たよ。」

 

「チィッ。行ってくらぁ。」

 

 

 

駄目だこいつら話にならん。完全に頭の中が食欲に占領されとる。

…俺も食いたいけど、今はまず、蘭だ。

 

二人を後にし、店を出る。

 

 

 

**

 

 

 

「……蘭。」

 

「……何しに来たわけ。」

 

「いや、その……。」

 

 

 

結局追いついたのは蘭が家に入ろうかというその瞬間だった。

振り向かずに呟く蘭の声は若干の怒りを含み、震えているように聞こえた。

 

 

 

「さっきはその…悪かったな。」

 

「何が。」

 

「…巴から聞いたんだよ。……お前、また何か抱え込んでんだろ。」

 

「…うるさい。」

 

「なぁ、同じバンドのあいつらには言えなくても、俺相手なら話も出来るんじゃないのか?

 愚痴とか…その、そういう」

 

「…○○に言ってどうなんの。何とかしてくれんの?」

 

「…は?そりゃ無理だろ。何とかはできねえよ。」

 

 

 

当然無理だ。そもそも蘭が俺に対してどういう感情を持ってるのかもわかんねえし。

幼馴染連中の中でも、唯一距離感が掴めない相手。恐らく、蘭も同じように感じてるんじゃないだろうか。

…普段もあまり喋んないし。

 

 

 

「…でしょうね。○○はつぐみのとこでも行ってたら?大好きなんでしょ。」

 

「あ?何だよその言い方。…仮にも心配して態々来たっつーのに。」

 

「心配?何で○○に心配されなきゃいけないの?心配されたからなんだっていうの?」

 

 

 

あぁうぜえ。

 

 

 

「蘭。」

 

「…何。まだ帰んないの。」

 

「俺、お前と幼馴染辞めるわ。」

 

「…………何で。」

 

「お前面倒くせえし、俺のこと嫌いだろうしな。」

 

「………。そう。」

 

「それでいいか?」

 

「………っ。○○がそうしたいなら、仕方ない…。」

 

 

 

仕方ない…か。

 

 

 

「…よし、じゃあ俺とお前は幼馴染じゃない。」

 

「…うん。」

 

「今日からダチだ。」

 

「…うん。…うん?」

 

「親友ってやつを目指してみようじゃねえか。」

 

「……正気で言ってる?」

 

「まぁな。」

 

「…いいの?」

 

「何が。」

 

「ともだち。…あたしが嫌になって、幼馴染やめるって言ったんじゃないの。」

 

「ちげえや。お互い距離感が曖昧だったろ。

 …嫌なんだよ俺、そういうギスってる感じ。仲良くやろうぜ。」

 

「……バカみたい。」

 

「いい提案だろ?これで距離も近づいたことだし、何なりと相談してもらって結構!…どうよ。」

 

「……ふふっ。そうだね。……いいね、友達。

 友達からよろしく、って感じかな。」

 

「おう、そんな感じでいいぞ。…じゃあダチのお前に提案だけど。」

 

「ん。」

 

「連絡先交換しようぜ。今更だけどよ。」

 

「…ふふふっ。…これから、めっちゃ相談とかするかも。」

 

「そうしろ。それが友達ってもんだ。」

 

 

 

長いこと家の前で話し込んじまったが、漸く長かった中途半端な関係に終止符が打てた。

連絡先も交換できたし、これでやっとメッセージアプリにAfterglowが勢揃いって訳だ。

 

 

 

 




徹夜明けの深夜テンションってホントしょーもないノリが出てしまいますね…。




<今回の設定更新>

○○:漸く蘭に一歩近づけた。

蘭:やっと主人公にアプローチする為の土台ができた。

巴:本日の財布担当。

ひまり:いっぱい食べる君が好き。


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2019/08/31 幼馴染その7 -一つの夏の終わり-

 

 

 

人は、常に何かを求めている。

欲求の強さこそ人それぞれだが、何かしらに期待せずには生きられない人間なのだ。

だからこそ、希望もあれば絶望もある。

 

…今日、俺の一つの希望が、潰えた。

 

 

 

**

 

 

 

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ

 

「んぁ?……電話?」

 

 

 

朝から訪ねてきた幼馴染(ひまり)を弄り倒して遊んでいた俺のスマホを着信が震わす。

 

 

 

「電話??珍しいねっ!……巴とか?」

 

「ん………いや、蘭だ。」

 

「蘭!?…蘭から電話が来るの…?」

 

「…ちょっと黙っててくれ。」

 

 

 

そういえばひまりには話していなかったと思いつつ、そろそろ十四度目のバイブレーションを伝えようとしている電話を取る。

…こらこらひまり、構ってもらえないからってそんな目はないだろう。

 

 

 

「…はいよ。」

 

『…ぁ、○○?ごめんね、朝に電話しちゃって。』

 

「いや、別に何もしてないし大丈夫。」

 

『そ…。えっと、つぐみから何か聞いてる?』

 

「つぐみ?……いや、何も。」

 

『………そう、なんだ。』

 

「…………蘭?」

 

『今日、会える?』

 

「…あぁ、別に…うん、大丈夫。」

 

 

 

ひまりにはまぁ帰ってもらえばいいか。何やら深刻そうだし。

 

 

 

『…じゃあ、○○の家、行ってもいい?』

 

「えっ…うち、来るのか?」

 

『……嫌だった?』

 

「嫌、とかじゃぁ…ないけどさ」

 

『確かに、家に行くの初めてだもんね。…無理なら別に外でも』

 

「いや!…うちで話そう。…待ってるから。」

 

『…ん。わかった。…あ、別にひまりは居てもいいからね。』

 

「…………お、おぅ。」

 

『じゃ。』

 

 

 

…驚いたな。

どうしてひまりがうちにいることを知ってるんだ?

 

 

 

「蘭、ここに来るの…?」

 

「あぁ、嫌だったか?」

 

「……いつの間に、蘭とそんなに仲良くなったの?」

 

「別に?変なことじゃないだろ?」

 

「…そう、なんだ…。」

 

「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言えよ。」

 

 

 

煮え切らない奴だな。さっきまでの無駄な元気はどこに行ったって言うんだ。

蘭から電話がかかってきたと知った瞬間からこれだ。…実は仲悪いのか?

 

 

 

「……今日は、○○を独り占め出来ると思ったんだもん。」

 

「ぁあ?…別に今日だけの話じゃないだろ。」

 

「…ばか。」

 

 

 

わからん。

家が隣ってだけで、不本意にも毎日独占状態じゃないか。

どうせ独り占めされるなら、大天使つぐみちゃんが良いのだよ。ひまりくん。

バカ呼ばわりされる筋合いはないね。

 

 

 

「蘭は俺に用事があって来るだけなんだから、終わって帰ったあとはまた二人きりだろ?

 それじゃだめなのか?」

 

「うぅ、ダメじゃないよ。ダメじゃない、けど…。

 でも、何か嫌なんだもん。初めて来るんでしょ、蘭。」

 

「?そうだな。」

 

「なんとも思わないの?」

 

「あぁ……片付けしないと、とは思うけど。」

 

 

 

今はひまりしか居ないから別にいいけど、この散らかりようはなぁ。

蘭はあれで神経質なところもあるし、家や部屋も整理整頓されてそうだ。

 

 

 

「ほんとそういうとこは、嫌いだな…。」

 

「嫌いならうちに来なきゃいいのに。」

 

「そういうこと言う!?…人の気も知らないで!!」

 

「…なに怒ってんだ。嫌いなんだろ?俺のこと。」

 

「そんな訳ないじゃん!!好きだよ!大好き!!」

 

「…お前それ言ってて恥ずかしくないわけ?」

 

「……は、恥ずかしくないよ。…本当だもん。」

 

 

 

参ったな。

てっきり喧嘩になると思ったのに、愛の告白(笑)を受けてしまった。

まぁ、こいつが好き好き言うのはいつものことか。

 

 

 

「あの……、入っても、大丈夫??」

 

 

 

いつのまにか蘭が到着していたらしい。

部屋のドアを少し開け、相変わらずの無表情で顔だけ出している。

 

 

 

「おう、ごめんな散らかってて…。」

 

「い、いや、別に。……○○の部屋、きったないね。」

 

「ストレートだな!」

 

「…ううん、男の子の部屋っぽいなって思っただけだから…。」

 

「そ、そか。」

 

「うん…。」

 

 

 

ナンダコレ。初めてだからか、妙に気恥ずかしいぞ。

 

 

 

「まぁ、あれだ。取り敢えず適当なところに座ってくれ。」

 

 

 

きょろきょろと物珍しそうに周りを見ながら部屋をぐるぐると回る蘭。

やがて落ち着いたのか、そっとベッドに腰を下ろした。初めての場所に来た猫みたいだな君は。

 

 

 

「蘭は…何の用があって来たの?」

 

「ひまり…ええと、ちょっと○○に話があって。…って、○○から聞いてないの?」

 

「ふーん、そうなんだ…。

 何も教えてくれなかったよ。○○は蘭のこと、なーんにも話してくれないから。」

 

 

 

随分トゲのある言い方だな。

まさか本当に仲悪いんじゃなかろうな。Afterglow不仲説とか勘弁してくれよ??

若干攻撃的な態度のひまりを、特に気にする様子もなく話し始める蘭。

 

 

 

「ねえ○○。…○○は、つぐのことが好き、なんだよね。」

 

「あぁ、まあな。真剣に付き合いたいと思うくらいには好きだ。」

 

「…そう、だよね。……でも、何も聞いてないんだよね。」

 

「あぁ。最近はあまり話す機会自体無くてなぁ。」

 

 

 

話の流れからしてつぐみのことか。

あいつに何かあったとか?

 

 

 

「実は………つぐみ、最近彼氏出来たらしくて。」

 

「ぇ…………。」

 

 

 

思考が止まる。

なんだって??彼氏?それはあの、お付き合いする相手っていうこと、だよな?

俺がずっと求めていたのに座れなかった座席の名前で、もう暫くは語れない肩書きのことだよな?

目の前で何やら心配そうな顔の二人が一生懸命喋っているが全く言葉が頭に入ってこない。

 

 

 

「…はは、はははは………。」

 

「…○○?」

 

「……いやいいんだ。なんだか笑えてきちゃうよなぁ。

 てっきりじゃれ合いの延長のような断り方だと思ってた。…まぁ俺も真剣に告白したことはないしさ。」

 

「…………。」

 

「蘭には話したってことだもんな?…いずれこっちにも連絡が来るかも知れないしさ。

 …まぁいいんだ別に。……いいんだ。」

 

 

 

要するにあれだ。散々困ったように流されていたのは本気で嫌がられてたってことだ。

その証拠は、その新しい彼氏とやらの存在だ。他に言葉はいらんだろ。

 

 

 

「…○○、げ、元気だしなよっ!…ほら、なんなら私が毎日でも来てあげるからさっ!

 もういっそ私のこと好きになっちゃえば??…あはは!なーんちゃって、ね!」

 

「………ひまり、ちょっと放っといてくれ。」

 

「っ!……ご、ごめん…。」

 

 

 

無理して励まさんでいい。

今はそんな気力も残っちゃいないさ。

 

 

 

「ねえ、○○。……前にあたしに言ってくれたこと、覚えてる?」

 

「ん。」

 

「「俺とお前は幼馴染じゃない、親友を目指す、ダチだ」って。」

 

「…あぁ、言ったなそんなこと。」

 

「…あたしはあの言葉が嬉しくって。…みんなと同じ"幼馴染"って関係じゃなくて、もっと近い関係…"友達"なんだって。

 だからね、ええと…一応アンタのことは知ってるつもりだから敢えて言うね。…今は放っとくから、目一杯落ち込みなよ。」

 

「…………。」

 

「それで気が向いたら、さ。…また遊びにでも誘ってよ。」

 

「蘭……。」

 

 

 

そうか。お前はそういうドライな対応を取ってくれるんだな。

確かに、今は一人にしてくれるほうがありがたいよ。…色々考えたいこともあるし。

流石、長いこと幼馴染をやってただけあるな。

 

 

 

「ありがとな、蘭。…まぁ、そう時間はかからずに復活するさ。」

 

「ふふ、知ってる。…それじゃあ、今日は帰るね。」

 

「あぁ、もしかしたら何か相談とかするかもしれん。」

 

「…そうして。それが友達、でしょ?」

 

 

 

後ろ手をひらひらと振りつつ、部屋を出ていく蘭。

さて、言われたとおり今日は目一杯落ち込もう。心ゆくまで凹んでやろう。

…そんで、あとでつぐみに祝いの一言でも言ってやるさ。

 

 

 

「…何あれ。意味わかんない。」

 

 

 

ただ、ひまりの冷めたような表情と去り際に残した一言だけは、俺を素直に失恋ムードに持って行かせてはくれなかった。

 

 

 




今回すっごい名前呼ぶやん。




<今回の設定更新>

○○:今作中最も名前を呼ばれる男。
   幼馴染って意外と恋愛対象に見られないよねって話。
   灯台下暗しってやつなんだけどね。

ひまり:大好き。
    最初におどけて入ったために今更本気で告白しても真面目に取られないパターン。
    蘭がぐいぐい来ているのが少し気に入らない。
    ちょっと痩せた。

蘭:よき理解者になりそう。
  前回のあと、作品外の時間で主人公と結構な遣り取りを交わしている。
  休日もたまに一緒に外出したり、ライブ後に二人で打ち上げをしたり。…あれ?
  後ろ姿がかっこいい。

つぐみ:おめでとう。
    凄く真剣に頼み込まれたために、「じゃあ付き合う前提でお友達から…」となった。
    そう、まだ付き合ってはいないのだ。
    それが主人公に伝わらなかったのは、運命か果たして…。


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2019/09/13 幼馴染その8 - 動き出す歯車 -

 

 

 

「蘭ー……。」

 

「今度は何。」

 

「俺ひまりに何かしたかな。」

 

「何で。」

 

 

 

いつも通りベッドでごろごろしつつスマホを弄る俺と、俺の机を使って課題をこなしていく蘭。いつの間にかこの状況にも慣れたもんだ。

未だに既読すらつかないひまりとの個人チャットを見つつ、一番近くの良き相談相手に訊いてはみたが…。

 

 

 

「…さぁ?何か変なの。」

 

「これ。」

 

 

 

もう口で説明するのも面倒なのでスマホごと渡して見てもらう。

 

 

 

「トーク…?………あぁ、忙しいとかじゃなくて?」

 

「そうなのかなぁ…。」

 

「…〇〇って、チャットの背景一人ずつ変える派なんだね。」

 

「それ今どうでもいいじゃろ…。」

 

「まめだね。」

 

「うるせえ。」

 

 

 

それはまぁ…カスタマイズしたがる癖というか性格というか…。まぁいいだろそんなこと。

 

 

 

「蘭は?普通に返事来るか?」

 

「んーん。あたしひまりと連絡とることないし。」

 

「マジか。」

 

「ん。……巴に訊いてみる?」

 

「あぁ、あいつなら話してそうだな。」

 

 

 

蘭の提案を受け、巴に電話することに。

あいついつもとんでもない声量で喋るから、予めスピーカーモードにしとかないとなんだよな。本当めんどくせえわあのソイヤ馬鹿。

 

 

 

「…………。」

 

「…………。」

 

『おっす!みらいのチャンピオン!』

 

「…あぁ、すいません間違えました。」

 

『冗談だよごめんって!!何だよ〇〇!?』

 

 

 

耳に響く声でしょーもないネタかましてくるんじゃねえ。お前ジムとか行かないだろ。

 

 

 

「ねぇ、今のどういうこと?」

 

「…そのうち教えてやるよ。」

 

『おっ?蘭もそこにいるのか??』

 

「うん。今〇〇の部屋。」

 

『へぇー!!なんだよ、二人ともいつからそんなに仲良しになったんだ??』

 

「まぁな。…それでちょっと訊きたいんだけどさ…」

 

 

 

ひまりとの最近の状況を掻い摘んで話す。途中途中蘭にも説明を挟んでいたら無駄に長くしゃべっちまった。

 

 

 

「…とまあそれで、何か知ってたりしないかなーと思って。」

 

『…お前さ、今も蘭と一緒に居るんだよな?』

 

「あぁ。」

 

『最後にひまりと会ったのはいつだった?』

 

「ええと……」

 

「…〇〇が立ち直った日だから、先週の土曜日。」

 

「よく覚えてんなお前…。」

 

 

 

流石の記憶力と言うべきか。最近気づいたんだが、俺のスケジュールやら行動まで把握しているらしいんだこのクーデレさんは。

お陰様ですっかり頼りにさせてもらってる。「あの日のアレ何だっけ?」みたいなあやふやな質問でも即答してくるくらいだ。ダチってのは恐ろしいぜ。

 

 

 

「まぁ、あたしも居たし。」

 

 

 

あ、それもそうか。

 

 

 

『その時、ひまりの様子変じゃなかったか?』

 

「……最近あんまり喋らないから何とも分からんけど…。

 機嫌悪かった気もしなくはない。よな?蘭。」

 

「ん、まあね。」

 

 

 

最近はうちにも来ないし、Afterglowの集まりに顔を出しても無視されるんだよな。だからこそこうして巴に相談しているわけだが。

 

 

 

『〇〇、お前そのまま放っといたのかよ。』

 

「うん。」

 

『はぁぁぁぁぁぁ………。どうしようか、つぐ。』

 

「!?」

 

『えと……〇〇、くん?…ひまりちゃん、多分怒ってるわけじゃないと思うよ。』

 

 

 

なんてこった。こんな話をかつての天使(つぐみ)に聞かれていただなんて。…吹っ切れたつもりで居たとは言え、その透き通るような声に心臓が跳ね上がる。同時に噴き出す汗。

 

 

 

「つ、つつつつつつつつつつ、つ、ぐぅ…」

 

「〇〇、落ち着いて。凄い汗だよ。」

 

「そ、そそそそそうだよな。……すぅー…はぁー…。」

 

 

 

よし。深呼吸もしたし大丈夫だろう。

 

 

 

「つぐみぃ!」

 

『は、はい!?』

 

「…おめでとうございます!!」

 

『???う、うん??ありがと??』

 

『○○、今はひまりの話だろ?…祝うのは後にしてさ、』

 

 

 

何だかイマイチ伝わらなかった感もあるけど、巴の言う通り今はひまりの…

 

 

 

「巴、じゃあ何でつぐみを電話口に出したの。〇〇のことわかってるよね?」

 

 

 

あちゃぁ…こっちはこっちでムッとして言い返してるし…。

駄目だぞ蘭、今はその噛みつき要らないからさ?俺ならほら大丈夫だからさ…。

 

 

 

『は?だからそういう状況じゃないだろって話だよ。ひまりの事はどうでもいいのか?』

 

「どうもいいなんて言ってない。巴こそ、〇〇の事はどうでもいいって言うの?」

 

『はあぁ?何で蘭がキレてんだよ?』

 

「キレてないし。巴がデリカシーない事ばっかりするからそれを咎めているだけでしょ?」

 

 

 

あわわわわわわわ。あんなにも仲が良かった幼馴染が目の前でバチバチやっとる。今までも何度かぶつかり合ってきた二人だが、自分が原因になるなんて夢にも思わなかった。

というか、何故本人が一番あわあわしなきゃいけないのか。止めるにも止められないし、下手に口出したら矛先がこっちに向き兼ねない。…これは想像だが、恐らく電話の向こうでつぐみもあわあわしてると思う。

 

 

 

『あわわわ、と、巴ちゃん!蘭ちゃんも!』

 

『つぐ、ちょっと今は黙っててな。』

 

「つぐみ、止めないで。」

 

『ご、ごめん…あわわわわわ…』

 

 

 

言ってたわ。

 

 

 

「とにかく、〇〇にとってデリケートな問題なの、今は。」

 

「いやいいから、な?蘭。巴の話きこ?」

 

「……いいの?まだ、何とか立ち直ったところでしょ?」

 

「う……よくは、ねえけど。でも、ひまりのこと、放っとけないだろ。」

 

『実際放っといたからこうなってんだろ!!バカ〇〇!!』

 

「うっせぇな!今ちょっといい流れだっただろうが!!」

 

 

 

ちょっと格好いい事言ってたよね?ね?

とは言えこのままここで言い合っていても埒が明かないし、俺が知りたいのはひまりがどういう状態かってだけだし。

…色々考えてみたものの、結局俺みたいな能無しは動いてみるしかないんだ。今は突撃、あるのみだ。

少し考え込んでいる間にまたしても噛みつき合いだした蘭と巴を尻目に、俺はそっと部屋を出る。

 

 

 

**

 

 

 

「さて、と。ひまりの家に着いたはいいものの…。」

 

「んー?入らないのー?」

 

「お前、ずっとここで待機してたのか。」

 

「〇〇の部屋、凄く盛り上がってたからー、…全然退屈しなかったよー。」

 

「あぁ、こんなに外に聞こえてるとは思わなかったぜ。」

 

 

 

意を決してひまりの家へ――まあ隣の家なんだが――向かった俺を待っていたのは、上原家の玄関先に座り込み空を見上げるモカ。

目が合った途端にニヤリと笑う姿は、相変わらず何を考えているんだかわからないが。

 

 

 

「…まぁいーや。俺は入るぞ。」

 

「別に宣言いらないしぃー。」

 

「独り言だ、ほっとけ。」

 

 

 

勝手知ったる人の家。すっかりチャイムも鳴らさなくなった玄関を突き進み、ひまりの部屋へ。

 

 

 

「入るぞー。」

 

 

 

…返事はない。玄関に靴があったのは確認済みなので、居るには居るはずなんだが…。

無言を肯定と受け取り、中へ。

 

 

 

「ようひまり。遊びに来てやったぞ。」

 

「…入っていいって言ってないんだけど。」

 

「お前もいつもそうだろうが。」

 

「………知らない。」

 

 

 

ふむ。確かにご機嫌斜めなようだ。眉毛なんかもう見事に一文字だもの。

 

 

 

「よっ…と。…お前、ついに俺の事嫌いになったか?」

 

 

 

ベッドで膝を抱える様に座るひまりの隣に座り、核心から突いて行く。勿論これが答えだとは思っちゃいないが、確実に揺らぎは与えるだろう。

案の定無表情は崩れ、途端に泣きそうな顔になる。

 

 

 

「なんで、そんなこときくのぉ…?」

 

「…そう思ったからだけど。」

 

「……嫌いになんか、なってないもん。」

 

「そうなのか?…メッセージも見てくれないし、最近話もしてくれないし…寂しかったんだよなぁ俺。」

 

 

 

寂しかった。

こんな感情、物心ついてからずっと幼馴染たちと騒がしく過ごしてきた俺にとって初めてだった。

それも、蘭とギスギスした関係になった時も、巴と喧嘩したときも、あのつぐみに勝手に失恋したときも感じなかったのに、だ。

ひまりとたかだか一週間足らず喋れなかっただけで、こんなに距離を感じるなんて。

 

 

 

「寂し、かったのぉ…?」

 

「まあな。何だかんだでほぼ毎日一緒に居たろ?だから居るのが当たり前になっちゃってさ。

 …ちょっと離れただけでこれだよ。堪らず会いに来ちまった。」

 

「……蘭のこと、どう思ってるの。」

 

 

 

ここで蘭?なんで蘭が出てくるんだ。

 

 

 

「蘭?……あぁ、相談相手として最高だってことがわかったよ。気も使えるし、俺のことも見てくれてる。」

 

「…それだけ?」

 

「それだけとは?」

 

「…好き、とかはないの??」

 

「そりゃあ好きじゃなかったらつるまねえよ。」

 

 

 

何を言っとるんだこいつは。

幼馴染連中の誰一人として、俺は嫌いになったことなんかないぞ。皆最高の仲間だ。

 

 

 

「…そういうのじゃなくて…好きで、付き合いたい、とか。」

 

「……あー…そういうことか。考えたことなかったなぁ。」

 

「そこに、怒ってるんだからね?わかってる??」

 

「…なーるほど。それが原因か。」

 

 

 

全然わかってなかった。俺が蘭に対して、異性として好意を持っているのかどうか、それを測りあぐねた結果どう接していいか分からなくなったと。

 

 

 

「…俺がはっきりしないから悪いんだよなぁ。」

 

「そうだよ!つぐのこと好きだとか言ってたのに途中から蘭、蘭って言いだしちゃってさ!

 ずっと傍に居たのに、ずっと一緒に居たのに、私のことは全然……ふぇぇ……。」

 

 

 

捲し立てる様に想いをぶち撒けたからだろう。とうとう堪え切れなくなった思いが嗚咽となって両目から、喉から零れ出す。

 

 

 

「…ひまり…。」

 

「私だって、ずっと好きって言ってたのに、ずっと振り向いてほしかったのに…

 全然私の事見てくれないのに、ずっと見てる蘭のことは友達だとか言うし…もうわけわかんないよ…。」

 

 

 

そこから先は、ただただ叫び声のような鳴き声を上げるだけだった。

その姿を、隣に座っている俺はただただ見つめるしかできなくて。一声かけてやることすら出来なくて。

でもできなくて当然だろ。…この状況を生み出したのは俺、泣かせるほどひまりを追い詰めているのも俺だ。なんと声をかけられようか。

 

 

 

「ひっく……ぇぐっ……ぅえ、ぅえぇぇぇ……」

 

「…………。」

 

 

 

どれだけその痛々しい姿を見つめただろうか。

呼吸が落ち着いたひまりが顔を上げる。涙と鼻水でびしょびしょになったその顔には、明るく活発なひまりの面影はなかった。

呆然としたように視点の定まらない瞳に、ほんのり朱く色付いた頬。…そんな顔に戸惑いを隠せない俺でも、まだ若干荒い息に紛れて一言、確かに聞こえた気がした。

 

 

 

「……もう、どうでもいいや。」

 

「え?」

 

 

 

え?という声は()()()だろうか?…その呆けたような顔が急激に迫ってきたかと思えば、後頭部をがっしりと掴まれ口を()()で塞がれる。

そのアンバランスな姿勢からは容易に想像できるように、傾いた重心と倒れ込む様にのしかかるひまりの全体重を受け止めきれずベッドから転げ落ちて。…何処に何処をどうぶつけたかは分からない。それでもわかるのは、全身のあらゆる箇所が酷く痛んでいる事と仰向けに組み伏せられている俺の上にはひまりが覆い被さる様に乗っている事。…そして、息つく暇もない程、貪るかのような勢いで唇を奪われていること。

 

 

 

呼吸もままならないままどれほど経っただろうか。脳が痺れた様に意識が遠のくのは、単なる酸欠の為かしこたま床に打ち付けたためか、はたまた上原ひまり(目の前の少女)の蜜のせいか。

今まで揶揄ったり受け流していた想いを嫌というほど思い知らされた気分だった。…何せ、馬乗りの状態で尚もこちらを見据えるその目は本気だ。もう後戻りはできないところまで来ている。

 

 

 

「―――〇〇が、私の事をどう思っているか、蘭の事をどう思っているか、つぐにまだ未練があるのか、そういうの全部もうどうでもいい。

 私は〇〇が好き。一番古い思い出の頃からずっと一番なんだもん。…誰にも渡さない。絶対に。」

 

「ひ、ひま…り…」

 

「…〇〇が今は決められなかったとしても、私の事を好きじゃないとしてもいい。…私は、全力で獲りに行くから。」

 

 

 

 

 

最後にそっと体を重ねる様にされたその抱擁は、先程迄の行動がまるで夢だったんじゃないかと思うくらい優しく温かかった。

 

 

 

 

 




あーあー、もう滅茶苦茶だよ…。




<今回の設定更新>

〇〇:罪なやつ。ただ、鈍感なわけではなく幼馴染という枠を壊したくなかっただけなのだが。
   …そんな中、唯一関係を崩した蘭が特別なんじゃ…?
   まだまだ続くよ。

ひまり:我慢の限界。
    これからは宣言通り、全力で落としに行く所存。

蘭:友達とか恋人よりパートナーという言葉がしっくりくる。
  実際本人も好きで主人公観察をしていた部分はあるので、
  副産物が程よく役に立ってみんなハッピー。
  みんな…?おっと。

巴:特攻隊長。火事と喧嘩は江戸の華でぃっ!ソイヤッソイヤッ
  相変わらず蘭とはぶつかるときはぶつかる。熱い奴。

つぐみ:可愛い。結局彼氏問題はまだ不明瞭なままらしい。

モカ:絡んでくるわけでも無し、忠告をするわけでもなし。
   結局この子何であそこに居たんだろう。「しゃーっしたー。」


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2019/10/04 幼馴染その9 - 乱れ拗れる -

 

 

 

「○○!何かしてほしいことある??」

 

「…いや別に。」

 

「○○~、見てこの服可愛くない??」

 

「この前も見たよ。」

 

「○○っ!」

 

「…急にでかい声出すなよ…。」

 

「へへー、呼んでみただけ~。」

 

 

 

自室が異空間のようになってしまっている夕暮れ時。

俺の周りをぐるぐると衛星の様に動き回るひまりを若干鬱陶しく思いながらも目の前の二人に意識を固定する。

 

 

 

「…話だけは聞いてたけどすごいな、○○。」

 

「分かってくれるか、巴。」

 

「あぁ…。」

 

 

 

うんざりしている俺の心中を察してくれるのは目の前の二人組のうち左側、ノッポの赤髪の方だ。

巴も一応生物学上は女の筈なんだが、割かし俺サイドの目線を持っていることが多い気がする。中身はイケメンってやつかな。

その気持ちを包み隠さず口にする巴を宥めるように入ってくるもうひとり…

 

 

 

「だ、だめだよ巴ちゃん!そんな言い方しちゃ、ひまりちゃんが可哀想でしょ…?」

 

「…つぐみは甘いなぁ…。」

 

「○○くんまで!」

 

 

 

相変わらず俺の心の中では大天使と崇めさせて頂いているつぐみたん。

今日はそもそもそのつぐみの件で二人が訪ねてきたわけだが…。

 

 

 

「あっ、私お茶淹れてこようか??○○もそうした方が嬉しいよね?ね?ね??」

 

「……あー、いや」

 

「ひっ、ひまりちゃん?私も手伝うよ?」

 

「……………。じゃあ行ってくるねっ○○!」

 

 

 

……あれから暫く、ひまりはこんな調子だ。周りが見えていないというか、周りをあえて遮断しているというか。

俺に無駄にベッタリになった反面、幼馴染の面々すらも状況によっては無視するように。…コミュ力お化けと馬鹿にしていたのが遠い思い出に感じてしまうくらい、今のひまりは"異常"だった。

目がしっかり合った上で無視されたつぐみは呼びかけるために腰を浮かせた姿勢のまま固まっている。

わかるよ。事前に聞いていたとしても辛いよな。仲、よかったもんな…。

 

 

 

「つぐ…」

 

「あ、あはは……聞こえなかったの、かなぁ…あははは…」

 

「つぐみ…」

 

 

 

痛々しすぎる。

そっとつぐみの肩に手を置き、抱き寄せるように座らせる巴。静かになった部屋にはつぐみの鼻をすする音だけが聞こえていて…。

 

 

 

「巴、やっぱ俺、我慢できねえわ。」

 

「それはアタシだって…。…でも、あれを元に戻す為に○○がキレちゃ意味無いんだよ。それじゃあまた、お前が襲われてこの状態を繰り返して…ってだけだしな。」

 

「じゃあどうすりゃいいんだよ…。」

 

「ぐすっ……えぐっ……○○くんが、彼女さんを作ればいいんだと思う…」

 

 

 

…いや泣いてるところにいうのは酷だけど、それはないわつぐみ。あいつ、俺の気持ちがどこに向いてようと獲りに行くって言ってたんだぜ?

 

 

 

「つぐ、それはちがうぞ。ひまりが彼氏を作りゃあいいんだ。なあ○○?」

 

「それで解決するんなら俺はこんな目に遭ってねえよ。」

 

「はぁ?じゃあどうすりゃいいんだよ。」

 

 

 

だめだなぁ…。実はこの幼馴染グループ、司令塔(ブレイン)と呼べそうな人間がほぼいない。

つぐみは賢そうに見えて、優しすぎるというか良い子すぎて今ひとつ物足りないし、巴と俺は脳筋。…モカは日頃からよくわからん上に真面目な話になるとどこかへ消えるし…。

 

 

 

「……蘭に相談するか。」

 

 

 

蘭しかいないんだ。まともに頭が働くのは。

……悲しき消去法だ。

 

 

 

「あ、確かに蘭ちゃんならいい案くれるかも…」

 

「でもさ、蘭と仲良くしすぎてひまりに襲われたんだろ?大丈夫なのかよ。」

 

「確かになぁ…。」

 

 

 

うーん、八方塞がりか…。

 

 

 

「……俺、ひとつ思いついたんだけどさ。」

 

「ん。」

 

「……付き合ってみるのはどうだろう。」

 

「…あぁ?」

 

「ひまりとさ。」

 

「ひまりちゃんのこと、すっ、好きなの!?」

 

 

 

びっくりしたな。急に食いついてくるんじゃないよ、つぐみたん。

 

 

 

「好き…かどうかはわかんねえ。…けど、あいつって俺と付き合いたくてああなってんだろ?」

 

「…間違っちゃいないとは思うけど、そう当たり前のように言われるとムカつくな。」

 

「巴ちゃんっ…」

 

 

 

なら一度付き合ってみりゃあいい。別に嫌いな奴と嫌々一緒に過ごすわけじゃねえんだ。それで状況が良くなって、つぐみが泣くこともなくなれば…。

だから、俺が動いてみるしかないってことで、俺が動くってことは付き合ってみるしかないってわけで。

 

 

 

「……まあいいや。○○のことだ、血迷ったとか性欲に溺れて…とかって訳じゃないんだよな?」

 

「当たり前だろ。相手はひまりだぞ。」

 

「………なら別に止めはしないさ。お前がやりたいようにやって、どうしようもなくなったらアタシらを頼れ。なっ?」

 

「…なんだよ、エラく頼りがいあるじゃねえか。巴。」

 

「ははっ、蘭もこう言うだろうなって思っただけだよ!…でも、頼れってのは本当だからな。な?つぐ。」

 

「………え?…あ、うーん…。」

 

 

 

何故か乗り気じゃないつぐみは少し気になったが、巴のバックアップは心強い。こいつは何だかんだで面倒見もいいし、いつも何かと力になってくれる。俺の親友といっても過言ではないくらい、信頼し合っている仲なんだ。

いつまで待っても戻ってこないひまりを放置し、二人を玄関まで送る。

 

 

 

「じゃあ、無理しない程度に頑張れよ。」

 

「おう、さんきゅー二人共。」

 

「…○○くん、本当にひまりちゃんと付き合っちゃうの?」

 

「……まずいかな。」

 

「……まずくは、ないけど……」

 

「??ほら、早く帰ろうぜつぐ。」

 

「う、うん…。またね、○○くん。」

 

 

 

何やら渋るつぐみを引っ張り颯爽と去っていく巴。

つぐみの態度と言っていたことは気になるが……俺は俺で、決行しなきゃいけないしな。…やるぜ、「幼馴染・雰囲気回復大作戦」。

 

 

 

「あれぇ?二人共帰っちゃったの??お茶要らなかった??」

 

「…どこ行ってたんだお前は。」

 

 

 

妙にタイミングよく後ろから声がかかる。振り返ると、湯呑を()()()()持ったひまり。

 

 

 

「あ、はいこれお茶!嬉しい?嬉しい??」

 

「……お茶サンキュ。」

 

 

 

貰った茶を一気に呷る。少々熱いが、今この流れでお茶は邪魔でしかないからな。

 

 

 

「喉渇いてたの?」

 

「ひまり。」

 

「え?」

 

 

 

「……付き合おうぜ、俺たち。」

 

 

 

作戦、決行だ。

 

 

 




入り乱れろ。




<今回の設定更新>

○○:「幼馴染は仲良くあるべきなんだ。」
   思い切った行動も、誰も傷つけたくないからなんだからね!

ひまり:ノーコメント。

巴:姉御。かっこいい。素敵。惚れる。

つぐみ:結局あの彼とは何もないまま終わりになりました。というか付き合うまで行かなかった。
    …ということを伝えに来たはずなのにこんなことに…。
    本当は誰が誰を好きなんでしょう。


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2019/10/15 幼馴染その10 - 厄日 -

 

 

 

「ふんふ~ん、ふんふふふふ~ん、ふふ~ん♪」

 

 

 

エラく上機嫌な鼻歌を発しているのは俺じゃない。…そもそも体調を崩している俺に、そんな余裕はない。

十月も折り返し。…すっかり朝夕の冷え込みが出てきたことと、ここのところの無理が祟ったんだろう。久々に三十九度超えの高熱を出した俺は、体の不快さのあまりベッドとお友達になっていたんだ。

そしてその看病と言う名目で学校へも行かずにウチに居座り続ける"俺の恋人"、ひまり。今の鼻歌もそうだが、こいつの看病は看病らしい行為とそうでない行為が交互に来るんだ。授業時間と休み時間のようにな。全く以て意味が分からない。

 

 

 

「なあ、もうその子守唄要らねえよ。」

 

「えぇ~?でも、ゆっくり休まないと、早く治らないよ?」

 

「そう思うなら少し黙っててくれ…。」

 

「だってぇ…暇なんだもん。黙ってるの苦手だし…。」

 

「看病する気あんのか…。」

 

 

 

若干不安定な音程で奏でられるそのメロディは、癒し眠りに誘うというよりかは何かを破壊するための超音波のようなものだ。具合云々の前に気分が悪い。

あれ、俺が体調崩してるのってもしかしてこいつのせい?

 

 

 

「じゃあ歌は終わりにするね。」

 

「やれやれ…やっと放っておく気になったか。」

 

「……んしょ。」

 

 

 

おいまてこら。何故服を脱ぐ。

 

 

 

「……何やってんだお前。」

 

「ん??下着はつけたままがいい??」

 

「や、服着ろよ。」

 

「……え?」

 

 

 

こっちの意見がオカシイみたいな表情はやめろ。なにも驚くようなことは言ってないだろ。

どうせ、直接肌と肌で温め合って体温を…とか何とか頭の悪そうなこと抜かすんだろうけど、そうはさせない。…予め蘭に予想してもらった通りだし、用意しておいた対策で…

 

 

 

「流石に具合の悪さも酷くなってきたし、ちょっと母さん呼んでくれ。」

 

「!!」

 

 

 

今日は仕事が休みなのか、幸運な事に母親が居る。いくら今のひまりが異常だからって、俺の母親の前でストリップはやらかさないだろう。

"母さん"というワードに脱衣の手も止められたし、想定していた手順通りスマホも操作した。…あとはこのまま畳みかけるだけ――!

 

 

 

「…いいよ。」

 

「えっ!?…あっあっ、お前、何して」

 

「おばさん、呼べばいいんでしょ?」

 

 

 

何ということだ。一瞬手が止まって安心したのに、その後物凄い速さで残りの防具(下着)まで脱ぎ去った。別に今更それを見たところで思うことは何も無いんだが、そのまま廊下に出ようとするのはマジでやめろ。母親が失神するところなんてまだ見たくない。

 

 

 

「おま、おまままま、ちょ、もう呼ばなくていい!こっちに居ろ!!」

 

「ふふっ、了解だよー。」

 

 

 

手強い。なりふり構わなくなった幼馴染(ひまり)がここまで強敵だとは。俺の返答を待っていたかのように素早くベッド脇へ戻ってくる。小走りだから余計気になるんだが、その揺れているものを早く支えてやんなさい。型崩れしても知らんぞ…。

全裸のまま駆け寄ってきて、勢いを緩めることなく掛け布団を捲る。高熱の為か妙に肌寒く感じる外気が入ってくると同時に、心地よい温度の生き物も入ってきて…

 

 

 

「ふふふ、やっと受け入れてくれたね?」

 

「そんな気更々無いんだけど……ただお前、あったけぇなぁ…。」

 

「ぎゅってしてあげよっか?ねね、ぎゅってしてあげよっか??」

 

「…してから言うな。」

 

 

 

その言葉が発される前に、俺の顔面はその豊かな肢体に埋もれている。……相手が正気なら、かつてと変わらないまともなひまりなら、この状況も幸せだったんだろうか。

あの、俺が大好きだった幼馴染だった頃のひまりなら。

 

 

 

「ねえ、○○?……今、幸せ?」

 

「……お前はどう思ってんだ?」

 

「……私は幸せだもん。とっても。」

 

「あんなに仲良しだった幼馴染に溝を作ってもか?」

 

「それは………。」

 

 

 

言い淀むひまり。……実はここ数日考えていた事がある。

蘭にも指摘されたことだが、ひまりは何もおかしくなっちまった訳じゃないんじゃないか。そう、言うなればこれは、俺を求めるあまりおかしくなったひまりを()()()()()んじゃないか。そうして一体何になるのか……もしも憐れんだ俺が拾ってくれることを期待していたのだとしたら、俺はまんまと策に嵌ってしまったということになるが。

 

 

 

「…お前さ、全部解っててやってんだろ?」

 

「…何が?意味わかんないけど。」

 

「アイツ等の存在するを無視するように振舞ったり、俺に対して狂気的にに尽くしたり、私生活を投げうったり……全部、全部だ。

 お前、もう後戻り出来なくなっちまってるだけなんじゃねえのか?」

 

「……………。」

 

「…まだ、引き返せるぞ。受け入れてくれるさ、アイツらなら。…勿論、俺も。」

 

 

 

話してわからない相手じゃない。そもそもこの現状だって、全員の共通認識として捉えている問題なんだ。そして蘭もつぐみも巴も、みんな心配している問題でもある。

まだ戻れる、ついこの間までの俺たちに。

 

そう思って、言った言葉だったのに。

 

 

 

「うるさい…。」

 

「…あ?」

 

「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!」

 

「…ひ、ひまり?」

 

「○○にはわかんないよ!!私の気持ちなんて!!」

 

「落ち着けひまり。……お前の気持ちなんて、全部話してるわけじゃないんだからわからないに決まってるだろ?」

 

 

 

伝えられてもいないことが分かるかよ。

 

 

 

「なんで?どうして!?私は○○のこと、全部全部わかってるのに!○○はどうして私のこと、なんにも…」

 

「わかってるさ。」

 

「……ッ!…じゃあ、どうして「まだ戻れる」なんて言うの!?私が戻りたがってると思ってるの!?」

 

「落ち着けって……ほら、深呼吸。あと服も着ろ。」

 

 

 

今にも多い被さらんと肩を抑えてくるその両腕を掴み、至近距離から語りかける。全く、緊迫した場面だってのに目の前に見える山が集中力を乱してきて止まない。マジで服は着ろ。

俺の呼吸に合わせて深呼吸を2、3度。昂ぶっていた感情が少しは落ち着いたのか、声のトーンを抑えベッドから出るひまり。

 

 

 

「……やっぱり、わかってないよ。○○は。」

 

「……あーもう。…ひまり。」

 

 

 

脱ぎ去った服を拾い集め、泣きそうな声で呟く彼女を後ろから抱きしめる。

柔らかい感触と共に、ほんの微かな汗の臭い。ビクリと体を震わす彼女に俺は

 

 

 

「俺はな、お前が大好きなんだよ。……ずっと一緒だったひまりが、な。」

 

「………。」

 

「でも、だからこそ今の状況が辛くて、素直に受け入れられないんだ。」

 

「……じゃあやっぱり、私のこと」

 

「幼馴染連中の中でもさ、ひまりと一緒に過ごす時間が一番長かった。それはただ家が隣りだからって訳じゃぁない。

 お前が、この幼馴染の中で一番……一緒に居たかったからだ。」

 

 

 

もう喋らせない。俺がまくし立てることでひまりの発言を止め、抱き竦める腕に力を込めることで暴れさせることなく会話をする。

…申し訳ないひまり。頭の悪い俺にはもう、Afterglowを救う手段が見つからないんだ。

 

 

 

「嘘…。」

 

「嘘なんかじゃない。お前と一緒に居る俺は、居心地悪そうにしていたか?いつも機嫌が悪かったか?」

 

「………いつも、普通って感じだった。」

 

「だろ?…お前の前だと、気を張らずに自然体で居られる。すげぇ居心地良くて、幸せだったんだぜ?」

 

「………ほんと?」

 

「あぁ。……だからこそ、前のお前に戻って欲しい。また気兼ねなく絡んで居られる幼馴染に、戻りたいんだ。」

 

「………。」

 

 

 

嘘は言ってないさ。ひまりのことは()()()好きだし、こんな変な状況になっていなければ一歩踏み出す未来もあったかもしれないんだ。

俺はその、今潰れかけている未来を取り戻すために……選択肢と俺達の居場所を取り戻すために、嘘偽りのない気持ちをぶつけたんだ。

 

 

 

「○○……。」

 

「……ん。」

 

「…ごめんね。」

 

「ひまり、お前…。」

 

「私、みんなに謝ってくるよ。……今の言葉、全部本当なんだもんね。」

 

「……あぁ。」

 

 

 

そっと俺の腕を解き振り返るひまりに、さっきまでの影は見えなかった。濁りが解けた様に真っ直ぐな瞳もすっかり元通りだ。

俺が求めていた、元のひまり。……少し寂しそうに笑ったあと、元通りに服装を整え、言った。

 

 

 

「じゃぁ……行ってくるね。……帰ってきたらまたぎゅってしていい?」

 

「…あぁ。行ってこい。」

 

 

 

パタパタと出ていく背を見送り、ふと眩暈を覚える。…そうか、自分が熱出してんのすっかり忘れてた。

そりゃこんだけ動き回って気を使えばふらつきもする、か。重い体を引き摺るようにしてベッドへ、枕元に置いてあるスマホへと言葉を投げる。

 

 

 

「…蘭。なんとか上手く行きそうだ。」

 

『……おつかれ。』

 

「あぁ……ちょっと疲れた。」

 

 

 

先ほどスマホを操作した時に通話を繋げておいたのだ。予め計画していたこととは言え、蘭には中々にディープな話を聞かせたことだろう。これはこれで、またいつか感謝やら謝罪やらが必要だろうし…

 

 

 

『ねえ、○○。』

 

「…どした。」

 

『あたし、どうしたらいいんだろう。』

 

「……別に、ひまりが来たら話を聞いてやってくれりゃそれで」

 

『ううん、それとは違うんだ。』

 

 

 

違う?…はて、それ以外に何か抱えるような案件があっただろうか。

 

 

 

『さっき、つぐみからチャットが来てさ。』

 

「うん?」

 

『……なんか、あたしと、付き合いたいって。』

 

「………うん?」

 

 

 

自分達に夢中で見えていなかったらしい。

拗れているのが俺たちだけじゃなかった、そのもう一つの事実に。

 

 

 

「……こりゃ暫く熱も下がりそうにないな。」

 

 

 




もっと拗れなさい。




<今回の設定更新>

○○:インフルエンザではないとの診断結果。
   多分知恵熱。
   そりゃこれだけ身内に問題があれば倒れもするわって話。

ひまり:動いたはいいものの引っ込みがつかなくなっていた状態。
    主人公の言葉に、関係の回復へと奔走する。

蘭:参謀。
  まさかの事態のため、次回活躍予定。



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2019/10/23 幼馴染その11 - 祝日 -

 

 

 

「○○!!○○ってばぁ!!」

 

 

 

平和なとある朝。三度寝の後ぼんやりと天井を見つめていた俺のもとに、騒ぎと無駄に元気な雰囲気を引き連れた幼馴染が勢いそのままに飛び込んでくる。

因みに、名前を呼び始めたのは部屋に入ってからじゃない。玄関に入ったであろう衝撃音とともに聞こえ始めていたため、恐らくその声は数分にわたって家の中に響き続けていたであろう。

 

 

 

「○○…って寝てるし!!」

 

「朝から騒がしいんだよお前は…。」

 

「起きてんのっ!?」

 

「部屋入ってきた時から目ぇ合ってんだろうが。」

 

 

 

まさか俺が目を開けたまま寝ると思ってたのか?乾くわ。

 

 

 

「あ、そっか。…おはよう?」

 

「おはよう。…何しに来たんだ?」

 

「あ!!」

 

「ッ!…いちいちでけぇんだひまり…。」

 

「……えっち。」

 

「声だバカ!」

 

「はははっ、○○ブーメラン~。」

 

 

 

その、持ち上げるように腕組む癖やめろ。気にならなくても視線が行くだろうが。

第一何がブーメランだよ。お前がアホなこと言い出さなきゃ投げなくて済んだブーメラン何だぞ。言わばお前が投げさせたブーメランだ。

 

 

 

「……で?何の用。」

 

「えっとね…○○、今日何の日か知ってる?」

 

「今日?…学校が休みになった幸せな日。」

 

「他には?」

 

「……何かあったっけな。」

 

「ぶぅー……。」

 

「うるせぇぞ豚。」

 

「酷くないっ!?そういうぶーじゃないから!!」

 

「カワイ子ぶってんじゃねえよ…。はぁ…お前の誕生会は夜だろうが。」

 

 

 

今日、十月二十三日は上原ひまりの誕生日。…毎年々々こうして突撃を受けているせいで覚えてしまった。その点では学校に行っていた方が幾分かマシだったかもしれない。

小学生の頃までは可愛いとも思えていたんだけど。

 

 

 

**(昔)

 

 

 

コンコン

 

「どうぞー」

 

「おじゃま…します。」

 

「ひまり!!そとさむくなかった?」

 

「うん、ちょっとね。でもほら、てぶくろつけてきたから!」

 

「おぉ!かわいいね、ぶたさんのてぶくろ」

 

「ぶぅぶぅ!!」

 

「ぶーぶー!あははははは!!!」

 

「ねえねえ○○、きょうなんのひかしってる?」

 

「ひまりのたんじょうびだよね?」

 

「あたり!おぼえててくれたの?」

 

「あたりまえだろー。ひまりはぼくのだいじなおさななじみだぜ!」

 

「えへへ…うれしぃ。」

 

 

 

**(昔終わり)

 

 

 

「……あぁ、大体俺のせいか。」

 

「??」

 

「…こっちの話だ。で?今日はお主の誕生日…の朝なわけだが何用で参られた?」

 

「え、誰?」

 

「○○でござる。大変おネムで候。」

 

「……ね、眠いと早いってこと?」

 

「真面目な顔して何言ってんだ朝っぱらから。」

 

 

 

漢字を間違えるにしてももうちょっと間違え方があるだろ…。そっちは絶対ダメだ。

 

 

 

「……あ、"のど"って書く方か。」

 

「あれ"喉"じゃねえよ。ほんっと馬鹿なお前。」

 

「うるさいよっ!○○も、そ、ソウロウのくせに!!」

 

「誰が早いんじゃゴラァ。」

 

「……た、試す?」

 

「試さない。何がしたくてきたんだお前は。」

 

 

 

早く目的を言ってくれ。何も言わずに布団に潜り込もうとする意味が本当にわからない。マジで試すのはやめろ。

 

 

 

「…えっとね?きっとまだ私へのプレゼント、買ってないでしょ?○○のことだから。」

 

「すげぇ角度の話ィ。…買ってねえし、買うつもりもなかった。」

 

「えぇ!?…じゃあ一体何をくれるつもりだったの?」

 

「なんだろうな。何も考えてなかった。」

 

「…私の誕生日ってそんなもん?」

 

 

 

目に見えて萎れるひまり。いいから早く掛け布団を返せ…朝は冷えるんだ。もう昼だけど。

 

 

 

「誕プレなら他の四人から貰えるだろ?…なら俺は別に物質的なものじゃなくてもいいかなって。」

 

「……それはそーだけど…物質的なものじゃないって何?」

 

「お前さ、毎年パーティ終わったあと泣きながら一緒に帰るだろ?終わるのが嫌だって。」

 

「…う、うん。」

 

 

 

祭りの後特有の寂寞感はわからなくもないが、毎回慰め役をやりつつ家まで送り届ける俺の身にもなって欲しい。

何なら家の前に着いても一緒に部屋に来いとゴネる。マジ面倒。

 

 

 

「だからな?今年は延長戦をプレゼントしてやる。」

 

「えんちょーせん?」

 

「………言葉の意味はわかってるか?」

 

「ええと、前の園長が辞任したから次の園長候補を」

 

「だろうと思ったよ。延ばす方の延長な。延 長 戦。」

 

「…っあぁ~!…なんの?」

 

 

 

素でやってるのかボケているのか。そのきょとんとした顔からは読み取れないが、ひまりは基盤がアレだからな。きっとおバカさんなんだろ。

 

 

 

「…ひーのおばかさん。」

 

「??」

 

「よくみりゃハチミツとか似合いそうな顔してんなぁ…」

 

「何の話…?」

 

「今日から君は…"ハチミツ太郎"だ!!」

 

「太郎…?」

 

「よっ!ダイナマイト!!」

 

「!!…お、おっぱいが?」

 

「持ち上げんなバカ。…ええとだな。」

 

「○○はほんとえっちだ…。」

 

 

 

それ本当に精神衛生上悪いからやめろ。

 

 

 

「だから、誕生会が終わったあとな?…お前の部屋、泊まってもいいか?」

 

「えっ!!ほ、ほんとに??泊まってくれるの??」

 

「…あぁ。ほら、途中どっかの店でお前の好きな甘いもんでも何でも買ってさ、お前が寝落ちするまで誕生会続けてやるっつってんの。」

 

「えっ、えっ、…え?本当に??いいの??」

 

「それが俺からのプレゼントってことでいいならな?」

 

「う、うん!!いいよ!すっごくいい!!私、○○とずっと一緒に居たいもんっ!!」

 

 

 

…そんなに規模の大きい話じゃないんだが。

 

 

 

「ずっとって…明日の朝、学校前には帰るからな?」

 

「あぅ、うん。わかってるよ。」

 

「……それでいいか?」

 

「…うん。毎年、それがいい。」

 

「マジか。そりゃ楽でいいな。」

 

 

 

勿論面倒臭がってこの結果になってるわけじゃないぞ?いろいろ考えた末の結果だからな?

 

 

 

「え、えへへ…嬉しいなぁ…。」

 

「ん。…じゃあ、誕生会までは予定もなくなったし、四度寝に入るわ…布団返せ。」

 

「へ?それまでも遊んでくれるんじゃないの?」

 

「何でだよ…貴重な休みだぞ?体力回復に努めさせろ…。」

 

「………もー。」

 

「…お前も一緒に昼寝するか?」

 

「!!するっ!!」

 

「あそ。ちゃんと起きろよ?」

 

「うんっ。…服、全部脱ぐ?」

 

「…お前のパジャマ置いてあるだろうが…それ着ろよ。」

 

「つまんないのー。」

 

 

 

結局、何だかんだ寝起きの悪いひまりのせいで、誕生会のスタートは一時間程押した。

昼寝したせいで朝まで寝かせてもらえないし、無駄に次の日も御機嫌だしで、早くもこのプレゼントを選んだことに後悔を覚えていたのだった…。

 

 

 

 




はっぴぃばぁすでぃひーちゃん。




<今回の設定更新>

○○:息抜き的な話になったかな?
   ひまりのアレもすっかり見慣れてしまったようで、揺れようと持ち上げようと
   言うほど気にならなくなってきた。…触るのは別。

ひまり:いつもでかい(語弊)
    誕生日は皆に祝ってもらいたい派。
    結局夜通しスィーツパーティと洒落込んだせいで、その後絶食期間を設ける事になる。


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2019/11/10 幼馴染その12 - 激動 -

 

 

「…で、だ。」

 

「どうすんだよ。〇〇。」

 

「俺に訊くな。……蘭はどうしたいんだ?」

 

「あたしは…。」

 

 

 

近所のファストフード店。互いに顔を見合わせ、事の深刻さに盛大な溜息のハーモニーを奏でる三人。

そう…俺達幼馴染は、今「羽沢珈琲店」では話せない事案について会議を開いている。

あのひまりの一件が一先ず落ち着きを見せて以来定期的に開かれている「関係維持会議」だ。といっても、普段はただ近況報告と言う名の雑談をして解散するだけの暇つぶしみたいな会なんだが。

 

 

 

「…そもそもさ。」

 

「ん。」

 

 

 

真っ赤なロングヘアー…を今日はポニーテールにしている巴が口を開く。

 

 

 

「女子同士ってアリなのか?」

 

「……だからどうして俺に訊く。」

 

「お前なら変態そうだし、そういうの好きかと思って。」

 

「おい、偏見が過ぎるぞ。……まぁ、アリなんじゃねえのか。」

 

「マジかよ…!!」

 

 

 

どんな衝撃受けたらそこまで目が開くんだ。零れ落ちそうになってんぞ。

わなわなと震え物凄い汗を流す巴に、ただ事ではないと流石に心配しだしたのか、蘭が声を掛ける。

 

 

 

「…大丈夫?水飲む?」

 

「飲む。」

 

 

 

………おぉ、一気だ。

 

 

 

「ぷはぁ!……いや、今日まで生きてきて最上級の衝撃だった。」

 

「そうかよ。でもほら、愛の形は人それぞれだろ?抱くのも表現するのもそいつの自由って訳だ。」

 

「…まぁね。…〇〇が言うと、説得力あるよね。」

 

「確かにな。」

 

 

 

その節は本当に迷惑かけたと思ってるよ。ごめんな。

 

 

 

「で、蘭はどうしたいんだ?」

 

「うん…。あたしは、つぐみを()()()()対象として見たことは無いんだけどさ。」

 

「うん。」

 

「でも、つぐみも勇気を出して告白してくれたわけだし。…その。」

 

 

 

言いづらそうに口を噤み、視線を彷徨わせる赤メッシュ。やがて困ったように見上げる視線は俺のそれと交差した。

…少し可愛いな、こいつの上目遣い。

 

 

 

「今までにない体験だもんな…。じっくり考えていいと思うし、その方がつぐみの為にもなると思うぞ。」

 

「ありがと…。でも、いっぱい考えても結局どうしていいかわかんなくて。」

 

「………。あれ以来、つぐみとは?」

 

「会って…ない。どんな顔していいかわかんないんだ。」

 

 

 

こっちはこっちで気まずくなってしまっているらしい。とは言え、このまま放っておけばつぐみの方にも罪悪感が生まれてしまうだろう。

ひまりの件であれ程傷ついた本人でもあるし、幼馴染って関係を甚く気に入ってる奴だ。「私が告白なんてしたばかりに…」と自分を責めだすのは時間の問題だろう。

 

 

 

「よし蘭。」

 

「……ん。」

 

「今からつぐみんとこ行こう。」

 

「………でも。」

 

「大丈夫だ、俺も一緒に行くから。」

 

 

 

何か姿の見えないものに恐れを抱く様に、僅かに揺れ続けているその瞳。…俺が困り果てている時に一番世話になったんだ。ここで手を差し伸べてやれないで何が幼馴染か。

しっかり目を見て、俺も力になれるんだって伝えてやりたかったんだ。

 

 

 

「……〇〇。」

 

「あぁ。」

 

「〇〇のそういうとこ、あたしは好きだよ。」

 

「そか、いつでも頼ってくれよな。」

 

「ん。………わかった、あたし、ちゃんと向き合うね。」

 

 

 

差し出した俺の左手をしっかりと握り返してくる蘭。何だかんだこいつも好きなんだ、この居心地の良い居場所が。

 

 

 

「巴はどうする?」

 

「………。」

 

「巴?」

 

 

 

次の行動が決まった以上、動き出すのは少しでも早い方がいい。蘭がつぐみにアポを取っている横で暫く静かだった巴に声を掛けるが…全くと言っていいほど無反応だ。

目の前でひらひらと手を振っても瞬き一つしない。…死んだ?

 

 

 

「おい、巴っ。」

 

「…………んはっ!?」

 

「うぉっ!生きてる…!?」

 

 

 

肩をがくがくと揺すって初めて意識が戻ってきたようだ。目を開けたまま失神とか器用な真似してんじゃねえよ。

 

 

 

「俺らもう行くけど、お前はどうする?」

 

「…どこ、いくんだよ。」

 

「つぐみのとこ。このままって訳にはいかねえだろ?」

 

「つぐみ!?…じゃ、じゃあ、やっぱり女子同士ってアリなのかよ!!なぁ!!」

 

「う…うぉっ…ちょ、ちょちょ、ストップ!ストップだ巴!!」

 

 

 

何処でスイッチが入ったのか、先程と立場が逆転したかのように俺の肩をガクガク揺する巴。

何をそんなに興奮してるんだ…っていうか力強いんじゃお前は。

 

 

 

「落ち着け巴、深呼吸だ。」

 

「……ハァッハァッ……はぁ…。」

 

「……どうしちまったんだお前まで。」

 

「……なぁ〇〇。」

 

「なんだよ。」

 

「………アタシもなんだ。」

 

「あぁ?」

 

 

 

いい加減肩から手ぇ放してくれねえかな。あと鼻息荒いんだよお前は。

 

 

 

「…別れてくれ。」

 

「お前と付き合った覚えはねえが。」

 

「違う。」

 

「じゃあなんだよ。」

 

「……ひまりとだ。」

 

「…理由を訊こう。」

 

「……アタシもだって、言ったろ。」

 

 

 

頼むからそのなぞなぞみたいな話し方やめて解りやすく言ってくれ…俺の肩が死にそうなんだ。

連絡を取り終えたのか、隣で蘭が真剣な顔して見てやがる。止めてくれ。

 

 

 

「……だから何がだよ。」

 

「アタシ……好きなんだ。ひまりのこと。」

 

「……………。」

 

「……………。」

 

「……………?」

 

「……………。」

 

 

 

何だって?

余りの唐突なワードに、思わず蘭と顔を見合わせてしまった。…蘭、言っちゃ悪いがすっげぇアホ面だったぞ。

 

 

 

「……ええとだな、巴。」

 

「…別れてくれ。」

 

「まずは会話しような?…さっきも言ったように愛の形は人それぞれで、自由だ。」

 

「…あぁ。」

 

「……でも、俺に言うのは違うんじゃねえの?」

 

「…だって、ひまりに引かれたら怖いじゃん…。」

 

 

 

何だよ…デカい図体してだらしねえこと言うじゃねえか。…考えてみりゃ弱気な巴なんか初めて見たかもしれんな。

なら尚更、ここは強気で言ってやらないといけないか。

 

 

 

「巴。…つぐみは、直接言ったんだぜ?」

 

「……!!」

 

「…そうだよ巴、ひまりに面と向かって言うべき。」

 

「…お前ら…。」

 

「俺は別に止めねえからな?愛してるなら愛してるって伝えてこいよ。…それでひまりが選んだ結果に、俺は従うまでさ。」

 

 

 

それに、こんな言い方はどうかと思うが、俺たちは元より愛し()()()付き合っているわけじゃないんだ。ひまりだって心から愛してくれる人と一緒に過ごす方が遥かに幸せだろうし何しろ有意義だ。

きっと正解はある。幼馴染とは言え他人の集まりな訳だし、きっとパズルのピースのようにカチリと当てはまる組み合わせと場所があるはずなんだ。それを探し当てるためであれば、どんなスワッピングだって無駄じゃない。

 

 

 

「ん。○○の言うとおりだよ。気持ちは相手に伝えてこそだし。」

 

「蘭……。…○○、ありがとう。そして、恨むなよ。」

 

「恨まない恨まない、ほれはよ行け。払っとくから。」

 

「……持つべきものは幼馴染だな。」

 

 

 

真っ赤なポニテ野郎はそう言い残して店を飛び出していった。…せいぜい、上手くいくことを願ってるぞ。巴。

 

 

 

「……ふふっ、○○…かっこよかったよ。」

 

「よせやい。…ほれ、行くぞ。」

 

「そうだね。……ぁ」

 

「…あー、うん。それは食っちまえ…待ってるから。」

 

「ごめん…もうだいぶ冷えちゃったけど、半分こする?」

 

 

 

すぐに出発しようとは思っていたが、そうか…話に熱中しすぎて自分の買ったハンバーガーを食べきれていなかった蘭。三口程齧っただけのそれをあんまりにも悲しそうに見つめるので感触を待つことにしたが…。

差し出されても、ハンバーガーを半分こはかなり無理があるぞ、蘭。

 

 

 

「…半分にしようがないだろ?」

 

「んぅ…。じゃ、交互に食べるってのは?」

 

「……お前がいいならいいんだけどよ…。」

 

「ふふ。…ひまりが見たら怒るかもね。…間接ちゅーだ。」

 

「滅多なこと言うもんじゃねえなぁ…よし、じゃあ食っちまおう。」

 

 

 

二人で交互に食うとこれが中々どうしていいペースなんだ。程良い満腹感に程良い所要時間。

……俺たちは中々いいコンビネーションなんじゃないかと思いつつ、羽沢珈琲店へと急ぐのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「……蘭、ちゃん…。」

 

「来たよ、つぐみ。」

 

 

 

羽沢珈琲店二階・つぐみの部屋。どうも俺にとっては居心地の悪い部屋だが、今はそうも言ってられない。

 

 

 

「…お前ら、座れば?」

 

「あ、うん…。」

 

 

 

気合入りすぎだぞ蘭。ガッチガチになっているようで、つぐみの顔を見るや否やその場でおっぱじめようとしやがった。

ライブ中でも見ることのできない珍しいほどの緊張っぷり。大丈夫だろうか。

 

 

 

「ええと…その…。」

 

「…つぐみ、あたし………。」

 

「きゅ、急に変なこと言っちゃってごめんね蘭ちゃん!蘭ちゃんも困っちゃったよね!それに普通に考えておかしいっていうか、私何言ってんだろうあはは!!」

 

 

 

早口で捲し立てるつぐみ。最中でチラチラと目線が合ったあたり、俺が邪魔だということなのだろうか。

……だがな、つぐみ。俺は正直逃げ出したいくらいなんだけど、左手を蘭にガッツリホールドされているせいで動けないんだ。

 

 

 

「…あのね、つぐみ。」

 

「……う、うん。」

 

 

 

お、行くのか。

 

 

 

「あたし、つぐみの事好きだよ。」

 

「!!…じゃ、じゃあ!!」

 

「でもね。……本当にごめんだけど、つぐみの言うような"好き"じゃない…んだと思う。」

 

「……そ…うだよね。」

 

「……あたしはさ、幼馴染として…同じ女の子として凄くつぐみが好き。…だから、今の関係を壊したくないなって思った。…だからっ」

 

「ごめん。」

 

「……つぐみ?」

 

 

 

事前に蘭の気持ちを聞いていたわけじゃあないが…何となくこうなるだろうとは思っていた。ただ、その後の展開とつぐみの反応は全く予想できない。

今だって、珍しく蘭の言葉を遮るようにして強い語気で言葉を発したわけだし。

 

 

 

「ごめんね蘭ちゃん。…多分、蘭ちゃんならそう言うだろうなって、分かってたの。」

 

「……うん。」

 

「…好きな人、いるんだよね?」

 

「…っ!?」

 

 

 

つぐみの言葉に、握った蘭の手がビクリと強張る。…まじか、皆青春してんなぁ。

 

 

 

「フラれるのはわかってた…けど、理由が欲しいよ。蘭ちゃん。」

 

「……嫌だ。」

 

「…私、多分あの人だなって予想はしてるから、それを確信に変えたいの。…ちゃんと、フラれたいの。」

 

「言いたく…ない。」

 

 

 

見れば蘭の目には涙が。

そんな無理強いすることは無いだろう…とは思いつつも、フラれる側としては納得してフラれたいってのもわからなくはない。

 

 

 

「な、なぁつぐみ?あまり無理に聞き出すのはさ…」

 

「ねえ○○くん。私ね、今すっごく…泣き出したいくらい辛いんだ。…でも、みんなとの絆も関係も壊したくないから、吹っ切って仲良しになりたいから聞きたいの。」

 

「……つぐみ。」

 

 

 

なんてことだ。この場において、俺はひどく無力だ。

愛の形は自由だなどと判った風な口を聞いて蘭をここに連れてきてしまったこと自体が間違いなんじゃないか。俺が余計なことを言わなければ…こんな、こんな皆が傷つくようなことにはならなかったかもしれないのに。

 

 

 

「○○……先に、帰ってて…。」

 

「へ?」

 

「……○○には聞かれたくないから。」

 

「……じゃあ、言うんだな?」

 

「うん…。そうしないと、前には進めないから。」

 

 

 

そういって蘭は頑なに離さなかった俺の手を解放する。…もう行けということなのだろう、言葉はそれ以上続かなかった。

 

 

 

「……じゃあ…俺、行くな?」

 

「…うん、ごめんね○○くん、お構いもできなくて。」

 

「あぁ気にすんな。…じゃあな、蘭。」

 

 

 

部屋の入り口で振り返ると、虚ろな目の蘭と視線が合った。正直このまま置いていくのは不安で仕方がないんだが、俺にはこれしかできないんだ。

……ん。今、蘭の口が動いた気がしたが気づかないふりをしてそのまま部屋を出る。モヤついた気持ちのまま一階に、廊下を通って裏口へ…。

 

 

 

「……「ごめんね」…かぁ。」

 

 

 

**

 

 

 

帰るに帰れず、羽沢珈琲店の裏口横で待つこと一時間弱。扉の開く音と隣に近付く三十六度強の気配。

 

 

 

「……そうか、お前が出てくるのは予想してなかったな。」

 

「…ごめんね、私で。」

 

「……吹っ切れそうか?」

 

「ん…………ちょっとだけ、泣かせてもらっても、いいかな。」

 

「………あぁ、おいで。」

 

 

 

腕の中につぐみの小さな温度を感じつつ、そっと背中を撫でた。

辛い時は枯れるまで泣けばいい。そうして明日からは、またいつもの幼馴染として日々を紡げばいいんだ。

 

 

 

「ごめんね……ごめんねぇ………。」

 

「……………。」

 

 

 

蘭は、大丈夫かなぁ。

 

 

 




入り乱れる関係性。




<今回の設定更新>

○○:遠巻きに見ればハーレムのような一日。
   包容力が凄まじいのかもしれない。
   スキンシップは受身。

蘭:今回はまるでメインヒロイン…?
  芯は通っているが関係性を守りたいが為にそれをぶつける事ができない。
  誰が好きなんだろうね。

巴:パワーがもう…。

つぐみ:意思は強い模様。
    フラれた…のかな?


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2019/12/02 幼馴染その13 - 水面下 -

 

 

 

ヴヴッ、ヴヴッ

 

授業中、必死に眠気と闘いつつも黒板を睨みつけるようにして授業を受ける俺の右腿をバイブレーションが刺激する。どうやらどこぞの馬鹿がチャットでも送り付けている様なんだが、どうも不真面目になりきれない俺はそれを確認しようとはしない。

 

 

 

「くぁぁ……ねみぃ…。」

 

ヴーヴヴッ、ヴーヴヴッ

 

しかし、どうして月曜朝の授業というのはこう眠く怠いものなのだろうか。確かに、昨日の夜中まで友達と盛り上がったのは俺が悪いんだけども…。

とは言え何だこの通知の量は。振動しっぱなしで痒くなってきた。

 

 

 

「……しゃーない、やるかぁ。」

 

 

 

あまりの通知ラッシュに何か緊急の連絡でも…と思い、授業を抜け出すことにした。

 

 

 

「せんせぇ、具合悪いんで保健室行ってきますぅ。」

 

 

 

緊張感の消えた教室を後に、小走りで保健室を目指す。…幸いなことに途中で誰とも遭遇しなかったし、何なら保健室にも誰も居なかった。

折角のチャンスなので、スマホを持ったまま空いている一番奥のベッドへ滑り込みカーテンを閉める。…ようし、これで万全だ。

 

 

 

「ええと…………あいつら、授業中に何やってんだ。」

 

 

 

ディスプレイに表示された新着件数は、モカからが2件、ひまりからは3件、つぐみから2件に巴から6件。…仮にも向こうさんも授業中なはずなんだが、これは一体どういう事なんだ。

苦笑しつつも、一番上に出ていたひまりのチャットから開いていく。

 

 

 

『あのね』

『巴が私と付き合いたいって』

『どうしよう??』

 

 

 

「……。」

 

 

 

どうしようもクソもあるか。ひまりの好きなようにすりゃあいい。

一応建前上は付き合っている事になっている俺に対して、告白されたことを報告するのはまあいい。…でも相手は巴だぞ?知らないやつって訳じゃないんだから、正直ひまりの思うように動いてもらって構わないんだが…。

 

 

 

『一遍付き合ってみたらええやん』

『見聞を広めるのも大事だし、巴の事嫌いじゃないだろ?』

『それに』

『俺は何処へも逃げないから、好きなようにやってごらん』

 

 

 

…ふむ、こんなものでいいか。馴れ初めを考えたらひまり(あいつ)にはもっと相応しい人を見つけてもらわにゃならん訳だし。

爆速で既読がついたのを確認し次へ。…巴か。

 

 

 

『告白しちゃった』

『どうなるかな』

『急に変な事言っちゃったって嫌われないかな』

『あれ?今のアタシもしかしてキモイ?』

『うぁー!わからん!!』

『ラーメン食べたい』

 

 

 

「しらねえよ!!乙女かお前は!!」

 

 

 

思わず声に出しちまった…が、やはりこの部屋には誰も居ないようで、それに驚く者も咎める者も居なかった。

何だあいつは、何処から突っ込めってんだ。あんなに威圧感のあるナリしやがって、こういった事にはてんでダメだな。つか急に腹空かしてんじゃねえよ、野生動物かお前は。……あぁ、言った後で悪いけど、女の子だったか。あれも一応。

ピコン、とひまりから新着の通知が出てきたのを意識外に捉えつつ巴への返信を打つ。

 

 

 

『精々可愛がってやんな』

『背中は押しといた』

『b』

 

 

 

最後の"b"はサムズアップのつもりだ。頼むから離さないで監視していてくれ、巴。

はてさて、先程の新着通知は何だ?…ひまりのチャットを開くと。

 

 

 

『そうだよね』

『でも、〇〇のことはいつでも一番大好きな男の子だと思ってるからね』

『ずっとだよ』

『ずっとずっと愛してるから』

 

 

 

そう思ってるなら巴なんかに靡くなよ…と少しの引っ掛かりは覚えたが、如何せん女の子同士の恋愛というのはよくわからん。男女の恋愛とはまた別物として、深く考えないようにするのが正解なんだろうきっと、うん。

特にひまりに返信することはなく、つぐみのチャットを開く。

 

 

 

『〇〇くん』

『今日の放課後、時間あるかな』

 

 

 

「ぅお」

 

 

 

おっと、つい変な声が。きっと以前の蘭絡みか何か、相談の類だろうとは思うけども何だこれ。たった二つのチャットだというのに滲み出る可愛らしさよ。

…俺、まだつぐみのこと諦めきれてないんかな。チャットに対しての答えは勿論イエス。…考えるまでもなく指先は勝手に想いを綴っていた。

…んでラストはモカ。

 

 

 

『ねーねー』

『授業サボっちゃわなーい?』

 

 

 

唯一どうでもいいチャットだった。モカもあれで真面目に座っていられる性質(タチ)じゃないのか、こうして授業中にチャットを送ってくることは珍しくない。だがしかし、「授業をさぼろう」とはまた新しい角度の攻撃だな。

 

 

 

『いいぞ』

『どこいく?』

 

 

 

乗ってやることにした。

今まで咎めるか受け流すだけだったが、乗った場合のこいつはどう切り返してくるんだろうか。

 

 

 

『今〇〇の学校にいるよー』

『校門~』

 

 

 

………そうきたか。

 

 

 

『だから早く出ておいでぇ』

 

 

 

成程な?仮想デートを決め込もうって腹か。俺もそういった甘酸っぱい体験には少々妄想が働くし、相手してやるとするか。

 

 

 

『おう、お待たせ。』

『待った?』

 

 

 

うむ、無難な入りだがこんなんでいいだろう。

 

 

 

『何言ってるの??』

『早く出てきてってば』

『さーむーいー』

 

 

 

む?

乗ってやったのになんだその態度は。お前が真っ先に現実に戻ってどうする。

そんなモカに送る次の一手は……と思案していると、正にチャットしている相手から通話が。画面に表示されている緑色のボタンを押すと、気だるそうな声が聞こえ始めた。

 

 

 

「ねーねー、まだ出てこないのー?」

 

「…あ?そういう遊びじゃねえの?」

 

「今校門まで来てるんだってばぁ」

 

「……マジの話?」

 

「何だと思ったのー?……さぶぅ。」

 

 

 

実際に声と環境音を聞いて分かった。…コイツ、マジで外に居やがる。

果たして校門に居るのかどうかは定かではないが、少なくとも今現在学校には居ないという事が証明された。…これは確認の価値アリか?

 

 

 

「〇〇もサボるんでしょー。出てきてよー。」

 

「まぁその、なんだ…ちょっと待ってろ。」

 

「はやくねー」

 

 

 

どうやらすんなりとサボる流れにされてしまったらしい俺は、勢いそのままにクラスメイトへチャットを送信し鞄を届けてもらう。

怪訝そうな顔をされたが、勝手に早退することとした。

 

 

 

**

 

 

 

「お前、本気でサボってたんか。」

 

 

 

少し風の強い道をモカと並んで歩く。昼間の学校近辺には歩行者などほぼ居ない。

何故か組まれている右腕だけ温かさを感じつつ、何処へ行くでもなくフラフラしていた。

 

 

 

「だってぇ、皆面白いことになってるからぁ。」

 

「面白い事??」

 

「んふふ、知りたいですかぁー?」

 

 

 

勿体ぶる様に口元に手を当て笑う。隣から覗き込んでくるその表情は相変わらず読み取ることができないが…面白い事、とは?

 

 

 

「みんなってのはきっとあのチャットの事だろう?」

 

「ご名答~」

 

「あいつら急にどうしちゃったんだ??」

 

「んーとねー…簡単なところから行くと、今日のつぐとの待ち合わせ、キャンセルしたほうがいいよぉ。」

 

「…なぜ?」

 

 

 

会わない方がいいという事だろうか。確かにあの蘭の一件以来、つぐみにも蘭にも会ってはいなかった。

ひまりとモカには割と頻繁に会っていたが、裏で一体何が繰り広げられていたというのか。…多分、モカだけは常に把握できているんだろうな。

 

 

 

「女の子にもいろいろあるのだー。…それにね。」

 

「ふむ?」

 

「〇〇みたいなニブチン、今のみんなと関わったらもっとややこしくなると思うんだよなぁ。」

 

「ニブ……それはまた、誰が好きとかそういう話なのか。」

 

「なのだなのだー。」

 

 

 

それであれば深入りするなというのも頷ける。ひまりの件でも勉強になったが、俺は女の子達のそういった気持ちに対して理解が無さすぎる。

結果的にひまりもおかしくさせてしまったし、その影響で幼馴染の輪すら壊れそうになったのだから…もう二度と、繰り返したくはないものだ。ここはモカに従っておこう。

 

 

 

「そか。…ま、何だかんだで全体を見えてるのはお前だけだもんな。今回は言うこと聞くよ。」

 

「およよ?珍しく素直ですなぁ。…いやぁ、関心関心。」

 

 

 

感慨深げに頷く。ばあちゃんみたいだな。

 

 

 

「んで?…今日は何処に行く??」

 

「そうですなぁ……とりあえず、昼間しかやってないケーキバイキングがあるんだけどぉ」

 

「早速食うのか。」

 

「時間もケーキも有限ですからぁ。」

 

「へぇへぇ…お付き合いしますよ。」

 

 

 

ヴヴッ

 

進路を変え、横断歩道を渡らずに角を曲がった時、またしても誰かからのチャットを受信した。モカに断りを入れて腕を解いてもらう。

……おぉ。

 

 

 

「誰からー??」

 

「蘭だ。…随分久しぶりな気もするけど、本当今日は何なんだ…?」

 

 

 

スイッとスワイプでロックを解除し通知が1件分であることを確認、チャット画面を出すとそこには短く、

 

 

 

『会いたいよ』

 

 

 

と。

 

 

 

「……蘭??」

 

「もー、モカちゃんとのデート中にスマホばっかり見るとは、許せませんなぁ」

 

「あっ、わ、わりい。なんだったっけ。」

 

「バイキングが終わっちゃうでしょぉー。」

 

「そうだったな、うん。」

 

 

 

口を尖らすも全く不機嫌そうに見えないモカ。確かに一緒に歩いている時にスマホを弄るのはマナー違反だったと反省し、スマホをポケットに戻す。

手が空くや否や再び右腕を絡め取って歩き出すモカに引き摺られながら、さっきのチャットが頭から離れずにいた。…会いたい、か。

 

 

 

「あっははー、楽しいねぇ。」

 

「まだ歩いてるだけじゃねえか。」

 

「〇〇と二人っきりってのが楽しいのー。…どうせみんなに深入りできないんだし、暫くはモカちゃんと一緒に過ごしたらー?」

 

「えぇ…?」

 

 

 

確かに、5人しかいない幼馴染の内3人に接近禁止が出ているなら残るはモカと蘭だけだし、蘭はあまりべったり過ごすタイプじゃねえし…。

それはそれで、楽しいもんなのかもしれない。財布と胃袋は死にそうだが。

 

 

 

「まぁ、それもいいか。」

 

「いえーい、〇〇はモカちゃんのものだぁー。」

 

「人を物扱いするんじゃないよ。」

 

「〇〇独占期間、はじまりはじまり~。」

 

 

 

あぁ、後でつぐみに断りの連絡入れとかないと。

あと、蘭にも返事を…。

 

 

 

 

 

…あ、モカって不思議ないい匂いするんだな。

 

 

 




今回は静かな前振りということで。




<今回の設定更新>

○○:大体コイツのせい…なのだが、一見学習しているようでしてない、
   そんなポンコツっぷり。
   結局誰の事が好きなんだこいつは。

モカ:謎が多い。他の幼馴染達がゲームの駒だとしたら、モカだけは審判ポジション。
   プレイヤーよりも高位なイメージである。
   よく食べて可愛い。

ひまり:あれだけ騒いだ挙句巴からの告白一つで揺らいだ模様。
    …軽い?

巴:ソイヤッ!ラッシャイ!セイヤッハァッ!

つぐみ:狙いか、はたまた本心が揺れているのか。

蘭:どうした。


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2019/12/12 幼馴染その14 - 暗躍 -

 

 

 

暇だ。

明日も平日なので当然やるべき課題や予習や復習や…色々やること自体はあるんだが、ひまりが遊びに来なくなってしまった今、独りの夜というのは成程暇な物らしい。

 

 

 

「ううむ…鬱陶しいあいつも役には立っていたって事か…。」

 

 

 

まず思い浮かぶのはあの無駄に発育の良い、一番近い幼馴染。呼んでも居ねえのに毎日の様に来やがって…彼氏できたらすーぐこれだ。

このまま一人でゴロゴロしていても余計な事ばかり考えてしまいそうなので、知り合いにチャットを送信して回る作業に入る。

…まずは…ここ最近何となく接しづらくて放置している蘭。話し初めの言葉すら分からなくなって、随分遡ってみたりもしたが…結局昔の俺の様にしてみた。

 

 

 

『よう』

 

 

 

たった一言だけど、それがいつもの俺と蘭の始まり。ここにやや遅れるようにして返信が付くのだ。

 

 

 

『なに』

 

 

 

後はもう流れに身を任せるのみだ。

 

 

 

『べつに』

 

 

『変なの』

 

 

『何してた?』

 

 

『何も』

 

 

『そか』

 

 

『○○は?』

 

 

『暇してた』

 

 

『そう』

『いつも通りだね』

 

 

 

お互い即答とは言えない間隔で、小さな言葉を送り合う。これはまさにいつも通り、幾度となく繰り返してきた日常ってやつだ。

そしてここからは非日常が始まる。俺にとっては小さな疑問だが、蘭にとっては大きな問題かもしれないし……ん?

手元のスマホがバイブレーションを用いて何かの受信を通知する。蘭とのトーク画面は開きっぱなしだから、通知が来るとしたらバックグラウンドの……モカぁ?

モカからのチャットとは珍しい。まぁ、最近何だかんだで一緒に過ごすことも増えたが、また何とも絶妙なタイミングだ。蘭への返信を一旦保留にしてモカからの連絡内容を確認する。

 

 

 

『やーやー』

 

 

 

…これだけ?まぁ適当に返しておけばいいか。

 

 

 

『今、蘭とチャットしてたりするー?』

 

 

 

思わず変な声が出そうになった。唐突なチャットにしては的確過ぎる。

…あぁでも、蘭と一緒に居たりするんだろうか?そして揶揄っているとか…それなら返信する相手は蘭の方がいいな。

 

 

 

『お前、今モカと一緒にいんの?』

 

 

 

相変わらずの速さで既読がつき、蘭にしては珍しく即行で届く返信。

 

 

 

『家で一人だけど』

『何かあったの?』

 

 

 

ふむ…蘭は冗談を言うような奴でもないし、何も知らないんだろう。となると、やはり訊く先はモカになりそうだ。

 

 

 

『どうしてそう思った?』

 

 

『ふっふっふー』

『○○のことはお見通しなのだー』

 

 

 

特に何もなさそうだな。なら放っといていいや。

 

 

 

『そうかい』

 

 

『で、どうなのー』

 

 

『正解だ』

『ちょうどチャットしてたとこ』

 

 

 

既読は早い。今の子ってみんなそうなのかな。…や、同い年の俺が言うのもアレだが…。

モカのメッセージが止まったことを確認して、蘭とのチャットに戻る。

 

 

 

『いや、特には』

 

 

『変なの』

 

 

『ところでさ、前に会いたいって言ってたろ』

 

 

『あぁ』

 

 

『何かあったんか?』

 

 

『それは』

 

 

 

ヴヴッ

 

またしても震えるスマホ。少し間は空いたが再度モカから何かを受信したようだ。

開いてみると

 

 

 

『今は関わるなって言ったよね』

『どうして言う事聞けないの』

『今はモカちゃんと居たらいいって言ったよね』

『どうして?』

 

 

 

連投だった。それに口調も少しキツイ。

周囲から見たら普段のモカの喋り方の方が引っ掛かるんだろうが、身内にしてみたらこっちの方が怖い。あのモカが普通に喋るなんて。

 

 

 

「…怒ってんのかな。…でも一人称はモカちゃんなんだな…。」

 

 

 

どうしよう、蘭への質問よりモカの状態の方が気になってきちまった。何をそんなに怒っているのか、果たして本当に怒っているのか。結局のところなぜ関わってはいけないのか…訊くことは山積みなんだ。

取り敢えずは話が必要だ…会話会話、と…。

 

 

 

『暇だったからさ』

『つい、蘭にチャット送っちまったんだ』

 

 

『へー』

『暇ならモカちゃんに送ればいいでしょ』

 

 

『お前忙しそうだろ』

 

 

『蘭と同じくらいには暇だよ』

 

 

『ほー』

 

 

『それでも蘭を選んだってことは』

『何、好きなの?蘭のこと』

 

 

 

妙な流れになってきた。好きとか嫌いとか、そんなの今はどうでもいいだろうに。

 

 

 

『まぁ嫌いじゃないな』

『うん』

 

 

『そういうのいいから』

『好きか嫌いかで答えて』

 

 

『うーん、どっちかか』

『好きだな』

 

 

 

俺の頭の中に"誰かを嫌う"という選択肢は無い。今回のだって、別に嫌いじゃないってだけなんだから、嫌いじゃない方を選んだだけなんだ。

 

 

 

『付き合うとかそういう?』

 

 

『それはわからんな』

『今のところはそういう風に見てないぞ』

 

 

『それはよかった』

 

 

 

…よかった?

 

 

 

『ねーねー○○』

『暇だから遊びに行ってもいーい?』

 

 

 

これまた唐突だな…。

とは言え暇を持て余す俺には願ったり叶ったりの提案だった。大方適当に喋るだけ喋って解散の流れだろうが、時間が潰せるならこの際何だっていい。

ものの数秒でOKの返事をし、部屋の片づけを始める俺の頭には、「蘭と会話途中だったこと」「そもそもの蘭の気になる言動」そのどちらもがもう残っていなかったのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「うぉりゃー。」

 

「うぉ!?…入って来るなりいきなりダイブかよ。」

 

「んふははは、ふっかふかだぁー」

 

 

 

十分と経たずに俺の部屋まで駆け上がってきたモカ。上着も帽子も脱がずに俺のベッドへダイブし、その感触を楽しむ。

丁度片付けやら掃除やらが終わったタイミングだったので退屈せず、かと言って急くことも無いナイスな来訪だったと言える。

 

 

 

「せめて上着は脱げよ。ほれ。」

 

「あー、モカちゃんのスカチャン…」

 

「スカジャンだろ…。」

 

 

 

上着を回収し皺を防ぐためにハンガーへ。本人はまだ楽しそうにベッドで燥いでいるが…結局何しに来たんだこいつ?

 

 

 

「いやぁ、ひーちゃんが入り浸ってた部屋だけど、毎日なにやってたのかなぁってー。」

 

「暇を極めてんなお前…。」

 

「うちでごろごろするよりは有意義だと思ってぇー。」

 

「ふーん。」

 

「ねーねー、ひーちゃんはいっつも何してたのー?」

 

「えー…っと。」

 

 

 

あいつは確か、毎日自宅でも出来ることをやりに来ていた気がするな。食後のダラダラタイムをただ俺の部屋で過ごしていただけというか、まるでここが自分の部屋であるかのように過ごしていたというか。

要は、太々しいやつなんだ。

 

 

 

「何…もしてなかった、かな。」

 

「おやおやぁ?哲学ですなぁ。」

 

「要は好きに寛いでたってこったよ。」

 

「あーはーはー、なるほどなるほどー。…じゃあモカちゃんもだらだらしまぁす。」

 

「どうぞどうぞ。」

 

 

 

放っておいていいなら是非そうしてくれ。俺としては適度に会話さえ交わしてくれたらそれでいいのだから。

…と思ったのだが、ベッドからぬるりと垂れ落ちるように降りてきたモカは匍匐前進の要領で俺のかく胡坐の上へ。

 

 

 

「両膝借りまぁす。」

 

「えっ」

 

 

 

両手には最近買ったばかりのラノベ。まさかそれをここで…?

 

 

 

「読み終わるまでどかないよぉーだ。」

 

「おいふざけんなひま…ッ」

 

「ふふふ…図らずともひーちゃんと同じことをやってしまったそうですなぁ。」

 

「くっ…!」

 

 

 

そうだよ。あいつもよく俺を枕かなんかだと思って下敷きにするんだよ。本を読むときもスマホで動画を見る時も、必ず体の何処かは敷かれていた気がする。

その状況の酷似具合に思わずひまりの名を呼びそうになったのも恥ずかしいし、ニヨニヨと笑みを浮かべるモカも憎たらしい。

 

 

 

「あはははは。また随分えっちなのを買いましたなぁ。」

 

「うるせぇ!」

 

 

 

結局、そこから三時間ほどモカの"喋るクッション"としての任務を全うした。…モカが帰ったのは日付が変わってから。

その後、思い出したようにスマホを見てみると、あの後蘭から届いたと思われる二十件あまりのチャットが全て取り消されているのを見つけた。

くそ、流石に放置は怒らせちまったか…。今度会った時には機嫌を挽回しないと…と、ある種次への希望を抱きながら、眠気に任せて布団に潜り込むのだった。

 

 

 




ひまりちゃんは遠くの方でソイヤしてました。




<今回の設定更新>

○○:鈍いなんてレベルじゃない。
   もう滅べ。

モカ:すべてを見渡せる賢さと常に冷静で100%の頭脳を稼働させられるのが強み。
   何を計画しているかは…。

蘭:可哀想。

ひまり:ソイヤ中


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2019/12/23 幼馴染その15 - 孤独釣り -

 

 

 

あれ以来、蘭へのチャットに返信は無い。送っても送っても、既読すらつかずにスルーなのだ。

…何時間か返信しなかっただけでそこまで怒ることもないと思うが、如何せん相手はあの蘭だ。そもそも最近までお互い原因のわからないギスギス感から距離を取っていたんだし、また何か深読みして誤解しているというパターンは十二分に考えうる。

 

 

 

「くそ…クリスマスも近いってのに。」

 

 

 

そう。目前に迫るはクリスマス。去年までは幼馴染全員で集まっていたが、現状を鑑みるに今年は有り得ないだろう。百合百合カップルは最近いい感じらしく、隣の家にいるひまりが絡んでくることはすっかりゼロになったし…蘭はこんな状況だし。

つぐみとは何もないはずなんだけど、何故かモカに止められるんだよな。確かに、「鈍い○○は下手に首突っ込まないほうがいい」って言われると何も言い返せないくらい、俺はあいつらのこと分かってないんだけどさ。

 

 

 

「…まぁ、イベントくらいはいいか。」

 

 

 

それでも、俗に言う"クリぼっち"は嫌だった。今までは幼馴染がいると思って楽観していたが、いざ一人で迎えるとなると怖すぎる。何が聖夜だ。

どうせ今も部屋で一人、時間を潰す手段もなくなってきたのでつぐみにチャットを飛ばしてみることにした。

 

 

 

「『今暇か?』っと…」

 

 

 

送信ボタンを押した直後、ピコンとモカからのチャットが。

嫌な予感がしつつもアイコンをタップすると…

 

 

 

『今から遊びに行ってもいい?』

 

 

 

何つータイミングだ。人が折角クリぼっち脱出計画に向けて大いなる一歩を踏み出したところだというのに。

 

 

 

『だめだ』

 

 

 

神速の如き指捌きで返信する。と、ノーウェイトで返信が。

 

 

 

『つぐに何か用事?』

 

 

 

何故知っている。

 

 

 

『なんで?』

 

『チャット送ったでしょ』

 

『何で知ってんの』

 

 

 

暫しの沈黙。一体どういう状況なんだこれ。

 

 

 

『つぐが隣にいるからね』

 

 

 

………あぁ。何ともタイミングの悪い…。

となると、幼馴染愛の強いつぐみからの返信も期待できそうにないし、モカが傍に居ない時間を狙って誘いをかけてみるしか…

 

 

 

『首突っ込むなって言ったよね』

『忘れちゃったのかな』

 

 

 

「怖っ。」

 

 

 

思い返してみりゃモカ(こいつ)は昔からそうだ。約束だの言いつけだの、そういった"誓約"絡みの事にはまるで厳しすぎる。少しでも逸れよう物ならこのザマ、恐ろしい程に全力で抑え付けに来るのだ。

こういう時は下手に足掻かず素直に従っておくのが英断…いやしかし、それじゃあ立派なぼっちくんに…。

 

 

 

『聞いてる?』

『既読ついてるよー』

『おーい』

 

 

 

連投が早い。ひょえー。

もう少し様子を見てみることにする。

 

 

 

『ねえ』

『ねーえ』

『あのねえ』

『つぐも返事したほうがいいって言ってるよ』

『○○ー』

 

 

 

つぐみの名前出しときゃ釣られると思いよって…バカめ、俺はそんなちょろいやつじゃ

 

 

 

『ちゃんと返事できるいい子にはつぐの写真あげちゃうんだけどなぁ』

 

『わりいトイレ行ってたわ』

 

 

 

………神様、ボクは犬です。

つい即答してしまったが、それは同時にクリスマスの一人ぼっちを受け入れるということで…

 

 

 

『うんうん』

『いい子だねぇ』

 

『なぁ』

 

『なあにー』

 

『クリスマス一緒に過ごさないか』

 

 

 

そうだ。コイツがいたじゃないか。

…いやもう正直一人じゃなきゃ誰でもいいや。モカは色々面倒くさいやつだが一人よりはマシだろ…

 

 

 

『クリスマスはつぐと過ごすからねー』

『二人とも忙しいのだよー』

 

 

 

「………………。」

 

 

 

『つぐみの写真くれ』

 

『おっけー』

 

 

 

人生初の独りきりで過ごすクリスマス。ホントに、何が聖夜だよど畜生め。

 

 

 

**

 

 

 

結局今日の戦果は、スマホにダウンロードした『ネズミの着ぐるみパジャマですやすや眠るつぐみ』の全身像とバストアップだった。

 

 

 

「これはこれで中々……」

 

 

 

おっと涎が。

 

 

 




クリぼっちは、切ない。




<今回の設定更新>

○○:馬鹿。権力には逆らえないみたい。
   つぐみフォルダが最近1TBを突破したそうで。
   …幸せそうでいいなぁオイ!

モカ:流れを掴んでいる方。
   彼女の手によって、確実に、物語は終わりに近づいている。


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【瀬田薫】瀬田薫単独公演 - 儚 - 2019/07/06 瀬田薫劇場 -壱幕-

 

 

 

「おい、おい、なんだお前、そんなだったか?」

 

「ふふ…お邪魔しているよ、○○。」

 

 

 

久々に会ったそいつは前とは随分違っていて。

いやもう変わったどころの騒ぎじゃない程、別人になっていた。

 

 

 

「色々聞きたいことはある。

 まず、中学以来の筈なのに何故家がわかった?あと、どうやって入った?

 そして、くっついてきたそいつらは誰だ。…いや、それよりも、お前誰やねん。」

 

 

 

目の前にいる紫髪の背の高い…俺が知ってるあいつなら女。

と、取り巻きのように後ろにくっついている黒髪のキャップを被った子と水色の髪のオロオロした子。

この3人が当然のようにお邪魔してきたのだからそりゃ驚くのだろう。

うん、誰ひとり知らない。

先頭の紫だけ、自己紹介を聞いて元同級生を思い浮かべこそしたけど…こんなんじゃなかったと。思う。んだけど。

 

 

 

「ん?さっきも自己紹介したと思ったが…私は、薫。瀬田薫、さ。

 覚えているだろう?…ほら、中学生の時、よく遊んでいたじゃないか。」

 

「覚えているから今驚いてるんじゃねえかよ…。」

 

「うーん。言っている意味がよくわからないが、私は私。昔も今も変わらず、只一人のエンターテイナーさ。」

 

「エンターテイナーかどうかは知らんけど。

 薫…とは呼んだことなかったな。瀬田、喋り方も雰囲気も変わりすぎだろ。」

 

 

 

俺の記憶にあった瀬田は、もうちょっと大人しめで控えめな。

そうだ、もうちょっと女の子女の子した感じの奴だった。

今目の前にいるのは真逆の、俺の苦手そうなやつだった。

 

 

 

「…薫さん、一体どんな子だったの。」

 

「普通の、何処にでもいる純情可憐な女の子さ。」

 

「ふぇぇ…今の薫さんからじゃ全く想像できないよ…。」

 

 

 

あぁ、取り巻きも知らないのか。

ホントに、一体何があった。瀬田。

 

 

 

「…で。ほかの質問は?」

 

「あぁ、そうだったね。

 …ずっと、君を探していてね。ある関係筋の方に、家を調べてもらった。

 部屋に入れたのも、その方が鍵を用意してくれたからさ。」

 

「いやそれまずいんじゃねえの。」

 

 

 

関係筋?なんの筋だよ。

少なくとも人としては筋通ってねえぞそれ。

 

 

 

「まずくなんかないさ。うら若き恋する乙女が、愛しの王子様に会いに来ただけ…違うかい?」

 

「違うだろ。美化してんじゃねえよノッポ。」

 

「うーん、辛辣だね…。」

 

「ねー、薫さん。やっぱ迷惑そうだし、帰ったほうがいいんじゃないの?」

 

「後ろの黒いの、君は分かってんなぁ。」

 

「黒いのって…髪色で呼ぶのやめない?

 あたし、美咲っていうんだ。だから、せめて名前で呼んで。」

 

「んん。じゃあ美咲。」

 

「そっちのふわふわしたおねーさんは?」

 

「ふぇ!?わ、わわ、私は、松原…花音っていいます。

 お好きに呼んでいただいて、結構です…。」

 

「そうか…。松原、何でそんなに慌ててんの?会話苦手?」

 

「ぇ、だってその…男の子とちゃんと話すの…初めてだったから…。ふ、ふぇぇ…。」

 

 

 

なんとも頓珍漢な連中を連れてきたものだ。

まぁ筆頭が一番よく分からないことになっちゃってるんだが。

 

 

 

「で?…まさか本当に俺が好きで追ってきたわけじゃねえんだろ?

 何しに来た。」

 

「ふふ…なぁに、ただ、今の君の顔が見てみたかっただけさ。

 君も久しぶりに私に会えて、なかなかに素敵な時間を」

 

「過ごせるかアホ。

 …まぁ、そちらの二人のおねーさんについては眼福モノだけどよ。」

 

「…え、キモ。」

 

「んじゃ美咲は除外して…」

 

「キモ。」

 

「どっちにしろかよ。」

 

「ふぇ、ふぇぇ、喧嘩はダメだよ…。」

 

「あぁ…松原、君はなんかいいな。癒しって感じだ。」

 

「ふぇぇ!?や、やめてよぅ…。恥ずかしい…。」

 

「うーん、ホント、君だけは会えてラッキーって感じだ。」

 

「むっ?そういうところは感心しないなぁ○○。私というものがありながら、花音に手を出すというのかい。」

 

 

 

出してねえだろ。

お前というものもねえよ。

 

 

 

「…ホントにお前はどうしちゃったんだ。

 あの頃はもうちょっと可愛い感じの子だったじゃないか。

 …今はなんつーか、お前の方がよっぽど王子様だぞ。」

 

「この私は、嫌いかい?」

 

「うん。ぶっちゃけキモい。」

 

 

 

"キモ"の部分は美咲を真似してやった。

…めっちゃ睨まれてる。

 

 

 

「あんま熱い視線送んなよ美咲。惚れてるのがバレバレだぞ。」

 

「死ね。」

 

「すげえラブコールだ。」

 

「ふぇぇ…。」

 

「美咲にまで…本当に見境がないな君は…。」

 

「お前はまずそのキャラ何とかしろ。」

 

「ふむ…。私のキャラクターか…。

 確かに、取り付く島もないとはこのことだ。まずはそのキャラクター問題をどうにかしてみようか。」

 

「最初に気づくだろそれ。」

 

「…わかった。それじゃあ、次に来る時までに何とかしてみよう。

 楽しみに待っていてくれ。」

 

「あぁ、そうしてくれ…。

 いや待て。次があんのか。」

 

「ぬ?勿論、家が分かって鍵も手に入ったんだ。

 これからも来るぞ私は。覚悟を決めておくといい。」

 

 

 

お前はどこの使者だ。

来んなよ。

入ってきた時と同じように、それが自然であるかのように帰ろうとする瀬田。

 

 

 

「いや来んなよ。来なくていい。

 …松原だけでいい。」

 

「ふぇ!?」

 

「どのみち花音さん一人じゃここまで来られないでしょ。」

 

「そ、そうだった…。」

 

「それじゃ、次を楽しみにしていてくれ。○○。」

 

「話聞けよ。」

 

 

 

都合の悪いことは全てスルーした上で玄関を出て行く一行。

と思いきや瀬田だけ戻ってきた。

 

 

 

「いいかい○○。かのシェイクスピア曰く、「失敗は成功の元、料理には味の素」さ。

 …つまり、そういうことさ。」

 

 

 

キィ......バタン

 

 

 

い…意味わかんねぇ……!

 

 

 




つまり、そういうことさ。





<今回の設定>

○○:主人公。
   中学の時同級生だったという理由だけで強制的に観劇させられる被害者。
   現在高3。第一印象は花音の可愛さにドン嵌まり。美咲も悪くないといった感じ。

薫:天災。
  主人公に振り向いて欲しくてこんな感じになっちゃいました。

花音:可愛い。

美咲:強い。


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2019/07/16 瀬田薫劇場 -弐幕-

 

 

 

「なぁ、お前シェイクスピア知らないだろ。」

 

 

 

目の前で大袈裟な動きと共にウザったい口調で話す元同級生。

そいつの口癖か、頻繁に槍玉に挙げられるシェイクスピア。時代的に死体蹴りもいいところだ。

 

 

 

「ん?知っているともさ。」

 

「…簡単に説明してみ。」

 

「そうだね…。彼女達は、本当に素晴らしい、偉大な偉人だったよ。

 様々な…言葉とか、そういう伝説的なもの?を残した。」

 

「ぐっちゃぐちゃじゃねえか。」

 

 

 

どこから突っ込めばいいやら…。

これを真顔で言ってのけるのだから、やっぱりコイツは俺の記憶にある瀬田とは違う人間のようだが。

 

 

 

「まず、シェイクスピアって男だからな。」

 

「ふふ、偉大な芸術を前にして、男も女も関係ないということさ。」

 

「あと、複数形で言ってたけど一人だぞ。」

 

 

 

シェイクスピアってグループはねえだろ…。

一族をグループ扱いしてんのか?

 

 

 

「そういうこともあるだろうね。あるだろうさ。」

 

「雑。」

 

「…………。」

 

「………今日は、一人なのか?」

 

「……駄目かい?」

 

「つまんねえ。」

 

「……ッ!」

 

 

 

あ、ショック受けてる。

だってよ、松原も美咲も来ないんだぜ。目の保養云々もそうだが、話のアクセントもねぇ。

 

 

 

「取り敢えず座れば?」

 

「あぁ、そうさせてもらうよ。すまないね。」

 

「今日何度目だそれ…。

 喋る度に立ち上がるのやめたら?」

 

「ふふぅ、それでは小さな演技しかできないだろう?

 体を大きく、動きにメリハリをつけることが、演技の基本だよ。」

 

「お前ほんとに何しに来てんの。」

 

 

 

演技するなら演劇部にでも行ってろ。俺は別に見たくもなんともない。

 

 

 

「つーかさ。お前ひとりなんだったら、尚更昔の、素の状態出してもいいんじゃねえか?」

 

「えっ」

 

「なんだその意外そうな顔は。」

 

「あの頃の私の方が、君にとっては需要があったということかい?」

 

「需要ってか、それが普通だと思ってるからよ。

 今は正直、瀬田かどうかも怪しんで喋ってるくらいだ。」

 

「ふむ……。」

 

 

 

顎に手をやり思考中っといったところか。

違和感さえなければ、確かに様になる見た目ではあるのだろう。

 

 

 

「じゃあ、今日だけ。」

 

「…あ?」

 

「えっと…〇〇…くん。」

 

「………。おい何だその三文芝居は。」

 

「ふ、ふふん…。恥ずかしすぎて無理だということだ。」

 

「逃げるのか演技馬鹿。」

 

「し、シェイクスピア曰く」

 

「会話から逃げるな。」

 

「ふぇぇ…。」

 

「モノマネも禁止。」

 

「……今日は、お暇するかな。」

 

 

 

追い込み過ぎたのか。

真っ青な顔になり尋常じゃない量の汗が見える瀬田。ここはサウナか何かか。

フラフラと玄関へ向かうが、…倒れないか心配だな。

 

 

 

「あでゅー、〇〇。

 きっとまた、鍛錬の成果を見せに来るよ。」

 

「…松原も一緒に呼んでくれ。」

 

「〇〇…君は全く…。」

 

 

 

そのまま出て行ってしまわれた。

 

 

 

「いや、もう来なくていいから…。」

 

 

 

誰に向かってでもなく呟いた。

 

 

 




何気に薫くんに真っ向から立ち向かえる人って少ないですよね。




<今回の設定更新>

〇〇:嫌悪感が前面に出てきて凄い。

薫:素を出すのが寧ろ恥ずかしいという演者あるある状態。


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2019/08/06 瀬田薫劇場 -参幕-

 

 

 

「…で、瀬田は?」

 

「あ、それ訊いちゃいます?早く会いたいです?いろいろ期待しちゃってます?」

 

「あれ、美咲ってそういう感じだったっけ。」

 

「なんです?」

 

「えっとな、言いづらいんだけどな、うざい。」

 

「あはぁー!言っちゃってるなぁ!」

 

 

 

今日は凄い。

学校から帰ってきたら家の前で出待ちしてやがった。

そりゃそうだよな。うちは共働きだ。…こんな時間に来ても誰もいねえよ。

…鍵が開いていたのはちょっと気になったがな。

 

それよりももっと気になったのは瀬田だ。

…スカートを穿いていた。

一瞬ちょっと懐かしい気分になりかけたが、隣で美咲が笑いを堪えているのが気になってそれどころじゃなかった。

で、頑張って美咲をスルーしつつ瀬田に話しかけたのだが、顔を真っ赤にして走り去ってしまった。

お前、今までもっと恥ずかしい奴だったからな。今更だぞ。

 

そのままって訳にもいかないので、取り敢えず三人とも家には上げたが…

 

 

 

「ね、ねえ、薫さん??こっちにきて、一緒にお話しようよ…」

 

「い、いや…だ。」

 

「ふ、ふえぇ…!」

 

 

 

……………。

部屋に連れてきて以来ずっとこんな感じだ。

なんだい松原、その鳴き声は。

 

 

 

「で、瀬田は何をそんなに恥ずかしがってんの?

 スカートなんか昔普通に穿いてたろ。制服とかさ。」

 

「だ、だって………しばらく、カッコイイ路線走ってたからぁ…」

 

「お前、あれ格好いいと思ってたんか。引くわ。」

 

「ブフッ!!」

 

「お前は笑いすぎな。」

 

「学校の女の子たちには…大ウケだもん…」

 

「大ウケてお前…自分で言うかね。」

 

 

 

あと、その机の影から半分だけ顔出すのやめろ。

顔が中性的に整いすぎてて、可愛らしさとか感じられねえんだよなぁ…。

そういうのは松原のポジションだと思うぞ。

 

 

 

「ふ、ふえぇ…○○くん、全部口に出てるよぉ…。」

 

「まじか、わざとだわ。」

 

 

 

机の影で瀬田が固まっている。そんなにショックかえ?

 

 

 

「私…可愛くない……」

 

「ンーーーッ!!ンーーッ!!」

 

「美咲、笑うなら笑え。顔真っ赤だぞ。」

 

「み、美咲ちゃぁん…」

 

「瀬田、いいからこっちこい。

 可愛かろうと可愛くなかろうと、話難いやつは勘弁だ。」

 

「ぅ…………。」

 

 

 

すすすすすすっと。

膝を擦り擦り、お話フィールドに入ってくる。

ふむ、最初こそ違和感あったけど別に変じゃねえなスカート。

腿の途中までの短いやつに、ニーソックスが相まって素敵な絶対領域が…。

 

 

 

「…お邪魔します。」

 

「おう、いらっしゃい。」

 

「……はずかしいっ。」

 

 

 

目をギュッと瞑り顔を逸らす瀬田。大丈夫か今の逸らし方。首痛めそうな勢いだったぞ。

つかお前…耳まで真っ赤じゃねえか。

 

 

 

「何がそんなに恥ずかしいんだ?…昔みたいに接したらいいだけじゃんかよ。」

 

「だって!私こんな格好だし!喋り方だって、久しぶりで違和感あるし…」

 

「俺は今までの方が違和感たっぷりだったぞ。

 …ちょっと立ってみ?」

 

「たっ……なんで?」

 

「いいから。」

 

 

 

もじもじしながら立ち上がる瀬田。ぉお…こりゃすげえ。

スラッて擬音が文字で見えたぞ。オノマトペだオノマトペ。

 

 

 

「お、オノマトペ…ククッ」

 

「お前ずっと笑ってんな。可愛いかよ。」

 

「…立ったけど。何。」

 

「おぉ、すまん。つい美咲弄っちまった。

 …うん、やっぱいいじゃんスカートも。モデルみたいだぞ。」

 

「ぁ…!おのまとぺって、可愛いキャラクターの名前みたいだね!!」

 

「お前はなんつータイミングでぶっ込んでくるんだ。可愛いな松原。」

 

 

 

小野真斗辺…。厳つくね?

あぁ、小野まとぺ。…うん、平仮名だと可愛らしい響きだな。きっと、ちょっと憎めないタイプの子だ。

 

何の話だ。

 

 

 

「も、モデル…!?」

 

「…なんだ、照れてるのか。」

 

「だ、だって…そんなこと言われたことなかったから…はずかしいっ」

 

「瀬田の恥ずかしがり方、癖が強ぇな。跳ねるな語尾。」

 

「ねね、○○。」

 

「あん?」

 

「このスカートいいセンスでしょ?これあたしの。」

 

「…じゃあ美咲(お前)が穿いて見せてくれりゃあいいじゃんか。」

 

「はぁ?見たいの?キモ。」

 

 

 

…振り返ってみたら丁寧な振り方だったわ。

入りこそ違和感あったけど。そういや初めて名前呼ばれた。

 

 

 

「そ、そうだよね…私なんかより、美咲が穿いた方が可愛いし、○○も見てて幸せだよね…。」

 

 

 

そっちはそっちで分かりやすく凹むなよめんどくせえな。

 

 

 

「あー…あのさ。

 可愛いとか可愛くないとか、人の評価ってそれだけじゃないじゃん?」

 

「…え?」

 

「何故そこだけの評価に拘ってるか分かんないんだけどさ。

 別に瀬田は可愛くなくてもいいんじゃね?…あ、別に貶してる訳じゃなくてな。」

 

「???よくわかんない。」

 

「薫さんって、ホントそういうとこアレだよね。」

 

「み、美咲ちゃんっ!!」

 

「俺は…あぁ、飽く迄俺の主観だけど。

 俺は、瀬田は可愛い系よりも綺麗系だと思うんだよな。」

 

「綺麗…?」

 

「美人っつったら伝わるか??それこそ、女の子が憧れる一つの形だと思うがね。

 …瀬田はそこに属するんだと思う。」

 

 

 

背も高いしスタイルもいいし。

…あの変な瀬田で居る間だって、所作一つ一つは艶があるというか、色気があるというか。

結構魅了される部分多いんだぞ。まぁ中学の頃はそんな印象無かったし、本人的にも否定したいのかもしれんがな。

 

 

 

「○○、くん?また、全部声に出てるよぅ…ふえぇ…」

 

「いいんだ。わざとだ。」

 

「ッ…!!」

 

 

 

息を呑みつつも何やら考え込んでいる瀬田。

ほら、その顎に手を当てている様子だって素敵なもんだぞ。無意識だろうけど。

 

 

 

「…可愛くなきゃ、いけないのかと思った。」

 

「は?」

 

「はー…見慣れたら飽きてきちゃった。」

 

「み、美咲ちゃんっ!!人のお家で寝ちゃダメだよぅ…」

 

「だって、女の子って、可愛いもんでしょ?」

 

「…そうとは限らねえだろ。」

 

「そう、なんだね…可愛くなくてもいいんだ…。」

 

「俺は、そう思うがな。」

 

 

 

…頭硬いんだな。

考えてみりゃ、昔からこんな奴だったかもしれない。

融通も効かない、ルールと常識とマナーが口癖のような…。

 

 

 

「…ふっ。それなら、やはり今までどおりの私でいいということかな?」

 

「…あぁ?」

 

「可愛らしくなくて良い…。要するに自然体。無理をせず、ありのままの私で居ることが最善だということだろう?」

 

 

 

…始まった。

何も響いてねえこいつ!!

 

 

 

「ふふっ、有難う○○。君のお陰で迷いは晴れた。

 …あぁ!なんて清々しい気分だ!!無意識に抱え込んでいたものが一遍に解消された気分だ!」

 

「…まんまじゃねえか…。」

 

 

 

違う、突っ込みたいわけじゃない。

もっとこう根本的な…。

 

 

 

「どうしたんだい○○、そんなに難しそうな顔をして…。

 …私の魅力に溺れている、そういうことかな?…うぅん、我ながら素晴らしく詩的な表現だ。」

 

「ばっ…!そんなんじゃねえよ!

 …俺が言いたかったのはだなぁ…」

 

 

 

こら、外野二人。急に黙り込むんじゃない。

こいつの暴走を止めてくれ。

 

 

 

「いいんだ、隠すことは無い。…私はどんな汚れた欲望も受け止めてみせよう。

 そう、ヤコポ・ペーリ曰く「かくれんぼは、お尻を出したもん勝ち」だ。つまり、そういうこ」

 

「帰れ!!」

 

 

 

誰がそんなものお前にぶつけるか!!

そして誰だ!お前らもでんぐり返しでバイバイしやがれ!!

 

 

 

「…さ、薫さん。今日もやることやったし帰りますか。」

 

「あぁ、また次来るまでにもっと磨きをかけておこう。」

 

「…ふぇ!?ふぇぇ!?」

 

「はい、花音さん。可愛らしさ稼がない。いくよ。」

 

「そ、そんなつもりないのにぃ…」

 

「……儚い。」

 

 

 

キィ……ガチャン

 

 

 

「…あいつら、帰るときはえらく手際いいんだよな。」

 

 

 

…あー。

真面目に語った俺が馬鹿みたいだ。

 

 

 

 




薫さんには叶いません。




<今回の設定更新>

○○:たまにはいいこと言う。薫が来るのが少し楽しみになってきた。

薫:果たして今回の様子は台本か・本心か。

花音:抱きしめたい。

美咲:実はこっそり主人公と連絡先を交換してます。


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2019/08/24 瀬田薫劇場 -肆幕-

 

 

 

「あのさぁ、いい加減アポ無しで来るのやめない?」

 

 

 

ほんの少しいつもより忙しい土曜の夜。

よりにもよって、一番対応がめんどくさい連中が来やがった。しかも何やら知らない顔と有名な顔を連れて。

 

 

 

「ふふん、照れ隠しかい?愛い…愛いよ○○。」

 

「話聞けよ、つかどうやって親を突破した?」

 

「あぁ、それはね。…千聖。」

 

 

 

名前を呼ばれ、不機嫌そうに後ろで控えていた金髪が視線を向けてくる。

 

 

 

「私を巻き込んだのがそういう目的だったとはね。

 ○○、私を覚えてる?」

 

「……詐欺師のチサトか。こりゃまた懐かしい顔を連れてきたな。」

 

「…当時からその呼び方するの貴方達だけだからね。」

 

 

 

どうやら、現在すっかり有名人になったかつての同級生を巻き込むことで、両親を買収したらしい。

そりゃ芸能人が同級生を訪ねてきたっつったら常識外の時間でも通すか。…いや通すなよ。

 

 

 

「で?そっちのエラく露出激しいあんたは?」

 

「あ!私、上原ひまりっていいます!…薫先輩のファンなんで、着いてきちゃいましたぁ…。」

 

「…ね?」

 

「ね、じゃねえよ。ファンとイチャイチャするなら他所でやれ…。」

 

「だ、大丈夫です!イチャイチャなんて、烏滸がましすぎてできませんから…。」

 

「あんたどういう心境で喋ってんの?」

 

「ところで、忙しそうだったが何かの最中だったのかい?」

 

「ファンスルーすんなよ、案外冷たいなお前。」

 

 

 

烏滸がましいまで言われてんぞ。ある意味すげえわ。

まあ、松原も連れてきてくれたことだけは褒めてやろう。唯一の癒しだ。何度か来て漸く慣れたのか、にこにこと遣り取りを見守っている松原にも視線を向ける。

 

 

 

「…?…えへへ。」

 

 

 

おぅ。含羞む顔も可愛いなぁおい。

 

 

 

「ところでよ、瀬田?忙しいから帰れっつったら帰るのか?お前は。」

 

「うーん、難しい質問だね…。帰れと言われたら帰りたくなくなるし、帰るなと言われたなら応えてあげるべきだろうし…。」

 

「帰る気ゼロじゃん。」

 

「ははは。少しでも長く君の傍に居たいんだ。わかるだろ?」

 

「一生分かる気しねぇ。」

 

 

 

勘弁してくれそんな状況。

できるだけ早く帰ってもらえるようにと、何か口実がないか探すも、そもそも接点がないこいつにどう説明したら"納得"というものをしてくれるのか。

こいつを言い負かすことが不可能なのは今までの経験で学んだ。こいつのメンタルには凹むという状態がないらしい。

助けを求める気持ちで奴の同行者を見ると、さっきとは打って変わって不思議そうな顔で小首を傾げる白鷺千聖と目が合う。

 

 

 

「…なんだよ。」

 

「貴方、そんな感じだったかしら。」

 

「どういう意味だ。」

 

「もっとこう思いやりがあったというか、優しかったイメージなんだけど。」

 

「誰かと勘違いしてんじゃねえの。」

 

「いいえ。事あるごとに薫のこと気にかけて、上手く意見できない薫の気持ちとか聞き出すのって、いつも貴方の役目だったじゃない?」

 

「そーなんですか?」

 

「ええ、上原さん。…この男、今はこんな荒みきった様子だけど、それはそれは優しく周りに気を配れる素敵な人だったのよ。」

 

「ふわぁ…!…じゃあ、何でこんなんなっちゃったんですかねぇ?」

 

 

 

()()()()言うなピンク。

それにな、別に何も変わってねえんだよ。

 

 

 

「わ、わたしはっ、今の○○さんも素敵だと、思うよぉ?…ふぇぇ。」

 

「や、別に落ち込んでないから、励まさんでいい。」

 

 

 

…必死さも可愛いけどな。

でもどうせ言われるなら、気を使わずに心から言って欲しいもんだ。

 

 

 

「…別に、励ましじゃないんだけどなぁ。」

 

「ん。」

 

「な、なんでもないよぉ。」

 

「こら、○○。私の前であまりイチャつくんじゃない。

 花音といえど、あまりいい気はしないぞ?」

 

 

 

やめろ割り込んでくるな。あとそのイケメンヅラで頬を膨らませるな。

何か気味がわりい。

 

 

 

「もぉ、○○さん?折角薫先輩に言い寄られてるのになんなんですかその塩対応は!

 羨ましい…そして憎らしい…っ!!」

 

「うっせぇピンク。」

 

 

「はっ…!なるほど、わかったわ…っ!」

 

 

「瀬田、いいからあんまり引っ付くな。

 お前でっかいんだから、暑苦しいんだよ…!」

 

「ふふん、内心嬉しいくせに…。抱きついてきても埋めてきてもいいんだぞ?んー?」

 

「だー!もうめんどくせえおっさんかお前は!!」

 

「薫先輩!私も、私も混ぜてください!!」

 

 

「………。」

 

「千聖、ちゃん??…仲間に入りたいんだね?」

 

「…………。それはないわね。」

 

 

「いいかお前らぁ!俺は今忙しいの!

 明日までに仕上げなきゃいけねえんだから!」

 

 

 

騒がしさのあまり忘れるところだった。明日までに、明日の誕生日までにプレゼントを仕上げなきゃいけないんだった。

巴投げの要領で瀬田を退かし、絡み付いてくる上原を引き剥がす。

 

 

 

「きゃぅっ!?……んん"っ。何を、仕上げるんだい?」

 

「素の声出てんぞ。…誕生日プレゼントだよ。」

 

「へぇー!!そういういことはできるんですねぇ!」

 

「どういう意味だ上原。」

 

「なんかぁ、○○さん冷たいからぁ、他人に興味とかないのかと思ってぇ。」

 

 

 

マジでなんだと思ってんだお前。

ムカつく喋り方しやがって…。

 

 

 

「…ちょっと、○○?プレゼントって、誰に?」

 

「チサトに言っても分かんねえと思うよ。…高校入ってから知り合ったんだし。」

 

「そんなの、聞かなきゃわからないでしょ。」

 

「………お前こそ、そんなキャラだったかよ。」

 

「何か言った?」

 

「はぁぁ…。…今井っていう子なんだけどさ。バイトが一緒の子。」

 

 

 

今井リサ。――バイト先のコンビニで知り合った。もうバイトはしてないからあまり接点がないんだけど、連絡取り合ったり遊んだりはたまにする。

別に頼まれたわけじゃないが、去年も渡したから何となく惰性で今年も渡そうとしてるだけだ。

 

 

 

「今井……。リサちゃん?」

 

「えっ…。チサト、知り合いなんか?」

 

「ええまあちょっと…。…にしても意外ね。ああいう子が好みなの?」

 

「そういうのじゃねえよ。友達なら祝ってやるのが当たり前だろ??」

 

 

 

いいから早く帰ってくれ。まだ時間がかかりそうなんだ。

 

 

 

「ふ~ん?…まぁいいわ。そういう理由があるなら邪魔しない。

 ほら、薫。帰るわよ。」

 

「千聖。」

 

「なによ?」

 

「その、り、リサちゃん、っていう人は可愛いのだろうか?」

 

「…んー…。派手目な感じの、女子力高そうな感じよ。…そうよね?○○。」

 

 

 

なんだよ、帰ってくれそうな雰囲気だったのに急に渋ってんじゃねえぞ瀬田。

そんなのどうでもいいだろうがい。

 

 

 

「派手…ではあったかな。」

 

「そ、そうか…○○はそういう感じが……」

 

「ふえぇ…私とも程遠いよぉ…」

 

 

 

そういやすっかり松原を忘れてたよ。君は君である意味派手だかんな?

 

 

 

「…で、まだ帰」

 

「帰ろう。千聖、花音。」

 

「えっ?…えぇ…。いいの?薫。」

 

「………邪魔するわけには、いかないもんね。」

 

「おう、帰れ帰れ。あ、このピンクも忘れんなよ?」

 

 

 

なんかしょんぼりと肩を落としている瀬田が、ちょびっとだけ気にはなったが。

帰ってくれるならもう何でもいいや。

 

 

 

「……今まで、ごめんね、○○。」

 

パタム

 

 

 

瀬田がまともに謝ったのなんて初めてじゃなかろうか。

まぁ、何にせよ、これで明日に向けての製作を頑張れそうだ。

 

 

 




人間関係って、何かの犠牲の上に成り立ってる気がするんですよね。




<今回の設定更新>

○○:意外と手先が器用。
   去年喜ばれたピアスを製作中。
   昔の千聖もよく知っている。

薫:初めて打ち拉がれた。
  もうダメかもしれない。

千聖:普段は伊達めがねをかけている。
   主人公の両親にはサインをあげた。

花音:可愛い。ギャルギャルしてないことをめっちゃ気にしてる。

ひまり:鬱陶しい。


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2019/09/11 瀬田薫劇場 -伍幕-

 

 

ピンポーン

 

 

 

「来たか……。」

 

 

 

初めてだった。瀬田がまともにアポイントメントを取ってきたのは。それも電話で直接、だ。

お陰でこうして、茶菓子や飲み物を準備したり部屋を掃除しておいたりできるって訳だ。…全部俺は何もしてないんだけどな。

 

 

 

「おーい〇〇っちー、これどこに仕舞おっか??」

 

「んぁ?…あぁ、それは机の上に上げといてくれー。…つか(瀬田)来たからその辺で良いやー。」

 

「そぉ?じゃあこのまま投げとこ。えーいっ。」

 

 

 

机の上にって言ったろうが…いやいいか。少し前に来て来客対応をしてくれているのが、例の今井リサだ。

相変わらず少々過度な露出の服に茶髪と、どう見ても"GAL"というワードが浮かんでしまうような見た目だこと…。

瀬田の依頼ということもあり初めて家に呼んだが、快く来てくれる良い子である。もうバイトの繋がりもないんだけどな。

 

 

 

「んじゃ、座って待ってるね~。」

 

「あいよ。」

 

 

 

っと、呼び鈴が鳴ってからしばらく経っちまったな。…ここまで待たせても突入してこないなんて、本当にどうしたって言うんだ瀬田は。

玄関まで行くと磨りガラス越しにスラっとした長身のシルエットが見える。下の方の広がりを見るに、またスカートを穿いているようだが…。

 

カララララ…

 

 

 

「あっ……こ、こんにちは、〇〇…。」

 

「…おう、上がんな。」

 

「あっ…う、うん。」

 

 

 

丁寧に靴を揃えヒタヒタと付いてくる足音を聞きながら、俺は内心プチパニック中。スカートを穿いているのも髪を下ろしているのも別にいい。…ところがどうした事か、今日はかなり濃い目のメイクをしているんだが…これがまた酷い。

まるで子供が白い壁を見つけて書き殴ったような、或いは芸術家気取りの馬鹿が適当に筆を振り回したような、要するになかなか()()()なメイクを施しているのだ。

…なんだ?ツッコミ待ちなのか??それともマジ?…これが真剣にやった結果だとしたら、もう二度と化粧なんかしないほうがいいと思う。お前はいつかのエウ〇カか。

 

 

 

「あっ、いらっしゃ…………」

 

 

 

何ともいえない雰囲気のまま自室に到着。いつも通りの明るく人懐っこい笑顔で出迎えようとした今井も言葉半分に固まっている。

口角が震えているのは笑いを堪えている表れか。

 

 

 

「まぁ、なんだ…座ってどうぞ。」

 

「う、うんっ。」

 

「今井、戻ってこい。」

 

「……ぅはっ!?……ちょ、ちょっと、タンマね!」

 

 

 

我に返るなり俺の腕を引き後ろを向かせる。そのまま耳元へ口を寄せてきて

 

 

 

「…あれが瀬田さん!?…歌舞伎…いや落書きみたいな人が来ちゃってるんですケド??」

 

「あぁ、俺も正直ビビった。いつもはあんな感じじゃなくて小憎たらしいイケメンって感じなんだけどなぁ…。」

 

「どどどどどどどーしよっ??」

 

「テンパるな。…いつもみたいに可愛らしく笑ってろ。」

 

「ッ……!」

 

 

 

所謂ひそひそ話ってやつだ。どうやら今井もファーストインプレッションでかなりやられたらしい。血色悪くなってるもん。

一先ずの急造作戦会議を終え、来訪者(侵略生命体)に向き直る。

 

 

 

「なぁ瀬田。お前いつもと雰囲気違うじゃん。…あと、一人なのか今日は。」

 

「ま、まあ…ね。今日は私一人…。」

 

「あっ↑…んん"っ……アタシ、今井リサっていうんだ~、よろしくね!」

 

 

 

緊張のあまり声が裏返っとる。咳払いで誤魔化したが、顔が真っ赤なのは誤魔化せないだろうな。

 

 

 

「あなたが……よっ、宜しくお願いしますっ…!」

 

「…うんうん、よろし……ぶふっ」

 

 

 

あーあ、吹き出しちゃったよ…。

 

 

 

「あはははははは!!ごめん〇〇っち、やっぱ無理!!」

 

「……しゃーないな。…瀬田。」

 

「えっ?えっ??」

 

「その顔はなんだ。化粧。」

 

「あっ…やっぱり変…かな。」

 

 

 

マジなほうだった!!……変わっているのは性格面だけじゃなかったって訳か。

お陰で折角の端整な顔がすっかりセブンスウェル状態に…。

 

 

 

「変…ていうかさ、瀬田さんは普段化粧しない人??」

 

「あ、いや、舞台に立つときはするんだけど……女の子っぽいメイクってどうしても分からなくて…。」

 

「女の子ぉ??」

 

「〇〇っち、そういう言い方はだめだよー。」

 

 

 

つい。瀬田の口から女の子っぽいとか聞けると思わなかったからさ…。

 

 

 

「すまん。…つーとアレか?…その、女の子っぽさ?を学びたくて今井と話したかったと?」

 

「うん…まぁそういう感じかな。」

 

 

 

それで今日はそんな格好なのか。

…まてよ?

 

 

 

「じゃあ、あの変な男装とか喋り方はやめるって事か??」

 

「…うーん、それはどうだろう。」

 

「……ぷふっ」

 

 

 

もう頼むから一旦化粧落としてくれ。今井が笑いを堪えようとして掴んでくる左の二の腕がそろそろ千切れそうなんだ。

 

 

 

「…?やっぱり、私に女の子っぽさとか、似合わないかな…。」

 

「いやそこじゃねえよ!!」

 

「!?」

 

 

 

ごめん、あまりに話が進まな過ぎて大声出しちまった。瀬田も今井もかなり驚かせてしまったみたいでほんとすまん。

 

 

 

「あ、えーっと。…い、今井!化粧とか諸々のレクチャー、頼めるか??」

 

「ん??…あ、勿論いーよー。んじゃ瀬田さん、連絡先交換しよっか。」

 

「あ、はい!…よ、宜しくお願いします。」

 

「あははは、そんなに固くならなくていーってば。それに敬語もなしね?下の名前は?」

 

「う……はい、じゃなかった、うん。ええと…」

 

 

 

おーおー、相変わらずコミュ力の化け物っぷりを前面に押し出してやがるぜ。

俺と初対面の時もあんな感じでぐいぐい来てたもんなぁ。

どうやら連絡先交換も終わったみたいだし、きっとこれから瀬田はメキメキ女子力を磨いていくことだろう。

素材はいいんだし、ちゃんと着飾ってメイクするだけで女の子らしくなると思うんだけどなぁ…。

 

 

 

「あっははは!!やっぱ駄目だ!一回化粧落とそ?ね?」

 

「…り、リサ…そんなに面白い??」

 

「うん!だって薫の顔…あはははははは!!」

 

「もー…笑い過ぎだって…」

 

 

 

ほんの少し目を離しただけなのにここまで仲良くなるとはね。

瀬田も無理してる感じはないし、波長が合ったりするんだろうか?

……リサに薫、ね…。

 

 

 

「そいえばさ、どうして薫は女の子らしくなりたいの?」

 

「えっ…あ……。〇〇…に、構ってほしくて…」

 

「はっはーん?…好きなんだ?」

 

「えっ!?…あいや、その…」

 

「ははっ!いーじゃんいーじゃん。リサさん応援しちゃうよ~??」

 

「…リサって、〇〇と付き合ってるとかじゃないの?」

 

「あははっ、ないない。」

 

 

 

ないない、か…。別に好きなわけじゃないが、あっけらかんと言われると少しハートに響くな…。

 

 

 

「そう、なんだ……。」

 

「うん!〇〇っちは、バイトが一緒だった時の付き合いでさー。

 話とか考え方とか似てるとこあるからよく一緒にはいるんだけどね~。」

 

「いっ…しょに…」

 

「薫は?〇〇っちと昔からの知り合いなんでしょ??付き合っちゃえば?」

 

「勘弁してくれ…」

 

 

 

今井はまだ()()瀬田を知らない。…知れば同じことは口にしないだろう…。

まぁ、今井が場を引っ掻き回すのはいつもの事だからいいとして、女子力やら何やらの相談相手としては適切な人選だったって訳だ。見ていて思う。

このまま、昔の瀬田みたいに女の子っぽくなってくれたらなぁ…。

 

 

 

「まっ、友達くらいの距離が一番いいって相手も居るよね。」

 

「…………リサ。」

 

「んー?」

 

「…私、すっごく可愛い女の子目指すね。」

 

「マジ??楽しみ~。」

 

「だから、色々教えてね。…色々。」

 

「おっけ~。化粧もヘアアレンジも、何なら〇〇っちのあんなことやこんなことまで!

 全部リサさんにお任せだよ~。」

 

 

 

や、余計なことは教えんで良い、というか…本当に勘弁してくれ。

 

 

 




可愛い薫くん…?




<今回の設定更新>

〇〇:リサに対しては気を許している模様。
   異性でこういう関係保てるのって少し羨ましい。

薫:前回の何が彼女を目覚めさせたのか。
  どうやら可愛らしさを磨くそうです。応援してあげましょう。

リサ:主人公を〇〇っちと呼ぶ。
   面倒見の良さがうまいことマッチした結果、薫とは仲良くなれた。
   主人公に対して特別な感情は…勿論持ってない。


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2019/10/01 瀬田薫劇場 -陸幕-

 

 

「あのさ○○。…シチューにガラムマサラ入れたらカレーになるかな?」

 

「……うるせえ瀬田。黙って手を動かせ。」

 

「あっははー!○○っち辛辣ぅ~。」

 

 

 

一体どんな流れがあればこんなことに付き合わされることになるのか。

恨めしく隣の隣…ヘラヘラしている今井を睨むも、スマホで写真を撮られただけだった。何がしたいんだお前は。

 

 

 

**

 

 

 

「女子力って、料理の腕だと思うのよね。やっぱ。」

 

「いきなり人の部屋で何だよ今井。」

 

 

 

バイト終わりだという今井が瀬田を連れてきたのは夜の23時。今まさに風呂を上がって着替えを済ませたというタイミングのことだった。

相変わらずヘラヘラ笑っている今井とエラく真顔な瀬田。頼むから玄関で止めてくれよ、親よ。

 

 

 

「い、いきなり来ちゃって…ごめんね?」

 

「謝るなら来んな。来たなら謝んな。」

 

「う、うん…ごめん。…あっ」

 

「あはははは!!いーねいーね!薫、可愛さ出てきたねぇ!!」

 

 

 

この手の話は突っ込み出すとループにしかならないから放っとこう。それよりも何だって?料理の腕だぁ?

…こっちはこれから寝る時間だってのに、まさか今から調理始める気じゃねえだろうな。

 

 

 

「おっ、察しいいじゃぁん!ママさんもいいって言ってくれてるしさぁ~」

 

「母親め…。息子の睡眠時間を何だと…」

 

「ご、ごめんね…?あっ、いや違うのこれはその……」

 

「お前も何だか面倒くさいなぁ…。」

 

「ひぅ!?……しぇ、しぇいくすぴあいわく…」

 

「偉人に逃げんな。別に悪いことしてるわけじゃねえんだから、堂々としてろってこった。」

 

「あぅ……うん、ありがと?」

 

 

 

釈然としない顔だな…。まぁ、現状お前も振り回されてるようなもんだしな。

同情するよ、瀬田。

 

 

 

「ねーねー、早く始めちゃおうよ??」

 

「うるせぇ主犯…。…つか、今井が料理得意なのは知ってっけどさ。

 お料理教室ならお前んちか瀬田のところでやれよ。」

 

「えぇー?それじゃあ意味ないじゃーん。」

 

「あ?」

 

 

 

俺の健康的な早寝早起きスタイルが守られる、これ以上に意味のあることがこの世にあるのか?

逆に俺の家を利用する意味を教えてくれ。

 

 

 

「だってさ、薫が女子力磨きたいのは、○○に好かれたいからなんだよ?」

 

「で?」

 

「ってことは、わざわざ料理を作ってあげるのも愛する○○のためってわけだ。」

 

「ほー?そんで?」

 

「もー、これ以上はアタシの口から言えることじゃないしー。」

 

 

 

なんだろう。昼間とか、まともな話をする分にはこれ以上ないってくらい波長の合う相手の筈なのに。

今はもうただ只管に憎しみしか感じない。頼むからこういう頭の痛くなるような話を引っ掻き回さんでくれ…。

 

 

 

「あぁもう面倒だ。…要は料理作ったら帰るんだろ?」

 

「言い方~」

 

「次茶々入れたらてめぇの臍で茶ぁ沸かしてやるからな…今井。」

 

「???ごめん○○。それ全然面白くない。」

 

「うっせぇ!!」

 

「○○…かわいい…」

 

「てめぇの感性どうなってんだ瀬田ぁ!」

 

 

 

斯くして、ぎゃあぎゃあと騒ぎながらもキッチンに移動した俺たち。

どうしてこれで会話が成り立ってんのかって?俺が訊きてえよ。

 

 

 

**

 

 

 

んで結局クリームシチューを作ることになった訳だが……。

 

 

 

「あっ、違うよ薫!弱火から中火って書いてあるでしょ!!」

 

「んっ、えっ?…こ、こう?」

 

カチン

 

「それじゃぁ消えちゃってんじゃぁん!…薫って、不器用?」

 

「うぅ…ごめんリサ…。」

 

 

 

結論から言って、あいつに料理は多分無理だ。…何せシチューの隠し味に食器用洗剤をチョイスするような奴だ。Joy!(楽しい)じゃねえよ、死ぬわ。

 

 

 

「あ、あれ??重くて混ざらなくなっちゃったよぅ。」

 

「あちゃぁ…これ焦げちゃってるねぇ…。」

 

「ごめんなさい…。」

 

「んっ、大丈夫大丈夫。どうせ食べるのアイツなんだし♪」

 

「聞こえてるぞ今井コラァ。」

 

「こわ~い!薫助けてぇ~」

 

 

 

ったく…。洗剤を回避したら今度は焦げかよ。

…つか、もう1時だぞ?何でもいいから早く寝かせてくれ…。……何もしないで待ってるのも、眠気が…限界…で………。

 

 

 

**

 

 

 

「………、……っ。」

 

 

 

………ん。なんだか、凄く首の下が柔らかい。……あれ?俺何してたっけ…。

薄く目を開ける。

 

 

 

「…○○っ。…お、起きた?」

 

 

 

ぼんやり見えたのは、綺麗な紫の髪にルビーのような瞳…。

 

 

 

「あぁ、()かぁ…。…久しいな。」

 

「!!……○○?寝ぼけてる?」

 

「寝ぼけてる??……あぁいや、うん。そうか…俺寝てたのか…。」

 

「う、うん。ごめんね、遅くなっちゃって。」

 

「……今何時?」

 

 

 

未だハッキリしない頭で、眠りに落ちる直前のことを必死に思い返す。俺の問いに薫は、バツが悪そうに笑い「4時半…」と小さく答えた。

 

 

 

「そっかぁ…。……お前、足痺れたりしねえの。」

 

「うん。心配してくれて…ありがと。」

 

「大丈夫ならまぁ…もう少しこうしてようかな……。」

 

「う、うん!ずっと、ずっとこうしててもいいよ?」

 

「ははは…朝には起きるさ。………サンキュ…薫……。」

 

「うん。…おやすみ。○○…くん。」

 

 

 

何か重大なことを忘れているような気がしたが、心地いい二度寝と洒落込むことに決めた俺。

この極上の枕を使えば、誰でもこうなるさ。

 

 

 

 

 

 

翌日。妙に爽快な寝起きのまま向かったリビングで。何やら凄まじく汚されたキッチンを見つつ食卓に着く。夜中のうちに何かあったのか…?

それはそうと、朝食として出てきたシチューが中々に独特な味だったんだ…。

うちの母親、舌でもおかしくなったんかな。

 

 

 

いやごめん。ちょっとシリアスっぽくしたかっただけで全部覚えてる。

…ただ、寝ぼけてアイツを昔みたいに呼んだことだけは、何だか気恥ずかしくって思い出したくなかった。

 

 

 

 




苗字呼びから名前呼びに変わる瞬間が一番キュンとします。




<今回の設定更新>

○○:夜はすぐ眠くなっちゃう。
   薫が絡むと不思議とリサが邪魔に感じる。

薫:素に慣れてきた。
  リサに振り回されている日々の中で、着実に何かが伸びている。
  …よかったね。

リサ:アイアンハート。
   主人公が寝落ちしたあとは、最低限の片付けまで手伝ったあと
   空気を読んで帰った。
   そして次の日全力で茶化した。そして彼女の臍はコンロになった。


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2019/10/10 瀬田薫劇場 -漆幕-

 

 

 

「……○○、くん。」

 

 

 

木曜日の放課後。校門で待機していた今井を引き連れ、家に辿り着く。今日は何も予定もなかったし、特に追い返すようなこともなかった為にそのまま付いてきちまったんだが…。

家の玄関の前、すっかり見慣れてしまったワンピース姿で会釈を寄越してくる長身のイケメン…。

 

 

 

「あれ、薫じゃん!…なになに、今日はアポ無しで突撃しちゃったってわけ~??」

 

「あ、いや……うん。○○に、会いたくて。」

 

「………。」

 

 

 

あの日以来、まともに()と話せていない。何だか気恥ずかしい思いもあるが、俺自身どう接していいかわからなくなっているのだ。

最初うちに押しかけてきたときは何事かと思った。妙に格好つけた、中二臭くていけ好かないハンサムボーイ。…や、マジで最初は男かと思ったんだって。女の子侍らせちゃってさ。

そうしたらそいつが、「昔の同級生です」なんて言うんだもんな。…全く理解が追いつかなかったよ…。

 

 

 

「あ、○○っち?…回想入れてるところ悪いけど、あの子達ピッキング始めちゃったよ??」

 

「…は?」

 

 

 

あの子達?とは?…今井に袖を引っ張られ現実に戻ってきた俺は、薫が立っている場所――玄関先を見やる。…と

 

 

 

「ふ、ふえぇ…だめだよ美咲ちゃん、人様のおうちの鍵を…」

 

「いーんですよ、花音さん。所詮○○如きの家なんですから。」

 

「ふえぇぇ…」

 

 

 

美咲め…!久しぶりに見かけたと思ったら謎理論でウチを侵食しようとしてやがる…。そして松原、お前は鳴いてないで止めろ。

隣の今井はケラケラ笑いながら呑気に動画なんぞ撮ってやがるし…。「ウケる~」じゃねえよ。

 

 

 

「やいこら美咲!仮にも実家だぞ!!」

 

「……?」

 

「何が悪いんですか?みたいな顔してんじゃねえよ。第一、ピッキングなんてどこで身につけた。」

 

「バイトで。」

 

「辞めちまえそんなバイト。」

 

 

 

何のバイトだ。

鍵穴を壊されるわけにもいかないので、そっとピッキング道具を取り上げ自分の鍵で開ける。

 

 

 

「ほら、入るなら入れよ。」

 

「うわーい、ただいまぁ!」

 

「……美咲って、あんな奴だったか。」

 

「うーん……ただ燥いでるだけなのかも?」

 

「マジで言ってんのか、松原。」

 

「ふ、ふえぇ…わからないよぅ…」

 

「………お前はかわいいなぁ!」

 

 

 

なんかもう何してても可愛いなこの子は。おっといけない、可愛さに浸るのもいいが、燥いで入っていった美咲が心配だ。何されるかわかったもんじゃねえ。

松原を中に進ませ、後ろですっかり傍観者となっている二人にも視線を向ける。

 

 

 

「なぁに?…アタシらにも入って欲しいの??」

 

「……じゃあ今井だけ帰れ。」

 

「えー??つーめーたーいー。」

 

「かお……瀬田。お前はどうするんだ?上がるのか?」

 

「あ……う、うん。いい、かな。」

 

「あぁ?その為に来たんだろうが。今更遠慮すんな。」

 

 

 

危ねえ。また例の名前で呼びそうになったぞ…。あの時のことを瀬田が覚えているかどうかは分からんが、うっかり呼んでしまったとしたら……恥ずかしいことこの上ないな。

背中を丸め、まるで申し訳ない事でもしているかのように玄関へ入っていく瀬田を見送りつつ、またこれから起こるであろうひと騒ぎに向けて呼吸を整える。…と、

 

 

 

「○○っち。」

 

「んぁ?…結局入らねえのか?お前は。」

 

「……ねえ○○っち。…そろそろ、気づいてあげようよ。」

 

「…あぁ?何に。」

 

「はぁぁ…。○○っち、鈍感すぎるのもどうかと思うよ?…そのままじゃ、本当に嫌われちゃうし、徒に傷つけるだけだって。」

 

「…言いたいことがあるならはっきり言えよ。」

 

「もう、わかってるんでしょ。」

 

 

 

何も、言い返せねえ。言い返せない、けど。

 

 

 

「そんなのお前には…関係ないだろ。」

 

「あるよ。アタシがどうして薫の手伝いをしてるか…まさか○○っち自身が忘れたわけじゃないでしょ?」

 

「アイツが、より女らしくなるためだろ。」

 

「…それは、どうして?」

 

「………。」

 

 

 

わかってるけどさ。でも、なんか認めたくねえんだ。だってあいつは俺にとって…

 

 

 

「……別に無理強いするつもりはないけどさ。アタシは少し嬉しかったんだよね。薫が、あんなに喜んでいるところを見られてさ。

 …呼び方一つでって思ってるかもしれないけど、女の子にはその一つ一つが思い出で、大事なことなんだよ。」

 

「……るせえ。」

 

「はぁぁ……。これは、○○っちの方も、お姉さんが面倒見なきゃいけないかな??」

 

「マジ何なんだお前。……なんでそこまで他人なんかのために…。」

 

「へっへーん。女の子ってのは、美味しいスイーツと甘い恋バナが好きな生き物なのさ~。」

 

 

 

相変わらずムカつく奴だ。けど、それでいて相変わらず憎めない奴だ。

ただこいつと、きっと瀬田も求めてるのは、俺にとって苦手で無縁な恋だの愛だのってやつなんだろう。…ホントに、厄介な問題なんだがな。

 

 

 

「……今井。…いや、リサ。」

 

「ッ。な、なによぅ。」

 

「見とけよ。呼び名の一つくらい、俺にかかれば屁でもねえよ。」

 

「……ふぅん?それはそれは、楽しみだにゃぁ…。」

 

 

 

靴を並べたところで心配そうにこちらを伺っている瀬田。目が合っても相変わらず申し訳なさそうな、何かを期待するような目をする瀬田を……後ろから攻める!

 

 

 

「かっ↑」

 

「……か?」

 

「かっ、かかかかかかかかか…、かお、る。」

 

「ッ!!!」

 

 

 

あぁダメだ。やっぱりこういうのは、苦手だ…。

 

 

 

**

 

 

 

「どうでもいいけど、下の名前で呼ぶのは薫だけにしなよ?」

 

「なんでだよ、リサ。」

 

「っ。……慣れないなぁ。……どうして薫を名前で呼ぶことにしたのか忘れたの?」

 

「…昔馴染みだからだろ?リサは不思議と緊張しないで呼べるから、ガンガン行くぞ。いいな、リサ。」

 

「………嫌われてもしらないからね…。」

 

 

 

???

 

 

 




関係性、進むようで進まず。




<今回の設定更新>

○○:なんだかもうなんなんだこいつ。
   そういった感情は相変わらず欠落しているようで、薫のこともよくわからない状態。
   リサに対して何も思っていないのは確か。

薫:嬉しい時の笑顔よ…。表情一つ一つに女の子らしさが滲み出てきた。
  花音と美咲は、最早止められない。

リサ:お節介姉さん。こういう子、いいよね。
   主人公に対して……??

美咲:どんどん自由人化中。燥ぐ理由は一体…?

花音:ふえぇ。


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2019/11/09 瀬田薫劇場 -捌幕-

 

 

 

「あたしさ、〇〇のこと嫌いじゃないよ。」

 

「あ?……つかお前何処から入った。」

 

 

 

外での用事終わり、誰とも絡む事無く部屋まで来たが…先程机に鞄を放り投げるまでは人の気配などしなかったはずだ。

お前は何処から現れたんだ、奥沢美咲。

 

 

 

「ふふふ、そんなのはどーでもいいでしょ。」

 

「いいわけあるか、帰れ。」

 

「…あたしが態々遊びに来たんだよ?嬉しくない?」

 

 

 

今日は無性にご機嫌だなと若干の恐怖を覚えつつ無駄にニコニコしている侵略者を観察する。…今日は何のアポも受けていないし、特にこいつとは薫抜きで会う機会なぞ無かった筈だ。

アポイントメントに関しては若干諦めている部分はあるが、だとしてもこの謎ムーブは何なんだろうか。

 

 

 

「…今日は薫は?お前ひとり?」

 

「えぇ?そんなに薫さんに会いたいの?」

 

「お前と二人は落ち着かねえだけだわ。」

 

 

 

二人きりで何話せってんだ。接点の一つもねえのに。

 

 

 

「…ふーん?…それって、意識しちゃって…ってこと?」

 

「意識?…そりゃするだろ。」

 

 

 

プライベートな空間に異物が混ざっているんだぞ。しかもその異物はちょっかいまでかけてくる。

意識するなって方が難しい。

 

 

 

「そ…っか。意識、しちゃうんだ。」

 

「そうだよ、だから帰れ。邪魔だ。」

 

「〇〇ってさ、ラノベとかの主人公みたいだよね。」

 

「知らん、読んだことねえし。」

 

「……鈍感ってこと。」

 

「だいぶ敏感だぜ?…この時期、セーターなんて着ようもんなら体じゅう痒くってよぉ…」

 

 

 

あの繊維感というかざらつきと言うか、独特のモサモサ感が俺の敏感な柔肌ちゃんを傷つけるのだ。それもあってか、俺は秋という季節が大嫌いなんだ。

その気持ちを読み取ってか取らずしてか、はぁと深い溜息を一つつく美咲。

 

 

 

「誰も敏感肌の話なんかしてないっつの…。ほんと、そういうとこだかんね?」

 

「全く言っている意味が…」

 

Pipipipipi…

 

 

 

直後、くぐもった様な電子音が聞こえだす。発信源はどうやら先程放った俺の鞄の中らしい。

恐らく連絡事項を発信しているであろう相手を待たせるのも悪いので、腕組みに仁王立ちと何やら不機嫌そうな美咲を尻目に鞄を漁る。

 

 

 

「………ん、おっ!?」

 

 

 

表示されている名前を見てテンションが跳ね上がる。なるべくポーカーフェイスを貫き通して通話を承認。

 

 

 

「もしっ…もしもし?どうした?」

 

『ふ、ふえぇ……〇〇くん、おうち入ってもいーい…?』

 

「お、おう!全然、入ってきちゃっていいぞー!?」

 

『ぁ…ありがとう…!いま、入るねぇ?』

 

「おっけい。」

 

 

 

僅かな会話だったが、それはとても胸躍るものだった。松原…じゃない、花音と呼ぶことにしたんだっけ。花音がうちに来るとは、何という僥倖。

すっかり存在を忘れそうになっていた美咲を見やると、物凄く険しい顔で親指の爪を歯噛んでいた。さっきまでの上機嫌はどこ行ったんだ…?

 

 

 

「どうした美咲。」

 

「花音さん…来るって?」

 

「おう、まあな。だから帰っていいぞ。」

 

「チッ……上手く撒いたと思ってたのに…。」

 

「えっ…?」

 

 

 

何やら一悶着起きそうな事を呟いた気がしたが、それについて言及する前に部屋の扉が開かれた。

 

 

 

「おっ!!」

 

「お、お邪魔します…。」

 

 

 

ちらと顔を覗かせるようにして部屋の中に俺を探す花音。目が合うとはにかんで下を向かれなすった……あぁ、尊い。

 

 

 

「…んじゃ、あたしは帰るね〇〇。」

 

「お?おう。気を付けて帰れよ。」

 

「うん。ありがとう〇〇、愛してる。」

 

「あぁ?」

 

 

 

颯爽と、やや早歩き気味で部屋を後にする美咲。去り際にも謎の発言を残していったが…あいつは本当に何がしたいんだ。

まぁそんなことはどうでもいい。部屋の入り口で待たせてしまっている花音を部屋に招き入れる。

 

 

 

「…やー、ごめんな汚い部屋でー!……って、薫も居たのか。」

 

「ごめんね…急に来ちゃって。」

 

「別にいいさ、友達だろ。」

 

「…えへへ。」

 

 

 

そうか、よく花音一人で辿り着いたと思えば薫が付き添って居たのか。こいつ、一人だと何としてでも迷宮入りしちまうような奴だもんなぁ。

その点このノッポが付いてりゃ安心か。

瀬田薫。最近すっかり可愛らしくなっちまって、あの妙ちくりんなキザキャラもすっかり封じ込められたようだ。うむうむ、今日も膝上丈の妙にスリットが気になるスカートに生足と、実に視線を吸いつけるような恰好で…

 

 

 

「…〇〇くん…?どしたの?」

 

「あ、あぁいや、…ええと……ち、茶でも持ってくるから適当に寛いでてくれ。」

 

「あ、それなら私も手伝う。」

 

「おっ、そか?…んじゃ、花音は部屋で……うーん。」

 

 

 

いかんいかん、自分のスケベ心に気付いた途端しどろもどろになっちまった…。

何はともあれ一応客人だし持て成してやろうか…と部屋を出たのだが、付いてきた薫に手伝わせると花音が一人で部屋に残ってしまう。いくら花音とはいえ密室で姪後にはならないと思うが…。

 

 

 

「…皆で近くのコンビニ行かね?」

 

「……ごめんねぇ、気遣わせちゃってぇ…。」

 

「ふふ、大丈夫さ、花音……あっ花音、ちゃん。」

 

「そうそう、それぞれ好きなもん買えるしいいんだよ。」

 

「ふぇぇ…ありがとぅ…。」

 

 

 

申し訳なさそうについてくる花音と無駄に視線を投げてくる薫。二人を引き連れ、すっかり冷えてきた十一月の風の中を歩きつつ、薫について気付いてしまったことを訊いてみる。

 

 

 

「あのさ、薫。」

 

「ん?なあに?」

 

「さっき気付いたんだけど…」

 

「…?」

 

「俺とリサに対しては、元の態度で接してるだろ?」

 

「う、うん。」

 

 

 

先程の会話で気付き、気になって仕方がない事。

 

 

 

「他の奴に対してはさ、あのキザったらしい"瀬田"でやってんの?」

 

 

 

確かにさっき、花音に対して例のキャラが浮上しているのを見た。…語尾で慌てて修正していたせいで、何だかおかしな中間人格になってはいたが。

別段直さなきゃいけないような物じゃないが、使い分けると混乱するし見ていてもしっくりこない。

 

 

 

「やっぱり変……かな。」

 

「んー……どう思う、花音。」

 

「ふぇっ?わ、わたし??」

 

「まぁ花音に取ってはあのキャラが普通なんだろうけどさ。どうしたもんかね。」

 

「ええとぉ…。」

 

 

 

考え出したところで目的のコンビニについてしまった。暖かい店内に足を踏み入れると、何だか懐かしい気分になった。

 

 

 

「いらっしゃ…ありゃ、〇〇っち。」

 

「おう、今日も真面目に働いてんな??結構結構。」

 

「はははっ、何様ー?」

 

 

 

出迎えたのは且つての同僚であるリサと、恐らく初めましてであろう銀髪の少女。歳は同じくらいだろうか、リサの陰に隠れてあまり見えないが。

 

 

 

「…にしても随分なハーレムで来たねぇ~。」

 

「だろ?…妬くなよ。」

 

「ははっ、冗談キツ過ぎぃー。」

 

「混ぜてやらんし、花音はやらんぞ?」

 

「ふぇっ!?」

 

「もー、相変わらずケチだなぁ~。」

 

 

 

これだけレジ前でお喋りしていられることからも分かる通り、この寂れたコンビニは恐ろしいほどの閑古鳥だ。

俺が働いていたときだって、十二時間の勤務の内客の対応をしたのは二、三回…なんてザラにあったしな。

連れの二人を店内に放し暇そうなリサと駄弁っていると、隣の銀髪ちゃんが口を開いた。

 

 

 

「…リサさんの彼氏さんですかぁ?」

 

 

 

一体どこを見てそう思ってしまったんだろうか。誤解され続けるのも面倒なので、早めに否定しておこう。

 

 

 

「いや、ちが」

 

「んっふふ~、どう思う??」

 

 

 

俺の否定を遮る様に、謎質問を吹っ掛けるリサ。

銀髪ちゃんは大まじめに考えだしちまうし…つかあいつらいつ迄商品選んでんだ。

 

 

 

「…おい、リサ…。」

 

「ッ!…な、なによぅ。」

 

「どうしてそう掻き回すんだ…。」

 

「別にいいじゃんさー。…ってゆーか、名前呼び慣れないんだけど。」

 

 

 

それでさっき妙な反応してたのか。

 

 

 

「いい加減慣れろよ…短い付き合いじゃないんだし…。」

 

「わかりましたぁー。」

 

「おっ、どっちに見えた??」

 

「えっとぉー、モカちゃん的にはぁー…付き合っているように見えましたぁー。」

 

「え、えー?ほんとー?」

 

 

 

このままだと本気でリサの彼氏にされ兼ねない。一刻も早くこの茶番を終わらせてこの店を出……

 

 

 

「…ん。」

 

 

 

後ろから服の裾を引っ張られる感覚。凡そ花音辺りが話しかけられずに駆けてきたアクションだとは思うが…と振り返ってみる。

 

 

 

「…どした薫。」

 

 

 

振り返った先には、予想とは違った人物が立っていた。…目に一杯涙を溜めて。

 

 

 

「……リサと付き合ってるの…?」

 

「へ?」

 

「…やっぱり、…女の子っぽい子の方が…いいんだよね…。うぇ…」

 

「……お前、何で泣いてんの?お腹痛いんか?」

 

 

 

ごすっ。率直な質問をぶつけただけなのに、後ろからレジのアレを投げつけられた。あの、紅いレーザーを放ってバーコードを"Pi"するやつ。

…もっとバーコードっぽい奴にやれよ。

 

 

 

「いってぇ…。」

 

「ちょっと〇〇っち!泣かしてどーすんの!!」

 

「俺のせいじゃ無くね…?」

 

「だとしたらアホみたいな質問してないで、早く弁解なり慰めるなり…」

 

「何でお前必死なの?」

 

「〇〇っちがダメダメだからでしょ!!」

 

「えぇ…?」

 

 

 

しゃがみ込んでボロボロと涙をこぼす薫に、レジを飛び出しハンカチを持って駆け寄るリサ。

二つ目のカゴにこれでもかと菓子をぶち込んでいる花音もさすがの騒ぎに近付いてくる。後ろではさっきの銀髪の子…モカって言ってたか?その子が、例の飛び道具で俺の後頭部をスキャンしようと擦り付けてくるし。

…うん、カオスだ。今日ほどここの寂れっぷりに感謝したことはないだろう。

 

 

 

「だめだめですなぁー。」

 

「君まで言うんかね…ええと、モカ?」

 

「はぁいモカちゃんでーす。」

 

「俺、そんなにダメダメ?」

 

「うーん…。読み取れないですなぁー。」

 

 

 

そらそうよ。どこぞのヒットマンじゃあるまいし、後頭部でバーコードがスキャンできて堪るか。

 

 

 

「リサさんとは付き合ってるのー?」

 

「無い無い…昔俺もここでバイトしてただけだよ。」

 

「なーるー。」

 

 

 

しかし、目の前で起きている騒動の恐らく主要人物であろう俺が蚊帳の外状態って…ちょっと面白いな。中々にシュールだ。

だがまあ、モカちゃんもかなり整った見た目をしておられるし、これもまた眼福と言うことで…堪能させてもらおう。

 

 

 

「ぬー?…モカちゃんの顔に何かついてますかぁー?」

 

「ん、綺麗な目と控えめな鼻と可愛いお口が付いてんぞ。」

 

「あははぁー。…くっそつまんねぇー。」

 

「表情変わんねえな君…。」

 

 

 

どうやら渾身の口説き文句は滑ってしまったらしい。

これ、いつ帰れるんだろう。

 

 

 

「しかし、モテモテですなぁー。」

 

「別にモテはしねえさ。知り合いが女ばっかなだけだ。」

 

「ハーレムじゃないですかぁーやだー。」

 

「望んじゃいないんだよなぁ…。」

 

「ちょっと!〇〇っちが慰めてあげる場面でしょここは!!」

 

 

 

二人でほのぼのしているとリサが詰め寄ってきて怒られる。俺未だに何が悪いのか分かってないんだけど、何て声かけてやればいいんだ?

 

 

 

「応援してますぜぇー。」

 

「気の利いた事、言ってあげなよ??」

 

「えー…。」

 

 

 

仕方なくしゃがみ込む薫の前に、目線を合わせるようにしゃがみ込む。後ろでは花音があわあわと落ち着きなく待機しているが、その状況でもお菓子のカゴは離さないんだね。

 

 

 

「あー…その、なんだ…薫。」

 

「うぅ…ひっく、ひっく……なぁに、〇〇くん。」

 

「その、…そんな短いスカートでしゃがみ込むとな?…モロ見えだ、ゾッ!?」

 

 

 

ごすっ、がすっ。

またレジのアレと、追加でカゴまでもが後頭部に浴びせられる。あぁ、これはぜってぇリサだ。

 

 

 

「いってぇな!」

 

「〇〇っち、それ以上救いよう無くなったらもう知らないかんね?」

 

「見えんだもんよ!何かエロい形の…ぶっ!?」

 

 

 

またカゴ。

 

 

 

「こりゃ手遅れですなぁー。」

 

 

 

こっちのセリフだ。

…結局その後も皆して薫をあやし、漸く家に着いた時には夜の九時を回っていたのでその場で解散。

ただ皆でコンビニに行くだけの日となってしまった…。

 

 

 

「…俺はどうするのが正解なんだろうな。」

 

 

 

やたらと周りで問題行動を取る女子達…に思わず独り言ちた言葉は、澄み渡る程静かな寒空にすっと溶けて行った気がした。

 

 

 




いつもとは何かが違う。
少年が悩む回。




<今回の設定更新>

〇〇:自分が置かれている沼のような状況に気付いた模様。
   時すでに遅し、八方塞がりである。

薫:リサを危険視しだした模様。
  だいぶ素の状態が自然になってきたか…?

美咲:狙いは一体…?
   何かと謎な行動が多い彼女だが、主人公の事は嫌いじゃないみたい。

花音:ふぇぇ。

リサ:心境に変化が…?
   応援しつつ、自分も頑張りつつと、板挟みは辛いですなぁ。

モカ:かわいい。


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2019/12/14 瀬田薫劇場 -玖幕-

 

 

 

「……余計おかしくなっちゃってるんじゃないの。」

 

「…うるせぇ。」

 

 

 

久しくリラックスした時を過ごしていた俺達だったが、目の前の金髪…詐欺師のチサトこと白鷺千聖の何気ない一言により、優雅なリラックスタイムは完膚なきまでにぶちのめされた。

 

 

 

『最近薫が大人しくなって物足りないのよね。…ね、以前までの薫はもう出ないの?』

 

 

 

お陰で目の前は酷く滑稽なことに。

 

 

 

「ワハハハハハ!レディース&ジェントルメーン!世界の瀬田薫くんだよぉ!!」

 

 

 

つまりは、あの演技がかった"瀬田薫"を忘れてしまっているのだ。…まぁあれ程必死になって元に戻したんだし、無理もないっちゃぁないが…。

 

 

 

「チサト、どうしてくれんだこれ。」

 

「知らないわよ。なんとかしなさい。」

 

「他人事だと思いやがって……おい薫、もう普通にしていいぞ。」

 

「普通?普通とは何だね?私にとっての普通とはありのままの瀬田薫であり、君達にとっての瀬田薫は普通ではないと?…ハハッ!こりゃたまげたねぇ!!」

 

 

 

誰やねんお前。

折角あの昔みたいな可愛げのある薫に慣れてきた…いやもういっそ好きになりかけてたのにこれだもんな。戻るんなら戻りやがれってんだ。

チサトも言い出しっぺの癖にドン引きだし、どう収拾を付けたもんか。

 

 

 

「それにしても汚いねぇこの部屋はぁ!…まるで、そう、数日放っておいた金鍋の隅にこびり付いた頑固汚れの様だ!」

 

「言い過ぎだぞお前。」

 

「言葉のチョイスも薫らしくない…これは、由々しき問題ね。」

 

「冷静に分析してないで何とかしろやコラ。」

 

「五月蠅い。」

 

「ハハハハハハ!!仲良しだねぇキミたちは!!フォーリンラブしちゃってるのかなぁ!?」

 

 

 

あぁもう面倒臭い。タチの悪い酔っぱらいを相手にしている気分だ。…そうか、ノリがおっさん臭いのか。

実は、話していて頭の中に浮かんだ一つの案はある。それはある意味決戦兵器。卑怯と言えば卑怯だし、大事な友人の気持ちをわざと傷付けてしまう行為だとも取れる為使いたくは無いんだが。

チサトはチサトで宛てにならないし、かましてみるしかないか。

 

 

 

「薫。」

 

「なんだい!?」

 

「…悪いけど、今のお前すげぇ嫌いだわ。顔も見たくねぇ。」

 

「なっ………。」

 

 

 

敢えて酷い言葉を選んでみたが…どうだ?

因みに、罪悪感に耐え切れずに薫から視線を切っているが、代わりに目が合っているチサトはものすごい勢いで頷いている。ボブルヘッドかお前は。

少しの沈黙の間…胃が痛くなりそうな時の末に、チラリと薫の顔を見ると…

 

 

 

「………///」

 

 

 

言葉こそ発さないが、何故かうっとりとした目でこちらを見詰めている。イミガワカラナイヨ。

 

 

 

「か、薫…?」

 

「…うぅん……。今の低めの、不機嫌そうな声!…渋い響きがたまらないねぇ…!!」

 

 

 

言葉は届いていなかったようだ。

隣で「ズベシャァァアアアア」と凄い音を立てながら、チサトが盛大にズッコケていた。背中見えてるぞ。

 

 

 

「お前、嫌いとか言われてショックじゃねえの?」

 

「え?…ふふ、私にはわかるのさ。〇〇、君は本気でソレを言った訳じゃぁないねぇ!!」

 

「う……くそ、途中までは良い雰囲気だったのに。」

 

「ちょっと、惨敗じゃないの○○。」

 

 

 

何もせずにリアクションだけとってた奴は黙ってろ。…と言うのも後が怖いので、軽く睨みつけるだけにしておいた。

 

 

 

「お前もなんかやれ。」

 

「雑っ。嫌な上司のフリじゃないんだから……。」

 

 

 

文句を言いながらでも行動を起こすのは良いところだと思うぞ、チサト。

立ち上がり服装を軽く整えたかと思うと、ゆっくりとした足取りで薫へと近づいていく。未だケラケラと阿呆のように笑い続ける薫の耳元へ顔を近づけると、ボソボソと何か囁いた。…直後。

 

 

 

「!?…なっ、ち、千聖!?何を言って…!!」

 

 

 

ビクリと体を震わせた後、目を見開いて汗をダラダラ…あの美少女悪魔め、何を言いやがったんだ?

その様子を確認してか、軽い足取りで戻ってくるチサトは何とも愛らしい笑顔を浮かべている。どうでもいいが、正面でおかしくなっている薫サイドとこちらで作戦を練りながら傍観している俺・チサトサイドに完璧に線引きされているのが少し笑える。

 

 

 

「…なぁ、何を耳元でかましたんだよ。」

 

「ふふっ、乙女の秘密よ。」

 

「乙女って柄じゃねえだ……うっ!?」

 

 

 

激痛に下を向くと、左足の爪先にチサトの可愛い踵を落とされていた。折れるぞマジで。

 

 

 

「ぐぅぅぅうう……。」

 

「何か言ったかしら?」

 

 

 

思わずしゃがみ込んでしまったが、見上げてもそこに居るのは相変わらず笑顔のチサト。…変わってねえなホントに。

とは言え、薫にはさっきの一撃がだいぶ効いたようで。すっかり青白くなった顔色を隠すことも無く呆然と立ち尽くしている。目はどこか遠くをぼんやり見つめているし、別の意味でおかしくなっちまったんじゃねえだろうな。

 

 

 

「…っつぅぅぅ……ふぅ。」

 

「立てる?」

 

「お前のせいでこうなってんだからな…。」

 

「クリティカル、って感じかしら?」

 

「死ね。」

 

「あ?」

 

「………薫、おい薫。」

 

 

 

平仮名一文字にあれだけ威圧を込められる女はそう居ないだろう。本能的に恐怖を感じた俺は、未だ微動だにしない紫髪のイケメンの魂を現世に呼び戻す作業にシフトする。

然程大きくない声で呼んだのだがしっかりと届いたようで、ハッとしたようにこちらを見る薫。依然顔色は優れないままだが、ぎこちなく笑って答える薫。

 

 

 

「やぁ、〇〇。……一体今は何時かな?」

 

「えっ?あっ、……二十時…半くらい。」

 

「ふむ…となると、一時間くらいか。」

 

「…何が?」

 

 

 

気色悪い…とも思ったが、考えてみりゃ最初の頃押しかけてきた薫はこんな感じだった。ある意味で懐かしくもあるが…やはり嫌だなこの薫は。

一方、隣のチサトは満足げな表情だ。こっちの方が好きなんだろうか。

 

 

 

「実はだね…ここを訪れて、千聖や○○と話している途中からの記憶が無いんだ。その時間が、大体一時間くらいなのさ。」

 

「へぇ…。」

 

「その間、何か覚えていることはないかしら?」

 

「そうだね…一瞬昔の懐かしい記憶が蘇ったような感覚はあったかな。幼い頃の格好つけがちな○○と、よく泣いていた千聖。」

 

「よせやい。」

 

「……そんなに泣き虫だったかしら。」

 

 

 

恐らくその空白の時間はトリップしていた為だとは思うが、思い出したという古い記憶は何なんだ?チサトがよく泣いていたといえば小学生の頃…あたりのだとは思うが。

チサトにとってもそれは予想外の結果らしく、恥ずかしそうに髪をいじいじしている。

 

 

 

「あぁそうだ。確かあの頃、千聖とは芝居の道について語り合ったこともあったね…。どうして今まで忘れていたんだろうか。」

 

「懐かしい話ね。…私は忘れたことは無かったけれども。」

 

「はは、千聖は手厳しいね…。でも、もう大丈夫。ちゃんと思い出したよ。」

 

「そう、もう忘れないでね。」

 

 

 

なんだろう、この疎外感。俺の家、俺の部屋なのに物凄くアウェイだ。

薫がおかしくなくなった…まぁおかしいっちゃおかしいんだけど、それはいいとして、この二人だけ分かり合えてる感は何なんだ。俺もその頃いたよね?仲良しだったよね?あれ?

 

 

 

「……ちょっと、○○、泣いてるの?」

 

「…え"?」

 

「おや、本当だ。…どうしたんだい、何か辛い事でも…」

 

「な、泣いてなんか…」

 

 

 

言われて気付いたが視界が歪みに歪みまくっている。これは果たしてどういう感情から来た涙なのだろうか。

薫が戻ってきてくれて嬉しい涙なのか、仲間はずれが辛過ぎての悔し涙なのか……それとも…。

 

 

 

「そんなに仲間外れが嫌だったの?」

 

「………わかんねえけど、何かずりぃよお前ら。」

 

「だってあの頃の○○って……ねぇ?」

 

「そうだね。兎に角やんちゃなガキ大将って印象だったよ…ふふ。」

 

「…そう、かも知れねえけど…。」

 

 

 

わかった。二人を見てて気づいちまったんだ。

 

 

 

「でも大丈夫、昔から○○はずっと○○。私達にとって掛け替えの無い友人だよ。…ね?千聖。」

 

「そうね。まさか泣いちゃうとは思わなかったけれど…。可愛い所もあるのね。」

 

 

 

昔も今も、こいつらは俺よりも大人なんだってことに。その差を感じて、自分の気持ちをどこにもぶつけられなくなった挙句涙として流れたのだ。

自分がまだまだガキであると実感した直後の俺にとって、その二人が掛けてくれる嬉しい言葉ですら追い撃ちの言葉に感じられてしまう。そんな部分も己が未熟であることの証拠でしかないんだが、今は只、悔しくて辛くて…。

 

気付けば、薫が以前の状態に戻っていることも忘れて、感情のままに二人を追い出していた。

 

 

 

「ちょ、ちょっと○○、お客様にその仕打ちはないんじゃないの??」

 

「そうだよ○○、幾ら私が魅力的だからって、そんなに強く押されると参ってしまうな。」

 

「うるせぇ…うっせぇんだお前ら!いいから出て行け!!」

 

「…何よ急に怒って、意味わからない。そういうところはずっと子供なんだから…」

 

 

 

こういう時って本当にどうかしているよな。冷静な時であればチサトがよく俺を小馬鹿にしたように言う煽りだって気付けるはずなのに。

"子供"というキーワードにのみフォーカスしてしまって、昂る感情が抑えられなくなる。引っ込みがつかないともいうが、その流れに任せて俺は二人を追放した。

…つまりは、まんま子供の様に逃げたのだ。

 

 

 

「二度と面見せんな…お前らはお前らで大人同士で仲良くやってりゃいいだろ!!」

 

「そんな、私は…」

 

バァン!!

 

 

 

ドアが閉まる直前に聴こえた薫の声は()()()()薫だっただろうか。

力任せに閉めた扉の向こうから聞こえる優しげな声も、一人自分の内に閉じ籠る俺には聞こえていなかった。

 

 

 

「私はまた来るから。」

「○○くんがどんなに拒んでも、私は○○くんに尽くすから。」

 

「…私もよ。」

「尽くす気は無いけれど、あなたは私達が出逢うに欠かせなかった人だもの。」

「頭が冷えた頃にまた来るわ。」

 

 

 

…うるせえ、俺なんか放っとけばいいだろ。

 

 

 




主人公が荒れるのは波乱の予感です。
この日イベ対象の二人を引いた時の気持ちをオーバーに書いたらよく分からなくなりました。




<今回の設定更新>

○○:おいおいどうした。
   でも時折あるよね、誰かと比較して自分が物凄く子供に思える時。
   それの最悪なパターンがこれです。
   はてさてここに漬け込む輩の影が見えますなぁ。

薫:戻っちゃった★

千聖:優しいんだか腹黒いんだからわからん人。
   多分根はまともなだけに賢さが恐ろしい。


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【花園たえ】目指せハナゾノマスター 2019/07/17 奴隷 in 花園

またしても新シリーズです。
コンセプトは「異次元(天才)とおせっかい(多弁)」です。


 

 

 

「聴いてる?」

 

 

 

宇宙の真理について考察を広げ過ぎていたようだ。

いつの間にか眼前にまで迫った()()の接近にすら気付かないとは。このボクともあろう者が、何たる失態。

だがここで慌ててはいけない。道行く有象無象共が思わず振り返ってしまう程の美貌を持つ彼女が視界一杯にその顔を広げる程近くにいたとしても、だ。

 

 

 

「花園…何だい?」

 

「だーかーらー。ギター。」

 

「ボクに、弾けと?」

 

「言ってない。」

 

「じゃあなに。」

 

「私は、聴いて感想が欲しいって言った。

 なのにずっとぼーっとして全然聴いてない。私おこ。」

 

「あー…。しかしだね、感想も何も、ボクは楽器なぞ経験もなければ興味もないわけだ。

 聴いたところで「スゴイデスネ」が関の山だぞ。」

 

 

 

そうだった。

そもそも宇宙の真理、世界の理にまで思考を深めていた原因はそれだった。

放課後の自由且つ有意義な時間を頻繁に奪いに来るこの少女は今日も今日とて音楽室なる牢獄にボクを連れ込み訳の分からない楽器を延々と弾く。睡眠の時間にしないだけ有難いと思って欲しいものだね。

 

 

 

「…それでもいい。それでも、○○に聴いて欲しかった。」

 

「……それじゃあ適当に感想だけ伝えるが、」

 

「だめ。さっきは聴いてなかった。

 …もっかいやる。」

 

「なっ…!いいかい?ボクはそもそも何も真剣に聴くつもりはないし答えるつもりもない。

 言った所で意味がないわけだからね?だから君が演奏を繰り返す意味はないという訳だ。

 だからほら、その紐みたいのを首に掛けるのは止め賜えよ。弾く準備もせずに――」

 

 

 

ギュゥィイイイーーーーーーーーーン

 

 

 

「――意地でも弾くということか。

 よかろう。君のその心意気!見せてみたまえ!!」

 

「うるさい。集中するからだまってて。」

 

 

 

しかと見届けてやろう。その上でしょーもない感想を言ってやろう。

 

 

 

**

 

 

 

「ちょ、ちょっとストップだ。演奏を止め賜え、花園!」

 

「むぅ?体が温まってきて、ノビも良くなった。

 …ここで止めるわけにはいかない。」

 

「その気持ちも理解できなくはないがね。外を見たまえよ。」

 

「そと?」

 

「すっかり日が落ちているだろう!あれから3時間も弾き通しだ。

 時間的にもボクの耳的にもそろそろ限界なんだ、わかってくれたまえ。」

 

「…まだまだ、練習不足。」

 

「君は家でも練習を続けているのであろう?であるなら学校での鍛錬はこの辺りで切り上げるべきだ!

 いや、素直に言う。ボクを開放してはくれないだろうか!」

 

「…まだ。感想をもらってない。」

 

「それは話すタイミングも間も作らなかったからだろう…。」

 

 

 

ジャァァアアアアアアアアアアア………ン

 

 

 

「人が話している時には無闇に掻き鳴らさないことだ。まずはそれを置き賜え。」

 

「不満…。」

 

「そしてケースを用意して、中に入れてご覧。」

 

「うぅ…でもこれじゃあ弾けない。」

 

「いいんだ、一旦入れてケースを閉じてみたまえよ。」

 

「…それで?」

 

「それを背負うんだ。落とさないように、慎重に、慎重に…」

 

「…こう?」

 

「…なるほど、センスがいいな。次は校門に向かうわけだが…。

 途中で難所がいくつかあってだな。」

 

「難所?…馬が要る?」

 

「どういった思考回路か未だ読めないな君は…。

 いいかい花園、その椅子を片付ける手を止めずに聞くんだ。

 まずはここの鍵を返しに行くこと。その手に持っている奴だな。」

 

「…あぁ、これ。いつのまに?」

 

「先ほどここを開けるために借りに行かせただろう。

 そうしたら次に大事なのは挨拶。それから次は靴を履き替える必要が有り――」

 

 

 

また突発的にあの刺激の強い音を鳴らされないよう、持ち前の多弁力で注意を逸らしつつ帰路を急ぐ。

こうでもしていないと目にも止まらぬ早業で演奏の体勢を整えてしまうからな。花園は。

 

 

 

「すごい…気づいたらもうすぐおうちだ。」

 

「今日は中々に要領よく帰って来れたな。花園。

 だが、家に帰るまでが下校だ。気を抜くのはいけないことだぞ。」

 

「うん、わかってる。

 …今日の演奏どうだった?」

 

「わかっているならばよろしい。そのまま、弁えていなさい。

 素人目ではわからないが、格好良かったのは確かだ。あ、そうだ、家に帰ったらまず最初にすることは何かね?」

 

「ドアあける。」

 

「次。」

 

「靴を脱ぐ。」

 

「次。」

 

「投げる。」

 

「並べて、次。」

 

「…寝る?」

 

「面倒がらない。手洗いとうがいであろう?ここを欠かすと人間にとって大切な免疫力というビジネスパートナーを失う事になる。

 これは人体にとって重大な損失と言える。」

 

「なるほど。びじねすぱーとなーさんはすごく背が高いよね。

 …演奏、どれくらい格好良かった?」

 

「何の話だ。君の持っている免疫力の身長には興味がないが…。

 そうだな、茶化せず見惚れてしまうくらいには魅力的だった。…ええと、何の話だったか。」

 

「パセリとセロリが好きだって言ってた。」

 

「免疫力と会話ができるのか…。まぁいい。

 とにかく、日常生活に於いてルーティンを組むことは大切だ。ひいてはそれが生活習慣となるのだからな。

 ギターとやらに執心するのもいいが、自分の身体も省みることだ。」

 

「わかった。目指せ生活習慣病…。」

 

「病はやめておきなさい。

 それではボクは帰るよ。アデュー。」

 

「うん、ばいばい。」

 

 

 

ふう、今日も中々に大きな仕事だった。

部活動に所属するよりよっぽどやり甲斐のある仕事だと思うよボクは。うん。

 

 

 

 




一応おたえちゃんでぇす。




<今回の設定>

○○:独特なキャラクターを作りたかった。
   共学化した花咲川にてたえちゃんに目をつけられる。
   クラスでの呼び名は、「異次元漂流者」若しくは「奴隷」

たえ:原作よりもよりぶっ飛ばすのが目標。
   もう、ちょっと変わってるとかそういう次元じゃない。


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2019/07/29 花園は胃袋(宇宙)

 

 

 

「…美味しいかい。」

 

「うん!」

 

「慌てずよく噛んで食べるんだぞ。」

 

「うん!」

 

「何注文したんだっけ。」

 

「うん!」

 

「…………話、聞いてる?」

 

「うん!」

 

「嘘つけ。」

 

「うん!」

 

 

 

時刻は夜の八時を過ぎた頃。

ボクと花園は遅めの夕食を摂りにハンバーグ専門店に居た。

今日も今日とて所構わず掻き鳴らそうとする花園も流石にカロリー消費はするようで、鳴きやまない腹の虫に夕食を提案したのだ。

…恐らくボクの奢りであろうな。

 

今尚目の前でがっつく様にサラダを掻き込む花園。

全く話を聞いてない辺り、余程美味しいのだろうか。…などと考えて眺めていると、ピタリと花園の動きが止まった。

 

 

 

「どうした。」

 

「…………。」

 

 

 

無表情でこちらを宙を見つめつつ口から半分飛び出した葉菜を食べる姿はうさぎを彷彿とさせる。成程、飼い主はペットに似る、か。

 

 

 

「ここ…ハンバーグ屋さん。」

 

「知ってるが?」

 

「私、サラダしか頼んでない。」

 

「知ってるが?」

 

「お肉食べないの?」

 

「…それはボクに訊いてるのか?」

 

「食べます。ぴんぽーん。」

 

「あもうまた勝手に店員呼んでからに…」

 

 

 

一体目の前の少女は何と会話しているのだろうか。

メニューも見ないまま店員呼び出しボタンを押す。…本当に、次は何をやらかしてくれるのだろうか。

心苦しいので人様を困らせるようなことだけはしないよう祈る。

やがてツカツカと若い女性のスタッフがあの携帯のような機械を持ち近づいてくる。

 

 

 

「ご注文でしょうか?」

 

「はい!このサラダと、このサラダと…あとこのスペシャルプレートください!!」

 

「追加ですね?畏まりました。

 …ご注文繰り返します。…」

 

 

 

果たしてボクが対峙していたのは一人の少女であった筈だが、その胃袋は宛ら宇宙であったらしい。うーんコズミック。

そしてまたサラッとボクの注文は訊かなかったな。

相変わらず独自の世界というか、独立した時間軸を生きる人だ。

 

 

 

「にへへ…たのしみ。」

 

「そうかい。」

 

「見てこれ、全部食べた。」

 

「見せんでよろし。」

 

「ドレッシングも綺麗に飲んだ。」

 

「体に害なレベルだと思うぞそれは…。」

 

「でも、残すの良くない。」

 

「料理はな。それに付随してくるものは別によかろう?」

 

「あ。」

 

「?」

 

「デザート忘れた。」

 

「すっごい食べるね。」

 

「抹茶のやつかこっちのおっきいパフェかと存じます。」

 

「文章省かずに途中経過も喋ってくれたまえ。」

 

「だーかーら!さっきからずーっと迷ってるって話でしょ!」

 

「…初耳だが。」

 

「私の事、嫌い?」

 

「いやまて全部間違っているぞ君は。嫌いじゃない。」

 

「両方注文します。ぴんぽ」

 

「待ちなさい。」

 

 

 

話の渦に呑まれかけていたボクだったが、間一髪といったところでその細い手首を掴む。

不思議そうな顔をしつつも力を全く緩めてくれない花園に対抗する様にその手首を引っ張り上げる。君はもう少し自分の筋力を自覚した方がいいね。全く運動などしていない非力なボクでは到底敵うまいよ。

そういえば、蟻は自分の体重の5倍~10倍の重さを持ち上げることができるという。だがそれを、自覚しているわけではないんだと。まさに目の前の花園ではないか?

彼女は果たして蟻なのか兎なのか。

 

 

 

「はなして。」

 

「待ちたまえ、さっき注文したばかりであろう?

 …次に料理を運んでもらった際に言えば迷惑にならないだろうに。」

 

「はっ。」

 

「はっじゃねえ。」

 

「もしかして、〇〇、私のこと好き?」

 

「どうしてそうなった。」

 

「手、握られてる。」

 

「止めてんだ。」

 

「恥ずかしくて、顔が赤くなっちゃう…。」

 

「全く以てなってないから安心したまえ。」

 

「…紅ショウガ?」

 

「例え!」

 

「お待たせいたしました…」

 

「ほらきたぞ。」

 

「はぁい、全部私です!」

 

 

 

うーん清々しい程に元気。

店員さんの顔を見てごらんなさい。ドン引きです。

 

 

 

「ちゃんと残さないで食べる。」

 

「…うん、それはいいことであるな。」

 

「みてて。」

 

「…はいはい。」

 

 

 

その後2時間ほどかけて目の前の牙城を平らげた花園。

満足そうで何よりだが、遠慮というものを知ろうな?

 

 

 

「おなかいっぱい。」

 

「そうかい。」

 

「御礼しなきゃ。」

 

「普通に割り勘でいいんだけど…」

 

 

 

会計時にふらふらと何処かへ行くのは勘弁してほしい。

今日も気づけばいないし、かと思えば玄関先のピーター・ラビッ〇に話しかけてるし。

一応御礼の概念があるのが驚きだ。

 

 

 

「なにがいいかな。」

 

「…もう慣れてきたなこのスルー力。」

 

「ギター?」

 

「却下。」

 

「歌う?」

 

「いらない。」

 

「むう。…いじわる?」

 

「普通のは無いのかいね。」

 

「…じゃあ、私がぷれぜんと。おりゃー。」

 

「はい抱きつこうとしない。いらないいらない。」

 

「…じゃあまた付き合ってあげる、だーりん。」

 

「意味わかっていってるのかね…。」

 

 

 

そんな概念なかった。

 

 

 




おいしかったです。




<今回の設定更新>

〇〇:花園見習の称号を手に入れた!
   新たに「腕掴み」のスキルを会得した。

たえ:公共の場でもお構いなし。
   彼女の本領は発揮する場所を選ばない。


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2019/08/13 花園 in 仮想現実

 

 

普段何も用事のない日や、何のタスクにも追われていない日は趣味のビデオゲームをして過ごすことが多い。

そのせいもあってか視力は低下。中学生の頃にはすっかり魅惑のメガネボーイになっていた。まぁそんなことは置いといて。

 

 

 

「科学力の進歩っていうのは全く…。

 人を虜にしてやまない娯楽を日々世に出しているというのだから…。本当、堪らないよ。」

 

 

 

今まさに、起動音を響かせブルーの光で周囲を照らす機械。ヘッドマウント型のディスプレイを前に、思わずうっとりとした声を漏らすボク。

…そしてそれを無表情で見つめる花園。

 

 

 

「…だーりんは私の虜?」

 

「その呼び方定着させる方向で行くのかね?そもそも意味わかって言ってる?

 あと、話の何を聞いてそう思った?」

 

「じゃあ、トリコ?」

 

「安心したまえ、イントネーション変えなくてもちゃんと聞いているよ。

 …結論から言うと、ノーだ。」

 

 

 

おかしい。家にまで上げるつもりではなかったのだが気づけばここにいる…。

今日で言うならば、花園の家にご両親が居なかったのが問題か。せっかく送って行ったのに。

というか居ないなら最初に言っておくべきだろうに。

家についてドアノブを回したところで「あっ」だもんな。さすが花園、彼女らしいといえばそれまでなのだが。

 

 

 

「その機械は?」

 

「あぁ、これ。ゲームだよ。中に画面があるのさ。」

 

「…えっちなやつ?」

 

「断じて違う。」

 

「でも、誰にも見せられないやつだから…」

 

「はぁぁぁ……いいかい花園?これはVRといって、その構造も仕組みもプレイヤーに更なる没入感を与えるために」

 

「難しい話嫌い。」

 

「…知ってるとも。」

 

「でもだーりんは好き。」

 

「またブっ込むね君は。あまり手放しには喜べないがね…。」

 

 

 

あの花園に好かれるだって?何も知らない愚かな男どもなら単純に歓喜なのかもしれないがね?まぁ、黙っている分にはただの整った外見の大人しい少女だ。無理もない。

ただ、花園たえという人間の"中身"を数ミリでも知っている者ならそうはならないだろうよ。

実質、解き明かされていない宇宙を一つ任されるようなものだ。並大抵の根性じゃあやっていけまい。

斯く言うボクも何故このような関係になってしまったか、もう覚えてはいないのだが…。

 

 

 

「おぉ、これはすごい。」

 

「目を離した隙に装着してみせるとは。装着方法はわかったかい?」

 

「ん、私天才。」

 

「表情はイマイチ見えないが誇らしげな雰囲気は伝わるぞ。

 えらいえらい。」

 

「にははっ……!」

 

 

 

相変わらず独特というかどう発音しているのかわからない笑い声だな。

…さて。それじゃあここからどうなるのか。天才さんの行動も見ものであるな。

 

 

 

「……ぅ??………むぅー。」

 

「…くくくっ…。」

 

「…むむ???………んあ??……ぅう…」

 

「……っ。…ふふっ…。」

 

 

 

困ってる困ってる。

そりゃそうだ。現状システムが立ち上がっただけ。肝心のゲームはここから選び、自らの手で始める必要があるのだよ。

その為にはこの、ボクが両手に持っているスティックかコントローラーが必要なのだが。流石に動作だけで操作が完結する段階までは進歩していない。

おいおい花園。傍から見ている分にはすっかり道化ではないか。なんだいその珍妙なポーズ集は。

 

 

 

「…あっ?」

 

「…だーりん、馬鹿にしてる?」

 

 

 

いつの間にやら不思議な踊りをやめて装置を脱ぎ捨てた彼女は、仁王立ちでこちらを見下ろしていた。

ご立腹か。ご立腹なのかね。ボクはとても愉快だよ!!

 

 

 

「その棒使うんでしょ。」

 

「ご名答。流石は天才といったところか。」

 

「ちょうだい。」

 

「どうしよっかなぁ…。」

 

「ちょうだい。」

 

「因みに言うと、これ使わなくても君のその綺麗な声でも操作はでき」

 

「ちょ う だ い」

 

「……やれやれ。」

 

 

 

全く。そこまでVRに拘るかね。

確かに?ヴァーチャル・リアリティ…。この甘美な響きよ。ボク以外にも魅了される者が居たとしても何らおかしくは…

 

 

 

「私が、ギター以外で遊ぶの、や?」

 

「はぁ?何でそうなる。」

 

「だーりん、いじわるするから。」

 

「いや、君のギター聴かされるよりはよっぽどマシだよ、この状況の方が。」

 

「………。」

 

 

 

腑に落ちない顔をするんじゃない。君が振ってきた話ぞ。

 

 

 

「…そんな顔するんじゃないよ。たかがゲームだろうに。」

 

「…たかがじゃないもん。」

 

「…まぁ、確かにそうだな。ボクとしたことが、至高の嗜好を蔑むような発言をしてしまうなんてね。

 …ぷっ、至高(しこう)嗜好(しこう)だって!プークスクス。」

 

 

 

全く…今日のボクは一体どうした。ギャグのセンスもキレッキレじゃないか。

 

 

 

「だーりんとお揃いの遊びだもん。…たかがとか言わないで。」

 

「うっ………。」

 

「だーりんは、大人しく私にゲームを教えるの。いい?」

 

「……致し方ないね。」

 

 

 

全く…今日の君は一体どうした。まるで女の子のような表情を見せるじゃないか…。

 

 

 




天災が仮想現実で暴れまわるが如く。




<今回の設定更新>

○○:その気になれば普通に喋れる。
   ゲーマー。
   今回のモデルはP○VR。
   それ以前にさらっと女の子を家に上げてるってどうなの。

たえ:別にぼっちじゃないが。主人公を、有象無象の中で唯一構ってくれる人間だと認識している。
   あれ、この書き方だとまるで人間じゃないみたいだね。
   果たして今回の様子はデレの始まりか、混沌の前振りか…。


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2019/08/26 花園ウイルス

 

 

 

ピンポーン…ピンポーン…

 

 

 

呼び鈴だ。

夜も更け、我が家の遅めの晩飯時。

一応家族揃って晩飯を摂るタイプの我が家だが、基本会話はない。特にお互い仲が良い訳でもなければ関心があるわけでもないし、致し方ないことであろう。

 

…とはいえ。

流石に鳴り続けるチャイムに対応しないままと言う事にも行かない訳で。

 

 

 

「…おい母さん。客だぞ。」

 

「……はぁ。○○、アンタ出なさい。」

 

「チッ……。なんで僕が」

 

「父さんも母さんも忙しいんだ。それくらい気をきかせてさっさと行ってこい。」

 

「…親父もお袋も普通に飯食ってるだけでしょ…。」

 

「いいから、行ってきなさいよ。セールスとかだったらちゃんと断るのよ。」

 

 

 

こんな時間に来るセールスがあるか。

至極面倒くさがりで重量級の腰を持つ父と夜は只管に無気力で無愛想な母。会話が生まれないのも納得ではある。

果たしてこの時間に訪れる迷惑な来訪者は一体何者かと、若干イライラしながら扉を開ける。

 

 

 

「だーりん!!ご飯食べにいこー!!」

 

 

 

夜更けに訪ねてきたのは、とんだ変人だった。

 

 

 

**

 

 

 

えーっと…?

先程の殺伐とした食卓からは想像もできないであろう目の前の光景。思わずつぶやく。

 

 

 

「どうしてこうなった…?」

 

 

 

玄関で"だーりん"を連呼する花園に、何を勘違いしたのかウチの両親は…家に上げてしまったのだ。

そんでこの状態。

 

 

 

「いやぁ、可愛いねぇ!おたえちゃんっていうの??」

 

「いやはや、ウチの息子にもこんな可愛いガールフレンドができていたとはなぁ!」

 

「いつからの付き合いなんだい??」

 

「おかわり!!」

 

「はいはい、ちょっと待っててね…」

 

「いっぱい食べるなぁ…どれ、おじさんの分も分けてあげよう。」

 

「ありがとう!!パパぁ!」

 

「ぱ、ぱぱ…」

 

「はい、おかわりどうぞ~。たんとお上がり。」

 

「ママ!これも食べていーい?」

 

「ふふっ、いいわよぉ。全部食べちゃって~。」

 

 

 

おい花園。どうやってその二人を攻略したんだい?

あと愚かな親共よ。会話も噛み合ってない上にあっさり陥落するのはやめなさい。

あ、これはあれだな?娘が欲しかったんだ本当は…とかってパターンだろ?

 

 

 

「はぁーあ。どうせ生むんならやっぱ娘だったわぁ…。」

 

 

 

言ったよ!

 

 

 

「…う?だーりん、ご飯食べない?残す?」

 

「…食べるよ。」

 

「それがいい。いっぱいおたべ。」

 

「君が作ったかのように言うね。」

 

「…ええと、違うよ?」

 

「知ってるよ!」

 

 

 

心配そうな顔をするんじゃないよ。一応大丈夫だよ、頭は。

 

 

 

「ところで○○、おたえちゃんとはどういう関係なんだ?」

 

「別に…ただの知り合いだよ。

 つーかどうでもいいだろ。」

 

「何だお前、親に向かってその態度は。」

 

「…うぜえ。」

 

 

 

知り合いが来たくらいで急に父親面するのはやめたまえよ。

虫酸が走る。

 

 

 

「あらあら、○○ったら、困った子ね。

 お父さんは純粋に、おたえちゃんを歓迎したくて言ってるのよ?」

 

「……チッ。」

 

 

 

アンタもか。

…こんなことならこいつを家に上げるべきじゃなかっ

 

 

 

「だーりん?お顔、こわい。」

 

「………あぁ、それは、悪いことをした。」

 

「私、食べ過ぎ?」

 

「それはない。…いや、無くはないが、この場合はそこについて問答する場面ではなかろうに。」

 

「…お前、なんだその喋り方。」

 

「ぱぱ、だーりんは、いつもこう。」

 

「…余計なこと言わんでいい。」

 

 

 

親にはあまりバレたくないだろうよ。

()()()()()()()()()()と。

 

 

 

「○○…お前。……あれか?中二病とかいう…」

 

「違うわっ!」

 

「!?…あんた、そんな大きい声も出せるの??

 …お母さん、ちょっとちびったわよ。」

 

「きったねぇ。」

 

「あのね、ぱぱ、まま。」

 

「…なんだい?」

 

 

 

何やら神妙な顔の花園が割り込んでくる。

真面目な雰囲気を出してるところ悪いが、口の周りをケチャップ塗れにしてお袋に拭いてもらっている姿で全部ぶち壊しだぞ?

 

 

 

「はい、これでよし、と。おいしかった?」

 

「うん!ありがとうまま!!」

 

 

 

……………。ほん…わかしとる。

 

 

 

「おたえちゃん…それで、何を言おうとしたんだい。」

 

「あっ、そ、そうだった…。ええと。」

 

「何を言おうというのかね花園。」

 

「あのね、だーりんはね。…凄くいい人。」

 

 

 

はぁ?

散々溜めて何を言うのかと思えば…。

 

 

 

「それで、いつも私を支えてくれて、面倒も見てくれて。

 …ちょっと変な喋り方だけど、みんなが面倒くさがる私と一緒に居てくれる大事な人。」

 

「…………。」

 

「でも、おうちでこんなに怖い人だって思わなかった…。」

 

「や、それは……」

 

「だーりんは…○○くんは、どっちが本当の○○くんなの?」

 

 

 

いつものふわふわした雰囲気が、今の目の前の花園には無い。

というか、君普通に会話できるのね。

 

 

 

「俺は…いや、ボクは。」

 

「……うん。」

 

「家にいると、どうしても空気感とかギスった雰囲気とかでイラついてしまって。

 両親とも冷めてるし会話もないし。正直毎日帰ってきたくもない家に帰ってきてやってる状態だった。」

 

「………。」

 

「今となってはそれがどこから始まったものなのか知る術もないけど。

 とにかく、気づいた時には仮の自分を用意していないとまともに接せなくなっていたよ。」

 

 

 

まぁ、自分を演じている時点でまともには接せていないんだけども。

にしても、じっと聞き入ってるな三人とも。こういった空気にも慣れていないせいか、胃の辺りがキリキリ痛むのだが。

 

 

 

「恐らく花園が今感じているであろう差異は、そこにあるものだと思う。」

 

「…だーりん。」

 

「…何だね。」

 

「私逆だと思ってた。ごめんね?」

 

「へっ?」

 

「おっかないほうが素だと思ってた。間違えちった☆」

 

 

 

おい。

そんなおどけた様子で舌を出しても許されないからな。この緊張感どうしてくれる。

 

 

 

「……なぁ母さん。」

 

「…えぇ。」

 

 

 

目を合わせ、頷き合う二人。

少しの間を明け、意を決したように向き合う親父。

 

 

 

「実はな…。」

 

「うん……。」

 

「お前が中学に入った頃かな。…"ツンデレ"というものが流行っただろう。」

 

 

 

ん??何の話だ。

 

 

 

「息子が思春期に突入するタイミングでなぁ。母さんと話し合ったんだ。」

 

「ここから急に、二人してツンデレを演じたら息子はどういう反応をするのか。ってね。」

 

「あ?」

 

「どうだ?見事なツンっぷりだったろ。」

 

「ツンデレを何と勘違いしてんだ!…そして演技が下手!!

 ただの冷め切った家庭だったぞ!」

 

 

 

ドヤ顔やめろクソ親父。

 

 

 

「確かに下手かもしれないけど…お父さんは。」

 

「なっ!?母さんもどっこいだったろ!」

 

「…まぁ、それにしてもアンタもアンタよ。

 すっっっっかり不良息子みたいになっちゃって。」

 

 

 

なるだろうそりゃ。ある日朝起きたら無視だぞ。

前日まで普通に会話してた家族が、おはようとお休みしか言わなくなったら誰でもこうなる。

 

 

 

「いやいや……え、じゃあ何?馬鹿な両親とそれに気づかないアホな息子の茶番ってこと??」

 

「だーりん、こーゆーのは馬鹿じゃなくてお茶目っていう。」

 

「ちょっと黙ってようか今ややこしいから。」

 

「お茶目?お茶目いいじゃない!ね?お父さん。」

 

「おぉ!いいなぁお茶目なパパ!気に入ったぞ!!」

 

 

 

目ぇ輝かせて何言ってんだこのおっさん。

 

 

 

「でもね、ぱぱとままも悪いよ?

 …ちょっとだけ、だーりんがかわいそう。」

 

「ちょっとだけて…」

 

「おたえちゃん……」

 

「だからこれからは、ちゃんと普通にしてあげて?

 じゃないと私、もうここに来ない。」

 

「そ、それは困るよぉおたえちゃん!!毎日でもパパに会いに来てくれぇ!!」

 

「そうよ!もう変な演技しないからぁ!」

 

 

 

あんたら、花園に支配されすぎだぞ。影響の凄さに引くわ。

あと、何ウチに来る前提で話してんだ。来るなよ。

 

 

 

「花園……。」

 

「う?…だーりん?感動した?嬉しかった?」

 

「…こんな時間にアポ無しで来るのはどうかと思うがね。

 …まぁ、家の誤解問題を解決してくれたことには素直に感謝しようかと思っている。」

 

「…すきになった?」

 

「元より嫌いだとは言っていないだろう。好きでもないやつの面倒なんか誰が見るか。」

 

 

 

ずっとただの知り合いだと思っていたがな。

気づけば大事な友人くらいにはなっていたということか。

 

 

 

「ぱぱーままー!だーりんが私のこと好きだって!」

 

「よかったわねぇ…。これからも、○○のこと宜しくね??おたえちゃん。」

 

「アイツ、どうせ友達もあんまり居ないんだろ?あんなんだし。

 おたえちゃんが面倒見てやってくれなぁ。」

 

「引き受けた!!」

 

 

 

……変人ってのは伝染するウイルスか何かなのか。それともこれが本来のウチの姿なのだろうか。

どのみち勘弁して欲しいが、花園に出逢った時点で何かしら運命は動いてしまったんだろう。

 

 

 

「もうどうにでもなれ……。」

 

 

 

 




狂気は伝染する…。




<今回の設定更新>

○○:家庭のあまりの居心地の悪さに人格が乖離していた模様。
   今後はうまいこと両方を出していくそう。

たえ:頭のおかしさがいい方向に働いた。
   一歩間違えば家庭崩壊に止めを刺す事態になっていたことは敢えて言うまい。
   かわいい。

パパ:お茶目。娘が欲しかった。

ママ:意外と辛辣。娘が欲しかった。


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2019/09/12 花園学級

 

 

 

「だーりんっ。」

 

「……学校でまでそう呼ぶなと言ったろうに。」

 

 

 

昼間。平日は当然学校がある。学生だからね。

そしてこの困った天然さんも当然のようにボクの机に駆け寄ってくる。信じられるか?これが休み時間の度に繰り返されるんだよ。

 

 

 

「だーりんだーりんっ。休み時間だよ。」

 

「知ってるとも。前の休み時間もそう言っていたろう。」

 

「ぅ?そーだっけ。」

 

「…この鳥頭め。」

 

 

 

他に絡みに行けそうな友達は…いないのか。まぁ学校でも陰口か嘲笑しか受けないようなボクが言えたことじゃないが。

学校の弾かれ者同士がこうして一緒にいることはある意味自明の理、それはそれで違和感を覚えることでもないんだが…。

 

 

 

「それでも君は近すぎるんだよ…。」

 

「??だーりん恥ずかしがり屋??」

 

「違う。違うから膝の上から降りなさい。」

 

「やだー。」

 

「…やだじゃありません。みんなもいる教室なんだから、騒いだら迷惑になることくらいわかると思うがね?」

 

「……じゃぁ、誰もいないとこ行く?」

 

「行きません。」

 

 

 

何処に連れて行くつもりだというのだね君は。学校で誰も居ないところなんか…まぁ無くても作れるんだったか。

彼女のギターは人を惹きつける。そして文字通り引き付けた後、猛烈な飽食感のような物を与えてしまい、その結果人々を遠ざけることになるのだ。吹き戻しの逆のようなものだね。

恐らく、彼女がギターを掻き鳴らしていくにつれて自分に酔ってしまい、観客の事などお構いなしに一人盛り上がってしまうからであろうな。

 

 

 

「だーりん…」

 

「…まだいたのかね。早く自分の席へお戻り。」

 

「はぁい……。」

 

 

 

全く。

あの我が家での一件以降本格的にべったり付き纏うようになった花園。まさかクソ親父が言っていた「面倒見てやって」を本気で受け止めているわけではあるまいな?もしそうだとしたら…本気で勘弁願いたいところだ、が。

すごすごと自分の席を目指す丸い背中に若干の罪悪感こそ覚えたが、それはそれ。あいつは甘やかすとつけあがるんだ。

 

 

 

ヤダーナニアレー

〇〇クンッテ、花園サントドンナカンケイナノカシラァ

エェーウソォ、チョットネラッテタノニ…

ミタメダケハカッコイイモンネェ…

アマリシャベラナイトコロモミステリアスデイイノヨ…

 

 

 

…外野が騒がしいな。そんなにボクみたいなハブられ者が変人(花園)とつるんでいるのが面白いかね。

内心苛立ちを覚えつつ次の授業の用意をする。

 

 

 

**

 

 

 

授業中は少し気が落ち着く。花園が絡んでこないことも大きいが、何より周りの人間の関心が授業に向けられるからだ。

下手に揶揄われたり弄られたりする休み時間よりよっぽど平和な一時である。…とは言え、急に自習になんぞなろうものなら途端に混沌とした状況が作られるわけで…

 

 

 

「…おい〇〇。」

 

「…何だね。」

 

 

 

ええと、この男は誰だったか…。

前の席の坊主頭の男子生徒が椅子を傾けて此方へ身を乗り出してくる。やめ給え、それ以上は僕のテリトリーぞ。

 

 

 

「お前さ、花園と仲いいじゃん?」

 

「……はて、何の事だか。」

 

「いやいや!あれだけベタベタくっ付いててそれはないぜ!!」

 

「そうかい。で?要件は端的に纏め給え。」

 

「はっははは!!お前は相変わらずクールだな!

 …実はさ、俺の知り合いで花園が気になっちゃってる奴がいてな?…まぁアイツはアイツで変わったやつなんだが…」

 

「…成程。惹き合わせる助力を申し出たいという事かね?」

 

「…そこまで言うつもりはなかったんだけど…なに、協力してくれんの?」

 

「断る。」

 

「…そっかぁ…。やっぱさ、お前ら付き合ってんの?」

 

「………そう見える?」

 

「あぁ見えるさ。…だってお前、教室で堂々と「だーりんだーりん」っていちゃついてて、さっきなんか自然に膝にまで乗せてたろ?

 ありゃ恋人同士のスキンシップか、兄妹とかそういう身内のレベルだぞ。」

 

「……そうか。そういう、ものか。」

 

 

 

やはりそう見えていたのか。

案外そういう状態の人間というのは、周りは見えていても自分たちの状況が一番見えていないからな。何とやらは盲目ってやつだろうか。

 

 

 

「…なに、自覚なかったんか?」

 

「まぁ…ボク自身女性と接するのも初めてでね。適切な距離というか、そういったものがまるで分からないんだ。」

 

「……勿体ねぇな…。他の女の子たちに相談してみたらどうだ?」

 

「何を。」

 

「どうやったら女の子と仲良くなれますかーって。」

 

「……えぇ…。」

 

 

 

何だそれ。そんな結果が見えていることするわけなかろうに。何を言っているんだこのハゲは。

 

 

 

「坊主頭はハゲじゃねえからな。野球部なんだから仕方ねえだろ。」

 

「まだ何も言ってないだろう。」

 

「顔見りゃわかんだよ。」

 

「侮れないハゲだ。」

 

「言ってんじゃねえか!…ちゃんと名前で呼べ。」

 

「名前?…知らんが。」

 

「マジかよ。ずっと前に座ってただろうが。」

 

「だから頭の情報しかないんじゃないか?」

 

「……くそ、口じゃ敵わんな。…矢口(やぐち)だ、覚えとけ。」

 

「矢口…矢口…。まぁ気が向いたらそう呼ぶことにするよ。」

 

「気が向かなくても呼べや…。」

 

 

 

矢口という目の前の男。会話を交わしたのは初めてだったが、存外悪い奴ではないのかもしれない。それよりも、最初話しかけてきた目的であろう友人の件は良いのだろうか。

 

 

 

「あぁ、それな。蓋を開けてみりゃお前の方が面白そうな気がしてよ。

 お前と花園を観察することにしたからいいんだ。」

 

「…そんなにボクは顔に出ているか。」

 

「おう。」

 

「そうか。」

 

「…っと、話し込んじまったな。この授業も終わりみてえだ。」

 

「ふむ。」

 

「進捗教えろよ?」

 

「まぁ、着が向いたらな。」

 

 

 

**

 

 

 

「だーりんっ、お昼だよ。」

 

「知ってる。」

 

「う?……お弁当は?」

 

「…あるけど。」

 

「私の。」

 

「…………あるけど、何故それを知っているんだね。」

 

 

 

朝お袋が渡してきた包みは二つ。明らかにボクの分ではない大きめの包みは「おたえちゃんの分」だそうなんだが…。

あぁ、そうそう。お袋とはあの後しっかり話す時間を設けて和解した。はず。

…まぁ、ボクが何かしたわけではないし、あそこまで謝り倒されると許さない訳にはいかなくて。結局、これからは普通に母親らしく振舞ってほしいということは伝えたのだ。

花園を娘と思えとは言ってないんだがな。

 

 

 

「ままから聞いた!」

 

「弁当があると?」

 

「うん!いっぱい食べてって!」

 

「ふーん…。」

 

「はいっ。」

 

 

 

ボクの渡した弁当箱をもぞもぞするのを一旦止めた花園も何やら包みを渡してくる。

 

 

 

「…や、ボクのはあるんだけど。」

 

「これね、私のお母さんからだーりんにって。」

 

「何故?」

 

「なんか、娘がいつもお世話になってるからって言ってた。

 …ムスメってなに?」

 

「この場合君の事だと思うよ。」

 

 

 

流石にそこは分かってくれ。…にしてもお世話に、か。何だかんだ救われてるのはボクなんだがな。

 

 

 

「だーりん、お弁当ちっちゃいから。」

 

「あぁ、小食でね。」

 

「だからもう一個入るよねっ。」

 

「…相変わらず通じないなぁ。」

 

 

 

キョウモオベントウイッショニタベテル…

アタシモサソッタラタベテクレルカナァ

花園サンヲ?

〇〇クンノホウヨォ

キャーキャー

 

 

 

はぁ…最近何をしててもやけに陰口叩かれるな。そんなに文句あるなら直接言ってくれたらいいのに。

それも決まって女性陣と来たもんだ。矢口はああ言うが、相談なんかしても気味悪がられて逃げられるだけだと思うんだよな。

 

 

 

「だーりんもてもて?」

 

「はぁ?」

 

「私いらない??」

 

「ええと、何の話だ。」

 

「だって、周りの女の子たち、すごいよ。」

 

「あぁ、気にしなくていいのだよ。あれは陰でこそこそ悪口を言っているだけなのだから。」

 

「う??…悪口じゃないよ。」

 

「そーかい。」

 

 

 

花園の言ってることだし、きっと聞き間違いか何かだろ。ボクにはもう嫌味にしか聞こえない。

 

 

 

「…ぅー。話聞いてくれないだーりん嫌い。」

 

「君が言うかね。」

 

「……あ、このマカロニおいしい…。」

 

「…それチクワブだぞ。」

 

「要らない?」

 

「チクワブ?」

 

「私。」

 

「何故?」

 

「もてもてだから。」

 

「モテモテじゃないし君も要らなくない。以上。黙ってお食べ。」

 

「要らなくない?本当?ずっと構ってくれる?」

 

 

 

何だ今日はやけに食い下がるじゃないか。

そんなに周りの言葉が気になるかね。嫌味だと言ってるだろうが。

 

 

 

「…あのねえ。まず前提条件としてだね?ボクはこのクラスで浮いている。とてもじゃないが他人と仲良くできていない。」

 

「うん。」

 

「絡んでくるのも君一人だし、…あぁ、まあ矢口みたいな例外はあるか。」

 

「呼んだかぁ!?」

 

「……呼んでない!!!」

 

「そうかぁ!!ならいい!!」

 

 

 

入ってくるなハg…坊主。

 

 

 

「だからその、モテモテなんてのも程遠い話だし、今のボクには君しか居ない。

 君が不要になるなんて有り得ない。いいね?」

 

「ほんと?」

 

「勿論。ボクが嘘をついたことがあったかい?」

 

「うん。いっぱいあった。」

 

「あったね。」

 

「……でも、今はだーりんを信用することにする。」

 

「そうしてくれると助かるなぁ。」

 

「うん。…だーりん?」

 

「…なんだい。」

 

「大好き。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

「……そんなにチクワブ気に入ったの?」

 

「マカロニ大好き!!」

 

 

 

横目で見ているなら気付いただろう、矢口。

こういう子だもんなぁ。

 

 

 

 




だーりん。




<今回の設定更新>

〇〇:もう逃れられない。
   少し被害妄想強めというか、人間を信用していない節がある。

たえ:「ぱぱとままにお願いされたからだーりんの面倒見てます」とか思ってそう。
   飼っている兎の面倒を見なくなってきた。
   というか家に居ない。

矢口:大体クラスに一人はいるよねっていう底抜けに明るいムードメーカー。
   強面だが良い奴。趣味は四つ葉のクローバー集め。


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2019/09/29 花園で見る夢

 

「やれやれ君は…折角の休日だというのに…」

 

 

 

ボクの部屋のベッドですやすやと寝息を立てる花園を見下ろしながら思わず独り言る、日曜の昼下がり。

花園たえは唐突に――いつもの如く、脈絡も前触れもなく訪れた騒がしき来訪者は、当然のように無言で部屋に入り流れるようにベッドへ。

それ以来三時間ほど経過したが状況は何一つ変わっていない。

…あっ、こいつよく見たらパジャマじゃないか。最初から寝る気で来たってのか…いや、そもそもこの格好で街の中を歩いてきたのか?

ううむ、花園の鋼鉄心臓(アイアンハート)、恐るべし。

 

 

 

「にしても、だ。…仮にも男の部屋に来てこの無防備さよ。余りにも先が思いやられるな。」

 

 

 

この先どんな出会いがあるかは分かったもんじゃないが、こんな姿を晒すような女の子を放っておいていいはずがない。

一先ず一言物申すべく、花園を起こすことにした。

 

 

 

「起こす、と言ってもな…。」

 

 

 

体に濫りに触るわけにはいかないし、かと言って痛みで起こすのも女子相手にやるべきことではないか。

結局、安らかな顔で抱き締めている大きなウサギのぬいぐるみを引っこ抜いてみることにした。

 

 

 

「………みゅ?……うーっ!!」

 

「ウォッ!?……力強いなぁ…。」

 

 

 

この細い体のどこにそんな力が隠されていたのか。

ボクが引っ張るウサギを、渡すまいと言わんばかりの力で抵抗してくる。…ここまでして何故起きないのか。

 

 

 

「くそぉ……もっと日頃から鍛えておくんだった。」

 

「うみゅぅ…………スピー…スピー…」

 

 

 

呑気な顔しよってからに。

よし次の手だ。次はそうだな……おっ。

そういえば花園は常にギターを持ち歩いていたな。…次は聴覚、爆音から攻めてみよう。

今日も今日とて背負ってきたらしいギターケースを開く。中からは愛用のブルーのギター。…ほほう、楽器は詳しくないがこれはなかなか…。

どんな用途のものであれ、完璧な手入れが施されている逸品というのは素晴らしいものだ。つい目を惹かれてしまう。

ビィン……

 

 

 

「………??意外と…小さい音しか出ないんだな。」

 

 

 

ベィンッ、ピィイ、ビョィン…

指で強弱を付け弾いてはみるが、まるで普段聞いているような音は鳴らない。なんというかこう、蚊の鳴くような音というか、か弱く細い音しか鳴らない。

花園がかき鳴らすあの"ギュィイイイイン"という音はどう出すんだろうか。

 

 

 

「……なんだこれは。」

 

 

 

ケースに別途収納されている小さなスピーカーのようなものとケーブルを見つけた。ほうほう、これを接続するわけだな?

ふむふむ、()()()()()()……この線を穴に……

キィィィイイイイイイイイイイ―――ッン!!

 

 

 

「どわぁ!?」

 

 

 

突如鳴り響く甲高い爆音。耳を劈く様なその音に、何かを確実に間違えたんだと知らされた。

 

 

 

「いやしかし…ッ、これは僥倖…ッ!」

 

 

 

この爆音なら寝続けるのは不可能であろう……花園!!…はまだ寝たままか。恐ろしい眠りの深さだな。

 

ドンドンドンドンッ!

「ちょっと○○!うるっさいわよぉ!!」

 

…母親か。いやうん、確かに家全体が揺れそうな程だったけどさ。仕方ないでしょうよ、このお寝坊さんを起こすためなんだから。

未だ残響を残している機械(アンプ)のスイッチをOFFにし、ドアを開ける。

 

 

 

「…ごめんよ母さん。機械は詳しくなくて。」

 

「もう。…ご近所迷惑になるでしょ??それに、おたえちゃんも眠ってるんだから静かになさい。」

 

「……ここ俺の…いやボクの部屋なんだけど。」

 

「見なさいあの可愛らしい寝顔…。……あんたたち、付き合ってるのかい?」

 

「……そう見える?」

 

「そうあって欲しいと思ってるんだけど。」

 

「……まだ、かな。」

 

「あそ。…まぁ、静かにしてなさい。無理に起こさなくてもそのうち構ってくれるわよ。」

 

 

 

ニヤついた母親がその場を後にする。人を構ってちゃんみたいに言うのやめてくれないかね…。

…複雑な気分のまま、可愛い寝顔と評判の花園の枕元へ座り込む。より詳しく確認しようと顔を近づける。

 

 

 

「……あっ。」

 

「うみゅ?」

 

 

 

鼻と鼻の触れ合いそうな距離で、目が合う。……何だってこんなタイミングで目覚めるんだね君は。

 

 

 

「あー、だーりんだぁ……えへへへへ」

 

「っ!」

 

 

 

その瞬間、まだ夢の中に居るかのようなふわふわした声で呟き、ふにゃりと笑う。

……心臓を、鷲掴みにされた気分だった。不覚にも、可愛いと…思ってしまった。

 

 

 

「まっ、ま、まだ寝るのかね。君は。」

 

「うー……ん。…だーりんも、一緒に、寝よ?」

 

「はぇっ!?いや、ぼ、ボクは」

 

「ぎゅー」

 

 

 

返答も待たずに布団に引きずり込まれる。頭を抱え込まれるようにして抱きしめられている、いやこの状態で眠れる訳無いだろう!!

体中に密着するふにふにした感触というか、顔に押し当てられるささやかな……

 

 

 

結果として、日付が変わるくらいまでぐっすり寝た。

 

 

 

 




目覚めスッキリ!!(午前1時)




<今回の設定更新>

○○:楽器と機械はからっきし。…いや、興味のある機械に関してはオタクっぽいほど。
   母親とは少し仲良くなった。

たえ:恐らくあの不思議なキャラを維持するために物凄いカロリーと睡眠を必要としているのだ。
   …それどこの固有結界?


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2019/10/30 同衾の花園

 

 

 

「だーりんだーりん。」

 

「……んん…なんだね。……ってまだ起きるには早すぎる時間じゃないか…。」

 

「ねぇだーりん。」

 

「もぅ……もうすこし………寝かせて……。」

 

「…むぅ。」

 

 

 

ベッドを一瞬沈ませ、隣で寝ていた物体が起き抜けていく感覚。さっきチラと見た時計はまだ午前三時を回ったあたりだったし、こんな時間にどうして元気なのだあのこ(花園)は…。

やはり彼女と一緒に過ごしていると、ボク自身の常識というか日常というか、ルーティン的なものが次々壊されていくのだと、再度実感しつつも事の発端を振り返ってみた。

 

 

 

**

 

 

 

「……君の家はこっちじゃないだろう。」

 

「え?今日はこっちなんだよ。」

 

「…出たな花園節。」

 

 

 

すっかり日常となっている二人での下校。ここを右に曲がれば花園家…という交差点で、何故か折れずについて来た彼女。一応無駄と知りつつも真面目に質問したが、相変わらずの花園ワールド全回の回答で流されてしまった。

そのままスキップでもし始めん程の元気さで隣を歩く。どうせうちに来る気なのだろうと軽く考えていたのだ……実際に部屋に花園が上がるまでは。

 

 

 

「あら、おかえりおたえちゃん。○○に意地悪されなかった?」

 

「んーんっ、大丈夫だった!!だーりんずっと一緒にいてくれて…」

 

「事細かに話さんでもよいのだよ…。…で?また晩飯も共にしようというのかね?」

 

「今日ね、だーりんの部屋に泊まっていいんだって!!…ね?まま?」

 

 

 

………?泊まる?確か明日も普通の平日で学校はある。それに泊まるって言ってもウチには客間もないし空き部屋だって……ボクの部屋?

 

 

 

「えぇそうよ。ちゃんとお母さん達には言ってきた??」

 

「うん!!お母さんもお父さんも、失礼の無いようにって!!」

 

「そっかそっか。おたえちゃん良い子だからいつも通りで大丈夫だからね?…誘ったのも私だしねぇ。」

 

 

 

お前かよ…!!

 

 

 

「ありがとう!!まま、大好き!!」

 

「あぁ……やっぱおたえちゃん可愛いわぁ…。」

 

「う?……ままも可愛いよ??」

 

「…ねね、おたえちゃん。…○○とはいつ結婚するの?」

 

「やめい。」

 

 

 

延々と展開される頭の悪い会話に割って入る。このままではこの玄関で婚姻関係でも結ばれそうだ。

 

 

 

「んもう、どうして邪魔するのよいけずぅ。」

 

「うるさい。…行くぞ、花園。」

 

「お?およよよ??……引っ張らないで~だーりん~。」

 

「早く部屋に来るんだ。終わりが来ないぞこのコントは。」

 

「……お部屋で結婚式するの??」

 

「しません。…取り敢えず荷物置きたいだろ?…ボクは話が聞きたいが。」

 

 

 

そのままに花園を引き摺って自室へ放り込む。強めに閉めた扉は一応拒絶の意思を込めてのものだ。…多分伝わらないけど。

 

 

 

「…で?ボクはイマイチ状況が把握できていないんだが、何しに来たんだね?」

 

「ままが、泊まりにおいでって。」

 

「…あ、本当にその理由だったのか。」

 

「なんなら、そのままうちの子になっちゃいなさいって。」

 

「そう簡単になれるもんじゃあないよ。」

 

「でも、だーりんのお嫁さんになったらなれるって言ってた。」

 

「どういう意味かわかって言っているのかね…。」

 

 

 

花園が花園じゃなくなるということなのだよ。

 

 

 

「……じゃあちょっと保留にする。」

 

「そうしたまえ。」

 

 

 

花園がうちに来たとき、特に共通の趣味もないボク達は基本的に各々のしたいことをして過ごしている。そうなると花園はギターを弾いているか部屋の本を勝手に読み漁るか、無駄に部屋を散らかし出すか…。

今日も御多分に漏れず話したい内容が片付き次第それぞれの時間の過ごし方へ……移行できなかった。勉強机備え付けの椅子に座ろうとしたのだが、右腕にひしっとしがみつかれているせいで動くに動けない。

 

 

 

「…なに?」

 

「今日はだーりんと一緒にあそぶ。」

 

「なにして遊ぶつもりだね…ボクは読書して過ごす予定だったわけだが?」

 

「……そのご本読んで聞かせて。」

 

「……正気か?」

 

「うん。」

 

「………なら読書は中止だ。何か遊べそうなものでも探そう。」

 

 

 

そういえば、花園がこうして通うようになるまで、友人を家に上げる経験など無かった。元々他人と関わることを求めないボクだ。当然遊びの道具なんか何一つないし、そもそも遊ぶもの自体何を指すのかもイマイチわからない。

 

 

 

「あっ、だーりんだーりん!」

 

「どした。」

 

「あそこの引き出し!なにか入ってそう!!」

 

「……あそこは昔やり終わった問題集やテキストが仕舞ってある段だぞ…。」

 

 

 

何も無いとは思いつつ、かなり重くなっているその段を引出す……と。

 

 

 

「あった!とらんぷ!!」

 

「……マジか。」

 

 

 

誰かが置いていったものだろうか。割かししっかりしたケースに入ったトランプがひと組出てきた。…何故花園がこの場所を探し当てたのかはわからないが、何分常識の通じない未知の生命体だ。今更驚くこともない。

 

 

 

「…トランプ、わかるのかね?」

 

「七並べしたい。」

 

「七並べ…?とは?」

 

「はい、じゃあおたえ先生が説明しますので、ちゃんと聞くように。」

 

 

 

その後三時間に渡り、花園先生の指導のもと七並べを楽しんだ。…正直ただ数字を並べるだけの作業だったが、一挙手一投足何かしらのリアクションを起こす花園を見ていたせいか不思議と楽しめた気がした。

 

 

 

**

 

 

 

夕飯、入浴、就寝準備と一人の時とも変わらないような自然さで終わり、床に就いたのが丁度てっぺん辺り。

花園のその言葉通りボクのベッドで二人で寝ていたはずだ。

寝始めこそ心臓の鼓動が抑えられなかったが、眠気が強まるにつれてどうでもよくなっていったらしい。気づいたときにはその体温すら心地よく感じられ、深い安らぎに落ちて行って……まさかこんな時間に起こされるとは思わなかった。

 

 

 

「……しかしどこへ行ったんだあの子は。」

 

「だーりん、だーりん見て。」

 

「…今度はなんだ。」

 

「じゃーん。」

 

 

 

ほぼ真っ暗な部屋の中、少し目が慣れてきたのかぼんやりと浮かぶ花園の姿。……エプロン?

 

 

 

「あのねあのね、ご飯が炊けまして。」

 

「…こんな時間に?」

 

 

 

はて、そんな謎の時間にタイマーをセットするだろうか。

 

 

 

「まぁ私がしたんだけど。」

 

「何やってんだ……。」

 

「きっと夜遅くまで遊んでたらお腹空くと思って、夜食用にね。……でもくっついてるのが幸せすぎて寝ちゃったからさ。…おたえちゃん、読み間違えちった✩」

 

「そうかい。寝心地良かったもんな。」

 

「だーりんもそう思う?」

 

「うん、そうだね。…今日は夜食もなしにして、朝まで寝たらどうだい。…またくっつくと暖かいし幸せだろう。」

 

 

 

早く、早くまた眠りに落とさせてくれ。一度覚醒してしまうと暫く眠れなくなる体質なんだ。

 

 

 

「ほら、エプロンは机にでも置いといてさ。」

 

「う……ちょっと残念。」

 

「また作ったらいいさ。……ほら、こっちおいで。寝るよ。」

 

「……ぎゅってしてもいい?」

 

「いいとも。だから早くおいで…。」

 

「私が上になってもいい?」

 

「苦しくて眠れないじゃないか…普通に隣りにおいで。」

 

「えー…でも、でもね。新婚の夫婦さんはどっちかが上になって…」

 

「……たえ。」

 

「!!……は、はい。」

 

「そういうのは大人になってからでいいからね。今は布団に入って、二人でくっついて寝よう。…いいね?」

 

「…ん。わかった。」

 

 

 

もぞもぞと潜り込んでくる感覚。…どうでもいいが、()()は布団の足の方から入って枕側に顔を出すようにして布団をかぶる。お陰で髪はボサボサになるのだが、何やら本人は凄く満足そうなのでこれはこれでいいのかもしれない。

腕枕の要領で首の下に腕を差し入れてやる。少し頭を浮かせたたえはぎこちない動きで頭を下ろし、両腕でそっと抱きついてきた。そのまま存在を確かめるように胸板のあたりに顔を擦りつけている。

……あぁ、来た来た来た…心地よい……二度目の……眠気が。

そうしてボクは、たえと共に幸せな眠りへと落ちていったのだった。

 

 

 

「だーりん……なまえ……呼んでくれたっ…ふふふ。」

 

 

 

 




人と一緒だとすぐ寝ちゃうんですよね。




<今回の設定更新>

○○:人生初めてのトランプ体験だった。
   たえと一緒にいることで、何かが少しずつ変わっていく予感を感じている。

たえ:か わ い い 。


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2019/11/15 花園おたべ

 

 

 

「しっかし、相変わらずよく食べるな…」

 

 

 

深夜のファミレス。

何故か向かいに座らずに隣で黙々と葉を咀嚼する花園に、呆れつつも最早感心を覚える。この細い体のどこに収納されていくというのか……いや、そもそもこいつの体内に胃袋とそれ以外で境界があるのだろうか。

もしや体中全てが胃袋で…

 

 

 

「??だーりんもきゃべつたべる?」

 

「いりません。ボクはボクの分を食べ終わったからね。」

 

 

 

花園は追加で注文した三種のサラダをまるで"三角食べ"でもするかのように楽しんでいるが、ボクはとうの昔に注文分の食事を終えている。とは言え、現状急に食べることになったフライドポテトをゆっくり噛み締めているわけなのだが。

はて、食事を終えているのにポテトとな?…要はこの胃袋馬鹿がアホみたいに注文をかました後に「やっぱいらないや」と言った分を押し付けられたのである。

 

 

 

「……あっ」

 

「今度は何かね?」

 

「今日、私」

 

「サラダしか注文してないのは知ってるよ。…全種類制覇するんだって意気込んでたじゃないか。」

 

「う?そーだっけ?」

 

「さっきまでの君も同じ花園であるならそうだったよ。」

 

 

 

入店する直前から「今日は全ての葉物を制覇するんだ」と息巻いていた花園。彼女はどうやら、食べ始めると全脳機能を食事に回してしまうタイプの新人類らしい。

 

 

 

「ぴんぽーん!」

 

「あぁもう、今度は何を注文する気なんだ…。」

 

 

 

少し目を離すとすぐに追加注文をしようとする。食べ終わってからにしろと再三言っているのにこれだもんなぁ。

 

 

 

「…あっ、ええと、このページのこっち側ください!」

 

「」

 

 

 

ページ注文…だと?

花園が開いているのはパスタのページ。色とりどりのスパゲッティ達が食欲を唆る見開きではあるが…。

少なくとも六~七皿は見えたぞ?…わぁ、店員のお姉さんも中々見られないような焦り方をしている。一生懸命一品ずつ読み上げる店員さんが不憫でならないが、食を前にした花園は止められないんだ…南無。

 

 

 

「ふっふーんっ♪…たのしみ。」

 

「さいですか…まぁ残さないでおたべ。」

 

「おたべ?…ちっちっ、私は「おたえ」。」

 

「そのギャグ気に入ってんの?」

 

 

 

近い言葉を聞くや否や必ず言い返してくるその流れ。彼女と共に過ごすようになって幾度と経験したその流れだが…マジなのかギャグなのか今だにわからないほど彼女の瞳は真剣なのだ。

何にせよ、ボクの問いに花園が答えてくれたことは無い。

 

 

 

「…ぅぷ。流石にこれだけ食べれば腹も膨れるってもんだ。」

 

「わぉ、全部食べたの?えらいねぇ。」

 

「君は…なんだかなぁ。」

 

 

 

まるで他人事のようにへらへらと笑う花園。こら、男の頭を撫でるんじゃない。

君が頼みすぎたせいでボクがこうなっているってことをもう少し自覚して欲しいものだね。

 

 

 

「お、お待たせしましたー。」

 

 

 

そんな中、引き攣った笑顔を浮かべた店員のお姉さんが大量にパスタ皿を載せたカートを押して登場した。…おぉ、黒い制服も相まってどこぞの火車のようだ。

 

 

 

「待ちましたぁ!」

 

「花園、そういうのいいから。」

 

「ええと、これはどちらに…」

 

「あぁ、全部このこの前に並べちゃってください。」

 

「は、はぁ…。」

 

 

 

そりゃそうだ。いたずらか何かだと思っているだろうね。

料理を残されると手間や廃棄物が増える分店舗にも迷惑がかかるわけだし…当然初期の頃は注意されたり断られたりした。だが、すっかり常連となった今ではどんなに周りがざわつこうが料理を出すようになったのである。

…いやな信頼を勝ち取ったものだ。

 

 

 

「うわぁ…!」

 

「それ食べたら帰るからね。」

 

「うん!私、残さないで食べるからねっ!」

 

「残さないのは知ってるが…まあいいや、おたべ。」

 

「う?…だから、「おたべ」じゃなくて」

 

「たえ、早く食べて早く帰ろ?もう遅いし。」

 

「!!…うんっ!」

 

 

 

何が嬉しいのか、いつもより二割増くらいのスピードで掻き込み始める花園。…そんなに空腹だったのだろうか?全てのサラダまで平らげたあとだというのに。

 

 

 

**

 

 

 

「ごちそーさまでしたっ!」

 

「はいはい。満足したかい?」

 

「うんっ!かーえろっ!」

 

 

 

食事一つで騒々しいやつめ…。

 

 

 

 




おたべ。




<今回の設定更新>

○○:見ているだけで腹が膨れるのか、最近小食になりつつあるとのこと。
   やせ型。

たえ:名前を呼ばれるのが嬉しい。それだけで舞い上がっちゃうらしい。
   基本やせ型。


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2019/12/04 花園じゃないもん

 

 

 

「こらこら、そんなに何でもかんでも買っちゃいかんのだよ。」

 

「えーだって、きれい。」

 

 

 

買い物にやってきた花園とボク。母親に頼まれて、花園のバースデーパーティグッズを買いに来たのだが…。何故その買い物に花園本人がついてきてしまうのか。これではサプライズもへったくれも在らず、本末転倒というやつじゃないのかね。

しかも、買いに来た店が百円ショップというのがまた悪かった。ボクとしてはキッチン用品と飾りつけの雑貨が欲しいだけなのだが、花園は目に映るガラスやプラスチック商品を片っ端から持ってきてしまう。カラスかね君は。

 

 

 

「いいから、置いて来なさい。」

 

「やだぁ。」

 

「やだじゃない。持ってきても今日の買い物リストに入っていないものは買わないのだよ。」

 

「そんなリスト持ってないでしょ。だーりんの嘘つき。」

 

 

 

ぷくっと頬を膨らませる花園。そうまでしてそのギラギラした気色悪い髑髏が欲しいかね。…だいたいそれは…貯金箱なのか。なるほど。

 

 

 

「そりゃあ持ってはいないけど、ココに入ってるからね。」

 

 

 

トントンと右のこめかみを突く。それを見て何を思ったのか、真似するように自分のこめかみを叩く花園。

 

 

 

「んっ…んっ……何も入ってないよ。だーりんやっぱりうそつき。」

 

「はっはっは、花園の頭は空っぽだからなぁ。」

 

「だーりんきらいー。」

 

「はっはっは。」

 

 

 

結果何も出てこなかったようで、さっきの倍くらいに膨れる花園。フグみたいだ。

嫌いだの何だのと言いながらも離れようとしないのは一体何なのだろうね。

 

 

 

「だーりん。」

 

「…なんだね。」

 

「買って。」

 

「買わない。」

 

「…………むぅ。」

 

 

 

ションボリと肩を落として売り場に戻る花園。さすがの鉄壁っぷりに諦めたのか、両腕いっぱいに抱えたものを戻し始めたようだ。

店内で流れる「きよしこの夜」のメロディも相まって酷く切ない絵面に映るが…それでも買わないものは買わないのだ。厳しくしないとヤツは付け上がるからな。

 

 

 

「……むむ。」

 

 

 

商品を戻す手が…止まった。

何事かと思いそのまま眺めているとその視線に気付いたのか、チラリとこちらに視線を寄越す。…だから、そんなに見たって買わないというのに。

 

 

 

「むむむむ。むむむー。」

 

 

 

唸りながら…というより、最早"む"としっかり発しながら近づいてくる花園。そんなに気に入ったかその置物が。

 

 

 

「わかったわかった…。じゃあその二つだけ買うことを許そう。」

 

「ほんとっ!?」

 

「……コロッと表情変わるんだから…。本当だから、今は一旦置いておきたまえ。」

 

「う?…やっぱり買わない?だーりんいじわる??」

 

「違う違う。ガラスの置物ならば割れるのが心配であろう?…買うものはまだあるのだから、最後にカゴに入れようじゃあないか。」

 

 

 

レジに行く前にカゴの中で粉微塵…ではあまりにも悲しすぎるだろう。折角買うと決めたものなのだから、最後まで綺麗な形で手に入れたいものだ。

ただそれだけの安直な考えなのだが、花園にとってはノーベル賞ものだったようで。

 

 

 

「…だーりん、もしかして天才??」

 

「……気づくのが遅かったね。」

 

「すごいっ!!じーにゃす!じーにゃす!!」

 

 

 

恐らくGenius(ジーニアス)と言いたいのだろうが…これはこれで可愛らしいから放っておくか。

 

 

 

「それじゃあ、必要なものを買い揃えてしまうぞ?」

 

「さんせー!じーにゃー!」

 

 

 

もう原型がわからないじゃないか…。

 

 

 

**

 

 

 

楽しい時間というのはすぐに過ぎ去ってしまうもので。

花園が騒ぎに騒ぎまくったパーティは、体感時間にして数分で終わってしまった。実際も2~3時間と、それもほぼウチの両親と花園の交流会のような様相を呈していた会だったが。

今は片付けを母親に任せ、自室で二人寛いでいるところだ。

久々に食べ過ぎたせいか体は重く、それに比例するように瞼も存在感を主張し出している。花園は泊まるということだからさほど面倒を見なくても良いのだが…流石に部屋に上がってすぐに寝るというのも失礼な話だろう。

それも、今日の主役を手持ち無沙汰にさせて、だ。

 

 

 

「…だーりん、おねむ??」

 

「己の胃袋の許容量を少々見誤っていたようでね…。」

 

「そっかぁ。」

 

「…………ぁ。」

 

 

 

そうだった。結局あの騒ぎの中でプレゼントを渡せず終いだったのだ。日付が変わる前に気付けて良かった。

これを渡さなければ、何も祝わずに過ぎ行く只の日常のワンシーンになってしまうところだった。

 

 

 

「おいで、花園。」

 

「う?……んしょ、きたよ。」

 

 

 

おいでといってもさほど空いていない距離を詰めるだけだが。膝先を擦るようにしてずりずりと寄ってくる花園と向かい合うように座り、正面から首の後ろ側へと手を廻す。ハグと勘違いした花園が抱きついてくるが、正直ボクのしたい作業に影響は出なかったので続行。

 

 

 

「どしたのだーりん?甘えんぼ?」

 

「いいから、おとなしくしてなさい。」

 

「ぎゅぅぅぅ……」

 

「………よし。思ったより手こずったな。」

 

「ぅぅぅぅぅぅぅ……」

 

「もういいよ花園。終わったから離れても。」

 

「や!」

 

「なんだと…?」

 

 

 

予てより用意してあったシルバーのネックレス。飾りとしては然程大きくないリングが二つ連なっているだけのシンプルなものだが、友人としては妥当なものだと思う。きっと似合うと思って購入し、なかなか渡すタイミングが無かったというのが本音だが……。

いや、今は開放してくれないことを心配すべきか。

 

 

 

「こらこら花園、もう済んだから離してくれても…」

 

「花園じゃないもん。」

 

「うっそだろ。」

 

 

 

じゃあ一体誰だというのか。

 

 

 

「"たえ"って呼んでくれなきゃやだもん。」

 

「えぇぇ…?なに、君自分の苗字嫌いなの?」

 

「そうじゃない!だって花園は、花がいっぱいで楽しいねうふふって意味だから。」

 

「うんまあ今は突っ込まないでおくとして…それはアレか?これからは名前で呼べ的な…要求?」

 

 

 

参ったな。女性を下の名前で呼ぶなどボクにはハードルが高すぎる事態なのだが。

しかし今日は花園の誕生日…要求されたものくらいは渡せずして何が男かね。

 

 

 

「そうだよ。だって、ずっとずっと名前で呼んで欲しかったのに、だーりんは花園花園って…。お父さんもお母さんも返事しちゃうよ?」

 

「わかった。…わかったよ。」

 

 

 

流石に親の前で呼ぶつもりは無かったけどもここは腹を決めよう。

 

 

 

「……たえ。」

 

「!!!……はぁい。」

 

「…っ!結局離してないじゃんか!!」

 

「だって、嬉しい時は誰かを抱きしめて、喜びを分かち合うもんなんだよ。」

 

「それは誰の言葉だ…?」

 

「おたえちゃんでぇす!」

 

「ああもうどうにでもしてくれ…。」

 

 

 

相変わらず予想のつかない子だ。

因みにネックレスについてはその後、満足した花園が改めて喜んでくれた。

 

 

 

「あれれ?私、こんなの着けてたかな??」

 

「…それ、ボクからの誕生日プレゼントね。それを着けようとしてたんだよさっきは。」

 

「そーなんだ!!…にはは、輪っかが可愛いの。」

 

「そうかい。気に入ってくれたなら何よりだ。」

 

「だーりん大好きっ!にははっ!!」

 

 

 

……まぁやっと渡せたしいいか。

 

 

 

 




にはは。




<今回の設定更新>

○○:気づけばおたえと過ごすのが普通になっている。
   いつも二言目には「花園」と出てくるのをよく矢口にからかわれる。
   …矢口、覚えていますか?

たえ:どんどん幼児退行が進んでいるような…。
   好きな相手にはこうなのかもしれませんね。
   名前で呼んでもらいたい派。


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【白鷺千聖】「上司」が「嫁」に転職しまして 2019/07/31 突然一人暮らしが終了した件

 

 

今日、私は昇進した。

決して自分で望んだものじゃないけど。

 

もちろん、昇進や昇給は働くからには目指すべきものだと思う。

それでも…それでも、実力でそれを手に入れたかった。

少なくとも、今回のような、上が減ることでの()()()()なんか、望んじゃいない。

 

それも、あれだけお世話になったあの人が…。

 

 

 

**

 

 

 

「…えぇ、えぇ…。それでは皆様、私が入社してから今まで、6年ですか…。

 本当に、お世話になりました。

 私、白鷺千聖は、本日を以て退職となります。今までありがとうございました。」

 

 

パチパチパチパチパチ…

 

 

「○○。」

 

「…なに。」

 

「白鷺主任、本当に明日から来ないんだよね。」

 

「…そうだね。」

 

「なんかさ、現実感ないよね。」

 

「うん…。」

 

 

 

事務所の全員から拍手とお祝いの言葉を贈られる()()()上司を遠巻きに眺めていると、隣のデスクの氷川が話しかけてくる。

一応同期の彼女も、年齢は白鷺主任と同じ。私の2歳年上になる。

反応が薄いように取られるかもしれないが、私は私でいっぱいいっぱいだ。だってあの白鷺主任が…あぁ、また視界が。

 

 

 

「…っもー。昨日あれだけ泣いたのにまだ出るの??

 ……ほら、後で返してね??」

 

「うぅ……ありがとう氷川…。」

 

 

 

見かねた様子でハンカチを差し出す氷川。こいつ、いつもふわふわしてるのにこういう時ばっかりいいとこ見せる…。

…ってか、これお姉さんがでかでかとプリントされてる…グッズ?

氷川には双子のお姉さんが居て、バンドマンとして成功し今やテレビにコンサートに引っ張りだこだと聞く。

見た目ソックリなのに、妹のこいつとは似つかない性格をしているとか。

 

そんなお姉さんハンカチを容赦なく湿らせていると、人ごみから吐き出された主任がこちらへ近づいてきていた。

 

 

 

「……ふぅ、やっと解放されたわ…。って、また泣いてるの?○○さん。」

 

「お、白鷺しゅにーん。おっつかれさまでぇす♪

 そーなの、○○ってばずーっと泣き通しでさー。…こんなんで、明日から大丈夫かなーって。」

 

「だっでぇ…だって、じゅに"んと今日までじか一緒にいられなうえ"ぇ~…」

 

「あーあ。主任がまた後輩泣かせてるよーぅ。」

 

「ち、違うでしょ!?…今までしくしくくらいだったじゃないの!!」

 

「ご、ごべんなざいぃ…ぶえ"ぇぇ~!」

 

「な、泣き方の癖!」

 

 

 

我ながら酷い鳴き声だ。だめだ、いざ本人を目の前にするといろいろ思い出とか浮かんできちゃって…

…ダムは崩壊した。

 

 

 

「あぁもう、ハンカチ一枚じゃ足りないわね…

 日菜ちゃん、何か持ってない?」

 

「えっとねぇ……あ!さっき鼻かんだティッシュなら」

 

「捨てなさい!なんで取ってあるの!」

 

「あとでおねーちゃんにあげようと思って…」

 

「汚いなぁ!!」

 

「うぅ…氷川…汚い…。」

 

「あ!○○!意外と余裕あるでしょ!!」

 

「○○さん、だいじょうぶ。大丈夫だから…。ね?

 別に今生の別れってわけじゃないんだから…。」

 

 

 

外野の煩さは大して気にならず。今はただ、憧れの白鷺主任が私の為だけに声をかけてくれているのが嬉しかった。

 

結局勤務時間中にはその絡みが最後となり、デスク周りの片付けも無事完了。

帰りがけに何とか約束できたディナーが、実質最後の時間となってしまった。

 

 

 

**

 

 

 

「…この店もよく来たわよね。」

 

「えぇ、最後はやっぱり行きつけの場所がいいかと思いまして。」

 

 

 

最後に選んだのは、よく悩みを相談したりチームで愚痴を言い合ったりした居酒屋。

事ある毎に足を運んだからこそ、一番気楽に言葉を交わせると思ったのだ。

 

 

 

「注文はいつもの感じでいいですかね?」

 

「えぇ、○○さんに任せるわ。」

 

「…はい。」

 

「センスだよ?センスぅ♪」

 

「…なんで氷川も居るの。」

 

「えぇー?同じチームでしょー?それにほら!この3人といえばほら!

 な・か・よ・し!セイ!」

 

 

 

…イマイチ締まらないのはコイツのせいって事にしておこう。

無事注文も完了し、最初のドリンクが運ばれてくる。

それもいつも通り、私と主任はカシスオレンジ。氷川のバカは生ビールにウイスキーを混ぜて喜々として爆弾酒を製造している。…これもいつも通り。

 

 

 

「この風景も見納めかしらね…。」

 

「…………グズッ。」

 

 

 

乾杯前だというのに、また涙腺が。

 

 

 

「○○さぁ、泣きながら飲んだら潰れちゃうよ?

 普通より酔いが回りやすくなるんだからー。タダでさえ弱いでしょ?」

 

「ふふっ、酔った○○さんは凄いものね。

 あまり無理はしないようにね?」

 

「…はい、気をつけます。最後にご迷惑はかけられないので…。」

 

「迷惑だとは思ってないけど…まずは乾杯しましょ?」

 

 

 

乾杯の音も、心なしか寂しく聞こえた。

チビチビと口をつける度に、アルコールによる程よい弛緩が広がる。

少し気持ちも楽になれた気がした。

 

料理が運ばれてくる頃には雰囲気も盛り上がり、予てより訊きたかった質問をぶつけてみることにした。

 

 

 

「そういえば、主任が辞められる理由って何なんですか?

 色んな説は挙がっているんですが、結局正確には聞かされてなくて…。」

 

「あぁ…。えっと、その…結婚したくって。」

 

「あぁ!そーらったのー?ちさとちゃんってばぁ、さかってれぅね~。」

 

「酔っ払いは黙ってて。…寿退社ってやつですか…。…ん?結婚()()()()()

 まぁいいや、お相手は、会社関係の方ですか?」

 

「んー…まぁ、そんなところかしらね。

 そんなことより、○○さんは素敵なお相手とかいないの?彼氏とか、そういう予定とか…。」

 

「あー…私は、全然…。そ、それにっ」

 

「…それに?」

 

「えっと……その…」

 

 

 

お酒の勢いに任せて言ってしまうべきか否か。一年以上も変わらない想いとは言え、流石に気色悪いだろうか。

 

 

 

「○○はねぇ、ちさろちゃんがしゅきなんらよね~」

 

「ば、ばか!!」

 

 

 

反射的に手が出てしまったが。

まさかここ一番でこのバカがやらかすとは思っていなかった。もっと早く潰しておくべきだったか…。

 

恐る恐る白鷺主任の様子を伺うと…

 

 

 

「…そう、部下にそこまで好かれるなんて、私も幸せ者ね。

 でも、私はもう居なくなるじゃない?そうしたらいい人も見つかるんじゃないの?」

 

「…白鷺主任。私、例え職場から居なくなってしまったとしても、白鷺主任一筋ですから。

 知ってしまった以上、普通の男性と結婚なんか有り得ませんからぁ!」

 

 

 

あぁ…言ってしまった。

絶対引かれてる。でもま、お酒のせいにもできるし、もうどうせ明日から会えないんだし…。

 

 

 

「そう…なの?」

 

「は、はい。」

 

「……えっ…と。じゃあ、○○さんの心の中に住み着いちゃうぞ~…的な?感じ?かしら?」

 

「は、はいその……。なんかすいません。」

 

「あ、謝らないで?…えっと…それじゃあこれからもよろしく、になるのかしら?」

 

「そ、そうですかね…。」

 

「……………。」

 

「……………。」

 

「ふふっ、おかしいわね。この感じ。」

 

 

 

あぁもうそんな困ったように笑わないで。

その赤い頬も、まるで照れているように、勝手に都合のいいように解釈してしまいそうになる。

これは酒のせい、酒のせい…

 

ええい、私も酔ってしまえ。

 

 

 

「…えっ?ちょ、ちょっとまって○○さん、それは日菜ちゃんの…」

 

「…………ぶはぁ!」

 

 

 

近くにあったジョッキを一気に飲み干したが…。

あれ?なんか私今すごいことになってる?地球の回転を感じる??

…あぁ、なんか白鷺主任の声が遠くに聞こえる。主任、好きですよ…大好き…。

 

憧れの人との素敵な上下関係の記憶は、ここで闇に落ちた。

 

 

 

**

 

 

 

「………んー?…痛ッ。」

 

 

 

頭がズキズキする。

どこかにぶつけでもしただろうか…。

 

この掛け布団、この壁に天井。

…あぁ、ぼんやり思い出した気がする。

あれだけベロベロになったってのに、無事に家には帰ってこられたんだ。

帰巣本能…ってやつかな?

 

 

 

「あはっ、服着るの忘れてるよ…。

 脱ぐだけ脱いで寝ちゃったのか……な…?」

 

 

 

パンツ一枚で就寝って…仮にもいい年の女だというのに。

…そんな自分に思わず苦笑しながらも右を見て私は固まった。

 

昨日涙のお別れをした()()()()が一糸纏わぬ姿で隣に寝ているのだ。

布団に放射状に広がる輝く髪、スヤスヤと寝息を零す潤いとハリを湛えた唇。

…正直、いくらでも見ていられる。…と

 

 

 

「…?…あぁ、○○ちゃん。具合はどう?」

 

「お、お、おははは、おははひゃようございまっ」

 

「ふふっ…おはよう…。

 …お仕事の時間は大丈夫?」

 

 

 

その澄んだ瞳が開かれると同時に視線が交差した私は訳の分からない挨拶をかましてしまう。

なんとも思っていないような主任はそのまま体を起こし、あろう事か私の心配をしてくださった。

 

 

 

「あっ、わ、私は、今日有給使う日なので、大丈夫、なんですけど…」

 

「そう?…ふふっ、じゃあもう少し一緒に寝る?」

 

「えっ?えっ!?すみません状況が…」

 

 

 

状況が飲み込めていないのは私だけ?どうして主任はそんなに冷静なの?

あ、もう主任じゃないのか。いやなんて呼べばいいのじゃあ。

 

 

 

「昨日のこと、覚えてない…?」

 

「昨日…?全くですね。」

 

「そう…。じゃあ昨日はOKもらったし、今日も改めて言うけども。」

 

「は、はい…。」

 

 

「私、貴女のお嫁さんになるので。今日から同棲…よろしくね?」

 

 

「…はい?」

 

 

 

あぁ、「結婚するから辞める」じゃなく「結婚したくて辞める」ってそういうことか。

…じゃなくって、訊きたいことが多すぎる!

 

 

 

「え、私の気持ち、気づかれてたんですか?」

 

「…えぇ、まあ。薄々だけどね。

 昨日の居酒屋での会話で確信を得たって感じかしら。」

 

「そ、そうですか…。」

 

 

 

氷川め、酔いの中の発言でラッキーを起こすか。ぐっじょぶ。

 

 

 

「それで仕事辞めるって、思い切りましたね。」

 

「…それだけ私も本気だってことよ。

 もしダメだったらダメで、どのみち辛いでしょ?私も我慢ができなくなったの。」

 

「さすがの決断力だ…。あれ、じゃあこういう流れになるっていうのは…」

 

「契約を取るためには先を見越して計画を立てないとって…教えたわよね?」

 

 

 

つまりは計画通りに事が運んだと。

持っている。確実にこの上司、持っている。流石は入社3ヶ月後の試用期間終了直後にして新設部門を任されただけのことはある。

 

 

 

「…なるほど。それで同棲って、私的には幸せ過ぎるんですけど、本当にいいんですか?」

 

「えぇ。「これからもよろしく」って、言ったじゃない?」

 

 

 

あぁ…そこも伏線だったのかぁ…。

 

かくして、憧れの上司は最愛の嫁(?)になった。

どうしよう。これから始まる同棲生活、希望しかないんだが。

 

 

 

 




新章は女主人公です。
慣れませんね。




<今回の設定>

○○:初の女主人公。23歳独身。
   別にそういった気があるわけではないが、直属の上司ということでつい…ね?
   泣き方が独特。

千聖:25歳。寿退社をでっち上げる勇気と行動力。
   「まぁ貰ってもらえなくてもすぐ再就職したらいいし」とのこと。
   男性にまるで興味がない。

日菜:25歳。社内に於いて数々の伝説を築き上げている"歩く異常事態"。
   ○○と同期として入社するも、かつて同級生だった千聖と出会い頭のおかしさが暴走。
   主人公を含む3人のチームは会社的にも一目置かれている。
   バカ。


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2019/08/17 嫁が勤務意欲をコントロールしてくる件

 

 

 

『皆さん、今日は私たちのライブに来ていただき本当にありがとうございました!!』

 

『えっへへ。今日もすっっごく、るんっ♪てきたよぉ!

 皆ありがとー!!』

 

『あぁもう、はしゃぎ過ぎよ日菜ちゃん…。』

 

『いいんだよーぅ、今日はぶれいくぉ?ってやつなんだよね!』

 

『…それを言うなら無礼講…』

 

 

アッハハハハハハハハ

 

 

チサトチャァアアアン

 

『はぁーい、見えてますよ~』

 

ヒナタァァアアアアアアン

 

『るんっ♪ありがとぉー!!…わ、すっごい旗…!』

 

『愛されてる証拠ね。』

 

『でも、あたし達が本当に愛されたいのは…』

 

『あなただけよ、○○』

 

 

ワァァアアアアアアアアアアア

 

 

 

**

 

 

 

「…そんにゃぁ……こぁりぁすよぉ……うぇ?」

 

「…○○ちゃん?一体どんな夢見たらそうなるの??」

 

「へ?…はっ!?」

 

 

 

なんだか素敵な夢を見ていた気がする。

煌びやかな可愛らしい衣装に身をまといステージでベースをかき鳴らす白鷺主任…。

何故か氷川も居たが、すごい盛り上がりだった…。かわいいし。まじ主任可愛い。

アイドルってやつだろうか。…白鷺主任の露出…へへへへ…。

それを観客席から見ている夢だったけど、最後に主任が目の前に来て―――ッ///

っと、主任に言われて改めて自分の状況を見たけどひどい状況だ。

一枚しか着てないシャツは捲れ上がってるし、水たまりを作りそうな勢いでヨダレが滝を作ってるし…。

 

 

 

「主任!おはようございます!!」

 

「…おはよう。ねえ、また呼び方…」

 

「あっ。え、えーと……。千聖、さん。」

 

「はい、よくできました♪

 …それで、朝ごはんはどうする??食べる時間ある?」

 

「ええっと……六時半、ですか。

 出社が八時だから……。何とも言えないですね…あはは。」

 

「もう…っ。しっかり食べないと?お仕事にも身が入らないでしょう?」

 

「わかってはいるんですけどねぇ…。」

 

 

 

朝はいつもドタバタだ。

まぁ、前日夜ふかししている件を指摘されると何とも言えないんだけどね…。

そしてその夜ふかしの内容も特に言えるもんじゃないんだけどね…。

 

 

 

「取り敢えず簡単なものだけは用意しておいたけど…あと何が必要かしら?」

 

「えっ?…はぁぁああ!!」

 

 

 

ほぼ使うこともなかった食卓の上には、トースト・サラダ・目玉焼き…とコーヒー。

はっ、しかもちゃんとミルクとシュガー2本…。何故いつも2本入れることを知ってるんだ…。

まぁ、大仰に驚いておいてあれだけど、こんな感じの幸せな朝ももう二週間以上続いている。こんなに幸せでいいんだろうか。

私、急に死んだりしないかな?

 

 

 

「ふふっ…私が一緒にいるんだもの、健康面では死なせないわ?」

 

「考えてることまでバレるんだもんなぁ…まいったな。」

 

「愛してるんだもの、当然でしょう?」

 

「…あはぁ。」

 

 

 

仕事休みたい…。

 

 

 

「ちゃんと行かなきゃダメよ?…ズルはだめ。」

 

「…くそぉ、かわいいなぁ。」

 

 

 

入社してすぐは苦手だったけど、今となってはその怒り方に萌しか感じない。

両手腰に当ててほっぺた膨らませて…。それで身長も私よりちっちゃいし…。あぁ、しゅき…。

 

 

 

「しゅき…。」

 

「!?○○ちゃん!?」

 

 

 

もうだめ…二週間とちょっとの期間だけど、いや会社にいた期間もあったらもっとだけど、その間だけで私、もうLOVEまで行っちゃってるよ。

私は人生で初めて、会社を病欠した。

 

 

 

「恋の病ぃ…?」

 

「はい!もう、しゅに…じゃなくて千聖さんが好きで好きでたまらないんです。

 だから、この容態?が安定するまで休んじゃおっかなぁみたいな。」

 

「…馬鹿なこと言ってないで働きなさい。」

 

「ぇ…。」

 

「と、上司の私なら言うでしょうね。

 …でも今は貴女のお嫁さんなわけだし、愛してくれるなら幸せなことこの上ないわ…。」

 

 

 

あっはぁ!頬染めちゃってぇ!

そんなもじもじして!()()白鷺主任も照れたりするんですねぇ!!

早速休みの連絡も入れたし…幸せな二連休が始まるんですね…!!

 

 

 

「でも、真面目に働いてる○○ちゃんの横顔、私好きだったんだけどなぁ…。」

 

 

 

…う~ん、やっぱり仕事行こうかなぁ…。

 

 

 




愛、愛、それは愛。




<今回の設定更新>

○○:会社ではクール。というか冷たく他人と触れ合わない人。
   日菜みたいのは除く。
   その分家では甘えたがり・甘えられたがり。

千聖:夢の中ではベース担当。歌も歌うよ。
   最近本気で子作りの方法を勉強中。


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2019/09/08 怪物に安寧を犯された件

 

 

「えぇぇぇぇぇっ!?」

 

 

 

日曜日の朝……。一度起きたものの、まだまだ惰眠を貪ろうとベッドに潜り込む。…が、なんだか視界の端にチラついたスマホが妙に気になり、画面をチェック……。

…で、出たのが冒頭の悲鳴。

同じ布団ですやすや眠る、現代日本の大天使ウリエルこと白鷺主任も勿論その声で起きてくる。

 

 

 

「……んぅ?…今日は日曜日でしょう…?……大きい声出して、めっ、ですよぉ……ふわぁぁあ…。」

 

「…あ、あああ、あああああ、し、主任……」

 

 

 

あぁその怒り方も小さな欠伸も、欠伸を零す小さなお口も全てが愛おしい…。

…じゃなくって!

 

 

 

「大変ですよ主任!!……奴が」

 

「もぉー、また主任って呼ぶぅー。」

 

「あっ、ええと、千聖、さん…」

 

「はいっ、よくできましたぁ♪」

 

 

 

あぁもう、毎回褒められるのが嬉しすぎてわざと「主任」って呼んじゃうぅっ…!

憧れの人に褒められるって、それだけで数日は元気に過ごせるよね。ご飯も美味しく食べられるし。

 

 

 

「……へへへへ。……じゃない、奴が来るんです。」

 

「…やつ?っていうと?…ふわぁぁ。」

 

 

 

あ、また欠伸。…日曜は毎回お寝坊さんの千聖さん。こんな人が私のお嫁さんなんて…。ふへへへへへへ。

 

 

 

「奴っていうのは…奴ですよ。私たち共通の知人で、いつも私と千聖さんの間に割り込んできて、好き放題騒ぎまくるあいつです。」

 

「……ぁぁふ。……そう。ねましょ。」

 

「えっ。」

 

「えっ?」

 

「いや、そいつが誰かとか、対策とかはいいんです!?」

 

 

 

ぐちゃぐちゃに縒れていたTシャツを直すだけ直して布団に潜り込む千聖さん。その動作一つ一つもエロ…艶かしい。おっと涎が。

いやいや、でもですね千聖さん。あなたはいいかもしれないですけど、私、ヤツには何も教えてないんですよ。多分いつもみたいに能天気な阿呆面ぶら下げてきますよ?そして騒ぎます。本当めんどくさいですねぇ。

 

 

 

「…だって、まだ眠いんだもん。」

 

「…あはぁ。」

 

 

 

ぷくーって!ぷくーって!!

いやぁ頬膨らます千聖さんも食べちゃいたいくらいだなぁ!!頬ごと…なんなら、その溜め込んでる口内の空気だけでも…

 

 

 

「○○ちゃんも寝よ?」

 

「…は、はいぃ…」

 

 

ドンドンドンドンドンドン

「おぉーいっ!○○ーっ!!」

 

 

「…………はぁぁぁぁ。」

 

 

 

来た。奴が。

 

 

 

「んぅ…?ひなちゃん…??」

 

「…そうですよ。だから言ったじゃないですか…奴が来るって。」

 

 

 

その七がいつまでたっても出ない…じゃなくて、

 

 

 

「どうします?…追い返します?」

 

「うーん……でもそれも可愛そうだし…。約束とかしてたんじゃないの??」

 

「…そうだったら迷うことなく上げてますけどね。あいつ、いつもこんな感じで唐突に来るんですよ。」

 

 

 

今までの経験から言って、「これからいくね」系統は1割ほど、残り殆どは「いま玄関の前ー」とか「あれ?部屋鍵かかってるよー」とかだ。

正直言って、勘弁してもらいたい。…同僚じゃなかったら手が出てるレベルだもん。

 

 

 

「……このまま玄関先で喚かれても近所迷惑だし、入れてあげたら?」

 

「え"っ。…い、いいんですか?本当に。」

 

「…だって、日菜ちゃんでしょ?」

 

「………まぁ、来ちゃってる以上どうしようもないですけどね。」

 

 

 

渋々立ち上がり、玄関へ。最早暴徒と化している騒音の原因へ声をかける。

 

 

 

「…氷川。今日はだめだよ。」

 

「あっ!○○だっ!あけてぇ…?あーけーてー??」

 

「…情緒どうなってんの。」

 

「だってさぁ、千聖ちゃんも辞めちゃったし、休みの日暇なんだもーん。」

 

「…だからって私の部屋に来んなっての…。」

 

「……えぇー??○○ちゃん、つーめーたーいー。……あれれ?」

 

「冷たくない。…なによ。」

 

「………千聖ちゃんのニオイがするっ!」

 

 

 

はぁ!?…何、犬なの?犬か何かなの??犬か何かってなんだかなかなかに噛みそうでちょっと面白い。みんなも試しに言ってみてね。「犬か何かの"なんか"ってなかなかの"か何か"か何かなのかな?」

 

 

 

「…しないよ、そんなの」

 

 

 

第一扉が閉まってるのに匂いなんかするわけないじゃんか…。…いやまてよ?ドアの前に千聖さんの何かが落ちているとしたら?…例えば、髪の毛とか。

歩くフェロモンみたいなお方だ。髪の毛一本で人を惑わす可能性は大いにある。

万が一それが落ちていたら…!と胸騒ぎを覚え、思わず鍵を開けると…

 

 

 

「おじゃましまぁすっ!!」

 

「あっ、ちょっ!!!」

 

 

 

たたたたた、と子供のように大して長くもない廊下をダッシュで侵入していく氷川。あの行動力…これだから休日に氷川を部屋に入れるのは嫌なんだ…。

 

 

 

「うわぁ!やっぱり千聖ちゃんだぁ!」

 

「…いらっしゃい、日菜ちゃん。」

 

「あれれ!?どうして千聖ちゃん服着てないのぉ!?」

 

「…貴方が来たって聞いて、着替えようと思ってたところなの。」

 

 

 

…なんだって?千聖さんの生着替え?

ま、まぁ毎日一緒にお風呂も入るくらいだし、すっかり見慣れてはいるけどもさ?…それでも氷川、それはアンタには過ぎた芸術品だ。ウリエルの裸体は私の…

 

 

 

「それはそうと!お泊りなの!?どうしてあたしは呼ばれてないのっ!?」

 

「…さぁ?嫌われてるんじゃない??」

 

「えぇー!?ひどいぃ…。…決めた、あたしも好かれる!」

 

「…ふぅん?どうやって??」

 

「ええと…ええと………。…はっ!」

 

「??」

 

「るんって来たぁ!!!」

 

「…今度は何を思いついたってのよ。」

 

「あたしも脱ぐ!全部を見てもらって、千聖ちゃんみたいに好かれるのっ!!」

 

 

 

いや、そうはならんやろ…。

 

 

 

 




主人公が狂気じみてきている…。




<今回の設定更新>

○○:色々な欲が渦巻いた目をしている。
   が、千聖以外の前ではちゃんと外行きの仮面を被っていられる演技派。
   もう、止まらない。

千聖:月~土曜日は大体5時起き。甲斐甲斐しく主人公の世話を焼きサポートに徹する。
   …が、日曜は昼過ぎまで寝ている。主人公とくっついて寝ていられるだけで幸せなようだ。
   同棲相手だと裸も隠さないタイプ。
   二つ名は"現代日本の大天使ウリエル"。

日菜:主人公曰く"能天気な阿呆面"。
   行動の8~9割が思いつきなため、身近な人を振り回す習性がある。
   迷惑な動けるバカ。


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2019/09/24 同僚のウザ絡みに辟易する件

 

 

 

「ねーねー!……ねーってばぁ!」

 

「氷川うるさい。まず手を動かしなよ。」

 

 

 

白鷺主任(愛する人)のいない職場に何の価値があるというのか。隣の騒がしい大きい子供の世話が業務になりつつある今日この頃。

帰りたさMAXな内心をポーカーフェイスで抑えつつ、定められた勤務時間を会社で過ごす。…嗚呼、何とも無意味な時間か。

とは言え、千聖さんが"お嫁さん"として家にいる以上稼ぎ頭はこの私……ということになる。ううん、ジレンマに苛まれつつも、私は何だかんだで頑張るしかないんだなぁ…。

 

 

 

「冷たいなぁ〇〇は…どーせまた千聖ちゃんの事でも考えてたんだろうけど。」

 

「冷たくない。ちさ…白鷺主任のことを考えてたのは間違ってないけど。」

 

「もー……今の主任はあたしでしょー?」

 

「私にとって永遠の主任は白鷺主任だけなの。」

 

「じゃあ、あたしは?」

 

「小煩い馬鹿。」

 

「名前も入ってない!!」

 

「じゃあ白菜馬鹿。」

 

「それは千聖ちゃんが書き間違えたやつでしょ!!…あと馬鹿って何さ!」

 

「白菜でもいいじゃん。あんたにアホ毛立たせたようなもんでしょ。」

 

 

 

たかだか点が一つあるかないかで随分な騒ぎようだ。あの人から何かを貰ってるだけで羨ましくて妬ましいってのに。

もっと誇るべきだと思うよ、()()

 

 

 

「…〇〇ってさ、あたしのこと嫌いなの?」

 

「今更?」

 

「そっかー…。」

 

「何傷ついてんの。…悪口なんて、それこそ今更でしょ?」

 

「んー……。もしも、ね?〇〇が本気であたしを嫌ってて、千聖ちゃんと仲良くするのに邪魔だって言うなら、大人しく身を引こうかなって。」

 

「…本気で嫌いなわけないじゃん。邪魔は邪魔だけど。」

 

「ほんと?」

 

「ほんと。」

 

「………ほんと?」

 

「しつっこいなぁ…。」

 

「じゃあ、あたしとも付き合ってくれる?」

 

「――――は?」

 

 

 

言われている意味がわからない。二十代後半で彼氏の一人も出来たことがないと、こうも焦るものなのだろうか。

にしても見境が無さ過ぎる。

 

 

 

「私、女だよ?」

 

「でも、千聖ちゃんを好きになった。でしょ?」

 

「う。」

 

「…これは想像だけど、きっと千聖ちゃんも○○の事好きだよね。」

 

「うぅ。」

 

 

 

鋭いじゃん、氷川のくせに。…でも考えてみたら、千聖さんの私に対する好意を煽ったのも酔っ払った氷川だったっけ。

どうしよう、意外と使える馬鹿なのかも。

 

 

 

「…でもさ、あんたと付き合うってことになったら白鷺主任を裏切ることになるよね。

 …それは絶対に嫌なんだよ。」

 

「……じゃあ付き合う一歩手前!それならどう?」

 

「どうって言われても。意味わかんないし。」

 

 

 

訂正。…やっぱ氷川は氷川だ。

 

 

 

**

 

 

 

昼休み。唯一私物のスマホで白鷺主任と繋がれる時間。職場で過ごす日中のたった一つのオアシスのような時間だ。

 

 

 

『お仕事頑張ってますか?』

 

 

『はい、真面目にやってます!』

 

 

『頼もしい!』

『今日は変わったことありますか?』

 

 

『あ、また納品書の件で事務局が揉めてましたね。』

『あとは氷川がうるさいくらいです。』

 

 

『ふふ、相変わらずの無能組ですね。』

『日菜ちゃんが?○○ちゃん、何か言われたの?』

 

 

『何か、付き合ってほしいって。』

 

 

『そう』

 

 

『ええ』

 

 

『あれ?』

『忙しくなっちゃったんですか?』

『千聖さん?』

 

 

 

あれ。…また昼休みは半分以上残っているというのに。唐突に千聖さんが既読もつけなくなってしまった。

何時もなら二分と経たずに返信が返ってくるというのに。

 

 

 

「ヒェッ」

 

 

 

……?

右側から空気の抜けるような間抜けな音が聞こえる。誰かのしゃっくりとかかな?…慌ててご飯を掻き込んだりすると空気も飲み込んじゃって…っていうあるある的な。

それはさておき、音のした方を向くと…

 

 

 

「あ、あわわわわわわわ」

 

「何震えてんの氷川。」

 

 

 

青い顔をした氷川が、口元で忙しなく左手をバタつかせながら震えていた。右手にはスマホ。…いったい何を見たというのだろうか。

 

 

 

「………!!……!!」

 

 

 

声が出ないほどの衝撃だったんだろう。口をパクパクと、まるで金魚のようで面白い。…写真撮っとこ。

カッシャァッ

 

 

 

「…で、どうしたってのよ、青い顔して。」

 

「………ち、ちちちちちち」

 

「ち?」

 

 

 

いくら相手があの氷川と言っても日本語を忘れるなんてのは今までで初めてかもしれない。このままじゃ埓もあかないし、申し訳ないが画面を覗かせてもらって…

 

 

ピコン

 

 

 

「あっ、ち、千聖さん!?」

 

ビクゥッ

 

待ちわびていたその通知音に慌てて画面を確認する。…あぁ!やっぱり千聖さんだぁ!

 

 

 

『ごめんなさいね』

『ちょっとトイレに行ってたのよ』

 

 

『あっ、全然大丈夫です』

『もう大丈夫なんですか?』

 

 

『ええ、()()()()()()()()と思うわ』

 

 

『そうですかぁ』

 

 

『ねえ○○ちゃん?』

『私のこと…一番大事?』

 

 

 

「ふはっ…!」

 

 

 

なにこの意表を突いたどストレート…!私を昼休みに永眠させる気ですか??

大好きですええ大好きですとも!世界で一番、いや宇宙で一番愛してますよぉぉおおお!!!

 

 

 

『勿論じゃないですか。』

『千聖さんの居ない人生なんて、もう想像できませんよ!』

 

 

『ふふ、ありがとう』

『浮気しちゃ…嫌よ?』

 

 

 

「あっは……!!」

 

 

 

だめだ。だめだだめだだめだだめだ…!今すぐ駆け寄って抱きしめたい。布団の中で昼間から朝まで愛してあげたい…!!

どうしてそんなに可愛いの?どうしてそんなに……嗚呼、私の女神さま!!

 

 

 

「よっし。…ごちそうさまでした、っと。」

 

 

 

そうしている間に、昼休みも終わりが近づく。色々な意味でご馳走様の私は、すっかり忘れていた氷川の方を見やる。

 

 

 

「むー…………。」

 

 

 

もう青くもなく震えてもいなかったが、大量の滝汗をかきながら頬を膨らましこちらを睨みつけている。

描写が大変だからもう少しシンプルな状態でいてくれないかな。

 

 

 

「なに、膨らんじゃって。」

 

「○○ってさ、恋すると盲目になるっていう少女漫画みたいなタイプ?」

 

「……そうかもね。」

 

「ふーん。…じゃあさ、すっごく難しくてクリアできないゲームがあるとして、今のままじゃどうやってもスッキリできないの。そんな時、○○ならどうする?諦めちゃう?」

 

「今度はゲームの話?……そんなの、レベルでも上げて頑張ったらいいじゃん。勝てないまま終わるなんて嫌だし。」

 

「…へへ、やっぱりそうだよね。」

 

 

 

氷川の突拍子のなさは今更だけど、さっきまでのショックは何処へやら。…すっかりいつもの調子を取り戻したようで、午後の勤務もまたウザく絡みつかれるままに終業時間になってしまった。

帰りがけにも「あたし頑張るからっ!」って言ってたけど、本当何だったんだろう。……ま、いいか。私も帰ろ、千聖さんの元へ。……へへへへへへ。

 

 

 

 




千聖ちゃん、出来る子。




<今回の設定更新>

○○:女性にモテるタイプ。格好いい系ではない。
   千聖とメッセージの遣り取りをしている最中は気色悪い素の笑いが出てしまうため
   周りから察されている。

千聖:"主人"の帰りを待つ良妻。
   浮気を未然に防ぐのも良き妻の務めです。

日菜:鋼のメンタルは打ち込まれてこそ輝くというもの。
   日菜、負けないっ。


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2019/10/06 休日なのに気が休まらない件

 

 

「久しぶりだね!この感じっ!」

 

 

 

休日と言うこともあり、千聖さんと氷川と私、久々の3人で外食に行くことに。

後部座席で燥ぐ氷川を流し見しつつ、助手席から香ってくる仄かな甘い香りを楽しむ。

…っといけないいけない。早いところ目的地を決めなければ。

 

 

 

「…で?氷川は結局何食べたいわけ?」

 

「えっとねー……何か高い奴!!」

 

「ふわっとしすぎでしょ。」

 

 

 

金額でご飯を食べるんじゃないよ。分からんでもないけど。

隣の千聖さんも苦い顔をしていらっしゃるし…言いたいことはわかりますよ。

 

 

 

「そんなにお金あんの?」

 

「?ないよ??」

 

「バカなんじゃないの。」

 

「バカじゃないよ!!」

 

 

 

この流れを大真面目に言ってるんだとしたらそれはもう正気の沙汰じゃない気がするけど。

そこまで馬鹿な会話をしたところで、漸く千聖さんがその可憐な口を開いた。

 

 

 

「…日菜ちゃん。系統とかで良いのよ、ご飯ものとかお肉がいいとか麺とか…」

 

「あぁそっち系かぁ。」

 

「寧ろいきなり金の話だと思う方がヤバいでしょ。」

 

「私たちは何でもイケちゃうから、日菜ちゃんの食べたいものでいいのよ?」

 

 

 

氷川は偏食がすごいからね。私は別に嫌いな食べ物はないし、千聖さんも嫌いだった納豆が最近克服できたみたいだし。…どうでもいいかもしれないけど、納豆嫌いの克服に付き合った日々は興奮の連続だった。

蓋を開けた瞬間のあの汚いものを見るような目つき、恐る恐る口へ運んだ一粒に真っ赤な顔で零した涙、スーパーで納豆コーナーを通る度に私の手をぎゅっと握りしめるあの掌…。正直堪りません。

 

 

 

「…えっ、〇〇そんなにお腹空いてるの??ヨダレ凄いよ?」

 

「あいや、これは、ちが」

 

「ふふふっ。じゃあ〇〇ちゃんも待ちきれないみたいだし、さっさと決めちゃいましょ?」

 

「……千聖さん。」

 

 

 

本当は千聖さんを食べたいんですよ、私は。

 

 

 

「あっ!るんっ♪てきた!」

 

「…決まったのね。」

 

「お肉!!」

 

 

 

鶴の一声ならぬ日菜の一声。今日の少し遅めの昼食は、久々のメンツで焼肉となったのである。

 

 

 

**

 

 

 

「……ちょっと氷川、あんたの言うとおりに来たけど…」

 

「うん!ここ、おいしーんだ~」

 

「そりゃ美味しいだろうけど……」

 

 

 

氷川の案内に従って運転し辿り着いた焼肉屋。相変わらず賑やかな車内(主に一人が)だったが、近くのパーキングに停め店の扉をくぐる頃にはすっかり静まり返っていた。

もうなんというか、雰囲気がガチすぎる。カジュアルな雰囲気で食べ放題でも…と思っていたのに、何だかコースを選んで注文する流れらしい。おい氷川、またやってくれたね?

 

 

 

「前にね、おねーちゃん達と一緒に来たの。」

 

「お姉さんって…あの?」

 

「うん!Roseliaのみんなと一緒にね。その時美味しかったの覚えてたんだぁ!」

 

 

 

…そりゃ高い店にもなるわ…。

あ、Roseliaっていうのは、氷川の双子のお姉さん…紗夜さんがギターとして所属しているロックバンドで、結成してからもう10年くらいになるのかな。メンバーの入れ替えを繰り返しつつも世界規模で有名になるに至った人達だ。確か紗夜さんは現リーダーで、唯一結成当初からいるメンバーだとか。

その場にご一緒するって…何とも不思議な私生活だ事。

 

 

 

「〇〇ちゃん…」

 

「あっ…」

 

 

 

半歩程後ろを歩いていた千聖さんに服の裾をキュッと握られる。あぁもう、心配なんですか?高そうなお店で、怖くなっちゃったんですかぁ??

大丈夫、私が居ますよ。…という気持ちを込めて、その小さな可愛らしい手を包み込む。私の手で。

ハッとした顔でこちらを見る千聖さんは、どこかうっとりとした顔つきで…

 

 

 

「あはっ!何してるの二人して!!にらめっこ??」

 

「ッ!!」

 

 

 

危ない、まだ店の入り口だってのに、いつもの様に濃厚なのをかますところだった。私としたことが、公の場でクールさを忘れるなんて。

 

 

 

「べ、べべつに、何もしてないわよ?ねえ〇〇ちゃんっ?」

 

「……まぁ。」

 

「ふーん??…あたしもしたいなぁ、にらめっこ。」

 

「はぁ?いい年して何言ってんの。」

 

 

 

…いや待って。相手はあの氷川だ。「ふーん」からの間も気になるし、もしかしてしかけていたのバレてる?もしバレているとしたら、あたしもやりたい(イコール)千聖さんとそれはもう濃厚なキスをしたいってこと…?

…それは断じて許さない。

 

 

 

「…氷川には絶対渡さないから。」

 

「んー??…そういうのは焼き始めてから言おうよ。」

 

「肉の話じゃ…!……いや、もういいわ。」

 

「んん???」

 

 

 

まともな話を氷川としようとしたのが間違いだったみたいだ。

案内された4人掛けの半個室。向かい合う様に配置されたソファと二つの椅子…といった、よくある構成だ。

ソファ側の真ん中に氷川がドカッと居座り、向かい側に私と千聖さんが座る。……や、別に今の関係になって自然と…とかじゃないからね?昔から三人だとこうだったから!

 

 

 

「はいメニュー。…二人は結構ハングリー系?」

 

「はい?」

 

「あ、ガッツリいけちゃうかってこと。」

 

「…氷川、そういうのは店選びの段階で訊こうよ。」

 

「ふふふ、いいじゃない〇〇ちゃん。今はお仕事中じゃないんだから、ね?」

 

「でも千聖さん…」

 

「もー!またそうやって二人の世界にはいっちゃうし!!」

 

 

 

このままじゃ氷川も氷川のお腹も煩そうだし、さっさと注文しちゃおう。そのあとでじっくり、食事中の千聖さんを観察したらいい。

一緒に居れば楽しみも幸せも無限大だ。

 

 

 

「……えっ、結構する…もんなんですね。」

 

「量はどれくらいなのかしら…?」

 

「あ、このコース…」

 

「??……あぁ。ふふふ、もう〇〇ちゃんったら、そんなんじゃ足りないでしょう?」

 

「そんな大食いみたいに言わないでくださいよぉ…」

 

「ふふ、冗談よ。拗ねないで?ね?」

 

「くそぅ可愛いなぁ…。」

 

 

 

一つのメニューを二人であれこれ言いながら見ていく。あぁ、千聖さんとなら、たとえ真っ白な本を前にしたって幸福に浸れる自信があるね。

頬をつつかれながら氷川の方をチラ見すると。

 

 

 

「むむむむむむ…………。」

 

 

 

滅茶苦茶睨んでいる。さっきまでの元気はどうした。

 

 

 

「…どうしたの日菜ちゃん?」

 

「もう!!千聖ちゃんも〇〇もずるいよ!!二人でいちゃいちゃして!!」

 

「マジ?…そう見えた!?」

 

「〇〇は何で嬉しそうなの!?」

 

「あごめん、つい。」

 

「もう!……今日は三人の日なんだよ!仲間外れは嫌だなって!!」

 

「あー……それはなんかまあ、うんごめん。」

 

「日菜ちゃんぷんぷんだよ!!ぷんぷん!」

 

「ブフッ」

 

 

 

ちょ、千聖さん。このタイミングで噴き出すのは火に油ですって。…確かに、「こいつ20代半ばでマジか」って思いましたけど。

 

 

 

「わかったわかった…。で?氷川はどうしたら満足なわけ?」

 

「席替えをします!!」

 

「え"」

 

「…やだなぁ。」

 

 

 

注文も決まってないというのに、氷川が中々なことを言い出した。

因みに最後の「やだなぁ」は千聖さん。これはこれですごく可愛かったです。はい。

 

 

 

**

 

 

 

「るんっ♪るんるるんっ♪」

 

「……。」

 

「………。」

 

 

 

地獄だ。

何この部屋。上機嫌でほっかほかな氷川日菜サイドと、クールな瞳で鋭く睨みつけつつ今にも涙を零しそうな哀しみの白鷺千聖サイド。…温度差が激しすぎてメド〇ーアに発展しないか不安で仕方がない。

 

 

 

「ねーねー!〇〇はどれにするか決めたぁ?」

 

「……じゃあ氷川と同じで良いよ。」

 

「ほんとっ??お腹パンクしちゃわない?」

 

「…同じメニュー見てるんだよね?」

 

 

 

先程とは打って変わってご機嫌な氷川。あんたの脳内は秋空か何かか。

 

 

 

「私この(きわみ)コースにする…」

 

 

 

向かい側で飽く迄冷静を装いつつ淡々と最上級のコースを口にする千聖さん。…わかりました、二人で高いの頼んでこの悪魔に奢らせてやりましょう。

アイコンタクトを交わし、互いに小さく頷き合う。これこそ、絆の深さだぞ。羨んでもいいよ氷川。

 

 

 

「わー!千聖ちゃんアゲアゲだねー!」

 

「意味が分からないんだけど。二人とも決まったのかしら?」

 

「これから決めるところだよ~。ね、〇〇?」

 

「…まぁ。」

 

 

 

早く決めて早く食って早く帰れと言わんばかりの貧乏ゆすり(アースクェイク)がこちらにまで伝わってくる。流石にそろそろ千聖さんにも悪いし、滅茶苦茶距離を詰めてくる氷川(バカ)から少しでも離れて……ッ!?

 

 

 

「ちょっと氷川、何のつもり。」

 

「??何が?」

 

「これ。」

 

 

 

二人の間、ソファの上。恐らく千聖さんからはあまり見えないであろうテーブルの陰で、むんずと掴まれている私の左手。捕食者(掴んでいるの)は勿論氷川の右手だ。

それを指さして訊くも、「えへへへ、何となく」とまるで要領を得ない。

 

 

 

「ち、千聖さん?今決めるので、もう少し待っててくださいね?」

 

「早くなさい。時間は有限よ。」

 

「もー千聖ちゃん厳しーぃ。」

 

「ばか氷川、煽るなって…」

 

「…?そんなに時間かかる程メニューないでしょ?第一あなた達、ちょっと距離が近すぎやしないかしら?」

 

「や、べつに、その、えっと」

 

「あれ?〇〇何でそんなに慌ててるの??」

 

「バカじゃないの!早くこれ離しなさいよ!」

 

 

 

一度手を握られていることを意識しだすと何故か注文どころじゃなく、いつも通りなのに妙に近く感じる距離とか、小首を傾げて本気で理解が追い付いていない顔とか、全部に目が吸い寄せられてしまう。

……嘘でしょ?相手はあの氷川だよ?

 

 

 

「…離したくないんだもん。」

 

「な、なんでさ。」

 

「……ずっと、触りたかったから。」

 

「…氷川……?」

 

「ちょっと、本当に何してるの。早く決めましょうよ。」

 

「今決まる所だからもうちょっと待ってね!千聖ちゃん!!」

 

 

 

メニューを立て、まるで目が悪い人の様にメニューへ顔を近づけていく。そしてそのまま、メニューごと私の方に顔を寄せてきて…

 

 

 

「にらめっこ、しよ?……んっ」

 

「―――――!?」

 

 

 

**

 

 

 

…衝撃だった。

そこから一体何が起きたのか。その後食べた肉が牛なのか豚なのか、美味しかったのかイマイチだったのか。その記憶が全て曖昧になっている。

気付けば夜になっていて、自宅のリビングで全裸で千聖さんに土下座していたのだから。

 

 

 

「……次は無いわよ?」

 

「誠に申し訳なく思っており現在死んで詫びようか一生生き地獄を味わうことで償おうかと検討している私でありますがこの場合生き地獄と言うのは何を指すのかその項目が非常に重要と」

 

「私以外も欲しくなったの?」

 

「千聖さんがオンリーワンでナンバーワンです!!」

 

「ん。…よろしい。」

 

 

 

私、被害者じゃないの?

 

 

 




遅くなりました(反省)




<今回の設定更新>

〇〇:見境ないとかそういうのじゃないから。
   千聖さんラブ。日菜に対しては……要検証。
   安価な豚肉派。

千聖:仕事が休みの日は全力でイチャイチャいていたい系女子。
   付き合って数年たっても初期の熱が持続するタイプ。
   ヘルシーな鶏肉派。

日菜:姉がすごい人。
   主人公も千聖も大好き。隙あらば食べちゃいたいと思っている。(食事)
   財力の暴力・高級牛肉派。


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2019/10/24 嫁が私の薬箱な件

 

 

 

…頭が痛い。兎に角痛い。

勤務中…あれは確かお昼休憩の前あたりからだったか。目の奥と前頭部が割れる様に痛み出したのだ。

前兆など全く無く、正に急に。激痛のあまり相当な顰め面で午後を過ごしていた筈だが、不思議と誰にも心配されなかったので一人黙々と業務に徹してやった。…同僚たちの意地悪。

痛み止め?…飲み過ぎて効かなくなったよ。

 

 

 

「……〇〇、今日なんか不細工だね。」

 

「氷川……あんた言うに事欠いてそれは」

 

「あはははっ、じょーだんじょーだん!こわーい顔してたからさぁ!」

 

「…………あそ。」

 

 

 

帰り際に氷川に投げられた言葉である。呪ってやろうかと本気で考えた。

何はともあれ勤務時間が終わり、定時より十五分程遅れて帰路に就く。本来歩いて帰るのだが、流石に限界を感じ途中でタクシーを呼んでしまった。……状況が状況だし、きっと千聖さんも許してくれるだろう…と、お金と千聖さんの事を思い浮かべながらタクシーに揺られること数分。大して遠くもない自宅に着いた。

 

 

 

「ぅ……酷くなってる…。」

 

 

 

相変わらずドクドクと脈打つように痛みの波を伝えて来る前頭部を強く抑える。頭痛が酷い時の応急処置とか無いのかな…あれば誰か教えて…。

やっとの思いで登り切ったアパートの階段に、今更ながらエレベーターの一つもついてない事への憤りを覚える。…十一階建てで階段オンリーは最早設計ミスなのでは?

自宅があるフロアへ辿り着き、パタパタと聞こえる方向へ目を向けると…廊下の先、奥の方にある扉を開け放った千聖さん(天使)がこちらへ駆けてくるところだった。

 

 

 

「…千聖…さん?」

 

「〇〇ちゃんっ!!……一体どうしたの!こんな顔色で…。」

 

「……どうして、まだ何も言っていないのに。」

 

 

 

小走りになることで若干の揺れを見せる千聖さんの胸へ倒れ込む様に抱きつく。同時に香り立つ甘い香りと安心感を伴った心地よい体温。

…あぁ、これだけでも幾分か楽になった気がする…。しかし、何も連絡等していないというのに、どうして態々外まで出迎えに?若干ではあるが退社に遅れもあり、イレギュラーとしてタクシーも利用したというのに時間もピッタリだし。

 

 

 

「……??私が〇〇ちゃんのこと、分からないとでも思ったの?」

 

「…もうエスパーじゃないですか…。」

 

「ふふっ、愛があればこのくらい、大したことじゃないわ。」

 

「……敵わないなぁ…。」

 

 

 

そのまま引き摺られるようにして家の中へ。恐ろしいほどの手際で仕事着を脱がされ寝間着に着替えさせられる。途中何度か素肌の上を滑る千聖さんの指に、思いがけずイケナイ気持ちになってしまいそうだったが体調も考慮しグッと堪えた。何より、千聖さんは飽く迄一生懸命体を気遣ってくれているだけなのだ。当の私本人が淫らな気持ちに浸るなんて、愚かにも程がある。

耳元で囁かれた「相変わらず綺麗な身体ね…我慢できなくなりそう」とかいう言葉もきっと幻聴だ。千聖さんは、"看病"をしてくれているのだから。

 

 

 

「さ、早く布団に入って、大人しく休みなさい。」

 

「は、はい……ありがとうございます。」

 

「いいのよ。…あなた普段から頑張り過ぎちゃうところがあるし…きっと無理が祟ったのよ。」

 

「………ですかね。」

 

「きっとそうよ。…何か食べたいものはある?お水飲む?暑いとか寒いとかもあれば、ちゃんと言うのよ?」

 

 

 

…恋人と言うよりお母さんのような包容力を発揮する千聖さんに無性に甘えたくなってきた。体が弱っている時は精神的にも脆くなると聞くが、成程確かに頷ける。それに、多少恥ずかしい事をしてしまっても相手は千聖さんだ。それこそ愛故の行動なわけだし、後で何とでもできるだろう。

 

 

 

「……えっと、じゃあ。」

 

「なあに?」

 

「…千聖さんが、欲しいです…。」

 

「……ん?」

 

「一人で布団に居るの、心細くて……。一緒に添い寝してほしい…です。」

 

「……………。」

 

 

 

あ、あれ?私何か間違えた?踏み込む距離やらかした??

相変わらず聖母のような慈愛に満ちた笑みのまま微動だにしなくなってしまった千聖さん。このまま聖母像として飾るのもいいかもしれない。

 

 

 

「ち、千聖…さん?」

 

「…………本気?」

 

「…だめ、でしょうか…?」

 

「…………ダメです。」

 

「えぅ……。」

 

 

 

まさか拒絶されると思わなかった。…相変わらず笑顔のままだけど、声は低く冷淡に聴こえる。

思わぬ展開に少し泣きそうになっていると、女神さまは続けてお言葉を発された。

 

 

 

「私まで布団に入っちゃったら誰があなたの看病をするの?」

 

「ぁ…。」

 

 

 

ド正論だった。

確かに、いちゃつくという目線で見れば一緒に寝るなどこの上ない快楽への入り口であろう。…ただそれが看病の場だとしたらどうだ。具合の悪い張本人が何か助けを必要としている時に看病側がまず布団から這い出る必要がある、と…行動として、恐ろしいほど愚かなものだ。

千聖さんの顔は相変わらずにこにこと綺麗な笑みのままだったが、やはり飽く迄も看病をしてくれているのだ。

 

 

 

「……ごめんなさい。」

 

「いいのよ。…具合がよくなったら、私もお邪魔するからね?まずはイタイイタイのを治しちゃいましょうね?」

 

「……ぁい。」

 

 

 

熱を持った頭を撫でる手は冷たく、気持ちよかった。心なしか痛みも引いたような気がする。

 

 

 

「じゃ、じゃあ……冷蔵庫の、飲むゼリーが食べたいです。」

 

「ん。沢山買ってあったものね。…少し待ってて?」

 

 

 

昔からの習慣と言うか、すっかり癖として染み付いてしまったものなのだが、コンビニやスーパーなどでゼリー飲料を見かけると買わずにはいられないのだ。今では千聖さんが毎食用意してくれるから不要なのだが、その昔独り暮らしな上に多忙だった頃はこれだけで生きていたほどだ。

今となってはこういう時にしか出番がない。

 

 

 

「……どの味にする?」

 

 

 

一度冷蔵庫を覗いた千聖さんが枕元に戻ってくる。

 

 

 

「……りんご。」

 

「ふふっ、わかったわ。」

 

 

 

擂り下ろしたリンゴが入ったクラッシュゼリー飲料をリクエスト。確か3~4個はストックがあったはずだ。

私の希望を聞き入れた女神様が冷蔵庫を開け、少し背伸びする様にしてゼリーの山を漁る。…その後ろ姿だけで一週間はイケそうだ。何とは言わないが。

 

 

 

「……かわいいなぁ。」

 

「りんご、持ってきたわよ。飲める?」

 

「………ぁい。」

 

 

 

流石は私の天使。さっきから女神だ天使だと呼称がブレまくっている気がするが、どっちも正解だし問題ないだろう。要は美しい、人間など塵に等しいほど高位な存在と言うことだ。

で、その天使がキャップまで開けてくれる。この気遣い、何とも身に余る光栄…。「んしょ」と可愛らしい掛け声付きでキャップを開けてくれた天使はそのままゼリーを飲み…あれ?

 

 

 

「ぁ、千聖さんが飲むんですね…。」

 

「んー?…んふふ、んーんんーんんんーん。」

 

 

 

何やら口を閉じたまま言っている。伝えたいことがあるなら飲み込んでから喋ればいいのに。

 

 

 

「??…なんですかぁ?……あっ、んむ!?」

 

「……んー………んふっ。……ぷぁっ。美味しかった?」

 

「…んくっ。…………随分な不意打ちですね。」

 

 

 

唐突に唇を奪われたかと思えば流れ込んでくる林檎味。…なるほど、真の天使は嚥下のお手伝いまでしてくれるという事か。

相変わらずニコニコしつつ口の端を拭う姿は最早魔性。あっ、そして今、次の一撃を口に含んで(リロードして)いる。…不意打ちに備えるべく、今度は口を半開きにして待つ。

 

 

 

「………んっ。……んぅ、ごくっ。」

 

「…あ、あれ?千聖さん??」

 

「ぷはぁ。……なあに?」

 

「全部、飲んじゃったんですか?」

 

「えぇ、私も少し喉が渇いていたの。」

 

「…………あー…はい。」

 

 

 

何だろうこの残念な気持ちは。少し口を開けていた私、バカみたい。

待っていればまたしてくれると思ったのに、やっぱり幸せって自分から掴みに行かないと手に入らないんだね。(?)

 

 

 

「……ふふふっ、どうしたの?そんな顔して。」

 

「…別に……。」

 

「あら、素直じゃないのね。」

 

「………素直な奴が馬鹿を見る時代なんですよ。」

 

「ふーん?…なら、もう次は自分で飲めるのかしら?」

 

「………別に飲めますけど、さっきみたいに…してほしい…ですけど。」

 

 

 

あぁぁぁ…。何言ってんだ私。これじゃあまるで盛りの付いた痴女じゃないか。いくら相手が千聖さんだから多少の事は許されると言ってもこれじゃぁ…

 

 

 

「……もう、しょうがない子ね。…頭痛いの治るまでだから、ね?」

 

「…天使かよ…。」

 

 

 

実はもう治ってますとは言えないまま、夜遅くまでそれは続き…明け方、ゼリーが無くなった頃に漸く眠りについた二人だった。

……何と幸せな看病か。

 

 

 




何というLion heart。




<今回の設定更新>

〇〇:昼頃からの頭痛に殺されそうになったが、最終的に幸福感に殺されそうになった。
   どうやらストレスと目の酷使からなった模様。
   明日はリップクリームが要らなくなりそう。

千聖:小さくてかわいい。
   優しい中にも少しサドっ気があるようで、弱っている人を見ると虐めたくなる。
   相変わらず妖艶な美人。金の髪が今日も綺麗なお嫁さん。


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2019/11/20 嫁は仮想世界に居ても可愛い件

 

 

 

新しいゲームを買った。

ハードウェアではなく、ソフトウェアの方だが。

正直なところ、私も前々から期待していたゲームではあったのだが、一番の目的はプレイ以外の場所にある。それは――

 

 

 

「〇〇ちゃん…コレが、例の…?」

 

「そうですよ千聖さん…。」

 

 

 

"私の嫁にやらせてみたかった"!!

…それもただの女性じゃない。機械やゲームが大の苦手な、()()()千聖さんに!!

買ったものの内容としては…様々な武器から自分の好きな物を四つを選び装備、そのまま任務として課せられた内容を熟していく、という…よくあるアクションゲーム。

ただ一つ、"普通"のアクションゲームとは一線を画す要素があって…。

 

 

 

「〇〇ちゃん?…これを、被ればいいのよね?」

 

「そう、ですけどそこで被っちゃだめですよ。」

 

「どうして?」

 

「実際にプレイするのはあっちのモニター前なんですよ。ここでゴーグル着けちゃうと、何も見えない中で移動することになります。」

 

「あら、これ着けると前が見えなくなるのね。」

 

「…何だと思ってたんですか。」

 

 

 

そう、VRだ。

昨今の流行りともいえるであろうこの機構…ヘッドマウント型のディスプレイを装着し、その中に映し出される仮想空間を駆けつつ様々な世界に没入していく、といった訳である。

 

 

 

「…本当。真っ暗なのね。」

 

 

 

駄目だと言ってるのに早くも装着して準備万端の千聖さん。まるで母親を探す赤子の様に、両手を前に突き出してふらふらと歩いている。

流石にこのまま放っておくと食器棚に突っ込み兼ねないので、後ろから抱きかかえるように引き留める。ついでに形のいい胸にもソフトタッチしておいた。あぁ、幸せ。

 

 

 

「あんっ。…あらららら???」

 

「ダメですよ千聖さん。ちゃんと場所に着いてから着けないと。」

 

「はぁい。…この辺でいいかしら?」

 

「はい、いいですよ。…じゃこれ被って、あとこれも両手に持ってください。」

 

「…この固くて太い棒は何?」

 

「コントローラーですよ。…まぁ、ヤればわかります。」

 

 

 

感触を確かめるようにグッパグッパとスティックをニギニギする千聖さん。可愛い。

一先ず一通りの説明も終え、ゲーム機本体を起動する。「ひゃっ」と発された声からするに、今彼女の目の前には広々とした仮想の世界が広がっている事だろう。

 

 

 

「じゃあ、私がある程度まで操作しますから、途中から頑張ってみてくださいな。」

 

 

 

空いているコントローラーでソフトウェアを起動。少しして表示されるロゴとタイトル画面を確認し、時たま漏れる可愛らしい鈴の音の様な声を背に受けつつ操作可能な部分まで進める。

 

 

 

「うわぁ…!」

 

「どうです?千聖さん。」

 

「すっごいわね。…広いの。」

 

 

 

千聖さんが今見て居る景色は、一応目の前のモニターを通して私も見ることができる。

……何でだろう、千聖さん、ステージの端に置いてある狸の置物を凝視している。あの全裸で酒を持ち笠を被ったアレだ。

 

 

 

「千聖さん?…どうかしました??」

 

「…カワイイ…。」

 

「マジか。…千聖さん、うっとりしてるところ悪いんですが、もう少し前まで進んでみましょ。」

 

「わかったわ。ええと、このボタンで……ぉぉぉぉお…。」

 

 

 

手元の移動ボタンを押しながらキョロキョロと周りを見渡している。少し薄暗いサイバー空間に浮かぶ、和を感じさせる道場。その中の渡り廊下を走りながら、周りの風景を楽しんでいらっしゃる女神の姿に私ももう墳血モノだ。

眼下に広がる未来チックな街並みに足を止めて覗き込んでは感嘆、手すりに手を掛けようとしてVRであることに気付いては照れ笑い…。挙句風景を飛び回る二羽の鳥に思い切り手を振って居たり…もう堪りません。個人的には鳥に手を振っている時の背伸びと小声の「ばいばぁい…ふふふっ」がツボでした。

 

 

 

「……え?…きゃっ!!」

 

 

 

私のスマホの千聖さんフォルダが潤うこと潤うこと…その事態に喜びを隠せずにいると、突如姫様から可愛らしい悲鳴が。

何事かとモニターを確認すると…あぁ成程、武器選択のエフェクトが派手過ぎて驚いてしまったらしい。自分に迫ってくるように広がるポップアップとか、最初は怖いよね。

 

 

 

「…驚く千聖さんも可愛いです。」

 

「もう!揶揄ってないで教えてちょうだい!…これはどれを選ぶべきなのかしら。」

 

「武器ですか……千聖さん、武器を扱った経験は?」

 

「あるわけないでしょ。」

 

「ゲームとかもしないですもんね。…ええと、それじゃあ私の勝手なイメージですけど…」

 

 

 

千聖さんの左手を取ってスイスイッと装備を選んでいく。千聖さんのイメージだと……

 

 

 

「私、二本も刀振れないわよ…。」

 

「いやぁ…似合うと思うんですよねぇ。」

 

 

 

私がチョイスしたのは、腰の両脇に一本ずつの日本刀。ふむふむ、銘は"円水"というのか。そのふた振りの刀に、身の丈ほどもある大きな手裏剣…名前はよくわからない。

空いている手には取り敢えず苦無を持たせておいた。特に理由はないが、くノ一衣装の千聖さんとか見たいでしょ?見たくない?あそう。

 

 

 

「……うふっ、うふふふっ」

 

 

 

ぶつくさ言いながらも、楽しそうに笑っていらっしゃる。あぁ、二本の重さのない刀がいたく気に入ったらしい。ブンブンと振り回して…

 

 

 

「あいたっ。」

 

「!?…ッだ、大丈夫!?」

 

 

 

振り回していた刀はどうやら私を切り裂いたらしい。下からせり上がるように振り上げられた左手のコントローラーは私のヘラヘラした口にアッパーカットを決めた。

その手応えから感じたか、はたまた私の声が馬鹿デカかったのか…ゴーグルを投げ捨てるようにして千聖さんが距離を詰めてくる。

勢いそのままに私の後頭部を支え床に引き倒し、頭の下に滑り込むように膝枕の体勢をとり私の口を優しく撫で押さえる。…この間僅か1.2秒。大して痛みは無かったのだが、気づけば床に寝ていて目の前には聖母の如きご尊顔が。

人智を超えるスピードに、情けないながら涙が出てしまった。

 

 

 

「!!!……○○ちゃん?痛かった?怖かったの??打ち所が悪かったかしら…それとも勢いが…いや、寝かせ方が悪い…それとも」

 

「…ふふふっ。」

 

「???」

 

 

 

まさか千聖さんがそこまで必死になるとは。ぽたぽたと垂れてきた汗に、思わず笑い声が出てしまったが、それを聞いた千聖さんのぽかんと開いた口にまたしても笑ってしまった。

 

 

 

「はははっ…なんて顔してるんですか…!大丈夫ですよ、私は。」

 

「だ、だって、私○○ちゃんの事…き、斬り上げちゃったから…っ!」

 

「ぶふーっ!!!!」

 

 

 

真剣な顔しちゃって…。もう耐え切れなかった。

 

 

 

「そ、そんなに笑うこと無いでしょ…ばか。」

 

「だって、そんな真剣な顔して…斬り上げtあっはひゃひゃひゃ!!!」

 

「もぉ…本当に心配したんだから…。」

 

「はーっ…はーっ…いやぁ、笑った、じゃない…真っ二つでしたよ。見事な剣筋でしたねぇ。」

 

「揶揄わないでってば…。」

 

 

 

一転、膨れ面に変わる。流石に笑いすぎたかな。

 

 

 

「いやいや…今私は怪我人ですよね?刀でバサリですから。」

 

「……ええそうね。」

 

「ここらで一つ、治療を受けたいんですが。」

 

「生憎と仮想の怪我につける特効薬は持ってないけれど?」

 

「いえ、このままだとまた笑い声が漏れてしまいそうなんで…私の口を塞いで欲しいんですよ。」

 

「…それは大変ね。すぐに止めてあげるわね。」

 

「それでこそ千聖さんですね……んっ。」

 

 

 

**

 

 

 

翌日から、その新品の名作ゲームソフトはプレイ禁止になった。

 

 

 

 




酔う。




<今回の設定更新>

○○:本当はゴーグルのせいで周りが見えない千聖さんにあんなことやこんなことをしたかった。
   まぁ、恐らく結果は同じ。
   このあと滅茶苦茶()

千聖:機械にはめっぽう弱い癖に目新しいものが大好き。
   いくつになっても新鮮なものには無邪気に燥いじゃうタイプ。
   基本攻め。


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2019/12/20 愛を食み、愛について考えてみた件

 

 

 

()ッ…!」

 

「!?…ち、千聖さんっ!?」

 

 

 

夕飯の完成を待ち、居間の炬燵でぬくぬくと寛いでいると台所の方から可愛らしい悲鳴が。嫁のピンチに焦らない夫はいない…それをまさに体現せんとばかりに声の発信元へ飛び込む…と。

 

 

 

「あぅぅ……ぅ?…ろうひはの?」

 

 

 

恐らくたった今切ったであろう左手の人差し指を咥え涙目でこちらを見る千聖さん。……いい。

右手に未だ握りしめたままの包丁が加害の凶器だとは思うが…まるで上目遣いで甘えるかのように視線を寄越してくる千聖さん(俺の嫁)がこんなにも破壊力抜群だとは。

 

 

 

「…怪我ですか?千聖さん。」

 

「うん……ぷぁっ。ちょっと手が滑っちゃって…でも、そんなに深くないから大丈夫よ。」

 

「いえいえそんな、浅くてもばい菌とか入ったら大変なんですよ!?」

 

「…今舐めたから平気よ。」

 

「だめです。ちゃんと消毒……私も舐めます。」

 

 

 

何か言いたそうな千聖さんだったが、ここまで私欲を正当化できる機会は無い。申し訳ないが存分に味合わせてもらわなくては。

そっと持ち上げた左手を手首の当たりから舐め上げる。切っているのは人差し指の先端だが、手のひら側面の手首から始まり、駆け上がる様に指先へ。それも、"右手"という一つの螺旋階段をゆっくり上る様に。

皮膚のきめ細やかさ、しっとり感、味、緊張と興奮からくる震え…その全てを、千聖さんの血という最高の調味料を頼りに舐め上げていく。一度通った道は途中で引き返さないのがポリシーだ。

自然と荒くなる息を隠そうともせずネットリ舌を進めていく中で、チラリと千聖さんの顔を盗み見る…どんなにソソる表情を…あっ。

 

 

 

「……んっ、……んふぅ……んぅっ?……んぁ…」

 

 

 

やばい。目を閉じ右手の包丁で口元を隠してはいるが、隠し切れない紅潮と吐息に混ざる小さな声。おまけにこの揺れは…視線を下にずらすと、何かを堪えるかのように内腿を擦り合わせてつつ震えている。これは……っ。

感 じ て い らっ しゃ る ――?

これはワンチャン食事前に本格的なメインディッシュが戴けると確信し、舌のうねりを強める。より艶めかしく、より触れる面積に緩急をつけ、より水音を響かせるように…。

換気扇の音のみが支配していた台所に、ぴちゃぴちゃ、ずるずると水音が混ざりはじめ、消え入りそうな途切れ途切れの声と荒い呼気。時たま敢えて強めに音を立てて、てらてらとその綺麗な肌を濡らしている液体を啜れば、呼応するように小さな肢体と金糸の髪が跳ねるように揺れる。

 

 

 

「っ!?……あ…はぁ…ん……っ。……っ!…んぅ……ッ!?」

 

 

 

はぁはぁと荒く繰り返される呼吸はどちらの物か。狂ったように甘美な蜜を啜り尽くさんとむしゃぶりつく者と、ただされるがままに身を震わせ悦びを受け止める者…その二人が織りなす熱はますますそのボルテージを上げ、やがて絶大なる頂点へと―――

 

 

 

「……ぅぅ」

 

「……れろぉ……んぅ?」

 

「…やだよぅ…。」

 

「……ち、千聖さん?」

 

「う、うぇぇ……もう、くすぐったいの…やだよぅ…。うぇえええぇぇ…!」

 

 

 

あれれー?おっかしいぞー?

気付けば泣き出してしまっていた千聖さん…いや、ちーちゃん。最近気づいたことだが、千聖さんは時々幼児退行することがある。勿論それはそれで可愛いのだが、この状態の千聖さん、非常に面倒臭い。

あと、何故かこういった興奮のピークで発動することが多く、ガン萎えを余儀なくされるのだ。テンションマックスがロリロリちーちゃんの登場により萎え萎えでしおしおなのである。私はしょんぼりするようなものをぶら下げちゃあいないが、そういうことなのである。

それに見た目は普段の千聖さんのまま、考えられないほど顔面を汚してギャン泣きしたりするので、それはそれはシュールな光景になる。歳上ということも相まって、最早介護の時が来たんじゃないかと不安になるレベルで。

……ただ一つ重大な問題があって。

 

 

 

「…っあー…。…く、くすぐったかったの?…泣くなってば…。」

 

「うわあぁぁぁあああん!!おトイレ行きたいのにぃ!!間に合わなくなっちゃうよぉおお!!!」

 

「と、トイレぇ?…勝手に行って来いよ…ったく…。」

 

 

 

私は、子供が大嫌いなのだ。勿論そこから来る子供の扱い下手さ加減もなかなかの物だが…。

 

 

 

「ぅぅぅうう……ひっく、ひっく……うえぇ……」

 

「……じゃあまず、切れたところ処置するから、トイレはちょっとだけ待ってて。」

 

「しょちぃ…??」

 

「ほら、指出す。……よし。」

 

「……ばんそぉこぉ…?」

 

「そう、絆創膏。」

 

「………うぇぇ…!」

 

「何故泣く。痛くないでしょ?」

 

「も…もっと…可愛いのが良かったんだもん……!ぱんださんのやつ…。」

 

「そんなもんウチにねえわ。早くトイレ行ってきな。」

 

「え……あ……といれ…?」

 

「そうだよ。行きたいんでしょ?」

 

 

 

気分的には小さな子にしゃがみ込んで視線を合わせている感じ。…ただ、心はまるで擦り合わせる気が無い。

今も色々邪魔された気がして少しイライラしてるし、さっさとトイレにでも何でも行って欲しい。可愛げの無さすぎる千聖さんを見ているのは正直辛い。

…と思ったのだが、トイレと聞いた千聖さんは自分の足元を不思議そうに見下ろしたかと思うと、また泣きそうな顔で顔を上げる。

 

 

 

「……どぉしよう…。」

 

「なにが。」

 

「……………間に合わなかっ」

 

「何?」

 

「…でちゃ」

 

「何だって?」

 

「……おふろいってくる。」

 

「そうしな。」

 

 

 

何となく動きと匂いで分かっていた。…が。

まぁ、これ以上は千聖さんの尊厳の為にも明記しないでおこう。

 

 

 

**

 

 

 

シャワーの音を遠巻きに聞きながら台所の床を掃除する。…千聖さんの聖水ともなれば、普段ならそれこそ舐め取りたい欲求が凄いのだが、今手元にあるのはただの水たまり。

…何やってるんだろう、私。

 

 

 

「最低だよね…。」

 

 

 

あれ程愛しているだの好きだの結婚するだの言っている割に、幼女化した千聖さんと触れ合った後はいつもこうだ。確かに放っておけば元に戻るのだが、その一時ですら千聖さんが千聖さんで無くなるのが許せないのだ。

結局私は、許容し包み込んでくれるお姉さん的な千聖さんに甘えていただけ…それを好きだとか愛し合って居るだとか勝手に言い張っていただけで…

 

 

 

「……こんなもんか。」

 

 

 

それは片づけをある程度終えたことに対して出た言葉だったのか、或いは千聖さんに対しての気持ちの…

 

 

 

「○○ちゃん。」

 

「へ?…あぁ、上がったの。」

 

 

 

後ろから聞こえた自分の名前を呼ぶ声に振り返る。髪からぽたぽたと水滴を垂らしつつ、甘拭きした体を押し付けるように抱きついてくる。

ドキリとしたが、今の千聖さんが()()()なのかわからない…その状況に、スッと冷静になれるのもまた私だった。

 

 

 

「…○○ちゃん。ごめんね。」

 

「………千聖……さん、でいいのかな。」

 

「…………私の裸、見飽きちゃった?」

 

「………布団へ、行きましょう。」

 

 

 

その日の夜は、いつもよりも激しく熱く、深く求め合う様にお互いの体を躍らせた。

嫌なことは目を背けるに限る。あやふやなものは、確かなもので塗りつぶしてしまえばいいのだ。

私が愛しているのはこの千聖さんただ一人なのだから。

 

 

 




賢者タイムってやつかぁ?




<今回の設定更新>

○○:相手によってころころ態度が変わる。
   子供が苦手な理由は、自分が子供の頃に受けた仕打ちにあるらしいが…。
   
千聖:何故か感情が昂ると幼児退行を起こす。(本人談)
   その間の記憶はぼんやりあるらしく、戻る時も自分の意思で戻る。
   今回は浴室に入ってすぐ戻ったらしい。


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【宇田川あこ】中二病の天災 - MasterKiller - 2019/08/28 混沌の堕天使 <Angelo Anakumana>

 

俺の名前は○○。

日々この学校のため、そして可愛い生徒たちの為に奮闘する一人の高校教師である。

好きなものは生徒たちの笑顔。…それに仕事終わりの一杯かな。

あとはこの、放課後の静かな事務作業も意外と好きだったりする。

勿論、事務作業が好きで教師になったとかそういうわけじゃない。現に今だって一人の生徒の面談を待っているんだが…。

 

 

 

「いやに遅いな…。もっかい放送かけるか…?」

 

 

 

時刻はそろそろ夕方の五時を回ろうとしている。

放課後すぐ来るように、とあれだけしつこく言ったはずなのに…。

このまま待っていても色々心配だ。機材まで辿り着くのが少々手間だが、もう一度だけ呼び出しとこう…。

 

 

 

「唯一の通路が教材で埋まってるんだよな…。…これをどかして…あぁ、佐藤先生、机一旦お借りします…。」

 

 

 

体育教諭の佐藤先生の机へ一旦教材をどかして…と。ほかの先生に比べて抱く罪悪感が軽くて済むなぁ佐藤先生は。

元から机ぐっちゃぐちゃだしな。…どうやったらノートパソコンの背中部分に米粒がつくんだ…?

 

 

 

「…んん"っ。…えー。1年A組、宇田川。…1年A組、宇田川。…至急職員室まで来なさい。

 …っと。」

 

 

 

さて。

また明日の指導案を練る作業に戻…

 

 

バァン!

 

 

「疾風怒濤の暗黒騎士…またの名を瞬足の堕天使・あこ…

 召喚に従いここに参ったぁ!!」

 

 

 

来たな問題児。

 

 

 

「…最初の予定より二時間近く遅れてる時点で瞬足もへったくれもないんだよなぁ…

 あと、肩書きが多くてごちゃごちゃしすぎだ。」

 

 

 

紫色の髪を高い位置でツインに纏めて、不敵な笑み(本人談)を浮かべている小柄な女子生徒。

…何度言ってもドアを大切に扱ってくれないこいつが、俺の受け持つクラスの一員、宇田川(うだがわ)あこ だ。

格好良いと思い込んでいる痛々しい言葉を用いて話すことがままあり若干面倒な生徒でもある。

 

 

 

「ねーねー、○○っちー。どうしてあこだけ面談なの?」

 

「○○先生、な。…面談の理由は、お前の進路希望が斬新すぎるからだ。」

 

「……せんせぇ…?何か堅苦しくて嫌なんだもん。」

 

「だからって"っち"は違うだろ。」

 

「えー??おねーちゃんだってそう呼ぶじゃん。」

 

「…あれはもう、諦めてる。」

 

 

 

姉。――あこの一つ上の学年、2年A組には(ともえ)という名前の姉がいる。素行が悪いわけではないんだが、人との距離が近すぎるんだアレは…。呼び方に関しては一応注意はしたものの、そもそもの接点がたまの授業だけなので何かもうどうでもいい。

 

 

 

「ずるいなぁおねーちゃん…。」

 

「諦めて先生と呼びなさい。わかったか?」

 

「……うっさいなぁ、ライオット師匠…。」

 

「ッ…!………それは、もっとダメだろう…。」

 

「なんでー?マックだとそうやって呼んでるでしょー?」

 

 

 

マック。――PC・スマートフォン・家庭用ゲーム機のクロスプレイが可能なオンラインゲーム。正式名称は"Mage and Knights"という。ユーザーは頭文字を取ってM.A.K(マック)と呼び親しんでいる。

 

 

 

「だからって、リアルにキャラ名を持ち込むのは御法度だろ…?」

 

「かっこいいのに…。」

 

「いいから普通に先生と呼びなさい。」

 

「はぁい…。」

 

 

 

冒頭のモノローグを修正する必要がありそうだ。

好きなものはオンラインゲームと酒。嫌いなものは仕事だ。

この生徒、宇田川あことの初対面も二年前、ゲームから派生したオフ会で、それ以降ゲーム内でも絡み続けているというわけだ。

…まさかそいつの担任をやることになるとは思わなかったがね。

 

 

 

「お前な、いくら1年生で進路が固まりきっていないからって、これはないだろ。」

 

 

 

それまでずっと立ちっぱなしだった事に気づき、応接用のソファに座らせ自分も向かいの椅子へ。

問題の用紙を机に出す。

 

 

 

「第一希望 国王、第二希望 ドラマー、第三希望 すごい人。……まともに進路っぽいのが唯一第二希望ってどうなんだ?」

 

「えー!?…あこは真面目に書いたのにー。」

 

「まじめに書いてこれだとしたらうちの学校通う必要ねえだろ…。

 日本の教育課程じゃ国王については教えられねえよ。」

 

「そうなのぉ!?」

 

「当たり前だ馬鹿…。それとこの第三希望。…なんつーざっくりした表現だ。」

 

「…飽きちゃったんだもん。」

 

「だろうな。」

 

「でもね、でもね??…おねーちゃんに相談したら、"あこらしくていいんじゃないか!"って…。」

 

 

 

おい宇田川姉…。妹がどうなってもいいんかお前は…。

 

 

 

「…いいか宇田川妹。…進路希望にお前らしさを出す必要はない。

 …いや、必要無くはないが、ある程度のルールの中で個性を出してくれ。」

 

「職業ならいいってこと?」

 

「…まぁ、それでもいいし、やりたいことでもいいし…。」

 

「うーん……。あっ!」

 

「…書き直すか?…ほれ、ペン。」

 

 

 

手ぶらで来やがって…。筆記用具もってこいって言ったろ。

 

 

 

「………………できたっ!」

 

「どれ、見せてみ。」

 

「ふっふっふ……強欲な人間め。聡明なる堕天使こと、このあこ姫様のせん…………せん……ええと、」

 

「いいからはよ寄越せ。」

 

「っあー!まだ最後まで言ってないのに…」

 

 

 

最後まで聞いていると文字通り日が暮れそうだからな。

可愛そうだが油断している左手から文書は頂いたぞ。

…なになに?

 

 

 

「第一希望 ドラムの人、第二希望 今年中に三次転職、第三希望 天皇……。

 もうどこからツッコんで良いやら…。」

 

「…真面目に書いたよ?」

 

「これで真面目だというなら本格的に頭の方を心配せにゃならんのだが…?」

 

「……。結構やばめ?」

 

「やばめ。」

 

「…えー……。」

 

「第一希望はいいとして。…まぁ、さっきドラマーって書けてたろとか言いたいことはあるんだが。

 …第二希望、ゲームのことを書くんじゃないよ。」

 

「だって、やりたいことでもいいって」

 

「だからってこんなこと書かれて、教師陣はどうしてやればいいんだよ…。」

 

「ギフトカード買ってくれるとか?」

 

「買わない。…あと、三次の"じ"って"次"だからな。お前は毎日三時に転職するつもりか?面接で悪い印象しかねえぞ。」

 

「…漢字、苦手なんだもん。」

 

 

 

わからなくはないけどさ。

パソコンに頼った生活してると日本語が浮かばなくなるよな。

俺もこの前片仮名の"ヲ"が出てこなくなったわ。

 

 

 

「じゃあもう少しアナログで文字書く生活を送りなさい。

 それと第三希望。…まぁ国王よりは現実味あるけどよぉ…。」

 

「…そもそも天皇って何?ギルドマスターみたいなもん??」

 

「……oh。」

 

 

 

まずはリアルな日本をちゃんと生きてみようか、あこ。

 

 

 




新シリーズです。
宇田川あこ編、毎回のタイトルで苦労しそうですね。




<今回の設定>

○○:このシリーズお馴染み、名前を呼ばれないタイプの主人公。
   26歳独身、ゲームと酒と惰眠が大好き。
   "冷徹のRIOT"というキャラ名でプレイ中にあこと知り合い、
   彼女の師匠になったのが出逢い。
   ゲーム内ではそこそこ有名なギルドの古参ユーザーとして通っている。
   メインキャラはヒーラー。複数のサブアカウントを持ち、
   学生時代からの知り合いはほぼネット民。
   巴ともそこそこの絡みがあるが…?

あこ:天使…?
   高校1年生。
   NFOもやってはいるが、こちらではMAKという別ゲーをメインでやっているよう。
   キャラ名は変わらず"聖堕天使あこ姫"。空いててよかったね。
   ゲーム内ではまだ新参ながら、癒しキャラとしてすっかりギルドに欠かせない存在に。
   それはそれとして、リアルでは一応Roselia結成済みなので、たまにドラムを叩く。
   直感と運とセンスだけで演奏するタイプ。


MAK:正式名称"Mage and Knights ~ 久遠の旅人と古の魔導"。
    サービス開始からもう4年になるが、未だ勢いの衰えない基本無料型MMORPG。
    濃厚なストーリーに加え、戦闘以外の生活面も充実、と
    様々なニーズを満たし続ける名作。
    尚、豊富なジョブが選択できるが、大まかな括りは"魔道士"か"騎士"しかない。
    パーティを組む従来のマルチプレイに加え、
   "666人 VS 666人"という無駄に大規模なPVPがある。
    勿論実在しない。


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2019/09/14 暴食の女神 <De ventre deam>

 

『ししょー!あこ一回落ちるねー✩>ω</』

 

『あいよ。』

 

『さらばだー!』

 

 

 

画面から消える派手派手しいアバター。

今日は土曜日。MAKのイベント周回に勤しむ我々オンラインゲーマーの間に、教師も生徒もないのである。

時刻は二十時半。…宇田川家の飯はコレくらいだったか…。

理由は正直どうでもいいが、わざわざ一度落ちるくらいなのだから復帰までしばらくかかるだろう。さて、一人で狩り回るか別ゲーに顔を出すか…と、趣味全振りの贅沢な悩みに頭を捻っていると、

 

 

 

~♪ ~~♪

 

 

 

机の脇に置いたスマホから某秋アニメの主題歌が流れる。…誰だよ休みに電話なんか…。

 

 

 

「……もしもし。」

 

『あ!ししょー!あこだよー!』

 

「…………切るぞー。」

 

『えっ!?え、え、ちょ、ちょっとまって!!』

 

 

 

何だよ飯食ってんじゃねえのかよ。

若干の苛立ちを覚えつつ、適当に流して早く会話を終わらせることにする。

 

 

 

「…進路相談なら週明けでいいだろ?じゃあな。」

 

『そんなんじゃないってば!ししょー、晩御飯食べた??』

 

「あ?食ってねえよ。」

 

『よかった!!あこもね、これからご飯食べようと思ったんだけど、どーせししょー暇でしょ?

 独身だし、ぼっちだし。』

 

 

 

……なんだこいつ。態々担任をおちょくりに電話かけてきたのか?

 

 

 

「喧嘩売ってんのか。」

 

『にゃっははは!それでね、一緒にご飯食べよーよ!』

 

「否定はしないのな。…いや、普通に問題あるだろ。教師と生徒だぞ。」

 

『えー??でも、立場は置いといてゲーム仲間でしょ??

 休みの日くらいいーじゃんさー。』

 

「先生は休みじゃないの。…実家暮らしなんだから、家族とお食べよ。」

 

 

 

それにお前はぼっちじゃないんだし。…何なら姉貴もいるだろうに。

 

 

 

『あのねぇ、ずっと部屋でゲームしてて気付かなかったんだけど、うちに誰も居なかったの。』

 

「はぁ?」

 

『おねーちゃんもバンドの皆とラーメン食べに行くーって、さっき出てっちゃったみたい。』

 

「………で、俺に集る気か。」

 

『にゃっははは。だめぇ?』

 

「だめだ。」

 

『おねがぁい、ししょぉ…?』

 

「カワイコぶってもダメだ。普段からお前の姫扱いにも思うところがあったし、そういうので全部解決できると思ったら――」

 

『綺麗な人紹介するからぁ』

 

「仕方ないなぁ。」

 

 

 

………違うぞ?そろそろ結婚したいと思ったとかそういうのじゃないぞ?ただちょっと、一人で細々と飯食うのにもウンザリっていうか、可愛い教え子の頼みも聞いてやらなきゃっていうか…。

取り敢えず、半ば躓きながらも指定されたファミレスへ向かうことにした。

……本当に、期待とかしてないからな?

 

 

 

**

 

 

 

………あこてめぇ。

向かいに座る、確かに綺麗な風貌の目つきのキツイ女性を見て、心の中で弟子に全力で恨み言をぶつける。

 

 

 

「……それで?」

 

「それで、とは?」

 

「はぁ。貴方仮にも教師なのでしょう?…生徒に誘われたからといって簡単にプライベートを共に過ごすというのはどうなのかしら?」

 

「……全く以てその通りでございます。」

 

 

 

何故俺は公共の場で()()()に説教を垂れられているのか。

悪魔め、後で覚えとけよ。

 

 

 

「全く……んむんむ、生徒の見本として…もぐもぐ…風紀とは何たるかを示して…んむ?…むぐむぐ……いかなければいけない人間が何をやって……おいしーわね。」

 

「あの、ポテト食べるか喋るかどっちかにした方が…」

 

「あのねー!紗夜さんはねー、ポテトが大好きなんだよぉ!」

 

「黙ってろてめぇ…!」

 

 

 

目の前の"一見綺麗だが中身はただただ刺が鋭いだけのクール系美少女"さんはどうやらフライドポテトに目がないようだ。席に着いて早々に注文した二つの山盛りポテトを啄みながらも、説教が終わることがない。

…好きなもん食ってんならもう少し美味しそうな顔しろよ。無表情で食い続けやがって。

ええと確か名前は…氷川紗夜って言ったか。花咲川女子学園の風紀委員らしいな。…なんつーもん連れてきてんだよホント。

 

 

 

「…宇田川さん。この人とは一体どういう関係なの?」

 

「んっとねー、ししょーはねぇ、あこをデビュー…一人前にしてくれた人で、あこに初めてを教えてくれた人!」

 

 

 

あぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!

テンプレみたいな誤解を誘う言葉チョイスしやがって…!!そのニヤケ面、わざとやってんな!?

…社会人相手にやっていいことと悪いこともわからんのか、えぇ!?

 

 

 

「…で、デビュー……?はじめて…??

 ……ええと、全く意味がわからないのですが、貴方の口から教えていただいて宜しいですか?」

 

「………まじか。」

 

 

 

まさかとは思うけどこの子、その類の冗句が通用しないレベルで真面目なのか?

…相変わらず小さい口でもくもくとポテト食べ続けてるし、何だか可愛く見えてきたぞ。

 

 

 

「??私、何かおかしなこと言いましたか?」

 

「いや、そんなことはない。……ええと、実はだな。」

 

 

 

この機を逃すまいと、正しいことに若干の補正を加えながら説明する。

生徒になる前からゲームを一緒にするような仲(ゲームで知り合った)であり、その頃から頻繁に飯など行くような(オフ会)家族ぐるみの(巴とも面識がある)関係であること。

話していくうちに、徐々に紗夜…さん?の顔から疑いの色が消えていくのが分かって一安心だ。…主犯は我関せずといった感じでハンバーグを解体している。聞いてすらいねえ。

 

 

 

「……成程。それはそれは、一方的に決めつけたような態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。

 一方の話しか聞かずに人を糾弾するだなんて、私もまだまだですね。」

 

「あぁいや、気にしないで。大丈夫だから。…あこのこと心配してくれたんだろう?」

 

「ええ、まぁ。……宇田川さんは私にとって、大切なバンドメンバーですから。」

 

 

 

…ははぁん。あれだな、ええと…Roselia、だったか?あこの所属しているガールズバンド。その一員という関係で連れてきたのか。

 

 

 

「…あと、時々一緒にゲームもするので。」

 

「本当?…君みたいな子もゲームとかするの?」

 

「私みたいな……とは?」

 

「あっあぁ!ごめん、悪気は無いんだ。凄く真面目そうだし大人な感じがしたからさ…?

 そういう年相応の?一面もあるんだなっていう……いやほんと言葉選びが悪かった…」

 

「い、いえ、別にいいんですが……むぐ。」

 

「……………ポテトおいしい?」

 

「…は、はい…。……もぐもぐもぐ……おいしー、です。」

 

 

 

手に取ってから口に運ぶまでが滅茶苦茶スピーディなのに咀嚼クソ長いんだよな。まだ口の中に残った状態でヒョイヒョイ突っ込むから…あーあー、ハムスターみたいになってるよ。

 

 

ヒョイパク、ヒョイパク、ヒョイパク、ヒョイパク…ムグムグムグムグムグ

 

 

「…………。」

 

「ししょー、追加しても……って、何で二人見つめ合ってるの?」

 

「!!ふももほほほっふ、ももまままふふふふ!!」

 

「…いやぁ、なんか可愛くって。面白いし。」

 

「もっも、ままふへふぇままめめえももお!!」

 

「はははは、何言ってるかわからんぞ。

 …落ち着いて、飲み込んでから話そ。な?」

 

「もうむっむ…。」

 

 

 

パンパンの状態で無理に喋ろうとするからほら…。ただ、テンパってる時は表情出るんだな。

顔真っ赤にしちゃって…。可愛らしいけど何言いたいか全然わかんねえ。はははは!

 

 

 

「ごくん。……貴方、もしかして生徒にモテたりするタイプ…でしょうか。」

 

「はっは、そんな夢みたいなことにはなったことねえなぁ。…そう見える?」

 

「……い、いえ…別にそんなこと、思って…ないですけど…」

 

 

 

何故目をそらす。

 

 

 

「お、恐ろしい…流石は現世に破滅を齎す魑魅魍魎をも飼い慣らす

 古の無差別調教者<エンシェント ディストラクション ブリーダー>…。

 まさか紗夜さんまでししょーの毒牙に…!?」

 

「……お前は後で話がある。」

 

「えぇ??やだなー。…あっ、このスペシャルチョコサンデーと、ストロベリーマウンテンパフェとぉ…」

 

 

 

食いすぎだ馬鹿。

…あっ、紗夜ちゃんのことじゃないから、お代わり頼む度にそんな申し訳なさそうにしないで。

 

 

 

結局、あこは成人男性2~3人分程の量を平らげ颯爽と外に。財布の中身を確認しだした紗夜ちゃんを何とか説得し、大人の俺が全額もつ形で解散した。

…後日、俺とあこともう一人の知り合いで組んでいたパーティに、"✡SAYO✡"という暗殺者が加わることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 




途中まで燐子を呼ぶ話にしようとしてました。




<今回の設定更新>

○○:もう次の給料まで贅沢はできない。
   古の無差別調教者(笑)
   実際、特に人気のある教師ではない。

あこ:暇つぶしの度が過ぎる。世間知らずということで大目に見てやってください。
   何しろ天使なので、人間の常識が通用しないんです。
   イザコザを呼び込む女。

紗夜:割とゲームを嗜む。ぷ○ぷ○とか。
   第一印象は警戒心の強いリス。


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2019/09/27 慈愛の姉神 <Elder sister of SOIYA!!>

 

 

 

「〇〇先生。」

 

「おう、どうした。」

 

 

 

職員室で次のクラスの準備をしていたところ、珍しく"先生"呼びの宇田川あこがやってくる。

何やらそわそわと落ち着かないご様子だが、今度は何をやらかしたってんだ。

 

 

 

「…先生助けてよぉ。」

 

「…だからどうしたと訊いているだろうに。」

 

「あこ、あこは……取り返しのつかない事を……」

 

 

 

涙目でぐしゅぐしゅ言っているあこに手を引かれ、そのまま三階の図書室や放送室などの特殊教室が纏まっているエリアに連行される。

果たしてこいつは何の用があってそんなところに?

 

 

 

「ここで一体何を……あっ!」

 

 

 

廊下の突き当り。各階の避難経路に設置されている「緊急避難はしご」。普段は鉄製の箱に収納されしっかりと封印されているんだが…

 

 

 

「あれ開けたの、お前か。」

 

「……うん…。」

 

「はぁぁぁぁ…。一体どうしたらあんなもの開けようと思うんだよ…。」

 

 

 

一般家庭用ならまだしも、学校の備品としてセッティングされているそこそこ高価なものだ。…たしか一度出してしまうと点検やら整備やらで数万は飛ぶって聞いたぞ…。

それが、デロン、と。一応窓は開けてあるものの、外には放り出されずに床にだらしなく広がっていた。

 

 

 

「だって、だってね、あこはね、きっと何か楽しいものが入ってると思ったんだよ。ほんとだよ。それでね」

 

「落ち着け落ち着け。…ゆっくり喋らないと、俺にも伝わらんぞ。」

 

「う、ん。…最初はね、おねーちゃんを探して図書室に来たんだけど居なくてね。それでね、廊下に出てみたらあの箱があってね。」

 

「気になって開けちゃったのか?」

 

「………でも、でもね、あこは、やっちゃいけないんだろうなって思ってたよ。」

 

「じゃあ何で開けんの。」

 

「…ぅ……うぅぇぇぇ……」

 

 

 

泣きたいのはこっちだよ本当に…。そもそも、言っちゃ悪いが巴が図書室に来るタイプかね。ありゃ和太鼓の前かラーメン屋のカウンターが似合う女だ。

いくら普段は師弟関係だとは言え、今この場では教師と生徒だ。大声でびーびー泣いてるあこを放置するわけにもいくまい。

 

 

 

「あーもう泣くな泣くな…。この場は俺が何とかするから、あこは取り敢えず泣きやんで待機。できるか?」

 

「うわあぁぁぁぁん……うえぇぇ……ぇぇええええん」

 

「お前、泣き止む気ないだろ。」

 

 

 

泣き声は大きくなっていく一方だ。只の休み時間と言うこともあって、周りの生徒が何事かと見てくる。迂闊なこともできないしなぁ…。

 

 

 

「よしわかった。俺は用務員さんにも報告しなきゃいけないし、ずっとここに居るわけにいかないけど、お前も一緒に来るか?」

 

 

 

もうただ只管にここを離れたかった。

 

 

 

「ひっく……ひっく………う"ん。」

 

 

 

漸く収まり、しゃくり上げながらも後をついてくるあこ。普段から変なキャラ作らないでこれくらい素直なら可愛いもんなのに。

廊下を渡り、階段に差し掛かる角を曲がったところで…

 

 

 

「アレ?〇〇じゃん!おひさー。」

 

 

 

()と遭遇した。

 

 

 

「とも…宇田川姉か。敬語を使えと言ってるだろうに。」

 

「はははは!固いこと言うなよ~。…あ?あこ、何で泣いてんだ?」

 

「何だか避難はしご出しちまってな。テンパって泣いてんだ。」

 

「梯子ぉ?……何をどうしたらそうなるんだよ…。」

 

「俺が訊きたいよ。」

 

「うぅぅぅ、おねーちゃん、ごめんねぇ!!!」

 

 

 

折角収まってきた涙を再度溢れさせ姉の足にしがみつくあこ。みるみるソックスの色が変わっていくが…こいつ涙で脱水症状起こすんじゃねえかな。

 

 

 

「おいおい、姉には謝んのか。」

 

「…ま、アタシにとってあこは最高の妹、そんであこにとってアタシは最高の姉だからな。

 お前じゃ器が足らないってこったよ。はっははは。」

 

「お前って言うな教師を…。」

 

 

 

相変わらずだな巴は。…いや相変わらずで流していい問題じゃない気もするんだけどさ。

姉妹としてこんだけ仲いいならそれだけでもいいと思うんだ俺は。教師として、間違いは正さなくちゃいけないが…

 

 

 

「まあいいこの件は俺が」

 

「あのさ、○○。」

 

「…あ?」

 

 

 

人が格好つけようとしてるところを遮りやがって。

 

 

 

「実はあの梯子、アタシが遊んじゃったんだ。」

 

「はぁ?」

 

「なんつーかさ、別に目撃者とかはいないんだろ?だからここは、アタシがやったってことでひとつ頼むよ、なっ?」

 

「お、おねーぢゃん??」

 

「……俺は別に、報告して直すだけだからなんでもいいんだけどさ。巴はそれでいいんか。」

 

「…まぁ、ね。まともな姉ならここは妹を叱るところなんだろうけど、アタシはあこが笑ってりゃそれでいいからさ。

 あ、信憑性を出すためにモカとひまりもいたことにしようか?」

 

「幼馴染を売るな。…まあ、巴がそれならそれでいいさ。」

 

 

 

何とも格好いい姉だな。いい所は取られた気がするが…あこも泣き止んでるしまあいいか。いい、のかな…?

 

 

 

「悪いな、見せ場盗っちゃって。」

 

「……なんのことだ。」

 

「さっき、あこを庇おうとしてくれただろ?」

 

「…しらんな。」

 

「何だよー、男のツンデレはきっしょいぞ。」

 

「何だその言い草は。」

 

「…つぐが言ってたんだ。」

 

「羽沢がそんなこと言うかよ。」

 

「悪い、本当に気色悪かったから…」

 

「てめえ!」

 

 

 

いい姉を持ったな。弟子よ。

でもな、俺もそこそこ怒られるから、学校の備品で冒険するのはやめような。

 

 

 

 




実際にやると滅茶苦茶怒られるのでやらない方がいいです。




<今回の設定更新>

○○:良いところを持っていかれる系教師。
   この後滅茶苦茶怒られた。

あこ:やっちゃいけないことはやっちゃいけないのです。
   流石に悪いと思ったときは素直。
   おねーちゃんがなんばーわ"んっ!

巴:格好いい。妹大好き。
  結局巴とモカとひまりで遊んで壊したことにした。


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2019/10/29 陰キャの誘い <Тъмно неприлично>

 

 

 

「ししょー!ご飯食べ行こ!!」

 

 

 

そんなアホみたいなテンションの電話が来たのが十五分くらい前。そして、謎の女性が訪ねてきたのが五分前。

今はその女性を部屋に上げ、一先ずソファで待ってもらっている。…何だこの状況。

 

 

 

「ええと、あこの知り合いなんでしたっけ?」

 

「…はい……。ええと、あなたは……あこちゃんの、お師匠様だそうで………。」

 

「え、ええ、まあ。…オンラインゲームの、ですけど。」

 

 

 

あこから電話が来た後、来ると言ったのに中々訪ねてこないあこを待っていた中、うちのチャイムを鳴らした謎の女性……確か名前は白金(しろかね)さんと名乗っていたか。

大人しそうな佇まいに眠そうな表情、腰ほどもある綺麗なストレートの黒髪を纏う、色気のある女性だ。勿論初対面だったが、「あこにここに来るよう言われた」との事だったので上げてしまったが…本当に大丈夫なんだろうか。

そもそも飯に連れて行く件も了承した覚えは無いんだがな。あいつめ、何でもかんでも勝手に話を進めやがって…。

 

 

 

「そのオンラインゲームって……M.A.K.ですか…?」

 

「あっ、知ってるんすか?」

 

「私も………やってますから…。」

 

「…ほう?」

 

 

 

あこの関係者であれば大方その辺だろうとは思っていたが、まさかM.A.K.ユーザーだったとは。…果たして、騎士か魔導士か、どちらを繰り戦うのか…同じゲーマーとして、そこは確認しておかなくてはなるまい。

 

 

 

「白金さん…っだったっけ?」

 

「は、はい……。」

 

「ジョブは?」

 

「…ええと………括りが…」

 

「待って!俺当てたい!!」

 

「……どうぞ。」

 

「魔導士!!」

 

「……ふふふ、二つしか無いですからね………あたりです。」

 

「やったぜ!俺も魔導士でね、一応メインは回復職(ヒーラー)でやってるんっすよ!」

 

 

 

静かに笑うその姿を見て、いい歳こいて燥ぎ過ぎたんじゃないかと少し後悔した…が、好きなゲームの話をする時ってこうなる…よな?

白金さんが一体何歳くらいの女性なのかは分からないが、オッサンが一人盛り上がる姿を目の当たりにしているんだ。ま、多分引いてるでしょう。

 

 

 

「……あっ。…ええと……ごめん、何か燥いじゃいましたね。」

 

「いえ………少し、可愛いなって……思いましたよ?」

 

「可愛いって……オッサンに言う言葉じゃないですよ…。白金さん、役職は??」

 

「私は………メインで『陰キャ』をやっています……。」

 

「『陰キャ』…!!黒魔術師ですか!!…是非ご一緒したいっすね!!」

 

 

 

話題に挙がった『陰キャ』とは、決してリアルの過ごし方を揶揄して言う単語ではなく立派な役職(クラス)の一つである。

主に攻撃魔法を強みとする『黒魔導士』…その派生にあたる『黒魔術師』は、純粋な攻撃魔法ではなく状態異常や能力低下を伴う搦め手を得意とする役職であり、属する中でもその『陰キャ』は先に挙げた状態異常や能力低下…所謂"デバフ"()()を只管にばら撒く、攻撃面での補佐(サポート)役を担う重要なポジションになる。

勿論基礎魔法レベルの攻撃手段は持っているが、如何せんソロプレイに向かない為好んで使うプレイヤーは一握り…これは非常に貴重な出会いとも言えよう。一応、各役職に一つだけ与えられている強力な『クラススキル』を唯一二つ持っていたり、魔導士陣営で唯一の必中即死スキル『闇討ち』を持っていたりと、優遇されてはいるのだが…。

因みにクラススキルは『ステルス迷彩・B.O.T.C.H.(ボッチ)』と『匿名(ネット)()誹謗中傷(ベンケイ)』と言う強力な二本立てである。

 

 

 

「ぁ……はい、是非、私とシてください……ふふっ。」

 

「やったぜ。……あ、じゃあ連絡先交換しません?タイミング合えば連絡するんで。」

 

「……はい……私、男の人と連絡先交換って……初めてです…。」

 

「えぇっ……意外だなぁ…モテそうなのに。」

 

 

 

割とマジな感想だった。なんというか、男が好みそうな要素が詰まった人だなぁって感じだし。

それとも、連絡先を交換するって行為自体が最近は廃れてるのかな。

 

 

 

「私、男の人が苦手で……。」

 

「……よく男の部屋に一人で上がれましたね……。」

 

「ご迷惑…でしたか?」

 

「や、無理してるのかなーって。」

 

「………○○さん、でしたっけ?」

 

「はい。」

 

「……きっとあなたが、可愛らしい方だから………あまり気にしないで済んでいるのかもしれません…」

 

 

 

また可愛いって言われた。……ふむ、俺って意外とイケてる?可愛い系男子??

…近くの電子レンジに映る顔を見てみたが全くそんなことはなかった。

 

 

 

「ま、まぁ…取り敢えず交換をば………」

 

「??…はい。」

 

 

 

お互いのスマホにお互いを登録する。フリーのチャットアプリだが、ゲーム開始の連絡くらいならこれで十分だろう。

 

ガチャァ

「ししょー!きたよぉ!」

 

 

 

…どうやら全てを知っているアイツが到着したようだ。仮にも目上の人の家にお邪魔するんだから、もうちょっとツッコミどころを減らして欲しいものだが。

 

 

 

「……ししょー!!ししょー!!!」

 

「目の前にいるのに何度も呼ぶ馬鹿があるか。勝手に約束取り付けて勝手に来やがって……って、巴はどうした。」

 

 

 

確か姉妹揃ってご馳走になるとか抜かしていた気がしたんだが、目の前にいるのは紫髪のちびっこだけだ。…今日はサイドテールなのか。

 

 

 

「おねーちゃんね、「どうして学校以外であんな奴のツラ拝まなきゃいけねえんだ!」って言ってたよ。」

 

「あの野郎覚えとけよ…。」

 

「だからね、代わりにりんりんと一緒に行くことにしたんだ!!」

 

「……りんりん?」

 

 

 

そう言われて改めて覗き込むも、あこの後ろには誰もいない。果たしてりんりんとは…

 

 

 

「ぁ……りんりんです……どうも。」

 

「白金…さん?」

 

「はぃ……名前が、燐子(りんこ)なので………りんりん、と…。」

 

「…あぁ、そう言えば苗字しか聞いてなかったですな。」

 

 

 

なるほどそれで前もって到着していたというわけか。…うん、それを予め連絡しておこうな?あこちゃんや。

 

 

 

「ねーししょーお腹すいたんだけどー。」

 

「お前はどこまでも勝手だな……何が食いたいんだ。」

 

「んー……いっぱい食べられるならなんでもいい!!あと、ししょーの奢りなら!!」

 

「一度でも自分で払ったことがあったかよ…。」

 

「ぁの……私は、別に……」

 

「あぁ、白金…りんりんさんは気にせずどんどん食べてくださいね。全部俺が持ちますんで。」

 

「…ししょー?あこと扱い違わない??」

 

「当たり前だろ。りんりんさんは貴重な陰キャだぞ?丁重にもてなして呵るべきだろ。」

 

 

 

是非とも仲良くなっておかなきゃいけないし、何より美人は優遇するのが俺のポリシーなんだ。お前みたいな子供じゃなくて、大人の…

 

 

 

「あー……りんりん学校だと暗いって言ってたっけ。」

 

「馬鹿、そっちの陰キャじゃねえよ…。……学校??」

 

「うん。あことは違う学校だけど、高校生だよ。…ねっ?りんりん。」

 

「うん……高校、ええと…花咲川女子学園に通っています……。」

 

「………まじ?こんなに大人っぽいのに…?」

 

 

 

まぁ、大人っぽいと思わせるのは大体一箇所のせいだと思うけど、これで高校生だなんて…。

 

 

 

「はははは!!りんりんおっぱいおっきぃもんねぇ!」

 

「そういうのは口に出して言うもんじゃねえぞ。」

 

「いーんだもんっ、女の子同士なんだから~。」

 

「………まぁいいや、飯行くか生徒諸君。」

 

 

 

何だか無性にやけ食いしたい気分になってきた。兎に角いっぱい食べたいらしいし、行き先はあそこだ…行きつけの大盛りで有名な店。

普通盛だと思ってレギュラーサイズを頼むと三人前来るような店だからな。

 

 

 

「ししょーししょー!いっぱい食べていい?いっぱい食べていい??」

 

「あぁ、好きに食え…。いっぱい食って、精々でかくなってくれ…。」

 

「…おっぱいの話?」

 

「ちげえわ!!」

 

「いっぱい食べなくても………大きくなるよ??」

 

「真面目に言わんでいいですわい。」

 

 

 

いっぱい食って大きくなったわけじゃないのか…。

結局このあと、バカが大量に注文して余しまくったものを俺とりんりんさんで処理し、パンパンの腹を抱えて帰ることになるまで食いまくった。

オムライスにドリアに芋に肉にパフェにアイスに……。恐ろしいのは、りんりんさんが俺と同じくらいの量をペロリと平らげたこと。…本当に栄養素が全部そこに詰まってるんじゃないか?流石に教職の俺がそんな発言できるわけないんだが。

何にせよ、結構な金額と引換にはなってしまったがこの陰キャさんと出会う機会をくれたあこ。少しくらいは感謝してやってもいいのかもしれない。

 

 

 

「…いっぱい食べている姿も、可愛かったですよ………?」

 

「……大人を誂うもんじゃあない。」

 

「ふふふ、じゃあ続きはゲームの中で………ね?」

 

 

 

そういう雰囲気も大人びて見える原因だかんな。

 

 

 




一応あこちゃん編なんです…。Roseliaメンバーと出会っていくのが導入編ですから。




<今回の設定更新>

○○:不良教師と呼ばれている。(主に宇田川+Afterglowに)
   美人には目がないが子供はお呼びじゃない。
   いっぱい食える俺が好き。
   

あこ:導入時期中は出番控えめ。たまに主役って感じ。

燐子:素敵なものをお持ち。声が艶かしい。
   キャラもリアルも陰キャ。


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2019/11/23 天災達の遊戯 <Sanapeli ja kauna>

 

 

 

「…は?」

 

「だーかーら!しりとり!!あこの中でブームが来てるの!」

 

「俺の中では来てない。食事中にはしない。そもそも公共の場でそんなアホみたいなことはしない。以上。黙って飯食え。」

 

「えぇー!?やろうよーしりとりー!しーしょーぉー!!」

 

 

 

何度来たかわからないほど通ったファミリーレストラン。相変わらず俺を師匠と慕うちびっ子に集られるようにして外食に来ている、仮にも教師の俺。

…どうやらまた俺にお友達を紹介してくれるようで、俺の正面、料理には大して手をつけずに俺とあこのやり取りを見つめている銀髪の無表情少女。

あこの話だと、友希那(ゆきな)という名前らしいが…これはどう接したらいいんだ。というか何故俺はこいつの友達連中と仲良くならにゃいかんのだ。

 

 

 

「第一、この友希那ちゃんって先輩なんだろ?…先輩捕まえてしりとりしましょうってお前…。いや、担任捕まえて言うのもどうかと思うけどよ。」

 

「だって楽しいじゃん。」

 

「やかましい…。」

 

 

 

カランコロンカラーン

「オキャクサマ、オヒトリサマデショーカ??」

「いえ、待ち合わせで…あ。」

「サヨウデゴザイマシタカーゴユックリドウゾー」

 

 

 

「やろ?ね、ね?…じゃあ一回だけ、一回だけやらせて?ししょーおねがーい!ねぇーえ!やりたいのー!やらせてよぉー!」

 

「店で勘違いされるような発言はやめろぉ!」

 

 

 

あと右腕を離せ。ブンブン振り回すせいでハンバーグがフォークごと飛んでっただろうが。…これだけ目の前が騒々しいことになっているのに無表情を崩さずに手元のサラダ皿に鎮座するプチトマトをツンツンしてる、この子もこの子で怖い。

 

 

 

「また昼間から如何わしい話をしてあなた達は……あら、湊さんもいたんですか。」

 

 

 

…そしてその無表情の横にすっと座る、途中参加の紗夜ちゃん。…聞いてはいないが、どうせあこが呼んだんだろう。

 

 

 

「おぉ、紗夜ちゃん。…知り合いなの?」

 

「ええ、まあ、ちょっと。」

 

「ふーん…?……今日もいつものでいいの?」

 

「あ、はい…すみません…。」

 

 

 

はにかみつつ答える紗夜ちゃんに笑顔を返し、店員を呼ぶ。…()()()の「山盛りポテトフライ」を二つと、アイスティーを注文…あと、視界の端でそっと友希那ちゃんがアピールしていた「スナックバスケット」…?とやらも注文する。ははぁ、成程菓子盛り合わせってところか。

 

 

 

「ししょー…しよ?」

 

「…かわいこぶってもダメだ。」

 

「…何の話なんですか?」

 

 

 

途中参加の紗夜ちゃんにはついていけない話だよな…。

ここまでの流れを掻い摘んで説明する…といっても、大して濃い内容じゃないんだけど。

 

 

 

「そうでしたか…いつもこの子が迷惑かけてすみませんね、○○さん。」

 

「まあ…慣れっこだよ。」

 

「もー!お話はいいからやろうよ!!あこ、しりとり欲が溢れてはち切れちゃいそう!」

 

 

 

どんな状況だ。ちょっと見てみたいわ。

 

 

 

「……一度でいいんでしょう?あこ。」

 

「友希那さん…!!…うんっ!やろう、友希那さん!!」

 

「…あなたも、一度だけ付き合ってあげてくれないかしら?ええと……○○さん。」

 

「君がそう言うなら……あれ、ちょっとまって。すごく今更だけど、君、(みなと)か?」

 

 

 

友希那…そう、確かそんな名前だった。特に素行や人間関係に問題があるわけではないのに半数以上の日数を欠席している生徒…。学校のお偉いさん方が話しているのを少し聞いただけだから詳しくは知らないが、確か音楽の方でえげつない才能を発揮しているとかだった気がするぞ…。

 

 

 

「?…ええ、湊…友希那よ。あなたとは何処かで会ったことがあったかしら。」

 

「いや、お前が通ってる学校の教師だよ。」

 

「……()()()()()()()学校の、ね。別に私は、高校程度の教育が必要だとは思っていないし学校生活だってどうでも…」

 

「ねーねー、はやくっはやくっ。何からにする?しりとりのり?それとも、ぽ?」

 

 

 

お前…折角、問題になりつつある生徒から色々聞き出せそうだったのにしょーもない割り込み方しやがって…。

「ぽ」はどこから出てきたとか、お前はしりとりジャンキーかとか、ツッコミどころは満載過ぎるくらいなんだが、こうなったらさっさとしりとりを終わらせて、再度話に…

 

 

 

「そうね、やりましょうか。…あぁそうそう、しりとりと言えどれっきとした勝負よね?」

 

「そーだよ!」

 

「ふふ…それなら、勝敗に賭け物をしない?」

 

「湊さんっ!仮にも教師である○○さんがそんなこと…」

 

「休日に生徒とプライベートで逢うような不良教師だもの…そのくらいどうってことないでしょ?」

 

 

 

ぐっ…こいつ、痛いところを。

眠そうな目ぇしやがって、強烈なこと言いやがる。

 

 

 

「…で、何を賭けんだよ。」

 

「○○さん!?」

 

「あなたが勝てばあなたの言うことを何でも聞くわ。」

 

「ぶっ…!」