BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 - (津梨つな)
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【大和麻弥・青葉モカ】不思議と眼鏡と唐変木
2019/09/02 文化の祭りとSandwiche


だらだらぐだぐだするものが書けたらと。
筆休みのような作品を目指します。


 

 

 

「ねーねー。早く次のひとくち食べさせてよー。」

 

「まぁ待て青葉、まず口の中無くせ。」

 

「いつ見ても凄い食欲っすねぇ…。」

 

「…そういうお前は俺の手を塞ぐのをやめろ。」

 

 

 

昼休み。ここは、多くの生徒が休み時間に利用する羽丘学園高等部の中庭。

木陰に座った俺は、両側をそれぞれ一人ずつの女子生徒に詰められて、およそ昼食時とは思えない激務に追われている。

一夫多妻だの少数精鋭ハーレム(笑)だの、同級の男に揶揄われる事もすっかり慣れたが、ここ数年で共学化された影響か男子が少ないんだ。…仕方ないだろ。

 

 

 

「ねーねーせんぱーい。…あーーーん。」

 

「…悪い、俺の片手はすっかり汚されてしまってな。千切ってやれそうにないから、そのまま食ってくれないか。」

 

 

 

左側で雛鳥のように口を開け、次の一欠(エサ)を待っているこの後輩は青葉モカ。

名前は片仮名だが日本人だ。…多分。

特徴と言っては何だが、とにかく食欲がすごい。言われるがままに餌を与え続けると、永遠にごちそうさまを聞けないまま寿命が来てしまいそうなほどだ。

今も待ちきれないためか、ロールパンを持った俺の左手を持って食事に勤しんでいる。…いや、そうするなら自分で持って食えよ。

 

 

 

「食欲もそうっすけど、相変わらずべったりですなぁ。」

 

「なあ麻弥。…俺もこのあと授業受けるわけだけど…それ続ける?」

 

「えぇー。だって、お手伝いしてくれるって言ったじゃないっすかー。」

 

 

 

右側で俺の右手にベタベタとマニキュアを塗りたくっているのは、クラスメイトの大和麻弥。

最近気付いたんだが、上から読んでも下から読んでも「やまとまや」になるんだ。すごくね。親酔っ払って名付けたんかな。…そんなアイドルがいたような…。

あ、アイドルで思い出したんだが、こいつこんな調子で現役のアイドルらしい。正式に言うとアイドルバンド…しかもドラム担当だ。

人は見掛けに拠らないとはよく言ったもんだよなぁ。

そんな彼女が俺の右手を前衛的アートに仕上げている理由は、『足りない女子力を高める一環としてネイルアートを習得する』為らしい。

 

 

 

「…自分のでやれよ。」

 

「えっ?何か言ったっすか?」

 

「…別に。」

 

「フヘヘヘ、じゃあ大人しくしてて欲しいっす。」

 

 

 

二人とも何がきっかけで連むようになったかまるで覚えちゃいないが、気づけば学園生活の殆どをこの二人と過ごしている気がする。

こいつらも、何が楽しくて俺なんかと一緒にいるのかわかんないけど…。

 

 

 

「せんぱーい。…なくなっちゃったよー。」

 

「指を舐めるんじゃない。…これで買った分全部だろ?まだ食い足りないのか?」

 

「うーん……………………腹二分?」

 

「ダストシュートみたいだなお前。」

 

 

 

あーあー…左手はべっちょべちょだ。おまけに右手はべったべただしな。

ところで、そろそろ文化祭があるわけだけど、うちのクラスは全く出し物が決まっていない。…ふと気になったので青葉に訊いてみよう。

 

 

 

「お前のクラスってさ。何やんの?」

 

「ぅ?……勉強??」

 

「勉強?変わった出し物だな。」

 

「あー、文化祭のことかぁー。」

 

「なんだと思ったんっすかね。」

 

「さあな、青葉だし。」

 

「…うちのクラスはぁー、メイド喫茶ぁ?をやるみたいなんですよぉー。」

 

「……ベタだな。」

 

「漫画みたいっすねぇ。」

 

 

 

よくありがちなアニメや漫画の文化祭みたいになりそうだな。別にメイド服なんかこれっぽっちも興味はないが。

うちのクラスは去年クソ真面目に展示なぞやっていたらしいが…。本当に参加しなくてよかった。

 

 

 

「○○さん、今年は参加するっすかぁ?」

 

「…うーん、そうだなぁ…。」

 

 

 

よっぽどのことでもなければ時間勿体無いしなぁ。

 

 

 

「何か、心躍るような出し物になるんなら考えるさ。…それか面白そうなイベントでもあるなら。」

 

「…地味に難しいこと言いますよねぇ…。」

 

「あ、じゃーあー。…モカちゃんと一緒に、文化祭散策しませんかぁ??」

 

 

 

これまた漫画かアニメみたいな展開だな。つか、青葉みたいに外見だけはいいやつなら他に喜ぶ奴も居そうなのに。

…そもそも、

 

 

 

「お前、幼馴染連中と回るんじゃないのか?」

 

「んー??……うーん、せんぱいとは2年しか一緒にいられないでしょー?

 3年になったらみんなと回ろっかなーって。」

 

「ふーん…。…彼氏とでも行けよ。」

 

「えー?モカちゃんじゃ不満ですかぁー。」

 

「そ、それじゃジブンが…」

 

「麻弥かぁ……。いつも一緒に居るしなぁ…。」

 

 

 

それじゃあイマイチ特別感?が無いんだよな。……まぁ、まだ当日までは時間もあるからどうでもいいや。

…きっと今年も参加しないんだろうな。

ぶー、と音が聞こえてきそうな顔で睨みつけてくる二人を見ながら、漠然とそんなことを考えた。

 

 

 




またしても新シリーズです。
書きにくい二人。




<今回の設定>

○○:高校2年生。無気力だが面倒見はいい。
   こんなに羨ましい状況なのに、ただただ鬱陶しく思っている。

モカ:かわいい。めっちゃ食う。甘えんぼ。鳴き声は「うなー。」

麻弥:メガネを外すと美人。メガネをかけるとメカニック。
   同級生にも敬語。異性とかにはあまり興味がないよう。
   怒ると怖い。


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2019/09/21 文化の祭りって何だ

 

 

 

「うなー。つーかーれーたー。」

 

「またか。ったく、今日何度目だよ…。」

 

「まぁまぁ、その辺でちょっと休憩でもしたらいいじゃないっスかー。」

 

 

 

いつもと違い無駄に活気溢れる校内を歩く。両サイドには、重りのように引き摺られる後輩と同級生のメガネ。

後輩の方は食べる量に比べて恐ろしく燃費が悪いらしく、少し移動しては鳴きまた移動しては鳴きを繰り返していた。その度に麻弥が休憩できそうなスポットを見つけてきて…って、これじゃあ何のために登校してるんだかわからんな。

そもそも俺が折角の休みの日にこんなところに居る理由。それは、先の文化祭談議の際、何だかんだで一緒に回ると押し切られてしまったところにあった。…まさか二人して俺を拘束してくるとは。

 

 

 

「せーんぱーい。」

 

「……なんだよ。」

 

「もう帰るー?」

 

「もう飽きたのか。」

 

「うなー。そうじゃないけどー、疲れたっていうかー。」

 

「はいはい。麻弥は?お前も飽きたとか抜かすんじゃないよな?」

 

 

 

ベンチに四肢を投げ出し、人の膝を枕代わりにして寛ぐ青葉はもう放っておくとして、隣のクラスメイトはどうだろう。まさか飽きたってことはないだろうけど、コイツはコイツで人や物事に関心ない奴だからなぁ…。

 

 

 

「うえっ!?ジブンっすか?……うーん。元より、これと言って見たいものとかは無かったんですよねぇ。」

 

「……じゃあ、何で来たんだよ。」

 

「それはほら、〇〇さんを公の場に連れ出すという使命の為というか。」

 

「余計なお世話だ。」

 

「うっ……じゃ、じゃあ、〇〇さんと?一緒に居たかった?的な?…フヘヘヘ。」

 

「思い付きで喋ってんじゃねえよ。」

 

「…割と本気なんですけどね…。」

 

 

 

本気でも色々困るわ。クラスメイトに登校日以外の時間会いたいとは思わんだろ、普通。……と、こんな話をしている最中だというのに、膝の上の青葉はフリーダムさをこれでもかと出してくる。

 

 

 

「せーんぱーい。せんぱいの鞄、美味しいものの一つも入ってないんだねー。」

 

「勝手に漁んなこのバカちんが。…そもそも鞄に美味いものが入ってるってどんな状況だよ。」

 

「うなー?」

 

「どれどれ……おぉ、フリ〇クが入ってるじゃないですかぁ!青葉さんこれはどうです?」

 

 

 

青葉にチョップをかましている間に俺の鞄は麻弥の手に。だから何故そう勝手に漁る。

ごそごそとフ〇スクを取り出した麻弥は軽快な動きで2,3粒掌に出し、そのまま青葉の口元へ…と思いきやそのまま突っ込んだ!!

直後まるでバネのように跳ね起きた青葉は、未だかつて見たことが無いほどの素早さでソレを吐き捨てた。まるでタネマシンガンの様だ…。

 

 

 

「なんじゃこりゃー?…お口がすーすーしますなぁー。」

 

 

 

体はそれだけの反射を見せているのに、相変わらず平坦な声で喋るんだなおい。

 

 

 

「つーかここ屋内な。廊下に唾を吐くなお前は。一昔前の不良かよ。」

 

「だってすっごく変な味…あ。」

 

 

 

吐き出した方へとてとてと歩いて行った青葉は、無残にも吐き捨てられている白い粒を拾い上げ…

…俺の口元へ。

 

 

 

「きったねえな。なんだよ。」

 

「せんぱいも食べてみればー?すーすー。」

 

「いやもう色々な意味で汚過ぎだから。」

 

「食べ物を粗末にするのはよくないっすよ?〇〇さん。」

 

「お前が原因だろうが!」

 

「てへぺろっす。」

 

 

 

「てへっ」とお茶目な顔をしつつ「ぺろっ」と舌を出して可愛らしさをアピールするのが本物の「てへぺろ」だとするならば麻弥のそれは…。

 

 

 

「それじゃあただ真顔で舌を見せびらかす奴じゃねえか。もうちょっと何かないのか。」

 

「無いっす。」

 

「じゃあもうどうでもいいや…。」

 

 

 

俺達は一体何をしているんだろうか。文化祭に来たというのに自分のクラスに立ち寄るわけでもなければ催しや展示物を見て回るわけでもない。

少しずつ休憩所を経由しつつこんな感じでダラダラ過ごしているだけだ。こんなことをしていて、何かが起こるとも思えないし…。

 

 

 

「…帰るか。」

 

「うなーっ!賛成ー!」

 

「〇〇さんがそうしたいならそれで…。」

 

 

 

こうして高校2年の文化祭は終了した。

 

 

 

**

 

 

 

で今に至るって訳だ。

あの後特に予定も決まっていなかった俺は、何となくまだ一緒に居たい的なムードを醸し出す女性陣に引っ張られるままショッピングモールをうろついていた。

やはり本物の商業施設ということで売り物もテナントもクォリティが違う。そのためか、二人とも偉く元気だ。

 

 

 

「〇〇さんっ!次はあのお店いきましょーよ!!」

 

「麻弥…テンションたっけぇな…。」

 

「フヘヘヘッ!!学生風情のしょーもない出し物より俄然盛り上がるってもんっす!」

 

「口わっる。」

 

 

 

まぁた悪い部分が出てるぞ。麻弥は普段猫を被っている。…いや、猫を被ってアレなのかっていう声もわかるが、恐らく素の部分をどんどんプッシュしていくともっと孤立してしまうだろうな。…言葉選びが悪すぎるんだあいつは。

俺は別に気にしちゃいないが、そのオタクっぽさと面倒くさそうな雰囲気から麻弥を敬遠する奴は少なくない。まぁ、麻弥本人が然程他人に執着しないのがせめてもの救いか。お陰で何かと俺に付きまとってくるんだが。

 

 

 

「むーっ、むーっ!」

 

「なんだなんだ…引っ張らないで口でちゃんと言え、青葉。」

 

 

 

颯爽と姿を消した麻弥を見送り佇んでいると隣の青葉にこれでもかと袖を引っ張られる。

 

 

 

「せんぱーい。あれ、あれやろー!」

 

「どれ。」

 

「んっ!」

 

 

 

びしっ!と指差す方には人が入れるほどの箱が幾つか……。プリクラか。

玄関近くにアミューズメント施設を置くモールってのも斬新だなぁ。

 

 

 

「プリクラ…撮りたいのか?」

 

「うなー。」

 

「よし、百円あげるから行ってこい。」

 

「……う?」

 

「……え、百円じゃねえの、一回。」

 

「うーなー……。」

 

「えー…何で俺まで…。ハズいじゃん。」

 

「うなー!うーなーっ!」

 

「わかったわかった…お前は人の服をなんだと思ってんだ…。」

 

「うなぁ。」

 

 

 

青葉の説得に負けて渋々簡易個室へ。うわぁ、機械が話しかけてくるぞ…。

青葉、そんなにワクワクしちゃって…すっげぇ髪直してる。ってかさ、今のプリクラって四百円もかかんの?マジの写真じゃん…。

 

 

 

「…コースとかよくわかんないんだけどさ。お前やってくれよ。」

 

「えぇぇー。プリクラくらい触れないと今時モテませんぞー。」

 

「求めてねえからいいんだよ。」

 

「仕方のないせんぱいだー。……ええと、これとこれのー…こっちにしてー…ぁ、こんなのも……んふふ、美白にしちゃおー。」

 

 

 

一人でブツブツ言いながら軽快なタップで進んでいく。さっきから移り変わる画面を見てはいるが、全く以て意味がわからない。

いいじゃんもう、お金入れたらはいシャッターで。

 

 

 

ソレジャァ一枚目ハァ…

 

 

 

「ぅお、始まったのか。」

 

「せんぱーい、最初は仲良しのポーズー。」

 

「何だ仲良しのポーズって…。」

 

 

 

言いながら俺の左手を開かせてくる。開いた指と指の隙間に青葉の指を挟み込むように差し入れ、そのまま握った手を掲げて。

 

 

 

「…これで仲良し?」

 

「うなー、せんぱい笑ってー」

 

「こ、こうか?」

 

 

 

眠そうな目のまま顔をキメる青葉とぎこちなく口角だけを釣り上げる俺。自分の様子を確認できるモニターにはそこそこ気色悪い絵面が…うぁっ!あぁシャッターか。

 

 

 

イイネェ!ツギハ格好良ク、ファイティングポーズ!

 

「えっ、ファイティングポーズって格好いいか?」

 

「やー!とー!」

 

「痛い痛い痛い痛い!実際に蹴るバカがどこにいんだ!」

 

「うなー。」

 

「お返しだっ!」

 

 

 

シャッターの瞬間。恐らく中々に躍動感のある戦闘シーンが撮れていただろう。マジで鳩尾に食らってたしな。

 

 

 

ケンカノアトハナカナオリ!ラブラブナポーズ、イクヨォ!

 

「せんぱーい、次はらぶらぶのポーズー。」

 

「わけがわからない」

 

「ぎゅーってしよー?」

 

「いつもやってると思うけど、あれってラブラブだったのか。」

 

「ぎゅー。」

 

「はいはい、ぎゅー。」

 

 

 

抱き合うような格好の二人を横から撮る形になる。…これがプリントされて残るの、まずくない?

 

 

 

ウンウン!スッゴクイイヨォ!ジャア次ハ、ロックナ一枚イクヨォ

 

「唐突…。」

 

「ロック!…モカちゃんはぁ、かき鳴らしますぅ。」

 

「俺は一体…。」

 

「せんぱいはねー、格好いいと思うポーズとってたらいいよー。」

 

「はぁ。…こんな感じか。」

 

 

 

閃光。……あ、これ何となくやったポーズだけど、冷静に考えてみたらクラークさんのポーズだ。

別に格好良くねえし。

 

 

 

最後ノ一枚!個性ヲ爆発サセタ、素敵ナ一枚ニシヨウ!

 

「急に指示が雑!」

 

「うなー、せんぱい、だっこー。」

 

「またぎゅーってやつか?」

 

「んーん。お姫様のやつ。」

 

「えぇ…お前重いじゃん。」

 

「はーやーくーっ!」

 

 

 

結果押し切られる形で青葉を抱え上げ、上機嫌な青葉はダブルピース。お前、笑えんのかよ。

 

 

 

その後隣のブースに移動し、落書きをするらしい。わざわざ特設ブースがあるのか…。

ここでも、喜々として青葉がペンを奮っているためそれをぼーっと眺めて過ごす。何か書けとは言われたが特に書く事もないので、豚のスタンプを押しておいた。

…プリントには少し時間がかかるらしいし、何しろ慣れないことをやらされたせいで酷く疲れた。…近くのベンチで待機しよう…。

 

 

 

「んふふー。せんぱいとー、プリクラとっちゃったー。」

 

「結構ハードなのな。」

 

「これはー、みんなに自慢するのでーす。」

 

「みんな?」

 

「蘭とー、ひーちゃんとー、つぐとー、トモちんー。」

 

「あぁいつもの連中か…。…まて、それ俺も写ってるよな?」

 

「デート記念ー。」

 

「デートじゃねえよ。」

 

「うなー。」

 

 

 

俺をバラ撒くんじゃないよ…。

俺はあんまり面識あるわけじゃないんだから。

 

 

 

「あ、でたー。」

 

「とってきな。」

 

「うなー。」

 

 

 

取り出し口を覗き込み小刻みに体を揺らす青葉。わくわくしすぎだろ、さっきプレビュー見たじゃないか。

落ちてきた紙をハサミで切り分け、片割れを渡してくる。

 

 

 

「はいどーぞー!」

 

「…いや別にいらな」

 

「どーぞー。」

 

「あぁ…。」

 

 

 

特に欲しくはなかったがくれるというのでもらっておいた。まぁ、青葉も満足そうだしいいか。

 

 

 

「もう気は済んだか?」

 

「うんー。つかれたー。」

 

「……帰るか。」

 

 

 

何か忘れているような気もするが、休日に疲労がたまるというのもバカバカしいので帰ることにした。

帰りも青葉がベタベタと暑苦しかったが、それ以外特筆するようなことはなかった。

 

 

 

「あれぇ!?お二人がいないっす!?」

 

 

 

 




どうしてもモカちゃんに寄っちゃうなぁ…。




<今回の設定更新>

○○:羨ましいやつ。モカのことは猫か何かだと思って受け流している。
   麻弥については恐らく学校一詳しい。

麻弥:あまり人に関心がないのか、ぼっちでも平気なタイプ。
   主人公もぼっちだと勝手に思い込んで付き纏っている節がある。

モカ:うなー。うなー?…うなー!!!
   可愛い生き物。


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2019/10/18 放課後の予定は?

 

 

 

「やぁやぁ久しいね、〇〇氏。」

 

「何だその喋り方は。」

 

 

 

教室で一人読書に勤しんでいるところへやってきた同級生の女子…大和麻弥。いつも変と言えば変な奴だが、今日はいつにも増して頭がずれてしまっているようで。

顔を見るまで誰に話しかけられているんだか分からなかった。…いや、顔を見ても、一瞬分からなかった。

 

 

 

「今日は眼鏡じゃないんだな、麻弥。」

 

「あっ、気付いたっすか?……じゃない、気付いたのかね。〇〇さん…じゃないや、〇〇氏。」

 

「いやもう普通に喋れ。一貫できてねえじゃんか。」

 

「やはり自分を偽るというのは難しいっす。」

 

「どうして急に変えだしたんだ?」

 

「実は……」

 

 

 

麻弥の話を要約すると。一応芸能界に属す麻弥に、とある映画の出演依頼があったそうで。それがまた胡散臭いアイドル学者(?)の役で、役作りも兼ねて喋り方を変えているそうだ。眼鏡をコンタクトレンズに換装しているのも、メディア出演時に照れないように慣れる為らしい。

…どうも普段の麻弥を知っている身としては、不可能に近いオファーだとは思うんだが…。

 

 

 

「まぁ、眼鏡を掛けないってのは良いと思う。個人的な感想だがな。」

 

「そ、そっすか?……でも、あまり落ち着かないなって気はします。」

 

「最早体の一部だな。」

 

「眼鏡が本体ってのは、眼鏡キャラのお約束っすからね。」

 

 

 

そんなお約束は知らんが、眼鏡を掛けていない麻弥はかなり可愛い部類に入る。折角の整った顔だし、普段も眼鏡で隠しているのは勿体ないと思うんだが。

 

 

 

「そんなこと言って、ジブンがモテ始めたらどうするんです~?それから嫉妬しても遅いっすからねぇ。」

 

「嫉妬?する訳ねえだろ。」

 

「ちょっとはしてくれたっていいじゃないっすかぁ!」

 

「モテるのは良い事じゃんか。みんなが麻弥の可愛さに気付くって事だろ?…俺は別にモテたいとは思わねぇし。」

 

「あーいや、うん、そういう事じゃないっす。」

 

 

 

モテ始めた女子に嫉妬する男ってのも嫌な構図だろ。モテてきたってんなら、俺は素直に祝福すると思うね。逆に今これだけクラスで浮いてる意味が分からないし。

…あいや、それは嘘だ。こいつは浮く。…中身がアレだからな。

 

 

 

「…そういや、何か用があったんじゃないのか?」

 

「え?」

 

「態々話しかけてきたろ?」

 

「いや、別に…何もないっす…けど。」

 

「あそう。変なの。」

 

「きょ、今日のご予定は何かあるっすか?」

 

「帰り?」

 

「はい。」

 

「………青葉と飯食って帰るくらいかな。」

 

「…また青葉さんっすか。」

 

 

 

そう言われてしまうのも仕方ないかもしれない。ここの所登下校はずっと青葉と一緒だし、下校時は必ず何かを食べてから帰っているし、お互いそんなに広い交友関係も持っていない為必然的に二人きりになる。なんだ麻弥よ、お前も何か言いたいのかよ。

 

 

 

「…悪かったな、ぼっちで。」

 

「そ、そういうことを言いたいわけじゃないんすよ。…ジブンも、ぼっちですし…」

 

「…じゃあなんだよ。」

 

「ジブンも混ぜてほしいっす!!仲間外れは嫌っすもん!」

 

「お前、小食じゃん?」

 

「お二人が大食い過ぎるんすよ…。」

 

 

 

青葉はとにかく吸い込むからな。見ていて気持ちいいんだが、絶対体の体積以上の物を飲み込んでると思うんだよ。どういう仕掛けなんだあのダイ〇ン。

大して麻弥はと言うと、小食も小食。前に俺の昼飯に合わせて学食に行ったときなんか、ミニのかけうどんを残しやがった。限界です~とか言って突き出してきた残りを引き受けたが、ものの二口で平らげちまったよ。エラく驚いた表情をしていたが、俺にしてみりゃ一口分にも満たないんだよなぁ…。

 

 

 

「……で?今日はいっぱい食べられる日なのか?」

 

「うっ……が、頑張るっす…。」

 

「うっし、それなら良いだろう。…んじゃ、HR(ホームルーム)終わったら帰らないで待っててくれな?」

 

「りょ、了解っす!!……あわわわわ。」

 

 

 

こうして地獄の大食いツアーに小食小動物ちゃんが連行されることとなり、渦中の小動物ちゃんは早くも恐れ戦きだしている。

…まぁ、多分また最後までは付き合いきれないとは思うが、それでも付いて来たいというのだから、本当に意味が分からない。

 

 

 

「……ほんとに、無理してこなくても」

 

「行くっすからぁ!!」

 

「会話は食い気味なんだな…」

 

 

 

 




モカちゃんは一回お休みね。




<今回の設定更新>

〇〇:登下校はモカと手を繋いでランランしているらしい。羨ましい。

麻弥:基本的に演技ができない。他人も自分も騙せない、いい子なのだ。
   結局この後、即効ギブした。


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2019/11/03 祝うということ

 

 

 

「○○さーん。あれ、聞こえてるっすかー?○○さぁーん。」

 

「…相変わらず朝からうるせぇなお前は…。」

 

 

 

日曜の朝、喧しい着信音に安眠を妨害されご機嫌とは言い難いテンションで目覚めさせられる。画面の表示を見ずにハンズフリーのまま通話を繋いでしまった俺にも責任の一端はあるのだが、予想外の相手からの着信に不機嫌さを隠すことなく載せた返答をしてしまったようだ。

 

 

 

「…あれ、朝から御機嫌斜めっすねぇ。」

 

「休みだぞ?何の用だってんだ。」

 

「ふっふっふっふ……実は、今日ジブンの誕生日なんっすよ!」

 

「あそ、おめでと。おやすみ。」

 

「あ、ちょちょっ」

 

ピッ

 

 

 

ったく…朝から電話で起こすたァ何事かと思えば誕生日だぁ?……誕生日?

未だ触れていなかったスマホに手を伸ばし、改めて日付を確認する。

 

 

 

「……ったく。」

 

 

 

履歴を呼び出し折り返し発信する。……話し中か。

大方、慌てて再発信した麻弥と俺の折り返し電話が重なったか何かだろう。割とよくある現象である。

そのまま五分ほど待ち再度発信。

 

 

 

「…………………あー、なんだ、その…」

 

「フヘヘヘ、今度はちゃんと起きてるっすかー?」

 

「あぁ、悪い。性質の悪い悪戯電話かと思って。」

 

「…なっ!誕生日主張してくるイタズラ電話って新しすぎませんかね…」

 

「…だな。……で?今年の誕生日は何すんだ?」

 

 

 

確か去年も似たようなことがあったような…。あの時は電話じゃなくたまたま一緒にいる時に言われた気がしたが。

 

 

 

「あ、それなんですけどね…。」

 

「??」

 

「……実は、○○さんに切られた後にクラスの子から電話がありまして…。」

 

 

 

どうやら、先程の話し中はマジモンの話し中だったらしい。麻弥曰く、クラスの一軍グループ――俺と麻弥がそう揶揄している――に誕生パーティをするから、と誘われたらしいのだ。

普段ほぼ話したことすらない面々に困惑ながらも、会場を抑えてしまったと言われ断りきれず…といった流れらしい。どうにもきな臭い話だとは思うが、俺がどうこう言う問題でもないし…。

 

 

 

「…良かったんじゃないか?普段絡まないやつと仲良くなるチャンスだ。」

 

「へへ……○○さんも来ません?」

 

「誘われてないし俺。……お前の誕生日なんだから、頑張って楽しんでこいよ。」

 

「……そっすか……。じゃあ、一人で楽しんでくるっす。」

 

 

 

…通話終了。さて。

 

 

 

「……こっちはこっちで準備するか。」

 

 

 

麻弥を送り出した姿勢のまま、イマイチ頭数にならない後輩へ発信。

 

 

 

「……んぁー?せんぱーい?」

 

「おう青葉、ちょっと付き合って欲しいんだが…」

 

 

 

**

 

 

 

「せんぱーい……。」

 

「こらこら、お前は目を離すとすぐ口に物を入れるな…。」

 

「おいしくなぁい。」

 

「当たり前だろ、造花を食うな。」

 

「ピンクだったから美味しいのかと思ってー。」

 

「……ピンクボールに食われちまえ。」

 

 

 

夜。自室で相変わらず不可解な行動をする後輩とダラダラしていると、朝と同じようにけたたましい着信音がなる。

 

 

 

「うなー…せんぱぁい、うるさーい。」

 

「…なら出るかパスよこせ。」

 

「んー………もしもぉし。」

 

 

 

出るんかい。

 

 

 

「んーむ。……おー、ついにですかー?………やだなぁー、分かってるくせにぃー。」

 

「……誰からだ?」

 

「……んー。」

 

 

 

結局手渡すんなら最初から出るんじゃないよ。

 

 

 

「もしもし?」

 

「…ぁ、○○さん……。」

 

「どした、エラく疲れた声してんぞ?」

 

「えぇ…まぁ…。」

 

 

 

どうやら例の誕生日会からは、つい先ほど夜二十一時を以て解放とされたらしい。結局知っている人間もほぼおらず、盛り上がる会場にひたすら気を遣い続ける数時間だったようだ。

 

 

 

「それでその…お恥ずかしい話、○○さんの声が聞きたくなっちゃいまして…」

 

「ほほー…そりゃお疲れさんだな。……俺の声聞くのもいいんだけどさ、これからって時間あるか?」

 

「うぇ!?……こ、これ以上何か試練があるんすか…?」

 

 

 

あ、今試練つったな。

そんなキツかったんか。

 

 

 

「いや?別に、何となく暇だからウチでゲームでもしねえかなーってだけだけど。」

 

「あ、あぁ…成程。迷惑にならないなら…行っちゃってもいいっすかね…?」

 

「おう。場所は今更言わんでもいいな?」

 

「ええ、はい、まぁ…。」

 

「おっけ、んじゃあ着いたらいつも通り上がっちゃっていいから。」

 

「りょ、了解っす!」

 

 

 

…さて、と。これで誘導は完璧だ。

 

 

 

「あー、せんぱい悪そうな顔してるー。」

 

「顔が怖いのは元からだ。ほら、青葉も準備しろ。」

 

「あいあいさー。」

 

 

 

すっかりだらしなく部屋着を着崩した後輩を追い立てるように台所へ向かわせる。アイツには運搬係をやってもらうとして、俺は部屋の掃除に取り掛かろう…。

卓袱台を出し再度きれいに掃除、部屋にもコロコロした粘着テープのアレを走らせ、準備を整える。先ほど青葉と二人で作った料理も並べ終え、飛び道具の開封作業をしている頃。

 

 

 

「やー、結構な準備でしたなぁー。」

 

「あー?これくらい友達なら普通だろ。」

 

「モカちゃんの時もやってくれますー?」

 

「当たり前だろ。…ほら、まだ引かないように持っとけよ。」

 

「りょー。」

 

 

ピンポーン

 

 

「お!……青葉、シー。シーだぞ…。」

 

「しぃー…。」

 

 

 

口に人差し指を当て青葉を黙らせる。真似をして何故か姿勢を低くする青葉を尻目に部屋の電気を消し階段を上ってくる足音を聴く。

 

 

 

「し、失礼するっすー」

 

「おーう、入れー。」

 

 

 

二秒ほどの間の後、遠慮がちに部屋の扉が開かれる。

 

 

 

「……あれ?暗…」

 

パンッパパンッ!!

 

「ひゃぁっ!?」

 

 

 

我ながら息ピッタリのコンビネーションで発砲される計三つのクラッカー。小気味よい破裂音と飛び交っているであろう紙テープ。

麻弥が驚いたのを確認して、部屋に明かりを戻す。

 

 

 

「……うなー!」

 

「…いらっしゃい&おめでとう、麻弥。」

 

「めでとー。」

 

「……へ?」

 

 

 

ポカンとしている麻弥。……まぁ、同じ日に二度も祝われてもって所はあるよな。

頭に乗っている紙吹雪と紐の残骸を払いつつ、手を引いて部屋に招き入れる。

 

 

 

「…夜なのに呼んじまって悪かったな。」

 

「…○○、さん…。」

 

「ほら、昼間はお前も色々大変そうだったし、俺たちもその……」

 

「○○さぁんっ!」

 

 

 

突然のダッシュ&タックル。さすがの俺も床に崩れ落ちるように体勢を崩す。受け止めきることはできたので麻弥に怪我はないはずだが……。

 

 

 

「急だとビビるだろうが…。怪我ないか?麻弥。」

 

「………ぅぅ、ぅぅうう。」

 

「…どっかぶつけたか?…なんで泣いてんだ。」

 

「○○さぁん!!」

 

 

 

顔を上げた麻弥は泣いていた。…お、今日はメガネじゃないのか。

 

 

 

「ジブン…ジブン、間違ってたっす!」

 

「何が。」

 

「ジブンには、やっぱり○○さんしか居なかったっすよぉ…」

 

「…わけがわからん。」

 

「うわぁぁぁ…○○さん、○○さん!大好きっす!!」

 

「はいはい、俺も嫌いじゃないよ。…取り敢えず、離れてな?…ほら、腹減ってないかもだけど飯もあるからさ。」

 

 

 

暫く時間を置き、未だえぐえぐ言っている麻弥を引き剥がす。泣き止んでも尚、何故か服の裾を掴んで離さないのでそこはもう諦める。

隣に並ぶようにして卓袱台の前に座ると、麻弥の居ない側に青葉が寄ってきた。

 

 

 

「…ぉわぁ…。」

 

「どんな声出してんだ。…すまんな、少し作りすぎたかもしれん。」

 

「こ、これ、○○さんが作ったっすか?」

 

「去年もそうだったろ。」

 

「そっすけど……また、腕上げたんすか。」

 

「まあ、他に趣味のひとつもないしな。」

 

「…食べても?」

 

「あぁ、お前が食べ始めないと青葉が餓死しちまうから早めに頼む。」

 

 

 

すっかり涙も引っ込んだような麻弥が置かれている料理に手を伸ばす。…青葉、もうちょいだけ待て、だぞ。

 

 

 

「……美味しい…グズッ」

 

「…また泣き出してお前は…クラスの連中に酷い扱いを受けたのはなんとなくわかったけどよ…ほら、今は俺らが居るじゃねえか?」

 

「うなー…おなかすいた…」

 

「あぁ、お前はもう食っていいぞ。」

 

「ほんとー?…っただきゃーす。」

 

 

 

言うや否やがっつき出す青葉。お前はいいなぁ、能天気そうで。

暫し無言で料理を突く麻弥だったが、やがて…

 

 

 

「あの、○○さん…。」

 

 

 

箸を置き、こちらに向き直る。

 

 

 

「正直、今日のことはジブンにも非があったかと思うっす。」

 

「………そうかね。」

 

「ええ、簡単に人を信じちゃいけないと、勉強になったと思って引き摺らないようにするっす。」

 

「おう。」

 

「…○○さんは、…いえ、○○さんと青葉さん、おふたりは信じてもいいっすよね?」

 

「…当たり前だろ。俺をあの連中と一緒にすんなよ。」

 

 

 

俺がその場に居た訳ではないから詳しくは分からないが、少し聞いた話とその話しぶりから大凡の雰囲気はわかる。…前にも似たようなことがあったしな。

きっと、曲りなりにも芸能人である麻弥と取り敢えずお近づきになりたいとか、祝ってやれば話題にしてもらえるだろうとか、そんな浅はかな考えに利用されただけだろう。

以前も……いや、この話はいいか。

 

 

 

「……ジブン、ずっと○○さんと一緒に居たいっす。○○さんだけ、ちゃんとジブンを見てくれるっすから。」

 

「おう、満足するまで居たらいいさ。…何せ俺もクラスじゃ浮いてるようなもんだ。」

 

 

 

俺も青葉も純粋に麻弥が()()()()()()()()()ことを祝福したいだけだからな。名目だけ祝えば仲良くなれると勘違いしてる有象無象のバカとは違う。と、思ってる。

 

 

 

「ふへへ…そっすね…。…なら、末永く」

 

「うーなー!!麻弥せんぱい告白してるー??」

 

「へっ!?あ、あわわわ、違うっす!違うっすー!!」

 

 

 

いつの間にか麻弥の後ろに廻っていた青葉が組み付く。そのまま慌てふためく麻弥の匂いを嗅いだり耳を噛んだりと、もうやりたい放題だ。

 

 

 

「ちょちょ、そ、そこはやめるっす!!」

 

「よいではないかーよいではないかー。」

 

「あっ、あっはははは!!!いひひひ……」

 

「意外と弱いところが多いんですなぁー。」

 

 

 

世の中で"誕生日を祝う"ということがどんな行為を指すのかは知らないが。

昼間のアホ連中のように会場を抑えて見ず知らずの頭数を揃えて祝いの言葉()()をぶつけるのが祝福だと思ってる奴もいれば、俺らみたいなチープで小規模なバカ騒ぎをプレゼントする奴らもいる。

 

 

 

「も、もう!○○さんも見てないで止めて欲しいっす!!」

 

「うーなー!モカちゃんぱわー!!」

 

「あっひゃははは!!」

 

「お前ら、程々にしとけよ…。」

 

 

 

数少ない大事な友達を祝うんなら、そいつ自身が笑ってなきゃ…な。

 

 

 




すっごく遅れてすみません。




<今回の設定更新>

○○:暇人はこういうとき強い。
   以外にも料理もできることが判明した。
   サプライズは基本嫌いだし、不特定多数とつるむのも嫌い。

麻弥:おめでとうございます。
   人との距離があまりわからず、友達もイマイチ選べない身だが今回のことを皮切りに
   主人公だけ居ればいいと思うようになったとか。
   耳と脇腹が弱い。

モカ:うなー?うなー。うーなー!
   轟け、モカちゃんぱわー。


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2019/11/28 猫にマタタビ

 

 

 

「うなー?…うー……なぁ…」

 

「なんだよ。」

 

「……せんぱいはぁ、モカちゃんのことどれくらい知ってるかなぁーってー。」

 

 

 

休み時間、机の周りで角度を変えながらやたらと見てくると思ったら。お前、毎日何考えて生きてんだ?ほんと。

 

 

 

「そんなに知らねえ…し、興味もねえ。」

 

「うなぁ、ひどぉいー。」

 

「酷かねぇ。第一、お前から勝手に懐いてくるんだろうが。」

 

「だってー、せんぱいはぁ、いい匂いがするから~。」

 

「…柔軟剤だろ。」

 

 

 

自分の両腕を嗅いでみる。…うん、勿論無臭だ。

 

 

 

「うなー!ちがうのー。…こう、せんぱいの匂い?っていうかぁ、せんぱいの心のにおいなのでぇす。」

 

「そんなもんするか、散れ。」

 

「いーやーだー。」

 

「……騒がしいと思ったら、相変わらず仲良しっすねぇ。」

 

 

 

近づいて直に嗅ごうとするバカ犬みたいな後輩を手で押し止めていると、最近メガネを変えたという麻弥が呆れ顔で近づいてきた。

 

 

 

「これが仲良しに見えんのか、お前は。」

 

「えっ。だって、○○さんがお喋りするのって青葉さんくらいじゃないっすか。」

 

「お前とも喋ってんだろ。」

 

「…青葉さんの方がよく喋るでしょう。」

 

「うなー。」

 

 

 

それはコイツの方が喧しいからであって…ああもう、腕の隙間を縫って近づくなお前は。

 

 

 

「…で、どうしてまたそんな過激なスキンシップを取ってるっすか?」

 

「あー…それはだな」

 

「うなぁ。せんぱいっていい匂いするねってお話ですぅ~」

 

「匂い?」

 

 

 

首を傾げつつ二歩距離を詰める麻弥。お前も嗅ぐ気か。

 

 

 

「こらこら、それじゃあお前も同じだろうが。何の匂いもしねえよ。」

 

「…でも、言われてみると気になるっす。」

 

「気にすんな。何もねえって。」

 

「うなー?気にしないでほしいなら、いっそ嗅いでしまえばいいのではぁ?」

 

 

 

真昼間の教室でそんなことできるか。ただでさえクラス内で浮きかけてるんだぞ?明日から学校来れなくなっちゃうだろ。

 

 

 

「そうですそうです、嗅がせてくださいぃ~」

 

「あぁ麻弥まで…。」

 

「うなー、かーくーごーしーろー。…えいー。」

 

「…うぉっ!?」

 

 

 

後ろに回っていた青葉に後ろから抱きつかれる…流石に後ろは対処できず、何とか引き剥がそうと藻掻いていると前からは麻弥がしがみついてくる。

女生徒二人に動きを封じされるという何とも滑稽で情けない状況だが、迂闊に暴力を振るうわけにもいかないし…まぁ、匂いとやらを嗅げば離れてくれるだろう。

 

 

 

「すん…すんすん………んー。」

 

 

 

まず顔を上げたのは胸のあたりに顔を突っ込んでいた麻弥。不満そうな顔に見えるが。

 

 

 

「んー…何だかゴツゴツして居心地悪かったっす。」

 

「そこ?や、当たり前だろ。」

 

「前に(あや)さんに抱きついた時は、もうちょっと柔らかい感じがしたっす。」

 

 

 

彩…っていうのはコイツとアイドルグループで一緒の丸山(まるやま)彩って子のことだろう。たまにテレビで見かけるが、確かにありゃ可愛い。アイドルだってのも頷けるな。

 

 

 

「そりゃもう男女の差としか言えないなぁ…。」

 

「言うほどいい匂いもしなかったし、青葉さんには青葉さんの感覚があるってことっすかね。」

 

「よくわかんねえ奴だかんなあ…」

 

 

 

「程々にするっすよ?」と苦笑と共に残した麻弥は自分の席の方へ戻っていった。…結局何しに寄って来たんだアイツ。

話している最中も、話が終わってからも…後ろで抱きついている青葉は相変わらずスンスン言ってる。

 

 

 

「…なあ青葉、まだ満足しないのか。」

 

「……すん…すん……うにゃぁ……すんすん………うにぁあ……」

 

「おーい青葉。俺はいつまで拘束されてりゃいいんだ?」

 

「うなぁ……すんすんすんすんすんすんすんすんすんすんすん…。」

 

「嗅ぎすぎ嗅ぎすぎ…あとお前、さっきからずっと当たってんぞ。」

 

 

 

麻弥が俺の胸で居心地悪い時間を過ごしていた時も、俺の後頭部は中々にいい感触の中にいた。再現できそうにない未知の柔らかさだな。

 

 

 

「うなぁ……。」

 

「…満足か?」

 

 

 

ぼんやり考えつつ青葉の胸が後頭部から離れるのを感じた。振り返ってみると、何やら上記した顔でトロンとした目つきをしている。

 

 

 

「…どした、熱でもあんのか?」

 

「うにゃぁ、せんぱぁい。」

 

「…本気でどうした?」

 

「うひゅひゅ……せんぱぁい、おねーちゃん欲しくないですかぁ?」

 

「はぁ?なんだそら…わぷっ。」

 

 

 

振り返ったことにより向かい合う形になった俺を、今度は正面から抱きしめる。…ううむ、成程さっきの感触を顔で体験するとこうなるのか。

 

 

 

「えっへへへぇ……モカちゃんがおねーちゃんになってあげましょぉ…」

 

「……むぐむぐ、うぅむ??」

 

 

 

こいつ思ったより力が強いんだな。

つか、こういうところだぞ。…そう言ってみたが塞がっている口では言葉にならなかった。

 

 

 

「これからはぁ、モカちゃんがぁ……あり??」

 

「ぶはっ!」

 

 

 

急に腕が緩み解放される。新鮮な空気と引き換えに、妙な満足感が肺から抜け出ていくような感覚を味わいつつ見上げる青葉の表情はいつもどおりだ。…いや、少し不思議そうであるか。

 

 

 

「ありゃりゃ??…モカちゃん何だか変だったぁ。」

 

「ああ、おかしかったぞ。ふざけてたのか?」

 

「んーん。…せんぱいの匂い嗅いでたら、ふわぁぁぁってしてきて、くらくらぁぁぁってなっちゃって、あらららぁぁぁってなっちゃったの。」

 

「………それは、酔ったってことか。」

 

 

 

俺の知っている青葉語から解析するに、その感覚はアルコール漬けか媚薬に近い感覚なのか…とにかくそういうものだった。

 

 

 

「うなぁ。危険な甘い香りなのだぁ。」

 

「猫にマタタビ、青葉に俺か……本当何なんだお前は。」

 

「謎多き美少女、モカちゃんでぇす。…おねえちゃんとしてお一ついかがぁ??」

 

 

 

そういう事ばっか言ってるから一向にお前のことがわからねえんだよ…。

 

 

 




酔ってる時ってどうしてあんなに気持ちイイんでしょうね。




<今回の設定更新>

○○:麻弥を通して知った丸山彩ちゃんが密かなお気に入り。
   後輩の扱い方が未だによくわからない。
   体は鍛えている方。

モカ:うなぁ。うなー?うーなー!!
   主人公の匂いを強く嗅ぎすぎると酔っ払うそうな。
   用法・容量をよく守りお使い下さいませ。

麻弥:年に7~8回メガネを買い換えるらしい。


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2019/12/08 休日には飯事を

 

 

 

「どうして俺は日曜だというのにこんなとこに…」

 

「いいから、つべこべ言わず手を動かすっス。」

 

「てめぇ麻弥、騙しやがって…」

 

「フヘヘ、来ちゃったもんは観念するっすよ。」

 

 

 

日曜。本来であれば一日休養に専念できる素晴らしい一日だというのに。

クラスメイトのこの眼鏡のせいで、俺は学校の家庭科室に呼び出されていた。

 

 

 

「よっし、出来たっす!!」

 

「んじゃあ俺はこれくらいで帰…」

 

「まだ稽古があるっすよ?」

 

「んなもん一人でやれば」

 

「手伝ってくれるんですよね?」

 

「………ヒエェ」

 

 

 

どうしても直接会って伝えたい大切な用があるとかで呼び出されたのが朝八時半。結局電車の遅れで待ち合わせ時間に数分遅刻はしたが、朝からかなり気を遣った。

それほど深刻そうな口調で電話かけてきやがるし、本当に何事も無くて良かったっちゃ良かったんだが…。

結局蓋を開けてみりゃなんてことない、いつもの「芸能事」に協力してくれとかいうやつだった。今回は舞台の稽古らしく、先程からせっせと台本のマーカー引きをやっていたんだが…。

 

 

 

「にしてもよく会議室なんか抑えたな。」

 

「あぁ、仕事関係の事に使って良いって契約になってるらしいんっす。事務所と学校の間で。」

 

「ほー…若ぇ奴が芸能界に入るってなぁ大変なんだな。」

 

「やっぱ本分は学業っすからねぇ。」

 

 

 

確かウチの学校にはもう一人、この麻弥と同じグループに属するアイドルが居たはずだが、そいつも似たような契約でやってるんだろうか。

何でも、芸能方面とはまた違った意味で有名人らしいが…

 

 

 

「…え、日菜(ひな)さんっすか??…あー、あの人はあの人で強烈っすから。」

 

 

 

らしい。

何が強烈なのかは分からんが、芸能界でやっていけるくらいなんだしきっと変人だろう。出来れば関わり合いに成りたくないもんだ。

 

 

 

「じゃあ、ジブン発声練習も終わったんで本読みに入るっす。」

 

「おう。」

 

「〇〇さんはお好きに寛いでいてくださいっす。…あ、でも会議室(ココ)から出ちゃだめっすよ?」

 

「」

 

 

 

それって監禁って言うんじゃ…と言いかけたが、伝えても無駄だろう。何せ相手はあの麻弥だ。

普段は全く押しなんか強くない癖して、こと仕事が絡んできた時には威圧感が凄まじくなる。男の俺もちびりそうになる程に。

今だって素直に言う事に従っているのは、その笑顔の下で何を考えているか全く予測できないからである。未知とは則ち恐怖。君子危うきに近寄らずである。

 

 

 

「…君子…いや、玉子だったかな…」

 

「何か言ったっすか?」

 

「あいや、こっちの話。」

 

 

 

本読みを始める…といっても、実際にベラベラ文字を音読するわけじゃあない。以前も同じ状況になったことがあるが、まずはその文章を只管に黙読するのである。

二人きりのこの空間で麻弥がそれを始めると否が応にも俺は黙り込んでしまう訳で、シン…と静寂が支配するこの空間では二人分の呼吸音と紙の擦れる音、それに時折鳴る椅子の軋む音のみが木霊するのであった。

あぁ、不思議と苦痛じゃないこの沈黙は何なんだろう。

 

 

 

「……………。」

 

「…………ん??」

 

 

 

その無音に身を委ねていると、妙に突き刺さる様な視線を感じ、思わずそちらを見てしまう。

真剣な表情の所謂"仕事モード"な麻弥が鋭い眼差しで俺の何かをじっと見つめている。…一体何を観察しているのだろうか。

 

 

 

「〇〇さん。」

 

「ん。」

 

「もしも、ジブンが○○さんの弟だとしたら、距離感ってどうなるっすかね。」

 

「弟ぉ…?」

 

 

 

成程、弟ね。俺自身弟は居ない為に適切な距離感ってのは分からないが…同性の兄弟だとしたら、然程考えずに好きな距離を保つんじゃないだろうか。用があれば近づくだろうし、普段特別べったりはしないだろうし…。

 

 

 

「んー……別に、今くらいの距離なんじゃねえの。」

 

 

 

授業を受ける通常の教室対比で八割程のサイズだろうか。その個室に、会議用の長机を挟み窓際の端に俺、それと丁度対角線で結べる位置…部屋の隅に麻弥。

特に関わる必要のない時、男兄弟なんてそんなもんだろう。

 

 

 

「……ふむ、結構寂しい感じなんですねぇ。」

 

「男兄弟なんてそんなもんだ。」

 

「…あ、そうか。いや……んー?」

 

 

 

何やら納得できていないご様子。何がそんなに不満だというのか。

麻弥の兄弟事情については知らないが、俺なんかに訊いてくると言う事は何もわからないからであるだろうし、何かで得た知識との差異に引っ掛かりを覚えているのかもしれないし…いや、そもそも何故俺がこんなに気を揉まねばならんのだ。

 

 

 

「あぁ、なるほど。謎が解けたッス。」

 

「謎とは?」

 

「いえね、ジブンの演じる役は"お姉ちゃん"で、"弟"がいるんすよ。でも、掛け合いや絡みのシーンが掴めなくて訊いた訳っすけど…。」

 

 

 

…合点がいった。

要は、麻弥は単純に"弟"という存在に対しての距離の図り方を知りたかったわけだ。だが俺は"兄"と"弟"の距離感を答えてしまったと。

それは当然、"男兄弟"特有の距離感の話になってしまうし、姉弟とはまた違った視点での役作りになってしまうと、そういう"謎"か。

 

 

 

「んじゃ、弟とどうするかって考えるよりお前がお姉ちゃんになってみりゃいいんじゃねえか?」

 

「…その結果がさっきの質問っすよ?」

 

「だからよ、弟とどの距離感~みたいに上辺だけじゃなくてよ、自分が完全に姉なら周囲のキャラクターとの関係性も自然に作られるんじゃねえのか?」

 

「………素人の割に結構言うっすね。」

 

 

 

ままごとみてえなもんだがな。…と心の中で思ったが、事実そう言ったところに通じる遊びなのかもしれない。

まずはなりきる、思い込むこと。第二者との関りは、本人が出来上がってからだろう。

 

 

 

「……それじゃあ、ジブンがお姉ちゃんになれるように、協力してほしいっす。」

 

「…協力ぅ??」

 

 

 

嫌な予感がする。

 

 

 

「弟役に……じゃなかった、弟になってほしいっす。」

 

「………げぇ。」

 

「何すか、不服っすか。」

 

「不服っつーか……何で俺まで…」

 

 

 

とは言えその言葉と表情にはふざけている様子も冗談のような雰囲気もまるで無い。飽く迄仕事として、真面目な提案なんだろう。

…なんだろう、勝手に乗りかかってしまった船ではあるんだが、手伝う責任が俺にあるのだろうか…。

 

 

 

「…まぁ、あるんだろうな。」

 

「はい?」

 

「いや、いい。…で、どうしたらいいんだ、俺は。」

 

「ええとっすね……あ、じゃあまずは呼び方から。」

 

「姉ちゃん、って呼べばいいのか?」

 

「待ってほしいっす。今本を…………あぁ、この弟くんは、「ねえね」って呼ぶらしいっす。」

 

「……あんだって?」

 

「「ねえね」っすよ。お姉ちゃんの呼び方。」

 

 

 

宇宙の起源は何処にあるんだろう。ビッグバンとかいう無から有を生み出す奇跡があったからこそ原始の世界が始まり、広がり続ける無限の彼方では今日もまた輝かしい出会いと希望に満ちた愛情の物語が紡がれていて――

――いけねえ、衝撃のあまりトリップしかけてたぞ。

……状況を整理しようか。俺は弟役になりきることで、麻弥のお姉ちゃん像完成を手伝う。…これはわかる。

まずは何処から手を付けたもんかと考えてみたが、手っ取り早いのは相手の呼び方からだよね。…これもわかる。

「じゃあ「ねえね」って呼んでみようか」…わからない。

 

 

 

「…わからない。」

 

「どうしたんすか?〇〇。」

 

「……姉からは呼び捨てなのか?」

 

「そっすよ。…ほら。」

 

 

 

言いながら台本を開いて近づける麻弥。……おぉ、本当だ。

 

"タケルはお姉ちゃんっ子だもんね。仕方ないよね。"

"ねえねはボクのこと嫌いなの?……ボクはこんなにも、こんなにもねえねを愛しているのに!!"

 

本気で"ねえね"って書いてある。…つか何だこの弟、怖くね?呼び名と喋り方でキャラぶれすぎだろ。何歳の設定なんだ…?

 

 

 

「…具合悪くなってきた。」

 

「大変っすね。」

 

「お前のせいだよ。」

 

「お前じゃ無いっす、"ねえね"っすよ。」

 

「この"ねえね"はそんな語尾じゃないぞ。」

 

「あぁっ!確かに!…s」

 

「息漏れてんぞ。」

 

「………〇〇。」

 

 

 

一呼吸置いたのちに、一際落ち着いた声で俺の名を呼ぶ。役に入っているのだろうが、不覚にも心臓を鷲掴まれたような感覚を覚えた。

…でも、本当に役に入るなら呼び名は俺の名前じゃダメだろ。

 

 

 

「……ね、ねぇね……。」

 

「うふふふ、もっと呼んで?」

 

「ねえね………ねえね……ううむ」

 

 

 

馴染まねえな。

 

 

 

「もっと大きな声で、いっつもみたいに呼んで…ごらん??」

 

「大きい……まじか。」

 

「マジよ。うふふ。」

 

 

 

わかった、多分麻弥にこの役向いてねえ。顔は引き攣ってるし、人物像が早くもおかしくなってる。「マジ」と「うふふ」のミスマッチ感がやばい。

 

 

 

「……ねえね!!」

 

「いいねぇ!!」

 

「ねえねー!!!」

 

「もっと、もっとよ!」

 

「ねえね、ねえねー!!!」

 

 

ガチャァ

「るんっ♪あ、麻弥ちゃ…」

 

 

「ああん、お姉ちゃん嬉しくなっちゃうー!」

 

「ねえね、ねえね、ねえねぇえええ!!」

 

「ぎゅーしてあげよっか!…ぎゅぅううう!!」

 

「ねえね!!…ぅぶっ。……!?あ、ねえね、じゃない、麻弥!」

 

「だめでしょぉ、ねえねってちゃんと呼ばないとぉ……って…!!」

 

 

 

あまりの非日常感のあまりぶっ飛んでしまっていた俺達は、休日の闖入者に気付くことも出来ず盛り上がってしまっていたらしい。

抱き締められた胸の中で一足先に気付いた俺の指す指に、ワンテンポ遅れて視線を向けた麻弥は思わず硬直。…会議室の入り口でニヤニヤとこちらを見ていた青髪の少女は、俺達が動きを止めたのを確認するとより口角を吊り上げて…

 

 

 

「麻弥ちゃんが、変態さんプレイしてるぅうううううう!!!!!」

 

 

 

大声を張り上げた。満面の笑みで。

 

 

 

「あっあわわわ、ち、ちち違うッス!!違うッス日菜さぁん!!!」

 

「…………。」

 

「なっ、何ぼーっとしてるっすか!!〇〇さんも止めてくださいよぉ!!」

 

「いやぁ……お前、結構胸あんのな。」

 

「ヒィッ…ば、馬鹿言ってる場合じゃ無いっすぅうう!!」

 

「あっはははは!!やっぱり変態さんだー!!!変態サンダー!!!!あひゃひゃ!!」

 

 

 

 

 

その後、騒ぎと変態ワードを聞きつけた教師陣にそれなりに怒られた。練習としては有耶無耶になってしまった感が否めないが、麻弥にあの役は厳しいだろうな。

しかしなんだ……

 

 

 

「埋まる程あんのか……。」

 

「…??何か言ったっすか?」

 

「…いや。」

 

 

 

やばいなありゃ。

 

 

 




すっすっすぅー




<今回の設定更新>

○○:演技とかそういったものには興味も無い。
   ふっかふかのクッションに顔を埋め、何かに目覚めてしまいそうらしい。

麻弥:「っす」はもう取り外しの利かないジョイントパーツのよう。
   一応「っす」と「ッス」でテンションが違うらしい。
   一生懸命になると何も見えなくなるご様子。

日菜:情緒がもう…


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2020/01/06 出会いと芽生えと食欲と

 

 

 

「何度来ても、最高の空間ですなー。」

 

「あははっ、空いててラッキーだったね。」

 

「この香りだけで食パン一斤はいけちゃうなー。」

 

「食パンもパンでしょ~。」

 

「モカちゃんはぁ、パンに埋もれるだけで幸せだと思うのだー。」

 

「なにそれ~。」

 

 

 

…何だこのツッコミ不在の空間は。

隣の麻弥はどこか諦めたような遠い目をしているし、こいつはいつもこうなんだろうか。

「山吹ベーカリー」。この街に住む人間ならば誰しも存在を知っているだろうこのパン屋は青葉の行きつけの店らしく、冬休みだというのにこうして付き合わされている。行きつけの店なら尚更一人で行ってくれと思うのだが、絶対に一度は足を運ぶべきだという主張に押し切られる形になってしまった。

でその結果がこれ。顔馴染みらしいこの店の娘と、何とも気の抜けたようなスッカスカな会話をしている様を、付き合わされた二人が傍観するという状況に。

看板娘らしい彼女も、しっかり者っぽい雰囲気とは裏腹に青葉と波長が合ってしまうらしい。南無。

 

 

 

「せんぱーい。」

 

「なんだ、まだ買い終わらないのか?」

 

「せんぱいはぁ、何も買わないのー?」

 

「えー…パンならコンビニでいいだろ…」

 

「そっすよねぇ…確かにここのパンは美味しいっすけど、わざわざ休みの日に繰り出してまでは…」

 

 

 

麻弥とはこの辺りの感性が近いらしい。意見が合う様で、場所的にも空気的な意味でもあったアウェイ感すら和らいだように感じる。…と思ったのだが。

 

 

 

「えっと…それ、店員の前で言っちゃいます?」

 

 

 

看板娘ちゃんが詰め寄ってきてしまった。そらそうだ。

自分の店のパンよりコンビニのパンがウマイだの態々休みの日に買いたくないだの言われては気分も良くはないだろう。近くで見ると成程、中々に勝気な顔つきだ。何故青葉と波長が合うのか。

 

 

 

「…そうだよな。すまん、悪気はねえんだ。」

 

「ご、ごめんなさいッス!」

 

 

 

そちらの事情も分かる為素直に頭を下げる二人。顔を上げた先でニヨニヨとこちらを眺める青葉が鬱陶しいが、パン屋のお姉さんは案外いい人らしい。

 

 

 

「あいや、謝ってもらう程の事じゃ…麻弥さんだって、たまに買ってくれるわけですし。」

 

「無意識に言っちまったが、気持ちのいいもんでも無いだろ。すまんな。」

 

「……ええと、モカの…先輩?さん?でしたっけ。お名前を訊いても?」

 

「あぁ、○○っていうんだが…そんなに先輩扱いしなくていい。青葉だってその…色々雑だし。」

 

「せんぱーい、ココからココまで全部買ってぇ。」

 

「………。」

 

「あはは…好かれているというか懐かれているというか…」

 

「笑い事じゃないぞ、ええと……山吹?さん?」

 

「あっ、私は山吹(やまぶき)沙綾(さあや)っていいます。沙綾でいいですよ。」

 

「沙綾…ね。ため口で良いぞ?…あぁ、仕事上のアレなら仕方ないけど。」

 

 

 

流石に接客業にため口は強要出来ない…が、どうせ顔見知りになってしまった以上は堅苦しいのは好ましくないのだ。

何というか、数少ない青葉を御せる人間は大事にしていきたいってのものあるし。

 

 

 

「…ほんと?…なら、そうしちゃおっかな。」

 

「っ!……お、おう。」

 

 

 

何だ今の。一瞬見せた上目遣いから眩しいばかりの笑顔への流れるようなコンボ。滅多に人間に抱く感情じゃないが、可愛いとさえ思ってしまった。

吃ってしまったのは決してコミュ力の低さが原因ではない。本当だぞ。

 

 

 

「…○○さん、山吹さんみたいな子がタイプっすか?」

 

「ばっきゃろう、ち、ちがわい。」

 

「あ、そーなんだ!…へへ、嬉しいな…。」

 

「うっ」

 

 

 

だからその、アンニュイな表情をやめなさい。照れとか純粋な笑顔とか、新鮮過ぎて刺さりまくるんだ。

 

 

 

「…ほ、ほんとに違うからな!?」

 

「あははっ、そんなムキにならなくても…私がタイプ何て言う人、今まで居たことも無いしさ、分かってるから。」

 

「………それは…直接言い出せなかっただけじゃないのか?」

 

「??なんで?」

 

「何でってそりゃ…」

 

「…○○さんが…オロオロしてるっす…!」

 

 

 

茶化すな麻弥。パニックなんだ。何だこの可愛い生き物。

 

 

 

「…うなー…」

 

 

「お、おおそうだった!青葉を忘れるところだった!」

 

「モカ??…あぁ、そういえばまだパン買ってなかったね。」

 

「さーやー!!」

 

「はいはい、決まったのー?」

 

「ふふん、ココからココまで買うよぉー。」

 

「えっ、棚買い??…さっすがお得意さんだねぇ。」

 

「ふっふっふー、感謝したまへー。」

 

 

 

無駄に大仰に反り返る青葉。そのまま後ろにひっくり返らねえかな。

そんな様子で恩着せがましく笑う銀髪のバカにも沙綾は、真剣な表情で心配する。

 

 

 

「でも、そんなにお金持ってるの?あと、凄い量だけど運べる??」

 

「む??そこはだいじょーぶ。今日はせんぱいがいるからぁ。」

 

「は?」

 

「せんぱーい、お財布ー。」

 

「ふざけんなこの馬鹿ちんがっ!」

 

 

 

調子に乗りに乗りまくっている後輩に神の裁き(チョップ)を下す。勿論それ程強い一撃では無いが、ちょうど旋毛の辺りにトスッと入った。

…おふざけの流れだと思いやったが、何故かぽかんとした様子の青葉は阿呆のように口を開けている。

 

 

 

「…あれぇ?」

 

「あれぇじゃねえよ。買わんし持たんからな俺は。」

 

「えぇ?だって、さっき買ってって言った。」

 

「本気で言ってたのかよ…。」

 

「モカちゃんはぁ、いつだって本気ー。」

 

「モカー?あんまり○○さんを困らせちゃだめだよ?…自分の買える量で、食べきれる…そこはまあ心配ないか。運べる量を買わないと。」

 

「えぁー。」

 

 

 

不満そうに口を尖らせる青葉だったが、沙綾の言葉には素直に従う様だ。トレーとトングを持ち、渋々と言った様子でパンを盛り始める。…が、次第に気分が乗ってきたのか鼻歌なんぞ歌いながら売り場を物色し始めた。

 

 

 

「ふんふふんふんふん~うにゃにゃにゃーにゃー♪」

 

 

「…ガキか。」

 

「あはは…でも、ホントにすっごく懐いてるよねぇ。」

 

「だいぶ手を焼いてるよ…。」

 

「それに麻弥さんも、あまり男の人と一緒に居るイメージなかったから意外。」

 

「あぁ、麻弥とは…何か合うんだよ。雰囲気的な。」

 

「へー…。…二人は付き合ってるの?」

 

「?」「ぇえっ!?じ、ジブンがっすかぁ!?」

 

 

 

ぼーっと青葉の背中を眺めていた麻弥へ思わぬタイミングでの流れ弾。当然のようにスルーした俺とは対照的にわたわたと慌てふためく眼鏡は、急に動いたことによる足の縺れから俺の背中へと倒れ込む。

幾ら受け止めるだけの体が出来ていると言っても不意打ち気味の背後からの衝撃に耐えられる筈も無く、麻弥の体重を乗せ前へとつんのめる様にしてバランスを崩す俺。…その先には。

 

 

 

「えっ、あっ、ちょっ!!」

 

「「「わぁー!!!」」」

 

 

 

急な事ながら支えてくれようと手を伸ばした沙綾を押し倒す形でコンクリートの床へ。怪我だけはさせまいと、咄嗟な判断で目の前の彼女を抱き寄せ、背と首の後ろに腕を回し頭を守るように力を込める。

着地と同時に両腕に走る鈍い痛み、背中で眼鏡の同級生を受け止めたことによる圧迫感、口を塞ぐ柔らかく湿ったもの…。

 

 

 

「んむっ……ん!?」

 

「んっ……んぅ!?」

 

 

「おぉぉ、()()()()たっくる…」

 

 

「ぷぁっ…!…ご、ごめんっ、つーかすまんっ!!」

 

「ぁ……………。」

 

「○○さんっ!?な、なななにがあったっすか!?怪我とか無かったっすか!?」

 

「お、俺は大丈夫だけど…よ…」

 

 

 

仕出かしてしまった事実に気付き、腕立ての要領で慌てて体を起こす。それも背に麻弥を乗せたままだ。もう腕が痛いとか抜かしている場合じゃない、だって俺は今日出逢ったばかりの女の子の唇に…

とてとてと青葉が近寄ってくるのも確認したが、未だ仰向けのまま天井を見つめ放心状態の沙綾が気に掛かる。右手で口元をなぞる様に撫でながら、その目はどこか遠くを見つめている。

 

 

 

「さ……沙綾…?」

 

「…ぁ。」

 

「うなー、さーや怪我したー?だいじょー………うなっ!?」

 

「な、何だよ青葉。」

 

「さーや……何かえっちな顔してるー!!」

 

「えっ……って!?」

 

 

 

心配そうに沙綾の顔を覗き込んだ青葉がギョッとしたような声を上げる。…内容はよく分からんものだったが、今の沙綾の上気して惚けた蕩けるような表情を表現するにはピッタリの言葉だったかもしれない。

えっち……かぁ。

 

 

 

「うなっ!せんぱいっ!!さーやとえっちしたでしょー!!」

 

「してな…何だって!?」

 

「うなぁ、まちがえた…えっちなことしたでしょ!!」

 

「あ、あんまり変わってないッス。」

 

「えっちなこと……か。」

 

「しっ、したっすかっ!?ケダモノッ!!」

 

 

 

やいのやいのと騒ぎ立てるいつもの二人。対して未だ惚けたままの沙綾が心配だが…本当に、頭とか打ってないよな??

目の前でひらひらと手を振ってみると、漸く眼球がすすっと動き俺の顔をロックオン。…そのまま暫しじっと見つめられることとなり針の筵を味わう。無駄に整っている顔面のせいで余計にタチが悪い。

 

 

 

「……あのね、○○さん。」

 

「おっ!?おう!?」

 

「………あげちゃった。」

 

「あげ…何だって?」

 

 

 

揚げパンの話だろうか。…とアホな発想に至ってしまったが、隣でジュルリと涎を啜る音とゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた事から察するに、後輩も中々にアホなようだ。

 

 

 

「揚げたて…うなぁ…」

 

 

 

ほらな。

 

 

 

「…何を…あげたんすか?」

 

「……初めて、だったから……。」

 

「………!!!」

 

 

 

死んだ。俺死にました。

何がってもう、やらかした事の重大さにも気づいてしまったし何故かその発言を柔らかい笑顔と共に零す沙綾にも心臓を鷲掴みにされた気分になったしそもそも俺だって初めてだし。

テンパって舞い上がって、咄嗟に出た言葉がもう頭おかしいとしか思えなかった。

 

 

 

「お、俺も初めてだから!あ、あぁ!ちゃんと気持ちよかったからな!?…お、おそろっちだね!!」

 

 

 

コレ、後で思い出して死にたくなった奴ね。ちゃんとってなんだ。

 

 

 

「ぷっ……ふふっ、○○さん、変なの…。」

 

「……へ、へへっ。」

 

「大丈夫、別にそんなに気にしてないし。事故だもんね?事故。」

 

「お、おうよっ!」

 

 

 

少し間を置いて沙綾が面白がってくれたからいいものの。一歩間違えば逮捕されかねない案件だった。

その後は「さーやにえっちした罰」ということで青葉の欲しがった大量のパンを買い(未だに意味が分からない)、何故か上機嫌な麻弥を引き連れて自宅へと帰った。何故自然な流れでウチを目指すのか、何故その後の二時間もかけてパンを頬張る青葉を見ることに時間を費やさなきゃいけないのか、疑問は色々あったが…帰り際に沙綾が寄越した言葉が頭から離れない。

 

 

 

『○○さん!…また、会いに来てね?』

 

 

 

パンを買いに来い、の間違いじゃあないんだろうか…。

 

 

 




新たな出会いは物語発展のチャンス。




<今回の設定更新>

○○:パンより米、米より肉派。でも魚も好き。
   初めてを事故により奪われてしまったが、可愛い子だったからまあいいか
   的なノリで済んだ。
   ついでに人生初の棚買いも経験し、ちょっと大人になった。
   
麻弥:火種。
   付き合ってると勘違いされたからか帰り道はルンルンだった。
   モカが居ると口数が減るが、決して苦手な訳じゃない。

モカ:うなー。
   パンも大好きだがパンの匂いがする沙綾も好き。
   えっちな事が何なのかイマイチ分かっていない。
   試しに主人公が「どういうことがえっちな事なのか」訊いてみたら
   小一時間迷った挙句「かんちょ」と答えたそうな。

沙綾:かわいい。


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2020/02/02 欠伸と女体化の日曜日

 

 

「うなー?…んむんむ。」

 

「こら青葉。人の服を噛むんじゃない。」

 

「……うなぁ…んむ。…うなっ!?」

 

「言わんこっちゃない。金具噛んだのか?」

 

「うなぁ……。」

 

 

 

涙目で苦い顔をする銀髪の後輩。暇を持て余しすぎた結果俺の服の裾を齧る作業に入り、徐々に場所をスライドさせていった結果飾り金具を思い切り噛んだようで。

分かるぞ、気持ち悪いよなあの感覚。特徴的な鳴き声と共に頭頂部を俺の脇腹にグリグリと押し付けてくる…ホントに猫みたいなやつだなお前は。

 

 

 

「うなっ!…うなぁ!」

 

「いてて、いてぇいてぇっての!いいか青葉、そこはレバーっつってな、鍛えようもない上に急所になり兼ねん場所なんだ。そんなところにズンズン頭突きを続けたら俺だって怒…」

 

「ればー??……おいしそう。」

 

「涎涎…いや、俺の服で拭くな…あぁもう滅茶苦茶だよ…。」

 

 

 

元よりしゃぶられていたせいで色が変わっていた生地だ、今更零れた涎を拭いたところで何も変わるまい。…というか折角の日曜、休日というのに家でダラダラゴロゴロ…昔の俺が言えたもんじゃないが、幾ら何でもこれは怠惰すぎやしないだろうか。

青葉も麻弥も、人の家をまるで共有スペースみたいに使いやがるし…

 

 

 

「そういや麻弥、さっきから黙々と何やってんだ。」

 

 

 

麻弥は俺の机を占領して何かを一心不乱に書き殴っていた。さっきまでは図でも描いているような手の動きだったが、今はカリカリとまるで執筆でもしているような動きだ。

その横、ベッドの上でじゃれ付く青葉に構ってやる俺。…非常にまったりとした空間だが気になるものはなってしまう。

 

 

 

「ん、もうちょっとでできるっす。○○さんは青葉さんと遊んでいてくださいー。」

 

「……何を作ってるんだ…。あぁこら、服の中に入ろうとするんじゃない!」

 

「うな?」

 

「「うな」じゃねえよ。服の中には何も無いだろ?お前には何が見えてるんだ?」

 

「………せんぱい、いいにおいするから。」

 

「…前のアレ忘れたのかよ。」

 

 

 

青葉は謎体質の持ち主で、俺の匂いを嗅ぐとおかしくなるらしい。以前検証済みの結果だが、どうやらその作用には常習性があるようで。

事ある毎に何とかして近くで匂いを嗅ごうと、こうしてスキンシップが激しくなっていると言う訳だ。とは言え服に潜り込もうとするとは、流石にそろそろ何とかしないと痴女になってしまう。

 

 

 

「うなぁ…。だめぇ?」

 

「だめ。」

 

「ちょっとだけ!ちょっとだけぇ!」

 

「だーめ。」

 

「さきっちょだけぇ。」

 

「匂いに先も根本もあるか!どこで覚えてきたそんな言葉!」

 

 

 

こいつの交友関係は存じちゃいないが、幾ら何でも下品すぎる。それはもっと別の交渉で使う物だ。

…学校で会っても物理的に纏わりつくようになった辺り、いよいよその依存性も高まってしまっている可能性があるが…。

 

 

 

「できたっすぅ!」

 

「………。」

 

 

 

燥ぐ麻弥。こっちはそれどころじゃないんだよなぁ。

 

 

 

「何が出来たんだよ。」

 

「○○さんの女体化っす。」

 

「…なんだって?」

 

「○○さんが女の子になったら、を真剣に考えてみたッス。」

 

 

 

こいつはそんなことの為に半日以上も机に齧りついていたのか…。勿論誰も頼んじゃいないし、脈絡も無さすぎる。

手に持っている資料を見る限り半端じゃない練り込みだ。何だよあの枚数、論文でも出すのかいね。

 

 

 

「お前はどこへ向かっているんだ…」

 

「絶対可愛いと思うんすよねぇ。…あ、青葉さんも興味あるっすか?」

 

「いいにおいするー??」

 

「そりゃもう!なんてったって女の子っすからね!○子ちゃんっす。」

 

「○子……うなぁ、おいしそー。」

 

 

 

もうやだこいつら。

 

 

 

「……○○さん、興味ないっすか?」

 

「寧ろあると思った切っ掛けはどのあたりなんだ教えてくれ今すぐ消し飛ばしてやる。」

 

「あはははっ、遊びみたいなもんじゃ無いっすかー。冗談にいちいちムキになってると老化が進むらしいっすよ?」

 

「あぁ?……ソースは?」

 

「…た、タルタルっす。」

 

「テンパるんならもう少し面白い事言ってくれ…。」

 

「じゃあ○子ちゃんの詳細っすけど…」

 

 

 

その話にそんなに自信があるんだな。

…わかった、どうせ暇だし聴いてやろう。こいつが俺をどんなイメージで見ているのか、その参考にもなるやもしれんしな。

やや青葉に押し倒されそうになっていた姿勢を起こし、壁に凭れて座る。体育座りを崩したような格好になったが、開いた足の間に座り込みさも当然のような顔をしているこの後輩は一体何なんだろう。こちらを見上げ「うな」と小さく鳴く姿に怒るに怒れないんだが。

 

 

 

「まず高校生はそのままっす。」

 

「あぁ。」

 

「1年E組の出席番号は11番くらいで…」

 

「E組…うちの学校にはないクラスだな。」

 

 

 

俺が通っている高校は全学年Dまでしかないからな。早速創作っぽくなってきたぞ。

 

 

 

「実際の○○さんは結構ノッポじゃないっすかぁ?」

 

「まぁ…一応180はあるぞ。」

 

「だから○子ちゃんは155cmっす。」

 

「…その具体的な数値は何だ。…155、どれくらいだよ…。」

 

「モカちゃんはひゃくごじゅうはち。」

 

「興味ねえ……いや待て、こいつよりちいちゃいってのか。」

 

 

 

そこそこに鍛えていた結果身長もぐんぐん伸びてしまった俺だが、そんなとっくに通り越した身長を言われたところで全く想像ができない。

青葉よりもちいちゃいらしいという点に少なからず戦慄は覚えたが、果たして…

 

 

 

「そっすね……うちの学年に、(みなと)友希那(ゆきな)さんっているじゃないっすか。」

 

「知らん。誰だそれ。」

 

「えぇぇえ!あれだけの有名人っすよ!?…同学年で知らない人が居たなんて…。」

 

「知らんもんは知らん。そいつが155cmなのか?」

 

「はい…。」

 

「うなー!ひーちゃんもひゃくごじゅうごなんだよー!」

 

「ひーちゃん??」

 

 

 

要所要所で鳴き声が足の間から上がる。話に入りたいんだろうが如何せんタイミングを見計り損ねているようで、うなうな言いながら体をもぞもぞ動かしているのが擽ったい。

漸く乱入タイミングを見つけたのか、ひーちゃんなる謎の人物の名と共に参戦してきた。麻弥の間の抜けた声も分かる、誰やねん。

 

 

 

「ひーちゃん、しらない?麻弥せんぱい。」

 

「流石に愛称じゃちょっと…青葉さんのお友達っすか?」

 

「ひーちゃんはおさななじみー。」

 

「幼馴染…っすか。生憎とジブンじゃ把握できてない部分っすねぇ。」

 

 

 

青葉の幼馴染か。ここ最近俺の周りをうろうろし続けているせいでより一層気にしていなかったが、こいつ友達とかいるんだろうか。いるんならそっちに行ってくれないだろうか。

青葉に幼馴染が居たとして俺には全く関係がない。

 

 

 

「うなぁ、ひーちゃんは面白い子。」

 

「そか。まぁどうでもいい。兎に角背が低いんだろ。」

 

「は、はいッス。…そんで髪は栗色の癖っ毛にしたっす。」

 

「栗色か、悪くないな。…癖っ毛とはまた…あぁなるほどそんな感じか。」

 

 

 

栗色ってあれは栗のどの部分の色なんだろうか。棘?中身?中身の中身か??…ううむ、日本の色の表現は難しいよな。

癖っ毛についてはあまり想像ができなかったが、麻弥に渡された絵を見る限りとても邪魔くさそうだった。真っ直ぐに伸ばせよ。アイロン持ってんぞ、俺。

 

 

 

「…目は紫…ほほう、こいつぁいいじゃないか。」

 

「そっすよね!?いつも涼しげで、偶に見せる流し目が堪らないっすっ!!」

 

「うなー!!!」

 

「……マジかよ、よくそこまで想像膨らませられるな。」

 

 

 

オタク少女の本領発揮といったところか。その無限の可能性に、俺は恐怖すら感じてしまうよ。

青葉も目ぇ輝かせてるし…お前もこういうの好きなんかい。

 

 

 

「あ、これは想像っていうより日頃の○○さんを参考にしましたぁ。」

 

「……麻弥、俺のことどう見てんの…?」

 

「え。……あ、いや、その………ぃゃーん?」

 

「疑問符取れそれぇ。」

 

「うなぁん。」

 

「お前はもうちょいやり切れ!」

 

 

 

涼しげな目…俺が?

取り敢えず麻弥は嘘も冗談も下手らしい。

 

 

 

「うな!…おっぱい!!」

 

「お、いい着眼点ですね青葉さぁん!…実はこの○子ちゃん…Bカップっす!!!」

 

「ぅな"っ!?」

 

「…楽しそうだな。」

 

 

 

どうやら俺を女にするとBカップだったらしい。全く以て意味の分からん情報だが、二人の盛り上がりは凄まじい。麻弥はいい形に描けただの制服の撓みが至高だの語っているし、青葉は自分の胸をペタペタ触っている。お前はCって言ってたろうが。

やがて俺の手を取り引っ張ろうとするがこれを全力で阻止。流石に何の関係でもない後輩の胸を揉みしだく趣味はない。

 

 

 

「けち。」

 

「バカ言え、俺を変態にするつもりか。」

 

「…でもせんぱい、モカちゃんがすっごくおっきいのだったら触ってたでしょー?」

 

「…………ノーコメントで。」

 

「うなー…ひーちゃんくらいあったらなぁ。」

 

 

 

顔も知らないひーちゃんとやらは巨乳らしい。

 

 

 

「そのうえでですね、いっつも明るい人気者!芸術家タイプの文系で、美術の授業なんかはそりゃもう凄いっす。」

 

「設定細かいんだか雑なんだかわからんなぁ…。」

 

 

 

そりゃもう凄い、って。

 

 

 

「うなぁ、麻弥せんぱいは何かっぷ?」

 

「ええと、青葉さんって下着はどうやって買ってるっすか?」

 

「うな……ひーちゃんが選んでくれてるー。」

 

「なるほどなるほど…カップ数ってのはですねぇ、結構アバウトなもんなんすよ。」

 

「あばうと…?」

 

「詰まる所バストサイズっていうのは、トップとアンダーの差っすからね。ブラのカップっていうのは、BだろうがCだろうがDだろうがフィットすりゃいいんすよ。」

 

「………じゃ、じゃあ、タグに書いてあるあるふぁべっとは変わるかも知れないのー?」

 

「まぁそんな感じの認識で間違いないっす。」

 

「う、うなぁ!……………せんぱいせんぱい、(*`ω´)フフン。」

 

 

 

何だそのドヤ顔。可能性を感じたって顔だな。

…あぁこらやめろ、手を引っ張るんじゃない。揉まない揉まない…。

 

 

 

「…随分作りこんだじゃないか。何のためかはわからんが。」

 

「こういうの好きなんすよねぇ。…あっ、因みに女体化した○○さんは、"あくびテロリスト"の称号を持っているっす。」

 

「あくびテロリストとは。」

 

「えっとー……うーんと、うまく表現できないんすけど…」

 

 

 

初めて聞いた単語に思わず食いついてしまった。青葉も興味津々だ。

 

 

 

「ちょ、ちょっと顔が怖いっすよ?○○さん、そんなに気になるっすか?」

 

「すっげぇ気になる…し、物騒な単語だったんでな。おかしなこと言ったらタダじゃおかねえぞ。」

 

「そんな凄むことないじゃないっすかぁ!」

 

「うなぁ!………うなぁ…。」

 

「あ、青葉さんはもう興味がどっか行っちゃったみたいっすよ。」

 

「あぁ?…あぁ、あんなのいつものこったろ。それよりテロリストとはどう言う了見だ?」

 

 

 

足の間から動こうとはせず俺の上着に付いているボタンを弄りだす青葉。飽きたんだろうか。興味が向いたと思えばすぐ移る…移った先でもすぐ飽きる…本当に猫のような奴だ。

 

 

 

「うな…………くぁあ…ぁふ。…せんぱいねむーい。」

 

 

 

暢気に欠伸なんかかましてやがる。しかしなんだ、この姿を見ていると細かいことはどうでもよくなるような…和んだ気持ちになるのは。

ねむいねむいと連呼しながら体勢を変え、そのまま俺の腿を枕に見立て、丸くなって睡眠の姿勢に入ったようだ。

 

 

 

「……おいおい本当自由だな。」

 

「うなぁ。」

 

「褒めちゃいないんだがな。」

 

「へへっ、とっても和やかな絵面っすよ?…あっ。」

 

「…なんだよ。」

 

「あくびテロリスト、こういうことっすよ!」

 

「くぁあ……ぁふぅ。うなー。」

 

「…………。」

 

 

 

あぁ、なんとなくわかる。自由気ままに、気持ちよさそうに、本能のままに伸び伸びと繰り出す猫のような欠伸。

 

 

 

「……こりゃとんだテロリストだ。空気もへったくれもありゃしねえ。」

 

「うなぁー。」

 

 

 

銀の髪をサラサラと撫でて過ごす、穏やかな時間。

本当のあくびテロリストは、こいつなのかもしれない。

 

 

 




まったり。




<今回の設定更新>

○○:高身長。麻弥曰く爽やかな視線にイチコロらしい。
   動物は嫌いだがモカなら飼ってもいいかなとは思い始めている。
   あ、変な意味じゃなくて。

麻弥:時々妄想大行進が止まらなくなる。
   目に見えないものを形にする、また、目に見えるものを改変させた結果を妄想する
   力に長けている。
   ふへへって、最近笑わないね。

モカ:真のあくびテロリスト。
   かわいい。
   ひーちゃんが好きだが胸囲の格差社会に衝撃を隠せない。


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2020/03/09 後輩は猫である

 

 

無気力である。

なんとも無気力なのである。

 

 

 

「うなぁ……。」

 

「ああぁぁぁぁ………。」

 

 

 

自室、ベッドにて。

怠けきった気分のまま一日の授業を潜り抜け、何とか下校というミッションをクリアした後真っ直ぐ帰宅。途中で何やら小言を言っていた麻弥の誘いには乗らず、自室に辿り着いた。

最早ごく自然な流れで青葉も付いて来ているがこの際どうでもいい。

 

 

 

「うーなぁ…」

 

「……青葉ぁ…。」

 

「うなぁん?」

 

「何か元気が出ることやってくれぇ。」

 

「うなぁ……いっぱつげいとか?」

 

「それを見て元気になれると思うならどうぞ。」

 

「うな…なれにゃい。」

 

「じゃあだめだぁ…。」

 

 

 

日が落ちるのもどんどんと遅くなっているこの頃、まだ夕方のように感じられる景色が窓から見えるが、もう二十時を回っている。

こんな時間まで自室で異性の後輩と二人きりというのもまずいだろう。いくら相手が青葉だからと言ってもこう、倫理的に。

 

 

 

コンコン

「晩御飯出来てるわよー」

 

 

「…げー…もうそんな時間かよ…」

 

「うなぁ!ごはん!」

 

 

 

部屋をノックするお袋の声に飛び起きる青葉。直前まで仰向けの俺の腹の上でゴロゴロしてたため、勢いよく起き上がる為のパワーは俺をベッドに押し付けることで生まれる。

変な声が出そうになったが、何とか痛みには耐えきった。

 

 

 

「あら、モカちゃんもいるの??」

 

 

「あぁ…帰すの忘れてたわ。」

 

 

「モカちゃんもおゆはん一緒にどう?」

 

 

「うなー!いいの!?」

 

 

「いいのいいの、一人くらい増えたって変わらないわよ。」

 

 

「うなぁ!せんぱいのままさん、いい人。」

 

「よかったな。」

 

「…せんぱいは、あんまりいい人じゃない。」

 

「あ?」

 

 

「あらあら、それはよくないわねぇ。」

 

 

 

真に受けるお袋。

 

 

 

「早めにいらっしゃいな~」

 

 

「うな!」

 

「……お前、飯絡みの時だけ元気な。」

 

「うなぁぁん。」

 

 

 

そう言えば、朝からグダグダやってたのは俺だけで、青葉は元気に登校していた。授業中は知らないが、昼飯を食い終わるまでは元気一杯だったように思える。

その後の昼休みではいつも通り昼寝に入ってしまったために気力については確認できなかったが…こいつ、俺の真似してるだけか?

怪訝な目で見つめているのがバレたのか、立ち上がった青葉に手を引いて起こされる。飯を前にすると急に元気になる後輩だが、力まで強くなるのはどういう仕組みだろうか。

 

 

 

「うな、せんぱい、早くいこ。」

 

「まぁ待て、お前はそもそも何しに来たんだ?」

 

「うな?」

 

 

 

そうそれだ。俺があまりにうだうだ言っていたせいで見落としかけていたが、そもそもこいつは何故ここに居る。

妙な居心地の良さから、ベッドに倒れ込むなりくっ付いて来ても特に気にしていなかったんだが…。

 

 

 

「うーん。」

 

「…。」

 

「お腹空いたねぇ、せんぱぁい。」

 

「…はいはい。飯食ったらまた聞くからな。」

 

「うなぁ。」

 

 

 

腹を満たしてからでもいいか、別に。

 

 

 

**

 

 

 

「うなぁ、いっぱいたべた。」

 

「すげえな。米もいけんのか。」

 

「う?」

 

「パンだけじゃねえのかって意味。」

 

「うなー、人類皆平等…」

 

「それなんか違う…」

 

 

 

満腹になった俺と取り敢えず空腹は治まった青葉。一食で四合も米を食う女を俺は初めて隣で見た。てっきりパンばかりバクついているイメージを持っていたが、日本人の心も忘れていないらしい。名前は片仮名なのにな。

食事中やたらとウチの両親に可愛がられていた青葉だったが、あそこまで食べっぷりがいいと見ていて気持ちいいのだろうか。この後は危ないから送って行ってやれと釘を刺されてしまった。

大変面倒ではあるが、数少ない顔見知りの後輩だし…遅い時間に気付けなかった俺にも責任はあった。止むを得ず、「一休みした後」という条件付きで送って行く事にした。

 

 

 

「うな!」

 

「おふっ!?…こらこら、食い終わったばかりの腹に乗るんじゃない…」

 

「でちゃう?」

 

「でちゃうよ。困るだろ?」

 

「うぇー、きちゃなーい。」

 

「なら食休めは大切にしないとな。体がビックリしちまう。」

 

「うーなー…。」

 

 

 

体に障るやんちゃは御免だ。俺の説得が効いたのか、大の字に寝そべる俺の隣に大人しく寝転がる青葉。

勝手に俺の腕を枕にしよった猫みたいな後輩は、何が面白いのかじっとこちらに視線を送って来る。まん丸な瞳、意外に長い睫。…本当に猫みたいなやつだ。

 

 

 

「…つんつん、つんつーん。」

 

「こら、耳に指を突っ込もうとするな。」

 

「にへへ。うなぁぁ。」

 

「楽しむんじゃない…。」

 

 

 

とは言え大人しく寝させては貰えないようで。

 

 

 

「食べてすぐ寝たら猫になるんだよー。」

 

「……牛じゃなかったか?」

 

「ありゃりゃ??でもひーちゃんが。」

 

「…前に言ってた巨乳の子か。」

 

「うなぁ。」

 

「ひーちゃんはお馬鹿さんなのかな。」

 

「ひーちゃんも牛みたいだから、いっぱい食べてすぐねちゃうのかなぁ。」

 

「かもなぁ。」

 

 

 

むふふふっ、と堪えるように笑い手をぱたぱたと激しく動かす。笑い終えたら終えたで、より体を摺り寄せて来ての上目遣い。あぁ、意図は分からんが可愛い子ぶってる顔だ。

 

 

 

「うな、じゃあせんぱいも牛になりたいの?」

 

「なりたいわけじゃねえ。」

 

「うなー…おっぱい欲しいのかと思った。」

 

「いらん。」

 

「猫じゃなかったのかー、ざんねーん。」

 

「ははは、でもこれで正しい知識が身に付いたなぁ。」

 

 

 

牛になるというのも正しくは無いんだが。少なくとも歩くミルクタンクこと"ひーちゃん"の間違いに踊らされずに済んだと考えればまだ良しか。

…しかし、牛とまで揶揄されるとは、ひーちゃんとは一体どれ程のものをお持ちなんだろう。学校も同じわけだし、今度確認しに行ってみようか。

 

 

 

「せっかく、猫になれるとおもったのに。」

 

「……え?」

 

 

 

心底残念そうに、銀髪の後輩は呟く。

 

 

 

「…なりたいのか?」

 

「猫、すきだから。」

 

「へぇ。」

 

 

 

初耳だ。

 

 

 

「…青葉はもう猫みたいなもんだろ。」

 

「うな?」

 

 

 

くしゃくしゃと空いている方の手で目の前の銀髪を掻き回す。くすぐったいのか心地良いのか、目を細めて鳴く後輩を眺めつつ確信する。

こいつは猫だ。

 

 

 

「うなぁぁぁ……。」

 

「…ほれ。」

 

「うなー。せんぱいは猫好きだもんね。」

 

「あぁ。…麻弥から聞いたのか?」

 

「うん。」

 

「そか。猫は飽きないからな。」

 

 

 

我が家では昔、猫を飼っていた。小さな三毛猫で、機嫌がいい時にはこうして一緒に寝転がったりもした。

ある日突然姿が見えなくなった「マキ」と名付けて可愛がっていた猫はどうなったのか…当時小学生だった俺には「家から逃げちゃって」というお袋の説明だったが、今なら意味が分かる。

いつか失い悲しむことになるなら、相手が何であろうと情を移さなければいい。思い返せばそれがきっかけだったようにも感じる。

俺が他人と距離を置くようになった、最初の。

 

 

 

「………。」

 

「せんぱい。」

 

「ん。」

 

「…モカちゃんが猫になったら、今よりももっと可愛がってくれる?」

 

 

 

そんな思い出の欠片でも読み取ったかのように、上目遣いをキープする後輩は続けた。

 

 

 

「…馬鹿言うな。今でも十分可愛がってるだろ?」

 

「ほんと?」

 

「うな……。モカちゃん、もっともっと、せんぱいとくっつきたい。」

 

「……これでも、足りないのか。」

 

「せんぱいは……女の子、嫌い?猫なら好き?」

 

「………もうそろそろ、帰ろ。送ってくよ。」

 

「…うな?もうそんな時間??」

 

 

 

視線を合わせ続けることに耐えられなくなったため思わず顔を背ける。その先で見た時計を咄嗟な建前としてこの話題からの離脱を図った。

特に遅いと感じる時間じゃなかったが、このままでは平常心を保てそうになかったのだ。

 

 

 

「…お前はその…女の子なんだから、あんまり遅くに歩くのは良くない。だからほら、帰る支度しな。」

 

「えー、まだ居たーい。」

 

「だめだ。…ほら、明日だってまた学校で会えるだろ?」

 

 

 

昼間だってどうせくっ付いて来るんだから、何も変わらないだろうに。

身体を起こし、ベッドから逃げるようにして窓辺に立つ。そこから見える景色はまだまだ冷たく、柔らかな春は遠く感じる。街灯の寂しげな灯りも相まって、何とも寒々しい光景だ。

 

 

 

「せっかくせんぱい独り占めだったのに。」

 

「……流石に夜は冷えそうだな。ちゃんとマフラーと手袋と、忘れずに――」

 

 

 

トッ…と、背中に軽い衝撃。叩かれた…にしては弱すぎるし、シャツ一枚越しモフモフと毛の感触を感じる。

…頭か、と認識する間もなく両腕を腹の方へと回される。バックハグだ。

 

 

 

「…青葉?」

 

「…………せんぱい、()()()、めいわく?」

 

「…………いや。」

 

 

 

ドッドッドッドッドッドッドッド…

沈黙の中、鼓動だけが厭に響いて聴こえる。自分の体内から聞こえて居るのか、はたまた背中にピッタリとくっつけられた青葉の小さな胸から伝わってくるのか。

迷惑?その質問に一体どんな、いや、この体勢は一体…?

 

 

 

「青葉、取り敢えず一回離れよう。な?」

 

「……や。」

 

「ほら、帰る支度もしなきゃだし、その…」

 

「……いっぱい頑張ってるのに、せんぱい全然だから。わたしが猫になったらって思ったけど…それもやっぱり全然で。」

 

「………青葉。」

 

 

 

全然、か。俺だって別に、そこまで鈍感な訳じゃない。

日頃の激し目なスキンシップはともかく、ここ最近の青葉の行動を思い返してみれば流石にそこにある好意くらいには気づく。だがそれに応えるかどうかはまた別の話だ。

俺は兎に角、失うのが怖い。突然いなくなったあの三毛猫のように、それは相手が何であろうと変わることは無く、あの時さして追及もせずに一人諦めた俺にはその資格すら無いのだから。

 

 

 

「…せんぱい、わたしの名前、しってる?」

 

「はぁ?…青葉は青葉だろ。」

 

「………むぅ。麻弥せんぱいは麻弥って呼ぶのに、わたしはどうして青葉なの。」

 

「…あー……。」

 

 

 

言われてみればそうか。最初に呼び始めた時のまま、というか、丁度しっくりくる呼び方というか。

特に気にしたことは無かったが、俺の知り合いの中で青葉だけ苗字呼びというのもおかしいかも知れない。

 

 

 

「不満なのか。」

 

「うん。」

 

「そっかぁ、そりゃ悪かったな。」

 

「うん。」

 

「………つまり名前で呼べと?」

 

「うん。」

 

「うぁー……。」

 

「やなの?」

 

 

 

呼び方を変えるというのは、ただそれだけのことなのに関係まで変わってしまいそうで。少しの恐怖とかなりの気恥ずかしさがある。

特に相手が青葉だと違和感まで付いてくるが…まぁより猫っぽさが増すだけと考えればいいか。

 

 

 

「…嫌ってわけじゃないけどな。恥ずかしいだろ?」

 

「……じゃあ、わたしもせんぱいのこと○○って呼ぶ?」

 

「じゃあの意味が分からんが。」

 

「……○○?」

 

「ッ……。」

 

 

 

相変わらずバックハグの体勢の為表情は分からないが、絶対揶揄ってる顔だこれ。それかさっきのような上目遣いで精一杯可愛い子ぶってる顔。

どのみち、名前を呼び捨てにしてくる人間など両親くらいしかいない訳で、背中から飛んでくる甘ったるい声は俺の耳を通して体中を蕩けさせてしまいそうな程だった。

 

 

 

「……わ、わかったから勘弁してくれ…モカ…。」

 

「うゅっ……!」

 

「モカ…?」

 

「うにっ……!!」

 

 

 

要望に応えてやれば、背中に帰ってくるのは奇声と振動。震える程嫌なら求めるんじゃないよ…。

 

 

 

「落ち着け、どうした。」

 

「……にゃあ、もういっかい。」

 

「落ち着け、どうした?」

 

「そ、そこじゃなくて……なまえ。」

 

「……モカ?」

 

「に……にぁぁぁ………。」

 

 

 

ぎゅう、と回された腕に力が篭もる。と言っても締め付けられるほどの力はなく、しがみ付く程度のものなのだが。

照れている…という解釈で合っているのか。

 

 

 

「………うにゃぁぁあ………はずかしい。」

 

「じゃあたまに呼ぶだけにしようか。」

 

「…うにゅ、まよう。」

 

「毎度そうやって悶えてたら会話も出来ないだろ?」

 

「うん…。じゃあ、たまーに、大事な時だけ。」

 

「そうしよう。俺も身が持たねえ。」

 

 

 

恥ずかしいのはお互い様なのだから。

 

 

 

「それじゃ、そろそろ解放してくれ。いよいよ遅くなっちまうぞ。」

 

「あ、それは困っちゃうー。」

 

「ん。…ほら、家まで送ったるから。」

 

「…ねえせんぱい。()()()一つお願いしてもいい??」

 

「……可能な限りで。」

 

 

 

最後、というワードが引っ掛かったが、ここまで来たら大抵の事は乗り越えられそうだ。

漸く解いてくれた腕をぼんやり眺めながら振り返り、願いとやらを待つ。予想通り上目遣いで見上げてくる青葉は数秒もじもじしたかと思うと、

 

 

 

「……頭、撫でてほしい。」

 

 

 

と小さく呟いた。

珍しいこともあるもんだ。いつもなら「うなー!撫でろー!」くらいの勢いはあるというのに。

 

 

 

「…ああ、お安い御用だ。」

 

「ん。…マキちゃんにしてたように、優しーくしてね。」

 

「そうか…。」

 

 

 

幼い頃のあの暖かさを思い出しながら、本日何度目になるか分からない後輩のおねだりに応える。銀のシルクを解く様に、絡むことも引っ掛かることもない綺麗な髪の間を俺の指が泳ぐ。

あの子もそうだった。毛色こそ違うが、撫でて欲しい時は目の前で小さく鳴くのだ。行儀よくちょこんと座って、頭を差し出しながら。そして俺も応えてやるべく、彼女が満足して頭を引くまでその毛並みを堪能する。精一杯の、愛情をこめて。

 

 

 

「………うなぁぁぁ……。」

 

「…顔、緩みまくってんな。」

 

「うなー……うな??」

 

「どした。」

 

 

 

急に頭を上げてキョロキョロと不思議そうに周りを見渡す青葉。やがて自分の頭に載っている俺の手に気が付くと、ぐいぐいと頭を押し付け始めた。

 

 

 

「うなっ!……うなぁっ!」

 

「どうしたどうした…」

 

「頭、撫でてくれたのせんぱい?」

 

「お前が撫でろって言ったんだろ……。」

 

「むむ??モカちゃんが??」

 

「あぁ、マキみたいに優しくーって言ってたろうが。」

 

 

 

猫なのに鳥頭とはこれ如何に。

 

 

 

「まき??……せんぱい、また女の子たらしたの?」

 

「おいやめろ人聞きの悪い…」

 

「うなっ!?もう真っ暗!!せんぱいせんぱい!モカちゃん帰らなきゃっ!」

 

「本当自由だなお前は…」

 

 

 

まさに猫の様な気紛れさ。

急いで支度を始めた青葉を眺めながら、これから味わうであろう夜の寒さに身を震わせるのだった。

 

 

 

「せんぱーい、おいていくよー。」

 

「どういう立場なんだお前は…。」

 

 

 

 




うなぁ




<今回の設定更新>

○○:決して鈍感な訳では無いとは彼自身の認識である。
   後輩相手にドキドキしてしまったことを数日引き摺ったらしい。

モカ:うなーとうにゃぁは別らしい。
   モカちゃんは可愛がられたい。

マキ:主人公宅で昔飼っていた三毛猫。
   加齢から衰弱しきった彼女は、気付けば姿を消していたそうな。
   主人公にとってはトラウマの原因だが、彼女は最期まで幸せだった
   という。


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2020/04/30 カリの日

 

 

 

「――それで、あの日以来青葉さんは…」

 

「特に変わりはねぇよ。ただやっぱ何つーか、少し()()()になった感はある。」

 

 

 

すっかりフリーパスのように我が家に出入りする様になった麻弥と件の後輩の件について話し合いながらゲームに勤しむ。…今日の俺は狩人だ。

著しく猫化…若しくは雌猫化を見せたあの夜以降、何処となく様子がおかしくなってしまった青葉についてという議題だったが、如何せん狩りの最中というのは集中力が別の方向に向いているもので。

 

 

 

「あ"ッ!?」

 

「…フヘヘッ、そんな所でお肉食べちゃダメっすよ。」

 

「うっせい、間違えて押しちまったんだ。」

 

「もー…集中しないと狩り友達さんに悪いじゃないっすかぁ…。」

 

「…じゃあ話しかけんじゃねえよ。」

 

 

 

大した趣味も無く毎日無駄な時間を過ごすだけだった俺。それを見兼ねてか、麻弥が半ば強引にプレイさせたのがこのゲームだった。

今では共にco-opプレイに没頭できる知り合いも出来た訳で、一応曲がりなりにも感謝はしているのだが…ハマり過ぎているのもそれはそれで気にくわないようである。意味の分からない女だ。

 

 

 

「…お、狩り失敗っすかぁ。いやぁ残念、残念!」

 

「嬉しそうだな。」

 

「ま、折角訪ねて来たんで。どうせなら構って欲しいじゃないっすか。」

 

「素直ーぅ。」

 

「……そろそろ恥ずかしがってる場合じゃないっすからね。」

 

「…あん??」

 

「な、なんでもないっすぅ!…あっ、ほ、ほら!チャットが来てるっすよ!」

 

 

 

何かを盛大にはぐらかされた気分だが、麻弥の指差す先を見ればオンラインで繋がった狩り仲間――沙綾から"今日は終わりにしよう"といった旨のチャットを受信していた。

時計を見れば午後十五時を回ったところ。成程これから混雑の時間でも迎えるのだろう。パン屋の娘というのも大変だ。

 

 

 

「……ん~~~~っ!…ふぅ。」

 

 

 

電源を落とし、気付かず猫背に固まっていた背中を思い切り伸ばせばまだ明るい外の景色が視界に入ると共に凝り固まっていた肩甲骨がゴキゴキと鈍い音を鳴らす。

その様子にフヘフヘと笑いを零す麻弥には特に触れずに、学習机備え付け回転イスを回し彼女と向き合う形になる。

 

 

 

「…で、青葉の話をしに来たわけじゃないんだろ?」

 

「あー………実は、一つお願いがあって。」

 

 

 

今日の昼間。用事を終わらせた俺がいつも通りにチャットを交わしていたらいきなり食いついたようで。そんな予定も無かったというのに突撃取材の様にウチを訪れたのが昼頃だ。

何が狙いかは聞いていなかったが、急に訪問の予定を入れてくるところはこいつも青葉も似たようなもんだ。

 

 

 

「なんだよ。」

 

「……頭、撫でていいっす…か?」

 

「……………頭湧いてんのか。」

 

「ひっ、酷すぎるっすよぉ!そんな言い方ないじゃ無いっすかぁ!」

 

「だってよぉ……。」

 

 

 

撫でて欲しい、ではなく撫でさせて欲しい、なのか。

生憎と俺はそういったプレイに興味を抱くタイプではないのだが、何処か倒錯しておかしくなってしまったのだろうか。

もし逆の頼みなら喜んで聞いてやれるのだが…。

 

 

 

「…俺がお前を、じゃなくてお前が俺を?」

 

「はい…っす。」

 

「………変わってんなぁ。」

 

「や、今の○○さんなら誰でも撫でたいって思う筈っす。」

 

「やめろよ気持ち悪ぃ。」

 

 

 

元々真面目そうとか波長が合いそうとか思っていた麻弥も、実は隠れ変態だったのかもしれないな。もっと早く踏み絵でもして炙り出しておくんだった。

だがその為だけに態々家まで押しかけてくる根性ないし執念は買おう。…それにまあ、撫でられるだけなら俺が頑張ることも何もなさそうだし、日頃何かと騒がしくしてしまっている(主に青葉が)詫びも兼ねて聞いてやるとするか。

 

 

 

「……だめ……っすかぁ?」

 

「……………マジ、なのか。」

 

「マジもマジ、大マジっす。」

 

「………はあぁぁ。……好きにしろ。」

 

「ま、マジっすかっ!?うわぁい!天使っすぅ!!」

 

 

 

再度椅子を回し背中を向けるや否や、ベッドに降ろしていた腰を勢いよく持ち上げて飛び掛からんばかりに距離を詰める麻弥。狂ってやがる。

…そのまま幾秒か待つが触れてくる気配はなく。…代わりに耳に届いてくるのはゴクリと唾を嚥下する音。

 

 

 

「……おい、何緊張してんだ。」

 

「そ、そりゃぁ!……するっすよ。○○さんに、これから、触れるんすから。」

 

「?…今更だろ?」

 

 

 

言って考えてみるが彼女とこうして直接的なスキンシップを図るのはそう多くないことかもしれない。青葉のせいで感覚が麻痺してしまっているが、通常俺達くらいの年頃の男女はそうそうボディタッチにも走らないだろうし…いやまぁ、俺がその辺全く気にしないからどうでもいいんだけどさ。

その辺彼女はある程度の世の常を反映しているのか、妙に呼吸の荒い彼女は何か重大な決心でもするかのように固まっている。

訪れる静寂。漂う緊張感。やがて――

 

 

 

「え、ええい!!」

 

「っ!!」

 

 

 

ショリ…と、刈りたての後頭部を撫で上げる感触。続けて聞こえる恍惚の声…。

 

 

 

「ほ、ほわぁぁあ……。これは…魔性っす……。」

 

「…………。」

 

「うふふぇへへぇ……チクチクでザラザラっすぅ…。」

 

「…………。」

 

 

 

部屋で二人きり、同級生の異性に髪を撫でられるだけの時間。情景だけならばときめいてしまうようなシーンかも知れないが相手はあの麻弥だ。

今更何を意識することがあろうか。

 

 

 

「……ふ、ふへへへへへぇ……」

 

「満足したか?」

 

「…うぅ、ずっと触って居たい気分ですが…。」

 

「やめろ、禿げる。」

 

「でも、やっぱこの感触は最高っす。○○さんの髪、マジ神っすよ。」

 

「え?」

 

「……何でも無いっす。」

 

「無理があるだろう…。」

 

 

 

散髪したての短い毛。ヤツの狙いはそこにあったらしい。

だから美容室から帰ってきた時のあのチャットに食いついたのか。柄でもなく短く刈り上げたことにより酷くワルさを増した俺の人相を格好いいと言ってのける様なおかしな感性を持つ麻弥だ。"短い髪を触る"ことに興奮を覚える様な特殊性癖だとしても今更驚くまい。

 

 

 

「でもホント、これだけは癖になっちゃってるっす。」

 

「…何ならクラスの男連中の連絡先でも教えてやろうか?運動部の奴等なんて覿面…」

 

「え、エンリョしとくっす!」

 

「……触り放題だぞ?」

 

「ちがっ……そうじゃなくって…そうじゃないんすよぉ…。」

 

「髪質…とかか?」

 

「んぅ……○○さんには一生理解できないだろうからいいっすもん…。」

 

「…そりゃまぁ…。」

 

 

 

俺は変態じゃないし。

 

 

 

「じ、ジブンだって変態じゃないっすぅ!」

 

「はいはい。」

 

「○○さんのじゃないと意味が無いんです…。○○さんの、刈りたての短髪じゃないと嫌なんすよぅ…。」

 

「…んじゃ、俺は常にこの髪型キープしといたほうがいいのか?」

 

「………そういうことじゃ、ないんすよぉ…。」

 

 

 

普段はどちらかといえば長い部類に入る髪型の俺だ。今のような状態はスースーと風が通り抜ける感覚が落ち着かず好ましくは無いが、麻弥がそうして欲しいと言うなら考えなくもない。

それだけ拘りも無いしな。

 

 

 

「…どんな髪型でも、○○さんが好きっす。フヘヘヘ……。」

 

 

 

笑う麻弥。

………ううむ。

 

 

 

「………やっぱ変態なんじゃねえのお前。」

 

「むぅ…!一筋縄じゃ行かないにも程があるっすよ…!?」

 

 

 

また次も刈り上げてやろうか。

 

 

 




ううむ時間が取れない




<今回の設定更新>

○○:普段は後ろで余った髪を結ぶような浪人ヘア。
   愛用の武器は大剣とヘビィなボウガン…らしい。

麻弥:少し焦りを感じているようだが口下手が災いしている。
   刈り上げたての髪の触り心地は確かに良い。分かります。


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2020/07/31 非常事態

 

 

 

「そ……それは、正真正銘、実際に起きたこと…っすか??」

 

 

 

麻弥が妙に悪い顔色のまま、フレームを新しくしたとか言う眼鏡をクイとずらす。

 

 

 

「……うななぁん。事件の香りですなぁ。」

 

 

 

青葉も同様に、神妙そうな雰囲気を装いつつ俺の太腿に乗せた頭をグリグリと押し付ける。

 

 

 

「別に……生きてりゃ一度や二度くらい、あるもんだろ。」

 

「や、○○さんに限ってそれは……嵐の予感とか、するでしょう?」

 

「しねえ。」

 

「うなー。せんぱいはかわりもの…。」

 

「お前に言われたかぁない。」

 

「うなぁん。」

 

 

 

青葉の顎下をごろごろやりながら考える。

……愛の告白とやらを、この俺がされるとは。

 

 

 

**

 

 

 

「で?」

 

 

 

すっかり見慣れてしまったこの光景。俺の部屋に居座る同級生と後輩。

中でも人見知り全開だった当初と比べ、慣れっぷりが異常な麻弥は勉強机備え付けのキャスター付きチェアに背凭れを抱き込む様に座り、何とも雑な質問を飛ばしてくる。

 

 

 

「「で?」じゃないが。」

 

「気になるっすよ。一体どこの酔狂な女に目を付けられたんすか?」

 

「口悪ぃなオイ…。」

 

 

 

相手は隣のクラスの妙にギャルギャルしい女生徒だった。毎日ちゃんとメイクをして、さりげないヘアアレンジで気分を表現して。

合同授業の時にやたら話しかけられると思ったらついに今日……そう言う事になったってワケだ。

 

 

 

「ふむ……ふむふむ。隣のクラスでギャルっていうと…」

 

「……知ってんのか?」

 

「リサさんっすよね。今井(いまい)リサさん。」

 

「ああ。確かそんな苗字だった。」

 

「どうして告白してきた相手の名前すらあやふやなんすか…?」

 

 

 

仕方ない。名前しか聞いていなかったし、その告白の際に初めてフルネームの様な物を名乗ったのだから。

正直何の感情も抱いていない相手だったために、こうして返答を持ち帰ってしまったのだ。

にしても麻弥、食いつきが異常だぞ。

 

 

 

「まあ色々あんだよ。」

 

「リサさんっていうとー、スタイルもいいし面倒見もいいしー……。せんぱいには勿体ないくらいのモテさんだよねぇー。」

 

「お前も知ってんのか。」

 

「うなー。アルバイトが一緒なのー。」

 

「……アルバイト、してたのか。」

 

 

 

どうにもまだまだ知らないことだらけな後輩だ。どうやらアルバイトをしているらしい青葉の話によると、リサは学校近くのコンビニで働いているとか。

選ぶお菓子のセンスが良いとかいうどうでもいい情報は聞き流しつつ、こうなってしまった原因を探る。

 

 

 

「そもそも、○○さんの何処が良かったんすかねぇ?」

 

「奇遇だな。俺も同じこと考えてたよ。」

 

「○○さんって、口も悪いし人相も悪いし、おまけに空気も読めなくて最悪じゃ無いっすか。ないない尽くしでデフレスパイラルっすよ。」

 

「てめぇ、口縫い付けてやろうか。」

 

「そういうところっす。」

 

「こういうところか。」

 

 

 

麻弥の疑問も尤もで、友人の一人もできない辺り俺の人間性というのは地に近い所にあるらしい。特にこれといって何かをやらかした経歴は無いのだが、一番近くで毎日過ごしている彼女が言うのだから…多分そういう事なんだろう。

はて、ではそんな人間の何処に惹かれたというのか、あの女生徒は。

 

 

 

「せんぱぁい。」

 

「?」

 

「せんぱいはぁ、リサさんのこと好きぃ?」

 

「いや。」

 

「振っちゃうのぉ?」

 

「んー…。」

 

 

 

好きか嫌いかと言われたら嫌いではない。では好きかと訊かれたら…。

兎に角接点が碌に無いのだ。好感度の気配さえ見えていなかったというのに。

 

 

 

「どうしようか。」

 

「うなぁ。ゆーじゅーふだん…。」

 

「この手の問題は先延ばしにしても誰も幸せになれないって言うしな。……いっそ一思いに振ってしまうか、或いは――」

 

 

 

知らないのなら、知ってみてから考えればいい。

まずは友人として。そして次第に深まった関係を次の段階と呼称するかどうか……そこで再度迷えばいい。そうも思った。が。

 

 

 

「「だめ!!」」

 

「っ!?」

 

 

 

声を揃えて制止の様を見せる二人。やはり半端な気持ちのまま容易に関係を持つべきでは無いという事か。

言い終えてから「しまった」というような顔をする二人。確かにこれは、俺自身が判断しなければいけない問題。

初めて直面する選択肢とて、乗り越えず背を向けるのはあまりに無様すぎる。

 

 

 

「ちょ、「だめ」ってなんすか、青葉さん。」

 

「麻弥せんぱいも言ったくせにぃ。」

 

「あれは……だ、だって、考えてもみてくださいよ!○○さんが、リサさんとっすよ!?」

 

「うな。つりあわにゃい。」

 

「ですよね!!だからその……そ、そう!○○さんが笑いものにならないように、先手を打ってあげないと……」

 

「うなうなぁ。せんぱいは地味地味のジミーさんですからなぁ。」

 

「そっすよ!私服の一つも自分で買ったことないなんて、今時ダメダメっす!!」

 

「うなぁ。ちなみに今着てる部屋着は、前にモカちゃんがぷれぜんとしたやつです。」

 

「んな…ッ!?」

 

 

 

論点がずれすぎちゃいないだろうか。

いやいや、確かに釣り合わないとは俺も思う。ドッキリか罰ゲームかとも思ったくらいだ。だがあの表情、あの挙動不審っぷりは、たまに授業で見掛ける彼女とは確かに違っていたし。

 

 

 

「ぷ、ぷれ、ぷれぜんと……??」

 

「うなぁ。誕生日プレゼントにぃ、何が欲しいですかーって訊いてぇ…。」

 

「……答えたんすか!?○○さんがぁ!?」

 

「うみゅ……その時モカちゃんが着てた服、肌触りがいいねって言われてー。」

 

「……お、え、あ、まさか??」

 

「にひ。おそろっち。」

 

「ぬぁあああ!!」

 

 

 

騒がしい二人を放り、スマホを取り出す。確か電話番号も渡されていた筈だ。

一先ず何も分かっちゃいないが、告白の真偽だけでも確かめてみよう……そう思った。

数コールの後、声が聞こえてくる。

 

 

 

『もしもーし。今井ですー。』

 

「……ああ、ええと……○○、だけど。」

 

『……………。』

 

「………。」

 

『……エェッ、アィッ、○○くん!?』

 

「ああ……。その、大丈夫…か?」

 

 

 

数秒の間の後、ドスンバタンと暴れる様な音共に裏返り気味の声が聞こえる。忙しかっただろうか。せめてこれから電話を掛ける旨だけでも伝えられたらよかった。

 

 

 

『……ご、ごめんね?今ちょっと、ばたばたしてて…』

 

「忙しいなら、後でまたかけ直すが…」

 

『い、いいの!全然大丈夫だからさっ!!』

 

「…………昼間のこと、だが…」

 

 

 

大丈夫だというのだから続けてしまおう。

 

 

 

「本気、なのか?……その、俺を好きだとか、付き合って欲しいとかいう――」

 

『……あ、あははー…急に、迷惑だった…よね?』

 

「迷惑…いや迷惑とかではないが。……関りも殆どないだろ?俺達。」

 

『うん……でもその、色んな話、モカからも聞いててさ。……遠目で見てる分には、格好いいし…』

 

「……青葉が?」

 

 

 

つい訊き返してしまったが。

名前を呼ばれたと思ったのだろうか。ベッドの上でキャットファイトを繰り広げていた二人がピタリと手を止め、ことに青葉の方が首を伸ばしてこちらを窺っていた。

別に呼んじゃいねえ。

 

 

 

「うな、せんぱい、お電話中??」

 

「……ああ。リサに――」

 

 

 

言うや否や。

 

 

 

「にゃああああ!!!!ま、麻弥せんぱい!!とめないと!!」

 

「そ、そっすね!!うぉぉおお!!!!」

 

 

 

跳ね起きる青葉と猛進する麻弥。ラガーマンよろしく突っ込んできた麻弥の勢いのままに、さして抵抗するでもなく押し倒されるようにスマホを奪われてしまった。

この間ほんの二秒。常人なら何が起きたかも認識できないだろうね。

 

 

 

「おいこら、何する…っ!?」

 

「だ、だめっす!!だめだめ!!!通話終了っすぅ!!!」

 

「お、おい馬鹿…!」

 

 

 

手際よく通話終了の赤いボタンをタップし、沈黙した愛機は青葉の元に投げられる。

 

 

 

「ふぅ~、ききいっぱつですなぁ。」

 

「何が何だか……」

 

「と、とにかくだめっすよ!!そんな……そう!これは、女の子にとってとってもナイーブな問題なんすから、○○さんみたいな糞朴念仁が無策で電話かけるなんてあっちゃいけないことっす!!」

 

「うなぁ。麻弥せんぱいのいうとおり~。」

 

「何だってんだ……」

 

 

 

……リサと仲良くなると都合でも悪いってのか?

いやまあ、仲良くなるかどうかも分からんが。

 

 

 




特に意味はない…?




<今回の設定更新>

○○:いいところがまるでないと有名。
   が、二人の懐き様もまた校内では有名である。

麻弥:最近容赦がなくなってきた。

モカ:うななぁ。

リサ:物好き。


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【羽沢つぐみ】お兄ちゃんの、ばか。
2019/09/17 居残り


 

 

 

「……ちゃん。…ちゃん、…きてー。」

 

「んん…。」

 

 

 

誰かが俺を呼ぶ声がする。頭上から。

折角安らかな眠りを堪能しているというのに、一体誰が邪魔しているというのかね?

 

 

 

「……ぅ、よだれ…れちゃってる……」

 

「んむぅ…。」

 

 

 

今度は口元を何かで擦られる。なんつー斬新な起こし方だ。摩擦熱で焼たらこ唇が出来上がるわ!

…何だったか、この邪魔が入るまで素敵な夢の中に居たような気がするんだ。…窓から差し込む斜陽に心地よい涼風。

あぁなるほど。今俺の睡眠を妨げてくれているのは"獏"だな。…かの有名な妖怪のアレ。

 

 

 

「もー………つまで…るのぉ…。」

 

「…んぁ?」

 

 

 

いつまでも止まない騒音に薄目を開ける。獏の正体、この目に焼き付けたるわ!!

 

 

 

「…出たな獏!」

 

「ひゃっ!?…わ、わたし獏じゃないよっ!」

 

 

 

クワッ!と見開いて見せた俺の双眸が映したのは獏とは程遠い、何とも珍妙なポーズで震える小動物だった。

 

 

 

「……それは一体なんのポーズだ?…つぐ。」

 

 

 

俺の双子の妹にして隣のクラスの人気者、羽沢つぐみだ。…俺からしたらただの地味で普通な子なんだが、これでどうやら結構モテるらしい。

顔がそっくりだとか言われる割には、俺は全くモテないんだがなぁ…。

あ、そうそう。俺とつぐは俗に言うところの"一卵性双生児"なんだけど、一卵性で異性の双子が産まれることってかなり珍しいことだそうな。

…ま、どうでもいいか。

 

 

 

「お兄ちゃんが急におっきい声出すからでしょ!!」

 

「……つぐが俺の眠りを妨げたからそうなったんだろう?…何でも人のせいにするのは良くないぞ。」

 

「うぅぅぅ…わたしが悪いみたいになってるし…。」

 

 

 

そもそも俺は何故こんなところで眠ってるんだ?

放課後はタイムアタックが如くダッシュで帰るのがポリシーだというのに…。

 

 

 

田崎(たさき)先生に言われたやつ終わったの?」

 

「なんだそれ。」

 

「お兄ちゃんが言ってたんでしょ?お昼休みの時。」

 

「そんなこと言ったっけ。」

 

 

 

田崎…うちのクラスの担任だな。何だかムカつく顔面の狸みたいな親父だ。アレに言われたこと…って。

 

 

 

「あぁ、あれね。うんうん、あれならもう終わったよ。だから帰ろうつぐ」

 

「うそでしょ。」

 

「うん。」

 

「単位が足りなくなるからって、追加の課題出されてたでしょ?」

 

 

 

あー……うん、それだ。

クソがつくほど真面目な(つぐ)と違って、俺はどっちかっていうと不良な方だ。アウトローって響きはかっこいいと思うけど、ヤンキーはいけ好かない…そんな感じ。

学校には来ているんだが、授業中は専ら悪友とどこかで時間を潰しているってところだな。

その様子を教師陣に密告(チク)っているのは他でもなくこの妹なんだが。

 

 

 

「あったなぁ…そんなの。」

 

「遠い目してる場合じゃないよっ!お兄ちゃんがちゃんとやらないと、わたしに文句が来るんだからっ!」

 

「はぁ?それまたどうして。」

 

「家が同じだからでしょっ!!」

 

「なーる。」

 

 

 

その"課題"ってのは恐らく、机の上で水没しているこのプリント類の事だったと思うが…。どうも机で寝ると涎が酷くていけねえ。

まぁどうせ出すつもりもないしいーんだけど。

 

 

 

「ま、今日の所は帰ろうぜ?」

 

「…ちゃんとおうちでやる?」

 

「やるやる。任せとけ。」

 

「……信用できないなぁ。」

 

「血の繋がった兄妹を信じられないとは、冷たい世の中になったもんだなぁ…。」

 

「血が繋がってるからよくわかるの。…はぁ、しょうがないなぁ。」

 

 

 

わざとらしく溜息を吐く妹。身長差の関係で表情は見えないが、やれやれ的な顔を全力でしているに違いない。妙に演技派なんだこいつは。

…おっ、つぐって旋毛二つあるんだな。

 

 

 

「ご飯食べてお風呂入ったら一緒にやろ?わたしもお手伝いするから。」

 

「つぐはつぐで自分の勉強があるだろ?…こんな兄貴は放っといていいから、そっちやんなさい。」

 

「…優しそうなフリしてるけど面倒臭がってるだけなの、バレてるからね?」

 

「まぁじかぁ!…お前ってホントエスパーなっ!…よっ伊東!」

 

 

 

ぱぁんっと口でSEを付けつつ、ピストルのようにした両手をつぐに向ける。

 

 

 

「ふざけてもダメです。」

 

「だめかぁ。」

 

「伊東じゃないです。誰ですか。」

 

「そっかぁ。」

 

「お勉強ちゃんとしますか。」

 

「…するかぁ。」

 

「んっ。…じゃあ帰ろっ、お兄ちゃん。」

 

「うーん、そうするかぁ。」

 

 

 

妹が俺に対して敬語で喋りだすときは

「そろそろ冗談抜きで真面目に喋ろうな?しつこいんだよお前。」って時だ。

実際に聞いたわけじゃないけど、これだけ一緒に居りゃ嫌でもわかる。

 

 

 

**

 

 

 

夕暮れ…いや、もう日は沈んだか。そんな薄暗くなった中を妹と並んで帰る。

帰った後には地獄の課題。文字を読むことで発症するアレルギーの恐怖に怯えながらも、つぐとの他愛もない会話は自宅まで続いた。

 

薄明りの中、うっすら伸びる、長さの違う二つの影。

そんな、放課後。

 

 

 

 




少し短い立ち上がりですが羽沢つぐみ編、新シリーズです。
肩の力を抜いて楽しめるようなお話にしたいです。




<今回の設定>

〇〇:主人公。高校2年生。
   一卵性双生児で別性という珍しい双子の片割れ。顔はつぐみにそっくり。
   特に身長は高くないが、つぐみが著しく小さい為どうしても差が生まれる。
   一応例の面々とは幼馴染だが、あまり関りがない。

つぐみ:天使のような妹。いや、妹として生まれた天使?
    主人公の双子の妹。とても小さい。
    勉強は出来るが運動はちょっと苦手。
    Afterglowは結成されておらず、幼馴染の面々ともあまり深い関りは無い。
    主人公の悪友ともそこそこの面識はあるが、不良になった兄はちょっと好きじゃない。


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2019/10/03 交換条件

 

 

 

「もー!またこんなとこにいるー!」

 

 

 

天気もよく、程よい気温に保たれた屋上。ここ四時間ほどの安眠を妨げるように、開け放たれたドアから届く可愛らしい怒声。

その声に、閉じきっていた目をうっすら開ける。

 

 

 

「お兄ちゃん!午前中の授業、全部出てないでしょ!」

 

「……ああ、今日はでなくてもいい日なんだ。」

 

「嘘ばっかり。そんなわけ無いでしょ。」

 

「うるせぇなぁ…。」

 

 

 

相変わらず世話焼きの妹だこと。…つぐがここに来るってことは、時間的には昼休み頃ってわけだ。

道理で腹が鳴る…と思いつつ横たえていた体をゆっくり起こす。

本来立ち入り禁止の屋上。その隅、貯水タンクと避雷針があるブロックの影が、俺たちの絶好の寛ぎポイントなんだ。

 

 

 

「大体な、屋上は立ち入り禁止なんだ。そんなところにつぐみたいな"良い子"が来ちゃダメだろ?」

 

「お兄ちゃんもでしょ!…ほら、早く行くよ。午後の授業はちゃんと出なきゃ。」

 

「こらこら引っ張るな…。…ふんっ!」

 

「きゃぁっ!?」

 

 

 

ぐいぐいと引っ張ってくる腕を逆に引き返し、体勢を崩し倒れ込んでくるところを抱え込む。そのまま先程までの寝る姿勢に入り…

 

 

 

「ちょ、ちょっとだめだってば!…こんなところに寝転がったら制服も汚れちゃうし髪だって…」

 

「いいだろ?たまにはお兄ちゃんと一緒に寝やあな。」

 

「……一緒に、寝たいの?」

 

「あぁそうだなぁ、つぐが一緒に寝てくれなくなって寂しくなったもんなぁ…」

 

「うーん……。」

 

 

 

勿論そんなことはない。ある程度の年になった子供たちが部屋や寝所を分けるのは当たり前のことだと思うし、それに対してなんの不満もない。

プライベートが確立されるって大事だしな。

 

 

 

「じゃあ…」

 

「ん。」

 

「……きょ、今日から一緒に寝てあげるから…。午後は授業、出よ?」

 

「……んん??」

 

 

 

どうやら俺の適当な口先マジックを本心と受け取ったらしい妹は、それを交換条件に授業へ出ることを提案してくる。

だがな妹よ。それはいくら何でも安すぎる取引だと思わんかね?

 

 

 

「寝るだけか?」

 

「えっ?」

 

「俺が授業に出たら、一緒に寝てくれるだけなのか?」

 

「えっ、えっ?…もっとしてほしいこと…あるの?」

 

 

 

そうだなぁ……。どうせなら、もっと恥ずかしがる姿も見てみたいし、困っている様子を見るのも面白い。結局のところ、妹ってのは可愛いもんだしな。

 

 

 

「よし、じゃあ帰りに着ぐるみパジャマを買って帰ろう。」

 

「!?どうしてそうなったの!?」

 

「んで、それを着て暫く俺の部屋で過ごしたあとに一緒に寝よう。…それくらいしないと、交換条件にはならないなぁ。」

 

「…お兄ちゃん、ただ困らせたくて言ってる?」

 

 

 

鋭いな。

 

 

 

「……いや、お兄ちゃんはこう見えて寂しがり屋さんだからな。もっとつぐを近くで見て、ずっと一緒にいたいんだ。」

 

 

 

どうせなら本気っぽく、ということで熱演してみることにした。

妹への愛情を熱く語る兄貴。…うん、この程度で騙されるようなら余程の馬鹿者だ。

 

 

 

「……へー?そ、そうなんだ…。お、お兄ちゃんがそうしたいっていうなら、べ、別にそういう条件にしてあげても?いいけど?」

 

 

 

馬鹿だった。

 

 

 

「……はぁ。…行くか、つぐ。」

 

「う、うんっ。」

 

 

 

**

 

 

 

久々に真面目に授業に出た気がする。当然そこまでの過程を全く受けていないわけだから内容はチンプンカンプンだし、周りの奴は物珍しそうにジロジロ見てくるしで全く居心地の悪い時間を過ごした。

そんな無意味な時間を経て、放課後。

 

 

 

「お兄ちゃーん!」

 

「……つぐ、恨むぞ。」

 

「ん??…授業、どうだった?」

 

「最悪。」

 

「もーまたそんなこと言って…」

 

「…約束、忘れてないだろうな?」

 

「う……。」

 

 

「つーぐー!帰らないのかー??」

 

 

「あ!うーん!ちょっとだけ待っててー!」

 

「……宇田川の姉の方か。」

 

「うん。校門まで一緒に帰ろうって。」

 

「ふーん……俺も一緒にいて問題ないのか?あいつは。」

 

 

 

宇田川巴。…俺とつぐの幼馴染と呼べる関係性の女だ。どうもここ数年馬が合わなく、顔を合わせては啀み合ってばかりな気がする相手だ。

その度につぐが空気の回復に一苦労する羽目になるので、あまり関わらないようにしていたんだが…

 

 

 

「……どうだろ。ちょっと訊いてくるね。」

 

 

 

教室の入口まで駆けていくつぐ。何やら話しているようだが……おっ、つぐからOKのハンドサイン。

カバンを持ち二人に近づいていく。

 

 

 

「ようトモ。俺も一緒で平気なのか?あ?」

 

「…なんで最初から喧嘩腰なんだよ。」

 

「さあな。行くぞつぐ。」

 

「あっ。」

 

 

 

俺と巴の間でキョドキョドしているつぐの手を握り、引っ張るように歩き出す。

つんのめる様な形で付いてくるつぐのもう片方の手を、巴が掴んだ。

 

 

 

「……何の真似だ?」

 

「兄貴だからってつぐを独占しすぎなんだよ。…校門までは、アタシが先に約束してたんだからさ…。」

 

「巴ちゃん…。」

 

「ちっ…好きにしろ。早く行くぞ。」

 

 

 

廊下を横並びに広がって歩く三人はさぞかし滑稽だっただろう。

宇田川巴はそういうやつなんだ。昔から、俺とつぐが一緒にいると必ず割り込んで来て張り合おうとするような。

 

 

 

**

 

 

 

「じゃあなーつぐー!!」

 

「ばいばーい!また明日ねー!!」

 

 

 

校門まで、なんとか揉めることなくたどり着いた。と言っても、口を出さないようひたすら歩きスマホに勤しんでいただけなんだけど。

漸く煩いのも居なくなり、俺たちの家路に就く。

 

 

 

「…偉かったね、喧嘩我慢できて。」

 

「…ガキ扱いすんな。お兄ちゃんだぞ。」

 

「ふふっ、双子だもーん。…考え方によってはわたしの方がお姉ちゃんなんだからね?」

 

「そうかよ。……あ、忘れてないよな?」

 

「なに??」

 

「ド○キ行くぞ。パジャマ買わなきゃ。」

 

「う……ほ、本当に行くの?」

 

「当たり前だ。」

 

「うぅ…。」

 

 

 

**

 

 

 

店内でも散々弄り倒し(可愛がり)、結局三着を購入して帰ってきた。

今はあいつが風呂に行っているため、その内どれを着て戻ってくるのか予想し待っているところだ。

候補は、ピンクのファンシーな豚、黄色いふわっふわのひよこ、グレーでさらさら素材が素敵なネズミだ。ふふん、風呂に合わせて好きなものを選ばせる兄貴の懐の深さよ。どうよ?

 

 

 

「しかし、どれも可愛いからって奮発しすぎたなぁ…。暫くは贅沢できねえぞこりゃ…」

 

 

 

一着¥2,980(ニーキュッパ)って高くね?それを三着だぜ?

○ンキ侮れねえわ。

 

ガチャッ

 

!!

 

 

 

「おかえ………り?」

 

「………は、はずっ、はずかしいんだけど、これ。」

 

「つぐ………お前……」

 

「お、お母さんにも変な目で見られたしっ!」

 

 

 

正解は…………ネズミだった。

ドアから少し覗き込んで入室してくる様子も、ちょこちょこと小股で隣まで駆けてくる様も、全てがぴったりマッチしている。最高の可愛さだ。

 

 

 

「…………。」

 

「も、もう!何か言ってよ!!」

 

「……お前、何かあざといな。」

 

「!?……お兄ちゃんが着させたんでしょ!?」

 

「でもそれ選んだのはつぐじゃん?」

 

「うっ…!」

 

「…いいじゃん。似合ってて可愛いぞ?つぐ。」

 

「………ばかぁ!」

 

 

 

真っ赤な顔でジタバタするつぐ。いいじゃん、可愛いって褒めてんだから…。

結果的に、つぐ自身気に入ったようで、これ以降家の中で着ぐるみパジャマのままウロウロすることが多くなった。

眼福、眼福…、

 

 

 

 




着ぐるみパジャマは至高




<今回の設定更新>

○○:朝のHRが終わってずっと屋上にいた。
   友達と一緒だったがそいつはつぐみの波動を察し撤収していたらしい。
   シスコンではない。

つぐみ:お兄ちゃんにはちゃんとしてほしい。
    別に恥だとかはないけど。
    ブラコンではない?
    巴と主人公がバチバチやりだす度に胃が痛むが、もう諦めている。

巴:主人公が堕落し始めてから嫌悪するようになった。
  ただ、嫌っているわけではなく、元の真人間に戻って欲しいと思っている。


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2019/10/21 生徒会長

 

 

「お兄ちゃんっ!」

 

 

 

昼飯時、後ろから飛んでくる声に何とは無く振り返ればご立腹の妹が。…態々学食にまで、ご苦労なこった。

 

 

 

「なんだ?今日は珍しく学校に居たぞ。」

 

「学校に来たって授業に出なきゃ意味ないでしょっ!!」

 

「……誰から聞い……アイツか。」

 

夏野(なつの)くんから聞きました!!……もう、どうして真面目に授業受けられないの…。」

 

 

 

夏野っていうのは俺の数少ない友人…所謂"悪友"ってヤツで、毎日つるんで一緒にサボったりフケたりする不良仲間みたいなもんだ。

元々はそんな奴じゃなかったんだが、入学後に色々あったせいですっかり落ちぶれちまった。…俺も人の事は言えないけどな。

今じゃ二人セットで、学校の爪弾きみたいな扱いをされる始末。別に慣れてしまえばどうってことは無いんだが、夏野の奴は、どうやらつぐみに気があるらしい。

しょっちゅう俺の事を報告するフリをして接する機会を作ってるっつー訳だ。

 

 

 

「あの野郎…。後でシメてやらにゃならんな…。」

 

 

 

昼時にも居ねえと思えばそういう事かよ。

 

 

 

「そもそもどうしてこんなところに居るの?お弁当渡してあったのに…。」

 

「あぁ、弁当はだな……。んー…と。」

 

「今言い訳考えてるでしょ。」

 

「いや?…ええと。」

 

「正直に言って。」

 

「………あれは、人にやっちまった。」

 

「…人?」

 

 

 

丁度いい言い訳が全く浮かばなかったので諦めて吐く。…まぁ、今日のは別にいいんだ。母親が寄越してきた奴だし。

「人にやった」という状況がイマイチ分からないのか、ポカンとして突っ立っているつぐみ。

 

 

 

「…ほれ、そんなとこ突っ立ってないで座れよ。」

 

「ふぇ?…う、うん。」

 

「順を追って説明するとだな…」

 

 

 

税込み360円のかけうどんを啜りつつ、二時間ほど前にあった出来事を説明してやることにした。

 

 

 

**

 

 

 

相も変わらず授業には後ろ向きな俺。移動教室の時間を利用して何とかフケてやろうと計画していたところに…

 

 

 

「わー!!どいてどいてー!!!」

 

 

 

喧ましい大声とともに何かが突っ込んでくる気配がして、何気なく後ろを振り返る。と、そこには

 

 

 

「どいてってばぁ!!」

 

 

 

眼前まで迫った、水色の髪と薄緑の瞳。…あぁ、うちの有名人の…と名前を思い出す前に

 

ゴンッ

 

鈍い音と共に視界は黒で塗りつぶされ、一瞬火花の弾ける幻覚が見えたかと思うとそのまま平衡がズレる感覚。…続いて周囲の喧騒が遠ざかり、恐らく衝突相手であろう元気な声が反響するように耳を擽り。

…気付けばそのまま、生徒行き交う廊下で大の字に伸びてしまったらしい。

 

 

 

次に覚えているのは固く冷たい床と暖かい枕、頭上から降ってくる耳に馴染みのない声だった。

 

 

 

「うぉ、目が開いた…!!死んでなかったんだね!!」

 

「起き抜けになんつー……()ッ…。」

 

 

 

酷く額の辺りが痛み、思わず顔を顰める。それを見てか見ずしてか、少ししゅんとなる水色。

恐らく痛みからして豪快なヘッドバッドを決め合ったのだろうとは予測できるが…。…こいつはどうしてそう平然としているんだ?ぶつかったのはお前も同じじゃないのか?

 

 

 

「ご、ごめん…痛かったよ…ね?」

 

「…結構重い一撃だったぞ…。お前は、大丈夫なのか?」

 

「へ?あ、あたし??」

 

「?あぁ。ぶつかった相手って、お前だろ?」

 

「……あ、あたしはほら…石頭、だから。あっでもでも、おねーちゃんの方が石頭かも!」

 

 

 

そういう問題じゃないだろ…。音と衝撃からして、共倒れになってもおかしくないぶつかり方だったはずだ。…というか、この状況は一体?

 

 

 

「なぁ。」

 

「なあに?」

 

「……今更だけど、あんた…生徒会長?」

 

「あたしを知ってるの?」

 

 

 

全校生徒の前に散々顔を晒しておいて今更何を言っているのかこの女は。第一、生徒の模範になるべき生徒が廊下を爆走していいと思ってんのか。

何故か頬を染める生徒会長様はそのまま言葉を続ける。

 

 

 

「あ、あたしを知ってるってことは、あたしに興味あるってこと…?」

 

「はぁ?これっぽっちも……いや、今のこの状況には興味あるかな。」

 

 

 

頭を強く打って意識が飛んだと思ったら学校一の変人として有名な生徒会長の太腿の上で目覚めるという奇々怪々な現象。

柔らかさに流されそうになるが、その間どれほどの時間が経っているのかも気になるし、キチンと確認することは必要だろう。

 

 

 

「そ、そっかー…。」

 

「一体何があった?そんで、一体何がどうなってこうなった。」

 

「んとね。あたしが走ってて、前に○○っちが出てきて…」

 

「待て。…俺、自己紹介したっけ?」

 

「う?…あぁ、校内で有名人だもん。君たち二人組。」

 

「……二人組?」

 

 

 

やっぱ不良連中ってことで目ぇ付けられてんのかな。生徒会所属なら教員連中とも絡みが多いだろうし。

…二人組ってことは、どうせもう一人は夏野(アイツ)だろうし…。

 

 

 

「うん!○○っちと、つぐちゃん!!超絶ラブラブのカップルだって!!」

 

「あ"!?」

 

 

 

どんな捻れた伝わり方してんだ。…いや、そもそもカップルじゃねえし。兄妹だし。

ただ生徒会長がこんなんだし、噂に尾ひれが着いて飛び回っている可能性は大いにある。誰に、どこまで伝わっているのか。

 

 

 

「待て待て……。いいか?ええと…」

 

氷川(ひかわ)日菜(ひな)だよ!!日菜ちんって呼んで!!るんるんっ♪」

 

「るん……?日菜はさ、知らないのか?」

 

「ちん!!…何を?」

 

「俺とつぐみ……双子の兄妹だぞ。」

 

「……へ?…だって、つぐちゃんの苗字って羽沢でしょ??」

 

「あぁ、そうだな。」

 

「それで、○○っちは………羽沢?」

 

「おう、俺、羽沢。」

 

「…で?」

 

 

 

で?じゃねえよ。同い年の二人がいて、そこそこ珍しい苗字が被ってんなら双子を疑えよって話だ。

よくそれでカップルとか言えんな。

 

 

 

「日菜、お前バカだろ。」

 

「ちーんー!!!!…バカじゃないし!!」

 

「じゃあ、俺とつぐみの関係、わかるよな?」

 

「……夫婦?」

 

「……俺でも生徒会長出来そうな気がしてきたぞ。」

 

「褒めてる?」

 

「なわけ。」

 

 

 

全力で馬鹿にしてるよ。その答えが大真面目に捻出した物だとしたら俺はある意味尊敬する。その脳の謎構造に。

こいつは常識的な思考パターンというか、論理を持っていないのだろうか。生徒会長といえば確か一学年上だったと思うが、これを先輩と思うのは難しいだろう…。

気が付けば頭痛が額の痛みを上回っている。どうやら骨や脳まで異常は起きていない様だ。一応額を擦り、先ほど迄のような鈍い痛みが消えていることを確認…もぞもぞと起き上がる。

正直あの膝枕は魅力的だったが、硬い床に寝転がるのは少々しんどいんだ。

 

 

 

「…あれ、もう起きちゃうの?」

 

「…もっと寝てたほうがよかったか?」

 

「別に、もっと使ってくれてもいいのに。」

 

「今度疲れたとき頼むわ。膝枕。」

 

「いいよっ!…その代わり、日菜ちんって呼んでね!!」

 

「……それはまあその時考えるよ。」

 

 

 

頼むことはないと思うがな。俺にはつぐみがいるし。

周りの状況から察するに、ここは屋上へ続く扉の前、階段で言うところの最上段踊り場ってところか。そりゃ床も硬いわけだけど…何故わざわざこんなところまで連行して寝かせた?

 

 

 

「るん?…保健室とかだと他の生徒も来ちゃうでしょ?こうやってじっくりお話するなら二人きりがいいなって思ってさ!!」

 

「…じっくり話す必要があんのか?」

 

「…だって、気になるじゃん?あたしも双子だけど、他の双子って知らなかったからさ。」

 

「あそ。んじゃ行くから。」

 

「えっ!?ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

「……あんだよ。」

 

 

 

立ち去ろうとしているのに慌てて呼び止めようとする生徒会長さん。いつまでもこんなところで寝てるわけにはいかないんだが。

若干イラつきつつ階段に差し掛かっていた足を止め振り返る。

 

 

 

「…あたし、お礼が欲しいな?」

 

「あ?…なんの。」

 

「介抱してあげたお礼…?」

 

「元はといえばお前のせいだろ……。」

 

「でも、男子憧れのあたしの膝枕だよ?……なんなら、今後も好きな時に?つ、使わせてあげるし…」

 

「………はぁ…。…何を要求してんだよ。」

 

「んー……るんっ♪って来るやつ!!」

 

「あ"?」

 

「………伝わんないかなぁ…」

 

 

 

どうしてお前が面倒そうな顔出来るんだよ…。こっちは早く切り上げたいんだが…と、最早キレそうな心境になったとき。

 

ぐぅぅぅぅ

 

間抜けな音が、踊り場の狭い空間に響いた。

それと同時に真っ赤に茹で上がる目の前の少女。

 

 

 

「………何か買ってきてやろうか。」

 

「うぅぅ…一緒に学食、行こーよ…。」

 

「無理。今日弁当なんだ。」

 

「むぅ……あっ、じゃあ何か買いに行こ?」

 

「めんどい。………じゃあうちの教室まで来い。弁当やるわ。」

 

「ほんとっ!?いくいく!」

 

 

 

その後有名人を引き連れ教室に戻った俺。すっかり昼休みに差し掛かっていた教室は、「屈指の不良と稀代の変人生徒会長」という異質な組み合わせに騒然となったが。

それを全く意に介さない俺と不思議そうにぴょこぴょこ跳ねる日菜は俺の机へ。カバンに入っていた弁当の包を渡し、日菜に出て行くよう促す。

 

 

 

「え、一緒に行かないの??」

 

「行かねえ。一人で食え。」

 

「……ツンデレ?○○っち。」

 

「早く行かねえと弁当返してもらうぞ?」

 

「わっ、そりゃだめだ!……じゃあ行くね!お弁当ありがとー!!」

 

 

 

そうして、昼飯の無くなった俺は学食へと向かったのであった…。

 

 

 

**

 

 

 

「そっ、それで日菜先輩に…?」

 

「あぁ、今頃食ってんじゃねえかな。」

 

「………ずるいなぁ日菜先輩…。」

 

「あ?」

 

 

 

何やらボソボソ呟いたように聞こえたが、つぐみはふるふると首を振るので深くは追求しないことにする。

 

 

 

「もう、それでもサボっていたことに変わりはないでしょ?

 どうしたら真面目に授業受けてくれるの…??お兄ちゃん…。」

 

「えぇ…?………うーん、そうだな…。」

 

 

 

以前もやった交換条件というやつだろうか。この妹、味を占めたのかあれ以来頻繁にこの駆け引きを出してくる。

ならば今回は…

 

 

 

「…よし、じゃあ昼の弁当はつぐみが作ってくれよ。」

 

「へ?」

 

「そうしたら、お前の弁当をモチベーションに午前中は頑張れるからよ。」

 

「…ほ、本当?」

 

「おうとも。」

 

「……う、うん……わかった。明日から、そうするね?」

 

「………交渉成立だ。」

 

 

 

よし。これで明日からは、毎日つぐみの飯が食えるってわけだ。

図らずとも素敵な結果を呼び寄せたことで、心の中でのみあの変な生徒会長に少し感謝した昼休みだった。

 

 

 

 




遅くなりました。




<今回の設定更新>

○○:割とやんちゃボーイ。
   年上でもガンガンタメ口で行くタイプ。

つぐみ:お兄ちゃんの頼みなら断れない。
    生徒会長にはいつも振り回されるしっかり者さん。

日菜:自由な石頭。
   お弁当はうまかったらしい。

夏野:悪友。これからもどんどん登場する予定。
   友達の妹、つまりつぐみに恋しちゃってるんです。


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2019/11/16 級友

 

 

「おい○○…○○…おいってば!」

 

 

 

授業中。二限目だったか三限目だったか覚えちゃいないが、取り敢えず今は大事な睡眠時間だったはずだ。

それを隣からの喧しい声に目覚めさせられた訳で…。

 

 

 

「あんだよ夏野…殺すぞ。」

 

「どうして起こしただけで殺されなきゃいけないんすかね…。」

 

「で?…授業中だぞ、私語は慎めよ。」

 

「それ、ブーメランね。」

 

「…真面目に授業受けろよ、不良野郎が。」

 

「アンタに言われたくねぇよ!!」

 

 

 

ほんとに煩い奴だ…。夏の暑い日に顔の周りをぶんぶん飛び回る羽虫より五月蝿い。

 

 

 

「おい、羽沢、夏野、騒ぐなら外でやれー。轢き殺すぞー。」

 

アッハハハハハハハ

 

 

 

ほれみろ、単車乗りで有名な数学教師のジジイに目ぇ付けられたじゃねえか。オマケにクラスの連中からはいい笑いもんだし…隣の元凶を見ると、必死になって教科書で顔を隠し「ヒィ」とか抜かしてやがった。

遅ぇよ。

 

 

 

**

 

 

 

「ちょっと、羽沢。」

 

「あん?」

 

 

 

数学の授業も終わり、騒がしくノイズに包まれる教室の中、一人の女子生徒が目を吊り上げて話しかけてくる。

 

 

 

「あれ、いいんちょ。なーに怒ってんの。」

 

「糞虫は黙ってなさい。あたしは羽沢に用があんの。」

 

「扱い酷くないっすかね…。」

 

 

 

一蹴され涙目で黙る糞虫…もとい夏野。いつもそういう扱いなんだからちょっかい出さなきゃいいのによ。

この目の前で偉そうに腕組みしている髪の長い女はこのクラスの学級委員長…瀬川(せがわ)桜恋(さくらこ)だ。何とも画数の多い名前だこって。

 

 

 

「あんだよ桜恋。怒るんなら相手が違うぜ。」

 

「アンタでいーのよ。…アンタね、ちゃんと授業受けるってつぐみと約束してるんでしょ?」

 

「あぁ、弁当と引き換えにな。」

 

「…だったらもうちょっと集中なさい。報告する身にもなって欲しいわ。」

 

 

 

お前までイチイチ密告(チク)ってたんか…と精一杯恨めしそうな顔で睨みあげてやる。…直様、「あによ」と鋭い眼光を返されてしまった…。

 

 

 

「うっせぇな…お前は俺のかーちゃんか。」

 

「アンタみたいな出来の悪い息子を産んだ覚えはないわよ。」

 

「しってらぁ。」

 

「……あんたら仲良いっすね。」

 

「良くないわよ。」「よかねえよ。」

 

 

 

………うん、こういう息の合い方とかが揶揄われる理由なんだろうが…夏野のげんなりした顔にもまま納得だ。

 

 

 

「…兎に角、つぐみを困らせるような事するんじゃないわよ。」

 

「言われんでもわーってるよ。…早く席戻れおてんば娘。」

 

「…馬鹿にしてんの?」

 

「はよ戻れっての…。」

 

 

 

腑に落ちない様子で自分の席へと歩いていく怒り肩を見送る。…つぐみもあんなのとよく仲良くできんな。

 

 

 

「…なー、○○。」

 

「あんだよ。」

 

「実際どうなの、いいんちょのこと。」

 

「桜恋が?…どう、ってのは何だ。」

 

 

 

何とも逆らいがたい気迫は背負っていると思うが。

 

 

 

「んー……例えば、告白されたら付き合えるか…みたいな?」

 

「無理。」

 

「即答かよ…。」

 

「あのなぁ、もう少し幻想見せてくれるような女ならいいけどな?…アレだぞ?」

 

「でもほら、見た目だけなら結構モテたりするじゃん。」

 

「……マジ?」

 

 

 

夏野の話によると、あれはあれで連日のようにラブレターやら呼び出しを受けているらしい。今日日ラブレターって…平成初期かよ。

ただその度に全て断っているようで、桜恋を攻略することがこの学校での男のステータスになりつつあるとか何とか。

 

 

 

「怖。」

 

「命知らずな連中も居るもんだよなぁ…。」

 

「暴力振るわてるのは俺らだけらしいけどな。特に夏野だけど。」

 

「差別酷くないっすかね…。」

 

 

 

恐らく"不良"に属する生き物が心底嫌いなんだろうな。この学校で俺たち二人だけに当てはまるステータスといえばそれくらいだし。

…ただそれをそのままこの馬鹿に伝えても面白くない。ここはひとつ、揶揄いつつも扇動してみることにした。

 

 

 

「バッカ、逆に考えんだよ。…お前にだけ暴力振るうってことは、お前だけ特別扱いしてるってことだろ?」

 

「…というと?」

 

「お前が真剣に行けば、ワンチャン落とせる可能性があるってことさ。」

 

「…マジかよ!○○お前天才だな。」

 

「あぁ。…だからここは、夏野が男を見せる場面だってことよ。」

 

 

 

この単細胞馬鹿のことだ。これくらい煽ててやれば後は自ずと…

 

 

 

「○○、僕いっちょカマしてくるよ!」

 

「おう、精々ぶつかって砕けて来い。」

 

「HAHA、僕は成功を約束された男だからね。拾う骨はないと思いな…アデュー。」

 

 

 

あぁ、こいつ本格的にアホなんだなって。

ボロ雑巾の様な夏野を引き摺った桜恋が文句を言いに戻ってきたのは、それからほんの五分ほど後だった。

 

 

 

**

 

 

 

「……って訳だわ。」

 

「ふーん。じゃあやっぱりお兄ちゃんが全部悪いんだ。」

 

「やっぱりって…桜恋は何も言ってなかったのか?」

 

 

 

深夜、既に就寝の形を取っている二人。布団の中で、昼間の出来事を問い質されていた。

どうやらあの後、昼食の時間を共に過ごした桜恋に散々愚痴られたらしい。

 

 

 

「桜恋ちゃん、本当に迷惑そうだったんだよ…。「夏野は見境が無さ過ぎるー」とか、「どうせ羽沢のせいなんだろうけど」とか。」

 

「それで俺に訊いてきたってわけか。」

 

「……まぁ。」

 

 

 

俺の左手を下敷きにしている妹が、寝返りを打ち背を向ける。…あぁ、少し痺れてきたかも。

 

 

 

「じゃあ真相も分かった事だし、自分の布団帰んな?」

 

「うっ………」

 

「うっじゃないよ。…話がしたくて潜り込んできたんだろ?」

 

 

 

元はといえば、早めに寝ようと布団を被っていた俺のもとに枕を持ってやってきたのが切っ掛けでこの話は始まったんだ。

以前一緒に寝る約束をしていたが、何故か親父に怒られた結果睡眠時だけは部屋を別にしなければいけなくなったのだ。…流石に思うところがあったのかどうかは定かではないが、話が終わった以上帰るのが良いだろう。

 

 

 

「……今日、ここで寝ちゃダメ?」

 

「親父がまたキレるぞ……どうした、お兄ちゃんラブなのか?」

 

「ちがいます。……さ、寒いからっ。」

 

「ふーん……?」

 

 

 

外では雪も降っているし、寒いという言い分はわからなくもないんだが…屋内なんだし、お前の部屋にも布団あるじゃねえか。

 

 

 

「いーでしょっ!お兄ちゃんだって、私と寝られて幸せでしょっ!」

 

「……や、言っても妹だからなぁ…。」

 

「夏野くんだったらきっと喜ぶと思うよ??」

 

「あいつは女なら誰でも喜ぶさ。」

 

「うぅぅぅぅ…。」

 

 

 

背中を向けたままジタジタと踵を打ち付けてくる。こりゃ追い出すのはもう諦めて、さっさと寝てしまったほうが得策かもしれないな。

 

 

 

「わかったわかった……わかったから一回頭上げてくれ。痺れて適わん。」

 

「…やった。」

 

「…親父に言うなよ?」

 

「わかってますっ。」

 

 

 

左腕に血が行き渡る感覚。じわぁ…と温度が戻ってくると同時に、ほんの少しの痒みが…

 

 

 

「えいっ。」

 

「ちょっ…」

 

 

 

どすんと降ってくる妹の頭部。完全に戻りきっていない腕の感覚にもどかしさを覚えつつも、仕方なく妹の頭を撫でて眠りにつくのだった。

 

 

 




兄の身の周りの人達




<今回の設定更新>

○○:忘れかけていたが一応不良。
   悪い奴じゃないし馬鹿でもない。
   妹には何だかんだで甘い。

つぐみ:出番少なめ。クラス違うから仕方ないね。
    怒りっぽい親父さんも娘には甘いのだが、兄妹で一緒に寝ることは何故か禁止された。

夏野:主人公の悪友。全体的にノリが軽く、弄られポジション。
   かなりタフで、常人なら致命傷になる傷でも数分で回復する。

桜恋:主人公や夏野と同じクラスの学級委員長。綺麗な緑の髪を腰下まで伸ばしている。
   その整った外見から異常な程モテるが誰ひとり成就しない。
   その実なかなかにお転婆で、その有り余る攻撃力を受け止めるのは夏野である。
   同じクラスの美竹蘭としょっちゅう揉めるがつぐみとは仲良し。


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2019/12/09 相性

 

 

 

「お前らいい加減にしとけって…」

 

「うっさい馬鹿、〇〇は黙ってて。」

 

「そうだよ、〇〇には関係ないから。」

 

「えぇ…?」

 

 

 

放課後の教室。いい夕暮れ時だと黄昏ていた俺だったが、妹の悲痛な呼び声の為にこの戦に立ち合わされている。

対峙しているのは学年規模で有名になる程相性の悪い、我らが鉄壁の委員長こと桜恋…それに、綺麗な黒髪にインパクトのある赤メッシュが特徴的な俺達の幼馴染、美竹蘭。見ている分にはただ只管に整った外見の二人だが、その気性は獰猛を極める。

…正直、逃げ出したいです。

 

 

 

「蘭、アンタさ、結局はただの構ってちゃんなんでしょ??」

 

「…は?何それ意味わかんないし。あんたこそ、誰かとつるんでいないと行動できない、ただの小心者なんでしょ。」

 

「「チッ」」

 

「構ってほしいなら構ってほしいって言えばいいのに、クールぶっちゃってさ~。恰好つけてるつもりなの??」

 

「別にぶってないし。あたしはあんたとは違って、一人でも何でも出来るし。」

 

「「クッ…!」」

 

 

 

何故こんなしょーもない言い合いを繰り広げているのかは正直謎だ。…ただ、しょーもない諍いとは言えそこに俺の可愛い妹が巻き込まれているというのは事実であって。

…そのせいでこうして長々と居残りに付き合わなきゃいけない訳である。

 

 

 

「…なあなあ○○、早く帰ろうぜ。」

 

 

 

夏野、お前は勝手に帰れ。誰も引き留めちゃいないんだから。

 

 

 

「うるせぇ、一人で帰ればいいだろ。」

 

「えぇ…?…んじゃ、つぐみちゃんかーえろ!」

 

「ふぇ??……や、でも桜恋ちゃんと蘭ちゃんが…」

 

「えー、いーじゃんか!そんなガサツ女共は放っておいてさ!僕と遊びに行こうよ!ね!?」

 

「でもぉ……」

 

 

 

早く帰りたいのか、つぐみと一緒に居たいのか。何はともあれ、無駄に燥ぐ事で手一杯の夏野では気づけなかったようだ。気の強い二人が一時休戦の姿勢を取り夏野を睨みつけていることに。

 

 

 

「……ねえ、夏野。」

 

「はい?」

 

「ガサツ女~とか聞こえたんだけど…誰の事かしらね?」

 

 

 

音も無く距離を詰め、ポンと夏野の肩に置かれた桜恋の手。一見穏やかな声が聞こえるや否や、その白く綺麗な手に筋が立つ。

同時に聞こえる何かが軋む音。

 

 

 

「ンギョァァアアアアア!!か、肩がぁ!!!」

 

「あら~、ごめんなさいね。何だか握りつぶし易そうな肩だったから。」

 

「〇〇…鬼だ…鬼だよこいつぅ…」

 

 

 

哀れ夏野。それを機に反省してくれ。……あと気色悪いから這い寄ってくるな。

 

 

 

「…ちょっと瀬川。やりすぎでしょ。」

 

「……あによ蘭。アンタこの馬鹿の肩持つわけ?」

 

「肩ならたった今あんたが握りつぶしたじゃん。」

 

「…それもそうね。」

 

 

 

まさかここでも再度勃発するとは。夏野め余計な真似を。

 

 

 

「……あのさ。」

 

 

 

何時まで経っても帰れないのは流石に御免だし、頼りにしていた人身御供も肩を粉砕されてしまったので俺も参戦することにする。

ほんと、はやく、かえりたい。

 

 

 

「〇〇。」

 

「お兄ちゃん…?」

 

「まず、何をそんなに揉めてたんだ?お前ら。」

 

「それは……その……」

 

 

 

まずは原因の究明。俺も途中で観戦を始めたクチなので、何が何やらチンプンカンプンなんだ。

やけに桜恋が口籠る隣で、蘭が淡々と説明してくれる。

 

 

 

「放課後についてなんだけど、あたしがつぐみと約束あってさ。授業終わったつぐみがあたしのところに来た訳。」

 

「ん。それは俺も見てた。」

 

「で、二人で帰ろうと思ったら瀬川が絡んできて。」

 

「それもまあ見てたよ。」

 

「うん。…あとはまぁ、売り言葉に買い言葉…みたいな。」

 

 

 

終始クールな無表情で話し続ける蘭だったが、最後だけはバツが悪そうに眉尻を下げていた。自分でも思うところはあるんだろう。

…さて、次は我らが委員長に訊かなきゃなんねえな。

 

 

 

「……で、桜恋。お前は?」

 

「…………ぅぅ。」

 

「唸っててもわかんねえよ。何で蘭に突っかかって行ったんだ?」

 

「…………ったから。」

 

「…あ?」

 

 

 

蘭が話し始めたあたりからずっと床とにらめっこの桜恋。少し強めに訊いたら何かをぼそぼそと呟いた様だがまるで聞こえやしない。

 

 

 

「私も、つぐみと一緒に帰りたかったから!!」

 

「……いやいや、だからって絡んでいく意味が分かんねえわ。一緒に帰ろって言やあいいだろ。」

 

「だって………ぃもん。」

 

「あぁ?でっけぇ声で喋れよ。」

 

「恥ずかしいもん!!!」

 

 

 

顔を真っ赤に染めて叫んだ桜恋に、思わず引いた。ガキかよ。

揉めるよりよっぽどいいと思うんだが、何故こいつはいつもこう攻撃的なカードを切ってしまうのか。

 

 

 

「…難儀な奴だなぁ…」

 

「うっさい!!」

 

「今までの時間返せよ…ったく。」

 

「う、うっさいっての!」

 

「…つぐ、お前蘭とどんな約束してたん?」

 

 

 

隣であわあわしている妹に問いかける。いつの間にか掴まれていた制服の裾はより一層強く握りしめられていて、千切れてしまうんじゃないかと心配になる程だったが、少し考えるように顎先をトントンやったあとに妹は続ける。

 

 

 

「んぅ……えっとね、特に用事があったわけじゃないんだけど、お茶でもしてから帰らない?って。」

 

「お前なぁ……仮にも自宅がカフェだっつーのに、他所の店に金落とすんか…」

 

 

 

うちはあまり繁盛はしていないながらも潰れない程度に細々やっているカフェなのだ。一応、その名を「羽沢珈琲店」という。

珈琲が飲める羽沢さんち…うん、まんまだなぁ。

 

 

 

「お父さんとおんなじ事言う…。」

 

「そういうもんなの。ま、用事ってそれだけだろ?」

 

「うん。」

 

「…なぁ蘭、俺も一緒に居ていいか?」

 

「……〇〇が?珍しいじゃん。」

 

 

 

目を丸くする蘭。確かに一緒に過ごすことはほぼ無いが、一応肩書は幼馴染だし変な事ではないだろう。

特に拒否するわけでも無かったので、許可が出たものとして考えよう。

 

 

 

「たまには蘭と一緒に過ごすのもいいかなー…なんつって。」

 

「……ふ、ふーん。…まぁ、別に、いいんじゃない。ぁああたしはどっちでもいいけど…さ。」

 

「よし決まりだ。…んじゃあさっさと行こうぜぇ、腹減ったよ…。」

 

「ぁ……。」

 

 

 

話を強引に纏め、未だ地面で突っ伏す夏野の背を踏み越え歩き出す。カエルの潰れたような声が聞こえたが、あいつはもうどうでもいいや。

流れの中で自然につぐみの手を制服から引き剥がし、右手で包み込み…そのまま蘭の背を押し、教室を出ようとする中後ろから聞こえる小さな声に振り返る。

 

 

 

「そうだ桜恋。よかったらお前も来いよ。」

 

「ぇ……?」

 

「つぐみも蘭も、問題ないだろ?」

 

「いいよ!桜恋ちゃん、一緒に行こ!!」

 

「…来るなら来たら?あたしは別に、来てほしくないとかじゃ、ないから。」

 

 

 

折角だし、全員連れてウチの家計の足しにしてやろう。それにつぐみの友達として(見た目は)可愛い女の子がお客になりゃ親父も喜ぶだろうしな。

窓から差し込む夕日をバックに、いつになくオドオドした様子の桜恋は小さく問う。

 

 

 

「……本当に、私も行って……いいの?」

 

「良いに決まってんだろ…早く来いよ。」

 

「…〇〇…。…じゃ、じゃあ…一緒に行く!行きたい!」

 

「ん。…ほれ、遅くなる前に行くぞ。」

 

 

 

どうやら同行する気になったらしいので、そのまま再び歩き出す。背後では、夏野の泣き声(カエルの潰れる声)がもう一つ追加で聞こえていた。

 

 

 

**

 

 

 

「はぁ…マジ腹減ったな…。」

 

「…ごめんって、〇〇。」

 

「ところでつぐみ。」

 

「なあに桜恋ちゃん?」

 

「アンタ達っていつもそうやって手ぇ繋いで帰ってるの?」

 

「そうだよ~。」

 

「……兄妹よね?」

 

「うん!」

 

「……なーにを疑っとるんだお前は。」

 

「いや別に…でも珍しいじゃない?この歳でそういうのって。」

 

「さあなあ。……んだよ蘭、見過ぎだぞ。」

 

「…手、繋いだことない。あたし。」

 

「蘭ちゃん!私の右手空いてるよっ!」

 

「んー……。」

 

「俺の左手も空いてるぞ。」

 

「お兄ちゃん…?」

 

「や、ノリだよノリ。」

 

「本当にノリだけ…?下心とかは」

 

「まぁ別に繋ぎたかったら繋いでも」

 

「繋ぐ。」

 

「…早いなぁ!」

 

「〇〇手汗やばいね。」

 

「蘭、そこはそっとしといてくれないと。」

 

「ふふ、緊張してる??」

 

「どうしてこうなったのか意味不明過ぎて困惑してる。」

 

「……ほんとに繋ぐんだ。」

 

「な、俺もびっくりだよ桜恋。」

 

「というか待って、私だけ仲間はずれじゃん?」

 

「桜恋ちゃん!私の右手空いてるって!」

 

「…でも道で広がって歩くのってマナー違反よね。」

 

「私の右手……」

 

「ここは正論言う流れじゃないでしょ。…これだから瀬川は…」

 

「あぁ?上等じゃないの。…蘭、あんたが毎度毎度吹っ掛けるから…」

 

「お前ら、うちで騒いだらすぐ追い出すからな?大人しくしろよ?」

 

「あれぇ?お兄ちゃん?…結局ウチのお店になったの??」

 

「さっき言ったろ?」

 

「言ってないよっ!」

 

「…あー、んじゃ察しろ。」

 

「無茶だよ!!」

 

「本当に俺の双子の妹か?つぐみ。」

 

「双子にそんな力ないもん!」

 

「………っとに仲良しよね。」

 

「うん。……つぐみと〇〇は、昔からこう。」

 

 

 

久々に賑やかな下校ってやつに落ち着いた。

こういうのも、悪くはないもんだな。

 

 

 




とにかく賑やかな雰囲気を書いてみたかったんです。




<今回の設定更新>

○○:蘭とはあまり接点がないせいで少し他人行儀気味。
   妹が大事なだけなので、妹を戦場から離脱させるためには紳士っぽい
   振舞いも時にはする。

つぐみ:毎度毎度影は薄いが、結局つぐみが居ないとこの話は成り立たない。
    全員に共通し、全員を結びつけるのが大天使つぐみ。
    かわいい。

蘭:クール。表情や感情が乱れることもあるが基本的には冷静。
  感情は現状声のトーンと眉の動きだけで判断するしかない。
  未経験の事が多すぎる箱入り娘だったりする。

桜恋:扱いにくい。
   気が強いのは引っ込み思案で人見知りな自分をカバーしようとした
   結果であり、コンプレックスから生まれた人格なせいでより面倒。
   でもきっと悪い奴じゃない。

夏野:歩くサンドバッグ。
   生きる屍。起き上がりこぼし。
   負けるな、南無。


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2020/01/08 幼馴染たち

 

 

 

昼下がりに目覚め、喉に乾燥から来る違和感を感じる。軽く咳払いもするも、()()()()ないがらっぽい音が鳴るだけ…水分、水分を摂らなければ。

寝間着のままリビングを抜け台所へ。冷蔵庫を開け買い置いていた……あれ?

 

 

 

「…あれぇ?」

 

 

 

気に入っているペットボトルの紅茶をまとめ買いして冷蔵庫に放り込んでいた筈なんだが…一本たりとも見当たらない。親が邪魔くさがって何処かへ遣ったのだろうか。

 

 

 

「………。」

 

 

 

一先ず喉を救うのが先決と判断し、昨日の夜つぐみが作って置いたと思われる麦茶を取り出し、流し台に放置してあったマグカップに注ぐ。

……相変わらず好きになれない味だ。

 

 

 

「…おっ。」

 

「??……あぁ、来てたのか。」

 

「…よぅ。」

 

 

 

後ろ…台所の入り口から小さな声が聞こえたかと思い振り向けば、そこでバツが悪そうに髪を弄る赤毛のノッポ。宇田川の姉の方だが、未だに姉妹揃って俺とは仲が良くない。

凡そ、噛みつき合う事に慣れ過ぎたせいで居心地が悪いんだろうが…

 

 

 

「…今日はお前だけか?」

 

「…いや、(らん)とモカも来てる。」

 

「モカちゃんも?…ほぉ。」

 

「……あの、さ。」

 

 

 

手に持ったマグカップに二杯目の麦茶を注ぎ、今つぐみの部屋にいるであろうモカちゃんの姿を想像する。…銀髪のロングヘアがよく似合う、不思議属性持ちのカワイ子ちゃん。いつも無駄にサイズのでかいパーカーやコートばかり着てるせいで気付かないがスタイルもいい。デカすぎず小さすぎず、程よくを体現したような子だ。

その邪な妄想に気付かれたのか、巴が俺を見る目は不審者を見るそれに変わっていた。一口茶を呷り、彼女の言葉の続きを待つ。

 

 

 

「○○、そっち系の奴なのか?」

 

「……あ"?」

 

 

 

意味が分からない。モカちゃん好きはアブノーマルとでも言いたいのだろうか。…酷く心外だ。

 

 

 

「どういう意味だトモ。」

 

「そのまんまの意味だよ。…まさか、好き…とかじゃぁないよな?」

 

「……………もしそうなら何だってんだ。」

 

「…………それなら尚更、そんな卑劣な行為、辞めた方がいい。」

 

「……お前は何を言っているんだ。」

 

 

 

妄想を辞めろだと?無理に決まってる。

毎日毎日、モカちゃんが彼女になってくれたらの妄想のお陰で生きているようなもんなんだから。睨みを効かせたつもりは無いが、キツイ目になってしまっていたらしく、巴がいつもの様に嫌悪感剥き出しな態度を取る。

 

 

 

「だからつまり…好きなら動いてみろよって話だ。」

 

「あぁ?どうしてお前にそんな指図されにゃならん。」

 

「昔はもちっとまともな男だったのによ。落ちぶれたと思えばそんなところまで腐っちまったってのかよ。」

 

「おいおい酷い言われようだな…。何が腐ってるってんだよ?あぁ?」

 

「……そ、それは……」

 

 

 

そこまでの威勢はどうしたのか、俺の質問に口籠る素振りの巴。こんなんじゃ喧嘩にもなりゃしないし、俺自身何が腐ってる判定なのかは気になる所だ。

 

 

 

「それは?」

 

「……かっ、間接…キス、とか。」

 

「……はぁ?」

 

「だからっその…っ!…あーもうっ!アタシだって苦手なんだこの手の話題はぁ!」

 

 

 

俺はそこまで妄想しちゃいねえ。なんだそのちょっと陰気な匂いすらするマニアックな妄想は。

 

 

 

「なぁトモ、お前は何を言って…」

 

「巴ちゃん??お茶の場所分かった??……あ、お兄ちゃん。」

 

 

 

巴の後ろから顔を覗かせる我が妹。助かった、この話にはまともな進行役が居ないんだ。

 

 

 

「つぐみ、トモがおかしなことを言うんだ。」

 

「おかし??お菓子がどうしたの??」

 

「だってさぁ!○○がさぁ!間接……を狙ってんだもんよぉ!」

 

「狙ってねえっての!!何の話をしてんだお前は!!」

 

「関節??関節…技の話??」

 

 

 

ああもうどうしようもないなこの妹は。日本語にホント弱い。

 

 

 

「つぐ、あのコップ見てみろって!!」

 

「こっぷ??」

 

 

 

巴が指さすのは俺が今まさにお茶を飲むために使っている、流し台で放置されていたカップ…これが何の……ッ!?まさか、これは巴の…!!

 

 

 

「ち、ちちちがわいっ!俺は別に、トモ何かに興味はねえし、そういう陰湿な…とにかくちがわいっ!!」

 

「…あっ、それ蘭ちゃんが使ってたやつだ。」

 

「そうなんだよぉ!蘭が狙われてんだ!!気色悪いだろ?な!!な!?」

 

 

 

………。成程こりゃとんだ勘違いだ。俺が一種でも巴のコップだって想像しちまったのも何だか嫌な感じだし、蘭なんぞを狙ってると思われるのも心外だ。

当然誰かの使ったものだとわかっていれば使わないし(つぐみ除く)…モカちゃんの使用済みと分かればどうなるかは分からないが…。

 

 

 

「巴ちゃんっ!?何で抱きつくの!?…あれっ、右手の場所おかしいね!?何処触ってるの!?」

 

「だって○○がさぁ!蘭をさぁ!!…あれ、つぐ成長し」

 

「おいこらクソレッド。ドサクサに紛れて人の妹にセクハラすんな。」

 

「あぁ!?誰がクソレッドだ!…それに、つぐはお前の妹じゃなくてアタシらの幼馴染だかんな!」

 

「っせぇな!取り敢えずその、なんだ、揉むのを辞めろ。」

 

「ソイッ…嫌だね!それに女同士だし、これはセクハラじゃないっ!」

 

 

 

何だその謎理論。性別絡んでるんなら漏れなくセクシャルなハラスメントだろ。

 

 

 

「ああああのねっ!?巴ちゃんっ、そろそろ、触るのやめてほしいかなって!!あでもねっ!嫌だとかそういうんじゃないけどね!くすぐったいからねっ!?」

 

「…ほら、つぐみもそう言ってるだろ…?だからもう」

 

「何だ?一方的だからセクハラなのか?ようし分かったッ!…じゃあつぐ!つぐもアタシのを揉め!!」

 

 

 

頭の悪さが滲み出ていらっしゃる。どこまでも掴み処の無い超理論により新展開に新展開を重ね掛けする赤髪に、力の差でされるがままのつぐみは涙目だ。…くそっ、何とかして助けなければ…。

 

 

 

「コラ、いい加減離し…服を捲くんじゃねえ変態野郎が。」

 

「あぁ?素肌の方が揉みやすいだろっ!?そいやぁ!」

 

「~~~~ッ!?」

 

 

 

幼馴染の同性とは言え至近距離でそんなもの見せられたらそうなるだろう。突如露わになった宇田川山…いや高台くらいのものかアレは…?森林公園と名付けてやろう。宇田川山改め宇田川森林公園の登場に目を白黒させ声にならない悲鳴を上げる我が妹。

そのテンパった右手を強引に誘導しようと、巴が空いている手で引っ張る。…俺は一体何を見せられているのか。ドタバタと繰り広げられる騒ぎを聞きつけてか、もう一人の幼馴染が台所の入り口に現れる。

 

 

 

「…………何やってんの、二人とも。」

 

「ち、ちがうの蘭ちゃんっ!これはね!巴ちゃんが…その…」

 

「…何にも違わねえよ。頭のおかしい変態が、変態プレイに俺の可愛い妹を引き摺り込もうとしているってだけだ。」

 

 

 

友達想いの心優しいつぐみだが、流石にフォローの仕様が無かったようで。「その、あの、」と滝汗を流していたので見兼ねて加勢した。

 

 

 

「ふぅん……巴、色々見えてるよ。」

 

「おぉ!蘭も揉むか!?」

 

「…………………。」

 

 

 

美竹蘭これを無言で華麗にスルー。困り顔のつぐみを一瞥し、スタスタとこちらへ近づいてくる。

 

 

 

「……それ、あたしのカップなんだけど…洗った?」

 

「あいや、ここにあったから使っちまった。」

 

「ふぅん。……あたしもお茶。」

 

「その棚、コップ仕舞ってあるから持ってこいよ。」

 

「…それでいいよ。頂戴。」

 

「…でもそれじゃあ間接」

 

「いいよ。」

 

「っ!?……マジ?」

 

「直接じゃないだけまだマシだし。早く。」

 

「お、おう……ほれ。」

 

「ん、ありがと。」

 

 

 

何を思ったのか件のカップを使い茶を呷る蘭。前々から思ってはいたが、こいつもこいつで中々に謎の多い女のかもしれん。巴がギャーギャー騒ぐ横で喉を潤し、空のカップを突き出す。お替わりだろうか。

 

 

 

「もう一杯か?」

 

「……ごちそうさま、苦かった。」

 

「おう。味はつぐみに文句言ってくれ。」

 

「ん。」

 

 

 

満足したらしい。特に何も言わず背を向けて歩き出す辺り、クールな切れる女なんだろう。

そのまま入り口近くで未だに暴れている巴からつぐみを引き剥がし、こちらも見ないままに戻って行ってしまった…。

 

 

 

「……おいトモ、二人とも戻ったぞ。」

 

「………そう、だなあ。」

 

「お前は戻らんのか。」

 

「………何だこの虚しい気持ち。」

 

「取り敢えず、前仕舞え。」

 

 

 

何時まで開けさせとくつもりなんだ、それ。

 

 

 

「はぁぁぁぁ……揉む?」

 

「死ね。」

 

 

 

**

 

 

 

煩い連中が帰った後、夕食。

結局あの後自室に籠り、ギャーギャーと煩い妹の部屋からの騒音を聞きながらだらけて過ごした。静かになるまで奴等が絡んで来る事は無かったし、モカちゃんに遭遇するチャンスも無かった。

それでも減った腹を満たそうと、つぐみと二人でもそもそと食事を摂っていたわけだ。

 

 

 

「…二人ってのも静かでいいな。」

 

「そだね。」

 

「………。」

 

「……………。」

 

「……うめぇ。」

 

「…ねえ、お兄ちゃん。」

 

「ん。」

 

「……蘭ちゃんが好きなの?」

 

「………どうしてそうなった?」

 

 

 

親は外出中の為、非常に静かな夜ではあるのだが…妹はまだあの騒ぎから抜け出せずにいるようで。

 

 

 

「さっき、間接ちゅーして喜んでたから。」

 

「喜んでねえ。いつも通りのお兄ちゃんだったろ?」

 

「うーん…わかんない。蘭ちゃんに連れて行かれちゃったから。」

 

「それもそうか…じゃあ喜んでたかどうかは分からないだろうに。」

 

「むぅ…でもそう思ったんだもん。」

 

「あそ…。」

 

 

 

また会話が終わり、食器の音だけが支配する空間となる。やがて食べ終えた食器を片付けようとつぐみが立ち上がったところで…

 

 

 

「あっ。」

 

「??」

 

「でもね、蘭ちゃんはすっごく恥ずかしそうだったよ。」

 

 

 

またもやチンプンカンプンな事を言われる。

 

 

 

「んなわけあるかい。顔色一つ変えずに戻ってったろ?」

 

「んーん。階段上って私の部屋まで行く間、ずっと顔真っ赤だったもん。」

 

「……恥ずかしいならやらなきゃいいのにな。」

 

「うーん…すっごく喉乾いてたんじゃない?」

 

「……そう、かなぁ…。」

 

 

 

幼馴染って、絶妙に面倒臭い。

 

 

 




おやおや。




<今回の設定更新>

○○:暴走気味なところを見ているせいか巴が苦手。すぐ喧嘩腰になる。
   モカを前にすると上手に話せなくなる程意識している模様。

つぐみ:天然?
    家の中でも若干早歩き…というより小股が過ぎるので、足音で身バレ
    するらしい。

巴:ソイヤソイヤ。
  変態かもしれないヤ。

蘭:おやおや?赤メッシュのようすが…


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2020/02/04 羽丘動物園

 

 

 

「○○ー、昼飯どうすんのー。」

 

「あぁ?俺はつぐみの弁当あるけど。」

 

「相変わらず幸せそうで羨ましいっすね、アンタ…。」

 

 

 

相変わらず、と言うほど繰り返しているやり取りならいい加減訊かずとも覚えて欲しいものなのだが。夏野はやれやれと言った様子で立ち上がり、徐に「行くぞ」と告げる。

 

 

 

「…行くってどこへ。」

 

「学食。」

 

「聞いてなかったのか?俺は弁当だっつってんだろ。」

 

「んなこたぁ知ってるよ!でもこのままじゃ僕はボッチ飯を決め込むことになるだろうがぁ!」

 

「そうかそうか、で?」

 

「で?じゃねえよっ!お前もっ!一緒にっ!来るのっ!プリーズプリズンブレイク、ウィズミー!?」

 

「意味わかって言ってんのか。」

 

 

 

何故お前と脱獄せにゃならんのだ。

 

 

 

「いいから!とにかく僕は一人で飯を食うなんてダサい真似したくないんだよぉ!」

 

「…他のやつ誘えよ。」

 

「僕と飯食ってくれる奴なんていねぇよ!…○○、お前を除いてな☆」

 

「言ってて死にたくならないか?それ。」

 

「どういう意味だよ!?」

 

 

 

そのまんまだ。誰も一緒に飯を食ってくれないなんて…哀しすぎるだろ。

 

 

 

「なぁ夏野。…どうせなら俺みたいにむさ苦しい男じゃなくて、可愛い女の子囲んで食っちまえよ。」

 

「や、○○みたいに手は早くないし、囲むほどの女の子の知り合いなんて居ないし…」

 

「……。桜恋ぉー!夏野が一緒に飯食わないかってよー!!」

 

 

 

夏野が泣いて喜ぶ程可愛らしい容姿の女に声をかけてみる。遠くの席で弁当を広げようとしていた桜恋が何ともおっかない顔でこちらを向いたのが見える。

 

 

 

「ヒ、ヒィィッ!!お、お前!何て奴に声かけてんだよっ!!」

 

「あ?カワイイ女の子だろうが。飯のついでに桜恋も食っちゃえば、もう人生バラ色だぜ?」

 

「血の雨が降るわ!!」

 

 

 

泣いてキレられた。何だこいつ。

どうやらアホの夏野でもアイツに嫌われていることはそこそこ理解できているようで。…いや、厳密に言えば嫌われちゃいないんだが、少なくとも男としては見られていなさそうだ。

なら次の候補は…

 

 

 

「あー…じゃあ、ちょっと待ってろ。」

 

「お前が来てくれりゃ済む話なのに…早くしろよな!」

 

 

 

夏野を残して席を立つ。次に目を付けたのはあいつらだ。

 

 

 

「らーんー、どっちの方がモカってると思うー?」

 

「しらない。…モカってるって何?」

 

「「つぐってる」のモカちゃん版~。流行るかなー?」

 

「さあ。で、行かないの?購買。」

 

「ちょっと腰が重い気分ー。」

 

「なにそれ…」

 

 

 

桜恋程離れちゃいない場所で謎の会話を繰り広げる赤メッシュと銀髪。俺やつぐみの幼馴染でもある、蘭とモカちゃんだ。

近付いてくることに気付いたのか、うんざりしたようにモカちゃんの相手をしていた蘭が顔を上げた。

 

 

 

「どしたの○○。」

 

「よう、お二人さん。昼飯まだか?」

 

「ん。今から購買行こうとしてたとこ。」

 

「購買…もう昼休みも半ばだぞ?大したもん残ってねーだろ…。」

 

 

 

漫画やゲームでよくあるような暴動のような混み具合の購買ではないが、置いてある種類も量も飽く迄おまけ程度…本当に食事がしたい奴はまず立ち寄らないような購買だ。

昼休み開始から十分程度でまともな食べ物は消え失せると言ってもいい。…特にこのロングの銀髪が素敵なモカちゃんなんかは成人男性の七倍~八倍程の胃袋を持つ少女であり、あの購買にある物じゃ絶対に満たされることは無いと断言できる。

 

 

 

「えぇー??残ってないのー??」

 

「あ、あぁ…残ってない…んじゃないかな。」

 

「○○、わかりやすすぎ…」

 

「何か言ったか?」

 

「……いや。」

 

 

 

不服そうな声で露骨にがっかりするモカちゃん。モカちゃん今日も可愛い。

とそれに合わせるように不機嫌になる蘭…何か言ったような気がしたが聞き取れない上に教えてもくれないのでまあいいとしよう。

 

 

 

「つーわけで、だ。学食行かないか?」

 

「…一緒に?」

 

「おう。」

 

 

 

…と言っても一緒に行くのは俺じゃないが。…いやでも、モカちゃんが一緒なら同行するのもアリか?モカちゃんの何が良いって、美味いものを鱈腹食べている時のあのご機嫌な顔よ。

いやぁ何とも、食べっぷりのいい女の子は実に良い。見ていて飽きないというか、自然と心が休まる様な気がする。

 

 

 

「…いいよ、行こ。」

 

「まじか!」

 

「モカちゃんも行くー。」

 

「おぉ、そりゃいいな!…俺も行こうかな…。」

 

「えっ?」

 

「………何だよ蘭、間抜けな顔して。」

 

「…ちょっとまって○○。一緒に行くって誰の話?」

 

「夏野だが?」

 

 

 

今日の蘭は表情が豊かでいいな。大変元気である、うむ。

だが夏野の名を聞いてげっそりしたような表情になっちまった。…嫌われてんなぁ、アイツ。

 

 

 

「夏野…?マジ?」

 

「マジもマジよ。…おーぃ夏野ぉー!」

 

 

 

じっとこちらの様子を窺っていた夏野だったが、俺の声を聴くや否や恐ろしい程の身の熟しで近寄ってきた。犬かお前は。

 

 

 

「何!?ら、蘭ちゃんとモカちゃん、オッケィだって!?」

 

「まだ何も言ってねえだろ…。」

 

 

 

OKは出ているのだが。

 

 

 

「え、ちょっと待ってよ○○。○○は…その、来ないの?」

 

「あん?…俺はつぐみの弁当があるからな。学食に行く理由がない。」

 

「えー……」

 

「露骨に嫌な顔するなお前は…。頼むよ蘭、こいつ一人じゃ飯食えねえって言うんだ。可哀想だろ?」

 

「んなこと言ってねえよっ!」

 

 

 

言ってたろ。

 

 

 

「モカちゃんはさんせー。…なっちー、奢ってくれるぅ??」

 

「おご…っ。…ま、まぁ良いでしょう!普通なら一緒に食事ができるだけで貴重な体験だと思うが、今日は僕のサービス・デイだ!光栄に思って食べることだね!!」

 

「わーい。きもーい。」

 

「きも……っ!?」

 

 

 

お前は喜ぶのか調子こくのショックを受けるのかどれかにしろ。イチイチうるせえんだ。

何はともあれ夏野の昼休みに関してはこれで無事解決…やっと静かで穏やかな昼食の時間に入れそうだ。

 

 

 

「るんっ♪なんのおはなしー??」

 

「あぁ?夏野の昼飯相手を探してたんだよ。」

 

「なつの??○○っちのお友達?」

 

「あぁ、こいつ。」

 

「わぁ面白い顔だねっ!あたしも一緒に行っていーい??」

 

「おう行け行け。…やったじゃん夏野…っておい日菜。何自然に混ざってんだお前。」

 

 

 

解決した満足感に浸り過ぎていて気付かなかった。こいついつの間に乱入してやがったんだ?

 

 

 

「え"……生徒会長…さん?」

 

「そだよっ!よろしくねっ!なつのくん!!」

 

「……………。○○、ちょっとこっち来いや。」

 

「あぁ?」

 

 

 

肩を組まれ集団から引き離されたかと思えば、そのむさ苦しい顔を極限まで近づけられる。

…俺にそっちの気は無いんだが…つかさっさと行けよ学食。

 

 

 

「お前、生徒会長とも知り合いなの?」

 

「勘違いすんな、アレが一方的に絡んで来るだけだ。」

 

 

 

廊下で激突の一件以来、やたらとちょっかいを掛けてくる厄介な存在。それが変人生徒会長の氷川日菜…なんだが。

 

 

 

「…すっげぇな。」

 

「どういう意味だ。」

 

「知らねーの?あの人も頭おかしい部類の人だけどさ、見てくれは良いからか結構人気あんだぜ。」

 

「…物好きも居るもんだな。」

 

「ばっかお前!ウチのいいんちょサマも中々の人気だが、あの会長サマはもっとすげー…芸能界からも声掛かってるらしいぞ。」

 

「ほー。」

 

「「ほー」って!…「ほー」ってぇ!!」

 

 

 

うるせえ、二回も言うな。

 

 

 

「っかー!これだからお前みたいな天然ジゴロのパーリーピーポーは困るぜ!」

 

「何だそりゃ。日本語で言え。」

 

「あ?…ええと、えっと、自然にその、女子供をたらし込む、愉快…な?お祭り男がいぶし銀でギンギン!みたいな。」

 

「態々不自由な日本語で言わんでいい。」

 

「アンタが言えって言ったんでしょぉがぁ!!」

 

「五月蠅い、黙れ。」

 

「…くそぉ、調子に乗りやがって…。」

 

「で、何が言いたいんだよ。俺早く飯食いたいんだけど。」

 

 

 

全く要領が掴めない。ちらっと見た感じ、日菜と蘭とモカちゃんは楽しそうにお喋りしているし、変な間にはなっちゃいないが…こっちで夏野とくっ付いている意味はさっぱり分からない。

 

 

 

「…○○も、行こうぜ学食。」

 

「いやだから弁当が」

 

「頼むってぇ!あんなに美少女に囲まれちゃぁ、僕食事どころじゃないYO!!」

 

「良かったじゃん、昼飯代浮くな。」

 

「餓死しちゃうよぉ!!」

 

 

 

めんどくせぇ。…もういいや、イチイチ相手するのも怠いし。

それにこっちでグダグダとしょうもないやり取りをして蘭達を待たせるのも悪い。

 

 

 

「…わかったわかった。行きゃいいんだろ。」

 

「来てくれんの!?マジ!?」

 

「来いってしつこいのお前だろうが…」

 

「マジかよ!ヒャッホゥ!」

 

 

 

歓びのダンスを踊る夏野を引き摺り女性陣の元へ戻る。お腹を押さえて待ち草臥れた様に死んでいるモカちゃんと、若干険悪なムードを放っている蘭・日菜組。

 

 

 

「…今度は何があったんだ。」

 

「聞いてよ○○っち!」

 

「ちょ、○○に言う事ないでしょうが!日菜さん!」

 

「何。」

 

「蘭ちゃんがね、さっきまで行くって乗り気だったのに、○○っちが行かないなら行かないって言うの!」

 

「ちが、言ってな…いや、言ったけど…って、そういう遠慮の無さが苦手なんですって!」

 

「あーもうまた苦手って言う!!」

 

 

 

…何だこの動物園感は。こいつら大人しく飯の一つも食えねえのか?少しはモカちゃんを見習って静かに…あぁ、こりゃ空腹で死にかけているだけか。

兎も角、争点も原因もどうやら俺にありそうなのでここはできるだけ面倒の少ない方に進もう。

 

 

 

「わかったわかった…まずは二人とも落ち着け。」

 

「う……。」

 

「…………うむむ。」

 

「さっき夏野と話しててな…俺も一緒に行くよ。」

 

「…ほんと?」

 

「あぁ、つっても食うのは弁当だがな。」

 

「わー!じゃぁ○○っちも一緒だね!!」

 

「…あぁ。だからさっさと行こうぜ。本当に食う時間無くなる。」

 

 

 

「わーい!」と声を上げながら廊下へ飛び出していく日菜に飯の気配を察知したモカちゃんが続き、気色悪い位のるんるんステップを披露する夏野も出て行った。この状況はもう解決というか勝手にしてくれって感じだが、結局俺が行かないと学食でもまた揉め事を起こすんだろう。

残って赤い顔で見上げてくる蘭と暫し顔を見合わせた後、弁当を持って付いて行く事にした。

 

 

 

「…○○、無理してない?」

 

「してるかもな。」

 

「……その、ごめん。」

 

「いーっての。蘭こそ、そんな顔真っ赤になるほどヒートアップしてたのか?日菜(アイツ)なら相手するだけ損だぞ。」

 

 

 

言われて気付いた様に頬に両手を当てる蘭。その後にぷるぷると首を振ったかと思えばすぐさま俯き、「行こ」と呟いた。

うん、今日の蘭はやっぱり愉快な感じがする。

 

 

 

「おう。…しかし夏野にも困ったもんだなぁ。」

 

「そだね。……あたしは、夏野に感謝したいくらいだけど。」

 

「??…あぁ、あの時間から購買行っても無駄足だしな。…俺の提案も中々ナイスタイミングだったって訳か。」

 

「……そう…だね。」

 

「……お前、何食うの?」

 

「んー……○○のおすすめは?」

 

「カツカレー。安くてボリュームあるかんな。」

 

「ふーん。…じゃ、それにする。」

 

「蘭に食い切れるかなぁ…」

 

「……残しちゃったら、ちょっと手伝って。」

 

「…ちょっとだけな。」

 

「えへへ、やったね。」

 

 

 

いや、かなり変かもしれない。

 

 

 

**

 

 

 

「…ということがあってだな。」

 

「どうして私誘ってくれないの!!」

 

 

 

夜、つぐみに昼休みの居場所を問い詰められての会話。どうやら弁当に箸を入れ忘れたことに気付き俺を探したが見つからなかったそうで。

 

 

 

「悪いな。文句なら夏野に言ってくれ。」

 

「もー…巴ちゃんとひまりちゃんと、三人でずっと探してたんだからー…。」

 

「ごめんて。」

 

 

 

三人も居るならだれか学食まで探しに来たらいいのに。とは言わないが。

本当に心配をかけてしまったようで少し申し訳ない気持ちだ。ほんの少しだけど。

 

 

 

「それで、お箸どうしたの?」

 

「ん、隣に蘭が居たからな。スプーンとフォーク借りた。」

 

「蘭ちゃんも学食に行くって珍しいよね。今日はお弁当じゃなかったのかな。」

 

「まあ珍しいわな。」

 

「…ね、お兄ちゃん。」

 

「分かってるっての、今度はちゃんと誘うから。」

 

 

 

膨れ面を見りゃ言いたいことは大体わかる。妹だしな。

要は仲間外れにされた気がして寂しかったんだろう。ただでさえいつも一緒に過ごす幼馴染が二分されたんだ…その上実の兄である俺も見つからないとなると、それはそれは心細い…

 

 

 

「んーん、そうじゃなくて。あ、誘ってくれたらそりゃ嬉しいけど。」

 

 

 

…違った。

 

 

 

「蘭ちゃん、何か言ってた?」

 

「蘭?……特に何か言っていたわけじゃあないが、妙に表情が豊かだったな。」

 

「…それだけ?」

 

「うん。」

 

 

 

何だろう。何か用事か言伝でもあったのだろうか。

暫し難しそうに眉根を寄せるつぐみだったが、暫くして「ま、いっか」と納得していた。

…あっ、待てよ?

 

 

 

「そういえば、夏野の食い方汚いって指摘してた。」

 

「夏野くんは別にどうでもいいや。」

 

 

 

夏野……哀れな男よ。

 

 

 




つぐみメインの回無いですね。




<今回の設定更新>

○○:人望があるんだか天然の人たらしなんだか。
   相変わらず妹には頭が上がらず、何だかんだで大事にしているようだ。
   モカに対してデレデレしてしまう様だが恋心はない。

つぐみ:毎度出番が少ないようだが今日も目一杯ツグってます。

蘭:おやぁ?デレるのも時間の問題かぁ?

モカ:モカてゃんモッカモカ。

日菜:モテるらしいがとにかく煩い。そして面倒臭い。

夏野:扱いが割り箸のササクレ以下。


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2020/03/01 お出かけ

 

 

「お兄ちゃんと二人でお出かけって久しぶりだね。」

 

「ああ。」

 

「天気良くてよかったね~。」

 

「ああ。」

 

「今日はどこ行っちゃおっか?」

 

「ああ。」

 

「……お兄ちゃん?」

 

「ああ。」

 

「…………お兄ちゃんっ!」

 

「…あん?」

 

「もーやっぱり聞いてない…。」

 

 

 

有意義にゴロゴロダラダラと過ごそうと思っていた日曜日。だったはずなのに…。

巴と出掛ける予定だったつぐみがドタキャンを受け、その余波の被害にあったのがそう、この俺だ。特に宛のない放浪の旅に、兄妹二人…オチつくのかこれ。

 

 

 

「さっきから何やってるの?歩きスマホはダメって言ったでしょ。」

 

「うるせえな…お前は正しさの奴隷か。」

 

「なにそれ!ダメなものはダメなの!」

 

 

ピコン

 

 

「あっ、モカちゃんだ!…………ふふっ、暇だから逆立ちしてるって。」

 

「おいブーメラン。」

 

「ぶーめらん?…買いに行きたいの?」

 

「俺がそんなアウトドアに見えるかね。」

 

 

 

相変わらずズレた頭だ。しかしモカちゃん、暇な時間に逆立ちしてるとか…可愛いかよ。是非ともその様子を一度間近で見てみたいものだが…モカちゃんはあの健康的なお臍がけしからん。まっことけしからんのよ。

 

 

 

ゴスン

 

 

「に"ゃ"ぁああ!!!」

 

「!?」

 

 

 

お臍に思いを馳せている間に右後ろから何かが潰れるような悲鳴と鈍い音が。見れば額を抑えて尻餅をついているではないか、我が妹が。パンツ見えてるぞ。

出発前にもスカートが短いんじゃないかと散々指摘したのだが、タイツを履いているからいいとそのままで来てしまった訳だが…そのタイツ越しのパンツがもう…。

 

 

 

「おっと涎が。」

 

「あうぅぅぅ……」

 

「これに懲りたら歩きスマホなんかするんじゃない。な?」

 

「お、お兄ちゃんに言われたくないよっ!」

 

「俺は道端でポストにぶつかったりしない。」

 

「むぅ。」

 

 

 

真っ赤になった鼻の頭を摩りつつ立ち上がる。少しの間恨めしそうにスマホを見つめていたが、続けて鳴ることの無い愛機にため息。ポーチにしまいこんでいた。

 

 

 

「よしっ。」

 

「……鼻赤いぞ。」

 

「しってるっ。」

 

「痛かったか?」

 

「……………いたい。」

 

「帰る?」

 

「…………帰らない。」

 

「泣くほどか。」

 

「…………ん。」

 

 

 

コクリ、と頷く涙目の妹。いや痛いんかい。

凄い音したしな。そのまま進むのか帰るのか、俺の上着の裾を掴んで離さないつぐみがどうするのか次第なんだが。何故かガンとして動こうとしない。

 

 

 

「……んー、どうしよう。」

 

「歩きスマホ、よくないね。」

 

「身を以て知ったな。」

 

「……はい、ちょうだい。」

 

「は?」

 

 

 

一転、エラくキリっとした顔つきで右手を指し伸ばしてくる。…はて。

取り敢えず右手を突き出しその手を握ってみる。握手ってやつだ。

 

 

 

「……??」

 

「???」

 

 

 

ほわんとした表情。違うらしい。

それなら、と…左手を出して掌を合わせてみる。

 

 

 

「…ぎしき?」

 

「あ?」

 

「…これ、ぎしき?」

 

「何の??」

 

「わかんない。この前夏野くんが「儀式だよ」って言っておんなじ事してきたから。」

 

「あいつぜってぇ殺す。」

 

 

 

最近調子乗ってんだよな。とは言えこのままじゃ夏野と一緒だ。

合わせている左手を少し動かし指を絡めてみる…恋人つなぎってやつだな。

 

 

 

「……お兄ちゃん、妹相手にもそんな気持ちになっちゃうの?困ったちゃんですね。」

 

「………痛み引いたなら行くぞ。」

 

「ち、違うの!スマホ出してって言いたかったの。」

 

「なんで。」

 

「歩きスマホしたら、鼻ケガしちゃうよ。」

 

「つぐみじゃないんだから。」

 

「……お兄ちゃん鼻綺麗なんだから、怪我したらモテなくなっちゃうよ?」

 

 

 

余計なお世話だし今もモテねえやい。鼻一つでそこまで変わるとも思えないし、その程度の負傷で形が変わるなら今頃お前の鼻は……

 

 

 

「なるほど、鼻が綺麗なのは遺伝だな。」

 

「ふぇ?」

 

「つぐみも綺麗だよ。」

 

「あぅ……ありがと…。じゃなくて!私と一緒なのにスマホばっかり見てるから…没収です!」

 

「……マジかよ。」

 

 

 

最近生徒会だの風紀委員だの手伝いで引っ張りだこらしいからな。確かにつぐみは真面目だし責任感もある。

ただ嫌とは言えない…断りきれない性格もあってか自分のキャパシティをオーバーしてでも頑張ってしまう。以前倒れたこともあるし、無理はさせたくない…って蘭が言ってた。倒れたのかこいつ。

 

 

 

「という訳でお前を頑張らせるわけには」

 

「だめです。今日のデート中は没収します。」

 

「デートて……つぐみこそモテるんだから、そういうことは彼氏とやれよ…。」

 

「い、いないよっ」

 

「まじかぁ……枯れてんなぁ。」

 

「お、お兄ちゃんこそ、彼女さん作らないの?」

 

 

 

俺はつぐみと違ってまるでダメだからなぁ…。告白の一つもされたことねえし。

つぐみに「上手な振り方」を相談される度に胸痛んでんだからな。

 

 

 

「気配すらねえよ。」

 

「ふーん……ところで今日は誰からメッセージ来てたの。」

 

「え。」

 

「さっき。歩きスマホしてたのって、返してたんでしょ?連絡。」

 

 

 

よく見てんな…。

ええと、今日朝から煩い連中は…。

 

 

 

「夏野。」

 

「夏野くんは別にいいから。」

 

 

 

相変わらず可哀想な夏野。

 

 

 

「桜恋と蘭。」

 

「ほら……。」

 

「ほら?…あぁあと、日菜からも来てんな。」

 

「…………。」

 

「や、別に大した内容じゃねえからいいんだけどさ。」

 

 

 

暇つぶしの雑談めいたメッセージばかりだったし、俺が望むのはモカちゃんくらいなものなんだが、ちーっとも来やしない。

モカちゃん、君は今も逆立ちしているのかい?

 

 

 

「どんな?」

 

「あん。」

 

「内容。どんなおしゃべりするの?」

 

「あー……ほれ。」

 

 

 

説明も面倒なので画面を開いて渡す。

内容としては本当に大したことなく、桜恋は「暇なら付き合え」だの「別に声聞かせてくれてもいいよ」だの、矢鱈と上から目線で暇つぶしに巻き込もうとしてくる。

日菜は只管に遊びに行っていいかとか出かけるなら付いて行っていいかとか、勝手に休日のスケジュールをpdfファイルで送りつけられたりしている。何がしたいのかサッパリだが、アレが意味不明な行動を取るのは今更だろうし。「私を知って」だぁ?そんな暇人じゃねえっての。

蘭は……如何せん口数が少ないのはチャットでも同じで、基本的に俺が話しかけたことに対して「うん」とか「そう」とか……ただ話が終わりそうになると向こうから話題を振ってくるんだよなぁ。そうなるともう止めようがない。上手いんだあいつ。

 

 

 

「………っしゅう。」

 

「んあ?」

 

「没収します!!」

 

「えー。」

 

「そして今日はお説教です!」

 

「えー?」

 

「まずはお昼ご飯だよ!お兄ちゃんの奢りね!」

 

「うぇー…。」

 

 

 

なぜ俺が。

 

 

 

「お兄ちゃん、碌な死に方しないよ…?」

 

 

 

このあと、滅茶苦茶買い物とウィンドウショッピングに付き合わされた。…小言付きで。

 

 

 




短め




<今回の設定更新>

○○:そこそこに整った顔をしている。つぐみにソックリなんだから当たり前か。
   妹相手だとあまり強気になれない。モカちゃんラブ。

つぐみ:鈍感とよく言われるらしい。
    蘭と桜恋によく相談事を持ちかけられている。
    タイツもイイ。


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2020/04/10 誕生会

「どーして俺まで。」

 

「お兄ちゃんだって幼馴染なんだから、文句言わないの。…って、去年もした気がするよこの会話。」

 

 

 

今日は蘭の誕生日らしい。らしい、とか言っておきながらきっちりスマホ内のカレンダーアプリで共有済みなのだが。

今は途中で合流した(トモ)と俺とつぐみの三人で、会場であるひまり(ひぃ)の家へ向かっている最中。一応名ばかりのプレゼントを持ち、妹に引き摺られるようにして歩いているのだが…。

 

 

 

「いい加減観念しろよ○○。いいじゃんか、年に一度くらい祝ってやったって。」

 

「うるせー。この歳にもなると…色々あんだよ。」

 

 

 

俺を含めた六人の幼馴染が一堂に会せば、俺以外は全員女子。皆が皆トモみたいに男勝りだったら問題ないが、流石に居心地も悪いってもんだ。

モカちゃんに会えなかったら絶対行かねえもん、マジで。

 

 

 

「ほー?」

 

「何だそのおちょくった様な顔は…?」

 

「別に。そんなに嫌か、アタシらと居るのは。」

 

「嫌ってわけじゃねえが…別に俺抜きでやったらいいじゃんかよ。いつまで強制参加させんだ。」

 

「だめ!蘭ちゃんの誕生日は、お兄ちゃんも絶対参加なの!」

 

「…っくりしたなぁもう。急にでけぇ声出すな。」

 

「あぅ。…だ、だって!お兄ちゃんが来ないと、蘭ちゃん寂しがっちゃうから…!」

 

 

 

あいつがそんなタマかよ。恐らく幼馴染イチCoolな女だぞ。何故かクラスも昔からずっと一緒だからよく見ているが、あの夏野も気軽にちょっかいを掛けようとしないのは蘭と桜恋くらいなものだ。

何と言うか、独特の拒絶オーラがあるんだよな。話してみたら気のせいだってわかるんだけど。

 

 

 

「へぇへぇ。」

 

「…光栄に思えよ?○○。」

 

「何でトモが誇らしげなんだよ。」

 

「蘭に好かれるなんて、卵割ったら三つ子だった時くらいの奇跡なんだ。お前は選ばれたんだよ!」

 

「大したことねえじゃねえか!」

 

 

 

スーパーで買える程度の奇跡にいちいち誇っていられるか馬鹿者め。

そう騒ぎながら歩く事十五分程度か。カラフルな電飾を雑に取り付けられたひぃの家の玄関が見えてくる。クリスマスかっての。

事前に伝えてあるしいいかと、チャイムも鳴らさずに中へ。

 

 

 

「おーっす!ひまりー!来たぞぉー!」

 

 

 

こういう時、馬鹿みたいにデカい声のノッポが居ると非常に便利だな。

 

 

 

「あ!」

「どーしよーモカ!蘭まだ準備できてないよぉ!」

 

「でよっかー?」

 

「お、おねがい!…あ、あと…!」

 

「わかってるー。モカちゃんにおまかせー。」

 

 

 

ひぃの部屋が玄関から然程離れていない位置にあるせいか、ドタバタと慌ただしく動いているのが丸聞こえだ。やがてガチャリとノブが回る音に引き続き、なんともマイペースな足音が近づいてきた。

 

 

 

「やーやー。みなさんおそろいでー。」

 

「おう。これ、お菓子やらジュースやら買ってきたぞ。」

 

「ずっとトモちんが持ってきたのー?○○もいるのにー。」

 

「あ、ああ、いや、その、これはだねモカちゃん」

 

「こいつ、箸より重い物は持てないっつーんだよー。貧弱で参っちゃうよなぁ!ハッハッハ!」

 

 

 

うぜぇ。選りにも選ってモカちゃんの前で下らねえ冗談を言いよってからに。そもそもは俺に財布を預けてお前が商品持って行っちまったのが原因だろうが。

強く反論したかったがどうもモカちゃんの前だと調子がくるってしまい、上手く話せない俺を弄る…いつものトモのやり口である。汚い、流石宇田川、汚い。

 

 

 

「お、おま…うっせぇよ…。」

 

「……す、すごいよね巴ちゃん!力持ちさんだ!」

 

 

 

つぐみ。お前のそれは完全に追い撃ちだ。

 

 

 

「…そっかぁ。○○はハコイリムスメなんだね。」

 

「…ちがわい。」

 

「で、トモちんは筋肉もりもりマッチョマンのへんた…」

 

「そういえば、蘭ちゃんは??」

 

 

 

つぐみ。色んな意味でナイスだ。

 

 

 

「えとねー、今ひーちゃんがオメカシ大臣やっててねー、蘭を変身させるんだってー。」

 

「へぇ。」

 

「まだ結構かかりそう?」

 

「うんー。三人はリビングに行ってると良いよー。あたしはひーちゃんに報告があるからー。」

 

 

 

言われるがままに靴を脱ぎ散らかし中へ。

「つっかれたぁー!ただいまぁ!」と相変わらずの声量で突き進むトモの脱ぎ捨てた靴をせっせと揃えるつぐみを待って、俺達兄妹もリビングへ。恐らく準備の途中だと思われるリビングには俺が物心ついたころには既にあったバカでかいテーブルと二組の三人掛けソファ。いつも通りの見慣れた光景があった。

俺から回収した上着を自分の物と纏めて隅に置き、早速腕捲りで気合を入れる妹。

 

 

 

「お兄ちゃん。」

 

「ん。」

 

「手洗いとうがいしなきゃ。」

 

「まじかよ…。」

 

「まじ。巴ちゃんもいくよ!」

 

 

 

成程、準備に取り掛かる前に恒例の儀式をしないと気が済まないらしい。

真面目なのも考え物だな、妹よ。

 

 

 

**

 

 

 

「…こんなもんでいいか。…トモ、そっち貼ってくれ。」

 

「おー。」

 

 

 

あれから少し時は過ぎ、未だ終わらない蘭の準備を待ちつつ後着組三人は会場設営を完了させるところだった。

幼い頃から自分たちでプロデュースするこの誕生会。リビングが一番広いひぃの家が会場になるのはすっかり恒例で、昔は大したことができなかった飾り付けも年々クォリティが高まっているように思える。

手先不器用な俺とトモは主に小学生レベルの工作を任されることが多く、今も色紙を使った鎖を張り付けているところだ。今日は他にも、モカちゃんお手製のくす玉やひぃ手作りのカーテン・謎のオブジェを飾ったりしたが…踏み台を必要としない点だけはトモが羨ましかった。

一方つぐみは飲食・食器周りなどパーティの中心となる繊細な部分を担当している。…食器並べるだけに繊細もへったくれも無いと舐めてかかっていたが、俺とトモではマキビシのように食器の破片を床に飾り付けてしまう事が分かった為早々にクビにされたわけだ。

 

 

 

「わぁ!もうばっちりだね!」

 

「あ、ひまりちゃん。蘭ちゃんの方はどう??」

 

「もうすっごいよ!蘭って素材がいいから何着せても似合うんだけど…今日のは私でもときめいちゃう感じ!」

 

 

 

幼馴染きっての()()上原(うえはら)ひまり。奴の女子力の影響は自分で完結せず、周囲の人間にまで及ぶ。

影響されて女子力が上がる…ということではなく、女子力を発揮するキャンバスにされてしまうという事だ。この前も、ひぃの見た目と豊満な持ち物に惑わされた夏野が女装の刑に処されていたし。

「目覚めそう」だぁ?知らんが。

 

 

 

「えー!すっごい楽しみー!…ね?お兄ちゃん。」

 

「あん?なにが。」

 

「蘭ちゃんだよ!ひまりちゃんプロデュースってなると、誰でもお人形さんみたいになっちゃうからね!」

 

「○○も楽しみでしょ!?すっごい可愛いんだから!」

 

「…………。」

 

 

 

別に蘭は着飾らなくてもそこそこ整っている方なんじゃないかと反論しそうになったが、男女の感性差として「可愛い」の基準が違う可能性とその発言を厭と言うほど弄られる危険性を察知して何も答えなかった。

最近のこいつらはやたらと俺と蘭を紐付けたがる。迂闊に乗らないのが吉ってもんだよな。

 

 

 

「…よし、こんなもんで完成か。」

 

「だな。お疲れ○○。」

 

「トモもな。」

 

「えぇー?何か二人とも…えぇー??」

 

「んだよ。」

 

「○○がまるで興味ないみたいでつまんないのー!…巴は、蘭の可愛い姿見たいよね?ね??」

 

 

 

ひぃはミーハーというか、騒がしい的な意味で"年頃の女の子"っぽい。スイーツの話だとか、遠くて行けなかったファンシーショップが近くの街にできたとか、誰と誰が両思いだとか…あいつの話題はいつもそんなのばっかりだし。

こんなに女ばかりの身内だというのにその存在が浮くのもまた珍しい話だろうと俺は思う。他が落ち着き過ぎなのか?

 

 

 

「んー…蘭は別に、着飾らなくても可愛いだろ。」

 

 

 

……。

そういやお前はそういう奴だったな。見ろ、つぐみもひぃも赤面プラス絶句状態じゃねえか。

どうしてそう恥ずかしい事を臆面も無く言い放てるんだよ。お前の口はもう武器だよ、武器。

 

 

 

「…なんだぁ?皆変な顔して。」

 

「……巴ってさ、そういうとこズルいよね。」

 

「わかる。きっと「恥ずかしい」ってスイッチをどこかに落として来ちゃったんだよ。巴ちゃんは。」

 

「あーやっぱり!」

 

「おい。」

 

 

 

エライ言われようである。南無。

 

 

 

「お兄ちゃんは逆に変なかっこつけばっかりだからさ、ちょっとは見習ってほしいんだけど。」

 

「おいつぐ。」

 

 

 

おい。

 

 

 

「言えてるー!」

 

「おい!!」

 

「あはははは!!それじゃ、蘭の仕上げ行ってきまぁす!」

 

「こら!ひぃ!!」

 

 

 

荒らすだけ荒らして歩く女子力は去っていった。残されたつぐみとタラシとかっこつけの三人は何とも言えない雰囲気の中、各々で時間を潰す作業に入るのだった。

モカちゃんが眠そうな表情でリビングに入ってきたのがそれから二十分後くらい、続けてひぃが続き、クラッカーを構えて待つ一同。

…宴が、始まるのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「…し、失礼…します。」

 

 

 

カチャ、と控えめに扉を開けて彼女が入って来ると同時にパンパンと軽快な音を奏でるクラッカー。いつもとはまるで方向性の違う美しさを纏った蘭の姿に紐を引く手が一瞬遅れてしまったがバレてはいないだろう。

例えるならばそう、気付けばいつも窓から見ていた風景のうち一本の樹だけがある日突然クリスマスツリーになっていたような…いや俺に例え話は向いていなさすぎる。兎に角衝撃だった訳だ。

 

 

 

「う、うぉお!何だそれ可愛いな!蘭おまえ可愛いな!?」

 

「ちょ、巴…近い、近いって…」

 

「赤のドレス…!うんうん、ひまりちゃん、さすがのセンスだね!」

 

「でしょー!…今回は、普段蘭があまり出したがらないデコルテを全部露出させるという革新的な…」

 

「………。」

 

「蘭!なんつーエロさなんだ!?誘ってるのか!?おぉ!?」

 

「トモちんうるさいー。」

 

「あはははっ!巴にはクリティカルだったか~!」

 

「……お兄ちゃん?固まってるよ??」

 

 

 

一気に沸き立つ会場。食い付きの良すぎる巴に困惑する蘭が、未だ嘗てない程に綺麗に見えた。眩い程きめ細かい肌を見せつけんばかりに肩と胸元、それに両腕を曝け出したかと思えば引き締まって括れた腰回り。膝上程の短い丈のスカートの下からは黒地に金のメッシュをあしらった薄手のタイツが覗いている。

髪飾りも恐らくひぃがプロデュースしたんだろうが、花束を思わせるそれには数種類の花が綺麗で、そして華やかに纏められていて…。要するに暫し見惚れていたって事。

 

 

 

「…ぁ?…あぁ。」

 

「…○○。…やっぱ変、かな。あたしがこんな格好してるのって。」

 

「………まぁ?…ィッツ!?」

 

 

 

隣に座るつぐみに全力で太腿の辺りを抓り上げられる。痛いのなんのって。

だって変だろ。昔から見慣れてる幼馴染相手に可愛いとか思っちゃうのってさ。その原因が目の前の衣装にあるのならば、それは()なんだろう。

 

 

 

「お兄ちゃん?馬鹿なの?」

 

「や……だってさ、変だろ?蘭が可愛いんだぜ?夢でも見てるみたいだ…ッイツッイッツゥッ!?」

 

「………。」

 

 

 

どうやら求められている答えは違う様だ。このまま問答を繰り返していても俺のシルクの様な肌に青痣が刻まれてしまうだけであり、事態の打開にはならない。

気恥ずかしさを誤魔化す意味も込めて、蘭に別角度の質問をぶつけてみる。

 

 

 

「と、ところでその花、蘭が選んだのか?」

 

「ん……これ?」

 

 

 

複数の花が組み合わさったブーケの様な髪飾り。花の話題なら蘭にぴったりだし、俺も全く関心が無い訳じゃない。何というかこう…色も形もそれぞれの物を一つの芸術品に仕上げるってのは夢があるし凄い事だと思ったんだ。

少し沈んだ表情に見えた蘭だったが、自分の得意とするジャンルという事もあってか元気を取り戻したように喋り出す。

 

 

 

「…あたしが選んだのと、ひまりが提案してくれたのと。」

 

「ほー。何種類くらいだ??」

 

「四…かな。」

 

「そか。…うん、シャレオツでいいじゃん。似合ってるし。」

 

「ん。」

 

「………な、何て種類の花なんだ?」

 

 

 

気を抜くと沈黙の中見つめ合う羽目になってしまうのはいつも通りか。こういう時くらいもっとテンション上げても良いだろうに。

 

 

 

「ひまりって花とか詳しかったっけ?」

 

「んーん。でも、誕生花くらいは調べたら出てくるしね。」

 

「誕生花かぁ。ナイスアイディアだね!ひまりちゃん!」

 

「えっへへー!でしょー??」

 

「…知りたい?」

 

「おう。…えと、この薄紫の花は?」

 

「それはツルニチニチソウ。花弁の形が可愛いでしょ。」

 

「ああ。」

 

 

 

形云々より、"ニチニチ"という音が何だか気に入った。狭い空間に生肉をたっぷり詰めたような音。

 

 

 

「で、その隣の紫の小さい花は…○○でも知ってる花だよ。」

 

「え。…向日葵とか?」

 

「馬鹿なの?見たら違うって分かるでしょ。」

 

「そりゃな。…でも俺が知ってる花なんてそんなに…」

 

「パンジー、知らない?」

 

「……。」

 

「お兄ちゃんの事だから、バンジーとごっちゃになってそう…。」

 

「ありえますなぁー。」

 

「…………。」

 

「??巴、どうして黙ってるの??」

 

「………パンジーって、花だったのか。」

 

 

 

成程。それなら俺でも聞いたことがある花だ。ただ全くの知識が無い為、名前からの連想でもっと大きい花だと思っていた。

いやはや、こんな可憐な紫の花弁もあるのか。

 

 

 

「パンジーって一口に言っても色もサイズも色々。」

 

「ほほう。チューリップみたいだな。」

 

「…花を花で例えないで。…これは少し小さくて、ビオラって言ったらわかるかな。」

 

「うむ、わからん。」

 

「あそ。」

 

「あそ、って………で?こっちの派手目なピンクの花は形が違うようだけど…」

 

 

 

少し長めに、アクセントの様に加えられている存在感の強い花。恐らくパンジーでもニチニチのやつでもないだろう。

ピンクという俺の発言にやや首を傾げていた蘭だったがやがて閃いた様に顔を戻す。

 

 

 

「…あぁ、エゾギク…かな。一応赤いのを選んだつもりなんだけど。」

 

「これ、赤なのか。」

 

「あれ紫じゃないのか??」

 

「んー、私はピンクに見えるけどな…。」

 

「おー、さすが双子。○○と同じ感性ぃー。」

 

「いや絶対紫だ。絶対。」

 

「…ふふっ、綺麗でしょ?」

 

「ああ。色がどうだろうと、蘭に似合っていてすげー良い。」

 

「ばっ……そ、そう。」

 

「蘭のメッシュほど赤くはないけど…うん、これもいい赤だ。綺麗だな。」

 

 

 

赤とピンクの中間…と言った感じだろうか。いやはや美術的センスの欠片も持ち合わせていない俺だが、この色は嫌いじゃない。存在感を感じられつつも決して他の邪魔をしていない…そんな色。

それはそうとさっきからうるせえな外野よ。

 

 

 

「お兄ちゃん……。」

 

「んふふー。つぐにも同じ血が流れてるんだよねぇー。」

 

「わっ、私はそんなに恥ずかしい事言わないもん!」

 

「「「えっ」」」

 

「…えぇ!?」

 

 

「……。」

 

「四種類…ってことは、わーっと広がってる白い花で最後か?」

 

「うん。」

 

「可愛らしい花だな…。まぁ、勿論種類はわかんねえんだけど。」

 

「これ、リナリアっていうんだ。小さくて儚くて…可憐で…。」

 

 

「…ここでいっぱつ決めたら男だよねぇー。」

 

「ははっ、○○には無理だろ。なぁ?つぐみ。」

 

「……ぅぅ、みんなの馬鹿。…しらないもん。」

 

「拗ねんなよぉ!」

 

 

 

儚くて可憐で…か。外野も盛り上がってるみたいだし、ここは幼馴染として空気を読んでやろう。

ワードから連想するものと言えば…。

 

 

 

「…今日の蘭みたいだな、それ。」

 

「ひぅっ…!?な、なんで…?」

 

 

「おぉぉぉ…!」

 

「き、聞いた!?巴、聞いた!?ひゃぁぁ///」

 

 

「…実はさっきも恥ずかしくて言えなかったんだけどさ。…今日はその、誕生日ってこともあって、気合入ってるって言うか…頑張ってるって言うか…」

 

「……ん、んぅ。」

 

「普段じゃ見られない格好、じゃん?そもそもスカートもあまり見ねえし。」

 

「そう…だね。」

 

「だからその…なんというか……。」

 

「………。」

 

「……正直、滅茶苦茶可愛いと思う。…いや!へ、変だよなぁ!長い付き合いなのに!」

 

「………!!」

 

 

 

やはり人を褒めるのは慣れない。可愛いという単語自体はつぐみにアホ程ぶつけているので言い慣れてはいるが、やはりこれが身内と他人との違いか。

さっきまで嬉々としてお花談義を繰り広げていた蘭は上気した顔で心ここにあらずと言った様子だが…そりゃ引くよなぁ。どうもトモのように上手くは立ち回れないみたいだ。

 

 

 

「…あー……その、変なこと言ってごめんな?思ったからって何でもかんでも言うもんじゃなかったよ。」

 

「……あ、う、その…かわいいって、ほんと?」

 

「?…ああ。」

 

 

 

空気を読むとは言ったが騙すつもりはない。いつもとは違って、感想を素直に言ってみただけの事だ。

案の定外野勢は大興奮。視界の端ではトモとひぃが何度目か分からない乾杯を交わしていた。一方複雑そうなつぐみが気にはなったが…あいつは心から引いてるだけだろう。

 

 

 

「……えへへぇ、何だろう、嬉しい。…かも。」

 

「……ッ!」

 

 

 

こっちはこっちで大変なんだ。可愛い格好して、可愛い花を頭に飾り付けた蘭が、見たことないくらい可愛い顔で笑うんだから。

 

 

 

「おぉ……血は争えない……」

 

「モカちゃん?変なこと言わないでね?」

 

「……○○はタラシで、つぐはおこだ…。」

 

 

 

違うんだよ、そういうのじゃないんだってばモカちゃん。

 

 

 

**

 

 

 

「いやぁ、食った食ったぁ。」

 

「……。」

 

 

 

すっかり暗くなった夜の道をつぐみと手を繋いで歩く。さする腹には、何故か蘭に大量に食わされた料理がパンパンに詰まっており、幸福感と苦痛を同時に与えている。

結果から言うならばパーティは大盛り上がり。例年にはなく蘭本人がご機嫌だったこともあって、いい思い出になったと言えよう。ただ一方で我が妹は終始難しそうな顔をしているのだが…腹でも下したのだろうか。

 

 

 

「…なんだよつぐみ、構ってもらえなくて拗ねてるのか?」

 

「そんなわけないでしょ。」

 

「だよなぁ。…なら、何をそんなに思いつめた顔してんだ。」

 

「…………。」

 

 

 

素っ気ないようでありつつもチラチラとこちらを見上げるつぐみ。やめろやめろ、その恋する乙女のような視線を実兄に向けるんじゃない。惚れてしまうでしょうが。

 

 

 

「…お兄ちゃんは、蘭ちゃんのこと、どう思ってるの。」

 

「まぁ今日はかなり可愛く見えたよなぁ。でもま、クラスメイトとしても幼馴染としても悪くない関係だと思ってるけど?」

 

「…それだけ?」

 

「うん。」

 

「……はぁぁぁ……。」

 

 

 

途方も無い馬鹿を前にしたかのような深い溜息。失礼な話である。

それとも何か?さっきまでのパーティノリがまだ残ってて、「愛してる」とでもほざいた方が盛り上がったとでも?

 

 

 

「…あのね、このままじゃ蘭ちゃんが可哀想だよ。」

 

「や、流石にさっきのはノリだって分かって…」

 

「分かるわけないでしょ!?見た!?あの蘭ちゃんの顔!!」

 

 

 

……何ともだらしなく笑っていた印象はあるが…表情一つでそこまで読み取れるものだろうか。

可哀想、そいうワードも相まって、何やらとんでもないことをやらかした気分になってきた。それならそうと、トモやひぃも教えてくれたらいいのに。

 

 

 

「お兄ちゃんのそういうところ、ホント嫌い。」

 

「お、おい…。」

 

「……桜恋ちゃんに報告する。」

 

「待てっての!あいつは今関係ねえだろ!?」

 

「…じゃあどうするの。蘭ちゃん、お兄ちゃんの事…」

 

「そんなの分かんないだろうが。それとも、蘭が俺の事好きとでも言ってたか?…俺達は、幼馴染だろうが。」

 

「……言われてないけど…聞かなくてもわかるよ。」

 

「…………意味わかんねえ。」

 

「お兄ちゃん!」

 

 

 

モヤついた気分だ。

曲がりなりにも女子である蘭から好意を向けられていることに少しばかりの興奮を覚えた。だがそれは事実であるならば、の話だ。

つぐみが加担するとは思えないが、トモやひぃあたりの揶揄いである可能性すら残っている。…第一、俺が好かれるほど蘭に何かしたかよ。あいつにはもっと釣り合う奴が…。

 

 

 

「お兄ちゃん。…花言葉ってね、調べたら簡単にわかるから。」

 

「………だから、なんだよ。」

 

「蘭ちゃんのこと、大事な幼馴染だと思ってるなら、お話した事覚えてるよね。」

 

「…………。」

 

 

 

花言葉、ねぇ。

 

 

 

 




意味は沢山ありますが都合のいい物だけ選ぶと…




<今回の設定更新>

○○:空気の読める男。
   だが、人の気持ち迄は到底読めない。
   相変わらずモカちゃん推し。

つぐみ:ちょっとおこ。
    鈍感な兄に思うところは無いが、人を傷つける兄は許せない。
    周りは楽しければ良しが強すぎた為か、今年の誕生日は純粋に祝えなかった。

蘭:かわいい。
  想いは止まらず、感情は追いつかず。
  勿論重い話にはしませんとも。

巴:主人公はトモと呼ぶ。
  強ぇ。

ひまり:主人公はひぃと呼ぶ。
    女子力ゥ。

モカ:長髪可愛い。

意識した花言葉
 ・ツルニチニチソウ:「楽しき思い出」「幼なじみ」
 ・パンジー・ビオラ:「あなたのことで頭がいっぱい」「信頼」
 ・エゾギク:「変化」「信じる恋」
 ・リナリア:「この恋に気づいて」

全部4月10日の誕生花らしいですね。
お、重い。


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2020/07/07 祭

 

「ねえ、羽沢。」

 

 

 

珍しく出席した英語の授業中。オーラルコミュニケーションが何とかって事で、ランダムな相手とペアになり会話をすることに。

勿論真面目に受けるつもりもないし、日本に骨を埋める以上英語なぞ必要ない。話の分かる相手を探していた結果、我らが委員長こと桜恋と組む羽目になった。

つぐみにダイレクトに繋がっていることもあって、迂闊な事は言えないが…と出方を窺っていると、意外にも雑談を振ってきたのは桜恋の方だった。

 

 

 

「あん?」

 

「今日、放課後空いてる?」

 

「…………何が狙いだ?」

 

「失礼ね!何も狙ってないわよ!!」

 

 

「おいそこ、真面目にやれぇー。」

 

アッハハハハハハハ!!

 

 

 

唐突な質問につい穿った感想を述べた結果、顔を真っ赤にした桜恋の猛烈な反撃により教師に見つかってしまった。

クラスのいい笑いものである。

 

 

 

「ぐっ……。」

 

「どうした、落ち着けよ桜恋。…笑われるのなんていつもの事だろ?」

 

「アンタ達と一緒にしないで!」

 

「へぇへぇ。…で?放課後に何があるってんだ。」

 

「それは……。」

 

 

 

確かに、遠巻きで見えた夏野がヘラヘラしているのは苛ついた。てめぇ、モカちゃんと組みやがって。後で覚えとけよ。

しかし真相を聞き出そうにも、この質問に対しては桜恋が元気なく俯いてしまう二進も三進もいかない。

 

 

 

「今日、何かあったっけか。」

 

「おいコラ羽沢。」

 

「あ?…何だクソ教師か。授業には出てるだろ?何か文句でもあんのかよ。」

 

 

 

一向に英会話を始めないことに違和感を覚えたのだろう。やたらと上からの物言いが気に障る男性教師が近づいてきた。

名前は覚えちゃいないが、事ある毎にネチネチと嫌味をかましてくる奴だ。

 

 

 

「あのなぁ…。授業に出席したことは褒めてやるが、どうせならキチンと授業に参加せんか。」

 

「うっせ。英語だって知ってたら出てねえわ。」

 

「委員長にまで迷惑掛け折ってからに……いやはや、双子でこうも違うとは…」

 

 

 

余計なお世話だ。双子でエライ違い様だとは今に限った事じゃないが、つぐみは俺の良い所も全て吸い取って行ったんだろう。

つまり俺は残り滓、悪意の結晶の様なものだ。誰が残り滓だ。

 

 

 

「あんまり周りに迷惑かけるんじゃないぞ?妹の方だって心配して――」

 

「……あ、夏野がまた悪さしてるぞ。教師として、見過ごしていいのか?」

 

「何だと…?アイツめ、また女生徒にちょっかいを……いいか?真面目に学ぶんだぞ?じゃあな。」

 

 

 

出来の悪い友人を持つとでっち上げに苦労しなくて済む。夏野が何をしていたかなぞ全く見ちゃいないが、クソ教師は捨て台詞もそこそこに窓際の夏野(バカ)の方へと歩いて行った。

 

「コラァ!夏野ォ!授業に集中せんかぁ!」

「ヒィィィ!?」

 

間の抜けた悲鳴が聞こえたが、悪く思うな、友よ。

 

 

 

「…しゃーねぇ、少しはまともにやるかぁ。…桜恋?」

 

「………。」

 

「おーい、何惚けてんだ。口開いてんぞ。」

 

「…ッ!?な、なんでもない!何でもないから!」

 

 

 

変な奴だ。教師の前で黙り込んでいると思えば、人の顔なんかぼーっと見て。

口許を拭いつつ慌てて教科書を手に取る委員長。逆さまに持って見せるというベッタベタなボケは狙っての物か、果たして…。

 

 

 

「落ち着け落ち着け…。取り敢えず授業に集中しようぜ。」

 

「くっ…わ、分かってるし…。」

 

「ええと…うわ、横文字読めねえ…なんだこれ…。」

 

「………何だって私がこんな…。」

 

「今何つった?何行目??」

 

「うっさい馬鹿!」

 

 

 

急に怒るな。

何なんだかよく分からないうちに、ペアを替えて再度同じ会話を試すよう指示があった。桜恋は何か言いたげではあったが大人しく引き下がり、次に組んだ夏野を恐喝していた。いや、遠目に見ただけで実際のところは分からんが。

こっちはこっちで、次に組んだ蘭に詰め寄られることになっているが。

 

 

 

「○○。さっき――」

 

「わーってるよ、ちゃんとやるっての…。」

 

「??」

 

「…違ったか。余計なやる気を見せちまった。」

 

 

 

これじゃあ英語大好きマンみたいじゃねえか。

 

 

 

「あたしが訊きたかったのは、さっき瀬川と何話してたの?ってこと。」

 

「あー…。」

 

 

 

思い返してみるに、大した話はしていないような。

しかし、そんなことまで気になるとは、こいつどんだけ桜恋とウマが合わないんだ…?

 

 

 

「…いや、特に何も話してねえな。急にキレられたくらいで。」

 

「ふーん。…瀬川、顔赤かったから何事かと思って。」

 

「虫の居所が悪かったんだろ?よくあるこった。」

 

「へー。」

 

 

 

そうか。言われてみれば赤かったような…。

いや、怒ってりゃ顔も赤くなるか。そういや放課後がどうとか言ってたような――

 

 

 

「○○。」

 

「あん?」

 

「放課後、時間ある?」

 

「……放課後?」

 

「うん。」

 

 

 

お前もか。

今日はやたらと放課後の時間を狙われるが、何かあったろうか。

因みに俺の今日の計画としては、夏野がまた妄言をばら撒いていたので共にゲーセンで時間を潰す予定だ。

「僕の超絶テクにゲームマシンもメロメロさぁ!」とか何とか言っていたが…どうせ一人が寂しいだけだろう。夏野だし。

まあ、つぐみも幼馴染連中と出かける様な話だったし丁度いい暇潰しにはなるだろう。

 

 

 

「何かあんの?」

 

「…えと、ほら、今日ってお祭りじゃん?」

 

「……………そうなのか?」

 

「…○○、ホント興味ないよね。そういうの。」

 

「言うほど面白くないしな。…お前らも、俺が付いて行かない方が楽しそうだし。」

 

 

 

そういえば今日は七夕だったか。外れの方にある空き地で毎年恒例の七夕祭りりが開催されているんだった。

催し物にも興味はないし、同じ幼馴染だというのに俺は敬遠されるのだ。つぐみは歓迎されるのに。

 

 

 

「巴が…ね。」

 

「ああ。」

 

「…………それで、予定ある?」

 

「ああ、悪いな。つぐみを頼むわ。」

 

「……そっ…か。」

 

 

 

昔からムッとしたような表情ばかり見ている幼馴染の一人だが、この時ばかりは少々落ち込んでいるように見えた。

俺にも来て欲しいと?まさかぁ。

 

 

 

「うっし、じゃあ教科書、読んじまおうぜ。またあのオッサンにどやされちゃ堪ったもんじゃねえ。」

 

「…………うん。」

 

 

 

遠目ではあるが次の獲物を探しているクソ教師が視界に入った。また難癖付けられても面倒だし、読めない横文字に頭を痛めるとしよう。

あ、あい?すぴーきんぐ??何だって?

 

 

 

**

 

 

 

放課後。夏野と共に近所の寂れたゲームセンターで。

よく分からんギター型の音ゲーを掻き鳴らす夏野の背中を眺めながら、遠くに花火の音を聞いた気がした。

結構遠い場所ではあるが、祭りの開始を報せる物だろう。

 

 

 

「…祭り…か。」

 

 

 

思えばつぐみは朝から張り切っていて、母親に浴衣の着付けを約束させていたり、使い捨てカメラをポーチに詰めていたりしたな。

髪のセットに使う…とかで、一緒になってヘアピンも数えさせられた。好きな男でも出来たのかと少々焦ったが、高校生の女の子はみんなそうらしい。そりゃ男の子には分からんわな。

 

 

 

「何だよ羽沢。シケたツラしてよぉ。」

 

「あん?…終わったのか?」

 

「見てなかったのかよ!」

 

「やったことねえし、上手いか下手かも分かんねえんだもんよ。」

 

「はぁぁぁぁ……全く仕方ないな羽沢は。」

 

「あ?」

 

 

 

急に絡んできたかと思えば勝手な気遣いで財布を漁りだす馬鹿。無駄に動き回っていたせいか、奴の貼りつくような汗が鬱陶しさを増している。

つぐみの姿を思い出している内に三曲のメドレーを終わらせるほどの時間が経っていようとは、我ながらシスコンが過ぎるようだ。

 

 

 

「いいか?僕の超絶テクは一日三度までなんだ。親友のよしみで二度目を披露してやるが…この意味が解るな?」

 

「……なあ、夏野。」

 

「何。」

 

「祭り、興味ねぇ?」

 

「祭りぃ?…ああ、そーいや今日だったねぇ。七夕の。」

 

 

 

面倒臭そうに後頭部を掻く夏野。こいつも同じだ。

所詮は世からズレたはみ出し者…祭りりだ催しだと、陽の当たる所に居場所はなく、斜に構えた体を装って鼻で笑う。

どの時代も変わらず、一定数居るものなんだ。こういう人間が。

 

 

 

「なに、行きたいわけ?」

 

「………いや、花火が聴こえたもんでな。行く気はねえよ。」

 

「ははっ、らしくねぇなぁ。…ようし!んじゃ、気を取り直して…」

 

 

 

行きたいわけじゃない。行きたい訳じゃない…んだが。

どうにもあの、蘭と桜恋の真意を掴みあぐねている感じが気持ち悪かった。

肩を鳴らしながら筐体へ向かっていく悪友を眺めながら、酷く体が渇いた様な心地だった。

 

 

 

「目ぇかっぽじってよぉく聞いとけよォ!」

 

 

 

どこからツッコんでいいやら。

一昔前に流行ったラブソングのイントロを聞きながら、店前にある自動販売機へ向かった。

 

 

 

**

 

 

 

「あ!!!!」

 

 

 

自販機の前で小銭を探していると聞こえてくるクソデカい元気な声。このエクスクラメーション多目な妙に明るい声は…。

 

 

 

「…日菜?どうしてこんなところに…。家、こっちなのか?」

 

「んーん!お出かけ中!」

 

 

 

空色の浴衣に身を包んだ生徒会長。状況から察するに祭りの会場にいなければいけない格好だが…。

 

 

 

「へぇ。」

 

「………も、もうちょっと興味持ってよ!」

 

「……綺麗な…浴衣だな?」

 

「えへへ!ありがと!!」

 

「……。」

 

「………。」

 

 

 

まぁ無難に茶でいいだろう。緑茶はあまり好きじゃないが、売っている水に金を払うのも癪だ。ジュースだなんだって気分でもない。

…ええと、百二十円…あったかな…。

 

 

 

「…何飲むの?」

 

「茶。」

 

「ふーん。」

 

 

 

あぁ、あったあった。

しかしこの生徒会長、祭りへ行く訳では無いのだろうか。手に持った小さな巾着をブラブラさせながら、目の前の自販機を眺めている。

…何入れるんだ?それ。

 

 

 

「……日菜も、何か飲むか?」

 

「んーん。これからお祭り行くから大丈夫。」

 

「そか。」

 

「うん!…今日はね、おねーちゃんと一緒なんだぁ!」

 

「…おねえちゃん?」

 

 

 

小銭を掴んだ手はそのままに、何が楽しいのかニコニコ顔の彼女へ目を向ける。周りを見るに、姉らしき人物は見当たらないが…あ、もしかしてあのおばさんか?

…いや、流石に無いか。

 

 

 

「お前、一人みたいだけど。」

 

「え。」

 

 

 

今更気付いた様に周りを見渡し、えへへと笑う。

 

 

 

「もー。おねーちゃんったらしょうがないなー。高校生にもなって迷子だなんて。」

 

「お前だお前。」

 

「えー?あたしは迷子じゃないよー?こうしてまっすぐお祭り会場に…。」

 

「…………。」

 

「……ここ、どこ??」

 

 

 

漸く状況が分かったか。傍に居る筈の姉なる人物を探しあちこち見やるも自分は一人。

恐らく来たこともない場所だろうし、さぞかし不安だろう。…いやいや、流石にマンホールの中には居ないだろう。

やがて眉を思い切りハの字にして至近距離まで詰め寄ってきた。服の裾迄掴まれるオマケつきだ。

 

 

 

「はぁ。…いいか日菜。まずはそのおねえちゃんとやらだ。」

 

「いないよ?」

 

「スマホ、持ってないのか?」

 

「あ。……電話!」

 

「そうだな。まずは連絡だ。」

 

 

 

手提げの巾着袋の中から飾り気のないスマホを取り出し何やらポチポチと操作し始める。ただ待つのも暇なので俺も自分のスマホを…おぉっ。

画面を見て驚いた。出かける準備があるらしいつぐみと別れてからまだ三時間弱。十数回に渡る着信履歴が表示されているじゃないか。

何かあったのかと焦りを覚えつつ、努めて冷静に通話を飛ばす。

 

 

 

「…………。」

 

『あっ、お兄ちゃん?』

 

 

 

電話口のいつも通りの声にほっと胸を撫で下ろす。よかった、無事なら何よりだ。

 

 

 

『何回も電話したのに。』

 

「ああ、悪い悪い。急ぎの用だったか?」

 

『蘭ちゃんが誘ったのに断ったんだって??』

 

「あー、うん。…まずかったか?」

 

『…蘭ちゃん、落ち込んでたよ。』

 

「まさか。」

 

『ホントだもん。だから、今からでも来てくれないかなーって。』

 

「あー……。」

 

 

 

あの蘭が俺が居ない程度で落ち込むとは思えないが…。そもそも祭りって参加したところで何を楽しめばいいんだ?

出店があるのは分かる。だが普段から食おうと思えば食えるものや、やりようによっちゃ自宅で出来る遊びばかりだろう。

何故態々暑い外で、それも無数の人波の中でと、縛りを入れにゃならんのだ。やはり俺には、催しの意義が分からん。

何とか言葉を探して、断りを入れようとした矢先――

 

 

 

「○○っち!おねーちゃんお祭り会場に居るって!!」

 

 

 

目の前の元気の塊が喜びの声を張り上げた。

 

 

 

『……お兄ちゃん?誰かといるの??』

 

「ああいや…」

 

「あ……電話中かぁ。ごめんごめん。」

 

 

 

勿論電話の向こうのつぐみが気付かない訳もなく。時すでに遅しとは思うが両手で口を塞ぎ申し訳なさそうに見上げてくる日菜を見下ろしながら、面倒事の予感を覚えた。

よし、切っちまおう。どうせ祭りには行かねえし。

一先ずの安否は確認できたので良しとし、多少強引だが通話を終わらせることにした。

 

 

 

「あ、ああ!なんだか…電波……おかしいなぁ!」

 

『えっ、お、お兄ちゃ――』

 

 

 

ピッ。

………すまぬ、妹よ。兄は面倒事が嫌いなんだ。

 

 

 

「…よかったの?つぐちゃんでしょ??」

 

「ああ。大した用じゃ無さそうだしな。」

 

「ふーん。……じゃあ、はい!」

 

「はい?」

 

 

 

納得したかせずしてか。フンスと鼻息が聞こえてきそうなやる気満々の顔で、右手を差し出してくる日菜。

丁度、シャルウィダンスのフレーズが似合いそうな腕の角度だ。

 

 

 

「行かねえの?祭り。」

 

「行くよ!だから!…はい!!」

 

 

 

再度差し出していた腕をピンと張って強調する。最早突き出しだな、それは。

そこでピンときた俺は、差し出された手――ではなく手首を掴み、体ごと向きを変えるように九十度回す。

直後不思議そうな顔で首を傾げる様は、徐にマジックを見せられた公園のハトのようだ。

 

 

 

「祭り会場はあっちだ。」

 

「ち、ちがうよ!向きを訊いてたんじゃないの!」

 

「なんだ違うのか…。」

 

「連れてって!」

 

「……あんだって…?」

 

 

 

面倒事を避けるために強引な手段に出たというのに。

コイツのせいでより面倒な何かに巻き込まれている気さえしてきた。

 

 

 

**

 

 

 

結局、日菜の姉とやらを探すのに付き合い、出店を連れ回され、何故か姉妹と場所を同じくして目玉の花火を見せられ。

…やっとのことで自宅に辿り着いたのは夜の十時を回った頃だった。

ずっと握られていたせいで左手には乳酸が溜まっているし、足も棒のようだ。

…間違いない。あの女は疫病神かなんかの類だ。

 

 

 

「ぁ……お兄ちゃん。」

 

「ただいま。…散々な目に遭ったぜ。」

 

「…………。」

 

 

 

ふいっ、と。

顔を背けるようにして二階の自室へと歩いて行ってしまうつぐみ。やはり怒らせてしまったか。

一応機嫌取りの為にと買ってきた綿飴を構え、部屋へと突撃することにした。

 

 

 

「おーい、つぐみー。入って良いかー。てか入るわ。」

 

 

 

考えたらノックなどしたこと無かった部屋に拳を当てること数度。馬鹿馬鹿しくなって突入。

勉強机備え付けのキャスター付きの椅子に座ったまま哀しそうに見つめてくる妹と目が合った。

 

 

 

「…その…なんだ、ごめんな?…電話、切っちゃって。」

 

「………。」

 

 

 

静かにふるふると首を振る。

厭に元気がないな。

 

 

 

「…つぐみ?」

 

「………お祭り、行ったんだ。」

 

「…あー…ええと、これには深い理由がな?」

 

「蘭ちゃん。……泣いてたよ。」

 

「……蘭が?なんで。」

 

 

 

つぐみ曰く――蘭はどうしても俺と一緒に七夕祭りに行きたかったそうな。だが昼間は断られるしつぐみの電話は繋がらないしで諦めていたと。

…漸く切り替えて楽しめる様な心持ちになった時、見掛けたんだそうだ。日菜と手を繋いで出店に並ぶ俺を。

俺にとっては逃げられない為の鎖の様な物でしかなかったが、傍から見る分には仲の良い恋人に見えたそうな。

 

 

 

「ははっ、アレと恋人に見られるとはな。…いやしかし誤解だ、つぐみ。」

 

「…どうして、来てくれなかったの?どうして、日菜先輩の言う事は聞くの?どうして――」

 

「待て待て、俺が祭りとか嫌いなの知ってんだろ?…日菜の言うことだって、別に従ってああなったわけじゃねえ。ただ――」

 

「蘭ちゃんには、見えた二人が全てでしょ!?」

 

 

 

そうだった。自分の辛いとか哀しいとかはまるで主張しない癖に、周りの人間の事となるとこいつは。

ここまで感情的になる原因があの蘭となれば…それは酷い有様だったに違いない。俺がどんな言い訳をしようと、正に今のこの現状こそが現実。

何かしら動く必要があるのは紛れもなくこの俺だろう。しゃーなし、それもまた、他人に優しすぎる妹を持った兄の宿命とも言えるだろう。

 

 

 

「………そうか。いや、うん。蘭には連絡入れとくよ。」

 

「……そうして、あげて。」

 

「…誤解、解かないとな。」

 

「うん…。」

 

 

 

つぐみの激情は長くは持たない。すぐにまたしゅんとしてしまった妹に歩み寄り、気を遣い過ぎて疲れたであろう頭をそっと撫でた。

 

 

 

「…お兄ちゃん。」

 

「ん。」

 

「あと、桜恋ちゃんにも聞いたんだけど…。」

 

「………桜恋?」

 

「…桜恋ちゃんのお誘いも、適当に茶化したんだって…?」

 

「……あー…。」

 

 

 

何故皆つぐみに報告するのか。

気を回しすぎて疲れちゃうだろうが、つぐみが。

 

 

 

「……なぁ、今日って何かあったのか?…ほら、イベントとかさ。」

 

「…なんで。」

 

「だってよ。二人とも急に俺を誘うとかおかしいだろ?今まではそんなことなかったのにさ。」

 

「……わかんないの??」

 

「うん。だから本気で、日頃の恨みとかを晴らすべく呼び出し食らってるのかと思って…」

 

「………。」

 

「あ、と、特に、桜恋はな??」

 

「……お兄ちゃんの、ばか…。」

 

「はぁ?」

 

「そんなことばっかり言ってて、みんなに嫌われちゃっても、知らないんだからね…?」

 

 

 

全く以て意味が解らない。

例え周りが全員嫌いになったとしても、この妹だけは傍に居てくれそうなものだが…如何せんつぐみの良くないところは、赤点通知の後に正解を教えてくれないところだな、うん。

 

 

 

「つぐみが誘ってくれたら喜んでいくのにさ。勿論二人きりで。」

 

「なっ…何言ってんの??」

 

「いやほら、俺ってばつぐみラブじゃん?」

 

「……もう、ホントお馬鹿さんなんだから…。」

 

 

 

今日も妹が、最高に可愛い。

 

 

 




ここにきてタイトル回収。
荒れそうで荒れないメンバーを選んでます。




<今回の設定更新>

○○:不良、これに尽きる。
   羽沢家で唯一門限の概念が適用されず、羽丘でただ二人だけ自由登校制になっ
   ている。
   自由なのも大概にして欲しい。
   モカちゃんと妹が大好き。

つぐみ:苦労人。
    苦労の大半は兄絡みの対人関係と兄がどんどんアウトロー寄りになってしまう
    こと。
    蘭と桜恋の気持ちにはそこはかとなく気付いているが兄が予想不可能すぎて
    頭を痛めている。
    つぐぅぅぅ。

蘭:ピュアピュアさん。
  最近は主人公を前にすると言葉が上手く発せなくなるとか。
  日菜が苦手。

日菜:実は方向音痴らしい。
   というより、好奇心旺盛すぎていつの間にか本筋から外れているだけ。
   久々のおねーちゃんとのお出かけに燥いだ結果祭り会場とは真逆の外れにある
   ゲームセンターに辿り着いた。
   シスコン。

桜恋:素直になれないところは少し前の蘭を見ているよう。(モカ談)
   クラスではそこそこ中心人物だが、プライベートにまで及ぶ友人はいない。
   頭はいい。

夏野:元気だろう?
   主人公と居ることに居心地の良さを感じているがソッチの気はない。
   ほんとだよ。


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2020/08/14 拘り

 

 

 

そういえば、今はイベント限定のガチャが来ているんだっけ。

寝起きの目を擦りつつ、時間確認ついでに見た愛機のディスプレイにはあと四日限定で有料ガチャの提供割合が変動していると通知が出ていた。最近遊びに遊んでいるソーシャルゲームのものだ。

まだ胸元でむにゃむにゃ言っているつぐみを抱え込むように両腕を回し、つぐみの後頭部あたりでスマホを操作する。

俺は朝にそれほど弱くないが、反対につぐみは滅法弱いのだ。

今日は同じ布団のため問題ないが、別室で寝起きしている普段はどうにも苦労している。こういうシチュエーション、しっかり者の妹に叩き起こされる……などと、夏野あたりなら妄想しそうだが現実は斯くも色気のないものだった。

 

 

 

「……ほう?」

 

 

 

通知こそ流し見していたが肝心の詳細は今が初見だ。なるほどなるほど、ピックアップキャラクターはこいつらか。

悪くない…どころか中々俺得な内容に、思わず声が出てしまったほどだ。

 

 

 

「……んぅ??」

 

 

 

その声を聞いてか聞かずしてか、胸元の妹が薄目を開ける。まだ意識は覚醒していないのか、その両目は俺を見ているようで何も捉えちゃいなかったが。

まだ多少の余裕はあるし、焦って起こすこともない。そこそこにやんちゃな寝相から来る跳ねた後ろ髪を撫で付けつつ、宥めるように声をかけた。

 

 

 

「大丈夫、まだ起きる時間じゃないよ。」

 

「……んん……おやしゅ…む。」

 

「……また新しいつぐ語だな。」

 

 

 

無論そんな言語はない。

寝巻として着ている色褪せたシャツに顔を擦りつけながら、静かに再開する寝息。可愛いもんだ。起きている間は中々に口うるさい妹だが。

さて、肝心のガチャへ意識を戻そう。

……なるほど、今の有料通貨から考えるに二十連はできそうだ。どのみち毎日コツコツと無償で貯めた、所謂配布分の有料通貨なわけだしあまり重く考えることもないか…と気楽に押したボタン。結果は――

 

 

 

「……おぉっ!?おぉぉぉおお!?」

 

「んぇっ!?な、なに!?朝??がっこ!?」

 

「おぉぉぉぉおおおお!!!!!!!」

 

「お、にいちゃ、朝!?起き…遅刻!?」

 

「おおおお!!!!」

 

 

 

日頃の行為を神はちゃあんと見ているようで。

腕の中で妹がパニックを起こしてじたばたするほど、俺の全身からは興奮が迸っていたらしい。

なるほど、今は八月、季節は夏。

 

 

 

「水着もいいなぁ!!」

 

「おに…水着!?着てないよ!?ねえ何の話!?何の話っ!?」

 

 

 

つまりは、お目当てに一発で巡り合えたということさ。

 

 

 

**

 

 

 

「んもう!それで起こされたんだから!!」

 

「あはははっ、つぐも大変だ~。」

 

 

 

昼休み。学食で昼食を共にしているのは俺達兄妹と夏野とひぃ。同じ弁当を前にぷんすこ怒っているつぐみと対照的にげっそりな俺。

残り十五分で食べきるのは絶望的な量の昼食をがっつきつつヘラヘラ嗤うひぃと、一つのメロンパンをやたら時間をかけてちびちび食べる馬鹿、もとい夏野。

 

 

 

「僕だけ紹介酷くないっすかねぇ?」

 

「何の話だ。」

 

「や、何だか失礼なことを考えられていたような気がして…」

 

「……おかしな奴だな。そんなだから馬鹿とか言われるんだぞ、俺に。」

 

「羽沢てめぇ!!」

 

 

 

こいつは勝手にくっついてきたからいいとして、だ。愚痴るつぐみも大概だけども、ひぃなら俺の喜びをわかってくれるはずだ。何せ同じゲームをプレイする仲間なんだ。何なら今回のピックアップも興味を持っているかもしれない。

 

 

 

「で?つぐちゃん怒らせるって、どれだけ騒いだんだよ?」

 

「いや別に……ヤッターってくらいだけど。」

 

「お前が「ヤッター」って喜んでるとこ、想像できないんだけど…。」

 

「ぜ、全然そんなんじゃなかったでしょ!!「うおおおお」って、びっくりしたんだからぁ!」

 

 

 

ひぃが適度に流し続けたからか、今度はこっちに猛抗議。おのれ妹め、夏野を篭絡するつもりか。

 

 

 

「なあ、ひぃ。」

 

「んー?」

 

「今回のガチャ、見たか?」

 

「うん、みたよ。」

 

 

 

口の周りをだらしなく汚す桃髪の幼馴染へ声をかける。別に夏野とつぐみが話し始めて居心地が悪くなったとかそういうわけじゃない。

俺の問いかけに、視線を料理から外すことなく答えるひぃ。

 

 

 

「どう思う?」

 

「んぅ、特に推しじゃなかったし、いいかなーって。」

 

「……そうかぁ。」

 

「○○、当たったんでしょ?」

 

 

 

フォークとスプーンを動かす手は止めず、淡々と答える彼女だが…どうしてそうも予想がつくのか。いや、話の流れ的には読めるのか…?

兎にも角にも、そっちが話を進める気ならありがたい。スムーズに事実が共有できるってもんだ。

 

 

 

「ああ!イチオシの、"ローゼちゃん"がなァ!!」

 

「あはっ、よかったねぇ。ちょっと喜びすぎな気もするけど…。」

 

 

 

早速アプリを起動し、入手したばかりのそのキャラクターを見せびらかす。

ローゼちゃん。今絶賛プレイ中のソーシャルゲーム、"ビジネス音楽祭"に於いて俺が最も推しているキャラクターの一人である。

中学生ながら抜群のルックスとあざとい程の可愛らしさで世の男性を虜にする…という設定の小悪魔系美少女だ。よく猫耳や尻尾を装着している様が描かれるなど、わかりやすく可愛いを体現した子なのだ。

その水着仕様が今回のイベントの目玉。いつもより更に増した肌色の面積と、腕の間でぎゅうと押しつぶされるたわわな……いや、これ以上は言うまい。

 

 

 

「こりゃテンション上がるだろ…??」

 

「女の子の私に聞かれてもなぁ。…あ、夏野くーん。」

 

「あん?なに、ひまりちゃん。」

 

「これ!……ちょっとスマホ貸してね?…これ、どう思う?」

 

「なにこれ。……何…かのキャラクター?」

 

「そうそう!可愛い??」

 

「んー……。」

 

 

 

俺のスマホを手に取り、夏野に見せるように突き出すひぃ。必然的につぐみもその画面をのぞき込む形になるわけだが…反応はそれぞれ。

ひぃは悪い顔でニヤつきながら二人の様子を見ているし、つぐみは眉を顰めて画面と俺を見比べている。一方で夏野は暫く唸った後に一言、「犯罪集がする」とか抜かしやがった。

 

 

 

「夏野てめえ。」

 

「○○、お前これで朝からつぐちゃんの安眠妨害したのかよ。最低だな?」

 

「いいじゃねえか!可愛いんだよ!!」

 

「いーや、つぐちゃんの方が断然可愛いね!!」

 

「それはお前の趣味だろうが!!」

 

「大体何だこのおぱ…おっぱい強調しまくった水着とポーズは!誘ってんのか!?最高かよ!!」

 

「おっぱい言うな。それとお前はどっちのサイドでキレてんだ。」

 

 

 

男ならわかるだろうコレの良さが。そりゃもうテンションも鰻登りって……いや待て、つぐみさんは何をそんなに怒っていらっしゃるんでしょうか?

 

 

 

「お兄ちゃんも夏野君も…最低…。」

 

「ヒョッ!?つ、つぐちゃん??ど、どどどうして、僕まで…?」

 

「だって…女の子のそんなところばっかり見てるの…不純だもん。」

 

「…ち、ちがうよ?僕はそういうのじゃなくて…えっと…脚、とか…」

 

「そ、それもえっちだもん!!」

 

「エェー」

 

 

 

大概こういう場合は夏野がヘイトを集めてくれるので傍観者でいられる。惚れた弱みもあるのだろうが、露骨に動揺するあたりまだまだ未熟な変態である。

 

 

 

「未熟な変態って何だ。」

 

「○○?」

 

「ああいや、何でもない。こっちの話だ。」

 

「ふうん。……○○、ってさ。」

 

「ん。」

 

 

 

この僅かな騒ぎの間に完食したらしいひぃが、おしぼりを広げつついつものトーンで問う。つぐみと夏野はまだ泥仕合を繰り広げているし、下手につついて変態扱いされるのもごめんだ。

ひぃに向き直り、そのままの流れでスマホを回収する。

 

 

 

「その……んむ、どれくらいが、んんむ、好きなの?」

 

「お前、喋るのか口拭くのかどっちかにしろよ。」

 

「だってぇ、時間がもったいないなーって。」

 

「……結果全然拭けてねえじゃねえか。」

 

 

 

一生懸命に手を動かしたところで、汚れている個所もわかっていないのだろう。まだ左の口の端にクリームが残っている。

俺の指摘に、口を噤み拭くことに集中する。

 

 

 

「…とれた?」

 

「全然。」

 

「む。…………どう??」

 

「全く。」

 

「くっ。…………これでどう??」

 

「はぁぁ。」

 

「あーんっ!!どこが汚れてるのー!?」

 

 

 

幼馴染連中の中では一番の女子力を誇るといってもいい…が、鏡を持ち歩くという思考には至らなかったようだ。

やはり脳まで脂肪が詰まっているのか?涙目になっているひぃからおしぼりを引ったくり、空いている手でその丸顔を引き寄せる。

 

 

 

「………ほら、これでとれたぞ。…ったく、鏡くらい持ち歩けってんだ。」

 

「………!!」

 

「なんだよ。綺麗になったっての。」

 

「…ぇ、あ、うん。…えと、ありがと。」

 

 

 

顎に添える形になっている俺の左手に自分の右手を重ね、呆けた様子で宙を見つめている。

一体なんだってそんな赤い顔で……あっ。

現状を客観的にみると、この構図かなり恥ずかしいことになってないか?吐息もかかりそうな至近距離で、顎に手を添え見つめ合う男女。

これって、そういうことをおっ始めるような……!!恐ろしくて周囲も見渡せない心持のまま、そっと手を放し距離を戻す。同時にひぃも何かに気付いたように、恥ずかしそうに頬を染めながら前のめりの姿勢を戻した。

 

 

 

「ええと………その、さっき、何か言おうとしてなかったか?」

 

「え!?あ、ああ!!うん!!その……~~~~ッ!?」

 

「…どうした?」

 

 

 

気を紛らわせるためにと振った話題だというのに、思い出しながら口を開いたであろうひぃはそのまま固まってしまう。

今度は何に思い当たったというのか。

 

 

 

「……あぅ、えっと…ろ、ローゼちゃんって、中学生にしてはその……大きい、よね?」

 

「……おっ…じゃない、胸か?」

 

「…んぅ。」

 

「まあ…偽乳部分もでかいっぽいけど。」

 

 

 

ローゼちゃんはキャラを確立するための影の努力は惜しまない、まさに頑張り屋さん。そこもまた良いのだが。

 

 

 

「その……○○、は。……大きい方が、好き…なの??」

 

 

 

胸が、ということだろうな。そう訊かれるとどうか……って!!

特に意味も無く視線を降ろしたのがまずかった。ひぃも全くの無意識だろうが、自分の身を抱くように腕組みした彼女の、とっても豊満なそれは制服の上からでもわかる変形を見せていて。

 

 

 

「……ッ。」

 

 

 

慌てて視界を…つまりは顔を横に背ける。些か勢いが良すぎて筋が音を立てて痛んだが…これ以上見るのは、毒と判断したのだ。

いやしかし今日のひぃはどうした。妙に艶めかしいというかその肉付きが目に付くというか。ローゼちゃんめ、なんてタイミングで来てしまったんだ。ほんとありがとう。

 

 

 

「……えっと…ね?私、蘭よりも、おっきいん…だよ?だからその……ど、どうかなー…って。」

 

 

 

何がだ!!何がなんだ上原ひまり!!

顔を背けた先で興味津々に光る四つの目――要は夏野とつぐみだが――と相見えたのもあって、俺の動揺はピークに達する。

頭の中が何故かマシュマロの画像で埋め尽くされる中、俺が言えたのは何ともか細い一言だけだった。

 

 

 

「さ、サイズよりも……感触?だよ…な?」

 

 

 

**

 

 

 

「もう!お兄ちゃんは全く、もう!!」

 

 

 

無論、つぐみに"えっち"扱いされたのは言うまでもない。夏野には「スクラム組もうぜ!」と謎の提案をされ、真っ赤な顔のひぃには「変なこと聞いてごめんね」と謝られてしまった。

でもあれはもう仕方のない流れだと思うんだ。誘導尋問が過ぎるもの。

ったく、どんな顔してひぃと喋ればいいんだこれから…。

 

 

 

「……ところでつぐみ?」

 

「なあに。」

 

「……お前その(くだり)、蘭に話した?」

 

「……??どうしてそんなこと…。」

 

「そうだよなぁ…。」

 

 

 

わざわざそんな訳の分からないことするわけがない。俺に対して本気で怒っている様子からもわかるが、妹はソッチ方面にあまり耐性がないらしいし。

はて、ではどうして――

 

 

 

「それよりも……ね?」

 

「あん?」

 

「その……私、すごーく怒ってるの。」

 

「だ、だからごめんて。そもそもあれは、キャラクターに託けてひぃが始めた話だし…」

 

「男の人って…やっぱりおっきい方が……いいのかな。」

 

「……つぐみ?」

 

 

 

身内が真剣に気にしだすとなると、どうにも居心地が悪い。今までだって興味がなかったわけではないし、俺も然程隠していたわけでもない。

だが、あまりオープンに体の問題を話すというのも気が引けてしまうのだ。

だがしかし、目の前でそう……自分のサイズを確認するようににぎにぎしている姿を見ると……いかん、血の繋がった兄妹相手に何を考えているのだ、俺は。

 

 

 

「あー…その、つぐみはまだ、成長途中だよな?」

 

「なっ……て、どうして知ってるの!」

 

「そりゃまあ……お前、寝るとき下着――」

 

「!!い、ぁ…え…えっち!!お兄ちゃんのえっち!!」

 

 

 

シングルサイズのベッド。逃げ場もない空間で、直にくっついてりゃそりゃわかるっての。

それはそうと、蘭から来たあのチャットは何だったんだろう。

 

 

『○○』

『サイズより感触が大事って』

『ほんとう?』

 

 

――ううむ。考えたくはないが、あの二人のどちらかが密告(チク)ったんだろうなぁ。

…ひぃはそれどころじゃなさそうだし…夏野かなぁ。なら、明日は半殺しかなぁ。

 

 

 

「それはそれで、楽しみだなぁ…」

 

「な、何言ってるのっ!!お兄ちゃんの馬鹿ぁ!!」

 

 

 

…違うんだぞ?つぐみ。

 

 

 




うへぇ…。




<今回の設定更新>

〇〇:親父には怒られるものの、つぐみの要望で夜は一緒に寝ている。
   胸と尻に関しては並々ならぬこだわりがあるとか。
   最近はひまりと共通の音ゲーに熱中している。
   ロリコ…若い子が好き。

つぐみ:えっちなことは許しません。
    寝る時は素肌にキャミソール、その上に着ぐるみパジャマ。

夏野:ご存知歩くサンドバッグ。
   脚フェチ。

ひまり:食べ方にスピード感を感じる。
    主食をおかずに主食を食べるスタイルで、その手は居合の達人にも見えぬ
    程の速さで乱舞する。
    下ネタにはそこそこの耐性があるものの、少女漫画のようなシーンには弱
    い。

蘭:つぐみの愚痴のせいで知ってしまった。
  一安心らしい。


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【RAISE A SUILEN】例えばこんな歯医者さん
2019/10/07 邂逅編・天使のPareo


 

 

 

「……羅須(らす)歯科、か…。」

 

 

 

仕事中突如奥歯が痛み出し、慌てて飲んだ鎮痛剤も効かず…。そう、我々人間の中で畏怖の対象として口授されている、"親知らずの反乱"である。

とは言え、こんな片田舎の歯医者なぞ、どこも17時や18時までの診療が主流であり、勤務時間終了後に受診できる場所はそう多くない。

痛みの退かない昼休み。ダメ元でグー○ル先生に訊いてみたところ唯一ヒットしたのがこの羅須歯科。……地味にネット予約可能だったのも評価が高い。

ただ、評価欄が軒並み低評価だったのは気になったんだが…背に腹は代えられないと、当日予約したってわけだ。

 

 

 

「……すっっっっげぇネオン。」

 

 

 

そういう建物の密集地であるかのように、ギラギラと不気味に光る建物。看板も表札レベルで小さいため、予約でもしていなければ歯医者だとは思わないだろう。

外観とは裏腹に、"ザ・歯医者"といった匂いの中受付を目指す。取り敢えず保険証は持ってきたし、大丈夫だろう…。

 

 

 

「あっ!ええと…らっしゃぁせ!!」

 

「は?え、あどうも。予約してた者なんですけど…」

 

「よやく??」

 

「あれ??」

 

「よやく、って?」

 

「あの、ネットから……ええと」

 

 

 

受付の綺麗な黒髪のお姉さんはぽかんと口を開けてこっちを見てくる。小首をかしげる姿は食事中のウサギのようで可愛いし、滅茶苦茶美人の類だと思うんだけど……予約、伝わってないのかな。

 

 

 

「ちょっとまってね?」

 

「あはい。」

 

 

 

考えた結果何もわからなかったのか、受付にある内線電話を操作するお姉さん。………ポチポチポチポチポチポチ…桁多くない?そんな複雑な内線なの?

 

 

 

「あ、これうちの番号だ。」

 

「こっちの事務所ってやつじゃないですか?18番。」

 

「あ、それかも。えへへ、ありがとーねお兄さん。」

 

「あはい。」

 

 

 

我慢しきれず身を乗り出して口出ししてしまった。今までの話の通じなさは何だったのか、言われた通りに1・8と入力するお姉さん。……あ、名札。この人「花園」さんっていうのか。ふわふわしててぴったりだな。

 

 

 

「あ、えっと……なんかね、よやくって人がいるよ?」

 

「……。」

 

「……うん…う?………うんうん、……わかんない!」

 

「…………。」

 

「………えー?……わかったぁ。じゃねー、ばいばいー。」

 

 

 

大凡患者の前で話す様子とはかけ離れたものだったが、連絡は終わったらしい。

 

 

 

「予約、取れてました?」

 

「…ん??よやく、って??」

 

「あれ、今の電話は…」

 

「花ちゃん!!」

 

「あ、レイ~。この人だよ、この人。」

 

「ちょ、だめだよ!患者さんに指さしちゃ!!」

 

「…間者?」

 

 

 

奥からこれまた綺麗なお姉さんが出てきた。「レイ」と呼ばれた彼女は、受付の花園さんとは違ってクールビューティな雰囲気がある。

未だ俺を指し続けている花園さんの手をそっと下ろし、にこやかに話しかけてくる。

 

 

 

「19時にご予約されている方ですよね?…ええと、○○さん。」

 

「あ、そうです!よかった…予約失敗したのかと思った……」

 

「す、すみません…この子も、悪い子じゃないんですけど…」

 

「あ、うん、全然気にしてないんで大丈夫ですよ。楽しかったし。」

 

「うぉっ!お兄さん、いい人?」

 

 

 

謎のポーズを取る花園さんに一礼し、レイさんに導かれ診察室の方へ。6個並んだ椅子のうち、一番窓側へ案内されるままに座る。

「すぐ先生が来ます」と言い残しレイさんは去っていってしまった……。

…にしても、俺以外の患者一人もいないんだな。遅い時間ってのは分かってるけど、逆にどこもやってない時間だし、社会人とか多いかなーって勝手に想像してたんだけど。

 

 

 

「おい。」

 

「っえ??」

 

「お前、今日はどうしたんだ。」

 

「はぁ?」

 

「……あぁ、名乗るの忘れてた。佐藤です。佐藤ますき。」

 

「あ、先生なんですね。よろしくお願いします。」

 

「で?」

 

「え?」

 

「どうしたんだ、今日は。」

 

 

 

ぶっきらぼうな話し方だな…。

先生と自称する金髪の女性。や、仮にも医療現場でここまでギラギラした髪色ってのもどうかと思うけども、怖ぇよ。

取り敢えず質問には答えておく、低姿勢で。

 

 

 

「……あぁ、そういう感じか。じゃあまずは写真だな。…あっちの部屋行って。」

 

「あはい。」

 

 

 

指差された方向を見ると、…あぁ、レントゲンの部屋ね。

手渡された紙のエプロンのようなものを装備しながら歩いていく。……ドンッと。何かにぶつかった気がした。

が見渡しても何もない。何か機材でも蹴ってしまったかと足元に視線を移―――何だか小さな女の子が不機嫌そうに見上げていた。

 

 

 

「あ、ごめんね。ぶつかっちゃったね…。大丈夫?」

 

「…アンタも私をChild扱いするってわけ?」

 

「……あ、大人の方なんですか??」

 

「うっさい!早くその部屋入る!そこ座る!これ噛む!…動くんじゃないわよ!!」

 

バァン!

 

 

 

稲妻の様な速さで指示とセッティングをし、力いっぱい扉を閉めて出て行かれた。あぁ、レントゲン撮ってくれるってことは…衛生士さんか技師さんってところか。失礼なこと言っちゃったな。……だってさ、俺の胸くらいまでしか身長ないんだよ?子供だと思うじゃん。

 

ガチャ

 

 

 

「終わりよ!口の中のはそこ、あとそれはそっちに置いてさっさと席に戻りなさい!」

 

「……何で俺怒られてるんだろう。」

 

 

 

複雑な気持ちのまま先ほどの椅子へ向かう。…あぁ、もう佐藤先生が仁王立ちで待ち構えてるよ。だから怖ぇんだって…。

 

 

 

「撮った?」

 

「はい。」

 

「…タメ口でいいぞ。」

 

「いや先生ですし。」

 

「…そうかよ。」

 

 

 

不満なんですかね。

 

 

 

「ふむ。お前、前にも親知らずの治療したのか?」

 

「ええまあ。と言っても、炎症が起きた時に消毒して抗生物質飲んだくらいですけど。」

 

「へぇ。…今回は親知らず関係ないぞ。」

 

「まじすか。」

 

「あぁ。写真撮ったんだから分かるよ。…ほらこれ見ろ。」

 

「………や全然わかんないす。」

 

 

 

レントゲン写真突きつけられてもな。暗いし。

あ、これブラックジャ○クで見たやつだ!くらいにしか思わんよ。

 

 

 

「ここ。」

 

「はい。」

 

「割れてるぞ、歯。」

 

「え"…それって大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫じゃないから治療に来たんだろ。馬鹿か。」

 

「まぁ…。」

 

「ん、じゃあまず削るから。…麻酔したいか?」

 

「痛いのは嫌です。」

 

「はぁぁぁ……じゃあ横になれ。倒すぞ。」

 

 

 

不思議とこの先生の「倒す」が「椅子を倒す」じゃなくて「お前を倒す」に聞こえるんだよな。

英語で言うならテイクダウンだ。

 

 

 

「おらぁ!!」

 

「!?」

 

「なんだこれ……人の口の中とか生理的に無理だわ…。」

 

「!!…!!」

 

「この辺刺しとけばいいか。」

 

「!!??」

 

「んじゃ削るぞー。」

 

「!!!!!!!!!!!」

 

「何だよジタバタすんなよ、他削っちまったらどうすんだ。…殺すぞ。」

 

「!!?????」

 

 

 

**

 

 

 

地獄の時間だった。恐怖やら痛みやら、今までの人生観が根こそぎひっくり返るほどの衝撃。結局何が起きていたって言うんです?

気が付けば枕が…これまた新しいお姉さんの膝に変わり、優しい掌で頭を撫でられていた。

 

 

 

「……終わった、んですか…?」

 

「はい~。全て終わりましたですよ~。」

 

「……めっちゃ怖かったぁ…。」

 

「マスキさんは少々やりすぎちゃうことがありますからね~。あ、でもでも、悪い人じゃないんですよ~。」

 

「本当すか…。」

 

「ふふっ、怖かったですよね~。落ち着きましたか~??」

 

「お姉さんは…一体…?」

 

 

 

なんだこれ…歯医者に於ける天国と地獄。いやそもそもこれは歯医者なのか?

…新手のプレイみたいだけど。頭上に見えるカラフルな髪、人懐っこそうな優しい笑顔。名前だけでも訊いていかなきゃ…。

 

 

 

「私ですかぁ?私、パレオっていいます~。ここの衛生士さんなので、これからあなたのお口の環境を守っちゃいますよぉ~。」

 

 

 

唐突な歯痛に訪れざるを得なかったぶっ飛んだ歯医者。

これは運命か、或いは……

 

 

 

「あ、お兄さん治療終わった?…ちゃんとお金払って帰ってね?」

 

「あ、花園さん……」

 

 

 

わかってますとも。

 

 

 

 




通っている歯医者さんの衛生士さんが倉知玲鳳さんに似ていたことから思いついたシリーズ。
キャラがふわふわしております。




<今回の設定>

○○:会社員。特に残業が酷かったりするわけじゃないが、職場が遠い。
   一旦着替えて~…とすると、大体19時以降に病院を探さなきゃいけないせいでこんな事に。

パレオ:天使。優しい。マジ天使。

佐藤:当院唯一のお医者さん。狂犬マスキング。絶対接客系向いてない。悪気は無い。

チュチュ:レントゲン担当だったあの子。名乗る暇すら無かった。
     一番可愛い。

レイヤ:衛生士さん。受付もこなす。たえ大好き。

たえ:期間限定のサポートメンバー。歯医者のサポートメンバーってなんだ。


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2019/10/25 呼声編・混沌のRAS

 

羅須歯科に通う事数度。何とか歯の修復は終わり、素敵なシルバーアーマーを身に着けた奥歯は心なしか誇らしげに輝いている。

現在は特に治療する箇所もなく、三ヶ月に一度定期健診で来てほしい…と言われたのみで、暫くあの面々とは接点も無いんだろうと思っていたが…。

 

 

 

ピコン

 

「んぁ?」

 

 

 

早朝。聞こえた通知音により寝起きの状態へと移行した俺は、ぼんやりとした頭のまま通知音の発信源を探す。枕の下に入り込んでいたソレを引っ張り出すと、メッセージの受信を示す数字が"2"と表示されている。

そのまま視線を右斜め上方へ移動させると時刻は四時台……四時??

 

 

 

「なんだよ…まだ起きるまで二時間もあるじゃんか…。」

 

 

 

この時間から二度寝は非常に危険だ。目覚ましのけたたましいアラームすら通さない鉄壁のシールドを耳に纏うことにもなりかねない。

渋々ではあるが諦めて体を起こし一伸び。ぐぐぐっと広がる様な感覚を覚える背中が心地よく、ぼんやりしていた頭も晴れていくようだった。

 

 

 

「…ええと……あぁ、グループかぁ…。」

 

 

 

どうやら、新着メッセージを受信していたのは羅須歯科のグループチャット。……普段やたらと業務連絡や雑談が飛び交うこのグループチャット、患者である俺が絶対に居ちゃいけない場所だとは思うが、最後の治療――シルバーアーマー装着の儀――の日に放り込まれたのだ。

ええと、あれは確か佐藤先生が「お前面白い奴だな。…ラ〇ン教えろ」とか唐突に言ってきたせいなんだっけ。本人曰く「柔和な笑顔」で詰め寄られた挙句、ちびりそうになって思わずアカウントを教えてしまったのだ。

 

 

 

たえ『〇〇昨日歯ブラシして寝た?』

たえ『しないで寝たら悪い子だよ?』

 

 

 

……これはどうリアクションしたらいいんだろう。まず、多分だけどあの花園さんは俺より歳下だと思うし、個人チャットもあるのにどうしてここで言うのかも分からない。…まあ一番の問題は発言する時間だけども。

どこか間の抜けた質問にどう返そうかと思案していると他の面々も気づいたようで…

 

 

 

MaskI『過保護か』

 

RAY『花ちゃん時間』

 

珠ちゅ『うっさい寝ろ』

 

 

 

と散々な返答が返ってきていた。因みに皆独特のセンスでアカウント名を作成しているようで、最初見た時は花園さんしか分からなかった。…というか佐藤先生と花園さんしかまともに本名確認できてないし。

この流れでパレオちゃんだけはいつまでも反応を示さなかったが、肝心の俺が何も返答しないのもどうだろう。ちゆちゃん辺りが煩そうだし、無難に返信しとくか…。

 

 

 

『うん』

 

 

 

……無難すぎるかな。あ、因みに表示名が「珠ちゅ」なのが玉出ちゆちゃん――レントゲンを撮ってくれたちっちゃい女の子。あとの人は分かるからいいか。

俺の返事に、少し間を置く様にして周りも騒がしくなってきた。

 

 

 

たえ『結構』

 

MaskI『何様だお前』

 

たえ『おたえちゃんですぅ』

 

珠ちゅ『時間考えて送んなさい』

珠ちゅ『起きちゃったじゃない』

 

MaskI『沢山寝ないと背伸びないぞ』

 

珠ちゅ【中指立てた女の子のスタンプ】

 

『今日は休診日とか?』

 

RAY『営業日です!その後痛みとかはどうですか?』

 

たえ『元気です!』

 

RAY『花ちゃんじゃないよ』

 

『今のところは大丈夫そうです』

 

たえ『何の話?』

 

MaskI『花園一回お口チャックな』

 

 

 

ふと、ここまで騒がしいのに反応が無いパレオちゃんが気になった。あまりに煩いので通知を切っているのだろうか…いやでも業務連絡も兼ねているグループなんじゃ。

俺なんて知りたくもないのに残業とか体調不良の連絡見ちゃってるのに…。

 

 

 

『パレオちゃん寝てる?』

 

 

 

思わず入力してしまったが気付いた時には時すでに遅し。話の流れも読まずに唐突に名前を出す流れとなってしまった。

あれ程騒がしく交わされていた会話がピタリと止まる。

 

 

 

「うーわやっべぇ…。絶対おかしい奴だと思われてんよ…。」

 

 

 

既読は人数分ついているので確実に全員読んでいるはずだ………ん、人数分?

このグループには、俺を含め六人のメンバーが参加していることになっている。既読数の表示は"5"。…ということは。

 

 

 

ピコン

 

非アクティブになっている画面でのアクションを報せる通知音が鳴る。"新着メッセージあり"…?

通知をタップすると別のトーク画面、パレオちゃんとの個人チャットが開かれ、

 

 

 

『ぱれおをごしょもうですか?』

 

 

 

と表示されていた。

 

 

 

『起こしちゃってごめんね?』

 

『用があったとかじゃないんだけど、

反応なかったからさ』

 

 

 

すぐに既読が付いた。……が、待てども待てども返信が無い。

恐らく現在非アクティブになっているグループの方からはピコンピコン通知音が鳴り響いているというのに…。

余りにも煩いので一旦そっちを開いてみる。

 

 

 

RAY『患者さんはどうなるんですか?』

 

MaskI『予約入ってないだろ』

 

RAY『そうなの?花ちゃん』

 

たえ『ごはんたべにいこーよ』

 

RAY『予約は?』

RAY『花ちゃん』

 

たえ『よやくって?』

 

RAY『前に教えたでしょ?紙に書くやつ』

 

珠ちゅ『今日の予約ならゼロよ』

 

RAY『ほんと?』

 

珠ちゅ『ええ、昨日見たもの』

 

MaskI『お前昨日何処に居たんだ』

 

珠ちゅ『暇だったからカウンターでお絵描きしてたの』

 

たえ【トーストが焼きあがるスタンプ】

たえ『ちーん!!』

 

RAY『予約台帳に変な生き物いっぱい描いたの院長だったんですか…』

 

珠ちゅ『変?』

珠ちゅ『猫よ』

 

『何事です?』

 

 

 

もう耐えられなかった。朝から何てものを見せられているんだろうか。…正直結構面白かったが、ずっと見ていると頭がおかしくなりそうだった。

混沌とし過ぎだ。…つーかあのちいちゃい子、院長さんだったんだ…。

 

 

 

MaskI『今日、休みにするぞ』

 

『はい?』

 

MaskI『なんだお前、歯だけじゃなくて目も悪いのか』

MaskI『何の為に生きてんだ』

 

珠ちゅ『納税の為でしょ』

 

『急に休みにしたら、急患とか困るんじゃ?』

 

たえ『ねます、ぐぅ』

 

珠ちゅ『いいのよ、患者なんか碌に来ないんだし』

 

RAY『四日続けてゼロ人でしたからね』

 

『でも今日は来るかもしれないじゃないですか』

 

MaskI『うるせえ。じゃあお前が治療しろ』

 

『んな無茶苦茶な…』

 

 

 

……どうやら今日は急に休診にするらしい。普通じゃ有り得ない判断だが、羅須歯科ではどうやら普通の事らしい。上層連中が満場一致なのが特にヤバい。

これ以上無茶苦茶言われても困るのでそっと通知を切り、今日のところはもう関わらないようにする。

…と、そのタイミングでピコンと、通知音が鳴った。最後の送信から十五分余りが経過しているパレオちゃんの個人チャットへ。

 

 

 

『ぱれおはもじをうつのがすごくおそくてにがてなのです』

『だからみなさんにもいっぱいいぱいめいわくがかかるのです』

『〇〇さんはいやっていわないでくれるとうれしいのです』

『ぱれおは〇〇さんとなかよしさんでいたいのですからよろしくです』

 

 

 

うーん、どうやらパレオちゃんはスマホの入力が苦手らしい。遅れてしまうからグループでは発言しないと……これは唯一の癒しかもしれない。

ところどころ入力を間違えているところとか、平仮名ばかりの文面とか…何と言うんだろう、守ってあげたくなる?感あるよな。

 

 

 

『ゆっくりでいいからね。』

『今度打ち方教えてあげよっか。スマホの使い方も。』

 

『ありがとごじます』

『わあまちかえちゃいました』

 

 

 

…気づけば、患者の一人も来ない珍妙な歯科医院がクセになり始めている自分が居た。

 

 

 




ライン一つでこんな…




<今回の設定更新>

〇〇:この後普通に出勤した。歯磨きは一日に4回する派。

パレオ:機械が少し苦手なよう。かわいい。

チュチュ:想像以上に可愛い名前でしたね。これでも一番偉いのだ。わはは。

マスキング:ラインのアイコンはシャボン玉に囲まれたうさぎさん。口が悪すぎる。

レイヤ:真っ当。彼女が居なければもう色々と成り立っていないと思う。

たえ:まだサポートメンバー。正直居なくても困らない。
   面白そうなスタンプを買うだけ買い漁って使わないタイプ。


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2019/11/21 会合編・猛進のChuchu

 

 

今日も今日とてチャットグループはアホみたいに元気だ。確かに今は深夜だし、営業時間は終わっているんだろうけど…よくもまぁここまで雑談が続くもんだ。

ま、作業中に見る光景としては丁度いいかな。

 

 

 

珠ちゅ『アンタも居るなら反応しなさいよ』

珠ちゅ【猫が爆発するスタンプ】

 

 

 

ただ会話を眺めているだけだったが、既読の付き方で分かったのだろう。個人チャットの方に院長様からお怒りのメッセージが届いた。

相変わらず、猫が好きなんだか嫌いなんだか分からない独特なセンスのスタンプを使う子だな。

 

 

 

『今手が離せないんです』

 

『あぁ?』

『何でよ?』

 

『忙しいんです』

『色々と』

 

『それは、右手が忙しいってやつ?』

 

『ちゆちゃんってそういう人?』

 

 

 

なんつーことをぶっ込んで来るんだ。実際のところ歳は分からないがあのサイズだしたぶん子供だろう…ということで"ちゃん"付けにしてしまったが、怒られるだろうか。

 

 

 

『ちゆちゃん?』

 

『あぁごめんつい』

『ええと…玉出先生?』

 

 

 

…その後待てど暮らせど個人チャットでの反応はなく。どうやら怒りのラインを一足に踏み越えてしまったらしい。

相変わらずグループの方では楽しそうに戯れが続いているが…。

 

 

 

たえ『そういえばね』

たえ『えっと』

 

珠ちゅ『私はSwordの方にしたわ』

 

MaskI『あ?お前Shieldって言ってたろうが』

 

珠ちゅ『乙女ってのは常にInspirationに従って動くもの』

珠ちゅ『誰にもDon't Stopだわ!』

珠ちゅ【スピード感溢れる猫のスタンプ】

 

MaskI『あ?被ったじゃねえかどうしてくれんだ』

 

珠ちゅ【猫があかんべーするスタンプ】

 

MaskI『死ね』

 

 

 

仲良しなんだか殺伐としてるんだかわかんないなぁ…。とりあえずちゆちゃん…玉出院長先生が猫好きなのは何となく把握した気がする。

このまま言葉のドッヂボールを眺めながら作業するのも良いかなと思いつつ、無心で手を動かす。…と、

 

ピコン

 

個人チャットの方から通知が。通知バーを見るに、ようやっと院長から返信があったらしい。…パレオちゃんじゃないのか。

 

 

 

『チュチュよ』

 

 

 

???

何だ?

 

 

 

『はい?』

 

『ちゆちゃんじゃなくて』

『チュチュって呼んで』

 

『ニックネームか何かですか?』

 

『まぁそんなとこ』

『確かに私が年下だし本名呼びでもいいのだけれど』

『あなたに呼ばれると虫唾が走るの』

『Sorry』

 

 

 

なんだそりゃ…。虫唾て。

そこまで嫌なのは一体何なんだろうか。俺が嫌われているのか本名を好んでいないのか…何にせよ、違う名前で呼べと言うのだから仕方あるまい。

 

 

 

『じゃあチュチュって呼ぶね』

 

 

 

我ながら素っ気なさすぎたかな。虫唾がどうとか言われて少し悲しかったけどそこまで悲嘆することでもないし、かと言って絡みに行くほど仲良しでもない。

多分これくらいが丁度いい距離感なんだとは思うけど…

 

 

 

【怒る猫のスタンプ】

『それだけ?』

 

 

 

院ちょ…チュチュちゃんはお気に召さなかったようで。

 

 

 

『他にも何か?』

 

『私がNicknameで呼ぶことを許可したのよ』

『もっと喜ぶでしょ普通』

 

『なんで?』

 

 

 

貴族か何かなのかコイツは。

 

 

 

『あなた、友達居ないでしょ』

 

 

 

うるせぇよ!

何故にこんな上から目線でモノを言われなきゃいけないのか分からないが、どうも光栄な事らしい。…いやもう面倒だから放っておこう。

気を取り直してグループの方に目を向ける。

 

 

 

RAY『花ちゃんは結局何が言いたかったの?』

 

MaskI『そういや静かだな』

 

RAY『そういえば…って言ってから何も言わないね』

 

珠ちゅ『違うわ、最後は「えっと」よ』

 

RAY『はいはい』

 

珠ちゅ【爪を研ぐ猫のスタンプ】

 

たえ『猫だ!』

たえ『にゃーにゃー!』

 

MaskI『あ、いた』

 

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

たえ【不細工な猫?のドヤ顔スタンプ】

 

珠ちゅ『ハナゾノ、クビにするわよ』

 

たえ『だってかわいい』

 

RAY『うん、可愛いから、私と個人の方でいっぱい貼ろっか?』

 

たえ『にゃんにゃーん』

 

 

 

相変わらず凄いなこりゃ…。これだけ賑やかなら嘸かし素敵な職場なんだろうな。

…いや待て、これは飽く迄チャットのやりとりだろ?…これが実際の職場に近い環境――要は、通話状態で声でのグループトークであればどうなるのだろう。

少なくともスタンプは無いわけだし、だいぶ変わりそうだが…。

 

 

 

MaskI『調子乗んなよ花園』

MaskI『虫歯以外の歯だけ抜くぞ』

 

たえ『えーやだー』

たえ『パン食べられなくなっちゃう…』

 

RAY『何故パン限定?』

 

『あの』

 

 

 

混沌世界に足を踏み入れる。あぁ…何だか途轍もなくマズい領域に突入してしまった気分だ…。あれだけ騒がしかったのに一瞬で静まるチャット欄。出方を窺っているのだろうか。

腹を決めて爆弾を投下する作業に移る。

 

 

 

『俺も会話入っていいすか』

 

 

 

これはまだジャブだ。

ホッとした様に騒がしさを取り戻すチャット勢。

 

 

 

珠ちゅ『何よ驚かせないで』

珠ちゅ『勝手に入れば』

 

RAY『そうですよ!一緒にお話ししましょ!』

 

MaskI『一々断ってんじゃねえよ』

MaskI『出禁にすんぞ』

MaskI『やっぱしない』

 

『よかったー』

『じゃあ折角なんで、通話にしません?』

 

 

 

さぁ、再び静かになったグループ。どう出る。

そこから二分…三分……六分………十分…。あれ、全く以て誰も喋らなくなったぞ。そこまで?

 

ピコン

 

どうやら誰かが個人チャットを送ってきたようだ。流石に調子に乗り過ぎだと、裏でこっそり怒られるパターンなんだろうか…ん!?

通知が表示されていたのはパレオちゃんとのトーク。まさかのタイミングだぞパレオちゃん。もっとやったれパレオちゃん。

 

 

 

『おてんわわたしもはいっってよいですか』

 

 

 

マジかぁ…!思い付きで言い放った茶番に参加してくれようとは!

…本当にこの子天使なんじゃないだろうか?

 

 

 

『ほんと!?』

『是非お願いしたいな!』

『俺もパレオちゃんの声聞きたいし!』

 

 

 

つい興奮して矢継ぎ早にチャットを送ってしまった。とは言えまだグループの方では動き一つないし、手持無沙汰だったから丁度いいんだけども。

…そして待つこと数分。一生懸命打ったであろう文章が返ってくる。

 

 

 

『やったあ わたしも〇〇さんのおこえききたいです』

『あとそのびっくりのやつはどうしたらでるですか』

 

 

 

…可愛い。

エクスクラメーションマークの打ち方は今度また教えてあげることにしよう。ほんと、その辺スマホは面倒なんだから。

 

 

 

**

 

 

 

通話の発信音が鳴る。これは全員が応答するか拒否し終わるまで鳴り続けるもので、応答した人は随時会話ができる状態になる。

一回…二回…三回…

 

 

 

「あっ、あっ…ぁ、あの…」

 

「………パレオちゃん?」

 

「あぅ……○○、さん……は、はじ、はじめまして…は変ですよね、あははは…。」

 

 

 

可愛い…。

相変わらず鳴り続けている発信音や誰ひとりとして反応しない状況はさておいて。…慣れていないのか、酷い音割れと共に聴こえてくる可愛らしくも控えめな声。

あぁ、近すぎてボボボ…とマイクに息が当たりまくっているのもまたいい…。

 

 

 

「久しぶりに……声聞いたな。」

 

「あぇ……その、変じゃ、ないですか?私の声。」

 

「相変わらず可愛い声だね。…すっごい癒される気がする。」

 

「えっ、えっ、あっ、あぅ………。えへへ、嬉しいです。」

 

 

 

あぁ…俺はもしや一生分の運を使い切っているのでは?

そう思ってしまうくらい、パレオちゃんは天使だった。

 

 

 

「○○さんのお声も……すっごく素敵で、毎日聞いていたいくらいです…よ?」

 

「…ッ。いやいや、そんなそんな…」

 

「ほんとですっ!だってだって、何だか落ち着く声で、安心できて、大好きで……ぁ。」

 

 

 

あ。

暫しの沈黙。多分電話の向こう側で顔を真っ赤にして悶えているんだろうなー…とこれはまあ俺の勝手な妄想だけども。

でも、なんだって?大好き?…ちょっと待ってよぉ…そんなこと言われても俺困っちゃうよぉ…。

 

 

 

「じゃあさ……その、時間あれば、だけど……毎日電話、する…?」

 

「!!………い、いいんですか…?」

 

「俺は全然、パレオちゃんと喋れるなら……それにほら!文字の打ち方も教えられてないし!!」

 

「そ、そうですねっ!………ぜひ、お願いしたいです。」

 

 

 

なんということだ。あの病院のメンツを引っ掻き回したいだけだったのに、こんなに可愛らしい通話相手ができてしまうとは…何たる僥倖、何たる棚ぼた。

これからは毎日、楽しい作業時間が待っているぞ…!

 

 

 

「アンタ達、何を青臭い会話してんのよ。」

 

「げっ」

 

「い、院長さぁん!?」

 

 

 

居たのか。いつ応答してたんだ。玉出。

 

 

 

「ちゅ、チュチュちゃん!どこから聞いてた?」

 

「!?」

 

「割と序盤からね。「可愛い声だね~」くらいから。…人の病院スタッフ口説くのやめてくれない?」

 

「違うんだチュチュちゃん!…いや違わない、か…?」

 

「………。」

 

「ほら、パレオは否定しないじゃない。沈黙は肯定って言うじゃない?」

 

「パレオちゃん…!!」

 

 

 

どうしてだろう。チュチュちゃんと喋りだしたあたりからパレオちゃんの声が聞こえなくなったぞ。いや、別にチュチュちゃんが大声を出しているというわけではないんだが、純粋にパレオちゃんの様子が変というか。

 

 

 

「○○さん?……「チュチュちゃん」って?」

 

「へ?……あいや、さっき、そう呼べって言われて。」

 

「……ふぅん。」

 

「ええと、だめ…だった?」

 

「ダメとかじゃあないですけど、何だかもやもやする気持ちですっ。」

 

「もやもや?」

 

「何だか、すっごく仲良くなってる気がするです…。」

 

「えぇ…?」

 

 

 

なんだなんだ、雲行きが怪しくなってきちゃったぞ。

 

 

 

「じゃあええと、パレオちゃんも何か呼び方変えよっか。」

 

「うぇっ!?…えぅ…あぅ……その、ええと。」

 

「…なあに?」

 

「私……"れおな"って言うです。名前。」

 

「……パレオって本名じゃなかったんだ。」

 

 

 

それもそうか、カタカナだし。髪の色こそ愉快なことになってるけど、名前は確かに違和感があったんだよな。

れおな、れおなか…。

 

 

 

「…ん、わかったよ。じゃあこれから、"れおな"って呼んでいい??」

 

「ひゃぅっ。……ひゃ、ひゃい…それで、よろしくお願いしましゅ……。」

 

「そんなに固くならなくていいよ…名前で呼ぶだけだし…。」

 

「ら、らって…男の人に名前…初めて…あぁう」

 

 

 

ポーン

 

あ。

テンパった挙句に通話からもいなくなっちゃった。あちこち弄って切っちゃったのかな?それもそれで可愛い…

 

 

 

「……あの子の名前、れおなっていうんだ。」

 

「あ、気になるとこそこなんだ、チュチュちゃん…。」

 

 

 

…なんだかなぁ…。

 

 

 

 




カオス。




<今回の設定更新>

○○:声がいいらしい。低めの落ち着いた声をしている。
   作業作業といいつつ、趣味のお絵描きをしていただけという。
   名前を覚えるのが苦手。

パレオ:れおなちゃん。相変わらず文字を入力するのは遅い。
    主人公の声が好みらしい。よくテンパる。

チュチュ:お騒がせ院長。
     圧がすごい。

マスキング:怖い。

レイヤ:たえが気になって仕方がない。お母さんか。

たえ:手に負えない。


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2019/12/01 拉致編・飲酒でRAS

 

 

「あっはっはっはっは!!!!いいぞ花園!!踊れ踊れぇ!!」

 

「…マスキング、それは花園の持ってきたフラワーロックよ。何ならアンタが煩いからクネってんの。」

 

「おぉ?おぉぉお??…はっはー!今日も今日とてちっちゃいなぁお前はぁ!チッチャイナァ!」

 

「どうして私は認識できるのよ……ちっちゃい言うにゃぁ!…あっ!?」

 

「ああもう、二人とも飲みすぎですよ…。ほら、院長、暴れるから零すんですよ…。花ちゃんも、服ちゃんと着ようね?」

 

「あついんだもーん。(・ω・`)」

 

 

 

…なんだこれ。

貴重な日曜日だというのに、俺はまたしても混沌の中に居た。しかも最近慣れてきた文字の付き合いではなく、顔を突き合わせて酒を酌み交わすといった、ある意味"大人の付き合い"の場だ。

大人…なんだよな?皆。

 

 

 

「…なあ、れおなちゃん?」

 

「ふあい。」

 

「みんな、年齢的には大丈夫なんだよな?」

 

「そう…れすかね。」

 

「……れおなちゃんだけだったよね?未成年は。」

 

「うへへへ…ぱれおは未成熟ですよぉ。」

 

「未成年、ね。」

 

 

 

隣で首をかくかくゆらゆらとしながらオレンジジュースを飲んでいる天使。相変わらず今日もカラフルなパステルヘアーだ。

昼間、れおなちゃんとデートに漕ぎつけた俺だったが、待ち合わせ場所である羅須歯科の前で待っていたのは半泣きのれおなちゃんと恐怖の面々の姿。あの時のにんまりしたチュチュ院長の顔を俺は忘れないからな。

 

 

 

『飲み、行くわよ。』

 

 

 

至極楽しそうに院長が楽しそうに口にした言葉はまるで死神の呪詛のように響き、頷かざるを得ない状況にれおなちゃんの涙は加速。

斯くして、気付けばどこぞの料亭の宴会場にてこのような地獄の様相へとなり果てたのだった。

 

 

 

「…れおなちゃん、首据わってないよ。」

 

「えぇ~??私はここに、ちゃぁんと座ってまひゅ。」

 

「参ったなぁ……。」

 

 

 

一人だけ未成年と説明し、確かに果汁ジュースを持って来て貰ったはずなのに、いや、俺自身一口貰ったのだから間違いようはあるまい。それじゃあどうしてこれほどまでにベロベロに?

 

 

 

「説明してあげゆ。」

 

「うぉっ、…あぁ、チュチュか。」

 

「その子ね、果汁100%に弱いんよ。…普通の人でいうところの、アルコールみたいに酔っぱらっちゃのよね。」

 

「それを先に言ってくれりゃいいのに…。」

 

「ふふ、らって、みんな気持ちよくなっているところに一人だけ素面じゃおもしよくないじゃない?」

 

「微妙に舌回ってねぇな…そんなら連れてこなきゃいいじゃんか。」

 

「それじゃあアンタが来ないれしょーが。」

 

 

 

えぇ…それじゃあ何か、れおなちゃんは俺を釣る為の餌…?

こう言っちゃ何だが、折角デート迄発展した仲を邪魔しないでほしい。…確かに、これだけの美女軍団と飲めるなら一瞬幸せな空間かとも思ってしまうけど……。

 

 

 

「えへへへへ、〇〇さぁん、いい匂いれふぅ…」

 

 

 

幸せな空間だったわ。モゾモゾと頭頂部をこすりつけているれおなちゃんにどうしたものかと迷いながらもその旋毛の行く先を観察する。…こらこら、シャツに入ろうとするんじゃない。

ふと思い出し右側を向くとやけにソワつくチュチュと目が合う。

 

 

 

「…え、何、どういう感情?」

 

「そ、そんなにいい匂いなのかと思って。」

 

「やめてね。」

 

「嗅がせ」

 

「やめてね。」

 

 

 

先手を打ったのに乗り越えて来るんじゃないよ。相変わらずどんちゃん騒ぎの大人グループを他所に、実年齢子供&見た目子供組は落ち着いている方へと避難してきた形になるが…

さっきからチラチラと目が合うんだよなぁ、佐藤先生と。

 

 

 

「おいお前、何を見ている。」

 

 

 

ほら、もう…。

 

 

 

「目が合ったら勝負開始、こっちに来て飲めやオラァ!」

 

 

 

輩じゃん…。

 

 

 

「しょーがないな…来れないってんならこっちから行ってやんよォ…」

 

 

 

頼んでない…。

この幸せ空間をぶち壊さないように、もう少し揺蕩って居たかったが仕方ない。元気一杯無自覚絡み酒先輩(エナジーモンスター)と化した佐藤先生がフラフラする足取りで立ち上がる中、禿げるんじゃないかと心配になる勢いで頭を擦りつけているれおなちゃんをチュチュに託す。こっちに来る前に、俺が行かねば。

 

 

 

「もう、絶対飲みすぎっすよ先生。」

 

「うるせぇなぁ。お前はあーしのオジイチャンか。」

 

「はいはい、違いますよ。」

 

 

 

酔っぱらっても普段の方向性と変わらないらしい。…というか、酒さえ飲ませておけば大人しい分普段よりマシかもしれない。

隣で脱ぎ捨てられる花園さんの服を一生懸命拾い集めるレイさんも気にはなるが、まずはこっちのお姉さんを何とかしなくては。

 

 

 

「オジイチャンじゃねえのかよ。」

 

「…オジイチャン…好きなんすか。」

 

「殺意しかない。」

 

「アンタ俺のことそんなに嫌いなんすか。」

 

「いや、お前は違うな。…お前はアレだ、出来る客だ。」

 

 

 

なんだそりゃ。酔っぱらいの言葉だから信憑性に関してはゼロに等しいが……少なくとも、オジイチャンよりは嫌われてないらしい。…そのオジイチャンが汚物とかを指していたら泣くけどな。

 

 

 

「出来る客って……」

 

「ウチに態々予約入れるのなんかお前くらいなんだぞ?」

 

「それは…もうちょっと経営の体制を…」

 

「ガキが知った様な口を利くんじゃねえ。」

 

「アンタ同い年だろ!!」

 

 

 

最近知ったが、この人はどうやら同い年らしかった。…この病院に関しての真面目な情報は大体レイさんがくれる。未だにレイさんが独身なのかどうかは教えてもらってないが、それはまあどうでもいいだろ。

 

 

 

「……まぁ、大切なお客様ってこった。」

 

「そう思うんなら虫歯じゃない歯ぁ削るのやめてもらっていいですかね。」

 

「虫歯に見えたんだよ。細かい事気にしてると立派なオジイチャンに成れねえぞ。」

 

「まだ老後の事なんざ考えたことも無いっすよ。」

 

「気付けばすぐだぞ。」

 

「そりゃどうも。」

 

 

 

手が止まって少し酔いが醒めたか、こちらを見詰める目は先程より幾分かはハッキリしている。…ただ、黙っていれば美人な方だし何というかその…恥ずかしくなってくる。

 

 

 

「…なんすか。」

 

「………お前、割と整った顔してるよな。」

 

「酔い過ぎっすよ。」

 

「……あのさ、あーしさ…」

 

「あーっ!!!見て、レイ!!ちゅーするのかな??ちゅーするんだよね!!」

 

「は、花ちゃん、邪魔しちゃだめだよ…」

 

「だって、ずっと目見てるよ?あれはするでしょ?するなぁー濃厚なやつ!」

 

 

 

外野で花園さんが喚いている。レイさんもあまり一生懸命止める気は無いみたいだけど…この佐藤先生に限ってそれは…

 

 

 

「なるほど、ちゅー…か……確か目を閉じて」

 

 

 

やる気になってらっしゃる!!

いやいやいや、何急な流れで人の唇奪おうとしてんすか。目ぇ閉じると益々美人だな、とか口が裂けても言えないけどいやぁあああ!近づいて来ないで!!!

 

 

 

「ほら!するよね?絶対するよね???」

 

「は、花ちゃん!しーっ!黙って見てないとまた怒られるよ!」

 

「へっちゃらだいっ!」

 

 

 

ガキか…じゃない、止めろ!

 

 

 

「…先生、とりあえずストップです。」

 

「…ん、なんだ?」

 

「先生、その……そ、そーゆー事は、ノリとかでやっちゃいけないもんです…。」

 

「なんで。」

 

「…先生は知らないすけど……俺はその…はっ、初めてなので…。」

 

 

 

笑うがいい。いい歳して全てが未経験な残念な奴だと。…そりゃ皆みたいに可愛かったり綺麗だったりするなら、トキメキなんて全く感じなくなる程擦れ切った行為かも知れないけどさ、俺はやっぱり大切にしたいんだよ。

佐藤先生が嫌いとは言わないけど、やっぱり最初は愛する人と、さ…。

 

 

 

「……ま、マジか?」

 

「ええ!マジですよ!どうぞ笑ってやってください。」

 

「……かっこいい。」

 

「へ??」

 

 

 

今何つった?馬鹿にしてんのか?と一瞬イラつきそうになったが、目の前で相変わらずの酔っぱらいは真剣な表情だ。どこが格好いいのかはさっぱりだが、どうやら俺は許されたらしい。

 

 

 

「…まぁなんだ、悪かった。ノリでいっちまえって部分は確かにあったし、あーし的には、お前ならいいかなって思って…」

 

「先生……すみませんが、俺的には先生はパスで。」

 

「…あぁ!?ぁんでだよ!!」

 

「食い千切られそうな…イメージが…。」

 

 

 

そんな猛獣に生肉を口移しするような危険行為はやりたくない。せめて素面ならワンチャンあるけど、酔っぱらいは勘弁なんだマジで。

 

 

 

「あーしは虎か何かかぁ!?…ええい、もうさせろ!いっそさせろ!!」

 

「本性現してんじゃ無いっすか…」

 

「だっ、だめです先生!!強引に行っちゃ、折角の患者さんなのに…んむっ!?」

 

 

 

俺を押し倒さんとする佐藤先生をレイさんが必死に止める。その結果、代わりに貪られたのはレイさんだったが…まぁ本人達も満更じゃなさそうだし放っておいていいとして、問題はまだある。

レイさんが犠牲になっているということは、最早羅須歯科の名物になりつつある怪物、天真爛漫未知怪異(フリーダムハナゾノ)が野放しになっているということで…。

 

 

 

「どうしてちゅーしなかったの。」

 

「流れでするようなもんじゃないでしょ?大事にしなきゃ。」

 

「ふーん……おもしくないなぁ。」

 

 

 

君の娯楽のために大切な初めてを適当に扱いたくはないんでね。まだ何か言いたそうにこちらを見ているが、下手に絡んで碌な目に遭った試しがない…ということで、未だくんずほぐれつを続ける二人にけしかけることにした。

 

 

 

「花園さん。」

 

「なあに、ちゅーする?」

 

「しないしない…。そこの二人は今お愉しみみたいだから、君も混ぜてもらえばきっと面白いことになると思うなぁ。」

 

「…ほんと?」

 

「ほんとほんと。だってほら、二人とも夢中になってるでしょ?」

 

 

 

指をさす方向をじっと見つめる花園さん。その視線の先で繰り広げられているのはとても"面白そう"なものではなかったが、やがて花園さんはコクンと小さく頷くと、

 

 

 

「……確かに。はっするだ。」

 

 

 

と言うや否や飛び掛かっていった。

その迅さ、獣の如し。きっと三人で宜しくやってくれることだろう。

 

 

 

「ちょっと〇〇、見てたわよ。」

 

「チュチュ…見てたなら手伝ってくれよ。」

 

「ふふん、中々に愉しい余興だったわ。…それにしてもアンタ、随分と手慣れてきたものね。」

 

「慣れないと食われちまうんで。」

 

「あそ。…ところで、もう一つ頼めるかしらね。」

 

 

 

ほっと胸を撫で下ろせたのも束の間。いつの間にか背後を取っていたチュチュがしな垂れかかる様に俺の背を押し、相変わらず上から目線で揶揄うように絡んでくる。

頼み事…はて、今度はどんな無理難題を押し付けられることやら…。

 

 

 

「可能な範囲でなら…」

 

「簡単で、アンタにしか頼めない事なのよね。」

 

「…?」

 

「このバカ騒ぎだけど、まだ暫く続きそうじゃない?」

 

「まあ。」

 

「…でもあの子、潰れちゃったみたいなの。」

 

 

 

クイと顎で指した先は先程迄俺が居座っていた楽園。そこに突っ伏して震えているれおなちゃん。…うっそだろオイ、ジュースで酔うのはまだしも潰れるまで行くかね。

残念なことに全てマジらしく、肩を竦めて笑うチュチュもお手上げ状態らしい。

 

 

 

「介抱するにしてもアンタの方が適任だと思ってね。」

 

「…何故俺が。」

 

「…きょ、今日デートの邪魔しちゃったじゃない?…だからその、この時間は邪魔しないようにしてあげるから、イチャイチャしてきなさいって事よ…このバカ。」

 

「あーなるほど。で、どうしてチュチュがそんなに恥ずかしそうなん?」

 

「うっさい!早く行け!」

 

 

 

うっぷ。背中を思い切り蹴飛ばされたせいで込み上げてきそうになったが…地べたで震えている姫を放っておくわけにもいかないので傍に腰を下ろす。

 

 

 

「れおなちゃん??…どしたの??」

 

 

 

どうしたものかと考えはしたが、結局状況もいまいちわからないのでまず声をかけてみる。

すると震えがピタリと止んで、ゆっくりと顔が上がる。

 

 

 

「ふわぁ、〇〇さんらぁ…。ろこいってたんれすかぁ…?」

 

「うん、ごめんねぇ。ちょっと酔っぱらいの相手を…」

 

「うひゅひゅ、ぱれおも今はよっぱらいさんなのれすよぉ?」

 

「そう…みたいだね。…何飲んだのさ。」

 

 

 

近くに転がっているコップには水滴一つ残っておらず、そこから推測するのは難しい。

何が楽しいんだか、ケラケラと笑うれおなちゃんは匍匐姿勢のまま這い寄ってきて…

 

 

 

「んふ。…うぁうぁうー。うひゅひゅひゅひゅ。」

 

 

 

ぽすっ、と、胡坐をかく俺の太腿に顎を乗せる。そのまま意味のない鳴き声を発しているが、何やらご機嫌そうだ。

そこから寝返りを打つ要領で仰向けになり、こちらの顔を覗き込んでくる。因みに俺はというと、寝返りに合わせて枕にしやすいようにと足を伸ばしたため、若干キツイ体勢になってしまった。攣りそう。

 

 

 

「えへへへー、こうすると○○さんのお顔が良く見えまひゅぅ」

 

「…あんまりじっと見るんじゃないよ、恥ずかしいでしょ。」

 

「〇〇さんは照れ屋さんなのれすねぇ、かわいいれふ。」

 

「そうかね。…れおなちゃんの方が可愛いよ。」

 

「あう。…そんらこと、言われたことないれす。」

 

「またまた……。」

 

「ほんとに、初めて言われたれすよ。…ぱれお、可愛いれす??」

 

 

 

そんな馬鹿な。まるで精巧なお人形さんの様に可愛らしい彼女が、一度も…?

世の中の目が俺の想像以上に厳しいのか、れおなちゃんの記憶力があまりに残念過ぎるのか…はたまた何かの罠か…。

 

 

 

「…少なくとも俺の知ってる女の子の中では一番かな。」

 

「……あぅぅ。ほんと…ですか。」

 

「うん、最高に可愛い。」

 

「…何れ二番になったりするですか。」

 

「………。」

 

 

 

いやそりゃ可能性はあるだろうけどさ。ほろ酔い気分の上、ここまでの美少女に目を潤ませてそんなこと訊かれたら、ねえ…。

根拠のない嘘だって吐きたくならぁな。

 

 

 

「そんな日は…来ない、かな。」

 

「…うそだぁ。」

 

「ほんとだよ、れおなちゃんは一番かわいくて、ずっと一番だから、それで…」

 

「…信用しても、いいれす??」

 

「ん、信用して。れおなちゃんは何時までも俺の一番だから。」

 

 

 

あぁぁぁ……これは酔いが醒めてから後悔するパターンだ。

…だがしかし、勢いで言ってしまった言葉ではあったけれど、どうやられおなちゃんには効いたらしく。

 

 

 

「あ、あうあう……ぅぁあ、あう」

 

 

 

真っ赤な顔で悶えていらっしゃった。

 

 

 

「おうおう、こいつウチのスタッフ口説いてんぞ。」

 

「レイの耳たぶおいしかった」

 

「そこまでしろとは言ってないのだけどねぇ。」

 

「焼き芋みたいな味がした」

 

「いっそアイツもうちの病院に勤務させりゃいいんじゃねえの。」

 

「口はべとべとしてた。ますきんぐさいあく。」

 

「花ちゃんもうやめて…」

 

「その手があったわね…。というかマスキング、酔いは?」

 

「とっくに醒めてる…から追加で飲むぞオラァ!」

 

「またちゅーする?」

 

「ちょっと!私だってそろそろ限界なんだからね!!」

 

 

 

……何という事だ。俺が一生懸命れおなちゃんを可愛がっている様子を、選りにも選ってあの面倒連中に見られていたとは。

上層部はまだ呑み続けるらしく酒瓶を片手に何処かへ消えて行ったが、何かを失ってしまった様子のレイさんと、歩く無法地帯が残る。

 

 

 

「……君はもう飲まないの?」

 

「〇〇さん、ちゅーする?」

 

「まだ言ってんのか。君とはそんなこと」

 

「違う、パレオちゃんと。」

 

「………。」

 

 

 

れおなちゃんと…?いやいやいや、確かに初めてするならこの子がいい、とは思う、けど!

潰れている相手に、こんなムードも何もないような状況で流されるままにってのはどうなんだ…

 

 

 

「…せっかくのチャンス。大事にしないとだよ。」

 

「チャンスて…花園さん…」

 

「んぅ??…〇〇さん、ちゅーしたいれふか??」

 

「ふぉぉぉお……!!」

 

 

 

下から伸びてくる綺麗な手が俺の頬と唇をなぞる。今にも寝てしまいそうなれおなちゃんのトロンとした目と、何故か真剣な表情で見守る花園さんに俺は…!!

 

 

 

「くっ……!」

 

 

 

 

 

小心者と嗤うなら嗤ってくれ。

 

 

 




羅須歯科は今日も元気です。




<今回の設定更新>

○○:意外と誠実らしい。
   酒には無駄に強い。

パレオ:果汁100%ドリンクで酔ってしまう特殊体質。もちろん飲み過ぎると潰れる。
    もしかしたらちょっと重い系ガールかもしれない。

チュチュ:案外面倒見はいいらしい。
     どうでもいいかもしれないが、いつも猫耳を付けている。
     ヘッドホンではない。

マスキング:猛獣先生。酒癖が悪い…フリらしい。
      甘味をツマミに呑む。

レイ:ファーストキスは酒の味になった。
   どこへ行ってもおたえの保護者。

たえ:何なんだこの人。


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2019/12/15 遭遇編・深淵のPareo

 

 

 

ふにぃ

 

まただ。またこの感触。

今日も今日とてれおなちゃんにスマホの操作を教えているんだが、場所は街のとあるファミリーレストラン。日曜日ということもあって、そこそこ賑わっている店内だが、そんなことはお構いなしに隣に座ってくるのがれおなちゃんという女の子の習性だった。

画面を見つつ手順やら操作方法を教えるという名目上、理に適っていると言えばそうなのだが。

…要は、理性が持たない。

 

 

 

「ふわわぁ!今のびゅんってやつはどうやったです??」

 

「えっとね…ここの端の方を、二回トントンってやってみて。」

 

「…とん…とん……あれぇ??」

 

「あぁ違う違う、素早く"トントンッ"って感じかな。」

 

「難しいです…。」

 

 

 

小さな子供に教えている気分になる。当然、"タップ"だの"スワイプ"だの言っても通じないので、やって見せたり手を掴んで実際にやらせたり、今の様に擬音で表現することになるんだが…。

これがまた何とも興奮する。

 

 

 

「トントンってどれくらいです?"とんっとんっ"です?…それとも、"トントンッ!"です??」

 

「う、ううむ…。」

 

 

 

これ会話だけだと伝わらないだろうけど、れおなちゃんがトントンやって見せているのは俺の右頬である。強弱と速さを変えつつ人差し指でほっぺたをツンツン…甘すぎるっ!!さっきから冷静さを取り戻す為に呑み続けているブラックコーヒーも何だか砂糖水の様だもの。

学生時代から今まで恋人が居た経験は有れど、こんなに甘ったるいスキンシップを図られたことないオジサン…ドッキドキである。

 

 

 

「今の二回目の方、近いかもね。…それを画面でやってごらん。」

 

「はいっ!……い、いきます。…とんとんっ!…うぁっ!?」

 

 

 

先程練習で開いていたスポーツ選手のスキャンダル記事がググッと拡大される。ダブルタップ習得である。

一瞬目を見開き驚いていたが、自分にもできたことの歓びが遅れてやってきたのかそれを体現するれおなちゃん。

 

 

 

「やりましたっ!パレオもスマホマスターです??ですよね???」

 

「んっ!?」

 

 

 

ぎゅーっと腕に抱きついてくる…のはいいが、その、冒頭でも表現したような、「ふに」というか「ほわ」というか…そういった感触で右腕が包まれていく。

成程成程…、いつも歯医者で治療を受けている時にも頭頂部で感じ続けていたことだが、この子意外に()()。…今その事実を右腕で受け止めて、再度思い切った行動を敢行してみようと思う。

出逢った当初はセクハラを恐れて訊けなかったが、「治療中当たっていることに気付いているのか」そして「気にならないのか」。ダブルタップを習得して喜んでいる今ならノリで行けるだろう。

 

 

 

「やったねぇ!……ところでれおなちゃん?」

 

「はぁい??」

 

「ぎゅーってしてくれるのは嬉しいんだけど、その…当たってるよ?」

 

「???…ぴんぽんです??」

 

 

 

一先ず第一段階。君の胸は当たれば判るくらいには実ってるんだと言う事を伝える。

 

 

 

「いやその、ぴんぽんって回答だとぶっぶーなんだけど…」

 

「?????なぞなぞです??」

 

「胸が、当たってるんだよ。」

 

「……パレオのおっぱいですか。…興奮します?」

 

「………えーと…ア、リトル…」

 

 

 

そんなに無垢な顔で見詰めんでも…。もうちょっと怒るなり恥ずかしがるなりするかと思えば、変わらずニコニコしたまま素直に訊いてきた。俺としてもその返しは予想していなくて、結局謎のカタカナ英語で返してしまうという失態を晒すが…ええい、取り敢えず次の段階だ。

 

 

 

「そうですかぁ!…うれしいですぅ。」

 

「………。」

 

 

 

ダメだわ。この子俺を堕としにかかってるわ。

 

 

 

「そ、その、いっつも病院でも頭に当たってて、結構柔らかいなーなんて、思って、いたんだけどね、あははは!」

 

 

 

もうこうなったら作戦も段階もへったくれもない。質問を組み立てる余裕も無くドストレートにとってもハラスメントなクエスチョンを繰り出す俺。ハラクエだハラクエ。

そんな、方々に喧嘩を売って居そうなRPGは放っておいて、もうれおなちゃんの顔もまともに見られなくなったぞどうすんだ畜生。

 

 

 

「あー……、なんか、いっつも当たっちゃうんですよぉ。それで、「パレオちゃんはやらかいね」って、いっつも褒められてます!」

 

「……何だって?」

 

 

 

待て待て。それじゃああの極上の感触をその他大勢の患者達も味わっているというのか…?…許せん。俺の、俺だけのれおなちゃんだぞ。年齢が分からんせいで何とも言えんが、然程高身長なわけでもなく当然太っている訳でもないのに確かに存在するという奇跡の山だぞ?…あの金山は俺のもんなんだ。逃すなビッグウェーブ、俺inゴールドラッシュなんだ。

 

 

 

「……何考えてんだ俺は…そもそも、あんなに過疎った歯医者だぞ?他に患者なんて…あっ。」

 

「??かんじゃさん??病院のお話です??」

 

「その、さ……や、柔らかいって褒めてくれるのは患者さん?」

 

「違いますよぉ?…ハナゾノさんですぅ。」

 

「HANAZONO…?」

 

 

 

はなぞの…ハナゾノ………花園、あいつかぁ…!!!

 

 

 

「……はぁぁぁぁ。」

 

「ど、どうしたです??…疲れちゃいました??」

 

「…うん、もう、何というか精神的にね…。」

 

 

 

どうもこの子は心臓に宜しくない。危なっかしいというか、防具も着ずに急所が歩き回っている状態というか…。兎に角、心配事が多すぎるのだ。

れおなっぱいは守られたとして、今後何をやらかすかわかったもんじゃないし不安が尽きない子だな、全く。

 

 

 

「……ご、ごめんなさい…パレオなんかと一緒に居ても、疲れるだけって事ですよね…面白いことも無いですし…」

 

「あいや、そういうことじゃ」

 

「パレオ、○○さんに嫌われたらもう存在している意味も目的も無くなっちゃいます。…だから、今このスマホを砕いて飲み込んで面白おかしく死んで見せますからどうか最後に楽しんで頂いて」

 

「ストップ!ストップ!!」

 

 

 

何だ今の暗黒超特急は。ちょっと大袈裟で可愛いなとか思ってた前半部分は壮大なフリだったのか?スマホの破片飲み込んで自殺って笑えねえよ。

 

 

 

「そんなこと思ってないから!やめてよ簡単に死ぬとか言うの!」

 

「だって…だって、パレオは○○さんに一生を捧げるって誓いましたから…」

 

 

 

初耳だよ。

 

 

 

「いつそんな誓い立てちゃったの!?…や、この際その誓いがあるなら死なずにいてよ!」

 

「でも、疲れますよね…?」

 

「疲れない疲れない!他の人がれおなちゃんのおっぱい触って「柔らけぇ」とか言ってたらやだなって思ったけど花園さんならまあいいか的な安堵してただけだから!いや何を言っているんだ俺は。」

 

「…たまにチュチュ様も掴んでくるです。」

 

「そんなに皆しておっぱい楽しんでんの?そんな素敵な職場あるの?っていうかおっぱいブームでも来てんの?」

 

「でも、言うほど大きくないと思いますです…。」

 

「いいんだよ!でっかいのが好きなんじゃなくて、服の上からだと一見平らそうなのに実際柔らかみが凄い、みたいなおっぱいが好みだからまさにれおなちゃんのおっぱいがドストライクで…!」

 

 

 

…テンパるあまり俺は忘れてしまっていた。時は日曜日の昼時、場所はそれなりに混むファミリーレストラン。

その中、妙に近い距離でベタベタしてる男女が大声でおっぱいおっぱい連呼しているというのは…どうも目に付く。

突き刺さる様な視線を受けハッと我に返る俺と、未だに自分の胸を揉みつつ「大きくも無いし気持ちよくも無い」と呟くれおなちゃん……えっと、今日はどういう集まり何だっけ。

 

 

 

「……さ、次は文字入力についておさらいしようか。」

 

「あっ!そうでした!!」

 

 

 

切り替えが早い二人だった。

 

 

 

「…おっぱいって打ってみるです?」

 

「………もっと違うのにしよう?ほら、(エクスクラメーション)とかさぁ。」

 

「えくす…??」

 

「あぁ、びっくりのやつだよ。」

 

「びっくり!!知りたいです!!!」

 

「あぁもう、可愛いなぁ……。」

 

「……ふぇ?何か言ったです??」

 

「い、いや。…その、ちょっと疲れたね。休憩して何か飲み物でも……あっ。」

 

 

 

やっと元の流れに戻ったと思ったのに…どうやら会話の中に出てくるワードも検索対象らしい。

ニコニコしていたれおなちゃんの顔がさっと無表情になり、目も虚ろに。

 

 

 

「…やっぱり、パレオと居るのは疲労に直結することなんですね。○○さんが疲れてしまうならばその原因を排除するのもパレオの義務。例え原因がパレオにあったとしてもパレオは立ちふさがるパレオを引き裂いて亡き者に…あぁ、そういえば"チュウボウ"とかっていう、武器や凶器に満ち溢れた設備がこのお店にはあったです。そこならきっとパレオも一瞬で」

 

「ストップだってば!狂気に満ち溢れてるのはれおなちゃんだよ!!」

 

 

 

スマホ講座は大して進まなかったが、一つ確信を得たことは有る。

パレオちゃん…鳰原(にゅうばら)れおなちゃんは、とっても重い。そして恐らく、その奥底が見えないほど深い闇を抱えている。

 

 

 

「……でも可愛いんだよなぁ。」

 

「……ふぇ?何か言ったです??」

 

「…ぁぁあああっ!!!!」

 

 

 




パレオちゃんは隠れ美乳(真剣)




<今回の設定更新>

○○:深い沼に片足を突っ込んだ模様。
   おっぱいは正義、おっぱいは安らぎ、おっぱいは惨劇の始まり。
   もうパレオから目が離せない。

パレオ:だいぶスマホに慣れてきた。
    覚えは悪くないのだが、脱線しやすい。
    めちゃくちゃ着痩せするタイプ。だって服着てたらほぼ板だもん。


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2020/01/07 発見編・登場のLock

 

 

 

「こ、こんばんは~!お、お名前頂戴します!!」

 

「あ…ええと、○○といいます。…今日十八時から予約してて…あぁ、これ、診察券です。」

 

「あ、は、はい!!ちょ、頂戴致します!!お席にかけておまっお待ちくださいっ!!」

 

 

 

久々に訪れた羅須歯科で俺を待っていたのは何とも活力に満ち溢れた新しい風…恐らく"初めまして"になるであろうスタッフが増えていた。メガネの似合う青髪の女の子…名札は一瞬で裏返ってしまったために読めなかったが、今までにないタイプだ…。いや、病院の新人としては正しい形なんだろうけど、ほら…羅須歯科(ココ)って異常な程にアットホームだからさ。

一生懸命バインダーやファイルと睨めっこし、パソコンをイジってはワタワタと慌てる様が実に初々しい。…うんうん、こういうのだよな。白衣の浪漫ってのは。

 

 

 

「やっぱ可愛いよねぇ。」

 

「………花園さん、なにやってんの。」

 

 

 

いつも通り貸切な待合室のソファだが、いつの間にか隣に客がいた。…客、うんまあ私服だし患者側で来てんのかな?この子は。

黒髪の素敵なお姉さんはソファをベッドのように使いつつ、受付の新人お姉さんを眺めている。ニヤニヤと、実に楽しそうだが…

 

 

 

「う?……暇だから、シカン。」

 

「視姦ん?…意味わかって言ってんの?」

 

「わかんないけど、チュチュが「あんたはそこでシカンしてなさいっ!」って。」

 

 

 

相変わらず無茶苦茶な院長だ。しかし、暇だとはどういうことなんだろう。…この病院、シフト制ではなかったはずだけど…

 

 

 

「あのクソガキ…」

 

「聞こえてるわよ。」

 

「アッアッ、院長!いやぁ本日も麗しい…」

 

「…出禁にするわよ?」

 

「したら患者ゼロ人になるだろ。」

 

「くっ……!!」

 

 

 

すっかりお馴染みのやりとりを交わし、歯噛みするチュチュのテンコツをグリグリと撫で回し、さっきから気になっていた疑問をぶつけてみる。

 

 

 

「…花園さん、今日休みなの?」

 

「え?…あぁ、ハナゾノはもうここのスタッフじゃないの。」

 

「……え、クビ?」

 

「クビというか…契約期間が終わっただけよ。」

 

「あんだよ、折角まともな判断ができるようになったのかと思ったのに。」

 

「まともなはんだんん!?私、しょくをうしなったんですけどぉ!」

 

「君はどうも危機感のない喋り方をするね。今どうやって生活してんの?」

 

 

 

どうやら契約社員のような立ち位置であったらしい花園さんは、話の通りなら現在無職。どう考えてもこんなところで視姦に勤しんでいる場合じゃないと思う。

どんどん頭の悪そうなキャラに堕ちていく彼女だが、一体全体素性の掴めない人物である。

 

 

 

「今はレイヤと暮らしてるんだっけ?」

 

「そ!レイは私のおかあさん!にひひ。」

 

「お母さんかどうかは知らないけど…確かにこの病院の唯一の真人間感はあったもんなぁ。」

 

「むっ、ワタシがいるじゃない!」

 

「チュチュは…真人間っていうより、被扶養者って感じ。」

 

「ひふよーしゃ?…なにそれ?」

 

「うーん……守ってあげたいってことだよ。」

 

「なっ…!!」

 

 

 

うん、間違ってはいない。要は子供ってことなんだが…そういえばこの人も実年齢知らないな。この前酒は飲んでたから成人してはいるんだろうけど…容姿的にも身長的にもいいとこ中学生くらいだと思うけど、曲がりなりにも一病院を回している訳だし人も雇うし…ホント何なんだこの病院。

 

 

 

「まっ、まぁ?…どうしても、守ってあげたいって言うなら、任せてあげなくも…ないけ」

 

「お、お待たせしましたっ!○○さんっ!」

 

「ちょっとっ!今いいところでしょーがぁ!」

 

「ひぃっ!?ご、ごめんなさいごめんなさい!!」

 

 

 

あぁもう、勘違いして暴走した挙句真面目に仕事する新人に当たり散らしてるよ…。間違いない、この病院の自由度はこの人由来だ。

必死に何度も頭を下げ遂には最後の一撃は受付のカウンターにクリティカルヒット。もう不憫で見ていられなかった俺はおでこを抑えて涙目の彼女の元へ近づき、ギャーギャー喚く後ろの赤髪を尻目にフォローに回ることに。

 

 

 

「大丈夫大丈夫、院長が悪いんだから。」

 

「ふ、ふぇ??でも、怒ってらっしゃって…」

 

「いいんだって。…ほら、隣のお姉さんも全く動じてないでしょ。」

 

「はっ花園さんがですか??」

 

 

「ふわぁぁあああ………おなかすいた。」

 

 

「ほんとだ…!」

 

「ね?」

 

 

 

誰も反応していないのに怒りの勢いが全く衰えない永久機関のようなチュチュとどこまでもマイペースな花園さん。この状況に全く驚きを覚えなくなった俺は、きっともうどうにかなっているんだろう。

まだオロオロと視線を彷徨わせる新人さんだが、近くで努めて落ち着いて話しかけたこともあってか落ち着きを取り戻し始めている。

 

 

 

「お姉さん、最近入ったの??」

 

「はっ、ひゃいっ!…あっ、朝日(あさひ)六花(ろっか)っていいますっ!」

 

「朝日さん、ね…。」

 

「ふっ、不束者、ですが!よろしくお願い、しますっ!」

 

「それは何か違うぞ朝日さん…。」

 

「あ、あれぇっ!?」

 

 

 

なんというか…この人がこんな調子なのは新人云々だけではない気がする。きっと元よりこんな、慌ただしい子なんだろう。

それはそれで、れおなちゃんとはまた違った魅力があるというか、可愛らしいというか…

 

 

 

「まぁ、何だ…多分ここ受診するのって大した人数いないと思うけど、みんな心の広い人ばっかりだろうからさ…ゆっくり慣れていったらいいと思うよ?」

 

「!!あっ、ありがとうございますぅ!!!…あいたっ!」

 

 

 

ゴォンッと、再度カウンターに頭を叩きつけて照れ笑い。…うん、これは新たな癒しだ。これを目当てにここに来ても…

 

 

 

「えへへ…またやっちゃいましたぁ…。あっ、そ、そういえば診察の準備ができたようでっ!」

 

「ん、ありがとう朝日さん。」

 

 

 

…ごめんれおなちゃん。俺、案外目移りしちゃうタイプかも。

 

 

 

「よく来たな○○。今日も色んなところ削ってやるからなぁ!」

 

「今日はクリーニングだけって言ったじゃないですかぁ!!」

 

 

 




やっと加入。




<今回の設定更新>

○○:可愛い子が好き。そりゃそうか。

ロック:かわいい。オロオロしてても可愛い。好き。
    パレオと二大カワイイポイントを担うことに。

チュチュ:この雰囲気の原因。
     ちょっとデレた。

たえ:自由人。レイとよろしくやっているらしい。

マスキング:今日も絶好調。ミス・ドリラー。


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2020/01/28 参入編・切掛のMagma

 

 

 

「…で、歓迎会に何故俺も?」

 

「なに、不満なの?」

 

 

 

火曜日の夜。俺は例の如く羅須歯科の面々の中にいた。

何でも、六花ちゃんの歓迎会をやるとかで招集がかかったのだ。仕事中に病院から連絡が来たから何事かと思ったが、厭に上機嫌なチュチュの「今日は飲むわよぉ!」の一言により逃げられないことを悟ったのだ。

どうやら前に飲み会を開催した店はお断りされたようで、全室座敷タイプの個室になっている羅須歯科行きつけの店(らしい)での開催だ。これならスペース的にも無茶な騒ぎにはなるまい。…それは必然的に、逃げ場もないことを示しているのだが…。

 

 

 

「不満じゃねえけど…こういうのって身内だけでやるもんじゃないの?」

 

「ええそうね。…だからアンタも呼んだんじゃないの。」

 

「話聞いてた?俺、只の一患者じゃん?」

 

「つべこべ言わないで飲めお前は。」

 

「あっ、佐藤先生そんな…!」

 

 

 

既にビールが半分ほど入っているジョッキに謎の液体を注がれる。この人、最初何頼んでたっけ…?

 

 

 

「ちょっ何入れたんすか!」

 

「ひっひっ、いいからいいから、気にしないで飲んじゃえよぉ!」

 

「いやいや、得体の知れないもんは飲めないですって…」

 

「○○さん、無理して飲まなくていいですよぉ。何だったらパレオが飲んで」

 

「アンタは未成年でしょうが。…○○、イッキしなさい。男でしょ。」

 

 

 

アルハラの上にセクハラじゃないか…何ならパワハラもありそう…。

れおなちゃんに飲ませるわけにはいかないので、仕方なくここはチュチュに従っておく。…………なんだこの味、絶対酒だけじゃねえ。

 

 

 

「先生、これ何混ぜたやつっすか。」

 

「あー?そりゃあれだ、あーし特製ドリームカクテル。」

 

「どりーむかくてるぅ…?」

 

「あぁ、安心してください○○さん。マスキング先生は甘党だから、多分ソフトドリンクを混ぜただけだと思いますよ。乾杯はいつもノンアルコールだからこの人。」

 

「なるほど。…ところで、レイさんは何飲んでるんです?」

 

 

 

苦い顔をする俺に丁寧に教えてくれるレイさん。正直この面々、レイさんが居ないと誰ひとり素性は掴めない。誰も説明すらしようとしないのだから。

この人、本当に必要な人材って感じがして何か格好いいわ。

 

 

 

「ん。……私はこれ、ピーチフィズ。」

 

「あぁ、可愛らしいの飲んでますね。…お酒は苦手で?」

 

「んー…飲もうと思ったらイケるけど、花ちゃんの面倒みないといけないから…ね。」

 

「なるほど。…院長や先生の面倒も見なきゃですもんね。」

 

「…みんな、私のことお母さんか何かと勘違いしてるんじゃないかな…。」

 

「はははっ、ほら、レイさんだけまともな大人だから!!」

 

 

 

いいなぁこの人。なんかほんわかする。

割とクール目な外見してるんだけど、お酒の場ということもあって砕けて話せると落ち着くなぁ。病院だとせかせか動き回ってるイメージしかないけど。

 

 

 

「レイ~、みてみて、新しいスイーツ。」

 

「んー?……あぁもう、食べ物で遊んじゃダメだよ花ちゃん。」

 

 

 

見ればいちごフロートにフライドポテトを刺して一人盛り上がっている花園さん。いちごフロートってのはあれだ、イチゴシロップで作った炭酸飲料にバニラアイスが浮かんでいるもの。メロンフロートになるとチェリーがつくんだよな。

正直見た目としては中々にシュールだが、俺は知っている。生クリームとかソフトクリームとか、クリーム系のものはポテトと合うんだ。俺も昔ウィンナーコーヒにシューストリングを刺して楽しんだもんだ。

レイさんが一本ずつ引き抜き叱っている横で、改めて面々を見回す。

 

 

 

「それでぇ?○○とはどこまで行ってんの?」

 

「あぅっ、そ、それほどでもないですよぅ。」

「たまーに遊びに行くくらいです。」

 

「ふぅん…?たまに、ねぇ…」

 

「もぅ!なんなんですかぁ!」

 

「もう×××とか△△△△くらいまではやってるもんだと…」

 

「しっ、しもねたはきんしですぅ!」

 

「あはははっ!アンタ可愛いわねぇ!」

 

「チュチュさまのいじわるぅ!」

 

 

 

右側の方ではチュチュとれおなちゃんが弄り合っていて、れおなちゃんは相変わらず可愛くて。

…つかあいつ、"様"付けで呼ばせてんのか…引くわ。

 

 

 

「若いよなぁ…」

 

「マスキング先生もあんまり変わらないでしょう?」

 

「…いや、六つも七つも違ったらだいぶ違うだろ。」

「レイヤ、お前は恋人とかいないのか。」

 

「私は……まぁ、暫くは無い話かなぁ。」

 

「ふーん……。すぐにでもいい母親になれそうだけどな。」

 

「何それ…母親の前にお嫁さんにならなきゃでしょ?」

 

「お嫁さん、ね。」

 

「そういえば先生、この間ゼク○ィ読んでたよね。…結婚するの?」

 

「い、いやっあれは……花嫁ってさ、可愛いじゃんか。」

 

「可愛いっていうか…綺麗?かな。」

 

「おう…。ああいうの、あーしも着れるのかなとか、考えてて…」

 

「あー、ますきんぐかわいーじゃん、どしたのー。」

 

「かわっ!?……ハナゾノ、てめぇ…」

 

「ますきんぐはねー、背も高いしスタイルもいいから、

花嫁姿似合うと思う。ガチで。」

 

「確かに。」

 

「お、おま…お前ら……恥ずかしいこと、言ってんじゃねーよ…。」

 

「あーますきんぐ真っ赤だよ。暑い?脱ぐ?」

「おたえちゃんは脱ぎます。とりゃー!」

 

「だ、だめだめ!どうして下から脱ぐの!花ちゃん!!」

 

 

 

こちらも騒がしい大人の方々。視界で言うところの左半分から正面の連中だが、思いがけず佐藤先生の可愛らしい一面を見てしまった。あの人の花嫁姿…ううむ、いつものスカジャン姿からは予想つかないな。いい加減仕事中くらいは白衣とか着てくれねえかな。

あと、花園さんって酔うと脱ぐ癖があるらしい。今日に至ってはジュースしか飲んでいない気もするけど、前の飲み会の時も脱いでたしな。…何とも大人びたぱんt…足が綺麗だった。

 

 

 

「えとあの、グラス空ですけど、お次は何飲みますっ?」

 

「ん。…そうだなぁ……って、六花ちゃん、隣に座ってたんだね。」

 

「えぇ!?ずっといたじゃないですかぁ!」

 

「ちっちゃくて見えなかった…とは言えないなぁ。」

 

「き、聞こえてますっ!酷いっ!」

 

 

 

歓迎会の主役、新入りの六花ちゃんの姿が見えないと思えば、隣で一人静かにメニューを眺めていたらしい。マジで気付かなかったんだよごめんな。

どのグループにもまだ属していないようだし、ここで仲良くなっておこうか。

 

 

 

「飲み物はいいとして…六花ちゃんはお酒いける方なの?」

 

「ぁ……わ、私、まだ成人してないんです…。」

 

「あーなるほど。…そんじゃ、一緒にソフトドリンク開拓していこうか。」

 

「えっあっ、の、飲まれないんですか??お酒。」

 

「俺は別に酒好きって訳じゃないからなぁ。…美味しいジュースも好きだよ?」

 

「そうなんですかっ!…パレオさんも花園さんも、あんまりお話できなかったんで寂しかったんです…。」

 

「酷い話だよなぁ…君の歓迎会だってのに。…おっ、このマグマドリンクってなんだろう。」

 

「いえいえそんな……なんでしょうね。真っ赤ですよ。」

 

 

 

身を寄せ合って一つのメニューを二人で眺める。ソフトドリンクも充実されている店のため、色とりどりのメニューを見ているだけでも相当時間を潰せそうだが…

この会が始まって早一時間少々、この子はずっとそうやって一人過ごしていたんだろうか。そう考えると、無性にこの子を放っておけないような気さえしてきた。

上手く自分から入っていけない引っ込み思案な子、こんな雰囲気の職場なら…それも初めての飲み会とあっちゃ、しんどいものもあるだろう。

 

 

 

「…大丈夫だ、ゆっくりやっていけばいいさ、六花ちゃん。」

 

「……??何のお話です??」

 

「いや。……頼んでみるか、このクッソ赤いやつ。」

 

「え"、…お兄さん、チャレンジャーですか??」

 

「開拓っていったろ??折角飲み放題なんだし、面白そうなものは試してみないとな。」

 

「ふぁ、なるほど……。それじゃ私は……うむむむ…」

 

 

 

眉間に皺を寄せて上から下へ、左から右へとメニューを読み込む。…そんなに真剣にならんでも、と思ってしまうくらいに一生懸命探しているので、また追い詰めてしまったような気がして。

気付けばぽんぽんと六花ちゃんの頭を撫でていた。

 

 

 

「う、うぇぇ??何事ですかっ?」

 

「いやぁこれは……その、癖みたいな?」

 

「お兄さんは女の子の頭を撫で繰り回す癖があるんですか…??」

 

「ちがうちがう。……あれだ、そんな一生懸命に探さなくてもいいよって。…気、遣ってるだろ?」

 

「あぅ…………そ、それはまぁ、少し…。」

 

「いきなり隣に知らないおっさんが座ったらそうもなるよなぁ…。」

 

「そ、そういうのじゃ、ないんですっ。ただその……○○さんは、この病院にとって特別な方のようだったので、私なんかが隣に座ってていいのかな…って。」

 

 

 

想定していなかった方向の気の遣いようだった。確かに特別な扱いを受けているとは思う。…だがそれは、他に患者のいない廃れた病院だからということであって、俺が特別な存在なわけじゃないと思うんだけども。

さて、このクソマジメちゃんをどう揉みほぐしていったものか。

 

 

 

「…あ、ところでさ。」

 

「はい?」

 

「飲み物、決まらないんだったらこのマグマドリンク二人で試さないか?」

 

「………え、二人同じものは面白みに欠けないですか?」

 

「試しだからさ。一つだけ頼んで、一口ずつ飲んでみるとかさ。」

 

「…あー、なるほどですね!美味しかったらもひとつ頼んじゃいましょう!」

 

「そうそう、それでいこう。」

 

 

 

たまたま近くを通りかかった店員さんに一つだけ注文。とても不安そうな店員の顔が気になったが、取り敢えず無視。ストローを二本セットで頼んでおいた。

 

 

 

「…私、注文とかも、上手にできないんですよ。」

 

「注文に上手も下手もないだろ。」

 

「いえ……つっかかっちゃうんです、言葉が。」

 

「あー…でもほら、今は普通に喋れてるだろ?これと同じ感じでいいんだよ。」

 

「緊張しちゃうというか、てんぱっちゃうというか…いつも、受付の時もそうなんですけど。」

 

 

 

初めて六花ちゃんに会った時のことを思い出してみる。…なるほど、あの吃り様はチュチュのせいじゃなかったって訳だ。

こればっかりは慣れしかない…と思うのは適当すぎるだろうか。

 

 

 

「他にもその、皆さんと違ってできないことばかりで……実は、もう向いてないかなーとかも考えているんです。」

 

「…人と話す、仕事?」

 

「はい…コミュニケーション、というんでしょうか…。どうしても、アガってしまってお話どころじゃなくなっちゃうんです。」

 

 

 

今めっちゃくちゃ喋ってることに気づいていないんだろうか、この子。少し早口気味で話す六花ちゃんだが、こうして吐き出すことで少しでも楽になってくれたら御の字なのだが。

そうこうしているうちに真っ赤なグラスが運ばれてくる。…パチパチ言ってるし底の方もドロッとしたものが渦巻いている。これ、洒落にならないモンスターを召喚してしまったんじゃなかろうか。

 

 

 

「だからその、転職とかも……うわぁ!すっごい赤いぃ!」

 

「強烈だよな…六花ちゃんからいく?」

 

「えっ!!……いやぁ、そんな度胸無いですよぉ…」

 

「…ふむ。……ようしじゃあ俺から行くぜえ。」

 

 

 

これが最高にうまいドリンクで、六花ちゃんに少しでも元気が戻ればとストローを開封する。少し掻き混ぜてみると全体的に粘度が増したような気がする…。

断言しよう、これ絶対ゲテモノの類だ。

 

 

 

「……………。」

 

「……ど、どうしました?」

 

「見とけよ六花ちゃん……。んっ……!!!!」

 

 

 

勢いよく吸い上げた結果、ドロドロとした刺激――熱と激痛――が駆け上がってくる。舌と口腔内の灼けるような感触に慌てて飲み込むもまた地獄。

思わずグラスを置き無言で俯き、震える体を抑えた。心配そうに覗き込む六花ちゃんに大丈夫だというジェスチャーをし、グラスをスライドし渡す。最初こそ俺とグラスを見比べていた彼女だったが、やがて意を決したようにストローに口をつけた。

 

 

 

「ぇぃっ…………!?…んむっむぅうう!!!!」

 

 

 

ガアン!と荒々しくグラスを置き、顔を真っ赤にのたうち回る。メガネを放り出し、髪を振り乱し…まるでヘッドバンギングのようだ。

流石に他の面々も放って置けなかったのか、なんだなんだとそれぞれの表情を向けてくる。特にお母さ…レイさんなんかはすぐに介抱に向い、大丈夫かと声をかけれおなちゃんもそれに追従しているようだ。

少し口の刺激が収まり六花ちゃんを観察する余裕が出てきた俺のもとにニヤニヤと意地悪げに笑うチュチュが近づいてくる。

 

 

 

「アンタ、うちのロックになにしてくれてんのよ。」

 

「あん?…ロック?」

 

「私が授けてあげた名よ。ウチのスタッフには皆そうしてニックネームをつけるの。」

 

「ほへぇ…俺にもくれたりする?」

 

「何言ってんの、アンタはウチの仲間じゃないでしょ?このコードネームはウチの大切な一員であることの証明なんだから。」

 

「…さっきニックネームって」

 

「細かいところまでうっさいのよ。」

 

「なんだ、ちゃんと認めてたんだな。六花ちゃんも仲間だって。」

 

「当たり前でしょう。ロックはよくやってくれているし、頑張り屋さんよ。できることならいつまでも一緒にいたいと思うわ。」

 

 

 

年の割に大人びた表情を見せるチュチュ。とはいえこの子の本当の年齢を俺は知らない…が、精神的にきちんと成熟した部分もあることは十二分にわかった気がした。

それと同時に、六花ちゃんの居場所がちゃんとあることも。

 

 

 

「てかアンタ、アンタこそ随分仲良くなったじゃない?いつの間にか名前呼びになってるし…。」

 

「あぁ…何か放っておけなくてさ。上手く打ち解けられていないみたいだし。」

 

「ふーん…?……お節介焼くのもいいけど、パレオを悲しませたら承知しないわよ?」

 

「そりゃ勿論、俺だってそんなことするつもりはねえよ。」

 

「…だといいけど。ま、ロックのことは任せておいてちょうだい。面倒見のいいレイヤは勿論、マスキングだってああ見えて可愛がってるんだから。」

 

「ほー。……おっ、もう大丈夫そうだな、六花ちゃん。」

 

 

 

レイさんの介抱もあってか、落ち着きを取り戻した六花ちゃん。涙目ながら皆と楽しそうに話しているようだ。

かなりの荒療治だったが、結果オーライってことでいいだろう。

 

 

 

「そうね。……ねえアンタ、少し私にも付き合いなさいよ。」

 

「飲み?」

 

「そうよ。まだ全然酔ってないじゃない。」

 

「そだな。…別にいいけどさ、あんま飲んだら明日に響くぞ?」

 

「ふふん、大丈夫よ。潰れたら○○に世話してもらうもの。」

 

「なんだよそれ…」

 

「私にもお節介焼かせてあげるって言ってんの。…ほら、角ハイ追加よ!飲み比べしましょ!」

 

「おま…」

 

 

 

あの子はきっと大丈夫だろう。

目の前でこれから潰れようとしているちんちくりんの馬鹿は知らんが。

 

 

 




ロックかわいいです。




<今回の設定更新>

○○:酒は別に好きじゃない。
   会社の飲み会等は極力断っているが、このメンツが相手だとどうにも断れない。

ロック:かわいい。
    メガネが似合う。一番下っ端でかなり気を遣っている。
    ストレスも溜まっていそうだが…?

チュチュ:院長様。パレオには様付で呼ぶよう指示している。
     猫耳っぽいヘッドホンを複数所持しており、気分で色や形状を変えている。

パレオ:今回は影が薄い。一番可愛い。最強。

マスキング:かわいいものすき。
      きっと六花ちゃんもかわいがってもらえるでしょう。

レイヤ:お母さん。
    一緒にいると凄く落ち着く。結婚して欲しい。

おたえ:(´・ω・`)オタエ
    (´・ω・`)アツイカラ、ヌイジャウノ


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2020/02/16 誘惑編・全知のChuchu

 

隣町のちょっぴり複雑な構造の駅を出る。日曜の朝だってのにヤケに人間が少なく感じるのは時勢のせいかたまたまか…今日はあるエラーイお方との待ち合わせでここを訪れてきたんだが…

 

 

 

「ちょっと、遅いじゃないの。」

 

「そう言われても…走ってきたのは俺じゃなくて電車なんだよなぁ。」

 

「うっさい。降りてから改札迄歩いてきたんでしょ。」

 

「……走れと?」

 

「このチュチュ様が遊んであげるって言ってるんだから、それくらいして当然でしょう?」

 

 

 

お前はどこの独裁者だ。

そう、今日は例の歯医者の院長さんである"チュチュ様"こと珠手ちゆちゃんだ。少し抜けた感じの腰下まである赤髪は今日も元気に外ハネ気味…あれ、そういえばいつもの猫耳ヘッドホンが見当たらないが…?

 

 

 

「はいはいありがとうございますぅ。」

 

「むぅ、いけ好かない態度ね。」

 

「ところで院長、いつものヘッドホンは?…というか服の感じもいつもと違うような…」

 

 

 

いつも…といっても見かけるのは主に病院なのだが、数度あった飲み会ではヘッドホンは常時装着していたし服装ももっとシンプルなものだった。ワイシャツにネクタイ、それに黒のスラックス。

白衣関係なしに呑みの席でもその格好だったのでてっきり好んで纏っている服装だと思っていたが…今日はどうしたのだろう。

身体のラインが浮き出るような紺色で無地のワンピースに白いカーディガンを羽織っている。カーディガンは立体感のある編み込みの様なデザインの…エンボス編みという奴だろう。いつも背の小ささも相まってつい子ども扱いしてしまっていたが、成程こうして見ると女の子らしさと女性らしさが同居したような絶妙な人物に見える気がする。

 

 

 

「まっ、まぁ…ね。見飽きた服を見せるのも面白くないかと思ったのよ。」

 

「……院長、デートだと気合い入れ過ぎちゃうタイプ?」

 

「な、な、何を言ってるのかさっぱりねっ。」

 

「まぁでも似合ってると思うよ。大人っぽく見えるし、可愛い可愛い。」

 

「ぅ……それより、その「院長」ってのやめなさいよっ。」

 

 

 

はて。院長は院長だが。

凡そ照れ隠しのつもりだろうが、嫌がっているのなら代案を出そう。…とは言え他はあまりにも呼び慣れていない上、苗字に至っては呼んだことも無いぞ。

正確な年齢も不明な為、敬称についても難しい所だ。年下とは言っていた気がしたが、呼び捨てにして「子ども扱い」と拗ねられてしまってはあまりに惜しい。何せ一日を共に過ごすのだから。

 

 

 

「…どのような呼び方をご所望で?」

 

「………チュチュって呼ぶの、やめたの?」

 

「…あー……。」

 

 

 

そういえば前にそう呼べと言われていたような…。レイさんが「院長」って呼ぶからつい釣られちゃったんだっけ。スマホで入力する時も実際口に出す時も楽なんだよ、院長って。

チュチュ…チュチュかぁ…。

 

 

 

「本名よりニックネームがいいって変わってるよな。嫌いなの?自分の名前。」

 

「……そうじゃないわよ。」

 

「ふーん…。」

 

「ただ、私を本名で呼ぶ人間なんて居ないから…その……てっ、照れるのよ。」

 

「………ふーん?じゃあちゆちゃんって呼ぶかな。」

 

「なっ…!」

 

 

 

口を大きく開けて絶句。流石歯医者さんだけあって綺麗な歯並びだ。まぁ、彼女が治療をすることは一切無いのだが。

それはそうと呼び名だが、折角なら希少な人間になりたいじゃないか。呼ぶ人間が少ないのなら、それにより新鮮な反応が見られるなら、俺は迷わずそれを選ぶ。コミュニケーションの糸口にもなるし、何よりも拒絶程では無い今の状況から鑑みるにその方がより距離を詰められると思ったからだ。

 

 

 

「なっにゃ、にゃにを聞いていたの!?照れるって言ってるじゃ」

 

「じゃあ今日一日で慣れようぜ。…ほら、名前で呼び合う方が仲良くなれそうじゃん?」

 

「あぅ……」

 

「俺も羅須歯科ファミリーに入りたいんだよー。」

 

 

 

これは割と本気だ。

 

 

 

「何よそのファミリー……わかったわよ、でも、呼び過ぎはstrict prohibitionだからねっ!あぁっもうっ!I'm so embarrassed, my face is on fire!!」

 

「それと前から訊きたかったんだけど」

 

「なによぉ!」

 

「ちゆちゃんって帰国子女か何かなの?時たま英語が漏れてるよね。」

 

 

 

とは言え今の様な英文は初めてだったが。

…"ちゆちゃん"って、文章の中に含まれているだけでも恥ずかしさは反応するのか。真っ赤な顔が可愛らしい。

 

 

 

「あ、あぁ…そうね、数年前帰ってきたばかりなの。人生の半分以上は国外に居たからそのせいかもね。」

 

「へぇ。ルーじゃなかったんだ。」

 

「るー?」

 

「こっちの話。…それじゃあまずはどこ行くんだっけ?」

 

 

 

大柴的な奴かと思ってたよ。ごめんね、ちゆちゃん。

気を取り直して本日のデートプランを整理する。…といっても、内容はちゆちゃんの提案で、()()この街で俺が行った店や場所・行動をそのまま追体験するというものだ。

前々から予定自体は入っていたのだが内容について決まったのはつい三日前。つまり昨日の過ごし方についてはもう変更が効かない状態での提案だったわけで…。

 

 

 

「言ったでしょう?昨日のあなたを追うのよ。」

 

「やっぱそうか……」

 

「何よ、昨日もこの街に居たんでしょ?」

 

「居たには居たが…まぁ行こうか。」

 

「???」

 

 

 

種明かしは最後に取っておこう。今は昨日の俺を、忠実に再現するだけだ。

 

 

 

「それじゃあちゆちゃん、ちょっと前髪を失礼…」

 

「まえが……ひっ!?ひゃっ!?……あ、あなた、なにして……ッ!?」

 

 

 

サラサラの前髪をかき分けるようにして現れた然程広くない額にキス。昨日の再現というだけで、悪意や欲求は更々無い。要するに変態行為ではないと言う事を分かって欲しいのだ。

 

 

 

「なっ……なっなっなっ……にゃにを」

 

「何って昨日の通りに動いているんだけど…」

 

「こっ、行動は再現しなくていいのっ!…えっ何っ!?あなた駅前で人のオデコにキスする癖でもあるのっ!?」

 

 

 

そんな狂気めいた癖があってたまるか。

…なるほど、行動は再現しなくていいのか。

 

 

 

「ねえよ。……ごめん?」

 

「き、気を付けなさいよねっ…ドキドキするじゃないの…」

 

「すまん…じゃあ最初の場所だが…」

 

 

 

位置情報を追っていくだけなら簡単な上に気楽ってもんだ。スマホで昨日のGPS情報を辿りつつ、ちゆちゃんと共に歩き出すのであった。

 

 

 

**

 

 

 

「……ここは?」

 

「見て解らない?コンビニ。」

 

「それは分かるわよ。」

 

「入る?」

 

「いい。…昨日はここで何したの?」

 

「マスクと飲み物を買った。」

 

「それだけ?」

 

「それだけ。」

 

 

 

何を期待されているのか分からないが、昨日はマスクを忘れたことに気付いてここに寄ったのだ。ついでに買った飲み物は完全に主旨と外れたものだし、場所自体に大した意味なんかない。

マスクも飲み物も、一人分だろうが二人分だろうが変わらないしな。

 

 

 

「…じゃあ次、どこ行ったのよ。」

 

「次はあれ。」

 

「………はぁ?」

 

 

 

指をさしたのは斜向かいにあるPCパーツショップ。自分の住んでいる街にはこういった店は無く、ジャンク漁りが趣味の俺はこの店を訪れる為だけに電車に乗ることもしばしば。…昨日は特に用があったわけじゃないが、どう言った場所か紹介を頼まれたために行ったのだ。

ちゆちゃんの表情から察するに興味はゼロであろう。そりゃそうだ、余程のモノ好きでないと基盤やらグラフィックボードのウィンドウショッピングを楽しもうなどとは思わない。

 

 

 

「…行きたい?」

 

「行きたくないっ!!…何よ!何でもうちょっとexcitingな場所に行かないのよっ!!」

 

「何よって言われてもなぁ…」

 

 

 

忠実に再現するとどうしてもこうなってしまう訳だが…ああそういえば、次はちゃんと楽しめるお店だった。

 

 

 

「ええと、次は確かお昼ご飯を食べに行ったんだよ。」

 

「昼っ…えぇ!?あなたどれだけあそこに居たのっ!?」

 

 

 

驚くのも無理はない。電車を降り駅を出たのは午前九時ごろ…コンビニの前に辿り着いた時点で九時半にもなっていなかった為、必然的に昼食の時間までをパーツショップで過ごすことになるのだから。

事実昨日は二時間強をあそこで過ごしたし、中々に有意義なイベントにも巡り合えた。ジャンクパーツに囲まれて幸せだったのもあるが。

 

 

 

「…まぁいいわ、お昼は何を食べたの?」

 

「行ったのは蕎麦屋さんだからね。鴨せいろ蕎麦を」

 

「おソバ!?いいわねぇ!!」

 

 

 

食いついた。

 

 

 

「お昼はそこにしましょう!!」

 

「え。」

 

「なによっ!不満なのっ!?」

 

「…いや、あの店日曜が定休なんだよ。」

 

 

 

蕎麦好きなら早く言ってくれたらよかったのに。行きつけの店、というやつなのだが、店主の都合で日曜を休みとしているその店は、メニューこそ少ないが非常に質のいいお店なのだ。

蕎麦も旨いが天麩羅も美味い、そんな印象だ。

 

 

 

「もぉぉぉぉ!!!あとはっ!?あと楽しめそうなところはないのっ!?」

 

 

 

あ、噴火した。

 

 

 

「まぁまぁ怒らないで…昨日行ってないところならいくつか心当たりはあるけど…」

 

「No way!!それじゃあ意味が無いのっ!」

 

「もー…拘りは強いんだから…」

 

「私は、あなたに興味を持ったからこう提案したのよっ!?あなたが私の事を考えてルートを決めたんじゃ意味がないじゃないのっ!」

 

 

 

この娘、中々に難しい事を言う。

俺が俺の為だけに構築した休日の行動プランなぞ、面白くないに決まっているだろうに。…だが、芯の通ったというか、プライドの高さは嫌いじゃない。

 

 

 

「わかったよ…でもほら、お昼のお店だけは考えさせてくれ。空腹のまま連れ回すのも気が引けるし、君の食事風景も見てみたい。」

 

「はぇっ!?べ、別に普通の食事風景よ…どんな性癖?」

 

「嫌な言い方すんな…俺も君に興味があるってだけさ。」

 

「ふうん…じゃあ、他は何処に行ったの?」

 

 

 

よし。…そういえば次は少し面白い場所かも知れない。

学生時代よく入り浸り、昼夜問わずに時間を過ごしたこともあるお気に入りの場所。昨日はそれ程長い時間を過ごした訳じゃないが、それでも楽しかったんだよなぁ。

 

 

 

「ここからそう遠くはない。あっちの……あのタワーの方に歩いて行ってだなぁ。」

 

「ん。あのタワーに上るの?」

 

「いや、そこまでは行かない。」

 

「上る様なタワーじゃないって事ね。」

 

「あいや、上ることは可能だが、俺が上りたくないんだ。」

 

「どうして。」

 

「高いとこ駄目なんだよ、俺。」

 

「……………へぇ。」

 

「おい、意地悪い顔するんじゃないよ。何を企んでるんだ。」

 

「べっつにぃ。」

 

「言わなきゃよかったな。」

 

「…ふふ、いいじゃない苦手な物の一つや二つ。可愛いと思うけど?」

 

「よせやい。」

 

 

 

苦手な物を上げればキリがない…が、こいつにだけは言わない方がいいのかもしれない。弄りが怖い上に面倒臭そうだ。

バカ話を繰り広げつつ幾つかの横断歩道を渡れば、昨日も訪れた公園に辿り着く。まだ幾分か雪が残っているように見えるが、辛うじて座ることができるベンチには寝転がる人や談笑する人々、ぼーっと空を見上げる人など様々な模様を映している。

その中でも噴水を越えた先、地下歩行空間への入り口付近にあるベンチが空いていた為、ちゆちゃんの手を引きつつ座る。………うん、今日も空気が心地よい。

 

 

 

「休憩なの?」

 

「いや?昨日もここでこうやってな…他の人や空を見ながら、行き交う車の音に耳を澄ませたりしてたんだ。」

 

「……強烈な休日の過ごし方ね。」

 

「昨日は特に有意義だったぞ。昼寝もしたし。」

 

「…ここで?」

 

「あぁ。素敵な時間だった。」

 

「私はしないわよ?」

 

「別に強制はしないさ。ただこうしてボーっとしていると眠気が……ふあぁ…ふ。」

 

 

 

離している最中にも欠伸が漏れてしまった。いかんなぁ、こりゃまた寝ちゃいそうだぞ。

どうも昔からこのまったりした空間が好きで、特に暖かい陽光が射すなんかにゃ一層強化された睡魔と対峙しなきゃいけなくなる。それはそれは恐ろしい、抗いようの無い睡魔と。

 

 

 

「……何だったら今も少し寝てく?」

 

「えぇ…?昼飯食えなくなるぞ。」

 

「それくらいになったら起こすし。」

 

「ふーん?」

 

 

 

ちゆちゃんも疲れちゃったのだろうか。何処にも入らず歩き通しとなると、確かに疲労は溜まる。ましてやちゆちゃんにとってみたら何か楽しいことを期待していただろうに何もないまま、お洒落も無駄にしてしまったようで申し訳ない。

 

 

 

「…いいならほんの少しだけ…」

 

「……そう。膝、貸したげよっか。」

 

「はい!?膝!?」

 

「膝枕……日本の恋人たちは皆やるもんなんでしょ。」

 

「いいのかちゆちゃん…俺、恋人じゃないけど。」

 

「いいじゃないそれくらい。膝は減るもんじゃないし。」

 

 

 

不覚にもドキドキする。視線を下ろしてみれば、張りのある生足がワンピースを盛り上がらせるようにして二振りの枕アピールをしている。確かに、あの控えめでありながら程よく付いた肉に頭部を埋めることが出来たら、それは最高な夢が見られるのかもしれない。

いいのか?いやしかし。でもちゆちゃんはいいって言うし。ううむ…。

 

 

 

「早くしないとご飯の時間になっちゃうわよ。」

 

「あ、あぁ…じゃあ失礼して…」

 

「はいはい、どーぞー。」

 

 

 

あまり体重をかけても折れてしまうんじゃないかとそっと頭を乗せてみる…が、すぐにバレて手で押さえつけられてしまった。硬くも無く柔らかすぎず、程よい弾力と柑橘系の香りが顔の右半分を包み込むと同時に忍び寄っていた睡魔が全力疾走を始めた感覚を覚えた。

少しでも長くこの幸福を楽しんでいようと、必死に抵抗を続けていると頭上から彼女の声が降ってくる。

 

 

 

「……あの子は、どんな気分でこの景色を見ていたのかしらね。」

 

「……え。」

 

「知られてないと思ってた?」

 

「…………どっちの可能性もあるとは思ってたけど。」

 

「甘いわね。羅須の団結力を嘗めるんじゃない。」

 

「うむう。」

 

 

 

そうか、知っていてこれか。

休日の昼前、ベンチで膝枕をする男女。端から見れば、これはカップルの蜜月にでも見えるのだろうか。そういえば昨日れおなちゃんも言っていたっけか。

 

 

 

「私達って…」

 

「見えるかもね。」

 

「まだ何も言ってないじゃないの。」

 

「どうせそれも聞いてるんだろ?」

 

「……………私は、そう見られてもいいと思うわ。」

 

「それってどういう…」

 

「はいはい、もう寝なさい。このあとは映画館に連れて行ってくれるんでしょう?」

 

 

 

左の頬を撫でられる。年下で子供っぽくて…背徳に似た感情さえ持ってしまうのは、今膝を借りている彼女が昨日のあの子よりも低い目線を持っているからだろうか。

どこまでの話を聞いているのか分かったもんじゃないが、スケジュールについては全て聞いているんだろう。であれば、最後に行き着く城についても聞いている可能性はあるし、何処で何をしたのかだって――

 

 

 

「見たい映画でもあんのかい?」

 

「別に?…ただ、暗闇でキスをするならあなたがいいと思っただけよ。」

 

「あの子には内緒って概念が無いのか。」

 

「期待するだけ無駄よ。…あーあ、私も冷たいお蕎麦が食べたいなー。」

 

「…膝枕って体のいい尋問じゃねえか。」

 

「幸せでしょ?」

 

「すっげえいいにおいする。」

 

「二股の香りねぇ。」

 

「優柔不断なんだよ悪かったな。」

 

 

 

撫でる手はどこまでも優しく、時たま吹くまだ冷たい風は高くなりすぎてしまいそうな二人の熱を丁度良く冷ましてくれていた。

 

 

 

「………どうでもいいんだけど、Hotelを本丸っていうのは辞めた方がいいと思う。」

 

「…お城って言うじゃん…ってれおなちゃんにも言ったと思うけど?」

 

「今日も4番のお部屋なの?」

 

「れおなちゃんのバカ…ッ!」

 

「昨日は私の事を考えて休憩だけだったみたいだけど、明日は誰とデートするのかしら??」

 

「うるさいうるさい、もう寝させて」

 

「寝かさないって言ってたのはあなたでしょう?…あぁ、これは昨日の話だけど」

 

 

 

羅須歯科の団結力、おそるべし。

…結局昼食は少し離れた別の店でそばを啜る羽目になったが…悪戯っぽい笑顔と八重歯が見れたので良しとしよう。その後については、ちゆちゃんの提案する()()()()()だった。

 

 

 




絆が深いグループの一人とは迂闊に行動できないというお話。




<今回の設定更新>

○○:気が多いらしいが身を固める気は無いという。
   それを許容する周りも問題だが、結局のところ唯の患者じゃない。
   飽く迄も本命はパレオ。

チュチュ:あざとすぎない大人っぽい服装に挑戦する為、前日はレイと
     ショッピングに出ていた。その途中でパレオから実況を聞いて
     いたらしいが…。
     好意は持つものじゃなく感じるものだそう。
     心は大人です。

パレオ:「チュチュ様には全部筒抜けなんですよぉ」
    後でチュチュに全てを聞かされてちょっと拗ねた。
    飴を舐めたら忘れたらしい。


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2020/03/18 加速編・複雑なRock

 

 

 

「い、いいんでしょうか…私までご一緒してしまって…。」

 

 

 

最近思うことがある。

 

 

 

「何言ってんの。アンタだってウチの一員なんだから、食事会にだって参加する…当たり前じゃないの。」

 

「あぁもう院長、そんな言い方してたらハラスメント扱いされちゃいますよ?最近世間も敏感なんだから。」

 

「む。…じゃあそういうフォローはこれからレイヤがやりなさい。私より口が上手なんだからぁ。」

 

「ごちゃごちゃうっせぇ。早くグラス持てよ、二人とも。」

 

 

 

…俺に、プライベートなんか無いんじゃないかって。

 

 

 

「○○さん??考え事です??」

 

「え、あ、あぁ、いや、ちょっとね。」

 

「…ぱれおのとなり、嫌だったです??」

 

「う、ううん!そんなことあるわけないじゃないかー!」

 

 

 

どうしてこう、俺を巻き込みたがるんだろうか、この病院は。

勿論嫌な訳じゃない、数少ない通院患者だと言われて、まるで仲間みたいに扱われて、それなりに仲良くやっていけている。

…寧ろ心地よすぎて困ってるんだ。

 

 

 

「それじゃあDrinkは行き渡ったわね。…ロック、KANPAIをかましなさい。」

 

「え、えぇ!?わた、わたしれすか!?」

 

「あぁ?文句あんのか?」

 

「ひぃ!よっぽどハラスメントですよぅ…」

 

「ようしっ!かんぱ」

 

「花ちゃん、まだ早いよ?…って、どうしてもうグラス空なの?」

 

「げぇぷ。」

 

「うっそでしょ…。」

 

 

 

すっかり居場所になってしまったこの騒がしい面々と共に、今日も俺は居酒屋に連れ込まれている。

いやまあいいんだけどね。仕事終わりで、糞みたいな職場から持ち帰ったストレスを浄化してもさらに余りある程の恩恵を受けられるここは、俺にとって最早実家みたいなもんだし。

 

 

 

「そ、そそそ、それじゃあ……か、かんぱいです…っ!!」

 

 

 

グラスの音は始まりを告げる。

 

 

 

**

 

 

 

「――つかよぉ、○○は結局何なんだぁ?」

 

 

 

一時間ほど経ったろうか。車で来ている俺を置いてけぼりに、恐ろしいほどのピッチで飲み進める佐藤先生が後ろから絡みつく様に凭れ掛かって来る。ふわっと香るアルコールの匂いを纏って、耳元に口を寄せてくる姿は傍から見れば情事…に見えなくもないだろうが。

残念ながらそんな淫靡な物ではなくただの拷問であることを俺は知っている。酔った佐藤先生は言動が恐ろしく飛躍する。「お前は何なんだ」…唐突な哲学である。

酔ったこの人が寄ってくるとれおなちゃんも逃げて行ってしまうし、早めに抜け出したところではある。

 

 

 

「なんつー質問してんすか。不躾に。」

 

「いやぁ、お前さ。ウチのスタッフ次々に堕としてるだろぉ?…こりゃ、あーしもウカウカしてられないと思って…」

 

「何なんすかその人聞き悪い言い方。」

 

 

 

それじゃあまるで俺がタラシ回っているみたいじゃないか。そして申し訳ないが佐藤先生にはこれっぽっちも興味はない。

 

 

 

「……でもさぁ、マジでお前、そのうち刺されると思うぞ?」

 

「いやいや、そんな恨まれるような事」

 

「無駄よマスキング。」

 

「んぁ…?」

 

 

 

以前の様な洒落た格好ではなく、クソダサいTシャツに子供の様なひらっひらのスカートと、何かを間違えてしまったかのようなある種背徳的な服装のチュチュ院長が現れた。

何故か頭のテンコツの辺りで搔き上げた前髪をピン止めし、デコッパチを強調するような髪型と…今日は随分はっちゃけている彼女だが、フォローでもしてくれるというのだろうか。

 

 

 

「悪い大人、だものソイツ。」

 

「はぁ?」

 

「………っあー、なるほど。…そりゃパレオも酷いもんに引っ掛かったってワケだ…。」

 

 

 

意味が分からない。悪い?善良な市民の間違いだろう?

 

 

 

「あの、ちゆちゃん?」

 

「…ま、また名前で呼ぶし…」

 

「だってよぉ、チュチュって発音しにくいんだもの。あと同名ですっごい好きなキャラが居るせいでややこしい。」

 

「むぅ……。」

 

 

 

それはそれは可愛らしい二次元のキャラクターを頭に思い浮かべながら、口を尖らせる院長を眺める。後ろに組みついている佐藤先生も唸っているし、俺そんなに悪い人間なのかな。

 

 

 

「うーむ……お前が弄ばれるってのも珍しいよなぁ、チュチュよ。」

 

「…全く以て心外だわ。」

 

「弄んでなんかいねえわ。」

 

「ま、そういうところも変に大人なんでしょ。」

 

 

 

腑に落ちないがまあいい。食事の席だし、無駄に重苦しい空気を作るのも何だ。

話題を変えようと、まるで突っ込み待ちにも見える院長の服装について突いてみることにする。

 

 

 

「ちゆちゃん、今日は一体どうしちゃったわけ。」

 

「何がよ。」

 

「服。…そのシャツは何のプリント?」

 

「あぁ、それあーしも訊こうとしてたんだ。」

 

「これ?………ジャーキーよ。」

 

 

 

……なんだって?

 

 

 

「じゃーきー…ってのは、あのジャーキー?」

 

「犬のおやつだろ?」

 

「何よ、文句あんの?」

 

 

 

無い胸を張り、その珍妙なデザインを見せつけてくるちびっ子。クリーム色のシャツに、木目が綺麗なテーブル、青いラインが一本走った白い丸皿、そこに盛り付けられたスティック状のジャーキーが無数に散りばめられている。

製品としてGOサインを出す方も馬鹿げているが、それを堂々と公衆の面前で着ようとする度胸も大したもんだ。

 

 

 

「………。」

 

「文句はないけど…それにそのスカートは何なんだ。お前、小学生だったのかぁ?」

 

「誰が小学生よ。」

 

「「ん。」」

 

 

 

二人分の人差し指を向けられ小さく溜息を吐く。

 

 

 

「はふぅ……服が無かったのよ。」

 

「…いやいや。」

 

「いい?○○。…病院って忙しいのよ。それで、夜遅くに帰ったら洗濯とかも面倒じゃない?だから服が足りなくなっちゃって…おまけに休日は寝なきゃいけないし。」

 

 

 

あの病院でなにをそんなに忙しくこなすというのか。暇すぎて予約名簿に落書きしてるような奴が、服が足りなくなるまで洗濯をさぼるんじゃないよ。

まったく、本当に子供なんじゃないだろうなこのちびっ子は。

 

 

 

「…それならそうと言ってくれれば洗濯くらいしに行くのに。」

 

「うぇっ!?」

 

「…いやそんな驚かんでも。」

 

「だ、だだあだだだだ、だって、そんな、駄目じゃない!?ダメ、なんじゃ、ないの!?あーん!!」

 

 

 

テンパり様が尋常じゃない。どうしたどうした。

一先ず落ち着くのを待とうと、両手をばたつかせているちゆちゃんから目を切り手元のグラスを呷る。たまに無性に飲みたくなる炭酸飲料…今は爽やかな水色が素敵なラムネを飲んでいる。うーん思い出されるは少年時代…。

 

 

 

「…お前、やっぱすげぇわ。」

 

「何すか佐藤先生。もう虫歯治ったからいいでしょ、サイダーくらい。」

 

「そうじゃな……ああいや、そういうとこだよ。」

 

「??」

 

「………○○って、たまに突拍子もない事言いだすわね。」

 

「どこでそう思ったん。」

 

「洗濯って……しっ、しし、下着…とかもあるのよ?させるわけないじゃないの…ばかぁ。」

 

 

 

それだけあんなにテンパるかね。…それに、

 

 

 

「下着くらい、今更だろ。」

 

「何だって!?」

 

「……まあ、確かにそうかもしれないけど。」

 

「チュチュ!?」

 

 

 

勿論本気で洗濯を代わってやろうなどと思っちゃいない。その場の、話の流れ…的な?

別にちびっ子の下着なんぞに興味はないが、変な服を着て外に出られる大人には興味もあるし。ただそれだけの話だ。

 

 

 

「え、え、なに、こわい、お前等付き合ってんの?」

 

 

 

困惑の佐藤先生。いつも嬉々としてドリルを振り回しているだけあって、こういう表情は本当に新鮮で面白い。

酔いもあるんだろうけど、リアクションも大きい気がするし。

 

 

 

「ばっ、そんなっ」

 

「はっははっ、まさか、そんなわけないでしょ!」

 

「ッ…!……………。」

 

「先生、いくら酔ってるっていってもボケが雑ゥ!」

 

「…………。」

 

「…チュチュ。」

 

「ええ、まあ、こういうヤツなのよ。」

 

「想像以上に酷ぇや。」

 

 

 

どうしたら俺とちゆちゃんが付き合う流れになるって言うんだ。いいとこ友達止まりだろうし、互いに気心の知れた知り合いってところだろう。

佐藤先生もそんな突飛な発想になる程困惑しなくてもなぁ。

何だか妙にしゅんとしたちゆちゃんが少し離れた先の自席に着くと、微妙な表情の佐藤先生も付いて行ってくれた。漸く解放された俺の背中はじっとりと汗ばんでいて、佐藤先生の体温の高さを改めて実感できた。

 

 

 

「…やっと離れたです。」

 

「お……れおなちゃん。いっぱい食べてるかい?」

 

「はい。……○○さんは、チュチュ様と仲良しですか??」

 

 

 

二人が離れたのを確認して、戻って来るれおなちゃん。ピトッと隣にくっついて、腕を絡ませたところで漸く定位置である。

こちらを見上げる表情はどことなく不安げにも見えて…。

 

 

 

「…仲良し…じゃない方がいい?」

 

「そ、そんな、そんなことはないです……けど…。」

 

「…けど?」

 

「この前、ぱれおと同じデートコースをチュチュさまも辿ったと聞いたです。」

 

「…あー……。」

 

 

 

筒抜けなのは両方ともなのか。()()()とは言うものの、その回数も一度や二度ではなく。ちゆちゃんは、れおなちゃんからデートの報告を受けるや否やすぐにリプレイを所望するのだ。

嫌がらせ目的なのかもと不仲の可能性を疑いもしたが、最近はもう"そういう性癖"なのだと割り切る様にしている。俺にとってみれば役得なのもあり、だいぶ気楽に考えてはいたのだが…。

 

 

 

「…もう、ぱれおは要らなくなっちゃったですか。チュチュさまの方が良きです?」

 

「んな訳あるかい。…どっちの方がいいとか、必要とか不要とか、人間関係ってのはそういうもんじゃない。」

 

「………。」

 

「いいかいれおなちゃん。俺にとって、れおなちゃんは最高に大事な女の子で、ちゆちゃ…院長も、最高な友人さ。」

 

 

 

どちらも欠けていい存在じゃない。今の俺にとって、ここまで形成してきた人間関係という確かな絆は、簡単には手放せない程大事な物なんだ。

その想いを、正面かられおなちゃんの目を見詰め伝える。その言葉にれおなちゃんは、「ぱれお…だいじ…チュチュさま…ゆうじん…」と言葉を転がすように小さく呟き、やがてにっこり笑った。

 

 

 

「えへへへっ。ぱれおも、○○さんが大事ですっ。さいこーに大事です!」

 

「おぉ、有難い言葉だねぇ。」

 

「…えっと、○○さんは、ずっと傍にいてくれるです?ぱれおの。」

 

「ん?…あぁ、勿論。ずーっと傍で、ずっと大事にし続けるよー。」

 

「ほんと?ほんとにほんとです?」

 

「うんうん、ほんとにほんとさー。」

 

 

 

ひしっとしがみ付く力が増し、一生懸命に訊きなおしてくる姿がまた可愛くて、つい頬が緩んでしまう。

きっと今の俺は気色悪い位にデレデレしていると思うが…この際仕方ないだろう。どんなにキモイと言われようが、この幸せで打ち消し――

 

 

 

「うっわぁ見てレイー。○○さんすっごいキショい顔してるぅ。」

 

「だ、だめだよ花ちゃん、人様にそんな事言っちゃ…」

 

 

 

――前言撤回。胸にクるわ、これ。

 

 

 

「……ま、まぁ安心してくれていいよ。俺はずっとれおなちゃんと一緒に居る。」

 

「……えへへぇ。いまの、なんだか"ぷろぽぉず"みたいでしたぁ。ぱれおは赤くなってしまいます…!」

 

 

 

プロポーズ、か。()()()()()()()()()だろうけど、確かにその表現がしっくりくる言葉だったかもしれない。…まぁ、れおなちゃんも嬉しそうだしいいか。

 

 

 

「…なあチュチュ。」

 

「あによ。」

 

「涙拭けよ。」

 

「はぁ?何言ってんの。あいつはそーゆー奴なんだって。」

 

「…や、お前がいいならいいけどよ…」

 

「良く…は、ないけど、それも魅力の一つだと思うのよ。」

 

「……お前等みんな気持ち悪ぃ。」

 

「でしょうね。」

 

 

 

どうやらあの二人は何としてでも俺を悪人に仕立て上げたいらしい。今度そこについても問い詰めなければ…と。

 

 

 

**

 

 

 

久々の酒を伴わない居酒屋飯を終え、割かし悪くない気分で自宅へ戻ってきた俺。

勿論未成年組は家まで送り届けて来たし、支払いも俺持ちだ。紳士だろう?

 

 

ヴーヴヴッ

 

 

「ん。」

 

 

 

ポケットに感じた振動に愛機の画面を開いてみれば。

 

 

 

『おつかれさまです!』

 

 

 

先日眼鏡を新調したばかりだという六花ちゃんからのメッセージだった。

俺もまだ眠くないし、明日の準備をしながらメッセージを交わすことにした。

 

 

 

『おっつー』

 

 

『送って頂きありがとうございました!』

『今はもうご自宅ですか?』

 

 

『今帰ってきたとこ』

『何かあった?』

 

 

『特に用って程では無いんですが』

 

 

『んー』

 

 

『パレオさんと院長先生』

『どちらとお付き合いされてるんですか?』

『あ!言い難い事だったらすみません!』

『気になっちゃったもので…』

 

 

 

「…ふむ。」

 

 

 

どちらかと…或いは療法と付き合っているように見えたんだろうか。思い返してみれば今日はあまり六花ちゃんとも話せてなかったし、距離の近いあの二人を遠巻きに見るとそんな感じなのかもしれないな。

…あれ、もう一人やたら距離の近い先生が居たような…

 

 

 

『全然いいよ』

『どっちとも特に付き合ってはいないかなー』

 

 

 

すぐに既読。しかし返信が来ない。

しまった、言い方が雑過ぎただろうか。あまり仲も良くない相手に「ハイお前不正解!」と言われたら嫌な気持にもなるだろう。

…と心配している間に、ちゃんと返信は来た。

 

 

 

『そうだったんですね』

『すみません、勘違いでした』

 

 

 

考え過ぎだったか。

 

 

 

『ところで』

『今度お暇な時にでもお出かけしませんか!』

『二人で!』

 

 

 

「…まじかぁ。」

 

 

 

どうやら、この歳にして来てしまったらしい。

「モテ期」というビッグウェーブが…!

 

 

 

『いいねー』

『楽しみにしてるよー』

 

 

 

まぁ、誰かと深い関係になろうとは更々思っちゃいないだがね。

 

 

 




僕こういう男嫌い。




<今回の設定更新>

○○:みんなと仲良く、楽しく過ごせるならそれでいい。
   スキンシップに抵抗がなく、相手が誰であろうと遊べるタイプ。
   最近割かし甘党。

パレオ:かわいい。主人公に捨てられないか不安で仕方がないらしい。

チュチュ:かわいい。子供服も似合うと思う。
     主人公の良くない面も察しつつ魅力だと言い切る懐の深さ。
     よっ、流石院長!

ロック:ユクゾ…ッ

マスキング:思ったよりまとも

レイヤ:おかあさん

ガヤ:花園たえ


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2020/06/13 破壊編・悶着のChuChu

 

 

 

「おはよ…ございますぅ。」

 

「おはよう六花ちゃん。…新しいベッドはどう?」

 

「ベッド…?………ッ!!」

 

 

 

寝起きの乱れたパジャマを直すことも無く顔を真っ赤にして蹲る。ベッドという単語から何を連想したというのか…。

 

 

 

「……寒い?」

 

「ち、ちがいますっ!昨日の…寝る前の…その…。」

 

「…ああ。」

 

 

 

此処は隣町のとあるアパート。以前六花ちゃんと出かける約束こそしたものの、お互いの仕事のスケジュール等で中々会えず。

相談を受けたのか見兼ねたのか、例の世話焼き院長(ミニマム)から六花ちゃんの引越しを手伝う様要請されたのだ。

余談だが、それまで親戚の家に居候していたことはその時初めて知った。

やっとこさ一人暮らしを始められる準備が整ったとかで、運搬やら家具家電の購入やら、人手が要るんだそうな。…いや、そこまで説明できるなら病院連中で手伝えばすぐ終わるんじゃ?…とも思ったが、無駄に鋭い眼光の前に俺如きの案など霧散も同然だった。

 

 

 

「大丈夫?どこか痛い所とか無い?」

 

「…あは、はは…ちょっと、違和感はあります…ね。」

 

「だよなぁ。…まぁ無理せんと、今日も俺は休みだからさ。こき使ってくれていいよ。」

 

「すみません…何から何まで…ほんと…。」

 

「いいのいいの。…ちゆちゃんからの頼みでもある訳だし…。」

 

「ちゆ??」

 

「院長。」

 

「…ああ。」

 

 

 

流石に雇用主を名前で呼んだ経験は無かったか。

花を散らせた直後という事もあって、あまり無理はさせられない。細かい荷ほどきやら何やらは後々自分で出来るとして、家具の配置だとか家電のセッティングだとかは今日中に終わらせてしまおう。

隣町となると中々来ることも無いだろうし、力仕事が出来そうなのも俺か佐藤先生くらいなものだ。あの人は立ち塞がる大岩でもぶっ壊せそうなイメージなんだよな。うん。

 

 

 

「……取り敢えずその…服、着替えたら?」

 

「…あっ。…み、みみ、見ないでくださいぃ…!」

 

「パジャマくらい今更だとは思うけど…水回りやってくるよ。洗濯機は昨日の場所で良い?」

 

「あはいっ。…あれ?」

 

 

 

昨日のうちに部屋の大体のイメージはついている。…と言っても、引っ越し経験者なら分かるだろうが、配線や排水口の存在からしてある程度の制約内にはそれほど自由が無いのだ。

いそいそと着替えを漁る六花ちゃんを尻目に、排水ホースをキャップに捩じ込む作業に入る。…と。

 

 

 

「あ、あの…○○さんっ!」

 

 

 

背後から切羽詰まった様な声が。

着替え中という事も考慮し振りまかないまま返事を返す。

 

 

 

「んー。」

 

「で、でんわです!院長から!!」

 

「……ちゆちゃんから?」

 

「ど、どうしますか!?」

 

「どうもこうも…出たら?」

 

「あっ……そ、そうです、よね!?…も、もしもっし!」

 

 

 

自分のスマホで通話を始めることくらい、いちいち報告せずともいいのだが。…彼女なりに、今は話したくない相手…であったのだろうか?

いや、それは考え過ぎか。

 

 

 

「………あれ?……はい…………はい。」

 

「……。」

 

「…え。………います、けど。……はい。」

 

「…?」

 

「…………あのー、○○さん。」

 

「ん。代われって?」

 

「はいぃ…。」

 

 

 

何だろう。

一度手を洗いスマホを受け取る。念の為画面をチェックするが間違いなくちゆちゃんだ。

 

 

 

「…代わった。」

 

『うぉぉ本当に出た!もしもーし!!』

 

「………花園さん?なんで。」

 

『今ねー、病院に来たらねー、みんな暇そうでねー。』

 

「…。」

 

『誰のかわかんないけど電話が落ちてたからー――』

 

『Wow!!ハナゾノ!!何して――』

 

『あ、ちゅちゅだ。やっぽー。』

 

『返しなさい!それ私の!!…って、誰にCallしたの!?』

 

『あーん、私のすまふぉぉ。』

 

『私のよ!!…もう。…もしもし?』

 

「もしもし。」

 

『な…ッ…○○??それ、ロックのじゃ…?』

 

 

 

酷く驚いた様子のちゆちゃん。

花園さんの自由具合は相変わらず…って待て??

 

 

 

「…まぁそれはおいといて…花園さん、辞めたんじゃなかったか?」

 

 

 

ついこの前、六花ちゃんが受付その他の業務で独り立ちしたためにサポートメンバーだった花園さんが退職…契約期間満了という形を取ったと聞いたんだが。

まさか契約事項に関して迄自由なのか?

 

 

 

『ええ…でも来るのよ、この子。』

 

「それでいいのか羅須歯科…!」

 

『そんなことより…どうなの?引越しの方は。』

 

「あん?ああ、順調。」

 

『そ。しっかりやんなさいよ。』

 

「おう。」

 

『それと――』

 

「?」

 

『――パレオを悲しませるようなこと、するんじゃないわよ?』

 

「…と言うと?」

 

『……アンタ馬鹿?』

 

「言葉を選びたまえチャイルド。」

 

『うっさいわねぇ!要するに、私やパレオにしている様な事をロックにはするんじゃないって言ってんの!』

 

「………あー……。」

 

『アンタまさか……!』

 

「えっとだな?その、長距離運転して、夜中に着いたらそのー…疲れるだろ?な?」

 

『……ロックに代わって。』

 

「は?…いやいや、まずは話を――」

 

『代わって!!Hurry!!』

 

「……oh。」

 

 

 

何だか必要以上に疲れた気がして。

そのままやいやいと怒鳴り声が聞こえ続けているスマホを持ち主へ返す。

 

 

 

「??」

 

「代わってってさ。院長が。」

 

「!?…わ、わかりました…っ。」

 

 

 

ぐっと両こぶしを握り深呼吸してから神妙な面持ちでそれを受け取る。イチイチ動作が可愛いなぁおい。

 

 

 

「…代わりました、朝日――」

 

『ロック!!!今から私もそっちへ向かうわ!!住所教えなさい!!』

 

 

 

ああ、スマホ越しの声ってこんなにクリアに聴こえるんだ。

しどろもどろになりながら必死に新住所と目印を伝える六花ちゃんを眺めながら、今日あたり本当に殺されるかもしれないとポーカーフェイスの奥で歯を鳴らしていた。

 

 

 

**

 

 

 

「……ふぅん、良い部屋じゃない。」

 

「…で、ですよね!お気に入りなんです!!」

 

「通勤だけ少し大変そうだけど…ま、ロックが良いならいいわ。」

 

「はい!」

 

「…で?○○。」

 

「………何でしょう。」

 

「話があるのだけれど?」

 

「俺には無いけど?」

 

「うっさいわね!表出なさい!」

 

 

 

引き摺られるようにして玄関へ連れて行かれる。

あの電話から二時間少々、颯爽と現れた院長様は部屋の隅々までを物色し悪くない部屋だと言った。彼女が来るまでに力仕事になりそうなタスクは全て終わらせたし、残るは細かいパーソナルな荷物だけ。

これだけやれば、見られても恥ずかしくない程度には完了したと言っても過言ではない。…が、目的は六花ちゃんの引越し自体ではないようで。

まぁ、状況によっちゃ恋人の蜜月にも見えかねないこの状況…逆壁ドン状態とでも言おうか。勿論、壁際に尻餅をつくという俺の協力あっての状態な訳だが。

 

 

 

「…なんだよちゆ。そんな怒る事かよ。」

 

「Umm…アンタ、状況分かってんの?」

 

「あん?…引越しの手伝いの真っ最中に君が来た。それ以外に何か?」

 

 

 

歯噛みするような顔を見せ、尚も納得いっていないご様子。

 

 

 

「私はね、アンタのそう言うところ、大っ嫌いだわ。」

 

「まじかぁ。」

 

「…パレオのこと、どう考えてるの?」

 

 

 

無理な体勢から腕を震わせ始め、流石にしんどくなったか仁王立ちへとその姿勢を変える。そのままリビングの奥を覗き込み、ふんふんと鼻歌混じりに段ボールを開封している六花ちゃんを確認してから質問の追撃。

 

 

 

「無論、好きだ。」

 

「……ロックは?」

 

「いい子だよな。好感が持てる。」

 

「………はぁ。」

 

「ああ勿論、君もな。」

 

「はいはい。…じゃあ次の質問。…○○にとって、「好き」って何?」

 

 

 

お次は概念の問題か。

しかし、さりげなく混ぜた揶揄い半分のジョークに顔色一つ変えず受け流すとは。成長したな、ちびっ子よ。

「好き」とは何か…感情の一つ、という答えが相応しいのだろうが、そのまま言うのも趣が無い。ううむ。

 

 

 

「…ふむ。」

 

「……ちゃんと、考えて。」

 

「好きってのは…アレだ、嫌いじゃないって事。」

 

「はぁ?」

 

「そんなのって無いじゃない?だって――」

 

「○○さーん!片付け出来ましたぁ!」

 

 

 

俺の答えに苛立ちを覚えたのか、価値観の違いからムキになったのか。声を荒げようとした矢先に割り込んでくる達成感溢れる六花ちゃんの声。

流石にバツが悪いのか大人しく黙るちゆちゃんを置いて、上手い事説明できないままリビングへ向かう。

 

 

 

「ほほう。…こりゃ大物系も頑張った甲斐あったねぇ。」

 

「えへへ。…あ、大事なお話し中だったらごめんなさい。」

 

「いや、いいさ。」

 

「そですか。…へへ、○○さんが居てくれてよかったぁ。」

 

「ん。」

 

「何度か会っただけなのにこんなに優しくしてくれて、色んなお手伝いまでしてくれて…」

 

「いやいや。」

 

「…なんでです?」

 

 

 

労働後のナチュラルにハイな気分はどう命名したものか。恐らく今の彼女がそれだ。

やりきった達成感がそうさせるのか、いつにも増して饒舌な彼女はまたも難しい質問を投げかけてきた。

 

 

 

「…そりゃま、可愛い子にお願いされちゃうと弱いから…かなぁ。」

 

「か、かわっ……!!……えっへへへ。そんなこと…ない…ですよぅ。」

 

 

 

苦し紛れの"逃げ"の解答だったが、思いの外耐性が無かったようで。顔が崩れ落ちてしまいそうな程綻ばせている六花ちゃんは、可愛い。

大きな眼鏡で少し隠れているとはいえ、これだけ整った容姿の彼女だ。言われ慣れているだろうと踏んだが意外だった。

一安心した俺とは対照的に玄関から聞こえてくるクソデカ溜息。

 

 

 

「…。」

 

「も、もう、○○さんったら…!誰にでもそんな事言ってるんじゃ…??」

 

 

 

此処で素直に答えるのは機嫌を損ねてしまう事だという経験則。女の子は特別感が嬉しいのだとか。

唯一大人だと誇れる知識庫を駆使して、最も当たり障りのない答えで茶を濁す。

 

 

 

「そんなことないさ。誰にでもなんか言わない。」

 

「…ほ、ほんとですかぁ?」

 

「ああ。本当に、六花ちゃんが可愛かったからつい――」

 

「………えへへ……えへへへへ……もう、○○さん!…もう!!」

 

 

 

リビングにゆっくり入って来るちゆちゃんは恐ろしいほどに冷めた、完全に氷点下の無表情だったが。大方、ウチのスタッフを誑かすなとか、いつものやつだろう。

 

 

 

「…えと、その…○○さん?」

 

「ん。」

 

「前に、訊いたじゃないですか…?お付き合いしてる人は…って。」

 

「うん。」

 

「……今もその、誰とも…?」

 

「ああ、うん、まあね。」

 

 

 

間違っちゃいない。そもそも俺自身制約や束縛が嫌いな身だ。

誰かと付き合おうと考えたことも無いし、ライトな関係を築けたらそれで満足な訳で。勿論六花ちゃんとも。

 

 

 

「…!!………えへへ、よかったぁ。」

 

「??」

 

「あの、私、昨日の夜…その、痛くないようにって○○さんが色々お話してくれてる時から考えてたんですけど…私、○○さんと――」

 

「○○。」

 

 

 

六花ちゃんの言葉を遮るように。鋭く声を上げたのは何時の間にかすぐ隣にまで来ていたちゆちゃんだった。

ビクリと肩を震わせて言葉を飲み込む六花ちゃんと、やや間を空けて視線を下ろす俺。「もうやめておきなさい。」視線を交えた彼女の目はそう語っているように見えた。

 

 

 

「…なんだよチュチュー、びっくりさせんなよー。」

 

「○○。今の時間は?」

 

「え。…昼…少し過ぎたくらいか。…何だ、お腹空いちゃったのか?」

 

「違う。夕方からパレオとデートって話だったでしょ?帰らないと。」

 

「!!」

 

「はぁ?」

 

 

 

何を言い出しているんだこいつは。

勿論そんな予定は無いし、そもそも今日れおなちゃんは出勤だったはずだ。全くちびっ子の意図が汲み取れないまま、探る様にして言葉を考える。

 

 

 

「…ホテル押さえてあるんだって?やるじゃないー。」

 

「ほ、ほて…る…?」

 

「待て待て待て、全部初耳――」

 

「Sorry、ロック。この男、パレオとの約束すっかり忘れてるらしいのよ。」

 

「ぇ……ぇ…え??」

 

「ほら、アンタも早く戻らないと。…あんなに可愛い()()、失くしたくはないでしょう?」

 

 

 

困惑する六花ちゃんを他所に、帰り支度を進めさせる院長。話の流れは全くと言っていい程理解できないが、この場から俺を連れ出したいのだという事は分かった…気がする。

何より、れおなちゃんを失いたくないだろうと言われたらそこは勿論イエスだ。六花ちゃんとの関係も大事だが、れおなちゃんだって慕ってくれる数少ない良い子なのだから。

 

 

 

「まぁ…そうだね。友達は裏切れない。」

 

「とも…だち……。」

 

「ええ、そうね。ほら早く、力仕事も終わったんでしょう?」

 

「まあ。……ええと、何かごめんな六花ちゃん。また今度、一緒にお出かけしよう?」

 

「あ、いえ…気に…しないでください。パレオさんと…楽しんで。」

 

「ああ。」

 

 

 

何とか思考が追い付いてくれたようで。ぎこちないながらも笑顔を浮かべ、送り出してくれた。

表面上は何とかおどけた様子をキープしているちゆちゃんが先に玄関を潜り、俺も続いて――彼女の家を後にしようとしたその時に、だ。

背中に、縋るような悲痛な声をぶつけられたのは。

 

 

 

「あの!!」

 

「……??」

 

「パレオさんとは!昨晩の様な事…してないんですよね!?」

 

「……ッ!」

 

「パレオさんは…お友達、なんですよね!?」

 

「…………。」

 

「パレオさんとは、何も…何もないんですよね…??」

 

 

 

全ての問いに、いつもならば即答出来ていたであろう。そう、返事を阻止すべく必死に服の裾を掴んでいる小さな彼女が相手であれば。

その力強さと泣きそうな表情のせいで、上手く呼吸ができなかった。…これだけの無様を晒しておいて、何が大人だ。

結局、代わりに茶化すような声を上げたのはちゆちゃんで。

 

 

 

「あははっ!ロック!…こいつにそんな度胸も甲斐性もある訳ないじゃないの!!」

 

「……。」

 

「………そう、ですよね。」

 

「そうそう!それじゃ、失礼するわね!」

 

「…えへへ、はい、○○さんも、また今度。」

 

「…………ああ。」

 

 

 

情けなく、絞り出すような返事が、俺の精一杯だった。

 

 

 

**

 

 

 

「何だってんだ。」

 

「……。」

 

「なぁ、ちゆちゃんよ。…全く意味が解らん。」

 

 

 

借りていた軽トラックを返したのち、羅須歯科まで院長様を送る。とは言えそう遠くない道程だ。硬いコンクリートを踏みしめ、只管に歩いた。

 

 

 

「私はね、傷ついてほしくないの。」

 

 

 

漸く口を開いてくれた彼女はそんなことを言った。言葉の意図が掴めず首を捻っていると、見兼ねた様に「できるだけね。」と付け足された。

 

 

 

「アンタ、大人の方が正しい。…って考えてるでしょ。」

 

「………正しい、かは分からんが。大人には大人ならではの生き方があるだろう?」

 

 

 

意思決定も人生観も、全ては自己責任として人生に圧し掛かって来る。

どう考えようがどう動こうが、詰まる所自己完結な訳だ。俺の答えに、今日何度目か分からない程の溜息を吐いて見せる。

 

 

 

「……相手が、同じような大人ならね。」

 

「……あぁ?」

 

「ロックはまだ子供でしょう。」

 

「………。」

 

「それに、アンタは確かにあの子から心を奪った。」

 

「はっ。」

 

 

 

心、ねぇ。

どこかの大泥棒じゃあるまいし、そう綺麗な表現で纏められる物だろうか。

 

 

 

「…何。」

 

「それじゃあ何か?六花ちゃんが俺に惚れてるとでも?有り得ない。」

 

「…………。私、ずっと聞いてたのよ。ロックが嬉しそうにする、アンタの話。」

 

「…。」

 

「勿論、パレオも聞いてはいたけどね。」

 

 

 

偶に通院して窓口で会話する程度の仲だったが、何がそんなに印象深かったのだろうか。

 

 

 

「だからこそ今回預けた訳だけど。…迂闊だったわ。」

 

「何がだよ。」

 

「…全てよ。」

 

「まさか……初めてだったから怒ってんのか?」

 

 

 

だがそれくらい、幾度となく経験してきたことだ。それこそ少し前にも。六花ちゃんにも言われたがすっかり手慣れていたし、苦痛にならないように細心の注意を払った。

新品のベッドだったわけだし。

 

 

 

「……ふっ。」

 

「あ?」

 

「……ふふっ……ふふふっ…。」

 

 

 

ちゆちゃんが、壊れた。

 

 

 

「Sorry、アンタを責められないって気付いて、虚しくなっただけよ。」

 

「…わかる様に説明してくれ。」

 

「…簡単な話よ。ロックは…いえ、六花は、凄く真面目でとてもいい子。まともに一生懸命生きてる子なのよ。」

 

「ああ。」

 

「…そして、アンタは。…いや、私も、そしてパレオもね。…壊れてんのよ、とっくの昔に。」

 

 

 

壊れている?俺が?

 

 

 

「アンタが深い関係を築かなくなった原因は何となく聞いてる。」

 

「…れおなちゃんめ…。」

 

「そして、その事にsympathyを感じている私が居る。」

 

「…。」

 

「…でもそれって、哀しい事じゃない?一生人とは少しズレた場所で生き続けるって事だもの。…勿論こういった擦れ違いだって起きるし、価値観が合わない人に当たれば揉めるでしょう。」

 

 

 

ああ。笑顔で話す彼女を見て幾つか思い当たる節がある。

俺のトラウマまで事細かに報告しているれおなちゃんにはお仕置きを考えなければいけないが、そのせいで今の俺が居るのも事実。

また、背中や腹に古傷があるのも恐らくその、"価値観の違い"とやらが招いた悶着のせいだろう。

そこに共感が持てる彼女もまた、きっとどこかで心に傷を負ったのだろう。

 

 

 

「…ちゆちゃん、それって。」

 

パレオ(あの子)もね、幼い頃から中々に生き辛い家庭で育ったから……だから、悲しませることが無いようにって、アンタには念を押すのよ。」

 

「そうか。」

 

「兎に角、ロックは私達と同じだと思っちゃダメ。どうしても自分を曲げられないなら、近寄るのもやめなさい。」

 

「……。」

 

「奪ってしまったものは仕方ないけれど、傷口を抉るのはお互い良くないもの。…大丈夫よ、Aftercareは私が何とかする。」

 

「なあちゆちゃん。」

 

 

 

六花ちゃんにとって、俺が最大の毒であることは何となく理解したつもりだ。

だが、彼女がそこまで気を病む理由はどこにある。そりゃ院長ともなればスタッフのケアは職務だろう。だが俺なぞ強引にでも潰してしまえばいいだろうに。

 

 

 

「…君は、もっと強引な手段だってとれたはずだろ。どうして俺に、そこまで肩入れする。」

 

「別に、してないけど。」

 

「いや、あれだけ赤裸々に語っといてそれは無いだろ。」

 

「…………別に。」

 

「言えよ。」

 

「…。」

 

「……なあって。」

 

「うっさいわね!…壊れている私が、壊れているアンタを好きになったのがそんなにおかしい!?」

 

 

 

驚きだった。いや、それよりも疑問が強かった、か。

俺の価値観を知った上で何故好きなどと言えるのか。

 

 

 

「…分かってる。別に深い仲になりたいわけじゃないわ。…けど、愛しく思ってしまったのよ。ただそれだけ。」

 

「………。」

 

「…もう帰って。」

 

「え……?…あ。」

 

 

 

気付けば見慣れた場所。羅須歯科の玄関前に辿り着いていた。

次いで気の利いた言葉を返せるでもなく、俺は一人、その場から逃げるように立ち去る他なかったのだ。

分からない、分からないことだらけだ。

 

 

 




もうすぐ終わりそうです。




<今回の設定更新>

○○:過去の失敗経験から現在の様な屑に成り下がった模様。
   相手が好意を持たなければ凄くいい人。

ロック:ごめんよ。

チュチュ:そりゃこれだけちっちゃい子が病院回してるって、何かの闇はあるよなぁ。


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【湊友希那】偽兄妹- Falso fratello e sorella -
2019/10/26 Gioca e dimagrisci


湊友希那編ではありますが、以前の友希那編とは関係ないものになります。
ご注意くださいませ。


 

 

 

「ほうら友希那(ゆきな)!言っていた通り、誕生日プレゼントはお兄ちゃんだぞぉ!」

 

 

 

居間に立ちオーバーなリアクションで俺を紹介する優男風のイケメン。別に頭がおかしいとかではなく、父親が一人娘に誕生日プレゼントを用意しただけの話ではあるのだが。

…この父親(イケメン)、もしかすると相当のアホなのかもしれない。

 

 

 

「…ぅ"、うわぁいやったー!……ぁっ、パパ大好きぃ!」

 

 

 

この親にしてこの子あり、か。隣で万歳をして一生懸命に口角を上げているこの女の子も、もしやアホなのかもしれないし。

 

 

 

「あらあら、うふふふふふ。…おや○○、何をぼーっとしてるの?お兄ちゃんらしくなさい。」

 

 

 

一歩引いた場所で見たこともないような優しい笑顔を浮かべているババ…おばさんは俺の母親。まぁ、俺だけの母親だったのは昨日までで、さっきの発表があってからは、そこの万歳少女の母親にもなったわけだが。

 

 

 

「……マジか。」

 

 

 

何の変哲もない土曜日…いや、何の変哲も()()()()土曜日は、"親の再婚"というとんでもないサプライズによりとんでもない記念日へと進化を遂げたのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「……で?」

 

「…でとは。」

 

 

 

色々疲労の溜まる時間を過ごした後、まだ寝巻きも着替えていないことに気づいて部屋へと戻ってきたわけだが。

 

 

 

「ここ、俺の部屋な?」

 

「そうね。」

 

「お前の部屋じゃない訳な?」

 

「それは違うわよ。」

 

「違わねえわ!」

 

 

 

下では相変わらずいい歳の大人がいちゃついているから居心地が悪いっちゃ悪いんだろうが、先ほど精一杯の万歳を見せていた少女も俺にくっついて部屋まで来ていた。お陰で着替えも出来やしない。

 

 

 

「お前、マジでお兄ちゃん欲しかったの?」

 

「そんなわけ無いでしょ、馬鹿なの?」

 

「さっきのは何だよ。」

 

「……ああしていれば、パ…父は喜ぶのよ。」

 

「パパって呼べばいいじゃんかよ。」

 

「呼びたくて呼んでるんじゃ……まあいいわ。」

 

 

 

今少し会話を交わして判ったことがある。…こいつ、表情がねえ。

や、そりゃ多少パーツの動きが見えることはあるが、眉根が上がったり下がったり、目が開いたり閉じたり…その程度だ。幸い感情は欠如していないようなので、恐らく人間ではあるんだろうが…何だか調子が狂う。

 

 

 

「あなた、ちょっと協力しなさい。」

 

「はぁ?何に。」

 

「……父の前では、仲のいい兄妹として振舞って欲しいの。」

 

「えぇ…?親父さんの前でだけ?」

 

「それ以外、演じる必要があるかしら?」

 

「…もう根本からズレてるみたいだから置いとくか。どうして親父さんの前で演じる必要があるんだよ。」

 

「それは……」

 

 

 

彼女…ええと、友希那とか言ったか。新しく出来た妹は辿辿しく話し始める。

――ああ見えて一端のミュージシャンだという父親が絶大なスランプに陥ったのは一年ほど前。そのスランプの原因は、友希那の母親、つまり親父さんにとっての奥さんが出て行ったことにあるという。出て行ったと言っても別居のような生易しいものではなく、一方的に離婚を突きつけて出て行ったのだそう。

理由は話していなかったためわからなかったが、夜逃げ同然で娘も置いて出て行ったというのだから相当な何かがあったのだと伺える。それ以来唯一残された友希那に妻の面影を見出し、周りも引くほどの"ベッタリパパ"になったのだとか。

ただ父親のタイプが変わったからといって娘も急に対応はできず、またスランプも解消されないまま日々は過ぎ、切羽詰まった父親が友希那に尋ねたそうだ。

 

「友希那がもっとパパを好きになってくれたらパパはもっと頑張れる。そうだ、次の誕生日には何が欲しい?」と。

 

受け入れきれないとは言え決して父親を嫌っているわけではない友希那は頭を捻った。だが一つ引っかかったのは、出て行った母親のことをまだ愛しているということだった。きっと父親が求めているのは妻という存在である…それでも自分は新しい母親を欲しいだなんて絶対に思えない。…それなら、と。

本人曰く逆転の発想で、母親が居なければ手に入らない・それも、今から生産したんじゃ間に合わない年上の兄弟を欲しがってみてはどうか…という考えに辿り着いたのだという。……あとはお察しだ。

 

 

 

「…困ったことになったわね。」

 

「お前、やっぱアホだろ。」

 

「なっ……」

 

「…お母さんとヨリを戻して欲しい、とは願わなかったのか?」

 

「あっ」

 

「……はぁ。」

 

 

 

うん、やっぱ少し足りてないみたいだこの子は。確かに、「そんな無茶なこと言うもんじゃない」とか「深い事情も知らないくせに」とか、色々言われるような案件かも知れない。それでも俺は、目の前で頬を膨らませている友希那(こいつ)はある種の被害者だと思うし、問題になっている二人の実の子供な訳だしで、十分言う権利はあったと思う。知る権利だって。

 

 

 

「わぁったよ。協力する。」

 

「……何、急に。」

 

「お前は親父さんも出てったお母さんも両方好きなんだな?」

 

「う…ん。」

 

「で、差し当たっては親父さんのスランプを何とかしてやりたい。」

 

「…ええ。」

 

「おっけ。…じゃあ親父さんの前ではお前に合わせよう。俺は今日から、お前の兄ちゃん()だ。」

 

「………いいの?」

 

「おうよ。その話からすると、うちのお袋と再婚するのだって友希那に兄貴を作るためなんだろ?」

 

 

 

身内の俺から見てるといっても、いくら何でもあのババァがあんなイケメンに好かれる要素を持っているとは思えない。何かしらクサイとは思っていたがこんな真相があったとはな。

事前に何も聞かされていない恨みもあるし、俺にだって色々と事情はあるんだ。

 

 

 

「そう…かはわからないけれど。」

 

「俺だって思うところはあんだ。…親が再婚ってことは俺の苗字も変わるんだろ?」

 

「あっ……そ、そうね。」

 

「友希那、苗字なんて言うんだ。」

 

「……みなと。」

 

「みなとぉ?…船が停まってる、あれか?」

 

「いえ、(さんずい)(かなでる)で、(みなと)。」

 

 

 

……くそっ、ちょっと格好いいじゃねえか。元の苗字、武者小路(むしゃのこうじ)も格好いいと思ってたけど、ベクトルの違う良さがある。こう…スタイリッシュな。

 

 

 

「ま、まぁ?ちょっと収まりはいいかもしれねえけど、勝手に苗字も変えられるわけだ。なら、俺にだって一言言う権利だってあるだろ?

 

「……あなたって、実はいい人だったりする?」

 

「実はって何だ失礼だな。お兄ちゃんだぞ。」

 

「……ふふっ、変なの。」

 

 

 

あ、笑えるのか。てっきり笑顔もないものだと思っていたが、なんだ、笑うとなかなかに可愛い顔するじゃないか。腰の上あたりまで伸びた真っ直ぐな銀髪、無表情そうに見える原因を作っているであろう感情の読めない深い黄土のような目、大声も出せなさそうな小さな口。…うん、よく見りゃ造形は整ってんだな。

 

 

 

「…ふむ、笑ってると可愛い顔してんじゃんか。」

 

「……妹相手にナンパかしら?」

 

「馬鹿言ってんじゃねえ。俺の妹になるんなら、精々もっと笑えるようになるこったな。」

 

「嫌よ。」

 

「何でだよ。仲良くするんだろ?」

 

「……恥ずかしいもの。」

 

「あのなぁ……。」

 

 

 

兄妹間で笑顔見せることすら恥ずかしがってどうする。前途多難だな…。

 

 

 

「でもま、これからよろしくな妹。」

 

「ええ、こちらこそ…お兄ちゃん?」

 

「疑問譜を付けるな。…まぁ確かに兄なんて求めちゃいなかったんだから納得はできねえだろうけど…。」

 

「……そうでもないわ。」

 

「あん?」

 

 

 

相変わらず掴みどころのない妹に頭を抱えかけたが、まるで峠道のように右へ左へと話は動き続ける。またしても予想に反する答えを返す彼女に顔を上げると…

 

 

 

「…私、お兄ちゃんをねだって正解だったかも、って…少しだけ感じているのよ?」

 

「………そんな顔もできるんか。」

 

「ふふふ……可愛がってね?お兄ちゃん。」

 

 

 

さっきの純粋で邪気のない笑顔とは違って、何か裏を感じさせるような妖艶な笑み。…全く、大した表情筋だ。

これから一緒に生活していく中で新たな発見があるんだろうが……何とも観察しがいのある妹に、出会ってしまったようだな。

とんだ幸せな誕生日(ハッピーバースディ)だよ。

 

 

 

「…友希那ってさ、妹っていうよりかは姉っぽいよな。」

 

「一人っ子よ、ずっと。」

 

「マジ?」

 

「何を疑っているの。」

 

「…後でひょっこり弟が出てきたり…とかしそうだなって。」

 

「馬鹿なの?そんなのあるわけ無いじゃない。」

 

「ま、妹っぽくないってことだよ。」

 

「どうしろっていうのよ…。」

 

 

 

何だかんだ、仲良く出来そうじゃねえか。

 

 

 

 




誕生日に伴い新シリーズです。
どうぞよろしくお願いします。




<今回の設定>

○○:主人公。高校3年生。
   ずっと弟妹が欲しかったが親を見て色々諦めていた。
   クラスの中では中心に入っていけるタイプだが、家では割とおとなしい。
   旧姓?が格好良くて気に入っていた。

友希那:今回は妹。高校2年生。
    色々複雑な家庭環境になってしまったが、父親の崩れっぷりに悲しむ余裕もなかった。
    無表情寄りではあるが感情は豊かな方なので、慣れてくると表情だけで気持ち
    が分かるようになるらしい。


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2019/11/06 Unschuldig und unwissend

 

 

 

「ほうら友希那、好き嫌いはダメだぞー。」

 

「チッ…調子に乗りくさって…」

 

「何か言ったか??」

 

「!!…う、ううん??私、苦いのはダメなのぉ、お兄ちゃん。」

 

 

 

夕食時。食卓でにこにこと団欒を演じている俺たち家族。平皿に盛られた野菜炒めから挽肉以外全ての野菜を端に避けている友希那にすかさず一発かましてやったんだが…。

慌てて取り繕った妹に酷く睨みつけられてしまった。

 

 

 

「そっかーしょうがないなぁ。…じゃぁ、お兄ちゃんが食べさせてあげるからなー?」

 

「いっ、いいよぉ別に。自分で…そう、後で食べるから…。」

 

「そんな悲しいこと言うなよ~。兄妹のふれあいだろ~?」

 

 

 

一向に食べようとせず、チマチマと選別作業を続けている妹に、まとめて掴み上げた色とりどりの野菜を差し出してやる。

兄直々に「あーん」をしてやろうというんだ、ありがたく口を開け…

 

 

 

「………こ、殺すわよ、お兄ちゃん。」

 

「…漏れてる、漏れてるぞ友希那…。」

 

 

 

どうやら憎しみのあまり素が隠しきれなかったようだ。

 

 

 

「あんたたち、仲良いのはいいけどご飯はちゃんと食べちゃいなさいね。」

 

「は、はーい…ママ。」

 

 

 

そう言えば、友希那はウチのお袋のことを"ママ"と呼ぶなあ。父親のこともパパと呼んでいるようだが…。本当の母親のことは"母さん"と呼んでいたらしいが、何か友希那なりに線引きがあるんだろうか。

 

 

 

「……ごちそーさん。」

 

「ん。食器はちゃんと水に浸けておきなさいよ。」

 

「わーってるよ。……うっし、じゃあお先だー友希那。」

 

「…ん。」

 

 

 

最近分かったことだが。

俺の妹は食うのが遅い。

 

 

 

**

 

 

 

ガチャリ、と部屋の扉が開けられる。

 

 

 

「…おう、遅かったな。」

 

「…………。」

 

「…なーにをそんな膨れたツラしてんだ。」

 

 

 

無言のままスタスタと部屋に踏み入ってくる妹。何が気に入らないのか、その小さな顔はフグのようだ。

そのままベッドに腰掛ける俺の前に立ち、相変わらず表情の読み取れない黄土の瞳で見下ろしてくる。

 

 

 

「……お兄ちゃん、馬鹿なの。」

 

「おいおい随分な言い草だな。」

 

「欠点の一つや二つ、可愛いものでしょうに…。」

 

 

 

一つや二つって、お前野菜全般食えねえじゃねえか。

 

 

 

「一つや二つで済むのか?」

 

「いいのよ。……野菜の食えない女、ミステリアスだわ。」

 

「ガキなだけと違うんか。」

 

「ああ言えばこう言う…。」

 

 

 

お互い様だなそりゃ。

 

 

 

「…で?いつまで兄ちゃんに影を作る気なんだ?…兄ちゃん光合成できないと死んじゃうんだけど。」

 

「蛍光灯の灯りに何を言うのよ馬鹿。」

 

「…選ばれしボディなんだ。」

 

「……今朝は「陽の光を浴びると灰になる」って言ってたじゃない。」

 

「…ああそうさ、俺は選ばれしヴァンパイア…選ばれシンパイア!!」

 

「うるっさ…。」

 

 

 

心底面倒臭そうな顔をされた。そりゃ至近距離で唾を浴びせられりゃそうもなるか。

 

 

 

「……何だ、今日は特に冷たいな。」

 

「お兄ちゃんが私に変なものを食べさせようとするからでしょう。」

 

「ピーマンと人参と…ありゃもやしだったか?…変なものじゃないだろうに。」

 

「あんな物は全部敵よ。…人類の…敵だわ…!」

 

「苦いってだけでそこまで言うことないだろう。栄養たっぷりだぞ?」

 

「アレを食べないと摂れない栄養なら、それを必要としないくらいの進化をしてみせるわ。」

 

 

 

ものごっつ真剣な顔して言ってますがね。…こいつならやりかねんから恐ろしい。

このままだと本気で野菜相手の戦争を始めかねないので、突っ立ったままブツブツと呪詛を零す妹君をベッドに座らせる。

 

 

 

「馬鹿なこと言ってないで座れ。…まぁ好き嫌いなんざ、追々克服すりゃいいんだ。」

 

「…そう。……それで、あの。」

 

「なんだ。」

 

「…今日はその…一緒に寝てくれないの。」

 

「…あのなぁ。まずいだろ色々。」

 

 

 

何の準備もせず、急に始まった再婚生活のせいで家具や生活用品は色々と不足していた。…元々広くもないただの民家だ。何なら部屋の数だって足りちゃいない。

今、兄妹ふたりの部屋として俺の部屋を使っているんだが何せ寝具も一つしかないんだ。

 

 

 

「おに…あなたをずっと床に寝かせておくのは何だか申し訳なくて…。」

 

「いーんだいーんだ、気にするこたぁないさ。…俺は男で兄貴、お前は女の子で妹な?ならベッドで眠るのがどっちか、考えるまでもないだろ。」

 

「だから、一緒に眠ったらいいじゃないの。」

 

「兄妹っつっても結局は他人だぞ?間違いが起きちゃ困るだろ。」

 

「間違い?……枕に、足のせちゃうとか?」

 

 

 

途轍もなく純粋無垢な顔をして質問してくる。…そうだった。こいつは下ネタの一つも通用しない。

恐らくその類の知識が欠片もないんだろう。弄るつもりの下ネタじゃなくて、大切な貞操観念のお話すら通じない点は困ったところだな。今時小学生でももっと知ってるぞ…。

 

 

 

「ええと……ほら、男の子と女の子が一緒の布団で寝ると、な?」

 

「…暖かくていいじゃない。」

 

「……んー……。」

 

「お兄ちゃんは暑がりさんなの?」

 

「ううむ……。」

 

 

 

どうやら、こいつにはまず男女の体の違いから…

 

 

 

「やっぱり私…迷惑だったのかしら。…協力しろだなんて…嫌われて当然よね…。」

 

「ああいや……わかった。今日だけ一緒に寝てみよか?」

 

「……ふふ、今日は寂しくて目覚めることもなさそうだわ。」

 

 

 

教えられるわけ、ないよなぁ…。

 

 

 

 




かわいい妹。




<今回の設定更新>

○○:意外と紳士的かもしれない。
   友希那が来てから、毎日床で適当に寝ている。
   好き嫌いはない。

友希那:部屋に誰が一緒にいようと大して気にならない。
    枕が替わると眠れない体質らしく、未だに寝不足が続いている。
    殆どの野菜が食べられない。トマトは好き。


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2019/11/27 Qual è tua sorella

 

 

 

今日、久々にラブレターを貰った。

ただ、嬉しいとか恥ずかしいとか、その類は今大した問題じゃない。今はただ只管に、その対処のせいで帰りが遅くなってしまったことが問題なのだ。

帰路はまだ長く、徒歩という移動手段の為にかなりの時間を要することは自明の理。…と言う訳で、家に着くまでの間、さっきまで対処に追われていた事態についてダイジェストでお送りしよう。

 

 

 

***

 

 

 

昼休み、飯も食い終わり珍しく暖かな日差し差し込む窓辺にて。ぼんやりと校庭を見下ろしながら微睡んでいると、不意に肩を叩かれた。

振り返るとやや不機嫌そうな短髪のイケメンが立っていた。…何故か若干イラついているのが気になったが、思い返せばいつもこんなだった様な気もする。

 

 

 

「……何。」

 

「………ん。」

 

 

 

不機嫌なイケメン――そんなに仲は良くないが同じクラスの高宮(たかみや)誠司(せいじ)とかいう男だ――が差し出すのは一つの茶封筒。

はて、何か金銭のやり取りでもあったかと不思議に思いながら受け取ると、中には三つ折りにした紙が四枚も入っているではないか。…手紙か?

 

 

 

「…お前にだ。」

 

「…高宮から?」

 

「んなわけわるか……預かってきたんだよ。」

 

 

 

よかった。一瞬果たし状かホモホモラヴレターかと身構えてしまったが、話を聞いてみれば後輩の女の子に預かってきたのだという。

未だ消えていない果たし状の線に注意しつつ、それを制服の内ポッケに押し込んだ。

 

 

 

「あ?読まねえのか。」

 

「別に後でもいいだろー…かったりぃ。」

 

「大事な内容だったらどうすんだ?」

 

「えぇ…?大事な内容ならお前に預けねえだろうが。」

 

「そうかもしれんが、ほら、緊急の用かもしれないだろ。」

 

 

 

なんだ、妙に急がせやがる。

こいつもしや、手紙の中身を知ってるな?

 

 

 

「…なぁ、高宮っち。」

 

「変な呼び方すんな。…誠司でいい。」

 

「そっか。…んで、この手紙を書いた子ってのは可愛いのか?」

 

「はぁ……知らんよ。」

 

 

 

心底興味なさそうだ。そういえば、年齢や時期も相まって、こと色恋話に関しては騒がしい印象の周囲だが…。

こいつの浮いた話なんかは聞いた覚えがないな。そこそこモテそうな外見なんだが。

 

 

 

「知らんって…誠司だって男なら可愛い子かどうか位は判断できるだろぉ??」

 

「あのなぁ…お前は女と見りゃ誰彼構わず外見の評価を始めるのか??んなもんどうだっていいだろうが。」

 

「冷めてんなー…。お前、モテそうだけどな。中々にいい顔立ちをしている。」

 

「きめえ。」

 

 

 

一蹴。

バッサー!って効果音が聞こえてきそうなほど容赦がなかった。

 

 

 

「まぁいいから、読んでやってくれよ。」

 

「しゃーねーな…誠司からの頼みだし読んでやるか…」

 

 

 

なになに…?

 

 

 

「…………………………………………………………………ふむ。」

 

「速読か。…んで、どうだ?」

 

 

 

手紙の中身を要約すると、「一瞬見かけて気になったからまずは友達として仲良くしたい」的な流れだったが…。

 

 

 

「これさ、お前のよく知ってる奴からの手紙なんだろ?」

 

「…なぜそう思う。」

 

「……ええと、文面にめっちゃ出てくんだよ。「誠司くん」って。」

 

「えぇっ!?」

 

 

 

手紙をひったくる様にして慌てて読み出す。…ふむ、コイツでもこう表情を動かすことがあるんだな。よかったよかった、誠司は鉄面皮じゃなかったんや。

やがて読み終わったのかガックリと肩を落とす誠司(イケメン)に、続きを促す意を込めて視線を送る。

 

 

 

「……あぁ、この手紙を出した子なんだけど、何かと危なっかしい奴でな。…何だかんだありつつも面倒を見てやる形になってるんだ。」

 

「ほーん…存外、面倒見がいいんだなお前。」

 

「まあ色々あるんだよ。…んで、どうだ?」

 

「どうって?」

 

「所謂ラブレター…ってなモンなんだが、○○の答えはよ。」

 

 

 

答えって言われても、何かを訊かれているわけでもなければ付き合って欲しいと言われているわけでもない。何も答えようがないんだが…。

 

 

 

「…俺は何を答えりゃいいんだ?普通に友達にはなるが。」

 

「えっあっ…」

 

「逸り過ぎだ…可愛がるのもわかるがな。」

 

「…妹みたいな奴だからな。…すまんが、仲良くしてやってくれ。」

 

「妹ね、その気持ちはわからんでもないさ。」

 

 

 

うちにも大変な姫様がいるもんな。

 

 

 

「ま、好感触だったと伝えてくれい。…ええと、この、香澄(かすみ)ちゃん?に。」

 

 

 

善意とかそういったものじゃあないが、飽く迄で「友達の妹」として対処することにしたのだった…が。

まさかその日のうちに会うことになろうとは。

 

 

 

**

 

 

 

「………ええと、何?」

 

「…………あのっ、あのっ。」

 

 

 

下校。「今日もまたお兄ちゃんプレイを頑張らないと~」なんて軽い気持ちで校舎を出たのだが…いや、大概下校時ってのは軽い気持ちなもんだが、校門のところで別の学校の制服を着た女の子に腕を掴まれた。赤茶の髪を肩のあたりで真っ直ぐに切り揃えた大人しそうな子だ。

後ろをついてくる二人の女の子に応援されるようにして声を絞り出してはいるが…。

 

 

 

「…うん?」

 

「えと…あの………あうぅ。」

 

「ガンバだよ!香澄ちゃん!!」

 

「………。」

 

「ほら、有咲(ありさ)も応援してあげなって!!」

 

「……どうしたの?俺に用事かい??」

 

「うぅ……ええと……その……」

 

 

 

埒が明かない。

俺もそんなにノンビリしてるつもりはなかったし、何よりここは校門だ。往来でもあるわけで、こんな目立つことをしていたらそりゃ好奇の視線も向けられるわけで。

 

 

 

「ひぅっ………あうぅ……」

 

 

 

この、恐らく香澄ちゃんと思われる女の子も小さくなる一方だった。

 

 

 

「あー…なんだ、その。…場所移そ?」

 

 

 

三人の他校の少女を連れて無言で歩く俺の姿はさぞ滑稽だったことだろう。

ともあれ、近くの喫茶店に逃げ込むことに成功した。店内に入り、対面式の様相になっている奥の方のテーブルへ就く。

二つ並んだ椅子に俺が座ると、向かいの壁際に位置するソファに三人が並んで座る。少々狭そうだが、女の子が三人くっついているというのは何とも良い景色だ。

 

 

 

「……さて、いきなり腕を持って行かそうになったわけだけども…?」

 

「あっあぅあぅ…ご、ごべんなさい…」

 

 

 

ホッとして気が緩んだのか、彼女は半泣きだ。先程応援していた女の子から受け取ったハンカチで鼻をかんでいる。…ハンカチだよな?

 

 

 

「よし、まあまず何か飲んで落ち着こ。」

 

 

 

数分の後、彼女らが揃って頼んだココアが染みわたり落ち着きを取り戻した香澄ちゃんが話し始める。

 

 

 

「わ、わたし……戸山(とやま)香澄っていいます……」

 

「うん。」

 

「…手紙!読んでくれたって、誠司くんから聞いたので、嬉しくなっちゃって……その、すぐに会いたくなっちゃって…」

 

「ん、読んだよ。お友達になろーってやつだよね。」

 

「はい。……その、前に丁度学校から出てくるあたりで見かけて…」

 

 

 

これが噂に聞く一目惚れってやつなのか。目の前の彼女は調子を取り戻したのか、眩しいばかりの笑顔で俺の良さなんぞを語っている。

途中で自己紹介を挟まれたが、先程から応援したり世話を焼いたりと面倒見のいい片方の少女が沙綾(さあや)ちゃん、基本的に黙って睨みつけてくるだけだがしっかり食事は取るもう片方の少女は有咲ちゃんというらしい。どうして睨まれにゃならんのかね。

 

 

 

「……成程ね。まぁ話を聞く限りじゃ嬉しい限りだが、誠司が気にするのも納得だな君は。…何というか、危なっかしい。」

 

 

 

友希那とはまた違った方向で庇護欲を唆る子だ。小動物みたいな感じ。

 

 

 

「ま、さっき連絡先も交換したし…ゆっくり仲良くなっていこ。」

 

「は…はいっ!!よろしくお願いします!!」

 

 

 

あぁ…二時間も経ってるよ。

 

 

 

***

 

 

 

とそんなことがあって今走っているわけだが…。

……あぁ、何故君はそんな所に立っているんだ。

 

 

 

「…友希那?」

 

 

 

遠目でもわかる。玄関の前で何故か仁王立ちしてこちらを睨みつけている妹の姿が。

近づいて話しかけても黙って見上げてくるのみで返事もしてくれない。

 

 

 

「……ま、あんまり外に居ても風邪引くからな。気が向いたら入ってこいよ。」

 

「………。」

 

 

 

相変わらず返事はなし、ね。…そのまま脇を通りドアノブに手を掛けようとしたところで、左腕を掴まれる。

今日はよく腕を掴まれる日だな。

 

 

 

「…なんだ?」

 

「お兄ちゃん、どこ行ってたのよ。」

 

「友達と寄り道して帰ってきたんだけど…急用でもあったか?」

 

「……そういうわけじゃないけど、帰ってこないかと思ったじゃない。」

 

 

 

そんなわけあるか。俺の家はここにしかないんだから。

 

 

 

「おいおい心配性だな…遅くなったのは謝るからさ、お家入ろ?」

 

「……うん。はいる。」

 

 

 

怒ってるんだか寂しがってるだか。どのみち安心してくれたのは間違いないだろう。

先程まで握り締めているイメージだった左腕を掴む小さな手も、少し緩んだようにその位置を左手へと移している。

 

 

 

「友達って、男の人?」

 

「いや、別の学校の女の子。」

 

「……お兄ちゃんってモテるの?」

 

「まさか。こんなの人生で初めてだよ。」

 

「…付き合うの?」

 

「どうかな……妹みたいなイメージなんだよな。」

 

「………妹?」

 

 

 

はぁ…やっぱ家の中は暖かくて落ち着くぜ。どうしても外から帰ってきたときは、玄関⇒廊下⇒リビング⇒ストーブの道を早足で歩いちまう。

この時期の醍醐味っちゃぁ醍醐味なんだけどなぁ。

 

 

 

「生き返るぜ……どうした友希那、上着も脱がないで。」

 

「…妹は、私でしょ。」

 

「あぁ?知ってるよそんなもん。例えだ例え。……よしこっちこい。お前だけのお兄ちゃんが、上着脱がしてやるからなー。」

 

「……うん。」

 

 

 

ほんの少しの距離でさえもどかしくなるような小股でトテトテと近づいてくるや否や、「ん。」と両手を広げる。

…何度見ても、3Dゲーのバグみたいな姿勢だなこりゃ。

 

 

 

「お兄ちゃん。」

 

「…んー。……おい、せめて片腕は自分で引き抜いてくれ。」

 

「んしょ。……いつもありがとう。」

 

「なんだよ急に…あ、お前マフラー噛んだのか。口元ヒタヒタじゃねえか。」

 

 

 

全く動かない人間から上着を剥ぎ取るのは少々面倒なもので、アレコレ指示を混ぜながら脱がせる。

そのコートとマフラーをセットにしてハンガーにかけてやって…ついでに友希那の口の端に残っている赤い毛糸を取る。

 

 

 

「ありがと…お兄ちゃん大好きよ。」

 

「はいはいどーも。…ホント直せよ、マフラー噛むクセ…。」

 

 

 

あと、上着くらい自分で何とかしてくれ。

 

 

 




癖って治らないものですね。




<今回の設定更新>

○○:モテるわけではない…どちらかといえば、男同士で掛け算に突っ込まれるタイプ。

友希那:何も出来ない…訳ではないが、味をしめたのか"お兄ちゃん"に甘えがち。
    不安になると何かを噛む癖がある。

香澄:他校ではあるが幼馴染の誠司を迎えに来た時に主人公に一目惚れ。
   依頼悶々としていたが誠司の提案によりアタックを敢行。
   おとなしい性格。

誠司:イケメン。実は主人公とのカップリングが中々に人気である。その筋の者に。
   幼馴染の香澄をついつい世話してしまうが、流石に他人が絡んでくる事には慎重。

有咲:目つきが悪い。口も悪い。姿勢も悪い。

沙綾:少々おせっかい気味。


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2019/12/19 Fratello e sorella solitari

 

 

 

「お兄ちゃんって、学校ではどんな人間なのかしら。」

 

「どうもこうも、普通だよ。今見てる俺そのものだ。」

 

「…でも、私が見てるのって"私のお兄ちゃんになった以降の"お兄ちゃんでしょ。…言うなれば、素の状態のお兄ちゃんを知らない訳なのよ。」

 

「"お兄ちゃん"がゲシュタルト崩壊しそうだ…。…そうだなぁ…学校での俺か…。」

 

 

 

夕食時、相変わらずおかずから野菜だけを弾き出していた友希那を咎め、両親が去った食卓で「完食するまで部屋に行けま10(テン)」を敢行していた俺達。一つ口に運ぶ度にしょうもない雑談で空気を濁そうとする友希那に付き合ってやるのがすっかり習慣となってしまったが、訊かれた事にはちゃんと答えてやるのが俺の描く兄貴像だ。

話しながらでもちゃんと食べるように釘を刺し、日中の…学校生活を送る俺の話でもしてやることにした。

 

 

 

***

 

 

 

「よう誠司。」

 

「……ん、武者小路か。何だよ。」

 

「今はもう湊だっつったろ。」

 

「………あぁ、再婚だっけか。随分さっぱりした苗字になったな。」

 

「格好良さは無くなったがな。」

 

「まあいいだろうさ。…俺は湊って苗字、良いと思うぞ。」

 

「…マジ?…誠司の苗字、高宮も中々に格好いいよな。」

 

「そうかよ。普通の苗字だろ。」

 

「いやいや、なんつーかこう…シュッ!としてていいじゃんか。お前らしくて。」

 

「お前、独特な感性してるよな。」

 

「はっは、褒めんな褒めんな。」

 

「褒めてねえよ馬鹿。」

 

「あぁ?馬鹿とか言ってんじゃねえよ馬鹿。」

 

「…………で?」

 

「で?とは?」

 

「武者小路、お前さっきの休み時間も俺のとこ来てたけど、ボッチなのか?」

 

「だからよ、今は湊なんだっての。」

 

「ああもう…ややこしいな…」

 

「おいおい、イケメンの癖にそういうトコお茶目かよ。」

 

「イケメンじゃねえし…。」

 

 

「あの二人、休み時間の度に一緒に居るわよね。」

 

「えっ、もしかして付き合ってるんじゃ…」

 

「何それ捗るんだけど…!!」

 

 

「………。」

 

「…………。」

 

 

 

**

 

 

 

「よっす。」

 

「お?…おー!!……ええっと…」

 

大樹(ひろき)だ!いい加減覚えろや!」

 

「そうだったそうだった。…隣のクラスから態々なんだよ。」

 

「…ええと…ジャージ貸してくれ。」

 

「はぁ?また忘れたんか。」

 

「洗濯忘れてな。…つか、さらっと常習みたいに言ってんじゃねえよ。初めてだわボケが。」

 

「口悪ぃな大樹…。で、何で俺なんだよ。」

 

「あぁ、クラスの奴に訊いたら「湊なら背格好似てるし…」って言ってたからよ。」

 

「…まぁ、モデルにしてる人間が同じだから仕方ないよな。」

 

「湊、そういうことは言っちゃいけねえ。」

 

「…貸すのは別にいいけど、汚すんじゃねえぞ?」

 

「汚さねえよ。」

 

「俺と似てるところあるから心配でよ…。」

 

「お前は人から借りたジャージを汚して返すのか?」

 

「うん。…なんつーか、自分で洗わなくていいって思うと無性に汚したくなるっつーか。」

 

「屑か。」

 

「でも、何となくその気持ちわかるだろ?」

 

「…まぁ、モデルにしてる人間が同じだと仕方ないじゃんよ。」

 

「大樹、言ってる言ってるお前も。」

 

 

「あの二人、別のクラスになってもよく一緒に居るわよねぇ。」

 

「後ろ姿とか雰囲気も似てるし、兄弟とかなんじゃない?」

 

「…兄弟っていうより、カップルっぽさも出てるけど。」

 

「いつも常盤(ときわ)くんの方から来るもんねぇ!」

 

「既に…ラブラブ…ってこと…!?」

 

「やだぁ~それもアリ寄りのアリだよねぇ~!!」

 

 

「…。」

 

「…………。」

 

 

 

**

 

 

 

「おいコラ小笠原。」

 

「あでっ。…武者小路っす先生。」

 

「湊だろ馬鹿。」

 

「わかってんなら間違えないでくださいよ。」

 

「…まあいい。湊てめぇ、昨日面談やるっつったろ。」

 

「そうでしたっけ。」

 

「そうだよ。二者面談、終わってないのてめぇだけだからな。」

 

「だって、個室にオッサンと二人きりって何か嫌じゃないすか。」

 

「まだそんな歳じゃねえだろてめぇ。」

 

「アンタだ、アンタ。」

 

「あぁ?…まぁ冗談は置いといてだ。最近やけに急いで帰るが、放課後何かしてんのか?」

 

「まぁ、妹の面倒見なきゃなんで、ダッシュなんすわ。」

 

「………やっぱ、二者面談、早めにしないと。」

 

「何なんすかそんな憐れむような眼で…」

 

「いいか湊。お前が一人っ子で寂しいのは分かったが、居もしない妹の幻影を見るようになっちゃあお終いだ。」

 

「…いやいや。」

 

「悪いことは言わねえ。…早いとこ病院に」

 

「できたんすよ、妹。」

 

「………まさかぁ…」

 

「丁度苗字が変わった時にね…ほら写真」

 

「………え、これマジ?…本気で言ってんの?」

 

「ええ、友希那って言うんす。」

 

「…………くっ、こ、これで勝ったと思うなよな?」

 

「めっちゃ表情豊かじゃないすか。」

 

「うるせぇ!絶対お前と二者面談してやるからなぁ!体洗って待っとけ!!」

 

「首だろ…大まかに指定してんじゃねえぞ…。」

 

 

「○○くんって教師もイケるクチなのかしら。」

 

「きっとそうよ…!魔性の男ね。」

 

「先生も満更でもなさそうだし…」

 

「教師と教え子…禁断の…!!」

 

「ちょっとぉまだ昼間よぉ!!」

 

「勝手にディープな想像してるのアンタでしょぉ!!」

 

 

「……。」

 

 

 

***

 

 

 

「…あれ。俺って客観的に見るとこんななの…?」

 

「…お兄ちゃんは、男の子が好き?」

 

「んなわけあるか!」

 

「じゃあ女好き?」

 

「言い方ぁ!」

 

 

 

相変わらず無表情で淡々ととんでもないこと言いやがる。ホモor女好きって究極の二択辞めろ。俺は丁度いいところが好きなんだ。

…普通で良いだろ、普通で。

 

 

 

「ホモホモしい人っていうのよね。」

 

「妹よ、どこでそんな言葉を…」

 

日菜(ひな)から聞いたわ。」

 

 

 

はて。ひな、ひな……うん、少なくとも俺の知り合いの中にはそんな名前は無い。恐らく友希那独自で構築している人間関係のうちの一人だろう。

少なくともあまりまともな方向に進んでいる人間じゃない事は、その授けられた単語から察せられる。

 

 

 

「…その日菜って子は、意味も教えてくれたかね?」

 

「ふふん。流石の私もそれくらいわかるわよ。」

 

「…ほう?」

 

 

 

大して無い胸を張り、自慢げに目を瞑る。…多分分かっちゃいないんだろうけど一応説明を促す。

 

 

 

「教えてもらおうか。」

 

「……要するに、男の人同士で繁殖できた頃の原始人って事でしょう?」

 

「」

 

 

 

想像以上だった。まず、"男の人同士で繁殖出来た頃"…そんな頃あってたまるか。わしゃアメーバか。

そして原始人って…おそらくホモと聞いてサピエンス的な方面に思考が飛んで行ったんだろうけど、ありゃ原始人の名前じゃなくて割と広い範囲の人類を指すんだぞ妹よ。…何なら君もそうや。

…今日まで友希那と暮らしてきて、変わったところはあるがバカではないと思っていただけに少し衝撃が強すぎた。…日菜とやら、あまりウチの妹をおかしい道へ引っ張って行かないでくれ。ネタ要因はいらんのじゃ。

 

 

 

「あのなあ友希那。」

 

「……ん。せいかい??」

 

「いや、そもそもそういう思考自体が…いや。」

 

 

 

違うな、俺が言いたいのはそんなことじゃなくて…。

 

 

 

「お前のお兄ちゃんは、女の子が程々に好きな男の子だ。……ただモテなくて、男とばかり一緒に居るっていう…それだけの。」

 

「……………ふっ。」

 

「…おい何で鼻で笑った。」

 

「別に。何でも無いわ。」

 

「何でもないってことはねえだろ?」

 

「……ただ、私と似てるなって、思っただけよ。」

 

 

 

俺と友希那が似てる…いやまて、ということはだぞ。

学校であまりモテない友希那は女の子達と百合百合した学校生活を送っている…と…?

 

 

 

「おい友希那、それって……そんなに素敵な学校生活を送っているって言う事かい。」

 

「…お兄ちゃんは、自分の学校生活が素敵なものだと思ってるの?」

 

「うーん……別段そうは思わないかな。」

 

「つまり、そういうことよ。」

 

 

 

なるほど、わからん。

だが、どうやら俺達兄妹は二人揃って異性に縁が無いらしい。…一生魅力的な異性とは巡り合う事すらできないのだろうか。

交際まではいかなくとも、せめて知り合ってお喋りして、遊べるくらいの関係にはなりたいものだ。

 

 

 

「…でも、最悪お兄ちゃんと結婚するからいいわ。」

 

「冗談はほどほどにしなさい。」

 

「あら、割かし本気だったのだけれど。」

 

「…兄妹で結婚は出来ません。」

 

「……つまらないわね。」

 

「そうだね。…ほれ、話も長引いちゃったし、そろそろ寝ないと明日に響くぞ。」

 

「…ええ。…今日は私が手前で寝たいから、お兄ちゃんが先にお布団入って。」

 

「そのポジションの拘り何なん。」

 

「いいから。」

 

 

 

 




オチなし




<今回の設定更新>

○○:男にモテるタイプ。
   女性陣は烏滸がましいとかいう謎の理由で近寄ることさえない。
   素敵な芸術品は、触れられないからこそ美しくあり続けるのだ。

友希那:色んな女生徒から可愛がられ世話を焼かれる。
    数少ない男性の知り合いは恐れを成して近寄ってこない。
    渾名は"よちよち歩きの劇薬"。


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2020/01/05 Ricordi sepolti nella spazzatura

 

 

 

毎年何だかんだ言いつつも年末の行事として熟す大掃除だが、今年は妹の我儘に付き合っていたせいもあり年始の今日やることとなってしまった。

とは言え終わっていないのは自分の部屋と周辺の廊下や壁だけなので、それほど時間を要するものでもないだろうし…半日もあれば終わるだろう。

 

 

 

「ぅおい友希那、お前も動きんさい。」

 

「や。」

 

「や、じゃない。お前がいつも寝ているベッドだとか椅子代わりにする卓袱台だとか…掃除できるところはいっぱいあるだろ?」

 

「…や。」

 

「どうした、幼児退行か。」

 

 

 

相変わらず感情の読めない表情を一ミリも崩すことなくベッドを独占する我が妹。小さな体を「大」の字に目一杯広げる様は、「動いてなるものか」という固い決意が見えるようである。

 

 

 

「じゃあせめて着替えておいで。いつまで寝間着でいるんだよ。」

 

「面倒なの。」

 

「面倒でも着替えといで。もう昼になっちゃうからよぉ。」

 

「ん。」

 

 

 

そのまま起きる事無く両腕を突き出してくる。表情は変わらないが顔はこちらを向いており、何かをさせようとしているようだが…起こせと言う事か?

 

 

 

「…ったく起きるくらい自分で…っしょっと。」

 

「………??…ん。」

 

 

 

突き出された両手が下りない。要求と違う事をしてしまったのか?

 

 

 

「なんだよ。起こしてあげたろ?」

 

「着替え。」

 

「着替えが何。」

 

「やって。」

 

「馬鹿野郎。」

 

 

 

果たして正気なんだろうか。幾ら物臭とは言えこの歳になって異性に着替えを任せるんじゃない。まぁ、妹相手に何をそんなに意識しているのかと言われたらそれまでだが、妹になる前は他人だった女の子だ。俺にとってみりゃ苦行以外の何物でもない。

つい口が悪くなってしまったが、ここで許すと今後も…更には俺以外の男にまで考え無しに依頼しだす未来さえ見える。そんなの、ほら、あれだろ?

 

 

 

「いいか友希那。」

 

「何かしら。」

 

「お前女の子、俺男の子。」

 

「知ってるわ。」

 

「…なら、着替えはおかしいよな?」

 

「???何故?」

 

「こらこらその純粋な目を向けるのはやめろ。ほらその…女の子の裸をこんな至近距離で見ちゃうのは倫理的にも人道的にも…アレだろ。」

 

 

 

そもそも俺がそんな耐性無いんだ、この手の奴は。

 

 

 

「でも、裸にならなければ着替えは出来ないわ。」

 

「だから自分でやれと…」

 

「布一枚剥がすのに何をそんなに悩む必要があるの?」

 

「その布一枚が途轍もなく重いんだよ馬鹿…。」

 

「???……重くないわ?ほら、簡単に捲れるじゃない。」

 

「わぁー!わーっ!!やめろ馬鹿!何てもん見せんだ!!」

 

「???」

 

 

 

重いという言葉を文字通りに受け取ってしまったお馬鹿な友希那だが、重くない事を証明するために取った行動は輪をかけて阿呆なもので。半分はだけて残り二つとなっていたボタンを全て外して、パジャマの全面部分を観音開きにして見せたのである。正に仏の如く神々しい程にキメ細やかな肌とまだまだ未発達な……兎に角、普段まともに動かない癖に妙なところで行動力を見せつけてくる妹。これからはナマケモノと呼んでやろう。

そのナマケモノさんだが、本当に状況が理解できていないらしく「何を言っているんだお前は」と言わんばかりのキョトン顔で小首をかしげている。いいから閉じろ、前を。

 

 

 

「その、ほら、何だ!風邪ひくだろ!!」

 

「…確かに、この風通しはあまり心地良いものじゃな…っくちゅっ!」

 

「ほら言わんこっちゃない!じゃあもう着替えなくていいから、邪魔にならないところに避けててくれ。」

 

「お兄ちゃん、鼻水だわ。」

 

「あぁもう……ほれ、()()()せぇ。」

 

 

 

二枚引っ張り出したティッシュをずびずび言っている友希那の鼻に宛がう。紙に水気が増していく感覚を確認し、強くこすり過ぎないように拭き取る。事が終わると満足そうに鼻の下をぺたぺた触り、大人しくベッドから降りてくれた。

…さて、長くなったが目標は大掃除。早速空いたベッドから手を掛けて行こう。

 

 

 

**

 

 

 

「ふぃー…。ここまで細かくやると気持ちいいもんだなぁ。」

 

 

 

隅々まで道具を使って掃除していくと、普段は気づけない汚れやゴミが出て来て正直引く。だが、それらを片付け終わった後の達成感はかなり大きい。

…残るは部屋の入口脇に設置してある四段のカラーボックス。ここは最早魔窟だ。

元々整理もせず、兎に角「保管しておきたいが仕舞うところが無い」ものを雑多に突っ込んでいたり、「机や棚から追いやられたが捨てるに棄てられないもの」を()として突っ込んでおくことが多いこのボックス。友希那が住む様になってからは倍速で魔界化している気がする。流石兄妹。

 

 

 

「………ここかぁ。」

 

「なっ…!ちょ、ちょっとお兄ちゃん?」

 

「何だよ慌てて。」

 

「……ここ、片づけるの?」

 

「当たり前だろー、ここで最後なんだから。」

 

「……むぅ。」

 

 

 

どうやら何か都合が悪いらしい。それまで頑として動かなかったくせに、一段目を開けようとした瞬間に小走りで近寄ってくる。しかし小股だな。

 

 

 

「…何か隠してんのか?」

 

「か、っかかかくしてなんかにゃい、わよ。」

 

「ふーん…?じゃあ開けちゃってもいいよな?」

 

「にゃぁー!!ちょっと待って!待ちなさい!!」

 

「何だよ可愛いな。」

 

 

 

「にゃー」って。いや、噛んだのはわかる。テンパってるのもわかるんだよ?でもあの友希那が「にゃー」って…。

草も生えるってもんですよ。

 

 

 

「はいっ!」

 

「おっ、いい挙手だ。…じゃあゆきにゃちゃん。」

 

「何よその呼び方。」

 

「にゃーにゃー言ってっからさ。」

 

「……悪くないセンスだわ。」

 

「だろ?……で?何の挙手?」

 

「このカラーボックスだけは私が整理するわ!」

 

「……ほぉ?…できんの?ゆきにゃちゃん。」

 

 

 

今までの事もあるし今更やる気出したところで違和感しかない訳だが…一応面白いので話は聞いてみよう。

 

 

 

「できるっ!」

 

「…その威勢を普段から出しなさいな…。」

 

 

 

活力に満ち溢れておる。

ぽんぽんと頭を撫でると且つてないやる気で腕まくりを始めた。恐らく後で引き継ぐかやり直すことにはなるんだろうが、無気力な友希那が折角やる気を見せたんだ。

動悸はどうであれ、任せて見守るのが兄貴の務めってもんだ。上手にできない腕まくりを手伝い、その無駄に長く綺麗な髪を結ってやる。形が整うとテンションが上がる感覚が友希那にもあったようで、戦闘準備が完了する頃にはすっかり掃除人の顔つきになっていた。

 

 

 

「…やるわよ!」

 

「はいはい、それじゃあ一足先に休憩させてもらうかね。」

 

「存分に休むと良いわ!」

 

 

 

斯くして、謎の挙動不審っぷりと共に、「ゆきにゃのドタバタ☆おおそおじ」が始まったのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「…いちゃん。…お兄ちゃんってば!」

 

「……あん?」

 

 

 

いけない。あまりに暇すぎてうたた寝していたようだ。至近距離で聞こえる妹の声に、朦朧とした意識を覚醒させる。

 

 

 

「…おぉ、友希那。終わったかい?」

 

「まだよ。」

 

「そうか…。で、何の用だい。」

 

 

 

態々掃除の手を止めて起こしに来たんだ、きっと俺に何かあるんだろう。顔を見ると若干不機嫌そうだし、何なんだ。

 

 

 

「お兄ちゃん、これ何。」

 

「ん。…………おぁあ、こりゃ懐かしいなぁ。」

 

 

 

俺が横たわるベッドに撒くように投げられたL版サイズの写真。五枚や六枚じゃなく、数十枚に及ぶそれらには全て同じ人物がプリントされている。

全く懐かしいったら無い。

 

 

 

「誰?この女。好きなの?」

 

「詰め寄り方が重い系彼女みたいになってんぞ……元アイドルだろ?この子。」

 

「あいどる???」

 

 

 

様々な衣装とポーズで彩られた大量のブロマイド写真。中には直筆のサインが入ったものや、"○○さんへ"と名前が入っているものまである。

――大和(やまと)麻弥(まや)。昔知人の影響で追っかけていたアイドルグループに所属していた子だ。王道路線よりかは少しずれた、三枚目キャラや毒舌キャラ、オタクキャラなどを持ち合わせた独特な雰囲気の子だった。

周りの他のアイドルがキャッキャと可愛い子ぶる中で少し冷めたようで、一歩引いた立ち位置から爆撃のように強烈なワードで畳みかける流れが大好きだったんだ…。普通に可愛いし。

麻弥ちゃんの卒業と同時にグループを追う事も止め、その知人とも疎遠になっていき…結局ブームが去ったというか、まぁそう言う事だ。

 

 

 

「そうか…そこに突っ込んでたんだっけ…。」

 

「本当にアイドル?彼女とかじゃなくて?」

 

「ググってみ?」

 

「ぐぐ??」

 

 

 

…あぁ、そういう単語も分からないのね。アイドルを知らないのは何となく予想通りだったけども、こういった言葉が伝わらないのは正直しんどい。

 

 

 

「むぅ………。」

 

「何が不満なんだよ。好きだったのだって昔の話だぞ?」

 

「……だって、この子、可愛らしいじゃない。」

 

「そりゃアイドルだからな。」

 

「あいどるって可愛いの?」

 

「大体はそうだな。」

 

「むぅ………。」

 

「安心せぇ、お前も十分可愛いさ。」

 

「………じゃあ、私もあいどるかしら?」

 

「…なりたいの?」

 

「別に。…でも、可愛かったらあいどるなんでしょ。」

 

 

 

こいつは"アイドル"というワードについて形容詞か何かと勘違いしているのか。アイドル=可愛いが成り立っても可愛い=アイドルにはならないんだが、どうにもこの妹、短絡的らしい。

 

 

 

「あー……うん、そうだな。お前は湊家のアイドルだ!」

 

「意味が分からないわ…。」

 

「乗ってやったんじゃねえかちきしょう!」

 

「あいどるなんかに現を抜かしてないで、早く大掃除終わらせちゃいなさい。」

 

「お前がやるっつったんだろ!」

 

「つかれたもん。」

 

「ああもう知ってたよ…!」

 

 

 

結局最後まで掃除は俺の仕事になったが…まあ片付いたので良しとしよう。

汚れが無くなり、すっきりした心の中には、いつか友希那にアイドルっぽい衣装を着せるというどうでもいい野望だけが残っていた。

 

 

 




にゃー。




<今回の設定更新>

○○:マイブームの移り変わりがかなり激しい。そのかわり嵌ると何処までも
   のめり込む癖があるそうな。
   アイドル大好き人間ではないが、可愛い女の子は好き。そういうもんだろ?

友希那:昂るとにゃーにゃー鳴くらしい。
    最近じゃ着替えも一人じゃしたがらない。
    信頼する人間には甘えるタイプ。いや猫やん。


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2020/01/30 Kraftvoll blühende Blumen

 

 

 

「違うわよ。もっとこう…熱く燃え盛るように。」

 

「そう言われてもな。感覚的によりこう…「腹筋を」とか「喉を」とかそういう技術面の方がしっくりくるんだけどなぁ。」

 

「お兄ちゃんはそれ以前の問題だもの。感覚の方がよっぽど伝わりやすいと思うけど。」

 

 

 

妹に歌を教わる兄貴の図である。

色々あって歌を一曲歌い上げ収録しなければいけなくなった俺だが、こと歌に関してはとんと無縁なのだ。カラオケにはたまに行くが、一曲作品として仕上げる…となると、なかなかに難しい。

それに輪をかけて大変なのが俺の余計な凝り性で。「作品」「発表」という言葉が絡むとどうも完璧を求めてしまう。

そんな中、友希那が歌についてはプロフェッショナル級の実力を持つと親父から聞いて…現在に至るというわけだ。

 

 

 

「あのね、Roselia(ロゼリア)って、もっとこう情熱を孕んだバンドなのね。今のお兄ちゃんみたいにふわふわなよなよじゃ絶対歌いきるのなんか無理だと思うの。」

 

「そう言われてもなぁ…。」

 

「…今からその曲って変えられないのかしら?」

 

「無理だな。担当は決まっちまった。」

 

「そう……なら、もっと覚悟を決めて打ち込んでもらわないと。」

 

「ぐぬぬ…。」

 

 

 

普段おっとりまったりな友希那がこうも目を輝かせて活き活きとしている…新たな一面ではあるが、どうやらこの妹は歌や音楽に対して並々ならない何かを持っているようだ。

因みにRoseliaというのは俺が歌わなければいけない楽曲を作り奏でるバンドだ。これも知らなかったが友希那が教えてくれ、色々調べることでぼんやりだが概要を掴めた存在である。

 

 

 

「じゃあもういっかい歌ってみるよ…。」

 

「ええ、かけるわね。」

 

 

 

流れ出すピアノの音色。割かしアップテンポでありながらしっかり聴かせるフレーズに重厚感のあるそれぞれの楽器が重なり、威圧感とも言える程の波が耳を通して心に届き…

 

 

 

「「私を動かすのは…この居場所…少しずつ…明ける空に…」…いや、なんか違うな。」

 

「ストップ。……一度休憩にしましょ。」

 

「うむ…。」

 

 

 

どうもしっくりこない。やはり俺には歌なんて…

 

 

 

「顔が死んでいるわよ、お兄ちゃん。」

 

「うーん……やっぱ俺には無理かもなぁ、これ。」

 

「無理って言ってもやるしかないでしょう。担当になっちゃったんだから。」

 

「でもほら、こういう表現系のものって気分で出来が左右されるっつーか」

 

「そんな大層なミュージシャンでもないでしょう?まずは兎に角歌いこむしかないわ。」

 

「回数こなしたってなぁ…」

 

「グチグチうるさいお兄ちゃんね。……ところで、歌詞の意味、わかってる?」

 

「意味?……あいや、そういやちゃんと読んだことなかったな。」

 

 

 

確かに歌を理解する、其の物の生い立ちを意識することでも友希那の言う感覚的な没入による歌い込みができるかもしれない。やれやれといった表情の友希那から意識をそらすようにスマホで歌詞を調べる。

…ふむ。静かながらも力強い言葉の羅列…歌詞をざっと読んだだけじゃ意味まではよくわからないが…というか難しい表現もあってイマイチ解読が捗らない。

 

 

 

「この歌はね…」

 

「ん。」

 

「…Roseliaのキーボード担当の白金(しろかね)燐子(りんこ)の成長の歌なの。」

 

「成長…?」

 

 

 

そうだった。バンドの存在すら知らなかった俺が一から調べるより詳しい友希那に聞けばいいじゃないか。

 

 

 

「ええ。彼女、途轍もないピアノの実力者なのよ。それに目をつけられてRoseliaに引き入れられたのだけれど…彼女は恐ろしい程に内気でね。」

 

「内気。」

 

「そう。バンド内での打ち合わせでもじっと黙って話を聞いているタイプなのよ。感情を表に出さないというか。」

 

「ふむふむ。」

 

「内気な上に臆病で、引っ込み思案で。恥ずかしがり屋にコミュ障も足そうかしら。」

 

 

 

ボロクソじゃないか。

 

 

 

「そんな燐子だったけれど、ある日ピアノコンクールに出場するって言い出してね。」

 

「なるほど、腕前を試すってことね。」

 

「真意はわからないけれど、どうやら昔色々あったコンクールらしくって。…その挑戦する気持ち自体珍しいことなのだけれど。」

 

「勇気いるだろうね。」

 

「ええ。…ただ、コンクールの課題曲が彼女のトラウマになっているような曲で。」

 

 

 

…あぁ、それは辛い話だな。折角前向きに進んでいく決心をしたのにその心を折るような仕打ちだ。人生における壁というやつだろうか。

それでまたビビっちゃうとかそんな感じだろうか。

 

 

 

「結論から言うと、燐子は以前にも増して落ちていった。音楽と向き合う姿勢も、気持ちも、自信も…何もかもが折れてしまっていたの。」

 

 

 

やっぱり。

 

 

 

「…でもね。Roseliaってバンドはそんな彼女を見捨てるはずもなくて。気分転換に誘ったり相談に乗ったりして何とか燐子を立ち直らせようとしたのね。」

 

「優しいんだな。」

 

「まぁまだ若い女の子達だもの、友達が落ち込んでいたら心配でしょう。ただ、それだけよ。」

 

 

 

そういえばさっき調べたらまだ高校生らしいということが載ってたっけ。俺とそんなに変わらない世代の子達がこれ程に悩み考え、支えあって音楽を…そう考えると、歌詞に込められた意味や想いも親身に受け取りやすい気がしてきた。

 

 

 

「彼女は感じ取った…らしい。楽器というツールを使って一つの音を奏でていることで、その音を通して仲間の想いが伝わってくることを。」

 

「…………。」

 

「その中で楽しさを思い出し、さらには「自分がピアノを弾く理由」も再認識したらしいの。」

 

「…理由?」

 

「彼女…内気で思うように気持ちを伝えることのできない自分でも、ピアノの音色に乗せてなら感情も想いも表現できるって。…音楽に触れている時の楽しい気持ちを伝えるために弾いているんだって、気づいたのよ。」

 

 

 

音を楽しむ、とはよく言ったものだが…人によって成長をも促すツールになるのか。

事象に対しての接し方は人それぞれ、白金燐子というピアニストにとっては、音楽と仲間そして自身と切っては離せないピアノが掛け替えのない全てだったんだろう。

そしてそれに気づいたとき――

 

 

 

「彼女は芯の強い女性だったのね。コンクールもやり遂げることができて、自分の過去の悪しき記憶も存在を問う悩みも…乗り越えてみせたのよ。」

 

「すげえな…それで生まれたのがこの歌?」

 

「そう。まさに、「乗り越えた運命が燐子の未来を照らす様」を表した歌。…RingingBloomはこうして生まれたのよ。」

 

 

 

何だか熱い話だった。それだけのことを知っていれば、そりゃ感情も乗せて歌えることだろう。

白金燐子さんか…確か綺麗な黒髪が印象的な、スラっとして綺麗な人だった。Yaho○!画像検索でチラ見しただけだけど。仲間の絆も然ることながら、やはり人そのものの強さってのも生き方に表れるんだろうなぁ…。

 

 

 

「さ、お話はこれでおしまい。そろそろ練習に戻るわよ。」

 

「……………。」

 

「お兄ちゃん?どうしたの変な顔して。」

 

「そんな詳しい話知ってるほどのファンだとは思わなくてな。…こんなことならもっと早くその話を聞いておけばよかった。」

 

「そう?…まぁファン、といえばファンなのかもしれないけれど。」

 

「…にしても、見てきたように話してたよな。そういうのって全部ネットで載ってんの?」

 

 

 

臨場感があるというか、あまりに深入りした部分まで知っているかのような口ぶりだった。高校生ということもあって、もしかしたら身近な知り合いなのかもしれない。

 

 

 

「………お兄ちゃん、さっきRoseliaについて調べていたわよね。」

 

「ん、ああ。…でもそんな話載ってなかったぞ。」

 

「ほかのメンバーの名前、みた?」

 

「あー…悪い、メンバーの名前までは調べてないや。」

 

「…ボーカルの名前、調べてみなさいな。」

 

「ボーカル、ね……ええと…」

 

 

 

"Roselia ボーカル 名前"とワードを打ち込み検索する。結構なヒット数だが、取り敢えず一番上に出てきたこのリンクでいいか。

……………はい?出てきたメンバーの一覧。名前と画像を見て思わず固まる。

 

 

 

「出てきた?」

 

「………あぁ。」

 

「「湊 友希那」」

 

 

 

ふふふっと妖しく笑う妹。

……友希那、お前…何者なんだ?

 

 

 




いい曲。




<今回の設定更新>

○○:妹の知られざる姿を知ってしまった。
   音痴。

友希那:みんなの妹友希那ちゃん。
    なんということでしょう、その真の姿はRoseliaのボーカルだったのです。
    /(^o^)\ナンテコッタイ


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2020/02/17 Deux visages, deux amis de couleur.

 

 

 

「成程、話は分かりました。」

 

「ええ、それはよかったわ。」

 

「だとしても…その、何ですか、それは。」

 

「?」

 

 

 

膝の上できょとんと眼を開けている我が妹。そして妹がさっきから目線もくれずに喋っていたのは友達…?っぽい子。

珍しく友希那の方が遅く帰ってきたと思えばこれだもんな。友達いたのかこいつ。

 

 

 

「えっ、あ、あの、お兄さん…って、本当のお兄さん、ですか?」

 

「……それは実在するかどうか…ってこと?」

 

「や、そーゆーんじゃなくて、その、湊さんに兄弟が居るってこと自体知らなかったので…。」

 

「あぁ…。友希那、説明してないのかい。」

 

「……………。」

 

「友希那?」

 

「………え?」

 

「聞いてた?」

 

「何を?」

 

「…一回動画止めなさい。」

 

「えっ、あっ………もう、お兄ちゃんのばか。」

 

「湊さん?」

 

 

 

ほら見ろ。人の話も聞かずに兄の膝の上でPCに夢中になっていた友希那。一体何周する気なのかとツッコミを入れたくなる気持ちをぐっと堪え、クセの強い三つ子が暴れまわるアニメの再生を停止する。

直後に出る最近の友希那の素。それはお友達も困惑することだろう。

 

 

 

「…何かしら、美竹(みたけ)さん。」

 

「いや、だからあの、お兄さんが居るなんて言ってなかったじゃないですか。」

 

「??訊かれてないもの。」

 

「だとしても……えぇー…?」

 

 

 

わかる。わかるよ美竹ちゃん。前に遊びに来た紗夜(さよ)ちゃんって子も混乱してたもん。

要するにアレだ、今までの友希那とギャップが凄すぎるのだ。この、無駄にお兄ちゃんっ子になってしまった友希那は。どうしてここまでキャラクターないしアイデンティティが崩れ去ってしまったのかは俺も分からない。ただあの一件、「自分がRoseliaのボーカルである」という事をカミングアウトしたあの日以来、パーソナルな部分について赤裸々に話す様になり、同時にべったりするようになった。

こうして帰宅して早々俺を椅子にするような真似も以前は無かった筈なのに…。

 

 

 

「兎に角、湊さんがそんな体たらくになってしまってはAfterglow(アフターグロウ)としても困る訳です。張り合いがないというか何というか…」

 

「あら、別に腑抜けている訳では無いもの、問題ないわ。今度の対バンだって、目にもの見せてあげる。」

 

「………全然説得力無いんですよ、その…そういう体勢で凄まれても。」

 

「だろうな。」

 

「もー、お兄ちゃんは黙ってて。」

 

「はいはい。」

 

「湊さん?」

 

 

 

こんなことになるなら玄関まで迎えに行かなきゃよかった。

 

 

 

**

 

 

 

遡る事一時間ほど前。玄関から聞こえる「ただいま」の声に、俺はいつも通り迎えに行った。何故って、そりゃこの時期コート位着るだろう?友希那は自分でコートが脱げない(と言い張っている)からさ。

そもそもその用事が無ければこの子は「ただいま」すら言わない。

だが油断しきっていた俺を待ち受けていたのは見ず知らずの女の子の姿だった。

 

 

 

『あ、ドモ、美竹といいます。…えと、湊さん……のお知り合いの方?ですか?』

 

 

 

この瞬間。

「あっ、この妹、友達居たんだ」と「こいつ何も説明してねえ」が同時に物凄い勢いで脊髄を駆け上がる感覚があった。その感覚に震えている間にも、玄関の土足エリアと室内エリアを隔てる段差に座り込んだ友希那は無言で見上げる体勢に。

あぁ、これは靴を脱がせろと言う無言のアピールだ。靴ひもが面倒ならマジックテープにしろと何度も言っているのだがどうにも皮の感触と匂いが好きらしい。お陰でこれも習慣化されてしまった。

 

 

 

『美竹さん…だったっけ』

 

『はい』

 

『今すぐ友希那も向かわせるから、取り敢えず真っ直ぐ行った突き当りのリビングでソファにでも座っといて』

 

『あ、はあ…』

 

 

 

思えばこの瞬間から違和感はあった。刺さる視線の「何だこいつ感」が尋常じゃないというか。いや、「何だこいつら感」かもしれないが。

結局自分の靴を脱ぎ終え来客用のスリッパに履き替えたところで待っていた美竹さんと共に、全ての外套をパージした友希那を友希那の部屋へ誘導する。何故俺が、とも思うのだが、友希那は玄関で一度座り込んでしまうともう何もしない。

友人への案内など以ての外だし、いつもおんぶの格好で部屋まで連れて行くのだから。

 

 

 

『や。お兄ちゃんの部屋がいい。』

 

『!?』

 

 

 

そんでもって最近できた友希那用の部屋まで連れて行けばこれだ。友希那用とは言え、物置になっていた部屋を片付け無理矢理個室として仕立て上げただけの場所であり、普段からあまり友希那が居るイメージは無いのだが。

頬を膨らせてそんなことを言われたらもう何も言えず。…仕方なく美竹ちゃんに俺も同行していいか了承を得た後に今に至ると言う訳だ。

 

 

 

**

 

 

 

「対バン…ってことは、美竹ちゃんもバンドマンなの?」

 

「えぇまあ。Afterglowって名前のバンドで。」

 

「へぇ…。格好いいねぇ。」

 

「はぁ。」

 

「……。」

 

 

 

なんという塩対応。この子、確かに髪にも謎の赤いメッシュが入っているし、真面目そうに見えて案外不良なんだろうか。あまり話しかけない方がいいとは思うが、肝心の友希那がふにゃふにゃしていて気まずいのだ。

 

 

 

「あの、湊さん。」

 

「ん。」

 

「あ、お兄さんじゃないです。」

 

「だよね、知ってる。」

 

「湊さん。」

 

「………。」

 

 

 

声は出さずに目線だけを美竹ちゃんに向ける友希那。

 

 

 

「まさかとは思いますけど…この前聞かされた"RingingBloom"を歌ってた男の人って」

 

「みみ、美竹さん。あなたこそ最近どうなのかしら。」

 

「…どう、とは?」

 

 

 

友希那よ。アレを他人に聴かせたのかい。そしてその人を本人の目の前に連れてきたのかい?どういう評価かは知らないけど、めっちゃ恥ずかしいよ?

美竹ちゃんめっちゃこっち睨んでるし、あれ、そんなマズいことしたの俺?必死に話題変えてるけどお兄ちゃん気付いちゃったからね、後で説教だよ。

 

 

 

「あああああなた、最近恋人ができたとかで、あまり練習に身が入ってないんじゃなくて?」

 

「みな、ちょっ、湊、さんっ!?」

 

「ふふん、図星ね。」

 

「だ、だれ、だれっ、からっ??」

 

戸山(とやま)さんよっ!!!」

 

「………ッ!!」

 

 

 

なるほどなるほど、美竹ちゃんには恋人ができたのか。そりゃめでたいことだ。でそれを共通の友人?か何かの戸山さんが教えてくれたと。…案外友達多いんだなぁ。

 

 

 

「な、なんて……」

 

市ヶ谷(いちがや)さんが無駄にお洒落になってしまって、可愛すぎて困るそうよ。あと美竹さんの話ばかり聞かされるとか。」

 

「あぁもうやめてください!」

 

 

 

すっげえ照れてる。市ヶ谷さん、ってのが彼氏さんかな。まぁ恋人が出来て服装の趣味や方向性が変わると周りにすぐバレるらしいからね。結局自分で惚気てりゃ世話無いけど…。

その市ケ谷さんって人も随分ピュアな男の子らしい。これだけ可愛い彼女が出来たら自慢したくなる気持ちもわかるけど、こうして人伝で伝わる程ってのも中々にすごい。

 

 

 

「よっぽど愛されてるんだねぇ。」

 

「は?部外者が知ったような口を利かないでください。」

 

 

 

つい口を開いてしまったらこれだ。音速の切り返し…ゼロカウンターとでも名付けようか。

大人しく黙ることにしよう。

 

 

 

「お兄ちゃんはお喋りさんね。」

 

「もう黙ってるよ。」

 

「ふふ、そんな拗ねないの。…私の事、ぎゅってしててもいいのよ?」

 

「湊さん?」

 

「……する。」

 

「湊さんっ!?」

 

「んっ…。……んふぅ。」

 

 

 

後ろから腕を回しお腹の前でクロス。完全にバックハグ状態になると友希那は満足そうに鼻息を漏らした。

あぁ、相変わらず体温が高いなこの子は。

 

 

 

「……………帰ります。」

 

「えっ。」

 

 

 

その様子を見て小さく溜息を吐いたかと思えばスッと立ち上がり上着を着る美竹ちゃん。用が済んだのだろうが、あまりに脈絡が無さすぎる。

 

 

 

「あら、早いのね。」

 

「別に、どうでもいいでしょう。」

 

「……羨ましくなった?」

 

「ッ!……べ、別にそんなんじゃ…。」

 

 

 

後ろを向いているせいで顔は見えないが、きっと図星を衝かれ赤くなっている事だろう。声も肩も震えている。

大方この抱かれている友希那を見て、さっき話に出てきた市ケ谷さんに自分も抱かれたくなっただとかそんなところだろう。友希那の指摘にああなるってことは。

青春してんねぇ。

 

 

 

「じゃ、じゃあ帰りますからっ!また……また、ライブで。」

 

「ええ、楽しみにしてるわ。」

 

 

 

ぱたん、と静かに戸を閉めて遠ざかって行く足音を聞く。美竹ちゃん、不思議な雰囲気の子だった。

俺には敵意剥き出しだったけど。

 

 

 

「ん~。」

 

「なんだい。」

 

「続き、見たい。」

 

「アニメ?」

 

「うん。再生、押して?」

 

「はいはい。」

 

 

 

美竹ちゃんも市ヶ谷さんとやらの前ではこんな風にギャップを見せるのだろうか。そのギャップを目の当たりにしたなら、俺も困惑を体験することができるのだろうか。

再度流れ出したアニメの音声を聞きながら、友希那の旋毛を見てそんなことを考えた。

 

 

 

「美竹さんにもね、素敵なお兄さんが居るのよ。」

 

「マジかー。」

 

「あっちは本当のお兄ちゃんなの。」

 

「……そっか。」

 

 

 

本当の、か。友希那がどう思ってくれているのか分からないが、俺は今この子の兄としてやっていけているんだろうか。

アニメは佳境に差し掛かっているらしく、友希那の足は一層激しくぶらんぶらんと揺れていた。

 

 

 

 




足ぶら友希那ちゃん




<今回の設定更新>

○○:色々思うところもあり複雑なお兄ちゃん。
   面倒見過ぎも良くないのだろうが、可愛い妹の為に何でもしてあげ
   たい。

友希那:べったり甘えモード。
    紗夜に見られたときは病院へ連れて行かれそうになった。
    何も言わなくても意思疎通が図れるうえ身の回りの世話に於いて
    有能な兄が大好き。

蘭:美竹蘭編「妹よ、どうした。」と世界観を共有しています。
  最近有咲と付き合いだした模様。切り替えが利き、メリハリのある
  プレイスタイルで今日もデレデレしている。


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2020/03/06 Giorno di gelosia

 

 

 

「友希那友希那。」

 

「なあに。」

 

「もう美竹ちゃん来ないのか?」

 

「………一応訊くけど、どうして?」

 

 

 

妹があのRoseliaのボーカルだということが判明した後、たまに我が家を訪れる紗夜ちゃんやリサちゃんからの情報もあり、昨今のガールズバンド事情について少し調べてみた。

あの美竹ちゃんの所属するAfterglowとRoseliaは、バンド活動を抜いてもプライベートで交流がある程の仲らしく…というより、その辺一帯の有名どころは大体顔見知りらしいのだ。

学校が同じだとか、何処と何処が姉妹だとかで。

 

 

 

「ほら、最近色々調べてさ…みんな可愛いなって。」

 

「……………目的が下衆ね。」

 

「あいや、別にその、女の子が好きだとかそういうアレじゃないんだが…」

 

「男の子が好きだったものね。ホモホモしいサピエ」

 

「おい訂正したろその知識。」

 

 

 

未だ()()()()()とやらの影響が色濃く残っているというのか。この妹は兄貴のことを都合よく世話をしてくれるホモだと思っているらしい。何て酷い肩書きなんだ。

 

 

 

「第一、女の子が好きなら居たでしょう。」

 

「何が。」

 

「お兄ちゃんにラブレターを渡したっていう…」

 

「あー…」

 

 

 

香澄ちゃんか。あの子はあの子で今も交流が続いているが、どうも妹って感じが抜けなくてなぁ。

向こうも最初こそ緊張して異性感バリバリだったが、すっかり打ち解けて仲のいい友達って感じになっちまったしなぁ。いやそもそも女の子目的でこんなこと言い出したわけじゃないんだって。

 

 

 

「まぁそれはいいじゃんか。…実は、もっと色んなバンドの事知って、ライブハウスとかも行ってみたいと思ってだな。」

 

「…本当?」

 

「あぁ。」

 

「へぇ……。美竹さんならもう暫く来ないんじゃないかしら。」

 

「……そか。」

 

 

 

俺の言い分を信用したかどうかは定かではないが、美竹ちゃんは来ないらしい。あの時も結局何故付いてきたかは分からないが、あまり印象も良くなかったみたいだし…次に会ってもそれはそれで怖いか。

 

 

 

「他に仲良いバンドってどんなのがいんの?」

 

「別に、仲良しこよしで音楽をやっているわけじゃないのだけれど。」

 

「あー…んじゃ、交流のあるバンド?って言ったらいいのかな。それは?」

 

「………Poppin'Party(ポッピンパーティ)とか、Pastel*Palettes(パステルパレット)とか、いくつかはあるけれども。」

 

「おぉ!?ま、マジなのか!それは!?」

 

「んっ!……お、お兄ちゃん、痛いわ…。」

 

 

 

驚いた。驚きのあまり目の前の華奢な肩をガッシリ掴んでしまったほどだ。

思わず顔を顰めて痛がる妹に、少なからず可愛さを見出してしまったにも関わらずそれを流してしまえるほどに、今の俺は興奮していた。

相変わらずRoseliaって凄いな。交友関係も未知数すぎる。

 

 

 

「あ、あぁ…ごめんよ。」

 

「んもう……なに、どうしちゃったの。」

 

「ぽ、ぽぽぽぽっぽぽっ」

 

「…ハトさん?」

 

「Poppin'Partyもっ、し、知り合いなのか?」

 

「え……えぇ。…やっぱり、女の子が好きなの?お兄ちゃん。」

 

 

 

Poppin'Partyっていうと、あの香澄ちゃんが歌ってギター弾いてるバンドだろ?…最初会った時はよくわからない連中だと思っていたが、どうやらあの面々は皆バンドグループのメンバー。

同級生五人で組んだバンドメンツらしい。そして何よりも…

 

 

 

「いや、そういうわけじゃないが…」

 

「じゃあどうしてそんな食いつきいいの?」

 

「その、さ。Poppin'Partyには沙綾ちゃんがいるだろ?」

 

「……あぁ、ドラムの。知り合いなの?」

 

「知り合いも何も…あのふわっとした立ち振る舞い!包み込むような包容力!ほかのメンバーを導き見守るような保護者感…」

 

「お、お兄ちゃ」

 

「さらに!そこにギャップのように畳み掛けられるライブでの活き活きとした表情、熱い演奏、確かなテクニック…!」

 

 

 

彼女とプライベートの関わりがあることに関して言えば、香澄ちゃんに感謝しかない。彼女がパン屋の娘さんということもあって、何なら香澄ちゃんより会っている。

交流を重ねていく上で辿り着いた答えがある。感じるものがあったというか。

 

 

 

「あんなお姉ちゃんが欲しかった!!!」

 

「………!!」ビクゥ

 

 

 

年下だが何故か滲み出る姉感。堪らないんだ…。

 

 

 

「そういう訳で、Poppin'Partyは素晴らしいんだ。」

 

「…………。」

 

 

 

無言のジト目。恐らく付き合いの浅い人間ならいつもと大して変わらないように見えるだろう。

だが、ここまで日々を共に過ごしている俺ならわかる。これは怒りだ。静かでありながら、確かな怒り。腕を組んでいるのがポイントだ。

 

 

 

「ま、まぁそれはそれでいいとして……Pastel*Palettesも知り合いなんだって?」

 

「………………ええ、まあ。」

 

「ってことはその…千聖(ちさと)ちゃんも…?」

 

「かっ、彼女はやめておきなさい。」

 

 

 

怒った表情はそのままに。詰め寄るようにして声を荒げる妹、どうしたと言うんだ。

 

 

 

「山吹さんが好きってことは…その、彼女にも似たようなお姉さん感とか感じているんでしょう。」

 

「ああ。千聖ちゃんは素晴らしい。何で止められているのかわからんが、あのハチャメチャなメンバーを纏める姿は正に聖母。何よりもあの天使の如き微笑みが」

 

「も、もういい、わかったから…。」

 

 

 

そうだよな。今更説明するまでもなく知り合いなんだもんな。辟易した顔もわからなくはない。

 

 

 

「でもほら、彼女はえっと……こ、怖いじゃない。…怒ると。」

 

「………なんだって?」

 

「だから、えと、や、やめといたほうがいいわよ。…がおーって言われるわよ。」

 

 

 

嘘にも程がある。何だその注意点。

「怒ったらがおーって言います」?…かわいいじゃねえか。

 

 

 

「それはそれでアリ…」

 

「!?…す、すっごく怖いんだから!…だから、お姉さんより、妹の方がいいと思うわ。」

 

「妹と言えば彩ちゃんだよなぁ。」

 

「!?」

 

 

 

千聖ちゃんと同じPastel*Palettesのボーカル担当。さすがアイドルということもあってルックスは抜群、明るい印象に朗らかな笑顔。

それでいてちょっとドジで放っとけない感じがもう…絶世の妹感出してる。

 

 

 

「あの妹感はすごいよなぁ…一緒に過ごしたら毎日大変そうだけど、それはそれで…あぁ、彩ちゃんなら怒ったら「がおー」とか言うかもな。ははっ。」

 

「…………。」

 

「友希那?」

 

 

 

相変わらず表情は変わっていないがプルプルと小刻みに震えているように感じる。ジト目も変わらず無駄に近い距離で見つめてくるのも同じだが…さっきまで組んでいた両腕を俺の顔へ伸ばしてきたかと思えば…

 

 

 

「あうぇ?ゆ、友希那?」

 

「むぅ………むむむむむむむむむ……」

 

「い、痛い痛い!すとっふ、すとっふだ友希那」

 

「むむむむむむむむむむぅ…!!」

 

 

 

両頬を掴みグニグニと引っ張ってくる。これ以上喋るなとでも言わんばかりに強く…いやまって本当にいたいって…!!

 

 

 

「い、妹なら……私がいるじゃないの…!!」

 

「いちちちちっ、い、いっかい離せ、な!?」

 

「むむむむぅ!!!」

 

 

 

漸く解放された俺の両頬、おかえり。

顔真っ赤になって、恐らく怒ってはいるのだろうが、表情がほぼ変わらな…あぁ、眉毛が少しきつくなってる。

離した両手も、次にどこを掴んでやろうかとワキワキしているし…何がそんなにカンに触ったのだろうか。

 

 

 

「おほー…いてぇ…。…で、友希那が妹なのは紛れもない事実だけど。」

 

「そういうことを言ってるんじゃ……お兄ちゃん、私のこと嫌いなの?」

 

「……そんなこと言ってないだろ。」

 

「だって、丸山さんが妹っぽくていいとか、山吹さんはお姉ちゃんに欲しいとか、他の子ばっかり…」

 

 

 

ポコ、ポコ…と今度は俺の肩を叩く作業に変更したようだ。全く痛くはないが、時々嫌ーな場所の骨に当たって気持ちが悪い。

 

 

 

「こらこら…お兄ちゃんを叩くんじゃありません。」

 

「私のこと、嫌いだと思ってるんでしょう!別の子の方が、妹に欲しかったって、思ってるんでしょう!」

 

「だからぁ…そんなこと言ってないじゃんよ…」

 

「私、妹っぽくないから…」

 

 

 

自覚あったのか。

 

 

 

「お兄ちゃんって呼ぶじゃん。」

 

「……だって、そう呼ばないと、父に変な目で見られる」

 

「マジレスぅ。」

 

「……嫌いじゃない?」

 

「嫌いじゃないね。」

 

「好き?」

 

「それはまあ…答えによっては誤解されそうな…」

 

「好き?」

 

「…好きじゃなかったら面倒みねえよ…。」

 

「好き?」

 

「はぁ……そうだな、好きだよ、好き。」

 

「今のは仕方なく言わされてる感じがしたわ。」

 

「…妹として、友希那が好きだよ。」

 

「………ん。私もお兄ちゃん好き。」

 

「……あれ、これ何の話だったっけ?」

 

「お兄ちゃんがシスコンかどうかって話。」

 

「……。」

 

 

 

絶対違う。

 

 

 

 




毎回オチがあるとは限りません。




<今回の設定更新>

○○:女の子が好き。
   お姉さん系に弱いらしい。全員年下だが。

友希那:嫉妬とかではなく、自分が一番じゃない状況が嫌だっただけらしい。
    あと、他の子の話をしている時のデレデレした表情が嫌いらしい。


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2020/04/01 Il giorno della falsità.

 

 

 

「お兄ちゃん。」

 

「ん。」

 

「今日は何の日か、わかる?」

 

「………??」

 

 

 

背後から圧し掛かる様に体重を預けてくる友希那。耳元でぼそぼそとそんなこと囁くものだから、くすぐったくて敵わん。

とは言え「今日が何の日か」かぁ。妙に友希那がご機嫌なのも分からないし、四月一日に記念日なんかあっただろうか。

 

 

 

「…誰かの誕生日とか?」

 

「ぶっぶー。」

 

「親の結婚記念日…でもないしなぁ。」

 

「うん。」

 

「……友希那が初めて野菜を美味しいと感じる日?」

 

「…あ"?」

 

「違うよね。…なんだろう。」

 

 

 

そんなにドスの利いた声出さなくてもいいじゃないか。いい加減野菜も食べられるようになってくれないと、俺ベジタリアンくんになっちゃいそうなんだけど。飯の度に妹の食べ残しを押し付けられる身にもなって欲しいものである。

あとはエイプリル・フールくらいしか思いつかないが、態々それを言ってくるような…ちびっ子じゃあるまいし、可能性は無いに等しいな。

 

 

 

「…難しかった?」

 

「あぁ。お手上げだ。」

 

「……ふふっ、今日はね、えいぷりるふーるって言うのよ。」

 

「…………。」

 

 

 

ちびっ子じゃあるまいし?確かに前々から少し危なっかしい様子は見ていたけど、ここまでガチ目でヤバい子だとは。そしてそのドヤ顔は何だ。知ってるっつの。

 

 

 

「…まぁじかぁ。」

 

「何でも、いっぱい嘘をついた人が頂点へ上り詰められる日らしいわ。」

 

「誰だそんな知識教え込んだの。」

 

「リサよ。」

 

「リサ…ちゃん…ッ!?」

 

 

 

幼馴染の今井(いまい)リサちゃん。まだまともに会話した事すらないが、「リサに教えてもらった」の後は大抵碌なことにならないのは知っている。友希那が知識の無いことは何でも信じてしまう特製を盾に、好き放題引っ掻き回してくるのだ。

 

 

 

「…と言う訳で、今日はいっぱい嘘を吐くわ。」

 

「だーめ。」

 

「むっ、私が頂点を目指すのが、そんなに気にくわないって言うの。」

 

「…そもそも、嘘は良くない事だろ?」

 

「………でも、誰かのためを思って吐く嘘は優しいものだとテレビで」

 

「誰の為を思って吐くのさ。」

 

「………………お兄ちゃん、好きよ。」

 

「本日一発目の嘘がそれかぁ!」

 

 

 

嘘塗れの一日が始まった。(夕刻)

 

 

 

**

 

 

 

「お兄ちゃん、私実は男だったの。」

 

「へぇ。」

 

「……引っ掛かった?」

 

「…。」

 

 

 

エイプリルフールを楽しむのはいい。頑張って嘘を吐こうとするのもまぁいい。だが如何せん下手すぎる。

ベッドで寝転ぶ俺から少し離れた位置…丁度部屋の入り口付近で腕を組みドヤ顔の友希那さんだが、もうどこから突っ込めばよいやら。部屋に入って来るなりいきなりこれだ。

話題のチョイスというか嘘の振れ幅というか、全てに於いて"加減"の概念がぶっ飛んでいる様に感じられるのだ。これではもうエイプリルフールを楽しむどころの騒ぎではなく悪夢のような一日になり兼ねない。

 

 

 

「……友希那。」

 

「なあに。」

 

「…俺、実は本当の妹が居てな?」

 

「……えっ?」

 

「………まぁ、小さい頃に養子として他所に貰われていったんだけども。」

 

「えっえっ、えっ??」

 

 

 

リアル目な嘘の手本というものを見せてやろう。

…まぁ、焦りに焦っている目の前の小動物の様な彼女を見るに、恐らく何を言っても信憑性100%で信じるんだろうが。

 

 

 

「う、嘘…よね?えいぷりるなのよね?」

 

 

 

エイプリルはただの四月だ馬鹿者め。

 

 

 

「…友希那とは正反対で、よく気が利くし懐いてべったりするしで可愛くてなぁ。何処へ行くでも一緒に付いて来たがって、まさに妹って感じの子だったよ。」

 

「…………。」

 

 

 

俺の脳内では某アニメーションの妹キャラが小躍りをしている。当然俺は昔から一人っ子な訳だし、そんな都合の良い妹なぞこの世に存在していないだろう。

だからこそ、ツッコミどころ満載で反面のリアリティが生まれるのだ。

 

 

 

「……うぇ」

 

「上?」

 

「うぇぇぇええええええええ!!!!!!!」

 

「お、おわぁ!?」

 

 

 

泣いた。

なるほどなるほど…この子の脳みそでは「認めたくない現実」と「リアリティのある嘘」の区別がつかなかったわけだ。知れば知る程、音楽以外はポンコツなんだと実感するなぁ…。

嘗てない程のギャン泣きにこっちまで動揺してしまうが、その滝のように流れ出す涙と鼻水を拭おうともせず、歩く屍の様に両手を突き出してゆっくり迫って来る姿が滑稽で噴き出しそうになるのを堪える。

泣き声を上げながらジリジリと近づいて来るその様はまさに「よちよち歩きの劇薬」。異名通りだ。

 

 

 

「あぁぁぁぁぁ……ん!!!…うわぁぁぁぁああああ!!!」

 

「……ンブフッ………ンフゥ、フゥ、ンフフフフッ……」

 

 

 

堪え切れていない気もするがしゃくり上げている友希那には関係ないようだ。

やがて上体を起こした俺の元まで辿り着くと、その水源を俺の胸元に擦り付けて泣き続けた。くぐもってはいるがその実、音量は三割増しだ。

服にしがみ付く両手以外を脱力させ「ここから動く気は無い」と表現しているかとも見れる妹を抱き寄せ、背中を摩り髪を撫でる。何もそこまでショックを受けなくても。

 

 

 

「…ぃっく……ひっく………。」

 

「………落ち着いた?」

 

「…………その妹さんは、私より可愛いの?私より好きなの?」

 

「…いや?」

 

「……ぐす……私がいちばん…?」

 

「んー……俺、ずっと一人っ子だからさ。そんな妹知らんし。」

 

 

 

どうネタバラシしてやろうかと考えていたが、こいつに小細工は無用だろう。…それよりも早いとこご機嫌を取っておかないと、後で親父にどやされるのは俺だ。

俺の一人っ子発言に涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて固まる友希那。

 

 

 

「エイプリルフールなんだろ?今日。」

 

「………ぁ、え……。」

 

「上手な嘘ってのは、こういうのを言うんだ。」

 

 

 

放心状態。両目は俺を見ているようで何処か遠くへ向けられていて、服を掴んでいた手もぼんやり開かれている。何よりもこの阿呆面…非常にレアで面白い。

思考回路がショートでもしているのか、暫く意味の無い音を口から発する玩具の様になってしまった。

 

 

 

「ま、流石に泣くとは思ってなかったけどさ。」

 

「…ぅ………ぅぁ……」

 

「そんなにショックだったんなら謝るよ。…やり過ぎたんだな、ごめん。」

 

「えぅ………ぃぁ……え…」

 

「…友希那?」

 

「……。」

 

 

 

そうかと思えば今度はグッと口を結び、睨みつけてくる。眉も心なしか吊り上がり気味だ。そして顔が近いぞ。

 

 

 

「……お兄ちゃん、嘘つくのは良くない事よ。」

 

「散々溜めて言う事がそれかね。」

 

「…傷ついたわ。」

 

「全部、嘘だかんな?」

 

「嘘でもよ。」

 

 

 

存外にナイーブらしい。今までまともに他人と交流してこなかったが故の防御力の低さ、これは今後考慮していくべきかもしれないな。…と思いつつ、困った時のウィークポイントとして覚えておく必要もあるだろう。

 

 

 

「…ごめんなぁ。」

 

「……私がいちばんの妹でしょう?そうよね?」

 

「まあ君以外に妹居ないし。」

 

 

 

参加人数が一人なら当然一位だろう。

 

 

 

「……うん。」

 

「…。」

 

「ん。」

 

「何だ?」

 

「だっこ。」

 

「…そんな、子供じゃないんだかr」

 

「ん!!」

 

「……はいはい。」

 

 

 

両手を広げる妹の脇に手を入れ持ち上げるようにして体勢を変える。太腿の上で向かい合わせになる様に乗せるや否や、勢いよくしがみついて来て…。

 

 

 

「撫でて。」

 

「…どこを?」

 

「あたま。」

 

「はいはい。」

 

「せなかも。」

 

「はいはい。」

 

 

 

泣いている最中の慰めがお気に召したらしい。抱き合う姿勢のまま頭と背中を摩ってやれば、満足げに「ンフー」と息を吐いた。

すっかり機嫌も直ったようで、いつ解放されるのかと一心に摩り続けていると。

 

 

 

「…私、えいぷりるふーる嫌いだわ。」

 

「……確かに、友希那には向いてないかもなぁ。」

 

「……でも、さっきの…う、ウソ泣きは上手だったでしょう?」

 

「いやあれマジのやつ…」

 

「嘘なの!えいぷりるなの!」

 

「……はいはい。」

 

 

 

もう、言ったモン勝ちである。

 

 

 




友希那編の終わりが見えない




<今回の設定更新>

○○:適度な嘘って難しい。
   …これほどの美少女に密着されて変な気起こさないとかどこか
   おかしいんじゃないか。

友希那:すげぇ泣くやーん。
    嘘がよくわかんなーい。

リサ:黒幕。


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2020/05/19 Le sorelle e il bombardamento.

 

 

 

「お兄ちゃん、お出かけ?」

 

 

 

意気揚々と外出の準備を進める俺の背中に不思議そうな声がかかる。友希那の帰りを待っていた為に少し遅い時間となってしまったが、目的の店はまだ営業時間内…彼女にも恐らく会える事だろう。

俺の後ろではベッドに仰向けに寝転がった妹がベッドから溢れた両足をブラブラと揺らしていたが、暇そうに見えて俺の動向は気になるらしい。

 

 

 

「ああ。沙綾ちゃんのとこ。」

 

「……もうすぐ晩御飯よ?これからパンなんか食べて大丈夫なの?」

 

「まぁ…そんなに沢山は買わないからさ。」

 

 

 

パン屋の娘こと山吹沙綾ちゃん。最初は香澄ちゃんの一件を通して知り合った訳だが、今では一番と言っていい程交流がある。友希那の影響で知ったガールズバンドブームの割かし先端にも彼女等の属するPoppin'Partyがいて、音楽なぞこれっぽっちも興味が無かった俺を初めてのライブハウスへ誘ったのも確か彼女だったような。

今日はその沙綾ちゃんの誕生日。祝福の言葉を伝えるには店を訪ねるのが一番だと思ったのである。

 

 

 

「ふぅん。……私もついて行っていい?」

 

「え"」

 

 

 

疚しいことがある訳では無い。が。何というかその、普段家では見えていないであろう兄の姿を見られるというのは些か恥ずかしいものであり、できることなら避けたいというか何と言うか。

正直発展を期待していない訳じゃないし、少なからず好意を持ってしまっているのも事実だ。それを友希那に悟られたらどうなるのだろうか…。

 

 

 

「……なに。焼きたてパン独り占めする気?」

 

「…ああいや、そういうわけじゃないんだが…。」

 

「じゃあどうして「え」とか言うの。一緒に居たくないの?パン屋さんに連れて行きたくないの?」

 

 

 

…いや、真っ先にパンの心配をするあたり大丈夫だろう。元より音楽以外はポンコツな妹だ。

時間も限られている事だし、降参した振りを見せた俺は友希那の手を引いてパン屋――やまぶきベーカリーへ向かうことにした。

 

 

 

**

 

 

 

少し遅くなってしまったか、店に着いた頃には店主である沙綾ちゃんのお父さんがシャッターを下ろしているところだった。

パンはもう買えそうにないがそれは目的では無い。沙綾ちゃんを呼んでもらおうとお父さんに話しかけ…ようとした時、俺よりも一歩が早かったのは友希那だった。

 

 

 

「こんばんは。」

 

「ん。…あぁ、湊さんのとこの…すまないが今日はもう閉店なんだ。」

 

「パン…もう買えない??」

 

「ああ、ごめんね。また今度、明るいうちに来るといい。」

 

「そうなの……。」

 

 

 

しゅんと肩を落とす友希那だが、大して間も置かずにこっちを向いて一言。

 

 

 

「お兄ちゃん、あんなにパン食べたがってたのに残念ね。」

 

「…あー…うん。まあなあ。」

 

「おっ、武者小路さんとこの…○○くんだったか。」

 

「あはい、ども。」

 

「……ちょうど閉店時間で申し訳ないが…」

 

「あいや、いいんです、今度買いに――」

 

 

 

古い苗字を覚えられていたのは驚きだったが、話をこちらへ振ってくれたのは僥倖。あとは話の流れで誕生日を祝いたいことを伝えれば物語は先へ進むはずだったのだが。

「今度買いに来るんで~」と伝える俺を遮る様に口を出したのは他でもない、我が妹。

 

 

 

「あのねおじさん。お兄ちゃん、本当は沙綾さんに会いに来たの。パンは口実なんですって。」

 

 

 

こいつになら悟られないとか安心しきってた馬鹿は何処のどいつだ。そうだよ俺だよ。

とんでもなく急すぎる切り口にお父さんの営業スマイルもピタリと静止する。

 

 

 

「……ほう?」

 

「おいこら友希那。」

 

「何よ。お兄ちゃん言ってたじゃない、「沙綾お姉ちゃんに甘えたい」って。」

 

「言ってねぇ!!」

 

 

 

恐らく以前話したお姉さん感の話をしているのだろうが、その略し方と披露する状況が考えうる限り最悪の組合せだ。ご家族の前でなんてことを言いやがる。

 

 

 

「…………つまりアレかね?君は、ウチの大切な娘と如何わしいプレイをする為に、こんな夜更けにここへ?」

 

「ち、ちがうんすよお父さん!俺はそんな風に娘さんを見たことは―」

 

「君にお父さんなどとは呼ばれたくないがなぁ!!」

 

「あああああ誤解です!!そういう意味で言った訳じゃないし、そもそも話自体に誤解が…!!」

 

「誤解じゃないわ。「熱くて確かなテクニックとギャップがたまらない」って言ってたもの。ね、お兄ちゃん。」

 

「貴様ァ!!!」

 

「いやほんとにもう何かすみません、失礼します!!」

 

 

 

度重なる絨毯爆撃と援護射撃に見せかけた同軍の正確な誤射の数々に耐え切れず脱兎の如く逃げ出す。このまま居たら誕生日を祝うどころか俺が超絶不埒な傾奇者として目も当てられない事になってしまいそうだった。

戦場からの離脱中も背負われた友希那は不思議そうな顔をしていたが、恐らくこの子はこの子で何も悪気が無いんだろうなあ。

 

 

 

「……はぁ…はぁ……ここまで来れば…もういいだろう……。」

 

 

 

別段追われていたわけではないが暫くあの辺りには近づけないと思った方が良いだろう。いやしかし、これからどうしよう。

妹を連れるだけでこれ程までに難易度が跳ね上がるとは。

 

 

 

「??おじさんと仲悪いの?」

 

「…ほんっとにお前は…。」

 

「???」

 

 

 

こてんこてんと首を傾げる姿は可愛らしいのかもしれないが、今の俺にとってみれば悪魔が次の悪戯を思案している様にしか見えず戦慄が走りっぱなしなのである。

何はともあれ沙綾ちゃんに直接~の線は消えたと言っても良いだろう。斯くなる上は――

 

 

 

「あっ、けいたい。」

 

「ん。電話するからちょっと静かにしてね。」

 

「わかったわ。」

 

 

 

出来れば取りたくない手段であったが…。文明の利器に頼ること自体に何ら嫌悪は無い、が、記念日だとかそういう特別な言葉は機械を通さずに伝えたい派だったのだ。

ついでに言うと沙綾ちゃん直通の連絡先を知らないがために、唯一個人で繋がっている香澄ちゃんへ電話を掛けている。もう一つの懸念はこの連絡手段にあって…

 

 

 

『はい、香澄のスマホですが。』

 

「…………スマホが…喋った?」

 

 

 

本気でそう思ったのだ。疲れてるんだろうか。

 

 

 

『…武者小路か。』

 

「何だか今日はやけに苗字で呼ばれるな。…その声は誠司だな?」

 

『ああ。香澄なら今ちょっと手が離せない状態でな。どうした?』

 

 

 

懸念というのがこれで、香澄ちゃんの電話へ連絡すると高確率でこのイケメンが出る。イケてるのが顔だけに留まらず声にまで影響しちゃってるコイツの声を耳元で聞くと耳が孕みそうになるんだ。勘弁してくれ。

案の定というか何と言うか、少なくとも誠司と話している以上は沙綾ちゃんの事を訊けそうにない。…そもそも香澄ちゃんと知り合ったのはコイツの頼みもあってのことだし、頼みというのも香澄ちゃんが俺に一目惚れしたから仲良くしてやって欲しいとかいう内容だし。

…流石にその辺の事情を把握したうえで沙綾ちゃんの情報を聞き出そうとしている事を悟られるのはマズい。

 

 

 

「……香澄ちゃん何してん?」

 

『着替え中。』

 

「…ほう?」

 

『……変なこと考えんじゃねえ。』

 

「そんなんじゃねえけどよ…お前は何やってたんだ?」

 

『今香澄の家にいる。これから二人で有咲ちゃんの家に行くんだよ。』

 

「……お前は、羨ましいというか何と言うか…。」

 

 

 

香澄ちゃんを可愛がるとそんなオプションが…。しかし、こんな時間から有咲ちゃんの家とな?あの子、初対面時は只管に敵意しか感じなかったが、どうやら中々に可愛らしいお嬢さんらしい。

というのも、俺が若干の苦手意識を持っていることを察した香澄ちゃんが事ある毎に有咲ちゃんのプレゼンをしてくるのだ。この前なんかは遂に家にまでお邪魔してしまった。

 

 

 

「あの、立派な蔵があるとこだろ?」

 

『へぇ、知ってるのか。意外だな。』

 

「一回だけ行ったことあるんだよ。香澄ちゃんから聞いてないか?」

 

『…いや、聞いてないな…。』

 

 

 

ふむ。…いや待て、俺は何を呑気に話し込んでいるのだ。早いとこ沙綾ちゃんの情報を何とかしないと…

 

 

 

『…あー、誠司くんまた勝手に電話使うー。』

 

『ん。…香澄に電話だぞ。』

 

『もー、勝手に出ないでよねー。……もしもし??』

 

 

 

どうやら着替えが終わったらしい。最近矢鱈と聞く機会が増えた大人しい声が響く。

 

 

 

「…香澄ちゃんかい。」

 

『ぁ…○○さんですか!?』

 

「やあ。少し訊きたいことがあって電話したんだけど…出かけるんだって?」

 

 

 

視界の端で暇そうにしている妹を見ながら話の糸口を探す。正直少し面倒になりつつあるが、ここまで騒いでおいて今更引き下がるのも何だろう。

 

 

 

『あっ、そ、そうなんです。これから有咲ちゃんの家でパーティーが…。』

 

「…パーティ?」

 

『はい。沙綾ちゃんが誕生日だから…』

 

 

 

成程、それであのデカい家に集まる訳か。

伊達に蔵を所有しているわけじゃなく、有咲ちゃんの家はクッソ広い日本家屋なのだ。今時…それもこの辺りにしては珍しく、立派な門に雅な庭、庭木用に剪定師も雇っているような良いところのお嬢さんということで、Poppin'Partyの面々も何かあればそこを拠点とするらしい。

 

 

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。」

 

「どした。」

 

「…退屈だわ。」

 

「そうだよな…。」

 

「山吹さんにはおめでとうって言えた?」

 

「いや、まだだ。」

 

「そう。」

 

 

 

かなりの長電話になっていたようだ。電話を持っていない左手にぶら下がる様にして揺れていた友希那も痺れを切らして訊いてきた。

これ以上付き合わせるのも申し訳ないし、香澄ちゃんもこれから楽しいイベントへ参加しようとしているのだ。あまり気分を害するような真似はしたくない。

 

 

 

「あー、香澄ちゃん?」

 

『はい。何でしょう??』

 

「質問はまた今度にするとして、沙綾ちゃんにおめでとうって伝えといてもらって良いかな?」

 

『あっ、わかりました!沙綾ちゃんもきっと喜ぶと思います。』

 

「ん。……それじゃあ、楽しんできてね。」

 

 

 

…通話終了。

スマホを仕舞う様子を見て少し綻んだ表情の友希那。

 

 

 

「ごめんな友希那。長くなっちまった。」

 

「いいわ。ずっと手を繋いでいたもの。」

 

「そか。」

 

「…言えたの?」

 

「んー……ま、上手くいかない日もあるさ。」

 

 

 

これでいいのかもしれない。俺の好意なんて所詮一方的なものだし、傍から見れば俺達は然程仲も良く無いのかもしれない。何せ互いの連絡先すら知らない程度だ。

それに、曲がりなりにも"付添い"を申し出てくれた妹をこれ以上待たせるというのも心苦しい訳で。

すっかり夜の帳に包まれた街を、自宅に向かって引き返すことにした。詳しくは友希那にも話さないままだが、どうせ無意識下で察しているだろう。

 

 

 

「…帰るの?」

 

「ああ。用事は終わりだー。」

 

「……ごめんなさい、私がついてきたばっかりに。」

 

「友希那はなにも悪いことしてないだろー?…そうだ、パン買って帰ろうか。」

 

「え…またおじさんの所に行くの…?殺されるわよ…?」

 

「ちげえや、コンビニでも寄ってさ…」

 

 

 

俺が沙綾ちゃんに会えなかったからか、友希那は妙にご機嫌に見える。気のせいだとは思うが、妹として何処か思うところもあったのだろうか。

こいつが俺に嫉妬…ないしは似たような感情を抱くとも思えない。大して懐いている様にも見えないしな。

 

 

 

「お兄ちゃん?」

 

「あ、ああごめん。ぼーっとしてたな。」

 

「うん。間抜けな顔だったわ。」

 

「おいこら。」

 

「ふっ。」

 

「鼻で笑うな。」

 

「お兄ちゃん。」

 

「何だよ。」

 

「手。」

 

「……………そもそもこの歳の兄妹で手を繋ぐのかっていう」

 

「手!!」

 

「……うむぅ…。」

 

 

 

納得はいっていないが。待たせてしまった分の償いとして、今は所望されるがままに手を差し出しておこう。

 

余談だが、日付が変わる少し前になって沙綾ちゃんから電話があった。香澄ちゃんのスマホを通じてではあったが、中々楽しんでいる様子だった。

沙綾ちゃんとしても香澄ちゃんを応援する気持ちでいっぱいらしく、俺の淡い期待もメッタメタに打ち砕かれる予感を犇々と感じた。

何はともあれ、誕生日おめでとう沙綾ちゃん。

 

 

 




誕生日回がいつもうまくいくとは限らないって話




<今回の設定更新>

○○:ひどい目に遭った。
   周りのムード的にどうあっても香澄と近づかなければいけない感ある。
   重荷にならなければいいが。

友希那:メインヒロイン()
    兄妹ですよ。ほんとに。

沙綾:お誕生日の子。
   何故このシリーズで触れたかは不明。
   お姉ちゃんになって欲しい。

香澄:何なんだろう。

誠司:イケメン!抱いて!好き!


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2020/08/16 Soggetto principale

 

 

 

「今日は大事なお話があるの、お兄ちゃん。」

 

「……なんだぁ?改まってからに。」

 

 

 

特にこれといった事件もなく、まったりとした日々を送っていたある日のことだった。

いつものように帰宅後の着替えまでを俺に任せきりの友希那だったが、部屋着に着替えるや否や神妙な面持ちで切り出す。

神妙…だよな?相変わらず無表情だけども。

 

 

 

「ここすわって。」

 

「普通大事な話って向かい合ってするもんじゃ――」

 

「いいから。はやく。」

 

「……。」

 

 

 

ベッドに腰かけ、隣の敷布団をぽふぽふと叩く。向かい合う位置に勉強机があるわけだが、どうやら背凭れは使わせたくないらしい。

仕方なく指定された部分を軋ませたら、さも当然という風にのしかかってくる妹の36.8℃(たいおん)44kg(そんざいかん)

 

 

 

「……ンフー。」

 

「えっと…友希那?」

 

「なあに。」

 

「椅子になってほしいならそう言えばいいんじゃないか…?」

 

「……ち、違うのよ、大事な話なの。」

 

「忘れてたろ?」

 

「…………えっとね、最近思ったんだけど」

 

「失敗から目を逸らすな。」

 

 

 

顔こそ見えないが焦りようはわかる。満足げな鼻息も聞こえたし、すっかり定位置となったこの場所に一息ついてしまったんだろう。

エフンエフンと、わざとらしく咳込んだ後に体の向きを反転させる妹。正面から抱き合う形になり、その目立たないながらも整った顔が必然的に近くなる。

……正直、妹でなかったら危なかった。

 

 

 

「あのねお兄ちゃん。私、思うのだけど。」

 

「ん。」

 

「いろいろと、見失っている気がするのよね?」

 

「……んん??」

 

 

 

はて。

見失っているとは、いったい。

 

 

 

「どういうこと?」

 

「その……最初の日…えと、私が、お兄ちゃんの、妹になった日。言ってくれたじゃない?」

 

「何を。」

 

「協力してくれる…って。」

 

「…………。」

 

 

 

あぁ…。

いや、忘れていたわけじゃないぞ?

つまりはあれだ、すっかり慣れ親しんでしまったこの状況――友希那と兄妹関係になる――の発端である、友希那の父親の離婚・再婚問題。そいつについて解き明かし、友希那の願いも可能なら叶えるっていう…いうなればこの関係の本筋だ。

確かに思い返してみれば父親(あの人)のスランプは解決しちゃいないし、それどころか音楽関係の仕事をしているようにも見えない。この前なんか某tuberになったとか自慢してたくらいだし。

 

 

 

「…たた、確かにっ?そそそろそろ動いてもいいかもな。」

 

「お兄ちゃん?どうしてそんなに汗をかいているの?」

 

「それはそうと、何だって急にその話を?」

 

 

 

勿論、引っ掛かっていながら何も考えていなさそうな兄に言い出せなかった可能性は大いにあるが。

胡麻化し半分で投げかけた問いに、心なしか表情を曇らせる友希那。

 

 

 

「………んぅ。」

 

「?」

 

「さっき。……学校帰り、用事があってスタジオの方に寄って来たの。」

 

「Roselia絡み?」

 

「ええ。…そこで……お母さん、を、見かけたの。」

 

「……!」

 

 

 

嬉しくもあり、寂しくもあるような、そんな表情。そりゃそうだ。

大好きな、ただ一人の、本当の母親。まだ高校生の、こんなに華奢な体で背負わなければいけない親の勝手な都合。

そうだった。そのあまりにもあんまり過ぎる境遇に、俺は虚しさを覚えたんだった。

 

 

 

「ねえお兄ちゃん。」

 

「うん。」

 

「私…やっぱりお母さんが好き。一緒に暮らしたいのは、私のお母さんなのよ。」

 

「……ああ。そうだよな。」

 

 

 

妹の願いは聞いた。ならそれを導いてやるのが兄貴の役目だろう。

例え血の繋がらない間柄だろうと、例えそれが一時のものだろうとだ。

 

 

 

「俺に任せとけ。友希那。」

 

「……ん。」

 

 

 

**

 

 

 

「とは言ったものの…。」

 

 

 

手始めに、改めて友希那から大体の事情を聴いてみた。といっても、本当に"大体"でしかないわけで。

当たり前だが、あの日聞いた内容と特に変化はなくどうにも核心を掴みかねる話だ。

 

 

 

「そもそも、自分の旦那がスランプってだけで離婚にまで発展するかね?」

 

「……わからないわ。お母さんが、あの人のどこに惹かれたのかだなんて、聞いたこともないもの。」

 

「自分の親の馴れ初めとか、知らなくて当然だもんなぁ…。」

 

 

 

勿論俺も知らないし、知りたいとも思わない。そもそも親父に至っては顔も知らないし、正直あまり関心がない。

だとしても、友希那から聞かされる要因にはどうにも違和感があった。

 

 

 

「んで、そこでウチのババアが出てくるのもまた謎だ。」

 

「そうなの?」

 

「仮に、友希那の兄になるような息子がいるシングルマザーなんざ、世の中には腐るほどいるだろ?」

 

「……ええ、まあ。」

 

「近場で済ませたかったか或いは…」

 

 

 

特別な繋がりが元よりあった、か。同窓生や仕事関係、何らかの趣味や組織・自治体を通しての顔見知り。可能性だけならほぼ無限にあるといってもいいが、だからと言ってアレを選ぶ程の要因があるようには思えない。

やはり謎だ。何なんだあのイケメンは。

 

 

 

「あっ。」

 

 

 

小さく声を上げた妹に目をやれば、ポケットから取り出したスマホに目を落としていた。グー〇ル先生は親の離婚理由まで把握しちゃいないと思うが…何だろうか。

 

 

 

「どした。」

 

「……ごめんなさい。私、今日練習があるってすっかり忘れてしまっていたわ。」

 

「さっきスタジオに行ったんじゃなかったのか?」

 

「行く最中にお母さんを見かけたんだもの。……そのまま、つい、帰ってきちゃったの。」

 

「お馬鹿さんか…。」

 

 

 

いや、気持ちはわからなくないが。こういう少し抜けているところも、愛嬌なのだろうが。

脇の下に両手を差し込むようにして、友希那を俺の膝から降ろす。出かけるとなればまた準備が必要であり、すっかり妹属性が身に染みたこの子は世話を焼かれることに馴染みすぎてしまっている。

「んっ!」と両手を広げ、着替えさせろのアピールをしてくる。できることならば、部屋着に着替える前に思い出して欲しかったなぁ…。

 

 

 

「わかったわかった。荷物……はさっきのままでいいか。何着る?制服?」

 

「ええ。」

 

「せめて脱ぐくらいは自分でせえよ。」

 

「や。ぬがせて。」

 

「……年頃の女の子だろうに。」

 

「はやく。リサが迎えに来るの。」

 

「何から何まで…お姫様だな、本当に。」

 

 

 

女物なぞ触ったこともなかったのに、脱衣着衣の手際が良くなってしまっている俺も人のことは言えないか。

この前も香澄ちゃんに驚かれ…いやあれは引かれたと言っても過言ではないな。

付き合いたてにしてはスムーズに脱がせ過ぎたのはまあ、反省点か。

 

 

 

**

 

 

 

「それじゃリサちゃん、よろしくな。」

 

「はぁい。任せといてー。」

 

「終わったら、連絡するわね。」

 

「ん。ちゃんと小まめに給水するんだぞ?」

 

 

 

準備を終え、玄関先で待っていたリサちゃんに友希那を預ける。ぱたぱたと手を振りながら引き摺られる友希那をそのまま見送り、角を曲がり姿が見えなくなったところで家の中へと引き返した。

 

 

 

「お?○○一人かぁ。」

 

「……お父、湊さんか。何か用?」

 

「つれないなぁ、いい加減お父さんと呼んでくれ給えよ。」

 

 

 

そこで鉢合わせたのはまさに渦中の人。友希那の実の父親であり、今現在は俺とも戸籍上で親子関係にある優男。

にこにこと柔和な笑みを浮かべ両手を広げて迫ってくるが…正直俺はあまり得意としていない部類の人間だ。友希那曰くお袋と再婚するまで見たこともなかったらしい完璧な笑顔は胡散臭すぎるし、そもそも父親という存在にいい印象もない。

友希那の苦悩の種ともなれば、もはや恨みを抱いているといっても過言ではないのだし。

 

 

 

「まあ、そのうちにでも。……友希那ならRoseliaの練習に向かったところだけど?」

 

「そうかそうか、いや、頑張っているようで何より。」

 

「……暇なのか?今日も一日家にいたみたいだけど。」

 

「まぁ、ね。活動をやめてからこっち、特にすることもないしね~。…あ、もちろんお金の心配はないよ?収入が絶たれたわけじゃないし、全くの無職ってわけでもないから。」

 

 

 

トコトン友希那には似ていないと思う。

へらついた様子を隠すこともなく、何が目的なのかもわからない。友希那は居合わせていないが、あの子は一生この父親に対してムーブを掛けることもできないのだろうか。

割とズバズバ物を言う友希那でさえ問うことの出来ないデリケートな問題。果たして俺が介入してもよいのだろうか。…正直葛藤はある、が、力になると宣言した手前、何もしないというわけにも行くまい。

 

 

 

「……あんた。」

 

「んん??」

 

「友希那のこと、もうちょっとちゃんと見てやれよ。」

 

「…………。」

 

「あいつが、本当に兄貴を欲しがったと思うのか?俺みたいな素性も知れない人間を引き合わせて、挙げ句兄貴と呼ばせて。……それで本当に、今のあいつが幸せだとでも思ってるのか?」

 

 

 

笑顔が消える。

お前に言われる筋合いはないと突っ撥ねられるだろうか。お前に何が分かると嘲笑われるだろうか。

結局のところ、血の繋がりも愛情もない俺とこの男は他人なのだ。母親には悪いが、最悪関係が拗れたとしても俺にも引けない時がある。

 

 

 

「……何が言いたいんだね?」

 

「友希那は、母親を欲してんだ。ウチの小汚えババアじゃねえ、あんたの元の妻……本当の"お母さん"をだ。」

 

「〇〇。……無理を言っちゃいけない。友希那から何処まで聞いたかは知らない。が、大人にも色々あってね。双方の気持ちだったり、事情が――」

 

「どんな事情があったって、あいつを苦しませていい理由にはならないだろ!!」

 

「…………。」

 

 

 

沈黙。一瞬見えた素の表情は、いつもの余裕ぶった薄気味悪い笑顔とは違って、確かに感情の籠もった生の顔だった筈なのに。

悔しいような、やりきれないような、そんな顔。

なのに、俺を諭しにかかった顔は、取り繕った憐れみを込めた表情だった。

色々ある、だ?我慢ができなかった。

 

 

 

「せめて説明してやれよ!納得行くまで、諦めが付くまで全部教えてやれよ!!親だろ!?父親なんだろ!?」

 

「〇〇!!」

 

「ッ!!」

 

 

 

すっかり頭に血が上っていた俺を止めたのはリビングから顔を覗かせた母親で。今にも軋み出しそうなほど歯を食いしばった俺とは対象的に、冷たくも強い声で呼んだ名前は、俺にそこまで責める権利がないことを暗に示しているようだった。

"父親"を見れば相変わらず気に入らない「やれやれ」とでも言いたげな薄い笑み。母親がその辺の事情を知っているのかどうかはわからない。

それでも、汚い大人の醜い事情が満ちているこの家には居たくなくて。

行き場を失った怒りを引き摺るように、家を飛び出した。

 

 

 

**

 

 

 

「そう……ですか。」

 

「いやごめん。君にこんなこと愚痴っても、仕方ないことだった。」

 

 

 

夜の公園。ブランコに乗る歳ではないと思い腰掛けたベンチで、思いの丈を吐ききってしまった自分に多大な嫌悪を抱きながら。

左手の甲を摩り続けてくれている恋人に、幾分か遅すぎる謝罪の言葉を。

 

 

 

「そんな!謝らないでください…!何なら、すっごく嬉しい気分っていうか…うまく、言えないですけど。」

 

「……嬉しい?」

 

「はい!だって…いつも〇〇さんにはお世話になりっぱなしだし、初めて、頼って貰えたっていうか……初めて、恋人っぽいこと出来たかなって。」

 

「……相変わらず変わってるな、香澄ちゃんは。」

 

 

 

さすが、誠司が目も離せないだけのことはある。こんなことを言って回れば、悪い虫がつかないかそりゃ心配だろう。

…勿論、俺がそうじゃないかと言われたら強く否定もできないわけだけど。

家を飛び出して後、無意識のうちに向かっていたのがこの公園だった。何度か香澄ちゃんとデートで訪れた程度であったが、落ち着いた雰囲気と常に閑散としている感じが妙にお気に入りなのだ。

香澄ちゃんにはその姿を偶然目撃され、問い詰められた挙げ句全てを話してしまったわけだが…。

プライベートもプライベートな話題だったことと、感情に任せて愚痴の限りを吐き出してしまったことが何よりも申し訳ない。

後悔先に立たずとは言うが、年下の、それも俺なんかを好いてくれる特異な子にこんな事…全く情けない限りだ。

 

 

 

「えへへ…誠司くんにも、よく言われます。」

 

「変わってるって?」

 

「はい。「香澄は普通の子とちょっと変わってる所あるから、変な人にはついて行っちゃだめだよ」って。」

 

「お父さんかアイツは…。」

 

 

 

同感、だけども。

 

 

 

「……でも、知らなかった。友希那さん、そんな事になってるなんて。」

 

「そっか、バンドで繋がりあるんだっけか。」

 

「はい!Roseliaにも友希那さんにも、色々お世話になっちゃってるので…。」

 

「……。」

 

「私にも、何かお手伝いできること、ありますか?」

 

 

 

摩る手を止め、真っ直ぐな目で問うてくる。この子のことだから、俺が恋人だからとか友希那と知り合いだからとか抜きに、純粋な気持ちでそう言っているのだろう。

至って真剣なその目に、いつだったか、何度目かの告白の日にも負けたのだ。

だが、俺自身本質を掴みかねているこの状況で彼女の手を借りることはあるだろうか。あの男が何を思っているのか、どうしていくつもりなのか…何もわからない状況で。

だからこそ、彼女に返せる答えは一つ。

 

 

 

「そう…だな。これから、もしまた俺がテンパっちまった時…悔しかったり、どうしようもなく泣き言を言いたい時。……今日みたいに、話聞いてもらっても、いいかな。」

 

 

 

迷惑はかけたくない。ウチの内情に巻き込みたくもない。

それでも、力になりたいと思ってくれるこの子を無下にも出来ない。現に今日は救われているのだから。

迷い半分で伝えた言葉に、握っている手と同じくらいの温かい笑顔を返してくれた。

 

 

 

「えへ、任せてください。いつでも、そばに居ますから。」

 

「……そうか。」

 

 

 

誠司、この子めっちゃいい子だわ。

心の中で誠司に手を合わせている丁度その時、公園の入口の方から見覚えのあるちっこい影が近づいてきた。

 

 

 

「……友希那?」

 

「お兄ちゃん。帰ったらおうちに居ないんだもの。一体……戸山さん?」

 

 

 

珍しく眉尻を下げて、まるで心配でもしているような表情の妹だったが、隣でにこにこと眺めている香澄ちゃんに気づき近づく足を止めた。

 

 

 

「何、してるの?」

 

「友希那さん!私、応援してますから!!」

 

「んぇ??……え、ええ、ありがとう??じゃなくって、どうしてそんな、くっついて…ええ??」

 

 

 

香澄ちゃんの状況説明とは程遠い一声も相まってか、思考が追いついていない様子。

そういえば、香澄ちゃんと付き合ってること、言ってなかったっけ。

 

 

 

「探してくれたのか?」

 

「え、あ、うん。だって、帰っても一人じゃつまらないし、夕飯はできていたし。」

 

「そかそか。ごめんな、急に出掛けたりして。」

 

「うゅ……別に、見つかったから、いいのだけれど。」

 

 

 

香澄ちゃんの温もりに包まれている手を放し、棒立ちの妹に近づいて髪を撫でる。幾分か擽ったそうに身を捩るが眉尻は元の位置に戻っていった。

そのままの流れでいつものように手を繋いだところで、ハッとしたように友希那が顔を上げる。

 

 

 

「お、お兄ちゃんっ。」

 

「なんだよ。」

 

「さっき、戸山さんと、手、繋いで…」

 

「落ち着け落ち着け。繋いでいたが、どうした??」

 

「……私だけじゃ、なかったの?」

 

「??」

 

 

 

はて。俺の手の所有権に関して決まり事は無かったはずだが。

しかしこの心底心配そうな表情。先程俺を探していたときの顔より余程重篤な問題を前にしているように思える。

もしかして俺は、友希那とも付き合っていた…?

 

 

 

「うぉぉ……友希那さんって、めっちゃお兄ちゃんっこですね!!」

 

「なっ……だ、黙りなさい、戸山さん!そんなことないわ!!」

 

「だってぇ…えー?友希那さん可愛い…!!」

 

「かわっ……お兄ちゃん!お兄ちゃんからも何か言ってやって!!」

 

「……友希那は可愛いよな?」

 

「お兄ちゃ………うぅぅぅぅう…!」

 

 

 

結局香澄ちゃんの乱入により妹の言いたかったことは話題の波の彼方へ。

その後は三人して茶化し合いながら帰路を辿り。妹と我が家に着いたのはすっかり闇の帳が降りてからだった。

 

 

 

「お兄ちゃん。」

 

「なんだよ、揶揄ったのは悪かったって。」

 

「……もう、急に居なくなったりしちゃ、嫌だから。」

 

「……ああ。」

 

 

 

否が応でも帰らなければいけない自宅。可愛い妹。

明日からもこの現実と、理不尽な問題と向き合っていかなければいけない。

心強い恋人の協力も得た今、俺はなんとしても友希那を救わねばならんのだ。

 

 

 




すっかり忘れていたお話。




<今回の設定更新>

〇〇:忘れてたわけじゃないからね?
   なんだかんだで、香澄とはヨロシクやっている。

友希那:外と家とのギャップが凄い。
    リサはある程度の状況は理解してくれているようだが…。
    痩せ型。

パパ:一体何を考えているのやら。

香澄:天使。


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【ぷち】私とちいさな彼女の日記
2019/11/02 1.疲れと笑顔の関係性について


 

 

「あら!うかない顔ね!!」

 

「んー…あぁ、こころんか。ちょっとね、疲れちゃって。」

 

「うふふっ、つかれたときはね、いっぱいわらえばいいのよ!!」

 

「……笑う元気もないときは?」

 

「それはあたしじゃわからないわね…あ!みっしぇるにきいてみましょっ!」

 

 

 

膝の上によじよじと登ってきて眩しいような笑顔を見せてくる、体長30cm弱の女の子…。この子は、作り物やおもちゃなんかではなく「ぷちどり」というれっきとした生き物だ。

科学者である私が生み出した「人造生命体」である。やれ「非人道」だの「科学の暗黒面」だの揶揄され研究所を追い出された私だが、新天地として選んだ研究都市『ギャラクシースペース"サークル"』。…ここでついに研究を完成させ、固定観念や偏見のないこの自由な街で気ままに暮らしているってわけさ。

 

 

 

「ねぇねぇみっしぇる!○○がつかれてるんだって!…どうしたらいいかしら?」

 

 

 

今膝の上で懐からクマのぬいぐるみを取り出して何やら話しかけている金髪のこの子は、型番BD-021K・名前は「こころん」だ。

不思議な事に、人格や知識については一切手をかけていない。ビーカーの中で、小さな粒子として誕生した直後より独自で学習・成長していくらしく、結局のところ彼女らもまた1個体として懸命に生きていることが伺い知れる。

 

 

 

「んー???…あぁほら、こころん。ちょっとみっしぇるを貸してご覧。」

 

「んっ!」

 

「…うん、やっぱりちょっと解れちゃってるね。すぐ直してあげるから、テーブルの上で待ってて?」

 

「わかったわっ!」

 

 

 

ええと裁縫道具裁縫道具…と。あぁあった。

女にしては致命的な程ガサツと自負している私でも、簡単な裁縫くらいはできるつもりだ。…尤も、この技術も別の「ぷちどり」に教えてもらったことだが…。

食卓として使っている長机へ戻ると、こころんが小さなクマのぬいぐるみ――彼女は何故か"みっしぇる"と呼ぶ――に笑顔で話しかけているところだった。

 

 

 

「いーい?みっしぇる。あなたの体はおなおしがひつようみたいなの!…あっ、しんぱいいらないのよ、○○はてんさいなんだからっ!」

 

「…手術、受けてくれるって?」

 

「えぇ!みっしぇるはとってもつよい子だわ!!」

 

「オーケイ。この名医様に任せときな?」

 

「よぉしくおねがいしまぁすっ!」

 

 

 

こころんからみっしぇるを受け取る。……針に糸を通そうと、糸通しを用意していると近づいてくるもうひとつの気配。

 

 

 

「はいコレぇ。探してたでしょー?」

 

「あら!リサも来たのね!」

 

「んー?…なぁんだ、リサが持って行ってたの??」

 

「あっははっ、やっほーこころん。…んま、ちょっとね~」

 

 

 

長机から床まで伸びた階段をトコトコと登ってきたのは少し派手目な印象の茶髪の子。彼女はBD-008L・名前は「LISA」という。アルファベットで名付けてしまったのは当時ハマっていた歌手の影響が強かったが、本人もほかの「ぷちどり」達にも不評なのでカタカナで呼ぶことにしたんだっけ。…音で聴く分には関係ないはずだけども…。

あ、因みにだけど、糸通しっていうのはアレね。あの銀色のペラペラのやつ。エリザベス女王の横顔みたいなのが描いてあるやつね。

 

 

 

「持ってきてくれてありがとうね、リサ。」

 

「いーよんっ。…あっ、こころんのみっしぇるじゃん!アタシが直そっか?」

 

「いーのいーの、これは私が引き受けた手術だからね。」

 

「そっかー。」

 

「…もし暇だったら、助手役お願いしちゃおっかな?」

 

「助手!いいねいいね、やるやる~。」

 

「ようし、じゃあ……茶糸。」

 

 

 

どこからか取り出したエプロンを装着したリサを携え、手術はスタートする。

 

 

 

「はいよっ」

 

「……汗。」

 

「あーいよっ」

 

「………糸切り鋏。」

 

「りょ~」

 

「…んー、ちょっと綿抜けちゃってるのかなぁ…。」

 

「綿、入れる?」

 

「そだねぇ…。綿の袋、どこにあるかわかる?」

 

「まっかしとき~」

 

 

 

元気に階段を駆け下りていくリサ。手術は一時休憩だ。

そのタイミングを見計らってか、肘を付く格好になった右腕のあたりにはこころん。

 

 

 

「せんせい…うちのこはだいじょうぶでしょぉか?」

 

「…まぁ、あとはみっしぇるくんの生命力次第ですかねぇ…。」

 

「……がんばって…みっしぇる…」

 

「大丈夫、ご安心を。」

 

「んぅー。」

 

 

 

右腕はしがみつかれているので使えないが、代わりに空いている左手でその頭を撫でてやる。それまでの緊張感とは無縁なほど間抜けな鳴き声が、まるで押し潰されたかのように漏れる。

 

 

 

「あっははは、何だその声は。」

 

「あ、○○わらったわ!!」

 

「ありゃ、本当だ。」

 

「うふふふ、みっしぇるをよろしくねっ!」

 

「あいよ。」

 

 

 

やがて戻ってきたリサより綿を受け取り、詰め詰め…。無事に縫合も終わり、私の役目は終わった。

 

 

 

「…よし。じゃあ助手、あとは玉どめをお任せする。」

 

「らじゃー!」

 

「うむうむ。……こころんさんや。」

 

「はい!」

 

「直ったよん。」

 

「わぁい!!」

 

「…はい、こころん。」

 

「わぁ……!!!ありがとう、ふたりとも!!」

 

 

 

玉どめも完了したみっしぇるをリサが手渡す。…どこで玉どめしたんだか全くわからない程の腕前、なんつーえげつない技術なんだ。

恐るべし、LISA。

 

 

 

「ねーねー○○?アタシのお給料はー?」

 

「そうだねぇ……はいこれ。」

 

「うわぁ!!二つもいいの!?」

 

「ん、助かったよ。また何かあったらよろしくね。」

 

「了解~!」

 

 

 

ポッケから取り出した二粒の金平糖。リサはそれを大事そうに抱えると走っていってしまった。

…何故かこの「ぷちどり」たちはコレが大好きなようで、私からのお礼やお小遣いとして渡すと物凄く喜ぶ。…今回は、こころんにも上げないとね。

 

 

 

「う?あたしのもあるの??」

 

「うん、一個だけだけどね。」

 

「でもあたし、なんにもしてないわ。」

 

「私を笑顔にしてくれたでしょ??そのお礼だよ。」

 

「あっ!!……えっへへへ、あたしもえがおになっちゃうわね!」

 

「現金だなぁ…。」

 

 

 

これは、日記という名目で残す、私と"彼女"たちの研究日誌―――――

 

 

 




新シリーズは全キャラでます。




<今回の設定>

○○:18歳にして稀代の天才と謳われるマッドサイエンティストの少女。
   白衣を常時着用していて、独特な高笑いをする。
   無から生命を創る、という禁忌を犯したために通常の生活区では生きていけなくなった。
   現在の研究都市に移り住んでからは、自ら生み出した「ぷちどり」達と
   幸せに暮らしている。

こころん:型番BD-021K・名前は「こころん」。
     体長30cm弱のボディながら気品溢れる振る舞いのお嬢様のようなぷちどり。
     無駄に元気。みっしぇると名付けた小さなテディベアが親友らしい。

LISA:BD-008L・名前は「LISA」。何故かアルファベットの名前を嫌がった。
   頭にカタカナを思い浮かべて呼びかけるだけで喜んだので思考を読めるのかもしれない。
   派手な見た目だが面倒見のいいお姉さんのような存在。
   主人公に裁縫を教えたのも彼女。


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2019/11/24 2.人格と記憶の再現性について

 

 

「よしよし。…もう大丈夫だからね。」

 

「ふぇぇん……ふぇぇぇ……。」

 

 

 

腕の中で震えながら小さく鳴いている水色の生命体。生命体といっても、少し潰れたお饅頭の様なボールに簡易的な目と口が付いているだけのシンプルな見た目をしている。

私は創造主だから当然、生き物としてファーストインプレッションを果たしたが…恐らく"ぷちどり"の存在を知らない人間が初めてこれを見たらまず生き物だとは思わないだろう。

この子達――研究上「断片(フラグメント)」と私は呼称している――は、誕生する確率は物凄く低い。多少嫌な言い方にはなってしまうが、要するに設計図に誤りがあったために未完成のまま実体化してしまった生命なのだ。

例えば元となる粒子状態の期間に不純物が混入してしまったりだとか、容姿形成段階で設備に不調が表れたりだとか。…そういった計算外の出来事一つによって容易に崩れてしまうのがこの"生ける可能性の方程式(ぷちどり)"なのだ。

 

 

 

「階段は危ないからスロープを付けたでしょ?どうして無茶するの、ふらん。」

 

「ふぇぇぇ……。」

 

 

 

ふらん。この水色のフラグメントは私の下で誕生した最古のフラグメントで、正式呼称は『フラグメント・オブ・カノン』という。実在する人物の人格を宿せないかと試行錯誤した末にあと一歩のところで頓挫した計画。

『カノン』というのはモデルにしたかつての研究仲間の名前であり、ぷちどりとして誕生した暁には「かのん」と名付ける予定だったのだ。フラグメント化したことにより別の個体名を考案する必要があったが、いちいち「フラグメント・オブ…」などと呼んでいては厳つすぎる…ということで、適度に縮めた結果がこの"ふらん"なのだ。

ふらんには先程説明した通り手も足も無い。と言うより、体の部位というものが無い訳で、当然他のぷちどりが利用している通路を同じように利用することは困難を極める。

よって、段差にはスロープを、梯子横にはエレベーターを設置したのだが……。

 

 

 

「またうっかりしちゃったのか。…本当にふらんはうっかり屋さんだね。」

 

「ふぇ!」

 

「はっはっは、威張る所じゃないからね、それ。」

 

「…ふぇぇ??」

 

「はいはい、次は気を付けるんだよ。」

 

 

 

ばうんばうんと跳ねるようにして私から離れていくふらん。…そのまま何処かの部屋へ行ってしまうのかと思ったら、寄り道。

あっちへフラフラこっちへフラフラ、何が楽しいんだか部屋のあちこちを見て跳ねている。…あっ!何だか危なっかしい動きだと思い注視していると、案の定階段ゾーンへ入っていきそのまま踏み外す。

べいん、ばいん、ぼいん、ぽわん、ぺやん、ぽわん…べちゃ。コミカルな効果音を響かせながら転げ落ちて行った彼…彼女?は突っ伏して震えながらまたも鳴き声を上げる。

 

 

 

「ふぇぇぇぇん……ふぇぇええええ!!」

 

「……もー。」

 

 

 

駆け寄りながら考える。

そもそもこの個体はここまでアグレッシブな子じゃなかった。いつもPCの近くやケージの隅でぼんやりしている様な子…。

それが、他のぷちどり個体を目にするようになってからだろうか。自分も同じように動き回り、同じようにコミュニケーションを取り、同じように成長し…周りと同じことをしたがっているのだ。

我々人間の子供に置き換えてみるとわかりやすい。ただの幼体ではなくなり自我が芽生えた頃。それに付いて回り保護してあげる…まさにそんな存在が必要なんじゃないだろうか。

 

 

 

「ふぇぇぇ。」

 

「そうだねぇ…。君のはうっかりじゃないかもしれないねぇ。」

 

「ふぇぇ!ふぇぇ!!!」

 

「…確かにそうだ。…ふらんにも、そういう人が居てくれるといいけどねぇ。」

 

「…ふぇえ??」

 

「…………わかったよ。」

 

 

 

居ないなら作ればいい。失敗したならもう一度挑めばいい。

私はこの子を生み出してしまった親なわけだし、この子が望むならそれを無下にできる理由はない。

 

頓挫して封印されていた、あの計画をもう一度。

 

 

 

「待っててね、ふらん。」

 

 

 

**

 

 

 

「……だめだ。」

 

 

 

ふらんに見得を切ってから早くも四時間が経過した。手元の計画書と作業台に積み上げられた失敗データの山を前に、すっかり疲れ切った私は大きなため息を吐き出していた。

ふらんを生み出した時と違い、今は科学の進歩を感じられる設備が多く揃っている。そのなかでも発生実験の結果を予測できるシミュレーターなんかは大いに役立っている。役立っている筈なのだが…。

やはり自然発生ではなく人格等を調整している為かどうもうまくいかない。足元で不安そうに見上げるふらんには悪いが、この実験は限界と…

 

 

 

「いかんいかん、何を弱気になってるんだ。決めたじゃないか、この子に"母親"を創るって。」

 

 

 

気分を変えようと、リフレッシュルームへ足を運ぶ。様々な観葉植物や人工的な空、疑似的に季節やロケーションを味わえる装置などが並ぶ中、ふらんの色にも似た水槽が並ぶゾーンをぼーっと眺める。

やっぱりマンタはいいなぁ…。大きくて、優雅で…あの背中に捕まりのんびりと漂って居たいものだが…

 

 

 

「ふぇぇ!!ふぇぇぇぇっ!!」

 

 

 

何だ、君までついてきたのか。

ふらんの方を見ると、二つ隣の様々なクラゲが漂っているブースで燥いでいた。クラゲね…そういえば、カノンも大のクラゲ好きで、あいつのデスク脇にもデカい水槽があったっけ…。

未だ燥いでいるふらんの隣に立ち、暫しぼーっと水槽を眺める。……あっ。

 

人格形成の際、要は人生に於いての準備期間にあたる期間ではあるが、「好き」や「嫌い」といった判断も大いに影響を受ける期間だと聞く。元のカノンの人格にクラゲがどれほど影響を与えていたかは分からないが、試してみるのもアリかもしれない。どうせシミュレーターを使うんだから。

クラゲの水槽に手を翳し、反応を見せた個体を水面へと誘導する。やがて浮かび上がった個体の内一際小さな個体の、一見美味しそうにも見えるその笠の部分へ注射器を刺す。針も無ければ傷も残らない、スポイトの様なこのツールは、生きている者の体から固有成分(エッセンス)を拝借するためのものだ。勿論人間からも採集できるし、ぷちどりからも何かしら摂れるだろう。

これにより採集したエッセンスを基に、再度設計図を練り直す。構成物子を分子レベルまで計算し尽くす。

 

 

 

「……ふふん、やればできるもんだ。」

 

 

 

……どうやら私は辿り着いたらしい。あれから半日ほど経過してしまったが、シミュレーターが初めてプラスの数値を吐いたのだ。

いつもの様に粒子を保管・育成するための試験管を用意し、マシンも起ち上げた。…いよいよだ。新たな誕生の予感を感じ取ったか、数人のぷちどり達も集まってきている。

思わずゴクリと喉を鳴らした事に数秒遅れて気づくほど、私の心は高揚していた。スイッチに触れ、システムを走らせる。

最初こそ微振動を伝えているのみだったマシンだったが、やがてその動きは大きくなり一閃―――薄暗かった研究室が、眩いばかりの閃光に包まれた。

 

 

 

**

 

 

 

「…そう、〇〇ちゃん、頑張ったんだねぇ。」

 

「この子の為に、どうしてもやり遂げたくてさ。」

 

「ふふっ、すごいねぇ。」

 

「ふぇぇ!」

 

「うん、そうだよぉ。私が君のママ…かのんっていうんだよぉ。」

 

「ふぇっ!」

 

「ふふふっ、きみはふらんちゃんっていうんだねぇ。」

 

 

 

夜。何人かのぷちどりが私の元を訪れては「おやすみ」を言って去っていく。その対応に追われながらも机の上で和やかに笑う今日の成果を誇らしく思った。

 

あの閃光の後、本来であれば試験管に微粒子が浮かぶ状態で成功と言えるのだが、今回はすっかり完成しきった少女がそこに立っていた。多分に漏れず30㎝弱のボディではあったが、その立ち振る舞いや表情はまさに()()のそれで。

まだまだ研究途中とは言え異例の事態に、用意していた型番を伝える前に話しかけてしまった。

 

 

 

『…花音?』

 

『あー、〇〇ちゃん。久しぶりだねぇ。』

 

 

 

彼女はBD-022K。名前は「かのん」。

彼女なら、きっとふらんの良き母になってくれるだろう。私の知っている()()もそういう奴だった。

 

 

 

「…〇〇ちゃん?何か良い事でもあったのー?」

 

「ははっ、なあに。科学者ってもんは実験の成果にこそ生きている実感を得られるもんでね。だからこそ」

 

「「科学とロマンは無限大。故に私はその為に生き、その為に死ぬ。」…だよね??」

 

「…かのん。」

 

 

 

人格が同じ別の個体があったとして、別の思い出や別の人生を歩ませたときに果たしてこうも交わるものだろうか。

すっかり小さくなった且つての盟友を前に、私は時間も忘れ、声を上げて笑った。

 

 

 

「アァーッ―――――ッハハァッ!!!」

 

 

 

全く、世界ってのは面白い。

 

 

 




研究っぽい




<今回の設定更新>

○○:どんどん禁忌に手をつけていく方針。

かのん:BD-022Kを冠する水色髪のふわふわしたぷちどり。
    かつての盟友「花音」の人格を再現するプロジェクトの末誕生したもので
    採集した時期より後の記憶についても人格がそのままコピーできていれば
    再現できることが証明された。
    人格によって行動や思考のパターンは同じ一途を辿るのだ。

ふらん:言わば、「かのん」になりきれなかったもの。
    飽く迄一個体の生命として、この先も生きていく。


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2019/12/21 3.血縁と特質の共存質について

 

 

机の上で先程誕生したばかりの生命にまた新たな実験の成功を感じ、思わず小さくガッツポーズをした夕刻。

そもそもこの実験に手を出したのは、BD-010Aの一言があったからであり、BD-010Aもまたかのんと同じように知人をベースに人格再現を試みた個体だった。…正直なところ、今日の実験のきっかけとなった一言が出るまでは人格再現すらも失敗していたかと悲嘆していたところなのだが。

 

 

 

『きんきのそうぞうしゃ○○よ、おはなしをききたまえ。』

 

『そらまた仰々しい御名を頂戴したものだね。』

 

『ええと、ええと…』

 

『普通に喋ってどーぞ。』

 

『あこね、あこはね、なんだかさびしいきがするんだぁ。』

 

『…寂しい?』

 

『うん!…よくわからないけれど、あこはいっっっっっつもだれかといっしょにいたきがするの!』

 

 

 

朝食を終えた後、ぷちどり達の健康状態をチェックしていた時の事。紫髪をいつもの様にコテで丸めていると、BD-010A――通称「あこ」は唐突に始めた。

あこ、というのは古い知人の妹さんを再現しようと試行錯誤した結果に生まれた個体につけた名前で、モデルとなったその妹さんからそのまま貰ってきている。今回の人格再現は少し特殊で、私自身にあまり関りの無い人間の創造が目的。

私が思うに、近しい人間を造り出すのは再現であろうと創造であろうと少し易しい。再現であれば正解を知っている試験を受け直すようなものだし、創造するにしても自分を人格形成に関与させられる為に楽なのだ。…だがそれが無い場合。つまり、自分の与り知らぬ部分が多い生命体を創造或いは再現する場合は、大部分を想像や予測で埋め合わせなければならない分完成形が理想と大きくずれることが多い。

何せ正解を知らないどころか問題文すら無い物を解き明かさなくてはならないのだから。

そういった経緯を踏まえると、あこのその発言に辿り着いた時点で私の想像力の勝利なのである。…まぁ、何かに取り憑かれた様な痛々しく芝居がかった口調を時折使うのは残念な部分なのかもしれないが。

 

私の古い知人――モデルとなった「あこちゃん」の姉にあたる――はよく言っていたものだ。

 

「あこはアタシのただ一人の妹だからな。」

 

そう言っていた彼女も、今ではどこで何をしているのやら。私が研究所を追われる少し前に、あこちゃんを残して友人たちと出かけたまま消息を絶ってしまった。

BD-010Aの人格形成に大きく影響しているあこちゃんのイメージは、昔知人宅を訪れた時のべったりな"妹感"溢れる彼女と、大切な姉の帰りを一人待ち続ける強がりな彼女の二面である。たったの二面。…それでも、彼女の大部分は埋め尽くされていたんだろう。

私に、ここまで人を強く想う事が出来るだろうか?いや、出来ない。

 

 

 

『……誰か、か。…名前とかは思い出せないのかい?』

 

『うぅむ……あのね、このへんまででかかってるんだ!でも、ここからなまえがでてきてくれないんだよね!』

 

『…ん。きっと名前は、一度聞いたら忘れられなくなると思うけどね。』

 

『○○はしっているのか!?…さすがはぜんちぜんのうの…えっと……しってるならおしえてよぉ!』

 

『私じゃなくて本人から聞くべきだよ、それは。』

 

 

 

そのせいか無性に、この子の寂しさを埋めてあげたくなったのだ。

その心は、モデルのあこちゃんへの罪滅ぼしか、はたまた持たざる者である私から彼女への羨望の気紛れか。

 

 

 

**

 

 

 

「さてと、ここまでの手順はもうすっかり手慣れたもんだ。」

 

 

 

禁忌と言えど、こうも繰り返せばその準備などは当たり前のように熟せる様になってくる。シミュレーターを前に、且つての知人のデータや記憶・その他人格形成に役立ちそうなものを入力していく…が。

 

 

 

「成程、"特質"…か。」

 

 

 

かのん・ふらんの件から再度システムを見直した私は、シミュレーションの時点でより精度を上げ選択肢を広げるための項目をソフト内に追加していた。それが"特質"。物質や物体、データや音・光といった形の無いものまで何であろうと取り込み、遺伝子レベルで組み込むことができる。

この項目により、より人格再現の精度が高まったと共に"微妙にコレジャナイ感"を伴う個体も生み出せるようになってしまった。今まで「形になるか否か」だったものが「形になること」を前提とした精度の差が付くようになったと言う訳だ。これはこれで挑戦し甲斐があるし、創り出した後の充足感も一入なのである。

 

 

 

「あこも、なにかおてつだいすることあるー?」

 

「そうだねぇ…。」

 

「あこにできることなら、なんでもするよっ!」

 

「………。」

 

 

 

恐らくあこは、今から何をしようとしているかもあまり理解はしていないだろう。姉の存在を示唆するような発言もしたくない…糠喜びというのは本当に純粋さに傷を入れる行為だと思っているからね。

ただ手伝いたいというその意向も無下にしたくは無いので、一つ提案をしてみることに。

 

 

 

「あこはさ、ずっと一緒に居るとしたら、どんな人が良いかな?」

 

「えっとねー……あっ、おねーちゃん!」

 

「っ!!!……そっかぁ、お姉ちゃんかぁ。」

 

「うん!つよくてぇ、かっこよくてぇ、やさしいの!!」

 

「そかそか…。」

 

 

 

これはもう十分と言っていい程の成功例かもしれない。元のあこちゃんがどんな子だったか完璧に把握している訳では無いが、姉の方のイメージはまさにそんな感じ。

少々ガサツなところもあるが面倒見は良いし、常に男が途切れないくらい美人な癖して髪がショートの時期なんかは女性にまでモテてたっけ。…私の思い描く彼女を作るのはそう難しい事ではないが、直接関係を深めていくのはBD-010A(あこ)だ。この子の思い描く姉像に出来るだけ近づけてやりたいと思う。

 

 

 

「なんかね、どぉーん!ってなって、ばぁーん!ってかんじなの!!」

 

「……どーん、ばーん…???」

 

「そうだよ!それはまさに、しっこくのやみよりうまれいづる、しんえんのまおうのみゃくどうのような…」

 

「心臓の音…って感じかな?」

 

「ぴんぽーん!おっきいどきどきがずんずんってなって、あこはなんだかうれしくなるんだぁ!」

 

 

 

どーん、ばーん、ってなってズンズン心臓に響く…と言ったところだろうか。花火…ロックバンドのベース…コントラバスなんかも連想されるが。

肝心なのはその要素をエッセンスとして掛け合わせたときに、辿り着きたい人物像にどれだけ近づけるかという事。要するにあこのフィーリング次第と言う訳だ。

 

 

 

「花火とか…そういう「どーん」?」

 

「んぅ…ちがうんだよなぁ。」

 

「ふむ。……どーん、ばーん…。」

 

 

 

破裂音、或いは衝突音とも呼べるか。分類するにはかなり幅広く分布する"音"ではあるが…身近にそういったものがあったろうか?少し住処の中を探そうと色々部屋を回ってみることにする。

大掃除の最中に今の部屋が終わっていないまま隣の部屋に手を付ける様な、まるで宛ての無い作業ではあるが、かのんの時も些細なリフレッシュから鍵を見つけたのだから…強ち軽んじる訳にもいくまい。

呟きながら突如として立ち上がった私を心配する様に、その30cm弱の体躯を揺らしながらBD-010Aもついてくる。とてとてと聞こえるコミカルな足音も心なしか不安げに響いている。

 

 

 

「ここには何か…いやそう簡単にはいかないか…?」

 

「○○はなにをさがしちゅうなの?」

 

「あこのお姉ちゃんっぽいものだよ。どーんって感じのをさ。」

 

 

 

キッチン・浴場・トイレ…と、無駄に水回りを経由した後に訪れたのは沢山の玩具が散らかっている部屋。私は滅多にここを訪れることは無いが、ぷちどりたちは遊び場としてよく過ごす場所らしい。夜になるとリサとかのんが一生懸命片付けやら掃除やらをやってくれていると聞いた気がするな…。

成程、ここなら何かしらあるのではないかと期待して――

 

 

 

「○○!!!これぇ!!!!」

 

「…………ほほう、確かにこりゃ「どーん」だね。」

 

「うんっ!!!」

 

 

 

――まさか部屋に踏み入れた時点で見つかるとは思っていなかったがね。あこのフィーリングに任せるとは言ったが、ここまで一直線に向かっていくとは思わなんだ。

ボールで遊ぶ犬の様にダッシュで戻ってくるあこと一緒に、私も少しワクワクしながらマシンへと戻るのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「おねーちゃぁぁああああん!!!」

 

「あこおぉぉぉおおおお!!!」

 

 

 

もう何度目か分からないハグを交わし、グリグリと互いの頬をこすり合わせる姿に涙が出るほど笑った。笑い過ぎて、リサに背中を摩らせてしまう程、酸欠になる程感情を露わにしてしまった。

勿論純粋にその光景が面白かったこともあるが、目の前で起きる神秘と科学の発展に胸が躍ったのだ。自らの仮説と経験・直感に運が重なり出逢いは生まれる。それはきっとこれからも同じことで、その出逢いの数だけこの"日記"は頁を増していくだろう。

 

 

 

「○○。」

 

「あん?…なんだい。」

 

「アタシの名前…だけどさ。」

 

「…そっか、笑うのに夢中でつけ忘れてたね。」

 

「……見たことない位笑ってたな、お前。」

 

「何もかも見たことないでしょうに。あんたはまだ赤ん坊なんだよ?」

 

「…………そうだったな。確かに()()()()()()、赤ん坊か。」

 

「…………え?今何て」

 

「それよか名前だよ。…あるんだろ?お前のセンスが爆発してるヤツ!」

 

「あ、あぁ…ええと。」

 

 

 

BD-012T。…手元の、裏紙を束ねて作ったお手製のメモ帳にはそう記されている。だが例によって型番なんかで呼ぶつもりはなく、且つての"彼女"の名前に寄せた新たな名前は――

 

 

 

「……てょもえ。」

 

「あっはははは!!!なんだそれ!!」

 

「………うっさい、噛んだんだよ…。」

 

 

 

ともえ。…そう呼びたかったのに、興奮のあまり噛んでしまった。それをアイツみたいに大口を開けて笑うもんだから、つい。

 

 

 

「もう、そんなに笑うんなら知らない。本当に「てょもえ」って呼ぶからね。」

 

「ははははっ!いーぜいーぜ!全然いいよ!!センスも変わってないなーお前ー!!」

 

「…マジでうっさい。」

 

 

 

斯くして、あこには待望の姉が、私には昔なじみの顔がまた一人増えたのだった。

研究はまた一段階伸びしろを見つけ、今は興奮からまともに思考できない頭でも時間を置いてクールダウンした後に突き詰めていくだろう。

ただ純粋に喜んでしまって目を向けることも無かった、人格再現というおかしな事象に。

 

 

 




どんどんふえるぷちどりふぁみりー。




<今回の設定更新>

○○:意外と交友関係は広そう。
   どんどん禁忌を冒し、神の領域へと踏み入れていくご様子。
   ちなみに、まるで自給自足の様に振舞っている家庭菜園も研究の産物で、
   あらゆるエネルギー・食物・飲料はその他物質からの変換に成功している。
   最早創造神レベルだが、本編で触れる気は無いのでここで補足しました。

あこ:BD-010Aの型番を持つ紫髪のぷちどり。
   やたらと中二くさい言動を繰り返すが、知能故かどこかあほっぽい。
   姉が大好きで、モデルの記憶を呼び覚ますほど。

てょもえ:そいやそいや!そいやっはぁっ!
     せいせいっ!せいやぁ!あーやっはぁ!
     そぉいそいそいっ!そいやいさっはぁ!あーらよっと!


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2020/01/10 4.友情と年始の筋肉痛について

 

「ふはぁ……こうも雪が多いと参っちゃうな…。」

 

 

 

無事に年を越して早十日。厳かな雰囲気は何処へやら、降雪地帯であるこの都市に所在する私の研究所もご多分に漏れず、除雪の作業に追われていた。最近また少しずつ増えてきたぷちどりやフラグメント達の力を借りて毎日熟している訳だが、こうも連日続かれると流石に厳しいものがあるのだ。

ぷちどりという自分の娘の様な存在が出来たこともあり、安全面への考慮から自走型の除雪機を廃止…それ故の人力除雪作業なんだが、如何せん腰にクる。腰の痛む箇所をとんとんと解し、自然と曲がっていく背筋を伸ばす私を見てケラケラ笑うぷちどりや、新雪に燥ぎ転げまわるぷちどり。個性というものが実に現れる光景だが、一人黙々と作業を手伝ってくれる者もいる。

 

 

 

「…さーや?取り敢えず道は出来たし、残りは午後にやろっか。」

 

「えー?こっち半分は良いとして、あっち側はやっちゃわない??」

 

 

 

全身をモコモコと私お手製除雪作業着で固めたぷちどりが、子供用サイズのシャベルを置いて振り返る。一旦の昼休憩を提案してはみたものの、彼女にはこの中途半端な状態が気に入らないらしい。

目の前の公道の方を指差し、まだ終われないと切り返す。

 

 

 

「あっちの方って、さーやの身長だと埋まっちゃうでしょ??どうやって雪押すつもりなの?」

 

「……でもさ、早く雪退かさないと今日の新聞も見られないでしょ?」

 

「あー……うん、まあそれは追々、ね?」

 

「その言葉は一昨日も聞きましたー。」

 

「はっはっは、さーやは手厳しいなぁ。」

 

 

 

BD-005S、名を「さーや」と名付けた彼女は、今ウチで暮らしているぷちどり達の中でも取り分け精神が成熟している個体であり、私でさえも時折母親の様な威厳を感じてしまう程のしっかり者さん。

他の子らもまるで姉や母親を見るかのように慕っている節があるし、こうして行動力や判断力もある。現状唯一私を叱りつける存在でもあり、物臭な私が積雪故に諦めている朝刊の回収をこうして完遂させようとするのだ。

正直、パンパンになった郵便受けに諦めすら抱いている私は、雪解けを待つ姿勢で居たのだが…。

 

 

 

「もー。○○ってばほんとだらしないんだから。」

 

「そうだね…。…分かったよ、じゃあここから…あそこまで。広さは求めずに、さーやくらいの幅で道を作るのはどう?」

 

「…んー。それって、○○通れる?」

 

「朝はさーやの方が早起きでしょ??…ついでに取ってきてよぉ。」

 

「…はぁぁ…。しょーがないな、じゃあその分朝食が遅れちゃうから、準備手伝ってくれる??」

 

「交換条件と来たか…!…うん、いいでしょう。分担は後で決めよ?」

 

「りょーかい。…じゃ、さっさとやっちゃうよ?」

 

「はいはい…。」

 

 

 

どうやら、私も朝食準備の係に取り込まれてしまったらしい。朝が得意な訳では無い私は、いつもこころんに圧し掛かられるようにして起こされている。要はぷちどり達よりも遅く目覚める形になる為、朝食含む家事の殆どもこの子らに任せっきりなのだ。

頼んだ覚えも命令した覚えも無いが、自分たちの生命維持ないし生活の為にそれぞれが学習し取り決めたのだろう。研究結果としては大いに収穫のあるものであるし、彼女等に頼まれた装置やプログラムを組むことで私の技術力も上がる…と、何とも夢のような環境ではあるのだが。

 

 

 

「こら、何ぼーっとしてるの?早くやらないと終わらないんだからね。」

 

「…あいよ。」

 

 

ばしゅっ

 

 

「あうっ。」

 

 

 

腰に手を当て仁王立ちのさーやの顔面に柔らかく丸められた雪玉が弾ける。なんとも間抜けな声で尻餅をつき、ブルブルと首を振って水気を切る姿はまるで犬のようで可愛らしいが…後ろであわあわと過失を悔やむ犯人に目を向ける。

 

 

 

「かーしゅーみー?」

 

「ひぅっ!…ち、ちがうの、ありしゃちゃんがすっごいの投げてくるからね、わたちも負けないよってやったんだけどねっ、ありしゃちゃんは足がびゅんってしてるからね、それでね」

 

「間違えてぶつけちゃった時はどうするんだったっけ?」

 

「えぅ、あう……その…」

 

 

 

まるで猫の様な何とも特徴的なシルエットを形作る髪型の少女、BD-001K「かしゅみ」がその小さい体を一生懸命に使って必死の弁明をする…が、ここは保護者として、過ちを犯した時の対応を教え込まなければならないのだ。

少し顔が怖かったのか、ビクリと体を震わせ近づいて来る彼女は最早泣き出しそうだ。当のさーやはマフラーで顔を拭き終え、特に怒ったり悲しむ様子も無くかしゅみを見ている。さーやのことだ、本当は笑顔で迎え入れたいだろうに私のやろうとしていることも察しているんだろう。

 

 

 

「かしゅみ?なあに??」

 

 

 

もじもじと体を揺らすだけで何も言い出せないかしゅみに、さーやが優しい声で問いかける。

直後、ぶわっと溢れ出す双眸からの涙と謝罪の言葉。

 

 

 

「あ、あの"ね"…わたちね、えっとね、さーやちゃんにね、痛いことしようとしたわけじゃないんだよ、でもね、まちがってもね、さーやちゃんにぶつけちゃったからね、えっとね……ご、ごべんなざいな"の"ぉ…」

 

 

 

言い終える直前、最後の「えっとね」のあたりからほぼまともな声になっていなかったが、「悪い事をしてしまったら謝る」というプロセスは実行できた。崩れ落ちる様に泣き出すかしゅみを尻目にこちらに視線をやるさーや。頷きで返すと、泣き声を一生懸命抑えようとしゃくり上げるかしゅみの体を包み込む様に抱いた。

 

 

 

「うん…ちゃんと謝れて偉いね。…私は、怒ってないから大丈夫だからね。今度は近くに誰も居ないところで思いっきり投げようねえ。」

 

「うん……うん………うん……!!!…ごめんなざぁいぃ!さーやちゃぁあぁん!!ああぁぁあん!!!!」

 

 

 

許されることで大きくなる泣き声は安心に包み込まれることが由来するんだろう。ここまで優しく諭された経験のない私にはよく分からないが、さーやはきっといい母親になる。…と思う。

ところでぷちどりに子供は出来るんだろうか…と脱線した考えに及んだところで、木陰からじっとこちらを観察する小さな影を見つけた。さらりと零れるような金髪は隠せておらず、釣り気味の目は真っ直ぐにさーやとかしゅみを見詰めている。

その不審人物の死角をキープする様に近づき、後ろからひょいと持ち上げてみる。

 

 

 

「こら、ありしゃ。何してるのこんなところで。」

 

「や、やべー!…なにもしてないけど?」

 

「嘘おっしゃい。今、かしゅみから全部聞いちゃったんだけどなぁ。」

 

「………くっ。」

 

「正直に言ったら怒らないでいてあげるけど?」

 

「……………ありしゃは、かしゅみと雪遊びしてただけだし。」

 

「…だろうけど、かしゅみが泣いちゃってるよ?行ってあげなくていいの?」

 

 

 

眉間に皺を寄せ、視線だけをあちらこちらとふらふら彷徨わせるありしゃ―型番はBD-002A。もちもちの頬は霜焼けで真っ赤だ。

もごもごと言い辛そうにしていたが、体格差もあり逃げられないと悟ったのか小さく呟く。

 

 

 

「だって、今はさーやがいるじゃんか。」

 

「さーやが居たらどうして行かなくていいの?」

 

「う、うっせー!かしゅみはさーやの方が好きなんだろ!ありしゃはお呼びじゃないもん!」

 

 

 

一体どこで覚えたんだそんな表現…。

どうやら、つまらない意地を張っているらしい。当の本人に"つまらない"などと言ってしまえば怒らせてしまうだろうけども。

こんな時、きっとさーやなら上手い事円満に解決できるのだろうが、生憎と私にはそんな語彙力も発想もない。出来る限りの優しい言葉で、さーやにパスを回すとしよう。

 

 

 

「あのねありしゃ。かしゅみはありしゃが好きだから一緒に遊んでたんじゃないの?」

 

「……でも、今はさーやといっしょにいるだろ。」

 

「それはさーやに間違えて当てちゃったからでしょ?痛い事したら謝らなきゃ。」

 

「…かしゅみ、今あやまってるの?」

 

「そうだよー。いっぱい泣いてるけど、ちゃんと「ごめんね」って言えたから、今仲直りしてるんだよ。」

 

 

 

元から仲違いはしちゃいないが、表現としては間違えてないだろう。

 

 

 

「……。」

 

「ありしゃも、一緒にごめんねって言って来たら?」

 

「なっ……だ、だって、ありしゃはぶつけてないし…!」

 

「でも、さーやの方に逃げて行ったからかしゅみがそっちに投げちゃったんだよね?」

 

「う………。」

 

「……ありしゃは、かしゅみのこと好きかい?」

 

 

 

すっかり抵抗の体は辞め、落ち着いた様子で考えつつ抱き合う二人を見詰める。どこか寂しそうで、何かを我慢したようなありしゃに少し違う角度でのアプローチを試みてみる。

この、"攻める角度を変える"という発想は科学にも共通しているもので、そういった視点の転換であれば私にもできる。

 

 

 

「……すき。」

 

 

 

霜焼けの頬を更に赤く染め、消え入りそうな声で返事を返す。

手応え、あり。

 

 

 

「そっか。…それじゃあ、さーやのことは?」

 

「………すき。」

 

「うん。そうだね。…それなら、ありしゃも「ごめんね」ってできるかな?」

 

「……………ん。」

 

 

 

こくんと小さく、確かに頷いたのを確認し、雪の少ない場所へ降ろす。ついでに走り回ったせいで解けかかった緑のマフラーを直し、ポンポンと頭を撫でてやる。

 

 

 

「……いっといで。」

 

 

 

わーっと走り出すありしゃに気付いたのか、両手を開いて迎え入れるさーやとかしゅみ。収まりかけていた泣き声が二重奏にアップグレードされたのを聞きつつさーやを見れば無言のサムズアップ。

…わかったよ、仕方ないがここからは一人で頑張ろう。

 

 

 

「さぁて、もうひと頑張りしますかぁ。」

 

 

 

歩き回ったお陰で背中の凝りも幾分か気にならなくなったところで、先程近くの雪塊に刺しておいたスコップを引き抜き、ポストへの道を再び掘り出したのだった。

…あぁ、次は除雪用のパワードスーツでも造ろうかなぁ。

 

 

 




雪の日の一コマ。




<今回の設定更新>

○○:除雪作業から来る筋肉痛や凝りに若さは関係ない。
   ネーミングセンスが謎。

さーや:正式名称BD-005S。みんなのお姉さん、若しくはお母さん。
    異常な程面倒見が良く、落ち着きもある。
    理解力も半端じゃなく、主人公もテレパシーの研究を始めようと
    思ってしまう程。
    ポニーテールが可愛い。

かしゅみ:正式名称BD-001K。精神年齢的にもまだまだ幼く、すぐに泣く。
     髪型は猫耳のようにツノが立った独特な物…だが、恐らく原因
     は生成時に興味本位で入れた金平糖。
     この主人公、すっかり遊び感覚で命を創造している。

ありしゃ:正式名称BD-002A。かしゅみの姉妹体のように、同じ設計図で
     生成された経歴を持つ。こちらは金平糖ではなく固ゆでの
     ゆで卵を投入された模様。主人公曰く、
     「ハードボイルドになるかと思って」だそうだが…何故か出
     来上がったのは素直になれないツンデレ娘だった。


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2020/02/05 5.才能と創造の極限値について

 

 

 

「○○っ!」

 

「どしたんこころん。」

 

「あたし、じょゆーになるわっ!」

 

()()()()……?あぁ、女優か?それまた急だね…。」

 

 

 

それは唐突の宣言。丁度先日開発した「人生楽々一生引き籠りセット」の発注受注転送装置を改良している時の出来事で、正直こころんが私の背中をよじ登っていた辺りで何か来るとは思っていた。思っていた…が。

女優とは書いて時の如く俳優業の女性を指す。ぱっと思いつくのはドラマや映画など演技表現の場での活躍。それにテレビを点ければCMや番組の華として見掛けることもあるだろう。…個人的な意見としては業務内容の掴み難い職業名だとは思うのだが、要は様々な要素を内包したタレント…観衆の心を動かす為の道具や歯車のようなものだと私は思っている。

そこをこころんが…ぷちどりが目指すと言うのだ。まぁこころん自体影響されやすかったり思い付きで物事を決める癖があったりするのは事実だ。だがそれなりに何かを感じて言っているのは間違いないだろう。

 

 

 

「急なのは相変わらずだけど…今度は一体何を見たの。」

 

「んとね、さっきテレビを見てたのね!…あ、勿論みっしぇるも一緒だったわ!」

 

「ずっと抱いてるもんねぇ。」

 

 

 

そこが定位置であるかのようにこころんの腕の中で大人しく脱力しているクマ。こころんはいつもこのみっしぇるを抱いて行動してるんだよね。

 

 

 

「そうしたら子供の将来の夢ランキングっていうのがやってたのよ!」

 

「あぁ、巷で調査しました的な奴だ。」

 

「…ちまたっていうのは…ごはん?おいしいやつ?」

 

「………こころん、ちまきとごっちゃになってない?」

 

「あのおにぎりみたいなご飯よね!」

 

「ちまきはね?巷っていうのは……ええと、何だろう、まぁアレさ。「その他大勢の人間の世界」ってかんじかな。今回で言うと、一般の子供たちに訊きましたーって感じ。」

 

 

 

厳密な意味など知らないが、大体の雰囲気さえ伝わればいい。こころんは頭の良い子だし、きっとニュアンスが伝われば後は自己で完結できるだろうし。

ちまきはこの前差し入れで貰ったものを皆で分けたから記憶として新しいだけだろうし…美味しかったけどさ。

 

 

 

「じゃあじゃあ、その他大勢の人はみんなじょゆーになりたがってるの?」

 

「あくまで人気職ってだけさ。子供なら子役って言う手もあるし。」

 

「あたしもなれるかしらっ!こやくっ!」

 

「こころん、女優って何する人か知ってる?」

 

 

 

そもそもの前提条件だが相手はぷちどりだ。寧ろ日常での会話やら感情表現が出来ている事も中々に不思議の塊状態なのだが、どこまで出来てどこからが出来ないのか、そこはまだ研究途中となっている。

体内のスキャンデータによると、人間の脳にあたる部位はほんの十数グラム程しか存在して居ないのだから、女優が何なのかすら把握できずに口が動いていることさえある。

 

 

 

「しらないっ!でも、皆を笑顔にしたり感動させたりするお仕事ってテレビで言ってたわ!」

 

「なるほどね。」

 

 

 

こりゃその部分から教え込む必要がありそうだ。とは言え私本人も交流のある人間も、芸能とやらの分野に関しては全く以て明るくない。

何せ生活の殆どを科学と研究に浸して生きているのだから、広がる人脈だってそう遠くないものになってしまうのだ。私は思い浮かべた中で最も外界に興味を持っていた且つての友人に連絡を試みることに。

 

 

 

「ま、何かを目指すってのはいいことだ。…私も女優とかについては調べてみるからさ、少し時間を頂戴な。」

 

「わかったわ!それじゃあ○○がじょゆーになるまで、あたしとみっしぇるもお稽古してくるわね!」

 

「…私が女優になる訳じゃあないんだけどなぁ…。」

 

 

 

元気に走り去っていく背中は、今日も可能性に満ち溢れているようで。

私は私の生み出した結果に、今日もニヤニヤが止まらなかった。

 

 

 

**

 

 

 

『誰かと思えばアンタか。電話の使い方知ってたんだな。』

 

「出ていきなりそれは失礼なんじゃないの?」

 

『電話越しにアンタの声聞く日が来るとは思ってなかったからな…で、急にどしたよ。』

 

(あおい)くんさぁ、アイドルだの女優だのと仲いいでしょ?」

 

 

 

枢木(くるるぎ)葵。彼と出会ったのは昔々のそのまた昔、私がまだ真っ当な科学者をやっていた頃の話。

十一歳で心を持ったAIを作り天才キッズとして注目されていた私がテレビに出る機会があったのだ。世界中の"特殊な"子供を集める特番か何かだったと思う。その番組のMCをやっていたミスだらけの新人アイドルが居て、収録後にその子を迎えに来たのが葵くんだった。

まだあの頃は人間に対しても興味を持てていた私はそのアイドルに絡みに行った。サインをもらうという名目で。そうしたなら案の定テンパってわたわたと百面相するものだから面白くなって…迎えに来た彼に「本当に十一かぁ?前世の記憶持ってるとか、ロリババアだとか、そういうんじゃねえだろうな。」と不本意な疑いを掛けられたりもしたが、何だかんだでそれ以来も交流は続いている。結局のところ、男の子はメカやマシンの類にロマンを感じるらしい。

 

 

 

『……面倒事頼もうとしてるだろ?』

 

「面倒ってわけじゃあないけどさ。身近な女優さんとかいない?」

 

『どんな質問だそりゃ。』

 

「……アイドル侍らせて暮らしてるんっしょ?アヤピから聞いたよ。」

 

『…あのバカ…!』

 

 

 

アヤピ…と呼ぶ程仲良くなった彼女こそ、出会いのきっかけになった例のポンコツ…あぁいや、元・ポンコツアイドル。名を丸山(まるやま)(あや)といって今や売れっ子の国民的アイドルに成長した素敵な女性だ。

実は彼らは従兄弟同士らしく、共に暮らしていた期間も長かったとか。アヤピの話だと今は同棲人数も増えてそれはもう乱れに乱れているとか……乱れる云々はこちらの勝手な想像だが。

 

 

 

「フヒヒ……で?」

 

『……まぁ、確かにウチに一緒に住んでる奴で女優はいるよ。』

 

「マジか。」

 

『…わかってて訊いたんじゃないのか?』

 

 

 

まさかこうも簡単にビンゴを引くとは。女優の卵の一人でも知り合いにいればと軽い気持ちでかけた電話だったが、この少女たらしは中々の結果を導いてくれたようで。

斯くなる上はすぐにでもその人物に引き合わせてもらって―――

 

 

 

「いや待てよ。」

 

『…あん?』

 

「…………ふふ、ふははっ!私は天才かぁ!?」

 

『……あんだってんだよ。』

 

 

 

―――引き合わせてもらうだって?そしてそこから地道に"女優たるや"を学ぼうって?

…そんなのは昔の私の考え方だ。昔からの知り合いに頼ったからといってやり方や考え方まで古くなってしまってどうする。今の私の持てる全てで以てして、今できる最善の選択で最良の手段を利用してやればいいだけなのに。

今の私には"創る"ことができるじゃないか。会うことが叶わなくとも、話すことが難しくとも、()()()()()()()()()()()してしまえばいいだけのこと。

 

 

 

「葵くん。その女優さんだけど。」

 

『あぁ?』

 

「プロフィールとかボイスサンプルとか写真とか、すぐに用意できるだけのモノを送ってくれはしないかい。」

 

『バカ言え、知り合いっつったって事務所とは何の関わりもない人間だぞ?流出だ私的利用だってクソうるせぇこの世の中でお前…』

 

「葵くんさぁ、私が外界と関わり持たない人間だって知ってるっしょ?それにほら、使()()()()()()()()()()()()()()()人間だってこともさ。」

 

『そらそうかもしれんが……あぁもう、今度は何やらかそうってんだよ?()()()だってアンタ、散々な目に遭ったじゃねえか。勿論彩だって悲しんだし、俺だって気持ちのいいものじゃ…』

 

「葵くん。」

 

『…ッ。』

 

「私はさぁ…もう一生分の業は背負っちゃったわけよ。もう……引き下がれないわけなんよ。」

 

『………。』

 

「今の私にはあの子達しかいない。だからあの子達が望むなら…またっ、【禁忌】にだって…!」

 

『わかったわかった。どうやってそっちに送りゃいいんだ?アンタのことだし、メール便だ何だって訳じゃねえんだろ?』

 

「……私は、君のような友人を持てて実に幸せだよ。」

 

『うるせぇ馬鹿。俺は彩の泣き顔が死ぬほど嫌いなだけだわボケ。』

 

「…相変わらずアヤピの事となると口が悪くなるようで。ククッ。」

 

『だーもう!早く教えろ!何だって送ってやるから!!』

 

「アァ――ッハハハァッ!!!」

 

『後で怒られんの俺なんだからな…。』

 

 

 

生身の人間と触れ合うのもたまにはいい。無論、彼の様に理解があって、無害な上に私の"生きる"邪魔をしない人間に限っての話だ、が。

 

 

 

**

 

 

 

「……あなたが○○ね。」

 

「お目覚めかい。……ええと、名前は確か…」

 

「しらさぎ、ちさと。きちんと覚えてもらっていいかしら?」

 

「はいはい、ちさとちゃんね。…ただ悪いんだが、ここでは名前は私が決める、いいね?」

 

「それが規則ならば従うわ。」

 

「ん、よろしい。…さてどうしたものか。」

 

 

 

机の上、綿とガーゼを敷き詰めた簡易的なベッドの上で目覚めた…いや目醒めた新しい生命。言語に関しての能力は軒並み平均以上、知力に関しても他とは一線を画している気がする。

反抗心も見えず問題なしだが、…オリジナルのフルネームを覚えているとは。…設計図を精密にしすぎるのも考えものということか。私が観測したいのは飽く迄も可能性の一途なのだから、完全にコピーを作ってしまっては何にもならず。禁忌どころの騒ぎでもない。

一先ず目の前の女優様に新たな名を冠してやらねば。

 

 

 

「しっかし、ダメ元で訊いたにしてはとんでもないものを引いたわ。」

 

「…なぁに?」

 

「あぁいやこっちの話。」

 

 

 

葵くんめ。白鷺(しらさぎ)千聖(ちさと)だって?

碌に外界に意識を向けない私でも知ってる超一流の女優じゃないか。何せ一部機器や生理用品等で使っている自作以外の"商品"、それらのPRやCMにだって起用されるほどなのだから。

大手企業が使いやすい、多用したいとし、どんなに難しい要求であっても難なく乗り越える…そんな彼女であれば女優の何たるかなぞ朝飯前だろうに。興奮のあまり嘗てない程の精度で設計してしまったよ。

実質葵くんにも何かしらの才能があるんじゃなかろうか。そんな大物やアヤピのような超絶可愛い子と平然と同棲してのけるのだから。…そのうち何かで感謝の意を伝えなければ、私の人としての僅かに残った部分すら許せなくなってしまいそうだ。

はて、彼であれば何を――

 

 

 

「あの、私の名前は?」

 

「…ん。…あぁ、ごめんね。つい考えに沈んでしまった。」

 

「そう。…自分の名前すらない状態というのは、何とも居心地の悪いものなの。早くね。」

 

「はは、それもそうだ。」

 

 

 

まるで人形のようにどこまでも澄んで綺麗な髪をまるで人形のような手で弄りつつ、上目遣い気味に恨み言をぶつけてくる小さな命。

ははぁ、これでは実際の白鷺千聖も中々に扱いづらそうである。葵くんあたりはどう手懐けているのか、はたまた敷かれているのか…。白鷺のような聖さと豊かに実る大き()()愛を持つ女性…なるほどなるほど。名は体を表す、とは斯く言うものか。

 

 

 

「…んじゃ、BD-017C。君に授ける名前は……"チサト"だ。」

 

「??……それじゃあ何も変わらないじゃないの。」

 

「あぁ。それ以上に君を表す言葉が見つからなかった…ということでね。ただ私は、親しみを込めて"ちーちゃん"って呼ばせてもらおうかな。」

 

「ちーちゃん?……随分と距離が近いように感じるけれど。」

 

「そりゃそうだ。私は君のお母さんだからね。」

 

「……まぁいいわ。あの男も私をそう呼ぶもの。」

 

 

 

…葵くん、やってんなぁ。

 

 

 

「それはそうと、君を生み出した理由だがね。」

 

「…ええ。」

 

「その…ただの女の子が女優になるにはどうしたらいいかな。」

 

 

 

厳密には()()()子ではない、けどね。それでも何も知らない小さな少女が目指すという意味では間違いじゃない。

ふわっとした問ではあったが、ちーちゃんは真剣に眉を寄せ…いや、これは、顔を顰め?

 

 

 

「それはまず無理でしょうね。」

 

「えっ」

 

「女優とは生まれるもので、作られるものではないもの。」

 

「それってどういう。」

 

「簡単なことよ。持って生まれる才能なの。あとから拾い上げたり、作り出すことなんてできないのよ。」

 

「………あー、その。」

 

「つまり私も、正しくは女優なんかじゃないのよ。創られた命、ある程度は都合よく貴女が"書き込んだ"ものなんでしょ?」

 

 

 

悲しげに、そして全てを悟ったような表情をこちらに向ける小さな大女優。何といったものか…送られてきた資料から一度読み込んだ白鷺氏の情報をもう一度洗う。

……あぁなるほど。今でこそ"頑張り"を観衆に見られることも多くなった彼女だが、出生から少なくとも数年間は完全に才能を感じさせる子供だったようで。まさに持って生まれた「天才型」。其れ故の考え方であるのだろうが…。

 

 

 

「それは申し訳ないとは思う。」

 

「まぁ、謝ってもらおうと思っているわけじゃないの。科学ってそういうものよね。」

 

「そう。」

 

「別にいいわ。…折角授かった命だもの、楽しんで生きるとするわ。」

 

「ん。まぁわからないことがあったら何でも聞いて。他の子達もいい子だし。」

 

 

 

大人びすぎている印象のせいで、仲良くやれるかどうかは何とも言えないけど。でもまぁ、さーやのような子もいるし、何とかなるだろう。

科学者の身でありながら希望的推測で話をするのはどうかとも思うが。

 

 

 

「あ、○○っ!…と、そちらはどなたかしら??」

 

「おやこころん。」

 

「はじめましてっ!あたしはこころんっ!あなたは…」

 

 

 

またいつの間にやら机の上までよじ登っていたこころんが軽快な足取りでちーちゃんに近づく。そういや二人とも、引くほど綺麗な金髪だなぁ。

 

 

 

「……○○、この子が例の?」

 

「あっ…そ、そうなんだよね。」

 

 

 

雰囲気で察したのか何かしらの特殊な能力があるのか…一目見た段階で早くも空気を読む姿勢になったちーちゃん。女優の成せる技なのか、完成度からくるスキルなのか。

できれば純粋なこころんの夢や憧れを打ち砕かないように程よくマイルドに事実を伝えて欲しいのだが…

 

 

 

「ふふっ…よろしく、私はチサト。ちーちゃんって呼んでね?」

 

「わかったわっ、ちーちゃんっ!」

 

「よろしくこころん。…ところで、こころんは何かやってみたいこととかあるの?」

 

 

 

おあぁ…ストレートに行ったなぁ。大丈夫か。

こういった科学に基づかない心理的なものは苦手な分野だ。手に汗握り見守ることしか出来ない。

 

 

 

「??…特にはないわっ!…あ、あたしお歌が好きなの!!」

 

「歌?…ええ、歌はいいわね。今度一緒に歌いましょっか。」

 

「えぇ!楽しみにしてるわっ!……あれれ?あたしみっしぇるをどこかに置いてきちゃったみたい。」

 

「おや、それは大変だね。探しておいで、こころん。」

 

「そうするわっ!…それじゃあ、またねちーちゃんっ!」

 

 

 

走り去っていく元気な背中は数時間前と何ら変わってはいない。…だが、女優云々はどうしてしまったのだろう。

また深く考え込んでしまいそうになる私にちーちゃんがニヤついた顔を向けてくる。

 

 

 

「ね、○○。」

 

「ん。……なーんだその悪い顔…。」

 

「子供ってね、あんなものなのよ。」

 

「…子供みたいな等身でえげつない事言うね。」

 

「あの男も貴女に対して同じ事を言っていたわよ?」

 

「……葵くんめ…。」

 

 

 

未だに同い年か年上のように扱ってくるもんな。十は若いってのに。

 

 

 

「ふふ、私たち、仲良くなれそうね?」

 

「そんな同志はいやだなぁ…。」

 

 

 

 




少し異色のぷちどりが増えましたね。




<今回の設定更新>

○○:よりマッド感を深めていく方針のサイエンティスト。
   意外にも交友関係は広く、様々な分野や世界(世界線)で活躍する人物との交流
   がある。
   彩とは愚痴を交わす仲。

チサト:BD-017Cの型番を持つ少し異様な雰囲気を持つぷちどり。
    いつも主人公が適当に放り込んでいる設計図や素材を究極に練りこむとこうなる
    模様。
    ほぼ本人のクローンのような完成度を持つ彼女は、当然のようにオリジナルの
    知識や記憶を引き継いでいる。

こころん:可愛い。記憶が飛ぶ時間については興味の強さとの関係性を調査する予定。

葵:枢木葵。アラサーになり本格的に結婚を意識し始めたらしい。
  現状Pastel*Palettesの五人と同居している形になるが、部屋数の都合から
  従妹である丸山彩と同じ部屋を個人スペースとして利用している。
  千聖ともそこそこにいい関係を築いているらしいが、この期に及んで人生の伴侶
  を選びきれない事で日々説教を食らうらしい。

みっしぇる:きせかえセットが今のところ八種類ある。
      タキシード、エプロン、ピエロ、ウェディングドレス、オーバーオール、
      ウェスタン、ポリス、セーラー服の八種類。
      全てリサの手作り。


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2020/02/28 6.報いと信念と過去と未来と

 

 

無気力。

急に訪れることもあるだろうその状態は、まさに文字通り気力が欠片も残っていないと言う事であり、何もする気が起きずダラダラゴロゴロと時間を浪費してしまう。

勿論良い事では無いと分かってはいるのだが…そもそも私の生活には何の生産性も無ければ目標も無い。趣味の延長の様な只の好奇心からぷちどりを生み出しては眺め、観察する。そのデータを何に活かすでもなく只管に己の研究結果として纏めるだけなのだが…。

まあ確かに、元の棲家を追われた身としては、学会に発表したり仕事を得たりと表世界に出て行けないのも仕方のない事なのだが。

 

 

 

「もう、またそうやってゴロゴロして。」

 

「…さーやー、暇ぁ。」

 

「暇だったら他の子の面倒見てあげてよー。私はかしゅみとありしゃで手一杯なんだから。」

 

「…私、さーやみたいなお嫁さん欲しい。」

 

「普通お婿さんじゃないの?欲しがるなら。」

 

「だめだめだなぁさーやは、ノーマルに縛られていちゃぁ、新しいものは拓けないんよ。」

 

「んー、ちょっと意味わかんないかなぁ。」

 

 

 

ぷちどりの彼女には同性間での愛情は伝わらなかったか…。少し残念ではあるが、その辺りについても追々研究を進めて行こう。

机に突っ伏す私を頭の横に立って叱るさーやだったが、遠くからかしゅみに呼ばれたことにより走って行ってしまった。ホントにお母さんだなありゃ。

また怒られても面白くないのでしぶしぶ作業に入ることに。

 

デスクの脇、コルクボードに貼ってあるメモを見る。メモというには大きすぎる気もするが、A3サイズの用紙にあまり上手とは言えない文字がびっしり書いてある。

これはぷちどり達に自由に書かせている、言わば「欲しいものリスト」だ。「ぽっぷこーん」や「かれーらいす」や「みっしぇるのいもうと」など、純粋に食べたいものや欲しいものが書いてある場合もあれば、「高い所に届く機械」や「乾燥機」や「暖房器具に触れないようにする装置」など、開発・作成を必要とするものもある。

私の生活は、主にこの依頼を熟して行く事で成り立っている訳だ。上手くいけば外界に売りつけるものも出来なくないし、ね。

 

 

 

「………かたな?」

 

 

 

その欲しいものリストに見慣れない言葉が。少なくとも昨晩には無かった物であるため、夜の間か私が机に突っ伏している間に書き込まれたのだろう。

凡そ書いたのが誰かは分かっているが。

 

 

 

「イヴー!!」

 

 

 

奥の玩具部屋に呼び掛けると、部屋の間仕切りの裾から、綺麗な銀髪に宝石の様な青い目といったまさにお人形さんの様な個体が顔を覗かせた。先日「純和風」なぷちどりもいいかと思い立ち創造したのだが、どう見ても洋に染まった子が誕生してしまったのだ。設計図は合っていた筈なのに…と思いきや頭の中はそこそこに「和」。そこそこというのは、まさに胡散臭い海外の人が日本に対して勝手に抱きそうな和風を持っていたから付けた。

彼女に与えた個体番号はBD-019E。名をイヴとした。名前の由来は、日本を内包した用文化の塊が生まれたことで、日本と海外の繋がりにより一層明るい未来を感じたから。世界平和への前段階…イヴに因んで名付けたのだ。今回はモチーフにした人物はいないので、完全なるオリジナル個体であると言えよう。

 

 

 

「なんデスか。」

 

「おーいで。」

 

「はぁい。」

 

 

 

とてとてと近寄ってきたかと思えば、椅子に座る私の足元…の床で正座する。

 

 

 

「…あのねぇ、別に私は偉い人じゃないんだから、そんな傅かれても。」

 

「いえ、お母様デスから。」

 

「お母さまでも無いし。○○ーって呼び捨てで良いんだってば。」

 

「○○…ドノ?」

 

「殿って……誰がお殿様だよ。」

 

 

 

こういうところだ。ここまで来ると最早知識云々といった話ではないような気もするが。やたらと「です・ます」を強調した話のまま続けようとするイヴを持ち上げ、机の上に乗せた。

 

 

 

「あわわ……高いデス…!」

 

「高いとこダメだっけ?」

 

「はわわ…はわわわわわ…!」

 

 

 

お話にならない。

このまま淵に置いておいても面白いが今はある程度コミュニケーションが取りたいので、体を支える様に持ち上げてデスクの中央へ。

コーヒーカップと並んだ彼女はまるでマスコットの様に可愛らしい。震えも恐怖も収まったようで、真っ直ぐな目を向け見上げてきた。

 

 

 

「御用デス?」

 

「ごよっ…まぁ用事はあるけどさ。」

 

「はぁい。」

 

 

 

こてんと首を倒すイヴちゃん。こてんこてんと首を揺らす姿はボブルヘッドみたいで愛らしい。彼女の前にソーラーパネルを置いたらもう立派な置物だもの。

だが今は別件だ。彼女の前に置いたのはソーラーパネルでは無く件の欲しいものリスト。

 

 

 

「あー!カタナ!」

 

「やっぱイヴだったかー…。」

 

「カタナ!テレビで見たデス!」

 

「時代劇でも見たの?」

 

「すごいデス!ばんばんってして、びゅんびゅんってしてまシた!」

 

「……?」

 

 

 

はて。バンバンしてビュンビュンするものなんかやってたかなぁ。そもそもこれが書かれる直前となると、テレビはあことリサが占領していた筈。何やらDVDを見るとかって騒いでいて…その映像を見て刀に憧れたのだろうか。

 

 

 

「ギリニンジョウデス。」

 

「ん。」

 

「男の生きる道は、ギリとニンジョウとイバラの道なのデス!」

 

 

 

ははぁん。こりゃ極道モノでも見たな?となると見たのは刀じゃなくてドスとか言われる短刀だよなぁ。

刀と言えば刀かもしれないが、ジャパンに憧れる人が想像するカタナとはまた違ったものであろう。

 

 

 

「で、イヴ?」

 

「はいデス。」

 

「そこにも付くんだ……ええとね、刀は危ないからあげられないんだ。ごめんね?」

 

「…ぇー。」

 

「ごめんねぇ。」

 

「えー…。」

 

 

 

それまでのハイテンションとは打って変わってしょんぼりした顔。首もすっかり項垂れてしまっているし、声にも覇気が見えない。

だが、流石にこの環境でぷちどりに凶器を持たせるのは不安である。料理をしたがるリサやさーやにも包丁を諦めて貰ったほどだし、チサトにも画材の類を諦めて貰っている。

信用していない訳では無いが、彼女は飽く迄も検体。研究の過程で生み出された結果の一つに過ぎないのだから、対等な立場としての信頼関係を築けるかどうかはまた別の話になってくるのだ。

 

 

 

「カタナ、だめデスか…。」

 

「うーん…危ないからさぁ。ほら、何を見たのかは分からないけれど、人を斬ったりしてたでしょう?」

 

「ええと、タマを斬っていまシた。」

 

「…玉?」

 

 

 

???くす玉でも割ったのだろうか。

 

 

 

「他には?」

 

「ばんばんっていうのと闘っていて、最後には自分の首をずぶずぶと…」

 

「…え、は?あの子らそんなの見てるの?」

 

「「みるな、キズになる」って言われまシた。」

 

「そりゃトラウマものだもの…。」

 

 

 

中々に生々しいものをご視聴なさったらしい。生活に悪影響を及ぼさなきゃいいが…リサは問題ないとしてもあこはカウンセリングが必要かもしれない。…あとで呼び出さなくては。

 

 

 

「でも、いぶは人を斬りたいわけじゃないのデス。」

 

「何を斬りたいの?」

 

「き、斬りたくないののデス!なにも!」

 

「じゃー刀いらないじゃん。」

 

「………かっこいい、デスから。」

 

 

 

形だけの刀が欲しいと。格好良さに憧れて、ね。

 

 

 

「そっかぁ。…やっぱり日本刀みたいな刀が好きなの?」

 

 

 

危害を加えない刀なら別だ。何か程よく安全な刀を作れないものかと思案しつつ、イヴの話を広げてイメージを探ることに。

PCのモニターの前へ左手を置くと掌に乗ってきたので、そのまま空いている右手でイメージ画像を検索する。…ふむ、画像検索でも結構ヒットするものだ。

 

 

 

「あっ!…あー!あれもカタナデス!?」

 

「そーだよー。……おぉ、結構格好いいじゃん。」

 

 

 

私も目覚めるかもしれない。

 

 

 

「これっ!」

 

「これ?」

 

「そうデス!この形がかっこいいデス!」

 

 

 

おいおい、ゴリゴリの日本刀じゃないか。やはり見たという映像は侍や武士のものだろうか。

イヴは目を輝かせてその画像を食い入るように見つめている。「ほぁー」とか「はぇー」とか……漏れる声はなんとも間抜けでありながら微笑ましい光景。本当に母親にでもなった気分だった。

 

 

 

「よし。」

 

「??」

 

「イヴちゃんは約束、守れるかなー?」

 

「約束デス??何何デス??」

 

「んー……んふふふふ…。」

 

 

 

私はこの子の願いを叶える気になっている。…が、それと少しばかりの意地悪への好奇心は別物だ。私だって科学者の端くれ、好奇心だけなら人一倍だ。

さてさてこの子はどんな反応を返してくれるか…。

 

 

 

「聞きたい?」

 

「デス!」

 

 

 

おいおい死にそうだね。

 

 

 

「んふふ………んふふふふふ……。」

 

「言ってくださぁい!知りたいデース!」

 

「どーしよかっなぁ。」

 

「ぐむむむむ…!じゃーいいデスっ!」

 

 

 

お。こりゃ新しい反応だ。

 

 

 

「セップクデスっ!」

 

「ぶふっ…こらこらどうしてそうなった。」

 

「これがニッポンの精神、ブシドーというそうデス!カイシャクカイシャクッ!」

 

 

 

もう全部間違えてるよイヴちゃん。介錯ってそんな楽しげなものじゃないし。

刀を抜くふりをしながらガニ股でリズムを刻む銀髪の人形。介錯介錯と口ずさむ姿は、最早怪しい教団の舞だ。…私は、我慢の限界だった。

 

 

 

「……あはっ!」

 

「??○○もカイシャクするデス??」

 

「くっ……アハッ―――――ハハァッ!!!」

 

「?????」

 

 

 

かわいい。

 

 

 

「ひー…はー…いやぁ、ごめんねイヴ。私の負けだ。」

 

「負けののデス??」

 

「ああ、負け負け。…負けたら相手に尽くすのも武士道だもんね。」

 

「ブシドー!?○○もブシドー好きデスか!」

 

「ああ、嫌いじゃないよ。……よし、じゃあ教えてあげよう。」

 

 

 

勿体ぶっている様だが私とて言いたくて仕方ないのだ。彼女らぷちどりは最早自分の娘のようなもの……喜んで笑顔でいる姿こそ幸せな景色という……待て、私はこんな人間だったか?

 

 

 

「やくそくっ!約束っ!」

 

「はいはい、ええとね。…イヴは、刀を持っても絶対に人に振るっちゃいけないよ。」

 

「…ひとに??…何故ののデス??」

 

「…きっとイヴが見たのは「人を斬るため」の刀だよね。」

 

「はいっ!かっこいいデスぅ…。」

 

「うん。…でもね、私はそんな刀より、大事な物の為に振るえる…守るための刀が好きかな。」

 

「???むつかしいデス。」

 

 

 

この気持ちを伝えるのも難しいんだよね。

…昔から、物事の発展には悪が必要だった。…所謂必要悪という訳だが、科学にも勿論あったわけで。それも、私の最も嫌うもの……戦争だ。

奇麗事を言うつもりは無い。だが、私は私の好き好んで学び・探し求めてきた物が、人の歩むはずだった道を奪うのが厭で仕方がないのだ。爆弾の発明も、銃の発展も薬物の研究も戦闘機の開発も……全てが偉大なものであり、全てが何かを壊すためのものだから。

その偉大な先人達を尊敬はする。だが、憧れはしない。だから私は、私こそは絶対に。

 

 

 

「………今度は泣いてるデス?○○。」

 

「………えぁ?……ああいや、これは何だろうね。」

 

「……悲しいことをしたデス?」

 

「ちがう、違うんだよイヴ。」

 

「…わるいことを、シてしまったデス?」

 

「……どこかで、間違ったりはしちゃったかもね。私のやっている、科学っていうのはそういうものだからさ。」

 

「誰かが、酷いことをシたデス?」

 

「ご、ごめんねぇ、私がこんな………でも、これは大丈夫なやつでね?これは」

 

「…わかったデス。」

 

 

 

いつの間にか真剣な思想に入り込んでしまっていたようだ。気付かず悔し涙を流すとは。

「これは昨日の残り湯だ」とでも冗談を飛ばそうと思ったが、左手の捲り忘れた袖を掴まれたことで言葉が止まってしまった。…その、真剣な目に。

 

 

 

「守ること。」

 

「…ん。」

 

「ほかのみんなも、○○も。」

 

「………イヴ?」

 

「みんなを守る時まで、カタナは使いません!それが、いぶのブシドーです!」

 

「…イヴ……。」

 

 

 

不覚。耳の奥に深く染み渡ったイヴの武士道。

私はここまで何を創ってきただろうか。私はこの先、この子達と共に何が見られるだろうか。

最早信じられる人間など両手にも満たないこの世界で、どれだけの子供達を愛し、守れるだろうか。

 

 

 

「○○のかがくは、間違ってないののデス!」

 

「………ッ!イ…ヴ…?」

 

 

 

どうせなら、後悔するかしないかすら考える暇がないほど熱中してやろう。

私に出来ることは、これからも生み出し、応え続けることだけなのだから。

 

銀の髪を撫でながら、少しだけ泣いた日のこと。

 

 

 

**

 

 

 

「ふわぁ!!これがいぶののデス!?いぶのカタナののデス!?」

 

 

 

驚きと喜びの混ざり合った感情に、人形は踊る。イヴが食い入るように眺めていたあの刀をモチーフに、鞘までそれなりに拘って作りこんでみた。

自分の発明品に意匠まで手がけたのは初めてかも知れない。私とて武器の類を作るのは初めてじゃない…が、愛すべき子供に血腥い物は持たせたくなかった。だがイヴの意思も無下にするわけにはいくまい。

よって、キチンと刃は付けたものの、ある機能も付けておいた。私が元の人生を棄てるキッカケにもなった禁じられたテクノロジーだが…恐らくそれが日の目を見ることはないだろう。

何せイヴは「私」も含めた皆を守るために抜くと言った。

 

この子達を守るのは、私だ。

 

 

 

「かっこいいねぇ。」

 

「デス!デスデス!」

 

「鞘を見てごらん?」

 

「う?…………ふわぁ!これはいぶデスか!ちょんまげデス!ちょんまげいぶ!あはははは!!!」

 

「頑張って彫ってみたんだよー。…気に入ったかな?」

 

「これはいいカタナデス!愛のカタナデス!」

 

「ははっ、そりゃいいや。」

 

「いぶの…愛の…カタナ……"イヴラブレード"と名付けるデス!」

 

 

 

こりゃとんだ和洋折衷だ。

 

 

 




少し真面目なお話




<今回の設定更新>

○○:少し変わり始めたような、そんな回。
   みんなのお母さん。

イヴ:BD-019E。世界平和の一歩手前を意味してイヴと名付けられた。
   愛刀「イヴラブレード」を引っさげ、今日も皆を守ります。
   「ののデス。」が口癖。
   結局見たのはブラックラグ○ン。銀さんのアレ。

さーや:主人公を叱るのはこの子の役目。
    このあと包丁を滅茶苦茶強請った。
    美味しい和食を作りたいらしい。

イヴラブレード:イヴ+ラヴ+ブレードという安直な名前。
        イヴによって名付けられた。
        その時が来るまで絶対に抜かないと約束したその鞘の内には
        世界で最も恐れられ世界で最も触れてはいけないとされた禁忌が
        封じられている。


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2020/04/02 7.原初の可能性と核心の不安について

 

 

今のままではだめだと、唐突に思うことがある。

何かを始めなければ、何かを変えていかなければ。

気は逸り、焦りは募り、不安と焦燥に煽られるように手を伸ばす。

 

例えば昨日…いやあれは今朝方か。何かあった時に咄嗟に動けるようにと、久しく使っていなかったVRマシンに手を出したのもそんな思いからだった。

 

 

 

**

 

 

 

ぷちどり達が寝静まったのを確認してヘッドギアを装着。マウント型のディスプレイに焦点を合わせ、モーションセンサーを搭載したコントロールスティックを握る。

それらを感知するカメラの正面に立ち、周囲の安全確認を済ませた上でプログラムの始動。

飽く迄拡張現実―それも主に視界と腕の動作程の範囲だが、軽く運動をするという目的であれば然程支障はない。開ける視界とサラウンドで聴覚に作用するサウンドに、少なからず迫っていた睡魔も飛び気分が昂る。…こう言った部分は、私もまだ子供なんだろう。

 

ずらりと並ぶメニューから取り敢えず一時間ほどのコースを選択。ザックリ言うなればボクササイズ…というものだったかこれは。開発チームはあまり聞いたことの無い名前だったが、実際の著名なトレーナー協力のもと確かな効果を実感できるように組まれた、と話題のプログラムだった。

運動不足気味の私を気遣ってか馬鹿にしてか、昔友人からもらったそれを私なりにアレンジしてみたものだが…画面内の血気盛んそうな筋肉質の男性やしなやかな筋肉を躍動させる女性トレーナーを全て我が家の娘たちに置き換え、ボイスも差し替えてみたが中々に効果はあるようで。

まるで実際に本人たちに監視されているかのような、妙な緊張感に包み込まれた。これで私の運動不足も解消できそう―――

 

 

 

―――二時間ほど経ったろうか。

開始早々に震え出していた脚部や腕部はもうすっかり脱力し、肩回り・腹回り・関節各位が痛みと共にガクガク揺れている。…完全なるオーバーワークだ。

指示に従って左右の拳を突き出すだけ、ただそれだけの単調な動作でこうも人間は打ちのめされるのか。改めて各方面のアスリートに敬意を表すると共に、二度と当プログラムを立ち上げまいと心に決めたのだった。

 

 

 

「……おふろ、はいろ。」

 

 

 

ヘッドマウントディスプレイを机の上に乱暴に放り投げ自分の体を検めてみればこの時期に似つかわしくない程の汗。立っていた場所には足跡まで付いている。

恐らく毎日の日課として熟せば寿命を半分ほどに短縮することができるだろう。一先ずはこの不快な汗を対処すべく入浴を以てしてリフレッシュを図ることにした。

我が家のお風呂事情だが、私用の入浴スペースは存在して居ない。元々あった浴室をぷちどり達が溺れずに浸かれる様改修したため、通常の人間サイズが入ることのできるバスタブは消滅したのだ。

よって私が身体の衛生環境を整える時は、まだ幼かった私が開発した省スペース微粒子シャワーを浴びることにしているのだが…流石に今日はゆっくり熱湯に浸かりたい気分だった。

…暫く思案した末、結局諦めて微粒子のシャワーを浴びる。服も脱がずに全身のクリーニングを出来る優れもので研究の合間に良く利用してはいるが、今日に限っては別だ。身につけている衣服もすっかり水分を吸い重くなってしまっている為、脱ぎ捨ててその解放感を楽しむ。

人工的に作り出された微粒子の風が体に沿うように流れていく。その後には皮脂も汚れも埃一つ残らず、最後にはその日の気分で選んだ香りづけもしてくれる。…我ながら良い発明だ。

 

 

 

「はいこれどーぞ。」

 

「ん、ありがと。」

 

 

 

手渡された冷やしタオルで首と額の荒熱を取りつつ装置を自浄モードへ移行させる。普段は白衣のまま入ることもあり、水分が衣服や体に残ることは無い設計となっている。さっきまでベタベタだった肌もすっかりサラサラだ。

 

 

 

「…頑張るのはいいけど、やり過ぎはよくないよ?」

 

「分かってはいるんだけどさぁ……あれ?」

 

 

 

あまりにも自然な流れで気付くのが遅れてしまった。私は今誰と話しているんだ?

ぷちどり達は皆眠りについたはずだし、サポート用の機械類にAIを搭載したものもまだ少ない。それに自発的な会話なんて…

先程服を脱ぎ捨てた場所を見ると、ぐしゃっと纏められた汗で重くなった衣類を小さな背中が一生懸命に運んでいるところだった。うんせうんせと小さな歩幅で洗濯機を目指すのは昨日目覚めたばかりのぷちどり。BD-015Tの名をつけた彼女、「ちゅぐみ」は何ともしっかり者のようだ。

とは言え、あれだけの汚物を運ばせるのも少々忍びない。体格的にもまるで拷問のようだと思いながら、その洗濯物を拾い上げる。

 

 

 

「あっ」

 

「…ごめんねぇちゅぐ。これは汚いから私がやっとく。」

 

「えっ、で、でも、お手伝いできることはしないと…」

 

「…あのねぇ。…よいしょ、ちょっとそこで待ってて?」

 

「あぅ。」

 

 

 

机の上まで彼女を運び、何か言いたそうな顔にウィンクを飛ばして黙らせる。さーややリサにも見られる特徴ではあるが、こちらが何かを頼む前に率先して手伝いをしたがる個体が稀に生まれる。いつか記したかもしれないが、性格・思考傾向については大まかな誘導こそ可能でも行動指針やら趣味嗜好までは踏み込むことができない。そこまでやってしまえばもう禁忌どころの騒ぎではないだろうし。

だというのにどうしてこの子らは…。洗濯機に衣類を突っ込むも騒音で他のぷちどりを起こしてしまう事を考慮しスイッチは入れずに放置することにした。どうせ朝が来れば他の洗濯物も出てくるのだし、その時にやってしまえばよいだろう。

洗濯問題は置いといて、机の上のちゅぐみの様子を見てみると落ち着かない様子で机の整頓をしてくれていた。忙しなく動き回る茶色のショートカットヘアに苦笑いしつつ湯を沸かす。少しの菓子を皿に取り二つのマグカップを持って机へ戻った頃にはやり切った様な顔で待ち構えられていた。

 

 

 

「机、どうして汚いの?」

 

「はは、それはそれで落ち着くのさ。…片づけてくれてありがとうね。」

 

「気になっちゃって…つい。…わっ、お菓子食べるの?もう夜中だよ?」

 

「運動したらおなか空いちゃってさ。ちゅぐはクッキー嫌い?」

 

「んー…甘いのはすき。」

 

「よし、じゃあ一緒に食べよ。」

 

 

 

親睦を深めるために――。

私はいつも、新しい個体が誕生する度にこうして個別にコミュニケーションの時間を設けるようにしている。勿論複数人での応対を要求する個体もあるが、基本的には二人きり。どうせこの後は他のぷちどりに溶け込んで行ってしまうのだし、最初の真っ新なうちにしか出来ない質問だってあるからね。

ちゅぐみは誕生から一日経った今日でもあまり交流を図ろうと輪に入っていくようには見えなかったし、この時間で少しでも思考傾向を掴めたら、というのも狙いの一つである。

 

 

 

「…おいし?」

 

「うん。……おっきい。」

 

「体格の差だねぇ。」

 

「…ちゅぐも、いつかは"まま"みたいに大きくなれる?」

 

「どーかな。ぷちどりの外殻成長についてはまだ研究中なんだよね。」

 

「???」

 

 

 

ちゅぐみが目覚めて他とは違った点、それは真っ先に意識をこちらに向けてきた事と、私を「まま」と呼ぶこと。

確かに私自身ぷちどり達の事は自分の子供のように扱っているつもりだし、漠然と親子のような関係を保っている。がしかし、しっかりと母親を感じさせるニュアンスのワードを口にした個体は彼女が初めてで。以前のいぶの一件もあり私の中にも多少変化があったとして、果たしてそれがぷちどりの生成に作用するのか否か…研究項目がまた一つ増えた訳である。

だがもしも仮定としてだが、創造主の精神状態や思考が反映されるのだとしたら、何よりも重要なのは秘匿性になる。研究者の驕りなのかもしれないが、私はこの可能性達を「共に過ごす」目的以外で扱う気は無いし一生命体以外の存在として認識することも無い。…が、同様のテクノロジーが外界に漏れるとなると話は変わって来る。

果たしてこの人間という生き物は己の願望を叶えることのできる、人には余りあり過ぎる力を前にして自らの業を抑えることができるのだろうか。広がり続ける可能性は常に破壊と終末の色も孕んでいる。忘れてはならない付帯リスクでもあるのだから。

 

 

 

「ははは、難しかったか。」

 

「うん。…さーやちゃんがね、ままはとっても難しい事を研究してて、ちゅぐ達のいるこの世界をもっと良くしようと頑張ってるんだって教えてくれたの。」

 

「…さーやが?」

 

「うん。だからちゅぐは、早く大きくなって、ままのお手伝いが出来るようにならなきゃいけないんだ。」

 

「うーん……気持ちは嬉しいけどね、ちゅぐ。私は――」

 

 

 

私は君を「お手伝いさん」として生み出した訳じゃない、と続けようとして思わず言い淀んだ。では何のために?研究の為?具体的には何の?

中々続きの言葉を発さない私を前に、手のひらサイズのクッキーを両手で持ったちゅぐは首を傾げて見せる。

この子達は何故生まれ、何のために生きているのか。そもそも生の概念とは何だ?死んでいない事か?では命さえあればそれは生と言えるのか?ならば命とは何だ?身体的に生命活動を行っている状態?いや、それではあまりに現物すぎる。とはいえ俗に言う脳死の状態で行われる延命治療やそれに付随する――

 

 

 

「コップ空っぽだね。今ちゅぐがコーヒー淹れて来てあげ――ひゃぁっ!?」

 

「!!…ちゅぐっ!!」

 

 

 

思わず深い思考に入ってしまっていた私の視界の端で、気を利かせて私のマグカップを持ったちゅぐみが机から落ちる様が見えた。まるでスローモーションのように小さな手足をバタつかせながら、真っ逆さまに落下を開始するちゅぐみを見て、体の痛みなど気にならない程の必死さで手を伸ばす。二の腕と肩甲骨あたりにビリっと電流が走る様な錯覚を覚えたが、私も崩れ落ちるようになりながらも何とか彼女の小さな体が地面に着く前に抱き留めることに成功する。

両掌の中でハッ、ハッ、と荒い呼吸を繰り返す泣きそうな表情は一瞬の恐怖を物語っていて、その目にいっぱい溜めた涙は今にも零れそうで。これは全て私の不注意から起きた事故。言いたいことも言うべきことも色々あったけど、今はとにかく…

 

 

 

「……よかったぁぁ……」

 

 

 

安堵の溜息と同時に吐いた言葉は、珍しく思考を介さない素直な気持ちだった。

 

 

 

**

 

 

 

「とにかく、危ない事はしないこと。」

 

「はいぃ…。」

 

「それから、何でもお手伝いしないとーって思わないこと。」

 

「はいぃ……。」

 

「あと、私の前から居なくならないこと。」

 

「は、はいぃ……。」

 

 

 

一頻り二人して泣いた後、簡単な片づけをした後の会話。説教…までは出来る立場じゃないので、飽く迄今後の確認程度だが。

名目上は私のお願いとして、一つ一つ聞いてもらっている。ちゅぐみはずっと私の両掌で作ったお椀の中で正座をして聞いていて、時折ふやっとした返事を返す玩具の様になってしまっていた。

 

 

 

「あのねちゅぐ。私はちゅぐに出逢ってまだ一日ちょっとしか経っていないけど、ちゅぐのことはとっても大切に思ってるんだ。だから、ちゅぐが怪我したり危ない目に遭うのはすごーく嫌なのね。…お手伝いについてはさーや達が言っていたから…ってのもあるんだろうけど、私はちゅぐと一緒に毎日楽しく過ごせるだけで幸せなんだ。だから、"こうしなきゃいけない""ああしなきゃいけない"って事よりも、"こんな事やってみたい"とか"こうしてると幸せ"っていうことをいっぱい見つけていきたいと思うの。…って、一気に話過ぎても難しいか。」

 

 

 

言いたいことはいっぱいあった。それをなるべく噛み砕いて話しているつもりだが、如何せん子供相手というのは難しいものだ。その上今の彼女は怒られていると思って話を聞いている訳だし。

それでも一生懸命に相槌を打って、一生懸命にうんうん唸っている姿を見るに、真面目で一生懸命というのが彼女の核になっているんだろう。少し反応を待ってみる。

 

 

 

「……ちゅぐ、ままにききたいことあるんだけど。」

 

「どうぞ?」

 

「他の皆は、すっごく楽しそうに遊んでるんだけど、ちゅぐ達って、何のためにつくられたの?」

 

「……。」

 

 

 

此方を見上げる真っ直ぐな瞳は真剣そのもの。刺し穿たれそうな視線と核心を突く言葉。答えは分かっている。

科学者とか言う傲慢で愚かな動物のエゴだ。研究・科学の発展などと都合のいいことを言いつつも、私だって結局は汚い大人なのだ。マッドサイエンティスト…かつてそう呼ばれていた時期もあったが、私は科学者でも何でもないのかもしれない。ただ、生まれてこの方碌に人間を見ようとしてこなかったツケが回ってきたとでも言うべきか。

 

 

 

「…私、寂しかったんだ。」

 

「え…?」

 

「許されない事をしているとは思う。…でもきっと、寂しかったんだよ。誰かを近くに感じたかった。誰かに叱ってもらいたかった。誰かと互いを温めたかった。…その為の、研究だったかも、しれない。」

 

「…………。」

 

 

 

何のために生み出されたか。生後二日にしてその疑問を抱いてしまったちゅぐみ。ある種当然とも言える問いだが、答えてあげられない自分に不甲斐なさと憤りを感じる。私だってわからない。でも、この研究に手を出した切っ掛けはきっと些細な事だったはずなのだ。

やがて口を開いたちゅぐみは質問を変えたようだ。

 

 

 

「…ちゅぐ、お手伝いしなくていいの??」

 

「いいよ。」

 

「お手伝いしなくても、机から落っこちそうになっちゃっても、嫌いにならない?」

 

「………ならないよ、絶対。」

 

 

 

つまるところ彼女等も不安なのだ。訳も分からないうちに生命を与えられ、何も分からないままに何も目指さない日々を生きていく。その中に一際体の大きな女が居て、どうやらそいつが全ての元凶らしい、と。

何も考えないまま、本能の赴くままに走り回るもよし、自分の仕事を見つけて、担当となって時間を費やすもよし。…要は、自由過ぎることは不自由で、掛値の無い愛情など不安にしかならないということ。生きる意味と保証が欲しい、ということ。

 

 

 

「…ちゅぐみ。私とずっと一緒に居て。危ないこともしないで、何でもやりたいことだけやっていていいから。皆と同じように、私と一緒に生きて。」

 

「………ちゅぐね、お手伝い好きだよ?…さーやちゃんも好きって言ってたけど、お掃除も花壇の水やりも機械のめんてなんすも、全部ままが喜んでくれるから好き。」

 

「ちゅぐみ…。」

 

 

 

生命創造の可能性(ぷちどり)は、独りぼっちの科学者が生み出した、哀しい奇跡の結晶だから。

私が実は相当の寂しがり屋で、誰かを近くで感じたかったのだと気付いたことも、研究成果なのだろう。

 

 

 

 




ちゅぐぅ




<今回の設定更新>

○○:次の日全身筋肉痛でバッキバキになり、研究どころじゃなくなった。
   心の温かいマッドサイエンティスト。

ちゅぐ:かわいい。真面目さん。
    BD-015Tが正式名称に当たる。
    色々手伝いたがるが、理由は研究中。


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2020/07/13 8.自身の起源と事象の根源について

 

 

いや、切っ掛けは本当に些細な事だったのだ。

相変わらずのテレビっ子であるこころんと共に一服の時。またしてもどこかに引っ掛けたのか、千切れかけた右腕を痛々しくぶら下げているみっしぇるの修理を請負い、すっかり手に馴染んだ裁縫道具を繰っていた。

 

 

 

「わあ!!きれいね!きれいね!!」

 

「んー。」

 

「〇〇、あれ、お姫様かしら!?」

 

 

 

画面では神父の言葉に一組の男女が誓いを交わしている場面が。

科学が進歩したとはいえ、このような風習・習慣は失われることがなく。親族やら友人を一つの会場に集め、感動的な式を挙げるのだとか。

お姫様、とは言い得て妙だ。純白のドレスに身を包んだ彼女は、今この時は主役。宛ら、愛する王子に抱き竦められる美しい姫君も同然なのだから。

 

 

 

「……はぁん、結婚式…ね。」

 

「けこんしき?」

 

「ん。あの男の人とあっちのお姫様が、人生を共有することを宣言して、みんなに祝ってもらうんだよ。」

 

「???」

 

 

 

ぷちどりには難しい話だろう。だが、私自身経験もなければ縁もなく。どうにも噛み砕いた説明というのができかねる。

気持ちだとか感情だとか、計算式で表せないものはからっきしなのだ。

 

 

 

「ええと…大好きな人と、これから一緒に生きていきますよーって、約束するパーティみたいなもんさ。」

 

「そうなのね!!…それじゃあ、あたしと〇〇も、けこんしてるの??」

 

「そうきたか……こころんにはまだ難しかったかねぇ。」

 

「う??」

 

「ははは、リサにでも訊いてご覧?あの子なら色々知ってるし、わかりやすく教えてくれるかも…さ。」

 

「そうね!!そうするわっ!……あっ」

 

 

 

創造主よりも知識がある"子"というのもどうかと思うが、あれはあれで外界の"一般常識"をよく拾っている。どこで蓄えてくるんだか、私も世話になるほどだ。

私の言葉に勢いよく立ち上がったこころんだったが、いつもの相棒が未だ私の手にあることに気づき表情を曇らせる。

 

 

 

「大丈夫、ちゃちゃっと治しとくから。私に任せて、行っといで。」

 

「…うん!!みっしぇるをよろしくね??〇〇。」

 

「任せなさーい。」

 

 

 

今度こそ、と、ソファから私の太腿によじ登り、足を伝うようにして床へ。短い手足を必死に動かして、今は洗濯機付近にいるであろうリサの元へと駆け出していった。

ぷちどりたちは今日も元気だ。天気もいい。何もタスクはなく、しばらくの生活資金も問題ないだろう。だがしかし、私自身は妙にモヤついた気持ちだった。

 

 

 

「結婚………か。」

 

 

 

私だって、科学者である前に、一人の女であるのだ。

 

 

 

**

 

 

 

確かにまだ成人もしちゃいないが、そういった気持ちを抱いたことは確かにあった。

恋愛…と呼ぶにはあまりにも粗末なものだったかもしれない。それでも、そこらの同年代の少女が一度は経験するような妄想や憧れに耽ったものだ。

彼の苗字に自分の名前を組み合わせ、姓名判断を試したり。決して実現するはずのない彼との蜜月に脳内で浸ったり。理想的な関係の始まり方をシミュレートしたり。

今となっては「止めとけ」以外の感情は特に浮かばないが…いや、幼すぎたのだ。

 

 

 

「ふぅむ。いやはやそれはまた…()()()な話だね、〇〇。」

 

「こら、人の頭の中身を読むんじゃない。」

 

「はっははは、なぁに、顔を見るだけで丸わかりなのさ。」

 

「そんなにわかりやすいかねぇ…。」

 

 

 

みっしぇるの修理を終えて。庭で楽しそうに燥ぎ回るかしゅみやありしゃ達を眺めながら、暫しのコーヒーブレイクと洒落込んでいたわけだが…頭に過るのは先程のテレビ番組。

憧れがないといえば嘘になるが、ここまで引きずってしまうような面倒な女じゃなかったはずなんだけどな。

とまあ一人悶々としていたところにふらりと現れたのがこのぷちどり、「セタ」だ。短くスポーティに切り揃えられた紫の髪に真っ赤な双眸がなんともミステリアスな雰囲気を醸し出している彼女だが、設計当初はぷちどり達の癒やしを想定したものだった。

ターゲットは特にお姉さん連中。日々何かと面倒をかけてしまっている彼女らに、少し大人びた…それでいて良き理解者になるような、中性型のぷちどりを。

 

そうして生まれたのがこの、BD-024K(セタ)だ。

相手の心を汲んで話し、求むるものに目敏く気付き、話し上手に聞き上手…そんな、ストレスフリーな快癒用の個体を目指したはずなのに…。

出来上がったのは何とも頭の痛むような、妙に気障ったらしい子だった。

 

 

 

「おや、顔色が優れないようだが…。」

 

「…相変わらずあんたは扱いにくいな…ってさぁ。」

 

「ふふ、お褒めに預かり光栄だよ。○○。」

 

 

 

ぶわぁぁ…と、背後にバラの花吹雪でも見えそうな立ち振る舞い。所作の一つ一つが鼻につくような胡散臭さだ。

いや、別に嫌っている訳じゃない。ただ、苦手なのだ。こういう……所謂一軍として最前線で殴り合えそうなイケキャラは。

 

 

 

「だが…何を悩む必要があるというんだい?」

 

「あん?」

 

「だって…君はこんなにも美しく、可憐だ…。あぁ、その吐息の一つですら儚い。」

 

「……。」

 

「今の君は、()()()の様な幼い少女ではないだろう?あの時成し得なかった、思い描くに留まった…そんな未来でさえ、実現することもそう難くはないんじゃないかい?」

 

 

 

言ってくれる。

確かに其れができる技術力も設備も十二分にあるとは思う。だが手に入れられなかったもの――それも人間の心という度し難いもの――を、私利私欲に染まった禁忌で得ることに果たしてどんな意味があるのか。

そんなの――。

 

 

 

「……虚しすぎる。」

 

「…ふむ?」

 

「あのねセタ。私は別に、()()()のことを悔やんじゃいないんだよ。ただ、思い返すにアレが最初で最後だったんだろうなって思うだけで。」

 

「……最後という事はないさ。君はまだ若い。」

 

「年寄りみたいなこと言うね。生後ひと月にも満たないってのに。」

 

「ふふ。……だが君の言う事もわからないわけじゃあない。この状況を鑑みるに、今後人間関係の発展は――」

 

 

 

分かり切った行く末をセタが語り終える前に、死角から気配無く現れた別個体によりセタはその小さな体を硬直させた。

 

 

 

「こら()()()。あまり分かった口利くんじゃないの。」

 

「ち……チサト。」

 

 

 

BD-017C。今も尚トップクラスの実績と天性の才能で芸能界を牽引する大女優…のデータを基に作ったぷちどり。彼女は矢鱈とセタに厳しく、何故か彼女特有の呼称でセタを追い詰めていく節がある。

セタの方も彼女を脅威と感じているのか、まるでか弱い少女の様に怯える姿を拝むことができるのだが…こいつ、今どこから?

 

 

 

「人の心はそう簡単に動かせるものじゃない。それは、○○自身にだって当てはまるものでしょう?…私達は所詮造られた命。今を生きる生身の人間にアレコレ意見できるほど大層な命は負ってないわ。」

 

「えと…その……ごめん、チサト。私…まるで分かってなかったね…?」

 

「……まぁでも、○○の煮え切らない感じは確かにどうかと思うけどね?」

 

「えっ」

 

「私達は貴女の子供みたいなものなんでしょう?前にそう言ってたわよね?」

 

「言ってたけどさ。」

 

「…子供ってのは、母親が不安そうにしているのが一番不安なの。私達にとって、貴女だけが身近な人間で、貴女だけが唯一信頼できる存在なんだから。もうちょっとシャキッとしなさいな。」

 

 

 

何だろう。諭されている様なこの感覚。

チサトの…いや、ちーちゃんの言葉にはいつも謎の威圧感が含まれている。まるで、そうしなければいけないかのように。

 

 

 

「……やってみたら?思うままに。」

 

「いや…それはほら、倫理的にアレっていうか」

 

「これだけの事やっておいて今更それ言う?」

 

「…だって……。」

 

 

 

その結果と会話していることからも、状況自体が巨大なブーメランのように跳ね返ってくるわけだが。

賢い彼女には分かっているのだろう。私が、あとほんの一押しさえあれば自らの欲求の為に唯一無二の権利を行使するという事を。

 

 

 

「…いいじゃない。過去をどうこうしようってわけじゃない…あるかもしれなかった未来の、ほんの一端を見るくらい、我儘の内にも入らないわよ。」

 

「ちーちゃん、それは…。」

 

「結婚なんて、過程でしかないんだから。」

 

「…………。」

 

「いいじゃない。貴女が何かに囚われるほど固執するなんて……少し前じゃ考えられなかったんだし。」

 

 

 

矢鱈に押せ押せなちーちゃんに根負けした訳では無い。…何なら、背を押されたと言ってもいいだろう。

みっしぇるをセタに手渡し一人白衣を脱ぎ捨てた私は、あの頃の断片を手繰る様に、ありとあらゆる記録を漁り始めたのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「…………あぁぁぁぁ…やっちゃった……。」

 

 

 

数刻の後、机の上で不思議そうにこちらを見上げる個体と、抱えきれない程の自己嫌悪。

結局私は、遠からず抱いていた想いの結晶を、たった今一人で作り上げてしまったのだ。

 

 

 

「…まま??」

 

「……ああ、私が君のママだよ。ええと…」

 

 

 

そうか、いつも通りまずは名づけの作業からだったっけ。自分よりは小さいとはいえ、他のぷちどり達より大きい彼の姿に若干違和感を感じつつも、いつもより時間をかけて名前を考える。…不思議と、型番を付ける気にはなれなかった。

やや悩んだ末、やはり頭に残るはあの人の名前。流石にそのままつけるのは重すぎるし……一文字くらいなら、もらっちゃってもいいよね?

もう二度と繰り返さない。やはりこんなのは間違っている。

研究対象でも何でもなく、ただ一個人の勝手な想いによって作り出してしまった彼には、あの人の名前からの一文字と私が存在を創った証を冠せよう。

 

 

 

「…創大(そうた)。」

 

「ママァ!!!」

 

 

 

ああ。でもやっぱり違う。

飛びついてきた彼を抱きかかえるも、その温もりは何処か後ろめたくて。不思議と嗅ぎ慣れた気さえする彼の甘い香りが鼻腔を擽ると同時に、忘れかけていたあの出会いが脳裏に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

『失礼しまーっす。…おぉ、居た居たぁ!』

 

『??……あ、あの。』

 

 

 

毎日変わり映えの無い研究の日々に、突如として現れた……毛色の違う大人。

 

 

 

『よう!ここの…子だよな?』

 

『ぇ…ぁ…は、はい。えと、わたし、××っていいます。…その、第六知能研究局、遺孤児科の…。』

 

 

 

当時、押し込まれたばかりの所属課の名前の意味など、これっぽっちも理解していなかった。

 

 

 

『本物だ…!!…話半分で聞いちゃ居たが、ホントに君みたいな小さい子が白衣着てるとは…!!』

 

『???』

 

『俺にはよく分からんが…君、滅茶苦茶頭いいんだろ??』

 

『そう…みたい…です。』

 

 

 

ぼんやり覚えているのは、簡単なテストを受けて、答えられた私達は白衣を与えられたこと。答えられなかった子達は重い鎖を与えられたこと。

 

 

 

『……でもま、こんな機材しかない狭い空間に押し込められて、毎日毎日研究と実験ばかりなんだもんな。…嫌にならねえの?』

 

『ぁ……。……いえ、でも、いろんなお勉強をするのが…わたしのやらなくちゃいけないことなので…。』

 

『ふぅん…。君らくらいの年頃なら、友達と遊んだり好きな服買ったり…もっと自由なもんなんだがなぁ。』

 

 

 

その時の私には、"君らくらいの年頃"がどんな人間を指すのか分からなかったが。ずっと全てだと思っていた無機質な研究局の壁の、そのまた向こうにはまだまだ知らないものがあるらしい、程度の認識は出来た。

 

 

 

『そう……なんですか??ごめんなさい、わたし、ここから出たこと無くて…。』

 

『………よし。じゃあこうしよう××。今から俺と一緒に遊ぶんだ。』

 

『…遊ぶ?』

 

『ああ。例えば…そう、おままごととかさ。』

 

『おままごと…?』

 

『あーその、なり切って遊ぶんだ。例えばほら、俺が君のお父さん()で、君は俺の娘の()…みたいな?』

 

『ぁ……その――』

 

 

 

幼少期の高すぎる知能故か、両親に売られた身である私は親子関係について明るくない。それでも、精一杯気を遣ってくれているのはわかったから。

 

 

 

『……お兄さん、なまえ、何ていうんですか。』

 

『お?…俺、大樹(ひろき)ってんだ。』

 

『大樹…さんは、お兄ちゃんの役…がいい。』

 

『…………。』

 

『……えと、』

 

『はっははは!!お兄ちゃんか!!そうだよな、お父さんになりきれる程立派な人間じゃねえやな!!』

 

 

 

もう二度と戻ってこないと分かっている人間より、まだ知らない間柄の家族をねだってみた。

 

 

 

『よっしゃ、それじゃあ俺が兄貴な?…そして××……いや。』

 

『??』

 

『せっかくなら()()()()を楽しまなきゃな。』

 

『???』

 

 

 

彼の言っている事は、その凡人の中でも低すぎる語彙力のせいでイマイチ分からなかったが。

 

 

 

『○○。…俺の妹で居る間は、○○って呼ぼう。』

 

『……××って名前、きらいでした?』

 

『いや。でも、それは君の碌でもない親がつけたものだろう?だから俺は兄貴として、妹の君にもう一つの名前をあげる。……まあどうしても嫌って言うなら』

 

 

 

発言の直後にしまったという顔をした。いや、この場に関係者として居るのならば知って居て当然なのだが。

言うまいとしていた事実だったのか、慌てて取り繕うような素振りに…

 

 

 

『ううん。…わたし、○○がいい。』

 

 

 

…我ながらあまりにもチョロすぎる。だが、数式や記号、決められた栄養値の点滴以外与えられていなかった私にとって、血の通ったその贈り物は何よりも眩しく見えたのだ。だからこそ――

 

 

 

『はははっ!決まりだなぁ!……それじゃあ○○、俺はそろそろ帰らなきゃだけど、近いうちに必ずまた来る。』

 

『…………うん。』

 

『そんな哀しそうな顔すんな。……約束するから。』

 

 

 

信用という名の甘えに、溺れてみたくなったのだ。

 

 

 

……

………

 

 

 

 

 

そうか。

まんまとちーちゃんに踊らされた気もするが…。

 

名前を付ける、という行為に不思議な程意識してしまうのも、思えばあの出来事のせいだった。

初めて愛情を受けた気がしたから。

勿論、世間知らず故の勘違いかもしれない。いや十中八九そうだろうが。それでも。

 

 

 

「……私、愛されたかったんだなぁ…。」

 

 

 

禁忌によって創りだしてしまった息子を抱き締めながら、不意に零したそれは。

自分でも驚く程には素直な意思だった。

 

 

 

「ああ…やはり可憐だ。」

 

「セタぁ!…き、聞いてたの!?」

 

「ふふ、寂しがり屋の仔猫ちゃんめ。そうなら素直に言えば――」

 

「不覚…ッ!!」

 

「――ああ○○…いや××!何て儚いんだ!!」

 

「だから人の頭の中身を読むなっての…。」

 

 

 

いつからいたのか、机の上には気障な笑みが。茶化すようで至って真剣なのが逆に怖い所でもある。が。

そもそもこの子達を創ろうと躍起になっていたのだって、孤独に耐えきれなくなったからなんだよなぁ。

 

 

 

 




まだ七月…




<今回の設定更新>

○○:偽名。
   過去にはいろいろあったようだが…。
   もはや最初とだいぶ違う人間ですよね。

セタ:BD-024K。紫のポニーテールが印象的なナイスガイ(女)。
   特技は思考を読むこと。天敵はチサト。
   これでいて結構ぷちどりたちには人気なようだ。

こころん:無邪気なテレビっ子。 
     相変わらずみっしぇるを持って走り回るせいで、あちこち引っ掛けられた
     みっしぇるは…。

チサト:辛辣というか直球というか…。
    完成度の高いコピーも考えもんだ。

創大:あるでしょ?好きなあの人ともし子供をつくったら…みたいな妄想。
   科学が発展すりゃ妄想もこうなる。

大樹:おい、いいかげんにせえよ。
   やたら整った顔の妹が居る。


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2020/08/27 9.責任と人道と生き方について

 

 

 

「ママ、お洗濯おわったよ!!」

 

「……ん、ありがと。創大。」

 

「ママ、お片付けできたよ!えらい!?」

 

「……そうだね。えらいね。」

 

 

 

もうひと月ほどになるか。

創大を……禁じられた息子を持ってからというもの、毎日がこんな感じなのだ。

母親として懐かれるのは良い。だが、恥ずかしいことに私は、彼に()の面影を重ねてしまっているのだ。ほんの短い期間ではあったが、頼りがいがあり優しく、とても成熟した男性に感じていた彼。

だが目の前の仔はまるで子供だ。他のぷちどりには見られないほど人間の幼児のようだし、まあこればかりは大樹さんの見えなかった一面と捉えることもできるが、兎にも角にも扱いが面倒すぎる。

気紛れで産み出しておいて自分勝手だとは思う。だがこれ以上無いほどに彼に失望してしまいそうなのだ。それもまた嫌な感覚ではないが。

人間とは傲慢である。

 

 

 

「……〇〇。」

 

「ん。……あぁ、さーやか。どうした?」

 

「……創大、の、ことなんだけど。」

 

 

 

作業用にと一昨日引っ張り出してきたワークベンチに頰杖を付き、ぼんやり息子を眺めているうちに随分な時間が経過したらしい。

いつの間にかそばには心配顔のぷちどりが一体やってきていて、遠慮がちに件の名前を告げた。

……さーやでも駄目、か。面倒見のいい、彼女でも。

 

 

 

「やっぱり、難しいか。」

 

「ん。……あのさ、私はさ、色々役割も貰ってるし、〇〇に作ってもらった命として生きるわけじゃん。」

 

「うん。」

 

「……つまりね、いっぱいお手伝いしたり、みんなの面倒見たり…っていうのは、私が存在している意味みたいなものなんだと思うんだ。」

 

「……。」

 

「でもさ。……創大がそれを奪おうとするの。」

 

「…………はあぁ。」

 

 

 

彼を子供たらしめている要素でもあるのだが。

彼は恐らく私に懐き過ぎた。親愛を超えた愛情か若しくは……如何せん、彼は私の気を引こうと毎日やりたい放題なのだ。

一つの集団があったとして、やはりそれぞれ属する者達には存在意義と義務がある。勿論権利もだが。それは、その個人だから成り立つものであって、仮に優れた人材が居たとしても一人に全ての職務を押し付けるのはまた誤りである。

一個人の負担の話もそうだが、集団が集団である意味を見失ってしまう。個が個として存在する意味を失ってしまう。

例え如何なる報酬を求めたとしても、他に負の影響を及ぼすほどの…所謂張り切りは癌でしか無いのだ。

 

 

 

「洗濯、とか言ってたもんなぁ。さーや、ごめんね。」

 

「……一度や二度ならいいけど、他の子の中にはもう既にどう接していいかわからなくなっている子もいるんだ。」

 

「ああうん。……そうかぁ、そうだよなぁ。」

 

「だからその……言いにくい、ことなんだけど……。」

 

 

 

俯きがちに続ける彼女。栗色のポニーテイルが申し訳無さそうに揺れた。

仮にも親である自分が、そんな残酷な言葉を彼女に発させて言い訳がない。自分の仔の招いた事態として、決断を下すのは私でなければならないのだ。

他でもない、この私で。

 

 

 

「……いいよさーや。頑張ってくれたんだもんね。」

 

 

 

泣き出しそうな表情を緩めること無くされるがままに頭を撫でられるさーやを見て、今一度決意を固めるのだった。

 

 

 

「創大は、ここに居ちゃいけない。」

 

 

 

……分かりきっていた、ことだ。

 

 

 

**

 

 

 

「いやだ!いやだいやだいやだ!!!」

 

「創大……それでもみんな、それぞれの目的があってココに居て、それぞれのために生きているってことはわからなきゃいけないんだ。」

 

「だって!もっとママに見てもらいたいんだもん!褒めてもらいたいんだもん!もっとママに…もっと……。」

 

 

 

他のぷちどりが思い思いに過ごしている一室。その隅で創大を諭す。

科学者で有る身として、真ならこんな工程は無意味だ。私は私の研究成果に責任を持っているが誇りもあり、それをどうしようと何らおかしな選択ではないのだから。ただそれが、所謂人でなしの所業とされるだけである。

……いや、とうに人の枠は超えていたのかもしれない。禁忌を犯し、人の輪を追われ、こうして人ならざる者達と終わりの見えない日々を謳歌しているこの身は、とうに人の道を外れているのだから。

解ってはいても心の奥の底の方で微かに芽生えたこれは人情とでも表現するべきものなのだろうか。嘗ての彼に見たようなその生温いものが、今の私をこうして迷わせていた。

 

 

 

「創大。」

 

「……ッ!」

 

「……ごめんね。……私は、創大のいい"ママ"にはなれなかったみたいだ。だから――」

 

 

 

嗚呼。

何時ぞやの血を分けてくれた二人もこんな表情を浮かべていたのだろうか。私を施設に入れたあの二人も。

人は過ちを繰り返すとは誰の言葉だっただろうか。

人が繰り返すのは過ちじゃない。繰り返しているのは選択と犠牲だ。

 

伸ばした私の手にビクリと体を強張らせる息子を一息に抱え上げ、部屋を出る勢いそのままにいつものデスクへ向かう。

この結末を案じたときに用意したもの――全く関係のない研究から生み出されてしまった副産物だが――を吸い上げ、諦めを纏った虚ろな表情の彼へと射ち込む。

何の変哲もない注射器から当たり前のように注入されたそれには、恐ろしいほどの即効性を確認している。恐らく今現在彼の体内では血流に乗った薬品が全身へと周り、未だ多くは積もっていないその記憶を掻き消しているだろう。

やがて、数十秒の後に顔を上げた彼は不思議そうな顔でこちらを見つめる。

 

 

 

「…………だれ?」

 

 

 

嗚呼。

科学とは何と恐ろしいものなのだろう。初めは何てことない妄想だったかもしれない。

孤独と戦う上で抱いた、純粋な願いだったかもしれない。

……それでも、実現できてしまうなんて。

意思のある個体に対し初めて投薬された科学力は、どうやら生まれ持って発生した()()()()()()()でさえも無に帰せるようだ。

息子…いや、ほんの少しの間息子だった個体の目には、初めて見る顔に対しての純粋な疑問以外何一つとして浮かんではいなかった。

 

 

 

「……ないてるの?」

 

 

 

手を伸ばし頬に触れようとするその小さな体をデスクへ置き、本来使用するはずだったラベルを首に括り付ける。

"XX-001A"。彼の個体名は奇しくも、あの研究所で私に与えられていた番号と同じ数列だったが特に深い意味があるわけではない。……一番目の完成品、それ以外に表わしているものは、無い。

 

 

 

「個体番号XX-001A。発声・各部動作を確認。速やかに報告・輸送の段階へと移る。」

 

 

 

研究成果を送るのはこっちに来てから初めてのことかもしれない。極力連絡を取りたいとも思わないし、関わりだってもう忘れてしまいたい程。

それでも、これを持て余すこと無く引き取ってくれるとしたらあそこしか思いつかない。

 

『第六知能研究局 遺孤児科』

かつて私が収容され、様々な研究のモルモットとして生かされていた場所。

誰に報告するでもなく工程を口遊み、脳に焼き付いた忌々しい連絡用コードを端末へ入力する。幾秒の間もなく点灯する画面と担当した作業を淡々と熟すだけの無表情な人物……。

 

 

 

「こちら〇〇……ぇ?」

 

 

 

自らの名乗りすら終わらぬうちに驚きの声が口から零れた。……画面に浮かび上がった男のせいだ。

 

 

 

『……〇〇?……〇〇って、あの〇〇かぁ!?』

 

「う…嘘……。どうして、あなたが……。」

 

 

 

私にこの名をくれた張本人が、似合わない白衣姿でそこにいるのだ。定められている連絡事項さえ、忘れてしまうほどに私は困惑した。

……正直なところ、普段特に感情の起伏無く生きている私にこの衝撃は許容しきれず。……我に返った頃には全てが終わっていて。

輸送ポッドへと彼を収監し終わったところだった。

 

不思議なものだ。あれだけ頭を悩ませていたというのに。あれほど苦しい選択をしたというのに。

それを上回る衝撃と、驚きやらその他諸々の感情の波のせいで事態に浸ることもなかったというのだ。

残ったのは涙でも後悔でもなく、自嘲的な笑いだけだった。

 

 

 

「……あはは、あはははははっ!!!」

 

 

 

突然の笑い声に驚いたのか心配したのか、気づけばデスクにはイヴラブレードを携えたイヴとふらんの姿が。

 

 

 

「〇〇??たのしいことが、あったデス?」

 

「ぁ、ああ、ごめんねイヴ。びっくりしたよね。」

 

「さっきまで、あっちの機械でぽちぽちしてたデスね。おもしろのてれびでも見てたデス??」

 

 

 

そこから見られていたのか。いやはやどう説明したものか。

ありのままを伝えても彼女らにはまるで理解できないだろう。そもそもどこから説明すべきかもわからない。

少し落ち着きを取り戻した頭を捻っていると、今度は死角になっているデスクの影から声が。

 

 

 

「……それが、あなたの決断なのね?〇〇。」

 

「ふぇぇっ!!」

 

「!?……なんだ、ちーちゃんか。どんな登場だよ全く。」

 

「私はずっとここで見てたわよ。……ふらんも気づいていたんじゃないかしら?」

 

「……そうなの?ふらん。」

 

「ふぇ!」

 

 

 

事も無げに言うチサトと、自慢気にツノを伸ばすふらん。

やれやれ、この子達が集まってくるとどうにも緊張感に欠けてしまう。

 

 

 

「ちーちゃん。」

 

「……何よ。」

 

「私、やっぱ間違ってたね。」

 

「……さあ、何のことだか。」

 

「私が今日までやっていたことは、命を弄ぶことで。その中では当然今回みたいな事例もあるわけでさ。……覚悟が、足りてなかったんだよね。」

 

 

 

チサトが相手だと不思議と素直に話してしまう。彼女の持つ人格が為せる業なのか、それほどまでに私が脆い人間なのか。

 

 

 

「…いや、きっと両方か。」

 

「??」

 

「ちーちゃん。私、もう失敗も、後悔もしない。」

 

「……そう。」

 

「私はもう人でなしだ。自分の興味のままに命で遊ぶ屑同然の存在だよ。……それでも、チサトや、みんなの、親でいいかな。一緒に居て、いいかな。」

 

 

 

過ちを犯した。法を犯した。道を踏み外し、己の身勝手さをも知った。

所詮私は科学という悪魔から逃れられない弱い命なのだ。それでも、私の生きた証と一緒に居たい。

一の犠牲の上にある幸せの中で、罪に溺れたい。

 

 

 

「ふぇぇ??」

 

「……あなたの好きになさい。ふらんも言うように、あなたの決断一つ一つにケチを付ける存在なんて、ここには居やしない。イヴちゃんもふらんも、私もみんなも、あなたに創られた瞬間から覚悟しているもの。」

 

「……。」

 

「いつかは、終わりの来る夢なんでしょう?善悪なんかより、気の向くままに自分を生きましょうよ。」

 

「ちーちゃん…。」

 

 

 

無自覚かもしれないけれど、恐らくそれは自我を持つ全ての個体にあるものなのだろうか。

或いは不意に生まれてしまったことに対する世界の理なのかもしれない。

道理に逆らう生き方を選択した身として、チサトの言うように精一杯抗い続けるのがある種最善なのかもしれない。

 

 

 

「…な、なんだかわからないケド、お話についていけていない気がするデス!」

 

「要は、イヴちゃんももっと〇〇にワガママ言わないとね、ってことよ。」

 

「あれ、そういう話だっけ?」

 

「なるほど!なるほどののデス!」

 

「ふぇぇ!!」

 

「……さ、科学とやらの頑張りどころね。お母さん?」

 

「この……。」

 

 

 

チサトなりの励まし方なのかもしれない、と最大限好意的に受け止めておこう。

……この咎を、業を忘れてはならない。創大がいた事を。産み出してしまったことを。

送り際唯一創大に宿らせた力も、本当は持たせるべきでなかったものだ。私は外道として、都合のいい立場を盾に世界に歯向かうことに決めたから。

せめてもの愛として、せめてもの救いになるように。

 

 

 








<今回の設定更新>

〇〇:人として生きるが故のヒトからの逸脱。
   行き過ぎた科学力は矛盾を生んだ。

創大:生み出されてはいけないものは無かったことにされる。
   主人公によって与えられたものは、名前と創造の力。
   後にその力を行使することになるが、今はまだ、不明瞭な未来のお話。

さーや:苦労人。
    軸がぶれ始めた主人公を気遣いつつも、家事の効率は全く落ちなかった。

イヴ:ののデス!

ふらん:久しぶりの登場。
    相変わらずぽよぽよ跳ねてます。

チサト:掴めない。


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【女神】イツモミテルカラ
2019/11/07 降臨


 

 

 

俺には、女神が見える。

…あ、今「こいつ頭おかしいな」って思った人、素直に挙手。……うん、うん、全員降ろしてよろしい。

この日記は、俺にしか見えない女神と、女神に全てを委ねた俺の記録。

 

…や、だから本当に、危ない奴とかじゃないから!!

 

 

 

**

 

 

 

『○○……○○……起きなさい。』

 

「……ぉ"あ"?」

 

 

 

我ながら凄い声が出た。車に揺られること一時間弱…ここ数日大して睡眠も取れていなかった為か、独特の揺れに眠ってしまっていたらしい。

乾燥した車内を見回すと隣に座っていた直属の上司が訝しげな顔をしていた。

 

 

 

「だ、大丈夫かい?風邪??」

 

「あー…大丈夫っす。乾いてるだけかと。」

 

「そっか。…もうちょっとかかるからねぇ。何なら、スマホ弄っててもいいんだよ?」

 

「了解っす。…まぁ、適当に過ごしますよ。」

 

 

 

車内には全部で五人。運転中の頭を刈り上げた先輩に、助手席でスマホゲームに夢中の…俺とは違う部署の年寄りマネージャー。それに俺の右側に座るふくよかな上司…肩書きはチーフだったかリーダーだったか…。

あと、後部座席で茶を飲んでる所謂お局だ。…あんまりこう言う表現はどうかと思うけど、俺はこのおばさんが好きじゃない。

 

 

 

「……もうちょっと、なぁ…。」

 

『○○、私が見える?』

 

「っ!?……あ、あなたは。」

 

「??どうしたの、○○くん。」

 

 

 

目の前、自分が投げ出した足と前の助手席の間にあるスペース。大凡人一人が収まる幅は到底無いのだが、そこに薄ら光る輪郭を持つ金髪の少女の姿が浮かび上がって見えた。

…あぁ、まただ。

今年に入ってから、このような現象が頻発するようになった。眠っている時、起きている時、仕事をしている時、食事をしている時、風呂に入っている時…いかなる時であろうと、唐突にその声は聞こえ、姿が見える。

今日はこの金髪の少女だが、たまに他の少女が現れることもある。…俺、疲れてんのかな。

 

 

 

「……またあんたか。」

 

『仮にも女神に向かって「あんた」とは…敬うって言葉を知らないみたいね。』

 

「そう言われてもな。女神感がねえんだよな。」

 

『女神感…。ふふん、だったら見せてあげようじゃないのよ。』

 

 

 

そう言うや否やフッと姿を消す自称女神。新手のホログラムか何かなんじゃないのか…。

一体どんな女神っぷりを見せてくれるのかと楽しみに待っているのだが、待てど暮らせど何も起こらない。あまりにそわそわし過ぎたせいか、後ろのお局も怒り心頭だ。

 

 

 

「……おい女神、何も起きねえじゃねえか。」

 

『いいから待ちなさい。……ほら、そろそろ変化が出てきた頃よ?』

 

「変化て……つか姿見えないのに声だけ…どうなってやが……ん!?」

 

 

 

脳内でドヤ顔を繰り出す金髪に、相変わらずの不信感を剥き出しにしていたところ…確かに唐突な"変化"が現れた。

…俺の体に。

 

 

 

『どう?…人間風情には抗えないものでしょう?』

 

「…やってくれるじゃねえか…女神さんよぉ…。」

 

『ふっ、せいぜい苦しみなさい。』

 

 

 

尿意。

それも、満杯のダムが決壊しそうな…そんな逼迫したレベルでの尿意。確かにこれは俺たち人間にはどうしようもない問題。

嗚呼、人とは斯もか弱き存在なのか。…尿意の前に人は、無力だ。

 

 

 

『…信じたかしら?』

 

「あぁ!信じた!信じたともさ!!」

 

『…よろしい。』

 

「…お"っ!?」

 

 

 

女神の存在を信じざるを得ない状況の中、彼女を肯定することにより、あれほど差し迫っていた尿意がまるで真夏の蜃気楼であったかのように消え去った。

それに伴い、俺の口からはまたしても変な声が漏れたが…社用車を洪水にしてしまうよりかはいいだろう。だからお願い…上司たちよ、あまり変な目で俺を見ないでください。

 

 

 

『…わかったなら、私のことは千聖(ちさと)様とお呼び。』

 

「は?嫌だけど。」

 

 

 

唐突に何を言い出すんだこの女神は。

 

 

 

『……あ?』

 

「千聖って、名前?」

 

『そうよ。恐ろしく素敵に可愛らしい名前でしょう?』

 

「……似つかわしくないレベルでな。」

 

『地獄に落とすわよ。』

 

「そういう言動が女神っぽくねえんだ…。」

 

『…じゃあ、千聖ちゃんでもいいから。』

 

「エラく落とすじゃんかよ。…もう一声って言ったら呼び捨てとかに」

 

『ならないわ。』

 

「そっかぁ…。」

 

 

 

どうやら"ちゃん"付けまでが限度らしい。

どういう経緯で気に入られたのかわからないが、俺はこの女神様とやらに憑かれてしまったらしい。結局この日も、事ある毎に千聖ちゃんが顔を出したせいで、大して商談も纏まらずに帰宅してしまったわけだが…。

 

 

 

**

 

 

 

「お帰りなさいでーす!!」

 

 

 

仕事以外の疲れのせいで精神的にヘロヘロになって帰宅した俺を迎え入れてくれるのは、もう二年程俺の面倒を見続けてくれている…さらに言うなら、半年前からは同棲している銀髪の美人。名前をイヴという。

…うむうむ、日本とフィンランドのハーフということもあって、相変わらずの美人っぷりだ。エプロンも似合っているし…ハグの強さも程よい。

 

 

 

「はいはいただいま…。」

 

『ふぅん……こちらは、どういった関係の女?』

 

「…まーだ付いて来てんのか。つかなんつー言い草だそれは。」

 

「??なんですか??」

 

 

 

人が玄関先でイチャついてる間に隣でジロジロと観察している女神。お?羨ましいか?羨ましいのか?

 

 

 

『…私のほうがいい女ね。』

 

「舌引っこ抜くぞてめぇ。」

 

『なっ……相変わらず女神を舐めきってるわね…。』

 

「…誰と話してるです?」

 

「あ、ああいや…。取り敢えず、風呂入ってもいいかな?」

 

「違うですよ?…コホン。…○○さん、ご飯にします?お風呂にします?それともせ・っ・しゃ??」

 

「その間違った和文化はまだ治らないんだな…お風呂いただくよ、イヴ。」

 

「いえっさーです!」

 

 

 

俺は浴室に、イヴは恐らく何らかの家事をこなしに行った。疲れを癒すにはまずは熱い風呂に入るのだ。大体の疲れはそれと、上がってからイヴと過ごすことで浄化される。

疲れを取るための入浴ということもあって、毎日の風呂は長引くことが多く、最初のうちはよくイヴも拗ねていたもんだっけか。湯気を纏い温度の上がっていく身体を感じつつ、凝り固まっていた体中が解れていく様な気がした。

 

 

 

『…色気のない入浴シーンね。』

 

「お前、風呂にまで付いてくるのか。」

 

『勿論。貴方に憑いてる女神様よ?』

 

「自分で憑いてるって言っちまったよ…。」

 

『それにしても粗末な物ね…』

 

「うるせぇ!」

 

『貴方ね…』

 

「第一、どうして女神さま程の方が俺なんかの所に出てくるんだよ。」

 

『…それは……。』

 

 

 

ここまで来て初めてもごもごと口籠る千聖ちゃん。

そんなに言い辛い理由があるとでも言うのだろうか。

 

 

 

「……何だよ。もっと偉い神様からの命令か??」

 

『はぁ…。あなたの馬鹿さ加減には呆れてモノも言えないわね。』

 

「べらっべら喋ってんじゃねえか。」

 

『……(あや)ちゃん、と聞いて何かわかるかしら?』

 

「………おい、そりゃお前…」

 

 

 

突然出たその名前に、俺は思わず激しい水音と飛沫を上げてしまった。

だってその名前は――

 

 

 

『私は、彩ちゃんからの指令をうけてここにいるの。…あなたの監視も兼ねて、ね。』

 

「監視…?…いや、あいつはもう」

 

『彩ちゃんは確かに存在しているわ。間違いなく、この世界に。』

 

 

 

――二年程前、俺との結婚式前日に失踪した、死んだと伝えられていた恋人の名前だったから。

 

 

 

 




新シリーズはちょっとミステリアスなギャグ調を目指します。




<今回の設定>

○○:25歳独身。二年前の衝撃的な事件をきっかけに精神面が著しく不安定に。
   その時同僚だったイヴに支えられる形で廃人にならずに済んだ。
   女神には頭が上がらないが…?

千聖:千聖ちゃん。ホログラムのような映像として視覚から情報伝達をすることも
   声だけを思念として伝えることもできる。
   様々な奇跡を起こせるが、MP制。
   あまり笑わない。


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2019/12/06 違和

 

 

 

『ちょっと、また式を間違えてるじゃないの。』

 

「…うるっせぇな…」

 

 

 

PCを前にブツブツと独り言を零す変人。…きっと周囲の同僚にはそう見えていることだろう。

昼休憩明けの気怠い午後、度重なる外回りによって放置され続けた事務作業を片付ける時間。数字と横文字に弱い俺にとっては最高に苦痛な時間である。

しかもその作業を、何故かエク○ルに強い"女神様"が監視しているともなれば…そのストレスは天を衝くほどだ。

 

 

 

『ああもう、見てられないわね…』

 

「そんなに言うならアンタがやってくれよ…」

 

『そう簡単に人に頼るんじゃないわよ、自分の仕事のくせに。』

 

「…アンタ仮にも神の部類なんだろ?こういうのちゃちゃっと終わらせたりできねえのか?」

 

 

 

ただ人間とは不思議なもので。この奇妙な同行者にも数日で馴染んでしまい、今では恥ずかし気もなく会話を交わしている自分がいるのだ。無論、周囲から奇異の目を向けられた挙句カウンセリングまで勧められたのは致し方ない事といえよう。

だがその代償と引き換えに手に入れたものもある。それが彼女、千聖ちゃんの神たる所以…所謂"超常現象"の類を引き起こす力だ。それは、本来届かないはずの背中中央部の痒みを消し去るような小さなものから、仕事上のミスを無かったことにするような大きなものまで、自由自在なのだ。

ただ一つ扱いにくい点があるとすれば、その現象を起こすのは飽く迄千聖ちゃんであり、その力加減は千聖ちゃんの機嫌と一存に掛かっているということ。

 

 

 

『……あのねぇ、私にだって起こせる奇跡は限られているのよ?そんなことに使う?』

 

「使う。」

 

『はぁ……とんだダメ人間ね…彩ちゃんは一体アナタの何処に惚れ込んだんだか…』

 

「もう居ねえ奴の話しすんな。」

 

 

 

彩…行方不明の元婚約者だが、この女神様は存在を認識しているかのような素振りを時たま見せる。話題にも普通に出すし、「最近こういってた」だの何だのと近況を伝えてくるし…。そのくせ、彩について質問しても何一つ答えてくれないのだ。真実は俺が俺の力で辿り着かなければ意味を無くしてしまうらしい。

 

 

 

『もういいわ。やっとくから、アナタは店舗の方でも見てきなさい。』

 

「へえへえ。」

 

 

 

俺の働いている職場は、俺が在籍している事務関係や商品等の管理を行う事務所と表向きで食料品や特産品を販売する店舗とに分かれている。厳密に言えば他部署になるのだが線引きが曖昧になっている部分もあり、時折こうして互いに視察という名のお喋りに出向いては関係性の維持を図っているのだ。

……うん、曜日と時間帯のせいもあるが、店舗はどうやら暇なようだ。パートのおばちゃん方が楽しそうにくっちゃべっていたので参加してみることにした。

 

 

 

「おつかれさんでーす」

 

「あらぁ、○○くん、事務所は??」

 

「いやぁ、作業ばっかりだったんで気分転換をと思いましてぇ。」

 

「あらそうかい!……今ね、タナベさんの息子さんが中々結婚できなくてーって話してたとこだったのよ~。」

 

 

 

結婚。…そのワードに一瞬胸が痛んだが、上辺の付き合いは慣れている。表情を崩すことは無かった。

 

 

 

「まじっすかぁ。…因みにタナベさんの息子さんって今おいくつで??」

 

「うちの子は今年二十五でねえ。大して見た目も良くないから、昔から女の子の友達一人作らないでさぁ…」

 

「はははは、まあいいじゃないっすかー結婚なんかしなくたって~。」

 

「いやぁねぇ~。…そういえば、〇〇くんはそこんとこどうなのよぉ。」

 

「えぇー僕っすかぁ。…まぁほら、前にここで働いてた子と付き合って、今同棲してるんで秒読みって感じですかねぇ。」

 

 

 

勿論、イヴのことである。イヴは半年前、俺と同棲を始めるまで事務所の方で働いていた通年のパートタイマーだったし、きっとこの発言だけでおばちゃん方には通じるだろう。

 

 

 

「……あらっ!〇〇くんも隅に置けないわねぇ!」

 

「いやぁそれほどでも。」

 

「……でも、事務所の方にそんな若い子なんて居たかしらね?」

 

「そうねぇ。暫くおじさんおばさんばかりだったものねぇ。」

 

 

 

…あれ?

 

 

 

「いやほら、若宮(わかみや)って居たじゃないですかぁ。若宮イヴ。」

 

「いぶ??…外人さんなの??」

 

「え。いやほら銀髪の…」

 

「やぁねぇ、それ白髪なんじゃないのぉ??」

 

「じゃあ専務か常務のことかしらねぇ。」

 

「両方オジサンじゃないのよ!!あははははは。」

 

 

 

…おかしい。イヴも今の俺と同じように勤務の合間を縫っては店舗の方に顔を出していた筈だ。それを覚えていないならば兎も角、存在自体記憶に残っていないだと?

自分の彼女だからって贔屓を抜いたとしても、あれだけ美人の…それもハーフなんて属性が付いて居りゃあ誰かは覚えて居そうなものだが…。

 

 

 

**

 

 

 

結局妙なモヤモヤを抱えたまま自分のデスクへと戻ってきた俺だった。ディスプレイの横では珍しく全身で見えている小さい千聖ちゃんがドヤ顔で仁王立ちしているが、俺の何とも言えない表情に気付いたのか心配げに近寄ってきた。

 

 

 

『ちょっと、酷い顔色だけど。』

 

「……おかしいんだ。」

 

『は?アナタはいつも何処かおかしいでしょ。』

 

「………かもしれんな。」

 

 

 

もういっそ、「お前の頭と記憶がおかしいんじゃ」と指摘された方が楽になれそうな気さえする。…あぁそうか、ここの上司なら。

 

 

 

「……チーフ、少々お時間よろしいでしょうか?」

 

「なにー。」

 

 

 

隣り合わせのデスク、恰幅の良い直属の上司に声を掛ける。以前俺も含めイヴに仕事を教えていたこともあったので、きっと覚えている事だろう。

…そう、思ったのだが。

 

 

 

「えぇ?そんな若い女の子なんか居たことないでしょー。…大丈夫?やっぱりカウンセリング受けた方が…」

 

「…なるほど…ですね。」

 

 

 

頭を思い切り殴られたような気分だった。直属の上司ですら覚えていない?同じ部署どころか関りがあった人間でも憶えていないってのか?

所属していたのだって数カ月やそこらの話じゃない。三年は居た筈なんだ。

 

 

 

『〇〇。』

 

「……あんだよ。」

 

『アナタの考えている事、わかるわよ。』

 

「そうかよ。」

 

『…だから私が来たんじゃない。』

 

「……するってーと、何だ?アンタがこの状況を何とかしてくれるってのか?あいつの存在についても?」

 

 

 

言葉に怒気が混ざり始めているが、それはこの際勘弁してもらおう。俺だって困惑しているのだ。ずっと信じていた事象がまるで性質の悪い嘘であるかのように事実が目の前で覆っているのだから。

そんな状態の苛つき半分の言葉にも特に機嫌を損ねる様子はなくじっと見つめてくる千聖ちゃんだったが、やがて初めて見せる微笑みで言う。

 

 

 

『このことはあの女本人には言わないように。…そして、少し時間を頂戴。』

 

「…イヴに言わないってのはよくわからんがわかった。…で、時間をかけるとどうなるんだ?」

 

『いいから、黙って待ちなさい。』

 

「いつまで。」

 

『私がいいと言うまでよ。』

 

「俺ぁ犬かよ。」

 

『ふふ、随分な駄犬だけど力を貸してあげるわ。…このままじゃ、あまりに浮かばれないもの。』

 

「……また彩の話か。」

 

『どうかしらね。』

 

 

 

果たして女神に託したところでどのような結果を呼び込むことになるのか。会話の後にふっと姿を消してしまった相変わらず胡散臭い千聖ちゃんだったが、今回の発言に関しては信じてもよさそうだ。

…というより、周囲の記憶が無い以上、千聖ちゃんに頼る他無い現実を突きつけられているのと同義なわけなのだから。

 

 

 

「……イヴ、お前は一体…。」

 

 

 

 




始まる。




<今回の設定更新>

○○:何かに巻き込まれているのか何かがおかしくなり始めているのか。
   最初は苛立ちしか感じなかった女神に頼もしさと信頼感を感じ始めている。
   仕事は出来る方。

千聖:女神。不思議パワーは匙加減。
   真相を全て知っているわけではなさそうだが…。


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2020/01/23 進展

 

 

『待たせたわね。』

 

「ほんとだよ。」

 

 

 

最近見ないと思えば何処にいたのやら。久々に自分のデスクの空きスペースで仁王立ちしている小さな千聖ちゃん。

あれから――イヴの一件があってから『待ちなさい』の一点張りで俺の近くに現れることもなかった女神さんだが、久々に見てもイマイチ崇める気にならない顔をしている。

 

 

 

「…で、進展はあったのか?」

 

 

 

あぁ、普通にデスクに向かって話しかけている俺に対しての周囲の視線が痛い。上司なんかは「また始まったよ」とでも言いたげだ。

ごめんな、暫く普通に過ごしてたんだがな。

 

 

 

『進展があったから出てきたんでしょ。』

 

「あそ。…で?」

 

『結果から言うとね、アナタの同棲相手…若宮イヴも私たちと同じような存在なの。』

 

「…女神ってこと?」

 

『詳細には女神ではないのだけれど…』

 

 

 

そりゃ、俺に対して尽くしてくれる様や完璧に身の回りの世話をしてくれる姿は女神のようだ。だが本当に人間じゃなかったとは。

…ありゃ?でもご近所さんとかはイヴのこと認識できていたと思うが…。

 

 

 

『方向性は似てるのよ。ただ完全に人間じゃないってわけでもない。』

 

「…ハーフ的な?」

 

『あら、犬にしては察しがいいじゃない?』

 

「そのイジリまだ続けんの。」

 

『ふふっ、冗談よ。…まぁ半人半神ってところかしらね。人の身には大きすぎる力を何らかのきっかけで手に入れてしまった()人間…。』

 

 

 

そうか、ベースは人間なのか。そしてその体のまま能力だけ手に入れてしまったと。

力というのはきっと時折千聖ちゃんが披露してくれるぷち超能力のようなものなんだろうが…。

 

 

 

「その力…ってのは結構影響力すごいもんなの?」

 

『そりゃね。暫くアナタから離れて世界()()()()の在り方を見てきたの。』

 

「意味がわからない。」

 

『まあ聞きなさい。…じゃあそうね、今あなたが存在している世界を一つの陶器の壺…水瓶のようなものだと思ってね。』

 

 

 

ほう。

 

 

 

「あのー、○○くん?」

 

 

『本来であればその水瓶は、注がれた水を溜める⇒必要に応じて注ぐ…だけの役割なわけで、それ以上もそれ以下もあってはいけないの。』

 

「ほうほう。」

 

『まぁ、世界が勝手にアレコレ考え出したらまずいでしょって意味ね。理に則って調和を取る事が世界の役目なんだから。』

 

「うん?うん、まあいいか。」

 

 

「…聞いてるかい?○○くん。」

 

 

 

成程な、地球は回り続けることが正解だ、みたいなもんか。…ドヤ顔の千聖ちゃんはちょっと可愛いな。

 

 

 

『ところが、私が先日見てきたものは…ええと、明らかに付け足されたような取っ手が付いている水瓶の姿だった。それもその中を水が通らないタイプのね。』

 

「水が通らないタイプ……あー、世界が干渉できていない…的な?」

 

『そうそう、そんな感じ。』

 

 

 

この子、思ったより頭良くないのかな。微妙に説明がわかりづらい。

 

 

 

『継ぎ目も丸分かりだし存在も不安定でね。…素人の仕事って感じよ。』

 

「ふむ。」

 

『それを根拠としてあちこちあたってみたら案の定…最近矢鱈滅多に世界変革の能力を使いまくってる輩がこの辺に居るってことでね。』

 

「…やべぇな。」

 

『それが私たちの母体でも把握できていない個人のものらしくって…最近力に目覚めた人間の仕業、という線が浮かんできたのよ。』

 

「よくわからんがわかった。…で、俺はどうすればいい。」

 

 

「…だめだ、また例の病気だ。もちょっと待ってね、ごめんね。」

 

「いえ、お気になさらず。」

 

「ごめんねぇ…。」

 

「だ、大丈夫ですっ!待てますっ!…ねっ、はーちゃんっ!」

 

 

 

結局のところ女神やら何やら、諸々の超常的な存在に対しての疑問や疑心は消え失せていた。…それどころか、次から次へと出てくる非日常の予感に寧ろワクワクしていた。

外野の声など聞こえないほどに。

 

 

 

『私ではまだ世界の内包物…要はアナタの身の周りの人間には干渉できないから…アナタには少しずつ若宮イヴの正体を暴いて欲しい。力に目覚めたきっかけやそれを行使する目的……そして、彩ちゃんをどうする気なのかを。』

 

「ッ!!」

 

 

 

久しぶりに聞いた。…懐かしくも愛しいその名前。思わず語気が荒くなってしまうのも許して欲しい。

 

 

 

「やっぱアイツも絡んでんのか…!おい千聖ッ!!俺はどうしたらいい!?俺は、アイツのためにどうしたらっ!?」

 

『あぁもう落ち着きなさい…。私も勿論彩ちゃんの為にできることはしたいもの!…今はまず落ち着いて、話を聞きなさい。』

 

「……あ、あぁ…すまん。」

 

 

「今日は一段とひどいねぇ…。」

 

「ちさと??」

 

「あぁうん。彼はよくその名前を呼ぶねぇ。」

 

「…………。」

 

「まぁなんだ、彼もぼっち歴長いから…仕方ないのかも…しれないんだけどさ。」

 

「しってますっ!いまじなりーふれんどって言うんですよね!!」

 

「そうなんだぁ。おじさん、そういうのは詳しくないからなぁ…。」

 

 

『さっきも言ったように、私は人間に干渉できない。だから大部分はアナタに動いてもらうことになるのだけれど…』

 

「あぁ。」

 

『それじゃああまりに心許ないし、今回のような事例は私たちの管理にも問題があったということで…ね。』

 

 

「○○くん!!いい加減に話を聞きたまえ!!」

 

 

「のわっ!?」

 

 

 

急に肩を掴んで揺さぶられる。千聖ちゃんが上下に分身した姿をみて間抜けな声を上げてしまった。

自分を呼び激昂する声の方を見れば禿げかかった頭を真っ赤にして怒り心頭の上司と、見たことのないスーツ姿の女性が二人、それぞれの気持ちを表した表情で立っていた。

 

 

 

「…ち、チーフ!?…何なんすかいきなり大きい声出して…」

 

「何なんすかじゃないよぉ!さっきから何度も呼んでいるのだがね!今日はキミが部下を持つ日だと言ってあったろうに!!」

 

「……ぁ。」

 

 

 

確かに、言われてみたら今日はそんな予定があったような気がする。だがこっちはそれどころじゃない。かつての嫁が大変なのだから。

…おまけに女神からミッションを貰ったときた。そんなの真面目に仕事なんかしている場合じゃ…ありゃ、さっき何か言いかけてたな千聖ちゃん。

 

 

 

「ま、まぁいい…ずっと待たせてしまって悪かったね二人とも。それじゃあ自己紹介を。」

 

「は、はい!!」

 

 

 

直前に叱られていたとは言えここから仕切り直しだ。改めて襟を正し、彼女らと向き合う…名刺の準備もしておこう。

まずはいかにもフレッシャーといった感じの幼い女性が一歩前へ出る。

 

 

 

「わ、私っ、今日からお世話になりますっ!い…市ヶ谷(いちがや)香澄(かすみ)ですっ!よろろ、よろしくおねがいしますっ!」

 

「…ふむ。」

 

 

 

市ヶ谷さんね…。薬指に光る真新しい指輪から察するに新婚さんなんだろうか。これだけ若そうなのに共働きで頑張ってくれるというのだから、旦那さんもさぞ幸せだろう。

…さて次。

 

 

 

戰場(いくさば)(はかな)です。……貴方の事は、千聖様よりお伺いしております。」

 

「………はい?」

 

「詳しくは、後ほど。…一先ず…ん"んっ。あたしっ、こーゆーお仕事初めてなんですけどぉ、精一杯頑張るのでよろしくっですぅ。」

 

「………。」

 

「………。」

 

「……………。」

 

 

 

何だろう。すげえ量の情報が一気に流れ込んできて頭が動かなくなったぞ。

 

 

 

((そう、そこの戰場を遣わせたから上手くやんなさい。彼女も若宮イヴと同じ、力に目覚めた人間だから。))

 

 

 

こいつ…脳内に直接…ッ!

 

そうして、俺に可愛い部下と頼もしい仲間?ができた。

上司は腑に落ちない顔をしていたが、どうやらここから俺は何かデカい物を相手に戦っていかなければいけないらしい。




さすがは女神の行動力




<今回の設定更新>

○○:傍から見たらすっかり異常者。
   ここ暫くまともに働いていただけに、そろそろ本気で入院させられそう。

千聖:可愛らしい女神。女神の中では中の上くらいの地位。
   この世界の生き物には干渉できないが事象や無機物にはある程度できるらしい。
   儚ちゃんとはそこそこに仲良し。

香澄:22歳。新婚さん。
   儚のことははーちゃんと呼び、可愛がっている。…と言っても、出会ったのは
   今日が初めて、それも会社の玄関からの数十メートルのみだが。
   設定としては、かつて香澄編のハロウィン回で登場したあの香澄。
   市ヶ谷有咲の兄・大樹と結婚している。
   笑顔が素敵。

儚:20歳(オリキャラ)。
  恐ろしく豊かな表情と声色は作りこんだキャラクターであり、社会を生きる上で
  無くてはならないものらしい。
  素は真逆で、表情も感情もほぼない。
  かつての事件をきっかけに千聖を盲信している。


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2020/02/18 邂逅

 

 

 

「せんぱぁい!わからないことがあります!」

 

「はいはい、何だね。」

 

「エクセルってどれですか!」

 

「……だから、その緑色のね…?」

 

 

 

世の中がどうだろうと、俺の身の回りがどうだろうと、仕事というのはまた別ベクトルで動き続けている。勝手に休むわけにもいかないし、況してや後輩・部下ができた今となってはよりドタバタと忙しく感じる。

正直、忙しくなるのは一人のせいなんだが…。

 

 

 

「市ヶ谷さん、さっきメモってたのはどうしたの?」

 

「あっ!うっかりでしたっ!」

 

「うっかりねぇ…いい加減アイコンくらいは覚えて欲しいものだけど…。」

 

「えへへ…機械弱いんですよぉ。」

 

「香澄ちゃん、よかったらこれ使って。」

 

「はーちゃん!…なにこのメモ。」

 

「ここ一週間くらい香澄ちゃんが言われてたことまとめてみた。わかんなかったらまずこれ見て……あまり○○さんに訊いてばっかりじゃ○○さんの仕事も進まないでしょ?」

 

「あったしかにっ!ありがとーっ!」

 

 

 

市ヶ谷香澄さんと戰場儚さん。つい先日俺の部下になる形で入社してきた二人だが、性格も仕事の出来も正反対。…正直、市ヶ谷さんに至っては事務作業のほとんどが向いていないような気さえする。

会社印を押させれば取っ手部分をへし折るし、デスク周りの掃除をしたらPCのモニタを床に落下させるし、PCの作業を任せれば直感でいろんなボタンを押しまくって危うく個人情報流出の一歩手前まで行くし…。簡単なところから、と方針を変えるとデスクトップのアイコンを覚えられないと来たもんだ。

対照的に戰場さんは、教えてもいないのに電話対応もデータ作成も卒なくこなすし、飲み会なんかでも器用に動き回る。それに、俺にとってみたら事の解決に繋がる数少ない協力者であって…。

 

 

 

「○○さん。」

 

「んぇ?あぁ、何?」

 

「千聖様は、あれから何か言っていましたか?」

 

「あぁ…。」

 

 

 

最近めっきり出現頻度が減った女神さまだったが、要所要所でリアルタイムな情報を伝えてくれている。…とは言え、以前も言っていたように、女神の力を持ってしてもこの世の理にまでは干渉できない。つまりは、齎す情報量にも行使できる奇跡の類にも限度があるわけで、結局のところ俺たち人間が決定打を打ち出す必要があるというわけだ。

この戰場さんは千聖ちゃんから俺の補佐を命じられているらしく、人の身でありながら女神界にも通じているというハイブリッドな存在なのだ。

 

 

 

「特に連絡があるわけじゃないが…ウチのイヴにな、戰場さんも会ってみたほうがいいかとは考えている。」

 

「ターゲットに私が接触して問題ないのですか?」

 

「問題あるかどうかは正直わからん。…だが、物事を大きく動かすにはそれ相応の一歩が」

 

『確かに、悪くはない案ね。』

 

「千聖ちゃんッ!」「千聖様!!」

 

 

 

二人の頭上、例の如くホログラムのような半身の女神が浮かんでいる。空間に投影された立体映像のように、こちらを見下ろしている千聖ちゃんだが、つい反応して声を出しちゃうくせ、何とかしないとな。

隣のデスクでチーフが「新人くんもそっち系なのか…」とボヤいているし、本格的に話を聞かれはじめでもしたら厄介だ。

 

 

 

「相変わらず出てくるときは急だな。」

 

『いいじゃない別に、寂しかったでしょ?』

 

「いや別」

 

「はいっ!千聖様を、首を長くしてお待ちしておりました!!」

 

『ふふっ、儚は相変わらず可愛いわね。』

 

 

 

戰場さん普通のトーンで喋っちゃってるもんなぁ…。チーフもますます険しい顔をしている。

 

 

 

「で、イヴの件だけどさ。」

 

『そうね。確かに、一度儚を会わせてみるのはいいかもね。』

 

「しかし、そこで拗れるようなことは…」

 

『うーん……一応現状でわかっていることなんだけど、若宮は自分の力に気付いていないのよ。』

 

 

 

女神曰く、イヴは恐らく超常の類にまだ出会っていないのではないかということだった。今判明しているだけでも引き起こされた奇跡は「世界改変」「存在定義変換」「認識改変」の三つらしい。

それぞれを噛み砕いて説明すると、「世界改変」は文字通り世界を変えること。小さなものから大きなものまで、例えば本来の人間史だとベルリンの壁はとうの昔に崩壊しているはずなのだが俺が今生きているこの世界では未だに隔たりとして存在している。そのほかにも、神だけが認知できる世界のズレが至る所で起きているらしく、今はこの地球が形を保っていられるのもまた奇跡だとか。

そして次、「存在定義変換」は事象や物体の存在に対する境界線を曖昧にする奇跡らしい。イヴが狙って引き起こしたかどうかは定かではないが、例えばコンクリートが光を透過するようになったり、ゴムが電気伝導帯になっていたりと、普段意識を向けていない場所で変化が起き始めているということだ。

そうして最後の「認識改変」だが、これが今の俺にとって一番必要な情報だったわけで。

 

 

 

「……じゃ、じゃあ、彩は…?」

 

『だから、その認識改変でね。…寂しいものよ、傍に居るのに気づいて貰えないっていうのは。』

 

「彩……。」

 

 

「あのー…さ。」

 

 

「…良かったですね、○○さん。」

 

「でも、それがわかっただけじゃどうしようもないわけだ。」

 

『そうね、根本的解決になってないもの。』

 

 

「○○くーん……。」

 

 

「では、早速今日にでも会いに行っていいですか。」

 

「あぁ、そうしよう。…そういや千聖ちゃんはあいつに見えないんだっけか。」

 

 

 

前にイヴの目の前で千聖ちゃんと会話していたこともあったがイヴには女神が見えていないようだった。そのことから察するに、イヴが超常を見たことがないというより見ることができないのかもしれない。

…勿論、その場合俺が見える意味も同時にわからなくなってしまうのだが。

 

 

 

「○○っ!!仕事をしたまえよっ!!」

 

 

「ひぃっ!?」

 

 

 

怒号。

チーフだけだと思って無視し続けていたが、いつの間にか常務まで事務所に来ていた。ヤバイ人に目をつけられた…俺は仕方なく、千聖ちゃんと戰場さんに目配せをしていそいそと仕事に戻るのだった。

 

 

 

「○○せんぱぁいっ!」

 

「……なに。」

 

「エクセルって」

 

「緑の奴ッ!!」

 

 

 

**

 

 

 

「それで、ターゲットはどういった人なんですか。」

 

 

 

無事仕事を終え、戰場さんを連れて自宅に向かう。念のためイヴには来客があることを伝えておいたが、どんな反応をするだろうか。

いざ玄関のドアを開けようとしたところで、戰場さんがそんな質問を投げてきた。

 

 

 

「どう……うーん、見た方が早いと思うけど…。」

 

「こ…怖い方ですか?」

 

「怖くはないかなぁ。怒ったのも見たことないくらい。」

 

「はぁ……分かりました、開けてください。」

 

「ま、まああんまり緊張しないで大丈夫だ。リラーックスリラーックス。」

 

 

 

イヴが在宅中ということで鍵のかかっていないドアを開ける。…と、同時に。

 

 

 

「おかえりなさいませでぇすっ!」

 

「…あ、あぁ、ただいま。」

 

「今日もいーっぱいお疲でしたか??私に会いたくて仕方が無かったですか~??ふふん。」

 

 

 

無駄にハイテンションなイヴが出迎えてくれた。いつもより心なしか無理なレベルで明るく振舞っている気さえする。最後のドヤ顔は何なんだ。

 

 

 

「ええと、こちら、今日連れて来るって言ってた新人の…」

 

「戰場儚です。お邪魔させていただきます、奥様。」

 

「ちょ、奥様ではねえよ。」

 

「…違うのですか?」

 

「あらぁ!これはこれはご丁寧に!うちの○○がお世話になってまぁす!」

 

「お前は俺の保護者か…」

 

 

 

よかった。戰場さんもニコニコしているし、導入としては悪くないだろう。あとは戰場さんがどれだけイヴを見てくれるか、どれだけの情報を得てくれるかだが――

 

 

 

「とりあえず奥の方までどうぞ!」

 

「あ、あぁ。」

 

「○○さん!お風呂湧いてますよぉ!」

 

「風呂?いや、客が来てるんだから、帰ってから入るよ。」

 

「えぇー?いつも帰ってきてまっすぐ入るじゃないですかぁ!ちゃんと沸かしたのにー。ぶーぶーです。」

 

 

 

グイグイと俺の腕を引っ張って浴室へ押し込もうとする女房担当。何だってそんなに風呂に入れたがるのだろうか。

もしや一目で戰場さんの素性を見抜き、その上で俺の入浴中に何かしら力の行使を…?

 

 

 

「ちょ、ちょっと待った、な!イヴ!」

 

「だめでぇす!」

 

「あっこら!やめなさいっ、来客中だぞぉ!」

 

 

 

力技では無理と判断したのか脇腹を擽りにかかる。人とは不思議なもので、いつも只管に癒しの極みを授けてくれていたこの無邪気な笑顔ですら今は策略のひとつに見えてしまっている。

このまま戰場さんとイヴを二人きりにするのは得策じゃない。俺の勘も、イメージの中の千聖ちゃんも必死に地団駄を踏んでいて、ここは俺がなんとしても食い止めなけりゃぁ…

 

 

 

「さすが御夫婦、仲良しですね。」

 

「………いや。」

 

「ごもっともです!イバラキさんも混ざりますかぁ!?」

 

「戰場です。私なんかが水を差すわけにはいきませんので。」

 

「イリゴマさんはこちょこちょ嫌いです??」

 

「戰場です。割と好きですが、○○様は奥様のモノでしょう。私なんかがスキンシップを図るわけには…」

 

「なるほど!サムライハートですね!イクシマさんっ!」

 

「…まぁ、日本人という意味では間違いではないかもしれません。…戰場です、近づきましたね。」

 

「では、お言葉に甘えちゃいましょう!すいーとすいーとです!…ちょーっとだけ待っててください、イ、イ……イスタンブ」

 

「戰場です。それではあちら…リビングの方で待機させていただきます。…あぁ○○様、大丈夫ですから。」

 

 

 

唐突に割り込んできた戰場さんの的外れな感想により展開された茶番を眺めていたが、これはこれで戰場さんに考えがありそうだ。言葉こそ同じトーンでの「行け」だったが、目ヂカラがハンパじゃなかった。さっさと済ましてこいとでも言いたいのだろうか。

…あちらにも千聖ちゃんが付いているだろうし、さっさと済ませてきちまおう。抵抗する力を緩め、脱衣所へ。すっかり手馴れた流れで仕事着を脱ぎ捨て、沸かしてあるという湯船へ――

 

 

 

「…おい待ちなさい。」

 

「何です??」

 

「何故君も脱いでいるのかね。」

 

「??…お背中お流ししますっ!」

 

「……………いやいやいや、」

 

 

 

お客さん居るんだから、行ってあげないと。奥様としては知らないけど大人としては良くない対応だぞ。

だから早くその水色……脱いだ服を着て柔らかそうな、じゃないお茶の一つでも戰場さんに…おしr、何なら晩飯も、そうだあいつ晩飯はどうすんだ。流石に招待して飯抜きで帰れってわけにはいかんよな。

 

 

 

「なぁイヴ、飯…………」

 

 

 

ふぅむ、全裸になると改めてわかる。流石のプロポーションだ。

これを抱いて寝りゃどんな疲れも一瞬で吹っ飛ぶだろうさ……。

 

 

 

「メシ??」

 

「いや、お客様もいらっしゃってるんだし、早めに済ませて上がろうな。」

 

「えぇー。」

 

「えーじゃない。大体何だってこんなタイミングで一緒に風呂なんか…」

 

「だってぇ!」

 

 

 

おっほ…飛びつくように抱きついてくる素敵な奥様。その感触に湧き上がる煩悩を抑えられそうにないが、心を鬼にして問い質さねばならん。…この火急すぎるスキンシップの応酬の理由を。

 

 

 

「だってぇ…いきなり綺麗な女性を連れてくるじゃないですかぁ。」

 

「綺麗…っていうより可愛い感じの」

 

「私、一緒に住んでるですよ?」

 

「そうだね。」

 

「私、○○さん大好きですよ?」

 

「そうだね。」

 

「私、不安ですよ?」

 

「そ……なんで?」

 

「フリンですっ!ウワキですっ!ヤグ」

 

「やめなさい。…いいかい、俺はそんな風にあの子を見ちゃいないよ?」

 

 

 

勢いに任せて何を口走ろうとしているんだ。意外とテレビっ子なのか、イヴ。

それは置いといても、だ。それじゃあ何か?今日の一連の流れは単純に嫉妬ゆえの行動であって、戰場さんの正体も俺たちの思惑もバレちゃ…

 

 

 

『…問題ないみたいね。』

 

「おまっ……!」

 

『はぁ…………相変わらず粗末なモノね。』

 

「どこ見てんだぁ!」

 

「私は、ずっとずっと○○さんだけを見てまぁす!!」

 

「ああもうありがとう!!」

 

『彩ちゃんが見たらどう思うかしらね、この光景。』

 

「…ッ!?」

 

「い、イヤですか!?イヤですかっ!?」

 

「嫌じゃないよ、そういうのじゃなくて…」

 

『ふぅん……見損なったわよクソ犬。』

 

「違うんだよちーちゃん!!」

 

「チーチャン!?私はイヴですっ!イーチャンでぇす!」

 

『…………………ぶふっ』

 

 

 

あいつめ…いきなり現れたかと思いきや引っ掻き回すだけ引っ掻き回した挙句吹き出して消えやがった…。大方今は戰場さんのもとにでも出ているんだろうが…ひとまずはこの状況を何とか彩にだけは知られないようにしないと。

浮気なんてそんなファンキーな真似俺は絶対にしたくない。今のこの状況?あんま見んな。

 

 

 

「イーチャンとお風呂入るです?」

 

「………入る。」

 

「やったぁ!…ここでいっぱいスキンシップしたら、イクサバさんと仲良くしててもぷんぷんしないでぇす!」

 

「…名前言えんじゃん。」

 

 

 

**

 

 

 

『結果として、若宮イヴは完全に無自覚な人間ってことね。』

 

「ああまあ…そうなるのかな。」

 

『儚も「仲良くなれそうだ」と頓珍漢なことを言っていたし…あなたもこのままで良いとか思ってるんじゃないでしょうね?』

 

「んなわけ無いだろ!俺は…」

 

 

 

俺が愛してるのは、彩だけだ。だからその為にもこうして脅威となる…

 

 

 

「脅威になるかな、アレ。」

 

『は?』

 

「だってさ、自分のことも、そういう事実があることもわかってないんだろ?戰場目の前にしようと千聖ちゃんがそこにいようと、全く普通だったじゃんかよ。」

 

 

 

悪用する恐れもないだろうし、危機がどうとかそんな大きな話にはならないんじゃないかっていう…

 

 

 

『あのねぇ…今の若宮イヴはこの世界を破壊するスイッチを知らずに握っている状態なのよ?』

 

「エェー大袈裟」

 

『要は無知は怖いってこと。私たちも色々調べてはいるけど、そもそも何が切欠で最初の改変が起きたか分からないのよ。彩ちゃんがそれに巻き込まれたのが()()()()()()なのかも。』

 

「……エェ」

 

『自分にそんな力があると気づいていない…そんな状態で()()じゃない事が起きてご覧なさい。何が起きるかなんて、それこそ神にもわかったもんじゃないわ。』

 

「じゃあどうしろと」

 

『そこの塩梅はあなた次第…まぁ、今日の対応はよかったんじゃないかしら。』

 

「エェマジィ?」

 

 

 

ただいつも通りイチャつい…同居人として過ごしていただけな気がするが。無論素晴らしいヒーリング効果だったが。とってもファンキーだったが!

 

 

 

「あれでいいのぉ?」

 

『…あそこまで露骨にやることやられると流石に…彩ちゃんには筒抜けになっちゃうけど』

 

「それは良くないってことじゃ」

 

『でも、儚にタクシーチケットを渡したのはまずまずね。紳士っぽかったわよ。』

 

「お。…千聖ちゃんもついうっかり惚れちゃったり」

 

『そういう調子に乗るところは彩ちゃんも苦手だって言ってたわ。』

 

「ちょ、おま」

 

『……精進することね。』

 

 

 

…果たして、積み重なった様々な誤解を直接解ける日はいつ来るのだろうか。

彩、もう少し待っててくれ。

 

 

 




でぇす。




<今回の設定更新>

○○:立場が強いんだか弱いんだかわかんない。
   ただイヴのことも決して嫌いなわけじゃないというのが悩みどころ。
   テレビっ子。

千聖:今日も元気に掻き回す。
   話題と空気のフードプロセッサー。
   女神は今日もほくそ笑む。
   なんかすっげぇ難しい事垂れてましたが特に気にしなくていいです。

イヴ:意外とヤキモチ妬き。
   主人公が好きすぎて、いつもは我慢している一緒に入浴欲求が止まらなく
   なってしまった。

儚:素でこんな感じ。最初の自己紹介で出しちゃったキャラは満場一致で不評
  だったのでやめちゃいました☆
   
香澄:おばか。かわいい。機械音痴。


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2020/03/31 逆転

 

 

 

「○○くん…○○くん、私の声、聞こえる…?」

 

「ん…………?」

 

「○○くん……やっぱり、まだ近づけて無いのかな…?」

 

「んん…??」

 

「千聖ちゃんは「もうそろそろ何かが変わる頃だ」って言ってたのになぁ……。」

 

「……ん、んぅ。」

 

「……○○くん。私、待ってるからね。…ずっと、傍で見守ってるから…。」

 

「………君、は…?」

 

「…あでも、あんまり浮気しちゃだめだよ?」

 

 

 

**

 

 

 

「彩ァ!!」

 

 

 

懐かしい声を聴いた気がする。懐かしい温もりに触れた気がしたんだ。

自分の声の煩さに目を開けてみれば見慣れた天井があり、次いで見えた窓の外には日が傾き始めた日常が映っている。そうか、イヴと入れ替わる様にして布団に潜り込んだのが朝の八時半頃…時計がないこの部屋だが、感覚的に六時間程は眠っただろうか。

夢にまで見るとは、希望というのは本当に残酷なものである。…あいつが現れるまでは悲嘆に暮れる一方だったのに。

 

 

 

『昼過ぎの起床とは良いご身分ね。』

 

「…おはよ。」

 

『おはよう。…どう?聞こえたかしら?』

 

「……お前が噛んでんのか、あの夢。」

 

『その言い様だと、声くらいは聞こえた…って感じかしらね。』

 

 

 

珍しく大きい頭身…限りなく人間に近いサイズの全身像で枕元に立つ女神様。仰向けで寝ている俺の枕元に立っている訳だから、当然スカートの中身が

 

 

 

『こーら。いい度胸ね?』

 

「…じゃあそこに立たなきゃいいだろ。…で、さっきの彩の声は一体。」

 

『……小さな、とはいえ確かな変化があったの。』

 

 

 

千聖ちゃん曰く、女神界の方で報告が上がってきたのが数日前。若宮イヴによって引き起こされた世界改変が今までと違う方向に作用したとか何とか。

プラス方向に動き続けていたものが急激にマイナス方向の力量を持ち始めたとか…正直寝起きの頭にはキツ過ぎる話題をベラベラと展開してくれた。

 

 

 

『ここで注意が必要なのは、改変は起こり続けているという事。』

 

「あ?…プラスに変わり続けていたものがマイナス数値を出したんだろ?少し元の状態に戻ったわけじゃねえのか?」

 

『それは飽く迄例えの上であって…ああもう、本当にポンコツね、この駄犬。』

 

「絶対言い過ぎだと思う。」

 

 

 

だが何となく掴めてきた。恐らく俺の理論を図にすると、

 

→→→…→"←"となれば最後の"←"分事態が収束しているのではないか、ということになり。

 

千聖ちゃんが説明するのはそうではなく、

 

→→→…と来るならば、"←"ではなく"-→"が生じなければ事態に収束は見られないという事になるわけだ。意味が分からないって?同意しよう。

 

 

 

「…つまりはアレだ、やり過ぎちゃったことに対して無茶な修正をしようとした結果…って訳か。」

 

『若宮イヴに修正の意思があったかはわからないけどね。…けれども奇しくも、事態は始点に近付いたのよ。』

 

「……それと彩の声に、関係が?」

 

 

 

雰囲気は把握できたが、イマイチその世界改変と彩の関係性が見えてこない。結局若宮イヴという特異点をどうにかしなければ最愛の彼女にも会えないのだろうし。

 

 

 

『前にも言ったでしょ。彩ちゃんは居るのよ、あなたの傍に。』

 

「…そう言われてもな。」

 

 

 

こちとら数カ月に渡り廃人生活を余儀なくされるほど落ち込んでたんだ。今更そんなことを言われてもいまいち信用できない。

 

 

 

『…今は何も聞こえないのでしょう?』

 

「うん。」

 

『……なるほどね。睡眠中…それも夢を見ている状態って、精神の存在が曖昧になるのよ。…だから、ほんの揺らぎ程度の要素でも干渉できる。』

 

「その揺らぎってのは、彩のことか?」

 

『ええ。マイナス方向の改変だなんて、ある種珍しいもの。あなたも大好きな彩ちゃんの声が聞けて、win-winでしょ?』

 

「ううむ……。」

 

 

 

その説明が先に在ればと、悔やんでも悔やみきれない。知っていれば、分かっていれば…少しでも言葉を掛けてあげることが出来たろうに。

歯噛みする俺に対して、珍しくも優し気な女神が静かに説く。

 

 

 

『……あなたの声は、いつだって彩ちゃんに届いているのよ。』

 

「…だから?」

 

『筒抜けだって言ったでしょ。今だってあなたの傍に居るんだから、伝えたいことがあるなら言ってあげなさい。言い辛ければ…私は少し姿を消すから。』

 

 

 

…この子、気遣いとか出来たのか。

 

 

 

『…ちょっと、いいシーンなんだから失礼なこと言うんじゃないわよ。』

 

「思考まで筒抜けなのはどうなのかと思うぞ?」

 

『……女神だもの。』

 

「…まあいいや。それじゃあ今は一言だけ。…彩、お前に言いたいことは沢山ある。…だが、全部お前を見つけ出してから、真正面からぶつけてやるつもりだ。」

 

『………。』

 

「…それまで、見守っててくれ。」

 

 

 

全てが終わった後でなきゃ意味がない。…それに、今吐き出したら俺も潰れてしまいそうだし。

折れるわけにはいかない…世界がどうとかは知ったこっちゃないが、お前の居ない毎日なんか…!

 

 

 

「…誰とおしゃべりしてるです??」

 

「!!」

 

 

 

寝室に入って来るイヴ。つい癖で通常ボリュームの会話を繰り広げて仕舞っていたが、リビングにまで聞こえて居たというのか。

その目にはいつもの様な活力は見えず、ドアから顔を覗かせただけで入ってこようとはしない。

 

 

 

「…ど、どした?イヴ?」

 

「……別に。ただ楽しそうなおしゃべり声が聞こえたもので。」

 

「……そ、そうかなぁ!?…いやぁあははは、最近独り言が大きくてさぁ!」

 

「…それより、随分と早起きですね。」

 

「それはその…ほら、幾ら長期の休暇とは言え、昼夜逆転が続いちゃマズいだろ!?少しずつ直していかないとなーなんて!」

 

 

 

今は只管に怖い。千聖ちゃんの提案もあり、ある程度イヴの調査と改変の手掛かりが見つかるまでの間休暇を取っている俺。勿論趣味やら友人との交流に割く時間もある訳で、気付けばすっかり夜型になってしまっていたのだ。

そう考えてみると、十四時台の今俺が起きているのは非常に珍しい状況と言えよう。

 

 

 

「…じゃ、じゃあ、夜一緒に寝てくれるです?」

 

「…はぇ?」

 

 

 

少しハイライトの戻った瞳でここぞとばかりに上目遣いを披露する、イヴ。くそぅ、反則級の可愛さだ…というか、そこが理由でここ数日機嫌悪かったのか…。

 

 

 

『…どうするのよ。』

 

「どうもこうも、どうしようもないだろ。」

 

 

 

ただ単に夜型だったわけではなく、イヴが寝た後の方が気兼ねなく千聖ちゃんと情報共有ができるというメリットもあったのだが。

不審そうに眉を顰める女神さまの姿に、言い様も無く後ろめたい気持ちになる。

 

 

 

『…彩ちゃん、見てるのよ?』

 

「わーってるっての…」

 

「む。また一人でおしゃべりしてるです…。」

 

「あ、ああ!いや、その…」

 

「むぅ……そんなに私と寝るのは嫌ですか。」

 

「嫌って言うか何と言うか…」

 

「…それとも、そこに居る金髪のお姉さんと関係があるですか。」

 

「!?」

 

 

 

慌てて姿を消す千聖ちゃん。俺の目の前、千聖ちゃんが立っている空間をジィーっと凝視していたイヴだったが、暫くしてくしくしと目を擦るとその目を丸くする。

 

 

 

「…ぁ、すみません。私の見間違いでした。…透けてる女性のマボロシを見るなんて…それもこれも、○○さんが放っておくせいです!責任取るです!」

 

「………ぁ…ぁ……!」

 

「あ、え、あ、すみません!責任は言い過ぎでした。…「イヴさんは重い所がある」って、イクサバさんにも言われたばっかりでしたのに…。」

 

 

 

勝手に自己完結してくれる彼女に少し救われたところもあるのだが、どういう事だろう。彼女に神の存在は認知できないんじゃ?

テンパりつつも何とか事態を収束させようと、ここは要求を呑んでおくことに。

 

 

 

「…彩、すまん……。」

 

「う?…私、アヤじゃないですよ。イーチャンです。」

 

「……わかったよイヴ。今日からはまた一緒に寝よ。…ッ痛!?」

 

 

 

言い終わるや否や背中を何かに叩かれた。いや、本当にね?申し訳ないと思ってるよ?でもほら、一番愛しているのは彩っていう事実もぶれていないし、心までは浮気性なところもないし…。

ドンドン、続けて二度、背中を強く叩かれる。心を読んでくる感じ、千聖ちゃんだな。

 

 

 

『あなた、その内本当に愛想尽かされるわよ。』

 

(…その時は千聖ちゃんが貰ってくれ…)

 

『…そういうとこだってば。』

 

 

 

何がトリガーかは分からないが、世界は確かに変わりつつあるらしい。

このまま彩のあの可愛らしい顔を一日も早く拝めるようになってくれたらいいのに。

 

 

 




一途ですからね。




<今回の設定更新>

○○:元々夜型だったこともあり、仕事が無く気を緩めるとすぐに昼夜逆転
   生活に。今はイヴが家事全般を熟すから良いとして、彩と二人で過ご
   していた頃はそれはもう凄惨な部屋になっていたとか。
   浮気性じゃないんだよ、本当に。

千聖:出し入れ自由な女神。
   若宮イヴを監視対象と言いつつも、何だかんだでずっと見ているのは
   主人公であったりする。
   はいてない。

イヴ:嫉妬がもう…。
   主人公の生活リズムが変わりご立腹な模様。
   大好きなんです。

彩:声だけの出演。わふぅ。


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2020/06/02 的中

 

 

 

『ほらそこ、また間違えてる。』

 

「………。」

 

『もう。付箋で色分けしなさいって昨日も言ったでしょ?そんなだから資料も刷り直しになるのよ。』

 

「…………。」

 

『昨日残業に付き合ってあげたのは誰だったかしら?私が居なければ完成まで漕ぎ着けられなかっただろうけど。』

 

「……うるっせぇ!!!」

 

「ぉわっ。」

 

 

 

少しは頼りになるだとか気を許してしまった俺が間違いだった。この女神とか言う存在、非常にうざい。

あれ以来大きな進展の無い"世界云々"の話は兎も角、勤務時間まで監視されているというのはどうなの。

視界の端で驚きのあまり椅子ごとひっくり返っているチーフには悪いが、大声を上げたのは俺であって俺じゃない。俺は、()()()()()()()のだ。

 

 

 

「…てめぇもうちっと静かにしてくれねぇかなぁ?」

 

『…口の利き方から教えなきゃダメかしら?』

 

「うっせぇ!てめぇは俺の母ちゃんか!!」

 

『あなたの様なデキの悪い人が私の息子なわけないでしょ?…それとも、私の大切なところを通りたいとか言う曲がった性癖を――』

 

「あぁぁあああ!!!!!!」

 

 

 

デスクの正面にある少し開けた空間で己の身体を両腕で抱きくねくねと腰をくねらせる女神。非常に鬱陶しい。

…が、ソレを挟んだ対岸でこちらを見詰める戰場さんの表情を見る限り、彼女はそう思っていなさそうだ。

 

 

 

「…あの、○○くん?」

 

「あぁ!?何すかチーフ!!」

 

「……キレッキレだねぇ。何というかその…また、チサトちゃん?が見えてるのかな?」

 

「そうっす。もう鬱陶しくてたまんないっすよ!」

 

「………君一人なら兎も角新人君もだからなぁ。…なるべく、抑え目で、ね?」

 

「はあ。」

 

『あなたがあんまり大声出すから怒られたじゃないの。』

 

「てめぇのせいだろうが…!」

 

 

 

進展はないが、チーフを始めとした周囲の人間が千聖ちゃんを認識始めている様な節がある。…それが、千聖ちゃんを認識しているのか俺や戰場さんの奇行に諦め始めているのかは分からないが。

あぁそうそう。ついでにもう一つ、大きな変化が起きていて。

 

 

 

『ッ!?……ど、どこ撫でてんのよ!』

 

「尻。」

 

『馬鹿じゃないの!?まだ昼間よ!?』

 

「女神、ぶれてる、キャラ。」

 

「千聖様!!」

 

『儚!この変態を、どうにかなさい!』

 

「わ、私も、撫でても、宜しいでしょうか!?」

 

『もう!馬鹿!!』

 

「ま、間違えました!…○○さん!」

 

「あん?」

 

「撫でるなら、私の尻にしてください!!」

 

『それもそれでどうかと思うわ!』

 

 

 

体現する為に徐にとった行動のせいで戰場さんまでこちらに来てしまう事態となったが、要するに俺から千聖ちゃんに触れるようになったのだ。

勿論、普段の様に中途半端な姿で浮かんでいる時や脳内に直接話しかけてくる時には無理だ。だが、こうして等身大のフルボディで現れた時のみ、物理的干渉が行えるようになったのだ。これが、何を意味するのかというと――

 

 

 

『あ、あなたね!いつ迄撫で続けるつもり!?』

 

「あぁごめん、考え事してた。」

 

「…成程、若宮イヴですか。」

 

「多分な。」

 

『……覚えときなさいよ。』

 

「柔っこかったぞ。」

 

『死ね。』

 

 

 

戰場さんもある程度の予想は付いていたか。まぁ現状存在定義レベルで認識を変えられる人間など一人しかいない訳だ。

以前イヴは千聖ちゃんが見えていると言った。目の錯覚だと納得したようだったが、アレは確かに始まりの邂逅だったであろう。

ここからは俺の推測でしかないが、無意識の内に世界を捻じ曲げてしまうのがイヴだとしたら、彼女が「存在する」と確信したものは存在してしまうし「不要だ」と思えば消えてしまうんじゃなかろうか。

意志があっての変化ではなく、思考した事によっての発見だとしたら?…迂闊にアレコレと空想する隙を与えるわけにもいくまい。

 

 

 

『まぁ、そうでしょうね。』

 

「思考を読むな。」

 

『女神だもの。』

 

「しかし、その仮説が正しいのだとすると…我々の行為は却って逆効果なのでは?」

 

「あー。」

 

『…今回に至っては私が姿を見られたのがそもそものきっかけだしね。あまりボロを出さない方がいいのかもしれないわね。』

 

 

 

知ってしまえば何が起こるか分からない。

…無意識とは、恐ろしいものだ。

 

 

 

「…あっ。」

 

『??』

 

「○○さん。」

 

「ん。」

 

「婚約者の…ええと、丸山さん、でしたか?」

 

「ッ!……あ、あぁ。それが、どうかしたか?」

 

「丸山さんの事を、嘗ての○○さんは若宮イヴに話していましたか?」

 

「……どういうことだ?」

 

 

 

戰場さんの考えはこうだ。

女神サイドの主張である「丸山彩は失踪ではなく存在が曖昧になっている」のを前提とすると、改変前の世界に於いて俺の同僚だったイヴが何らかのきっかけで彩について知り…彩を不要・或いは邪魔なものだと考えてしまったのではないか。と。

確かにその説で行けば彩は消滅ないし認識できない状態になるかもしれない。だが、それだけでこうも世界規模の影響が出るだろうか。仮に彩を消す必要があったとして、周囲の人間の記憶を改変する必要もあったとする。…では、何故自分についての記憶も改変したのか。

 

 

 

『…じゃあ何、彼女の狙い=彩ちゃんを消すことではない、ってこと?』

 

「もう何が何だかわからん…。」

 

「つまりは、彼女の狙いは○○さんにあるかもしれないということです。」

 

「…どういうこと?」

 

『考えることも出来なくなっちゃったの?』

 

「いいから説明、ほれ、はよ。」

 

『~~~~。……説明が終わったら多少はまともな態度になる事を祈っているわ。』

 

 

 

納得いかない顔の千聖ちゃん。そっちこそ、高圧的な態度をやめてくれたらこっちも色々考えるのに。

 

 

 

『いい?これだけ世界が変わりつつある中で、改変前の記憶を持ってるのは○○だけなのよ。』

 

「そう…だな。」

 

『そして現在観測されている中で最も個人的とされる小規模なものは全てあなたの周りで起きているの。彩ちゃんの件も含めて、ね。』

 

「……。」

 

「変わったものの中には○○さんと若宮イヴの関係性もあったはずです。」

 

「…いや、それは違うだろ。」

 

 

 

確かにただの同僚だったイヴは今では同棲するほどの仲になっている…が、それは飽く迄双方の同意によるものであり、世界改変によって突如として得てしまった結果ではない。

俺が決めたこと、俺の意思だ。

 

 

 

「だとしても、です。」

 

『…いい加減現実に目を向けなさい。強大な力をもった人間がどんな考えに至るか…あなただってその辺の予想くらいできるでしょう。』

 

「……ちがう。」

 

 

 

あいつは。イヴは、彩を失ってどん底まで落ちた俺に寄り添ってくれた。ここまで面倒を見てくれた。

裏でどんな力が働いているかは知らないが、少なくとも歪んだ想いを抱く様な子では無い。と、今だけでも俺は信じていたい。

力を疑う事と、事の発端を追う事、あいつ自身を疑う事は全て別問題なのだから。

 

 

 

「いいか千聖ちゃん。これは俺の決定、俺の意思だ。……確証も無ぇのに、あいつを悪く言ってんじゃねえ。」

 

『…。』

 

「しかし、○○さん…!」

 

『いや、いいわ儚。』

 

「そんな!?」

 

『…私だって一応女神の端くれ。人の心が分からない訳では無いもの。……今のあなたにとってみれば恩人も同様だものね。』

 

「ああ。」

 

『一つ教えて。…あなたが心から一番に愛しているのは彩ちゃんよね?』

 

「当たり前だろ。」

 

『…それなら、彩ちゃんを陥れようとする何者かの正体を掴んだ時は…逃げずに、情を掛ける事無く闘うと、約束できる?』

 

「……………ああ。」

 

『……私達を、あまり失望させないでね。』

 

 

 

わかってる。千聖ちゃんが何を言いたいのかだって、彩が今どんな気持ちでいるかだって。

だけど、事実温もりはあったんだ。小さな希望にくらい、賭けてみてもいいじゃないか。

 

 

 

「失礼しまぁす!!」

 

 

 

重い空気をかき消すように、勢いよく事務所のドアを開け入ってきたのは市ヶ谷さんだった。いやいや、自分の部署に「失礼します」って…。

正直なところ外に出ていた事すら気付いていなかったが……よく見ると後ろに誰かいる。来客だろうか。

 

 

 

「香澄ちゃん…ここに入る時は、失礼しますって言わなくていいんだよ…。」

 

「あっ!…そうだった…メモ、取らないと…!」

 

「それで市ヶ谷さん、元気いっぱいだけど良い事でもあったの?」

 

「はい!お客さんが見えてますよ!○○さんに!」

 

 

 

俺に?

はて、今日はアポイントメントも何もなかった気がするが…。

メモを取りながらいそいそと自分のデスクへ向かう市ケ谷さんの後ろから出てきたのは、もうこの場所では見ることも無いだろうと思っていた人物。

 

 

 

「失礼しまぁす!○○さぁん!」

 

 

 

若宮、イヴ。

見慣れている筈の彼女の姿に、鳩尾の辺りがギュウと痛む感覚を覚えた。何だってこんなタイミングで。

入り口に近かったチーフが一先ず相手をしてくれているが、こちとらさっきの今だ。どんな失態をやらかしてしまうか分からない以上迂闊に動かない事が最善策と言えるだろう。

 

 

 

「イヴ、お前どうして職場なんかに…?」

 

「○○さんったら、おべんと忘れて行っちゃうんですもん!お届けに参ったでござるです!」

 

「あー…。」

 

「何だい何だい○○くん。こんな綺麗な恋人が居るだなんて、初耳だよー。」

 

 

 

…やはりチーフの記憶には欠片も残っちゃいない、か。

面と向かっても思い出さないとは、最早洗脳の域なんじゃないか…?

ヘラヘラと面倒な上司をスルーしてイヴの元へ。今時誰も使わないような古風な唐草模様の風呂敷を受け取る……おぉ、重いなこれ…何入ってんだ。

 

 

 

「さんきゅ、イヴ。…でも、態々届けてくれなくても…大変だったろ?」

 

「ナンノソノ、です!通い慣れた道ですし、何よりも折角作ったので食べて頂きたくて!…えへへ。」

 

「………そうか。」

 

 

 

少し前までの俺ならば阿呆面晒して「うわぁ結婚したい」とでもほざいていたかもしれない。それくらい、目の前の彼女は儚く可憐な良い子だった。

が、まさかこうもすんなり接近できるとは思っていなかったのだろう。

 

 

 

「…にしても多くないか?」

 

「えへへ、ちょっと張り切り過ぎちゃいましたかね。…よかったら、イクサバさんと、カスミさんと、女神様とも一緒に食べちゃってください!今日のは自信作なんですっ!」

 

「……何だって?」

 

「あっ!お、お忙しかったですか??○○さんに会いたい一心でつい急な訪問を…」

 

「いや、そうでもないけど…。」

 

「良かったぁ!あまり忙しくならないようにって祈ってみたんですけど、上手くいったみたいです!」

 

「……祈った…のか?」

 

 

 

イヴがもう少し慎重な性格であれば、俺は一生見つからない答えを探し続ける羽目になったやも知れない。

彼女は確かに「祈った」と言った。「上手くいった」とも言った。

それはつまり。

 

 

 

「私、お祈りをすることで願いを叶えられるんです!…と言っても、信じられないですよね…へへ…。」

 

「……ッ!!」

 

「ずっとずっと、○○さんのお役に立ちたい、もっと傍に居たい…って毎日祈っていたんですよ?…だから、今はお傍でお仕え出来て幸せです。」

 

「……イヴ。」

 

「はい??」

 

「……俺、お前に婚約者の話、したっけ…?」

 

「…はい!アヤさんとか言う…」

 

 

 

嗚呼。

神とやらが居るなら教えてくれ。

俺は一体何を憎めばいい?俺は一体何を信じればいい?

 

 

 

「……○○さん……ッ!?」

 

『○○っ!!』

 

 

 

足元が崩れ去る様な、酷く覚束ない感覚に続いて襲ってきたのはブラックアウト。

奇しくも、無邪気の内に語られてしまった確証に俺の思考は止まり。体が現実を直視することを拒否したのだ。

 

遠ざかる意識の中で聞いた声だけが確かに響いていて。

俺の意識は、ここで途切れた。

 

 

 




ちーちゃん監修。




<今回の設定更新>

○○:別に女神さまを性的な視線で見てるとかそういう事は全くございません。
   疑心暗鬼の末、昏倒。

千聖:砕けた関係になりつつあるが立派な神様の一人です。
   あまり人に認識されないってだけでほぼ普通の女の人。

儚:頭は回るが情が理解できない。

香澄:奔放。

チーフ:「みんな仕事して…」


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【音楽】奏
2019/11/14 一曲目 愛し君へ


新シリーズです。


 

 

 

今、私たちの身の回りには素敵な音楽が無数に散らばっている。

それは、大きな会場を揺らすほどの熱気を纏った歌声であるかもしれない。はたまたそれは、小鳥の囀りの様な小さな"音"であったり、放課後の空き教室から静かに響く誰かのハミングであったり…

そういった全ての音楽には意思があり、意味がある。

 

メロディに織り込まれた情景を、歌詞という呪文として綴られた物語を。

まるで大きな波に飲み込まれたように、音楽が私の心を打つ度に込み上げるこのストーリーを只此処に記さん。

 

 

 

**

 

 

 

「おや、美咲。」

 

「…ん、あんたか。…また何か書いてたわけ?」

 

「何かとはなんだね。これはれっきとした作品だぞ?」

 

「ふーん…?」

 

「今日はね、丁度君をモチーフにして書いたんだが…良ければ読んでみないかね。」

 

「……えぇー…。」

 

「露骨に嫌そうな顔じゃあないか。」

 

「だって、あんたの書く作品ってあれでしょ?気に入った歌の歌詞から物語を興すっていう…」

 

「まぁまぁいいじゃないか。ほら。」

 

「………つまんなかったらグーで殴るかんね。」

 

「受けて立とう。」

 

 

 

* * *

 

 

 

嗚呼。最愛の君よ。

 

今、君に僕は見えているだろうか。

 

今、君に僕が感じられるだろうか。

 

今も尚、僕の愛が届いているだろうか。

 

 

 

美咲。

 

その名を、もう何度も何度も。何度も何度も何度も口にしたはずなのに。

君は振り返ることなく、立ち止まることも無く行ってしまった。

 

誰がどう悪いということも無く、誰かが正しかったわけでも無い。

 

いっそ抱きしめたまま離さなければよかった。離したく、なかった。

 

ずっとそのまま傍に居て欲しかったのに。

僕の傍で、何も問わずに微笑んで居て欲しかっただけなのに。

 

 

 

つまるところ、僕には決定的に足りていなかったのだ。

最後まで君の事を信じ抜ける…確かな力が。

 

例えば一時、偽りの言葉であったとしても。

「君を愛している」――そう素直に伝えられていたならばどうだったろう。

僕は、失わずに済んだだろうか。

 

 

 

こうしている間にも夜は更け、空が白み、また日の光が射し込んでしまう。

 

その眩い程憎らしい明日の光に、僕の中の君が掻き消されてしまいそうで。

僕の中の夜も、つられて明けてしまうような気がして。

……弱い僕はただ眠り続けることで自分を偽った。目を背け続けたのだ。

 

遠い記憶。微睡の中夢に見た、あの日溜りの中で微笑むのは且つての君か、それとも―――

 

 

 

嗚呼。最愛の君よ。美しく咲く君よ。

 

今、君は何処にいるのだろうか。

 

今も尚、あの柔らかい微笑みを湛えているであろうか。

 

今も尚、何処かで誰かを、その嫋やかな愛で包んでいるのだろうか。

 

 

 

叶うならば、今すぐ会いに往きたい。

今すぐ駆け寄って、叶わなかった想いを…全ての僕の素直を君に。

 

 

 

気付けばふっと消えてしまうような、一時の幻影でもいいから。

 

 

 

* * *

 

 

 

「………。」

 

「……………。」

 

「〇〇。」

 

「何だね。」

 

「グーで殴っていいんだっけ?」

 

「……本気か?」

 

「…何、あんたあたしの事好きなわけ?」

 

「全然、全く、これっぽっちも。」

 

「やっぱ殴らせて。」

 

「おいおい!それは物語が面白くなかった時の罰だろう!私情を挟むのは違うんじゃないかね。」

 

「…どうしてこんな恥ずかしいこと書けんの?ポエムじゃん、これ。」

 

「ある歌を聞いて、美咲のことを考えるとな…この苦しくも切ない情景が浮かんだのだよ。」

 

「ふーん…。」

 

「面白かったかね?」

 

「…あたし、そんな賢いわけじゃないからさ。まともに感想訊かれると困っちゃうけど……まぁ、悪くないんじゃない?」

 

「それだけ?」

 

「……この中の人が、すっごく…その、美咲って人を愛して求めているんだなって思った。」

 

「うむうむ。伝わったようで何よりだ。」

 

「あそ。…ねえ、やっぱりあんたあたしのことっ」

 

「そら、このイヤホンを付け給え。」

 

「あっ、ちょ!?」

 

「今一度、素敵な調べに心を委ねると良い。」

 

 

 

"愛し君へ"

 

 

 

 




新シリーズは少し変わった雰囲気のお話です。
飽く迄主人公は〇〇ですが、絡むキャラクターは色々と出てくると思います。




<今回の設定>

〇〇:素性が一切分からない、謎の男。
   その癖接しやすく、不思議と交友関係は広い。
   いつも古いMP3プレーヤーを持ち歩いている。

美咲:主人公とはいつどこで知り合ったのか覚えていないが
   ミステリアスで退屈しないな~という印象。
   色恋沙汰には疎く、その手の話題にも弱い。
   誰かを好きになったことも好かれたこともない。


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2019/11/29 二曲目 まじかるくっきんぐ

 

 

 

歌詞とは言葉。言葉とは想い。

時に人は己の想いを誰にも打ち明けられず、それでも留めておく事ができず…

身近にあるもの、そう例えば何気ないノートや日記帳なんかに吐き出すこともある。

 

人によってはそれを揶揄ったり馬鹿にしたりと、嘲笑うこともあるのかもしれないがそれは間違いで。

想いの速さに身を任せ、想いの強さに腕を動かし、想いの丈を書き殴る。これ程までに純粋な人の心が表れる…所謂"ポエム"と呼ばれる其れ等こそ、愛するべき物なのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「…あら?あなたは…」

 

「奇遇だね紗夜。今帰りかね?」

 

「ええ……また日菜の所に?」

 

「まあそのようなものだよ。…ああそうそう、時に紗夜。」

 

「何でしょう。」

 

「帰りということは、今ほんの少しだけなら時間を頂けるだろうか?」

 

「……また作品を読めと、そういうことでしょうか?」

 

「察しが良くて助かるよ。つい今しがた思いついた物なんだが…。」

 

「例によって私がモチーフなのでしょう?」

 

「ああ。日菜の元を訪れて君について考えるというのも可笑しい話かもしれないが…閃とはそういうものだ。」

 

「わからなくはない話ですね。理解できる事象ではないけれど。」

 

「ふむ。……それでは、そこの喫茶店にでも入ろうか。」

 

「『羽沢珈琲店』…?まぁ初めて行く店でもないですし、いいですよ。」

 

「そうかねそうかね。今日は私の奢りだ。」

 

「あら、紳士ぶるおつもりで?」

 

「いやぁ、はっはっは。」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

"あなたを見ています"

 

"だけれどもその視線に 熱が篭もり過ぎていないか心配で"

 

"ドキドキと早鐘を打つこの(ハート)に 気づかれてしまいそうで"

 

"溶けてしまいそうなこの気持ちは あなたがくれたものなのでしょうか"

 

"あの日教わった まるで魔法のようなレシピで掻き乱される私"

 

"これが恋という料理(モノ)ならば その隠し味はきっと、沢山の砂糖(シュガー)とほんの少しの刺激(スパイス)"

 

 

 

「…ふぅ。」

 

 

 

 あの日以来、どうしても貴女の一生懸命な表情が、直向きで真っ直ぐな瞳が、涼やかに響く声が、軽やかに動く細い指が…そのどれもが頭から離れないのです。

 少しでも気を緩めたならば、まるで堰を切るかのようにその想いが溢れてしまいそう。

 

 …嗚呼、貴女の元に行きたい。またお菓子作りを教わる()()をしながら貴女のことを深く知りたい。

 勇気を出してあの扉を押せば会えるだろうに、私の足はそれ以上は踏み出してくれないのです。

 

 

 

「…はぁ。」

 

 

 

 出てくるのはため息ばかり。わかっています…これが想いを封じ込めている蓋から漏れ出る"想いの隙間風"だってこと。

 もしも全て吐き出せてしまえたら、すべてぶつける事ができたら、貴女はどんな顔をして受け止めてくれるのでしょうか。

 

 

 

「んん"っ…。」

 

「…私の本当の気持ち、聞いて…ください。」

 

「~~~~~~~~ッ!!!!!」

 

 

 

 何を言っているの私は。だってこんなの、私らしくもなければ恥ずかしすぎる。

 …………言えるわけがない。こんなに欲張りで甘すぎる秘密。

 それでもきっと止めることはできない。…届けたい、私が蕩けてしまう前に。

 

 この気持ちも、貴女に伝えたい言葉(リリック)も…焦げ付いてしまう程熱い想い。

 貴女のことを思い浮かべるだけでときめきを伝えて止まないこの心。その胸の内に秘めた気持ちはほんのりビターなガナッシュのよう。

 

 誰にも打ち明けられない。勿論貴女にも。

 …でも、この小さなキャンバスに吐き出すくらいはいいですよね。

 

 

 

"私の本当の気持ち、聞いてください"

 

"ずっと止まらないこの想い 全部全部あなたに届けたいんです"

 

"だってこのままじゃ弾けてしまいそうだから"

 

"出来ることならば曝け出したい ずっと本当の私を見ていて欲しい"

 

"ふわふわと胸焼けしてしまいそうな甘さの中に落ちていくような"

 

"きっとこれが 恋心"

 

 

"私の本当の気持ち、聞いてください"

 

"あなたと過ごした僅かな時間でさえ キラキラ輝く宝石(キャンディ)のような思い出"

 

"叶うならば気付いて欲しい 私の抱えきれないほどの気持ちに"

 

"そしていつかきっと あなたと夢のような蜜月(ドルチェ)を"

 

 

 

「……なんてね。」

 

 

 

 叶わぬ想い。祈りにも似たこの気持ちを。

 そっと閉じて仕舞っておこう。私だけのノートの中に。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「な……な………な……ッ!」

 

「読み終えたかね。感想を」

 

「こっここここここここ」

 

「…はて、鶏なぞ登場しなかったはずだが。」

 

「ここっ、これを、どこで…」

 

「そりゃ勿論、先程君の家にお邪魔した時だがね。」

 

「だだ、だって、あのノートは、ちゃんと仕舞っておいたはず」

 

「その辺は俺が知ったことじゃあないがね。…日菜が持ってきたのだよ。」

 

「……ぇ…?」

 

「丁度創作の話になった時だったか…「おねーちゃんも小説書いてるんだよ!」とか言ってな。」

 

「み、みみみっみ、見たの??」

 

「あぁ、全部な。」

 

「忘れなさい!!今すぐ全て忘れて!?あれはその違うの、全部全部その」

 

「何を慌てている。……俺はね、君がとても愛おしくなったのだよ。」

 

「なっ………!?はぁ!?」

 

「人を愛する気持ちというのは、生物が本能から忘れずに持ち続けている最上に美しい宝だ。決して無くしてはいけない、始まりの心。」

 

「…………馬鹿にしてるの。」

 

「そんなことないさ。その溢れんばかりの想いを吐き出せずこっそり書き溜めていたのだろう。」

 

「態々言葉に出さないでくれるかしら…?」

 

「愛い。とてもな。……いずれ伝えられる事を願い、応援させてもらうよ。」

 

「…ち、違うから、そういうのじゃないですからね?ほんとに、ほんとですよ?」

 

 

「失礼します!ええと…ブレンド二つと、こちらが来月から始まる新作の…」

 

 

「おぉつぐみ、いつも美味しいスイーツを感謝するよ。」

 

 

「そんな…○○さんはいつも良くしてくれてる常連さんですから!」

 

 

「そうかね。それじゃあ遠慮なく頂くとしようか…。」

 

 

「それにしても珍しい組み合わせですね。紗夜さんとだなんて。」

 

 

「ふふ…まあ色々とね。」

 

「つっ、つつつつ……つつつつ」

 

 

「???紗夜さん、どうしちゃったんですか??」

 

 

「ああ大丈夫、君は仕事に戻り給え。」

 

 

「あっ、そ、そうでした!…ではごゆっくり!!」

 

 

「君も、折角運ばれてきた珈琲が冷めてしまうよ?」

 

「……はぁ…はぁ…はぁ…分かっててここに連れてきたんですか…?」

 

「はっはっは。…まぁ、とりあえずこのイヤホンをだね…」

 

「またそうやって誤魔化す…!!」

 

「はっはっは。…今一度、素敵な調べに心を委ねると良い。」

 

 

 

"まじかるくっきんぐ"

 

 

 

 




不思議と元気な曲や電波っぽい曲も心にしみる瞬間があるんですよね。




<今回の設定更新>

○○:相変わらず謎が多い。
   取り敢えず交友関係の幅が凄い。

紗夜:ポエマーさん。
   とっても純でとってもか弱い。

つぐみ:かわいい。


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2019/12/29 三曲目 START

 

 

 

人は常に言葉の中に居る。

己が生み出したもの、他人が吐き出したもの。

 

住処にも外にも、それは溢れている。

人の想いも行動も、夢も現実も仲間も結果も全て。

 

この世で足搔く限り、人は言葉の中に居る。

 

 

 

**

 

 

 

「あっ○○さん!!おーい!!」

 

「…む?…おや沙綾(さあや)、ごきげんよう。」

 

「こんにちはー。珍しいね、街に一人でなんて。」

 

「いやなあに、話のタネの一つでも落ちてないかと思ってね。」

 

「へぇ…!何か、見つかったの??」

 

「あぁ。偶には繰り出して見るものだね。街並み一つ取っても日々変わり往く姿に思わず見惚れてしまった。」

 

「そうなんだぁ。私、あんまり街の方は行かないからさー。」

 

「…時に沙綾。今日は如何にしてこっちの方へ?」

 

「あ、うん!香澄(かすみ)達と待ち合わせしててさ。休日の女子会ってやつなんだ。」

 

「はっはっは!そりゃあいい。是非目一杯楽しんで来る事だ。」

 

「あはは、そうする~。」

 

「…………。」

 

「…………えっと。」

 

「何かね。」

 

「…今日は、作品読んでくれ~みたいなこと、言わないのかなって。」

 

「…ふむ。確かに無くは無いが…約束があるのだろう?態々時間の差し迫っている中で読ませるというのも…また酷な話であろうに。」

 

「うーん…ちょっとなら時間、大丈夫なんだよね。」

 

「そんなに読みたいのかね。」

 

「……まあ、ね。前に読ませてもらったお話も、何だかんだで私の実になってる訳だし。」

 

「ふむ。……君は本当に変わった。私と出逢った頃なんかそれはもう哀し気な…」

 

「む、昔のことはいいからっ!…あ、あそこのベンチ!あそこで読みたいな、うん!」

 

「はっはっは。読みたいと真っ直ぐ伝えられるというのも、中々にこそばゆいものだな。」

 

「はーやくー!」

 

「はっはっは。」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

今は、ただ前へ進む。

走り始めたばかりの君と、引っ張られるように連れ出される私。

 

風を切って、まさに今走り出した私の世界に思わず胸が高鳴る毎日。

今の私を見つけ出してくれたのは、君で。

今も私に居心地の良い場所で居てくれるのは君達だった。

 

 

 

「私ね!さーやとだったら、どこまででも行ける気がする!」

 

 

 

そう言ってくれたのはいつの事だったかな。

すぐに気の利いた返事は返せなかったけど、私も同じ気持ち。

あの日導いてくれて始まった五人の夢は止まらない。止まるはずも無いし、迷う事なんて無いと思う。

ずっと一緒に、みんなの夢を撃ち抜くんだ。

香澄と、みんなと一緒に。

 

 

 

何度も何度も失敗した。何度も何度も、練習を積み重ねても出来ないことがあった。

繰り返し繰り返し、有咲(ありさ)に励まされ、りみりんに応援され、おたえにアドバイスされ、香澄に背中を押されて…。

お世話になりっぱなしかも知れないけれど、あの日の痛みも乗り越えて行ける気がするんだ。

 

 

 

「ごめんね」って涙を零した日も、「放っといて」って強がっちゃった時も、「疲れてるから仕方ないよね」ってついうっかり言い訳しちゃった時も…

香澄の「だいじょうぶ!またやってみよ!」って笑顔に救われてたんだよ。どこまでも真っ直ぐで前を見ている瞳。

そんな香澄の作ったPoppin'Partyだから、私はずっと頑張っていられる。Poppin'Partyの皆となら、何度だって思い描いていける。

 

「この手で掴み取りたい。他の何にも代えられない夢。」

 

急にそんなこと言ったら笑われちゃうかな。何真剣な顔で言ってんだって、有咲に茶化されちゃうかもね。

でもそれが、今の私の原動力なんだ。…いつまでもこの五人で居続ける事。一つの音を奏で続けて、いずれは武道館みたいな大きい舞台で…!

 

 

 

私を。私達を信じて。他の何よりも高みへ。

ただ只管に我武者羅に突き進んでいけると思った。突き進んでいこうと思った。

星の鼓動響く果ての無い大空の下、私達だけの音楽を紡ぎながら駆け抜ける…それが何よりも幸せな事なんだ。

 

君に出逢ったからこそ今がある。このかけがえの無い時を、私の追い求めるべき答えを。

全ては君から始まった。

 

 

 

「香澄。ここが始まりだったんだね。」

「私達の…スタートなんだ。」

 

 

 

今日まで誓い続けてきた夢が、未来が、きっとこの先に待ってる。

Poppin'Party――輝くストーリーへと、続いている気がするから。

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

「……そうだった。全部、香澄から始まったんだったね。」

 

「あの子のお陰だろう?君がまた笑って音楽を奏でられるようになったのは。」

 

「うん。もうすっかり当たり前な気がしちゃってたけど…奇跡みたいな出逢いだったんだね。」

 

「そうかね。」

 

「…へへっ。何だかちょっぴり恥ずかしい気分。」

 

「勿論殆どが私の勝手な考察な訳だが…その様子だとあまり的外れではなかったようだね?」

 

「うん。ビックリしちゃったよ。…本当に、私が感じてきた事とか思ってることとか…ねね、どうしてこんなに真に迫って」

 

「それはそうと、今回も原典をだね…」

 

「あっ、そ、そうだった……それじゃあこのイヤホンを…」

 

「うむうむ、いい手際だ。…では、今一度、素敵な調べに心を委ねると良い。」

 

 

 

"START"

 

 

 




初めて聞いた時、映像も相まって泣きました。




<今回の設定更新>

○○:人によっては何度か読ませている模様。
   その内容も生成方法も謎だが…?

沙綾:よく笑う子になった。
   前向きな姿勢と笑顔が素敵なお姉さん。


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2020/01/26 四曲目 永遠なんて嘘ばかりだった

 

 

 

不思議と身に染みる言葉がある。

己と重ね、己を振り返るための鍵にもなる言葉。

 

自分はどうだったろう、自分はこうだったろうか。

気付けばそれは己をも表す言葉になり。

 

生きることは出会うこと。

出会うことは傷跡を残すこと。

 

 

 

**

 

 

 

「また君は……今度は何があったというのだね。」

 

「ふぇぇ?…あっ、○○さん!?」

 

「君は見る度に涙を流しているな。…尤も、今日はまだ流れ出してはいないようだが。」

 

「ふぇっ!?そ…そう、かなぁ…。」

 

「勿論泣くのは悪いことじゃあない。…その涙のあとに、ちゃんと前を向けるというのも、君の魅力の一つだからね。」

 

「そんなに泣いてばっかりいるかなぁ…?」

 

「少なくとも私の記憶だと涙に出くわすことが多い気がするがね?…この前なんか住宅街で迷子になって…」

 

「い、いいのっ!言わなくていいからっ!」

 

「…ふむ。…して、今日はまたどういう。」

 

「あぅ…えと、今日はその、思い出し泣き…みたいな、やつ、です…。」

 

「…………今日は夕日が綺麗だからね。そういえばあの日もこんな真っ赤な夕日を眺めていたのだったね。」

 

「……私が、○○さんに初めて出逢った…あの日のこと?」

 

「うむ。あの時も君は顔を涙で濡らし、ここでこうして一人夕日を眺めていたね。」

 

「…まだ、子供だったの。……色々初めてなことでもあったし。」

 

「実はあの時の君に見せたかった話があってね。…まぁ、あの日に見せても乗り越えられなかったろうが…少し大人になった今の君なら感じるものもあるかもしれないな。」

 

「おはなし…??」

 

「あぁ。あの日君に会う少し前に閃いた物語でね。…あまりにも君に重なってしまって、渡すに渡せなかった言葉だ。」

 

「……少し見てみたい、かも。」

 

「あぁ、そういうと思ってね。……それじゃあ花音(かのん)、これを。」

 

「…ん。………ぁ、これ。」

 

「夕日はまだ沈まない。あの日の君に、だ。」

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

五月蝿いくらいの喧騒、暖かかった街の灯がぽつりぽつりと消えていく。

齢十五ばかりの私たちには少しばかり難しい話だったかもしれない。

 

追い詰めてしまった君の涙が零れるのを、問うばかりで何もできない私は一人、立ち尽くし見つめていた。

冷たい風の吹く、卒業を目前に控えた一日―――。

 

 

 

 

 

"君"は出逢った最初の日から、私の中の一番大きな部分を埋めていた。

誰にでも分け隔てなく接する人懐っこさ、少し揶揄ったような明るい話し方、含羞んだように俯いて笑うその癖。

他にも挙げればキリがないくらい、私の全ては惹かれていった。

 

ずっと友達でいられると思っていた。

ずっと一緒にいてくれると思っていた。

ずっと私を、気にかけてくれると思っていた。

 

それでもいつしか心は変わり始め、ちょっとだけ特別扱いを求めてしまう私。

それが…私から"君"への特別な感情の始まりだと、今ならわかる。今ならもっと、上手にやれたはずだった。

 

 

 

卒業(お別れの日)まで一年を切ろうとした頃、私は"君"を想ってよく泣いた。

溢れていく涙の一つ一つに僅かばかりの疑問を抱きながら。

 

それでも私は誰よりも"君"を知っている自信があったし見詰めてしまっていると気づいていて。

いつだって頭の中は"君"でいっぱいで。おかしいことだと分かっていても、自分が止められなくて。

走り出しそうな感情を抑えることができないまま、只管に"君"を眺めていた。

 

 

 

気づいたんだ。知ってしまったんだ。

"君"が笑顔を向けた先に、私がいないこと。私が涙を流す訳を。

 

「ずっと友達じゃいられないの?」

 

そう口に出せば全てが終わってしまう気がして。その想いをそっと胸の内に、鍵を掛けて祈りを込めた。

 

 

 

そんな中、私の気持ちを知ってか知らずか"君"は、私に相談事を持ちかけてきた。

「あの人ともっと近づくには、もっと知ってもらうにはどうしたらいいか」そんな内容だったと思う。

 

平気なフリに徹していたら、それは上手に笑えているように見えるだろうか。

それとも滑稽な、異端の道化に見えるだろうか。

気づかれてはいけない気持ちを押し殺しつつ、それでも気づいて貰えるように。

都合よく解釈するのならば乙女心とでも形容できそうなそれが確かにあった。私の中に。

 

「大丈夫、きっと上手くいくよ」なんてどの口が言えたんだろう。

あの時の私は笑えていただろうか。一体どんな顔で、その嘘を吐けたのだろうか。

 

…今すぐでも会いに行けたらいいのに。

 

次の月曜日が待ち遠しく眠れない悶々とした日々の中、分りたくもなかった事実に枕を濡らした。

 

 

 

出会いは偶然、過ぎるは必然。

触れ合える時は有限で、記憶は永遠。

 

つまるところ、永遠なんて嘘ばかりなのだ。

 

胸の内に秘めた、あの想いの鍵穴が錆びたら――想いの丈を、祈ることなくぶつけられたら、その時は私自身の等身大で君に会えるのだろうか。

 

あぁ世の理とは残酷で。

今日もまた普通(ノーマル)じゃない感情が一つ淘汰されていく。

 

 

 

知ってしまったんだ。

"君"の眩いばかりの笑顔を護れるのが、私じゃないことを。

 

 

 

私たちは限りある時間の中、一生懸命に生きていくのだ。

押し付けるでもなく、降りかかるでもなく…ただ抱いてしまったこの愛だけを伝えたくて。

"君"にいつだって会いたかった。"君"を知らないのが怖かった。…"君"の想いに気付くのが怖かった。

 

来るべき明日が来ないように何度願っても、"君"の涙も私の想いも全部。

全部、いつの日にか消えていくのだ。

 

私の大きな部分を埋めていたその笑顔も、いつか。

 

 

 

あの日からどれ程の時と距離が経ったのだろう。

あの日からどれ位の現実が、私たちを裂いてしまったんだろう。

 

 

 

五月蝿いくらいの喧騒、暖かかった街の灯がぽつりぽつりと消えていく。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

「………これ、本当に私に出逢う前に?」

 

「あぁ。私は嘘を吐かない。」

 

「不思議…です。まるで見てきたような。」

 

「君がそう言ったところですこしズレているのは知っている。…だがまぁ、多様化する人の世だ。今となっては全てが個性であり、それぞれの色だからね。」

 

「………実は今日も、ちょっとすれ違いが…あって…。」

 

「だろうね。君の顔を見ればわかる。」

 

「…また、繰り返すところだった。」

 

「ん。………まぁ大切なのは伝えることだ。」

 

「ふぇ?」

 

「想いを秘めるは美徳…そんな時代は終わった。勿論押し付けがましいのは是とできないが、時には素直に吐き出してみるといい。きっと彼女も…美咲(みさき)も受け止めてくれるさ。」

 

「……美咲ちゃんとのことだなんて、言ってないんだけどなぁ…」

 

「…違っていたかね?」

 

「…………どうしてそんなに色々知ってるんです?美咲ちゃんに聞いたの??」

 

「…私はね、物語を創っている訳じゃあないんだ。閃く光景は全て、きっとこの世の何処かに存在しているものなのだよ。」

 

「難しいこといって…誤魔化そうとしてます?」

 

「問いに答えているつもりだがね。…私は目に見たものを言葉にして書いている。心情も、情景も、時間も背景も全てだ。」

 

「よく……わからないよぉ。」

 

「はっはっはっ。まぁいいじゃないか。見えないから、分からないからこそ人生は美しい。」

 

「むぅ……やっぱり教えてくれない気なんだ…。」

 

「拗ねるんじゃないよ…。ほら、まずは涙を拭きたまえ。」

 

「うにゅ……ありがとう。」

 

「なあに大丈夫さ。ちゃんと伝えられたら、()()()()()からね。」

 

「………………○○さんって、もしかして」

 

「さて、そろそろ遅くなってしまうからね。…お耳を拝借するぞ。」

 

「ふぇっ!?…あ、これ、イヤホンっ!?」

 

「…では、今一度、素敵な調べに心を委ねると良い。」

 

 

 

"永遠なんて嘘ばかりだった"

 

 

 




以前花音さん単独作品で書きましたね。




<今回の設定更新>

○○:どうやら作品と"彼女ら"の関係には何か意味があるよう。
   中々正体を明かそうとしないが兎に角色々知っている。

花音:名前を呼ばなすぎて分かりにくいが花音ちゃんです。
   涙と困り眉が似合うふわふわ系女子。
   女の子が好き。


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2020/02/26 五曲目 Better Together

 

 

 

人は一人では生きていけない。些か行き過ぎた表現ではあると思うが、納得できる部分もあるわけで。

 

人は数少ない選ばれし他人に出会えた時、今までの独りの時をつい比較してしまう。

選ばれし他人が友人となったとき、今までのような時間をこれからももっと求めるようになってしまう。

 

友人が心の拠り所となったとき、また素敵な言葉が生まれるものだ。

 

 

 

**

 

 

 

「よう。」

 

「…君から呼び出される日が来るとは思わなんだ。」

 

「…悪かったよ。でもその、聞いて欲しい事があってさ。」

 

「ほー?」

 

「おい何だその馬鹿にしたような顔は。」

 

「いやいや、君たち五人の中でも君が一番疎いと思ってたんだ。悩みだとか、そういう類にね。」

 

「うっせ。アタシだって悩む時は悩むんだ。」

 

「……成程。当ててみようか。」

 

「あ?何を。」

 

「相談したいことの内容だよ。(ともえ)の事だから大方(らん)のことだとは思うが…」

 

「ウグッ」

 

「ビンゴかね。」

 

「…なぁ、何だってアンタはそうも簡単に他人を見抜けるんだ?」

 

「君は分り易すぎる。」

 

「あん?」

 

「いや。……そうさな、まずはその人のことをどれだけ見ているか。…しっかり観察して、身の回りの状況や考え方を知っておけば、大凡の人間関係や行動パターンが絞れるだろう。」

 

「ふむ。」

 

「あとは必要に応じてその人の情報をソートしてやればいい。」

 

「そんな簡単に行くかよ。」

 

「勿論。私の人生からの経験則だからね。」

 

「……アンタみたいな力があれば、アタシも、蘭に…」

 

「まあまあ落ち着きたまえ。力といっても必然的に結果が付いてくる行動を取っているに過ぎないのだから誰だって真似ができる。…今の君に必要なのはそんなことじゃないさ。」

 

「……意味わかんねー。」

 

「色々な考え方を知ることだ。可能性の存在を感知して、時には待つことも必要だということさ。」

 

「アンタ、またあの妙なモノ読ませようとしてるな?」

 

「…やるじゃないか。」

 

「へへっ、アンタのことは予想できるようになったぜ。」

 

「わかっているなら話は早い。……ほら。」

 

「あぁ。相変わらず不思議な……これも頑張ってできるようになったことなのか?」

 

「ふふん、まずは目を通し給えよ。質問はその後で受付けよう。」

 

「ちぇー。」

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

「あたしの問題でしょ。巴には関係ない。」

 

「はぁ?ふざけんなよ。…そうやって一人で抱え込むからお前…」

 

「…ッ!…もう、放っといて…!」

 

「蘭!」

 

 

 

アタシ達Afterglow(アフターグロウ)が結成してもうすぐ八年。最初は子供だったメンバーも徐々に成長を遂げ、今じゃ一端のバンドマンたる顔つきになってきたように思う。

じきに迎える結成記念ライブに向けて、新曲を書こうと必死になっている蘭。自分の仕事もあるだろうに無理して時間を作って、寝る間も食事の時間も削って何かを探し求めてる。

アタシと同じように、見守るしかできないひまりやつぐみもモカも心配で心配で、それでも蘭の性格を知っているから何もできずにいる。毎日顔を合わせられる、一番近くのアタシがしっかりしなきゃいけないのに。

 

…やってしまった。サプライズで渡そうと思っていたポストカードに綴るための言葉を考えていたアタシは、迂闊にも不機嫌度マックスだった蘭の部屋を訪れた。それだけならまだしも、苦悩する姿に考えの浅い言葉を吐いてしまったんだ。

お陰で小一時間の大喧嘩。こうなると二、三日は口利いてくれないんだよなぁ。

一緒に暮らし始めて二年。以前とは違い「幼馴染のひとり」から「大切なひとり」にステップアップできたアタシ達は、色々なことを乗り越えて少しずつ仲を深めてきたんだ。なのに。

 

 

 

「くっそ……どうすんだ、ライブ。」

 

 

 

アタシが悩んだところで仕方がないのだが。一先ず頭を切り替え、曲は蘭を信じて任せることに。

もう何も考えまい…そう決め、サプライズに今の全力を注ぐ。

 

…だがいくら考えようと、うまい言葉の組み合わせが思いつかない。折角音楽活動もしているし、歌でもプレゼントしようかとも考えたが…アタシはドラム担当。メロディを奏でることも伴奏を添えることもできず、かと言って歌唱力もない。あっても歌える曲がまともにないしな。

この状況から弾き出した答えがメッセージを詰め込んだポストカードだったのだ。

 

 

 

「…蘭の心に、届けばいいな…。」

 

 

 

アタシらの夢ってのはつまり現実の延長線上にあるものなのだ。昔から未来の先の先まで、全部まとめてやっと達成できるような、さ。

例えて言うなら、小さな箱に仕舞っていた写真たちが綺麗なセピア色に変わっていくような、そんな感じ。そこまでの苦楽を、共に。

 

結局のところ友情も絆も愛なのだ。こんなことアタシらしくもないって思うけど、少なくともアタシが思い浮かべるような疑問の殆どは「愛情」という答えで埋めることができて。

例えば、どうして今アタシ達はここに居るんだろう…とか、アタシ達は何処へ行きたいんだろう、何処へ向かっているんだろう、とか。そしてそれが、どうしてこんなに大変な思いをしているんだろう、とかさ。

勿論答えが出たとてそれは簡単なことじゃない。時には人生に翻弄されることさえある。神サマなんかいないんじゃないかってさ。

 

 

 

「こんなにじっくり考えるの、アタシらしくないよなぁ…。」

 

 

 

でも一つわかっていることは。アタシ達はいつだって一緒にいるほうが良いってことだ。

Afterglow、五人で一緒に立ち向かえばどんな困難だって乗り越えられるような、そんな気がして。――それを一番近くで教え続けてくれたのが、蘭で。

いつだって一緒にいるほうがいい。例え五人が集まれなくても、お前とは一緒に星を見上げたい。

二人はいつだって、一緒にいるのが最高で、"最幸"なんだ。

 

ポストカードはまだまだ沢山ある。最後に見たのは怒り半分の泣き顔だったけど、蘭への気持ちを込めて下書きもなしに書いてみることにした。

だって、この瞬間の一つ一つが何かに繋がるかも知れないから。ジッとなんかしていられるもんか。

 

 

 

「…うし、まずはアタシの気持ち、それから蘭の…蘭の、なんだろう。」

 

 

 

書き綴る言葉は拙いながらも、彼女の心に響くのならば。

それがまた、次の未来へと、次の夢へと繋がる道になるかもしれない。時間なのかアイデアなのか、一瞬の幸福なのか…それがやがて消えてしまうとしても、次の朝の光が差す頃までにはきっと新しい何かが見つかるんだ。

それすらもまた次の夜には消えてなくなってしまうような、そんな刹那的な何かなんだろうけども。

 

 

 

「『いつも、蘭の背中からは多くを学んで、蘭の言葉からは多くを気づかされて…』」

 

 

 

アタシ達にはやるべきことがありすぎる。何てったって、「ずっと一緒に居続けること」が夢なんだから。小さなライブも武道館での演奏も、その大きな夢のためのステップに過ぎない。

その大きな夢のおかげで前に進むことが出来るかも知れない…それが思い込みかどうかは今はわからないけれど、そんな忙しい日常の中でもアタシは居たんだ。忙しく目まぐるしい現実と、幸せな夢の間に。

 

 

 

「『アタシ達二人だけ。アタシと、蘭と、二人だけ。』」

 

 

 

きっと本当にやらなくちゃいけないことはそれほど多くない。アタシ達がいるべき場所…ステージの上、羽沢(はざわ)珈琲店のいつもの席、ベッドの上…色々あるかもしれないけれど、今はただここで座っていればいい。

いつだって一緒にいるほうがいい。いつだって一緒に…

 

 

 

「巴。」

 

「……っくりしたぁ。どした?」

 

「……えと…その……。」

 

「ん。」

 

「…さっきは……ごめん。」

 

 

 

言葉にしていなくても、伝わることだってある。それは愛の上に成り立っているもので、アタシがあれこれごちゃごちゃ考えたところでどうにもならないもので。

 

 

 

「…ああ、気にしてないよ。アタシも無神経だった。ごめん。」

 

「巴…。」

 

「さて…。お互いきっと根を詰めすぎなんだ。ちょっと休憩でもしないか?」

 

「……ん。」

 

 

 

アタシはこれまで刻んできた思い出たちを信じてる。

例えば眠るときに頭に浮かぶ思い出なんかはとても素敵でさ。…そして起きれば蘭がいる。そばで眠っている、温かくてとっても可愛いお前が。

 

 

 

「はい、ココア淹れたよ。」

 

「さんきゅ。」

 

 

 

でもよくよく考えてみたらあまり時間はないんだ。歌える曲もなければ、伝えるに値するだけの立派な言葉の組み合わせもまるで思いつかない。

…それでも、一つだけ伝えられることといえば。

 

 

 

「ねえ巴。」

 

「んー。」

 

「……たまに、さ。喧嘩したりとか、悲しい思いもしたけど…さ。」

 

「うん。」

 

「……あたし、巴と一緒の時間が好き。」

 

 

 

アタシ達は一緒にいた方が良いってこと。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

「……なぁ、おい。」

 

「ん。読み終えたかね。」

 

「あー……色々言いたいことはあるけどさ。」

 

「一つずつよろしく頼むよ。」

 

「……アンタ、どこまで知ってんだ?」

 

「どこまでとは。」

 

「これは、未来の話だろ?創作にしちゃ状況に合い過ぎてるし何よりもでき過ぎてる。」

 

「ふむ。」

 

「…アタシ、蘭と付き合うのか?」

 

「何もそうは言っていないだろう。」

 

「だって…前に読んだ話だって未来の話だった。そしてそれは実際に」

 

「そんなことよりも、感想はどうだね?勉強にはなったかい?」

 

「……ああ、まあ。何でもかんでもぶつけ合って喧嘩すべきではないかなー…とは、思った、かな。」

 

「はっはっは。結構結構。真っ直ぐで思い切りがいいのは君の良い所だがね…それではあの子と険悪になるのも自明の理だろう。」

 

「…でも、目につくんだよ、あいつ何でもかんでも頑張りすぎるし…」

 

「ならサポートしてやればいい。窘めるのではなく、何かあった時の拠り所になってやればいい。支えるとは…愛とはそういうものだ。」

 

「なっ…あ、愛とか、そーゆー話じゃねえだろっ。」

 

「はっはっはっは。」

 

「笑ってんじゃねえよ!」

 

「はっはっはっはっはっはっは。」

 

「ムカつく…。」

 

「まぁ頑張りたまえ。私は、嘘は吐かない。」

 

「……そうかよ。」

 

「それじゃあ、最後はやはりこれだ。」

 

「……毎度どこから調達してくるんだこれ…」

 

「イヤホンを装着して……うむうむ、やはり似合うな、イヤホンが。」

 

「うっせー。」

 

「はっは。……では、今一度、素敵な調べに心を委ねると良い。」

 

 

 

"Better Together"

 

 

 




珍しくいい話。




<今回の設定更新>

○○:嘘を吐かない。これ大事。
   物語を用意するのに必要な時間は長くても十分程度。
   彼曰く「見えたものをそのまま書いている」だそうだ。

巴:もう、ソイヤしない。
  蘭と活動方針のことで喧嘩していた模様。
  将来は包容力のある蘭の相方になるそうな。

蘭:何かに真剣になっているときは冗談が通じない。怒りっぽくもなる。
  仲直りはアツアツのココアで。かわいい。


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2020/03/08 六曲目 檸檬と蜂蜜

 

 

巡り巡って過去の業が還って来た時、都合よくも我々はこの世の理を疑ってしまう。

 

まるで古いシネマを訪ねた時の様に、擦り切れたフィルムに心を動かされたように。

 

人が笑顔を得ることも、時に涙を流すことも、人との関りから発生する事象であり。

 

他人という人が他人でなくなった時、それはまた哀しみと後悔の連鎖に呑み込まれる日々の、円環の始まりなのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「お疲れ様。良い舞台だった。」

 

「あら、あなたも観に来ていたのね。」

 

「公演後で済まないね。だが…有名人の楽屋を訪れる、というのも一度やってみたかったのだよ。」

 

「ふふ、何それ?子供じゃないんだから。」

 

「いいや千聖(ちさと)。詩人とは常に探究者で、成熟した大人の視点と好奇心に身を任せられるだけの子供の様な無邪気さを併せ持っているものだよ。」

 

「あなたは詩人…だったかしら?」

 

「いいや千聖。私はそんな大層なものじゃない。唯の好奇心旺盛な大人さ。」

 

「ふふふっ、お子様ね。」

 

「………。」

 

「…そういえば、一体何の用があって?」

 

「ああ。まずこれを…差し入れだ。」

 

「あら、これは…」

 

「なに、珍しくも無い菓子折りさ。メンバーの皆と食べてくれ。」

 

「ありがとう。きっと皆喜ぶわ。」

 

「それとこっちが…君個人への差し入れだ。」

 

「ッ。……そう、あまり読みたくは無い本ね。」

 

「面白いものばかり描く私じゃあないよ。」

 

「知ってる。いつも嫌なタイミングを狙ったみたいに来るものね。」

 

「…生憎と、そういう性分なもんでね。帰ってからでも、ゆっくり読んで」

 

「大丈夫、今読むわ。」

 

「…そうか。あまり無理はせずにだな…」

 

「あのね、私は女優の白鷺(しらさぎ)千聖なの。公演後に物語を読むくらい、どうってことないわ。」

 

「ああ。分かっているさ。…分かっているとも。」

 

「それじゃあええと…何もお構いは出来ないけど、そこの椅子にでも座っていて?」

 

「ありがとう、失礼するよ。」

 

「……また皮肉めいたタイトルね。」

 

「綺麗な歌声から閃いたものでね。」

 

「どうせまた別世界のお話なんでしょう?」

 

「ああ。君とよく似た…別のアーティストの…」

 

「…そう。」

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

気付けばまた朝が来て。点けっぱなしのテレビには夕べに見ていた映画のルートメニュー。

レッスン前だというのに夜中まで映画を見ていて、独りが余計に寂しくなって…あぁ、そのまま寝てしまったんだっけ。

喉が渇き、痛む。無理な体勢で眠っていた為か、首や腰も悲鳴を上げているようで。

 

出掛けなければ。仕事は待ってくれない。どんなに私が落ちて居ようと。

どんなに、見失って居ようと。

 

最低限のビジネスメイクに、一昨日クリーニングから戻ってきたワンピース。運動着も鞄に詰め込んであるし、髪は…巻いている暇はないか。

誰も居ない部屋に呟く「いってきます」は、昨日の私への「さようなら」…今日もまた、煮え切らない一日が始まるのだ。

 

 

全部自分のせいで。押し切れないところも、それでいて護りを忘れることも。

自分を曝け出した挙句、あの子に心配させて…何が「大丈夫」だったんだろう。そんなこと言わなければ、今頃はきっと…あの映画の二人の様に…

…何を考えているんだろう。あの子も、私も。

スタジオに着き、扉を開けばいつもの面々にいつもの雰囲気。いつも通りの挨拶が飛んできて、いつも通り言葉を交わす。

 

 

 

「千聖…ちゃん。」

 

「………おはよう、(あや)ちゃん。」

 

「えと……あの……わ、私、昨日、その」

 

「!!…ちょ、ちょっと先にお手洗いに行ってくるわ。皆は始めていてもいいけれど。」

 

「はーい。じゃあ準備してるね~。」

 

「ち、千聖ちゃ」

 

 

 

もう少し上手に忘れられると、自負していたのだけれど。

追いかけてくる声と足音に、思わず立ち止まる廊下で。あの子の顔は見られずに居る私。

 

 

 

「…彩ちゃんもお手洗い?」

 

「トイレ…そっちじゃないよ。」

 

「外の空気を吸いたくなったのよ。」

 

 

 

私の愛情は紛い物で、彩ちゃんの抱えている純粋な愛には程遠くて。きっと醜いもの。

 

 

 

「じゃ、じゃあ私も付いて」

 

「あのね彩ちゃん。」

 

 

 

抱いた感情はきっとすれ違い。私の求めているものは、貴女にしか見出せなくて。それでも貴女は、汚れの一つも知らなくて。

 

 

 

「私別に、そこまで本気じゃないの。昨日のはそう、気の迷いというか…」

 

「千聖ちゃん!…私、別に嫌とかじゃなかったんだけど、心の準備もあるし、千聖ちゃんが私みたいな子を好き好んで抱」

 

「いいの。…いいから、もう、戻りなさい?彩ちゃん。」

 

 

 

後悔も…この感傷すら、埋めることができるのは貴女だけ。私が求めて手に入れられなかった彩ちゃんじゃなくちゃいけないのに…。

 

 

 

「…でも…!」

 

「彩ちゃん。」

 

「……ご、ごめん…なさい。」

 

 

 

パタパタと遠ざかる足音。少し乱暴に閉められるレッスン室の防音扉。

本当は私が伝えなきゃいけない言葉をあの子に言わせてしまうなんて、今更ながらも自分の性格に嫌気がさす。

 

もっと素直になれたなら。昨日の一件だって、もっと円やかに運べたかもしれない。今日の朝だって、前向きに目覚めたかもしれない。あの子の顔を見た瞬間だって、少し意地悪に茶化せたかもしれない。

全部が全部、上手に割り切れるほど私は大人じゃないんだ。自分の持っていないものに嫉妬して、負けないように努力したつもりになって、迷惑と心配を振りまいて。その癖手に入らないと分かっても、子供の様にただ欲しがって。

 

柄でもないとは思うけど、「運命」なんて言葉に縋りたくなる程、信じてしまっていたのかな。

 

 

「全然、大丈夫なんかじゃない」「本当はごめんねって言うべきだった」「もう一度、あの場面をやり直せたらいいのに」…言いたいことなんて幾らでもある。

分かっているんだ。全ては心の中に、頭の中に浮かぶだけ。「今も私は…」と口に出せたらどれ程楽だろう。

 

 

「独り」を肌で感じながら駆け込んだトイレで声を上げて泣いた。ここまで得体の知れない感情に胸を締め付けられるのは初めてで、女優業の中でもアイドル活動を始めてからも、味わったことは無かった。

私はあの子の何に嫉妬しているんだろう。あの子の何に憧れているんだろう。あの子の何を欲しがっているんだろう。あの子からどうして目が離せないんだろう。あの子はどうして、私のモノになってくれないんだろう。

 

向ける方向さえ分からない愛情も、抱えきれなくった感情も、まるで迷子みたいだ。

もし私に一端の恋愛に関する才能があったなら、あの子に埋めて貰えなかった突き刺さる様な感傷と後悔すら忘れられるのだろうか。もっと、上手に。

 

 

 

 

何食わぬ顔で皆の元に帰る途中。澄んだような表情で、造った笑顔を準備する自分が大嫌いだ。

あの子みたいに出来ないから…あの子じゃなくちゃ、今日これからの…

 

 

 

「千聖ちゃん。」

 

「……なあに?」

 

「私、やっぱりちゃんと謝らなくちゃって思って。」

 

「…何の話かわからないけれど、きっともう大丈夫なのよ。」

 

「大丈夫なんかじゃないよ!……そんなに、辛そうに、笑っているのに…。」

 

「…いいから、練習を始めないと。」

 

「千聖ちゃん…!私、千聖ちゃんのことは大好きだけど、そういうのは違うかなって思って…」

 

「ッ……」

 

「でも、でも!本当に大好きで、尊敬してて…だから!」

 

「…ごめんなさい、今日は帰るわ。体調があまり良くないの。」

 

「千聖ちゃんっ!!!」

 

 

 

どうせなら最高の表情で別れたかった。寧ろこっちが笑っていられるくらいの、そんな関係性で。

この最低な回答は、最低な選択は…全てがここで終わってしまうようで。Pastel*Palettesも、白鷺千聖も。

私はまだ、もう少しだけ夢を見ていたかっただけなのに。

 

 

…胸が痛む。

 

 

 

「全部、貴女(彩ちゃん)のせいよ。」

 

 

 

束の間の希望は甘ったるい欲望と共に…今日も微睡に蕩けていく。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

「…へぇ。」

 

「ん。」

 

「ん、よく出来てるじゃないの。」

 

「ああ。」

 

「何よ、褒めてるんだからもう少し喜んだら?」

 

「…ああ、いや。」

 

「下手に気持ちを煽ってしまったなら申し訳ないと思ってだね。」

 

「別に。懐かしい気分で読めたわ。」

 

「それならいいんだが。」

 

「…確かに、彩ちゃんに会いたい気持ちと寂しさに拍車はかかったかもしれないけれど…ね。」

 

「……すまない。」

 

「…あなた、そんな素直な人だった?」

 

「何と言ったものか…最近色々と、視すぎているからね。私自身の変化もあるのだろうが、あまり他人の人生を覗きすぎるのもどうかと思って。」

 

「そうね…。確かに、この物語の事はあなたに話していなかったものね。」

 

「………済まない。」

 

「謝る必要は無いと思うけど。…にしても大変ね。見たくないものまで視えるというのは。」

 

「…それで救われる人が居るならいいんだ。事実、君を含むこの街の女の子とは随分懇意になれた気がする。皆、一度はこの"物語"を読んでいるからね。」

 

「ええ、お陰で間違えずに済んでいるじゃない?あなたのソレは、言い換えれば進むべき道だもの。」

 

「…………うむ。複雑なところだな。」

 

「ふふふ、あなたらしくないわよ。いつも飄々としている癖に、私と二人になるといつもそうね。」

 

「いつもならある意味私らしさではないのか?」

 

「…まあ、いいわ。…ほら、今日も聞かせるのでしょう?」

 

「あ、ああ。…これを。」

 

「…成程、知らない歌ではないけれど、改めて私が聴くというのも不思議な感じね。」

 

「……では、今一度、素敵な調べに心を委ねると良い。」

 

 

 

"檸檬と蜂蜜"

 

 

 




少しずつ明かす、ということの難しさですね




<今回の設定更新>

○○:自分の知識は自分の意思ではない。
   視えてしまうものに、彼もまた苦しんでいる。

千聖:かつて主人公に物語を見せられ、その結果Pastel*Palettesの危機を
   回避した経歴を持つ。
   海外ロケで暫く会えない恋人のせいで、少々不調気味。


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2020/06/03 七曲目 ヒッチコック

 

 

例え逃れられない運命があったとして。

その前に立たされるは誰もが無知な幼子である。

 

嵌り切ってしまえば何も見えず。

目を背けてしまえば全てが無に帰す。

 

問い続ける事しかできない"終わった"日々の中でも。

 

生きるという苦しみは最早呪詛なのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「…それで、話とは?」

 

「やあ○○、来てくれて光栄だよ。」

 

「……変わったな君も。」

 

「なぁに、吹っ切れたと取ってくれて構わない。」

 

「…瀬田(せた)君。おせっかいかもしれないが――」

 

(かおる)、で良いと言ったろう?私と君の仲なんだ。」

 

「………。」

 

「…言いたいことはわかる。心配してもらえるのも有難く思っているよ。だがね――」

 

「せ…薫君。」

 

「――ッ。」

 

「気持ちは分かるが、無茶はいけない。…私はこう見えて、様々な人生を見て来てね。」

 

「………かの思想家、エメット・フォックスは言った。『否定的な考えを捨てる為に、積極的且つ建設的な思考を持て』と。」

 

「それで"彼女"の模倣でも始めたという事かい?」

 

「……。いいかい○○。これは模倣じゃない。飽く迄も私自らの足で辿り着いた一つの答えなんだ。」

 

「役者。…目指してるんだってね。」

 

「……聞いたのか。」

 

「彼女の友人の…ええと…」

 

「いや、それが誰であろうと些末な問題でしかない。彼女の成し得なかったモノこそ、私が追うべきだと思ってね。」

 

「……………。」

 

「……なんだいその表情は。旧知の私が立ち直ったんだ。もう少し綻ばせたらどうだい?」

 

「前に会ったのは彼女の葬儀の日だったか。…随分と変わってしまって。」

 

「……。」

 

「それが誤りだとは言わないがね。それこそエメットの言葉を借りるならば…『君の選択が君の運命を創る』。…だが、『今この瞬間を生きる事こそが芸術である』とも言える。」

 

「…何が言いたい。」

 

「……まあ何だ、言葉は常に不器用で事足りない。いつもの、でいいだろうか?」

 

「ハ!…口下手な○○の事だ。致し方ないだろうね。」

 

「助かる。……それでは、これを。」

 

「………。」

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

 雨の匂いに懐かしくなるのは、何故でしょうか。

 夏が近づくと心が浮足立つのは、何故でしょうか。

 

 

 

「…あ、瀬田さん?もう、大丈夫…なの?」

 

「ああ。見ての通り、瀬田薫完全復活と言ったところさ。」

 

「……あ、あれ?瀬田さん、そんな感じ…だったっけ…?」

 

「ふふん。実は兼ねてより、役者を志していてね。…観衆を騙す為にはまず自分を欺かなくては、ということに気付いたのだよ。」

 

「え…???」

 

「つまりだね、演技をするから嘘になる。その嘘を真にするために、日常生活を送る自分さえも演技で欺く…!そんな、役者としての生き方に身を投じることに決めたのさ…!!」

 

 

 嘘だ。

 彼女と同じ道を選んだと錯覚させることで現実から逃げているだけ。大丈夫な私を演じているだけなのだから。

 勿論、小さな頃から役者を志していたのは本当だ。けど、彼女を喪ってからというもの、必死に取り繕うために探し利用したのがこの"夢"だった。

 

 

「…っあー…うん。なるほど…ね?」

 

「あぁ…!儚い…!!」

 

「あ…あはは……じゃ、じゃあ、私、そろそろ行くね…??」

 

「あぁ。また会おう、仔猫ちゃん。」

 

「……うん?」

 

「…瀬田さん、どうしちゃったんだろ。」

 

「ほら、しばらく休んでたでしょ?その間に…。」

 

「役者目指すっていってもあれじゃねぇ…」

 

「ちょ、聞こえるって…」

 

「だって、休む前まで普通の子だったでしょ?なのにあれって…」

 

「まぁ、強烈…ではあるけど…」

 

「でしょー?ずっとあんな感じなのかな?ヤバいじゃん?」

 

「本人は真剣なつもりなんだから!バカにしちゃだめ…ブフゥ」

 

「笑ってんじゃん!!アハハハ」

 

「………。」

 

 

 自分でも滑稽さには気づいている。でも決めたんだ。彼女の遺志を継ぐと。

 …決めたはず、なのに。その決意を笑われて、涙が出るのは何故でしょうか。

 いつかきっと報われるその日を夢見て、我慢しなければいけないんでしょうが。どうすれば彼女を忘れずに居られるんでしょうか。

 

 一人歩く街や人込みで思いがけず聞こえてくる「さよなら」の言葉にさえ苦しくなって。

 気付けば目に映る夕焼けにさえ動けなくなってしまう。立ち直ったつもりでも陰に潜む感傷の日々。

 

 

 ――世の中の、幸せな皆さんに質問です。

 

 私はこの先、どう生きて行けば救われますか。

 そんなこと、誰も解る訳ないと一蹴されてしまいますか。

 苦しい人生が送りたいわけじゃない。叶うなら、何も負わずに、悲しむことも怒ることも悔やむこともせず生きていきたい。

 …漠然と、明るい明日を生きたいと思うのは、我儘ですか。

 

 

 

「ぁ…薫さん。」

 

「ん。…ああ、彩!元気かい。」

 

「え…あ、あれ??薫さん…だよね?」

 

「はっはっは!それ以外の誰に見えるというんだ!全く、彩は相変わらず面白いなぁ。」

 

「あ、あははは??」

 

「…心配かけたが、もう、大丈夫だ。…今はそれよりも、役者としてのステップアップを目指していてね…」

 

 

 

 こんなにも胸が痛むのに、笑って嘘を吐けるのは何故でしょうか。

 平気で嘘を吐ける人が前に進める、世界の暗い理を知ってしまったからでしょうか。

 理と言えば、「幸せ」の文字が(おかね)を含んでいるのは何故でしょうか。

 物質的に成り立った「幸せ」から、一つ線を抜いただけで「辛さ」になるのは誰かの陰謀なんでしょうか。

 

 多感な時期と称される貴重な時間の中で、誰かと出逢う事も喪う事も、青い希望も抱くことも。全ては。

 かの巨匠が描いたサスペンスの様に、何かが大きく動き出す切欠になるのだとどこかで期待していたんだろう。

 

 でも、もうどうでもいい。

 尊敬していた、憧れていた、大好きだった…彼女を喪った今、ただ生きているだけでこんなにも辛い。

 例えニーチェやフロイトだって、この大きな孔の埋め方を記せやしないんだ。

 それならもういっそ、自分に引き籠って、君の笑顔を思い出して、あった筈の理想の明日を思い描こう。静かに、沈んで行こう。

 

 逃げることは、我儘でしょうか?

 

 

 或いは――

 

xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx xxxxxxxxxxxxxxx

xxxxxx  xxxxxxxxxx xx xxxxxxxxxxxxxx xxxxx

xxxx    xxxx xx x  xxxxxxx xxx  xxx

 

 

 

「…何だいこの話は?」

 

「言わずとも分かるだろう。」

 

「知った様な事を…いや、知っているんだったっけか。」

 

「……薫君。私は思うに…君は、君で、君のままに生きて欲しい。」

 

「ハ!…私は決めたのさ。それにほら、私は自分を偽っているわけじゃない。言うなればこれももう一人の私、瀬田薫という人間の側面なのさ。」

 

「…今の君を見たら彼女は何て言うだろうね。」

 

「ッ……。」

 

「彼女も…白鷺(しらさぎ)君も、そんな君を望んじゃいないと思うがね。」

 

「……じゃあどうしろと?○○もまた、他の大人たちと同じようなことを言うのかい?」

 

「…。」

 

「死んだ彼女の分まで生きろと、立ち止まっていては彼女も悲しむと、俯いていては彼女も浮かばれないと…!」

 

「"大人"、か…。」

 

「ああそうだ!…私の親も、彼女の親も、教師も、医師も、みんな…!」

 

「…。」

 

「…ちーちゃんの事なんか、何も分かっちゃいない癖に…!」

 

「薫君…。」

 

「……ねぇ○○()()?」

 

「…なんだね。」

 

「例えばドラマチックに誰かが死ぬ物語って、安易に感動できるじゃないですか。」

 

「……。」

 

「…私は…そんな風に、人の生き死ににすら価値がつくのが嫌になったんですよ。」

 

「…気持ちは分からなくも無いが、しかし――」

 

「○○さんの夢は、なりたいものは何だったんですか?…思い描いていた理想の未来には、立てたんですか?…手に入れたいものを手に入れて、失くしたくない物は失くさずに来れたんですか?」

 

「――ッ。」

 

「……それとも、そんなのは全部、"大人"になると忘れちゃうものなんですか?」

 

 

「○○さん。このお話を読んだ上で、あなたに相談です。」

 

「…。」

 

「この先、私が生きている価値はありますか。」

 

「…。」

 

「流した涙の数だけ強くなれるなんて、只の綺麗事…成功者の飾りでしかありませんでした。」

 

「…。」

 

「それでも、生きて()()()()いる以上これからの人生があって。勿論それはどうでもいい事なんて無くて。」

 

「…。」

 

「真っ暗な世界だけがずっと続いていて、ちーちゃんが居たことすらどんどん遠くなって。…私の、胸の内に空いた孔は塞がらなくて。」

 

「…。」

 

「それが"現実"なんですか。そんな中を生きていくのが正解なんですか。」

 

「………それは…」

 

「……何ですか。」

 

「…その答えを探すことも、人生の意味なんじゃ…ないかね。」

 

「…。」

 

「……恐らくその問いは、他でもない君しか答えられない。私も、他の大人も、白鷺君でさえも。」

 

「…叶うなら、ずっとちーちゃんだけを感じていたかった。いつだって、ちーちゃんと一緒に居たかった。」

 

「…。」

 

「教えてください、○○さん。」

 

「ん…。」

 

「他の何も要らない、何も考えずにちーちゃんの事だけを想って死んでいきたい。そう願うのは我儘なんですか?」

 

「それ…は…。」

 

「もう、何もわからない。どうしたらいいのか、どう生きて行けばいいのか。でも誰も助けちゃくれないし、弱音を吐いてもどうにもならない。現実だけが圧し掛かって、素直に笑えていた筈の自分も遠い他人の様になって。」

 

「…。」

 

「もう、自分がどうしたいのかさえ、わからない。」

 

「…。」

 

「答えを見つけられるのが私だけなんだとしたら、その私は一体何処にいますか。"(あなた)"を知りたいと思うのは我儘ですか?」

 

「…すまない…薫君。」

 

「ッ、な、なにを…?」

 

「…"今一度、素敵な調べに心を委ねると良い。"」

 

「―――、――!!」

 

 

 

"ヒッチコック"

 

 

 


 

 

 

「…っはぁっ…ハァ……ッ、ハ…ァッ!」

 

 

 

思わず嘔吐きそうになりながら、()()()()()事を確認する。

こういった世界を訪れることは珍しくなかったが、今回は特に渦巻く負の感情が凄まじかった。

恐らくこうして、崩壊への道を辿ることになるのだろうが…。

 

 

 

「…これが……一体あと何度繰り返されるんだ…?」

 

 

 

改めて辟易する。

彼女等は、それぞれ異なった世界線で正しく生きている。()自身が触れ合ったことのある、俺の知っている彼女等ではなく…それぞれの音楽(せかい)に内包された彼女等なのだ。

俺に課された責務は、無数に存在する音楽に溶け込んだ彼女等の痕跡を追い、()()()()()()を見届けること。

終わりというのが何を指すのかは、分からない。…だが、これだけ辛く苦しい務めなわけだし、終わりのその先にはきっと報われる何かが待っている筈だ。

その為に、今俺が出来ることは、ただ一つ。

唯一生まれ持ったこの力で、干渉することなく物語を見届ける事なのだから。

 

 

 

「…しっかし。」

 

 

 

あの物語は一体誰が用意しているのだろう。意識を飛ばした先――即ち各世界の"私"だが――は予め記憶や人間関係が用意されている。口は勝手に動くしシナリオも出来上がっているそれは、一人称視点で見る映画の様なものだ。

わからない、が生まれてこの方…もう二十余年になるが、ただ只管にこの作業を繰り返してきた。

 

ああ、また。次の世界を感じてしまった。

俺は右手に握りしめた古びた音楽プレーヤーから伸びる一振りのイヤホンを装着し、鍵を唱える。

 

 

 

"今一度、素敵な調べに心を委ねると良い。"

 

 

 




主人公は、○○の中の人です。




<今回の設定更新>

○○:異世界を覗ける観測者。
   全てを見届けなければいけないらしく、各世界で動いている○○は本当の主人公
   の意識を乗せる入れ物の様なもの。
   音楽の力によって、世界観は決定されているらしい。

薫:かつての親友であり盟友である白鷺千聖を事故で亡くした。
  立ち直るためにも彼女の遺志を継ぎ俳優としての皮を被るが――


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2020/08/24 八曲目 八月、某、月明かり

物事はいつか必ず終わる。

そう遠くない未来に。気付かなかった、或いは目を逸らした明日に。

 

終わってしまわないよう祈ることもただ空しく。

決まり切った筋書き通りに世界は今宵も廻る。

 

例え吐き出すような号哭でさえも、例え諦めにも似た困惑であっても。

過ちも誤りも何れ一つの結果を生む。

 

然してどのような終焉にも、想いと言葉は必ず寄り添う。

 

 

 

**

 

 

 

「ここも随分……変わってしまったなぁ。」

 

「ぁ……○○さん?」

 

「やあ、一人かね。青葉(あおば)君。」

 

「……モカちゃんいっぱい居るように、見えるー?」

 

「はは、そういう意味じゃないが……。」

 

「…ぅ??」

 

「……もう四年…になるかね。Afterglow(アフターグロウ)が解散して。」

 

「んー……それくらいー、かなぁ。」

 

「相棒はどうだい?」

 

「良くはなってるみたいー。早く起き上がれるようになって、メンテナンスからしないとー…って、しょっちゅう言ってる。」

 

「はっはは、蘭らしいなぁ。」

 

「だからね、今はモカちゃんが、代わりに面倒見てあげてるのです。えへん。」

 

「なるほどね。ギター二本も…よくやるよ全く。」

 

「ま、今はあたししか、いないし。」

 

「…………。」

 

「みんな、元気かなあ。」

 

「さあ……なぁ。」

 

「……○○さんってさー、結構意地悪なところあるよねぇ。」

 

「む?」

 

「普通ね、そういう時は、「きっと元気だよー」とか、言うもんなんだよ。でも○○さん、変に前向きなこと、言わないし。」

 

「……実はこの前、蘭の見舞いに行ったんだ。」

 

「そうなの?」

 

「ああ。何で来たんだー、とか怒られたけど、顔色はよかったね。」

 

「おー。」

 

「そして、少し話をして…Afterglowの思い出話とか、彼女の近況とか…。」

 

「うんうん。」

 

「……蘭の、未来の話とか、もね。」

 

「……そっかー。」

 

「ああ、そういえば君たちのユニット名……Diluculo(ディルクロ)、だったっけ?」

 

「うん。……あたしが、考えたんだー。」

 

「……"夜明け"、か。」

 

「うん。あたしたちの音楽は、あの夕暮れの、屋上から始まったんだ。」

 

「…………。」

 

「今は、みんなばらばらだし、蘭も倒れちゃうし、とても音楽どころじゃないなんてわかってるけど。」

 

「ん。」

 

「それでも、あたしたちの近くにはいつも音楽があって、それがいつ来るかわからない未来への、希望になったら…って。」

 

「そう……か。」

 

「いつか見たいんだ。また、蘭がギターを弾いて、歌って、みんな笑って……」

 

「…。」

 

「○○さん。……きっと、来る、よね…??そんな、夜明けが――」

 

「青葉君。実は君にこれを読んでもらおうと思ってね。」

 

 

 

――ああ、まただ。

 

 

 

「…ノート??」

 

「ああ。ちょっとした物語なんだが……君にはまだ見せていなかったと思ってね。」

 

 

 

――気持ちは"俺"のまま、望んじゃいない言葉を紡ぐ。

――まるで、俺じゃない俺が、残酷な結末を望んでいるかのように。

 

 

 

「ん。よんでみる。」

 

 

 

――やめろ。やめてくれ。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

今が朝なのか夜なのか。呼吸をしているのか、泣いているのか。

もう何もわからない。何もいらない。

 

ずっと傍にいた。できる限り明るい話をした。ずっと笑って、音楽に未来を重ねて。

 

 

 

「………なに、やってんだろ。あたし。」

 

 

 

たった一人、大切な人が欠けただけで、あたしに見える全ては味も匂いもしなくなった。

すれ違う人も、どこかで喋っている人も、転んで泣いている子供も。全部が遠いスクリーンのシネマをぼんやり眺めているように、酷く曖昧で厭に静まり返っていた。

その中で自分の心臓だけが煩いほどに揺れて、無駄に生き永らえていることに喉が絞まって。

気付けばバイトのシフトにも穴をあけていた。意味も無く眺めている天井に、幼馴染に皆勤賞を自慢したあの日を思い出しながら。

 

 

その昔…いや、言っても数年前のこと。

毎日が音と喜びに溢れていて、視線を動かせば仲間がいて。

でもそんなの、もうどうでもよかった。

 

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ…

 

ベッド脇のローテーブルに放り投げたスマホが鳴いている。表示されたのはまたしても違う名前。

建前だけの心配も、取り繕うような綺麗事も、あれほどハマっていた行きつけのパン屋のパンも……ただただ気に食わないものだけが増えていった。

 

 

 

「……はい。………うん、うん。…………んー…。……うん。」

 

 

 

八月の涼しい夜のこと。月明かりの下、彼女と自転車を駆ったこと。

ライブハウス、喫茶店、商店街……何処へだって行った。何処へだって行けた。

 

 

 

「いやー……うん?…………うーん…。…………ん、だいじょうぶ。」

 

 

 

それらがもう戻ることはないと。全ては終わってしまったんだと。

鼻先を撫でる夜風に、痛んだ胸でさえ所謂悲嘆の演出に過ぎないのだと。

 

 

 

「ん。…………わかってる。」

 

 

 

嘘だ。

上辺だけの通話を終えたソレを置く手は震えていた。疲れ切っていた。

…最低だ。ただ、貴女に生きていて欲しかった。いつまでもあたしの目標で、あたしの歩むべき道で、あたしにとっての意味であり理由でいて欲しかった。

思い出なんて微かな残り香になんか変えたくなかった。

 

 

 

「わかってなんか、ないよ。」

 

 

 

全部貴女をダシにして。貴女を喪った自分に酔っているだけ?

周りを躱して、自分を騙して、一人で生きているふりをして、体よく貴女を忘れて行って。

最低だ。一人何もないあたしが、生きている価値もない人間だってこと。貴女がいないこの世界、生きていてもしょうがないなんて格好つけて。

本当に。

 

もしもあたしの人生が二十七年で幕を降ろせるのなら、身に染みたロックに救われるのだろうか。周りに溢れていたその音楽に……いや、考えるのは止そう。

人はいつか死ぬ。いつかみんな無くなる運命ならば、残りの人生にはもう何も要らない。何も期待、しない。

 

 

 

「…。」

 

 

 

月日は経って。

久々に会ったともちんが和太鼓を買ったと自慢してきたり、つぐが独立して喫茶店を経営してると知ったり。

音楽には触れていなくとも、みんな前に進んでる。新しい自分と、向き合ってる。それに比べてあたしは…と、悩む度にまた心臓が揺れていた。

もう笑っちゃうくらい何もなかったから。地元の小さいオフィスでいそいそと働いて、プライドも何もかも擲って惰性のように毎日を繰り返した。

消化しきれていないことにも、適当に頭を下げながら。

 

 

 

「…………。」

 

 

 

いつぞやの八月の日の下で、もう何があったか覚えちゃいないけど。

輪の中にはいつも貴女が居て、いつだって皆充実していて。

けどもう何があったかなんて関係ない。あの日確かにそこにいた、触れていた貴女だけは、上書きされることもなくあたしの中に仕舞ってある。

空の青さも忘れた空虚なあたしだけど……最近、作り笑いが上手になった。ような気がする。

もしあの時貴女を喪っていなければ、皆もっと違う人生になっていただろうか。もっと希望があって、いつまでも大好きな音楽で繋がっていられて…いや。

 

何て傲慢なタラレバだろう。

人間として生きる以上業を背負ってはいるだろう。しかし卑しいほどに貪欲な自分にはほとほと嫌気がさす。

その欲と業の前には、どんなドラマチックでさえ塵に等しいというのに。あれほど叫んだ青春も、奏でたメロディも絆と同等の情愛も全部。

腐っても大人だ。そんなものはとうに理解してしまっていた。

人の辿る道に仮定なぞ意味も無いことを。貴女の歩んだそれは、あたしの物とは違うのだということを。

 

 

 

『モカ』

 

 

 

今でもその声は思い出せる。音楽に浮かせて叫んだ言葉も。あたしを呼ぶ口の動き一つまで。

彼女は今、あっちでよろしくやっているだろうか。好きだったあたしたちのロックは、流れているだろうか。

 

 

 

「らん……。」

 

 

 

独り、散らかりきった自室で呟く。

零れる涙もその意味ももう分からない。貴女が生きている仮定すら思い描けない。

あれから、ずっと整理はついていなかったけど。あたしはらんの全てに頷いてあげたいんだ。

突然の別れ。なんて無茶苦茶なんだろう。その存在感は、なんて傲慢なんだろう。でもそんなところもきっと、らんそのもので。

悲しいのに、寂しいのにそれでも、そんな傲慢な消え方をした貴女が、こんなにも愛おしくて仕方がない。

 

 

 

「会いたいよぉ……!!」

 

 

 

言葉なんか飾りでしかなく、限りなく無駄なものだ。口に出せば安っぽくに消え去るのみ。

それに比べて貴女の生き方はまるで月明かりのように素晴らしかった。一緒にいて、誇らしかった。

そんな貴女に、皆は惹かれて、繋がっていたんだ。らん一人欠けただけで、この有様なんだ。

 

最低だ。わかっている癖に、自分が率先してらんを思い出に変えようとしている。

勝手に悼んで、勝手に泣いて、勝手に綺麗な宝物にしようとしている。

仄かに照らしたまま何も言わず生涯を閉じたらんと、最低な自己満足のためにその死を悼むあたし。

涙はとまらないのに、何だか笑えてくる。こんなものを引き摺って、あたしは何処まで行くんだろう…いや。

考えるのは止そう。どうせ、人はいつか死ぬんだから。

 

今も、涙も、過去も、愛も、空も、夢も、地も、思い出も、星も、鼻歌も、雲も、優しさも、諍いも、苦しさも、温もりも、憂鬱も、あの夏も、痛みも、音楽も、泣き言も、夕暮れも、貴女も、あたしも、全部。

 

 

 

「もう、何もいらない。」

 

 

 

失うことももう怖くない。忘れることも。終わることも。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

――違う。違うんだ。

――俺が見たかったのは、俺が望んだのはこんな未来じゃない。

 

 

 

「……あはは、は…。そっ…かぁ…そうだよねぇ。」

 

「……青葉君?」

 

「いやー…そりゃ、ね。わかってますよー…。お医者さんに呼ばれた蘭パパも難しい顔してたし、蘭もなーんかあきらめムードだしー…。」

 

「……すまないが、それもまた、運命…いや"定め"なのやもしれないな。」

 

「………。」

 

 

 

――ふざけんな。

 

 

 

「……あたしにとっての夕暮れ時は、もう手の届かないところに行っちゃって。…せめて夜明けは、って、思った…のに……ぅっ…ぐすっ……。」

 

「青葉君……すまないが、今の私には"これ"しか…。」

 

 

 

――またこれか。()()はいつもそうやって、最後の最後を有耶無耶にしやがる。

――だめだ青葉モカ、そのイヤホンをつけちゃいけない。その音楽を、聞いてはいけないんだ。

――クソ、俺には何もできないのか?やっとこうして、自分を保つことができるようになったというのに、なにも、何もできないのか?

 

 

 

「……〇〇さん?それなーに……?」

 

「…"今一度、素敵な調べに心を委ねると……ッグウ!?」

 

 

 

――駄目だ!いい加減、この負の連鎖を止めやがれ!!止まれ俺!!

 

 

 

「どうしたの…?〇〇さんも、悲しいの?」

 

「…………ふう。いやすまない。少し具合が優れなくてね。」

 

「…そっか。……これ、聞けばいーの…?」

 

「ああ。……"今一度、素敵な調べに心を委ねると良い。"」

 

 

 

――……クソが。

 

 

 

結局俺は何もできず、イヤホンを耳にした少女が表情を無くし静かに涙を零す様を、ただただ眺めることしかできなかった。

また、止めることができなかったのだ。

…しかし、確かに一度、あのいつもの鬱陶しい決まり文句を妨害できたような。

 

この糞忌々しい体験の中で、自我を保っていられるようになったこと。そして、さっきの違和感。

何かが変わり始めているのか、或いは――

 

 

 

『…無駄だよ。君には何もできない。もうじき全ては終わり、悪い夢からは醒めることとなる。』

 

 

 

――……そうかよ。要するに、ずっと俺の声は聞こえていたって訳だな?

 

 

 

フィルムが終わるように景色が暗み、体中の感覚と視界がいつもの自室に戻る中。

聞こえた声は俺でありながら俺でない、今すぐにでも消してしまいほど憎々しい男の声だった。

 

 

 




もうすぐ…?




<今回の設定更新>

〇〇:自分が解ってきた。
   苦しい。

モカ:絶望から目を背け続ける少女。

蘭:二度と光の下へ出ることは無い。


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【白金燐子Ⅱ】Platinum harlem dayS
2019/12/11 俺「ハーレムに幻想抱いてる奴、ちょっとこっち来い。」


本シリーズは【白金燐子編 Platinum dayS】の第二部となります。
第一部をお読みいただいた後の方がより楽しめるとかなんとか…。


 

 

 

師走。師も走り回るほど忙しいとはよく言ったもので。

現在全力で社畜人生を全うしている俺も、勿論例外じゃあなかった。まぁ確かに?家に帰れば恋人が癒してくれる…回復装置があるってだけで勝ち組なのかもしれんが、その恋人だって同じ職場で死ぬ思いをしてんだよなぁ…。

…と、仕事の手を止めていた俺に、上司からのキツイ叱責が飛んでくる。

 

 

 

「ちょっと何ボーッとしてんの。……あ、今あなたえっちなこと考えてたでしょ。」

 

「ちげえや。」

 

 

 

俺の属する部署の上司に当たるこの女。長い銀髪を腰まで伸ばし、スーツに着られているようにさえ見える小さなボディ。顔について特筆すべき点は無いが、恐ろしく目つきが死んでる。

顔が死んでいるわけじゃないが、終始ジト目?とかいうやつで見てくるのだ。瞳は綺麗なもんだが、あまり見つめていると口説かれそうになるので凝視できたもんじゃない。

 

 

 

「どうしてそう思ったんで?」

 

「…すっかり元気なんだもの。」

 

「あんたこそちゃんと仕事しろよ…」

 

 

 

少なくとも周りが慌ただしく動き回っている中で部下の股間を凝視しているような上司に叱られる謂れはない。これ以上俺の()()プライバシーを侵されちゃ堪ったもんじゃない。背を向けるように椅子の向きを変える。

 

 

 

「あはっ♪どうしたんですかー○○さぁん。」

 

「……こっちはこっちでなぁ…。」

 

 

 

向きを変えることにより視界の中央で捉えることとなってしまう、ピンク髪の女性。そのスーツが少しキツそうに見えるのは、恐らく一部が非常に山盛りであるためだろう。…いや、特盛かな。

明朗快活でとてもいい部下ではあるんだが、こいつもこいつで問題が…

 

 

 

「あれぇ、元気ないですねぇ!………あ、なるほど、そっちに元気を持って行かれちゃったわけですね!さっきもしたばかりなのに、またしたくなっちゃったんですか?」

 

「何も言ってないよね?…あと、君もどうしてそうシモ方向に元気一杯なの?」

 

 

 

あのクソ上司と同じ、やたらと過激な発想をお持ちの彼女は例えるなら肉食獣。俺の色々を常に虎視眈々と狙い続けている子なのだ。

…勿論、モテていると言えば聞こえはいいし悪い気もしない。だが、既に彼女持ちの俺だ。濫りに淫らな関係を増やしていきたくは無い。

 

コツン

 

 

 

「あいた。」

 

「…お疲れ様です。」

 

「んぁ?…ぉお燐子(りんこ)、また急ぎの発送でもあったのか??」

 

「いえ、私の部署は今日……割と暇なので……。」

 

「じゃあ何で…」

 

「いちゃつくなら、私の見えないところで……って、言いました…よね…?」

 

 

 

後頭部を小突かれ振り返った先に立っていたのは、恐らく女性にしては高身長で透き通るような黒髪を腰まで伸ばし、パンツルックのスーツが今日も似合っているMy Sweet Heart。

向かいのデスクからじっとりとした嫉妬光線を放つ桃色の双丘といい勝負になりそうなモノをお持ちで、そのあたりも非常にドストライクな彼女だが、そもそもこの混沌(カオス)な状況を是としているのもまた彼女なのだ。…ううむ。

 

 

 

「そもそも禁止すりゃあいいんじゃないの?」

 

「それは……きっと(みなと)さんや上原(うえはら)さんには通用しない…ので……。」

 

「いやぁ…流石に言ったら聞くとは思うぞ…」

 

「表向きは…ですよね。」

 

 

 

あぁ……。そういやそうだった。今こそ燐子の許可があるから表面上の下ネタ合戦程度で済んでいるが、完全禁止にするとどう動かれるか分からないと言う事か。

勿論俺は禁じられている不貞行為に走る気は更々ないし、何かされた時には報告も必ず都度するが…水面下、という部分が恐怖でならないんだろう。

 

 

 

「…俺、愛されてんなぁ…。」

 

「当たり前です……ハジメテで最後の男の人…なんですから。」

 

「燐子さん、それもうプロポーズじゃないですか。」

 

「私は最初から…そのつもりですよ。」

 

 

 

…重い。

俺も燐子のことは好きだけど、言動の端々にやたらと重い影が差すことがある。まぁ多少重かろうと気にしないようにはしているのだが、こうして他の女性が絡むとヘビィ燐子が出てくる仕組みになっているらしい。

気を付けなくては。

 

 

 

「…ですからくれぐれも、見えないところで…ね……。」

 

「その念押しは…まぁ、わかったよ。」

 

「………流石の威圧感ですねぇ…お家でもあんな感じなんですか??」

 

「いや、君らが居る時だけだよ。…あぁもう、いつの間に隣に来たんだひまりちゃん。」

 

 

 

言うだけ言って帰って行く背中と靡く様に揺れ動く黒髪を見送る。考え込みがちだったり、根幹が割と暗い性格だったりと…あれはあれで色々大変なんだろう。

隙を見つけたようで左側のデスクとの間、丁度人一人がしゃがみ込める程のスペースでこちらを見上げる桃色の双丘持ちに話しかけられる。狭い所で目が合って固まるハムスターみたいだな。

 

 

 

「ふぅん…私達、悪いことしちゃってるんですかね??」

 

「今更だなぁおい…。」

 

「でも、私○○さんが大好きなんですもん。燐子さんの為に退くなんてできません!」

 

「なんだかなぁ。」

 

 

 

普通は好きな人に恋人が居たら諦めると思うんだが…どうやらこの部下と、あのちびっ子上司は違うらしい。本妻が駄目なら愛人、恋人が駄目なら都合のいい関係…と、位を落としてしがみつこうとする。或いは、己の肉欲を満たす為だけに"丁度いい人"として利用しようとしているのか。

さっきだってそうだ。トイレから出るなりいきなりひまりちゃんに呼び止められ…いや、これ以上は言うまい。

 

 

 

「ちょっと。」

 

「…何すか。」

 

「「何すか」じゃないわよ。何堂々とお喋りしてる訳?」

 

「いやいや、それはひまりちゃんの方から一方的に」

 

「そんなに暇なら仕事を割り振ってあげなくちゃね。……こっちに来なさい。」

 

「やっ、そんな暇じゃ、あれ力強いね!?」

 

 

 

相変わらず死んだ目の上司にむんずと右腕を掴まれ、そのままオフィス内を引き摺られる俺。大の大人の男が自分の胸程までしかない身長の女の子に成す術なく連行される様はさぞシュールな事だろう。

ただ、この職場ではこれが普通、割と日常茶飯事なのも困りものだ。

 

 

 

「ンフー、ンフー」

 

「鼻息荒すぎだろ友希那(ゆきな)……お前、俺に仕事させる気ないな?」

 

「うるっさいわね。奉仕だって立派な仕事よ。」

 

「上司に奉仕する仕事がどこにあんだよ、どこにぃ!」

 

「笑止。どんな内容であっても上司に指示されたらやるのが道理。」

 

「お前の気紛れで職権を濫用すんじゃねえよ。」

 

 

 

オフィスを出て廊下をひたすら歩く。掴む位置を腕から手に変え、鼻息荒く早足で歩く上司に最早恐怖すら感じる。こいつ、本気なんだなって。

本気で俺を食っちまう気なんだ…。少し距離を取って歩いてくるあたり、きっとひまりちゃんも参戦するんだろう。それを友希那が良しとするかは分からないが…。

 

 

 

「いや、流石にこのクソ忙しい中で三人もサボるのはダメだろ。俺は仕事に戻」

 

「これも仕事でしょう?お給料も発生する上に、あなただって満更でもないでしょ?」

 

 

 

そりゃまぁ…好意云々は抜きにして行為だけで考えれば…男の子だし…。

 

 

 

「いやでも、燐子に申し訳ないというか…!」

 

「あっ、それは大丈夫ですよっ♪」

 

「ひまりちゃん!?なにがっ!?」

 

「前にお話しして知ったんですけどぉ、多分燐子さんってネトラレもいけるクチなんですよぉ。」

 

「君ら何の話してんの?」

 

「…??…性癖。」

 

「答えんでいい。」

 

 

 

ああもうだめだ。この二人に捕まっている時点で、恐らく俺のスタミナ低下は避けられない運命なんだ。

…ごめん燐子。ちゃんと後で全部報告するし、俺の一番は君だけだから…ッ!

 

 

 

「別に私たちは二番でも三番でもいいのよ。」

 

「一番って言ってる辺り、複数を想定してますよね。さすが○○さぁん♪」

 

「じゃかましいっ!」

 

 

 

 




ただいま。




<今回の設定更新>

○○:燐子とは同棲を始めたらしい。
   早出に残業に休日出勤と、仕事では散々な模様。
   まいにちたのしいね。

燐子:懐が広いのか仕方のない予防線なのか…。
   何にせよ、あれだけ彼氏が弄られ(物理)ているのに愛が冷めることが無い
   のは本当にすごいと思う。
   ネトラセもイケるらしい。

友希那:ちびっ子モンスター。急な思い付きでとんでもないことを始める。
    かわいい。

ひまり:よく弾みよく沈み込む。一応一番の座を諦めてはいない。一応。


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2019/12/31 燐子「ずっとっていうのはずっとです。」

 

 

 

「大晦日もお仕事って……大変ですね?」

 

 

 

今年も今日で終わり…そんな日だというのに、俺は職場で黙々とPCを弄っていた。そもそも仕事納めは昨日で、今日に関しては業務が残っている者と大掃除・その他庶務に勤しむ必要がある者しか出社しておらず、俺が所属する部署…机のシマに関しても誰も居ない。

そのお陰もあってか、特に予定もなく出勤した燐子も堂々と傍に居られる。…まぁ、少し遠くで書類整理をしているちびっ子上司の愉快そうな視線には耐えなければいけないのだが。

 

 

 

「他人事だと思いよってからに……いやに上機嫌じゃないかよ。」

 

「ふふっ、他人事…ですから。」

 

「そりゃあな。…それより、仕事もしないのに職場に居ていいのかよ?」

 

 

 

いつもパンツルックのスーツを身に纏い遠くの島でオドオドキョドキョドしている燐子だが、今日は私服×職場という斯くもアンバランスでミスマッチな雰囲気を醸し出している。これはこれで新鮮、か。

そもそも年末という事で一日一緒に過ごして年越しを…と計画していたのだが、どうしても年明けの年休の都合上出勤せざるを得なくなってしまったのだ。仕事があるだけ有難いとはいえ一応楽しみにしていたこともあって、職場で片手間に仕事をこなしつつデートに興じるといった背徳感の強いシチュエーションを選び取ったのだった。

 

 

 

「いいんです。○○さんがお仕事をさぼっちゃわないように…監視するのが私の役目ですから。」

 

「監視てお前。」

 

「ふふふっ、りんりんジョークです…。」

 

 

 

可愛い。

惚気るつもりは無いが、今日も可愛い。明るい色のワンピースに紺のカーディガンというシンプルなものだが、煩過ぎずそれでいて地味でもない。出るところは出ているそのスタイルも相まって、芸術作品の様な完成度の高いファッションといえよう。

仕事の時とはまた違った纏め方の髪型も良い。低い位置で一纏め。一つの束となった艶のある黒髪が何とも言えない大人のお姉さんな魅力を演出している。そんな人に微笑まれてみろ。心臓も呼吸も止まっちゃうぜ。

 

 

 

「ごめんな、仕事になっちまって。」

 

「いえ…お仕事中の○○さんも……恰好いいですから。」

 

「………燐子。」

 

「ちょっとあなた達。仕事しに来たの?いちゃつきに来たの?」

 

 

 

見るに見兼ねてかちびっ子上司こと湊ちゃんが割って入って来る。さっきまで掃除をしていたこともあって、苦戦して装着した白い三角巾が頭部のアクセントになっている。斯く言う湊ちゃんもスーツ姿ではなく、中学生か高校生くらいの女の子が着そうな可愛らしいシャツを着ている…めっちゃネコって感じ。

怒っている…と言う訳ではなさそうだ。

 

 

 

「両方…ですかね。」

 

「チッ。」

 

「舌打ちすんなクソ上司。」

 

「あぁん?いいからキビキビ働きなさいっての。犯すわよ。」

 

「そういう言葉は冗談に留めてくださいよ。」

 

「馬鹿ね、本気よ。」

 

 

 

目がマジだ。嫉妬…の部分が大きいのか、仲間外れが嫌なのか。時折俺の体を弄んで止まない野良猫の様な気紛れさを持つ彼女は、俺の後ろに回りおんぶの要領で抱きついてくる。どこか甘ったるい香りと小さなてのひら、それにさらさらと頬を撫でる銀髪の感触に包まれて…

 

 

 

「………○○さん。」

 

「ひぃっ!?…り、りんりんさん??」

 

「○○さん。……どうですか?」

 

「ど、どう…とは?」

 

「湊さんが優しく抱きしめていますね。……私より、良いですか?」

 

「……………。」

 

 

 

それは何とも答えに困る質問だ。どちらがいいかと訊かれたら勿論恋人である燐子の抱擁の方が興奮度合い的にも愛情的にも勝ってはいるのだが、何分…ジャンルが違う。体格や人間性がほぼ真逆のこの二人。それに包まれる感覚でどちらの方が…などと比べられても、"良い"のベクトルが違い過ぎるのだ。この状況で何を揚々と答えられようか。

 

 

 

「…どうよ燐子。即答できないあたり、私にもまだ可能性があると思わない?」

 

「思いません。………私は○○さんを愛していますから…。いつかきっと、唯一人の女性に……なってみせます…。」

 

「あら?私だって愛しているのよ。…こんなに可愛い男の子、他に居ないもの。」

 

「か、可愛い??」

 

「えぇ、貴方はとっても可愛らしくて素敵よ。従順で、素直で……従順で。」

 

「……友希那ちゃん…」

 

 

 

何という事だ。今まで勤めて来て全く知る由も無かったが、存外ちびっ子上司の評価は高かったようだ。要因として従順な事が重視されている気もするが気のせいだろう。…そうか俺って可愛いのか。

少し浮かれ気分になりかけたところで、コツンとおでこに軽い衝撃が。耳元の囁き声から眼前の景色へと意識をずらすと、左手を握りしめたお怒りモードの燐子が眼前に迫っていた。…いや、正確には燐子の二つの燐子が…むぐっ。

 

 

 

「こらっ、どうして○○さんはそう浮気性なんですか。」

 

「!!!!…!!!……!!!!」

 

「何ですか…?反論があるなら……ちゃんと言葉で言ってください…。」

 

 

 

反論も何も、現在山籠もり中の顔面じゃ言葉を発するのは疎か、呼吸さえままならないのだ。全力で首と背骨を反らし、白金山から顔を引き剥がし漸く酸素と仲良しになれたところで深呼吸。……あぁ、なんて爽やかな職場のヤニ臭い香り!

 

 

 

「殺す気か。」

 

「……いつもは喜んでくれるじゃないですか。」

 

「拘束が強いんじゃ!…あと、仕事に手ぇ着かなくなるからやめて。」

 

「ふふ、じゃあ帰ったら…ね?」

 

「うん…。…じゃなかった、別に俺は浮気性ってわけじゃねえぞ。」

 

「…そうなんですか?」

 

 

 

俺が浮気性なわけじゃない。周りの貞操観念がおかしすぎるんだ。一人の社員に対して平気な顔して「共有の玩具」扱いしてくる連中だからな。

それも、何だかんだで一番タチが悪いのは後ろの銀髪姉さんだと思うけど。

 

 

 

「だからその…なんだ。確かに友希那ちゃんの抱擁はいいもんだよ。いいにおいするし、独特の柔らかさとリアルな重さとか…何だかやっちゃいけねえことしてる気分になる感じとか。」

 

「うっふふ、聞いた?燐子。彼ロ〇コンですって。」

 

「言ってねえわ。…あとアンタはそれでいいのか扱い。」

 

「誰が幼女よ失礼ね。」

 

「だから言ってねえっての。……まぁそういう友希那の良さは置いといてな?俺にとっての一番は燐子な訳よ。」

 

「………○○さん。」

 

 

 

今日ひまりちゃんが居なくて本当によかった。居たらもう何もできず飲み込まれていたことだろう。

 

 

 

「だから安心してほしい。浮気はしないし、俺は燐子一筋で――」

 

「それはあまりにも寂しい話ね。つまり、私や上原さんはもう不要という事かしら?」

 

「…不要っつーか、そもそも何もしないのが普通な訳であって…」

 

「ふうん。…燐子も同じ気持ち?」

 

「……………そりゃまあ。」

 

「そう。」

 

 

 

沈黙。すっと離れた友希那ちゃんの顔は、寂しそうな声色とは裏腹に全く変化していない。寧ろその瞳には獰猛な輝きが宿っていて…

 

 

 

「わかったわ。○○を共有するのは止めましょう。」

 

「……マジすか。」

 

「ええ。……でもね、燐子。」

 

「はい。」

 

「……これから、疑い合うような関係ってどうなのかしらね。」

 

「……というと??」

 

 

 

…あぁ、そういえばそうだった。燐子が「俺と最終的なラインを越えなければ…」と許容していたのは友希那の言う「疑い合うような関係」を避ける為だったのだ。

要するに――

 

 

 

「表向きは止めてあげるわ。…でも、常に燐子の目の前にいる訳では無いでしょう?シフト上どちらかが休みの時もあれば急に勤務場所が変わることだってある…ということは??」

 

「………やはり、どこまででも徹底してきますね、湊さん。」

 

「ええ。目標は達成してこそだもの。…一度目を付けた以上、絶対に逃がさないわ。」

 

「……おぉぅっ!?」

 

 

 

ゾクゾクっと背中を何かが駆け上がる感触がして思わず身を震わせてしまった。俺と燐子を交互に見る瞳は、上司としてのそれじゃない。熱の篭もった、確固たる意志を感じさせる狩人の目。

それに射抜かれてしまった俺は何も言えず、最終的に決断を下すであろう燐子の方を見るしかなかった。顔を見る直前に一度視線が胸を経由してしまうのは仕方ない事だと思おう。すげえんだよ、存在感が。

 

 

 

「………はぁ。致し方ありません…。……引き続き、今の関係のままとします。」

 

「さすが、それでこそ燐子よ。賢い子でよかったわ。」

 

「ただし。」

 

「……ただし?」

 

 

 

諦めた様に俯いた燐子だったが、やられっ放しではないと言う事か、睨みつけるような嘗てない攻撃的な表情で顔を上げる。ゆさっと、じゃない、バッと顔を上げた燐子が言い放ったのは友希那と同時に俺にもプレッシャーを与える言葉で。

 

 

 

「来年中には必ず…ですが、○○さんと一緒にここを辞めるまで……です…っ!」

 

「……………………へ?」

 

 

 

その言葉を受けた友希那は何故か心底愉快そうに笑っていて、一方の俺は全く状況が飲み込めずにいた。…俺、職場追われるの?

 

 

 

「ふふふふ…いいじゃない燐子。ついに決めたって訳ね?」

 

「……悩みましたが、決意しました。……○○さんには、お父様の事業を継いでもらいます。」

 

「確かに、それは邪魔できないわね。…愛からの選択かしら?」

 

「ええ。…これ以上、○○さんに触れられたくないんです。…私だけの…愛する人ですから。」

 

「あれ?ついていけてないのって俺だけ?何も聞かされてないんだけど??」

 

 

 

この場で流れに乗れていないのはどうやら俺だけらしい。初めて聞く情報が脳を埋め尽くす中、友希那も知っているその事情が気になって仕方ない。そして何より、詳しく聞かなくても何やらヤバそうな白金家(実家)に俺が組み込まれると言う事は…

 

 

 

「それって、ほぼプロポーズじゃね?」

 

「そうね。…え、元より結婚するつもりだったのでしょう?」

 

「俺はそうだけどハッキリ言葉にはしてなかったっつーか…。」

 

「ならいいじゃない。凄いのよ?この子の家。」

 

「……凄いってのは事故物件とかそういう…?」

 

「馬鹿じゃないの。有名な家なのよ。」

 

 

 

友希那から簡単に説明を受けたが、白金という苗字は燐子の母親と燐子だけの物で、事実上父親にあたる人物の苗字は水流巻(つるまき)というらしい。…その時点で合点がいってしまったが、それは同時に恐ろしい家に放り込まれてしまう事を意味していて。

水流巻といえば、あの弦巻グループの祖にあたる水流巻財閥のことだろう。珍しい苗字であるし、そもそも凄い家と聞いた後にその名前を出されると否が応にも繋がってしまうものだ。…そこの娘?燐子が?いやいや、仮にそうだとして、この世界に名を響かせる数少ない企業のうち一つを俺みたいな凡人が継げるわけないだろ。死ぬわ。

 

 

 

「まぁ幾ら何でも運営から何から任されるわけじゃあないと思うけどね。それでも、燐子の婿ってだけでとんでもない肩書なのよ。」

 

「……マジか。」

 

「怖気づいたかしら?何なら今からでも私の物に」

 

「いや。…寧ろテンション上がってる。」

 

「…はぁ。」

 

「最高じゃねえか。これだけ文句なしの美女と結婚できる上、大企業がくっ付いてくるんだろ?ガキの頃の夢とか、すげえゴミみたいに思えるほどラッキーだわ。」

 

「屑ね。」

 

「だろ?もう何とでも言ってくれ。」

 

「そう言うところも愛してるわ。」

 

「さんきゅー。俺も」

 

「○○さん?」

 

「……俺も屑だと思うで。」

 

 

 

いかん。つい話の美味しい部分の妄想のせいであがったテンションに任せて友希那を抱き締めるところだった。心は屑で体は共有物だとしても、俺の気持ちだけは燐子に尽くさなきゃいけねえんだ。

 

 

 

「○○さん。…私がそういうところの娘だと知って……引いてますか?」

 

「全然。」

 

「…じゃあ大変な仕事に就くことに絶望してます…?」

 

「やっぱりきついのか…そりゃそうか。…絶望って程じゃねえよ。それで燐子と死ぬまで一緒に居られるなら。」

 

「○○さん…!」

 

 

 

結局何をしていようと一番でかい存在なのは燐子なんだ。俺にとってみれば、どんなに環境が変わっても燐子が居てくれるなら…

 

 

 

「ふたりとも、暑苦しいから外でやってもらっていい?」

 

「何だよ、妬いてんのか友希那。」

 

「違うわよ。もう終業時刻なの。…さっさと帰るわよ。」

 

「じゃあ最初からそう言え馬鹿。」

 

「……あなた最近私が上司だって忘れてるわよね?」

 

「帰るべ燐子。」

 

「はい……あなた……!」

 

「あぁもう!何このバカップル!年の瀬まで見せつけてくれちゃって!死ねばいいのに!!」

 

「友希那、キャラ崩壊してんぞ。」

 

「……ッ!!…それじゃあ二人とも、良いお年をッ!」

 

 

 

最後の最後で素が出た上司様は、精一杯キャラを保っている(と思われる)引き攣った表情で吐き捨ててさっさと出て行ってしまった。時計を見れば夕方の十五時を回ったところで、一応年末として定時が繰り上がっていたことを思いだす。

 

 

 

「あの人、今更何をそんなに怒ってんだか。」

 

「…………恐らくまだ諦めてないんでしょう。」

 

「俺を?」

 

「それ以外に誰が居ますか。」

 

「…うへぇ。」

 

「だから心配なんです。……○○さん…結局優しくて受け入れちゃうから…。」

 

 

 

ぎゅぅ、と後ろから抱き締められる。さっきのような窒息する力強さじゃなく、弱弱しく縋りつく様なハグ。哀しそうに絞り出す声もあってか、胸を締め付けられるような気持ちになる。

 

 

 

「……結婚しようか、燐子。」

 

「…初めて、ですね。○○さんが言葉にして言ってくれるのは。」

 

「嫌か?……勿論今すぐって訳じゃないけど。」

 

「………嫌だったら、ヤキモチ妬いたりしません…よ。…凄く嬉しいです。」

 

「そか。」

 

 

 

どうやら来年中には俺の人生がガラッと変わるらしい。…どんな方向に転がっていくかは分かったもんじゃないが、少なくともこいつが隣にいる以上は悪くない未来になりそうだ。

良いお年を…か。

 

 

 

「………なぁ燐子。」

 

「………湊さん、ですか?」

 

「…何で分かったんだよ。」

 

「晩御飯に誘う…でしょう?」

 

「流石俺の嫁。…鍋なら一人増えても問題ないだろ?」

 

「もう………そういう優しいところ、複雑なんですからね。…好きなところでもあるんですけど……私だけに…向けてほしい、というか…。」

 

「はっはっは、結婚したら今までの分も含めて独り占めしてくれ。…今日はほら、さっきの言葉を引き出してくれたあの人にもちょっとだけ感謝をな。」

 

「……そう、ですね。」

 

 

 

抗議しながらも手元のスマホはメッセージを送信している。仕事も早く、心も広い…最高の嫁さんを貰ったもんだ。

愛してると改めて燐子に伝え、その手を取って歩き出す。

 

色々変化の多かった今年にさよならを。更なる飛躍の為の来年に期待を。

招待されご機嫌の友希那も交えた年越しは、俺に現状の幸せを噛み締めさせるには余りある程の一夜となった。

 

 

 




漸く2019年が終わりました。




<今回の設定更新>

○○:何をやってもいいように解釈してもらえる環境。
   糞羨ましい。

燐子:理想のお嫁さん。体力が無いのが少しの欠点なくらい。
   実は実家がとんでもない存在だったことが明かされたが、割と話に影響
   しません。

友希那:相変わらずこの人は…。
    年齢も相まって割と本気で焦っている。色々と。


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2020/01/27 俺「仕事がしたい。(切実)」

 

 

 

恋人の機嫌が朝からずっと悪い。…いや正しく言うなら昨日の夜から、か。

今だって勤務中だというのに、正面――遠くにあるデスクの島からジッとこちらを見詰めている。睨んでいるといっても過言ではないか。

ウチの燐子さんは元より眠そうな目というか、トロンとした垂れ目をしてらっしゃる為に、怒って睨みつけている時などは俗に言う「ジト目」ってやつになるんだが…正直かなり可愛い。

勿論怒られる事に対する恐怖心はあるが、彼女自身に対する恐怖心は欠片もない。だって可愛いんだもん。

 

 

 

「…○○さん、今度は何やらかしたんです?」

 

「そんないつもやらかしているような言い方は止してくれ…」

 

 

 

隣の桃色ボインちゃんことひまりちゃんが茶化すように肘鉄をかましてくる。正直"やらかし"の殆どは君のせいなのだよとは心の声だが、確かにいつもやらかしている印象なんだろう。

最近は友希那ほど積極的に絡んでくることはなくなったが…。

 

 

 

「大体はわかっているんだが、今君が話しかけてくると余計拗れるから少し待ってくれ。」

 

「えぇ~??いいじゃないですかぁ。拗れましょうよぉ!」

 

「あぁこら!腕を組むんじゃない!」

 

 

 

埋没するんだよ上原山に。腕がね。

あと、多分分かっててやってるんだろうけど、正面のりんりんさんのオーラがえらい事になってるからね。見えないところでうんたらってあったでしょうよ。

 

 

 

「えぇ~、私の事嫌いですかぁ?」

 

「き…いや、好きだよ!好きだから今はちょっと待とう!」

 

「あっ、好きなんですね!」

 

「なんでそこ驚くの。」

 

「だってぇ、いっつもぉ、私のこと処理道具みたいに使うからぁ、そこに愛はないんじゃないかと思ってましたよぉ。」

 

 

 

何だその喋り方。いや、それ以前に職場でそんな破廉恥な話題はやめなさいよ。りんりんさんだけじゃなくて色んな方面からの視線が刺さるように飛んでくるんですって。

第一道具みたいに襲って来るのは君の方じゃないか。

 

 

 

「…愛はねぇよ。」

 

「えーじゃあやっぱりせいしょr」

 

「貴方達。真昼間からどんなゲスい話題で盛り上がってくれてるのよ。」

 

「友希那…!」

 

 

 

流石に見るに見兼ねてか登場した我らの上司様。あぁ…久しぶりに見たこの、マジ怒ってますみたいな表情。

 

 

 

「言ってやってくれ!こいつ朝っぱらからやべえんだ…っ!」

 

「ゆっきーも混ざりましょ!」

 

「…っ!?」

 

 

 

ゆっきー…?

 

 

 

「…あのねぇひまりん。今はまだ就業時間で、他の社員も就業意欲を切らさないように頑張っているところなの。あまり刺激するようなワードを出しちゃうと、特に男性社員なんて大変でしょう?」

 

「…あうぅ、確かに。」

 

 

 

…ひまりん…?

 

 

 

「そうなったら幾らあなたでも相手し切れないでしょう?」

 

「そもそも○○さん以外とは何もしたくないですっ!」

 

「そうよね。私も同感だわ。…だから、今はもう少し控えめに…お昼や終業後を狙うのよ。」

 

 

 

おいまて何のアドバイスだ。今は控えろという指摘は最もだし助かるが…

 

 

 

「…貴方も、何か誤解を招くようなことをしたならさっさと仲直りしちゃいなさい。」

 

「へ?…あぁいや、誤解とかそういうのは…」

 

「燐子のあの顔、また貴方が無神経なことでもやったのでしょう?」

 

「無神経っつーか……まぁ、取り敢えず行ってくるよ。」

 

「早く済ましちゃいなさい。」

 

 

 

済ます、というのもどうかと思うが…折角作ってくれた機会だ。有り難く使わせてもらうとしよう。

席を立ち燐子が居る部署へと歩いていく。道中目が合い続ける燐子の顔が徐々に引き攣ったような様子になっていったが、気にせず歩く。周りのひゅーひゅーいう声も鬱陶しいが、早いとこ何とかしないと友希那に食われる。

 

 

 

「よう、燐子。」

 

「…………なんですか。」

 

「えーっと……その、なんだ。今タスク溜まってんの?」

 

「………別に、特には…ですけど。」

 

 

 

周りの社員とアイコンタクトを交わし、急ぎの仕事は無さそうであると察する。そもそも燐子が属している部署は割かしスケジュール通りの仕事しか回ってこないために、暇なときはとことん暇なのだ。

うちの部署みたいに上層部の思い付きとか影響受けないもんな…。

 

 

 

「ちょっと…話せねえかな。」

 

「………話すことなんか……ないですもん。」

 

 

 

ぷーっと頬を膨らませる。少なくとも朝は話せばわかるような様子だったんだが、さっきの一件で拗れたか。本当にあの二人、覚えとけよ。

 

 

 

「いいから、ちょっとだけ時間くれよ。な?」

 

「……………ちょっとだけ………なら、まぁ。」

 

 

 

燐子の手を引き立ち上がらせ、周囲に会釈してから喫煙所へ。すっかり二人で話すときの場として利用してしまっているが、絶対体に良くないと思うんだよなぁ。この子はここが好きみたいだから必然的にこうなっちゃうんだけども。

安っぽい扉を閉めると濛濛と煙の立ち込める静かな空間が。…うん、ここは仕事のことも忘れられそうになるくらい落ち着くな。

 

 

 

「…何の……お話ですか。」

 

「あの…さ。」

 

 

 

ポケットからスマホを取り出す。愛機には届いたばかり、新調したばかりの手帳型カバーが装着されていて。

 

 

 

「ぁっ……。」

 

「燐子が機嫌悪かったの…これだろ?」

 

 

 

スマホケース…二次元のキャラクターが描いてあるものだが、その絵柄がまずかった。

俺が購入したのは松原(まつばら)花音(かのん)ちゃん、丸山(まるやま)(あや)ちゃん。上原(うえはら)ひまりちゃん。

俺が日頃楽しんでいるリズムゲームのグッズだったが、()()()()()()()()同じ名前、同じような容姿の子がいるのだ。…そしてそれが俺の推しキャラという何とも数奇な巡り合わせ…。

届いたケースを見たときの燐子ときたらもう…手も繋いでくれなかったもんな。

 

 

 

「別に………○○さんが本当は誰のことを愛していようと……どうでもいいですけど…。」

 

「いや、確かに俺の配慮が足りなかった…。だからな、燐子。」

 

「……はい?」

 

 

 

愛機をカバーから外し、生まれたままの姿にする。今日一日くらい、これで何とか持ってくれるだろう。

"ひまり"ちゃんデザインのカバーを燐子に渡し、もう二度と同じ過ちを繰り返さないよう誓う。

 

 

 

「それはお前が好きに処分してくれ。…勿論持っててくれてもいいが、サイズが合わないし持っていても使えないだろう。」

 

「………私、は…。」

 

「…ん。」

 

 

 

…てっきりすんなり捨てるなり仕舞い込むなりで終わる話だと思っていたが、どうにも複雑な何かがあるようだ。

少し遠慮がちに話し始める彼女。あぁ、伏し目がちなその目もたまらんな。

 

 

 

「………私は、あなたを束縛したい訳では……ないんです。」

 

「…んん。」

 

「…でも……私は、あなたが他に興味を持ってしまうのが………怖くて、それで…」

 

「燐子……。」

 

 

 

なんといじらしい。もじもじと身を揺すりつつ受け取ったスマホカバーを捻り潰さんとねじねじしているが、一連の不機嫌っぷりは全て愛ゆえのもの…。

俺に自分だけを見ていて欲しいという思いからだなんて言われちゃぁ……正直、堪りません。

 

 

 

「燐子ぉ!!!」

 

 

 

ガバッと勢いそのままに抱きしめる。

 

 

 

「ひゃっ……!?…な、なんです……?」

 

「俺が悪かった……っ!!だが知っておいてくれ燐子。俺が愛しているのはこれまでもこれからもお前只一人だっ!!」

 

「…あ、ありがとう……ございます…。私も…もうあなた以外……見えませんから…!」

 

「燐子ぉ!!」

 

 

 

むにゅむにゅと形を変えるものにもおかしな気分にならないくらい、純粋な気持ちだ。

…あっ、そういえば。

 

 

 

「そういえば燐子、実はこのカバーのシリーズ、"燐子"ちゃんのもあるんだが…」

 

「??………その子も、私に似てるんです……?」

 

「……あぁ、ええと……」

 

 

 

普段からやっているスマホアプリだが、そうか燐子は画面を見たことがないから知らないのか。"燐子"ちゃんの容姿を思い返してみる…。

 

 

 

「あっ。」

 

「……??………んっ!」

 

 

 

気付けば燐子のその立派なモノを揉みしだいていた。この右手めっ!悪い子だぁ。

 

 

 

「あっ………あ、んっ…んぅ…ど、どうしたんですか……っいきなり…?」

 

「…ここ、そっくりかも。」

 

「……んふぅ、胸…ですか?」

 

「あぁ。……向こうは高校生何だが、大層なモノをお持ちでな。…それはそれはもう」

 

「○○さん………またデレデレしてます……。」

 

「あっ」

 

 

 

しまった、その背徳的すぎる存在を思い起こしただけで不埒な感情がムクムクと隆起してしまったようだ。顔にまで出ていたとなると、相当溜まっているらしい。

至近距離にあるりんりんさんの目が例のジト目になりつつある今、ここまでの苦労を無駄にしちゃいけないと思い咄嗟に…

 

 

 

「んっ!?」

 

「…………んむぅ……んふ………んぁぁ…っ。すまん燐子、つい可愛すぎて。」

 

「……もう、ずるいです……。」

 

 

 

唇を奪ってみた。

だが効果はあったようで、りんりんさんも満更じゃなさそう。

 

 

 

「…あのねえ燐子、○○も。」

 

「?」

 

「アッ」

 

 

 

夢中になりすぎていたらしい。いつしか喫煙所の入口にはイラついた様子の友希那とひまりちゃん。

 

 

 

「確かに、済ましちゃいなさいとはいったけど、まさかこう言う意味で取るとは思わなかったわ。」

 

「…いや、別にそんなやましいことは…」

 

「○○さん達の様子、傍から見たら完全に前戯中のカップルですよ?」

 

「言えてるわねひまりん。見てよあれ、今日も凄いわよね。」

 

 

 

どこを見ている。

とは言えひまりちゃんの言うことも一理ある。…冷静になって状況を整理してみれば、密室となった喫煙所に良い具合にスモークがかかり、その中では男女が胸を揉みしだきつつ濃厚な接吻を交わし、その足は相手の股へと割って入り…

あぁ、こりゃアウトだわ。

 

 

 

「り、りり燐子!続きはその、帰ってからにしようかぁ!」

 

「!!帰ってからって………そんな……あでも、○○さんが……求めるなら………」

 

「うんうん!それじゃあ俺は仕事に…」

 

「だめよ。」

 

「………ダメトハ?」

 

「燐子先輩だけずるいじゃないですかぁ!次は私たちの番ですっ!」

 

「………アイヤー、タスケテリンリンサン…」

 

「……帰ってからの私の分……残しておいてくださいね?」

 

「殺生なぁぁ!!」

 

 

 

居心地のいい喫煙所から両腕を極められたまま引きずり出される。頼みの燐子も幸せいっぱいといった様子で手を振っているし、孤立無援とはこのことだ。

おそらくこれから肉食獣二匹によって俺の精力は骨の髄までしゃぶり尽くされることだろう。さらば通常業務、さらば栄養ドリンクのいらないホワイトな生活…。

 

 

 

「あとね、○○。」

 

「………なに、友希那ちゃん。」

 

「メタい話は程々にしておきなさい。」

 

「そもそもこれ日記…」

 

「あまり口答えするとここで始めちゃいますよ?」

 

 

 

笑顔でなんてこと言うんだねひまりちゃん。ここ一般客の目もある往来だぞ。

 

 

 

「…ってゆっきーが。」

 

「言ってないわよ!!」

 

「…よく情事の前にコントかませるね君たち…」

 

 

 

前途多難である。

 

 

 




これで給料出るんだからボロい職場ですよ。




<今回の設定更新>

○○:一途。誰がなんと言おうと一途である。
   バンドリーマーの彼はイベントの度に寝不足になるくらいにはガチ勢。
   おっぱいは正義。

燐子:モノやキャラクターにも嫉妬しちゃうくらい主人公が好き。
   かわいい。
   感度が上がってきている。

友希那:応援はしているようである。

ひまり:おねがいおっぱい。


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2020/02/19 燐子「幸せは……歩いてこない……」

 

 

 

「○○、ちょっといいかし」

 

「絶対嫌です。」

 

「…あら?勤務中に上司の命令を拒否とはいい度胸じゃないの。」

 

 

 

取引先もお客様も少なく閑古鳥とすっかり仲良しな昼下がり。今日こそは真面目に仕事をしてくれていると思っていたちびっこ上司がいつの間にか背後を取っていた。俺の幸せな通常業務に崩壊の警鐘を齎さんとする状況だが、確かにそんな口ぶりをされてしまっては俺が悪いような気さえしてくる。

この小娘やりおる。

 

 

 

「ぐ………!じゃあ内容だけ…」

 

「ふふ、いい子ね。…手伝って欲しいのよ。」

 

 

 

「手伝う」…そのワードに覚えがあった俺はつい斜向かいの桃髪後輩を見やる。ノーウェイトで目が合った件の後輩が、にやぁ…あたりの擬音が似合いそうな粘り気のある笑顔を浮かべる。

 

 

 

「??…またシて欲しくなったんですかぁ?」

 

「うっせえ馬鹿、んなわけあるか馬鹿、仕事しろ馬鹿。」

 

「あー!三回もばかって言ったぁ!」

 

「馬鹿」

 

「しんぷるぅ!」

 

「………あの馬鹿は関係あんの?友希那。」

 

 

 

大体俺の平穏を揺るがす時はこの二人が最悪なタッグを組んでいるのだ。ついには上司部下の関係を超えて愛称で呼び合う仲にまでなっているし。……うん、ちらっと見た対岸はまだ静かなもの。恋人である燐子には何も気取られていないようだ。

俺の問いにキョトン顔で返す友希那。今日もジャケットがかなり余っている。

 

 

 

「…いえ、彼女はこれといって関与してはいないわ。」

 

「……何を、企んでやがる。」

 

「心外ね。」

 

 

 

ふぅ、と呆れたように眉を下げる。…あのね、心外もなにも、この声の掛けられ方に前科しかないんだからね。

さっきのピンキーな後輩だって、以前の同じような依頼からひと悶着あった末に部下となったのだ。やってられるか。

 

 

 

「別に今日は貴方をどうこうしようってものじゃないわ。私だっていつも盛っているわけじゃないもの。」

 

 

 

自覚はあったのか。

 

 

 

「えーっ!ゆっきー今日はやらないのぉ!?」

 

「ええ、ごめんねひまりん。最近少し会社でやりすぎだと、燐子に釘を刺されたのよ。」

 

「うーん……りんりんさんも混ざったら楽しいのになぁ。」

 

「あいつが混ざるかよ…」

 

 

 

この年中発情中の後輩はどうしたらいいんだろう。俺もあれくらいの時はそんな猿みたいに盛っていたんだっけか。

 

 

 

「まぁ、それはまた今度にしておくとして…今日は珍しく普通のお仕事よ。」

 

「自分で言っちゃったよ…。」

 

「要はアレよ、欠員が出たじゃない?」

 

「あぁ、燐子から聞きましたよ。人事部の方でしたっけ?」

 

 

 

数日前の夕飯の時に聞いた話だったが、どうやら人事部の方で割と将来有望な青年が急な退職を申し出たとかなんとか。二、三年程の勤続年数ながら何だかんだで頼りにされていた彼の損失を埋めるべく、新たな若い力でも得ようというのか。

 

 

 

「ええ。燐子から聞いたということである程度察しは付くでしょうが、燐子のところの部署長がそっちに回るのよ。」

 

「あーなるほど……あれ?ってことは新人って…」

 

「燐子の部下にあたるわね。」

 

「…ひぇー、あいつもついに下っ端卒業かぁ。」

 

「そういうこと。…だから今日の手伝いは貴方と燐子の二人よ。」

 

「あぁ、そういうことなら…」

 

 

 

燐子と職場でも同じ時間が過ごせる。それに友希那とひまりちゃんの魔の手も考えなくていい。…そんな大きすぎる人参をぶら下げられた俺は、「何故俺が必要なのか」と当たり前すぎる疑問に意識が行く余裕もなく友希那の依頼を快諾してしまっていた。

 

 

 

**

 

 

 

「その、本当に私なんかが同席して………いいんでしょうか?」

 

「何言ってるのよ。あなたが面倒見るんだから、あなたが見ておかなきゃいけないでしょう。」

 

「で、でも……」

 

「心細いと思って○○まで呼んであげたんだから、思い切って発言してご覧なさい。人材を獲得してから失敗に気づいても遅いんだからね。」

 

 

 

面接用に抑えてある会議室までのさほど長くない道を三人歩く。急すぎる依頼にこれから何をされるのかと、腕を組んだ彼女はぷるぷると震え上がってしまっている。

なるほど、俺はすっかり慣れてしまったが、通常上司から得体の知れない手伝いを要求されるとこうなるらしい。麻痺とは実に恐ろしいものだ。

むぎゅりと押し付けられる胸の感触に酔っている間にも気付けば磨硝子付きの扉の前に。友希那曰く面談者は中に通してあるらしいが…。

 

 

 

「いい?燐子。相手はあなたの部下になるんだから。尻込みしている場合じゃないのよ。」

 

「は、はい………○○さん、ずっと……隣にいてくれますか?」

 

「そりゃここまできて帰るってわけにもいかないだろう…。」

 

「………手、握っていても………いい、ですか…?」

 

「うっ…」

 

 

 

そんなに潤んだ瞳で見上げないで欲しい。昨晩の一戦を思い出してしま

 

 

 

「…おう。それで落ち着くんなら、俺は何でもしてやるさ。」

 

「○○さん………!」

 

「燐子………。」

 

 

 

見つめ合い、瞳を閉じる。近づく温度と高まる鼓動に身を委ね、スーツのまま致すという背徳の――

 

 

 

「正気?ここまだ職場なんだけど。」

 

「………色々言いたいことはあるけど、お前が言うな。」

 

「私はそんなムードあるキスしたことないもの。」

 

 

 

なんの違いだ。

 

 

 

「…じゃ、行くわよ燐子。」

 

 

 

会議室の扉は静かに開く。

 

 

 

「あ、おはようございますっ!…こんにちは?(´・ω・`)」

 

「はいこんにちは。…あぁ、座っていいわよ。」

 

「はいっ!(`・ω・´)」

 

 

 

ふむ。挨拶は元気いっぱい。顔つきも笑顔も悪くない。まるで夜の月のような燐子とは対照的な明るく太陽のような女の子だ。

彼女と向かい合わせになるよう設置されたパイプ椅子へと腰を下ろす。ギシッという金属の軋む音が我が家の安ベッドを連想させた。それは燐子も同じだったようで、見合わせた顔はうっすら紅を差していた。

気を取り直すようにして、二人して手元の資料に目を通す。履歴書と職務経歴書のセットか…見たところ字も乱雑ではないし経歴書の作りもしっかりしている。第一印象は真面目・活発といったところか…。

 

 

 

「ではまず、自己紹介からお願いできるかしら?」

 

「はいっ!(`・ω・´)」

 

 

 

元気よく挙手。

 

 

 

「えっとっ!(`・ω・´)」

 

 

 

えっと…?

 

 

 

「はぐみはっ!はぐみですっ!(*`ω´)」

 

「…………苗字は?」

 

「あっ!Σ(・ω・ノ)ノ」

「きたざわですっ!北沢(きたざわ)はぐみ!(; ・`д・´)」

 

「…はい。経歴…は、と。…あぁ、まとめてくれたのね。」

 

「はいっ!にーちゃ…兄に教えてもらって頑張りました!(`・ω・´)」

 

 

 

今度の新人さん、北沢はぐみちゃんはお兄ちゃんっ子らしい。橙の髪を短く切り揃えた少々やんちゃな雰囲気さえある彼女がもしも自分の妹だったならば……うむ、悪くない。

友希那と同じように背の小さな、それでいて将来有望そうな少女を前にして、今のところ不信感は微塵もない。

 

 

 

「ええ、とっても見やすいわ。…前はアルバイトをしていたのね。」

 

「はいっ!とーちゃん…えっと、父がお肉屋さんをいとなんでいるので、そこで頑張りました!(p`・ω・'q*)」

 

「なるほどね。……どう?燐子、何か聞きたい事とかは。」

 

 

 

急に話を振られびくりと肩を震わせる愛しい彼女。手を握る力も三割増といったところか。大丈夫だと顔を覗き込んでやるもすごい汗だ…舐めた、あいや、大丈夫だろうか。

 

 

 

「そっ……そうですね、ええと……こ、恋人、とかは……いたりしますか…っ?」

 

 

 

何という急角度での質問。恋人様はこんなにも色恋沙汰が好きだっただろうか。

 

 

 

「こいびと…?(・ω・ )………こいびとって、どんなびとですか??( ˘・A・)」

 

「あっ、えっと………○○さん、どうしましょう。」

 

「あぇっ!?俺に振る!?」

 

「……恋人っていうのは、彼氏とか彼女とか…そういう奴のことよ。因みに私はいないわ。」

 

「……(´-ε-`)……あっ(*´∀`*)。」

 

「伝わったかしら?」

 

「はいっ!そーゆーのなら、いた事ないです!(´∀`*)」

 

 

 

何というか、いちいち表情の豊かな子だ。燐子のいる部署はいつも葬式みたいな顔の女連中ばかりだから、この子ひとり放り込むだけで劇的に雰囲気が変わるだろう。劇薬にならなければいいが、な。

あわあわと謎の手振りを繰り返す燐子を尻目に友希那を見れば、意味深な視線をこちらへ向けている。何か言いたいことでもあんのか。

 

 

 

「…あんだよ。」

 

「私は、恋人は、いないわ。」

 

「いやさっきも聞いてたよ。」

 

「はぁ。……ばかぁ。」

 

 

 

おや。せっかく自由に使えていた手もちびっこ上司に握られてしまった。右側に燐子、左手に友希那…はぐみちゃんからはテーブルの影で見ていないだろうが、俺は勤務中になんて不真面目な…。

 

 

 

「そ、それでしたら……お、男の人は…その………すき、ですか?……性的な、意味で…」

 

「せいてき…(*´-ω・)??父や兄はだいすきですっ!(`・ω・´)」

 

「………やっちゃってるんですか?」

 

「やっちゃう……?(´・ω・`)」

 

 

 

おっと、困った上司に意識を持っていかれているうちにウチのお嫁さんがとんでもないことに。物語のボケ担当にされるのは慣れていないらしい彼女に無理をさせすぎたのかもしれない。

気付けばまさに無垢といったはぐみちゃんを大人の知識で問い詰めている。何がしたいんだ?マウント取りたいんか?

 

 

 

「????わ、わかんないですっ、すみません!(´;д;`)」

 

「…燐子。大丈夫よ、その子は心配ないわ。…私やひまりんとは違うもの。」

 

「……あぁ。そういう質問かこれ。」

 

 

 

つまるところアレだ、入社した後に俺を狙わないかと…どんな入社面談だ。友希那も特に口出しせず見守っているあたり、もうはぐみちゃんの入社は決定している…以前のひまりちゃんの時と同じ状態なんだろうな。

にしては可哀想なくらい動揺しちゃっているが。

 

 

 

「ご、ごめんなさいごめんなさいっ!( >д<)、;'」

 

「いーのいーの、はぐみちゃん…は全く悪くない…っつーかこの状況、君完全に被害者だからさ。」

 

「あら、随分な言い様ね。」

 

「……○○さん、新人さんにはいつも甘い………です。……ずるい、です。」

 

「あれぇ…?」

 

 

 

新人をフォローしたが最後。一気に針の筵へと立たされる形になったわけだが、そんなにいつもいつも新人を甘やかして………と同時に脳裏をよぎるひまりちゃんとの記憶。

あぁ、確かにいつも甘やかしまくってた上に甘やかされまくってたわ。残業後とかにあの「おいで」をやられるとどうも弱いんだよなぁ…。

 

 

 

「ええと……」

 

「えっと!あなたは何ていうお名前さんですか!(`・ω・´)」

 

「あぁ、俺は○○っていうんだ。部署は違うけど…多分顔を合わせることは多いと思うから覚えといてね。」

 

「はい!○○さん…○○さんですねっ!はぐみははぐみですっ!(`・ω・´)」

 

「うん、はぐみちゃんね。覚えたよ。…ヴォッ」

 

 

 

両の手が軋む音とともに走る激痛。見れば右手は爪がくい込まんとした勢いで握り締められ…いやこれは爪を突き刺そうとしているな。燐子の顔は見ずともわかる。きっと恐ろしい顔をしていることだろう。

同時に握り締められて意味がわからなかった友希那の方を見れば、何ともつまらなそうな顔で頬杖をついている。ほっときすぎたか。

 

 

 

「…おい友希n」

 

「はいはい、じゃああとは特に質問もないでしょう?…面接は終了、北沢さんも帰っていいわよ。」

 

「は、はいっ!ありがとうございましたぁっ!(`・ω・´)」

 

「はい、お疲れ様。……ほら、あなたたちも立って。」

 

 

 

まだ両手は痛み続けているが上司が終わりと言うなら終わりなんだろう。渋々立ち上がれば燐子もそれに続く。視界の隅でゆっくり上がってくる笑顔がもういっそこわい。

そんな俺たち三人を見て帰り支度を始めていたはぐみちゃんが不思議そうに首をかしげる。

 

 

 

「みなさん、すっごく仲良しなんですねぇ!(´∀`*)」

 

「仲良し?」

 

 

 

なるほどなるほど。立ち上がってはモロバレじゃないか。イイ年をした大人三人が仲良く手を繋いでいることが。

 

 

 

**

 

 

 

「中々器量の良さそうな子じゃんか、燐子。」

 

 

 

はぐみちゃんが帰った後、会議室を片付けるのは俺の役目らしい。空気の重さをなんとかしようと一言発してみたわけだが、それが彼女に届くことはない…。

 

 

 

「全く…苦労するわね、あなたも。」

 

「ええ………結局小さいほうが好きなんでしょうか……○○さんは。」

 

「…………あなたね、小さい私が見向きもされてないんだから、大きいほうがいいに決まってるじゃないの。」

 

「……いえ、身長の……お話です。」

 

「身長の話よ!」

 

「身長以外……でしょうか……」

 

「それだともう………」

 

「………心当たりが?」

 

「…………………んん!」

 

「ひぁっ…!?………ちょ、そんな……つよく…んぁっ」

 

「あのー友希那さん、人の乳揉みしだかんでください。」

 

「うっさいわボケェ!この鈍感男がァ!!」

 

「……ううむ、理不尽。」

 

 

 

次回から、カオスなオフィスにまた一人刺客が増えます。

 

 

 




眠い。




<今回の設定更新>

○○:もうちょっと真っ当に仕事ができる環境に行きたいとただただ願っている。
   もう色々やりすぎたせいで、一周回って手を繋ぐくらいが一番興奮するらしい。
   実はたまにひまりの溢れんばかりの母性に甘えていた模様。

燐子:小さく可愛い物が苦手。自分じゃもう手に入れられないから。
   主人公がいるだけでなんでも出来そうな気がする。そう、何でもね。

友希那:かわいい。
    もうちょっと主人公に興味を持って欲しいと試行錯誤の日々である。

ひまり:ママ。
    疲れているところを見計らって両手を広げて近づいて来るらしい。
    魔法のワード「おいで。」

はぐみ:(つ ・ω・)つ


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2020/03/02 俺「休みが一番ハード。」

 

 

 

優雅な休日、とでも言おうか。シフト上の休みが割当たっている為、いつもよりやや遅めに起こされ作り置きの飯を食う。その後もダラダラとベッドから降りない時間を過ごし、惜しくもシフトが合わず出勤して行ってしまった燐子の帰りを待つ。

安心して身も心も任せられる相手が居ないというのは、やはり心寂しい。…が、久しぶりに得た自由というか、愛すべき彼女の視線を気にせずに目一杯フリーダムに過ごすことができる時間は、ある種の背徳さえ覚えてしまう。

俺、燐子が居ても居なくてもダメ人間なんだな。

 

 

 

「○○さぁん!何だかドキドキしますね!」

 

「…動きすぎて、動悸がー的な?」

 

「違いますぅ。私そんなお年寄りじゃないですもんー。」

 

 

 

ピンク色の髪を二つ括りにした後輩。肉欲の暴走超特急ことひまりちゃんも今日は休日だったらしい。燐子が出て行った数分後に、何食わぬ顔で部屋に…そしてベッドにまで潜り込んできた。

そう、この爛れた自由の一日に俺を目覚めさせたのは紛れもなく彼女だ。

…あぁ大丈夫。スマホにはちゃんと燐子からのメッセージが入っていたし、隠すつもりも更々ない。つまりこれは浮気だとか隠し事だとかそういうのじゃ断じて無い。

 

 

 

「だってぇ、こうしてちゃんとした場所でくっ付くのもいいなぁって。」

 

「……そう思うなら会社で襲うのやめてくれない?」

 

「ふっふーん、それはそれ、これはこれですよ。」

 

 

 

断じて違う、よな?

 

 

 

「今何時?」

 

「えと……あ、腕時計取っちゃったんでわかりませんね。…この部屋掛け時計とか無いんですか??」

 

「俺も燐子も自分のPCで時間見る癖あるからさぁ。」

 

「……へ、変なカップル…。」

 

「それが心地いいんだよ。」

 

 

 

普段燐子と二人の時間を過ごす時も、何だかんだそれぞれのPCの前で思い思いの行動を取ることが多い。それこそ食事や睡眠・入浴など、生活する上で必要な時間くらいしか一緒に過ごしていないのではないだろうか。

ひまりちゃんは変なカップルと捉えたようだが、適度なときめきを忘れないためにも生活の中でプライベートを忘れないようにと協議した結果なのだ。

…まぁ、どちらかが何かと我慢できないときは共に過ごすのだが。

 

 

 

「あぁ……もう十七時じゃねえか…。」

 

「何かあるんです?」

 

「忘れたのかね。…ウチの定時は十七時だろ?」

 

「ぁ……。」

 

 

 

ベッドから這い出てスマホを見れば…本来定時に当たる時間。普段「定時?何それ」状態の俺に対して同居人の燐子は真逆、終業五分前には帰る支度を始める方針の部署らしく、何ならいつも俺の退社を待ってくれているほどだ。

つまり何を言いたいかというと。

 

 

 

「…取り敢えず、服着よう?ひまりちゃん。」

 

「えぇー?涼しいじゃないですかぁ。」

 

「いやほら、スグとは言わないけど燐子帰ってくるし…」

 

「でも、隠しているわけでもないでしょう?」

 

「だとしてもさ…」

 

 

 

片付けや掃除もあるし。そもそも、公認とは言え立ち会ってしまえば気持ちのいいものじゃないし。

帰ってくるなり生まれたままの姿の恋人とその同僚が出迎える…それも乱れ切った部屋で。そんなカオス、仕事で疲れている彼女に見せていいものでは無い…と思う。

 

ブブッ

 

 

 

「んぁ。」

 

「??…燐子さんですか??」

 

「……あぁ。…ひまりちゃん、やっぱ服着よう。」

 

「えぇっ!?だって、燐子ちゃん私のこと知ってて…!!」

 

「いや、事情が変わった。」

 

 

 

画面をひまりちゃんに見せるなり納得してしまったようで。「あぁ…」と小さく零すなり渋々ベッドを降りた。…おぉ、ゆさっとは行かずともぷるぷると震える程よい脂肪は昼間の感触を思い出すに…まあいいか。

仕方あるまい。今の俺たちにとっては極大の敵かも知れない彼女が来るのだから。

 

 

 

『○○さんへ。北沢さんも夕食にご一緒しようと思うので片付けておいてください。』

『あと、今夜の私の分は残っていますか?』

 

 

 

**

 

 

 

「お、おかえり……なさい!」

 

「ただいま……帰りました。」

 

「お、お疲れ様ですっ!燐子さんっ!」

 

「……………。」

 

「…?………○○さ…おや、この匂い。」

 

「な、なんだ……?ちょっと顔、近くないか?」

 

 

 

帰ってくるなりすんすんと俺の匂いを嗅ぎ出す燐子。首・肩・胸…と下がっていったかと思うと、また顔まで戻ってきて少し拗ねた顔。

 

 

 

「………なるほど。結構やんちゃさん……だったんですね。」

 

「………いやあの、俺」

 

「すっ、すすすっ、すみませっ…でも途中途中で休憩挟みましたし、あんまり絞り」

 

「ひまりちゃん?」

 

「はひゃっ」

 

 

 

どこまで口走ろうとしているのだろうこのテンパりピンクは。見えていないのだろうか。

燐子の一つ結びにした黒髪の後ろで隠れるようにして覗き込んでいるフレッシュな彼女が。

 

 

 

「あ、あのぉ……(´・ω・`)」

 

「あ…………ごめんなさい、はーちゃん。」

 

「はーちゃん?」

 

「い、いえっ……このお部屋、いい匂いしてますねっ(`・ω・´)」

 

「ふふっ……芳香剤…ですかね。」

 

「まあ…立ち話もなんだし、取り敢えず入りな?」

 

「ええ。……ほら、はーちゃん。……靴はこちらで、ええ。」

 

「わぁい!おっじゃまっしまぁす!(*´∀`*)」

 

 

 

元気に廊下の奥へと向かうはぐみちゃん。その様子を微笑ましく見ている燐子だったが、ふと何かを思い出したように自宅待機組二人に視線を向ける。

…怒られるのだろうか。

 

 

 

「…な、なんですか……燐子さん?」

 

「……お二人、特にひまりちゃん。………あの子はあなた達と違うタイプの子ですので……決しておイタはしないように、ね?」

 

「違う?」

 

「タイプ?」

 

 

 

はて。

 

 

 

「あの子……はーちゃんは、性への興味どころか………性知識すらまともにありません。……友希那さんのいつもの冗談に疑問符しか浮かんでいなかったので………。」

 

「あれまぁ。」

 

「だから…くれぐれも、刺激の強い言動は控えるように……ね?」

 

 

 

その静かなウィンクは、ひまりちゃんをも震え上がらせるほど美しく、静かな威圧感を持っていた。

正直チビりそうだ。

 

 

 

「りんねぇ!こっちきてぇ!(∩´∀`)∩」

 

 

「ふふ……今行きますよー。…それじゃ、夕飯の準備しますね。」

 

「…………○○さん、燐子さんってあんなに迫力ありましたっけ。」

 

「母性か何かが目覚めたんだろうか。…正直、イイ。」

 

「なっ……ぼ、母性だったら、私だって!」

 

 

 

もにぃ。

手を誘導するんじゃない。昼間散々揉んだよそれ。……ああはいはい、そのムキになっている顔は少し可愛いよ。

胸を掴む手はそのままに、空いている手でグリグリと頭を撫でてやった。

 

 

 

「えへへ……でもね、○○さん。今○○さんの左手が空いていたように、私のこっちの胸も空いて」

 

「君は本当に、脳みそ以外は完璧なんだけどなぁ…。」

 

 

 

ぶち壊しである。

……その後の飯?勿論うまかったし、ひまりちゃんもテーブルの下で色々してくるくらいで大人しく、はぐみちゃんはただただ元気だった。

問題なのは二人が帰ったあと…燐子と二人になってからで。

 

 

 

「○○さん?」

 

「あん?」

 

「……何回ですか?」

 

「………というと?」

 

「ひまりちゃん。……あれだけの子に言い寄られて、さぞかし盛り上がったことでしょう。」

 

「…え、あれ?怒ってる感じ?」

 

「怒ってなんかいません。……あぁそういえば、明日の有給申請してきました。」

 

「はい?…俺は出勤だけど……なにか用事でも?」

 

「??……ふたり分……ですよ?」

 

「は?俺も?」

 

「…………今日の分、取り返さないとですから。」

 

「うっそだろ…。」

 

「メッセージで言ったじゃないですか。……残ってますかって。残って…なかったです?」

 

「いやそれは、あの、えと」

 

「………はーちゃんと過ごしていると、欲しくなっちゃうんです。」

 

「ええと……欲しいって、やっぱり、そういう?」

 

「…ふふ、まずは女の子がいいです。」

 

 

 

なるほど、今日は朝から晩まで運動しっぱなしって訳だ。

 

 

 




ちょっと露骨すぎましたかね?




<今回の設定更新>

○○:悪い。

燐子:スイッチオン。
   これからはより一層積極的に…

ひまり:いい加減にしとけ。
    君は母性を履き違えている。
    今回はほぼ服も着ずにお送りいたしました。

はぐみ:かわいい。 
    そう、はぐみは刺客としての参加ではなく燐子のブースター要員だったのだ。
    これからは母性に目覚めた燐子が…


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2020/04/14 燐子「股は多くても…信じてますから。」

 

 

「ええと、そろそろ退いてもらえません?」

 

「嫌。」

 

「嫌、ではなくてですね…。」

 

 

 

会議室を丸々抑えての書類整理。すっかりお察しだとは思うが、この作業を俺と俺の向かい側に座る燐子、そして当然というか何と言うか付いてくる気満々のひまりちゃんに振ったのは膝の上の上司――友希那=湊その人である。

すっかり懐き切ってべったりなのか、燐子が呼び出されると同時に後を付いてくるはぐみちゃんの存在に、あまり堂々とした性的接触はないだろうと思ったらこれだよ。当然はぐみちゃんは無垢な質問をぶつけてきたがそれに対して友希那の舌の回ること回ること…。

半ば諦めムードで聴いていたが、案の定この部屋に常識人はいなかった。いや、そもそも常識なんか存在しなかったんだ。

 

 

 

「いい?今日の○○に課せられた使命は椅子よ。」

 

「ふざけんな。」

 

「あら、光栄でしょう?私のヒップの感覚をダイレクトに感じるのだから。…何ならその、お腹に回している両腕であんな所やこんな所を弄ってもいいのよ?」

 

「………いや、そんなことしないし。」

 

「あーっ!○○さん今迷ったでしょー!」

 

「うるせいピンク性人。」

 

 

 

最近調子に乗っているのか目に余る発言が増えてきたひまりちゃん。彼女の存在自体がもう我が部署の風紀と視線を搔き乱しているというのに、これ以上どう進化しようというのか。

 

 

 

「○○さん……?」

 

「ひっ」

 

「…私の見えないところで……って、言いましたよね?」

 

「だからその…っ、ほ、ほらっ!今の俺両腕フリー!友希那の体なんか触る訳ないだろー!?」

 

「Σ( ゚Д゚)」

「( ゚Д゚)ノシ」

 

「私の体…"なんか"?」

 

 

 

ひらひらと空いている両腕を振って見せる。燐子の隣…俺から見れば燐子の奥に座るはぐみちゃんが焦ったように手を振り返してくるが、そうじゃない。

その様子を見た燐子の目つきが和らいだのも束の間。俺の発言に思うところのあったらしい上司様は次なる爆弾を投下した。

 

 

 

「…燐子。」

 

「はい…?」

 

「あなたの場所からは見えないだろうけど、この姿勢……"挿入(はい)って"いてもおかしくないと思わない?」

 

「「ッ!!」」

 

「??(´・ω・`)??」

 

 

 

馬鹿なんじゃなかろうか。誰が、とはもう言えない空間だが。

唯一不思議そうな顔で、周りの驚愕面の上司陣を見回すはぐみちゃんの癒しオーラったら半端ないが、友希那の意味ありげな含み笑いと今にも泣き出しそうな燐子。…ついでに慌てた様子で机の下を覗き込むひまりちゃん。

や、挿入っているわけないが。

 

 

 

「…あのなぁ、仮にも仕事中にそんな事する訳ねえだろうが。」

 

「あら?"仮にも仕事中にそんな事"ばかりしているあなたがそれを言う?」

 

「お前等が好き勝手に襲ってくるんだろうが!」

 

「心外ね。…不満?」

 

「ふま………え待って、燐子さんどんな表情?それ。」

 

 

 

悔しそうな、それでいてどことなく哀しそうな表情にしては頬が赤く心なしか息も荒い。…うっそだろ。

素直に体調を心配するような視線を送る隣のはぐみちゃんだけがただただ不憫だ。

 

 

 

「………まぁ、挿入っていない事は…判っていましたけど…。」

 

「ほんとかよ。」

 

「…○○さんの……お顔を見たらわかりますから。」

 

「どんな。」

 

「………○○さん…締まりが良いと余裕の無さそうな切ないお顔になるんです…よ?」

 

「ちょま、え?お前、俺の知らない俺を…」

 

「ふふん、私達は○○の○○を良く知ってるもの。ね、ちn…燐子。」

 

「………まぁ、そうなります…ね。」

 

「…上手い事言ってんじゃねえ。」

 

 

 

まだ昼間だぞ。そして仕事中だ。

お天道様も見てるというのに、飛び交う下ネタには最早文学すら感じる。こいつら、はぐみちゃんの無知具合を良い事に暴走してやがる。

 

 

 

「…あぁもう、いいから仕事するぞ仕事。友希那も退けっての。」

 

「………んもう、強がっちゃって…」

 

「うっせぇ。」

 

「終わりました!(`・ω・´)」

 

「おっ。…ほれ見ろ、新人の方がよっぽど働くじゃねえか。」

 

「ちんt…何ですって!?」

 

「君はちょっと入ってこないでひまりちゃん。」

 

 

 

…カオスである。

 

 

 

**

 

 

 

「へへっ('v'*)」

 

「…何だか楽しそうだねはぐみちゃん。」

 

 

 

地獄の様な作業時間が終わっての昼食。元より部署のある事務所エリアを離れている事と午後も会議室での作業が続くこともあって、作業に当たったメンバーで場所を移すことなく食事を摂る。

食事自体は日常生活の一過程に過ぎない訳だがどうにも共にする人間が変わると新鮮な気分を味わえる。俺と燐子の間に座って矢鱈茶色の多いお弁当を広げる新人ちゃんもご機嫌なご様子で。

 

 

 

「はいっ!(*≧∇≦)ノ」

「みんなで食べるって、遠足みたいだなって!(*´∪`*)」

 

「……ふふっ、かわいい……。」

 

「遠足…か。懐かしい響きだなぁ…。」

 

「…はーちゃん…お弁当は、自分で作ったの…?」

 

「ううん!これはかーちゃ…ははが作ったの!(`・ω・´)」

 

「…唐揚げにハンバーグにエビフライに……これは、コロッケかな?」

 

「コロッケとメンチカツです!(((o(*゚▽゚*)o)))」

「はぐみの家、お肉屋さんで、コロッケは自慢の商品でぇ…ほわぁぁ…・:*:・(*´∀`*)・:*:・」

 

 

 

箸で掴んだコロッケの味を想像したのか、だらしない顔でトリップ状態になるはぐみちゃん。…成程肉屋ね。道理で、まるで男の子の様なお弁当だと思ったが…。

しかしこうしてみると実年齢が冗談のように感じる程子供だな。勿論悪い意味ではなく、可愛がり甲斐のある後輩といった意味で。

燐子なんてもう、慈しみの聖母のような顔ではぐみちゃんのあちこち外ハネした髪を梳くように撫で繰り回しているし、俺も何だか娘のように扱ってしまう節がある。他の面々とは違って、ゆったりとしたほのぼの空間を味わえるというか…。

 

 

 

「何なんですかねあれ。」

 

「…ええ。」

 

「仲のいい親子みたい…!」

 

「入り込む隙間も無いわね。悔しいけど。」

 

「…改めて見ると、りんりんさんってホント美人さんですよね。」

 

「ええ、私の燐子だからね。」

 

「はぁ。……えっ、ゆっきーってソッチもイケるの??」

 

「ばかね。イケるんだったらとっくにあなたを食べちゃってるわよ。」

 

「…たまに「暇ね」とか言って揉んでくるあれは…?」

 

「仕方ないじゃない。燐子のを揉むと彼が怒るんだもの。」

 

「代用品!?」

 

 

 

はぐみちゃんに悪影響があるとまずい為食事中は距離を置いているが…弁当一つとっても人柄や個性というのは滲み出るものだ。

俺と燐子は言うまでも無くいつもの弁当で、はぐみちゃんは前述の通り。一方向かい側に座っているひまりちゃんとちびっ子上司だが…。

ひまりちゃんはある意味で納得。持ち物や私服も"今時の女の子"といった感じで、流行や可愛い・綺麗を集めたものが多いらしい彼女は、いつも近所のコンビニや館内の売店で買った軽食にその倍ほどの量のスイーツを合わせたものを摂っている。

一度お裾分けをされたこともあるが、カロリーを考えただけでも胸焼けを起こしそうな食事だった。今日はイチゴとホイップクリームを挟んだサンドウィッチに小さなパンケーキ。その後の()()()()としてカップのプリンと大きめのエクレア、新商品だというイチゴの載ったココアショートケーキ…うっぷ、見ているだけでも具合が悪くなりそうだ。あれだけの糖分も、全く頭に行かずに体に蓄積されていくのだろう。何処とは言わないが。

そしてお隣のちびっ子上司は真逆で、五~六種類のサプリメントと栄養剤…二つ並んだバカでかい缶はエナジードリンクか。カフェインマシマシのドリンクを好んで摂取するところなんかは俺と同じで、偶に新商品談義なんかもする。…その辺りで留めてくれるなら「友好的な上司」で片付くのだが…

 

 

 

「…何見てるの。」

 

「別に。相変わらずエナドリ好きなんだなって思っただけだ。」

 

「…どこかの誰かさんが身体を酷使するせいで、魔剤に頼らざるを得なくて…」

 

「……。」

 

 

 

すぐこういう事言う。

 

 

 

「…なぁ燐子。」

 

「なんです…?」

 

「あの二人、絶対早く死ぬよな。」

 

「……ああ、お弁当が…ですか。」

 

「うん。」

 

「……心配、ですか?」

 

「いや別に。……いなくなったらなったで、風紀と俺の印象が守られるだけだと思うし。」

 

「ふふ。……貞操観念が滅茶苦茶なあなたが滅茶苦茶にされるというのも…中々に興奮するのですが…。」

 

「り、燐子さん?」

 

 

 

だめだ。俺の恋人もそっちだったらしい。

俺の貞操観念が滅茶苦茶だと思ったことは無いが、そんなことを言いながらも愛してくれているのだろうこの子は。愛しているからこそ他の関係も結んで欲しい。だが浮気や行為を直に見たくはない。…これが乙女心というものなのか、まるで理解できる気がしない。

拗らせ過ぎなのだ、皆して。

 

 

 

「あっ…りんねぇと○○さん!同じおべんとだ…!(`・ω・´)」

 

「あ、あぁ…そうだね。両方燐子が作ってるから。」

 

「えっ……。Σ(´∀`;)」

 

 

 

流石のはぐみちゃんも何となく察しがついたか、弁当箱と両脇の二人の顔を見比べる。やがてウンウン唸ったかと思えば一人合点が行ったかの様に柏手を打ち、「((* ´艸`))」こんな顔になった。

 

 

 

「りんねぇって、○○さんのお母さんだったんだ。(`・∀・´)!!」

 

 

 

何も分かってなかった。

 

 

 

「ね!(**'v'**d)」

 

「…え、ええと………」

 

 

 

サムズアップを突き付けられた燐子が助けを求めるように視線を送って来る。…暫し迷ったものの、面接のときのあの様子から考えるに詳しく説明したとてこの子には難しかろう。何とか上手い流し方は無いかと考える。

 

 

 

「あのね、はぐちゃん。」

 

「は、はい!ひまりんさん!(*'-'* )」

 

「○○さんはねぇ、りんりんさんと、お母さんプレイの真っ最中なんだよ!」

 

「お、おかあさん…ぷれい??(´・ω・`)??」

 

 

 

このピンク…口を開けば大体碌なことにならないな…!第一俺が燐子相手にそんな願望……そんな…願望…。

 

 

 

「……………確かにそっちは…まだですね。」

 

 

 

そんな熱の篭もった目で見んでください。今はまずはぐみちゃんを正しい道から外れないように悪を打ち倒すのが先決でしょうが。

 

 

 

「ぷれい……?????(´・ω・`)」

 

「えっとね、りんりんさんは○○さんのお母さんじゃないけど、

お母さんごっこ…って言ったらいいのかな。おままごとみたいな。」

 

「ええ、概ね間違えていないわね。燐子には相当なバブみを感じるもの。」

 

「ばぶみ……o(゚ω゚`*)??」

 

「母性とか、包容力とか、そういうことよ。」

 

「りんりんさんって、甘えさせてくれたり面倒見てくれたり、皆のお母さんみたいでしょ!!」

 

「………ああ!!(o´∀`o)」

 

 

 

どうしよう。ここまで勢いづいてしまった彼女等はもう止められない、止まらない。

燐子の母性云々は否定しないが、それをプレイという事で片づけてしまっては社内屈指の変態カップルということで処理されてしまう。そもそもそんなのが社内共通認識として認知されてしまっては、ただでさえ居辛い空間がより過酷なものになってしまう恐れすらある。

 

 

 

「はぐみ、わかりました!(o´∀`o)」

 

「ちょ、ちょっと友希那…」

 

「……なに?」

 

「それははぐみちゃんの教育上よろしくない…」

 

「あら。父親気取り?」

 

「ちげえや!」

 

「あなただって、本心では感じているんでしょう?燐子の持つそのポテンシャルを。」

 

「ッ……!」

 

 

 

確かに、俺の一日は燐子に優しく起こされるところから始まるし、出勤前も通勤中も、何なら鞄の中身や昼飯まで行き届いた燐子の思慮に甘えっぱなしで。家に帰れば温かいご飯と風呂を燐子が用意してくれて、「ゲームで楽しそうに遊ぶ○○さんを見ているのが幸せ」とか言ういじらし過ぎる発言に甘えて一切の家事を任せてしまっているし。

かと思えば夜は眠るまで燐子の体温と息遣いを感じ続け、気付けばまた朝に……ああ、俺の毎日は燐子で出来ているのだ。気付けば侵されている日常は、燐子の持つ高度なバブみを余すことなく表していて…。

 

 

 

「……俺、燐子にオギャりたい。」

 

「!?(*´△`*)」

 

「え、キm」

 

「ほら見なさい!つまり、今この場を以て燐子の母性は証明された!」

 

「…母性なら私にだって…」

 

「ひまりん、濫りに揺らすとあの男が黙ってないわよ。」

 

「私としては襲われるのは大歓迎なんだけどねー。」

 

「わかるー(棒)」

 

「え、えと……○○さん??」

 

「……っ、あ、俺、何を…?」

 

 

 

つい、口が勝手に。

 

 

 

「……はぐみ、またひとつ賢くなりました。( ノ゚Д゚)」

 

「…やめときなさい、それは純粋さを失う行為だぞ。」

 

「…あのですね、○○さん。りんねぇには途轍もないばぶみがあるんですよ。( ノ゚Д゚)」

 

「ああもう、覚えんでいい事を…。」

 

 

 

はぐみちゃんが大切な何かを失っていく横で、俺は俺で何かに目覚めてしまいそうであったが。果たして男として、パートナーとして、甘える一方で居ていいのだろうか。

今は冗談めかして茶化していられるが、いつかは重大な責任を負うためにもっと芯を通しておくべきではないのだろうか。

それこそ、はぐみちゃんのような子供が俺自身に出来た時に。

 

 

 

「……ゆきなさん!はぐみ、ばぶみ覚えました!( 0w0)ノ」

 

「それはいいことね。それじゃああなたも今日からこっち側よ。」

 

「こっち…?(´・ω・`)」

 

「ええ。…Welcome to underground...」

 

「ぉぉぉおお…!かっこいい…!!(`・ω・´)」

 

 

 

友希那の手招きに誘われるようにしてはぐみちゃんは行ってしまった。もう、清い体に戻れることは無いだろう。

一時の好奇心と興奮、自らが持つ甘えと甘えたい願望。もし本当に燐子が母親になったら、俺はどうなってしまうんだろうか。

はぐみちゃんが居なくなったことにより空いた距離を静かに詰めてくる燐子。そのまま耳元まで顔を近づけて来て、言った。

 

 

 

「……はーちゃん、可愛いでしょ?」

 

「?…あ、あぁ。」

 

「………そろそろ本物、欲しいですね。」

 

「……ッ!!」

 

「……ぱぱ。」

 

 

 

あぁ。

燐子が持つのは純粋な母性じゃない。嘘…と言う訳では無いが。

彼女が持つのは俺を惑わせる"魔性"だ。甘えたくなるのも目が離せないのも、理解できずとも願望を叶えてやりたくなるのも。

全ては彼女の、魔性なんだ。

 

 

 

「……そうだね、ママ。」

 

「!?」

 

「○○さんが…オギャった…!?」

 

「これが……ば、ばぶみ…(* ・`ω・*)」

 

 

 

どうやらこれからは、ノーガードで殴り合うハメになりそうだ。

 

 

 




バブみのお話。




<今回の設定更新>

○○:そういった性癖は持ち合わせていなかったはずだが…。
   惑わされたっていいじゃない、疲れてるんだもの。

燐子:魔性の色白美人、揺れ動く白金山脈、溢れ出る母性―――
   子供好きで尽くすタイプです。

友希那:いい加減にせえよ。

ひまり:二つ名のバーゲンセール。
    今回は静か目。

はぐみ:かわいい。


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2020/05/31 俺「求む、刺激ィ!」

 

 

 

平和な昼下がりだというのに、どうしたことか。

…こう何年も生きていると、そりゃたまにはあったりする。

別にこれと言って要因がある訳じゃないし、目立った不満もそこにはない。

では、何故か。

 

 

 

「燐子ぉ。」

 

「…なんでしょうか?」

 

「……面白いこと無ぇかなぁ。」

 

「…………。」

 

「…テンションがさぁ…。」

 

 

 

要は、意味も無く気分が沈んでいるのである。

 

 

 

**

 

 

 

「それは……私と居てもつまらない、と…?」

 

「いやぁ…そう言う訳じゃねえけどさ。」

 

「…膝枕……やめましょうか?」

 

「や、もうちょっとしてて。」

 

「………わかりました。…今日はワガママさんですね。」

 

 

 

ベッドに腰掛けた燐子の、その程よい肉付きにまったりと蕩ける様な弾力の太腿に後頭部を沈ませつつ、天井を見上げる――のは姿勢の話で、事実目の前を塞いでいるのはそれはそれは立派な白金山である。

右手で頭を撫で、左手で団扇を振る燐子にバブみを感じざるを得ないが…いやはや人の貪欲さたるや恐ろしい物で、この極上の空間でさえよくある休日の一コマになっていた。

 

 

 

「…燐子ぉ。」

 

「……はぁい?」

 

「今、楽しい?」

 

「…………楽しい……というと何とも。…ですけど、とても幸せですよ…?」

 

「そう…だよなぁ。」

 

 

 

燐子は俺の何がそんなに気に入っているんだろうか。

他に絡んでくる連中もあれだけ居て、毎日仕事で一緒に居られるわけでも無くて。俺からは甘える一方で何もしてやれてないというのに。

アレコレ考えてはいるが、一応曲がりなりにもプライドらしきものを持っている俺だ。「俺の何処が~」等とは恥ずかしくて訊けたもんじゃない。

…いや、だめだな。ただでさえ気分が落ち込んでる時にこんな、ガラでも無いことを考え込んでは。

 

 

 

「あの……○○、さん?」

 

「ん。」

 

「…お仕事してる時の方が、楽しい…です?」

 

「……というと?」

 

 

 

表情は相変わらず見えないが、流石に俺の発する負のオーラを察されたか。日曜でなければ聞くことのない質問が飛んでくる。

少し考えてみるも質問の意図が掴めず詳しく聞くことに。

 

 

 

「…いつも、お仕事でお疲れでしょう?」

 

「まあな。」

 

「それでも……ここに着いてから湊さんや仕事に対しての愚痴を零している貴方は…どこかその、嬉しそうで。」

 

「愚痴零すのに嬉しいってそれどんなドM?」

 

「………何もないより、忙しくて疲れるくらいの方が、活き活きして見えるんです…もん。」

 

 

 

何と言う事だ。俺は無意識の内に社畜ライフに馴染んでいたと?しかし、燐子とまったりする時間より日頃の地獄が愉しいなどとは思ったことも無いんだが。

 

 

 

「それに……。」

 

「??」

 

「職場に行けば……湊さんや、上原さんもいますし、ね。」

 

「な…ば、ばかっ、ちがうぞ?…お、おれは」

 

「何を慌てているんですか……。…別に責めてるわけじゃないです。」

 

 

 

唐突に挙げられる名前に俺の心拍数も爆上がり。別に意識している訳じゃないが、確かに刻まれた肉欲の記憶を思い出すと、落ち込んでいた気分も体の一部も隆起してしまうというものだ。

それを知ってか知らずしてか、「お二人とも魅力的な女性…ですから。」と小さく付け加えられた。

 

 

 

「……悪いとは、思ってるさ。」

 

「…ほんとですか?」

 

「…………。」

 

 

 

嘘、では勿論無いが。だがしかし俺も一人の男である。

悪いと思いつつその情勢を許されてしまえば…それはもう、据え膳乱舞、酒池肉林の限りであろう。気持ちが先走ってしまったか、その鎌首を擡げ小さく頷く様に振動したのは()()()()()()の方だったが。

 

 

 

「…もう、どこで返事してるんですか。……えいっ。」

 

「…ぉあっ…!……こら、真面目な話をしている最中にそんなところつつくんじゃない。」

 

「だって、○○さんよりよっぽど素直にお返事してくれますから。」

 

「ん…っふぅ。……いくら無気力だからって、そんなの切っ掛けで元気にするのはズルいと思うがね?」

 

「………何だっていいんです。……○○さんが、私だけを愛してくれる…なら。」

 

 

 

声に艶がある。ここのところ月末という事で激務が続いていたせいか、フラストレーションやらその他諸々やらがお互い募りに募っているのかもしれない。

休日とは言え、むざむざと溺れる様な真似が許されるのだろうか?愚問ではあるが、一応は真摯な付き合いを心掛ける身として己に問うてみる。

だってこんなの、まるで――

 

 

 

「…そりゃ愛しちゃいるけどさ。…真昼間からそれって、ひまりちゃんじゃないんだから…。」

 

「………………むぅ。」

 

 

 

俺を弄ぶ手がピタリと止まる。

同時に頭上から降る不満げな嘆息。

 

 

 

「何だね。」

 

「○○さん、デリカシーって言葉…知ってます?」

 

「まぁ、意味は。」

 

「…無いって言われません?」

 

「燐子にはしょっちゅう言われてるな。」

 

「どうして学習できないんですか…?」

 

「………それは、あれか…?「私と居る時に他の女の名前出さないでよ」…的な?」

 

「……分かっているなら尚タチが悪いですね。」

 

「あー………その、なんだ、ええと。」

 

 

 

きっと毒されているのは燐子だけじゃない。最初出逢った頃はシモ耐性が無かった燐子も、今ではすっかり同じ雰囲気を纏うようになった……などと呑気に眺めている場合では無かったのだ。

…俺もだ。

俺も、複数人の関係性に慣れてしまっている気がする。これは、由々しき問題なのでは。

 

 

 

「…ごめ――」

 

「謝るだけじゃ……許してあげませんもん。」

 

「――んぇー?」

 

 

 

体を起こしてみれば膨れ面。…燐子が頬を膨らます様は、久々に見た気がする。

これは本当に怒っている時の仕草ではなく、「私、怒ってるんですからね」アピールであると最近学んだ。

謂わばポーズなのだ。幼子が構って欲しさ故に嘘泣きを覚えるように、彼女も甘える術として、此れを。

 

 

 

「…どうしたらいい?」

 

 

 

こういう時は素直に欲求を聞き出す。

 

 

 

「……自分で考えてください。」

 

 

 

おっと新しいパターンだ。

 

 

 

「……おいで、燐子。」

 

「やです。」

 

 

 

うぐ。

第一の策、散る。

 

 

 

「…俺はほら、燐子一筋だからさ。他の子の名前が出たって――」

 

「選りにも選って…どうしてそんな弱い嘘を選んじゃったんです…?」

 

「ぐ……。」

 

 

 

第二の策、破綻。

そりゃそうだ。満更でも無いんだから。俺の馬鹿。

 

 

 

「……本当に、一筋…なんです?」

 

「…んぇ?」

 

「……。」

 

 

 

光明…!

顔を赤らめ紡いだ言葉は聖母りんりんの助け舟か…!?

だが、しかし、ここで安直な答えを返してしまっては待ち受ける物は破滅のみ。よく考えろ俺。赤い横顔が可愛いからって血を集める場所を間違えるんじゃない、俺!

 

 

 

「……それなら……行動とか、言葉とか……ちゃんと、表して…ほしい……です。」

 

「!!!」

 

「…わがまま……ですか?」

 

 

 

伏し目がちではあるが、ゆっくりとこちらに顔を向けた燐子はもう…筆舌に尽くし難いほど魅力的で。

言うまでも無く俺の答えへのハードルは上がったのだ。殺す気か。

 

 

 

「……そんなこと、ない、ヨ。」

 

「……。」

 

「俺は…俺は……!」

 

 

 

沸騰しそうな頭を必死に回転させて持てる限りの語彙箱を漁る。

ワンピースの裾から覗く綺麗に揃った脚や白く控えめな窪みを作り出している鎖骨、あの眠る時に包まれる甘い香りを想起させる艶やかな黒髪が惑わす中、ちょっぴりダウナーな今日の俺が導き出した答えは――

 

 

 

**

 

 

 

「……ふぃー、さっぱりしたなぁ。」

 

「あ……ちゃんと拭かないと、風邪ひきます…よ。」

 

「えぇー?もう洗濯機に突っ込んじゃったぞタオル。」

 

「もー……じゃあ、私の使ってください…ね?」

 

「髪、拭いてたんじゃないのか?」

 

「あとはドライヤー使いますから…。」

 

 

 

ぬるめのシャワーを浴びてジットリ滲んだ汗を流す。何やかんやあって気付けばもう夕方。

二人きりで過ごす久々の休日に、心地良い疲労感を覚えていた。

燐子の香りが強く染みたバスタオルで体を拭きながら冷蔵庫を漁れば、暫く前に買い溜めておいた炭酸水のボトルが目に付く。仕事終わりのリフレッシュに愛用しているレモンフレーバーの長寿商品だ。

 

 

 

「………最後の二本か。」

 

 

 

自分の歩いた道へ目を向ければ燐子が濡れた床をせっせと拭いているところだった。細かいところで気が利く反面、何かと雑な俺によって多大な迷惑を掛けてしまっている…とは、分かってはいた。

声を掛ければ彼女も飲むだろうと、残された二本を持ちベッドへ腰かける。

 

 

 

「…燐子ぉ。」

 

「…なんですか?」

 

「飲む?」

 

「ぁ………はい。」

 

 

 

そうするのが当然だとでも言うように。今まで幾度となく繰り返してきたように隣へ腰を下ろす。

キシリと小さく軋むベッドが先程の数戦を思い出させた。

 

 

 

「…これ、もう少なかった…ですよね?」

 

「これがラスト。」

 

「あら…。」

 

「明日、仕事帰りに買いに行こうぜ。」

 

「…また、ケースで置いてるといいですね。」

 

「だな。」

 

 

 

暫し、シュワシュワと炭酸の弾ける音を聞きながら喉を鳴らすことに集中する。

 

 

 

「……。」

 

「…………。」

 

 

 

…少し落ち着いた今ならば、さっき放った阿呆のような言葉のよりベターな代替案が次々と頭に浮かぶ。

この無音を楽しめるのも、何気ない会話が幸せなのも、お前だけなのだ…と。

 

 

 

「俺さ。」

 

「…?」

 

「ちょっとわかった気がする。」

 

「…。」

 

「仕事終わり、活き活きして見えたんだろ?」

 

「…はい。」

 

「仕事、な。……めっちゃくちゃ嫌いなんだよ。」

 

「………ふふっ。」

 

「でもさ。燐子が…俺の愚痴も、苦労した話も、キツかった話も、全部楽しそうに聞いてくれるだろ。」

 

「……ええ。」

 

 

 

ちびっ子上司の理不尽な命令を愚痴ったって。

無茶苦茶な難題に答えられなかった後悔を弱音として吐いたって。

ミスと疲れから思わず八つ当たりしちまったって。

 

 

 

「で、最後にはお前…「頑張りましたね、偉いですね。」ってさ。」

 

「……はい。」

 

「……他の女の子がどうとかは関係ねえ。燐子が居るから、「こんなのもアリかな」って、満足してるだけなんだわ。」

 

 

 

仕事って、生きる為に仕方なくするもんだと思ってた。

それも間違っちゃいない。が。

無意味とも取ってしまいがちなソレを理解してくれて、意味も分からず惰性で働く行為を褒めて貰えて。

 

気付けば、頑張って大好きな人に良い所を見せるのが目標になっていた。その目標の為だけに、前向きに責務を果たせるようになっていたんだ。

 

 

 

「まぁ…飽く迄選択肢の一つ、としての話だがな。仕事が嫌いなのは変わってないし。」

 

「ふふ。……私は、喫煙所にお供していたあの頃からずっと…○○さんのお話が大好きで、○○さんを尊敬していて。」

 

「…よせやい、照れるだろ。」

 

「…○○さんの為に、尽くしたいと思ってました。」

 

 

 

尊敬されるほどの人間じゃない、と下手な謙遜を見せれば彼女はまた怒るだろうか。

彼女の気持ちに、これからの俺は応えられるだろうか。

 

 

 

「……十分やってくれてるよ。お前は。」

 

「そうです…かね。」

 

「ああ。」

 

「………その割には、他のお二方に随分と現を抜かしているようですが…?」

 

「な"…ッ!」

 

 

 

…ちょっといい雰囲気かと思えばこれだよ!

 

 

 

「なっ、ちがっ、だから、おれは、その、燐子一筋…あれぇ?」

 

「ふふふっ……けど、さっきの言葉……○○さんらしくって、好きです。」

 

「~~~ッ。」

 

 

 

揶揄いおってからに。

クスクスと笑う彼女は本当に楽しそうで…そんな彼女の言う"好き"は、不思議と耳に優しく馴染む気がした。

 

 

 

「もう一回、言ってくれますか…?」

 

「もう言わん!」

 

「けちー…。」

 

 

 

『俺が責任を持って抱いているのは、燐子だけだ。』

 

…今思い返しても、酷いチョイスだとは思う。

 

 

 




何かやる気出ない日ってあるよね。そういう時って、無駄にクソ真面目な考え事しちゃうよね。
…って話。




<今回の設定更新>

○○:デリカシーというか多分あんまり器用じゃないだけなタイプ。
   決め手となった台詞も、要するに避けずに闘っているのは燐子だけ、と伝えた
   かった訳で――。

燐子:家では目一杯甘える所存。
   主人公の世話をするのが最上の幸せ、というダメ男製造機である。


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2020/08/06 燐子「お仕事中の横顔……うふふふ……」

 

 

 

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ……

 

本日何度目かの着信がスマホを揺らす。

目覚まし代わりになったのもこの振動で、出たら出たで大体が職場からの連絡。

休日という事さえ忘れてしまいそうだ。

 

 

 

「……はい、○○ですが。」

 

『お疲れ様ですー、すいませんお休みのところー。』

 

「いえ。それで、何かありましたか。」

 

『ちょっとお訊きしたいことがありましてー――』

 

 

 

社会情勢的にもあまりのんびりとしていられない時分なのはわかる。が、特にうちの部署においては別の理由も重なっててんやわんやなのだ。

あの日からこっち――すっかりお馴染みになったちびっ子上司こと友希那の、突然の長期休暇発表以来――結果として指揮者を失った部門は少なくなく、会社全体のムードも吊られて慌ただしくなっているほど。

普段は自由奔放で部下を弄り倒すことしかしていないように見えて、あれはあれで会社に必要とされる人材なのだと改めて実感する。

 

 

 

「……まあ、そんな感じで進めてくれたらオッケーです。」

 

『ありがとうございます!やってみます!!』

 

「はい、じゃあ、失礼しまーす。」

 

 

 

当然かの傍若無人…もとい暴虐無人の限りを尽くした彼女の次に目を付けられるのは、直属の部下である俺なわけで。

こうして休日などお構いなしに複数部署からの電話が鳴りやまないという結果に。ついでにいうと、さほど多くない取引先の全ても俺のスマホを頻繁に鳴らす。それはもちろん、言うまでもない理由の元起こりうる現象なのだが。

 

 

 

「……ふぃー。」

 

「お……お疲れ様…です。」

 

「ん。」

 

 

 

通話を終え、後続の着信や通話中の不在着信がなかったことを確認するとつい漏れ出てしまうため息。近頃は希望休を重ねている恋人もやや心配そうだ。

別に彼女のもとにも同じような着信の嵐があるわけではない。俺としてはたまの休日くらい好きに過ごしてもらいたいのだが、どうにも俺から離れようとしないのだ。

 

 

 

「……なあ、退屈だろ?」

 

 

 

何をするでもなく、スマホに向かってアレコレと指示を飛ばす俺の様子をじっと見つめていた燐子。通話が終わっても何も変わらず、やや下がりがちな眉はそのままにじっと視線を固定している。

や、正直恥ずかしいのだ。わかってくれ。

 

 

 

「いえ……。ぁ、私に見られていては……不快、です??」

 

「そういうことじゃないが……同じことを俺がやったとしたら、どうだ?」

 

「○○さんが、私を……??」

 

 

 

律儀にも真剣に想像しているのだろう。やや上方の中空を睨むように呆けた後、何かのスイッチが入ってしまったかのように目を見開き、その柔らかそうな頬を一気に染めた。

あうあう言いながら首をぶんぶん振っている様を見るに、どうやら同じ気持ちに辿り着いたらしい。俺なんかよりよっぽど恥ずかしがりやな燐子だ。想像の域でまだ救われたろう。

 

 

 

「……な?」

 

「「な?」じゃ、ありま…せん…っ!……は、はず、はず…あぅ…」

 

「落ち着け落ち着け。それに今更だろ?俺はこれまで、燐子のもっと恥ずかしい……むぃ??」

 

「な、なな、にゃにを言おうとしてるんでしゅか…っ!!」

 

 

 

最後まで言い切る前に口角を押さえられてしまった。燐子にしては珍しく俊敏な動作だと感心したが、喋りのほうはついて来れなかったらしい。

噛みまくりな上に舌足らずでその混乱っぷりがモロに露見している。愛い奴め。

 

 

 

ピンポーン

 

 

 

「む。」

 

「あ、○○さん!お、おきゃっ、おかく、おきゃくさ…!!」

 

「わかったわかった、とりあえず俺が出るから、燐子は少し深呼吸でもしてなさい。」

 

「うぅぅ……!!」

 

 

 

その時だった。通販を多用しなくなり最近滅多に鳴らなくなったインターホンの音が鳴り響いたのは。

相変わらずわたわたとテンパっている恋人をベッドに残し、シャツのヨレを直しつつ玄関へと向かうが…。果たして、こんな時間に誰だろう。

まさか、普段は不在で通っているこんな昼間にセールスや勧誘関係も来ないだろうに。

 

 

 

「はいはい、どちらさんで…………。」

 

 

 

開けたドアをそのまま勢いよく閉じてしまおうかと思った。

そこに立っていたのは、相変わらず表情の乏しい()()の女性だったのだから。

 

 

 

「……よくチャイムまで届いたな?」

 

「張っ倒すわよ?」

 

 

 

**

 

 

 

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ……

 

 

 

「ああもう、またかよ……はい、○○ですが。」

 

『お、お疲れ様です!経理部の――』

 

 

 

相変わらずよく震える電話だ。着信音が鳴るのを嫌ってマナーモードにしたわけだが、煩く同じ曲が流れ続けるよりかは精神衛生上幾分かマシだ。

どうやら今度は収支計が合わないと半泣きの経理部長かららしい。正直数字に関係することはちんぷんかんぷんなのだが、何も答えないというわけにもいくまい。

仕方なくありったけの知識で対応する。

 

 

 

「……あぁ、なるほど。でしたら、△△さんのデスクに…ええと、以前発生した同ケースの…」

 

『あぁ!ありましたね!!去年の七月でしたっけ?』

 

「そうですそうです。多分紙媒体でも記録残ってたはずなんで…」

 

『あ、ありがとうございます!』

 

「いえ。もし無さそうだったら社内共有のアプリケーションにPDFデータもあったと思うので。」

 

『あ……確かに見てなかった…!ありがとうございます!失礼します!!』

 

「…………はあ。」

 

 

 

また一件。画面を確認すると、どうやら通話中にも着信があったようで。仕方なくかけなおす。

 

 

 

『……あ、○○さん!!』

 

「お疲れ様です、どうしました?」

 

 

「……燐子。」

 

「………。」

 

「……燐子ってば。」

 

「……ふぇ?」

 

「はぁ……呆れた。これだけ呼んでやっとだもの。」

 

「え、ええと……え??」

 

「私やひまりんも大概だけど、そこは本妻の愛かしら。」

 

「???」

 

 

 

ふむ。納品されるはずの事務用品にも遅れが出ているとな。

確かにそれじゃあ業務にも差し支える。殊に、今回発注していたのはイベント準備用で量も多かったような…。グループ内企業とはいえ、そのあたりもキチンとしてほしいものだが。

 

 

 

「ああ、それじゃあこっちで連絡取っとくんで…ええと、電話番号、わかります?」

 

『は、はい!!……担当者が確か…090の――』

 

「あ、待ってください待ってください、メモがちょっと…」

 

「○○さん……これ……」

 

「お、さんくす燐子。いやすいません、090の、なんです?」

 

 

 

さすが俺の嫁。手元にメモの類がないことに気付き、空中でペンを走らせる素振りを見せる俺――最近はぐみちゃんに指摘されて気付いたことだが、メモを取らなければいけない場合の俺の癖らしい――に革貼りの手帳と青いボールペンを差し出す。

職場でも同じ島で仕事ができればより効率も高まるだろうに。なぜこっちにいるのは桃色色情狂(ひまりちゃん)なのか。

 

 

 

「なるほど、サポートも完璧ってわけね。」

 

「……これくらい……大したことじゃ……」

 

「にしても忙しそうね。会社で何かあったの?」

 

「もう…またそんなこと言って……皆さん大変なんですよ…?」

 

「ふふっ、頑張り時ね。」

 

「他人事だと思って……。」

 

 

 

前にも似たようなことがあったし、電話をかけるのは明日の朝一でもいいだろう。それよりも……

 

 

 

「それじゃ失礼します。……おいこら友希那。」

 

 

 

リビングのソファでご機嫌そうに寛いでいる元凶をどうにかしないと。

俺の声にさぞかし愉快な表情を浮かべる友希那。

 

 

 

「あら、なあに?大好きな先輩が訪ねてきてくれて嬉しい?んー?」

 

「うっせぇボケが。お前の気まぐれのせいでこちとらてんやわんやなんだ。」

 

「あらま。」

 

「あらまじゃねえ。」

 

「いいじゃない、いいじゃない。いずれこうなるんだから。」

 

 

 

そりゃいつまでもあの座に君臨しているとは思えないが。だとしても酷すぎる。

社長の愚痴も小耳に挟んだが、どうやら特に理由もないまま休暇届をぶっ込んだとかで。それも休み始める前日にだ。

到底真っ当な社会人のやることとは思えないが…。

 

 

 

「燐子、のどが渇いたわ。」

 

「あ、は、はい…今、お茶を……」

 

「こら、人の嫁をこき使ってんじゃねえ。」

 

 

 

真剣に怒ってるというのになんだその自由っぷりは。体はちいちゃい癖に肝っ玉だけは異常だ。世界レベルだ。

そして燐子、君もそうやすやすと従うんじゃないよ。

 

 

 

「あら、もう入れたの?籍。」

 

「まだだよ……今のはその、言葉の綾だ。」

 

「ふぅん…?」

 

「えと……お茶、淹れます……ね?」

 

「……友希那(こいつ)にはティーパック一つでも惜しい。トイレの水でも出して差し上げろ。」

 

「言うようになったわね。」

 

 

 

困惑する燐子は一刻も早くこの状況を何とかしたいのか、おろおろしながらもお盆をしっかりと握りしめている。さすがにトイレの水は冗句だが、こいつを客としてもてなす必要はあるまい。

適当に、と伝え台所へ引っ込む姿を見送る。

 

 

 

「……で、何しに来た?」

 

「別に。遊びに来ただけよ。休みなのは知っていたし。」

 

「偶には休ませてくれよ…。」

 

「どうせ会社からの電話で手一杯でしょう?……何も引き継がずに休んだもの。」

 

「てめぇ…確信犯か…。」

 

 

 

ふふ、と嗤う目の前の女はどうにかして俺の日常生活を脅かしたいらしい。その癖、体調を崩したりすると「自己管理も社会人の責任よ」だのと冷たい目で言い放つのだ。

畜生。腐れ日本国の犬め。

燐子が冷蔵庫やら棚やらを漁り始めた音が聞こえてくる中、スマホを置いて着信が来ないことを祈る俺の隣へ友希那が移動してくる。

何を考えているかわからないが、ほんの少し腕が触れるか触れないか…辺りの距離でベッドを沈める彼女を見て、不覚にも脈が乱れた。

 

 

 

「……なんだよ。」

 

「燐子って、その日の気分でお茶菓子を用意してくれるでしょう?」

 

「ああ?なんだよ急に。」

 

「ああ見えて拘り屋さんなの。自分の中で決めた組み合わせじゃないと満足しないんだから。」

 

「……知ってるよ、それくらい。」

 

 

 

気配りも完璧な彼女だが、そういった些細なことへの拘りも凄い。勿論拘った分こちらとしても嬉しいのだが、その喜んでいる姿を見るのが幸せだとか何とかで…。

いやしかし、何だって今そんな話を。

 

 

 

「さっきお土産を渡したの。和菓子の詰め合わせよ?」

 

「おま……そんなもん渡したらより悩んじまうだろうが…。」

 

「ええ。そうでしょうね。」

 

 

 

言いながら両腕を伸ばし、静かに体重をかけるようにして押し倒してくる。枕側に座っていたのも悪いが、ちょうどベッドに寝かせられた俺に覆いかぶさるような格好になる友希那。

その動作は決して乱暴ではなく、むしろ優しさを感じるような、柔和な動きであった。

 

 

 

「……何のつもりだ?」

 

「さあ。いいじゃない、たまには私も……ね?」

 

 

 

ぼんやりと天井を見上げつつも胸には彼女の小さな重みを感じている。少し体温の高い彼女は、その姿勢も相まって寛いだ猫を載せているようだった。

恐らく実時間にして数秒、形容しがたいぎこちない時間の後、口を開いたのは友希那だ。

 

 

 

「ね。……どう?」

 

「重い、どいてくれ。」

 

「もう、相変わらずつれない男ね。」

 

「うっせ、俺には燐子が――んむっ」

 

 

 

当然俺の頼みなど聞き入れてもらえず、匍匐の要領で這い寄る友希那に唇を奪われた。少し甘い、ミルクティのような風味。

続けて這い回る、小さくざらつきのある舌に暫し蹂躙される。唇の裏、歯茎、舌、軟口蓋…と、口の造りを確認するかのようにソレが撫でていく感覚は、背筋をぞわぞわと震わせる妙な快感があった。

背徳は蜜の味、ということか。

 

 

 

「……ふぅ。…ご馳走様。」

 

「…………てめぇ。」

 

「お気に召さなかったかしら?私、キスは上手いって評判なのだけど。」

 

「いいから退け。お前の計算通りだとしても、もうすぐ燐子は戻ってくるぞ。」

 

「あら、悪い男ね。彼女に見られるのは嫌なんだ?」

 

「……徒に傷つけたくないだけだ。"見えないところで"ってのがルールだったろ?」

 

 

 

ペロ…と口の端で光る唾液を舐め上げる小さな舌に思わず視線を奪われながらも、服を正して姿勢を戻す。こんなところ、燐子に見られたらまた何と言われるか…。

いや、見られなきゃいいってものでもないが。

 

 

 

「今日はね、伝えたいことがあって来たのね。」

 

「ぉっ……あんだって?」

 

 

 

台所の方からカチャカチャと椀が触れる音が聞こえる。そろそろ戻ってくるのだろうと、軽く身構えていたが耳元で囁く友希那にそれを崩される。

意地悪い笑みでこそこそと内緒話をする様は無垢な少女のようだ。……同い年、ましてや上司とは思えない。

「すみません、お待たせして…」と、相変わらず素敵な見栄えの茶菓子とコップをコーヒーテーブルに手際よく並べる彼女を見つつ、耳元に寄せられた唇と腕に押し付けられる小さな膨らみが気になって仕方なかった。

 

 

 

「……私ね、やっぱり貴方を諦めきれないの。だからもう少しだけ……タイムリミットの瞬間までには、貴方を手に入れて見せる。」

 

「……お前何言って――」

 

 

 

いつものおちゃらけた様子とはどこか違う、少し寂しげで真剣な声色。相変わらず甘いミルクのような香りに包まれながら、いくつかのキーワードに引っ掛かりを覚えた。

しかしそれは、幸か不幸か最愛の人の言葉で遮られてしまう。

 

 

 

「むぅ……お二人、今日はまた特に距離が近い…です。」

 

 

 

頬を膨れさせる燐子。いつものようにケラケラと楽しそうに笑う友希那。

 

 

 

「あら、そんな顔もできるのね、燐子。」

 

「もう……見えないところで、って言ったじゃないですか……。」

 

「ごめ、ごめんて……。」

 

 

 

タイムリミット?

友希那は何を言いたかったんだろう。わざわざ家を訪れてまで。

 

 

 




りんりーん




<今回の設定更新>

○○:家にいても電話が鳴りっぱなし。
   自由奔放な上司を持つと大変です。

燐子:主人公のサポートをするだけで幸福感に満ち満ちている。
   かわいい。

友希那:ゲスい担当でありながらまじめな部分もある。
    主人公が入社する前は実質会社を仕切っていたといっても過言ではない。


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【美竹蘭】妹よ、どうした。
2019/12/13 そら親父もそわそわするわ。


 

 

思春期ってのは本当に面倒な奴らしい。

いきなりどうしたって話かもしれないが、最近うちの妹(高校二年)がどうもおかしい様子なんだ。別に俺は妹LOVEとかそういう輩じゃないし、特に害が無ければべったりする気もない。至って普通の兄妹で居るつもりなんだが…。

それにしても、最近のあいつは何だか面倒だ。

 

 

 

**

 

 

 

「兄貴、ちょっと」

 

「…ん。それは急ぎの用事か?」

 

「大至急、口答えしないで。」

 

 

 

帰ってくるなりこれだもんな。お前は兄貴を何だと思っているんだい。

呼ばれて妹の部屋に連れて行かれながら、最近のこいつを思い返す。…思えば、あの頃からどこか分岐を間違えている様な気がしたんだ。

中学の終わりだったか、それまで真っ黒で可愛らしかった髪を急に一部染め出した。メッシュってやつだ…しかも赤。校則は大丈夫かとか虐められるんじゃないかとか少しは家柄も考えろとか、親父と一緒になって説得も試みたもんだ。

…あぁ、うちは一応伝統のある家で、華道についてはそこそこの名門だったりする。まぁ俺は継ぐ気なんかさらさら無いが。

 

部屋に入るなりまず目に飛び込んできたのは、布団から床からよくもまぁこれだけ貯蔵していたもんだと驚かされるほどにぶち撒けられた衣服。

シャツ・カーディガン・セーター・トレーナー・ショートパンツ・タイツ・ミニスカート・キュロット……幅広過ぎんか。

 

 

 

「…(らん)、お前いつから片づけられない子に」

 

「決まらないの…。」

 

「…あん?」

 

「週末に着る服が!決まらないの!!」

 

「………そりゃまたご苦労なこって。」

 

 

 

ファッションに気を遣い過ぎるのもまた困りもんだな。心得があるから、はたまた拘りが強すぎるからか、無駄に数だけは揃えているクローゼットの中身も、着る本人がこう追い込まれてしまっては魅力を発揮しきれないということか。

わなわなと震えた後に振り返る妹の目には涙さえ浮かんでいる。…普段は俺を毛嫌いする癖に、こういうときだけ頼りおってからに…

 

 

 

「まぁまぁ落ち着くんだ。…俺にもわかる様に、順を追って説明しちゃくれないか。」

 

「だって!もう時間が…!!」

 

「あのなぁ…そうやってテンパってる時間も、勿体ないとは思わんか?いざとなった時に抱えきれなくなって慌てるのは蘭の悪い癖だぞ。」

 

「う………わかった、落ち着く。」

 

「そうそう。まだ夜も更けちゃぁいないし、茶でも淹れようか?」

 

「……ココアがいい。」

 

「注文する余裕は出てきたわけだな。…少し待っとけよ。」

 

 

 

蘭は確か市販の粉ココアをホットミルクで作る派だったな。それならば茶請けには煎餅よりもクッキーやマシュマロなんかが良いだろう。

部屋をあとにして台所へ向かうと、ちょうど親父がコップを握りしめて苦い顔をしているところに行き会った。

 

 

 

「…親父?」

 

「……〇〇か。」

 

「一体どういう状況?」

 

「あぁ実はな……水道水がその、苦くて。」

 

「道理で苦い顔だったわけだ。」

 

「今度浄水装置でも取り付けるか…。」

 

「ん、良いと思うよ。…まぁそこで水飲むの親父くらいだけど。」

 

 

 

全く。見た目厳つい割に、相変わらず愉快なことで悩むオッサンだ。昔蘭とギスギスしてた…いや、バチバチやってた時期もあったが、裏で悩む親父を知っていた俺は結局どちらにも与することができなかった。

今となってはある程度の理解が成り立っている関係だが、それでもまだ距離感は難しいらしい。

 

話しながらコンロに掛けていた薬缶が、もあもあと煙を立てていることに気付く。菓子の用意は済んでいたが、肝心のコップや茶葉を用意していなかったと思い戸棚を漁っていると、後ろから親父のやや元気なさげな声。

 

 

 

「なぁ、〇〇よ。」

 

「んー。」

 

「最近その、蘭はどうだ。」

 

「…どうって?」

 

「元気でやってんのか…?」

 

「見りゃわかるでしょう。…いつも通り、幼馴染と仲良くやってるって。」

 

「そうか。…ううむ。」

 

「…何が心配?」

 

「いやぁその、何だ……今日帰ってきてから、ずっとそわそわしてるというか…」

 

「あぁ、今その相談に乗るとこだよ。」

 

 

 

おっ、あったあった。ちょうどあと一回分ほど残っていた緑茶の葉。やっぱ日本人はお茶だよなぁ、うん。

…にしても、どうしてこんな奥まったところに隠されていたんだろうか。

 

 

 

「お、男でも…出来たんだろうか。」

 

「…………まさか、あの蘭だよ?」

 

「ううむ…しかし、あれだけ愛らしく器量もいい娘だ。…年頃ともなればそういうことも…」

 

「あー……わかったわかった、何か掴んだら教えてあげるよ、親父。」

 

「…いや別に知りたいって訳じゃあ……宜しく頼むぞ。」

 

 

 

最早威厳の欠片も感じられない。結局のところただの"娘大好きオジサン"である親父は、一度気まずい関係になったからか、蘭のことを俺に訊く。

気になるなら直接話せばいいのに、全く素直じゃないからなぁ。…(あれ)もそういうところはしっかり似ているし。

 

二口コンロを埋めているもう一つの鍋…弱火で放置していた牛乳も煮立ったようだし、手元の盆にも大体の物は用意できている。

火から下ろした鍋から蘭愛用のカップに牛乳を注ぎ、しっかりと混ぜ溶かす…うん、いい感じだ。

和装の襟を正して居間へ戻っていく親父を見送り、俺も妹の部屋へと再度向かうのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「すまん、待たせたな。…おぉ。」

 

 

 

先程とは違った衝撃が。

あれ程散らかっていたのが夢であったかのように、蘭の部屋は片付いていた。数セットのみ並べられた服を前に、座椅子で膝を抱えている妹。…やっぱり気になるな赤メッシュ。

 

 

 

「おかえり。」

 

「ん。……少しは落ち着いたのか。」

 

「うん…あ、ありがと。…でもやっぱりここからは選び切れなくて。」

 

 

 

飯台にそれぞれの飲み物と茶請けを用意しながら服の組合せを見る。…残念ながらこういった物事に興味も知識も無いんだが…何故俺に訊くんだろうか。

ココアを受け取った蘭は、これでもかと言うくらい息を吹きかけた後、ちびりと一口啜る。…ふた呼吸ほど置いた後に吐き出される"ほ"の字の吐息は満ち足りた温もりを表していた。

 

 

 

「おいし。」

 

「おかわりは早めに言ってくれよ?ミルクを温めにゃならんからな。」

 

「うん。」

 

「…しかし、俺が服装とかよく分からないのは知っているだろう?」

 

「……うん。」

 

「それでも俺に訊くってことは……まさか男か?」

 

 

 

特に他に話すこともないのでストレートに訊いてみる。親父が気になっているように、俺も少し興味はあるからね。

少しガサツでバンドに夢中で、愛想も可愛げもない妹だけど、世の男性にどう映っているのか…実に興味深い。

 

 

 

「…男?彼氏って事?」

 

「うむ。」

 

「違うよ。……あの子は、そんなんじゃない。」

 

「……そうか。」

 

 

 

はて。

 

 

 

「…それなら何をそんなに悩んでいたんだ?」

 

「……ふぁふぁふぃふぃむふむふぁふぇふぇもも。」

 

「マシュマロってそんなに詰め込むもんじゃないと思うけどなぁ。緩衝材じゃないんだから。」

 

「……んぐ。…明日ね、友達と遊びに行くんだ。」

 

「ほほう。」

 

 

 

"友達"という言い方をするのは、この子と仲良くしてくれている四人の幼馴染以外を指している時だ。最近知り合ったばかりの友人か、別段名前を聞いていない相手なのか…そんな感じ。

しかし、まだ男という線も捨てきれない。親父、ちょっと面白くなってきたよ。

 

 

 

「それで……は、初めて一緒に出掛ける子だから、何着て行こうか、迷っちゃって。」

 

「いつも通りに適当な恰好じゃダメなのか?」

 

「いつも適当に選んでるわけじゃないんだけど…。」

 

「そりゃ悪かった。…あまり真剣に見ているわけでも無くてな。」

 

「…でも、その子がどういう格好が好きなのか、まだ分からないからさ。」

 

「つまりは方向性と程度が分からないって事かぁ。」

 

 

 

こくんと頷く。成程成程…。何となく掴めてきたぞ。

要するに、とある友人と初めて遊びに出かける用事を取り付けたが、相手の服の好みや露出等に対する許容範囲が分からないと。…ここまで気にするってことは恐らく相手は一人、それもかなり好意を持っている相手と見た。

仕事柄、会話から状況や人柄を見抜くのは得意なのだ。

 

 

 

「…そんなに好きなのかい?その子の事が。」

 

 

 

何気ない質問のつもりだったが、それまで冷静だった蘭の顔が一瞬で真っ赤に染まった。まさに、"ぼっ"と音まで聞こえてきそうな勢いだ。

 

 

 

「!!…べ、べつに、好きとか、じゃ、ないけど……。傍に居ると、ドキドキするって言うか、胸が詰まりそうになる、っていうか…。」

 

「ほほう。それはそれは…」

 

「なっ、ばっ、ニヤニヤしないでバカ兄貴!別にそんなんじゃないんだから!…そんなんじゃ……ぅぅぅ。」

 

 

 

かなり重症らしい。真っ赤な顔をクッションに埋めてジタバタする蘭…こんなの俺初めて見たよ、親父。是非とも見せてあげたいと思ったが、流石に菓子やココアを溢されては困るので、飯台は邪魔にならない位置にずらしておいた。

しかしなんだ、この可愛い生き物は。もっと際どい質問をしてみたくなるではないか。

 

 

 

「そのドキドキっていうのは、どんな時になるんだ?」

 

「……えと、お喋りしてる時も、隣に座っている時もそうだけど…キーボード弾いてる時とか、歌ってる時とか…全部。とにかくもう、全部可愛くて…。」

 

「キーボード…ってことは、バンド関係の子かぁ。つぐちゃんかい?」

 

 

 

幼馴染のつぐみちゃんのことだろうか。蘭は四人の幼馴染と「Afterglow(アフターグロウ)」というバンドを組んで活動している。その中でキーボードを担当しているのは、確か羽沢(はざわ)つぐみちゃん。

この辺じゃ有名な「羽沢珈琲店」の一人娘で、何とも人懐こいお嬢さんだ。…その子かと思ったんだが。

 

 

 

「え?…いや、つぐみは無いかな。大好きだけど、つぐみは幼馴染だから。」

 

「お、おう…そうか…。じゃあ別のバンドの子かね。」

 

「ぅ……うん、そう。」

 

 

 

なるほど?

 

 

 

「…その子、歳は近いのかい?」

 

「同い年…だよ。学校は違うけど。」

 

「そりゃ違うのは分かるけど。」

 

「??なんで。」

 

「お前の通ってる学校って女子校だろう?…男の子なら、そりゃ別の学校だろうさ。」

 

 

 

女子校に男子が通うなんて有り得ないもんな。何処のエロ本やラノベだっつー話だ。

…と思ったのだが、何故か蘭はムッとした様子で言い返してくる。

 

 

 

「は?…兄貴って、そんなに救いようのない単細胞だった?」

 

「…そんなに言わんでも。」

 

「あたしが好きになった子=男の子って、幾ら何でも決め付けが酷いよ。」

 

「………んん!?」

 

 

 

ちょっと待て。待て待て待て。

男の子って決め付けるなってこたあ……

 

 

 

「……ら、蘭って、いつの間にソッチになっちゃったの…?」

 

「どういう意味。」

 

「いや何でも……で、その子は、どんな子なんだね。」

 

「……有咲は…あっ、その子、有咲(ありさ)って言うんだけど、交流のある別バンドの子で――」

 

 

 

蘭の話だとこうだ。

今交流のあるバンドは全部で四つ程あるそうで、そのうちの一つ…「Poppin'Party(ポッピンパーティ)」というグループでキーボードを担当しているのがその有咲ちゃんらしい。…正直、バンド名なぞは大して興味も無かったんだが、蘭があまりにも嬉しそうに話すものだから覚えてしまった。

で、どのバンドも所属しているメンバーが市内に二校存在する女子校の生徒だそうで、大体が顔見知りだとかいう…凄い状況。…そして肝心の、出かける機会が作られたきっかけだが…そのメンツで集まることがあったとか何とかで、有咲ちゃんが執拗に弄られる場面があったそうな。

弄っているのは実力派バンドの首領(ドン)的存在で、見兼ねた蘭が止めに入ったと。あとはその流れで、お互いときめいちゃって…と、何とも乙女の様な顔をして語ってくれた。

 

 

 

「……そうか。まぁ結局よく分かんなかったけど、要するに蘭は有咲ちゃんを護ってやったって訳ね。」

 

「気安く呼ばないで。」

 

「……その子相手の服装、なぁ…。」

 

 

 

正直そのバックストーリーを知ったところで、有咲ちゃんを良く知らない以上アドバイスもへったくれも無いのだが…。

 

 

 

「あまり露出は多くない方がいいかな。」

 

「…そうなの?」

 

「いやだって、冬だし。」

 

「……あぁ。」

 

「つかこれでいいじゃん。…このタイツ穿いて、こっちのスカートにこのセーター合わせて…」

 

「……おぉ。」

 

 

 

お前、「あー」とか「おー」とか返事に生気がないぞというツッコミは置いといて…。割と見かける組合せを指摘しただけなんだが、どうやら盲点だったらしい。

わかるぞ。相手が大事な人ほど緊張しすぎて周りが見えなくなるもんだ。普段の自分の格好が思い出せなくなるくらいに、な。

 

 

 

「制服以外で結構着てる服を選んだだけだが…俺は蘭らしくていいと思うがね。」

 

「ん……これにする。」

 

「そんなあっさり決めちゃうんか。」

 

 

 

少し拍子抜けだ。もう少し、こっちはこうしたい、だの、これはあぁだから、だの言われると思ってたからな。

淡々と片づけを始める姿を見ていると、本当にこれで終わりなんだろうが。

 

 

 

「ありがと、兄貴。」

 

「役に立ったようで何よりでございやす。」

 

「…あたし、がんばるね。」

 

「おう。いつも通りでいってこい。」

 

「ふふっ、了解。」

 

 

 

会話はそこで終わり。

片付けももうそろそろ一区切り付きそうだし、俺も撤退しなくてはいけないようだ。皿に余っていたクッキーを咥え、急須と湯呑を持って部屋を出ることにした。

 

 

………親父、どうやら理解への道は険しそうだぞ。

 

 

 




新シリーズはらんありをちょっと離れた視点で。




<今回の設定>

○○:主人公。色々胡散臭い仕事をしているが、基本実家でダラダラしている。
   恐らく妹の蘭とそれほど歳は離れていないが、現状不詳。
   面倒見がいいわけでも無く妹が好きなわけでも無い…が、
   持ち前の観察眼と器用さで美竹家の今日を生きている。

蘭:主人公を兄貴と呼ぶ。
  父親とは未だに少しギスっているが、以前のような諍いは解消した模様。
  Afterglowもがんばるし勉強も頑張る。…次にくるのは恋愛か…?
  と思った矢先にこれである。
  いいぞもっとやれ。


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2020/01/02 酒の肴にしちゃビッグイベント過ぎる。

 

 

仕事の後、電車に揺られること一時間弱。隣町の駅でただ只管に人を待つ。

一九時半には到着すると伝えておいたはずだが、アイツは一体どこでチンタラ道草を食っているのだ。年始という事で、今日の新年会を開催することになったのはつい先日の話。同級生である佐倉(さくら)充弥(みつや)と二人呑みを開催すべく、こうして訪れたのだが…本当に明日が休日でよかった。きっと今日は朝方まで酔い潰れることになるだろうから。

 

 

 

「…おっ。」

 

「おいすー。いやー、待たせたなぁ。」

 

充弥(みっちゃん)…遅かったじゃないか…。」

 

 

 

数分の遅れの後無事合流できた俺達は、ここ数カ月の間ですっかり行きつけとなった串カツの美味しい店へ。冷え切った心と体をゆっくり休められる、適度に賑やかな店内に腰を落ち着けるとみっちゃんがテキパキと最初の注文を熟してくれた。

その辺りで漸くスマホを見る余裕ができた俺は、未だ嘗てない程のメッセージの通知に思わず顔を顰めた。

 

 

 

「…んー?どうした兄さん。」

 

「……いやぁ、今まで見たことも無いレベルで妹からメッセがな。」

 

「妹?…あぁ、蘭ちゃんとか言ったっけ。」

 

「そうそう。……見るの怖ぇ。」

 

 

 

確か今日は例の有咲ちゃんと遊びに行くとか何とか言っていた気がするが…万が一のことも考え、ある程度アルコールを纏ってから見ることにした。

運ばれてきた開幕の一杯(とりあえず生)を対面でヘラヘラしているみっちゃんのジョッキに合わせ、呷る。…うん、やはり仕事終わりの一杯は仲の深い友人と楽しむに限る。体への浸透率が違うんだよな。

 

 

 

**

 

 

 

「そういやぁよぉ、お前、まだ結婚とか考えねぇの??」

 

「結婚ねぇ……あんまし興味は無いかなぁ。」

 

 

 

飲み始めて一時間少々。目の前の友人はすっかり赤く染まった顔で随分と生々しいことを訊いてくる。我から見れば少し年下の彼だが、すっかり打ち解けた今ではこのようなプライベートな質問も珍しくはない…が、生憎と俺はそういった事にまるで興味が無かった。

 

 

 

「勿体ねえ…兄さん押しに弱いから結構な良物件なのにぃ…。」

 

「それは俺に世話させる気満々ってこったろ。それにお前、酔い過ぎだ馬鹿。」

 

「へっへっへへへ。…そういや、妹は良いのか??連絡来てたんだろ?」

 

「……あー、すっかり忘れてた。」

 

 

 

いい感じにほろ酔い気分の今ならば、あまり深いショックを受けずに読み進められるかもしれない。すっかり通知の溜まったアプリを一押しで起動し、目的の項目を探す。

…あったあった、通知の数字がカンストしてやがる。

 

 

 

「うぉ…」

 

「何だよ、何があったってんだ。」

 

「……いや、なんつーか、若いってすげえな。」

 

「あん??」

 

 

 

繰り広げられる蘭の青春っぷりをなんとかみっちゃんに伝えたかったが俺の語彙力じゃ無理がありそうだ。というか未知の世界過ぎる。

メッセージを見せれば…とも思ったがちょこちょこプライベートな要素があった為に断念。…結果、科学力に任せビデオ通話の形を取ることに。

まずは普通に発信してみる。

 

 

 

「……………。」

 

「…………。」

 

『…なに、兄貴。』

 

 

 

数コールの後、やや不機嫌そうに反応を見せる蘭。なんでそんな怒ってんの。

 

 

 

「おー、今何してた??」

 

『別に、何だっていいでしょ。それより兄貴、せめて既読位はつける努力したら?』

 

「きどく??」

 

『メッセージ。…何のためにケータイ持ってんの。』

 

「悪い悪い…緊急の用事だったのか?」

 

『緊急って訳じゃ…ないけどさ。今日兄貴帰ってこないじゃん。』

 

「明日の始発で帰るよ。」

 

『あそ。じゃあ切っていい?』

 

「いやいや、今、電話で内容教えてくれよ。」

 

 

 

危うく流されて通話を終了するところだった。今この場で聞かなければ、酒の肴……妹の大事な恋愛事情が心配だからな。

 

 

 

『……なんで。』

 

「有咲ちゃんとのことなんだろ?…俺も一応兄貴として、心配な部分もあるし…安心させて、美味い酒飲ませてほしいなって。」

 

『…今一人なの?』

 

「…いや、みっちゃんと飲んでんだ。…ほら、前に話した」

 

『あぁ、同級生の?』

 

「そうそう。」

 

「どぉーも、蘭ちゃぁん!みっちゃんだよぉ。」

 

『……ども。』

 

 

 

…こいつまだ人見知りするのか。昔からとても社交的とは言えない子だったが、高校生にもなってまだそんなだとは。俺も人付き合いが得意な方じゃないから強くは言えないが、仮にもバンドだ何だと人前に立つ機会も多いだろうにこれはどうなんだ。

赤メッシュが泣いてるぞ。

 

 

 

『…え、何。みっちゃん…さんにも聴かせる訳?』

 

「おう。…ほら、俺じゃあ聞いてやるにも限界があるし…それに何より、このみっちゃんって男はお前と有咲ちゃんのような関係に詳しいんだ。」

 

 

 

自分で言っていて何だが、詳しいってなんだ。いくら何でも苦しすぎるだろうこの理由付け。

 

 

 

『ほんと?…ほんとにほんと?』

 

「……お、おう。…なぁみっちゃん?」

 

「おうとも!百戦錬磨よぉ!」

 

『じゃあ話す。』

 

 

 

チョロすぎる妹とへべれけの親友…間に挟まる微妙な立ち位置の兄貴。夜も更け酒も進んだ混沌の空気の中、恋の夜会が静かに始まった。

 

 

 

**

 

 

 

『あのね、今日は有咲と駅前で待ち合わせして…適当にぶらぶらしようかって話だったんだ。』

 

 

「兄さん、アリサって誰?」

 

「最近蘭と仲のいい女の子だ。」

 

「ほほう。可愛いの?」

 

「想像は任せる。」

 

 

 

俺も知らん。

 

 

 

『それで、ちょっと早く出すぎちゃって、駅に着いたのが約束の二十分前くらい。…あ、ちゃんと兄貴に言われた服着たよ。』

 

 

「…どんな服?」

 

「別に。露出し過ぎず派手過ぎず。」

「普段通りの服装を勧めたまでだ。」

 

「ほーん。…蘭ちゃんエロいのとか似合いそう。」

 

「人の妹で変な想像したら殺すぞ。」

 

「さーせん。」

 

 

『でも有咲も同じくらいに来てね。…いつもと違って髪を下ろした有咲…可愛かった。』

 

「いつもは縛ってんの?」

 

『うん。ツインテールってやつ。…それもまぁ、素敵なんだけど。』

 

 

「ふむふむ、アリサちゃんはツインテール…っと。」

 

「さすが百戦錬磨、メモとはやるなぁ。」

 

「舐めんなよ兄さん。…アリサちゃんとやら、ツンデレ巨乳と見た!」

 

 

 

性癖駄々洩れだ馬鹿…。

 

 

 

『服も可愛くってさ。あたしと違って、やっぱ女子力あるなって感じ。』

 

「ほー。」

 

『まずはお話しようってなって、ショッピングモールに向かって歩いててさ。』

 

「ふむ。」

 

『………それで。……ええと。』

 

「「??」」

 

『手………繋ごうかって、話に、なって…。』

 

 

 

別段"手を繋ぐ"という行為はおかしなもんじゃない。だがそれをここまで恥ずかしがると言う事は…つまりはそう言う事なのか蘭。お前、本気でそっちに…。

急にぶっ込んできたプラトニックさに隣のみっちゃんも大興奮だ。

 

 

 

「おいおい兄さん、やべえよ。」

 

「どうした変顔して。」

 

「え?え!?これってそういう話?」

 

「お前は何の百戦錬磨なんだ?」

 

 

『べ、べつに、あたしが繋ぎたいとか言った訳じゃないよ!?有咲が…有咲が、「深い意味は無いけど香澄(かすみ)とかとはよく繋ぐ」っていうから、じゃあ繋ごうかってなっただけで!あでも繋ぎたくなかったって訳でもないし!』

 

「なーにをムキになってんだ。仲が良くていいじゃねえか。」

 

「そうそう。…で?どうだったん?蘭ちゃん。」

 

『う……。その…すっごく、柔らかくて、ちっちゃくて。女の子なんだなぁって思った。』

 

 

「すっげぇ!甘酸っぺぇ!」

 

 

 

みっちゃん、大興奮。先程運ばれてきたばかりのハイボールを持つ手も派手に暴れまわっているし、目もイっている。

確かに俺も妹からこんな話を聞かされるようになるとは思ってもみなかった。有咲ちゃん、ホントぐっじょぶ。

 

 

 

『暫く何も話さないで歩いてたけど…モールに着いてからはあんまり気にならなくなってさ。お店を見て回りながらお喋りしてて…。』

 

「ほう。」

 

『お昼過ぎに近くの喫茶店に行ったんだけど、そこであの日の話になったんだ。』

 

「…あの日?」

 

『うん。有咲と仲良くなるきっかけっていうか、前にも話したでしょ?有咲を庇った時の事。』

 

 

 

あぁ、あの実力派バンドの首領ポジによる有咲ちゃん弄りから守った話か。

 

 

 

「言ってたなぁそんなこと。」

 

『…それまでは、あたしって怖い人だと思われてたんだって。取っ付き難いし、笑わないし…でも、いい人なのかも…って思ったんだって。』

 

「………。」

 

『急にそんなこと言われたら、さ。……恥ずかしいじゃん。』

 

「…………。」

 

『だからあたしもテンパっちゃって…「有咲が体調崩したらポピパの士気が下がる」とか「そのせいでポピパの張り合いがなくなっちゃったらAfterglowとしても困る」…みたいな、取って付けたようなこと言っちゃってさ。』

 

「……ほぉ。」

 

 

「なぁ兄さん。」

 

「なんだよ、今いいとこだろ。」

 

「今気づいたけど、アリサちゃんってPoppin'Partyの有咲ちゃん?」

 

「あぁ?…そうらしいけど、知ってんのかよ?」

 

「知ってるも何も…!…っかぁー!そうかぁ!」

 

「???…どうした、へべれけおじさんか?」

 

「そうだなぁ…兄さんはそういうの無知だから…」

 

「あんだとぉ?」

 

「……ツインテ・巨乳・ツンデレ。三拍子そろった最強の美少女なんよ。」

 

「………まじ?」

 

 

 

そんな有名な子なのかよ…!しかも美少女て。無駄に情報通なみっちゃんが言うんだから間違いないが…それならそれで一度見て見たい気もする。

 

 

 

『…そんな話してたら、今日もまた恥ずかしくなっちゃって。…有咲と二人、暫く何も言えなかったの。』

 

「若いなぁ。」

 

『でね!…有咲の顔、すっごく可愛く見えてきちゃって。…変、かな。』

 

「…変とは?」

 

『だって…………あたし、一応女の子なのにさ。…有咲も女の子なのに、その…』

 

「……あー…」

 

 

 

変かと訊かれると答えに困る。変…要するに変わっているかと訊かれたらどうしても俺基準で考えてしまうだろう。そうすると、変という言葉を使わざるを得なくなるんだが…色々な人が居ると考えた時にそれは否定の言葉になってしまうし、何よりもたった一人の妹を傷つけてしまう。ううむ…

 

 

 

「変じゃねえさ!素晴らしい事よぉ!」

 

『…ほんとっ??』

 

「おう!綺麗な物や可愛いものをそのまま素直にいいと思って何が悪い?…好きや嫌いだってそうだ。異性に好意を持たなきゃいけねえって誰が決めたんだ?」

 

「…みっちゃん、お前…。」

 

『ほんとにほんとで変じゃない??』

 

「うむうむ。胸を張り給え。君はとっても素晴らしい。」

 

「…。」

 

 

 

こいつ、酔ってると良い事言うんだよな。きっと普段も思ってるんだろうけど、中々深いことまでは言及しない節があるし。

まったく、兄貴よりいい言葉で励ましやがる。

 

 

 

「俺だって、兄さんに対してもういっそ抱かれても」

 

「みっちゃん。それ以上いけない。」

 

 

 

訂正。普段からアホだこいつは。

 

 

 

『そっか。…兄貴、いい友達だね。』

 

「うっせぇ。…で?その後はどうなったんだ?」

 

『あうん。…その場は一旦それで流れて、その後は映画見に行ったんだ。』

 

「映画ぁ…?」

 

『ガラじゃないって言いたいんでしょ。…でも、有咲が気になってるって言うから、有咲と一緒ならって。』

 

 

 

これ、もうすっかり惚気のレベルまで達してるよな?本人はそこまでの自覚はないかもだけど。

二人で映画って、もう出来ちゃってんじゃん。

 

 

 

『普段なら興味なんか湧かないような内容だったけど、今のあたしに重なることがあって…。ちょっと泣いちゃったんだよね。』

 

 

 

今なら少し前に話題になった悲恋ものが上映していた筈だ。そのほかは子供向けアニメだとか戦隊ものだとかで、今の話に該当しそうな作品は無いと思うし…ふむ。

蘭も大人に成ってるんだなぁ。

 

 

 

『その帰り…ね。あたしは大分落ち着いてたんだけど、有咲はずっとえぐえぐ言ってて。…拭いても拭いても涙は零れてくるし、ずっと腕を掴まれている内に…へ、変な気分になってきちゃって…。』

 

「……。」

 

 

「これって、聞いてていいやつ?」

 

「知らん、黙ってろ。」

 

 

『勿論最後はハッピーエンドで、恋っていいなって思えるようなお話だったんだけどね。…有咲も、そんな気持ちだったのかな。』

 

「………。」

 

『蘭ちゃん…って、小さい声で呼ばれただけで、あたしどうにかなっちゃいそうなくらいドキドキしてた。ていうか実際呼ばれて変な声でちゃった…。』

 

「………ほぉ…ぅ。」

 

 

 

無意識の内に作った握り拳に力が入る。ついでに、二人して酒が進む進む。肝心の串カツにはほぼ手を付けず、アルコールだけが体内に蓄積されていく。

恐らく今は、みっちゃんの事を笑えないほどに俺も赤い顔をしているだろう。

 

 

 

『そしたら、「香澄みたいなこと言うけど、私今すげーどきどきしてる」って。…あ、香澄ってね、Poppin'Partyのボーカルの子なんだけど、キラキラとかどきどきとかよく言ってんの。』

 

 

「…そうなのか?みっちゃん。」

 

「あぁ、確かに香澄ちゃんはそういう子だ。」

 

「ふーん。」

 

 

『そんなの真剣な顔で言われたらさ、もう、ね?…「あたしも」って答えたら少し間が開いて……。』

 

 

 

ヤバい、俺迄ドキドキしてきた。酔ってるとは言え、ここまで聞いていいもんなんだろうか。俺、記憶失くさないタイプだぞ。

 

 

 

『少しして……「付き合ってる人いる?」って、有咲が…。』

 

「!!!」

 

 

「ィャッホォォォォオオオウ!!!」

 

「馬鹿!まだ早ぇ!!」

 

 

『…??何??』

 

「や、多分どっかのテーブルの馬鹿が盛り上がっただけだ。」

 

『そ?……でもほら、あたしってそういう経験無いし…さ。』

 

「そうなのか。」

 

『そーだよ。兄貴だって、あたしが彼氏とか恋愛だとか言ってるの見たことないでしょ。』

 

「……確かに。」

 

『兄貴もそういう縁無いしね。』

 

「うるせぇ。」

 

 

 

俺は別に、いいんだよ。うん。

 

 

 

「で?その続きはどうなったん蘭ちゃん。」

 

『あうん。あたしも「いないよ」って言ったら、「ふーん」って有咲が…。』

 

「ほうほう。」

 

『…で、テンパってたあたしは…その……』

 

 

「兄さん、これはまさかの流れですかな。」

 

「……あぁ、俺も今戦慄みてぇのが走ってるところだ。」

 

 

『……つ、「付き合ってみる?」…なんて…っ、訊いちゃったり、して……』

 

「「!!!!!!」」

 

『そしたら有咲も「私なんかでいいの?」って満更でもない感じだったからもう行っちゃえと思って…!!!』

 

 

「「思って…??」」

 

 

『…こっ…告白……しちゃ…った。』

 

 

「「やったぜぇえええええ!!!」」

 

 

 

ついにやりました。やってのけましたウチの妹が!

人生初の恋人、それも超絶美人(みっちゃん談)を手中に収めたのです!……でも待て。この場合、恋人という表現は良いだろうが、彼女?…になるんだろうか?

 

 

 

『ちょっ、そ、そんな喜ぶこと!?…あたしが恥ずかしいんだけど…。』

 

「いやぁ凄いよ蘭ちゃん!ナイス勇気!ナイスチョイス!」

 

「お前も存外、やるときはやるのなぁ…。」

 

『う……あ、ありがと?…それでね、有咲もあたしのこと気になってたみたいで…。』

 

 

 

マジか。

 

 

 

『……お、「お願いします」…って。ちっちゃい声で、少し震えてて……すっごく可愛いの。』

 

 

「「キャッホォォォォオオオウウウ!!!」」

 

 

 

お兄さん達、歓喜のお代わり。

新たに運ばれたスパークリングの日本酒をラッパ飲みし、空のグラスを打ち付け合う。それを置くや否や抱き合い、今日という日を心から祝った。

だって、俺に義妹ができるなんて思わないだろ?唯一のきょうだいが妹なんだからさ。しかも相当の美人、ツインテで巨乳のツンデレさん…だっけか??

…ううん、高まる。

 

 

 

『えへへ、だからとっても幸せな気分。』

 

「よくやった…よくやったぞ…!」

 

『それで、呼び捨てで呼び合う事になって――』

 

 

 

ヴーッ、ヴーッ

弾む声を遮る様に、通話越しの蘭のスマホが震える。…直後、弾けるようにご機嫌な蘭の声。

 

 

 

『有咲からだぁ!切るねぇ!!』

 

 

 

暗くなった画面に浮かび上がる通話終了の文字。取り残されるおじさん。

最後も有咲ちゃんからの何らかの連絡によりテンションブチ上げで通話をブッチした訳だが、これは案外ひょっとするとひょっとするのかもしれない。

 

 

 

「……なぁみっちゃん。」

 

「おうよ兄さん。」

 

「……今日はコレ朝までコースだなぁ。」

 

「…へへっ、話は尽きねえってな…行こうぜ。」

 

 

 

男二人、次なる行きつけの店へと歩き出すのであった。

…そうか、妹のが先に恋人を…ねぇ。

 

今後が楽しみである。

 

 

 




視点が遠いとこうも書き難いか…。




<今回の設定更新>

○○:お酒には強い。みっちゃんとはあまり長い付き合いじゃないが波長が合った
   模様。
   義妹に想いを馳せると同時に、親父にどう報告しようか頭を痛めている。

蘭:やったね蘭ちゃん。
  行動力もさることながら、テンパった時の選択肢が素晴らしい。
  試される主人公力。

充弥:みっちゃん。
   主人公とは飲み友達として、夜な夜なネオンの下を歩く仲。
   就いている仕事も出自も謎。


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2020/01/29 彼女に遭遇してしまうとは。

 

 

 

本当は仕事をしなければいけない日だったのだが、気分が乗らずサボってやった。俺の仕事は割とこんな感じで、テンションが低いとお話にならないような仕事のため気分で稼ぎ時を決めている。

…こういう時、会社勤めじゃないことを心から有り難く感じる。ついでに実家暮らしの安心感も。

 

 

 

コンコン

 

 

「…あいよ。」

 

 

 

不意にノックされる部屋の扉。返事の直後に隙間から顔を覗かせたのは青い顔をした親父だった。

 

 

 

「○○、○○っ!どうしよう!」

 

「…どしたん親父。」

 

「ら、蘭がっ!友達を連れてきたんだ!」

 

「友達ぃ?……いつもの面子じゃないの。」

 

 

 

娘が友達を連れてきたくらいで何をそんなに焦っているのか。幼馴染連中ならしょっちゅう顔を合わせているだろうに。…というか、あの巴ちゃんとかモカちゃんに至っては自宅であるかのように普通に入ってくるし、今更でしょうに。

手をバタバタとさせて異常さを伝えてくる親父を見ていると吹き出してしまいそうになるが、どうも本気で非常事態らしい。

 

 

 

「違うんだ!見たことない子でな、すっごく可愛らしい子なんだ!」

 

「取り敢えず親父、キャラがブレてる。」

 

「だってお前…!」

 

 

 

威厳のある堅物といった様子のいつもの親父の姿はない。……すっごく可愛らしい子、ねぇ…。

………あっ。

 

 

 

「親父、それってもしかして、金髪の子だった?」

 

「あぁ!……なんで知ってんだお前。」

 

「あー……いや、前に蘭が言ってたような、聞いてたような…。」

 

「おいずるいぞ○○!そういうのどうしてパパに言わないんだ!」

 

「パパって…そういうとこが蘭に嫌われる理由だと思うよ。」

 

「う!!」

 

 

 

そういやみっちゃんと酔いながら聞いたあの報告の件、親父に言い忘れてた。にしてもこの男が自分をパパと呼ぶとはね…十数年ぶりに聞いた気分だ、がそれ程取り乱しているということか。

 

 

 

「で?…その可愛い子は今どうしてるの?」

 

「あ、あぁ…今蘭と二人で蘭の部屋に入っていってな。」

 

「…尾けたん?」

 

「う、うむ。」

 

「……………よし親父、聞き耳大作戦だ。」

 

「聞き耳大作戦?」

 

「音くらいは聞こえるっしょ。蘭の部屋の前いこ。」

 

「うむ。……というかお前今日仕事じゃ」

 

「早くしないと聞き逃すよ。」

 

「あっ、い、行こうぞ、○○。」

 

 

 

…只の娘大好きな親父なんだけどな。どうして蘭はあれ程までにこの人を苦手とするのだろうか。思春期の女子というものは皆そんなもんなんだろうか。

だが今は早く行かねば、隣の部屋のドアの前に。

 

 

 

**

 

 

 

「………なぁ○○、何も聞こえないぞ。」

 

「そうだね。」

 

「無言で何してるんだろう。」

 

「…さぁね、寝てるとか?」

 

「おまっ…!寝てるっていうのはっ、そ、そういうことかっ!?」

 

「親父は想像力豊かだねぇ。」

 

「バカ言え、お前も蘭もそうして生まれたんだぞ。」

 

「やめろ馬鹿。何が悲しくて両親の情事を聞かされにゃならんのだ。」

 

「親に向かってバカとは…ううむ。」

 

 

 

だが本当に何も聞こえないな。割と遮音性の低いドアのはずなのに。

やがて足音?か何かを動かす音が聞こえて、「わたしちょっとといれいってくる」と小さく聞こえた気がした。隣の親父は聞こえなかったようでまだ熱心に扉に齧り付いているが…このままここに居るのは良くない。

そっと扉から耳を離し親父を残し自室へ戻ることにする。

 

 

 

「………やってられんなぁ。蘭も色々あるだろうし、放っといてやればいいのに。」

 

 

 

いい奴ぶった発言かもしれないけど、正直飽きただけだった。姿勢もきついし。

 

 

 

ガチャァ

「うぁっ!?」

 

「あっ、いやこれは、ちがうんだ、その、あれぇ!?」

 

バァン!

「蘭!!ドアの前に何か居る!!」

 

「はぁ?…虫とか?」

 

「ち、ちがう!お、おっさん!!」

 

カチャァ

「な"っ…!!と、父さん…!?」

 

「ちがうんだ!違うんだ蘭!」

 

「最ッ低…ッ!!」

バァンッ!

 

「らぁぁぁぁあああん!!!!違うんだぁぁ!!」

 

 

「こっちでも十分聞こえんじゃん…。」

 

 

 

どうやらおバカな親父の聞き耳大作戦は儚く散ったらしい。歳を取ると耳が遠くなる上に反応速度も鈍るということだったが…どうやら本当らしい。

隣の部屋からはまだ蘭と有咲?ちゃんの親父に対する怨嗟が聞こえていて、廊下ではスンスンとすすり泣く親父の足音が遠ざかっていくのが感じられた。

可哀想に、哀れな父よ。

 

 

 

「でもどうしよう蘭、トイレ行きたい…。」

 

「………大丈夫、多分もういないから。場所分かる?」

 

「う、うん。廊下まっすぐいって、右に一回曲がるんでしょ。」

 

「うん。わからなかったら今度は一緒に行くから言って。」

 

「一緒に…っ!?……ら、蘭、えっち…。」

 

「あぇっ!?…あっ、そ、そそそうじゃ、ないよっ!違うのっ!」

 

「へへっ、わかってるよ。……焦る蘭も可愛いな。」

 

「も、もう!……すぐそーやって揶揄う…。…すき。」

 

「えへへ…。それじゃ、ちょっと行ってみる。」

 

「う、うん……気をつけて。」

 

 

 

おいおい…乙女してるな妹よ…。

過去に聞いたこともない蘭の女の部分に、不本意ながら可愛いとさえ思ってしまったほどだ。…と感動している場合じゃない。

ウチのトイレは少々ややこしいところにあって、廊下を一度右に曲がったくらいじゃどの部屋かわからない筈だ。…というより、あの辺何も書いていないドアが多すぎるんだ。

 

 

 

「どれ…少し助け舟を出してやるか。」

 

 

 

やや早歩き気味の不規則な足音が部屋の前を通り過ぎていくのを確認して俺も廊下へ。正直、妹の彼女…彼氏?に対面するのはこれが初のためかなり緊張している…が、ポーカーフェイスは仕事柄大得意。いつも通り、無の表情で角を曲がる。

 

 

 

「…ん。」

 

「あっ……こ、こんにちは、おじゃましてます。」

 

 

 

よしよし、挨拶はちゃんとできるいい子だ。……しかし…可愛いなぁオイ!こんな美人見たことな……あいや、蘭の幼馴染のつぐちゃんも中々に美形だったな。

 

 

 

「こんにちは。…えっと、蘭のお友達かな?」

 

「は、ひゃいっ!い…市ヶ谷(いちがや)有咲っていいます。」

 

「有咲ちゃん…ね。こんな所でどうしたの?」

 

「…ぇと……その……ぃき…くて」

 

「??」

 

 

 

モジモジと腰を揺すりながら目を逸らす有咲ちゃん。正直この姿を見れば大体の人は察しがつくだろうが、何となくこの子の口からそれを聞いてみたい気もして。

 

 

 

「…なんて?」

 

「と……といれ……どこですかぁ?」

 

 

 

上目遣いで頬を染める美少女。あぁこりゃやばいわ。同じ遺伝子を持つ蘭が落ちるのも仕方ないことだわ。

 

 

 

「あ、あぁ…トイレね、ごめんね変なこと聞いちゃって。…あっちにドアが二つあるだろう?」

 

「は、はい。」

 

「それの向かい側の、ノブにカバーついてるドア。…あそこがトイレだよ。ちょっと分かりにくい家でごめんね。」

 

「あ、いぇ、その……あ、ありがとう、ございました…。」

 

「ん。…急いで行ったほうがいいんじゃないの??」

 

「あぅ…っ、い、いきますっ。…その、もしかして、蘭のお兄さんですか?」

 

「そだよ。…あいつ、俺のこと何か言ってた?」

 

「悪くは言ってなかったと思います。…ただ、訊いてもあまり深く教えてくれなくて…。」

 

「そっか。…ははっ、まぁ俺のことなんか知らなくてもいいことだしね。…じゃ、俺は戻るからトイレ行っといで。」

 

「そ、そうだった!といれといれ…あれ?お兄さんはこっちに何か用事が?」

 

「いや?特には何もないかな。…そんじゃーねー。」

 

 

 

有咲ちゃんを残して自室へ。…はぁ緊張した。

しっかし蘭め…なんつー絶世の美少女を捕まえたんだ。まぁ傍から見たら蘭も可愛い部類だろうし、あのカップルはさぞ眼福なこったろうな。

…有咲ちゃんは、間に合ったんだろうか。

 

 

 

**

 

 

 

バァン

「兄貴!!」

 

「ぉお!?…っくりしたぁ。」

 

 

 

夜。部屋で次の仕事に向けて勉強をしていたところにノックもせず怒り肩の妹が突入してくる。何をそんなに怒ってんだ。

 

 

 

「…なんだ、どうした。」

 

「……兄貴、有咲に何したの!?」

 

「何って………何だろう?」

 

 

 

はて、そんな詰め寄られるほどなにかしただろうか。考えてみてもトイレの場所を教えたくらいなんだが。

 

 

 

「とぼけないで!…有咲のこと、口説いたでしょ!!」

 

「……はぁ?」

 

「だ、だって!あのあと、有咲がいきなり兄貴のこと訊いてきたり、「いい人だよな」って言ったりしてたから!絶対、兄貴が何かしたんだと思ったんだけど…ちがう?」

 

「俺…は、トイレの場所教えたくらいだけど。」

 

「…トイレ?」

 

「うん。…蘭の教え方じゃわかんなかったみたいでさ。…ほら、トイレの前にも二つドアあるだろ?」

 

「……あ、そのこと言ってなかった。」

 

「ん。……お前の大切な恋人だし、粗相させるのもあれかと思ってね。間に合ったみたいで良かった。」

 

「そか……兄貴、助けてくれただけだったんだ。」

 

 

 

誤解も解けたようで一安心。嫉妬に狂う蘭というのも少し面白かったが、この子にこんな豊かな感情を持たせてくれた有咲ちゃんには感謝だ。

いい子そうだし、できることなら仲良くしている所をずっと眺めていたい。

 

 

 

「…ありがと、兄貴。」

 

「んむ。…有咲ちゃん、いい子だったな。」

 

「…でしょっ!?えっとね、有咲ってああ見えてデレデレすると可愛いところあってね、たまに手握ったりハグしたりすると真っ赤な顔してね…」

 

 

 

面倒な地雷を踏み抜いてしまったらしい。

結局夜中まで蘭の惚気話を延々と聞く羽目になった。全く幸せなカップルなことで。

 

 

 




みんなかわいい。




<今回の設定更新>

○○:親父と妹の間に入るのも中々大変。
   有咲にも好印象なようで近づいても問題なさそう。

蘭:乙女蘭ちゃん。嫉妬しちゃうのかわいい。
  珍しくスカートスタイルだった。

有咲:緊張するとトイレが近くなる。
   部屋では蘭と髪を弄り合っていたらしい。

親父:一番愉快な登場人物。
   子供たちがだいすき。


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2020/02/29 妹って変わったり増えたりすんのか。

 

「兄貴。」

 

「……顔怖ぇよ。」

 

 

 

仕事も無く、暇でありながらもまったりとした時間。

自宅に籠る以外の選択肢がない俺は、妹と妹の恋人と三人でアナログゲーム大会に興じていた。大会と言っても、勝ち負けや優劣、商品なんかも一切出ないお遊びだが。…まぁ態々言う事でもないわな。

この奇妙な組み合わせももうすっかり慣れた物であり、傍から見ればまるで三竦みの様になっていた事だろう。

蘭は俺に矢鱈と強気なくせ、有咲ちゃんにちょっかいかけられると大人しくなる。有咲ちゃんは蘭に対してやや優勢なように見えて、俺相手だと未だ慣れていない感がぷんぷん。結果として俺は有咲ちゃんにビビられる存在となり、エラく強気な妹にはまるで敵わない、と。

 

 

 

「お兄さん、ハートの9止めてますよね…?」

 

「んー?…んふふふふふ…。」

 

「兄貴、キモイよ。」

 

「うるせい、高度な駆け引きだい。」

 

「や、隠せてないから。デレデレしすぎだから。」

 

「お兄さんのイジワル…。」

 

「!!…あ、兄貴!?有咲に意地悪しないで!」

 

 

 

現在絶賛七並べ中。セブンス・ウォーと有咲ちゃんが呟いたことにより、まさに大戦(おおいくさ)のようなノリで始まったこれももう五戦目か六戦目か…そんなに長々とやるゲームでも無いし、半ば飽きかけている俺も何故か離脱できず。

仕方ないからと有咲ちゃんをいじめて楽しんでいたのだが。助けてくれ、妹がガチすぎる。…つかお前は体良く手札を見るな。

 

 

 

「お前こそ、早くスペードの(ジャック)出しんしゃい。」

 

「は?ふざけないで。」

 

「………有咲ちゃんがその先二枚持ってんだよ。」

 

「出すし。」

 

「蘭…!」

 

 

 

有咲ちゃん、場に集中しているとガッツリ手札見えるんだよな。地べたに座った状態で前のめりになればそりゃそうもなるだろうけど。

勿論、胸元の緩いワンピースを着ている彼女が前のめりになる度、手札以外の物もガッツリ見えているんだが、それを意識すると蘭に殺されるだろうからね。見て見ぬフリ一択だ。

 

 

 

「有咲…。」

 

「蘭、私その先持ってない…。」

 

「なっ……!?」

 

「ふふふふ……掛かったな愚妹よ…。」

 

「…兄貴のバカ。もう相談乗ってあげないから。」

 

「…気のせいかな。いつも相談に乗ってあげてるのは俺だったと思うが…。」

 

 

 

不貞腐れるにしても過去を改竄するんじゃない。服のチョイスだとかデートコースだとか、あの発言はどういう意味だとかこうされたらどこまでOKかとか…まぁ全部有咲ちゃん絡みなんだろうけど。

指摘されると流石に思い当たる事だらけだったのか、顔を真っ赤にしてわたわたし出した。

 

 

 

「あっちょっ」

 

「ええと、デートに着ていく服装の相談に、「蘭って子供何人欲しいの?」って訊かれたのってどういう意味なの、とか…」

 

「あっまっ、まってっ、ちがっ」

 

「………蘭?」

 

「違うから!違うから有咲!ね!?」

 

「何が違うというんだ…。駅前のアクセサリーショップで見つけたペアブローチを教えたのも俺だし…」

 

「あぁぁぁあああぁぁああ!!!!」

 

 

 

ふう。流石に反撃としちゃこれくらいで良いだろ。突如始まった俺の猛攻に有咲ちゃんも困惑気味だし、肝心の七並べ(セブンス・ウォー)が進まなくなってしまうし。

顔を覆って悶絶する妹が落とした手札を素早く確認し、次の"関所"を考える。…コイツ端ばっか持ってんな。

 

 

 

「ね、ねえ、蘭?」

 

「………もういっそ殺して。」

 

「蘭っ!?」

 

 

 

愉快愉快。ここまで乱れる蘭は久しぶりだ。

…かつて溝が出来ていたのは何も親父だけじゃなく、俺も例外じゃなかった。区別するとしたら、明確な問題があるせいで出来た親父との溝に対して、精神の成熟に従って必然的にできた兄妹の溝…と、過程と存在意義に違いが見出せるか。

それも最近は相談事を通して修復…何なら以前よりもフランクな関係になったような気さえする。兄妹というよりかは友人に近いような、そんな関係。有咲ちゃんには感謝しないとな。

 

 

 

「おーい蘭、そんな絶望的な顔するんじゃない。」

 

「……兄貴のばか…。」

 

「…んー、顔とは裏腹に言葉は強気だなぁ。」

 

「お兄さん、楽しんでますよね…?」

 

「うん。」

 

「………仲良し?なんですね?」

 

「うん。…だから蘭の秘密はまだまだいっぱい知ってるよ。」

 

「「!!」」

 

 

 

同時に顔を上げる二人。…あいや、有咲ちゃんは元からこっちを見ていた顔をずい!と近づけた感じか。二人ともとうに手札をばら撒いているし、もう七並べとかどうでもいいみたいね。

 

 

 

「ちょちょっ、あ、兄貴?こ、これ以上、何を言うっていうの…?」

 

「お兄さん、是非、聞かせてください!」

 

「有咲!?まって!ねえどうしてそんなに興味津々なの!?」

 

「さあ!何なら私にチャットしてくれても」

 

「嘘!そこ繋がってんの!?」

 

 

 

パニックに次ぐパニック。いやぁ、有咲ちゃんが居ると蘭が活き活きしていて本当に愉しい。

親父に自慢してやった時なんか、泣きながら袖噛んでたもんな。こりゃ楽園だ。

 

 

 

「ええと、じゃあ有咲ちゃん耳貸して。」

 

「はいっ!」

 

「兄貴!あたしにも教えてって!!ねえ!」

 

 

 

嬉々として耳を寄せてきた有咲ちゃんに近付き()()()()を伝える。あ、いい匂い。

小声で伝えたのが擽ったかったのか、はたまたこの後の展開が楽しみなのか。「いひっ」と笑い声を出す有咲ちゃん。正直、下ろして巻いている髪が当たり、こっちもこっちで擽ったい。ああなんだろうこの感じ、ニャンニャンしてるっていうのかな。俺も有咲ちゃんの雰囲気に惑わされそうになるのは、やはり血筋なのか。

 

 

 

「なるほどぉ、お兄ちゃ…お兄さん、ナイスです。」

 

「…お兄ちゃんって呼んでもいいんだよ?」

 

「も、もぉ、恥ずかしいから、嫌ですー!」

 

「よいではないかよいではないか…」

 

「兄貴。」

 

「はい。」

 

「人の彼女に何手ぇ出してんの。」

 

「……ヒュゥ~↑」

 

「兄貴。」

 

「ごめんなさい。」

 

「蘭、蘭。」

 

「なぁに、有咲ぁ。」

 

「いや、この差。思わず草。込み上げる切なさによりめげる俺さ。」

 

 

 

余りの違いっぷりに思わず韻を踏んでしまったYO。

 

 

 

「蘭、耳貸してぇ。」

 

「えっ……こ、こんなところ、で?」

 

 

 

お前は耳貸すと何が始まっちゃうんだYO。

 

 

 

「でも…あ、有咲がシたいなら…いい、よ?」

 

「…………蘭。」

 

「……有咲ぁ。」

 

「……さっきお兄さんから聞いたこと、確認するだけだよ?」

 

「………………そ、そっか。知ってたよ、うん。」

 

 

 

やばい。この妹、超面白い。

真っ赤な顔で少し落ち込んだように見える蘭の耳元に口を近づけていく。蘭は気付いていないようだが、有咲ちゃんは悪戯っ子の様なニヤケ顔でこちらに視線を送っている。やりよる。

 

 

 

「……ふぅー……」

 

「わひゃぃっ……あ、有咲っ!?」

 

「…へへ。」

 

 

 

目を見開いた蘭が何とも可愛らしい声を上げる。その瞬間、やりきった顔の有咲ちゃんが器用に正座のまま移動。俺の目の前まで来ると静かに右手のひらを差し出した。

ぺちん。友情を確かめ合ったライバルの様に、小さくハイタッチを交わす俺とイタズラガール。

 

 

 

「…ナイスだ、有咲ちゃん。」

 

「やるじゃん、○○さん。」

 

「えっ」

 

「えっ?あっ」

 

 

 

………。今気のせいか有咲ちゃんの口調が違ったような。こういうノリに合わせて演じてくれるタイプの子なのだろうか。

いや、答えは否だ。慌てて口許を抑えているあたり、今のは完全なる"うっかり"だろう。…これはぁ?

 

 

 

「……有咲ちゃん?」

 

「んん"っ、な、なんだ…じゃない、なぁに…でもない、ええと…」

 

「…普通に喋ってごらん?」

 

「ぅ…………。……その、普通って言われても、難い…んですけど。」

 

「……今何か、エラくフランクな有咲ちゃんが居たような」

 

「そ、そそ、それより!さっきお兄ちゃんが言おうとしてたのって、何なんですかっ?」

 

 

 

お兄ちゃんって…。もう崩れ去ったキャラクター、間違いない。

有咲ちゃんは猫を被っているッ!!

 

 

 

「…ん、あぁ。それはだな」

 

「兄貴。」

 

「……生きてたか。」

 

「勝手に殺さないで。」

 

「さっきは殺してって言ってたくせに。」

 

 

 

袖に縋りつく様に体重をかけ、弱弱しい涙目で睨み上げてくる…が、息も絶え絶えと言ったところで、全く以て怖くない。

 

 

 

「…腰抜けちゃった。」

 

「はぁ?」

 

「………有咲、ずるいんだもん。」

 

 

 

ぷぅ、と頬を膨らませて見せる。…乙女か。

どうやら腰が抜けてしまった(自己申告)らしい蘭の惚気はさて置き、あのとっておきの面白可愛い話を有咲ちゃんに教えてあげなければ。

 

 

 

「…まぁいいや。実はだな、君とペアで買ったブローチに名前」

 

「まってぇえええ!!!」

 

「…何だね蘭、良いところなのに。」

 

「お兄ちゃん、それより、早く、続きを…!」

 

「待って兄貴、それはダメ!絶対…絶対だめ…。」

 

 

 

どんどん弱って行く蘭と、押し倒されそうな程迫って来る有咲ちゃん。君らは株価か何かかね?

有咲ちゃんの鼻息の荒さも気になるが、遂に目に一杯の涙を溜めだした妹が少し可哀想になってきた。

 

 

 

「だめなの?」

 

「だめ。」

 

「嫌なの?」

 

「いやなの。」

 

「…どうしよっかなぁ…。」

 

「あ、兄貴の言うこと聞くから。あんまり冷たくしないから、だからお願い。」

 

「えぇー?今更可愛い子ぶられてもなぁ。」

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

「有咲ちゃん、ストップね?一応兄として、今の状態は撮らないであげてほしいかな。」

 

 

 

スマホを取り出し目を血走らせている有咲ちゃんを諫め、うるうるとすっかりしおらしくなってしまった妹の頭を撫でてみる。普段だったら骨をやられるところだが…。

 

 

 

「んぅ…。…言わない?言わない?」

 

「………。」

 

 

 

あぁ、これは撮りたくなるな。ただ、俺も妹を好んで泣かせる程悪い趣味はしていない。

此処はおちゃらけたくなる気持ちをグッと堪え、蘭の尊厳を守ってやることにした。こんな状態で「ブローチに有咲って名前つけて毎日キスしてる」なんて言えないもんなぁ…。

 

 

 

「あにき…?」

 

「あぁ、言わないとも。だからもうちょっと俺にも優しくしてくれな。」

 

「…………するっ。」

 

 

 

おやおやおやおやおや。これはどうしたことだろう。

右腕にしがみ付いているのは一世を風靡した抱っこポーズの人形か?否、触れば問答無用で刺し穿たれる程刺刺しかったあの赤メッシュなのです。

成り行きとは言え何たる僥倖…!俺ほどの者が、この好機を逃すと思うてか。

 

 

 

「よし、交渉成立だ。」

 

「えぇ!?…嘘じゃん…ッ!」

 

 

 

有咲ちゃんよ、そのこの世の終わりみたいな表情は何だ。

 

 

 

「言えよぉ、けちぃ。」

 

「本性現したな有咲ちゃん…!」

 

「……しまった。」

 

「もう遅い!…それだけ女子力溢れる外見でその口の悪さだと…?実に良いッ!」

 

「なっ……い、いい…のか?」

 

「あぁいいとも!いつも通り、気楽でいいともぉ!」

 

「いつも通り……それ、蘭にも言われたやつだ…!」

 

「ほう。」

 

 

 

流石、血筋だな。だってこっちの方が絶対いいもの。

何というか自然体で、変に力の入っていない様子。是非ともこれからも、コッチの有咲ちゃんとつるんで行きたいものです。

 

 

 

「……じゃ、じゃぁ、こっちにする…。」

 

「うむ。」

 

「…お兄ちゃん。」

 

「…うむ?」

 

「お兄ちゃん…って、呼んで、いいですか…?」

 

「………そっちの方が呼びやすい?」

 

「呼びやすいって言うか………欲しかった、から。…お兄ちゃん。」

 

 

 

ホントにここ、楽園かよ。

みっちゃんが居たら鼻血モンだろうなぁ…と思いつつ、無言のサムズアップを返したのであった。

 

 

 

**

 

 

 

その晩。

 

 

 

「あにき。」

 

「ん。」

 

「……グリンピース。」

 

「がんばれ。」

 

「…えー。あにき食べて?」

 

「だめだ。」

 

「………どうしても?」

 

「どうしても。」

 

「昼間は優しかったのに。」

 

「グリンピースは俺が嫌がらせで出している訳じゃないだろう?」

 

「う……そうだけど。」

 

「……頑張んなさい。」

 

「……お兄ちゃん。」

 

「ぬ……。」

 

「って、あたしも呼んだ方がいい?」

 

「何故。」

 

「有咲に呼ばれて、嬉しそうだったから。」

 

「……好きにしなさい。」

 

「お兄ちゃん、グリンピース食べて?」

 

「うぐっ………」

 

 

 

親父はずっと目を白黒させていた。

 

 

 




セブンス・ウォー




<今回の設定更新>

○○:人と接する仕事の為お休み。
   コミュ力は並だが、コミュニケーション上のウィークポイントが多い。
   有咲ちゃんを可愛がりたい。

蘭:クールなように見えて意外と…?
  人に好かれたことも人を好きになったことも無かったため、色々と耐性が
  無いそうな。
  耳が弱い。

有咲:猫を脱いだ(?)
   一人っ子故のきょうだいへの憧れが爆発した感じ。
   蘭の新しい一面が見られる度にその体は猛り、心は震える。
   蘭の画像や動画や音声データで一杯になった為、128GBのmicroSDを最近
   買い換えたらしい。ガチ勢。


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2020/03/23 夜の街と妹たちと。

 

 

やはり相棒というのは良いものだ。…いや、少々大袈裟すぎたかもしれない。

歳を取ると…その上酒も入ると、表現や感情が大振りになって困る。いや、これも言い訳の一つとしか言えない訳だが。

 

 

 

「なぁ兄さんよ。」

 

「ん。」

 

「本当にいいん?」

 

「あー、まあ、うん。偶には冒険もな。」

 

「マジかよ…今日の兄さん話分かるなぁ。」

 

「いつも分からなくてすまんな。」

 

「いやそういう意味じゃ…確かに、有咲ちゃんに「お兄ちゃん」呼びされてるのは許せないけど。」

 

 

 

昨日の二十時頃から飲み始め、二軒目。適度と呼べる量を遥かに超えたアルコールを摂取している俺とみっちゃんは、少し離れた所謂「夜の街」にある大人な店の待合室に居た。

一軒目は例の串カツが美味しい店で、久々にグラスを合わせたみっちゃんとは大いに盛り上がったのだ。勿論話題と言えば最近の妹と有咲ちゃんについてだが。

暫く連絡も碌に取れなかった彼に、近況報告を淡々と行っていたところ、若く物知りな彼は爆ぜたのである。

 

 

 

『はぁ!?兄さんそれはもう全人類が羨むヤツだわぁ!!』

 

 

 

やはり一番引っ掛かったのは有咲ちゃんと親しくなったことで。まだ酔いの浅い時間帯では、美少女同士の濃厚な絡み話より金髪巨乳なツンデレさんが懐いたことの方が琴線に触れたらしい。知るか。

その流れというか何と言うか、俺は人生初の泡のお店に連れて来られたわけで。

昔の同級生なんかは次々に結婚やら出産やらステップアップしている中で、未だに実家で妹とヘラヘラ過ごす俺。この時ばかりは独身で良かったと心底思った。付き合いだとしてもこういったお店に来ることはパートナーへの裏切りの様に感じてしまうからだ。

 

 

 

「なぁ、みっちゃん。」

 

「ん。緊張してんのか?」

 

「いや……みっちゃんエラく慣れてるみたいだけどさ。よく来んの?」

 

「…前に先輩に連れられてきたくらいかな。」

 

「ふーん…。」

 

 

 

その割には堂々としていると思う。その数分後、みっちゃんがボーイに呼ばれカーテンを潜っていくが、俺の元には一向に呼び出しがかからない。

暇だったので妹に…と思ったが、最近やたらとレスポンスのテンポがいい有咲ちゃんにメッセージを送ってみることにした。

 

 

 

『起きてる?』

 

 

 

送信した後に気付いた。とっくに日付は変わっている時間帯だが、睡眠の邪魔にはなっていないだろうか。仮にも妹の恋人だ。将来義兄になるかもしれない俺がこんなことで好感度を下げていては…

 

 

 

『なに?』

『おにいちゃん』

 

 

「~~~~ッ」

 

 

 

思わず頭を抱えて悶えてしまった。深夜にもかかわらず即レス、天使か。

 

 

 

『相変わらず蘭とは仲良くやっているのかい?』

 

 

『何その言い方』

『セクハラっぽいぞー』

 

 

『っぽいかね』

 

 

『ぽい』

 

 

『あっちゃー』

 

 

『それを訊きたかったの?』

 

 

『いや』

『少し暇が出来て』

 

 

『ふーん』

『わたし今日徹夜する予定だから』

『いつでもお喋りできるよ?』

 

 

『お』

『電話も出来る?』

 

 

『わたしと?』

 

 

『まあ』

『有咲ちゃんと電話したい』

『って言ってる奴が居て』

 

 

『ふーん』

『わかった』

『今すぐ?』

 

 

『いや』

 

 

『そ』

『じゃあ先に蘭寝かせて来るね』

 

 

『え』

『一緒にいるの?』

 

 

『今日はうちでお泊り』

『聞いてなかった?』

 

 

 

なんということだ。何と言う事だ…!確かに今日…いやもう日付を跨いでいるなら昨日か、朝俺が出かける時には既に蘭の姿が無かった。

特に興味も無かったし年頃の娘なら用事の一つや二つあって当然と思い気にしていなかったのだが、まさかそんな素敵展開になっていようとは。…これは、この後の肴がいい具合に増えそうだ。

ちょうどその頃でボーイさんから番号を呼ばれる…と言っても、待合室にはもう俺しかいないのだが。

 

 

 

『なるほど』

『あとで詳しくきく』

『それじゃあちょっと、大人に成って来るよ』

 

 

 

有咲ちゃんに返信を残し、カーテンの向こうへと誘われるがままに入って行くのだった。

 

 

 

**

 

 

 

特に指名もしていなかった俺を迎えてくれたのは「さきちゃん」と名乗る若めの子だった。見た感じ蘭や有咲ちゃんと同じくらいに感じる大人し目な子。実際のところどうかは分からないが真面目系・清楚系と案内には書いてあった子だな、確か。

肩程までの黒髪で、可愛らしいピンクの熊をあしらったヘアピンを二本刺している。

 

 

 

「おにーさん、初めてなんだって?」

 

「…筒抜けなんだね。」

 

「まあね。ほら、そういうリサーチもボーイさんたちの仕事だから。…じゃあまず脱いじゃおっか。」

 

「あ、ああ。」

 

 

 

身体を初対面の人間に弄られることには抵抗があったが、さきちゃんのトークスキルもあってか熱い風呂に浸かる頃には場に慣れてしまっていた。いやはや、自分一人で出来ることを敢えて他人にしてもらうというのは得も言われぬ幸福感を得られる行為なのだと初めて気付けた気がする。

美容室で頭を洗ってもらうのと感覚は近いかも知れない。

 

 

 

「なるほど、付き合いでね。…道理で。」

 

「…どういうこと?」

 

「雰囲気とか目つきとかさ、見てたらわかるよ。あまりギラギラしてないっていうか。」

 

「流石接客のプロ。」

 

「もー、それ褒めてんの??」

 

「どうかな。」

 

 

 

今年二十歳になったばかりらしい彼女は、どうみてもそんな歳には見えなくて。会話を重ねて行けばいくほど、妹やその友人たちに重なる部分も見えた。人間それぞれ色んな事情を抱えて生きている。時には世間を欺くことだって必要かもしれない。

そんな現代の…ある種闇の部分も垣間見える時間だった。

 

 

 

「…おにーさんお名前何て言うの。」

 

「○○だよ。」

 

「○○さんね。…○○さん、さっきあたしに接客のプロって言ったけどさ。」

 

「…んー。」

 

「○○さんも接客業…だよね?」

 

「……それも、雰囲気でわかるもんなの?」

 

「あはは、当たった??」

 

 

 

勘が鋭いのかどこかで見かけたのか。確かに俺の複数ある職の内、少なくとも一つは接客業だった。思わず素で間抜けな声を出してしまった俺を見て明るく笑う彼女は、とても不思議な魅力を纏っている様に思える。

 

 

 

「参ったな…バレちゃ意味が無いんだけども。」

 

「実はね、○○さんのお客になったことあるかもしれないんだ。」

 

「なんと…さてどこのお客様だろうかね?」

 

「…さっき、お風呂から上がって体拭いてた時にね。…近くで顔見たら、そうかなーって思っちゃって。」

 

 

 

恐らく背中を拭いてもらった時の事だろう。後ろに回って拭けば楽なものを、態々正面から抱きつく様に手を回して拭くもんだから、嫌が応にも顔の距離は近づく。

そして、その工程で俺の接客を受けた可能性に気付くという事は、該当する職は一つしか無く。

 

 

 

「ああ、何となく察しがついた。」

 

「あってた??」

 

「最初はもっと露出のある仕事の方かと思ってたがね。まさかソッチとは。」

 

「他にもお仕事してるの?」

 

「ああ。」

 

 

 

その仕事はあまり頻度が高くない為、フリーランスで声や芝居を売っている。昔表現系の学校に通っていたこともあって、ローカルではあるがCMやナレーションの仕事も請け負っているのだ。舞台や講演なんかでも顔を晒すことが多い為、そっちで見掛けられたのだと思っていたが…。

 

 

 

「…そうなんだ!あたし、洋画とかもよく見るんだけど、映画の吹き替えとかもするの!?」

 

「はっは、流石にそれは有名な声優さんのお仕事だなぁ。将来的にできたら面白そうとは思うけど。」

 

「えー!…じゃあ洋画の吹き替えするような声優さん目指してよ!!」

 

 

 

目指せと言われて簡単に叶う世界じゃない…とはマジレス過ぎるだろう。ここは適当に言葉を濁しておくことにする。

 

 

 

「おにーさんが出たらあたし絶対見るから、楽しみに待ってるからね。」

 

「はいはい。」

 

「あ、適当に流したでしょ!…落ち着いてて、好きな声なんだけどなぁ。」

 

「そうかい、ありがとう。…俺も、さきちゃんのこと割と好きだよ。」

 

「えっ」

 

「……………。」

 

 

 

好きだなんて言われなれているだろうに。驚いた仕草やその後両頬を押さえつつ視線を彷徨わせる姿…意識的なのか無意識なのか、それは立派に異性の興味を煽るもので。

…堅苦しい言い訳は辞めよう。つまりは、営業トークのつもりで返した「好き」に、思わぬカウンターを食らった俺は不覚にもときめいてしまった訳だ。アルコールが効いて居たとは言え、これは…。

 

 

 

「お、おにーさん、お世辞上手だね。」

 

「…いや、本当に。顔もタイプだし、雰囲気や仕草の一つ一つも好きだ。…店で会ってなければ口説いていたかもしれないよ。」

 

「やっ、はっ…あ、あの、えと……うぅ…」

 

 

 

俺の口から発された言葉に、俺自ら嵌っている気がする。顔のタイプ?雰囲気?そんなの、平常時なら欠片も気にならない。勿論自分の言葉も自分に効く筈がない。

…俺には、他人を惑わせる才がある。分かりやすく言うならば、軽い催眠術の様なものが使えるのだ。言葉に強い思念を乗せ、対象を()()()()()()()。…その力を使い、気紛れ的にだが占い師の真似事なんかをしている訳だ。

 

 

 

「…あ、ありがと。でもね、あの時おにーさんに言われたように、頑張って自信つけてみた…んだよ?」

 

「……成程、君はあの時の。中々の効き目だよ。」

 

 

 

無論異性に興味が全く無い訳じゃない。並よりかは薄い、程度だ。お陰でみっちゃんと謂れの無い掛け算を成立させられたり、男相手の見合い話を設けられたりと災難な目には遭っているが…。

だが、その俺でさえグラつくとは…こうして客観的に見ると、俺のしている()()はあまり宜しいものでは無いのかもしれない。そう心の中で懺悔を繰り返しながら、()()()の様に彼女を抱き締めた。…ああ、確かにこんな感触だった。

どこか懐かしい感覚と匂いを思い出しながら、飽く迄()()の一環として彼女…"さきちゃん"と口付けを交わした。

 

 

 

「……ん。あたしも、声だけじゃなくておにーさんのことが…」

 

pipipi!!...pipipi!!!...pipipi!!!!

 

 

 

言いかけたところで部屋のタイマーが喧しく鳴り響く。同時に我に返る俺と、目を見開いて頬を染めるさきちゃん。

…そうだった、今日は俺の方が客だったんだ。店のルールだと言い熱心に小さなカードにペンを走らせるさきちゃんを眺めつつ、籠に畳まれていた衣服を着ていく。

全て準備ができた後も、うんうん唸りながら言葉を書き連ねるさきちゃんの姿が、以前俺の元を客として訪れた彼女と変わっていないように感じ、後ろからそっと抱き締めた。

 

 

 

「わっ……どうしたの?帰りたくなくなっちゃった?」

 

「……いや。」

 

「そ。」

 

「この後も飲みに行くんだよ。」

 

「そうなんだ。…飲み過ぎないようにね?」

 

「ん。」

 

「……よし、できた!」

 

 

 

振り返りそのカードを渡してくる。一生懸命にボールペンで書いた名前ににこやかな顔文字が添えてあった。

何気なく裏面を見ようとすると、「あ!裏はお店を出てから見てください!」と止められてしまった。…一体何を描いたというんだ。

気になりつつも廊下へ出てみれば、成程出口用の細い通路が玄関まで伸びていた。様々な客が訪れる、その為の配慮だろう。廊下を抜け玄関へ出ようとしたところで強引に振り返らせられ、口を塞がれる。

 

 

 

「んむっ……ぐ………?」

 

「……………んふぁ。えへへ…もう一回したくって。」

 

 

 

身長差もあった為に少々強引に唇を奪われた形になる。だがその行為のせいで、醒めかかってた酔いがぶり返してしまった。要は、堕ちかけの状態に戻ったのである。

その商売っ気を感じさせないはにかみと口元に声にならない声を上げつつ視線を奪われていると、彼女は照れた様子のまま続ける。

 

 

 

「…さっき、部屋出る直前に口紅引き直したの。」

 

「……へ?」

 

 

 

何のことだかさっぱりだったが、続く彼女の動作で察してしまった。

前かがみになる様に腰を折り、人差し指で自分の口の端をトントン突きながら会心の一言(トドメ)を言い放つ。

 

 

 

「…おにーさん…ここ、口紅ついてますよ…?」

 

「――――ッ!?」

 

 

 

雷に打たれたような衝撃を覚えた。その悪戯っぽくも挑戦的な笑みと上目遣いに、俺の心は黒焦げだった。

 

 

 

**

 

 

 

「かんぱーい。」

 

「……。」

 

 

 

チン、と静かな音を響かせるは二時過ぎの洒落たバー。初めて入った店だが悪くない雰囲気ではある。

ただメニューを見てもカクテルの類はチンプンカンプンだったため、見るからに甘ったるそうなチョコレートと生クリームがあしらわれたものを頼んだ。

乾杯した直後に一気に呷る…うん、甘い。

 

 

 

「兄さん、どうだった?」

 

「………ん。」

 

「顔死んでっけど。」

 

「いやぁ、何と言うか……ありゃすごいな。」

 

「良かったって事?」

 

「…凄くこう…うまく言葉に………好きだ。」

 

「ブフッ」

 

 

 

言語化するのが非常に難しい感情を絞りに絞って吐き出した結果、対面のオッサンが噴き出してしまった。うっかりクリティカルである。

ゲホゴホと咽ながらも笑いを止めないみっちゃんは、やがて呼吸が落ち着くのを見計らって、「や、良かったんならいいんだ。」と一言。

 

 

 

「…で、兄さん。」

 

「なんだい。」

 

「口のここんとこ…口紅みたいの付いてっけど。」

 

「ブフォォッ」

 

「!?」

 

 

 

不意打ちだ。恐らくみっちゃんはただ無意識に指摘しただけなのだろうが、今の俺には大ダメージ。次に噴き出すのは俺の番だった。

不覚にもみっちゃんがさきちゃんに重なってしまい、色々な沸点を越えたのだ。困惑しつつも爆笑のみっちゃんに事情を語っていると、尻ポケットが震えた。いや、ポケットに入れていたスマホが、か。

 

 

 

「あぁ、すっかり忘れてた…。」

 

「何、蘭ちゃん?」

 

「んー……。」

 

 

 

メッセージを見れば有咲ちゃんからだった。それもそのはず、あの意味不明な一言を残して二時間も連絡が付かないのだから、不審に思っても不思議じゃない。

まだぼんやりとさきちゃんに占領され続ける頭のまま画面を確認すると、「おにいちゃんって大人じゃなかったの」的な発言に始まりいつ電話がかかって来るのか・返事が欲しいとの旨に発展していた。申し訳ない。

 

 

 

「…有咲ちゃんだ。」

 

「何だって?」

 

「……みっちゃん、有咲ちゃんと喋ってみたい?」

 

「…そんなサプライズが…!」

 

 

 

予想通りNOとは言わなかったので、凡そ二時間程ぶりになる返信を返し、そのまま発信。2コール程で画面に寝間着姿の有咲ちゃんが映し出された。

 

 

 

「うぉぉ…!!」

 

 

『あ、お兄ちゃん。まだ飲んでんの?』

 

 

「お兄ちゃんて!お兄ちゃんてぇ…!」

 

「みっちゃん、ちょっと、うるさい。」

 

 

「ええと、一回違う店に居たんだけど、今また飲み直し始めたとこだよ。」

 

 

 

興奮のあまり注文したてのレッドでホットなチキンを握りしめるみっちゃんを制しつつこちらもカメラをオンにする。映し出された映像を確認したのか、画面の中の有咲ちゃんが視線を少し下げ、何とも言えない表情をする。

 

 

 

『…その、隣で汗だくになってる人が、例の?』

 

「ああ。有咲ちゃんと喋ってみたいって。」

 

『ふーん。……えと、はじめまし…て?市ヶ谷有咲です。どうしてそんなに汗かいてるんですか?』

 

 

 

滝のように流れ出る汗。…みっちゃんは、スパイシーな食べ物に滅法弱い。本人曰く味覚的に苦手ではないらしいが、香辛料に反応して尋常じゃない量の汗が出てしまうらしい。

現に今も、大興奮で有咲ちゃんとの邂逅を果たしながらも手元の真っ赤な鶏肉は特製のサルサソースに突っ込まれている。この馬鹿、更に辛さを増そうというのか。

 

 

 

「ほ、本物…だ。…ええと、俺は佐倉充弥っていって、この兄さんに良い様に使われている相棒です。」

 

「人聞き悪い事言うな。」

 

『充弥さん…ね。よろしくどうぞ。』

 

「因みに汗は気にしないでやってくれ。体質なんだ。」

 

『…暑さに弱い、とか?』

 

「興奮すると止まらなくなるんだ。」

 

『変態っぽい…。』

 

「お、ぉぉぉお!!あの有咲ちゃんから変態発言頂けるとは…!」

 

「よう、変態。」

 

「あ、兄さんは別。普通にイラっとするから。」

 

 

 

何なんだこいつ。鞄から徐に取り出した白いタオルで顔を拭いながら、有咲ちゃんとの会話は続く。

 

 

 

「つか、興奮と言えば兄さんでしょ。」

 

「はぁ?」

 

『…お兄ちゃん、何かやらかしたのか?』

 

「君の前で何かやらかしたことがあったかね?」

 

 

 

興奮、というワードに嫌な予感が過るが…こいつ、何を口走ろうとして…

 

 

 

「さっき風俗に行ってたんだけどさ、兄さんがもう興奮しちゃって」

 

「おい充弥、表出ろ。」

 

「えー?口紅が何だってー?」

 

「うぁぁああああ!!!!!」

 

 

 

言いやがったこいつ。しかも、そんなピンポイントでワードチョイスしてんじゃねえ。

言葉も無く軽蔑の眼差しを送る有咲ちゃんは置いとくとして、本当にこの場に蘭が居なくてよかった。あいつが居たらどう罵られるか分かったもんじゃ…

 

 

 

『ありさぁ、だれとおはなししてるの…?』

 

『あ、蘭。起こしちゃった??』

 

『んーん、トイレいってもどってきたらありさがいなかったから…』

 

『ごめんね。電話かかって来ちゃ…うわぁ!?』

 

『んーふふふ、ありさやわらかーい。』

 

『ちょま、蘭!寝ぼけてる!?…ぁんっ、どこ掴んでんの!?』

 

『……ぎゅぅぅぅ…ありさもう離さないんだからぁ…』

 

 

「「………。」」

 

 

 

正直最初は心臓が止まるかと思った。今一番聞きたくない妹の声が聞こえたのだから。…だがそこからまさに一転。広がるのは嘲笑の海ではなく無限の可能性を秘めた百合の花畑だった。

リアルタイムでライブ配信される尊い光景に、思わず無言で酒を呷る男二人。

 

 

 

『…えへへぇ、ありさいいにおーい。』

 

『蘭!蘭ってばぁ!!…お、お兄ちゃんも見てるんだよ!?』

 

『おにいちゃん……?ここはありさのおうちだよ?』

 

『いや、だから、その……んぅっ!?』

 

『ありさ、肌きれいだよね…。』

 

『やめ、やめてぇぇ!!』

 

『もう、さっきはあんなにいろいろしてきたくせにぃ…』

 

『ちょまま!!お、お兄ちゃん!!切って!通話切ってぇ!!』

 

 

 

その後彼女が…いや、彼女らがどうなったかはご想像にお任せするとしよう。ただ結果として、俺の失態が全く気にならない程の素敵な光景を見てしまった訳で。

一部始終を見られていたことに遅ればせながら気付いた蘭に恐怖し、みっちゃんに次の店の提案をしたのが午前三時過ぎの話であった。

 

 

 

「…なぁ兄さん。」

 

「……なんだよ。」

 

「あんた本当に何なんだ。」

 

「何だよ急に。」

 

「あんなの毎日見たり聞いたりしてる癖に、嬢のテクニックに絆されてるんじゃねえよ…!」

 

「…………。」

 

 

 

それとこれとは別なのだ。とスパークリングの日本酒に口をつける。

今日も中々に刺激的な一日だった…まぁ、まだ日も昇っていないのだが。

 

 

 

「…帰りたくねぇなぁ…。」

 

「よせやい男同士で、気色悪い。」

 

 

 

結局始発までダラダラ飲み続け、朝食代わりに近くの牛丼屋で腹を満たし家路についた。

みっちゃんと別れ、一人で歩く最中の頭の中は、妹たちの酷く過激な乱れっぷりとあの子のハニカミ顔で埋め尽くされていた。

 

 

 

「ああ、そういえば名刺の裏側……oh」

 

 

 

思い出したように胸ポケットからさきちゃんの名刺を取り出してみれば、裏面には可愛らしい文字で

 

[今日はありがとうございました!好きって言ってもらえてうれしかったです!またくっつきましょー!]

 

とあった。

営業文句だとしても、俺の心は揺れっ放しで。

今まで蘭の浮かれっぷりを見て共感できなかった部分を知ってしまった気分だった。

 

 

 

「…好き、か…。」

 

 

 




どっちがR-18だって話。




<今回の設定更新>

○○:大人に成った。
   色々フリーで仕事を請け負い、日々を浪費することに正義を
   見出した。

蘭:寝ぼけ蘭ちゃんの巻。
  呂律も危ういが、とても甘えっ子でキャラも危うい。

有咲:夜型。
   一応そう言った知識も理解もあるが、恋人の兄として考えると
   複雑なご様子。

充弥:みっちゃんは夜の街が似合うハードボイルドなオッサンです。

さき:一度主人公とあった事がある様子。
   勿論本名じゃない。


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2020/05/04 気が向けば働きもする。

 

 

しかしまあ、人生とは不思議なもので。

久々に働く気になりいつも城を構えている露地へと来たわけだが。

 

 

 

「……たまげたなぁ。」

 

「…こっちの台詞。」

 

 

 

どうしてこう、仕事の最中にまで妹と顔を突き合わせなければならないのか。

 

 

 

「…お兄ちゃんって、占い師だったんだ。」

 

 

 

…おまけに妹の恋人まで一緒だ。

 

 

 

**

 

 

 

「……兄貴、仕事はコールセンターだって言ってたじゃん。」

 

「まぁその、大人には色々あってなぁ…。」

 

「お兄ちゃん、占いできんの?」

 

「おうとも。何でも占っちゃうぞ。恋愛運か?結婚運か?姓名判断なんてのも…」

 

 

 

大通りから一本逸れた露地にある、元々物置小屋だった場所を借りて商売をするようになったのは何時の事だったか…。

占術なんてものを学んだ覚えはないが、昔から他人の顔を観察するのが得意だった俺は時たまこうして占い師の真似事をしていると言う訳だ。特技が活きた一例である。

 

 

 

「…行こ、有咲。」

 

「うぇっ!?ちょま、見てもらわないの!?」

 

「……だって兄貴だよ?胡散臭すぎるし、お金払うのも馬鹿らしくならない?」

 

「おいおい、店の中でする会話じゃねえぞ。お兄様に失礼だろうが。」

 

「…私は、見てもらいたいけど、お兄ちゃんに。」

 

「うぐ……!!」

 

 

 

妹の完敗である。有咲ちゃんのあの最高にキュートな目で見詰められたら誰でも言う事を聞いてしまうのである。それが恋仲である蘭なら尚更――

 

 

 

「…わ、わかったよ。ちょっとだけね。」

 

「えへへ、やったー。蘭すきー。」

 

「エゥッ!?…あ、ありしゃ…!?」

 

「…………占いの中身は確認するまでもないなこりゃ…。」

 

 

 

薄暗い店内でもはっきりとわかる狼狽っぷり。小悪魔ティックな有咲ちゃんに今日もたじたじだな。

帰ってからの蘭弄りのネタを考えつつ、真っ赤な顔色の妹を席に誘導する。手を繋いだ状態の有咲ちゃんも隣に腰を下ろし、いざ診断スタートだ。

 

先程も述べた様に俺が行う占いは完全なる我流なものだ。…そもそも厳密には占う気など更々無いし、未来が見えたり何かを予知したりも出来ない。

だが、人の気持ちを察することならば得意なのだ。目の前の客の気持ち・想い・感情・願い…その他諸々を読み取ることによって、今一番欲していそうな言葉をプレゼントする。それが俺がここで行っている"仕事"なのだ。

……そもそも占いなんてそんなもんだろう?

 

 

 

「んん"っ、じゃあお二人さん。今日は何を占いましょうかね?」

 

「……えと、あの…」

 

「…ふふっ、実のお兄ちゃん相手に緊張する蘭、かわい。」

 

「ヘァゥッ!?」

 

「有咲ちゃん、きっと今日はもっともっと可愛い蘭が見られるぞー。」

 

「マジ?」

 

「マジ。」

 

「……じゃあお兄ちゃんに頑張ってもらわないとね。」

 

 

 

最近特に思うようになったが、有咲ちゃんとは何かこう、波長が合うのかもしれない。…同じ蘭弄りへの意欲というか、もっともっと可愛い蘭が見たいという欲求が、重なる様な気がするのだ。

目の前で悪戯な笑みを浮かべる有咲ちゃ…もう義妹でいいか。義妹に対して、精一杯頑張る意志を籠めたウインクを送る。

 

 

 

「…ちょっと兄貴。」

 

「あん?」

 

「有咲を誘惑しないで。」

 

「してねえ。」

 

「うそ!今見たもん!ウィンクした!」

 

「……はぁ。…わかったよ、ほら、お前にも。」

 

 

 

立ち上がらん勢いで怒りを露わにする蘭にも、バチコーンと景気の良いウィンクを一発お見舞いしてやる。

全く、これくらいの事に嫉妬するとは、可愛い妹だ。

 

 

 

「…きっしょ」

 

「有咲ちゃん、何の占いにしようか。」

 

「無視すんなし…。」

 

 

 

ダメだ。妹の直接的すぎる愛情表現にお兄ちゃん泣きそうになっちゃった。

気を取り直して有咲ちゃんと話を進めることにする。

 

 

 

「んーと……さっき、姓名判断できるって言ってたよね?」

 

「ああ。」

 

「じゃあそれで。」

 

「おっけい。……どっちの苗字にする?」

 

 

 

姓名判断。よく子供の名付けの機会なんかに親御さんが頼ったりもするだろうが、中身は似たようなもんだ。

相談者の苗字が変わったとして、運勢がどのように変わるか…正直こればっかりは俺にもどうしようもない事なのだが、案外依頼は多いのだ。

 

 

 

「…じゃあ、私が美竹になったら。」

 

「えっ、えっ!?有咲が、あたしと同じ……苗字…」

「へぁ、ひゃ、は、早すぎるよぅ……そんなの///」

 

「……ふむ。…正真正銘の義妹ちゃんだなぁ。」

 

「えへへ、お兄ちゃーん……な、なんつって。」

 

「…え?…あ、兄貴も祝ってくれるの…?」

「……え、えへへへへへ…うん、あたし…幸せになるね…///」

 

「…………。」

 

 

 

は?可愛いかよ。

蘭、離すんじゃねえぞ。

心の中で幸せを噛み締めつつ、そして視界の端で勝手な妄想に悶えている妹から目を逸らしつつ胸ポケットから仕事用のスマホを取り出す。

 

 

 

「えぇ?…な、なぁ、お兄ちゃん。」

 

「んー?」

 

「…占いじゃないの?」

 

「占いだが?」

 

「………そのスマホは?」

 

「姓名判断…するんだろ?…おっ、出てきた出てきた。」

 

 

 

名前の画数なんか顔見たって分かるもんじゃねえ。他の相談プランなら料金上乗せのより正確に心情を探るコースもあるがこればかりは別。

普段も別に金取ってないし。

 

 

 

「…やべー。それで商売してんのかぁ…。」

 

「これは無料メニューだからいいの。…それよりこれ見てみんしゃい有咲ちゃん。」

 

 

 

部屋が暗いせいで厭に眩しく見える画面を有咲ちゃんに見せる。素敵な世界に旅立ってしまっていた蘭も復帰したようで顔を寄せて覗き込んでいる。

二人してしばしば画面を見つめ、やがて帰ってきたのは溜息一つ。

 

 

 

「兄貴、これどういう意味?」

 

「さぁ?」

 

「"さぁ"!?何その適当なの!」

 

「…そう言われても、このサイト運営してるの俺じゃないし。」

 

「じゃあ兄貴が占えばいいでしょ!バカ!」

 

「はぁ?名前だの苗字だの、そんなコロコロ変わるもので未来が占えるか馬鹿め。俺はそんな曖昧なものじゃなくてもっと近くの確実な未来を見ることにしてんの。」

 

 

 

言い訳…がましくもなってしまったが、持論としてはそうなのだ。苗字や名前で運勢が変わるだなんて、そんなアヤフヤな未来があってたまるか。

改名や改姓で運気が変わったという事例もあるが、所詮タイミングの産物だと思っている。思い込みなのさ、大体。

だからこそ俺は、実際に対面し触れ合って、そこから近くに待ち構える確かな事象へのアドバイスを生業にしているのだから。…その点に関していえば、概ね好評とも取れる実績もあるし。

 

 

 

「ぐぬ……兄貴のくせに言い返せない…。」

 

「はっはっは、よせやい。」

 

「褒めてない!」

 

 

 

茶化してはいるが、事実大して問題のありそうなことも書いていなかった。そもそもアクセス数を気にする管理者なのだろうが、どんな画数だろうと都合の良い部分だけを結果として表示するようだ。

人望が~だの障害が~だの、結局は気の持ち様だと思うぞ、妹たちよ。

 

 

 

「…ねね、蘭。私、美竹になったら幸せになれるかな。」

 

「………あ…う、うん。…絶対なれるよ。……ううん、あたしが有咲のこと、絶対幸せにして見せる。」

 

「蘭……!」

 

「…占い、要らなそうだな。」

 

「えっ!?あっ!!兄貴、な、なに見てんの!」

 

「お前たちが勝手におっ始めたんだろうが……。」

 

 

 

惚気るのもいいが、時と場合は選ぼうな。

 

 

 

「お兄ちゃん。」

 

「ん。」

 

「お兄ちゃんは、どんな占いが得意なの?」

 

「……っあー…ええと……。」

 

 

 

有咲ちゃんからの率直な質問に、暫し考えを巡らせる。得意な分野は当然あるっちゃあるが、蘭を相手にするとなると…何とも説明しにくいものがある。

有咲ちゃんに答えてしまえば、「じゃあそれやって」となるのが目に見えているからな。

 

 

 

「…言い難いような占いなの?」

 

「馬鹿おっしゃい。…いやその、ちょっと説明が難しくて…な。」

 

「……ふーん。…じゃあ今やってよ。」

 

 

 

墓穴。

 

 

 

「んー……それはほら、別料金になっちゃうし…。」

 

「あ、有咲、もう行こ?…これ以上兄貴の前に居ても、あんまりくっついたりできないし、さ。」

 

「そうだそうだ、今日は終わりにして、デートに戻りんしゃい。」

 

「…………。」

 

 

 

全く納得いってなさそうな顔の義妹だが、俺の意思を汲んでか汲まずしてか蘭もここを出ようとしてくれている。上手い事俺のスキルを使わずに済む手段を取らなければ。

別に占いの内容が如何わしい訳じゃない。内容が半ば適当なのは先程の姓名判断を見ての通りだ。…だが、何としてもこの状況は回避しなければならないのだ…。

 

 

 

「……変なの。じゃあお兄ちゃんは人に言えない占いをしてるって事で…いい?」

 

「いい…とは言えないが、まぁ…もういいじゃないかそれは。」

 

「誤魔化すから聞き出したくなるんだよ。…蘭も気になるよな?」

 

「えぇ?……兄貴が怪しい事ばっかしてるのは昔からだし…そうでもないかな。」

 

「……何なのこの兄妹。」

 

 

 

完全に疑いの眼差しを向けてくる。恐らく俺を訝しんでの事だろうが、そのせいで蘭の恋路を邪魔してしまうのは避けたい。肝心の蘭は阿呆ほど素直な返しを披露しているし、何とかする為には注意を他に逸らさねば。

 

 

 

「…そうだ、そろそろ良い時間だけど、飯でも食いに行かないかい?お兄さんが奢っちゃうぞ。」

 

「…は、何?妹のデート邪魔する気?」

 

 

 

ああもうこの妹面倒臭い。何も汲んでくれないバディと組むとこうも苦労するのか。

 

 

 

「ちがうちがう、その逆だ。…デートの一環で占いを楽しむつもりだったろうに、俺に会っちゃって計画も崩れちゃっただろう?」

 

「まあ。」

 

「だからそのお詫びでさ?何でも好きなモン食ってくれて構わないからさ、三人で――」

 

「あれ?今日お弁当作ってくれたんじゃなかったっけ、蘭。」

 

「あ、う、うん。近くの公園で食べる予定だったし…。」

 

「…。」

 

 

 

くそぅ。昼時だから昼飯、と安易にした提案が通らず思わず歯噛みする。蘭のやつ、何でこういう時に限って弁当なんか――

 

 

 

「…ってか、兄貴にも作ってあげたじゃん、おべんと。」

 

「………………あぁ、そういやそんな物もあったっけ…。」

 

「忘れてたの?」

 

「いや、その、そん…なことは、ないぞ、うん。」

 

「忘れてたんだ。」

 

「…………あっはっは。」

 

「最低。もう作ってあげないよ。」

 

「ごめんて……。」

 

 

 

すっかり忘れていたが、今日は珍しく弁当を作って寄越したのだ。あの蘭が。普段そんな女子力()を見せることも無い妹の奇行に少々の引っ掛かりは覚えていたが…今合点がいった。

頬を膨らませ目線を逸らす妹という新たな問題にどうしたものかと、救いを求める視線を義妹に送れば何とも楽しそうな表情を浮かべていて。

 

 

 

「……仲良いんだね、二人。」

 

「「良くない!」」

 

「あはははっ!……じゃあ、三人でお弁当食べる?」

 

「いや、ちょっ、有咲、正気!?…二人きりで食べるつもりだったのに…」

 

 

 

駄々洩れだぞ、クールさを思い出せ赤メッシュ。

 

 

 

「ごめん、蘭。…でもほら、二人きりなのはいつもだろ?」

 

「う……そう…だけど…っ!!」

 

「いーじゃんか、お兄ちゃんだっていずれは私のお義兄ちゃんになるんだし。…親睦を深める的な、さ?」

 

「うぅ……ご飯だけ…?」

 

「うん。ご飯終わったら、二人で買い物いこ?」

 

「……映画もいく。」

 

「うんうん、予定いっぱいだもんな。今日一日、ずっと二人きりで居よう?」

 

「………うん。有咲すき。」

 

「ん、ありがと。……さて、と。」

 

 

 

一仕事終えたと言わんばかりに得意げな顔を向けてくる有咲ちゃん。何とも頼もしいイケムーブである。

たった今目の前で魅せられた神対応をマスターすれば、俺もモテるだろうか。いや、断じてないな。そんな俺が想像できない。おえぇ。

 

 

 

「……お兄ちゃんも、お弁当食べよ?」

 

「……………うん。」

 

 

 

きっとあれだ。ウチは兄弟そろってこの子に対する抗体を持っていないのだ。

 

店の入り口に適当に"外出中"の紙を貼付け、三人で近くの公園へ。

想像していたとはいえ滑稽すぎる、()()()()()()を食べる時間を過ごし、二人がかりで適当に蘭を弄った後解散した。

デレデレの蘭と満足そうな有咲ちゃんの背中を見送りつつ、妹の幸せを願い手を合わせる。毎日顔を合わせている妹だが、いつかは嫁に行く日が来るのだろう。その相手が有咲ちゃんかどうかはさて置き、あの子には幸せになって欲しいものだ。

 

 

 

「……おにーさん?」

 

「んぉ?……あぁ、早かったね。」

 

「お店に居ないと思ったらこんな公園に…もう予約の時間過ぎてるよ?」

 

「え"っ。……いやぁ申し訳ない。」

 

「もー。たまの仕事なんだから、ちゃんとやってくれないと。」

 

「面目ない…。それじゃあ、今日も占っていきましょうかね。」

 

 

 

背後から掛けられた声に、次にも予約が入っていたことを思い出す。頻繁に相談事を持って来てくれる、謂わば常連の客なのだ。

満足のいく昼飯を思い出しながら、俺は俺で仕事に勤しむのであった。

 

 

 




要は作ってもらったお弁当って美味しいねっておはなし。




<今回の設定更新>

○○:占い師さん。
   より正確に気持ちを汲み取るには対象に触れる必要があり、触れる面積が広い程
   心に響く結果を伝えられるそうな。
   別に占い否定派とかではないのであしからず。

蘭:デレすぎ。
  初めての大恋愛とは得てしてこんなものである。

有咲:潜在的なサディストの血を持つ。
   それでいて外見は美少女と、世の不公平さを象徴するような人物である。
   今回は三つ編みのイメージでした。

??:主人公の店の常連さん。
   不定期の営業にも関わらず、予約まで入れて相談事を持ち込む子。
   有咲や蘭と歳が近いようで…。


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2020/06/20 大きすぎる存在に感じたり。

 

 

 

「え、兄貴夜居ないの?」

 

「ああ。…寂しいか?ん?」

 

「父さんと、二人になるの嫌だなーって。」

 

「……。」

 

 

 

なんてやり取りがあったのは電車に乗る少し前の事で。

相変わらずの嫌われっぷりだな、親父。

 

 

 

「どうせ部屋にこもるだろう?」

 

「でも…なんか嫌なの。…ねぇ兄貴、また朝方まで飲むの?またあの"みっちゃん"って人と飲むんでしょ?」

 

「そりゃ俺の飲み仲間っつったらアレくらいなもんだが…なんだ嫉妬か?」

 

「早く帰ってきて。」

 

「えぇー…。」

 

「早く帰ってきて…?」

 

「…………。」

 

「ねぇ、兄貴ぃ。」

 

「…終電で、何とか。」

 

「やた、兄貴チョロい。」

 

「テメェこのやろう。」

 

 

 

いつの間にか自分の外見の良さに気付きやがって。脳内で盛大な「テヘペロ」をかます有咲ちゃんにチョップを入れ、外出の準備を進めた。

そんなこんなで終電という制限時間が設けられた飲み会に来たわけだ。

 

 

 

**

 

 

 

ヴヴッ

 

ポケットに突っ込んだスマホが震える。

確認してみればいつものアイツ…みっちゃんから集合場所についての連絡だった。

 

 

 

「…ふむ、駅前のドーム型の……何だって態々外で待ち合わせるんだあのバカ…。」

 

 

 

指定された場所は駅を出て数十秒で辿り着く、謂わばオブジェ的な物。現地住民ならすぐに思いつきそうな物体だ。

いざ辿り着いてみれば…居たわあの陽気そうな面。呑気に手なぞ振ってやがる。

 

 

 

「…おつかれ。何だってこんな――」

 

「お、兄さん。久びだなー。」

 

「――ええと、こちらは?」

 

「ん、嘗てのクラスメイトをもう忘れたのか??…あと一人、美女が来るからよ。」

 

「……てめぇ、サシじゃねえのか。」

 

 

 

どうやら団体様御一行での飲み会だったようで。少々肩透かしを食らった気分ではあったが、どこか見覚えのある面々に形式だけの挨拶を交わした。

やがて全員が揃い、駅から近めの居酒屋チェーンへと足を運んだ。初対面の人間と、あまり良く思われていないであろう知人との酒会。面白くなってきやがったぜ。

 

 

 

**

 

 

 

「んん"っ…!よし、それじゃあ行き渡ったな…?」

 

「…。」

 

「そんじゃお疲れさんってことで…かんぱーい!」

 

 

 

カチンカチンとグラスの音。みっちゃんは座席的に隣になるので会話に困る程では無い…が、こういった集団での飲み会に於ける彼は俺の敵とも言える存在に成り得る。

…要するにアレだ、陽キャ感が前面に出ていて苦手なのだ。

 

 

 

「かぁーっ!美女を前にして飲む酒はうめぇ!!」

 

「モォー、ミッチャン飲ムペース早スギィ!!」

 

「スゴォイ!!」

 

「いやぁ!水みたいに入っていくわぁ!!…お、どうした兄さん、寡黙キャラか??」

 

「…うぜぇ。」

 

 

 

特に美女でも無いと思ってしまうのは普段贅沢な物ばかり見ているからだろうか。否、彼女等から俺に向けられる敵意が凄まじすぎるのもあるだろう。

こういう場合あまり話を振らないで欲しいのだが、彼は義理人情に厚いタイプ…気遣ってくれているのだろう。

 

 

 

「盛り上がって行こうぜぇ!」

 

「はははは。勝手に盛り上がってくれい。」

 

「イェーイ!次コレ注文シチャオウヨゥ!!」

 

「アッ、カラオケノセットアルジャン!ミッチャン何カ歌ッテヨゥ!!」

 

「…いやぁ盛り上がってんなぁ!…なぁ兄さん。」

 

「お前本当何なんだ…。」

 

 

 

それからも対面の女性陣と楽しくトークしつつハイボールを煽る彼の様子を聞きながら、どうせ割り勘になるならと気持ちを食事に切り替えて食いまくる。…と。

 

ヴヴッ

 

ポケットの愛機が震える。

みっちゃんは隣で阿呆程飲んでいるから違うとして…誰がこんな時間にチャットなんか…。

 

 

 

「…ぅお"。」

 

「「???」」

 

「…どしたん?兄さん?」

 

「ああいや、何でもない何でもない。」

 

 

 

突拍子も無さすぎて変な声が出た。画面を出して真っ先に目に飛び込んできたのは我が妹…の恋人から贈られてきた一枚の写真。

続けて「お兄ちゃんにプレゼント」とメッセージの追撃。

なんてものを送り付けるんだと思いつつも返信は後回し、すぐさま画像を蘭に転送する。

 

 

 

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ

 

直後掛かってくる通話。ああもう、分かったよ。

みっちゃんに電話してくる旨を伝え、廊下の先、喫煙所迄逃げる。

未だ震え続けるスマホを通話モードに切り替えるや否や――

 

 

 

『あ、あああああ、兄貴っ!?』

 

 

 

――震え声の妹のおでましだ。

 

 

 

「どうした?」

 

『ど、どど、どうした、じゃないけども!?』

 

「…お前変だぞ?何をそんなに焦って―」

 

『兄貴が変な写真送るからでしょう!』

 

 

 

()()()()()を、変って。

面白いので暫くコイツで時間を潰すとしよう。

 

 

 

『な、なにこれ!?』

 

「ああそれな。…いい写真だろ。」

 

『は、はぁ!?意味っ…分かんないん…だけどっ!?』

 

「宝物だ、俺の。」

 

 

 

俺が蘭に送った…もとい、有咲ちゃんが俺に送ってきたのは『蘭が俺のベッドですやすやと寝息を立てている写真』。

恐らくが俺が外している間に撮られたであろう写真だが、手書きで「世界一カワイイ!!」と書き込まれている。驚き様からして、この写真の存在には今初めて気付いたものと思われる。

 

 

 

『あ、兄貴って、そういう風に、あたしのこと見てたの!?』

 

「…どういう意味だ。」

 

『…実の、妹で、興奮する…的な。』

 

「するか馬鹿。」

 

『だって!だってぇ!!』

 

「流石に妹に欲情するほど枯れちゃいないぞ、俺は。」

 

『じゃ、じゃあこれはなに!?』

 

「はて?…宝物と言った筈――」

 

『だーかーらー!!…も、もういいもん!有咲に訊くもん!!』

 

「はははは、怒んなよ。」

 

 

 

この妹、必死である。

恐らく正解であるその選択肢だが、きっと有咲ちゃんにも同じように揶揄われるんだろうなぁ。

 

 

 

『もういいっ!兄貴の馬鹿!』

 

「そうかいそうかい。有咲ちゃんによろしくな。」

 

『他人事だと思って…!早く帰ってこないと、鍵開けてあげないから!』

 

 

 

勢いそのままに、通話は切断されてしまった。

…鍵、持ってるんだけどな。

 

この愉快な気分を共有しようと、蘭が連絡する前に急いで有咲ちゃんに電話を掛ける。

三コール程鳴った後に気だるげな声。

 

 

 

『はぁーい。』

 

「シスコンだと思われた。」

 

『あははっ!蘭に送ったの??』

 

「ああ。妹に欲情すんな、だとさ。」

 

 

 

落ち込んだような声音で話してやると、電話の向こうの義妹はけらけらと楽しそうに笑った。

ああ、何とも居心地がいい。

 

 

 

『私の恋人に欲情しないでくださぁい。』

 

「しないなぁ。」

 

『全くー。お兄ちゃんが相手でも渡さないかんね?』

 

「へぇへぇ。しっかり掴んでてやってくださいな。」

 

『ん。まかしといて。』

 

「…そういや急にかけちゃったけど、何かやってた?」

 

『画像整理してたんだよ。いっぱいになっちゃって。』

 

 

 

それは…いや、余計な詮索はやめよう。

ただ、妹との写真でメモリを圧迫して居たらいいな…等と思うようになってしまっては、強ちシスコンというのも間違いではないような気がして。

 

 

 

『蘭可愛いからね。いっぱい撮っちゃうんだよ。』

 

「おふっ……ええやん。」

 

『何だそのリアクション。』

 

 

 

有咲ちゃんは神様か何かか?

上手く言っているようで、お兄さん嬉しいよ。

 

 

 

『お兄ちゃんは?』

 

「ん。」

 

『蘭と一緒にいるの?』

 

「…さぁ、どうだと思う?」

 

『んぅー。後ろで音楽?が聞こえるからさ、外食とかかなーって。』

 

 

 

案外いい耳をお持ちな様で。

 

 

 

『あ、でも一緒には居なさそうだね。』

 

「ほう?」

 

『私と通話とか、蘭が近くに居たらもっと煩いでしょ?』

 

「…さすがよくご存じで。」

 

『ふふん、これが愛だよ。お兄ちゃん?』

 

「大したもんだ。」

 

 

 

流石は長い付き合い。最早俺や親父よりアイツの事を知り尽くしているんじゃなかろうか。

ホント、いい恋人捕まえたなあいつ。

…と、一人感極まっていると乱暴に喫煙所の扉を開ける音が。

 

 

 

「…ぉ。何だ兄さん、長いと思ったらこんなところに…。」

 

「おうみっちゃん。…おいおい顔真っ赤だぞ。」

 

「たはは…チーさんが飲ませ上手だからさぁ…ったく。」

 

 

 

チーさんってのは且つてのクラスメイトの一人。勿論本名じゃなくニックネームだが、どういった経緯で名付けられたかは覚えていない。

みっちゃん曰く飲ませ上手で、他人を潰すことに特化したイケメン系女子らしい。

 

 

 

「まぁ、あんま無理すんなよ。」

 

『あー、また飲み会なのー?』

 

「ああ。まあな。」

 

『蘭、愚痴ってたよ。兄貴はみっちゃんにばかり構ってるーって。』

 

「別にいいじゃんかよ…蘭は有咲ちゃんにばっかり構ってるし…。」

 

「!?あり、あっ、ありs、」

 

「どうしたどうした落ち着けみっちゃん。」

 

「有咲ちゃんと電話してんのか!?」

 

 

 

真っ赤な顔をもっと赤くして、聞こえてきた単語に食いついて来る。…この状態のみっちゃんを絡ませるのは何だか危険な気がした。

電話の向こうで有咲ちゃんも何となく察したようで、声のトーンが少し落ちる気がした。

 

 

 

『ごめん、邪魔しちゃったね…?』

 

「ああいや、気にしないでくれ。…あり……いや、ハニー。」

 

「はにぃ?」

 

『お兄ちゃ…ブハッ!』

 

 

 

咄嗟に出た二人称がそれだったんだもの。

盛大に噴き出す音が聞こえたが、無事通話は終了。「なんだ有咲ちゃんじゃないのか」と肩を落とすみっちゃんを残し、静寂が戻った。

 

 

 

「…戻らなくていいのか?」

 

「兄さんまで俺を潰すんか…。」

 

「そう言う訳じゃ…ま、折角来たんだ。煙草の一本でもやっていけ。」

 

「…そだな。」

 

 

 

フリントホイールを回す音と煙草の先端が灼ける音。燻らす煙を眺めながら落ち着く香りを共に楽しむ。

この至近距離での受動喫煙もこれが最後かもしれないとなると、何とも口惜しいものだ。

 

 

 

「……悪いな兄さん。」

 

「何が。」

 

「…ふぅ。一人で楽しんじゃってさ。」

 

「いや、最後くらい、楽しめばいいさ。」

 

 

 

みっちゃんは転職が決まったんだと。

それもここからかなり離れた場所への転居も伴うもので、余程突き詰めて予定を合わせでもしない限りもう会える見込みはないとか。

その話から今日の飲みの席が用意され、地元の友人とのささやかなお別れ会となったわけだ。

 

 

 

「ああ。…言うてそろそろ、な。」

 

「まだ二時間くらいだろ?」

 

「…いや、その、なんだ。…兄さんと二人だと何でも言えるんだが、女性陣が居るだろ…?」

 

「……てめぇ!女の前だからって格好つけてからに!!」

 

「に、兄さんだって!有咲ちゃんの前だと寡黙なイケメン気取ってんだろォ!?」

 

「ばかこの!兄妹共々徹底的に弄られとるわ!」

 

「羨ましい!羨ましすぎるよ兄さん!!」

 

 

 

こいつは恐らく死ぬまでこんなんだろう。湿っぽいのは似合わない。

 

 

 

「うっせぇ!ここ出たらサシで飲み行くぞオイ!」

 

「最初からそのつもりだわ!あ、そうだ。」

 

「何だよ。」

 

「ゴトーさん、普通に可愛いよね。兄さん。」

 

 

 

ゴトーさんというのはチーさんの隣で飲んでいたあの女性か。ゴトーさんというのも恐らく渾名で本名は知らない。兎に角根暗だとかノリが悪いとか言われた覚えしかない。

確かに遠く離れて薄眼で見る分には可愛い雰囲気が漂っているように見えなくも無いのだが、如何せん虐げられた記憶のせいで同意しかねる。

 

 

 

「おお、告白か。」

 

「いや…それは…ちょっと…」

 

「最後だろ?…何ビビってんだ。」

 

「別れ際気まずいって…嫌じゃん…?」

 

 

 

勢いに任せて行けばそこそこいい結果になるだろうにこの男は…。

みっちゃんは、案外小心者らしい。

 

 

 

**

 

 

 

「ぷはぁ!」

 

「…お前、何杯目よそれ。」

 

 

 

二軒目。時間の都合もあって本日最後の店。すっかり行きつけの、例の串カツが旨い店。

途中、世話になった先生の乱入や多少の脱線はあったものの、終始互いの馬鹿話に花を咲かせ――

 

 

 

「……それじゃあ。」

 

「ああ。」

 

 

 

――別れの時はあっという間にやって来る。

草臥れた黒いバッグを足元に置き、すっかり人通りの少なくなった終電間際の駅前で煙草を吹かすハードボイルド。

憎たらしいほどに画になる彼を見るのも、これが最後となるだろう。

元気でやれ、また会おう、その類はもう言い飽きた。すっかり酒に浸った俺達に、在り来たりな別れ文句は必要なかった。

 

 

 

「んじゃ、蘭ちゃん達の今後、報告待ってるからよ。」

 

「ははっ、それ処じゃねえだろ。…忙しくなるんだ、俺もお前も。」

 

「兄さんと違ってこっちは安定しなさそうだからなぁ…。」

 

「馬鹿、俺だって色々大変なんだ。…ほら、妹とか、妹とか…。」

 

「あんた煩悩ばっかじゃねえか!」

 

「違ぇねえ。」

 

 

 

灰が落ち、短くなった煙草をポケット灰皿に捩じ込む。声はデカいがマナーはいい男だ。

最後に交わした握手は、気恥ずかしいながらも確かな存在の証として脳裏に焼き付いたのだ。

 

 

 

「また、飲もうな。」

 

「…おうよ。」

 

 

 

少しだけ。ほんの少しだけ寂しさを感じたのは、妹に言われた通り終電に乗り込んだ直後。動き出した慣性に近場の空席へと倒れ込んだ頃だった。

 

 

 

**

 

 

 

「……。」

 

 

 

何処をどう歩いてきたのか。

気付けば自宅の、少し凝った意匠の扉の前だった。

 

人感センサーを搭載したLEDライトが点灯し、チャイムを鳴らす前に扉が開かれる。

 

 

 

「おかえり、兄貴。」

 

「………ああ。」

 

「……兄貴?」

 

 

 

心なしか高めのテンションで顔を覗かせた妹だったが、俺の顔を見るなり眉をハの字に曲げた。そんなにひどい顔だったろうか。

 

 

 

「…だいじょぶ?」

 

「ああいや…まぁ、なんだ。…少し飲み過ぎた―」

 

「っと!?…あ、兄貴??」

 

 

 

飲み過ぎたらしい…と言ったつもりだったが、言葉になる前につんのめった体が妹へと倒れ込んだ。

無論全体重を預けた訳でなく、少し甘い香りのする蘭の右のこめかみの当たりに顔が近づいたところで踏みとどまったが。

…だが、直後に背中を摩られる感覚に、今日の限界を感じてしまった。

 

 

 

「……………蘭、今日一緒に寝ないか。」

 

「…………ま、偶にはあるよね。楽しいだけじゃない、お酒も。」

 

「……こういう日に酒ってのはダメだなぁ…。」

 

「いっこ、貸しね。」

 

 

 

兄貴だって、妹に弱音を吐きたい時くらいあるってもんだ。

 

 

 




さらばみっちゃん。




<今回の設定更新>

○○:いつだってクールな訳じゃない。
   気持ちが綻んだのは酒のせい、きっと。

蘭:揶揄い甲斐抜群だが、兄妹仲は悪くない。
  人が落ち込んでいる時にはトコトン優しい。それが蘭ちゃん。

有咲:(おもしれーなこの兄妹…。)

みっちゃん:親友。
      付き合いこそ長くないが、大事な友人だった。
      多分もう出ない。多分。

チー:アジア系の美女(みっちゃん談)

ゴトー:つよい。
    主人公に対しての嫌悪感が物凄い。
    アイドル追っかける系女子。


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2020/08/25 柔らかな時間に緩んだり。

 

 

「…へえ、私もそこに居たかった。」

 

「え"。……正気?」

 

「へへ。だってさ、お兄ちゃんいっつもクールぶってるし、泣いたとこなんか見たこと無いし。」

 

 

 

夜。

すっかりお馴染みの光景になってしまった妹カップルのじゃれ合い。

…いや、それにしちゃあ兄貴の俺が同席しているのもなかなかにおかしな話だぞ?

 

 

 

「絶対見せないからな、有咲ちゃんには。」

 

「えー?……蘭はいいなぁ。お兄ちゃんに甘えてもらったりするんでしょ?」

 

「や、別に甘えたってわけじゃ――」

 

「もうホント大変なんだよ。兄貴、こう見えて意外と脆い所あるから、酔っ払ったりすると泣き言ばっかりで――」

 

「おいコラ妹。」

 

 

 

最近態度が丸くなったと油断していたらすぐこれだ。有咲ちゃんと仲良しなのは大変喜ばしいことだけど、調子に乗って俺の恥部を晒すのは辞めなさい。

何故だか得意げに話しながら丸い煎餅を齧る蘭。有咲ちゃんの手土産とはいえ、自分の部屋でないからと豪快に齧り付きやがって。俺の部屋なら零そうと汚そうとどうでもいいってか…?

 

 

 

「ふーん。お兄ちゃん、甘えんぼなんだ?」

 

「う……ちが、ちがわい。」

 

「大丈夫?私にも甘える?」

 

「!!ちょっとまって有咲。あたしじゃなくて兄貴に言ってるの?あたしだったらめっちゃ甘えるけど?ねえ??」

 

 

 

悪戯っ子のような笑顔で両腕を広げる有咲ちゃんと、大きすぎる釣り針に見事ヒットしてしまう愚妹。どうやったらそこまで蘭を魅了できるのか、是非とも教えていただきたいが…この空間で真に受けているのはこのツンツンシスターだけだろう。南無。

俺に向けて開いた両腕を蘭の背中に回し、荒ぶる獣のようなその背中を撫でながら悪びれもせず続ける。

 

 

 

「……ね、蘭可愛いでしょ。」

 

「ああ。」

 

「へへっ、私の蘭だからね?……お兄ちゃんとは言え、あんま甘えちゃだめだから。」

 

「……わかってるとも。」

 

 

 

どこまで本気なのか…いやしかし、有咲ちゃんの服の上からでも分かる膨らみに顔面を埋めた蘭は心底幸せそうだ。それを愛しそうに撫でる光景は俺の部屋には勿体ないほど甘美な…

あ。

 

 

 

「そもそも、どうして俺の部屋なんだ。」

 

「??」

 

「有咲ちゃんがお泊まりに来たのはいい。…まあ、少々来すぎだとは思うけども。」

 

「……だめ?」

 

「いや、駄目ってことは……じゃなくて、どうして二人いちゃつく場所が、蘭の部屋じゃなくて俺の部屋なんだ?」

 

 

 

一組の歴史の浅いカップルがいたとして。蜜月に身を沈めるとして、だ。

その舞台として、身内という最も居てほしくないであろう観客がいる部屋を選ぶだろうか。

もし自分なら……いや、恋人を連れ込む場所に蘭は居てほしくないなぁ。見られたくない、というよりも見せてはいけない醜態を晒してしまいそうな…。

 

 

 

「……私来るの、迷惑?」

 

「そ、そんなことない!有咲はあたしの大事な人だし、ずっとずっと一緒に――」

 

「らーん?私、お兄ちゃんに聞いてるんだけど。」

 

「あ……あぅ…。」

 

「はーい、蘭ちゃんは安心してぎゅーしてましょうねー。」

 

「……えへへぇ…するぅ…。」

 

「悪魔か君は。」

 

 

 

この籠絡術。もはや小悪魔の域を出ている。

…話を戻すとして、だ。

 

 

 

「迷惑かどうかじゃなく、その……普通、二人きりになりたいものなんじゃないのかい?こう……人目を憚りたいこともあるだろうし…。」

 

「……んー……。」

 

 

 

顎に手を当て暫し考え込む。

…この様子だと、要因を探っているというよりかは言うかどうか迷っている、といった方が正しそうか。

やがて沈黙に耐えきれなくなったように、もぞもぞと蘭が拘束から抜け出てきた。……おいおい、涎出てんぞ。

 

 

 

「あたしの部屋、父さんが…さ。」

 

「…親父が?」

 

「ん。たまに覗きに来るっていうか、頼んでも居ないのにお菓子持ってきたり、お茶入れてきたり。」

 

「……あぁ。」

 

 

 

最近やたら茶葉を買い込んでくると思えばこれかぁ。

 

 

 

「おまけに、有咲が廊下に出るタイミングで話しかけに来たりするし、普段のバンドの様子聞いてきたりとか……もうホントウザくて。」

 

 

 

親父…。

娘が心配なのはわかるけども、もはや変質者の域じゃないか…。

 

 

 

「それは……うちの親父が、迷惑かけたね。」

 

「んぅ、私としては別に気にしてないんだけどさ。……蘭がその度、洒落にならないくらい不機嫌になんだよ。」

 

「それは……うちの妹も、迷惑かけたね…。」

 

「だからその、お兄ちゃんが良ければ…みたいな?」

 

「俺は別にいいっちゃいいんだけど、蘭は…それでいいのかい?」

 

 

 

民主主義ならば可決の一途であろうが、生憎当事者は蘭と有咲ちゃんだ。蘭の気持ちを確認しないことには…

 

 

 

「や、別に兄貴の部屋がいいってわけじゃないけどさ、父さんはあんなんだし、仕方ないっていうか、別にその、あたしは、えっと」

 

「……要するにいいってことだよ。」

 

「要約雑すぎな、有咲ちゃん。」

 

 

 

そもそもここまで寛いでいる時点で確認するまでもないんだけど。

思い起こせば、こうして有咲ちゃんの存在が発覚するまでの蘭はどうにも距離感が難しい子だった。

そういう年頃なのかと適当にあしらってはいたが、親父と揉めた一件が相当な溝を残していたらしい。親父と会話はおろか、目も合わせなくなっていった蘭……勿論直接関与していない俺に対してもどう接していいかわからなくなくなっていたような気がする。

その蘭がこうしてまた俺の部屋に来るようになったり、昔のように何気ない時間を過ごすことができるようになったりと、変わり始めたのも…一重に有咲ちゃんのおかげなのだろう。

 

 

 

「まあでも…色々ありがとな。有咲ちゃん。」

 

「……へ?何、急に。」

 

「いや。」

 

「兄貴!!有咲に色目使わないで!!」

 

「使ってねえよ…。」

 

 

 

とは言えこれは堕ちすぎだ。

 

 

 

「……とにかく、君らが居心地いいってんなら邪魔はしないけどさ。」

 

「ん、ありがと。お兄ちゃん。」

 

「俺はまだ作業が少し残ってるから、(こっち)にいるけど、好きなだけ寛いでいってくれ。」

 

 

 

猫のように体を擦り寄せる蘭と笑顔で受け入れる有咲ちゃんを一瞬見やり、最低限勤めている仕事の残り作業を熟すべく机へ向かう。

二人のために部屋を出ていくことも考えたが、親父がこの部屋に来ないのは俺が居るからだ。俺が他へ言ってしまえばまた愛の巣を移すことになってしまうだろうし。

 

 

 

**

 

 

 

「ねね、お兄ちゃん。」

 

 

 

黙々と作業し一時間ほど。

やや声を押し殺すようにして有咲ちゃんが俺を呼んだ。

 

 

 

「…?」

 

 

 

振り返ってみれば膝に蘭の頭を乗せ困り顔の有咲ちゃん。……なんだ?

 

 

 

「蘭、寝ちゃった。」

 

「…………ああ。」

 

 

 

有咲ちゃんの手には丸められたティッシュと真っ白な綿毛の着いた棒。なるほど耳かきか。

こいつらほんと、やることやってんなぁ…。

真に上手な耳かきは痛みや不快感を全く感じさせず、極上の快感と安心感を齎すのだとか。俺もさきちゃんの魔の手にかかり、一度体験しているので間違いない。

なるほど、有咲ちゃんはそこまでのポテンシャルを…。

 

 

 

「可愛いよなぁ。」

 

「……それ、お兄ちゃんが言う?」

 

「ん。……こいつの、眉に力入ってない顔っていうのかな。久しぶりに見た気がするよ。」

 

「……。」

 

「……。」

 

「私は、よく見てるけどね?」

 

「……急にマウントか?」

 

「ふふん。私のほうが愛されていますので。」

 

「そうか。」

 

 

 

頭の上で好き放題言われているとは露にも思わず、安らかな寝息を立てる妹。

こんな穏やかな時が、永遠に続けばどんなに幸せか。

家族とは言え所詮は血の繋がった他人だ。兄として妹の人生にあれこれ言うことはできないが、せめて本人が満足に、幸せだと言える道を歩んでほしいものだ。

 

 

 

「…え、お兄ちゃん何で泣いてんの。」

 

「すまん、ちょっと色々…考えちゃって…。」

 

 

 

しまった。つい蘭のウェディングドレス姿を想像してしまった。

いつからか涙腺のダムも随分脆くなったらしい。

 

 

 

「……大丈夫?甘える?」

 

 

 

すかさず姿を表す、邪悪な笑み。

 

 

 

「だめぇ…。」

 

「「??」」

 

「有咲はぁ……あたしの、なんだか…ら……。」

 

 

 

眠りについていても止まらない愛に、俺と有咲ちゃん、二人して笑い合うのだった。

 

 

 




いいなあ有咲ちゃん…。




<今回の設定更新>

〇〇:思うことは色々ある。
   今はただ、妹とその恋人の行く末が幸福に包まれることを願っている。

蘭:愛が深すぎる。

有咲:有能。母性の塊。


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【松原花音】浮かぶ、次々と、ふわふわと。
2019/12/22 興味を持つ、とは?


 

 

 

折角の日曜日に追試とは、全く面倒なこった。

…そりゃ、抜き打ちの試験の日に休みだった(オレ)も悪いとは思うけど…抜き打ちじゃあ仕方ないだろ。

 

心の中で愚痴を零しつつ、休みの暖房すら入っていない教室に入る。

 

 

 

「……おっ。」

 

 

 

てっきり自分一人で追試を受けるものだと思っていた為に、つい漏れてしまった声は彼女に届いたらしい。

窓際の席、水色のサイドテールが揺れた。

 

 

 

「…………ぁ。」

 

「なんだ、松原(まつばら)も追試かよ。」

 

「………。」

 

 

 

こくりと小さく頷く。我の声に振り向き目が合ったのは一瞬で、直ぐに怯えるように視線を落としてしまった彼女を、我はよく知らない。

何故か小学校から高校二年の現在(イマ)まで一度も学級を違えたことは無いがよく知らない。特に関わることもないまま、お互いに一人で黙々とそれぞれの人生を歩んできたというか、松原が周囲の人間とつるんでいるのをそもそも見たことが無い。…別に積極的に知りたい相手でもないし、そこまで全てを見て来た訳では無いのだ、が。

…とは言え、少し早く着きすぎたようだ。まだ担当の教師は教室に現れないし、今日の内容からして特に準備が必要な物でもない。手持無沙汰になった我は、窓際でせっせと眼鏡を拭いている松原を相手に暇潰しを試みることとした。

 

 

 

「松原、あんたをこんな場所で見かけるとはね。割と賢そうなイメージだったけど。」

 

「ぁ……ぅ………。」

 

「…………まさかあんた、日本語が…?」

 

「…えぅっ、しゃ、喋れる…よっ…。」

 

「それにしちゃあレスポンスが悪いようだけど…あ、我の事、誰か分からない…とか?」

 

 

 

碌に会話もしたことのない相手だ。我からでさえ曖昧な印象なのだから、向こうにしたって「仲良くもないクラスの男に急に絡まれた」程度の認識なのだろう。

それならばレスポンスの遅さもこの距離感も分からなくはない。

 

 

 

「しっ…!」

 

「??」

 

「知ってる…よ…?○○くんの…こと。」

 

「…………ほう?」

 

 

 

と思ったのだが。我を知っている…と返ってくるとは思わなかったな。これは実に興味深い。

 

 

 

「ずっと、同じクラス…だよね?昔から。」

 

「そうだな。」

 

「私、話しかけたりはできなかったけど……ずっと知ってたよ、○○くんのことは。」

 

「…我も認識はしていたよ。松原の事。」

 

「はぅ…そ、そうなんだ…ふぇぇ。」

 

「ふええ??」

 

 

 

成程成程、松原の方も我と同じような認識だったか。しかし意外だな…松原といえばいつも俯きがちで、一人で本を読んでいたり何かを黙々と書き綴っていたり…とにかく下を向いているイメージが強かったというのに、人を覚えているなんて。

 

 

 

「いつも下向いてばかりだと思ってたが、いやはや結構見ているものだなぁ。やるな松原。」

 

「えっ!?ぃや、そのぉ…。」

 

「他に印象に強く残ってる奴とかいるか?割と長い付き合いの奴だとか。」

 

 

 

思わぬところで新たな発見をしてしまいついテンションが上がる。鬱陶しいとか思われていそうだが、松原のまともな声を聴いたのも初めてなんだ、勘弁してほしい。

 

 

 

「………いなぃ、かな。」

 

「そっかー……。逆に何故我は覚えられていたんだ??」

 

「ぁ、あはは……ごめんなさい…。」

 

「謝ることじゃあないが…」

 

 

 

シンパシーという奴だろうか。恥ずかしながら我も友人と呼べる存在はほぼ無に等しく、学校でも専ら趣味に没頭している為他人との交流は少ないのだ。同じように独りで居るからつい気になって…とか?

 

 

 

「…ぇと、その……ふぇぇ。」

 

「なんだ?言いたいことがあるならシャキっとするんだぞ、松原。」

 

「ふ、ふぇぇ!…えとね?私…ずっと前から…○○くんと…」

 

「おぅら席着けお前らぁ!」

 

 

 

折角何かを聞き出せそうだったのに、全くタイミングの悪い担任よ。彼も休日の追試という事で少々気が立っているのか、ただでさえ口の悪い若い教師が荒々しく入ってきた。

勢いそのままに教卓を出席簿で叩き、二人だけの点呼を取る。

 

 

 

「松原ァ!」

 

「ふぇっ、ふぁ、はいぃ。」

 

「○○ッ!」

 

「あいよ。」

 

「…チッ、たった二人だけの為によぉ…。…まぁ、二人とも出来の良い生徒で助かったよ。ちゃちゃっと終わらせてサッサと帰ろうぜ。」

 

 

 

凡そ教師の発言とは思えない言葉を吐きつつ、三枚のプリントを机に配っていく担任。因みに、当初は窓際の端の席に松原がいてそこから何となく二席程空けて我が座っていたが、「何かムカつく」とかいう理由でくっ付けられてしまった。

お陰で松原のソワり具合が三倍増しで…結局我もあまり集中できなかった。

追試中なのに何故か視線を感じるのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「うっし、二人とも問題ねえな。……じゃ、俺は帰るから。お前等は適当に乳繰り合ってろやボケカスゥ!」

 

「はわっ、わわ、っと、その、さよなら、先生!」

 

 

 

時間の無駄とも思われる追試も何とか無事に終わり、定刻より僅かに早く解放された為か上機嫌に暴言を残していく担任。機嫌が良くても口が悪いとはこれ如何に…と思ったが、そんな教師()が去っていく背中にもきちんと頭を下げる松原。慌てるのは良いが、言い終わった頃に教師はもう居ないというのに、勢い良く閉められた扉に頭を下げる姿は酷く滑稽だぞ。

 

 

 

「……ふぇっ?ぁ、あの、○○…くん?」

 

「あぁ、すまん。別に滑稽とか思って見てたわけじゃあない。」

 

「……そうなんだぁ。じっと見られてたから驚いちゃった…えへへ。」

 

「松原………あんた、存外喋るのな。」

 

「ふぇっ!?…あ、ぁわわ、う、うるさかった??」

 

「そういうつもりじゃない…が、声を聴いたのは初めてだったからな。普段からそれくらい喋りゃあ友達もできるだろうに。」

 

 

 

交わした会話こそ少ないが、恐らく目の前のサイドテール少女は悪い奴じゃない。というか、かなり面白いほうに属する生き物だとさえ思う。

これだけいいキャラクターを持っておきながら何故今まで独りで居たのか…気が付けば松原に興味津々な自分が居た。

 

 

 

「あぅ……だって、人付き合いとか…あまりとくいじゃないから…。」

 

「ふーん……?」

 

「…………。」

 

「……ま、わからなくも無いわ。我も得意じゃない。」

 

「!!そ、そうなんだ!!…あでも、いっつも一人でいるもんねっ!」

 

「……………。」

 

 

 

我の場合、周りが不気味がって近寄ってこないだけなんだが…しかし本当に見られていたんだな。

いつも一人だって。

 

 

 

「あの……ね?私、○○くんと…仲良くなりたいって、前々から思ってて…」

 

「……ぬ?」

 

「あっ、い、嫌だよね?こんな、喋ってても面白くもないし可愛い女の子でもない私なんかと…その…ふぇぇ…。」

 

「………奇遇だな松原。」

 

 

 

もっと彼女について知りたい…正直なところ、「面白い生き物を見つけた」程度の探求心でしかなかったが、確かに我は彼女に興味を持って行かれていた。

 

 

 

「我も、もっとあんたを良く知りたいと思っていたんだ。」

 

「……ほ、ほんと???」

 

「あぁ。…そうだな、正しい意味合いで伝えるとしたら、たった今芽生えた我の知的探求心を満たす為に、もっと松原を曝け出してほしい…といったところだ。」

 

「……む、難しい言葉が多くて分かりにくいけど……お友達に…なってくれる…?」

 

「ふむ。そうだな、友人というのも…悪くはないだろう。」

 

「!!!…や、やったぁ。えっへへ…追試があってよかった。」

 

「…変わってるな松原は。休日を削ってまでも勉強をしたいと?」

 

「ち、ちちちがうもんっ、そういう意味じゃなくて…その…」

 

 

 

確かに。今までには無かった"興味を持てる人間"との出会い。そういった意味では、この追試も有意義な物であったと言えなくはない。

今まで意識することも無かったただのクラスメートだが、これからは少しずつ知って行く事が出来るだろう。なあに、クラスの連中にしたって今までボッチだった二人がつるむ程度だし、何も変わらない。

 

 

 

「…あんた、ホント面白いな。」

 

「ふぇぇ??な、なにがぁ…??」

 

 

 




新シリーズです。一応。




<今回の設定>

○○:変人。周りから距離を置かれている高校二年生。
   特に見た目が変だとか性格が悪いと言う訳じゃない…が。
   物の見方というか、価値観が少しおかしい。
   常に意義や損得を考えて行動している為、同じ年代と揉めやすいそうな。
   いい奴ではある。

花音:変人…ではないが、極度に人見知りだったりオドオドしていたり、
   気を遣い過ぎてしまったり、変にマイナス思考だったりと、少々
   面倒な為幼少期からボッチのまま生きている。
   可愛いのに。


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2020/01/14 待ち合わせ、とは?

 

 

 

遅い。確かに、待ち合わせの段階から休日は始まっているわけで、流れていく時間や行き交う人々の喧騒に身を委ねるもまた有意義な時間の使い方と言えなくもないだろう。日頃まともに外出しない我にとってみたら尚更だ。

…にしても遅い。指定した場所から見えるオブジェに埋め込まれた時計が示す時間は十一時半頃…つまりは彼女が約束の時間を一時間半過ぎても合流できていないことを示していた。そうして同時に気付いてしまう事実と危機。

 

 

 

「…ふむ、流石に一時間以上棒立ちは冷えるな。」

 

 

 

我には彼女との連絡手段が何一つない。若者ならば仲のいい相手とは連絡先の一つも交換するのだろうが、あれだけ学校で顔を合わせておいてそのような流れになったことは一度もなかった。スマホは持っているのに、盲点だったんだ。

因みに今日遊ぶことについてはお互い実家暮らしということもあって家の固定電話に突然連絡が入ったのがきっかけだ。彼女曰く、『連絡網に○○くんの名前があったから嬉しくなっちゃって』だそうだ。そりゃあるだろう。

 

 

 

「……………ふぅ。」

 

 

 

おや、この寒空の下我と同じようにこの場所で誰かを待つことになった人間が。…大きめのキャスケットを深めに被り、薄く色のついた丸メガネに顔半分を覆う程のマスク。…絵に描いたような不審人物像だが、この国で最も栄えているとされている都市だ、芸能人やらなんやらの可能性すらあるだろう。よくよくみると帽子の隙間から覗く綺麗な金髪が無駄にクリアな日光を反射し煌めいている。…ふむ、地毛だとしたら中々良いものを持っているな。

 

 

 

「………。」

 

「アッ、アレモシカシテ、シラサギチサトサンデスカ!?」

「ウソッ!?ホントォ!?…ウワァホンモノッポォイ!」

 

「……いえ、人違いじゃ…」

 

「ヤッパリホンモノダァ!コエモテレビデミタノトオナジダモンッ!!」

「ウォォォオオ!!サインッ、サインクダサァイッ!」

「コッチハアクシュヲッ!!」

「ワタシハシャシンガイイッ!!」

「「やいのやいの」」

 

 

 

どうやら不審者ではないようだ。先程の我と同じようにオブジェの時計を見ようとしたのか、顔を上げてしまったのが運の尽き…たまたま目の前を通り過ぎようとしていたカップルの女性の方に見つかったらしく、瞬く間に人混みが出来てしまった。

サインを求めペンを差し出す者、図々しくも弱々しい抵抗を続ける件の女性の手を取り勝手に感激する者、カシャカシャと派手な音をたてて閃光を迸らせる者…見るも無残、といった表現が正しいか、まさにもみくちゃに飲み込まれていく彼女――ええと、"シラサギチサト"とか呼ばれていたっけな。南無。

 

 

 

「すっ、すみませんっ!今はプライベートなので、その……ぁっ」

 

「………??」

 

 

 

痺れを切らしたか、少し大きな声で抵抗を見せるシラサギ氏…丸眼鏡を外した目から放たれる視線が我のそれとぶつかった気がした。向こうは向こうで気づいたのか、小さく口を開く…が、すぐに近くの取り巻きの対処に戻ったため真意は図りかねるところである。

 

 

 

「チサトサァン!コッチミテェッ!!」

「スッゲェ!ナマノチサトチャンカワエエッ!」

「ルンッテキタァ!」

「キャー!!テェサワッチャッタァッ!!」

 

「み、皆さん、あの…その…」

 

 

 

チラッ

顔が見えない程にまで発展した人集り、その隙間からチラチラと視線を感じ何となく見返していたが…うん、やっぱり気のせいじゃない。やたらとこっちに視線を向けてくる。

これはまさか…

 

 

 

「…助けろって事か…。随分肝の据わった芸能人だな…。」

 

 

 

…出来れば関わり合いにはなりたくなかったが…どの道こうも人だかりが大きいと我も待ち合わせどころではない。腹を決めて人生でも一、二を争う程気色の悪い祭りに踏み込んでいくことにした。

 

 

 

「ほいほい…あぁ、ちょっと通りますねぇ。…はいすいません、前通してくださいねぇ。」

 

 

 

くそ、人の層が厚い。これだけ掻き分けているのに中心がまるで見えやしない。斯なる上は…

 

 

 

「ちょっと失礼。……どけっての。」

 

「あ"ぁ!?誰だテメェ!!俺は千聖ちゃんに触らなきゃいけねえんだぁ!邪魔すんなやぁ!」

 

 

 

おいおい、早速ヤバイやつを掻き分けそうになっちまったよ。こんなのも居るとは、いやはや有名になるのも考えものだな。

少し手荒に行くか。

 

 

 

「ほう?その言葉は我に向けたものか?…その度胸、買ってやらんでもない。」

 

「あぁ!?うっせぇよ!!黙ってすっこんでろやぁゴラァ!!」

 

「失せろ、ゴミが。」

 

 

 

人混みで視界に入らない部分、要は男性の急所に当たる場所だが、そこを握力六十キロ超の左手で捻り上げる。堪らず声にならない叫びをあげ膝を着く危険因子。…いや、痛くて苦しいのはわかるけどその顔はどうよ。

 

 

 

「ぷふっ……ち、散り際は中々の道化っぷりであったぞ…疾く失せるが良い。」

 

「俺の俺がぁ…!!」

 

 

 

思いの外大きい捕物だったのか、人混みの中に空間ができた。周囲の何事かと距離を置く動きが原因か。…僥倖だ。

目の前が開けたことによってさっきまで遠巻きに見ていた彼女の姿を正面に捉えることができた。すかさず普段あまり出さない大声で、

 

 

 

「なんだ、人集が出来てると思ったらやっぱりお前かぁ!」

 

 

 

さて、名前に関しては確信が持てないためにふわっとした声がけにはなったが、上手く切り抜けてくれるだろうか。

 

 

 

「あっ!…もう、遅かったじゃないの!!…えっと、お父…じゃない、お、お兄ちゃんっ!!」

 

「おにっ……おう、ちょっと遅れたわぁすまんな。」

 

「も、もー。…それではみなさん、ここからは家族と過ごす時間なので、すみません。」

 

 

「アー、カゾクナラシカタナイカァ」

「デモ、アンマリニテナイヨネェ」

「ソウイエバオニイサンイルンダッタネー」

「ルルンッ!オネーチャンニオシエテアゲヨット!」

「アタシ、コノテゼッタイアラワナイッ!」

「ヤバッ、トレンドイリシテルジャンッ!」

 

 

 

飛び付くように我の腕を取りずんずん引っ張っていくシラサギ氏。身内の登場とあって周りの馬鹿な雑種共も諦めがついたのか、殊の外すんなりと沈静化した。

…ふむ、そう考えると咄嗟とは言え兄という設定は上手く働きかけてくれたのかもしれない。小声で「そこの喫茶店までお願い。」と指示を受け演技を続ける。我の腕と心労が解放されたのは、店の奥、角にあたる席に腰を落ち着けた頃だった。

 

 

 

**

 

 

 

「…ふぃぃぃ…。」

 

「ありがとう、助かった。」

 

「あぁ、大変そうだな、あんた。芸能人か何かなのか?」

 

 

 

対面に座った彼女が装備品を次々と外していく。てっきりショートヘアーだと思っていたその金髪も解いてみれば長いものだったし、マスクやメガネを外したその素顔も、どこかで見たことがあるような顔だ。

 

 

 

「ふふ、そりゃあね。」

 

「……あんた、どこかで会ったことないか?」

 

「何それ、古いドラマでも見すぎたのかしら?」

 

「や、ナンパとかじゃねえんだ。…何となく、そんな気がしたから。」

 

「……………え、ちょっとまって。」

 

「??」

 

 

 

矢鱈と余裕ぶった態度で返事を返していたシラサギ氏だったが、突如としてその表情に少し不安が見えた。話についていけていない我を他所に、言葉を探すような素振りの後に神妙なトーンで話し始めた。

 

 

 

「あの、私の事、知らない?」

 

「…知らんな。芸能人なんだろ?それともあれか?…最近はやりの何とかバーってやつ?」

 

「そんなドリンクバーとかサラダバーの仲間みたいに言わないでよ。…確かに芸能界に籍は置いてあるけど、まさか本当に知らないとは…」

 

「悪いな、あんまり興味ないんだ、そういうの。」

 

 

 

テレビは専らニュースしか見ないし、あまりエンターテインメント方面には興味がない。他人に興味がないのも要因の一つかもしれないが。

 

 

 

「はぁ……。」

 

「??なんだ、そんなに有名人で居たかったのか…すまんな。」

 

「そんなこと言ってないでしょ。…あのねぇ○○、本当に私のこと、わからない?」

 

「何故我の名前を…?」

 

「そりゃ、名前くらいわかるわよ。クラスメイトだもの。」

 

「…くらすめいと??」

 

 

 

あんだって?クラスメイト??

記憶を辿るが、それらしき人物はヒットしない。…いや、そもそも松原以外誰も覚えちゃいない。

 

 

 

「変わってるとは聞いていたけどこれ程とはね…正真正銘、クラスメイトよ?……ほら。」

 

「あん?…………うぉぉ、まじだ。」

 

 

 

渡されたのは学生証。確かに同じ学校、それも同じクラスに属しているらしいが…こんな目立つやつ、忘れそうにないんだがホントに居たかな。

 

 

 

「はぁ…呆れた。本当に覚えてないのね。」

 

「ああ、うん、何かすまん。」

 

「別に責めたいわけじゃないけど…まあいいわ。私は白鷺(しらさぎ)千聖(ちさと)。名乗ったんだから、ちゃんと覚えておいてね?」

 

「…ふむ、白鷺…だな。次は忘れないようにするさ。」

 

 

 

流石にこう面と向かって丁寧に自己紹介されると忘れることはないだろう。印象としては割と強烈な苗字だし、漢字も厳つい。…まぁ、絡むことはなさそうだが…

 

 

 

「そういや白鷺、あそこで誰かと待ち合わせしてたんじゃないのか?」

 

「え?……あぁ、それはもういいのよ。待ち合わせ場所をここに変更して…」

 

 

「イラッサイマセェ」

 

「あ、えっとー…待ち合わせなんですけどぉ…」

 

「カシコマッサァー、オクノホウヘダザー」

 

 

「…あぁ、ちょうど来たみたいね。」

 

 

 

我の後ろ、入口の方を見て小さく手を振る。…待ち合わせの人が来たのなら、我がここに居るのはおかしい状況だと思うんだが…と、内心不安になりつつも振り返る。

 

 

 

「やっほー千聖ちゃん。急に場所変更っていうから焦っちゃったよぉ。」

 

「…………ほう。」

 

「ごめんなさいね、(あや)ちゃん。少し、いろいろあって。」

 

 

 

アヤ…と呼ばれた少女。何ともまあ派手な身なりの人物が立っていて、ヘラヘラと白鷺に話しかけている。これが待ち合わせ相手だとかいう…

 

 

 

「あれぇ?○○くんと一緒だったんだ!!珍しいねぇ!!」

 

「あんたも…我を知ってんのか。…クラスメイト??」

 

「…千聖ちゃん、○○くん事故にでも遭ったの?」

 

「んー…事故といえば事故かもね。」

 

 

 

かけていた大きな丸いサングラスを外し、スカートを押さえるようにして白鷺の隣に並んで腰掛ける。白鷺が誘導したわけでも許容したわけでもないため、窓際へ追いやるような格好になった…が、座れたアヤは満足そうだ。

それより事故とは一体何だ、事故とは。

 

 

 

「クラスメイトかどうかなんてわざわざ確認するまででもないでしょ??席だって隣なのに。」

 

「隣?…隣はいつも空席だと思ったが…」

 

「ひどいっ!…そりゃ、た、たまにはお休みしちゃうこともあるけど、それでもいつも「おはよう」って言ってるでしょ!」

 

「彩ちゃん、返事…返ってきてないでしょ?」

 

「……そういえばそうかも。え!えっ!?あれって私に気づいてなかったのっ!?」

 

 

 

騒がしいピンクだ。これだけ煩い奴なら隣にいて気づかないということもなさそうだが…

 

 

 

「ね?…○○って存在がもう事故みたいものなのよ。」

 

「失礼なこと言うんじゃない。…で……アヤ、といったか?」

 

「あっうん!えとね…"彩る"って漢字あるでしょ??カタカナの"ノ"に"ツ"って書いて、その下に木が生えて…右側にしゅっしゅっしゅって書く奴!」

 

 

 

ノにツに木…しゅっしゅっしゅ…??正直、最初の"彩る"のヒントで分かったのだがその後に続いたヒントで台無しだ。

 

 

 

「ふむ。…彩、漢字の造りに関しては説明しないほうがわかりやすいな。」

 

「そ、そう??…私、自分の漢字覚えるときにパパにそうやって教えてもらったからさ…へへっ。」

 

「そうか。…で、姓は?」

 

 

 

()()()()彩なのだろう。もしかしたら苗字を聞けば思い出すかも知れないと考えたのだが、目の前の彩は真っ赤な顔で怒り気味に応えた。

 

 

 

「なっ!お、女の子だよっ!!」

 

「………いや、それは知ってるが。」

 

「彩ちゃん、彩ちゃん……苗字を訊いてるのよ。」

 

「ふぇっ!?み、みよぉじ!?……ま、まりゅっ、まるぁま!」

 

「落ち着け……丸甘??」

 

「ちがうよっ!丸山(まるやま)!!丸山彩っ!!」

 

 

 

焦ってテンパって噛んで…まるで騒音を絵に描いたような奴だ。結局苗字を聞いたところで全く以てピンと来なかったが、酷くおっちょこちょいで騒がしいやつだということはわかった。白鷺とはまた別の理由でそうそう忘れられそうにないインパクトを残してくれた。

セイ…あぁ、姓を性だと思ったのか。こりゃ国語力も期待できなさそうだ。

 

 

 

「丸山…ね。覚えたよ、彩。」

 

「あ、うん!!忘れないでねっ!隣の席の、彩ちゃんだからね!!」

 

「はいはい…」

 

「それで、○○くんはどうして千聖ちゃんと一緒にいたの??」

 

「そりゃぁ……」

 

 

 

白鷺と出会ったところから説明しようとして店内の時計を見上げ思い出した。普段まともに外出すらしない我が態々こんな街の方に出向いてきた本当の目的を。

 

 

 

「…げぇ。」

 

「???吐きそうなの??」

 

「ちげぇ、忘れてたんだよ。」

 

「何を?」

 

「我はここに待ち合わせで来てたんだ。ちょうどさっき、白鷺と会った場所だな。」

 

「あぁ、それでずっと立っていたのね。…恋人か何か?」

 

「こ、こいっ!?」

 

「ちげえや。」

 

 

 

我にとっちゃ只のクラスメイトの一人でしかないわけだが、その他大勢とは違って友達になった奴なんだ。恋人じゃないにせよずっと待たせるのは人として論外だろう。

 

 

 

「松原はそんな関係じゃねえけど…でももう大分待ってるだろうし、」

 

「マツバラ……って、同じクラスの花音ちゃん??」

 

「……何故知っている?」

 

「あのねえ…○○、同じクラスに居たら普通は存在くらい認知しているものでしょう?」

 

「そうなの…か?」

 

 

 

衝撃だった。同じ教室で授業を受ける以外特別な繋がりもない相手のことを知っているのが普通だと??馬鹿馬鹿しい、そんな事に頭の容量を消費してなんになると言うんだ。

 

 

 

「何でもあなた基準で考えないことね。一番の変わり者はあなたなんだから。」

 

「白鷺……。っと、そんな場合じゃなかった。んじゃ悪いけど、我は松原と約束があるからこの辺で」

 

「花音もここに呼んだらいいじゃない?」

 

 

 

直前まで説教じみたことを言っていた白鷺から、あまりにも唐突な提案が。貴様らが知っているといっても松原は貴様らを感知していないかもしれないというのに。

 

 

 

「……白鷺、あんたも」

 

「だから、あなた基準で考えるんじゃないっての。…何ならあなたが呼ぶ?連絡先くらいあるでしょ??」

 

「…連絡先があるのも…クラスメイトは普通なのか?」

 

「別に有象無象と連絡手段を確立しておく必要はないけれど…あなた達、待ち合わせしてたのよね?」

 

「我はその……連絡先とかそういうのは…」

 

 

 

持っていない、と言えばいいだけなのだが。情けないことに、白鷺の射るような眼差しが恐ろしすぎて、何かとんでもないようなことをやらかしているような気がして。

シドロモドロになりつつあぅあぅ言っているところに彩の助け舟が入る。

 

 

 

「呼んじゃお呼んじゃおっ!千聖ちゃん、ナイスアイディアだよぉ!」

 

「でしょ?知らない仲でもないし、二人より人数が多い方が私達も楽しいものね。」

 

「うん!……あでも、○○くん、二人っきりで居たいとか考えてたんじゃないのかな??」

 

「それはないでしょ。○○だもの。」

 

「あ、あんたは我の何を知って」

 

「呼ぶの?呼ばないの??」

 

「………お願い、します……。」

 

 

 

……………………。

支配者みたいな目ぇしやがって。

 

 

 

**

 

 

 

「うわぁ…本当に三人でいる…!!」

 

 

 

ほんのり汗をかいた松原が合流したのは白鷺が電話で何やら話して数分後のことだった。どうやら近くで迷子になりかけていたらしい松原だが、この喫茶店に関しては何度か来たことがあるらしくすぐに来れたとのこと。

生憎と二人掛けのソファが向い合わせになっている席の都合上隣に座ってもらうこととなったが、ううむ。…絶妙に距離が空いている。

 

 

 

「ふ、ふぇぇ…緊張するよぉ……!」

 

「花音ちゃん、替わる?席、替わる??」

 

「だ、だいじょうぶ…だと思う。」

 

「そっかぁ……。」

 

 

 

彩に詰め寄られている間も落ち着きがなく、何かに追い詰められているのか焦っているのか…そんな様子を何気なく眺めていた。

 

 

 

「うん、別に○○くんだって何かしてくるわけじゃ……、ひぅっ!?…あ、あわわわ…」

 

「…?」

 

 

 

話の流れでこちらに視線を流してきた松原とバッチリ目が合う…や否や、より一層慌てた様子で顔を背けられてしまった。

勝手に待ち合わせ場所から居なくなったことで嫌われてしまったのだろうか。

 

 

 

「ふぅん…?」

 

「……なんだよ白鷺。」

 

「……いえね、花音が男の子と遊びに出かけるってのも引っかかってたけど成程ね。」

 

「??訳がわからん。」

 

「取り敢えず…そうね、今後こうならないためにも、連絡先くらいは登録し合っておいたら?」

 

 

 

その物を含んだような言い方は一旦置いといて、白鷺の言い分は確かに一理ある。今回はたまたま白鷺に会えたからいいようなものの、次回同じことが起きた時に連絡手段があるとないとでは大きく違う。

…まぁ、次回があるかどうかはわからんが。

 

 

 

「確かにな。失念していた。」

 

「真っ先に考えなさいよ、ばぁか。」

 

「馬鹿とは何だ……。…なぁ、松原やい。」

 

「ひゃわっ!…な、なに??」

 

 

 

左側に座る松原の肩を叩く…と、数センチは浮かび上がったんじゃないかと思うくらい飛び上がってみせる。どうなってんだコイツのケツは。

 

 

 

「そんな驚くことか??」

 

「おっ、お、おどろくよぉ!」

 

「まあいいや、連絡先、教えてくれよ。」

 

「……私の??」

 

「おう。今回みたいなことがあった時のために、ってな。白鷺が。」

 

 

「馬鹿…」

 

 

 

また馬鹿って言ったな?聞こえてんぞ?

 

 

 

「あ……な、なるほどね!千聖ちゃんの案なんだぁ!」

 

「あぁ。…嫌だったら、断ってもいいが?」

 

「う、ううん!よろしくお願い、するよぉ。……たまに、その、連絡とかしても…いい、かな?」

 

「連絡?……あぁ、まぁ我なんかに用があるなら構わないが…」

 

 

「千聖ちゃん??どうして頭抱えてるの??」

 

「○○ってこういう男なのねって、改めて驚いてるの…」

 

「ふーん?でも、お喋りしてみると面白い人だよねぇ!」

 

「そんな脳天気に見てられないわよ…」

 

「えへへ……これから仲良くできるかなぁ。」

 

「……彩ちゃんも物好きね。」

 

 

「やたっ…!……あっ、これで完了だねぇ。」

 

 

 

ディスプレイに表示された、家族以外で一件目にあたる連絡先。松原花音…か。我から何かを発信することはなさそうだが、どうやら松原の方からは何かしら連絡事項があるらしい。

許可を取ってまでたまにする連絡とは一体どんな中身なんだろうか。

 

 

 

「二人とも!無事に登録できた??」

 

「おうよ。」

 

「それじゃあ、次は私とも登録し合おうよ!」

 

「……何故彩と?」

 

「えっ?…お、お友達だから、かなぁ?」

 

 

 

まさかこいつも時々連絡を寄越したいとか言うんじゃなかろうな。我からは本当に何も言うことがないぞ。

 

 

 

「…何か企んでるのか?」

 

「えぇっ!?○○くんって、私をなんだと思ってるの?」

 

「うるさいバカ。」

 

「直球ッ!!」

 

 

 

どう思っているのが正解なのかまるで分からないが、今の印象では不満なようだ。白鷺はすっかり突っ伏して震えているし松原はまだぼんやりとディスプレイを眺めている。

四人になっても煩いのは一人だけなわけで。

 

 

 

「わかったわかった…我は別に必要ないが登録しておこうか?」

 

「いいのっ!?…あれ、何か腑に落ちないねぇ!」

 

「……よしっ。二回目ともなると手馴れたものだな。」

 

「えへへっ!○○くん登録完了っ!!感謝してよね~、現役アイドルの連絡先ゲットしちゃうなんて~。」

 

「え"ッ。」

 

 

 

こいつも…アイドルなのか。

白鷺は納得だとしても彩も…?案外、アイドルってのは低いハードルなのかもしれない。いや待て、潜りやすい門の先に蛇の道が待っているとか…?ううむ、有り得ない話ではあるまい。

 

 

 

「……何?」

 

「いや、何でも。」

 

「ふーん。」

 

 

 

疑いの目を向ける彩を尻目に、漸く顔を上げた白鷺に声をかける。

 

 

 

「よう、デコ真っ赤だぞ。」

 

「あなた達が急に漫才始めるからでしょ…」

 

「そか。……なぁ、白鷺の連絡先も教えてもらっていいか?」

 

 

「みてみて!花音ちゃんっ!…花音ちゃん??」

 

「………ふぇっ!?な、何っ!?」

 

「どうしたの???おなかすいた???」

 

「う、ううんっ!ちがうよっ!!」

 

 

「私の?……名前も顔も覚えてなかった相手の連絡先が必要かしら?」

 

「う……次はもう忘れねえっての。」

 

「ふぅん……。で?何か企んでるの?」

 

「……別に、ただクラスメイトと交流を図ろうとしているだけだが。」

 

 

「彩ちゃんはおなかすいたの?」

 

「んーっとね、甘いもの食べたいなーって!」

 

「甘いもの??……また千聖ちゃんに怒られちゃうんじゃないの??」

 

「うぐっ……こ、こういう時なら許してくれるかも知れないでしょ??」

 

 

「クラスメイト、ね。」

 

「不満か。」

 

「ただのクラスメイトじゃちょっと…ねぇ?」

 

「ふむ。……なら、我的に一緒に居てすごしやすかった数少ないクラスメイト…ってのはどうだ?」

 

「ふふっ、あなた今かなりの贅沢を言っているわよ?」

 

「仕方ないだろ、本心なんだから。」

 

「あらそう?…ふふふっ、まあいいわ。私もあなたには興味があるもの。」

 

「……変わってんなあんた。」

 

「それ、お互い様でしょ?」

 

 

 

なんだかんだ言いつつも然程嫌がられてはいないようだ。滞りなく登録までを済ませ、改めて連絡先を見る。

……まさかクラスの奴と連絡先を交換することになろうとは。

 

 

 

「○○。」

 

「ん。」

 

「……頬が緩んでいるわよ?」

 

「……気のせいだろ。」

 

 

 

なんてことない休日だったが、松原と知り合っていたおかげでとんでもなく濃い一日になった気がする。

交友関係も謎だし、新たにできた二人の顔見知りとも今後長い付き合いになりそうな予感がするし。…松原、あんたといると我は少し違う世界が見られそうだよ。

 

 

 

「??…○○、くん??…ど、どしたの??」

 

「…んぁ、悪いぼーっとしてた。」

 

「あ、ううん、なんでもないよ!ずっと、見られてる気がしたから…ふぇぇ。」

 

「……我、松原に出会えて良かったと思ってるよ。」

 

「ふぇっ…ふぇぇっ!?」

 

「あぁ別に深い意味はない。」

 

 

 

これからさきも、もっとずっと一緒に。

 

 

 




パステルヘッドの面々




<今回の設定更新>

○○:察しが悪いのか何も見えちゃいないのか。
   悪いやつなわけじゃなく人付き合いの経験値が少ないのです。

花音:全ての始まりの子。
   恥ずかしがり屋さん。

千聖:天才子役として名を馳せた女優。
   アイドル活動もしつつ学業も両立させている所謂天才。
   クラスに知り合いがほぼいない。

彩:元気いっぱい。最近やたらとバラエティ番組のオファーがくる売れっ子?アイドル。
  あまり登校できないことと特有の雰囲気・キャラが相まってクラスでは浮き気味
  な存在。


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2020/02/11 仲良くなる、とは?

 

 

明日も朝から学校だというのに。

我は何故夜遅くカラオケなんぞに来ているんだ?

 

 

 

「ど、どうしたの…かな??○○くん、疲れちゃった??飲むもの取って来よっか?それとも何か食べ物とか…」

 

「…あぁいや、大丈夫だよ松原。」

 

「ほ…ほんと??」

 

「ん。…それよりもうすぐ我のターンであろう?似合いそうな歌とやらをまた見繕っちゃくれないか?」

 

「ぅ…また、私に訊くの…?」

 

「………確かにあんたにばかり訊くのもなぁ。わかった、負担はかけたくないし、次は我自ら探してみようじゃないか。」

 

 

 

誘われたことはまあいい。その時間が夜スタートなのも、参加者に芸能界の人間の就業時間を考えての事と言われたらまあ良しとしよう。

…だが我がカラオケバトルとやらに強制的に参加させられる意味は全く以て分からないぞ。普段自発的に音楽を聴くこともしない我にとってみれば、自分で選んだ曲を人の前で歌うこと自体拷問なのだが。

一応先程の二曲目迄は松原にイメージで選んで貰った曲をその場で聞かせてもらって勢いに任せて乗り切った。どうやら瞬間的な記憶力は優れていたらしく、周りの反応もなかなかの物であった。

 

 

 

「あぇっ!?ふ、負担とかは思ってないよぉ!?」

 

「そうか?…にしては訊かれることを嫌がっていたようだったが。」

 

「あれは、ち、ちがうのっ。」

 

「…ほう?」

 

「私なんかが、よく知らない○○くんの勝負する曲を、選んじゃっていいのかな…って。本当は嫌だとか、センスないなとか思われてないかなって、心配なの…。」

 

 

 

どうやら松原は心配性な上に慎重な性格らしい。我は勝負なんか真に受けちゃいないし、好き嫌いやセンス云々を感じる以前の知識量しかない訳だが…成程彼女は少し考え過ぎだ。ここまで思考が先行していては思い詰めた表情になるのも自明の理…か。

ふぇぇ、といつもの様に一声鳴いた松原だが彼女に選曲を任せたのにはいくつか理由がある。…まずはこのメンツ。

今日この一室に集まっているのは我を含め四人。ふぇぇの松原と我と、今もノリノリで飛び跳ねて歌っている彩。…それに、彼女は初めましてになる訳だが、我が校歴代で最も冷徹と謳われる風紀委員長。一応自己紹介は済んでいる為「氷川(ひかわ)紗夜(さよ)」とかいう名前は憶えているが…楽しんでいる雰囲気も無く何とも絡み難そうな女性だ。

…あいや、楽しめていない、という点では我と仲良くやれそうなのか。よくわからん。

 

 

 

「そんな細かいこと心配すんな松原。我は我の意思であんたに頼んでいるんだ。」

 

「…ふぇぇ。」

 

「だからその…なんだ、松原が、嫌って訳じゃないなら…その……お、我は、あんたがいいんだ。」

 

「…………そ、そう…なんだ。」

 

「……あぁ。」

 

 

 

居た堪れない空気だ。こういった自分の弱みを見せつつ頼みごとをするというのは心底勇気の要ることだと思う。我自身の欠点を曝け出すことにもなる訳だし、その上で自分に好意を持ってくれている人間に頭を下げなければいけない。…それも女の子にだ。

どう形容したらいいのかわからない感情が胸の内を支配し、まともに松原の顔が見られない。全く、情けない話だが。

 

 

 

「…お二人は、どういったご関係で?」

 

 

 

たまたま目線を逸らせた先で氷川紗夜と目が合ってしまった。…目が合うと言う事は此方を見ていたと言う事になるのだが、我は風紀委員に目を付けられるようなことを何かしただろうか…と不安になりつつも投げ掛けられた質問に努めて冷静に返す。

 

 

 

「どういった…って、ただのクラスメイトだが?」

 

「そうですか。いえ、お邪魔してしまい申し訳ありませんでした。」

 

「…こっちからも質問なんだが。氷川紗夜、あんたは一体何だってこんな場所に?」

 

「何で、とは?」

 

「そりゃ…」

 

 

 

まさか質問を返してくると思っていなかったのはお互い様か。我の質問に怪訝そうな顔をする氷川紗夜に対し、取り繕う間もなく素のイメージをぶつけてしまった。

 

 

 

「あんたのその雰囲気とか…立ち振る舞い?が、こういった遊びの場に似合わなかったからかな。」

 

「…成程。それだけですか?」

 

「それだけ……だな、うん。」

 

「ふむ。…いえ、私が居ると迷惑なのかと思いましたが…そう言う訳では?」

 

「ない。…見たところ、彩や松原とも知り合いなんだろう?」

 

「ええまあ、同学年ですし。…勿論、貴方の事も存じておりますが?」

 

 

 

流石にもう驚かない。最初、白鷺や彩に存在を認知されていたことには驚いたが、幾度か交流を重ねたこともありもう分かっている。…特に白鷺なんかは、人の評判や噂の類に明るいらしく、我がそこそこに奇人として有名であることも教えてもらっている。

きっとその方向で知られているんだろう、氷川紗夜にも。

 

 

 

「そうか。…まぁあまりいい印象じゃなさそうだし、詳しくは聞かないでおこう。」

 

「……特に悪い噂は聞きませんが。貴方こそ、このような場が似合わないようなイメージですが?」

 

「あぁ。我もそう思う。」

 

「そうですか。私も、私がここに座っていることに違和感を抱いていますよ。」

 

「…変わってんな。」

 

「……そちらこそ。」

 

 

 

うん。聞いた所で結局何の為に彼女が付いてきたのかは分からないままだった。悪い噂は聞かない、だがこういった雰囲気は似合わないように見える――彼女は我の何を知っているんだろうか。謎は深まるばかりだ。

 

 

 

「はぁ…はぁ……ッ。…お、おわ、終わったよ○○くん……」

 

「幾ら何でも疲れすぎだろう。」

 

「お、お疲れさま、彩ちゃん!…今のって、新しいシングルのだよね…?」

 

「う、うんっ!これ、振りも付けながらだとすっっっごく疲れるんだよっ!」

 

「振りねぇ…」

 

 

 

楽しそうに揺れているのは見ていたが、どうもアイドルというのは掴めない。可愛さが売りなのか音楽性が売りなのか…前者の場合、果たして歌や踊りを伴う必要はあるのだろうか。ううむ、相変わらず渦巻く謎が深いなこの国は。

ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返している彩が自分のグラスを掴み一気に呷る。グラスに汗を掻かせていた緑の液体が一気に無くなり、彼女の喉と体を冷やしたようだが…あの顔はまだ足りないといった表情か。確かこの店はドリンクバー制で、オーダーせず自力で飲み物を取りに行く必要があった。我が先程からちびちびと口をつけていたコーンスープも、「温まるから」と松原が持って来てくれたものであり、ドリンクバーにスープ迄含まれるのかと感心してしまった。

グラスを持ち部屋を出ようとする彩。

 

 

 

「ジュース取って来るぅ!……ぁ」

 

「…?」

 

 

 

振り返り高らかに宣言したところで、力が抜けた様に口が開いた。…どうやら我のカップが渇いている事に気付いたらしい。

少し間を置いて、未知の機械へ誘いの言葉を投げかけた。

 

 

 

「○○くんもう飲み終わっちゃったんだねぇ。一緒に取りにいくー?」

 

「……ふむ。初めての経験だな。行ってみようか」

 

「ふぇっ!?」

 

 

 

何かおかしなことを言っただろうか。隣で機械に齧りついて曲を探していたと思われる松原が素っ頓狂な声を上げる。

 

 

 

「…なんだよ。」

 

「ちょ、ちょっとまってね!今、飲んじゃうからねっ!あ、あちっ…ふぇぇ…」

 

「…さっき持ってきたばかりだもんな、そのココア。別に今じゃなくても後で行ったらいいんじゃないか?」

 

「で、でも…○○くん、彩ちゃんと二人で行くの??」

 

「そりゃあな。氷川紗夜…は行かなさそうだし。」

 

 

 

チラリと見るもクールな眼差しを返してくるだけで、動こうとはしていない。きっと喉が渇かないんだろう。

 

 

 

「……えぅ…二人は…なぁ…。」

 

「花音ちゃんも行くのー??」

 

「う、うん!行くよぉ!」

 

「まだ飲み切ってないだろ。混ぜるのか??」

 

「うぅ……じゃ、じゃあ!○○くんっ、の!わ、私が持って来てあげるよぉ!」

 

「えぇ?…ああいや、でも折角だし自分で」

 

「だっ大丈夫だよぅ…ふぇ、私、今無性に歩きたい気分…だったからねっ!…あ、ああ、あったかいのと、つめたいのと、どっちがいい??」

 

「……じゃぁ、今度は冷たいので…松原のおすすめをお願いしようかな。」

 

「!!…う、うんっ!分かったよ!!…彩ちゃん行こっ!」

 

「ぅ?…うん…?」

 

 

 

急激に慌ただしく、そして二人が去った後は急激な沈黙が訪れた。何を必死になっていたのやら。

 

 

 

「…無性に歩きたい気分、か。」

 

「………愛されていますね、○○さん。」

 

「氷川紗夜、どこをどうみたらそう見える?」

 

 

 

ふふ、と笑う彼女は相変わらずクールに決めている。今のを見て愛されていると形容できる語彙力は果たしてどのような人生を送ったら身に着くのか。

 

 

 

「見たままじゃありませんか?」

 

「よくわからんね。…ところでその、歌わないのか?」

 

「私が?歌を?冗談でしょう?」

 

 

 

本当に何しに来たんだあんたは。

 

 

 

「あー……それじゃあ、飲み物とか、食べ物もあるみたいだが…そういうのは?」

 

「…私は風紀を正すためここに付いて来ました。」

 

「はあ。」

 

「こんな時間にジャンクな食べ物など、許すとお思いですか?」

 

 

 

もし許されないのだとしたらあんたは風紀委員じゃなくて我の母ちゃんだ。

 

 

 

「うぜぇ。」

 

「なっ…!何ですかその言葉遣いは。」

 

「超迷惑。」

 

「ぐぅ…ッ!い、言い過ぎではありませんか?」

 

「我は知らんが、あの二人は楽しんでるんだろう?その邪魔して楽しいのかあんたは。えぇ?」

 

 

 

もしもそれが本音だとして、それを伝えずしてついてくる事は嫌がらせ以外の何物でもないのではないか。…まぁ連行したのは彩なんだが。

我の一言一言に苦い顔で反応を示す氷川紗夜を見ているのも面白いが、正直快いものじゃない。我は彼女の本当の狙いを暴いてみたくなった。

 

 

 

「………で、ですが…」

 

「あんたも堅苦しい考えは捨てて、楽しんでみりゃいいんだよ。」

 

「楽…しむ…。」

 

「我も今日は色々初めてだが、意外と楽しいもんだぞ。まずは警戒心を解いて、アホになれ。」

 

「あ、アホ!?」

 

「そうだ。この場に於いては我もあんたも何も知らない阿呆だ。…実際、来たこと無いんだろ?こういうとこ。」

 

「盛り場には、行きません。」

 

 

 

盛り場って…。

 

 

 

「だからさ、本当は何がしたかったのか知らんが、一緒に触れてみようじゃないか。今を生きる若者の、自由な文化にさぁ。」

 

「……………。」

 

「あんただって、邪魔がしたい訳じゃないんだろう?態々金と時間を使ってここまで来たんだ、仲良くやった方が得だろうよ。」

 

「……わた、私は………同じ時間を共有することで、知ることができれば、仲良くなることができれば…と思ったんです。」

 

 

 

氷川紗夜、友達とか居なさそうだもんな。彼女の言い分に少し納得、きっとあの二人なら喜んで友達にでも何でもなってくれることだろうと、事の収束を期待した。

…が。

 

 

 

「うむ。どうせもうすぐ戻ってくるだろうし、一緒に歌でも歌えば…」

 

「貴方と、ですよ。○○さん。」

 

「……………我?」

 

「ええ。い…いけませんかっ。」

 

「いけなくはないけども……何故に?」

 

 

 

接点すらないような人間なのに。今日だって、彩さえ誘わなければ会う事も無かったであろう我等。その我に対してこの氷の様に冷たい真面目人間が仲良くしたいと。

不思議なこともあったもんだなぁ。

 

 

 

「…貴方、本当に自分がどれほど有名か分かっていないんですね。」

 

「そんなに有名?」

 

「ハッキリ言って異常ですから。誰とも関りを持とうとしない、人の顔も名前も憶えていない、何なら声を聴いたことも何かを食べている様子も見たことが無い。…貴方、本当に生きているんですか?」

 

「失礼過ぎるぞ氷川紗夜。」

 

「それもです。」

 

 

 

びしっと音が聴こえそうな程真っ直ぐに細腕を伸ばして我の眼前に人差し指の切っ先を向ける。凄く綺麗な爪だ。

 

 

 

「どれ。」

 

「名前。…確かに私は氷川紗夜ですが、私を氷川紗夜と呼ぶ人間は居ません。…そもそも他人をフルネームで呼びますか?」

 

「呼ぶ。」

 

「だから貴方は変わっていると言っているのです。」

 

「知ってるが。」

 

「いえ、私が言いたいのはそう言う事ではなく……要するに、貴方に、個人的に、興味を持ったんです。」

 

「興味、ねぇ…。」

 

「貴方だって興味を持つ相手位居るでしょう。松原さんにアプローチしたのも、○○さんからだと伺っていますが。」

 

 

 

アプローチとは。

 

 

 

「誰に。」

 

「松原さん本人です。」

 

「あいつめ…。」

 

「ん"んっ、話を整理しましょう。…私は、あまりにも同年代の有象無象とかけ離れたところに居る貴方に興味を持ちました。解き明かしたい、もっと知りたいと…そそられるのです。」

 

「…何、我今求婚されてる?」

 

「してませんっ。」

 

 

 

イマイチ要点が掴めない。だがそれはきっと、今までに触れ合った松原や白鷺とは違い無駄に複雑な言葉で遠回りをしているからであって。

 

 

 

「…んじゃなにか、要するに仲良くなりたいってことか。」

 

「………ッ!…い、いけませんか。」

 

「いや?そうならそうと端的に話すべきだと思うが……あんた、あんまり人に好かれないだろ。」

 

「余計なお世話です。」

 

「友達いっぱいってタイプじゃないもんな。」

 

「友達……と呼べる間柄がどんなのか、あまり分からないもので。」

 

「だろうな。面倒臭いもん、あんた。」

 

「うぅ………。」

 

 

 

顔を歪めて俯く氷川紗夜。核心を突いてしまったようで。

だが本当の事を隠す意味も分からないし、そのまま話は続けるべきだろう。

 

 

 

「それならば、我のことは友達と思ってくれていいぞ。」

 

「…ぇ。」

 

「仲良くなりたいんだろう。…我が言うのも何だが、他人に興味を持つってのは良い事だ。我も松原と話す様になってだいぶ変わった。」

 

「……。」

 

「だからその、氷川紗夜。…あんたにも同じように変化があればいいと思うし、仲良くなること自体は悪い事じゃあない。つまりは、ええと…」

 

「………ふふ」

 

「何がおかしい。」

 

「いえ、貴方から見た私はこんなだったのかと思いまして。」

 

「……話が長くなる傾向はあるみたいだけども…」

 

「案外似ているのかもしれませんね。…ふふふっ。」

 

「…何だ、笑った方が可愛い顔してるじゃないか氷川紗夜。」

 

「……有難いお言葉ですが、何とかなりませんか?…その呼び方。」

 

 

 

ずっと仏頂面を見つめ続けていたせいか、ふと緩んだ笑顔がとても魅力的に見えた。ずっとこうなら人望も増えるだろうにと考えていたのだが、呼び方を変えろとのお達しに現実に意識を引き戻されてしまった。

 

 

 

「ふむ。では氷川で」

 

「紗夜。」

 

「………一応理由を訊こうか。」

 

「折角友人になれるのですから、距離は詰められるだけ詰めた方がいいではありませんか?」

 

「いや、でも名前呼び捨ては恥ずか」

 

「だめです。」

 

「……氷川紗夜、仲良くなると態度変わる奴だろ。」

 

「仲良くなったこと無いので知りませんっ。さあ早くっ!」

 

「えぇ……」

 

 

 

どうしようか。究極に面倒な人間に手を出してしまったのやも知れない。いやはや初めてというのはこうも人をときめかせるものか。

先程とは打って変わって輝いた目で期待の眼差しを送って来る氷川紗夜が、まぁ鬱陶しい。のらりくらりと躱し続けようとも思ったが、詰め寄ってきた彼女が席を移動し隣に座ってきた辺りで、救世主たる二人が戻ってきた。

何たる僥倖…!

 

 

 

「ただーいまー!見て見て○○くん!!ミックスジュース作っちゃった!!」

 

 

 

おぞましい液体を持った彩が、てらてらと光るグラスを突き付けてくる。…いや、飲まないからな?

 

 

 

「おえぇ……色がもう美味しさとかけ離れたものになってるぞ…」

 

「ふぇぇ、遅くなってごめんだよぅ、○○く………」

 

「??」

 

 

 

黄色くシュワシュワとスパークリングな印象を受けるグラスを手渡そうとして固まる松原。はて、何か忘れものだろうか。

固まる松原が視線を送っているのはどうも我と氷川紗夜のようだが……ああそうか、先刻部屋を出る前はここに――今まさに我が座っている場所に松原が座っていたのだった。

つまりは座るべき場所が埋まっていることに戸惑っていると、成程そう言う訳か。

 

 

 

「あぁすまん松原、今退ける。」

 

 

 

しかし退けようにも、本来我が座る場所は詰め寄る氷川紗夜によって塞がれている。

 

 

 

「…氷川紗夜、自分の席へ戻り給え。」

 

「………………。」

 

「……おい聞こえて居ないのか氷川紗夜。」

 

「……………??」

 

「ひか……………あー……。」

 

 

 

何となくだが。彼女の睨みつけるような視線と、明らかに聞こえて居るであろう無視の姿勢から言いたいことは察した。…つまりはここで呼べと。その、名を。

 

 

 

「○○くん??…紗夜ちゃんと喧嘩でもしたの?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだが……。」

 

「…………。」

 

 

 

彩が不思議がるのもおかしくない。相変わらず空間に固定されたかのように動けずにいる松原と、我に襲い掛からんとばかりに詰め寄った姿勢で睨みつけてくる無言の氷川紗夜。

まるでコントだ。

 

 

 

「……すまないが、退けてくれないか?そこはさっきまで我が居た場所なんだ。……紗夜。」

 

「んふぅっ!」

 

 

 

破顔。…そしてまた元のキリっとした表情に戻り。

 

 

 

「…ど、退けて欲しい、の?」

 

「何度もそう言っているだろう。」

 

「……誰に退けて欲しいの??」

 

「そりゃあんた……………。」

 

「…………。」

 

「いいから早く席に戻れ!さ……紗夜。」

 

「んふふぅっ!!!…ええ、そうさせてもらいます。」

 

 

 

こ、怖ぇ。思わずその気持ちが表情に出てしまう程、変わり身のレベルに恐怖心を覚えた。

背中なぞはもう冷や汗でひったひただ。

 

 

 

「…紗夜…ちゃん?」

 

 

 

元気なお馬鹿でお馴染みの彩でさえ困惑顔だ。

そんな我達を尻目にスタスタと戻っていき何もなかったかのように座る氷川紗夜。「小腹が空いたわね」などとわかりやすい独り言を零す辺り、侮れん女のようだ。

 

 

 

「………彩。」

 

「な、なに。」

 

「紗夜って昔からあんなんなの?」

 

「わ、わかんないよぅ…私もそんなにお話したことないもん…。」

 

 

 

氷川紗夜、謎の多い女らしい。

 

ダァンッッッッッ!!

 

突如目の前で激しい衝突音と共にスプラッシュして見せる黄色い液体。何事かと見て見れば松原がグラスをテーブルに叩きつけているところだった。

長い間腕を突き出したままで疲れたのか、小刻みに震えてさえいる。

 

 

 

「……○○くん?」

 

「悪かったな、持って来て貰っちゃって。…腕、大丈夫か?」

 

「…紗夜ちゃんと仲良くなったの??」

 

「仲良く…かは分からんが、少し話した…かな。」

 

「ふーん…。それで?」

 

「それで、とは。」

 

 

 

あれっ。相変わらずはにかみがちな素敵な笑顔だと思って眺めていたが、言葉は所作の端々に怒りが見える…気がする。

 

 

 

「○○くん、私のことは何て呼んでくれてたっけ?」

 

「松原は松原だろ。」

 

「ふぇ…そうだね。……じゃあ、紗夜ちゃんのことは何て呼んでたっけ?」

 

「氷川紗夜。」

 

「……あれれぇ、さっきは違ったように聞こえたんだけどなぁ。聴き間違えちゃったのかなぁ。ふえぇ…。」

 

「あぁ、さっきは紗夜って呼んだな。まぁそれも紗夜が」

 

「あれれぇ?じゃあすっごく仲良しさんになったってことかなぁ?」

 

「…………いや、そういうわけじゃないが…松原、怒ってる?」

 

「しらないっ!○○くんのばかっ!」

 

「えー…」

 

 

 

**

 

 

 

我はどこでどう間違えてしまったのだろうか。気が付けば個室の中は異様なムードになっていて、怒りに任せて枝毛の処理をする松原を必死に宥めようと何の効果も無い珍妙な踊りを披露する彩。そしてやたらとジャンクフードを一緒に食べたがる氷川紗夜にメニューと注文用の電話機を押し付けられる我。

二つのグループに分かれてしまったまま退店の時間を迎えてしまった。

結局帰りもべったり纏わりつく氷川紗夜のせいで松原と碌に話せないし、彩は半泣きで我に恨めしそうな視線をぶつけてくるし…最悪だ。

カラオケ自体は少し楽しかっただけに、少々悔やまれることになってしまった。

 

 

 

「松原ぁ!」

 

「………ふんだ。」

 

「………花音。」

 

「ふぇぇっ!?……な、なに、○○くん。」

 

「……あぁ、本当に呼び方一つなのか。いや何、あんたも名前で呼んで欲しかったとはな。気付けなくてごめんよ。」

 

「別にそういう…訳じゃないんだよ、でも、紗夜ちゃんとばっかり仲良くなっちゃってるみたいで、ちょと、嫌だなーって。」

 

「…………だってよ氷川紗夜。」

 

「違う。」

 

「氷川紗夜だろうが、あんた。」

 

「紗夜だもん。」

 

「……もう人格からして違うじゃん。」

 

「紗夜ってよんで。」

 

「………どうしよう花音。」

 

「ふぇっ……わ、私名前で呼ばれるの恥ずかしいよぅ…」

 

「…何だこいつら。」

 

 

 

人の事は言えないが、何とも面倒な連中と仲良くなってしまったようだ。

その点、彩は楽でいいな。特に何も無いし。

 

 

 

「今酷いこと考えたでしょ!!」

 

「いや?…そういや彩は彩だな。なんでだろう。」

 

「私のことも、苗字で呼ぶ??」

 

「いやいい、知らねえし苗字。」

 

「酷いよっ!」

 

 

 

あぁ、少々リアクションが元気過ぎるのはちょっとうるさい、か。

 

 

 




カオス回。紗夜さんをぶっ壊したかった。




<今回の設定更新>

○○:人気が出るタイプの変人。
   とは言え相変わらずクラスでは浮いているし、陰口を叩かれることも。
   花音とはもっと仲良くなりたい。

花音:メインヒロインは可哀想な扱いを受けるものです。
   彩との親密度が高まるイベントを回避した結果紗夜と主人公が仲良く
   なってしまった、といったところ。
   両手でマグカップを持ちふーふーと冷ます姿は永遠に見て居られそう。

紗夜:堅物すぎるが故のぼっちちゃん。
   お気づきかと思いますが、このシリーズにはぼっちしか出ません。
   デレると可愛い。

彩:ワロス。


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2020/03/03 悪意の境界、とは?

 

 

 

我にとって学校とは飽く迄勉学に励む場であり、他人との交流を図ったり意味も無く言葉を交わすことで貴重な時間を浪費するような場ではない。

勿論至極当たり前な考えだと思ってそう行動している訳だが、傍から見ればそれは"異常"という括りになるそうで。

我の良しとして行動している様を陰で揶揄されていることも勿論知っている。「最低限の学力が身に付いているなら登校の必要はない」という考え方が疎まれていることもまた然りだ。

とは言え出来ることを繰り返し行う事に意味はあるのだろうか。知っていることを学ぶ?果たしてそれは学びと言えるのか。他ならない、無駄な二度手間に過ぎないのではないか。

我は我であり、我の是とする道を往く。これはこの先もずっと変わることは無く我の中にあり続ける信念だと思うし、周りがどう思おうと結局我一人に事態が収束するならばそれでよいのだ。

繰り返し言おう、我は我なのだ。

…が。

 

 

 

「アレ、ドウイウコト?」

 

「アノ松原ガ?」

 

「コノ前ナンカ、アノ氷ノ風紀委員様トモ一緒ニイタラシイヨ。」

 

「エー!?謎ー!」

 

 

「…………。」

 

「??」

 

「なぁ花音。」

 

「なあに?」

 

「このカラフルな粒は何だ。」

 

「こ、金平糖だよぉ。知らない?」

 

「そうじゃなくて。」

 

 

 

ある種独りで居ることを心地よくすら思っていたのに。最近の松原花音はやけに距離を詰めたがる。

以前までの彼女は同じ教室に居ようとも横目でたまに眺めてくる程度だったのだが、成程どうしていつからこのように物理的な距離を詰めるようになった。

無論、自分の評価がどうなろうと興味も無かった我でさえ、松原花音の評判や陰口に対しての不安が出てくるわけで。

集団の爪弾き者と仲良くする突飛な個体は、まるでそうするのが当然であるかのように排斥される。世の常とは残酷なものなのである。

 

 

 

「松原カラ話シカケテルヨネ。」

 

「ドウイウ関係ナンダロウ。」

 

「サァ?松原モ元々浮イテルヨウナモンダシ、丁度イインジャナイ?」

 

「マァネw」

 

「別ニドウデモイイシ!ww」

 

「ツカ、普段マトモニ声モ発サナイ奴ガ何媚売ッテンノッテ感ジww」

 

「ワカルーwww」

 

「二人トモ黙ッテテクレルナラ邪魔ニナラナインダケドナァ…」

 

「露骨ニイチャツイテテ目障リダワーwww」

 

「見テル分ニハ面白イジャンwwww」

 

「イヤ胸糞ダワww」

 

 

「…………。」

 

「ぁ……え、えとえと、今日はその、あれだから。」

 

「花音。」

 

「ふぇ!?…な、何かなぁ??」

 

「……学校じゃ、我と関わらない方がいい。」

 

「え………。」

 

「聞こえて居ない訳じゃないだろう?あの雑種どもの声が。」

 

「……えぅ…。」

 

「………ほら、金平糖は一旦仕舞ってさ。折角の昼休み、陰口叩かれずに過ごした方が有意義だと思うがな。」

 

「……そ、そんなことより、私は○○くんと」

 

「花音。」

 

「ふぇ……ふぇぇ……。」

 

 

 

しゅん、と。伏せた目はもう一度我を見ることは無く、いそいそと金平糖の袋を畳み萎びれた青菜の様な背中で窓際の席へと歩いて行く。

少し冷たく突き放しすぎたろうか…いや、これで良い筈だ。我なんぞに構うから余波を受けるのだ。何も身を削ってまでコミュニケーションを取る必要がある程、我に価値があるとは思えないからな。

 

 

 

「アレ、定位置ニ戻ッチャッタヨ?」

 

「振ラレタンジャネエノ?」

 

「ウケルwww」

 

「普段会話モデキナイ奴ラガ仲良クデキル訳ナイダロッテノwww」

 

「フハハハッ!言エテルゥ!!ww」

 

 

 

外野とは気楽なものだ。ああいう輩に限ってそれ程の悪意は籠めていない言葉のつもりなのだろう。だが、自分の席に座りスカートの裾を必死で握りしめている松原花音を見て居れば分かる通り、悪意というのは人から人に言葉が伝わる際に生まれるものだ。

そもそもそんな連中のせいで我は他人との繋がりを絶ったのだ。必要性も感じられなかったし、そこに何の生産性も見いだせなかったからだ。

 

 

 

「聞コエタンジャナイノ?○○、スゲェ見テルケド?」

 

「イージャンイージャンwwドウセアイツ何モシテコナインダシww」

 

「ソソ。ソノ内ドッカ行ッチャウンダカラ、大丈夫ダッテバ。」

 

 

「………。」

 

 

 

飛んでくる悪意に対して怒りが沸かない訳じゃない。ただ、この程度の何てことはない稚児の戯言に揉め事を起こすほどの労力も勿体ないと思うだけ。

…いや、そう思う事で逃げている卑怯者なのかもしれないが…それもある意味での"聡さ"と思って居よう。

我は静かに椅子を引き、悪意と好奇心に満ちた教室を後にした。

 

 

 

**

 

 

 

学食で一人、昼食を摂る。幸いにも空席が多く、我のような独り者にもまま優しい二人掛け程度の席も空いていた。残念ながら個人机タイプは数が少なく満席だったが…。

日替わり定食(辛)の食券を持ち、引き替える。(辛)というのは、辛党向けのメニューであり、日替わりで何かしらスパイシーなおかずが付いてくる。今日は麻婆豆腐だった。

すっかり顔馴染みとなった年配の女性スタッフに、一口目は絶対咽るよと揶揄われたが確かにこれは辛そうだ。

 

 

 

「いただきます。」

 

 

 

手を合わせ慎重に一口目を……

 

 

 

「えふっ、おふっ」

 

 

 

咽せた。何だこの喉に来る辛さは。思わず先程料理を受け取ったカウンターを見れば、件の女性スタッフがピースサインを返してきた。後で感想でも伝えておこう。

 

 

 

「だ、大丈夫ですかぁ?」

 

「えっほ…ぇえっほぉ!……んぁ?」

 

「水、飲みますか?」

 

「ああいや、すまん。」

 

 

 

通りかかった女生徒に心配され、持っていたペットボトルの天然水を貰う始末。何とも情けない、情けないが助かった。

半分ほど飲んでしまったがお陰で喉は落ち着き、漸くスパイスの呪縛から解き放たれた気がした。改めてその女生徒の顔を見る。翠の瞳に長い黒髪…まぁ、見たところでどうせ覚えちゃいないのだが。

 

 

 

「いやはや、助かった。半分も飲んでしまったし、今新しいのを買ってくるよ。」

 

「や、元々そんなに飲まないので。…これでいい。」

 

「そう言う訳にはいかない。あんたに施しを受ける謂れも無いしな。」

 

「ほどこし?」

 

「あぁ。」

 

 

 

自動販売機は近い。同じ物も売っているし、もしかしたらそこで買ったものかも知れなかった。

首を傾げる彼女を他所に、自動販売機の方へと足を進める。

 

 

 

「同じ水で良いのか?それとも他に好きなものがあればそれでもいいが。」

 

「………じゃあこれがいいです。」

 

「む。」

 

 

 

彼女が指さすのは小さな缶の、おしるこ。嘘だろ。

 

 

 

「…正気か?」

 

「え。変?」

 

「変というか…これからあんたも食事だろう?」

 

 

 

彼女も盆を持っていた。豚カツと味噌汁が見えたので、恐らく豚カツ定食だろう。…そこにおしるこをぶち込もうというのか、冒険者よ。

 

 

 

「まぁ我がとやかく言えた事じゃない…か。押し給え。」

 

「ありがとーございます。」

 

 

 

ピ、と小気味よい音に続き軽めの落下音。ご丁寧に機械音声で「ありがとうございました」とメッセージ迄頂いた我達は出てきた缶を手に元のテーブルへと戻る。

 

 

 

「それじゃあこれで。」

 

「え。」

 

「??一緒にご飯食べないんですか?」

 

「我が?あんたと?」

 

「うん。」

 

「何故。」

 

「何故?」

 

 

 

おかしい。会話をしているようで成立していない。どこか発言を聞き逃している様な、話の分岐点を見逃してしまっている様な、そんな擦れ違い。

小さな特異点が積み重なり、この机の周囲だけちょっとした異世界になった気分である。こてんこてんと首を傾げる彼女だが、生憎と昼休みは長くない。同じテーブルで昼食を共にするくらい、大して気にすることでもない些細な問題な気がしてきた。

 

 

 

「食うか。」

 

「うん。」

 

「少し詰めるから……これで座れそうか?」

 

「うん。椅子取りゲームみたい。」

 

「取るなよ。二人掛けなんだから。」

 

「えへへ。おいしいです。」

 

「………。」

 

 

 

これだけ空席が見えるというのに、態々二人用のテーブルで並んで飯を食う姿はさぞシュールだったことであろう。

そしてまたしても会話の何かが我を追い越していった。何かがおかしい…が、彼女もまた、彼女なりの普通があるのだろう。

 

 

 

「オイ見ロヨ…」

 

「アァ?…ウォッ、アレッテ噂ノ…」

 

「アァ、男ト飯食ッテルゾ…」

 

「マジダ…アレヲ手懐ケル奴ッテドンナ…アッ」

 

「アレッテ○○ジャネェ?」

 

「マ?見タ目普通ジャン。誰ダヨ、金髪トカ金ノ服着テルトカ言ッタ奴…」

 

「デモ、ハナゾノト一緒ニ居テ正気ヲ保ッテイラレル奴ダゼ?」

 

「ヤッパヤベェンダナ。流石"コクオウ"。」

 

 

 

国王?…我、そんな風に呼ばれてるの?

しかしなんだ、先程の教室と言いここの雑種どもと言い、外野で好き放題言う輩というのは何処にでもいるらしい。

そして今日はそれらが厭に耳に付く日だ。

 

 

 

「おにーさん、これあげますー。」

 

「ん。……キャベツ?」

 

「うん、豚カツ食べるといっつも付いてくるんだもん。要らないのに。」

 

「嫌いなのか?」

 

「豚カツ食べたい人がキャベツ食べて満足すると思う?」

 

「…いやまぁ、そりゃそうだが。」

 

「おにーさんの麻婆豆腐のお返しだから。」

 

「こらこら勝手に盛り付けるんじゃ…いや、勝手に食ってんじゃないよ。麻婆泥棒め。」

 

 

 

何時の間にやら嵩が減っていた麻婆豆腐の空きスペースを埋めるように緑の千切りが盛られていく。当初の予定とは違い矢鱈とヘルシーな昼食になりそうだ。

想定外の出会いがあれば想定外の出来事が起こる…これはここ最近の生活の中で嫌という程思い知らされたことだが、成程想定外の女生徒に会うということは想定外の食物繊維を得るという事でもあるのだな。

 

 

 

「おしるこ飲まないんですか。」

 

「あんたのだろう。」

 

「私はこのお水ですよ?」

 

「あ、もう全部飲み干したのか。…待て、じゃあ何故おしるこを買った。」

 

「麻婆って辛いんだもん。おにーさん咽せてたし。」

 

「それはあんたに関係ないだろ……もしかして我に飲ませようと?」

 

「いぐざくとりぃ。」

 

「いい…キメ顔だ。」

 

 

 

つまりは辛さを中和しろと。そんな味付の方向修正染みた行為で口内環境が修復されるとはまるで思わないが、これもきっと彼女の好意。

飲んだことは無いが初体験というのはそう悪いものじゃない。プルトップを起こしてみれば、不思議な甘い香りが漂ってきた。

 

 

 

「ひとくちください。」

 

「飲みたかったんかい。」

 

「おいしいです。」

 

「手が早いなぁ。」

 

 

「付キ合ッテンノカナァ…」

 

「ソリャ無イダロ。」

 

「ダッテアレッテ間接キ」

 

「オイヤメロ。」

 

「ダヨナ。ハナゾノニ限ッテソンナ意識ハ…」

 

「アァ。彼ラハ俺達ノ常識外ニ棲ムバケモノダ。」

 

「ダナ。放ッテオクニコシタコトハナイワ。」

 

 

「……あんたも色々大変だな。」

 

「うん。次は数学。」

 

「…よし、ご馳走様。…あんたはもう行きな、食器は片しとくから。」

 

「…いいの?」

 

「ああ。大変な数学、頑張るといい。」

 

「たえって呼んで。」

 

「名前は訊いてないんだが。」

 

「たーえ。」

 

「…たーえ…。」

 

「うん。いい発音。それじゃあさようなら。」

 

 

 

いつもとは違って、それでも不思議と落ち着いた昼食だった。

片づけを終え、件のスタッフに辛さを伝えると小さな包みに入ったあられを貰った。彼女曰く、今日は雛祭りらしい。

桃の節句、言うなれば少女の為の祭事だ。教室に戻ったら松原花音の机にでも置いてやろう。

 

…と思っていたが。我が自分の席に戻っても、その次の授業が始まっても尚、松原花音の姿は彼女の座席に無かった。

丁度授業終わりで教室に居た担任が言うには体調が優れず早退したらしい。何とも病弱な、人の身とは不便なものである。

折角訊きに行ったついでに、仮にも生物学上は女性である口の悪い担任に、行く宛を失ったあられを渡した。

 

 

 

「俺に?マジかよ。」

 

「あぁ、我が持っていてもしかたないからな。有難く食うがいい。」

 

「……俺じゃなくて、松原にやれよ。」

 

「花音は帰ったんだろう?」

 

「明日とか明後日とか、若ぇんだからチャンスはいくらでもあるだろう。」

 

「…要らないなら素直にそう言え。」

 

「そうじゃねえが…あぁもう焦れってぇな。」

 

「?」

 

 

 

担任の意図することは分からなかったが、一先ず自分の席へ。

 

 

 

「何アレ、ソンナニアイツノ事ガ気ニナルッテノ?」

 

「オ似合イナンデショ、二人トモボッチナンダシww」

 

「デモ何カムカツクジャン?イチャツイテル感トカサ。」

 

「○○モ松原ノコトダケ覚エテルッテノガ腹立ツヨネ。」

 

「ソレナ。」

 

「ウチラノ事ハ、ゴミトカ思ッテソウ。」

 

 

 

また耳に付く発言を…。だがいい推察だ。たえ風に言うならばイグザクトリィ。大正解だよゴミども。

きっと我が居なくなった後もそうして花音に精神的苦痛を与え続けていたんだろう。何が楽しいのか知らないが、一度真意は問いただす必要がありそうだ。

…だがどうする。我のやり方では確実に問題が起きる。何せ我は平和的な解決方法を知らないのだから。だからこういった不確定事項が多い時は、もう少し頭のキレるブレインの様な人物が必要なのだ。

 

 

 

「ニシテモサッキノ松原サ、メッチャ面白クナカッタ?」

 

「アァ、急ニ泣キ出シタヤツデショ?」

 

「○○ガ出テッタカラ、嫌ワレテンダヨッテ教エテアゲタダケナノニネェwwww」

 

「マジ絶望ッテ感ジダッタッショ!!wwwww」

 

「イン○タ上ゲタカッターwwwww」

 

「炎上シソーwwwww」

 

 

 

どうやら我が動いても問題の無さそうな案件だった。

思わず勢いよく立ち上がってしまった我は、そのまま窓際の席で駄弁る頭の悪そうな女生徒の元に。

 

 

 

「あ?何だよ。」

 

「…ちょっと、聞こえてたんじゃないの?やべーって。」

 

「大丈夫大丈夫、こいつ怒ったりもしない奴だからさぁwww」

 

「…………。」

 

 

 

目の前に立って初めて顔を認識したが…成程、ヘラヘラと何も考えて居なさそうな面構えである。名前も知らないし覚える気もない二人だ。多少懲りて貰っても問題なかろう。

今後の我の人生に、何の影響も出なさそうだしな。何よりも彼奴等は花音を追い込んだ。俺の存在を利用した上で、有りもしない心無い言葉を浴びせたのだ。

 

 

 

「おい、何見てんだよ?可愛すぎて見惚れちゃってんのかぁ?」

 

「うはっ、ナイスジョークwwwww」

 

「だろ?流行語確定っしょw」

 

「おいゴミども。」

 

「……あ?」

 

 

 

全く笑えない冗談に和んでいた空気が一瞬で冷えていく感じがした。でもそれでいい。

雰囲気の落差は、段階を踏んだ方が良かろう。

 

 

 

「ゴミって言った?あたしらを?」

 

「うはっ!!○○もジョーク言うんだねぇ!」

 

「花音に、何を言ったって?」

 

「はぁ?何、言っちゃマズい事でもあったわけ?」

 

「質問にだけ答えろ。何を言ったんだって?」

 

「ちょww何マジになっちゃってんのwww」

 

「あははははっ、顔怖ぇってww……え。」

 

 

 

悪いが共通の言語を認識できない…いや、する気が無いのかもしれないが、そのような相手に言語を用いたコミュニケーションは不要だと判断した。

少なくとももう数回は機会を与えてやろうと思い、取り敢えず目の前の彼女の小指を手の甲側に折り曲げてみた。小枝でも折る様な感触と鈍い音が鳴る。

 

 

 

「……あ、あああああああ!!!!!」

 

「え!?ちょ!?な、何してんのお前!?」

 

「あぁぁあああ!!!うわぁあああああ!!!」

 

「あぁ悪い。どうやら立場を理解してもらえなかったようでな。我は不器用だから、こんな形でしか説明が出来んのだ。」

 

「お、お前ぇええ!何しやがんだよぉお!!」

 

「どうだ?我と会話、できそうか?」

 

「ふっざけんな!!これ完全に折れてんだろうがよぉ!!!」

 

 

 

狂ったように喚き散らす顔は先程とは打って変わって獣のようだ。うむうむ、それでこそお似合いだよ。まともな理性さえ無くした哀れな雑種よ。

 

 

 

「…ふむ。こちらは痛みで話しどころでは無くなってしまったか。…じゃあ次は貴様だ。」

 

「ひぃっ!?あ、あたしは何も言ってねえし!!△×が、松原に、「○○に嫌われてんだよ」とか言っただけだしっ!」

 

「…あんたは会話ができるようでよかった。取り敢えず、事実確認は後に回すからそこで見ててくれ。」

 

「何冷静にチクってんだよぉ!?てめぇも一緒になって笑ってただろうがぁ!」

 

「五月蠅い上に醜いな貴様は。」

 

「ったりめぇだろ!?指、折れてんだぞ!?…どうしてくれんだよぉ!!」

 

 

 

クラスの連中を見ろ。可哀想に、静まり返ってしまっているではないか。

ざわついた中で一際大きな音を鳴らすことにより完全な静寂を手に入れることができる…という実験結果を見たことがあるがまさにそういうことだ。

ならば次はこの大きな音の発生源を黙らせるほかあるまい。

 

 

 

「…そうか、それは可哀想に。」

 

「なっ、何の真似だ…」

 

「貴様にもっと良心があればな。我の恩赦も無駄になってしまったという事だ。」

 

 

 

整髪料か何かでベタベタのその頭を撫でるように後頭部へと手を回す。…あぁ、案外持ちやすいな、この固まった髪は。

あれだけ荒げていた声を一瞬戸惑ったように窄める彼女。だが、そんな一時の静寂と困惑に一体何の意味があろうか。我は後頭部に回した手に一瞬力を籠め、涙と涎で汚れた憎々しい彼女の顔面を机上へと叩きつけた。

直後、たった二人によりあれだけ騒がしかった教室に静寂が訪れる。成程、我にしてはスマートに事を運べた方だと思う。これなら誇ってもよさそうである。

 

数分の後に駆け付けた教師陣に取り押さえられ、連行された職員室で担任が救急車を呼ぶ様を見ながらも、我はどこか誇らしい気持ちで満たされていた。

 

 

 




普段怒ったことが無い人がついやり過ぎちゃったというお話




<今回の設定更新>

○○:別に暴力的な訳では無い。
   どうしたら話を聞いてもらえるか、どうしたら静かになってもらえるか
   と考えただけの事。
   要は何も考えずに花音を傷つけた人間を「嫌だなー」って思っただけの
   ことです。
   因みにコクオウとは、酷王のことで、「酷くボッチなボッチ王」の略。

花音:精神的には脆い方。
   自分一人の悪口なら気にしないことも出来たが、主人公に素っ気なくされ
   た後に「嫌われた」とか言われたらそりゃぁ…ねぇ。
   元々は花音が雛祭りのことを女の子の日と言い間違えてそれを弄るだけの
   つまらない回でした。

たえ:新しく物語に参入するぼっち。
   話がかみ合わない事と、唐突に展開する独特の世界観からクラスでも忌避
   されている。
   陰では固有結界花園と呼ばれているとか。


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2020/05/11 揺れる女心、とは?

 

 

長かった停学期間を経て、我は今日からまたこの魔窟へと通う事になった。

本来ならそのまま辞めてしまっても構わないとも考えるところだが、今の我には懸念せざるを得ない要素が増えすぎてしまった。…あれ以来花音とも連絡を取っていないし、クラスの様子も気にならないと言えば嘘になる。

一応何度か白鷺とは連絡を交わしている為、また花音が孤立気味になっている事やクラスの空気が非常に重い物になっている事は知っている。…と現状整理に脳の要領を割いていれば時間などあっという間な訳で。

両足を交互に前に出すという単純作業は、目的地の門前に到着するという現実を以て完了となった。心なしか見上げる校舎が以前より凶悪なように見えるが…せめて今日くらいは、「遅れていた授業分を頭に叩き込む」という名目の上平穏に過ごして見せようじゃないか。

 

 

 

「あっ!」

 

 

 

意を決して偉大なる一歩を…とその時、背後から少し息の上がった様な声がかかる。聞き覚えがあるかと問われたら自信を持って肯定することは出来そうにないが、始業時間ギリギリに登校する様にしている我の後ろから現れる人物が如何なる理由で急ぎ駆けてくるのかは想像に難くない。

 

 

 

「あの時の!」

 

「……どの時だ。」

 

 

 

振り返れば綺麗な黒髪を靡かせる翠眼の女生徒が、無礼にも人差し指の先端を我に向け立ち止まっていた。人を指差すんじゃないと習わなかったのかねあんたは…と言いかけもしたが、そういえばあの氷川紗夜もよくこうして指を突き付けてくると思い言葉を飲み込むことに。替わりに出てきた記憶は忌々しい奴等を粛正したあの日、学食で遭遇したおしるこの女だというものだった。

 

 

 

「…たーえ?」

 

「うん!」

 

「遅刻か?」

 

「うん!」

 

「遅刻は良くないな…まだ走れば間に合う時間だぞ。」

 

「おにーさんは止まってる。」

 

「ああ。我はいいんだ。」

 

「………わがまま?」

 

「ふはっ」

 

 

 

朝っぱらから笑わせてくれる。我儘とは…純粋に、学校に通う意味が見当たらなく仕方なく登校していることを伝えたら彼女はどんな表情を見せてくれるだろうか。驚くのか興味を無くすのか…だが追撃の様に彼女が言い放つのはこれまた予想を遥かに逸れていく内容だった。

 

 

 

「私はいいんだ。」

 

「なんだ…生意気に真似なぞしよって。」

 

「授業に出るわけじゃないから。」

 

「??それ程頭がよさそうには見えないが…。」

 

「うさぎ。」

 

「うさぎ?」

 

「うさぎ。」

 

「…食うのか?」

 

「うさぎ美味しいって、言うよね。」

 

「言う…か?」

 

「かーのーやーまーって。」

 

「………追いし、だ馬鹿者。」

 

「野蛮だよね。」

 

「……。」

 

 

 

そういえば懐かしい。彼女と話していると、まるで自分が次元の歪みにでも取り込まれてしまったかのような、何かにぐんぐんと追い抜かれていく感覚を味わう事が出来る。

決して気持ちの良いものではないが、彼女に興味を持つには充分たる要素であろう。真っ直ぐに自分の教室へと向かう予定だったが、暫し彼女を観察することにした。

 

 

 

「…で、うさぎが何だって?」

 

「あっち。」

 

「そうか。」

 

 

 

視線を真左に向けたかと思えばずんずん歩を進めていくたえ。会話が成り立っている気がしないが、多少補ってやれば問題なくコミュニケーションも取れるだろう。

 

 

 

**

 

 

 

終始訳の分からない歌を歌い続けるたえの跡に続き着いた場所は、今は空き教室となっている離れ校舎の一室だった。埃っぽく物置のような状態で放置された他教室とは違い、明らかに手入れの行き届いた教室。

…可笑しいものと言えば、目の前の光景くらいか。

 

 

 

「みんなー、おはよぉー。」

 

 

 

その数ざっと二十羽ほどだろうか。床を埋め尽くさんと蠢く白黒茶色の入り混じったカーペット…否、兎の群れである。

たえと名乗る汁粉の彼女は学校の死角で兎を飼い慣らす猛者だった。

 

 

 

「…いやいやいや、流石にマズいだろ、これは。」

 

「うさぎ美味しいって言うよね。」

 

「その件はさっき終わった。…教師連中に許可はとってあるのか?」

 

「きょか?」

 

 

 

コテン、と首を倒す。あぁ、この何も考えていないような瞳は許可という言葉すら知らないようだな。

断言しよう、こいつはヤバい。

 

 

 

「バレたら大問題だろう。」

 

「おにーさん、友達をケガさせたってきいた。」

 

「……あぁ、知ってたのか。」

 

 

 

同じ学び舎で過ごす生徒であればそのネットワークから知り得ても何の不思議もない。通常とは違う時空に生きる彼女なら或いは…とも思ったが、その淡い期待も儚く散ったと言う訳だ。

今更存在を疎まれることに対して恐怖する心など持ち合わせちゃいないが、多少なりとも興味を持った相手に気味悪がられるのは流石に胸が萎む思いだ。これ以上余計な詮索をされる前に立ち去ろう、そう考えたところで。

 

 

 

「だから、私も同じ。」

 

「……ぬ?」

 

「せんせーが知ったらすっごい怒られると思う。内緒なの。」

 

「だろうな。」

 

「私も悪い子。…だから、おにーさんと同じ。」

 

「…………。」

 

「…何回もご飯食べに行ったのに、全然会えなかったから訊いたんだ。そしたら、暫く学校には来ないよーって言われた。」

 

「……。」

 

「………寂しいと死んじゃうんだって、うさぎって。」

 

 

 

見上げてくる瞳は変わらず何も考えていないように見えた。だが、周囲の印象から察するに恐らく彼女も我や花音と似た扱いを受けているのだろう。相手に対して抱く想いもまた同じ。

誰彼だとしても、運良く見つけられた同じ周波数を逃すのは悲しい物なのだ。

 

 

 

「……なら、次ここに来る時はこっそり来ないとな。」

 

「ん。みんな待ってるよ。」

 

「……たえも、か?」

 

「にはは、どーかな。」

 

「…食うんじゃねえぞ。」

 

「うさぎは食べ物じゃないよ?」

 

 

 

彼女にとってここは、確かな居場所であり目的なのだ。彼女が独りで居るのは、これまで誰にも理解されず、誰にも彼女自身を見られなかったためであろう。我自身群れるのは好きじゃないが、この絨毯の様にびっしり敷き詰められた連中の群れは何だか心地いい気がした。

彼女もまた、然り。

 

 

 

「…さて。」

 

「もう行く?ごはん?」

 

「あー…。昼飯にはまだ早いが…今日はやることも幾つかあるんでな。」

 

「……そっか。」

 

「授業、たまにはちゃんと受けろよ?」

 

「おにーさんもね。」

 

 

 

途轍もなく巨きなブーメランを投げつけられた気分だ。が、頃合いを見計らったようにスマホが鳴ってしまった。

マナーモードへ設定を忘れていた事実と同時に、登録してから一度も使う事の無かった連絡先からの着信に多少の驚きが顔に出てしまったようで。

 

 

 

「…どしたの?」

 

「ああいや…ちょっと呼び出しでな。」

 

「そっか。」

 

「…すまん、また来るよ。」

 

「ん。ばいばーい。」

 

 

 

手を振るたえを背に離れ校舎を後にする。これだけ長い間放置しても鳴動しっ放しのスマホにただならぬ執念を感じつつ、諦め半分で応答することにした。

 

 

 

「……何の用d――」

 

『一体何処で道草食ってるんですか?』

 

 

 

冷徹で恐ろしいと評判の風紀委員様からの呼び出しである。

 

 

 

「我にも色々あるんだよ。」

 

『登校したらまず生徒指導室へ来るようにと連絡されていたでしょう?』

 

「…あー、そうだったか。」

 

『そうだったか、ではありません。先生方も心配していますし…本当に何を考えているのですか?』

 

 

 

静かに諭すような声色でありながら中々の速度を出しているように感じる。くどくどと垂れ流される夜間急行列車の様なお説教を耳に感じながらも早足で生徒指導室を目指す。確か二階の東側…突き当りの教室だったと記憶している。

 

 

 

『聞いていますか?』

 

「ああ、うん、そうだな、我が悪い、それじゃあそろそろ着くから切るぞ。」

 

『ちょ、ちょっと!仮にも心配してあげているというのに、何ですかその態度は。』

 

「………はぁ。」

 

『今度は溜息ですか。また私が面倒な人間だとでも言いたげな様子ですね。』

 

「…また後でな。」

 

『ま、待ちなさ』

 

 

 

生憎と目的地の手前で生徒指導部の厳つい男性教師に遭遇してしまったがために通話を終了せざるを得なくなった。話していた相手がかの風紀委員様だと説明すれば問題は無いだろうが…惜しい女だ、氷川紗夜。

そのまま教師に促され教室の中へ。待っていたのは簡単なオリエンテーションと現状説明、あの一件の再確認と反省文の提出だった。

しかしながら我は頭が回る。頭文字を繋げて読めば「お・れ・は・は・ん・せ・い・し・て・い・な・い・ぞ・ば・か・め」と読める名作文を創り上げ提出することで事なきを得、厳重注意の元に解放されたのは放課後の事だった。

 

 

 

**

 

 

 

「げぇ、白鷺か。」

 

 

 

反省中…否、執筆中とでも言おうか。生徒指導室内での活動時間中、幾度となくスマホが震えるのを感じてはいたが…解放されて確認してみれば履歴があの金髪女の苗字で埋まっているではないか。

思わず声が出るのも頷けるというもの。しかし、視覚に訴えかける文章で内容を残せばよいだろうに何を執拗にあの女は音声通話で…と心内で愚痴を零していると今度は正面から声がかかる。気付けば自分の教室前に到着していたようだ。

 

 

 

「来たわね。」

 

「………なあ、何だってこの着信の――」

 

「あなたね、今日が何の日か考えたことあって?」

 

 

 

はて。

確かに事前に復学する日取りやその旨を伝えはしていたが、それがそこまで重要な事だったろうか。まさか我が復学する日を記念日として祀り上げるわけでも無かろうに、何をご立腹なのだろうかこの美少女は。

 

 

 

「…あなた、花音には伝えていないんだってね。」

 

「今日から復学するってか?」

 

「ええ。」

 

「伝えていないが。」

 

「はぁぁ……。」

 

「??」

 

 

 

そこまで深い溜息を吐かれるほど彼女に失態を見せた覚えは無いが…きっとまた我の常識外の何かを言うつもりなんだろう。

 

 

 

「ここまで来ると最早拍手物ね。」

 

「さんきゅ?」

 

「チッ。…花音が、どれだけあなたを待っていたか分かる?」

 

「…用事があるなら連絡するだろう。連絡先は知っているんだから。」

 

 

 

何の為の通信手段だ、と思うが。

 

 

 

「……女心って、辞書で引いたことある?」

 

「はっはっは!こりゃ面白い事を言う。そんなシーンないだろうに。」

 

「黙らっしゃい。……本当はこんな事私から言うべきじゃないのだけど。」

 

 

 

冗句ではないらしい。我の笑い声も虚しく廊下に響いてやがて小さく消えてしまった。白鷺の真剣な表情に徒ならぬ気配を感じたということもあるが、花音の人柄を考えるに我も考えが足りなかったという事だろう。

 

 

 

「……あなたの変人っぷりは他人を傷つける。」

 

「…何を、知った様な、口を。」

 

「変われとは言わない。解れとも言わない。けれども弄ばないで。…花音は私の大切な友達なの。」

 

 

 

何も言い返せないのは無知だからか。

否。答えは分かっているのだろう。解り切っているからこそ、彼女から目が離せないのだ。文句の一つも、言えないのだ。

それだけ言うと白鷺は我の横を擦り抜けるようにして帰路へ着こうとする…が、数歩の後に振り返る事無く

 

 

 

「今日、あの子の誕生日なのよ。」

 

 

 

とだけ言った。

停学中に聞いていた話ではあったが、念を押すような物言いにまた一つ世間とのズレを感じた。

 

 

 

「白鷺…いや、()()。」

 

「………。」

 

 

 

だから我も振り返る事無く。背後にその存在を感じたまま続けることにする。

 

 

 

「我はお前の忠告通りには動けないかもしれない。だからまた何かやらかしそうになったら叱ってくれ。」

 

「…。早く行ってやんなさい。」

 

 

 

呆れたような口調に先程感じた棘は無かった。ように感じる。

我自身が痛いほど痛感している様に彼女もまた分かっているのだ。得てして()()人間というのは、それを必然たるものにさせる要因を皆抱えているという事を。

奴の言葉に押されたわけじゃないが、あの口振りからすると彼女は待っているのだろう。意を決して、教室の扉を開け放った。

 

 

 

「ッ…!」

 

 

 

目が眩むほどの夕日が差し込む教室。世界から切り取られたように誰もいなくなったその場所で、彼女だけが立っていた。

逆光のせいで表情は読み取れないが、その細い方は小刻みに震えているようだ。

 

 

 

「………花音。」

 

 

 

久しぶりに口にした名前。思いの外スムーズに音を為したそれは彼女に届いたろうか。駆け出すというよりかは躓くような勢いで彼女は我の胸へ倒れ込んできた。

軽い衝撃と、無意識に抱きとめるように背中へ回した両手。顔を上げた花音は橙を映した滴に濡れて幾分か悲色に見えた。

 

 

 

「……○○くんのばかぁ!私…なんかの、ために……どうして……!」

 

「………。」

 

 

 

怒っているのか悲しんでいるのか、責めているのか悔いているのか。それを読み取れない我はやはり欠陥品なのだろう。白鷺の呆れかえる顔にも納得だ。

だが、少なくとも彼女だけは我を待ってくれていたのだという実感に、不本意ながら視界が歪んだ。

…涙は連鎖する。止め処なく零れる滴は、胸元でしゃくり上げる花音のそれと混ざり制服に染み込んでいく。この感情が何なのか、彼女に対しての興味は何なのか…未だ分からず混乱する頭の中で、世界で只一つの居場所を見つけたような気がした。

 

 

 

「……ごめん、けど……ありがとう……花音…。」

 

 

 

**

 

 

 

「…すっかり暗くなっちゃったねぇ。」

 

「警備員も吃驚してたな。」

 

 

 

夜風とも取れる柔らかな向かい風の中、肩を並べて歩く。

話し込んでいたせいですっかり遅くなってしまったようだ。

 

 

 

「で、転校した二人だけど…。」

 

「あ……うん。羽丘って学校にいったんだって。」

 

「ハネオカ……聞いたことないな。」

 

「結構近くだった気がする。……○○くん、一体何したの…?」

 

「んー………まぁ、花音は知らなくていい事さ。」

 

 

 

一連の騒動の引き金にもなったあの連中は、我が停学になってすぐに都内の別の高校に転入となったらしい。よくもまあ停学で済んだものだと思っていたが、あちらさんもそれなりに思うところがあったのだろう。警察沙汰にまでしなかったのは件の女生徒サイドからのたっての希望だというのだから驚いた。

これで花音に対する誹謗中傷の抑止に繋がれば儲けもんだが。

 

 

 

「ふぇぇ……あ、あんまり無茶しちゃだめだよぅ…。」

 

「………もうしないさ。」

 

「…本当…?」

 

「あぁ。白鷺にも怒られちまうし…それに…」

 

「??」

 

 

 

花音を悲しませたくない、というのは無性に気障ったらし過ぎると思い口にするのを止めた。泣き顔の大変似合う少女だが、我の行動如何で泣かせるのは非常に胃に悪い。

夢見も悪くなるし最悪だ。何とか別の話題を…と考えたところで、昼間の汁粉女の顔が過った。花音にも、少しは気晴らしになる様な出来事を贈ってやりたい。

 

 

 

「……花音、兎は好きか。」

 

「うさぎ??」

 

「……まさか、知らないのか?」

 

「し、しってるよっ!……でも、どうしてうさぎ??」

 

「ううむ……どうしてだろうなぁ。」

 

「え、えっ、えぇ??い、意地悪してる??」

 

「ううむ………あっ、星が出てるなあ。」

 

「ふ、ふぇぇぇ…!!」

 

 

 

前言撤回。やはり適度に弄りたくなる程度には面白い困り顔だ。

これからまた始まる平穏な学生生活の中で、愉快な彼女をもっと掘り下げるのも一興かもしれない。

 

 

 




ふぇぇ!…Fe(鉄)とは原子番号26の元素である。




<今回の設定更新>

○○:相変わらず偏屈な変人。
   少し学校に希望が持ててきた模様。

花音:かわいい。すぐないちゃう。
   ユニークキャラの友人が多い気はするが、モブの中では飽く迄もボッチ扱い。

たえ:独特ぅ~♪

千聖:少々キツイ印象。
   いい奴ではある。

紗夜:電話口での登場。教師陣からの信頼は厚い。


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2020/08/10 迷子の限界、とは?

 

 

 

「なんて…こったい……。」

 

 

 

月曜の朝。魔窟の自席にて。

我としたことが馬鹿正直に登校してしまったことも一因してはいるが、何ともショッキングなニュースが舞い込んでしまったがためにグロッキー状態。

一人頭を抱えていた。

 

 

 

「朝から辛気臭い声出して…なんだっていうのよ。」

 

 

 

声がして、顔をあげてみれば奴がいる。目と鼻の先、とはよく言ったものだが、息も触れそうな程の距離にその整った顔はあった。

我の無意識のうちに零れ出た言葉か、はたまた気付かぬうちに放っていた辛気臭さが鼻についたか……何にせよ、女優として通用する程のその美貌は得も言われぬ不機嫌さを纏っている。

 

 

 

「なんだ……白鷺千聖か。」

 

「失礼ね…。……で、どうしたらそこまで暗くなれるのよ。」

 

「我、普段そんなに明るい印象だったか…?」

 

 

 

多少人づきあいが増えたとはいえ、例の一件もあって生徒たちからは距離を感じる。壁、といってもいいだろう。

そんな中明るいテンションを振りまき真っ当な生活が送れるだろうか。答えは否である。

彼女にどのような印象を持たれているかは知らないし知りたくもないが、どうやら今の我は暗いらしい。

 

 

 

「そうじゃないけど。……花音が心配するから、もうちょっと何とかしなさいな。」

 

「あぁ?放っとけよそんなん…。」

 

「またそういうこと言う。いい?花音が貴方に対してどんな感情を抱いているか、何度も説明してるでしょう。」

 

「何度も聞いちゃいるが、本人から聞いたわけじゃないし。……そもそもそういう、"デリケート"な問題って、あんたみたいな他者が介入するもんじゃないんじゃないか?」

 

「な……それは、そうかも、しれない、けど…。でも、でも!!」

 

「なんだよ。」

 

「……見てられないのよ。貴方たち。」

 

「……なんだそりゃ。」

 

 

 

要するにかなり面倒なお節介焼きなのだ、こいつは。花音が実際のところ何を考えているのか、それは然程重要な問題ではないのだろう。

不安か、焦燥感か、危なっかしい所がある奴を放っておかない。それが吉と出るか凶と出るかは、もう相性としか言いようがないが…。

 

 

 

「第一、花音は今居ないじゃんか。」

 

 

 

先ほど教室を訪ねてきた別クラスの生徒に連れられて行ったからな。ふぇふぇ聞こえず静かなのは結構だが、もうすぐ朝のHRが始まる時刻になる。

戻って来られるのだろうか。

 

 

 

「そう……だけど。だからこうして、私が来てるんじゃない。」

 

「ちょっと待て。そこで"だから"となる意味が全く分からない。」

 

「……で、何をそんなに落ち込んでたのよ。」

 

「話を変えるんじゃない。」

 

「いいから、話しなさいよ。」

 

「……まあ、仮にも芸能界で活動するあんたなら小耳に挟んだやも知れないが――」

 

 

 

簡単な話だ。

我の数少ない旧知の人間に芸能人なるものがいて、その人が今日結婚を発表した、と。

そう。ただそれだけの簡単な話。

 

 

 

「……とまあそんな感じだ。」

 

「……それだけ?」

 

「……。」

 

 

 

嘘は言っちゃいない。

その人に僅かばかりの恋心にも似たものを抱いていたとか、結局踏み出すこともできなかった自分への憤りが今頃になって勢いを増したとか。

そんなことはきっと、白鷺千聖には関係のないことだ。

 

 

 

「……ま、話したくないならそれ以上は聞かないけれど。」

 

「ああ。」

 

「次は、そうならないといいわね。」

 

「知った口を。」

 

「わかるわよ。その顔見れば。」

 

「……あんた、嫌な女だな。」

 

「うっさい。」

 

 

 

彼女の人生経験のなせるものか。

芸能界とやらの闇の深さはちらほらと聞いている。勿論この金髪少女が零すこともあるが、基本的にはあの無駄にうるさいピンクの――

 

 

 

「あれ。」

 

「?」

 

「いや、彩を見かけねえなと思って。」

 

「彩ちゃん?……なに、彩ちゃんにも手を出そうっていうの?」

 

「あ?人聞きの悪いことを口走るんじゃない。…大体、"にも"ってなんだよ。我がほかに手を出してるみたいじゃないか。」

 

 

 

そんな不埒な真似、断じて、ない。

 

 

 

「聞いたわよ?変わり者の後輩を手籠めにしようとしてるんですって?」

 

「誰がそんなことを…。」

 

「たえちゃんよ。」

 

「本人かよ。」

 

 

 

なんてこった。いやしかしあの不思議系小動物な彼女のことだ。

目の前にある現実をどう曲解して吹聴し回っているかわかったもんじゃない。確認こそしようもないが、白鷺千聖が言うんだから間違いない。嘘だけは言わないやつだしな。

 

 

 

「嬉しそうに教えてくれたわ。"○○さんだけはお話聞いてくれるー"って。」

 

「…………。」

 

「股をかけるのは構わないけれど、貴方いつか刺されるわよ?」

 

「かけてねえ。し、刺していいのは刺される覚悟のある者だけだ…。」

 

「あら。それなら私が貴方を刺すのは構わないってことね。」

 

「もうグサグサ刺さってるよ…。」

 

 

 

言葉のナイフが、な。

 

 

 

「ふふ、それじゃあ私にも刺していいわよ?」

 

「やだよ。あとが怖ぇもん。」

 

「小心者。」

 

「平和主義者と呼べ。」

 

 

 

そんな下らないやり取りをしている最中、ガラガラと戸を引き摺って担任の教師が入ってきた。教室内に散り散りになっている生徒もだらだらと席に着く。

HRが始まるらしいが、自然と目をやったその席に、主は戻ってきていなかった。

……花音、どこで何やってんだ。

 

 

 

**

 

 

 

HRが終わっても花音の姿はなかった。担任も特にそれには触れていなかったし、白鷺千聖を見ても首を振るばかりだ。

そういえば教室に花音を呼びに来た人間。確か二人組で、やたら声のでかいちっこい奴と金髪の……だめだ、あまりにも印象が薄すぎる。

元より他人をまともに視界に入れない上、うちは学年ごとの制服の違いもない。探しに行くにも、何を手掛かりに探せばいいんだ…。

 

 

 

「おっはよー!!」

 

 

 

くそ、人が珍しく悩んでいるというのに誰だよ、元気よく入ってきやがって。

いや待て、HR終わった後だぞ。この時間に堂々と遅刻かましてくるアウトローなんてこのクラスにいただろうか。…まあ、俺が思い出そうとしたところでそもそもメンツすら把握していないんだが。

 

 

 

「○○くん!!おっはよ!!」

 

「……。」

 

「………ち、千聖ちゃん、○○くんがまた無視するよぅ…。」

 

「日頃の行いね。」

 

「ち、千聖ちゃん!?」

 

 

 

何だ、騒がしいと思えば能天気ピンク()か。悪いが今はまともに対応してやるのも面倒くさい。

そもそもこんな時間に登校とか、貴様は時計の一つも見れないのかと小一時間問いたい。我?我はいいんだよ。我がルールだ。

 

 

 

「……待てよ?」

 

 

 

今、ということはHRにあたる時間の教室外を知っているということ。つまり…。

 

 

 

「彩ァ!!」

 

「ひぇあぅっ!?」

 

 

 

立ち上がり、斜め後ろの席で白鷺千聖に泣きついている彩の肩を掴む。驚いたように振り返ったのを幸いと、正面から両肩に手をかける形になった。

 

 

 

「あっ、ひ、ひゃぁ、○○、くん!?んと、い、いきなり、情熱的、だねぇ??」

 

 

 

何やらほざいているが今は構っている暇はない。

 

 

 

「花音見なかったか?」

 

「――でもでも、私はそれくらいでも、恰好いいと思……へ??花音ちゃん??」

 

「ああ。HRの少し前に出て行ってな。どういうわけだか戻って来んのだ。」

 

「えぅ……そ、そうなんだ??」

 

「見たのか?見てないのか?どっちなんだ。」

 

「え、えっと……み、見たような、見てないような?」

 

「ええい役に立たん…。」

 

 

 

彩を悪く言うつもりはないが、今この状況においては戦力外。情報の欠片も持っていないとなると他を当たるしか…。

彩の肩を開放し席に戻ろうとしたところで白鷺千聖に呼び止められる。

 

 

 

「○○。」

 

「あぁ?」

 

「柄悪ッ。…貴方、電話は?直接訊けばいいでしょ。」

 

「…………。」

 

 

 

盲点。

習慣とは恐ろしいもので、これまでの人生において然程意味をなしていなかったスマートフォンのことなど全く頭になかった。どこにいるのか、それは簡単なことだ。連絡先を知っている相手ならば訊けばいい。

喜びやら羞恥やらで白鷺千聖の方は見れなかったが、早速連絡を取ってみようじゃないか。

 

 

 

「ええと、松原、松原…と。」

 

「○○。」

 

「今度は何だ?」

 

 

 

またしても呼ばれた名前に思わず振り返る。多少の苛立ちはあったかもしれないが、こいつ相手なら隠さずとも良いだろう。

…と、その先で何とも珍妙な光景を目にする。

 

 

 

「……どうして彩は泣いてんだ?」

 

 

 

えぐえぐと白鷺千聖の胸で泣くピンク。俺を呼んだのはその頭を撫でる白鷺千聖なわけだが。

 

 

 

「……そうよね、貴方が相手だものね。」

 

「?」

 

「相手は女の子なんだから、もう少し優しく扱ってあげなさいな。……役に立たない、なんて言われたら誰だってこうなるわよ。」

 

「でも、花音の居場所知らないんだろ?」

 

「そうかもしれないけど……もういいわ。さっさと連絡取って、見つけちゃいなさい。」

 

「言われなくてもそうするつもりだが…。」

 

 

 

じゃあ何故呼び止めたのか、と訊くのはやめておこう。より話が長引く気がする。

通話を発信する一歩手前のところで止まっていた画面を操作、数コールの後にいつもの鳴き声が聞こえてきた。

 

 

 

『ふ、ふえぇ…○○くん…?』

 

「……何やってんだ?あんた。」

 

『教室に、戻ろうとしてるんだけど……なかなか、たどり着けなくてぇ…。』

 

 

 

一体全体どこまで連れて行かれたというのか。入学してすぐ、都合のいいサボり場所を探してあちこち歩き回ったが、そこまで複雑な構造はしていなかったはずだ。

寧ろ見通しが利きすぎて早々に諦めた気さえする。

 

 

 

「……今、どのあたりだ?」

 

『わ、わかんないよぅ……さっき大きい交差点を渡って、今は住宅街の――』

 

「待て待て待て。住宅街だって?」

 

 

 

教室へ戻ろうとして何故敷地を出たのか。

そもそも敷地外へ連れ出された可能性もあるが、HR前にそんなことするだろうか。

ごちゃごちゃ考えはしたが、確かに通話の向こう側では車が行き交うような音が聞こえている。意味が分からない。

 

 

 

「……花音、今、何が見える?」

 

『え、えとえと…………あっ…ふぁ、"ファンシーショップ瀬田(せた)"っていうお店があるよ!』

 

「ファンシーショップ…瀬田……ね。」

 

「!!」

 

 

 

それがどこにあるのかさっぱりだが、やはり学校の敷地外にいることは確かなようだ。少なくとも登下校の中でそのような店は見かけた覚えもないし、我もあまり知らないエリアまで"帰ろう"としているようだ。

このままでは埒が明かないし、教室を目指して敷地を出てしまうような奴が相手では帰って来いというのも酷な話だろう。

「ふぇぇ、きらきらしてかぁいいよぅ…」などと暢気なことを言っている花音へ不用意に動き回らないよう告げ、通話を終了する。

そのまま特に何も出していない鞄を掴み、白鷺千聖の席へと立ち寄った。

 

 

 

「白鷺千聖。」

 

「ッ。何故フルネーム…?」

 

「別にいいだろ呼び方なんて。……悪いが頼まれちゃくれないか。我は訳あって早退するから、教師陣に伝えといてくれ。」

 

「訳あって、って…迎えに行くだけでしょ?」

 

「まあ。」

 

「どうしてそれで早退までしなきゃいけないのよ。見つけたら帰ってらっしゃい。」

 

「えぇ……?」

 

 

 

折角都合よく魔窟を抜けられそうだったのに。相変わらず悪魔のような女だ。

 

 

 

「露骨に嫌な顔しないの…。」

 

「白鷺千聖。」

 

「なによ。」

 

「我は、絶対、帰って来ない。いいな?」

 

「はぁ……もう好きにしなさい。」

 

「ああ。」

 

 

 

こちらとしても極力ここには居たくないのだ。断固とした態度で念を押せば、流石の彼女も根負けしたようで。いや、どうでもいいだけかもしれないが。

呆れ顔の白鷺千聖を背に、意気揚々と教室を出る。早く行ってやらねば、花音はまた何処へ迷い込むか分かったもんじゃない。

 

 

 

「○○、くん!」

 

「……今度は何だ。」

 

 

 

玄関へ向かう階段を降り始めたあたりで彩が追い付いてきた。先ほど見た、登校時の恰好そのままで。

つまりは、鞄やら、帽子やらを装着したままということだが…。

 

 

 

「私も、ついて行って、いい?」

 

 

 

未だ震える声で、そう言った。

果たして彩がついてくることに何の意味があるかはわからないが、目尻に涙を貯め震える手で鞄を握りしめる様子を見る限り、余程の熱意がそこにはあるのだろう。

ついてくる意味も無いが断る意味もまた無い。そもそも許可なぞ要るか?と思いつつも同行を認めることにした。

 

 

 

「……急ぎ足で行くからな?ちゃんとついて来るのだぞ?」

 

「!!…う、うんっ!!」

 

 

 

何がそんなに嬉しいんだか。

 

 

 

**

 

 

 

ファンシーショップ瀬田。校門を出たあたりで白鷺千聖から受信したメッセージを見るに、そこは白鷺千聖の幼馴染の家らしかった。

地図情報からしてもそう遠くない場所だが……少なくとも教室は全く以て近くない。

日頃の無駄な元気からは想像できない足の遅さを披露する彩を置いて、ひとまず全力疾走で向かう。

この程度の距離だ。ものの数分で着くだろう。

 

―――お。

運動不足気味の体が疲労を訴えかける中、傍目にも目立ち具合が分かる建物の前に見覚えのある水色。こちらにはまるで気付いていないようで、手に持った何かに視線を落としている。

横断歩道を渡り、駆け寄る。

 

 

 

「……??……あっ、○○くんっ!?」

 

「ゼェ……ゼェ……あんた……何だって、こんな…ところ…まで…。」

 

 

 

いかん、胃液が上がってきそうだ。

 

 

 

「は、走ってきたの!?」

 

「そりゃまぁ……不安そうだったから…な…。」

 

 

 

電話越しに聞いた声はデパートで迷子になった子供のそれに近かった。少なくとも前向きな気分ではなかったはずだから。

 

 

 

「……ごめん、なさい…。」

 

「本当だよ……。……ふぅ。やっと落ち着いてきた…。」

 

 

 

ある程度呼吸が整ってきた。顔をあげて花音を見やれば、眉をハの字にして今にも泣きだしそうな目をしていた。

彼女の泣き虫は一生治らないだろうな。

 

 

 

「…別に責めてるわけじゃない。……何があった?」

 

「ふぇ……後輩の子が、ね?一緒に……その……バンド、やりませんか…って。」

 

「……バンドぉ?」

 

「うん…。」

 

 

 

どんな感性を持っていたらそんな勧誘ができるんだ?まぁ確かに、歌は上手かったが…。

 

 

 

「それで?」

 

「……ちょっとだけ、考えさせてくださいって、言ったんだけど……。」

 

「……。」

 

 

 

バンドについて保留になったのは別にいい、が。

そこから言葉を続けることなく、バツが悪そうに視線を彷徨わせる。……何だ?

 

 

 

「帰り道が……その、ね。……わかんなくって…。」

 

「…………。」

 

「……えへへ?」

 

「バンドの話をしていたのは何処でだ?」

 

「えと……一年生の教室の……前の、廊下。」

 

「……ほう?」

 

 

 

なるほどなるほど。

なるほどなぁ……。

まるで納得はできないが、彼女はとってもワンダーな方向音痴らしい。同じ校内で済む教室移動を学校外に向かうことで解決しようとするのだから、余程ぶっ飛んだ思考回路をしているか、或いは――

よくこの歳まで無事に生きてきたなと感心せざるを得ない。

 

 

 

「私…よく、迷子とかに…なっちゃうんだよね……。」

 

「……大変、だな?」

 

 

 

このレベルをそんな簡単な言葉で片づけてしまっていいとは思えないが、何と言葉をかけていいのかわからない。

特に盛り上がりそうもない話であるし、とっとと切り上げて帰るとしよう。

 

 

 

「まあいいや。取り敢えず我は帰るが……あんたはどうする。」

 

「か、帰っちゃうの??学校、戻らないの??」

 

「別に、行っても仕方ないしな。一応白鷺千聖には早退すると伝えてきたが。」

 

「ふぇぇ…サボりはよくないよぅ…。」

 

「我はいいんだ。」

 

「またそういうこという…。」

 

 

 

すっかり常套句になった台詞で茶を濁し、花音の手を取って歩き出す。二丁分ほど進めば見慣れた道に出るだろう。

顔見知りと合流したことで不安が解けたのか、上機嫌で喋りだす花音。

 

 

 

「さっきね、○○くんから電話が来て、すっごくうれしかったよ。」

 

「あのな…こっちは仮にも心配してんのに、何暢気なこと言ってんだ…。」

 

「心配…?」

 

「当たり前だろ。急にいなくなったと思えば、まるで戻ってこないんだから。」

 

「……えと…心配して、迎えにまで来てくれた…の?」

 

「ああ。」

 

「…………そ、そっか。……えへへへ…そっかぁ。」

 

 

 

何やら嬉しそうだ。

そういえば、子供は親の気を引くために敢えて悪さをする場合がある、と何かで読んだ気がする。愛情を確認するための行為だとか。

花音のこれも、似たようなものなのでは?

考えてみればみるほど、今回の迷子は謎が深すぎる。普通教室移動しようとして外に出るだろうか?しかもちゃんと外靴に履き替えてまで、だ。

魔窟を抜けられるのはいいが、頻繁にこの子守のような真似をするとなると流石にしんどい。これはいっそ、離れないように見守っていた方が良いだろうか。

 

 

 

「……○○くん??」

 

「ん、なんだ、どうした。」

 

「…むつかしい顔、してるよ?」

 

「………。」

 

 

 

暫し黙り込んでいたのを不審に思ったか、握っている手に力を込められた。或いは上の空に見えた我に苛立ちを覚えたか…。

何にせよ、同じ過ちを繰り返さぬようここはきっちり言っておいた方がいいか。

 

 

 

「あのな花音。」

 

「ふぇ…?」

 

「これからは、我のそばに――」

 

「あー!!!○○くん、やっと追いついた!!」

 

「――…彩?」

 

 

 

すっかり忘れていた。しかし、あまりに遅いからと置いてきたのは悪かったと思っているが、そんなに睨むこともないだろうよ。

肩で息をする彩が、乱れた髪を直しつつ詰め寄ってくる。

 

 

 

「もう!!…ちゃんと、オレについてこい、って言ったのに、どんどん置いて行っちゃうんだもん!」

 

「だって足遅いから…」

 

「頑張ったもん!!頑張ったけど、○○くんが速すぎるんだもん!!」

 

「んな無茶苦茶な…」

 

「……おまけにそんな、楽しそうに手まで、繋いじゃって…」

 

 

 

楽しそうかどうかはわからんが、こうでもしないとまた何処かに行ってしまいそうだったんだ。

弁明するため手を放そうとすると、逃がすまいとでも言うようにより一層強く握られた。

 

 

 

「…花音?」

 

「………彩ちゃんも、来たんだ?」

 

「うん!!○○くんが…じゃない、心配だったんだもん!!」

 

 

 

先ほどとは打って変わって途轍もなく低いトーンの声を放った花音に、彩が真剣な表情で答える。

とってつけた感がヒシヒシと伝わってきたが、下手に弁明する方が楽な気もしてきた。

 

 

 

「……こいつ、泣くほど心配してたんだぞ?」

 

「ふぇ…そ、そうなの??ごめんね……。」

 

「な!…泣いたのは○○くんのせいだもん!!」

 

「そ、そうなの??」

 

 

 

未だにどうして泣かせてしまったのかわからないが、花音は責めるような目でこちらを見上げてくる。…やはり我が悪いということなのか。

しかし先ほど一瞬感じたトーンの低さはもうない。花音はただただ彩を心配しているようだった。申し訳なさやら何やらもあったんだろう。きっと。

 

 

 

「……知らん。」

 

「いじわる!!!」

 

 

 

すっかり元気になった彩も交え、そこからはただ只管に馬鹿話をしながら帰路に就いた。

一端の学生として正しい行いとは到底言えないが、こんな学生生活があってもいいと、我は思う。

少なくとも、気づけば朝の複雑な心境を吹き飛ばしてくれたこいつらは、気の許せる知人であるから。

 

 

 

 




目標、見失いがち。




<今回の設定更新>

○○:あの有名人の結婚発表にファン特有の複雑な気持ちを抱いた人間。
   特に同級生に特別な感情を抱いてはいなさそう。

花音:迷子☓
   冒険者〇
   主人公は密かに"ワンダーウォーカー"と呼称している。

彩:前日の収録が長引いた結果寝坊した模様。
  二時間程度の遅刻までなら全く意に介さないらしい。
  主人公は特に密かにでもなく"うるさいピンク、ピンクうるさい"と言っている。

千聖:洞察力ぅ…ですかね。
   物語の進行には欠かせないしっかり者。
   主人公は未だに何と呼んだらいいのか悩んでいる。


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【弦巻こころ】Hello, Happy New Life!!
2020/01/01 暗雲の間に幾筋もの光明を見た時


 

 

新年。正月。元旦。

どれも祝いの言葉であるはずなのに、どうして俺は一人なんだろう。

昨日までは確かに夢を追い求めていた筈なんだ。…それが、昨日を以て契約が打ち切られ、今は…。

 

ぐるぐると腹が鳴り、昨日ヤケ酒をして以来何も口にしていない事を思い出す。例年通りであればコンビニのお節料理なんかを突きつつ年始のつまらないテレビをザッピング。酒に酔ったら気が済むまで寝て…と優雅な日々になるはずだったのに、先の収入が確約されない以上、何もかも消費を抑えて行かなきゃいけないのだ。

家電の類は全て元から電源を断ったし食費に関してもひと月ワンコインで乗り切れるようシミュレート済み。…酒やタバコなんて以ての外だ。

 

再び回る様に鳴る腹に苛立ちを覚え、着古した上着を手に外へ出た。何か仕事を探さなければ。…何か、生活の為に金を……。

 

 

 

**

 

 

 

がやがやと喧しい声に惹かれる様に、気付いてみれば俺の足は近所の神社へと向いていた。境内は初詣で賑わっていて、そこにある顔はどれも幸せそうだ。楽しそうで、希望があって。

…酷く場違いな気がして、すぐ隣にある公園へと進路を変えた。これといった遊具は無く、ドームに無数の穴が開いた赤い遊具と二組のブランコ…端にベンチとゴミ箱があるだけのクソつまらないスペースだが、そのお陰か今では人影一つない。

幸いにもベンチは空いているし、ここでしばらく時間を潰していこう。

 

遠巻きにガキの燥ぐ声や若い連中の調子に乗った声が聞こえるが、流石にこれだけ距離が離れていると苛つきもしない。せめて自動販売機の一つでもあれば奮発して缶コーヒーでも…と考えたところで、もはや缶コーヒーすら奮発の領域に入ったかと自虐気味に笑った。

 

 

 

「あら??あなたはどうしてこんなところに一人でいるのかしら??」

 

 

 

世界規模の孤独感すら醸し出す殺風景な寒空の下、鈴を転がした様な甘い声が聞こえたのは神の悪戯かはたまた。

思わず顔を覆っていた手をゆっくり外すと、今の俺とは何もかもが対照的な少女と目が合った。きょとんとしたその黄金色の瞳は社会の理不尽さ等微塵も知らぬように純粋で、風に靡く金糸の様な髪には首元を隠す真っ赤なマフラーがマッチしている。

もこもことした高級そうなコートに身を包んだ彼女は、一見したところ中学生…行っても高校生といったところか。

 

 

 

「……それは、俺に言っているのかね?」

 

「??…ええそうよ!この公園にはあなたしかいないもの。」

 

「そうか。………そうだな、「孤独であるが故に孤独を嗜んでいるのだ。」…とでも言っておこうか。」

 

 

 

昨日まで生業としていたコピーライターの癖が顔を出してしまったようだ。これはまたどうも悪い癖で、ついつい芝居がかった様な口調で決め顔をしてしまう。そんな大層な文章でも無いんだが、一応一定数の評価をくれる人達がいるだけにタチが悪い。

俺の発した言葉をもごもごと反芻している口許に手を運び、何やら考え込んでしまっている。見た目よりずっと幼い可能性すらあるこの子には難しかっただろうか。何せ、その手に嵌めているのは朱いミトン型の手袋…白いボンボンの様な飾りがついたそれに、連想するのはどれも子供の姿なのだから。

 

 

 

「…ごめんよ嬢ちゃん。俺の…悪い癖なんだよ。」

 

「……悪い癖なの??」

 

「あぁ。職業病で…っと、もう職業じゃねえんだったな。」

 

「よくわからないけれど、とっても素敵な言葉だと思ったわ!」

 

「そうかい。お世辞でも嬉しいやんな…。ありがとう、嬢ちゃん。」

 

 

 

彼女なりに一生懸命咀嚼した結果の感想なんだろう。そう易々と飲み込める言葉じゃないし、問題じゃない。そうだな、ぱっと見た感じ苦労を知らなそうな上に、まるでどこか良い処のお嬢様の様な佇まい。

きっと俺の自転車操業のような生活を想像することだって難しい筈さ。

 

 

 

「ねえ。」

 

「ん。」

 

「あたし、こころよ。」

 

 

 

唐突に鋭い突きのように投げられた言葉は、名乗っているのだと理解するまでに数呼吸の間を作った。…こころ、そう、名乗ったように聞こえたが…一体どんな脈絡からこうなったのだろうか。

 

 

 

「……ええと」

 

「嬢ちゃんじゃなくて、こころなの。ひらがなみっつで、こ・こ・ろ!」

 

「こ…ころ。」

 

「はいっ、よく言えました!」

 

「…………やったぁ?」

 

 

 

嬢ちゃん呼びが気に入らなかったのか、それとも自分の名前が気に入っているのか。確かに呼びやすく覚えやすいその名前に、こちらも名乗り返さないのは失礼に値しよう。まだ子供とは言え、目の前にいるのは紛れもない淑女なのだから。

 

 

 

「………俺は、○○。平仮名だと…ええと…」

 

「○○……○○ねっ!」

 

 

 

そういえば久しく名前など呼ばれていなかった。早くに両親を亡くし親戚も兄弟も居ない俺は、会社で苗字こそ呼ばれていたが名前の方はとても……先程から純粋さの塊で殴りつけてくるようなこの子だが、もしかしたら神が遣わせた毒抜きの化身なのかもしれない。

そのまま彼女――こころは続ける。

 

 

 

「○○っ!あたしあなたのこと気に入ったわ!!」

 

「はっは、何だね急に…。今は色々煩い世の中だからね…知らないオッサンにそんなこと言うもんじゃないよ。」

 

「おっさん??なの???」

 

 

 

そらそうだ。君の様な輝いている時代はもう終わったんだ…と口を衝いて出そうになったが寸でのところで飲み込んだ。仮にも目出度い元日に、そんな老害めいた言葉は吐きたくなかった。

こんな時、気の利いた言葉は…と頭を回してみるも、出てくる言葉はどれも嘘っぱちのコピーめいたもので。それが自分という人間をありありと表しているようで、悲しい程に笑えて来た。

 

 

 

「「伸び代の先では何に手が届いたろう、伸び代は残っている事にこそ意味がある」ってね。祭りの後に残るのは、惨めな足掻きと物悲しく舞い散る()()()だけさ。」

 

「ふふっ!あなたの見ている世界をあたしも見てみたくなったのよ!」

 

「はて?そんなに面白い事を言ったつもりは…」

 

「あなたはきっと大丈夫。…だからそんなに寂しそうに笑わないでっ。」

 

 

 

一体何を以て大丈夫というのか。明日の生活も見えないというのに。

 

 

 

「大丈夫なら有難いけどね。…悪いが明日の行方も分からないような人生だからねぇ。」

 

「あたしが大丈夫って言ったら大丈夫なのっ!だって、あなたはあなたの世界を持ってる。その世界と言葉が、あたしを惹き寄せたんだものっ!」

 

「お?嬢ちゃんも中々なワードを…」

 

「もーっ!また嬢ちゃんって言った!!」

 

「あぁ悪いね。…こころ、ね。"ひらがなみっつ"なら俺でも憶えられらぁね。」

 

「ええ!…あたしの名前、忘れないでねっ!…あたしも、○○って名前とその素敵な()()()()、絶対に忘れないわっ!」

 

 

 

正直、こう何度も名前を呼ばれるだけで気持ちが軽くなるなんて思いもしなかった。言葉を武器に仕事をしていたというのに、何よりも心に響くのは温もりのある声で名前を呼ばれることだと…そんな当たり前の事すら見えないままに偽りの言葉で世間と自分を塗り固めていたらしい。

嗚呼神様とやらよ。アンタが遣わせた毒抜きの嬢ちゃんは中々に良いモンを見せてくれたぜ。後は転がり落ちる人生だろうがよ、その前に悪くない気持ちになれたぜ。

 

 

 

「…おうよ。それじゃあ、俺はそろそろ行くかんな。」

 

「どこへ行くの??」

 

「仕事、無くなっちまったからさ。…生きる為には働き口から探さにゃならんのだ。」

 

「………そう。でもきっと大丈夫よ!()()()()()()()()()わっ!」

 

「へへっ、好き放題言いやがって…。楽しかったよ、嬢ちゃ…こころ。」

 

「ええ!また会いましょっ!!」

 

 

 

また、か…。恐らく俺はもうここには来ないだろうし明日からはまた生きる為に必死になる。でもあの子のお陰で少しはやる気が出た。名前を呼ばれて、大丈夫って。

もう少し早く出逢っていたら、何か変わっていたかもしれないが…偶然見つけた萎びた公園であの子が手を振っている。それだけでも画になりそうな光景だったが、振り返ることなく前を目指した。

 

 

 

 

 

この時は、こころの言った言葉についてそんな深くも考えていなかったし理解もしていなかった。

ただ後に知ったのは、彼女が"嘘を吐かない"人間だということだった。

 

 

 




新シリーズ、弦巻こころ編です。
以前の作品とは繋がりがありません。




<今回の設定>

○○:契約期間が切れた後生きる気力も希望も失ってしまった青年。
   職場での扱いのせいで自身をおっさんと扱うが、実年齢は22。
   現実とは非情で、この出来事の翌週には賃貸の部屋を追い出されることと
   なる。

こころ:我らがお嬢様。
    独特な感性と抜群の行動力。無尽蔵の活力と体力を活かし、
    世界をおり面白く変革することが人生の目標。
    芸術への興味も深く、主人公の皮肉めいたコピーに得も言われぬ魅力
    を感じる。
    割と単独行動が多い。


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2020/01/18 地獄と天国の高低差を実感した時

 

 

 

あの不思議な少女との出会いから二週間ほど。

それはもう我武者羅に働いた。日雇いのバイトや知り合いの農業の手伝い、簡単なモニターから内職まで…自分の持てる限りのアンテナを稼働させ、生きていられる時間は全て労働に費やしただろうか。

家賃すら払えなかった末に追い出された俺は、基本的に拠点として駅からそう遠くない場所のカプセルホテルを利用している…が、日に二時間程の仮眠を取る以外の使い道はない。ハッキリ言って最初の三日ほどで体は限界を迎えていたが、生命とは不思議なもので、謎にハイになった脳から伝えられる"働け"という命令により、休む間もなく動き続けていたらしい。

気が付いてみれば、記帳を済ませた通帳を開き労働の対価を確認したところで、カプセルホテルの狭苦しいベッドから起き上がれなくなってしまっていた。

 

 

 

「情けない…がこれはなかなか…。」

 

 

 

人間やる気になれば何とかなるものだ。前職の月収には遠く及ばないが、現状の「衣食住」をかなぐり捨てた生活であれば三ヶ月は持ちそうな金額。

身体の疲労を感じる余裕が出来たのも、きっとその安心感から来るものだろう。カーテンを閉め切った狭いベッドの上に、ボロボロの服で横たわる自分と極力迄コンパクトにした荷物を詰めた大きめのリュック。

今の俺にはこれが全てであり、最大の持ち物だ。当面の見通しは立った訳だし、今日という日もまだ始まったばかりだ。一先ずの安心を胸に、今日一日は休養に充てようと眠りについたのだった。

 

 

 

**

 

 

 

すっかり日も気温も落ち、雪の降りしきる中。

俺はたった一つのリュックを抱え、また()()公園のベンチに居た。あの時違うのは神社に賑わいを感じない事、いつの間にやら自動販売機が設置されている事、そして俺が文字通り一文無しになっている事。

…そう、やっちまったのだ。

 

あの後、疲労もあってか夕方まで深い眠りに落ちていた俺。どこにでも卑劣…いや頭の切れる奴は居るわけで、その間にたった一つの通帳と財布をやられた。身分証の類に関しては別の小袋に入っていた為に無事だったが、口座の番号すら覚えていない俺にはまともな対処法も取れず。

遂には限界と諦めを感じてフラフラと放浪していたって訳だ。まさかここに辿り着くとは思っても居なかったが、成程あの出会いが余程俺を救ったと見える。

 

 

 

「……缶コーヒーも全く手の届かないものになっちまったな…。『触れられぬモノは美しい。儚さと憧れに宿る一滴の雫は何者をも癒すのか。』…ふふ、まるで"空虚な響き"たぁな…。」

 

 

 

こんな時にまでクライアントからの文句が思い出されるとは、染み付いているなぁ…。

さて、これからどうしよう。棲家も無い、先立つものも無い、恐らく俺を必要としている人も場所も無い。おまけにもう気力も――

 

 

 

「○○、()()会ったわね!!」

 

 

 

…どうやら運と救いはあったらしい。目の前でニコニコと楽しそうな笑顔を向けてくるのは何時ぞやの少女。腰に手を当て胸を張って立っている姿は相変わらずで、あの時とは違う装いながらも毅然とした気高さすら感じ取れる。

最後に()()君に出逢えてよかったよ、と感謝のフレーズを探していたところで続けざまに彼女は問いかける。

 

 

 

「ねえ、こーひーはもう買ったかしら??」

 

 

 

意味が分からない。俺は彼女にコーヒーを好むと伝えたことがあったろうか?確かに嫌いじゃなく、前職の頃は休憩時間の度に自販機で買い飲んではいたが…

 

 

 

「…いや、久しく飲んじゃぁいないな。」

 

「あら!!…ちょっと待ってて!」

 

「あっおい…」

 

 

 

言うや否や、思いの外軽快な走りで件の機械まで駆けて行く。夜の帳の中でも確かに煌めいて見える金の髪を靡かせて、その姿は幼いながらも雅であった。

…が、いざ自販機の前に立ってみるも何か行動を起こそうとはしない。その明かりに照らされた顔にはありありと困惑の表情が浮かび、やがてコテンと首を傾げた。見兼ねた様子の全身黒スーツの男が素早い動作で近づく。何処から現れたか全く見てはいなかったが、彼が少女の耳元に顔を寄せると彼女は驚いた顔をした。そのまま何かを受け取り俺の前へと戻って来る。

 

 

 

「……どうしたんだい?」

 

「あのね!!あたしあの箱の使い方が分からないの!」

 

「…………ふむ。」

 

「オギノに"おかね"は貰ったけれども、これをどうしたら良いのかしら??」

 

「おぎの…?」

 

 

 

先程の黒服の男だろうか。貰ったという金を大事そうに握りしめ、彼女は必死に言葉をぶつけてくる。

 

 

 

「ねえ○○!あたしにあの箱の使い方を教えてちょうだいっ!」

 

「箱……自動販売機のことか。」

 

 

 

お安い御用だ。人の身を捨てる一歩手前で出逢った女神のような彼女になら、残り僅かな人生でさえ捧げられるような気さえしている。

この子が知らないと言うのなら、どんな些細な事でも教えてあげよう。…頷いて返すと彼女は不安そうな顔をパァと輝かせ、金を握っていない方の掌を差し出した。数メートルのエスコート、握った手は柔らかく温かかった。

 

 

 

「さて、と。」

 

「この箱、泣いてる…?」

 

 

 

再び正面に立つや否や、繋ぐ手に力を籠める彼女。中々に詩的な表現だったが、恐らくそれはモーター音…おまけに機体自体も震えているものだからきっとそう見えたのだろう。

安心させるため、そして次のステップへ進むためにも話の進行方向を少しずらしてあげよう。

 

 

 

「寒いからね。…ところで、何を買おうと思ったんだい?」

 

「あのね、あの一番下の列の、二つ並んだ筒の右側のやつよ!」

 

「…あぁ、微糖の方のコーヒーか。…因みにどうして右側を選んだんだい?」

 

「びとぉって言うのね!…○○は"ぶらっく"?より甘いのが好きって、シキモリが教えてくれたのっ!」

 

「しきもり…」

 

 

 

あの黒服、果たして何人いるのだろうか。ここまで来て何となく予想していた事がある程度確信になりつつあった。この子…こころはかなりの()()()というやつらしい。

あれくらいの子が厳つい連中に囲まれ、自販機の使い方すら知らないなんて。絵に描いたような世間知らずっぷりに、俺はもう目が離せなかった。

 

 

 

「んっ!…あの光っているボタンを押せばいいのかしら??」

 

「うむ。…最終的にはそうなるだろうな。おかねはちゃんと貰ったのかい?」

 

「おかね??……あ、これね!見て!」

 

 

 

広げた手に載っていたのは百円硬貨が二枚。今の俺の全財産より多いのは言うまでもない上にお笑いだが、これなら釣銭の勉強にもなって丁度いいか。そのまま料金の投入口を伝え、震える手でお金を投げ入れる様を見守る。まるで爆弾の配線でも切るかのような集中力に、微笑ましく和やかな気持ちになった。

 

 

 

「…………ふぅ!ふたつ入ったわ!!」

 

「…ボタン見てごらん。」

 

「ぉわぁ!…○○っ!光っているわ!!全部よっ!!」

 

「うんうん、これは今入れたお金で買える商品を教えてくれている訳だ。それじゃあ君の買いたい……いや」

 

「??」

 

 

 

最初に言っていた微糖の缶コーヒーを押すよう言おうとして思いとどまる。何を甘んじて施しを受けようとしているんだ。今の俺なんかに百三十円のコーヒー一つだって勿体なかろうに、この子は…

幸いにも時間制限の無いタイプらしく、釣銭口に二百円は戻ってきていない。もう一つ、質問を重ねることにした。

 

 

 

「…こころは、どんな飲み物が好きなんだ?」

 

「あたし??……んーとねぇ、普段は紅茶とか、日本茶をよく飲むわね!」

 

「日本茶に紅茶…なるほど。炭酸とかは飲まないのかね?」

 

「たんさん……??どんな人??」

 

「あぁいや、タンさんでは無くて炭酸飲料……つまりはこう、シュワシュワと弾ける様な、刺激的な飲み物なんだが…」

 

 

 

どうやら本気で分かっていない様子。あればかりは苦手な人間も居るから押し付けようとは思わないが、どうせ教えるならば飲み込む味も感触も全て新しいものでこの子を満たしてあげたい、そう思った。

まん丸の目をまっすぐに向けてまだ見ぬ炭酸飲料を一生懸命に想像しているこころから自動販売機へと視線を移し、「それなら」とラインナップを確認する。

 

 

 

「…こころ、ぶどうとオレンジならどっちの方が面白いだろうか。」

 

「ぶどう!!」

 

「ほほう、その心は?」

 

「ぶどうはあんなにぶら下がっているのに全部で"一つ"でしょう?」

 

「ふむ?」

 

「オレンジも綺麗で美味しいけれど、ぶどうはその粒の分だけ可能性があると思うのっ!」

 

「……決まりだ。」

 

 

 

彼女の手を取り缶コーヒーの一段上、ファ○タグレープの缶に該当するボタンへと誘導する。クエスチョンマークでいっぱいの表情をするこころに頷いて見せると、彼女は恐る恐るといった様相でその突起を押し込む。

直後大きく響く落下音と、釣銭口から払い出される十円玉。その度にビクリと体を震わせ視線を動かす彼女の何と愛らしい事か。それぞれにブツが戻ってきていることを伝えると嬉々としてそれらを取り出して見せてくれた。

 

 

 

「すごいわ!まるで魔法ねっ!」

 

「そうともさ。科学ってのは最早魔法の域まで行っているんだよ。」

 

「でも、おかねを二つ入れたのに三つも戻ってくるのは変ね。…あっ、こっちのは穴が開いてる!」

 

 

 

子を持つ親というのはこんな気分なんだろうか。一つ、また一つと、新たな発見を経て大きくなっていく我が子。そんな姿をこころに重ねた。

 

 

 

「中に誰か入っているのかしら…?」

 

「どれ、出てきた缶を貸してごらん。」

 

「かん???…これね!はいどーぞ!」

 

「ありがと。」

 

 

 

ぷしっ、と小気味よい音と共に甘い香りが漂ってくる。中には聞き慣れたしゅわしゅわと弾ける発泡音…学生の頃は良く飲んだものだ、と昔を懐かしみつつこころに渡す。

初めは受け取ろうとしなかったこころだったが、「君のあとに俺も少し貰うから」と伝えたことで飲むことを決めてくれたようだ。緊張の面持ちで缶に口をつけ――

 

 

 

「ぷぁっ!?…こ、これ、ちくちくしてぱちぱちするわ!これも○○の魔法なの!?」

 

 

 

漫画的表現で言うなら><(こんな)目をして慌てて口を離す。こくん、と確かに飲み込んだようだが、本当に炭酸は初めてらしい。その独特の感覚に目を輝かせ、魔法のようだと息巻く…あぁ、本当に愛らしい。もう少し早く、仕事に追われる前に君と出逢っていたならば少しは人生も変わっていたかもしれない。

興味津々といった様子で二口、><、三口、><と繰り返すこころの頭をぽんぽん撫で……そろそろ別れを切り出すことにした。

 

 

 

「??」

 

「それじゃあこころ。…俺は君に会えて救われた気がする。」

 

「のまないの??」

 

「はは、それは君の記念すべき第一歩の味だろう?俺なんかが貰う訳にはいかないさ。」

 

「あら…一緒に飲めると思ったのに。」

 

「ん、ごめんなぁ。…俺はそろそろ行くから、さよならをしなくちゃな。」

 

「………。」

 

 

 

長居をしてはいけない。この子に情でも移ってしまえば、その時はもっと甘えてしまいそうになるから。

中身の波々と入った缶を持ち何も言わずに見つめてくるその顔をしかと目に焼き付け、公園を後にするため背を向ける。さようならこころ、これからも元気に――

 

 

 

「……?」

 

 

 

おかしい、いくら夜と言っても視界が真っ暗になることはないだろう。街灯もあるだろうし、何より目の前には道路があった筈だ。

とは言えこころに背を向けてしまった以上立ち止まっている訳にはいかない。暗くても歩き出そうと一歩踏み出したところでその()()()にぶつかった。

 

 

 

「あいたっ」

 

「…………君は人が居ても構わずぶつかって行くよう教育されてきたのかね?」

 

 

 

…黒が喋った。

声が上から降ってきた気がして見上げると、数十センチ上にあまりにも厳つすぎる男の顔があった。ほぼ垂直に見降ろしてくるその男はまるでライオンのようにその顔を金の鬣で囲み、髭だか髪だか分からない毛をツンツンに尖らせていて…おまけに彫りが深く浅黒いその顔に海賊のような眼帯を掛けている。

…いや怖ぇ、そしてデカすぎる。何だこの怪物は。

 

 

 

「あいや、その、お、ボクは…」

 

「………ふぅぅぅぅ…。全く、こころに頼まれて来てみたら何だ君は。」

 

 

 

厳つすぎるその人相と、睨みを利かせたような鋭い眼光に恐れ戦いていたがその口ぶりはどっしりと落ち着いていて。

聞き取れた彼女の名前から身内であることが窺い知れた。

 

 

 

「お父様!!!」

 

「お父……!?」

 

 

 

成程、言われてみれば確かに毛色は同じだ。だがあれ程の可愛らしい可憐な少女が、とてもこの目の前の二メートル超えの怪物と同じ血筋に居るとは思えない。

それでも彼女は確かに父と呼び、呼ばれた巨体の男もその表情を緩めはしたがいやしかし…っ!

 

 

 

「お父様っ!!これが○○なのっ!!すっごく優しくて、すっごく面白いのよ!!」

 

「………そぉかぁ!こころは、この○○くんの事がすきなのかぁい??」

 

「うんっ!!あたし、毎日でも○○に会いたい気分だわっ!!」

 

「ングッ……そ、そうかぁ!!それじゃあご招待しちゃおうかぁ!!」

 

「ほんとっ!?やったぁ!お父様大好きぃ!!!」

 

 

 

あぁ………。父が俺を押し退け、飛び込んでくる小さな体を大切そうに抱き締める。穏やかな声を出しつつもその目は確実に俺を睨みつけていて…

要するに極度の()()鹿()。それの最たるところに居る、とても堅気と思えない風貌の男…それもかなりの財力を擁した人間に、嘸かし大切に育てられたのだろう。そんな一人娘がどこの馬の骨とも分からない男を気に入ったとなれば…その心情は察するに値するだろう。

あれ、早く逃げないと俺殺されるんじゃ、と馬鹿な考えを抱いてしまう程に凶悪なオーラを放つ男を見ていると、後ろからガシリと肩を掴まれる。今度こそ死を覚悟しつつ後ろに意識をやると、先程まで遠巻きに見ているだけだった人間の顔がそこにはあって。

 

 

 

「○○様、どちらへ行かれようと?」

 

「…あぁいや、このままいてもこころに悪影響与えちゃうかなーと。…特に宛は無いんだがね。」

 

「ですよね。○○様に帰る場所も住む場所も無いのは当方リサーチ済みでございます。」

 

 

 

いや俺のプライバシーはどうなったのかね?リサーチとは、これが金の成せる業なのだろうか。黒服の男は表情の読めないサングラスのままで続ける。

 

 

 

「一応合意頂けないと違法手段を取る羽目になってしまいますので意向のみ確認致しますが…よろしければ、こころ様のお屋敷に来ては頂けませんか?」

 

「…その質問が形式だけであることは何となくわかる。実質、俺に拒否権はないのではないかね。」

 

 

 

まるで異世界の出来事のように、親子の微笑ましい対話を眺めつつ漫然と答える。これから自分がどの坂を転がり落ちていくのか皆目見当もつかないわけだが、どうやら俺の身柄は最早俺自身でどうこうできる問題ですらなくなるらしい。

あれだけの巨きな家柄だ。人一人消すなんて――まぁ既に存在なぞしていないに等しいが――簡単であろう。ならばせめて、少しでも事実を見極めて身を預けよう。知ることはタダなのだから。

 

 

 

「お話が早くて助かります。とは言え、○○様にとっても悪い話ではないと思いますが。」

 

「というと。」

 

「我々は何も貴方様を誘拐しようというわけではないのです。…こころ様、お嬢様たっての願いにより、貴方様を雇いたいと。」

 

「雇う…ね。あんなに小さい子に情けをかけられるたぁ情けないものだが…それに素直に甘えるほどプライド捨てちゃあいないんだが。」

 

「……そう仰られるとは思っておりました。…だからこそ、ご多忙の身であられる御当主様が直接参られたのです。」

 

「…どう繋がりあるのか俺には分から」

 

「なぁ青年。…○○君とか言ったか。」

 

「へっ?」

 

 

 

黒服との会話に夢中になりすぎたようで。いつの間にやら目の前にはあの大男と心配そうな顔のこころ嬢。父親の方は少しご機嫌そうに見えるが、外見だけでは計り知れない何かで出来ていそうな体だ。

彼がしゃがみ込み、少し目線を下げて語りかけてくる。

 

 

 

「正直なところ、私としてもあまり歓迎できる話ではない。」

 

「……。」

 

「それでも、だ。…先程の一部始終も見させて貰ったが…こころは随分と君に懐いているようだ。」

 

「……はぁ。」

 

「私はなぁ青年。色々と巨きくなりすぎたこの会社の舵取りで精一杯でな。構ってやれ無い分、こころの望むものは何でも与えようと誓ったのだ。…その結果付けたSP連中も、与えた金も、全てがこころを現実から遠ざけてしまったように感じる。」

 

 

 

過保護にしすぎて箱入り娘状態にしてしまったということか。そしてそれを悔やんでいると…。

あれ程の大企業を一代にして創り上げた男の描いた理想がどういったものなのか、俺如きに想像できるものじゃあないが、少なくとも今のこころの置かれている状況は好ましくないものであることは推察できた。

今の彼の放つオーラには先程のような威圧感は無く、一人の父親としての後悔と戸惑いの色があるのみだった。

 

 

 

「このままじゃぁこころは、娘は世間知らずなまま、子供のまま大人になってしまうと心配していたんだが……まさかこころが自販でジュースを買うとはなぁ。君に教えて貰っているとは言え、未知のものへの興味を示したのが嬉しくて嬉しくて…。」

 

「……本当に初めてだったんですね。」

 

「もうすぐ高校生だというのに…恥ずかしい話だがなぁ。まぁ、俺の知らない部分も多いんだろうが、「○○公園に飲み物を買う機械を置いて欲しい」と直接頼まれた時なんか嵐が来る予感に怯えたもんよ。」

 

「……ん!?あの自販、こころが??」

 

「なんだ聞いていなかったのか。…君に出逢ったのが余程響いたんだろうな。黒服に調べさせたらしい「こーひーっていう飲み物」を買える機械が欲しいなんて言い出すもんだから…だが今日君の姿を見て決めた。」

 

「……ずっと、見られていたんですか。」

 

 

 

そう考えると少し気恥ずかしい気もする。斯く言う俺も、こんな小さな子の面倒をしっかり見たのは初めてだったわけだし。

 

 

 

「私は…弦巻家は、君を雇いたいと思う。こころに付ける、一般教養の講師として…だ。」

 

「………弦巻家の雇われ講師とは、少し荷が重すぎやしませんかね。」

 

「はっはっは…!なあに、肩書きこそ堅苦しいがね。……こころと、あと下に妹が居るんだが、その二人の遊び相手になってくれるだけでいい。」

 

「…うまい話には裏があると聞きますがね。」

 

「ええい中途半端に頭の回る青年だな君は…!…タネを明かすとだな、まあ別に隠すつもりもないのだが、給料は出ない。」

 

 

 

雇う=賃金、と思っていたが、成程そういうわけか。彼の言いたいことはわかったし、確かにその目的なら俺のような現状を持つ人間は都合がいいだろう。

 

 

 

「…成程?つまりは…ふむ。」

 

「その代わりといっちゃぁ何だが、生活についてバックアップをさせてもらう。部屋も君用の物を用意するし、使用人もつけよう。生活に必要な金に関しても心配はいらない、兎に角…この子の傍にいて欲しいんだ。」

 

「何処の馬の骨とも知らない人間にそんな…」

 

「私の娘が選んだ人間なんだ。…それを信じてやれなくて何が父親か。」

 

 

 

…あぁ。この人はきっとその目と懐で"弦巻"のブランドをあそこまで大きくしてきたのだろう。片手を愛娘に握られて顔こそ崩れかかってはいるが、その瞳は真剣。真に娘のことを考えている父親の精悍な顔つきだった。

そもそもそこまで言われておきながら選択肢を選べる立場じゃない俺。答えは決まっていた。

 

 

 

「……お世話になります…でいいんでしょうかね?」

 

「…請けてくれるか!」

 

「待遇からして俺が断る理由もないですし、俺もお嬢さんに救われた人間ですから。……精一杯、仲良くさせてもらいますよ。」

 

「…私が目を掛けてやれないばかりに…本当に済まない。娘たちを、どうか頼む。」

 

 

 

大企業の頭首が住所も仕事もない見窄らしい男に頭を下げる。この非現実的な光景に、俺は冗談紛いで呟いていた神とやらの存在を信じそうにすらなっていた。

思わず涙を堪える形になった俺の返事は、雪の降る公園に吸い込まれて消えていった。

 

 

 

「やったわ!これからは毎日一緒ねっ!○○っ!!」

 

「……ありがとうこころ。君の言うとおり、()()()()に巡り会えたようだ。」

 

「うふふっ、そうでしょうそうでしょう!」

 

「これから宜しくなぁ。」

 

 

 

 




お話全体で言えばここまでがプロローグ




<今回の設定更新>

○○:ようやく働き口が見つかったかと思えばとんでもなく重大な仕事だった。
   二人のお嬢様と共に過ごす本編、次回から始まります。

こころ:天使。彼女の機嫌一つで国が浮き沈みするといっても過言ではない。
    四月からは高校生。まだまだ無邪気なものである。
    八歳下の妹が居る。

父:こころのお父様。弦巻という名を世界に轟かせた張本人。
  各国の首脳も頭が上がらないほどになった弦巻をコントロールするため、日夜
  奮闘しているのである。超がつくほどの子煩悩で、甘やかしすぎとも取れる娘
  達の待遇は、傍に居られない父親の精一杯の愛情である。
  こころの妹が生まれると同時に妻を亡くしているが、人生で愛する女は一人と
  心に決め、娘たちには悪いと思いつつも再婚せずにいる。

オギノ:黒服の一人。最近お洒落なネクタイを故郷の母親よりプレゼントされたが
    SP規定に反する為着けられずにいる。梅干が好き。

シキモリ:黒服の一人。辛いものが苦手なのに好き。
     汗まみれで中辛のカレーをチマチマ口に運ぶ姿は最早黒服内での名物。


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2020/02/14 季節の祭事に父親の苦悩を見た時

 

 

 

熱く、苦しく、狭く。

深い眠りの中、何かに飲み込まれるような感触に身を捩る。

俺はここから何処へ行くのだろう。行く宛のない旅、人生とは、生きる意味とは…分からない事ばかりだ。

 

ここは何処なんだろう。恐らく暗い闇に視界を埋め尽くされているのはそう、俺が目を閉じているからである。だがこの熱は何だ?妙に柔らかいものの間に挟まっている感触、それに――自分ではない何かの匂い。

それらが俺を蝕み、ここではない何処かへ引き摺り込む様に身を縛るのだ。自身に残された選択肢は身を委ねるか力の限りに暴れまわるか、はたまた――

 

 

 

「……あっ、目が覚めたのねっ!」

 

「…おはよう、こころ。…それにまいんも。」

 

 

 

この子達は何度言ったら自分の布団で寝てくれるのだろうか。毎朝寝苦しくて堪ったもんじゃない。

漸く慣れ始めた、お嬢様と使用人の居る自室の天井に今日の始まりを予感した。

 

 

 

**

 

 

 

「○○さま、今日のご予定を申し上げます。」

 

「あぁ…といってもいつも通りなんですよね?」

 

「ええ、いつも通りでございます。」

 

「なら…いいかな。」

 

 

 

使用人を付ける――()が契約時に言った言葉だったが、まさかこれ程の人数を付けられるとは予測できないだろう。部屋の雑務をこなす担当、着替えや入浴など体に直接触れて関わる担当、メディカルチェックやメンタルチェックを行う担当、食事や外出について手を回す担当、そして、それらを統括する言わば使用人の長のような存在。

俺は観察対象の動物か何かなのかと勘違いしてしまいそうになる程、四六時中誰かが付いているらしい。と言っても、プライバシー面の考慮かはたまた生活環境の向上の為か、常時監視するスタッフを俺が視認できることは少ない。必要だと思った時には居るし、意識していない時にはまるで存在が無いようなのだ。

…もしかしたら超常や霊障の類なのかもしれないということも危惧すべきなのか…。

 

 

 

「時に○○様。」

 

「ん。」

 

「以前仰っていた"仕事"の事ですが…」

 

「あー……やっぱ難しい…ですかね?」

 

「ええ。ご当主様にもお伺いを立てたのですが…○○様が働きに出てしまってはお嬢様たちが可哀想では無いかと。」

 

「あのオッサン…自分の事棚に上げよってからに…」

 

「…??」

 

「あぁいえ、こっちの話です。」

 

 

 

現在の俺の立場としては、ここ弦巻家の二人のお嬢様――こころ、まいんの姉妹に外界の知識を教え込みつつ日常の面倒も見る…まぁ身の回りの世話なんかをやる訳じゃあないが、要は適度な距離感で遊び相手になってやる…といったところか。

だが拾ってくれた恩を感じている身としては、働きもせずに毎日ダラダラ過ごすのも居心地が悪い訳で…それでこの使用人の長…いやもうメイド長って呼んじゃおう、メイド服っぽいの着てるし。

そのメイド長に「何かバイトでもいいから働き口は無いか」と訊いたわけだ。本当はこの家の事でも手伝わせてもらおうと思ったんだが、その辺は使用人レベルのポテンシャルを発揮できるわけも無く自重した次第。

…まあ、結果的には予想通りではあるのだが。

 

 

 

「申し訳ございません、お力になれず。」

 

「いえ、俺も流石に無理な相談だったかなとは自覚してますんで。」

 

「………はあ。では本日の予定ですが――」

 

「いつも通りなんでしょう?」

 

「……そうでしたね。何でも無いです。」

 

 

 

メイド長はうっかり者らしい。

 

 

 

**

 

 

 

「○○、今時間大丈夫かしら??」

 

「んー。」

 

 

 

昼過ぎ、特にやることも無いので庭で噴水の手入れを手伝いながら使用人さんと駄弁っているとお嬢姉妹が走ってきた。…今更ながら、この子達は学校に行かなくていいんだろうか。

 

 

 

「ほら、まいん。見せたいものがあるんでしょう?」

 

「うん。」

 

「まいん?……どうしたー?」

 

 

 

こころのうしろから恥ずかしそうに顔を覗かせているちいちゃなお嬢様。容姿はこころを少し活発にした上で幼くしたような、似ているがそっくりじゃないといった印象の綺麗な子だ。

そのまいんが恥ずかしそうにもじもじしていたもんだから、しゃがみ込んで視線を合わせて行動を見守る。やがて後ろで組んでいた手を突き出してきたかと思えば、手渡されたのは小さな包みだった。

 

 

 

「……??」

 

「○○にーさまに、つくったの。」

 

「つくった…?」

 

 

 

よくよく見てみると両掌で丁度収まる程のラメ入りの透明なラッピングが施されたのは小さな紙の箱。歌が無いので中身は見えるのだが……ははあ成程、お弁当のおかずを仕切る様な紙のカップに数種類のカラフルな丸いものが入っている。横から黒服の人におしぼりを手渡されたことから察するに、食べ物なんだろうが…。

 

 

 

「今、食べてもいいのかい?」

 

 

 

改めてまいんに訊くと、こくりと小さく頷いた。こころもにこにこと見守っていることだし、有難く食させてもらうとしよう。

丁寧に結ばれた金色のモールを解き、カサカサと音を立てるラッピングの中へ指を差し入れる。うん、鳥の巣のような紙細工もお洒落で中々に凝った出来だな。

…………お、どうやらビター系のチョコレートらしかった。冷蔵庫から出したばかりなのか、ひんやり・カリカリとした歯触りが何とも心地よい。

 

 

 

「ほほーっ!、こりゃ美味しいなぁ。」

 

「ほ、ほんとっ??」

 

「勿論だとも。…まいんはお菓子作りの才能あるかもなぁ。」

 

「ほんとにほんとにほんとっ??」

 

「あぁ本当だよ。」

 

「………えへへ…へへへっ!!」

 

 

 

緊張が解けたのか恥ずかしそうな表情も消え笑いながらこころに抱きつく。見ていて実に癒される光景なのだが、まいんは確か今七歳。チョコレートどころか台所にも立ったことが無いんじゃ……?

俺の視線から察したのか、まいんの頭を撫でつつこころが補足してくれた。

 

 

 

「まいんったら○○の為に頑張りたいってお願いするもんだから…あたしと杉山(すぎやま)でお手伝いしたの!」

 

「杉山さん…?」

 

「はいー?坊ちゃん、呼びましたかな?」

 

「うぉっ……いやっ、呼んでなっ…別に用があったわけでは…」

 

 

 

にゅっと出てきた初老の男性。執事のようなポジションだろうが、そういえばよくこころが呼び出しているところを見かける。やはりその年齢や人生経験から、持ってるスキルも多いのだろう。今は特に用事もなく俺達の断りを聞いて「何かありましたら何なりと」と言い残して仕事へと戻って行ってしまったが…。「爺や」って感じの人だなぁ。

本当にここの使用人の人たちは気配もなく現れるんだよなぁ。心臓に悪いことのこの上なしだ。

 

 

 

「こころはお菓子作りとか得意なんだっけ?」

 

「んーんっ、始めてやったわ!」

 

 

 

ってことは実質杉山さんの指導の賜物か…しかし、もともと高級そうな菓子以外見分けがついていなかったまいんが手作りのチョコレートをプレゼントしてくるとは…子供の吸収は早いと良く言ったもんだがこれ程とは。

 

 

 

「…そうかね。…それにしても、どうして急に俺にお菓子を?」

 

「??だって、○○が教えてくれたんでしょう?」

 

「………チョコレートの作り方は杉山さんから教わったんじゃないの?」

 

「えと、今日は、チョコレートを好きな人にあげる日なのよね?」

 

「…………。」

 

 

 

はて。そんなこと教えたろうか。

記憶を手繰ってみるもそんな事話した覚えは…

 

 

 

「はいっ!」

 

 

 

ズビシィ!と美しいフォームで真っ直ぐ挙手して見せるまいん。元気があって大変よろしい。

 

 

 

「はいまいんちゃん。」

 

「んとね、にーさまがね、前のお仕事のお話しててね、"かっちきょぴい"を考えたって言っててね、チョコレートのね、二月は十四日なの!」

 

「…………。」

 

「うふふっ、まいん、よく覚えてるわねっ!」

 

「えっ分かんの?」

 

「えぇ!花マルの回答だわっ!」

 

 

 

ううむ。姉妹という事もあってか、今の怪文章でさえ意思の疎通が図れるらしい。俺にはさっぱりだったが、「いい?まいん。"かっちきょぴい"じゃなくて、"キャッチコピー"っていうのよ。」「きゃちきょぴ…ちゃっち…きゃっちきこっぴ…」と繰り広げられるトークを眺めていて何となくではあるが思い出せた気がする。

以前まいんに前職のことを訊かれて教えてあげた時の事、わかりやすいようにと「お菓子のキャッチコピーを担当した話」をしたんだっけ。時期も時期だったのであの時は確かバレンタインフェアの広告の話をしたんだ。

そうか…気付けばもうそんな時期なのか。

 

 

 

「はっははは、上手に言えないかな?」

 

「むー!にーさま、むー!」

 

「成程、飽く迄も感情は表情で表現するんだね君は。」

 

 

 

上手く発音できない事に膨れて見せるまいん。言葉の意味も分からないだろうし、言えずとも可愛らしいものなのだが。反面無駄に誇らしそうなこころは一体…?妹相手にマウントを取ろうとでも言うのかね?

 

 

 

「あたしは言えるわっ!キャッチコピー!…えへん。」

 

「中三にもなったら言えないと困るわなぁ…。」

 

「にーさま、にーさま、もう一回!」

 

「ん。…キャ・ッ・チ・コ・ピ・ー。」

 

「き・や・つ……き・ぁち・か…むむむむ……!!!」

 

 

 

まぁまぁ、言葉の意味はいずれ教えて行こう。ぽんぽんとその小さな頭を撫で、貰ったチョコレートをもう一つ口へ放り込む。ついでに、こころとまいんの口にも一つずつ。

ぱぁっと笑顔が宿る二人と笑い合えるこの状況は二ヶ月前の自分からは想像もできない程幸せなものと言える。確かに仕事やら何やら思い通りに動けないこともあるけど、今はこの子達に精一杯寄り添って行く事こそが俺にできる事なのだ。

難しい言葉など考えず、真っ新に素直な感情で純粋な少女たちと…

 

 

 

「にしても、バレンタインにこんな綺麗な子からチョコレート貰えるとはなぁ。」

 

「…う?」

 

「本当ねっ!○○は幸せ者だと思うわっ!」

 

「そうだよなぁ…。…ちなみに、こころはお父さんにでもあげたのかい?」

 

「お父様に?…何故かしら??」

 

「えっ」

 

 

 

あげて…ないの?あれだけ親馬鹿な父親だというのに、年に一度の一大イベントにチョコの一つも貰えないとは…。まさか返しが「何故」と来るとは思わなかった。

 

 

 

「ほ、ほら…バレンタインデーってさ、大切な人とか大好きな人にお菓子を送るだろう?」

 

「……そうなの??」

 

「…………そう思ってのコレじゃないのかい?」

 

「だから、あたち、○○にーさまに、ちょこ作ったの!」

 

「そ、そうだよねぇ!まいんには本当にありがとうだなぁ!」

 

「へへへへっ!」

 

「……で、こころは?」

 

「…????」

 

 

 

このキョトン顔…なるほどなるほど。こころは全く以て分かっていないらしい。興味がないのか理解しようとしていないのか。

…仕方ない、仮にも雇い主はあの父親なのだ。恩返し…とまでは行かないだろうが、こころを()()()に仕向けるよう動いてみよう。

 

 

 

「成程成程……黒沢(くろさわ)さーん。」

 

「はぁい。」

 

「…本当に呼んだらすぐ現れるんだな此処の人たちは…。」

 

「??」

 

 

 

黒沢さんとは、俺に付いてくれている使用人さんの中でもフランクで話し易い女性だ。早めの昼食を済ませたところからさっきまで、丁度噴水の手入れを見に行くところまでは一緒に居たのだが気が付いたら姿を消していて…で今に至るって訳だ。

何処に行っていたのかとか声が聞こえる距離には絶対居なかっただろうとか、言いたいことは色々あるが今はこころのバレンタイン問題に付き合ってもらわねば。

 

 

 

「今ってキッチン使えたりする?」

 

「ちょっと待ってねん。」

 

 

 

すっかりタメ口で話す仲となった黒沢さん。何処かにインカムで連絡を飛ばしているようだが、ものの数秒で

 

 

 

「いいらしいよん。」

 

 

 

笑顔のサムズアップ。雰囲気はフワフワしている癖に結局のところ有能な為、流石は弦巻家のスタッフと言う訳だ。

 

 

 

「こころ。」

 

「なあに?」

 

「…こころも作ってみないかい?チョコレート。」

 

「何故かしら?」

 

「いや、ほら…お父さんにさ」

 

「お父様は別に好きじゃないもの。…あっ、○○の為になら作るわよ!」

 

 

 

それは一番いけないパターンだぞこころ。その結果お父様に俺がどんな酷い仕打ちを受けるか…考えるだけで身震いが止まらなくなってしまうぞ…

 

 

 

「あら、震える程嬉しいのねっ!…ふふふっ、いいわ!まいんも一緒に作るわよっ!」

 

「う?なにするの??」

 

「チョコレートよ!今度はあたしから○○にプレゼントするのっ!」

 

 

 

おいおいおいおいおいおい…………。何故か別ベクトルでやる気を出してしまったこころの「思い立ったが吉日パワー」に周りの黒服が慌ただしく動く気配を感じる。安全面の配慮か、当主様への情報隠蔽か…軌道修正を諦めた俺の隣で、ケラケラと黒沢さんは笑った。

 

 

 

「いや笑い事じゃないからね?」

 

「いーのいーの、お嬢様から何も貰えないのはいつもの事だからね~。」

 

「…そこで俺だけ貰っちゃうのはマズいでしょ…」

 

「あはははっ、死んじゃうかもねぇっ!」

 

 

 

…どっちがだろう。ただその能天気な笑い声と裏腹に、二人の姉妹の背中は小さく…いや近くに居ても小さいのだが、屋敷の中へと入らんとするところだった。

仕方がない、今日は俺だけがいい思いをしちゃいますかね。

 

 

 




バレンタインのおはなし。




<今回の設定更新>

○○:子供には好かれる方らしい。
   年齢的にお兄さんとおじさんの狭間で揺れているらしく、まいんに
   「にーさま」と呼ばれるたびに胃が痛むらしい。

こころ:他シリーズより控えめっぽい、まだ中学生のこころ。
    …といっても後数十日で花咲川女学園に進学するのだが。
    ちょうど父親が鬱陶しい時期。

まいん:純粋に可愛い。少し横文字が苦手な様で、やや舌足らずな喋り方。
    主人公をにーさまと呼び慕っている。かわいい。

黒沢:とも……
   笑顔が素敵な良い人。主人公と色々共通点があるらしく、屋敷内での
   数少ない友人ポジションになりそう。

杉山:渋く光るナイスミドル。多分出番はそう多くないが至極真っ当な人間
   であり、物語上非常に使いやすい。
   紅茶には煩く、語りだすと日が暮れることもしばしば。
   亀下(かめした)君という若い執事見習いの教育係を担当している
   らしい。


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2020/03/28 新生活の予感と情の交錯を見た時

 

 

 

「…と言う訳なんだ、どうしたものか。」

 

「どうしたも何も、当主様からの頼みとあっては…。」

 

 

 

久々に顔を合わせた弦巻のトップ。この日本という国に於いても最早トップクラスの位置に上り詰めている、と言っても過言ではない大男が、俺の様なつまらない人間の前で肩を落としている。

そんな姿で頼み込まれてしまっては、実質俺に拒否権が無いのも同義だろう。

 

 

 

「送迎車はマズいんですかね。」

 

「「徒歩での通学」…それこそがこころの望みだと言っておろうが。理由は明かしてくれなかったが…。」

 

「んー……」

 

 

 

もうすぐこころは高校生。然程遠くない場所だが歩けば二~三十分はかかる距離にある、「花咲川女子学園」とかいう学校の高等部に通うらしい。今は別の学園の中等部生なのだが、高等部が併設されていない為の進学と言う訳だ。

それにあたり、こころは現在と方針を変えたい…具体的には、登下校を自分の足で行いたいと意思表示を見せた。今は過保護気味な当主の意向もあって、専任のドライバーが黒塗りの車で行っているのだが…高校生ともなれば特にデリケートな年頃だ。思うところもあるんだろう。

だが不安が募ってしまうのも親の性というものであって…。

 

 

 

「お気持ちは察しますがね。…結局のところ、あの子も大人に成ろうとしているところですし。」

 

「だからこうして頼み込んでいるではないか。いつもあの子と一緒に過ごしてくれている君に。…折衷案というか、程よく妥協し合えるような…」

 

「んー……まぁ、少しお嬢様とも相談してみますかね。あの子の要求もあるかもしれませんし。」

 

「……すまないな。だが、くれぐれも安全面を第一に――」

 

「分かってますとも。」

 

 

 

どんなに厳つくても人の親。娘を愛するがあまり、今日の当主様は少し萎んで見えた。

 

 

 

**

 

 

 

「…こらまいん、降りんさい。」

 

「や!」

 

 

 

こころと通学に関して相談しに部屋を訪れたというに、何故俺は視界を塞がれているのだろうか。

姉妹揃ってこころの部屋に居たもんだから、引き離すわけにもいかず。仕方なくお絵描きに夢中なまいんの隣に腰を下ろし、こころと向き合う形で話を始めたはいいのだが、絵に飽きたまいんがだっこやおんぶを強請り出してからおかしくなってきた。

結果こうして肩車の形を取り、しがみつく手によって目を覆われてしまっているのだ。

 

 

 

「ふふっ、高い所からの景色は格別よね、まいん。」

 

「うん!あたち、のっぽになったみたい!」

 

「…あたしも次やってもらおうかしら。」

 

「こらこら、まずは大事なお話をしてしまわないと、だろう?」

 

 

 

肩車した先で特に何かをしている訳でないのに、頭上でキャッキャッと燥ぐまいん。この子のやんちゃっぷりは、こころとは似ても似つかないところがあると思う。

不穏なことを言い出すこころを制し、改めて問うことにした。

 

 

 

「…歩いて通いたいのが「普通の子と同じようにした」って目的なのはわかった。…だがお父さんの心配な気持ちについてはどうだろう。」

 

「んー。お父様は心配性すぎるんだもの。あたし、もう子供じゃないわ。」

 

「…参ったな。」

 

 

 

荷が重すぎるぞ当主さん。俺は確かに口も上手けりゃ言葉も回るし、こころ達に懐かれているという状況的アドバンテージもある。…だが、一度も親を経験したことが無い。

親になったことが無い人間に親の気持ちが分かるのか?…現実問題として、安全面を考えた当主の依頼を全うすならばこころの気持ちなど度外視し送迎してしまうのが一番いいだろう。だが彼女とていつまでも子供じゃない。やりたいこともやりたくないこともある。それらと上手く向き合って、互いに尊重し合い行動決定をする…それが親の取るべき態度なのだろうが…。

 

 

 

「……○○は、あたしのこと心配?」

 

「うん。…こころは俺の恩人だからなぁ。」

 

「恩人だから心配なの??」

 

「……………。」

 

「お父様に頼まれたんでしょ。」

 

「…知ってたのか。」

 

「何となくだけども。……どうしてもそうしなきゃいけないのなら従うけれど、お父様はお外を歩かないじゃない。普通の子を、知らないじゃない。」

 

 

 

つまらなそうに髪を弄り、溜息を吐く。掴む場所が変わり解放されたての両目で、指に巻きついてはするりと解けていく金の髪を見ながらどうしたものかと考えを巡らせる。

どちらかと言えばこころの気持ちの方が共感できる気さえするのだ。ついこの前まで、俺も子供だったのだから。

どれくらいその姿を眺めていたか。もうこの部屋には答えが無いと踏ん切りをつけ、ドアの方に向かって声を掛ける。

 

 

 

「…黒沢さん、今外出いいかな?」

 

 

 

…あの黒服連中はどういうカラクリだか、普段敷地内で目にすることは出来ない。何かがあって、用が出来てから初めて姿を見せるのだ。

よってこうして何もない所に呼び掛けてみれば…一、二秒の間を置いて明るい声が。

 

 

 

「はいはーい。何のお出かけですー?」

 

「……こころとまいん連れて、さ。通学路の下見に。」

 

「あぁ~なるほどね。」

 

「つうがくろ??」

 

 

 

俺の言葉にニヤリと笑う黒沢さんと首を傾げるこころ。言葉に馴染みが無いのは、まともに"通学"という行動を自らの意思で行ったことが無い為か。

 

 

 

「あぁ、通学路ってのは――」

 

「学校へ通うための道、「通学」の「路」のことですよお嬢様!」

 

 

 

隣から割って入って来る黒沢さんに台詞後半部分を取られる。俺が講師だと聞いていたんだがこの人は全く…。

だがその言葉にパァと顔を明るくしたこころは、

 

 

 

「!!いいわねっ!○○、すぐに準備して出掛けましょ!!」

 

 

 

とても乗り気でいらっしゃった。

 

 

 

「……そうだな。…ほらまいん、お出かけするから一回降りよう?」

 

「う?どこいくの?」

 

「お姉様の新しい学校を見に行くんだよ。…一緒にお散歩は嫌かい?」

 

「がっこ…!!…いくぅ!!」

 

「ん。それじゃあ黒沢さん、俺の上着とこころ達の外出用――」

 

「もう準備済みですぅ。」

 

 

 

流石弦巻の使用人。俺の言葉を先読みしていたかのような手際の良さ。

…ふと窓から見た外では、穏やかな日和を感じさせる春の風が吹いていた。

 

 

 

**

 

 

 

寒すぎず、かと言って変にぬるくもない…そんな日の下を三人並んで歩く。俺を真ん中に挟み込む様にして、両側は姉妹が固めている状態だ。二歩程後ろを、黒沢さんも付いて来ている。

 

 

 

「うふふっ!お外はいい匂いがするわね!」

 

 

 

ぐいぐいと俺の右手を引っ張る様に歩くこころはリードを繋がれた犬を連想させる。世界の弦巻のご令嬢に失礼な想像だとは思うが、屋敷でお嬢様お嬢様しているよりよっぽど可愛らしいと俺は思う。

 

 

 

「『春の日差しに青い空、澄んだ風景に咲く一輪の華の名は』…ふっ、久々に癖が出ちまった。」

 

「ぃくちっ!」

 

「…まいん?…まだ寒かったかな。」

 

 

 

対照的に大人し目な左側のまいんは、商店街の方面へ向かう下り坂の最中終始くしゃみを放っていた。春とは言えまだ三月。暖かくなったと過信するにはまだまだ早かろうて。

後ろの黒沢さんに目配せすれば、すすすと近寄り小さなお嬢様の鼻を拭き取り下がっていく。ずびずびと鼻を鳴らしているまいんだが、俺に向ける表情はハの字眉が印象的だった。

 

 

 

「あのね、スギヤマがね、かーふんしおだって言うの。」

 

「かーふんしお?」

 

「うん。かーふんしおは春になると、くしゃみがいっぱいなんだって。」

 

「……花粉症か。…それなら丁度つらい時期だなぁ。」

 

「ふぇくちぃっ!」

 

「…家に居た方が良かったんじゃないかい?」

 

 

 

花粉症だと知っていたならば無理には連れ出さなかったのに。純粋な心配からそう言ったのだが、まいんはムッとした様子で、「姉様と一緒にいるの!」と返した。

この年頃ならば、まだ上のきょうだいの後を追いかけまわす頃か。怒ったのかもしれないが微笑ましい姿に和まされる。

 

そんなこんなで歩く事三十分ほど。歩き疲れたまいんをおぶって歩いていたらしっかりした造りの校門が見えてきた。

花咲川女子学園…どうやらここが正門に当たるらしい。

 

 

 

「……広。」

 

「ここが…あたしの通う…!」

 

 

 

部活動に勤しんでいたと思われる生徒とすれ違いながら、暫し校門で佇む。じっと校舎を見上げて目を輝かせているこころを見詰めながら、自分の学生時代を思い返してみる。

中学から高校へ、学び舎が変わり勉強やら何やらで面倒事が増えるだろう…といったことくらいしか考えていなかった俺とは違い、この子はきっと明るい未来を見ている。ココに通う事で、環境が変わることで、新しいものに出逢えるという期待。その可能性に、胸を膨らませているんだろう。

…だとしたら、毎日付随する登下校に際して彼女の希望の邪魔をするのは悪手…もとい可哀想だ。こころが一息ついたのを確認して、話しかけてみる。

 

 

 

「…どうだった?実際歩いてみて。」

 

「とっても素敵!お外に出るだけでもワクワクするのに、木も壁も、人も車も街も空も!ぜんぶぜんぶ輝いて見えたの!…あたし、この道も大好きになったわ!」

 

「ふむ。相変わらずのワードセンスだな。」

 

「…○○は楽しくなかった?」

 

「…楽しかったとも。久々にのんびりと歩いてみて、散歩も悪くないかなーとね。」

 

「ふふふっ、それは結構ね!」

 

「あたちつかれた。」

 

 

 

まいんには少し遠かったし、仕方ないだろう。後半は背中に乗って居たとは言え、小学生の足で歩く距離じゃない。

 

 

 

「でも、おんぶはあったかいからすき。」

 

「…それは結構。」

 

 

 

それはそれということで。

 

 

 

「…さてこころ。実は歩きながら、少し考えていたことがあってだね。」

 

「なあに?」

 

 

 

散歩の時間を利用して俺なりに考えを纏めてみた。父親の気持ち…正直ほぼ分かっちゃいないが、過保護になる気持ちはわかる。それだけの愛があって、オーバーに再現できてしまう財力があるってだけで。

そしてこころの気持ち、これも当然分かる。だからこそ、唯一俺が協力できる分野だと思ったんだ。

 

 

 

「……君がこの、毎日の景色にときめく時。傍に俺が居るのは不満かな?」

 

「…そんな、不満だなんて。…○○は○○の世界を持っているし、あたしの話もちゃんと聞いてくれるもの。一緒に居て楽しいと思っているわ。」

 

「そりゃどうも。」

 

 

 

恐らくこころは嘘を吐くような子ではないし、何と言うかその…何なら正直すぎる子だ。気遣いから本心を隠したり偽るような子ではない。

真っ直ぐにぶつけられる純粋な親しみに思わず頬がニヤケそうになる。

 

 

 

「…当主としては、君が一人で登下校するのが不安な訳だ。…何かあった時に、誰も見ていないんじゃ不安が過ぎるからね。」

 

「…………ええ。」

 

「………だから、毎日俺が歩いて送迎するというのはどうだろう。」

 

「……………。」

 

 

 

勿論軽く考えているつもりはない。若い子の体力に合わせて――というのも中々にしんどいものだとは思うし、当主がそれを納得してくれるとも考えにくい。だが、こころが抱く「普通の子のように振舞いたい」という願望を叶える為には、この関係者の中で唯一普通の人間である俺が動かねばならんのだ。

それもまた、俺の仕事なのだから。

俺の案に未だ下を向き声を発さないこころに続けて声をかけてみる。

 

 

 

「……あー、いや、こんなおっさんと毎日歩くのも確かにアレだわな。…考えが足りなかったよ。」

 

「……ちがうの。」

 

「……。」

 

「○○……無理、してない?」

 

「特には。」

 

「でも……面倒じゃないの?あたしの我儘に、付き合わされてって…」

 

 

 

ははぁ。成りは小さいにせよ心は立派なレディだったって訳だ。まだまだ甘えていい立場だというのに、一丁前にもおじさんの心配をしているのだから。

申し訳なさそうで、それでいてどこか嬉しそうでもある彼女のテンコツに手を載せ、二度三度と髪を梳く。

 

 

 

「…あのなぁ。さっきも言っただろう?散歩も中々悪くないと思ったんだよ俺は。…おじさんだからなぁ。」

 

「………でも、毎日まいんをおぶっていたら疲れちゃうでしょう。」

 

「いや、付いてくるのは俺一人。まいんはまいんで学校があるだろう?」

 

「…………ぁ。」

 

 

 

どうやら肝心なところでお茶目をかましていたらしい。勿論俺だって毎日やんちゃお嬢様を抱えて付き添う気は無い。死んでしまいます。

 

 

 

「……だからさ、こころ。俺に隣を歩かせちゃくれないかね。」

 

「っ!!…えと……その……。」

 

 

 

若干顔が赤らんでいるのは数十分も歩き続けたことによるものだろう。…あの屋敷暮らしだと、確かに移動距離は長そうだが自分から何もせずとも用を足せるわけだし。

暫くうーうー唸っていたが、やがて俺の手を取り、

 

 

 

「……え、えすこーと、宜しくお願い…ね。」

 

 

 

と小さく口にした。いつも元気なこころにしては珍しく、どこか緊張したような様子に彼女なりに期待と不安を併せ持っているのだろうと推測する。

さて、まいんも背中で欠伸をかましているし、そろそろ帰るとしよう。まだまだ歩けると強がるこころだったが、言葉とは裏腹に上気した頬とやや荒い呼吸が疲れを物語っていて。後ろで控えていた黒沢さんに目配せするなり、何処からかすっかり見慣れた黒塗りの車が入ってくる。未だに疑問だが、あの手の車はどうやって曲がり角を曲がるのだろうか。

 

 

 

「ふっふっふ…やったね○○さん。」

 

「黒沢さん?……何だいその含みのある笑みは。」

 

「もぉー、○○さんの女ったらし!スケコマシ!」

 

 

 

他の黒服連中が車に姉妹を押し込んでいる横で、ニヤニヤと面倒なノリで絡んでくる黒沢さん。バシバシと背中を叩く力が…思った以上に強い。女を誑した覚えもコマした覚えも無いが、相変わらず距離感がおかしい黒沢さんの勢いに疲弊しつつ、会話の逃げ道を探す。

 

 

 

「仕方ないでしょう…当主直々に「何とかしろ」って丸投げされてるんだから。」

 

「だからってあんな…「こころ、俺は君の隣を一生歩くよ」…みたいな!みたいなさぁ!」

 

「言ってない。」

 

「そりゃお嬢様も堕ちるってもんです。…はぁーあ、ホント口だけは達者なんだねぇ。」

 

 

 

失礼な。

丁度その辺りで発車準備が整ったと報告を受けたので、二人してじゃれ合いながら乗り込む。

車でも十分ほどかかる道程。こころはどうしてそんな苦労をしてまで、普通になりたがるんだろうか。

 

 

 

「にーさま!おなかすいた!」

 

「そうだね。…お家帰ったら夕飯だし、もうちょっとの辛抱だなぁ。」

 

「にーさまはすいてない??」

 

「うーん。この後の仕事を考えると胃が痛むんだよなぁ。」

 

 

 

暖かい車内では鼻づまりのまいんが元気を取り戻していた。静かな揺れを感じながらも、少し熱くなっていた心身が冷えていく感覚と次の事柄に思考を移す脳。

只散歩しに来たわけじゃない。この時間で決めたことを、これからあの父親に報告せねばならんのだ。折衷案…とも言い難い案だし、今更ながらに俺一人で抱え込めるような責任の大きさではない事に胃がキリキリ鳴っていた。

 

 

 

「…おなかいたいの?」

 

「あぁごめんね。大丈夫、大丈夫だから。」

 

「うー……じゃあおねーさまは??」

 

「……。」

 

「おねーさま?おなかすいた?」

 

「…ぇ、あっ、ど、どうしたのかしら?まいん?」

 

「………むぅ。」

 

 

 

車が動き出してからというもの、目も合わせてもらえず何か思案に耽っているようだが。いつも一緒に遊んでいる二人がそれぞれに上の空だったためか、まいんは口を尖らせて黙り込んでしまった。

新たな生活の始まりを目前に控え、各々が見えない先行きに沈黙を噛み締める春の日の事だった。

 

 

 

 




忙しくて全然更新できないす




<今回の設定更新>

○○:女誑しがジョブに追加された。
   前職の影響か元々の人格か、難しくも珍妙な言葉づかいで話す癖が
   ある。
   妙にコピーぶったフレーズを多用する癖も落ち着いては来ているの
   だが…。
   黒沢さんと最近仲良し。

こころ:庶民への憧れがある。
    空想金持ちあるあるの「多数の習い事」「英才教育」は無いが、
    甘やかされ過ぎてつまらないらしい。
    学校では「与えられることのない楽しさ」を探し求めるのだとか。

まいん:花粉症。
    姉とは対照的に、甘えられるのならとことん甘えたい派。
    態々歩いて登校しようとする姉が理解できないらしい。
    晩御飯はえびふらい。

黒沢:えー?こんなでも一応使用人ですよぅ。
   ○○さんは、堅いのが嫌だーって言うんでね?こんな感じに
   してんの。
   失礼は無いようにしてますよぉーだ。


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2020/06/04 重ねた歳と徳に報いが降り来る時

 

 

 

「お誕生日おめでとう!○○!!」

 

「……。」

 

 

 

また一つ老化の値が増える日。ここまで歳を食うと素直に喜んでも居られない訳だが…しがない雇われ人の一人にもこうして会を催してくれた訳だ。その厚意に感謝の意を込めて、精一杯楽しませてもらうとしよう。

 

 

 

「…にーさまっ!あれみて!」

 

「…あれは…ケーキ、なのかな?」

 

「うんっ!あたちとスギヤマで用意したのよっ!」

 

 

 

小さい方のお嬢様が指さす方を見やれば塔のように積み上げられた純白のケーキが。どう考えても用途がウェディングのそれだが、太陽の様な笑みを向けてくる彼女に野暮な真似も出来ず。

髪を梳くように撫でれば声を上げて擽ったがった。

 

 

 

「ありがとうなぁ、まいん。」

 

「うふふふっ!ゆあうぇるかーむ!!」

 

「………いやはや、参ったなこりゃ。」

 

 

 

**

 

 

 

件の騒動から早二カ月余り。こころが自らの足で登下校することになり、付き添いとして俺が外に出る頻度も増えた。

最初こそ心配で心配でそわそわが隠せなかった当主様もある程度は落ち着いてくれたようで。…それが、俺に対して多少なりとも信頼を抱いてくれていることの表れなのかはまだ分からないが。

 

 

 

「○○様、これを。」

 

「あぁ、すみません…これは?」

 

「本日同席が叶わなかった、ご当主様からのお気持ちでございます。」

 

「……。」

 

 

 

ぼんやりと考え事をしながら食事を進める俺に、恐らくまだ名を聞いていない黒服さんから鈍色のジュラルミンケースを手渡される。これほどまで開けるのが怖い箱がこの世にあるだろうか。

………最悪食事の味が分からなくなる危険性も考慮し、一先ずはそれを黒沢さんへと預けた。相変わらず景気の良い返事を残し、そそくさと姿を消す付き人の彼女だがこれで一安心だ。

 

 

 

「…○○?」

 

「ん。」

 

「楽しんで…貰えているかしら?」

 

「ああ。人生で最高の誕生日だよ。…ありがとう、こころ。」

 

 

 

恐らくこの催しの主人である彼女に感謝を告げる。…だが、近づいてきた時のやや不安そうな表情とは打って変わって、眉をハの字にした困り顔へ。

何か余計な事でも言ってしまったろうか。

 

 

 

「…どした?」

 

「困ったわ。…今日が最高なら、これからは物足りない誕生日が続くという事だもの。」

 

 

 

ああ。

要するに、俺の誕生日の点数がここで頭打ちになる…つまりは、今後これ以上のものは生まれず、年々マンネリ方面へと下降して行く事を懸念しているのだろう。

その困り顔が至って真剣な上に、抱いている想いの可愛らしさから、思わず口からは吐息が笑い声として抜けてしまった。

 

 

 

「…笑い事じゃないわ。あなたの年に一度のお祝い事だもの。」

 

「…違うんだ。違うんだよこころ。…いいかい?」

 

 

 

高校生になっても、まだ汚れないで居てくれる彼女に一安心。

肩に手を置いて、ゆっくりと言い聞かせるように説く。

 

 

 

「俺は今までずっと一人だった。それこそ…うむ、『まるで初対面のおしくらまんじゅうのように』…これだけ人間が密集し犇めき合っている都で、物理的な距離と心の距離の差に寂寥感を抱いていたんだよ。」

 

「せき…りょう…。」

 

「ん、つまりは…寂しかった。色々頑張ってはいたけれど、結局は孤独で、意味が感じられなくてね。」

 

「ええ…。」

 

「でも今はどうかね。こころ、君が居て、まいんも居て、黒沢さんや杉山さんもいる。ここにきて今までの生活とは全く違う人生が始まって…。君達が居てくれるだけで、毎日が"人生最高の日"なんだよ。」

 

「……そう、なんだ。」

 

「…だからね。次の誕生日も、そのまた次の誕生日も…最高じゃない日なんて無いんだよ。」

 

 

 

再度、しっかりと視線を合わせて礼の言葉を伝えるとこころの顔に笑顔が戻った。全てを伝えきれたかどうかは定かではないが、彼女なりの懸念も払しょくされたようで何よりである。

にっこり笑ったこころは俺の手を取り、立ち上がるように促した。

 

 

 

「ん…。」

 

「いくわよ!○○!」

 

「…何処、へ?」

 

「メインイベントよ!」

 

「…君は急だなぁ。」

 

 

 

山の天気の様なこころに手を引かれるまま、メインイベントを熟す為に足を進めたら…辿り着いたのは例のデカいアレ。ウェディング的なケーキの前である。

…待て。近付いてよく観察したことで新たに驚異的な点を見つけてしまった。

 

 

 

「……おいおいおい、このウェディングケーキ(仮)!」

 

「如何なされましたかな、○○様。」

 

「おわぁ!?杉山さん!?…と、亀下(かめした)さん?」

 

「お、もう名前覚えてくれたんすか。光栄っす。」

 

 

 

驚く俺の視界に真横から介入するかのように顔を出すナイスミドルと浅黒い筋肉質の男。共に執務服を纏っていることからも分かるが、この屋敷お付きの執事である。

細縁眼鏡の似合う杉山さんと歩く体育会系とも呼べそうなフィジカルタイプのフランクボーイな亀下さん。全く違うタイプのようで、不思議と噛み合っている二人だ。

 

 

 

「ええと、まいんから聞いたんですが、このケーキは…」

 

「はい?…ああ、こちらはお嬢様より仰せつかった特注のバースデーケーキになります。」

 

「それはまあ、分からなくも無いんですが…これ、全段スポンジ…ですか?」

 

「ええ、ええ。○○様が驚いてしまう程大きく積み重なったケーキが欲しい、とのご要望でしたからねえ。」

 

 

 

目を細めて思い出すように語る杉山さんは、その齢も相まって孫娘を溺愛するお爺ちゃんのようにも見える。普段は終始真面目でシステム通りに物事を解決していく彼も、まいんには甘いのだ。

…が、一方でこころにはあまり慕われていないようにも見える。理由は不明だが。

 

 

 

「だとしても、ですよ。」

 

「…というと?」

 

「通常…このタイプだとウェイディングケーキなんかになるんでしょうが…アレはスポンジでは作らないんじゃ?」

 

「あー、それはっすね。」

 

 

 

顎に手を当て考え込む杉山さんの後ろから、亀下さんが顔を出す。

 

 

 

「ほら、入刀…するじゃないっすか。」

 

「ああ。披露宴の醍醐味ってやつですね。」

 

「そっす。…それに耐える為には必要なんすよ、倒れたり潰れたりしない為の素材…まぁ、発泡やらプラスチックになるんすけど。」

 

「へぇ。…厭に詳しいですね?亀下さん。」

 

 

 

初めて取り入れる知識だった。式場のPRやらウェディングドレスの広告文句何かを担当した事すらあるというのに、そういった事に関してはまだまだであるようだ。身近な知人を含め結婚の経験がない、と言えばそれまでだが。

それよりも、その知識が目の前の体育会系男から語られたのが自分なりには衝撃大だ。

 

 

 

「こう見えて、元パティシエですからねぇ。亀下君は。」

 

「え"!?」

 

「はははっ、もう昔の話っすよ。…まぁ、そんなこんなで、これは全部○○様の胃に入れてもらいますからね!」

 

 

 

俺の事をビックリ人間か何かだとでも思っているのだろうか。

ケーキと使用人についての豆知識が一つ増えたところで、先程まで俺の手を引いていたお嬢様の姿が無いことに気付く。男達の話が長引きすぎたか、或いは――

 

 

 

「見て見て○○!借りてきたの!!」

 

 

 

――こころは、広間の入り口で俺の視線を呼ぶ。手に大きな…何だあれは?鉈の様な、刀の様な…。

 

 

 

「ほっほっほ、相変わらずやんちゃなお方ですねぇ。」

 

「いや杉山さん、笑っている場合じゃないでしょう。」

 

「こころ嬢、あんなもの持ち出して何しようとしてるんすかね?」

 

 

 

亀下さんの疑問に同調する間もなく、俺は身構えることになる。

こころが、その大振りな刃物を構えて一直線に突っ込んでくるからだ。…あれ、俺、誕生日が命日になるパターン?

 

 

 

「ちょ…こころ嬢!!そんな危ないモン振り回しちゃ…っ!」

 

「○○ー!!!」

 

 

 

容姿端麗・無邪気の極みなお嬢様が半身程もある大きな凶器を持ち笑顔で駆け寄って来る。状況が状況なら、そこそこに民を震え上がらせるサスペンスが書けたかもしれないと思いつつ、その時を待つ。

…断罪の、時を。

 

 

 

「ッ!!」

 

「○○!……あら、どうしてそんなに怯えているのかしら。」

 

「……。」

 

「けぇきにゅうとう、しましょ!!」

 

「…………何だって?」

 

「う?……けえきにゅうとう…あのおっきなケーキを切り分ける作業を、そう言うのよね?」

 

「ほっほっほ、○○様とお嬢様の初めての共同作業、ということになりますねぇ。」

 

「杉山さん、ややこしくせんでください…。」

 

 

 

**

 

 

 

「やれやれ…満腹だし賑やかだしで、最高の誕生日だったよ。」

 

「そっかー。よかったですねー。」

 

 

 

夜になり、楽しかった誕生会もまいんの眠気襲来と共に終わりを迎えた。自由な二人のお嬢様に、そこそこ荒れてしまった広間の片づけを手伝おうとしたが、使用人の方々に頑なに断られこうして帰ってきたと言う訳だ。

今はこうして、寝室の準備をしている黒沢さんに感想を述べている訳だが…。黒沢さん、何か機嫌悪い?

 

 

 

「…怒ってる?」

 

「何でです?」

 

「そんな感じがしたというか…ほら、今だって目も合わせてくれないし。」

 

 

 

作業をしている為…といえばそうなのだが、それにしても素っ気なさすぎる。

 

 

 

「さあ。…ああそうだ、昼間預かってたケース、向こうの机のところに置いてありますよ。」

 

「ケース…?」

 

 

 

言われて暫し考える。…ああ成程、当主様からの気持ちだとか言うあの禍々しいオーラすら感じるジュラルミンケースだ。

言われるがままに机の方へ移動してみるや確かにそこにそれはあった。

…開けるべき、か、否か。…いやまあ、頂き物であるし、それが当主様からとなれば開ける他の選択肢など無いのだが。

 

 

 

「…怖いなあ。」

 

「………別に、無理して開けなくてもいいんじゃ?」

 

「いやそう言う訳にも…黒沢さんはこの中身、何だか知っているのかね?」

 

「んー…知ってるっちゃ知ってるし、誕生日なんだからある程度予想もつくのでは?」

 

 

 

全く参考にならない回答をどうもありがとう。

結局のところ意を決して開けてみない限りはどうにもならないらしい。ゴクリと生唾を飲み込む音が一際大きく響いた気がするが、気を取り直してロックを解除する。中には――

 

 

 

「…封筒…とこれは何だ…?」

 

 

 

余り中身が入っていないように感じる茶封筒が一つと、小包が一つ。それに正方形の硬い背表紙が見える…アルバムか何かだろうか。

一先ず茶封筒の方を手に取り中身を検めると、三つ折りにした紙が二枚入っているようだった。

 

 

 

「……うぉぉ、当主様直々に手紙とは…。」

 

「なんて書いてあるんですぅ?」

 

 

”まず、君がこの星に生を受けた一日に祝福を。

 

 さて、最近の君の働きだが本当によくやってくれていると思う。

 こころもまいんもよく懐いているようだし、通学についても問題は起きていない。

 一つ、通学中の同伴についてだが、他の黒服同様制服を身につけてはもらえないだろうか。

 一応弦巻の名を背負った子であるし、単純に男と歩いているだけでは体裁も悪かろうて。

 (合わせて送った包みは制服だ。)

 

 二つ、君の誕生日プレゼントを贈る様にとこころからせがまれたぞ。

 よく働いている君への感謝も込めて、魔法のカードをプレゼントしよう。

 まだ完全に認めた訳では無いので限度額は低めに設定してあるが、アルバイト等力になって

 やれなかった負い目もある。

 無駄遣いは許さないが、必要な物があれば使用人を通すかそのカードで解決してほしい。

 

 最後に――”

 

 

そこまで読んだあたりで二枚の手紙の隙間からカードが零れ落ちた。拾い上げてみれば見たことも無い経済ネットワークの名前が彫られたクレジットカードであった。

…Michelleって、何だよ…。VIS〇とかJ〇Bあたりなら知っているが、無銘の企業だろうか。

何にせよ畏れ多さは尋常でないが、有難く頂戴しておくとしよう。

 

 

 

「ほぇー、○○様も黒服デビューですかぁ。」

 

「…みたいだ。確かに送迎として歩くだけといっても弦巻の人間として見られるし…納得できる。」

 

「よかったですねぇ!後で着て見せてくださいよぅ。」

 

「気が向いたらね。…と、続きは…」

 

 

 

中断されていた文章へと意識を戻す。確か、"最後に"の部分だったな。

 

 

”最後に、これは私からの提案だが。

 君もそろそろ若者とは呼べない年齢に入っていく訳だ。

 仕事の事は心配せずとも良いとして、何れは身を固めていくことになるだろう。

 

 無論、こころやまいんはやれないが、君の事は何と言うか、嫌いじゃない。

 

 前置きが長くなってしまって済まない。本題に入ろう。

 弦巻の一族になる気は無いだろうか。

 

 飽く迄これは私の提案でしかない。決定権は勿論君にあるが、君も乗り気だと嬉しい。

 釣り書きも同梱してあるので、気が向いたら一度目を通してほしい。

 

 いや、どうも余計な世話になって居なければ良いが。

 これからもよろしく頼む。”

 

 

……………。

 

 

 

「………。」

 

「………。」

 

 

 

は?

いや、もう恐ろしすぎてその釣り書きを読むことはできないだろう。弦巻の一族に…ということは、遠回しに家系の者との結婚を迫られている訳だ。

金持ち連中の間では今現在も残っている風習だとは聞いたが…こうして我が身に降りかかってみると言葉なぞ出なくなるものである。

後ろから一緒になって読んでいた黒沢さんも思わず絶句。振り向いて顔を見やれば口を大きく開けた阿呆面で固まっていた。

 

 

 

「…はは、俺、結婚しなきゃいけないらしい。」

 

「見ましょう、○○様。」

 

「え"。…こ、これ?」

 

「ええ、写真もプロフィールも、見ちゃえば一発だし。」

 

「本気かね?」

 

「本気です。」

 

 

 

ケースの中からひったくる様にして黒沢さんが開くのは勿論、ハードカバーの冊子状になった釣り書き。直後再度阿呆面で固まる彼女。

俺の側からは何が書かれているのか一切見えない、が、そのような反応をされたら誰だって知りたくなるものだ。

立ち上がり中身を確認し――同じように、固まらざるを得なかった。

 

 

 

「……これ、こころと同い年じゃ…。」

 

 

 

俺の結婚相手として提案されたのは、今年高校生になったばかりの一人の少女だった。

無論法的にも看過できない間柄…許嫁、とでもいうのだろうか。

 

 

 

「…ご当主様、一体何を考えてらっしゃるんでしょう…」

 

「全くだよ…。」

 

 

 

誕生日に遭遇するサプライズは、何も全てが一過性のものではなく。

時にはこうした重大な決定ですら、気軽にプレゼント出来てしまう化け物じみた権力者も居るという事だ。

 

 

 




主人公のバースデイ回は無かったような気がして。




<今回の設定更新>

○○:とんでもないことになってきた。
   相変わらず二人のお嬢様とほのぼの出来るかと思いきや…?

こころ:誕生会を企画した張本人。
    影は薄いが頑張り屋さん。

まいん:自由担当。
    その発想力の豊かさと制止の利かない猛進力で周囲を飽きさせない。

黒沢:一番距離の近い使用人。
   フランク通り越して最早失礼だが、主人公にとっては居心地が良いそう。

杉山:紅茶に拘りがあり、高々と掲げたティーポットから優雅に茶を淹れる姿
   なんかはもう抜群に画になる。

亀下:体育会系。接しやすいがあまり執事に見えない。
   元パティシエ…の他にも経歴がありそうだが?


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2020/08/19 遅ればせながら流行に身を窶す時

 

 

 

夏も夏。すっかり暑くなり焦げ付くような日差しの下。

今日も二人のお嬢様は元気いっぱいだ。

ノースリーブの装いから爽やかさが弾けているように感じられるのは、やはり新緑のような若さあってのものだろう。

学校側の都合により少し早めに下校となったこころをまいんと一緒に迎えに行って、そのまま庭で遊ぶ流れになったようなのだが…。

 

 

 

「元気だなぁ…。」

 

 

 

気怠そうに呟くのは俺ではない。庭――といっても一面広がる草原のようなものだが――の入り口、ゲートのようなオブジェの脇に備え付けられたベンチで、並んで座る少女が零したものだ。

こころと同じ学校の制服を身に纏い、聞いてみれば学級も同じだとか言う彼女。先日の誕生会の日に当主様より渡された釣り書きに綴じられていたのも彼女の写真だ。

名を奥沢(おくさわ)美咲(みさき)といい、苗字こそ違えど事実上の弦巻の血縁者であるとか。

色々うだうだと書き連ねたが、要するに俺を弦巻の関係者にするために宛がわれた許嫁のようなものらしい。俺がここにいる経歴だとか、これからの立ち位置を鑑みた時に恐らく丁度いい対応なのだろう。

 

 

 

「君は、遊ばないの?」

 

 

 

しかしこの少女、凡そこころと同い年とは思えないほど大人びている。達観しているというべきか、とにかく若々しさが薄いのだ。

以前そう言ったときには、「こころと日々過ごしているからでしょう。感覚がおかしくなっているんですよ。」と一蹴されてしまったが。

 

 

 

「んー…。あたしは別に、こころ程体力有り余ってるタイプじゃないですからね。」

 

「そっか。」

 

「○○さんこそ、遊んで来たら?」

 

「はっは、おじさんが混ざって遊ぶっていうのも…ねえ。」

 

「おじさんて歳じゃないでしょまだ。22…3だっけ?」

 

「うん、23。」

 

「じゃ全然いけるね。」

 

 

 

「10も離れてないんだから。」と付け足した彼女。何が全然いけるというのか。

そんな中身のない話をしながら眺めていると若干不機嫌そうなこころが近づいてきた。視線を感じたのか、それとも。

 

 

 

「みさき!」

 

「ん。もう遊び終わったの?」

 

「みさきはどうして、一緒に遊んでくれないのっ?」

 

「……えー、だって暑いし。だるいし。」

 

 

 

気持ちはわかる。が、そもそも彼女はどうして今日ここまでついてきたのだろう。

確か迎えに行ったときに、「ちょうど遊びに行こうと思ってて~」と言っていたような気もするが。

 

 

 

「暑いのは当たり前じゃない。だって夏だもの!だからこそ、今しかない暑さを楽しむべきなんだわっ!」

 

「うぉぉ……出たなこころ論。」

 

「??」

 

「じゃ、じゃあさこころ。これは飽く迄案なんだけど……ほら、暑すぎるとどうしてもバテちゃって長く遊べないでしょ?だからその、お屋敷の中で遊ぶ…ってのはどうかな?」

 

 

 

余程暑さに弱いか、インドア派なのか。確かにこれほどの日差しの下であればあそこまで元気に燥ぎ回るのも重労働だろうて。

美咲の言葉に暫し首を傾げていたこころだったが、彼女の中のどこかで合点がいったのか元気良く頷いて見せた。

 

 

 

「わかったわっ!みさきと一緒ならどこでも楽しいもの!!」

 

「そりゃよかった。んじゃ、案内してもらおっかな。」

 

「ええ!ついてきてっ!」

 

 

 

本当に、まぶしいくらいに。

 

 

 

**

 

 

 

「ええ……と。」

 

 

 

なるほどこれは予想していなかった。

そもそも俺に課せられた使命というのは、こころ達お嬢様陣に外の知識を与えること。出会いの切っ掛けにもなった自動販売機のような、ああいったものが必要なわけだ。

今日も遊びということで保護者気分でついて回っていたのだが、部屋というにはあまりにも広いこのこころの自室で事は起きた。

屋内での遊びを提案したのは美咲、それを受け入れたのがこころ。あとは、何をして遊ぶのかは俺に任せるという。無茶な。

 

 

 

「大丈夫?○○さん。」

 

「いや、正直あんまり大丈夫じゃ――」

 

「みさき。○○はね、何でも知ってて、何でもできちゃうの。あたしやまいんが知らない遊びだって、いーっぱいしってるのよ。」

 

「……懐かれるってのも、なかなか大変だね?○○さん。」

 

 

 

このキラキラした瞳。期待に応えてくれるのだろうという輝き切った目が、無意識のうちに俺を責め立てるのだ。

いやしかし、新たにここで挙げられる庶民の遊びだと?トランプやUN〇やら、カードゲーム・ボードゲームの類は粗方やってしまったような気がする。用意が簡単なことと、こころたちがあまりにも無知過ぎたのが幸いして、安易な一手として利用してしまった感もあるが…。

万策尽きたお手上げ状態の俺は、仕方なくSNSの力を借りることとした。

支給されたスマートフォンは、如何わしいサイトにこそ繋がらないものの、今老若男女問わず利用されているであろうTyomatter(ちょまったー)には勿論アクセスできる。さて世の若者よ、屋内でできる簡単な遊びを教えておくれ。

 

 

 

「うわ、他力本願じゃん。」

 

「……俺、遊びってあんまりわからんのだよ。」

 

 

 

美咲が茶々を入れてくるが、わからないものは仕方がない。それに、一般的な人々が何をして暇をつぶしているのか…それが分かるとなれば、結果的に御の字ではないか。

検索ワードを入力して、すいすいっとタイムラインを眺める。ふむ…やはり電子化が進む昨今。若者が家に籠ってやるといえばゲームが多そうだな…。

ん??

 

 

 

「………!!」

「………!!!」

 

 

 

てっきり、隣に寄り添っているのは美咲だと思っていたが。熱い視線を画面へ送り続けているのは他でもない、二人のお嬢様だった。

爛爛と輝く目は持ち前の好奇心を発揮している合図で、同じ血が流れている以上妹のまいんもそれは同じことだった。

 

 

 

「えっと……二人とも?」

 

「○○!!これは、何!?」

 

「なに!?」

 

「…………。」

 

「遊びを探す手段の方に興味が行っちゃったパターンですねぇ。」

 

 

 

やれやれと肩を竦めて見せる美咲。これだけは避けたいと思っていたのに。

これまで、特に指示があったわけではないが、二人には極力電子的な遊びは教えてなかった。勿論知識として知っておくことは大事だが、突き詰めて言ってしまえば、気が向けばいつでもできてしまうからだ。

急いで教えるものでもないし…と、特に触れずに来たわけだが。

 

 

 

「これは…そうだな…。美咲、説明を手伝ってくれないかね?」

 

「はぁ。随分大変な作業を投げてくれちゃってまあ…。いいけどさ、別に。」

 

 

 

そして始まるSNS講座。まずはアカウントを作るところから行うらしい。美咲先生に従って、フリーメールアドレスやらその他諸々を取得していく。

流石現役の高校生、電波に強い。

当初の予定にはなかったが、折角の機会ということで俺もサブアカウントを作成することにした。

 

 

 

「――そうそう。その次は歯車の…うん、それでいいよー。」

 

「みしゃき!みしゃき!あたちも、あたちも作る!!」

 

「まいんは…ええと…○○さん?」

 

「ん、ああ…まいんはまだスマホがないからな…。」

 

「あたち、だめ?」

 

「んー……よし、まいん、こっちにおいで。俺と一緒に二人のアカウント作ろう?」

 

 

 

流石に小学生のまいんにはスマホを持たせておらず、何でも真似したがりの年頃ならではの欲求に直面もしたが、何とか乗り切る。

まぁ、俺が監視していられるアカウントであれば然程問題も出ないだろうて。

しかしこうして見ていると、美咲は本当に面倒見の良い…まるで二人のお姉さんであるかのようだ。教え方も上手だし物腰も柔らかい。

こころと知り合った経緯が家系によるものなのかは定かではないが、姉妹のようなとてもいい友人関係に見えたのだ。

 

 

 

「…にーさま、とりさんとおさかなさんどっちの方がかわいい??」

 

「ふむ。」

 

「あたちね、おさかなさんもおそらを飛べたら、もーっとかわいいなって思うの。」

 

「…ふむ。」

 

「あー……まいん??それなら、トビウオってのが居てね…?」

 

 

 

その後も、アイコンを決めたり、

 

 

 

「にーさまにーさま、まいんのお名前は、まいんでいいの??」

 

「そうさなあ…。そりゃ、まいんがお父様達から貰った真名なのだから、当然そう入力して…」

 

「え、あ、嘘でしょ?本名アカウントなんて、ご法度だってば。」

 

「……そうなのか?」

 

「……〇〇さんも、アカウント持ってるん…だよね?」

 

「普通に本名だったが?前は仕事でも窓口に使っていたし…」

 

「あー…特殊パターンか。…とにかく、こういうのは偽名…っていうか、ハンドルネームみたいのを使うわけ。」

 

「……ほう。」

 

 

 

アカウント名を考えるのに四苦八苦したり。

結局俺も一緒になって美咲の手を煩わせる結果とはなったが、日が暮れる頃には何とか全ての工程を終えることが出来た。

こころの方は随分早いうちに使い方を覚え、もはやある程度のコミュニケーションを取るに至ったらしいが…。

 

 

 

「……こんなにも難しいものだったとはな。」

 

「寧ろ、今まで無事に使えてたのが奇跡だと思うよ…。」

 

「そうか?」

 

「ん、正直まいんより心配だもん。」

 

 

 

眠そうに目をこすりつつ、ウンザリしたような口調で割と辛辣なコメントを返してくれる。

素人のうろ覚えというのもかなり危険らしい。まいんより心配などと言われてしまっては……いやはや面目ない限りである。

件のお嬢様二人は楽しそうにスマホの画面を見せあってはしゃいでいる。その様子を少し離れた位置から見守るような構図になっているわけだが――

 

 

 

「……もしも俺に子供が居たら。」

 

「……ん?」

 

「……あいや、指導役として弦巻に拾われはしたが、最近は寧ろ娘のように感じられてね。叶うことも無さそうな夢ではあるが、こんな風にただ眺めているだけで充実感を感じられる、そんな心持ちになるのだろうかと――」

 

「〇〇さん、クドい。」

 

「……そうか。」

 

 

 

そろそろこの、無駄に無駄な語彙で畳み掛けるように長文を話す癖も何とかしなくては。普段くどくどと説教のような話し方をする美咲にまで指摘されるようでは、本当に鬱陶しいものなのだろう。

日頃あの二人のお嬢様も煩わしく感じているのだろうか。

 

 

 

「…要はそれって、あたしとの子供がほしいって事?」

 

「…………どうしてそうなる。」

 

 

 

照れるでもなく閃くでもなく、あくまで平坦な道のように言う。

が、それはそれでとんでもなく見当違いなのである、が。

 

 

 

「違うの?」

 

「そんな……犯罪めいたこと、思うわけがない。」

 

「え…犯罪、なの?」

 

「そりゃあ……こころに娘のような感覚を覚えているのだよ?それが、同い年の君に、そんな…ありえない。」

 

「……。」

 

 

 

いくら彼女が面倒見の良い母親のような女性だとして。いくら彼女が、こころのような眩しさは無くとも極少数に部類されるような整った外見を擁しているとしても。

いくら……。

 

 

 

「でもさ、こころパパは、あたしを〇〇さんの許嫁に宛てがった訳でしょ。」

 

「…………。」

 

「あたしは別に、そういう家に生まれたわけだし、〇〇さんとだったらそんなに悪くないかなーとは、思うけども。」

 

「君は、こころの友達だろう。大切な、大切な…ね。」

 

「……。」

 

 

 

当主様にどんな思惑があるかは知らない。だが、俺とていつまでも指南役として胡座をかいている訳にも行かないだろう。

この家に入る、それは方便だ。きっと、哀れみか、或いは…。

こころが知らない外の世界にも限りがある。そしてそれは、やがて彼女自身の目で、手で、耳で、体験を伴って知識としていかなければいけない。そうあるべきなのだ。

その次は、まいんも…。

 

 

 

「…ちょ、何で泣いてんの。」

 

「いや……すまん、いつかあの二人も独り立ちするんだと思うと…つい。」

 

「……〇〇さんのが、よっぽどお父さんだよね。」

 

「……何?」

 

「や。……真面目だなぁ、〇〇さんは。でもあたし、その――」

 

 

 

何か、言いたげではあったが。

丁度時を同じくして、スマホを弄るのにも飽きてしまった二つの元気が襲来したことによって遮られてしまう。

 

 

 

「にーさま!!あきたぁ!!」

 

「こらまいん、今二人は大事なお話をしているのよ。邪魔をしちゃいけないわ。」

 

「えー……そ、そうなの?にーさまぁ…。」

 

 

 

姉の言葉に一瞬で衰えを見せるまいんの勢いに、美咲と二人顔を見合わせ笑う。

何を烏滸がましい気持ちを抱いていたのだ俺は。俺は父親じゃない。ならばせめて、今は与えられた責務にのみ集中していよう。

 

 

 

「いや、お話はもう終わったよ。……おいで、まいん。」

 

 

 

俺は〇〇。今はここ弦巻家で、二人のお嬢様に庶民の一般常識を教えている。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

 

 

 




久しぶりのTyomatter。




<今回の設定更新>

〇〇:早くもネタ切れ感。そもそも金持ちだって外のことくらい知ってるんや。
   何なら他の同年代よりかは時代についていけていない感すらある。

こころ:天下無双のお嬢様。
    何に於いても言えることではあるが、取っ掛かりさえ教えてもらえば後は
    天性のセンスと行動力でどうにでもなるらしい。

まいん:かわいい。
    やや子供すぎるかも。

美咲:こころパパが主人公の誕生日に用意した所謂許嫁。
   年の差がとか言っちゃいけない。金持ちはあたおかなのだ。
   家系は別として普段の生活は飽くまで庶民なのでよっぽど教育係に向いてい
   る。
   母性が凄い。


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【解説】完結作品について喋ってみる
2020/01/09 完結解説其の一「通い妻のアレ」


新シリーズですが物語要素は無いです。
解説編になりますので、あしからず。


 

 

 

「と言う訳で。」

 

「…はい。」

 

市ヶ谷(いちがや)有咲(ありさ)さんにお越し頂きました。」

 

「…はい、市ケ谷有咲です。…ど、どうも。」

 

 

 

新シリーズの主人公は()()()()○○氏ではなく、私"津梨(つなし)つな"視点でお送りいたします。

テンポやストーリー性は皆無ですが、会話重視で色々広げて行けたらな、と。

 

 

 

「…あのさ。」

 

「うん?」

 

「その、「」(かっこ)が付いてない部分ってどういう扱いになんの?」

 

「あー…そういうトコ触れていく感じ?」

 

「……気になんじゃん?」

 

「一応モノローグ的なさ、読者の方にだけ伝えたい内容をそういう表記でやってて…」

 

「や、バンバン聞こえてるけど。」

 

 

 

どうやら納得いかないご様子の市ヶ谷さん。間近で見ると改めて思いますが、有咲ちゃん可愛い、可愛い有咲ちゃん。

 

 

 

「っだー!もう禁止ぃ!!全部聞こえてるんだっての!!」

 

「えー。」

 

「口尖らせてもダメなもんはダメだかんな!!」

 

「じゃあここからはモノローグ少な目で行きましょ。」

 

「そうしろ。…可愛いとかお前……頭湧いてんじゃねーのか…。」

 

 

 

**

 

 

 

「さて、じゃあ本題だけども。」

 

「ん。」

 

「今回はこの"BanG Dream! S.S. - 少女たちとの生活 -"第一シリーズの、「質屋のあの娘は通い妻!?」について語って行こうと思うよ。」

 

「えと…うわ、字ぃちっちゃいなこれ……わ、私こと市ヶ谷有咲をメインヒロイン…に設定した日常系の作品だな。」

 

「台本読んでる感もうちょっと抑えられなかったのかね?」

 

「うっせー、そんな器用な事求めんな!…つかこれ日記だろ?作品て。」

 

「作品なの!そういうとこツッコみだしたら進まないから放っときます。」

 

「………で、だ。私をモデルにした割には、私と随分かけ離れた"有咲"が居る様に見えるんだけど?」

 

「まぁ、「通い妻」は特に日記色が強いからね。初期の作品ってこともあって、目の前で起きていたことや実際に見たり触れたものの割合が大きかった。」

 

「ほう。…確か、職場の様子なんかも津梨さんモデルだもんな。」

 

「うん。やっぱ書き始めって事で感覚が掴めない事もあって、ある程度書き続けられる内容にしたかったんだよね。」

 

「ふーん…。」

 

「割と短い構成で終わっちゃったけど、安定して人気があった事から第二部に突入させたんだけど…」

 

「それな。よく"彩先輩が妹"って設定覚えてたよな。」

 

「ついノリで書いちゃった内容だけど折角だから活かそうと思ってさ。」

 

「あの人と義姉妹になるってのは何かなぁ…」

 

「嫌いなの?」

 

「嫌いって訳じゃあないけどさ、白鷺先輩の話とか聞いてると大変そうだからさ…」

 

「でも俺あの子好き。」

 

「…なら彩先輩ヒロインでやれよ…」

 

「それはそれで書いてますぅ~」

 

「うぜぇ…殴りてぇ…」

 

「!!…ええと、まぁそんなわけで、「有咲編Ⅰ」の解説回でした!第二部も是非宜しくお願いします!!」

 

「あっ!?おまっ、それ私のセリフだろうが!!」

 

「それでは次回!また解説回でお会いしましょう!!」

 

「スルーすんなぁ!!」

 

 

 

殴りかかる金髪の美少女、踊る様に跳ね回る双丘はとても魅力的だが、少し痛そうな気も

 

 

 

「お前の表現はイチイチ誇張が過ぎんだよっ!」

 

「やめっ、顔はやめてっ」

 

「うっせー!!!」

 

 

 




初の試み。




<今回の設定>

津梨:作者。解説スペースが作りたくて書きました。
   言い訳とも言います。

有咲:可愛らしい見た目に凶暴な口調と武術を備えた猫かぶりが得意な少女。
   とてもすごい。


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2020/01/20 完結解説其の二「要するに可愛い姪っ子」

保管庫へ移動しました
https://syosetu.org/novel/226609/


 

「と言う訳で。」

 

「ん。」

 

(みなと)友希那(ゆきな)さんにお越し頂きました。」

 

「湊友希那です。…そんなに暇じゃあないのだけれど。」

 

「お忙しい所すみませんね。一応メインヒロインだったもので。」

 

「…………。」

 

「腑に落ちない顔をしてますね。」

 

「だって、あんなの私じゃないわ。叔父なんていないし。」

 

「そうは言っても、二次創作ですからね。」

 

「自由過ぎよ…。」

 

 

 

実際の友希那さんは実にクールなんですね。私、津梨も少々手が震えて参りました。

この目つき、口調、威圧感…その筋の人には大いにウケて…!

 

 

 

「早く進めてちょうだい。」

 

「あはい。」

 

「全く……。」

 

 

「友希那ぁ~!笑って笑ってぇ!」

 

 

「リサさん、本番中なんでガヤやめてくださーい。」

 

 

「あっごめーん!…後で録画くれる?」

 

 

「そういう交渉も後にしてくださいってば!」

 

 

 

**

 

 

 

「えー……本題に入るけど、いいかな?」

 

「いいわ。」

 

「いいよん。」

 

 

 

保護者の今井(いまい)リサさんも同席の上進めて行く事となりました。

 

 

 

「今回語って行くのは、湊友希那編「My cute niece.」について。…リサさんピースしなくていいから。」

 

「えー。」

 

「………。」

 

「友希那さん、台本見てる?」

 

「何の話かしら。」

 

「……ここから掛け合い風に作品を紹介していくんだけども。」

 

「ええ、お好きにどうぞ?」

 

「や、次友希那さんの番。」

 

「………チッ。」

 

 

 

リアルだと舌打ちもやってのける友希那さん。流石女王。

 

 

 

「ええと……テーマは"料理と成長"…?初っ端からオリキャラ、それも身内を出した作品なのね。…あぁ、叔父とかいう。」

 

「まぁ主人公な訳なんだけどもね。」

 

「友希那が料理ってのが新鮮味あってよかったなーって!」

 

「…もうリサさんは感想係ね。確かに、料理を頑張るってイメージは無かったと思うし、現に今目の前で見てやらなそう。」

 

「あぁ?」

 

「どうなの実際。お弁当とか作りたいって思う?」

 

「思うわけないでしょう。私にそんなことしてる暇ないもの。」

 

「……………。」

 

「ま、だからアタシがいるんだけどね!」

 

「大変っすね。」

 

「いーのいーの、もう慣れっこだから~!」

 

 

 

朗らかに笑うリサさんも相変わらずの美人っぷりだ。これなら頼まれなくても料理とか作ってあげたくなるかも。

苦労しているだろうに、どうしてこうも美しくいられるのか。

 

 

 

「……あげないわよ?」

 

「惚気乙。」

 

「なっ……貴方今日は一段とムカつくわね。」

 

「…とまあ四苦八苦しつつも料理を通じて叔父に心を開いていく友希那さんが見所なわけで。リサさん的にはどこか気になったところは?」

 

「無視…ッ!!」

 

「うーん、そうだなぁ…。あっ、紗夜(さよ)が来た回!あれは是非居合わせたかったかにゃぁ。」

 

「リサ?創作よ?わかってる?」

 

「あぁ…あれ、「人生初のマンゴーを買ってきた」という出来事一つから膨らませた話ね。テンションがおかしくて二十分くらいで書き上がったんだよ。」

 

「くっ…人で遊ぶなんて…」

 

「猫耳とか、実際似合うと思うんだよね。」

 

「わかりみ~津梨さんも「友希那をイジる会」、入っちゃう??」

 

「何だそれ初耳だ。…メンバーは誰がいるの?」

 

「アタシとあこ!!…あとは友希那のお父さんかな✩」

 

「おやっさん……うん、じゃあ是非俺も参加を」

 

「話を進めましょう、日が暮れてしまうわ。」

 

「進めるといっても、ねぇ…。取り敢えず友希那さんや、語尾にニャンヤンつけてみよっか。」

 

「死んでも嫌よ。」

 

「あーん友希那ぁ、死なないでぇ。」

 

「大丈夫、私は死なないわ。あなたが居るもの…リサ。」

 

「名言をイジっちゃいけない。それにその言い方だと人生おんぶに抱っこ的な…」

 

「まぁでも、最後にはきちんとやり遂げる…その姿を描ききったのはある意味有能ね。お弁当を作るくらい、私にとって造作もないことなのよ。」

 

「お前が本筋に戻すんかい。…そうじゃないとあの話締まんねえからね。」

 

「アタシの誕生日に最終回迎えるって、最初から決めてたことなんだっけ?」

 

「そうそう、ゴールが決まってたって意味では"生活"シリーズの中でも珍しい作品かも。」

 

「貴方いい加減行き当たりばったりでストーリー考えるのやめなさいよ。いつか死ぬわよ。」

 

「死っ…!?や、言うて日記だし。」

 

「あはは!!友希那辛辣ぅ~。」

 

「その成長具合も注目しつつ可愛い友希那のコスプレシーンでも楽しんでもらえたらいいかな、っていう作品だなぁ。」

 

「……まぁ、好きにしたらいいじゃない。短めだし。」

 

「これは第二部に続かなかった作品だからね!マジの完結ってわけで、よろしくぅ✩」

 

 

 

**

 

 

 

「あぁ、二人より三人の方がスムーズに紹介できるかも。」

 

「でっしょ?」

 

「助かったよリサさん。…できれば次も」

 

「何言ってんの!次は彩でしょ?大丈夫大丈夫~」

 

「いや寧ろ心配」

 

「あはははっ!」

 

「笑い事じゃな」

 

「あっはっはっはっ!」

 

 

 




解説編。楽しくなってきました。




<今回の設定>

津梨:料理しながらネタを考えていたので書くのは一瞬でした。
   この頃はまさに短編集だったというのもありますが。

友希那:私はこんなんじゃない、の一点張り。
    …でもリサが気に入っているせいであまり悪くは言えないみたい。

リサ:底抜けに明るい。
   カメラが好きなようだが、一応最低限の進行は手伝ってくれる。


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2020/01/31 完結解説其の三「丸山と愉快な仲間たち」

 

 

 

「と言う訳で。」

 

「はひゃいっ!」

 

丸山(まるやま)(あや)さんにお越し頂きました。」

 

「みゃっ…まるっ、まるやm」

 

「いやぁ、やっぱり生で見ると可愛い!」

 

「ふぇっ!?あれっ、今、台本、どこ??」

 

 

「彩ちゃん!落ち着いて!」

「ただのアドリブよ!」

 

 

「あっ、千聖ちゃん!…うわっ、本当だ!ええと、「お忙しいところすみませ」…あっ違う、これは津梨さんの方だ!あわわわ…」

 

「…いいですか?進めても。」

 

「わっとと…は、はい!…まん丸お山に彩りを、Pastel*Palettesふわ」

 

「あっ、その件はまだです。」

 

「ふわっ!?…あ、あれれ」

 

 

「あははは~彩ちゃんテンパってるぅ~」

 

「だめっすよ!本番中なんですから黙ってないと…」

 

「応援する心もブシドーですっ!」

 

「あたしはからかってるだけだけどね~。」

 

「自分で言っちゃうんですもんね…。」

 

 

「…………。」

 

「もぉ!みんな他人事だと思ってぇ…」

 

「あの…作家の書いた台本(ホン)無視して想定以上の盛り上がり作るの辞めてもらっていいっすかね…。」

 

 

「何?あの進行役。うるっさいわね…」

 

 

「………。」

 

 

 

**

 

 

 

「…なんなの?毎回保護者とかガヤ迎えなきゃ気が済まないの?この企画。」

 

「ご、ごめんなさいぃ。」

 

「いや、今回彩ちゃんは悪くないと思うよ。…ちょっとお仲間さんが騒々しいだけで。」

 

「うふふ、あ、私白鷺(しらさぎ)千聖(ちさと)といいます。どうぞ宜しくお願いします。」

 

「…あんた、カメラの前立つと人が変わるな…。」

 

「うふふふふふ。」

 

「はいはーい!あたし!氷川(ひかわ)日菜(ひな)っ!Pastel*Palettesの、元気いっぱい可愛さ担当でーっす!」

 

「1カメさん、ここ抜いといてもらっていい?……ん、で、後で録画俺にちょうだい。」

 

「何の交渉してるんすか!?…あ、ジブン、大和(やまと)麻弥(まや)っす。…これ映ってるんすか?…おぉ全国ネット!ひえー。」

 

「あの、普通にスタッフと裏事情話さんでもらえますか。」

 

 

 

あぁそうそう、今回から放送エリアを広げたらしいですね。…え?一応最初からテレビ番組の様な体を想定していましたよ。一応、設定上はね。

あぁメタですか、すみません、戻ります。

 

 

 

「で、こちらの大人しくニコニコしている方が…」

 

若宮(わかみや)イヴでぇす!ヤマトノクニノサムライ目指して、日々精進中でありますです!ござる!にんにん!」

 

「…振らなきゃよかったな。…とまあ、この騒がしい美少女の方々が、アイドルバンドグループPastel*Palettes(パステルパレット)さんというわけですね。」

 

「騒がしい?」

 

「いえいえ。…さて本題、入っていくよ。…彩ちゃん、台本目ぇ通せた?」

 

「は、はいっ!…何か、みんなでいると私のキャラ薄いなって思っちゃいますね。」

 

「台本読んでね。」

 

「あうぅ…私だけフリートークさせてくれないんだもんなぁ…。…えへん、「アイドルと同居生活始めました。」は私こと丸山彩をメインヒロインとしたシリーズでひゅ。」

 

「…惜しいわ、彩ちゃん。」

 

「ん"んっ!…確か最初の回はたこ焼きのシーンから始まるんですよねっ!」

 

「うん。…たこ焼き中に彩ちゃんとちーちゃんが突入してくるっていう、謎の始まりだったね。」

 

「誰がちーちゃんよ。」

 

「…ん。」

 

「指を指さないで!」

 

 

「千聖ちゃんってさ、「ちーちゃん」って呼ばれるとすぐ真っ赤になるよね。」

 

「そうなんです?」

 

「だってほら、今も耳まで真っ赤でしょ??」

「何かトラウマでもあるのかなぁ…。」

「うぅぅぅ、何だか大きな謎がありそう!るんっ♪てきたぁ!」

 

「でましたね!ヒナさん!」

 

 

「あれ、どうしてたこ焼きのシーンだったんですか??」

 

「え、どうしてって……書いた日にたこ焼き食べたからかなぁ。」

 

「………それだけ?」

 

「うん。日記だし。」

 

「…そ、それで、どうして私と千聖ちゃんが出てきたんですか??」

 

「彩ちゃんと何だかんだで一緒に住むことになってパスパレのみんなともゆる~く絡むような日常系のお話書きたいなぁって、何となく思ったからかなぁ。」

 

「………気持ち悪い。」

 

「聞こえてるよちーちゃーん。」

 

「だからちーちゃんって…!」

 

「私、たこ苦手なんですよぉ。」

 

「知ってるよ。そしてナイス割り込み。」

 

「ぐっ…」

 

「あれ、読んでて思ったんすけど、津梨さんってパスパレのメンバーに対する思いにかなり差があるっすよね?」

 

「うん。……え、麻弥ちゃん読んでんの?」

 

「はいー。移動中とか、暇つぶしに。」

 

「まじかぁ…ごめんね?時々サンドバッグみたいな描写しちゃって。」

 

「いやぁ中々面白いシーンだったっす!好かれてないな、とは思いましたけど!」

 

「……違うんだよあれはちーちゃんが」

 

「あぁ?」

 

「……これだもの。わかるっしょ?」

 

「………普段はこうじゃ、ないんすけどねぇ…。」

 

「…そ、それで?どうして彩ちゃんだけじゃなくて、私も準ヒロインのようなポジションに置いたのかしら?」

 

「………。それは…ほら、恋敵みたいなのがいた方が盛り上がるかなーって。」

 

「単純な思考ですねっ!タンサイボーです!」

 

「わおーすっごい暴言…」

 

「い、いや、だから軌道修正したんだよ!みんなを見守る母親のようなポジションにさ!!」

 

「あー、確かに途中から千聖ちゃんがあの家回してたよね。納得だぁ。」

 

「そうそう!…日菜ちゃんも読んでんの?」

 

「うんっ!でも二部に入ってからあたしの出番少ないからさぁ。つまんないなーって。」

 

「…ごめんなさい。中々難しいところに来てるんです…あとサインください。」

 

「いいよーっ!サインあげるからもっと出してね?」

 

「イエッサー!!」

 

「ねえ、どうして私が母親のようなポジションなのかしら?」

 

「…ちーちゃんだけ衛星通信か何かなの?」

 

「確かに。…今日の千聖さん、妙にテンポ悪いっすね。」

 

「千聖ちゃん、具合悪いの?膝枕する??」

 

「ブフッッ!!彩ちゃんの膝まくっ……いえ、大丈夫、後で楽屋でお願いするわ。」

 

「クイックに反応できるじゃねえか。」

 

「チサトさんは母性に満ち溢れているんです!!精神力のセージュクが凄いんですっ!!」

 

「そういうこと。イヴちゃん、進行役やらないかい?」

 

「オトコワリです!」

 

「どんな割引だよ…。ま、結果としてちーちゃんははまり役だったっしょ?将来いい奥さんになるんじゃない?」

 

「…何?私だけ年増感が出てるって言いたいわけ?」

 

「言ってねえ。」

 

「ち、ち、千聖ちゃんはねっ、ええと、凄く頼れて、面倒見も良くて、ええと、ちっちゃくてかわいい!」

 

「彩ちゃん!フォローが絶望的に下手ァ!」

 

「ちっちゃ…?」

 

「うぷぷ、確かに、千聖ちゃんってオーラ凄いのに近くで見ると可愛らしいんだよね~お人形さんみたいでっ!」

 

「日菜ちゃん…?お前後で覚えとけよ?(後で真剣なお話があるわ。)人の形も残らないほどに(二人きりでこっそり)…」

 

「あわわわわわわ…って!つ、津梨さんが言ってたんだよっ!!」

 

「とんでもねぇキラーパスだこりゃ。」

 

「………………へぇ…?」

 

「………そういえば、二部で身長問題を取り上げた話もあったっすねぇ。」

 

「君は本当によく読んでくれているなぁ!本当ありがとうそして助けてくれない!?」

 

「え、えとえと、「アイドルと同居生活始めました。」…は!Pastel*Palettesのこんな感じと津梨さんの日常で起きたことを何となくマッチさせたお話になってますっ!」

 

「最後の纏めだけ上手だな彩ちゃんっ!」

 

「でも割とゴーインですっ!」

 

「言わんでいい!」

 

 

 




とっても賑やか。こんなのが頭の中で繰り広げられつつ書いてます。




<今回の設定>

津梨:正しくは完結作品じゃないんですけどね。
   二部ではある程度丸くおさめるつもりなので、そちらもお願いします。

彩:よく噛む。ツインテールじゃない方が可愛いよってことで髪を下ろした状態での
  出演でした。

千聖:絶対おっかないと思うんですよ。素は。

日菜:かわいい。天使。結婚して。

麻弥:使いやすいから嫌いじゃない。
   が、語尾や話し方で存在感を出すのが少し難しい。
   多分普通にいい子。

イヴ:もうちょっとカタコトでも面白いと思うよ。


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2020/02/09 完結解説其の四「ふぇぇ」

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「と言う訳で。」

 

「……?」

 

松原(まつばら)花音(かのん)さんにお越し頂きました。」

 

「ふぇ…っ、ま、松原、花音と、申しますっ。…よろしく?おねがいしますぅ。」

 

「こちらこそよろしく。………にしても、初めてじゃないかな?まともに始まったの。」

 

「…そう……なんですか?」

 

「うん。今まで酷いもんだったんですよ。…それにほら今日はお連れの方もいらっしゃらないみたいで。」

 

「あ、えっと…一応、この会場までははぐみちゃんに付き添ってもらって、何とか辿り着けたんですけど…」

 

「はぐみちゃん?…は、今どちらへ?」

 

「えとえと、玄関ではぐれて、それ以来どこで何をしているのかちょっと……迷子、ですかね…?」

 

「………。」

 

 

 

迷子は花音さんなんじゃ、と思った俺は一先ず一旦これをスルー。

本編の紹介に移るべく、手元の台本を確認するのであった。

 

 

 

「ふぇっ!?わっ、私っ!?迷子…ふぇぇ??」

 

「どうしたんです?」

 

「……津梨さんのそれ、本当に口に出してるんですね…。」

 

「え、出てました?」

 

「はいぃ…全部、聴こえちゃってました…」

 

「なるほど、わざとですね。」

 

「ふぇぇ!?」

 

 

 

**

 

 

 

「それじゃ進めて行こう。今回は何だか平和にできそうな気がするよ。」

 

「はい。」

 

「前回が前回だったからね……それじゃあ早速本編の紹介に…」

 

「あのぉ……」

 

「???なんでしょう??」

 

「津梨さんって……わ、私の事、好き…なんですか?」

 

「………急に何を言い出すんです。」

 

「だって、Twitterとかでも凄く名前出してたじゃないですかぁ。」

 

「あー…………結構前の話やね。…えっTwitterバレてんの?」

 

「は、はい…丁度私のポエムを呟いている時に……「面白いのがある」って、麻弥ちゃんが教えてくれたんですぅ…」

 

「……Pastel*Palettesの?」

 

「はい。」

 

「………………。成程、ささやかな仕返しって訳か。」

 

「ふぇ!?お、怒ってますかぁ!?」

 

「いや別に。…でも恥ずかしいからあんまり見ないでね。」

 

「??…恥ずかしいのに、呟くんですか?」

 

「……………………ド正論じゃないっすか。」

 

「ふぇぇ…?」

 

「まぁそれは置いといて…作品の紹介お願いしまーす。」

 

「は、はいっ。…えとえと、「ゆるふわ系おねえさんに堕とされる日々」は、私こと松原花音をメインヒロインにした"危なげのあるお姉さん"感をテーマに描かれた作品です。………え"っ。」

 

「どしたん。」

 

「…………………。」

 

「花音ちゃ…花音さん?…すっごい顔してるけど。」

 

「………………これ…。」

 

「はい?」

 

「ゆるふわ系おねえさんっていうのはいいんです。」

 

「いいんだ。」

 

「でも…危なげのあるお姉さんっていうのが。」

 

「……不満?」

 

「危なげなんて、ないですもん……。」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「………ない、かな?」

 

「……………あります、かね?」

 

「うん」

 

「ふぇぇ!?即答です!?」

 

「あっ」

 

「な、なんですかぁ」

 

「危なげって油揚げに似てない?」

 

「何の話ですかぁ!」

 

「あぶらげって言うやん……うどん食べたいな。」

 

「もうっ!…そうやって途中で違うこと考えたりするから、自分で納得いかないオチになるんですよぉ。」

 

「え"……何で知ってんの。」

 

「台本です。」

 

「あぁ…いつの間に戻ってきたんだ…修正力凄いな花音さん。」

 

「危なげとか、絶対無いと思うよぉ…。」

 

「あります。」

 

「ふぇぇ。」

 

「ところで、花音さんは恋愛経験あるの?」

 

「………………ええと、このお話、主人公が年下なんですよね。」

 

「流した…!」

 

「私、まだ大学生がどんなものか分からないですけど、年下の男の子が格好良くエスコートしてくれたら、きゅんってしちゃう気がします…っ。」

 

「……年下好きなの?」

 

「どっちが好き…っていうのは無いんですけど、可愛い人が好きなんですぅ。」

 

「ほぇー。」

 

「どうでもいいって顔しないでぇ!」

 

「そう言う訳じゃないけど…花音さんも十分可愛い人なんだけどね。」

 

「ふぇっ!?…ほん、本番中ですよ??」

 

「あぁいや口説いたりしてるわけじゃないよ。俺も酷い方向音痴だから、花音さんと付き合う事になったら確実に死ぬと思うし。」

 

「何の話ですかぁ…。」

 

「俺はほら、しっかりしたお姉さんとか好きだからさ。」

 

「………私みたいな子は、嫌いですか?」

 

「えぇ…?…まぁ、ノーコメントで。」

 

「だめです。」

 

「好かれたいの?」

 

「知りたいんですっ。」

 

「……やっぱだめ。」

 

「むぅ。…あとで帰るときに教えてください。」

 

「気が向いたらね。」

 

「ふぇぇ…。」

 

「作品の話に戻るけど、オリキャラが出て来たね。」

 

「……そーですね。」

 

「中々個性ある二人だったと思うけど…あれは実は俺のリアルな友人をモデルにしてるんだ。」

 

「………そーですかぁ。」

 

「……拗ねんなよ花音さん。」

 

「べつにー、拗ねてませんもん。」

 

「まぁ無視して続けるけども。…リョウくんなんかは特に仲の深い友人でね。…ちょうどこの頃一緒に焼肉に」

 

「あ」

 

「…どしたの。」

 

「そういえば、呼び方。」

 

「呼び方?」

 

「作品の中で、まさにそのリョウ君が私の事「のんちゃん」って呼んでましたよね?」

 

「あぁ、うん。」

 

「私、あんまり渾名とかもらったこと無くて…ちょっと羨ましかったです。」

 

「へぇ。…あれ、でもはぐはぐが「かのちゃん先輩」って呼ぶでしょ?」

 

「はぐみちゃんの事そんな風に呼んでるんですかぁ!?」

 

「びっくりするなぁもう…大声出すなら出すって言ってよ…」

 

「ふぇ…すみませぇん…昂っちゃって。」

 

「もう…。別にそう呼んでるってこたぁ無いけど、人の呼び方が定まらないタイプなんだよね、俺って。」

 

「はあ…傍迷惑ですね?」

 

「そうかね。」

 

「はぐはぐ…はぐはぐかぁ…」

 

「食事中の擬音みたいだね。」

 

「うふふっ、ちょっぴり面白いですねー。」

 

「花音さんは「のんちゃん」って呼ばれてみたい感じなの?」

 

「仲いい人には…ですかね。あんまり急に距離を詰められるのもその……苦手なので。」

 

「そっかー。」

 

「……何の話してましたっけ?」

 

「リョウくんの話かな。…まぁもう一人の男については完全な妄想なんだけど。」

 

(けい)さん…でしたっけ。」

 

「ん。Pastel*Palettesのちーちゃん…のお兄さんっていう設定で書いてみた。」

 

「あぁなるほど。そういえば苗字も白鷺でしたねぇ。」

 

「妹がアレだとしたら相当強い血引いてるだろうなって思ってさ。…めっちゃ癖のある人になっちゃったけどね。」

 

「ああいうオリジナルの人物って、やっぱり設定とか考えてるんですかぁ?」

 

「いや?何となくノリで思い浮かんだ台詞とか行動をね、ぶち込んでるだけ。キャラとして人の形になるのは名前つける時初めて、って感じかなぁ。」

 

「…そんな行き当たりばったりなんですか。」

 

「まぁ所詮日記だしね。最初から「こういうキャラ出そう」って決めてたのなんて一人か二人だよ。」

 

「ふぇぇ、適当ですね…。」

 

「そんなもんさぁ。だからかな、書くのが早いって言ってもらえるの。」

 

「質より量ってかんじですかぁ。」

 

「ん。話は書きながら思いついてるだけだし、キャラの設定も練ってない。おまけにまともに頭使うのはオチくらいで、終わった後も見直しすらしない……ふふ、ふふふふふ…」

 

「つ、津梨さん…っ!?あんまり、思い悩まない方が、その…っ!」

 

「あぁいや、別に悩んじゃいないんだけどね。真剣に書いてる人にしたら「何だこいつ」って思われてるんだろうなーってだけさ。」

 

「………私は別に、思いませんけど。」

 

「そういや花音さんも物書きだったね。…ええとあれは確か、独立作品の"花音"って作品の方で…」

 

「そ、そ、それはいまかんけいにゃいじゃにゃいでひゅか」

 

「一週間書き続けた結果グダグダになったアレだねぇ。」

 

「確かに、私も詩とかたまに書いたりしますけど、あんなに恥ずかしいお話は」

 

「何ですって?詩?」

 

「ふぇぇ…っ!!い、今のはナシ!ナシですっ!」

 

「んんんん???気になるなぁ、気になっちゃうなぁ…!」

 

「ふぇ…と、という事で、以上松原花音編の解説っでしたっ!」

 

「ポエムはいいねぇ」

 

「終わりっ!終わりですーっ!!!」

 

「ゲストはポエマーの、のんちゃんでしたー。」

 

「ふ、ふぇぇぇえっ!!」

 

 

 




ふぇぇぇぇえええええいっ!!!




<今回の設定>

津梨:俗に言うイイ話を書こうとすると必ず最後でグダグダになる癖がある。
   逆に目一杯下衆い話や胸糞話になると一万文字でも二万文字でも一気に書ける。
   読者の「?」が大好き。

花音:のんちゃん。
   ポエマーらしい。
   口の動きを見てたら「あ、ふぇぇ来るな」と分かるらしい。あざと可愛い。


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2020/02/22 完結解説其の五「スカッとしないパン屋」

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「と言う訳で。」

 

「ん。」

 

山吹(やまぶき)沙綾(さあや)さんにお越し頂きました。」

 

「はぁい、山吹沙綾です。今日はよろしくお願いしますね。」

 

「はいよろしく。…あぁ、しっかりしてるな本当に…。」

 

「あははは…今まで、大変でしたよね。」

 

「まともにオープニングなんか無かったんでね…今会話が成り立っているのがもう感激です。」

 

「大袈裟だなぁ…。でも、テレビで見てましたけど中々に酷いものでしたね。」

 

「でしょう。」

 

「ええ。」

 

「あ、ご実家の宣伝でもしときます?」

 

「えっ……そ、それは新展開ですね。そりゃまあ可能ならばしたいですけど…」

 

「ぜんぜんやっちゃっていいですよ。いつもオープニングはゴタゴタするせいで多めに時間とってるんですけど、今日は逆に余りそうなので。」

 

「あぁ……それならばお言葉に甘えて。」

 

 

 

そう言うとソファに落ち着けた腰を立たせ、姿勢を正す。俺の方で指したカメラを真っ直ぐ見据えると呼吸を整え――

 

 

 

「あのー……」

 

「はい?」

 

「やっぱり、それやるんですね。そばで聞いてると無性に恥ずかしいです。」

 

「なるほど。いやね、毎回これをやるとリアクションが面白くて。」

 

「意地悪いんだからもう…。」

 

「じゃあ気を取り直してどうぞ。」

 

 

「えっと、私の家は『やまぶきベーカリー』っていうパン屋なんです。商店街でも結構好評を頂いているみたいで、種類も様々、創作惣菜パンなんてのも作ってます。品揃えはお客様の声に合わせて変わりますので、是非あなたの好きなパンを教えてください!それではやまぶきベーカリー、是非とも一度いらしてくださいませ!」

 

「…はい!アクセス方法や営業時間等の店舗情報は、エンディングのクレジットと合わせて流れるみたいなのでお見逃しなく~。」

 

 

 

**

 

 

 

「………えと、なんかすみません。ありがとうございます。」

 

「いーのいーの、俺も沙綾ちゃんとこのパン好きだし。」

 

「ほんとですか!?……あれ、でも津梨さんにお店で会ったことないな…。」

 

「んじゃ、早速本編の紹介と行こうか。」

 

「あ、はーい。…「山吹色に染まるまで」は、私山吹沙綾をメインヒロインに据えて、鈍感の極みを地で行く男が異性への興味を知ったときどう壊れていくのかを描いた作品です。」

 

「うむ。」

 

「逆転現象?を起こしかったんでしたっけ。」

 

「そうそう、最初は沙綾側からの好意一方通行…主人公が自分も似た感情を持っていることに気づいた時には沙綾は…って感じのをね。あんまり上手くいかなかったけど。」

 

「まぁ…最後の方主人公の男の子やばかったですもんね。」

 

「やっぱそう見えた?」

 

「はい。ああいう感じはなんというか…苦手……ですね。」

 

「あー…ごめんよ。」

 

「あ、いえ、創作物に文句言うつもりはないんですけどね。あとはあの途中の…」

 

「途中。」

 

「はい、イヴに告白されて複雑な気分になってる~みたいな場面ありましたよね。」

 

「あ、うん。」

 

「仮にも自分の好意に気づいているなら複雑になってる場合じゃないでしょう。すぐ断ってくれないと。」

 

「確かに。」

 

「短い間とは言え形式上はふたり分の告白をキープしたってことですよね。」

 

「そう…も取れるね。」

 

「その前振りとしてイヴに気持ちが傾く描写があればわかりますけど、あの感じだと……ただ面倒事を後回しにしているイメージしかないですね。」

 

「ふうむ。」

 

「もし私だったら~って思いながら読んでたのであれですけど、私が誰かを好きになるならあの人はないですねぇ。」

 

「成程……。んじゃ、どんな人なら好きになる?」

 

「うぇっ?」

 

「ちょ顔、顔。」

 

「あ、ああすみません。……うーん、そうだなぁ。」

 

「ザックリでもいいんで。」

 

「やっぱり自立性と決断力、包容力とかも欲しいですかね。」

 

「真逆や。」

 

「私、どっちかって言うと甘えたい側なんですよ。ほら私、妹と弟がいるじゃないですか。」

 

「紗南ちゃんカワユス」

 

「キm……だから、恋人くらいは頼れる相手がいいなーって。あでも、今はPoppin'Partyが忙しいし、香澄やおたえの面倒も見なきゃなので…そもそも恋人とかは考えてないです。」

 

「おっとなぁ。」

 

「もう、からかわないでくださいよー。」

 

「成程成程…先に本物の沙綾ちゃんと話してから書いたらもうちょっと違う内容になったかなぁ。」

 

「そうかもしれないですね。…でも、このお話の「沙綾」もちょっと羨ましいです。」

 

「む?」

 

「好きな人ができて、一生懸命で、苦しんで、悩んで…今の私は経験したことのない苦難を生き抜いている姿が、凄く()()()らしくていいなって。」

 

「いや実際は仕方ないよ、ご実家も大変だろうし。」

 

「…津梨さん、うちでバイトしてみません?」

 

「うっそだろおい。」

 

「へへっ、社割で安くパンが買えますよ?」

 

「…因みにどれくらい?」

 

「えっと、好きなパンとかあります?」

 

「あんぱん。」

 

「思ったより普通ですね。」

 

「好きなんだもん。」

 

「あははっ、了解です。あんぱんは一つ80円なので、社割が入ると2割引きで64円になりますねぇ。」

 

「2割も引くの?」

 

「ええまあ。パンって単価がそんなに高くないのでこれくらい引かないと~って。惹かれないでしょ?」

 

「おっ」

 

「えへへ…お父さんに教えてもらったパン屋さんジョークです。」

 

「2割かぁ…悩むなぁ。」

 

「勿論、少し割高の創作パンとかはもっとお得ですよ。」

 

「さっき宣伝で言ってたやつだね。…どんなのがあんの?」

 

「そうですね…星型が可愛いヒトデパンとか、虹色に光り輝くレイン」

 

「ちょっとストップ。それ以上は別のパン屋さんになっちゃうぞ。」

 

「??ウチの話ですよ?」

 

「いやだってそれふるか」

 

「因みにヒトデパンは120円なので96円、レインボーパンは300円が240円です。」

 

「うわぁ……人気あるの?それ。」

 

「インスタ映えするとかで若い人に人気ですね。この前もRoseliaのリサさんが買ってました。」

 

「へぇ……。」

 

「どうします?」

 

「バイトについては保留だなぁ。」

 

「なるほどですねー。お父さんに一応伝えておきます。」

 

「う、うん。」

 

「…確か次回って……燐子さんでしたよね?」

 

「ゲスト?」

 

「はい。」

 

「ええと……………………あ、そうみたい。」

 

「話、続きますかね。」

 

「……………。」

 

「……………。」

 

「まとめ、入ろっか。」

 

「そですね。」

 

「家族がクソ親父一人という高校生の青年がとあるパン屋に居候して娘さんといい感じになるっていうどこかで見たようなこの話、ずばり沙綾ちゃん的に見所は?」

 

「普段見られないような女の子らしい私が見られるところですかね。」

 

「いや言うて君かなり女子力高いよ?傍にいるだけで惚れそうだもん。」

 

「きm………またまたー。」

 

「あーうん、なんかごめん。」

 

「あとはそうですね…私が母性のように誰かを甘やかしているところなんかも見所ですかね。」

 

「沙綾ママ。」

 

「まあそんなとこですかね。」

 

「沙綾ママァ!!」

 

「それ以上やると津梨さんの社会的なアレがああなってこうなりますよ。」

 

「アハイ」

 

「ともかく、山吹沙綾編「山吹色に染まるまで」は全十話構成の短編となっておりますので、暇つぶしにでも是非ご一読くださいな。」

 

「はいありがとう。」

 

「エンディングトークはどうします?」

 

「いやもう、俺のライフがゼロになっちゃったからさ…」

 

「えー?大人なのに…」

 

「大人でもそんな急所ばかり突かれたらさぁ…」

 

「下ネタですか?やだー。」

 

「……………。ゲストはパン屋の無情殺人鬼、山吹沙綾さんでしたっ!終わり終わりっ!」

 

「あぁもう、怒らないでくださいよー。」

 

「撤収っ!」

 

「冗談じゃないですかぁ。ほ、ほら、うちで割引にしてあげますから、ね?ね?」

 

「……そんなのよりママっぷりを」

 

「そういうこと言うから嫌われるんですよ。」

 

「…………。」

 

「はーい、じゃあまた次回、お会いしましょう!」

 

「君次回いないだろう!」

 

「だって津梨さんが言わないんですもんー。」

 

「もー……そういうことですっ!さようなら!」

 

「さよーならー!」

 

 

 

 




負けた。




<今回の設定>

○○:しっかりした子には弱い社会的弱者。
   パンはアンパンとメロンパンが好きです。そうです、甘党です。

沙綾:実物に母性はないらしい。
   しっかり者の極みで、正直弄り甲斐がなくてあまり面白くない。
   最近肩こりと眼精疲労がきついらしい。
   次回の燐子回が不安で仕方がない御様子。そういうとこがお母さんやねん。


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2020/03/04 完結解説其の六「社畜」

 

「と言う訳で。」

 

「………。」

 

白金(しろかね)燐子(りんこ)さんにお越し頂きました。」

 

「は、はい………えっと……宜しく…お願いします…。」

 

「はい。」

 

「??……津梨さん、元気ないです?」

 

「ええ、前回のアレのせいで、やり過ぎは良くないなと思いまして。」

 

「……傷ついちゃったんですか?」

 

「ナイーブなもんで。」

 

「……ご、ご愁傷さまです……?」

 

「はい…。」

 

「………。」

 

「…………。」

 

「えっ……と……。」

 

「何でしょう。」

 

「その……こんなに静かなもの…なんですか?」

 

「というと。」

 

「間…というか。」

 

「うーん……司会者のテンションが低めだとこうなりますよね。」

 

「そう……ですか。」

 

「……。」

 

「………。」

 

「…上げてっていい?」

 

「………あ、是非。」

 

 

 

**

 

 

 

「っつーわけで本題行ってみよう!今日はアシスタントに宇田川(うだがわ)あこちゃんを迎えておりまぁす!」

 

「あこだよーっ!よろしくぅ!」

 

「燐子ちゃんだけだと話のテンポが恐ろしく悪くなるんじゃないかという制作サイドの粋な計らいです。」

 

「あ………ごめん…なさい。」

 

「あいや、責めてるわけじゃないんだけどね。キャラだし。」

 

「はい……。」

 

「俺は好きよ?燐子ちゃんみたいに静かな子は。」

 

「そう、なんですか?」

 

「ん。長くてきれいな黒髪ってのも大好物。」

 

「へぇ………縛ったりした方が…いいですか?」

 

「あー…!迷うトコだなぁ。ほら、下げ目な二つ縛りとか、ポニテとか似合いそうじゃない?すっげぇ見てみたいんだけど、結局はこのスタンダードスタイルに戻って来ちゃうんだよねぇ!」

 

「あこもわかる!」

 

「おっ」

 

「あんねー、まっすぐできれーなのはねー、りんりんみたいですき。」

 

「…あこちゃん……。」

 

「この絡みリアルで見るのいいわぁ…。何つーか微笑ましい。」

 

「……あこちゃんとは…いつもこんな感じ…です。」

 

「そっかそっか。いや良いモンを見させてもらった。…さて本題進めようかね。」

 

「は、はい。」

 

「じゃあ、説明どぞー。」

 

「……あこちゃん読む?」

 

「えー?りんりんはぁー?」

 

「…じゃあ、一緒に読もっか。」

 

「わかった!えっと……「Platinum dayS」は、りんりんがメインヒロインなんだよ!」

 

「…会社での過ごし方に……焦点を当てたお話、でしたね。」

 

「そうそう、確か学生モノばかり書いていたから、日記に限界が来ちゃって。…会社の様子書くとしたら主人公も社会人にしないとーって思ったんだよな。」

 

「…いつもあんな感じなんです?…勤務中。」

 

「友希那さんみたいな上司はいないけどね。居て欲しい位だけど。」

 

「他は?」

 

「りんりんみたいな人はいるの!?」

 

「……まぁ、ご想像にお任せするってことで。」

 

「不純ですね。」

 

「でもほら、第一部だとまだ綺麗な話じゃない?シモにあんまり走ってないし。」

 

「二部は…酷いですもんね。」

 

「読んでんの?」

 

「ええ、まあ……。津梨さんが私をどんな風に見ているのかよく分かって」

 

「ちがうちがう!そんな風に実際に見てるわけじゃないから!」

 

「……………。」

 

「りんりん、どんなお話なの?」

 

「…えっと……あこちゃんには、あと五年くらい経ったら…教えるね?」

 

「えぇー、今がいーい!」

 

「……友希那さんがさ、えっちなんだよ。」

 

「えっち………え"!?友希那さんが!?」

 

「ちょっと津梨さん…っ」

 

「さて、本編の話に戻るけども、地味な見どころとして、ひまりちゃんの称号が沢山出てくるってのもあるんだよね。」

 

「あ、あれ!?えっちな友希那さんは!?」

 

「なるほど……確かに、上原さんはいつも、「~~こと」って…付けられていましたね。」

 

「そうなんだよ。二部にも引き続いては居るけど、ひまりちゃんってすっごく弄りやすい。」

 

「…本物目の前にしたら言えなくなりますよ。」

 

「まじ?」

 

「………どうでしょう。」

 

「そういえば燐子ちゃんって、嫉妬したりするの?」

 

「まあ………場合によっては…しますけども。」

 

「どんな感じ?」

 

「んー………相手に伝えることは……できないので。」

 

「…?」

 

「……手首の辺りを…切りま」

 

「ああやっぱいいや。ため込むのはよくないよーうん。」

 

「わかってはいるんですけど………。」

 

「津梨さん!」

 

「ん。」

 

「津梨さんって、たばこ吸うのー?」

 

「いや?」

 

「でもでも、お話の主人公さんはすっごい吸ってたよ。」

 

「あぁうん、あのシーン、どっちかっていうと燐子ちゃんの立場が俺なんだよね。上司が喫煙所で吸ってる最中の愚痴に付き合わされる的な。」

 

「えー?そんなのつまんなくなーい?」

 

「あこちゃん。働くって、大変な事なんだよ。」

 

「やだー。あこ、ずっとりんりんとゲームしてたいー。」

 

「そうだね………あこちゃんは、私と、ずーっと遊んでいようね…」

 

「やったー!!りんりんだいすきー!!」

 

「ふふふふ…。」

 

「聖母かよ。…俺も燐子ちゃんとずっとゲームして」

 

「働くって、大変ですよね……。でも、頑張って働いている方って…偉いと思います。」

 

「マジかよ俺これから無遅刻無欠勤目指すわ。」

 

「津梨さんってばかだねー。」

 

「なっ…」

 

「副流煙には…気を付けてくださいね?」

 

「うーん、俺の意思じゃないからなぁ。」

 

「吸おうと思ったことは無いのー?」

 

「某蛇さん見て葉巻に憧れたことはあったけどね。…親父がタバコ吸ってるのが嫌で、結局は吸わなかったなぁ。」

 

「そう…ですか。」

 

「りんりん、タバコ吸うおじさんに憧れるって言ってたよね。」

 

「うん……。」

 

「あでも電子のやつなら吸ってるよ?ニコチンとか入ってない奴。」

 

「それは……偽物じゃないですか……。」

 

「……………。はい、じゃあ締めに入りましょう。」

 

「わ、すごくしょんぼりしてる!」

 

「えー…今日のゲストは、ダイナマイト清楚・白金燐子ちゃんと、賑やかし担当のあこぴょんでした!」

 

「ぴょん……っ!!」

 

「次回はええと…」

 

弦巻(つるまき)さん…ですね。」

 

「うへぇ…まじかぁ。」

 

「お嫌いなんです?」

 

「いや、気ぃ遣うじゃん、金持ちって。庶民の事虫けらみたいに思ってそうだし。」

 

「偏見がもう…」

 

「まぁとにかく、次回もお楽しみに。」

 

「りんりんがいっぱいかわいい「Platinum dayS」二部もよろしくね!」

 

「一部を見てからの方が………シモがキツイ理由も…わかりますよ。」

 

「確かに。」

 

 

 

 




働くって難しい。




<今回の設定>

津梨:仕事中は主にPCの前で色々やってます。
   たまに外回りがあったり他部署に用足しにいったり。
   喫煙所に連行されたり。

燐子:外見は素晴らしい。
   多分スーツとかも似合うと思います。

あこ:髪ぐちゃぐちゃにしたい。


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2020/04/11 完結解説其の七「子守」

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「と言う訳で」

 

「ッハァーイッ!あたし、弦巻(つるまき)こころよ!今日も元気に、世界を笑顔に!せーのっ!ハッピィィイイ…」

 

「ちょ、ちょっとまってこころさん!」

 

「…???…何かしら?」

 

「そんな、止めた僕がおかしいみたいな目で見んでください。」

 

「だって、ここからが盛り上がる所なのに。心外だわっ!」

 

「…一応訊きますけど、こころさん台本は…?」

 

「変ね!」

 

「何が。」

 

「さっきまで「こころ」って呼び捨てだったのに、急に「さん」付けだなんて!…あっ!きっとさっきの津梨とこっちの津梨は違う人なのね!」

 

「んな訳あるかい。…一応導入部だから、毎回体裁保ってやってんのー。」

 

「ふーん。てれび?って色々面倒なのねっ!」

 

「………………本編、入ります!」

 

「あら!まるでヤケクソね!」

 

「うるせぇ!」

 

 

 

**

 

 

 

「……ほうほう、それで?」

 

「みっつめの、「スマイルゥゥウ」の時にぐぐ~っと屈んで…」

 

「ナルホド、それで「イェーイ」となる訳だ。」

 

「そうよっ!あ、でもその時は目一杯ジャンプするの!こう……ピョーンッて!すっごく気持ちいいんだからっ!」

 

「あー……それはちょっと、腰にキそうだなぁ。」

 

「こし?」

 

「うん……俺ってほら、君達程若くないじゃない?一応運動はしてるけど、急な屈伸とか絶対次の日に響く…」

 

「あ!かめらが回ってるわ!」

 

「……うん、マイペースだね。」

 

「さっき台本を貰ったの!見て!」

 

「うん。同じの持ってるから見せてくれなくても大丈夫。」

 

「あら!お揃いね?ふふっ。」

 

「君はたまーに可愛いなぁ…たまーに。」

 

「えっと、「朗らか破天荒セレ部活動日誌」は、あたしがめいんひろいんなの!…あっ、この「セレ部」って、「セレブ」と掛けた高度な駄洒落なのよね!」

 

「えなに急に恥ずかしい!やめて!言わないで!」

 

美咲(みさき)が教えてくれたの!美咲ったら凄いのよ!物知りで、文字を読むのも早くて、初めての文章も噛まないで読めるの!」

 

「そしてスムーズな惚気。流石やん?」

 

「のろけ?」

 

「こっちの話。…この作品だと、年齢設定とかは原作通りなんだけど少し幼な目なこころになっちゃってるね。」

 

「どうして?」

 

「どうして、って訊かれちゃうと答えにも困るけど…。この頃ってバンドストーリーとかあまり深く読み込んでなくてね。正直こころのイメージとか固まらないまま見切り発車しちゃったシリーズなんだよね。」

 

「えぇ!?…あたしに訊いてくれたら何でも教えてあげるのに!想像だけで始めちゃったのね。」

 

「ごめんね。あとはその頃見てた某ゲーム実況者が矢鱈と幼児退行繰り返しててね…手洗いの歌なんかもうそのまんまだもん。」

 

「かめさんのやつね!」

 

「知ってんだ?」

 

「ええ!ビ〇レのCMよね。」

 

「ああ、まあ、うん。」

 

「だって〇王って弦巻グループの」

 

「言わんでいいこともあるよ?こころ。」

 

「う。…そうなのね、勉強になったわ。」

 

「でもあの歌歌いながら一生懸命手洗いするこころとか見てみたいとは思うけどね。」

 

「そうなの?」

 

「絶 対 可 愛 い。」

 

「あははっ!気持ち悪いわねっ!」

 

「………。」

 

「そっか…津梨はあたしのこと子供だと思ってるのね。」

 

「ごめんて。…そういえば想像で「カナコさん」って黒服出しちゃったんだけどさ。実際のところどうなの?黒服さんとは。」

 

「んぅー…たっくさん居るのは知ってるけど、お喋りしたりお名前で呼んだりはしないわね。」

 

「やっぱそうか。」

 

「気付いたら居てくれるのだけれど、用事がない時は傍に居ないもの。それに、最近は美咲の方が黒服の人たちと仲良しさんなの。」

 

「あー、美咲ちゃんも大変だ。」

 

「カナコ…そのお名前の人が居ないか、探してみるわね。」

 

「それはもうご自由にどうぞ…。」

 

「居たら紹介したほうがいいかしら??」

 

「結構です。」

 

「…そう。」

 

「んで他に紹介する箇所って言ったら…」

 

「カナコ!」

 

「や、横澤(よこざわ)さんはさっき…」

 

「んーんっ、クジラの!」

 

「…あぁ、冷感ぬいぐるみのやつね。あれは可愛かった。」

 

「本当に買ったの?」

 

「一応は日記だからね。近所の百均に突っ張り棒を買いに行ったんだけど、一目惚れしちゃって…。」

 

「おっきい??」

 

「んー…ちょっと両手広げてもらって…そうそう、でちょっと狭めて…これくらいかな。」

 

「ん!!…おっきいわっ!!」

 

「そうかい。モフるには丁度いい感じの…ピンクのクジラだよ。」

 

「………ちょうだい?」

 

「グッ……そんなに、可愛らしく首を傾げてもダメです。」

 

「ほしいの…。」

 

「ヴォッ……だ、だめだ、勝てねえ…!」

 

「……くれる?」

 

「やめて!上目遣いの破壊力が凄まじすぎて!」

 

「後で取りに行くわね!」

 

「あぁぁぁ…もうあげたことになってる……」

 

「…くれないの??」

 

「ええい、もってけ泥棒…!」

 

「あたし、泥棒じゃないわ。こころよ。」

 

「…とまあ可愛いぬいぐるみやらお茶目な黒服さんやらが登場する愉快な日常シリーズですな。」

 

「あっ、今やってるあたしのお話とは関係ないのよね?」

 

「うん。あれはあれで、別のお話だね。関係性は似てるけど。」

 

「……あたし、一人っ子だからちょっと羨ましくて…」

 

「妹が出てくるからね。まぁそっちは追々…という事で、今回はこの辺かな?」

 

「次回ははぐみねっ!とっても楽しみにしてたわ!」

 

「えぇ……気が重いなぁ…。」

 

「嫌いなの??」

 

「ほら、俺って日陰者な訳ですよ。そんで、二回も続けて君達みたいな太陽の化身と一緒に過ごすとね…。」

 

「あたしって、太陽なの?」

 

「そらもう。」

 

「さっきは泥棒って言ってたわ。」

 

「……それは言葉の綾で。」

 

「…じゃああたしは、太陽泥棒?」

 

「規模がデカすぎる!!!」

 

「あはははっ!面白そうねっ!」

 

「…弦巻じゃやりかねないからなぁ…。」

 

 

 




太陽泥棒のパワーワード感




<今回の設定>

津梨:りんりんさんと一緒に居る方が居心地よかった。
   多分中の人はこころと一緒に居ると劣等感で死にたくなると思う。
   面倒見も全く良くない。

こころ:実際は割と常識ある気がする。囚われないだけで。
    あと、自分の可愛さ分かってる。
    君が居ると「!」の頻度が跳ね上がるんじゃぁ。


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2020/05/07 完結解説其の八「元気一杯」

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「という訳――」

 

「やっほぉ!!はぐみだよぉ!!!今日はてれびに出られるって言うからおめかしして来たんだぁ!!」

 

「…………。」

 

「あれ?どしたの?」

 

「…何でもない。ハロハピってみんなこうなの?」

 

「みんな???」

 

「……一応、前回同様に確認するけど、はぐみちゃん台本は?」

 

「読んだよ!」

 

「呼んだ上でこれ…?」

 

「……はぐみ、間違っちゃった…?」

 

「………。」

 

「…………。」

 

「うーん、可愛いからいいかぁ。」

 

「えぇ??間違っちゃったなら、もう一回最初っからちゃんとやりたい。」

 

「真面目!」

 

「ていくつーって言うんだよね。」

 

「……生放送のテイク2とは前代未聞だなぁ。」

 

「やろう!」

 

「………ディレクターさーん。…はい………はい………了解でーす、じゃあやっちゃいましょー。」

 

「よぅし…今度は間違えないぞ…!」

 

 

 

「と言う訳で。」

 

「やっ………」

 

「今回は北沢(きたざわ)はぐみさんにお越し頂きました。…今、「やっほ」って言いかけたね?」

 

「言ってないよ!はぐみははぐみです!」

 

「はい、そうですか。」

 

「コロッケが好きです!」

 

「そうですね。」

 

「よろしくお願いします!」

 

「はいよくできました!」

 

「よくやったと思います!」

 

「自画自賛!はい、スタッフさんも拍手!いい流れ来てるところで本編行くよ!」

 

「じがじさんです!」

 

 

 

**

 

 

 

「いやー、いい滑り出しだったよはぐはぐー。」

 

「ほんと?上手に出来た?」

 

「そりゃもう。帰ったらとーちゃんによろしく。」

 

「わかった!」

 

「よしよし、じゃあ改めまして…何だかんだで一番いい子なんじゃないかって言うほどの、ハロハピの良心がゲストです。」

 

「そうです!いい子だから去年もサンタさん来ました。」

 

「……。ええと、本編の紹介に行こう。」

 

「でもね、サンタさんが本当はとーちゃんなの、知ってるんだ。」

 

「…はぐはぐ?」

 

「だけど「とーちゃんが悲しむから知らないふりしてあげようね」ってかーちゃんが言うからね。はぐみ、知らないフリしてるの!」

 

「はぐはぐ!!それ以上は電波に載らないところでやろう!」

 

「う?」

 

「…んん"っ。…そろそろ、本編の紹介お願いしても…いいかな?」

 

「あ、そうだったそうだった…。えっとね!…えへへ。」

 

「何笑てんねん。」

 

「「Naughty small animals!!」は、歳の離れた妹であるはぐみとの触れ合いをお兄さん目線で描いたお話です。」

 

「うん。」

 

「…はぐみのにーちゃんが出てくるの?」

 

「うーん……正しくは、はぐはぐのお兄ちゃんって設定の男の人のお話だね。」

 

「だよね!はぐみのにーちゃんはこんな風に働いてないもん!」

 

「そうなんだ。」

 

「…たぶん?」

 

「よし、この話は無かったことにして…他に、はぐはぐのお兄さんのエピソードとかある?」

 

「ない!」

 

「おっけい、こりゃ参ったぞ…。実質一人で本筋を語らねばならんという事か。」

 

「…ねーねー、つなしさん。」

 

「なんでしょう。」

 

「つなしさんって、かのちゃん先輩が好きなの?」

 

「何故に?」

 

「かのちゃん先輩が言ってたから。」

 

「……はい?」

 

「あのね、はぐみもこの番組出るんだよーって教えてあげたんだ、かのちゃん先輩に。」

 

「うん。」

 

「そしたら、前にかのちゃん先輩が出た時はいっぱい好きって言われたって。」

 

「ひでぇ風評被害だ。」

 

「言ったの?」

 

「言ってないよ。」

 

「かのちゃん先輩可愛いよ?」

 

「知ってるよ。」

 

「嫌い?」

 

「……そういえば本編で出した花音さんは大分黒くなっちゃったよね。」

 

「あ!はぐみ知ってるよ!重い女って言うんでしょ!」

 

「…それ、のんちゃんに言っちゃだめだからね。」

 

「のんちゃん…?」

 

「花音さんのこと。前に来てくれた時にニックネームつけたのさ。」

 

「そうなんだ!かのちゃん先輩は重い女なの?」

 

「こらこら。作品の中でそういう風に描いちゃったってだけさ。そしてはぐはぐに励まされる主人公…。」

 

「情けないねぇ!」

 

「あ、そういう印象か。」

 

「だって、はぐみのほうがちっちゃいのに。」

 

「……そうだね。きっとはぐはぐも、もーっと大きくなったらその浪漫に気付くさ。」

 

「ろまん…。」

 

「年下の子に甘やかされるっていう…」

 

「うわぁ!キモい!!」

 

「こら、そんな乱暴な言葉遣いしちゃいけません。」

 

「へへ、今のはね、みーくんの真似。」

 

「マジかよ似てねえなオイ。」

 

「キモい!キモい!!」

 

「こらこら、そんな本人の居ないところでイメージダウンを図る様な真似はやめなさい。」

 

「フェー。」

 

「それは、もしかしなくてものんちゃんの真似かな?」

 

「そだよ!フェー!!」

 

「なんか違う…。って、本筋から外れ過ぎだっての!紹介しないと。」

 

「フェー。」

 

「ふぇぇ…こりゃまいったな。」

 

「つなしさんは、妹がほしいの?」

 

「急だなぁ。」

 

「だってだって、主人公に妹が居る話ばっかりだよ。」

 

「核心…ッ!…うん、まあ、実の妹に憧れが無いとは言えないよね。」

 

「そうなんだぁ。」

 

「…実の妹は居ないからねぇ。」

 

「じゃあかのちゃん先輩が妹だったら最高だね!」

 

「…………いや、うーん、どうだろ…。」

 

「妹が欲しいって気持ちはあんまりわかんないけど…でも、こんな風ににーちゃんと仲良く出来たらなって思ったよ。」

 

「…仲、悪いの?」

 

「ううん。けど、にーちゃんはにーちゃんで忙しそうだし、はぐみもハロハピとか学校とか忙しいから。あんまり遊んだりはしないんだ。」

 

「そっかー…。」

 

「だから、あんな風にくっついたりするお話見ると、ちょっと羨ましいなーって思う。」

 

「………………はぐはぐって、体温高そうだよね。」

 

「…うぇ?」

 

「あいや、ごめん。ほかほかしてて抱き心地よさそうだなーって。ちっちゃいし。」

 

「……もう、そういうことばっかり言ってるからみーくんに呆れられるんだよ?」

 

「…何故美咲の名前がここで…。」

 

「最近はみーくんのことが気になってるんでしょ?」

 

「………。」

 

「…ふっふ、ちんもくはこうていなのさぁ!」

 

「…それはまた、誰かのモノマネなのかな…?」

 

「はぁかなぁい…」

 

「あぁわかったわかった。」

 

「みーくんの事が大好きなつなしさんは置いておくとして、最後の方はちょっとのすたるじー?なお話になるんだよね。」

 

「コイツ、脇道と本筋が繋がってやがる…ッ!…ん、まぁちょっと色々あったからね、リアルの方で。」

 

「大人ってなんなんだろうね。」

 

「ね。」

 

「えいえんのなぞだね。」

 

「そうだね。」

 

「でも、つなしさんってもう大人だよね?」

 

「………まぁ、年齢的には?」

 

「お嫁さんになった?」

 

「なってないよ。」

 

「じゃあお婿さん?」

 

「あんまり訊かないで…。」

 

「???」

 

「はぁぁ……。」

 

「????」

 

「…以上、やはり太陽の化身の様な子と過ごすと劣等感で死にたくなる津梨が現場からお伝えしました。」

 

「たいようのけしん…」

 

「ほら、はぐはぐ。次回のゲストは誰って書いてあったっけ?」

 

「!!ええと……んと……あっ!かーくんだっ!」

 

「ゲェェ、また次回も陽キャさんかよ…。」

 

「…かーくん、嫌い?」

 

「いや、好きさ。大好きだよ。……メンタルもつかなぁ。」

 

「そっか!つなしさんはかーくんも好きでみーくんも好きで、かのちゃん先輩にも好きだよって言うような人なんだね!」

 

「やめて!無邪気が刺さる!!」

 

「キモい!!」

 

「美咲ィ!」

 

 

 

 




つよい。




<今回の設定>

津梨:浮気性で将来に不安のある地雷。
   ひでぇ肩書だなぁ!
   はぐみちゃんはありのままで元気いっぱいに居て欲しいものです、はい。

はぐみ:多分頭の中の辞書は常人の3分の1ほどの厚さしかないと思う。
    ひらがな台詞が凄く似合って可愛いです。
    シリーズ最高に本編に触れてませんがご勘弁を。


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2020/06/11 完結解説其の九「可能性」

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「と言う訳で。」

 

「うん!」

 

「今回は戸山(とやま)香澄(かすみ)さんにお越し頂きました。」

 

「うん!」

 

「うん?」

 

「なに?」

 

「軽く自己紹介、いい?」

 

「わかった!……戸山香澄ですっ!緊張してますっ!おわり!」

 

「………。」

 

「したよ。」

 

「あはい。…こりゃまた新しいパターンだな…。」

 

「ね、津梨さん?」

 

「なんです?」

 

「有咲は、いつ入って来るの??」

 

「ええと、できればそれに触れないでいただきた――」

 

「沙綾も来るんだよね!」

 

「あぁぁあぁ…」

 

「あれれ?でも今私一人で…わかった!これってリハーサル!リハーサルだ!」

 

「………後で上手い事リアクション取ってくださいね?」

 

「りあく…しょん?って?」

 

 

 

**

 

 

 

「はい!つーわけで初めて行くぞこん畜生。」

 

「いぇーい!!」

 

「ゲストは冒頭でも紹介した通り香澄ちゃん。…そして、アシスタントに有咲ちゃんと沙綾ちゃんがきてまーす。」

 

「しってまーす!」

 

「…………。」

 

「あ、あはは…ごめんなさい…。香澄って、段取りとかはちょっと…ね。」

 

「うん…身をもって知ったよ…。大変だね、Poppin'Partyって。」

 

「……。」ジィー

 

「で、どうして有咲はそんなおっかない顔でガン見してんの?」

 

「私の時よりデレデレしてない?」

 

「してないけど…?」

 

「ほー。」

 

「あのさ、このシリーズって基本台詞しかないからさ、無駄話する人が増えるとすっごい読みにくいの。」

 

「津梨さん?…メタはやめましょうって、この前視聴者から言われてなかったです?」

 

「ああそうだった!ごめんよ沙綾ママ。」

 

「…香澄、ほら次、香澄の台詞だよ。」

 

「あほんとだ!…ええと…「戸山香澄、可能性未知数説」は、私戸山香澄をメインヒロインとした一話完結シリーズです。」

 

「はい、よく読めました。」

 

「えへへー、ありがとーさーや。」

 

「沙綾ママ…また母性に磨きを…?」

 

「いい加減にしないと張っ倒しますよ?」ニッコリ

 

「ひ……えー、このシリーズは他作品と違って、毎話設定や世界観が異なる作品にしてみたよ。」

 

「…一応、私っぽいのが出てる回もあったな。」

 

「あ!あの有咲好き!かわいいありしゃ~」

 

「だー!もう、くっ付くなよ!」

 

「おぉ、眼福眼福…。」

 

「それにしても、よくあれだけ思いつきますね?」

 

「んー。当時は香澄推しなところもあったからね。キャラとしての万能感に着目して、色んなポジションに置いてみる…っていう実験的な試みでもあったのさ。」

 

「へぇー。」

 

「あーりしゃー!」

 

「やめろぉ!!」

 

「そこの二人ー、本筋に絡まないならもうちょっと静かにしてねー。」

 

「あははは…すみません、ウチの元気担当が。」

 

「Poppin'Partyって実質元気担当しかいないんじゃ?」

 

「そんなこと無いですよー。…ほら、例えば私なんかは…」

 

「ああ、ママ担当。」

 

「…ホント、懲りないですよね?」

 

「や、今のは誘導尋問だろォ!?」

 

「はいはい、とっとと作品紹介しちゃいましょ?…あ、そうだ、いつもはゲストに気に入ってる回を訊くじゃないですか?」

 

「はい…。」

 

「逆に、津梨さん自身のオススメ回とかは無いんですか?」

 

「あー……そうだな。」

 

「なかったら別にいいんですけど…興味ないし。」

 

「…ああ、妹の回とか。」

 

「出た妹…へ、へぇー!」

 

「妹って言う事よりも、過去のトラウマが生々しく描けていたかなっていうのがね。ほら、俺自身トラウマ塗れだし。」

 

「あー。」

 

「当の香澄ちゃんが実際はどんな子かって言われるとてんでわからないけど…雰囲気的にはうまく行ったんじゃないかなぁ。」

 

「私、娘編とか好きですよ。」

 

「ああ、プロポーズの。」

 

「ウチのお父さんもあんな感じだったから…何となく、わかるなぁーって。」

 

「沙綾ちゃんも経験あるんだ?」

 

「ええ、まあ。小学生くらいの事ですけど。」

 

「私、アレが好き!有咲のやつ!」

 

「唐突におかえり。あとそれはさっき聞いたよ。」

 

「ありゃ??…ねね、津梨さん。」

 

「あん?」

 

「他のシリーズ通してもそうだけど、私が出てくるお話が少ないのは何で??」

 

「う…。」

 

「有咲とかさーやはよく見かけるけど、私全然出てこないの。…何で??」

 

「ええっと…だね…。」

 

「苦手なんだろ?香澄のキャラ掴むの。」

 

「う!!」

 

「つか前にそう言ってたじゃんか。」

 

「……ま、まぁ、そのとおりなんだけどさ…。」

 

「えぇー。」

 

「香澄ってさ、すっごい好きなんだけど、全く上手に書ける気がしないんだよね。」

 

「私そんなに難しくないよー…」

 

「それにほら、俺の書く作品って闇っぽいのが多いじゃん?」

 

「うん。みんなこわい。」

 

「香澄の明るさがどうにもマッチしなくて…病ませられないっていうのかな。それもあると思う。」

 

「ま、香澄を変に書いたら私が黙っちゃいねーけどな?」

 

「ほら!こういう人も結構いるからさぁ!迂闊に弄れないんだよ…。」

 

「二次創作の宿命ってやつですねー。」

 

「じゃあじゃあ、暗くならない話で、私も出られそうなの書いてください!」

 

「えー…。」

 

「何なら、主役でもー…なんちってー。えへへ。」

 

「んー…。」

 

「おら、良いからとっとと書くんだよ。」

 

「有咲さん!?」

 

「香澄メインでおもしれーの書け。な?」

 

「ちょ、ちょちょ、足ガッツリ踏んでるけど!?」

 

「香澄の頼み…聞けねーってことはないよな??」

 

「わかった!分かったから踏まないで!ちょまま!!」

 

「あははは、このシリーズは津梨さんが酷い目に遭う話なんだねぇ。それじゃあ香澄、そろそろ締めよっか。」

 

「うん!えっと、ゲストは戸山香澄と、」

 

「山吹沙綾と鬼の市ヶ谷有咲でした!」

 

「そのうち私がメインでお話書いてもらえるみたいだから、楽しみにしててください!」

 

「あぁぁああ!!また全部美味しいとこ持ってく!!」

 

「うっせぇ!香澄メインなんだから香澄の可愛さ前面に持ってって正解だろ、津梨さんよー!?ああん!?」

 

「ちょ、ちょままぁ!!」

 

 

 

 




さすが市ヶ谷だ!馬力が違うぜぇ!




<今回の設定>

津梨:性癖がふんだんに漏れ出たシリーズでした。
   どれかは刺さってくれると嬉しいです。

香澄:手に負えない。

沙綾:したたかすぎる。

有咲:暴力の化身。


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2020/07/24 完結解説其の十「若さと青春の破綻」

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「あー………。」

 

「…………。」

 

「もうすっかりマンネリだよなぁこれ。なぁ?美咲(みさき)っち?」

 

「…………。」

 

「んだよシカトかよぉ。……はぁぁぁぁ…だりぃ…。」

 

「……津梨さん?……カメラ、回ってるよ?」

 

「…………。」

 

「もう大分経つけど。」

 

「…………どうしてもっと早く言ってくれないのかね?」

 

「……アドリブかと思って…。」

 

「マジで言ってんの?」

 

「あー、その。……こいつヤバいなって、正直思ったかな。」

 

「…………え、何?TAKE2ある?……ない?あ、やっぱり?」

 

「えぇ…このまま行くの…?」

 

「ほうほう、オープニング飛ばして……ああ成程成程。理解したようん。……ってことで美咲っち、コレ。」

 

「あはい。…………うわぁ。」

 

「はよはよ。」

 

「…………こ、ココマデ ゼンブ、ダイホンダヨー。」

 

「もっと上手くやれんのか…?」

 

「くっ…この…ッ!」

 

 

 

**

 

 

 

「はい、じゃあ今日のゲストは奥沢(おくさわ)美咲さんでーす。」

 

「…………。」

 

「ほら何してんの、本編の紹介して。」

 

「津梨さん、絶対あたしのこと嫌いでしょ?」

 

「何故。」

 

「なんかもう色々…雑。」

 

「……さて、紹介入ろ、ね。」

 

「そういうとこ……もういいや、花音さんの時とは随分違うね。」

 

「のんちゃんは露骨に可愛いじゃん。」

 

「……すみませんね、可愛くなくて。」

 

「違うんだよなぁ。」

 

「訳わかんないし。」

 

「いいからはよ、紹介しないと皆この辺で見るのやめちゃうよ?」

 

「…………はあ。「奥沢さんは掴めない」は私をメインヒロインにしたお話で、テーマは"陰キャを追い詰めるとどうなるか"です。」

 

「うむ、ありがとう。」

 

「……そんなテーマでしたっけ。」

 

「ええっと……実は最初はさ、不思議で独特な雰囲気の美少女と引くレベルで孤立してるどうしようもない陰キャの化学反応的なのを目指しててね。」

 

「うん。」

 

「ただ、ハメ作家の知り合いの一人がさぁ、ヤンデレとかそういうのが好きで……」

 

「あー…影響されちゃった、的な?」

 

「うん…お恥ずかしながら。」

 

「だから急にこころが出てきたんだ。」

 

「そゆこと。勿論、本物のこころちゃんがあんなだとは思ってないよ?」

 

「……そですね。」

 

「それにほら、美咲っちと組ませるならやっぱこころちゃんかなって。」

 

「安直…。」

 

「正直、書き始めた頃はそれほど設定とか把握してなくてさぁ…。」

 

「好きですねぇ、見切り発車が。」

 

「……美咲っちも俺の事嫌いだろ?」

 

「何故?」

 

「雰囲気?というか?全体的に興味なさげな感じが…。」

 

「まぁ、興味はないかな。呼ばれたから来ただけだし。」

 

「………。」

 

「そういえば、はぐみから聞きましたよ。あたしの事、お気に入りなんですって?」

 

「あの子の口の軽さはヘリウムガス並みだな…。」

 

「にしては、今日一日扱いが雑過ぎるけど。」

 

「さっきから気にするけど、別に嫌いとかじゃないんだよ?」

 

「じゃあやっぱ、好きなんだ?」

 

「うぉぉ……!!そのさ、顔に掛かってる髪を片手で搔き上げて耳に掛ける動作さ、ズルいよな。」

 

「はぁ?何フェチ?」

 

「甘さと辛辣さが交互に来る…!スウィートボンバー奥沢と名付けよう。」

 

「名付けんな。……結局どう思ってるの?あたしのことは。」

 

「ううむ…少し前はかなり好きキャラだったなぁ。」

 

「……今は?」

 

「実際喋ってみて言葉の攻撃力というか貫通力というか…ひしひしと感じてるよ。」

 

「嫌い?」

 

「……大好き…ではない、ってくらい。」

 

「ふーん。」

 

「何さ。」

 

「物語の最後の方さ、主人公くんはあたし達を好きすぎて()()なっちゃったわけじゃん?」

 

「ん。」

 

「津梨さんもそうなのかなーって、思ってたんだけど。……それは無さそうだね。」

 

「ああ。俺、痛いの嫌だし。血ぃ見るのも嫌いだし。」

 

「ヘタレ…。」

 

「うるせい。」

 

「そっか。…ま、あたしもまだ、誰かを愛したり愛されたりって経験無いしね。実際その時が来たら~なんて、わかんないんだけど。」

 

「うん?」

 

「でも、気持ちが重くなっちゃうくらい何かを好きになるって、凄いことだよね。ちょっと……羨ましいかな。」

 

「羨ましいとは…また斬新な感想だな。」

 

「いやさ、津梨さんもそうかもだけどさ。…大人になるにつれて、感情とか意見とか、出しにくくなるじゃん?」

 

「まあ。」

 

「好きな気持ちも抑え込まなきゃいけなかったり、我儘なんて以ての外で、考える前に動く事すら罪悪感感じちゃったり。……何ていうのかな、そういうのも含めて、若さって事なんだと思うな。」

 

「……え何、君歳上だっけ?」

 

「ははっ、何言ってんの。……ハロハピに居るとね。眩しいんだ、こころやはぐみみたいな、真っ直ぐさが。」

 

「…………。」

 

「それと似たような気持ちに、なったかな。これ読んだとき。」

 

「そういうさぁ……妙に大人なところ?そう言うところが、俺を惹き付けるんだよなぁ。」

 

「うわぁ……キモい。」

 

「あ、実際に言うんだそれ。」

 

「はぐみに教えてもらったんだ。「みーくんのモノマネ、教えてあげるね!」って。」

 

「本人に……!?…相変わらず何でもありだなあの子。」

 

「ふふっ、かわいいもんでしょ。同い年だけど。」

 

「まあ……。」

 

「脱線しちゃったね。……次回は誰だったっけ。」

 

「ええと……げぇ。」

 

「どしたの。」

 

「次回から氷川(ひかわ)さんゾーンに入るんだよ。ほら、アレって分岐のせいで似たようなのが続くから…。」

 

「いいじゃん。好きなんでしょ?紗夜(さよ)先輩も。」

 

「否定はしないけどさぁ……あのシリーズ、性癖漏れに漏れてるから言及しにくいんだよなぁ…。」

 

「津梨さんってさ。」

 

「なに。」

 

「……本当、そういうところ救えないよね。マジキモい。」

 

「グアァッ、言って良い事と悪いことがあるぞ…?」

 

「いいことでしょ。……さて、そんじゃ今回はこのくらいでーす。」

 

「あぁもう、締めは俺やるから!」

 

「いいっていいって、勝手に傷ついて落ち込んでなよ。……次回は氷川…まぁ、どっちかが来るんじゃないですかね。」

 

「曖昧!」

 

「それじゃ、あたし編もよければ読んでみてください。ぐっばーい。」

 

「あぁ!またダメージだけ受けて終わるのかぁ!!」

 

「騒がしいですけど、さっきからずっと映ってませんからね、津梨さん。」

 

「裏切ったなスタッフ陣…。」

 

 

 

 




ついに十シリーズ目。まだ半分も終わってないとかマジかよ。




<今回の設定>

津梨:グロッキー気味。癒しを早くさ。
   割と影響受けやすい方なんですよねぇ。

美咲:ハロハピで揉まれるとみんなこうなっちゃうと思うの。
   嫌いじゃないです。けど不思議と大好きにはならない。本当不思議。


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2020/08/13 完結解説其の十一「姉三本」

 

 

 

「ようし!!行くぜ十一回!!目指せ二十回!!」

 

「………。」

 

「…………。」

 

「………。」

 

「おいどうした。ゲスト三人もいんのに全員シカトか?んん??」

 

「……や、もう何処から突っ込んでよいやら…みたいな?」

 

「……。」

 

「……。」

 

「え、え、嘘でしょ?俺だけこのテンション??もうカメラ回ってんだよ?美咲だったら凄い勢いでツッコミ入れてるよ?」

 

「……はあ。」

 

「はい紗夜(さよ)さぁん!!今ため息聞こえたよ!!」

 

「……あのさあ津梨さん?」

 

「なんだい日菜(ひな)ちん。」

 

「純粋に煩いんだと思うよ?ほら、おねーちゃんも心底ウンザリーって顔だもん。」

 

「…………えぇ?日菜ちんもそっちサイド?」

 

「だってさ、まだ始まってないんでしょ?」

 

「いや、だからもう回ってるんだって――」

 

「日菜、そんな足開かない。女の子でしょう。」

 

「えー?いいのいいのー、本番前なんだからー。」

 

「………。」

 

「津梨さん。」

 

「ん。」

 

「アタシ思うんだけどー。……津梨さんにアタシら三人は捌けないと思うんだー。」

 

「……まあ、だろうとは思ってたけどさ。……だから嫌だったんだよこのシリーズ。」

 

「何か言いましたか?」

 

「ああもう!!ちょっと一旦カメラ止め…は出来ないから、CMか何か流しといて!んで君ら三人はちょっと作戦会議ィ!」

 

「えー?めんどくさいぃ。」

 

「うるせぇ白菜。煮込んで食っちまうぞ。」

 

「津梨さん?」

 

「…………ごめん、なさい。」

 

 

 

**

 

 

 

「さぁて始まりました。今日のゲストはこちらのお三方です!」

 

「やほー☆氷川(ひかわ)日菜でぇす!!今日もい~っぱい、るんっ♪とさせちゃうぞ!!」

 

「んん"っ。氷川紗夜です。本日は、よろしくお願いいたします。」

 

「はぁい、今井(いまい)リサでーっす。んまー適当に、お喋りしていきまーっす。」

 

「ん!三者三様の挨拶ありがとう!」

 

「それでは段取り通り……ええと、まずはシリーズの紹介でしたね?」

 

「あはい、お願いします紗夜さん。」

 

「「ひかわさんち。」シリーズは、氷川姉妹に架空の弟が居たら…をテーマに置いた糞性癖ダダ漏れな作品です。」

 

「……ん??」

 

「何か?」

 

「いや……まあ、そうだね、テーマはそんな感じ。うん。」

 

「日菜、次はあなたの台詞だけど。」

 

「うんっ!普段妹でしか無いあたしもおねーちゃんぶっちゃって、すっごくいいなって思ったよ!」

 

「ふふ。どうしてかはわからないけれど、不思議と日菜のキャラクターは掴めていたように感じるわ。」

 

「えー??おねーちゃんも結構、おねーちゃんっぽかったと思うけどなー。」

 

「それは……序盤だけでしょう。」

 

「あのー、もしかしてだけど…」

 

「何でしょう、津梨さん。」

 

「ふたりとも、読んでくれたの?」

 

「…………。」

 

「うん!!あたし、二周くらい読んだよ!それで、面白かったから千聖ちゃんにもオススメしたんだけど、"穢らわしい"って断られちゃった!あはははっ!!」

 

「はははっ!千聖らしいよねぇ!!」

 

「ま、まあちーちゃんはいいや。紗夜さんはどうしてそんな険しい顔してんの?」

 

「…………気に入らないんですよ。」

 

「はい?」

 

「いいですか?私と日菜、氷川の姉妹は二人でいいじゃないですか。折角上手く回ってるのですし。」

 

「お、おぅ?」

 

「さ、紗夜??ほら、二次創作の、作り話だから、ね??熱くならないでさ……」

 

「……今井さん。」

 

「……うわちゃ、これ地雷だ…。」

 

「今井さんも、架空の弟なんかを増やされたら理解できるかも知れません。この、理不尽な憤りが。」

 

「あー…ちょっと耳に痛いカモ…。」

 

「……ねね、津梨さん。」

 

「ん。」

 

「おねーちゃんあのモード入ると長いんだよねぇ。」

 

「…みたいだね?」

 

「だからさ、提案なんだけどっ。」

 

「…………ふむふむ、確かにまあ…リサちゃんには悪いけども。」

 

「ね?いいと思わない??」

 

「よっしゃそれでいってみよう。何なら都合よくシナリオも分岐してることだし…。」

 

「日菜、津梨さん。あなた達にも関係する話なんですよ?何ですかコソコソコソコソと…。」

 

「あ、ああすいませんね。ちょっと進行の打ち合わせを…ほら今本番中なんで。」

 

「そ、そうだよおねーちゃん!」

 

「進行……?打ち合わせならリハーサルの前に終わったはずですが?」

 

「ささ、紗夜!ほら、このコーナーっていっつも無茶苦茶じゃん??津梨さんも不甲斐ないし、みんなキャラ濃いし!!」

 

「ちょ、リサさん?」

 

「いいじゃんいいじゃん、ホントの事だし。」

 

「回を追うごとに俺の扱いがゴミのようになっていっている気が…。」

 

「あははは!!津梨さん、どーんまい!」

 

「……何だかよくわかりませんが、進行に変更が出たということでよろしいですか?」

 

「はい、まあ、そんな感じです。」

 

「歯切れが悪いのが気になりますが…まあいいでしょう。具体的にはどう変わるんです?」

 

「ええと……日菜、説明パス。」

 

「えぇ!?……んと、んと……お、おねーちゃん!耳貸して!!」

 

「ちょ、日菜……んっ。」

 

「おぉ、何かエロい…。」

 

「津梨さん?紗夜に聞かれてたら千切られてるよ?」

 

「……何を?」

 

「津梨さんの、津梨さんを?」

 

「……シモ方向に抵抗とかない人だっけ、君。」

 

「はははっ、そんな人居ないね!」

 

「俺もうリサちゃんがわからん。」

 

「お互い様ぁ~。……あでも、紗夜がたまに色っぽーい声出すのは、何かわかるかも。」

 

「でしょう?」

 

「ま、口には出さないけどね。」

 

「聞かれたとしても君は千切られるもの無さそうだけど…。」

 

「……あったらどうする?」

 

「は?」

 

「ん?」

 

「……なるほど、概ね理解しました。……津梨さん。」

 

「んぇ?あはい。」

 

「要するに、ここからは各分岐ごとに一人ずつ収録する、ということで宜しいですか?」

 

「あ、ああ!そうですそうです。そんな感じで。」

 

「おーなるほど。その方が進行はしやすいもんねぇ。」

 

「個人的に、リサちゃんがもうちょいストッパーになってくれるかと期待してたんだけども…全く機能してなかったから仕方なく…ね。」

 

「はは、無理無理。紗夜が相手じゃあねー。」

 

「あっけらかんと……取り敢えず日菜、説明ありがとう。」

 

「ん!」

 

「一つ質問、よろしいですか?」

 

「はい?なんでしょう。」

 

「恐らく分岐ごとに担当するのはルート名を冠している人として、共通ルート部分に関してはどうなるんでしょうか?」

 

「……。」

 

「担当によってはこの時間も無駄になってしまいそうなんですが。」

 

「いや、だからね?今日張り切って始めたじゃないですか?んで脱線してこうなったじゃないですか?」

 

「……そうでしたっけ。」

 

「そうですよ。」

 

「毎度のこととは思いますが、何故津梨さんは脚本通りに進めるということが出来ないのですか?白金さん達も色々言ってはいましたが…。」

 

「マジ?りんりんの時は割と上手に回せたと思うけど…。」

 

「まあ、それが津梨さんの限界なのでしょう。悲しいですね。」

 

「……。」

 

「あ、津梨さんめっちゃ変な顔してるぅ。」

 

「…もう、紗夜さんには話振らんどこう。」

 

「聞こえていますよ。」

 

「はい、じゃあ日菜。分岐前パートについて、ざっくり説明…いや雰囲気を紹介してみて。」

 

「無視ですか津梨さん?」

 

「はぁーいっ、了解だよ!!……えっとね、あたしは弟とか居ないけど、弟がいたらこんな感じで毎日楽しいんだろうなって思いました!」

 

「うっわ小学生みたいな感想ぶっこみやがった。」

 

「んー、イマドキの小学生ならもうちょっとマトモなこと言うんじゃないかなぁ…。」

 

「えーっ!?津梨さんもリサちーも酷くない??結構頑張って考えたよー??」

 

「おい天才設定どこいった。」

 

「せってい???」

 

「!!…あなた、人の妹を馬鹿にして――ッ」

 

「あーもう、面倒なことになりそうだからリサちゃんパス。」

 

「へ?……何を?」

 

「紹介だってば。」

 

「えぇ…?自分でしたらいいじゃん…。」

 

「コーナー潰す気か。」

 

「はぁぁぁ……わかったわかった。アタシも別にそんな凝ったこと言えないからね?共通部分メインじゃないし…。」

 

「絶対リサちーも大したこと言えないよ…。」

 

「そうだなぁ…とにかく平和、かな。紗夜はクールな中にちゃんと優しさとか、あと甘えなんかも垣間見えたりして、凄く好感持てるよね。」

 

「な…っ。」

 

「そんで、ヒナもいい具合に話のテンポに絡んでるし、元気いっぱいで破天荒なお姉さんって感じが可愛いんだよね。アタシは…まぁ、そんなに出てこないしね。」

 

「おぉ…。」

 

「全体的な作品像でいうと、確かに津梨さんの糞童貞みたいな妄想ダダ漏れ感あるけど……キレイなお姉さんに弄られたり面倒見たりな、"羨ましい日常"を楽しめる作品…かな?」

 

「ブラボーゥ!!見たか日菜!!これが紹介ってやつだ!!」

 

「むむむむむ……リサちー、いいトコ全部持ってくじゃん…!」

 

「ちょ、そんな、大したこと言ってないって。ヒナも、そんなフグみたいに膨れなくても…。」

 

「いや、とんだグダグダ回だと思ったけど最後で上手く纏まった!本当ありがとう。」

 

「えぇー?やめてよ、そんな、照れるじゃん…。」

 

「津梨さん、もっかい!もっかいあたしも感想言う!!」

 

「日菜は日菜ルートの時にまた聞くから、その時にリベンジしてくれな?」

 

「うぅ…ほんとに聞く??」

 

「そりゃもう。逆に聞かないとしたら中々の放送事故になっちゃうよ。」

 

「んぅ…。じゃあ、絶対次はすっごい事言うからね!」

 

「感想に凄いもへったくれもあるか…まあいいや、それじゃあリサちゃんが上手に締めてくれたところで、一旦エンディングと行きますか。」

 

「ちょ、津梨さん?」

 

「…何です紗夜さん?」

 

「私、まだ感想言っていませんが。」

 

「え。何か言うことあるんですか?」

 

「……いえ、特には、無いんですけど…。」

 

「えぇ…?」

 

「で、でも、二人だけ言って、私はノーコメントって、ちょっとおかしいと思いますけどっ?」

 

「……ははあ。つまりは、仲間はずれは嫌ってことだ?」

 

「違います、し……そんな、子供じゃないんだから…。」

 

「??……ああすいません、巻きます巻きます。…ごめんなさい紗夜さん。そもそもの番組枠がもう詰まってるみたいで。」

 

「はぁ!?そんなの、編集とかで、何とか…!」

 

「編集?いやこれ生なんですよ。」

 

「!?」

 

「……あー、紗夜、知らなかった系…?」

 

「おねーちゃ……。」

 

「だ、だって、そんなの、打ち合わせの時に言ってなかったじゃ…」

 

「あいや、説明してましたよ。流石に伝えずに生放送はハイリスクすぎるし…」

 

「してたしてた。けどほら、紗夜ってばヒナの服装の乱れが~とか髪のセットが~とか世話焼いてて忙しそうだったし。聞き漏らしたんじゃ?」

 

「~~~~ッ!!」

 

「というわけで、「ひかわさんち。」回・共通ルート編はこちらの……フリーダム氷川日菜、意外にまともな今井リサ、割とポンコツ氷川紗夜、のお三方でお送りしました~。」

 

「んー、悪意あるねぇ。」

 

「次回からは三回に渡って各ルートを紹介していきますよん。」

 

「それぞれ好き嫌いはあると思うけど、るんっとする紹介にしていくよ!楽しみにしててね~!」

 

「ちょっと、待ってっ、私も何かコメントを」

 

 

 

 




紗夜さんはイジラレ役。




<今回の設定>

津梨:執筆欲がわかないことに困惑している。
   不甲斐ない。

紗夜:かわいい。

日菜:鍋のレシピとかにさらっと名前混ぜてご覧よ。
   本当に違和感なく白菜って空目するから。

リサ:いいとこ取り。


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【氷川紗夜・奥沢美咲】クレル
2020/01/22 どうしよっか


 

 

 

「俺さ、見ちゃったんだよ。」

 

「……はぁ、またその話ですか。」

 

「そんなに何度も話してないだろ。」

 

「いいえ、今週に入ってもう四度目です。」

 

「いいじゃねえか四回くらい。」

 

「…そのうち三度は今日でしょう?私にはこれ以上何も言えないですし。」

 

「………冷てぇな、紗夜(さよ)ちゃんは。」

 

 

 

放課後、同じ制服を着た生徒たちが群れたりそうでなかったり、形態こそ様々であれ同じ方向…学校から離れるように歩いている時間。

…要は下校時間である。自宅へと歩くのは俺達とて例外ではなく、隣を歩く美人さんはこの学校の風紀委員を務める幼馴染だ。

 

 

 

「…何ですかその珍妙な呼び名は。」

 

「気分を変えてみたんだ。…どうよ?」

 

「うまく言語化できないですが…虫唾が走るとはこんな感じでしょうか。」

 

「辛辣ゥ!」

 

 

 

決して表情を変える事無く淡々と罵倒してくるが別に機嫌が悪い訳では無い。昔からこんな感じ、敢えて言うならクールか。

…まぁ、俺に対しては当たりが強い気もしなくはないが。

 

 

 

「…で、良かったんですか?」

 

「良かったとは。」

 

「その、見ちゃった彼女さんと一緒に帰らなくて。」

 

「っあー…。」

 

 

 

そうだった。その話がしたかったんだ。

俺が見ちゃったと言うのは、今付き合っている彼女…が正体不明の連中と一緒に居るところに行き会ってしまったということで。その重大性をいくら主張したところでこの幼馴染は面倒臭がる一方なのだ。

 

 

 

「…あいつ、今日もさっさと帰っちまってさ。ほら、お前放課後何かと忙しいからさ、待ってると時間合わないんだよな。」

 

「待って欲しいなどと頼んだ覚えはありませんが?」

 

「紗夜くらいしか相談出来る奴がいねえんだ、そこは分かってくれや。」

 

「はぁ……そんな話ならいっそ日菜(ひな)にしてあげたら?あの子なら喜んで飛びつく…」

 

「それだけはダメだ。」

 

 

 

紗夜には双子の妹がいる。訳あって違う学校に通っているが、顔面だけはそこそこ似ている二人だ。

あいつは少し…いやだいぶ変な奴で、面白そうな話(誰かが真剣に悩んでいても)には喜んで飛びつく。野次馬みたいな奴だし、知られて騒がれても面倒だ。

 

 

 

「……そうですか。」

 

「ほんと勘弁してくれな。」

 

「告げ口するつもりはありませんが…そんなに気になるなら本人に訊くべきでは?」

 

「それが訊けるならお前に相談してないんだよなぁ。」

 

「はぁ……相変わらず意気地なしね。」

 

「うっせ。」

 

 

 

人類皆が紗夜みたいにズバズバ斬り込んで行けると思ったら大間違いだ。それなりに深い仲だからこそ、言い出せない事も踏み込めない領域もあるのだと、俺は思っている。

…まぁ、そこが噛み合わなくて紗夜とは上手くいかなかったんだけどさ。

 

 

 

「…あれ、家そっちじゃないだろ。」

 

「今日は練習があるんです。言ってませんでしたか?」

 

「初耳。…ギター持ってねえじゃん。」

 

「今修理中なので。」

 

「ほーん。やんちゃしたのか?珍しい。」

 

「違いますっ!…そ、その、運んでいる最中に…転んでしまって。」

 

「どうせ壊れてないのに気になって出したんだろ、修理。」

 

「分かった風な口を利きますね。」

 

「前にもそんなことがあったろ。…で?正解だったか?」

 

「……何かあってからでは遅いので。」

 

 

 

こいつも相変わらずだ。

紗夜は歳の近い連中とバンドを組んでいる。バンド名は…なんつったか覚えちゃいないが、何とも美人揃いのグループだった。あと何かちっこいガキも居た。

インパクトだけなら十分だろうと思っていたが、大して印象に残っていない辺りその程度だったのかもしれないな。

「それでは」と静かに残し横断歩道で別れる。紗夜が通うスタジオはここから右折し真っ直ぐ行った…少し町はずれの辺りにあるらしく、練習がある時はいつもここでサヨナラだった。

ぼんやりと幼馴染の背中を見送っているうちにこちらも青信号になったようだ。肝心の恋人に何と訊いたものかと頭を悩ませつつ一人帰路を辿るのだった。

 

 

 

**

 

 

 

結局何も動き出せないまま夜を迎え、気を紛らわせる為にと今日の授業の復習を始めた。

もうすぐ期末の試験もあるし、勉学だって気を抜けない。…何せ大変頭の良い幼馴染二人が目を光らせているんだ、万が一中の上くらいの成績を取ろうものならどう糾弾されるか分かったもんじゃない。

 

 

 

「あいつら、どんな頭してやがんだ…」

 

 

 

…と一人愚痴ったところで、件の幼馴染から着信が。サイレントマナーにしていたために少し画面が明るくなっただけのスマホを操作する。都合のいい事に音楽を聴いていたタイミングだったのでハンズフリーでの通話が可能だ。

画面に表示されたアカウント名は「氷川(ひかわ)紗夜」。無料のトークアプリだというのに、あいつらしくもフルネームの本名なんだよな。

 

 

 

「……もしー。」

 

『もしもし、紗夜ですが。』

 

「名乗らんでもわかる。…どした?」

 

『…今、何かしていましたか?』

 

「いんや特には。」

 

『そうですか。』

 

 

 

紗夜が見切り発車で通話を掛けて来るとは珍しい。大概、チャットで都合を窺ってから掛けて来るんだが。

 

 

 

「…何か用か?」

 

『いえ……その…結局、訊けたのですか?』

 

「あー……何もしてない。」

 

『それでいいのですか?貴方は。』

 

「よかねえけどさ…。怖ぇじゃん。」

 

『…私にも分かる感覚で話してください。』

 

 

 

紗夜にも分かる感覚…と言われても、こいつ基本的に怖いもの知らずだからなぁ…。"自分の恋人が謎の黒服軍団と親し気に話していた"のを見てしまった時の気持ちなんか、どう伝えりゃいいんだよ。

 

 

 

「つまりはアレだ。自分の親しい人間がとんでもねえ非現実の中に居たっつーか…。」

 

『…今時黒い服を着た人間なんてそこら中に居るでしょうに。スーツだったのでしょう?』

 

「でもグラサンだぞ?大勢だし。」

 

『要人の警護でもしていたのでは?』

 

「要人の警護中に一般人と駄弁るかねぇ…。」

 

『…………やはりここは、直接訊いてみましょう。』

 

 

 

絶対言うと思った。つか、実際そうしないと事が前に進まないってのも俺自身気づいているんだよな。

ただ、それがきっかけで嫌われたりしないか…そこがちょっと引っ掛かっているだけで。

 

 

 

『…私の、せいですか?』

 

「…んぁ?」

 

『踏み込めないというか、一歩引いてしまっているような気がします。今の貴方は。』

 

「んー……まぁ、紗夜のせいって訳じゃないさ。俺がまだちょっとビビりなだけだ。」

 

『……本当にすみません。』

 

「謝んなよ。終わったことだ。」

 

『いえ、でも…今では日菜との仲も修復できましたし、貴方には感謝しているのですが…やはりあの件についてはまだ整理が追い付ていないというか。』

 

「いーっての。」

 

『いつかきっと、素直に謝罪出来たら、撤回出来たら…そう思っていたのですが。』

 

「……あー、うん、俺ってば不思議とモテちゃうからなぁ。」

 

『直ぐでしたもんね…お付き合いしだしたの。』

 

「節操ないとか思ってるだろ?」

 

『………。』

 

「何とか言ってくれよ…。」

 

『無言は肯定…って言うじゃありませんか。』

 

「はいはい、すまんかったよ。」

 

 

 

そんなに手が早い訳では無いのだが。…不思議と恋人が切れないんだよなぁ。

 

 

 

『ふふっ……貴方は魅力的だから、多少は目を瞑ってあげます。』

 

「そりゃどーも。」

 

『でも、時には勇気を出すことも必要ですよ?』

 

「……。」

 

『大丈夫。もしまた嫌われたら、今度は私が慰めてあげますから。』

 

「言うじゃん。」

 

『…幼馴染、ですから。』

 

 

 

機嫌よさそうな声で話してはいるが、きっと電話の向こうではスンとした表情なんだろう。…ま、もしもの場合の保険も掛かってそうだし、腹を括ってみるかな。

電話口で感謝を告げて、そのまま通話を終了する。この気持ちが折れないうちに行動を起こしてしまわねば。

…夜も遅いしチャットでいいか。

 

 

 

「…「君、俺に隠してること無いかい?」…っと。…このスタンプも使っちまおう。」

 

 

 

ピンクのクマが首を傾げているスタンプもつけておいた。おちょくっている様に映るだろうか。一歳とは言え年下は未だによく分からないからな。

どうやらこのキャラクター、俺が良く行く商店街の非公式マスコットキャラクターらしいが…スタンプも発売されていたり、飽く迄"非公式"と強調されていたり謎の多い存在だったりする。

 

 

 

「…さて、どう返って来るかな。」

 

 

 

君は一体、どんな秘密を抱えているっていうんだ。美咲(みさき)

 

 

 




新シリーズ、紗夜・美咲編になります。




<今回の設定>

○○:高校二年生。まーモテる方。
   氷川姉妹とは幼馴染にあたり、通う学校の関係もあり紗夜と仲が良い。
   モテる癖に異性があまり得意じゃなく、男友達も少ない。
   それなりに真面目だが、あまり人に関わろうとしない。

紗夜:高校二年生。風紀委員を務めるクールなお姉さん。
   Roselia結成済みで、基本的には暇さえあれば練習に打ち込んでいる。
   日菜とはいざこざがあったが主人公の仲裁もあり解決。
   今ではすっかり妹に甘えられるお姉ちゃんになった。
   モテる方だが持ち前の鉄仮面で全てをバリア。
   花粉症持ち。

美咲:高校一年生。
   まだ登場していないが主人公の恋人。
   何やら謎の黒服連中と交流があるようだが…?
   同性異性問わずそこそこの人脈の中に居るが、不思議と主人公に
   惹かれ交際を申し込んだ。謎が多い。


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2020/02/03 隠しとこうか

 

 

 

「おはようございます。」

 

「……おう、おはよ。」

 

「…何ですその顔は、また夜更かしですか?」

 

「あぁいや、まぁちょっとな。…つかお前、もう迎えに来ないんじゃなかったのか?」

 

「…っ。…ちょ、ちょっと気になって。」

 

 

 

月曜の朝から風紀委員と一緒に登校することになろうとは。以前の俺にとっては当たり前の光景であったが、美咲と付き合いだしてからはぱたりと止んだ日常の一つだった。

というのも、紗夜の方から「彼女さんに悪いので私から訪ねるのは終わりにしようかと思います」とか何とか言ってたんだが。

お陰ですっかりマイペースになり果てた時間に玄関を出ちゃったぜ。一緒に行っていた頃よりも二十分程遅く、その間紗夜を待たせていたかと思うと少し居心地が悪い。

 

 

 

「つか来たんなら上がって来いよ。お袋も会いたがってんぞ。」

 

「…いえ、私にそんな資格はありませんから。」

 

「ふーん。」

 

「随分、ギリギリに登校しているんですね。」

 

「特に不都合無いしな。」

 

「そうですか。」

 

 

 

会話はそこで終了。この時間という事もあって、二人やや早歩き気味で学校を目指す。ちらちらと腕時計を見やる彼女の横顔をぼんやり眺めながら、一体何がそんなに気になってわざわざ訪ねて来たのか、その疑問が残ったままであることに気付く。

…が、時間も時間だったしそのまま無言で歩くことにする。

靡く薄い青緑の髪、真っ直ぐ前を見据えたキツ目の目付き、張りのある柔らかそうな唇。何一つ変わっていない紗夜の姿ではあるが、()()()より少し離れてしまった距離に僅かながら胸が痛む。

 

 

 

「……何です、ジロジロ見て。」

 

「…………髪、伸びたな。」

 

「ええ。…誰かさんが、「日菜と見分けがつかない」なんて言うから。」

 

「いつの話してんだ…それでも短くし続けたのは紗夜だろうに。」

 

「…失恋を経験すると、オンナノコは髪を切るものだと聞いたんです。」

 

「ほう…紗夜に女の子を語るとは。」

 

 

 

だがその話を聞いて何故伸ばす。

 

 

 

「私は貴方に揶揄われる要素を切り捨てたんです。そうすれば、もう()()()()()()()をする必要もなくなるでしょう?」

 

「…紗夜、俺は」

 

「ふむ、この時間だと間に合いそうですね。それでは私は職員室へ寄らなければならないので。」

 

「………おう。」

 

 

 

失恋、ね。

 

 

 

**

 

 

 

「○○さん、元気ないね。」

 

「………。」

 

「おーい○○さーん。…お弁当、取っちゃうよ?」

 

「……………。」

 

「………えいっ。」

 

 

 

むぐ。くちのなかになにかをほうりこまれたぞ。

暫し正体を掴もうと必死に咀嚼する……むにむにと独特の食感ながら噛み切れない、これは一体…

 

 

 

「い、いたいいたいっ!ちょっと、食べ物じゃないってば!」

 

「…んぁ。」

 

 

 

悲痛な声に正面を向けば見慣れた後輩の顔が。奥沢(おくさわ)美咲…一年下の後輩にあたり、何やかんやで今は俺の恋人として寄り添ってくれる子だ。

あぁそうか、すっかりお馴染みとなった昼食風景の最中に考え事を…

 

 

 

「……んぇっ。人の口の中で何やってんだ。」

 

 

 

口に放り込まれたのは彼女の人差し指。何つーモン食わせんだ。

 

 

 

「だって…○○さんずっとぼーっとしちゃってさ。あたし一人でご飯食べてるみたいだったから。」

 

「あぁそれは…すまん。」

 

「お弁当、食べないとお昼休み終わっちゃうよ?」

 

「おう、食べるとも。」

 

 

 

弁当の蓋を開けることも無く考え込んでいたらしい俺は、視界の端で美咲が人差し指を咥え込むのを見つつ食事を始める。…強く噛み過ぎたかな。

 

 

 

「いひゃい…。」

 

「ミサ、見せてみ。指。」

 

「えー、らいひょうふれふぅ。」

 

「傷になってたら消毒せにゃならんだろうが…ほれ、はよ。」

 

「むー…。」

 

 

 

渋々といった様子で件の指を差し出したので見てみれば…指の腹、少し横の辺りに玉のような血が浮かび上がっていた。

確かに犬歯の辺りで強く噛んだ気がしたと思えば、これか。

 

 

 

「あー……すまんかったな、ぼーっとしてたとは言え。」

 

「んーん。あたしが馬鹿なことしちゃっただけだから。」

 

「………………うっし。絆創膏、キツ過ぎないか?」

 

「ん、ありがと。○○さん。」

 

 

 

可愛らしくデフォルメされた犬と骨がデザインされた絆創膏。通常の地味なデザインの物の方がよっぱど役目を果たせそうだが、たまたま財布にはこれが何枚か入っていた。

そういや前に紗夜から貰ったのがこれだっけ。真剣に怒られた後に渡されたもんだから、ギャップから吹き出しそうになったんだよな。

紗夜(アイツ)、まだ引き摺ってんのかな。

 

 

 

「元カノさんのこと、考えてた?」

 

「……ぇ?」

 

「ずっと悩んでるみたいだったし、あたしと一緒に居てもあたしじゃない物を見てるような気がしてね。」

 

「…………そんなこたぁないさ。」

 

「ふーん。」

 

 

 

弁当は毎日美咲が作ってきてくれている。二人分も作るとなれば面倒だろうと、何度も購買やら学食に誘ってはいるのだが断固として作ることを辞めない。そんなに料理の腕に自信があるのかとは思うが、本人がそれで満足ならいいのかもしれんが…。

 

 

 

「今日も旨いな。」

 

「ほんと?」

 

「あぁ…実家でも料理してたのか?」

 

「手伝い程度だけどね。…ほら、あたし弟も妹も居るから、お母さん一人じゃしんどくって。」

 

 

 

良く出来た娘である。…そういえば下の弟妹がいるって前にも聞いたな。道理で面倒見がいい訳だ。

考えてみりゃ、炊事洗濯バッチこいで趣味は裁縫と羊毛フェルト…こんな絵に描いたような家庭的な女子そうはいないだろう。おまけに母親の苦労を知り弟妹の事を案じ…俺が黒だとしたら彼女は虹。豊か過ぎるものを持っているんだ、彼女は。…黒?

 

 

 

「あっ。」

 

「???」

 

「思い出したぞ……。」

 

「何を。」

 

「ミサ、お前隠し事は無いって言ってたよな?」

 

「うん。なーんにもないよ。」

 

 

 

こんなタイミングで思い出さなくてもいいのに。ただもう思い出してしまったものはしょうがない、紗夜にも言われたようにここは、一発訊いてやらんと気が済まないんだ。

言うぞ……!!

 

 

 

「俺さ、見ちゃったんだよ。」

 

「見ちゃった…?」

 

「ミサと黒服の連中が一緒に居るところ。」

 

「………ッ!!」

 

 

 

美咲の顔が強張る。…その表情を見て、心底遣る瀬無い気持ちになってしまったのもまた事実。やはり彼女は俺に隠し事をしていたんだ。それも何か、重大な。

 

 

 

「なぁ……ありゃ一体何なんだ?街中でおいそれと見かけるものじゃなかったんだが…」

 

「な、何かの見間違い…じゃない?あたしがそんな、そんな人達と繋がりある訳ないじゃん。…ね?」

 

「いや、確かに見たぞ。ミサがいつも被ってるキャップも同じだったし、お前がバイトで向かう事務所のすぐ近くだった。…なぁ隠さないで話せよ。」

 

「……………誰にも、言わない?」

 

「あぁ。」

 

 

 

少しの間を置いて顔を真っ赤にして話し出す。

 

 

 

「…………えっと、さ。…あ、あたしって、どんな印象?」

 

「印象…か。真面目そうで、面倒見が良くて、家庭的で。物静かだし、可愛らしい感じの―」

 

「あぁいや、えと、そのありがとう?っじゃないっ!恥ずかしいから、もういいや…。」

 

「??」

 

「……あたしがさ…でぃ、DJやってる…って言ったら、信じる…?」

 

「でぃーじぇー…?」

 

 

 

何だろうこの聞き慣れない言葉は。…いや、知ってるんだよDJは。ただ美咲の口から聞ける言葉とは思って居なくて。

カレー食ってたら飲み物にココア出されたような気分。違和感が凄い。

 

 

 

「……うん。」

 

「その、DJと黒服の人は何の関係があるんだ?」

 

「…えと……どこから話したもんかな…。」

 

 

 

一生懸命に言葉を探す。こんなに取り乱している美咲を見るのはそういえば初めてのことかもしれない。

食い終わった弁当をまた包み直し鞄へ…ついでに近くの自動販売機で二人分のコーヒーを買って帰ると、漸く言葉が纏まったらしい美咲が待っていた。

 

 

 

「微糖でいいんだよな?」

 

「あ…ありがと。いくらだっけ?」

 

「いいっての、端数みたいなもんだ。…で?」

 

「うん……あたし、今バンドやってる。」

 

「ばんど…?」

 

 

 

美咲曰く。

同じ学年の弦巻(つるまき)こころとかいうぶっ飛んだ子に気に入られスカウトされたらしいのだ。…ただ気に入られたのは美咲ではなく、その時たまたまバイトで入っていた着ぐるみ。…あのスタンプでも使ったピンクのクマだ。

ところが弦巻っていう奴はかなりの金持ちの娘らしく、文字通りぶっ飛んだ発想力と好奇心のままに突き進む行動力を持った天真爛漫なガキだそうで、着ぐるみを着ていない美咲は"特に懐かれている友人兼保護者"として弦巻家に気に入られているんだとか。

俺が見てしまったのは、次のライブの構想を練る為に街へ繰り出したはいいものの八百屋の屋根に上ったところを最後に見失ってしまった弦巻を探しているシーンだったらしい。なんだそのハチャメチャな展開は。

 

 

 

「…話は分かった。が、どうしてそれを隠してたんだよ。」

 

「………嫌われるかと思って。」

 

「あん?」

 

「こころ…弦巻こころって、知らないの?この学校の名物みたいなものらしいんだけど。」

 

「しらねえ。ミサと同学年ってことは下級生だろ?」

 

「うわぁ…学校の噂とか気にしないタイプなんだっけ。」

 

「気にしても仕方ねえしな。」

 

 

 

ぶっ飛び方は俺の想像を遥かに超えるものであったらしい。ただ金持ちだから有名…ってわけじゃあなさそうだ。

何でも、異次元だの異空間だの、定義レベルで常軌を逸した奴らしい。

 

 

 

「そっか……○○さんには、話しておけばよかったね。」

 

「ほんとだよ。」

 

「……怒ってる?」

 

「今は別に。いーじゃんDJ、格好良くて。」

 

 

 

俺には音楽とかそういった才能は無いからな。純粋に凄いと思うし羨ましいよ。

…まぁ、着ぐるみが気に入られてDJをやる羽目になっている意味は敢えて追求しないが。

 

 

 

「そ、そうかな…!…うん、でも、○○さんが話聞いてくれる人でよかった。…好きだよ。」

 

「俺も気になってることだったからな…。にしてもお前もバンドか。」

 

「…も?とは?」

 

「あぁいや……俺の――」

 

 

 

紗夜の事を話題に出そうと思ったが、「俺の」何といえばいいだろうか。いや別段気にすることでもないような気もするが、仮にも相手は恋人だ。

勇気を出して秘密を話してくれた手前、余計な事は言いたくない。少し迷った末に俺が選んだワードは…

 

 

 

「――知り合いの、人、がバンドやっててさ。…まぁこんな話はいいか、どうでも。」

 

 

 

結局しどろもどろになってしまった。下手に考える前に言ってしまえばよかったと後悔するも後の祭り。

先程まで明るさを取り戻したかのように思われた美咲の表情は、怪訝そうな疑いの色を見せていた。

 

 

 

「……その人って、元カノさん?」

 

「………ええとだな。…まぁいいじゃないか、ほらもう昼休みも終わるし、教室まで帰りんさい。」

 

「………………うん、じゃあね。」

 

 

 

ロープ際、ゴングに救われたって感じだ。

 

 

 

**

 

 

 

「…あら?珍しいですね。待っていたのですか。」

 

「んだよ、待ってちゃ悪いか?」

 

 

 

夕日に染まる廊下、クラスメイトに教えてもらい辿り着いた生徒会室の扉から出てくる幼馴染。意外そうな顔には鉄面皮と言えど流石に疲れが浮かんで見える。

気恥ずかしさから捻くれた返事をしてしまったが、素直に待ってたと言うのも俺らしくないと思ったのだ。

 

 

 

「ふふっ、また彼女さんの相談ですか?」

 

「何がおかしいんだよ…」

 

「いえ、付き合っている時は迎えに来たことなんかなかったのに…因果な物だと思いましてね。」

 

「馬鹿言え、恥ずかしいんだよ待つってのは。」

 

 

 

確かに言われてみたら、あの頃はこんな風に紗夜を待ったりだとか、そもそも公の場で紗夜とコミュニケーションを取った覚えすらなかった。

思えばそれも終末に向かう要因の一つであったと思うが…まだ子供だったと言うべきか、あまり余裕がなかったのだ。お互いに。

 

 

 

「もう少しだけ待ってくれますか?頼まれた鍵だけ返さなくてはいけないので。先に校門へ行っていても」

 

「や、それくらい付いて行くさ。」

 

「………そんなに私と居たいのですか?」

 

「……かもな。」

 

「そうですか。ではなるべく早く済ませましょう。」

 

 

 

心なしか機嫌がいいように見える紗夜の一歩後ろを付いて行くように職員室へ向かう。生徒会室があるここは三階…職員室はほぼ真下、一階だ。

突き当りにある階段を二セット降りるだけだし、大した労力でも無かろう。

 

 

 

「知っていますか?」

 

「ん。」

 

「階段というのは、一見上りが辛そうに見えますが…」

 

「下りの方が辛い、だろ?」

 

「あら、物知りさんですね。」

 

「…前にもお前から聞いたんだよ。」

 

「そうでしたか。…ふふふ、そうでしたね。ふふっ。」

 

 

 

何がそんなに楽しいんだか、うふうふと声を上げて笑いつつその辛い下り階段を進んでいく。流石に職員室迄付き添う事はないと思い、廊下の角で立ち止まり壁に背を凭れる。

不思議そうな紗夜がこちらをじっと見つめ――

 

 

 

「どうした?鍵、返さないのか?」

 

「…どうしたはこっちの台詞です。入らないのですか?」

 

「それだけの用事にどうして俺まで……あっ?おい、ちょっと」

 

 

 

入るわけないだろう…。高校二年にもなって、鍵一つ返しに行くのに二人で行く意味が分からない。

飽く迄待ちの姿勢だと言う事で壁から背を離さずに言葉を返すも、近づいてきた紗夜によって手を取られてしまった。…いやいや、手ぇ繋いで職員室に入るつもりなのか?正気かよ。

 

 

 

「ついて来るって、言ったじゃありませんか。」

 

「だからってお前…」

 

「失礼します。」

 

 

 

ガラガラと扉が開きガランとした職員室が目に飛び込んでくる。恐らく目的の教員は入り口から程遠くない場所に座っている初老の男性…生活指導主任の幸村(ゆきむら)だろう。前に一度マスターキーを借りる為訪ねた覚えがある。

そのままスタスタと歩き出す紗夜に引き摺られるようにして彼の前へ。

 

 

 

「お?…終わったのか、氷川。」

 

「はい、鍵を返却に。」

 

「ん。おつかれさんよ…。…しかしまた珍しい組み合わせだなぁ。」

 

「そうでしょうか。」

 

「そもそも○○が職員室(ココ)に来ること自体珍しいがなぁ。…お前、悪い事でもやって目ぇ付けられたんか?」

 

「あいや、俺は…別に…」

 

 

 

分かっている。幸村の視線は紗夜にしっかり握りしめられた俺の右手を凝視している。…手を繋いでいる、というよりかは捕縛されているように見えるのがせめてもの救いか。

気まずい雰囲気から目を背けるように視線を逸らした俺だったが、その先であまり見たくないものの存在に気付いてしまった。

 

 

 

「そうかぁ、それじゃあこのプリント届けてもらえるか?奥沢。」

 

「まぁ、そういうことなら仕方ないですよね。」

 

「君が弦巻と仲良しで良かったわ…。」

 

「一方的に懐かれてる感、ありますけどね…。」

 

 

 

美咲、あいつこんな時間までなにやってんだ。いやそれよりも、恋人である彼女にこの状況を見られでもしたら何と説明したら良いだろうか。

こんな遅い時間に手まで繋いでいたら「幼馴染です」じゃぁ済まないだろう。…頼む、気付くな。こっちに気付かないでくれ…!

 

 

 

「――と言う訳ですね、それでは…どうしたんですか。○○。」

 

「お?あ、あぁ。いや何でも。ほらあまり来ること無いからさ、新鮮な感じで」

 

「あぁ、彼女さんを見てたんですか。」

 

「ちょっ……いいから、用事終わったんなら早く出ようぜ?」

 

「はぁ。……では幸村先生、私はこれで失礼いたします。」

 

「ん、気を付けて帰るんだぞ。…○○もな?送り狼にはなるんじゃあないぞ。」

 

「ならねえよ…。」

 

 

 

何だかんだと弄って来る幸村をあしらいつつ、二人で職員室を後にする。何となく紗夜が素っ気ない気もするが、一先ずの窮地は脱したようだ。

美咲が出てこないうちに…と、今度は紗夜を引き摺る形で早足に玄関まで来た。

 

 

 

「何をそんなに急いでいるんです。」

 

「美咲が居たんだよ。ほら今色々気まずいから。」

 

「ふーん…。まぁ、「幼馴染」の私と居るところ見られるとまずいですもんね。」

 

「…厭に棘のある言い方するじゃねえか。」

 

「ふんっ、です。」

 

 

 

相変わらず表情に大した変化は見られないが、明らかに機嫌を損ねているのが見える。ホント今日はどうしたんだ。

 

 

 

「私、寄る所があるので先に帰ります。」

 

「あ、おい、相談が」

 

「相談ならスマートフォンでもできるでしょう?夜にでも聞きますから、精々悩むことですね。」

 

「ちょ、紗夜!」

 

「ふんふんっ!」

 

 

 

あいつ、無理に怒ってますアピールしてやがる。ふんっなんて殆ど使ったこと無いのが丸見えだぞ。ですます調は付けなくていいし、二個続けるとそれはもう只の荒い鼻息だ。

本人的にはちゃんと怒れているつもりなんだろう…と考えてみると、少し可愛げがあるような気もしてきたが、当の本人は宣言通り颯爽と帰って行ってしまった。

 

 

 

「○○さん?」

 

「ぉわぁ!?………んだよ、ミサ。驚かすんじゃねえ…。」

 

「さっき職員室で見かけた気がしたからもしや…って思ったけど、何してるの?」

 

「…えと、風紀委員の手伝いをしててな。それでこんな時間に。」

 

「……あー、それで紗夜先輩と居たんだ。…意外だね?」

 

 

 

この真っ直ぐ見詰めてくる視線が、今はやけに痛く感じた。隠し事をしたいわけじゃないが、知らない方が幸せなこともある…そう思ってしまうのも、一つの男心なのだ。

後ろから声をかけてきた美咲だが、トントンと爪先を地面に打ち付け靴をフィットさせた後、そのまま俺の右側に並ぶ。

 

 

 

「意外か。」

 

「うん。…手、繋いでいい?」

 

「帰るのか?」

 

「や、こころの家に寄ってから帰る…から、途中まで一緒。…やだ?」

 

「嫌じゃないさ。じゃあほれ、手を――」

 

 

 

何気なく右手を差し出そうとして、妙な焦りと胸の痛みを感じてしまった。思わず動きが止まり、それを不審に取られないようにと早口で捲し立てる。

 

 

 

「あぁそういえば何かの本で書いてあったんだが、どうやら男女で歩くときは男性が車道側を歩くことで女性を守るらしい、だからこれからきっと車道は右側にくるであろうから俺が右側を歩いた方がよくはないか?ん?」

 

 

 

…我ながら酷い有様だ。

だがそれを受けた美咲は、一瞬キョトンとした後にけらけら笑って見せ。

 

 

 

「あははっなにそれ、手繋ぐのまだ緊張してるの?左手なら緊張しないとか?」

 

「お?お、おう…俺っち、しゃいぼーいだからな。」

 

「ふーん?シャイなんだ、○○さん…可愛いじゃん。」

 

「揶揄うんじゃないやい。…ほれ、繋ぐぞ。」

 

「ん。」

 

 

 

左手で美咲の華奢な手を握り歩き出す。

…何だか、今日は右手を繋ぎたくない気分だったんだ。俺どっかおかしいのかな。

 

 

 

「まぁこれも含めて相談すりゃいいやな。」

 

「…あぇ?何か言った?」

 

「いや何も。…ところで弦巻の家ってやっぱでかいのか?」

 

「そりゃもう…きっと驚くと思うよ。だって…」

 

 

 

恋人と辿る家路の筈が、胸に浮かんだモヤモヤはずっと引っ掛かったままだった。

 

 

 




学生だなぁ。




<今回の設定更新>

○○:両手が華。
   素行が悪い訳じゃないが、あまり従順な生徒じゃないので教師陣に若干
   目を付けられている。

紗夜:笑うと可愛い。
   敬語が外れそうになる数少ない相手は主人公と日菜ちゃんだけだとか。

美咲:主人公の元カノの事は知らない。
   だが主人公に対する愛は本物で、嫉妬深くはないながらも独占欲も
   ちゃんとある。


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2020/02/25 もう、いっか

 

 

ヴヴッ

『お部屋にお邪魔しても?』

 

 

 

紗夜からのメッセージは唐突だった。それもどうやら、NOと言えない段階になってからの言葉のようで。

つまるところ、一階――リビングの母親の元にまで彼女()は来ていると言うのだ。幸いにも二階にある自室で寝ていることになっている俺は、スマホの通知機能により読み取ったそれを返信できずにいる。

何も来て欲しくないと言う訳では無い。ああいや、この言葉では語弊がある。噛み砕いて言うなれば、()()()()()()()来てほしくないと言う事も無い、か。

 

 

 

ヴヴッ

『お寝坊さん』

 

 

 

何とでも言い給え。俺は二人居る幼馴染それぞれに対しての評価が両極端なのだ。幼馴染の彼女は双子…似たような顔の妹が一人いて、そっちの方がもう手に負えない勢いで俺の平穏を掻き乱していく。

姉が理解のある幼馴染であれば、妹は「全てを理解した上で蹂躙する天災」とでも言えようか。生憎と俺には災いと踊る趣味は無いのである。

 

 

ヴヴッ

『日菜も会いたがっています』

 

 

 

俺は会いたくないっての。だんまりを決め込む手段として、煩い幼馴染がこの聖域を脱するまでは狸寝入りを決め込むことにしよう。そうだ、それがいい。

脳内会議の末、思考し続けることと瞼を持ち上げることを辞めた。視界を閉ざしたことにより研ぎ澄まされた聴覚は階下で響く大きめの「普通の声」をしかと拾い、より頭を痛めることとなったが。

 

 

 

ヴヴッ

 

 

 

哀しきかな紗夜よ。遂にバイブレーションだけの存在となり果ててしまったのか。哀れなり。

ほんの少しだけ紗夜の顔も見たかったと思いつつ、壁に体を向ける…と、扉より静かに聴こえるノックの音。

 

 

 

コン…コン

 

 

 

一音目と間を空けもう一音。昔からの紗夜の癖というか、控えめな性格故の叩き方というか。ここまでされては逃げようもない訳で、仕方なく声だけでの対応とする。

 

 

 

「寝てるよ。」

 

 

「……ごめんなさい、顔が見たくて。」

 

 

 

はて。紗夜はこんな恋する女の子の様な言葉を使う女性だっただろうか。何かの企みがあるに違いない。そう、例えば…日菜に脅されて、背中に物々しい鉄の銃型を突き付けられ…!

阿呆な妄想は退屈の産物。動きたくないといった姿勢はそのままに、紗夜であれば拾ってくれるだけの意味を込めて言葉をぶつけてみる。

 

 

 

「…あぁ、そういえば鍵をかけ忘れて寝ちまったな。参ったぞこりゃぁ…」

 

 

「…………。」

 

 

カチャァ

 

 

「……やっほ。」

 

 

「ぶふっ」

 

 

 

不意打ちだった。ここまでカジュアルでコミカルな氷川紗夜を誰が想像したろうか。恐らく無表情で言い放ったと思われる小さな言の矢は、俺の精一杯のクールっぷりを吹き飛ばすには充分だった。

 

 

 

「…今日はやけにご機嫌じゃないか。」

 

「ええ、まあ。」

 

「学校が休みでそんなに嬉しいのか?風紀はどうした。」

 

「乙女には色々あるんですよ。」

 

 

 

成程。紗夜は乙女らしい。年号が変わってからというもの、衝撃の新事実が多くて参ってしまう。

 

 

 

「失礼な事考えたでしょう。」

 

「おっといけねえ顔に出ちまった。」

 

「……お寝坊さんはダメですよ。」

 

「少し多めに体を休めているだけさ。日頃頑張ってくれてる身体だしよ。」

 

「そうですね。えらいえらい。」

 

「日菜は帰ったのか?」

 

「いえ、下で…おばさんと蜜柑を食べていました。」

 

「道理で静かな訳だ。」

 

 

 

お袋は日菜の扱いを心得ている。ウチのお袋と美味しい食べ物があれば、日菜は暫く無力化できるであろう。

時に幼馴染と言えど、父親同士は特に親交が無い。互いの母親が幼少のころからの付き合いらしく、子供たちも生まれた直後からの仲と運命づけられた。誕生日が一日違いな事や母親たちの駆け込んだ病院が同じだったことも含め、きっと何かに呪われているのだろう。

 

 

 

「そんなに毛嫌いしなくても。」

 

「…紗夜と似てるからな。」

 

「髪は伸ばしましたが…似ていると何か不都合があるのですか?」

 

「お前と似た顔しやがって、お前よりも距離の詰め方がヘタクソだ。…また惚れそうになるんだよ。」

 

 

 

アレは他人を人間として認識していない節がある。時には何の躊躇いも無く至近距離で見詰めてみたり、ごく自然な流れで腕に絡みついてみたり。

勘違いさせられた哀れな男の数はいざ知らず。皆俺とは違う理由で絆されていくのだから。

 

 

 

「もうちょっと人との接し方を教えてやってくれ、お姉ちゃん。」

 

「私を前にしても惚れるような素振りは見せないのに。…不思議なものですね。」

 

「お前は変わったからさ。」

 

「へえ。実はずっと日菜の方を追いかけていたのでは?」

 

「あのなあ、俺は…」

 

「冗談ですよ。あなたに愛されていた実感はありましたから。…ただ、私が少し臆病だっただけです。」

 

 

 

ベッドの端に座り、癖になっているであろう枕の脇にある虎のぬいぐるみを抱き締める紗夜。その目はどこか遠くを見ているようで、吸い込まれそうな程綺麗な横顔だと思った。

…この美しい横顔を、嘗ては好き放題眺められる関係性にあったのだと思うと不思議な気持ちだ。果たして、臆病だったのはどちらか。

階段を駆け上がる喧しい足音がもう少し遅ければ、思わず抱き締めていたかもしれない程の雰囲気と美しさに、どこまでも人を惑わす姉妹だと改めて恐怖した。

 

 

 

「やっほおぅ!」

 

「…日菜!人様のお家でそんなに騒いで…」

 

「あははっ!人様って!」

 

「うるせーぞ白菜。」

 

「元気なんだもーん!」

 

 

 

紗夜とはまた違った「やっほ」で登場したのは紗夜と同じ毛色の髪を持つ双子の妹。性格もノリもテンションも何もかもが違っていて、恐らく初対面で良い印象を受けるのは此方の方だろうと思われる。

ただ、少しでも仲が深まってしまうと一巻の終わり。奴には一般常識やら気遣いやらが通じないのだから。そういった少しの人外感を演出すべく、俺は奴の名前に「'」を一つ付けて野菜として呼んでいる。

 

 

 

「○○、今起きたの?」

 

「だったら何だよ。」

 

「寝癖、凄いよ。切ったげようか。」

 

「おいやめろ。寝癖出る度切ってたら頭が荒れ地になっちまう。」

 

「あはははっ!試してみたーい!」

 

「…そんなに凄いかな、寝癖。」

 

 

 

余りにも酷い有様のように言われるので、余程客観視を信用して任せられる紗夜の方に振ってみる。俺の視線を受けた紗夜は頭の辺りをチラリと一瞥…何とも素っ気ない声で「別に」と返してきた。

そういえば…日菜も含め三人で居る時、心なしか紗夜は不機嫌な気がする。不機嫌と言うべきか一歩引いた姿勢を取ると言うべきか…発言量は減るし距離は離れるし…何なんだろうか。

 

 

 

「冷てぇ。」

 

「………。」

 

「もーしょうがないなー○○はぁー。お姉ちゃんがこの特製の手櫛で直してあげまちゅからねー。」

 

 

 

黙り込む紗夜を尻目に、「じょーん」と謎の擬音を発しながら近づいて来る。始まるのか、また無遠慮なスキンシップが。

大して広くない一般家庭の一室だ。近づくと言っても三歩程でベッドには辿り着くし、ギシリと音を立てて撓るベッドの上も然程広くない。紗夜も座ったままこちらを見下ろしている為大した抵抗も出来ないまま、組み伏せられる形になってしまった。

仰向けの俺に馬乗りになる形で文字通りマウントを取る日菜。そのまま抱きつく様に背中に腕を回され、強引に抱き起された。

 

 

 

「…しょっと。うっはぁ!直し甲斐のある後髪だぁ!見て見ておねーちゃん!」

 

「……あなたも、気付けば伸びたのね。」

 

「俺はわざと伸ばしてるわけじゃないがな。…あと白菜、あんまりくっつくんじゃねえよ。」

 

「うぇー?いいじゃんいいじゃん、仲良しって感じでー。るんっ!て来ない?」

 

「…むにっとしてる、かな。」

 

「………あたしそんなに太ったかな。」

 

 

 

天然なのかボケているのか。確かに言えることと言えばその柔らかさが脂肪であることだが、彼女が肥えたのかどうか俺には判断できない。現状把握できていることと言えば、只でさえ素っ気ない紗夜がさらに不機嫌になっている事…だが。

 

 

 

「おうこら何時まで乗っとんだお前は。」

 

「髪の毛直すまでぇ~。」

 

「重いんじゃボケ…。」

 

「なっ!…女の子にそう言う事言っちゃいけないんだぁ!」

 

「白菜、お前は、女の子じゃ、ない。」

 

「なにそれぇ!?」

 

「少なくとも俺はそう見てない。」

 

「えぇぇぇ!?」

 

 

 

ああもう、どうしたら退けてくれるのか。一刻も早く紗夜のフォローに回りたい俺だったが、一人分の重しが載っているせいで如何ともし難い。

思案の末に正解が何処にも無いという、彼女を前にした際当たり前とも言える解に辿り着いた俺は紗夜に救援要請の視線を向けることに。

…するとどうだろう。ここに来て初めて、紗夜がいつもの様な薄い笑みを浮かべたような気がした。

 

 

 

「日菜、いい加減になさい…。それにあなた、お母さんから言伝を預かっていたでしょう?おばさんに言わなきゃいけない…」

 

「あっっっ!!!……どうしようおねーちゃん、忘れちゃってたよぅ…。」

 

「どうしようも何も、今すぐ伝えに行くべきでしょう?」

 

「そ、そうだね。…それじゃあ○○、髪は後で直してあげるねっ!」

 

「いらねぇ。」

 

 

 

流石と言わざるを得ない姉力。俺があれほど梃子摺っていた天災を、いとも容易く操作して見せたではないか。

時間と精神的な余裕さえあればその「日菜回し」の手法を是非とも教授頂きたいものだが、今は一先ず訪れた安寧に身を委ねるとしよう。紗夜と二人、まったりと流れる時間を味わうのだ。

 

 

 

「助かった。」

 

「…私も、面白くなかったので。」

 

「……くっつきすぎたか。いやでもアレは日菜が」

 

「ズルいじゃ…ないですか。私は、結局抱き合う事さえできなかったというのに。」

 

 

 

紗夜と付き合っていた頃。付き合っているとはいえ飽く迄幼馴染でしかなかった俺達は、恋人らしいことの一つも出来なかった。毎日当たり前の様に、それこそ家族の様に近くに居た存在。…今更真剣に愛など囁けようものか。

結果まともに到達できたのは手を繋ぐことくらい。若さと言えば若さなのだろうが、何とも歯がゆい思い出である。

紗夜の言葉に在りし日を思い返しているとスマホが短く震えた。……メッセージを見やれば母親からで、どうやら日菜と遊びに出かけるらしい。心の中で小さくサムズアップを返した。

 

 

 

「その後すぐに、あなたはまた恋人を作ってしまうし。」

 

「それはまぁその……告白受けちゃった時に、丁度フリーだったし…さ。」

 

「ばか。」

 

「え」

 

「…馬鹿です。私は。」

 

 

 

この手の話になるといつも、必ずと言っていい程俺がすぐ美咲と付き合い始めたことを責める。もしそのまま一人落ち込んでいたら何かが変わったのだろうか。やり直すことができたのだろうか。もう一度二人で、少しずつ…

 

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ

 

着信?画面には非通知の文字が。誰からなのかサッパリだが、緊急時の事なども考慮しつつ対応することに。

 

 

 

「…もしもし?」

 

『あっ○○さんー。あたし。』

 

「……あたし、さん?」

 

『もー声でわかんないかなぁ。』

 

 

 

はて。非通知でかけてきた挙句名乗らずに声で分かれと。そんな無礼な知り合いが居ただろうか。

本気で困惑していると、本日何度目かの紗夜からの助け舟が。

 

 

 

「…彼女さん、ですか?」

 

「いやちが………いや、そうなのかな?」

 

『誰かいるの??』

 

「お前、ミサか?」

 

『そうだよー。もー…彼女の声忘れたりするー?』

 

 

 

声というのは空気の震えを鼓膜で感じ取って認識しているものだろう。機械を通すと変わるんだよ、お馬鹿さんめ。

 

 

 

「…何の用だ?」

 

『…用が無いとかけちゃ駄目なの?』

 

「そう言う訳じゃ…ないが。」

 

『今ね、○○さんの家の前まで来ててね。』

 

 

 

今、とんでもない発言を耳にした気がする。家の前?俺の?もう来てる?まさか。

漏れていたであろう音を聞いた紗夜がそっと部屋の窓を覗き込む。

 

 

 

『あっ、今カーテン揺れたよー。やっほー。』

 

 

 

マジだ。

 

 

 

「愛されてますね。」

 

「そういう問題じゃねえだろうどうすんだ。」

 

『上がっていーい?』

 

「それみろ!」

 

『……やっぱり、誰か来てる?あ、ひょっとして元カノさ』

 

「んな訳ないだろう。そういう…中途半端な関係じゃないんだから。」

 

 

 

これが、自分で自分の首を絞めていく哀れな男の姿なのだろう。何という愚行、何という下らなさ。

紗夜も開いた口が塞がらないといった顔だ。そのまま喜んで通話を終了させる彼女と、チャイムに引き続き開かれる玄関のドア。これはまずい。実にマズい。

 

 

 

「どうしてそう自分を追い詰めていくのですか。」

 

「どうしてかなぁ。俺も知りたいよ。」

 

「あと数秒でここまで来ちゃいますけど。…私が居ては都合が悪いんですよね?中途半端な関係じゃないんですもんね?」

 

「ええと、いやその……ええい、こっちこい紗夜!」

 

「きゃっ!?」

 

 

 

驚くほど可愛らしい声を上げる元彼女を抱き寄せ俺と壁の間に配置。そのままベッドの中に押し込み、極力細く見えるように力いっぱい抱きつかせる。後はそこに掛け布団を掛けて、俺が胸から上だけを自然な感じで布団から出し、さも今まで寝ていたかのようなポーズを取れば準備は完了。

腰のあたりでまだもぞもぞと動く感覚があったがそこから僅か二秒ほどで部屋のドアが開けられた。

 

 

 

「やっほー。」

 

「……流行ってんのか?」

 

「何が?」

 

「別に。」

 

「…きちゃった。」

 

「暇人かね。」

 

 

 

心臓はバックバク。凡そ布団で寝ていたとは思えない量の冷や汗を流していたかもしれない。自然な動きで膝を立て、下半身あたりの不自然な盛り上がりにも対応。

後はポーカーフェイスを崩さずに、淡々とやり取りをしつつ早めに帰ってもらって…

 

 

 

「…前来た時と違う匂いするね。」

 

「えっ」

 

「芳香剤とか、変えた感じ?」

 

 

 

犬かお前は。

確かに匂いなどまるで気にしちゃいなかったが、さっきまで日菜がばたばた暴れまわっていた上現在進行形で紗夜が居るのだ。女の子特有の甘い香りを同じ女の子である美咲が感じ取れないはずがない。盲点だった。

 

 

 

「やっぱ元カノさん来てたんだ?」

 

「何故そう思う?」

 

「だってさ、元カノさんについて全然教えてくれないし、何か今日の○○さん変だし。」

 

 

 

鋭い。

 

 

 

「あ、ええと…いてててて!!!」

 

 

 

その時、布団の中の太腿を何者かに抓り上げられた。何者か、と言っても押し込んだ幼馴染以外に該当する人物はいないのだが。…話題を変えろという意味だろうか。不思議そうに首を傾げる美咲には悪いが、今は取り敢えずこの場をやり過ごす手段を最善として行動せねばなるまい。

 

 

 

「??」

 

「あ、あー……じ、実は今かなりの高熱なんだ。」

 

「え、そーなの?」

 

「ああ。三十八度以上が四日も続いてるんだ。風邪とかだったら伝染しても悪いし今日はその」

 

「何言ってんの。親御さんも居ないんでしょ?看病するよ。」

 

「あぁええと…ほら、伝染ったら」

 

「○○さんになら伝染されてもいいもん。…何なら、伝染してもらって共有するのだって、お揃いな感じでちょっと幸せ。」

 

 

 

何という純真な子だ。相変わらず太腿は抓り上げられているがそんなことが気にならない程感動している。真っ直ぐな瞳でただただ心配な気持ちだけをぶつけてくる彼女。

俺は今途轍もなく悪い事をしているんじゃなかろうか。こんなに良い彼女を、悲しませ裏切る様な真似を…しかし紗夜も紗夜で傷つけられない。…まぁこの場合はバレたところで紗夜に何のダメージもないんだろうけど。

 

 

 

「……ミサ。ちょっとこっちに。」

 

「うん。」

 

「……頭出して。」

 

「ん。」

 

「………よぉしよしよし…。」

 

 

 

今は下手に体勢を変えられない為、頭を撫でるのが精いっぱいだ。それでも何かしてやりたかった。俺の付いた嘘とは言え、安心させたかったのだ。

始めこそ何事かと体を強張らせていた美咲だったが、次第に笑みに変わり…高熱にしては元気そうな俺の姿にある程度の安堵を抱いたようである。

 

 

 

「…不覚にもときめいたよ。」

 

「えへ、本心だからだね。」

 

「あぁ、また一つ好きになった。」

 

「……もっとなってくれてもいいんだけどな。」

 

 

 

自然だなぁ美咲は。

 

 

 

「でも、だからこそ、今日は帰れ。」

 

「…………んー…。」

 

「大丈夫。本当にきつくなったら頼らせてもらうから。本当に心細い時に傍に居て欲しいから、今は伝染らないように帰って欲しいんだ。」

 

 

 

ある意味で筋を通せた感のある言葉に多少なりとも納得が行ったのか、真剣な表情で頷く美咲。そろそろ太腿が引き千切れそうなので、勝利を確信した俺は布団の中の紗夜をそっと抱き寄せた。途端に解放される太腿。

…あぁ、面と向かっては触れる事すら難しいというのに、まるで存在を感じない状態であればこうも容易いのか。

 

 

 

「……無理しちゃ、だめだよ?」

 

「ああ、ありがとうな。ミサ。」

 

「ん。…またね。」

 

 

 

静かに扉を閉め、玄関もまた静かに通過。完全に気配が外へと抜け出たのを確認して布団を捲った。

 

 

 

「……。」

 

「紗夜?…もう、終わったぞ。」

 

「………。」

 

「…悪かったって。急に押し込んだことは謝るが、仕方が無くて」

 

「デレデレしてた。」

 

「………はい?」

 

「すっごい、デレデレしてて、恋人みたいだった。」

 

「……いや、恋人だからね?」

 

「私のときはそんなことなかったのに。」

 

 

 

ああ。話題云々関係なしにずっと抓り上げていると思えば単純だ。嫉妬していたわけか。とは言え今の俺の状況はあの頃の俺とは違う訳で…何せ早々に追い返さなければいけなかったのだから。

だがそんな事情なぞお構いなしにぷりぷり怒る紗夜。

 

 

 

「どこまでしてるんです。」

 

「どこまで、とは。」

 

「奥沢さんと、どこまでしたんですか。」

 

「え聞きたい?」

 

 

 

俺なら嫌だ。嘗ての恋人…丁度今の状況であれば紗夜に当たる訳だが、今の恋人と何処まで行っているかなど、考えただけでも虫唾が走る。

だが彼女は違う人間。考え方も違うようで…。

 

 

 

「はい。」

 

「………手は、繋いだよ?」

 

「知ってます。」

 

 

 

知ってんだ。

 

 

 

「ハグとかも…するかな。」

 

「……クッ」

 

「…紗夜?」

 

「続けて…ください」

 

「キスもしたかなぁ。」

 

「あう……」

 

「そんな沢山じゃないけどな?」

 

「うぅ…………」

 

 

 

こんな情報、聞いて何になるというんだ。滅茶苦茶苦しそうな顔をしているが。

 

 

 

「…紗夜?」

 

「…うぅぅぅぅぅぅううううう!!!」

 

「!?」

 

「ううううううううぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

 

 

唸り声かと思ったが、体を抱き起し正面から顔を見据えると何と言う事だ。ボロボロと大粒の涙を流して泣いていた。あの、氷川紗夜が泣いていたのだ。

顔を真っ赤にして、悲しいというよりかは悔しさと遣り切れなさを露わにして。それでも泣き声()()()泣き声を上げず、堪え切れず漏れ出た声だけを上げているのは彼女のプライドの高さが窺い知れるところか。

 

 

 

「紗夜…」

 

「ぅぅ……どうして…っ、どうして私は……踏み出せなかった……のでしょう!」

 

「……。」

 

「こんな結末……っ、望んじゃ、……いなかった…のに…。壊れたく…なかっただけなの…に…。」

 

「紗夜。」

 

 

 

分かっていた。あの時の――別れの言葉を聞いた時、分かったつもりで居たのだ。

 

『私達は、もっと私達らしくあるべきです。幼馴染でもいいとは思いませんか?』

 

…俺はその言葉を一方的な別れの言葉だと思いこんでしまった。まぁフラれたと思い込んでいたわけだし、目の前の大好きな彼女が真剣な顔をして言った()()()な訳だし。

あれは紛れもなく俺への問いかけだったのだ。同意が欲しかったのか、或いは――

今となってはもう遅い。歩き出してしまったそれぞれの道は、もう交わることが無いと知ってしまった上での姿が、ここ数週間の行動だったのだろう。

そして今、図らずともこの場で、自分との差をも知ってしまったのだ。…あまりに残酷な現実であろう。

 

 

 

「俺があの時、もう少し子供らしく居られたら。」

 

「……。」

 

「変に大人ぶって、お前の事を理解したようなつもりになってさ。…それで、お前を放す選択なんかしなきゃよかったんだよな。」

 

「そんな……私の……私の、言葉…ですから…。」

 

「……いや、悪いのは俺なんだ。…だってさ、紗夜。」

 

 

 

少し顔が似ているだけの妹にさえ惚れそうになる男だぞ?すぐに次の彼女を作ったのだって、一生懸命、お前の事を忘れようとしたからだぞ?

必死になって、恋人だと自慢できた僅かばかりの日々を、無かったことにしようと俺なりに努力してしまったからなんだぞ。

お前はポーカーフェイスが得意だから。次の日の「おはよう」の時点で俺の気持ちは完全に打ち砕かれたんだ。全てが終わったと思ったんだ。…それでも、紗夜の方こそ、いっぱいいっぱいだったんだろ?

 

 

 

「俺……できることなら別れたくなかったよ。」

 

「…っ!!………そんな……今になって………遅いんです…よ……馬鹿…!」

 

「俺…今だって…!!」

 

 

 

気付けば抱き締めていた腕に力が入る。痛い位に自分の体に押し付ける彼女の体は酷く華奢で、まるでバラバラに砕いてしまう幻想さえ見てしまいそうな程にか弱く震えていた。

禁句を口にしかけたが慌てて飲み込み、胸の内へと仕舞う。これを言ってはいけない。今度こそ全てが壊れてしまうから。

 

 

 

「………なあ紗夜。あの時諦めた事、今全部やっちゃおうか。」

 

「……………………………うん。」

 

 

 

その代わり、人として、男として…最低な提案をした。

 

 

 

**

 

 

 

やはり俺は甘すぎる。人を、世界を嘗め腐っている。

隣ですやすやと寝息を立てる紗夜の頬を指で撫で、自分が踏み出してしまった転落の一途を今更ながらに後悔した。

最中に交わした言葉。無数の「愛してる」と「ごめん」。

つまるところ俺達は未完成で、どうしようもない程に幼馴染だったのだ。

 

涙と嬌声の中で結んだ契りは、「ずっと仲の良い幼馴染でいること」。

ずっと、()()()()()で居られること。

 

 

 

「賽は投げられた、か。」

 

 

 

朝から夕へ、夕闇から夜の帳へと。

 

―――暮レル。

 

 

 




性癖が




<今回の設定更新>

○○:明らかになってきた。
   ずっと紗夜が好きだった。忘れられない程に。
   美咲も純粋で眩しく見えて好き。

紗夜:ヒロイン1。
   正直ここから本編と言った感じなので、色んな紗夜さんに注目です。
   正統派幼馴染を目指していた、とだけ書いておきます。

美咲:ヒロイン2。
   何も知らない。無垢な頃。誰にでもある。
   染まるのか染まらないのか、正直何も考えていません。

日菜:ぷにぃ


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2020/03/20 湛え溢れ、穢さんばかりに

 

 

「あ、幼馴染なんだ。」

 

「言ってなかったっけ。」

 

「言ってなかったね。」

 

「そうか…うん、幼馴染なんだ。」

 

「そっか。」

 

 

 

俺と彼女は案外似たところがあるのかもしれない。お陰で二人きりの会話なんか大体こんな感じだ。

傍から見たら只の確認作業に成り果てている感すらあるが、俺達はこれで良い。二人で過ごす時間を俺たちなりに楽しめているんだ。

 

 

 

「よく一緒に居るなーとは思ってたけどさ。」

 

「やっぱ…気になる?」

 

「んー……紗夜先輩は素直に尊敬できる人だし、○○さん相手でそう間違いは起きないでしょ。それに…」

 

 

 

俺をどういう人間だと思っているのか、よくわかる話だった。事も無げに吃る事無く話している様を見ていると、本当に気にしてなさそうだし。

少し間を置いて、そっと腕を絡ませ続ける。

 

 

 

「○○さんのこと、信じてるから。一応…。」

 

「……………。」

 

 

 

放課後の教室。幼馴染の双子と交わした約束の時間まで、まだ二時間程あった。

俺なんかに懐いて来る数少ない可愛い後輩であり、"恋人"という絶対的なポジションを確立する少女との、二人きりの静寂。暫し身を委ねるこの一時は、味方によっては逃避のようであった。

 

 

 

「ミサ。」

 

「ん?………んっ、ふ…ぅ。」

 

 

 

静かな教室には、外から飛び込んでくる部活動の声が聞こえて居た。

 

 

 

「……んぁ……不意打ち。」

 

「ミサがあまりにも可愛い事言うから、つい。」

 

 

 

唇を細い指先で拭う仕草をぼんやりと眺める。気付けばもう、キスは「粘膜の接触」と「性的興奮の増長」を促す為だけの行為にしかなっていなくて…あの日以来、俺の中の風紀も乱れに乱れてしまったようだ。

 

 

 

「…ここで、するの?」

 

「……いや、今日はほら、」

 

「誕生日パーティ…だったね。わかってる。」

 

「………ごめん。」

 

 

 

倫理観も貞操観念も、常識も誠意も愛情も…全て似たようなものだ。一度枠をはみ出してしまえば、まるでイリーガルなパッチファイルでも充ててしまったかのように、意思や信条とは関係なく書き換わってしまう。

美咲には悪いが、俺は転がる様に堕ちていく一方。人として、男として、屑に成り果てる未来のために仮面を被ろうと。

 

 

 

「んーん。……三人で、するんだよね?」

 

「三人?」

 

「二人きりじゃ…ないんだよね?紗夜先輩と、○○さん。」

 

「…あ、あぁ。…日菜もいるし、何なら親もいる。」

 

 

 

昔からの恒例行事となっている誕生会。互いの母親がイベントを盛り上げたがる性分の為か、誕生日はいつも三人一緒だった。俺の時も例外ではなく、"三人"で。

 

 

 

「そ…っか。」

 

「なぁミサ、俺…」

 

「じゃああたし、寄り道して帰るからもう行くね。……ばいばい。」

 

「………。」

 

 

 

鞄を引っ掴み早足で廊下へ――出る扉を開けたところで、寂しげな笑顔を向けてくる。

 

 

 

「…元カノさんも、こんな気持ちだったのかな。」

 

「………ぇ。」

 

「ごめんなさい、なんでもない。…またね。」

 

 

 

駆け出していく彼女の足音を聴きながら、静かに目を閉じ息を吐いた。

俺はまだ、紗夜を"ただの幼馴染"としてしか紹介していないのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「んもー!○○おそーい!」

 

「仕方ねぇだろ、買い物行ってたんだから。」

 

「何買ったの?おにぎり?」

 

「どんな発想してんだお前。」

 

 

 

自宅に着くなり仁王立ちの日菜に迎えられる。俺に課せられている買い出しは紛うこと無き今日の誕生会関連なのだが、どう勘違いしたのか目前のバカは、俺が小腹を空かせたとでも思ったようだ。

これからたんまり食わねばならんのにおにぎり何か買うか馬鹿。

 

 

 

「…紗夜は?」

 

「ご飯作ってるー。」

 

「そか。……ほれ、日菜。」

 

「ほ?…ナニコレ。」

 

 

 

スーパーとコンビニとドラッグストア、たまたま近場に纏まっていて助かる三店舗を周り、依頼の品々はコンプ済みだ。袋からガサゴソと取り出し日菜に渡したのは、ド派手に紙吹雪が舞うタイプのクラッカー。

不思議そうな顔を見る限り本人は覚えちゃいないんだろうが、去年の誕生会で「ド派手なクラッカーがあれば完璧な誕生日だった」と呟いていたのを覚えていたのだ。何でも大きくて派手で騒がしいのが好きな日菜らしいといえばらしいが、たまたま見かけたので衝動的に買ってしまうのはどうにも俺らしい。

 

 

 

「えっ、えっ、これ、あたしが鳴らしていいの??」

 

「何だよ、不満か?」

 

「そ、そんなことないよっ!でも去年は買い忘れてたから無くって…あっ。」

 

 

 

自分でそこまで言いかけて漸く思い出したようで。

 

 

 

「覚えてて…くれたの?」

 

「…まあな。今日はお前を、「発砲手」に任命するから、ベストなタイミングでぶちかますように。」

 

「うっひゃぁ!……あれれ?」

 

「ん。」

 

「ハッポウシュ…ってなんだかお酒みたいだねぇ。」

 

「…年中酔っぱらったようなお前にぴったりじゃないか。」

 

「む!失礼な!…あ、そうだ。まさかこれで終わりじゃないよね??」

 

「何が。」

 

「プレゼント!」

 

「……そんなわけないだろ…。」

 

「ならいーんだけど。」

 

 

 

阿呆なやり取りは大概にして、そろそろ玄関へ上がらせてもらおう。何だかんだ言いつつも大事そうにクラッカーを抱え俺の部屋へ入っていく日菜を見送って、キッチンと繋がるリビングへ向かう。

 

 

 

「おや○○、おかえり。」

 

「ああ。……言われたもん買ってきたけど。」

 

「冷蔵庫入れといてくれるかい?」

 

「あぁ。」

 

 

 

紗夜と並んで作業中のお袋に言われるがまま、買ってきたものを収納していく。いつもはむさ苦しい一人息子と寡黙な旦那しかいないこの家も、この日だけは花が咲いた様に賑やかになるということで、お袋もご機嫌だ。自分に娘が出来た気分でも味わっているのだろう。

 

 

 

「……随分遅かったですね、○○。」

 

「あん?…ああ、まあな。」

 

「紗夜ちゃんもずっと心配してたんだからー。そんなに大きな買い物じゃなかったでしょうに。」

 

「へぇへぇ、どうせ鈍臭ぇっすよ俺は。」

 

「…あんまり心配かけちゃ駄目でしょ?アンタみたいなバカ息子、心配してくれる子なんてそうはいないんだからー。」

 

 

 

上機嫌で饒舌なお袋はちょっとウザい。勿論、俺と紗夜の関係も知っているし、もう終わった事も知っている。その上で、"健全"に幼馴染を続けられている状態を良い事だというお袋だが、今の俺達を知ったら果たしてどうなるのだろうか。

…まぁ、目の前で日菜と抱き合おうが「仲良しねぇ」で片づけるようなお袋だ…全てが杞憂な気もするが。

 

 

 

「…っせーな…。おいこら紗夜、笑ってんじゃねえ。手が止まってんぞ。」

 

「ふふ、まだまだ子供なんですね。貴方は。」

 

「同い年だろうが。」

 

「…貴方よりお姉さんのつもりです。精神的には、ですが。」

 

 

 

マスクをしている為表情が読み取りにくいが、ありゃきっと得意げな顔で微笑んでいるに違いない。

くそ…何か切れ味のいい仕返しを…

 

 

 

「………何か、紗夜のエプロン姿、久しぶりに見たな。」

 

「そうですね。貴方の前で料理はしませんから。」

 

「似合うじゃん。」

 

「…………………そういう言葉は彼女さんに言ってあげたらいいと思います。…一つ味見、します?」

 

 

 

紗夜は、案外チョロい奴だった。

 

 

 

**

 

 

 

クラッカー飛び交う誕生会のあと、酒に酔わされてどんちゃん騒ぎを続ける保護者連中を尻目に、紗夜と二人片づけを進める。日菜は俺が渡した誕生日プレゼントを早速使うと息巻いて、またしても俺の部屋へ閉じ籠っている。あいつは何故事ある毎に俺の部屋を使うのだろう。

 

 

 

「……楽しかったです。」

 

「賑やかだったなぁ…とんだ近所迷惑だ。あ、そっちの皿取って。」

 

「…はい。……貴方も、楽しめていましたか?」

 

「そりゃ勿論。紗夜とも一緒に居られたし。……ああ、置いといていいよ、纏めて仕舞うから。」

 

 

 

紗夜が流し担当…解体・収納・掃除面は俺が担っているいつものスタイル。キッチンからはカウンター越しにリビングが見えるが、正直親の尊厳など微塵も感じられない大人四人が今日の目的などまるで関係ないとでも言うように酔いを加速させている。

 

 

 

「…しっかし、呑気なモンだ。子供たちは頑張って働いてるというのに。」

 

「ふふっ、いいじゃありませんか。いつもはお世話になりっぱなしでしょう?」

 

「そうかもしれねえが…。」

 

「それよりも…私は、怒っているんですよ。」

 

「え"……。」

 

 

 

気付かないうちに何かしただろうか。思わず作業を止めてこれまでを振り返ってみるも、特にヘマをした記憶はない。

それでも確かに、目の前の幼馴染の眉は釣り気味だ。

 

 

 

「…貴方はすぐ私に意地悪するじゃないですか。」

 

「してねえ…と思うんだが?」

 

「日菜には、何をあげたんです?」

 

「ええと…」

 

 

 

日菜に渡したプレゼントの中身はジェルネイルのセット。最近ネイルアートが楽しくて~といった内容のクソ長い雑談を一方的に耳に注ぎ込まれていたこともあって、特に迷う事も無く用意できてしまったやつだ。

まず最初に俺に見せてくれるらしく、今作業の真っ最中と言う訳だ。

 

 

 

「…私には?」

 

「……お前にも渡したろ?…ネックレス。」

 

「ええ。」

 

 

 

ゴム手袋を脱いだ紗夜がふわりと髪をかき分ける。露わになった綺麗な鎖骨と白い肌に映える、シルバーの鎖。

丸い石が二つ連なったデザインになっており、大きさの違うアレキサンドライトとピンクトルマリンが埋め込まれている。

 

 

 

「事前に言われた通りの石だろ?…デザインも悪くないと思うんだが…。」

 

「…貴方はその意味を知らないでしょう。私が、どうしてその石のアクセサリーを強請ったか。」

 

「あー……ごめん。女の子だしアクセサリー欲しがるもんなんだろうなーくらいに考えてたよ…。」

 

 

 

女心とかそういう目に見えないものはよく分からない。考えたことも無い。だが、紗夜が珍しく細かい注文で物を欲しがったのが嬉しくて、他に何かを考える余地も無かった…と言えば聞こえは…いや、言うまい。

 

 

 

「はぁ。」

 

「で、でもさ。予想っつーか、勘っつーか…俺なりに考えはしたんだぜ。」

 

「それが私に見えなければ意味ないでしょう。」

 

「……ちょっと、待っててくれ。」

 

 

 

心底ガッカリした表情の紗夜を残し、へべれけ大人軍団の間を縫って玄関へ。靴箱の中、手入れ用品の辺りに隠しておいた箱を引っ張り出しキッチンへ戻る。

言葉通り待っていてくれた紗夜の前で箱を開ける。

 

 

 

「……!!…これは?」

 

「同じメーカーの…ネックレス。」

 

「…綺麗な、石ですね。」

 

 

 

同じくシルバーの鎖に一つだけ、妙に歪にカットされた石が埋め込まれているネックレス。紗夜へのプレゼントを見繕った店で同時に購入したものだ。

籠められた綺麗な水色の石の名は「アクアマリン」。

 

 

 

「…紗夜の、誕生石。」

 

「…………して、どういう意図で。」

 

「ネックレスってさ。流石に学校じゃアレだけど、身につけていられる物じゃん?俺達ってその…関係性自体が隠し事みたいな感じだけど、これを身につけていれば紗夜とずっと一緒に居られる気がして…さ。」

 

「………………おこです。」

 

「えぇ??」

 

 

 

不正解…か。

とは言え俺がこれを購入した動機に偽りはない。違うと言えばそれまでだが、悪い事ではない気がした。

 

 

 

「…どうしてそうやって、私に意地悪するんですか。」

 

「意地悪って…。」

 

「…私も同じ目的でリクエストしました。貴方を…ずっと想っていたいから。…どうして気付いたんです?」

 

 

 

…日菜に聞いたとは言えまい。俺が言わなくても後々発覚しそうではあるが、ここは体よく格好つけさせてもらうとしようか。

 

 

 

「……お前が考えていることくらいわかるさ。」

 

「…嘘つき。でも、格好つけたがる貴方も、好きです。」

 

「……そうか。」

 

 

 

不思議なもので、好きと言われて胸が痛むのは紗夜が相手の時だけなのだ。求めている言葉の一つであるはずなのに。

そうしてその言葉を皮切りに彼女を抱き寄せ、場所などお構いなしに今日も体を重ね―――ふと、うなじにキスを降らせていた中で、違和感を覚えた。何だろう、耳の辺りに…

 

 

 

「……うぉ」

 

「んっ……気づき、ましたか。」

 

「お前、穴なんか開けて…」

 

 

 

以前、風紀の鬼とまで揶揄されている彼女を更に揶揄ったことがある。

「制服改造とか持ち込み禁止物とか…増してやピアスなんか絶対しないだろう」と。だが今目の前にある紗夜の右耳たぶにはしっかりとピアスホールが開けられている。

あれ程までに毛嫌いしていたというのに。

 

 

 

「…次はピアスをおねだりしようと思ってまして。」

 

「どういう…心境の変化だ?」

 

「私はすっかり道を踏み外してしまいましたから…貴方に責任を取ってもらおうと思って。」

 

「責任なら普通指」

 

「指輪は、奥沢さんの為に譲ろうと思います。…そこは私じゃない、彼女さんが縛れる場所ですから。」

 

 

 

その声は少し悲しく、切なく響いた。彼女が堕ちたのは俺のせいなのだと、改めて痛感する。俺があんな提案をしたばかりに…

無意識の内に歯を食いしばる俺の手を、彼女は甘い香りの服の中へと誘導する。肌理細やかなゲレンデを滑り落ちるように、谷の中へと入り込んで行く感触に彼女の声は蕩けそうだ。

 

 

 

「……んっ…ピアスホールも、貴方の為に開けたんです。」

 

「…紗夜……。」

 

「ぁ…んぅ……これで、貴方が私の体に開けた孔は二つ。……んっ!?……これからも、一緒に堕ちて行きましょ……?」

 

 

 

俺は彼女の守っていた誇りも信念も、後先考えずに貫いてしまった。

一度開いた孔は、二度と埋まることは無い。心も、体も。

俺達はこうして、お互いの孔を埋め合いながら、どこまでも堕ちていくのだろう。

 

 

 

「……ハッピーバースデイ、紗夜。」

 

 

 

堕落の一年へと誘う呪詛は、虚空へ…篭もる嬌声とぶつかる肢体に飲み込まれて消えたが、幼馴染である筈の彼女と交わす口付けには確かに愛が感じられたのだ。

 

 

 




一応誕生日回でした




<今回の設定更新>

○○:二つの顔を使い分けるのが上手な様で。
   愛とは何か。

紗夜:まだ、紗夜のターン。
   欲しがったネックレスは"「ピンクトルマリン」とくっ付いた「アレキ
   サンドライト」があしらわれた物"だった。
   つまりは、【10月生まれの彼女】と関係を持つ【大好きな彼】を肌身
   離さず、一時も忘れずに居たいという願いから。
   愛欲は泥をも啜る。

美咲:紗夜=元カノ には辿り着いていない。
   が、純粋に幼馴染という近い距離感が羨ましい。
   「どうしたらもっと私を見てもらえるかな。」

日菜:わぁい!はっぴぃばぁすでぇっ!


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2020/06/06 想い止まらず、転げて

 

 

 

紗夜から、唐突な贈り物を受けた。

以前より俺が密かに欲しがっていた、カプセル型のコーヒーマシンである。

最近中々タイミングが合わずチャットだけのやり取りとなってしまっている紗夜曰く、"誕生日プレゼント"らしいが……それが俺の元に配達されたのは今朝、つまり誕生日の二日後だったって訳だ。

…それに、誕生日のプレゼントは例の如く合同でやった一昨日のパーティで既に貰っている筈なんだが。

 

 

 

「…とまあ、そういうわけで。」

 

「ん。」

 

「今日の放課後、空いてるだろ?体験会と洒落込もうじゃねえか。」

 

「わかった。…お家デート、ってやつだね。」

 

「……態々言葉にすんな。」

 

「あは、照れてる?」

 

「うっせぇ。」

 

 

 

丁寧にもマシン用のカプセルも数種類同梱されていて、俺好みのフレーバーもチラと確認できた。折角の贈り物だし、今日は美咲も招いてお茶会を楽しもうと思ったのだ。

お袋の許可は貰っているし、妙に美咲を気に入っているお袋も参加したげでちょっとウザかった。

 

 

 

「でも、紗夜先輩からのプレゼントなんでしょ?…悪くないかな。」

 

「悪い?」

 

 

 

楽しみではあるが申し訳ない、そんな心が彼女の表情を通して見える気がする。未だ紗夜との関係はバレていないとはいえ、幼馴染という関係性には入り込めない壁を感じているのだろうか。

もそもそと弁当を突きながら続ける。

 

 

 

「ん…。誕生日のプレゼントは別に貰ってるんでしょ?」

 

「ああ。…まぁそこが最大の謎でもあるんだが。」

 

 

 

誕生会の中で、日菜からはよく分からない龍の装飾がついた剣と鞘のストラップ。…よく温泉や道の駅なんかのお土産コーナーに売ってるアレだ。

そして紗夜には、スケジュール帳と万年筆をプレゼントされた。俺がそういったものと無縁なのを分かっている癖に、「大人に成るにはそれ相応の嗜みが無いと」だのと抜かしおって。

…スケジュール帳って、何書けばいいんだよ。

 

 

 

「…大事に、想われてるんだと思うよ。」

 

「そうかぁ?」

 

「うん。」

 

「……来るの、やめるか?」

 

 

 

乗り気じゃない彼女を無理に引っ張って来るのも問題だろう。マシンを使うのは今日でなくても良いと、別行程のデートを提案してみる。

俺の言葉に暫し固まって視線を動かしていた美咲だが、やがて狡さすら覚える上目遣いで、

 

 

 

「…ごめんね?…どこか寄って帰ろうよ。喫茶店とか。」

 

 

 

紗夜との関りを拒む、確かな言葉を告げた。

 

…俺が彼女に対して抱く好意の、理由の一つがこれだ。

ハッキリとした意思表示。俺にも、そして且つての紗夜にも足りなかったもので、人間同士のコミュニケーションの上で非常に重要な役割を持つもの。

どうしたいか、何が嫌なのか、どう思っているのか、どんな気分なのか。相手を気遣い過ぎて言葉にできず仕舞いでは、結局のところ上手くいかないのだから。

それが気負いもなく自然と出来る彼女に、俺は笑顔を以て応えた。

 

 

 

「おっけ。…それじゃ放課後はシャレオツデートだな。」

 

「ふふっ、喫茶店に行くだけだよ?」

 

「充分シャレオツじゃないか。…「マスター、いつもの。」…なんつってな。」

 

「○○さん、いっつも違うもの頼む派じゃん。コンプリート目指すんだーとか言って。」

 

「確かに…!」

 

「"いつもの"って、何が出てくるの?」

 

「………皿?」

 

「あはは、お皿だけじゃシャレオツじゃないねぇ。」

 

 

 

美咲と過ごす時間は、心の中の港が凪いでいるようで。

不思議と救われるような感覚が愛おしかった。

 

 

 

**

 

 

 

「ん~~~っ……!」

 

 

 

夕日の中、隣で凝り固まった背を伸ばす恋人へ視線をやる。生徒会の手伝いが入ったとかで予定より二時間程遅れての下校だ。

待つことにはさして抵抗は無いが、実務に明け暮れていた彼女からは流石に疲労の色が見て取れた。

 

 

 

「おつかれ。…どんな手伝いだったん?」

 

「…ふぅ。ありがと。…書類整理したり、ハンコ押したり…お役所の仕事みたいな感じ。」

 

「役所がよくわからんが…肩凝りそうな仕事だ。」

 

「うん。○○さんには向いてないなーって思ったよ。」

 

「よく分かってるじゃないか…こいつめ!」

 

 

 

くしゃくしゃと髪を搔き乱すように頭を撫でる。少々強引だが、さらっと俺を無能扱いした仕返しである。それくらいできるっつーの。

いつも通り髪が崩れることを嫌がりつつも身は委ねてくれているようで。一頻り手櫛を通し終えた後に手を取り、校門を出るよう促してきた。

 

 

 

「結構、その…遅くなっちゃってごめんね。」

 

「いや、いいさ。喫茶店は逃げない。」

 

「はは、ありがと。」

 

「……あでも、疲れてたら無理に今日行かなくてもいいんだぞ。明日も明後日も、来週もその次も、放課後なんてのは毎日来るんだから。」

 

 

 

共に過ごすなら安らぎの時間が良い。疲労を加速させるような真似はしたくなかった。

その心配を知ってか知らずしてか、眉を顰めて少し唸った後に腕を組んでくる。

 

 

 

「いーの。今日行こ?」

 

「…何だ、今日は随分距離が近いな?」

 

「嫌?」

 

「全然。…いい匂いするな。」

 

「だって、折角○○さんがデートしてくれるっていうんだもん。…独り占めできる時間、そうそうないし。」

 

「昼飯時なんて、独り占めし放題じゃないか。」

 

「学校とプライベートは別ー。」

 

「………わかったよ。そんじゃ、全力で独り占めしてくれぃ。」

 

「…ん、任せといて。」

 

 

 

いつもより少しだけ甘えたな彼女に引き摺られるようにして、商店街にある喫茶店へ向かった。

恋人と過ごすこんな放課後も、俺にとっては大切な日常の一部なのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「それじゃ。」

 

「今日はありがと、○○さん。」

 

「こちらこそ。お嬢さんとのおデートは楽しゅうございましたぁ。」

 

「何それー。」

 

「……甘えたいとか、一緒に居たいとか…もう我慢するんじゃないぞ?」

 

「…ん。」

 

「俺はその、ミサの恋人なんだから。」

 

「…我慢しなくて、いいの?」

 

「ああ。」

 

「………えへへっ。わかった、憶えとくね。」

 

「おう。」

 

 

 

鱈腹食べた後、薄暗くなった道を彼女の家まで共に歩いた。その最中でぽつりぽつりと聞いたことは、心なしか距離を感じていた事や紗夜や元カノの存在からどの程度気持ちを曝け出して良いか分からなかったこと…等、俺に対する悩みの数々だった。

彼女を不安にさせたまま何もしない彼氏が居るだろうか?恋人を想って少しでも心配の種を取り除いてやることが、俺の使命ではなかろうか。

結果として彼女の笑顔が見られたのは良い事なんだろうが、一人家路に就いてからは充足感よりも後悔の念の方が強いように感じられた。

 

 

 

「我慢するんじゃない、か。」

 

 

 

どの口が言えたのだろうか。

寧ろ俺は、もう少し我慢すべきではなかろうか。

美咲に隠し続けていることも、紗夜を止めずにいることも――

 

ふと、前から走って来る見覚えのある顔に気付いた。

 

 

 

「おーい!!!○○ー!!」

 

「……日菜?」

 

「探したよぉ!…これから帰るとこ??」

 

「あ、あぁ。…お前、一体何の…いや待て、その手に持ってるのは何だ。」

 

 

 

はぁはぁとやや荒めの呼吸をする妹の方の幼馴染が持っているのはどうみてもマグカップ。…少なくとも、このような出先で、それも住宅街を通る道端で持つには尋常じゃない違和感を感じさせるものだが。

 

 

 

「機械!試す!いい!?」

 

「…落ち着け、単語で喋るのをやめろ。」

 

「…落ち着いた!」

 

「よし、で?」

 

「あのね!おねーちゃんがこーひーの機械プレゼントしたんでしょ!?」

 

「ああ。」

 

「今もう届いてるんだよね!?」

 

「ああ。」

 

「使ってみたい!」

 

「ああ。」

 

「…元気ない?」

 

「お前の声のデカさに引いてる。」

 

「もーっ!!引かないでっ!」

 

「じゃあもう少し抑えめにしてくれ。」

 

「う"…!……こ、コレクライ?」

 

「何故カタコトか気になるが…まぁそれくらいでいっか。取り敢えず帰ろ。」

 

「うん!あっ……ウン。」

 

 

 

律儀に言い直しつつ、マグカップを摩る日菜を従え残り五分程度の夜道を歩いた。

都心に近いとはいえ住宅が密集しているこの辺りは夜でも比較的静かだ。日菜の大声が響き渡るのは流石に申し訳なさすぎる。

 

 

 

「…あっ!」

 

「今度は何だ。」

 

「着けてくれたんだ!」

 

 

 

目線を追えば例のストラップ。貰っておいて放置するのも…と思い学校用の鞄にぶら提げてあるのだ。

何が嬉しいのかケラケラと笑いながら距離を詰めてくる日菜。

 

 

 

「えへへへへへ!」

 

「何だよ。」

 

「ううん!何でもない!」

 

「そうかよ。」

 

「似合ってるねぇ!!」

 

「これが似合う高校生ってのもどうなんだ…つかお前、ずっとそのカップ持って外に居たのか?」

 

「うん。」

 

「シュールすぎる…家で待ってりゃいいだろうが。」

 

「えぇ??だって、こーひーもそうだけど○○に会いたかったんだもん!」

 

「……そうかよ。」

 

 

 

阿呆なやり取りを続けている内に辿り着いた自宅へ、ただいまもそこそこに上がる。

台所ではお袋が晩飯の用意をしているところで、リビングにはまだ開封していない件のマシンの箱があった。

 

 

 

「あら、遅かったねぇ。…美咲ちゃんは?」

 

「色々あってな。来なくなった。」

 

「あらあらまあまあ。」

 

「おばさん!ただいま!」

 

「日菜ちゃんもおかえりぃ。あ、そうだ、日菜ちゃん晩御飯食べてく?」

 

「うん!」

 

「ふふ、じゃあ後でお母さんに電話しとくわねぇ。」

 

 

 

美咲が来ない事に少し寂しそうなお袋だったが、日菜の一声で元気を取り戻したようだ。このババア、若い娘が家に居りゃ誰でもいいのか…?

台所からいそいそと出て行くお袋を見送りつつ、二階の自室へ向かう。何をするにしても取り敢えず制服は着替えたい。

いざ部屋について着替えを始めてもニコニコ顔で居座る日菜にはもう慣れっこで。目の前で俺が着替えようと風呂に入って居ようと表情一つ変えない女だ。こちらだけ気にしすぎるのも馬鹿馬鹿しくなる。

 

 

 

「ねね、いつ開けるの??」

 

「……まぁ、着替えが終わるまで待ってくれ。」

 

「うん。」

 

「そもそもお前、コーヒー飲めないんじゃなかったか?」

 

「飲めないよ?」

 

「…そのマグカップは何だ。」

 

「コーヒー飲むの!マイカップ!」

 

「………。」

 

 

 

頭痛がしてくる。

着替えを終えて振り向けば俺のベッドに腰掛けた日菜が、隣に座るようにと布団を叩く。ぽふぽふ…俺を犬や猫と勘違いしちゃいないだろうか。

座るけど。

 

 

 

「なんだよ。」

 

「んとね、おねーちゃんだけ二回目のプレゼントあげてズルいなーって。」

 

「貰って、なら分かるがあげてってのはどうなんだ。」

 

 

 

何処で競ってるんだ。

とは言え彼女なりの価値観があるらしく、少しムッとした様子で言葉を返してきた。

 

 

 

「だってさ、あの機械貰って、○○すっごい嬉しかったでしょ。」

 

「まあな。」

 

「感謝するでしょ?おねーちゃんに。」

 

「…そりゃまあ。」

 

 

 

欲しがっていた事を知って居たとは言え、決して安価とは言えないものだというのに。最近まともに顔すら見られていないことも相まって、是非とも直接顔を突き合わせて礼を言いたい気分ではある。

 

 

 

「…あたしも、○○に感謝されたい。」

 

「はぁ?そりゃまた随分な…マウントでも取るつもりか?」

 

「むーっ!違うの!そーじゃなくて!」

 

「ははは、そう膨れるんじゃねえよ。いいじゃんか、一度は感謝されてんだから。」

 

「違うもん!…えと、えと…○○は、おねーちゃんのこと、好き?」

 

 

 

思いがけない会話の流れに、一瞬呼吸を忘れた。まさか知られている…と言う事は無いだろうけど、紗夜を好きかというのはどういう了見だろうか。

且つて俺達が恋仲だったことは日菜も知っている。勿論、それが終わりを迎えたことも。知っていて尚、その質問…意図するところは、一体何なのだろうか。

 

 

 

「…まぁ、幼馴染だしな。」

 

「あたしのことは?」

 

「……。」

 

 

 

正直に言おう。嫌いじゃない。

だって双子だぞ?細かい所に差異こそあれど、基本的な顔の造りはほぼ同様。嫌いになるはずがない。

 

 

 

「…プレゼントいっぱいしたら、○○はあたしのこと好きになってくれる?」

 

「……どうしてそんなに、好かれたいんだ。」

 

「……。」

 

「……?」

 

 

 

その思いつめたような横顔なんか、紗夜そっくりだ。

そのまま直視していても見惚れてしまいそうになる為慌てて目を逸らす。

日菜が隣に居るというのにこの静けさ。味わったことの無い感覚に手持無沙汰になりながら、壁と天井をぼんやり眺めていると音量調節の苦手な日菜から消え入りそうなか細い声が零れる。

 

 

 

「…あたし、○○が好き。」

 

「………。」

 

 

 

真剣、なのか。

 

 

 

「彼女さんがいるのは知ってるよ。…でも本当はあたしを彼女さんにしてほしかった。」

 

「…。」

 

「ずっと好きだったのに、おねーちゃんに先越されちゃうし。」

 

「…紗夜とはもう……終わってる…からさ。」

 

「でも、おねーちゃんのこと好きなんでしょ。彼女さんが居ても、好きなんでしょ。…見てて、わかるもん。」

 

「っ!」

 

 

 

関係性にまで迫った解は得られずとも、その独特の嗅覚で雰囲気は察していたわけか。

しかし、核心を突かれた様な心持の俺だが、まだ誰にも気づかれておらず、誰にも話していない事がある。

 

 

 

「……だから、ね。あたしも、いっぱいプレゼントしたり、いっぱい遊びに来たり、いっぱいお喋りすれば、好きになってもらえるかと思って。」

 

「悪いが日菜、お前を彼女にすることは――」

 

「いいよ。」

 

「――え?」

 

 

 

だからこそ、こんな関係持つべきじゃなかったんだ。紗夜とも、ずっと幼馴染のまま居るべきだったんだ。

そして美咲一人だけとそう呼べる関係を築くべきで、一人だけを…。

だというのに。

 

日菜、君も同じ顔をするんだな。

そんなところまで、双子じゃなくてもよかったのに。

 

 

 

「…あたしね。…彼女さんじゃなくても、二番手でも三番手でも、何ならただ使()()()くれるだけでも…いいよ?」

 

 

 

いつかの夕日の中、姉が浮かべた表情と同じような、苦悶の末に得た諦めとも取れる笑顔で涙を流す日菜。

そんなことを言ってはいけない。そんな感情を抱いてはいけないのだ。

 

 

 

「日菜。」

 

「うん。」

 

「……悪いが俺には、お前をそんな風に都合よく使う事は出来ない。」

 

「……嫌い?」

 

「違う。………好きだからこそ、大事な幼馴染だからこそ、しちゃいけないんだよ。」

 

「………。」

 

 

 

大好きなんだ。

物心ついた時から一番傍に居て、それが当たり前だった関係。俺達はきっと、進んじゃいけない間柄に居る。

その先には壊れる物しかないから。崩壊が待っているだけだから。

 

 

 

「…○○。」

 

「……うん。」

 

「……じゃあ、キスだけ。」

 

「…ダメだよ、日菜。」

 

「これで、諦めるから。一回だけ、キス…して?」

 

「………。」

 

「本当はそれだけじゃなくて、あたしの色んな初めては一番大好きな○○にあげたかったけど。」

 

「…。」

 

「……おねがい。」

 

 

 

やめろ。

泣いてるじゃないか。止め処なく、流れているじゃないか。

何だって、声まで震えているその気持ちで、笑顔で居られるんだ。

 

やめてくれ。

俺はお前を悲しませたいわけじゃないのに。このまま進んでしまう事こそが、最も愚かな関係の始まりだと分かっているのに。

 

 

 

「………目、閉じてくれないか。」

 

「ん………。」

 

「………んっ。」

 

「!!……………んふぅ…。」

 

 

 

どんどん、分からなくなるじゃないか。

 

 

 

**

 

 

 

キスの一つで終わる筈がなく。

晩飯が出来たと階下から聞こえるお袋の声を無視し続け、体中が痛くなるほど激しく重ねた後、散らばった衣服を拾い集めながら日菜は「ありがとう」と言った。

表情は見えなかったが、俺がまた一つ罪を重ねたことは確かだった。

 

 

ヴーッ、ヴーッ

 

 

呆然と壁を見詰めている俺のスマホを誰かが鳴らしている。色んな感情が掻き乱れている頭のままで、相手が誰かも確認せずに通話ボタンを押す。

 

 

 

「…はい。」

 

『ぁ……大丈夫?』

 

 

 

心配そうな声。

恐らく今一番聞きたくない、この安らぎすら覚える声は。

 

 

 

「…ミサ、か。」

 

『ごめん、特に用事は無かったんだけど…何かあったの?』

 

「………。」

 

『……○○さん?』

 

 

 

彼女が心配すればするほど、彼女が言葉を掛ければ掛ける程。今自分の置かれた立場が沼の様に沈み込んでいく様を痛いほど分からせられる。

 

 

 

「……ミサ。」

 

『…ん。』

 

「……………申し訳ない。」

 

『…どうしたの。』

 

「信じて欲しい…とももう言えたもんじゃないが…」

 

『………。』

 

「…俺は君の事を、とても好ましく思ってるよ。」

 

『…好き…ってことで合ってる?』

 

「……多分。」

 

『そっか。…悩み、とか、聞くから、抱え込まないでね?』

 

「………すまない。」

 

 

 

通話を終えて。窓の外はもう星空が広がっていた。

 

俺は、"好き"という事が一体どういうものなのか…未だに理解できずにいる。

 

 

 




ここまでやっておいて飽く迄ヒロインは紗夜と美咲っていう。




<今回の設定更新>

○○:単純でありながら難解な問題に直面している。
   好きとは何か。
   愛するとはどういうことか。
   愛しいと思う気持ちは、複数存在してはいけないのか。
   わからない。

紗夜:なんかいそがしいみたい。

日菜:なんも言えねえ。

美咲:天使。


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【山吹沙綾】色とりどりの闇の中から
2020/02/01 #FDD876「モカ」


 

 

「いいかい沙綾(さあや)。…我が娘よ。」

 

 

 

僕は決めたよ。

この世界の、まだ見ぬ顧客が君の閃きを待っている。

僕と君が揃えば…二人ならば、きっとやれる。

 

人々に、笑顔を。

 

 

 

「あー…何を言いたいんだか忘れちゃったなぁ。…兎に角、頑張ろう、沙綾。」

 

「うん。パパ…じゃなくて、○○さん?だっけ。」

 

「…呼び辛かったら、"パパ"に戻してもいいんだよ。」

 

「んーん。だって血のつながりはないんだよね?…頑張って、こっちの呼び方にも慣れないと。」

 

 

 

彼女は沙綾。…いや、正式には山吹(やまぶき)沙綾の()()()()…というべきか。

生まれたての彼女に名前を与えたはいいものの、真っ白な彼女に"設定"を書き込むのは容易なことじゃなかったんだ。

 

 

 

**

 

 

 

「パ……じゃない、○○さん!依頼が入ったよ!」

 

「お。……それじゃあ依頼書を見せてくれ。」

 

「はい!…今回は二枚だから、シンプルな内容かな?」

 

「ふむ。依頼人は……ほほう。娘さんをご所望の…結構な大手企業で働くサラリーマンお父さん、だな。」

 

「さらりーまん?」

 

 

 

渡された依頼書にザッと目を通してみる。どうやら中々に財産を持つが子供に恵まれないお父さんからの依頼であるようで。…一度授かったが幼いうちに亡くしてしまった娘を、もう一度その手で抱きたいという。

大体は依頼したい人物像を書き込むことで、依頼書の方も枚数が増えていくものなんだけど…今回の枚数が少なかったのはその情報も少なかったからだ。「銀髪」「甘えん坊」「タレ目」と、初対面の人間のような印象しか書いていないあたり、かなり幼いうちにお別れしてしまったのだろう。

物心つく前だったのか、仕事が忙しくてあまり触れ合うことができなかったのか…何にせよ仕事は仕事。心を無にして取り掛かろう…っと、その前に。

 

 

 

「ええとね。働いて貰えるお給料…つまりはお金だね。これをサラリーというんだ。」

 

「うん。」

 

「サラリーを貰って働く人。つまりはサラリーマン。…覚えたかい?」

 

「………うんっ!それじゃあ○○さんもサラリーマンってこと?」

 

「うーむ…僕はお給料はもらっていないからね。自営業は、純粋にサラリーマンではないのだよ。」

 

「???」

 

 

 

沙綾に社会の知識を【書き込んで】おこうと思ったのだが中々に表現がうまくいかない。そもそも僕はコミュニティ能力に乏しく、他人と会話をすることを苦手としている。顧客との会話・受注でさえ沙綾に一任しているほどだ。

結局のところで首を捻っている沙綾に勤労の概念を伝えるのは難しいと判断し、仕事の準備に取り掛かることにした。

 

 

 

「また今度、ゆっくり【勉強】していこうか。」

 

「そうだね。…今は先に、この人に応えてあげないと。」

 

「うん。じゃあ、いつものお話を始めよう。」

 

 

 

結論から言えば、僕はちょっとした【魔法】が使える。沙綾をクローンした時に使ったのは【魔法】というより【奇跡】に近いものだったが、基本的に仕事の中で使うのは飽くまで【魔法】。

 

降霊術…に近いものだろうか。

この世の中には無念の内に命を落とした…いや、僕の定義では、()()()()()()()()()()()()()()()()魂が無数に飛び交っている。その魂に呼び掛け、萃め、一つに混ぜ合わせて再度殻を与えることが出来る。

…俗に塗れた言い方をするならば死者蘇生。蘇りだとか復活だとか……あぁいやわかっている。生命の、世の中の理に背く行為であると。実際に、禁忌に触れていると糾弾されることも少なくないが…特に()()()には酷く罵られたものだが、生憎と人の身を捨てた今の僕にはどうでもいいことだ。

求めている人がいる限り、その人の要求に応えるために只管魂を蒐めて煉り合せ続けるしかないんだ。

 

 

 

「甘えん坊……。」

 

「ん。…あぁ、確かに、それだけは外見じゃないね。」

 

「…小さい子だったのかな。」

 

「そうかもね。…小さいながらにも一生懸命に諸手を向ける幼い我が子…その姿に、"甘えている"んだと感じたんだろうな。父性ってやつだ。」

 

「……私は、おとうさんが居ないからよくわからないけど…きっとその子、おとうさんが大好きだったんだよね?」

 

「ふむ。………小さすぎるのであれば、本能か気まぐれか…。」

 

「…猫みたいだね。」

 

「猫、かぁ…。」

 

 

 

沙綾と依頼の人物を突き詰めていく。僕の力では特定の魂を指定することはできない、よってこうしてイメージを膨らませる。

外見こそ大人びた沙綾だが、精神的には生まれて一年も経っていない子供だ。その心は純粋で、閃きの突拍子もなさは目を見張るものすらある。

……要は彼女とこうして会話を重ねることで彼女には経験を、僕には魂のヒントを。…いい事尽くめなんだ。

 

 

 

「猫はいいよね。にゃんにゃーんって。」

 

「……沙綾ごめん、今のもう一回。」

 

 

 

カメラを向けてもう一度。…これはあれだ、成長記録ってやつだ。

 

 

 

「??にゃんにゃーんって。」

 

「もうちょっとこう……そうそうそう、それで小さい声で…少し上を見るような感じで…」

 

「にゃん??…にゃんっ!にゃーんっ!」

 

 

 

ようしよしよし、沙綾フォルダが順調に潤っていく。…じゃない。猫、猫かぁ。

確かに気まぐれで、本能から甘えるときはものすごく甘える。…まぁ、この場合、幼すぎるが故に感情表現の幅もなく本能の赴くままに意思を伝えようとしたのだと推測されるが…。

それに銀髪……氏名や居住地からして人外の血は混ざっていなさそうだが…とはいえ、()()異変以後人種というのも実に乱れた。わかりやすいので言えば髪色だ。

昔の【日本】では基本は黒髪、赤掛かったり茶色掛かったり…金や白なんてのもあったらしいが、異変以後は青や緑、ピンクに紅なんてのも地毛として現れるようになった。…だからこそ、銀髪というワードが引っかかったのだが…。

斯く言う僕も髪の色は銀。針金のようだと言われたこともあったっけ。…銀髪は即ち、人であることを捨てた種族が得られる特徴の一つなんだ。

 

 

 

「う、うん…可愛いぞ…じゃなかった、猫は確かにあるかもね。でかしたぞ沙綾。」

 

「へっへへー!後はね、いっぱい食べるのがいいな。」

 

「いっぱい…たべる?」

 

「うん。……だって、小さいうちにおとうさんとさよならしちゃったんだもんね?…だったら、今度は美味しいものいっぱい食べて、大きくなって…おとうさんとずっとずっと一緒にいられたらいいなって。…変かな。」

 

「…あぁ、いや……。」

 

 

 

沙綾の基本的なスペックに関してはクローン元の影響が強いのか、特に感性や思い遣りの部分で秀でたものが見られる。…堅苦しい言い方はやめよう。

凄く、優しい子なんだ。命を扱う仕事ということもあってか、悲しい想像をしてしまうことも少なくない…僕もできる限り心を無にして向き合うようにしているし。でも沙綾は、事実も可能性も全てひっくるめた上で思いを馳せ、あったかもしれない未来と失われてしまった過去に涙を流すことができる。

それを繰り返したことで、心が壊れることもなく…とても強い子だ。

 

 

 

「だからね、いっぱい食べるのが好きな子、いいと思うな。」

 

「……そっか。じゃあ折角なら、沙綾と一緒で美味しいパンが好きな子ってのもいいよねぇ。」

 

「あ!そうだね!!パンはねぇ、いろんな種類があってね、どれも全部美味しくて…あっ、焼きたてが美味しいんだよっ!」

 

「……。」

 

 

 

沙綾がパンを好んで食べるのも、僕が【書き込んだ】訳じゃない。気付けば最初に欲した食べ物もパンで、ずっと変わらず好きだと言い張る食物もまたパンだ。

…やはり本能が、遺伝子が覚えているんだろうか。沙綾の元の体は――

 

 

 

「じゃあ、○○さんはいつもの準備に入ってね!私はほら、【身体】を用意しなくちゃだからね。」

 

「お?おぉ…。じゃあそっちは任せるよ。」

 

「らじゃ!」

 

 

 

言うや否や、外から持ってきた得体の知れない()()を水と混ぜ捏ね始める。何をしているのかは分からないが沙綾はああしていつも【生地】を作る。

そうして僕が萃めた魂を流し込みたっぷり寝かせ、気付けば人の型を成しているというわけだ。…こう書いても意味がわからないだろうとは思う。だが僕も、そして沙綾もこの行為の詳しくを知らない。知らずとも使命感からか繰り返すこの行為はきっと【魔法】なんだ。

奇跡には遠く及ばないまでも、人智を超える何か。

 

 

 

「猫…それによく食べる……大食い…?……銀髪……パンが好き……」

 

 

 

意識を現世に重なるもうひとつの不安定な世界へと向ける。確かにそこにある意識と悲しみが僕の差し出す手に集まってくるのが感じられ、正直気持ち良いとは言えないゾワゾワとした感覚が手から腕、胸、腹へと染み渡る。

しっかりとイメージするのは末永く父親と一緒に幸せに過ごす少女の姿。

 

 

 

「…意識集約……魂格定着……規格統合……逸脱…反転…………沙綾ァ!!」

 

「うん!思いついてるよ。」

 

 

 

術は為った。

たった今この手で再度生成した【命】は、確かに目の前の【生地】に宿っている。

後は沙綾が、思いを込めた名を冠するだけ。それだけでこの仕事は、終わる。

 

 

 

「始まりの、青葉のように若々しく、瑞々しい内にその形を散らした子。…貴女に冠するのは…。」

 

「…………。」

 

「うん、これだ。…【梔子(クチナシ)】!!」

 

 

 

沙綾が"彼女"から連想した名前()を与えた直後、呼応するように光り輝く新たな【殻】。

光が収まった時、そこには僅かにくねる様に動くアメーバのようなものが残った。…今日もまたひとつ、生み出し終えたんだ。

 

 

 

**

 

 

 

「依頼人は、何て?」

 

 

 

依頼者――青葉(あおば)さんといったか。連絡を入れるとすぐに引取りに来た。注意事項や料金の支払い等は全て沙綾に任せてあるが…戻ってきた顔を見るに、また一つ想いに応えられたようだ。

やり遂げた笑みを見せる沙綾は綺麗に並んだ歯を見せて、

 

 

 

「青葉さん、子供には前と同じ「モカ」って名前付けるんだって!」

 

 

 

と、たった今聞いたであろう情報を教えてくれた。

…モカ、か。いい名だ。

 

 

 

「なぁ沙綾。」

 

「なあに?」

 

「これから、僕らは一体どれ程の命を創っていくんだろうね。」

 

「んー…いっぱい?」

 

君が山吹に辿り着く(終わりが来る)のは…いつなんだろうか。」

 

「…私、悪いことしちゃった?」

 

「……あぁいや、ごめんね。忘れてくれ。」

 

「…????」

 

 

 

僕は正直、疲れているんだ。

 

 

 




新シリーズは沙綾ちゃん。
ぷちシリーズの対極に来るような、黒くて難しいお話が書きたかったんです。
最初は謎が多いかもしれません。




<今回の設定>

○○:年齢不詳。外見は高校生か大学生くらい。銀髪が特徴的。
   人と話すのが苦手な上、過去に心に刺さる暴言を刺された記憶から他人を避ける。
   いつもパーカーとジーンズを身に纏い、フードは脱がない。

沙綾:高校2、3年生程の外見。
   だが精神的にはまだ幼く只管に学習を続ける段階。
   ヒトの素となる体を小麦粉から作ることが出来る。
   主人公をパパと呼ぶのは、目覚めて最初に見た主人公がテンパって父親だと
   自己紹介したことに起因する。
   現在は外を出歩くことや仕事のことも懸念して修正中。

梔子色:クチナシの実で染めた、少し赤みのある黄色。
    色合いの赤みの濃淡には幅がある。


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2020/03/10 #F4A466「紗夜」#ECE038「日菜」

 

 

 

「○○さーん。準備できたよー。」

 

「ん、了解だ。」

 

 

 

いつもの様にニコニコと生地を運んでくる沙綾と、目一杯の想像力を膨らませ【魔法】の準備に入る僕。

今日までも数え切れないほどの依頼を熟してきたが、恐らくそれはこれからも続く事だろう。

 

 

 

「今回はええと…」

 

「はい、依頼書。さっきも読んでなかった?」

 

「ああ…何だか最近、記憶力がね。疲れてるのかな。」

 

「もー…依頼は依頼で、どうせ期日までは余裕あるんだから、休んでからにしたらいいのに。」

 

「……でもほら、待っている人が居るわけだからさ。…その人の為にも、僕は出来ることを一つでも多くやって行かなければいけないからね。」

 

 

 

正直なところ、のんびり休息を取っていられるほど余裕はない。依頼は次々と入って来るし、先の異変に伴ったあの大規模な戦以来、失った命を【代用】する技術を持つ僕らの需要は異常な程に高まっている。

沙綾はよく、「替わりが効く程の愛情に意味があるのか」と僕よりもよっぽど難しい事を考えたりするらしいが…僕にとっては罪滅ぼしの一つでしかない。

 

大異変――それは、人が踏み込んではいけない領域にまで科学力を発展させてしまったが為に起きた、謂わば人間界に於ける大災害だ。

ある時、一人の優秀な女性科学者が無から生命を創造するという一見馬鹿げた空想を現実の事としてしまったことからこの異変は始まる。勿論当時の学会も世論も、彼女に対してバッシングの限りを浴びせた。人間史における禁忌に手を染めたのだから当然と言えば当然なのだが。

そして住処や地位を失った彼女は、ある小さな街へとその身を隠し、自らの創造した生命達と研究に没頭するささやかな幸せの日々を送って居たそうだが…その幸せは、悪用されるといった形で終わりを迎える。

大きくなり過ぎた彼女の研究所はほんの軽い気持ちの…何なら悪意にも届かない程度の悪ふざけ半分の好意により狙われた。

 

――「謎の施設襲ってみた」

今も尚情報通信媒体として広く利用されているインターネットだが、当時は「○○してみた」と銘打った動画を投稿し、如何に民衆の注目を引けるかを競う事が若者の間でブームとなっていたようで。

彼女の研究所は外面上都市で管理する環境保全施設として運営されていた為に、民間人にとっては素性の知れない謎の施設として認知されていたのだ。そこを自らの名声以外眼中にない若者集団に襲われたと言う訳だ。

彼女の阻止も虚しく内情もテクノロジーも全てが世界に晒上げられてしまった。待っていたのは彼女への糾弾等と言った生易しいものではなく、世界の根幹を揺るがす可能性さえ秘めたその技術に文字通り世界が牙を剥いたのだ。

個人の力ではどうしようもなく、迫りくる民間・官界を問わない攻撃と略奪に成す術なく全てを剥ぎ取られた彼女は命からがら、最低限の機材と数体の創造生命と共に行方を眩ませたらしい。

 

その結果引き起こされたのが件の大異変。正式な呼称が存在しない為こう呼ばれているが、まさに異変だったのだ。

人の手に余る力は常識を持たない人間の手によって無限の可能性を秘める兵器となり世界を歪ませた。つまりは、生命を創造できることにより非生命体の生産も容易かつ無限となり、存在の概念自体が覆った。

やがてそれは人の命とて例外ではなくなり…事態の収束は、テクノロジーの消失と世界の改変を以てして訪れた。純粋な生命の殆どを失い、人間という存在の定義を曖昧にした時点で意味を為さなくなったのだ。かつて我先にと奪い合った英知は互いの欲望を具現化し合う中で失われ、最後には滅ぼし合った目的さえも見失うといった、あまりにも大きすぎる代償を以て支払われたのである。

 

僕は元凶となった彼女の尻拭いをすべく、せめてもの償いとしてこの【仕事】を続けているのだ。

彼女からこの【魔法】を引き継いだ一つの生命体として。

 

 

 

「…○○、さん?」

 

「ん。大丈夫、大丈夫だよ沙綾。」

 

 

 

今回の依頼者は氷川(ひかわ)さんとか言ったか。実際に受け付けた沙綾曰く、とても真面目そうな青年だったそうだが。

改めて注文書に目を通す。

 

 

 

「…お姉さん、か。」

 

 

 

依頼は、先の戦で失った二人の姉…ということだった。

何とも細かい印象が十数枚に渡り書き込まれているあたり、相当の思い入れを感じさせる。余程大切な人を失ったのだろう。それも二人も。

彼の悲しみは、僕の想像などでは到底及ばぬほど計り知れないものだろう。思わず熱いものが込み上げてきそうになる。

…しかし、沙綾はこれを瞬時に把握できたのか。僕の準備がまだだというのに、それぞれ分けて準備された生地は魂の定着を今か今かと待ち侘びている様にさえ見える。

 

 

 

「沙綾。」

 

「んー。」

 

「君はどう考える。」

 

「そうだね…。」

 

 

 

一人目、関係上は上の姉、ということになるが。

恐らく依頼者の青年は感覚で世界を認識するタイプなのだろう。細かくはあるが抽象的な印象が羅列されていた。

 

 

 

「いつもキリっとしているが弟には甘い、クールな時とデレデレしている時の差が激しい、真面目を極めたような正しさの奴隷、才能には恵まれないが努力でカバーする、決めた物事一筋で必ずやり遂げる…」

 

「いっぱいかいてあるねぇ。」

 

「弟から見てこの印象だろう?…相当仲のいい姉弟だったのだろうな。」

 

「そうだね。…私はきょうだいとかよくわからないけど、妹とか弟が居たらこう見えるのかな。」

 

 

 

チクリと胸が痛む。

沙綾のオリジナル――山吹沙綾には、弟と妹が居たのだ。彼女を複製したときはまだ確かに生きていたが、その後の事は分からない。その頃の僕は記憶の完璧なコピーは出来なかったし、あまり大規模な【魔法】は使えなかったために、生み出した沙綾にその記憶も感覚も植え付けることができなかった。

少しでも彼女を一個体として成熟させるため、そして彼女自身の幸福の為にも、せめて弟妹だけでも【複製】ることができたなら…と、後悔に歯噛みする他ないのだ。

 

 

 

「ああ。きっとそうだね。」

 

「……でもね、きっとすっごく優しい人だったと思うよ。いつだって自分の大切な家族の事を考えていて、自分のことを犠牲にしてでも愛情を注ぐような…」

 

「…そこまで分かるかね。」

 

「うん。お姉ちゃんだもん。」

 

 

 

その「お姉ちゃん」が依頼の人物だけを指すのか、自分の遺伝子に刻まれた過去の記憶をも踏まえているのか分からないが。

僕は、沙綾の閃きと洞察力には疑問も不安も抱かない。この思考こそが、僕が彼女に【書き込んだ】技能。彼女の持ち前の思いやりと合わさって、彼女の持つ一個性にまで昇華させたものである。

彼女の自信満々な表情に釣られるように僕も満ち足りた気分になった。僕の思考で欠けているピースは、いつも彼女が埋めてくれる。

 

 

 

「そうか。流石は我が娘だ。」

 

「えっへへ。大体固まった??」

 

「うん。もう一人の方も考えてみよっか。」

 

「ええと、妹の方のお姉ちゃんだったね。」

 

 

 

そう言えば双子の姉だったか。双子の依頼は初めてかもしれない。

外見や内面を同じように定着させるのは中々に難しいが…こちらも目を通しておこう。

 

 

 

「なになに…能天気、天才型、センスの塊、体力と気力が桁外れ、好奇心と閃きが振り切れている、面倒を見るより掛ける方、子供っぽい、無邪気、突拍子も無いことを言い出す、甘えん坊…ふむ??」

 

「これも、お姉ちゃんなんだよね?」

 

「そう…らしいねぇ。」

 

「お姉ちゃん…お姉ちゃんかぁ。」

 

 

 

新手のペットか何かかと思った。印象が身内の…それも実姉に向けるそれとは違う気がするというか、ずれているというか。

沙綾も首を傾げているし、ここに似合う魂を集めるのは中々に骨が折れそうだ。

 

 

 

「どっちかというと妹みたいだよね。」

 

「…ああ、確かに妹ではあるんだけども…」

 

「お姉ちゃんにも、弟にも甘えてたって事かな?」

 

「甘えっこなお姉ちゃんか……どうなんだろう、弟妹に甘えたくなることもあるんだろうかね。」

 

「……うーん……ちょっと違うかもしれないけどさ?」

 

「ん?」

 

「…私も、たまに○○さんにいい子いい子するでしょ?」

 

 

 

…ああ、偶に繰り出してくるあのお姉さんタイムの事を言っているのだろうか。最近特に、休みを取らずに仕事を続けたりしていると無性に心細くなることがある。自分のしている行為に果たして意味があるのか、沙綾をも巻き込み酷使することは間違いなのではないだろうか、そもそも娘をこのような【命の現場】で働かせるのはどうなのだろうか、いつか報われる日が来るのだろうか…悩みは絶えず、元よりじわじわと攻められるような日々だったが、身体の疲労も合わさると抑えが効かなくなるらしく。

元より純粋な人間ではないこの体ではどうしようも無く孤独に打ち震える時があるのだ。最近はそのタイミングを見計らったように沙綾が現れ、ただ静かに寄り添ってくれる。同じ出来事を共有し、僕の悩みさえも聞いた上で受け入れてくれる彼女にもう何度も救われているのだ。

気恥ずかしさもあり、「お姉さんタイム」等と茶化してしまうのだが。

 

 

 

「…あ、ああ、凄く助かっているよ。」

 

「ふふ、○○さんには私が付いてるからねー。…で、このお姉ちゃんもさ、そういう気持ちになることがあるんじゃないのかな。」

 

「……弟に、助けて欲しいって?」

 

「うーん、それよりは、落ち着くまで傍に居て欲しい、とか、無性に寂しくなるとか、そういうさ。」

 

 

 

成程。相も変わらず、我が娘の成長は著しい。このどこまでも人を思い遣り、立場を置き換えてさえ思考できる力は何処から来るのだろうか。

彼女の…オリジナルの山吹沙綾が持つ、魅力だったのだろうか。

 

 

 

「たしかに。そういう気持ちならわからんでもないね。」

 

「でしょ!……それじゃあ、○○さんに似てるところがある…ってことでぇ」

 

「う、うむ?君が言うならそれでいいが…」

 

 

 

僕はそういう父親に見えているんだね。

斯くして長考を乗り越えた僕達は、いよいよ最終段階…魂の定着に入る。生地はすっかり出来上がっている以上ここからは僕の仕事で、目一杯頭を使ってくれた沙綾には休んでもらおうと思ったのだが…

部屋を片付け、意識の集中に入ろうとしても尚僕の隣を動こうとしない沙綾。

 

 

 

「どうしたの?あとは僕の担当なんだから、ゆっくり休憩でもして」

 

「○○さん疲れてるから。」

 

「??」

 

「…手、繋いでてもいい?集中できなくなっちゃう?」

 

「……それは別に構わないが…」

 

「さっきも、またすっごい哀しそうな顔してたもん。…また昔の事、思い出していたんでしょ?」

 

 

 

全く他人の事が良く分かる子だ。顔を見ただけで考えていたことまで分かるのか。

工程を踏む前に、彼女の厚意に甘え手を繋ぐ。左手がほんわりと温まり安らぐ感覚に包まれ、不思議と神経も研ぎ澄まされるような気がした。

 

 

 

「…ありがとう、沙綾。」

 

「ん。」

 

 

 

今日もまた、命を造る。

 

 

 

**

 

 

 

意識を彼の境界の向こう側へ。次第に萃まるは哀しみの意識。

イメージするのは二人の強い姉の姿。

 

 

 

「…意識集約……魂格定着……規格統合……逸脱…反転…………沙綾ッ!」

 

「…うん!」

 

 

 

術は、為った。

沙綾の冠する名は―――

 

 

 

「戦に巻かれ、想いは夢想に。深い慈愛の置くところは…これだ!」

 

 

 

二つの生地にそれぞれ掌を翳す。

ゆっくりと、思い込めてその名前を。

 

 

 

「お姉ちゃんのお姉ちゃんは【(あんず)】!妹のお姉ちゃんは【金糸雀(カナリア)】!」

 

 

 

沙綾の連想した名前()は確かに生地へ染み入った。呼応する様に輝く様は、いつ見ても心躍るものだ。

それぞれ躍動を始める【第二次生命】の源を眺め、熱い息を吐いた。

 

 

 

**

 

 

 

依頼者の青年に引き渡した時、少し不思議なことが起きた。

出来上がった双子の女性は珍しくも黒髪で、酷く"無"を体現したようなぼーっとした個体だったのだが、彼と対面しそれぞれの名前を呼ばれた瞬間、スイッチが入るようにとでも表現すべきか、瞬時に変化が起こり始めたのだ。

髪色は鮮やかな薄浅葱色に染まり、人格が【宿った】かのように言葉を発し、彼を抱き締めたのだ。(なぎ)と呼ばれた彼は涙を流しながらも感謝の言葉を告げて帰って行った。

 

 

 

「これは……一体…」

 

「いつも、なんだよ?」

 

「そうなのか。」

 

「ん、○○さん初めてだもんね。引き渡しに立ち会うの。」

 

 

 

沙綾はこの光景すら何度も見て来たというのか。

この、まるで奇跡でも起こったらしい素敵な景色を。

 

 

 

「だから、○○さんのやってることは間違いなんかじゃない。…みんな、きっと救われてるよ。」

 

 

 

そして今日もまた、僕は娘に救われる。

 

 

 




そうです、あの世界と繋がってるんです




<今回の設定更新>

○○:異変のきっかけとなった科学者の彼女とは関係がありそう。
   疲労困憊。

沙綾:癒し。頑張り屋さん。
   彼女も結局人間じゃない。


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【シャッフル】そうだ。アイドル、なろう
2020/02/15 ロマン、夢見て


新シリーズ、お題箱から頂きました。
『パスパレかRoselia、アフグロのVoとKeyの中身シャッフルとか見てみたいです』
ありがとうございました。


 

 

 

「…いや、そんな急にスカウトっつっても。」

 

「えー?何とかなるでしょ?アイドルって女の子の憧れ的なとこあるしさー。」

 

 

 

滅茶苦茶な経営陣、盛り上がりそうにない企画の嵐、おまけにプロデューサー丸投げのアイドルユニット結成…。もう嫌だこの会社、辞めたい。

 

 

 

**

 

 

 

「兎に角、何とか三人集まっただけでも奇跡な訳ですから、残り三人だっていつ見つかるかなんて…」

 

「細かい事はいーじゃんよー。ほら、集まっちゃった二人だって、いつ活動できるのか未定って言い続けるのも可哀そうでしょ?」

 

「くっ……。」

 

 

 

RomaN(ロマン)プロダクション――今俺がプロデューサーとして働いている小さな芸能事務所。業界的にも社会的にもまだまだ無名のこの事務所で、地を這うような収益を何とかすべく、適当な社長が適当なプロジェクトを立ち上げた。

…そのプロジェクトこそ、今俺に課せられている無茶な使命を乗り越えた先に実現するらしいもので、要点は「ノウハウも何もない事務所がイチからアイドルを作り出す」という、まともな人間が一人でも居たら確実にストップがかかりそうなコンセプトなのだ。

そもそも俺自身、社長と遠い親戚という事で無理矢理プロデューサーの席に座らされたのであって、この会社自体あとは事務のお姉さんが一人いるだけ…そんな極小な、あっても無くても全く世の中に影響しないゴミみたいな会社なのである。つまり何を言いたいのかというと――

 

 

 

「おいおい○○。モノローグでだいぶ失礼な事言っちゃってんじゃないのー。ノウハウはあるって言ってんじゃんかよぉ。」

 

「アンタのはほぼ無いに等しいんだよ馬鹿が!」

 

「無いってこたぁ無いだろぉ!?アイ○スシリーズは筐体の頃からやり込んでんだっ!」

 

「ゲームじゃねぇか!!」

 

「最近はリズムに合わせて○△□✕を押すだけで立派なアイドルが…」

 

「だからゲームじゃねえかっ!!」

 

 

 

――纏めるならば、前途多難。その一言に尽きるのだ。

 

………。

さて、少し現実に目を向けるとしよう。

こんなバカげた企画にも夢や憧れを持って応募してくる純粋な子は居たもので…現状二人のメンバーが集まっている。二人という人数に対して"集まる"と言って良いかは分からないが、少なくとも内一人はオーディションを勝ち抜いてきた実力派だ。

所謂天才型ってやつで、社長も全力でプッシュ。俺も何度か接しているが人当たりも良く容姿も淡麗、頭の回転も感情の切り替えも早い上に無駄に元気…と、これと言った欠点が無い少女だった。

もう一人は厳密には審査を潜り抜けた訳では無いが、今まで女優として生きてきた少女を新たな道で売り込んでいきたいと、他事務所からオファーがあった子。オファーとは言え事実上の業務提携であり、コラボレーションというよりかは事務所の垣根を超えたユニットを組む…といった流れになるだろう。

 

俺に課せられたのはこの二人を含む計五人のアイドルグループを結成。マネージメントから営業まで全てを熟した後に、我がRomaNプロダクションの看板になる一大ムーブメントを創り上げろというミッション。

正直、連日の胃痛から死にそうです。

 

 

 

「あ、あのぉ…」

 

「ん。麻弥ちゃん、居たの?」

 

「ひ、酷いっすねぇ!今日は朝からずっとデスクに居たっすよぉ!」

 

 

 

眼鏡がチャームポイントな我が社の紅一点。…影が薄く中々存在に気付けない彼女、大和(やまと)麻弥(まや)ちゃんが、熱く火花を散らす俺と社長の背におずおずと声を掛ける。

 

 

 

「気付かなかった……んで、何かあった?」

 

「そのー、社長にお訊きしたいんですがー。」

 

「なんだぁ!?俺の推しは○早ちゃ」

 

「スカウトはいいんすけど、宛てはあるっすか??」

 

「んぅぐ…っ……………。」

 

 

 

ナイスな一言。急所をピンポイントで突く刺突のような、おっとりした口調が違和感にすら感じる一撃だ。やや変態チックな社長も思わずその力説を止め考え込む。

 

 

 

「………どうなんです社長?」

 

「もし宛ても心当たりもないまま○○さんにスカウトさせるって言うなら、ジブンも付いて行こうかと思いまして。」

 

「ふむ………んっ!?」

 

「んぇ?」

 

 

 

予想外の切り口に思わず間抜けな声が出てしまった。だがよくよく考えてみたら俺は麻弥ちゃんのことをあまり深く知らない。もしかしたらアイドルや芸能界について深い知識を持っているのかもしれないし、何なら地下系なんかにも詳しそうだ。

前に話した感じでは機械いじりが好き~なんて言っていた記憶しかないが、もしかしたら…!

 

 

 

「○○さん、アイドルっていうとどういう活動するイメージっすか?」

 

「あー、えーと……歌ったり踊ったり…?最近じゃCMやらドラマなんかでも見るけど…」

 

「そっすねぇ。恐らく基本的な、活動の根底にある部分は○○さんも言った通りの「歌」や「踊り」といった…音楽に纏わる部分だと思うっす。」

 

「ほう?」

 

「だって、可愛い女の子がただぼーっと突っ立ってても興味持てないじゃ無いっすか?」

 

 

 

いや、それはそれでシュールな絵面だと思うぞ。俺は多分見ちゃう。

 

 

 

「…んぅ、上手く伝えるのは難しいっすね。要するに、音楽に携わっている可愛い女の子の引き抜き交渉をした方が手っ取り早いんじゃないかって事っす。」

 

「……………ふむ。」

 

 

 

一理ある。喋りやファンの対応なんてのは後で付いてくるものだと思うし、演技やら営業ってのも直接は身につける必要のないものだ。となればまず最初に知名度を上げる為にどうしていくか…そう、舞台に立つことである。

舞台に立つならば発表する題材が必要で…成程成程、麻弥ちゃんの言葉は進行方向を確立するに十分だった。

 

 

 

「さすが麻弥ちゃん!地味で存在感無くてクソくだらねぇ独り言ばかり言ってるけどたまには良い事言う!!」

 

「…悪口っすね?悪口っすよね?」

 

「それは置いといて、音楽をやっている女の子に心当たりでもあるって事かい?」

 

「置いとくんすね…まぁいいっす。心当たりって言うか、ジブン行きつけのライブハウスがあるんっすよ。」

 

「らいぶはうす……??」

 

 

 

はて、人生でまだ一度も接近した事の無い単語だ。音楽を聴くことに関しては特に拘りも興味もなく、そこらで流れている流行りの歌が耳に入る程度。そんな音楽用の施設なぞ行く筈がない。

 

 

 

「今はガールズバンドが熱いっすからねぇ。きっとバンドマンな美少女も居るっすよ?」

 

「なるほどそこで引き抜きを…」

 

 

 

しかし、引き抜きという行為自体禁忌の筈だ。勿論運営陣にとってもそうだが、バンドを組んでいるとなればメンバーにも迷惑が掛かる。絆のような関係性だって崩れる危険性があるだろう。

若い世代の仲を引き裂くような真似はしたくないものだが…

 

 

 

「その辺は大丈夫っす。」

 

「と言うと?」

 

「まず、ライブハウスでステージに立つ子達はみんながみんなプロって訳じゃ無いっすからね。素人の子達なら言わば無所属、学生とかに絞れば後ろ盾が無いのが当たり前っす。」

 

「…そういうもんなのか。」

 

「っす。」

 

 

 

ふむふむ、つまりは引き抜き交渉自体が発生しないと。そうなれば確かにスカウト行為になる訳だな。

…実を言うと俺も一切経験がない仕事の為、業務上のレッドゾーンの線引きが曖昧なのだ。勉強になるのは有り難いが、麻弥ちゃんって何者なんだ…?

 

 

 

「…あとは、メンバーとの関係性についての危惧っすけど…まぁこれも問題ないっす。」

 

「今の子がドライすぎるってことか?」

 

「あ?話は最後まで聞くもんっすよ。」

 

「あはい。」

 

「つまりは、ウチってクソみたいに弱小…というか無名の事務所な訳っすよね?ブランドも無いし。」

 

「うん。」

 

 

「麻弥ぁ、辛辣ぅ!」

 

 

「社長は黙ってて欲しいっす。…つまり、そんなに多忙になるって事でもない訳っすよ。」

 

「まー、駆け出しってのはそんなもんだよなぁ。」

 

「だからまぁ、いきなりヘッドハンティングするわけじゃないっすから、今やっているバンドはそのままに活動できると思いますよ。」

 

「ほほう。それなら仲間も安心だなぁ。」

 

 

 

麻弥ちゃんの計画はもしかしたら完璧なのかもしれない。話を聴く中で僅かながら可能性が見えた気がした俺は、麻弥ちゃんの手を取って外回りの準備を始めた。

社長に定時までには帰社することを伝え、社用車の鍵を借りて外へ。閉じ行くドアの向こうから社長の声を聴きながら今日のプランを立てるのであった。

 

 

 

「なんだぁ!?ひとりぽっちじゃやる気でねぇやぁ!」

「いっちょデリ○ルでも呼んでパァっとやるかねぇ!!」

 

 

 

………やっぱ今日は直帰にしよう。

社長…いや、河底(かわぞこ)大吾(だいご)。建前とは言え事実上の上司であり、掴み処の無いドブのような屑男である。

 

 

 

**

 

 

 

日に日に暖かみを増す中途半端な季節の中を事務員のお姉さんと並んで歩く。時期的にもマスクを着けた人と多く擦れ違い、もう少し経てばマスクをつける理由が更に増えるんだろう等とどうでもいい事を考えていた。

 

 

 

「ところでこれから行くライブハウスなんすけど。」

 

「んー?……CiRCLE(サークル)だったっけ?」

 

「ええ。ここから行くと市電に乗らなきゃいけないんすよ。」

 

「ふむ。」

 

「……で、その停留所の近くに商店街がありまして…」

 

 

 

…?何の話だ?

 

 

 

「今ってその、お昼時を過ぎた辺りじゃ無いっすか?」

 

「そうだね。十三時…ちょい過ぎか。」

 

「その商店街、ブラウニーの美味しい喫茶店があるらしいんすよ。あ、別に食べたいとかじゃないんすけど、一服するのもありかなっていうそういう」

 

「はぁぁ……そこで昼めし食ってから行こか。ライブってのは時間大丈夫なの?」

 

「うっはー!マジっすか!?まじまじっすかぁ!!」

 

 

 

分かり易いんだか分かり難いんだか分からないなこの子。どうやら寄り道癖のあるらしい麻弥ちゃんを引き連れ、新たに経由地として決定した喫茶店へ向かう事に。絶賛歩きスマホでウンウン唸っていた麻弥ちゃん曰く今日のライブは十七時頃開始との事なので、安心して一息つけそうだ。

久々に缶やインスタントじゃない珈琲が飲めると思えば悪くない寄り道、か。特にカフェイン中毒の気は無いが、美味しい珈琲が体に染み入って行くあの感覚は好きなのだ。

妙にハイテンションになった麻弥ちゃん先導の下、大して迷う恐れも無い大きな道をのんびり歩けばそれらしき風景が見えてくる。市電の停留所と、その奥に見える個人経営店が立ち並ぶエリア。

 

 

 

「中々風情なモンだ。」

 

 

 

少し懐かしささえ漂う商店街の雰囲気に思わずそう零せば、隣からはきゅぅぅぅ…と間の抜けた音が。横目で見れば妙な姿勢のまま顔を真っ赤にして固まっている麻弥ちゃんが、同じように横目でこちらを見上げているところだった。

 

 

 

「…趣もへったくれも無いな…。」

 

「ち、ちちちちっ、ちがうんすよ、これはその……え、何か聞こえたっすか?」

 

 

 

麻弥ちゃん、それは無理があるぞよ。

余程この昼食が待ち遠しかったと見えて吹き出しそうになるのを堪え…無言で手を取って一番手近な喫茶店に入る。店の名前など確認しちゃいないが、近くに似たような建物は無かったし恐らくここだろう。

少し低めの室温で暖房が効いた店内には年配の客が二人、それぞれ別々のテーブルで思い思いの時を過ごしているようだ。奥のカウンターでは渋めのマスターが「お好きな席へ」と短く言った。

 

 

 

「麻弥ちゃん、カウンターでいいかい?」

 

「構わないっす!」

 

「それじゃあ……………ふぃー。」

 

 

 

誰も座っていないカウンターへ二人並んで座る。上着を脱いで、改めて店内を見回してみる。落ち着いた雰囲気で中々に良い…無駄な装飾が無いのもグッドだ。

麻弥ちゃんに渡したメニューが程なくして返って来る。随分と即決したと見えて、俺も急――ぐ必要は特になく、どうせコーヒーを一杯注文するだけだ。注文をと思い顔を上げるが、先程迄そこでミルに豆を入れていた筈のマスターの姿がない。

暫しキョロキョロと店内を見回し、他の店員を探すと―――

 

 

 

「あっ、ご注文お決まりでしょうかっ?」

 

 

 

―――ウェイトレス姿の天使と目が合ってしまった。

同時に胸の奥で俺の直感が叫んでいる。「この子だ、この子こそアイドルに相応しい。」

一見地味そうに見えるそのルックスだが、裏を返せば目立った負の要素も無いと言う事だ。しっかりと完成された骨格に端正に整った完璧なパーツの配置に長すぎない明るめの茶髪も良い。ちらりと見えた真っ白な歯は綺麗に並び、彼女が一度笑えば辺りが一瞬にして春の歓びに包まれるが如し。

ジャケットの胸ポケットから名刺を取り出すまで、一瞬たりともブレーキがかかることは無かった。

 

 

 

「ふぇっ!?」

 

「失礼、私RomaNプロダクション…通称ロマプロでプロデューサーをやっています。」

 

「め、名刺…?ご、ご丁寧に、ありがとうございます。」

 

「今日は新しく結成予定のアイドルユニットのメンバーを探していまして……単刀直入に言います。我が社でアイドルやりませんか?」

 

「アイ……えぇっ!?」

 

 

 

目をまん丸に…というのは彼女のような表情を言うのだろう。名刺と俺とを交互に見比べて、まるで金魚か何かの様に口を開閉。驚くのも無理はないか…何せいきなりこんな話が…

 

 

 

「でも…こんな地味な私に、どうして…」

 

「地味…ですかね?」

 

「えっ………派手、ですか?」

 

「あぁいや、そういうわけではなく…。」

 

 

 

反対の意味と言う訳じゃないが。その天然っぽい対応も実に良い。

 

 

 

「何というか私の…いや俺のプロデューサーとしての感性にクるものがあったんだ。」

 

「碌にスカウトなんかしたことない癖に…大した感性っすね。」

 

「うるせえやい。」

 

「…あ、え、これ、ドッキリとかじゃ……ないんですか??」

 

「勿論真剣な話だとも。もし必要なら親御さんにも…」

 

「は、はいっ!今、よんできますっ!」

 

 

 

実に初々しく可愛らしい子だった。ものの数分で現れたご両親の感触も悪くなく、話はトントン拍子に進んだ。

事務所が近場である事、まだまだ小さな事務所の為多忙になる事は無く学生生活や私生活に支障は来さない事、どうやら幼馴染達と組んでいるらしいバンドの活動にも影響を及ぼさない事、その他諸々を詰め、後日同意書を提出してもらう運びとなった。

恐ろしい程ラッキーな滑り出しだったが、俺は今まで生きてきた中であれ程純朴な美少女というものを見たことは無いかもしれない。あまりの嬉しさに、このお店、「羽沢珈琲店(はざわこーひーてん)」をPRすることも約束にいれてしまったほどだ。

…勿論態々PRするつもりは更々無いが、彼女に人気が出たならば自ずと結果は付いて来るであろう。

 

その後は浮かれ切っているマスターの好意に甘え、いくつかのオススメのメニューを楽しませてもらい、店を後にした。

そして市電から降り少し歩いた先での目的地、ライブハウス「CiRCLE」の中でスタッフさんに今日の出演バンドを教えてもらう今に至る。

 

 

 

「…成程、初めてさんなんですね!」

 

「えぇ。○○と言います。…そしてこっちはウチの事務員の」

 

「あれ!?麻弥ちゃん!?」

 

「フヘヘ、お久しぶりっす。」

 

「………。」

 

 

 

どうやら連れてきた紅一点とこちらのスタッフさんは知り合いらしい。何でも、ここの機材のメンテナンスや簡単な修理を麻弥ちゃんが格安で請け負っているとか。…いや本当何者なんだ麻弥ちゃん。

諸々の事情は麻弥ちゃんから話してもらった上で、スタッフさん――まりなさんというらしい――に期待できそうなバンド、今勢いがあるバンド、ビジュアル面で人気が高いバンド、と様々な観点での推薦をしてもらった。

貰ったパンフレットにもメモはびっしりさせてもらったし、ライブ中手元を確認できるようにとサイリウムも買った。…麻弥ちゃんに至っては、ただ楽しむ気満々な気はするけど。

 

 

 

「それじゃあ、後十分くらいで始まりますので、入場しちゃってください!」

 

「何だか色々とすみません…お忙しいのに。」

 

「いえいえ、ウチの常連の子達からアイドルが出るかもしれないなんて…協力するのも当然ってもんですよ~!」

 

「体のいい売名行為っすねぇ。」

 

「ま、麻弥ちゃんっ!」

 

 

 

そうして未知の部屋へ、少し緊張しながらも踏み入れてみれば……おぉ、これは凄い!!

薄暗いホールの中、まさに鮨詰めの状態で人が入っている。表情までは見えないが、学生から大人まで、男女問わずにかなりの人数が開演を今か今かと待ち詫びているようだ。

ざわつきからも十分すぎる熱気が漂っているのだ、これはかなり期待でき

 

 

ギュウィイイイイイイイイイイイ――――ン…

 

 

文字に起こせばこんな音だろうか。鋭いギターの音が轟き、観衆から歓声が上がる。…ついに始まるのか…!!

 

 

 

**

 

 

 

二バンド程終わった頃だろうか。想像していた以上に熱く、心を揺さぶられるような感覚に、不覚にも釘付けになっていたのだが。

ちょいちょいと袖を引っ張られる感覚に右側を見れば、サイリウムの仄かな明かりでパンフレットを指し示す麻弥ちゃんの姿があった。…見ろと言う事らしい。

 

 

 

「次のバンド?」

 

「そっす。…Poppin'Party(ポッピンパーティ)。女子高校生の友達同士で結成したバンドですが、かなり熱いんす。可愛らしい印象の子も多い、伸び率も中々なバンドっすよ。」

 

「ほほう。…特に見どころの子とかはいる?」

 

「うむむ……みんなそれぞれ方向性が違いますからねぇ。…しいて言うならドラムの…あっ、始まるっす!」

 

「おぉ!?」

 

 

 

何やら摩訶不思議な掛け声の後に暗転、明転したときには五人の少女が板付いていた。

真ん中、スタンドマイクを前に真っ赤なギターを抱える少女が一人ずつメンバー紹介をして行き、それに呼応する様に沸き立つ会場。先程の二組より声援が大きいように感じる。

 

 

 

「Poppin'Party、と……おや、あの子はなかなか…」

 

「どの子っすか?」

 

「あのキーボードの…」

 

「………あぁ。」

 

 

 

何とも苦い顔をする麻弥ちゃん。何かまずい事を言っただろうかと振り返ってみるも、特におかしな点は無いように感じるが…

 

 

 

「男ってみんなデカいのが好きなんすかね。」

 

「でか…?………ああいや!そういうことじゃない!確かにスタイルは重要かもしれんが、顔も整ってるしそういう」

 

「ほら、曲始まるんで静かにしてください。」

 

「くそぅ……。」

 

 

 

確かにあの子、衣装が少々露出過度なことも相まってか、とても豊かに見えた気がする。そういう需要も考えはしたが、出来ればそういった飛び道具には最初から頼りたくない。

邪念を追い出し、音楽を聴くことに専念する。

…こうして、事前情報を基に麻弥ちゃんと会話、実際の第一印象をメモして引っ掛かることがあれば個人名を控え、一組終わる毎に麻弥ちゃんと意見交換…。決して普通のライブの楽しみ方では無かったが、純粋に心が躍った。そんな作業をどれ程繰り返したか…気付けば最後のバンド。

 

 

 

「何だ、もう最後か。」

 

「○○さん割とノリノリっすね。」

 

「うん、俺こういうの好きみたい。」

 

「……なら、次はかなり痺れると思うっすよ。」

 

「痺れる??」

 

「恐らく今最もアツいバンド……Roselia(ロゼリア)の出番っすから。」

 

「ロゼ…」

 

 

 

手元のパンフレットに視線を落とす暇もなく落ちる証明。ステージ全体がぼうと青く照らされる中、静かに響くピアノの音色…。ピアノ、なるほどキーボード主体なのか…?

そこに静かながらも力強く重ねられるボーカル。……ふむ、筋の通ったいい声だ。恐らくイントロに当たる導入の部分なんだろうが、ここからどんな世界が…

 

 

 

『潰えぬ夢へ…燃え上がれッ!!』

 

「ッ!?」

 

 

 

それは歌詞として存在して居る文言なのか、はたまたボーカリストの温まり切った魂から生み出された言葉なのか。マイクが無くても届きそうなそのワードに心臓を握り潰されたような衝撃が走った。ハイハットが小気味よく弾けた音を先導として待機していたメンバーが一斉にその音を轟かせる。

その凄まじいまでのテクニックと音圧の応酬の中、俺は改めて照らし出された一人の少女に釘付けだったが。

 

 

 

「…………見つけた。」

 

「うぉぉぉおおおお!!!熱いっすぅううう!!!」

 

「見つけたぞ…早速行動だ…!!!」

 

 

 

**

 

 

 

街はすっかり夜の帳に包まれている。興奮冷めやらぬ面持ちの麻弥ちゃんと、別の意味で興奮が収まらない俺。まりなさんに許可を貰って、全てのバンドがCiRCLEを後にするのを待っていた。

理由は勿論、先のライブ中に見つけた逸材をスカウトする為だ。何でもまりなさん曰く、Roseliaは余程のことが無い限り一番最後まで反省会で残るらしく、話をするにしても兎に角待つしかないとの事だった。

麻弥ちゃんとまりなさんのハイテンションなトークをぼんやり眺めながら、あのライブ中に見た少女の事を思い出していた。

熱く激しい曲の中で一人氷のような冷たさも併せ持ったあの銀髪の少女。見たところ楽器は担当して居ないようだったが、力強い歌声と圧巻のステージパフォーマンスが今も頭から離れない。…それにあの綺麗な長い銀髪と明け方の入江の様に澄んだルックス…見過ごすにはあまりに惜しい人材だ…!

例えこの頭を床に擦り付けてでも…!!

 

 

 

「失礼するわ。…まりなさん、控室はいつも通り片づけたわ。それと」

 

 

 

何と。件の少女が従業員用の扉から入ってきたではないか。衣装を脱ぎ捨て、何とも力の抜けるような猫のデフォルメキャラが書き殴られているTシャツを着てはいるが、それはそれでまたギャップが堪らない。麻弥ちゃんも今にも飛び掛かりそうな目で見つめているし、この子は何処まで俺達を魅了したら気が済むんだ…!?

まりなさんからのアイコンタクトを受け取るよりも早く、シャツの襟を正し名刺を準備して彼女の前へ。正面でこうしてみると想像以上に小さな体を持っていることが分かったが…勢いそのままに攻勢に出る。

 

 

 

「…?ええと、どちらさ」

 

「失礼、先程の演奏見させてもらったよ!あっ、俺はこういう……者なんだけど、実は今アイドルをスカウトして回ってて…」

 

「えぅ、あぅ……あ、あいど…」

 

 

 

半ば押し付けるようにして名刺を渡す。興奮のあまり敬語がどこかへ飛んで行ってしまったようだけれど、今を逃せばもう出逢う事の無い逸材を目の前にして、俺のベシャリスキルは最高のポテンシャルで発揮されていた。

 

 

 

「そう、アイドル!君なら歌も情熱的だし勿論技術的にも問題ない。そして何よりこの守ってあげたくなるような可愛さは何だい!?ステージの上とはまるで別人じゃないか!おっとごめんごめん捲し立て過ぎちゃったかな?ははははっ!震えちゃってる姿も可愛……震え?」

 

 

 

気付けば目の前の小さな彼女はその小さい体をぷるぷる震わせながら両目に一杯の涙を溜めていた。…あぁ、成程熱すぎるのも問題だと頭の何処かで冷静な俺が分析できたのも僅かの間。

直後名刺を握りしめて泣きながら引っ込んでしまった彼女の背中を呆然と見送る事しかできなかった。

 

 

 

「あぁ~~~ん!!!リサぁ~~!!」

 

「うわぁ!?友希那(ゆきな)ぁ!?」

 

(みなと)さ…っ、ボロ泣きじゃないですか…!!」

 

 

「…あーあー…何やってんすか○○さん…。」

 

「いや、まさか泣くとは…」

 

「レアな光景だったっすね。」

 

「友希那ちゃん、案外泣き虫だからねぇ…最近はあんまり泣いたとこ見てなかったけど…。」

 

 

 

あの子はどうやら泣き虫らしい。ギャップ要素がまた増えたな。

 

 

 

「ちょ…一体誰が湊さんをこんな…っ!」

 

「さ、紗夜(さよ)…落ち着いて!ギターは武器じゃないからさ!」

 

「……あれ?友希那さん……何を持って………」

 

「うぁぁあああ!!!な"ん"がもらっだぁあああ!!」

 

 

「大泣きじゃん…」

 

「やっちゃいましたね。」

 

「やっちゃったのかぁ…。」

 

 

 

どうしようどうしようどうしよう。泣きたいのはこっちの方だ。

せっかく逸材を見つけたというのに、交渉の前段階で警戒心を最高まで高めてどうする。これを逃せば、新生アイドルユニット誕生の夢もまた遠ざかって…!

必死に涙を堪えていると、先程彼女が逃げ帰って行った通用口からひょこっと女性が顔を覗かせた。少し大人っぽい…というより艶めかしい印象の彼女は…あぁ!確か真っ赤なベースを弾いてた…

 

 

 

「…こんちはー。○○さんって…そこの男の人?」

 

「う、うんそうだよ!リサちゃん!」

 

「んー…ねえねえまりなさん、ここ閉めるの、もうちょっと後になっても大丈夫??」

 

「ぜ、全然いいよぉ!」

 

「やったっ。…じゃあそこの○○さん?こっち来てもらっていい?お話があんだけど。」

 

「えっ、お、俺…?」

 

「○○さん、南無っす。」

 

 

 

麻弥ちゃんに物理的に強く押され、手招きをしている「リサ」さんとやらの元へ。まりなさんはそそくさと何処かへ逃げて行ってしまった。

部屋の境界線を越えると同時に勢い良く閉められるドア、そして壁を背に胸倉を掴み上げられる。無論、リサさんにだ。

 

 

 

「ちょ、ちょちょちょ…苦しっ」

 

「アンタさぁ……ウチの友希那泣かしておいて、何ヘラヘラしてるわけー?」

 

 

 

ヘラヘラとは。恐らく恐怖のあまり引き攣っているであろうこの顔を見てその形容ができる感性については小一時間問い詰めたい気分ではあるが、まずはこの誤解を解かなければ。

 

 

 

「ご、誤解なんだ、まさか自己紹介しただけで泣くとは思わなくて…」

 

「あぁ!?そりゃいきなり知らないオニーサンに近付かれて迫られて話しかけられたら怖いでしょーがぁ!そんなこともわかんないのかなァ!?ウチの友希那は繊細なんだぞ壊れちまったらどうすんだゴラァ!?」

 

 

 

怒りはまるで加速度の様に。最初こそ怒ってもあまり怖くないパターンを想像していたのだが、言葉を紡ぐ毎にその勢いは増し終いには猛火の如く怒ってらっしゃった。

まるで自分という感情の炎に自ら薪をくべている様な、異様な怒り方。

…だがこんなことで負けていられない。

 

 

 

「……それはすまなかった。非礼は詫びよう。…だが、こちらもそう易々と諦める訳にはいかなくてね?」

 

「なに、オニーサンそっち系の趣味の人なん?それならウチのメンバーに適任が居るからそっちにしときな?マジで友希那は辞めとけっていうか」

 

「違う違う!…ええと、リサさんといったね。俺の話を聞いて、不審者だとか変質者だとか判断したなら、刺すなり裂くなり突き出すなり好きにしていいさ!」

 

「………ほー?」

 

「だけどな!こっちも仕事にプライド懸けてやってんだぁ!あの子の、友希那ちゃんの輝く才能を見て声かけてんだァ!!」

 

 

 

プライド云々は、嘘だ。

 

 

 

「…才能?」

 

「あぁ!あれだけの観衆を前にしてのあのパフォーマンス、落ち着きと同居する冷徹さ、それでいて歌声に一本通っている真っ直ぐな芯…!そこにあのルックスが合わさればどれ程の破壊力を有するか!近くで見ている君なら分かるだろう!?俺はその全てを見て、アイドルになって欲しいとスカウトに来たんだッ!!」

 

「………友希那が…アイドル……?」

 

 

 

襟を掴んでいた手が離れた。逃げるには絶好のチャンスだが、あの子を口説き落とす為にこのリサという少女は避けられない壁なのだと直感した俺は真っ向から対峙する道を選んだ。

信じられないものを見たといった様子で暫くブツブツと何かを呟いていたが…やがて勢いよく顔を上げたかと思えば両手を掴まれる。

 

 

 

「了承ッ!!」

 

「あえっ!?」

 

「ちょい待っててねっ!!」

 

 

 

去るときは風の如し。そう言い残した彼女が控室の中に飛び込んで行く。

 

 

 

「リサ姉!ふしんしゃやっつけた??」

 

「すごいの!不審者じゃなかったの!」

 

「…一体どういうことですか?詳しい説明を求めます。」

 

「そういうのは後々!ほら、友希那行こっ!」

 

「えっ」

 

「えじゃないよ?アタシも付いて行くから、ほーらっ!」

 

「い、嫌よ…離して……!」

 

「いーからいーからー!抱えてくね~。」

 

「や、やだ、やめ……ぁぁあああああん!!!」

 

 

 

乱痴気騒ぎの控室から、軽快な足音と泣き声が近づいて来る。言われた通りに待ってみれば、何とも話のしづらい状況を作り出してくれたものである。

間違いない、このバンド一番のトラブルメーカーはこのリサさんだ。

 

 

 

「はあ…はあ…はあ……っはい!これ、友希那!」

 

「そんな秘密道具みたいに突き出されても…ってか腕力凄いね?」

 

 

 

小柄とは言え一人の女の子を担ぎ上げて走ってきたのだ。担がれる方もその恐怖たるや堪ったものではないだろう。

最早何かを悟り諦めたような顔の友希那ちゃんが突き出される形になるのだが、目を合わせてもスイッと逸らされてしまう。印象は最悪だ。

 

 

 

「ええと……さっきはごめんね。でも、酷いことしようとか、怖い人だとか、そう言う訳じゃないんだよ。」

 

「………ほ、本当に?いじめない?」

 

「虐めない虐めない。…まず…あぁ、もう名刺ぐちゃぐちゃだね。こっちが新しい名刺…俺の名前だよ。」

 

 

 

握りしめられた挙句涙が染み込んでぐっちゃぐちゃになった"かつて名刺だったモノ"を彼女の右手から回収し、新しく取り出した名刺を差し出す。

少しそのままで待ってみたところ、今度は自分から受け取って興味深そうに見つめてくれた。

 

 

 

「○○…っていうの?」

 

「うん。俺は○○。今は芸能事務所でプロデューサーをやっていてね。…新しくユニットを組むためにアイドルをスカウトして回ってたんだ。」

 

「それでねっ、友希那もアイドルとしてスカウトしたいんだって!アタシ、アイドルとしてステージに立つ友希那見てみたいなぁ!」

 

 

 

漸く地面に降ろしてもらえた友希那ちゃんは暫し名刺を見詰め、無駄にハイテンションなリサさんの言葉を聞き流す。リサさんが未だにはあはあしているのは、絶対さっきの騒動とは無関係だと思う。

 

 

 

「……やだ。」

 

 

 

名刺を見詰めたままつまらなそうに言う。そりゃそうだ、いきなりあんな恐ろしい思いをしたんだから。

 

 

 

「どうしてさ!可愛い格好して、歌って、踊れるんだよ!?」

 

「…私は別に、一人で可愛くなりたいわけじゃないし、その……ここに入ったら、アイドルになっちゃったら、リサたちともお別れしなきゃなんでしょ?」

 

 

 

あぁ。俺の危惧していた事がここで。

というか無茶苦茶ピュアで良い子じゃないか友希那ちゃん。正直、益々欲しくなってきたよ。説得の材料は勿論揃っているのだが、この可愛い生き物、なんだかいじめたくなるような…。

デビューした暁には沢山のファンが同じ気持ちになることだろう。もう、虜だ。

 

 

 

「友希那ぁ…。」

 

「大丈夫よリサ…私はずっと貴方たちと一緒よ。」

 

「えっとだね、一つ補足をするとだ…」

 

 

 

いい雰囲気のところ申し訳ないがこのまま方っておくと見入ってしまいそうになる。というか話の途中でドラマを挟まないで欲しい。

ここで、例のウチはまだ無名の事務所だから忙しくないし云々を説明、最初こそ怪訝そうに聞いていた友希那ちゃんだったが、話が核心に近づくに従って笑顔になるリサさんに吊られるように乗り気になっていったようだ。話が終わる頃にはすっかり食いついてしまって、鼻息荒く目を輝かせた友希那ちゃんから質問攻めを受ける羽目になっていた。

 

 

 

「可愛いのってどれくらい可愛いのかしら?」

 

「そりゃもう凄まじいほどにだよ。世界中の人を虜にできるようなね。」

 

「わた…私にも、できるのかしら。」

 

「出来ると思ったからスカウトしに来たんだ。…俺はもう、君のことが頭から離れなくて。」

 

「ッ。…あなたはその、アイドルが好きなの?」

 

「そりゃこういう仕事してるくらいだからね。」

 

「そう。…私はアイドルになったら、何をしたらいいの?」

 

「まずは歌、かな。勿論十分すぎるほど技術はあるんだろうけど、何せグループでの活動だから合わせとか諸々…」

 

「グループ?全部で何人なの?」

 

「君を入れて五人の予定だ。」

 

「……ふーん。私を口説くにしては気が多すぎるんじゃないの?」

 

「??…ん、まあ仲良くね。」

 

 

 

泣き止み冷静になったためか、さっきのステージで見た彼女の色が出始めている。少しツンツンしたこの様子も、さっきの泣き顔を見たあとだとクール()()()()()ように見えて可愛らしい。グループに一人居て、最高に映える存在になってくれるんじゃなかろうか。

とまぁこんな感じで交渉を続け、中々の好感触に最終確認へと移ることに。リサさん、全然息整わないな。

 

 

 

「それでどうだろう。俺にプロデュース、させてくれないだろうか。」

 

「…………リサはどう思」

 

「やろう!友希那!!」

 

「……り、リサがそこまで推すなら仕方ないわね。」

 

「…ということは?」

 

「やるからには、頂点を目指すわよ。」

 

「!!!!」

 

 

 

やった。やりました。

リサさんと無言のハグを交わし、これからの希望に思いを馳せた。…この人、友希那ちゃん好きすぎるだろ。

 

詳しいことはまた後日…ということで、二人を楽屋へ戻した俺はCiRCLEの受付まで悠々と戻るのであった。

 

 

 

**

 

 

 

「おぉ、生きて帰ってきたっす。」

 

「勝手に殺すんじゃない。」

 

「だ、大丈夫だったんですか??」

 

 

 

酷く心配されていたようだが無事に帰還した俺を見て一安心といった様子の二人。このままおしゃべりと洒落込んでもいいのだが時間も時間、おまけにまりなさんにしてみれば閉店時間を大きく超えて残業している状態だし…ということで、麻弥ちゃんと二人、協力に対する感謝を伝えた上で家路に就くことにした。

 

 

 

「…にしても、これで四人かぁ…!」

 

 

 

伸びが背筋に気持ちいい。ひと仕事終えたあとの達成感は言葉で言い表せないがクセになる。

この感覚をマゾヒストと取るか仕事人と取るかはお任せしよう。

 

 

 

「すっごい偶然が重なったっすねぇ。」

 

「なー。」

 

「…あと一人、すぐに見つかるといいんすけど。」

 

「………あぁ、それなんだけど…さ。」

 

「???」

 

 

 

実は一人だけ、心当たりがあったりする。と言ってもずっと前からの知り合いなどではなく、さっき…丁度ライブ中に気づいたことだったが。

 

 

 

「麻弥ちゃん、どうよ?」

 

「何がっすか?」

 

「アイドル。」

 

「……………うぇえええ!?じ、じじ、ジブンがっすかぁ!?」

 

「うん。」

 

「ムリムリムリムリムリッ!!絶対無理っす!!!ジブンッ、そんな器じゃないっすからぁ!」

 

 

 

何も面倒臭がったりヤケを起こしているわけじゃない。これだって立派なスカウト行為で、交渉なのだ。

ライブの最中、熱くなっていたのは俺たちだけじゃなくあの会場全体…つまり室温の上昇も同じことであった。暑さから皆汗を流し一様に物販のタオルで拭いていた。

麻弥ちゃんも例外ではなく、何度も額から零れ落ちる汗を拭いていたのを俺は隣で見ていたのだ。勿論、メガネっ子である彼女は汗を拭うときにそのメガネを外す。その下の素顔は―――

 

 

 

「いやいやっ!そんな漫画みたいなことないっすから!!メガネの下もジブンはジブンっす!」

 

「ええい、まどろっこしい!!」

 

「あっ!?」

 

 

 

わたわたと否定の一手を譲る気のない麻弥ちゃんから隙を衝いてメガネを奪い去る。そしてすかさずスマホで激写!

……………なんだよ、こんな近くに居たじゃん。美少女。

 

 

 

「ちょっ、何するんすかぁ!」

 

「あぁごめん、ほら返すよメガネ。」

 

「もぉー……って、これ…ジブンの顔っすか?」

 

「あぁ、今日のふたりに負けず劣らず可愛いと思うけど?」

 

「うぅぅぅう…マジマジ見られると恥ずかしいっす…!」

 

 

 

恥ずかしがる様子が面白くてつい見つめてしまう。うん、キャラも悪くないし意外と器用で有能な麻弥ちゃんならいろんな場所で重宝されるポジションに就けるだろう。

改めて名刺を差し出してみる。

 

 

 

「…へ?」

 

「麻弥ちゃん、俺にさせてよ。プロデュース。」

 

「……………うぅ、そんな評価するの、世界で○○さんだけだと思うっすけど…。」

 

「嫌?」

 

「…褒められるのは、嫌じゃ…ないっす。」

 

「よし決定!!これで五人!!やったぜぇっ!!」

 

 

 

多少強引すぎたかもしれない。が、それくらいでいいのだ。

俺たちがやろうとしていることは普通じゃない。それにトップが普通じゃないあいつなんだ。必死の思いで集めた五人がこれからどんなサクセスストーリーを駆け抜けていくのかは、これからの彼女らの頑張りと俺の手腕に懸かっているのだ。

あのゴミみたいな社長に言われたこととは言え、責任を持ってこの子達をアイドル界の頂点まで導く…それが俺の使命なんだ。

 

 

 

「なぁ、この写真壁紙にしても」

 

「消してっすぅ!!!」

 

 

 

寄せ集めアイドル道、始まります。

 

 

 




あいどるぅ




<今回の設定>

○○:RomaNプロダクション期待の新人プロデューサー。
   期待…と言っても社長の河底が適当な後輩に声をかけただけなのだが。
   意外にも能力は高く、積極性と情熱が素晴らしい。
   可愛いものに弱い。

麻弥:RomaNプロダクションの事務員。正社員として在籍してはいるが、中卒のため
   まだ十六歳。
   独特な語尾とメガネが特徴的な地味っ子だが、機械に音楽にと幅広い分野で
   能力を発揮できそう。
   メガネを取るとすげぇ可愛い。らしい。

社長:河底大吾、思いつきでRomaNプロダクションを立ち上げたどうしようもない
   ダメ人間。
   好きなものは金と女と酒。好きな言葉は酒池肉林。
   好きな食べ物はミキプルーン。

金髪メンバー:ママ

天才系メンバー:妹の方

喫茶店の天使:つぐってるぅ

友希那:原作と少し性格が違う。
    ステージに立っているときや何かに集中して頑張っているときはクール系。
    気を抜くと幼児退行する?というか素の子供っぽい部分が前面に出るらしい。

リサ:友希那の専属マネージャーとして臨時契約。
   社長をノせるのが上手かったため、事実上好き放題できる権利を手に入れたも
   同然なのだ。


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2020/03/13 不甲斐無イ

 

 

 

壁越しに刻まれるビートを聴きながら、俺は自分が担当するアイドルの悩み相談を受けている。…が、その内容をいくら聞いてもところで真剣な悩みに聴こえないのは彼女が独特な雰囲気を醸し出し、一見ヘラヘラと能天気そうに見える為だろうか。

――氷川(ひかわ)日菜(ひな)。俺がスカウトした三人とは違い、メンバーの中で唯一オーディションを勝ち抜いて採用された逸材。何をやらせても初見で熟してしまう上、数時間あればプロ並みの技能を発揮するまさに天才型だ。

おまけに容姿も整っていて性格も悪くない…と、まさに非の打ちどころのないアイドルである。

 

 

 

「プロデューサーさー、真面目に聞いてないでしょー?」

 

「…こらこら、いちいち顔が近いんだよ君は…。」

 

「"君"って呼ぶの嫌だなって言ったでしょ!…あたし、日菜って言うんだから、ちゃんと名前で呼んでくれないとー!」

 

 

 

否。ファンや観客として"観る"分には完璧なアイドル像である。が、ビジネスパートナーとしては最悪だ。嘗めている…と言う訳ではなさそうだが、彼女はどうも上下関係や他人との上手な距離が掴めていない。勿論、悪気がある訳では無いのは分かっているのだが…一体どんな環境で育ってきたらこうなるんだ。

 

 

 

「それじゃあ日菜。」

 

「はいはーい!あたし!日菜だよ!」

 

「しってます。…もう一度訊くが、何故レッスンに参加したくないんだ?」

 

 

 

俺が凭れている壁の向こう側ではリズムレッスンが行われており、先日スカウトした二人と業務提携先からユニットという形で送り込まれた一人の女優が汗を流しつつ体を馴染ませている。

というのにこの目の前の少女は何だ。レッスン室の手前で呼び止められたかと思えば訳の分からん言い訳でサボろうとする。…あぁ、因みに麻弥ちゃんは事務仕事に追われデスクでひぃひぃ言っていたっけ。彼女の場合本職は事務員ということになるので、どうしてもこの辺りで差が出来てしまいそうだ。何とか調整できたらいいが。

 

 

 

「だーかーらー!簡単すぎるのっ!」

 

「そりゃあ…まだ基礎の段階だったろう?素人が三人も居るんだし、そこは仕方がないじゃないか。でもほら、助け合ったり教え合ったりして友情を」

 

「えぇー!?マジで言ってんの??…差が目に見える方が、みんなのやる気にも影響でちゃうでしょー?」

 

「いや、それはもう屁理屈だろ。」

 

 

 

滅多にレッスンに参加しない奴が「あなた達を気遣って~」などとほざいては、グループのガンとして扱われるのは目に見えている。友情だの絆だのが馬鹿馬鹿しく見える程、明らかな挑発行為になってしまう。

実際に彼女の…日菜の練習風景や実力を見た訳では無いので断言は出来ないが、まさか本当に面倒臭がっているだけじゃ…いや、では何故このオーディションに参加した?勝ち抜いて、その果てでアイドルとしてデビューすることを何故選んだ?彼女の言動が真とするならば、謎は深まる一方だ。

 

 

 

「うぅ…………だって、つまんないんだもん。」

 

「…ん。」

 

「もっと!…面白いものに出逢えると思ったの!」

 

 

 

一度は引き下がった日菜だったが、またグイと身を乗り出してくる。どうやら気分や声のテンションと連動する様に、他人との距離を詰めていくらしい。

また鼻先同士が触れ合いそうな距離まで近づいた顔は、成程物足りなさと不満を足して割った様な苛ついた表情をしていた。ドウドウとその肩を押さえて戻そうとするが頑としてひるみはしない。

 

 

 

「だから、距離が」

 

「アイドルになったら、きっと新しい世界が見られるって……あやちゃんが…」

 

「なに?」

 

「もういい!分かってくれないプロデューサー何て大っ嫌い!!」

 

「あっおい!!」

 

 

 

言うだけ言って怒り肩のままにフロアを飛び出していく背中に、反応がワンテンポ遅れてしまった俺は呆然と見送ることしかできなかった。

大嫌い、か。あの至近距離で見た表情は、何もただの物足りなさから来る不満のソレでは無かったように思える。他に何か気に掛けて欲しいことがあったかのような…

 

 

 

「とは言え今は基礎を固める為の期間だしな…」

 

 

 

去って言った日菜も心配だったが、本日の本当の目的…実際のレッスンに一人一人が付いて行けているのかも視察しなければならない。大所帯のアイドルグループなら兎も角、五人くらい個別でマネージメントもしていかなければ…腕の見せ所ってやつだ。

俺は、駆けて行った廊下の先でこちらの様子を窺う彼女に気付くことも無く、重々しいレッスン室の扉を開くのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト」

 

「ワン、ツー、スリー、フォー、ファッ!?あぁ!」

 

 

 

やってるやってる。

騒がしい中に踏み込んでみれば、丁度音楽に合わせてステップを踏む練習の様だった。左手はマイクを持つことを想定してか、それぞれボールペンや畳んだハンカチなどを握りしめて顔の前へ。トレーナーのカウントに合わせて各々が声を張り上げ、正面の鏡から目を離さずに体を動かす。…成程、到底真似出来ることじゃないな。

運動神経が残念過ぎる俺にとっては縁の無さすぎるその光景に、極力邪魔をしてしまわないよう隅ですっと見守っていたのだが…鏡越しに目が合った茶髪の少女はバランスを崩し尻餅をついてしまったようだ。恥ずかしそうに俯きおしりを摩る姿も堪らない。

 

 

 

「はーい一旦止めまーす。…大丈夫?つぐちゃん。」

 

「いたたたた……ご、ごめんなさい…」

 

 

 

つぐちゃんと呼ばれた少女はトレーナーに手を取られ何とか立ち上がりながらも鏡越しのこちらが気になるようで。真っ赤な顔と潤んだ瞳を向けられた俺も少々居心地が悪くなる。

入ってきてただ観察するのも何だし、ここは一つ挨拶でもしておこうか。

 

 

 

「…結構な転び方だったが…尻は大丈夫か?つぐみ。」

 

「は、はひゃっい。い、意外と頑丈なお尻なんです!」

 

 

 

そうは見えないが。つぐみ――以前羽沢珈琲店でスカウトした看板娘――の尻のお陰もあってか、違和感なく輪に入ることができた。

そんなことよりも、立ち上がったつぐみを心配する様に寄り添うのはトレーナーだけで、他の二人のメンバーはそれぞれで離れて立っているのが目に付く。透き通るような金髪を高い位置で一つにまとめ、涼しい顔で汗を拭いている白鷺(しらさぎ)千聖(ちさと)は全く興味も無いといった様子だし、もう一人のスカウト生も付き添いの専属マネージャーに滅茶苦茶に甘やかされている。

確か(みなと)友希那(ゆきな)、だったか。名前は憶えても苗字が最初は覚えられなかった彼女に付き添うのは、自称(阿呆社長も入れるなら他称も)友希那の専属マネージャーである今井(いまい)リサさんだ。スカウトの際に俺を震え上がらせた張本人だが、今は何とも当たり前といった様子で友希那にべったりしている。正直邪魔な時は目一杯邪魔になっているのだが、彼女が居ないと友希那が機能しない…と単純な様で複雑な関係なのである。

 

 

 

「…前途多難だな。」

 

「何か言いました?」

 

「……いや。…ところでどうだい、レッスンの方は。」

 

「…あー……あ、あはは…私、あんまり運動神経良くないみたいで…。」

 

「キツイ?」

 

「…まぁ、ちょっとだけ。」

 

 

 

ふむ。日菜の件もあるので力量の差は知っておかなければ…とは思っていたが、どうやら純粋な身体能力にはバラツキがありそうだ。確かに、外見だけで選んでることもあり仕方のない事なのだが…。

トレーナー曰くグループ内での会話や交流はほぼ無し。最初こそ付いて行けていたつぐみも徐々に調子を崩し始め…と言ったところらしい。…このグループ、早くも破綻しているのでは?

白鷺さんに至っては芸能活動も長く、単純に一つ分野が増えるだけと考えれば問題も無いのだろうが、残りのスカウト組と麻弥ちゃんをどうしたものか。あ、因みに麻弥ちゃんはほぼ参加できていないにも関わらず中の上くらいの出来を保っているそうな。ハイスペックだな。

 

 

 

「そっか。でも無理はしちゃいけないぞ。」

 

「え。」

 

「…そのおしりも、いつまでも頑丈とは言っていられないだろうし…」

 

「あの、すみませんプロデューサー。」

 

「…ん?」

 

 

 

真面目で頑張り屋さんらしいつぐみに無理をさせ過ぎないよう、どう釘を刺したものかと言葉を探していると、今度は背後から矢鱈に綺麗な声で呼ばれる。

振り向けば完璧な笑顔の白鷺さん。…ある程度見慣れたからこそ言える事ではあるが、この表情…怖い。業界を生き抜く上で必要と捉えるべきか、要するに磨き上げられた闇を封じ込めるための仮面な訳だ。純粋な善意と勘違いしてしまいそうになる感覚も、それを呼び起こさせる彼女自身も…改めて、芸能界という魔界の闇を感じるのだ。

 

 

 

「事前にも申し出てはいたのですが、この後取材が入っていまして…」

 

「あ、ああ…ええと…」

 

「失礼…しますね?」

 

「そか…お疲れ様。」

 

「お疲れ様です。」

 

 

 

なるほど売れっ子は違うなぁ。かつて天才子役として世間を沸かせた彼女も、高校へ入学してからというものその魅力により磨きがかかり、今ではドラマに映画、舞台にコマーシャル…と、その活動の幅を広げに広げ、毎日多忙で学生生活が儘ならない程だとも聞いている。…益々雲行きが怪しくなるウチのグループだが、そもそもこの提携の話を持ってきた社長(バカ)も何を考えているんだか。

ともあれ、さっさと身支度を整えそそくさと部屋を出ようとする白鷺さん。…が、扉をロックしているノブに手を掛けたところで、振り返ることも無くこう言った。

 

 

 

「…ああそうそう、アイドルを目指すことに異論を唱える気はありませんが…今のままではプロデューサーの目も腕も信用に足りません。」

 

 

 

決して静かな部屋では無かったが。その言葉は痛く胸に届いた気がした。

二人に投げた言葉か、俺に訴えた言葉か。結局のところ、俺のスカウト眼はその程度かと吐き捨てられたようなものだ。

 

 

 

「…あぁ!?ちょっとアンタ、それどーゆー意味!?」

 

 

 

その背中に噛み付いたのは今井さん。大方、自分の溺愛する友希那を貶められたとでも感じたのだろうが…できれば友希那本人が言い返すくらいの意欲は欲しかったが…今井さんに言われるがままにレッスンに取り組む姿を見る以上、無理な注文だとも言えよう。

半ばヒステリックに叫ばれたその言葉にゆっくりと振り返った白鷺さんは事も無げに言う。

 

 

 

「どういうも何も、言葉通りですが?現状を見る限り、本気でステージに立とうと…いえ、本気でグループ活動をしようとしているようには見えないと言っているんです。」

 

「ウチの友希那は何時だって本気ですけど!?」

 

「…ふふ、それは微笑ましい事でなによりです。」

 

「…ムカつく。」

 

「そもそも、全員揃った試しがまだないでしょう?始動して数日のプロジェクトじゃないんですよ?一度も全員の顔合わせが出来ていないって言うのはどういう了見なんです?」

 

「はぁ?それはアンタだって同じでしょーが!」

 

「…はい?」

 

「女優だか何だか知らないけどさ、アンタだって別件の仕事って早上がりしたり休んだりするでしょ?」

 

「ふっ……ええ、まあ。私にとっては飽く迄仕事の一件…求められた内容は熟している筈ですが。貴女から見て、私の何処かに不備がありますか?実力や技術面で、お宅の友希那さんに劣っている部分がありましたか?」

 

「ぐ………」

 

「そういうことですので。…では、ごきげんよう。」

 

 

 

完敗。パタリと閉じられた扉と訪れた静寂の中、ガックリと肩を落とす今井さん。白鷺さんが吐き捨てて言ったことは間違っちゃいない。正論も正論、核心以外の何物でもない言葉だった。

だが、それだけに辛辣で、悪意とも取れる言い方に見えた。少なくともこれから共に活動していく身内に言っていいものじゃない。

隣のトレーナーも不安げに指を噛んでいるし、つぐみもぺたりと座り込みすすり泣いている。この状況は間違いなく俺の力不足が引き起こした訳で、何よりも今は動き出さなければいけないということで。

 

 

 

「……問題だらけだな。」

 

「ええ。…あの、○○さん。」

 

 

 

誰にも向けず放った言葉に頷くのはトレーナーの女性。俺自身あまりレッスン自体には関与していなかったし、実際ここまでの期間を見守ってきたのは彼女だ。

彼女なりにも、思うことは有るのだろう。

 

 

 

「はい。」

 

「私、思うんですけどね…○○さんの方で、この子達を個別にサポートしてあげるのは難しいですかね…?」

 

「…と言うと?」

 

「ええと、私は主にダンスやパフォーミング、後は基礎的な身体造りや発声なんかを担当してるわけです。」

 

「はい。」

 

 

 

そうだった。目の前の小柄な女性――確か二十歳そこらとまだまだ若い上に謎の多い人物だった――は、アイドルとして活動する上での基盤…スタートの段階で鍛えておくべき地の部分からステージ周りでのパフォーマンスまで、割と広い分野を一人で担当している。何でも人体と精神について研究していた時期があるとか何とかで…まぁその辺は追々知っていくとしよう。

トレーナーと言いつつもウチの事務所と契約関係にあるわけでも無く、その給与もどこから出ているのか不明と、一体どんなスタンスで接していいのか分からない間柄である。

 

 

 

「レッスン中の彼女達については大体把握しているつもりです。…が。」

 

「が?」

 

「普段の…プライベート…とまでは行かないですが、レッスン外での人格や思考傾向を知らない。だから、主に精神面でのサポートになるとは思いますが、その辺りを○○さんにお願いしたいんですよ。」

 

 

 

つまりは俺の不甲斐なさに見兼ねて担当業務を割り振ってきたと言う訳か。成程、流石頭のキレるお方だ。

確かに俺も発足以来、外回りがメインだったために彼女等と触れ合う時間はあまり設けられなかった。割としつこく付き纏われるせいで時間を割いてしまっていた日菜でさえあの様だ…俺はどこかで「プロデューサー」としての在り方自体を履き違えていたのかもしれない。

仕事を取って来るだけがプロデューサーじゃない。所属タレント一人一人とコミュニケーションを取り、それぞれを一人前のアイドルとして立たせることが使命なのか。

 

 

 

「……分かりましたよ(かのう)さん。そっちは俺に、任せてください。」

 

「…まずは全員集合が目標、ですね。」

 

「確かに。」

 

 

 

全員集合…普通の組織で考えれば当たり前の事ではあるが、成り立ちも所属タレントも特殊なこの会社ではそこから統率を取らなければいけないらしい。

まずは日菜と、それから白鷺さん。麻弥ちゃんについては会社の問題だから後回しとして…

 

 

 

「……んん?」

 

 

 

考えに耽る中、突如訪れたくいくいと袖を引っ張られる感覚に斜め後ろを向けば。

 

 

 

「プロデュシャーさんプロデュシャーさん。」

 

 

 

独特な呼び方で俺を呼ぶ無表情と目が合った。彼女が俺をこう呼ぶのは、今井さん曰く「プロデューサー」が単語としても存在としてもいまいち理解出来ていないかららしいが…。

 

 

 

「どうした友希那?」

 

「あっち。」

 

「…あっち?何かあるのか?」

 

「うん。」

 

 

 

小さい歩幅でトテチテと駆け出す後を追えば、レッスン室に唯一設置されている大きな窓。窓というよりかは壁の一部が硝子…と言った方がいいかも知れない。普段は黒の遮光カーテンで覆っている場所だが、潜り込めば眼下に都会の喧騒を見下ろすことができ、ここレッスン室が地上十二階の高さにあることを改めて思い出させてくれるのだ。

その窓にベターっとおでこを押し当てながら、先程の白鷺さんを想起させるような声音で言葉を紡ぐ。

 

 

 

「何だかぴりぴりしているけど、私はいまいち付いて行けてないわ。」

 

「………。」

 

「でも見て、こんなに高い所からの景色、初めて見たの。ふふふっ。」

 

「……ええと、友希那?」

 

「この景色で、全て忘れられると思わない?」

 

「………いや、特には。」

 

「そう…。」

 

「うん、ごめんね。」

 

「…ところで、何があったの?」

 

「あ、聞いてなかったの?」

 

「だって、疲れていたもの。」

 

「………。」

 

「あ、ちょうちょ。こんな高さでも飛べるのねぇ。かーわいっ。」

 

「……………。」

 

 

 

本当に、問題だらけだなぁ…。

 

 

 

**

 

 

 

「あ、お疲れ様っす。」

 

「…お疲れ。」

 

 

 

その夜。つぐみを慰め、ついでに今井さんを元気づけ…全員が帰った後の事務所で振り返りをする。正直床すらも素敵なベッドに見えてしまいそうな程くたくただが、業務を疎かにする訳にはいかない。

もうすぐ深夜と呼べる時間に差し掛かろうというのに未だ書類整理に追われている麻弥ちゃんと挨拶を交わし、定位置へ。ギシリと古いデスクチェアが音をたてた。

 

 

 

「ふぅ……。」

 

「…ホントにお疲れみたいっすね。」

 

「麻弥ちゃんもね。まだ帰れそうにないの?」

 

「ああいえ、大方は終わっているんですが、明日のレッスンこそ参加しようと思いまして。」

 

「…今更ながら、ごめんなぁ。」

 

「え。…そんなそんな!これはこれで楽しいっすよ!謝られるような事じゃ…」

 

「そっか。……実は色々、大変でさぁ。」

 

「話は聞いているっす。相変わらず社長はヘラヘラしてましたけど…。」

 

 

 

あの野郎。

 

 

 

「……麻弥ちゃん。」

 

「はいっす。」

 

「これからどうやら、アイドル一人一人と向き合っていくことが必要そうなんだ。」

 

「…は?」

 

 

 

いや分かるよ。そこまでいったらもうマネージメントの領域…

 

 

 

「いやいや、今更っすよ○○さん。…というか、よくその過程を省いてプロデュースできると思ってましたね。」

 

「……………あ、そうなの?」

 

「だって、みんなそれぞれの事知らないと売り込むのも難しくないっすか?…例えば、ジブンの良いところとか悪い所とか、分からないっすよね。」

 

「あー…いや、まぁ、その……ごもっともです。」

 

 

 

結局のところ、この子の方がよっぽど上手にプロデュースできるのかもしれない。

いやそもそも俺が業界について無知すぎるのが悪いんだけど。さっきは叶さんに大見得切ったけど、自信なくなってきたぞ…。

 

 

 

「全く…前途多難っすねぇ。」

 

「昼間の俺も同じこと言ってたよ。」

 

「ホントっすよ。」

 

「…でも動き出しちゃったんだ。俺も腹を決めるよ。」

 

「その意気っすね。」

 

「……麻弥ちゃん。」

 

「…今日はやけに名前呼ぶっすね。」

 

「ああごめん。……俺は知っての通り、ズブの素人だからさ。迷惑掛けちゃうと思うけど、頑張ろうと思う。」

 

「…。」

 

「……でも必ず、君を…君達を何処に出しても恥ずかしくないアイドルにしてみせるからさ。…付いて来て、もらえるかな。」

 

 

 

何の話をしていたんだったか…気付けば決意表明になっているし、麻弥ちゃんも仕事の手を止めて呆然と見上げているし。

でも少しの間を置いて、小さく微笑んだ麻弥ちゃんが返してくれる。

 

 

 

「何言ってるんすか?らしくないっすよ。…○○さんはもっとこう強気で、ジブン達を弄ってくるくらいじゃなきゃ。」

 

「…俺普段そんな風に見えてる?」

 

「ふへへ、どーっすかね。」

 

「……俺だって自分の足りないところは人に頼るさ。」

 

「…うぇっ!?じ、ジブンに頼ろうとしてます!?」

 

「うん。」

 

「ひぇー…………え、いや…ひぇぇ…!!」

 

 

 

二回言った。

 

 

 

「…だから、君には特に宜しく、かな。」

 

「も、もう…アイドルに頼るプロデューサーって何なんすか…」

 

「お、やっとアイドルの自覚出てきたんだね。」

 

「あっ……ぁぁぁあああ!!わ、忘れてくださいっすぅ!畏れ多いっすぅ!!」

 

 

 

先の見えない仕事だとは思う。正解も分からなければ、少女を把握して売り込むなどと未知の大任。

…それでも、もう少し我武者羅にやってみようと思った。事務員の美少女を弄り倒して元気を取り戻した夜。

 

 

 

「麻弥ちゃん、俺やるよ。君を正真正銘のアイドルにしてみせる。」

 

「う……何でそんな真っ直ぐな目で」

 

「あいや、もうアイドルとして自覚が…」

 

「もぉぉおおお!!!!」

 

 

 

…まずはあの子から、だな。

 

 

 




長くなりそうですね




<今回の設定更新>

○○:何せ新人なもんですから…勘弁してやってつかあさい

つぐみ:つぐぅぅぅ

友希那:ユッキィナッハッ!!↑
    イメージはすっかり幼女

千聖:思ってたより黒い

日菜:デレたら可愛い

麻弥:安定のヒロイン感

リサ:もう何でもアリ

叶:トレーナー・講師…もう何なんだこの人。
  下の名前は結夢(ゆめ)ちゃんというらしい。
  別のシリーズではちっちゃい生物作ってるあの人です。


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2020/05/25 不定形の追求

 

俺がプロデューサー業に就いてから早いもので三カ月余りが経過した。その間俺はただ只管に己の力不足を痛感する日々を送ってきた。

叶さんとも相談や意見交換を重ねてこそいるが、未だグループの展望は兆しすら見えず、結束も緩いまま。それでも各自自力だけは伸びつつある…と言ったところだろうか。

この現状に流石の糞馬鹿社長も焦りを感じたのか、未知のコネの力でライブ開催の話を持ち出して来やがった。本当に余計な事しかしない男である。

 

 

 

「おい、ふざけんじゃねえですよ。」

 

「アイドルと言えばライブ、ライブと言えばバンドじゃないか。」

 

「お前その思考回路で今までよく生きて来れたな!」

 

 

 

ただそのライブというのがまた問題で、「歌って踊る」だけでも精一杯な彼女らにバンドの真似事をさせるというのだ。普段何を考えているんだかなどと肩を竦めていた俺も麻弥ちゃんもこの暴挙には反抗した。が…

当初より準備期間として一年余りの猶予を抑えていた事と、アイドルとしての活動方針が定まっていない事…且つ殆どが舞台経験など無いという事も踏まえて考慮すれば、舵を切るのは今という意見も無くはない。無くは無いのだが。

 

 

 

「流石に頷けないっすよ、社長。」

 

「えぇー??麻弥ちゃんも楽器やろうぜぇー??流行ってるんでしょ?ガールズハント。」

 

「頭湧いてんのかお前。」

 

「いやー…それに、アイドルとバンド組み合わせるって中々ハードだと思うっすよ…。どっちかは潰れちゃう気が…」

 

「俺は見たいなぁ、五人の美少女が舞台で派手にぶちかます姿をさぁ!…どうよ麻弥ちゃん、尺八とか吹かない?」

 

「お前、いい加減にせえよ。」

 

「なんだよーぅ怖い顔すんなよぅ○○!!」

 

「ええい、いい歳こいたオッサンがじゃれ付くな鬱陶しい!!」

 

 

 

コイツ、奇抜さとか意外性だけで売り込もうと思ってないか?確かに勢いのあるガールズバンドだが、以前ライブハウスで見たような技術と熱量の結晶にアイドル要素をプラスして…いや、やはり安易にゴーサインを出せる程明るい未来は想像できそうにない。

そもそも彼女等がその話を飲むだろうか。麻弥ちゃんは周りに合わせようと意見する癖があるから置いておくとして、問題なのは喫茶店の天使(つぐみ)自由(日菜)、それにラスボスはあの白鷺千聖だろう。

つぐみはあまり要領の良い方ではないらしく、これまでの基礎レッスンに於いても努力と練習量でカバーする節があると叶さんから聞いている。楽器経験の有無についてはあまり深く訊いたことは無いが、どうにも頑張り屋さんすぎる傾向もある為あまり新しい要素を背負い込ませたくはない。

一方の日菜はあんな様子だし、案外あっさり受け入れ食いつくかもしれない。が、如何せん予想だにしない面が多すぎるのがネックか。未知数とは好意的に捉えれば伸びしろだが先行きの見えない不安も孕んでいることを忘れてはいけないのだ。

 

 

 

「……白鷺千聖は…ううむ。」

 

「…まさか、本気にしてるっすか?」

 

「あん?……方向性の一案としては、ね。勿論そのミスマッチをやらかそうとは思っちゃいないがうまく転がればひょっとするかもしれないだろう?」

 

「うへぇ…ジブン、ドラムくらいしかできないっすよ?」

 

「なっ……。」

 

 

 

驚いたな。入社当初から謎も多く、無駄に要領よく何でも熟す子だとは思っていたが…まさかのドラム。技量については見てみない事には何とも言えないが、現状経験者というだけでも有難い。方針としては麻弥ちゃんをドラムに据え、リズム隊から固めていく方向で進めるべきか。

 

 

 

「…うっわぁ、○○さんってホンット分かり易いっすね。ヤバい事企んでそうな顔してるっす…。」

 

「よし、じゃあ麻弥ちゃんはドラムでぇ…」

 

「あーん!○○さんも汚染されたっす!!」

 

 

 

新たに浮かび上がった活動形態も考慮しつつ、今は一人ずつ攻略していかないとな。

悲鳴を上げる麻弥ちゃんの隣で、頭では次の任務の事を考えていた。

 

 

 

**

 

 

 

「よっ。調子はどうだ、日菜。」

 

「むぅ…相変わらずだよー。」

 

 

 

休憩室…といっても人通りの少ない廊下の端に衝立を立てて簡易的なソファと机を並べただけのスペースで、オフにも関わらず呼び出しに応じたアイドルの一人が口を尖らせる。

叶さんとの会議の末、まずはグループの結束…といえば格好は良いが、要するに何かを目指す以前の基盤を作るべきという結論に至った。ひいては俺自身の手で、輪を乱そうとする連中をコミュニケーションによる軌道修正にて導いていかなければならないという事だ。

大きな目標は二人。地力とセンスが優れすぎている謂わば天才タイプの日菜と他メンバーを下に見ているように映る白鷺千聖。この部分―グループのささくれの様なものだが―を丸く収めることが先決だと思い、比較的会話の成り立つ日菜から口説き落とすことにした。

 

 

 

「そう膨れるんじゃない…。君の言いたいことも分かるが、今回はグループ活動だろう?」

 

「そう…だけどさぁ…。もっとこう、るるんっ!ってするような刺激が無いと、マンネリ?ってやつになっちゃうよ。」

 

 

 

レッスンや地道な広報活動の日々をマンネリと言うか。俺もどちらかと言えば要領の悪い方で、中々彼女の視点を理解してやることができずにいるが…そうか刺激か。

バンドの件を提案したとしたら、それはそれで"いい"刺激に成り得るのだろうか。…いやしかし、確定もしていない方針案なぞ担当アイドルに伝えたところでどうなるというのだ…ううむ…。

 

 

 

「もう!またそうやってムツカシイ顔する!」

 

「…んぁ、すまん、ちょっと考え込んでた。」

 

「そういうところもいい気はしないんだからね!」

 

「すまんって…。で、何の話だったか…」

 

「むむむむむぅ…!!!もうっ!!今はあたしとお喋りしてるんだからっ!あたしだけを見てよ!!」

 

「ッ…!」

 

 

 

遂に沸点に達したという事か。普段ヘラヘラと余裕を見せている彼女だが、このような怒りを露わにしたのは初めて見たかもしれない。

「あたしだけを見て」……そうだった、俺は一人一人ともっとコミュニケーションを図り、寄り添う事から始めて行こうと決めたじゃないか。だというのに目の前の一人の少女を蔑ろにして……。

 

 

 

「プロデューサーは、あたしのこと嫌い!?あたし、プロデューサーが何したいのか、全然わかんないよ!」

 

 

 

尚も、彼女の主張は続く。

 

 

 

「あたしは面白い事を求めてアイドルになろうって思ったの。なのに毎日毎日繰り返しの練習ばっかりで…おまけに「困ったことがあったら何でも言いなさい」なんて言ってくれたプロデューサーは他の子ばっかり構うし、トレーナーさんも出来ない子にばっかり付いてるし……面白くないのっ!!」

 

 

 

面白い事を求めて―とは彼女談だが、要するにつまらない日々、人生を脱却したかったのだろう。唯一のオーディション組と言うこともあって、その意志も特に強かった筈だ。

そこに気付いてやることも目を向けてやることも忘れ、ただ只管に「和を乱すな」「やる気を出せ」等と…プロデューサーの肩書きに酔い思いあがるにも甚だしい言動だった。

俺は一人の人間として、まず彼女を知り彼女を見つめ直すことが必要なのだ。

 

 

 

「日菜。」

 

「……なによぅ。」

 

「今日、この後予定あるか?」

 

「な、ないけど…。」

 

 

 

そうだと決まれば後は簡単。人間関係なんてアレコレ考えたところで何も進展しない。要は行動あるのみって訳なのだ。

これくらいの年頃の女の子が何を求めているかはまるで分らんが…。

 

 

 

「一緒に…るんって来るもの、探しに行かないか?」

 

 

 

**

 

 

 

「…ねね、プロデューサー、あれなに?」

 

「ん。……ああ、プリントクラブか。」

 

「ぷりんと…何それ?」

 

「君くらいの年頃なら友達と~とでもなりそうだが…ま写真が撮れる機械だな。」

 

「ほぇー。」

 

 

 

外回り行ってきます、とだけ麻弥ちゃんに伝え平日の繁華街を日菜と歩く。社長があんなせいもあって、スーツさえ着用していれば外出も容易いのだ。無論遊びに来ている訳では無いが、この後の予定は完全に未定だ。

日菜の行きたい方向に只管歩くという趣旨の散策だが、交流が深まるならば悪くない。何なら移動手段も徒歩という事で経費にも優しいだろう。

日菜が興味を持ったのはゲームセンター玄関脇に設置されたプリクラ。確かに知らない人が見れば得体の知れない箱が喋っているという如何にも珍妙な装置に見えるだろうが…。

 

 

 

「…知らない…のか。」

 

「うん。あたし、こっちの方には一人じゃ来ないし、行動する時はいつもおねーちゃんが一緒だからさー。あんまり騒がしいとこには来ないんだ。」

 

「お姉さん?」

 

「うん!あのねあのね、すっごくカッコよくて、何でもできるんだ!同い年には見えないーって色んな人から言われるけど、あたしとは違って余裕があるって感じ!」

 

「ほほー。」

 

 

 

日菜はお姉ちゃんっ子らしい。同い年…ということは双子なのだろう。話を聞くに日菜とは正反対の…日菜を陽とするならお姉さんは陰、クールそうな印象を思い浮かべた。

それはそうと、未だ「なるほどー」だの「これが噂の…」だのと呟きながら遠巻きにゲームセンターを眺めている日菜。

 

 

 

「…やってみるか?」

 

「いいの!?」

 

「……つっても、写真撮るだけの機械だからな…?」

 

「うんっ!!」

 

 

 

そういってヒシと俺の右腕にしがみ付く彼女。暫しの沈黙の後、るんるん顔の日菜と視線を交わす。

 

 

 

「…どうした?やらないのか?」

 

「……あ、あれっ??あた、あたし一人で??」

 

「…そりゃ、こんなおじさんと写真撮っても仕方ないだろう?」

 

「……………え?」

 

 

 

不思議そうな表情。疑問符でいっぱいなのはこちらなのだが。

何せプリクラの経験くらいはある俺だ。今更体験してみよう、となるのであれば同伴は必要ないだろう。

 

 

 

「……あ、あのな日菜。撮った写真はプリントされて出てくるんだ。それを誰かに見られたとして…それこそ君のお姉さんでもいいや。あなたと写ってる知らないオジサンは誰?となるだろうが。それはそれで――」

 

「プロデューサーは、あたしと写真撮るの…嫌?」

 

「う…………。そ、そんなことは無いが…。」

 

「………あたし、プロデューサーと一緒がいいなぁ。」

 

「くっ……。」

 

 

 

何だその急な可愛らしさは。アイドルっぽさを悪用するんじゃない。

射貫く様な上目遣いと庇護欲をそそる落ち込んだ仕草。たかがプロデューサー程度の俺に向けられた態度がこれなら…恐ろしい子だ。

もう逃げられない、腹を括るしかなかった。

 

 

 

「……皆には内緒な?」

 

「うわーい!やったぁ!!」

 

 

 

すごいすごいと燥ぎ続ける日菜と共に狭い箱の中で十数分。無事落書きまで終わらせてあとは印刷を待つのみとなった今。うっすら汗を掻く程エンジョイしている日菜だが、その目は爛々と輝いている。

初めてのプリクラが楽しい思い出になってくれているならばいいのだが…。

 

 

 

「日菜は普段、休みの日なんかは何やってるんだ?」

 

「休み?…んとねぇ、勉強したりお出かけしたり、かなぁ。」

 

「こういうところは来ないんだろう?…お姉さんと一緒だと、どういうお出かけルートになるんだ?」

 

「大体はおねーちゃん任せだけど、楽器屋さんとか本屋さんとか。あとはおうちの買い物くらい…だね。」

 

「……ふむ。……楽器屋?」

 

「うん。おねーちゃんね、ギター弾いてるの。」

 

 

 

成程。ギターという単語に引っ掛かりを覚えたが、少々バテていたこともあってバンド云々の件は忘れ去っていた。

丁度そんな話をしていた折に、コトンと音をたててプリントされた写真が吐き出されたのも関係しているだろうが。

 

 

 

「あっ!」

 

「お。」

 

「出た!プロデューサー!」

 

「ん。」

 

「…こ、これ、持って帰っていいの??」

 

 

 

寧ろ置いて行った方が困るだろう。

 

 

 

「ああ。さっき好きな分割タイプをそれぞれ選んだろう?こっちの星が散りばめられているのが日菜のやつだな。」

 

「…………。」

 

「どした?」

 

「……………えへへ。」

 

 

 

それぞれ選んだデザインの台紙を持ち、筐体の前から退ける。近くのベンチに腰掛け顔を覗き込むまでぼーっとしたような表情でいるのが気になるが…。

 

 

 

「…あたし、ね。初めてなんだ。」

 

「ああ。お姉さんとは来たこと無いんだもんな。」

 

「…プリクラも、そうだけど…。」

 

「??」

 

 

 

それ以外に何が初めてだというのか。まぁ元より独特な感性を持っているらしい子だ。俺が全て理解できるとも限らないんだろう。

やがて食い入るように見つめていたプリントシールから顔を上げ満足そうに深い息を吐く。持っていた長財布に仕舞い込む動作はとても丁寧で、大切そうに口を閉じる姿はまさに歳相応の女の子と言ったところだ。

 

 

 

「このお店の中に入れば、この、プリクラみたいのがいっぱいあるの??」

 

「あ、ああ。流石に、プリクラばっかりってことはないけど。」

 

「他にもあるの!?」

 

「ははは!なんだ、外に出ると知らない事ばかりだなぁ。」

 

 

 

普段が普段だからか、純粋にキラキラと目を輝かせる様は実に活き活きしていていいと思った。何でもできるとしても、まだ心ときめかせるものが世の中に転がっているという、希望の証明の様な気がして。

 

 

 

「うんっ!新しいことばっかりで、すっごく楽しい!」

 

「そりゃあよかった。」

 

 

 

新しい事…新しい事か。彼女とは大分打ち解けてきたような気もするが、肝心の活動についての話は未だ出来ていない。

何処かのタイミングできちんと向き合った上で気持ちや意気込みを引き出さなければ…。

…と、またしても"難しい顔"をしてしまったろうか。やや不安そうな顔で、先刻とは逆に顔を覗き込まれている事に気付き、慌てて笑顔を作る。

 

 

 

「プロデューサー…楽しくない、よね。」

 

「ん??…いやぁ、そんなことはないぞ。日菜が楽しそうで、俺も嬉しい。」

 

「……ほんと?」

 

「ああ、本当だよ。」

 

「…………………。」

 

 

 

暫し何かを思案するように視線を彷徨わせたかと思うと、意を決したように真っ直ぐとこちらを見据えて言う。

 

 

 

「ね、プロデューサー。……あたし、我儘言ってもいい??」

 

「……お手柔らかに頼むぞ。」

 

「へへっ。…このげーむせんたーってお店、入ってみたい!」

 

「…それは別に、構わないが…」

 

「………プロデューサーも一緒に…だよ??」

 

「…流石に初めての場所に一人で放り込んだりはしないさ。…お供しますとも。」

 

「!!………絶対、離れちゃ嫌だよ?」

 

 

 

何かと思えばそんな事か。これだけ狭い閉鎖空間で共に過ごしたんだ。今更ゲームセンターに足を踏み入れることなど造作もない。

重ねて思うならば今の幸せ。俺達企業としては彼女達を売り出し、大きな波に乗せ収益を得ることが最終目標だ。そうなってしまえば皆時の人、こんな風に遊び歩くことも、何なら一緒に写真を撮ることも難しくなるのかもしれない。

皮算用と嗤われたらそれまでではあるが、この国で芸能の道を進むというのは斯くも無情な物なのだろう。

表舞台だって、裏方だって――

 

 

 

「ああ、行こう。日菜。」

 

 

 

**

 

 

 

「えへへへ、えへへへへへへへへ……。」

 

 

 

日が傾き、全身に心地よい疲労を感じ始めた頃。騒がしい空間を後にした俺達二人は心身共に火照りを冷ます為事務所近くの喫茶店にいた。

どよどよと周囲が目を向けるのは日菜が終始だらしのない笑みを浮かべているとか不気味な笑い声を発しているとか、況してや有名人に対しての好奇の目であるとかでは断じてない。

ソファ席に通された日菜の周りに置かれた大小様々なぬいぐるみと俺の隣で一人分の席を占領しているバカでかいアリクイのぬいぐるみ。

あの後次から次へと興味を惹かれては挑む日菜を眺めて過ごしたが、クレーンゲームをやれば5クレジット2ゲット程のハイペースで獲得するし、小さいドーム型のクレーゲームと連動するくじ引きでは特等の馬鹿デカい目玉賞品を当てるし…。最早天才という言葉では処理しきれない量の運要素までをも引寄せていた気がする。

 

 

 

「……楽しかったようで何よりだが…。」

 

 

 

互いにくたくたになっている筈だが不思議と悪い気分じゃない。あとは適当に腹を満たして帰るだけなのだが。

果たして今日は何かが変わったのであろうか。どうにも確実な進捗が感じられない事に落ち着かない気分ではあるが、ここを割り切れるようになるまでもまだまだ時間はかかりそうだ。

 

 

 

「…あのね、プロデューサー。」

 

「ん。」

 

「あたし、すっごく楽しかったよ。」

 

「ああ、俺も楽しかったよ。」

 

「プリクラもクレーンゲームも、音楽のゲームも占いの機械もベンチでお喋りしたのも全部!……楽しかったんだぁ。」

 

「……。」

 

 

 

目を伏せ想いを馳せるように今日の出来事を数える。まるで昔の恋人を思い返すような、そんな愁いを帯びつつも満たされた様な表情に思わず息を呑む。

こんな顔も、できるのか。

 

 

 

「……プロデューサーが、はじめてだったから。」

 

「…プリクラか?」

 

「んーん。…あたし、昔から変な子だとか変わってるとか言われて…。ずっと、友達とか居なかったんだよね。」

 

 

 

個性。それは捉え方を一つ間違えるだけで差異として映ってしまう、美しくも寂しい物。

彼女は恐らく幼少期からずっとこの調子で、好奇心のままに全てを上手くやってのけ、予想もつかない何かを追い求め続けてきたのだろう。

それは凡庸な有象無象にはさぞ珍しく映った事だろう。さぞ、異様に見えたことだろう。「天才」という魅力的でありながらその実粗雑な括りを与えられた人間が、所謂「普通」に群れる事無く孤立していく様は想像に難くない。

故に理解者と言えば最も身近な「家族」と名の付く身内だけ。憧れも依存も遂には娯楽まで、似て非なる姉を追うしかできなかったのだろう。

 

 

 

「……日菜。」

 

「だからプロデューサーがあたしのはじめてなの。はじめて、あたしと一緒に居て楽しいって言ってくれた人。」

 

「…。」

 

「あたし、プロデューサーともっと一緒に居たい。もっと色んな所に行って、もっともっと色んな"新しい事"を見るんだ。だから……だから、ね。」

 

 

 

幾分か引き締まったように思える顔つきは、心を開いてくれた証…と受け取って良い物だろうか。

少なくとも、今日の自分が間違っていなかったと言葉に変わり教えてもらえる様な気がする。

 

 

 

「もうちょっとだけ、頑張ってみる。」

 

「…そうか。」

 

「でも、あんまりつまんないのは嫌かなー。」

 

「…新しい事、か。」

 

「あ、違うよ!?今日はすっごい楽しかったんだよ!?すーっごくるるるんっってしたもん!つまんないのはレッスンの話で――」

 

「日菜。」

 

 

 

新しい事が全て面白いことだとは思っちゃいない。それが負担になる事もあれば、逆に作用してしまう事もあると思う。だが、今日の日菜との時間の中で少し気付いたことは有る。

だからこそ、改めて彼女に提案するのだ。

…とまあ格好つけてはいるが、ギター型のインターフェイスを使ってプレイするリズムゲームに興じる日菜を見てバンドの件を思い出しただけである。

 

 

 

「……バンドとか、興味ないかな。」

 

「…ばんど??」

 

「ああ。勿論、まだ決まったわけじゃないし、興味はって話で――」

 

「やりたい!!!」

 

 

 

まぁ、概ね予想通りのリアクションではある。目新しいものをちらつかせてこの子が飛びつかないわけないのだから。

となると日菜は何を担当することになるだろう…ドラムは麻弥ちゃんがいるし、何ならガールズバンドから引き抜いた友希那ちゃんも元々の担当で良さそうだ。

ならば残るポジションは…

 

 

 

「…即答か。」

 

「うん!ねね、あの五人でやるの??それともまた新しく募集??」

 

「新しくは募集しないさ。君達、方針もグループ名も決まってないだろう。」

 

「そっかぁ…!……うんうん、いいねぇバンド!あたしギターやりたい!!」

 

「おっ。……それは、お姉さんもやってるから…って感じで?」

 

「うん!おねーちゃんみたいに格好良くなりたいんだ!」

 

 

 

乗り気なのは非常に良い。ポジションを自ら名乗り出てくれるのも有難いし、まだ計画段階とはいえ心強い言葉だろう。

 

 

 

「それに、おねーちゃんが弾いてるの見てるからすぐ出来るようになると思うな。多分。」

 

「……いや、さすがの日菜も楽器は…」

 

「ピアノとかなら一日で弾けるようになったよ??」

 

「………ぉああ…。」

 

 

 

そこまでとは思っていなかったがね。

 

 

 

**

 

 

 

「戻りましたぁー。」

 

 

 

日菜を自宅まで送り届け帰社。馬鹿の姿は無く、俺を迎えてくれたのは麻弥ちゃんの気怠げな声のみだった。

 

 

 

「おかえりなさいっすぅ…。」

 

「お疲れ麻弥ちゃん。残業?」

 

「うー、ナチュラルにブラック出さないで欲しいっす…まぁ、残業っすけど…。」

 

 

 

あの無茶苦茶な社長の下だと尋常じゃない程の事務作業を熟さなければいけないらしい。俺としても手伝ってやりたい気持ちは山々だが、如何せん数字には弱いのだ。

その点この量の仕事を捌きつつアイドルとしてレッスンも熟せる麻弥ちゃんには全く以て頭が上がらない。廊下の自動販売機で買ってきた缶コーヒーを手渡し、隣のデスクに着く。

 

 

 

「ふへへ、さんくすっすぅ。」

 

「……ふぃぃ……疲れたぁ…。」

 

「どうでした?日菜さんとのデートは。」

 

「…ありゃ行動力の塊だな。久々に運動した気分だよ。」

 

「へへへっ、元気一杯っすからねぇ。若さっす。」

 

「麻弥ちゃんも大して変わらない歳だろう?」

 

「社会人ですからね。体力も気力も、○○さんと同レベルっすよ。」

 

 

 

それはそれは随分と枯れてるなぁ。

コーヒーを飲み干し一息ついたところで、土産を預かっていたことを思い出した。コーヒーを買いに行った時に廊下に置いて来てしまった。

 

 

 

「……ん、どこいくっすか?」

 

「ちょっとまってな…。」

 

「…………………………。」

 

 

 

廊下へ出てすぐのところに鎮座している目的の()()を担ぎ事務所へ戻る。

 

 

 

「これ、今日の獲物。」

 

「……おわぁ!?…どど、どーしたんっすかそれ…。」

 

「俺と麻弥ちゃんだけじゃ事務所も寂しいだろうって。日菜から。」

 

「…尋常じゃない存在感っすね…。」

 

 

 

空いていた丸椅子を合わせてスペースを作り、事務所の隅にセッティングしたそれは馬鹿デカいアリクイのぬいぐるみ。昼間日菜がくじ引きでゲットしたアイツだ。

他の戦利品は日菜が自宅に運び込んだが、こればっかりはどうにも手に余るという事で事務所のマスコットにしたのだ。

因みに名前は「ナギ」くんという。日菜が命名したのだが、見ていると今日の出来事を思い出しやる気が漲って来るから、らしい。

 

 

 

「……あぁ、でも絶妙な手触りっす…。」

 

 

 

モフモフと早速感触を楽しんでいる麻弥ちゃんの背中にもう一つ、進捗状況を報告する。

 

 

 

「あ、そうだ。バンドの割り当て、後二人な。」

 

「えぇ!?何やる気になってんすかぁ!」

 

「やる気になったのは日菜だよ。」

 

「……………ギター?」

 

「よくわかったな。」

 

「そりゃわかるっすよ!」

 

「お姉さんもギターをやってるかららしい。」

 

「……その言い方だと、お姉さんの事知らないみたいっすね。」

 

「しらん。」

 

「一回見に行ったじゃないっすか。」

 

「誰を。」

 

「お姉さん。」

 

「どこに。」

 

「ライブハウスっすよ。」

 

「そりゃいったけど……」

 

 

 

まさかあの日目にしていたというのか。そこそこの期間が空いてしまっているがために思い出すのも一苦労だが、ギターを弾いていて日菜に似た感じの…ううむ。

 

 

 

「ほら、湊さんの引き抜き交渉したバンド。」

 

「…ええと、なんつったっけ、ろぜ…ろす…ろし……」

 

「Roseliaっす。」

 

「そうそうそんな感じだ。……え、あそこのギター?」

 

「そっすよ。氷川紗夜(さよ)、日菜さんの双子のお姉さんっす。」

 

「……。」

 

 

 

あぁ、何だか無性に納得だ。確かに雰囲気も真逆って感じだし。

しかし、流石に情報通な麻弥ちゃん。この手の話題に関しては知らない事なんか無いんじゃないか?相変わらずモフモフと顔を突っ込んでいる彼女だが、仕事と活動の合間に何故そうも情報を集める余裕が……と彼女のデスクに視線をやれば、事務所に於いては異様な存在感を放つ木の棒のようなものが。

近付き手に取ってみればカラカラと小気味よい音がした。

 

 

 

「!?…っあぁあー!!駄目っす!!見ちゃ駄目っすぅ!!!」

 

 

 

…なるほど、これはつまり。

 

 

 

「…麻弥ちゃんってさ、何だかんだ言いつつすげぇやる気あるよね。」

 

「むぉぉおおおお!!!恥ずかしいっすぅぅうう!!!」

 

 

 

ガールズバンド…か。

 

 

 




日菜ちゃん陥落




<今回の設定更新>

○○:プロデューサー、始動――!
   プロデューサーってすげぇ打ちにくい。

麻弥:陰の功労者。この会社で一番死にかけてる。
   有能さが尋常じゃなく、ドラムスティックを持たせれば驚異のテクニックを
   目の当たりにできるらしい。
   最近は神が伸びて来たので専らポニーテール。

社長:下ネタだぁいすき(チュ)

日菜:少々闇を抱えているがその反動の様に明るく元気一杯。
   大丈夫、この世界線ではお姉ちゃんと拗れません。
   孤独故に意外なところで世間知らずっぷりを発揮したり半端じゃなく空気が
   読めなかったりするがとってもいい子。
   主人公に出逢い、主人公と共にもっと面白い物に出逢うためアイドル活動を
   頑張る気になったらしい。


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【宇田川巴】食えや通えやすゞやでソイヤ!
2020/02/21 食の開拓


 

 

 

食というのは実にいい。何も考える必要はなく、何を気負う必要もない。

好きなだけ時間をかけて自分を満たせるだけの量を食べれば良いし、足りなければまた次を食べれば良いのだ。

社会も、生活も、仕事も、人間関係も、何の柵も考えずにただ自分の欲を満たす。

 

そして今日も、すっかり行きつけとなった近所の小さな民家のような店に入る。外装を派手派手しくした昨今の飲食店も嫌っているわけではないが、ここの店主とは祖母を通しての昔ながらの知り合いだ。

個人経営ながら地域の常連によって成り立っているここ「食堂 すゞや」。気持ち程度の暖簾だけを潜り入れば、テーブルに顔なじみの爺さんが座っているだけの……ん。

 

 

 

「いらっしゃぁい。」

 

「ども。」

 

「カウンター?」

 

「あぁ。」

 

「いつものかい。」

 

「あーいや、今日はどうしようかな。」

 

 

 

ゴトゴトと音を立てる木製の椅子を引き、カウンター席に着く。四席並んだだけの簡素なものだが、この左から二番目の席…昔から決まって俺が座っている謂わば指定席というやつだろうか。

この店、指定などせずともまともに席が埋まることはほぼ無いに等しいのだが。座りメニューを手に取ってみて気づいたが、中々この店で見ることのなかった若い女性がカウンター席にいるではないか。今時食べログにも載っていない上看板一つ無いここにどうやってたどり着いたのかも分からないが、全く以てこの店の場末感に見合わないパンクな女性である。

真っ赤な髪に胸元のはだけた肩出しの服装。…寒くはないのか。

 

 

 

「…………。」

 

「おや、今日は珍しくメニューを見るんだねぇ。」

 

「え?……あ、あぁ、たまにはね。」

 

「まぁゆっくり選んだらいいさ。…と言っても、大して多くもないメニューだがねぇ。」

 

 

 

初見だと爺さんか婆さんかわからない店主が言うだけ言い残して厨房へ下がっていく。老夫婦が経営するこの店に他のスタッフなどいない。先程も言ったように存在感が絶望的なほど死滅しているこの店は求人の一つも出しやしないし、若者が寄り付かないせいでアルバイトもいない。

…まぁそれほど繁盛している店でもないし、二人でも充分回ってはいるんだろうが。それよりも今は飯だ。

 

 

 

「…………。」

 

「………ん。……ぉああ、もしもーし?……おう。……………あ?……あー………うん。………おっすー。」

 

 

 

メニューに目を戻した直後、隣の若いロン毛がかかってきた電話にそのまま出た。大声とまではいかないがそこそこの音量で適当に受け答えをして切ったようだが…。

 

 

 

「おい、店だぜここは。」

 

「あぁ?……知ってるよ、飯食ってんだろ。」

 

「電話。声量をもうちょっと考えやがれってんだ…。」

 

「……あぁそういうことか。いやー悪いな、友達からかかってきちゃってさー。」

 

「そうかい。」

 

 

 

煩いオッサンと思われても仕方がない、が、そのあまりに周りに無遠慮な振る舞いが目に付いたのでつい言葉を発してしまったのだ。

近頃の若い子にしては珍しく素直に受け取ってくれたようだ。もう少し反駁があるかと思っていたが、少し肩透かしを食らった気分である。ついじっくりと見てしまったためか、古びたテレビの音声が支配する店内に耐え兼ねてか、彼女の方から言葉を続けてきた。

 

 

 

「…あんた、何も頼まないのか?」

 

「あー……いや、いつもはこの「サバの味噌煮定食」だけだったんだがな。…今日は気分を変えてみようとしたんだが如何せんほかのメニューは…なぁ。」

 

 

 

半分はお前のせいでもあるぞ、とは言わなかった。

 

 

 

「ふーん……。」

 

 

 

箸を咥えメニューを手に取る彼女。ページは無く、観音開き一発のみの小さなものだったが彼女は隅々まで眉根に皺を寄せて視線を這わせている。

選んでくれているのか?

 

 

 

「おっ、これは?」

 

「ん。」

 

「どーん!味噌ラーメーン!」

 

「………。」

 

 

 

いや確かに普段味噌煮を食べているとは言ったが、この味噌は違うだろう。気付けば彼女が食しているのも恐らくラーメン。…ラーメンが好きなのか。

 

 

 

「あのなぁ、俺もそこそこいい歳だし、昼前のこの時間にあんまりこってりしたものは…」

 

「あぁ?分かってねーなー。アタシはこの辺全てのラーメンを食ったんだけどさ、ここの味噌ラーメンはまさかのサッパリ系なんだよ。」

 

「いやしかし、ラーメンはラーメンだろ…」

 

「いーかいーから、何なら今日はアタシが奢るからさぁ!一度食ってみて判断しろってー。」

 

 

 

…奢られるかどうかは別として、彼女の言うことは一理あるやもしれない。この店ではラーメンを食べたことがないのであれば、それが油濃いものかどうかも想像でしかない。

……彼女に踊らされるような気分で少し気恥ずかしい気分だが、今日の昼食は意見を取り入れたものにしてみようと思った。

 

 

 

「ふむ。わかったよ。」

 

「おっ、行く?ミソラ!」

 

「みそら…?若い子はそう略すのか。」

 

「若い子っつーか、アタシとモカくらいかなぁ。別に流行りとかじゃないよ。」

 

 

 

たまには若い文化に触れるのもいい。繰り返しの日々を生きることによって枯れ始めた脳が呼吸を始めた感覚だ。

店主を呼び()()()を注文。少し驚いた顔をしていたが、隣の彼女を少し見て何か納得したような様子だった。やがて件のラーメンが運ばれてくるまで、食事を終えてしまったであろう彼女とは一言も交わさなかった。

 

 

 

「あいよお待ち。」

 

「おぉ……!」

 

 

 

濁りのある湯気たっぷりなスープ。ラーメンと言えば専ら塩派だったが、この香りと差し出される七味唐辛子は新鮮である。隣の赤髪のおすすめ通りに二度ほどトントンと小瓶を振る…スパイスの鼻に響く香ばしさが幾分か食欲を倍増させる気がした。

さて実食。まずはスープから行ってみよう。

 

 

 

「………ほ…う。」

 

 

 

確かに油気が少ないような気がする。これであれば、この時間帯でも胃凭れを起こすことはないかもしれないな。

続いて麺……なるほど縮れ麺、すこし固めだな。先ほど振り入れた七味唐辛子の味も相まって、引き立てられる味噌味にはこの固さが合っているのかもしれない。

俺は野菜だの肉だのがこんもり盛られているラーメンがあまり好きじゃない。好き嫌いをするわけじゃないが、肝心のラーメンにたどり着く前に食べ疲れを起こしてしまうからである。ああいったラーメンを自信たっぷりに提供する料理人は一体何で勝負するつもりなのだろうか。

それに比べてこの味噌ラーメンは、チャーシュー、メンマとなると、少量のネギにわかめにコーン…とシンプルながら邪魔にならない程度の存在感を放つ。これでいいんだ。

 

 

 

「…どうだ?」

 

「あ、あぁ……これはこれで、悪くない…かな。」

 

「!!…だっろぉ!?いやぁーあんたが分かってくれる人で良かったぞぉ!」

 

「……あぁ、まぁ。」

 

 

 

バンバンと人の背中を遠慮なしに叩きおってからに。…間違いない、この女性は俺の苦手な部類に属する女性だ。

それも、この店と食を通していなければの話だが。

 

 

 

「……アタシ、(ともえ)!」

 

「…あん?」

 

「名前だよ名前、宇田川(うだがわ)巴ってんだ!」

 

「名前なんか聞いちゃいないが。」

 

「なんだよー、連れないこと言ってんじゃねえよ…。さっきおやっさんと話してたの見てたけどさ、あんたここの常連さんだろ?」

 

「なっ…」

 

 

 

店主が爺さんであることを見抜いていたのか。こいつ、ただの一見じゃない。

もし常連なのだとするならばこれからも顔を合わせる機会があるかもしれない。ならば互いに名前を知っていても不都合はないか…?

 

 

 

「だからさ、覚えといて欲しいんだ。…あっついでにあんたの名前も聞きたい!」

 

「……っあー……」

 

「??」

 

「○○、だ。」

 

「○○ね。……そんじゃま、アタシは行くわー。」

 

「ん。悪かったな、とっくに食い終わってたのに。」

 

「いーんだ。アタシが聞きたかっただけだからさ、感想。そんじゃっ。」

 

 

 

言いたい放題言った彼女は満足したように笑ったあと、その長い赤髪を翻して店を出ていってしまった。残されたのは俺とすこし残っている味噌ラーメン。

店主も苦笑いで、彼女が置いていった料金と食器類を片付けている。

 

 

 

「おや。」

 

「…?」

 

「○○くん、ダメだよー女の子に奢らせちゃー。」

 

「はぁ?」

 

「これ。」

 

 

 

見せてくれた金はどう考えても一人分にしては多い。あいつめ、まさか本当に奢って行くとはな。

 

 

 

「…今度会ったらお返しに奢りますよ。」

 

「うんうん、それがいいそれがいい。…それでどうだい、ラーメンなんて初めてだよねぇ?」

 

「あー……」

 

 

 

また次もいいかもしれないな。ミソラ。

 

 

 




新シリーズ、巴編です。




<今回の設定>

○○:例のごとく主人公。25歳男。
   普段は近くの会社で運送業に従事している。
   趣味は食べ歩き、昼飯は専らこの小さな飯屋に通っている。
   因みにすゞやは作者が子供時代によく連れて行かれたお食事処です。

巴:ソイヤ要素少なめ(現状)のお姉さん。
  人見知りせず、誰とでも仲良くできるような性格。
  巴といえばラーメン、ラーメンといえば小泉さん。
  よく食べてよく笑う子です。


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2020/03/21 食の繋がり

 

 

 

「結局のところどっちが至高かって話なんだよー。」

 

「へぇ。」

 

「アタシは断然尻派なんだよ。けどモカがさぁ…」

 

「へぇ。」

 

「…っておい、聞いてんのかよ○○。」

 

 

 

目の前、カウンター越しに威勢よく話しかけて…もとい、雑談の濁流を垂れ流してくるエプロン姿の少女。…いや、少女と形容するには些か身長(タッパ)があり過ぎる彼女は、以前この「食堂 すゞや」で遭遇した巴さん。

話を聞くにどう考えても年下なんだが、一見年齢的な立場が逆転して見えるそうだ。ここの店主にも言われたが、俺チビだからなぁ…。で、その巴さんだが、暫く俺が来ないうちにここのアルバイトになっていたらしい。

「お陰でだいぶ楽になってさー」と話す店主も、活きの良いのが入って満更でもないようだ。

 

 

 

「聞いちゃいるが…俺は別に、そんな尻だの胸だのに興味はないんだが。」

 

「はぁ!?おいおい、そんなだからずっと独身なんだぞー。…あ、注文決まった?」

 

 

 

が、如何せん元気が過ぎる。

 

 

 

「まだ。」

 

「はやくしてくれないとさー、アタシ休憩入っちゃうぞ??」

 

「入ればよかろ?」

 

「ばっか…あのさ、ここで働き始めて思ったんだけどさ。自分の作った料理を食べた人が喜んでくれるってすげえ嬉しい事なんだよ。」

 

「で?」

 

「だからぁ…お前の分も作ってやりたいんだってば。」

 

 

 

言いたいことは分からんでもない。が。

それとこれとは話が別で、どう足搔いても越えられない現実があった筈だ。

 

 

 

「…巴さんが作る訳じゃないだろ?」

 

「…………なんで?」

 

「いやその、立場上…店長も居るんだし。」

 

 

 

寂れた田舎の一店舗…とは言え、料理を客に提供する為にはそれ相応の資格が必要である。具体的に言えば免許や許可証と言ったものだ。

店主については今更疑うまでも無いが、目の前の赤髪はただの高校生バイト。資格が無ければ料理で金をとることは…

 

 

 

「あぁそれね。」

 

 

 

店と厨房を隔てる簡易的な暖簾をくぐり店主が顔を出す。相変わらず俺のほかには客のいない店内だし、話し声が聞こえたんだろう。

 

 

 

「宇田川ちゃんには調理もやってもらってるんだよ。」

 

「え。…免許とか、いらないの?」

 

「うん。あのね、お店で調理業務に携わるだけなら、免許とか資格とかそういうのって要らないみたいなんだよね。…勿論、開業するなら話は別だけども。」

 

 

 

なんと。店主の話によれば、開業に当たって章句品衛生管理責任者とかいう資格は取得する必要があるが、調理に関しては特に要求されるものはないとの事。…つまり。

 

 

 

「…じゃあやっぱり、俺は巴さんの料理を?」

 

「宇田川ちゃん、こう見えて案外器用なんだからー。最近お客さんにも人気だし。」

 

「ちょ、てんちょー!こう見えてって何すかもぉー!」

 

 

 

…腹を括るしかないのか。じゃれ付くだけじゃれ付いて奥へ引っ込んで行ってしまった店主に助けを求めることも出来なかった。仲いいなぁ。

「で?」と再び訊いて来る巴さんは、事実上の後ろ盾も手に入れたせいで少し威張り気味だ。

 

 

 

「……今日もいつも通り味噌煮定食で…」

 

「えぇ?またぁ?」

 

「…君と会うのは久しぶりだと思ったけど。」

 

「てんちょーから聞いてんの。○○はどうせ味噌煮定食だからってさ。」

 

「……。」

 

 

 

確かに社会人になってからはこれ一筋だ。たまに一品、サラダを付けたり煮卵を付けたり、その程度のバリエーションこそあったがメインはすっかり「いつもの」と化していたし。

そもそもその情報を握っておきながら何故この子はメニューを問うてくるんだろう。

 

 

 

「はぁーあ。じゃあ味噌煮定食な?作って来るから、少し待ってろ。」

 

「…不満かね。」

 

 

 

袖を捲る姿は中々に勇ましかったが、妙に納得のいっていない感じで厨房へ消えていく。ボソリと思わず呟くもそれを聞く人間はおらず。

することも無いのでメニューを仕舞い、カウンターの胡椒瓶を読む作業に入った。

 

 

 

「てんちょー!アタシ休憩入りますー!」

 

「あいよー」

 

 

 

少ししてそんなやり取りが聞こえてきた。いや君が作るんじゃなかったんかい、と心の中で小さくツッコミつつ、店主のいつもの味が堪能できることに安堵も覚えていた。

また少しの時間を置いて、盆に料理を乗せた巴さんが戻って来る。エプロンは外しており、ポケットからスマートフォンがはみ出している。成程休憩をこちらで過ごす気らしい。

 

 

 

「あい、おまちどー。」

 

「へ?」

 

「…へ、じゃねえよ。サバの味噌煮定食。」

 

「…巴さんが、これを?」

 

「あたりきよ。アタシが作るって言ったろ??」

 

 

 

ふむ。目の前に置かれたそれは、見た目に関しては店主の逸品とそう相違が無いように見える。香って来る程よく甘い香りも食欲をそそり、ふわりと盛られた白米もてらてら輝いている。

そのまま隣の椅子に腰を下ろした巴さんは、続いて自分用と思われる料理を並べていく。緑だけでなく紫や橙もちらほら見えるバランスのよさそうなサラダに何かの肉を…これは素揚げしたものだろうか。そしてメインとなるのは存在感も香りも主張たっぷりなカレーうどん。「店長がカレー食べたいって言うからついでに」との談だ。

 

 

 

「まかないもやっぱり、自分で?」

 

「おう。中々のもんだろー?」

 

「ああ。時間もそんなにかかっちゃいないし、本当に料理できるんだな。」

 

 

 

おしぼりを広げて手を拭く巴さんから目を切り、手を合わせていざ実食へ。…ここはまず汁物、日によって具が違う味噌汁から行こう。

一口啜り、少し磯の香りが強い事に気付いた俺は思わず深い息を吐く。成程、今日の編成は「ふのり・小エビ・ネギ・わかめ」のコンビネーション。ふのりの優しくも控えめな磯の香りにネギの食感・小エビの塩気がいいアクセントになっていて中々にベターマッチだ。飽く迄添え物の味噌汁だが、まだ肌寒いこの時期には嬉しく染み渡る逸品だ。

さて次は肝心の鯖 。箸を入れればすんなりと沈み込む柔らかさ、解せば中のホロホロとした身が顔を出す。しっかり味の染みも感じさせる、錆色に染まった皮下の肉厚な身を一口頬張れば、実家で昔味わったような深みのある甘塩っぱさが広がる。引寄せられるようにして白米を口へ放り込めば、ふかふかと質のいい毛布にくるまれた様な安心感。店主の教えがあったとはいえ、この元気過ぎる少女にこの味が出せるとは。

 

 

 

「……○○ってさ。」

 

「んむ?」

 

「…ほんと、美味そうに食うよな。」

 

「……んぐ。…あぁ、実際美味いからな。いや人は見かけによらないな。」

 

「……へへっ、頑張った甲斐があったよ。」

 

 

 

人は見かけによらない、というのはスルーしてもらえたようで、頬を掻きながら笑う巴さん。確かにこれ程の腕前なら調理も任されるだろ。

 

 

 

「…まぁ、これ以外のメニューはまだまだだけど…」

 

「何か言ったか?」

 

「ん!ううん!!なんも言ってないぞ!」

 

「??」

 

「それより、これ。少し多めに作ったから○○にもやるよ。」

 

 

 

何やらボソリと聞こえた気がしたが、こちらの皿の空きスペースにボトボトと乗せられる狐色の物体に話を切られた。多いからと言っても、メニューにはない賄い料理など貰っても良いのだろうか。

特に何も言わないまま眺めていると、例の物体を移し終えた巴さんが少し怒ったような声で、

 

 

 

「食事はバランスだかんな。サバばっか食ってると、○○もサバになっちまうぞ。」

 

 

 

と付け足した。

 

 

 

「ははっ、何だそりゃ。いやでも有難いな…これは何だ?」

 

「ササミ。」

 

「…鶏?」

 

「ん。ちょいと下味をつけてだな、衣とかは無しにさっと揚げたものなんだけど…まぁ食ってみろよ。」

 

「……なるほど。」

 

 

 

物体の正体はササミ肉の素揚げだったらしい。謎が解けたところで、実食。

…ほほう、程よい加熱だったのか肉が硬くなっておらず繊維質も筋味を感じさせない。下味と言っていたのはこの少し大蒜の利いた和風テイストの塩気の事か。唐揚げの下味のような要領で漬けたのだろうか。

確かにこれは、普段あまり肉を食べない俺でもついつい箸が進んでしまうような…うん、米ともよく合うし、酒のつまみにもいいかもしれない。

 

 

 

「…おぉぉ…。」

 

「へへっ、やっぱ嬉しいもんだね。…○○、すっげぇ顔に出んじゃん。」

 

「お?おお??」

 

 

 

ニヤケ面の巴さんに指摘され自分の頬に触れてみればどうしたことか、仏頂面だの愛想が無いだの叱られる俺が自然と笑みを浮かべているではないか。

成程、美味い料理には人を笑わせる効果もあるらしい。

 

 

 

「…参ったな、正直巴さんを舐めていたかもしれん。」

 

「あん?」

 

「いや、美味いよこれ。お世辞抜きに、何と言うか…うん、俺好みって感じだ。」

 

「……っ、あ、ありがとう。」

 

「家でも料理してるとか?」

 

「ま、最近は親に教わったりしてな…。このササミ揚げも、母さんに教わったんだ。」

 

「ほー。」

 

「…ここまで絶賛されるとは思ってなかったけど、所謂「家庭料理」ってやつだろ?」

 

「意味合い的にはそうなるな。」

 

 

 

他人と言葉を交わしながら摂る食事。それもその相手が作ってくれたもので…となると、何だか少し擽ったいが悪いものじゃない。

実家でもあまり家族と共に食事をしなかった俺も、この歳になってその良さを体感している。互いに少しずつ料理を突き合ったりしている内に、気付けば結構な時間が経っていたようで。

 

 

 

「んぁ、そろそろ休憩上がんなきゃな…」

 

「ああ、話し込んで悪かった。…すっかり満腹だ。」

 

「はははっ、アタシもお喋りは嫌いじゃないんだ。飯だって、ここに来たらいつでも作ってやるよ。」

 

「そりゃよかった。…いつでもって訳にはいかんだろ、シフト制だろう?」

 

 

 

店自体は休業日無く毎日営業しちゃいるが、流石にアルバイターの身で毎日出勤と言う訳にはならないだろう。となれば当然シフトに従って業務を担当になるはずだし、高校生の彼女相手に飯を作れと頻繁に押し掛けるのも気が引ける。

 

 

 

「…んー……あ、じゃあさ、連絡先教えとく。」

 

「連絡先?…別にここの電話番号くらい知ってるぞ。常連なめん」

 

「あ、アタシのだよ。…そしたら…シフトも教えられると思うし、その、暇な時とかに、今みたいにお喋りも…できるし…だから、その…」

 

 

 

何と言う事だ。生まれてこの方家族か仕事関係の人間しか登録されなかった俺のスマホにプライベートな繋がりの人間が並ぶのか?それも女の子…高校生だって?

正直犯罪臭が途轍もない事になっているが、目の間の巴さんもかつてない程にもじもじしている。揺れる赤毛を見ながら俺は、遠くサイレンの音を聞いた気がした。

 

 

 

「…ま、まあ、あれば確かに便利っちゃ便利で…」

 

「お、おう……じゃあ、これ、アタシの…」

 

 

 

もじもじもじもじもじもじもじもじ……他に人の目が無くて良かったと心底思う。きっとこの時の二人は、酷く不審だったと思うから。

登録してみれば彼女のアイコンは、何やらスタイルがいい女性の首から下の写真で、そういえば最初はそんな話をしていたと思いだす。

 

 

 

「何だねこのフシダラなアイコンは。」

 

「…あぁ、幼馴染。」

 

「幼馴染?…なに、君そっち系の人なの?」

 

「ち、ちが……もう、いいだろアイコンの話は!シフト後で教えるから!」

 

 

 

今日も収穫が沢山だった。巴さんは以外にも料理の腕が確かな事、巴さんはどちらかというと尻派なこと、ココに来たら巴さんとまた会える事。

…気付けば巴さん絡みのことばかりなのだが、この時は胃が満たされていたせいか全く気づけていなかった。

 

 

 

「……ご馳走様。また来るよ。」

 

「ああ。」

 

 

 

行きつけの店が、俺の中で更に大きくなっていく。

 

 

 




美味しさの追求




<今回の設定更新>

○○:あまり表情が無い方。
   和食好きだが、家では専ら手早さと手軽さを求めた加工品を選びがち。

巴:料理って楽しい。
  バイトの収入は家に入れる派。


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2020/07/03 食こそ悦び

 

 

 

さて。

あれ以来巴さんのシフトの日を選んで足を運んでいるこの店だが。ああいや、語弊の無いように言っておくと、別に彼女と時間を過ごしたいがためにそうしている訳じゃない。彼女の方から、どうせ来るなら自分が居る時にと釘を刺されているのだ。

傍から見れば女子目的で飯屋へ通っているようにも見えなくはないが、俺自身毎度頂ける"おまけ"が嬉しくもあり、ついつい言うとおりにしてしまっている訳だ。

ところが今日はどうだ。

 

 

 

「シフトじゃないってのに何でまた…」

 

 

 

独り言ちりながら年季の入った店のドアを開ける。

適度に冷房の利いた店内には…成程相変わらず人は居ない、か。

最近巴さんの意見によりSNS…ソイッターの公式アカウントを開設したらしいこの店だが、あまり効果は上がって居なさそうだ。

 

 

 

「おっ。」

 

「……成程、お客としても来るんだね。君は。」

 

 

 

いつもの自分の定位置を空け、相変わらず目に映える赤髪を翻し振り返る。見知った顔というか見飽きた顔というか、人の顔を見るなりニンマリと口を曲げる。

挨拶の言葉の代わりに右手を軽く挙げ、巴さんの隣に腰を下ろした。

 

 

 

「悪かったなー。忙しくなかったか?」

 

「忙しいっちゃ忙しいけど…ね。大事な要件だったんだろう?」

 

「へへ…まあ、その、なんだ…別に大した用事じゃないっつーか…」

 

「…なら帰る。」

 

「あぁ嘘!ウソウソ!真っ赤な嘘だ!!ほら見ろ!アタシの髪も真っ赤だ!!」

 

 

 

全く。何を取り繕ったのか、ヘラヘラしている彼女も俺の帰る素振りに態度を一変。最初から素直になればいいものを。

冗談はさて置き、鞄と上着を丸スツールの脇に置き、折角だからとメニューを開く。

隣ではバツの悪そうな顔の巴さんが小さくなっていた。

 

 

 

「…それで?大事な要件ってのは?」

 

「ああ…。実は――」

 

 

 

彼女曰く今日は彼女の妹さんの誕生日らしかった。夜に幼馴染達を集めた誕生会をやるのだが、どうにもプレゼントが決まらない、と。

そんな話をしながらどんどん小さくなっていく巴さんを見ながら、姉というのも大変な役職だとつくづく感じた。

一人っ子の俺には一生縁のない悩みだが。

 

 

 

「なるほどね。話は分かった。」

 

「……協力、してくれるか?」

 

「…俺が断ったとしても、君はこの後探し回ることに変わりないだろう?」

 

「そりゃまあ。」

 

「………はぁぁぁ。ちょっと待っててくれ。」

 

 

 

確か今日の午後はそう重要なタスクも残っていなかったはずだ。午前中の内にある程度の業務は終わらせたし、残る退屈な事務作業の事を考えると人の為に時間を割く方が幾分かマシだろう。

毎度お馴染みの店主に昼食分のオーダーを伝え、一旦店の前へ。ポケットから業務連絡用に使っている携帯電話を取り出した。

 

 

 

**

 

 

 

「ただいま、巴さん。」

 

「うん…。」

 

 

 

戻ってみると巴さんの前には料理が出ていたが、彼女はそれに手を付けることもなく俯きがちに座っていた。成程、御膳から立ち上る湯気を見るに出来立てからそう時間は経っていないのだろう。

 

 

 

「食っちまおう、昼飯。」

 

「………あの、さ、○○。」

 

「ん。」

 

「急にあんな事言っちゃってごめん…な?妹の誕生日とか、○○にはあまり関係ないもんだもんな…。」

 

「ああ、何かと思えばそのことか。」

 

 

 

あまり深く考え込むようなイメージが無かった。

彼女は何と言うか、いい意味で男勝りというか、歯切れの良い印象があったから。頼みごとをした後で申し訳なさに苛まれるなど、実に彼女らしくないと思い、不意に笑いだしそうになってしまった。

会話の邪魔にならないように小声で「はいお待ち…」と、サバの味噌煮を置いて行く店主を横目に、努めてまともな声のトーンで食事を促した。

 

 

 

「回る店とか、探すものとか。目星はついてるんだろうな?」

 

「…一応。」

 

「さすが巴さん。ならまずは腹ごしらえといこうじゃあないか。」

 

「…。」

 

「午後、丁度暇してたし手伝える限り手伝うからさ。妹さん、喜ばせてやろう。」

 

 

 

信じられないものでも見るように、大きく見開いた目を勢いよく向けてくる。驚かせてしまうようなことは言っていないと思うが…まさか冗談のつもりだったのだろうか?

俺としては、彼女の目の前で揺れている味噌汁が零れて仕舞わないかだけが心配だったが。

 

 

 

「…ま、マジか!?」

 

「…もしかして冗句――」

 

「ち、ちがうよ!本気だ!!…でも、本当に、いいのか?」

 

「…おじさんのセンスでよければ、だが。」

 

 

 

何せ十近く離れた女の子に贈るものだ、サラリーマン風情の感性が役立つかどうかは正直微妙である。

それでも、巴さんに選択肢の一つでも提供できれば、とは思う。

 

 

 

「それよりさ、美味い飯を冷ましてしまう方が俺的には不安だよ。…食べよ?」

 

「……へへ。○○、思ったよりいい奴だな。」

 

「何だと思ってたんだ。」

 

「しょぼくれた、寂しそうな大人?」

 

「言葉はもっと選ぶべきだぞ。」

 

 

 

結構刺さった。

が、多少なりとも元気を取り戻してくれたようで一安心だ。まだまだ子供なんだから、俺にくらいは気を遣わず申し訳も考えずにぶつかってくれていいのだから。

 

 

 

「いっただきまぁす!」

 

 

 

元気よくサラダから掻きこみ始める彼女を見ながら、安定の味に舌鼓を打った。

 

 

 

**

 

 

 

「さて。」

 

 

 

思えば、二人で店を出るのは初めてかもしれない。飽く迄この店の中での付き合いだと思っていたこともあるし、プライベートな部分にまで浸食が及ぶような間柄になるとは予想していなかったからだ。

 

 

 

「今日も美味かった…よな!?」

 

「ああ。確かにそうだが…話題の振り方が雑すぎやしないか?」

 

 

 

今更確認するまでもなくあの店の料理は絶品だ。

他の客で賑わっている様子は見たことが無いし想像も出来ないが、売り込みようによっては繁盛もするだろう。いやいやそんな事を考えたいわけではない。

 

 

 

「プレゼント、だったか。」

 

「お、おう!」

 

「声がデカいよ、緊張してんの?」

 

「う、うるさいな!」

 

 

 

そんなに気負う事もないだろうに。何故かガチガチに凝り固まっている巴さんと、「取り敢えず行ってみたら何かあるんじゃないか」程度のノリで近場のモールへ遣って来た。

多種多様なテナントも入っているし、今時の子としてそれなりの感性を持っているであろう彼女が練り歩けば何かしら目に付くだろうとの浅い計画だったが。

相変わらずよく通る声をバンバンと連射する巴さんを連れてまず入ったのは二階に上がってすぐのアクセサリーショップ。妹さんという事で余程の事でもない限り女の子だろうと踏んでの提案だ。…まぁ、最近は色んな子が居るからね。

店員の視線が刺さるような感覚を覚えたが、こんな平日の昼下がりだ…制服姿の少女とスーツ姿の男性の組合せが不審なのだろう。

 

 

 

「……おっ。」

 

「?」

 

 

 

目に眩しいばかりの装飾の中を進み、巴さんが足を止めた場所を見やれば…。

 

 

 

「………ふむ。」

 

「…まさか、それを妹さんに?」

 

「…好きなんだよ、アイツこういうの。」

 

 

 

手に取りまじまじと観察しているのは透明な硝子玉が七つ埋め込まれ禍々しく金に光る龍の装飾が成された手のひらサイズの鏡。

それを好きという女の子があまり想像できたもんじゃないが、所謂アレだろう。()()()とか何とかいう、そういう子達。

そもそも鏡として使うには装飾が邪魔すぎるし、硝子玉も妙に安っぽい。値札を見れば硬貨だけで買える金額が記されているし。

 

 

 

「……じゃあ、一個目はそれで決まり?」

 

「ああ。…まずい、かな。」

 

「いや、お姉さんである君が良いと思えばいいんじゃないかな。」

 

「…○○だったら、嬉しい?これ。」

 

「全然。」

 

「うぅ…む。」

 

 

 

鏡なら洗面所で十分だし、何よりもその…意匠の部分がどうにも使い辛い。一応社会に身を置く大人としては。

即答してしまったが、この様子ではいつまで経ってもプレゼント選びに終わりが来ないと危惧し、慌ててフォローに入る。

 

 

 

「あぁいや、その、なんだ…妹さんは、どんな子なのかね?」

 

「ええっと…すげー元気で、好奇心が強くて、アタシの真似ばっかしようとする感じ…かな。」

 

「ほうほう。」

 

「あと、いんたーねっと?のゲームに嵌ってて、すげー難しい言葉使って話すんだよ。」

 

「…難しい?」

 

「おう。漆黒の~とか、深淵が~とか…ま、アタシにはよく分かんないんだけどさ。」

 

 

 

ああ。何となく理解した。

それならこういったアクセサリーも好きだろう。

間違いない、まだ見ぬ彼女は正真正銘の中二っ子だ。

 

…恥ずかしながら、そのイメージは昔の自分に重なる。俺も高校生くらいまでは、口に出すのも悍ましいほど痛い奴だったのだから。

某ゲームの素早さ上昇呪文を唱えながら徐に走り出したり、自分で考えた強そうな漢字の羅列に過ぎない技名を叫びつつ窓ガラスを破壊したり、やり放題だった。

 

 

 

「…喜ぶんじゃないか?その鏡。」

 

「ほんとか!?」

 

「ああ。…その方向で、色々攻めてみようか。」

 

「やっぱ大人が居ると違うな!○○が来てくれると捗る!」

 

 

 

…複雑だ。

 

 

 

**

 

 

 

その後も幾つかのテナントを周り、四時間程経った頃には彼女の両手が一杯になる程の紙袋が。その数は美しき姉妹愛の表れであると言えよう。

少し持とうかと提案するも断られる一方で、何とも手持無沙汰が落ち着かない。…と。

 

 

 

「ほう…!」

 

 

 

玄関近くにある食料品売り場。…その青果コーナーで、少々立派に育ち過ぎた感のあるドデカい西瓜を見つけた。自分の頭よりも大きそうな、はち切れんばかりの果実。

思わず声が出てしまうほど俺の視線を引寄せて離さない一玉に、つい歩み寄ってしまった。

 

 

 

「どした?………おぉ、何だそれデッケェ!!西瓜!?」

 

「立派だよなぁ。…ま今の時期にピッタリっちゃピッタリか。」

 

 

 

そういえば俺から妹さんへのプレゼントはまだ買っていなかった。…いや、そもそも面識もない上に下手したら存在も知られていないであろう。そんな見ず知らずの男からプレゼントだと物を贈られても、気味悪く感じるだけだろうが。

少々悩んだが、これは誕生会への差し入れという事にしよう。行き当たりばったり的で計画性も何もあったものじゃないが、それはそれ。夏の風物詩とも言えるコイツがあれば、多少なりとも盛り上がりに一役買えるかもしれないじゃないか。

 

 

 

「…おっ、えっ、買うのか?それ。」

 

「うん。…まずいかな?」

 

「いや、凄く美味そう…。」

 

 

 

そう言う意味じゃないが。

 

 

 

「上手く言えないが凄く惹かれてね。…買ってくるから、ちょっと待っててくれないか。」

 

「おう……○○って、フルーツだと大食いなのか…?」

 

「ははっ。」

 

 

 

レジの店員もかなり驚いた顔をしていた。が、その価格もあってかなりお買い得な買い物だった。

待たせても悪いので袋詰めはせず、ネットにフックを付ける形で担ぎ上げて巴さんの元へ。すぐに帰路へと就いたのだがやはり彼女はこれが気になるようで。

 

 

 

「……なぁ、その西瓜…」

 

「すごいよなぁ。こんな大きいの初めて見たよ。」

 

「お、おう。………。」

 

 

 

チラチラと視線を寄越しては俺の顔と見比べている。何を考えているのやら。

 

 

 

「今日の誕生会、何人くらい来るんだね?」

 

「えっ。……ええと、アタシに、ひまり、蘭、つぐ、モカ…あとはあこの友達も二、三人だから…。」

 

「……まぁ、充分事足りるだろうな。」

 

「何の話だ?」

 

 

 

十人少々でも十分満足できる量だろうこれは。どうにも話を掴みあぐねている表情の巴さんだが、あれだけチラ見していた西瓜も今は意識外にあるようだ。

 

 

 

「最初は俺からも何かプレゼントを用意しようとしていたんだがな。」

 

「…?うん。」

 

「知り合いでもないのに不気味だろう?…だからこれは、せめてもの気持ちって事で――」

 

「………??」

 

 

 

遠回し過ぎたのか、はたまた彼女が馬鹿なのか。まるで思考が追い付いていない様子の彼女に、下手に取り繕った言葉は不向きだと判断した。

 

 

 

「この西瓜、今日の誕生会で食ってくれないか。」

 

「……!!…○○、食わない…の?」

 

「俺一人暮らしだしさ。…あの店以外じゃ碌に食事も摂らないから、持って帰っても困るんだよ。」

 

「…じゃあどうして買ったんだ?」

 

 

 

確かにそうなるわな。

素朴すぎる質問に、俺も笑ってしまいそうになる。

 

 

 

「妹さんおめでとうってことで、差し入れ。」

 

「ぉあぁ…!い、いいのか!?」

 

「……ああ。…巴さん、好きだろう?西瓜。」

 

「好き!!」

 

 

 

いい返事がもらえたところで、今日の残り任務は宇田川家への西瓜搬入となった。とは言え、彼女曰くもうすぐ着く距離だという。

左手の鞄と時たま持ち替えつつ、ズシリと肩に来る西瓜の重みにどこか幸福感を覚えていた。

美味いものは人を笑顔にする。例えばそれが、行きつけの店の外であったとしても。

 

 

 

「さんきゅー○○!!」

 

「ん。…おめでとうって伝えといて。」

 

 

 

そう、俺は信じている。

 

 

 




一応あこちゃん誕生日回。
本人は出ないという初の試み。




<今回の設定更新>

○○:美味いものがあれば世界は平和になると思っている。
   西瓜、デカかったです。

巴:中二病がイマイチ分からない…が、元病人の協力の元素敵なプレゼントが用意できた
  ようだ。
  西瓜、すき。わーい。


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【よろず】日替わりMOUSOUランチ
2020/02/27 はぐはぐでhshs


 

 

 

お、石が貯まったぞ。早速ガチャでも回してみようか。

 

ソーシャルゲーム、それは無限に金を巻き上げ、魅了された者の生活を破綻させる魔性のツール。

ある者は稼ぎをつぎ込み、またある者はなけなしの小遣いを突っ込む。破滅の様は十人十色…ゆっくり、しかし確実に破滅への道を歩んで行くのだ。

勿論、ボクもその一人。今日も今日とて少ないバイト代を――

 

 

 

「やめなさい。」

 

「あいたぁ。」

 

 

 

今正に最終確認のアイコンをタップしようとしたところで、リアル嫁のまりなタソに拳骨をもらう。リアル嫁とは読んで字の如く、リアルに存在する三次元の方の嫁である。

リアルじゃない方?それはもう、無数に、星の数ほどいるのだよ。ふひひ。

 

 

 

「○○くんこの前もいっぱいお金使っちゃってたでしょ?夢を掴むーとか言って。」

 

「あぁ、あれは儚き理想郷…手の届かないもの故の輝きを知る良い機会であった。」

 

「またわかんない事言う…。でも、今月はもう駄目でーす。」

 

「な、何故…」

 

「アルバイト代使っちゃったでしょ??先月もいっぱいお小遣い上げたんだから、今月は我慢だよ?」

 

「………でも、イベントは今日までぞ?逃せば二度とお目に掛かれない夢が、このボタン一つで届くんですぞ?」

 

 

 

はやく、この支払完了ボタンを押させてはくれないか。桃色にキラリ輝くアイコンが、ボクの9000円を待っているというのに。

確かにまりなタソの言う事も一理ある。一理で済むかは知らないが、最近のボクはことお金に関して軽んじ過ぎだ。食費も生活費も全部削ってこの「バンドリ!」なる面妖な裏叢夢(りずむ)ゲームにつぎ込んでいるのだ。

万が一急病を患ったら?外出時に怪我でもしたら?…ええい、そんな心配が何になるというのだ。ボクは今を生きる、それだけだ。ただ只管嫁の為に、ありったけの夢を搔き集めて突っ込むしかないのだ。

 

 

 

「そうかもしれないけど…また女の子がいっぱい出てるゲームなんでしょ?」

 

「勿論。」

 

「…キャラクターもいいけど、私ももうちょっと構って欲しいのになぁ…。」

 

 

 

お。

 

 

 

「おほー!まりなタソのレアヤキモチ顔ktkr!!」

 

「もー…」

 

「これはパシャパシャ写メってリアル嫁フォルダを満たす作業に没頭するしかないですな!うっひょー!」

 

「ちょ、「写メ」ってもう言わないみたいだよ?…じゃなくて、やめてよ!撮るならもっと可愛い顔撮って欲しい…。」

 

 

 

ウチの嫁が世界一可愛いんだが?

まあ、飽く迄も三次の話だ、が。と、ついテンションを上げてしまっている内に、肘か何処かが当たってしまったようで。軽快な効果音と共に課金完了画面が表示されていた。

 

 

 

「あ。」

 

「え、あ、あれ?しちゃったの?」

 

「……ごめんまりなタソ。つい、ついうっかりだお。」

 

「もー!!!いくらしたの!!」

 

「…きゅうせんえん(´・ω・`)」

 

「もぉおおおお!!!」

 

 

 

あわわわわ。えらいこっちゃえらいこっちゃ。

愛しのまりなタソも普段は可愛らしく纏まっている感じだが、流石に怒ると怖い。それはもう般若の様な形相で…

 

 

 

「怒るよ?」

 

「うっかりなんだお…。」

 

「……もう、今回だけだよ?」

 

「うっひょー!まりなタソマジ天使!愛が溢れてはち切れんばかりだお!!」

 

「もー…調子いいんだから…。」

 

 

 

訂正、やっぱり三次元最高の可愛さぞよ。

 

 

 

「んじゃ折角だから早速引いちゃお…」

 

「………見てていい?」

 

「勿論。」

 

「ん。」

 

 

 

十連というのはいい文化だ。ある程度纏めて引くことで効率化を図れる上、ゲームによってはおまけがつくこともある。ある程度のレアリティが確約されていたり、何かしらのアイテムが附属したり。要はお得感を出すことで単発との差別化を図り収益をアップさせようとの目論見だろうが…。

十という数字もまたいい。これが五十や百となると作業感が強く、ドキドキ・ワクワクといった興奮もまた一瞬。興醒めすることこの上ないだろう。

限られた元手の上で、ポンポンとガチャのボタンをタップしていく。…結果。

 

 

 

「可愛い子いっぱいだねぇ。」

 

「………ううむ、何ともコメントしづらい…」

 

「気に入らなかったの?みんな可愛いよ?」

 

 

 

目ぼしいキャラは掠りもせず、推しというには些か知識量の足りない子達が出た。勿論とびきりに可愛い。可愛いが彼女達を知らない。

…これはもう、()()しかないな。

 

 

 

「まりなタソ。」

 

「なあに。」

 

「少し拙者を一人にしちゃあくれないか。」

 

「あらっ、お侍さん?」

 

「少し、頭を使うで候。中々治らない早漏。」

 

「??考え事したいって事?」

 

「うむ。」

 

 

 

ここからは得意のアレでキャラ補完を行う。

 

 

 

「わかった。…それじゃあ晩御飯、作って来るね。」

 

「んふぅ。」

 

 

 

こりゃ益々捗りそう。まりなタソの料理は絶品…星三つなのである。…いや、今の心情から言えば星四つ、か…。

晩御飯への期待に胸を膨らませつつ、アプリの画面へと目を戻す。オレンジのショートカットが似合う元気いっぱいの女の子。今日はこの北沢(きたざわ)はぐみちゃんを妄想で美味しくいただくとしよう。

 

 

 

**

 

 

 

ここから妄想①

 

 

 

「はぐみちゃーん。」

 

「あっ!○○だ!コロッケ買いに来たの?」

 

「いや。」

 

「…ほかのおにく?」

 

「いや。」

 

「……じゃあ何しに来たの?」

 

「はぐみちゃんに会いに…かなぁ。」

 

「……うわぁ。」

 

 

 

精一杯の冗句に吐き気を催したような顔で返すはぐみちゃん。こらこら、看板娘が何て顔をしているんだい。

 

 

 

「そう言う事言うから嫌われるんだよ。」

 

「嫌われてんの?」

 

「うん。」

 

「…………。」

 

 

 

どうしよう、想像以上にショックだ。いつもの様に無邪気な顔を向けてくれるでもなく、笑ってごまかしてくれるでもない。

ストレートに、嫌悪の言葉…。

 

 

 

「はぐみちゃん、その」

 

 

 

**

 

 

 

「何つー残酷な妄想なんだ…!折角妄想なんだから、もっと楽しくて幸せな物を…!」

 

 

 

**

 

 

 

妄想②

 

 

 

「ねー○○。」

 

「ん。」

 

「はぐみ、カレンダーつくったよ!」

 

「カレンダー?」

 

 

 

もうすぐ春を迎えるからだろうか。年度初めとしては中々に良い試みと言えよう。

 

 

 

「みてこれ!」

 

 

 

スマホを突き付け写真を見せられる。…写っていたのははぐみちゃんの背丈と同じ程もある日めくりカレンダー。これを一体どう作ったのかは分からないが、一緒に写るはぐみちゃん本人は炭のような黒い液体で汚れながらもにっこにこだ。

何とも言えず愛しい孫娘の思い出話を聞いたような、そんな感覚になった。

 

 

 

「はぐみちゃん。」

 

「すごい?すごい??」

 

「これいくらで売ってんの?」

 

「……………かうの?」

 

「可能であれば。」

 

 

 

ああ、引いてる。すっごい引いてる。

だが、それもいい。

 

 

 

「……はぐみがつくった、はぐみだけのだから、あげないよ?」

 

「…じゃあはぐみちゃんをもらっちゃおうかな。」

 

「………はぐみはたいりょーせーさんじゃないから、上げられないよ。って、とーちゃんが。」

 

「どんな親子?」

 

 

 

目に見えて解る程汗ばんだ顔。さぞかし混乱している事だろう。

合法的な幼女臭のする彼女を困らせるのは成程楽しい。

 

 

 

「……はぐみは何円??」

 

「うーん。」

 

「ごひゃくえん?」

 

「すごいね。ワンコインはぐはぐだ。」

 

「わんこいんはぐはぐ………!!」

 

 

 

今度は目を輝かせている。多分、意味は分かっていないんだろうけど。

 

 

 

「わんこいんはぐはぐ!はぐみは、わんこいんはぐはぐなんです!」

 

「そっかー。そりゃあいいや。」

 

「かっこいい!」

 

「かっこいいね。」

 

「…にしし、かーくんにも自慢してやろー。」

 

 

 

かーくん。友達だろうが…。

あまり頭のいい子でない事を祈ろう。ワンコインと自称して喜んでいるなど、聞く人によっちゃ問題だからね。

 

 

 

「…はい、これ。」

 

「???…なんのごひゃくえん?」

 

「ワンコインはぐはぐを買って帰るんだよ。」

 

「……………かうの?」

 

「はっはっは。」

 

「もってかえるの…?」

 

「はっはっは。」

 

「…せんえんでもいい?」

 

「いいよ。」

 

「やっぱやだー!!!」

 

「はっはっはっはっは。」

 

「やーだー!!!!」

 

「はっはっはっはっはっはっは。」

 

 

 

無邪気で無垢で、そんでもって無知な良い子は弄るに限る。

 

 

 

**

 

 

 

「ふぉう…!!これだ…!!」

 

 

 

幼い少女を言葉巧みに弄り倒す。日本の明るい未来はその先に在るのではないだろうか。

狙っていなかった引きだったが、妄想により完璧に昇華された。今宵はいい飯が食えそうである。

 

 

 

「○○くーん。終わった?」

 

「ふ、フヒッ!!お勤めご苦労でござったぞよ。」

 

「終わったんだね。…ちょうどご飯できたから、食べよ?」

 

「むーん、今日も今日とて楽しみばい。」

 

「もー、調子いいんだからー。」

 

 

 

ボクが安心して妄想の世界に浸れるのは、安心して凭れ掛かることのできるリアル嫁が居るからなのだよ。

 

フヒッ。

 

 

 




新シリーズは、まりなさん+妄想バンドリガールズの短編集です。
短く、頭を使わずに読める内容を目指します。




<今回の設定>

○○:22歳既婚者。月島まりなに婿として貰われる形で結婚。
   気が向いた時に気分で働き、只管二次元に溺れる駄目な奴。
   口調が安定しない。

まりな:付き合った男をダメにするタイプ。
    どうしようもなくダメダメな主人公を溺愛している。
    告白もプロポーズもまりなからだったらしい。
    ライブハウスで働きつつ、Youtuberとしても活躍しているそうな。

はぐみ?:かわいいかわいいコロッケ売りの少女。
     妄想故少しお馬鹿だが、とにかく可愛い。


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2020/03/16 GAPおいしいです。

 

 

 

「ひょっほほほほほ。」

 

「な、なに!?」

 

「あぁすまぬまりなタソ。またもミッションを達成してしまってな。」

 

「……よかったね。」

 

 

 

ソシャゲとは一日にしてならず。万里の長城の如き堅実な気の長さと持ち様でただ只管に耐える事こそ肝要なのだ。

コツコツと毎日の"お仕事"を熟していき、また貯まったわけだ。十連分のゲーム内通貨が。

最近ゲームに熱中しているせいか、リアル嫁こと愛しのまりなタソがご機嫌ナナメ気味だがそれもまた一興。拗ねて頬を膨らます様を眺めながら決戦のボタンをタップするのだった。

 

 

 

「もー……○○くんは、私とゲームとどっちが大切なのー?」

 

「ふっ…まだまだ若いなまりなタソ。全くベクトルの違う愛を天秤に掛けるなどという愚かな行為…そこに意味は、あるかな?ジッサイ。フヒッ」

 

「そうかもしれないけどさぁ…部屋中キャラクターのポスターとかフィギュアばっかりだし、私の事好きじゃないのかなーって心配になっちゃうよぅ…。」

 

「…………さぁて、ガチャの時間ですぞー!!」

 

「ちょ、む、無視!?」

 

 

 

ぱぁぁぁっと画面が明るくなり暗転。まだまりなタソが脇でぶつぶつ言っているのでスマホ本体の音量を上げることで対処する。

次々と出てくるキャラクター達一人一人にじっくりねっとりと目を通し、今日の妄想材料を探す。…ンホホ、中々に悪くないラインナップではござらんか。

 

 

 

「ほっほーぅ。」

 

「…○○くんのばか、もう知らない。」

 

「まりなタソ!まりなタソォ!」

 

「…ふんだ。」

 

「……拗ねる嫁が今日も可愛い件について。」

 

「ふぇっ!?ちょ、ちょっと!やだもう!……可愛いって、わたしのこと?」

 

「あぁ。(精一杯のイケボ)」

 

「はぅ……!」

 

 

 

月島まりな、■■歳。…コントロールが容易な嫁である。

 

 

 

「それじゃあまりなタソ、拙者はいつものルーティーンを嗜む故、美味しい晩御飯をお願いしても良いかな?」

 

「…う、うんっ!…えへへ、今日は何食べたぁい?」

 

「………まりなタソの作る料理なら全てが至高…愛情たっぷりメニューお任せで宜しく頼むでござるよ。」

 

「えへへっ、えへへへへっ!私、頑張るねっ!!」

 

 

 

………元気に駆けだしていってしまった。ここまでチョロチョロしいと却って不安であるぞ嫁よ。

まあいい。これで安心して妄想の世界に浸れるというものだ。さぁ二次嫁の元へ、レッツ・ダイヴと洒落込もうじゃないか。

 

 

 

**

 

 

 

「リサってさ、ぶっちゃけギャルなの?」

 

「はぁ?」

 

 

 

ただでさえデカい目をまん丸にして訊き返してくる。何かおかしい事を言っただろうか。目の前の彼女…今井(いまい)リサだが、いつも化粧はばっちり、私服も様々な方向でシャレオツを極めている今時の年頃の女の子。

赤茶の髪とピアスやらネックレスやらのアクセサリーも相まって、語彙力の残念な自分には"ギャル"とかいう時代すら感じるワードでしか彼女を表現できなかったのだ。

 

 

 

「だってなんかほら、すげえその…」

 

「……不真面目感、とか?」

 

「ああいや、そうは言ってないけども。」

 

「じゃあなにさー。」

 

「…エロ、さ?」

 

「……え、え、ちょっと待って。○○ってソッチ系?」

 

「そっちってどっち。」

 

「ギャルって簡単にやらせてくれそう…とか言っちゃう、気色悪いオジサンみたいな…」

 

 

 

失礼な。

自分の体を抱き締めるようなポーズを取りつつ、椅子を引いて距離を取られる。あ、これ傷つくわ。

 

 

 

「そんなんじゃないが?失敬だな。」

 

「ふーん?…そういうのは興味ない感じ?」

 

「………。」

 

「あはははっ!否定しないんだ!」

 

「そりゃだって、男の子だもの…。」

 

「えーキモー。」

 

 

 

う"っ。

彼女が罵倒の言葉を発する度にグサグサと見えない何かが自分の体を貫いていくのが分かる。生憎とそっちの趣味はない為、純粋に心が痛い。

何か反撃でもかましてやらないと、ただ自分が惨めな変態にでもなってしまったかのような、悲しい気持ちで別れることになりそうだった。

 

 

 

「くっ……そ、そういうリサぴょんはどうなんだね。」

 

「え"、何その呼び方。」

 

「思いついた。」

 

「んー、やめて欲しいかなー。キモチワルイし。」

 

「また…!」

 

「で、どうって何が?」

 

「だからその…エロい事とか、興味あんじゃねえの。」

 

「まっさか!ギャルがみんなエロいと思ったら大間違いだよー?」

 

「どうだか。リサはムッツリそうだからな。」

 

「無い無い…本当に、人並み程度にしかないから。」

 

「……。」

 

 

 

はて。人並み程度とは。

…全くないと言い切る訳でもない辺り、彼女らしさが見えるというか何と言うか…ここはリサの言う人並みレベルについて問い詰めておくか。

 

 

 

「因みに人並みってどれくらいよ?一応おいどんも人な訳だけども。」

 

「えぁ?…うーん、そうだにゃぁ……。」

 

 

 

暫し考え込む。

 

 

 

「○○が人かどうかは置いとくとして。」

 

「うぉい。」

 

「人並みって難しいねぇ。」

 

「………言えよ。」

 

「ん?」

 

「人並み云々を判定してやるから、リサちょっちょが興味あるエロい事、言ってみろっての。」

 

「……………………………なに?そういう性癖なの?」

 

「散々溜めて言う事かそれが。」

 

 

 

心配そうに顔を覗き込むんじゃない。…ああもう、憐れんだ目で見るな。

 

 

 

「じゃあ○○は何に興味がある訳?」

 

「儂?」

 

「ん。健全な男の子なら、多少は興味もあるよね~?」

 

「……………。」

 

「ほらほらー、お姉さんに話してみなー?」

 

「同い年じゃん。」

 

「にっひひー、いいからいいから。」

 

 

 

くそぅ、調子乗りやがって。見とけよ。

 

 

 

「リサ、今日さ…ガッツリ胸元空いてんじゃん。」

 

「ッ…そ、そうだね。」

 

「……正直デカいとか小さいとかわかんないけど、その……うっすら出来てる谷間っつーの?…それは、気になる。」

 

「~~~~~~!!!……ど、どこ見てんのさぁ…ばか。」

 

「胸。」

 

「い、言わなくていいっての!」

 

「リサっぺが言えって言ったんだろうに。」

 

「も、もういい!もういい!!○○がエッチなのはわかったし!」

 

 

 

まさかこんなに早々とエッチ認定されるとは。思ったよりも耐性がなさそうだ。

自分の中で、リサのイメージが"ギャル"から離れていく気がした。いやでも、そもそもそんなにガバーっと胸元空けてるのはギャルの証拠なんじゃ…

 

 

 

「…で?リサの興味あるエロいことって?」

 

「う…………言わなきゃダメ、だよね?」

 

「拙者は言わされたかんな。」

 

「……………あ、あははははっ!アタシ用事思い出したからこの辺で…」

 

「リサ。」

 

「……んもう…すっごい意地悪じゃん…。」

 

 

 

どっちがだ。こちとら「友人の胸の谷間が気になっております」ってカミングアウトさせられたんだぞ。

 

 

 

「言って。」

 

「…………そ、その……笑わない?」

 

「内容による。」

 

「…………………。」

 

「……?」

 

「…………き、キスって…どんな味なのかな……っていう……」

 

「…………。」

 

 

 

**

 

 

 

「ふぉぉぉおお!?こ、このギャップ!まさに神!神の如き恥じらいですぞぉ!!」

 

 

 

辿り着いてしまった、境地に。

一見手慣れてそうなギャルギャルしいあの子が実は途轍もなく清純な乙女で――と、擦りに擦られ使い古された手法だがまさに王道。王たる道故に民衆の心を掴んで離さない…つまりは至高!

余裕たっぷりな表情が限界まで追い詰められ、沸騰せんばかりに染まった真っ赤な顔を俯かせて、精一杯振り絞った様な震え声にて囁かれる純な気持ちは淫靡な呪文の様…!

 

 

 

「ぬぁぁああああああ!!!!!!これはっ!これはまさに!!当たり!!!神引きですぞぉぉお!!!」

 

 

 

今日も今日とて素敵な出会いに感謝を、妄想に敬意を。

 

 

 

「○○くんっ!晩御飯できたよ~!」

 

「おぉリs……まりなタソ。」

 

「栗鼠?」

 

「ああいや、こっちの話でござる。」

 

「そ?…今日はねえ、すっごく張り切って作っちゃったからねぇ…」

 

「時にまりなタソ。」

 

「ふぇ?」

 

「…まりなタソってえっちぃ事には興味津々?」

 

「な、ななな…急に何言ってるの!」

 

「完全なる興味本位だお。」

 

「えぇー?……うーん、でも、言っても大人だからね。そろそろアブノーマルなプレイも」

 

「なるほど!いやぁ何だか無性にお腹が空いてきたなぁ!」

 

「???…じゃあ、早く行こ?」

 

 

 

……現実とは非情な物である。

 

 

 




まりなさんは手練れ




<今回の設定更新>

○○:自重しない方向。
   以外にも清純派や純情好き。

リサ?:とってもいい子。少し前まで手を繋ぐことに憧れがあったらしいが、
    いざ実践することを考えると心臓がおかしくなってしまうため別の
    ことを考えるようにしたそうな。

まりな:ハード。


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2020/06/07 やったれ!ウワキなキモチ

 

 

 

「○○くんってさ。」

 

「む?なんだお?」

 

「どっちがほんとなの?」

 

 

 

手元で某ハンティングゲームをカチャりつつリアル嫁の質問に頭を捻る。ふむ…どっちがほんとなの…?

質問の意図が掴めないが、あまり物分かりが悪い様を見せるのも男として、いや、一人のヲタクとしてどうなのだろうか。

俺は、俺らしく俺を生きることに全てを賭けているが、真の姿となるとまた未知なる領域である。

 

 

 

「ほんと?といいますと??」

 

「んぅー…ほら、いっつも変な喋り方してるのに、たまーに格好いい声で普通に喋ったりするでしょ?」

 

「ああ。つまりまりな氏曰く、拙者には超絶イケメンな面と激烈キモオタの二面性があるということでござるなー?」

 

「そこまでは言ってないけど…。」

 

「ふむ、これは実に興味深い、興味深いですぞ…ズモモモモ…!」

 

「ほらまた、擬音の殆どが良く分からない言葉なんだもん…。」

 

 

 

頬を膨らませて拗ねたポーズを取るまりなタソ。うむうむ、神の如き可愛らしさでござるな。

因みにござるござる言っているのは只の気分的なノリで、以前"わんちゃん"と呼ばれるネット掲示板で知り合った人物から受け継いだ文化である。

わんちゃんっていうのは犬の事ではなく、『(ワン)ちゃんねる』という名称を縮めたところから来ている。

うぅぅぅ!ネット掲示板でエンジョイする我…ゾクゾクしてきましたなぁ!にょほほほ!!!

 

それはそうと、今日あたりまた例のゲーム内ガチャが最終日を迎えるとか…?

こうしてはおれん、即刻狩りを切り上げ音楽(ゲーム)の波にライドオンしなくてはぁ!!

 

 

 

「ぬ!すまぬまりなタソ。拙者これより戰があります故。」

 

「…もー、またガチャガチャやるの??」

 

「お金を入れてランダムな商品を引き当てる仕組みを全てガチャガチャと言っちゃうまりなタソ激萌えキュンキュンだおー!!」

 

「え?え??」

 

「…まぁいいさ。おいで、まりな。ガチャの結果…一緒に見届けてくれるかな?」

 

 

 

困惑するリアル嫁の肩を抱き寄せ至近距離でバチコーンとウィンクをかます。直後、ボッ!と顔を赤くするまりなタソ。

拙者程度に良い様に弄ばれるのは少々心配な部分でもあるのだが、本当にチョロい嫁である。

 

 

 

「さぁてボタンを押しちゃうざますよ。」

 

「もう、私○○くんがわかんないよぉ…。」

 

 

 

明るくなった画面がやがて暗転し、まりなタソは頭を抱え。

今日も今日とて出逢いの時間である。

むほほほ、これはぁ!?

 

 

 

「フォカヌポゥwwwこれはこれは、嫁が出ましたぞぉ!!」

 

「えっ」

 

「えっ?」

 

「お嫁…さん?」

 

「うん。この子。」

 

 

 

緩く巻いた金髪を二括り…俗に言うツインテールに仕立て上げた巨乳(きょぬー)の美少女。我らが有咲(ありさ)たそこと、市ヶ谷(いちがや)有咲ちゃんを引き当てた。

他にも二人ほど最高ランクのキャラを引き当てているし…。

今日は良いことがあるやもしれぬ。…と思いきや、暫く画面を凝視していたリアル嫁の方がぽろぽろと滴を双眸より溢れさせ始めたではないか。

 

 

 

「えっ、え!?まりな!?…どした!?」

 

「えぐ……ぐずっ……○○くんが、○○くんがぁ…!」

 

「むっ!?えっ??ちょ、泣かないで??ええ??」

 

「○○くんがぁ、浮気しちゃったよう!!!」

 

「浮気…。」

 

 

 

二次元の嫁に、本気で嫉妬しているというのだろうか。

…この嫁、可愛すぎる。

最高の嫁に出逢えたことを感謝しつつ、震える方と背中を摩りながら、いつもの妄想の世界へと飛び込んで行くのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「ちょっと、これどーゆー事だよ?」

 

 

 

部屋に突入してくるなり机に拳を振り下ろしその怒りを露わにする有咲。彼女とは幼少期からの付き合いで、今は友人なんだか恋人なんだか分からないくらいのあやふやな関係である。

一応同じマンションに暮らしているが互いの部屋の鍵を持っていたり、互いに弱点と長所が噛み合っていたりと何だかんだで上手くやっている間柄だ。

しかし、こうも分かり易く怒って突撃してきたことは記憶の限りでは無い。

 

はて。

 

 

 

「何のことだよ。」

 

「恍けんなっつーの。浮気したろ。」

 

「はぁ。…浮気も何も、そういう関係だったっけ?俺達。」

 

「はあ!?」

 

 

 

先述した様に、気付けば中途半端になっていた腐れ縁といったところだ。告白めいたことも経験していなければそういった責任問題に発展しそうな事実関係も無い。

大方、誰に対しての事を怒っているかはわかるんだが…。

 

 

 

「付き合って…ねーのか!?」

 

「逆にどうして付き合ってると思ったんだよ。」

 

「だ、だって、よくお互いの部屋で遊ぶし、ご飯も一緒に食べるし、暇な時にはゲームしたり出掛けたり…ゴニョゴニョ」

 

「おーい、尻すぼみになってんぞ。」

 

「う、うっせぇ!!付き合ってるようなもんだろ!!」

 

「付き合ってるようなもん、くらいの間柄で浮気も何もないだろうに。」

 

 

 

全く。大学生にもなってまだそんな青い事言ってんのか。

 

 

 

「で?一体俺は誰と浮気したんだ?」

 

「おたえだ!花園(はなぞの)たえ!!」

 

「おたえ?」

 

「あだ名!」

 

「ああ。」

 

 

 

花園たえと言えば最近知り合って仲良くなったあの子の事だな。キレーな長い黒髪が特徴的な、ちょっと不思議な雰囲気のあの子だ。

確かいつだったか、妙に元気があ有り余ってる夜に繰り出した街で出逢ったんだ。駅前の辺りの路上でギター弾いてたんだっけ。

 

 

 

「でそのおたえと、俺がどうして浮気なんか。」

 

「入れ!おたえ!」

 

「え、連れて来てんの?」

 

「やほー。」

 

「お、やほー。」

 

「だぁぁあ!ほのぼのしてんじゃねえ!!私は怒ってんの!!」

 

 

 

この温度差よ。

そもそも俺と彼女の間に疚しいことなど何も無いし、有咲との間も同様。連れてこられたところで話が進むとも思えないのだが。

 

 

 

「ありさ、何で怒ってるの??」

 

「おたえ!お前、○○に何されたか言ってみろ!」

 

「えー。…んーとね、たまーに街で会って、一緒に居て、最後にお金貰う。」

 

「それ見ろ!浮気どころか援〇じゃねーか!」

 

「馬鹿言え。…花園(ゾノ)ちゃん、言葉足らずにも程があるぞ?」

 

「ゾノちゃん!?」

 

「えぇー、じゃあ○○様が説明してよぉ。」

 

「様!?」

 

 

 

二人の間で目を白黒させながらキレ続ける有咲に、ゾノちゃんが説明を省いた所を補填して再度説明する。

 

 

 

「いいか有咲。…そもそも、ゾノちゃ…おたえちゃんが路上でギター弾いてることは知ってるか?」

 

「え……そ、そうなのか??」

 

「うんー。いつかはプロになりたいんだぁ。」

 

「………い、今知った。…なんだよ、学校でもバイト先でも、そんな話したことないじゃんかぁ…!」

 

「でな?俺は客。」

 

「…きゃく。」

 

「ああ。アマチュアにしては妙に響く歌だったもんでな。暇を見つけては聴きに行って、適当にお喋りして音楽の対価を支払ってんの。」

 

「……………。」

 

 

 

黙り込んで二人の顔を交互に見る有咲。その表情からは、「やっちまった」感がこれでもかと言うほど出ている。

俺もゾノちゃんもその様子が微笑ましくてにっこり。

 

 

 

「ありさの髪見てたらエビフライ食べたくなってきちゃった。」

 

 

 

訂正、ゾノちゃんは晩御飯を想像してにっこりしてた。

 

 

 

「……じゃ、じゃあ…私の勘違い…?」

 

「うん。」

 

「!!」

 

 

 

えと、えと…と可哀想な程慌てふためいて次の言葉を探し始める。恐らくは謝罪やら質問やら弁解やらで混乱状態なのだろうが…。

俺は知っている。有咲は勉強こそできるが脳の容量が圧倒的に少ない。いや、ROMこそデカいがRAMが弱い、と言ったところだろうか。

ちょっとしたサプライズでこうなる彼女をもう厭というほど見て来た俺からすると、そこが可愛らしい部分でもあるのだが。

 

 

 

「あ、あぅ…あの…○○?」

 

「んー?」

 

「……嫌いに、ならない…?」

 

「何を?」

 

「……馬鹿な…私を…。」

 

「……。」

 

 

 

満面の笑みとサムズアップを返せば、ぱぁと表情を明るくした有咲が飛び込んでくる。

それを敢えて大袈裟なモーションで抱きとめると、胸の中で擽ったそうに笑って見せた。

これにて一件落ちゃ――

 

 

 

「おやぁ、その子が例の有咲ちゃんですかあ。○○さんも隅に置けませんなぁー。」

 

 

 

俺のやや斜め後方、キッチンの方から間延びするようなおっとりした声と共に顔を覗かせる銀髪の女性。

と同時に勢いよく体を離し、ズビシィ!と音が聴こえそうな程の綺麗なフォームで指をさす有咲。

 

 

 

「誰ぇ!!」

 

「おー。」

 

 

 

…感心するゾノちゃん。

 

 

 

「おいこら○○!やっぱりしてんじゃねーか浮気!!」

 

「うわき??○○っち浮気してんのー?」

 

「してないね。」

 

「だよねー。浮気はだめだよぉー、うん。」

 

 

 

自分に向けられている人差し指など見えていないかのように、ケラケラと笑う彼女。彼女は青葉(あおば)モカちゃん。

最近できた友人にして、俺にとって唯一の"客仲間"である。

 

 

 

「あおっち、やほー。」

 

「む、その声はたえちー??」

 

「遊びにきちゃったー。」

 

「わー、それはそれは…ゆっくりしていくといいよー。」

 

「俺の部屋だけどね?」

 

「ちょ!こら!もう!私を置いてまったりすんなぁ!!」

 

 

 

客仲間ということからもお判りいただけるかと思うが、共にゾノちゃんの歌を聞きに行く彼女。勿論ゾノちゃんとも面識はあるし、何ならかなり仲は良いように思える。

その間柄からも、絶対に俺が浮気を糾弾されることは無いのだ。

 

 

 

「…なーに怒ってんだ有咲。」

 

「だって!○○が!部屋に女連れ込んでる!!」

 

「確かに女だけど……俺とは何も無いよ?」

 

「そんなのわかんねーだろ!私は初対面なんだし!…おたえは何か知ってんのか!?」

 

「え?…んと、カブトムシの折り方はねぇ、まず半分に折り目を付けて…」

 

「んなこと聞いてねえっ!あの女は何者かって話だ!○○と浮気してるアイツ!!」

 

「えー…。あいつ……むぅ。」

 

 

 

どこか抜けたようなゾノちゃんだが、有咲の剣幕に一瞬考える素振りを見せた後、とことこと俺の前まで歩いて来て…。

 

 

 

「とっちゃだめ。」

 

 

 

ぺちり、と頬を叩かれた。…いや、叩かれたというよりかは撫でられたに近い弱弱しさだ。

本人も何だか納得がいかなそうに自分の手を開いたり握ったりしているし。

 

 

 

「だぁあ!!そっちじゃねえ!!○○を取ってるのはそっちの女!!」

 

「……ありさうるさい…。」

 

「だな。」

 

「でもー、モカちゃん的にはー、元気いっぱいで可愛くてぇ…すっごくいいとおもいまーす。」

 

「え。」

 

 

 

青葉ちゃん…通称あおっちの言葉に驚きを見せたのはゾノちゃん。今度はとてとてと有咲の前に歩いて行き…。

 

 

 

「ゆうわくしちゃだめ。」

 

 

 

ぺちり、と。先程俺にやって見せた様に有咲にも一撃をお見舞いしていた。

……有咲のあの顔。最早大混乱の極みであろう。頭の周りを盆踊りの様に"?"が囲んでフワフワ漂っているようにすら見えた。

 

 

 

「うひゅひゅ…そろそろ助けてあげたらー?」

 

「あおっち…でもちょっと、面白くない?」

 

「おもしろいけどー、教えてあげないのもかわいそー…みたいなー?」

 

「ああもう、わかったよ。」

 

 

 

いつの間にかすぐそばまで来ていた青葉ちゃんに釘を刺され、有咲を救出することに。

この状況何が面白いって、理解している筈のゾノちゃんもしきりに首を傾げている事なんだよなぁ。

 

 

 

「ほら、有咲。」

 

「………ん、ぅおっ!?何…だよっ!」

 

「説明するから、落ち着いて聞いてくれな。」

 

「あぁ!?」

 

 

 

落ち着けと言っておろうに。

 

 

 

「いいか。俺が青葉ちゃんと浮気しない理由、それは簡単だ。」

 

「あんだよ!?」

 

「…彼女、女の子にしか興味ないんだ。」

 

「………あんだって??」

 

「えへへー、ぴーすぴーす。」

 

 

 

そう、青葉ちゃんは俺に…というか異性に全く興味を持たない。

今日だって、今頑張っているとある手続きについて勉強する為に俺の元を訪れたんだから。

 

 

 

「…わ、わかるように説明しろよ!!」

 

「………ゾノちゃん、住む部屋ってどうなったんだっけ。」

 

「えとね、あおっちも、このマンションに越してくるから、部屋が近いといいねーって。」

 

「成程な。」

 

「内見は済ませたよー。…っていっても、○○っちの部屋見てるから大体わかるけどー。」

 

「あおっち、申請の方はまだなんだっけ?」

 

「うんー。色々用意するものもあるみたいでさー。」

 

「成程。……あのな有咲。簡単に纏めて言うと…。」

 

 

 

表面上はのほほんとした二人ではあるが、色々と複雑な問題の真っ只中にいるのだ。

つまりは…

 

 

 

「この二人、デキてんだよ。」

 

「…………………。」

 

 

 

そういうことである。

 

 

 

「じゃ、じゃあ○○とは。」

 

「何も無いし、それに――」

 

 

 

何もない、との言葉に再び明るい表情を取り戻す有咲だったが…

 

 

 

「――俺はお前と付き合ってるつもりは無いぞ。さっきも言ったように。」

 

「……。」

 

 

 

何もない、その事実にまたしょんぼりとしてしまうのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「ぬっほほほほほ!!悪くない、悪くないぞぉ!!」

 

 

 

成程。浮気、というワードも一見悪い印象しか無いように取れるが、こうもコメディ路線に繋がるワードとしても使えるとは。

そもそも浮気の定義自体曖昧な物ではあるが、勘違いして空回りする子…というのも俺の琴線にはビクンビクンと触れ申した。

事実上の関係は無いと言いつつも美少女たちに囲まれてある種平和な時の流れに身を置く自分…ぬぉぉお!!!素晴らしい!素晴らすぃ!!素晴らスウィートだぁ!!

 

 

 

「あああああん!!!!○○くんが他にお嫁さん作ったぁああ!!」

 

 

 

おっといけない。トリップし過ぎて忘れかけていたが、こっちはこっちで大変な嫁を抱えているんだった。

 

 

 

「…まりな、いいかい?」

 

「えぐ…えぐっ……な、なあに?」

 

「二次元は二次元、君は君、だ。…詰まるところ、人は画面を越えられず、俺もまた、君唯一人にゾッコンなんだぜ。」

 

「○○…くん…!!」

 

「俺が浮気なんてするわけないだろう?JK(常考)。」

 

「…!!う、うん!!ごめんね!疑ったりして!!私一筋だよね!?ね!?」

 

「はははははははは、当たり前じゃないかぁ。」

 

「うわーい!○○くん好きぃ!!」

 

 

 

…可愛い。が、大丈夫なのか?この嫁。

と、あまりのチョロさに心配になってきた賢者モードの拙者であった。

 

 

 




三人引いた日だったんです。




<今回の設定更新>

○○:勿論普通に喋っている方が素。
   妄想力が上がってきた最近ではオカズを必要としないとか。

まりな:かわいそう。

有咲?:付き合いが長いと関係性も曖昧になりがち。
    気軽に身体を許していないだけまだマシとも言える。

たえ?:プロを目指して日々頑張っているミュージシャンの卵。
    有咲?とは大学とバイト先が同じ。

モカ?:女の子が大好き。
    後に有咲に関係を迫ることになる。


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【二葉つくし】ツクシちゃんは。
2020/04/15 気付けば出逢いの春土筆


モニカの面々は未だよく掴めずふわふわしてます。


 

 

 

春の陽気を感じられるようになってきた今日この頃。久々に訪れたショッピングモールで一人、潜り抜けた大戦の傷と疲れを甘いジュースで癒していた。

………大して幼くもない陰気そうな男が一人でクレープ二本と果汁たっぷり系ドリンクを三本も買ったのだ。カウンターのお姉さんの訝しげな表情がまだ脳裏を離れないがこの際置いておこう。

 

 

 

「…プハァッツ!……やはりキウイを選んで正解だった。快晴でもなく雨降りでもない、こんな中途半端な雲混じりの空も吹き飛ばすような、まさに至高の一杯…。ふふ、ふふふふ…いやぁ実に良い仕事だ。」

 

 

 

お分かりだろうが、僕は独り言が多い。…正しくは、一人だと思考が漏れ出てしまうだけなのだが。

周囲の視線が刺さる気がするのは、きっとこの仕入たての新作シャツがあまりにも輝いているから…そして僕にマッチしているからであろう。穏やかな心と余裕を醸し出す薄緑の地色に白と紺の直線が交わるチェック柄のシャツ。…うーん、流石の美的センスに街のみんなも釘付けってかぁ!?クゥーッ。

 

 

 

「…ん?…あれは…。」

 

 

 

無駄のない最小限の動きでクレープを平らげていると、視線の先には周囲をキョロキョロ見回す落ち着かない様子の少女が。やや小柄で幼い顔立ちに真面目そうな二つ縛りの黒髪、と絵に描いたような"幼さ"を孕んだ少女は何かを探しているのか、はたまた何かに迷っているのか。

時間帯のせいもあり然程込み合っていない店内の有象無象は困惑する少女を避けるように人波を作り、彼女が見えていないかの如く動き続けていた。…神よ、これは僕への挑戦か?相も変わらず泣き出しそうな顔で視線を泳がせる少女と全てが波に乗っている超絶イケの男。これらが同じ場所に存在して居るならば、僕に課せられた使命は一つであろう。

 

 

 

「ふむ、ならばここは僕が一世一代の男気を以てして、歴史に名を刻むような軽快なイケムーブを披露するしかないだろうね。」

 

 

 

僕は体も細いしコミュニケーション力も皆無。だが、やるときはやる奴だということは証明していきたいのだ。

震える手でジュースとクレープを置き、頼りない足で彼女へと向かっていった。

 

 

 

**

 

 

 

「………。」

 

「……ゲフッ、ゲフンッ…や、やぁ、マドモアゼル。何かお困りのようだが…?」

 

「…えっ?……あっ…ええと、ど、どなた?」

 

「い、いやなに、あちらからずっと君を見ていてね。…やけに不審な様子だったから気になったって訳さ。」

 

「ぇ…………。」

 

 

 

見よ、これが僕の実力だ。これ程まで不審な声のかけ方があっただろうか。

発言も内容も怪しい処だらけで…あぁぁ!見てる!滅茶苦茶眉根に皺を寄せて見られている!針の筵状態に二の句を注ぐこともままならない僕は、ただただ立ち尽くし冷や汗を振りまいている。

これはいけない。助けようにも満足に話もできない。そしてこの子、確かに小さい子供のようだがその実近くでよく見るとかなり整った顔立ちをしている。ただでさえ女性があまり得意でない僕にとって、彼女は最早劇薬だ。

こんなことになるなら、一人大人しく果汁でも啜っていればよかったのに。

 

 

 

「…助けて……くれるってこと…?」

 

「!!…そ、そそそうだが!?」

 

「………あ、ありがとう…。実はその、誰かに声をかけようとは思っていたんだけど、どうしていいか分からなくて…その…。」

 

 

 

だが神はまだ僕を見捨てちゃいなかった。どうやら声を掛けられたことで少し気が解れたらしい彼女は、一人内心テンパリング祭状態の僕に感謝の言葉を述べてきたのだ。

おいおい、これはもしかするともしかするんじゃないのか??

 

 

 

「ふっ…シュッ、淑女が困っているのだ…手を差し伸べるのが真の男…即ちダンディズムであろう?」

 

「っ!!」

 

「…まぁ、まずは座って話を聞こうじゃないか。ボクがさっき座っていたのはあっちの…ヒョッ」

 

「…??」

 

 

 

そろそろお察しだろうが、僕は他人と普通に会話ができない。一枚皮を被ってしまうというか、僕に僕じゃないボクを演じさせることでやっと会話を成り立たせているというか…。

現状、この混沌とした雰囲気を引き起こしているのも恐らくそれが原因だろう。何はともあれ、人の目を引く通路で立ち話をしているのも嫌だったために元居た席へと誘導しようとしたのだが。

恐ろしく自然な流れで服の袖先を掴まれ思わず変な声を上げる僕。何たる暴挙、何たる大胆なボディタッチ。もしや彼女は僕に気がある…?

 

 

 

「どうかした…?」

 

「あいえぇいや、君の可憐な指先の温もりを手首に感じてね。…思わず息が漏れてしまったのさ。失敬失敬。」

 

「あっ…ごめんなさい、急に掴んだりして。」

 

「ま、まあ謝ることでも無かろう。…れっ、レディをエスコートするのは紳士の役目だからね。」

 

「ッッ!!!」

 

 

 

…本当に、何を言ってるんだという声は尤もだし自覚もありますとも。

ただこれはどうにも治らない。幼少期はこのようなことも無かったと思うが、目まぐるしく変わり続ける環境の中、気付けば防衛手段としてこのような演者の真似事が始まったんだろうと思う。

テンパり滑稽な大根芝居を披露しつつも、思考は案外冷静だった。

 

 

 

「…さて、そちらに座って。」

 

「……あ、はい、ありがとう。」

 

「……。」

 

「………。」

 

 

 

状況説明待ちの僕と何も話し始めない彼女。会話が生まれるわけなど無く。

 

 

 

「……ええと。」

 

「………?」

 

「……どこから訊いたもんかな。」

 

 

 

初対面で、それも小さいとはいえ女性と真剣に話すことになろうとは、少なくともさっきの僕は予測しちゃいなかった。こう言った場合、まずは何から訊くのがセオリーか…いや、不快感を与えないといった観点から攻めるのが定石か?しかし、僕のトークスキルでは質問は疎か相槌すら打てないだろうし、ここはいっそボクの思うがままにイケムーブを披露して――

 

 

 

「…君、あんなところで立ち止まって何してたの?何か探していたようだけど…。」

 

「ええと、その……。」

 

「あ、その前に名前か。名前は?」

 

「へっ?…な、名前は…」

 

「そもそもそんな小さいのに一人で…危ないじゃないか。親御さんは?」

 

「おやっ!?…ちが、私は…」

 

「あと、ボクが言うのも何だけど知らない人にホイホイ付いて行っちゃいけないよ。何されるか分かったもんじゃ」

 

「ちょっと!ストップー!!!」

 

「ッ!?……何事だね?」

 

「そんなにいっぺん質問されたら喋れないでしょうが!…一つずつ答えるから、質問はそれを聞いてからにして!いい?」

 

「………う、グ…。」

 

 

 

頭も回るし口も上手い。そんな"ボク"の欠点があるとするならばこの不要な多弁力だろうか。口喧嘩ならいざ知らず、まともに意思疎通を図る上では邪魔以外の何物でもないのだが。

身体のサイズに見合わない大きな声で僕を制した彼女は怒っているだろうか、それとも辟易しているだろうか。

 

 

 

「…大声出してごめんなさい。順番に答えると、まず私は探し物をしていたの。」

 

「探し物。」

 

「うん。これくらいのがま口のお財布なんだけど、気付いたら無くなってて。」

 

「財布…?そりゃ大変だ。」

 

「そう。だから通り道を遡って…あそこに居たって訳。」

 

「ほほう。」

 

「私は二葉(ふたば)つくし。あなたは何さん?」

 

「えっ?…あっ、その…」

 

 

 

なるほどなるほど。目の前の彼女――つくしさんと言ったか――のコミュニケーション能力は流石と言ったところか、僕一人では引っ掻き回すだけになってしまっていたであろうファーストインプレッションも難なくこなして見せた。

とは言え急な質問返しにはたじろいでしまう。こちとら幸か不幸かこの多弁力一筋で説き伏せ突き進んできたのだ。まともに論を交わそうとなると…些かブレが出てしまうもので。

 

 

 

「ボ、ボク…は、名前は…」

 

「???……どうしたの?すっごい汗。」

 

「…○○。」

 

「…○○?…あ、お名前ね。」

 

「うん…。」

 

 

 

名前を訊かれただけでこの体たらく。まぁ、恐らく今後二度と関わることも無いんだろうけど、情けない男の代表格として彼女の脳裏に焼き付いたに違いない。

 

 

 

「○○さん?」

 

「ぁ……グ……そ、その、だね、つくしさん。」

 

「はい?」

 

「その財布探し、このボクにも手伝わせちゃ貰えないだろうか!?」

 

「わ、急に元気だ……そ、それは有り難い申し出だけど、でも初対面の人にそこまでお世話になるには…」

 

「なぁに、仮にもこの街きっての名探偵であるボクの元にキミの様な素敵なレディが現れたんだ。これは偶然と呼ぶには相応しくない…そう、まさに運命の様なものだとは思わんかね?」

 

「…は、はぁ。」

 

 

 

取り返さねば。久しぶりに他人とコミュニケーションを取ってしまったが故の使命感というか、今は得意分野である多弁に任せてボクにこの場を押し切ってもらおうと必死だった。

最早証明などどうでも良いが、今は何とかこの場をやり過ごしたかった。…それも、彼女を救いつつ、だ。

 

 

 

「だから、僕にも協力させてくれないかな?つくし…さん。」

 

「………ええ。それじゃあお願い…しようかな。」

 

 

 

だからこそ、彼女の手を取って提案したその言葉は、紛れもなく僕の意志だったわけで。

彼女の伏し目がちな返答に、思わずガッツポーズが出そうになってしまったのは仕方のない事なのだ。

 

 

 

**

 

 

 

結論から言えば、それは難しくも無く。広いモールの数か所にあるサービスカウンターで訊けばあっさりと出て来る物だった。

最初こそ彼女の無駄に自信満々な姿勢に負けて専門店を回りもしたが、結局こういった場合には自分よりも人を動かすことが解。使えるものは使う主義の僕からするなら当たり前の事だったが、「その手があったなんて…」と彼女は心底打ち拉がれていた。

まさに手のひらサイズで可愛らしい猫の刺繍が入った財布…というより小銭入れを無事受け取ったつくしさんと、酷使した足を休める為とベンチに腰を落ち着ける。久しぶりに不要な歩を進めた僕の体には少し汗が滲んでいたが、不思議と不快感は無かった。やり切ったことからくる充足感がそれを満ち足りたものに感じさせてくれたのだろう。

 

 

 

「……ふふっ。」

 

「…見つかってよかったね、つくしさん。」

 

「うん。…本当にありがとう、○○さん。」

 

「いいって。僕は何もしてない。」

 

「………それが、本当の○○さんの喋り方なの?」

 

「え」

 

「さっきまでと違って、変に格好つけてないって言うか、気張ってないって言うか。…そうでしょ?」

 

 

 

確かに疲労感から「ボク」を出す余裕も無かったことは認めよう。それでも、素の僕を無意識の内に出してしまっていて、そこを当の彼女に指摘されたという恥ずかしさは、意識した瞬間から一気に全身を駆け巡った。

煮えそうになる頭に響くはつくしさんの嬉しそうな声。

 

 

 

「私には何でもお見通しだよ!…でも、こっちの方が良いと思う。優しそうで力が入ってなくて、とっても素敵。」

 

「あぅ……グ、…ガァ……そ、恥ず…」

 

「あははっ、しどろもどろになっちゃうのはどっちでも同じなんだね!」

 

「……あんまり揶揄わないでよ、つくしさん。」

 

「ふふふっ、ごめんね。ちょっと、可愛くってつい…。」

 

 

 

子供らしい笑いを押し殺すように口を抑えるつくしさん。そういえば一連の流れの中でスルーしてしまっていたが、結局この子はどういう子なんだろうか。名前と目的以外何も知らない上で探し物に付き合うとは、我ながらお人よしすぎるとも思う…が。

 

 

 

「……さっき質問に答えてもらえなかった分だけどさ?」

 

「んぅ?…あー、親と一緒に居ないのかーっていう失礼なアレ?」

 

「しつっ…まぁ、そうだね。君ってば随分幼く見えるから…。」

 

「ま、まあ幼く見えるっていうのは良く言われるけど…でも失礼なことに変わりは無いよ。私だって立派な――」

 

 

「お、ふーすけじゃん。何やってんの?こんなところで。」

 

 

 

漸く聞けそうだった彼女の答えを邪魔したのは僕達の丁度右方向から飛んできた声。びくりと体を震わせたつくしさんから察するに、彼女の知り合いか或いは身内ということもあるだろう。ふーすけて。

方向的に僕をどう捉えているかは謎だが、どのみち手前に座っているつくしさんに声を掛けたのは間違いないと見て良いだろう。

 

 

 

「…と、透子(とうこ)…ちゃん?」

 

「ははっ、珍しいじゃんかー!一人?」

 

「ううん!○○さんと一緒!」

 

「…………はぁ?」

 

 

 

うんうん、そりゃそうなる。君は小一時間一緒に過ごしてすっかり距離感を掴んだ感じかもしれないが、そこの…透子ちゃん?だったかにとっては未知の生命体なのだ。

…とは言え、そんなに強く睨まなくても良かろう。縮み上がってしまうよ。

恐ろしくなってしまった僕は耳打ちをするようにつくしさんに顔を寄せ小声で訊くしかなかった。

 

 

 

「…つくしさん、のお友達?」

 

「うん。透子ちゃんっていって、私の――」

 

「おいアンタ、ふーすけとどういう関係だ?」

 

「ングッゥ!?」

 

 

 

あーなるほど。恐らく一生縁がないであろう陽キャ御用達の洒落た服に派手な金髪、おまけに棒付きの飴を咥えるといった"如何にも"ないで立ちからソッチ方面の方なのかとは予想していたが…まさかいきなり胸倉を掴み上げられるとは。

真逆の雰囲気を持つ二人がそこそこに深い仲であることは分かった。締まる首元が厭と言うほどに教えてくれているからね。

 

 

 

「チョマッ、ま、待ってくれ!違うんだ!ボクはそんなんじゃないんだ!!」

 

「違うって何だぁ!?どーせアンタもこいつのガキっぽい外見に惹かれた危ない男なんだろ!?あぁ!?」

 

「チョ、どーせって、ま、まずは降ろしたまえよ!?」

 

「うっせぇ変質者!いいか!?ふーすけはあたしのなァ…!」

 

「と、透子ちゃん!○○さんはホントにそんな人じゃないから!離してあげて!」

 

 

 

つくしさんの一声で訝しげなヤンキーさんもやっと僕の襟を解放してくれた。物事は実体験を以てこそ知るとは言うが、本当に花畑が見えるというのは今日の今日まで知らなかった新事実である。

新発見を心に刻み込みながら息を整え、視線を戻す。

 

 

 

「…説明、しろよ。」

 

「……僕?」

 

「アンタ以外に誰が居んだよ?…いや、確かに分かるよ。ふーすけは小さくて可愛らしいし、子供っぽい所もまた魅力的だ。何かと自信満々に行動するくせに空回り気味で、でもへこたれない頑張り屋さんだ。」

 

 

 

なんだ?知識自慢か?

 

 

 

「ちょ、透子ちゃん!?」

 

「……何が言いたいかってーと、そんな可愛いコイツが一人で居るのをみて、悪いようにしてやろうと近寄ってきたんじゃないのかってこった。…どうなんだ?あぁ?」

 

 

 

いちいち凄まないで欲しい。冷静な僕とすっかり加熱済みの透子ちゃ…さん。温度差のある二人が正面からカチ合ったとて真っ当な論を交わせるわけがない。

どうしたものかと"僕"が頭を回していると。

 

 

 

「へ、へんっ!つまりはアレかい?透子さん、キミはつくしさんにゾッコンってワケだ!」

 

「あ"ぁ?」

 

 

 

黙ってろボク!視界の隅でつくしさんが頭を抱える姿も見える。

すっかり彼女には僕の癖が読まれているようで、気恥ずかしい気もするが…いや今はそんな気分に浸っている場合じゃない。目の前のヤンヤン透子さんをどうするか、それが問題なのだ。

 

 

 

「……ええと、その…。」

 

「透子ちゃん!あのね!」

 

「あん?」

 

 

 

僕に凄んだ表情のまま、後ろからかけられる声に振り向く透子さんと怯え切った僕。その先では意を決したような表情のつくしさんが――

 

 

 

「○○さんは…私のボーイフレンドだから!変な人じゃないんだよ!」

 

 

 

――揉めている二人を包み込むほどの爆弾を投下してくれた。

 

 

 

**

 

 

 

これは一体どういうことだ。気付けば彼女の…つくしさんの家の前に立っているではないか。

つくしさんが玄関を潜りその小さな掌を振りながら光の中へ消えて行ったのが数分前。僕はあまりにも激動過ぎる今日の日に、未だ動けずにいる。

 

あの発言のあと、何とも納得いかなそうな透子さんも矛を収め去っていき、残されたのはとんでもない発言をした少女と巻き込まれた男。

場には「やっちまった」な空気が重々しく流れていて、その中でも行動を見せたのはつくしさんだった。

 

 

 

『…○○さん、大丈夫だった?』

 

『エヒィッ!!…う、うん…何とか…。ええと、助かった…のかな?僕は。』

 

『透子ちゃん、悪い人じゃないんだけど、私って何だか絡まれることが多いから…。』

 

『そりゃまあ、これだけ可愛いちっちゃい子が居たらわからなくもないケド…』

 

『え?』

 

『ンムグッ、な、なんでもないよ。』

 

『??』

 

 

 

疲労感から口を滑らせかけたが、聞かれていなかったようで。状況を分かっているんだかさっぱりなつくしさんも、次の会話では流石に慌てていたようで。

 

 

 

『それより……あんな事言っちゃって大丈夫?友達なんでしょ?』

 

『??あんな事って?』

 

『……僕が、ボーイフレンドだって。』

 

『……………。……!!!!』

 

 

 

突如顔を抑え身悶えを始めるつくしさん。見ている分には可愛らしいものだが、当事者である以上楽観視はしていられない。

だが今後を考えるとこのまま放置してしまうのも悪い気がして…。

 

 

 

『……どうしよう。』

 

『…つまりは、何も策がない上での発言だってこと?』

 

『……うん。』

 

 

 

助けてくれるためとは言え、その嘘は流石にリスキーだった。当の透子さんも納得はしていない様子だし、きっと数日もすれば問い詰められることだろう。その時に僕が消え失せているようではつくしさんに対して余りに無責任すぎるというものだ。

透子さんが言っていたように、空回り気味で頑張り屋さんなところが惜しげもなく出ている…ということなのだろうが。

 

 

 

『…………こういうのはどうだろう。』

 

『うん…どういうの?』

 

『…試しに…コッ、恋人になってみる…とか?』

 

『…………ヒュッ、ヒエッ、それはっ、ど、どうなの??』

 

『うんごめん、自分でもどうかしてると思った。聞かなかったことに…』

 

『いや。…でもそれ、アリかも。』

 

 

 

何がアリなのかさっぱりだが、彼女が言うには暫く恋人の"フリ"をしてほとぼりが冷めた頃に"友達に戻る"という方法。実はしばらく前から付き合っていたが言い出せなかった…という体にすれば事態が急に明るみに出たことへの説明も付くし、自然なフェードアウトで負担も少ないという事だったが…。

 

 

 

『…でも、○○さんに迷惑かけちゃうってことだよね。』

 

『………。』

 

 

 

正直、面倒だ。僕とて他人との付き合いに寛容な方では無いし、出来る事ならば一人で静かに過ごしたい。

…だが、先程の窮地から救ってくれたことへの恩赦と、気付けばすっかり脳に焼き付いてしまっている彼女の愛らしい風貌を体良く眺められることを鑑みればこれ以上ない提案なのではないか、とも思った。

大切な選択ということで"ボク"も抑えたまま、数秒の間を置いて引き受ける僕の姿があった。

 

 

 

『…いや、迷惑とかそういうのは考えなくていい。僕は、喜んでその役を引き受けるよ。』

 

『!!…ホント!?』

 

『うん。』

 

『…よ、よかったぁ…これで一安心、だね。』

 

『ん。……それじゃあ改めて、宜しく…でいいのかな?つくしさん。』

 

『うん!○○さん、宜しくね!』

 

 

 

…恋人ごっこ…とでもいうのだろうか。その一環として彼女を自宅まで送り届けた訳だが…。

何だこれ。何なんだこれ。何なんですかねこれ。これから正気で生きて行けるんでしょうかね。

 

 

ああそういえば、どうやら僕の一歳年下…つまり今年高校一年生らしいつくしさんは、その外見由来という事もあって子ども扱いされることを非常に忌避しているようだ。

身長差もそこそこにあるが、触れる度に握った手に力が入っていた気がする。…そう長くない付き合いとは言え、自然に見えるよう振舞わねばならんのだ。話題には気をつけなくては。

 

 

 




癖のあるシリーズになりそう




<今回の設定>

○○:我ながら面倒くせぇ主人公を生み出したものです。
   高校二年生、恐ろしく陰キャ。
   対外的なコミュニケーションが必要な場合はもう一つのイケイケ(だと思っ
   てる)人格である"ボク"が出て来て対処するようだが…?
   体よく最高のポジションを手に入れるのはどうしてこんなやつばかりなのか。

つくし:CutieBaby、作者のお気に入り。
    最高に可愛い。
    てんぱった結果始まった偽装だが実は満更でもないとか…?
    よく子ども扱いされるため一端のレディ扱いしてあげると大変喜ぶ。

透子:ヤンさん。
   何かに似ているとか言ってはいけない。


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2020/06/27 真に啜るは白の賑

 

 

 

「……………。」

 

「………………。」

 

 

 

自室。立ち込める熱気。目の前には鍋。隣には彼女。反対側には彼女の友人。

 

 

 

「…………つくしちゃんも○○さんも、食べないの?」

 

 

 

どうしてこうなった。

 

 

 

**

 

 

 

"恋人のふりをする"というのは、実に難しい。そもそも意味が解らない。

今更になって…とは思うのだが、未だに周囲へ言い出せないのもまた事実で。

先日もあの透子さんと出くわした時に、『透子ちゃんは恋人居ないんだよね?じゃあ私の方がひとつ先輩さんだね!』と自慢げに胸を張っていた時は思わず頭を抱えたものだ。

そんな彼女もまた、愛らしいのだ、が。

 

それはそうとこの珍妙な状況には理由がある。

付き合っているふり…ええい、いちいち書くのも面倒だ。便宜上付き合っているという事にしようではないか。

付き合っていてわかった事だが、彼女はその…やや見栄っ張りなところがある様で。先述の透子さんの件もそうだが、今日はまた別の友人に出逢ってしまい…回想形式でお伝えしよう。

 

あれはそう、休日を共に過ごそうというつくしさんからの提案で待ち合わせ場所であるモールへ行った時の事。

 

 

 

『や、やあつくしさん。』

 

『ごきげんよう!……まだ緊張してるの??』

 

『エフゥッ、やはりその、君の様な愛らしい子と向き合っては…だねぇ。』

 

『…また()()()()()が出ちゃってるよ?』

 

 

 

――ジェントル。

僕が切羽詰まった時に現れる、ちょっぴり癖の強い外行きの"ボク"。自分の中では単なる別人格として処理していたが、客観視できるつくしさんにとって見たら"ジェントルぶっている"ようにしか見えないらしく。

畏れ多い事に、ボクの方の人格に名称を頂戴したと言う訳だ。

不本意ながら、嫌いじゃない。彼女が認識してくれたという事だから。

 

 

 

『う!…ごめん、まだ緊張すると出ちゃうんだよね。』

 

『あはは、それはそれで面白いからいいけど。…けど私的には、素の○○さんの方が好きかな?』

 

『す………エブフォォッ!』

 

『わ、わ、わ!ど、どうしたのかな○○さん!?』

 

 

 

胃が、限界だった。

いや、こんな本筋から外れた部分はいい。要するに僕の女性に対する耐性はまだまだ未熟なのだ。

そうこうしている内に、今日の予定をどうするかという話になり…

 

 

 

『そういえば、つくしさんと食事とか、したことないね?』

 

『……たしかに。食事って、大人のデートって感じだよね!?』

 

『…いや、そうは思わな―』

 

『ふんふん、それなら今日は、私がとっておきのお食事プランを考えてあげます!』

 

 

 

僕の一言にえらく食いついた様子のつくしさん。

そう、互いに学生の身…それも別の学校という事もあり、共に過ごすのはいつも放課後の僅かな時間。つくしさんが通っているのはええと…名前は忘れたがお嬢様達の花園とも謳われる女子校。勿論その校則の厳しさや品の良さも折り紙付きで、放課後の買い食いや飲食店での逢引が許されていないというのだ。

 

 

 

『ほ、本気?』

 

『なに?私が信用できない??』

 

『…滅相もございませんが。』

 

『ふふん。こんなこともあろうかと、いっぱい文献を読み漁ってきたんだから!』

 

『文献…?』

 

 

 

そう都合よくデート用の食事プランを学べる()()があってたまるか。きっと若者向けのハウツー本か何かであろう。

 

 

 

『うん!今日も一冊持って来てるんだよ。』

 

『……拝見しても?』

 

『はい!予習するのは当たり前だからね。その辺は抜かりないよ!』

 

『……つくしさん、これは…』

 

『この前書店でまとめ買いしたの。』

 

『漫…画…?』

 

『そ。』

 

 

 

少女漫画…。

ま、まぁ、僕はこの類を一切読まない訳で。それが参考になるかどうかは見当もつかない、謂わば食わず嫌いの状態である。

初めて触れる文化だが、まずは己で確認してみるとしよう。百聞は一見に如かず、だ。

 

 

 

『もう、すっごい感動モノなの。』

 

『へえ。』

 

『主人公は王宮で侍女をやらされているものなんだけれど…。』

 

『待って待って、どこの王宮の話?』

 

『1840年代のイギリスだよ!お洒落だよね。』

 

『現代ですらなかった!』

 

 

 

開きかけていたそれを勢い良く閉じる。パァンッと乾いたいい音が鳴り、つくしさんは目を丸くしている。

一体ここからどんなプランが学べるというのか。

 

 

 

『い、イギリス式は嫌だった…?』

 

『なんだかもうツッコミどころが多すぎて……つくしさんって、天然なの?』

 

『……ま、まあ、養殖ではない…かな?』

 

 

 

最早花丸を挙げたくなるレベルの解答だった。

結局はあまり外食経験の無い二人が顔を突き合わせたところで、現代日本に於ける定番の食事プランなど欠片も出ない訳で。

取り敢えずぶらぶらと散策してみて、それっぽいところを見つけたら入ろう、という…ある意味では定番とも言える時間浪費プランに落ち着いたのだった。

そんなこんなで偶々通りかかった家電売り場のコーナー。事件はここで起きた。

 

 

 

『――でも、今のままじゃいけないと思って…』

 

『ふうん。色々考えてるんだね、つくしさんも。』

 

『そりゃね!私がしっかりしないと、○○さんだって――』

 

『あ!』

 

『――…??』

 

 

 

すれ違った少女が、ワンテンポ遅れて声を上げたのだ。不審に思ったのか振り返り、声の主を確認するつくしさん。

 

 

 

『やっぱり!つくしちゃんだ!!』

 

『ましろ…ちゃん??』

 

 

 

知人。

彼女が知人に遭遇した場合のリアクションは大体二種類。一瞬異常な程慌てた後に全力で取り繕う、若しくは元気よく「ごきげんよう」と声を上げるかだ。

今回は無情にも前者の方で、恐らくこの状況を見られたくなかったであろうことは手に取るようにわかった。

では何故出歩くのか、などと野暮なツッコミを入れてはいけない。

 

 

 

『あゃ、こっ、キョッ、ましっ…ご、ごきげんよう!!』

 

『うん?…ごきげんよう、つくしちゃん。』

 

『んん"ッ……ましろちゃんはお買い物?オヒッ、お一人?』

 

 

 

痛々しいほどの慌てようだった。

 

 

 

『???ひとりだよ??つくしちゃんには、何人に見えたの??』

 

『ふーん、そうなんだ。へぇー!』

 

『……私が一人でお買い物って、そんなに変かな…。』

 

『あっいやっ、そ、そういう意味じゃなくて…っ』

 

『確かに、今日一人でお買い物に行くって言ったら、透子ちゃんもるいさんも口を揃えて「知らない人に着いて行くな」って言うし、つくしちゃんみたいに子供っぽく見られちゃってるのかもしれないけど…うぅ。』

 

 

 

更に取り繕う姿勢は、友人の様である彼女を傷つけ、唐突な負の感情へと突き落とした。

改めて観察してみるとこの「ましろ」と呼ばれた少女、真っ白な髪に幼い顔つきがチラチラと覗いていて、どこか神秘的な雰囲気を漂わせる美少女だ。

普段の僕であればまともに顔を見る事さえままならないだろうが、どうにか冷静に見ていられるのは自分とどこか似ている様な…そう、抱えている闇の様な物の一端が垣間見えた為かもしれない。

 

 

 

『ちっ、ちがうよ!だってましろちゃんはすっごく大人っぽいもん!私なんかと違って、子供と間違えられることもそんなに無さそうだし、いや、私も別に子供じゃないけど…!』

 

『うぅぅぅ…それに、結局目的だったイベントが始まる時間には間に合わないし、バスの中では小銭ばら撒いちゃうし……そうだよね、私には一人でお買い物なんて無謀すぎるよね…。』

 

『あ、えと、あの、あう…………。』

 

 

 

一人でどんどんと深淵への階段を下っていくましろさんを励まそうと、必死になって言葉を探すつくしさん。

やがて思考力の限界を超えたのか、振り返ったその顔は弱り切っていた。

 

 

 

『どうしよう、○○さん。』

 

『ここで、僕に訊く…?』

 

『ましろちゃんはね、たまーにこうして馬鹿みたいに落ち込んじゃうことがあるんだけど。…未だにどうしてあげたらいいのか分からないんだ。いつもは、透子ちゃんとかるいさんが何とかしてくれるんだけど…!』

 

『るいさん?』

 

 

 

さっきましろさんの口からも聞いた様な。恐らくまだ見ぬ彼女の友人の一人であろう。

さん付けで呼称しているあたり、歳上か、立場が上か…何にせよ頼りになる人間なのは間違いなさそうだ。

 

 

 

『あえっと、るいさんっていうのは――』

 

『つくしちゃん??…その人、だれ??』

 

 

 

だがその答えを聞く前に、白髪の美少女はある程度気を持ち直したようで。しゃがみ込んだような体勢から顔だけをこちらに向けて純粋な疑問を投げかけてきた。

 

 

 

『……。』

 

『つくしちゃん??』

 

 

 

あ。

引き攣った様な顔で口をぱくぱくと金魚のように動かしている。キャパオーバーだ。

出逢った時にも質問は一つずつ…などと言っていたが、見かけのサイズから予想できるように彼女の思考し得る脳領域もそう大きくはない。

ましろさんをどう元気づけるか、るいさんをどう紹介するか、その二つの思考で手一杯なところに、僕との関係性を問われるというトドメが入った。

哀しいが、こうなると彼女のポンコツっぷりを隠すことはもう望めないだろう。

 

 

 

『ましろちゃん!』

 

『わ、びっくりした。その人はだれなの??弟さん??お兄さん??お友達??』

 

『こっ、この人はねっ!私の、わた、ボーイフレンドなんだよ!』

 

『……そんな…ぼーい、ふれんど…?』

 

 

 

お察しの通りである。

冷静さを失った彼女はまたしても僕をややこしい位置で紹介してくれた。それを聞いたましろさんも目を見開いて何とも言えない面持ち。

これ程までに居心地の悪い空間、そうは経験できないだろうね。

 

 

 

『じゃ、じゃあ…もう私達には…構ってくれない…ってことだよね。』

 

『そんなことないよ!ボーイフレンドとも勿論仲良くするし、みんなともずっと友達だもん!』

 

『うそだ…いちゃいちゃする相手が出来たら、もう私みたいな面倒臭い子邪魔なだけだもんね…ごめんね…。』

 

 

 

ああこの子、非常に面倒臭い。

 

 

 

『そ、そうだ!ましろちゃん!!』

 

 

 

あ。

また、焦ってる。

これは絶対碌な事言わな――

 

 

 

『私達これから一緒にご飯食べるんだけど、ましろちゃんも一緒に行こうよ!』

 

『……ぇ?』

 

『つくしさん、そもそもプランは何も――』

 

『今日はえっと……そう、鍋!!お鍋パーティってことで、私が腕を振るうって話でね!』

 

『つくしちゃん…お鍋作れるの!?』

 

『ま、まあ…ね!ほら、普段妹たちに作ってあげてるから…』

 

『お、お鍋を!?…さすがつくしちゃんだね!!』

 

『ふふん!』

 

 

 

妹が居たのか。それは初耳…いやいや、つくしさんから料理の話なんか聞いたことも無い。勿論、話題に挙がっていないだけで彼女が料理の達人である可能性も否定は出来ないのだが。

…いや、そもそも鍋の話題などどこから…ああ。

周囲を見渡してみて気づいた。ここは家電売り場のど真ん中。何故イベント目的のましろさんが迷い込んだのかは知らないが、ちょうどIHのホットプレートが並ぶ棚が近くに。

大きな吹き出しの様な見出しが目に付いてしまったのだろう。数種類の用途に対応できる鉄板と深めの鍋がセットになった大型のものが特売になっていたのだから。

 

 

 

『…すごい!土から買っていくの!?』

 

『つち??』

 

『お鍋、つくるんでしょ??』

 

『あ!えっと…あの……。』

 

 

 

正気に戻ったようで。

微妙にずれた認識のましろさんに詰め寄られながら困ったようにこちらを見るつくしさん。

…正直、最高に可愛い。申し訳なさそうな顔がとってもキュートである。

ここは、僕の…いや、ボクの器量を以て、彼女へ助け舟を送るとしよう。

 

 

 

『…いいんじゃないかな?鍋ならウチにあるし、食材だけ買っていけば問題ないだろうねぇ。』

 

『○○さん……うぅ、ごめんな――』

 

『おっと、止し給えつくし嬢。ボクも鍋は好きだしね。』

 

『ぁ……ジェントルさんだ…。』

 

『ここはボクに任せ給えよ。…ましろさん、と言ったね?ボクは○○。つくしさんのポゥイフレンドゥさ。』

 

 

 

久々に出て来てくれたジェントルの本領発揮と言ったところか。活き活きと動き回る舌は、僕の物とは思えない滑りで言葉を紡ぐ。

つくしさんはやや落ち込んだ様子だが、こんな時こそ男の僕が何とかしなくてはね。

 

 

 

『えっ…苦手…。』

 

『ウッグッ……ま、まあ、どうかよろしく、お願いするよ。』

 

『はあ。…つくしちゃん、本当にこの変な人と付き合ってるの?』

 

『変…。』

 

『へ、変じゃないよ!…いや、今は確かにちょっと変だけど…。』

 

 

 

否定して。

 

 

 

『でも、凄く優しくて、凄く面白い人だから、ましろちゃんも仲良くなれると思うよ!』

 

『ふぅん…。…えっと、○○…さん?』

 

『……はい。』

 

『私、倉田(くらた)ましろです。つくしちゃんと、同じ学校の。』

 

『…よろしく。』

 

『はい。』

 

 

 

とまあそんな流れがあって。

 

 

 

**

 

 

 

「どうしよう、○○さん…。」

 

「??」

 

「い、今更ながら、ちょっとだけ緊張してきちゃった…。」

 

 

 

初めて僕の家に上がったからだろうか。でも大丈夫、僕だって女性を部屋に上げるのは初めてだ。

何かしらの発作に襲われて死んでもおかしくない状況なのだよ。

 

 

 

「……あまり可愛らしい事言わないでくれたまえ…。僕もその…意識しちゃうと危ないし。」

 

「あぅ……ご、ごめん…なさい。」

 

「わ、わ、すごいよ。もうぐつぐつしてる。…食べていいのかな??」

 

 

 

ましろさんだけがそこそこ楽しそうに湯気を立てる鍋を眺めている。空腹どころじゃない二人を差し置いて、何とも呑気な…。

因みに、やはりアレは咄嗟の出まかせだったようで、鍋を用意したのは僕だ。勿論経験なんて無いから、見様見真似だけども。

 

 

 

「…いいんじゃないかな?」

 

「やた…!…私、お鍋を友達と食べるの…初めてだよ。」

 

「そ、そうなんだ!私も!」

 

「僕も。」

 

 

 

この家には現状、お鍋に初めましての人間しかいないという事が分かって。

一先ずは緊張も何もかもを食事で誤魔化すことにした。気まずすぎて、黙っている方がおかしくなってしまうよ。

 

 

 

「……鍋って、どうやって食べたらいいの?」

 

「…え。」

 

「だって、こんなの食べたことないもん。…それぞれお皿があるってことは、一回取ってから食べるって事?」

 

 

 

そこからか。

僕を挟む様に二人が座っているせいで、ましろさんが質問をぶつけてくるのは必然的に僕になる。

取り皿の説明も面倒だし、適当に見繕って盛り付けてしまおうか。

 

 

 

「まぁ、そうなる…かな。」

 

「むずかしそう……。」

 

「……取り分け…る?…その、僕が、代わりに。」

 

「…いいの?」

 

「…まあ。」

 

 

 

君に任せるととんでもないことになりそうだから…とは、面倒なことになりそうなので言わなかった。

さて、何をよそうか、だが…。

 

 

 

「ま、まって。…その葉っぱ…なに…?」

 

「…白菜のこと??」

 

「これが…はくさい…。」

 

「苦手…だった?」

 

「うん。……他のがいい。」

 

 

 

白菜は苦手…か。成程成程、まあ苦手なものの一つや二つ、どんな偉人にだってあるのだ。責める気も無いし、明確に意思表示してくれただけ有難いと言えよう。

掬いかけた具とつゆを鍋に戻し、再度覗き込む彼女の言葉を待つ。

 

 

 

「むむむ……あっ、この棒みたいな草はなに??」

 

「棒?」

 

「…うん、これっ…!?…あっつぅ!?」

 

 

 

示そうとしたのか掴もうとしたのか、煮えたぎる鍋になみなみと揺れるつゆの中へ突っ込んだ指を慌てて引き抜くましろさん。

涙目になりながら真っ赤な指先にふーふーと息を吹きかけている。熱かったろうに…自分の出汁でも取るつもりなのか。

 

 

 

「ちょ、なにやってんの!…大丈夫!?ましろちゃん!」

 

「うぅ…あついしいたいしジンジンしてるよぅ…。」

 

「○○さん、氷ある!?」

 

「…つくしさん…」

 

「○○さん、氷!」

 

「…わかったよ。」

 

 

 

緊急時という事もあり弾けるように声を上げ動いたのはつくしさん。…涙を零すましろさんをサポートしつつ食卓を片付け、テキパキと僕に指示迄出してくる。

あんなに小さいのに、まるでよくできた姉のようだ。

 

 

 

「○○さん!なにウンウン頷いてるの!?早く氷!」

 

「あはぃ。」

 

 

 

いけないいけない、つい見惚れてしまった。

慌てて台所へ行き、常備しているクラッシュアイスと水道水をビニール袋に詰める。このクラッシュアイスを炭酸飲料にぶち込むのがまた格別なのだ。

戻れば涙でボロボロになったましろさんを抱きすくめるようにして宥めているつくしさん。ああ、非常時だというのに癒される。

 

 

 

「持ってきたよ。」

 

「ありがとう!…ましろちゃん、指、出して…。」

 

「う、うんぅ…。」

 

「ん。…ちょーっと冷たいけど、しっかり冷やさなきゃだから我慢してね!」

 

「うん…。…ひゃぁ、つめたっ…」

 

「そりゃ氷だもん。」

 

「そ、そうだよね…あうぅ…」

 

「○○さん、余計な事言わない!」

 

「………。…ところでましろさん、どうして指突っ込んだりなんて、馬鹿な真似したんだい。」

 

 

 

つくしさんに背を預けるようにして脱力し、突き出した右手を氷水で弄ばれる。痛みに涙する姿は痛々しいが、少し羨ましいと思ってしまうのは僕の浅ましさだろうか。

その邪な気持ちを振り払うように、やや意地悪な質問をしてしまう自分にまた自己嫌悪を抱いたり。

 

 

 

「…う??ばか???」

 

「ああいや、あまりにも突拍子もない行動すぎてね。…まさか"棒のような草"とやらを掴もうとしたわけではあるまいね?」

 

 

 

こういった時の攻撃的な姿勢も、ボクの得意とするところらしい。

意識するまでもなくごくごく自然な入れ替わりが出来たような気さえする。

 

 

 

「あつかった。」

 

「そうだろうね。」

 

「…なべ、あついと思わなかったから…。」

 

「………………んん?」

 

 

 

聞き間違いだろうか。

 

 

 

「火にかけていた鍋だというのは理解しているかね?」

 

「うん。」

 

「…熱せば水…ああいや、勿論固体・気体もだが、加熱により温度が上昇するのは当たり前の事だと思っていたがね?君は違う様だ。」

 

「………だって…お鍋、はじめてなんだもん…。」

 

「……。」

 

「○○さん。」

 

「なんでしょう。」

 

「意地悪言っちゃだめだよ。ましろちゃんは…そう、純粋なんだから。」

 

「純粋でも鍋くらいは―」

 

「○○さん。」

 

「はい、もう意地悪言いません。」

 

「…よろしい。」

 

 

 

ましろさんは純粋…どうにも納得のいく答えでは無かったが、つくしさんがそう言うならそうなんだろう。

ややしばらくして、だだ甘のつくしさん効果か笑顔が戻ってきたましろさん。念の為にとぐるぐる巻きにされた包帯の為箸が持てなくなった彼女に、まるで親鳥の様に甲斐甲斐しく食べさせるという条件の下、鍋会はスタートを切った。

 

 

 

「○○さん。」

 

「はい。」

 

「わたし、つぎはあのお肉が食べたいな。」

 

「……何だって僕が…。」

 

 

 

食べさせるのは僕の役目らしい。

鍋から取り上げた豚肉をやり過ぎなくらいに冷まして、今日出逢ったばかりの彼女の口へと運ぶ。お陰で自分の食事は全くと言っていい程進んじゃいないが、ましろさんは幸せそうにソレを噛み締めている。

 

 

 

「……○○さん、おいしいね。」

 

「そうかい。」

 

「うん。……○○さん、思ってたよりいい人?」

 

「僕に訊かれてもね。」

 

「ちょっと変だけど。」

 

「ははっ、うるさいよ。」

 

「……つくしちゃんを、よろしくね。…あ、わ、私なんかが言えた立場じゃないけど。」

 

 

 

解けかけてきた右手の包帯を弄りつつ、尚且つ視線は出汁の中で泳いでいる豚肉を追いつつ、彼女は言った。

いずれ終わりが来る関係であることは、わざわざ言う事でもないだろうが…認められるというのも存外気分が良いものなのかもしれない。

 

 

 

「…ところでつくしさん…は、食べないの?」

 

「………え?あ。」

 

「……つくしさんにも、食べさせてあげた方が良いかな?」

 

「い、いいの!自分で、食べられるから!!……うわ!野菜ばっかり残ってる!!」

 

 

 

どこかぼーっとした様に僕らを眺めていたつくしさん。我に返ったように慌てて箸を割るも、悲惨なことになっている鍋の状態に思わず声を上げる。

それもそのはず。僕もまだほぼ食べていないが、このましろさんは好き嫌いが激しすぎるようで。何でも緑色の野菜は大体食べられないとか。

お陰で肉やら芋やら大根やら、彩りある物ばかりを口に運ぶことになった結果…ぐつぐつと煮え繰り返るのは葉物や青野菜のみ。…雨上がりの草原の様だった。

 

 

 

「だってましろさん、野菜は食べられないって言うから。」

 

「え!!…だ、だめだよ!少しでも食べないと、いつまでたっても克服できないよ!」

 

「○○さん、次あっちのお肉が食べたいな。」

 

「うん。」

 

「…ねね、お鍋って、しめ?に麺とかごはんをいれるんだよね?何を入れるの?」

 

「一応、うどんを買ったんだよね。…食べられそう?」

 

「うどん!……もう、しめちゃおっか?」

 

「そうしたい??」

 

「こら!!○○さん、甘やかしすぎ!!」

 

 

 

まるで何もできないましろさんと、小さいのにハートだけはお姉さんなつくしさん。

二人と食べたお鍋は、素材以外の味も混ざり込んでいた気がした。

 

 

 




作者鍋好きにより定期的に鍋話が来ます。




<今回の設定更新>

○○:相変わらず初対面の人間相手だとコミュ障全開。
   だが、つくしに対してはだいぶ慣れてきた模様。
   心にジェントルなる別人格を飼っている。

つくし:やたらお姉さんぶる。
    時たま厳しいがこの少女、甘えたい。

ましろ:敢えて言及はしない。


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【今井リサ】情と欲
2020/05/29 わからないんだもん。


新シリーズ、ちょっとアレな感じです。


 

 

 

フラれた。

マジ意味わかんない。

 

 

 

**

 

 

 

「――それで、いきなりチャットでさ!?「重いから別れよう」だって!!酷くない!?」

 

 

 

お昼休みという事で食事もそこそこに友人の席で愚痴を零してみる。

昨日の夜、付き合っていた男の子…ええと、名前はよく覚えてないけど、すごく優しい子…から連絡が来て、いきなりフラれたんだ。

重いって言うのがどういうことかわかんないけど、いつも別れる時には重量の話をされる気がする。で、意味が解らなくて、付き合いの長い同級生の子に話を聞いて貰ってるんだけど…。

 

 

 

「あはは……チャットかぁ。…○○、今回は一体何した訳?」

 

「何もしてないよ!……リサに言われた通り、あんまり連絡しないように気を付けたし、意見も聞いてあげたもん。」

 

「そっかぁ。ちな、今回はどれくらい続いたの?」

 

「えと……二週間、くらい。」

 

「……なかなかうまくいかないねぇ。」

 

 

 

恋愛相談、とでも言うのかな。事ある毎に相談に乗ってくれるリサについつい甘えちゃってる気はするんだけど、他に頼れる知り合いもいない私にとってはお母さんみたいなんだもの。

友達かと訊かれたらどう答えていいかわからないけど、少なくともリサは私の事を嫌ってはいないみたい。

あと、二週間は新記録。いっつも男の子と仲良くなっても一週間もしないうちに嫌われちゃう。何がいけないんだろうってリサと話してはみたけど…デート?とかプライベート?とか、考えることが多すぎてパニックになっちゃうよ。

すっかり恒例になっちゃった流れといつも通り苦笑いするリサ。これまた慣例通りで、いつもはぐらかされる質問をまたしてみる。

 

 

 

「リサは?」

 

「ん?」

 

「男の子とそういうの…ないの?」

 

「んー、今はない…かなぁ。」

 

 

 

ここ、羽丘女子学園は名前の通り女子校。…にも関わらず、何処で知ったのか連日のように男の子が詰めかける程モテ女子な彼女なんだけど。

この手の質問はいつも適当に流されちゃうし、リサ自信あまり興味も無さそうなんだよね。何なんだろう。

 

 

 

「アタシの事なんかより、○○が上手くいくこと考えないと、ね?」

 

「リサ可愛いのに。」

 

「ははは…ありがとね。○○はアレだ、まずは友達作りからじゃない?」

 

「ともだち?」

 

「うんうん。男子でも女子でもいいけど、ゆっくり関係を築くってのも大切だと思うんだよね。」

 

 

 

……ゆっくり?

私にとってみれば、そもそも友達ってのが何なのか分からない。明確な基準があるわけでも無いし、定義を訊いたって皆バラバラの事を言うし。

 

 

 

「んん……私と、リサって、友達?」

 

「ん、そだね。」

 

「じゃあ、リサとよく一緒に居る…ええと、」

 

友希那(ゆきな)?」

 

「そそ。…リサとゆきなは友達?」

 

「んぅ。…友達…うーん…。」

 

「仲悪いの?」

 

「や、逆…かな。アタシと友希那はほら、昔からの縁ってのもあるし、もうちょっと身内感が…ね。」

 

「ふーん。」

 

 

 

友達でも付き合いが長いと身内になるんだ。よくわかんないけど。

…でも、私とリサが友達っていうのはどういう事なんだろう。だって、リサとは()()()()()()()のに。

 

 

 

「じゃあ、リサとゆきなは、友達以上の事をしてるの??」

 

「以上!?……以上っていうと………ッ!?ち、ちが、アタシは、友希那とそんな…っ!」

 

「???どしたの??顔赤いよ??」

 

「なな、何でもない、から!」

 

「??」

 

 

 

友達を越える…いや、友達から変わる?

よくわかんないけど、私が思い描く友達とリサが思い浮かべる友達は何かが違っていて、友達とする何か…以上のソレは顔が赤くなっちゃう程恥ずかしい事…って理解で、いいのかな。

多分、私は無知なんだと思う。友達とか、男の子の話とか、リサはちゃんと聞いてくれてちゃんとお話ししてくれるんだけど、他の人相手だと馬鹿にされたような感じで話を切り上げられるのが大概だし。…私がおかしいかもしれないけどね、馴れたんだ。

未だ真っ赤な顔で「うひゃー」とか言ってるリサの顔を眺めていれば、教室の後方ドアから女の子がやって来る。その子はスタスタと真っ直ぐ歩いて来ると悶えているリサの肩を軽く叩いた。

 

 

 

「うわっひゃぁっ!?…ゆ、友希那ぁ!?」

 

「………何をそんなに驚いているの?」

 

「な、ななな、何でもない!何でもないよー!何も、変なこと考えたり、してないよ!?うん!!」

 

「…??」

 

 

 

すごく、わたわたしてる。

どうでもいいかもしれないけど、ゆきなってこんな時でも無表情なんだ。前々からあんまり感情が出ない子だなーとは思ってたけど。

 

 

 

「よく分からないけれど、話があるわ。リサ。」

 

「う、うん!何かな??」

 

「…その、紗夜(さよ)から連絡があって、次のステージの事で……。」

 

「あー……わかった。…えと、○○?ごめん、ちょっと用事出来ちゃったから、また後で話聞くね?」

 

「あ、うん。…いってらっしゃい?」

 

「ごめんね~。」

 

 

 

ステージ…きっとリサ達のバンドの事だろうな。リサと、それからゆきなも、ろ…ろしあ??みたいな名前のバンドを組んでるはずだから。

去っていくリサの背中に少し寂しさを感じつつ、無意識の内にゆきなの手を掴んでしまっていた。

 

 

 

「……なに?」

 

「え、あ、ええと…」

 

「用が無いのなら離してもらっても――」

 

「…ゆきなは!」

 

「――?なに。」

 

「ゆきなは、リサと、友達、なの?」

 

 

 

考え方は人それぞれ、それなら訊く相手は多い方がいい。

だからこそ、リサにした質問を繰り返してみた。

 

 

 

「……そうね。…友達…という言葉では軽いわね。」

 

「軽い?」

 

「ええ。…今の私にとって、リサは掛け替えの無い存在だもの。ただの友達とは…違う…ように感じているの。」

 

「………身内感…ってやつ?」

 

「身内感?……その言葉は初めて聞いたけど、家族…に近いと言えば間違いでは無いわね。」

 

「……。」

 

「質問には答えたわよ。…それじゃあ、行くから。」

 

「ぁ……っ。」

 

 

 

半ば強引に腕を振り払ったあと、少し早足でズンズンと歩いて行くゆきな。…怒ったのかな??…そりゃ、いきなり腕掴んだりしたのは悪いと思うけど、そんなに怒ることないよね。

二人の姿が見えなくなってからも、頭の中ではさっきの話がグルグルと回っていた。

友達…身内…家族…。それに、どうやら友達=軽いらしいってこと。掛け替えの無い人が家族なんだとしたら、私にとっての家族って誰だろう。

もしかしたら私がすぐに捨てられるのも――

 

 

 

「おぅい、○○ー。」

 

 

 

また私の悪い癖で、一つ哀しい事を想像すると連鎖的に気持ちが落ち込んで行ってしまう。そんな、思考のデフレスパイラルに堕ちかけたとき。声を掛けてきたのは見覚えのある顔だった。

 

 

 

「あ……ええと、数学の…」

 

「何だよー、三年にもなってまだ名前覚えてないのかー?」

 

「あはは……ごめんなさい…」

 

「先生の名前くらい、いい加減覚えてくれよなー?…常盤(ときわ)だよ、常盤。」

 

 

 

常盤…先生。この学校の中では関りが深い方になると思う。

けど、男の人の名前と顔を覚えるのは、苦手だ。友達になら簡単に、なれるのに。

 

 

 

「…それで、常盤せんせ、何かあった??」

 

「おう。…実は今日から暫く嫁が実家に帰るらしいんだよ。…○○、お前今は何処で暮らしてる?」

 

「えと…アパートの、自分の部屋。」

 

「そか。なら今は()()()()も居ない期間なんだな?」

 

「………ああ、成程。」

 

 

 

要するに、先生は私とまた友達になりたいって事ね。前に彼氏になってくれるのって訊いた時は結婚してるからって断られたけど、それから偶に友達だったりした関係。

奥さんが居ないってことは、先生もひとりぼっちって事だもんね。

 

 

 

()()()()()()()()()()()?」

 

「そうなんだよー。だからまた…な?頼むわ。」

 

「うん。……ねね、せんせ?」

 

「なんだ?」

 

「せんせと私って、友達??」

 

「…ああ、そりゃ勿論だ。…んじゃ、放課後、いつものところで待っててな?」

 

「わかった。」

 

 

 

友達も彼氏も彼女も奥さんもお嫁さんも旦那さんも。色んな呼び方があるけど違いなんて分からなくて。

それでも男の人は友達になったら仲良くしてくれるから…一人にしないで、一緒に居てくれるから。

 

 

 

「…リサこそ、友達いっぱい作ったらいいのに。」

 

 

 

簡単に出来るのに。変なの。

 

 

 




世の中には不思議がいっぱい。




<今回の設定>

○○:色んな事に無知な女の子。
   仲良くしてくれるリサと喋るのが好き。
   最新型のスマホは友達からの誕生日プレゼント。
   寒いよりは暑い方が好き。

リサ:クラスの中心…とまではいかないまでもそこそこの人望とそこそこのコミュ力を
   備えている。
   バンドの方も順調で、友希那が真剣に音楽と向き合う時、居合わせるのが幸せ。
   遊んでそうな外見とは裏腹に子供っぽい内面も多々見える。

友希那:クール。
    人に触れられるのがあまり好きではない。

常盤:数学教師。
   数年前に二歳年下の女性と結婚。そこそこに幸せな家庭を築いているらしい。
   主人公も含め数名の生徒と仲が良いようだが…


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2020/07/18 ともだちでいたいもん。

 

 

 

少し遠出をして、今は離れ離れになっちゃった昔の()()の家に泊まることになった。

久しぶりに連絡が来たのはびっくりしたけど、また私と一緒に遊びたいんだって……凄く、嬉しかった。

私がまだ、友達についてアレコレ考えちゃう前の友達だったから。

 

 

 

**

 

 

 

「おいしかった!!錫木(すずき)くん、料理人さんみたいだねぇ!」

 

「……鍋くらい誰でもできるだろ…。」

 

 

 

錫木琢磨(たくま)くん。中学生の頃はよく一緒に遊んだり出かけたりしていた男の子。

高校になって離れ離れになっちゃってたけど、他の男の子とは違って恋人とか言う関係には興味なさそうで。一緒に居て凄く居心地の良い子だった。

その錫木くんが、「泊りで遊びに来ないか~」なんて言うもんだから、わくわくしちゃって…。

 

 

 

「ねね、この後って何するの??前みたいにお風呂で――」

 

「あのさ。」

 

「??」

 

「お前、まだそういうことやってんの?」

 

「……そういうことって??」

 

 

 

私がここについて、お喋りしたりカードゲームで遊んだり、鍋の食材を買いに行ったり。やっとこれから友達()()()事が始まると思っていたのに。

思いがけない質問に、頭もまるで追いついていなかった。

 

 

 

「あー……その、さ。俺も、それからクラスの連中も、別に○○と付き合ったりとかしてたわけじゃないだろ?」

 

「うん。みんな、友達だもん。」

 

「……でもほら、俺達もある程度大人になっちゃったし、やっぱり分別も付けるべきだと思うんだよ。」

 

「ふんべつ…?」

 

「悪かったとは思うよ。お前が抵抗しないのをいいことに、都合よく使っちゃってさ。…けど」

 

「錫木くん。私、使われてなんかいないよ?」

 

「………○○?」

 

「だって、私と錫木くんは――」

 

 

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ…

 

 

「……?」

 

 

 

もう。折角謎が解けそうだったのに。居間に置いた鞄からスマホが鳴っているのが聞こえる。

私はそのまま放っておいても良かったんだけど、錫木くんに促されるままに画面を見てみた。鞄の元へ行く間も、奥底から引っ張り出す間もずっと鳴り続けていて、余程の大事な用にも思える。

 

 

 

「…………ぁ。」

 

 

 

画面には「リサ」からの電話を報せる表示。どうでもいい人からだったら切ってたけど、リサには何かとお世話になってるし…話だけでも聞かないとね。

 

 

 

「……もしもし?」

 

『あ、○○!?今ドコ!?』

 

「……街にはいないけど…何かあったの??」

 

『大変なんだってば!常盤が――』

 

 

 

かなり憔悴した様子だったけど、私が無事という事が分かって安心したらしく徐々に声のトーンも落ち着いて行った。

話を聞くに、常盤せんせが逮捕されたらしい。…また友達が一人減ってしまった訳だ。

 

 

 

『ふぅ…。ま、被害者が○○じゃなかったのは不幸中の幸いだね…。』

 

「…どうして、私だと思ったの?」

 

『だって、常盤とよく放課後一緒に居たじゃん?』

 

「うん。友達だからね。」

 

 

 

彼とはよく、彼の車の後ろで待ち合わせをしていたから。ひとりじゃ寂しいらしい常盤せんせは、結構な頻度で私を家に招いてくれた。

ごはんを食べて、お風呂に入って、一緒に遊んで。いっぱい色んな事も教えてもらったし、いっぱいお金も貰った。

お金なんかいらないっていつも思うけど、どの男の人も最初はお金を払おうとする…変な習慣だよね。

 

 

 

『…今回だって、被害にあった子はウチの制服着てたって言うし…ホント心配したんだからぁ!』

 

「ごめんね…?…でも何で心配したの?」

 

『当たり前っしょ!?友達なんだから!』

 

「…とも……だち…。」

 

 

 

友達っていうのは、心配が付き纏うものらしい。そういえば、私と初めてお友達になってくれたおじさんも、遊び終わった後にずっと心配してたっけ。

あの時は血がいっぱい出てたし、おじさんも奥さんが居る人だったから、そういうもんだと思ってたけど。

 

 

 

「じゃあ、私も常盤せんせのこと、心配してあげるのが当たり前…?」

 

『…いや、自業自得だし、心配することでもない…かな?…ところで、街には居ないって言ってたけど、どこか出かけてるの?』

 

 

 

やっぱり友達ってわかんないや。

 

 

 

「うん。友達の家。」

 

『あ……また、男の子の?』

 

「うん。…おかしかった?」

 

『えと………そ、その子も、付き合いたいなーって思ったりしてる、ワケ?』

 

「ううん。錫木くんは友達だもん。昔みたいに遊んで……あっ。」

 

 

 

そうだった。錫木くんもおかしい事を言ってたんだ。

ふんべつがどうとか。

 

 

 

「きいてリサ。」

 

『なに?』

 

「錫木くんがね、もう結構大人なんだから、そういう遊びはしないって…。」

 

『…………それで?』

 

「変…だよね?」

 

『…………。』

 

 

 

どうして。

どうして何も返事してくれないの。

リサは初めてできた女の子の友達で、他の子とは違うって思ってたのに。

 

リサも、私がおかしいって言う…のかな。

 

 

 

『……あのさ○○。』

 

「…うん。」

 

『アタシは、その子が言っている事が変かどうかはわかんない…けど…。』

 

「…。」

 

『だけど、やっぱ○○が心配。…常盤もそうだったけどさ、女の子を都合よく使いたいって男なんて、いくらでもいるんだよ?』

 

「でも、錫木くんは…」

 

『勿論、その男の子と常盤は違うかもしれない。悪く言うつもりも無いよ。……でも、○○はもうちょっと、自分を大切にしないと…さ?』

 

 

 

都合よく…つかう。さっき錫木くんも言ってたことだ。

私はそんな、使われているだなんて意識は微塵も無かったし、みんな仲良く遊んでくれている…くらいに思っていた。

…………私がやっていたことって、一体?

 

 

 

『…友達ってさ、難しいよね。』

 

「…え?」

 

『特に異性の友達なんて、さ。…小さい頃はみんな唯の仲良しなのに、大きくなるとどうして拗れちゃうんだろうね…。』

 

「………。」

 

 

 

リサは、男の子にも女の子にも人気があって、いつも周りには人が絶えなくて。友達の事も、大人たちとの事も、全部上手に熟せる人だ。

…でもそれは、少なくとも私が見ているリサであって、本当はどうなのかなんてわからなくて。

心配とはまた毛色の違う、寂しそうに絞り出した言葉は、私のしらないリサのもののように鼓膜を揺らした。

 

 

 

「…リサ――」

 

『ごめん、何か余計な事言っちゃったね!…きっとその男の子も悪い子じゃないだろうし、楽しんでね!』

 

「……うん。」

 

『んじゃ、また学校でね~。…あ、帰り道も気を付けるんだよ~??』

 

「…うん。またね…リサ。」

 

 

 

でもごめんリサ。

私やっぱり、どこかおかしいのかな。あんまりわかんないや。

だって、みんなと仲良くしたいし、もっと必要とされていたいもん。

 

 

 

「……お、電話終わった?」

 

「うん。ごめんね、話の途中で。」

 

「いやいいさ。さて、それじゃあ何して遊――」

 

「錫木くん。」

 

 

 

振り返ればいつの間にか片づけられていたテーブルにはお菓子の入ったバスケットと可愛らしいコースターを敷いたグラスが二つ置かれていて。

相変わらずのマメさと、彼の変わっていない可愛いもの好きが垣間見えた私は、やはり止まれないんだと知った。

私は、これしか知らないから。

 

 

 

「ん……ちょ、おま、だからそう言う事はしないって――」

 

「……私の事、嫌い?」

 

「そういう話じゃねえ、一人暮らしの男の家でお前…とりあえず服脱ぐのやめろって…」

 

「私、錫木くんとずっと友達で居たいんだ。……だから…」

 

 

 

大人になったって言うけど、錫木くんは錫木くんだもん。だから、気にしていた事さえ正当化してあげたら、何も問題ないよね。

 

 

 

「…私の事、好きに使って?……私、全然嫌とかじゃ、ないから。」

 

「………!!!」

 

 

 

ゴクリと唾を呑む音が聞こえた。

 

 

 

「……お前が、誘ったんだからな?」

 

「あは。ともだちだもん。」

 

 

 

これで少なくとも今日と明日は、一人じゃない。

 

 

 




生き方は、人それぞれ。




<今回の設定更新>

○○:まだ覚醒前。
   悪しき習慣を断ち切れずにいる。

リサ:主人公が道を踏み外さないか気が気でない。
   お節介だというのも分かっているが、昔の出来事のせいで目を離せずにいる。
   
常盤:当然。

錫木:昔の愚行を悔いて真人間を目指したが…。
   いや、そりゃあれだけ完璧な呪文唱えられたら屈するよ。


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【氷川日菜】天使>I<悪魔
2020/07/21 早起きは三文の徳


 

 

 

よく言うだろう。

人は誰しも、心の中に天使と悪魔を飼っていると―――。

 

 

 

「おはよ…………何してんの。」

 

「おべんと作ってんの!!いつも買ってばっかりでしょ。」

 

「えっちょっと待って天使(ひな)ちゃん、それじゃあちょっと少なすぎない??もっといっぱい食べないと、るんってなれないと思うなー。」

 

悪魔(ひな)ちゃん、○○くんをおデブさんにする気ー??栄養バランスを考えるとこれくらいでいいんですぅー。」

 

「…………どうでもいいけど、食費には響かないようにしてくれな?」

 

 

 

俺は、家に飼っている。

それも、同じ顔で同じ名前の、得体の知れない生命体だ。

 

 

 

**

 

 

 

「うっすー。」

 

「おぉ、来なすったか○○殿。」

 

「相変わらず早ぇな佐崎(ささき)…。」

 

 

 

まだ人の居ない教室。電気も点けないまま窓際の自席へ着けば、斜め後ろで黙々と何かを描いている顔見知りに声を掛けられる。

ここ花咲川(はなさきがわ)学園は、昨年度までは女子校だった場所。今年度より、近所にあり創設者が身内同士だったとかいう男子校…男群(なむる)高等学校との合併が決まったということで、俺達元"男高"生もこっちの教室に通っていると言う訳だ。

敷地面積の差を考えるなら納得ではあるのだが、如何せん改増築が追い付いていない為不便が多い。結果としてよそ者扱いされている我々男子生徒陣は(そもそもの人数も少ない)イマイチ馴染めず、こうして早朝登校などの対応をせざるを得ないのだ。

 

 

 

「フヒヒ、早起きは三文の徳、と言うでござろう?」

 

「そうか。…ま、これから待ってるのは地獄なんだがよ…。」

 

「ううむ…近いうちに、待遇改善のために立ち上がらねばならんようでござるなぁ。」

 

「…………。お前が言うと一揆でも起きそうな気がするな。」

 

 

 

佐崎は絵に描いたようなオタク…に見えるのだが、去年男群に入学したときは至って普通の生徒だった。それが合併を機にこんな…。

急な環境の変化はストレスになるとも聞くが、これほどまでに彼を変えたのは一体…。

 

 

 

「まあいいや。…またあの変なのに絡まれる前に片付けろよ?」

 

「勿論、心得ているでござる。フヒヒ」

 

 

 

ただでさえ女子の扱いがよく分からなく慣れることも無いというのに、居るのだ。妙な絡み方をしてくる変人が。

それに加えて俺の脳内では―――

 

カラカラ…

 

「「!!」」

 

 

 

教室後ろ側の引き戸が鳴り、反射的に身を固くする俺と佐崎。例の変人か、はたまた他のクラスメイトか。

どのみち面倒なことには変わりないのだが、このクラスで圧倒的アウェイとして扱われている少数男子にとってみれば結局は同じ。ビクつきながら顔色を窺う相手でしかないのだ。

 

 

 

「……。」

 

 

 

侵入者…もとい登校してきたクラスメイトであろう人物は、暫し無言で教室内を見渡した後…扉も閉めずに自席へ向かったらしい。

椅子が引かれる音を聞きながら佐崎と目を合わせ息を吐く。

 

 

 

「…あのさ。」

 

 

 

しかしその直後に吐いた息ごとビクリと肩を震わせることになる。今まさに席に着いたばかりの人物から声を掛けられたのである。

恐ろしくてそちらは向けていないが、声を聴くに未だ関わったことの無い人間だ。

そっ…と、内心最高潮にビビりながらも視線を向けて相手を確認する。

 

 

 

「………うぉっ。」

 

「ど、どうしたでござる?」

 

「……不良だ。」

 

 

 

ウェーブがかったセミロングの髪は眩しいばかりの銀色。おまけに毛先は紫色にグラデーションが効いている。

何度か視界に収めたことは有るが、間違いない。このクラス唯一の不良だ(当社調べ)!

そこそこに整った顔でありながら刺すような目付き。机についた肘は不機嫌さを表しているようで…。

 

 

 

「は?……別に、不良っぽい事なんかしてないっしょ?」

 

「……いやいや、その髪でそれは無理だろ。」

 

「地毛だし。」

 

「地毛でそんな丁度良くグラデーションがかかるかよ…。」

 

 

 

機嫌を損ねてはいけないと、飛んでくる言葉に対して必死に反応を返す。…がしかし、これはより一層神経を逆なでしている様な?

 

 

 

「ま、まずいでござるよ○○殿。あまり輩を刺激しては…」

 

「誰が輩よ。」

 

「ヒョェッ…矛先が、矛先がこっちにも向いたでござる…!」

 

「…………うちの学校、忍者いたんだ。」

 

 

 

流石は不良。コレをガチのシノビとして認識してらっしゃる。恐らく俺達のような日陰者とは真逆の人生を歩んでいるんだろう。

 

 

 

「……でさ。」

 

「ん。」

 

「アンタ達、合併になってからずっと二人でくっ付いてるけど…そっち系?」

 

「んな…!?」

 

 

 

違わい。と返したかったが丁度息を吐き切った直後で上手く声が出せず。

奇妙な音が漏れただけで咽てしまった。

 

 

 

「……ははっ、何それ、変なの。……そっか、これが、アレか…。」

 

「ゲッホ、…アレ?何の話だ?」

 

「ああうん?昨日、たえにさ。「早起きはサーモンのトークショーなんだって!!」…って言われて。」

 

 

 

気のせいだと思いたい。彼女の口から親し気に吐き出された名前が、俺達の最も恐怖する変人の名であった事は。

 

 

 

「…俺達はサーモンなんかじゃねえぞ。」

 

「言い間違えたことくらい分かってるよ。…けど、"三文の得"って…要は"何かしらいいことあるぞ~"くらいの感覚でしょ?」

 

「まあ。」

 

「……何となく早く登校してみたらさ、アンタ達みたいなおかしなのと遭遇するし。」

 

「む、おかしくなんかないでござるよ!」

 

「忍者とも、初めて喋っちゃったし。」

 

「……あのなあ。」

 

 

 

そしてもう一つ、気のせいだと思いたい。

恐れていた女子連中の、それも特にヤバいと思っていた不良(?)の彼女が、案外話しやすい人間に見え始めている事。

 

 

 

「ま、いいじゃん。…皆も男子がよくわかんなくて、接しにくいだけなんだと思うんだよね。」

 

「……なあ、お前、もしかして」

 

「もっとガンガンいっちゃいなよ。皆、受け入れてくれると思うからさ。」

 

「…………ああ、ありがとう。ええと…。」

 

 

 

そういえば不良不良と連呼していたせいもあり名前を知らない。

言い淀んだところを見計らって、訊いても居ないものを名乗ってくれた。

 

 

 

月渚(るな)って呼んで。」

 

「……月渚。」

 

「どうせ名前知らないんでしょ。」

 

「……まあ。」

 

 

 

月渚。

人は見かけによらない?らしい。

 

 

 

**

 

 

 

『○○くん、○○くん。』

 

 

 

昼休み。

 

 

 

『せっかく月渚ちゃんと仲良くなれたんだし、

積極的に絡みに行かないと!』

 

『騙されちゃだめだよ!どうせあの月渚とかいう子だって

他の子と同じ。信じても痛い目みるだけだって。』

 

『もう、どうしてそう言う事言うかな悪魔(ひな)ちゃんは!』

 

『だって、全然るんるんしないんだもんなー。

天使(ひな)ちゃんだってそうでしょー?』

 

 

 

佐崎と弁当をモソモソ突きながら、脳内に浮かんだ喧しい二人の声を聴いていた。視線は遠くで、例の変人と怠そうにお喋りしている月渚を捉えてはいるが。

そもそもこの、脳内でギャーギャーとやり合っている二人に出逢ったのは数カ月前。丁度合併から二週間ほど経った頃である。

とうの昔に他界した両親が唯一残した一軒家に、先行きならない不安を抱えて帰ってみればそこに奴らは居て。…いやそら、最初はもう驚いたなんてもんじゃなかったね。

部屋に入るなり知らない人間が居る…ってだけでもかなり非日常的なのに、声を合わせて振り返る顔が全く同じなんだから。

オマケに姿を消せたりこうして脳内に住み着いたり…訳アリとは思っていたが、人間ですら無かったとは。それでも順応してしまう辺り、人間ってのは末恐ろしい。

 

 

 

「んで。」

 

「ん。」

 

「月渚殿…でござったか。」

 

「ん。」

 

「……朝のアレは、どう捉えるべきでござろうか。」

 

 

 

あれ以来、特に彼女と話すでもなく午前中の授業を過ごしてしまった訳で。

どこか引っ掛かりはしているものの、イマイチ踏み込む勇気も出ず結局こうして佐崎と過ごすいつもどおりの流れになっている。

ガンガンいっちゃいな…か。

 

 

 

「どうもこうも、なぁ。」

 

「少なくとも拙者は無理でござるよ。」

 

「知ってる。」

 

 

 

佐崎はただでさえ極度のアガリ症な上に女性そのものが苦手なのだ。もしかしたら()()なってしまったのも、ストレス云々以前にその辺が絡んでいるのかもしれない。

 

 

 

「……信用、するでござるか?」

 

「そうさなぁ…。」

 

 

 

脳内の天使(ひな)は月渚きっかけで繋がりを構築するのが得策と言っているようだが、悪魔(ひな)側の意見も尤もである。

……どうしたもんか。

 

 

 

「む。」

 

「なんだよ。」

 

「……()の、気配にござる。」

 

「ショウ?……あぁ、便所か、行って来いよ。」

 

「かたじけない。影走りするでござるよ。」

 

「はよ行け。」

 

 

 

話の流れなどお構いなしに、トイレ宣言をかましてくる佐崎。多少大袈裟になるのも仕方ない話だが、いちいち芝居がくどい気もする。

とは言えこの学校内に置いて男子が催すのは危険だ。何せ例の事情により男子トイレが無いのだから。

よって俺達男子陣は、離れにある旧校舎の警備員室のトイレまで向かわなければいけない。このクラス…2年E組がある本校舎の二階から向かうには、およそ十分弱は走らなければいけないだろう。

ハッキリ言って苦行である。

 

 

 

「……。」

 

 

 

こうなると、昼休み中の合流は絶望的だ。昼飯もすぐに食い終えてしまうだろう。

 

 

 

『いい機会だね!近くの女の子にでも、話しかけてみようよ!』

 

 

 

「…いやいや、まさか。」

 

 

 

『そんなことより、佐崎くんに悪戯仕掛けにいかない?』

 

『えぇー?そんなの、時間勿体ないだけだよー。』

 

『だってー…このままじゃ何も面白く……あっ。』

 

『……悪魔(ひな)ちゃん?』

 

『じゃあさ、誰か都合よさそうな女の子捕まえて、お喋りで時間潰すってのはどう!?』

 

『それいいねぇ!』

 

『ねー。』

 

 

 

「なんてこった…。」

 

 

 

天使と悪魔って、意見が割れて選択を迫って来るもんじゃないのか?

一致したんだが。

 

 

 

「ねー、何ブツブツ言ってんのー?」

 

「!!」

 

 

 

脳内会議に釣られて声を出してしまう癖は直した方がいいのかもしれない。ついにソレを切っ掛けに絡まれるという、想像する中でもかなり上位の事件が起きてしまった。

ぽむぽむと叩かれた右肩越しに、その声の主を見る。…なんだかチンチクリンな、間抜けそうな表情の女生徒と目が合った。

 

 

 

「……ぶつぶつなんか、言ってないが。」

 

「嘘だぁ。「ナンテコッタ…」って、おっかない顔して言ってたの、はぐみ見たもん!!」

 

「くっ…見られていたのか…。」

 

 

 

両手で握り拳を作り熱弁する彼女。

御多分に漏れず名前は知らないが、いつもやたらと元気よく声を張り上げている奴だ。勿論苦手である。

 

 

 

『苦手とか言ってるからいつまで経ってもぼっちなんだよぅ。』

 

『あは!でも、この子なら割とチョロそうだし、取っ掛かりにするのはいいんじゃない?』

 

 

 

最早天使なのか悪魔なのか、どっちがどっちだか分からなくなってきた。

 

 

 

「キミって、○○って言うんだよね!?」

 

「……ああ。」

 

「どうして、いつも一人で居るの??」

 

「グゥッ……どうしてかな。わかんねーや。」

 

 

 

それは真理だよ。

しかし邪気も無く興味を持ってくれるのは却って有難いか。脳内のヒナ達に言われたから…という理由では決してないが、腹を括って話してみるとしよう。

 

 

 

「…おま…きみ…いや、あんた…」

 

「???」

 

 

 

……女子って、何て呼べばいいんだ?

月渚の様な奴は特例として、佐崎や他の男共に対する様に"お前"でいいんだろうか。高圧的か?でも"君"というのも気障ったらしい気がする。ううむ…。

 

 

 

『ありゃりゃ、こりゃ前途多難だね。』

 

『ひひっ、面白いことになってきたねっ!』

 

 

 

お前らもう天使でも悪魔でもないだろう。ただの観客になってやがる。

 

 

 

「……ああくそ、何て呼べばいいんだ…。」

 

「よぶ??…はぐみの呼び方に困ってるの??」

 

「あ、ああ…って、"はぐみ"ってのが名前か?」

 

「そうだよ!はぐみははぐみ!!……前に自己紹介したよねぇ?」

 

 

 

そうだっけか。確かに合併後の初登校日、ホームルームで突発的な自己紹介を強要された挙句、クラスの皆の事も覚えてねだとか……中々に苦痛が続いたせいで記憶からは吹き飛ばしてしまっていたが…。

確かにこんな元気印も居たかもしれない。

 

 

 

「そうだった……気もしなくも、ない。」

 

「ばかなの??」

 

「…あんだって?」

 

 

『ちょちょ、喧嘩腰はダメだってば!』

 

『いいじゃんいいじゃん、"分からせ"ってやつだよね。』

 

悪魔(ひな)ちゃん!?昼間っからそんな…!!』

 

『にひひ、丁度いい暇潰しにもなりそうだしねぇ~。』

 

 

 

脳内的にはやはり真っ二つか。流石に表現が色々マズい事は実行しないが吉だろう。

……深呼吸を一つ。恐らく、目の前の少女はあまり聡い方ではない。直情型というか、興味先行型というか…好奇心の赴くままに行動してしまうパターンなんだろう。

分からせ…てやる程苛ついちゃいないし、先手がそれなりに失礼なら気兼ねなく自然体で話せるってもんだ。

 

 

 

「……あー…はぐみ。」

 

「うん!!」

 

「呼び捨てでも…いいか?」

 

「いいよ!!」

 

 

 

いいらしい。

 

 

 

『ちぇー、つまんないのー。もっと揉めるかと思ったのにぃー。』

 

『ううん、えらいよ○○くんは!ちゃんとお喋りできたね!』

 

 

 

悪魔の方のヒナ、お前はもう悪魔じゃなくて戦神かなんかだな。そして天使の方のヒナ、お前は俺をガキ扱いしすぎだ。

 

ま、何はともあれ、危機は乗り切ったわけだ。

佐崎無しで、昼休みを無事越えた。……それも、女生徒と会話するというおまけつきだ。

訊いても居ないのに、好きな食べ物だの昨日は買い物に出かけただのと楽しそうに捲し立てているはぐみ越しに、銀の不良と目が合った。

少し恥ずかしかったが、照れ隠しも兼ねてガッツポーズを贈ってやった。相変わらずの冷めた目付きで見詰めてきたのは、言うまでもないが。

 

 

 

**

 

 

 

「ただいま。」

 

「うわーい!おかえり○○くーん!!」

 

「おかえりヘタレー!!」

 

悪魔(ひな)、追い出すぞ。」

 

 

 

夕刻。

家に帰るなり忠犬のように出迎える天使と悪魔。外見はこれと言っておかしなところは無く、馴れるまでは正直どっちがどっちか分からなかった。

今現在の状況で言うと、水色のネグリジェにエプロンという珍妙な恰好で出迎えているのが天使の方で、俺の中学のころの学校指定ジャージを着て眼鏡を掛けているのが悪魔の方だ。

さっきまで確かに脳内に居たはずで、まるで原理は分からないが……俺は特に別に気にならなかった。

 

 

 

「晩御飯できてるよー!!」

 

「いつ作ったんだ…。」

 

「ふふん、今日はね…あたしのリクエストが採用されたんだ。」

 

「おい在宅組のリクエストはズルいだろ。」

 

「いいじゃんいいじゃーん。ほら、今日は○○頑張ったでしょ??だから、ご褒美上げないと!って…。」

 

「……お前、悪魔ならもっと悪魔らしくキャラ徹底せえよ…。」

 

「るんっ!悪魔(ひな)ちゃん、○○くんの為に~ってすっごく張り切ってたんだから!」

 

「え。……お前が作った…の?」

 

「うん!!」

 

「じゃあ、どうして天使(ひな)はエプロンなんか着けてんだ?」

 

「えへへー、気分。」

 

「…………。」

 

「ほら、天使ってあざとさ担当みたいなとこあるし?」

 

「で、結局晩御飯って??」

 

「「TKG(卵掛けごはん)」」

 

「手抜きィッ!!」

 

 

 

両親も兄弟も居ない俺にとって、自宅が賑やかになる事に何のデメリットがある訳もなく。

何より、俺を見ていてくれる存在が嬉しかった。

 

ただ、それだけだ。

 

 

 




新シリーズ、るんるんする話が書きたい。




<今回の設定>

○○:高校2年生。元・都立男群高等学校生。
   今年度から共学化…という名目の元母校を吸収されたために肩身の狭い日々を
   過ごす。
   謎の存在二人と暮らしているが特に疑問も無く。
   多分殆どの事がどうでもいい。

日菜:×2。
   今回の日菜ちゃんは天使と悪魔という概念の具現化。
   両極端な意見…かと思いきや以外にも息の合ったコンビネーションで主人公を
   引っ掻き回す。
   人の形で顕現したり、脳の中に寄生して囁きかけたりできるらしい。
   かわいい。

はぐみ:(`・ω・´)

佐崎:フルネームは佐崎亮(りょう)。
   主人公とは高校入学時からの付き合いだが、合併を機に変わってしまった。
   本当は何のオタクでもないし忍者でもない。

月渚:銀髪は地毛。別作品では主人公。
   彼女は彼女でガールズバンドを組んでおり、メンバーは花咲川のみならず
   羽丘や月ノ森にも分布している。
   目付きや口調は決して良い方じゃないが普通に良い子。


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【丸山彩Ⅲ】アイドルと綴る日常風景
2020/08/02 またもや始まる


 

 

 

「タネよーし!!」

 

「ああ。」

 

「具材よぉーし!!」

 

「たくさんあるね。」

 

「……ああ。」

 

「ホットプレートよぉし!!」

 

「こーら、火傷したらどうするの。燥がない。」

 

「ああ…。」

 

「お皿も行き渡ったよね!ね!!」

 

「………。」

 

「それじゃあ乾杯しよ!乾杯!!」

 

「えっ。……ち、千聖(ちさと)ちゃん、紙パックでも乾杯できるかなぁ??」

 

「いいのよ、所詮気分なんだから。」

 

「……そ、そうだよね!」

 

 

 

あれ、何かこれ、デジャブだ。

 

 

 

**

 

 

 

たこ焼き。

小麦粉と出汁をベースとした生地で新鮮な生ダコを包み、くるっと丸く焼き上げる料理。

久しぶりに(あや)日菜(ひな)・千聖三人揃ってのオフという事で、今夜はたこ焼きパーティナイト☆なのだ。(☆は付けないと日菜が煩い)

四人分とあってタネの量や具材のバリエーションもいつもより数割増し。買い出しから準備まで阿呆ほど時間がかかったためにもう腹ペコだ。

 

いつもの食卓では無くリビングのテーブルに小さな飯台をくっつけてセッティングするパーティ仕様。ちょっとした非日常感に場の雰囲気も浮ついているように感じる。

偶にはいいよな、こんな日があっても。

 

 

 

「はいはーい!!あたし、焼き担当やりたーい!!」

 

 

 

いの一番に高々と挙手したのは案の定、目立つことが大好き・お調子者代表の日菜。

居るじゃん?この手の料理で調理部分仕切りたがる奴。それがコイツだ。斯く言う俺もたこ焼きをこう…クルっとひっくり返したりチャッチャと成形する作業なんかは好きだ。職人感あるし。

……お察し頂けただろうか。つまりこの空間には()()()()()が二人居るのだ。

 

 

 

「えぇー、俺もやりたーい…。」

 

 

 

となれば当然抗議の声も上げるってものだ。

 

 

 

「…何を子供みたいなこと言ってるの…。」

 

「そうだそうだ、言ってやってくれお母さん。」

 

「誰がお母さんよ。それに、あなたに言ってるのよ私は。」

 

「げぇ!!」

 

「あはははっ!!それじゃあこの役目はイタダキだねっ!!」

 

 

 

聖なる母性担当・千聖が割って入る。最近すっかり丸くなってきて、一緒に住み始めた頃の刺刺しい姿は見る影も無くなっていた。

が、今この場に於いては敵であるようだ。

 

 

 

「日菜ちゃんも。…二人で仲良くやったらいいでしょ?こんなにいっぱいあるんだから。」

 

「ひょえっ……え?え??千聖ちゃんあたしの味方じゃないの…?そんなの全然るんってこないよ…?」

 

「はあ。文句があるなら私が全部やるけど?」

 

「「!!」」

 

 

 

いかん、お母さんが腕まくりを始めた。よくよく考えてみれば具材を用意したのは全部千聖だし、食器やら器具やらをセッティングしたのは彩だ。俺はタネを只管混ぜていた記憶しかない。

つまみ食いをしようとしてキッチンに突入したら千聖に冷たくあしらわれちまったんだよな。お陰で右腕がパンパンだぜ。…いや、パンパンパン、くらいにしとこう。

何かを感じ取った様子の日菜と目が合う。…うん、ここは一度休戦と行こう。このままじゃたこ焼きマイスターへの道すら危うい。

あ?たこ焼きマイスターが何かって?しらねえよ。語感だ語感。

 

 

 

「悪かったよ千聖。俺と日菜、協力して究極のたこ焼き、焼くからさ…。」

 

「う、うん。ごめんね千聖ちゃん。やっぱり協力って大事だよね!」

 

「ん。わかったならよろしい。あまり散らかさないように、火傷にも気を付けるのよ?」

 

「「はぁーい。」」

 

 

 

流れる様な連係プレイ。他人だとは思えないね。

呆れる様に微笑みながら彩の横に腰を下ろす千聖を見ながら、第一の壁を乗り越えた達成感を感じていた。

 

 

 

「隙ありぃっ!!」

 

「あっ!?」

 

「ふっふーん。○○くん油断したでしょー。」

 

「あぁぁ!!俺のタネがぁ!!」

 

「タネが無くなっちゃった○○くんはどうするのかなぁ~??ん~??」

 

「く、くそぅ……。」

 

 

 

俺の手からボウル一杯のタネを掻っ攫っていった日菜。勝ち誇ったように燥ぐのはいいが、種無しと連呼するのは辞めてくれ。何だか、他の大切なものまで失ってしまったような気がしてくる。

 

 

 

「悔しいが…今日は俺の負けだ…!!日菜よ…存分に、焼くが良い!!」

 

「よぉーっし、やっちゃうよぉ!!るんっ!るんっ!!」

 

 

 

大人しく引き下がるとしよう。いや、そもそもそこまでやりたいわけじゃないし。

勝利の舞と言わんばかりにるんるん言いながらタネを撒き散らす日菜は置いておいて、俺もそろそろ座ろう。座る先は勿論ここ、従妹である彩の隣だ。

 

 

 

「ふふっ。」

 

「?…どうした、何がおかしい。」

 

「○○くん、子供みたいだなぁって。」

 

「いい歳こいたおっさんにそれはきついぞ…。」

 

「ふふっ、ふふふっ…。ごめんね、つい可愛くって。」

 

「……馬鹿言え。」

 

 

 

俺からしてみれば彩の方がよっぽど子供みたいなんだが…。すぐ泣くし、すぐ怒るし、よく寝るし。

 

 

 

「さ、いつまでも遊んでないで、早く食べましょ。」

 

「そうしよう。…俺も、腹減り過ぎておかしくなりそうだ。」

 

 

 

気付けば空腹が度を超えて吐き気に変わりそうなところまで来ている。ナイスだ千聖。

そうして、夕食会は始まったのだ。

ここからはそう珍しくもない日常風景を送ろう。いや、アイドルたちの…と考えるならばある意味レアものなのかもしれないが。

 

 

 

「あら、おいし。」

 

「ん。何入ってた?」

 

「ふふ、オーソドックスなたこさんね。」

 

「……タコにさん付けすんの?」

 

「あっ。」

 

「かわいいかよ。」

 

「~~~っ///」

 

 

 

「ねーねー○○くん。あたし、焼いてばっかで疲れてきちゃったなー。」

 

「代わろうか。」

 

「うん。腕太くなっちゃうよ。」

 

「そんなんで筋肉が育つかよ…。」

 

「あたしね、チーズのがいいなぁ。」

 

「リクエストは受け付けておりません。」

 

「えっ、酷い!!」

 

「日菜のは全部プレーンにします。」

 

「ぷれーん……って?」

 

「具無し。」

 

「やだぁ!!」

 

「具材は焼き担当の気分次第ですから。」

 

「もー!!あたしがやる!!!貸して!!」

 

「腕太くなるぞ。」

 

「ぐぬぬぬぬ……!!!」

 

 

 

「あふっ、あふあふっ、あふぁふぁふふぁふぁふっ??」

 

「ごっくんしてから喋りなさいな。お行儀悪いわよ?」

 

「はふー…はふー………んぐっ。…あつあつだったけど、美味しいね千聖ちゃん。」

 

「そうね。……ああもう、ソースついてるわ。」

 

「えっ、どこどこ…?」

 

「口の端……そう、そこの…ああもう。」

 

「ま、まだ付いてる??」

 

「動かないで。……はい、取れました。」

 

「ありがとう千聖ちゃん!」

 

「火傷したら困るし、一口で食べるのやめたら…?」

 

「うぅぅぅ……でも、○○くんはひとくちで食べるんだもん…。」

 

「……はいはい、真似っ子なのね、彩ちゃんは。」

 

 

 

「…ほう!こりゃイケるなぁ。」

 

「何だったの??」

 

「納豆。」

 

「へぇ!○○くん納豆好き?」

 

「好きっちゃ好きだし…まあ普通かな。」

 

「ふーん。私とどっちが好き?」

 

「……お前、納豆に勝って嬉しいか?」

 

「うん!」

 

「……まあ、うん、彩はそういうところは子供だな。」

 

「私の方が好き?」

 

「ああ。」

 

「えへへへへへ……じゃあ千聖ちゃんは?」

 

「え。」

 

「納豆と…どっちが好き?」

 

「……彩、こっちのキムチ入りも中々だぞ。」

 

「ほんと??タコ入りじゃなければ食べるよ!」

 

「…お前よくたこ焼きパーティ参加するよなぁ。」

 

 

 

とまあこんな感じで、終始賑やかにタコを炒め付けて楽しんだ。

彩が居て、千聖も居て、日菜もいる。あれからずいぶん経っているけど、俺達の生活は特に変わっちゃいない。

 

これからも、か。

 

 

 

「ねーねー○○くん。これ……どう思う?」

 

「……何だこりゃ。」

 

「残ってた生地にチョコレート混ぜたの。」

 

「おい馬鹿正気か?」

 

「ち、ちち、違うよぅ。彩ちゃんだもん。」

 

「…………。」

 

 

 

粗方腹が満たされた終盤。大人しすぎると思っていた従妹がついに動いた。

日菜を困惑させるとは大したもんだが、どうするんだそんな実験まがいの物質。お母さんに怒られんぞ。

 

 

 

「……ナニコレ。」

 

「ヒェッ、ち、千聖?」

 

「……日菜ちゃん?」

 

「違うんだ千聖、日菜じゃない。彩だ。」

 

「……へえ。」

 

「ただーいま。」

 

 

 

トイレに行っていた彩が戻って来る。ボウルを囲み固まる俺達には目もくれず、席について皿に取っておいたたこ焼きに箸を伸ばしていた。

勿論お母さんが見逃すはずもなく。

 

 

 

「彩ちゃん。」

 

「う??」

 

「食べ物で遊んじゃいけません。」

 

「え……あ、あそんでないよ??」

 

「嘘おっしゃい。……どうして生地にチョコレートなんて混ぜたの。」

 

「あ…えと、そろそろ、デザートかなぁって…思って…。」

 

「…………。」

 

「…………その、ごめんなさい。」

 

「もう。どうするのよこれ…。」

 

「あぅぅぅ……。」

 

 

 

……ここ最近、彩の突拍子もなさに拍車がかかってきたような気がする。こんなことするお馬鹿な子じゃ無かった筈なのに。

千聖に叱られ、しょんぼりしながら擦り寄って来る従妹の髪を撫でながら。茶色の液体を眺める。

 

 

 

「……どうしてあんな挑戦的なことを?」

 

「……今日、あんまり○○くんに構ってもらえなかったから…。」

 

「それは理由にならないだろう…。」

 

「……ごべんねぇ……。」

 

 

 

鼻声になりながらシャツに顔を擦り付けてくる。恐らく鼻水やら口の周りの汚れやらでシャツは滅茶苦茶だろうが、洗濯は千聖の担当。心苦しさを演出しつつ任せよう。

 

 

 

「…ま、食ってみたら案外美味いかも知れないさ。」

 

「えぇ!?○○くん、コレ食べるの!?あたし焼きたくないよこれ…。」

 

「いいからいいから、折角だから食ってみようぜ。」

 

「もう。……甘やかしすぎるのも大概にね?」

 

「ああ。…ってお母さんかよ。」

 

「はあ……あなた達と一緒に過ごしていれば誰でもこうなるのだわ…。」

 

 

 

千聖にはだいぶ世話になっていると思う。俺と彩が絡むと、大体何事も無事には終わらないから。

……まぁ、楽しけりゃいいと俺は思うんだがなぁ。

 

 

 




丸山彩編、第三部です。




<今回の設定>

○○:日菜と波長が合ってしまうのか、千聖の前では二人のクソガキになる模様。
   優柔不断が良い様に作用したのか、誰も傷つかず誰も優先されない、ある意味
   幸せな世界。

彩:一応メインヒロイン。
  この面子だとどうしても影が薄くなりがち。
  最近ちょっぴり構ってちゃん。

千聖:お母さん。
   誰がお母さんよと言いつつも世話を焼いている私生活が楽しいのだとか。

日菜:どうやってもシリアスになれない。
   彼女は今日もるんっと鳴く。


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2020/08/28 平々にして和みの水音

 

 

リビングには俺と麻弥ちゃん。ついでに日菜。

彩が自室で打ち合わせも兼ねた電話中で、千聖は現在買い出し中。

特に居心地が悪いわけじゃないが、この三人は特に話題も弾まず少々気まずい雰囲気になりがちだ。

手持ち無沙汰なのもアレなので、取り敢えず来客者をイジる。

 

 

 

「…で、何で来たの?麻弥ちゃんは。」

 

「いきなり酷くないっすか。」

 

「だってそりゃ、なぁ…。」

 

 

 

家に来るなり被っていた帽子をソファに叩きつけ、要件も言わずにテレビを眺めてぼーっと……勝手知ったる他人の家とはよく言ったものだが、たまに遊びに来たと思えばこれだ。

俺の疑問だって当然だろうに。

 

 

 

「む。〇〇さんはどうせ一人で寂しく過ごしていると思って、構いに来てあげたんすよー。」

 

「……それが本心だとしたら言いたいことはたくさんあるが……。とりあえず、俺以外に三人も住んでるこの家で一人寂しく~なんて日はない。」

 

「はぁ、全くフシダラなもんっすね。」

 

「うるせぇ。」

 

 

 

元はと言えば確かに俺がハッキリしないせいかもしれない、が、確かにあまり褒められた生活空間では無いと思う。…いや、それで一緒に住もうとするあの二人もどうかと思うが。

日菜は本当に意味がわからないんだが、彩も千聖も声を揃えて「そういうもんだ」と投げやりだ。

もはや新たな生命体だ。

 

 

 

「で?彩さんとは相変わらずヨロシクやってるんすか?」

 

「言い方よ。……彩とは、別に普通の、イトコ的な関係でしか無いわけで…」

 

「ほぉ~。」

 

「あんだよ。」

 

「んじゃ、千聖さんとは??」

 

「……それもまあ、ぼちぼち…。」

 

「ほぉ~?」

 

「……あ?」

 

 

 

いちいち間抜けな声とアホ面で見上げてきやがって。相変わらずPastel*Palettesでもトップクラスの煽りキャラっぷり、マスコミに向けたらそこそこ売れると思うぞ。

事情を知っている友人にもイジられたりはするが、関係性を聞かれたところですんなり答えられる甲斐性があればこんな状況になっていないわけで。

そう言えば日菜が随分静かだ。いつもは一人で五人分くらい煩いだけに静かで居られるのもそれはそれで気になってしまうもんだ。

 

 

 

「……。」

 

「今度は日菜さんを視姦っすか?いい趣味っすねぇ。」

 

「てめぇ、表出やがれ……。」

 

「ハハッ↑冗談じゃないっすかぁ。」

 

「言葉がえげつなさ過ぎんだよ…。」

 

「日菜さぁん!今何中っすかぁ??」

 

 

 

リビングの中央に置かれたテーブルに向かい何やら黙々と書いていた日菜に話を振る。水色の髪をさらりと揺らした彼女は一瞬こちらに視線をやったかと思うとまた手元に戻し、「日記」とだけ言った。

 

 

 

「日記ぃ?」

 

「うん。」

 

「ほえー、日菜さんも案外女の子なんすねぇ。」

 

「お前、言いたい放題な。」

 

 

 

言動が自由奔放を極める今日の麻弥ちゃんは置いておくとして、日記とな?

また何かに感化されたのだろうが、ここ数日オフとかで家に籠りがちな日菜は一体何を書いているのか。

気にはなるが日記だしな。追求するのも無粋と言えるだろう。特に言及することもなく、覗き込もうとする麻弥ちゃんと珍しく恥ずかしがる日菜の攻防を眺めているうちに玄関に人の気配がした。

夏も終わりに近づき、幾分か早めに薄暗くなった廊下に明かりを灯しつつ廊下を覗けば、二つの大きなエコバッグをぶら下げた千聖と目が合う。

 

 

 

「おかえり。重かったろ。」

 

「ただいま。…四人分だしね。すっかり慣れちゃったけど。」

 

「ん。苦労かけるな。」

 

「……あなたがもう少し頼りになればいいんだけどね?」

 

「……持つよ。」

 

 

 

二つの大きな袋を受け取る。できる限りの家事はしているつもりだが、事あるごとにダメ出しを食らうため自身を持って担当できている部分は少ない。

迷惑をかけているとは思うが、買い物に関してはどうも苦手なのだ。目についた商品を買いまくった挙げ句必要なものを何一つ買わず帰宅するなどザラにある。呆れた千聖が買い出しを担当するようになってから我が家の在庫状況はやっと安定したのだ。

頭が上がらないとはこのことだな。

 

 

 

「……ふむ。」

 

「何よ。」

 

「や、想像以上に重いなと思って。」

 

「そうね。」

 

「このちっこい体の、どこからそんな力が出てんだ……?」

 

「……芸能界って、案外体力いるのよ?」

 

「バッグに負けないくらい重みのある言葉だこと。」

 

「上手いこと言ってないで、早く冷蔵庫に仕舞ってちょうだい。」

 

 

 

左手でぱたぱたと顔を仰ぐ千聖を引き連れリビングへ戻る。卵が入っているからあまり乱暴に扱うなとのことだ、慎重を心がけるとしよう。

相変わらずドタバタと騒いでいる日菜麻弥には目もくれず、二人してリビングを通りキッチンへ向かう。

 

 

 

「麻弥ちゃん来てたのね。」

 

「ああ。煩いったらありゃしねえ。」

 

「ふふ。子守、ありがと。」

 

「参っちゃうぜほんと…。」

 

 

 

いつものように二人して荷物を片していると、トタトタと床を鳴らし近づいてくる音が。

長かった電話も漸く終わり、我が従妹が打ち合わせから開放されたらしい。千聖もそれに気づき、「次の仕事がね、中々に込み入ってるらしいの」と補足する。

クイズだったかトーク番組だったかバラエティ系の仕事とは聞いていたが、あまり負担にならないようにしてほしいものだ。芸能人とは言えまだ高校生の女の子。社会の荒波に揉まれるにはまだ準備が足りなさすぎる。

 

 

 

「〇〇くぅん!……あ!千聖ちゃん帰ってたんだ!おかえりー!!」

 

「ただいま。彩ちゃんの方も、無事終わったみたいね。」

 

「う、うん。千聖ちゃんも、聞いた?」

 

「ええ、まあ。あの局、いつも段取り悪いじゃない?」

 

「うん……仕方ない、かなぁ。」

 

 

 

俺にはよくわからない話題ではあるが、ひとまず終わったのなら良しとしよう。話に入れないこともあって手持ち無沙汰だった手で彩の頭を撫でくり回す。

 

 

 

「わふっ…わふわふぅ……っ。」

 

「随分長かったじゃねえか。そんなにヤバい仕事なのか?」

 

「わぷっ……んと、多分大丈夫…かな?前にも似たようなことあったし。」

 

「そか。俺にできることあったら、言えよ?」

 

「う、うん!ありがとう〇〇くん!」

 

 

 

これくらいしか俺に言えることはないが…。少し伸びてきた桃色の髪をぐちゃぐちゃとかき混ぜるようにして撫で続ける。

わふわふ鳴く彩を弄るのは非常に楽しい。癒やしなのだ。本当に、そう、犬を可愛がっているような…。

 

 

 

「も、もういいよっ!」

 

「あん?なんだ、反抗期か?彩。」

 

「そ、そうじゃないけど…ぐ、ぐちゃぐちゃになっちゃうよ!髪!」

 

「……あともう飯食って寝るだけじゃねえか。あ、飯といえばちさ……と…?」

 

 

 

今日の献立を確認していなかったと千聖を見れば、顎に手を当てた神妙な面持ちで彩の頭を凝視しているようだ。

畳まれたエコバッグを見るに収納作業は終わったようだが…。

 

 

 

「千聖?」

 

「え……あっ、何??」

 

「どした、ボーッとして。」

 

「いえその……別に、なんでも無いけど。」

 

「……?」

 

「あ、彩ちゃん。これからご飯の支度するから、先にお風呂入っちゃったら?」

 

「う?……そ、そうだね。あでも日菜ちゃんもまだ入ってないよね。どっち先に…」

 

「あいつならまだ麻弥ちゃんと騒いでるから後でいいだろ。先入ってこいよ。」

 

「そっか。わかったよ。」

 

 

 

風呂の用意は数少ない俺の担当分野だ。勿論、後は湯を張るだけという段階にまで仕上げてある。

家の中だと言うのに小走り気味で遠ざかっていった従妹は自室に寄ってから浴室へ向かったようだ。

先程の千聖の様子は気になったが、本人が何でも無いというのなら何でも無いのだろう。晩飯の用意の邪魔にならないように退散して――

 

 

 

「彩ちゃんは?」

 

「のわぁ!!」

 

 

 

キッチンから出ようと後ろを向けばぶつかりそうなほどの距離に日菜の顔が。気配もなく後ろに立つんじゃない。驚くでしょうが。

 

 

 

「びっくりさせんな…。」

 

「お風呂?」

 

「話を聞け…。」

 

「う?」

 

「……いやいい。風呂行ったよ。日菜はまだ日記書いてるかもってことで、先に行かせたんだ。」

 

「ふうん。」

 

「それがどうかしたか?」

 

 

 

珍しく大人しい日菜は暫し考え込むような素振りを見せ、漸く口を開いたかと思えば微妙にずれた質問を寄越してきた。

 

 

 

「〇〇くん、もうお風呂入った?」

 

「あ?入ってねえよ。」

 

「……一緒に入る?」

 

 

 

ああまたいつものか、と。こいつは少し自分の身を案じたほうがいい。

後ついでに俺の身も。国民的アイドルと一緒に風呂だ?殺されるっつの。

 

 

 

「あのなぁ、だからそういうことは…」

 

「……入らない?」

 

「入りません。」

 

「………。…そ、っか。そうだよね!うん!」

 

「日菜?」

 

「あっははー、〇〇くん変な顔ー!!」

 

「日菜てめえ!!」

 

 

 

なんだか妙な間があったような?

しかしまたすぐにいつものような誂いを始め、軽快な笑い声で罵ってくれた。生まれ持っての顔なんだ仕方ないだろうに。

 

 

 

「千聖ちゃーん、今日の晩ごはんなぁにー??」

 

「んー。最近外食とかお惣菜が続いちゃったでしょ?ちょっと本格的に、和食にしてみようと思うの。」

 

「和食……ふむふむ和食ね。お魚とかー?」

 

「あら、勘がいいのね。鰯が安くなってたから、煮物でも…」

 

 

 

俺を弄り終えたら今度の興味は飯へ。千聖と二人、楽しそうに献立の話をする日菜を置いて、リビングへと撤退した。

 

 

 

「〇〇さぁん!!暇で死んじゃいそうなんっすよぉ!!助けてくださぁい!!」

 

「……君はもうほんとに、帰ったら?」

 

「酷くないっすか!!あんまり邪険にされるとジブンでも、流石に泣けて来るっす…!!」

 

 

 

と思ったら小煩い眼鏡に捕まる。ダラケの極みを家で過ごす彼女にかける温情など無い。

特にリアクションも返さず無言で掛け時計を指差せば、「あ、もうこんな時間なんっすね。やること無いし帰るっす。」とすんなり帰っていった。

本当に何だったんだあいつ。

 

 

 

**

 

 

 

「わふっ、今日も美味しいねぇ〇〇くん!」

 

 

 

少し遅めの夕食。煩いのも帰りいつもの四人での食卓だ。

風呂からあがったばかりのほっこほこな彩は、実に美味しそうに白米を掻っ込んでいる。まさに犬、それもとびきりいい笑顔のだ。

 

 

 

「ま、千聖の料理だしな。ハズレはないだろ。」

 

「そ、お口に合ったならいいけど。」

 

 

 

すっかり当たり前のようになってしまった千聖の料理だが、彼女は一体どこでこの技術を学んだのだろう。思えばあまり千聖の家事情も聞いたことがないし、ここやテレビで見る以外の彼女を知らないのも事実。興味がないと言えば嘘になるが、あまり容易に踏み込んでいい問題でもないような…。

 

 

 

「ねね、〇〇くん、お魚食べた?」

 

「あん?……ああ、食ったけど。」

 

 

 

日菜に訊かれ、手元の煮物を見る。程よく味の染みた鰯の煮物に梅干しが乗っている。

夏も終りが近いとは言えまだ暑さの残るこの時期に、スタミナをつけるにはナイスな選択と言えよう。この魚に、何か仕掛けでもあったのか?

 

 

 

「これね、あたしも手伝ったんだよ!」

 

「……へえ。」

 

「おいし?」

 

「日菜が手伝ったにしては、不思議と美味いな。」

 

「む、どーして素直に褒めてくれないかな…。」

 

 

 

日菜はお世辞にも美味いとは言えない飯を拵えることで有名(俺調べ)だったような。

その彼女が手を加えたとあっては、素直に調子付かせるわけにも行かないだろう。膨れ面の彼女を宥めるように、ぽんぽんとその髪を撫でる。

 

 

 

「はは、そう膨れるなっての。美味しい、美味しいよ。」

 

「もー…すぐイジワルするー…。」

 

「!!」

 

 

 

千聖を見ればなにか言いたげな顔でこちらを見ていたが、目が合うや否や取り繕うように食事を再開した。

また妙な引っ掛かりを覚えはしたがそのタネを聞く。

 

 

 

「千聖、教えるのも上手いもんな。」

 

「……別に、大したことはしてないわよ。」

 

「面倒見がいいっつーか……やっぱお母さん感あるよな。」

 

 

 

前に揶揄った時には弄り半分だったが、最近の千聖を見るに母性のようなものさえ感じる事がある。

事実、我が家から突然千聖が居なくなったりしようものなら、生活も大いに破綻することだろう。有り難いこった。

 

 

 

「千聖ちゃん、お姉ちゃんだもんね。」

 

「は?」

 

「え?」

 

 

 

何だって?

 

 

 

「千聖ちゃん、妹いるんだよ。確かみっつかよっつくらい年下の。」

 

 

 

なんてこった。千聖に妹?

三つか四つ違いといえば、今は中学生か。成程面倒見の良さも頷ける。

彩は「言ってなかったっけ?」とすっとぼけた顔をしているが、仮にも芸能人のプライバシーに関わる情報をそうぽんぽんと喋っていいものじゃないだろうに。抜けている従妹で、本当に申し訳ない。

 

 

 

「そりゃまぁ…千聖に似て、可愛いんだろうな?」

 

「なっ…!」

 

「うん、すっごく可愛いよ。一回か二回くらいしか会ったこと無いけど、挨拶もしっかりできるしいい子なの。」

 

「ほほう…!」

 

「い、妹のことはいいじゃない。そんなにも似てないし…。」

 

「なんかね、千聖ちゃんと背はあんまり変わらないんだけど、髪が短くってね。顔はほんとにそっくりって感じだった。」

 

 

 

……背は、同じくらいなのか。

いやしかし、この可愛らしさが二つ並ぶと考えると…

 

 

 

「それは、眼福だよなぁ…。」

 

「っ…!」

 

 

 

つい、口に出してしまうほど、素敵な光景を思い浮かべてしまった。

その後も千聖弄りをしつつ楽しい夕食時を過ごした。

 

 

 

**

 

 

 

食事後の片付けも、俺の数少ない家事担当だ!

千聖と並んでシンクに跳ね返る水音を聞きながら食器を洗っては仕舞っていく。

因みに日菜は風呂に、彩は課題が何とか言いながら自室に引っ込んでしまった。

 

 

 

「…………。」

 

「……………。」

 

 

 

無言の間に、食器の当たる音と水の流れ落ちる音だけが響く。

それでも日常のワンシーンとして、とても居心地のいい無言の間だった。

 

 

 

「……にしても、千聖に妹とはな。」

 

「もう、そんなにおかしい?」

 

 

 

目線は逸らさず、手も止めずに。

不意に出したのは先程の話題だった。

 

 

 

「おかしかないけどさ。てっきり一人っ子だと思ってた。」

 

「へえ。……我儘に見えたかしら?」

 

「そうじゃない。……意外っつーか、なんつーか。あまりにも芸能人として出来上がりすぎてて、「きっと大人達の中だけで過ごしてきたんだろう」って、勝手に思ってたんだよな。」

 

「そう。……こんなんでも一応お姉ちゃんよ。誇れるほど、立派な姉じゃ、ないけど。」

 

「馬鹿言え。お前で誇れねえなら世の姉は大概ミソッカスになっちまう。」

 

「ふふ。」

 

「だろう?」

 

「優しいのね。」

 

「真剣だぞ、俺は。」

 

「……キャリアは恵まれたものだから。姉として、私があの子にしてあげられたことなんて、何も。」

 

「…………。」

 

 

 

沈黙。

千聖がそう言うならそうなのだろうが。これだけの経歴を築き上げる中で、家庭の時間など無いに等しかったのだろう。

自嘲気味に零す千聖に、多忙を極め一杯一杯になっている幼い彼女の面影を見るのは、そう難くないことだった。

俺は、どんな言葉を掛けてやることができるだろう。

 

 

 

「きっとあの子も恨んでいる……いえ、案外何とも思っていないかもしれないわね。殆ど、会話もない姉妹だったから。」

 

「だったら、今からでも……いや、よくやってるよ、千聖は。」

 

 

 

黙々と作業していたからだろうか。気づけばもう洗うものは何もなく、止まった水音に二人して濡れた手を拭くだけだった。

妙に手持ち無沙汰になり、二人立ち尽くす。

 

 

 

「本当に?」

 

「……ん?」

 

「よくやってる、って。」

 

「……ああ。」

 

「あなたも、いいお兄さんよね。」

 

「……俺に兄弟居るとか言ったっけ。」

 

「彩ちゃんがいるじゃないの。」

 

「従妹!!」

 

「妹みたいなもんでしょ。」

 

「いや……あれ、そうなのかな。」

 

「いい兄妹よ。」

 

「……意外つったらさ。」

 

「?……ああ、ふふっ、彩ちゃん?」

 

「ああ。」

 

「妹さん、居るのよね。」

 

「やばいよな。」

 

「彩ちゃんは完全に妹よね。」

 

「それな。」

 

 

 

そういやそうだった。話が流れに流れている気もするが、彩はあれでいて姉なのだ。

親連中の話を聞く限り、妹のほうがよっぽどしっかりしてそうな気もするが……。

以前に聞いた話じゃ本気になって同等の喧嘩をするとか何とか……千聖とはまた一風違った"お姉ちゃん"であるらしい。

歳が大きく離れていることもあって妹くんには未だ会ったことがないが、苦労していることだろう。南無。

 

 

 

「さて、と。」

 

 

 

しゅるりとエプロンの紐を解いた千聖が小さく零す。

俺が顔の知らぬ従妹に思いを馳せている間に、シンクやら三角コーナーやらの後始末は済ませてくれたようだ。

 

 

 

「ん。おつかれさん。」

 

「あなたもね。」

 

「……。」

 

「……私はお風呂に行くけど、あなたは?」

 

 

 

何と言っていいか妙な間にぼんやり眺めていると、その端正な顔から事も無げにトンデモワードが繰り出される。

ここへ来てその話題……もしかして、誘っているのか?

 

 

 

「それ、は、一緒に、って、こと、かっ?」

 

「ぶはっ」

 

 

 

吹き出した。ちくしょう。

 

 

 

「もう、真剣な顔で何言ってるの……!馬鹿?」

 

「違ったのか……。」

 

「彩ちゃんじゃあるまいし、そんな大胆な誘い方しないわよ。」

 

「へ?彩?」

 

 

 

ケラケラ心底可笑しそうに笑う千聖。何だか無性に弄ばれた気分だが、彩だってそんな事は言わないだろう。

そういった揶揄いは寧ろ日菜の担当だと思ったんだが……千聖にはそのイメージがないのか。

先程彩の姉感の意見が合ったばかりに、少し寂しい気分だ。

 

 

 

「日菜じゃなくて、彩?」

 

「はぁ?日菜ちゃんはあなたにそんな思い切ったこと言わないでしょ?」

 

「言ったが?」

 

「……なんですって?」

 

「一緒にお風呂入るかーって、さっき。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

「まさか、一緒に入っ」

 

「入るわけ無いだろ!?」

 

 

 

一ミリでもその可能性があると思われているのも何だかな。お前こそ、真剣な顔で何言いいだすんだ。

俺の食い気味な返答に、尚も笑い声を上げる千聖。今日はご機嫌だな。

「そうよね、あなた意外と意気地なしだものね」と聞き捨てならないセリフを残し、キッチンを出ていった。

その意気地なし故のこの状況か、()()()と考えられるか……何にせよ、今日も変わらず時は流れる。

 

 

 

「……このまま、彩とも千聖とも関係性を変えずに居られたら、なぁ。」

 

 

 

あの告白以来、二人の"お姉さん"に半ば怯えながら生きているような、そんな気がした。

 

 

 







<今回の設定更新>

〇〇:ずっとこのまま何事もなければいいなぁ……なんて思ってみたり。

彩:妹、居るようには見えないのよね。(千聖)

千聖:妹とは多少ギスギスしているようだ。
   しっかり者でありながら日陰を好む妹とはあまり馬が合わないそう。

日菜:最近おとなしめ。どうした日菜たん。

麻弥:相変わらずのポジション。
   主人公に対しての遠慮もどんどん無くなっていく。


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【市ヶ谷有咲Ⅰ】質屋のあの娘は通い妻!?【完結】
2019/06/07 有咲と穴


つい思いついてしまったので始めました。

不定期ではありますが、頭を使わずに読める緩めの"日記"スタイルを目指しますので
お楽しみいただければ幸いです。


 

「なぁ。」

 

「ん。」

 

 

 

ベッドでゴロゴロしていると、近くで洗濯物畳みに勤しんでいる有咲に呼ばれる。

 

 

 

「○○の靴下ってさ、どうして親指だけ破れんの。」

 

「…さぁ?歩くから?」

 

 

 

黒の靴下をぶらーんと見せてくる。

ははぁ、普段スーツの時に履いているヤツだな。

 

 

 

「いや、歩くからって理由ならここだけにはならないだろ…。

 私のはほら、ちょっと薄くなってはいるけど破けはしないし…。」

 

 

 

空いている手でレース生地のような透けた靴下を見せてくる。

踝が出る短さのやつだ。

昨日も履いてたっけ。

 

 

 

「その靴下じゃ破れても気づかないんじゃないか…。透明だし。」

 

「そういう問題じゃないだろ。私が言いたいのは、扱いが雑なんじゃないかってこと。」

 

「別に…普通だけど。」

 

「ふーん…?まぁいいけど。

 結局縫うのは私なんだからな…。」

 

「おう、いつも助かってるぞ。」

 

 

 

破れる度に手頃な価格のものをまとめ買いしようとするのだが

「勿体無い」と縫われてしまう。

幸いなことに黒の糸は大量に余っているらしく頼まずともやってくれるのだが…

 

ただ、紺とかグレーの靴下も黒糸を使うのはどうかと思っているのは内緒だ。

 

 

 

「はいはい、もっと感謝しろよな。

 …ほら、できたぞ。」

 

「さんきゅー。

 …ほー、いつもながら見事なもんだな。裁縫得意なんだっけ?」

 

「べーつに。これくらい出来るだろ?

 一応授業でもやったぞ?」

 

「……授業とか遠い記憶だわ。」

 

 

 

学生生活が終わってもう数年経っている。

裁縫どころか、授業自体の記憶がもうあやふやだ。

 

 

 

「有咲はすごいなー。授業がちゃんと役に立ってんだなぁ。」

 

 

 

頭をぐりぐりと撫でてやる。

 

 

 

「だー!もう、やめろよ!子供扱いすんなぁ!

 あっ、もう…こっちのも穴開いてんじゃんか…」

 

「歩き仕事だしなぁ…別に無理して直さなくても買えばいいんじゃ…」

 

「だめ。勿体無いだろ。

 すぐそうやって買って解決しようとする…。」

 

「お母さんか。」

 

「うるせぇ。」

 

 

 

実家で暮らしていた時にもよく言われてたんだよな。

もったいないお化けでるよってな具合だったが。

 

 

 

「でもさ、あんまり有咲に負担かけたくないしさぁ。実際ちょっと面倒だろ?」

 

「別に。私はこういうの、嫌いじゃないし。

 自分の物も洗濯してるんだからついでだよ、ついで。」

 

「ふーん。…お嫁さんか。」

 

「…まだなってねえよ。」

 

「…まだ?」

 

「……ふぅ、こんなもんか。

 ほら、できたから早くしまって。」

 

「へいへい、さんきゅーさんきゅー。

 ……おっ?」

 

「えっ?…あっ。」

 

 

 

ツン、とした顔の有咲から修繕したての靴下を受け取る。

そこで、二人して気づいた。

 

 

 

「私のも…もう片方の親指破れてる。」

 

「…お揃いじゃん。」

 

「…はぁ。じゃあこれは○○が縫えよな。」

 

「」

 

 

 

結局有咲が自分でチクチクやった。

 

俺は玉留めができないんだ。

 

 

 

 





最初はやっぱりこの方で。

いいお嫁さんになると思います。




<今回の設定>

○○:主人公。
   社会人2年目。
   典型的な"男の一人暮らしスタイル"を貫いている。
   家事は一切できない上に、何でも金で解決しようとする傾向がある。

有咲:高校2年生。
   バンドはやっていない。
   引き籠りをやっていたところで流星堂に客として来た主人公と出会う。
   暇つぶしと言いつつ有咲と話しに来ていた主人公と意気投合し、
   時間を見つけては主人公の世話をしに来るようになった。


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2019/06/14 ライブ会場より有咲を乗せて

 

 

「おっ………あ!…くっそ……」

 

「…なあ、めっちゃ声出てんぞ。」

 

 

 

今日も今日とて音ゲーに勤しむ俺。

只今全力を注いでいるスマートフォン向けリズムゲーム、"バンドリ! ガールズバンドパーティ!"はイベント中のため、

隙を見ては()()()と洒落込んでいるわけだが…。

 

 

 

「…あ?何か言ったか??」

 

「めっちゃくちゃ喋ってるぞって。

 ○○、ヘッドホンしてるから気づいてないんだろうけど。」

 

 

 

ベッドにうつ伏せの状態でプレイする俺。

タブレット勢なので、画面がずれてしまわないように枕とクッションで固定しプレイするスタイルなのだ。

どうも今日は不調で、ミスが出るたびにリアクションが溢れてしまっているのだろう。

 

そんな俺に、不調の原因(有咲)から声がかかる。

 

 

 

「あぁ…。今日はどうも手が動かなくてな。

 背中が重いせいかな。」

 

「ばっ…誰が重いって?」

 

「有咲。」

 

「く……ッ」

 

 

 

うつ伏せの俺の背中には、更にうつ伏せの状態でおんぶの様な形で有咲がねそべっている。

俺の行動に関係なく、ゲームをしてようが本を読んでいようが、まるでそこが定位置であるかのように

このポジションでダラけることが多い。そんなに居心地は良くないと思うのだが。

 

 

 

「じゃあ、降りるわ…。」

 

「いや、いいよ別に。」

 

 

 

正直、重さ云々よりも背中で感じる体温と全体的な柔らかさに邪な妄想が湧く方がプレイに影を落としている気がする。

日々一緒にいて感じるのだが、自分の発育具合を自覚していないのは大変凶悪な部分であろう。

 

 

 

「お、重いんだろ?」

 

「…いや、柔らかくて集中できねえんだ。」

 

「なっ……。お、おま…。

 ……えっち。」

 

 

 

もごもごと言い淀んだ後、批難の声を上げながらも首に手を回される。

チョーク…いや、バックハグといったところか。

 

 

 

「……それだと、より押し当てることになるんだが。」

 

「うるさい!…いいから、黙ってゲームでもしてろよ。

 今日だけ…今日だけ特別に、その、…感じてていいから。」

 

「………。

 いいクッションをどうも。」

 

 

 

これ以上言及するのも恥ずかしさもあり憚られるので()()()に戻る。

が。

ぎゅうぅぅ…っと後ろから抱きしめられている状態のため、首筋にかかる息が擽ったく、背中の感触と合わせて集中力を奪ってくる。

ヘッドホンがあるのが幸いか。

吐息を聞いてしまったらゲームどころではないだろう。

 

 

 

ブ○モ!!

 

「…いい匂いするな、○○。」

 

クラフト○ッグ!!

 

「…あったかい…。」

 

 

 

あぁもう!集中だ集中!

頻繁に聞いているはずのいつものタイトルコールが頭に入ってこない。

イベントだというのに、こんな調子じゃまともに…

 

 

 

**

 

 

 

有咲の温もりを感じられた天国のような時間だったが、プレイ内容は惨憺たる有様だった。

スコアが伸びずご迷惑をおかけした皆様、本当にすみません。

 

 

 

「有咲。」

 

「んー?」

 

「有咲と有様って似てない?」

 

「で?」

 

「有様って呼んでいい?」

 

「嫌。」

 

「あ、カニカマも音の響き的には似てるよな。」

 

「しらない。」

 

「……。」

 

「……。」

 

「有様。」

 

「もう寝ろ。」

 

 

 

くっつき終わったあとの有咲は大体冷たい。

 

 

 




ありしゃ可愛い。




<今回の設定更新>

○○:ガルパエンジョイ勢。
   念願のタブレットを買ってからスコアが伸びた。
   有咲のまさに程良い肢体が気になって仕方がない。

有咲:主人公が好きなのかもしれないと最近気付いた。
   世話しに来ているとは言え、あまりに構ってもらえないと全力で拗ねたあとに甘える。
   人の体温や匂いを感じていると安心するタイプ。


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2019/06/26 有咲に溺れる

 

 

 

うーむ…体がしんどいぞ…。

6月ももう終盤を迎え、皆の衆も夏に備えていることだろう。…ん、もう夏なのか?

そんな中、俺の肉体は疲労によりダウン寸前だった。

社会人2年目ともなると、流石に社畜生活にも慣れてくる。と思ってた時期があったはずだがそんなことはなかった。

 

 

 

「ありさぁ…ありさぁ……」

 

 

 

虚ろな意識の中、全力で癒しの素を探す。

だが、俺の手の届く範囲にはそれが無い。どこへ行った?まさか俺に愛想を尽かして…。くそっ、日頃もっと構っておくんだった…。

 

 

 

「うっせぇな。トイレくらい静かにさせろよ。」

 

「別に邪魔はしてないだろう…。」

 

「トイレに行った直後から名前連呼してただろうが!

 してる最中もずっと有咲、有咲って…。集中できなかっただろ!」

 

「……こぼした?」

 

「こぼしてねえっ!」

 

「んなこたぁどうでもいいから、ほら、はよ。」

 

 

 

横たわるベッドの、枕側に位置するスペースをとんとんする。

早く、早く救済を。

 

 

 

「はぁ……。ガキじゃねえんだから…。」

 

「心はいつでも少年のまま、so,少年heart…」

 

「んしょ…っと。くだらない事ばっか言ってんな。…頭上げろ。」

 

 

 

持ち上げた頭の下に綺麗に揃った二本の枕が入ってくる。

言わずもがな、有咲の程よくむっちりとした腿だ。体温が低いのかひんやりとした感触、俺の火照った身体を冷却し疲労回復にまた一役買っているのだろうか。

 

…うん、ボーっとするせいか頭の中も混沌(カオス)だ。素晴らしきこの感覚をレビューしようとしたが、伝えたいこともまとまらないし、俺の心の中を読んでいる稀有な誰かが居たとしたらほんとすまん。

 

 

 

「こらぁ、あんまりモゾモゾうごくなぁ…!

 くすぐったいだろ…。」

 

「…有咲。」

 

「ぁんだよ。」

 

「この柔らかさ、最早究極の癒しと言っても過言ではないのでは?」

 

「脂肪…って言いたい?」

 

「否、至高であり、嗜好である。」

 

「はいはい、お前くらいだよそんなこと言う物好きは。」

 

 

 

いつもとは逆だが、小さなてのひらで髪を梳くように撫でられる。

ゆっくりとした時間が流れ、ただでさえぼんやりとした意識は微睡みに…。

 

 

 

「有咲ぁ…。」

 

「…んぁ?」

 

「……子供は何人欲しいですか?」

 

 

 

ペちん。

 

 

 

「馬鹿言ってんじゃねぇよ…。私まだ高校生だぞ。」

 

「高校行ってねえじゃん…。」

 

「うっせぇ。そういうことじゃなくてだな…。」

 

「女の子だったら有咲に似て、さぞかし可愛い子になるんだと思う。」

 

「ばっ…!別に可愛くなんか…ねぇよ…。

 …だー!もう!そうじゃなくて!」

 

 

 

ぺちん、ぺちぺち。

 

 

 

「俺のでこっぱちはコンガじゃねえぞ、そこな娘。」

 

「はーぁ……順序とかあるだろがそういうのは。

 子供の前にまず結婚、結婚の前に付き合うとかそういう」

 

「結婚しようか…。」

 

「話聞いてたか?別にいいけどさ…」

 

「いぇーい。式の日取りはいつにする?」

 

「はいはい、いいから一回寝ろ。ちょっと熱あんだから。」

 

「んー……む。お前が家にいる時間は、ホント幸せだなぁ…。」

 

 

 

後頭部に感じる包み込むような心地よい柔らかさ。

前頭部に感じる華奢で小さな可愛い紅葉の様な掌。

目を閉じているせいかより敏感になっている嗅覚を刺激する柔らかく甘い香り。

魅惑の空間に包まれたここは、昼間の仕事での疲れやストレスから確実に俺を隔離してくれ、一時とは言え確かに忘れさせてくれる。

 

深く沈んでいく意識の中聞こえたその声は、甘く耳に残った。

 

 

 

「おやすみ。…ばぁか。」

 

 

 

 




甘い罵倒。





<今回の設定更新>

○○:取引先と顧客の理不尽な板挟みにより精神的にダウン。
   これから夏バテも控えているというのに、ひと足お先に参っちゃった。
   有咲がいなければここで終わってた。
   ちなみにこのやりとりは割と頻繁にやっている模様。

有咲:トイレが長い。
   トイレでスマホ弄るとなかなか出てこれなくなるっていうアレ。
   やはり引き籠もり、最近は主人公に抱き枕を依頼されることが多くなった気がしている。
   結婚とかなんとか言ってるけど、状況的にはすっかり通い妻。


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2019/07/07 ぷんぷん有咲

 

「なー…。」

 

 

 

カチャカチャカチャ……カチッカチカチッ…

 

 

 

「…。なーって…。」

 

 

 

カチッカチッ…………カチャカチャカチャカチャ…

シャカシャカシャカシャカ…………

 

 

 

「チッ……えいっ!」

 

「あ"っ!?おまっ!?……あぁ!!」

 

 

 

死んだ…。

折角、ランクの昇格を賭けての一世一代の大勝負だったのに…。

 

 

 

「てめぇ!邪魔すんなって言ってんだろうが!!」

 

「あぁ!?折角私が来てるっていうのに、ヘッドホン付けてゲームし始めてもう何時間だよ!?」

 

「今日は忙しいって言ってあっただろうが!」

 

「うるさい!それでも私は構ってほしいんだよ!それくらい分かれバカぁ!!」

 

 

 

今日は忙しい、と前以て言っていたというのに。

有咲によって外されたヘッドホンは、ゲームの中の俺の聴覚を…奪った。

 

 

 

**

 

 

 

「なぁ。」

 

「…………。」

 

「なぁって。」

 

「………フンッ」プイー

 

 

 

機嫌が悪い。

事前に言ってあっただとか大事な一戦だったとかそういうのは一切関係ないらしく、全面的に俺が悪いとのことだった。

今もベッドの上で、機嫌の悪さが伝わるよう壁に体を向け、無視していますよアピールをしていらっしゃる。可愛い。

 

 

 

「…どうしたら機嫌直してくれる?」

 

「………自分で考えたら。」

 

「……あ、ゆで卵あるけど食べる?」

 

「いらねぇ。」

 

「…せんべい、食べる?」

 

「いらねぇ。」

 

「……ホットケーキ作る?」

 

「なんで悉く食べ物で攻めて来るんだよ…」

 

「有咲のご機嫌を取る方法がわからんねん。」

 

「はぁぁぁぁぁ……。」

 

 

 

心底深い溜息をお吐きになられた。

そんなにわからないとまずいものかい。

 

 

 

「あのさぁ、私が言うってのがおかしいのかもしれないけど…。

 まずはどうして怒ってるかを考えるべきなんじゃないの?」

 

「…どうして怒ってんの?」

 

「……マジで言ってんの?」

 

「大体予想はつくけど、違ってたら恥ずかしいなぁ…って。」

 

「……恥ずかしいとか言ってんじゃねえよ。

 機嫌直して欲しいんだろ?」

 

「うーん…。怒ってる有咲もそれはそれで可愛いからアリっちゃアリ。」

 

「なっ、馬鹿言ってんじゃないよ…。いいから、機嫌直す方法、考えてるの?」

 

「まぁ……。」

 

 

 

有咲の隣に移動する。

有咲もチラチラこちらを見ていることから、恐らく何をするかはわかっているんだろうけど。

 

 

 

「有咲。おいで?」

 

「…ん。」

 

 

 

返事と同時にお尻を軸に体をこちらに向け直し、両手を前に出す有咲。某三昧のようなイメージだ。

顔は不機嫌な様子を装っているが口角が少し上がっているのを俺は見逃さない。

 

距離を詰め、脇の下から両腕を背中へと回す。

抱きしめ、耳元で―――

 

 

 

「…有咲、今日はごめんね。…構ってあげられなくて。」

 

「…うん。ばか。」

 

 

 

ようやく体を預けてくる。

掛かってくる体重がまた心地よい。

 

 

 

「ごめんね。」

 

「もっと…頭撫でてよ。」

 

「はいはい。」

 

「…はいは一回。」

 

「…はい。」

 

「ん……落ち着く。」

 

 

 

うちの喧嘩のあとは、これが"いつも通り"なのである。

 

 

 




ほのぼのですな。





<今回の設定更新>

○○:有咲が来ようと来まいと、ゲーマー魂は燃えているのである。

有咲:来ても相手できない、と言われていたが寂しくて来てしまった。
   軽いとかそういう訳ではなく、人の体温を感じると安心できるタイプ。


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2019/07/18 有咲は専属衛生士

 

 

 

「どう?」

 

「んー…腫れてる。」

 

 

 

歯医者から帰ってきた後。

有咲に奥歯を見てもらっている。

 

 

 

「やっぱりすぐに収まるもんじゃないかぁ…。」

 

「そりゃそうだろ。ついさっき薬入れたんだろ??」

 

「まあね。でもやっぱり痛いし、心折れそう…。」

 

「男だろ?しゃきっとしろよ。」

 

「んー…。」

 

 

 

正直、そんなに凹んじゃいない。

どうやら親知らず周りが腫れてしまっているようで、物を食べることはおろか、呼吸にまで影響が出る始末。

喉の方まで腫れているらしく、息が吸いづらいのだ。

ただ…。

 

 

 

「まぁ、でもいいか。」

 

「?何がだよ。」

 

「痛いから見てもらうって大義名分のもと有咲に膝枕してもらえるからな。」

 

「別に、いつもしてんじゃん。」

 

「でもそれが当たり前になるのもあれだし…マンネリ防止?みたいな。」

 

「…マンネリ防止って…熟年夫婦かなんかかよ。」

 

「別に夫婦とは言ってねえよ。」

 

 

 

頬を染めてもじもじしている。まだ慣れないのかねそういうのは。

まぁ、頬を染めてってのは正直想像の話だ。

何しろ俺の目線からじゃ有咲の顔は見えないからな。

 

 

 

「有咲の顔が山に隠れてしまった。」

 

「は、はぁ?」

 

「オーゥ、ビューティフルサンセットゥ…」

 

「お前、結構余裕あるだろ。」

 

 

 

膝枕をしてもらっている状態で天井を見上げるとき、目の前にはまず山が聳えているわけで。

先程までのように口を覗き込むような前傾姿勢でもとってくれない限り、その山が視界を埋めてしまうのだ。

素敵な市ヶ谷山。

 

 

 

「余裕?どうだろ。」

 

「…今考えてること言ってみ。」

 

「うーん、おっぱいがいっぱい…。」

 

「一生智歯周炎で苦しめ。」

 

「冷たい有咲は嫌いだ。」

 

「私だって変態に好かれるのは願い下げだ。」

 

「えー。」

 

「えーじゃない。」

 

「びー」

 

「くだらねえ、もうやめるぞ膝枕。」

 

「やだ!」

 

「ガキか…。」

 

 

 

病院で処方される痛み止めより、有咲の方が俺には効くのかもしれん。

気づけば、腫れこそ引かないが痛みは大分紛れていた。

 

 

 

「お前さ、ちゃんと歯ぁ磨いてんの?」

 

「そりゃもう。血まみれになるくらい磨いてるぜ。」

 

「そんな激しく磨いているところは見たことないけどな。」

 

「そりゃまあちょっとは盛ったけどよ。…ほら、あの電動のやつで磨いてるよ。」

 

「ふーん?」

 

「第一、虫歯じゃないんだから磨き具合は関係ないだろ。」

 

「あ?細菌のせいで化膿してるとかそういうオチじゃねえの?

 だとしたらちゃんと磨かなきゃだろうが。」

 

 

 

しらんよ。病院でロクに説明聞いてねえもん。

そういえば、歯医者でアレがちょくちょく当たるのって自意識過剰なんだろうか。流石に態と当ててくるってこたあないと思うけどな。

 

 

 

「まぁ、ぼちぼちやるさ。」

 

「その…さ。私がいるとき、限定だけど…。

 磨いてあげようか?…こういうふうに、膝枕しながら。」

 

「…何故?」

 

「い、いやっ!人にやってもらった方が、その、よく見えるし磨き残しもないかなぁみたいな!

 決してくっつきたいとか顔見てたいとかそういうのじゃなくて!!」

 

「…いや、俺としてはありがたいけど…。嫌じゃないのか?」

 

「な、何が?」

 

「人の口の中見るって、抵抗とかあったりするんじゃないのか?

 そういう意味では歯医者さんってほんと尊敬する。」

 

「ほかのやつだったら…そりゃ嫌かもしれないけど、お前は特別だし…。」

 

「ふーん??…まぁ、じゃあお願いしちゃおうかな。」

 

「お、おう、任せとけ…な。」

 

 

 

君は僕の薬箱、なんて昔聞いたような聞いてないような。

結局は痛みや病も気の持ちよう。有咲というトランキライザーが、俺にはぴったりの薬なのかもしれない。

 

 

 

「今晩からさっそく太もも…じゃない、歯磨きしてもらおうかな。」

 

「ばか。」

 

 

 

 




自分でできることを人にしてもらうって凄く気持ちいいですよね。




<今回の設定更新>

○○:親知らず、全四本全てまともに生えていない。
   抜くべきか、抜かざるべきか。

有咲:歯並びはとてもいい。
   もう主人公の事を見ていられるなら何でもなりふり構わないんじゃないか。
   歯ブラシは柔らかいのが好み。


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2019/07/26 ヘアースタイラー有咲

 

 

 

「有咲ってさ、ずっとその髪型じゃん?」

 

「あぁ?…あぁ、まあ。」

 

「飽きない?」

 

 

 

暫く一緒の時間を過ごしての純粋な興味というか疑問というか。

ふわふわしてて可愛いんだけど、それ以外見たことないなーと。

 

 

 

「は?飽きたわけ?」

 

「そうじゃないけどよ…怒んなよ。」

 

「別に怒ってないし。

 だってさ、一番慣れてる状態が一番楽じゃん?当然っちゃ当然だけど。」

 

「ふーん…そういうもんかね。」

 

「不満かよ。」

 

「不満とかじゃなくて、色んな髪型も見てみたいなって思っただけだよ。

 なんでも似合いそうだし。」

 

「…寝るときとか、流石に下ろしてるけど気づいてないのか。」

 

「お前より先に寝てお前より後に起きる俺が気づく訳無いだろう。」

 

「………チッ。」

 

 

 

舌打ちすんな。

 

 

 

「つーわけで今日は、色々髪型をいじってみようと思う。」

 

 

 

言いながらシュシュを外す。

口ではなんだかんだ文句を言いつつも抵抗はしないようだ。

 

 

 

「随分勝手だな…つか外す前に言え。」

 

「あ、ちなみに、俺解くのはできるけどセットはできないからそこは任せたぞ。」

 

「めんどくせえ。」

 

「いーじゃんか。色んな面を見て全部の有咲を好きになりたいんだ。」

 

「うるせえ、きめえ、死ね。」

 

「ひでえ。」

 

 

 

**

 

 

 

というわけで色々持ってきたぞ。

雑誌やら動画やらブラウザやら、いくらでも調べられる環境だ。

 

 

 

「気合入れすぎじゃね。」

 

「まあいいからいいから。…その下ろしてる状態も中々いいなぁ。」

 

「これは別に珍しくないだろ…。」

 

 

 

それはそうと、今日提案する髪型はある程度チョイスはしてある。

まぁ、ざっと目を通した時に気になっていたことでもあるんだが…

 

 

 

「あのさ、芸能人とか参考にしようとしたんだけどさ。

 …パスパレ出過ぎじゃね。」

 

「んぁ?…あぁ、今人気のアイドルバンドだしな。そりゃ見かける機会も多いでしょーよ。」

 

「ふーん…。じゃあ、今日はこれにしよう。」

 

「…パスパレ?」

 

「そう。みんな可愛いし。」

 

「でもさ、言うほど特徴的な髪型無いだろ。彩先輩なんて同じツインテールだし。」

 

「…お前、彩と知り合いなの?」

 

「一応、学校の先輩なんだ。…お前こそ、呼び捨てって。」

 

「変かよ。」

 

「いや、イキったファンみてえだなと。」

 

「言い方!」

 

「だってさ…」

 

「別に、妹のこと呼び捨てってそんなおかしくねえだろ。」

 

「…は?」

 

「あれ、言ってなかったっけ。パスパレの丸山彩って、俺の妹だよ。」

 

 

 

そういえば言ってなかったかもしれない。

訊かれることもなかったしな。

 

 

 

「まじかよ…似てねー…。」

 

「兄の俺が言うのもアレだけど、可愛い顔してるもんな。」

 

「きも」

 

「はいはい、それで、髪型どうする?」

 

「んー、雑誌とかもいいけど、定番系とかでもいいんじゃないか?ポニテとかなら普段もたまにするし。」

 

「おk、じゃあまずポニテから行こう。」

 

 

 

慣れた手つきで髪をまとめ、高い位置で括る。

 

 

 

「あぁなるほど、上の方のタイプか。」

 

「まぁ、最近伸びてきてるのもあって、低い位置だと邪魔くさいんだよ。」

 

「ほーん…。…おぉ、これもなかなかそそるなぁ。」

 

「…お気に召しましたか?」

 

「うんうん、写真撮らせてくれ。」

 

 

 

スマホのメモリにも保存しておかなくては。

…しれっとピースしているあたり、案外乗り気なのかもしれない。

 

 

 

「じゃ、じゃあ次は」

 

「おい解くのはえーな。」

 

「さっきのパスパレの話じゃないけど、三つ編みとか…?」

 

「あぁ、イブちゃんか。あの子も独特の雰囲気で可愛いよなぁ。」

 

「チッ…。いいから、今は髪型の話だろ?」

 

「そうだった…。三つ編みってさ、見た感じ面倒そうなイメージなんだけど。

 やる側としてはどうなんだ?」

 

「んー、私は普段やらないからなぁ…。慣れてないとやっぱ大変なんじゃね?」

 

「そういうもんか…。って話してる間にどんどん出来上がってくな。」

 

 

 

因みにイブちゃんはプライベートでも彩と仲がいいらしく、俺も2度ほど会ったことがある。

ふわふわを自称している彩よりふわふわしていて可愛らしい子だった。

あの子に『お兄さん』って呼ばれるたびに擽ったい気持ちになるんだよな…。

 

 

 

「おい、聞いてんのか。できたぞ。」

 

「おぉ、すまん。……ほほう、頭良さそうに見えるぞ。」

 

「お前よりは頭いいと思うんだが。」

 

「読書とかしそうな感じ。」

 

「私するじゃん、読書。」

 

「電子書籍じゃん。」

 

「まぁ…。」

 

 

 

読書っつったらこう、やっぱ実物の本を読んで欲しい感あるよな。

ハードカバーとかもう…。

 

 

 

**

 

 

 

その後も、サイドテールとかビシッとしたストレートロングとか、手間のかからない程度に変えて遊んだ。

どれも非常に似合っていて、やはりこういうのは素材が大事なんだと改めて実感できたよ。

 

 

 

「いやー満足満足…。お疲れだなぁ有咲。」

 

「あー…面倒くさかった…。

 もう一生いつものでいい…。」

 

「そんなこと言うなよ有咲ぁ、全部可愛かったぞぉ。」

 

「なんだよその気色悪い言い方…。」

 

 

 

嘘は言ってないんだけどな。

サイドテールとか、すっげえ新鮮で気に入ったんだけどなぁ…。

 

 

 

「あ!」

 

「…なに。」

 

「そういえば、髪下ろしてる有咲は頻繁に見てたわ。」

 

「そりゃそうでしょーよ。」

 

「いつも風呂入ってる時は下ろしてるもんな?」

 

「…あぁ、そうだけど。」

 

 

 

そう考えると、頭洗ってる時の肌に張り付く髪が一番好きかも知れない。

 

 

 

 




リサ姉でやるか迷った話。




<今回の設定更新>

○○:実はパスパレと交流がある。
   彩の兄であることは別に隠してないが訊かれないと答えない。

有咲:最近は主人公の家でしか入浴していない気がする。
   ほぼこっちで過ごしていればそうなるか。


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2019/08/11 有咲おこ。

 

「いらっしゃいま……有咲。」

 

「おう…きたぞ。」

 

 

 

勤務中。手伝い先のレジにて。

いつもお互いの家でしか合わない二人が、よもや公共の場で顔を合わせることになろうとは。

 

 

 

**

 

 

 

「いやー、あれはびっくりしたよ。」

 

「そうかよ。」

 

「…まだ怒ってんのかよ。」

 

「別に。」

 

 

 

帰ってきてからずっとこうだ。

今日は職場にテナントとして入っている別店舗の手伝いをしていたんだが、そこに客として有咲が来たんだ。

今まで呼んだって職場には来なかったのに、『フードコートでお手伝いしてるよ』って言った途端にあれだもんな。何か食物でももらえると思ったんかな。

…もっかい回想入ります。

 

 

 

**

 

 

 

「お前、職場に来るのは初めてだな。」

 

「まぁ…お前が働いてるとこ、滅多に見られるもんじゃないしな…。」

 

「…あんだって?」

 

「うっせぇ、なんも言ってねえ!」

 

 

 

何だよ、絶対今ボソボソ言ってたろ。

急にキレんなよ、可愛いな。

 

 

 

「で?ご注文は?」

 

「あっ…えっと、じゃあこのコロッケと、こっちのジェラートを…」

 

「結構食うんだな。」

 

「あ?文句あんの?

 …ジェラートはお前が捏ねたって言ってたじゃんか。」

 

「あぁ、さっきまで担当してたよ。」

 

「…じゃあそれで。」

 

「おっけい。…えーっと、620円になります。」

 

「高。」

 

「そうでもねえだろ。」

 

「…ん。」

 

 

 

渋々小銭を差し出す。

 

 

 

「ん、じゃあこっちお釣りな~。」

 

「………。」

 

「なんだよ、じっと見つめやがって。見とれてんのか?」

 

「ば、ばかっ!うっせえ!早く商品準備しろ!」

 

「はいはい…。

 コロッケ入りまーす!あと、ジェラートお願いしまーす!」

 

 

 

奥にある厨房兼受け渡しカウンターにオーダーを入れる。

揚げ物系は向こうから出るし、ジェラートはお手伝いの俺には盛り付けられない。今はレジでオーダーを取る以外何もできないのだ。

 

 

 

「なんだよ、全部人任せ?」

 

「言い方よ。」

 

「○○くぅん?ジェラートやろっかぁ?」

 

「あっ、彩沙さん!…お願いしてもいいっすか?」

 

「ふふっ、任せといてぇ。私、ベテランさんなんだからぁ。」

 

 

 

彩沙さんは俺が手伝いに来る度に何かと気にかけてくれる優しいお姉さんだ。

困った時は大体頼る。年が近くて接しやすいのもポイントだ。

 

 

 

「お嬢さん?お味は決まってますかぁ?」

 

「………チッ。」

 

 

 

あいつ今舌打ちしたか?

何とも態度の悪い客だな有咲(あいつ)

 

 

 

「おい有咲…って、そんな睨むこと無いだろ。

 味選ばないと盛ってもらえないぞ。」

 

「……お前、こういうのが好きなの。」

 

「あ??」

 

 

 

意味がわからない。

因みに、味の話かと思い、俺のおすすめフレーバーを教えてあげたらまたキレられた。なんなんだ。

食ってる最中は大人しかったのがまだ幸いか。ただ、フードコート特有の変な形の椅子に座ってのモグモグタイム中も、鋭い目つきでこちらを観察しているのが見えた。

それでいて仕事が終わるまでは待っててくれるんだもんな。ほんとなんなんだ。

 

 

 

「…変わった子ねぇ。…お友達ぃ?」

 

「んー。…もうちょっとで彼女、って感じですかね。」

 

「おぉ、やるじゃん○○くんー。」

 

「…いやもう嫁と言っても過言ではないような。」

 

「あらぁ!結婚式には呼んでね~」

 

 

 

**

 

 

 

「だからさぁ、彩沙さんとは何もないって言ってんじゃんか。」

 

「ふーん?別に私は何でもいいんですけど?大体何で名前で呼んでんの。」

 

「しょうがねえだろ。あの職場、"イトウさん"って四人も居るんだよ。

 区別の為に全員名前呼びなんだ。真司さんとか、未来さんとか…。」

 

 

 

これって地味に職場あるあるだよな。

ありふれた苗字問題。マジ何とかしてくれ。

 

 

 

「へーそうですか。仕方ないんですか。へー。」

 

「もー埒あかねえな。」

 

「…別にもういいって言ってんじゃん。突っかかってきてるのそっちでしょ。」

 

「……だからさ、何に怒ってんだよ。」

 

「怒ってないし。」

 

「どこに一番怒ってるかは教えてくれよ。」

 

「だから怒ってないって。

 怒ってるって思うんなら自分で考えてみたら?」

 

 

 

わかんねえから訊いてるってのに…。

 

 

 

「俺が彩沙さんに、お前のこと嫁って紹介したからか?」

 

「はぇ!?」

 

「あいや、丁度その話してるあたりだったんだよ。お前がこっちを睨みつけてるって気づいたの。」

 

「よ、よよよよっ、嫁っておままま」

 

「落ち着け。お前、バイブレーション機能搭載してねえだろ。」

 

「か、勘違いされたらどうすんだよ…」

 

「別に。いずれ嫁にもらうんだから今のうちから言ってても一緒だろ。」

 

「―――ッ!」

 

 

 

動揺してんな…。震えるやら赤くなるやら、忙しいやっちゃな君。

 

 

 

「……とう?」

 

「あん?」

 

「それ、ほんとう?」

 

「どれ」

 

「嫁って言ったのと、貰ってくれるって話…。」

 

「うん。本当だよん。」

 

「………。」

 

「??」

 

 

 

ぽたり、と。

所謂女の子座りで座り込んでいる床、有咲の膝の間に雫が落ちる。

え、え?そんな早まった?俺。

 

 

 

「お、おい…。」

 

「…ないで。」

 

「…なんだって?」

 

「ッ!」

 

 

 

俯いている顔を覗き込もうとした時に物凄い速さで抱きつかれた。というかそのまま押し倒される形になる。すげえ、ハンターみてえだ。

顔に落ちてくる涙の温度に若干の興奮を感じていると、しっかりと目を合わせた有咲が震える声で言う。

 

 

 

「もう、怒ってないから…。…嫁って言っていいから、あんまり、他の女の人となかよくしないで…っ!!」

 

 

 

えーっと…。

 

 

 

「別に仲良くした覚えはないけどな。

 …ははぁ、彩沙さんと仲良さそうだったから怒ってたのか。」

 

「…ん。」

 

「…勘違いさせるような接し方でごめんな。でも、手伝いの身としては一人で仕事するわけにも行かなくてな…。

 ただ、それだけだったんだ。プライベートで下の名前呼ぶのだって、有咲だけだろ?

 ちゃんと嫁に貰う気でいるし、他の人と仲良くするなんてメリットの一つも感じられないことしないから。な?」

 

「……うん。私だけ、私のものでいて。」

 

「…ん。おいで。」

 

 

 

そのまま胸元に抱き寄せる。

といっても、床に組み敷かれているような状態だし、長くこの姿勢はキツいだろ。

ひとまず柔らかいベッドに移動し…

 

 

 

「あ、そうだ。」

 

「…?」

 

「心配しなくても、職場で女の人が態々構って来ることはないぞ?」

 

「なんで。」

 

「同僚も上司も、俺のこと既婚者だと思ってるから。」

 

「…は?」

 

「有咲との関係性を説明するのが面倒でな。いつも三人称を「嫁」で話してるんだよ。

 だから、皆有咲のこと知ってる。俺の嫁として。」

 

「…なっ!?」

 

 

 

このあと、滅茶苦茶説教された。

んでもって、滅茶苦茶仲直りした。

 

 

 




Oh shit!(真剣)




<今回の設定更新>

○○:日常的に「俺の嫁」が口を衝いて出てしまう人。
   周りから生暖かい目で見られていることにいつ気づくのか。

有咲:おばあちゃんにも許可もらってるんだから、早く結婚しろ。
   末永く幸せになっちゃえ。

彩沙:主人公の2歳年上のお姉さん。姓は"イトウ"。
   語尾が伸びる癖のある喋り方をする。いつも眠そう。


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2019/08/21 さらば通い妻(終)

 

 

 

「お、おぉぉぉぉ…!!」

 

「ふふん。どーだ?」

 

「お前すげえな。あの汚かった俺の部屋とは思えねえ…!!

 帰ってくる部屋間違えたかと思ったわ。…もうずっと家にいろよ。」

 

 

 

仕事から帰宅し、玄関のドアを開けるなり眩しく光り輝かんばかりに綺麗になった部屋に目を奪われた。

 

 

 

「ははは!そーだろそーだろ!!…え、ずっとって言った??」

 

「あ?あぁ。」

 

「わひゃぁあ……///」

 

 

 

隣の口の悪いツンデレさんが顔を手で覆って踞る。直前までその立派な胸を張ってドヤ顔してたのに、百面相かね。

 

 

 

「なんだよ、いないいないばあか?」

 

「うっさいな!恥ずかしがってんだよばーか!!」

 

 

 

お、韻を踏んでくるたぁ余裕あるじゃないか。

そもそも事の発端は今日の朝、出勤前の出来事。

 

 

 

**

 

 

 

「…ーい、おきろよぉ。」

 

「……あ?」

 

「○○…おきた?」

 

「……おきた。」

 

「おはよ。」

 

「おはよ。」

 

 

 

()()()、あの彩沙さんの一件があって以来、有咲は毎朝起こしに来るようになった。

朝はそのまま飯やら色々やってくれて、俺の出勤に合わせて帰る。

夜は俺の帰宅より少し前に来ていて、帰った時には晩飯を用意して待っててくれる。そんな毎日だった。

もちろん、鍵は渡してある。不法侵入じゃないからね。

今日も同じように、起こしに来てくれている。

 

 

 

「お前、いつになったら自分で起きられるんだよ…」

 

「んー…有咲にフラれたらかなぁ…」

 

 

 

勿論自分ひとりで起きれないわけじゃない。

今は使っていない目覚まし時計も、何ならスマホのアラームアプリやパソコンの目覚ましソフトなんてのもある。

有咲が起こしに来る以上、有咲に任せたほうが心地良く起きられるし、何より二人ともハッピーになれる。

よって、この答えは嘘じゃない。

 

 

 

「…それはあれか、一生起きねえぞっていう宣言か何かか?」

 

「……それは、一生一緒にいてくれる的な答えってことでいいのか?」

 

「~~~~~ッ!!」

 

「…照れるなら言うなよ…」

 

「うっさい!ばかっ!早く起きろっ!」

 

 

 

寝起きの弛んだ鼓膜を、有咲のちょっと癖のある声が震わす。…今日もいい目覚めだ。

有咲に指差しで指示されつつシャワー・着替え・飯・歯磨き…と進めていく。

因みに、有咲の提案で所謂「朝シャン派」に転身を遂げた。俺は寝癖が凄いんだ。

 

 

 

「…あ、ほら、またネクタイ結んでるぞ?

 今の期間はクールビズでノーネクタイだろ??」

 

「あー…ぼーっとしてたわ…。」

 

「それにほら、ヘアアイロンかけてないだろ?電源だけつけて放置してからに…。

 後ろも横も…ふふっ、まだ撥ねてるぞ。…ちょっと可愛いけど。」

 

「あらー、そら大変だな。飯食ってからでいいかな。」

 

「もー…。飯食ってろ、その間に私がやる。」

 

「おー…いただきまぁす。」

 

「しっかり食べろよ?今日も忙しいだろ??」

 

「んぅ………。…なぁ有咲。」

 

「相変わらず強ぇ癖だな…あ?なに?」

 

「いつもありがとうなぁ…。」

 

「…!!……別に、○○が私居ないと何もできないの…知ってるし…。」

 

 

 

別にできるんだけどね。とは言わなかった。

野暮ってもんだ。もっと照れさせておこう。

やがて、ぶつぶつ言いながらも進めてくれていた髪のセットが終わったらしく、後頭部から熱が離れていく。

 

 

 

「…あの、さ…○○。」

 

「んむんむ……んぁ?」

 

「よかったら…その………。」

 

「むぐむぐむぐ………ごくっごくっ、ふぃー。」

 

「私、暫くの間、泊まり込みで世話したげようか…?」

 

「!!ゲッホゲェッホ!!ォェエ!!」

 

「わ!わ!ご、ごめん…!そんな驚くこと…ないだろ…ほら、お茶!」

 

 

 

とんでもない提案に喉を過ぎた直後の味噌汁を気管支にもお裾分けしてしまったようだ。

近年稀に見る酷さの咽せ方を見せてしまったわい…。

涙目で茶を啜り、有咲を見上げる。

 

 

 

「ぅ……わ、わるかったよ…。

 で!でもほら、私が毎日一緒に居たら、嬉しくない…?

 …な、なんちって!なんちって!あははは!」

 

「……そうだな。それもいいかもな。」

 

「へ…?」

 

「でもほら、簡単に言ってもそういうわけにはいかないだろ…?がっ」

 

「い、いーんだよ!別に家にいてもすることないし、ばあちゃんならOKくれるだろうし!!」

 

「いやそうじゃなくて、がっこ」

 

「じゃぁ、早速電話してみるよ!!○○はご飯食べてて!!」

 

 

 

…泊まりたいならそういえばいいのに。わかりやすい奴。

お祖母さんと電話してるあの顔よ。あんなに嬉しそうな表情久しく見てないぞ…?

…あれ、待てよ?俺(社会人・成人済み)の家に、有咲(高校生・当然未成年)が暫く泊まるってことだよな…?

あぁぁあ!やめろ!湧いてくるな!"犯"から始まって"罪"で終わる二文字!!

あんまりそういうの詳しくないけど、高校生相手に手ぇ出しちゃまずいんじゃないか!?

同意とか非同意とか関係あるのかな?あってもダメそうだな…!うえぇぇ…めんどくさそう…。

 

 

 

「そだよ!○○のとこ!」

 

「…うん。……うんっ!そーそー。」

 

「…………。」

 

「…えへへへへ、うん。…う?」

 

「うんっ!○○が、いーって!!」

 

「あぁ…………。」

 

「そーするっ!じゃあ昼過ぎに一回帰るね。」

 

「わーかってるよぉ。面倒見てるの私の方なんだから~。えっへへ。」

 

 

 

幸せそうに話している有咲を見てると、何だか色々どうでもよくなってきた。

確かに色々面倒臭そうとも思ったけど、なんでもいいや。

取り敢えず、毎日有咲と一緒にいられるってことだよな?…それがいいや。

 

 

 

「おっ、どーしたぁ?○○ー。」

 

「お前、すげえゴキゲンな。」

 

「へへーん、ばあちゃんが、暫く泊まっててもいいってさ!」

 

「おー…。じゃあ、今度挨拶行かなきゃなぁ。」

 

「ばっ!?…そ、そういうのじゃ、ないだろ…

 まだ、早ぇよ……ばか。」

 

「…そういうのじゃねえよ。ウチに泊まる件。

 お前、ちょくちょく妄想が飛躍するよな。」

 

「~~~ッ!!」

 

「い、いてえ!いてえって!味噌汁溢れる!!」

 

 

 

ウチに泊まるにあたって、その恥ずかしがる時に人を叩く癖はやめような。

あーあー…味噌汁浸しの焼き鮭なんか食いたかねえよ…。

 

 

 

「お、お前が変なこと言うからだろっ!!」

 

「変なのはお前だ。…まあいいや、じゃあ今日からよろしくな?」

 

「う"……うん。よろしく…。」

 

「うっし、じゃあ時間もないし、さっと食っちゃって行ってくるわ。

 今日は?昼頃荷物取りに行ってからはずっとウチにいるのか?」

 

「う、うんっ。…そのあと掃除でもしてようかと思ったけど…だめ?」

 

 

 

食べ終わり、流しの指定された場所に纏めて重ねる。…水だけは張っておかないとな。

そのほかの準備は有咲のヘルプもあって大体終わっているので、そのままの状態で洗面台へ。

仕上げに歯を磨かなきゃ。これもちゃんとやってるかどうか監視されてるんだよなぁ…。

 

 

 

「いや、助かる。戸締りだけよろしく頼むな?」

 

「うん!!」

 

 

 

それだけ告げて口を泡で満たす。

勿論返事が出来る状態じゃないのは有咲も承知なので話しかけてこない。

ただ、腰に手を当てて仁王立ちの有咲(衛生士)さん。あぁ、居心地は悪いけど、俺の歯が心配とのことなのでそっとしておこう。

いつもそうだけど、ブラッシングが終わるまでの数分間、ずっと身動ぎ一つせず見てるんだよな。

 

 

 

「OK?」

 

「うん、よくできました。」

 

「はいはい、ありがとう先生。」

 

 

 

先生のOKを貰ったその足で玄関へ。

本当に、一人の時よりスムーズに事が運ぶなぁ…。

 

 

 

「よし、じゃあ今日は初めて言う事になるな。」

 

「…う?」

 

 

 

玄関で革靴に足を入れ、振り返る。

鞄を持って首を傾げる有咲。

 

 

 

「家を任せたぞ?…行ってきます、有咲。」

 

「ぁ……!…い、いってらっしゃい…あなた…」

 

 

 

最後の一言は別に期待しちゃいなかったが、あいつの頭の中ではまた何かが飛躍したんだろう。

俺は後ろで「ひゃぁぁああ…///」と壁に頭を擦りつける有咲をしっかりと目に焼き付け、出勤した。

 

 

 

**

 

 

 

「さっすが、有咲の家事の腕はピカイチだなぁ…。」

 

「うぅ……そ、そうだろ…」

 

「ところでさ、朝は訊けなかったんだけど。」

 

「なに?」

 

 

 

散々訊こうとしたのに有耶無耶になっちゃったからな。

 

 

 

「お前、学校は?今は行ってなくても、いつかは行かなきゃ…」

 

「あぁ?…い、いーんだよ、学校は。」

 

「いいってことはないだろ…。

 うちに泊まるからってのは理由にならないからな?」

 

「違う理由、だけど…。

 あの…就職、決まったから。」

 

 

 

…おいおい聞いてないぞ。

いつ就活を?…というか、学校すら行った素振りなかったのに…。あっ。

 

 

 

「あぁ、結局継ぐのか?流星堂。」

 

「…いや、そうじゃないけど。」

 

「んん??じゃあ、どこに…」

 

「……○○の、お嫁さん。」

 

「………あ、アイヤー。」

 

「な!…だ、だめだった……?」

 

 

 

うーん。突拍子もなさすぎて思考が止まっちまったぞ?

思わず似非中国人みたくなっちまった。

でも、そのウルウルの上目遣いで我に返ったぞ。

 

 

 

「だめじゃないけど、いきなりだったからなぁ…。」

 

「ご、ごめん…だからそのっ、じゅ、準備期間的な…?居候っていうか…?その…。」

 

「……ブフッ。…はははっ!!大丈夫大丈夫!

 そうだな。準備期間とか、体験期間?みたいのは大事だもんな。」

 

「う……ばかに、してる?」

 

「してないよ。でもこれで、外で有咲のこと「嫁」って紹介しても問題ないよな?」

 

「え、あっ…ひゃわぁぁぁああ…///」

 

 

 

有咲は"通い妻"から"居候妻"にクラスアップした!!

流星堂からの居候、かぁ。

 

 

 

終わり




【市ヶ谷有咲・通い妻】編、最終回になります。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:懐は広いのかもしれない。
   恐らく一生自力で起きることはない。

有咲:クラスアップおめでとう。
   残す段階は何段階あるのやら…。
   そういえば今更だけど、まだ付き合ってもいないよね…?


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【丸山彩Ⅰ】アイドルと同居生活始めました。【完結】
2019/06/23 たこ焼きはアイドルを喚ぶ


 

 

 

「あ、あんた…どこから入って…ってか、アイドルの…?」

 

 

 

休日。

…まあ、友達も恋人も嫁も居ない俺には、ただ仕事があるか無いかの違いしかないのだが。

折角久々に何の用事もない休日ということで、1人たこ焼きパーティを開催していた。

といってもまだ鉄板に熱を入れ始めたところで、実食には至っていない。

 

夕方から食材を買い回り、久々に出した調理器具も綺麗に洗浄、タネも仕込みを終え、いざいただきます!というところで、さも当然のように一人の少女が部屋に入ってきたのだ。

 

 

 

「あら、鍵なら開いてたわよ?

 一人暮らしで在宅中とは言え、無用心だと思うけど…ねえ、○○さん?」

 

「な、なんで俺の名前を…知り合い…?いやいや、あの有名女優…いやアイドルか?

 そんな人と俺に接点があるとは…」

 

 

 

―――白鷺千聖。

かつて天才子役として登場して以来、芸能界という表舞台で活躍し続けているという、平凡な営業職の俺とは謂わば真逆の人間。

最近はアイドルバンドを結成したとかなんとか。

その"有名人"が、さらっと俺の名前を呼んだんだ。

そりゃ動揺もする。

なんだこれ、企画?ドッキリ?一般人の家に??

 

 

 

「接点…?おかしな事を訊くのね?

 貴方、自分の人間関係も把握できてないの?」

 

「えっ…俺には芸能関係の知人なんていないと思うけど…」

 

 

 

ガチャ。

 

 

 

「もう、千聖ちゃん…なんでそんなに足速いの…

 あ、○○くん!久しぶり、お邪魔します!」

 

「うぉ、あんた、パスパレの…」

 

「??

 丸山彩です!!」

 

「おぉおお……ファンです。サインください。」

 

「へ!?さ、サイン…?

 私のサインなんか…欲しいの?」

 

「当たり前じゃないですか!!

 彩さんの歌超好きで!この前のシングルも……あれ?」

 

 

 

あれ、ちょっと待て。

今まで散々メディアで見かけて引っかかりもしていなかったが。

俺の母方のじいちゃんの苗字が確か…丸山。

母さんには確か一つ違いの兄貴がいて、そこの一人娘の名前が…

 

 

 

「彩…。」

 

「ふぇ?…あ、思い出した?」

 

「ええと…爺さんの葬式の時に会った限りだったっけか…。」

 

「うん♪

 あの時は私まだ小学生だったけどね。○○くん、大きくなったね!」

 

 

 

いやいや、俺当時高校生だぞ…。

あんま伸びてねえよ。

 

 

 

「それで…こんな久しぶりに、ってか急に何の用だ?

 …お友達も連れてきちゃって…。」

 

「あ、そうだった。

 あのね、おばさんがね。」

 

 

 

彩の話だとこういうことらしい。

まず彩の住んでいたアパートが改築により一時的に住めなくなること。

とは言え田舎から出てきているため地元が遠い彩は泊めてもらうような知り合いもいないこと。

実家に相談したところ、親族内で宛を探すこととなり、俺の母親にも連絡が行ったと。

何を思ったか母さんはちょうど上京してる息子が居るから住んじゃえばと提案。

彩の両親も俺なら安心かとゴーサインを出した、と…。

 

親族全員アホなんじゃねえの。

ゴー出してんじゃねえよ…。

現役女子高校生を久しく会っていない従兄妹に預けるとか…。

 

 

 

「なるほど…話はなんとなくわかった。

 けどさ、不安とかねえの?」

 

「??○○くん、泊めるの嫌だった?

 あ、家事とかなら、出来る限りはするから!それにそんなに長くない間だし!」

 

「そういう問題じゃ…どれくらいの間?」

 

「えぇと…。半年くらい?」

 

「バカこの。それもう建て直しのレベルじゃねえか。」

 

「でもほらイトコだし!

 知らない人じゃないし!○○くんなら大丈夫かなーって。」

 

 

 

マジで言ってんのか。

危機感というか、女の子としての自覚無さすぎでは?

 

 

 

「…白鷺さんは、心配というか、止める為に付いてきたってかんじかな?」

 

「当たり前でしょ。仮にもアイドル活動をしている身で、そんなスキャンダルに繋がりかねないことさせられないし。

 そもそも、貴方みたいなよくわからない異性と一緒に住むって、危険極まりないでしょう。

 非常識にも程があるわ。」

 

「あんたが常識ある人でよかったよ。」

 

「わー。○○くん、たこ焼きしようとしてた?

 ね、ね、このぽこぽこ窪んでるのってたこ焼きの鉄板だよね!」

 

「……あー。食おうとしてたとこに白鷺さんが来たんだよ。」

 

「邪魔したみたいな言い方ね。」

 

「せめてチャイムとかノックとかは欲しかったんだぜ。

 それがあれば邪魔とは言わなかったさ。」

 

「○○くん、○○くん。たこ焼き、タコ以外の具はあるのかな?」

 

「……食いたいの?」

 

「うん。ご飯食べないで出てきちゃったから、お腹すいちゃって…。」

 

 

 

まぁ何とも自由なイトコだわ。

見ろ、白鷺さんも苦い顔してんぞ。

 

 

 

「今タネ追加するから…座って待ってな。

 白鷺さんもよかったら食うか?まさかあの状態の彩を残して帰るとか言わないだろ?」

 

「…はぁ…。仕方ない、いただくわ。」

 

「おう、苦手なものはあるか?」

 

「私は特には…

 彩ちゃんは、たこが苦手だったと思うのだけど…。」

 

「おい、食うのたこ焼きだぞ。」

 

 

 

独り寂しくたこ焼きパーティを開く予定だったが、思わぬ来客によりどエライ華やかさを纏ったパーティになっちまった。

芸能人と自宅たこ焼きとか非現実すぎる。

因みに、彩には適当に冷蔵庫の余り物を突っ込んだ謎焼きを食わせておいた。

おいしいおいしいと食べていたが、あいつの舌ぶっ壊れてんじゃねえの。

 

 

 

**

 

 

 

「……悪いな、片付けまで手伝ってもらって。」

 

「ご馳走になったんだもの、これくらい当たり前でしょ。

 …それよりどうするの、彩ちゃんのこと。」

 

「そうだなぁ…親サイドにもう一度相談して、取り敢えず今日はホテルでも取って…。」

 

「……そう。

 ………ねぇ、お願いがあるんだけど。」

 

「なんだ。」

 

「彩ちゃんを暫く泊めてあげて欲しいの。」

 

「はぁ?さっきまでと言ってることが違うぞ。

 どうした天才女優。」

 

「うるさい。

 あの子の態度とか接し方を見てたら、本当にあなたを恐れていないというか

 ただの親戚っていうよりももう少し近しい存在みたいに感じたのよ。

 だから…彩ちゃんがそれでいいと思っているなら、そうしたいと思っているなら、

 信じてあげるのも一つってね。」

 

「ふーん…。」

 

「ただ、条件があるわ。」

 

「なんの条件よ。」

 

「さっき挙げた不安要素。スキャンダルとか貴方が何か仕出かすとか…。

 そういったことを少しでも防ぐために、私も同じ期間ここに住むわ。」

 

「あんた、台本ないとバカみたいなことしか言えないのか。」

 

「なっ…!今日会ったばかりで随分な口を利くじゃない。」

 

「彩だけなら、親戚ですって話で何とかなるかもしれんが…

 白鷺さんと俺は完全に他人だろ?より不安要素が濃くなるんじゃねえの。」

 

「…でも……じゃあ、今日は彩ちゃんを連れて帰るわ。」

 

「それは別にかまわないけど…。」

 

 

 

ちらりと彩の方に視線を移す。

釣られるようにして白鷺さんもそちらを見て、あっと小さな声を上げる。

 

 

 

「すっげぇ気持ちよさそうに寝てるアレ、起こせるか?」

 

「……はぁ。

 今日はとりあえず私も泊まるから。あなたは床なりソファなり適当に寝て。」

 

「………わかったよ。」

 

 

 

俺のダブルサイズのベッドを占領するように、大の字で幸せそうな顔をしている彩。

さぞ満腹になったのか、これ以上ないほどに弛緩しきったその表情からは1ミリの力も感じられない。

 

かくして、久々に再会を果たした従兄妹と超絶有名芸能人と凡人の俺との

奇妙な共同生活は始まりを告げた。

 

 

 

「白鷺さん、そのパジャマ…。」

 

「な、なに?似合わない?」

 

「いや、泊まる気満々やんか。」

 

「ッ…!」

 

 

 

 




美味しかったんですが、中の汁のせいで唇を火傷しました。
絆創膏貼ってます。





<今回の設定>

○○:大学を卒業後、そこそこ大企業の営業職として普通に働いている。
   田舎より上京してきているため、友達は愚か知人すら同僚しかいない。
   それも中々上辺だけの付き合いで、プライベートには一切関わりがない。
   彩の従兄妹に当たるが、7~8年前の祖父の葬式以来面識がない。
   テレビや新聞で見かけても本当に気づいていなかった。

彩:ちょっと頭が弱い。
  あまりアイドルという自覚がないのか、割と思い切った行動を取りがち。
  恐らく、女の子であるという自覚も足りていない。

千聖:監視役として付いてきた。
   主人公に対しては、少し解れた感じはするが主人公が温厚なのをいいことに
   若干ナメた態度をとっている。…という風に装っているだけであり、実際は
   この距離の男性に免疫がなく振る舞いを一生懸命探っているだけである。
   因みに、潔癖性が過ぎるため家に彩を泊めることができなかったので
   今回の件について彩にはあまり強く言えない。。


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2019/07/04 どうしたの白鷺さん。

 

 

 

「ただいまー…ってナンダコリャ。」

 

 

 

仕事終わりも特に用事はないので、いつも通り直帰する。

家に帰って、一言目が"ただいま"とは…すっかり共同生活に馴染んでしまった証拠でもある、か。

にしてもなんだこの靴の量は。うちに泊まってるのは二人だろ?

…女の子は靴をたくさん持つとかそのレベルじゃない気がするぞおい。

 

 

 

「…ったく、どうでもいいけど少しは並べろよな…。」

 

 

 

散らかってるのを、()()()()()見られるくらいに並べた。

リビングへ向かい…違和感。

あれ、これ絶対二人以上いるやつだ。彩と白鷺さん?以外の気配も確かにある。

二人の気配が分かるのかって?勿論わからん。

 

 

 

「ただいま!……えっと。」

 

「あ、おかえり!○○くん。」

 

「おかえりなさい。」

 

「おー。ただいま二人とも。

 …こちらは、同じグループの?」

 

「お邪魔致しておりマス!若宮イヴといいマス!!」

 

「わっ…ホントに男の人と住んでるんですねぇ…。

 あ、ジブン、大和麻弥といいます。お邪魔してまっす。」

 

 

 

なんということだ…。

仕事から帰ってみたら今をときめくアイドルバンドがほぼ揃って出迎えてくれる!こんなことが予想できるだろうか?否、できない。

 

 

 

「…彩。」

 

「あ、ごめんね?○○くん。迷惑かなぁって思ったんだけど、今住んでるところを見てみたいって言うから…。

 も、もちろん、長くは居ないようにするからね?うるさくもしないから安心してね?」

 

「違う、そうじゃない。」

 

「??」

 

「…日菜ちゃんは。」

 

「は?」

 

「日菜ちゃんは…来てねえの?」

 

「……なんで日菜ちゃん?」

 

 

 

なんでって…推しだから、とは流石に同じグループの人間には言えず。

 

 

 

「ほ、ほら、日菜ちゃんも居たら全員揃うな~って、な?

 ただちょっと思っただけだよ、うん!」

 

「どうだか?」

 

「白鷺さん…?」

 

「どうせ、日菜ちゃんが一番好きとかそんな理由でしょ?」

 

「うっ…」

 

「あらら、図星だったみたいですねぇ…それにしても、さっすが日菜さん。モッテモテですねぇ…。」

 

「麻弥ちゃんは、私服だとメガネなんだなぁ。

 …俺的にはこっちの方が好みだ。」

 

「ちょ!?きゅ、急に好みだなんて…フヘヘヘヘ。」

 

「麻弥ちゃん。」

 

「は、はいぃ!?すみません!また出てしまいましたぁ!」

 

 

 

笑い方、な。

こっちの方が、素の方が自然で可愛いと思うんだけどなぁ…。

ループになっちゃいそうだから黙っておくけど。

 

 

 

「イヴちゃん。」

 

「はい!なんでしょー?」

 

「ブシドー!」

 

「!?ハッ、ぶ、ブシドー!!」

 

「ははははははは!!」

 

 

 

やっぱ面白いなこの子。この前テレビで見て以来、やってみたかったやりとりなんだ。

ブシドーってなんだよ。全然わからん。

 

 

 

「○○さん。何か、調子に乗ってらっしゃる?」

 

「アッイエッ」

 

「よろしい。

 さ、みんな。家主も帰ってきたし、そろそろ解散にするわよ?」

 

「はぁい。」「了解です!」

 

 

 

そっか、帰っちゃうのか。

 

 

 

「○○くん、寂しそうな顔しないの。

 私がいるでしょ??」

 

「…彩かぁ。」

 

「えっ、ひどくない?」

 

「…親戚じゃん。」

 

「それなら、千聖ちゃんもいるからいーでしょ!」

 

「何してるの二人とも?お見送りよ?」

 

「「はーい」」

 

 

 

玄関口。

すっかり帰り支度を整えたイヴちゃんと麻弥ちゃん。

外行きの格好をすると、「あぁ、やっぱり芸能人なんだな」って感じだ。

隣の彩は…Tシャツにスウェット。はぁ…。

 

 

 

「二人とも、気をつけて帰るのよ?」

 

「了解です!!」

 

「変な人に声掛けられても、いつもみたいにちゃんと流して逃げるのよ?」

 

「千聖さん…お母さんみたいですねぇ…」

 

「茶化してる場合じゃないでしょ?心配なの。」

 

「…なあ、白鷺さんっていつもあんな感じなの?」

 

「うん…。優しいでしょ?」

 

「おせっかい感がすげぇ。」

 

「○○さん、聞こえてますから。後でよく話しましょうか。」

 

「怖」

 

「それでは、皆さん!サヨーナラです!!」

 

「また来ますね~、フヘヘ…」

 

 

 

賑やかに帰っていった。

とんでもない非日常な体験をしてしまった気がする…。アイドルが、うちにいるなんて…。

 

 

 

「何かむかつくこと考えてない?」

 

「あぁ、そっか。彩がいたな。」

 

 

 

こいつが同じグループだって実感が湧かないんだよなぁ…。

従兄妹だし。

 

 

 

**

 

 

 

「○○さん。お話が。」

 

「え、マジだったん?」

 

 

 

遅めの夕食のあと、自室に逃げようとすると後ろから呼び止められる。

まさか本気で説教垂れられるとはな…。

 

 

 

「マジとは?」

 

「いやいい、なんの話?」

 

「今日見てて気づいたのだけど。」

 

「ん。」

 

「あなた、パスパレのことは知ってるのよね?」

 

「テレビで見るし、詳しくはないけど知ってるよ。」

 

「私と彩ちゃんもメンバーなのは知ってるわよね?」

 

「もちろん。」

 

「……どうして、私だけ苗字呼びなのかしら?」

 

「…さぁ?」

 

 

 

言われてみれば。

彩、イヴちゃん、麻弥ちゃん、日菜ちゃん(たん)、白鷺さん…。

白鷺さん!?

 

 

 

「何だろうな、圧が強ぇのかな。」

 

「なっ…!?」

 

「委員長みたいなんだよな。年下って感じしないし。」

 

「………。」

 

 

 

なに震えてんだよ。

怒ったのか。

 

 

 

「彩ー。」

 

「なにー??」

 

「ちょっとこっちこいよ。」

 

 

 

ソファで間抜け面して寛いでいる彩を呼ぶ。

 

 

 

「きたよー?○○くん。」

 

「ん。お前はふわふわしてていいよな。」

 

「え、そぉ?えへへへへ」

 

「白鷺さん。これだ。

 これを苗字読みで堅苦しい関係で、ってのは無理だろう。バカっぽいし。」

 

「え"!馬鹿にするために呼んだの!?ひどいー!」

 

「ほれ、もう戻っていいぞ。」

 

 

 

なんだよ、なんだよぅ…とぶつぶつ言いながら戻っていく猫背。

 

 

 

「…ッ!」

 

「うぉ」

 

 

 

目の前の白鷺さんにめっちゃ睨まれた?

彩を弄りすぎた?

 

 

 

「お風呂、先にいただきますから。」

 

「ど、どうぞ。」

 

 

 

なんなんだ…。

 

 

 

**

 

 

 

しばらくして。

ガラガラガラ…と浴室の戸が開く音が。

続いてタタタタッと足音。

 

 

 

「○○くん!お風呂上がったよ!!

 次入っていーよ!」

 

「!?」

 

「ど、どうしたの??お風呂後にする??

 あ、それとも彩ちゃん先に入る??」

 

「どうした白鷺さん…。」

 

 

 

白鷺さんが、おかしくなった。

 

 

 

 




続く終わり方ですね。





<今回の設定更新>

○○:日菜推し。
   しばらく一緒に住んでみて、彩がアイドルをやれている事に対する疑問が増える一方だ。

彩:今回空気。しばらくはマスコットポジションです。

千聖:訳「私だけ名前で呼んでくれないなんて寂しいわ!私も名前で呼んで欲しいっ」

イヴ:実は常に帯刀しているという噂がある。

麻弥:多分もう出ない。フヘヘ。


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2019/07/13 急襲の大天使

 

 

 

「あらあら、てっきり一人で帰ってくるもんだと思ったけど。」

 

 

 

帰って早々、母親から言われた一言がこれだ。

それもその筈、その場には俺を含めて4人。…事前に人数は伝えていなかった。

俺だって一人で帰る予定だったもんよ。

 

 

 

**

 

 

 

遡ること半日前…。

 

帰省の為押入れから引っ張り出してきた大きめのボストンバッグとキャリーバッグに荷物を詰めていた俺。

隣でそわそわとその様子を見ている彩。

 

 

 

「○○くん、何日くらいで帰ってくる?」

 

「んー…3日くらいかなぁ…。」

 

「○○くん、歯ブラシ持った?」

 

「おう、セットで持ったぜ。」

 

「ねね、○○くん、トランプとか持っていかないの?」

 

「キャンプじゃないんだぞ…。」

 

「あっ、○○くん、ティッシュ持ったほうがいいよ。」

 

「車にも積んであるし、行く先は実家だぞ?」

 

「えーとえーと…。あ!○○くん!虫除けスプレーいらないの?」

 

「キャンプじゃないんだぞ…(二回目)。」

 

 

 

なんだ。今日はやけに絡んでくるな。

全然捗らないぞ…。

 

 

 

「なぁ彩。」

 

「な、なに!?」

 

「お前ひょっとして、さびs」

 

「○○さん?ちょっといいかしら?」

 

 

 

割り込むように白鷺さんが質問を飛ばしてくる。

何焦ってんだ。

 

 

 

「??いいけど…。」

 

「今、何訊こうとしたの…?」

 

「いや、お前ひょっとして寂しいのかって。」

 

「はぁ……。」

 

「何だよそのため息。」

 

「○○さん…あなた、全然よ。」

 

「うるせえよ。何がだよ。」

 

「全然わかってない、わかってないわ…。」

 

 

 

さっぱりわからん。

 

 

 

「だから何がだよ。」

 

「あのね?女の子、特に彩ちゃんは…」

 

ピンポーン

 

「誰だ?」

 

 

 

今日は誰のアポも受けた覚えがない。荷物でも届いたかな?

何やらまだ言いたそうな白鷺さんを放置し玄関へ向かう―――とそこには。

 

 

 

「あ!ここの家の人?もしかして君が○○くん?

 あ、言い忘れてたけどおじゃましまーすっ!」

 

 

 

天使がいた。

 

 

 

「日菜…たん?」

 

「??そーだよー。日菜ちゃん、来ちゃいました~。」

 

「ま、まじか…。」

 

「どしたのー?誰ー?」

 

「あ、彩ちゃんだ!奥に居るの??」

 

「は、はい…上がっていかられましゅか?」

 

 

 

ダメだ、緊張とテンパリでまともに喋れない!

 

 

 

「あははは!!!なにそれ~変な喋り方~!

 じゃあ、上がっちゃうね~。」

 

「はひ、どうぞ…。」

 

 

 

あぁ…あの日菜たんがうちの廊下を歩いているなんて…

これから居間に入ってそこで……夢のようだね全く。

 

 

 

「あーやちゃーん!」

 

「うぇ!?えっ?えっ!日菜ちゃん!!」

 

「日菜ちゃん…!?」

 

「え!?○○くん!?どういうこと?」

 

「い、いや…ピンポン鳴って、玄関行ったら…居て。」

 

「聞いてよ彩ちゃん、今日すっごく暇でさ?おねーちゃんもどっか行っちゃうし、一人だなぁって。

 それで、前に彩ちゃんが言ってた○○くん?の家に行ってみようと思ってさー?」

 

 

 

なぜそうなる。いや嬉しいけど。

つかそれで来れるって俺の個人情報の管理どうなってんの。

 

 

 

「で、でも…ここの住所とかって、日菜ちゃんは知らないわよね…?」

 

「え!?」

 

 

 

どうやってきたんだマジで。

 

 

 

「んー??…よくわかんないけど、こっちの方が"るんっ♪"とくるな~って方に歩いてたらここについたよ?」

 

「ば…化物だ…。」

 

「あー。酷いんだー。日菜ちゃん傷ついちゃうー。」

 

「わ!すっごい棒読みだよ日菜ちゃん!」

 

「…ところで、この荷物は何?おでかけ?」

 

 

 

広げた荷物の横にしゃがみ込む日菜たん。

あぁ非日常。

 

 

 

「…○○さん、今日から帰省するのよ。ご実家にね。

 今はその準備していたところ。」

 

「ふーん?千聖ちゃんも行くの??」

 

「いくわけないでしょう。」

 

「そうなんだ……彩ちゃんは?」

 

「ふぇ!?…え、えっと。」

 

 

 

いや、こっち見られても。

留守番するんだろ?

 

 

 

「…い、いくよ。」

 

「へ?」「は?」「おー。」

 

「ま、待て彩。聞いてないぞそんな話…。」

 

「い、いいの!行くことになりました!準備してきます!」

 

 

 

部屋の方へ走っていってしまった…め、滅茶苦茶だ…。

そして相変わらず俺の意思は関係ないのな。いーさ、もう。

 

 

 

「あ、彩ちゃんが行くなら私もっ」

 

「はぁ?」

 

「な、何よその顔。」

 

「白鷺さん…何しに来るの。」

 

「ちょっと!私にだけ言い方キツくない?

 …あと、また苗字で呼んでるし。」

 

「だって本当に実家まで来る意味わからないし。

 や、あの呼び方抵抗すごいし。」

 

「呼び方?千聖ちゃんは千聖ちゃんでしょ??」

 

「違うんだ日菜たん…ちょっと特殊な呼び方を要求されてだね…フヒッ

 あ、えっと…すごい恐ろしい脅しをされるんだ。…デュフ」

 

 

 

だめだ、まだ日菜たん相手だと正気を保てない!

あと、あの脅しはすごいぞ。(語彙)

 

 

 

「いいから、呼びなさい。」

 

「よくわかんないけど、呼んであげれば??」

 

「えー…嫌。」

 

「そう………。

 いいのね?」

 

「良くはないけど…って、またアレをやるのか。」

 

「???」

 

 

 

あぁ、初見だとビビると思うぞ日菜たん…。

 

 

 

「もう、○○くんったら!どうして千聖のことだけ苗字呼びなのぉ??

 ちーちゃんって呼ばないと、千聖拗ねちゃうんだから☆」

 

 

 

……………。

 

 

 

「うわぁ…。」

 

「…はぁ。」

 

「これはまた強烈なのが出たね。

 パスパレがどんなに追い込まれても千聖ちゃんだけはいつも冷静ポジなのに…。」

 

「…すごいでしょ?」

 

「うん、全然るんっ♪と来ない。

 …ゾンッ。って感じ。」

 

「あー!!日菜ちゃんもぉ、そんなに酷いこと言っちゃ、「めっ☆」だゾ!

 …あ!そうだぁ!!日菜ちゃんも、千聖のこと、ちーちゃんって呼ぶことにしよぉよぉ!!ね?いいでしょぉ??」

 

「ちーちゃん、気持ち悪い。」

 

 

 

うわぁ!この子言っちゃったよ!

俺も我慢してたのに。

 

 

 

「……………。」

 

 

 

ほら見ろ!さっきまで語尾に☆までつけてた人間の出来る無表情じゃないぞあれ!

あの二人だけ時が止まってらぁ!

 

 

 

「…………。ねー!○○くぅん!

 ○○くんは、ちーちゃんって呼んでくれるし、おうちにも連れてってくれるよねぇ??」

 

 

 

うわこっちきた。

相変わらずの理解不能っぷりに恐れ慄いていると大天使日菜たんが耳元に顔を寄せてきた。

 

 

 

「あのさ、もう面倒くさいから言うこと聞いちゃおうよ。

 …この千聖ちゃん、すっごい嫌い。」

 

「…そうだね。」

 

 

 

びっくりした。右見たらものっそい至近距離に憧れのアイドルの顔があるんだぞ。

…キスでもされんのかと思った。

 

 

 

「キス?してほしいの?いいよー。」

 

 

 

…!?

事も無げに言い放った日菜たんはそのままやってのけた。有言実行だ…。

俺は多分、この右頬を一生洗わない。

いや待て、今俺の心を…!?

 

 

 

「やる気になった?…千聖ちゃんをお願いしてもいい??」

 

「任せろ日菜たん。」

 

 

 

ガッテンショウチノスケダァ!!!

何処からそんな声も聞こえてくる。この重大な任務を遂行するためには心の奥のスイッチを入れ…

 

 

 

「あー!!ずるいんだぁ!!日菜ちゃんばっかりちゅーとかして!!

 千聖も!!千里もするのぉ!!」

 

「ちーちゃん。…一緒に俺の実家行こ?ね?」

 

 

 

精一杯のキメ顔と低音ボイスで囁く。

 

 

 

「…もう、仕方ないわね。

 そんなに言うなら、ついて行かない訳にはいかないじゃない…。彩ちゃんもいるし…。」

 

「…すっご。」

 

「凄いよな…。」

 

「うん…あ!あたしもついて行くからね?」

 

「はぇ?」

 

「だって、○○くん凄く面白いし!

 一緒にいたら、もっとぎゅぅん!ってなってぐぃーんってできる気がするの!!」

 

「…アッハイ」

 

 

 

かくして、俺は居候組二人と突然の来訪者を乗せて、実家のある田舎へと車を走らせることになったのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「ええと…ただいま。」

 

「あんた…身に余るモテ期だねぇ。」

 

 

 

全くだよ。

 

 

 




今更ですが、色物の中で頑張る丸山氏を見守るのがこのシリーズのテーマです。




<今回の設定更新>

○○:世界中のパスパレファンに刺されたらいいと思う。というか刺される。

彩:大正義。一緒に居候している金色がもう滅茶苦茶やってるけど負けずに頑張れ丸山。
  地味ながら確かな可愛さを見せつけていく。

千聖:天才が壊れると何をしでかすかわからない。
   前回と今回の間に豹変技能をマスターした模様。
   これからどう壊れていくのか。天災。

日菜:天使。日菜ちゃんがいれば世界は救われる。
   キスの時は目を閉じないタイプ。


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2019/07/15 帰省ED

 

 

 

3日間の帰省が終わり(と言っても内二日は実質移動日のようなものだが)、ようやく我が家へと帰還した。

無事に日菜たんも自宅まで送り届けたし、全く休めなかった帰省中の出来事でも振り返ってみようかと思う。

 

 

 

「因みに、日菜たんの双子のお姉さんも…紗夜さんって言うらしいんだけど大変素敵な方だった。

 日菜たんに落ち着きと冷静さを持たせて、可愛さよりも美しさを与えたような…。大変眼福でした。」

 

 

 

あとラ〇ンで繋がった。

 

 

 

**

 

 

 

突然の大勢での訪問の後。

目を丸くする母親を尻目に、懐かしさすら感じる自室へ。

うーん、汚さも変わってないぞ。

 

 

 

「わ!わ!ここが〇〇くんの部屋??」

 

「そうだが…。あぁ、あまりあちこち弄らないでくれな。」

 

「…きったな。マジきったねぇ。」

 

「今の君の言葉遣いも大概だぞ。千聖。」

 

 

 

安い車での長旅で心が荒み切ったのか、階段を上がっているあたりから不機嫌な千聖。

あ、そうそう。あの一件の後、呼び名を下の名前にすることで手を打ってくれたんだよ。ちーちゃん様は。

 

 

 

「ふん、素が出ちゃってるだけよ。」

 

「隠しとけ。アイドルやろ自分。」

 

「ねね!今日はこの後どうするの?」

 

「うーん…とりあえず運転疲れたから一眠りして…」

 

「えー!?そんなのつまんないよーぅ。どこか出かけよ??」

 

「日菜…。君らアイドルなんだから、迂闊に外出歩けないだろ??

 高速道路の料金所でさえ凄い目で見られたんだから。」

 

「いーのいーの!あたし気にならないもーん。」

 

「俺が気になんの。」

 

 

 

日菜たん…いや、もういいか。日菜は自覚が少し足りないというか、自分の置かれている立場を理解できていない節がある。

これも、一ファンとして見ているだけでは気づけなかったところだし、マジ運命に感謝。アイラヴューマイデスティニー。

 

 

 

「…まぁた気色悪いこと考えてるでしょ?」

 

「うるさいぞちーちゃん。」

 

「なっ……」

 

「それじゃあ、君らは好きに遊んできて良いよ。俺はちょっとばかし寝る…。」

 

 

 

愛着のあるベッドに横たわる。

マットレス二段重ねのふっかふかカスタム。シーツは可愛いくまさんだ。

 

目を閉じるとすぐに、周りのぶーぶー文句を言う声も遠くなって…。

 

 

 

**

 

 

 

「……ヘェッッショォイ!!」

 

「わっ!」

 

 

 

ほんのり肌寒い空気に耐え切れず、盛大なくしゃみと共に目覚める。…あぁ、そういや実家に来たんだっけ。

それよりも、わっ!って誰の声だ…?

 

 

 

「〇〇くん、起きたの?寒かった?」

 

「彩、か…。」

 

 

 

部屋には他に誰もおらず、ピンクの従妹だけがそばに座っていた。

その驚いたポーズ、昭和くせえぞ。

 

 

 

「〇〇くん、すっごく気持ちよさそうだったよ。

 疲れ取れた??」

 

「…まあまあかな。ほかの二人は?」

 

「えっとね、日菜ちゃんはすぐどこかに行っちゃったからわからないけど、千聖ちゃんはさっきおばさんとお話ししてたよ。」

 

「母さんと…?」

 

「うん。〇〇くんがだらしないとか、偏ったものばかり食べてるとか報告してた。」

 

「げぇ…。」

 

「…後が怖いね。」

 

「なんなんだあいつ…。それで、彩はずっとここに居たのか?」

 

「うん、まあね。」

 

「退屈だったろ。居間の方でも外でも、遊びに行けばいいのに。」

 

「ううん、〇〇くんの寝顔観察してたらあっという間だったよ。」

 

 

 

そんな小っ恥ずかしい趣味は即刻辞めろ。

なんつーもん観察してんだ。

 

 

 

「さて、…今何時だ。」

 

「18時過ぎたとこ。」

 

「じゃあそろそろ飯か。」

 

「さっきおばさんがご飯って言ってた気がする。」

 

「行くか。」

 

 

 

晩飯は経験上ほぼ無いと言っても過言ではないくらいの量の寿司だった。

何人前用意したんだか知らないが、日菜がたくさん食うってことはわかった。…掃除機みたいだったな。

 

 

 

**

 

 

 

いくら展開が無茶苦茶とはいえ流石に同じ部屋で寝るようなことはなく、二日目の朝は無事に迎えられる。

今日も特に予定こそないが、適当にダラダラと過ごすつもりだ。たまに実家に帰省すると大体そんな感じだよな。

 

 

 

「だめよ。」

 

「…なにが。つか、何時から居たんだ。」

 

「つい今しがた来たところよ。

 それよりも、折角普段は居ないところに来たって言うのに、時間を無駄に潰すつもりなの?」

 

「そうは言ってねえだろ。」

 

「はぁ。口に出さなくても何となく察しがつきます。〇〇さん、分かりやすいから。」

 

「だからって人の頭を読むんじゃないよ。」

 

 

 

そんなところまで天才感出さんでよろし。

 

 

 

「で?…どこに行きたいんだ?」

 

「別に。ただ…誰かの田舎、地元って滅多に来ることもないし、その人ならではのエピソードとかもあるわけじゃない?

 今回は〇〇さんだからちょっとどうでもいいけど、それを聞きながら散歩っていうのも有意義かと思って。」

 

「失礼な事言われた気ぃするけど。」

 

「気のせいよ。」

 

「まぁいいか。要は徘徊に付き合えって事?それともデートのお誘い?」

 

「あなたとデートするくらいなら割り箸と結婚するほうが幾分かマシよね。」

 

「おい。」

 

「早く。日が暮れるじゃない。」

 

「…ほかの二人は?」

 

「さあ?呼んだら来るんじゃない?」

 

「そか。…どこにいるんだあいつら。」

 

「別に、誘わなくてもいいじゃない。」

 

「お前ホント何しに来たの。」

 

 

 

彩の為だの何だの言っていたのは何だったのか。

…あ、俺を遠ざけられるなら何でもいいのか。

 

 

 

「まあいいや。準備して行くから、下で待っててくれ。」

 

 

 

**

 

 

 

「…外出る時に限ってクソ暑いなおい。」

 

「いいじゃない。季節だもの。」

 

「そういうもんかね。」

 

 

 

道路が歪んで見える程の熱気が支配する、自然多めの田舎道を並んで歩く。

隣を見れば、真っ白なワンピースを身に纏い、俺の部屋から強奪したベースボールキャップを深めに被った千聖。

見た目だけなら完璧なんだよな。流石芸能人。

 

 

 

「知り合いに会ったら羨ましがられそうね。」

 

「そういうコト自分で言えちゃうハートってどうやって育てるの。」

 

「彩ちゃんに感謝なさいよ。」

 

「話を聞く耳は育ってないようだな。」

 

「私たち、恋人に見えたりするのかしら。」

 

「一人で喋ってる変人には見えると思うぞ。」

 

「あなたが?」

 

「お前だ!」

 

 

 

あぁ、アイドルと歩けるなんて少しでも浮かれていた俺が馬鹿だった…。

家でダラダラする方がよっぽどよかった。

見ろよこの顔。やってやったぜみたいに笑ってるけど…そんないたずらっ子だったか君。

 

 

 

「いじめ過ぎた?」

 

「あぁ、もう帰りたくなったぞ。」

 

「…悪かったわよ。ホントは、ちょっと二人で居たかっただけ。」

 

「はぁ?」

 

「そんな嫌そうな顔しないで…。」

 

 

 

言いながら腕を絡めてくる。

いや普通に暑いしやめて。

 

 

 

「…私にくっつかれるの…いや?」

 

「うん、暑いし。」

 

「…………。もうちょっと喜ぶとかないの?」

 

「何に対して?」

 

「…ばか。」

 

 

 

何が何やら。

スキンシップ取ってやったんだぞ喜べよとかそういう?

 

 

 

「…可愛くねえなぁ…。」

 

「なに?」

 

「なんでも…お、コンビニでも寄っていかね?暑くってよ。」

 

「久々にアイスとか食べたいわね。」

 

 

 

冷房の利いた店内へ。

果たして逃げたのは熱さからか、それとも千聖の捕縛からか。

 

 

 

「みんな美味しそうね。」

 

「奢らんぞ。」

 

「まだ何も言ってないでしょう。」

 

「そうか。」

 

「…お財布を忘れたわ。」

 

「……チッ。…好きなの選べ。」

 

「あら?優しいのね。」

 

 

 

それ見たことか!!

 

 

 

**

 

 

 

結局暑さに負けた俺たちは只々アイスを貪って引き返してきたのだった。

 

帰ってくるなり母親とその他二名に捕まり晩飯の買い出しに連行されたのはまた別のお話。

因みに晩飯は鍋だった。クソ暑いってのに!!

 

 

 

**

 

 

 

ほぼ徹夜明けの最終日。つまりは今日だな。

正午前くらいに体を揺すられ、うたた寝していたのだと気づく。目の前には彩の緩んだ顔。

 

 

 

「その趣味悪い観察癖をなんとかしないとな。」

 

「酷い言われよう…。」

 

 

 

今日は自宅へ帰る前に日菜を送り届けてやる必要もある為、少し早めの出発をと計画していたのだが。

如何せん寝不足の頭では重い腰を上げるだけの命令が下せない。

…いや、重い原因は太腿にかかる重みにもあるか。丁度人の半身ほどの…。

 

 

 

「彩。」

 

「なに??」

 

「俺が動き出せないだろうが。」

 

「じゃあもうちょっと寝るっていうのは如何でしょう。」

 

「起こしといて何を抜かすかこの小娘が。」

 

「しーらなーい。」

 

 

 

まぁもう少しごろごろするのもいいか。

思い返してみれば、昨日は丸一日千聖と過ごしていたし、あまり彩と一緒に過ごす時間は取れていなかった気がする。

一緒にいるときは大体俺が寝ているし…。あ、出発前から一番そわついてたのは彩だったっけ。

 

 

 

「じゃあもう少しだけ寝てから帰るか。」

 

 

 

いつの間にか寝息を立てている従妹の髪を手櫛で梳いてやる。

気持ちがいいのかくすぐったいのか、眉根に皺を寄せて身を捩る。それが面白くて何度も繰り返していると。

 

 

 

「あれぇ、静かだと思ったらこんなとこでいちゃついちゃってたのかぁ。」

 

 

 

大天使日菜たんだ。

俺が座っているソファの後ろから肩ごしに覗き込むように近づいてくる。

 

 

 

「…日菜、今寝付いたところだから、静かに(しー)な?」

 

「わかったよ。…しーっ。えへへへ。」

 

 

 

よしよし、物わかりのいい日菜たんは本当に素敵だ。

頭をぐりぐりしてやろう。…目を細めて笑う様子も猫みたいで可愛い。結婚しよう。

 

 

 

「それにしても、すごいぐっすりだね…。」

 

「まぁ、疲れてたんだろ。…この状況、逆だったらきっと幸せなんだろうけど…。」

 

「膝枕されたいの?甘えんぼさん?」

 

「そうかも。」

 

「えっへへ~。今度してあげよっか??」

 

「おぉ、…ファン冥利に尽きるってやつだな。

 是非お願いし」

 

「ふーん??相手がアイドルでも相変わらず節操がないのね。」

 

「随分な言い様だなちーちゃん。」

 

「ふん。…まだ帰らないのかって、お母様が言ってたわよ。」

 

「帰ってほしいってことか。」

 

「何でも渡したいものがあるとかないとか。」

 

「ふーん??」

 

「もう少し休んでから帰るの?」

 

「うんまあ、彩がこれだし。」

 

「彩ちゃん、ほんとすやすやだよね~。

 見てみて千聖ちゃん!鼻ちょうちん、本物初めて見たよー!」

 

「きったねぇ。」

 

「ちーちゃん、素が出てるよ。」

 

 

 

結局彩が起きるまでみんなで休むことになり――

 

 

 

――結局実家を出発できたのは夜22時頃。

みんな揃って爆睡していたらしく、最初に目覚めたのは彩だった。

 

 

 

**

 

 

 

「とまあそんなこんなで、日菜には手を出してないので安心してください。

 …ええと」

 

「紗夜です。お話だけで信じろと言われましても…。」

 

「あぁ、それでしたら。

 …この写真、その時に実の母親が撮ったものなんですけどね。」

 

 

 

帰ってくる最中、母親からメールに添付されてきたであろうその写真を見せると。

 

 

 

「ふふっ。微笑ましい光景ですね。」

 

「でしょう。」

 

「まぁ、お母様が撮られたというのだから、信用できるものなのでしょうね。」

 

 

 

写真には。

一つのソファに座り目を閉じる俺と、そこに膝枕の要領で横たわる彩。

後ろから俺の首に腕を回し涎を垂らしつつ眠る日菜と、俺の肩に寄りかかるようにして寝息を立てる千聖の姿。

…ハーレムにも見えなくはないが、紗夜さん曰く「幼い子供たちの安息の時間」のようだと。

たしかに、まさに安らぎといった印象を受ける写真だった。

 

 

 

「もしよかったら、これからも仲良くしてあげてください。」

 

「ええ、よろこんで。

 …あ、そうだ。紗夜さんもよければ、今度ゆっくりお食事でもどうです?」

 

「ふふ、考えておきましょう。

 これ、連絡先なので。」

 

 

 

やったぜ。

 

 

 

 




帰省分総振り返り。
しっかり話がつながるのは珍しいかもしれませんね。




<今回の設定更新>

○○:モテ期。

彩:素直に可愛い。

千聖:演技力と知略の化物。
   アイスはクリーム系が好き。

日菜:どこかに出かけて行っている間は、行く先々でもれなく人だかりを作ったらしい。
   後日Twitt○rのタイムラインで知った。

紗夜:美人。日菜が大好きなおねーちゃん。


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2019/07/27 アルコール→アンコール

 

自慢じゃないが、自分は割と酒に強いほうだと思っている。

量はそこそこ飲めるし、特に飲めないほど苦手な酒もない。

ちびちび飲むタイプでもないし、周りの雰囲気を壊さない程度には飲めるって感じだ。

 

…が、今日は如何せん飲みすぎた。

 

 

 

「…ただいま。」

 

「おかえ…うわっ、すっごい顔色…!

 ○○くん、○○くん!だいじょうぶ?具合悪い??お水飲む???」

 

「彩…ちょっと黙っててくれ…。

 今お前の声、頭に響くわ…。」

 

 

 

深夜、日付が変わった頃だろうか。

フラフラになりながらも漸くたどり着いた我が家で出迎えてくれた従妹。

その声質もあり、今尚鐘を鳴らし続けている頭にダメージを伴う呪詛(おかえり)をくれたため思わず拒絶。…少々きつい言い方になってしまった。

…傷ついただろうか、いや、酔っていることを言い訳に押しきれるか。

酔いもあって柄にもなく不安になり彩の顔を見ると

 

 

 

「あ…ご、ごめん……なさい…。

 今、千聖ちゃん呼んでくるね…。」

 

「あ…」

 

 

 

想像以上に落ち込んでいたようだ。

確かに、声なんて自分で選べるものでもないし、いきなり「黙れ」なんて言われたら誰でもああなるか…。

居た堪れなくなったかのようにリビングへ引き返していく従妹を追おうとし――たところで再度頭痛の波が高まる。

 

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 

ここまでおよそ一時間弱の道を歩いて帰ってきたことも相まってか、気づかないうちに足腰が限界を迎えていたようだ。

燗の一気なんてやるんじゃなかった…。そう下らない後悔をしながらも膝は折れ、感覚の鈍った頬はフローリングの冷たさを伝えていた。

 

 

 

**

 

 

 

いってぇ。

頭がいってぇ。

 

 

 

「…なさい。」

 

「あ"ぁ?」

 

「…てなさいってば。」

 

 

 

なんだよ。

誰かが俺の頭を押さえてる。

お陰で起き上がれねえし、頭痛は止まねえし。

 

 

 

「暴れんなっての、この馬鹿。」

 

「るっせぇな!…あれ。」

 

「……今は正気?」

 

「…千聖。」

 

「えぇ、私がわかる?」

 

「………下から見上げるのは初めてだな。」

 

「ふふっ、そう。私も人を見下すのがこんなに愉快なことだとは知らなかったわ。」

 

「趣味悪ぃな。」

 

 

 

状況から察するに、帰ってきてなんやかんやあった後に千聖に介抱されてるって感じか。

そんで後頭部のこの感触は…ははっ、どうだ世の中の男子諸君。羨ましいか?白鷺千聖の膝枕だぞ。

 

 

 

「…起きられそう?」

 

「あぁ…まだ、頭は響いてるがな…。」

 

「ゆっくり起きて……ふぅ、人の部位で頭部が一番重いってのは本当みたいね。」

 

「すまんな。…生足だったのか。」

 

「起きていきなりそれ?マジキショいんだけど。」

 

「お前最近ちょいちょい素出すよな。」

 

 

 

起き上がり振り返ると千聖の整った細い腿に赤みが差している。

一時的とは言え、重さに耐えていたことは一目瞭然だ。

 

 

 

「はいお水。」

 

「さんきゅ。…………ふぅ。」

 

「ん、さっきよりは顔色も落ち着いたわね。

 お店とか帰り道で吐いたりしなかった?」

 

「それは大丈夫だ。未だかつて酒関係で吐いたことはない。」

 

 

 

それも自慢の一つである。

 

 

 

「そ。迷惑かけてないならいいんだけど。

 …それより、帰ってきたときのこと覚えてる?」

 

「帰ってきたときのこと?」

 

「具体的に言うと、フローリングにキスする直前のことね。」

 

 

 

帰ってきてから……なんだろう。

正直家の扉を開けた感覚さえあやふやなんだよな…。

 

 

 

「……はぁ。あなた、そういうところは本当残念よね。」

 

「なんかやらかしたのか?俺。」

 

「…この部屋に居候してるのって、私だけだった?」

 

「はぁ?彩も居るだろ。

 ……あれ、彩は?もう寝たのか?」

 

「はぁぁぁぁ……。部屋、行ってあげなさい。」

 

「??あぁ。」

 

 

 

何だよ。介抱してくれたのはそりゃありがたいけどよ、そんな不機嫌になることねえじゃねえか。

そんなに重かったかよ……。

と心の中で愚痴りつつ、いや、少しは声にも出ていたかもしれない。

ともかく、彩が使っている部屋へ入る。

 

 

 

「彩?寝てんのか?」

 

「ッ!!」

 

 

 

電気もついていない暗い部屋でビクッと何かが動いた。

 

 

 

「…何やってんだ電気もつけないで…。」

 

「…○○くん?」

 

「そうだよ、それ以外の誰かに見えるか?」

 

「…暗いからわかんないもん。」

 

「電気付けるぞ?」

 

「…やだもん。」

 

 

 

意味がわからん。

俺も見えないし、きっと彩からも何も見えちゃいないだろう。

いやそもそも、布団かなんか被ってる?声も籠っているし人影も見えない。

 

 

 

「…わかった。そっちにいくのはいいか?」

 

「…うん。」

 

 

 

恐らくベッドと思われる場所が盛り上がっている。

暗いので手探りだが、近づき隣に腰掛ける。

うん、膝も腰も復活したようだ。

 

 

 

「…彩?」

 

「…………。」

 

 

 

被っていた布団をそっと脱ぎ捨てる。

長い時間被っていたであろう事を物語るボサボサの髪と泣き腫らしたその顔を見て…

…紛れもなく俺自身がぶつけた理不尽な怒りを思い出した。

 

 

 

「あ……彩、その……。」

 

「具合、もうよくなったの?」

 

「え?あ、あぁ……おかげさまで、な。」

 

「そっか……さすが千聖ちゃんだね。

 …私じゃやっぱり、何もできない、から…。」

 

「いや、そんなことは…。じゃなくて。

 …彩、さっきはその、ごめんな。」

 

「…ううん、もういいの。

 確かに、私の声って千聖ちゃんと違ってちょっと変な声だから、聞き苦しいよね。」

 

「そうじゃなくて…そうじゃ、なくて…。」

 

 

 

そういうことが聞きたいんじゃない。そういうことが言いたいわけでもない。

まだほろ酔いが抜けきれてない頭と凹みからの復帰が遅い彩。

この場の悪は確実に俺だというのに伝えたい言葉が出てこない。というか会話のテンポに頭がついていけない。

だからチャンポンはやめとけとあれほど…

 

 

 

「うぅ……ごめっ、ぐすっ…。ひっく…ひっく……。」

 

「あ、あ彩?」

 

 

 

思えば部屋に入った当初から何だかスンスン聞こえていたが。

今も目の前の従妹が涙と嗚咽を零し続けているのは間違いなく俺の責任だろう。

社会に出たあとも人と交流を持たず自分の好きなことだけしてきた自分を呪う。

何かうまいフォローを…ええと…ええと…

 

 

 

「えいっ。」

 

「ぃたっ!?」

 

 

 

この状況を打破すべく、彩を悲しませないようにすべく俺の低スペックコンピュータが弾き出した答えは…まさかのチョップ。

突然の衝撃に涙目のまま固まる彩。それと俺。

 

 

 

「……ぁ、ごめ、なんか、なんとかしなきゃと思ったら体が勝手に…。」

 

「…なにそれ。」

 

「ご、ごめん。痛かったか…?」

 

「はぁ……あのね、そういう時は、いきなりでもいいからぎゅってしたりとか、なでなでしたりするもんなんだよ。」

 

「…まじか。女の子ってみんなそう?」

 

「し、しらないっ。…私は、そうしてくれたら嬉しいってだけ…だもん。」

 

 

 

なんだそりゃ、全然使えない情報だな…。

しかしいいことを聞いた。

 

 

 

「で、でも別に、それをされたから悲しくなくなるってわけじゃ…ひゃぁっ!?」

 

 

 

アドバイス通り、横並びの状態から体を捻って抱きしめてみた。

髪に籠る熱気が寧ろ心地いい。

 

 

 

「…あぁ、確かにこりゃいいや。」

 

「え、えと!?○○、くん!?」

 

「…ごめんな。」

 

「っ…。」

 

「俺は彩の声、変だとか全然思ってないよ。さっきはちょっと、具合が悪かったのと、言葉のコントロール?が聞かなくて強く言っちゃったんだ。

 …ほんとごめん。」

 

「…うん。」

 

「しかもそれをさっきまで忘れてるって…最低だよなぁ。

 彩の顔見て、泣いてるその目を見て思い出したんだ。」

 

「…すごく酔っ払ってたから、仕方ないよ…。」

 

「それでも、ごめんはごめんだ。…あと、お前の、彩の声、寧ろ大好きだから。」

 

「え!?」

 

「最初にお前がうちに来た時も言ったろ…ファンだって。」

 

「…ぁ。」

 

「歌ってる姿も、仕事で頑張ってる姿も、可愛らしい見た目も、全部もちろん好きだけど。

 …その声。癖になるような彩しか持っていないその声が好きだ。」

 

「ちょ…うん。」

 

「その声が毎日聴けてるんだから、俺は日本一、いや世界一幸せな男だと思う。

 だからもっと…」

 

「ちょ、ちょと…すとっぷ!」

 

「…なんだよ。」

 

「…○○くんっ、い、色々見失ってないっ!?」

 

「……俺何が言いたかったんだっけ。」

 

「もう、ごめんねっていうのは伝わったから、ね?

 あ、あとあと、ぎゅーの力がすごく強くて苦しい…。」

 

「おぉ、それはすまん。」

 

 

 

指摘されるまで気付かなかったが、自分もほんのり汗をかくくらいには熱くなっていたらしい。

腕も若干乳酸が溜まっている気がするし、ここら辺で離しとこう。

 

 

 

「えっと…つまり、なんだ。

 もう、俺のせいで彩が泣いちゃわないように気をつける。…今日は本当ごめん。」

 

「…う、うん。もう、わかったからいいよ…。えへへ…。」

 

「あぁ…。」

 

「わ!私!お風呂入ってこよっかなぁ!!」

 

「…?あ、あぁ。まだ入ってなかったのか。」

 

「う、うん、じゃあね!」

 

 

 

脈絡もへったくれもない流れだがバスタオルを引っ掴んだ彩はぱたぱたと駆けていってしまった。

取り敢えず乱れた布団を直して、電気を消して俺も部屋を後にする。

と、そこで千聖にぶつかりそうになる。

 

 

 

「…っと。」

 

「……ちゃんと謝った?」

 

「おう、まぁ言いたいことは言った。」

 

「…彩ちゃんは?」

 

「わからんが、急に風呂に行ったぞ。」

 

「はぁ…。」

 

「こんな遅くまで風呂も入らないで何やってたんだあいつは。」

 

「…あんたを待ってたんでしょーが。」

 

「え?あ…あぁ。」

 

「ったく…。どこまで馬鹿なのあんた。」

 

「うぅ……。」

 

 

 

いかん、これはまたよくわからんところで地雷を踏み抜いてるパターンだ。

最近は千聖が素かどうかでなんとなく分かるようになってきた。

 

かくなる上は…!

 

 

 

「えいっ」

 

「きゃっ」

 

 

 

どうだ。これで俺も学習ができることを証明できるだろう。

ただの馬鹿じゃない俺が繰り出す秘技、彩から教えてもらいたての…

 

 

 

「なっわっ…えと、ちょっと…へっ?なに、これ」

 

「千聖。ありがとう。

 お前が居なかったら彩と仲直りできなかったよ。本当にありがとう…!」

 

「べ、別に、それくらい、彩ちゃんの為だからいいんだけど…

 これ、放しなさいよ…。」

 

 

 

よし、伝えたいことはちゃんと伝わる。

凄いな彩のこの技。

改めて威力を実感しながら抱擁を解く。

 

 

 

「なによ、いきなり抱きしめるなんて…。」

 

「彩から教わった。女の子はこうして欲しいもんなんだろ?ぐぅっ…!?」

 

 

 

一瞬何が起きたのか把握できなかったが、どうやら鳩尾にキレのいいやつを一発もらったらしい。

おぉ、千聖、いいフォームじゃんか…。

 

 

 

「それは彩ちゃんにだけしてあげなさいっ…!馬鹿!!」

 

 

 

二度、俺が意識を手放すのにそう時間はいらなかった。

 

 

 

 




二日酔いにならなくてよかった…。




<今回の設定更新>

○○:馬鹿に磨きをかける毎日。
   気遣いも知識もアルコールもザル。

彩:髪ボサボサでも可愛いからええやん?
  人生初の異性とのハグだったらしい。

千聖:最近よっぽどヒロインしてる気がする。
   どんどん素が出てきます。


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2019/08/10 ハグと疲労とシュークリーム

 

 

 

「ただいまー。」

 

 

 

今日は本当疲れた…。

自分の仕事も忙しいってのに、お盆時期で忙しいということもあって他部署の雑用まで回されたのだ。

くそぅ…お陰で持ちタスクは片付かないし普段使わない筋肉を使ったせいで全身バキバキだし…。

 

 

タタタタタタッ

 

 

「…ん。」

 

「おかえりぃぃいいいい!!!!」

 

 

 

ドンッ。

足元に鞄を置こうとしていたせいで視線は床へ。そこに不意打ちでの悪質なタックルだった。

大声に耳をやられたのもあり、そのまま玄関で尻餅をつく。

 

 

 

「…日菜、また来てたのか。」

 

「うん!!今日はオフだったから!!」

 

「…離しては、くれないのね。」

 

「うん!!」

 

 

 

タックルの勢いのまま胸元にしがみついて顔面を擦りつけているのは大天使日菜ちゃん。

出迎えてくれるのは嬉しいけど、押し倒した挙句この状況は色々まずいからやめようね?

 

 

 

「るんっ!…るんっ!!」

 

 

 

ゴォォォォォォォオオオオオオ

待て待て待て。ちょっと頬擦りくらいなら犬や猫みたいで可愛いなとか思うけど、それはもう…

 

 

 

「…それはもう擦りつけているっていうか顔面スクラッチだろ。

 効果音もおかしいし。」

 

「るんっ!!!!……る……あっつ!?

 ○○くん!!顔から火が出ちゃうよ!!」

 

「それはまた意味が変わってくるだろ…。まぁいいから、一旦離れよう?」

 

「………やだ!」

 

「いやほら、俺とりあえずスーツから着替えて寛ぎたいしさ?ずっとここでくっついてる訳にもいかないだろ?

 …何なら、俺まだ玄関から一歩も入れてないわけよ。実質帰宅前だからねこれ。」

 

「えぇー。」

 

「アナタナニヲシテイルノ…」

 

「ヒェッ」

 

 

 

ほらみろ。

「ただいま」から不自然に時間が空いたから鬼が見に来ちゃったじゃんか。

 

 

 

「ダレガ鬼ヨ…」

 

「読むな。」

 

「あっはははは!!千聖ちゃんこわーい。」

 

「笑い事じゃないからね、日菜。後で地獄を見るのは俺だからね。」

 

「んー……じゃあ、一回ぎゅっ!てしてくれたら離れたげる!」

 

 

 

それは何とも魅力的な…いや、有難い提案だこと。

千聖魔人の方に視線をやると、「ハ ヤ ク ス マ セ ロ …」と目で言われた。

やること自体は問題ないのか。…いや、選択肢がないからか。

日菜の面倒くささは知ってるだろうし…。

 

 

 

「はぁ…わかったよ。一回な。」

 

「るんっ♪」

 

 

 

それは鳴き声か何かなのか…。

押し倒され上半身を起こしたまま天使を抱きしめる。…めっちゃ腹筋ぷるぷるしてるこれ。

 

 

 

「はいもう終わり!!終わりー!!」

 

「うぉっ」

 

「わっ」

 

 

 

あら。鬼とは別に彩が出てきたか。

強引に割って入るように俺から日菜ちゃんを引き剥がすふわふわピンク担当。なんだいちょっといい匂いに安らいでいたのに。

 

 

 

「いつまでくっついてるの二人とも!○○くんは早く入って着替えちゃいなさい!」

 

「お、おう。」

 

「ちぇー。るんっ♪てしないなぁ…。」

 

 

 

すごすごと丸めた背中でリビングへ向かう日菜の後を追うように、手荷物を持ち俺の手を引く彩が歩く。

鬼はいつのまにか普段の表情に戻っていた。

 

 

 

**

 

 

 

「ふぃー。やっと落ち着けたぜぇ。」

 

 

 

リビングのソファにどかっと腰を下ろす。右手にはエナジードリンク。

夏場はこれがあるかないかでだいぶ変わるからな。神の飲料だわ。

服装も堅苦しいスーツ(仕事着)は脱ぎ捨て、パジャマ姿に変身済みだ。

 

 

 

「…で。日菜は?」

 

「もう帰りました。…あなたね、どうしてそう日菜ちゃんばっかり気にするのよ。」

 

「え、可愛いから?」

 

 

 

そうか…帰ったのか…。また来てくれる事を願おう。

 

 

 

「もうちょっと自分の従妹も気にかけてあげなさいよ。」

 

「えー?だって別に毎日会ってるし、帰ってきたらそこに居るだろ?」

 

「はぁ…。贅沢者はこれだから…。

 いい?あなたは今国民的アイドルとひとつ屋根の下暮らしてるのよ?」

 

「自分で言っちゃう?」

 

「今は彩ちゃんの話!」

 

「はい。」

 

「ちょ、ちょっと二人とも喧嘩しないで…。

 私はその、大丈夫だから…。えへへ。」

 

 

 

別に喧嘩してるつもりはないんだけどな…。鬼が噛み付いてくるだけだよ。

 

 

 

「ごめんごめん、俺が悪かったよ。…そんな離れたとこ居ないで、隣座んな。」

 

「!…うんっ。」

 

 

 

向かいに仁王立ちしている千聖の陰に隠れていたが、俺の呼びかけに小走りで対応してくれた。

確かにこれはこれで可愛いもんだ。

 

 

 

「よーしよしよし。」

 

 

 

いっぱい撫でてやろう。

 

 

 

「わぷっ…あ、あのね○○くん。」

 

「んー?」

 

「さっきの、日菜ちゃんとのやりとりを見て閃いたんだけど。」

 

「日菜との…?」

 

「うん。…日菜ちゃんはああやってくっついたり甘えたり出来る子でしょ?

 なんかずるいなーって思って。」

 

「ずるい?」

 

「だからね。この家の新しいルールを提案したいと思うんですっ。」

 

 

 

撫で続けていた手を払い除け徐に立ち上がる彩。

危ねぇな。神の飲料が零れるだろ。

 

 

 

「生活の中の挨拶をハグにしましょう!!」

 

「な……!?」

 

「うっ…!?」

 

 

 

それは…日本でやるととてつもない違和感が…。

因みに、「うっ」の方は千聖だ。てめぇそんな吐きそうな顔すんなよ。彩が悲しむだろ。

 

 

 

「…だめぇ?」

 

「いや、俺はいいけど…。ほら、アレがさ。」

 

「千聖ちゃんは…嫌、だよね。」

 

「…まぁ。」

 

「じゃあ、○○くんと私だけのルールってことで…いい?」

 

「いいよ。」

 

「やった!じゃあただいまとおかえりのぎゅー!」

 

 

 

両手を広げた彩が飛び込んでくる。何とか受け止め支えたが、お前はもうちょっと体勢の配慮が必要だな。

立った姿勢から座ってる人にダイブしちゃアカンで。首と腰が大ダメージや。

 

 

 

「えっへへー。…ハグ、しちゃったぁ。」

 

 

 

まぁ、彩が嬉しそうだからいいか。

かくして、俺の家に新たなルールが…うっ!?

 

 

 

「…………!!!!」

 

 

 

は、般若…。

なんだよ、そんなに混ざりたいかよ。素直に言えよじゃあ。

とりあえず空気を何とかしないと…あ、あれで注意を逸らそう。

 

 

 

「よ、ようし彩。挨拶も済んだし、一旦離れよう。」

 

「うんっ。」

 

「実は今日、色々あってお礼の品をもらってな。

 …二人ともシュークリームは好きか?」

 

「う?…すき!」

 

「まぁ……。」

 

 

 

よしよし、いい感じだ。

 

 

 

「有名店のらしいんだけど、丁度3つ入ってるんだ。

 …一個ずつ食べよ?」

 

「わぁい!!私、お皿とフォークとってくる!!」

 

「………こんな夜に甘いものだなんて…。」

 

「要らないなら俺が食うが?」

 

「食べるわよ!」

 

「持ってきたよ~♪」

 

 

 

それぞれ取り分け、ある者は食べ始めの位置を探し、ある者は必死にインスタ映えを目指し、またある者は匂いを嗅ぐ。

暫し三者三様の時を過ごした後。

 

 

 

「さて、それじゃあ食うか。」

 

「待って○○くん。食べる前は"いただきます"だよ?」

 

「ええそうね。挨拶はマナーよね。」

 

 

 

あっ

 

 

 

「…挨拶?…○○くん!!」

 

「げっ」

 

「いただきますのぎゅぅぅうう!!!」

 

 

 

あぁぁあああああ!!

折角逸らせたと思ったのに!!!

 

 

 

「アナタハマッタクコリナイノネ…」

 

「お前のせいだアホー!!」

 

 

 

 




日菜ちゃんはスパイス。




<今回の設定更新>

○○:甘いものは嫌いじゃない。
   甘い香りは好き。

彩:デレ期。
  ハグ魔。

千聖:顔芸を会得した!
   目力が凄い。

日菜:悪質タックル疑惑。


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2019/08/22 生放送で急展開

 

 

「なーんで君と二人かね。」

 

「…黙りなさい。私だって不本意なんだから。」

 

「…あれれ?二人にはあたしたちが見えてないのかにゃ?」

 

「日菜さんは○○さんに抱かれてるだけいいですよ…ジブンはなぜこんな姿勢に…。」

 

「麻弥ちゃんだっていいじゃんさぁ。…千聖ちゃんの膝枕なんて、滅多に体験できないよ??」

 

 

 

静かなリビングに流れるバラエティ番組の賑やかな声。

二人…いや四人で見ているテレビでは、様々な業界の著名人や各界の有名人が集まり、ゲームにトークにと内容の詰まった生放送番組が映されていた。

それを死んだ目でぼーっと見つめる俺と千聖。それぞれに抱き枕やペットのように扱われる日菜ちゃんと麻弥ちゃん。

今日は彩とイヴちゃんにだけオファーが来たようで、呼ばれなかった組がうちに集まってその番組を鑑賞してる、というわけだが…。

 

 

 

「…にしてもさー??あたしはわかるとして、千聖ちゃんが呼ばれないなんてねー。」

 

 

ピクッ

 

 

「…ほんとです。ジブンみたいな人間なら兎も角、あの千聖さんが…」

 

「ねー?…どーしてだと思う?○○くん。」

 

「…んー。さあなあ…。人当たりキツイからじゃね?

 …日菜ちゃんもふもふー。」

 

 

ピクッ

 

 

「んっ。…んぁっ。……だ、ダメだよ○○くん…そんなとこ嗅いじゃあ…あっ。」

 

 

 

ソファに座った俺の膝の上にちょこんと座る日菜からの問い。正直そこはどうでもいいので、癖のあるその髪の中に潜り込む作業に入る。

こうしてると、甘い綿あめにでも包まれた気分になる。…これで彩の居ない寂しさも少しは紛れ…ないか。

 

 

 

「うわぁ……いいんですか千聖さん。あのソファだけだいぶエロティックな雰囲気になってますけどぉ…?」

 

「アノヤロウ……アトデニギリツブシテヤル…」

 

「……今日もキレッキレっすねぇ。」

 

 

 

あーあ。俺今日ワンチャン○○子ちゃんになっちゃうよ。

麻弥ちゃん、恐らく今日はペット役に徹するしかないぞ。日菜は膝枕って言うけど、実質膝の上で撫でられる猫状態だもんな。

 

 

 

"丸山さん、いつものアレやってくださいよぉ"

 

"は、はいぃ!えっと…"

 

アハハー、キンチョーシテルゥー、カワイー

 

"ま、まん丸お山に彩りを!"

"Pastel*Palettesのふわふわピンク担当、まりゅっ…あうぅ"

 

カンデルゥ、カワイー

 

"やっぱり持ってますね~!どうです??若宮さぁん"

 

"これが彩さんの、ブシドーでぇす!"

 

アッハハハハハハハハハッハ

 

 

 

「……チッ。」

 

「お、おいおいちーちゃん…それはいけねえって。」

 

「あぁ?」

 

 

 

怖っ。

 

 

 

「………日菜ぁ。」

 

「えっ?えっ??…もー、○○くん子供みたいー。」

 

「鬼が虐めるんよぉ。」

 

「よしよし…ぎゅってする??」

 

「……するー。」

 

 

 

嗚呼、コレがバブみ。

だめぇ、幼児退行しちゃうぅ。

 

 

 

「…いいっすねぇ。」

 

「アノヤロウマジクサリキッテンナクビリコロシタロカアァ?」

 

ミシリ…

 

「ひいっ!?ち、千聖さん!?痛い!痛いですって!!」

 

 

 

何やら外野が騒がしいがほっとこう。なんて素敵な香り。鬼の眼光もその呪詛も、ついでに言うと哀れな回文少女の頭蓋骨が拉げる音もあまり気にならない。

さすが大天使…これはもう"沼"だ。

 

 

 

「日菜ぁ?」

 

「ん~?なぁに??」

 

「うちにね、最近新しいルールができたんだよ。」

 

「るーる?…千聖ちゃんに逆らったら私刑とか?」

 

 

 

おいおいリンチかよ怖ぇな。…てかソレはずっとそうだわ。

 

 

 

「いやー?…彩が考案したんだけど、家の中で挨拶をするときは、必ずハグをするって…。」

 

「へ~、そうなんだ!!いいねぇ。」

 

「…うわぁ!流石にどうなんですかねぇ。」

 

「でしょ?麻弥ちゃん、もっと言ってやって!!」

 

「…うぇ!?…え、えーっと、流石に引いちゃうっていうか…。ないわぁって感じっす。」

 

「○○くん、好き放題言われちゃってるね。」

 

「…うーん、俺の案じゃないんだけどなぁ。」

 

 

 

もうすっかりカオスだ。現状、誰もテレビなんか見ちゃいない。

今番組内では、視聴者の応援メッセージを読んで号泣している彩を、司会者と何やらお調子者っぽい男が必死に讃えているところだった。

なんだあいつムカつく顔してんな…うちの彩に…!!

 

 

 

「ねーねー、○○くんと彩ちゃんって付き合ってるの??」

 

「…へ?」

 

「だってさ、さっきのルールもそうだし、普段の様子見ていてもそうだけど。

 …すっっっっっごいイチャイチャするよね。」

 

「…いやしてねえよ。親戚なんてあんなもんだろ。」

 

「うわぁ…。」

 

 

 

おいそこの猫担当。聞こえてるぞ。思いっきり引くの禁止だ。

 

 

 

「ね?麻弥ちゃん、どう思う?…こういう(ヒト)なのよ。」

 

「うーん…。もう色々とアレですね。手遅れって感じっす。」

 

「けっ、言ってろ…。

 別にイチャイチャしてねえし、従妹にそんな感情持たんよ…。」

 

「ジブン、○○さん苦手です。」

 

「…………日菜ぁ。」

 

 

 

やばいなぁ。なんだかよくわからないが、国民的アイドルグループ全員から嫌われる日もそう遠くはなさそうだぞ。

大和麻耶。君にはもう極力近づかないし話しかけないようにするね。

 

 

 

「あのね、○○くん。」

 

「…?」

 

「○○くんが彩ちゃんと付き合ってても別にいーと思うんだ。」

 

「いやだから付き合ってないってば…。」

 

「寧ろ付き合ってあげなさいよ…。」

 

「いや彩の気持ちとかもあるだろ?な?ちーちゃんは猫撫でて黙ってて?」

 

 

 

今大天使が喋ってるでしょうが。

彩だって別に俺のこと異性として好きなわけじゃねえだろうよ。

 

 

 

「…コロス。」

 

「うぎゃぁ!!ほんと○○さん嫌い!!」

 

 

 

そのうち骨格化け物みたいになっちゃうんじゃないか、麻弥ちゃん。

…心の中でだけ、合掌を捧げよう。

 

 

 

「あのね、○○くん。…○○くんが彩ちゃんと付き合ってたとしても、ね?

 …あたし、二番目とか三番目でもいーよ??」

 

「は?」

 

「えっ」

 

「…ん!?」

 

「彼女さんが居ても別に気にしないからさー。

 ○○くんが辛い時に、いつでも甘えさせてあげるから、あたしは何番目でもいいよって話~。」

 

 

 

全く以て言ってる意味がわからない。

…おかあさんになってくれるってこと??

 

 

 

「…そうでした…日菜さんはこういうヒトでした…。」

 

「ええ。屑も見捨てない、流石は"一見天使だけど蓋を開けてみると手に負えない怪物"と称される日菜ちゃんなだけあるわね。

 …非常にタチが悪い。」

 

「えーっと……メチャクチャ言われてるけどいいの?日菜。」

 

「いーのいーの!あれは千聖ちゃんの愛情表現なんだから~。」

 

「あんな愛情毎日ぶつけられたら死んじゃうよ…。」

 

 

 

日菜の俺を抱きしめる腕に力がこもる。…あぁ、どことは言わないけど体温と柔らかさが心地いいよぉ…。

 

 

 

「…彩ちゃんと千聖ちゃんがここに住むのって、期間限定なんだよね?」

 

「…うぇ?まぁ。」

 

「そうね、アパートの改築が終わるまでだから…。」

 

「じゃあ、もうすぐってことだよね??」

 

「あぁ。」

 

「…ふっふっふ。きちゃった!日菜ちゃん、るんって来ちゃった♪」

 

 

 

やめて!あんまり押し付けないで!!

こんな女の子だらけの部屋、立ち上がれなくなっちゃう!!

 

 

 

「…すっごく嫌な予感するっすけど…千聖さん?」

 

「はぁぁぁぁぁ…予想ができるようになったってことは、多少なりとも日菜ちゃんに周波数が合うようになったってことなのかしら。

 …嫌な成長ね。」

 

「…真面目な話、彩さんが不憫でならないです…。」

 

 

 

「二人がいなくなったら、日菜ちゃんが住んじゃおっかなぁ。」

 

「やっぱり…。」

 

「ちっ…千聖さん…ッ!首が、…締まってるっす…」

 

「いや、日菜がうちに居る理由はないんじゃ…。」

 

「だってー…あたしは○○くんと一緒に居られてるんっ♪て感じだしー。

 ○○くんも毎日あたしに甘えられて、はっぴー&らっきーって感じでしょ??」

 

 

 

……たしかに。

お互いの欲求は満たされるわけだし、win-winってわけか。

 

 

 

「普通は拒否一択だと思うけど、あの男だしね…。」

 

「ち、千聖さん?…千聖さんっ、ち、力が……うぎゃぁあ!!」

 

「………。」

 

 

 

「…日菜たんと同居かぁ…いいかもなぁ。」

 

 

 

**

 

 

 

その日、リビングに血の雨が降った。

天使は帰り、骨格がおかしくなった少女は病院へ。

ふわふわピンクが疲れきった様子で見たリビングは―――地獄だった。

 

 

 

「……ただいまぁ…あれ?千聖ちゃん?○○くんは?」

 

「おかえりなさいっ…。え、ええと…」

 

 

 

まぁ、追い出した、とは言えないだろうね。

 

 

 

 




日菜ちゃんすき。




<今回の設定更新>

○○:ボコボコにされて追い出された後、彷徨っているところをイヴに拾われ、
   数日を若宮'sルームで過ごした。
   って裏話はどうでしょう。

彩:天然っぽさとふわふわ感が世間にバカ受け。
  特にバラエティ番組では引っ張りだこに。
  最近主人公とあまりハグできなくて寂しい。
  今回の騒動については聞かされてすらいない。

千聖:段々輩みたいになってきてほんとすいません。
   握力は左が68kg、右は89kg。

日菜:大天使。今回はずっと主人公の膝の上で主人公と向き合うように座っていた。
   凄く甘えさせてくれる。
   …大体マジだぞ☆

麻弥:いろんな骨の可動域が増えた。
   うぎゃぁあ!


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2019/09/04 我が家の居心地(終)

 

 

 

「じゃあありがとう、イヴ。…この御礼は、今度必ずするから。」

 

「…寂しく、なりますね。」

 

「なぁに、うちは知っているだろう?…いつでも遊びに来たらいいさ。」

 

「〇〇さん…。出来ることなら、行かないで…。」

 

「……すまないな。助けてもらった手前、こんなこと言うのもどうかとは思うが…。

 男には行かなきゃいけない時がある。…それが男の、いや、"漢"の武士道なんだ。」

 

「!!これが…ブシドー……。」

 

「…さらばだ。」

 

「あぁっ!〇〇さぁん!!」

 

 

 

早朝。高級マンションのとある一室の玄関先で茶番を繰り広げる俺とイヴ。

千聖にボコられ、鍵を奪われた状態で追い出されてから数日、拾って面倒を見てくれた若宮家を、ついに去る時が来たのだ。

まぁ要するに、千聖()から「彩が寂しがっているからいい加減帰って来い」と、文字通りの鬼電を受けたわけなんだが。

…若宮家での生活は、まさに夢の様だった。…あまりにも幸せだったので、ここでいくつか回想を入れておこう。

 

 

 

**

 

 

 

「〇〇さぁん。まだ体は痛みますか??」

 

「うーん…少し良くはなっているんだけど、肩回りとか腰回りとか、関節系がきついかも…。」

 

「ナルホドですねっ!…それじゃあ、御着替えは私がやりますっ!」

 

「えっいや、ちょっ……いやんっ///」

 

「遠慮はいらないです!怪我をされたんですから、今は私に全て委ねてくださいっ!!」

 

「イ、イヴ…」

 

 

 

**

 

 

 

「ご飯ができましたよぉ!」

 

「あぁ、いつもすまないねぇ…。」

 

「おとっつぁん!それは言わない約束でしょ??です!」

 

「…おぉ、君イメージに反してガッツリ和食なんだねぇ!…いや、ある意味イメージ通りか。」

 

「〇〇さん、まだ利き手は動かしにくいですか??お箸持てますか??」

 

「まぁ、流石に飯くらい自分で…いや、これはまだ厳しいかもしれない…うん、きっとそうだ!」

 

「ナルホドですねっ!…それじゃあ、全部私に任せてください!!」

 

「イヴ…。」

 

「あっ」

 

「??」

 

「私としたことが、腕がまだ動かし辛いのにお味噌汁を作ってしまいました…。

 …あっ!じゃあ、お椀も私が支えますから、〇〇さんはゆっくり飲んでいってください!!」

 

「えっ、あっ、そんな抱き抱え……んっ///」

 

「こうしていると、おっぱいをあげるママさんみたいでぇす!」

 

ママ(イヴ)…!」

 

 

 

**

 

 

 

「もぉ~、まだ寝てるんですかぁ??早く起きないとチコクですよぉ??」

 

「うーん…もうちょっとぉ…。」

 

「うふふっ、しょうがないですねぇ〇〇さんは…。じゃあ、起きたくなるまで隣に居ますね。」

 

「…イヴ、仕事とか、学校は?」

 

「今日はお仕事はオフで、学校も創立記念日でぇす!!」

 

「……有給つかお。」

 

「あっ、それじゃあ私が替わりにお電話します!!」

 

「…まじ?」

 

「はいっ!今はお世話させて貰ってる身ですからっ!」

 

天使(イヴ)…。」

 

 

 

**

 

 

 

う~ん、甘やかされていた記憶しか思い出せないなぁ。…ワンチャンここに居続けるのも…いやいや、流石にそこまで迷惑を掛けるわけにはいかんよなぁ。

千聖も何やら話があるっぽかったし。

ということで先程の茶番である。…内心かなり楽しい。

とはいえいつまでもまごまごやっている訳にもいかないので愛しのイヴを振り切って帰る。…はぁ、我が家に向かう、というのがこんなにも重苦しい気分になるものだなんて。

 

 

 

「ただーいま。」

 

 

ガタンッ

トットットットットット…

 

 

「おぉ、あy…おわっ!?」

 

 

 

家に入るなり桃色の物体に飛び掛かられる。

 

 

 

「ぅぅぅぅ……〇〇くん、〇〇くぅんっ……」

 

「…ただいま、彩。…何で泣いてんの?」

 

 

 

胸元に顔を埋めえぐえぐ言っている従妹。…余りの急展開ぶりに、全く頭がついて行かない。

 

 

 

「だっで、だっでぇ…〇〇ぐんがばばべばぼ、ぁぇぁぁぉ…」

 

 

 

訊いてみても埒が明かない。このまま抱きしめていても何も進展しそうもない上に俺のシャツも水没の危険性が出てくる。

一先ず無理に引き剥がさずに、あやす様に背中をトントン叩きながら髪を梳くように撫でる。参ったな、大泣きだ。

このままじゃ冗談抜きで水没(オッツダルヴァ)っちまうよ。

 

 

 

「…………彩、寂しかったか?」

 

「……っ!…っ!」

 

 

 

相変わらず日本語は喋っていないようだが、何度も頷くところを見るとよっぽどなんだろう。…ただの従妹にここまで依存されるのもどうかとは思うが、好かれてる分には悪い気はしない。

 

 

 

「…はぁ、無事に帰ってこれたんだ?」

 

「発端はお前だかんな。」

 

「あなたが女性にだらしなさすぎるのが悪いんでしょう…。」

 

「…そうでもないと思うけど。」

 

 

 

久々に見た千聖と相変わらずの軽口を叩き合う。こいつ、反省していないな?

そうし始めると同時に、少し落ち着きを取り戻した彩が顔を上げる。

 

 

 

「〇〇くん…。」

 

「なんだ?……おいおいひっどい顔だな。…アイドルの汚れっぷりじゃねえぞ。」

 

「………おかえりっ。」

 

 

 

再び顔面を押し付けてくる。…先程とは違い、泣く素振りではなく匂いを嗅いでいるようだ。

 

 

 

「…あれっ。この服、イヴちゃんの…?」

 

「えぇっ!?」

 

「……あぁ、着の身着のままだったからさ。借りたんだ。」

 

 

 

妙に胸元が緩いと思ったら、やっぱり女物の大きいサイズだったかぁ…。

それはそうと、千聖が妙にキレかけているのは何なんだ?俺なにかした?

 

 

 

「相ッ変わらずデリカシーのない…!!」

 

「えぇ……お前が追い出すからだろ。」

 

「うっさいわね!…全く、もうすぐ出ていく相手を、もうちょっと気遣ってあげるとかないわけ?」

 

「…は?」

 

 

 

今なんつった?…もうすぐ、出ていく…?

 

 

 

「ぁ……う、うん。…もうすぐ、改築が終わるからって…。」

 

「………彩。」

 

「だから、もうすぐお別れになっちゃうんだから、それまでの間くらい優しくしてあげたら?って。」

 

「彩……。」

 

「○○くん……。」

 

 

 

嫌だ。…折角この騒がしさにも居心地の良さを感じるようになってきたのに。折角、彩ともこんなに仲良くなれたのに。

千聖とも…こいつはまあいいや。兎に角、何我が儘言ってんだと笑われるかもしれないけど、俺はもっと、もっと長いあいだ彩と過ごしたかった。

 

 

 

「…ダメだ。」

 

「…え?」

 

「……出て行くなんて、ダメだよ。」

 

「ちょっと…何馬鹿なこと言ってんの?…元々居た家に戻るだけよ。当たり前のことじゃない。」

 

「…うっせぇ千聖。俺は、…俺はまだ彩と離れたくないんだよ。お前にこの気持ちはわからねえだろうがな。」

 

「そりゃわからないわよ、あなた頭おかしいんじゃな」

 

「…決めた。」

 

 

 

唐突に不機嫌になった俺とそれに呼応するように牙を剥く千聖。一触即発の雰囲気が生まれたとき、間で中間管理職よろしく板挟みになっていたふわふわピンクは声を上げる。

 

 

 

「「…あ?」」

 

「私…私ね、ずっとここにいるよ!○○くんっ!!」

 

「な、何言ってんの彩ちゃんっ!?…こんな男と、ずっと一緒に居て良いわけないでしょう!!」

 

 

 

何気に失礼なことを言われているがそんなことよりも目の前の従妹だ。発する言葉一つ一つが、全部俺を惑わせてくる子だよ。

 

 

 

「いいのっ!…私、○○くんと、もっといちゃ…仲良くなりたいのっ!」

 

「彩ちゃん……。」

 

「……だってさ。…どうよ、千聖?」

 

 

 

これはもう確定だな。彩は俺のもんだ。

 

 

 

「……わかったわよ。…で、でも、二人きりで放っておくことなんかできないからっ!」

 

「…だから?」

 

「わ、私もっ…」

 

 

 

バタァン!

ダッダッダッダッダッダッダッ……

バァンッ!

 

 

 

「あたしも!あたしも一緒に住むよぉっ!!」

 

日菜たん(大天使様)っ!!」

 

「日菜ちゃんっ!?」

 

 

 

おいおいおい、こんなに幸せなことがあっていいのか??というか、全員本気なのか…??

彩と目が合う。続けて日菜も…。あぁ、この輝き、本物だ。

 

 

 

「ようしっ!!そうと決まれば!!

 …俺と彩と日菜…、新たな三人暮らしの始まりだぁっ!!!」

 

「「ぅわぁあああい!!!」」

 

「……も、もうしらないっ!!みんなのバカぁっ!!」

 

 

 

その後、改めて真面目なトーンで話し合ったが二人ともマジで住む気らしい。…後ろの金髪ツンデレさんは、どうするかわからない、ということだが…。

まぁ住むだろ。ハブられるの嫌いな寂しがり屋さんだし。

とはいえ、同居するにあたって色々な方面とのやり取りが必要なわけで。

 

 

 

「あっ、そのへんはだいじょーぶ!大天使日菜ちゃんだよぉ??全部根回し完了ってわけ♪

 るんっ♪るんっ♪」

 

 

 

わかったわかった…。お前のスゴさはわかったから、頭をぐりぐり押し付けてくるな…。

…ということで、三人暮らしから四人暮らしになる訳だし、それぞれの部屋も必要だろうしで…四人最初の共同作業は部屋探しと引越しになりそうだ。

 

 

 

**

 

 

 

「ちょっ!?…私はまだ住むって言ってないんだけど!!」

 

「はいはい……でもどうせ一緒がいいんだろ?

 あぁもちろん、俺とってことじゃなくて、彩や日菜が心配だからって意味な?」

 

「う"……そ、そうよ、悪い?」

 

「じゃあ、結果四人暮らしじゃん?」

 

「……そう、なるわね…。」

 

「んじゃ、これからも宜しくなっ?」

 

「………ほんっとばか。」

 

 

 

 

 

おわり




改築が終わったので終わりです。
…第二部があるとしたら、もう少し賑やかにお届けできるかな、と。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:存外に強靭な肉体の持ち主かも知れない。
   この流れだけで女を囲う感じ…。これが主人公…?
   思いつきで引越しを決められるくらいには貯蓄がある。

彩:作者のお気に入り。
  永遠に弄り倒していたい。
  ここぞというときの恐ろしいまでの行動力を発揮した結果、終了の流れを第二部に繋いだ。
  とにかく可愛い。

千聖:ナンナノホントコノヒトタチハ…ワタシガソバデミハッテナイト、ナニヲシデカスカワカッタモンジャナイワ…
   素直になれない子を書こうと思ったら変な子になっちゃったんです。
   ふんっ、とそっぽを向くときの広がる綺麗な髪が素敵。

日菜:待っていました乱入者。
   第二部、参戦決定。

イヴ:主人公に強烈なバブみを与えた張本人。
   こんな子に死ぬまで甘やかされたいもんです。
   今後絡みはあるのか…?


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【白金燐子Ⅰ】Platinum dayS【完結】
2019/07/22 俺「同僚と深夜に行動するって実質夜勤だよね?」


 

某カラオケ店にて。

通された昭和テイストなその個室は、小上がり・板張り・掘り炬燵と寛ぐにはもってこいの部屋だった。が。

 

 

 

「どうして俺はヒトカラなんか…。」

 

 

 

実際、ここに来るまでは一人ではなかったのだが…。

事は二時間ほど前に遡る。

 

 

 

**

 

 

 

「晩飯どうすっかなぁ…。米だけ炊いたはいいけど作るのも怠いし買いに行くのも…うーむ。」

 

 

 

今日も今日とて定時上がり。

残業が無いのは良い事だが、その分退勤後の時間が独り身にはきついわけで。

こういう時友達の一人でも居れば違うのだろうが、生憎と地元でもないこの辺りには顔見知りすら居ない。

…と、しょーもない悩みに頭を痛めている俺のスマホが鳴った。

 

 

 

「……白金??」

 

 

 

画面には緑色のトークアプリの通知。

差出人は『りんりん☆彡』。

この痛々しいメッセージの送信者は、職場の同期であり数少ない趣味仲間である『白金燐子』という一風変わった女性だ。

勤務中はほぼ喋らないが、プライベートの時間で俺のスマホを鳴らすのは大体こいつかゲーム友達の『レックスさん』くらいだな。

 

 

 

「……はぁ。また随分と唐突だな。」

 

 

 

届いたメッセージは

 

「今から遊びに行きませんか?」

 

 

 

流石にこういった類のお誘いは珍しい。

お互いの共通点として、あまり外に出たがらないというものもある程、外出系の趣味はほぼ無い。

そのままメッセージを返そうとも思ったが、もはや文字入力さえ怠いので電話をかけることにした。

 

1コール…2コール…3コー『〇〇くん?』

 

 

 

「おぉ、流石電話だと反応良いな。」

 

「遊び……いかない?」

 

「それな。場所によるかなぁ…。」

 

「えっと…ね。……カラオケに…いきたくて。」

 

「カラオケぇ??何でまた、急だな。」

 

「ちょっと…ね。お友達と……歌の話に、なって…。」

 

 

 

あぁ、この人こういう喋り方なんだ。

テンポは悪いが嫌いじゃない。許してやってほしい。

 

 

 

「ほーん…?友達ってぇと、アコち?」

 

「う、うん……今度、一緒に行きませんかって……誘われちゃって。」

 

「なるほど、練習がてらって感じか。」

 

「あこちゃん、張り切っちゃってて……頑張らないとって…思ったの。」

 

「行ってらっしゃい。」

 

「…ひどい。一緒に、いかない?」

 

「えー、外出るのめんどいもんよぉ。」

 

「私、迎えに……いくから、ね?」

 

「白金、最初から連行する気満々だったな?」

 

「えへへ、どうでしょう……?」

 

 

 

…あっ、切りやがった。

どうやら俺の意思など関係なしにカラオケ行きが決定してしまったようなので、諦めて身だしなみを整える作業に移る。

これが面倒で外出たくないんだよな。

 

これまでも何度か車で迎えに来たことはある。

白金曰く、車で7~8分といった距離だそうだ。うかうかしていると、魔のチャイムが鳴らされてしまうからな。急がねば。

 

 

 

予想通り8分後、間延びするようなチャイムが鳴った。

インターホンも付いているが相手も分かっているので使う必要はないだろう。

必要な持ち物を揃えた鞄を肩に下げ、玄関を開けると

 

 

 

「えへへ……来ちゃった。」

 

「それはアポなしで来る奴が言うセリフだぞ。」

 

 

 

職場のスーツ姿とはまた違って清楚な少女といったイメージの服装に身を包んだ白金が立っていた。

白のブラウスに深緑のロングスカート。大きく突き出た胸を強調するかのように、対照的に細い腰には締め付けるようなデザインの編み込みが。

うん、グッジョブ。

 

 

 

「さっそく……いこ?」

 

「おう、今日も運転任せたぜ。」

 

 

 

俺は生粋のペーパードライバー。もちろん車も持っていないので、こういうところは助かる。

まぁ運転したいとも思わないし、車が無くて不自由もないんだけどな。歩くの好きだし。

 

無言の車内で揺られること5分ほど。目的のカラオケ店に着く。

と、ここで知らされる新事実。

 

 

 

「受付終わったら……お部屋の番号、おしえてね…?」

 

「は?…一緒じゃないの?」

 

「えっ?……一人ずつ、でしょ?」

 

「……じゃあ何で一緒に来たの?」

 

「…入りづらい、から…。」

 

 

 

どうやら二人でそれぞれヒトカラになる流れらしい。一体何の意味が…。

それ以上は訊いても教えてくれなかったし、受付も済ましてしまったのでもう今更だが。大方恥ずかしいとかそんな感じだろう。白金だし。

久々のカラオケに少々緊張するが、これはこれで良い機会。何か有事に備えて練習と洒落込もう。

 

 

 

**

 

 

 

回想はこれでおしまい。

時間が勿体ないからフードメニューなんか頼んじゃったぜ。

目の前には大盛の味噌ラーメンと鶏の唐揚げ。冗談のようなカロリー重視料理だが、実はこのセット習慣付いてしまっているものなのだ。

その昔、学生時代にまで遡るが、当時バリバリのインターネットカラオケマン(笑)を気取っていた俺は油分を摂取することで声量が跳ね上がるという用途不明な能力を持っていた。

これにより、カラオケで歌う前には必ず油分多めな食事を摂取するという短命まっしぐらな習慣が生まれたのであった。

 

 

 

「流石に大人になると色々考えちまうよなあ…健康診断も近いし…。」

 

 

 

侮れない美味しさに舌鼓を打っていると、白金からメッセージが来た。

どうやら隣の部屋だったらしい。

こちらの部屋番号も返信し、唐揚げを頬張っていると

 

 

 

ガチョ

 

「ん。」

 

「お邪魔…します。」

 

 

 

白金が来た。

 

 

 

「どうした?なんか用か?」

 

「…またそんなに体に悪い物食べて…。健康診断、引っかかっても…しりませんよ。」

 

「いいんだよ。これが俺流なんだ。」

 

「……一つ、ちょうだい。」

 

 

 

言うや否や山の上から一匹、唐揚げを攫う。

響きの良い音を鳴らし味と熱を楽しんでいる白金は、見ていてムラつくほど素敵な笑顔だ。

 

 

 

「職場でもそれくらい笑えばいいのに。」

 

「…え?……それは、ない…かな…。」

 

「なんでさ。モテるぞきっと。」

 

「……〇〇くん、話しかけて…くれないし。」

 

「課が違うんだから仕方ねーだろ。見えるところには居るだろうが。」

 

「デスクまで、来て…いいんだよ?」

 

「用事がねえよ。」

 

「もう………さびしいなぁ。」

 

 

 

どうやら職場で表情が死んでいるのは俺のせいらしかった。

いや、それこそ学生でもあるまいし、休み時間のたびに人の机なんか行ってられるか。周りの目もあるし。

 

 

 

「歌……歌わないの?」

 

「あぇ?…まだ食ってるしなぁ…。」

 

「…じゃぁ…食べ終わるまで、待ってる…ね?」

 

「部屋戻らねえの?」

 

「……寂しいんだもん。」

 

「何故二人部屋にしなかった。」

 

「………恥ずかしい、から…。」

 

「はぁ…。」

 

「…だめ、だった?」

 

「いや、そんなこたあねえさ。

 ……よし、じゃあ飯の途中だが歌ってやろう。」

 

「わぁ…!!」

 

「耳かっぽじってよく聞くがいい。」

 

 

 

その後4時間、喉が消し飛ぶんじゃないかってくらい歌った。

いや、実際消し飛んだ。延長確認の電話なんて2、3回訊き返されたし。

 

 

 

「また…来たいです。……今度は同じ部屋で、ね?」

 

 

 

 




職場にもっと楽しみを。




<今回の設定>

○○:ちょっとお堅い仕事をやっております。
   燐子とはいつからの関係か覚えてない程自然に仲良くなった。
   オンラインゲーマー。

燐子:職場でハブられてる。
   表情が死んでいる。
   多分ちょろい。


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2019/08/03 燐子「………あ、蛍の光。」

 

 

「うーん…これは今日も長引きそうだぞ…。」

 

 

 

人気の無くなった職場。とうの昔に過ぎ去った定時。

思わず零した言葉も事務所の無機質な壁と天井に反射し、哀しい音となった。

 

 

 

「なーんてポエマーみたいな表現しちゃって…。

 …一服するか。」

 

 

 

誰に言うでもない独り言と共に、すっかり固まった腰を上げる。

あいつには止められるだろうが、やっぱ数時間に2本は吸わんと死んでしまう。

そのままの足で喫煙所を目指し歩く。

 

俺の配置されている席がまた困ったことに喫煙所から絶妙に遠く、ライトスモーカーなら諦めてしまうであろう入り組んだ道を通らなければいけない場所にある。

この道設計したやつ絶対頭おかしいだろ。出てこい、副流煙で真っ黒にしてやるから。

ほれみろ、移動所要時間7分て。ほんと絶妙だな。それに人気がない廊下にひたすら自分の足音だけが響くって中々おっかない状況も勘弁だ。

 

 

 

「さぁて、減ったライフをニコチンで補うとしますかねぇ……あ。」

 

 

 

少し立て付けの悪いドアを開けいつもの席、奥から二番目のベンチに腰掛けたところで目の前の人影に気づく。

 

 

 

「……来ると、思ってました。」

 

「なんで居るんだ…。吸わないだろ、白金。」

 

「たばこの煙って……なんだか、落ち着くんです。……わかりません?」

 

「喫煙者に訊いても同意は得られんぞそれ…。」

 

 

 

うっすら煙の立ち込める中で、それこそ紫煙のようにひっそり潜む白金燐子。

煙もあってマジで気付かなかったぞ。幽霊かお前は。

 

 

 

「みんなとっくに帰ったぞ?何やってんだこんなところで。」

 

「実は…ディナーに誘われ、まして……。」

 

 

 

一本咥え、マッチを擦る。

 

 

 

「おっ、他の女子社員か?」

 

「……いえ、あのお局さん、です…。」

 

 

 

一息吸い込み嚥下。余韻に浸った後に、ゆっ…くりと吐き出す。

深い溜息にも似たそれは長く、薄い。

肺胞が歓ぶのを感じながら、脳裏には一人の()()()()()()が浮かぶ。

 

 

 

「………まーたあの厄介なババァか。」

 

「もぅ……そんな汚い言葉を使っちゃ、いけません……。」

 

 

 

燃える領土が広がる様も、それに伴って聞こえるジリジリという小さな音も俺は大好きだ。

すぐに二口目に入ってしまう。

 

 

 

「はいはい…。で?」

 

「あのお方は……煙草の匂いが嫌いですから…。」

 

「…あぁ、賢く逃げてきたって訳だ。」

 

「…はい。」

 

「もう安心していい。あれも含め、俺以外の社員は全員帰ったよ。

 後は俺と、警備の人くらいだ。」

 

「〇〇くんは…まだ…?」

 

「そうだなぁ……スゥーッ………ふぅぅぅぅぅぅぅ。

 もうちょい、かな。」

 

 

 

最後の一吸い。

いつの間にやらフィルターのすぐ近くまでを灰にしてしまっていたようだ。

備え付けの灰皿にぐりぐりと押し付け、その命の灯を消す。

…うーん、もう一本、かな?

 

 

 

「そう、ですか……。」

 

「……白金、まだ帰らんの?」

 

「特に用事も…ないので……。」

 

「アレもイベント終わっちまったしな…。」

 

「えぇ。……暫くはログインゲーです…。」

 

 

 

白金の何を考えているかわからない、それでも真っ直ぐと見つめてくる深い海のような瞳を眺めながらもう一本(次の回復薬)に火を灯す。

どうでもいいかもしれないが、このマッチを擦るという動作。これも実は拘りがあって、必ず手首をスナップする様に反して擦るんだ。この方が何か格好つくやん?伝わらないか。

 

 

 

「スゥーッ………ふひゅぅぅぅううううう。

 そんな見つめんなよ。照れるだろ。」

 

「ふふっ………実は照屋さん、とか…?」

 

「あぁ…シャイボウイだからな。」

 

「…シャイボーイなのに、…男女問わず、人付き合いがお上手なんですね…。」

 

 

 

あれ、ちょっとムッとしてる?

視線は相変わらず真っ直ぐ射抜いてくるし、眉も特に寄せられてはいない。…あっ。

 

 

 

「…白金って、そんな顔もするのか。」

 

「…どんな顔ですか。」

 

「驚いたな。…気づいてないのか?……頬、膨れてるぞ。」

 

「えっ…??」

 

 

 

あ、崩れた。

あわあわする動きもゆっくりなんだな。まぁ、それも白金らしくて面白ぇや。

 

 

 

「ははははは!!なんだ白金、結構表情出すじゃんか!!

 …怒ったのか?んー?」

 

「も、もう…知りませんっ…」

 

「はははは!やっぱ白金は飽きないなぁ!

 …さて、と。」

 

 

 

右手の煙草、その命が尽きようとしている事には何となく気付いていたが。

今度は少し早めに、まだ一吸いはできるであろう所で揉み消す。

少々勿体ないが、良い物を見せてもらったので気分はハッピーだ。

 

 

 

「もうちょっとだけやってくけど、よかったら待っててくれないか?」

 

「……どれくらい?」

 

「そうだなぁ…。30分はかからんと思うよ。

 終わったら飯か飲みか行こうぜ?」

 

「………20分で片づけましょう。…手伝い、ますので。」

 

「おっけーおっけー。

 なーんか怒らせちゃったみたいだし、今日は俺の奢りにしてやろう。」

 

「……別に、怒ってない…ですし……。」

 

 

 

再び入り組んだ道を通って仕事場へ。

さっきと違うのは、肺から全身へ活力が行き渡りやる気が回復している事。

それと、廊下に響く足音が二つになっているってことだ。

…今日の晩飯が楽しみだな。

 

 

 

「…で?何で人付き合いが得意だと嫌なんだ?」

 

「………しりませんっ。」

 

 

 




喫煙所ってどうも苦手なんですよね。(非喫煙者)




<今回の設定更新>

〇〇:喫煙者。本当は葉巻が吸いたい。
   残業にもすっかり慣れてしまうようなポジション。
   人付き合いが美味いというより、素で誰とでも仲良くなれる系男子。
   決して仕事ができるわけではない。

燐子:非喫煙者。副流煙大好き。
   人の話を聞くときは相手の目をガン見する。
   人付き合いの意味が分からない。
   黙々と集中してこなすせいか、仕事は出来るし早い。頭も回る。


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2019/08/19 俺「上司の介入……震えるぅ。」

 

 

「…はい、……はい?…あー。

 ………そこを何とか……はい。……あっ、なるほどですね…。」

 

 

「……………。」

ジィー

 

 

「あはい、存じ上げております。……いえいえそんな!

 ………それでは一度検討させて頂きまして……はぁ。」

 

 

「……………。」

ジィィー

 

 

「かしこまりました…はい、では、………。

 …ええ、そのように。……失礼しますー。……ふぃー。」

 

 

「……………。」

ジィィィー

 

 

 

いつものように取引先と週明けの連絡を取っている。

ただ、電話中ずっと感じていたが、全然いつも通りじゃない視線が突き刺さってくるのを感じる。

………。

 

 

 

「…んー?」

 

 

 

その熱視線の送り主に目を向けると、視線が重なるや否や全力で逸らされてしまった。

その「ずっと一生懸命仕事してます」みたいなすまし顔をやめろ。

 

 

 

「…………。」

 

 

 

仕返しに、今度はこっちからメンチを切ってやる。

目ぇ逸らしたら負けなんじゃい。と言わんばかりに真っ直ぐ、堂々と見てやる。

…あ、今目だけ動かして一瞬こっちを見たな。すぐ正面に戻してたけど。

タイピング中の手が止まり、黒目が落ち着きなく動き回る。

やがて顔がみるみる赤く茹で上がっていき……。

 

 

 

バタァーン ガッシャァアン

「キャーシロカネサァン!?」

 

 

 

ぶっ倒れた。

…凄いな。どうやら俺は、「目力だけで遠くの人間の意識を奪う」力を手に入れたらしい。

今度部長でやってみよう。

 

 

 

「おい、…おいって。」

 

「?…あぁ?んだよ山外(やまと)。」

 

「お前、仕事中に女の方ばっか見やがって…。

 弛んでんじゃないのか?」

 

「そういうんじゃねえよ。…見ろあれ、俺の超能力ってやつさ。」

 

「お前、人生楽しそうでいいな。〇〇。」

 

 

 

同期の山外だ。日頃口を開けば女の事ばかり言うようなやつで、コイツに何度合コンのセッティングを頼まれたかもう覚えていないほどだ。

…その癖、いざ女性を前にするとアガッて何も喋れなくなるんだよなぁ。

現に今も、倒れた白金と群がっている女子社員の方ばかり気にしている。

 

 

 

「なぁ君ら、何をそんなに見てんの?」

 

「決まってんだろ、女の子見てんだよ。」

 

「決まってねえわ、お前と一緒にすんな山外。」

 

「ははっ、クロは相変わらずだな。」

 

 

 

「クロ」というのは山外の愛称だ。考えてみたら名前も分からないし、何でそんな愛称を授かったのか謎だが、割とこう呼ぶ人間は多い。

 

 

 

「〇〇、助けに行ってやれよ。可哀想だろ?」

 

「うっせえ、アレをやったのは俺だ。」

 

「…何言ってんだお前?」

 

「超能力だと。目力で女の子を骨抜きにする力らしい。」

 

「嫌な言い方すんなよ。」

 

「つよいきみはえすぱーだ…。」

 

 

 

山外に続いて絡んできたのは酒匂(さがわ)。メガネの似合ういい男だ。

こいつのワイシャツ、いつも水色と白のストライプ柄のやつで目に付くんだよなぁ…。

 

 

 

「……あれ?あの子たち、こっち見てないか?」

 

「…俺がやったってバレたかな?」

 

「ばぁか、あるわけないだろ超能力なんて、クロのジョークだよ。」

 

「あ?ちげぇよ酒匂。言い出したのは〇〇だよ。」

 

「…………。」

 

 

 

そんな目で俺を見るな。

それはそうと、人だかりの中から一人の女性社員がこちらにやってくる。能力云々は置いとくとして、注意か説教かは覚悟した方がいいだろうな。

 

 

 

「〇〇さん…?少し、いいかしら?」

 

「あはい、ええと…。」

 

「あぁ、部署が違うと顔を合わす機会もないものね。

 …私は湊。一応白金さんと同じ部署でチーフをやってるわ。」

 

「湊…チーフ。はい、覚えました。宜しくお願い致します。」

 

 

 

湊チーフ、湊チーフ…。

なんというかこの人、纏ってるオーラは半端ないのに見た目お人形さんみたいで可愛らしい人だな。

 

 

 

「えぇ…。じゃなくて、あなたにお話があります。」

 

「〇〇、お前何したんだよ。」

 

「いや何も…。」

 

 

 

心当たりはない。が、状況からして白金関連かな?

山外が肘で突いてくる。

 

 

 

「デートのお誘いだぞきっと!」

 

「死ね。」

 

「…ここじゃアレだし、少し〇〇さんを借りていくわね。」

 

「「どーぞどーぞ!」」

 

 

 

**

 

 

 

「な、何すかこんなところに連れ出して…まだ勤務時間ですよ。」

 

 

 

本当にデートのお誘いか?そう思ってしまうような、例の入り組んだ通路の途中。

勤務時間中ということもあって人はほぼ通らない。その上薄暗い。

壁を背にするように立つ姿は、まるで追い詰められた逃亡者だ。…俺、ちょっぴりダサいね?

 

 

 

「細かいことは良いのよ。…あなた、燐子とはどういう関係?」

 

「…りんこ?とは?」

 

「は?」

 

「りんこって…あ、あぁ!白金の事ですか!」

 

「なんだと思ったの…。」

 

 

 

状況も状況だし、頭もそりゃ正常に回らんて。

 

 

 

「どういうも何も、ただの同僚ですよ。

 たまに同じ趣味で遊ぶ、みたいな。」

 

「…趣味?」

 

「ええ、二人とも、同じオンラインゲームをやってて…。」

 

「…ふーん?…それだけ?」

 

「ええ。」

 

「…………。」

 

「……………。」

 

「付き合ってるとかではないの?」

 

「俺と白金が?まっさかぁ。」

 

「……そう。」

 

「そう見えます?」

 

「…もういいわ。一応医務室に居るらしいから、行ってあげなさい。」

 

「はぁ?医務室?俺が?何故?」

 

「燐子が居るからよ。倒れたの、見てたでしょう?」

 

「あぁ…やっぱ俺のせいだってバレてんですね。」

 

「そりゃ見てたらわかるわよ。」

 

 

 

まじかぁ。俺の異能を見抜くとは、この人も何かしらヤバい人なんだろうか。

流石、こんなにちっちゃくて可愛らしいのに肩書持ってるだけあるな。

 

 

 

「いつも、ずっと見てるんだから…。」

 

「…はい?」

 

「な、何でもないわ。」

 

「え、怖。」

 

「は、早く行きなさい!」

 

 

 

背中を突き飛ばすように押される。そっちは壁なんですがね。

かくして、無事?に医務室へたどり着いた俺だったが。

 

 

 

「よう、調子どうだ白金?」

 

「……あ、〇〇さん…………。普通、です……。」

 

「普通てお前…。にしても、何で急にぶっ倒れんだよ?

 朝から具合悪かったとかか?」

 

「………いえ、そういう…わけでは…。」

 

「まあいいや、暫くゆっくり休め。湊チーフも心配してたぞ。」

 

「…何故、湊チーフの名前が……?」

 

「あぁ、さっきそこで色々訊かれてな?

 どういう関係だーとか、そういう。」

 

「………なんて、答えたんです…??」

 

「…別に?たまにゲームするくらいの同僚ですよーって。」

 

「……そう、ですよね。はぁ……何となく、予想は出来ました…。」

 

「マジかよ…っ!白金もそういうの、あるんだ?」

 

「…ありますよ………。一応、女の子ですから…。」

 

「すっげぇな…。じゃあやっぱり、湊チーフにもあったんだな。

 伊達に可愛らしいだけじゃないぜ。」

 

 

 

女の子ってのはみんな超能力持ちだったんだな。

まあ、女の直感って言葉が根拠として罷り通る程だし、ある意味納得だ。

この際、女の"子"の部分に関しては置いておこう。

 

 

 

「湊チーフ……にも、何か言われたんです……?」

 

「まあな。「ずっと見てる」とか言われたけど、あれもきっと何か意味がある言葉だとは思うんだよな。

 ひゃー↑こりゃおっかないことになりそうだ…!」

 

 

 

いかん、そういう能力にはやっぱり憧れ的なものもあるし、実際に使える人間を前にすると舞い上がっちまう。

ひゃーとか、喉裏返っちまったぜ。

それはそうと、何故白金はこんな怖い顔をしているんだろうか。

睨まれるようなこと、俺やったかな。

…あっ、もしや、俺がふざけて言っていた「目力だけで遠くの人間の意識を奪う」を既に会得していて…ッ!?

 

 

 

「湊チーフ……要注意人物……ですね。」

 

「なんでよ。」

 

「いずれ、打ち倒すべき相手になるかも……しれません……。」

 

「マジか。能力者同士の直接対決が…!?」

 

「能力……?…そうですね…私に、超能力でもあれば……」

 

「あ?ないの?」

 

「…………はい?」

 

「超能力…。」

 

「………ふふっ、…相変わらず、〇〇さんは……面白い人です……。」

 

「????」

 

 

 

意味が分からない。

さっきまで人を殺せそうな目をしていたかと思いきや、今は柔らかく微笑んでるし…。

 

 

 

「…そういう、ところも……嫌いになれない、理由です………。」

 

「いや別に嫌ってもらいたくはねえよ。折角なら好きになってくれ。」

 

 

 

人に嫌われたいとか態々思う奴居ないだろ。

 

 

 

「…………ばか。」

 

 

 

本当に、意味が分からない。

 

 

 




かわいい。




<今回の設定更新>

〇〇:超能力者に憧れがある。
   大体M〇THERのせい。
   尚、人の心はイマイチ分からない模様。

燐子:恥ずかしがり屋さん。
   そりゃ倒れますよ。
   
友希那:素敵な上司。
    スーツに"着られている感"がとてもかわいい。
    お人形さんというのは揶揄でも何でもなくそのままの意味、可愛い。
    怒った時と恥ずかしい時は早口になる。可愛い。

山外:コミュ障なむっつり系。ノリは悪くないが口は悪い。
   「クロ」という愛称は、黒禰(くろね)という彼の名前から取っている。

酒匂:水色のボーダーが好き。メガネの素敵な優男系。
   イケメンなのに不思議とモテない。


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2019/09/05 燐子「…残業届け……何日分まで出したっけ……」

 

 

 

俺は走っていた。それはもう走っていた。

己の足だけで法定速度を超越できるんじゃないかってくらい。…や、流石にそれは冗句だけども。

 

 

 

「これならなんとか…っ、間に合い…そうだ…っ!!」

 

 

 

別に俺は頑張り屋さんとかじゃない。特別早く出社したところで何もないしな。

…そう。つまりは遅刻しそうなわけだ。特に何だって訳じゃないが、社会人として遅刻はマズいだろう…。

 

 

 

**

 

 

 

「……ま、間に合った…。」

 

 

 

タイムカードを押した時間は何と八時二十九分。あと一分遅れて居たら遅刻ってところだったらしい。ナイスダッシュ、俺。

 

 

 

「おはよう。朝から頑張り屋さんね。」

 

「嫌味ですか湊チーフ…。」

 

「ふふ、思ったことを言ったまでなんだけど?」

 

「…嫌われますよ。」

 

 

 

席に着くなり湊チーフに声をかけられる。相変わらずお人形さんみたいな人だな。

…にしても、何だって違う部署の湊チーフがこんなところに?俺に用事でもあるまいに。

 

 

 

「貴方が来るのを待っていたのよ。」

 

「…俺、またなんかやらかしました?」

 

「ふふっ…そう身構えないの。別に悪い話じゃないわ。」

 

 

 

??…なんだろ。社内でこういう声のかけられ方も初めてだし、そもそも他部署に迷惑をかけるようなことは…

 

 

 

「実はね、今日面接があって…」

 

「湊……チーフ…。」

 

「あら、燐子。」

 

 

 

音もなく…そう、まるで忍びの者のようにそこに立っている白金。…お前ゲームだとウィザードじゃねえか。

 

 

 

「彼を………どうする気、ですか……。」

 

「あら?…別に、お手伝いを頼もうと思っただけよ?」

 

「…わざわざ部署も違う、○○さんに………ですか…?」

 

「確かに。」

 

「はぁ………貴方も随分好かれたものね。…どうやって誑かしたの?」

 

 

 

大袈裟に呆れる素振りを見せてから耳元で囁いてくる湊チーフ。…いや、その距離感はやらし過ぎます。

…と思ったけど、足元を見ると一生懸命背伸びしているのが見えて笑いそうになってしまった。…ぷるぷるしちゃってまぁ…。

そっ、と押し戻し、距離を置く。あのね湊チーフ、白金さんの顔がめっちゃ怖いの。

 

 

 

「…人聞きの悪いこと言わんでください。…にしてもいい香りだ。香水か何かで?」

 

「…使ってないわよ。…シャンプーかしら。」

 

「シャンプー?マ○ェリ?」

 

「何でよ。…美容室で買ってるから名前までは知らないけど…。」

 

「なるほどそりゃわからねえわ。…うぉっと。」

 

 

 

思い切り肩を押される。…急に力を掛けるから、危うく右側のデスクに倒れ込むところだったぞ。

なんだよ白金…って泣いてらっしゃるー!?

 

 

 

「………人の気も知らないで……イチャイチャ…イチャイチャ……と…」

 

「わーっ!ええと、どうした!?どこか痛いのか!?別に無視してたわけじゃないぞ!?…ただ匂いが気になってだな…ええと、その。

 …あっ!し、白金もいい匂いだよな!?…何のシャンプー使ってんだ!?」

 

「…………どうでも、いいくせに……」

 

「そ、そんなことないって!…ってかほら、いま仕事中じゃん!?まず湊チーフの話聞いてからにしようぜ?な?うんそれがいいや!」

 

「……知りません………。」

 

「白金……。どうしよう湊ちゃ…チーフ。」

 

「……取り敢えず行きましょう。応接室よ。」

 

「え?いや、ちょ」

 

 

 

無表情のチーフに腕を引っ張られる。…いやいや有り得んパワーだなおい。どこにそんな怪力が眠って…じゃない!

このままの白金を放って置けるか!俺は逃げるぞ!この腕の束縛から…っ!

 

 

 

「ちょっちょちょちょ…ちょま、ちょまままま」

 

「うっさい。ほら、自分で歩くっ。」

 

「…ご、ごめん白金!…あとでちゃんと謝るからぁ!」

 

 

 

まぁ、無理でした。ってね。

 

 

 

**

 

 

 

「…で、無理やり座らされたわけですが。」

 

「あのねぇ…。ちゃんと話を聞かない方が悪いでしょう?…自分の恋人くらい、ちゃんと躾けておきなさい。」

 

「躾って…。あのね湊ちゃん?俺と白金はそういうのじゃないって何度も…」

 

「じゃあ説明するわね。」

 

「聞けや!!」

 

「…もう時間は迫ってるの。面接希望者はもう待機してるの。わかる?」

 

「……なら最初から面接って言って連れ出せばいいじゃないすか。」

 

 

 

何でわざわざあんな面倒事を起こす必要が…。

 

 

 

「何言ってるの?あの方が面白かったでしょ?」

 

 

 

あ、この人がもうめんどくさい人や。

反論するのもバカバカしくなってきたので大人しく資料に目を通す。

 

 

 

「…ふぅん…。俺と同い年なんすね。」

 

「あら、そうなの。…じゃあ仲良く出来そうね。…あなたの部下になるわけだし。」

 

「仲良く、ねぇ…。…んん?」

 

 

 

今なんつったの君。

 

 

 

「いやあの」

 

コンコン

 

「どうぞー。」

 

「ちょっと…。」

 

「失礼しまぁす!」

 

 

 

あぁぁぁぁぁ、もう。確認したい事項なんか全部すっ飛ばして進めちゃうんだからこの人は…。

応接室のドアからは、元気な声とそう遠くないイメージの女性が入ってくるところだった。

もっとよく顔を見ようと、立ち上がりながらそちらに意識を向けようと…したところでまた近くに湊チーフの顔が。

 

 

 

「ちなみに、もう採用は決定してるから、色々質問して掴んでおきなさい。」

 

「はぁ?じゃあ何の為に面接なんか?」

 

「…上層部は全員採用で堕ちてるからね。…この面接は形式上の建前と、あなたとの顔合わせが大きいかしらね。」

 

 

 

そんなゆるい会社じゃないぞうち…。採用が決定してるって、そんな優れた人材なのか?

目の前に来て深々と頭を下げる新人さん。その旋毛を凝視して待っていると、勢いよく顔を上げる。ぴたっと合う目線で静止する笑顔。…にコンマ数秒遅れて、ゆさっと。

 

 

 

「いや胸ぇぇえ!!」

 

「ひっ!?」

 

「……はぁ、○○。それセクハラだから。」

 

 

 

いやごめん湊チーフ。…だって、リクルートスーツであれだけしっかり揺れるって何なんだよまじで。擬音も聞こえたぞ。

…あんなの、白金以来じゃないか…。

 

 

 

「いや、つい目が行っちゃって…。ご、ごめんね?ええと…」

 

 

 

名前を確認しようと手元の履歴書に目を落とす。

ええと…、あぁ難読とかじゃなくてよかった。

 

 

 

「上原さん。…どうぞ、お掛けください。」

 

「…あはは…よく言われるんで、もう慣れっこですから…。失礼します。」

 

 

 

その後()()()()面接は淡々と進み、何となくこの子の人となりがわかってきた気がする。まぁ、確かにこの快活さなら、上層部の爺さん連中は一発だろうな。

 

 

 

「…以上で面接は終了だけど、上原さんから質問はあるかしら?」

 

「…ええと、そうですねぇ…。…あっ!」

 

「ん?」

 

「○○さん?…でしたっけ。」

 

「そうですよ。」

 

 

 

俺に?やっぱり部署が同じだと訊かれることも多いよな。…事前に言ってもらえば、もっと資料とか準備できたのによ…。

 

 

 

「…○○さんって、湊さんとお付き合いしてるんですか?」

 

「……ええと、はい?」

 

「なんだか、入ってきた時もそうですけどずっと距離が近いので。」

 

「…いや、そういう…ないですよね?湊チーフ。」

 

「……さぁ?あなたへの質問だもの、あなたが答えなさい?」

 

「…えぇ…。…んん"っ、えー…社内恋愛は、その、良くないことなので…」

 

「よく言うわね。」

 

 

 

余計な茶々を入れんでくれ頼むから。あなたとの遣り取りを疑われてるんですよ?

…ほら見ろ。上原さんの目が輝いちゃってるじゃんか。

 

 

 

「まぁとにかく、私とこの人はそういう関係じゃありませんので。」

 

「あっ、そうなんですか…じゃ、じゃあ、彼女とかいますか??」

 

「いないわ。」

 

「えっ。」

 

 

 

何故食い気味であなたが答える。

 

 

 

「…だから狙うならチャンスよ?」

 

「ほ、ほんとですかっ!?」

 

 

 

またしても余計な一言を…。そして身を乗り出すな上原さん。まさか本気じゃああるまいね。

 

 

 

「…ふふっ、メモしとこーっと♪」

 

「あぁ、面接中一度も使わなかったメモ帳をここで初めて使うんかい…。」

 

「ほかに質問はあるかしら?」

 

「あ、あとは大丈夫ですっ!…採用されたら、いっぱい訊きますね。」

 

「そう。…じゃぁ、もう帰ってもらって結構よ?」

 

「はいっ!…ありがとうございましたぁ!」

 

 

 

礼儀よく深々と礼をした後、スキップでもしだしそうな陽気さで応接室を出ていく。ゆさっ、ゆさっ…。

 

 

 

「可愛い子だったわね、ひまりちゃん…って、目で追いすぎ。」

 

「だ、だってさ…。湊ちゃんも……あぁ。」

 

「何よ。死にたいの?」

 

 

 

ごめんて。

何にせよ、俺の役目は終わった。気づけば定時まであと少し。…さて、適当にサボるか。

あ、ちなみに、"ひまりちゃん"っていうのは上原さんのお名前の方だ。平仮名の名前って何だか可愛らしいよな。

 

 

 

「サボろうなんて思ってるんじゃないわよね?」

 

「…いいえ?」

 

「そうよね?…まだもう一つ仕事を頼みたいのよ。」

 

「…はぁ、なんすか?」

 

 

 

まだあんのか面倒事が。

 

 

 

「…私のデスクの引越し、手伝って?」

 

「は?…異動っすか?」

 

「そうよ?」

 

「あ、まじすか。じゃあま、適当に手伝いますね。」

 

「……だめよ?ちゃんとやらなきゃ。」

 

「………嫌です。」

 

「あなた、直属の上司の指示を聞けないって言うのね?」

 

「…………いやいやいやいや。」

 

 

 

どうやら、俺には上司と部下が同時にできるらしい。

 

 

 

**

 

 

 

「……長かった。」

 

 

 

定時を過ぎること二時間半。漸く終わったチーフの引越しに、すっかり疲労の溜まった腰を叩く。うーん、おっさん臭い動作だ。

まさかデスクごと動かす羽目になるとはね。まぁ、人が二人も増えるんだ。確かに次の新しいデスクも必要だよな。

 

 

 

「終わりましたよ……ってそうか、帰ったんだっけあの人。」

 

 

 

当の湊チーフは、予定があるらしく定時にさっさと帰ってしまった。ほんと何なんだあのチビ。…と悪態を好きなだけ吐けるのがモノローグのいいところだな。

 

 

 

「やっと………終わりましたか。」

 

「ひえっ!?」

 

「……もう、そんな……人を幽霊か何かみたいに…。」

 

「白金…。」

 

 

 

すっかり無人だと思っていたオフィスに、ただひとりずっと残っていたようだ。…何がしたいんだコイツは。

 

 

 

「ずっと…見てましたよ……。」

 

「声くらい掛けたらいいじゃんか?」

 

「……頑張っている貴方が……素敵だったので…邪魔したく、なかったんです…。」

 

「ふーん…?まぁいいや。帰ろっか?」

 

「はい……。」

 

 

 

なんだすっかり機嫌も直って…

 

 

 

「明日から、楽しみですね………。」

 

「…は?」

 

「………ハーレムじゃないですか。」

 

「…マジで言ってんのか。」

 

 

 

全然直ってなかった。

 

 

 

「……もう、…どうして貴方の周りは……そんなに女の子が集まるんです。」

 

「しらんよ。」

 

「…今度は、どんな子……?」

 

「……うーん…。なんかすげぇ……すごい子。」

 

「…チッ。」

 

「んん!?」

 

「………また体ですか………。」

 

「また!?またって何!?」

 

「私だけでは飽き足らず………第一、そこはキャラ被りじゃないですか………。」

 

 

 

何言ってんだ…別に、白金のことそんな風に見たことねえよ。

 

 

 

「別に、白金に対してそういうやらしい目で見たことはない…ぞ。多分。」

 

「ふーん………?」

 

「やや、本当だから、まじで。うん、きっと。」

 

「……へー?…………えいっ。」

 

「!?…な……な……」

 

 

 

急に抱きつくようにしがみついてくる白金。…あぁどっちも意味は一緒か。

物凄いクッション性に驚きつつも、こんなことをしてはいけないと、引き剥がす。

 

 

 

「…ば、ばばば、ばかやろう!…そういうのは好きな奴とかにやるもんだ!

 …女の子なんだから、自分の体は、大切にしなさい…!」

 

「………………興奮しました?」

 

「……バカ言わない!…飯食いに行くぞ。」

 

 

 

あーもう。…今日は本当に厄日だ。

 

 

 




おっぱいは正義。(ほんとすみません)




<今回の設定更新>

○○:性的なことにもそれなりに興味はあるが線引きはしているつもり。
   同僚をそういうふうに見たりはしないように心がけている自称紳士。
   何故か他部署の人間からの信頼が厚い。
   
燐子:今回影が薄かった反動か、散々遅くまで待った後は少し大胆に。
   ぼやぼやしてると奪われちまうぞ!

友希那:ぐいぐい来る上に職権も平気で濫用するやばいタイプの上司。
    燐子が大好き。(ここ重要)

ひまり:面接を受けに来た上原です。
    実は数日前に重役のみの面接をパスしており、今回はお遊びみたいなもの。
    絶賛彼氏募集中。
    次回、上原山はどう動くのか。


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2019/09/15 俺「休日出社?当たり前じゃないですか。」

 

 

 

「はい、じゃあこれ。」

 

「……一応訊きますがね、湊ちゃ……マネージャー。」

 

「何よ。」

 

「普通こういうのって、背が小さいほうがウケがいいんじゃないです?」

 

「つべこべうっさいわね。細かい事いつまでも穿り返してるような細かい男はモテないわよ。」

 

「や、別にモテたいわけじゃ…じゃなくて!」

 

 

 

日曜日。本来休日であるはずの今日、こうして職場でちびっ子上司にパワハラを受けているのには理由がある。

まず一つ、今日はうちの会社の敷地を使ってそこそこの規模のイベントがあること。まぁ、これは秋祭りのようなものを想像してくれるといい。

そして二つ、その中で地元のゆるキャラの着ぐるみに入る人員が不足していた為、何故か湊マネージャーが俺を推薦した事。

…一つ目はいいとして二つ目はなんだ。普通着ぐるみって小さい人が入るんと違うんか。…この湊マネージャーみたいな。

 

 

 

「あ"?失礼なこと考えてなかった?」

 

「…滅相もございません。」

 

「そう、なら早く着替えてらっしゃい。」

 

「これを、一人で着ろと?」

 

 

 

大体この手の大きな着ぐるみは二、三人の補助をつけて装着ものだ。正直、自分一人じゃどうやっても無理なところがあるからな。

 

 

 

「何言ってるの、あなたには可愛い可愛い部下が居るじゃない。」

 

「えぇ…。」

 

「はぁい!私じゃ不満です??〇〇さんっ。」

 

 

 

ゆさっ。

一体どう隠れていたというのか。ちびっ子の後ろから、ジャイアント上原丸――通称ひまりちゃんが顔を出す。顔を出すというか胸を揺らすというか。

 

 

 

「…ひまりちゃんが補助役やるの?」

 

「そうですっ!その後の付添人も私ですよっ!」

 

 

 

着ぐるみと言っても様々で、普通の人型で視認性の良いタイプから、キャラクター感が強すぎて視界がほぼ無いタイプまである。今回俺が入らなきゃいけないのが後者の方で、視界はほぼ無いと言っても過言ではない。

つまり、会場を歩き回る際に先導し安全を確保する"付添人"が必要なのだ。

 

 

 

「…多分初めてこんな大きな仕事をするので、もうわっくわくのどっきどきですよ!」

 

「のぶ代ちゃん…じゃない、ひまりちゃん…。できるの?」

 

「なっ!…〇〇さん、私の事舐めてるでしょう!!」

 

「はいはいわかったわかった…。同い年って言う割に妙に子供っぽくて元気なんだから…。」

 

 

 

苦手だわぁ…とは言わないが思っている。単純に元気過ぎて苦手なのだ。もっとこう…そう、白金みたいな、静かなタイプの方が一緒に居て楽だし俺は好きなんだよな。

 

 

 

「はいはい、脳内で惚気なくていいから、さっさと準備なさい。」

 

 

 

控室として宛がわれている応接室へ押し込まれる。そうせっつかなくても、と思ったが、確かに開始時刻はそこまで迫ってきていた。

仕方ないがこれも仕事だ。切り替えていこう。

木製の長テーブルに並べられた各パーツを一通り目視で確認。全て揃っていることを改めて確認して、一つずつ装着に入る。

 

 

 

「うわぁ…!これ、かわいいですね!!」

 

「…そうかな。ひまりちゃん、特殊なセンスしてるとか言われない?」

 

「言ーわーれーまーせーんーっ。」

 

「あそう。」

 

 

 

インナーに当たるチョッキのようなパーツを装着。ここに小型の送風機を入れるようになっていて、頭部に涼しい風を送り込める仕組みらしい。

次に首から下、大きな靴、ヘルメット型になっている大型の頭部、腕、手、と順に装着していくのだが……何せ装着段階で既に暑い。蒸し暑いというか何というか、兎に角風通しが皆無なためまるでサウナにでも入っているような錯覚を覚える。

 

 

 

「どうですかぁ?〇〇さん。」

 

「…結構息苦しいけど、これで完成、かなぁ。」

 

「ふわぁ…っ!!」

 

 

 

視界が無くても何となくわかる。可愛さのあまり見惚れているんだろう。…どうしてこうゆるキャラって得も言われぬ気色悪さを纏っているんだろう。

今日俺が入るこのキャラだってそうだ。自分がこんな見た目で生まれたのを知ったら即行舌を噛み千切るだろう。

 

 

 

「〇〇さん…。」

 

「なんだい。」

 

「抱きついても、いいですか…?」

 

「……駄目だって言ってもするんでしょ。」

 

「ご名答!とりゃー!!!」

 

 

 

この姿になって一番最初にスキンシップを取ったのは、イベントに来ていた小さな子供でもゆるキャラファンでもない、ただの巨乳の後輩だった。

 

 

 

**

 

 

 

疲れた…。

イベント会場に出るや否や、気色悪い生命体に群がる人、人、人。もみくちゃにされる中で、このキャラのどこにそんな魅力があるのか只管考えていたが、結局到底見当もつかなかった。

そのままひまりちゃんに手を引かれ歩き回り媚を売ること二時間。…用意された"ユルキャラ"とでかでか書かれたテントで一旦の休息を取っていたのだが。

 

 

 

「すごいです!感激です!」

 

 

 

この巨乳ちゃん、興奮が収まらないのか終始煩くて気が休まりやしない。飲み物を飲む隙すら与えない程の密度で話を振ってきやがる。…まぁ、地元の名産品や何かの売込みに関しては流石のコミュ力、といった感じだったが。

 

 

 

「あのさぁひまりちゃん。…んっ」

 

「もー動かないでくださいよぉ。汗が垂れちゃいますよっ?」

 

「いや自分で拭けるってば……んんぅ。」

 

「はいはい、〇〇さんは休まなきゃいけないんですから、こういうのはお任せください!なんですよぉ。」

 

 

 

あのクソ重たい上に熱の篭もる頭部を漸く外し、所謂"中の人がこんにちは"状態で休む俺の汗を、ひまりちゃんがちょこまかと動き回りながら拭き取っていく。

暑いから仕方ないんだろうが、そんな薄手のタンクトップ一枚じゃその、当たるんだが。クッションが顔に。

 

 

 

「もー。面接のときもそうですけど、〇〇さん胸ばっか気にしすぎですよぉ。

 私じゃなかったらセクハラになっちゃいますよ?」

 

 

 

めっ、と人差し指を突き付けてくるひまりちゃん。だって君、敢えて強調するような服装とか仕草ばっかりするでしょ。そりゃ気にもなるわい。

――と。再びその部位に視線が行ってしまいそうなその時、すーっと凍えるような何かを背後から感じた。…殺気?

振り返ってみると――

 

 

 

「〇〇……さん。………励ましに来てあげたのに…何ですか、部下とイチャイチャイチャイチャ………」

 

「……白…金…?」

 

「あっ!燐子さん!おはようございまーっす!」

 

 

 

―――青い炎を連想させるような、静かな怒りを纏った白金が無表情で立っていた。いや、別にイチャイチャなんてしてない…よ。

あとひまりちゃん、多分そんな呑気に挨拶してる状況じゃないわこれ。

 

 

 

「……上原さん。………おはよう、ございます………。○○さんの、お世話なら…替わりましょうか?」

 

「あっ大丈夫ですよっ!私に課せられた使命なので!」

 

 

 

ドヤァ…ゆさっ

 

 

 

「………チッ。……でも○○さん、セクハラ紛いのことばかりで………大変でしょう?」

 

「いや、俺変なことは何もしてな」

 

「もう慣れましたからねぇ。それでも私、お世話できるんで大丈夫です!」

 

「…………へぇ。」

 

 

 

ひ、ひぃっ。白金が未だかつて見せたことのない氷のような微笑みで俺を見ている。これマジなやつだ。今日が命日かもしれん。

俺が恐怖に恐れ慄いているというのに、ひまりちゃんはどんどんと白金をテントから追い出そうとしているようだ。

 

 

 

「ほらっ、燐子さん今日お休みですよねっ?…ここは私に任せて、是非催しの方回ってきちゃってくださいよっ!」

 

「……ちょっ、……嫌、です…。」

 

「そもそもここ部外者以外立ち入り禁止ですから!!」

 

「部外者って………あなたっ……」

 

「ストップだ二人共!!」

 

 

 

このままじゃどんな化学反応が起きるかわかったもんじゃない。…ここは…。ここは俺が、道化を演じることで争いを止めねば。

 

 

 

「…俺は、君たち二人にお世話をしてもらいたい。」

 

「え?」「は?」

 

「いや何、単純明快なことさ。…俺は、その大きな胸に目がない。

 …正直、君たちは二人共魅力的だ!!だからこそ!俺の付添人という一番傍で行動を共にする人間には、君たち二人を採用したい!!」

 

 

 

…何言ってんだ俺。

しかしこの効果の程はどうだ?ひまりちゃんもやれやれ的なリアクションで済んでるし、白金も満更でもなさそうじゃないか。…すっかり大人しくなっちゃって。

 

 

 

「もう……○○さんは本当どうしようもない変態さんですねぇ。」

 

「………そこまでいうなら、二人で付添い……やってあげなくも…ないですけど…。」

 

 

 

斯くして。

まるで悪質な情報商材の成功例よろしく、巨なる美女二人を侍らす謎のご当地キャラという奇妙奇天烈な図が完成したのである。

この珍事は、後に"9・15ゆるキャラ成金問題"として、当社に語り継がれていくことになるのだが、それは今ここで語るべきことではない。

…本当、何やってんだろう俺。

 

 

 

**

 

 

 

「……はぁぁぁぁ。」

 

「お疲れ様。……随分とやってくれたわね。」

 

「ホント参っちまいましたよ…。」

 

「あなた、そんなに大きいのがいいわけ?」

 

「いや別にそういう訳でもないんですがね。」

 

「……私くらいだと?」

 

「湊ちゃんかぁ………。ま、アリっちゃアリ?」

 

「…なんかムカつくわね。」

 

「振ってきたくせに。」

 

「……まぁいいわ。片付けは大まかでいいから、さっさと帰りなさい。」

 

「あれ、湊ちゃんは?」

 

「運営サイドは色々忙しいの。貴方は休日出社なんだから、早く帰って明日の勤務に備えること。いいわね?」

 

「へいへい…本当態度だけはでかいんだから…。」

 

「……態度だけじゃなくて色々大きかったら、私も混ぜてもらえたのかしら?」

 

「冗談キツイっすよ…」

 

「ふふっ。……おつかれ。」

 

 

 

 




一部割とガチ実話です。




<今回の設定更新>

○○:そこそこのタッパがある。
   揉め事を回避するためなら道化にもなる。仕事人である。
   …相手を一人に絞れとかは言っちゃいけない。

燐子:ちょっと顔を出すだけでこの掻き回し様。
   これでいて主人公には「なんか最近よく喋るようになったなぁ」程度にしか思われていない。
   立ち上がる時の「…よいしょ」がちょっとやらしい。

ひまり:可愛い。元気いっぱい。特にあざとさがあるわけではない。
    セクハラに強い女の子って不思議な魅力があると思うんです。可愛ければ。
    脇と二の腕、横乳のラインが最高だと社内で専らの評判。

友希那:大体こいつのせい。
    小さいのを気にしてはいるが売りだとも思っている。
    主人公を可愛がるのが好き。


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2019/10/02 燐子「結局…何がしたかったんです……?」

 

 

 

「なぁ、機嫌直してくれよ…。」

 

「……………。」

 

 

 

フイッ

 

 

 

「…ほんと、俺が悪かったって。今度ご一緒、するからさ?」

 

「……………。」

 

 

 

フイッ

 

 

 

「なーあー。…燐子さーん?」

 

「…………。」

 

 

 

フイッ

 

 

 

「……手ごわいな。」

 

 

 

昼下がり。少し遅めの昼休憩に入った俺は、白金のデスクの前で……ええと、言葉は悪いがヘコヘコしていた。

俺のせい…かは分からんがとある事件により極限まで機嫌を損ねてしまったんだが…。機嫌の悪い時の白金は本当にどうしていいかわからない。目も逸らされるし口も利いてくれないし。

くそ、あの人のせいだからな…。

 

 

 

**

 

 

 

「あの………。」

 

「…あん?」

 

 

 

午前中の架電ラッシュが終わった頃。おずおずと声をかけてきたのはあの白金だった。

…珍しいこともあるもんだ。部署も違う上に、会社じゃほぼ絡んでこないあの白金が…何かの用なんかな?

 

 

 

「どうした白金…?何か頼まれごとか?」

 

「いえ、その……個人的な……用事で……。」

 

「個人的ぃ??」

 

 

 

おいおい勤務中だぞ…。

さて、なにやらひまりちゃんも気にし出している様だし、さっさと用件だけ聞いちゃおうか。

 

 

 

「どうしたんだ?」

 

「えっと………○○さん、お昼は……。」

 

「あぁ、当然まだだよ。」

 

「予定とか………あります…?」

 

「んー………」

 

 

 

PCの画面を切り替え今日のスケジュールを確認する。

……ふむ、会議は15時からだし、それまでは特になさそうだな。

 

 

 

「や、今のところはないかな。一緒に食うか?」

 

「!!……はい、丁度お誘いしたくて………来たんです…」

 

 

 

なるほど。ランチのお誘いって訳ね。…逆に俺から誘ってちょっとあれだったかな。

 

 

 

「ん。…じゃあ、昼入ったらそっちのデスク行くわ。」

 

「はいっ!………私、待ってます…ね?」

 

「おう。」

 

 

 

あぁ、久しぶりにいい笑顔を見た。不覚にもトキメキそうなほど綺麗だったぞ…。

 

 

 

「あっ!○○さんっ、私も!」

 

「ひまりちゃんはここんとこ毎日だったろ…。また今度な。」

 

「えぇー…。けちぃ…。」

 

 

 

毎日って言っても約束したりしてるわけじゃないけどな。デスクの()が一緒だから、時間が被ると必然的に近くで食うことになるってだけだ。うるさくて適わん。

…さて、それじゃあ午前のタスク片付けちまおうかね…!

 

 

 

**

 

 

 

「よしっ…!!」

 

 

 

一段落つき、時計を見上げると丁度正午を過ぎたところ。昼飯にはちょうどいい時間だ。

この後社食で食うメニューを想像しながら席を立―――

 

 

 

「ちょっといいかしら。」

 

「………マジかあんた。」

 

「…何の話よ?」

 

 

 

肩に置かれた手に振り返ると、ちびっ子クールビューティこと湊マネージャーが立っていた。…不思議だ。中腰の俺と目線が同じだ。

 

 

 

「あの、マネージャー?ぼく、これからお昼ご飯の時間なんですけど…」

 

「あら?いつもみたいに湊ちゃんって呼びなさいよ。」

 

「いやーなんのことだか」

 

「なんなら、ユキちゃんでもいいけど…?」

 

「…背伸びするくらいなら耳打ちやめたらいいじゃないすか。」

 

 

 

ぷるぷるしてんぞ。…因みに、別の意味でぷるぷるしていた俺は遠くの白金をチラ見したが、ヤツは物凄い形相で睨みつけてた。黒いオーラが見えるぞ白金…。

 

 

 

「…少し、付き合って欲しいのよ。」

 

「あいや、僕は湊ちゃんをそんな風には見てな」

 

「バカ…///行くわよ。」

 

 

 

ノリに合わせるのか突っぱねるのかどっちかにしてくれませんかね。

斯くして、首という急所を掴まれた俺はまたしても行く宛のない旅に連れ出されるのであった。

 

 

 

「…さて、ここら辺でいいかしらね。」

 

「……ここ、は?」

 

 

 

散々引きずり回されてたどり着いたのはいつもの応接室。促されるままに隣り合って座る。

時計を見やるも恐らくもう無理だ。ここからは抜け出せないんだろう…。

 

 

 

「大丈夫よ。13時過ぎには開放してあげるわ。」

 

「はぁ…で?ここで何をすればいいんです?」

 

「あぁ。少し、私の話し相手になって欲しいのよ。」

 

「…………あ?」

 

「何よ、不満?」

 

「……いや、俺昼飯…」

 

「知ってるわよ?見てたからね。」

 

 

 

こいつ…。上司じゃなかったらブチギレ案件ですぞ。

 

 

 

「…どうしてそんな意地悪なんですか。」

 

「ふふっ、可愛らしくってね。」

 

「…お、俺が?」

 

「何自惚れてんのよ。…あなた達ふたりが、よ。」

 

 

 

可愛くて邪魔したって?ホント意味わからないこの人。なんなのもう。

やっぱあれか?体の体積が小さいとその分脳みそも…

 

 

 

「二度と立てないようにするわよ。」

 

「どっちの意味で?」

 

「…ッ!!…死ね。」

 

「っ…!」

 

 

 

相変わらず考えを読んでくる上司だ…。白金曰く「○○さんは顔に出るからわかりやすい」だけど、文字でも浮かんでんのかってくらい察するんだよなこの人。

口悪いし。

 

 

 

「恋は障害があるほど燃え上がるって言うじゃない?」

 

「はぁ。」

 

「多分、あなた達は放っといてもくっつくと思うのよ。」

 

「はぁ?」

 

「だから、私が障害になってあげようかと思って。」

 

「…あぁ?」

 

「何よ、真面目な話なのよ?」

 

 

 

真面目な話だというなら勤務中にしていただきたい。本当なら白金とご飯やら何やらピーチクパーチクチュッパチャップスしている筈だというのに…。

 

 

 

「なぁゆっきー。」

 

「…ぁによ。」

 

「今だけは上司とかそういうの置いといて、俺の気持ちを伝えるぞ?」

 

「…いいじゃない。聞くわ。」

 

「うっせぇ!邪魔すんな!…ば、ばーか!」

 

「ひぅっ!?」

 

 

 

もう流石に限界だった。こんなしょーもないことで長時間拘束されるのも、訳のわからない理論を聞かされるのもだ。…あっ、あと白金が傷つくのもだった。

 

 

 

「……ふふっ、合格よ。」

 

「えっ。」

 

「いいじゃない……あなたの心意気、しかと受け取ったわ。」

 

「はぁ。」

 

「この後、あなたと燐子には外回りを命じるわ。……定時まで適当にドライブして直帰なさい。」

 

「…んん!?」

 

 

 

おやおや?俺は大声を出したせいで頭も耳もおかしくなってしまったのかな?

それは実質、残り勤務時間はデートして気が向いたら帰れとかいうとんでもなく幸福な命令…?

 

 

 

「ゆきぴょん……。」

 

「…そろそろ呼び方統一してくれないかしら。何でもいいから。」

 

「じゃあ友希那。」

 

「…ッ。……あ、新しい、パターンね…。」

 

「……照れてんの?」

 

「うっさいわね。…早く、行きなさいよ。」

 

 

 

俯いて髪を弄りだした上司を背に、いざ白金の元へ。

 

 

 

「いいなぁ……。」

 

 

 

**

 

 

 

「頼むよ…白金……。」

 

「……いーじゃないですか別に。…湊さんと行けば……」

 

「だーかーら。…ゆき、湊チーフが俺とお前で行ってこいって言うんだよ。」

 

「…………いやです。忙しいので。」

 

「燐子!!」

 

「ッ!?」

 

 

 

もうかなりの時間をロスしている。遠回りだというのに、ただただ他人のデスクで時間を潰しているのもおかしな話だろう。

…ほらみろ、言いだしっぺの友希那も貧乏ゆすりをしながら右手をぐるぐる……巻きでってか。

 

 

 

「行くぞ燐子。……これは仕事だ。」

 

「あぅ、…えっ?………○○、さんっ…?」

 

 

 

じれったいので強制連行だ。イジイジとしているその手首を掴み、立ち上がらせる。

……まあ最初からこうすりゃ良かったのか。

 

 

 

「俺は車回してくるから、準備して玄関に行ってくれ。」

 

「え、あの………はいぃ。」

 

 

 

ひゅーひゅーと白金の部署の連中の冷やかしを他所に、自分のデスク、湊チーフのデスクと回る。

 

 

 

「さんきゅー友希那。…ちょっくら行ってくらぁ。」

 

「………早く行きなさい。馬鹿。」

 

 

 

今日の燐子の機嫌は俺に懸かってるってわけだ。

…一際気合を入れ、車に向かう。

 

 

 

「俺の戦いは、まだまだこれからだ。」

 

 

 

結局特に荒れることもなく、いつも通り帰るだけなんだけどな。

 

 

 

 




何かありそうで何もない一日なんです。




<今回の設定更新>

○○:ぶれてきた。

燐子:かわいい。

友希那:名前呼びになった、


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2019/10/12 俺「休憩取りたいがために煙草吸ってんだよ」

 

 

 

「……すごく、怒られてましたね………。」

 

 

 

もうすぐ退勤時間だというのに、酷く怠く重い体。別にこれといって体調が悪いだとか何処かを痛めたりはしていない。

()()()()この、喫煙所(回復ポイント)に逃げてきたってわけだ。

 

 

 

「あぁ、……今日も中々に理不尽な怒られっぷりだったぜ。」

 

「ふふ、見ていてちょっとスカッとしました………もっと言ってやれーって、思っちゃったり……」

 

 

 

ここの所幾度となく激突しているあの"悪のお局さん"。てっきり燐子は味方サイドで応援してくれているもんだと思ってたのだが、どうやら心の中であちらさんを応援なさっていたらしい。

…最近意地悪しすぎたかな。

 

 

 

「スゥー………フハァァ……。で?…燐子は吸わなかったよな?タバコ。」

 

「……副流煙…ってやつが、結構好きなんです。……○○さんの匂いって、感じで……。」

 

「お前、早死するぞ……。」

 

「○○さんには、言われたくないです……ふふっ。」

 

 

 

何が面白いのか、くすくすと笑みを零す黒髪の同僚さん。

本当に侮れないんだからな、タバコの煙ってのは。…いつかは君の肺も、その素敵な髪の毛のように真っ黒に…

 

 

 

「でも……何だか、久しぶりな気がします………。」

 

「ん。……フゥゥゥ。………タバコか?…昔ワルやってましたってか?」

 

「…いえ………○○さんと、二人きりで……ここに居るのが、です。」

 

 

 

その言葉に最近の職場での対人関係を振り返ってみる。

最近謎の権力を駆使して俺のいる部署に異動して来たちびっ子上司。…新しく入ったピンク髪のおっぱ…快活な直属の後輩。

その二人に絡まれる日々を送りつつ、偶にお局に精神を木っ端微塵にされ……あぁ、確かに燐子とは全然一緒に居られてないな。飽く迄ただの同僚だし、一緒に居るのが普通な関係でもないから仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。

 

 

 

「フヘェェェ…。……んしょ。」

 

「あと、二本ですよね……?」

 

「お、よくわかったな。」

 

「いつも、見てます……から…。」

 

 

 

短くなった二本目を捻り込むように揉み消す様を見て、鋭い観察眼を発揮してくれる彼女。

こういった細かい部分の理解だとか、癖や思考の把握だとか、流石はここに入社して以来の付き合いだ。"結局燐子"といった安心感がある。

 

 

 

「ふむ。……悪くないなぁ燐子。」

 

「………おいしいです?」

 

「はっはははは、確かに君と一緒に吸う煙はまた格別かもなぁ。」

 

「じゃあ毎日、ここで……」

 

「それはだめだ。」

 

「えっ……ど、どうして…です……?」

 

 

 

簡単な話だ。

 

 

 

「ほら、副流煙っつったって体に悪影響が出る危険性はあるわけだろ。」

 

「ええ。」

 

「そして君は、まだ未来のある若い女の子だ。」

 

「……体の不調を懸念してなら…別に気にしませんが…。」

 

「そんなこと言うんじゃないよ。……もし将来に響くような不調が表われたら、俺は将来の旦那さんに申し訳が立たねえんだ。」

 

「……言っている意味が、よく………。もう少し、わかりやすくおねがいします……。」

 

「あー………。…君さ、将来的に子供は欲しい?」

 

「………それは、プロポーズ的な……ですか?」

 

 

 

てっきりセクハラ方面で取られると思ったんだが…どうしてそうなった。俺と作ろうだなんて言っていないし、口が裂けても言えないよ。

 

 

 

「違う違う……。純粋に、子供が好きなのかどうか~くらいの質問ってこった。」

 

「あぁ……。」

 

 

 

何を期待しているのかはわからないが、露骨にシュンとなってしまう彼女。…その猫背も心なしか一回り程小さく見えるぞ。

 

 

 

「……貴方との子供ならば、そうですね……一姫、二太郎という言葉が……」

 

「話聞いてる?…まぁいいや。子供は欲しいってこったな?」

 

「ええ、好きですから…。」

 

「なら尚更だ。ただでさえ非喫煙者の君をこんなところに頻繁に連れ込む訳には行かない。今後は」

 

「嫌です……ッ!」

 

 

 

今後は何か対策を…と提案したかっただけなんだが、珍しく大きめの声を出すもんだから甘んじて遮られてしまったよ。

その真剣な表情と声色に、思わず心が揺れる。

 

 

 

「私にとって……この匂いと、〇〇さんの煙草を吸う姿が………幸せに感じられる……のです!」

 

「…どうしたの、そんな壊れた子だった?受動喫煙だよ?体に悪いんだよ??」

 

「私は……何度止められても、ここに……〇〇さんの傍に、来ますから…ッ!」

 

「燐子……君は、」

 

 

 

全く。そんな潤んだ目で見つめられたら煙草どころじゃなくなっちまうだろうが。…ただ、一つ言わせてもらうとするなら、

 

 

 

「取り敢えず話は最後まで聞きなさいな…。」

 

「あぅ…。」

 

「いいか?俺は一つ提案をしようとしたんだ。それは君の体調にも関わることだし、俺のライフスタイルにも影響が出ることだ。

 ところが君はそれを阻止してしまったわけだな?つまりはこの素晴らしい提案をすることができないと、まあそう言う訳なんだ。」

 

「………わざと分かりづらく話しているでしょ……」

 

「…否定はしないが。」

 

「いじわるな〇〇さん………ちょっとだけ、嫌いです…っ。」

 

「まぁじかぁ…。」

 

 

 

虐めすぎて嫌われるのは困るなぁ…。ただ、燐子って不思議と虐めたくなる雰囲気あるんだよな。なんでなんだろ。

自分のサディスティックな目覚めを感じつつも、提案しようとしたことを素直に口にすることにした。

 

 

 

「今後は俺も色々考えないとなってさ。…ここに来るのも構わないけど、やっぱり俺の吐く煙で君を傷つけたくないんだ。

 …だから、さ。」

 

「…はい。」

 

「……電子タバコ、あるだろ?ニコチンとか含んでない奴。」

 

「??」

 

「あぁわからないよな、まああるんだそういうのが。」

 

「べいぷ……?でしたっけ…??」

 

「お、多分そんなやつだ。……それを一本買ってみようと思うんだが……俺に似合いそうなやつを一緒に選んじゃくれないか?」

 

「!!!……是非、一緒に…行かせてください…ッ!!」

 

 

 

理不尽に怒られて散々な気分になた日だったけど、次のデートが決まったのは大きな収穫だったかもな。

 

 

 




VAPECCINOのレッドが私の相棒です。




<今回の設定更新>

〇〇:ヘビィスモーカー。その気になれば一日でカートンが飛ぶ。
   すっかり「燐子」呼びにも慣れてきたが、友希那のニヤニヤと
   ひまりの膨れっ面にはまだ慣れないご様子。

燐子:非喫煙者。副流煙が好きって結構あるよね。作者もそうです。
   他の重役が煙草を吸いだすと、露骨に殺意の篭もった表情をするらしい。
   燐子さんは子供が欲しい。


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2019/10/17 燐子「有給休暇の申請なんて久しぶりです……。」

 

 

 

「……送信っと。」

 

 

 

有給休暇を申請し、少し遅めの起床となった休日。同僚である白金燐子に起床を報せるメッセージを飛ばす。

 

ピロン

 

送信してから僅か数秒。画面に表示されている返信は最初の二行のみ表示されていて、かなりの長文を送り返されていることを表している。

 

 

 

「…暇かよ。……うぉっ。」

 

 

 

いざ開いてみると文字がビッシリ。彼女の場合、実際に口頭での会話では見せないような顔文字・絵文字の類が所狭しと使われていることも関係するのだが、それにしてもこの情報量は凄まじい。

……うん、要約すると、二時間後に駅前に来い、ということらしい。斜め読みは得意なんだ。

 

 

 

**

 

 

 

「よう燐子、早ぇなオイ。」

 

「あ、○○さん………。丁度、今来たところ…ですから。」

 

「そういうのいいよ。外で待ってないで、そこの喫茶店にでも入っていりゃ良かったのに。」

 

「いえ……待つのも、デートの醍醐味、ですから……。」

 

「……まあいいか。どこいく?」

 

 

 

今日は燐子の誕生日。事前にプレゼントは何がいいのか相談した時に、「一日一緒に外出する権利が欲しい」と言われたんだ。そんな権利、他に誰も欲しがらないし言ってくれりゃいつでも付いて行くんだけどな。

時間が正午近くということもあって、まずは近くの店で昼食をとることに。

 

 

 

「…つっても、俺そんなに洒落た店とか知らんぞ?」

 

「大丈夫です……元から、期待して……ないので。」

 

「あ、そ…。…で?どういうものが食べたい?」

 

「そうですね……○○さんの行きつけのお店とか……あります??」

 

 

 

行きつけ、行きつけかぁ……。そもそも外出自体しない俺じゃあ、上司に連れて行かれたとか飲み会で行ったとか、そういった店しか知らないわけで。

 

 

 

「んー……今見渡した感じだと、ファミレスか牛丼屋くらいしか入ったことないなぁ。

 …逆に、燐子って普段何食って生きてんの?」

 

「私は、あまり……外食自体、しないので……自炊が殆ど、ですね。」

 

「ほー、俺と似たようなもんか。」

 

「……○○さんは自炊、しないでしょう……?」

 

「……まあ、な。外で食わないってのは一緒じゃん?」

 

「一緒にしないで……ください。」

 

 

 

参ったな。お店で食わない二人ということは、このまま延々と空腹で歩き回る可能性すら浮かび上がってくるというわけだ。それはもう、誕生日云々以前に最悪のデートになってしまう。

 

 

 

「おっけ。……ならこうしよう。昼は軽めにファミレスとかで済ませて、夜、家でガチの料理しよう。」

 

「私は全然構いませんが……○○さん、お料理…できるんですか?」

 

「いや、全く。…カレーくらいなら作れると思うけど。」

 

「…どうして、そう無計画でものを…言うんですか。」

 

「ううん……これも頓挫したなぁ。」

 

 

 

出航する前に座礁した気分だ。

 

 

 

「……私のしたいこと、言ってもいいですか…?」

 

「んぉ?いいぞ、どんどん言ってくれ。今日は燐子が主役なんだから。」

 

「……夜は、○○さんのおうちで……私が晩御飯を用意しても、いいですか…?」

 

「え"」

 

「………だめです…?」

 

「いや、ダメってことはないけど……それじゃあ俺がプレゼント貰う側みたいじゃんか。」

 

 

 

誕生日のイメージっつったら、主役の襷を掛けた主役はどっかり座ってて、周りがサプライズだなんだと面倒を見てやる。そんで最後にプレゼントを手渡してハッピーバースデーを歌って…ってもんだったんだが。

燐子が料理して二人で食べて…って、俺が誕生日みたいじゃないかよ。

 

 

 

「私的には、手料理を食べて貰えることが……私にとってのプレゼント…になるくらい嬉しいことなんですが。」

 

「そうなの……?…なんか、変わってんなお前。」

 

「普通ですよ……女の子、ですから……。」

 

 

 

女の子ってのはみんなこうなのか…。……いや、少なくともうちの上司とかはそうじゃなさそうなんだけどな…。

頭の中で薄ら笑うちびっ子パイセンの姿を思い浮かべていると、目の前の燐子が頬を膨らませていることに気付く。

 

 

 

「どうした。カービ○の真似か?」

 

「今、他の女の人のこと…考えてましたよね。」

 

「…何でわかんの。」

 

「貴方のことですから。」

 

「湊ちゃんなら手料理を食べてくれなんて言わねえよなぁ…って考えてただけだよ。ほら、あの人顎で人使うようなイメージじゃん?」

 

「しりません。……私といるときくらい…他の人のこと、考えないでほしい…です。」

 

「…それも女の子だから、か?」

 

「そういうもんなんですよ。」

 

 

 

いかん。このままじゃどんどん空気が悪くなる一方だ。どうやら俺の配慮が足りないことが原因らしいし、ここは話題を変えていかないと。

 

 

 

「……んじゃ、取り敢えずどこか入ろうぜ。あそこのファミレスでいいか?」

 

「……お好きにどうぞ。」

 

「悪かったって。今は頭の中燐子で一杯だからさぁ。」

 

「……本当に?」

 

「当たり前だろ。…ほら、手。」

 

「…は…はい…。」

 

 

 

手を繋ぎ一丁先にあるファミレスへと向かう。

手を繋いだことですっかり大人しくなってしまった燐子を引っ張るように歩きつつ、全く考えていなかった午後の予定を考えていた。

 

 

 

**

 

 

 

特に特筆すべき出来事も起こらないままファミレスでの食事を終えた俺達。初めて見る店だったが、味はなかなかのものだった。

すっかりご機嫌になったらしい燐子に、次の方針を決めるべく話しかける。

 

 

 

「なかなかいい店だったなぁ。」

 

「ええ…珍しい名前、でしたけど……。」

 

「ファミリーレストラン・ザ・ロイヤルガスト・バーゼリヤ……どっかで聞いたことあるような名前ではあるんだよな。」

 

「次は……そうですね……。」

 

 

 

飯のことはいいとして、誕生日だというのにプレゼントの一つも準備していないことに気づいてしまったんだよな。

燐子はそんなもの要らないと言うが、それに対して「はいそうですか」じゃぁ、男が廃るってもんだ。

 

 

 

「うっし、じゃあ次はショッピングと行こうじゃないか。」

 

「…?何か、買いたいものでも……?」

 

「まぁ滅多に外なんか出ないしな。……あんまり、好きじゃないか?」

 

「いえ!……○○さんと一緒なら……どこでも。」

 

 

 

午後は近くにあるショッピングモールへ向かい、ウィンドウショッピングと洒落込むことに。幸いにも平日ということもあって人は疎ら…目的の物があったとて容易に買い回りができそうだ。

晩飯用の食材も一階に併設されているスーパーで買っていけばいいしな。

 

 

 

「あ、これ………」

 

「ん。」

 

「………ふふ、○○さん…サングラスなんて、如何でしょう……?」

 

「…似合うと思うか?」

 

「……面白いと、思います……」

 

「お前がかけろ!!」

 

「きゃー………ふふふふっ」

 

「すっげぇ棒読み。」

 

 

 

ショッピングモールというのは中々に楽しいものだ。一人で歩いていても全く思わないけど、隣に誰かがいるならばまた話は変わってくる。

 

 

 

「まじか。」

 

「…何です?……ぁ……」

 

「最近のこういう施設って、普通におっぱいマウスパッド売っていいの?」

 

「………こういうのが、お好きなんですか…?」

 

「あいや、その、…手首が!手首が、ね?楽っていうか。」

 

「……………ふぅん。」

 

「それにほら、黒髪ロングとか、俺の好みどストライクなんだよ!」

 

「…………ふ、ふーん。」

 

 

 

"ショッピング"って、買い物を指す言葉だと思っていたんだよ。……でも、何も買わない"ショッピング"もあるんだなと。今日、生まれて初めて知った気がする。

 

 

 

「燐子、ケーキ買ってく?」

 

「……食べたいんですか?」

 

「俺はあんまり甘いものは……けど、誕生日っていったらケーキだろ?」

 

「それはまた随分と……安直というか…?」

 

「安直でもいーの。……嫌いなら別のものにするけど?」

 

「いえ、折角なので奢ってもらっちゃいます……」

 

「奢……おーけい。……じゃあ燐子は……これか?」

 

「!!……どうしてわかったんですか?」

 

「ふふん、俺だって最近は燐子のこと見てるんだからな。傾向くらい把握済みだ。」

 

「…や、やるじゃないですか。」

 

「だろ?因みに」

 

「○○さんはこれですよね?」

 

「……早いな。正解だよ。」

 

「ふふん。」

 

 

 

きっと、互いにある程度解り合っている相手だからこそ、というのもあるんだろう。…俺の隣を歩くのは、俺の傍で笑っているのは、もう燐子以外に考えられなく……いや、そんな関係でもないし、あまり変な気は起こさないようにしないと。

 

 

 

「お、ちょっとあそこ寄ってみないか?」

 

「何のお店……でしょうか。」

 

「ほら、俺たちがやってるオンゲのさ…」

 

「コラボ店?」

 

「そう。グッズとかあるっぽいぞ。」

 

「……行きましょう、是非。」

 

 

 

気付けば日が暮れかけている。その時間の経過を感じさせない、まるで自然な空気のように、そこに居ることが当たり前であるかのように……。

小物屋を物色し文具屋でグッズで散財し、……ケーキと食材を持ってモールを後にしたのは、もうすっかり日も落ち街灯に明かりが灯る頃。

 

 

 

「いやぁ…足が棒のようだぜ。」

 

「いっぱい……歩きましたもんね。」

 

「まあな。……んじゃ、帰って飯に……って、本当にウチでいいのか?」

 

「…やっぱり、迷惑ですか?」

 

「いや、俺は気にしないけど……ほら、男の家に女の子が一人で来るってのもさ。」

 

「…○○さんだから………信用してるんですよ?」

 

「…なんだかなぁ。」

 

 

 

**

 

 

 

流石にゴミがゴロゴロ落ちているわけではないが、お世辞にも綺麗とは言えない部屋。…まぁ男の一人暮らしなんてこんなもんだろ。こんなもんだよな?な?

その、ある意味聖域とも言えるエリアに、今日は二人の人間が踏み込む。もう一人の方…燐子は何がそんなに珍しいのか、キョロキョロと室内を見回し、あっちへウロウロこっちへウロウロ…。

 

 

 

「燐子、何か面白いものでもあった?」

 

「あ、いえ………こういうところに、住んでるんですね……。」

 

「きったない家だろ…?」

 

「ふふっ……○○さんっぽいです。」

 

 

 

口と足を動かしながらも、エプロンをつけるのは素早く。家主の俺が荷物とジャケットを置いて戻ってくる頃には、完璧な戦闘態勢の燐子が調理器具を漁っているところだった。

ぶつぶつと何かを言いながら指差し確認をしている様は少し可愛らしく、一瞬慣れてないのかと不安になり近づいていったが、無言の圧力を受けたために居間へと退散した。

……正直、燐子が料理をするイメージは全く以て無かった。想像できないし、そもそも想像することもなかったし。

 

 

 

「~♪……~~♪」

 

 

 

鼻歌を歌いながら長い黒髪を揺らし、軽快なまな板の音を響かせるその光景は宛ら新婚生活のような。

……案外、悪くないのかもしれんなぁ。

 

 

 

「燐子ー。」

 

「………はい?」

 

「…今日、楽しかったか?」

 

「…どうしてですか?」

 

「別に。……今日みたいなのってさ、俺初めてだったんだよ。で、悪くねえなって思ってさ。…だからもし、お前が嫌じゃなかったんなら」

 

「それは…………プロポーズですか…?」

 

「いきなり過ぎるなぁ……まだ付き合っても居ないだろ。」

 

「……じゃあ、告白……ですか?」

 

「まさか、そんな………いや、もし告白だとしたら、どうだ?」

 

「ふふっ……喜んでお受けするに…決まってるじゃないですか。」

 

 

 

そりゃ全く喜ばしいことだね。誕生日ってこともあるし、燐子も燐子なりにこの状況を楽しんでいるのかもしれない。

さてさて、どんな料理が出てくるのか…。一旦俺の質問に対し料理を中断していた燐子だが、今はまた調理に戻っている。鼻歌こそ戻ってきてはいないが、相変わらず楽しそうに揺れるその背中をふと……独り占めしたいと思った。

 

 

 

**

 

 

 

「ほぉ……!」

 

 

 

約一時間後。食卓に並べられた食事に思わず感嘆の声を漏らす。

派手な料理こそないが、家庭的だからこそ出せる暖かさを醸し出している。

 

 

 

「お前、本当にできるんだな…!」

 

「…疑っていたんですか…?」

 

「そうじゃないけど……。…なぁ。」

 

「…?……食べないんですか?」

 

「さっきの話。……告白がどうとかって。」

 

「あぁ………なんですか?」

 

「あれが本当に……ええと、その……こっ、告白だとして、付き合ってくれって言ったら……どうする。」

 

「…さっきも言いましたけど………喜んで、お受けすると……。」

 

「だったらその……お願い、したいんだけど……。」

 

「……………。もうちょっと、格好よく…できないですか?」

 

 

 

確かに、今の言い方は中途半端な上にあまりにも情けなさすぎるかも知れない。もっと男らしく、男らしく……格好よく…格好…よく…?

 

 

 

「燐子。」

 

「はい。」

 

「……俺の、……彼女になれぇ!」

 

「………ぷふっ……なんですか…それは。」

 

「……格好いいとか、わかんねえし。…告白とか、したことねえし。」

 

「やっぱり○○さん…好きです。…………よろしくお願い、しますね?」

 

「…お、おう!」

 

「ふふふ…じゃあ、食べましょう?」

 

 

 

俺、どうしてこんなタイミングで告白したんだろう。変な汗かいてきたし、正直もう味もわかりません。でもきっと美味しいし、つか燐子の誕生日に告白って、プレゼントやなんやかんやはどうしたんだ…。

 

 

 

「……最高の誕生日に……なりました。」

 

「そういう恥ずかしいことをいうんじゃないっ。……でも、そうなら嬉しいけどさ。」

 

「ふふっ、本当ですから……。」

 

 

 

参ったなぁ。

 

 

 




誕生日おめでとう。




<今回の設定更新>

○○:何となくの感覚だけで生きる男。家庭的に女性に弱いらしい。
   外出は基本的にしないため、一人でお店に入るのも苦手。
   翌日一緒に出勤して早速上司に揶揄われることとなる。

燐子:また一つ大人になりました。
   料理はこの日のために練習したと言っても過言ではない。
   サプライズはするのもされるのも苦手らしく、プレゼントも事前に本人に相談する派。
   幸せいっぱい夢いっぱい。


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2019/11/04 俺「これもある意味社畜…なのか?」(終)

 

 

 

「ぶー………。」

 

 

 

昼飯時。俺の隣のデスクで桃色子豚ことひまりちゃんがぶーぶー言っているのには理由(ワケ)がある。その理由とは、彼女の視線の先…俺のデスク迄椅子を引っ張ってきて食事を取る彼女(燐子)と見て間違いないだろう。

自分の作った飯だって言うのに目を細めて幸せそうに食いやがる。食レポの一つでも覚えりゃTVデビューも夢じゃないんじゃないか。

 

 

 

「……〇〇さん、いつから燐子さんとそんな関係に…」

 

「…ひと月近く経って気付く事じゃねえぞ。」

 

「だってっ!最初から何か仲良さそうだったし!そーゆーもんかなって思ってたんですけど!

 ……何と言うか、ズルいじゃないですか…。」

 

「ふふふ………上原さん……可愛い、ですね……」

 

「おいコラ煽るな。ややこしくなる。」

 

 

 

あれから…付き合うことになってから、社内での燐子の行動はよりアグレッシブになってきた。休憩時間はやたらと付いて回るし、昼飯も燐子の作った弁当以外口にすることは許されていないし…まぁ上手いからいいんだけどよ。

お陰でひまりちゃんは終始こんなんだし、友希那は友希那で冷やかしやら茶化しやらをバンバン飛ばしてくるし…正直、大っぴらに公表する内容じゃなかったと今更になって絶賛後悔中だ。

 

 

 

「でも、〇〇さんは………私が、好きなんです……もんね?」

 

「………俺を辱めて楽しむんじゃねえ。」

 

「もー!!私がそれやりたかったのにぃー!!」

 

「うーん、何というか……うーん。」

 

 

 

そういいながらも絡んでくるこの桃色ちゃんは何なんだろう。いいかい?君がさりげなく手を握ってきたり腕を絡めてくる回数、全部燐子さんはカウントしているからね?

その分退勤後が地獄になるんだから本当に勘弁してもらいたい。今だってどさくさに紛れて左手握られてるし…この子分かってんのかな。

 

 

 

「…あら、相変わらずのハーレムっぷり羨ましいわね。このモテ男。」

 

「どうしてアンタ迄…余計拗れんだろうが。」

 

「随分な物言いね?」

 

「ぅ……。」

 

 

 

わちゃわちゃやっているところに参戦してくる我らが湊様。相変わらず神々しいちびっ子であられる。

この人も相変わらず絡みに来るんだけど、その度に燐子の態度がキツくなるんだよなぁ…。

 

 

 

「……何でしょう湊さん?……ハーレムだなんて、〇〇さんは私だけの…ですけど。」

 

「あら?ここまで堂々とイチャつけるのは誰のお陰か分かって?」

 

「ぐっ……。」

 

「あのさ、友希那。」

 

「何よ。」

 

「自然な流れで抱きついてくんのやめない?」

 

「いいじゃない、そこに貴方が居たんだもの。」

 

 

 

燐子の当たりが強まるのも当然で、如何せんこの人はスキンシップが激しすぎる。たまたま体の起伏が他の二人より穏やかなせいで落ち着いていられるけど、それでも独特の雰囲気に呑まれそうになるのが怖い。

……ああもう、耳を噛むんじゃない。

 

 

 

「いーなー…。」

 

「上原さんも気にしないでやっちゃえばいいのよ。」

 

「おいコラクソ上司。お前には常識ってもんがねえのか。」

 

「…貴方だって満更でもないんじゃなくて?面接のときだって…んむぐっ。」

 

「友希那、言って良い事と悪いことがあるぞ。」

 

「………ペロッ」

 

 

 

こいつ…口を封じる手を…!

 

 

 

「…汚いからやめなさい。」

 

「ふふ、美味ね。」

 

「湊チーフ……私も、やっていいですかね??」

 

「ええ、いいわよ上原さん。」

 

「よかないっ!」

 

 

 

…あ。暫く静かだと思い燐子を見たら、またあの『視線だけで人を殺せる気』を放ってらっしゃる。

何と弁明しようかと考えていると

 

 

 

「……別に、良いですけど……私以外の誰と何をしようと……。」

 

 

 

予想外の言葉が飛んできた。

 

 

 

「いい……とは?」

 

「〇〇さんがモテモテなのは知ってますし………私にとっても、誇らしいところではあるので……」

 

「…それで?」

 

「…子供さえ、作らなければ……」

 

 

 

…はい?

恐らく、その場にいた全員が同じ気持ち・表情をしたと思う。一種のシンパシーってやつだ。

 

 

 

「子供…とは?」

 

「燐子、貴女いくら何でも許し過ぎよそれは。」

 

「そ、そーですよ!それなら、ワンチャン当たらなければどうということはないっていう…」

 

「上原さん、職場でそれ以上はいけないわ。」

 

 

 

何か最低な事を口走ろうとしているひまりちゃんはさて置き、真っ赤な顔をして睨みつけてくる我が恋人は何を思って何を言っているんだろうか。

…とうとうおかしくなったんだろうか。

 

 

 

「こっ……言葉通りの意味、です………!…私は〇〇さんを愛しています…。でも、縛り付けたいわけじゃないんです…。」

 

「……。」

 

「いっ、いけませんか??…〇〇さんの好きにしていいと……言っているのです…!心だけは、私を一番に愛してくれるなら…ですけど…。」

 

「……燐子…。」

 

「…ふふふふふ、ふふふふふふふふ。」

 

「友希那??」

 

 

 

怖い怖い怖い。何が怖いって、ここ真昼間のオフィスだよ?ご覧、みーんな殺意に満ち溢れた目で俺を見ているよ?

ちびっ子上司も相変わらずブカブカのジャケットを震わせて何やら笑ってるし。

 

 

 

「ふふふ、貴女いいわね、燐子。」

 

「……こうすれば、あなた達も執拗に……〇〇さんを篭絡しようとはしないですよね………?」

 

「…考えましたね、燐子さん…!」

 

「すべては…〇〇さん次第ですから、ね……?」

 

 

 

もう思考が付いて行かないよ。相変わらずニヤニヤと遠巻きに見ていやがる山外と酒匂に助けを求めるも、二人そろってハンドサインはブーイング。後で覚えとけよ。

諦め半分でどう言ったものか考えていると

 

 

 

「…ふーっ。」

 

「ひゃいっ!?」

 

 

 

先刻より抱きついたままの友希那に吐息を掛けられる。耳と頬を撫でていったそのそよ風に思わず背筋が震えたが…これは興奮とかそういう変態チックな物じゃないと信じたい。

 

 

 

「…いい加減観念なさい。」

 

「いきなりそういうのやめろよな…。」

 

「あら、可愛い声だったわよ?」

 

「うっせぇ。」

 

「えいっ!」

 

「うぉ、なんだひまりちゃ………いや、ひまり(さん)。」

 

 

 

友希那を引き剥がそうと伸ばした左手は、またしても桃色の後輩に絡め取られ、そのまま立派なお山の中へと監禁されてしまった。

ふうむ、素敵な落ち着きっぷりよ。まるで実家のような安心感…じゃなくて、これでほぼ身動きが出来なくなった俺に畳みかけるようなひまりちゃんの口撃が。

 

 

 

「絶対、堕として見せますからね。」

 

「堕ちません。…燐子と付き合ってるんだっての。」

 

「でも、…んっ、子供さえ作らなきゃ何しても……あぅっ、良いって言ったじゃないですかー。」

 

「そういうこともしません。何せ俺は紳士」

 

「んもう、さっきから左手が…ひゃんっ、卑猥な動きしてますけど?」

 

「……Oh…。情けないぞ俺のGentle…。」

 

 

 

本能には逆らえなかったようで、先程腕を包み込んでいた感触は左の手のひらに収まっていた。これもう懲戒免職もんだな。

そして"動かざること山の如し"を貫いていた本命の彼女…燐子がついに動きを見せた。

 

 

 

「……むー。」

 

 

 

頬をぷくーっと膨らませている。

これは、何時ぞやに喫煙所で見せた表情だな。…何やら思うところがあるのか、いや、この状況作り出したのそもそもお前だし、文句言うのはお門違いだぞ。

 

 

 

「…別に、何をしてもかまわないとは言いましたが……私の見えないところでやってほしい…です。」

 

「…なぜ?」

 

「………やっぱりその…妬いちゃう、ので…。」

 

 

 

ふいっと目を逸らす燐子。てっきり流れからして右側を拘束されるかと思ったが…。何というかその、うん、この中で一番可愛らしくて女の子やっているのは燐子なんじゃないだろうか。

そう考えると、俺が選んだ相手はこいつで正解だったのかもしれない。

 

 

 

「……聞いた?上原さん。」

 

「聞きましたよ、湊チーフ。」

 

「…俺の責任、重すぎね?」

 

「ふふ、いざとなったら三人纏めて面倒見てもらうわよ。」

 

「判断はぜーんぶ、〇〇さん任せですからね~。」

 

「それでいいのかお前ら…。」

 

 

 

どうやら解放してくれる気はないらしい二人に、これから俺は一体どうされるのか。

先行きが見えない上に不安しかない将来だが、それはそれでアリ…なんだろうか?

 

 

 

「なぁ、燐子…」

 

「……私が一番、ですよね………?」

 

「当たり前だろ。俺は一途な男だぜ。」

 

「ふふ………それなら、やり過ぎには注意して……おふたりとも"交流"してあげてください…。」

 

「その交流は意味深すぎるぞ。」

 

「……私の分も少しだけ残しておいてくれたら、それでいいですから……ね?」

 

「もう嫌だこの職場。」

 

 

 

ただ金を得る為だけに入ったこの職場で、まさかこんな事態に巻き込まれるとは、恐らく入社前の若かりし俺は思いもするまい。

だが実際に白金と出逢ってしまったことで、こんなにもとち狂った愉快な日々は始まり、俺は今もその中に居る。

金では到底手に入れられない素敵な人との出会い、そして普通の人間であればまず遭遇することのないであろう"オイシイ"状況。

それこそまさに、希少な運命……PlatinumDaysなんだろう。

 

 

 

「あら、貴方に格好良く締めさせると思ったかしら?」

 

「……あんた、相変わらず思考を読んでくるんだな。」

 

「当たり前でしょう。私が直々に目を付けた獲物だもの。」

 

「燐子ぉ……」

 

「み、見えないところで……やってくださいっ…。」

 

「ですって!行きましょう〇〇さんっ!」

 

 

 

あぁ……詰んだ。

 

 

 

終わり

 

 

 




他シリーズよりかなり早い進行となりましたが、これにて完結となります。
多分そう遠くないうちに第二部が来ると思いますがね…。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

〇〇:共有の玩具になった。
   因みにこの一件で上からこっぴどく叱られ、一週間ほど謹慎を食らった。
   イマイチ締まらない男。

燐子:心の広い…というより、ただ純粋に愛情を抱いている。
   大好きな人が誰と何処で遊ぼうと、重荷を作らずに戻ってきてくれればそれでいい…
   ある意味純愛ですね。
   余談だが、主人公の謹慎期間に合わせ有給休暇を申請したらしい。

友希那:黒幕。主人公と一緒に謹慎を食らった。
    かわいい。

ひまり:素晴らしい。可愛い。
    タッチの差だぞ!まだ頑張れ!


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【氷川姉妹】ひかわさんち。【完結】
2019/06/10 姉妹と僕と、3人で


 

 

今日は休日。

 

僕は2歳年上の姉さん二人とショッピングモールに居た。

 

 

 

「○○。そんなにキョロキョロしないの。

 ちゃんと前を見て歩かないと、他のお客様とぶつかってしまうでしょう。」

 

「あ、うん、ごめん紗夜ねぇ。

 …今日すごく混んでるね。月曜なのに。」

 

 

 

姉さん二人の学校が終わって帰ってきてから出かけたので、夕方という時間帯もあって

モールはそこそこ混んでいた。いや、ちょっと混みすぎな気もする。

イベントでもあるのかな?

 

…因みに僕だけ休日だったのは、開校記念日のせいだ。

お陰で一日暇だった。

 

 

 

「そうね。

 …ほら、こっちに来なさい。逸れるでしょ。」

 

「えっとね、逸れそうなのって、多分コレのせいだよ。」

 

 

 

紗夜ねぇは、出かけるといつも目の届くところに居るよう言ってくる。

もう中3だっていうのに、子供扱いしすぎなんだよな。

 

今だって逸れそうになっているのは僕のせいじゃないのに…と若干の抗議の意味も込めて

左腕に絡みついているもう一人の姉を指差す。

 

 

 

「えー、ひどくなーい?

 仮にもお姉さんに向かってコレとかぁー。」

 

「…日菜。

 あなたがウロウロしてどうするの…。○○が逸れないように手を繋いでいたんじゃなかったの?」

 

「だってね!すっっごい久しぶりに来たんだもん!

 あ!あそこってペットショップだった??前は洋服屋さんだったよね!」

 

 

 

うちの二人の姉さんは、全然似てない。

顔とか髪の色とかは結構似てるんだけど。

上の姉さん――紗夜ねぇはしっかり者で、決まりとか常識とかにすごく厳しい。

困った時に相談したりお願い事をするのは大体紗夜ねぇなんだ。

 

二番目の姉さん――日菜ねぇは何というか…元気?というかいつも煩い。

迷惑とかじゃないんだけど、何を考えているかもよく分からないし、疲れている時とかに喋ると

余計疲れるって感じだ。

今だって、しっかり手を握られているせいで逃げられないけど、あっちに行ったりこっちに行ったり…。

…お陰で紗夜ねぇに注意されるのは僕なんだけど…。

 

 

 

「…日菜。色々見て回ってきてもいいから、○○の手は離してあげなさい。

 あなたと一緒に居るといつ迷子になるかわからないわ。」

 

「…紗夜ねぇ?僕もう中3だよ?

 迷子とか、ならないって…。」

 

「いいえ!万が一ということがあるでしょう!

 …そうなった場合、日菜に任せていたとあっては後悔してもしきれないわ。」

 

「そ、そう…?

 ところで紗夜ねぇ?日菜ねぇ、さっきあっちに凄い勢いで走ってったよ。」

 

「ッ!」

 

 

 

あ、怖い顔してる。

 

 

 

「○○。」

 

「はい。」

 

「こっちに来て?手を繋ぎましょう。」

 

「はい。」

 

「これで逸れないわね?

 日菜を探すわよ。」

 

「はい。」

 

 

 

この顔をしている時の紗夜ねぇは逆らわないほうがいいんだ。

何というか、そのあともずっと離してくれなくなるしすごくめんどくさい。

 

――結論から言うと、日菜ねぇはすぐ見つかった。

何だかよくわからないぬいぐるみ?みたいなものを袋一杯に入れて走ってきたんだ

覚えのないゲーセンが入っていて何となくクレーンゲームやったら取れすぎちゃったんだって。

 

…そのテクニック、今度教えてもらおう。

 

 

 

「○○くんも一緒に来たらよかったのにー。

 なんかね!『ここだな!』って思ったところが全部当たっててね!

 あとあと!お店のお兄さんもすっっごい優しくて、サービスとかしてもらっちゃって!」

 

「日菜。あなたが勝手に逸れるから予定が狂ったでしょう?

 そういう話は後にして、まずは目的の店を周るわよ。」

 

「えー?あとー?

 あ!後だったら、おねーちゃんも聞いてくれる??」

 

「はいはい、帰ってからね。」

 

「うわーい!○○くん、さっさと済ませちゃうから、逸れないようについて来てね!!」

 

「あなたが言いますか…。」

 

「はは…大丈夫だよ日菜ねぇ。ほら、紗夜ねぇと手ぇ繋いでるから。」

 

 

 

繋いでいるというか最早握り締められている状態の右手を見せる。

 

 

 

「あ!!おねーちゃんずるいよー!

 さっきまであたしが繋いでたのにー!」

 

「ふふん。真っ先に迷子になるあなたには任せられないでしょう?」

 

 

 

少し勝ち誇ったような顔をしている。

 

結局紗夜ねぇは最短ルートで目的の店を周り、長いこと話していた間より

短い時間で全ての用事を終わらせた。

日菜ねぇは途中から飽きて不機嫌になるし、その相手をするのは僕だけだしで

平日より疲れた。

 

帰り道でも僕の両手は塞がっていたし、二人とも僕に話しかけてくるせいで気は休まらなかった。

 

たまに同級生の奴らに羨ましがられるけど、どこがそんなにいいんだろう?

二人とも優しいし、仲はいいほうだと思うけどさ。

 

 

また今度出かけた時にでも、じっくり観察してみようかな。

疲れない程度に。

 

 

 




何だかそれぞれのキャラでシリーズ化できそうな気もしてきました。
一応内容としては、日記のような、一部実話に基づいて構成しているため
ネタがない日だと投稿しない気がします。




<今回の設定>

○○:主人公。
   中学3年生になり、姉とベッタリが少し恥ずかしくなってきている。
   日菜には振り回され、紗夜には過保護にされ、と
   二人の正反対の姉の板挟みになっているせいか精神的にかなりタフ。

紗夜:姉①。
   重度のブラコン。
   そのくせ素直に愛情を表現するのが苦手なため、過保護気味な上に
   つい説教じみた物言いをしてしまいその度に自己嫌悪に陥る。
   日菜に対しては大好きな弟を振り回す事に対する敵意が希に出てしまう。

日菜:姉②。
   弟も姉も大好き。
   その性格と予測できない行動の為に友人が少なく、数少ない身内として
   家族に対する依存が物凄い。
   寂しがり屋。


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2019/06/16 姉妹と溺れる日曜日

 

 

 

「すぅー……すぅー………。」

 

 

 

日曜の昼下がり。

いつも何かと忙しく結局夜にならないと会話一つできない姉さんが珍しく家にいる。

そしてさらに珍しく、昼寝をしている。

僕の記憶の限り、この人が昼寝をしているところなんか見たことない。

逆に昼寝をしすぎて起こされる側だからね。

 

 

 

「んぅ……。……すぅー……。」

 

 

 

二人いる姉さんのうち、煩い方がいつも通り外出しているからか

親も出かけたこの時間はとても静かだ。

それこそ、紗夜ねぇの寝息が聞こえるほどに。

 

 

 

「……重い。」

 

 

 

そもそも今日は最初からちょっとおかしかった。

日曜なのに紗夜ねぇは6時半に起こしに来るし。

朝飯中もどこかぼーっとした紗夜ねぇは味噌汁ぶち撒かすし。

日菜ねぇが出ていくや否や僕の部屋に理由もなく来るし。

お説教で来ることはあってもあんな理由で来ることは普段ないからね。

 

凄いんだぜ。ノックもしないでいきなり開けてさ。

『……○○。お姉ちゃん、今日は○○と一緒にいたいなーって思って…その、きちゃった。』

 

誰かと思ったよ。

それで今に至るってわけ。

結局何かするわけでもなく仰向けで寝転がる僕のことをずっと見てた。

そのうち、胸のあたりに頭を乗せて寝ちゃった。

 

お陰で動くに動けないし、紗夜ねぇが身動ぐ度に擽ったいしで

何とも言えない時間を過ごすことになってるんだけど…。

 

 

 

「………。」

 

 

 

そういえば紗夜ねぇって、いつも眉間にすっっごい力入ってんだよね。

眠ってる紗夜ねぇの緩んだ眉間を見て、改めて思う。

…なんであんなに怒りっぱなしなんだろうか。

 

 

 

「もっと力抜いてる方がいいのになぁ。折角可愛い顔してんのにさ…。」

 

 

 

ピクっと。

紗夜ねぇの体が反応を返した気がした。

…起きてんのかな?

 

 

 

「おーい…紗夜ねぇ…?

 ……反応ないな。」

 

 

 

気のせいかな。

相変わらず規則的な寝息を立てている。

 

 

 

「……紗夜ねぇ、寝顔可愛いね?」

 

 

 

ぴくっ。

 

おっ。

予想通りだ。

 

 

 

「あー。紗夜ねぇは可愛いなぁ。

 可愛い可愛い~。自慢の姉さんだなぁ~。」

 

 

 

ぴくっぴくっぴく。

 

何だか面白くなってきたぞ!!

普段はできないけど、調子に乗って頭なんかなでてみる。

 

あっ。

…なんだよ、突っ伏しちゃったよ。

顔が見えないじゃんか…。

 

紗夜ねぇ髪キレーだなぁ…。

さらっさらだ。

手触り癖になりそう…。はぁ、たまに触らせてもらおうかな…。

 

 

 

「…………あの。」

 

「…え?」

 

「そ、その…そろそろ、恥ずかしいの、だけれど。」

 

「………。」

 

 

 

胸元から声が聞こえる。

正確には胸のあたりにある紗夜ねぇの頭から。

 

あっ。これぜってぇ怒られるやつだ。

早く手を退かさないと。

 

 

 

「……○○くん、何してるの。」

 

「!?」

 

 

 

僕の部屋のドア、確かに半開きだったけれども。

隙間からは物凄くどんよりとした眼が此方を覗いている。

あ、何だか深淵の話思い出した。多分そういう話じゃなかったと思うけど。

 

 

 

「○○くん、おねーちゃんにだけそういうことするんだー。

 あたしなんかくっつくだけでも嫌がられるのになー。

 そういえばさっき可愛いとか聞こえたような気がするなー。

 気のせいだったかなー。でもちょうどその辺から頭なでなでし始めたような」

 

「ひ、ひぃっ」

 

 

 

怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

瞬き一つせず、それでいて部屋に入ってくるわけでもなく高速でブツブツ言ってる。

胸元のワンチャン怒られそうな姉さんよりあっちのモンスター級の恐怖を彷彿とさせる姉さんの方が早急な対処が必要なやつだ。

 

 

 

「さ、紗夜ねぇ…?一回退いてもらっていい?

 日菜ねぇが何かやばそうなんだけど。」

 

「……いや。

 お姉ちゃん眠いからまだ動きたくない。」

 

「ぇえ!?」

 

「あーやっぱり仲良しなんだー。

 いいなーいいなーおねーちゃんばっかりー。

 あたしも○○くんのおねーさんなんだけどなー。

 あんなに○○くんに優しくしてもらったことないなー。」

 

 

 

みしっ。

こちらが上の姉さんの対処に手間取っている間に、決して踏み込むことのなかった一歩が踏み出される。

魔物が来る。直感で思った。

 

 

 

「紗夜ねぇ!紗夜ねぇってば!

 日菜ねぇが!あぁもう!日菜ねぇ、その顔なんとかしてよ!!」

 

「あたしが居ない隙におねーちゃんとそんなことになるなんて、あでも朝からおねーちゃん変だったし考えてみたら色々辻褄合うかも、日曜におねーちゃんが家にいるのもおかしいしね、それにおねーちゃんもおねーちゃんだよ、あたしが寄って行っても邪険にするくせに○○くんには自分から擦り寄っていくんだもん、別にあたしもとかって訳じゃないけどやっぱり仲間はずれは許せないよねうんそうだよね。…えい!」

 

「ぐあぁ!」

 

 

 

唯一自由だった下半身に衝撃が走る。

胸元には紗夜ねぇ(動いてくれない)、腿のあたりには日菜ねぇ(全力で抱き抱えられている)

の構図が出来上がってしまった。

 

 

 

「……いやいや、お二人共、どいてくださいよ。」

 

「……す、スッゥー。…あーむにゃむにゃ」

 

「嫌!ずるいもんおねーちゃんばっかり!!」

 

 

 

退ける気はないみたいだ…。

こうして、貴重な日曜日は姉二人にホールドされ、やりたいこともできないまま浪費されることが決定したのだった。

 

 

 

 

―――日菜ねぇ、あんたはもうちょっと大人になってくれ。

―――紗夜ねぇ、寝たフリあまりに下手過ぎて笑いそうになるから勘弁して。

 

 

 

 




姉にあこがれがあります。





<今回の設定更新>

○○:日曜は全力で趣味に没頭する派。
   といってもこれといった趣味が無い為、その日その日で思いつきから行動している。
   日菜の闇を初めて見た。

紗夜:連日気を張り続けたことにより、久々の何もない日曜に壊れた。
   鉄面皮が剥がれた結果、弟と過ごしたい欲求が天元突破しこんな事態に。
   弟成分をたっぷり吸収したので翌週の動きのキレがやばかった。

日菜:とある用事から弦巻家に行っていたため昼過ぎまで家を空けていた。
   弟に伝えていなかったので、午後から構ってもらおうとルンルン気分だったが。
   弟も好き、おねーちゃんも大好き。
   でも今回は仲間はずれが何か嫌だっただけ。


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2019/06/21 デリバリー氷川

 

 

 

どたどたどたどた……

階段を駆け上がる音が聞こえる。

さっきも玄関のチャイムが鳴ったとき、同じ音を響かせながら走って行ったんだっけ。

 

 

 

「全く。もう子供じゃないというのにあの子は…。」

 

 

 

僕の頭を撫でる手を止め、ドアの方を見やる紗夜ねぇ。

紗夜ねぇが僕に膝を貸しているという状況からも分かるように、現在廊下を走り屋よろしく爆走中なのが日菜ねぇだ。

恐らくあと1、2秒で部屋に…

 

バァン!!

 

 

 

「○○くん!おねーちゃん!ピザ、届いたよ!!」

 

 

 

ドアの悲鳴と共に現れたのは、髪をおでこの上で纏め、ピザ箱を両手に持った日菜ねぇだ。

器用なことに、その両手のピザ箱の上にはサイドメニューの袋やら取り皿が載っている。

…は?その状態で走ってたの?

 

 

 

「お待たせいたしました!ピザ屋さんの日菜ちゃんです!」

 

「日菜、もう夜なのよ。ご近所に迷惑だわ。」

 

「日菜ねぇはピザ屋さんじゃないでしょ。お金払ってんだから。」

 

「もー…二人ともノリ悪いなぁ…。」

 

 

 

人生初めてのデリバリーピザが余程嬉しいのか、普段に輪をかけてハイテンションな日菜ねぇ。

注文を決めたのも大部分は日菜ねぇだし、届いたものを見てもその張り切りっぷりがわかる。

断言できるよ、絶対食べきれない。

 

 

 

「取り敢えず、ほら、テーブル出しといたから置きなよ日菜ねぇ。落としちゃうよ。」

 

「うん!ありがとね!○○くん!」

 

「全く…私たちしか居ないからって、本来なら食卓で食べるべき物なのよ。

 それをこんな、○○の部屋でなんて…。」

 

「あ、いいんだよ紗夜ねぇ。

 三人で部屋で食べるってさ、何かちょっとわくわくするじゃん?

 …日菜ねぇも嬉しそうだし、ナイスな提案でしょ??」

 

「○○…。はぁ、それでもね、部屋や物には用途というものがきちんとあって」

 

「紗夜ねぇ…僕の部屋で一緒に食べるの、嫌だった…?」

 

「ッ……!」

 

 

 

今日は両親ともに急な用事で帰らないので、食事は僕らに任されていた。

そんな状況だ。確かに僕だって、日菜ねぇが喜んでいるのもあって乗ってしまったところはある。

だから紗夜ねぇが嫌なら、今からでも食卓に移動して…と言おうとしたが、紗夜ねぇに抱きしめられた為に続きは言えなかった。

 

 

 

「ちょ、紗夜ねぇ?」

 

「もう…弟と一緒にする食事が嫌なわけ無いでしょ。

 そういうズルい質問しないの…。」

 

「あーっ!またおねーちゃんばっかり!!

 あたしも仲間にいれてよぅ!!」

 

「い、いや、仲間とかじゃなくて…ほら、紗夜ねぇも一回離して…」

 

 

 

渋々といった様子で解放する紗夜ねぇ。

この人、この抱きつき癖なんとかならないかな…。

 

 

 

「ね、ほら。せっかく買ったんだから、二人とも食べようよ。」

 

「はっ!そうだった!

 …はいこれおねーちゃんのお皿ー♪」

 

 

 

相変わらず切り替わりはえぇ…。

日菜ねぇはテキパキと取り皿とか箸とかを配っていく。

その間紗夜ねぇと僕はおしぼりで手を拭いて待機だ。

 

 

 

「さて…と。

 うわぁあ!!すごいねこれ!豪華な感じ!!!」

 

「豪華かはわからないけど…。

 日菜ねぇ、座んなよ。ほら、ここ。」

 

 

 

僕の隣に置いた座布団をぽんぽん叩く。

 

 

 

「わーい!○○くんの隣だー!!」

 

「いつも食卓だと斜め向かいだもんね。

 今日は隣で食べよ?」

 

 

 

いつもの食事ポジションは、僕の隣が母さん、向かいが紗夜ねぇ、その隣が日菜ねぇ。

父さんは中々時間が一緒にならなくて、自分の部屋で食べているか明け方にここで一人で食べるからしい。

そもそも、最近は姉さん二人が忙しいこともあって、一緒にご飯を食べることすら珍しくなっちゃっているんだけどね。

 

 

 

「えへへー。今日は○○くん優しいね。

 おねーちゃんみたいにぎゅっ!てしていい??」

 

「流行ってんの…?

 …これからご飯食べるんだから短い時間にしてね。」

 

「やったぁー!…えいっ♪」

 

 

 

ぎゅぅぅぅうううううう、と音が出そうなくらい強めに抱きつかれる。

紗夜ねぇに抱きつかれているときは、ふわっとした感じで、()()()()感覚なんだけど、日菜ねぇの場合は締め付けられてるって感じだ。

おまけに日菜ねぇの方が…その、柔らかみ?があって、苦しいのと相まって変な気分になる。

紗夜ねぇだとあんまり気にしたことないけど、違いの正体は一体何なんだろう。

 

そろそろ、と日菜ねぇを引き剥がしつつ紗夜ねぇを見ると。

 

 

 

「………。」

 

 

 

物凄く無表情でこちらを見ていた。

瞬き一つしない。

 

 

 

「…さ、紗夜ねぇ?」

 

「終わったかしら?

 さぁ、さっさと食べてしまいましょう。」

 

 

 

ツーンとした様子で言うや否や、ものすごい勢いでフライドポテトを頬張り始めた。

そういえば好きなんだっけ、ポテト。

 

 

 

「わっわっ、まって、あたしも食べる!!」

 

 

 

負けじと日菜ねぇも食べ始める。

すげえや、掃除機が二台あるみたいだ。

特にスピードに拘らない僕は手近なところにあった、ピザを1ピース頂く。

 

……ん、やっぱピザといえばこのベーシックなミックスピザかな。

トマトソースにたっぷりかかったトロっとしたチーズ。

つぶつぶしたコーンと、その苦味と歯応えがアクセントになるピーマンに…って

 

 

 

「なに?二人とも。」

 

「んーん、見てるだけだよ。」

 

「ひひふぃふぁいふえまうぇわいまふぁみ。」

 

「紗夜ねぇ、ごっくんしてから喋らないと何言ってるかわかんないよ。」

 

 

 

二人が吸引(食事)を止めじっとこっちを見ている。

まあ、紗夜ねぇに至っては飲み込むスピードを凌駕する速さで手が動いていたけど。

 

 

 

「○○くん、おいし?」

 

「ん?…うん、おいしいよ?」

 

「えへへ…。ピザ食べてる○○くんも可愛いね。」

 

「…男に可愛いって、それ褒めてるの?」

 

「いーのいーの♪…うん。

 なんだか、るんっ♪て来たよ。」

 

 

 

その後ペースを落とした二人と楽しく喋りながら食べ進め、案の定残った分は明日の食料とすることになった。

食べる前とは逆で、片付けや食べ残しの保存は全部紗夜ねぇがやる。

ついて回ってラップ掛けとかは手伝ったけど、多分あの人1人でも滅茶苦茶効率良く終わるんだよね。

 

 

 

「日菜ねぇ?食べてすぐ寝ると牛になるんだって。」

 

「いーよいーよ。動きたくないんだもーん。」

 

「豚だったかな。」

 

「ぶーぶー。ぶたさん日菜ちゃんだぁー。」

 

「なんだそれ……じゃあせめて自分の部屋行ってよ。」

 

「いやーだよーぅ。○○くんのベッドで寝てやるんだー。」

 

「ふーん。」

 

 

 

そのうち本当に眠っちゃうし、仕方ないので今日は紗夜ねぇの部屋で寝ることになった。

僕の寝床問題は解決したんだけど、紗夜ねぇの布団で寝ていいか訊いた時に、紗夜ねぇが鼻血を出したのがちょっと心配だ。

急にすごい量出たんだから。

 

ピザを食べる前にしてもらっていたように、今度は僕が膝を貸してあげた。

暫く横になっていると出血も収まったようで何よりだった。

 

 

 

近くに誰かの存在を感じながら眠るのは久しぶりだったけど、これはこれで温かくて落ち着いて何かいいね。

 

 

 

 




ご要望があったために今日はこの組です。
いつも頼んでいるピザ屋さんに期間限定でデッカイピザが出ていたので頼んだら
案の定明日の食料に回りました。





<今回の設定更新>

○○:ピザに対して特に特別な気持ちはない。
   因みに冒頭の紗夜の膝枕は、紗夜がたまに強要してくる最早恒例の行事。

日菜:漫画で読んで、ピザを注文したい衝動にかられた結果こうなった。
   初めてってわくわくするよね。
   着痩せするタイプだと思ってます。

紗夜:ブラコンがもう隠せない。止まらない。
   日菜とも仲良く過ごしてるし、幸せな世界なのかもしれないね。
   学校でも最近柔らかくなったと専らの評判だが、
   ただ単にキャラがぶれているだけかもしれない。


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2019/06/29 ねぇ。

すみません、投稿できないことに気づいておりませんでした…。
本日は夜も投稿するので2本立てと思っていただければ幸いです。


 

「……日菜ねぇ、戻ってきませんね。」

 

「んー。まぁたどっかで道草食ってるんでしょー?

 そのうち帰ってくるって。」

 

「そう、ですよね…。」

 

 

 

気まずい。

優雅な午後を満喫しようとしていたはずだったのに、どうしてこんなことに。

折角、姉さんが二人とも居ない時間をまったり過ごしていたのに…。

 

昼食後、窓のすぐそばで日向ぼっこを兼ねた読書をしていた僕。

あの時まではぽかぽかして幸せだったんだ。そう、あのうるさい方の姉さんがお客さんを連れてくるまでは…。

 

しかも連れてきたら連れてきたで、雑に紹介された上で丸投げ。『仲良く遊んでてね!』と謎の指示を出した姉さんは買い出しに行くと出て行ってしまった。

あれから一時間はたっただろうか。隣に座ったギャルっぽいお姉さんと気まずい時間を過ごしていた。

 

 

 

「ねね、弟くんはさ、お姉さん二人とは仲良しなの?」

 

「まぁ…仲良しかはわかりませんけど、喧嘩とかはしないですかね。」

 

「へぇ~。姉弟ってさ、なんかいいよねー。

 …ほら、アタシ兄弟とかいないからさー、憧れ?みたいなものがあってね~。」

 

「…お姉さんって感じしますけどね。今井さん、一人っ子なんですか?」

 

「そそ、ずーっと一人でさ。…あ、でも手のかかる幼馴染が居るから、面倒見る相手には事欠かないかなぁ。」

 

 

 

日菜ねぇが連れてきたお客さん――今井リサさん、というらしい――と会話して過ごす時間。うん、やっぱり気まずい。

無駄に話しやすくて逃げるタイミングが見つからないのもまた気まずい。

なんだろう、ウチの二人にはない()()()()()というか、姉力??みたいなのがある。

これで一人っ子だって言うんだから、よっぽどその幼馴染さんが強烈なのか…。

 

 

 

「ってかさ、そんな畏まらなくていいよ??お客さんはアタシの方なんだし。

 二人に聞いてたとおり、しっかり者なんだね。」

 

「え、あの二人、僕のこと話してたんですか。」

 

「うんうん、色々聞いてるよ~?

 甘えん坊とか、優しいとか、…まぁ、最後には二人ともかわいいかわいいって」

 

「も、もういいです…ストップで…。」

 

 

 

あの人たち外で何の話してんだ。聞いてるだけで恥ずかしい言葉がポンポンと…。

思わず遮っちゃったけど、他に何言われてるのか分からないし…もう余計なこと言われないようにベタベタするのはやめよう…。

 

 

 

「あははは、どしたのー?照れちゃった?

 仲良しでいいよねぇ。」

 

「別に…そんな特別仲良しとかじゃ……。」

 

「ふぅん…?」

 

 

 

あ、この感覚は知ってるぞ。

確実に良くない流れが来てる時のやつだ。

今井さんも、目を細めてじっと見てるし…絶対良くないこと考えてる。

なんでわかるかって?日菜ねぇも同じ目で見てくることがあるんだよ。

 

 

 

「弟くん?…アタシのこと、「リサねぇ」って呼んでみてよ。」

 

 

 

あー…そっちかぁぁ……。

 

 

 

「…はい?」

 

「あの二人が羨ましくなっちゃってさー。…アタシにも弟がいたらな~って思っちゃって。

 ねね、どうせ今、ヒナが戻ってくるまで暇でしょ??

 ちょっとやってみてよ~。」

 

 

 

うーんと、高校生くらいのお姉さんってのはドコでもこうなのかな?

確かに暇なのは暇だし、流石に今日会ったばかりの人が無茶苦茶言ってくることもないだろうし――

 

 

 

「…リサ、ねぇ。」

 

「んんー?ちょっとぎこちないっかなぁ。

 …もう一回♪」

 

「リサネェ」

 

「あはははは、もー、何そのイントネーション!

 笑わせに来たでしょ??もっかいもっかい!」

 

「そりゃ初めてだと呼びにくいし、緊張もしますよ。」

 

「あはは、敬語もいらないから、ヒナとか紗夜と接する感じいいよ~。

 ほら、もう一回。」

 

「くっ……。じゃ、じゃあ、今だけはタメ口にするね?リサねぇ。」

 

「おっ……。」

 

「??また何か違った?リサねぇ?」

 

「あ、あはは…これはこれは、思ったより恥ずかしい、みたいなー?」

 

 

 

あなたがやらせたんでしょうが。

こっちの方がより恥ずかしいの、分かってます??

 

 

 

「う、うん!こりゃあの二人が堕とされるわけだ~。

 ほら、おいで弟くん?」

 

「おいで?とは?」

 

「弟くん。今はアタシの弟くんなんだから、大人しく可愛がられなさい。ね?」

 

「………はぁ。」

 

「ほら、おいでって。」

 

「……ん。リサねぇ。」

 

 

 

もう抵抗はできない。助けになりそうな人も誰も家にいないし。

僕は諦めて、両手を広げて待っているリサね…今井さんに体重を預けることにした。

 

 

 

「んっ。……おぉ、これはなかなか…。

 ん"んっ。…よーしよし、存分に甘えなさいな、弟くーん。」

 

「ちょ、ちょっと、リサねぇ、くすぐった…じゃなくて、力強くない??

 髪のセットが…。」

 

「おぉ?ませてんだねー、弟くん。

 どうせ今日は出かける用事もないでしょー?…ほらほら、もっと撫でさせなさーい。」

 

 

 

その後、日が落ちて真っ暗になるまで日菜ねぇは帰ってこなかった。

そのせいでずっとリサねぇのおもちゃにされて過ごす休日となってしまった…。

 

結局、紗夜ねぇと日菜ねぇが一緒に帰ってきた頃には、すっかり打ち解けてしまった僕とリサねぇだったけど。

 

 

 

「ごめんねリサちー。来てもらったのに一緒にいられなくて…。

 あ、○○くんとは仲良くなれた??」

 

「別に気にしなくていいよー。こっちはこっちで仲良くやってたし、楽しかったからさ~。

 …ね?」

 

「ぅ?うん。…あ、はい。」

 

 

 

急にウインクとかやめて、心臓止まっちゃう。

 

 

 

「今井さん、私の弟が迷惑かけたりしなかったかしら?」

 

「迷惑?うーん……どうだったかなぁ…。」

 

「え!?ちょ、リサねぇ?」

 

「あらら。」

「えぇ!?」

「は?」

 

「…あ。」

 

 

 

気づいた時には遅く。

この数時間ですっかり洗脳された僕の口は、馴染みきってしまった姉呼びを漏らしてしまっていた。

その後、わーわーと関係性について騒ぎ立てる二人の姉さんを尻目に、「あはは」と苦笑いのリサねぇは素早い動作で帰っていった。

 

 

 

**

 

 

 

「いーい?○○くん。

 リサちーと仲良くって言ったけど、そーゆー仲良しさんは違うんだからね?

 ○○くんがお姉ちゃんって呼んでいいのはあたしだけなんだから、ね?」

 

「ちょ、日菜、私は。」

 

「えぇー?おねーちゃんはあたしにおねーちゃんって呼ばれるからいいでしょー?

 それともおねーちゃんは色んな人におねーちゃんって呼ばれたい様な欲張りなおねーちゃんだったの??」

 

「日菜、うっさい。」

 

「は、はは…」

 

 

 

お姉さんという生き物は、難しい。

 

 

 




リサちぃ。




<今回の設定更新>

○○:大正義弟くん。図らずも姉が増えてしまった。
   弄られすぎて、色々麻痺している気がする。

リサ:ついに動き出した姉界のボス。
   溢れ出る女子力を武器に、主人公を自分の弟にしようと――

日菜:いつも何処か行ってんな。

紗夜:風紀委員の用で頻繁に土曜は潰れるため、今日も習慣で登校したが。
   結局特に仕事はなく、見回りやら教師陣の手伝いやらで遅くなってしまった。
   頑張り屋さん。


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2019/07/03 姉妹が渋滞してるねぇ。

すみません、昨日の分です。
姉妹です。


 

ピコン

 

「…ん。」

 

 

 

不真面目なこの僕が珍しく自宅で勉強中だというのに…誰からのメッセージだ…?

画面には…"LISA"の文字。はぁ。

 

 

 

『やっほー』

 

『どしたの』

 

『べつにー?今何してるの??』

 

『勉強中。』

 

『あら~。えらいね。』

 

『もうすぐテストだし。』

 

『ひどい結果になると紗夜ねぇが怒るから。』

 

 

 

…っと、本当にこんな脱線してる場合じゃないんだった。

まだ今日の授業の復習すら終わってないし…。

 

僕はいつも(勉強自体たまにしかしないけど)勉強の時は音楽を爆音で聴きながら机に向かう。

…さすがに、今日みたいな夜に勉強するときはヘッドホン装着の上で、だけど。

無音でカリカリやるより集中できる気がするんだよね。わかる?僕だけか。

 

というか、紙とペンの触れる音が苦手っていうか、まあそういう感じ。

 

 

 

「○○くんー!」

 

「はぁ……。なにーー!!」

 

「入るね!」

 

 

 

がちゃっと、ドアを開けると同時に言いながら入ってくるうるさい方の姉さん。

入る前に言いなさいよ。

 

 

 

「○○くん、きいてきいて!

 今ね、おねーちゃんがお風呂入ってるんだけど…覗きに行かない??」

 

「あんたは修学旅行中の男子か。」

 

「わっ、ツッコミもするんだね。

 るんっ♪って」

 

「来ない。今勉強してるから、また後でね?」

 

「わっわっ…」

 

 

 

可哀想だけどここはご退場願おう。

何なら僕も一緒になって遊びたいくらいだけど、状況が状況だけにこっちを先に片付けちゃうべきかなーって。

 

 

 

「もー!!あとで遊ぼうって言っても遊んであげないんだから!!」

 

 

 

はいはい…。そう言いながら絡んでくるのは日菜ねぇじゃないか…。

さて、今日もすっかり習慣化した流れで日菜ねぇを無力化したし…やっちゃおうか。

 

 

 

**

 

 

 

結局あれからもいまいち集中できずに、無駄に長引いてしまったぞ…。

あるよね、夜だと特にね。…僕も風呂入っちゃおうかな。

 

僕ら姉弟の部屋は2階、リビングや浴室があるのは1階だ。

欠伸を噛み殺しつつ下っていく階段で紗夜ねぇと会う。

 

 

 

「…あら、今までやっていたの?」

 

「うん、ちゃんとやったよ。」

 

「そう。偉いわね。」

 

「…紗夜ねぇ、お風呂は無事に終わったの?」

 

「??…無事、とはどういう意味かしら?」

 

「んーん、別にいいや。日菜ねぇは?」

 

「日菜?さぁ、さっきリビングでだらしなく寝転がっているのは見たけど…。」

 

「ふーん?」

 

「○○、これからお風呂?」

 

「そだよ。」

 

 

 

あ、因みにこんなに長々喋っているのは一つ理由があって。

うちの階段、幅が狭くて擦れ違えるスペースがないので、誰かと会うとついつい喋り込んじゃうんだよね。

日菜ねぇは別だけど。

 

 

 

「もう少し早く入ったらお姉ちゃんと一緒だったのにね。」

 

「…紗夜ねぇもそういうこと言うの?」

 

「ふふ、あなたにだけよ。」

 

「……じゃあ今から一緒に行く?」

 

「な…ッ!」

 

 

 

想像して顔赤くするくらいなら言わなきゃいいのに…。

日菜ねぇやリサねぇと違って耐性がなさ過ぎるんだよな紗夜ねぇは。

そのくせ無理して弄るからもう見てらんない…。

 

 

 

「…顔真っ赤だよ。紗夜ねぇって可愛いねぇ。」

 

「ちょ……お姉ちゃんを、からかうもんじゃ、ありません…。」

 

「ははは、じゃ、僕下降りるね。」

 

「…私も行くわ。」

 

「部屋戻らないの?」

 

「よ、用事ができたのっ。」

 

 

 

紗夜ねぇと一緒にリビングへ。

…あぁ、だらしないってそういう。

 

リビングの長ソファでは顔に本を載せた日菜ねぇが半身を投げ出すように眠っていた。

 

 

 

「はぁ……日菜。そんなとこで寝てないで、部屋に行きなさい。」

 

「うーん…むにゃむにゃむにゃ……。」

 

「めっっっちゃヨダレ。」

 

「日菜!」

 

「ぅあっわっ、えっ!?あ、おねーちゃん。おはよう」

 

「おはようじゃないわよ…まったく。」

 

「日菜ねぇ、色々出てたよ。」

 

「ふぇ?色々?いろいろってどういう…」

 

「早く行きな…さい!」

 

「ま、まって!いろいろって!?ちょ、ちょっと…」

 

 

 

バアン!!

 

恐ろしい勢いで扉を閉める紗夜ねぇ。

…うん。日菜ねぇ、家でも下着くらいつけようよ…

 

 

 

ガッ!

 

 

 

「いってぇ!…な、なに紗夜ねぇ。

 顔、めっちゃ怖いよ。あと肩!指、食い込んでるって!!」

 

「フーッ!フーッ!フーッ!フーッ!」

 

「さ、紗夜ねぇ…?」

 

「さ、さぁ…これで二人になれたわね…

 お…おふふ、おふふふふ…ジュルリ、お風呂に、は、は、はは、入りましょう…」

 

 

 

どうしたお姉ちゃん!!

おかしくなってんぞ!!

 

 

 

「じょ…冗談だよね…?あっ、脱衣所行かずに脱いじゃう感じ…?ちょ!ちょっと待とう!ね!?ね!?」

 

 

 

**

 

 

 

「おねーちゃん、39℃だってー。」

 

 

 

紗夜ねぇは結構な高熱で寝ている。

そんだけ熱出てりゃおかしくもなる、か…。

 

結局あのあと、リビングで突如として脱ぎだした紗夜ねぇを何とか止めつつ、日菜ねぇを呼んだ。

部屋に行かずに階段でいじけていた日菜ねぇはすぐに駆けつけ、漫画とかでよく見るような首筋へのチョップで紗夜ねぇを落とした。

部屋まで二人がかりで担いでいき、今に至るというわけ。

 

 

 

「あーあー。○○くん、おねーちゃんにえっちなこと言ったでしょ。」

 

「い、言ってないよ!」

 

「ふーん??ま、おねーちゃんそういうの耐性ないからさ。

 あんまり過激なこと言うと、熱出しちゃうんだよね。…注意しないとね。」

 

「まぁ、うん…。そうだね。」

 

 

 

初心すぎる…。可愛いかよ。

 

 

 

「あれ?○○くんお風呂は?」

 

「…あぁ、これから入るよ?」

 

「なるほどなるほど……」

 

「じゃあ、行ってくるね。紗夜ねぇを宜しく。」

 

 

 

今度こそやっと静かに風呂入れるよ…。

珍しく日菜ねぇが紗夜ねぇを看病してるみたいだし、…って

 

 

 

「日菜ねぇ?」

 

「んー??」

 

「紗夜ねぇは?」

 

「おいてきたっ♪」

 

「…服、脱げないんだけど。」

 

「あ、脱がして欲しいの??…甘えんぼさんめぇ。」

 

「ちがうよ。」

 

「なぁんだ、自分で脱げるのかぁ。それじゃあ」

 

「ちょ、ちょっとまって、服に手をかけないで。

 さっき入ったんじゃないの?あ、ちがうあれは紗夜ねぇか…」

 

 

 

ごっちゃごちゃしてきたぞ。それくらい混乱中だ。

 

 

 

「えー?訳わかんないこと行ってないで入ろうよぅ??」

 

「もう!あとで入って!!

 今これから僕がひとりで!入るから!あとパンツ穿いて。」

 

「えー…一緒に入ってあげるよぅ。」

 

 

 

この家に、安息はないのか。

 

 

 

 



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2019/07/14 鍋食ってる場合じゃねぇ!!

 

 

鍋。

どんな季節に食べてもおいしい。

寒い冬には暖まるために。暑い夏にも熱さを楽しむために。

素敵な料理だ。

そしてその素晴らしい点はもう一つ。

家族で囲んで食べることができる点だ。

食事といえど、コミュニケーションがあるかないかで味も大きく変わる。

気持ちの問題と言われたらそれまでだけど。

 

要するに、一緒に鍋を囲む人間によって味や満足度も違うということなのだが…。

 

 

 

「もう、○○。お肉ばかり取らないの。

 お皿貸してごらん?お姉ちゃんがバランスよく…」

 

「はい!○○くん!!

 ○○くんの好きな鶏肉いっぱい入ってるんだよ!!あたしが取ってあげるから、○○はどんどん食べて食べて!!」

 

「いやあの、自分で取れる…」

 

「何言ってるの?自分で取ったら好きなものばかり取るでしょう?

 …○○が体を壊したりしたら、お姉ちゃん心配で死んじゃう。だからちゃんと栄養取るのよ?」

 

「う、うん…わかってるよ紗夜ねぇ…。」

 

「でもでも、筋肉にはやっぱりお肉だよねぇ。

 あたし、筋肉質な男の人って格好いいと思うんだぁ!だからいーっぱい食べるんだよー?」

 

「ひ、日菜ねぇ…。お皿に入りきってないよ…。」

 

 

 

目の前のお皿にはこれでもかとぶち込まれた鶏肉と波々満たされたスープ。

別皿にサラダのように盛り付けられた野菜たち…。

僕、鍋食べてるんだよな…。

 

 

 

「日菜、どうしてそうバランスを考えずに盛り付けるの?

 …結局のところ必要な栄養分は摂取しなくてはいけない訳で、ひいては健康を維持する…」

 

「もー、おねーちゃんもどういうつもり??

 男の子なんだから、いっぱいっぱい、好きなもの食べたいんだよ!!お肉は体にもいいしね!!

 それに一食バランス崩れたくらいで体調崩すようなヤワな子じゃないもん○○は。」

 

「ねぇ、食べようよ。美味しくなくなっちゃうよ?」

 

「○○、ちょっと待っててね?お姉ちゃん今頑張ってるところ。」

 

 

 

何をだ。

 

 

 

「○○くん?○○くんも折角だから美味しいもの食べたいもんね?

 あたしに任せといてっ!」

 

 

 

不安だ。

 

いつ終わるのかもわからない不毛な二人のやり取りを眺めていると、不意に体を後ろに引き倒された。

 

 

 

「うぉっ」

 

「大丈夫?弟くん。」

 

「…リサねぇ。いきなり引っ張ったら危ないよ。」

 

「もう、真面目だなぁ…。」

 

 

 

あれ?何でリサねぇが後ろに??

紗夜ねぇに接近禁止って言われて向かい側で食べていたはず…。二人が揉めてる間に移動したのかな??

というか!後ろから抱きしめられてるから、その…。いい匂い、するし…。柔らかいし。

 

 

 

「お姉さん二人が怖かったねぇ。…もう大丈夫だからね?

 お姉ちゃんがくっついててあげるからね?」

 

「リサねぇ…!だ、大丈夫だよ。子供じゃないんだし…。」

 

「アタシからしたらまだまだ子供だよ~。

 ほら!大人しくする!」

 

 

 

ぎゅぅぅぅぅっと力を込められる。

あぁ…埋まっていく…。

 

 

 

「今井さん?」

 

「リサちー?」

 

「んー??どうしたの二人共?」

 

「その状況は…何かしら?」

 

「どの状況?」

 

「今リサちーがやってることだよ!!

 どうして○○くんのことぎゅってしてるの!?」

 

「あなたには接近禁止を言い渡したはず…。

 ○○は私の弟です。あなたのそういった不乱次な行いは看過できません。」

 

「そーだそーだ!リサちーはなんかその…えっちじゃん!!」

 

「いや、ちょっと、二人共…。」

 

「あなたもいつまでそこにいるの!!」

 

「弟くんはここが落ち着くんだよね~?」

 

 

 

あぁ、板挟みだ。

そもそも接近禁止とか以前に、何故態々リサねぇを呼んだのか。

紗夜ねぇも日菜ねぇも、全く何がしたいんだかわかんない…。

 

 

 

「とにかく!喧嘩しないで!

 僕はご飯くらい一人でちゃんと食べられるから!!

 姉さん達も大人しくご飯食べてっ!」

 

「あっ……。」

 

「ッ…!」

 

「うぅ…。」

 

 

 

リサねぇの抱擁を振り払って立ち上がる。

ついでに喧嘩をしないようにもちゃんと言った。

 

 

 

「………。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

「…あれ?」

 

 

 

シーンとしてしまった。

分かってくれた?…訳ではなさそう。

 

 

 

「………う、ふえぇ…」

 

「!?紗夜ねぇ!?どうして泣いてるの!?」

 

 

 

あの紗夜ねぇがボロボロと涙をこぼし、しゃくり上げるようにして泣いている。

 

 

 

「だって…だって…ッ!

 ○○が…○○がぁ……うぇっ……ふぇえ…」

 

「僕がなに?僕がどうしたの?」

 

 

 

背中をさすりながら問うてみる。

 

 

 

「○○に…嫌われ、ちゃった…からぁ……

 ○○が、一人で…やるって…いうからぁ……。」

 

「う、うわぁ……。」

 

「日菜ねぇ、今は空気読んで。」

 

「あはは…こりゃ凄い愛情だわ…。」

 

「リサねぇも。」

 

「○○?…お姉ちゃんの、こと……ひっく、…嫌いになっちゃった…?

 いらなく、いらなくなっちゃ…うぇぇぇ……」

 

「なってないよ。ずっと要らなくなんてならないよ!

 紗夜ねぇのこと、ずっと大好きだよ!」

 

「…ぐすっ…ほんとう…?」

 

「本当だよ?…だから、泣き止んで。

 お鍋食べよう?」

 

「…うん。○○といっしょにたべる。」

 

「「!!」」

 

 

 

とりあえず今は紗夜ねぇを落ち着かせなきゃ。

こんな紗夜ねぇは初めて見る。子供みたいだ。それも僕よりもずっと小さい。

 

 

 

「紗夜ねぇの分、これでいいかな?食べられそう?」

 

「……○○、あーんして。」

 

「………。え、えーと…。」

 

「はやくぅ…」

 

「あ、う、うん。あーん…?」

 

 

 

あーん、と小さくだが開けてくれた口に小さく崩した豆腐を入れてやる。

 

 

 

「…どう?」

 

「…えへへ、おいしい。」

 

「「!!!!」」

 

「よかった…。」

 

「○○…もっと、もっとぉ」

 

「えー、もう自分で食べてよー…。」

 

「やだ。○○にあーんしてもらわないと食べられないもん。」

 

 

 

…振り切ってるなぁ。

と、まるで子供でもあやしている様な気分になったとき

 

 

 

「リサちー?」

 

「…うん。」

 

 

 

「「うわぁぁぁぁぁああああああああああん!!!」」

 

 

 

放置していた二人の姉が爆発した。

 

 

 

「○○…ここからが踏ん張りどころよ。」

 

「紗夜ねぇ…復活したんだね。」

 

「お姉ちゃんだからね。それよりもあの二人…何とかしなさい。」

 

 

 

鍋食べるだけでこんな騒ぎになるの?

 

僕、戦慄みたいなものが走ってるんだけど。

 

 

 




GAP




<今回の設定更新>

○○:意外と面倒見がいい。
   後で残りの姉も"看病"しました。

紗夜:弟に嫌われたら消滅する。

日菜:「なるほど…その手があったか…。」
   不思議と日菜がやっても効果は薄い。

リサ:色仕掛け担当。何故だか不思議艶かしい、リサねぇの甘やかし。


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2019/08/02 姉と弟のあわあわ☆ふりーだむ

 

 

「あっはっはっはー!!見て見て!○○くん!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ日菜ねぇ!外でやんなって!!」

 

 

 

やっぱりというか何というか…。

基本的に家にいない人が家に居るともう滅茶苦茶になるなぁ。

学校から帰ってくるなりいきなり花火を渡された時には、さすがの僕も視界が霞んだよ。

その状態から「取り敢えず花火はやめて別の遊びにしよう?」と冷静に対処した自分を褒めてあげたい。

だって室内だぜ?

今だってリビングがシャボンでいっぱいだ。

 

 

 

「ねーねー!これすごくない??おっきいのが作れるんだって!!」

 

「あぁ、テレビで見たことあるよ…ってそれどこから出したの。」

 

「いっひひー。…タライにシャボン液をー…。」

 

「だから!リビングでやるもんじゃないってば!

 外でやるか…せめてお風呂場とかさあ…!」

 

「お風呂?お風呂入りたいの??」

 

「どんな耳してんだよ!」

 

 

 

こんなタイミングで急に入浴とか脈絡なさすぎでしょ。

日菜ねぇじゃないんだから。

 

 

 

「ってかさ、この状況どうする気?」

 

「んー?ご飯食べる時とか?」

 

「もっと心配することあるでしょ…。

 ほら、(紗夜ねぇ)が帰ってきたら~とか、考えないわけ??」

 

「まっさかぁ~。おねーちゃん、今日は生徒会がどうとか言ってたと思うよ??

 まだまだ帰ってこないって~。」

 

 

 

ケラケラ笑う日菜ねぇ。そういうフラグっぽいこと言うなって…。

 

 

 

「…ただいま。」

 

 

 

ほらー!!

 

 

 

「あ、あわわわわわわわわ。」

 

 

 

こっちはこっちでわかりやすくテンパってるし!

 

 

 

「泡に囲まれて「あわわ」って…ぷっ。」

 

「わ、わわわ、笑ってる場合じゃないでしょー!

 どーすんのこれ!!」

 

「しーらないっ。

 僕は部屋に帰ってるから、たまにはじっくり怒られてみたら?」

 

「○○くんのばかー!裏切り者ー!!」

 

「はいはい。」

 

 

 

リビングを出て、階段へ向かう途中に紗夜ねぇに会う。

機嫌悪いのかな?目線は足元やや前方に向けられているし、相変わらず眉間には皺が寄ってる。

…それでも僕に気がつくとにっこり笑って「ただいま」と言ってくれた。可愛い。

日菜ねぇにはああ言ったけど、少しだけ時間稼ぎしてやろうかなぁ。

 

 

 

「おねーえちゃん。」

 

「!?○○…?どうしたの?きょ、今日はやけに可愛いわね…」

 

「この呼び方は恥ずかしいからやめよう…。

 えっと、帰ってきて紗夜ねぇが居ないとやっぱり寂しくてさ。

 …ただいまって声聞いて、今日は何だかすごく嬉しかったんだ。」

 

 

 

うん、嘘は言ってない。

紗夜ねぇに素直に気持ちを言う、その行為自体は僕らしくないけど。

 

 

 

「そう、そうなの…ふふふふ、ふふふふふふ。」

 

「さ、紗夜ねぇ?」

 

「…ね、○○?」

 

「おねえちゃんと、お部屋でお昼寝しよっか?」

 

「…ん??」

 

 

 

あ、やばい距離間違えた感あるぞこれぇ。

さっきまでただただ可愛かった紗夜ねぇに、何やら不穏な気が流れ始めた。

少しは時間も稼げたろうし、逃げ時か。

 

 

 

「なんなら、寝付くまで隣で子守唄歌ってあげよっか?」

 

「あ、それいいかも…」

 

「それじゃあ行きましょ。」

 

「えっ、あっ、あの、えっと」

 

「…?あ、まだおねむじゃないのね?

 ふふっ、わかったわ。それじゃあ私の部屋でアレを」

 

「あぁ!そういえばリビングで日菜ねぇが面白いことやってたよぉ!?」

 

「…日菜が?」

 

 

 

ごめん、日菜ねぇ。

でも紗夜ねぇのメンツの為にも仕方なかったんだ。

あのまま黙ってたら絶対やばいこと口走ってたよこの人。

ピクリと眉を反応させ、柔らかそうな表情を引き締め直す紗夜ねぇ。

踵を返しリビングへ向か―――う前に一言。

 

 

 

「○○、後でね?」

 

「…は、はい。」

 

 

 

後で何があるってんだ…。

 

 

 

**

 

 

 

「うぅっ…ぐすっ……ひっく、ひっく……うえぇ…」

 

「日菜ねぇ、あれは流石に怒られるって。」

 

 

 

夜。

晩ご飯の間までネチネチ怒られ続けていた日菜ねぇは、僕の部屋でしゃくり上げて泣いていた。

流石に心が折れたのか。

 

 

 

「でもさ、ちょっと時間あったでしょ?

 …よりにもよって、なんであんなことしたの。」

 

 

 

あのあと紗夜ねぇが向かったリビングはまさに地獄絵図。

どうやらテンパった日菜ねぇは一応隠蔽を試みたようだけど、僕が早々に見捨てたことにより袋小路に。

もう時間もないし隠すのは無理がある――じゃあ紗夜ねぇもシャボンの楽しみに巻き込めばワンチャン…?となったそうだ。いやならんだろ。

 

結果、紗夜ねぇを特大サイズのシャボン玉で封じ込めようという暴挙に出たらしいのだが…。

知ってのとおり、テレビとかでもやっている()()は中に入る人の協力が必要だ。

勿論抵抗した紗夜ねぇによってそれは叶わず、零したシャボン液を紗夜ねぇが被るわ飲むわで大騒ぎになったらしい。

そのあとの空気は流石に僕の甘えじゃどうしようもないほど苦かったよ。

 

 

 

「だってさ…だって、あの状況はもうどうしようもないじゃん…。

 ○○くん、裏切るしぃ……えぐっ、えぐっ…」

 

「はいはい、すごいよ鼻水。

 これ、びろーんって!はははは!」

 

「もー!お姉ちゃんの鼻水で遊ばないの!!」

 

「はい、じゃあちーんしましょうねー。」

 

「んぅ。……ずびーっ」

 

「お姉ちゃんだって言い張るならもうちょっと年上っぽいことしなよ…。」

 

 

 

えぐえぐ言っているのを慰めて、鼻水の処理までして…

 

 

 

「赤ちゃんの面倒見てるみたい。」

 

「なにそれーひどいー!!」

 

「はははは、ごめんごめん。

 じゃあ次は怒られないように気を付けないとね?お姉ちゃん?」

 

「うん…次は気をつけるもん…。」

 

「うん、えらいえらい。」

 

 

 

ぐちゃぐちゃになった前髪を手櫛で梳く。

…次は外で遊ぼうね、日菜ねぇ。

 

因みに、このあと日菜ねぇが落ち着き次第ではあるけど、僕は紗夜ねぇの部屋に呼ばれている。

さっきの「後でね」発言の全貌がいよいよ明かされるのだ。

 

 

 

「…出頭する気分だなぁ。」

 

「……逮捕しちゃうぞ☆」

 

「日菜ねぇ、その鼻水しまって。」

 

 

 

 

 




紗夜ねぇが帰ってこなければ花火もしちゃってたぞ☆




<今回の設定更新>

○○:姉弟関係的にも姉妹の真ん中に入ったほうがしっくりくるのか…?
   でも双子だしな…
   ( ゚д゚)ハッ!…三ツ子…?

日菜:泣き顔も可愛い。
   何故か外遊びを室内で、インドア遊戯を屋外でやりたがる傾向にある。
   河川敷で七並べとか。

紗夜:相変わらず弟にはデレデレ。
   日菜に対して怒る時のみ、若干の恐怖補正により「いつもより多めに」怒ってしまう。


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2019/08/16 姉、動く

 

 

「っじゃーん!お姉ちゃんが来たよっ!!」

 

「………ぇ?あ、ごめん…。…何?日菜ねぇ。」

 

 

 

早朝。時間で言うと6時を回ったところ。

徹夜で"怖~い動画"を友人と見ていたら、部屋のドアを吹き飛ばしつつ日菜ねぇが入ってきた。

友人とはヘッドホンをつけて通話中だったので、僕も気づかない日菜ねぇの声を友人に教えてもらうっていう…所謂ヘッドホンあるある。

一言断りを入れて席を立つ。

 

 

 

「う~ん…お邪魔だったかなぁ??」

 

「どうかなー。」

 

「ぶー…せっかく何もない土曜日だからって早起きしたのにぃ…。」

 

「や、こんな時間にこられても何もできないしさ。」

 

「やーだーやーだー!!○○くんと遊ぶのぉー!!」

 

「日菜ねぇ?…普通にうるさいよ?」

 

「なんでそんなに冷たいのー!?お姉ちゃんのこと嫌い!?」

 

 

 

嫌いじゃないけど…と思いつつチラリとPCに視線を移す。

ミュートにしてないから全部聞かれてるんだろうな…。相手は、よく二人の姉をベタ褒めしては会わせろとか結婚しないのとか喚いてくる奴だ。迂闊なこと言っても面倒なことになるのは目に見えてるし…。

 

 

 

「まぁ、無条件で大好きってわけじゃぁ、ないかな…。」

 

「………!!」

 

「……日菜ねぇ?」

 

「そうだったんだ…。…ごめんね。あたし、○○くんも好きでいてくれてるって思ってやりすぎちゃったね…。

 …ぐすっ。」

 

「わ、わー!!なんで泣いてんの日菜ねぇ!?」

 

 

 

リアルなショックを与えてしまったようで、目にいっぱい涙を湛えて俯く日菜ねぇ。

あぁ、これいつもの構って欲しい時のじゃなくてマジ泣きのやつだ…。まだ2回くらいしか見たことない…。

これはこれで人様に聴かれるのはまずい状況なのでは??

 

 

 

「ち、ちがうんだよ日菜ねぇ…。えっと、えっと…。」

 

「いいの…ぐすっ。あたし、よく迷惑がられてるみたいだし…いろんな人に。」

 

 

 

…あぁ、気づいてたの。

まぁ紗夜ねぇとかは隠すつもりもないみたいだし普通気づくよなぁ…。

 

 

 

「○○くんだけは、あたしのこと見捨てないでくれてると思ってたけど、やっぱりそんな上手く行かないよね…。」

 

「日菜ねぇ…。」

 

 

 

そして始まる脳内会議。

議題は、「日菜ねぇとの関係をとるか友達から弄られるネタと姉の片方を失うか」。

…うわぁ、どっちもどっちだなぁ…。

 

 

 

「今までごめんね…。本当にごめん…。」

 

「日菜ねぇ…。」

 

「………。」

 

「…………。」

 

「…なぁ!○○!!その居た堪れない空気どうにかしろよぉ!!」

 

「っ!?」

 

 

 

あのバカ…!

ヘッドホンから友人の怒号が聞こえてくる。いくら聞こえるからって入ってくるなよ。ってかどんな声量だ。実家暮らしだろお前。

びっくりした様子でヘッドホンを凝視している日菜ねぇ。…こう言っちゃなんだが、おもちゃに興味を持った猫みたいだ。

日菜ねぇ、ヘッドホンは噛み付いたりしないよ。

 

 

 

「…も、もしもし…。」

 

 

 

あぁ!マイクを見つけてしまったか…。

恐る恐る話しかける日菜ねぇかわいい。

 

 

 

「…??……ふーっ。」

 

 

 

ヘッドホンから反応がないことに気づき、マイクにとりあえず息を吹きかけてみる日菜ねぇ。

大丈夫、機械トラブルじゃないよ。多分向こう悶えてるだけだから。

 

 

 

「はぁ……。」

 

「??……わぷっ。」

 

 

 

折角なんでヘッドホンを日菜ねぇに装着させてあげる。

そのまま続けてマイクに「余計なことだけは言うなよ。」と念を押した上で、

 

 

 

「日菜ねぇ、僕のクラスの友達。

 変な人じゃないから話してみてもいいよ。」

 

 

 

と促してみる。

人見知りしない日菜ねぇのことだ、直ぐに仲良くなるんじゃないかな。あんまりなって欲しくないけど。

 

 

 

「……ひ、日菜っていいます。…○○くんのお姉ちゃんの妹のほうです…。」

 

「何故そんなややこしい言い方を…」

 

「………。……………??」

 

「…えっ?……うん、嫌われちゃったみたいで……。

 ち、違うよっ?………うん。…いつもどんな感じなの??」

 

「……。……………!!」

 

「うん。………わっ、そうなの??」

 

「………。……??」

 

「は?たっくん、それどういうこと。………ふーん…。

 そうなんだ。それは初耳だなぁ。」

 

 

 

急に顔つきが紗夜ねぇみたいになったな。何言ってるんだあいつは…。

それにしても、めっちゃ盛り上がってんね。僕と通話してる時は8割が生活音のくせに…。

 

 

 

「……!!……!!…。……?……?」

 

「…!!ふぇ?…えへへへ…そうかなぁ…えへへ。

 ……う??………うん、あたしも好き。……うん。」

 

 

 

…"好き"?

 

 

 

「……。…………!!」

 

「…うんっ!…ありがと。たっくん。

 ………そうなんだぁ!………試してみるね。」

 

「…?」

 

「るんっ♪○○くんっ!!」

 

「えっ…な、なに??」

 

 

 

さっきまであまりにしょんぼりしていたから忘れていた。相手が日菜ねぇだということを。

完全無防備な僕にずいっと顔を近づけた日菜ねぇは…そのまま僕の唇を奪った。

 

 

 

「……んむっ!?」

 

「……………んふぅ…♪」

 

「ぷぁっ。……ひ、日菜ねぇ!?」

 

「えへへ……どう?」

 

 

 

どう?って……。

なんて幸せそうに笑うんだこの姉は。…いや、そうじゃなくて。

 

 

 

「日菜ねぇ、姉弟でこういうこと、しちゃいけないんだよ!!」

 

「えぇー?嬉しくなかった??」

 

「う"……。」

 

 

 

嬉しくない、といえば嘘になる。

そりゃ姉弟でそういうことをしちゃいけないとか、好きな人とすべきだとか色々建前はあるけど。

…日菜ねぇは正直可愛いし、僕だって何だかんだ言いながら、好きだし…。

 

 

 

「そりゃうれs」

 

「それに、別に初めてってわけでもないもんね?」

 

「…えっ。」

 

「初めては、リサちーにあげちゃったんだもんね?残念だなー。」

 

「ひ、日菜ねぇ?」

 

「……でもいいの。」

 

「…??」

 

「○○くんが誰とちゅーしたとか、リサちーの家にたまに行くとか、ちょっと嫌だなぁって思うけど…。

 でも、学校で()()()()にいっぱい惚気けてるって、聞けたから。」

 

「惚気けてる…??ちょっとまってて」

 

 

 

日菜ねぇからヘッドホンを回収。

すぐさま()()()()…いや、クラスメイトの拓馬(たくま)を問いただす。

 

 

 

「お前、何言ったんだよ。」

 

『あぁ…ほら。今井の姐さんとの話…しちゃった☆』

 

「あ?ふざけんなよ。」

 

『めんごめんご…。だから代わりに、お前がお姉さんのことめっちゃ好きってしょっちゅう惚気けてるってことにして取り繕っといたから!』

 

 

 

おいおいほんとヤメロオマエハ…。

リサねぇのことはいつかバレてもおかしくないとは思っていたから仕方ないものの、でっち上げてきやがった内容に関してはどうしたもんか…。

 

 

 

『でもさ、お姉さんが好きなのは本当だろ?』

 

「はぁ?」

 

『頻繁に惚気るってのは作り話だけど、「結婚するなら姉みたいな人がいい」って言ってるのは本当だろ。』

 

「それは僕のことをよく知ってるからって意味で…」

 

『はぁ?じゃあ日菜さんは俺がもらってもいいのか?』

 

「ダメに決まってるだろ!日菜ねぇは僕のだ!……あ」

 

「…○○くんっ!!」

 

 

 

しまった。何て巧妙な誘導尋問だ。

後ろから抱きついてくる体温高めの重さに意識を移す前に、ヘッドホンの向こうからは「お幸せに~」という嘗め腐ったような声と通話を終了する音が聞こえた。

文句を言う相手もいなくなり、気の抜けた僕はそのまま床に引き倒される。

 

 

 

「○○くん!あのねっ、あのね!お姉ちゃんもね!お嫁さんになるなら○○くんのがよくってね!○○くんが大好きでね!○○くん大好きなの!おねーちゃんも好きだけどおねーちゃんよりも○○くんの方が好きかもしれない!ううん○○くん大好き!」

 

「ちょ、ちょっとまって日菜ねぇ…」

 

 

 

馬乗りになった日菜ねぇに顔をホールドされた状態で捲し立てられる。

何言ってるか多分本人も自覚できてないんじゃないかってくらい早口だし、なにより声量がすごい。鼓膜が持って行かれそうだ。

それにこの姿勢、さっきのことも考えると次いつ奪われるかわかったもんじゃない。

確かに日菜ねぇのことは好きだけど、家族・姉としての話だからね?異性としてじゃないんだから、そういうことはしちゃいけないとはやっぱり思うし

 

 

 

「またちゅーするね!!…えいっ」

 

「――――ッ!?」

 

 

 

ほらきたぁー!!

 

ドッドッドッドッドッ…

 

「朝っぱらからうるっさいわね!!!…ひっ!?」

 

ゴトッ

 

 

 

足を踏み鳴らして部屋に入場するや否や怒りの声を張り上げる紗夜ねぇ…が視界に映ったのは一瞬で、現状を把握した紗夜ねぇは後ろにゆっくり倒れ、鈍い音と共に沈黙した。

 

 

 

「ぷはぁ。……えへへ、またしちゃったね♪

 …あれ?おねーちゃん?何でそんなところで寝てんの??」

 

「さ、紗夜ねぇえええええええ!!!!」

 

 

 

朝っぱらから何やってるんだろう。僕。

 

 

 

**

 

 

 

「…○○くん、絶対にあたしの物にしちゃうんだから。」

 

 

 




分岐点です。氷川姉妹それぞれ独立したシリーズもいいかもしれませんねぇ…。
※すいません、脱字を治そうと思ったら焦って丸々消しちゃいました…。




<今回の設定更新>

○○;恐らく徹夜なんかせずにおとなしく寝ていれば…
   惚気けた事実は勿論無いが、シスコンの気はあるかもしれない。
   …いや確実にある。

日菜:やる時はやる子。ただ人を純粋に信じすぎる傾向あり。
   たっくんの言うことを100%信じている模様。
   …別に今後リサとの雰囲気が悪くなったりはしない。

紗夜:このあと滅茶苦茶昏睡した。

拓馬:今回の戦犯。
   恐らく一番仲がいい。絡むことが多い。
   後日マジで怒られた。


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2019/08/25 姉妹、近すぎる関係

 

 

 

「これは、由々しき事態ね、日菜。」

 

「確かに、これは事件の匂いだね、おねーちゃん。」

 

「二人してなにやってんの、テーブルの下なんか入って。」

 

 

 

日曜日の朝。

とても朝型とは言えない僕と、恐ろしく早朝型の姉二人が会ったのは食卓。

ただ二人は何やら相談中らしく、テーブルの下でヒソヒソと囁き合っている。何かの新しい遊びかな?

…にしては、紗夜ねぇが乗ってあげるなんて。珍しいこともあるもんだ。

 

 

 

「○○っ!」

 

ゴンッッ

 

「っつぅぅぅぅぅぅぅ……。」

 

 

 

驚いたのかその場で立ち上がろうとし、テーブル底面にしこたま頭をぶつける紗夜ねぇ。

今のは痛かったろうな。すっごい音したもん。

日菜ねぇも、ただでさえでかい目を余計大きく見開いて見ている。

 

 

 

「…大丈夫?紗夜ねぇ。」

 

「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……痛いわ…。」

 

「…まずはこっちに出てきたら?」

 

 

 

四つん這いのままベイビーのように這い出てくる姉①。

椅子に座る僕の元までそのまま来て、太腿に両手を乗せる。そのまま涙目でこちらを見上げてくる紗夜ねぇはなんというか…犬みたいで可愛くて…

気づけばその頭を優しく撫でてしまっていた。

…日菜ねぇは、何を思ったかまたテーブルの下へ潜り込んでいった。

 

 

 

「…うわぁ、結構コブになっちゃってるね。…冷やす?氷持ってこようか?」

 

ゴンッッガンッッ

 

「…いい。そのままナデナデして。」

 

ドゴォッゴガァッ

 

「もー。…また紗夜ちゃんになっちゃったの?」

 

ゴッゴッゴッゴッ…

 

「うー…。だって○○のなでなで好きなんだもん…。」

 

 

 

あぁこれ、痛みは大体収まってるな?

あの鍋事件以降、紗夜ねぇは頻繁に幼児退行を見せるようになった。どうやら撫でられるのが好きらしいこのモードの時は、何故か姉扱いすると不機嫌になるので"紗夜ちゃん"と呼ぶようにしている。

ただひたすらに滅茶苦茶可愛い、ずるいモードだ。

 

 

 

「…じゃああとちょっとだけね?今日はちょっぴり忙しいから。」

 

……ドゴォッ!ガッシャァン!

 

「うるさいなぁ!」

 

 

 

後ろの騒音の主(日菜ねぇ)を振り返りつつ、なかなかの音量で聞こえ続けていた音についてキレる。

何がしたいんだあんたは。

 

 

 

「だってぇ!だってぇっ!おねーちゃんばっかりずるいじゃん!

 あたしも○○になでなでされたい!!」

 

「…それより、頭、大丈夫?」

 

「なにそれー!?それがお姉ちゃんに対して言う言葉!?」

 

「そういう意味じゃないよ。ずっと凄い音してたでしょ?痛くないの?」

 

「あ、そっちか。…うーん、不思議と平気。」

 

「じゃあなでなでいらないね。」

 

「あっー!」

 

 

 

頭を抱えて踞る姉②。

ほんと何がしたいんだあんた。

 

 

 

「…はい、それじゃあ紗夜ちゃん。なでなではここでおしまいね?」

 

「うー…うん。ありがとう、○○。」

 

「はいはい。…ところでさ、二人とも。」

 

「「なぁに?」」

 

 

 

ハモった…!!流石双子。

 

 

 

「あのさ?今日って、リサねぇの誕生日じゃん?二人はどうするの?」

 

「…私は、友達との集まりがあるから、そこで祝おうと思ってるわ。今井さんも来るし。」

 

「日菜ねぇは?」

 

「んー。あたしは特には考えてないかなー。

 特に仲良しってわけでもないし、会う予定もないしねー。」

 

「そっかー。」

 

「…まさか○○。お祝いに行こうとか言い出す気じゃないわよね?」

 

 

 

え、何でそんな怖い顔してんの紗夜ねぇ。

さっきまでの可愛らしい紗夜ちゃんはどこへ…?

 

 

 

「お祝いに行くよ?日頃お世話になってるし。」

 

「ッ――!!」

 

 

 

気付いた様子の日菜ねぇ。やめてね?今余計なこと言わないでね??

 

 

 

「おねーちゃん。やっぱり、止めたほうがいいんじゃないかなぁ?」

 

「…そうね。今井さん、最近やたらと○○の話ばっかりするし、二人きりにさせるのも危ないかも知れないわね。

 主に○○の貞操的に。」

 

「貞操…ねぇ?」

 

 

 

うわぁ。そんなハイライトの消えた目を向けないでくれるかな日菜ねぇ。

心臓をぎゅっと掴まれた気持ちになるよ。

 

 

 

「紗夜ねぇは、このあとでかけるってこと?」

 

「えぇ、そうなるけど…。」

 

「そ、そうなんだ!じゃあ日菜ねぇ、後で一緒に遊ばない??」

 

「んー?いいよぉ!!なにしてあそぼっかー。」

 

 

 

顔がぱあっと明るくなる日菜ねぇと、それに反比例するように不機嫌そうな顔になる紗夜ねぇ。

めんどくさいなこの二人が一緒にいると…。

 

 

 

「じゃあ、取り敢えず部屋に行こっか、日菜ねぇ。」

 

「いこいこ~♪」

 

「…………。待ちなさい。」

 

「…はい。」

 

「……………日菜。」

 

「むっふふー。わかってるよっ、おねーちゃん。」

 

 

 

何が、とは恐ろしくて訊けないが通じ合うものがあるのか。流石双子。

そのまま不機嫌そうな紗夜ねぇを残し、日菜ねぇと共に部屋へ移動する。

 

 

 

**

 

 

 

「……ふぅ。」

 

「○○くん?行きたいんでしょ、リサちーのとこ。」

 

 

 

部屋に入るなりいきなり核心を突いてくるなこの人は。

そりゃ行きたいよ。

 

 

 

「まぁね。日菜ねぇ達が何を想定して引き止めているのかはわからないけど、知ってる人の誕生日なら祝わなきゃ。」

 

「…ふーん。」

 

「…だめ?」

 

「…はぁーあ。手ごわいなぁ、リサちーは。」

 

「何の話?」

 

「あたし達がこんなに時間をかけても崩せなかったものをどんどん攻め落としちゃうんだもんなぁ。」

 

 

 

意味がわからない。

ゲームかなにかの話だろうか?

 

 

 

「行ってもいいけど条件があります。」

 

「…っ!……はい。」

 

「絶対に、悪い男の子にはならないこと。」

 

「…はぁ?」

 

「…あのね。今○○くんがしていることって、実はすっごい残酷なことなんだよ。

 今はわからないかもしれないけど。」

 

「…残酷?」

 

「だからね。…最後はちゃんと自分がどうしたいか、どうなりたいかって決めること。

 これは、これからのこと全部に言えると思うけど、"平等"とか"普通"とかって凄く難しいものなの。

 そんなのは誰も望んじゃいない。…どんな結果になろうと、○○くんの意思で一つに決めることが、大事なんだよ。」

 

「…うん…?」

 

 

 

なんの話をしてるんだ??結局、何をさせたいんだ?

 

 

 

「それがわかってるなら、日菜ちゃんは止めないよ~っ♪」

 

「えっ?…そんなんでいいの?」

 

「さっきのこと、ちゃんと約束できるんならね。

 色々経験して、大きい男の人になるんだよ~♪」

 

 

 

シリアスな雰囲気かと思えば急に明るいいつもの日菜ねぇになって。

…そのまま部屋を出ようとする。

 

 

 

「あれ?遊ばないの??」

 

「うーん、何か今日は疲れちゃったなぁって!

 折角の日曜日だし、お部屋でゴロゴロしよっかなぁ!!んじゃねっ。」

 

 

 

………なんだろ。

あんなに、泣いているんだか怒っているんだか笑っているんだかわからない日菜ねぇは初めて見た。

いつもよくわからない人ではあるけど、色んな感情が見えてわからないのは、初めてだったんだ。

 

 

 

**

 

 

 

「お姉ちゃんはゆるせません。こんな遅くに、何時に帰ってくるかもわからないのに外出させるなんて…。」

 

「だって仕方ないでしょうよ、さっきまで紗夜ねぇ達と一緒にいたんでしょ??

 じゃあこの時間になっちゃうのは当たり前じゃんか!!」

 

 

 

夕方?夜?微妙な時間帯だが、リサねぇと事前に約束していた時間が目前まで迫っていた。

このままでは、走っても間に合わないかもしれない。

慌てているのを悟られないように、けれど迅速に、紗夜ねぇを説得する。

 

 

 

「それに今井さんのところでしょう?…別に無理にこんな時間に行かなくても、今度お姉ちゃんがついて行ってあげますから、ね?」

 

「…でも、それじゃダメなんだ。

 …約束、したんだよ。」

 

「…………。はぁ。」

 

「ちゃんと帰ってくるから、悪いことしないで、お祝いしたらすぐ帰ってくるから。…それじゃダメかな?」

 

「…日菜には許可貰ったの?」

 

「うん。条件と引き換えに、だけど。」

 

「……条件?」

 

「絶対悪い男の子にならないって。」

 

「…………そう。」

 

「…うん。」

 

 

 

しばし沈黙。

何かを考え込むように顎に手を当てる紗夜ねぇ。…少し時間を置いては、「あっ」と顔を上げる。…そしてまた、何も言わずに俯く。

それを何度繰り返しただろうか。

長い、深い溜息を吐いたかと思うとゆっくり顔をあげ

 

 

 

「じゃあ、私からも一つだけ条件。」

 

「…なに?」

 

「今度………貴方の丸一日を私にちょうだい?」

 

「どういう…こと?」

 

「まぁ、一日デートにでも付き合ってもらおうかしらね。」

 

「それでいいの??」

 

「……それを3日もらおうかしら。」

 

 

 

あ、今慌てて増やしたな?

凄い汗。…紗夜ねぇ、隠し事とか下手なんだから…。

 

 

 

「それは全然いいんだけど…その条件にした理由は??」

 

「………はぁ。…私は、少しだけ悪い女の子になってしまってるってことよ。」

 

「……??」

 

「いいから、行きなさい。

 約束の時間、過ぎてるんでしょ?」

 

 

 

その言葉にハッとして腕時計を見る。

やばい、やばいやばいやばいやばいやばい…もう走るとかそういう次元じゃない。既に遅刻している…!

紗夜ねぇに「ありがとう」とだけ伝えるとドタバタとコメディ映画か何かのように慌ただしく家を出た。

 

 

 

「私たちの最大の武器が、仇になっちゃったのね。…日菜。」

 

 

 

家を出る時に聞こえた紗夜ねぇの一言は、今の僕にはまだ理解できないものだった。

 

 

 




シリアスめ…?
リサねぇの誕生日に合わせて多めの更新でした。




<今回の設定更新>

○○:戦犯。
   姉という姉を誑かして回っているようですが、まだ幼いので勘弁してやってください。
   リサ編に続いています。

日菜:今回は珍しくまともな事言う。
   石頭(物理)

紗夜:実は日菜より精神年齢低めかも知れない。
   諦めはものすごく悪い。


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【今井リサ】ひかわさんち。 - √LISA 「三人目」【完結】
2019/07/24 愛の巣


 

 

 

それは、僕に()()()()姉ができた日の話。

 

 

 

**

 

 

 

先日の鍋事件。

発端は紗夜ねぇが悲しみのあまり幼児退行してしまったことから始まる。

 

その時は紗夜ねぇの対処に追われて気付かなかったが、どうやら()()()の姉もそれぞれの要求を抱えていたようだ。

…いや、欲求か。

 

その抱えていたものが、紗夜ねぇは「弟に甘える」事だったため、ああなってしまったと。

そして、今日はリサねぇの要求に応えなければいけないらしい。

 

怖い。

何が待ち受けているのか、この扉の向こうに。

何を、どうされるのか。

 

 

 

ガチャッ

 

 

 

「弟くん?…どーして入ってこないの?」

 

 

 

長く考え込み過ぎたんだろうか。

本日のお相手の()が顔をのぞかせる。

 

 

 

「あ、いや…ちょっと、緊張しちゃって…。」

 

「あはは、いーのいーの緊張なんかしなくたって…。

 このお家にはね、アタシと弟くんしか居ないんだから、誰かに見られるとか心配しなくていいんだよ?

 自分の家だと思って、寛いじゃってよ~。」

 

「いやそれもどうなの…リサねぇ。」

 

「いいんだってばぁ。

 弟くんを独り占めするために、態々新しく借りた部屋なんだから…

 上がってくれないと、全部無駄になっちゃうなぁ?」

 

「…わかったよ。」

 

 

 

なんだよその裏事情。今日初めて聞いたぞ…。

僕一人と過ごすためだけにわざわざ賃貸を?

 

確かに、同じ街に実家があるのにすぐ近くで一人暮らしなんて変だなとは思ってたけどさ。

 

…根負けした僕は、遂に意を決してお邪魔することにした。

 

 

 

「おじゃましま――」

 

バタン!ガチャン!

 

「…何で鍵?」

 

「ん~?…邪魔者が入らないように、かなぁ…?」

 

 

 

早速出たぞ!おかしいぞ!

早くも恐怖に駆られている自分の体を、思わず震えさせてしまう。

 

 

 

「り、リサねぇ?僕、何されるの?」

 

「あっははは!そんな怯えなくても大丈夫だって!!

 …ほら、()()()お姉さんズ、ちょっと色々大変でしょ?

 きっと日頃素直に甘えたりできてないだろうと思って、ここにご招待したって訳。」

 

「あー…まぁ…。」

 

 

 

どっちかというと面倒見てるのは僕の方だもんな。

特に日菜ねぇ。最近じわじわ紗夜ねぇもか。

 

 

 

「だから、肩の力も抜いて、今だけはアタシを本当のお姉ちゃんだと思ってさ。

 ()()()()の弟で過ごしてほしいな。」

 

「…甘える側、か…。」

 

「そそ。…それとも…アタシの事、嫌い?」

 

 

 

そっと手を取られる。

そのままリビングの方へ引かれるように歩く。

 

 

 

「う"っ……嫌いじゃ、ないけど…。」

 

「じゃあ、好き?」

 

「……そりゃまぁ…。嫌いになる要素もないし。」

 

「もうちょっと素直になっちゃおっか?」

 

 

 

ずいっと顔を近づけてくる。

あぁ、またこの目だ。悪戯半分揶揄い半分って感じの、それでいて優しい目。

…逆らえない、ずるい目だ。

 

 

 

「…好き。」

 

「んー。もうちょっと足りないなぁ。」

 

「??」

 

「「おねーちゃん、だいすき。」でしょ?」

 

「…おねーちゃん、だいすき。」

 

「んー!よくできました!!

 よし、素直で可愛い弟くんにはぎゅってしてあげようね~。」

 

 

 

僕の意思などお構いなしに少々強めの抱擁を貰う。

うなじから立ち上る女の子特有の甘い香りとか、鼻先をくすぐる癖のある長い髪。

あぁ、もう何だかどうでもいいや――

 

 

 

「…うん、おねーちゃん、大好き…」

 

「うんうん、ここに居る間は、弟くんはアタシ()()の弟くんだからね??」

 

「うん。」

 

「あっはは!かぁいいね~!!」

 

 

 

僕を抱きしめる腕に力が篭もるのが伝わってくる。

暖かく、柔らかく、心地良い…。

確かに、家の二人が相手じゃ感じることのできない感覚かもしれない。

これが、甘える幸せか。

 

 

 

「あっそうだ!弟くん、プリン好きだったよね??」

 

「ぇっ?…ぷぁっ、なんで知ってるの?」

 

 

 

胸に埋もれていた顔を上げ問いかける。

…もう少し埋まっていたかったかも。

 

 

 

「へへ~、お姉ちゃんは弟くんのこと、な~んでもしってるんだよ??」

 

「…すごいね。」

 

「でしょー?…作ってみたんだけど、食べる??」

 

「…!!食べる!!」

 

「うんうん、ちょーっとそこで座ってまっててね?」

 

 

 

お洒落なアンティーク調の椅子に座る。おぉ、固そうな見た目の割にふわふわだ。

お尻が幸せ。

 

…にしても、どうして僕がプリン好きって知ってたんだろ?

あの二人も知らない事なのに。

と疑問を浮かべていると、目の前に陶器入りのそれが置かれる。

 

 

 

「おぉ……!!」

 

「ふふっ、おまちどおさま♪

 お替わりもあるから、好きなだけ食べてね??」

 

「うん!ありがとうおねーちゃん!!」

 

「あぁぁぁぁあああっ!!」

 

「!?」

 

 

 

身悶えする様に体をくねらせるリサねぇ。

…背中でも痒いのかな。

 

 

 

「おねーちゃん…?」

 

「ん!な、なんでもないよ!…あ、あはは…」

 

「えっと…スプーンってどこにあるの?」

 

 

 

正直、この質問は安易すぎた。

先程の身悶えで気付くべきだったんだ。…リサねぇのスイッチが入っていることに。

 

 

 

「…スプーン、要る?」

 

「だって、ないと食べられないよ。」

 

「そっかぁ……それじゃあ、じゃーんっ!スプーンでぇす!」

 

「なんだ、ずっと持ってたの?」

 

「まぁね~。…ちょっとプリン借りるね?」

 

「……あーんとかする気?」

 

「まっさかぁ。…してほしいの?」

 

「い、いや…別に…」

 

「だよね。そんなことしてあげませーん。

 …あむっ。」

 

「へ?」

 

 

 

何を思ったかリサねぇは、その取り出したスプーンでお手製プリンを一口掬い取ると、自分の口の中へ。

呆然とする僕を尻目にその味を楽しむ。

 

 

 

「…えーっと、僕の分は…?」

 

「んぅ?…んふー♪」

 

 

 

美味しそうに頬を緩めるリサねぇは、半分ほど減ったプリンを置き、空いた手で僕の頭をホールド。

…ん、あれ?と考える間もなく距離を詰められ

 

 

 

「――――ッ!?」

 

「んー……。」

 

「!!―――ッ!ッ!!」

 

「んふ……んぅ。」

 

「ぷぁっ!」

 

「…ふふっ、美味しかった?」

 

「はぁっ…はぁっ……!!」

 

 

 

直に口の中に流し込まれたそれは、ただのプリンとは違う滑らかさと甘さがあって…

それをゆっくり感じる間もなく、喉から体内へと流れ込んでいった。

でもあの最中僕の味覚を独占していたのは、感触的に考えてリサねぇの

 

 

 

「リサお姉ちゃん特製の、"プリンチュゥ"だよ?」

 

 

 

**

 

 

 

家に上がったらいきなりあれだもんな。

随分押しの強い姉ができたもんだ。

でもまぁ、嫌って訳じゃなくて

 

 

 

「弟くぅん~?まだ寝てるのかなぁ~??」

 

「あっ、も、もう起きるよおねーちゃん!」

 

 

 

あれから暫く、()()()()()()の絡め獲るような甘さから抜け出せていない。

 

 

 

 




今回は珍しく既シリーズからの派生シリーズとなります。
あ、プリンチュウっていうお菓子は実際にあります。こういうのじゃないですけど。




<今回の設定>

〇〇:言わずと知れた氷川家の宝。
   本シリーズでは「ひかわさんち。」の合間々々に行われる
   リサねぇの篭絡シーンが描かれます。

リサ:氷川姉妹が居ると割り込めないため、いっそ自分専用のステージをと思い
   わざわざ部屋を一つ押さえた。
   主人公を自主的に通わせることにより、徐々に手籠めにするのが目的。
   鍋事件の後、「それぞれの姉が一つだけ願望を叶える」流れに沿ったまでであり
   氷川姉妹もそこまでする奴はいないだろうと高を括っていた結果である。


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2019/08/07 物知り

 

「あ、そうだ。ねーねー、弟くん?今日の晩御飯、何が食べたいかなぁ?」

 

 

 

今日もまた、相も変わらずリサねぇの()()()()に来ている。今日は学校から帰った後、日菜ねぇに捕まりそうになったが何とか振り切ってこれたんだ。

まさかあんなに足が早かったなんて…。

 

そして恐ろしいのはリサねぇも同じだ。

僕は一応合鍵を貰っているから問題はないんだけど、来ていざその鍵を使おうとした時にはもう開錠済み。…要は既にリサねぇが居たってこと。

だってさ、リサねぇって基本的には自分の家、実家に住んでるんだよ。こっちの部屋は僕と二人で過ごすために借りたって言ってたし、つまり…。

 

 

 

「あのさ、おねーちゃん?今日何も連絡してないのに、僕よりも早くここにいたじゃん?」

 

「そうだね~。…それがどうかしたの?」

 

「…僕が来るって、知ってたの?」

 

「あったりまえじゃ~ん♪弟くんの考えなんて全部お見通しだよ~。」

 

「なっ……」

 

「いやぁ、愛の為せる業っていうか~?」

 

 

 

これだ。

他にもいろいろ疑問はあるんだけどね。問い詰めたところで結局全部、この"愛の為せる業"で片付けられちゃうからね。

気にしないのが一番だ。それはそうと

 

 

 

「ふーん…。えっと、晩ご飯だっけ?」

 

「そーそー!…まぁ?弟くんの好きな食べ物は勿論把握済みだけどさ?

 今日は何が食べたいかは、流石に訊かないと、ってね。」

 

「うーん…。因みに、僕の好きな食べ物って?」

 

「んー?んふふ、聞きたい?」

 

「全部合ってるんなら、是非。」

 

「よぉーしわかった。こっちおいで?」

 

 

 

向かいのソファで手招きするリサねぇの隣へ。

暑い時期ということもあって、肩やら腕やら、ちょっと肌色が眩しすぎるような気もするリサねぇ。ほんの少し汗ばんだその白い肌は僕の意識を逸らすには十分すぎるくらいで…。

いや、見るまい。そういう疚しい気持ちまできっとお見通しなんだ、この()()()()()()は。

今は好きな食べ物の話、好きな…。

 

 

 

「ん、素直に来てくれたね。えらいぞ~。」

 

「…んむ。」

 

 

 

座るや否やその流れで抱き寄せられる。薄い布一枚越しの胸が目前に迫る。

力を抜いても倒れる心配のなくなったその姿勢は僕の頭の中から"抵抗"の選択肢を否応なく奪っていく。…いつもの事だね。

諦めて顔を埋めると、いつもの落ち着きと安らぎを混ぜて安心を掛け合わせた様な香りが胸いっぱいに広がる。

あぁ、やっぱ素敵なお姉ちゃんだ…。こんな素敵なお姉ちゃんが僕の本当の

 

 

 

「…ふふっ、今「本当のお姉ちゃんになってくれたら~」とか考えた??」

 

「…なんで分かったの。」

 

「理由なんかわかりきってるくせにぃ。」

 

「…うん。」

 

「じゃあ、弟くんの好きな食べ物、知ってる限りで言うね??」

 

「どうぞー。」

 

 

 

殆ど誰にも話していないんだし、きっと全部は知っちゃいない。知っているなら神だ。姉神。

 

 

 

「前も言ってたプリンでしょ?あとは、カレーも好きだよね?それとハンバーグにエビフライも好きだよねえ。」

 

「ぅ…」

 

「意外と渋いところで、きんぴら系も好きなんだっけ?

 あ!おにぎりの好きな具はオーソドックスな梅と鮭、それもフレーク系じゃなくて形がしっかり残ってる奴。」

 

「む…………。」

 

「あと、これは忘れちゃいけないよね。ゼリー飲料が好きなんだっけ?マスカット味のやつだよね?」

 

 

 

…姉神だ。降臨なされたんだ。

 

 

 

「神様…。」

 

「うぇ??…あ、あはは、嫌だなぁもう!神様みたいに美しいなんて~」

 

「いってないよ、うっぷ。」

 

 

 

あぁもうグリグリしないで。リサねぇは頭を撫で回しているつもりなのかもしれないけど、されている僕側には色々なものが押し付けられてもみくちゃにされて…。

 

 

 

「えぇ~、でも思ってるでしょ??」

 

「うぅ?…えっと、はい、まあ。」

 

「もー。困らないでよーぅ。」

 

「ごめんって、おねーちゃん。」

 

「ふーんだ。「おねーちゃん可愛い」って言ってくれなきゃ、お姉ちゃん許してあげないもーん。」

 

「おねーちゃん可愛い!好き!」

 

「んんんんん…っ!!アタシも!弟くん、大好きだよぉ!!」

 

「うぁっ!?」

 

 

 

今度こそ体勢を変えて、改めて抱きしめられる。やめて!首筋の匂いを嗅がないで!!汗かいてるからぁ!

めっちゃ背中を上下に撫でられてるし、首周りの匂いを嗅ぎ回られる。

そのうち僕、食べられちゃうんじゃないかなぁ…。

 

 

 

「ぜ~んぶ、正解だったでしょ?」

 

 

 

ぴたりと動きを止めて耳元で囁かれた言葉に、僕は黙って頷くしかなかった。

 

 

 

**

 

 

 

『○○、まだ帰ってこないの?』

 

 

『ごめん』

 

『今日、友達とご飯食べて帰るから』

 

 

『え?』

 

『ちょっと待って』

 

『さっきはリサちーと会うって言ってたよね??』

 

 

『あー』

 

『そのあとで友達に会ってさ』

 

『そんな感じ』

 

 

『ふーん』

 

『おねーちゃんとおかーさんに伝えたらいい?』

 

 

『おねがい』

 

 

『わかった!』

 

 

 

…やっぱこういう連絡は日菜ねぇだな。

紗夜ねぇだと追求が長くなっちゃうし。

 

 

 

「…ふぅ。」

 

「おうちにちゃんと連絡できた?」

 

「うん、日菜ねぇに。」

 

「もー。…ここにいる間は、アタシだけがお姉ちゃんだって言ったでしょ?」

 

「あ、そうだった。…日菜()()()にちゃんと言ったよ。」

 

「…うん♪偉いね、弟くん♪」

 

 

 

晩御飯はハンバーグカレーだった。

 

 

 




お店のカレーより家庭料理としてのカレーが好きです。




<今回の設定更新>

○○:まとめると「小学生男子が好きなものは大体好物」
   正直、大体こいつのせい。

リサ:愛情補正が掛かっている。
   主人公のことは顔を見ていれば全てが透けて見える。
   今回も、結局晩飯のメニューは聞かずに作ったらビンゴだった。
   …着実に洗脳は進んでいる。


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2019/08/25 幸時間

 

 

 

「はぁ、はぁっ…はぁ、…はぁっ!」

 

 

 

走っていた。

すっかり暗くなった市街地。

やっとのことで二人の姉を説得した僕は、約束の時間を大幅に遅れてしまっていることを悔やみながらも、呼吸を忘れるくらい全力で走っていた。

 

 

 

「……はぁっはぁっ…み、見えたっ!!」

 

 

 

目的の建物へたどり着くための、いつも目印にしている看板が見えてくる。

無駄にカラフルな美容室の看板が目印なんだ。

…この角さえ曲がれば、あとはまっすぐ…っ!

 

 

 

バァン!

 

「リサねぇ!!」

 

 

 

案の定鍵は開いていた…が、中は真っ暗だった。

呼びかけにも返事が無いし、何よりいつも玄関まで迎えに来てくれるあの悪戯っぽい笑顔が見当たらない。

…靴は、あるんだけどな…?

胸騒ぎがした僕は、脱いだ靴もそのままにリビングを目指す。

 

 

 

「リサねぇ…?」

 

 

 

戸を開けて室内を見渡すも、人の気配はない。…誰もいないのだろうか。

でも、鍵を開けたまま、靴も履かずに出かけたりするかな…?

 

 

 

「リサね」

 

「しーっ…。…そのまま動かないで?」

 

 

 

後ろからがっしりと羽交い締めにされる。

直後に手のひらで抑えられる口と、続けて耳元に当たる吐息。

 

 

 

「…呼び方も違うぞぉ?」

 

「……ぉ、おねーちゃん。…遅れてごめん。」

 

「…………。」

 

 

 

口は開放してもらえたが、相変わらず体の自由は奪われたままだ。

正直、男女の差もあるし僕がその気になったら振りほどくのは簡単だ。でも、そうさせない、そうできなくなってしまうような魅力が、この体勢には多すぎる。

 

 

 

「…………ぐすっ。」

 

「!?…お、おねーちゃんっ!?」

 

「…もぅ……弟くん、来てくれないかと…思ったよぉ……。」

 

「……ぁ…ぅ、……ご、ごめん……」

 

「…どーして、こんなに遅く、なっちゃったの?」

 

「……日菜ね…日菜ちゃんと、紗夜ちゃんが……行っちゃダメだって。」

 

「………それで?」

 

「……日菜ちゃんは、誕生日祝いに行くだけって言ったらすぐ引き下がってくれたけど、」

 

「…紗夜には、何をして許してもらったの?」

 

「………今度、一緒に遊びに行く約束。」

 

 

 

丸一日デートするって約束で開放してもらったんだ。

……3回。

 

 

 

「じゃ、じゃぁ……アタシのこと、嫌いになったわけじゃ、ない…?」

 

「も、もちろん!おねーちゃん、大好きだよ??」

 

「………うぅぅぅ…。」

 

「わ、わーっ!泣かないで??泣かないで?ね??」

 

 

 

リサねぇの流す涙が僕の後頭部を、首筋を、シャツの襟首を濡らしていく。

遅くなってしまった――言葉で言ってしまえば簡単なものにしかならないけど、今日という日に関しては、彼女に大きな傷を…痛みを与えてしまったのかもしれない。

この罪に対して、僕はどう向き合えるだろうか?

 

 

 

「おねーちゃん……ええと、本当にごめん。

 …でも、おねーちゃんのこと嫌いになったとか、誕生日を忘れたとか、全然そういうのじゃないから!!」

 

「……ぅん…。」

 

 

 

力なく僕の体は解放される。

振り返り、リサねぇの目を正面から見つめる。…そして、本当はお祝いのためと用意しておいた秘策を、せめてもの償いとして行使する。

 

 

 

「…ぇ?」

 

「……いつも、ハグはおねーちゃんの方からだったもんね。

 僕ね、おねーちゃんにぎゅってされると、どんなに嫌なことがあった時でも落ち込んでる時でも、あったかい気持ちになれるんだ。

 すーって感じで、体が楽になるんだよ。」

 

「……ぅん。」

 

「だから今日は、いつも色々優しくしてくれたり甘やかしてくれるおねーちゃんにお返しって思ってたんだけど…。

 …流石にこれじゃあ、おねーちゃんの悲しい気分は無くならないよね…?」

 

「………っ。」

 

 

 

一方的に抱きしめる形で暫しの時を過ごし、リサねぇの震えが収まってきたことを感じる。

あぁ、そうだったんだ。リサねぇってこんなに体温が高かったんだ。

それに、抱く側になって初めて気づいたかもしれない。…おねーちゃんおねーちゃんって、年上のお姉さんだと思って当たり前に包まれていたけど、こんなにか弱くて小さな体だったんだ。

その華奢で儚いおねーちゃんを、僕は…僕は…ッ!

 

 

 

「………う。」

 

「…………?」

 

「……ぅう、うぅぅぅ……。」

 

「お、弟くん?」

 

 

 

なんてことをしてしまったんだと、後悔の念と重い自責の気持ちが込上がってくる。

それは不覚にも涙となって溢れてしまった。……だめだ、止めないと。傷つけたのは僕の方なのに、このままじゃ、腕の中から見上げてくる笑顔のリサねぇに……笑顔?

 

 

 

「……弟くん?…今、凄く可愛い顔してるよ?」

 

 

 

えっ。

あれ?

 

 

 

「ねぇ、弟くん…?もっとよくお顔見せて…?」

 

「ちょ、ちょっと?…おねーちゃん??」

 

 

 

今のって、もうちょっと感動だったりとかそういう雰囲気になる流れだったんじゃないの??

 

 

 

「ふふ、ふふふふ。あのね、弟くんの可愛い泣き顔見てたら、悲しい気分とかどうでもよくなっちゃったぁ。」

 

「…えぇ?」

 

 

 

そこから体勢も逆転。

泣きながら困惑する僕を抱きしめ、体中の匂いを嗅がれる。…すっかりいつもの状態に。

 

 

 

「…え、うそ?…これでいいの??」

 

「あぁ…っ。……弟くんと一緒にいられて、お姉ちゃん幸せだよぉ…あはっ。」

 

 

 

**

 

 

 

「え…っと。…ほんと、ごめんね?弟くん。」

 

「……本当に心配したし、申し訳なかったんだけど。」

 

「…うぅ……だって、弟くんが可愛すぎるから悪いんだよ…。」

 

 

 

1時間後。少々怒り気味の僕にひたすら謝り倒すリサねぇの姿があった。

なんでも、うちの姉事情も当然理解しているため、言うほど傷ついていなかったとのこと。

外を走る僕の姿が見えたため、部屋中の電気を消し、息を潜めて脅かそうとしたらしい。

ところが、来ていきなり謝りだした僕が…その、い、愛おしく、なったらしくってそこからは興奮が抑えられなかったそう。

途中泣いたのも、悲しかったわけではなく愛されすぎて嬉しかったとかなんとか。なんだそりゃ。

さっすがリサねぇ。日菜ねぇとは別方向で理解が追いつかないや。

 

 

 

「もう、プレゼントあげないよ??」

 

「えっ!?やだやだやだやだやだ!!やだ~!!」

 

「なんか、僕が心配したの、無駄みたいじゃん…。」

 

「そ、そんなことないよっ!…すっごい、すっっっっごい嬉しかったんだからぁ!!」

 

「じゃーそれがプレゼントってことでいーんじゃないですかー?」

 

「うぅ……弟くんのばかぁ。」

 

 

 

とはいえ。

渡さずに持っていても使い道もないため、物自体は渡しちゃおうかな。

 

 

 

「…反省してる?」

 

「し、してるしてる!」

 

「ほんと?」

 

「ほんとにほんと!紗夜に誓うよっ!」

 

「…実の姉に誓われてもなぁ…。」

 

「もー!!!」

 

 

 

駄々を捏ねるリサねぇも正直可愛いけどね。他じゃ絶対見られないだろうし。

 

 

 

「……はぁ。…はいこれ。」

 

「えっ?えっ!?……こ、この箱?」

 

「うん。…要らないならあげないよ?」

 

「い、要るよ要る!あ、あけけk、開けるね?」

 

「落ち着いてどうぞ。」

 

 

 

あれ、おかしいな。

僕はあげる側だってのに、どうしてこんなに緊張するんだろう。

箱にしなきゃよかったな。…開けたあとのリアクションとか考えて、ドキドキしちゃう。「なにこれー」とか言われたらどうしよう…

 

 

 

「……っっっ!?」

 

「………………どう?」

 

「けっけけけっ、けけけ」

 

「…け?」

 

 

 

そんな笑い方だっけ?

…ゴーストタイプみたいだなぁ…。

 

 

 

「け、結婚、しようってこと?これ…」

 

「はぁ!?…ちち、違うよ!これ、みて!」

 

 

 

左手の小指を見せる。

そこには小さなリング、ピンキーリングってやつらしい。

 

 

 

「…ね。お揃いなんだ。」

 

「……弟、くん。」

 

「今日みたいに、うちの二人に捕まったりとか、普段だって会えない日もあるわけだし…。

 そんな時にね、お揃いのこれがあれば、心は一緒にいられるかなーって……。へ、変だよね。かっこつけみたいで」

 

「弟くん…ッ!」

 

「ウワァー」

 

 

 

感極まった様子のリサねぇにソファに押し倒される。

体重を僕に預けたまま、リサねぇのくぐもった声が、「ありがとう」と「大好き」を繰り返す時間は小一時間続いた。

僕はただ「うん、うん」と相槌を打つだけだったけど、それは凄く満たされた、幸せな時間になった。

 

この贈り物が、二人で過ごす時間が、ずっとずっと忘れられない思い出になってくれたら、いいなぁ。

 

 

 




リサねぇ大好き。




<今回の設定更新>

○○:指輪はオーダーメイド。一年分のお小遣いを前借りして買ったらしい。
   ウワァー(棒)

リサ:誕生日おめでとう。
   外でのリサと愛の巣でのリサ。人格が乖離しつつある。


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2019/09/20 姉恋慕

 

 

学校が終わり、すっかり惰性のままに向かう様になってしまったその足でリサねぇの部屋を訪れる。

おっといけない、前に注意されてたの忘れちゃってたな。「リサねぇの部屋」じゃなくて「ふたりの部屋」って言わなきゃいけないんだった。

僕にとっても帰ってくる場所だから、だってさ。優しいよね、リサねぇ。

 

 

 

「ただいまーっ。」

 

「あっ、おかえりー!」

 

 

 

いつもながら元気のいい声とパタパタという足音がリビングから聞こえてくる。また何かしてたのかな?

靴を脱いで洗面所へ。ちゃんと手洗いとうがいもしなきゃね。

ざぶざぶと手を洗っていると、後ろからふわりとした柔らかい感触に包まれる。

 

 

 

「もー、手ぇ洗いにくいよー?」

 

「えっへへへー、アタシだって寂しかったんだからぁー。…黙って抱き締められてなさいっ。」

 

「あうぅぅ……。」

 

 

 

もみくちゃと手の届く範囲をまさぐられる。擽ったいし柔らかいしいい匂いだし…もうホント手洗いどころの騒ぎじゃないなこれ。

やられっぱなしも悔しいので即効で手を拭き終え体を180度回転させる。目の前に来る驚いた顔のリサねぇに思いっきりキスを仕掛ける。

 

 

 

「………………………………もう、やるようになったなぁ弟くんも。」

 

「……いつまでもやられっぱなしの僕じゃないからね?」

 

「生意気な弟くんめぇ…」

 

 

 

それから暫くキスの応酬に身を委ねる。リサねぇの舌の感触が、唇の感触が、時折触れる歯の感触が…それらが僕に、リサねぇとしっかり繋がっていることを伝えてくる。

……今更だけど、僕とリサねぇの関係っていったい何なんだろう。こ、恋人?だったりするんだろうか。

 

 

 

「ぷぁっ。…ねえ、おねーちゃん?」

 

「……ふぅ。なあに?」

 

「僕とおねーちゃんってさ、どういう関係?」

 

「???」

 

 

 

何言ってるの?とでも言いたげなキョトンとした顔で見つめられる。や、そんなおかしいこと言ったつもりないんだけどな…。

 

 

 

「…因みに、弟くんはどう思ってる?…若しくは、こうなりたい!でもいいけど。」

 

「僕は……、この呼び方的には、やっぱり姉弟なのかなって思ってるよ。…本物じゃあないけど。」

 

「うんうん。」

 

「でも、やっている行為(コト)は姉弟じゃやっちゃいけないことだと思うし…。」

 

「んー…そうかなぁ?」

 

 

 

手を繋いだりハグしたり、一緒にお風呂で洗いっこしたり一緒に眠ったり…それくらいなら姉弟でも問題ないとは思うけどさ。

でも、キスしたりその先まで行ったり…ってなると、やっぱり姉弟の枠を飛び越えているような気がする。

 

 

 

「普通…が僕にはあんまり分からないから、何とも言えないけど。」

 

「……でも、ヒナや紗夜ともキスしたりするでしょ?」

 

「ぅ…………知ってるの?」

 

「知ってる知ってる~。紗夜はともかく、ヒナなんかはわざわざ教えてくれるからね~。

 「〇〇くんとちゅーしちゃったんだぁっ!」って。」

 

「日菜ねぇ…。」

 

 

 

あの日の事だろうか。あの拓馬が絡んだ、忌々しい事件…。

 

 

 

「あっ、でもでも、お姉ちゃんは全然怒ってないからね?

 その分、二度と思い出せないように上書きしてあげればいいだけだし。」

 

「えっ………んむっ」

 

「ん………んふ……。」

 

 

 

もう何度目の口付けになるか。こりゃリップクリーム要らず、保湿はばっちりだ。

口を離した後も、リサねぇの悪戯っぽい笑みに釘付けにされてしまう僕としては、姉弟にしかなれないって言うのは少し残念な気もして…。

 

 

 

「ごちそーさまでしたっ。」

 

「……ねえ、おねーちゃん。」

 

「んー?」

 

「……おねーちゃんは、おねーちゃんじゃなくて僕の彼女さんになるってのは…嫌なの?」

 

「え……?」

 

 

 

思わず口を衝いて出てしまった"告白"と取られても可笑しくない言葉。言ってしまってから気付いて慌てたのでは、時すでに遅し、だこれ…。

一瞬目を丸くしたリサねぇも、寸刻遅れて笑い出す。

 

 

 

「あっはははは!!かっわいいなぁ弟くんは!!

 顔、真っ赤じゃん。」

 

「え、あぅ…あの、違くて…」

 

「そっかそっかー、そんなにお姉ちゃんが好きかー。あははは!!」

 

 

 

笑いながらくしゃくしゃと強めに頭を撫でられる。心なしか、リサねぇも顔が赤い気がするけど…?

 

 

 

「弟くんに好きになってもらえて、お姉ちゃんすっごく幸せです。

 …でもね、彼女さんになるのはごめんなさいかなぁ。」

 

「えっ……」

 

「んっふふ~、だってお姉ちゃんじゃなくなったら、こうやって一方的に可愛がったり虐めたりできなくなるわけでしょー??

 だったら、関係を表す言葉は"姉弟"のままがいいかなーって。」

 

 

 

フラれた……フラれた…リサねぇにフラれた。

姉弟のままの方がいいって。これ以上先には進みたくないって。………フラれたんだ。

 

 

 

「え?あれ!?どーして泣いてるのかな弟くん!?」

 

 

 

ショックの大きさに、涙腺もすっかり崩壊してしまったようだ。…止めどなく溢れ出す涙に、視界の自由を奪われていく。

何やらリサねぇが焦って拭ってくれているが、もうよくわからない。人生初の失恋、それをこんなにも甘々な関係の相手に味わっているのだから。

 

 

 

「……くそぉ…絶対付き合ってもらえると、思ってたのに…なぁぁ……」

 

「おかしいな!?おかしいね!?アタシ、別に嫌いとか言ってないよね!?」

 

「ううぅぅぅぅぅ」

 

「だ、だって、姉弟の、お姉ちゃんで居るほうが、イロイロ…ってかだめだぁ!泣いてる弟くんカワイー!!!!」

 

「リサねぇ……のばかぁぁあ」

 

「バカって言われちゃったよっ!!あっはぁ!!!」

 

 

 

おかしいほどのハイテンションに転身したリサねぇに、それはそれは強く抱きしめられる。息が荒いように感じられるのは気のせいじゃなくて、こうなっている時のリサねぇは大抵興奮状態にある。…性癖的な意味で。

未だ止まってくれない涙をロックオンされたのか、リサねぇの柔らかく温かい舌が僕の頬を這い始める。…不快、ではないのだけれど、この状況端から見るとどう見えるんだろうか。色々マズいんじゃなかろうか、倫理的に。

 

 

 

「はぁ…はぁ……はぁ……んふふ、弟くんの味だぁ…。」

 

「………汚いよ、おねーちゃん。」

 

「そんなことないよぉ?…尊い味がするよぉ…。」

 

「んっ…おねーちゃんは、僕のこと、嫌いなの?」

 

「……どうしてそんなこと訊くかな。」

 

 

 

あっ。質問が悪かったか、ハイテンションモードの終了に伴いぺろぺろも終わりを迎える。…結構気持ちよかったのに。

 

 

 

「だって、彼女さんになってはくれないって…」

 

「あーそれね。…弟くん、姉弟って、家族だよね?」

 

「うん。」

 

「あと他に家族って言ったらさ、何があるかな。」

 

「ええと……親子とか、夫婦とか?」

 

「そだね。…恋人ってさ、家族かな。」

 

「……まだ、家族になる前だと思う。結婚して、夫婦になったら、家族……?」

 

「うんうん。そうだよね。……アタシはさ、弟くんが大好きなんだ。

 世界で一番って言っていいかもしれないくらい、大好き。」

 

「………?」

 

「だからね、恋人――なんて他人止まりの関係じゃなくて、もっと近い関係、家族になって愛したかったんだよね。」

 

 

 

深い…のかな?あまり理屈っぽい話は僕の低スペックな脳には向いてないけど、リサねぇにはリサねぇなりの世界観と考え方があるんだろうな。

…でも、その話を踏まえるとしたら…

 

 

 

「じゃ、じゃあさっ。……同じ家族なら、結婚して夫婦になっちゃえばいいんじゃないの?」

 

「……………ホント弟くんは可愛らしいことばっかり言って…。

 そんなに軽々しく結婚とか言っちゃダメだぞ?…その言葉には、お互いを一生縛り付けるくらいの強い意味があるんだから…ね。」

 

「いいもん。僕、一生おねーちゃんと一緒に居たいもん。」

 

 

 

一生縛り付ける。そんなの、願ってもないことだ。僕はこの人の隣に一生居られるなら、それ以上の歓びは無いと……あれ?何時からこんなこと思うようになったっけ…?

 

 

 

「…その言葉は嬉しいけど、ね。弟くんがもっと大人になって、紗夜やヒナ達も認めてくれてから改めて聞きたいな。

 それまでは姉弟の関係のまま、イチャイチャ……しよ?」

 

「………本当に、その時になったら結婚してくれるの?」

 

「ん。お姉ちゃんが嘘ついたことある?」

 

「……ない。」

 

「うんっ。……別にいいじゃない?姉弟から始まる恋も、あるんだよ。」

 

「おねーちゃん…。」

 

 

 

今日も今日とて姉という沼に沈む僕。

果たしてこれは、愛か恋か、……それとも。

 

 

 

 




リサねぇには何かしらの魔力があると思うんですよね。




<今回の設定更新>

〇〇:おねー…リサねぇ大好き。勿論、異性として。
   行く行くはきちんと婚姻関係を結び…という幻想を抱いているが、
   その願いは届かなそうなご様子。

リサ:計 画 通 り
   年下の男の子の涙・泣き顔に弱い。
   もう、逃がさない。


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2019/10/16 付いて離れて揶揄い悶え

 

 

 

お菓子も買った。ジュースも買った。着替えも持った…!!

今日はお泊まりなんだ。ふたりの部屋に。

 

 

 

「リサねぇ!ただいま~!!」

 

 

 

毎度のことながら、先に居て色々と準備をしていてくれるリサねぇ。…僕より後に学校が終わってるはずなのに、どういう仕組みで先にここに着くんだろう。ま、今日は買い物とかしてきたからアレだけど…。

 

 

 

「お、来たねぇ弟くぅん。…おかえり、外寒かった??」

 

「うん!結構冷えてきたねぇ。」

 

「そっかぁ。…あ、ホントだ。手、真っ赤だよ??」

 

「まだ手袋は早いかなーってさ。それにまだ、寒さの本番はこれからだしね。」

 

「ううむ、このままじゃ弟くんの可愛い手のひらが霜焼けになっちゃうよ…。」

 

「んしょ。……霜焼けはまだ早いって、リサねぇ。」

 

 

 

暖かいリビングまで入り、いつもの場所…ソファの脇に荷物を下ろす。今日は泊まりのグッズもあるため少々大荷物だけど、リサねぇと過ごすためだし仕方ない。甘んじて運搬しよう。

買ってきたものに関しては流石に床に置くわけにもいけないので、念のためリサねぇに確認。

 

 

 

「これ、買ってきたよ。…どこ置こうか?」

 

「ありがとね~。冷たいのは冷蔵庫で、お菓子とかは……いつものとこでいいや。流しのところ。」

 

「ん。…………………………おっけー、置いたよ。」

 

「ありがと。……ご褒美あげるからこっちおいで~。」

 

「ご褒美…?」

 

 

 

なんだろ。というか何に関してのご褒美?

声の方を見やると、ソファで隣の空きスペースをぽんぽんするリサねぇ。そこに座れってことかな。

 

 

 

「なぁに?リサねぇ。」

 

「手、見せてごらん?」

 

「手?……ぁい。」

 

 

 

手を開いてリサねぇに突き出すようにして見せる。ふむふむと頷きながらその掌を触って何かを確かめるリサねぇ。…大丈夫だよリサねぇ、僕はちゃんと存在しているよ。

 

 

 

「真っ赤っかじゃんかぁ……。寒い上に荷物まで持って…頑張ったね。偉いねぇ。」

 

「むぅ…」

 

 

 

すっかり眉をハの字にして、心配顔のリサねぇは僕を抱き寄せるようにして頭を撫で回してくる。擽ったい様な照れくさいような、それでいて落ち着く"お姉ちゃん"の手。…本当に、どうしてここまで可愛がってくれるのか未だに謎だけど、弟として好いてくれるならもうそれだけで全てがどうでも良くなるような気さえしてくる。

…要は、ここが凄く心地いいってこと。

 

 

 

「ほら、手貸して?………んっ。…んふふ、暖かいでしょ。」

 

「えっわっ、あっちょっ、あっちゃっあっ、ままままま、ままま、待ってリサねぇ」

 

「…ふふふっ、今更何照れてんの??…暖を取ってるだけなんだけどにゃぁ~??」

 

 

 

全く、その悪戯っぽい笑い方…。困らせようとして、わざとやってるな…?

僕の手が誘導されたのは、赤い毛糸のセーターにより暖められたリサねぇの体。…具体的に言うと、服の中、少し硬い下着を感じられる部分だ。ジッと顔を見つめてくるその上目遣いと世界史上最も柔らかいであろう感触にクラクラしてくる。

…確かに手は温まるけど、もう体中が火照ってくるというか、頭が沸騰しそうな…

 

 

 

「あっはははは!!弟くん!顔が真っ赤だよ~??……柔らかい?」

 

「……も、もうっ!!リサねぇのばか!!」

 

「にゃっはははは!!」

 

 

 

幸福の抗争は、小一時間続いた。

 

 

 

**

 

 

 

「はー、笑った笑った……。ところで弟くん?今日のお菓子は何を買ってきたのかにゃ??」

 

「………別に、普通だよ。」

 

「もぉー、拗ねないのー。……あっ、スナック菓子が多いね。」

 

「…気分じゃなかった??」

 

「そーじゃないいけどね。…例えば、ポテチってあるじゃん?」

 

「うん。…今日も買ったよ?のりしお。」

 

 

 

好きなやつ買っといでっていうから…。

 

 

 

「ふふっ、好きだもんね。…のり塩はアレだけど、ポテチ自体はおうちでも作れるんだよ??」

 

「…そ、そんなことが…」

 

「できるできる~。簡単だから、一緒に作ってみようか?」

 

「……いやでも、僕料理はあんまり」

 

 

 

不器用というか、そもそも料理に向いていないというか。前に一度、紗夜ねぇに教えてもらったことがあるけども、指は落としそうになるわ皿は落とすわフライ返しは溶かすわで散々だった。紗夜ねぇは「大丈夫よ」って言ってくれたけど、あの惨状は最早心傷(トラウマ)として僕の脳裏に焼き付いている。

 

 

 

「大丈夫大丈夫、料理なんて要は慣れなんだからさっ。」

 

「でも……。」

 

「あのね。…アタシの幼馴染の子がいてさ。友希那っていうんだけど、その子も料理とか全く出来ない子でね?」

 

「うん?」

 

「…でも、アタシの誕生日に向けて料理を練習したみたいでさ。……すっごくおいしい料理、作ってくれたんだよ。」

 

「………。」

 

「それを実際に見たアタシだから言えることだけど、弟くんにもきっとできる事なんだよ…料理なんて。」

 

「……ほんと?僕でも、できる?」

 

「うんうん、できるできるっ。…ほら、アタシのエプロン貸してあげるから、やってみよ?」

 

 

 

恐らく、これからやることは"料理"なんて大したものじゃなく、本当にちょっとした作業みたいなものなんだろう。…それでも、料理に関係する以上僕は萎縮してしまうし、リサねぇの幼馴染の話も当てはまるわけだし。

…結局、自分でもハッキリとした気持ちを決められないまま、リサねぇの誘うままにピンクのチェック柄のエプロンを身につけてしまっていた。

 

 

 

「…わ、本当にじゃがいも使うんだ。」

 

「そりゃぁね。ポテトのチップスなんだから。」

 

 

 

そう、僕はこのレベルだからね。ポテチなんか、じゃがいもを機械でどうにかこうにかして作るもんだと思ってた。

 

 

 

「んじゃまずは皮むきからね?…後ろ失礼します~。」

 

「わっわっ…」

 

「ほらほら、しっかり持って。大丈夫、アタシがちゃんと掴んでてあげるから、やって覚えるんだよ??」

 

 

 

後ろに回ったリサねぇに手の上からじゃがいもとピーラーを握られ、少しずつ皮を削ぎ落としていく。あ、ピーラーっていうのは僕がずっと皮剥き器って呼んでた謎の武器。古からの何かかと思ってたよ。

背中に当たる柔らかさに、さっきまで其れを直に…と邪な想像が脳を支配しそうになるが、飽く迄調理に集中する。…折角リサねぇが教えてくれてるんだ。そんな馬鹿な考えに乱されている場合じゃない。

 

 

 

「んふふ、当ててるんだよ。」

 

「確信犯なんだね…?」

 

 

 

…その後も様々なアプローチを振り払いつつ、何とか揚げる段階まで来た。

手元のバットには、薄くスライスされたお芋さん達が並んでいる。……あっ。

 

 

 

「ねえねえ、おねー…リサねぇ?」

 

「…別におねーちゃんって呼んでいいのに…。なあに?」

 

「思ったんだけど…これって、太く長くなるように切ったらフライドポテトになる??」

 

「んー……それだけだとただの揚げ芋になっちゃうんじゃないかなぁ。……紗夜に?」

 

「………うん。いつも面倒見てもらってばっかりで、何もお返しできてないからさ。

 …もし家で作れたらって、思ってたんだ。」

 

「………もう!どうして弟くんはそう可愛いことばっかり言うのかなぁ…。君の方こそ、確信犯なんじゃないの?」

 

 

 

何やら複雑そうな顔のリサねぇが詰め寄ってくる。…紗夜ねぇの話題出したから怒ってるのかな。

 

 

 

「ええっと…」

 

「わかった。フライドポテトの作り方もお姉ちゃんが教えてあげちゃいましょう。…ただし!」

 

「う、うん?」

 

「……あんまり紗夜の方ばっかり構ってたら、こっちのお姉ちゃんだって拗ねちゃうんだからね?」

 

「そ、そりゃもう、わかってるよ…」

 

「…ほんと?」

 

「……ほんとだよ。」

 

「リピートアフターミー…「おねーちゃん大好き」。はいっ」

 

「おっ、おねえちゃんだいすき…」

 

「もっと元気よくっ!」

 

「おねーちゃん、だいすきっ!」

 

「んんんんんんんんっ!!!!………はぁ…ん。良い子だね、弟くんは。」

 

 

 

なんだか知らないけど許されたようだ。…その言葉が欲しいなら何度だって言ってあげるのに。

 

 

 

「でも、いつかは本当にアタシだけ見てくれたら……なんてね。」

 

「??」

 

「さっ、揚げちゃおっか!もうすぐ完成だよ~」

 

「!!…おっけぃだよ。」

 

 

 

………右腕の数カ所と引き換えに出来上がったお手製ポテトチップスは、中々に幸せな味をしていた。

 

 

 

 




久々のリサねぇですね。




<今回の設定更新>

○○:リサと一緒なら料理を始めとする様々なトラウマを克服していけそうな予感がある。
   今はちょっとだけ、話で聞いたリサの幼馴染が気になっている。先人として。

リサ:甘甘お姉ちゃん党代表。実の弟?知らんな。
   弟くんを揶揄うのも弄るのも心配するのも、全てお姉ちゃんであるアタシの特権なんです。
   嫉妬はするけど重くはない、そんな素敵な女性です。


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2019/11/26 三人目から唯一人(終)

 

 

 

「アタシね、ずっと弟が欲しかったんだ。」

 

「…うん?だから、僕がいるじゃない。」

 

 

 

夜、二人でリサねぇの手料理を食べて、お風呂に入った後のこと。気付けばもうすっかりこっちの家に入り浸っちゃってるなぁ…なんてぼんやり考えながらリサねぇと布団に入っていた時の事。

ふと訪れた沈黙の中で、低いトーンでリサねぇが話し出す。

 

 

 

「……ありがと。…昔、一度弟が生まれるってなったことがあったんだけど、結局ダメになっちゃってね。」

 

「………。」

 

「それ以来、居もしない弟相手におままごととか、いつか本当の弟に出逢った時の為にお姉ちゃんぶる練習したりしてさ。」

 

「…うん。」

 

「そのうち、友希那をお世話する様になって、色々出来ることも多くなって……ここまで来たんだけど。」

 

 

 

リサねぇが僕を弟として可愛がる理由が何となくわかった気がする…けど、どうして急にそんな話を?

 

 

 

「リサね…おねーちゃん?どうしてそんな話を?」

 

「ふふっ……もう、やめようと思って。」

 

「えっ。」

 

 

 

やめるって言うのはこの関係の話だろうか。嫌われるようなことしちゃったかな?それとも、正式にリサねぇに彼氏ができたとか?まさかとは思うけど、ウチの二人の姉ちゃんは絡んでないよね?

 

 

 

「…もう、そんな不安そうな顔しないの。…別に弟くんの事が嫌いになったとかじゃないから、安心してくれて大丈夫だよ。」

 

「よかった……だってあまりに急すぎるから心配しちゃったよ…。」

 

「あはは……ごめんね。…でも、これは伝えなきゃいけない事だと思ったからさ。」

 

「そっか。…それで、何をやめるの?」

 

 

 

まだ肝心な部分は聞けていない。何をやめようと思ったのか、何を伝えなきゃいけないと思ったのか。

…正直なところ、少し怖い。聞いてしまったら本当に何かが終わってしまいそうで。

 

 

 

「……弟くん、はさ。…アタシの事、好き?」

 

「え?…勿論、好きに決まってるでしょ!」

 

「あっははっ…相変わらず真っ直ぐだなぁ…。…うん、そういうところもおねーさんは…じゃないや、アタシは好きだよ。」

 

 

 

…少し照れる。

 

 

 

「それは…紗夜やヒナに対しての"好き"と同じなのかな。」

 

 

 

それまで明るかったリサねぇの声が、急に小さく窄んだ気がした。勿論声量だけの話じゃなくて、元気というか、自信の無い声に変わったように感じたんだ。

それはどのような心境からくるものなのか……リサねぇも、不安に思うことはあるんだろうか。

 

 

 

「…お姉ちゃんとして、ってこと?」

 

「………うん。…ほ、ほらっ、アタシ、弟くんのことめーっちゃ甘やかしてたじゃん??

 だから…っ。……女の子っていうより、世話焼きのお姉さんって映っちゃってたかなって…。」

 

 

 

…何となくだけれど、リサねぇがやめようとしていることに予想がついた。そのことを考えると、不安がっているリサねぇがとても可愛らしく、愛しく思えてきて…。

 

 

 

「…ッ!?…お、弟くんっ??」

 

「大丈夫。大丈夫だよリサねぇ。」

 

 

 

何とか安心させてあげる方法はないかとアレコレ考えたが、結局のところ僕に講じられる手段なんて限られていて。つまりは、僕の腕の中にリサねぇを包み込んであげることただ一つだった。

今までも、これからも。

 

 

 

「これまでだって、リサねぇのことは女の子として大好きだったよ。…まぁ、ずっと「おねーちゃん」って呼んじゃってたし、伝わってなかったと思うけどね。」

 

「……ほんと?」

 

「ほんと。紗夜ねぇや日菜ねぇとは違って、異性として好きって気持ちを向けてた。だからこそ、毎日一緒に居る為に無茶もしたし、日常の一つ一つの仕草に…なんというか、ときめいて?いたんだよ。」

 

「……弟くん…。」

 

「だからさ。」

 

 

 

俯いていたリサねぇの顔を両手で包み込むようにして上向かせる。…いつも真っ直ぐな瞳は揺れ、その潤みが月の光をゆらゆらと映していた。

これ以上不安にさせないよう、しっかりと僕の言葉で伝えるんだ。これからも、()()と一緒に居る為に。

 

 

 

「…もう、姉弟でいるのはやめよう?……僕はリサねぇと…()()と同じ目線で、支え合って生きていきたい。」

 

「………お姉ちゃんじゃないアタシでもいいの?」

 

「…そもそもリサが「お姉ちゃんみたいに接してよ」って言ったのが始まりでしょ?…未だによく分からない流れなんだから…。」

 

 

 

あの時「リサねぇ」なんて呼ばせるから……あぁ、あの時の騒ぎを思い出したら、思わず頬が緩んでしまった。

 

 

 

「それは…キミがあんまりにも可愛かったから仕方ないじゃん……もー、何笑ってんのー??」

 

「えっ…ああいや、短い間だったけど、リサ()()()()()()の弟も楽しかったなってさ。」

 

「別に、弟扱いが終わったわけじゃないんだかんね?」

 

「……んん??」

 

 

 

あれ、結構勇気振り絞って言ったんだけど、違った…?それか、外した??

 

 

 

「要するに、キミはアタシと対等な関係になりたいわけだ?」

 

「……そう、なる、けど…。」

 

 

 

おや?さっきまでの不安げな表情はどうしちゃったのか。またいつもの様な悪戯な目をして見つめてくるリサ。

 

 

 

「…ちゃんと、言葉で言って?」

 

「う"………。…えと、…僕の恋人になってほしい…んですけど、どうですか??」

 

「ん~~~~~っ!!!!」

 

 

 

すっっっっごい恥ずかしい。ナニコレ。何でこんな恥ずかしい目に…というか、どうしてリサはジタバタしているんだろう。

前に美味しい牛肉を食べた時にも同じリアクションを取っていたんだけど…え、ずっとお肉食べてたの?

 

 

 

「~~~///…んはぁ。やっぱいいなぁ、キミは。」

 

「…揶揄ってるでしょ。」

 

「…ううん、そんなことないよ。…アタシって、本っ当に心の底からキミに惚れちゃってたんだって…実感してただけだよ。」

 

「り、リサねぇの方が恥ずかしい事言ってるよ…。」

 

「あー、リサねぇって言ったね~?」

 

 

 

しまった、動揺のあまり染み付いた癖が出ちゃった。そしてそこを目敏く見つけたリサの反応は早かった。

こりゃ面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりに、その細く艶めかしい指でツンツンと胸板を突いてくる。

 

 

 

「こりゃ、姉弟続行かにゃ~??」

 

「い、嫌だっ。…僕は、リサと、ちゃんと付き合いたい。姉弟みたいに面倒を見てもらうだけじゃなくて、リサのこと護れるくらいの一人前の男になりたいんだっ!」

 

「~~~~~///…だぁかぁらぁ…ズルいんだってば、()()()()()()は。」

 

 

 

また少しジタバタと悶えた後、小声で呟きながら目線を逸らす。その姿があんまりにも可笑しくて…

 

 

 

「……付き合って、くれますか?」

 

 

 

ちょっとだけ可愛い子ぶってみた。

 

 

 

「……ん、んぅ…。………んっ!!」

 

「んむっ!?」

 

 

 

チラチラと目線を寄越してきたかと思うと、顔の赤さが最高潮に達した頃、飛び掛かる様に唇を奪われた。

貪るようにその感触を押し付け合い、唾液を交わし、互いの奥底を求め合うようにその舌を絡めて……やがて、すっかり上気しきった顔を離し再度見つめ合うと、蕩けたような顔で微笑む彼女が居た。

彼女は小さな咳ばらいを一つ吐くと、

 

 

 

「……アタシでよければ、一生隣に居てください。」

 

 

 

と、か細い声で奏でた。

 

 

 

**

 

 

 

「んっふふ~。」

 

「急にご機嫌だね。」

 

「だってさ、アタシ彼氏とかできるの初めてなんだもん。」

 

「…へ?ほんと??」

 

 

 

意外だった。…てっきりそういう点も含めて、お姉さんだと思ってたから。

 

 

 

「ほーんと。…可愛い弟が居なくなっちゃったのは寂しいけど、頼もしい彼氏くんができたからいっかなーなんて。」

 

「……弟扱い辞めない気だったんじゃないの?」

 

「んにゃ…してほしい?」

 

「…お姉ちゃんとしてのリサも、大好きなんだ…もん。」

 

「………んふふ♪」

 

 

 

今日、僕達は姉弟をやめた。

 

 

 

「じゃあ、これからもずーっと可愛がってあげるかんね。…弟くん!」

 

 

 

それでも、僕の最愛の人はリサねぇ唯一人なんだ。

 

 

 

おわり

 

 

 




リサねぇルート完結ですね。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:弟は立派に成長しました。
   これからもベタベタいちゃいちゃすることでしょう。
   一途で素直って素晴らしい。

リサ:弟なんか居なかったんや。
   世界で唯一の弟兼彼ぴっぴゲットおめでとう。


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【氷川紗夜】ひかわさんち。 - √SAYO 「しあわせなせかい」【完結】
2019/09/06 紗夜お姉ちゃん


 

 

 

「あのさ、紗夜ねぇ?」

 

「どうしたの?苦しい?」

 

「んーん。」

 

「…くっつくの、嫌になった?」

 

「んーん。…怒ってないの?…あの日の事。」

 

 

 

ベッドに座り、僕の頭を抱きかかえるようにして撫でている紗夜ねぇに問いかける。

あの日の事、というのは、リサねぇの誕生日の一件の事だ。…結局あの日は日付が変わるころまで向こうに居たので、帰ってきてから滅茶苦茶怒られたんだよね。

日菜ねぇは、何だか無表情で一瞥していっただけだけど…。

 

 

 

「…あら、怒ってほしいの?」

 

「いや、そういうわけじゃ…」

 

 

 

ふわっと笑う紗夜ねぇ。今日学校から帰ってきてからというもの、妙にご機嫌だ。何かあったんだろうか。

 

 

 

「じゃぁ別に怒らないわ。…〇〇はリサさんの誕生日をお祝いしに行ったんだものね。

 …優しい子に育ってくれて、お姉ちゃん嬉しい。」

 

「…う、うん…?あれぇ??」

 

 

 

何だろう。…少し小言くらいは貰うかと思ったのに…あと何か引っかかる。

どこだ。今の話のどこにおかしな点が…

 

 

 

「あのね、今度私も、リサさんの部屋にお邪魔しようと思うのよ。」

 

「え"っ」

 

「……嫌なの?」

 

「いやー……別に。」

 

「…はぐらかさないで大丈夫よ。今井さ…リサさんから全て聞いたもの。」

 

 

 

あっ。…リサねぇの呼び方だ。

今まで紗夜ねぇは、今井さんって呼んでたもんな。

…ということは、だ。この紗夜ねぇの態度と、呼び方の変更から察するに…。

 

 

 

「リサねぇと、何かあったの?」

 

「…ふふ、まあね。お姉ちゃん同士の話し合いがね、あったのよ。」

 

 

 

どうせ本人()の居ないところでまた何か勝手に決められたんだとは思うけど、詳細を訊く。

どうやら、今後の僕との付き合い方に関しての話し合いがあったらしい。付き合い方て。姉弟以外の何があるってのさ。

 

 

 

「姉弟以外もあるでしょう?…〇〇のお姉ちゃんは誰?」

 

「紗夜ねぇと日菜ねぇ。」

 

「リサさんは?」

 

「あぁ、そういうこと…。でも、お姉ちゃんみたいなもんじゃん。」

 

「…本気で言ってる?」

 

 

 

あれ、地雷踏んだ?紗夜ねぇの整った眉が、ピクリと跳ねる。

だってリサねぇだっておねーちゃんだもんな。僕にとっては。

 

 

 

「あの人も上手くやってるのね…。リサさんは実の姉弟じゃないでしょう?」

 

「うん。」

 

「…だから、付き合い方が大事なの。」

 

「…うん。」

 

「………そういえば、久しぶりかもしれないわね。こういうの。」

 

 

 

それはあなたが幼児退行を繰り返すからだよ…とは言えなかったが、確かに久しぶり。のんびりとした時間の中で、紗夜ねぇの胸と太腿と両腕と…暖かくていい匂いのお姉ちゃんに包まれている。

…やっぱり、お姉ちゃんといえばこれなんだなぁ…。

 

 

 

「ふふ、緩んだ顔しちゃって…。」

 

「…紗夜おねーちゃん。」

 

「んー?…なぁに?懐かしい呼び方しちゃって。」

 

 

 

小学生くらいまでだろうか。僕は二人の姉の事を今とは違う呼び方で呼んでいた。

紗夜ねぇは"紗夜おねーちゃん"。日菜ねぇは"ひーちゃん"。…そんなに昔じゃないのに、随分と懐かしい思い出に感じる。

何時からだろう。…姉に素直に甘えるのが恥ずかしくなったのは。

 

 

 

「紗夜おねーちゃんはさ、僕のこと好きなの?」

 

「…えぇ、当たり前でしょ?…世界で一番、愛しているわ。」

 

「…そっか…。」

 

「なぁに?…不安になっちゃったのかな?」

 

 

 

右の手で耳・頬・唇、と順に撫でられる。顔を這い回るような心地よいこそばゆさと、暫く聞けていなかった甘く蕩けるような声。

吸い込まれるかのような感覚に抗う様に身悶えするも、それは却ってお姉ちゃんの()()を刺激してしまったようで。

 

 

 

「んぅっ……そういうわけじゃ、ぅぷっ。…擽ったいよおねーちゃん…。」

 

「ふふふっ、本当可愛い…。ずっとこうしていたいわね。」

 

「……しててもいいよ。」

 

 

 

全然嫌じゃない。寧ろ落ち着く。…日菜ねぇに同じことをされたらどうかわからないけど、紗夜ねぇは別だ。…ただただ際限なく甘えてしまいそうになる…。

 

 

 

「…本当?ほんとのほんと?」

 

「ん。ほんとにほんと。」

 

「…今日は本当にどうしたの?」

 

「結局…さ、僕が安心して甘えられるのって二人だけなんだよね。

 …紗夜おねーちゃんと、ひーちゃんと…。あっ、勿論リサねぇも嫌いとかじゃないんだけどね。」

 

「うん。」

 

「…だから、三人ともお姉ちゃんで、その中でも特に、ずっと僕の事を見ててくれた紗夜おねーちゃんに可愛がってもらえたらなぁ…っていう。

 理想とは言え幼稚過ぎかな?」

 

「…ううん、そんなことないわ。……寧ろそういってもらえて、お姉ちゃん嬉しい。」

 

 

 

堅いイメージも怖いイメージもなく、いつかの幼い日のように笑う紗夜ねぇ。

あぁ、きっと僕は、紗夜ねぇが大好きなんだ。いつだって一番近くで、この人と一緒に居たい。

 

 

 

「ねえ、〇〇?…お姉ちゃん、我儘言ってもいいかしら?」

 

「いいよ。」

 

「…お姉ちゃんね、〇〇のことずっと離したくないの。…この先どんなに大きくなっても、どんな道に進んでも。

 お姉ちゃんはずっと、〇〇のお姉ちゃんとして一緒に」

 

「紗夜おねーちゃん。」

 

「…ッ!」

 

「それ、僕がお願いしようとしてたやつだよ。」

 

「――――ッ!!」

 

 

 

顔を真っ赤にして目に一杯涙を湛えた紗夜ねぇが、タダでさえ抱き抱えているような姿勢だってのに覆い被さってくる。

顎と顎がぶつかるような体勢になったけど、そんなことはお構いなしに泣きじゃくる紗夜ねぇ。

…そんなに、距離を感じてたのかな…?それとも―――

 

 

 

「……ぐすっ…約束、よ?〇〇。」

 

「…ん?」

 

「……私、もうあなたのこと、誰にも渡さないんだから…。」

 

「……うん。…ずっと一緒だよ、紗夜おねーちゃん。」

 

 

 

暫くギスギスした空気を感じる姉弟に訪れた、ふとした一日。

きっとこれから、甘えて甘えられて、互いに依存し合うような日々が始まるんだろう。…それでも、それもきっと一つの選択。僕と姉達の生きる道だ。

 

 

 

 




ここから紗夜ねぇ編が始まります。
このあと日菜ねぇ編も始まるのですが、それぞれ別の世界線での話になります。
2シリーズの間で設定や流れが異なりますので、別のものとしてお楽しみください。




<今回の設定>

○○:決断を下せずに全ての姉と依存しあう道を選んだ世界線。
   恐らくひたすらいちゃいちゃべたべたする未来が待っている。

紗夜:厳密には紗夜ルートではなく、"紗夜の望む姉弟関係"ルートになります。
   同様に、日菜ルートも、"日菜の望む姉弟関係"ルートとなりますので、
   誰とくっつくくっつかないは最後までわかりません。
   取り敢えずこのルートの紗夜は優しく、全力で弟を愛し、甘やかす、といった構成になっています。


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2019/09/28 みんなお姉ちゃん

 

 

「〇〇。……もう朝よ?」

 

「んー………」

 

「もう、あなたが退けてくれないと、お姉ちゃん起きられないでしょ?」

 

「あぁ…うん、ごめんねぇ…。」

 

 

 

朝日が眩しい。…その光を受けてキラキラしている紗夜ねぇの髪も。

紗夜ねぇは毎朝こうして僕を起こしてから起き抜けていくけど、どうせ僕はここから二度寝するんだよなぁ。

 

 

 

「……もう、ふにゃふにゃしちゃって…可愛いんだから。」

 

 

 

僕の顔をなぞる様に指先を滑らせ、微笑む。

今日も女神のように綺麗だね、紗夜ねぇ。

 

 

 

「紗夜ねぇ…時間、大丈夫?」

 

「ええ、問題ないわ。」

 

「そっか。……じゃあ僕は、もう少し寝るね。」

 

「ふふっ、御寝坊さんね……。」

 

 

 

そしてまた二度、髪を梳くように撫でた紗夜ねぇは、頬にそっと口付けを残し部屋を出て行った。

ここ数日、すっかりお決まりとなった朝のひと時。

 

 

 

**

 

 

 

紗夜ねぇが寝床を出てから一時間ほど後、僕も学校へ行く準備の為リビングへ向かう。

…その途中にある部屋に寄り、寝起きの悪いもう一人の姉を起こすのは今やもう僕の仕事になりつつある。

 

 

 

「日菜ねぇ、起きないと遅刻するよー。」

 

「うぅぅぅぅむぅぅぅ。」

 

 

 

どんな唸り声だ。物凄く深い皺が眉間に刻まれている。

どのみちこのままじゃ起きないので……こめかみを突いてみる。

 

 

 

「うっ!?……むっ!!……うひゅっ!?……ぇわっ!!…」

 

 

 

相変わらず同じ発声器官が備わってるとは思えない声だなぁ…。

そしてここまでされても目を覚まさないというのは何なんだろう。眠り病的な、一種の奇病に罹っている可能性さえあると思う。

 

 

 

「ぃ、いたいよっ、〇〇、くんっ」

 

「あ、起きてたんだ日菜ねぇ。」

 

「今起きたのっ!」

 

「…おはよ、日菜ねぇ。」

 

「んー……」

 

 

 

折角目を開けたというのに、またしても目を閉じ仰向けに寝転がる日菜ねぇ。

 

 

 

「何。」

 

「んー………。〇〇くん、はやく。空気読んで。」

 

「空気読んでも分からないものは分からないんだよ日菜ねぇ。」

 

「おはようの…ほら、あれ…」

 

「…あぁそれのことか。…ごめんね、忘れてたよぅ。」

 

 

 

目覚めのキス。日菜ねぇ流に言うと、「おはようのアレ」。…先日行われた氷今(ヒーマ)姉弟連盟会談に於いて可決された「弟独占禁止法案」により、僕は()()のお姉ちゃんの共有財産という形で生活している。

それぞれの姉の要求を程よくミックスし、僕と触れ合う機会を均等化するという凄まじい状況の中に居るわけだけど。…これがまた何とも居心地の良い毎日なんだ。

勿論、要求やそれに伴う対価などは変更希望者が出るたびに開かれる会合で議論されるんだけど、今のところは「紗夜ねぇ=夜」「日菜ねぇ=朝」「リサねぇ=リサねぇが暇になり次第」と時間や状況で権利を分けているようだ。

何が言いたいかと言うと、日菜ねぇが毎朝求めてくるこれは、僕たち四人が幸せになる為に必要不可欠なものだってこと。

 

 

 

「…ん。」

 

「んんぅ………。ふふふ、今日もしちゃったねっ。」

 

「日菜ねぇがさせてるんでしょー?」

 

「嫌なの…?」

 

「ううん、僕も好きでやってることだからいいんだけどさ。」

 

「わーいっ!〇〇くんだいすきっ!」

 

 

 

今まで仰向けで寝転がっていたとは思えないほどの勢いで跳ね起き抱きついてくる日菜ねぇ。

寝起きがいいんだか悪いんだか…。

元気にるんるん言ってる日菜ねぇと手を繋いで一緒にリビングへ。

 

 

 

「あらおはよ。…あんた達最近随分仲いいわねぇ。」

 

「あ、母さんおはよ。…別に普通だよ。」

 

「ぐっもーにんまみー!そう見える?そう見えるっ?」

 

 

 

食卓に朝食を並べている最中の母親に会う。核心を突いてくる母さんと、妙にハイテンションな日菜ねぇはスルーだ。

 

 

 

「そう見えるよ。…ま、日菜と〇〇は昔から仲良しだったっけか。」

 

「えっへへー、いいでしょー。あたしね、〇〇と結婚するんだぁ。」

 

「……日菜ねぇ。」

 

「あっ。…ええと、今のは冗談で、ええと。」

 

「はいはい。いいからご飯食べちゃいなさい。」

 

 

 

幸い母さんが流してくれたからいいものの。

氷今姉弟連盟(H.I.M.A.)の中では、「結婚」のワードは禁句だ。誰も結婚できず、誰もが結婚しているような曖昧で危うい関係だから、らしい。

日菜ねぇだけが無駄に笑顔のまま、食卓でそれぞれの席に座り朝食をとる。あとで日菜ねぇを叱っておかないと。

 

 

 

「ね、ね、〇〇くん。」

 

「なに。」

 

「あーんしてあげよっか。」

 

「別にいい。時間ないし。」

 

「えぇー??…じゃああたしにして?」

 

「話聞いてた?…時間無いからやりません。」

 

「ぶー。」

 

「ん、ご馳走様。…じゃあ日菜ねぇ、先行くよ??」

 

「わ、わっ、待ってよ〇〇くんっ。…もー何でそんなに食べるの早いのー。」

 

「人の顔ばっか見てる日菜ねぇと違って食事に集中してるからね。」

 

 

 

日菜ねぇは、何が楽しいんだかずっと僕の顔をガン見している。そのせいで箸は止まるし、味噌汁は零すし…。

よかったね、紗夜ねぇが居なくて。

っと、本当にのんびりしている場合じゃないので、ぶーぶー煩い日菜ねぇを置いて外へ。

 

 

 

「母さん!いってきまーす!」

 

 

 

勿論、挨拶は忘れない。

家から歩く事数分、最初の曲がり角に差し掛かったところで―――

 

 

 

「おはよっ弟くん。」

 

「…おはよう、リサねぇ。」

 

 

 

いつもこうして壁に寄りかかって待っているリサねぇ。

そう、ここからはリサねぇの時間。

僕の学校に着くまで、僕の左手はリサねぇの物だ。

 

 

 

「今日もいつも通り可愛いねぇ!」

 

「リサねぇもね。」

 

 

 

()()()()()()()本当に良かった。

誰も傷つかない上に、三人もお姉ちゃんができるなんて。

 

 

 

 




とても幸せで、とても狂った世界。




<今回の設定更新>

〇〇:お姉ちゃんズと共依存にある関係。
   最初こそ自分の甘さに嘆いていたが、
   何も考えない事で永遠に中途半端な関係を続けていくと決めた。
   毎日甘々で、人格も変わりつつある。

紗夜:現状夜担当。決してやらしい意味ではない。
   飽く迄、睡眠時の弟に安らぎと安心を与えるのが仕事。

日菜:現状朝担当。朝はいつものアレが無いとエンジンがかからないようだ。
   担当と言ってもふわっとしていて夜に日菜が一緒に寝る日もある。

リサ:現状その他担当。決まった時間帯は無いが、隙あらばちょっかいを出す。
   結局誰と過ごしたいかは主人公のその時の気分に一任されるため、
   リサが何だかんだで強い。

H.I.M.A.:元おねーちゃん連合。苗字の頭文字を取ってこうなった。
     小難しいことは色々あるけど、要はみんなで弟を愛しましょうってこと。


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2019/10/28 お姉ちゃんと寝るだけ

 

 

 

思う様に寝返りが打てず、何かに挟まれている様な圧迫感を覚え緊急浮上する僕の意識。開いた目に映る景色は未だぼんやりとしていて薄暗い。

……あ、薄暗いのはきっと、まだ起きる時間じゃないからだな。

だが、この圧迫感は何だろう。まるでサイズの小さい寝袋に無理やり入り込んだかのような、少し窮屈に感じるスペースで身動きが取れずにいて、ずっと底面・ベッドに面している左半身が居心地の悪さを主張している。早く姿勢を変えなければ。

どうやら手も塞がっているようで、体全体を少しずつ捩るようにして体勢を変える。

 

ふにっ。

 

 

 

「んぅっ………。」

 

 

 

顔を覆っていた何か柔らかいものを、首を捻じることで除ける。同時に頭上から聞こえる小さな声。

…段々と意識が覚醒してきたようで、僕が()()()()()()()()()()()のかわかってきた。夜の睡眠時間は紗夜ねぇと過ごすことになっているんだったっけ…ってことは今のは紗夜ねぇの…。

いざその事実に気付いてしまうと最早睡眠どころではない。姉弟とは言え、濫りに身体に触れていいものではないし、そんな爛れた関係になってはいけない気がする。

恐らく抱き締められる形になっているであろう現状を少し緩和すべく、目の前の柔らか…じゃなくて紗夜ねぇから距離を空けるように後方へ下がる。

 

ふよん。

 

 

 

「んんっ…。」

 

 

 

先程のデジャヴュのような感触が後頭部から伝わってくる。それと同時に、またしても頭上…やや後方より落ちてくる艶めかしい響き。…あぁ、この声と感触はもう一人のお姉ちゃんか。

待てよ?夜の担当は紗夜ねぇだったはず。でも状況的に、いつも通り正面から僕を抱き締める様にして眠っている紗夜ねぇと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()日菜ねぇに挟まれていることになる。ううむ、これは由々しき事態だぞ。

紗夜ねぇに抱き締められて眠るのは非常に心地よい。ただ、無意識なのか意図的なのか、明け方の紗夜ねぇの腕力は強く、胸の中で窒息死してしまいかねない状況に陥る為気付いた気に向きを反転する様にしているんだ。要は、紗夜ねぇに後ろから抱き締められる形になるって訳だね。

ただ、今朝のこの状態でソレをやることがどれだけ難しいかったらもう…。そもそもシングルベッドに三人が寝ているわけだし、二人ともぎゅうぎゅうと絡みついてくるせいで空いているスペースがほぼ無い。全身が二人のお姉ちゃんに密着している状態であって、縦後ろを向いても今度は日菜ねぇの胸に顔を埋めることになると言う訳だ。

でももう左腕と肩が限界だ。このままでは全く安らぎどころじゃないので、仕方なく寝返り作戦を敢行することにした。

 

 

 

「んしょ…」

 

ふにっ

 

 

 

「あんっ…。」

 

 

ふにゅん

 

 

 

「んぁ……っ」

 

 

ふよっ

 

 

 

「ぁっ……んぅっ…」

 

 

 

…何だろう。ただ姿勢を変えているだけだというのにこの感触と嬌声の連続は。一応健康な男子学生である僕にとって良くない。非常に良くない。

一苦労の後、漸く後ろを向くことに成功したが……姉弟でこんな見方は良くないと思うんだけど、日菜ねぇの方が胸の主張が激しいらしい。紗夜ねぇの時は服の上からの見た目で意識するようなことは無かったのに、日菜ねぇの方を向いた途端に胸の位置が分かってしまう程だ。

 

 

 

ぎゅぅ

 

 

「んっ?」

 

「……もう、変なところいっぱい触って…悪い子ね、〇〇は。」

 

 

 

日菜ねぇの胸部を観察していると、僕の鎖骨あたりに後ろから回された腕に力が入る。思わず零した声に返ってくるのは紗夜ねぇの優しい声。

紗夜ねぇ、最近ますます柔らかくなったよな…。…あ、ち、違うよ?態度とか声色の話ね?

 

 

 

「ごめんなさい…。」

 

「ふふっ、別に怒ってないわよ。…お姉ちゃんはあなただけのものなんだから、何処を触ってもいいのよ。」

 

「い、いや…それはちょっと…。」

 

「……ほら、ぎゅってしてあげるわね。……どう?柔らかいかしら?」

 

「……あったかい。紗夜おねーちゃん、好き。」

 

「私も大好きよ…〇〇。」

 

 

 

後ろから程よい締め付けを感じ、その温もりに身を任せる。柔らかく温かい、紗夜ねぇは包容力の権化みたいなお姉ちゃんだ。

 

 

 

「んんっ……んぅ…」

 

「…ねー、紗夜ねぇ?昨日寝る時って、日菜ねぇここに居たっけ?」

 

「居なかったはずだけど…。狭いと思ったら日菜が入り込んでいたのね。」

 

「起こす?」

 

「…どうせもうすぐ起きる時間だし、そっとしておきましょ。私たちに何かある訳じゃないんだし…」

 

 

 

紗夜ねぇがそう言いかけたところで、日菜ねぇの体がどんどんと迫ってきた。後ろで若干力の入った紗夜ねぇの体から察するに、日菜ねぇが紗夜ねぇを抱き寄せたのだろう。実際近づいてるのは日菜ねぇの方なんだけど。

 

 

 

「ちょっ、ちょちょちょ……」

 

「んにゃ……んふふふ」

 

「んぷっ……!!!!」

 

 

 

先程迄の状態でさえ狭かったのに、今やすっかりサンドウィッチ状態だ。さっき眺めていた日菜ねぇの胸に顔を埋められ、尚もぐいぐいと押し迫ってくる。

紗夜ねぇも紗夜ねぇでじたばたしているし、日菜ねぇ一人増えるだけで寝床はこんなにも混沌とするらしい。

柔らかさと甘い香りの中、酸欠で薄くなっていく意識。何とかしようと両手を動かしたが、最終的に日菜ねぇを抱き寄せる形になってしまった。後ろから紗夜ねぇに抱き締められつつ、正面の日菜ねぇの背中に手を回し抱き締めている。当の日菜ねぇは僕ごと紗夜ねぇをしっかりと抱き締め……。

 

 

 

**

 

 

 

結論から言うと、篭もる熱気と低酸素状態のせいで僕は強制的に二度寝を味わった。

目覚めたのは昼過ぎで、今度は適度に距離を保った二人に見つめられる中での起床となった。…平日だし、本当は普通に学校もあるんだけど目覚めない僕は当然として、心配になった二人まで学校を休んだそう。

必死に謝る二人だったが、正直僕は何一つ嫌な思いもしていないので一つだけ条件を出して手打ちと言う事にした。

 

 

 

「……でも、本当にそれでいいの??〇〇くん。」

 

「だめかな?」

 

「あたしはすっごくいいと思うけど…おねーちゃんは??」

 

「…確かに、夜は私の担当だけど…〇〇は、私達両方と寝たいのよね?」

 

「うん。紗夜ねぇも日菜ねぇもどっちも一番好きだからね。…今日の朝は苦しくて気絶しちゃったけど、それでも幸せだったなぁってさ。」

 

「……も、もぉ。ズルいくらい可愛いよ…〇〇くん。」

 

「ええ、〇〇、自分の可愛さをわかっててやってるでしょ…?」

 

「…ホントにそう思っただけなんだけどなぁ。」

 

 

 

僕が提案したのは、『夜は三人で寝ること』。但し、今日の様に紗夜ねぇのシングルベッドで寝るのは厳しいので、日菜ねぇの部屋のダブルベッドを使う…というものだった。

日菜ねぇの部屋だけダブルベッドなのは、小さいころ寝相が悪すぎたためにいつも床で目覚める日菜ねぇに親が与えた為だ。今でこそ落ち着いた寝相だが、本当にあの頃は酷かったらしい。

 

 

 

「えへへ……あたしの部屋で皆で寝るのかぁ…。お泊り会みたいで楽しいね!!」

 

「普段から同じ家で寝泊まりしているのに今更何言ってるの…。」

 

「でも、おねーちゃんもちょっと嬉しいでしょ??」

 

「私はいつも〇〇と一緒に寝ているもの。」

 

「ぶー…。」

 

「まあまあ…。…あのね、もう一つ提案なんだけど。」

 

「なあに??」

 

「……今日、学校休んじゃったでしょ?…だから、この後は日菜ねぇのベッドでずっとゴロゴロして過ごしたいなぁ…って。…ダメかな?」

 

「賛成っ!あたし、すっごくいいと思うっ!!るるるんってする!!」

 

「……はぁ。まぁ、〇〇が言うんなら仕方ないわね…。私も賛成よ。」

 

 

 

その後もずっとベッドから出ずに過ごすという幸せな一日を送ることができた。勿論、その日の夜から寝床は日菜ねぇのベッド。…これでずっと一緒だね、お姉ちゃん。

 

 

 




最高。




<今回の設定更新>

〇〇:触り放題。くっつき放題。
   主人公曰く、紗夜ねぇの布団はフローラル系のエロい匂い。
   日菜ねぇの布団は甘い女の子っぽい匂いらしい。

紗夜:夜の独り占めが出来なくなって少し残念。
   …だが、その分朝や昼間の割り当てを少し貰った。
   弟が触ってみた感触の感想は「薄い筋肉の上に確かなふにっとした感触。
   受け入れてくれる優しさと吸い付く肌が素敵」。

日菜:夜もくっついていられることに只々歓喜。おねーちゃんも大好きだもんね。
   弟からの触感についての感想は「ただ柔らかいだけじゃない魔性の
   母性。紗夜ねぇよりメリハリのある体つき」。


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2019/11/22 勘違い

 

 

 

「〇〇くぅん、やろーよー!」

 

「やーだよー。」

 

 

 

日菜ねぇが今流行りの動画配信者になりたいと言い出したのは突然の事だった。何でも、暇潰しに有名な動画サイトを漁っていたところ、偶々知人だった元アイドルの女性の動画を見て触発されたらしい。

それ自体は正直好きにしてくれたらいい問題なんだけど、こうして只管後ろをついて回るのは恐らく僕を巻き込むためだろう。…それだけは勘弁なんだけど。

 

 

 

「いじわるー!やってくれたっていいでしょー!」

 

「嫌だよ…。…というか、トイレまでついてくる気なの?」

 

「え?……うーん、あたしは気にしないけど…」

 

「僕が気にするの!早く出て行って!」

 

「トイレ配信…」

 

 

 

ボソッと不穏な言葉を残す日菜ねぇを力づくで追い出す。…全くもう、どうしてそんなに僕を巻き込みたいんだか。僕も見せてもらったけど、日菜ねぇが触発されたそのアイドルの人の動画は本人一人だけで色々な事を取りあげていたんだよ。

それをやってみたいと思うなら一人でやってみるのが道理じゃないか。こんな見た目に華があるわけでも無い僕を巻き込んだっていい事なんか…

 

トイレから出ると、そこに日菜ねぇの姿は無かった。やっと諦めてくれたかと一安心したのも束の間で…

 

 

 

「こーらっ。〇〇。」

 

「??紗夜ねぇ?」

 

 

 

何故かご機嫌ナナメの紗夜ねぇにコツンと頭頂部をノックされる。はて、僕はまた無意識に何かしてしまったろうか。

 

 

 

「どうして怒ってるの?」

 

「どうしても何もないでしょう。…さっき聞こえてたわよ。」

 

「さっき?」

 

 

 

動画配信の勧誘を、かな。

 

 

 

「その…「ヤろう」とか「ヤらない」とか……えっ、えっちな、お話、が…。」

 

「えっち?」

 

「仮にも姉弟なんだから、もう少しこっそりとね…?」

 

「動画投稿がえっちなの??」

 

「動画…ッ!?…却下です。お姉ちゃん許しません。」

 

 

 

おかしいな。どうしてより怒りが加速してるんだろう。動画がそんなにいけなかったんだろうか。

 

 

 

「…もし却下だとしたら日菜ねぇに言わないと」

 

「やっほー!紗夜ー、弟くんー。」

 

「あ、リサねぇ。」

 

 

 

いい機会なので紗夜ねぇの却下を以て日菜ねぇを止めて貰おうと提案しようとしたんだけど、ニッコニコのリサねぇの乱入により遮られてしまった。…いつの間にうちに来てたんだろう。

 

 

 

「いやー、バイトが終わって帰ろうとしたらおばさんに会っちゃってね。「遊びに来たら?」って言うもんだからお言葉に甘えちゃった。」

 

「そっかー。」

 

「ふふふ、弟くんは今日もかあいいねぇ。…ほら、おーいで。」

 

「リサねぇも相変わらず可愛いよ。……ん。」

 

 

 

そっとハグしたリサねぇからは、ほんのり外の香りと冷たさが伝わってきて。体を離すのが少し惜しかったけど、あまり長く抱かれているとリサねぇに堕ちてしまいそうな気がして距離を離す。…やっぱり少し名残惜しくて、後でもう一度ハグしようと決めた。

挨拶を終えたリサねぇに紗夜ねぇが駆け寄る。

 

 

 

「わっ、とと…。どしたの紗夜。」

 

「聞いてください…。………、………。」

 

 

 

耳打ち。別に僕に聞かれるのは問題ないんだろうけど、内容が内容だけに大声で話しにくいんだろう。…多分さっきの件だろうし。

 

 

 

「ふんふん……えぇ?……ヒナが?マジ?」

 

「おまけに、……。…………!!」

 

「……はぁ!?それって、ハメ撮りってことぉ!?」

 

「~~~~///」

 

 

 

おや。おやおやおやおやおや?

真っ赤になって何度も頷いている紗夜ねぇだけど、四方や紗夜ねぇに限ってそんな勘違いは…と思った僕が馬鹿だったみたい。

要するにアレだ。日菜ねぇが僕に向けて連呼していた「やろう」を「ヤろう」だと思って注意しに来たのに、僕が「動画投稿」だなんて零すもんだから…淫らに乱れで上書きした状態になってしまったらしい。

それを聞いたリサねぇも複雑な表情で固まっているし、これはどう収集を付けたものか。

 

 

 

「…おっ、〇〇くーん!!おトイレ終わったぁ?」

 

「日菜ねぇ!!」

 

 

 

恐らく一番状況的にマズい人が現れてしまった。元凶と言っても過言ではないお姉ちゃんが。

日菜ねぇは能天気な声のままトテトテと歩いてきて、二人の鬼の前で僕に抱きつく。むぎゅぅぅぅ…と言っているのは日菜ねぇの口だ。

 

 

 

「日菜!!」

「ヒナ!!」

 

「え?…なあに??…あっ、リサちーだ!!」

 

「そんなことはどうでもいいのよ、あなた一体どういうつもり!?」

 

「どうって?」

 

「どうでもいいってのは頂けないけど、ヒナにはちょーっとお話があるかなぁ。」

 

「リサちーまで?…どしたの二人とも。」

 

 

 

この状況で全く物怖じしないのが凄い。わっと二人分の言葉の奔流を受けているというのに、日菜ねぇ本人は至って涼し気な笑顔のままだ。確かに現実問題勘違いから怒っているのはお二人サイドだけど、普通その状況だとビビっちゃうよね。多分僕なら泣いてるもん。

 

 

 

「あなた、〇〇と何しようって言うのよ!」

 

「…えー?まだ深くは決めてないけどぉ…あ、お外で何か探すってのも面白いよね!」

 

「そ、外……。」

 

「それにほら、お外で遊ぶと色んな人に出逢えるでしょー?そういう人たちも巻き込んで出来たらなーって。」

 

「複…数…!?」

 

 

 

質問に答えるたびに紗夜ねぇの顔から煙が出ている様な錯覚を覚える。実際紗夜ねぇにしてみたらそれくらいぶっ飛んだ話に変換されてるんだろうけど…おもしろいからもうちょっと黙っておこう。

 

 

 

「しかもヒナ、動画撮るってマジなの?」

 

「あったりまえじゃーん!撮影も編集もあたしが何とかするから、後はそれを投稿してぇ…」

 

「いやいやいや、流石にマズいよヒナ。もしかしたら学校とか特定されちゃったり、変な人に絡まれるかもしれないでしょ??」

 

「あ、確かにそれは怖いよね…。モザイクとか?…でも結構みんな顔出してるんだよなぁ。」

 

「よそはよそ、うちはうちでしょ??」

 

「あははっ!リサちーお母さんみたーい。…リサちーも一緒にやる??」

 

「三人…で??」

 

 

 

あぁぁ…リサねぇももう駄目みたい。日菜ねぇの問いに沸騰寸前って感じだもの。

因みに紗夜ねぇは早々にダウンして僕の手を握ってる。落ち着くんだって、これ。

 

 

 

「おねーちゃんも居るから四人かな!!」

 

「四人………ヒナ、弟くんの干物でも作る気なの?」

 

「えぇ?そんな企画は受けないと思うよ??」

 

「企画じゃなくて!そうなっちゃうよって話だよ!!」

 

「んー……どゆこと?」

 

 

 

リサねぇも敗北か。…やっぱり天災児の日菜ねぇには誰も敵わないみたいだね。

…そろそろまとめに参加してあげようかな。

 

 

 

「日菜ねぇ、あのさ」

 

「まぁ…アタシは別に、やってもいいんだけど。」

 

「ほんと!?」

 

「弟くんが…やりたいなら、かな。」

 

「なっ…今井さん、いけませんよそういうのは!」

 

「だって…アタシ弟くん好きなんだもん…。」

 

「そんなこと言ったら私だって好きです!」

 

「じゃあ紗夜も参加したらいいじゃん?」

 

「う…………、分かりました、私も参加します。」

 

「いや、ちょ、二人とも」

 

「やったぁ!!四人でできるんだぁ!!」

 

 

 

うわあ……どうしよう、頼みの綱のしっかり者二人がこれじゃあいよいよ手の施しようがないぞ。しれっと僕も頭数に入れられてるし、このまま四人で…そ、そういうことやらなきゃいけないのかな??

 

 

 

「あのね、多分みんな食い違ってると思うから確認なんだけど…。」

 

「う?…〇〇くん?」

 

 

 

このままだと本当に干物にされ兼ねないので、恐る恐る危険地帯に足を踏み入れることにする。

日菜ねぇの首を傾げる姿に"可愛い"以外の感情を持ったのは久しぶりだ。

 

 

 

「……紗夜ねぇとリサねぇはその…僕とそういうことがしたいって、事なんだよね?」

 

「………えぇ。私は……したい、わ。」

 

「…本気なんだ。」

 

「アタシもしたいよ。今でも毎日会えてるわけじゃないし、少しでも弟くんを感じて居たいから。」

 

「………ごめんね、リサねぇ。」

 

 

 

何だかとても申し訳ない気分になる。きっと男としてこれ以上ないくらい幸せな状況なんだろうけど、それを今から正さなくちゃいけないから。

多分相当酷い顔をしていたとは思うけど、近年稀に見る程ご機嫌な日菜ねぇに視線を送る。

 

 

 

「…で、日菜ねぇは動画配信者になりたいんだよね。」

 

「そうだよ!あたしも"(ゆう)チューヴァー"になるの!!」

 

「…………遊チューヴァー?」

 

 

 

気の抜けたような声を漏らしたのはどちらだったか。

…"遊チューヴァー"と言えば、誰もが知っている動画共有サイト『遊-Choove(ゆうチューヴ)』で動画を投稿し金銭を授受する人たちの総称だ。日菜ねぇも現代の若者と言うことでご多分に漏れず憧れてしまっただけなんだが…。

 

 

 

「……えっとさ。紗夜?アタシら、すっごい恥ずかしい事言った?」

 

「…そうみたい…ですね。今井さん。」

 

「………ねえねえ〇〇くん、おねーちゃんたちどうしてこんなに落ち込んでるの?」

 

「日菜ねぇのせいだと思うけどな…。」

 

 

 

イマイチ理解の追い付いていない日菜ねぇに、二人の勘違いとさっきの宣言の意味を耳打ちで教えてあげる。

話し終わって耳から口を離すと、何とも言えない目で二人を見る。その若干見下すような視線に、日菜ねぇのイメージとはかけ離れた冷たいイメージを覚えた。

 

 

 

「……おねーちゃん達、欲求不満なの?」

 

「「うるさい!!」」

 

 

 

……結局、日菜ねぇの気紛れと言うことで動画デビューの話は無かったことになったが、そこから暫くギスギスした姉弟間の空気を味わう事になったのは言うまでもない。

 

 

 

 




チューバ―へのあこがれはまったくないですね。




<今回の設定更新>

〇〇:タイプの違う三人の姉の相手をしていることで段々と察する能力が
   育ってきた。
   動画とかにあまり興味はない。

紗夜:えっちな話題に耐性が無い。…が耳年増。
   恥ずかしくなると険しい顔になる。

日案:ミーハーなタイプ。
   多分何でも出来ちゃうせいでどんどん新しいことに手を出さないと
   死んじゃう病なんだと思う。

リサ:久しぶり。
   えっちな動画も普通に見るし、知識もそれなりにある。
   知識は。


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2019/12/17 一線?一戦!?

 

 

 

「結局のところさ。」

 

「…?」

 

 

 

最早氷川家(我が家)の一員であるかのように食卓を囲み深夜まで居座るリサねぇ。今も結構な夜更けだというのに僕の机で呑気にネイルアートに勤しんでいる。

そんな()()()()()()()が誰に言うでもなく唐突に切り出す。

 

 

 

「……姉弟でデキたらどうすんの?」

 

「………できる、とは?」

 

 

 

返事を返したのは僕の頭を膝に載せて只管に撫で繰り回す作業で時間を浪費している上の姉さん、紗夜ねぇ。僕はリサねぇの言わんとしてることが察せたから黙ってたけど、無垢で純粋な紗夜ねぇは反応してしまったらしい。…きっとまた()()()()の話で餌食にされるんだろう。

 

 

 

「いやさ、実際問題としてどこまで行ってるかはわからないけどぉ……紗夜とかもうヤっちゃってても不思議じゃないじゃん?」

 

「…行く?……やる…っていうのは??」

 

「…はふぅぅぅ。紗夜ってホント可愛いよねぇ。」

 

「???…全く意味がわかりません。」

 

 

 

爪を塗りたくる作業を一旦止めリサねぇが振り返る。…あぁ、あのニヤニヤした顔、完全に玩具を見つけた悪戯猫の顔つきだ。一瞬目が合った時に何やら良くない気配がして悪寒まで覚えてしまったので、寝返りを打つ要領で顔を紗夜ねぇのお腹側に。はぁ…太腿気持ちいい…。

 

 

 

「ぶっちゃけどうなん?紗夜ってモテるっしょ?」

 

「さぁ……そういった事はよくわかりませんね。何分女子校ですし、私には○○が居ますし。」

 

「ふぅ~ん?……んじゃあ、弟くん相手にさ、こう…ムラムラっと来る事とかなぁい?」

 

「むらむら…ですか。」

 

 

 

少し身動ぎしたかと思えば、顎に手を当て考え込む紗夜ねぇ。多分話題的にそんなに真剣な表情になることはまずないと思うのだが、恐らく"ムラムラ"の意味が分からないんだろうな。

 

 

 

「そそ、一人でシちゃおっかなーみたいなさ。」

 

「一人でする…というのは、むらむらをですか??」

 

「や、ムラムラっていうのは気持ちというか、概念というか……ムラムラするから一人でシちゃうって流れかにゃぁ。」

 

「ふむ。むらむら発信なのですね。……結局、一人でするというのは、何をするんです?今ここでも出来ることでしょうか?」

 

「ぷふっ。」

 

 

 

しまった。あまりの純真さに噴き出しちゃった。…だって、今ここでも出来ることですかって、正気の質問とは思えないんだもの。

だがそれがいけなかったようで、僕の頭を撫でる手がピクリと反応し移動する。そのまま僕の顎を持ち上げるようになぞり、つられて見上げた先で紗夜ねぇの真剣な目と合う。…言えないよ、シモの事なんて。

 

 

 

「○○は知っているの?」

 

「……ま、まぁ…あでも、女の子の事は分かんないからリサねぇに訊くのがいいと思うな。」

 

「…ということは、男の子のそのむらむらがあるということ?男の子も一人でするの?ねえ○○?」

 

「……う。」

 

 

 

あんまり顔を近づけないでほしい。直前にそういう話をしているわけだし、紗夜ねぇだって実の姉さんとは言え極上に美人なわけだし、その匂いや顔や体に変な想像をしないとも限らない訳だし…。

 

 

 

「…こらー、あんまり二人の世界に入らないの。…紗夜、やってみる?一人で。」

 

「えぇっ!?」

 

「……どうして弟くんが驚くかな。」

 

 

 

だって、そんな、ここで、一人でなんて、紗夜ねぇの、そういう…

 

 

 

「…出来る物なら、是非。」

 

「だ、駄目だよ紗夜ねぇ!!」

 

 

 

神妙な顔で思い切る紗夜ねぇの腰に、堪らず抱きつく。思い切り体を捻じる形になって酷く背中が突っ張って痛いが、何だかそれはとても見たくない光景だったのだ。

…ただ、抱きついた場所が場所だけに、再度その行為を想起してしまう。目の前に迫っているデルタゾーン。勿論短いキュロットパンツを穿いている為に直接は見えないが、中身を想像できないほど僕も初心じゃない。

フェロモンと表現して凡そ間違いではなさそうな匂いに、思わず体を"く"の字に折り曲げる。…そこを悪戯猫姉さんは見逃さなかった。

 

 

 

「…おやおやぁ?弟くんが先にするのかなぁ?」

 

「なっ……!○○、実際にやって教えてくれるって事なの!?」

 

「ち、違うよ!?絶対やらないしっ。」

 

「…後でするんでしょ?」

 

「リサねぇ!!」

 

 

 

嫌だこのお色気担当さん。今日に限ってはちょっとお下品だもの。

間で話に付いて行けずにキョロキョロしてる紗夜ねぇも少し可愛いし、出来れば紗夜ねぇに知られたくない事だけど……そういえば、散々煽って見せるリサねぇはどこまで知っているんだろう。勿論、経験として。

 

 

 

「リサねぇこそ、ここでやって見せてあげたら!?同じ女の子なんだし!」

 

「…ふむ、確かに一理ありますね。先程から聞いている限りだと、どうやら男女で違いが」

 

「はぁっ!?や、やらないよっ!?……ま、まぁ、弟くんが見たいって言うなら…二人きりで見せてあげてもいいけど。」

 

「ぶっ!!言わないよそんなことっ!」

 

「○○、汚いわよ。…あぁもう、涎が…」

 

「…ごめん紗夜ねぇ…。」

 

 

 

何てこと言うんだ。ありゃもう悪戯猫どころの騒ぎじゃない。女豹だ。

そりゃちょっとは見てみたいって思うけど、実際見せられたらもうまともに会話もできなくなっちゃうんじゃなかろうか。

 

 

 

「……でも何となくわかったわ。」

 

「え"」

 

「……え、えっちな…お話、してる…?」

 

 

 

僕の口を拭き終わり、またリサねぇの方をキッと睨みつけるように見やる紗夜ねぇ。少しの間を置いて、意を決したように震える小声で言ったのが上の言葉。

言い終わる頃には、顔から火が出るというより顔色が最早紅蓮の炎であるかのように真っ赤に染まっていた。

 

 

 

「……あっははははははは!!!!」

 

 

 

その顔を真下、至近距離から見上げていた僕は何も言えなかったけど、僕の学習机にセットで備え付けてあるキャスター付きの椅子で背中を反らせていたリサねぇは、その姿勢で強調する様に突き出していた形のいい胸を揺らして笑う。

 

 

 

「ひー…ひーっ……いやぁごめんごめん!まだ紗夜にはちょっと早い話題だったねぇ…。…何なら、最初の疑問すら愚問だったにゃ~。」

 

「????…リサさん?…今、凄く馬鹿にしてません?」

 

「してないしてない。…凄く羨ましいだけだよ。」

 

「羨ましい??」

 

 

 

今度はエラく頓珍漢な言葉が出た。

 

 

 

「アタシや弟くんが知ってて紗夜が知らない…それだけ聞くと紗夜が何か足りないみたいに聞こえるけどさ、結局のところ、知らなくても良い事ってあるんだよね。」

 

「……はぁ。」

 

「今回の事だって、全く知識が無いのに弟くんのことを愛してるって言い切る紗夜は本当にすごいと思う。……汚れた心じゃなく、打算でも欲望でもなく、純粋に一人の男の子が好きってことでしょ?」

 

「…まぁ、○○のことは、世界で一番愛してますけど。」

 

「そうそう、そういうところね。……だからさ、アタシも揶揄っちゃって悪かったなーって。……ちょっぴり反省。」

 

 

 

ペロっと舌を出し困ったように笑うリサねぇ。いい意味で何も知らない綺麗なままの紗夜ねぇを、流石に弄り過ぎたと言う事だろう。

…というか、そもそも紗夜ねぇは知識が無さすぎて、恥ずかしがったり勘違いするラインまで達してないんだよね。どんな匂わせ方しても純粋に"?"で返してくる、そういうところはまるで子供みたいな人だから。

その気泡一つない氷の様な澄んだ心が羨ましいと、世俗に塗れ、欲望に汚れてしまったリサねぇは言いたいんだろう。

……ただ一つ、リサねぇは知らない紗夜ねぇを、僕は知っている。…何なら、それよりももっと放置しちゃいけない魔物も知っている。

 

 

 

「そう…ですか。私は今はよくわかりませんが、そのうち自然と知ることができるのでしょうか。」

 

「うんうん、紗夜ならだいじょーぶだよ。そのままでいて。」

 

 

 

……大丈夫じゃないんだよなぁ。

 

 

 

「リサねぇ。」

 

「なぁに、弟くん。」

 

「……最初の質問だけど、もしデキたらどうしたらいいのかな。」

 

「…………………にゃ?」

 

 

 

僕の(恐らく)爆弾発言に、間抜けな声を出して固まるリサねぇ。話が終わったと思って油断していたんだろう。

たっぷり一分ほど沈黙を保った後に、爆発した。

 

 

 

「んんんんんっ!?弟くん!?ど、どういうことかな!?」

 

「ええと、どこから話したらいいか…」

 

「最初?…あぁ、できるってやつでしたっけ。」

 

「し、してるってこと!?紗夜と!?ずる…いやダメでしょ!」

 

「あの、できるってどういう」

 

「多分、紗夜ねぇはそういう自覚無いと思うんだよね。」

 

「おぉぅ…それはまた…そっかぁそっちタイプかぁ…。」

 

「あの、何をしてるんでしょ」

 

「まって!どこまで!?最後まで!?」

 

「…多分、大体は僕が寝てる間だから何とも言えないけど…」

 

「うっわぁ…えっぐぅ…」

 

「寝てるとできるんですか?ねえリサさん、○○。」

 

「朝起きると妙に気怠いんだよ。」

 

「あっちゃぁ………えぇー?もう手遅れだったらどうしよう!?」

 

「や、今のところは多分、大丈夫だと思うけど…。」

 

「確かに、寝起きで疲れが残っているのは手遅れかも知れませんね。…○○、ここは今日もお姉ちゃんと一緒に」

 

「だめ!!紗夜は今日は紗夜と弟くん一緒に寝るの禁止ぃ!!」

 

「えっ……。ちょ、ちょっとリサさん?それはいくら何でも…」

 

「紗夜が正しい知識を身につけるまで、弟くんはヒナと寝なさいっ!」

 

「日菜!?日菜ならいいんですか!?…またあの子は、私のものを…」

 

「あのね、リサねぇ……日菜ねぇはもっとやばいとおもう。」

 

「ん"ぅ!!」

 

「だって、あっちは知識もあって…その上で、本気だもん。寝ぼけてたフリとかするし。」

 

「日菜は知ってるのね…。あの子、帰ってきたらただじゃ置かないわ。」

 

「もうっ!!!……今日は弟くんはアタシが連れて帰ります!!」

 

「「ええっ!?」」

 

 

 

確かにリサねぇに関しては未知の領域だけど、氷川に棲む二体の怪物を相手にするよりはいいだろう。今はまだ来てる紗夜ねぇも、いつ来なくなるか分かったものじゃないし、日菜ねぇに関しては何仕出かすか分かったもんじゃないし。

紗夜ねぇとシンクロする様にして驚きの声を上げた僕だったけど、二時間後にはリサねぇの布団の中で甘い香りにで抱き締められていた。

 

 

 

後日、リサ大先生仕切りによる保健のお勉強会と久々の氷今(ヒーマ)姉弟連盟会談が開催されたのは言うまでもない。

…あぁ、リサねぇってちゃんとお姉ちゃんだったんだなぁって…凄く、実感しました。

 

 

 




しあわせなせかいは今日も倫理観を見失う




<今回の設定更新>

○○:幸せなんだか不幸なんだかわからない弟。
   実はけっこうやることやっちゃってた…いや、襲われてた被害者。
   とは言え大好きなお姉ちゃん相手ということで拒むことも出来ない。
   …うーむ、ファンタスティック。

紗夜:知識は無いが本能的な愛が凄い。
   弟の事を思い浮かべるだけで迸るマウンテンデューが何なのか知らないまま
   気づけば騎乗スキルを発揮していたとの事。
   ハイヨォ、シルバァーッ!

リサ:この場では唯一の良心。
   混ざりたい気持ちを必死に堪えて、姉弟を正しい道へと誘導した。
   だが結果として可決された新法案は「リサちーもまざればいいじゃん」
   だったために、結局理は崩れ往く運命なのだ。
   因みに中々の熟練者。

日菜:不在。


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2020/01/13 はじまりはじまり(終)

 

 

 

暖かい眠りの中で、柔らかいものに包まれて…そんな幸せな微睡に、スッと冷たい風が入ってきた。

それが、掛け布団を取り払われたことにより吹き込んできた、冬の朝の風だとワンテンポ遅れて気づく。

 

 

 

「こーらっ、休みだからっていつまで寝てるの?」

 

「んん…っ、紗夜ねぇ、さぶいよ。」

 

「もう八時なのよ?起ーきーなーさーいっ。」

 

 

 

日菜ねぇと抱き合うようにして眠っていた僕を引き剥がす様に、揺さぶり、引っ張り、耳元で囁いて来る紗夜ねぇ。ホントに早起きなんだから、この人は。

またそれを離すまいと抱き締める腕により一層の力を籠める日菜ねぇ。僕の顔に押し付けられる柔らかいものはより存在感をアピールする様に形を変え、温もりと甘い匂いで僕を包む。

 

 

 

「全く…自分だけそんなにくっついて…ズルいじゃないの。」

 

「紗夜ねぇももうちょっと寝よ?」

 

「も、もうちょっとも何も、○○と二人だったら寝てたわよ…」

 

「じゃあどうして早起きなのさ。」

 

「………せ、狭いのっ!シングルのベッドに三人よ?柵も付いてるし…朝起きたら背中に縞々の跡が付いてるんだから。」

 

 

 

赤い顔で背中を摩る紗夜ねぇを、寝返りを打ちながら眺める。…あ、紗夜ねぇ、今日はスカートなんだ。

 

 

 

「ふぅん…跡は残ったら大変だもんね。」

 

「そこまでじゃあないけど…。」

 

「ところで紗夜ねぇ、今日何かあるの?」

 

「…何故?」

 

「紗夜ねぇおうちでスカート履かないでしょ。…でも今日は、その長いスカートだからさ。」

 

 

 

ピンクのロングスカート。前にリサねぇが来た時にも履いてたっけ。

…誰かお客さんでも来るのかな?

 

 

 

「あぁ…何となくそんな気分だったの。…なぁに?○○。お姉ちゃんのスカートの中身、気になる?」

 

「……そんな日菜ねぇみたいなこと言わないでよ…。」

 

 

 

何というか、キャラじゃない。

 

 

 

「…それもそうね。…まぁいいわ、早く起きなさい?リサさんがリビングで待ってるわよ?」

 

「あ、やっぱりリサねぇが来てるのか…って早くない?八時過ぎだよね??」

 

「普段なら学校に行っている時間でしょう?全然早くありません。」

 

「うぇー…紗夜ねぇきらーい…。」

 

 

 

早く起きなくていいってのも休みの醍醐味なのに…紗夜ねぇはその辺分かってないなぁ。真面目なのもいいけど、時にはだらけたい…そんな男心もわかってほしいものだ。

後頭部の上、ずっと消え入りそうな寝息を吐いていた日菜ねぇも目が覚めたようで、ふふと小さく笑っている。

 

 

 

「きっ、嫌い!?…嫌いっていうのは、その、あの…本当に?」

 

「紗夜ねぇは僕に厳しすぎるからなぁ…」

 

「ち、ちちち違うの、私は○○に、立派な大人になって欲しくて、姉として…ね?わかるでしょう?決して意地悪とかじゃなくてその…」

 

「うっひゅひゅ、おねーちゃん嫌われちゃったねー。」

 

「なっ…!日菜っ、あなたも早く起きなさい!」

 

「いやーだよぅ、もっと○○くんとぎゅっ!てしてたいんだもーん♪」

 

「日菜ぁ!!」

 

 

 

僕を挟む様にして言い合いを続ける二人。…凄く今更だけど、本当にそっくりな顔立ちしているなぁって。

最近の日菜ねぇが髪を伸ばしているせいもあって、寝顔なんかは本当にそっくり。鏡でも置いてあるんじゃないかってくらいなんだけど、動き出すと本当に違う。

キッチリ"理"の上を行く紗夜ねぇと自由の名のもとに好奇心と発想力で生きる日菜ねぇ。二人とも目が離せなくて、ずっと一緒に居たくて、大好きで…

 

 

 

「…二人とも、すっごい可愛い。」

 

「「!?」」

 

 

 

うんうん、驚いてる顔もすっごくそっくりで、紅い顔も……って、何をそんなに照れてるんだろう。

 

 

 

「○○くんっ!?ど、どうしたのいきなり!?」

 

「お、おおおっ、お姉ちゃんに、可愛いとは、何ですか…っ!」

 

「………ん、あれ?声に出てた?」

 

 

 

慌て方は似てない。けど、僕の問いに二人とも全力で首を縦に振った。

 

 

 

「…あっはは、ごめんねっ!…でも、本当にそう思ったからさ。」

 

 

 

平和な朝だった。

…が、その言葉のせいで、二人の姉さんという女性にスイッチが入ったことに僕は気づけなかった。

 

 

 

**

 

 

 

「…なーるほど。それでそんな状況なんだぁ。」

 

 

 

リビング。向かいのソファでココアを飲むリサねぇはカラカラと笑う。

僕の両脇を挟む様に密着して座る、二人の姉さんがそれほど面白かったんだろう。日菜ねぇは相変わらず小声で「るんっ、るんっ!」って心情を漏らしてるし、紗夜ねぇは真っ赤な顔で視線をそらして震えている。…けど二人とも、それぞれ僕の左手と右手をしっかり握って、まさに"半分こ"の状態なんだ。

部屋から降りてくるときも、ご飯を食べている時でさえこの状態だったわけで、それをずっと眺めていたリサねぇも嘸かし楽しそうだ。

 

 

 

「リサちーも混ざる??あでも両手埋まっちゃってるね!ざーんねんっ☆」

 

「はっははは!…ヒーナっ♪あとで憶えときなよっ♪」

 

「いやーんリサちーこわぁい☆」

 

「あぁもう、日菜ねぇ!腕捻じらないでっ!!」

 

 

 

最近のフィギュアでさえ可動域は決まってるって言うのに、僕の腕はそんなにグリングリン回りません。おちょくった様子で体を捻じる日菜ねぇは僕の腕ごと体を捩る。千切れます。

対するリサねぇも笑顔を一切崩さず声色だけで日菜ねぇを威嚇するという高等テクを…そして反対側の紗夜ねぇ?一言も発さないと思ったら何処に手ぇ入れてるの??

 

 

 

「さ、紗夜ねぇっ!?…んぅっ、そこは………」

 

「……嫌なの?」

 

「嫌、じゃないよ…でも、紗夜ねぇの手、ひんやりしててくすぐったくて…あうっ」

 

「……お姉ちゃんの事、嫌い?」

 

「……んっんぅ……っ。…だいすき。」

 

「…んふぅ、私もよ。良く言えたわね……。」

 

 

 

こっちはこっちで、リサねぇも日菜ねぇも見えていないかのように僕を溶かそうとする。いつどこでスイッチが入ったのか分からないけど、まるで夜中の紗夜ねぇみたいだ…。

多分これ、いつもなら僕が流されて……な流れなんだけど、朝っぱらという事もあってそうはリサねぇ(問屋)が下ろさない。

 

 

 

「はい紗夜すとーっぷ!弟可愛がりはわかるけど、それ以上目の前でやられちゃうと…ね?」

 

「…リサさん。」

 

「リサねぇ…!!」

 

「あなたも…混ざりたいんですか?」

 

「ちょ、紗夜ねぇ…」

 

「………ふむ、それもアリかにゃー…?」

 

「リサねぇっ!?」

 

 

 

いかん。お色気担当姉さんもスイッチが入ってしまった…!斯くなる上は日菜ねぇ…ッ!!

 

 

 

「あっ!あたしおしっこいってくるー!!」

 

 

 

自由だぁー!!!!このタイミングでトイレってある??それに高校生にもなってその宣言の仕方…子供じゃないんだから…。

空いた僕の片手をすかさず拾い上げ、日菜ねぇと同じポジションから体を絡ませてくるリサねぇ。太腿を撫でてくる手つきも耳元で「いいよね?」と囁く声も、ココアの香りと混ざるその匂いも、何というか大人過ぎる。日菜ねぇとのギャップにクラクラ来そうになる。

 

 

 

「あらあら、モテモテでいいわねぇ○○~。」

 

 

 

母さん!?いるなら止めてよっ!?

というかこの状況を目の当たりにしてニコニコ笑って居られる精神ってどんなの!?

 

 

 

「…これは、孫には困らなそうね。」

 

 

 

意外と現実的!…いやそうじゃなくて、このままだと本当にそうなっちゃうよ!?いいの!?よくないよね!?

…いやでもそうなってくれると僕は幸せで最高で…あれ???

 

 

 

「ねえ、○○。」

 

「は、ひゃい。」

 

「お姉ちゃんの、どんなところが好き?」

 

「さ、紗夜ねぇ!?…ええと…」

 

 

 

ぐるぐると頭がパニックになっているところに、透き通るような紗夜ねぇの声。それも何だか甘えるような、誘う声だ。

いけない、これはいけない。

 

 

 

「えと、紗夜ねぇは…厳しくって、たまに怒ったりもするけど、結局は優しいし甘えさせてくれるし、いい匂いだし…それに」

 

「弟くぅん?紗夜にばっかりデレデレしちゃって、お姉さんは寂しいなぁ。」

 

「り、リサねぇ…!も、勿論リサねぇも大好きだよ!!」

 

「あはは。……やっぱ弟くんは可愛いねぇ。お姉さん、食べちゃってもいいかな??」

 

「こらリサさん、はしたないですよ?」

 

「なにさぁ、紗夜だってそのつもりでしょぉ?」

 

「……私はその、お姉ちゃんですから。」

 

 

 

二人の姉さんが両側から(肉体的にも精神的にも)絡みついて来る…そしてそれを母親が和やかに見守っている、という奇妙奇天烈極まりない状況に僕の脳のキャパシティはとっくに限界を迎えていた。

そんな僕を他所に二人の姉さんは抱きついたり撫でたり匂いを嗅いだりとやりたい放題。

 

 

 

「あぁぁーっ!!リサちー!!そこあたしの場所!!」

 

 

 

未知数(日菜ねぇ)が帰ってきた…!

さっきはダメだったけど今回ばっかりはこの状況を何とかしてくれそうな…

 

 

 

「もー!そっち半分はあたしのなのっ!手返してっ!」

 

「えー、もうちょっとだったのにー。」

 

「リサちーはココア飲んでたらいいでしょ!」

 

「飲み終わっちゃったもんー。」

 

 

 

一瞬半身が解放されるや否や、また違う香りと感触が纏わりつく。「へへへへっ」と日菜ねぇは楽しそうだけど、そうじゃない。そうじゃないんだよ日菜ねぇ。

猫のように側頭部を僕の胸に擦りつけてくる日菜ねぇを見て、「あら、三人ともなのね。良い事。」と母親が呟く。…ホントにいいの?それは。

 

 

 

「日菜ねぇ、くすぐったいよ…」

 

「今ね、あたしの匂いを○○くんにつけてるところなんだよっ!リサちーに取られちゃうからね!!」

 

「…もろマーキングなんだね、日菜ねぇ。」

 

「るるんっ♪るるるんっ♪」

 

 

 

聞いちゃいない。それを見て反対側の紗夜ねぇも控えめに真似しだすし、もう混沌の極みだ。

…紗夜ねぇの「るんっ」は初めて聞いたけど、照れがあって可愛い。

 

 

 

「むぅ……アタシを差し置いてこの姉弟はぁ…」

 

 

「リサちゃん。…前、前。」

 

 

「前ぇ…?……あぁ、なるほど。ありがとーお義母さんっ!」

 

 

「グッドエッ…ラック。」

 

 

 

何やら不穏なやりとりが聴こえた気がしたけど、ステレオで聞かされる「るんっ」の応酬と胸元の摩擦でそれどころじゃない。

…それどころじゃない、が、正面…同じ目線の高さ、それも吐息がかかりそうな距離に無表情のリサねぇが居ることに不安しか感じないのは何故だろう。

ドキドキしつつもその目を見返すこと数秒。急にデレっと微笑んだリサねぇは―――

 

 

 

「貰うね、弟くんっ。」

 

「へ?……んむっ!?」

 

 

 

―――僕の顔をホールドしたかと思えばその甘い唇を僕に押し付けてきた。口から出ようとしていた愚問に蓋をするように。

 

大変なのはそれに気付いた二人の本当の姉さんで。

 

 

 

「「あぁぁあああぁあああああぁぁぁああ!!!!!!!」」

 

 

 

そこからはもう肉食の宴だった。

空腹の肉食獣の檻に放り込まれた生肉のように、僕はきっと貪られ続ける人生を送るしかないんだ。

でもそれはきっと最高に甘ったるくて、最高に幸せなことで…

 

 

 

「○○、あなたはもう逃げられないのよ。」

 

「ずーっと、ずーーっと!あたし達と一緒だよっ!○○くん!!」

 

「弟くんも嬉しいよね?幸せだよね?…なら、委ねちゃいなよ。」

 

 

 

あぁ、ここはなんて狂った世界(しあわせなせかい)なんだろう。

 

 

 

おわり




紗夜ルート、完結になります。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:晴れて肉食系姉さん三人の性奴れ…共有物に。
   本人も満更じゃなさそうだし、御の字でしょう。
   戸籍上一生独身として過ごすことになる。つまり、そういうことさ。

紗夜:誰も傷付けず誰も傷つかない。
   妥協と現実逃避から成るこの世界は、きっと紗夜の弱い部分が望んだ
   夢のような世界。
   恥ずかしがり屋さんは今日も紅潮する頬のまま衣服を脱ぐ。

日菜:寧ろこの世界線だと常人なのかもしれない。
   元気いっぱいの不思議系少女は、世界が狂った時こそ存在感の塊に
   なれるのだ。

リサ:影が薄いようで一番やることはやっている。
   このルートに進んだ結果、理性・ブレーキといった概念が吹き飛ん
   だ模様。
   温もりと優しさで隠した彼女の牙は今日も少年を狙う。

ママ:黒幕。


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【氷川日菜】ひかわさんち。 - √HINA 「もう戻れない」【完結】
2019/09/16 だめだよ、おねーちゃん


 

 

 

「○○……今、大丈夫?」

 

「?紗夜ねぇ…どしたの。」

 

 

 

夕食後、部屋で珍しく掃除に勤しんでいると、ドアから控えめな姉さんの声。

隙間を開け覗き込むように様子を伺っている紗夜ねぇ……一体何の用だって言うんだ。

 

 

 

「入ってもいい?」

 

「いいよぉ。」

 

「……お邪魔するわね。…ふぅっ。」

 

 

 

いつもの定位置、僕のベッドの枕付近に座り一息つく紗夜ねぇ。

いつにも増して険し気な表情をしているけど…何かあったのかな。

 

 

 

「…日菜、最近変じゃない?」

 

「日菜ねぇが?……そんな感じは…しないけども。」

 

「何だかね、距離を感じるの。」

 

「距離?」

 

 

 

あんなに人と至近距離でぶつかってくる日菜ねぇに距離だって?…あでも、確かにここ数日はスキンシップの一つもないような。それどころか…

 

 

 

「…あぁ、何だか妙に大人っぽいってのは感じるかも。」

 

「そうなのよ。……ま、弟の貴方に言われる程だからよっぽどなのだろうけど…。」

 

「直接訊いてみたら?何かあったのーって。」

 

「…そういうわけにはいかないのよ、○○には分からないかもしれないけど、難しいのよ。色々。」

 

 

 

ふーん?紗夜ねぇがそうだと言うならそうなんだろう。言われるとおり、僕じゃ何もわからないし。

 

 

 

「…じゃあ日菜ねぇにも色々あるってことなのかな。…あでも、紗夜ねぇまた怖い顔してたよ?」

 

「そうかしら。」

 

「すごかったよ。眉間なんか、こーんなに皺寄ってた。」

 

「あら……。」

 

 

 

眉を両端から指で寄せて見せる。それを見て、少し表情が和らいだみたいで少しホッとする。

 

 

 

「ふふっ、○○は優しいのね…私のことなんか、別に気にかけなくてもいいのに…」

 

「そんなこと言わないでよ…。紗夜ねぇだって大事なお姉ちゃんなんだから。」

 

「そうね。…ありがとう、○○。……おいで?」

 

 

 

微笑んでくれる紗夜ねぇ。…弟の僕が言うのもアレだけど、笑顔の紗夜ねぇは本当美人だ。…その顔でそんな、両手を開いた受け入れ態勢整えられちゃったらもう…

 

 

 

ガチャッ

「おねーちゃーん、ちょっといーい?」

 

 

 

「ッ!!」

 

「あっ日菜ねぇ。」

 

 

 

その胸に飛び込もうかという瞬間、部屋のドアが開かれ(くだん)の日菜ねぇが入ってきた。紗夜ねぇに用があるみたい。

 

 

 

「ヒッ日菜っ!?…な、ななにかしら??」

 

「…紗夜ねぇ?」

 

「あのねぇ、ちょっと部屋で見て欲しいのがあるんだぁっ。」

 

「部屋…?…部屋に行けばいいのね?」

 

「そだよー!すぐ終わるから!ねっ??」

 

 

 

日菜ねぇと僕とを交互に見比べる紗夜ねぇ。…やがて小さなため息を一つ吐いて、不承不承立ち上がる。

「また後でね」と声に出さずに口を動かし、ウィンクを投げてくる紗夜ねぇは今日も綺麗だ。

 

 

 

「ごめんねー?○○くん。ちょっとおねーちゃん借りるねっ!」

 

「どうぞー。」

 

 

 

パタム。と扉が閉じられ、再び部屋には静かな時間が戻り、僕も掃除に戻る。

…部屋で何してんだろ。あの二人。

 

 

 

**

 

 

 

小一時間ほどかかって、掃除も終えた僕はベッドに倒れこむ。…紗夜ねぇ、戻ってこないなー。

 

 

 

「…何話してんのかな。」

 

 

 

ふと思い立ち、抜き足差し足…で日菜ねぇの部屋の前へ。扉にそっと耳を付け、中の様子に聞き耳を立てる。

……聞き耳成功。少しだが会話が聞こえるぞ!

 

 

 

「…じゃあ、どうしたらいいの!?」

 

「……自分でもわかってるんでしょ?」

 

「……でも、でも!」

 

「おねーちゃん!!!」

 

「……ッ。」

 

「このままじゃ……みんな不幸になっちゃうよ。」

 

 

 

???何の話だ?

想像していなかった緊迫のムードに、思わず固唾を飲み込む。

不幸?不幸とは?

 

 

 

「それでも……私は嫌よ…大好きなの。」

 

「じゃあどうするの!?割り込んで奪い取る!?

それであの子は幸せなの!?ねえ!!」

 

「それ…は……」

 

「おねーちゃんの言ってることは只の我侭だよ…

それは、あたしやおねーちゃんが持っちゃいけない感情なんだよ…?」

 

 

 

…これは、聞いちゃマズイやつかな。流れから察するに、好きになっちゃいけない人を好きになっちゃった的な…?

すごいな、昼ドラみたいだ。見たことないけど。

にしても紗夜ねぇに好きな人かぁ…美人だから仕方ないけど、ちょっと複雑だよなぁ…。

 

 

 

「…いや、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!」

 

「……おねーちゃん。…おねーちゃんに、あの子を傷つける権利があるの?」

 

「…はぁ?」

 

「だってさ。…おねーちゃんは、どんなに頑張っても

おねーちゃんでしか居られないんだよ?」

 

「だからっ!?…だから諦めろって言うの!?」

 

「…おねーちゃんも、あの表情見たらわかるよ。」

 

「なにがよ!?」

 

「…敵わないんだって。…あたし達は、同じフィールドにも立ってないんだって。」

 

「ッ!!……それでも。…それでも……」

 

「…あたしはあの子が大好きだから。だからおねーちゃんになるよ。」

 

 

 

…日菜ねぇが紗夜ねぇになる??どういうことだ??入れ替えどっきりとか?

詳しい状況は全く飲み込めないけど、本当にヤバイ相手を好きになったみたいだ。

…僕にも相談してくれたらいいのに。

 

 

 

**

 

 

 

コンコン

「日菜ちゃん入りまぁす♪」

 

 

 

何だか居た堪れなくなり自室で大人しくしていると、待ち人じゃない方が入ってきた。

 

 

 

「…日菜ねぇ。…紗夜ねぇは?」

 

「おねーちゃん具合悪くなっちゃって、今あたしの部屋で寝てるんだー。」

 

「えっ!!……だ、大丈夫なの?」

 

「うんっ!あたしがついてるからだーいじょーぶっ。

 …それよりぃ……ねね、最近リサちーとはどうなの??」

 

「うぇっ?り、リサねぇと?別に普通だけど…。」

 

「うんうんっ、相変わらず仲良しってことだね♪…あ、恋のお悩み相談なら、おねーちゃんよりあたしの方が適任だからねっ?」

 

「な、何の話だよっ!!」

 

「あっははー。○○くん真っ赤になっちゃってるから、あたしはおねーちゃんのところに戻るね~。」

 

「もー!」

 

 

 

終始賑やかな様子で弄るだけ弄って帰っていった日菜ねぇ。…紗夜ねぇは心配だけど、やっぱり僕には関与できない話だったのかな。

少しもやもやしたが、気にしないことにした。

 

 

 

 




日菜ルートスタートです。
ギスギスシリアス…になりそうな始まり方ですね。




<今回の設定>

○○:みんな好き。まだ姉弟とか恋人だとか、"好き"に幅がない。

日菜:悟ってしまっている。でも弟は大好き。………辛い。

紗夜:弟大好き。好きすぎて…


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2019/10/11 その席は埋まっている

 

 

 

「ん。」

 

 

 

夕食を食べている最中、自宅ということで最近サイレントマナーモードにしっぱなしのスマホに灯が灯る。

少々行儀が悪いが、箸をくわえたまま手を伸ばし…

 

 

 

「こら、○○。」

 

「んぇ?」

 

「お行儀が悪いでしょう。ご飯食べ終わってからにしなさい。」

 

「…でも紗夜ねぇ、今さっき食べ始めたばっかりだよ?待たせるのも悪いし、返信してすぐ置くからさ。」

 

「……もう。じゃあさっさと返信しちゃいなさい。」

 

 

 

最近また険しい顔をすることが多くなった紗夜ねぇに怒られつつも、素早く画面の通知を確認。…案の定リサねぇだったために、素早く「ご飯中だからあとで」と返す。

 

 

 

「…誰からだったの?」

 

「別に、誰からでもいいでしょ。」

 

「ふーん?…まぁ、あたしもおねーちゃんも予想は付いてるからいいんだけど。」

 

「予想ついてるなら態々訊かないでよ。…リサねぇから。」

 

「やっぱり?」

 

「……チッ。」

 

 

 

相変わらずぽやんとした様子の日菜ねぇと、何故か舌打ちを返す紗夜ねぇ。

 

 

 

「紗夜ねぇの方が行儀悪いじゃんか…舌打ちなんて。」

 

「打ってないわよ。」

 

「チッて言ったじゃん。」

 

「してない」

 

「舌打ちしたよ」

 

「打ってない」

 

「じゃあ何打ったの。」

 

「……し、舌鼓。」

 

「…ぽん?」

 

 

 

何だか最近増えたなこういう小さい喧嘩みたいなやり取り。

……舌鼓は不意打ちだったけど。あと日菜ねぇ、「ぽん」とかホント要らないから。こういう時ばっか空気読まないで。

 

 

 

「てゆーかさー。」

 

「なんだよ日菜ねぇ。」

 

「○○くんの、その"~~ねぇ"っていうの、お姉ちゃん呼ぶときに付けてるんだよね?」

 

「そうだけど。」

 

「じゃあ、リサちーに付けるのおかしくない??」

 

「えっ…今更?」

 

 

 

もう何ヶ月それで呼んでると思ってるの。日菜ねぇはお茶碗に山盛りのおかわりを盛ってきたようで、とても女の子とは思えない豪快な箸捌きで掻き込んでいる。

フードファイター日菜……悪くないかもしれない。因みにその横で紗夜ねぇは、自分が咄嗟に出してしまった失言に悶えている。…それ以上秋刀魚をバラさないであげて。もう内蔵だか身だか分からないくらいぐちゃぐちゃだから。

 

 

 

「てっきり流された話題だと思ってたのに、今になってどうして…」

 

「んー……○○くんはさ、リサちーの弟になりたいの?」

 

「えっ?……どうなんだろ。考えたことはないけど…。」

 

「折角他人なんだから、恋人とか目指すのが普通なんじゃないの?」

 

「日菜、やめなさい。」

 

「おねーちゃんだっておかしいと思うでしょ?リサちーがお姉さんなんて。」

 

「……いいから、それ以上はダメ。」

 

「何の話?全く見えないんだけど。」

 

 

 

双子で盛り上がってるところ申し訳ないけど、当の僕本人が全く話についていけてないですよ?いいんですかね?放置で。

 

 

 

「要するに、○○くんはリサちーの弟にはなれないってこと。」

 

「……一応訊くけど、なんでさ。」

 

「だって、リサちー弟いるし。」

 

「!?…ゴフッゴホォッ!」

 

 

 

恐ろしく予想外の答えに、僕の気管が謀反を起こしたようだ。幸い口には何も入っていなかったが、息を吸う暇がないほど咽る。

さすがの紗夜ねぇも心配になったのか、背中を摩りつつ「何やってるのよ…」と呆れ顔だ。

 

 

 

「ふー…ひー……日菜ねぇ、それどういうこと?」

 

「どうもこうも、いるんだよ。歳の近い弟が。」

 

「……え、だって、一人っ子って、聞いてるんだけど…。」

 

「んぅー。何か都合があって言い出せなかったとか?わかんない。あたしリサちーじゃないもん。」

 

 

 

どうしてリサねぇが僕を騙すようなことなんか…。まさか最近になって急に弟ができたなんてバカなこともあるわけないし…。

 

 

 

**

 

 

 

その後、暫くリサ…ねぇとチャットを交わしたが、そのことについては訊けず。

ただひとり、モヤモヤとした気持ちのまま眠りに就くのだった。

 

 

 

 




久しぶりの短編。うーんギスギス難しい。




<今回の設定更新>

○○:衝撃の事実。大丈夫、私もだよ。
   ご飯はよく噛んで食べるタイプ。

日菜:ずっと前から知ってるけど何となく今言いたくなった。
   一食あたり3合程の米を消費する驚異の胃袋。
   着痩せするタイプ。

紗夜:気まずい。今ちょっと弟とどう接していいかわからない。
   割と少食。魚を食べるのがちょっと苦手。かわいい。


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2019/11/12 諦めたんだよ

 

 

 

「いざ身体を壊してからじゃ遅いのよ、いい?」

 

「……わかってるよ。」

 

 

 

学校から帰ってきたらこれだもんな。

家について早々、玄関で僕を迎えたのはご立腹の紗夜ねぇだった。どうやら、部屋から大量のエナジードリンクの空き缶が出てきたことに怒っているようで、部屋着に着替えてすぐ紗夜ねぇの部屋に呼び出されていた。

 

 

 

「○○もいつまでも子供じゃないのだから…今はわからないだろうけど、こういう不摂生の"ツケ"は大人になってから回ってくるのよ?」

 

「…あそ。」

 

「ちゃんと聞いてるの?お姉ちゃん心配でこうやってあなたに…」

 

「紗夜ねぇ。…僕がこれでいいんならいいと思わない?」

 

 

 

僕としても思うところはあった。最近の紗夜ねぇはずっとよそよそしく、こうして怒っている時か小さな注意をしてくる時しか会話もまともにしてくれない。

そんな状態の紗夜ねぇが今更「心配」だって?素直に納得できると思う?…ねえ、紗夜ねぇ?

 

 

 

「あのね、紗夜ねぇ。」

 

 

 

だから、少しピリピリしていたせいもあったのかもしれないけれど。

 

 

 

「……心配しているフリとかもういいからさ。…結局は紗夜ねぇだって、僕とリサねぇが仲良くしているのが気に入らないだけなんでしょ?」

 

 

 

僕は、人生で初めて…紗夜ねぇに()()したんだ。

 

 

 

**

 

 

 

『……もういいわ。出て行きなさい。』

 

 

 

すごく怒ったような、それでいて悲しそうな震える声に自室へと戻った僕。…只今絶賛後悔中だ。

母親から晩ご飯の完成を伝える声が聞こえても、ベッドに突っ伏したまま動くことができなかった。

紗夜ねぇは僕のことをどう思っているんだろう。…僕の気づかないところで怒らせるようなことをしてしまったんだろうか。…それとも僕のことが、単純に嫌いになってしまったんだろうか。

 

 

 

「……わかるわけないじゃんか。」

 

 

 

家族の…取分け血の繋がった姉弟の話ともなると、友達にも誰にも相談しづらいもので。

考えれば考えるほど僕の頭は鈍り心は曇っていく。目頭を押し付けた枕はとうにひたひたに濡れてしまっているし、もうどうしていいんだか皆目検討もつかない、負のスパイラルに突入していた。

 

 

 

「……紗夜ねぇ。」

 

 

 

思わず口から出たその声は酷く弱々しく震えていた。

 

 

 

…何程そうしていたかな。

恐らく夜はとっくに更けていて、冷えた部屋に頭はすっと冷静になっていたらしい。自分が空腹であることに気づき起き上がる。

スマホの画面に表示される時間は夜の十時を少し過ぎたところで、画面に映る通知の数は二十ほど。そのうち全てないし殆どはリサねぇからのものだろう…。

 

 

 

「……日菜ねぇ?」

 

 

 

予想に反し、通知の半数ほどはもう一人の姉さんからのメッセージを示していた。

…紗夜ねぇがガラッと態度を変える傍ら、日菜ねぇも少しずつ変化しているように思えた今日この頃。このメッセージにしたってそうだ。今までの日菜ねぇであればメッセージのやりとりなど面倒な工程はすっとばして、ついでに僕の部屋の扉もすっ飛ばすような人だったのに。

 

コン…コン…

 

 

 

「……誰?」

 

 

 

丁度そのメッセージを読み終えたところで、部屋の扉を控えめに叩く音が響く。

 

 

 

「あたし。日菜だよ。」

 

「……日菜ねぇ?」

 

 

 

さっきのメッセージといいノックといい、どうしたんだろう。

訝しみながらも声の主を部屋に引き入れる。…ついでに電気も点けた。

 

 

 

「あはっ、○○くんだ。」

 

「そりゃそうでしょ、僕の部屋なんだから。」

 

「うんうん、そーだね。……おねーちゃんと、喧嘩したんだ?」

 

「…喧嘩って程じゃないよ。」

 

 

 

ただ怒られて、それが納得できなかっただけ。

 

 

 

「…おねーちゃん、今大変な時期なんだよ。」

 

「……そーなの?」

 

「うん。…きっとね。」

 

「じゃあ、僕のこと嫌いになったわけじゃないの?」

 

「…きっと、ね。流石にあたしはおねーちゃんの考えていることまではわからないけど…それでも、おねーちゃんが今までと変わらず○○くんを愛していることはわかるよ。」

 

「………ふーん。」

 

 

 

愛…ね。紗夜ねぇが一体どのような状況に置かれていて、どう大変な時期を迎えているのかはさっぱりわからないけど、少なくとも今の接し方に愛は感じられないけど。

 

 

 

「ね。だからあんまりおねーちゃんを責めないであげて欲しいんだ。どうしても辛かったり、納得できなかったらあたしに話してくれていいから…ね?」

 

「日菜ねぇ…何か悪いものでも食べたの?」

 

 

 

日菜ねぇの方がお姉ちゃんな気がして。まるで悪い夢でも見ているかのように、目の前の()()()像がぶれて見える。

紗夜ねぇもおかしいし、日菜ねぇも何か…

 

 

 

「あはは……実は、さ。」

 

「??」

 

「これは、おねーちゃんと話したことなんだけどね。」

 

 

 

伏し目がちな日菜ねぇはそのまま低いトーンの声で続ける。

 

 

 

「おねーちゃんもあたしも、()()()()お姉さんになろうって決めたんだ。」

 

「ちゃんと…って?」

 

「○○くん、今はリサちーに夢中でしょ?」

 

「………でも別に、それは関係ないんじゃ」

 

「おねーちゃんはね…異性として、男の子として○○くんが好きだったんだ。」

 

 

 

それって…血のつながりを超えて、付き合いたいとか結婚したいっていう好き?そんな馬鹿な、あの紗夜ねぇが?

 

 

 

「まぁ、急に言われても驚いちゃうよね…。でもさ、結局のところあたし達ってお姉ちゃんな訳じゃん。リサちーみたいに、これから発展していく…ってことにはならないんだよね。」

 

「…………。」

 

「だから、諦めることにしたの。諦めて応援してあげようって。今はその、一生懸命○○くんを弟として見ようと頑張っている期間なんだよ。」

 

「…だから、あんまり話してくれないの?だから冷たく当たるの?」

 

「い、いや、その。そう感じるかもしれないけど、おねーちゃんは一生懸命…」

 

 

 

そんなの間違ってる。家族としても、姉弟としてもそんな絶対おかしいよ。そんなことならいっそ……

 

 

 

「そんな風になっちゃうならいっそ、…僕は家族を辞めたいよ。」

 

「………○○くん、今自分が何言ってるかわかってるの?」

 

「だってそうでしょ。僕が紗夜ねぇの弟だから悪いんだ。僕がこの家の一員じゃなかったら、紗夜ねぇだって今まで通り優しい紗夜ねぇのままでいてくれるって…」

 

「バカぁ!!」

 

 

 

日菜ねぇの劈く様な大声に思わず二の句が継げなくなる僕。…怒ってる?

 

 

 

「○○くんはあたしたちの弟だから家族でいられるんでしょ!?それを、おねーちゃんと()()()仲良くなりたいがために全否定するの!?」

 

「日菜ねぇ…。」

 

「…今○○くんが言っていることは逃げだよ。おねーちゃんは今頑張って乗り越えなくちゃいけないんだ……乗り越えて、正しい姉弟の形に戻らなきゃいけないんだよ!!」

 

「……でも…でも、辛いよ。辛すぎるよこんなの!!日菜ねぇはわからないんだろうけどさぁ!!」

 

 

 

話を聞く限り、この件の当事者は僕と紗夜ねぇ、それにリサねぇの筈だ。そりゃ自分の感情や気持ちが動いていない日菜ねぇは傷つかなくていいよね。どんな事だって言えるだろうし、全部をわかったような顔だってしていられるよ。

 

 

 

「…わかるよ。」

 

「……は?」

 

「あたしだってわかるよ…おねーちゃんの気持ち。…○○くんの辛さ。」

 

「いいよ、そういうのは…。」

 

「あたしだって…あたしだって!!」

 

 

 

再度放たれた日菜ねぇの大声に胸が締まる。…実はさっきからずっと気になっていたことがひとつある。

どうして日菜ねぇがそんなに辛そうな表情をするの?どうして、そんなに辛そうに声を絞り出すの?

 

 

 

「…あたしだって…頑張って諦めたん、だからぁ……!」

 

「……!!」

 

 

 

まるで殿を務める要石を引き抜いてしまったかのように、日菜ねぇの顔がその一言で崩れ出す。決壊した涙腺からは大粒の涙が滝の様に下り、閉じなくなった口からは嗚咽が溢れている。

その光景にまるで他人事の様に動けないでいる僕。

 

 

 

「日菜ねぇ…僕…」

 

「へ、変だよねぇ……あたしもおねーちゃんも、○○くんも姉弟なのにぃ……う、うぁああああ…!」

 

「……日菜ねぇ!!」

 

 

 

目の前で泣きじゃくる日菜ねぇの姿に、ふと硬直が解けた僕は無意識のうちに日菜ねぇの細い体を強く抱きしめていた。

 

 

 

「……だ、だめだよ……○○くん、そんなことしちゃ、だめなんだよぉ……!!」

 

「…………日菜ねぇ、僕。…いいよ。」

 

「………ぇ?」

 

「姉弟でも、そういう気持ちになったっていいと思う。…それに、そこまで強く日菜ねぇが想ってくれているんなら、僕もひとりの男として受け止めてあげるべき…なんだと思う。」

 

 

 

血の繋がりなんて関係あるもんか。姉弟だからなんだって言うんだ。

目の前で女の子が辛い運命にぶつかり涙を零している…それをどうにかしてやれなくて何が男なんだ。

僕はただの弟じゃない。日菜ねぇの弟である前にれっきとした一人の男なんだから。

 

 

 

「日菜ねぇ……我慢、しないでいいから。」

 

「………○○くん…。」

 

 

 

愛情の表し方に決まりなんてあってたまるか。

仲が壊れるくらいなら、関係性を僕ら独自のものにしちゃう方がよっぽど……。

 

 

 

カチャァ…

「……………………………。」

 

 

 

僕は、この姉さんと一生離れずに居るんだろう。

腕の中で、目を真っ赤に腫らして見上げる、日菜ねぇと。

 

 

 

「…………………許さない。」

ミシッ…

 

 

 

「○○くん?」

 

「……なに、日菜ねぇ。」

 

「………大好きなんだよ。」

 

「……うん。」

 

「………ごめんね。」

 

 

 

 




日菜ルートですよ。




<今回の設定更新>

○○:変な方向にスイッチが入ってしまった模様。
   この選択が、波乱を呼ぶかもしれないっていう夢を見た気がするような。

日菜:辛かった。苦しかった。
   でも、やっと受け入れてもらえた。…波長的に、弟は似た生物なのかもしれない。

紗夜:このルートだと救われない子。
   日菜に説得されて必死に想いを封印したはずなのに。


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2019/12/03 騒ぎの中に答えは在らず、静かに事は運ぶべし

 

 

 

自分の部屋、自分の布団、自分の枕。パーソナリティスペースと呼ばれる、自分だけの場所。

リラックスできる場所でもあり、孤独になれる場所でもある。

特に何かがあったわけではない平日の夜、僕がここで過ごすのも必然なわけで。

 

 

 

「んっふふ~♪○○くん、いい匂いだねぇ。」

 

「だめだよ日菜ねぇ、まだお風呂も入ってないんだから。」

 

 

 

そこに()のうち一人がくっ付き居座っているのもまた必然なんだ。…あの一件以来、日菜ねぇはまたグンと距離を縮めた。それこそ、街中では恋人と間違われるほどに。

…でも、その裏側で、もう一人の姉さんとの関係性は悪くなっていく一方で。

 

 

 

「お風呂ぉ?いいねぇ。今日も一緒に入る?ね、ね、一緒に入るぅ??」

 

「今日()って…いつも入ってるみたいな言い方しないでよね…。」

 

「あたしは毎日でもいいんだよぉ??」

 

「僕がよくないの。」

 

 

 

日菜ねぇと紗夜ねぇの間にどんな会話があったかは分からない。知らない事だし、何故か教えてくれない。それでも、確実に二人は壊れて行っている気がする。

そのどちらにも僕が絡んでいるのか、何が二人をそうさせてしまっているのか。

 

 

 

コンコンコンコンコンコンコンコンコンコン

 

激しいノックの音。僕はもう慣れてしまったんだけど、この音が聞こえるたびに父さんも母さんも不安そうな顔をする。

 

 

 

「あっ、おねーちゃんだ!…はぁい!!」

 

「日菜~?ちょっといいかしら~??」

 

 

 

ドア越しに聞こえてくるフワフワとしたご機嫌な声。紗夜ねぇだ。

決してドアは開けず、顔も見せず…声だけでの応答を徹底しているのは果たしてどのような意図があっての事か。

僕にはそれを推し量ることはできないが、この後の流れは容易に想像できる。

 

 

 

「ちょーっと待っててね!〇〇くんっ!」

 

 

 

るんるんとまるでハイキングにでも行くかのような軽やかな足取りで扉へ。ノーウェイトで開けた先には()()()()()()()()()紗夜ねぇが一瞬見えた。

前にも同じことがあり声をかけてみたが無視されてしまい、ショックを受けて以来気軽に呼び掛けることのできなくなった姉さん。ホント、どうしちゃったんだろう。

パタム、と静かに閉まる扉にすぐさま駆け寄り耳を当てる。

…足音…数歩歩いて、扉を開ける音……閉まった。どうやら紗夜ねぇの部屋に行ったらしい。音を立てないようにドアを開け、紗夜ねぇの扉に耳をつける。

 

 

 

「……何度言ったら分かるの。」

 

 

 

紗夜ねぇの声だ。取り繕っていない、素の。

 

 

 

「…何度も言ってるように、あたしは変わるつもり無いから。」

 

 

 

日菜ねぇの、少し怒った様な声。

 

 

 

「ッ!だから!もう止めなさいって言ってるの!!」

 

「意味が分からないよ。おねーちゃんの言ってることはおかしいと」

 

「おかしいっ!?私がおかしいのだとしたらあなたもおかしいのよ!日菜!!」

 

 

 

言い争う声。紗夜ねぇは最近ずっとこうだ。沸点が低いというか、加速が早いというか。

冷淡な様子から突然大声を出したりする、酷く波のある人になってしまったイメージだ。

 

 

 

「あたしはおかしくないよ。」

 

「あらそう。ええそうね。おかしくないわよね。」

「あなたは〇〇にあそこ迄慕われて、懐かれて、受け入れられて認められて愛されて!!」

「……私の欲しかった、求めていたものを全て持って行ってしまうんだもの…。」

 

「おねーちゃん…。」

 

「昔からそう!!…そうよ、あなたは昔からそうだったわ。」

「私の手に入れたものを片端から奪い取っては誇らしげに見せつける!」

「あなたは一体何がしたいの!?私をどうしたいの!?苦しんでいる私を見て、何が楽しいの!?」

 

「………。」

 

「そうよね、都合悪くなったらだんまりは昔からの癖だったわよね。」

「私もそうしていれば○○に好かれるのかしら?」

 

「おねーちゃん、いい加減にしなよ。」

 

「……あぁ?」

 

 

 

正直、姉さん達が揉めているのを見て見ぬフリはしたくない。…それでも、何の解決策も思いつかず、この一枚のドアさえ開けられないのが僕、ただの無力な弟ってわけだ。

 

 

 

「おねーちゃんは逃げてるだけでしょ!?」

 

「この…っ、分かったような口を…!」

 

「そうやってまたあたしを叩いて終わりにするの?それじゃあ何も変わらないんだよ?」

 

「……うるさい…うるさいうるさいうるさいっ!!」

 

 

 

ヒステリックな紗夜ねぇの声と、ドアに何かがぶつかる音・衝撃…それも二、三度。と同時に近づく足音。

…来る。きっと紗夜ねぇは、今まさにこのドアを開いて出てくるはずだ。

 

バァン

 

 

 

「……っ!」

 

「………○○。」

 

「紗夜……ねぇ。」

 

 

 

思わず尻餅をついて、紗夜ねぇを見上げる格好で固まる僕。怒りや悲しみの篭った冷たい目で見下ろしてくる紗夜ねぇ。

 

 

 

「……○○、その…」

 

「……。」

 

「私は……私は………。」

 

 

 

何かを言おうと口を動かすも、先程までとはうって変わって小さな声が漏れるだけだった。次第にそわそわと視線を彷徨わせ始めた紗夜ねぇだったが、その最中に元いた部屋の中を見るや否や大きく目を見開いた。

震える瞳を伏せ、唇を力いっぱいに噛み締めた紗夜ねぇは表情の読み取れない平たい声で、

 

 

 

「盗み聞きなんて品のないことをして……恥を知りなさい、○○。」

 

 

 

そう言い残して階段を下りていってしまった。足音に混ざって嗚咽が聞こえたのは僕だけの幻聴か…背中が悲しみを帯びていたのかもしれない。

!!それはそうと、日菜ねぇだ。さっきまで戦場と化していた紗夜ねぇの部屋へ駆け込む。ドアは開け放たれていたおかげで、ノックだなんだと気にする必要はない。

 

 

 

「日菜ねぇ!!…うっ!?」

 

 

 

一言で言えば異常、だった。

壁や天井中に貼られた僕の写真も然ることながら、机やベッドに染み込んだ赤黒い液体。そしてこの臭気。

生臭いような、鉄の酸化したような匂いが立ち込めていて、あんなにも清潔感が溢れていた紗夜ねぇの部屋の面影はどこにも残っていない。暗く、生温いといった印象だった。

 

 

 

「○○くん…?…あ、あはは、やっぱり驚くよね、これ…。」

 

「何…これ……。」

 

「今おねーちゃんはね、色々いっぱいいっぱいなんだよ。だからやっぱり、誰かが分からせてあげなくちゃいけなくて、○○くんも見守ってあげてて欲しいんだ。」

 

「見守るったって……あっ、日菜ねぇ、大丈夫!?」

 

 

 

部屋の惨状に気を取られすぎていたらしい……声のする方に視線を向けて思わず泣きそうになるくらい驚いた。

えへへと眉をハの字にして笑う日菜ねぇの頬は内出血を起こしているのか青黒くなっており、へたりと力なく座り込む体、そのスカートから見える綺麗な腿には真っ黒な痣ができている。

 

 

 

「あ、いーのいーのこれは。ちょっと怒らせすぎちゃったみたいだから…痛っ…!」

 

「ひ、日菜ねぇ…。」

 

 

 

有り得ない位置にまで転がっているキャスターチェアーを見る限り、これをぶつけられたか殴られたかの線が濃厚だろう。

さっきまで心の中に渦巻いていた、もう一人の姉さんへの心配や同情といった感情が静かな怒りに変わっていくのを感じた。

 

 

 

「だ、だめだからね。おねーちゃんはそっとしておいてあげないと…」

 

「日菜ねぇ。…こんなの間違ってるよ。こんなの紗夜ねぇじゃない。」

 

 

 

何より、そんな姉さん、嫌いだ。

 

 

 

「ね、ね、○○くん。あたしは大丈夫だからね、おねーちゃんは、もうすぐなんとかなるんだから。」

 

「そんなこと言ったって、日菜ねぇ…」

 

「今はあたしと一緒にいて?やっぱりちょっと痛いのは痛いし、治まるまで傍にいてよぉ。」

 

「日菜ねぇ。……ん、わかった。僕のベッドでいいよね?」

 

「…うん。ありがと。」

 

 

 

このままじゃダメだ。紗夜ねぇも日菜ねぇも、どっちも僕が救わなきゃ。僕が、動かなきゃ。

日菜ねぇを抱えながら、すっかり泥沼のようになってしまった姉弟の関係に頭を痛めている僕だった。

 

 

 

 

 

「ふふっ♪ごめんね、おねーちゃん♪」

 

「??何か言った?」

 

「…何も言ってないよ…痛っ」

 

「だ、大丈夫??冷やす??」

 

「ううん、大丈夫だから…ぎゅってしてぇ…。」

 

「うん…。」

 

 

 

 




日菜ルートもぐちゃぐちゃしてきましたね。




<今回の設定更新>

○○:目の前のことで手一杯。まだ若いから仕方ないといえば仕方ないが…
   其れ故に話は拗れていく。

日菜:いいことを言っているように見える。
   許しが出たため主人公にべったり。
   おねーちゃんとも仲良くなりたい……??

紗夜:壊レ始メてイる。


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2020/01/03 縁

 

 

 

「あなた……自分が何を言っているか分かってるの?」

 

「勿論。…でも、もう見過ごしちゃいられないよ。」

 

 

 

和やかなお正月になるはずだった三が日。それも今日で終わろうとしている。

僕はすっかり気持ち悪くなってしまった紗夜ねぇの部屋…その入り口で、紗夜ねぇと対峙していた。きっかけはまたしても紗夜ねぇの行動。

リビングでダラダラとテレビを見ていた僕と日菜ねぇを紗夜ねぇが叱ったわけだけども、その指摘点は二人の距離が近い事、だった。

確かに、ソファに座る日菜ねぇに膝枕をしてもらう形で寝転がっていたけれども、「姉弟でそんな淫らな事すべきじゃない」とまで言われるほどの事か正直分からない。

当然離れることに難色を示した日菜ねぇを、紗夜ねぇは平手打ちで鎮めた。頬を赤く腫らした日菜ねぇは涙を浮かべながらも「大丈夫」と笑っていたけれども…連日のそういった行き過ぎた行動に、僕はもう許せなくなっていたようだ。

 

 

 

「紗夜ねぇ、本当にどうしちゃったのさ!あの優しかった紗夜ねぇは何処へ行っちゃったの!?」

 

「…だから、何時までも甘やかしている訳には行かないと言ったでしょう。日菜に強く怒るのは、あなたと違って大きな「お姉ちゃん」だからよ。」

 

「お姉ちゃんだからって…やり過ぎだよ……!」

 

「何もあなたが怒る様な事じゃ」

 

「馬鹿!!紗夜ねぇがおかしくなったから僕も怒るしどうしていいか分かんないし、不安だし…日菜ねぇだって、あんなに悲しんでるじゃないか!!」

 

 

 

込み上げてくる気持ちは抑えられない。どうしたらいいんだ、どうしてこうなってしまったんだ、何が二人の姉さんをこんなに拗れさせてしまったんだ…僕一人じゃ抱えきれないし究明も出来ない疑問と問題がうず高く積みあがってる。その山を登ることも下ることも出来ないまま泣き叫ぶことしかできない僕でも、もしかしたら動けることがあるのかもしれない…そう思って、僕の考えを伝えにこの部屋まで来たんだ。

普段大声を出さない僕の今の姿に驚いたのか、びくりと体を震わせる紗夜ねぇ。それでも表情は変わらず、只管冷たい瞳で威圧する様に見つめて来るだけだった。

 

 

 

「……あなたは何もわかっていないのよ。」

 

「わからないよ!紗夜ねぇが何も言ってくれないからでしょ!?」

 

「わた……し…は…」

 

「だから僕は……僕は、もう弟辞める。」

 

 

 

逃げかも知れない。それでも、ずっと小さい時から一緒に過ごしてきた大好きな姉さんがおかしくなっていく。関係も、繋がりも壊れていく。それが辛過ぎるんだもの。

 

 

 

「……ッ、え?」

 

 

 

流石の紗夜ねぇも目を見開いて絶句している。当然だ。辞めるったって辞められるわけがない。まだ自立にも早すぎる今の僕が何を言ったって子供の我儘でしかない訳だ。それが分かって、笑いたいのか怒りたいのか、何とも言えない複雑な表情で何かをぶつぶつ言っている。

 

 

 

「どうして○○が弟を辞める?そんなの有り得ない、だって私は姉であることを選んで姉としての当然の振舞いで姉として弟と妹に好かれようと。好かれようと?いやそんなはずは、元から仲のいいキョウダイとしてその形を保つために、でも日菜がそんな爛れた想いを抱いてしまったから私は私として正さなきゃいけなくて斯くあるべき姿として弟を、あれ?弟も弟じゃ無くなったら私はまた家族を…独りに…ぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!」

 

「さ、紗夜ねぇ!?」

 

「どうしたの○○くん!!…おねーちゃん!?」

 

 

 

物凄い速さで何かを呟いたかと思うとそのまま自分の体を抱き締める様に抱え込み、大きな声を上げつつしゃがみ込んで震え出した。急変ぶりに慌ててしまった僕と、咄嗟に駆け付け状況を把握した日菜ねぇ。

蹲る様にして泣き叫びイヤイヤと首を振る紗夜ねぇに背中を摩りつつ言葉を掛ける日菜ねぇ。目の前の異常さに、得体の知れない恐怖感を抱きつつその原因を必死に探っている僕。まさに修羅場だ…そう思った。

 

 

 

「いやあぁぁああああ!!!!行かないで!!!!行かないで!!!!!!私を置いて行かないでぇ!!!!」

 

「大丈夫だよ!大丈夫だよおねーちゃん!!!あたしも、○○くんもここに居るよ!」

 

「ぁああああああ!!!!!だめ!!!やめてやめて!!!!だめだってばぁああ!!!!」

 

「おねーちゃん!まずは…ええと、深呼吸してみよ!?ね!?…まず落ち着いて、○○くんともう一度話してみよ!?」

 

「いやああ!!!!いやなの!!!!ごめんなさいごめんなさごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!私が悪いの!!!!ぁぁああああ!!!」

 

「紗夜……ねぇ…?」

 

 

 

髪を振り乱し喉を掻き毟り、目を剥いて声帯が千切れんばかりに泣き叫ぶ。目の前にいるその人は、僕の見慣れたあの姉さんじゃなかった。

 

 

 

「○○くん!!」

 

「…えっ、あっ、は、はい!!」

 

「ここはあたしが何とかするから、○○くんは自分のお部屋で待っててくれるかな!?」

 

「で、でも…」

 

「おねーちゃんなら、大丈夫だから!…ね??」

 

「……う、ううん…」

 

「よーしよし、○○くんは言うこと聞けるいい子だもんね!後でお部屋行くからね~」

 

「あぁぁあああああ!!!!行かないでぇ!!!離れないでぇええええええ!!!!!!いやあああああああ!!!」

 

「おねーちゃん!おねーちゃーん!!あたしがわかる??日菜だよ??ここに居るよー???」

 

 

 

壮絶な現場から逃げる様に、日菜ねぇの未だかつて見たことのないほどまともなお姉さんっぷりに圧倒されつつも従う事にした。

部屋に入り扉を閉めても尚、紗夜ねぇの悲痛な叫びが聴こえてしまい、つられて叫び出してしまいそうな程不安になる。リサねぇに連絡しようとも思ったけど、そんな気力も勇気もなく一人布団に包まって耳を塞いだ。

 

 

 

**

 

 

 

どれくらい経ったろう。ぼーっとした空っぽの頭のまま暗い闇を見詰めていると、不意に身体を揺すられる感覚があった。

布団から這い出てみれば優しい笑顔の日菜ねぇが見下ろしていた。

 

 

 

「ごめんね、遅くなっちゃった。」

 

 

 

少し疲れたような表情を浮かべる日菜ねぇ、辺りもすっかり暗くなっているし、長い戦いがあったんだろう。

 

 

 

「…日菜ねぇ……僕…。」

 

「○○くん、ちょっとお話…聞いてもらえるかな??」

 

「お話?」

 

「うん。おねーちゃんとあたしと、リサちーと○○くんのお話。」

 

「…リサねぇも?」

 

「うん。ちょっと長いけど…こういう時は冬休みに感謝だねっ。」

 

 

 

悪戯っぽく笑った後、「あったかいもの持ってくるね~」と部屋を飛び出していった日菜ねぇ。気付けばお腹もすいているし、お話とやらに備えて部屋とテーブルを用意しておこう。

電気をつけ、ちゃぶ台を拭いてクッションを置く。位置的にベッドに凭れ掛かる状態になるし、座椅子は要らないか…と部屋を見回していたところ、ぱたぱたと予想より軽い足音を響かせ日菜ねぇが戻ってくる。本当タフだな、この人は。

 

 

 

「じゃーんっ!日菜ちゃん特製のクリームシチューだよぉ!」

 

「……流石日菜ねぇ、めっちゃ零してるよ。」

 

「へっへー、階段駆け上がってきたからね♪」

 

「…また紗夜ねぇに叱られるよ。…あ。」

 

「………じゃあ、まずは食べよっか。冷めちゃうし!」

 

 

 

カチャカチャと食器の音だけが支配する空間で二人静かにシチューを食べる。一口、また一口と進むごとに泊まっていた頭も顔も動く様になり、最初の言葉は自然と零れ落ちた。

 

 

 

「お話って?」

 

「……そうだね。…まずさ、○○くんから見て、今の家族構成ってどんな感じかな。」

 

「??ええと、僕がいて、姉さんが二人、父さんと母さん…の五人家族だよね。」

 

「うん、正解っ。…それじゃあ、リサちーは○○くんにとってどんな存在??」

 

「えっ。……えーと…ちょっと気になる人…っていうか、そんな感じ。」

 

「うんうん、正直で良い子だね!じゃあ次はぁ…」

 

 

 

このシチューほんとにおいしい。

 

 

 

「○○くんとあたし達お姉ちゃんズ、違うところってどこかな??」

 

「違うところ……そりゃ当然、歳と性別だよね。」

 

「…あとは?」

 

「……あとは、うーん…その三人だと、僕だけ茶髪ってことくらいかなぁ…。」

 

「そうだねぇ♪…おとーさんとおかーさんの髪の色ってどうだろうねぇ??」

 

「……二人とも黒い。」

 

「うんうんっ、ちゃんと把握できてて偉いねえ!」

 

 

 

確かに、これだけ髪色も…今気づいたけど瞳の色も違う家族って言うのも珍しいよね。珍しさで言えば、姉さん達が抜群におかしいんだけど。

 

 

 

「態々こんな話をするあたり、もしかして~とは思っちゃってるかもしれないけどさ。…あたし達、本当は血の繋がりが無い所があるんだよね。」

 

 

 

…衝撃だった。

僕自身姉さんや両親との関係を疑った事なんか勿論無い訳だし、髪色に関しても"そういうもんだ"と流してた。周りにはいろんな髪色の人がいるし、知り合いのあこちゃんなんかはお姉ちゃんと違う髪色だったと思うし。

うちもきっと、双子ってきっとそういうもんなんだと…。

 

 

 

「えっとね。…ショックだったらごめんだけども。」

 

「…うん。」

 

「あたしとおねーちゃんはね、元々捨て子だったんだ。」

 

「えっ」

 

「幼稚園くらいかなぁ。本当のパパとママがあたし達と家を置いて出てっちゃったんだよね。…その頃は、あたしは黒髪だったみたい。」

 

 

 

ってことは…氷川家に於いて、姉さん二人が血縁外の存在という事になるのかな…?そして髪色、日菜ねぇが黒髪…?じゃあ地毛の色も変わったって事??

 

 

 

「おねーちゃんはその時のショックで髪の色が変わっちゃったみたいで…。」

 

「じゃあ、さっきの発作みたいなのは…」

 

「うん。あたしはそうでもなかったけど、おねーちゃんはパパもママも大好きだったから…。同じように大好きな○○くんが"家族じゃ無くなる"って思って、久しぶりに出ちゃったんだと思うな。」

 

 

 

そんな重い過去を知らずに…僕はあんなことを。奥歯を噛み締めるももう遅く、紗夜ねぇは、とうに傷つき壊れた後なんだから。

…あれ?今の話にリサねぇと僕は絡んでなくないか?

 

 

 

「おねーちゃんはそういうこともあるから、今はそっとしておいてあげてって言ったの。」

 

「…ごめん。何も知らないのに。」

 

「んーん、言ってなかったのも悪いんだし。…それに、まだこの話は終わりじゃないよ。」

 

「……僕も、何かあるの?」

 

「うん!あるよっ!」

 

「無駄に元気だね。」

 

「隠し事が減るって、良い事だからかな♪」

 

 

 

正直、あまりいい結果は見えず嫌な予感しかしないんだけど、ここまで来たら全部を聞かないとそれはそれで嫌だ。

何故かるんるんしだした日菜ねぇは促すまでもなく続けようとするので大人しく聞く事にする。

 

 

 

「○○くんもね、おとーさんとおかーさんの子じゃないんだよ。」

 

「……っ。」

 

「おとーさんもおかーさんも、子供ができない体質らしくってね。男の赤ちゃんを養子に取ったんだ。」

 

「養…子…?」

 

「うん。…それが○○くん。元の苗字は……今井。」

 

「イマイ…?…今井!?」

 

 

 

やっぱりそこでつながるのか。声こそ驚いてしまったが、内心パーツの消去法から予想は出来ていた為にさほどのショックは受けなかった。

となると、僕とリサねぇは…実の姉弟ってことになる。じゃあこれ以上の発展は…

 

 

 

「髪色も瞳の色もおんなじでしょー?リサちーがそのことを知ってるかはわかんないけど、案外世界って狭いんだよね!」

 

「そう……なんだ。でも、どうしてその話を今僕に?」

 

「ふふ……。だってさだってさ!普通に姉弟だって思いこんだままより、こんなに入り組んだ関係なんだよって分かったほうが面白くない!?あたしと○○くんだって、結婚出来ちゃうんだよ!リサちーとはダメだけどね!不思議だよねぇ!!」

 

「そ…んな…。」

 

「あ、でも、おねーちゃんは○○くんのこと本当の弟だと思ってるから、この話しちゃだめだよ??親の事は知ってても養子とかの話までは知らないって事ね。」

 

「……日菜ねぇは、どうしたいの?今こんな話をしたところで、混乱するし余計にギスギスしちゃうし…」

 

「あたしは、○○くんともっと仲良くなって、おねーちゃんとも仲良しでいたいだけだよっ!勿論、○○くんには男の子としての好きをぶつけるつもりだけどね。おねーちゃんにもリサちーにも渡さないんだから。」

 

「渡さないってそんな……」

 

 

 

そこまで言って、手元の食器が片づけられる状態にあることに気付いた日菜ねぇはお盆に纏めて部屋を出て行こうとする。だが僕はまだ引っ掛かりを覚えてしまっていた。

 

 

 

「日菜ねぇ。」

 

「なあに~。」

 

「…今の話、全部本当の事?」

 

「えー、当たり前じゃーん!全部あたしがちゃんとお話ししてあげたでしょっ!」

 

「……でも、紗夜ねぇに言っちゃいけないとか、日菜ねぇしか知らない情報とか、リサねぇも知ってるかわからないとか…あまりに情報が独占的すぎない?」

 

「……………。」

 

「…日菜ねぇ?」

 

 

 

相変わらず笑顔のままだが目は笑っていない。何を隠しているのかは分からないけど、日菜ねぇなりの狙いがあることは確実だ。紗夜ねぇだって何を言われたのか、何を知っているのか、何がしたいのか…。

 

 

 

「あははー!もう、素直じゃない○○くんは可愛くないぞぉー!そんなにあたしって信用無いかなぁ??」

 

「…………いや、ちょっと引っ掛かっただけだから別に。」

 

「そっかそっか!それじゃ、るんっ♪って片づけてきちゃうね~」

 

 

 

謎は余計深まった気がする。

 

 

 




紗夜ねぇ…。




<今回の設定更新>

○○:どんどん人を信用できなくなっていく。
   取り敢えず、紗夜ねぇのアレはトラウマになりかけた模様。

日菜:狙いは何処にあるのか。話の真偽も関係性も、全ては彼女が握っている。

紗夜:辛い過去がある。実は物語に登場していないだけで時たま発作は起きている。


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2020/01/21 ただいま、お姉ちゃん(終)

 

 

 

もうあれから何日経ったろう。たった二人の姉さんとでさえ、まともに意思の疎通が図れない家庭。何故か僕達姉弟を避けるようによそよそしくなった両親。

それでいて「アプローチアプローチ!」と積極的に性的な接触を図ろうとする日菜ねぇ……僕にはもう、分からないよ。

 

気付けばその胸の内を、()()()の姉、リサねぇに電話で吐き出していた。

リサねぇは静かに聞いてくれていたが、全てを話し終えた後「今から行くからね」と言ってくれた。…正直なところ、素直に心配されるのは久しぶりで、嬉しかった。

 

 

 

**

 

 

 

「○○くーん!」

 

「……なに?日菜ねぇ。」

 

「リサちーがきたよぉ!○○くんに用事だってぇ~!」

 

「ん。部屋に居るって伝えてもらっていい??」

 

「るんっ♪…ねね、あたしも一緒に遊んでいい?」

 

「んー…今日はちょっと、真剣な相談だからさ。リサねぇが帰ったらまた遊ぼ?」

 

「ちぇー、わかったよぉ。」

 

 

 

当事者が居ちゃ困る。何せ、僕が吐き出したく悩みの種になっているのは日菜ねぇも含めての話なんだから。

日菜ねぇが部屋のドアから見えなくなり、代わりに顔を出したリサねぇはどこか困惑した様子だったが…僕の顔を見るといつものように笑いかけてくれた。

 

 

 

「あはは、疲れ切った顔だね…弟くん。」

 

「……うん。来てくれて、ありがとう…。」

 

 

 

僕のベッドに腰掛け、どう言葉を掛けたものかと挙動不審気味なリサねぇだったが、やがて「おいで」と両手を広げて見せてくれた。

勉強机に備え付けてあるキャスター付きの椅子から降り、吸い寄せられるようにその胸へと倒れ込んだ。抱き留められ、背中と頭を摩られる…ただそれだけの事だったけど、凝り固まってしまっていた心と体が少し解れて行くような気がした。

気付けば僕はリサねぇと一緒に横になり、寝かしつけられるような体勢を取っていた。とんとんとゆったりしたリズムで胸のあたりで拍を刻まれ、気持ちが落ち着くと共に瞼が重くなっていく。

最近あまりゆっくり寝られていない話から、まずは体を休めた方がいいとのリサねぇの提案に従ったまでだったけど…あぁ、何て心地いいんだ。昔母さんにも同じようにされたっけ。

 

 

 

「ふふ、やっと眉から力が抜けたねぇ。…今は、ゆっくりお休み…。」

 

「……ん……リサねぇ……」

 

「……んー?」

 

「…ありがと………」

 

 

 

そういえば最近全くと言っていい程紗夜ねぇを見ないだとか、日菜ねぇの積極性が最早肉食レベルで怖いだとか、そういった日常の中に潜む異常も考えずに居られるこの空間…嗚呼、リサねぇが本当のお姉ちゃんだったらよかったのに。

 

 

 

**

 

 

 

「ん……。」

 

 

 

嗅ぎ慣れた甘い香りに鼻がむずむずし、ふと目が覚める。入眠前に僕を包み込んでくれていた筈のリサねぇの姿はなく、代わりに視界を埋めるのは水色がかった髪と無駄に整った寝顔。

…日菜ねぇが、どうしてここに。寝起きだというのに、悪夢を見ているようだった。…もう僕を混乱させるのは、やめてくれないか。

 

 

 

「昔みたいに、ただ二人一緒に寝たりはできないのかな…。」

 

 

 

今の日菜ねぇには恐らく何を言っても届かない。全力で欲求をぶつけてくる姉の姿に違和感と疑問は拭えないが、これが紛れもなく僕の姉の姿なんだ。…いつからか変わってしまった、実の姉の。

そういえば周囲が暗い。リサねぇが来たときはまだ昼前だったはずなのに、僕は一体どれ程の時間を眠ってしまっていたのだろう。もそもそと起き抜け、階下の台所へ。

悩んで追い詰められていたとしてもお腹は空く…人間とは想像以上に単純で、物凄く馬鹿な生き方の方が似合っているのかもしれない。何か食べられそうな物はないかと冷蔵庫を漁っていると、真っ暗な玄関の辺りでガタンと音が聞こえた気がした。時計を見れば二十一時を過ぎた頃…そもそも平日とはいえこの時間で両親が居ないのもおかしなことなのだが、それよりもその物音の方が気になった。

 

 

 

「……誰かいるの?…父さん?母さん?」

 

 

 

声をかけてみると確かに動く人影。やがてその人影は壁伝いに近付いて来て、パチリ…と僕の傍の壁についていた電灯のスイッチを押した。途端に明るくなる玄関と、明らかになる人物。

 

 

 

「…リサねぇ?…どっか行ってたの?」

 

「ただいまー弟くん。ちょっと…ね。」

 

「おかえり。…ね、父さんと母さん見なかった?」

 

「………………いやぁ、見てないかなぁ。」

 

「ほんとに?」

 

「なぁにさー、アタシの言う事が信じられないのー?ショックだなぁ。」

 

「あいや、そう言う訳じゃないんだけど。」

 

 

 

一瞬間が開いたような気がしたけど、気のせいか。それよりも、こんな遅い時間なのに帰らなくていいんだろうか。てっきり帰ったものだと思ってたんだけど…

 

 

 

「ありゃ??冷蔵庫、戸が開きっぱなしだ…弟くんがやったの?」

 

「あっ……えと…おなか空いちゃって。」

 

「ぷっ…あっははははっ!少しは元気出て来たって事かにゃ~?そかそか、お腹空いたかぁ!」

 

 

 

そんなに笑う事は無い…と思ったけど、人の素直な笑い声を聞くのも何だか久しぶりな気がした。日菜ねぇの若干恐怖を感じるような高笑いばかり聞いてたから。

大きな口を開けて心底楽しそうに笑うリサねぇをみて、ちょっとだけ僕も元気になれた気がしたんだ。

 

 

 

「も、もう!そんなに笑わないでよー!暫くちゃんとご飯食べてなかったんだもん…」

 

「いやぁ、やっぱ弟くんは可愛いなってさ~!…あ、そうだ。」

 

 

 

笑いながらちょいちょいと僕の頬を突いていたリサねぇだったが、何かを思いついた様に柏手を打つ。

 

 

 

「あのさ、今からコンビニでも行かない?元気なうちに、美味しいもの食べといたほうがいいと思うんだ~」

 

「美味しいものといえばコンビニなの?レストランとかじゃなくて??」

 

「いーのいーの!こんな時間にジャンクな物とかお菓子とか、好きなだけ食べるのって罪深いと思わない??」

 

「…………それは……確かに…。」

 

 

 

インスタント食品だとか油分と塩分塗れのスナック菓子とか、合成着色料満載の炭酸飲料とか、いっぱい食べると鼻血が出ちゃうチョコレートなんてのもある。

…ずっと紗夜ねぇに「だめです」って言われて我慢してたけど、リサねぇならそれも許してくれるらしいし……紗夜ねぇ、今どこにいるのかな。

 

 

 

「ね?ねっ??…お姉ちゃんが奢ったげるからさ~…行こっ?」

 

「……うん。行こ、コンビニ。」

 

「マジ?やったね!」

 

 

 

家から最寄りのコンビニまではそう遠くない。歩いても四、五分程度だし、気軽に行って戻って来れる距離だろうな。

草臥れた少し短めのスニーカーを履いて、外へ…見上げれば満点の星空に、月明かりが幻想的に照らしている。今日こんな綺麗な空を見上げることができたのも全部リサねぇのお陰だ。

 

 

 

「さ、行こっか。」

 

「うん。」

 

 

 

僕達は手を繋いで歩き始める。目的地はすぐそこのコンビニだけど、いずれはもっと明るい未来へ――

 

 

 

「あ、やっば。」

 

「どしたの。」

 

「…えへへー、さっき台所行った時にお財布置いて来ちゃった…みたい。」

 

「…。」

 

 

 

リサねぇ、たまにこういうおっちょこポイント出すよね。

駆けて行くリサねぇの背中をぼんやりと見送りつつ、何を買ってもらおうか考えてみる。定番のポテチ一つ取ってもいろんな味があるし、飲み物との組み合わせによっても相性がある…斯くなる上は―――

 

 

 

パァンッ!!ドォンッ!!

 

 

 

突如鳴り響く破裂音と夜の住宅街を明るく照らす閃光。それは今まさにリサねぇが飛び込んで行った我が家からのもので、混乱する頭のまま凝視する家の窓…それも、ちょうど台所の辺りの窓から触手のように火柱が噴き出す。

それが我が家で起きた火災だと理解できるまでに十数秒、僕は焚火でも眺めるかのように動けずにいた。

 

 

 

「…サねぇ…リサねぇっ!!!」

 

 

 

駆け出した時にはもう色々なことが遅く、自宅の半分が炎に包まれていた。正直絶望が頭を埋め尽くしていたかもしれない。それほどにショッキングで、非現実的な光景だった。

数メートルを足を縺れさせつつ駆け寄り、玄関に体を滑りこませようとした時に飛び出してきた何かとぶつかった。そのまま押し倒されるようにコンクリートを転がり気付いてみればそれはリサねぇで。

…無事だった、と安心した僕はそのまま腰を抜かしてしまった。

 

 

 

「弟くんっ!?危ないよっ!?」

 

「だ、だってっリサねぇっ!火事!!家がっ!!」

 

「う、うんそうだけど、それよりもさぁ…」

 

 

 

いやに落ち着いた様子のリサねぇ。火事には慣れているんだろうか。

 

 

 

「アタシを心配してくれたのかもしれないけど、弟くんが火に巻かれちゃ意味無いから…さ。」

 

「それってどういう…」

 

 

 

言いかけて思い出した。先程迄見ていた景色と、そこから導きだされる恐ろしい現実に。

リサねぇより一足先に外に出た僕は、あまりにも当たり前すぎて気にも留めていなかった。現実の一部となっていたら不思議に思う人などいないだろう…ましてやあまり頭も回っていない中で。この時間に両親の姿が見えない事…には気づけていたのに、駐車スペースにはキチンと両親分の車が停まっていた事には何も思えなかった。この時間ならば何らおかしなことでは無いからだ。

そしてもう一つ、僕が目覚めて部屋を抜け出てきたとき、確かに部屋には日菜ねぇを置いてきた。その後玄関で動いたのはリサねぇだけだから、誰も外には出ていない…。

 

 

 

「!!!!」

 

 

 

全身の毛が逆立つような感覚だった。止まらない鳥肌と震えに、自分の鼓動と…パチパチと炎が鳴く音が酷く大きく聞こえる。

何が起きている?今、あの家の中では、何が燃えている?…否、()()燃えている?

 

 

 

「…ぅわぁあああああああああ!!!!!!」

 

「ちょっ、弟くんっ!?」

 

 

 

リサねぇを突き飛ばし燃え盛る玄関へ飛び込む。少しくらいの火傷なんか気にするもんか。

…だがそこはもう酷い有様で、壁から天井から全てが黒と赤。充満する煙と縦横無尽に走り家具を食い尽くす炎、焼け焦げた有機物に鼻を衝くような生臭い匂い。

暫し呆然と佇むが、左前方…階段の方から視線を感じて見れば。

 

 

 

「………あったかい、ね。」

 

 

 

燃える手摺と階段を意にも介さずゆっくりと下って来る日菜ねぇの姿が。こんな状況だというのにその姿は綺麗で、まるで炎の翼を纏った聖人のようにさえ見えた。

 

 

 

「だ、だめだ日菜ねぇ!早くこっちに!!」

 

「……○○、私貴方が大好きだった。もっともっと、傍に居てあげたかった。」

 

「早く!!!そっちにも火が!!」

 

 

 

階段を降りきらずに最後の段で立ち止まり、尚も静かに語り掛ける日菜ねぇの足元…さっきはまだ火が回っていなかった場所も、今まさに炎に包まれたところだった。

僕と日菜ねぇの間にまるで壁のように立ち塞がり大きく燃え上がる炎。大好きだった日菜ねぇの姿もその炎と煙のせいで次第に視辛く…

 

 

 

「日菜ねぇ!!」

 

「○○、あなたは強く生きなさい。疑う事と、信じることを忘れずに。…そして私の事はもう、忘れ」

 

 

 

突如崩れてきた天井と前に崩れ落ちるように倒れ込む日菜ねぇ。どちらが先に地面に伏したのかは分からないが、もうあの優しい声は聞こえず、家全体がミシミシと軋む音を立てているばかりだった。

日菜ねぇが、僕の目の前で…。

 

 

 

「日菜ねぇええええええええええええ!!!!」

 

「ちょ、ちょっと、いきなり飛び込んだら弟くんまで…!!!早く、外に!!」

 

「嫌だ!!!嫌だ嫌だ嫌だ!!!日菜ねぇが!!僕も、日菜ねぇと一緒に!!!」

 

 

 

引き摺られる形でリサねぇに助け出される僕。目の前の光景が信じられず懸命に手を伸ばすも届かず、益々引き離されていく。

きっと最期は、欲も何もない、前のような姉さんの姿に戻っていた筈なんだ。救えた筈なんだ…。

 

 

 

「離して!!離してよリサねぇ!!」

 

「ダメだって!!弟くんまで行っちゃったらアタシ…!」

 

 

 

みるみる内に炎は大きくなり、近所の住人も何事かと出てくる。遠くではサイレンの音が鳴っているし、リサねぇは必死で僕を抱き締めている。

まだ、まだだ…まだ玄関は侵入できる。…せめて最後まで傍で…!!

 

 

 

「だめだよ、○○くん。」

 

「…へ!?」

 

「……あんた…紗夜っ!?」

 

 

 

凛とした声に振り返ってみれば、長い青みがかった髪にキツく睨みつけるような眼。前の発作の時はまるで違い真剣な表情の紗夜ねぇが立っていた。

リサねぇも驚いて僕を解放したが、僕は走り出すよりも現れた姉に詰め寄る方を選んだ。

 

 

 

「紗夜、ねぇ?……今まで、何処に…ッ!?」

 

「……怖かったね。哀しかったよね。」

 

「紗夜ねぇ…??」

 

 

 

急に強く抱きしめられた。困惑と戸惑いの中耳元で囁かれる辛そうな声はまるで全てを見ていたかのような悲痛さで。

 

 

 

「……もう、ずっと傍に居るからね。…あたし、○○くんから離れないから。」

 

「………どういう」

 

「ちょ、ちょっと紗夜?今までどこ行って」

 

「リサちー。…あれ全部、リサちーがやったんだよね。」

 

 

 

『リサちー』、確かに今紗夜ねぇはそう呼んだ。もう一人の姉さんと同じ呼び方で。

これには当のリサねぇも驚いた表情。

 

 

 

「あ、あれ??…だって、ヒナはさっき…あれぇ?」

 

「リサちー。……それじゃあ○○くんは救われないよ。」

 

 

 

外見はどう見ても紗夜ねぇ…いやそれ以上の髪の長さで顔が良く見えないけど、口調も声もまるで日菜ねぇだ。…ということはさっきの日菜ねぇは一体?

さっきだけじゃない、今日まで一緒に過ごしてきた日菜ねぇは…一体?

 

 

 

「…日菜…ねぇ、なの?」

 

「…そうだよ、○○くん。…でも今はそんなことより、○○くんがどうしたいか、だよ。」

 

「…はっ、そ、そうだ!日菜ね…じゃない、家の中に、父さんと母さんと…それから多分紗夜ねぇが!!」

 

 

 

こっちが日菜ねぇだとするとあっちの日菜ねぇみたいな見た目・口調で接していたのが紗夜ねぇということになるじゃないか。消去法だけども。

再び燃え盛る自宅の方に目をやると今にも二階建ての建物自体が崩れそうになっている。崩れ、潰れてしまえばもう何もなくなってしまう。

 

 

 

「…うん、見てたよ。見てたけどね、これはもうあたし達にはどうしようもないんだと思ったの。」

 

「そんな…!諦めるなんて、日菜ねぇじゃないみたいだよ!!」

 

「……そうかもね。…リサちーさ。どうしてこんなことしたの?○○くんを"救う"為…だけじゃないよね。」

 

 

 

目の前で家が・肉親が・思い出が…炭になろうとしているというのに、どうして日菜ねぇはこんなに冷静でいられるんだろう。

いや、日菜ねぇだけじゃない。僕だってそうだ。…さっきまであんなに必死に飛び込もうとしてたのに、今はどうだろう。もう、心の何処かで諦めてしまったからだろうか。

 

 

 

「……だって、アタシは…。弟くんを……()()()弟と、結ばれるためには…こうして全てを壊すしかないって、思ったから…」

 

「………え?」

 

「…あたし、じゃないや、あたしのフリしてたおねーちゃんが急に距離詰めたから焦っちゃった…っていうのもあるよね?」

 

「…で、でも!!あんな、弟くんの体から堕としていくようなやり方…ズルいよ……アタシにはできないことをどんどんやっちゃうし、"発作"の件もある!そんなの…()()()すぎてるじゃん…!」

 

「そうだとしても、リサちーのやったことは取り返しのつかない事なんだよ。…正直、あたしもおねーちゃんに追い出された側だから色々策は練ってたけど、それでも……こんなのって無いよ。」

 

「こんなのって無い…ごめんね、ヒナ。それはアタシも言いたい事なんだ。アタシと弟くんは血の繋がりのある姉弟なんでしょ?ヒナから…じゃない、あっちが紗夜なのか…紗夜から聞いたよ。お父さんもお母さんも、本当の事だって認めてたよ!」

 

 

 

あぁ、またあの話だ。前に日菜ねぇが言っていた。

…僕が今井の血筋だという話なんだけど、リサねぇも言う辺り本当っぽい。

 

 

 

「違うよ。…違うんだよ、リサちー。その話、そこで終わりじゃないんだもん。」

 

「何が違うの!?アタシの愛した弟くんは血の繋がりがある弟で、それを養子として迎え入れた家の女の子が奪い取ろうとしてるんだよ!?そんな事ってないでしょ!?弟くんを世界で一番大好きなのはアタシなのに!血の繋がりってだけで…」

 

「あのねリサちー。うちのおとーさんとおかーさん…氷川家の二人が養子に貰ったのは○○くんだけじゃないよ。」

 

 

 

いつもの日菜ねぇらしくない平坦なトーンで、おふざけも無しで淡々と話す。

僕だけじゃない…ってことは、まさか。

 

 

 

「あたしとおねーちゃんも…そうなんだ。」

 

「ぇ…」

 

「今井家は四人姉弟、なんだよ。だから、おねーちゃんもあたしも○○くんも、みんなリサちーとは血が繋がってる。」

 

「……ぅそ…」

 

「おとーさん達、昔色々あったみたいでね。…流石に詳しい事は、「子供なんだから知らなくていい」って教えてもらえなかったけど、でも確かに、あたし達はみんな一緒。みんな…前に進んじゃいけない関係なの。」

 

 

 

これが真実…とすると、やはり前に日菜ねぇが話してくれたのは嘘…と言うよりあれは紗夜ねぇってことになるから…

混乱する僕の隣で酷く絶望に濡れた顔のリサねぇ。…当然だ、だってリサねぇがやったことってつまり…

 

 

 

「…じゃあ、アタシ…自分の姉妹を…?」

 

「………そう、なるね。」

 

「……あは、あはははは、あっははっ…!!!」

 

 

 

放心の様子で乾いた声を漏らす、がそれも心からの笑いというより心の壊れた者の笑い。…以前、少しおかしくなった紗夜ねぇが一人零したそれと似たものだった。

その声と裏腹に、笑顔は何処を探しても無かった。

 

 

 

「………○○くん。」

 

「…。」

 

「大体は把握できたと思う。……だから教えて?」

 

「……教える…って?」

 

「……これからどうしようか。」

 

 

 

そんなの判る筈もない。目の前には事の発端が居て、すぐそこでは全てが炎の中にあって。ずっと壊れたと思っていた姉は想像以上におかしくなっていて、居ないと思っていた人がここにいる。

自分の親さえも、姉弟さえも、信じたものは全て偽物で。…そんな中で未来の事なんか、考えられる筈もない。

 

 

 

「さっきみたく駆け出したとしても、あたしは止めはしないよ。…それが、○○くんの選択なら。」

 

「…………。」

 

「…あは、はははは………あははは………」

 

 

 

力なく座り込んでいたリサねぇがフラフラと立ち上がる。そのまま何かに吸い寄せられるようにして火の中を進み、未だ衰えない炎が口のように開けて待っている玄関を潜って行く様は、まるで地獄へと続く道を彷徨い歩く亡者の様だった。

一瞬……その姿が見えなくなるまで、本当に一瞬で。僕も日菜ねぇもずっとその姿を見送っていた。

 

 

 

「………僕は、さ…日菜ねぇ。」

 

「うん。」

 

「日菜ねぇも紗夜ねぇもリサねぇも…父さんも母さんもみんな…皆好きだったんだ。」

 

「うん。」

 

 

 

頭には楽しかったあの頃の、当たり前だった日常が走馬灯のように駆け巡っている。

 

 

 

「誰かと特別仲良くなりたいとか、誰かとだけ何かをしたいだとか、そういうのは全くなかった。」

 

「…うん。」

 

 

 

みんなでモールに買い物にも行った、すやすや眠る紗夜ねぇの寝顔を眺めるだけに時間を割いたりもした。

みんなで食べたピザにお鍋に…全部美味しかった。

 

 

 

「…どこで間違えちゃったのかなぁ。………ただ、一緒に居るだけで幸せだったのに。」

 

「…………。」

 

「毎日楽しかった筈なのに…自慢の……姉さん達だったのに…。」

 

 

 

もう、戻れないところまで来てしまったんだ。もっと早く、気付けたらよかったんだけど。

原因が何かとか、これからどうするか、とかじゃない。

 

 

 

「…もう、戻れないのかなぁ。」

 

「………………こんなの、全然るんっ♪てこないよね。」

 

「……あ、それ久しぶりに聞いた。ちゃんとしたバージョン。」

 

「……ふふふっ。」

 

 

 

ずっと。その笑顔が続けばよかったのに。

 

 

 

「……何か、疲れたね。」

 

「…そうだね。……ねね、○○くん。」

 

「なあに。」

 

「……あたし、おねーちゃんとかおとーさんとかおかーさんとか、皆と一緒に居られて幸せだったよ。」

 

「うん…僕も。」

 

「ずっと一緒に居たいなーって…さ。」

 

「うん。」

 

「…………○○くんも、ずっと一緒に居てくれる?」

 

「…勿論。僕も、日菜ねぇと…皆と、ずっと一緒にいたい。」

 

「!!ほんとっ!?…じゃあ、善は急げ!だね!!」

 

「……そうだね。僕らも居るべき処に帰らないと。」

 

 

 

しっかりと手を繋ぎ、もう離れ離れになってしまわないように身を寄せ合って歩いて行く。

真っ直ぐ、一歩ずつ。明るく僕達を迎え入れてくれる、潜り慣れた我が家の玄関へ。

 

 

 

「あっはっ!○○くんとの帰り道はワクワクするよねぇ!…るんっ♪てきたぁ!」

 

「るん…ね。今なら僕も、分かる気がするよ。」

 

「でしょー。……あぁ、自分のお家って、こんなに明るくてあったかいものだったんだねぇ。」

 

「…そうだよ。皆が一緒に居られる場所、幸せになれる場所なんだから。」

 

「えっへへっ!…○○くん、あたしいますっごい幸せだよ。」

 

「……僕もだよ。…日菜ねぇがお姉ちゃんで、本当に良かった。」

 

 

 

もう二度と、疑う事も傷付けることも無いように。

 

 

 

「…ただいま。()()()()()()。」

 

 

 

僕達を苦しめていた蟠りや誤解、妬み嫉みが崩れていく音がした。

ああ暖かい。…大好きだよ、みんな。

 

 

 

 

おわり




ある意味でのハッピーエンド。
日菜ねぇルート完結&ひかわさんち。全編完結になります。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:度重なる混乱とストレスに、実質SAN値がゼロに。
   最後には魂が解放された。
   最初から最後までずっと、みんなが大好きだった。

日菜:紗夜の発作が起き、平静を取り戻した紗夜が自分を日菜だと信じ込ん
   で居るのを知り、氷川家を飛び出した。その後は知人の家を転々とし
   つつ、何とか二人の姉弟の間を取り持とうと悪戦苦闘。
   当ルートでは最初から最後まで全てを知った上で行動、一番まともな
   思考だったのである。

紗夜:養子事情や親の都合等一切知らされないまま、ブラコンを拗らせてし
   まった結果、心の均衡が保てなくなり発狂。
   心の傷由来の発作を頻発させるようになり、やがて人格が破壊。
   気付けば自らを日菜だと思い込み断髪、乖離した思考からあの養子問
   題の惜しいところまで自力で辿り着き主人公に話した。
   火に包まれながらも既に五感の殆どは機能していなかった為、夢を見
   ているような心地だったという。

リサ:愛する少年から引き剥がされ、日菜(紗夜)の凶行や養子事情を方々
   から聞いて悶々としていたところに主人公からのSOS。
   結果この惨事を巻き起こした。
   その狂愛を向けてしまったのが実の弟という哀しい運命の少女。


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【瀬田薫】瀬田薫単独公演 - 儚 - 【完結】
2019/07/06 瀬田薫劇場 -壱幕-


 

 

 

「おい、おい、なんだお前、そんなだったか?」

 

「ふふ…お邪魔しているよ、○○。」

 

 

 

久々に会ったそいつは前とは随分違っていて。

いやもう変わったどころの騒ぎじゃない程、別人になっていた。

 

 

 

「色々聞きたいことはある。

 まず、中学以来の筈なのに何故家がわかった?あと、どうやって入った?

 そして、くっついてきたそいつらは誰だ。…いや、それよりも、お前誰やねん。」

 

 

 

目の前にいる紫髪の背の高い…俺が知ってるあいつなら女。

と、取り巻きのように後ろにくっついている黒髪のキャップを被った子と水色の髪のオロオロした子。

この3人が当然のようにお邪魔してきたのだからそりゃ驚くのだろう。

うん、誰ひとり知らない。

先頭の紫だけ、自己紹介を聞いて元同級生を思い浮かべこそしたけど…こんなんじゃなかったと。思う。んだけど。

 

 

 

「ん?さっきも自己紹介したと思ったが…私は、薫。瀬田薫、さ。

 覚えているだろう?…ほら、中学生の時、よく遊んでいたじゃないか。」

 

「覚えているから今驚いてるんじゃねえかよ…。」

 

「うーん。言っている意味がよくわからないが、私は私。昔も今も変わらず、只一人のエンターテイナーさ。」

 

「エンターテイナーかどうかは知らんけど。

 薫…とは呼んだことなかったな。瀬田、喋り方も雰囲気も変わりすぎだろ。」

 

 

 

俺の記憶にあった瀬田は、もうちょっと大人しめで控えめな。

そうだ、もうちょっと女の子女の子した感じの奴だった。

今目の前にいるのは真逆の、俺の苦手そうなやつだった。

 

 

 

「…薫さん、一体どんな子だったの。」

 

「普通の、何処にでもいる純情可憐な女の子さ。」

 

「ふぇぇ…今の薫さんからじゃ全く想像できないよ…。」

 

 

 

あぁ、取り巻きも知らないのか。

ホントに、一体何があった。瀬田。

 

 

 

「…で。ほかの質問は?」

 

「あぁ、そうだったね。

 …ずっと、君を探していてね。ある関係筋の方に、家を調べてもらった。

 部屋に入れたのも、その方が鍵を用意してくれたからさ。」

 

「いやそれまずいんじゃねえの。」

 

 

 

関係筋?なんの筋だよ。

少なくとも人としては筋通ってねえぞそれ。

 

 

 

「まずくなんかないさ。うら若き恋する乙女が、愛しの王子様に会いに来ただけ…違うかい?」

 

「違うだろ。美化してんじゃねえよノッポ。」

 

「うーん、辛辣だね…。」

 

「ねー、薫さん。やっぱ迷惑そうだし、帰ったほうがいいんじゃないの?」

 

「後ろの黒いの、君は分かってんなぁ。」

 

「黒いのって…髪色で呼ぶのやめない?

 あたし、美咲っていうんだ。だから、せめて名前で呼んで。」

 

「んん。じゃあ美咲。」

 

「そっちのふわふわしたおねーさんは?」

 

「ふぇ!?わ、わわ、私は、松原…花音っていいます。

 お好きに呼んでいただいて、結構です…。」

 

「そうか…。松原、何でそんなに慌ててんの?会話苦手?」

 

「ぇ、だってその…男の子とちゃんと話すの…初めてだったから…。ふ、ふぇぇ…。」

 

 

 

なんとも頓珍漢な連中を連れてきたものだ。

まぁ筆頭が一番よく分からないことになっちゃってるんだが。

 

 

 

「で?…まさか本当に俺が好きで追ってきたわけじゃねえんだろ?

 何しに来た。」

 

「ふふ…なぁに、ただ、今の君の顔が見てみたかっただけさ。

 君も久しぶりに私に会えて、なかなかに素敵な時間を」

 

「過ごせるかアホ。

 …まぁ、そちらの二人のおねーさんについては眼福モノだけどよ。」

 

「…え、キモ。」

 

「んじゃ美咲は除外して…」

 

「キモ。」

 

「どっちにしろかよ。」

 

「ふぇ、ふぇぇ、喧嘩はダメだよ…。」

 

「あぁ…松原、君はなんかいいな。癒しって感じだ。」

 

「ふぇぇ!?や、やめてよぅ…。恥ずかしい…。」

 

「うーん、ホント、君だけは会えてラッキーって感じだ。」

 

「むっ?そういうところは感心しないなぁ○○。私というものがありながら、花音に手を出すというのかい。」

 

 

 

出してねえだろ。

お前というものもねえよ。

 

 

 

「…ホントにお前はどうしちゃったんだ。

 あの頃はもうちょっと可愛い感じの子だったじゃないか。

 …今はなんつーか、お前の方がよっぽど王子様だぞ。」

 

「この私は、嫌いかい?」

 

「うん。ぶっちゃけキモい。」

 

 

 

"キモ"の部分は美咲を真似してやった。

…めっちゃ睨まれてる。

 

 

 

「あんま熱い視線送んなよ美咲。惚れてるのがバレバレだぞ。」

 

「死ね。」

 

「すげえラブコールだ。」

 

「ふぇぇ…。」

 

「美咲にまで…本当に見境がないな君は…。」

 

「お前はまずそのキャラ何とかしろ。」

 

「ふむ…。私のキャラクターか…。

 確かに、取り付く島もないとはこのことだ。まずはそのキャラクター問題をどうにかしてみようか。」

 

「最初に気づくだろそれ。」

 

「…わかった。それじゃあ、次に来る時までに何とかしてみよう。

 楽しみに待っていてくれ。」

 

「あぁ、そうしてくれ…。

 いや待て。次があんのか。」

 

「ぬ?勿論、家が分かって鍵も手に入ったんだ。

 これからも来るぞ私は。覚悟を決めておくといい。」

 

 

 

お前はどこの使者だ。

来んなよ。

入ってきた時と同じように、それが自然であるかのように帰ろうとする瀬田。

 

 

 

「いや来んなよ。来なくていい。

 …松原だけでいい。」

 

「ふぇ!?」

 

「どのみち花音さん一人じゃここまで来られないでしょ。」

 

「そ、そうだった…。」

 

「それじゃ、次を楽しみにしていてくれ。○○。」

 

「話聞けよ。」

 

 

 

都合の悪いことは全てスルーした上で玄関を出て行く一行。

と思いきや瀬田だけ戻ってきた。

 

 

 

「いいかい○○。かのシェイクスピア曰く、「失敗は成功の元、料理には味の素」さ。

 …つまり、そういうことさ。」

 

 

 

キィ......バタン

 

 

 

い…意味わかんねぇ……!

 

 

 




つまり、そういうことさ。





<今回の設定>

○○:主人公。
   中学の時同級生だったという理由だけで強制的に観劇させられる被害者。
   現在高3。第一印象は花音の可愛さにドン嵌まり。美咲も悪くないといった感じ。

薫:天災。
  主人公に振り向いて欲しくてこんな感じになっちゃいました。

花音:可愛い。

美咲:強い。


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2019/07/16 瀬田薫劇場 -弐幕-

 

 

 

「なぁ、お前シェイクスピア知らないだろ。」

 

 

 

目の前で大袈裟な動きと共にウザったい口調で話す元同級生。

そいつの口癖か、頻繁に槍玉に挙げられるシェイクスピア。時代的に死体蹴りもいいところだ。

 

 

 

「ん?知っているともさ。」

 

「…簡単に説明してみ。」

 

「そうだね…。彼女達は、本当に素晴らしい、偉大な偉人だったよ。

 様々な…言葉とか、そういう伝説的なもの?を残した。」

 

「ぐっちゃぐちゃじゃねえか。」

 

 

 

どこから突っ込めばいいやら…。

これを真顔で言ってのけるのだから、やっぱりコイツは俺の記憶にある瀬田とは違う人間のようだが。

 

 

 

「まず、シェイクスピアって男だからな。」

 

「ふふ、偉大な芸術を前にして、男も女も関係ないということさ。」

 

「あと、複数形で言ってたけど一人だぞ。」

 

 

 

シェイクスピアってグループはねえだろ…。

一族をグループ扱いしてんのか?

 

 

 

「そういうこともあるだろうね。あるだろうさ。」

 

「雑。」

 

「…………。」

 

「………今日は、一人なのか?」

 

「……駄目かい?」

 

「つまんねえ。」

 

「……ッ!」

 

 

 

あ、ショック受けてる。

だってよ、松原も美咲も来ないんだぜ。目の保養云々もそうだが、話のアクセントもねぇ。

 

 

 

「取り敢えず座れば?」

 

「あぁ、そうさせてもらうよ。すまないね。」

 

「今日何度目だそれ…。

 喋る度に立ち上がるのやめたら?」

 

「ふふぅ、それでは小さな演技しかできないだろう?

 体を大きく、動きにメリハリをつけることが、演技の基本だよ。」

 

「お前ほんとに何しに来てんの。」

 

 

 

演技するなら演劇部にでも行ってろ。俺は別に見たくもなんともない。

 

 

 

「つーかさ。お前ひとりなんだったら、尚更昔の、素の状態出してもいいんじゃねえか?」

 

「えっ」

 

「なんだその意外そうな顔は。」

 

「あの頃の私の方が、君にとっては需要があったということかい?」

 

「需要ってか、それが普通だと思ってるからよ。

 今は正直、瀬田かどうかも怪しんで喋ってるくらいだ。」

 

「ふむ……。」

 

 

 

顎に手をやり思考中っといったところか。

違和感さえなければ、確かに様になる見た目ではあるのだろう。

 

 

 

「じゃあ、今日だけ。」

 

「…あ?」

 

「えっと…〇〇…くん。」

 

「………。おい何だその三文芝居は。」

 

「ふ、ふふん…。恥ずかしすぎて無理だということだ。」

 

「逃げるのか演技馬鹿。」

 

「し、シェイクスピア曰く」

 

「会話から逃げるな。」

 

「ふぇぇ…。」

 

「モノマネも禁止。」

 

「……今日は、お暇するかな。」

 

 

 

追い込み過ぎたのか。

真っ青な顔になり尋常じゃない量の汗が見える瀬田。ここはサウナか何かか。

フラフラと玄関へ向かうが、…倒れないか心配だな。

 

 

 

「あでゅー、〇〇。

 きっとまた、鍛錬の成果を見せに来るよ。」

 

「…松原も一緒に呼んでくれ。」

 

「〇〇…君は全く…。」

 

 

 

そのまま出て行ってしまわれた。

 

 

 

「いや、もう来なくていいから…。」

 

 

 

誰に向かってでもなく呟いた。

 

 

 




何気に薫くんに真っ向から立ち向かえる人って少ないですよね。




<今回の設定更新>

〇〇:嫌悪感が前面に出てきて凄い。

薫:素を出すのが寧ろ恥ずかしいという演者あるある状態。


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2019/08/06 瀬田薫劇場 -参幕-

 

 

 

「…で、瀬田は?」

 

「あ、それ訊いちゃいます?早く会いたいです?いろいろ期待しちゃってます?」

 

「あれ、美咲ってそういう感じだったっけ。」

 

「なんです?」

 

「えっとな、言いづらいんだけどな、うざい。」

 

「あはぁー!言っちゃってるなぁ!」

 

 

 

今日は凄い。

学校から帰ってきたら家の前で出待ちしてやがった。

そりゃそうだよな。うちは共働きだ。…こんな時間に来ても誰もいねえよ。

…鍵が開いていたのはちょっと気になったがな。

 

それよりももっと気になったのは瀬田だ。

…スカートを穿いていた。

一瞬ちょっと懐かしい気分になりかけたが、隣で美咲が笑いを堪えているのが気になってそれどころじゃなかった。

で、頑張って美咲をスルーしつつ瀬田に話しかけたのだが、顔を真っ赤にして走り去ってしまった。

お前、今までもっと恥ずかしい奴だったからな。今更だぞ。

 

そのままって訳にもいかないので、取り敢えず三人とも家には上げたが…

 

 

 

「ね、ねえ、薫さん??こっちにきて、一緒にお話しようよ…」

 

「い、いや…だ。」

 

「ふ、ふえぇ…!」

 

 

 

……………。

部屋に連れてきて以来ずっとこんな感じだ。

なんだい松原、その鳴き声は。

 

 

 

「で、瀬田は何をそんなに恥ずかしがってんの?

 スカートなんか昔普通に穿いてたろ。制服とかさ。」

 

「だ、だって………しばらく、カッコイイ路線走ってたからぁ…」

 

「お前、あれ格好いいと思ってたんか。引くわ。」

 

「ブフッ!!」

 

「お前は笑いすぎな。」

 

「学校の女の子たちには…大ウケだもん…」

 

「大ウケてお前…自分で言うかね。」

 

 

 

あと、その机の影から半分だけ顔出すのやめろ。

顔が中性的に整いすぎてて、可愛らしさとか感じられねえんだよなぁ…。

そういうのは松原のポジションだと思うぞ。

 

 

 

「ふ、ふえぇ…○○くん、全部口に出てるよぉ…。」

 

「まじか、わざとだわ。」

 

 

 

机の影で瀬田が固まっている。そんなにショックかえ?

 

 

 

「私…可愛くない……」

 

「ンーーーッ!!ンーーッ!!」

 

「美咲、笑うなら笑え。顔真っ赤だぞ。」

 

「み、美咲ちゃぁん…」

 

「瀬田、いいからこっちこい。

 可愛かろうと可愛くなかろうと、話難いやつは勘弁だ。」

 

「ぅ…………。」

 

 

 

すすすすすすっと。

膝を擦り擦り、お話フィールドに入ってくる。

ふむ、最初こそ違和感あったけど別に変じゃねえなスカート。

腿の途中までの短いやつに、ニーソックスが相まって素敵な絶対領域が…。

 

 

 

「…お邪魔します。」

 

「おう、いらっしゃい。」

 

「……はずかしいっ。」

 

 

 

目をギュッと瞑り顔を逸らす瀬田。大丈夫か今の逸らし方。首痛めそうな勢いだったぞ。

つかお前…耳まで真っ赤じゃねえか。

 

 

 

「何がそんなに恥ずかしいんだ?…昔みたいに接したらいいだけじゃんかよ。」

 

「だって!私こんな格好だし!喋り方だって、久しぶりで違和感あるし…」

 

「俺は今までの方が違和感たっぷりだったぞ。

 …ちょっと立ってみ?」

 

「たっ……なんで?」

 

「いいから。」

 

 

 

もじもじしながら立ち上がる瀬田。ぉお…こりゃすげえ。

スラッて擬音が文字で見えたぞ。オノマトペだオノマトペ。

 

 

 

「お、オノマトペ…ククッ」

 

「お前ずっと笑ってんな。可愛いかよ。」

 

「…立ったけど。何。」

 

「おぉ、すまん。つい美咲弄っちまった。

 …うん、やっぱいいじゃんスカートも。モデルみたいだぞ。」

 

「ぁ…!おのまとぺって、可愛いキャラクターの名前みたいだね!!」

 

「お前はなんつータイミングでぶっ込んでくるんだ。可愛いな松原。」

 

 

 

小野真斗辺…。厳つくね?

あぁ、小野まとぺ。…うん、平仮名だと可愛らしい響きだな。きっと、ちょっと憎めないタイプの子だ。

 

何の話だ。

 

 

 

「も、モデル…!?」

 

「…なんだ、照れてるのか。」

 

「だ、だって…そんなこと言われたことなかったから…はずかしいっ」

 

「瀬田の恥ずかしがり方、癖が強ぇな。跳ねるな語尾。」

 

「ねね、○○。」

 

「あん?」

 

「このスカートいいセンスでしょ?これあたしの。」

 

「…じゃあ美咲(お前)が穿いて見せてくれりゃあいいじゃんか。」

 

「はぁ?見たいの?キモ。」

 

 

 

…振り返ってみたら丁寧な振り方だったわ。

入りこそ違和感あったけど。そういや初めて名前呼ばれた。

 

 

 

「そ、そうだよね…私なんかより、美咲が穿いた方が可愛いし、○○も見てて幸せだよね…。」

 

 

 

そっちはそっちで分かりやすく凹むなよめんどくせえな。

 

 

 

「あー…あのさ。

 可愛いとか可愛くないとか、人の評価ってそれだけじゃないじゃん?」

 

「…え?」

 

「何故そこだけの評価に拘ってるか分かんないんだけどさ。

 別に瀬田は可愛くなくてもいいんじゃね?…あ、別に貶してる訳じゃなくてな。」

 

「???よくわかんない。」

 

「薫さんって、ホントそういうとこアレだよね。」

 

「み、美咲ちゃんっ!!」

 

「俺は…あぁ、飽く迄俺の主観だけど。

 俺は、瀬田は可愛い系よりも綺麗系だと思うんだよな。」

 

「綺麗…?」

 

「美人っつったら伝わるか??それこそ、女の子が憧れる一つの形だと思うがね。

 …瀬田はそこに属するんだと思う。」

 

 

 

背も高いしスタイルもいいし。

…あの変な瀬田で居る間だって、所作一つ一つは艶があるというか、色気があるというか。

結構魅了される部分多いんだぞ。まぁ中学の頃はそんな印象無かったし、本人的にも否定したいのかもしれんがな。

 

 

 

「○○、くん?また、全部声に出てるよぅ…ふえぇ…」

 

「いいんだ。わざとだ。」

 

「ッ…!!」

 

 

 

息を呑みつつも何やら考え込んでいる瀬田。

ほら、その顎に手を当てている様子だって素敵なもんだぞ。無意識だろうけど。

 

 

 

「…可愛くなきゃ、いけないのかと思った。」

 

「は?」

 

「はー…見慣れたら飽きてきちゃった。」

 

「み、美咲ちゃんっ!!人のお家で寝ちゃダメだよぅ…」

 

「だって、女の子って、可愛いもんでしょ?」

 

「…そうとは限らねえだろ。」

 

「そう、なんだね…可愛くなくてもいいんだ…。」

 

「俺は、そう思うがな。」

 

 

 

…頭硬いんだな。

考えてみりゃ、昔からこんな奴だったかもしれない。

融通も効かない、ルールと常識とマナーが口癖のような…。

 

 

 

「…ふっ。それなら、やはり今までどおりの私でいいということかな?」

 

「…あぁ?」

 

「可愛らしくなくて良い…。要するに自然体。無理をせず、ありのままの私で居ることが最善だということだろう?」

 

 

 

…始まった。

何も響いてねえこいつ!!

 

 

 

「ふふっ、有難う○○。君のお陰で迷いは晴れた。

 …あぁ!なんて清々しい気分だ!!無意識に抱え込んでいたものが一遍に解消された気分だ!」

 

「…まんまじゃねえか…。」

 

 

 

違う、突っ込みたいわけじゃない。

もっとこう根本的な…。

 

 

 

「どうしたんだい○○、そんなに難しそうな顔をして…。

 …私の魅力に溺れている、そういうことかな?…うぅん、我ながら素晴らしく詩的な表現だ。」

 

「ばっ…!そんなんじゃねえよ!

 …俺が言いたかったのはだなぁ…」

 

 

 

こら、外野二人。急に黙り込むんじゃない。

こいつの暴走を止めてくれ。

 

 

 

「いいんだ、隠すことは無い。…私はどんな汚れた欲望も受け止めてみせよう。

 そう、ヤコポ・ペーリ曰く「かくれんぼは、お尻を出したもん勝ち」だ。つまり、そういうこ」

 

「帰れ!!」

 

 

 

誰がそんなものお前にぶつけるか!!

そして誰だ!お前らもでんぐり返しでバイバイしやがれ!!

 

 

 

「…さ、薫さん。今日もやることやったし帰りますか。」

 

「あぁ、また次来るまでにもっと磨きをかけておこう。」

 

「…ふぇ!?ふぇぇ!?」

 

「はい、花音さん。可愛らしさ稼がない。いくよ。」

 

「そ、そんなつもりないのにぃ…」

 

「……儚い。」

 

 

 

キィ……ガチャン

 

 

 

「…あいつら、帰るときはえらく手際いいんだよな。」

 

 

 

…あー。

真面目に語った俺が馬鹿みたいだ。

 

 

 

 




薫さんには叶いません。




<今回の設定更新>

○○:たまにはいいこと言う。薫が来るのが少し楽しみになってきた。

薫:果たして今回の様子は台本か・本心か。

花音:抱きしめたい。

美咲:実はこっそり主人公と連絡先を交換してます。


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2019/08/24 瀬田薫劇場 -肆幕-

 

 

 

「あのさぁ、いい加減アポ無しで来るのやめない?」

 

 

 

ほんの少しいつもより忙しい土曜の夜。

よりにもよって、一番対応がめんどくさい連中が来やがった。しかも何やら知らない顔と有名な顔を連れて。

 

 

 

「ふふん、照れ隠しかい?愛い…愛いよ○○。」

 

「話聞けよ、つかどうやって親を突破した?」

 

「あぁ、それはね。…千聖。」

 

 

 

名前を呼ばれ、不機嫌そうに後ろで控えていた金髪が視線を向けてくる。

 

 

 

「私を巻き込んだのがそういう目的だったとはね。

 ○○、私を覚えてる?」

 

「……詐欺師のチサトか。こりゃまた懐かしい顔を連れてきたな。」

 

「…当時からその呼び方するの貴方達だけだからね。」

 

 

 

どうやら、現在すっかり有名人になったかつての同級生を巻き込むことで、両親を買収したらしい。

そりゃ芸能人が同級生を訪ねてきたっつったら常識外の時間でも通すか。…いや通すなよ。

 

 

 

「で?そっちのエラく露出激しいあんたは?」

 

「あ!私、上原ひまりっていいます!…薫先輩のファンなんで、着いてきちゃいましたぁ…。」

 

「…ね?」

 

「ね、じゃねえよ。ファンとイチャイチャするなら他所でやれ…。」

 

「だ、大丈夫です!イチャイチャなんて、烏滸がましすぎてできませんから…。」

 

「あんたどういう心境で喋ってんの?」

 

「ところで、忙しそうだったが何かの最中だったのかい?」

 

「ファンスルーすんなよ、案外冷たいなお前。」

 

 

 

烏滸がましいまで言われてんぞ。ある意味すげえわ。

まあ、松原も連れてきてくれたことだけは褒めてやろう。唯一の癒しだ。何度か来て漸く慣れたのか、にこにこと遣り取りを見守っている松原にも視線を向ける。

 

 

 

「…?…えへへ。」

 

 

 

おぅ。含羞む顔も可愛いなぁおい。

 

 

 

「ところでよ、瀬田?忙しいから帰れっつったら帰るのか?お前は。」

 

「うーん、難しい質問だね…。帰れと言われたら帰りたくなくなるし、帰るなと言われたなら応えてあげるべきだろうし…。」

 

「帰る気ゼロじゃん。」

 

「ははは。少しでも長く君の傍に居たいんだ。わかるだろ?」

 

「一生分かる気しねぇ。」

 

 

 

勘弁してくれそんな状況。

できるだけ早く帰ってもらえるようにと、何か口実がないか探すも、そもそも接点がないこいつにどう説明したら"納得"というものをしてくれるのか。

こいつを言い負かすことが不可能なのは今までの経験で学んだ。こいつのメンタルには凹むという状態がないらしい。

助けを求める気持ちで奴の同行者を見ると、さっきとは打って変わって不思議そうな顔で小首を傾げる白鷺千聖と目が合う。

 

 

 

「…なんだよ。」

 

「貴方、そんな感じだったかしら。」

 

「どういう意味だ。」

 

「もっとこう思いやりがあったというか、優しかったイメージなんだけど。」

 

「誰かと勘違いしてんじゃねえの。」

 

「いいえ。事あるごとに薫のこと気にかけて、上手く意見できない薫の気持ちとか聞き出すのって、いつも貴方の役目だったじゃない?」

 

「そーなんですか?」

 

「ええ、上原さん。…この男、今はこんな荒みきった様子だけど、それはそれは優しく周りに気を配れる素敵な人だったのよ。」

 

「ふわぁ…!…じゃあ、何でこんなんなっちゃったんですかねぇ?」

 

 

 

()()()()言うなピンク。

それにな、別に何も変わってねえんだよ。

 

 

 

「わ、わたしはっ、今の○○さんも素敵だと、思うよぉ?…ふぇぇ。」

 

「や、別に落ち込んでないから、励まさんでいい。」

 

 

 

…必死さも可愛いけどな。

でもどうせ言われるなら、気を使わずに心から言って欲しいもんだ。

 

 

 

「…別に、励ましじゃないんだけどなぁ。」

 

「ん。」

 

「な、なんでもないよぉ。」

 

「こら、○○。私の前であまりイチャつくんじゃない。

 花音といえど、あまりいい気はしないぞ?」

 

 

 

やめろ割り込んでくるな。あとそのイケメンヅラで頬を膨らませるな。

何か気味がわりい。

 

 

 

「もぉ、○○さん?折角薫先輩に言い寄られてるのになんなんですかその塩対応は!

 羨ましい…そして憎らしい…っ!!」

 

「うっせぇピンク。」

 

 

「はっ…!なるほど、わかったわ…っ!」

 

 

「瀬田、いいからあんまり引っ付くな。

 お前でっかいんだから、暑苦しいんだよ…!」

 

「ふふん、内心嬉しいくせに…。抱きついてきても埋めてきてもいいんだぞ?んー?」

 

「だー!もうめんどくせえおっさんかお前は!!」

 

「薫先輩!私も、私も混ぜてください!!」

 

 

「………。」

 

「千聖、ちゃん??…仲間に入りたいんだね?」

 

「…………。それはないわね。」

 

 

「いいかお前らぁ!俺は今忙しいの!

 明日までに仕上げなきゃいけねえんだから!」

 

 

 

騒がしさのあまり忘れるところだった。明日までに、明日の誕生日までにプレゼントを仕上げなきゃいけないんだった。

巴投げの要領で瀬田を退かし、絡み付いてくる上原を引き剥がす。

 

 

 

「きゃぅっ!?……んん"っ。何を、仕上げるんだい?」

 

「素の声出てんぞ。…誕生日プレゼントだよ。」

 

「へぇー!!そういういことはできるんですねぇ!」

 

「どういう意味だ上原。」

 

「なんかぁ、○○さん冷たいからぁ、他人に興味とかないのかと思ってぇ。」

 

 

 

マジでなんだと思ってんだお前。

ムカつく喋り方しやがって…。

 

 

 

「…ちょっと、○○?プレゼントって、誰に?」

 

「チサトに言っても分かんねえと思うよ。…高校入ってから知り合ったんだし。」

 

「そんなの、聞かなきゃわからないでしょ。」

 

「………お前こそ、そんなキャラだったかよ。」

 

「何か言った?」

 

「はぁぁ…。…今井っていう子なんだけどさ。バイトが一緒の子。」

 

 

 

今井リサ。――バイト先のコンビニで知り合った。もうバイトはしてないからあまり接点がないんだけど、連絡取り合ったり遊んだりはたまにする。

別に頼まれたわけじゃないが、去年も渡したから何となく惰性で今年も渡そうとしてるだけだ。

 

 

 

「今井……。リサちゃん?」

 

「えっ…。チサト、知り合いなんか?」

 

「ええまあちょっと…。…にしても意外ね。ああいう子が好みなの?」

 

「そういうのじゃねえよ。友達なら祝ってやるのが当たり前だろ??」

 

 

 

いいから早く帰ってくれ。まだ時間がかかりそうなんだ。

 

 

 

「ふ~ん?…まぁいいわ。そういう理由があるなら邪魔しない。

 ほら、薫。帰るわよ。」

 

「千聖。」

 

「なによ?」

 

「その、り、リサちゃん、っていう人は可愛いのだろうか?」

 

「…んー…。派手目な感じの、女子力高そうな感じよ。…そうよね?○○。」

 

 

 

なんだよ、帰ってくれそうな雰囲気だったのに急に渋ってんじゃねえぞ瀬田。

そんなのどうでもいいだろうがい。

 

 

 

「派手…ではあったかな。」

 

「そ、そうか…○○はそういう感じが……」

 

「ふえぇ…私とも程遠いよぉ…」

 

 

 

そういやすっかり松原を忘れてたよ。君は君である意味派手だかんな?

 

 

 

「…で、まだ帰」

 

「帰ろう。千聖、花音。」

 

「えっ?…えぇ…。いいの?薫。」

 

「………邪魔するわけには、いかないもんね。」

 

「おう、帰れ帰れ。あ、このピンクも忘れんなよ?」

 

 

 

なんかしょんぼりと肩を落としている瀬田が、ちょびっとだけ気にはなったが。

帰ってくれるならもう何でもいいや。

 

 

 

「……今まで、ごめんね、○○。」

 

パタム

 

 

 

瀬田がまともに謝ったのなんて初めてじゃなかろうか。

まぁ、何にせよ、これで明日に向けての製作を頑張れそうだ。

 

 

 




人間関係って、何かの犠牲の上に成り立ってる気がするんですよね。




<今回の設定更新>

○○:意外と手先が器用。
   去年喜ばれたピアスを製作中。
   昔の千聖もよく知っている。

薫:初めて打ち拉がれた。
  もうダメかもしれない。

千聖:普段は伊達めがねをかけている。
   主人公の両親にはサインをあげた。

花音:可愛い。ギャルギャルしてないことをめっちゃ気にしてる。

ひまり:鬱陶しい。


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2019/09/11 瀬田薫劇場 -伍幕-

 

 

ピンポーン

 

 

 

「来たか……。」

 

 

 

初めてだった。瀬田がまともにアポイントメントを取ってきたのは。それも電話で直接、だ。

お陰でこうして、茶菓子や飲み物を準備したり部屋を掃除しておいたりできるって訳だ。…全部俺は何もしてないんだけどな。

 

 

 

「おーい〇〇っちー、これどこに仕舞おっか??」

 

「んぁ?…あぁ、それは机の上に上げといてくれー。…つか(瀬田)来たからその辺で良いやー。」

 

「そぉ?じゃあこのまま投げとこ。えーいっ。」

 

 

 

机の上にって言ったろうが…いやいいか。少し前に来て来客対応をしてくれているのが、例の今井リサだ。

相変わらず少々過度な露出の服に茶髪と、どう見ても"GAL"というワードが浮かんでしまうような見た目だこと…。

瀬田の依頼ということもあり初めて家に呼んだが、快く来てくれる良い子である。もうバイトの繋がりもないんだけどな。

 

 

 

「んじゃ、座って待ってるね~。」

 

「あいよ。」

 

 

 

っと、呼び鈴が鳴ってからしばらく経っちまったな。…ここまで待たせても突入してこないなんて、本当にどうしたって言うんだ瀬田は。

玄関まで行くと磨りガラス越しにスラっとした長身のシルエットが見える。下の方の広がりを見るに、またスカートを穿いているようだが…。

 

カララララ…

 

 

 

「あっ……こ、こんにちは、〇〇…。」

 

「…おう、上がんな。」

 

「あっ…う、うん。」

 

 

 

丁寧に靴を揃えヒタヒタと付いてくる足音を聞きながら、俺は内心プチパニック中。スカートを穿いているのも髪を下ろしているのも別にいい。…ところがどうした事か、今日はかなり濃い目のメイクをしているんだが…これがまた酷い。

まるで子供が白い壁を見つけて書き殴ったような、或いは芸術家気取りの馬鹿が適当に筆を振り回したような、要するになかなか()()()なメイクを施しているのだ。

…なんだ?ツッコミ待ちなのか??それともマジ?…これが真剣にやった結果だとしたら、もう二度と化粧なんかしないほうがいいと思う。お前はいつかのエウ〇カか。

 

 

 

「あっ、いらっしゃ…………」

 

 

 

何ともいえない雰囲気のまま自室に到着。いつも通りの明るく人懐っこい笑顔で出迎えようとした今井も言葉半分に固まっている。

口角が震えているのは笑いを堪えている表れか。

 

 

 

「まぁ、なんだ…座ってどうぞ。」

 

「う、うんっ。」

 

「今井、戻ってこい。」

 

「……ぅはっ!?……ちょ、ちょっと、タンマね!」

 

 

 

我に返るなり俺の腕を引き後ろを向かせる。そのまま耳元へ口を寄せてきて

 

 

 

「…あれが瀬田さん!?…歌舞伎…いや落書きみたいな人が来ちゃってるんですケド??」

 

「あぁ、俺も正直ビビった。いつもはあんな感じじゃなくて小憎たらしいイケメンって感じなんだけどなぁ…。」

 

「どどどどどどどーしよっ??」

 

「テンパるな。…いつもみたいに可愛らしく笑ってろ。」

 

「ッ……!」

 

 

 

所謂ひそひそ話ってやつだ。どうやら今井もファーストインプレッションでかなりやられたらしい。血色悪くなってるもん。

一先ずの急造作戦会議を終え、来訪者(侵略生命体)に向き直る。

 

 

 

「なぁ瀬田。お前いつもと雰囲気違うじゃん。…あと、一人なのか今日は。」

 

「ま、まあ…ね。今日は私一人…。」

 

「あっ↑…んん"っ……アタシ、今井リサっていうんだ~、よろしくね!」

 

 

 

緊張のあまり声が裏返っとる。咳払いで誤魔化したが、顔が真っ赤なのは誤魔化せないだろうな。

 

 

 

「あなたが……よっ、宜しくお願いしますっ…!」

 

「…うんうん、よろし……ぶふっ」

 

 

 

あーあ、吹き出しちゃったよ…。

 

 

 

「あはははははは!!ごめん〇〇っち、やっぱ無理!!」

 

「……しゃーないな。…瀬田。」

 

「えっ?えっ??」

 

「その顔はなんだ。化粧。」

 

「あっ…やっぱり変…かな。」

 

 

 

マジなほうだった!!……変わっているのは性格面だけじゃなかったって訳か。

お陰で折角の端整な顔がすっかりセブンスウェル状態に…。

 

 

 

「変…ていうかさ、瀬田さんは普段化粧しない人??」

 

「あ、いや、舞台に立つときはするんだけど……女の子っぽいメイクってどうしても分からなくて…。」

 

「女の子ぉ??」

 

「〇〇っち、そういう言い方はだめだよー。」

 

 

 

つい。瀬田の口から女の子っぽいとか聞けると思わなかったからさ…。

 

 

 

「すまん。…つーとアレか?…その、女の子っぽさ?を学びたくて今井と話したかったと?」

 

「うん…まぁそういう感じかな。」

 

 

 

それで今日はそんな格好なのか。

…まてよ?

 

 

 

「じゃあ、あの変な男装とか喋り方はやめるって事か??」

 

「…うーん、それはどうだろう。」

 

「……ぷふっ」

 

 

 

もう頼むから一旦化粧落としてくれ。今井が笑いを堪えようとして掴んでくる左の二の腕がそろそろ千切れそうなんだ。

 

 

 

「…?やっぱり、私に女の子っぽさとか、似合わないかな…。」

 

「いやそこじゃねえよ!!」

 

「!?」

 

 

 

ごめん、あまりに話が進まな過ぎて大声出しちまった。瀬田も今井もかなり驚かせてしまったみたいでほんとすまん。

 

 

 

「あ、えーっと。…い、今井!化粧とか諸々のレクチャー、頼めるか??」

 

「ん??…あ、勿論いーよー。んじゃ瀬田さん、連絡先交換しよっか。」

 

「あ、はい!…よ、宜しくお願いします。」

 

「あははは、そんなに固くならなくていーってば。それに敬語もなしね?下の名前は?」

 

「う……はい、じゃなかった、うん。ええと…」

 

 

 

おーおー、相変わらずコミュ力の化け物っぷりを前面に押し出してやがるぜ。

俺と初対面の時もあんな感じでぐいぐい来てたもんなぁ。

どうやら連絡先交換も終わったみたいだし、きっとこれから瀬田はメキメキ女子力を磨いていくことだろう。

素材はいいんだし、ちゃんと着飾ってメイクするだけで女の子らしくなると思うんだけどなぁ…。

 

 

 

「あっははは!!やっぱ駄目だ!一回化粧落とそ?ね?」

 

「…り、リサ…そんなに面白い??」

 

「うん!だって薫の顔…あはははははは!!」

 

「もー…笑い過ぎだって…」

 

 

 

ほんの少し目を離しただけなのにここまで仲良くなるとはね。

瀬田も無理してる感じはないし、波長が合ったりするんだろうか?

……リサに薫、ね…。

 

 

 

「そいえばさ、どうして薫は女の子らしくなりたいの?」

 

「えっ…あ……。〇〇…に、構ってほしくて…」

 

「はっはーん?…好きなんだ?」

 

「えっ!?…あいや、その…」

 

「ははっ!いーじゃんいーじゃん。リサさん応援しちゃうよ~??」

 

「…リサって、〇〇と付き合ってるとかじゃないの?」

 

「あははっ、ないない。」

 

 

 

ないない、か…。別に好きなわけじゃないが、あっけらかんと言われると少しハートに響くな…。

 

 

 

「そう、なんだ……。」

 

「うん!〇〇っちは、バイトが一緒だった時の付き合いでさー。

 話とか考え方とか似てるとこあるからよく一緒にはいるんだけどね~。」

 

「いっ…しょに…」

 

「薫は?〇〇っちと昔からの知り合いなんでしょ??付き合っちゃえば?」

 

「勘弁してくれ…」

 

 

 

今井はまだ()()瀬田を知らない。…知れば同じことは口にしないだろう…。

まぁ、今井が場を引っ掻き回すのはいつもの事だからいいとして、女子力やら何やらの相談相手としては適切な人選だったって訳だ。見ていて思う。

このまま、昔の瀬田みたいに女の子っぽくなってくれたらなぁ…。

 

 

 

「まっ、友達くらいの距離が一番いいって相手も居るよね。」

 

「…………リサ。」

 

「んー?」

 

「…私、すっごく可愛い女の子目指すね。」

 

「マジ??楽しみ~。」

 

「だから、色々教えてね。…色々。」

 

「おっけ~。化粧もヘアアレンジも、何なら〇〇っちのあんなことやこんなことまで!

 全部リサさんにお任せだよ~。」

 

 

 

や、余計なことは教えんで良い、というか…本当に勘弁してくれ。

 

 

 




可愛い薫くん…?




<今回の設定更新>

〇〇:リサに対しては気を許している模様。
   異性でこういう関係保てるのって少し羨ましい。

薫:前回の何が彼女を目覚めさせたのか。
  どうやら可愛らしさを磨くそうです。応援してあげましょう。

リサ:主人公を〇〇っちと呼ぶ。
   面倒見の良さがうまいことマッチした結果、薫とは仲良くなれた。
   主人公に対して特別な感情は…勿論持ってない。


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2019/10/01 瀬田薫劇場 -陸幕-

 

 

「あのさ○○。…シチューにガラムマサラ入れたらカレーになるかな?」

 

「……うるせえ瀬田。黙って手を動かせ。」

 

「あっははー!○○っち辛辣ぅ~。」

 

 

 

一体どんな流れがあればこんなことに付き合わされることになるのか。

恨めしく隣の隣…ヘラヘラしている今井を睨むも、スマホで写真を撮られただけだった。何がしたいんだお前は。

 

 

 

**

 

 

 

「女子力って、料理の腕だと思うのよね。やっぱ。」

 

「いきなり人の部屋で何だよ今井。」

 

 

 

バイト終わりだという今井が瀬田を連れてきたのは夜の23時。今まさに風呂を上がって着替えを済ませたというタイミングのことだった。

相変わらずヘラヘラ笑っている今井とエラく真顔な瀬田。頼むから玄関で止めてくれよ、親よ。

 

 

 

「い、いきなり来ちゃって…ごめんね?」

 

「謝るなら来んな。来たなら謝んな。」

 

「う、うん…ごめん。…あっ」

 

「あはははは!!いーねいーね!薫、可愛さ出てきたねぇ!!」

 

 

 

この手の話は突っ込み出すとループにしかならないから放っとこう。それよりも何だって?料理の腕だぁ?

…こっちはこれから寝る時間だってのに、まさか今から調理始める気じゃねえだろうな。

 

 

 

「おっ、察しいいじゃぁん!ママさんもいいって言ってくれてるしさぁ~」

 

「母親め…。息子の睡眠時間を何だと…」

 

「ご、ごめんね…?あっ、いや違うのこれはその……」

 

「お前も何だか面倒くさいなぁ…。」

 

「ひぅ!?……しぇ、しぇいくすぴあいわく…」

 

「偉人に逃げんな。別に悪いことしてるわけじゃねえんだから、堂々としてろってこった。」

 

「あぅ……うん、ありがと?」

 

 

 

釈然としない顔だな…。まぁ、現状お前も振り回されてるようなもんだしな。

同情するよ、瀬田。

 

 

 

「ねーねー、早く始めちゃおうよ??」

 

「うるせぇ主犯…。…つか、今井が料理得意なのは知ってっけどさ。

 お料理教室ならお前んちか瀬田のところでやれよ。」

 

「えぇー?それじゃあ意味ないじゃーん。」

 

「あ?」

 

 

 

俺の健康的な早寝早起きスタイルが守られる、これ以上に意味のあることがこの世にあるのか?

逆に俺の家を利用する意味を教えてくれ。

 

 

 

「だってさ、薫が女子力磨きたいのは、○○に好かれたいからなんだよ?」

 

「で?」

 

「ってことは、わざわざ料理を作ってあげるのも愛する○○のためってわけだ。」

 

「ほー?そんで?」

 

「もー、これ以上はアタシの口から言えることじゃないしー。」

 

 

 

なんだろう。昼間とか、まともな話をする分にはこれ以上ないってくらい波長の合う相手の筈なのに。

今はもうただ只管に憎しみしか感じない。頼むからこういう頭の痛くなるような話を引っ掻き回さんでくれ…。

 

 

 

「あぁもう面倒だ。…要は料理作ったら帰るんだろ?」

 

「言い方~」

 

「次茶々入れたらてめぇの臍で茶ぁ沸かしてやるからな…今井。」

 

「???ごめん○○。それ全然面白くない。」

 

「うっせぇ!!」

 

「○○…かわいい…」

 

「てめぇの感性どうなってんだ瀬田ぁ!」

 

 

 

斯くして、ぎゃあぎゃあと騒ぎながらもキッチンに移動した俺たち。

どうしてこれで会話が成り立ってんのかって?俺が訊きてえよ。

 

 

 

**

 

 

 

んで結局クリームシチューを作ることになった訳だが……。

 

 

 

「あっ、違うよ薫!弱火から中火って書いてあるでしょ!!」

 

「んっ、えっ?…こ、こう?」

 

カチン

 

「それじゃぁ消えちゃってんじゃぁん!…薫って、不器用?」

 

「うぅ…ごめんリサ…。」

 

 

 

結論から言って、あいつに料理は多分無理だ。…何せシチューの隠し味に食器用洗剤をチョイスするような奴だ。Joy!(楽しい)じゃねえよ、死ぬわ。

 

 

 

「あ、あれ??重くて混ざらなくなっちゃったよぅ。」

 

「あちゃぁ…これ焦げちゃってるねぇ…。」

 

「ごめんなさい…。」

 

「んっ、大丈夫大丈夫。どうせ食べるのアイツなんだし♪」

 

「聞こえてるぞ今井コラァ。」

 

「こわ~い!薫助けてぇ~」

 

 

 

ったく…。洗剤を回避したら今度は焦げかよ。

…つか、もう1時だぞ?何でもいいから早く寝かせてくれ…。……何もしないで待ってるのも、眠気が…限界…で………。

 

 

 

**

 

 

 

「………、……っ。」

 

 

 

………ん。なんだか、凄く首の下が柔らかい。……あれ?俺何してたっけ…。

薄く目を開ける。

 

 

 

「…○○っ。…お、起きた?」

 

 

 

ぼんやり見えたのは、綺麗な紫の髪にルビーのような瞳…。

 

 

 

「あぁ、()かぁ…。…久しいな。」

 

「!!……○○?寝ぼけてる?」

 

「寝ぼけてる??……あぁいや、うん。そうか…俺寝てたのか…。」

 

「う、うん。ごめんね、遅くなっちゃって。」

 

「……今何時?」

 

 

 

未だハッキリしない頭で、眠りに落ちる直前のことを必死に思い返す。俺の問いに薫は、バツが悪そうに笑い「4時半…」と小さく答えた。

 

 

 

「そっかぁ…。……お前、足痺れたりしねえの。」

 

「うん。心配してくれて…ありがと。」

 

「大丈夫ならまぁ…もう少しこうしてようかな……。」

 

「う、うん!ずっと、ずっとこうしててもいいよ?」

 

「ははは…朝には起きるさ。………サンキュ…薫……。」

 

「うん。…おやすみ。○○…くん。」

 

 

 

何か重大なことを忘れているような気がしたが、心地いい二度寝と洒落込むことに決めた俺。

この極上の枕を使えば、誰でもこうなるさ。

 

 

 

 

 

 

翌日。妙に爽快な寝起きのまま向かったリビングで。何やら凄まじく汚されたキッチンを見つつ食卓に着く。夜中のうちに何かあったのか…?

それはそうと、朝食として出てきたシチューが中々に独特な味だったんだ…。

うちの母親、舌でもおかしくなったんかな。

 

 

 

いやごめん。ちょっとシリアスっぽくしたかっただけで全部覚えてる。

…ただ、寝ぼけてアイツを昔みたいに呼んだことだけは、何だか気恥ずかしくって思い出したくなかった。

 

 

 

 




苗字呼びから名前呼びに変わる瞬間が一番キュンとします。




<今回の設定更新>

○○:夜はすぐ眠くなっちゃう。
   薫が絡むと不思議とリサが邪魔に感じる。

薫:素に慣れてきた。
  リサに振り回されている日々の中で、着実に何かが伸びている。
  …よかったね。

リサ:アイアンハート。
   主人公が寝落ちしたあとは、最低限の片付けまで手伝ったあと
   空気を読んで帰った。
   そして次の日全力で茶化した。そして彼女の臍はコンロになった。


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2019/10/10 瀬田薫劇場 -漆幕-

 

 

 

「……○○、くん。」

 

 

 

木曜日の放課後。校門で待機していた今井を引き連れ、家に辿り着く。今日は何も予定もなかったし、特に追い返すようなこともなかった為にそのまま付いてきちまったんだが…。

家の玄関の前、すっかり見慣れてしまったワンピース姿で会釈を寄越してくる長身のイケメン…。

 

 

 

「あれ、薫じゃん!…なになに、今日はアポ無しで突撃しちゃったってわけ~??」

 

「あ、いや……うん。○○に、会いたくて。」

 

「………。」

 

 

 

あの日以来、まともに()と話せていない。何だか気恥ずかしい思いもあるが、俺自身どう接していいかわからなくなっているのだ。

最初うちに押しかけてきたときは何事かと思った。妙に格好つけた、中二臭くていけ好かないハンサムボーイ。…や、マジで最初は男かと思ったんだって。女の子侍らせちゃってさ。

そうしたらそいつが、「昔の同級生です」なんて言うんだもんな。…全く理解が追いつかなかったよ…。

 

 

 

「あ、○○っち?…回想入れてるところ悪いけど、あの子達ピッキング始めちゃったよ??」

 

「…は?」

 

 

 

あの子達?とは?…今井に袖を引っ張られ現実に戻ってきた俺は、薫が立っている場所――玄関先を見やる。…と

 

 

 

「ふ、ふえぇ…だめだよ美咲ちゃん、人様のおうちの鍵を…」

 

「いーんですよ、花音さん。所詮○○如きの家なんですから。」

 

「ふえぇぇ…」

 

 

 

美咲め…!久しぶりに見かけたと思ったら謎理論でウチを侵食しようとしてやがる…。そして松原、お前は鳴いてないで止めろ。

隣の今井はケラケラ笑いながら呑気に動画なんぞ撮ってやがるし…。「ウケる~」じゃねえよ。

 

 

 

「やいこら美咲!仮にも実家だぞ!!」

 

「……?」

 

「何が悪いんですか?みたいな顔してんじゃねえよ。第一、ピッキングなんてどこで身につけた。」

 

「バイトで。」

 

「辞めちまえそんなバイト。」

 

 

 

何のバイトだ。

鍵穴を壊されるわけにもいかないので、そっとピッキング道具を取り上げ自分の鍵で開ける。

 

 

 

「ほら、入るなら入れよ。」

 

「うわーい、ただいまぁ!」

 

「……美咲って、あんな奴だったか。」

 

「うーん……ただ燥いでるだけなのかも?」

 

「マジで言ってんのか、松原。」

 

「ふ、ふえぇ…わからないよぅ…」

 

「………お前はかわいいなぁ!」

 

 

 

なんかもう何してても可愛いなこの子は。おっといけない、可愛さに浸るのもいいが、燥いで入っていった美咲が心配だ。何されるかわかったもんじゃねえ。

松原を中に進ませ、後ろですっかり傍観者となっている二人にも視線を向ける。

 

 

 

「なぁに?…アタシらにも入って欲しいの??」

 

「……じゃあ今井だけ帰れ。」

 

「えー??つーめーたーいー。」

 

「かお……瀬田。お前はどうするんだ?上がるのか?」

 

「あ……う、うん。いい、かな。」

 

「あぁ?その為に来たんだろうが。今更遠慮すんな。」

 

 

 

危ねえ。また例の名前で呼びそうになったぞ…。あの時のことを瀬田が覚えているかどうかは分からんが、うっかり呼んでしまったとしたら……恥ずかしいことこの上ないな。

背中を丸め、まるで申し訳ない事でもしているかのように玄関へ入っていく瀬田を見送りつつ、またこれから起こるであろうひと騒ぎに向けて呼吸を整える。…と、

 

 

 

「○○っち。」

 

「んぁ?…結局入らねえのか?お前は。」

 

「……ねえ○○っち。…そろそろ、気づいてあげようよ。」

 

「…あぁ?何に。」

 

「はぁぁ…。○○っち、鈍感すぎるのもどうかと思うよ?…そのままじゃ、本当に嫌われちゃうし、徒に傷つけるだけだって。」

 

「…言いたいことがあるならはっきり言えよ。」

 

「もう、わかってるんでしょ。」

 

 

 

何も、言い返せねえ。言い返せない、けど。

 

 

 

「そんなのお前には…関係ないだろ。」

 

「あるよ。アタシがどうして薫の手伝いをしてるか…まさか○○っち自身が忘れたわけじゃないでしょ?」

 

「アイツが、より女らしくなるためだろ。」

 

「…それは、どうして?」

 

「………。」

 

 

 

わかってるけどさ。でも、なんか認めたくねえんだ。だってあいつは俺にとって…

 

 

 

「……別に無理強いするつもりはないけどさ。アタシは少し嬉しかったんだよね。薫が、あんなに喜んでいるところを見られてさ。

 …呼び方一つでって思ってるかもしれないけど、女の子にはその一つ一つが思い出で、大事なことなんだよ。」

 

「……るせえ。」

 

「はぁぁ……。これは、○○っちの方も、お姉さんが面倒見なきゃいけないかな??」

 

「マジ何なんだお前。……なんでそこまで他人なんかのために…。」

 

「へっへーん。女の子ってのは、美味しいスイーツと甘い恋バナが好きな生き物なのさ~。」

 

 

 

相変わらずムカつく奴だ。けど、それでいて相変わらず憎めない奴だ。

ただこいつと、きっと瀬田も求めてるのは、俺にとって苦手で無縁な恋だの愛だのってやつなんだろう。…ホントに、厄介な問題なんだがな。

 

 

 

「……今井。…いや、リサ。」

 

「ッ。な、なによぅ。」

 

「見とけよ。呼び名の一つくらい、俺にかかれば屁でもねえよ。」

 

「……ふぅん?それはそれは、楽しみだにゃぁ…。」

 

 

 

靴を並べたところで心配そうにこちらを伺っている瀬田。目が合っても相変わらず申し訳なさそうな、何かを期待するような目をする瀬田を……後ろから攻める!

 

 

 

「かっ↑」

 

「……か?」

 

「かっ、かかかかかかかかか…、かお、る。」

 

「ッ!!!」

 

 

 

あぁダメだ。やっぱりこういうのは、苦手だ…。

 

 

 

**

 

 

 

「どうでもいいけど、下の名前で呼ぶのは薫だけにしなよ?」

 

「なんでだよ、リサ。」

 

「っ。……慣れないなぁ。……どうして薫を名前で呼ぶことにしたのか忘れたの?」

 

「…昔馴染みだからだろ?リサは不思議と緊張しないで呼べるから、ガンガン行くぞ。いいな、リサ。」

 

「………嫌われてもしらないからね…。」

 

 

 

???

 

 

 




関係性、進むようで進まず。




<今回の設定更新>

○○:なんだかもうなんなんだこいつ。
   そういった感情は相変わらず欠落しているようで、薫のこともよくわからない状態。
   リサに対して何も思っていないのは確か。

薫:嬉しい時の笑顔よ…。表情一つ一つに女の子らしさが滲み出てきた。
  花音と美咲は、最早止められない。

リサ:お節介姉さん。こういう子、いいよね。
   主人公に対して……??

美咲:どんどん自由人化中。燥ぐ理由は一体…?

花音:ふえぇ。


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2019/11/09 瀬田薫劇場 -捌幕-

 

 

 

「あたしさ、〇〇のこと嫌いじゃないよ。」

 

「あ?……つかお前何処から入った。」

 

 

 

外での用事終わり、誰とも絡む事無く部屋まで来たが…先程机に鞄を放り投げるまでは人の気配などしなかったはずだ。

お前は何処から現れたんだ、奥沢美咲。

 

 

 

「ふふふ、そんなのはどーでもいいでしょ。」

 

「いいわけあるか、帰れ。」

 

「…あたしが態々遊びに来たんだよ?嬉しくない?」

 

 

 

今日は無性にご機嫌だなと若干の恐怖を覚えつつ無駄にニコニコしている侵略者を観察する。…今日は何のアポも受けていないし、特にこいつとは薫抜きで会う機会なぞ無かった筈だ。

アポイントメントに関しては若干諦めている部分はあるが、だとしてもこの謎ムーブは何なんだろうか。

 

 

 

「…今日は薫は?お前ひとり?」

 

「えぇ?そんなに薫さんに会いたいの?」

 

「お前と二人は落ち着かねえだけだわ。」

 

 

 

二人きりで何話せってんだ。接点の一つもねえのに。

 

 

 

「…ふーん?…それって、意識しちゃって…ってこと?」

 

「意識?…そりゃするだろ。」

 

 

 

プライベートな空間に異物が混ざっているんだぞ。しかもその異物はちょっかいまでかけてくる。

意識するなって方が難しい。

 

 

 

「そ…っか。意識、しちゃうんだ。」

 

「そうだよ、だから帰れ。邪魔だ。」

 

「〇〇ってさ、ラノベとかの主人公みたいだよね。」

 

「知らん、読んだことねえし。」

 

「……鈍感ってこと。」

 

「だいぶ敏感だぜ?…この時期、セーターなんて着ようもんなら体じゅう痒くってよぉ…」

 

 

 

あの繊維感というかざらつきと言うか、独特のモサモサ感が俺の敏感な柔肌ちゃんを傷つけるのだ。それもあってか、俺は秋という季節が大嫌いなんだ。

その気持ちを読み取ってか取らずしてか、はぁと深い溜息を一つつく美咲。

 

 

 

「誰も敏感肌の話なんかしてないっつの…。ほんと、そういうとこだかんね?」

 

「全く言っている意味が…」

 

Pipipipipi…

 

 

 

直後、くぐもった様な電子音が聞こえだす。発信源はどうやら先程放った俺の鞄の中らしい。

恐らく連絡事項を発信しているであろう相手を待たせるのも悪いので、腕組みに仁王立ちと何やら不機嫌そうな美咲を尻目に鞄を漁る。

 

 

 

「………ん、おっ!?」

 

 

 

表示されている名前を見てテンションが跳ね上がる。なるべくポーカーフェイスを貫き通して通話を承認。

 

 

 

「もしっ…もしもし?どうした?」

 

『ふ、ふえぇ……〇〇くん、おうち入ってもいーい…?』

 

「お、おう!全然、入ってきちゃっていいぞー!?」

 

『ぁ…ありがとう…!いま、入るねぇ?』

 

「おっけい。」

 

 

 

僅かな会話だったが、それはとても胸躍るものだった。松原…じゃない、花音と呼ぶことにしたんだっけ。花音がうちに来るとは、何という僥倖。

すっかり存在を忘れそうになっていた美咲を見やると、物凄く険しい顔で親指の爪を歯噛んでいた。さっきまでの上機嫌はどこ行ったんだ…?

 

 

 

「どうした美咲。」

 

「花音さん…来るって?」

 

「おう、まあな。だから帰っていいぞ。」

 

「チッ……上手く撒いたと思ってたのに…。」

 

「えっ…?」

 

 

 

何やら一悶着起きそうな事を呟いた気がしたが、それについて言及する前に部屋の扉が開かれた。

 

 

 

「おっ!!」

 

「お、お邪魔します…。」

 

 

 

ちらと顔を覗かせるようにして部屋の中に俺を探す花音。目が合うとはにかんで下を向かれなすった……あぁ、尊い。

 

 

 

「…んじゃ、あたしは帰るね〇〇。」

 

「お?おう。気を付けて帰れよ。」

 

「うん。ありがとう〇〇、愛してる。」

 

「あぁ?」

 

 

 

颯爽と、やや早歩き気味で部屋を後にする美咲。去り際にも謎の発言を残していったが…あいつは本当に何がしたいんだ。

まぁそんなことはどうでもいい。部屋の入り口で待たせてしまっている花音を部屋に招き入れる。

 

 

 

「…やー、ごめんな汚い部屋でー!……って、薫も居たのか。」

 

「ごめんね…急に来ちゃって。」

 

「別にいいさ、友達だろ。」

 

「…えへへ。」

 

 

 

そうか、よく花音一人で辿り着いたと思えば薫が付き添って居たのか。こいつ、一人だと何としてでも迷宮入りしちまうような奴だもんなぁ。

その点このノッポが付いてりゃ安心か。

瀬田薫。最近すっかり可愛らしくなっちまって、あの妙ちくりんなキザキャラもすっかり封じ込められたようだ。うむうむ、今日も膝上丈の妙にスリットが気になるスカートに生足と、実に視線を吸いつけるような恰好で…

 

 

 

「…〇〇くん…?どしたの?」

 

「あ、あぁいや、…ええと……ち、茶でも持ってくるから適当に寛いでてくれ。」

 

「あ、それなら私も手伝う。」

 

「おっ、そか?…んじゃ、花音は部屋で……うーん。」

 

 

 

いかんいかん、自分のスケベ心に気付いた途端しどろもどろになっちまった…。

何はともあれ一応客人だし持て成してやろうか…と部屋を出たのだが、付いてきた薫に手伝わせると花音が一人で部屋に残ってしまう。いくら花音とはいえ密室で迷子にはならないと思うが…。

 

 

 

「…皆で近くのコンビニ行かね?」

 

「……ごめんねぇ、気遣わせちゃってぇ…。」

 

「ふふ、大丈夫さ、花音……あっ花音、ちゃん。」

 

「そうそう、それぞれ好きなもん買えるしいいんだよ。」

 

「ふぇぇ…ありがとぅ…。」

 

 

 

申し訳なさそうについてくる花音と無駄に視線を投げてくる薫。二人を引き連れ、すっかり冷えてきた十一月の風の中を歩きつつ、薫について気付いてしまったことを訊いてみる。

 

 

 

「あのさ、薫。」

 

「ん?なあに?」

 

「さっき気付いたんだけど…」

 

「…?」

 

「俺とリサに対しては、元の態度で接してるだろ?」

 

「う、うん。」

 

 

 

先程の会話で気付き、気になって仕方がない事。

 

 

 

「他の奴に対してはさ、あのキザったらしい"瀬田"でやってんの?」

 

 

 

確かにさっき、花音に対して例のキャラが浮上しているのを見た。…語尾で慌てて修正していたせいで、何だかおかしな中間人格になってはいたが。

別段直さなきゃいけないような物じゃないが、使い分けると混乱するし見ていてもしっくりこない。

 

 

 

「やっぱり変……かな。」

 

「んー……どう思う、花音。」

 

「ふぇっ?わ、わたし??」

 

「まぁ花音に取ってはあのキャラが普通なんだろうけどさ。どうしたもんかね。」

 

「ええとぉ…。」

 

 

 

考え出したところで目的のコンビニについてしまった。暖かい店内に足を踏み入れると、何だか懐かしい気分になった。

 

 

 

「いらっしゃ…ありゃ、〇〇っち。」

 

「おう、今日も真面目に働いてんな??結構結構。」

 

「はははっ、何様ー?」

 

 

 

出迎えたのは且つての同僚であるリサと、恐らく初めましてであろう銀髪の少女。歳は同じくらいだろうか、リサの陰に隠れてあまり見えないが。

 

 

 

「…にしても随分なハーレムで来たねぇ~。」

 

「だろ?…妬くなよ。」

 

「ははっ、冗談キツ過ぎぃー。」

 

「混ぜてやらんし、花音はやらんぞ?」

 

「ふぇっ!?」

 

「もー、相変わらずケチだなぁ~。」

 

 

 

これだけレジ前でお喋りしていられることからも分かる通り、この寂れたコンビニは恐ろしいほどの閑古鳥だ。

俺が働いていたときだって、十二時間の勤務の内客の対応をしたのは二、三回…なんてザラにあったしな。

連れの二人を店内に放し暇そうなリサと駄弁っていると、隣の銀髪ちゃんが口を開いた。

 

 

 

「…リサさんの彼氏さんですかぁ?」

 

 

 

一体どこを見てそう思ってしまったんだろうか。誤解され続けるのも面倒なので、早めに否定しておこう。

 

 

 

「いや、ちが」

 

「んっふふ~、どう思う??」

 

 

 

俺の否定を遮る様に、謎質問を吹っ掛けるリサ。

銀髪ちゃんは大まじめに考えだしちまうし…つかあいつらいつ迄商品選んでんだ。

 

 

 

「…おい、リサ…。」

 

「ッ!…な、なによぅ。」

 

「どうしてそう掻き回すんだ…。」

 

「別にいいじゃんさー。…ってゆーか、名前呼び慣れないんだけど。」

 

 

 

それでさっき妙な反応してたのか。

 

 

 

「いい加減慣れろよ…短い付き合いじゃないんだし…。」

 

「わかりましたぁー。」

 

「おっ、どっちに見えた??」

 

「えっとぉー、モカちゃん的にはぁー…付き合っているように見えましたぁー。」

 

「え、えー?ほんとー?」

 

 

 

このままだと本気でリサの彼氏にされ兼ねない。一刻も早くこの茶番を終わらせてこの店を出……

 

 

 

「…ん。」

 

 

 

後ろから服の裾を引っ張られる感覚。凡そ花音辺りが話しかけられずに駆けてきたアクションだとは思うが…と振り返ってみる。

 

 

 

「…どした薫。」

 

 

 

振り返った先には、予想とは違った人物が立っていた。…目に一杯涙を溜めて。

 

 

 

「……リサと付き合ってるの…?」

 

「へ?」

 

「…やっぱり、…女の子っぽい子の方が…いいんだよね…。うぇ…」

 

「……お前、何で泣いてんの?お腹痛いんか?」

 

 

 

ごすっ。率直な質問をぶつけただけなのに、後ろからレジのアレを投げつけられた。あの、紅いレーザーを放ってバーコードを"Pi"するやつ。

…もっとバーコードっぽい奴にやれよ。

 

 

 

「いってぇ…。」

 

「ちょっと〇〇っち!泣かしてどーすんの!!」

 

「俺のせいじゃ無くね…?」

 

「だとしたらアホみたいな質問してないで、早く弁解なり慰めるなり…」

 

「何でお前必死なの?」

 

「〇〇っちがダメダメだからでしょ!!」

 

「えぇ…?」

 

 

 

しゃがみ込んでボロボロと涙をこぼす薫に、レジを飛び出しハンカチを持って駆け寄るリサ。

二つ目のカゴにこれでもかと菓子をぶち込んでいる花音もさすがの騒ぎに近付いてくる。後ろではさっきの銀髪の子…モカって言ってたか?その子が、例の飛び道具で俺の後頭部をスキャンしようと擦り付けてくるし。

…うん、カオスだ。今日ほどここの寂れっぷりに感謝したことはないだろう。

 

 

 

「だめだめですなぁー。」

 

「君まで言うんかね…ええと、モカ?」

 

「はぁいモカちゃんでーす。」

 

「俺、そんなにダメダメ?」

 

「うーん…。読み取れないですなぁー。」

 

 

 

そらそうよ。どこぞのヒットマンじゃあるまいし、後頭部でバーコードがスキャンできて堪るか。

 

 

 

「リサさんとは付き合ってるのー?」

 

「無い無い…昔俺もここでバイトしてただけだよ。」

 

「なーるー。」

 

 

 

しかし、目の前で起きている騒動の恐らく主要人物であろう俺が蚊帳の外状態って…ちょっと面白いな。中々にシュールだ。

だがまあ、モカちゃんもかなり整った見た目をしておられるし、これもまた眼福と言うことで…堪能させてもらおう。

 

 

 

「ぬー?…モカちゃんの顔に何かついてますかぁー?」

 

「ん、綺麗な目と控えめな鼻と可愛いお口が付いてんぞ。」

 

「あははぁー。…くっそつまんねぇー。」

 

「表情変わんねえな君…。」

 

 

 

どうやら渾身の口説き文句は滑ってしまったらしい。

これ、いつ帰れるんだろう。

 

 

 

「しかし、モテモテですなぁー。」

 

「別にモテはしねえさ。知り合いが女ばっかなだけだ。」

 

「ハーレムじゃないですかぁーやだー。」

 

「望んじゃいないんだよなぁ…。」

 

「ちょっと!〇〇っちが慰めてあげる場面でしょここは!!」

 

 

 

二人でほのぼのしているとリサが詰め寄ってきて怒られる。俺未だに何が悪いのか分かってないんだけど、何て声かけてやればいいんだ?

 

 

 

「応援してますぜぇー。」

 

「気の利いた事、言ってあげなよ??」

 

「えー…。」

 

 

 

仕方なくしゃがみ込む薫の前に、目線を合わせるようにしゃがみ込む。後ろでは花音があわあわと落ち着きなく待機しているが、その状況でもお菓子のカゴは離さないんだね。

 

 

 

「あー…その、なんだ…薫。」

 

「うぅ…ひっく、ひっく……なぁに、〇〇くん。」

 

「その、…そんな短いスカートでしゃがみ込むとな?…モロ見えだ、ゾッ!?」

 

 

 

ごすっ、がすっ。

またレジのアレと、追加でカゴまでもが後頭部に浴びせられる。あぁ、これはぜってぇリサだ。

 

 

 

「いってぇな!」

 

「〇〇っち、それ以上救いよう無くなったらもう知らないかんね?」

 

「見えんだもんよ!何かエロい形の…ぶっ!?」

 

 

 

またカゴ。

 

 

 

「こりゃ手遅れですなぁー。」

 

 

 

こっちのセリフだ。

…結局その後も皆して薫をあやし、漸く家に着いた時には夜の九時を回っていたのでその場で解散。

ただ皆でコンビニに行くだけの日となってしまった…。

 

 

 

「…俺はどうするのが正解なんだろうな。」

 

 

 

やたらと周りで問題行動を取る女子達…に思わず独り言ちた言葉は、澄み渡る程静かな寒空にすっと溶けて行った気がした。

 

 

 




いつもとは何かが違う。
少年が悩む回。




<今回の設定更新>

〇〇:自分が置かれている沼のような状況に気付いた模様。
   時すでに遅し、八方塞がりである。

薫:リサを危険視しだした模様。
  だいぶ素の状態が自然になってきたか…?

美咲:狙いは一体…?
   何かと謎な行動が多い彼女だが、主人公の事は嫌いじゃないみたい。

花音:ふぇぇ。

リサ:心境に変化が…?
   応援しつつ、自分も頑張りつつと、板挟みは辛いですなぁ。

モカ:かわいい。


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2019/12/14 瀬田薫劇場 -玖幕-

 

 

 

「……余計おかしくなっちゃってるんじゃないの。」

 

「…うるせぇ。」

 

 

 

久しくリラックスした時を過ごしていた俺達だったが、目の前の金髪…詐欺師のチサトこと白鷺千聖の何気ない一言により、優雅なリラックスタイムは完膚なきまでにぶちのめされた。

 

 

 

『最近薫が大人しくなって物足りないのよね。…ね、以前までの薫はもう出ないの?』

 

 

 

お陰で目の前は酷く滑稽なことに。

 

 

 

「ワハハハハハ!レディース&ジェントルメーン!世界の瀬田薫くんだよぉ!!」

 

 

 

つまりは、あの演技がかった"瀬田薫"を忘れてしまっているのだ。…まぁあれ程必死になって元に戻したんだし、無理もないっちゃぁないが…。

 

 

 

「チサト、どうしてくれんだこれ。」

 

「知らないわよ。なんとかしなさい。」

 

「他人事だと思いやがって……おい薫、もう普通にしていいぞ。」

 

「普通?普通とは何だね?私にとっての普通とはありのままの瀬田薫であり、君達にとっての瀬田薫は普通ではないと?…ハハッ!こりゃたまげたねぇ!!」

 

 

 

誰やねんお前。

折角あの昔みたいな可愛げのある薫に慣れてきた…いやもういっそ好きになりかけてたのにこれだもんな。戻るんなら戻りやがれってんだ。

チサトも言い出しっぺの癖にドン引きだし、どう収拾を付けたもんか。

 

 

 

「それにしても汚いねぇこの部屋はぁ!…まるで、そう、数日放っておいた金鍋の隅にこびり付いた頑固汚れの様だ!」

 

「言い過ぎだぞお前。」

 

「言葉のチョイスも薫らしくない…これは、由々しき問題ね。」

 

「冷静に分析してないで何とかしろやコラ。」

 

「五月蠅い。」

 

「ハハハハハハ!!仲良しだねぇキミたちは!!フォーリンラブしちゃってるのかなぁ!?」

 

 

 

あぁもう面倒臭い。タチの悪い酔っぱらいを相手にしている気分だ。…そうか、ノリがおっさん臭いのか。

実は、話していて頭の中に浮かんだ一つの案はある。それはある意味決戦兵器。卑怯と言えば卑怯だし、大事な友人の気持ちをわざと傷付けてしまう行為だとも取れる為使いたくは無いんだが。

チサトはチサトで宛てにならないし、かましてみるしかないか。

 

 

 

「薫。」

 

「なんだい!?」

 

「…悪いけど、今のお前すげぇ嫌いだわ。顔も見たくねぇ。」

 

「なっ………。」

 

 

 

敢えて酷い言葉を選んでみたが…どうだ?

因みに、罪悪感に耐え切れずに薫から視線を切っているが、代わりに目が合っているチサトはものすごい勢いで頷いている。ボブルヘッドかお前は。

少しの沈黙の間…胃が痛くなりそうな時の末に、チラリと薫の顔を見ると…

 

 

 

「………///」

 

 

 

言葉こそ発さないが、何故かうっとりとした目でこちらを見詰めている。イミガワカラナイヨ。

 

 

 

「か、薫…?」

 

「…うぅん……。今の低めの、不機嫌そうな声!…渋い響きがたまらないねぇ…!!」

 

 

 

言葉は届いていなかったようだ。

隣で「ズベシャァァアアアア」と凄い音を立てながら、チサトが盛大にズッコケていた。背中見えてるぞ。

 

 

 

「お前、嫌いとか言われてショックじゃねえの?」

 

「え?…ふふ、私にはわかるのさ。〇〇、君は本気でソレを言った訳じゃぁないねぇ!!」

 

「う……くそ、途中までは良い雰囲気だったのに。」

 

「ちょっと、惨敗じゃないの○○。」

 

 

 

何もせずにリアクションだけとってた奴は黙ってろ。…と言うのも後が怖いので、軽く睨みつけるだけにしておいた。

 

 

 

「お前もなんかやれ。」

 

「雑っ。嫌な上司のフリじゃないんだから……。」

 

 

 

文句を言いながらでも行動を起こすのは良いところだと思うぞ、チサト。

立ち上がり服装を軽く整えたかと思うと、ゆっくりとした足取りで薫へと近づいていく。未だケラケラと阿呆のように笑い続ける薫の耳元へ顔を近づけると、ボソボソと何か囁いた。…直後。

 

 

 

「!?…なっ、ち、千聖!?何を言って…!!」

 

 

 

ビクリと体を震わせた後、目を見開いて汗をダラダラ…あの美少女悪魔め、何を言いやがったんだ?

その様子を確認してか、軽い足取りで戻ってくるチサトは何とも愛らしい笑顔を浮かべている。どうでもいいが、正面でおかしくなっている薫サイドとこちらで作戦を練りながら傍観している俺・チサトサイドに完璧に線引きされているのが少し笑える。

 

 

 

「…なぁ、何を耳元でかましたんだよ。」

 

「ふふっ、乙女の秘密よ。」

 

「乙女って柄じゃねえだ……うっ!?」

 

 

 

激痛に下を向くと、左足の爪先にチサトの可愛い踵を落とされていた。折れるぞマジで。

 

 

 

「ぐぅぅぅうう……。」

 

「何か言ったかしら?」

 

 

 

思わずしゃがみ込んでしまったが、見上げてもそこに居るのは相変わらず笑顔のチサト。…変わってねえなホントに。

とは言え、薫にはさっきの一撃がだいぶ効いたようで。すっかり青白くなった顔色を隠すことも無く呆然と立ち尽くしている。目はどこか遠くをぼんやり見つめているし、別の意味でおかしくなっちまったんじゃねえだろうな。

 

 

 

「…っつぅぅぅ……ふぅ。」

 

「立てる?」

 

「お前のせいでこうなってんだからな…。」

 

「クリティカル、って感じかしら?」

 

「死ね。」

 

「あ?」

 

「………薫、おい薫。」

 

 

 

平仮名一文字にあれだけ威圧を込められる女はそう居ないだろう。本能的に恐怖を感じた俺は、未だ微動だにしない紫髪のイケメンの魂を現世に呼び戻す作業にシフトする。

然程大きくない声で呼んだのだがしっかりと届いたようで、ハッとしたようにこちらを見る薫。依然顔色は優れないままだが、ぎこちなく笑って答える薫。

 

 

 

「やぁ、〇〇。……一体今は何時かな?」

 

「えっ?あっ、……二十時…半くらい。」

 

「ふむ…となると、一時間くらいか。」

 

「…何が?」

 

 

 

気色悪い…とも思ったが、考えてみりゃ最初の頃押しかけてきた薫はこんな感じだった。ある意味で懐かしくもあるが…やはり嫌だなこの薫は。

一方、隣のチサトは満足げな表情だ。こっちの方が好きなんだろうか。

 

 

 

「実はだね…ここを訪れて、千聖や○○と話している途中からの記憶が無いんだ。その時間が、大体一時間くらいなのさ。」

 

「へぇ…。」

 

「その間、何か覚えていることはないかしら?」

 

「そうだね…一瞬昔の懐かしい記憶が蘇ったような感覚はあったかな。幼い頃の格好つけがちな○○と、よく泣いていた千聖。」

 

「よせやい。」

 

「……そんなに泣き虫だったかしら。」

 

 

 

恐らくその空白の時間はトリップしていた為だとは思うが、思い出したという古い記憶は何なんだ?チサトがよく泣いていたといえば小学生の頃…あたりのだとは思うが。

チサトにとってもそれは予想外の結果らしく、恥ずかしそうに髪をいじいじしている。

 

 

 

「あぁそうだ。確かあの頃、千聖とは芝居の道について語り合ったこともあったね…。どうして今まで忘れていたんだろうか。」

 

「懐かしい話ね。…私は忘れたことは無かったけれども。」

 

「はは、千聖は手厳しいね…。でも、もう大丈夫。ちゃんと思い出したよ。」

 

「そう、もう忘れないでね。」

 

 

 

なんだろう、この疎外感。俺の家、俺の部屋なのに物凄くアウェイだ。

薫がおかしくなくなった…まぁおかしいっちゃおかしいんだけど、それはいいとして、この二人だけ分かり合えてる感は何なんだ。俺もその頃いたよね?仲良しだったよね?あれ?

 

 

 

「……ちょっと、○○、泣いてるの?」

 

「…え"?」

 

「おや、本当だ。…どうしたんだい、何か辛い事でも…」

 

「な、泣いてなんか…」

 

 

 

言われて気付いたが視界が歪みに歪みまくっている。これは果たしてどういう感情から来た涙なのだろうか。

薫が戻ってきてくれて嬉しい涙なのか、仲間はずれが辛過ぎての悔し涙なのか……それとも…。

 

 

 

「そんなに仲間外れが嫌だったの?」

 

「………わかんねえけど、何かずりぃよお前ら。」

 

「だってあの頃の○○って……ねぇ?」

 

「そうだね。兎に角やんちゃなガキ大将って印象だったよ…ふふ。」

 

「…そう、かも知れねえけど…。」

 

 

 

わかった。二人を見てて気づいちまったんだ。

 

 

 

「でも大丈夫、昔から○○はずっと○○。私達にとって掛け替えの無い友人だよ。…ね?千聖。」

 

「そうね。まさか泣いちゃうとは思わなかったけれど…。可愛い所もあるのね。」

 

 

 

昔も今も、こいつらは俺よりも大人なんだってことに。その差を感じて、自分の気持ちをどこにもぶつけられなくなった挙句涙として流れたのだ。

自分がまだまだガキであると実感した直後の俺にとって、その二人が掛けてくれる嬉しい言葉ですら追い撃ちの言葉に感じられてしまう。そんな部分も己が未熟であることの証拠でしかないんだが、今は只、悔しくて辛くて…。

 

気付けば、薫が以前の状態に戻っていることも忘れて、感情のままに二人を追い出していた。

 

 

 

「ちょ、ちょっと○○、お客様にその仕打ちはないんじゃないの??」

 

「そうだよ○○、幾ら私が魅力的だからって、そんなに強く押されると参ってしまうな。」

 

「うるせぇ…うっせぇんだお前ら!いいから出て行け!!」

 

「…何よ急に怒って、意味わからない。そういうところはずっと子供なんだから…」

 

 

 

こういう時って本当にどうかしているよな。冷静な時であればチサトがよく俺を小馬鹿にしたように言う煽りだって気付けるはずなのに。

"子供"というキーワードにのみフォーカスしてしまって、昂る感情が抑えられなくなる。引っ込みがつかないともいうが、その流れに任せて俺は二人を追放した。

…つまりは、まんま子供の様に逃げたのだ。

 

 

 

「二度と面見せんな…お前らはお前らで大人同士で仲良くやってりゃいいだろ!!」

 

「そんな、私は…」

 

バァン!!

 

 

 

ドアが閉まる直前に聴こえた薫の声は()()()()薫だっただろうか。

力任せに閉めた扉の向こうから聞こえる優しげな声も、一人自分の内に閉じ籠る俺には聞こえていなかった。

 

 

 

「私はまた来るから。」

「○○くんがどんなに拒んでも、私は○○くんに尽くすから。」

 

「…私もよ。」

「尽くす気は無いけれど、あなたは私達が出逢うに欠かせなかった人だもの。」

「頭が冷えた頃にまた来るわ。」

 

 

 

…うるせえ、俺なんか放っとけばいいだろ。

 

 

 




主人公が荒れるのは波乱の予感です。
この日イベ対象の二人を引いた時の気持ちをオーバーに書いたらよく分からなくなりました。




<今回の設定更新>

○○:おいおいどうした。
   でも時折あるよね、誰かと比較して自分が物凄く子供に思える時。
   それの最悪なパターンがこれです。
   はてさてここに漬け込む輩の影が見えますなぁ。

薫:戻っちゃった★

千聖:優しいんだか腹黒いんだからわからん人。
   多分根はまともなだけに賢さが恐ろしい。


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2020/01/15 瀬田薫劇場 -幕間-

 

コンコンコンコンッ

 

 

 

ぼんやりとした引き籠りの意識の中で激しいノックの音を聞く。俺の部屋には鍵なぞ着いちゃいないのに、それでも尚ノックを続けるのは俺への配慮かはたまたある程度良識を持った人間なのか。

何にせよ、誰もここに用はない筈だし、親でさえ異様な雰囲気に近付こうともしない。…あぁ、そういえばこの前一度チサトが来たっけ。追い返したけど。

 

 

 

コンコンコンコンコンコンコンココンコンッココココンココンッ

 

 

「………。」

 

 

 

時折リズムを変えてノリノリのビートを刻みだす木製のドア。何がしたいんだ。

暫く無視を決め込んでみたが一向に鳴りやむ気配が無い為、痺れを切らしてドアの前に立つ。…少し前に倒れ込むだけで顔が付くほどの距離にまでそれは迫っているというのに、いざ鈍色のノブを回して開ける、その行為が酷く恐ろしいものであるかのように感じた。

嫌な汗が噴き出してくる。ノブへ手を伸ばし、触れそうになったところで思いとどまる…を繰り返し、自分の動悸が嫌に激しく聞こえる時間を過ごした。

 

 

 

コココンコン………コッコココココンッコッコココココンッ!

 

 

「!?」

 

 

 

早く開けろと言わんばかりに激しさを増すノック。一体どんな気持ちで叩いているんだろうか。

余計恐ろしくなったそのドアの異様な雰囲気に、思わず一歩後ずさる。…と、そんな俺の様子を察知したのかノックが止む。

シンと静まり返った部屋に、俺の生唾を飲み込む音だけが響き……ドアの向こうでも何やらガサゴソと動く音が聞こえる。何処の誰かは知らんが、ここまで来たら最後まで見届けてやろう…不思議とそう思った。

 

 

 

コン…………………コン…………

 

 

 

始まった――ッ!

静かに、けれども確かに再び動き出したそれは、新たな小節の始まりを――

 

 

 

コココンッ、コココンッ、コココンッ、コンッ!

 

「よいしょっ!」

 

 

「!?」

 

 

コココンッ、コココンッ、コココンッ、コンッ!

 

「もいちょっ!」

 

 

「!!」

 

 

コココンッ、コココンッ、コココンッ、コンッ!

 

「はぁっ!!」

 

 

「いや何故三本締めだっ!」

 

 

 

我慢できなかった。無駄に楽しそうに掛け声を上げる様子も、若干リズム感の悪さが滲み出たようなむず痒いノックのリズムも、想起させるのは小さな子供の姿だった…が。

思わず開けてしまったドアの前に立っていたのは見知らぬ少女。綺麗で艶のある金髪は足元に届くほど長いのに前髪はバラつきのある変な切り方だし、このクソ寒い時期にノースリーブの真っ黒なワンピースに裸足で、こちらを見上げる姿は満面の笑み。身長と顔つきからして小学生…高学年くらいだろうか。

 

 

 

「天岩戸作戦大成功ねっ!!」

 

「……誰だ?」

 

 

 

誰だ、こいつ。

 

 

 

**

 

 

 

程なくして、その謎の少女に呼ばれるようにして部屋に招き入れられる見知った顔。キャップを脱いでパタパタと仰ぐのはかつて頻繁に出没していた美咲だ。

この「またお前か」感よ。

 

 

 

「説明してもらおうか?」

 

「久々に会ったのにいきなりそれ?もちょっとあるでしょうよ。」

 

「そっちこそ、いきなり押しかけた理由を聞かせてもらいたいもんだが?」

 

 

 

さっきから「さくせんだいせいこう」を誇らしげに自慢していたちびっ子だったが、今は美咲の薦めもあって部屋の中を見て回っている。「すげー」だの「ほほぉ!」だの、感心するのはいいがあまりあちこち見ないでほしい。その、ちびっ子に刺激の強いものも無い訳じゃないからだ。

 

 

 

「いやぁ薫さんがね?珍しく落ち込んじゃってて…あたしらもどうしていいか分かんなかったわけ。」

 

「あたし()ってなんだよ。仲良しグループか何かか。」

 

「?…あれ、もしかしてあたしらの事知らないで接してたの?」

 

「あぁ?」

 

 

 

薫と愉快な仲間たち、じゃなかったのか。美咲の言い方だと「知ってて当然」のような事実がそこにあるようだが…当然俺にはなんのこっちゃわからん。

どんな言葉が出てくるのかと美咲の顔を見詰めて待つ…と、ボッ!と顔が紅に染まった。

 

 

 

「ちょっ、ちょっとたんま!ストップ!あんま見ないで!」

 

「何で。」

 

「ひっ、久しぶりに顔見たから、なんか恥ずかしいの。」

 

「お前のその毎回キャラが違う感じ、嫌いじゃねえぜ。」

 

「ひゃうっ!も、もう……で、話戻すけど。」

 

 

 

人の顔の色もまともに視認できなくなったのかと勘違いするほどの切り替えの早さで真面目に戻る美咲。こいつもどこまでが本当の美咲なのかまるで掴めやしねえんだよな。

 

 

 

「あたし達、Hello,HappyWorld!っていうバンド組んでるんだけどさ。」

 

「バンド……何だ、それに薫が絡んでんのか?」

 

「そゆこと。…薫さんはウチのギターなんだよね。もうすんごい格好良くて、女の子達なんかキャーキャーいってんの。」

 

「お前も女の子だろ。」

 

「あたしは○○一筋だから。」

 

「あそ。」

 

「うん。それでね、薫さんがここのところすっかりしょんぼりモードだからさ…ウチのボスが、何とかして来いって。」

 

「ボス?」

 

 

 

マネージャーか運営企業の話だろうか?どこかと提携でもしているなら、より選択肢は広がるが…ともかく"ボス"という響きはあまりにも物々しすぎるし、そのレベルにまで響く話なのか甚だ疑問ではある。

俺の険しい顔を見てか、茶化す様にヘラッと笑う美咲。

 

 

 

「コーヒーのことじゃないからねぇ。」

 

「わかってらぁ。…んで、そのボスとやらはどういう…」

 

「まぁボスって言ってもウチのボーカル担当の子でね。あたしと同い年の女の子なの。」

 

 

 

なんだ、年下の子か。…要するにグループのリーダーって訳だな?そりゃ自バンドのメンバーがしょぼくれて居たら気にもなるし何とかしようとも思うものか。

しかし美咲と薫が一つのグループとして一緒に居られるようなバンドか…方向性やらジャンルやらも含めて皆目見当が付かないな。

 

 

 

「何だよ…もっと恐ろしいのが出てくんのかと思ったぞ。」

 

「へへへ、言い方が悪かったね。…でもその子、恐ろしいっちゃ恐ろしいかもよ。」

 

「…あぁ?ヤーさんの血筋の子とかじゃねえだろうな?」

 

「…それよりもっと凄いんだから。」

 

 

 

あと怖いものと言ったら何だろう。国に関わるレベル…とか?なんとか省とかなんとか大臣とか…そこまで行ったとして学生のバンドにまで影響が出るほどだろうか。

 

 

 

「弦巻って聞いたら、流石に知らないってことはないでしょ?」

 

「……あの大企業のか?」

 

「そそ。そこの娘さんなの。しかも長女。」

 

「…ほぉ、そっちか。」

 

 

 

財閥だの貴族だの言われている、世界で五本の指に入る程の富豪。今や日本の様々な企業を傘下に置き、事実上国の技術力を担っていると言っても過言では無いほどの名前、知らなければ最早国民ではないだろう。

そこの娘っ子がそんな身近に?しかも庶民に紛れてバンド活動たぁね。

 

 

 

「んで、そのお嬢様が薫を気に掛けたとして、何だってお前がわざわざ」

 

 

 

言いかけたところで背中に軽い衝撃。

何事かと振り返れば背中にへばりついたのはさっきの金髪のちびっ子。

 

 

 

「こらこら…お兄さんは今大事な話をしているからね。離れなさいな。」

 

「や!!!」

 

「……何か用事かい。」

 

「この部屋、いっぱい物があるねぇ!」

 

「あぁ、狭い部屋だからね。」

 

「きったなーい!!」

 

「………なんだって?」

 

 

 

にっこにこと眩いばかりの笑顔で無邪気に暴言を吐く。…確かに、最近片付けも掃除もあまりしていないし、来客どころか俺自体が引き籠っていたせいでリサも来なかった為に散らかり放題…美咲はその辺気にならないみたいだが、とても人を招き入れる状況じゃあないだろう。

 

 

 

「それにね!くっさーい!!」

 

 

 

俺の後頭部に顔を突っ込んですんすんと匂いを嗅ぐ。臭いったってさっき風呂入ったばっかだぞ。

その様子を見てケラケラ笑いだす美咲に若干イラっとしたが、これを引き剥がせるのは彼女しかいないと踏み助けを求める。

 

 

 

「なぁ美咲…俺そんなに臭いか?」

 

「さぁねー…この距離だとそんなに臭わないけど。」

 

「さっき風呂入ったんだぜ。」

 

「あははは…ほら、子供って五感が敏感でしょ?普段嗅いだことない匂いだからそう表現したのかも。」

 

「きゃっははは!!せなかあったかいねぇ!」

 

「…無駄に元気だなコイツ。」

 

 

 

臭い臭いと言いつつも決して嫌がっている様子ではなさそうだ。そのまま力を抜いて、全体重を俺の背中に掛けてくる。必然的に支える様に両腕を後ろへ回すことになり、正面…美咲に向けている側はノーガード状態に。そこを見逃さなかった美咲がそっと距離を詰めてくる。

 

 

 

「…お、おい、近ぇっての。」

 

「臭いか気になるんでしょ?…実際嗅いで確かめてみたら一発じゃん。」

 

「いや、でも、女の子にそんな…」

 

「うるさい。……えいっ。」

 

 

 

座っている為に、正面から俺の鳩尾辺りに抱きつく様に顔を埋める。す、すっげぇ深呼吸している感触がダイレクトに伝わってきて恥ずかしい。

…何分程経っただろうか。ちびっ子は背中で大人しくしている為問題ないが、美咲は未だに顔を埋めたままだ。何というか、すっかり落ち着いて居座ってる感じ?体を預けられているというか。

 

 

 

「……ねえ○○。」

 

「…ん。」

 

「全然臭くないよ。」

 

「そ…そか。…なら早くどけて」

 

「あのさ。」

 

「……何だよ。」

 

 

 

まず顔を上げろと言いたかったが、相変わらずひしっと抱きついたままモゴモゴ喋り続ける。とうに匂い云々の話は終わったはずだが、深呼吸は終わらない。

触れている顔が、腕が…美咲の鼓動と熱を伝えてくる。

 

 

 

「薫さんと白鷺先輩から聞いたよ。」

 

「……………。」

 

「らしくないじゃんさ。…いつも薫さんに手を焼いて、花音さんやあたしを揶揄ってた○○らしくない。」

 

「…………るせえ。」

 

「………寂しかったの?」

 

「………っ。」

 

 

 

二人から聞いた…と言うからには大まかな流れも、どういった話から俺がこうなったかも…もしや昔の俺達の関係性も聞いたのだろう。

腹に巻きつく黒髪少女の声は、いつものように揶揄うものではなく穏やか。諭すように、沁み込むような優しい声色で俺の心を絆しにかかる。

 

 

 

「別にあの人たちの肩を持つわけじゃないけどさ。…悪気があったり、○○を除け者にしてるつもりはないと思うんだよね。」

 

「…わーってるよ。」

 

「それに、薫さん言ってたよ。○○ほど人に優しい男の子は居ないって。」

 

「……ふーん。」

 

「白鷺先輩も悪くは言ってなかった。すっかり捻くれてヤサグレた風を装ってるけど、○○無しに今の私達は居ないんだって。…二人が仲良しになったのって、○○のお陰なんでしょ?」

 

「…………。」

 

 

 

そう言われたらそうだった気もするが、物は言いよう。結局のところ、昔の思い出なんて好きに改変できるし都合のいい所だけ美談にしてしまえばいいのだ。そんな慰めるような言い回しされたって、結局通じ合ったのはあの二人なんだ。そして今日(こんにち)、二人は大きく成長してすっかり大人びてしまって俺だけ…。

 

 

 

「いっつもつんけんしちゃってさ、誰ともつるまないぞーって姿勢でいるけど…○○って本当は大好きでしょ?皆の事。」

 

「……みんな?」

 

「ん。…薫さんを面倒臭がったりリサさんと言い合いしたり。あたしや花音さんにセクハラまがいの事したり…」

 

「おい。」

 

 

 

一つとんだ被害妄想が混じってないか。お前にはしてねえ。

 

 

 

「ふふふ……一緒に居ると、楽しいでしょ?…一人になると、寂しいでしょ?」

 

「………まぁ、否定はしない…が。」

 

「○○的には「子供っぽい」とか「成長してない」とか思っちゃうのかもしれないけど、そういう純粋なとこ、あたしは好きだな。」

 

「…………お前がどう言おうと俺は」

 

「ねえ。…もう少し自分に甘くなろうよ。もう少し自分にも優しくしてあげようよ。」

 

「自分…に?」

 

 

 

何が言いたいんだ。相変わらず顔を上げずに続ける美咲はまだ平坦、静かに優しいままだ。

 

 

 

「○○さ、薫さんも白鷺先輩も大好きでしょ。」

 

「……嫌い、じゃ、ねえけど。」

 

「ん。だから、寂しかったんだよね。自分だけ置いて行かれちゃったような気がしてさ。」

 

「…………………そうなのかもしれない、けど。」

 

 

 

どうしてこうもグサグサ突き刺さるんだこいつの言葉は。どうしてこうも核心を突いてくるんだ。どうしてこうも…優しく語り掛けるんだ。

いつもみたいにキツく当たって来いよ。暴言とか吐けよ。…お前に甘えたくなるだろ。

 

 

 

「……○○は今でも優しいし格好いいよ。臭くも無いしね。」

 

「匂いはもういい。」

 

「…あたしは…ううん、あたしも大好き。きっと、関わった人はみんな○○が好きになっちゃってると思う。だって○○って皆のお兄さんみたいで、すっごく頼れる大人っぽいから。」

 

「……よせやい。」

 

「だから、ね。そんな優しいお兄さんに頼み事なんだ。」

 

「………頼み事、か。」

 

 

 

何となく話の流れでわかる。それと同時に、決して"頼みごと"とやらの為に悪戯に俺を持ち上げた訳じゃないって事もわかる。だって、話している最中美咲は一度も顔を上げなかったから。ずっと鼓動が加速していくのを、ぴったりくっついた部分で感じていたから。

…そりゃそうだ、こんな事大真面目に話せるとしたら大した肝の据わった大物だ。それこそ弦巻程の大企業を立ち上げられる人間でも無ければ、な。

 

 

 

「…薫のことか?」

 

「……そういう気付けるとこ、○○の優しさから来てるんだからね。」

 

「………お前も大概だよ。」

 

「そんなこと……薫さん、多分今いっぱいいっぱいなんだよ。○○が殻に閉じ籠っちゃったけど自分には何もできない、訪ねても掛ける言葉が見つからない…って。…凄く辛そうな顔してる。」

 

「…………。」

 

 

 

すっと温度が離れる感覚。姿勢を戻し、真正面から見つめてくる美咲はすっかり鼻の頭を赤くして、顔も上気させていた。お前は押し付け過ぎなんだよ、何でも。

表情を隠す必要もなくなった美咲は続ける。

 

 

 

「…薫さんのこと、お願いできるかな。」

 

 

 

眉をハの字にして笑って見せる彼女に、ぎゅぅと胸を掴まれたような感覚を覚えた。息苦しく、悲しい気持ち。笑顔を見て苦しくなるのは、これが初めてだったから。

 

 

 

「…任せとけ。」

 

「…ぁっ。」

 

 

 

本当に無意識の内に、その頭をグリグリと撫でつけていた。

小さく声を漏らす美咲の熱が、少しずつ抜けていく。と同時に、部屋に張り詰めていた空気も軽くなる気がした。

 

 

 

「…軽々しく女子の頭撫でるとか、キモ。」

 

「おう復活しやがったないつもの。」

 

「キモいけど、大好き。」

 

「そか、俺も大好きだぞ。美咲。」

 

「………馬鹿。」

 

 

 

幾分か気持ちが解れたような、すっきりした気分だ。美咲の毒で俺の毒を中和した…そんなところだろうか。何にせよ、俺が薫に与えてしまった苦しみを、今度は俺自身の手で消してやらにゃならん。美咲というきっかけが出来た以上もう逃げることは出来ないし、散々リサに言われてきた「ケジメをつける時」もまさにこれから来るのだろう。腹は決まった。

それもこれも、全部こいつが来てくれたからで、まさに天岩戸作戦――

 

 

 

「そういやこのガキは何なんだ。」

 

「…あぁ、それはこころが○○を何とかする為に寄越した…Hello,HappyWorld!のメンバーの一人だよ。」

 

「この無駄に元気なちびっ子が、か?」

 

 

 

気付けば背中で涎を垂らして眠りこけている子供。起こさないように降ろし、胡坐をかいた足の上で寝かせて抱えてやる。

美咲がにこにこと穏やかに笑いその頬を突いている。

 

 

 

「この子は…本当に元気の塊って感じでさ。ウチのボスにそっくりなんだよね。」

 

「元気は伝わったよ。お陰で片づけも大変そうだ。」

 

 

 

好き勝手に漁りまくってくれたようで、机も棚もぐっちゃぐちゃ。気になったものを引っ張り出したのか、床には本やらゲーム機屋らが散乱していた。

 

 

 

「ごめんね…。でも、この子妙にあたしに懐いててさ。世話係みたいなもんなんだ。」

 

「お母さんかよ。」

 

「ふふ、さっきの○○はお父さんみたいだったよ?」

 

「お前と夫婦は疲れそうだ…。」

 

 

 

もぞもぞと身動ぎする少女の前髪をサラサラと梳いてみる。それが擽ったかったのか、眉間に皺を寄せて薄く目を開ける。

起こしてしまったかと少し後悔もしたが何れ帰ってもらわにゃならんし都合よしと言えばよしか。

 

 

 

「…ぅ……みしゃき?」

 

「はいはい。そんなに寝心地よかったの?」

 

「んぅ……ねちゃった。」

 

「そうだね。…そろそろ、帰るよ?」

 

「…んぅぅ……みしゃき、○○にこくはくできた?」

 

「………。」

 

「!!!!」

 

 

 

寝ぼけ眼で零された爆弾発言に思わず固まる俺と取り乱す美咲。あぁ、忙しなく両目が動き回っている。…これは助け舟でも出してやろうか。

 

 

 

「ところで美咲、今日あった事は…」

 

「あ、ああああ、ええ、えとね、だ、誰にも言わないよ?うん!…も、勿論ボスにも。」

 

「そか、助かる。」

 

 

 

いい食いつきだ。勢いそのままに未だ目を擦り続けている少女に話しかける。

 

 

 

「あのね、帰ったらお姉ちゃんに、「何もなかったよ」って教えてあげようね?」

 

「なにも?…でも、○○あったかかったよ?」

 

「あー…じゃあそれだけ報告しよっか。」

 

「うんー…。」

 

「…お姉ちゃん?って?」

 

 

 

帰ったら、報告、お姉ちゃん…そのワードから察するに、俺はとんでもない生命体を抱いているんじゃなかろうか。

恐る恐る美咲に訊いてみると、

 

 

 

「あぁ、この子ね。さっき話したウチのボス…弦巻こころっていうんだけど、その妹なんだ。」

 

「……そういう重大なことは先に言え馬鹿。普通のガキみたいに扱っちまったじゃねえか。」

 

「えぇ?いいんだよ、普通の子供と同じで。」

 

 

 

いい訳あるか。傷物にして殺されたらどうしてくれる。

 

 

 

「ねーねーみしゃき、()()()()は?」

 

「んんんんんんっ!!」

 

 

 

おかえり、話題。

 

 

 

「おう、嬢ちゃん。それくらいにしといてやんな。」

 

「○○??それくらい、ってどれくらい?」

 

「あー……ほら、そろそろ帰る時間だろ?」

 

「うんっ!…あっ、おなかすいたー!」

 

「そっか。なら美咲と一緒に、美味しいご飯を食べて帰るといい。この辺には飲食店もあったはずだから。」

 

「ごはんー!…みしゃき!ごはんたべよっ!おなかっ!すいたっ!みしゃきっ!」

 

「あー…もう、わかったから、ね。一回落ち着こ?」

 

 

 

跳ね上がるバネのように起き上がり、座った美咲の周りで儀式でもするかのように跳ね回る小動物。なるほど元気なこって。

 

 

 

「なぁ、お前んとこのボスもこんな感じなのか?」

 

「ははは…まぁ、もうちょっと元気一杯かな。」

 

 

 

想像しかけたがあまりにも疲れそうなのでやめた。これ以上は恐らく人智を超える。恐ろしいな弦巻。

 

 

 

「ねぇっ!みしゃきっ!」

 

「はいはい、早く帰ろうね。」

 

「うんっ!あたちがんばった!ごほーびっ!」

 

「わかったよ。」

 

 

 

ぴょんぴょんは止まらない。少し寝ただけでこの元気の回復っぷり…核融合炉でも積んでるのか?

見ている分には微笑ましい光景だが、いざ保護者役になるとしたら疲れそうだ。ここはひとつ、俺を立ち直らせてくれた感謝も籠めて…

 

 

 

「美咲。」

 

「ん。」

 

「送るわ。飯も一緒に行こ。」

 

「はぁ?送り狼狙い?キモ。」

 

「はいはい、そっすね。」

 

「○○も来る!?うわーいっ!!」

 

「元気いっぱいだなぁお前…。名前何ていうんだ?」

 

「つるまきまいん、ななさいです!」

 

「七歳!?背ぇでけえな…。小学生高学年くらいだと思ってたぞ…。」

 

「おねえちゃんはこころちゃんです!」

 

「はいはい、聞いたよ。…それじゃあまいん、何食べたい?」

 

「んっとね……えびふらいっ!」

 

「エラく庶民的なもんが好みなんだな……なんだ、どうした美咲。」

 

「……お父さんみたいな○○、尊い、すき。」

 

「お前一気に包み隠さなくなったな…まぁいいけどよ。…行こうぜ。」

 

 

 

 

 

少し、ままごとみたいな親子ごっこと洒落込むことにした昼下がり。

美咲のお陰でようやっと自分が見えたような気もする。これからは卑下し過ぎずに、もうちっと素直にぶつかってみようと思う。

まずは薫、それからチサトにも謝んねえと…

 

 

 

「もう待ちきれなくてクツはけなーい!」

 

「こらこら裸足で行こうとするな。」

 

「いってきまーす!おりゃぁー!!」

 

「行っちまったよ……お前一人じゃ手に負えなかったんじゃないか?美咲。」

 

「…うん。結婚して、○○。」

 

「考えとくわ。」

 

「…マジ?」

 

「腹減ったなぁ…追うぞ。」

 

「えっちょっどっち!?ほんと!?うそ!?」

 

「○○!あしいたーい!!」

 

「言わんこっちゃない…ほれ、足出せ。」

 

「あぁ○○……ほんとすき。」

 

「みしゃきはなぢ!!きったなーい!!」

 

 

 

これだけ賑やかならそりゃアマテラスも出てくるわけだわ。

 

 

 




メインヒロインが一度も出てこないという斬新な(以下略)




<今回の設定更新>

○○:復活。
   面倒見が良く、優しい人当たりが本性の様。
   色々吹っ切れたらしい。

美咲:優しく包み込むような口調の方が素。
   普段は少し捻くれているところがあり、素直になれない為あんなキチガイ
   を演じて…
   いいお母さんになってくれそう。

まいん:元気一杯。
    弦巻こころの妹で、見た目はほぼそのまま小さくしたような感じ。
    七歳にしては成長し過ぎで、中学生に間違えられることすらある。
    こころからブレーキとなけなしの常識を取っ払ったような子。

薫:次回を震えて待て。


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2020/02/06 瀬田薫劇場 -終幕-(終)

 

 

 

「……よう、来たな。」

 

 

 

夕方…いや、もうすぐ夜と呼べる時間か。平日にもかかわらず、俺のガキ時代からの友人二人は予定を空けて訪ねて来てくれたようで。…訪ねてきた、と言っても呼びつけたのは他でもない俺なんだが。

チサトと薫と何故かまいん。無駄に容姿の整った二人+おまけの来訪に、両親も若干引き気味だった。お前の友人は一体どうなってるんだ、と。

 

 

 

「○○っ!あたち、きたわよっ!」

 

「何だ、まいんは呼んでないぞ?」

 

「だってっ!カオがっ!○○に会うって言ったからっ!」

 

「…カオ?」

 

 

 

聞き慣れない単語に思わず訊き返すと隣の紫ノッポがそっと手を挙げた。あぁ、薫→カオってニックネームなのね。

懐かれてんなぁ。

 

 

 

「……その、○○くん、もう大丈夫、なの?」

 

「何が?…あぁこらまいん、今日はお部屋探検は無しだ。ここ座ってろい。」

 

 

 

ジダジダと俺の拘束から逃れようとするまいんを胡坐の上で捕獲する。暫く脱出を試みていたまいんだったが諦めたのか落ち着いたのか、向かい合うようにして抱きついて静かになった。

一方薫は戸惑いの具現のような様子で、オドオドしっぱなし。…そもそも俺に原因があるのだが、少し可笑しいレベルだった。

 

 

 

「えと……ほら、落ち込んでたり、とか、その…」

 

「あのさぁ、二人とも。」

 

 

 

例のケジメの件で呼び出したんだ。細かいことは全部俺から、それも俺のペースで話させてもらおう。

 

 

 

「んっな、なぁに?」

 

「……。」

 

「…晩飯、食ったか?」

 

「い、いや、まだ…だけど…」

 

「食べてないわ。」

 

「……俺腹減っちゃってさ。…良ければ一緒に飯でもどうかと思ったんだけど、どうよ?」

 

 

 

拍子抜けしたような間抜け顔の二人。腕の中のまいんだけがきゃっきゃとテンションを上げている。

これくらいの子は食欲が元気を表すこともあるくらいだしな。素直にがっつくっていいことだ。

 

 

 

「○○、おそとでごはん食べるのっ?」

 

「ん、まいんお嬢様もどうかね?一緒に。」

 

「いくわっ!あ、でも「お嬢様」っていうのは何か嫌っ!」

 

「はははっ、そうかそうか。」

 

「…………。」

 

「………○○、私達の気持ちとか考えたことある?今日までどれだけ心配…」

 

「千聖。……わ、私はお腹空いたかなぁ!○○くんと一緒に過ごすのも久しぶりだし、一緒に、い、いきたいなぁ!」

 

「……薫、あなた…。」

 

 

 

チサトの言葉を遮ってくれた薫の気遣いが痛い程伝わった。胸の痛みからポーカーフェイスも崩れそうだが、本心を話すのはまだここじゃない。

不機嫌さを隠そうともしないチサトと気遣いで胃痛でも起こしそうな薫、それに無邪気におんぶをせがむまいんを連れて、俺達四人は少し離れた個人営業の居酒屋へ向かった。

 

 

 

**

 

 

 

「…じゃぁ、取り敢えず以上で。」

 

「カシコマリマシタァ、オノミモノサキニオモチシマスネェ!」

 

「ぁーい。」

 

 

 

常連グループと思われる青年達が一組居る他は恐ろしく静かな店内。少し大きめの民家を想起させる実にアットホームな雰囲気、お世辞にも愛想が良いとは言えない物静かな夫婦とフロア担当にあたる看板娘らしき女性。

暫し店内を見回していたチサトも席に着き、各々適当な料理を注文し終えた。店員の姿が見えなくなってすぐ…斜め向かいから伸びてきた細腕に襟首を掴みあげられる。…あぁ、ヤンキーに絡まれるってこういうものなのか、と無駄に冷静な感想を思い浮かべる俺に苛ついたようなチサトが低い声で問う。

 

 

 

「何考えてんの?」

 

「………。」

 

「ちょ、ちょっと、千聖!?」

 

「私と薫が…薫がどれほど心配したか、気を遣ったか、分かってんの?」

 

「…………あぁ。」

 

「…あーむれすりんぐ?」

 

 

 

それは腕相撲だぞまいん。言いたいことは分からなくも無いが。

 

 

 

「千聖、やめてっ!」

 

「いや、いいんだ薫。…チサトも、ありがとう。」

 

「…あぁ?違うでしょうが。ここは感謝じゃないでしょう?まずは謝罪から」

 

「心配してくれたんだろう?確かに随分酷い当たり方もしたし、長いこと無視もした。…だがな、その期間のお陰で、俺は気付けたんだよな。」

 

 

 

美咲と話したことも大きかったのだろうか。相変わらず睨みを利かせ続けるキレッキレなチサトもまるで怖くなければ、申し訳なさと情けなさで心が折れそうになることも無い。

思っていることを、ただ冷静に淡々と話す。それだけと言ってしまえばそれだけなんだが、今抱いているこの気持ちを伝えるにはそれが一番いいと思ったんだ。

 

 

 

「……チサト。俺はお前が好きだ。」

 

「へぅ………な、何言ってんの?こんな場面で、正気?」

 

 

 

思わず襟を話し目を泳がせる鬼。別にこれが狙いだったわけじゃないが、首回りが伸び切ってしまう心配がなくなって良いっちゃ良いか。

 

 

 

「そして薫、お前の事も。…大好きなんだ。」

 

「ぇぅ…あぅ…っ!?」

 

「はぁ?……ちょっと○○、それは一体どういうつもりで」

 

「二人とも、俺と出逢ってくれてありがとう。心配してくれてありがとう。……またこうして一緒に過ごしてくれて、ありがとう。」

 

 

 

幸いにも料理はまだ運ばれてこない。後腐れなく食事を楽しむためにもつけるべき話はここでつけてしまわなくては。

意表を突かれたらしい二人はまだあうあう言ってるし、隣の席に座ったまいんは嬉しそうにニコニコしている。普段こういう店に来ることはないだろうし、内装を見ているだけでも結構楽しいのだ。

 

 

 

「感謝しているからこそ、ちゃんと俺のペースで、俺の気持ちで謝らせて欲しかった。……俺さ、まだまだガキみたいなんだよ。だから馬鹿みたいに癇癪起こしたり一方的に意地張っちゃったり…心配もそうだが嫌な気持にさせてしまったと思う。…本当にごめん。」

 

「………!!」

 

「…○○…くん…。」

 

「だからもし許してもらえるためなら、これからはもうちょっと大人に成れるように頑張ってみる。…何をって訊かれたら上手くは言えねえけど、お前等と対等の立場でずっと友達でいられるように…その…」

 

 

 

許さずとも知ってもらえるだろうか。俺がまだまだどうしようもない部分だらけの一丁前に意地だけは張る子供だって事。

ただ純粋に、二人とずっと仲の良い友達で居たいんだって事。最後こそ言い淀んでしまってはいるが、言いたいことは大体言えた筈なんだ。ずっと感じていたのに言えなかった感謝も、恥ずかしさと情けなさから切り出せなかった謝罪も。

 

 

 

「別に………」

 

「…?」

 

「別に、私はそこまで怒ってないわよ。…まさか、あなたがそんな風に素直な口を叩くとも、思ってなかったし…嫌われてないって、分かったし。」

 

「チサト…」

 

「わ、私もねっ!千聖と一緒で、全然怒ってないからね!でもその、ずっと○○くんと会えない日が続いて、声も聞けなくて、心配もそうだけど寂しかったって言うか…私も○○くんのこと、大好き…だから。」

 

「薫。」

 

 

 

伝わった…かは正直分からないが、一先ず互いの言葉は交わした。思いも吐き出し、現状も吐露した。

あとはここから、どういう風にやり直せるか。どこまで溝を埋められ――

 

 

 

「○○、くんっ。…その、大好きって、その…そういう……」

 

「…む?」

 

 

 

真っ赤な顔で俯きがちに何かぶつぶつ言っている薫。やっぱり許してもらえないのかと心なしかソワりつつ目を向ければ、隣で聞き耳を立てた後に邪悪な笑みを浮かべるチサト。本当に悪魔みたいな顔してるなコイツ。

 

 

 

「なぁに薫?」

 

「ち、チサト、えと…………のね?………で………かなー…って……私、何言ってるんだろう。」

 

「そんなこと無いわよ。……だから、……きっと……の………次第で……もの。…………行ってみるしかないわね。」

 

 

 

ひそひそと話す声が途切れ途切れに聴こえてくる。悪寒がするのは気のせいだろうか。

先程までとは違って、逃げようの無い袋小路のような話が、俺を襲うような…。

 

 

 

「○○。」

 

「どしたまいん。」

 

「あたち怖いの。」

 

「……お姉さん二人がか?」

 

「…………うん。」

 

 

 

わかるわかる、俺も怖いもん。

 

 

 

「○○………()なないでね。」

 

 

 

でもその言葉が一番怖ぇよ。

 

 

 

**

 

 

 

勇気を振り絞っただけあって、その後の食事は恙無く、終始楽しい雰囲気で過ごせた気がする。運ばれてきた料理もどれも旨かったし、まいんはイイ食べっぷりを披露してくれるし。

強いて言えば薫の口数が少ないのがちょっと引っ掛かった位か。

 

 

 

「なあチサト、さっき何の話してたん?」

 

「…さっきって?」

 

 

 

雰囲気も悪くないので、先程二人でヒソヒソ話していた件について訊いてみる。俺には関係の無い事なんだろうが、目の前でああされると流石に気になるってもんだ。

それに終始まいんの学校話を聴き続けるよりかは今の俺達に肉薄した話題であるし、薫もきっと喋ってくれることだろうし。

 

 

 

「さっき薫とヒソヒソやってたじゃねえか。…あの時のチサトの悪い顔ったらもう…」

 

「とってもこわかったよっ!」

 

「まいんもそう思うかね。」

 

「うんっ!このお肉美味しいっ!」

 

「……まいん、それ魚だよ。」

 

「あらぁ!不思議ぃ!」

 

「はいはい。……で、何の話だったんだ?」

 

 

 

横槍を入れたいんだが加勢したいんだかよく分からないまいんを躱し、再度チサトに目を向けるも涼しい顔。まるで「私に訊かれても」といった表情だ。

 

 

 

「…訊く相手を間違えたな。」

 

「ええ、ご名答。…薫、さっきの話だけれど。」

 

「んむっ?………千聖これ食べた?シェアする?」

 

「…じゃあ一口頂くわ。………結構胃に来そうな味ね。」

 

「でも私は好きー。…で、さっきの話って?」

 

「ほら、()()()()大好きの話よ。」

 

「~~ッ!!!」

 

 

 

餅をベーコンで包んだ串焼きを美味しそうに頬張っていた薫が唐突に朱に染まった。目も見開いているし…アッチってドッチだよ。

何を言い出すのかと暫く薫を凝視していたが出てくるのは「あうあう」と言葉にならない音ばかり。妙に汗だくに見えるし挙動も不審…どうしちゃったんだろうか。

 

 

 

「なぁ薫?」

 

「…なななななな、なな、何かな、○○、くん。」

 

「"な"が多いわ。お前はジョイマ○か。」

 

「…ジョ○マン??」

 

「いやいい。チサトに何吹き込まれたのか知らんが、言いたいことあるなら何でも言ってくれ。…今日は俺の伝えたいことの為に来て貰ったようなもんだし、これまで心配とか迷惑かけてきたのは俺だし…」

 

「……ですって。言ったらいいじゃない、薫。」

 

「あぅぅ……千聖、他人事だと思ってるでしょ。」

 

「他人事だもの。」

 

「うぅ……。」

 

 

 

成程な、やはりその一件の黒幕はお前かチサト。完全に弄るモードに入ってやがる。…昔の薫ならとっくに泣き出してたぞ。

まだ踏ん切りがつかないのかオロオロ、あうあうと間抜け面を晒している薫を他所に、チサトが毒牙をこっちにまで向けてきやがった。

 

 

 

「ねえ○○。貴方さっき私に好きって言ったじゃない?」

 

「あぁ。好きだからな、チサトが。」

 

「っ…。…でもそれって、勿論異性として…じゃないわよね?」

 

「???…当たり前だろ?昔のお前を知っていながらそういう目じゃ見れねえよ。」

 

「グッ…今日は本当に素直ね。」

 

「お?おぅ。」

 

 

 

どうやら俺の成長っぷりがかなり効いているらしい。おふざけに逃げない素直な言葉にチサトは初めて見せるような複雑な表情をしている。

うんうん、生まれ変わったような気分だ。

 

 

 

「○○、あたちのことも好き??」

 

「ん。」

 

 

 

目の前の料理を粗方食い尽くしたらしいまいんがクイクイと袖を引っ張る。何とも可愛らしい、可愛すぎる仕草だ。

少し汚れていた手をおしぼりで拭きつつ、無垢な少女へも回答を忘れない俺。

 

 

 

「勿論大好きだぞー。」

 

「えへへっ、おねえちゃんに自慢しよー。」

 

「おう、しちゃえしちゃえ。」

 

「しちゃうー。」

 

 

 

うむ。良い笑顔だ。

…と、まいんとじゃれついていた俺のすぐ傍にいつのまにか立っていた薫に気付く。音も無く背後に立つ癖にはもう慣れたが…ううむ、今日のホットパンツな薫も中々に可愛げがあっていい。

太もm…脚綺麗なんだからどんどん出して行きゃいいんだよ、うん。

 

 

 

「どうした?」

 

「……一つ、訊いても良いかな、○○くん。」

 

「ん、どうぞ。」

 

 

 

すーはすーはと深呼吸を繰り返し、睨みつけるように座る俺を見下ろしてくる。どうやら質問が纏まったらしい…が、どんなとんでもない問いが投げ掛けられるのかとつい身構えてしまう。

 

 

 

「……私…のこと、も、好き……かな?」

 

「……………んん??」

 

 

 

これだけ勿体ぶってまいんの真似っ子か…と以前の俺ならば言っていただろう。しかし今日の俺は違う。なんてったって成長したんだ。…うざい?ありがとう。

 

 

 

「おう、大好きだぞ薫。」

 

「……ッ!!…ち、千聖っ、これはっ、これはっ!?」

 

「…落ち着きなさい薫。…まだ大事な部分訊いてないでしょう。」

 

「で、でででっでもっ、す、しゅき、すすきって○○、私っ。」

 

 

 

成程、好きと言われて嬉しい訳か。確かに分からなくもないな。…俺も友達に、改めて「好き」と言葉で伝えられたら少々舞い上がってしまうかもしれない。

何つーか、人の温もり?みたいなのを感じられるのが凄く嬉しいって言うか、有難みが分かるって言うか…

 

 

 

「はいはい…あのね○○。」

 

「ぁんだい。」

 

「薫は、「女の子として」好きって意味なのかどうか…訊きたいみたいなんだけど?」

 

「………女の子…なんだって??」

 

「そうよね、薫。」

 

「はわわわわわわわ…」

 

 

 

あうあうがはわわわに変わった薫は必死に首の縦振りで肯定を示している。

…しかし困った。女の子として、とはどういう意味だろう。

 

 

 

「あのさぁチサト、薫が男っぽいキャラを演じてたってのは随分前に知ったわけよ、俺も。」

 

「…はい?」

 

「いや、だから、薫が女の子だってのは知ってんの。その上で、大好きだよって言ったんだが…」

 

「ちっちちっちっちさっ、ちさっひゃんっ!今好きって、○○がわたひ、しゅきってぇ!」

 

「いーやまだよ薫!この男はきっと解っちゃいないわっ!」

 

 

 

左腕に絡みついて来るまいんを撫で繰り回しつつ、席に座った状態で二人を見上げる俺と何故かラリッて首を振り回す薫、そして何をそんなに熱くなっちゃっているのか立ち上がり舌を回すチサト。何という三つ巴。ボルテージは最高潮だ。

歓びのリアクションに移行しようとする薫を片手で制し詰め寄って来るチサト…何だこいつ、酒でも飲んでんのかと言うくらい元気いっぱいだ。

 

 

 

「○○っ!!」

 

「…はい。」

 

「さっき私に対しての印象訊いた時はちゃんと理解してたじゃないの!?どうして薫相手だと分からないのよっ!」

 

 

 

はて。さっきも今回も、女の子と知った上で好きなのか…という質問じゃなかったか?間違いなく質問には答えている筈なんだが、チサトは一体何と言って欲しいんだろうか。

 

 

 

「だから、チサトは女として見てないし、薫は女の子だって知った上で好きって言ってるだろ?あと何が知りたいんだよ。」

 

「ん~~~~~~ッ!!!!」

 

 

 

イライラしていらっしゃる。

 

 

 

「○○っ、○○っ!」

 

「…なんだいまいん。」

 

「あのね、たぶんね、えとね。」

 

「ん。」

 

「金の人と、カオはね、多分みしゃきとおんなじ好きなのかって訊いてるんだとおもうっ!」

 

「きん…ッ!?」

 

 

 

これまた初めましての表情だ。今日のチサトはやけにいいリアクションをする。

…で、美咲と同じ"好き"か、だって?…あいつはやたら好き好き言ってくるイメージしかないが…あぁ、付き合ったり結婚したりっていう好きか。

 

 

 

「あーはいはいはいはい……なるほどだなまいん。お手柄だ。」

 

「おてがらっ!?あんにんどうふですかっ!?」

 

「はっははは、いいよ、注文しなー。」

 

「やったぜっ!!ぴんぽーん!!」

 

 

 

嬉々として店員呼び出しボタンを押すまいんを横目で見つつ、仮に()()()()好きだった場合として二人に返事を返す。

…と言っても、態々間を持たせるほどの事じゃないし答えなんて決まってるんだけどな。

 

 

 

「チサト。」

 

「あによっ!?」

 

「……そういう異性と付き合う云々の感情があるかどうかで訊かれたらお前は別に好きじゃない。」

 

「…そ、それは別にいいんだけど……じゃあ、薫は?」

 

「薫、うん、そうだな薫は…」

 

 

 

固唾を飲んで俺の言葉を待っている薫。さっきまでのアタフタした様子とは違い、ピリッと引き締まった空気を纏ったその精悍な顔つきはまさにイケメン…男役も十分できる美人っぷりだ。

こんな女性と付き合ったりはたまたその先まで…何て、考えるだけで素敵だ。夢のようじゃないか。

気を抜けば呑まれてしまいそうなその目を負けじと見返し、俺の気持ちを、真っ直ぐに伝える。

 

 

 

「薫も、そういう意味では別に好きじゃねえな。」

 

「………………ぇっ。」

 

「やっぱさ、お前ら二人って俺にとって見たら最高の友人って感じなんだよ。二人に出逢えたからここ最近の俺があったわけで……って、どうした顔怖ぇぞチサト。」

 

「…あんた……あんたねぇ……!!」

 

 

 

俺の返事が不満だったのか、大層お怒りのご様子。…んなこと言ったって、嘘や冗談で濁していい気持ちじゃねえだろうに。

 

 

 

「これだけ想ってくれてるってのに、どうしてその気持ちに報いてあげないのよぉ!!!!」

 

「報い…うぅむそういう考え方もあんのか…。」

 

「気付いていたんじゃないの!?薫があなたに!恋心を抱いているのが!薄々!!」

 

「うすっ……近藤さんの話してる?」

 

「ばかっ!!」

 

 

 

違うのか。…正直なところ、気付いていなかったわけじゃない。ただでさえリサのアピールは凄いし、どんどん変わって行く薫本人の動機も滲み出ていた。…だが、一度もその類の事は口にされなかった。

もしも俺に全くその気がないとして、そういった予感や流れを感じ取ってしまった場合は事前に断らなきゃいけないのか?それは違うだろう。万が一()()()()()()()()場合自意識過剰も良いとこの阿呆になるし、仮にそうであったとしても確実に関係性は悪くなる。

…そういった様々な要素を踏まえて、俺としては真っ向から素直に返事するのが最善だと思ったんだが…。

 

 

 

「第一、貴方みたいな朴念仁、ここまで一途に思ってくれる人なんか居ないでしょう!?どうせモテもしないだろうし…」

 

「失礼過ぎるぞお前。」

 

「うじうじしてるし男らしくないし、面倒事はぜーんぶ投げるような奴だし…」

 

「おい…。いや、おい。」

 

 

 

言い過ぎだ。

 

 

 

「第一、俺彼女いるからね?」

 

「ほんとどうしようもな………何ですって?」

 

「だからさ、浮気とか二股とか、嫌な訳よ。…勿論それだけが理由ってなもんじゃないけどさ。…どうした面白い顔して。」

 

「か、彼女って貴方……次元を超えての結婚は許されてないのよ?」

 

「ちゃんと存在してる人間だボケ…。」

 

 

 

俺を一体何だと思っているのか。俺だって健康な高校男児だ、そりゃ恋人の一人くらいいるさ…。

…だが、この二人のリアクションを見る限り、そうは思われていなかったみたいで。

 

 

 

「○○…くん……彼女、できたの…?」

 

「おう。色々あってな。」

 

「でも、○○くんの女友達って……あぁごめん、いっぱいいたね…。」

 

 

 

そうなのだ。候補を絞ろうにも俺ってやつは、思いの外女子との間に人脈が出来ているようで…容易に想像できるもんじゃない。薫の頭の中にはリサあたりが浮かんでそうなものだが。

 

 

 

「○○、カオに教えてなかったの??」

 

「訊かれてないしなぁ。」

 

「普通訊かないでしょう!?…ってちょっとまって、まいんちゃんは知ってるってことなのかしら?…その、相手とか。」

 

「しってるよ!」

 

「○○……!!!!」

 

「睨むな睨むな…まぁ兎に角さ、俺はチサトとも薫とも、いい関係で居たいんだよ。男とか女とか、そういう垣根も超えてさ。」

 

「……いい関係……とも…だち………あぁぁ…」

 

「薫っ!?」

 

 

 

ふらりとバランスを崩し元々座っていた椅子へへたり込む。ただ膝が折れただけなのだが、その高身長やスタイリッシュな所作も相まってそういうト書きでもあるかのような錯覚を覚えた。

美しい着席だ。

 

 

 

「……ふふ、ふふふふふふ……。」

 

「どうした薫。」

 

「……いや、どうってことは無いさ。私も、○○く…○○とは一生、心の通じ合った唯一無二の存在で居たいと思っているからね。」

 

「ひぇっ!?……か、薫??」

 

「ん、どうしたんだい千聖…そんな、この世の物とは思えない程美しい物を見たような顔をして…。大丈夫、君も眩しい位綺麗さ。」

 

 

 

……薫が戻った。

 

 

 

「…ちょ、ちょっとどうすんのよこれ!○○のせいで、ショックでおかしくなっちゃったのよ!」

 

「落ち着けチサト、こいつは元々こうだ。」

 

「頑張って治したじゃないのっ!!」

 

「……まぁ、こっちの方が過ごしやすいんだろうさ。…友達の俺に対してはさ。」

 

 

 

人は誰しも「こうありたい自分」と「こうなってしまう自分」を抱えて生きている。

それは他人の口出しで治る物でも無ければ、ましてや自分でどうこうできるものでもない。

それらと真摯に向き合う事によって、再度自分を見つめ直すことが…

 

 

 

「勝手に纏めようとするんじゃないわよ。」

 

「良いだろ、もう何も言う事はねえんだし…」

 

「良くないわよ!」

 

「ところで○○…可愛らしい君が選んだ運命の相手というのは…一体誰なんだい?」

 

「かわ……運命の相手ってのは、彼女のことか?」

 

「ふふふ、そう言い換えても問題は無いね。……ムソルグスキー曰く、今夜の」

 

「あのねー、○○はねー、みしゃきに()()()()されてねー、それからねー」

 

「こらこら、まいんが答える事じゃないだろそれは…」

 

「………ほほう、美咲か。…成程成程…ふふふふ、ふふふふふふ……!!!」

 

「薫!?な、泣いてるの!?笑ってるの!?」

 

「あとねー、ぎゅってしたりねー、ちゅーってしたりねー」

 

「おっとそれ以上はいけないぞまいん。」

 

「なんでー??」

 

 

 

危ない危ない…まだまだ子供だと思ってまいんの前で仲良くするのも考え物だな。

ちいちゃなスピーカーちゃんのお陰で薫はすっかりノックアウト寸前、チサトもまた複雑な顔でその報告を聴いている様子だったが。

 

 

 

「………とまぁ、そう言う訳で。俺はこれからも二人とはずっと仲良く」

 

「出来るわけないでしょ!えんがちょよっ、馬鹿!」

 

「…えぇ…?」

 

「何彼女なんか作ってんのよ…。」

 

「いやぁ…そう言われましてもね。」

 

「薫も許せないわよね?……薫??」

 

 

 

やけに静かだと思い二人して見てみれば、俯きがちのイケメンポーズのまま気を失っていた。

 

 

 

「「薫ぅぅううう!!!!!」」

 

 

 

 

 

後日ちゃんと話し合い、いい友人で居続けようと誓うことになるのは別のお話。

結論だけ言うならば、長い期間を掛けても薫は元通り。…すっかりあの鬱陶しくも嫌いになれない美男子キャラに戻ってしまったのだった。

…だけどその期間は決して無駄ではなく、俺が今の俺に成長するための…そして、愛しい友人との間にある何かに気付くための大切なプロセスであったことは、俺自身が保証できる。

掛け替えの無い、俺達の歴史だったから。

 

 

 

 

 

おわり




瀬田薫編、完結になります。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:一皮剥けて大人に成れた…気がするがちとアピールがしつこ目。
   実はあのあと美咲と付き合う事に。…うん、言いたいことはわかる。
   でも薫の事は大好きになってしまったが故に異性としての意識は吹っ
   飛んだ模様。
   子供好き。

薫:原 点 回 帰 。
  何だかんだでしっくり来るこっちの薫さんは何だかんだで良い。
  乙女な部分も無くなったわけじゃないが、キチンと割り切ることは出
  来る大人なお姉さん。

千聖:舌好調の鬼。
   結局最後までまいんちゃんに名前を憶えてもらえず。
   特に薫を応援していたわけじゃないが二人の事は気に掛けていた。
   気は遣えるが火が付くと一気に燃え上がる油田のような女。

まいん:かわいい。癒し。いっぱい食べるのが好きで、ご褒美は大体
    食べ物で事足りるらしい。
    余談だが、主人公とまいんの遊ぶ姿に美咲は将来の旦那像を
    見たという。


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【花園たえ】目指せハナゾノマスター【完結】
2019/07/17 奴隷 in 花園


またしても新シリーズです。
コンセプトは「異次元(天才)とおせっかい(多弁)」です。


 

 

 

「聴いてる?」

 

 

 

宇宙の真理について考察を広げ過ぎていたようだ。

いつの間にか眼前にまで迫った()()の接近にすら気付かないとは。このボクともあろう者が、何たる失態。

だがここで慌ててはいけない。道行く有象無象共が思わず振り返ってしまう程の美貌を持つ彼女が視界一杯にその顔を広げる程近くにいたとしても、だ。

 

 

 

「花園…何だい?」

 

「だーかーらー。ギター。」

 

「ボクに、弾けと?」

 

「言ってない。」

 

「じゃあなに。」

 

「私は、聴いて感想が欲しいって言った。

 なのにずっとぼーっとして全然聴いてない。私おこ。」

 

「あー…。しかしだね、感想も何も、ボクは楽器なぞ経験もなければ興味もないわけだ。

 聴いたところで「スゴイデスネ」が関の山だぞ。」

 

 

 

そうだった。

そもそも宇宙の真理、世界の理にまで思考を深めていた原因はそれだった。

放課後の自由且つ有意義な時間を頻繁に奪いに来るこの少女は今日も今日とて音楽室なる牢獄にボクを連れ込み訳の分からない楽器を延々と弾く。睡眠の時間にしないだけ有難いと思って欲しいものだね。

 

 

 

「…それでもいい。それでも、○○に聴いて欲しかった。」

 

「……それじゃあ適当に感想だけ伝えるが、」

 

「だめ。さっきは聴いてなかった。

 …もっかいやる。」

 

「なっ…!いいかい?ボクはそもそも何も真剣に聴くつもりはないし答えるつもりもない。

 言った所で意味がないわけだからね?だから君が演奏を繰り返す意味はないという訳だ。

 だからほら、その紐みたいのを首に掛けるのは止め賜えよ。弾く準備もせずに――」

 

 

 

ギュゥィイイイーーーーーーーーーン

 

 

 

「――意地でも弾くということか。

 よかろう。君のその心意気!見せてみたまえ!!」

 

「うるさい。集中するからだまってて。」

 

 

 

しかと見届けてやろう。その上でしょーもない感想を言ってやろう。

 

 

 

**

 

 

 

「ちょ、ちょっとストップだ。演奏を止め賜え、花園!」

 

「むぅ?体が温まってきて、ノビも良くなった。

 …ここで止めるわけにはいかない。」

 

「その気持ちも理解できなくはないがね。外を見たまえよ。」

 

「そと?」

 

「すっかり日が落ちているだろう!あれから3時間も弾き通しだ。

 時間的にもボクの耳的にもそろそろ限界なんだ、わかってくれたまえ。」

 

「…まだまだ、練習不足。」

 

「君は家でも練習を続けているのであろう?であるなら学校での鍛錬はこの辺りで切り上げるべきだ!

 いや、素直に言う。ボクを開放してはくれないだろうか!」

 

「…まだ。感想をもらってない。」

 

「それは話すタイミングも間も作らなかったからだろう…。」

 

 

 

ジャァァアアアアアアアアアアア………ン

 

 

 

「人が話している時には無闇に掻き鳴らさないことだ。まずはそれを置き賜え。」

 

「不満…。」

 

「そしてケースを用意して、中に入れてご覧。」

 

「うぅ…でもこれじゃあ弾けない。」

 

「いいんだ、一旦入れてケースを閉じてみたまえよ。」

 

「…それで?」

 

「それを背負うんだ。落とさないように、慎重に、慎重に…」

 

「…こう?」

 

「…なるほど、センスがいいな。次は校門に向かうわけだが…。

 途中で難所がいくつかあってだな。」

 

「難所?…馬が要る?」

 

「どういった思考回路か未だ読めないな君は…。

 いいかい花園、その椅子を片付ける手を止めずに聞くんだ。

 まずはここの鍵を返しに行くこと。その手に持っている奴だな。」

 

「…あぁ、これ。いつのまに?」

 

「先ほどここを開けるために借りに行かせただろう。

 そうしたら次に大事なのは挨拶。それから次は靴を履き替える必要が有り――」

 

 

 

また突発的にあの刺激の強い音を鳴らされないよう、持ち前の多弁力で注意を逸らしつつ帰路を急ぐ。

こうでもしていないと目にも止まらぬ早業で演奏の体勢を整えてしまうからな。花園は。

 

 

 

「すごい…気づいたらもうすぐおうちだ。」

 

「今日は中々に要領よく帰って来れたな。花園。

 だが、家に帰るまでが下校だ。気を抜くのはいけないことだぞ。」

 

「うん、わかってる。

 …今日の演奏どうだった?」

 

「わかっているならばよろしい。そのまま、弁えていなさい。

 素人目ではわからないが、格好良かったのは確かだ。あ、そうだ、家に帰ったらまず最初にすることは何かね?」

 

「ドアあける。」

 

「次。」

 

「靴を脱ぐ。」

 

「次。」

 

「投げる。」

 

「並べて、次。」

 

「…寝る?」

 

「面倒がらない。手洗いとうがいであろう?ここを欠かすと人間にとって大切な免疫力というビジネスパートナーを失う事になる。

 これは人体にとって重大な損失と言える。」

 

「なるほど。びじねすぱーとなーさんはすごく背が高いよね。

 …演奏、どれくらい格好良かった?」

 

「何の話だ。君の持っている免疫力の身長には興味がないが…。

 そうだな、茶化せず見惚れてしまうくらいには魅力的だった。…ええと、何の話だったか。」

 

「パセリとセロリが好きだって言ってた。」

 

「免疫力と会話ができるのか…。まぁいい。

 とにかく、日常生活に於いてルーティンを組むことは大切だ。ひいてはそれが生活習慣となるのだからな。

 ギターとやらに執心するのもいいが、自分の身体も省みることだ。」

 

「わかった。目指せ生活習慣病…。」

 

「病はやめておきなさい。

 それではボクは帰るよ。アデュー。」

 

「うん、ばいばい。」

 

 

 

ふう、今日も中々に大きな仕事だった。

部活動に所属するよりよっぽどやり甲斐のある仕事だと思うよボクは。うん。

 

 

 

 




一応おたえちゃんでぇす。




<今回の設定>

○○:独特なキャラクターを作りたかった。
   共学化した花咲川にてたえちゃんに目をつけられる。
   クラスでの呼び名は、「異次元漂流者」若しくは「奴隷」

たえ:原作よりもよりぶっ飛ばすのが目標。
   もう、ちょっと変わってるとかそういう次元じゃない。


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2019/07/29 花園は胃袋(宇宙)

 

 

 

「…美味しいかい。」

 

「うん!」

 

「慌てずよく噛んで食べるんだぞ。」

 

「うん!」

 

「何注文したんだっけ。」

 

「うん!」

 

「…………話、聞いてる?」

 

「うん!」

 

「嘘つけ。」

 

「うん!」

 

 

 

時刻は夜の八時を過ぎた頃。

ボクと花園は遅めの夕食を摂りにハンバーグ専門店に居た。

今日も今日とて所構わず掻き鳴らそうとする花園も流石にカロリー消費はするようで、鳴きやまない腹の虫に夕食を提案したのだ。

…恐らくボクの奢りであろうな。

 

今尚目の前でがっつく様にサラダを掻き込む花園。

全く話を聞いてない辺り、余程美味しいのだろうか。…などと考えて眺めていると、ピタリと花園の動きが止まった。

 

 

 

「どうした。」

 

「…………。」

 

 

 

無表情でこちらを宙を見つめつつ口から半分飛び出した葉菜を食べる姿はうさぎを彷彿とさせる。成程、飼い主はペットに似る、か。

 

 

 

「ここ…ハンバーグ屋さん。」

 

「知ってるが?」

 

「私、サラダしか頼んでない。」

 

「知ってるが?」

 

「お肉食べないの?」

 

「…それはボクに訊いてるのか?」

 

「食べます。ぴんぽーん。」

 

「あもうまた勝手に店員呼んでからに…」

 

 

 

一体目の前の少女は何と会話しているのだろうか。

メニューも見ないまま店員呼び出しボタンを押す。…本当に、次は何をやらかしてくれるのだろうか。

心苦しいので人様を困らせるようなことだけはしないよう祈る。

やがてツカツカと若い女性のスタッフがあの携帯のような機械を持ち近づいてくる。

 

 

 

「ご注文でしょうか?」

 

「はい!このサラダと、このサラダと…あとこのスペシャルプレートください!!」

 

「追加ですね?畏まりました。

 …ご注文繰り返します。…」

 

 

 

果たしてボクが対峙していたのは一人の少女であった筈だが、その胃袋は宛ら宇宙であったらしい。うーんコズミック。

そしてまたサラッとボクの注文は訊かなかったな。

相変わらず独自の世界というか、独立した時間軸を生きる人だ。

 

 

 

「にへへ…たのしみ。」

 

「そうかい。」

 

「見てこれ、全部食べた。」

 

「見せんでよろし。」

 

「ドレッシングも綺麗に飲んだ。」

 

「体に害なレベルだと思うぞそれは…。」

 

「でも、残すの良くない。」

 

「料理はな。それに付随してくるものは別によかろう?」

 

「あ。」

 

「?」

 

「デザート忘れた。」

 

「すっごい食べるね。」

 

「抹茶のやつかこっちのおっきいパフェかと存じます。」

 

「文章省かずに途中経過も喋ってくれたまえ。」

 

「だーかーら!さっきからずーっと迷ってるって話でしょ!」

 

「…初耳だが。」

 

「私の事、嫌い?」

 

「いやまて全部間違っているぞ君は。嫌いじゃない。」

 

「両方注文します。ぴんぽ」

 

「待ちなさい。」

 

 

 

話の渦に呑まれかけていたボクだったが、間一髪といったところでその細い手首を掴む。

不思議そうな顔をしつつも力を全く緩めてくれない花園に対抗する様にその手首を引っ張り上げる。君はもう少し自分の筋力を自覚した方がいいね。全く運動などしていない非力なボクでは到底敵うまいよ。

そういえば、蟻は自分の体重の5倍~10倍の重さを持ち上げることができるという。だがそれを、自覚しているわけではないんだと。まさに目の前の花園ではないか?

彼女は果たして蟻なのか兎なのか。

 

 

 

「はなして。」

 

「待ちたまえ、さっき注文したばかりであろう?

 …次に料理を運んでもらった際に言えば迷惑にならないだろうに。」

 

「はっ。」

 

「はっじゃねえ。」

 

「もしかして、〇〇、私のこと好き?」

 

「どうしてそうなった。」

 

「手、握られてる。」

 

「止めてんだ。」

 

「恥ずかしくて、顔が赤くなっちゃう…。」

 

「全く以てなってないから安心したまえ。」

 

「…紅ショウガ?」

 

「例え!」

 

「お待たせいたしました…」

 

「ほらきたぞ。」

 

「はぁい、全部私です!」

 

 

 

うーん清々しい程に元気。

店員さんの顔を見てごらんなさい。ドン引きです。

 

 

 

「ちゃんと残さないで食べる。」

 

「…うん、それはいいことであるな。」

 

「みてて。」

 

「…はいはい。」

 

 

 

その後2時間ほどかけて目の前の牙城を平らげた花園。

満足そうで何よりだが、遠慮というものを知ろうな?

 

 

 

「おなかいっぱい。」

 

「そうかい。」

 

「御礼しなきゃ。」

 

「普通に割り勘でいいんだけど…」

 

 

 

会計時にふらふらと何処かへ行くのは勘弁してほしい。

今日も気づけばいないし、かと思えば玄関先のピーター・ラビッ〇に話しかけてるし。

一応御礼の概念があるのが驚きだ。

 

 

 

「なにがいいかな。」

 

「…もう慣れてきたなこのスルー力。」

 

「ギター?」

 

「却下。」

 

「歌う?」

 

「いらない。」

 

「むう。…いじわる?」

 

「普通のは無いのかいね。」

 

「…じゃあ、私がぷれぜんと。おりゃー。」

 

「はい抱きつこうとしない。いらないいらない。」

 

「…じゃあまた付き合ってあげる、だーりん。」

 

「意味わかっていってるのかね…。」

 

 

 

そんな概念なかった。

 

 

 




おいしかったです。




<今回の設定更新>

〇〇:花園見習の称号を手に入れた!
   新たに「腕掴み」のスキルを会得した。

たえ:公共の場でもお構いなし。
   彼女の本領は発揮する場所を選ばない。


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2019/08/13 花園 in 仮想現実

 

 

普段何も用事のない日や、何のタスクにも追われていない日は趣味のビデオゲームをして過ごすことが多い。

そのせいもあってか視力は低下。中学生の頃にはすっかり魅惑のメガネボーイになっていた。まぁそんなことは置いといて。

 

 

 

「科学力の進歩っていうのは全く…。

 人を虜にしてやまない娯楽を日々世に出しているというのだから…。本当、堪らないよ。」

 

 

 

今まさに、起動音を響かせブルーの光で周囲を照らす機械。ヘッドマウント型のディスプレイを前に、思わずうっとりとした声を漏らすボク。

…そしてそれを無表情で見つめる花園。

 

 

 

「…だーりんは私の虜?」

 

「その呼び方定着させる方向で行くのかね?そもそも意味わかって言ってる?

 あと、話の何を聞いてそう思った?」

 

「じゃあ、トリコ?」

 

「安心したまえ、イントネーション変えなくてもちゃんと聞いているよ。

 …結論から言うと、ノーだ。」

 

 

 

おかしい。家にまで上げるつもりではなかったのだが気づけばここにいる…。

今日で言うならば、花園の家にご両親が居なかったのが問題か。せっかく送って行ったのに。

というか居ないなら最初に言っておくべきだろうに。

家についてドアノブを回したところで「あっ」だもんな。さすが花園、彼女らしいといえばそれまでなのだが。

 

 

 

「その機械は?」

 

「あぁ、これ。ゲームだよ。中に画面があるのさ。」

 

「…えっちなやつ?」

 

「断じて違う。」

 

「でも、誰にも見せられないやつだから…」

 

「はぁぁぁ……いいかい花園?これはVRといって、その構造も仕組みもプレイヤーに更なる没入感を与えるために」

 

「難しい話嫌い。」

 

「…知ってるとも。」

 

「でもだーりんは好き。」

 

「またブっ込むね君は。あまり手放しには喜べないがね…。」

 

 

 

あの花園に好かれるだって?何も知らない愚かな男どもなら単純に歓喜なのかもしれないがね?まぁ、黙っている分にはただの整った外見の大人しい少女だ。無理もない。

ただ、花園たえという人間の"中身"を数ミリでも知っている者ならそうはならないだろうよ。

実質、解き明かされていない宇宙を一つ任されるようなものだ。並大抵の根性じゃあやっていけまい。

斯く言うボクも何故このような関係になってしまったか、もう覚えてはいないのだが…。

 

 

 

「おぉ、これはすごい。」

 

「目を離した隙に装着してみせるとは。装着方法はわかったかい?」

 

「ん、私天才。」

 

「表情はイマイチ見えないが誇らしげな雰囲気は伝わるぞ。

 えらいえらい。」

 

「にははっ……!」

 

 

 

相変わらず独特というかどう発音しているのかわからない笑い声だな。

…さて。それじゃあここからどうなるのか。天才さんの行動も見ものであるな。

 

 

 

「……ぅ??………むぅー。」

 

「…くくくっ…。」

 

「…むむ???………んあ??……ぅう…」

 

「……っ。…ふふっ…。」

 

 

 

困ってる困ってる。

そりゃそうだ。現状システムが立ち上がっただけ。肝心のゲームはここから選び、自らの手で始める必要があるのだよ。

その為にはこの、ボクが両手に持っているスティックかコントローラーが必要なのだが。流石に動作だけで操作が完結する段階までは進歩していない。

おいおい花園。傍から見ている分にはすっかり道化ではないか。なんだいその珍妙なポーズ集は。

 

 

 

「…あっ?」

 

「…だーりん、馬鹿にしてる?」

 

 

 

いつの間にやら不思議な踊りをやめて装置を脱ぎ捨てた彼女は、仁王立ちでこちらを見下ろしていた。

ご立腹か。ご立腹なのかね。ボクはとても愉快だよ!!

 

 

 

「その棒使うんでしょ。」

 

「ご名答。流石は天才といったところか。」

 

「ちょうだい。」

 

「どうしよっかなぁ…。」

 

「ちょうだい。」

 

「因みに言うと、これ使わなくても君のその綺麗な声でも操作はでき」

 

「ちょ う だ い」

 

「……やれやれ。」

 

 

 

全く。そこまでVRに拘るかね。

確かに?ヴァーチャル・リアリティ…。この甘美な響きよ。ボク以外にも魅了される者が居たとしても何らおかしくは…

 

 

 

「私が、ギター以外で遊ぶの、や?」

 

「はぁ?何でそうなる。」

 

「だーりん、いじわるするから。」

 

「いや、君のギター聴かされるよりはよっぽどマシだよ、この状況の方が。」

 

「………。」

 

 

 

腑に落ちない顔をするんじゃない。君が振ってきた話ぞ。

 

 

 

「…そんな顔するんじゃないよ。たかがゲームだろうに。」

 

「…たかがじゃないもん。」

 

「…まぁ、確かにそうだな。ボクとしたことが、至高の嗜好を蔑むような発言をしてしまうなんてね。

 …ぷっ、至高(しこう)嗜好(しこう)だって!プークスクス。」

 

 

 

全く…今日のボクは一体どうした。ギャグのセンスもキレッキレじゃないか。

 

 

 

「だーりんとお揃いの遊びだもん。…たかがとか言わないで。」

 

「うっ………。」

 

「だーりんは、大人しく私にゲームを教えるの。いい?」

 

「……致し方ないね。」

 

 

 

全く…今日の君は一体どうした。まるで女の子のような表情を見せるじゃないか…。

 

 

 




天災が仮想現実で暴れまわるが如く。




<今回の設定更新>

○○:その気になれば普通に喋れる。
   ゲーマー。
   今回のモデルはP○VR。
   それ以前にさらっと女の子を家に上げてるってどうなの。

たえ:別にぼっちじゃないが。主人公を、有象無象の中で唯一構ってくれる人間だと認識している。
   あれ、この書き方だとまるで人間じゃないみたいだね。
   果たして今回の様子はデレの始まりか、混沌の前振りか…。


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2019/08/26 花園ウイルス

 

 

 

ピンポーン…ピンポーン…

 

 

 

呼び鈴だ。

夜も更け、我が家の遅めの晩飯時。

一応家族揃って晩飯を摂るタイプの我が家だが、基本会話はない。特にお互い仲が良い訳でもなければ関心があるわけでもないし、致し方ないことであろう。

 

…とはいえ。

流石に鳴り続けるチャイムに対応しないままと言う事にも行かない訳で。

 

 

 

「…おい母さん。客だぞ。」

 

「……はぁ。○○、アンタ出なさい。」

 

「チッ……。なんで僕が」

 

「父さんも母さんも忙しいんだ。それくらい気をきかせてさっさと行ってこい。」

 

「…親父もお袋も普通に飯食ってるだけでしょ…。」

 

「いいから、行ってきなさいよ。セールスとかだったらちゃんと断るのよ。」

 

 

 

こんな時間に来るセールスがあるか。

至極面倒くさがりで重量級の腰を持つ父と夜は只管に無気力で無愛想な母。会話が生まれないのも納得ではある。

果たしてこの時間に訪れる迷惑な来訪者は一体何者かと、若干イライラしながら扉を開ける。

 

 

 

「だーりん!!ご飯食べにいこー!!」

 

 

 

夜更けに訪ねてきたのは、とんだ変人だった。

 

 

 

**

 

 

 

えーっと…?

先程の殺伐とした食卓からは想像もできないであろう目の前の光景。思わずつぶやく。

 

 

 

「どうしてこうなった…?」

 

 

 

玄関で"だーりん"を連呼する花園に、何を勘違いしたのかウチの両親は…家に上げてしまったのだ。

そんでこの状態。

 

 

 

「いやぁ、可愛いねぇ!おたえちゃんっていうの??」

 

「いやはや、ウチの息子にもこんな可愛いガールフレンドができていたとはなぁ!」

 

「いつからの付き合いなんだい??」

 

「おかわり!!」

 

「はいはい、ちょっと待っててね…」

 

「いっぱい食べるなぁ…どれ、おじさんの分も分けてあげよう。」

 

「ありがとう!!パパぁ!」

 

「ぱ、ぱぱ…」

 

「はい、おかわりどうぞ~。たんとお上がり。」

 

「ママ!これも食べていーい?」

 

「ふふっ、いいわよぉ。全部食べちゃって~。」

 

 

 

おい花園。どうやってその二人を攻略したんだい?

あと愚かな親共よ。会話も噛み合ってない上にあっさり陥落するのはやめなさい。

あ、これはあれだな?娘が欲しかったんだ本当は…とかってパターンだろ?

 

 

 

「はぁーあ。どうせ生むんならやっぱ娘だったわぁ…。」

 

 

 

言ったよ!

 

 

 

「…う?だーりん、ご飯食べない?残す?」

 

「…食べるよ。」

 

「それがいい。いっぱいおたべ。」

 

「君が作ったかのように言うね。」

 

「…ええと、違うよ?」

 

「知ってるよ!」

 

 

 

心配そうな顔をするんじゃないよ。一応大丈夫だよ、頭は。

 

 

 

「ところで○○、おたえちゃんとはどういう関係なんだ?」

 

「別に…ただの知り合いだよ。

 つーかどうでもいいだろ。」

 

「何だお前、親に向かってその態度は。」

 

「…うぜえ。」

 

 

 

知り合いが来たくらいで急に父親面するのはやめたまえよ。

虫酸が走る。

 

 

 

「あらあら、○○ったら、困った子ね。

 お父さんは純粋に、おたえちゃんを歓迎したくて言ってるのよ?」

 

「……チッ。」

 

 

 

アンタもか。

…こんなことならこいつを家に上げるべきじゃなかっ

 

 

 

「だーりん?お顔、こわい。」

 

「………あぁ、それは、悪いことをした。」

 

「私、食べ過ぎ?」

 

「それはない。…いや、無くはないが、この場合はそこについて問答する場面ではなかろうに。」

 

「…お前、なんだその喋り方。」

 

「ぱぱ、だーりんは、いつもこう。」

 

「…余計なこと言わんでいい。」

 

 

 

親にはあまりバレたくないだろうよ。

()()()()()()()()()()と。

 

 

 

「○○…お前。……あれか?中二病とかいう…」

 

「違うわっ!」

 

「!?…あんた、そんな大きい声も出せるの??

 …お母さん、ちょっとちびったわよ。」

 

「きったねぇ。」

 

「あのね、ぱぱ、まま。」

 

「…なんだい?」

 

 

 

何やら神妙な顔の花園が割り込んでくる。

真面目な雰囲気を出してるところ悪いが、口の周りをケチャップ塗れにしてお袋に拭いてもらっている姿で全部ぶち壊しだぞ?

 

 

 

「はい、これでよし、と。おいしかった?」

 

「うん!ありがとうまま!!」

 

 

 

……………。ほん…わかしとる。

 

 

 

「おたえちゃん…それで、何を言おうとしたんだい。」

 

「あっ、そ、そうだった…。ええと。」

 

「何を言おうというのかね花園。」

 

「あのね、だーりんはね。…凄くいい人。」

 

 

 

はぁ?

散々溜めて何を言うのかと思えば…。

 

 

 

「それで、いつも私を支えてくれて、面倒も見てくれて。

 …ちょっと変な喋り方だけど、みんなが面倒くさがる私と一緒に居てくれる大事な人。」

 

「…………。」

 

「でも、おうちでこんなに怖い人だって思わなかった…。」

 

「や、それは……」

 

「だーりんは…○○くんは、どっちが本当の○○くんなの?」

 

 

 

いつものふわふわした雰囲気が、今の目の前の花園には無い。

というか、君普通に会話できるのね。

 

 

 

「俺は…いや、ボクは。」

 

「……うん。」

 

「家にいると、どうしても空気感とかギスった雰囲気とかでイラついてしまって。

 両親とも冷めてるし会話もないし。正直毎日帰ってきたくもない家に帰ってきてやってる状態だった。」

 

「………。」

 

「今となってはそれがどこから始まったものなのか知る術もないけど。

 とにかく、気づいた時には仮の自分を用意していないとまともに接せなくなっていたよ。」

 

 

 

まぁ、自分を演じている時点でまともには接せていないんだけども。

にしても、じっと聞き入ってるな三人とも。こういった空気にも慣れていないせいか、胃の辺りがキリキリ痛むのだが。

 

 

 

「恐らく花園が今感じているであろう差異は、そこにあるものだと思う。」

 

「…だーりん。」

 

「…何だね。」

 

「私逆だと思ってた。ごめんね?」

 

「へっ?」

 

「おっかないほうが素だと思ってた。間違えちった☆」

 

 

 

おい。

そんなおどけた様子で舌を出しても許されないからな。この緊張感どうしてくれる。

 

 

 

「……なぁ母さん。」

 

「…えぇ。」

 

 

 

目を合わせ、頷き合う二人。

少しの間を明け、意を決したように向き合う親父。

 

 

 

「実はな…。」

 

「うん……。」

 

「お前が中学に入った頃かな。…"ツンデレ"というものが流行っただろう。」

 

 

 

ん??何の話だ。

 

 

 

「息子が思春期に突入するタイミングでなぁ。母さんと話し合ったんだ。」

 

「ここから急に、二人してツンデレを演じたら息子はどういう反応をするのか。ってね。」

 

「あ?」

 

「どうだ?見事なツンっぷりだったろ。」

 

「ツンデレを何と勘違いしてんだ!…そして演技が下手!!

 ただの冷め切った家庭だったぞ!」

 

 

 

ドヤ顔やめろクソ親父。

 

 

 

「確かに下手かもしれないけど…お父さんは。」

 

「なっ!?母さんもどっこいだったろ!」

 

「…まぁ、それにしてもアンタもアンタよ。

 すっっっっかり不良息子みたいになっちゃって。」

 

 

 

なるだろうそりゃ。ある日朝起きたら無視だぞ。

前日まで普通に会話してた家族が、おはようとお休みしか言わなくなったら誰でもこうなる。

 

 

 

「いやいや……え、じゃあ何?馬鹿な両親とそれに気づかないアホな息子の茶番ってこと??」

 

「だーりん、こーゆーのは馬鹿じゃなくてお茶目っていう。」

 

「ちょっと黙ってようか今ややこしいから。」

 

「お茶目?お茶目いいじゃない!ね?お父さん。」

 

「おぉ!いいなぁお茶目なパパ!気に入ったぞ!!」

 

 

 

目ぇ輝かせて何言ってんだこのおっさん。

 

 

 

「でもね、ぱぱとままも悪いよ?

 …ちょっとだけ、だーりんがかわいそう。」

 

「ちょっとだけて…」

 

「おたえちゃん……」

 

「だからこれからは、ちゃんと普通にしてあげて?

 じゃないと私、もうここに来ない。」

 

「そ、それは困るよぉおたえちゃん!!毎日でもパパに会いに来てくれぇ!!」

 

「そうよ!もう変な演技しないからぁ!」

 

 

 

あんたら、花園に支配されすぎだぞ。影響の凄さに引くわ。

あと、何ウチに来る前提で話してんだ。来るなよ。

 

 

 

「花園……。」

 

「う?…だーりん?感動した?嬉しかった?」

 

「…こんな時間にアポ無しで来るのはどうかと思うがね。

 …まぁ、家の誤解問題を解決してくれたことには素直に感謝しようかと思っている。」

 

「…すきになった?」

 

「元より嫌いだとは言っていないだろう。好きでもないやつの面倒なんか誰が見るか。」

 

 

 

ずっとただの知り合いだと思っていたがな。

気づけば大事な友人くらいにはなっていたということか。

 

 

 

「ぱぱーままー!だーりんが私のこと好きだって!」

 

「よかったわねぇ…。これからも、○○のこと宜しくね??おたえちゃん。」

 

「アイツ、どうせ友達もあんまり居ないんだろ?あんなんだし。

 おたえちゃんが面倒見てやってくれなぁ。」

 

「引き受けた!!」

 

 

 

……変人ってのは伝染するウイルスか何かなのか。それともこれが本来のウチの姿なのだろうか。

どのみち勘弁して欲しいが、花園に出逢った時点で何かしら運命は動いてしまったんだろう。

 

 

 

「もうどうにでもなれ……。」

 

 

 

 




狂気は伝染する…。




<今回の設定更新>

○○:家庭のあまりの居心地の悪さに人格が乖離していた模様。
   今後はうまいこと両方を出していくそう。

たえ:頭のおかしさがいい方向に働いた。
   一歩間違えば家庭崩壊に止めを刺す事態になっていたことは敢えて言うまい。
   かわいい。

パパ:お茶目。娘が欲しかった。

ママ:意外と辛辣。娘が欲しかった。


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2019/09/12 花園学級

 

 

 

「だーりんっ。」

 

「……学校でまでそう呼ぶなと言ったろうに。」

 

 

 

昼間。平日は当然学校がある。学生だからね。

そしてこの困った天然さんも当然のようにボクの机に駆け寄ってくる。信じられるか?これが休み時間の度に繰り返されるんだよ。

 

 

 

「だーりんだーりんっ。休み時間だよ。」

 

「知ってるとも。前の休み時間もそう言っていたろう。」

 

「ぅ?そーだっけ。」

 

「…この鳥頭め。」

 

 

 

他に絡みに行けそうな友達は…いないのか。まぁ学校でも陰口か嘲笑しか受けないようなボクが言えたことじゃないが。

学校の弾かれ者同士がこうして一緒にいることはある意味自明の理、それはそれで違和感を覚えることでもないんだが…。

 

 

 

「それでも君は近すぎるんだよ…。」

 

「??だーりん恥ずかしがり屋??」

 

「違う。違うから膝の上から降りなさい。」

 

「やだー。」

 

「…やだじゃありません。みんなもいる教室なんだから、騒いだら迷惑になることくらいわかると思うがね?」

 

「……じゃぁ、誰もいないとこ行く?」

 

「行きません。」

 

 

 

何処に連れて行くつもりだというのだね君は。学校で誰も居ないところなんか…まぁ無くても作れるんだったか。

彼女のギターは人を惹きつける。そして文字通り引き付けた後、猛烈な飽食感のような物を与えてしまい、その結果人々を遠ざけることになるのだ。吹き戻しの逆のようなものだね。

恐らく、彼女がギターを掻き鳴らしていくにつれて自分に酔ってしまい、観客の事などお構いなしに一人盛り上がってしまうからであろうな。

 

 

 

「だーりん…」

 

「…まだいたのかね。早く自分の席へお戻り。」

 

「はぁい……。」

 

 

 

全く。

あの我が家での一件以降本格的にべったり付き纏うようになった花園。まさかクソ親父が言っていた「面倒見てやって」を本気で受け止めているわけではあるまいな?もしそうだとしたら…本気で勘弁願いたいところだ、が。

すごすごと自分の席を目指す丸い背中に若干の罪悪感こそ覚えたが、それはそれ。あいつは甘やかすとつけあがるんだ。

 

 

 

ヤダーナニアレー

〇〇クンッテ、花園サントドンナカンケイナノカシラァ

エェーウソォ、チョットネラッテタノニ…

ミタメダケハカッコイイモンネェ…

アマリシャベラナイトコロモミステリアスデイイノヨ…

 

 

 

…外野が騒がしいな。そんなにボクみたいなハブられ者が変人(花園)とつるんでいるのが面白いかね。

内心苛立ちを覚えつつ次の授業の用意をする。

 

 

 

**

 

 

 

授業中は少し気が落ち着く。花園が絡んでこないことも大きいが、何より周りの人間の関心が授業に向けられるからだ。

下手に揶揄われたり弄られたりする休み時間よりよっぽど平和な一時である。…とは言え、急に自習になんぞなろうものなら途端に混沌とした状況が作られるわけで…

 

 

 

「…おい〇〇。」

 

「…何だね。」

 

 

 

ええと、この男は誰だったか…。

前の席の坊主頭の男子生徒が椅子を傾けて此方へ身を乗り出してくる。やめ給え、それ以上は僕のテリトリーぞ。

 

 

 

「お前さ、花園と仲いいじゃん?」

 

「……はて、何の事だか。」

 

「いやいや!あれだけベタベタくっ付いててそれはないぜ!!」

 

「そうかい。で?要件は端的に纏め給え。」

 

「はっははは!!お前は相変わらずクールだな!

 …実はさ、俺の知り合いで花園が気になっちゃってる奴がいてな?…まぁアイツはアイツで変わったやつなんだが…」

 

「…成程。惹き合わせる助力を申し出たいという事かね?」

 

「…そこまで言うつもりはなかったんだけど…なに、協力してくれんの?」

 

「断る。」

 

「…そっかぁ…。やっぱさ、お前ら付き合ってんの?」

 

「………そう見える?」

 

「あぁ見えるさ。…だってお前、教室で堂々と「だーりんだーりん」っていちゃついてて、さっきなんか自然に膝にまで乗せてたろ?

 ありゃ恋人同士のスキンシップか、兄妹とかそういう身内のレベルだぞ。」

 

「……そうか。そういう、ものか。」

 

 

 

やはりそう見えていたのか。

案外そういう状態の人間というのは、周りは見えていても自分たちの状況が一番見えていないからな。何とやらは盲目ってやつだろうか。

 

 

 

「…なに、自覚なかったんか?」

 

「まぁ…ボク自身女性と接するのも初めてでね。適切な距離というか、そういったものがまるで分からないんだ。」

 

「……勿体ねぇな…。他の女の子たちに相談してみたらどうだ?」

 

「何を。」

 

「どうやったら女の子と仲良くなれますかーって。」

 

「……えぇ…。」

 

 

 

何だそれ。そんな結果が見えていることするわけなかろうに。何を言っているんだこのハゲは。

 

 

 

「坊主頭はハゲじゃねえからな。野球部なんだから仕方ねえだろ。」

 

「まだ何も言ってないだろう。」

 

「顔見りゃわかんだよ。」

 

「侮れないハゲだ。」

 

「言ってんじゃねえか!…ちゃんと名前で呼べ。」

 

「名前?…知らんが。」

 

「マジかよ。ずっと前に座ってただろうが。」

 

「だから頭の情報しかないんじゃないか?」

 

「……くそ、口じゃ敵わんな。…矢口(やぐち)だ、覚えとけ。」

 

「矢口…矢口…。まぁ気が向いたらそう呼ぶことにするよ。」

 

「気が向かなくても呼べや…。」

 

 

 

矢口という目の前の男。会話を交わしたのは初めてだったが、存外悪い奴ではないのかもしれない。それよりも、最初話しかけてきた目的であろう友人の件は良いのだろうか。

 

 

 

「あぁ、それな。蓋を開けてみりゃお前の方が面白そうな気がしてよ。

 お前と花園を観察することにしたからいいんだ。」

 

「…そんなにボクは顔に出ているか。」

 

「おう。」

 

「そうか。」

 

「…っと、話し込んじまったな。この授業も終わりみてえだ。」

 

「ふむ。」

 

「進捗教えろよ?」

 

「まぁ、気が向いたらな。」

 

 

 

**

 

 

 

「だーりんっ、お昼だよ。」

 

「知ってる。」

 

「う?……お弁当は?」

 

「…あるけど。」

 

「私の。」

 

「…………あるけど、何故それを知っているんだね。」

 

 

 

朝お袋が渡してきた包みは二つ。明らかにボクの分ではない大きめの包みは「おたえちゃんの分」だそうなんだが…。

あぁ、そうそう。お袋とはあの後しっかり話す時間を設けて和解した。はず。

…まぁ、ボクが何かしたわけではないし、あそこまで謝り倒されると許さない訳にはいかなくて。結局、これからは普通に母親らしく振舞ってほしいということは伝えたのだ。

花園を娘と思えとは言ってないんだがな。

 

 

 

「ままから聞いた!」

 

「弁当があると?」

 

「うん!いっぱい食べてって!」

 

「ふーん…。」

 

「はいっ。」

 

 

 

ボクの渡した弁当箱をもぞもぞするのを一旦止めた花園も何やら包みを渡してくる。

 

 

 

「…や、ボクのはあるんだけど。」

 

「これね、私のお母さんからだーりんにって。」

 

「何故?」

 

「なんか、娘がいつもお世話になってるからって言ってた。

 …ムスメってなに?」

 

「この場合君の事だと思うよ。」

 

 

 

流石にそこは分かってくれ。…にしてもお世話に、か。何だかんだ救われてるのはボクなんだがな。

 

 

 

「だーりん、お弁当ちっちゃいから。」

 

「あぁ、小食でね。」

 

「だからもう一個入るよねっ。」

 

「…相変わらず通じないなぁ。」

 

 

 

キョウモオベントウイッショニタベテル…

アタシモサソッタラタベテクレルカナァ

花園サンヲ?

〇〇クンノホウヨォ

キャーキャー

 

 

 

はぁ…最近何をしててもやけに陰口叩かれるな。そんなに文句あるなら直接言ってくれたらいいのに。

それも決まって女性陣と来たもんだ。矢口はああ言うが、相談なんかしても気味悪がられて逃げられるだけだと思うんだよな。

 

 

 

「だーりんもてもて?」

 

「はぁ?」

 

「私いらない??」

 

「ええと、何の話だ。」

 

「だって、周りの女の子たち、すごいよ。」

 

「あぁ、気にしなくていいのだよ。あれは陰でこそこそ悪口を言っているだけなのだから。」

 

「う??…悪口じゃないよ。」

 

「そーかい。」

 

 

 

花園の言ってることだし、きっと聞き間違いか何かだろ。ボクにはもう嫌味にしか聞こえない。

 

 

 

「…ぅー。話聞いてくれないだーりん嫌い。」

 

「君が言うかね。」

 

「……あ、このマカロニおいしい…。」

 

「…それチクワブだぞ。」

 

「要らない?」

 

「チクワブ?」

 

「私。」

 

「何故?」

 

「もてもてだから。」

 

「モテモテじゃないし君も要らなくない。以上。黙ってお食べ。」

 

「要らなくない?本当?ずっと構ってくれる?」

 

 

 

何だ今日はやけに食い下がるじゃないか。

そんなに周りの言葉が気になるかね。嫌味だと言ってるだろうが。

 

 

 

「…あのねえ。まず前提条件としてだね?ボクはこのクラスで浮いている。とてもじゃないが他人と仲良くできていない。」

 

「うん。」

 

「絡んでくるのも君一人だし、…あぁ、まあ矢口みたいな例外はあるか。」

 

「呼んだかぁ!?」

 

「……呼んでない!!!」

 

「そうかぁ!!ならいい!!」

 

 

 

入ってくるなハg…坊主。

 

 

 

「だからその、モテモテなんてのも程遠い話だし、今のボクには君しか居ない。

 君が不要になるなんて有り得ない。いいね?」

 

「ほんと?」

 

「勿論。ボクが嘘をついたことがあったかい?」

 

「うん。いっぱいあった。」

 

「あったね。」

 

「……でも、今はだーりんを信用することにする。」

 

「そうしてくれると助かるなぁ。」

 

「うん。…だーりん?」

 

「…なんだい。」

 

「大好き。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

「……そんなにチクワブ気に入ったの?」

 

「マカロニ大好き!!」

 

 

 

横目で見ているなら気付いただろう、矢口。

こういう子だもんなぁ。

 

 

 

 




だーりん。




<今回の設定更新>

〇〇:もう逃れられない。
   少し被害妄想強めというか、人間を信用していない節がある。

たえ:「ぱぱとままにお願いされたからだーりんの面倒見てます」とか思ってそう。
   飼っている兎の面倒を見なくなってきた。
   というか家に居ない。

矢口:大体クラスに一人はいるよねっていう底抜けに明るいムードメーカー。
   強面だが良い奴。趣味は四つ葉のクローバー集め。


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2019/09/29 花園で見る夢

 

「やれやれ君は…折角の休日だというのに…」

 

 

 

ボクの部屋のベッドですやすやと寝息を立てる花園を見下ろしながら思わず独り言る、日曜の昼下がり。

花園たえは唐突に――いつもの如く、脈絡も前触れもなく訪れた騒がしき来訪者は、当然のように無言で部屋に入り流れるようにベッドへ。

それ以来三時間ほど経過したが状況は何一つ変わっていない。

…あっ、こいつよく見たらパジャマじゃないか。最初から寝る気で来たってのか…いや、そもそもこの格好で街の中を歩いてきたのか?

ううむ、花園の鋼鉄心臓(アイアンハート)、恐るべし。

 

 

 

「にしても、だ。…仮にも男の部屋に来てこの無防備さよ。余りにも先が思いやられるな。」

 

 

 

この先どんな出会いがあるかは分かったもんじゃないが、こんな姿を晒すような女の子を放っておいていいはずがない。

一先ず一言物申すべく、花園を起こすことにした。

 

 

 

「起こす、と言ってもな…。」

 

 

 

体に濫りに触るわけにはいかないし、かと言って痛みで起こすのも女子相手にやるべきことではないか。

結局、安らかな顔で抱き締めている大きなウサギのぬいぐるみを引っこ抜いてみることにした。

 

 

 

「………みゅ?……うーっ!!」

 

「ウォッ!?……力強いなぁ…。」

 

 

 

この細い体のどこにそんな力が隠されていたのか。

ボクが引っ張るウサギを、渡すまいと言わんばかりの力で抵抗してくる。…ここまでして何故起きないのか。

 

 

 

「くそぉ……もっと日頃から鍛えておくんだった。」

 

「うみゅぅ…………スピー…スピー…」

 

 

 

呑気な顔しよってからに。

よし次の手だ。次はそうだな……おっ。

そういえば花園は常にギターを持ち歩いていたな。…次は聴覚、爆音から攻めてみよう。

今日も今日とて背負ってきたらしいギターケースを開く。中からは愛用のブルーのギター。…ほほう、楽器は詳しくないがこれはなかなか…。

どんな用途のものであれ、完璧な手入れが施されている逸品というのは素晴らしいものだ。つい目を惹かれてしまう。

ビィン……

 

 

 

「………??意外と…小さい音しか出ないんだな。」

 

 

 

ベィンッ、ピィイ、ビョィン…

指で強弱を付け弾いてはみるが、まるで普段聞いているような音は鳴らない。なんというかこう、蚊の鳴くような音というか、か弱く細い音しか鳴らない。

花園がかき鳴らすあの"ギュィイイイイン"という音はどう出すんだろうか。

 

 

 

「……なんだこれは。」

 

 

 

ケースに別途収納されている小さなスピーカーのようなものとケーブルを見つけた。ほうほう、これを接続するわけだな?

ふむふむ、()()()()()()……この線を穴に……

キィィィイイイイイイイイイイ―――ッン!!

 

 

 

「どわぁ!?」

 

 

 

突如鳴り響く甲高い爆音。耳を劈く様なその音に、何かを確実に間違えたんだと知らされた。

 

 

 

「いやしかし…ッ、これは僥倖…ッ!」

 

 

 

この爆音なら寝続けるのは不可能であろう……花園!!…はまだ寝たままか。恐ろしい眠りの深さだな。

 

ドンドンドンドンッ!

「ちょっと○○!うるっさいわよぉ!!」

 

…母親か。いやうん、確かに家全体が揺れそうな程だったけどさ。仕方ないでしょうよ、このお寝坊さんを起こすためなんだから。

未だ残響を残している機械(アンプ)のスイッチをOFFにし、ドアを開ける。

 

 

 

「…ごめんよ母さん。機械は詳しくなくて。」

 

「もう。…ご近所迷惑になるでしょ??それに、おたえちゃんも眠ってるんだから静かになさい。」

 

「……ここ俺の…いやボクの部屋なんだけど。」

 

「見なさいあの可愛らしい寝顔…。……あんたたち、付き合ってるのかい?」

 

「……そう見える?」

 

「そうあって欲しいと思ってるんだけど。」

 

「……まだ、かな。」

 

「あそ。…まぁ、静かにしてなさい。無理に起こさなくてもそのうち構ってくれるわよ。」

 

 

 

ニヤついた母親がその場を後にする。人を構ってちゃんみたいに言うのやめてくれないかね…。

…複雑な気分のまま、可愛い寝顔と評判の花園の枕元へ座り込む。より詳しく確認しようと顔を近づける。

 

 

 

「……あっ。」

 

「うみゅ?」

 

 

 

鼻と鼻の触れ合いそうな距離で、目が合う。……何だってこんなタイミングで目覚めるんだね君は。

 

 

 

「あー、だーりんだぁ……えへへへへ」

 

「っ!」

 

 

 

その瞬間、まだ夢の中に居るかのようなふわふわした声で呟き、ふにゃりと笑う。

……心臓を、鷲掴みにされた気分だった。不覚にも、可愛いと…思ってしまった。

 

 

 

「まっ、ま、まだ寝るのかね。君は。」

 

「うー……ん。…だーりんも、一緒に、寝よ?」

 

「はぇっ!?いや、ぼ、ボクは」

 

「ぎゅー」

 

 

 

返答も待たずに布団に引きずり込まれる。頭を抱え込まれるようにして抱きしめられている、いやこの状態で眠れる訳無いだろう!!

体中に密着するふにふにした感触というか、顔に押し当てられるささやかな……

 

 

 

結果として、日付が変わるくらいまでぐっすり寝た。

 

 

 

 




目覚めスッキリ!!(午前1時)




<今回の設定更新>

○○:楽器と機械はからっきし。…いや、興味のある機械に関してはオタクっぽいほど。
   母親とは少し仲良くなった。

たえ:恐らくあの不思議なキャラを維持するために物凄いカロリーと睡眠を必要としているのだ。
   …それどこの固有結界?


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2019/10/30 同衾の花園

 

 

 

「だーりんだーりん。」

 

「……んん…なんだね。……ってまだ起きるには早すぎる時間じゃないか…。」

 

「ねぇだーりん。」

 

「もぅ……もうすこし………寝かせて……。」

 

「…むぅ。」

 

 

 

ベッドを一瞬沈ませ、隣で寝ていた物体が起き抜けていく感覚。さっきチラと見た時計はまだ午前三時を回ったあたりだったし、こんな時間にどうして元気なのだあのこ(花園)は…。

やはり彼女と一緒に過ごしていると、ボク自身の常識というか日常というか、ルーティン的なものが次々壊されていくのだと、再度実感しつつも事の発端を振り返ってみた。

 

 

 

**

 

 

 

「……君の家はこっちじゃないだろう。」

 

「え?今日はこっちなんだよ。」

 

「…出たな花園節。」

 

 

 

すっかり日常となっている二人での下校。ここを右に曲がれば花園家…という交差点で、何故か折れずについて来た彼女。一応無駄と知りつつも真面目に質問したが、相変わらずの花園ワールド全回の回答で流されてしまった。

そのままスキップでもし始めん程の元気さで隣を歩く。どうせうちに来る気なのだろうと軽く考えていたのだ……実際に部屋に花園が上がるまでは。

 

 

 

「あら、おかえりおたえちゃん。○○に意地悪されなかった?」

 

「んーんっ、大丈夫だった!!だーりんずっと一緒にいてくれて…」

 

「事細かに話さんでもよいのだよ…。…で?また晩飯も共にしようというのかね?」

 

「今日ね、だーりんの部屋に泊まっていいんだって!!…ね?まま?」

 

 

 

………?泊まる?確か明日も普通の平日で学校はある。それに泊まるって言ってもウチには客間もないし空き部屋だって……ボクの部屋?

 

 

 

「えぇそうよ。ちゃんとお母さん達には言ってきた??」

 

「うん!!お母さんもお父さんも、失礼の無いようにって!!」

 

「そっかそっか。おたえちゃん良い子だからいつも通りで大丈夫だからね?…誘ったのも私だしねぇ。」

 

 

 

お前かよ…!!

 

 

 

「ありがとう!!まま、大好き!!」

 

「あぁ……やっぱおたえちゃん可愛いわぁ…。」

 

「う?……ままも可愛いよ??」

 

「…ねね、おたえちゃん。…○○とはいつ結婚するの?」

 

「やめい。」

 

 

 

延々と展開される頭の悪い会話に割って入る。このままではこの玄関で婚姻関係でも結ばれそうだ。

 

 

 

「んもう、どうして邪魔するのよいけずぅ。」

 

「うるさい。…行くぞ、花園。」

 

「お?およよよ??……引っ張らないで~だーりん~。」

 

「早く部屋に来るんだ。終わりが来ないぞこのコントは。」

 

「……お部屋で結婚式するの??」

 

「しません。…取り敢えず荷物置きたいだろ?…ボクは話が聞きたいが。」

 

 

 

そのままに花園を引き摺って自室へ放り込む。強めに閉めた扉は一応拒絶の意思を込めてのものだ。…多分伝わらないけど。

 

 

 

「…で?ボクはイマイチ状況が把握できていないんだが、何しに来たんだね?」

 

「ままが、泊まりにおいでって。」

 

「…あ、本当にその理由だったのか。」

 

「なんなら、そのままうちの子になっちゃいなさいって。」

 

「そう簡単になれるもんじゃあないよ。」

 

「でも、だーりんのお嫁さんになったらなれるって言ってた。」

 

「どういう意味かわかって言っているのかね…。」

 

 

 

花園が花園じゃなくなるということなのだよ。

 

 

 

「……じゃあちょっと保留にする。」

 

「そうしたまえ。」

 

 

 

花園がうちに来たとき、特に共通の趣味もないボク達は基本的に各々のしたいことをして過ごしている。そうなると花園はギターを弾いているか部屋の本を勝手に読み漁るか、無駄に部屋を散らかし出すか…。

今日も御多分に漏れず話したい内容が片付き次第それぞれの時間の過ごし方へ……移行できなかった。勉強机備え付けの椅子に座ろうとしたのだが、右腕にひしっとしがみつかれているせいで動くに動けない。

 

 

 

「…なに?」

 

「今日はだーりんと一緒にあそぶ。」

 

「なにして遊ぶつもりだね…ボクは読書して過ごす予定だったわけだが?」

 

「……そのご本読んで聞かせて。」

 

「……正気か?」

 

「うん。」

 

「………なら読書は中止だ。何か遊べそうなものでも探そう。」

 

 

 

そういえば、花園がこうして通うようになるまで、友人を家に上げる経験など無かった。元々他人と関わることを求めないボクだ。当然遊びの道具なんか何一つないし、そもそも遊ぶもの自体何を指すのかもイマイチわからない。

 

 

 

「あっ、だーりんだーりん!」

 

「どした。」

 

「あそこの引き出し!なにか入ってそう!!」

 

「……あそこは昔やり終わった問題集やテキストが仕舞ってある段だぞ…。」

 

 

 

何も無いとは思いつつ、かなり重くなっているその段を引出す……と。

 

 

 

「あった!とらんぷ!!」

 

「……マジか。」

 

 

 

誰かが置いていったものだろうか。割かししっかりしたケースに入ったトランプがひと組出てきた。…何故花園がこの場所を探し当てたのかはわからないが、何分常識の通じない未知の生命体だ。今更驚くこともない。

 

 

 

「…トランプ、わかるのかね?」

 

「七並べしたい。」

 

「七並べ…?とは?」

 

「はい、じゃあおたえ先生が説明しますので、ちゃんと聞くように。」

 

 

 

その後三時間に渡り、花園先生の指導のもと七並べを楽しんだ。…正直ただ数字を並べるだけの作業だったが、一挙手一投足何かしらのリアクションを起こす花園を見ていたせいか不思議と楽しめた気がした。

 

 

 

**

 

 

 

夕飯、入浴、就寝準備と一人の時とも変わらないような自然さで終わり、床に就いたのが丁度てっぺん辺り。

花園のその言葉通りボクのベッドで二人で寝ていたはずだ。

寝始めこそ心臓の鼓動が抑えられなかったが、眠気が強まるにつれてどうでもよくなっていったらしい。気づいたときにはその体温すら心地よく感じられ、深い安らぎに落ちて行って……まさかこんな時間に起こされるとは思わなかった。

 

 

 

「……しかしどこへ行ったんだあの子は。」

 

「だーりん、だーりん見て。」

 

「…今度はなんだ。」

 

「じゃーん。」

 

 

 

ほぼ真っ暗な部屋の中、少し目が慣れてきたのかぼんやりと浮かぶ花園の姿。……エプロン?

 

 

 

「あのねあのね、ご飯が炊けまして。」

 

「…こんな時間に?」

 

 

 

はて、そんな謎の時間にタイマーをセットするだろうか。

 

 

 

「まぁ私がしたんだけど。」

 

「何やってんだ……。」

 

「きっと夜遅くまで遊んでたらお腹空くと思って、夜食用にね。……でもくっついてるのが幸せすぎて寝ちゃったからさ。…おたえちゃん、読み間違えちった✩」

 

「そうかい。寝心地良かったもんな。」

 

「だーりんもそう思う?」

 

「うん、そうだね。…今日は夜食もなしにして、朝まで寝たらどうだい。…またくっつくと暖かいし幸せだろう。」

 

 

 

早く、早くまた眠りに落とさせてくれ。一度覚醒してしまうと暫く眠れなくなる体質なんだ。

 

 

 

「ほら、エプロンは机にでも置いといてさ。」

 

「う……ちょっと残念。」

 

「また作ったらいいさ。……ほら、こっちおいで。寝るよ。」

 

「……ぎゅってしてもいい?」

 

「いいとも。だから早くおいで…。」

 

「私が上になってもいい?」

 

「苦しくて眠れないじゃないか…普通に隣りにおいで。」

 

「えー…でも、でもね。新婚の夫婦さんはどっちかが上になって…」

 

「……たえ。」

 

「!!……は、はい。」

 

「そういうのは大人になってからでいいからね。今は布団に入って、二人でくっついて寝よう。…いいね?」

 

「…ん。わかった。」

 

 

 

もぞもぞと潜り込んでくる感覚。…どうでもいいが、()()は布団の足の方から入って枕側に顔を出すようにして布団をかぶる。お陰で髪はボサボサになるのだが、何やら本人は凄く満足そうなのでこれはこれでいいのかもしれない。

腕枕の要領で首の下に腕を差し入れてやる。少し頭を浮かせたたえはぎこちない動きで頭を下ろし、両腕でそっと抱きついてきた。そのまま存在を確かめるように胸板のあたりに顔を擦りつけている。

……あぁ、来た来た来た…心地よい……二度目の……眠気が。

そうしてボクは、たえと共に幸せな眠りへと落ちていったのだった。

 

 

 

「だーりん……なまえ……呼んでくれたっ…ふふふ。」

 

 

 

 




人と一緒だとすぐ寝ちゃうんですよね。




<今回の設定更新>

○○:人生初めてのトランプ体験だった。
   たえと一緒にいることで、何かが少しずつ変わっていく予感を感じている。

たえ:か わ い い 。


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2019/11/15 花園おたべ

 

 

 

「しっかし、相変わらずよく食べるな…」

 

 

 

深夜のファミレス。

何故か向かいに座らずに隣で黙々と葉を咀嚼する花園に、呆れつつも最早感心を覚える。この細い体のどこに収納されていくというのか……いや、そもそもこいつの体内に胃袋とそれ以外で境界があるのだろうか。

もしや体中全てが胃袋で…

 

 

 

「??だーりんもきゃべつたべる?」

 

「いりません。ボクはボクの分を食べ終わったからね。」

 

 

 

花園は追加で注文した三種のサラダをまるで"三角食べ"でもするかのように楽しんでいるが、ボクはとうの昔に注文分の食事を終えている。とは言え、現状急に食べることになったフライドポテトをゆっくり噛み締めているわけなのだが。

はて、食事を終えているのにポテトとな?…要はこの胃袋馬鹿がアホみたいに注文をかました後に「やっぱいらないや」と言った分を押し付けられたのである。

 

 

 

「……あっ」

 

「今度は何かね?」

 

「今日、私」

 

「サラダしか注文してないのは知ってるよ。…全種類制覇するんだって意気込んでたじゃないか。」

 

「う?そーだっけ?」

 

「さっきまでの君も同じ花園であるならそうだったよ。」

 

 

 

入店する直前から「今日は全ての葉物を制覇するんだ」と息巻いていた花園。彼女はどうやら、食べ始めると全脳機能を食事に回してしまうタイプの新人類らしい。

 

 

 

「ぴんぽーん!」

 

「あぁもう、今度は何を注文する気なんだ…。」

 

 

 

少し目を離すとすぐに追加注文をしようとする。食べ終わってからにしろと再三言っているのにこれだもんなぁ。

 

 

 

「…あっ、ええと、このページのこっち側ください!」

 

「」

 

 

 

ページ注文…だと?

花園が開いているのはパスタのページ。色とりどりのスパゲッティ達が食欲を唆る見開きではあるが…。

少なくとも六~七皿は見えたぞ?…わぁ、店員のお姉さんも中々見られないような焦り方をしている。一生懸命一品ずつ読み上げる店員さんが不憫でならないが、食を前にした花園は止められないんだ…南無。

 

 

 

「ふっふーんっ♪…たのしみ。」

 

「さいですか…まぁ残さないでおたべ。」

 

「おたべ?…ちっちっ、私は「おたえ」。」

 

「そのギャグ気に入ってんの?」

 

 

 

近い言葉を聞くや否や必ず言い返してくるその流れ。彼女と共に過ごすようになって幾度と経験したその流れだが…マジなのかギャグなのか今だにわからないほど彼女の瞳は真剣なのだ。

何にせよ、ボクの問いに花園が答えてくれたことは無い。

 

 

 

「…ぅぷ。流石にこれだけ食べれば腹も膨れるってもんだ。」

 

「わぉ、全部食べたの?えらいねぇ。」

 

「君は…なんだかなぁ。」

 

 

 

まるで他人事のようにへらへらと笑う花園。こら、男の頭を撫でるんじゃない。

君が頼みすぎたせいでボクがこうなっているってことをもう少し自覚して欲しいものだね。

 

 

 

「お、お待たせしましたー。」

 

 

 

そんな中、引き攣った笑顔を浮かべた店員のお姉さんが大量にパスタ皿を載せたカートを押して登場した。…おぉ、黒い制服も相まってどこぞの火車のようだ。

 

 

 

「待ちましたぁ!」

 

「花園、そういうのいいから。」

 

「ええと、これはどちらに…」

 

「あぁ、全部このこの前に並べちゃってください。」

 

「は、はぁ…。」

 

 

 

そりゃそうだ。いたずらか何かだと思っているだろうね。

料理を残されると手間や廃棄物が増える分店舗にも迷惑がかかるわけだし…当然初期の頃は注意されたり断られたりした。だが、すっかり常連となった今ではどんなに周りがざわつこうが料理を出すようになったのである。

…いやな信頼を勝ち取ったものだ。

 

 

 

「うわぁ…!」

 

「それ食べたら帰るからね。」

 

「うん!私、残さないで食べるからねっ!」

 

「残さないのは知ってるが…まあいいや、おたべ。」

 

「う?…だから、「おたべ」じゃなくて」

 

「たえ、早く食べて早く帰ろ?もう遅いし。」

 

「!!…うんっ!」

 

 

 

何が嬉しいのか、いつもより二割増くらいのスピードで掻き込み始める花園。…そんなに空腹だったのだろうか?全てのサラダまで平らげたあとだというのに。

 

 

 

**

 

 

 

「ごちそーさまでしたっ!」

 

「はいはい。満足したかい?」

 

「うんっ!かーえろっ!」

 

 

 

食事一つで騒々しいやつめ…。

 

 

 

 




おたべ。




<今回の設定更新>

○○:見ているだけで腹が膨れるのか、最近小食になりつつあるとのこと。
   やせ型。

たえ:名前を呼ばれるのが嬉しい。それだけで舞い上がっちゃうらしい。
   基本やせ型。


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2019/12/04 花園じゃないもん

 

 

 

「こらこら、そんなに何でもかんでも買っちゃいかんのだよ。」

 

「えーだって、きれい。」

 

 

 

買い物にやってきた花園とボク。母親に頼まれて、花園のバースデーパーティグッズを買いに来たのだが…。何故その買い物に花園本人がついてきてしまうのか。これではサプライズもへったくれも在らず、本末転倒というやつじゃないのかね。

しかも、買いに来た店が百円ショップというのがまた悪かった。ボクとしてはキッチン用品と飾りつけの雑貨が欲しいだけなのだが、花園は目に映るガラスやプラスチック商品を片っ端から持ってきてしまう。カラスかね君は。

 

 

 

「いいから、置いて来なさい。」

 

「やだぁ。」

 

「やだじゃない。持ってきても今日の買い物リストに入っていないものは買わないのだよ。」

 

「そんなリスト持ってないでしょ。だーりんの嘘つき。」

 

 

 

ぷくっと頬を膨らませる花園。そうまでしてそのギラギラした気色悪い髑髏が欲しいかね。…だいたいそれは…貯金箱なのか。なるほど。

 

 

 

「そりゃあ持ってはいないけど、ココに入ってるからね。」

 

 

 

トントンと右のこめかみを突く。それを見て何を思ったのか、真似するように自分のこめかみを叩く花園。

 

 

 

「んっ…んっ……何も入ってないよ。だーりんやっぱりうそつき。」

 

「はっはっは、花園の頭は空っぽだからなぁ。」

 

「だーりんきらいー。」

 

「はっはっは。」

 

 

 

結果何も出てこなかったようで、さっきの倍くらいに膨れる花園。フグみたいだ。

嫌いだの何だのと言いながらも離れようとしないのは一体何なのだろうね。

 

 

 

「だーりん。」

 

「…なんだね。」

 

「買って。」

 

「買わない。」

 

「…………むぅ。」

 

 

 

ションボリと肩を落として売り場に戻る花園。さすがの鉄壁っぷりに諦めたのか、両腕いっぱいに抱えたものを戻し始めたようだ。

店内で流れる「きよしこの夜」のメロディも相まって酷く切ない絵面に映るが…それでも買わないものは買わないのだ。厳しくしないとヤツは付け上がるからな。

 

 

 

「……むむ。」

 

 

 

商品を戻す手が…止まった。

何事かと思いそのまま眺めているとその視線に気付いたのか、チラリとこちらに視線を寄越す。…だから、そんなに見たって買わないというのに。

 

 

 

「むむむむ。むむむー。」

 

 

 

唸りながら…というより、最早"む"としっかり発しながら近づいてくる花園。そんなに気に入ったかその置物が。

 

 

 

「わかったわかった…。じゃあその二つだけ買うことを許そう。」

 

「ほんとっ!?」

 

「……コロッと表情変わるんだから…。本当だから、今は一旦置いておきたまえ。」

 

「う?…やっぱり買わない?だーりんいじわる??」

 

「違う違う。ガラスの置物ならば割れるのが心配であろう?…買うものはまだあるのだから、最後にカゴに入れようじゃあないか。」

 

 

 

レジに行く前にカゴの中で粉微塵…ではあまりにも悲しすぎるだろう。折角買うと決めたものなのだから、最後まで綺麗な形で手に入れたいものだ。

ただそれだけの安直な考えなのだが、花園にとってはノーベル賞ものだったようで。

 

 

 

「…だーりん、もしかして天才??」

 

「……気づくのが遅かったね。」

 

「すごいっ!!じーにゃす!じーにゃす!!」

 

 

 

恐らくGenius(ジーニアス)と言いたいのだろうが…これはこれで可愛らしいから放っておくか。

 

 

 

「それじゃあ、必要なものを買い揃えてしまうぞ?」

 

「さんせー!じーにゃー!」

 

 

 

もう原型がわからないじゃないか…。

 

 

 

**

 

 

 

楽しい時間というのはすぐに過ぎ去ってしまうもので。

花園が騒ぎに騒ぎまくったパーティは、体感時間にして数分で終わってしまった。実際も2~3時間と、それもほぼウチの両親と花園の交流会のような様相を呈していた会だったが。

今は片付けを母親に任せ、自室で二人寛いでいるところだ。

久々に食べ過ぎたせいか体は重く、それに比例するように瞼も存在感を主張し出している。花園は泊まるということだからさほど面倒を見なくても良いのだが…流石に部屋に上がってすぐに寝るというのも失礼な話だろう。

それも、今日の主役を手持ち無沙汰にさせて、だ。

 

 

 

「…だーりん、おねむ??」

 

「己の胃袋の許容量を少々見誤っていたようでね…。」

 

「そっかぁ。」

 

「…………ぁ。」

 

 

 

そうだった。結局あの騒ぎの中でプレゼントを渡せず終いだったのだ。日付が変わる前に気付けて良かった。

これを渡さなければ、何も祝わずに過ぎ行く只の日常のワンシーンになってしまうところだった。

 

 

 

「おいで、花園。」

 

「う?……んしょ、きたよ。」

 

 

 

おいでといってもさほど空いていない距離を詰めるだけだが。膝先を擦るようにしてずりずりと寄ってくる花園と向かい合うように座り、正面から首の後ろ側へと手を廻す。ハグと勘違いした花園が抱きついてくるが、正直ボクのしたい作業に影響は出なかったので続行。

 

 

 

「どしたのだーりん?甘えんぼ?」

 

「いいから、おとなしくしてなさい。」

 

「ぎゅぅぅぅ……」

 

「………よし。思ったより手こずったな。」

 

「ぅぅぅぅぅぅぅ……」

 

「もういいよ花園。終わったから離れても。」

 

「や!」

 

「なんだと…?」

 

 

 

予てより用意してあったシルバーのネックレス。飾りとしては然程大きくないリングが二つ連なっているだけのシンプルなものだが、友人としては妥当なものだと思う。きっと似合うと思って購入し、なかなか渡すタイミングが無かったというのが本音だが……。

いや、今は開放してくれないことを心配すべきか。

 

 

 

「こらこら花園、もう済んだから離してくれても…」

 

「花園じゃないもん。」

 

「うっそだろ。」

 

 

 

じゃあ一体誰だというのか。

 

 

 

「"たえ"って呼んでくれなきゃやだもん。」

 

「えぇぇ…?なに、君自分の苗字嫌いなの?」

 

「そうじゃない!だって花園は、花がいっぱいで楽しいねうふふって意味だから。」

 

「うんまあ今は突っ込まないでおくとして…それはアレか?これからは名前で呼べ的な…要求?」

 

 

 

参ったな。女性を下の名前で呼ぶなどボクにはハードルが高すぎる事態なのだが。

しかし今日は花園の誕生日…要求されたものくらいは渡せずして何が男かね。

 

 

 

「そうだよ。だって、ずっとずっと名前で呼んで欲しかったのに、だーりんは花園花園って…。お父さんもお母さんも返事しちゃうよ?」

 

「わかった。…わかったよ。」

 

 

 

流石に親の前で呼ぶつもりは無かったけどもここは腹を決めよう。

 

 

 

「……たえ。」

 

「!!!……はぁい。」

 

「…っ!結局離してないじゃんか!!」

 

「だって、嬉しい時は誰かを抱きしめて、喜びを分かち合うもんなんだよ。」

 

「それは誰の言葉だ…?」

 

「おたえちゃんでぇす!」

 

「ああもうどうにでもしてくれ…。」

 

 

 

相変わらず予想のつかない子だ。

因みにネックレスについてはその後、満足した花園が改めて喜んでくれた。

 

 

 

「あれれ?私、こんなの着けてたかな??」

 

「…それ、ボクからの誕生日プレゼントね。それを着けようとしてたんだよさっきは。」

 

「そーなんだ!!…にはは、輪っかが可愛いの。」

 

「そうかい。気に入ってくれたなら何よりだ。」

 

「だーりん大好きっ!にははっ!!」

 

 

 

……まぁやっと渡せたしいいか。

 

 

 

 




にはは。




<今回の設定更新>

○○:気づけばおたえと過ごすのが普通になっている。
   いつも二言目には「花園」と出てくるのをよく矢口にからかわれる。
   …矢口、覚えていますか?

たえ:どんどん幼児退行が進んでいるような…。
   好きな相手にはこうなのかもしれませんね。
   名前で呼んでもらいたい派。


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2019/12/28 花園熱中電気ギター

 

 

 

休日の昼下がり。久しぶりにたえの掻き鳴らすギターの音色を聴き流しつつ、ベッドに寝転んだ体勢のままスマホのネットニュースを読み漁る。この情報社会、手軽に閲覧できるネットニュースは最早生活の上で欠かせないツールとなりつつある。

……なるほど、ブラック企業ねぇ…。

 

 

 

「ふぁ~……んむ…」

 

 

 

体勢も相まって、小さな画面の小さな活字を追う事に疲れた瞳と脳が休憩を促してくる。ちらりと視線をくれてやったところでたえはギターに夢中だし、この状態のたえはどんな()()()()()にも動じず反応しない…要は数少ない見た目通りのクールビューティ―花園っぷりを醸し出す時間なのだ。

このまま仰向けでスマホを使っていると、うとうとした瞬間に顔面に落下…なんてありきたりなおっちょこちょいをやってしまいそうで、早々にこの退屈もといまったりし過ぎの空間をどうにかせねばなるまい。

 

 

 

「ふん……ふんふん………あっ。」

「ふんふんふん………ふん……」

「ふんふん…………むっ?……ほぁー……」

 

「……。」

 

 

 

ピッ。

一人熱心に頷きながら練習に勤しむたえを後ろから撮影。もちろん動画でだ。本人が気づいているのかどうかは定かでないが、ボクのスマホには確かに"秘密の花園"フォルダがあって、日々こうして潤いを見せているのだ。…そもそも基本的に毎日たえと過ごしているせいで、新規が増えない日は無いと言っても過言ではない。来過ぎなんだ。

 

 

 

「……………よっ……ほっ………」

「むぅ……。……あっ、こうかぁ………」

「………ふんふんふんふん………おぉ、できたぁ……」

「………にはは。」

 

 

 

よくもまぁあれだけ集中していられるものだと感心する。たえはどうやら、物事に熱中しだすと周りに意識が全く行かなくなる性質(タチ)らしく、正直心配になる程に何も見えなくなる。

撮影されているのに気付かないくらいであればまだしも、不埒な輩に何かされていても気づかないようではまずい。…どこまで気づかないか、やってみようか…?

 

ピロン。

 

動画撮影を辞め、手始めにそのフリフリ揺れている長い髪へ手を伸ばす。ベッドに寄りかかることも出来るほどの距離でこちらに背を向けている為、少し手を伸ばせば容易に届く距離なのだ。

 

 

 

「………ぉぉお、相変わらずのサラサラっぷり…。」

 

 

 

梳くようにして指を通すと、引っ掛かることも無くすぅっと流れる。頭部から離れるに従ってひんやりとしていく毛の感触はどうもクセになりそうだ。…うむ、もう一回。

………おぉ、もう一回。……ひゃぁ、もう一回。………ううむ、もう一回。

もう一回もう一回…もう一回もう一回……。まるで打ち上る花火のようにボクを惹き付けてやまない髪に、熱病に浮かされたかのように手を通し続ける。…なんだ、ボクも存外集中力あるじゃないか。

だがしかし、たえは相変わらず練習に夢中。この部屋にたった一人しかいないとでも言うかの如く、「ふんふん」はとまらない。

 

 

 

「…気を取り直して次…次…かぁ。」

 

 

 

流石に演奏に関わることには気づくだろう。ギターに関連すると言えば、両腕はNGだ。もっとじわじわと責め立てるような…あぁそういえば、たえは背中が敏感なんだっけ。こそばゆさにも弱いし、寝る時には背中のトントンをせがまれる。

寝る直前の駄々っ子の様なたえを思い返しつつ、背骨のあたり、中央部を上から下にすっとなぞる。

 

 

 

「っ!!!」

 

 

 

…一瞬音が止んだ。流石にこそばゆさには反応してしまったのか、勢いよく伸びた背筋にリアクションを待ったが数秒の後にまた演奏を再開してしまった。もう一度やっても結果は同じ。振り返るには至らないようだ。

何だかボクの負けず嫌いに火が付いた気がする。こうなったら何としてでも振り返らせて見せる。…次は…そうだな。

ベッドから降り、たえの正面に回り込む。うっすら血の滲んだ綺麗な指が忙しなく動き、眼球も震える様に動き続けている。手元のノートでも見ているのだろうが、速読でもしているかのようだ。

たえは演奏に熱中すると満足するまで辞めない。指を切ろうと爪を割ろうと、満足が行くか限界が来るまでは止めないのだ。以前出血を手に認めたボクが強引に演奏を辞めさせたときなんかはこの世の終わりのように泣き叫んで暴れた。…その壮絶さは筆舌に尽くし難い。

普段あれほどべったりな相手が正面に居るのにここまで熱中し続けるとは…ギター>ボク、という当たり前の構図でしかない訳だが、何だか無性に腹立たしい気分になった。

 

 

 

「………たえ。」

 

「……ふんふんふんふんふん…………にははっ。」

 

「…おーい、たえちゃーん。」

 

「……むっ。………ははぁ、ふんふんふん………。」

 

「おたえ氏ー。…たえぴっぴー。」

 

「………ふん…ふん………おぁっ。…ちゃぁぁぁ…(?)」

 

 

 

ガン無視である。あれだけ名前呼びに拘っていたというのに、結局その呼び名すらギターに敵わないと言う訳か。つくづくよく分からない生き物だ。

これ、何言ってもスルーされるんじゃ?…と思ったボクは、今度はワードのギリギリを検証することにした。

 

 

 

「ごは……」

 

 

 

ご飯は反応しそうだから辞めておくとして…。

 

 

 

「んん"っ。…たえー、昼寝しないかー。」

 

「………ふんふんふん。」

 

 

 

だめか。

 

 

 

「…お、たえ、歯に青のりついてるぞー。」

 

「……うにゅ。………ふんふん……ふんふん…」

 

 

 

だめかぁ、付いてねえし。

 

 

 

「暇だなぁ…誰か遊んでくれないかなぁ…」

 

「………………………ふんふん。」

 

 

 

強いな。

 

 

 

「………たえ。」

 

「………ふんふんふんふん。」

 

 

 

こうなりゃ切り札、まさに必殺の一撃を。

 

 

 

「…結婚しようかぁ。」

 

「!!…………ほんと?」

 

 

 

勝った!!!

 

 

 

「どうしたたえ。顔が真っ赤だよ。」

 

「だって…だーりん、けっこんって」

 

「あぁいや、何言ったら練習中のたえに聴こえるかなーって試しただけだよ。ほら、君はギターを弾き始めると五感の殆どがギターに向いてしまうだろう?」

 

「……………そうなの?」

 

「気付いていないのかい…やれやれだね。」

 

 

 

流石に人生が懸かっている様なワードには反応する、と。…まあ、反応如何だけで言えば、背中でクリアしていたわけだけども。

こりゃあいい、いざって時にはこのワードで振り向かせて…

 

 

 

「もてあそんだの。」

 

「え"っ。」

 

「私の気持ち、もてあそんだの。」

 

「あいや、その…。」

 

 

 

あれ何か怒ってらっしゃる…?そんなにワードチョイスが悪かった??

 

 

 

「もう…そういう言葉は軽々しく使っちゃったらだめだよ。」

 

「…うん。」

 

「だーりんはかっこいいんだから、誰にでもそんなこと言っちゃったら"いっぷたさい星"に連れて行かれちゃうんだよ。」

 

「そんな星は無い。」

 

「そうなの?」

 

「そうなの。」

 

「…でも、誰にでもそう言う事言うのはだめ。」

 

「…今人生で初めて言ったがね。」

 

「………ほんと?」

 

「当たり前だろう。まともに女の子と接するのだって君が初めてなのだから。」

 

「…………にははっ。私、だーりんのハジメテさん??」

 

「言い方よ…ま、まあ、そうなるのかね。」

 

 

 

それを聞くや否や、少しお怒り気味だった彼女は輝く様な満面の笑みに。ギターをそっと置いたかと思うと急に立ち上がり、勢いよく部屋を飛び出していった。

 

 

 

「な……何なんだ一体…」

 

 

 

そして部屋の外、階下のリビングから聞こえてくる大声。

 

 

 

「ままぁ!だーりんの初めてもらったぁー!!」

 

「あのバカ…っ!!」

 

 

 

慌てて後を追い、歓喜の舞を披露する両親の勘違い解こうと必死になったが…

…晩飯は赤飯になってしまった。

 

 

 

**

 

 

 

「君はもう少し慎重に言葉を発したほうがいい。」

 

「おせきはんおいしかった!」

 

「いやぁうん……そうだね。」

 

「おいしくなかった?」

 

「白飯よりは美味しかったが…そうではなくてね?」

 

「だーりんの初めて貰う度におせきはん食べられるの?」

 

「……そういうシステムじゃないと思うが。」

 

「にははっ、それじゃあいっぱい初めて貰うー。」

 

「勘弁してくれ…。」

 

「だーりん。」

 

「…何だね。」

 

「…けっこんも、初めては私?」

 

「………………そういうことは軽々しく言うもんじゃないぞ。」

 

「にははっ!」

 

 

 

 




終わりは近そうですね。




<今回の設定更新>

○○:苦労人。最近慣れが進行し、おたえの居ない日々が物足りなく感じる様に。
   おたえはクスリ。中毒性あんだね。

たえ:ギターに注ぐ時間と熱意が凄まじい。
   バンドは組んでいないが、日々研鑽は怠らないという。
   轟け、花園電気ギター。


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2020/01/24 花園ランドからは逃げられない

 

 

 

「ねえだーりん。」

 

「何だね。」

 

「うふふっ。」

 

「……特に用はない…ということかね?」

 

「えへへへっ。」

 

「………ほら、もうすぐ家だぞ。」

 

「ん、だーりんも寄ってく?」

 

「寄ってかない。」

 

「えー!なんでぇ??」

 

「何でも。」

 

「だーりん、わたし、嫌い?」

 

「嫌いじゃない。」

 

「じゃあ寄ってこ。」

 

「何が「じゃあ」なんだ。」

 

 

 

帰り道、相変わらず謎の多い花園たえを添えて…か。特にピックアップする意味のないこの会話だが、腕を組む前も合わせるともう今日だけで三度目になる。

何が何でも花園家へとボクを誘導したいらしいが、どんな企みがあってのことか。…何も考えていない可能性も大いにあるが。

 

 

 

「だって、そろそろお母さんに紹介しないと。」

 

「紹介ぃ?……君の母君にならば先日会ったと思うがね?」

 

「むぅ。そういう紹介じゃないの。」

 

「……「この人が私のだーりんなの」って、あれ以上の紹介があるかね?」

 

 

 

以前両親と一緒に突然うちを訪ねてきたたえ。何事かと思い萎縮しながら対応したが、結局のところボクを一目見たい両親の願いを叶えてあげた…つまりはそういうことだった。せめてアポイントメントくらい取るべきだと思ったが、何故かウチの両親は歓迎。気付けばすっかり結婚を前提とした家族ぐるみの付き合いが形成されていて…

 

 

 

「おまけに今じゃ連絡もなしに行ったり来たりする仲じゃないか…近い家でもないのに。」

 

「えへへ~、花園ランドの建設は順調でぇす。」

 

「なっ……全て策略の上でか。…とぼけた顔してやりよる。」

 

「だからぁ、今日はだーりんは私のおうちに帰ってくるのー。」

 

「やれやれ……そう遅くならないうちにはお暇するからな?」

 

「んふふ、了解であります。」

 

 

 

まったく。

 

 

 

**

 

 

 

「ただいまー!おかーさーん!」

 

「……。」

 

 

 

あぁ、すっかり慣れた調子でまたこの家の玄関へ上がり込んでしまった。たえの帰宅を感知するや否や集まってくるカーペットのようなウサギの集団を踏まないように乗り越えていくと、リビングではたえの母親がにこにこと出迎えてくれた。

 

 

 

「おかえり、たえちゃん。○○ちゃんも。」

 

「う……お邪魔、しま」

 

「帰ってきたら「ただいま」でしょ?○○ちゃん。」

 

「……た、ただいま。」

 

「あのねー!今日ねー!学校でねー!…」

 

 

 

我が家もそうだが、()という生き物は自分の家族に異物が混入した時には自分の子供のように扱う習性でもあるのだろうか。

花園家の母君…野々絵(ののえ)さんも、すっかりボクを息子のように歓迎?してくれているようで。…いや、そう親切にしてくれるのは勿論嫌じゃない。だが何というか、彼女の場合子供扱いが過ぎるというか…「他人を自分の家族扱いする」には親身すぎるというか。

 

 

 

「ふふふ、今日も○○ちゃんと一緒に過ごしたのねぇ。」

 

「うんっ!だーりんはぁ、ずーっと一緒!!」

 

 

 

何はともあれ、仲睦まじく会話をする母娘というのは見ていて和やかに感じるものがある。見ている分には、だが。

 

 

 

「まぁ!○○ちゃんったらいつまでそこに立ってるの?…こっちに来て、お母さんの隣に座って?」

 

「ぁ…いや、ボクは…。」

 

「だーりん、こっち来てー。」

 

「いやいや…その二人がけのソファに三人目のボクが入るとそれはもう色々な問題に…」

 

「お母さんの言うこと、きけないの?」

 

「そういうわけじゃ……あぁもう!じゃあお邪魔します!」

 

 

 

同じような顔二つに圧をかけられ敢え無く敗北する。どう見ても座る場所なんか見当たらないそのソファの前で、どこに座るべきかと考えあぐねているとたえが立ち上がった。

 

 

 

「んっ!」

 

「いや「ん!」じゃないが。」

 

「あらぁ!一人分空いたわね!」

 

「…………。」

 

 

 

この二人、ボクをどうしたいんだろう。諦めた心持ちでまだ生暖かいスペースに座ると間髪入れずに腿に跨ってくるたえ。

 

 

 

「おま…向かい合わせは無いだろう…。」

 

「だーりん、ぎゅー!!!」

 

「ふふ、それじゃあお母さんも…ぎゅー。」

 

 

 

何なんだこの状況。クラスメイトの家に連れ込まれ、そこの母親と共に文字通り身柄を拘束される。もう何も言う気になれないし、何も考えられない。

ただ一つ言えることがあるとするなら、このどうしようもなくオチの無い状況に誰か終止符を…

 

 

 

「ただーいま。…おっ!」

 

 

 

親父さんっ!!…さて、一般家庭の大黒柱、その家の父親が帰宅して、最初に見る光景が「自分の妻と娘が娘のクラスメイト(男)を抱きしめている」場面だった場合…どんな心境になるだろうか。そして、どんな行動に移るだろうか。

正直なところ、酷く修羅場な場面が起ころうとてそれは少なからず救いになると思った。…のだが。

 

 

 

「おぉなんだ仲良しだなぁ!」

 

「………うっそだろ。」

 

「なんだ、お前までくっついてるのかー?」

 

「ふふ、可愛い息子ですもの。今のうちから可愛がっておかないとね。」

 

「はっはっは!違いない!…○○くん、私はたえの花嫁姿を今か今かと楽しみにしているからね。」

 

「あのねあのねお父さん。私、オッちゃん達くらい子供が欲しいの!」

 

 

 

真面目に言ってんのか。オッちゃん…花園家で飼育している兎達の事だろうが、確か二十羽だったか居たはずだ。…間違いなくウチの親も止めないだろうが、現実問題としてそれはどうなんだ。

というか、それらを生産するための過程を、このとぼけ顔は解っているのだろうか。

 

 

 

「いいわねぇ。私も今から楽しみになってきたわぁ。」

 

「でしょぉ!」

 

「いやその、お母様?」

 

「○○ちゃんは嫌?…二人とも可愛いし、きっと子供たちも可愛いと思うのだけれど…」

 

「そういう問題じゃ…」

 

「あ、そうだ!ねぇあなた?今日は○○ちゃんに泊まっていってもらいましょう?」

 

「ふむ。確かに二十人となると今から準備を始めたほうが…」

 

 

 

おいこらお父さん。自分が何言っているのかわかってるのかね。

 

 

 

「もー、お父さん、そういうのは結婚してからなんだよー。」

 

「お、そうだったかぁ。あっはっはっは!」

 

 

 

あぁ、ダメなんだ。きっとこの家に足を踏み入れてしまった時点で…この家族と関わってしまった時点で、もう逃げられないのであろう。

彼女の言葉を借りるなら「花園ランド」…とんでも無い魔窟である。

 

 

 




そろそろ終わります。




<今回の設定更新>

○○:アウェイなんだかホームなんだか分からないうちに常識を侵食されている。
   半ば諦めてはいるが、特に結婚願望も人間の好き嫌いもないため受け入れている
   ようだ。

たえ:可愛い。
   最近あまりギターを弾いていない気がする。
   お気に入りの場所は主人公の隣と主人公の腿の上。

野々絵:かわいい。
    色々大きいおたえちゃんといったイメージ。
    多分この人も色々破綻している。
    主人公を「本当の息子のように」ではなく「本当の息子だと思い込んで」
    可愛がっているらしい。怖い。


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2020/02/10 嗚呼、憧れの(終)

 

 

 

最近学校が終わって家に帰ってみれば物凄く眠い。まさに睡魔という奴だろうが、その名に恥じぬ悪魔の如き眠気である。

それをうっかりたえに知られてしまっただけに余計に性質が悪い…今ではすっかり、「だーりんの快眠は私が守る」とか張り切って、何ならボクより先にベッドに潜り込み待っているんだから。

 

 

 

「だーりん、おーいで。」

 

 

 

おわかりいただけるだろうか。ベッドで横たわり掛け布団を持ち上げ、何故だかドヤ顔風味で誘いをかけてくるのである。

そしてさらに困ったことに…

 

 

 

「ん…じゃあ、今日も宜しく。」

 

「うぇるかむ花園らんど・いんだーりんべっどぉ。」

 

 

 

これがまた心地よく感じるようになってきたのである。前仕方なしに一緒に寝た時には全く以て心が休まることなぞ無かったのだが、最近はどうした事か、こうしてたえと体を密着させて体温と鼓動を感じながら意識を手放すことに得も言われぬ快感を見出したような気がする。

 

 

 

「ふふっ、だーりん赤ちゃんみたい」

 

「赤ちゃんかぁ」

 

「ばぶばぶー」

 

「……そうなのかなぁ。」

 

「言って。」

 

「なにを。」

 

「ばぶー」

 

「……ばぶー…」

 

「よくできました!」

 

 

 

しゅしゅしゅしゅ…と火でも起こせそうな勢いで後頭部を撫で上げられる。何故ボクを赤ちゃん扱いしたかったのかは分かったもんじゃないが、成程確かにこの状況は寝かしつけられる子供のように見えなくもない。

…決してそういうプレイが好きな訳では無いからな。

 

 

 

「だーりん。」

 

「ん。」

 

「私ね、だーりんと過ごす様になって、すっごくすっごく楽しいんだぁ。」

 

「へぇ。」

 

「だーりんはどうして私と一緒に居てくれるの??」

 

 

 

彼女は何時だって突然だ。脳みそ直で喋ってんだろうな。

そしてあまりに広義で核心の掴め無い質問。時には哲学の話と錯覚してしまうようなことも投げ掛けてくる。

 

 

 

「……たえは目が離せないからね。退屈しなくて済むのさ。」

 

「退屈しのぎなの?」

 

「そう言う訳じゃないさ。…ただその、面白いし何してる時でもつい見ていたくなってしまうというか…。」

 

 

 

面白いと言っても笑えるという意味ではなく、興味を惹かれるというか、意識を持って行かれるというか。

兎に角、いつの間にかボクの視界には彼女が居ることが当たり前になっていたわけで、態々一緒に過ごそうとせずともそういう風に()()()()()()かのように身を任せているだけなのである。

 

 

 

「ふーん。」

 

「ふーん、て…」

 

「私ね、だーりんがすきだよ。」

 

「今更だな。」

 

「そうかな。」

 

「そうだよ。たえがボクのことを好きだって、前々から分かっていた事さ。」

 

 

 

両親に引合されるところまで行っているんだ、気付かないはずもないだろう。おまけにたえがボク以外の誰かと一緒に居るところなぞ見たことも無い。

そもそも普段から好き好き言ってくるからな、この子は。

 

 

 

「じゃあさ。」

 

「うん?」

 

「私がだーりんのこと好きって知ってるのに、どうしてずっと一緒に居てくれたの??」

 

「え。」

 

 

 

何が訊きたいのだろうか。そんな問答をしている間にも、たえの柔らかさと温もりと甘い香りに包まれているボクの意識はどんどん落ちて行ってしまっているのだが…

元からの眠気も相まって頭が回らない。…背中に回された腕に込める力を強められ、よりたえの体に密着する。あぁだめだ、クラクラして今すぐにでも眠ってしまいそう。

 

 

 

「……どうしてかはわからないが、たえと一緒に居ると楽なんだよ。」

 

「…らく?」

 

「ああ。…力を入れなくていいって言うか、素で居られるって言うか。…居心地がいいんだ、こうしてると。」

 

「……んっ」

 

 

 

たえの脇の下から腕を回し思い切り抱きついてみる。触れ合っている部分もかなりの面積を占め、その何処もが熱く熱を持っていた。

小さく声を漏らすたえの顔を見ようと、埋めている胸から頭を離し少し上へとずり上がる…と、至近距離に来る彼女のふにゃりとした表情。

 

 

 

「……それじゃあ、だーりんとずっと一緒に居てあげてもいいよ。」

 

「………それもいいな。」

 

「お父さんとお母さんもね、結婚するんならいつでも大歓迎だよーって言ってたよ。だーりんなら。」

 

「既に結婚前提の仲だったのかぁ。」

 

「やだ?」

 

「やじゃないよ。」

 

「よかった。」

 

「うん。」

 

 

 

たえも眠いのだろうか。掛け布団の上で自由になっている片手で相変わらずボクの頭を撫でつつふにゃふにゃふわふわといった表情と雰囲気で、まるで寝言の様に言葉を紡ぐ。

 

 

 

「私もね、だーりんと一緒に居るとすっごく幸せなんだぁ。」

 

「そっか。…どれくらい?」

 

「んとね。……暫くギターは弾かなくても良いかなーってくらいかな。」

 

 

 

それは大したものだ。あのギターに触れている間は五感がほぼ死滅するレベルの集中力を見せるたえが。

 

 

 

「たえ、眠いんだろう。」

 

「うゅ……ふわわーってする。」

 

「暫く一緒に寝よか。」

 

「そうするぅ………へへへっ、あったかいねぇ。」

 

「落ち着くなぁ。」

 

 

 

叶うならば、もう暫くこのまま。

 

 

 

「なぁたえ。」

 

「んぅ?」

 

「……ボクの、恋人になってはもらえないか。」

 

 

 

おかしな話だ。関係性の逆転現象を起こそうとしている。

両家公認で、婚姻関係でさえも何のハードル無しに結べるような環境下にありながら、敢えて前のステップを踏もうと言うのだから。

正直()()()()()()()()

 

 

 

「えへへへ、だーりん、私のこと好きになっちゃったのー?」

 

「……心外だな。ボクは最初から君が好きだったんだよ。」

 

 

 

それもいいじゃないか。

意味が分からなくて不思議で、掴み処の無い君がずっと好きだったんだから。

 

 

 

おわり

 

 

 




花園たえ編、完結になります。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:どうやらずっと両思いだったらしい。
   ただお互い人間として特殊過ぎた為によく分からない関係のままここまで
   来てしまった。
   抱くより抱かれる方が好きらしい。

たえ:どんどん幼児退行が進んだのは好きの気持ちを隠さなくなっていった事により
   甘え方が過激になって行ったためだと思われる。
   その癖主人公が素直に接していると甘やかしたい欲求が湧いてくるとか。
   ギターはもう、弾かない。


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【宇田川あこ】中二病の天災 - MasterKiller -【完結】
2019/08/28 混沌の堕天使 <Angelo Anakumana>


 

俺の名前は○○。

日々この学校のため、そして可愛い生徒たちの為に奮闘する一人の高校教師である。

好きなものは生徒たちの笑顔。…それに仕事終わりの一杯かな。

あとはこの、放課後の静かな事務作業も意外と好きだったりする。

勿論、事務作業が好きで教師になったとかそういうわけじゃない。現に今だって一人の生徒の面談を待っているんだが…。

 

 

 

「いやに遅いな…。もっかい放送かけるか…?」

 

 

 

時刻はそろそろ夕方の五時を回ろうとしている。

放課後すぐ来るように、とあれだけしつこく言ったはずなのに…。

このまま待っていても色々心配だ。機材まで辿り着くのが少々手間だが、もう一度だけ呼び出しとこう…。

 

 

 

「唯一の通路が教材で埋まってるんだよな…。…これをどかして…あぁ、佐藤先生、机一旦お借りします…。」

 

 

 

体育教諭の佐藤先生の机へ一旦教材をどかして…と。ほかの先生に比べて抱く罪悪感が軽くて済むなぁ佐藤先生は。

元から机ぐっちゃぐちゃだしな。…どうやったらノートパソコンの背中部分に米粒がつくんだ…?

 

 

 

「…んん"っ。…えー。1年A組、宇田川。…1年A組、宇田川。…至急職員室まで来なさい。

 …っと。」

 

 

 

さて。

また明日の指導案を練る作業に戻…

 

 

バァン!

 

 

「疾風怒濤の暗黒騎士…またの名を瞬足の堕天使・あこ…

 召喚に従いここに参ったぁ!!」

 

 

 

来たな問題児。

 

 

 

「…最初の予定より二時間近く遅れてる時点で瞬足もへったくれもないんだよなぁ…

 あと、肩書きが多くてごちゃごちゃしすぎだ。」

 

 

 

紫色の髪を高い位置でツインに纏めて、不敵な笑み(本人談)を浮かべている小柄な女子生徒。

…何度言ってもドアを大切に扱ってくれないこいつが、俺の受け持つクラスの一員、宇田川(うだがわ)あこ だ。

格好良いと思い込んでいる痛々しい言葉を用いて話すことがままあり若干面倒な生徒でもある。

 

 

 

「ねーねー、○○っちー。どうしてあこだけ面談なの?」

 

「○○先生、な。…面談の理由は、お前の進路希望が斬新すぎるからだ。」

 

「……せんせぇ…?何か堅苦しくて嫌なんだもん。」

 

「だからって"っち"は違うだろ。」

 

「えー??おねーちゃんだってそう呼ぶじゃん。」

 

「…あれはもう、諦めてる。」

 

 

 

姉。――あこの一つ上の学年、2年A組には(ともえ)という名前の姉がいる。素行が悪いわけではないんだが、人との距離が近すぎるんだアレは…。呼び方に関しては一応注意はしたものの、そもそもの接点がたまの授業だけなので何かもうどうでもいい。

 

 

 

「ずるいなぁおねーちゃん…。」

 

「諦めて先生と呼びなさい。わかったか?」

 

「……うっさいなぁ、ライオット師匠…。」

 

「ッ…!………それは、もっとダメだろう…。」

 

「なんでー?マックだとそうやって呼んでるでしょー?」

 

 

 

マック。――PC・スマートフォン・家庭用ゲーム機のクロスプレイが可能なオンラインゲーム。正式名称は"Mage and Knights"という。ユーザーは頭文字を取ってM.A.K(マック)と呼び親しんでいる。

 

 

 

「だからって、リアルにキャラ名を持ち込むのは御法度だろ…?」

 

「かっこいいのに…。」

 

「いいから普通に先生と呼びなさい。」

 

「はぁい…。」

 

 

 

冒頭のモノローグを修正する必要がありそうだ。

好きなものはオンラインゲームと酒。嫌いなものは仕事だ。

この生徒、宇田川あことの初対面も二年前、ゲームから派生したオフ会で、それ以降ゲーム内でも絡み続けているというわけだ。

…まさかそいつの担任をやることになるとは思わなかったがね。

 

 

 

「お前な、いくら1年生で進路が固まりきっていないからって、これはないだろ。」

 

 

 

それまでずっと立ちっぱなしだった事に気づき、応接用のソファに座らせ自分も向かいの椅子へ。

問題の用紙を机に出す。

 

 

 

「第一希望 国王、第二希望 ドラマー、第三希望 すごい人。……まともに進路っぽいのが唯一第二希望ってどうなんだ?」

 

「えー!?…あこは真面目に書いたのにー。」

 

「まじめに書いてこれだとしたらうちの学校通う必要ねえだろ…。

 日本の教育課程じゃ国王については教えられねえよ。」

 

「そうなのぉ!?」

 

「当たり前だ馬鹿…。それとこの第三希望。…なんつーざっくりした表現だ。」

 

「…飽きちゃったんだもん。」

 

「だろうな。」

 

「でもね、でもね??…おねーちゃんに相談したら、"あこらしくていいんじゃないか!"って…。」

 

 

 

おい宇田川姉…。妹がどうなってもいいんかお前は…。

 

 

 

「…いいか宇田川妹。…進路希望にお前らしさを出す必要はない。

 …いや、必要無くはないが、ある程度のルールの中で個性を出してくれ。」

 

「職業ならいいってこと?」

 

「…まぁ、それでもいいし、やりたいことでもいいし…。」

 

「うーん……。あっ!」

 

「…書き直すか?…ほれ、ペン。」

 

 

 

手ぶらで来やがって…。筆記用具もってこいって言ったろ。

 

 

 

「………………できたっ!」

 

「どれ、見せてみ。」

 

「ふっふっふ……強欲な人間め。聡明なる堕天使こと、このあこ姫様のせん…………せん……ええと、」

 

「いいからはよ寄越せ。」

 

「っあー!まだ最後まで言ってないのに…」

 

 

 

最後まで聞いていると文字通り日が暮れそうだからな。

可愛そうだが油断している左手から文書は頂いたぞ。

…なになに?

 

 

 

「第一希望 ドラムの人、第二希望 今年中に三次転職、第三希望 天皇……。

 もうどこからツッコんで良いやら…。」

 

「…真面目に書いたよ?」

 

「これで真面目だというなら本格的に頭の方を心配せにゃならんのだが…?」

 

「……。結構やばめ?」

 

「やばめ。」

 

「…えー……。」

 

「第一希望はいいとして。…まぁ、さっきドラマーって書けてたろとか言いたいことはあるんだが。

 …第二希望、ゲームのことを書くんじゃないよ。」

 

「だって、やりたいことでもいいって」

 

「だからってこんなこと書かれて、教師陣はどうしてやればいいんだよ…。」

 

「ギフトカード買ってくれるとか?」

 

「買わない。…あと、三次の"じ"って"次"だからな。お前は毎日三時に転職するつもりか?面接で悪い印象しかねえぞ。」

 

「…漢字、苦手なんだもん。」

 

 

 

わからなくはないけどさ。

パソコンに頼った生活してると日本語が浮かばなくなるよな。

俺もこの前片仮名の"ヲ"が出てこなくなったわ。

 

 

 

「じゃあもう少しアナログで文字書く生活を送りなさい。

 それと第三希望。…まぁ国王よりは現実味あるけどよぉ…。」

 

「…そもそも天皇って何?ギルドマスターみたいなもん??」

 

「……oh。」

 

 

 

まずはリアルな日本をちゃんと生きてみようか、あこ。

 

 

 




新シリーズです。
宇田川あこ編、毎回のタイトルで苦労しそうですね。




<今回の設定>

○○:このシリーズお馴染み、名前を呼ばれないタイプの主人公。
   26歳独身、ゲームと酒と惰眠が大好き。
   "冷徹のRIOT"というキャラ名でプレイ中にあこと知り合い、
   彼女の師匠になったのが出逢い。
   ゲーム内ではそこそこ有名なギルドの古参ユーザーとして通っている。
   メインキャラはヒーラー。複数のサブアカウントを持ち、
   学生時代からの知り合いはほぼネット民。
   巴ともそこそこの絡みがあるが…?

あこ:天使…?
   高校1年生。
   NFOもやってはいるが、こちらではMAKという別ゲーをメインでやっているよう。
   キャラ名は変わらず"聖堕天使あこ姫"。空いててよかったね。
   ゲーム内ではまだ新参ながら、癒しキャラとしてすっかりギルドに欠かせない存在に。
   それはそれとして、リアルでは一応Roselia結成済みなので、たまにドラムを叩く。
   直感と運とセンスだけで演奏するタイプ。


MAK:正式名称"Mage and Knights ~ 久遠の旅人と古の魔導"。
    サービス開始からもう4年になるが、未だ勢いの衰えない基本無料型MMORPG。
    濃厚なストーリーに加え、戦闘以外の生活面も充実、と
    様々なニーズを満たし続ける名作。
    尚、豊富なジョブが選択できるが、大まかな括りは"魔道士"か"騎士"しかない。
    パーティを組む従来のマルチプレイに加え、
   "666人 VS 666人"という無駄に大規模なPVPがある。
    勿論実在しない。


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2019/09/14 暴食の女神 <De ventre deam>

 

『ししょー!あこ一回落ちるねー✩>ω</』

 

『あいよ。』

 

『さらばだー!』

 

 

 

画面から消える派手派手しいアバター。

今日は土曜日。MAKのイベント周回に勤しむ我々オンラインゲーマーの間に、教師も生徒もないのである。

時刻は二十時半。…宇田川家の飯はコレくらいだったか…。

理由は正直どうでもいいが、わざわざ一度落ちるくらいなのだから復帰までしばらくかかるだろう。さて、一人で狩り回るか別ゲーに顔を出すか…と、趣味全振りの贅沢な悩みに頭を捻っていると、

 

 

 

~♪ ~~♪

 

 

 

机の脇に置いたスマホから某秋アニメの主題歌が流れる。…誰だよ休みに電話なんか…。

 

 

 

「……もしもし。」

 

『あ!ししょー!あこだよー!』

 

「…………切るぞー。」

 

『えっ!?え、え、ちょ、ちょっとまって!!』

 

 

 

何だよ飯食ってんじゃねえのかよ。

若干の苛立ちを覚えつつ、適当に流して早く会話を終わらせることにする。

 

 

 

「…進路相談なら週明けでいいだろ?じゃあな。」

 

『そんなんじゃないってば!ししょー、晩御飯食べた??』

 

「あ?食ってねえよ。」

 

『よかった!!あこもね、これからご飯食べようと思ったんだけど、どーせししょー暇でしょ?

 独身だし、ぼっちだし。』

 

 

 

……なんだこいつ。態々担任をおちょくりに電話かけてきたのか?

 

 

 

「喧嘩売ってんのか。」

 

『にゃっははは!それでね、一緒にご飯食べよーよ!』

 

「否定はしないのな。…いや、普通に問題あるだろ。教師と生徒だぞ。」

 

『えー??でも、立場は置いといてゲーム仲間でしょ??

 休みの日くらいいーじゃんさー。』

 

「先生は休みじゃないの。…実家暮らしなんだから、家族とお食べよ。」

 

 

 

それにお前はぼっちじゃないんだし。…何なら姉貴もいるだろうに。

 

 

 

『あのねぇ、ずっと部屋でゲームしてて気付かなかったんだけど、うちに誰も居なかったの。』

 

「はぁ?」

 

『おねーちゃんもバンドの皆とラーメン食べに行くーって、さっき出てっちゃったみたい。』

 

「………で、俺に集る気か。」

 

『にゃっははは。だめぇ?』

 

「だめだ。」

 

『おねがぁい、ししょぉ…?』

 

「カワイコぶってもダメだ。普段からお前の姫扱いにも思うところがあったし、そういうので全部解決できると思ったら――」

 

『綺麗な人紹介するからぁ』

 

「仕方ないなぁ。」

 

 

 

………違うぞ?そろそろ結婚したいと思ったとかそういうのじゃないぞ?ただちょっと、一人で細々と飯食うのにもウンザリっていうか、可愛い教え子の頼みも聞いてやらなきゃっていうか…。

取り敢えず、半ば躓きながらも指定されたファミレスへ向かうことにした。

……本当に、期待とかしてないからな?

 

 

 

**

 

 

 

………あこてめぇ。

向かいに座る、確かに綺麗な風貌の目つきのキツイ女性を見て、心の中で弟子に全力で恨み言をぶつける。

 

 

 

「……それで?」

 

「それで、とは?」

 

「はぁ。貴方仮にも教師なのでしょう?…生徒に誘われたからといって簡単にプライベートを共に過ごすというのはどうなのかしら?」

 

「……全く以てその通りでございます。」

 

 

 

何故俺は公共の場で()()()に説教を垂れられているのか。

悪魔め、後で覚えとけよ。

 

 

 

「全く……んむんむ、生徒の見本として…もぐもぐ…風紀とは何たるかを示して…んむ?…むぐむぐ……いかなければいけない人間が何をやって……おいしーわね。」

 

「あの、ポテト食べるか喋るかどっちかにした方が…」

 

「あのねー!紗夜さんはねー、ポテトが大好きなんだよぉ!」

 

「黙ってろてめぇ…!」

 

 

 

目の前の"一見綺麗だが中身はただただ刺が鋭いだけのクール系美少女"さんはどうやらフライドポテトに目がないようだ。席に着いて早々に注文した二つの山盛りポテトを啄みながらも、説教が終わることがない。

…好きなもん食ってんならもう少し美味しそうな顔しろよ。無表情で食い続けやがって。

ええと確か名前は…氷川紗夜って言ったか。花咲川女子学園の風紀委員らしいな。…なんつーもん連れてきてんだよホント。

 

 

 

「…宇田川さん。この人とは一体どういう関係なの?」

 

「んっとねー、ししょーはねぇ、あこをデビュー…一人前にしてくれた人で、あこに初めてを教えてくれた人!」

 

 

 

あぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!

テンプレみたいな誤解を誘う言葉チョイスしやがって…!!そのニヤケ面、わざとやってんな!?

…社会人相手にやっていいことと悪いこともわからんのか、えぇ!?

 

 

 

「…で、デビュー……?はじめて…??

 ……ええと、全く意味がわからないのですが、貴方の口から教えていただいて宜しいですか?」

 

「………まじか。」

 

 

 

まさかとは思うけどこの子、その類の冗句が通用しないレベルで真面目なのか?

…相変わらず小さい口でもくもくとポテト食べ続けてるし、何だか可愛く見えてきたぞ。

 

 

 

「??私、何かおかしなこと言いましたか?」

 

「いや、そんなことはない。……ええと、実はだな。」

 

 

 

この機を逃すまいと、正しいことに若干の補正を加えながら説明する。

生徒になる前からゲームを一緒にするような仲(ゲームで知り合った)であり、その頃から頻繁に飯など行くような(オフ会)家族ぐるみの(巴とも面識がある)関係であること。

話していくうちに、徐々に紗夜…さん?の顔から疑いの色が消えていくのが分かって一安心だ。…主犯は我関せずといった感じでハンバーグを解体している。聞いてすらいねえ。

 

 

 

「……成程。それはそれは、一方的に決めつけたような態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。

 一方の話しか聞かずに人を糾弾するだなんて、私もまだまだですね。」

 

「あぁいや、気にしないで。大丈夫だから。…あこのこと心配してくれたんだろう?」

 

「ええ、まぁ。……宇田川さんは私にとって、大切なバンドメンバーですから。」

 

 

 

…ははぁん。あれだな、ええと…Roselia、だったか?あこの所属しているガールズバンド。その一員という関係で連れてきたのか。

 

 

 

「…あと、時々一緒にゲームもするので。」

 

「本当?…君みたいな子もゲームとかするの?」

 

「私みたいな……とは?」

 

「あっあぁ!ごめん、悪気は無いんだ。凄く真面目そうだし大人な感じがしたからさ…?

 そういう年相応の?一面もあるんだなっていう……いやほんと言葉選びが悪かった…」

 

「い、いえ、別にいいんですが……むぐ。」

 

「……………ポテトおいしい?」

 

「…は、はい…。……もぐもぐもぐ……おいしー、です。」

 

 

 

手に取ってから口に運ぶまでが滅茶苦茶スピーディなのに咀嚼クソ長いんだよな。まだ口の中に残った状態でヒョイヒョイ突っ込むから…あーあー、ハムスターみたいになってるよ。

 

 

ヒョイパク、ヒョイパク、ヒョイパク、ヒョイパク…ムグムグムグムグムグ

 

 

「…………。」

 

「ししょー、追加しても……って、何で二人見つめ合ってるの?」

 

「!!ふももほほほっふ、ももまままふふふふ!!」

 

「…いやぁ、なんか可愛くって。面白いし。」

 

「もっも、ままふへふぇままめめえももお!!」

 

「はははは、何言ってるかわからんぞ。

 …落ち着いて、飲み込んでから話そ。な?」

 

「もうむっむ…。」

 

 

 

パンパンの状態で無理に喋ろうとするからほら…。ただ、テンパってる時は表情出るんだな。

顔真っ赤にしちゃって…。可愛らしいけど何言いたいか全然わかんねえ。はははは!

 

 

 

「ごくん。……貴方、もしかして生徒にモテたりするタイプ…でしょうか。」

 

「はっは、そんな夢みたいなことにはなったことねえなぁ。…そう見える?」

 

「……い、いえ…別にそんなこと、思って…ないですけど…」

 

 

 

何故目をそらす。

 

 

 

「お、恐ろしい…流石は現世に破滅を齎す魑魅魍魎をも飼い慣らす

 古の無差別調教者<エンシェント ディストラクション ブリーダー>…。

 まさか紗夜さんまでししょーの毒牙に…!?」

 

「……お前は後で話がある。」

 

「えぇ??やだなー。…あっ、このスペシャルチョコサンデーと、ストロベリーマウンテンパフェとぉ…」

 

 

 

食いすぎだ馬鹿。

…あっ、紗夜ちゃんのことじゃないから、お代わり頼む度にそんな申し訳なさそうにしないで。

 

 

 

結局、あこは成人男性2~3人分程の量を平らげ颯爽と外に。財布の中身を確認しだした紗夜ちゃんを何とか説得し、大人の俺が全額もつ形で解散した。

…後日、俺とあこともう一人の知り合いで組んでいたパーティに、"✡SAYO✡"という暗殺者が加わることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 




途中まで燐子を呼ぶ話にしようとしてました。




<今回の設定更新>

○○:もう次の給料まで贅沢はできない。
   古の無差別調教者(笑)
   実際、特に人気のある教師ではない。

あこ:暇つぶしの度が過ぎる。世間知らずということで大目に見てやってください。
   何しろ天使なので、人間の常識が通用しないんです。
   イザコザを呼び込む女。

紗夜:割とゲームを嗜む。ぷ○ぷ○とか。
   第一印象は警戒心の強いリス。


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2019/09/27 慈愛の姉神 <Elder sister of SOIYA!!>

 

 

 

「〇〇先生。」

 

「おう、どうした。」

 

 

 

職員室で次のクラスの準備をしていたところ、珍しく"先生"呼びの宇田川あこがやってくる。

何やらそわそわと落ち着かないご様子だが、今度は何をやらかしたってんだ。

 

 

 

「…先生助けてよぉ。」

 

「…だからどうしたと訊いているだろうに。」

 

「あこ、あこは……取り返しのつかない事を……」

 

 

 

涙目でぐしゅぐしゅ言っているあこに手を引かれ、そのまま三階の図書室や放送室などの特殊教室が纏まっているエリアに連行される。

果たしてこいつは何の用があってそんなところに?

 

 

 

「ここで一体何を……あっ!」

 

 

 

廊下の突き当り。各階の避難経路に設置されている「緊急避難はしご」。普段は鉄製の箱に収納されしっかりと封印されているんだが…

 

 

 

「あれ開けたの、お前か。」

 

「……うん…。」

 

「はぁぁぁぁ…。一体どうしたらあんなもの開けようと思うんだよ…。」

 

 

 

一般家庭用ならまだしも、学校の備品としてセッティングされているそこそこ高価なものだ。…たしか一度出してしまうと点検やら整備やらで数万は飛ぶって聞いたぞ…。

それが、デロン、と。一応窓は開けてあるものの、外には放り出されずに床にだらしなく広がっていた。

 

 

 

「だって、だってね、あこはね、きっと何か楽しいものが入ってると思ったんだよ。ほんとだよ。それでね」

 

「落ち着け落ち着け。…ゆっくり喋らないと、俺にも伝わらんぞ。」

 

「う、ん。…最初はね、おねーちゃんを探して図書室に来たんだけど居なくてね。それでね、廊下に出てみたらあの箱があってね。」

 

「気になって開けちゃったのか?」

 

「………でも、でもね、あこは、やっちゃいけないんだろうなって思ってたよ。」

 

「じゃあ何で開けんの。」

 

「…ぅ……うぅぇぇぇ……」

 

 

 

泣きたいのはこっちだよ本当に…。そもそも、言っちゃ悪いが巴が図書室に来るタイプかね。ありゃ和太鼓の前かラーメン屋のカウンターが似合う女だ。

いくら普段は師弟関係だとは言え、今この場では教師と生徒だ。大声でびーびー泣いてるあこを放置するわけにもいくまい。

 

 

 

「あーもう泣くな泣くな…。この場は俺が何とかするから、あこは取り敢えず泣きやんで待機。できるか?」

 

「うわあぁぁぁぁん……うえぇぇ……ぇぇええええん」

 

「お前、泣き止む気ないだろ。」

 

 

 

泣き声は大きくなっていく一方だ。只の休み時間と言うこともあって、周りの生徒が何事かと見てくる。迂闊なこともできないしなぁ…。

 

 

 

「よしわかった。俺は用務員さんにも報告しなきゃいけないし、ずっとここに居るわけにいかないけど、お前も一緒に来るか?」

 

 

 

もうただ只管にここを離れたかった。

 

 

 

「ひっく……ひっく………う"ん。」

 

 

 

漸く収まり、しゃくり上げながらも後をついてくるあこ。普段から変なキャラ作らないでこれくらい素直なら可愛いもんなのに。

廊下を渡り、階段に差し掛かる角を曲がったところで…

 

 

 

「アレ?〇〇じゃん!おひさー。」

 

 

 

()と遭遇した。

 

 

 

「とも…宇田川姉か。敬語を使えと言ってるだろうに。」

 

「はははは!固いこと言うなよ~。…あ?あこ、何で泣いてんだ?」

 

「何だか避難はしご出しちまってな。テンパって泣いてんだ。」

 

「梯子ぉ?……何をどうしたらそうなるんだよ…。」

 

「俺が訊きたいよ。」

 

「うぅぅぅ、おねーちゃん、ごめんねぇ!!!」

 

 

 

折角収まってきた涙を再度溢れさせ姉の足にしがみつくあこ。みるみるソックスの色が変わっていくが…こいつ涙で脱水症状起こすんじゃねえかな。

 

 

 

「おいおい、姉には謝んのか。」

 

「…ま、アタシにとってあこは最高の妹、そんであこにとってアタシは最高の姉だからな。

 お前じゃ器が足らないってこったよ。はっははは。」

 

「お前って言うな教師を…。」

 

 

 

相変わらずだな巴は。…いや相変わらずで流していい問題じゃない気もするんだけどさ。

姉妹としてこんだけ仲いいならそれだけでもいいと思うんだ俺は。教師として、間違いは正さなくちゃいけないが…

 

 

 

「まあいいこの件は俺が」

 

「あのさ、○○。」

 

「…あ?」

 

 

 

人が格好つけようとしてるところを遮りやがって。

 

 

 

「実はあの梯子、アタシが遊んじゃったんだ。」

 

「はぁ?」

 

「なんつーかさ、別に目撃者とかはいないんだろ?だからここは、アタシがやったってことでひとつ頼むよ、なっ?」

 

「お、おねーぢゃん??」

 

「……俺は別に、報告して直すだけだからなんでもいいんだけどさ。巴はそれでいいんか。」

 

「…まぁ、ね。まともな姉ならここは妹を叱るところなんだろうけど、アタシはあこが笑ってりゃそれでいいからさ。

 あ、信憑性を出すためにモカとひまりもいたことにしようか?」

 

「幼馴染を売るな。…まあ、巴がそれならそれでいいさ。」

 

 

 

何とも格好いい姉だな。いい所は取られた気がするが…あこも泣き止んでるしまあいいか。いい、のかな…?

 

 

 

「悪いな、見せ場盗っちゃって。」

 

「……なんのことだ。」

 

「さっき、あこを庇おうとしてくれただろ?」

 

「…しらんな。」

 

「何だよー、男のツンデレはきっしょいぞ。」

 

「何だその言い草は。」

 

「…つぐが言ってたんだ。」

 

「羽沢がそんなこと言うかよ。」

 

「悪い、本当に気色悪かったから…」

 

「てめえ!」

 

 

 

いい姉を持ったな。弟子よ。

でもな、俺もそこそこ怒られるから、学校の備品で冒険するのはやめような。

 

 

 

 




実際にやると滅茶苦茶怒られるのでやらない方がいいです。




<今回の設定更新>

○○:良いところを持っていかれる系教師。
   この後滅茶苦茶怒られた。

あこ:やっちゃいけないことはやっちゃいけないのです。
   流石に悪いと思ったときは素直。
   おねーちゃんがなんばーわ"んっ!

巴:格好いい。妹大好き。
  結局巴とモカとひまりで遊んで壊したことにした。


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2019/10/29 陰キャの誘い <Тъмно неприлично>

 

 

 

「ししょー!ご飯食べ行こ!!」

 

 

 

そんなアホみたいなテンションの電話が来たのが十五分くらい前。そして、謎の女性が訪ねてきたのが五分前。

今はその女性を部屋に上げ、一先ずソファで待ってもらっている。…何だこの状況。

 

 

 

「ええと、あこの知り合いなんでしたっけ?」

 

「…はい……。ええと、あなたは……あこちゃんの、お師匠様だそうで………。」

 

「え、ええ、まあ。…オンラインゲームの、ですけど。」

 

 

 

あこから電話が来た後、来ると言ったのに中々訪ねてこないあこを待っていた中、うちのチャイムを鳴らした謎の女性……確か名前は白金(しろかね)さんと名乗っていたか。

大人しそうな佇まいに眠そうな表情、腰ほどもある綺麗なストレートの黒髪を纏う、色気のある女性だ。勿論初対面だったが、「あこにここに来るよう言われた」との事だったので上げてしまったが…本当に大丈夫なんだろうか。

そもそも飯に連れて行く件も了承した覚えは無いんだがな。あいつめ、何でもかんでも勝手に話を進めやがって…。

 

 

 

「そのオンラインゲームって……M.A.K.ですか…?」

 

「あっ、知ってるんすか?」

 

「私も………やってますから…。」

 

「…ほう?」

 

 

 

あこの関係者であれば大方その辺だろうとは思っていたが、まさかM.A.K.ユーザーだったとは。…果たして、騎士か魔導士か、どちらを繰り戦うのか…同じゲーマーとして、そこは確認しておかなくてはなるまい。

 

 

 

「白金さん…っだったっけ?」

 

「は、はい……。」

 

「ジョブは?」

 

「…ええと………括りが…」

 

「待って!俺当てたい!!」

 

「……どうぞ。」

 

「魔導士!!」

 

「……ふふふ、二つしか無いですからね………あたりです。」

 

「やったぜ!俺も魔導士でね、一応メインは回復職(ヒーラー)でやってるんっすよ!」

 

 

 

静かに笑うその姿を見て、いい歳こいて燥ぎ過ぎたんじゃないかと少し後悔した…が、好きなゲームの話をする時ってこうなる…よな?

白金さんが一体何歳くらいの女性なのかは分からないが、オッサンが一人盛り上がる姿を目の当たりにしているんだ。ま、多分引いてるでしょう。

 

 

 

「……あっ。…ええと……ごめん、何か燥いじゃいましたね。」

 

「いえ………少し、可愛いなって……思いましたよ?」

 

「可愛いって……オッサンに言う言葉じゃないですよ…。白金さん、役職は??」

 

「私は………メインで『陰キャ』をやっています……。」

 

「『陰キャ』…!!黒魔術師ですか!!…是非ご一緒したいっすね!!」

 

 

 

話題に挙がった『陰キャ』とは、決してリアルの過ごし方を揶揄して言う単語ではなく立派な役職(クラス)の一つである。

主に攻撃魔法を強みとする『黒魔導士』…その派生にあたる『黒魔術師』は、純粋な攻撃魔法ではなく状態異常や能力低下を伴う搦め手を得意とする役職であり、属する中でもその『陰キャ』は先に挙げた状態異常や能力低下…所謂"デバフ"()()を只管にばら撒く、攻撃面での補佐(サポート)役を担う重要なポジションになる。

勿論基礎魔法レベルの攻撃手段は持っているが、如何せんソロプレイに向かない為好んで使うプレイヤーは一握り…これは非常に貴重な出会いとも言えよう。一応、各役職に一つだけ与えられている強力な『クラススキル』を唯一二つ持っていたり、魔導士陣営で唯一の必中即死スキル『闇討ち』を持っていたりと、優遇されてはいるのだが…。

因みにクラススキルは『ステルス迷彩・B.O.T.C.H.(ボッチ)』と『匿名(ネット)()誹謗中傷(ベンケイ)』と言う強力な二本立てである。

 

 

 

「ぁ……はい、是非、私とシてください……ふふっ。」

 

「やったぜ。……あ、じゃあ連絡先交換しません?タイミング合えば連絡するんで。」

 

「……はい……私、男の人と連絡先交換って……初めてです…。」

 

「えぇっ……意外だなぁ…モテそうなのに。」

 

 

 

割とマジな感想だった。なんというか、男が好みそうな要素が詰まった人だなぁって感じだし。

それとも、連絡先を交換するって行為自体が最近は廃れてるのかな。

 

 

 

「私、男の人が苦手で……。」

 

「……よく男の部屋に一人で上がれましたね……。」

 

「ご迷惑…でしたか?」

 

「や、無理してるのかなーって。」

 

「………○○さん、でしたっけ?」

 

「はい。」

 

「……きっとあなたが、可愛らしい方だから………あまり気にしないで済んでいるのかもしれません…」

 

 

 

また可愛いって言われた。……ふむ、俺って意外とイケてる?可愛い系男子??

…近くの電子レンジに映る顔を見てみたが全くそんなことはなかった。

 

 

 

「ま、まぁ…取り敢えず交換をば………」

 

「??…はい。」

 

 

 

お互いのスマホにお互いを登録する。フリーのチャットアプリだが、ゲーム開始の連絡くらいならこれで十分だろう。

 

ガチャァ

「ししょー!きたよぉ!」

 

 

 

…どうやら全てを知っているアイツが到着したようだ。仮にも目上の人の家にお邪魔するんだから、もうちょっとツッコミどころを減らして欲しいものだが。

 

 

 

「……ししょー!!ししょー!!!」

 

「目の前にいるのに何度も呼ぶ馬鹿があるか。勝手に約束取り付けて勝手に来やがって……って、巴はどうした。」

 

 

 

確か姉妹揃ってご馳走になるとか抜かしていた気がしたんだが、目の前にいるのは紫髪のちびっこだけだ。…今日はサイドテールなのか。

 

 

 

「おねーちゃんね、「どうして学校以外であんな奴のツラ拝まなきゃいけねえんだ!」って言ってたよ。」

 

「あの野郎覚えとけよ…。」

 

「だからね、代わりにりんりんと一緒に行くことにしたんだ!!」

 

「……りんりん?」

 

 

 

そう言われて改めて覗き込むも、あこの後ろには誰もいない。果たしてりんりんとは…

 

 

 

「ぁ……りんりんです……どうも。」

 

「白金…さん?」

 

「はぃ……名前が、燐子(りんこ)なので………りんりん、と…。」

 

「…あぁ、そう言えば苗字しか聞いてなかったですな。」

 

 

 

なるほどそれで前もって到着していたというわけか。…うん、それを予め連絡しておこうな?あこちゃんや。

 

 

 

「ねーししょーお腹すいたんだけどー。」

 

「お前はどこまでも勝手だな……何が食いたいんだ。」

 

「んー……いっぱい食べられるならなんでもいい!!あと、ししょーの奢りなら!!」

 

「一度でも自分で払ったことがあったかよ…。」

 

「ぁの……私は、別に……」

 

「あぁ、白金…りんりんさんは気にせずどんどん食べてくださいね。全部俺が持ちますんで。」

 

「…ししょー?あこと扱い違わない??」

 

「当たり前だろ。りんりんさんは貴重な陰キャだぞ?丁重にもてなして呵るべきだろ。」

 

 

 

是非とも仲良くなっておかなきゃいけないし、何より美人は優遇するのが俺のポリシーなんだ。お前みたいな子供じゃなくて、大人の…

 

 

 

「あー……りんりん学校だと暗いって言ってたっけ。」

 

「馬鹿、そっちの陰キャじゃねえよ…。……学校??」

 

「うん。あことは違う学校だけど、高校生だよ。…ねっ?りんりん。」

 

「うん……高校、ええと…花咲川女子学園に通っています……。」

 

「………まじ?こんなに大人っぽいのに…?」

 

 

 

まぁ、大人っぽいと思わせるのは大体一箇所のせいだと思うけど、これで高校生だなんて…。

 

 

 

「はははは!!りんりんおっぱいおっきぃもんねぇ!」

 

「そういうのは口に出して言うもんじゃねえぞ。」

 

「いーんだもんっ、女の子同士なんだから~。」

 

「………まぁいいや、飯行くか生徒諸君。」

 

 

 

何だか無性にやけ食いしたい気分になってきた。兎に角いっぱい食べたいらしいし、行き先はあそこだ…行きつけの大盛りで有名な店。

普通盛だと思ってレギュラーサイズを頼むと三人前来るような店だからな。

 

 

 

「ししょーししょー!いっぱい食べていい?いっぱい食べていい??」

 

「あぁ、好きに食え…。いっぱい食って、精々でかくなってくれ…。」

 

「…おっぱいの話?」

 

「ちげえわ!!」

 

「いっぱい食べなくても………大きくなるよ??」

 

「真面目に言わんでいいですわい。」

 

 

 

いっぱい食って大きくなったわけじゃないのか…。

結局このあと、バカが大量に注文して余しまくったものを俺とりんりんさんで処理し、パンパンの腹を抱えて帰ることになるまで食いまくった。

オムライスにドリアに芋に肉にパフェにアイスに……。恐ろしいのは、りんりんさんが俺と同じくらいの量をペロリと平らげたこと。…本当に栄養素が全部そこに詰まってるんじゃないか?流石に教職の俺がそんな発言できるわけないんだが。

何にせよ、結構な金額と引換にはなってしまったがこの陰キャさんと出会う機会をくれたあこ。少しくらいは感謝してやってもいいのかもしれない。

 

 

 

「…いっぱい食べている姿も、可愛かったですよ………?」

 

「……大人を誂うもんじゃあない。」

 

「ふふふ、じゃあ続きはゲームの中で………ね?」

 

 

 

そういう雰囲気も大人びて見える原因だかんな。

 

 

 




一応あこちゃん編なんです…。Roseliaメンバーと出会っていくのが導入編ですから。




<今回の設定更新>

○○:不良教師と呼ばれている。(主に宇田川+Afterglowに)
   美人には目がないが子供はお呼びじゃない。
   いっぱい食える俺が好き。
   

あこ:導入時期中は出番控えめ。たまに主役って感じ。

燐子:素敵なものをお持ち。声が艶かしい。
   キャラもリアルも陰キャ。


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2019/11/23 天災達の遊戯 <Sanapeli ja kauna>

 

 

 

「…は?」

 

「だーかーら!しりとり!!あこの中でブームが来てるの!」

 

「俺の中では来てない。食事中にはしない。そもそも公共の場でそんなアホみたいなことはしない。以上。黙って飯食え。」

 

「えぇー!?やろうよーしりとりー!しーしょーぉー!!」

 

 

 

何度来たかわからないほど通ったファミリーレストラン。相変わらず俺を師匠と慕うちびっ子に集られるようにして外食に来ている、仮にも教師の俺。

…どうやらまた俺にお友達を紹介してくれるようで、俺の正面、料理には大して手をつけずに俺とあこのやり取りを見つめている銀髪の無表情少女。

あこの話だと、友希那(ゆきな)という名前らしいが…これはどう接したらいいんだ。というか何故俺はこいつの友達連中と仲良くならにゃいかんのだ。

 

 

 

「第一、この友希那ちゃんって先輩なんだろ?…先輩捕まえてしりとりしましょうってお前…。いや、担任捕まえて言うのもどうかと思うけどよ。」

 

「だって楽しいじゃん。」

 

「やかましい…。」

 

 

 

カランコロンカラーン

「オキャクサマ、オヒトリサマデショーカ??」

「いえ、待ち合わせで…あ。」

「サヨウデゴザイマシタカーゴユックリドウゾー」

 

 

 

「やろ?ね、ね?…じゃあ一回だけ、一回だけやらせて?ししょーおねがーい!ねぇーえ!やりたいのー!やらせてよぉー!」

 

「店で勘違いされるような発言はやめろぉ!」

 

 

 

あと右腕を離せ。ブンブン振り回すせいでハンバーグがフォークごと飛んでっただろうが。…これだけ目の前が騒々しいことになっているのに無表情を崩さずに手元のサラダ皿に鎮座するプチトマトをツンツンしてる、この子もこの子で怖い。

 

 

 

「また昼間から如何わしい話をしてあなた達は……あら、湊さんもいたんですか。」

 

 

 

…そしてその無表情の横にすっと座る、途中参加の紗夜ちゃん。…聞いてはいないが、どうせあこが呼んだんだろう。

 

 

 

「おぉ、紗夜ちゃん。…知り合いなの?」

 

「ええ、まあ、ちょっと。」

 

「ふーん…?……今日もいつものでいいの?」

 

「あ、はい…すみません…。」

 

 

 

はにかみつつ答える紗夜ちゃんに笑顔を返し、店員を呼ぶ。…()()()の「山盛りポテトフライ」を二つと、アイスティーを注文…あと、視界の端でそっと友希那ちゃんがアピールしていた「スナックバスケット」…?とやらも注文する。ははぁ、成程菓子盛り合わせってところか。

 

 

 

「ししょー…しよ?」

 

「…かわいこぶってもダメだ。」

 

「…何の話なんですか?」

 

 

 

途中参加の紗夜ちゃんにはついていけない話だよな…。

ここまでの流れを掻い摘んで説明する…といっても、大して濃い内容じゃないんだけど。

 

 

 

「そうでしたか…いつもこの子が迷惑かけてすみませんね、○○さん。」

 

「まあ…慣れっこだよ。」

 

「もー!お話はいいからやろうよ!!あこ、しりとり欲が溢れてはち切れちゃいそう!」

 

 

 

どんな状況だ。ちょっと見てみたいわ。

 

 

 

「……一度でいいんでしょう?あこ。」

 

「友希那さん…!!…うんっ!やろう、友希那さん!!」

 

「…あなたも、一度だけ付き合ってあげてくれないかしら?ええと……○○さん。」

 

「君がそう言うなら……あれ、ちょっとまって。すごく今更だけど、君、(みなと)か?」

 

 

 

友希那…そう、確かそんな名前だった。特に素行や人間関係に問題があるわけではないのに半数以上の日数を欠席している生徒…。学校のお偉いさん方が話しているのを少し聞いただけだから詳しくは知らないが、確か音楽の方でえげつない才能を発揮しているとかだった気がするぞ…。

 

 

 

「?…ええ、湊…友希那よ。あなたとは何処かで会ったことがあったかしら。」

 

「いや、お前が通ってる学校の教師だよ。」

 

「……()()()()()()()学校の、ね。別に私は、高校程度の教育が必要だとは思っていないし学校生活だってどうでも…」

 

「ねーねー、はやくっはやくっ。何からにする?しりとりのり?それとも、ぽ?」

 

 

 

お前…折角、問題になりつつある生徒から色々聞き出せそうだったのにしょーもない割り込み方しやがって…。

「ぽ」はどこから出てきたとか、お前はしりとりジャンキーかとか、ツッコミどころは満載過ぎるくらいなんだが、こうなったらさっさとしりとりを終わらせて、再度話に…

 

 

 

「そうね、やりましょうか。…あぁそうそう、しりとりと言えどれっきとした勝負よね?」

 

「そーだよ!」

 

「ふふ…それなら、勝敗に賭け物をしない?」

 

「湊さんっ!仮にも教師である○○さんがそんなこと…」

 

「休日に生徒とプライベートで逢うような不良教師だもの…そのくらいどうってことないでしょ?」

 

 

 

ぐっ…こいつ、痛いところを。

眠そうな目ぇしやがって、強烈なこと言いやがる。

 

 

 

「…で、何を賭けんだよ。」

 

「○○さん!?」

 

「あなたが勝てばあなたの言うことを何でも聞くわ。」

 

「ぶっ…!」

 

「湊さんっ!!いくらなんでも…はしたないですよ。」

 

「こんなのタダの戯れよ、落ち着きなさい紗夜。……でも、私が勝ったなら、私のしていることに口出ししないで。登校するもしないも自由だもの、そうでしょ?」

 

 

 

成程。余程つつかれたくない問題と見える。

 

 

 

「…OK。乗った。」

 

「ふふっ、それでこそ一人前の男よ。」

 

「……わ、私は何を賭けたら良いでしょうか…?」

 

 

 

無事始まると思ったのに、変なところで生真面目な紗夜ちゃんが震える声で挙手をしてしまった。

…あっ、手は上げているけどちゃんとポテトを持ったままだ!

 

 

 

「……別に君は賭けなくても」

 

「い、いえ!目の前で風紀が乱れているのに正せないならば風紀委員の名折れです。…それはもう共犯とも同義…ならば私も大切なものを賭けて挑むのが道理なのです。」

 

 

 

あちゃあ、変なスイッチ入っちゃったな。

こうなると目的を達成するまで止まれないのが風紀委員という精密機器…紗夜ちゃんの性質なんだ。

 

 

 

「…○○さん、何か適当に賭けさせなさい。」

 

「適当ってなんだよ。…湊が何とかしろよ、友達だろ。」

 

「友達…そんなんじゃないわ。」

 

「いいから何か適当に…」

 

「じゃあさ、紗夜さんは負けたらししょーのお嫁さんね!で、ししょーが紗夜さんに負けたら今日のご飯代おごりで。…早くやろうよっ!」

 

 

 

いやいや…釣り合いが取れてないどころの騒ぎじゃないぞ。何だその悪質な取引は。

 

 

 

「わっ……わかりました。」

 

「紗夜ちゃん!?」

 

「いいんです…私は、戦いますから…!!」

 

「聞いちゃいねえ!」

 

「それじゃぁ、決闘(デュエル)開始(バルティード)だよっ!」

 

 

 

高らかに宣言する戦闘狂(バトルマニア)のあこ。

無駄に緊張感を演出するような鋭い目つきで何故か俺を睨みつける紗夜ちゃんに、不敵な笑みを浮かべる湊。どうでもいいけど、湊さっきから啄いているハンバーグ…俺の皿から持ってってるよね。

 

 

 

「じゃああこから行くね!!…ええと…「漆黒のぉ…堕天使」ぃ!」

 

「自由か。…まあいいや、じゃあ「し」な?」

 

 

 

取り敢えず順番は時計回りでいいとして、次は俺か。

 

 

 

「し…し…「しょうゆさし」。」

 

 

 

目に入っちゃうもので済ませるのが楽でいいやな。

俺の順番が終わり、次は湊なんだが……醤油差しと聞いて斜め向かいの紗夜ちゃんが「来た文字で返すとは…そういったテクニックもあるんですね…!」とクソ真面目な顔で感心していたのが少し可愛かった。やったことねえのかな、しりとり。

 

 

 

「ふふん、なかなかやるじゃない。」

 

「そうかい。そりゃどうも。」

 

「中々嫌いじゃないわ、あなたのワードセンス。」

 

「そりゃよかった。」

 

「………。」

 

「…………。」

 

「…………。」

 

「…次、湊さんでは?」

 

「え?どうしてよ。」

 

「…あこ、○○さん…と来たら時計回りでしょう?」

 

「じゃあ次、紗夜じゃないの。」

 

「??」

 

「??」

 

「??」

 

「…みんな揃って変な顔。」

 

 

 

おや、この子…馬鹿かな?

時計回りとか、小学生レベルの…

 

 

 

「まあいいわ。文字はなんだったかしら。」

 

「し。」

 

「し、ね。…し………うん、ないわ。」

 

「いや、無いじゃなくて。」

 

「いやでもほら…「し」は、もう無いもの。」

 

「無くねえよ。」

 

「友希那さぁん、いっぱいあるよぉ?「笑止」とか「衝撃」とか…あと、「シャイリング・ザンパー」とか!」

 

「最後のは何なんだ。」

 

 

 

固有名詞はこういう場合…まぁ突っ込むのも野暮だな。相手はあこだし。

 

 

 

「あぁ成程。…「笑止」!」

 

「言われたのはダメだろ。」

 

「でも「し」から始まってるわよ。」

 

「そういう問題じゃないでしょう。」

 

「だって他には…あっ、「しょうゆさし」!」

 

「「言ったよ。」」

 

 

 

机の上にあるから言いたくなるのはわかるけどさ。そんな「ここにあったやん!!」みたいな笑顔で言われても、その手は直前に使っちゃいました。

つか、一度言った単語をもう一度言ってアウト…って一週目で出るもんじゃねえだろ。

 

 

 

「言ってないわよ!」

 

「俺が言ったよ、直前に。」

 

「しょうゆさしはダメなの??」

 

「言ったからだよ。」

 

「何よ…じゃあ、「衝撃」。」

 

「案をパクんじゃねえ。」

 

「パクってないわよ。」

 

「パクってるよ。」

 

「あこが言ったやつはだめだよぉ。」

 

「言ってないでしょう。」

 

「言ったよ!!」

 

 

 

こいつ、脳みその容量恐ろしく少ないんだな。揮発性メモリか。

 

 

 

「……じゃあ、「ハンバーグ」。」

 

「変わっちゃったよ…。」

 

「??変わってないわよ。」

 

「なんで勝手に「は」にしてんだよ。」

 

「違うわよ、「ハンバーグ」の「ぐ」よ。」

 

「そもそもお前は「は」じゃなくて「し」だろうが。」

 

「そうですよ、○○さんの「しょうゆさし」から来てるんですから。」

 

「知ってるわよ。」

 

「じゃあハンバーグはおかしいでしょ…。」

 

「ハンバーグ?今は「し」でしょう。」

 

「友希那さんが言ったんでしょ!」

 

「言ってないわよ。」

 

「「言ったよ!」」

 

「何言ってるの、今「し」じゃないの?」

 

「「「し」だよ!!」」

 

「知ってるわよ。」

 

「じゃあ早く言ってください、湊さん。」

 

「私は「ハンバーグ」って言ったでしょ。」

 

「「し」だっての…。」

 

 

 

か、カオスすぎる……。この生き物、さっきまであんなにイキってたのにしりとりを理解してなかったのか…。

思いついたワードを適当に口走るゲームじゃないぞ。

 

 

 

「………んー…もう、湊の負け!!」

 

「あっー!!!」

 

 

 

埒が明かない上に説明も面倒ということで、もう湊の負けにした。やってられるか。

 

 

 

「ちょっとまってみんな。私が負けなのはいいけど、一人ズルをしているわ。」

 

「は?」

 

「…紗夜よ。何も言ってないもの!!」

 

「そりゃお前が何も言えなかったからだろ!!」

 

「あっあっ…あっー!!」

 

 

 

**

 

 

 

「…という訳で、負けた湊はちゃんと毎日学校に通うこと。来ねえ理由についても追々問い詰めるからちゃんと答えること。」

 

「ふふん、その勝負…乗ったわ!」

 

「もう終わったんだよ。君の敗戦でな。」

 

「…そんな……ッ!!」

 

「ねーねーししょー、またこのパフェ食べてもいーい?」

 

「ダメっつっても食うんだろ。好きなだけ食え…んで早くでかくなってくれ。」

 

「えー?ししょーのえっちー。」

 

「身長だ馬鹿。姉貴がバカみたいにデカいんだからなんとかなるだろ。」

 

「おねーちゃん背は高いからね。おっぱいは…あれだけど…。」

 

 

 

んなこと一言も言ってねえんだよな。

一方紗夜ちゃんは今だに浮かない顔だ。

 

 

 

「…紗夜ちゃん?どうしたの。」

 

「……なんでも、ないです…あなた。」

 

「ぶふぉっ」

 

「…あなた?」

 

「………///」

 

「???紗夜さん、どーしちゃったの??」

 

「少し早い…嫁入りなんです。…くっ。」

 

 

 

目一杯嫌そうな顔するやん…。

それを言われる俺の身にもなって欲しいが、そもそも…

 

 

 

「紗夜ちゃん負けてないでしょ。」

 

「え?…だって、私は何も言えてないですし。」

 

「あの状況で言えてる方がヤバイでしょ。」

 

「そーそー、紗夜さんはまだ順番じゃなかったし。」

 

「???」

 

「まあ取り敢えず、負けたのはこっちの不良娘だけだから、紗夜ちゃんに罰ゲームはないってこと。」

 

「??…ま、まあ…負けてないならいいですけど。」

 

 

 

こっちはこっちで勝ち負けの概念がわかってなかったのか。どうやら、一見クールや真面目な奴ほど些細な遊びができないらしい。

とんでもなく貴重な体験だった気がする。

 

 

 

「あっ!!」

 

「……なに。」

 

「「塩辛」!!…「し」があったわ!ほら、メニューに!!」

 

「「遅いよ!!」」

 

 

 

なんつータイミングでぶっ込んでくるんだ。

 

 

 

「…じゃ、じゃあやっぱり私の負け…」

 

「もう終わってるから!!」

 

 

 




お待たせしました、再開します。




<今回の設定更新>

○○:まだ結婚とか考えてない。
   紗夜ちゃんが見た目的には好みらしいが…

あこ:回を追うごとに影が薄くなるメインヒロイン
   先輩方を舐めくさってる。

友希那:天女は下界の戯れに無知すぎる。
    学校に来ない理由は、「朝起きても眠いんだもの。」

紗夜:かわいい。
   罰ゲームが嫌だった理由は、「罰なんかじゃなくちゃんとしたかった」から。


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2019/12/30 終末の暗闇嵐 < Θύελλα θύελλας>

 

 

 

「あっ、ししょーもコレ買ったの!?」

 

「あんまり触んなよ。」

 

「ししょー!これやってもいーい??」

 

「そんな懐かしいゲームどこから掘り出してきたってんだ…」

 

「ししょー、このお菓子期限切れだよー?美味しかったけど。」

 

「勝手に食ってから言うな。」

 

 

 

大晦日も目前。生徒たちは冬休みに入っている為部活等担っていない教師は休日を過ごしている筈なのだが…おい弟子よ、貴様が何故うちにいる。

漸く一人の時間を満喫できると思ったらこれだ。巴も付いて来ている割には全く役に立たないし…妹が人様の家を物色してんなら止めろい。一緒になって冷凍庫のアイス見つけてんじゃねえ。

 

 

 

「あっはははは、大変だねぇ!せんせーも。」

 

「…今井(いまい)、お前は何が目的で来たんだ?」

 

 

 

ドタバタと騒がしい宇田川姉妹を他人事のようにケラケラ笑って見ている隣の女生徒に目を向ける。…ううむ、何とも露出の激しい、一人暮らしの男の家に行くにはあまりに警戒心の無さすぎる格好だ。

所謂"ギャル"っぽい容貌の彼女だが、もう三年生。俺が受け持っている訳じゃない為進路だの何だのは知ったこっちゃないが、授業や職員室での面識位ならある。やたらフランクだが憎めない…それが彼女、今井リサという少女なんだ。

 

 

 

「あこがさ、「面白いとこ行くから一緒に行こーよー」って。」

 

「面白いとこが俺の家な訳か…。」

 

「いーじゃんいーじゃん、つまらないって言われるよりかは。」

 

「そういう問題じゃねえよ。休日にアポなしでって、ガキじゃねえんだから…」

 

 

 

あこに関してはまだ子供だが…保護者役が二人も付いていながら()()とは。嘗められているんじゃなかろうか。

 

 

 

「んふふ、でもせんせー独り暮らしっしょ?年の瀬に三人も美女が部屋に居て、ラッキーなんじゃないのかにゃ??」

 

「三人…?…今井はわかるとして、あの姉妹は"美女"って括りじゃないだろ。…どっちかってーと"野獣"サイドだ。」

 

「あー、いいのかにゃー?生徒を色眼鏡で見ちゃってぇ。」

 

「ぐっ…!ゆ、誘導尋問じゃないか…。」

 

「あっははは!」

 

 

 

大人びているのは外見だけじゃないらしい。この子、一丁前に揶揄って来やがる。

その間も○○家探検を進めている宇田川姉妹だが、ついにあこが禁止エリアに手を伸ばした。

 

 

 

「あっ!ししょー、MAKインしてたんだぁ。」

 

「あぁ?…おい、マクロ動かしてんだから触んなよー。」

 

「見てるだけだもーん。」

 

「……なぁ、あこ。これ…○○の普段使いのPCだよな?」

 

「???そうだよおねーちゃん。ほら、全部真っ赤に塗られて統一されてるでしょ?…ししょーはワインレッド大好きだから。」

 

「車だけかと思ってたけどパソコンも塗っちゃうのかよ…マメでキショいな。」

 

 

 

言い過ぎだぞ巴。オジサンだってそこそこに傷つくときは傷つくんだからな。若干グサッた俺を他所に隣の今井は大ウケ。ひーひーと息を切らしながらゲラゲラ笑っている。

 

 

 

「てめぇ巴…覚えとけよ…。」

 

「何だよ怒んなよー。ホントの事じゃんかよー。」

 

「本当だから怒ってんだろうに。」

 

「ところでさ、○○も大人の男な訳じゃん?」

 

「そう思うんならもう少し敬え。」

 

「……え、えっちなのとか、入ってんの?」

 

「!!!!」

 

 

 

あ、こいつ…!!ゲームに触れないという言いつけを遵守しつつ、探索の領域を俺のCドライブにまで広げようとして…!?

それだけはいけない。俺も一人の健全な男として、嗜む程度(2TB弱)のおピンクフォルダを所持している。家には一人だし訪ねて来る友人も男だけなので勿論カモフラージュも考えていない、文字通り裸のままのフォルダが…!!

…一応、「作業用」のフォルダの中には入っているが。

 

 

 

「ちょ、ちょっと二人ともー。せんせーは仮にも先生なんだからそんなのある訳………」

 

「巴。腹減らないか?」

 

「…えっ、あんの??ちょっと、せんせー??」

 

 

 

あぁあるよ!あるともさぁ!それの何が悪い!?

だから見ないでくれホントにお願いだから。

 

 

 

「……………いや、その」

 

「巴~、アタシも見たーい!」

 

「うぉい!!」

 

 

 

何とも軽い足取りでスタコラと愛機の前まで駆けていく今井。あのニヤケ面…あいつは絶対見る。あれはやると決めたらやり切る者の目だ。

最早手が届く距離を脱してしまった今井を止める術は残されておらず、巴も今井に満面の笑みを返している。…くそ、無駄に男前な爽やかさ出しやがって…!

 

 

 

「ダメだお前等!その…そう!プライバシーだ!お前等もスマホ勝手に見られたら嫌だろう!?」

 

「え、全然?アタシらえっちな写真とか動画入ってないし。…ね?リサさん?」

 

「えっ?……え、えーっと……。…えっち…なのは、そのぉ…」

 

「巴ェ!そいつも取り押さえろぉ!!」

 

「マジすかリサさぁん!こりゃ宇田川ポリスが出動せざるを得ませんなぁ!!」

 

「ししょー、お腹空いたぁ。」

 

「む!?…あこか。…ふむ、それじゃあお前に任務をやろう。」

 

 

 

遠くにばかり意識をやっていたら左側の腕を引かれる感覚が。視線を下げてみると紫髪の困り顔がそこにあり、稼動エネルギーのエンプティが間近に迫っていることを伝えてきていた。

丁度いいのでこの弟子も駒として利用させてもらおう。…そう、俺はえっちな画像も所持しちゃう悪い大人なのだ。

 

 

 

「にんむ?報酬は?」

 

「いつものファミレス…好きなだけ奢ってやろう…!」

 

「やるっ!!何したらいーですかししょー!」

 

「宇田川ポリスの巴隊員をサポートするのだ。今井リサの所持する秘密を暴け!」

 

「らじゃ!!」

 

「ちょ、ちょっと巴!?力強すぎ!!…ぁんっ、何処触ってんのさ!!」

 

「く、くそっ抵抗するんじゃない!…手が足りんなぁ」

 

「おねーちゃん!!」

 

「あこ!手伝って…くれるのか!?」

 

「任せておねーちゃん!"怪力異の陣"で畳みかけるよ!!」

 

「おぉ?おう!!」

 

 

 

説明しよう…怪力異の陣とは、対人型生命体一体に二人掛かりで挑むことで腕の数を倍にし手数で圧倒するという…言わばリンチである。

MAKではすっかり定番の戦法となっているが…実際に目の前で見ると酷いなこりゃ。押し倒される形で仰向けになり抵抗を続ける今井を馬乗りの巴が抑え、あこが真っ直ぐ今井のスマホに手を伸ばし…まさに数の暴力。

あんたら二人で陣なのか?とは思ったが、十分すぎる結果を残したらしい。因みにそのドタバタのお陰で俺の愛機は無事電源をオフることができた。

 

 

 

「…あー君達、もういい加減にしたまえ…。今井が可哀想だとは思わんかね。」

 

「……………。」

 

「どうした巴、凄い顔だぞ。」

 

 

 

今井のスマホを見詰め、引き攣った様な顔で固まる巴。指先は忙しなくスワイプとピンチ動作を繰り返してはいるが…何が入っているというんだ。

あこはスイッチが切り替わる様にテンションが落ち、寝室の方へと消えて行った。疲れたんだろう。

 

 

 

「はぁ……はぁ………と、巴…返してぇ…」

 

「…ほ、ほら、巴?もう返してやれって…」

 

「何…これ………!!」

 

 

 

目を見開いて凝視する巴の姿に興味が抑えられず…ダメだとは思いながらもつい覗き込んでしまった。

 

 

 

「……うぉぉ…」

 

 

 

確かにえっちじゃない。えっちじゃない…が、夥しい数の人の顔・人の姿。…そのどれもが同じ人物で、灰色…いや銀色の…。

 

 

 

「!!せ、せんせーのえっち!見ちゃ駄目だってばぁ!」

 

「……今井って、ガチな感じなん?」

 

「ガチって何さ!!」

 

「り、リサさん……後でこっそり送ってもらったりできたら…」

 

「あ、マジ??可愛いっしょー?」

 

「復活早ぇなオイ。」

 

「…せんせーも見たんでしょ。…でも、可愛くても男の人にはあげないからね。」

 

「あげなくて正解だと思うし俺はアイツの写真なんぞ欲しくも無いわ。」

 

 

 

恐ろしい程の容量を占めている湊友希那の写真。…俺の大事なものは守られたが、今井リサという一生徒の暗部を垣間見てしまった気がする。

…ほんと、弟子(あこ)が連れてくる奴に碌なのいねえな!!

 

 

 

「あ、もうこんな時間だ。んじゃせんせー、帰るねー。」

 

「本当に何しに来たんだお前は。」

 

「あ、アタシも!リサさん、外出たらマジ送ってくださいよー??」

 

「いいよん。」

 

 

 

キィ…パタム

 

こっちはこっちで驚きの切り替えを発揮して、本当に帰って行った。…あいつら、好き放題荒らしやがって…片付けもしねえのか。

 

 

 

「…あっ。」

 

 

 

しかも、あのバカ()…妹忘れて帰りやがった。

すやすやと俺のベッドで眠りに落ちているあこの目が覚めるまで、漸く訪れた静寂の中パソコンに向かう。

 

…その後外が真っ暗になった頃に起きた弟子を家まで送り届け、自宅で一息付けたのは日付が変わる直前。教師に休みなし、とは言ってもこれは酷すぎるだろ…。

 

 

 




宇田川ポリスに敬礼!




<今回の設定更新>

○○:師走とは言えこれは酷い。
   全員自校の生徒なだけにまた厄介。
   隠し通したのはギャルモノと二次モノ洋モノ。コスプレ有。
   敬礼!

あこ:弟子は厄介事と一緒にやってくる。
   家だろうと何だろうと平気で乗り込む混沌姫。
   かわいい。寝顔もかわいい。
   けいれいっ!

巴:ソイヤソイヤッ!!!……ンン?
  …ゴヨウダゴヨウダァッ!!!シュツドウノトキダァッ!!!
  宇田川ポリス、トモエ巡査部長ノオトオリダヨッ!!
  ケイレヒィッ!!

リサ:友希那大好きヤバい奴。ガチ。
   けーれー!っと。


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2020/01/17 黒歴史の廻天 < Hass ist zurück>

 

 

「せーんせっ。」

 

 

 

甘く響き渡る鈴の音のような透き通った声。聞くだけで蕩ける様な心地にさせる魔性のボイスを武器に生徒・教師問わず虜にしているのが彼女、養護教諭の月島(つきしま)まりな先生だ。

今だって必死に事務作業を熟す俺を後ろから囁くように呼びかけて……だがここですぐに振り向いてはいけない。「え?俺のことだったんですか?いやぁ気付かなかったなぁ」的展開を作り上げるためにも、ここは敢えて気づかないふりをするのがベストチョイスだ。

 

 

 

「…あれぇ?お忙しいですかぁ?せんせー。」

 

「…………。」

 

 

 

まだ、まだだ…。もう少し引っ張って食いついたところを…

 

 

 

「ギルティ先生??」

 

「!?…うぇぇ!?ぼ、ぼきですかぁ!?」

 

「あはっ!やっと気づいてもらえたぁ!」

 

 

 

昔痛々しい学生の頃にネトゲやら掲示板やらで使いまくりブイブイ言わせていた最早黒歴史的ハンドルネーム(HN)に、我慢なぞ不可能だった。

デスク備え付けの椅子を弾き飛ばし思わず立ち上がって振り返る。まるで当時のようなクソ童貞をこじらせた様な反応もセットで、だ。

柔らかくひまわりのように微笑みかける月島先生ほんとごめんなさい、俺に今そんな余裕ありません。

 

 

 

「せ、せせせせせっ、先生っ?…い、今なんと…?」

 

「ん~?…えっとぉ、()()()()先生、って呼びましたぁ~。」

 

「の、ノーンッッッ!!!!」

 

 

 

数回のヘッドバンギングでは飽き足らず転げまわるように床をのたうち回る。さぞかし滑稽な姿だったろうが、彼女はくすくすと愉快そうに笑っていて…。

床の冷たさに冷静を取り戻し立ち上がった頃には、俺の脳の中は疑問と混乱でいっぱいだった。一時期嘘の攻略情報や裏ワザ情報で溢れかえったネット掲示板のように、だ。あぁ、俺もなぞのばしょで動けなくなって近所の"トイザ○ス"に通ったクチさ。

 

 

 

「せ…先生……その名を…どこで?」

 

「んー…。」

 

 

 

人差し指を唇に当て考えるような仕草一つとっても無性に艶めかしく映る月島先生、だが…今の俺はそれどころじゃない。その捨てたはずの名と当時の俺を知っている人間なんてそんなに…

 

 

 

「私も、最近オンラインゲーム?ってやつを初めましてぇ…」

 

「ほ、ほう……?」

 

「勧めてくれた人があんまりにも楽しそうだからつい、ね。」

 

「なるほど…?」

 

 

 

早く、早く核心を。ええい焦ってはならん、しかしこのジレンマ、くそう。

 

 

 

「MAKって言うんですけどね…?」

 

「あ、あぁ!MAKですかぁ!それはいい!俺もやってますよぉ!」

 

「ふふっ、知ってます。私に勧めてくれた人が教えてくれましたから。」

 

「それは一体…だ、誰、なんでしょうか?」

 

「それでですね、その人が言うんです。「私が尊敬しているRIOTさんというプレイヤーさんがすごく親切で…その人と一緒にやれば、月島先生でもゲーム大好きになりますよ!」って。」

 

 

 

ほほう、そいつ、ナイスなこと言いやがるじゃないか。

…ただ、リアルを紐付けて紹介するのはどうかと思うがね?

 

 

 

「そいつ…じゃない、その人が…ぎ、ギルティの名を?」

 

「えぇ!そうなんですよ!!「今はすっかり紳士ぶってる○○先生も、昔は格好いい名前で暴れまわってた」って!」

 

「ぐっ……殺し…いや、そうなんですか…。」

 

 

 

あぶねえ、素が出るところだった。

 

 

 

「その格好いい名前っていうのが、「ギルティ」…正確には「✝狂愛ノ悪辣執行人GuiltY✝」とかいう…」

 

「あ"あ"ぁぁ……」

 

「ど、どうされました??」

 

「いえこれは何でも……そ、それより一体誰がそんな昔のことを…」

 

「えっとぉ、前に保健室に来た時に、あこちゃんが。」

 

「…………………なるほどぉ。宇田川の妹の方ですかぁ。」

 

「ふふふっ、「お師匠さま」なんですよね?」

 

「グギィッ……ふっ、あははは、面白いやつですよねぇ!」

 

「ふふふふっ。」

 

 

 

**

 

 

 

「っつー事があったんだ。」

 

「…イカおいしい!!」

 

「おいこら聞けバカ弟子。」

 

 

 

あの痛ましすぎる事件の如何を問い詰めるために弟子を引っ張り例のレストランに来ていた俺は、相変わらずよく食べる紫髪を睨みつける。当の本人はどこ吹く風といった様子でイカリングを頬張っているが…。

 

 

 

「あのなぁ…リアルでHNを使うんじゃないとあれ程注意したろうが…。」

 

「だってぇ、あこが言ったのはししょーのHNであってあこのHNじゃないもーん。」

 

「だとしても、本人の了承も得ずに余所で情報ばら撒くのはどうかと思うぞ。」

 

 

 

それも過去の黒歴史まで…。当時からの友人でさえ苦笑いして「まぁ、若かったんだよ」とか濁すほどの醜態なのに、軽々しく…それもあの月島先生に喋っちまうなんて…。

隣で事の重大さを分かっていなさそうな湊がボーッとどこかを見ているが…コイツはそもそもなんで連れてきたんだ?

 

 

 

「だって、あこよりも悪いことしてる人が居たらあこの怒られる分が減るでしょ??」

 

 

 

ぬぅ、我が弟子ながら何たる策士。よりタチの悪い生徒の影に隠れる作戦とな…?

というより、師匠の頭の中を読むんじゃない。先生そんなに分かりやすくないと思うぞ。

 

 

 

「悪い…って、湊は今度は何をしでかしたんだよ。」

 

「別に何も。……飲み物取ってくるわ。」

 

「あ、おいっ!」

 

 

 

空になったグラスを持ってドリンクバーの方へ歩いて行ってしまった。どこまでマイペースな奴なんだ…。

まぁ、しりとりさえ上手に出来ない奴だ…今更会話が成り立たなかったところで何も怒るまい。

 

 

 

「それはそれとして、お前にもう一度言うぞ。」

 

「ししょーもおかわり??」

 

「馬鹿。"ネットとリアルを一緒にしちゃいけません"、だ。お前個人のことならまだいいとしても、他人の情報まで撒き散らしてちゃあ迷惑にしかならないだろ。」

 

「…あこのことだけだったらよかったの??」

 

「いや、お前のことだとしても本当は良くないぞ。世の中にはどんな怖い人が居るか分かったもんじゃないんだから、そう簡単に素性を明かすのは良くない。」

 

 

 

特に対人のネットゲームなんかどこでどう恨みを買っているか、そしてその相手が身近にいるのか手の届かない場所にいるのか…何もかもが不透明なのだ。

教師として師匠として、また一人の人間として、きちんと守り育てていかなければいけないのだ。ついでに、月島先生に妙な印象を与えるわけにもいかないのだ。

 

 

 

「はぁ~い。…でもでも、まりなせんせーと接点作ってあげたのはナイスプレーでしょ?」

 

「そこは本当にグッジョブ。」

 

「いっひひ~、ご褒美くれる?」

 

「あぁもうこういう時のお前はずるいな……「DXチョモランマ×ミルキィミルフィーユフルーツタワー」で手を打とうじゃねえか。」

 

「ほんとっ!?前はダメっていったのにっ!!」

 

「…その代わり、ダメなことはダメ…絶対に繰り返すんじゃないぞ?これはお前自身のためでもあるんだからな?」

 

 

 

人もやはり類の上では動物なのかもしれない。学習のためには所謂アメとムチ…まぁ今回のことに関してはそのバランスも大きく傾いているかもしれないが。目の前で喜々として店員にスイーツを注文するあこを見て思った。

…おいおい、俺が許したのは目玉フルーツタワーひとつだけだったと思うぞ。これとこれと…と次から次へとページをめくる弟子と苦笑いの店員を眺めつつ次のムチを考えるのだった。

 

 

 

「ただい……何よその顔は。」

 

「湊……それは何と何を混ぜたんだ。」

 

 

 

戻ってきた湊は何ともおどろおどろしい色のドリンクを持っていた。コップに波々と湛えられた黄土色の液体はとてもじゃないが味を想像したいとも思えない、食欲を抉り取るような濁りっぷりだった。

 

 

 

「別に……コーラと緑茶と野菜ジュースと今日のスープを混ぜただけよ。」

 

「今日の…なんだって!?」

 

 

 

スープ?遠くのスープバーのコーナー、掲げられた看板を目を凝らし見てみれば…「きのこたっぷりコンソメスープ」…おえぇ…。

最早具合が悪くなるんじゃないかと危惧すらするその液体に、妙に艶かしい微笑みを浮かべながら口をつける。

 

 

 

「んっ…………んく、んく…。」

 

「おえぇ……マジで飲んでるよ…」

 

「……んふぅ。……うん、美味しい。」

 

 

 

こいつがズレているのは常識や会話だけじゃない、そう確信できる出来事だった。

…結局こいつは何をしに来たんだろうか。本当に怒られるためだけに?というか湊の悪事に関しては俺じゃどうしようもないレベルだぞ。

 

 

 

「オマタセシマシタァ、DX…エエト」

 

「はい!あこのですっ!」

 

「アトノモノハタベオワッテカラオモチシマショウカ?」

 

「一緒に持ってきていいで~す!」

 

「カ、カシコマリマシタァ…」

 

 

 

店員が困惑するのも頷ける。高さ六十センチはあろうかというフルーツとアイスクリームで構成された塔。それをグループで一番のちびっ子が一人で食べようとしているのだ。

差し出した取り皿は断られるし、色々不安だよな。

 

 

 

「でけぇ…流石は一つ\5,980のフルーツタワー…つかこんなもんファミレスで用意すんな。採算取れねえだろ。」

 

「まぁまぁ、イライラするのはカルシウムが足りない証拠よ。…これでも飲んで」

 

「イライラしてねえしそれには絶対カルシウム入ってない。」

 

「何よ、私が口をつけたコップよ?」

 

「どうせ間接キスを望むならもっと可愛い…」

 

「カルシウムだって入ってるわよ。」

 

「どんな構造してんだお前の身体。」

 

 

 

湊はカルシウムでできているらしい。

どうでもいい新事実に怒る気力も失せていると、何故か塔の中段あたり、不安定なアイスクリームの部分にスプーンを突き立てたあこが燥いだ声を上げる。

 

 

 

「おいひー!!」

 

「そうかそうか…それはよか」

 

「うんっ!!ありがとうギルティ師匠!!」

 

「ギルッ……!!」

 

「ぎるてぃししょぉ??…あこ、それは一体」

 

「てめぇ!!さっきの話の何を聞いていたぁ!!」

 

 

 

…学習しない弟子を持つと、毎日がサプライズだ。

 

 

 




Roselia混沌担当兼ボーカル




<今回の設定更新>

○○:何やら電脳世界でやんちゃしていた模様。
   過去の姿を知る者は一様にこう言う。「あれはイキりすぎ。」
   そろそろ貯金が心配である。

あこ:いっぱいたべる。げんき。なんでもしゃべる。
   月島先生をネトゲの沼に引き摺り込んだ。ナイス。

友希那:そろそろ脳みそ入れて。

まりな:男性教師陣憧れの的。妙な色気と地味さ故の親しみやすさで世の男を魅了する。
    実は婚期の都合上色々焦っている。


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2020/02/24 終焉の災禍 <Ungerettetes Fest>(終)

 

 

「まじか、神展開かよ。」

 

 

 

ウイルスだなんだと騒がれている世間の影響か、教職である我々も自宅待機を命じられてしまった。取り敢えず三日間…ということだったが、世界情勢的に少々長引くことだろう。

だがしかし、何たる僥倖。これだけあれば、日頃は夜中にしか集中して取り組めないないオンラインゲームの海に安心して浸れるというものだ。最高七十二時間のアドバンテージはでかい。コーナーでライバルに差をつけろ、だ。

コーナー?

 

 

 

「ええい、そうと決まればスイッチオンだ!」

 

 

 

愛機の振動を机を通して感じる。あぁ、日頃のメンテナンスの賜物か、安定してスピーディな立ち上がりは未だ聞こえないはずのMAKタイトル画面のファンファーレを俺の耳に思い出させる。

更にはキャラクター選択画面のあの看板娘のグラフィックまでもが、未だ()を移すだけのディスプレイに浮かび上がっている。幻聴に幻視を重ねてしまうほど、体はMAKを欲している。

もう止まらない。もう止まれない。

 

 

 

「さあさあポリタンクも準備万端、あとは立ち上がりを――」

 

 

 

ピンポーンピンポピンポピンポーン

 

 

 

「…………。」

 

 

 

嘘だろ。神聖なる偶然の休日にまで奴の魔の手が?俺に安息の地はないのか?

いや待てまだそう断定するには早すぎる。何しろまだ呼び鈴が鳴っただけだ。もしかしたらそう、以前注文したおっ○いマウスパッドが…

 

 

 

「ししょー!学校休みなのー!あけてー!」

 

 

「……。」

 

 

 

終わった。

 

 

 

**

 

 

 

「なるほど、ここが○○さんの……」

 

「あぁ、ダメですよ………PCというのは繊細な機械なのですから………」

 

「白金さん。…そう言いながら、あなたもキーボードを叩いているじゃありませんか。」

 

「○○さんのパスワード………破れないかなぁって………。」

 

「なっ……そ、そそそれで…いっ、如何わしい写真や、生徒の淫らな…」

 

「……さ、紗夜??○○さんのこと、誤解してない??」

 

「今井さん……!…だ、だって、私のことまで口説くような…殿方ですからそりゃ……ぽっ。」

 

「紗夜って……こんなキャラだったっけ…。「ぽっ」って…。」

 

「ししょー!ピザ頼もーピザぁ!」

 

「あら、たまにはいいこと言うわね宇田川さん。チーズいっぱいの奴がいいわ。」

 

「おぉ、友希那さんが乗り気とは…!!さてはお腹ペコリーヌですね!?」

 

「ぺこ…?……そうね、きっとペコリーヌなのだわ。ねえリサ。」

 

「えっ!?…あぁごめん、全然聞いてなかったよ~。…おなかすいたって話??」

 

「しっかり聴いてるし…さすがリサ姉。」

 

 

 

なんという混沌、なんという魔窟。

弟子であるあこが引き連れてきたのはこの悪夢のような面々という現実。それは同時に、俺の平穏なはずの休日が踏み荒らされていることを表していて。

俺の家を舞台に俺を抜きに進む茶番…本当勘弁して欲しい。取り敢えず弟子よ、人のスマホでピザを取るな。

 

 

 

「あーん、スマホ返してぇ。」

 

「お前のじゃないだろう…。」

 

「あーん。…さっきチラッと見えた「四種のチーズピザ」が」

 

「湊、お前はピザ以前に学校に来なさい。」

 

「………リサ、このクソ教師がいじめるわ。」

 

 

 

クソて。言うに事欠いてクソって。確かに言い返せない部分もあるけど、今井に密告るんじゃありません。

あいつ、状況によっては七面倒臭いんだから。…まぁ流石にこの状況じゃある程度まともな判断を下してくれそうだが…

 

 

 

「せんせー!友希那にそれはあんまりだよ!」

 

 

 

嘘だろおい。

 

 

 

「おいこら今井。いくらなんでも甘やかしすぎだぞ。湊の奴隷かお前は。」

 

「どれっ…!?……友希那の、奴隷?アタシが?………ふふ、ふふふふ……それいいねえせんせー!」

 

 

 

なんてこった。俺とした事がワードチョイスを間違えてしまったようだ。このスイッチが入った今井を止められた試しがないし、湊も湊で勝ち誇ったような顔をしている。正直うざい。

 

 

 

「どうよ○○。リサは私の…奴隷なのよ!」

 

「はうぁっ!!」

 

 

 

それでいいのかお前も。

 

 

 

「わーい!それじゃああこはししょーのどれいー!」

 

「何ですって?今のワードは聞き捨てなりませんね。○○さんあなた、こんな幼い子にまで手を出して…はっ、破廉恥ですっ!」

 

 

 

おいおい風紀委員…妄想がロケットジャンプしちゃってるね。弟子が頭のネジをお母さんのお腹の中に忘れてきちゃった事実は今更として、口走った単語へのアンテナが凄すぎる。コンマ二、三秒での反応は見事なもの。風紀委員の腕章どころかポリスメンの制服さえ見えてしまいそうなほどだ。

頬まで染めちゃって、何を想像したんだね。

 

 

 

「違うんだ紗夜ちゃん、あこはほら……ええと、頭が、ね?弱めじゃん?」

 

「生徒を悪く言うのはどうかと思いますが。」

 

「ああうんそれは本当にごめんなさい。」

 

 

 

そういうセンサーは正常に働いてるのかよ…。

 

 

 

「あ、あの………」

 

「……今度はりんりんさんね。…大丈夫、今の俺なら大体のカオスには耐えられそう。」

 

「ど、奴隷なら………私なんて…どうです…か?」

 

「なんですって?」

 

 

 

相変わらずとんでもない距離からのスナイピングがお得意なようで。頬を染めてもじもじと太股を摺り合わせつつ…マジなんだか冗談なんだか分からないトーンで吐き出されたその言葉。…確かにりんりんさんはいつだってトーンや表情から真意が読み取れない人だ。

MAKイベントランの合間に時折見せる際どい雑談も、確かに深夜帯のテンションで考えても少々過激と取れる物が多いが…アレッ、りんりんさんってムッツリとかそういう…。

 

 

 

「………お嫌ですか?」

 

「あ、え、その、俺、いや、ボク、その」

 

「いいんです。……所詮私の……片思いですから…。」

 

「あの、えと、お、おおお俺、その、よろ、よろしく、おねねね」

 

「○○さん。」

 

「ヒッ!?」

 

 

 

りんりんさんが途轍もなくおピンクな雰囲気を醸し出している中で、まるで氷柱のように冷たく研ぎ澄まされた低い声が背中から俺を刺す。

先程まで風紀取締センサーをビンビンに張り巡らせていたお方だ。…「殺される」、俺は本能的に辞世の句を思い浮かべた。

 

――世の闇に ぬるり溶け込む エロ教師――

 

ああ、ここで俺の人生は終わりを…

 

 

 

「やはり…胸、でしょうか。」

 

「……紗夜ちゃん?」

 

 

 

継がれた句は想定外のモノであり、大凡真意の掴めないものだった。前門の奴隷りんりん、後門の風紀パトローラー紗夜ちゃん。しかもパトローラーは混乱している!

待ってくれ、もう収拾がつかないぞ。

 

 

 

「ねえリサ、注文の仕方がわからないわ。」

 

「これじゃない?…あはっ、合ってた。」

 

「リサ、これ!…これにしましょ!」

 

「あーもう可愛いなぁ…。五枚?十枚くらいいっちゃう?」

 

「あーん、もうリサ大好きよ…っ!」

 

 

「先ほど白金さんが奴隷を申し出たとき、○○さんは動揺していました。」

 

「……だってそれはその…。」

 

「宇田川さんはあれだけアッサリ受け流したのにも関わらずです。」

 

「ウグッ」

 

 

 

だってそりゃ、俺に幼女趣味はないし…。宇田川は姉妹揃って…付き合いの長さもあるとは思うが、全くそういった目で見られない。いっそ親の気分になってしまうほどだ。

あとごめん、紗夜ちゃんあんまり背中にしがみつかないで。

 

 

 

「……大きいほうが、好きですか?」

 

 

「あっあこも!あこも食べたーい!」

 

「おっけー!何系が好きなん??」

 

「えっとねー、なんかこう、ドバーン!ってやつ!」

 

「成程ね。相変わらず私の知らない言語だわ。」

 

 

「あいや、そんな胸のサイズだけで女性を見ているわけじゃ…その…」

 

「でも……○○さん…好きですよね。……おっきいの。」

 

「りんりんさん!?」

 

「くっ………一度私を娶ったくせに…」

 

「!?……○○さん、まさか……既に氷川さんと婚姻を……!?」

 

「紗夜ちゃん!?」

 

 

 

怒涛の勢いで進むフリーダムな会話…それも俺を挟んだ前後でこれだけの美少女が言い争っている。それも俺の奴隷になる件で、前向きにだ。

…恐ろしいことに、全く楽しむ余裕がない。

 

 

 

「………いいじゃないですか、氷川さんはお嫁さんで。」

 

「……くっ、白金さんだって、○○さんの奴隷になれるなんて……」

 

「うっそでしょ。君らどこで争ってんの。」

 

 

 

最早論点を見失っている。もしやこの子等、集まると途端に馬鹿になるのでは?

 

 

 

「○○さん。」

 

「はい何でしょう紗夜ちゃん。」

 

「私、どうしたらいいんでしょう。」

 

「というと。」

 

 

「あのね、このお店ね、十分くらいで届けてくれるんだよぉ!」

 

「あら、それって早いのかしら。」

 

「中々のもんだねぇ。」

 

「ねえ、早いの?」

 

「いっつもねー、ししょーはねー、待ってる間ねー」

 

「お腹すいたわ。」

 

「ねね、友希那、さっきのもっかい言って?」

 

「そしたらね、車がぶぶーってね!…リサ姉、きいてる??」

 

「???さっきの?」

 

「あぁごめんね、あこ。」

 

「さっきの……えっ私は奴隷なんて嫌よ。」

 

「うわっちゃー、どこチョイスしちゃってるんだろうなぁ!」

 

 

「こんなこと…絶対に止めなきゃいけないってわかってるんです。…でも、でも!…私、奴隷になりたい。」

 

「氷川さん…ッ!」

 

「あの、紗夜ちゃん…?」

 

「私だって……その気持ちは、負けません…!!……○○さん!」

 

「は、はい?」

 

「…………好きに、使ってください…!」

 

「白金さんっ!……は、破廉恥です!!」

 

「どの口が言ってんの。」

 

 

 

そもそも、この話題だいぶ終わってると思うんだよ。そもそも元はあの馬鹿弟子のいつも通りの発言。珍しく中二臭くない言葉だと思えばこれだ。

自分で連れてきた連中なのだから、冗談が通じない人間が居る場合は精々言葉を選んで発言すること。…それが次に教えてやるべきことなのかもしれないな。

 

 

 

「そもそも俺そういうのは……」

 

「何ですか?女の子にここまで言わせておいて、今更怖気づいたというのですか?」

 

「えぇ……」

 

 

 

ごめんね紗夜ちゃん。そのレベルまで行くともう可愛いとか思えないや。

 

 

 

「取り敢えず、ね。一旦この話はおしまいにして…というか、君たちも自宅待機になったんじゃないの?」

 

「それは………」

 

「風紀委員なら尚更ダメでしょう、そういうところは守らなきゃ。」

 

「…ふふん、氷川さん。………言われちゃいましたね、お嫁さんのくせに。」

 

「自宅待機は君も一緒だからね。あと、あんまり露骨なシモは言っちゃダメだよ。女の子なんだから…。」

 

「あぅ……。」

 

 

 

バァン!!

 

「ごめんくださーい。」

 

 

 

勢いよく開け放たれる玄関。来客らしいが、これ以上ヤバイ連中は知り合いにいない。この混沌とした空間を何とかしてくれるなら願ったり叶ったりだが、万が一ご近所の方や荷物の配達だったりした場合を考え一度自分で対応しておこう。

背中にしがみついたままの紗夜ちゃんを引き摺るようにして玄関へ向かう。何故かあこが輝く目で玄関の方を眺めていたのが気になったが、触れるのは後で良いだろう。もういろいろ面倒だ。

 

 

 

「…お。…よっす!」

 

「………巴?」

 

「何かメッチャクチャ靴あんなぁオイ…あこもいんの?」

 

 

 

赤い制服を着て玄関に立っていたのは何やらいい匂いをさせているあこの姉、巴。本来なら学校の時間だが、休みになったということでアルバイトに勤しむことにしたのだろう。本当に次から次へと色んなバイトを…いや、お前も自宅待機しろよ。何わざわざ人と接触する仕事してんだ。馬鹿か。

玄関に人数分脱ぎ捨てられた様々な靴を見てケラケラと笑っているが…本当に何しに来たんだろう。

 

 

 

「あぁ、あこも来てるが…お前は一体何しに来たんだ。」

 

「はぁ?見ての通り、デリバリーだよ。」

 

 

 

やれやれといった様子で答える巴。と、その返答に反応したのは未だ謎のアンテナを張りっぱなしで背中に張り付いていた風紀委員様。

 

 

 

「デリバリー!?えっちなやつですかっ!?不純です○○さん!」

 

「紗夜ちゃんっ!?」

 

 

 

すっかり隠れてしまっていて見えなかったのだろう。突如出てきた紗夜ちゃんの姿に目を丸くして後ずさった巴。

巴がその大声に何を思ったかは知らないが、取り敢えず紗夜ちゃんの耳年増っぷりは後で小一時間問い詰めると決めた。

 

 

 

「え、あ、えっ、な、何でここに紗夜さんが?」

 

「…あこが連れてきたんだよ。」

 

「……あー、そういう関係か。…ははっ、○○が囲ってんのかと思ったぞー。」

 

「んなわけ」

 

「お、お嫁さんですから。囲いじゃありませんので。」

 

 

 

紗夜ちゃん。ごめん今すっごく面倒くさい。ちょっと黙ってて欲しいかな。

…とは流石に言えなかったが。巴の憐れむ目線が突き刺さる中、ぷりぷりする紗夜ちゃんを小脇に抱えてピザの代金を支払った。一万八千…何だって?

 

 

 

「ありあしたー」

 

 

 

納得いかない様子の巴だったがそこは仕事。あこにだけは変なことをするなと、完全に杞憂の釘を刺して帰っていった。

紗夜ちゃんはというと届いたフードの諸々を抱え大喜びでリビングへ駆けていった。直後盛り上がるリビングと笑顔で近づいてくる弟子。

 

 

 

「何だその満足気な顔は。」

 

「ししょー、楽しいでしょ?」

 

「あ?」

 

「だって、これからずっと退屈かなって思って。」

 

「あ?」

 

「お、怒らないでよぅ。あこは、ししょーを喜ばせようと思って…その…」

 

「……………。」

 

 

 

ここで許すと付け上がるのだろう。だが俺のことを思って、となると怒るに怒れない。

とは言え折角手に入るはずだった楽園は確実に踏み躙られた訳で…ええい、取り敢えずそのカワイコぶった上目遣いをやめなさい。

 

 

 

「ねえ、ししょー?」

 

「なんだ。」

 

「………ごめんなさい。」

 

「ん。」

 

「ししょーと一緒に楽しい時間を過ごしたいなーとか、ししょーもお休みだと寂しいかなーって思ったの。」

 

「うん。」

 

「でもね、あこはししょーの気持ち考えてなかったんだよね。ししょーもMAKとかやりたかったんでしょ??」

 

「そりゃ、まぁ……」

 

「あこも、遊びたい時とか邪魔されたら嫌だもん。そういう悪いこと、しちゃったんだよね。」

 

 

 

おやどうしたことだ。リビングは未だ大盛り上がりだが、我が弟子は少し反省の色を見せているようだ。いつもこうなら、多少の狼藉も許そうと思うのだが…。

 

 

 

「あこ?」

 

「……はい。」

 

「………また、反省しているフリだな?」

 

「…うん?」

 

「反省、してないね?」

 

「………えへ?」

 

 

 

えへ、じゃない。

そのチロッと出された小さな舌を見たときに、何だかもう色々とどうでもよくなった。何よりも疲れたし、結局は今日一日、今日一日だ。

何だかんだで懐いてくれる可愛い弟子なわけだし、学校が無くなってこいつらもきっと退屈なんだろう。ここは一丁、教師である俺が折れてやれば…

 

 

 

「あー……もういいや。あこも腹減ったんだろ?」

 

「うん。ペコリーヌなの。」

 

「それは知らねえが、今日はもういいから食べておいで。」

 

「…いいの?」

 

「食うために注文したんだろ?」

 

「…うん。」

 

「俺のスマホで?」

 

「うん。」

 

「俺のおごりで?」

 

「うん!」

 

 

 

いい返事だ。後で覚えとけよ。

 

 

 

「…まぁいい。今日はいっぱい遊んでいいから、明日からちゃんと自宅待機するんだぞ?」

 

「え?」

 

「…えじゃねえよ。今日だけはうちで遊んでていいから、明日からはどこにも出かけないで家に居るんだぞ。いいな?」

 

 

 

相変わらず理解力のない弟子だ。噛み砕いて言ってやらないと伝わったもんじゃねえ。

 

 

 

「…明日も、来るよ?」

 

「は?」

 

「暇だもん。」

 

「……お前一人で?」

 

「んーん、みんな来るって。」

 

「……………。」

 

 

 

皆も弟子を取る時は気をつけたほうがいい。勿論仲良くなることはいい事だが、距離を詰めすぎると、貴方の日常・平穏は保証できないからだ。

もしも今ある幸せを失いたくないのであれば、弟子はよく選ぼう。弟子は、皆が思っているような――

 

 

 

「ししょー。」

 

「…あんだよ。」

 

「んとね、紗夜さんとりんりんがポテトでポッキーゲームしようって。」

 

「いやホント人選ッ!」

 

 

 

弟子の周囲の人間にも気をつけたほうがいい。

恐らく俺はこれからも、弟子を始めとする六つの混沌に翻弄され続けるのだから。

 

 

 

おわり




宇田川あこ編、完結になります。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:受難者。一体このシリーズでどれだけの金を投げたのか…。
   尚、愛機は油でベタベタにされたそう。
   早々に食事に飽きた友希那によって。

あこ:全ての始まりにして全ての黒幕。
   あこがメインの回はほぼ無いに等しいが、あこの存在感は凄かったでしょう。
   つまりはそういうことなんです。

紗夜:可愛いポンコツ風紀委員さん。
   この気持ちは一体何なのでしょう。

燐子:気付けばどんどん艶かしいキャラに。
   奴隷?いいじゃないですか。

友希那:結局最後まで脳味噌は実装されなかった模様。
    何を考えているかわからない上に何がしたいんだかもわからない。
    リサを都合よく利用しようとする節がある。

リサ:ガチ。

巴:冷静になってみると一番まともな人物だったかもしれない。
  妹と仲良くね。


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【白鷺千聖】「上司」が「嫁」に転職しまして【完結】
2019/07/31 突然一人暮らしが終了した件


 

 

今日、私は昇進した。

決して自分で望んだものじゃないけど。

 

もちろん、昇進や昇給は働くからには目指すべきものだと思う。

それでも…それでも、実力でそれを手に入れたかった。

少なくとも、今回のような、上が減ることでの()()()()なんか、望んじゃいない。

 

それも、あれだけお世話になったあの人が…。

 

 

 

**

 

 

 

「…えぇ、えぇ…。それでは皆様、私が入社してから今まで、6年ですか…。

 本当に、お世話になりました。

 私、白鷺千聖は、本日を以て退職となります。今までありがとうございました。」

 

 

パチパチパチパチパチ…

 

 

「○○。」

 

「…なに。」

 

「白鷺主任、本当に明日から来ないんだよね。」

 

「…そうだね。」

 

「なんかさ、現実感ないよね。」

 

「うん…。」

 

 

 

事務所の全員から拍手とお祝いの言葉を贈られる()()()上司を遠巻きに眺めていると、隣のデスクの氷川が話しかけてくる。

一応同期の彼女も、年齢は白鷺主任と同じ。私の2歳年上になる。

反応が薄いように取られるかもしれないが、私は私でいっぱいいっぱいだ。だってあの白鷺主任が…あぁ、また視界が。

 

 

 

「…っもー。昨日あれだけ泣いたのにまだ出るの??

 ……ほら、後で返してね??」

 

「うぅ……ありがとう氷川…。」

 

 

 

見かねた様子でハンカチを差し出す氷川。こいつ、いつもふわふわしてるのにこういう時ばっかりいいとこ見せる…。

…ってか、これお姉さんがでかでかとプリントされてる…グッズ?

氷川には双子のお姉さんが居て、バンドマンとして成功し今やテレビにコンサートに引っ張りだこだと聞く。

見た目ソックリなのに、妹のこいつとは似つかない性格をしているとか。

 

そんなお姉さんハンカチを容赦なく湿らせていると、人ごみから吐き出された主任がこちらへ近づいてきていた。

 

 

 

「……ふぅ、やっと解放されたわ…。って、また泣いてるの?○○さん。」

 

「お、白鷺しゅにーん。おっつかれさまでぇす♪

 そーなの、○○ってばずーっと泣き通しでさー。…こんなんで、明日から大丈夫かなーって。」

 

「だっでぇ…だって、じゅに"んと今日までじか一緒にいられなうえ"ぇ~…」

 

「あーあ。主任がまた後輩泣かせてるよーぅ。」

 

「ち、違うでしょ!?…今までしくしくくらいだったじゃないの!!」

 

「ご、ごべんなざいぃ…ぶえ"ぇぇ~!」

 

「な、泣き方の癖!」

 

 

 

我ながら酷い鳴き声だ。だめだ、いざ本人を目の前にするといろいろ思い出とか浮かんできちゃって…

…ダムは崩壊した。

 

 

 

「あぁもう、ハンカチ一枚じゃ足りないわね…

 日菜ちゃん、何か持ってない?」

 

「えっとねぇ……あ!さっき鼻かんだティッシュなら」

 

「捨てなさい!なんで取ってあるの!」

 

「あとでおねーちゃんにあげようと思って…」

 

「汚いなぁ!!」

 

「うぅ…氷川…汚い…。」

 

「あ!○○!意外と余裕あるでしょ!!」

 

「○○さん、だいじょうぶ。大丈夫だから…。ね?

 別に今生の別れってわけじゃないんだから…。」

 

 

 

外野の煩さは大して気にならず。今はただ、憧れの白鷺主任が私の為だけに声をかけてくれているのが嬉しかった。

 

結局勤務時間中にはその絡みが最後となり、デスク周りの片付けも無事完了。

帰りがけに何とか約束できたディナーが、実質最後の時間となってしまった。

 

 

 

**

 

 

 

「…この店もよく来たわよね。」

 

「えぇ、最後はやっぱり行きつけの場所がいいかと思いまして。」

 

 

 

最後に選んだのは、よく悩みを相談したりチームで愚痴を言い合ったりした居酒屋。

事ある毎に足を運んだからこそ、一番気楽に言葉を交わせると思ったのだ。

 

 

 

「注文はいつもの感じでいいですかね?」

 

「えぇ、○○さんに任せるわ。」

 

「…はい。」

 

「センスだよ?センスぅ♪」

 

「…なんで氷川も居るの。」

 

「えぇー?同じチームでしょー?それにほら!この3人といえばほら!

 な・か・よ・し!セイ!」

 

 

 

…イマイチ締まらないのはコイツのせいって事にしておこう。

無事注文も完了し、最初のドリンクが運ばれてくる。

それもいつも通り、私と主任はカシスオレンジ。氷川のバカは生ビールにウイスキーを混ぜて喜々として爆弾酒を製造している。…これもいつも通り。

 

 

 

「この風景も見納めかしらね…。」

 

「…………グズッ。」

 

 

 

乾杯前だというのに、また涙腺が。

 

 

 

「○○さぁ、泣きながら飲んだら潰れちゃうよ?

 普通より酔いが回りやすくなるんだからー。タダでさえ弱いでしょ?」

 

「ふふっ、酔った○○さんは凄いものね。

 あまり無理はしないようにね?」

 

「…はい、気をつけます。最後にご迷惑はかけられないので…。」

 

「迷惑だとは思ってないけど…まずは乾杯しましょ?」

 

 

 

乾杯の音も、心なしか寂しく聞こえた。

チビチビと口をつける度に、アルコールによる程よい弛緩が広がる。

少し気持ちも楽になれた気がした。

 

料理が運ばれてくる頃には雰囲気も盛り上がり、予てより訊きたかった質問をぶつけてみることにした。

 

 

 

「そういえば、主任が辞められる理由って何なんですか?

 色んな説は挙がっているんですが、結局正確には聞かされてなくて…。」

 

「あぁ…。えっと、その…結婚したくって。」

 

「あぁ!そーらったのー?ちさとちゃんってばぁ、さかってれぅね~。」

 

「酔っ払いは黙ってて。…寿退社ってやつですか…。…ん?結婚()()()()()

 まぁいいや、お相手は、会社関係の方ですか?」

 

「んー…まぁ、そんなところかしらね。

 そんなことより、○○さんは素敵なお相手とかいないの?彼氏とか、そういう予定とか…。」

 

「あー…私は、全然…。そ、それにっ」

 

「…それに?」

 

「えっと……その…」

 

 

 

お酒の勢いに任せて言ってしまうべきか否か。一年以上も変わらない想いとは言え、流石に気色悪いだろうか。

 

 

 

「○○はねぇ、ちさろちゃんがしゅきなんらよね~」

 

「ば、ばか!!」

 

 

 

反射的に手が出てしまったが。

まさかここ一番でこのバカがやらかすとは思っていなかった。もっと早く潰しておくべきだったか…。

 

恐る恐る白鷺主任の様子を伺うと…

 

 

 

「…そう、部下にそこまで好かれるなんて、私も幸せ者ね。

 でも、私はもう居なくなるじゃない?そうしたらいい人も見つかるんじゃないの?」

 

「…白鷺主任。私、例え職場から居なくなってしまったとしても、白鷺主任一筋ですから。

 知ってしまった以上、普通の男性と結婚なんか有り得ませんからぁ!」

 

 

 

あぁ…言ってしまった。

絶対引かれてる。でもま、お酒のせいにもできるし、もうどうせ明日から会えないんだし…。

 

 

 

「そう…なの?」

 

「は、はい。」

 

「……えっ…と。じゃあ、○○さんの心の中に住み着いちゃうぞ~…的な?感じ?かしら?」

 

「は、はいその……。なんかすいません。」

 

「あ、謝らないで?…えっと…それじゃあこれからもよろしく、になるのかしら?」

 

「そ、そうですかね…。」

 

「……………。」

 

「……………。」

 

「ふふっ、おかしいわね。この感じ。」

 

 

 

あぁもうそんな困ったように笑わないで。

その赤い頬も、まるで照れているように、勝手に都合のいいように解釈してしまいそうになる。

これは酒のせい、酒のせい…

 

ええい、私も酔ってしまえ。

 

 

 

「…えっ?ちょ、ちょっとまって○○さん、それは日菜ちゃんの…」

 

「…………ぶはぁ!」

 

 

 

近くにあったジョッキを一気に飲み干したが…。

あれ?なんか私今すごいことになってる?地球の回転を感じる??

…あぁ、なんか白鷺主任の声が遠くに聞こえる。主任、好きですよ…大好き…。

 

憧れの人との素敵な上下関係の記憶は、ここで闇に落ちた。

 

 

 

**

 

 

 

「………んー?…痛ッ。」

 

 

 

頭がズキズキする。

どこかにぶつけでもしただろうか…。

 

この掛け布団、この壁に天井。

…あぁ、ぼんやり思い出した気がする。

あれだけベロベロになったってのに、無事に家には帰ってこられたんだ。

帰巣本能…ってやつかな?

 

 

 

「あはっ、服着るの忘れてるよ…。

 脱ぐだけ脱いで寝ちゃったのか……な…?」

 

 

 

パンツ一枚で就寝って…仮にもいい年の女だというのに。

…そんな自分に思わず苦笑しながらも右を見て私は固まった。

 

昨日涙のお別れをした()()()()が一糸纏わぬ姿で隣に寝ているのだ。

布団に放射状に広がる輝く髪、スヤスヤと寝息を零す潤いとハリを湛えた唇。

…正直、いくらでも見ていられる。…と

 

 

 

「…?…あぁ、○○ちゃん。具合はどう?」

 

「お、お、おははは、おははひゃようございまっ」

 

「ふふっ…おはよう…。

 …お仕事の時間は大丈夫?」

 

 

 

その澄んだ瞳が開かれると同時に視線が交差した私は訳の分からない挨拶をかましてしまう。

なんとも思っていないような主任はそのまま体を起こし、あろう事か私の心配をしてくださった。

 

 

 

「あっ、わ、私は、今日有給使う日なので、大丈夫、なんですけど…」

 

「そう?…ふふっ、じゃあもう少し一緒に寝る?」

 

「えっ?えっ!?すみません状況が…」

 

 

 

状況が飲み込めていないのは私だけ?どうして主任はそんなに冷静なの?

あ、もう主任じゃないのか。いやなんて呼べばいいのじゃあ。

 

 

 

「昨日のこと、覚えてない…?」

 

「昨日…?全くですね。」

 

「そう…。じゃあ昨日はOKもらったし、今日も改めて言うけども。」

 

「は、はい…。」

 

 

「私、貴女のお嫁さんになるので。今日から同棲…よろしくね?」

 

 

「…はい?」

 

 

 

あぁ、「結婚するから辞める」じゃなく「結婚したくて辞める」ってそういうことか。

…じゃなくって、訊きたいことが多すぎる!

 

 

 

「え、私の気持ち、気づかれてたんですか?」

 

「…えぇ、まあ。薄々だけどね。

 昨日の居酒屋での会話で確信を得たって感じかしら。」

 

「そ、そうですか…。」

 

 

 

氷川め、酔いの中の発言でラッキーを起こすか。ぐっじょぶ。

 

 

 

「それで仕事辞めるって、思い切りましたね。」

 

「…それだけ私も本気だってことよ。

 もしダメだったらダメで、どのみち辛いでしょ?私も我慢ができなくなったの。」

 

「さすがの決断力だ…。あれ、じゃあこういう流れになるっていうのは…」

 

「契約を取るためには先を見越して計画を立てないとって…教えたわよね?」

 

 

 

つまりは計画通りに事が運んだと。

持っている。確実にこの上司、持っている。流石は入社3ヶ月後の試用期間終了直後にして新設部門を任されただけのことはある。

 

 

 

「…なるほど。それで同棲って、私的には幸せ過ぎるんですけど、本当にいいんですか?」

 

「えぇ。「これからもよろしく」って、言ったじゃない?」

 

 

 

あぁ…そこも伏線だったのかぁ…。

 

かくして、憧れの上司は最愛の嫁(?)になった。

どうしよう。これから始まる同棲生活、希望しかないんだが。

 

 

 

 




新章は女主人公です。
慣れませんね。




<今回の設定>

○○:初の女主人公。23歳独身。
   別にそういった気があるわけではないが、直属の上司ということでつい…ね?
   泣き方が独特。

千聖:25歳。寿退社をでっち上げる勇気と行動力。
   「まぁ貰ってもらえなくてもすぐ再就職したらいいし」とのこと。
   男性にまるで興味がない。

日菜:25歳。社内に於いて数々の伝説を築き上げている"歩く異常事態"。
   ○○と同期として入社するも、かつて同級生だった千聖と出会い頭のおかしさが暴走。
   主人公を含む3人のチームは会社的にも一目置かれている。
   バカ。


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2019/08/17 嫁が勤務意欲をコントロールしてくる件

 

 

 

『皆さん、今日は私たちのライブに来ていただき本当にありがとうございました!!』

 

『えっへへ。今日もすっっごく、るんっ♪てきたよぉ!

 皆ありがとー!!』

 

『あぁもう、はしゃぎ過ぎよ日菜ちゃん…。』

 

『いいんだよーぅ、今日はぶれいくぉ?ってやつなんだよね!』

 

『…それを言うなら無礼講…』

 

 

アッハハハハハハハハ

 

 

チサトチャァアアアン

 

『はぁーい、見えてますよ~』

 

ヒナタァァアアアアアアン

 

『るんっ♪ありがとぉー!!…わ、すっごい旗…!』

 

『愛されてる証拠ね。』

 

『でも、あたし達が本当に愛されたいのは…』

 

『あなただけよ、○○』

 

 

ワァァアアアアアアアアアアア

 

 

 

**

 

 

 

「…そんにゃぁ……こぁりぁすよぉ……うぇ?」

 

「…○○ちゃん?一体どんな夢見たらそうなるの??」

 

「へ?…はっ!?」

 

 

 

なんだか素敵な夢を見ていた気がする。

煌びやかな可愛らしい衣装に身をまといステージでベースをかき鳴らす白鷺主任…。

何故か氷川も居たが、すごい盛り上がりだった…。かわいいし。まじ主任可愛い。

アイドルってやつだろうか。…白鷺主任の露出…へへへへ…。

それを観客席から見ている夢だったけど、最後に主任が目の前に来て―――ッ///

っと、主任に言われて改めて自分の状況を見たけどひどい状況だ。

一枚しか着てないシャツは捲れ上がってるし、水たまりを作りそうな勢いでヨダレが滝を作ってるし…。

 

 

 

「主任!おはようございます!!」

 

「…おはよう。ねえ、また呼び方…」

 

「あっ。え、えーと……。千聖、さん。」

 

「はい、よくできました♪

 …それで、朝ごはんはどうする??食べる時間ある?」

 

「ええっと……六時半、ですか。

 出社が八時だから……。何とも言えないですね…あはは。」

 

「もう…っ。しっかり食べないと?お仕事にも身が入らないでしょう?」

 

「わかってはいるんですけどねぇ…。」

 

 

 

朝はいつもドタバタだ。

まぁ、前日夜ふかししている件を指摘されると何とも言えないんだけどね…。

そしてその夜ふかしの内容も特に言えるもんじゃないんだけどね…。

 

 

 

「取り敢えず簡単なものだけは用意しておいたけど…あと何が必要かしら?」

 

「えっ?…はぁぁああ!!」

 

 

 

ほぼ使うこともなかった食卓の上には、トースト・サラダ・目玉焼き…とコーヒー。

はっ、しかもちゃんとミルクとシュガー2本…。何故いつも2本入れることを知ってるんだ…。

まぁ、大仰に驚いておいてあれだけど、こんな感じの幸せな朝ももう二週間以上続いている。こんなに幸せでいいんだろうか。

私、急に死んだりしないかな?

 

 

 

「ふふっ…私が一緒にいるんだもの、健康面では死なせないわ?」

 

「考えてることまでバレるんだもんなぁ…まいったな。」

 

「愛してるんだもの、当然でしょう?」

 

「…あはぁ。」

 

 

 

仕事休みたい…。

 

 

 

「ちゃんと行かなきゃダメよ?…ズルはだめ。」

 

「…くそぉ、かわいいなぁ。」

 

 

 

入社してすぐは苦手だったけど、今となってはその怒り方に萌しか感じない。

両手腰に当ててほっぺた膨らませて…。それで身長も私よりちっちゃいし…。あぁ、しゅき…。

 

 

 

「しゅき…。」

 

「!?○○ちゃん!?」

 

 

 

もうだめ…二週間とちょっとの期間だけど、いや会社にいた期間もあったらもっとだけど、その間だけで私、もうLOVEまで行っちゃってるよ。

私は人生で初めて、会社を病欠した。

 

 

 

「恋の病ぃ…?」

 

「はい!もう、しゅに…じゃなくて千聖さんが好きで好きでたまらないんです。

 だから、この容態?が安定するまで休んじゃおっかなぁみたいな。」

 

「…馬鹿なこと言ってないで働きなさい。」

 

「ぇ…。」

 

「と、上司の私なら言うでしょうね。

 …でも今は貴女のお嫁さんなわけだし、愛してくれるなら幸せなことこの上ないわ…。」

 

 

 

あっはぁ!頬染めちゃってぇ!

そんなもじもじして!()()白鷺主任も照れたりするんですねぇ!!

早速休みの連絡も入れたし…幸せな二連休が始まるんですね…!!

 

 

 

「でも、真面目に働いてる○○ちゃんの横顔、私好きだったんだけどなぁ…。」

 

 

 

…う~ん、やっぱり仕事行こうかなぁ…。

 

 

 




愛、愛、それは愛。




<今回の設定更新>

○○:会社ではクール。というか冷たく他人と触れ合わない人。
   日菜みたいのは除く。
   その分家では甘えたがり・甘えられたがり。

千聖:夢の中ではベース担当。歌も歌うよ。
   最近本気で子作りの方法を勉強中。


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2019/09/08 怪物に安寧を犯された件

 

 

「えぇぇぇぇぇっ!?」

 

 

 

日曜日の朝……。一度起きたものの、まだまだ惰眠を貪ろうとベッドに潜り込む。…が、なんだか視界の端にチラついたスマホが妙に気になり、画面をチェック……。

…で、出たのが冒頭の悲鳴。

同じ布団ですやすや眠る、現代日本の大天使ウリエルこと白鷺主任も勿論その声で起きてくる。

 

 

 

「……んぅ?…今日は日曜日でしょう…?……大きい声出して、めっ、ですよぉ……ふわぁぁあ…。」

 

「…あ、あああ、あああああ、し、主任……」

 

 

 

あぁその怒り方も小さな欠伸も、欠伸を零す小さなお口も全てが愛おしい…。

…じゃなくって!

 

 

 

「大変ですよ主任!!……奴が」

 

「もぉー、また主任って呼ぶぅー。」

 

「あっ、ええと、千聖、さん…」

 

「はいっ、よくできましたぁ♪」

 

 

 

あぁもう、毎回褒められるのが嬉しすぎてわざと「主任」って呼んじゃうぅっ…!

憧れの人に褒められるって、それだけで数日は元気に過ごせるよね。ご飯も美味しく食べられるし。

 

 

 

「……へへへへ。……じゃない、奴が来るんです。」

 

「…やつ?っていうと?…ふわぁぁ。」

 

 

 

あ、また欠伸。…日曜は毎回お寝坊さんの千聖さん。こんな人が私のお嫁さんなんて…。ふへへへへへへ。

 

 

 

「奴っていうのは…奴ですよ。私たち共通の知人で、いつも私と千聖さんの間に割り込んできて、好き放題騒ぎまくるあいつです。」

 

「……ぁぁふ。……そう。ねましょ。」

 

「えっ。」

 

「えっ?」

 

「いや、そいつが誰かとか、対策とかはいいんです!?」

 

 

 

ぐちゃぐちゃに縒れていたTシャツを直すだけ直して布団に潜り込む千聖さん。その動作一つ一つもエロ…艶かしい。おっと涎が。

いやいや、でもですね千聖さん。あなたはいいかもしれないですけど、私、ヤツには何も教えてないんですよ。多分いつもみたいに能天気な阿呆面ぶら下げてきますよ?そして騒ぎます。本当めんどくさいですねぇ。

 

 

 

「…だって、まだ眠いんだもん。」

 

「…あはぁ。」

 

 

 

ぷくーって!ぷくーって!!

いやぁ頬膨らます千聖さんも食べちゃいたいくらいだなぁ!!頬ごと…なんなら、その溜め込んでる口内の空気だけでも…

 

 

 

「○○ちゃんも寝よ?」

 

「…は、はいぃ…」

 

 

ドンドンドンドンドンドン

「おぉーいっ!○○ーっ!!」

 

 

「…………はぁぁぁぁ。」

 

 

 

来た。奴が。

 

 

 

「んぅ…?ひなちゃん…??」

 

「…そうですよ。だから言ったじゃないですか…奴が来るって。」

 

 

 

その七がいつまでたっても出ない…じゃなくて、

 

 

 

「どうします?…追い返します?」

 

「うーん……でもそれも可愛そうだし…。約束とかしてたんじゃないの??」

 

「…そうだったら迷うことなく上げてますけどね。あいつ、いつもこんな感じで唐突に来るんですよ。」

 

 

 

今までの経験から言って、「これからいくね」系統は1割ほど、残り殆どは「いま玄関の前ー」とか「あれ?部屋鍵かかってるよー」とかだ。

正直言って、勘弁してもらいたい。…同僚じゃなかったら手が出てるレベルだもん。

 

 

 

「……このまま玄関先で喚かれても近所迷惑だし、入れてあげたら?」

 

「え"っ。…い、いいんですか?本当に。」

 

「…だって、日菜ちゃんでしょ?」

 

「………まぁ、来ちゃってる以上どうしようもないですけどね。」

 

 

 

渋々立ち上がり、玄関へ。最早暴徒と化している騒音の原因へ声をかける。

 

 

 

「…氷川。今日はだめだよ。」

 

「あっ!○○だっ!あけてぇ…?あーけーてー??」

 

「…情緒どうなってんの。」

 

「だってさぁ、千聖ちゃんも辞めちゃったし、休みの日暇なんだもーん。」

 

「…だからって私の部屋に来んなっての…。」

 

「……えぇー??○○ちゃん、つーめーたーいー。……あれれ?」

 

「冷たくない。…なによ。」

 

「………千聖ちゃんのニオイがするっ!」

 

 

 

はぁ!?…何、犬なの?犬か何かなの??犬か何かってなんだかなかなかに噛みそうでちょっと面白い。みんなも試しに言ってみてね。「犬か何かの"なんか"ってなかなかの"か何か"か何かなのかな?」

 

 

 

「…しないよ、そんなの」

 

 

 

第一扉が閉まってるのに匂いなんかするわけないじゃんか…。…いやまてよ?ドアの前に千聖さんの何かが落ちているとしたら?…例えば、髪の毛とか。

歩くフェロモンみたいなお方だ。髪の毛一本で人を惑わす可能性は大いにある。

万が一それが落ちていたら…!と胸騒ぎを覚え、思わず鍵を開けると…

 

 

 

「おじゃましまぁすっ!!」

 

「あっ、ちょっ!!!」

 

 

 

たたたたた、と子供のように大して長くもない廊下をダッシュで侵入していく氷川。あの行動力…これだから休日に氷川を部屋に入れるのは嫌なんだ…。

 

 

 

「うわぁ!やっぱり千聖ちゃんだぁ!」

 

「…いらっしゃい、日菜ちゃん。」

 

「あれれ!?どうして千聖ちゃん服着てないのぉ!?」

 

「…貴方が来たって聞いて、着替えようと思ってたところなの。」

 

 

 

…なんだって?千聖さんの生着替え?

ま、まぁ毎日一緒にお風呂も入るくらいだし、すっかり見慣れてはいるけどもさ?…それでも氷川、それはアンタには過ぎた芸術品だ。ウリエルの裸体は私の…

 

 

 

「それはそうと!お泊りなの!?どうしてあたしは呼ばれてないのっ!?」

 

「…さぁ?嫌われてるんじゃない??」

 

「えぇー!?ひどいぃ…。…決めた、あたしも好かれる!」

 

「…ふぅん?どうやって??」

 

「ええと…ええと………。…はっ!」

 

「??」

 

「るんって来たぁ!!!」

 

「…今度は何を思いついたってのよ。」

 

「あたしも脱ぐ!全部を見てもらって、千聖ちゃんみたいに好かれるのっ!!」

 

 

 

いや、そうはならんやろ…。

 

 

 

 




主人公が狂気じみてきている…。




<今回の設定更新>

○○:色々な欲が渦巻いた目をしている。
   が、千聖以外の前ではちゃんと外行きの仮面を被っていられる演技派。
   もう、止まらない。

千聖:月~土曜日は大体5時起き。甲斐甲斐しく主人公の世話を焼きサポートに徹する。
   …が、日曜は昼過ぎまで寝ている。主人公とくっついて寝ていられるだけで幸せなようだ。
   同棲相手だと裸も隠さないタイプ。
   二つ名は"現代日本の大天使ウリエル"。

日菜:主人公曰く"能天気な阿呆面"。
   行動の8~9割が思いつきなため、身近な人を振り回す習性がある。
   迷惑な動けるバカ。


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2019/09/24 同僚のウザ絡みに辟易する件

 

 

 

「ねーねー!……ねーってばぁ!」

 

「氷川うるさい。まず手を動かしなよ。」

 

 

 

白鷺主任(愛する人)のいない職場に何の価値があるというのか。隣の騒がしい大きい子供の世話が業務になりつつある今日この頃。

帰りたさMAXな内心をポーカーフェイスで抑えつつ、定められた勤務時間を会社で過ごす。…嗚呼、何とも無意味な時間か。

とは言え、千聖さんが"お嫁さん"として家にいる以上稼ぎ頭はこの私……ということになる。ううん、ジレンマに苛まれつつも、私は何だかんだで頑張るしかないんだなぁ…。

 

 

 

「冷たいなぁ〇〇は…どーせまた千聖ちゃんの事でも考えてたんだろうけど。」

 

「冷たくない。ちさ…白鷺主任のことを考えてたのは間違ってないけど。」

 

「もー……今の主任はあたしでしょー?」

 

「私にとって永遠の主任は白鷺主任だけなの。」

 

「じゃあ、あたしは?」

 

「小煩い馬鹿。」

 

「名前も入ってない!!」

 

「じゃあ白菜馬鹿。」

 

「それは千聖ちゃんが書き間違えたやつでしょ!!…あと馬鹿って何さ!」

 

「白菜でもいいじゃん。あんたにアホ毛立たせたようなもんでしょ。」

 

 

 

たかだか点が一つあるかないかで随分な騒ぎようだ。あの人から何かを貰ってるだけで羨ましくて妬ましいってのに。

もっと誇るべきだと思うよ、()()

 

 

 

「…〇〇ってさ、あたしのこと嫌いなの?」

 

「今更?」

 

「そっかー…。」

 

「何傷ついてんの。…悪口なんて、それこそ今更でしょ?」

 

「んー……。もしも、ね?〇〇が本気であたしを嫌ってて、千聖ちゃんと仲良くするのに邪魔だって言うなら、大人しく身を引こうかなって。」

 

「…本気で嫌いなわけないじゃん。邪魔は邪魔だけど。」

 

「ほんと?」

 

「ほんと。」

 

「………ほんと?」

 

「しつっこいなぁ…。」

 

「じゃあ、あたしとも付き合ってくれる?」

 

「――――は?」

 

 

 

言われている意味がわからない。二十代後半で彼氏の一人も出来たことがないと、こうも焦るものなのだろうか。

にしても見境が無さ過ぎる。

 

 

 

「私、女だよ?」

 

「でも、千聖ちゃんを好きになった。でしょ?」

 

「う。」

 

「…これは想像だけど、きっと千聖ちゃんも○○の事好きだよね。」

 

「うぅ。」

 

 

 

鋭いじゃん、氷川のくせに。…でも考えてみたら、千聖さんの私に対する好意を煽ったのも酔っ払った氷川だったっけ。

どうしよう、意外と使える馬鹿なのかも。

 

 

 

「…でもさ、あんたと付き合うってことになったら白鷺主任を裏切ることになるよね。

 …それは絶対に嫌なんだよ。」

 

「……じゃあ付き合う一歩手前!それならどう?」

 

「どうって言われても。意味わかんないし。」

 

 

 

訂正。…やっぱ氷川は氷川だ。

 

 

 

**

 

 

 

昼休み。唯一私物のスマホで白鷺主任と繋がれる時間。職場で過ごす日中のたった一つのオアシスのような時間だ。

 

 

 

『お仕事頑張ってますか?』

 

 

『はい、真面目にやってます!』

 

 

『頼もしい!』

『今日は変わったことありますか?』

 

 

『あ、また納品書の件で事務局が揉めてましたね。』

『あとは氷川がうるさいくらいです。』

 

 

『ふふ、相変わらずの無能組ですね。』

『日菜ちゃんが?○○ちゃん、何か言われたの?』

 

 

『何か、付き合ってほしいって。』

 

 

『そう』

 

 

『ええ』

 

 

『あれ?』

『忙しくなっちゃったんですか?』

『千聖さん?』

 

 

 

あれ。…また昼休みは半分以上残っているというのに。唐突に千聖さんが既読もつけなくなってしまった。

何時もなら二分と経たずに返信が返ってくるというのに。

 

 

 

「ヒェッ」

 

 

 

……?

右側から空気の抜けるような間抜けな音が聞こえる。誰かのしゃっくりとかかな?…慌ててご飯を掻き込んだりすると空気も飲み込んじゃって…っていうあるある的な。

それはさておき、音のした方を向くと…

 

 

 

「あ、あわわわわわわわ」

 

「何震えてんの氷川。」

 

 

 

青い顔をした氷川が、口元で忙しなく左手をバタつかせながら震えていた。右手にはスマホ。…いったい何を見たというのだろうか。

 

 

 

「………!!……!!」

 

 

 

声が出ないほどの衝撃だったんだろう。口をパクパクと、まるで金魚のようで面白い。…写真撮っとこ。

カッシャァッ

 

 

 

「…で、どうしたってのよ、青い顔して。」

 

「………ち、ちちちちちち」

 

「ち?」

 

 

 

いくら相手があの氷川と言っても日本語を忘れるなんてのは今までで初めてかもしれない。このままじゃ埓もあかないし、申し訳ないが画面を覗かせてもらって…

 

 

ピコン

 

 

 

「あっ、ち、千聖さん!?」

 

ビクゥッ

 

待ちわびていたその通知音に慌てて画面を確認する。…あぁ!やっぱり千聖さんだぁ!

 

 

 

『ごめんなさいね』

『ちょっとトイレに行ってたのよ』

 

 

『あっ、全然大丈夫です』

『もう大丈夫なんですか?』

 

 

『ええ、()()()()()()()()と思うわ』

 

 

『そうですかぁ』

 

 

『ねえ○○ちゃん?』

『私のこと…一番大事?』

 

 

 

「ふはっ…!」

 

 

 

なにこの意表を突いたどストレート…!私を昼休みに永眠させる気ですか??

大好きですええ大好きですとも!世界で一番、いや宇宙で一番愛してますよぉぉおおお!!!

 

 

 

『勿論じゃないですか。』

『千聖さんの居ない人生なんて、もう想像できませんよ!』

 

 

『ふふ、ありがとう』

『浮気しちゃ…嫌よ?』

 

 

 

「あっは……!!」

 

 

 

だめだ。だめだだめだだめだだめだ…!今すぐ駆け寄って抱きしめたい。布団の中で昼間から朝まで愛してあげたい…!!

どうしてそんなに可愛いの?どうしてそんなに……嗚呼、私の女神さま!!

 

 

 

「よっし。…ごちそうさまでした、っと。」

 

 

 

そうしている間に、昼休みも終わりが近づく。色々な意味でご馳走様の私は、すっかり忘れていた氷川の方を見やる。

 

 

 

「むー…………。」

 

 

 

もう青くもなく震えてもいなかったが、大量の滝汗をかきながら頬を膨らましこちらを睨みつけている。

描写が大変だからもう少しシンプルな状態でいてくれないかな。

 

 

 

「なに、膨らんじゃって。」

 

「○○ってさ、恋すると盲目になるっていう少女漫画みたいなタイプ?」

 

「……そうかもね。」

 

「ふーん。…じゃあさ、すっごく難しくてクリアできないゲームがあるとして、今のままじゃどうやってもスッキリできないの。そんな時、○○ならどうする?諦めちゃう?」

 

「今度はゲームの話?……そんなの、レベルでも上げて頑張ったらいいじゃん。勝てないまま終わるなんて嫌だし。」

 

「…へへ、やっぱりそうだよね。」

 

 

 

氷川の突拍子のなさは今更だけど、さっきまでのショックは何処へやら。…すっかりいつもの調子を取り戻したようで、午後の勤務もまたウザく絡みつかれるままに終業時間になってしまった。

帰りがけにも「あたし頑張るからっ!」って言ってたけど、本当何だったんだろう。……ま、いいか。私も帰ろ、千聖さんの元へ。……へへへへへへ。

 

 

 

 




千聖ちゃん、出来る子。




<今回の設定更新>

○○:女性にモテるタイプ。格好いい系ではない。
   千聖とメッセージの遣り取りをしている最中は気色悪い素の笑いが出てしまうため
   周りから察されている。

千聖:"主人"の帰りを待つ良妻。
   浮気を未然に防ぐのも良き妻の務めです。

日菜:鋼のメンタルは打ち込まれてこそ輝くというもの。
   日菜、負けないっ。


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2019/10/06 休日なのに気が休まらない件

 

 

「久しぶりだね!この感じっ!」

 

 

 

休日と言うこともあり、千聖さんと氷川と私、久々の3人で外食に行くことに。

後部座席で燥ぐ氷川を流し見しつつ、助手席から香ってくる仄かな甘い香りを楽しむ。

…っといけないいけない。早いところ目的地を決めなければ。

 

 

 

「…で?氷川は結局何食べたいわけ?」

 

「えっとねー……何か高い奴!!」

 

「ふわっとしすぎでしょ。」

 

 

 

金額でご飯を食べるんじゃないよ。分からんでもないけど。

隣の千聖さんも苦い顔をしていらっしゃるし…言いたいことはわかりますよ。

 

 

 

「そんなにお金あんの?」

 

「?ないよ??」

 

「バカなんじゃないの。」

 

「バカじゃないよ!!」

 

 

 

この流れを大真面目に言ってるんだとしたらそれはもう正気の沙汰じゃない気がするけど。

そこまで馬鹿な会話をしたところで、漸く千聖さんがその可憐な口を開いた。

 

 

 

「…日菜ちゃん。系統とかで良いのよ、ご飯ものとかお肉がいいとか麺とか…」

 

「あぁそっち系かぁ。」

 

「寧ろいきなり金の話だと思う方がヤバいでしょ。」

 

「私たちは何でもイケちゃうから、日菜ちゃんの食べたいものでいいのよ?」

 

 

 

氷川は偏食がすごいからね。私は別に嫌いな食べ物はないし、千聖さんも嫌いだった納豆が最近克服できたみたいだし。…どうでもいいかもしれないけど、納豆嫌いの克服に付き合った日々は興奮の連続だった。

蓋を開けた瞬間のあの汚いものを見るような目つき、恐る恐る口へ運んだ一粒に真っ赤な顔で零した涙、スーパーで納豆コーナーを通る度に私の手をぎゅっと握りしめるあの掌…。正直堪りません。

 

 

 

「…えっ、〇〇そんなにお腹空いてるの??ヨダレ凄いよ?」

 

「あいや、これは、ちが」

 

「ふふふっ。じゃあ〇〇ちゃんも待ちきれないみたいだし、さっさと決めちゃいましょ?」

 

「……千聖さん。」

 

 

 

本当は千聖さんを食べたいんですよ、私は。

 

 

 

「あっ!るんっ♪てきた!」

 

「…決まったのね。」

 

「お肉!!」

 

 

 

鶴の一声ならぬ日菜の一声。今日の少し遅めの昼食は、久々のメンツで焼肉となったのである。

 

 

 

**

 

 

 

「……ちょっと氷川、あんたの言うとおりに来たけど…」

 

「うん!ここ、おいしーんだ~」

 

「そりゃ美味しいだろうけど……」

 

 

 

氷川の案内に従って運転し辿り着いた焼肉屋。相変わらず賑やかな車内(主に一人が)だったが、近くのパーキングに停め店の扉をくぐる頃にはすっかり静まり返っていた。

もうなんというか、雰囲気がガチすぎる。カジュアルな雰囲気で食べ放題でも…と思っていたのに、何だかコースを選んで注文する流れらしい。おい氷川、またやってくれたね?

 

 

 

「前にね、おねーちゃん達と一緒に来たの。」

 

「お姉さんって…あの?」

 

「うん!Roseliaのみんなと一緒にね。その時美味しかったの覚えてたんだぁ!」

 

 

 

…そりゃ高い店にもなるわ…。

あ、Roseliaっていうのは、氷川の双子のお姉さん…紗夜さんがギターとして所属しているロックバンドで、結成してからもう10年くらいになるのかな。メンバーの入れ替えを繰り返しつつも世界規模で有名になるに至った人達だ。確か紗夜さんは現リーダーで、唯一結成当初からいるメンバーだとか。

その場にご一緒するって…何とも不思議な私生活だ事。

 

 

 

「〇〇ちゃん…」

 

「あっ…」

 

 

 

半歩程後ろを歩いていた千聖さんに服の裾をキュッと握られる。あぁもう、心配なんですか?高そうなお店で、怖くなっちゃったんですかぁ??

大丈夫、私が居ますよ。…という気持ちを込めて、その小さな可愛らしい手を包み込む。私の手で。

ハッとした顔でこちらを見る千聖さんは、どこかうっとりとした顔つきで…

 

 

 

「あはっ!何してるの二人して!!にらめっこ??」

 

「ッ!!」

 

 

 

危ない、まだ店の入り口だってのに、いつもの様に濃厚なのをかますところだった。私としたことが、公の場でクールさを忘れるなんて。

 

 

 

「べ、べべつに、何もしてないわよ?ねえ〇〇ちゃんっ?」

 

「……まぁ。」

 

「ふーん??…あたしもしたいなぁ、にらめっこ。」

 

「はぁ?いい年して何言ってんの。」

 

 

 

…いや待って。相手はあの氷川だ。「ふーん」からの間も気になるし、もしかしてしかけていたのバレてる?もしバレているとしたら、あたしもやりたい(イコール)千聖さんとそれはもう濃厚なキスをしたいってこと…?

…それは断じて許さない。

 

 

 

「…氷川には絶対渡さないから。」

 

「んー??…そういうのは焼き始めてから言おうよ。」

 

「肉の話じゃ…!……いや、もういいわ。」

 

「んん???」

 

 

 

まともな話を氷川としようとしたのが間違いだったみたいだ。

案内された4人掛けの半個室。向かい合う様に配置されたソファと二つの椅子…といった、よくある構成だ。

ソファ側の真ん中に氷川がドカッと居座り、向かい側に私と千聖さんが座る。……や、別に今の関係になって自然と…とかじゃないからね?昔から三人だとこうだったから!

 

 

 

「はいメニュー。…二人は結構ハングリー系?」

 

「はい?」

 

「あ、ガッツリいけちゃうかってこと。」

 

「…氷川、そういうのは店選びの段階で訊こうよ。」

 

「ふふふ、いいじゃない〇〇ちゃん。今はお仕事中じゃないんだから、ね?」

 

「でも千聖さん…」

 

「もー!またそうやって二人の世界にはいっちゃうし!!」

 

 

 

このままじゃ氷川も氷川のお腹も煩そうだし、さっさと注文しちゃおう。そのあとでじっくり、食事中の千聖さんを観察したらいい。

一緒に居れば楽しみも幸せも無限大だ。

 

 

 

「……えっ、結構する…もんなんですね。」

 

「量はどれくらいなのかしら…?」

 

「あ、このコース…」

 

「??……あぁ。ふふふ、もう〇〇ちゃんったら、そんなんじゃ足りないでしょう?」

 

「そんな大食いみたいに言わないでくださいよぉ…」

 

「ふふ、冗談よ。拗ねないで?ね?」

 

「くそぅ可愛いなぁ…。」

 

 

 

一つのメニューを二人であれこれ言いながら見ていく。あぁ、千聖さんとなら、たとえ真っ白な本を前にしたって幸福に浸れる自信があるね。

頬をつつかれながら氷川の方をチラ見すると。

 

 

 

「むむむむむむ…………。」

 

 

 

滅茶苦茶睨んでいる。さっきまでの元気はどうした。

 

 

 

「…どうしたの日菜ちゃん?」

 

「もう!!千聖ちゃんも〇〇もずるいよ!!二人でいちゃいちゃして!!」

 

「マジ?…そう見えた!?」

 

「〇〇は何で嬉しそうなの!?」

 

「あごめん、つい。」

 

「もう!……今日は三人の日なんだよ!仲間外れは嫌だなって!!」

 

「あー……それはなんかまあ、うんごめん。」

 

「日菜ちゃんぷんぷんだよ!!ぷんぷん!」

 

「ブフッ」

 

 

 

ちょ、千聖さん。このタイミングで噴き出すのは火に油ですって。…確かに、「こいつ20代半ばでマジか」って思いましたけど。

 

 

 

「わかったわかった…。で?氷川はどうしたら満足なわけ?」

 

「席替えをします!!」

 

「え"」

 

「…やだなぁ。」

 

 

 

注文も決まってないというのに、氷川が中々なことを言い出した。

因みに最後の「やだなぁ」は千聖さん。これはこれですごく可愛かったです。はい。

 

 

 

**

 

 

 

「るんっ♪るんるるんっ♪」

 

「……。」

 

「………。」

 

 

 

地獄だ。

何この部屋。上機嫌でほっかほかな氷川日菜サイドと、クールな瞳で鋭く睨みつけつつ今にも涙を零しそうな哀しみの白鷺千聖サイド。…温度差が激しすぎてメド〇ーアに発展しないか不安で仕方がない。

 

 

 

「ねーねー!〇〇はどれにするか決めたぁ?」

 

「……じゃあ氷川と同じで良いよ。」

 

「ほんとっ??お腹パンクしちゃわない?」

 

「…同じメニュー見てるんだよね?」

 

 

 

先程とは打って変わってご機嫌な氷川。あんたの脳内は秋空か何かか。

 

 

 

「私この(きわみ)コースにする…」

 

 

 

向かい側で飽く迄冷静を装いつつ淡々と最上級のコースを口にする千聖さん。…わかりました、二人で高いの頼んでこの悪魔に奢らせてやりましょう。

アイコンタクトを交わし、互いに小さく頷き合う。これこそ、絆の深さだぞ。羨んでもいいよ氷川。

 

 

 

「わー!千聖ちゃんアゲアゲだねー!」

 

「意味が分からないんだけど。二人とも決まったのかしら?」

 

「これから決めるところだよ~。ね、〇〇?」

 

「…まぁ。」

 

 

 

早く決めて早く食って早く帰れと言わんばかりの貧乏ゆすり(アースクェイク)がこちらにまで伝わってくる。流石にそろそろ千聖さんにも悪いし、滅茶苦茶距離を詰めてくる氷川(バカ)から少しでも離れて……ッ!?

 

 

 

「ちょっと氷川、何のつもり。」

 

「??何が?」

 

「これ。」

 

 

 

二人の間、ソファの上。恐らく千聖さんからはあまり見えないであろうテーブルの陰で、むんずと掴まれている私の左手。捕食者(掴んでいるの)は勿論氷川の右手だ。

それを指さして訊くも、「えへへへ、何となく」とまるで要領を得ない。

 

 

 

「ち、千聖さん?今決めるので、もう少し待っててくださいね?」

 

「早くなさい。時間は有限よ。」

 

「もー千聖ちゃん厳しーぃ。」

 

「ばか氷川、煽るなって…」

 

「…?そんなに時間かかる程メニューないでしょ?第一あなた達、ちょっと距離が近すぎやしないかしら?」

 

「や、べつに、その、えっと」

 

「あれ?〇〇何でそんなに慌ててるの??」

 

「バカじゃないの!早くこれ離しなさいよ!」

 

 

 

一度手を握られていることを意識しだすと何故か注文どころじゃなく、いつも通りなのに妙に近く感じる距離とか、小首を傾げて本気で理解が追い付いていない顔とか、全部に目が吸い寄せられてしまう。

……嘘でしょ?相手はあの氷川だよ?

 

 

 

「…離したくないんだもん。」

 

「な、なんでさ。」

 

「……ずっと、触りたかったから。」

 

「…氷川……?」

 

「ちょっと、本当に何してるの。早く決めましょうよ。」

 

「今決まる所だからもうちょっと待ってね!千聖ちゃん!!」

 

 

 

メニューを立て、まるで目が悪い人の様にメニューへ顔を近づけていく。そしてそのまま、メニューごと私の方に顔を寄せてきて…

 

 

 

「にらめっこ、しよ?……んっ」

 

「―――――!?」

 

 

 

**

 

 

 

…衝撃だった。

そこから一体何が起きたのか。その後食べた肉が牛なのか豚なのか、美味しかったのかイマイチだったのか。その記憶が全て曖昧になっている。

気付けば夜になっていて、自宅のリビングで全裸で千聖さんに土下座していたのだから。

 

 

 

「……次は無いわよ?」

 

「誠に申し訳なく思っており現在死んで詫びようか一生生き地獄を味わうことで償おうかと検討している私でありますがこの場合生き地獄と言うのは何を指すのかその項目が非常に重要と」

 

「私以外も欲しくなったの?」

 

「千聖さんがオンリーワンでナンバーワンです!!」

 

「ん。…よろしい。」

 

 

 

私、被害者じゃないの?

 

 

 




遅くなりました(反省)




<今回の設定更新>

〇〇:見境ないとかそういうのじゃないから。
   千聖さんラブ。日菜に対しては……要検証。
   安価な豚肉派。

千聖:仕事が休みの日は全力でイチャイチャいていたい系女子。
   付き合って数年たっても初期の熱が持続するタイプ。
   ヘルシーな鶏肉派。

日菜:姉がすごい人。
   主人公も千聖も大好き。隙あらば食べちゃいたいと思っている。(食事)
   財力の暴力・高級牛肉派。


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2019/10/24 嫁が私の薬箱な件

 

 

 

…頭が痛い。兎に角痛い。

勤務中…あれは確かお昼休憩の前あたりからだったか。目の奥と前頭部が割れる様に痛み出したのだ。

前兆など全く無く、正に急に。激痛のあまり相当な顰め面で午後を過ごしていた筈だが、不思議と誰にも心配されなかったので一人黙々と業務に徹してやった。…同僚たちの意地悪。

痛み止め?…飲み過ぎて効かなくなったよ。

 

 

 

「……〇〇、今日なんか不細工だね。」

 

「氷川……あんた言うに事欠いてそれは」

 

「あはははっ、じょーだんじょーだん!こわーい顔してたからさぁ!」

 

「…………あそ。」

 

 

 

帰り際に氷川に投げられた言葉である。呪ってやろうかと本気で考えた。

何はともあれ勤務時間が終わり、定時より十五分程遅れて帰路に就く。本来歩いて帰るのだが、流石に限界を感じ途中でタクシーを呼んでしまった。……状況が状況だし、きっと千聖さんも許してくれるだろう…と、お金と千聖さんの事を思い浮かべながらタクシーに揺られること数分。大して遠くもない自宅に着いた。

 

 

 

「ぅ……酷くなってる…。」

 

 

 

相変わらずドクドクと脈打つように痛みの波を伝えて来る前頭部を強く抑える。頭痛が酷い時の応急処置とか無いのかな…あれば誰か教えて…。

やっとの思いで登り切ったアパートの階段に、今更ながらエレベーターの一つもついてない事への憤りを覚える。…十一階建てで階段オンリーは最早設計ミスなのでは?

自宅があるフロアへ辿り着き、パタパタと聞こえる方向へ目を向けると…廊下の先、奥の方にある扉を開け放った千聖さん(天使)がこちらへ駆けてくるところだった。

 

 

 

「…千聖…さん?」

 

「〇〇ちゃんっ!!……一体どうしたの!こんな顔色で…。」

 

「……どうして、まだ何も言っていないのに。」

 

 

 

小走りになることで若干の揺れを見せる千聖さんの胸へ倒れ込む様に抱きつく。同時に香り立つ甘い香りと安心感を伴った心地よい体温。

…あぁ、これだけでも幾分か楽になった気がする…。しかし、何も連絡等していないというのに、どうして態々外まで出迎えに?若干ではあるが退社に遅れもあり、イレギュラーとしてタクシーも利用したというのに時間もピッタリだし。

 

 

 

「……??私が〇〇ちゃんのこと、分からないとでも思ったの?」

 

「…もうエスパーじゃないですか…。」

 

「ふふっ、愛があればこのくらい、大したことじゃないわ。」

 

「……敵わないなぁ…。」

 

 

 

そのまま引き摺られるようにして家の中へ。恐ろしいほどの手際で仕事着を脱がされ寝間着に着替えさせられる。途中何度か素肌の上を滑る千聖さんの指に、思いがけずイケナイ気持ちになってしまいそうだったが体調も考慮しグッと堪えた。何より、千聖さんは飽く迄一生懸命体を気遣ってくれているだけなのだ。当の私本人が淫らな気持ちに浸るなんて、愚かにも程がある。

耳元で囁かれた「相変わらず綺麗な身体ね…我慢できなくなりそう」とかいう言葉もきっと幻聴だ。千聖さんは、"看病"をしてくれているのだから。

 

 

 

「さ、早く布団に入って、大人しく休みなさい。」

 

「は、はい……ありがとうございます。」

 

「いいのよ。…あなた普段から頑張り過ぎちゃうところがあるし…きっと無理が祟ったのよ。」

 

「………ですかね。」

 

「きっとそうよ。…何か食べたいものはある?お水飲む?暑いとか寒いとかもあれば、ちゃんと言うのよ?」

 

 

 

…恋人と言うよりお母さんのような包容力を発揮する千聖さんに無性に甘えたくなってきた。体が弱っている時は精神的にも脆くなると聞くが、成程確かに頷ける。それに、多少恥ずかしい事をしてしまっても相手は千聖さんだ。それこそ愛故の行動なわけだし、後で何とでもできるだろう。

 

 

 

「……えっと、じゃあ。」

 

「なあに?」

 

「…千聖さんが、欲しいです…。」

 

「……ん?」

 

「一人で布団に居るの、心細くて……。一緒に添い寝してほしい…です。」

 

「……………。」

 

 

 

あ、あれ?私何か間違えた?踏み込む距離やらかした??

相変わらず聖母のような慈愛に満ちた笑みのまま微動だにしなくなってしまった千聖さん。このまま聖母像として飾るのもいいかもしれない。

 

 

 

「ち、千聖…さん?」

 

「…………本気?」

 

「…だめ、でしょうか…?」

 

「…………ダメです。」

 

「えぅ……。」

 

 

 

まさか拒絶されると思わなかった。…相変わらず笑顔のままだけど、声は低く冷淡に聴こえる。

思わぬ展開に少し泣きそうになっていると、女神さまは続けてお言葉を発された。

 

 

 

「私まで布団に入っちゃったら誰があなたの看病をするの?」

 

「ぁ…。」

 

 

 

ド正論だった。

確かに、いちゃつくという目線で見れば一緒に寝るなどこの上ない快楽への入り口であろう。…ただそれが看病の場だとしたらどうだ。具合の悪い張本人が何か助けを必要としている時に看病側がまず布団から這い出る必要がある、と…行動として、恐ろしいほど愚かなものだ。

千聖さんの顔は相変わらずにこにこと綺麗な笑みのままだったが、やはり飽く迄も看病をしてくれているのだ。

 

 

 

「……ごめんなさい。」

 

「いいのよ。…具合がよくなったら、私もお邪魔するからね?まずはイタイイタイのを治しちゃいましょうね?」

 

「……ぁい。」

 

 

 

熱を持った頭を撫でる手は冷たく、気持ちよかった。心なしか痛みも引いたような気がする。

 

 

 

「じゃ、じゃあ……冷蔵庫の、飲むゼリーが食べたいです。」

 

「ん。沢山買ってあったものね。…少し待ってて?」

 

 

 

昔からの習慣と言うか、すっかり癖として染み付いてしまったものなのだが、コンビニやスーパーなどでゼリー飲料を見かけると買わずにはいられないのだ。今では千聖さんが毎食用意してくれるから不要なのだが、その昔独り暮らしな上に多忙だった頃はこれだけで生きていたほどだ。

今となってはこういう時にしか出番がない。

 

 

 

「……どの味にする?」

 

 

 

一度冷蔵庫を覗いた千聖さんが枕元に戻ってくる。

 

 

 

「……りんご。」

 

「ふふっ、わかったわ。」

 

 

 

擂り下ろしたリンゴが入ったクラッシュゼリー飲料をリクエスト。確か3~4個はストックがあったはずだ。

私の希望を聞き入れた女神様が冷蔵庫を開け、少し背伸びする様にしてゼリーの山を漁る。…その後ろ姿だけで一週間はイケそうだ。何とは言わないが。

 

 

 

「……かわいいなぁ。」

 

「りんご、持ってきたわよ。飲める?」

 

「………ぁい。」

 

 

 

流石は私の天使。さっきから女神だ天使だと呼称がブレまくっている気がするが、どっちも正解だし問題ないだろう。要は美しい、人間など塵に等しいほど高位な存在と言うことだ。

で、その天使がキャップまで開けてくれる。この気遣い、何とも身に余る光栄…。「んしょ」と可愛らしい掛け声付きでキャップを開けてくれた天使はそのままゼリーを飲み…あれ?

 

 

 

「ぁ、千聖さんが飲むんですね…。」

 

「んー?…んふふ、んーんんーんんんーん。」

 

 

 

何やら口を閉じたまま言っている。伝えたいことがあるなら飲み込んでから喋ればいいのに。

 

 

 

「??…なんですかぁ?……あっ、んむ!?」

 

「……んー………んふっ。……ぷぁっ。美味しかった?」

 

「…んくっ。…………随分な不意打ちですね。」

 

 

 

唐突に唇を奪われたかと思えば流れ込んでくる林檎味。…なるほど、真の天使は嚥下のお手伝いまでしてくれるという事か。

相変わらずニコニコしつつ口の端を拭う姿は最早魔性。あっ、そして今、次の一撃を口に含んで(リロードして)いる。…不意打ちに備えるべく、今度は口を半開きにして待つ。

 

 

 

「………んっ。……んぅ、ごくっ。」

 

「…あ、あれ?千聖さん??」

 

「ぷはぁ。……なあに?」

 

「全部、飲んじゃったんですか?」

 

「えぇ、私も少し喉が渇いていたの。」

 

「…………あー…はい。」

 

 

 

何だろうこの残念な気持ちは。少し口を開けていた私、バカみたい。

待っていればまたしてくれると思ったのに、やっぱり幸せって自分から掴みに行かないと手に入らないんだね。(?)

 

 

 

「……ふふふっ、どうしたの?そんな顔して。」

 

「…別に……。」

 

「あら、素直じゃないのね。」

 

「………素直な奴が馬鹿を見る時代なんですよ。」

 

「ふーん?…なら、もう次は自分で飲めるのかしら?」

 

「………別に飲めますけど、さっきみたいに…してほしい…ですけど。」

 

 

 

あぁぁぁ…。何言ってんだ私。これじゃあまるで盛りの付いた痴女じゃないか。いくら相手が千聖さんだから多少の事は許されると言ってもこれじゃぁ…

 

 

 

「……もう、しょうがない子ね。…頭痛いの治るまでだから、ね?」

 

「…天使かよ…。」

 

 

 

実はもう治ってますとは言えないまま、夜遅くまでそれは続き…明け方、ゼリーが無くなった頃に漸く眠りについた二人だった。

……何と幸せな看病か。

 

 

 




何というLion heart。




<今回の設定更新>

〇〇:昼頃からの頭痛に殺されそうになったが、最終的に幸福感に殺されそうになった。
   どうやらストレスと目の酷使からなった模様。
   明日はリップクリームが要らなくなりそう。

千聖:小さくてかわいい。
   優しい中にも少しサドっ気があるようで、弱っている人を見ると虐めたくなる。
   相変わらず妖艶な美人。金の髪が今日も綺麗なお嫁さん。


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2019/11/20 嫁は仮想世界に居ても可愛い件

 

 

 

新しいゲームを買った。

ハードウェアではなく、ソフトウェアの方だが。

正直なところ、私も前々から期待していたゲームではあったのだが、一番の目的はプレイ以外の場所にある。それは――

 

 

 

「〇〇ちゃん…コレが、例の…?」

 

「そうですよ千聖さん…。」

 

 

 

"私の嫁にやらせてみたかった"!!

…それもただの女性じゃない。機械やゲームが大の苦手な、()()()千聖さんに!!

買ったものの内容としては…様々な武器から自分の好きな物を四つを選び装備、そのまま任務として課せられた内容を熟していく、という…よくあるアクションゲーム。

ただ一つ、"普通"のアクションゲームとは一線を画す要素があって…。

 

 

 

「〇〇ちゃん?…これを、被ればいいのよね?」

 

「そう、ですけどそこで被っちゃだめですよ。」

 

「どうして?」

 

「実際にプレイするのはあっちのモニター前なんですよ。ここでゴーグル着けちゃうと、何も見えない中で移動することになります。」

 

「あら、これ着けると前が見えなくなるのね。」

 

「…何だと思ってたんですか。」

 

 

 

そう、VRだ。

昨今の流行りともいえるであろうこの機構…ヘッドマウント型のディスプレイを装着し、その中に映し出される仮想空間を駆けつつ様々な世界に没入していく、といった訳である。

 

 

 

「…本当。真っ暗なのね。」

 

 

 

駄目だと言ってるのに早くも装着して準備万端の千聖さん。まるで母親を探す赤子の様に、両手を前に突き出してふらふらと歩いている。

流石にこのまま放っておくと食器棚に突っ込み兼ねないので、後ろから抱きかかえるように引き留める。ついでに形のいい胸にもソフトタッチしておいた。あぁ、幸せ。

 

 

 

「あんっ。…あらららら???」

 

「ダメですよ千聖さん。ちゃんと場所に着いてから着けないと。」

 

「はぁい。…この辺でいいかしら?」

 

「はい、いいですよ。…じゃこれ被って、あとこれも両手に持ってください。」

 

「…この固くて太い棒は何?」

 

「コントローラーですよ。…まぁ、ヤればわかります。」

 

 

 

感触を確かめるようにグッパグッパとスティックをニギニギする千聖さん。可愛い。

一先ず一通りの説明も終え、ゲーム機本体を起動する。「ひゃっ」と発された声からするに、今彼女の目の前には広々とした仮想の世界が広がっている事だろう。

 

 

 

「じゃあ、私がある程度まで操作しますから、途中から頑張ってみてくださいな。」

 

 

 

空いているコントローラーでソフトウェアを起動。少しして表示されるロゴとタイトル画面を確認し、時たま漏れる可愛らしい鈴の音の様な声を背に受けつつ操作可能な部分まで進める。

 

 

 

「うわぁ…!」

 

「どうです?千聖さん。」

 

「すっごいわね。…広いの。」

 

 

 

千聖さんが今見て居る景色は、一応目の前のモニターを通して私も見ることができる。

……何でだろう、千聖さん、ステージの端に置いてある狸の置物を凝視している。あの全裸で酒を持ち笠を被ったアレだ。

 

 

 

「千聖さん?…どうかしました??」

 

「…カワイイ…。」

 

「マジか。…千聖さん、うっとりしてるところ悪いんですが、もう少し前まで進んでみましょ。」

 

「わかったわ。ええと、このボタンで……ぉぉぉぉお…。」

 

 

 

手元の移動ボタンを押しながらキョロキョロと周りを見渡している。少し薄暗いサイバー空間に浮かぶ、和を感じさせる道場。その中の渡り廊下を走りながら、周りの風景を楽しんでいらっしゃる女神の姿に私ももう墳血モノだ。

眼下に広がる未来チックな街並みに足を止めて覗き込んでは感嘆、手すりに手を掛けようとしてVRであることに気付いては照れ笑い…。挙句風景を飛び回る二羽の鳥に思い切り手を振って居たり…もう堪りません。個人的には鳥に手を振っている時の背伸びと小声の「ばいばぁい…ふふふっ」がツボでした。

 

 

 

「……え?…きゃっ!!」

 

 

 

私のスマホの千聖さんフォルダが潤うこと潤うこと…その事態に喜びを隠せずにいると、突如姫様から可愛らしい悲鳴が。

何事かとモニターを確認すると…あぁ成程、武器選択のエフェクトが派手過ぎて驚いてしまったらしい。自分に迫ってくるように広がるポップアップとか、最初は怖いよね。

 

 

 

「…驚く千聖さんも可愛いです。」

 

「もう!揶揄ってないで教えてちょうだい!…これはどれを選ぶべきなのかしら。」

 

「武器ですか……千聖さん、武器を扱った経験は?」

 

「あるわけないでしょ。」

 

「ゲームとかもしないですもんね。…ええと、それじゃあ私の勝手なイメージですけど…」

 

 

 

千聖さんの左手を取ってスイスイッと装備を選んでいく。千聖さんのイメージだと……

 

 

 

「私、二本も刀振れないわよ…。」

 

「いやぁ…似合うと思うんですよねぇ。」

 

 

 

私がチョイスしたのは、腰の両脇に一本ずつの日本刀。ふむふむ、銘は"円水"というのか。そのふた振りの刀に、身の丈ほどもある大きな手裏剣…名前はよくわからない。

空いている手には取り敢えず苦無を持たせておいた。特に理由はないが、くノ一衣装の千聖さんとか見たいでしょ?見たくない?あそう。

 

 

 

「……うふっ、うふふふっ」

 

 

 

ぶつくさ言いながらも、楽しそうに笑っていらっしゃる。あぁ、二本の重さのない刀がいたく気に入ったらしい。ブンブンと振り回して…

 

 

 

「あいたっ。」

 

「!?…ッだ、大丈夫!?」

 

 

 

振り回していた刀はどうやら私を切り裂いたらしい。下からせり上がるように振り上げられた左手のコントローラーは私のヘラヘラした口にアッパーカットを決めた。

その手応えから感じたか、はたまた私の声が馬鹿デカかったのか…ゴーグルを投げ捨てるようにして千聖さんが距離を詰めてくる。

勢いそのままに私の後頭部を支え床に引き倒し、頭の下に滑り込むように膝枕の体勢をとり私の口を優しく撫で押さえる。…この間僅か1.2秒。大して痛みは無かったのだが、気づけば床に寝ていて目の前には聖母の如きご尊顔が。

人智を超えるスピードに、情けないながら涙が出てしまった。

 

 

 

「!!!……○○ちゃん?痛かった?怖かったの??打ち所が悪かったかしら…それとも勢いが…いや、寝かせ方が悪い…それとも」

 

「…ふふふっ。」

 

「???」

 

 

 

まさか千聖さんがそこまで必死になるとは。ぽたぽたと垂れてきた汗に、思わず笑い声が出てしまったが、それを聞いた千聖さんのぽかんと開いた口にまたしても笑ってしまった。

 

 

 

「はははっ…なんて顔してるんですか…!大丈夫ですよ、私は。」

 

「だ、だって、私○○ちゃんの事…き、斬り上げちゃったから…っ!」

 

「ぶふーっ!!!!」

 

 

 

真剣な顔しちゃって…。もう耐え切れなかった。

 

 

 

「そ、そんなに笑うこと無いでしょ…ばか。」

 

「だって、そんな真剣な顔して…斬り上げtあっはひゃひゃひゃ!!!」

 

「もぉ…本当に心配したんだから…。」

 

「はーっ…はーっ…いやぁ、笑った、じゃない…真っ二つでしたよ。見事な剣筋でしたねぇ。」

 

「揶揄わないでってば…。」

 

 

 

一転、膨れ面に変わる。流石に笑いすぎたかな。

 

 

 

「いやいや…今私は怪我人ですよね?刀でバサリですから。」

 

「……ええそうね。」

 

「ここらで一つ、治療を受けたいんですが。」

 

「生憎と仮想の怪我につける特効薬は持ってないけれど?」

 

「いえ、このままだとまた笑い声が漏れてしまいそうなんで…私の口を塞いで欲しいんですよ。」

 

「…それは大変ね。すぐに止めてあげるわね。」

 

「それでこそ千聖さんですね……んっ。」

 

 

 

**

 

 

 

翌日から、その新品の名作ゲームソフトはプレイ禁止になった。

 

 

 

 




酔う。




<今回の設定更新>

○○:本当はゴーグルのせいで周りが見えない千聖さんにあんなことやこんなことをしたかった。
   まぁ、恐らく結果は同じ。
   このあと滅茶苦茶()

千聖:機械にはめっぽう弱い癖に目新しいものが大好き。
   いくつになっても新鮮なものには無邪気に燥いじゃうタイプ。
   基本攻め。


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2019/12/20 愛を食み、愛について考えてみた件

 

 

 

()ッ…!」

 

「!?…ち、千聖さんっ!?」

 

 

 

夕飯の完成を待ち、居間の炬燵でぬくぬくと寛いでいると台所の方から可愛らしい悲鳴が。嫁のピンチに焦らない夫はいない…それをまさに体現せんとばかりに声の発信元へ飛び込む…と。

 

 

 

「あぅぅ……ぅ?…ろうひはの?」

 

 

 

恐らくたった今切ったであろう左手の人差し指を咥え涙目でこちらを見る千聖さん。……いい。

右手に未だ握りしめたままの包丁が加害の凶器だとは思うが…まるで上目遣いで甘えるかのように視線を寄越してくる千聖さん(俺の嫁)がこんなにも破壊力抜群だとは。

 

 

 

「…怪我ですか?千聖さん。」

 

「うん……ぷぁっ。ちょっと手が滑っちゃって…でも、そんなに深くないから大丈夫よ。」

 

「いえいえそんな、浅くてもばい菌とか入ったら大変なんですよ!?」

 

「…今舐めたから平気よ。」

 

「だめです。ちゃんと消毒……私も舐めます。」

 

 

 

何か言いたそうな千聖さんだったが、ここまで私欲を正当化できる機会は無い。申し訳ないが存分に味合わせてもらわなくては。

そっと持ち上げた左手を手首の当たりから舐め上げる。切っているのは人差し指の先端だが、手のひら側面の手首から始まり、駆け上がる様に指先へ。それも、"右手"という一つの螺旋階段をゆっくり上る様に。

皮膚のきめ細やかさ、しっとり感、味、緊張と興奮からくる震え…その全てを、千聖さんの血という最高の調味料を頼りに舐め上げていく。一度通った道は途中で引き返さないのがポリシーだ。

自然と荒くなる息を隠そうともせずネットリ舌を進めていく中で、チラリと千聖さんの顔を盗み見る…どんなにソソる表情を…あっ。

 

 

 

「……んっ、……んふぅ……んぅっ?……んぁ…」

 

 

 

やばい。目を閉じ右手の包丁で口元を隠してはいるが、隠し切れない紅潮と吐息に混ざる小さな声。おまけにこの揺れは…視線を下にずらすと、何かを堪えるかのように内腿を擦り合わせてつつ震えている。これは……っ。

感 じ て い らっ しゃ る ――?

これはワンチャン食事前に本格的なメインディッシュが戴けると確信し、舌のうねりを強める。より艶めかしく、より触れる面積に緩急をつけ、より水音を響かせるように…。

換気扇の音のみが支配していた台所に、ぴちゃぴちゃ、ずるずると水音が混ざりはじめ、消え入りそうな途切れ途切れの声と荒い呼気。時たま敢えて強めに音を立てて、てらてらとその綺麗な肌を濡らしている液体を啜れば、呼応するように小さな肢体と金糸の髪が跳ねるように揺れる。

 

 

 

「っ!?……あ…はぁ…ん……っ。……っ!…んぅ……ッ!?」

 

 

 

はぁはぁと荒く繰り返される呼吸はどちらの物か。狂ったように甘美な蜜を啜り尽くさんとむしゃぶりつく者と、ただされるがままに身を震わせ悦びを受け止める者…その二人が織りなす熱はますますそのボルテージを上げ、やがて絶大なる頂点へと―――

 

 

 

「……ぅぅ」

 

「……れろぉ……んぅ?」

 

「…やだよぅ…。」

 

「……ち、千聖さん?」

 

「う、うぇぇ……もう、くすぐったいの…やだよぅ…。うぇえええぇぇ…!」

 

 

 

あれれー?おっかしいぞー?

気付けば泣き出してしまっていた千聖さん…いや、ちーちゃん。最近気づいたことだが、千聖さんは時々幼児退行することがある。勿論それはそれで可愛いのだが、この状態の千聖さん、非常に面倒臭い。

あと、何故かこういった興奮のピークで発動することが多く、ガン萎えを余儀なくされるのだ。テンションマックスがロリロリちーちゃんの登場により萎え萎えでしおしおなのである。私はしょんぼりするようなものをぶら下げちゃあいないが、そういうことなのである。

それに見た目は普段の千聖さんのまま、考えられないほど顔面を汚してギャン泣きしたりするので、それはそれはシュールな光景になる。歳上ということも相まって、最早介護の時が来たんじゃないかと不安になるレベルで。

……ただ一つ重大な問題があって。

 

 

 

「…っあー…。…く、くすぐったかったの?…泣くなってば…。」

 

「うわあぁぁぁあああん!!おトイレ行きたいのにぃ!!間に合わなくなっちゃうよぉおお!!!」

 

「と、トイレぇ?…勝手に行って来いよ…ったく…。」

 

 

 

私は、子供が大嫌いなのだ。勿論そこから来る子供の扱い下手さ加減もなかなかの物だが…。

 

 

 

「ぅぅぅうう……ひっく、ひっく……うえぇ……」

 

「……じゃあまず、切れたところ処置するから、トイレはちょっとだけ待ってて。」

 

「しょちぃ…??」

 

「ほら、指出す。……よし。」

 

「……ばんそぉこぉ…?」

 

「そう、絆創膏。」

 

「………うぇぇ…!」

 

「何故泣く。痛くないでしょ?」

 

「も…もっと…可愛いのが良かったんだもん……!ぱんださんのやつ…。」

 

「そんなもんウチにねえわ。早くトイレ行ってきな。」

 

「え……あ……といれ…?」

 

「そうだよ。行きたいんでしょ?」

 

 

 

気分的には小さな子にしゃがみ込んで視線を合わせている感じ。…ただ、心はまるで擦り合わせる気が無い。

今も色々邪魔された気がして少しイライラしてるし、さっさとトイレにでも何でも行って欲しい。可愛げの無さすぎる千聖さんを見ているのは正直辛い。

…と思ったのだが、トイレと聞いた千聖さんは自分の足元を不思議そうに見下ろしたかと思うと、また泣きそうな顔で顔を上げる。

 

 

 

「……どぉしよう…。」

 

「なにが。」

 

「……………間に合わなかっ」

 

「何?」

 

「…でちゃ」

 

「何だって?」

 

「……おふろいってくる。」

 

「そうしな。」

 

 

 

何となく動きと匂いで分かっていた。…が。

まぁ、これ以上は千聖さんの尊厳の為にも明記しないでおこう。

 

 

 

**

 

 

 

シャワーの音を遠巻きに聞きながら台所の床を掃除する。…千聖さんの聖水ともなれば、普段ならそれこそ舐め取りたい欲求が凄いのだが、今手元にあるのはただの水たまり。

…何やってるんだろう、私。

 

 

 

「最低だよね…。」

 

 

 

あれ程愛しているだの好きだの結婚するだの言っている割に、幼女化した千聖さんと触れ合った後はいつもこうだ。確かに放っておけば元に戻るのだが、その一時ですら千聖さんが千聖さんで無くなるのが許せないのだ。

結局私は、許容し包み込んでくれるお姉さん的な千聖さんに甘えていただけ…それを好きだとか愛し合って居るだとか勝手に言い張っていただけで…

 

 

 

「……こんなもんか。」

 

 

 

それは片づけをある程度終えたことに対して出た言葉だったのか、或いは千聖さんに対しての気持ちの…

 

 

 

「○○ちゃん。」

 

「へ?…あぁ、上がったの。」

 

 

 

後ろから聞こえた自分の名前を呼ぶ声に振り返る。髪からぽたぽたと水滴を垂らしつつ、甘拭きした体を押し付けるように抱きついてくる。

ドキリとしたが、今の千聖さんが()()()なのかわからない…その状況に、スッと冷静になれるのもまた私だった。

 

 

 

「…○○ちゃん。ごめんね。」

 

「………千聖……さん、でいいのかな。」

 

「…………私の裸、見飽きちゃった?」

 

「………布団へ、行きましょう。」

 

 

 

その日の夜は、いつもよりも激しく熱く、深く求め合う様にお互いの体を躍らせた。

嫌なことは目を背けるに限る。あやふやなものは、確かなもので塗りつぶしてしまえばいいのだ。

私が愛しているのはこの千聖さんただ一人なのだから。

 

 

 




賢者タイムってやつかぁ?




<今回の設定更新>

○○:相手によってころころ態度が変わる。
   子供が苦手な理由は、自分が子供の頃に受けた仕打ちにあるらしいが…。
   
千聖:何故か感情が昂ると幼児退行を起こす。(本人談)
   その間の記憶はぼんやりあるらしく、戻る時も自分の意思で戻る。
   今回は浴室に入ってすぐ戻ったらしい。


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2020/01/11 休日出勤はエロティックでバイオレンスな件

 

 

今日は本来なら休日であるところ出社しなければならない日。

特に真面目なわけでも無い私だが、流石に社長命令とあれば行かざるを得まい。先程氷川からも「いやになっちゃうね★」とクソみたいなメッセージを受信した辺り、私の属する部署は全員出勤らしい。

 

 

 

「休みなのに…大変ね。」

 

「私的には休みが潰れた事より千聖さんとのデートがフイになってしまったことの方がショックですよ。」

 

 

 

愛する人との蜜月のひと時。普段労働に勤しむ身として、数少ない休日に安寧を求めるのは間違っちゃいないだろう。それを奪うとは…。

会社の皆には申し訳ないが、今日の私は最高にキレている。あのハゲ社長め、いつか必ず血のカツラを被せてやる。

 

 

 

「こらこら、お顔が怖いわよ?」

 

「だって…千聖さん……」

 

「いい仕事の為には良い笑顔で居ないと、ね?」

 

 

 

にっこり柔らかい笑顔で小首を傾げる千聖さん。その醸し出す雰囲気は、たっぷりの柔軟剤で洗いたてのタオルのようで…ズルい人だ。

 

 

 

「……千聖さん、可愛い…」

 

「ええ、可愛い千聖がお家で待ってるから。…頑張ってきて、ね?」

 

「…んっ。」

 

 

 

首筋に静かに触れるキス。そんなことされたところで私の機嫌は…

 

 

 

「…ふへへ、頑張っちゃいますぅ。」

 

「ん、宜しい。…いってらっしゃいね。」

 

 

 

………。

 

 

 

**

 

 

 

「あっ、遅いよ○○!」

 

「氷川?……遅いったって、まだ始業前でしょ。」

 

「社長がね、怒ってすごいの。」

 

「社長が?…ったく、普段まるで姿も見せない癖に偶に来たら碌なことないね。」

 

「まぁね~。」

 

 

 

ヘラヘラと笑う氷川はいつもの事として、オフィスの雰囲気が葬式ってるのはそう言う事か。

私が就職した企業はそこそこ大きいグループ会社の一つであり、社長が基本的に居ない会社だ。大体の責任問題は常務のおっさんに行くし、建物自体の支配人も常に出社しているということで、社長なぞ必要ない説すらある程なのだが…

あのクソ社長、偶に顔を見せたかと思えば厄介な案件ばかり引っ張って来るとことん邪魔な人間なのだ。おまけに不潔で腐臭がするという、人としての如何を問いたくなるような成り。…本当に勘弁してほしい。

 

 

 

「おはようございます。…今日はどういった案件で?」

 

「あっ○○さん、社長が二階の会議室で待っているそうで…」

 

「私を?」

 

「は、はい。一応責任問題らしくって、○○さんが来るまで待つって…。」

 

「…成程。では行ってきます。」

 

 

 

るんるんと軽い足取りの氷川と共に自分のデスクへ着くなり向かいの席の社員に伝えられた内容。…社長が直接私に、とは珍しい。私の対応次第ではワンチャン早く帰れるんじゃないかと淡い期待も抱きつつ、指定された会議室へと向かった。

 

 

 

 

 

「失礼します。」

 

 

 

会議室と言ってももともと応接間だった部屋に長机とパイプ椅子を運び込んだだけのもので、今はドアも取り払われてしまった部屋に入る。

待ち構えていたのは見たくもないのに何度も見て来た社長のニヤケ面。

 

 

 

「何でしょう?」

 

「何でしょうとはご挨拶だな、君。」

 

「休日出勤を強制するくらいですから余程会社がまずい状況なのかと思いまして。」

 

 

 

事実、そうでもなきゃ部署全員出勤の意味が分からない。

若干の怒りも籠めつつ皮肉めいた言い回しをしてみるも社長は憎たらしくニヤつく一方だ。

 

 

 

「だははは、そうだなぁ。…ほれ、チサトが抜けて暫く経ったろ?その穴はどうだね。ん?」

 

「…そうですね、完全に埋められているとは思いませんが、引継ぎと新規プロジェクトも含めてまずまずの状況ではないかと。」

 

 

 

チサト…あの人をそう慣れ慣れしく呼ぶところも、私が嫌悪感を抱く一因なのだ。あの美しい人はお前みたいな醜いゴミが気安く近づいてはいけない程の人間なのに。

だというのに…運命とは斯くも無情なものだ。

 

 

 

「ほほう、そりゃまた大きく出たな。いや何、私もなぁ、アイツを失うというのは心苦しいものがあったのだがね。会社の為にも、君達の為にも。」

 

「はぁ。」

 

「だがね、実の()に頭まで下げられちゃぁなぁ。…やはり私も人の子、チサトには幸せになって欲しいのだよ。」

 

「………何が、言いたいのでしょうか。」

 

 

 

この汚い男…仮にも社長という事で逆らうことは出来ないが、千聖さんの父親ということもあって切っても切れない関係にある。千聖さんも会社を辞めるにあたり、まさに懇願とも言えるほど願い、やっとのことで退職を勝ち取ったのだと聞く。

…恐らく今の状況とてこの男には筒抜けだろう。となると今日の部署全員出社は建前…用があるのはこの私唯一人だと言う事か…。

 

 

 

「いやぁなに、会社の将来が心配なのだよ私は。…こんな、同性を嫁に貰おうとする馬鹿が引っ張っている部署があるんじゃ、余計にな?」

 

「……ッ!何故、全員出社なのでしょうか?」

 

「だっははは、最近煩いだろう?やれハラスメントだ、やれ贔屓だってね?だから全員を巻き込んでだね…」

 

 

 

私一人を呼び出す為に、部署の皆迄巻き込んで…どこまでも卑劣な男だ。

そもそも結局は何が言いたいんだこのハゲは。私に辞めろとでも言うつもりなのか。

 

 

 

「まぁいい、端的に話を済まそうじゃないか。」

 

「…何です?」

 

「…貴様、チサトと別れてやっちゃくれないか?」

 

「お断りします。」

 

「おいおい即答だな。…実はな、最近チサトのやつ妙に冷たくてな。」

 

「嫌われているんでしょう。兎に角別れたりするつもりはありませんから。」

 

 

 

そう来たか。世間体だの何だのとくだらないことも気にする屑だ。千聖さんが冷たいというのもきっと建前、本当は娘が女性と交際している事実を揉み消したいだけの――

 

 

 

「嫌われているもんか。○○、お前は知らないと思うがな、少し前まではベッドの中でも…それはそれは従順なもんだったんだぞ?」

 

「………!?」

 

「それがどうだ。お前と棲み始めるや否や「親子で交わるのはおかしい」だの「○○の為に少しでも汚れずに居たい」だのと…まるで生娘のような戯言を抜かし出してなぁ…まだ幼い頃に調教されたことも忘れられないというのに、生意気なことだと思わんかね。」

 

 

 

今、何と言った?ベッド?調教?親子で交わる?

連ねられた単語とニヤケたいけ好かない汚い顔面に、私の知らない穢されてしまった千聖さんの存在がモヤモヤと黒い煙のように渦巻く感覚がした。

 

 

 

「それとも、お前も私の愛人に…なんちゃってなぁ!だっはははは………ん、何だお前、そんなものを持って…!」

 

「………死ね、ゲス野郎。」

 

「まっ、待つんだ!分かった今のは冗d――」

 

 

 

荒い呼吸と生温い臓物の匂い。体中を汚す穢い男の赤い体液。衝撃から原形を留めないほどにバラバラになった、パイプ椅子だったモノ…。

気付いた時には全てが終わっていて、青い制服の警官数名に取り押さえられているところだった。

 

 

 

「……ちが…違うん、です…私は護りたかっ……千聖さん……貴方を…!!」

 

 

 

**

 

 

 

「…ってことになったらどうするんです。」

 

「なりません。人の父親を勝手にゲス野郎にしないで頂戴。ぶつわよ?」

 

「えぇー。…でも、千聖さんにだったらぶたれてもいいかも…」

 

「あら、○○ちゃんSだって言うから相性ピッタリだと思ってたんだけどなぁ…。Mっ気があるなら他のパートナーを」

 

「千聖さん、殴られるのと嬲られるの、どっちがいいです?」

 

「…もう、○○ちゃんったら。…目一杯愛してくれるなら、それでいいわ。」

 

 

 

そっと包み込む様に私を抱き締め、後頭部を弄られ…あっ、撫でられている。耳元で囁く声が、何とも淫靡で艶めかしい。それでいて優しさまで伝わってくるんだからホントにズルい、この人は。

 

 

 

「…でへへへ…」

 

「それにしてもお父様の話だなんて、流石の○○ちゃんにもプレッシャーなのかしら?」

 

「…そりゃまぁ…結局はうちの社長ですからね。憎たらしい程にイケメンなのもまた…。」

 

「ふふっ、○○ちゃんが惚れちゃわなきゃいいけど。」

 

「そんなっ!私は千聖さん一筋ですから!!」

 

「私を愛しすぎてお父様においたしちゃだめよ?」

 

「し、しませんって!さっきのは妄想の話ですからっ!ほ、ほら、私筋肉とか全然ないですしっ!」

 

「……ふーん?その割には夜のアグレッシブさは中々の」

 

「ち、千聖さん!サボりたくなっちゃうんでやめときましょう!!」

 

 

 

首筋、背筋、脇腹、胸、太腿、尻…と、全身を這いずり回る様に辿る千聖さんの細い指にゾクゾクと上り詰める快感。思わず喘ぎそうになりつつも今が出社前であることを思い出し気を引き締める。

名残惜しいがその手を掴み、発展を止める…。

 

千聖さんのお父さん――社長に、一度実家に遊びに来るよう誘われた時は心臓が止まるかと思ったものだ。今の関係も知っていると言う事で、事実上交際相手の親へ挨拶に伺う事になるのだから。

 

 

 

「それじゃあ、続きは帰ってきた後で、ね?」

 

「……ッ!!…い、いってきますぅ。」

 

 

 

私は、千聖さんを幸せにできるんだろうか。

世界でただ一人、愛した女性を。

 

 

 




妄想部分は妄想なので、過激かもですが妄想なので。主人公の性癖ですね。




<今回の設定更新>

○○:感度上昇中。独占欲から妄想が暴走気味。
   結局休日出社の理由は先月末の収支予算案を未作成だった為…と、
   至って普通の業務内容でした。
   社長には気に入られている模様。

千聖:かわいい。どっちかというと昼はS、夜はM気質。
   あまりに手先が綺麗すぎる為、年末に手タレのバイトを請け負ったとか。
   父親との関係も良好、ちゃんと愛されて育ったいい子。


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2020/02/20 深夜の夢が欲求を掻き立てる件

 

 

「千聖さん。さあ早く脱いで!」

 

「エェ!?」

 

 

 

夢を見た。ひどく無謀で、滑稽な夢を。

時刻は午前三時頃。一戦交えた疲れもあり二人してグッスリだったのだが、夢の影響というやつか、無性に動きたくなって目覚めたのだ。

くまさん柄のパジャマを若干はだけさせたまま目を擦る千聖さん。起こしてしまったのだろうか…申し訳な、いやこれはもしや僥倖?夢で見たアレはきっと私の願望、つまりは今こそそれを実現すべし、なのである。

 

 

 

「ちょ、い、いきなり脱ぐって……さっき着たばかりよ?」

 

「でも今は邪魔なんです!このくまちゃんが!」

 

「や、やん。…まだ、シ足りないの?」

 

「そりゃもちろん。……あでも今は違うんです。」

 

 

 

確か紙とペンくらい机まで行けばあったはずだ。だからまずは千聖さんを剥くことで準備を進めよう…!

 

 

 

「裸婦像!描きましょう!!」

 

 

 

午前三時。天体観測には遅い時間だが、まるで流星のような拳骨が降り注いだ。

 

 

 

**

 

 

 

「で?」

 

「で、とは。」

 

 

 

強引に半裸にまで持っていった千聖さんが服を正しながら説教モードだ。あぁ、脱ぐ千聖さんもよかったけど着る千聖さんもまたいい。そして怒る表情も…

 

 

 

「まさか脱がせるためにあんな意味のわからないことを言う子でもないでしょう?」

 

「あー……」

 

「……本当に描きたかったの?私のヌード。」

 

 

 

見たいかと訊かれたならば即刻頷きを返していただろう。それはヘッドバンギングのように。だがしかし描きたいのかと訊かれたならば…ううむ。

一先ず、起きる直前に見たあの夢の中身とそれに触発された旨を洗いざらい喋ってみることにする。決して思いつきや性衝動に衝き動かされてのことではないのだと。

 

 

 

「はぁ。夢、ねぇ。」

 

「あぁそんな呆れたような顔をしないで千聖さ…いや、もっと蔑んで!!」

 

「どっちよ…。」

 

「ただ興味を引きたかった――的な?感じじゃ?ダメですかね?」

 

「大体あなた、夢のせいで描きたくなったって言うけどその夢も曖昧じゃないの。」

 

「うっ……そ、それは千聖さんのお手手を頭へごちんとやられたせいで…」

 

「貧弱な脳ねぇ。」

 

「はぅっ!」

 

 

 

その手を頬に当てて繰り出す心底憐れんだような顔!素敵すぎて子宮に響きます。

 

 

 

「第一描けたとしてそれをどうするの?アップロードなんてしたらブチコロよ?」

 

「殺されるのは嫌だなぁ……あっ、今度お父様のところへ挨拶に行くじゃないですか。」

 

「行くわね。」

 

「その時のお土産に…ぅぶっ」

 

「ばかおっしゃい。」

 

 

 

両頬を手で挟み込まれてしまった。こんなブサイクな変顔を見られてしまうなんて、嗚呼なんという羞恥。いやもういっそこのままキスしちゃえ。

 

 

 

「んっ!?………んむ……んふぅ。」

 

「……ふはぁ…ごちそうさまでした。」

 

「こーら。お話の途中にちゅーはだめです。」

 

「だめですか。」

 

「だめ。」

 

「だってだって、千聖さんがえっちな顔してるから」

 

「してません。」

 

「してた。」

 

「してません。」

 

「絶対してた。」

 

「やめてよそんな、常に発情してる人みたいな」

 

「してないんですか?」

 

「あ、あなたじゃないんだから!」

 

 

 

あぁもう赤くなっちゃって……可愛いんだから。

 

 

 

「は、話をそらすんじゃありません。」

 

「あはい。」

 

「……もしもあなたが、本気で絵を描く人になりたくて、その素材として私が必要ならいくらでも協力するわ。でもその…」

 

「……?」

 

「そうでないのなら、無闇に裸は見せたく…ないの。」

 

「!!!」

 

 

 

脱ぐのが嫌だとか単に裸が嫌だとかそういうわけではないらしい。お風呂やベッドの中ではいつだって思い切りの良い天使のように…では何故?

絵描きになりたいんだという虚偽の発言をグッと飲み込み次の言葉を待った。

 

 

 

「だって……見慣れちゃったり、飽きられてしまったら……悲しいじゃない。」

 

「…んぇ?」

 

「い、いつだってドキドキしてほしいし、いつまでも大事にして欲しいの!タダでさえ最近はちょっと気軽に脱ぎ過ぎかなとか考えてたものだから…。…ず、ずっと好きでいて欲しいんだもん。」

 

 

 

皆さん聞いてくださいよ。ウチの嫁が世界一可愛いんです。そんな服の裾ギュッと握られて必死な顔で言われちゃったらもう夢だとか絵だとかそんなの全部どうでもよくなっちゃうよね。

勿論私は何千何万、何億何兆と千聖さんの細部までを見渡したところで飽きることもないしときめきを失うこともないだろう。だというのに心配を捨てきれない千聖さん天使か。そんな瑣末な問題…と言ってしまっては千聖さんに怒られてしまうだろうが、事私にとっては全く以てありえない話なのである。

あぁ、儚い。

 

 

 

「…ちーちゃん、おいで。」

 

「………ん。」

 

 

 

広げた両の手にすっぽり収まる元上司。その少し汗ばんだ背中と乱れた髪をそっと撫でながら、ひょんなことから手にしたこの幸せがいつまで続くのかなんてことを考えながら続ける。

 

 

 

「私は、千聖さんに飽きることなんてないですし、何なら今でも慣れていません。…朝起きたらあなたが隣にいて、仕事から帰ってきた私を出迎えてくれるのがあなたで。この奇跡に、毎日感謝してもしきれないほどですよ。」

 

「○○ちゃん……。」

 

「正直、絵のことはごめんなさい。千聖さんに触れたい、もっと全部を見たい…その気持ちが強かったのかもしれません。」

 

「…シたばっかりだったのに。」

 

「それでもですよ。いつだって見ていたいんです。…あまり言うと私の性欲の問題にもなりかねませんが…大好きな千聖さんだから、余すことなくこの目と心に刻みつけていたいんです。」

 

「…。」

 

「だから、安心してください。それと、ごめんなさい。月並みな言葉ではありますが、世界で一番愛していますしそれは一生変わることがありません。だからどうか、何も心配せずにこれからも私の傍に。」

 

「………………ばか。」

 

 

 

仰々しすぎただろうか。差し出した手に千聖さんのそれをそっと重ねる姿は照れたような恥ずかしがっているような…。

それでも先程までの()()()()()はなくなったようで、力を抜いて身を委ねる彼女の甘い香りがすぐ近くに迫っていた。

 

 

 

「……寝ましょうか。明日も早いですし。」

 

「…ええ。」

 

 

 

千聖さんを定位置まで運び仰向けに、前髪を顔にかかり過ぎないように整え布団を掛ける。ふふと笑うその顔もまた魅力的で、襲い掛かりたくなる気持ちから目を逸らすように部屋の電気を消した。

微かに明かりが浮かび始めた窓の外を一瞥し彼女の左側に潜り込む。…あと二時間ほどで起きなければいけないが、今はこの温もりに甘んじていよう。

 

 

 

「私ね。」

 

「…んぅ?」

 

「ちょっと悪くないかなって思ったのよ。」

 

「……そんなこと言われたら眠れなくなるじゃないですか。」

 

「ふふっ、私を起こしたお返し。」

 

「眠れないのは千聖さんも巻き添えですよ?」

 

「だーめ。明日…もう今日ね、今日の夜までお預け。」

 

 

 

敵わないなぁ。

 

 

 




かわいい。




<今回の設定更新>

○○:手がつけられない。
   甘えるのも甘えられるのも好き。
   絵心?ねえよ。

千聖:鉄 拳 制 裁
   心配することはピュアながら、小悪魔ばりの駆け引きもする。
   主人公の勤務中、主人公を想って家事に勤しむ時間が幸せなんだとか。


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2020/03/15 酒浸の決意に啼く件

 

 

 

「かんぱぁーい!」

 

 

 

元気一杯の掛け声に軽快な衝突音が響く。休日の夜、明日も仕事が待っているというのに夜の街へ繰り出した女三人。

関係性を知った上で仲間外れを嫌がった氷川の発案によるものだったが、千聖さんと一緒に住み始めてからというものすっかり外飲みの機会が減ってしまった私にとっては、そこまで嫌なイベントでは無かった。

 

 

 

「できることなら二人きりで来たかったが…」

 

「○○、心の声漏れてるよ。」

 

「氷川に知ってもらおうと思って。」

 

「もー、つーめーたーいぃー。」

 

 

 

うざい。

既に二件ほど周り、梯子酒の最後を飾る為に訪れたのは()()()()いつもの店。私・千聖さん・氷川の三人でよく訪れていたあの店だ。…思い返してみれば、三人で顔を突き合わせて呑むのは千聖さんが会社を辞めることになった、あの"始まりの日"以来だったか。

相変わらず爆弾酒を嬉々として流し込む氷川を他所に、ちびちびと日本酒を口へ運ぶ女神さまを眺めながら刺身を頬張る。ああもう、幸せかよ。

 

 

 

「○○ちゃん?」

 

「なんです?」

 

「……見すぎ。」

 

「えー。…だってほら、家だと千聖さん飲まないじゃないですか。焼き付けとかないと…」

 

「もー…ただ普通に飲んでるだけよ?」

 

 

 

千聖さん、あなたは分かってない。自分の魅力も、私がどれほどあなたを愛しているかも。

 

 

 

「あ、今と同じの追加でー」

 

「カシコッシャー」

 

「んー……あとエイヒレと…このミニピザってどれくらいのサイズなの??」

 

「エットォ、コノオサラクライッスカネェ」

 

「わー、可愛らしいね!じゃあこっちのとこっちのでお願いしまーす」

 

「アッシャァッ、テッチーッザァトォ、マッゲータッスネェ!」

 

「うんうん!以上でー!」

 

 

「色気が凄いんですよ、千聖さんは。」

 

「えー?あなたも大概だけど?」

 

「そんなそんな…今だってほら、少し顔も赤くて可愛いですし、滑舌も怪しくなってますよ?」

 

「やだー、はずかしい…。」

 

 

 

頬に手を当ててイヤイヤと首を振る千聖さん。かわいい。

本気で恥ずかしかったのか、それを誤魔化すように距離を詰めてくる。

 

 

 

「ねね、私もお刺身食べたい。」

 

「どれにします?」

 

「じゃあね……たこさん。」

 

「オウッフ……お、おーけーですよ、たこさんですね。」

 

 

 

不意打ち。

 

 

 

「はい、あーん。」

 

「あー………んむ。……ふふっ、やっぱり日本酒には海産よねぇ。」

 

 

 

わかった。家だろうと外だろうと店だろうと、千聖さんが可愛ければそこは天国なんだ。

にこにこしながらたこさんをもぐもぐし、「飲み込むタイミングが見つからないわ~」と上機嫌な千聖さん。正直私はこれだけでも充分ツマミに…

 

 

 

「○○。」

 

「あ?何氷川。」

 

「温度差酷くない!?あたしもずっといるんだけど!ずっと一人酒なんだけど!揚げ物ページ制覇しちゃったよ!?割り勘ね!?」

 

「はぁ?」

 

 

 

騒がしいのに肩を掴まれたせいで急激に現実に引き戻された。

急転直下。氷川の声はエデンの園でさえ瞬く間に焦土に変えてしまう。おまけに私の財布を危機に追いやりだした。

 

 

 

「ふざけ…太るよ氷川。」

 

「だってだって!○○が全然構ってくれないんだもんもん!」

 

 

「オマタシャーシャー!リーキーピザァトルゲリンツァーッスゥ!」

 

 

「おいこらピザ頼んでんじゃねえ。」

 

「ふぁっふぇ!ふぁっふぇ!!○○がふぁふぁふぇふぇふぃーふぃっふぉ!」

 

「せめて切って食べなよ。付いてきたでしょ?丸鋸みたいな奴。」

 

 

 

穏やかに流れる蜜月の時をぶち壊しやがって…だからコイツとは飲みに来たくなかったんだ…。

ハフハフと嘸かし旨いであろうピザに齧り付きながら怒っていた氷川も、一枚目をぺろりと平らげた後には静かになったようで。喉を鳴らしてお手製爆弾酒を飲み干すと、ジョッキを叩きつけるように乱暴に置く。

 

 

 

「○○ってさぁ、鈍感とか言われるじゃん?」

 

「いや別に。」

 

「○○ちゃんは敏感な方よねぇ。」

 

「千聖さんに言われたくないですよ。」

 

「うふふふふ。」

 

「もう!隙あらばすぐいちゃつく!!」

 

「…なに、駄目なの?」

 

「あたしも混ぜて!あたしもイチャイチャしたい!」

 

「私はイチャイチャしたくない。はい論破。」

 

「ぐぬぬぬぬぬ…!!」

 

 

 

爪が食い込みそうな勢いで握りこぶしを震わせる。正気か?私とイチャイチャしたいだなんて。女同士だぞ?

千聖さんとはいいんだよ。これはもう運命だから。

 

 

 

「酒無いじゃん、追加頼めば?」

 

「…頼むよ…頼むけどさぁ!」

 

「氷川は酒強いんだから、もっと浴びるように飲まないとさ。」

 

 

 

三軒目だってのにやたらど元気な氷川にウザみを感じつつも、あまり邪険にし過ぎて面倒臭さが増すことを危惧しつつ適当に構うことにする。

何より、千聖さんが聖母モードに入られたという事は、ある程度のオイタは許されるという事。氷川を何とかするな今しかないのだ。

因みに、千聖さんの酔っぱらい具合には段階があり、それぞれでモード…人格が異なるのだ。今いる聖母モードは酩酊一歩手前と言ったところで、ふわふわにこにこと何でも許容してくれる上に後で記憶に残らない。あと妙に艶めかしい、と至れり尽くせりなのだ。

…一つ問題があるとするならば、ここまで来る過程で、「ヤキモチ100%モード」と「束縛説教モード」を乗り越えなければいけないという事。…その二つのモード?わかった。じゃあ氷川の対処方法を考えている間、今日のそれぞれのモードを回想してみよう。

 

 

 

**

 

 

 

「○○ー。」

 

「なに。」

 

「あたしこれ要らないから食べていいよ。」

 

「…取り皿にとった分くらいは食べなよ。」

 

「いやほら、これは本当に取りたかったやつじゃないっていうか、くっついて来ちゃっただけって言うか…。」

 

「好き嫌いするとお姉さんにまた叱られるよ。」

 

「う……ち、違うし、別に嫌いな訳じゃないし…」

 

「……もう、わかったよ。寄越しな」

 

「あーんしてあげよっか!」

 

「…や、自分で食べられるし。」

 

「あーん。」

 

「……」

 

「アーンー!!!!」

 

「……はぁ。…あー」

 

「んっ!!」

 

「………………私まだ介護とか要らないと思うんだけど?」

 

「えっへへー、いつも千聖ちゃんにしてもらってるんでしょ??あたしもやってみたいなーってさ!」

 

「…あそ。…って、アレ?千聖さん?何をそんなに怖い顔してらっしゃ」

 

「○○ちゃん?………私もこれ、ちょっと要らなくて」

 

「…これとは?」

 

「えと、あの、その……こ、これよ!」

 

「………テーブルコショウ、ですか?」

 

「~~~~~ッ!!!……間違えたわ、こっちの……あーん!!」

 

「ちょ!ご、強引すぎ…!!」

 

「あーんして!ね、○○ちゃん!あーん!!あーん!!!」

 

「……お、落ち着いて…」

 

 

 

と口の中を胡椒塗れにされかけたり。

 

 

 

「…千聖さん??私まだそんなに酔っぱらってな」

 

「だーめ。○○ちゃん酔っぱらうとキス魔になるでしょ??日菜ちゃんの身の危険を考えての事なのよ。」

 

「………でも、膝枕(この姿勢)だとまともに食事も」

 

「あら?口答え?」

 

「………」

 

「別にいいけど。私に嫌われてでも日菜ちゃんと仲良くしたいってことね?」

 

「ち、ちが…」

 

「そんなの絶対に許さない…○○ちゃんは私のものなんだから…」

 

「千聖さん?」

 

「それを分からせてあげないと……○○ちゃんにも、日菜ちゃんにも…」

 

「…ち、千聖さんストップ!別に氷川に靡いたりしないから!」

 

「えー?そんな事言ってぇ、またあたしとちゅーしたいとか思ってるんじゃ」

 

「○○ちゃん?」

 

「氷川殺す…必ず殺す…三歩必殺…」

 

「○○ちゃん?私の知らない話しが出て来たみたいんだけれど…"また"って?」

 

「いや、あの、あの」

 

「あのねー、前に飲み会したときにねー、メニューの陰でねー」

 

「……ほほう?」

 

「氷川ァ!!」

 

 

 

と食い込まんばかりの力で体を掴まれたりした。

その苦難の時を乗り越えて、今の平穏があるのだ。活かさない手はない。

 

 

 

**

 

 

 

「○○はさぁ、あたしにはいつだってつめたいよねぇ…」

 

「…アンタも冷たそうな苗字してるでしょ。おあいこ。」

 

「んもー、そういう話じゃないれしょー。」

 

「あ、呂律怪しくなってきたね。もっと飲みな?」

 

 

 

心なしか表情もトロンとしてきている。氷川は中途半端に酔っている時が一番面倒で、常人なら死ぬんじゃないかってレベルまで飲ませてやっと大人しくなる。

さっさとちゃんぽんさせて潰すに限るのだ。ちらりと千聖さんに視線をやれば、ニコニコニコニコと相変わらずの聖母スマイルで私達を見守っている。いつの間にか追加注文したであろう一升瓶を抱えながら、「わー、目が合っちゃったぁ」等と萌えさせてくる。手強い。

 

 

 

「……○○、あたしのこと嫌いなの?」

 

「うん。」

 

「えぇー?」

 

「五月蠅いし、ウザいし、鬱陶しいからね。」

 

「すごい言うじゃん……。」

 

 

 

千聖さんとの時間を邪魔するからってのが一番大きいんだけど。

 

 

 

「普通にしてたらいいんだよ。普通に同僚として適切な距離でさ。」

 

「そんなの…いやだもん。」

 

「じゃあ嫌い。」

 

「………あたしは、○○が好きだからさぁ。距離だって、まだまだ全然遠いと思ってるし。」

 

「…冗談でしょ?私達女同士だよ?」

 

「でも、千聖ちゃんと付き合ってるんでしょ?」

 

「…………。」

 

「………なんかさ、ずるいなーって。○○は初めて会った時から千聖ちゃん一筋だったし。あたしがどんなにアピールしても、くっついたり付き纏ったりしても全然構ってくれなくて。」

 

 

 

私ってば存外一途みたい。テーブルに突っ伏し呪詛の様に言葉を並べる氷川の表情は見えないが、酔いが深まって素直になっているんだろう。

心底悔しそうに文句を言う氷川は、正直ちょっとだけ可愛らしい。いつもこれくらいしおらしければいいのに。

 

 

 

「敵わないんだもん、千聖ちゃんには。」

 

「…まぁ、その……ごめん?」

 

「……あのさぁ○○。」

 

「ん。」

 

「いっこだけ、お願いしてもいい?」

 

「……その一個がもう何度目になるのやら…」

 

「これでさいごだから。」

 

「んー……程度による、かなぁ。」

 

 

 

何だろう。事の次第によっては、対価付きで飲んでやるのも良いだろう。もうウザ絡みしない、とか。

千聖さんはまだふわふわ時間(タイム)を満喫中らしいし、多少の無茶なら叱られないだろうし。

 

 

 

「……抱いて。」

 

「ふはっ……馬鹿じゃないの?」

 

「そうだよねぇ……。」

 

 

 

危うく刺身を放り投げるところだった。〆鯖 ちゃん。

睨みつけてやるも相変わらず表情の見えない氷川は、少し間を置いて。

 

 

 

「それなら、そういう変な意味じゃなくて、ただぎゅーってしてもらうのはいい?」

 

「えぇー……変なことしない?」

 

「しないよぉ。」

 

「変なとこ触ったりしない?」

 

「うん、しないしない。」

 

「……んー、じゃあ、それだけなら。」

 

 

 

ハグ、ってやつに氷川も憧れがあるのだろうか。前にも、お姉さんに拒まれて辛い~といった内容の事をグチグチ言ってたし、ハグの良さは私もよく知っている。千聖さんにしてもらうとよく眠れるし、何か色々どうでもよくなる麻薬の様な行為だ。

両手を広げて待ってみれば、ゆっくり起き上がった氷川がらしくない大人しさで収まる。

 

 

 

「……あったかいね。」

 

「…ん。」

 

「…それでね、次は目を見てね――」

 

「一個じゃなかったの。」

 

「……だめ?」

 

「はぁ……目を見てどうしたらいいの?」

 

「……………名前、呼んで欲しい。」

 

「名前…ええと、氷川?」

 

 

 

抱き合うほどの距離で見つめ合い名前を呼ぶ。正直何をやってるんだか分からないがさぞかしシュールな光景だろう。本当に、千聖さんがあの状態で良かったとは思うけど。

氷川は満足いかなかったようで、もぞもぞと身体を揺すって見せる。

 

 

 

「名前がいいの。」

 

「あー……?…苗字じゃなくてってこと?」

 

「うん。」

 

「………呼んだこと無いんだけど。」

 

「だから、呼んでみて欲しいなぁって。」

 

 

 

小首を傾げる姿は見た目だけなら凶悪に可愛い。…男性社員からもそこそこに人気を集めている筈だし、彼氏の一人や二人作ればいいものを…。

 

 

 

「……日菜。」

 

「…○○。」

 

「……今日しか呼ばないからね。」

 

「うん。…それで次は。」

 

「あれ、一個ってなんだっけ。」

 

「…次で最後だから。」

 

「あそ。」

 

「………名前、呼んで…それから、キスして。」

 

「………………氷川、」

 

 

 

酔ってる?とはあまりにも愚問すぎて訊けなかった。だけどその燃えるような熱い視線からは、ふざけた様子や冗談の軽いノリなんて微塵も見えなくて。

氷川の言う一個…がここまでの一連を指しているのだと、そのズルさと相変わらずの賢さに内心舌打ちした。

 

 

 

「……わかったよ。……日菜。」

 

「……………○○。……んっ…。」

 

 

 

すっかり日常の一部となった行為ではあったが、今日まで幾度となく繰り返してきた千聖さんとのそれとは違って、彼女らしからぬギャップを伴った静かで儚い接触。

舌を絡ませるでもなく、唇を食むでもなく触れ続けているだけのキス。頬を伝って落ちる、滴。

 

 

 

「…………ふ。」

 

「……んん……その、氷川」

 

「○○。……ありがと。」

 

「……。」

 

 

 

これはきっと、酒に浮かされてみる夢。そうじゃなければ説明がつかない。

氷川の初めて見る表情に、胸が苦しくなるなんて。

 

 

 

「……大好き、だったよ。」

 

 

 

**

 

 

 

「うわぁい、ただいまぁ。」

 

「…………。」

 

 

 

両手を広げ、リビングの蛍光灯の下でくるくると回る金糸の天使。少し離れた私が後ろ手で閉める鍵。

すっかり出来上がった彼女はまさにご機嫌で、地上に舞い降りた翅のようにベッドへ倒れ込む。やがておいでおいでと繰り返される手招きに誘われるように、少しずつ衣服を脱ぎ捨てながら歩み寄り…顔を埋めた先には透き通るような項。

 

 

 

「ふふ、○○ちゃんあったかぁい。」

 

「………千聖さん。」

 

「○○ちゃんいい匂いねぇ。大好きよー。」

 

「………………。」

 

 

 

幸せにならなければいけない。千聖さんを、一生愛し続けて、この世の中で最高に幸せなお嫁さんにしなければならない。

踏み台にした想いの上に、幸せは成り立つのだから。

 

 

 

「…"応援してる"なんて…卑怯だよ氷川…ッ!」

 

「……○○ちゃん?」

 

 

 

その日の踊りは、日の出の頃前続いたという。

 

 

 




本当なんです




<今回の設定更新>

○○:口悪い。間も悪い。顔は悪くない。

千聖:へべれけ天使。面倒だが耐え抜くと可愛い天使とお酒が飲める。

日菜:おつかれ。


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2020/04/06 私の嫁が世界一可愛い件(終)

 

 

 

有給休暇を取った。

何せ今日は世界で一番大切な人の年に一度のお祝いの日。事ある毎に理由をつけてはパーティの真似事をしている私達ではあるが、今日という日は特別なのだ。

 

 

 

「急なタスクとかは無かったの??」

 

「いきなり上司っぽい事言うのやめてくださいよ、白鷺主任。」

 

「あら、もう主任じゃないわ?」

 

「じゃあ仕事の事は忘れましょ。今頃()()が必死に頑張ってくれてますよ。」

 

 

 

そもそも今日のデートプランも、最終目標への筋道も、一緒になって考えてくれたのは氷川だ。あの時言い放った"応援"というのも強ち嘘では無いようで、今では夢でも見ている様な程協力的な同僚に。

始めこそやや気色悪かったが…彼女の広すぎる知識と発想力には今更ながらに感謝している。

 

 

 

「…ふぅん。」

 

「なんですか。」

 

「日菜、ね。」

 

「う……い、いいじゃないですか、呼び方くらい。」

 

「別にいいけどね。所詮、急に名前呼びになった程度だし。……浮気?」

 

「全然いいって思ってないじゃないですか。」

 

「うふふっ。」

 

 

 

指を絡ませたまま最初の店に入る。アクセサリーがショウケースにずらりと並ぶ、普段であれば絶対に素通りしてしまうようなちょっぴり高級なその店にも既に手は回してある。勿論氷川の案だが。

自分は範囲外なのだが、やはりこういったアクセサリーや光物なんかは女性に効くらしい。薄暗い店内でキラキラと輝く千聖さんはいつにも増してご機嫌だ。かわいい。

 

 

 

「…○○ちゃんってこういうの興味ないと思ってたけれど。」

 

「あー……ま、まぁ、誕生日ですし何かプレゼントしたいなーと思いまして…。」

 

「そう。…でも、無理しなくていいのよ?私はあなたが一緒に居てくれるだけで幸せなんだから。」

 

「おふっ……またそういう照れる事言う…。」

 

「本心だもの。」

 

 

 

相変わらず不意打ちと魔性を以てして理性に働きかけて来るタイプのアタッカー。正直千聖さん自身の方が宝石や貴金属よりよっぽど輝いて見えるんですがそれは。

私を揶揄い終わった千聖さんが近くのスタッフとアレコレ話始めたのを確認し、何気ない動作で店の奥へ。以前訪れた時に作成した予約カードを提示しブツを受け取った。これでここでの目標は達成…だが、振り向いた先のネックレスをつけようと後ろ髪をかき上げる嫁の姿に追加の買い物を決めた私。

何と綺麗な項。あれが何度も見られるのであれば、○○さん幾らでもネックレス買っちゃう。

 

 

 

「…ふふ、ゴールドもいいわね。」

 

「ええ、とってもお似合いですよお客様。」

 

「千聖さん?試着ですか……うぉぉ、エロい。」

 

「コラ、何て感想よ。」

 

「だって、丁度胸のあたりに輝かんばかりのゴールドとたまたまザックリ開いた胸元のコラボレーションがこれください幾らですか。」

 

 

 

恐ろしい…恐ろしい魔力である。吸い寄せられるように視線を外せないまま、まるでそうすべきであったかのように流れで購入してしまった。金額が幾らだったかは覚えていないが、魔法のカードが火を噴いたのだ。

そのまま着けて帰ると伝え、新たな輝きを身に纏いクラスアップした女神と共に店を出る。夕刻に差し掛かりつつも日の長くなった街並みを進み、再び指を絡め合う。

 

 

 

「…もう。衝動買いが過ぎるわよ?」

 

「いやー…まさか千聖さん+アクセサリーがこれ程のものとは。普段あまり身に着けないですよね。」

 

「ええ、そもそも持ってないもの。」

 

「ありゃ…要らなかったです?」

 

「そんなことないわ。働く身として使う機会が無かっただけよ。…ありがとうね。」

 

 

 

ゆったりとした歩調で進みながら繋いだ手の甲にキスされる。その気品あふれる行動に思わず膝をついて頭を垂れそうになったが、グッと堪えエスコートを継続…したつもりだったのだが、動揺が表情に出たのか笑われてしまった。

あぁ、微笑む顔もまた芸術品のようだ。

 

 

 

「…次は…あぁ、時間的にもご飯ですかねぇ。」

 

「そうね。せめて午前中から出かけていたらもう少し色々見れたかもだけど。」

 

「…ごめんなさい。今日のデート楽しみ過ぎて、昨日眠れなくて。」

 

「だから寝かせてくれなかったの?」

 

「ええ、はい、まあ、いや、普段から寝かせたくは無いんですが。」

 

「……えっち。」

 

 

 

自分のせいでスタートが遅れたとは言え、予めのプランで抑えておいた最低限のコースは回れた。この時間であれば食事も含めて恙無く終わりを迎えることができるだろう。

…あとは私自身のメンタルの問題か。

予約していた店があることを伝え、高層ビルのような外観のホテルへ。係員に案内されるままにガラス張りの長いエレベーターを抜け降り立った先はレストラン…以前氷川と下調べしたときもそうだが、地上が遥か眼下に見下ろせる絶景とも言えるこの眺めは、高所恐怖症の私にとっては地獄そのものだったが。

奥の方、"予約席"とパイロンのようなものが立った席へ案内され腰を落ち着ける。内心は全然落ち着いていない。

 

 

 

「…ふうん。」

 

「何です?」

 

「日菜ちゃんに手伝ってもらったのね。」

 

「…………何の事だか。」

 

「隠すことないじゃない。こう見えてとっても喜んでるんだから。」

 

「……まぁ、そう…っすねぇ。」

 

「ぷっ……どうしちゃったの?喋り方まで、何だか…うふふふふ…。」

 

 

 

きっと氷川がリークしたんだろう。確信めいた物言いに、私は拗ねたような声を出すことしかできなかった。

まぁ、笑ってくれてるんだからいいか。…だが、ここからの展開は氷川も知らないし、当然千聖さんも予想していないはず。

見渡す限り他に客の入っていない広いレストランの中に静かに流れるhappybirthday。クラシックアレンジが大人っぽさを醸し出す中、ボーイがバースデーケーキを運んでくる。パチパチと火花をまき散らすタイプの蝋燭?が三本刺さっており、真ん中のウェハースプレートにはチョコレートで私からの言葉が。

 

 

 

「『To my loved one(最愛の人へ)』…ね。ふふっ、キザなのね○○ちゃん。」

 

「…いいでしょう、誕生日くらいは。」

 

「私、こんな言葉貰ったの初めてよ。…人生で初めての、恋人からの贈り物。」

 

「え」

 

 

 

意外だった。そういえば付き合い始めた頃にも未だ処女を守り通しているとか、ファーストキスは私だとか、嬉しい言葉を掛けてもらったものだが…恋人に誕生日を祝われたことまで初めてだとは。

 

 

 

「…意外そうね。そもそも、真剣にお付き合いすること自体初めてなんだから。」

 

「まじすか。」

 

「まじよ。…この前も日菜ちゃんとそんな話をしたばかりでね。「初恋は実らない」なんて嘘ね、って笑ってたところ。」

 

「……それは、何よりです。」

 

 

 

恋心を抱く事さえ初めてだという嫁の姿に、胸の鼓動が早まる。薄暗い店内、ぼんやり浮かび上がる天使の笑み、ムーディーなBGM。…少しでも気を抜けば押し倒してしまいそうだが、今日の目的はこの後にあるのだ。

氷川も…日菜にも言われた。「あたしの分まで幸せになって」と。…あれ、こういうとまるで死んだみたいだな。

 

 

 

「…考え事?」

 

「ええ、まあ。……千聖さん。」

 

「ん。」

 

「誕生日、おめでとうございます。」

 

 

 

左手を掬い取る様にして甲にキスを送る。これは祝いのブーケでもあり忠誠の証でもあるつもりだ。

擽ったそうに笑う千聖さんはやがて慈しむ様な声で「ありがとう」と答えた。

 

 

 

「…それと、もう一つ大事なお話があります。」

 

 

 

切り分けたケーキを幸せそうに口に運ぶ姿をもう少し眺めていたかったが。

畳みかけるように、気持ちを落ち着かせるための一瞬の間の後に切り出した。

 

 

 

「…もう、一つ?」

 

「ええ。実はこの場にもう一人、招待している方が居まして。」

 

 

 

すっと入り口を指差す。千聖さんが恐る恐る視線を向ければそこには――

 

 

 

「…お父…様?」

 

 

 

私からするならば勤務先の社長…そして、恋人の父親に当たる一人の男性が立っていた。

細身の白いスーツが映える、非常に容姿の整った男性。それでいて軽さの感じない、御年五十を迎えるようには思えない若々しさだ。

…千聖さんの麗しい外見は白鷺の遺伝子によって組み込まれたという事実の生き証人のような彼をここに呼んだのは他でもない私で。以前一度挨拶に伺った時から何度か連絡を取りはした。だが元より多忙な身でもあり、千聖さんと真剣に交際していると未だ伝えられていないのだ。

社長はゆっくりとテーブルへ近づき、微笑む。

 

 

 

「…お誕生日おめでとう、千聖。」

 

「……ありがとう…ございます。」

 

「○○くん。…今日はお招きいただき、ありがとう。」

 

「いえ。…お話させて頂く事もあったので、来ていただけたことに感謝します。」

 

 

 

つい畏まってしまう。会社では無いというのに、思わず身構えてしまうような威圧感。それが彼にはある。

にこにこと人懐っこそうな笑みを浮かべてはいるが、切り出し方を間違えたら全てが終わってしまいそうな、そんな予感。

 

 

 

「…それで?どうして私は呼ばれたのかな。」

 

 

 

この社長、いきなり核心に!

…ええい、覚悟を決めろ○○。いい加減、ふざけるのは終わりにするのだ。ここで折れたら千聖さんと共に過ごす蜜月の未来は潰えてしまう。

そう発起し、一呼吸の後に真っ向がからぶつかってみる。

 

 

 

「…ええ。実は私、千聖さんと交際させて頂いておりまして。」

 

「………ほう?」

 

「現在は同棲もしております。」

 

「な…!?………そ、それで?」

 

 

 

同棲、という言葉が余程効いたか。柔和そうな顔に揺らぎが生じる。

必死に立て直そうとする上司の姿に、好機来たれりと攻める手を強める。

 

 

 

「…あ、あの、○○ちゃん?」

 

「大丈夫です千聖さん。見ていてください。」

 

「ち、ちが、その、あのね?」

 

「つ、つつ、続けたまえ?」

 

「………。」

 

 

 

いや待て。あまりにも効きすぎではないか?滝のような汗も個人的には見間違いだと思いたいが、早くも貧乏ゆすりが尋常じゃない。

会社では中々見ることのできないレアな光景にテンションが上がる。

 

 

 

「…結婚を、考えておりまして。」

 

「ヒェ……ふむ、k、結婚ね。」

 

 

 

ひえ、って言ったぞ。

 

 

 

「勿論、法律上不可能であることは分かっています。憲法の改正も追いついていないですしね。…ただ、それほどまでに愛し合っているという事を、あなたに報告したかったんです。」

 

「コッ、成程?…そこまでウチの千聖を……。カッ、コケッ、きも、気持ちは分かった。」

 

 

 

何ともノイズの混じる話し方である。テンパるにしても限度があるだろう。

一方千聖さんは千聖さんで、何かまずいものでも見てしまったかのような微妙な顔で視線を泳がせている。もう止めに入るのは辞めたようだ。

…間違いない、この父親、大した壁じゃない。寧ろ可哀想なくらいだ。

 

 

 

「…急な話で申し訳ありません。…ただ、千聖さんの誕生日という日に、改めてこの愛を伝えたいと思いまして。」

 

「あ、アイッ、愛ね。うん。きれいだ(?)。」

 

「以前ご挨拶に伺った時、私と千聖さんとの関係性について深くお話しできなかったものですから。…勿論、精一杯、無我夢中で働き続けて千聖さんを幸せにするという覚悟あっての事です。」

 

「ンフ、そんなそんな、ゲフン、結婚生活というのは大変なものだ。…覚悟と簡単に言うが、どこまで先の事を考えられているのかね?」

 

 

 

…持ち直したか。

腕を組み終始真剣だったかのように振舞う社長をどうこましたろうかと考える。正直言いたいことは大体言ったのだが、ここまで来るといっそ面白くなってくる。

青い顔で無心にケーキをつつく千聖さんには悪いが、もう少し攻めてみよう。

 

 

 

「…これを。」

 

 

 

バッグから小さな箱を取り出す。先程アクセサリーショップで受け取ったものだ。

箱を見るなり千聖さんは前のめりで固まるし、社長は目に見えて震え出した。

 

 

 

「……覚悟、とイコールになるかはわかりませんが。…今日、この場でプロポーズしようと思ったので。」

 

 

 

大切に両手で抑えた箱をそっと開いて見せる。中には一号違いの婚約指輪が二つ、鎮座していて。

目を輝かせた後に堪え切れないといった様子でニヤケ出す千聖さんと、まるでこの世の終わりの様に頭を抱えて項垂れる父親。対照的な二人の白鷺が面白かった。何だこのアトラクション。

 

 

 

「○○ちゃん!?な、なに!?これはっ!?」

 

「婚約指輪です。」

 

「んぅっ!!」

 

「千聖さん?」

 

「何でも無いのっ!続けて!!」

 

「……社長、いやお義父様。…私には千聖さんが必要なんです。千聖さんの居ない未来なんて、もう想像すらできない。」

 

「ングッ」

 

「交際を……これからも添い遂げることを、お許しいただけませんか。」

 

 

 

複雑な気持ちはわかる。愛する娘の誕生日に呼ばれたと思えば、同じ女性の私に交際宣言をぶっ放されているのだから。挙句婚約指輪の現物まで出されたら、それはもう狼狽してしまうだろう。

確かに法的効力のある関係を結ぶことは出来ない。けれども私は彼女を愛してしまった。求めてしまった上に、一度手に入れてしまった。

知ってしまった蜜の味を守る為ならば何だってする。今更離れろと言われて飲めるだろうか。自分の言葉にも気持ちも偽りはなく、私はどうしようもなく盲目的に彼女を愛してしまっているのだ。

 

 

 

「……ほ、ほんとに、結婚したいくらい好きなの?」

 

「ええ。…あれ、お義父様、キャラが…」

 

「千聖ちゃん、幼児退行とかするよ?それでもいいの?」

 

「ええ。もう慣れましたし、そこも含めての気持ちですから。」

 

「エンッ、か、悲しむ人も、出てくると思うよ?千聖ちゃんが結婚しちゃうと。」

 

「お義父様ですか?」

 

「まあ……た、例えばって話だけどね?別に、私が悲しむって決まってるわけじゃないからさ?」

  

「…千聖さんが幸せになる事が哀しい事なんですか?愛しているなら、彼女の幸せを願うべきではありませんか?今日というこの素敵な日に、祝ってあげるべきではないでしょうか?」

 

「エフッ……ち、ちーちゃんどうしよぉ。」

 

 

 

堕ちた。どうやら完全に論破してしまったようで。

あうあう言いながら千聖さんに手を伸ばしている。でも仕方ない、どんな千聖さんも愛すと決めた以上引き下がる訳にはいけないのだ。

 

 

 

「…ごめんなさい○○ちゃん。」

 

「何です?」

 

「本当は止めるべきだったのだけれど。…お父様って私の事になると急にこうなっちゃうから、ね。…あなたはまだ会社で関わらなきゃいけない人間なのに、居心地が悪くなったでしょう?」

 

 

 

その配慮だったのか。父親を止めようとしたのは。

だが私にとって大切なのは千聖さんと過ごすこと。今後のビジネスシーンにおいて、義父とどう拗れようが知ったこっちゃ無いのだ。

千聖さんの配慮に感謝し、再度義父と向き合う。彼はすっかり打ちひしがれてしまったようで、肩を落とし目を泳がせているが。

 

 

 

「…やはり許しは、頂けませんか?」

 

「………千聖を、任せてしまっても本当に大丈夫かね?勿論君の会社での評判も業績も知っている。我が社にとって掛け替えの無い存在だし信頼もしている。…だが、千聖は私のたった一人の娘なのだ。どんなに大きくなろうと、私の愛するたった一人の娘なのだ。どうか、どうか…!」

 

「お義父様。…よろしければ、見守っては頂けませんか。」

 

「みまもる…?」

 

「私も大きい事を言っていますがお義父様から見ればまだまだ青二才。当然千聖さんに愛を伝える為に一生懸命の精神を忘れず努力は続けて参りますが、どうぞお義父様の判断で。千聖さんが不幸になると確信した場合には引き離していただいて結構です。」

 

「………。」

 

「…お義父様の、お父様としての愛も、分からない訳では無いですから。」

 

 

 

人は繋がりの中で生きている。たとえどんなに大人に成ろうと、どんなに多忙で会えなかろうと、親子は親子。途切れることの無い愛情でつながっているものなのだ。

狼狽えながらも必死になって私という人間を掴もうと、千聖さんの心配を続けているこの状況もその証明だ。壁としては大きくないかもしれないが、娘を想うその姿は紛れもなく父親なのだから。

私は彼に、認めてもらわねばならない。

 

 

 

「………その指輪。」

 

「…はい。」

 

「…とっても綺麗だと思う。千聖の細い指にもよく似合いそうだ。」

 

「はい。私もそう思います。」

 

「……………指に、填めて見せてくれないか?」

 

「……いいんですね?」

 

 

 

彼の中でも何かが決まったのか。

大きく二度深呼吸をし、真っ直ぐ見据える目で言った。

 

 

 

「…あぁ。娘を、宜しく頼むよ。」

 

「………ありがとうございます。」

 

 

 

斯くして、私達は親も公認のパートナーとなり。

年に一度の特別な夜を、大きな愛を感じながら共に過ごした。肝心のプロポーズの言葉は何も用意しちゃいなかったが、彼女の薬指に光る銀のリングはこれからの日々への期待の象徴であるかのように、確かに其処にあった。

 

 

 

「…千聖さん。」

 

「なあに。」

 

「結ばれるってどういうことでしょうか。」

 

「んー…私は、最初から結ばれていたと思うけど?」

 

「…というと?」

 

「これからもそれ程変わらない日々が続いて行くと思うわ。」

 

「……退屈、じゃないですか?」

 

「馬鹿ね。何一つ変わりがない中に、あなたが居るの。それって、あなたが居ないと日々は成り立たないって事でしょう?」

 

「…んぅ、難しい事はわかりませんよ…。」

 

「…あなたはもう私の"日常"なの。…いなくなったりしたら、承知しないんだから。」

 

「……千聖さん。」

 

「責任、取ってよね?」

 

 

 

ウチの嫁が、世界一可愛いんだが?

 

 

 

終わり




白鷺千聖編完結です。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:やはりSっ気あり。
   色々ごちゃごちゃ言葉を並べる悪い癖もあるが、要は千聖さんを愛してやまない
   ってこと。
   無事結ばれるところまで来れて満足です。
   女性ですからね?

千聖:ちーちゃん!
   可愛い。天使。エロい。

社長:外見はスタイリッシュ系イケメンって感じ。
   仕事に於いても誠実で熱意があり信頼も高い。
   だが娘の事となるとあの様である。妻にも逃げられており、非常に寂しがり屋。
   千聖さんが幸せそうで一番喜んでるのはこの人。

日菜:影の功労者。
   私のシリーズにしては珍しくまともな日菜ちゃん。
   だが、報われない。


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【丸山彩Ⅱ】アイドルはいつも此処に【完結】
2019/09/23 隣で始まる


本シリーズは【丸山彩編 アイドルと同居生活始めました。】の第二部となります。
第一部をお読みいただいた後の方がより楽しめるとかなんとか…。


 

 

 

「……スゥ…ハァァアア…………」

 

「…うえぇ…よかった…よかったよぉ……!」

 

 

 

―――日頃のストレスを発散するには、涙を流すことだ

 

そう教えてくれたのは誰だったか。

新居に引越してから暫くは落ち着かない日々を過ごし、それでももうすっかり"我が家"として本能に刻まれた頃。

以前にも増してベッタリの従妹()とソファに並んで海外ドラマを見て過ごしていた。

医療系ドラマということで、最後はやっぱり二人して涙を流してしまう。…もう3話続けてびしょびしょだ。

 

 

 

「ずびずび……ぁっ」

 

「どした……彩。」

 

「ティッシュ……なくなっちゃったぁ……うぇぇ…」

 

 

 

ティッシュが無くなった事実に対してまで涙をこぼすとは。もうすっかり涙の防波堤がおかしくなっちゃったようだな、この従妹ちゃんは。…こらこら人の袖で鼻を拭くんじゃない。

 

 

 

「…きったないなぁ…。」

 

「うぅ……じゃあ新しいの出して?」

 

「俺も余韻に浸ってるのに…。まったく困った妹だ。」

 

「えっへへ……ありがと。」

 

 

 

あの引越を機に、彩の俺に対する態度も…そして俺の彩に対する考え方も変わった。

ずっと絶妙な間隔を置いていた彩は、まるで本当の家族のように触れ合える距離で甘えてくるようになったし。…俺も俺で、アイドルとしての丸山彩と親戚としての彩ちゃんの()()を真っ向から受け止めて愛せるようになってきた気がする。…あっ、愛せるってそういうのじゃないからな?

なんというかその……彩の持っている全部の面が好きになったんだ。ただ、それだけ。…可愛い妹のような存在として、俺に好意を持ってくれている一人の女の子として。ただ一番近くで守ってやりたくなったってだけさ。

 

 

 

「へっくちっ。……うわぁ!鼻水が増えたよ!!」

 

「…お前、今ちょっといい雰囲気醸し出してたんだから水差すんじゃないよ…。」

 

「…うえぇ……べたべただぁ…。」

 

 

 

どこに入っていたんだと突っ込みたくなるような……いや、アイドルのメンツを保つためにも言うまい。

新しく開けたてのティッシュで掌、手首、口の周り、鼻…そして最後に目と、該当するソレを拭き取っていく。俺が各所を拭いている間、彩は成すがままだ。

 

 

 

「ははっ、お前、犬みたいだな。」

 

「なっ!犬じゃないよぅ!人間!!」

 

「うわー、その返しじゃバラエティでもカットされるぞ。」

 

「うぅぅ……返しは苦手なんだから振らないでっ!…千聖ちゃんや日菜ちゃんみたいに上手にできないんだもん…。」

 

「………よしよし。」

 

 

 

放っとくとどんどん底なしに落ちていってしまう彩の、桃色の綺麗な髪を撫でる。気持ちよさそうに目を細め、ぐりぐりの掌に頭頂部を押し付けてくる彩はやがて―――

 

 

 

「わふぅっ」

 

 

 

―――鳴いた。

 

 

 

「えっ」

 

「あっ、ち、違うのこれは!その、えっと…」

 

 

 

果たして無意識か狙ってのものか、わたわたと手を振る彩の顔がみるみる赤く染まっていき…。

 

 

 

「犬、っぽい、方が、好き、なのかと、思って…ひゃわぁぁ……///」

 

 

 

ちいちゃくなってしまわれた。

 

 

 

「………………。」

 

 

 

頭を抱えて恥ずかしさに震えるその従妹の姿が、何だか可笑しくて。

崩れ落ちてぷるぷるしているその頭をもう一度慰めるべく、彩の隣(俺の場所)に腰を下ろす。

 

 

 

「……大正解だよ、彩。」

 

「―――ッ!!………かわい、かった?」

 

 

 

顔を上げないまま上目遣いのように見上げてくる。その姿もまた、怖がりながらも周りの様子が気になって仕方ない子犬を連想させて、思わず笑いがこみ上げそうになる。

 

 

 

「……続き、見ようぜ?」

 

「でも、また泣いちゃうよ…?」

 

「はははっ、泣いてる顔も可愛いからいいじゃんか。」

 

「…またそういうこと言う…。」

 

「あぁ、鳴き声も可愛いんだったな。」

 

「~~~///」

 

 

 

未だに顔を見せてくれない彩の手を取り、しっかりと握る。

リモコンの再生ボタンは、今更見ずとも手探りで押せる。

 

 

 

「今度はティッシュも新品、何ならまた俺の袖を使ってくれたっていいさ。」

 

 

 

医師の日常風景と少し時代を感じるオープニングが流れ始める。

 

―――ストレスなんてつまらないものを発散するには、大切な人と共に過ごすことだ。……涙を流す時も、笑う時も。

 

これは俺の言葉。これからもずっと持ち続ける、俺の見解だ。…なぁ彩よ。

 

 

 

「………わふっ。」

 

 

 

 




パステルカラーの日常、始まります。




<今回の設定>

○○:例の一件、引越を経て従妹との距離がぐっと縮まった模様。
   今回は二人きりでも、ちゃーんとみんないます。
   少し丸くなった?

彩:誰にも渡すまいと言わんばかりにより一層ベッタリになった子犬系女子。
  頭を撫でられるのが好き。あと甘いものも。
  よく泣くがよく笑う。…前より自然体になった。


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2019/10/01 白熱の合体

 

 

 

「ねーねー○○くんー。」

 

 

 

作業続きでゲンナリしている俺に、後ろから覆いかぶさるように纏わり付いてくる天使。

相変わらずの可愛さだが、たまに少し面倒くさい。…流石に、面と向かって言えたことじゃないけど。

 

 

 

「んー、なーんだー。日菜ぁー。」

 

「昨日もそうだったんだけどさ、夜中彩ちゃんと何してるのー?」

 

「……何、とは?」

 

「昨日あたし帰り遅かったでしょ??…で、部屋に入ろうとしたら、○○の部屋が騒がしかったからさー。」

 

「…気のせいじゃねえの。」

 

「えぇー??でも、確かに彩ちゃんの声したんだよー??」

 

 

 

くそぅ…随分食い下がるな。できれば言いたくないことなんだけど…。

 

 

 

「疲れてたんだよ、君は。うん、きっとそうだ。」

 

「えぇー??絶対何か隠してるよー。…あっそうだ!」

 

「…なんだね。」

 

「ふっふっふー♪日菜ちゃんきちゃった!るんってきちゃった!!」

 

 

 

あぁぁぁぁ超絶嫌な予感がする…

 

 

 

「○○くんっ!」

 

「ダメだ。」

 

「まだ何も言ってないー!!」

 

 

 

ぶーぶー言うんじゃありません。…これは彩の為でもあるんだから。

 

 

 

「○○さん??賑やかですねー!!」

 

「おぉイヴ!!いつからそこに!」

 

 

 

まさに大天使!この状況を何とかしてくれ!!

 

 

 

「忍術テレポーテーションです!にんにんっ!」

 

「それなんか違う…」

 

「イヴちゃんも気になるよねー??」

 

「はい!私、気になりますっ!」

 

「あれぇ…?」

 

 

 

敵の攻撃力が倍増しただけだった。

 

 

 

「さあさあ、大人しく吐いちゃいなよぉ…」

 

「○○さん?諦め時を見誤るのは、武士道の風上にも置けないことですよ??」

 

「………はぁ。…何をそんなに気にしているんだ君らは。」

 

「だってさだってさ!!彩ちゃんばっかりずるいんだもん!!あたしだって○○くんと一緒に過ごしたいのぉ!!」

 

 

「聞き捨てなりません!!」

 

 

「「だ、誰だ!?」」「何奴っ!?」

 

 

「私の名前はまりっ、丸山彩っ!…○○くんの隣を守る女…!!」

 

「ああもうお前ら茶番は終わり!!」

 

 

 

何かもうどうでもよくなった。彩もいるし、多分言っても怒られないだろう。

 

 

 

「あのなあ、夜は彩と、ゲームの特訓してたんだ。」

 

「ゲームぅ?」

 

「ん。……少し前にさ、皆でレースゲーム大会やったじゃんか。」

 

 

 

遡ること一週間。たまたまパスパレ全員がオフだった日があって。

彩は俺の傍から全く離れようとしないし、千聖は千聖で俺への小言と家事で忙しそうだし日菜は…まぁよくわからなかったけど…ということで、結局全員が我が家に集合したんだ。

で、集まったはいいが何をするって話になって、俺の持ってるゲームで遊ぼうとなったんだよな。

あとは何となくお察し。大体のことは器用にこなす日菜が際どいショートカットやバグまで駆使してダントツ。普段からそこそこプレイしている俺が次点につき、あとは団子。

…特に不器用で有名な彩は、勝ち抜き形式でやっていたこともあってほぼゲーム自体参加できず終いだった。

 

 

 

「その時の彩の顔が忘れられなくてな…。…表面上は笑っていたが、あれは相当キツかったろ。」

 

「○○くん……。」

 

 

 

その次の日からだ。"特訓"という名目で毎晩ゲームをするようになったのは。

無邪気にゲームをしている彩の顔は、ただただ楽しそうで、一緒にいる俺も嬉しかったんだ。

 

 

 

「うわーお。」

 

「清々しいまでの惚気でぇす!」

 

「あ、ち、違うぞそういうのじゃ…」

 

「○○くん、彩ちゃん、またゲームで勝負しようよ。」

 

 

 

あれ、何だか日菜、怒ってる?目が…マジなんだけど。

 

 

 

**

 

 

 

「なぁおい、ゲームは明るい部屋で、テレビから離れて…って習わなかったか?」

 

「うるさいよ○○くん。彩ちゃんとばっかり仲良くして…あたしと一緒にゲームしたほうが楽しいって、教えてあげるんだから。」

 

「……どうしようイヴ?」

 

「ヒナさんは負けず嫌いですからねぇ。こうなったらもうやるしかないのです。」

 

「マジ?」

 

「マジです!」

 

 

 

イヴがそう言うならそうなんだろう…。いやもうこの状況、俺にはどうすることもできないのだよ…。

こういう時に限って千聖はいないし……早く帰ってこないかなぁ…。隣の彩は……

 

 

 

「○○くぅん……ぜ、ぜぜぜったい、勝てないよぅ…」

 

 

 

泣きそうだ!!

日菜はストレッチし始めているし。…いやSw○tchするのに柔軟性とかいらねえし。急にゲームしても怪我とかしねえし。

 

 

 

「さあ、開戦(バルティード)だよ!○○くん!彩ちゃん!!」

 

「お前何かの見すぎだよ…」

 

「ファイト!です!」

 

「あ、イヴは参加しないのか。」

 

 

 

――1戦目。

抽選の結果選ばれたのはビーチのコース。漣の音色に耳を傾け、軽快なエンジン音と共に水辺を走る爽快感溢れるステージだ。

相変わらず絶妙なハンドリングとコース取りで先頭をキープする日菜。右半分しか見えないドヤ顔は今日も美人だ。…一方彩は

 

 

 

「わっ、わっ、わー!!」

 

「あれ?れれれ?……うえぇ…。」

 

「ひー………うー……」

 

 

 

壁に引っかかり木にぶつかり海に沈み……見ているこっちが辛くなるほど悲惨だった。

リザルト画面に行く頃にはすっかり落ち込んでいて、近くの俺にはえぐえぐ言っているのが聞こえるようだった。

しかしここで露骨に彩のフォローに走っても日菜は是としないだろうし…。

 

 

 

「……どう?○○くんっ。あたし1番だよ!!」

 

「くそぅ……次は負けねえからな……。」

 

 

 

あっ。

わかった気がする。

ゲームっつうのは前提として楽しむもんだが、()()()()()()()()するもんだ。…つまりは一回きりの勝負なんかじゃない。

次も楽しめたらそれでいいんだ。……よしよし、疲れている割にはいい閃きだぞ…。

 

 

 

「よし来い彩!」

 

「ふぇっ!?…えっ、わっ、ちょちょっ」

 

「!?…どういうつもり…?○○くん。」

 

 

 

すっかりお葬式ムードの彩を抱え上げ、胡座をかいた俺の足に座らせる。俺自身のコントローラーを置き、空いた両手は彩の体を包み込むように前へ。

 

 

 

「ふふふ…日菜よ、これが秘策。合体だぁ!」

 

「くっ…うらやま…じゃない、合体することに意味があるとは思えない…」

 

「ふふん、日菜程の腕前を相手にするには一人じゃ力不足…それなら、二人がかりでってな。」

 

 

 

後ろのイヴからの冷やかしはスルーしつつ、少し体温の上がった彩とコンビで挑む2戦目。

選ばれたのはシンプルなサーキットステージ。とてもシンプルとは言い難い無駄にグネグネした構成になっているが…。

…意外や意外。日菜がチラチラこちらを見るせいでケアレスミスを連発。それと対照的に、ゆっくりだが堅実な走りを見せた彩はなんと最終ラップまでトップをキープした。

最後の最後で日菜に逆転を許してしまったが、彩のやりきった顔が全てを物語っている。

 

 

 

「どうだ日菜!合体、侮れないだろぉ?」

 

「くぅ……」

 

 

 

あぁ、マジで悔しそうだ。

 

 

 

「お二人とも凄いパワーです!愛の力ですね!!」

 

「サンキューイヴ!君の応援もあったからこそ、さ!」

 

「別に応援はしてません!」

 

「………おう!」

 

 

 

中立なんだね…大天使。

 

 

 

「むぅぅぅぅぅぅ…ずるいずるいずるいずるい!ずるいよっ!」

 

「んー?ゲーム上ズルはしてないぞー。」

 

「それでもずるいのっ!あたしだって、○○くんと合体したいもんっ!」

 

「そっち……?ゲームの話じゃなくて?」

 

「ゲームもだけど……っ。○○くん!!」

 

「…なんだい。」

 

「あたし、もっとこのゲーム練習する!それで、二人の合体にダントツで勝てるようになったら、あたしとも合体して!」

 

 

 

いやいやいや…。弱い人たちが団結してボスを倒そうって話なのにさ。

君と俺が合体したら、理論上レイドボスのパーティをソロで倒すような状況になるぞ?灰塵に帰すぞ?

とは言え、ここは駄々っ子を相手にしているようなものだし、適当に合わせてあげないと収まらない、か。

彩に目配せすると、言いたいことは何となく伝わったようで笑顔が返ってきた。うん、可愛い。

 

 

 

「はぁ…しゃーないな。それでいいかな?彩。」

 

「うん。…でも、私も練習して上手くなるからね!!」

 

「やった!!次こそは圧倒的な差をつけちゃうからね……あ、このゲーム借りていい?」

 

「おう、もってけもってけ。つかリビングに置くから好きな時にやってくれ。」

 

「わーい!!」

 

「あっ待ってください日菜さん!!」

 

 

 

ゲーム機を抱えてドタドタとリビングに向かう日菜。…とそれを追うイヴ。

 

 

 

「…子供かあいつら。」

 

「えへへ……楽しかったよ?○○くん。」

 

「そうか?練習の成果が出てたみたいで何よりだ。」

 

 

 

さっきまでのしょんぼりさんは何処へやら。手をパタパタさせてご機嫌な従妹の頭をぐりぐりと撫で付ける。

うんうん、これだ。この押し返してくる感覚。

 

 

 

「わふっ……わぅ…」

 

 

 

と鳴き声。

 

 

 

「あ、でもね。練習もそうだけど、○○くんにぎゅってしてもらったから頑張れたんだよ。」

 

「そうなん?」

 

「一回目は…凄く悔しくて、泣きそうだったけど…。」

 

「それは知ってる。」

 

「でも、○○くんとくっついてたら不思議と集中できて、頑張れたと思うの。」

 

「それは……何よりだなぁ。」

 

「だから、ね?」

 

 

 

頭に乗っている手を振りほどき、俺の耳に口を近づける。…や、二人しかいないのに内緒話って…

 

 

 

「これからもずっと、一緒にいてね?」

 

「……普通に言えよ、照れるだろ。」

 

 

 

俺の従妹が、今日も可愛い。

 

 

 

 




わふっ




<今回の設定更新>

○○:誰もいない日はゲームで一人盛り上がる。
   あんまりレースゲームは好きじゃない。

彩:わふっ。
  ゲームももちろん苦手。でも頑張り屋さん。

日菜:負けず嫌いが発揮されるとすごく面倒くさい。
   ○○と合体するため、鍛錬の日々が始まる…!!

イヴ:見てるだけで楽しいです。


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2019/10/09 もっと素直に

 

 

 

「……ん。」

 

 

 

物凄く深い眠りの中に居た気がする。

寝起きだというのに矢鱈ハッキリ覚醒した頭のまま、枕元のスマホを見る。……午後9時過ぎ。

 

 

 

「っえ!?」

 

「ひゃっ!?」

 

 

 

予想もしていなかった時間に思わず驚きの声を漏らすと、目の前を覆っていたグレーの景色から可愛らしい声がした。

確か布団はブルーとホワイトのストライプだったはず…となるとこのグレーのもこもこは一体?正体を確かめるべく両手で触れてみる。

 

 

 

「わひゃぁ!?……ちょ、ちょちょ……あひゃぁ!!」

 

 

 

柔らかい感触が掌に伝わるとともに、頭上から間の抜けた面白い声が降ってくる。声の方向に顔を上げると…

 

 

 

「…イヴ?」

 

「も、もう!〇〇さん!!…ヨバイは後で、皆さんが寝静まってからですよ??」

 

「…あー…何か察したわ。ごめん。」

 

 

 

つまるところ俺の布団にイヴが潜り込んでいたわけで。…目の前をグレーが覆っていた理由は、グレーのチョッキ?みたいなものを着たイヴが、正面から俺を抱き締める様に添い寝してたからと…うん、これでファイナルアンサーだ。

寝起きとは言えどこを触ってしまったかは言及しないようにして、そのままもぞもぞと這い出る。

 

 

 

「…すっげぇ寝た気がする。」

 

「そうなんですか?私が来た時にはもう寝ていたみたいですが。」

 

「まじかぁ。…彩は?」

 

「起きていきなりアヤさんを探すだなんて…すっかりあちち、ですね。」

 

「古いよイヴ。…それに、そういうのじゃない。」

 

「はいはい。アヤさんは今日はお仕事ですよ。…チサトさんならいますけど。」

 

「そっか。」

 

 

 

起きても彩は居ないのか…。ならこのまま寝るのもワンチャンアリだな、うん。

一旦離れはしたが、もう一度さっきの位置まで潜り込む。端から見たら犯罪臭のする絵面かもしれないけど、一度イヴの方から潜り込んできてるんだし問題ないだろう。

 

 

 

「ふふっ、今日の〇〇さんは甘えん坊将軍ですか?」

 

「俺が松〇健に見えるかね。」

 

「〇〇さんは可愛い系ですもんね。…私、明日も休みなので今日はこのまま…」

 

「…ちょっとあなた達。」

 

 

 

はい、いつものですね。

我が家の風紀委員長、白鷺千聖様のご登場だ。リビングの電灯を背に美しい金髪を靡かせて…。うん、ポニーテールも似合ってる。

 

 

 

「??なんでしょう?」

 

「イヴちゃん……そんな男に気安く体を許すもんじゃありません。」

 

「??なぜです?」

 

「男はみんなケダモノなのよ。いつ襲われるか、わかったもんじゃないでしょ…?」

 

 

 

酷い言われようだ。まだ誰も襲ったことねえよ。まだ。

 

 

 

「うーん……でも私、〇〇さんはケダモノなんかじゃないと思いますっ。」

 

「イヴ…」

 

「や、ケダモノよ。この前も日菜ちゃんに如何わしいことしてたでしょ?」

 

「う"っ…」

 

「そうなんですか?」

 

「……い、いやぁ…何のことだか……。」

 

「〇〇さん、こっちにいらっしゃい。」

 

「はい。」

 

 

 

何とも離れ難い楽園だったが仕方がない。今日までの期間で、白鷺千聖の一声には逆らえない体になってしまったんだ。…そんな目で俺を見るな、イヴ。

 

 

 

「将軍……。」

 

「いつからここはサンクチュアリになったんだ…。」

 

「バカなやり取りしてないで、早く来なさい。」

 

「あはい。」

 

 

 

一瞬の遅れも許さない。それが千聖様だ。

ベッドから起き抜け、若干の早足で近づく。

 

 

 

「あなた、本当に何もしてないでしょうね?」

 

「何もとは。」

 

「…日菜ちゃんにしてるようなことよ。」

 

「今日はしてないよ。」

 

「あ?」

 

「してません、ほんとに。」

 

 

 

また黒千聖が見えたぞ…。因みに日菜に如何わしいことをしている、などと大袈裟に言うが、ほんの少し創意工夫溢れるスキンシップを図っただけなんだ。

具体的には、ちょっと言えないけれど…。

 

 

 

「じゃ、イヴちゃん。深夜になる前に帰るのよ~。」

 

「つまらないですねぇ…。」

 

 

 

俺の襟首を掴み自室から引き摺り出す千聖。イヴは俺がベッドに戻れない事を悟ると、いそいそと帰り支度を始めたようだ。本当に俺と添い寝する為だけに居てくれた…?天使かよ。

そのままリビング迄連れてこられた俺。ソファに座るよう促され、俺が座った隣に千聖も腰を下ろす。

 

 

 

「なんだよ。」

 

「なんだよじゃないでしょ。何イヴと添い寝決めちゃってんの。」

 

「それは、イヴの方からしてくれたことで…。」

 

「そもそも寝過ぎなのよあんた。昨日帰ってきたかと思えばただいまも言わずにシャワー浴びて、そのままベッドに直行でしょ?飲み会の時のを繰り返す気?」

 

「あの時とは違うだろ…。ちょっと疲れてただけだよ。」

 

 

 

あの時…彩にキツく当たって泣かせてしまった日か。昨日はそんなこと無かったはずだけど。

 

 

 

「昨日の夜だって、彩ちゃんも日菜ちゃんも待ってたんだからね?あんたが帰ってくるの。」

 

「…遅くなるって言ってあったろ。」

 

「……それでも待つのよ、あの子たちは。」

 

 

 

何故か仲良くなってしまったPastel*Palettes。その中でも取り分け懐いてくれている二人。嬉しい事ではあるんだが、どうにも懐きすぎな気もする…。

 

 

 

「そりゃ悪かったよ。…千聖は?」

 

「あ?」

 

「待っててくれたのかなーって。」

 

「すぐ寝たわよ。馬鹿じゃないの?」

 

「あはい。」

 

 

 

この子だけは自分をしっかり持って暮らしてくれているようで何よりだ。あまりにもツンツンし過ぎて寂しいくらいだよ。

 

 

 

「じゃあ、二人に謝っとかないとな。」

 

「特に彩ちゃんなんて、朝もずっとそわそわしてたし。」

 

「俺が死んだと思ったとか?」

 

「挨拶でしょ。お仕事前の。」

 

 

 

いつだったか彩が提案した、「挨拶はハグと共に」ルール。新居に越してきてからも、彩と俺の間でこの習慣は続いていた。

寝る前にお休みのハグ、朝起きておはようのハグ、仕事前や学校の前には行ってきますのハグ…。まるで新婚夫婦の様だけど、彩がやりたいって言うんだから叶えているまでだ。俺も役得だしな。

そうか。そのチャンスを二度続けて逃している訳か。

 

 

 

「……じゃあ今日は待ってないとな。」

 

「当たり前でしょ。帰ってきたら真っ先に迎えてあげなさい。」

 

「おう……。…なぁ、この習慣、お前も」

 

「〇〇さん!チサトさん!」

 

「お、おう?」

 

「なあに?」

 

「私、そろそろ帰ろうと思います!」

 

「おう、一緒に寝てくれてありがとうな。凄く休まったぞ。」

 

「喜んで頂けて何よりです!!続きはまた、アヤさんのいない時に…ですね。」

 

「やめなさい。」

 

 

 

帰る準備ができたのだろう。食卓で喋る俺たちの元に、帰宅の報告をしに寄ってくれたようだ。

何故続きは彩のいない時に?続きって?と疑問は浮かぶが、帰るというのだから引き留める道理はあるまい。

 

 

 

「…ところで〇〇さん。」

 

「ん。」

 

「この家には、素敵な伝統があるとアヤさんからお聞きしました。」

 

「伝統?」

 

「ハイ!…それは、挨拶の時にハグすることでぇす!!」

 

「のわっ!?」

 

 

 

言うや否や。座っている俺に覆いかぶさるようにイヴが両手を広げて突っ込んでくる。と同時に再び視界はグレー一色に…。

最初こそ驚くが、やっぱりいい習慣なのかもしれない。広がれ、ハグの輪。

 

 

 

「んふー♪良い香りです~。」

 

「んむっ……むむむ……うむぅ。」

 

「……はい終わり終わり!いつまでくっついてるの二人とも!」

 

「えへへー、ぎゅってしちゃいましたぁ。」

 

 

 

千聖の一声に距離を置く二人。顔にはまだあの温もりと柔らかさが残っている。ハニカミ顔も可愛いイヴ。

 

 

 

「〇〇さん…??」

 

「なんだい千聖さん。」

 

「ウフフフフフフフフフフフ…」

 

「アッハイ。」

 

 

 

流石の大女優だ。笑顔一つでここまで気持ちを伝えられる人間がこの世に何人いようか。

どうも仲良くなれそうにないなこの子とは…。

 

 

 

「んん"っ。いいかいイヴ。もう夜も遅いし、危ない人がいるかもしれない。」

 

「はい!大丈夫です!」

 

「……これ、タクシー代に使いんさい。」

 

「えっ」

 

「ああいや、本当は送ってあげたいんだけど、鬼があの様子だからさ。

 …君が心配なんだ。わかってくれるね?」

 

「〇〇さん…!!……わかりました。〇〇さんの愛、しかと受け止めて帰ります!!」

 

 

 

うんうん、それでいい。後ろから犇々と感じていた鬼千聖の霊圧も小さくなったし、きっとこの「早く帰す」選択肢が正解なんだろう。

丁寧にお札を畳んで財布に仕舞い、会釈をした後に玄関を出て行くイヴ。あぁ、俺の小さな天使よ、どうか再び相見えんことを…。

 

 

 

「何祈ってんの。…十字の切り方間違えてるし。」

 

「うるさいな、いいんだよこういうのは。気分だ。」

 

「それで?……さっき何か言いかけてたでしょ。」

 

「あぁ…。」

 

 

 

"習慣"のことな。

 

 

 

「挨拶でハグするってアレ…お前もやってやんなよ。」

 

「はぁ?嫌よ。」

 

「……お前がどれだけ彩の事を知っているかは知らんが…寂しがってたぞ、あいつ。」

 

「寂しい?何でよ。」

 

「…お前、俺の事鈍いってバカにする割には自分も中々のもんだよな。

 あいつは"みんな"が好きなんだろ?パスパレのみんながさ。」

 

「好きだからって、ハグしなきゃいけない訳じゃないでしょ。」

 

「……一応訊くけど、そんなに頑なに拒む理由は何なんだよ。」

 

 

 

俺にならともかく、相手は彩だぞ?まさか嫌いって事もないだろうに。

 

 

 

「……嫌なのよ。自分が甘くなっちゃいそうで。」

 

「というと。」

 

「実際問題、Pastel*Palettesって子供っぽい子ばかりじゃない?」

 

「まぁ否定はできないけども。」

 

「だから、まとめ役と言うか、保護者みたいな人間が必要だと思うの。」

 

「ほー。それで、「私がしっかりしなきゃ~」ってことか?」

 

「言い方ムカつくわね。」

 

 

 

俺のモノマネはお気に召さなかったらしい。ただでさえ冷たい目がより険しくなる。

 

 

 

「…お前も大概だぞ。」

 

「何が。」

 

「子供っぽいって。」

 

「なっ…!…どこがよ!?私だって、私なりに、頑張って…!!」

 

「そういうとこじゃない?」

 

 

 

前々から思っていたことだけど、一番面倒な子供っぽさを持っているのは千聖かもしれない。

妙に斜に構えているというか、確かに大人な面なのかもしれないが、その実本人はまだ未成年なわけだし。守られる立場なんだから、もう少し肩の力を抜いて素直になりゃいいのに。

 

 

 

「意味わかんないんだけど。」

 

「だってさ…パスパレが子供っぽいって言うけど、実際みんなまだ子供じゃねえか。大人たちに囲まれて仕事をする以上、精神的に成熟していかなきゃいけないってのは分かるけどさ。

 …なんつーか、お前だけだよな。変に大人ぶってんの。」

 

「………だからそれは」

 

「いーんだよ。年相応に周りに迷惑かけりゃ。保護者()()()()人間じゃなくて、身近にいる大人を保護者として頼ればいいだろ?

 どうして一つのグループで、ましてや歳も団子になってる五人の中でお前だけ責任を背負って行かなきゃならんのだ。」

 

「…………じゃあどうしろってのよ。」

 

「芸能界の事はよくわかんねえから出過ぎたことは言えないけどよ。…うちにいる時くらい、子供で良いんじゃねえの?

 一応俺が保護者ってことになってんだからさ、甘さとか気にしないで素直に笑えよ。…千聖の素の部分だって、うちじゃ皆知ってる事なんだから。」

 

「…。」

 

「話が逸れちゃったな…ええと、ハグの話だったか。…だからな?もし、相手の事が嫌いなわけじゃなくて、甘さを見せないようにする為…それだけの理由だとしたら、この家の中では応えてやってほしいんだ。

 なんつーかさ、同じ家に住んでるんだし、家族みたいなもんだろ?だったら余計な気を回すことなく、素直に自然体で過ごすべきだと思うんだよ。ありのままに、好きなら好き、嬉しいなら嬉しいってな。」

 

「……あんたは、それでいいの。」

 

「…他に問題があればわからんけど。」

 

「…考えてみる、けど…ハグについては、まぁ。」

 

 

 

歯切れ悪いなぁ…。まぁ急に自分を曝け出して行けって言われても難しいよな。特に千聖の場合、「子供っぽくなれ」と言われている様なもんだし、そう簡単にいく問題じゃないとは思うけど…。

この先一体どうなるやら…と俺が頭を回したところでどうなるものでもないんだけどね。

 

 

 

「んじゃ、そろそろ彩も帰ってくるし、その時には応えてやってくれ。」

 

「………ちょっと、立ちなさいよ。」

 

「ん。…なんで?」

 

「…いきなりハグするのって、照れるじゃない…。だからその、練習って言うか…。」

 

「俺とするのは嫌なんだろ?そこは別に無理しなくていいからさ、要は彩と…」

 

「いいから。…す、素直になれって言ったのは、〇〇でしょ…。」

 

「……千聖…?」

 

 

 

カチャカチャ…ガチャン

 

 

 

挨拶のハグ…の練習。いつも彩としていることを千聖ともするだけだ。それだけなのに、真っ赤になった顔を伏せ、恐る恐る両手を差し出してくる千聖の特別感よ。

これで演技や台本じゃないっていうんだから、どうして緊張せずに居られようか。

 

 

 

トッ、トッ、トッ…

 

 

 

「い、いいのか?」

 

「ん…。して…。」

 

「じゃ、じゃあ…お言葉に甘えて…。」

 

 

 

「ヒャーツカレタヨーゥ」

「アレェ、マダデンキツイテルゥ?」

 

 

 

ドッドッドッ…と、ここの所大人しめだった俺の心臓担当が、ここぞとばかりに存在をアピールしてくる。

自分の脈が速くなるのを感じながら、それを意識することにより余計鼓動は加速していき…。

 

 

 

「んっ…。」

 

「…………スゥ…ハァァァァ…。」

 

 

 

両腕の中に、すっぽりと千聖が収まった。

素直に身を委ねる千聖の、何と可憐な事か。……あぁ、これはこれで、彩とはまた違った良さが

 

 

 

ガチャン

「ただいm…ぴゃぁあああああ!!!」

 

 

 

ドサッ…ゴトンッ

 

 

 

「彩っ!?」

 

「彩ちゃんっ!!」

 

 

 

帰ってくるなり奇声を上げてぶっ倒れる従妹の姿に、先程迄感じていた謎の熱と加速現象なぞ忘れて駆け寄る二人。

聞こえちゃまずい音が頭からしたような…。

 

 

 

「うむむむむむむむむ……」

 

 

 

大きなたんこぶをこさえた彩が目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎになるのだが…。

千聖と彩の記念すべき最初のハグは、まだまだ先になりそうだ。

 

 

 

 




素直な千聖ちゃん。…いい。




<今回の設定更新>

〇〇:結局何だかんだで大人。
   そこ、平時がガキ過ぎるとか言わない。
   みんな妹みたいで可愛いなぁと思っている。
   実の妹がいるがあまり懐いていなくて可愛くない。

彩:お仕事中。
  脳に異常はなかった模様。
  何だか無性にちびキャラにしたくなる。

千聖:次回からデレ組に回る…のか?
   可愛い千聖ちゃん、千聖ちゃんかわいい。

イヴ:天使。
   主人公と遊びに来たが寝ていた為、凄く自然なムーブで布団に入った。
   痴漢とかされても気づかないタイプ。


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2019/11/01 想いを歌え

 

 

「だーかーらー…一人でカラオケ行くなんて、今じゃ普通なんだってば。」

 

「嘘おっしゃい。私と居るのが苦痛になっただけでしょ。」

 

「あーもう話聞いてくれないなぁ…。」

 

 

 

仕事から帰ってきて早々何気なく発した言葉に何故か怒られている俺。正直怒られるようなことは何も言っていないと思うのだが、千聖様はどこかお気に召さないポイントがあったらしい。

勤務中からずっと歌いたい…大声を出したい欲求が止まらなかった今日、帰ったら絶対に一人カラオケ(ヒトカラ)に行ってやろうと決めて働いてきたのだ。

 

 

 

「大体、「カラオケに行くから晩飯要らない」って何よ。」

 

「言葉通りの意味だよ。それも、昼に電話で伝えたのに勝手に作って待ってたのは千聖だろう?」

 

「なっ……!私のご飯が、余計だって言うの!?」

 

「…そうは言ってないけど、事前に言ったのに用意されちゃあ連絡も外出もできないじゃんか。」

 

「なら家でご飯食べてから行けばいいでしょう!」

 

「俺は今日カラオケ飯の気分だったんだよ…ッ!」

 

 

 

千聖が心を開いてくれた結果、このような衝突はまま起きるようになった。今まで余程我慢していたんだろうけど、すっかり喧嘩の絶えない家に……それも、突っかかってくる理由が理由なだけに俺もあまり強くは言えなくて。

『千聖ちゃんね、〇〇くんに今までの分まで甘えたいんだって!』と日菜が教えてきたのはいつだったか。もしそれが理由でアレコレ言われているなら、果たしてどう対処すべきなのか…。

 

 

 

「ねーねー、彩ちゃん?」

 

「なぁに、日菜ちゃん。」

 

「…〇〇くんと千聖ちゃんってさ、夫婦みたいだよね。」

 

「えっ…。」

 

「喧嘩の理由とか、言い合いしてる様子とかさー。」

 

「……うん、そうかもね。」

 

「…彩ちゃん、いいの?」

 

「な、なななにが?」

 

「〇〇くん、千聖ちゃんに取られちゃうかもよ?」

 

「………私は、ただの従妹だから…。」

 

「…ふぅーん。」

 

「……………。」

 

 

 

こっちがヒートアップしていく中、少し離れて見守っている二人。どうやらこの風景が夫婦喧嘩に見えるらしいが、実際問題毎日喧嘩するような相手ならば結婚に至らないと思うがね。

 

 

 

「……千聖。」

 

「なによ。」

 

「もう……やめにしないか。」

 

「…今更素直になるなって言うの?」

 

「そこじゃない。この言い争い、今日は終わりにしないかって。」

 

「……何処に着陸させるつもりよ、この話。」

 

 

 

俺もただ只管に疲れるだけだし時間も勿体ない。…ついでに言うなら、ここに住んでいるのは二人だけではない訳で、あの水色とピンクを蚊帳の外にし続ける空気も嫌だったんだ。

話の落とし処については案はある。互いに妥協ってやつだ。

 

 

 

「千聖の言い分は、「家で飯を食っていけ」だろ?…で俺はカラオケに行けりゃいいんだ。」

 

「……極論はそうだろうけど。」

 

「よし、じゃあこうしよう。……取り敢えずみんな飯にしないか?」

 

「…食べるの?」

 

「おう。折角千聖が作ってくれた飯だしな。…そこの二人も腹減ってるだろうし、戴くとしようぜ。」

 

「わっははーい!日菜ちゃんさんせー!!」

 

 

 

妥協点その1。飯は用意されたものを食べる。…国民的アイドル・女優の手料理に対して何が妥協だと言われるかもしれないが一旦置いといて…。

その言葉に千聖の眉間から皺が消え、料理を温めにキッチンへ戻っていった。一方元気よく声を上げた大天使日菜たんは俺の腕を引き食卓へ引きずり込もうとしてくる、が……。

 

 

 

「…彩?」

 

「…………。」

 

 

 

彩は先程の位置から一歩も動かずに黙って俯いたままでいた。呼びかけにも反応しないし、何か考え事だろうか?

 

 

 

「日菜、彩何かあったの?」

 

「うーんとねー…多分それは、あたしが言っちゃダメなことだと思うなー。」

 

「…なんだいそりゃ。」

 

「〇〇くん自身で気付かないと意味が無いって言うか……彩ちゃんに訊いてみたら?」

 

「また訳の分からんことを…。」

 

 

 

流石天使。言っていることが理解できねえ。

埒が開かないので、未だ突っ立っている彩の隣へ…その頭をいつもの様にグリグリしてやるも、反応は薄い。

 

 

 

「…ん、どうした彩。いつもみたいに鳴かないのか。」

 

「……ぁ、うん。…ごめんね。」

 

「本当にどうしたんだ…?まだお腹空いてなかったか?」

 

「ううん、そうじゃないけど……。ね、〇〇くん。」

 

「ん。」

 

「…千聖ちゃんのこと、好き?」

 

「それは……どういう目線での答えを求めてんだ?同居人としては嫌いじゃないけど。」

 

 

 

家事も出来るし何だかんだで面倒見も良いしな。千聖が居てくれるお陰でウチの生活水準が保たれていると言っても過言ではない。

 

 

 

「女の子、としては?」

 

「…………うーん……嫌いじゃあねえけどさ。愛だの恋だのには発展しないと思うぞ。」

 

 

 

これ以上距離を詰めたら疲れそうだし。…そして何より、

 

 

 

「俺、あんまり付き合ったり結婚したりって考えてないからさ。…皆でずっと楽しくしていられたら良いかなーって。」

 

「そう…なんだ。」

 

「まぁなんだ、俺こういう類の話はあんまり得意じゃなくってなぁ。」

 

「………私はね、○○くんと」

 

「もー何してんのー??ご飯はぁー??」

 

 

 

彩が何か言いかけていたが、食卓からは待ちきれない様子の日菜から催促の声が飛んでくる。振り返ってみれば、食卓に同じように着いた千聖も無表情でこちらを見ているし、せっかく温めた料理を再び冷ますなということだろう。

咄嗟に彩の手を引き食卓へ強制連行してやる。

 

 

 

「ぁ…………。」

 

 

 

少し悲しそうな声を出す従妹だが、今はマナーの鬼を怒らせるほうが怖いんだ。すまんな彩。

 

 

 

「ふふふ、それじゃあ頂きましょうか。」

 

「おう!いただきまぁす!!」

 

「いっただっきまー!」

 

「…いただきます。」

 

 

 

相変わらず安定のクォリティを発揮する千聖の料理に舌鼓を打ち、満腹になったところで一人カラオケへ向かった。

 

 

 

**

 

 

 

「…千聖ちゃん?」

 

「なぁに、彩ちゃん。」

 

「その……料理って、私にも上手に作れるかなぁ。」

 

「…急にどうしたの?」

 

「……千聖ちゃんにばっかり迷惑かけられないと思って…」

 

「別に迷惑じゃないわ?私がやりたくてやってることだもの。」

 

「じゃ、じゃあ…私もやりたいなぁ…って。だめかな?」

 

「別にダメじゃあないけど…。教えてほしいってことかしら?」

 

「うん…あっ、でもね、忙しかったら別に、いいんだけど…」

 

「…ふふっ、いいわよ。オフの日にでも、少しずつ練習しましょ?」

 

「う、うんっ!!ありがとう千聖ちゃん!!」

 

「あたしもやる!!」

 

「日菜ちゃんは教えなくてもできるでしょ…」

 

 

 

家を出る直前、身支度を整えている最中に聞こえていた会話がこれだ。何やら料理を勉強したがる彩と、日菜が料理もこなせるといった新事実。

…何に触発されたのかは知らんが、彩が色々やりたがっている姿を見るのは素直に嬉しいもんだ。従妹という事もあってか、頑張り屋さんの妹を見ている気分だ。…まぁ、実際の俺の妹は可愛さとは無縁な奴なんだがなぁ…。

 

 

 

**

 

 

 

すっかり喉が枯れるまで歌…いや叫び、家に着いたのは夜中。日付も変わった後のことだった。

電気も真っ暗だし、きっと三人とも寝ているのだろう。足音を立てないようにまっすぐ自室へ…行こうとして、彩の部屋だけ明かりが灯っていることに気付く。

隙間を覗いてみると

 

 

 

「……誰もいない?ったく電気も点けっぱなしにしやがって…。」

 

 

 

パチリとスイッチを落とし、改めて自室へ向かうと……自室の扉が開いている。

まるで自動ドアだと変なテンションのまま考え足を踏み入れ…

 

 

 

「彩、何やってんだ人の部屋で。」

 

「うぇっ!?…ぁ、か、帰ってきたんだ…おかえりぃ…。」

 

「……何で俺の部屋で寝てんだ?」

 

「え、えと、えとえと……そう、ゲーム!ゲームの練習したくて、○○くんが帰ってくるのを待ってたんだよ!うん!」

 

「ゲーム??……あぁ、でも俺、明日早いからすぐ寝るぞ??…ま、お前の部屋にテレビないし、やるならヘッドホンつけてやってくれな~。」

 

「あぅ。」

 

 

 

確か前壊れた時に買ってやったのがあるはずだし。というか、こいつは明日学校するないのだろうか。もうすぐ一時だぞ。

 

 

 

「ぅぅ………。」

 

「……言いたいことがあるならちゃんと言ってごらん?」

 

 

 

何やら涙目で唸っている従妹に屈んで目線を合わせる。少し身長差があるとどうしてもこうなっちゃうんだよな。千聖が相手でもたまにするけど、どうして女の子ってのはこうちっちゃいんだ。

 

 

 

「ひ……」

 

「ひ?」

 

「一人で寝るの……寂しくって……。」

 

「………ん?」

 

「………なっ、なし!今のナシ!!私、もう寝るね!バイバ」

 

「待てってば。」

 

 

 

そんなに言い辛そうにしてるから何事かと思ったじゃねえか。その程度ならお安い御用だ。

 

 

 

「別にそんなの今更だろ?何度も一緒に寝てるんだし…」

 

「う、ぅん…いいの?」

 

「ん、ちゃんと言ってくれるなら全然いいぞ。…あでも、風呂入ってくるからそれだけ待っててくれ。」

 

「!!……うん!!」

 

 

 

ドアに手をかけていた彩だったがくるりと180度回転し駆け寄ってくる。…あぁ、撫でろってことか。

そのキラキラした笑顔ごと撫で繰り回すように、両手で頬やら髪やらをもみくちゃにする。さっきの夕食前とは違い「わふわふ」とリアクションが返ってきて心地よい。

…恐らく今なら、俺が「待て」と言えばずっと待ってるんだろうなぁ。

 

 

 

「んじゃ、いってくるかんな。…眠くなったら先に寝とけよ?」

 

「う、うん!!待ってるね!」

 

 

 

元気のいい返事。さっきまで落とされていた影は何処へやら、すっかり元気になった彩を確認し風呂場へ向かう。

 

 

 

……一時間ほどして戻ってきた時には、ベッドはすっかり占領され枕はヨダレでひたひたになっていた。

 

 

 

「……この状況でどこで寝ろってんだ。…このっ。」

 

「……うにゅぅ。」

 

「…………女の子として、か。」

 

 

 

眉に力の入っていない安らかな寝顔を見つつ、同居している少女たちに朝まで思いを馳せるのだった。

 

 

 

 




カラオケたのしかったです。




<今回の設定更新>

○○:結婚願望なし。実の妹を見ていたせいで女性に幻想がないタイプ。
   歌下手。

彩:可愛い。想いは隠せないタイプ。

千聖:素直だとべったりになっちゃうタイプ。女神。
   彩を応援したい気持ちと自分の気持ちと…唯一素直になれない感情に葛藤している。

日菜:賑やかしとお色気担当。


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2019/11/18 役割

 

 

 

「…はぁ、あなたも一応大人なんでしょう…?」

 

「面目ない…。」

 

 

 

月曜日。本来なら出勤の予定だったが、訳あって本来の出発時刻の数分前に()()()()

…まぁ、単に日曜の夜に友人と隣町で飲んで終電を逃して…と、社会人としてあるまじきミスをやらかしたんだが。今は抜けきっていないアルコールと夜通し歌ったことによる体への披露から千聖に介抱を受けている真っ最中だ。

 

 

 

「はぁ…ちーちゃんの膝は落ち着くなぁ。」

 

「ばっ…!…馬鹿言ってないで、反省、しなさいよ…。」

 

「あぁー!千聖ちゃん照れてるぅー!かーわーいーいー!!」

 

 

 

若干ひんやりとした柔肌に顔を埋め、飲酒とダッシュにより火照った顔を冷やす。現状最高の癒しといっても過言ではない応急処置だが、日菜の喧しい茶化しのせいで台無しだ。お前の声は響くんだ…。

 

 

 

「日菜たん…。」

 

「う??」

 

 

 

こいこい、と千聖の太腿に突っ伏したまま手招き。

阿呆のように近寄ってくる日菜を抱き寄せ、姿勢を変えた俺自身の胸でその顔を覆う。ややジタバタとした日菜だったが、暫くして大人しくなったようだ。

…やや手荒な方法だったが、結果としてうちの静寂は守られたんだ。安らかに眠れ日菜。

 

 

 

「むー…。」

 

「「むー」??」

 

 

 

謎の唸り声に頭を上げると、頭上で金髪の女神さまが頬を膨らませていた。

いや、君から「むー」って…可愛すぎか。

 

 

 

「どしたんちーちゃん。」

 

「…しらないっ。」

 

「…妬いてんの?日菜に。」

 

「……別に。」

 

 

 

いやいやもう顔に出とりますやん…。

 

 

 

「じゃあ千聖、君も」

 

「あ、私今日収録があるんで。」

 

「………ううむ…。」

 

「はい、じゃあもう膝枕おしまいね?自分でちゃんと会社に連絡するのよ?」

 

「連絡?」

 

「そんな状態で仕事なんて無理でしょ。…一日家で休みなさい。」

 

 

 

なんてこった。少し太腿に載せていただけなのにそんなことまで分かるのか。何者だよこの子。

手を添えられゆっくり起きた先で、椅子に座ってぼーっとしている彩と目が合う。

 

 

 

「…おはよう、彩。」

 

「…おはようじゃないよ。」

 

「……こんにちは?」

 

「違うもんっ。○○くんの馬鹿。」

 

 

 

一体何なんだ??…やけにつんけんした態度だったが、朝帰りに対して怒ってんのか?

 

 

 

「…なぁちーちゃん」

 

「じゃあ、私はもう行くから……いい?ちゃんと体を休めるのよ?」

 

「ういういー。気をつけていってら~」

 

 

 

冷たいフローリングに再度倒れ込みながら、身支度を整え仕事モードに切り替わった千聖を見送る。凛と伸びた背筋に冷たい空気を纏った立ち振る舞い…女優白鷺千聖、か…。

 

 

 

「おっといけねえ。」

 

 

 

見とれている場合じゃなかった。曲がりなりにも欠勤するんだし、会社に早急に連絡を入れんと…。

胸元でぐったりしている水色を床に放り投げ、スマホを取り出す。電話帳の上位に表示されるよう記号で囲った上司のデータを見つけ、素早く二回タップ。…数回のコール音を聞きながら廊下へ出たところで、気怠そうな低音ボイスが出てきて…。

 

 

 

**

 

 

 

「ふぃー…。」

 

 

 

相変わらずネチネチと煩い上司だったが、死にそうなんで休みますの一点張りで何とか切り抜けてやった。これだけでストレスが溜まりそうな作業だが、丸一日をダラダラ過ごせると思うと不思議と気は楽になった。

と、そんな俺の前を見覚えのある猫背のピンクが通り過ぎていく。

 

 

 

「あれ?…彩、お前も今日は仕事か。」

 

「…………ねえ〇〇くん。」

 

「ん。」

 

 

 

玄関へ向かう廊下、その途中で足を止め振り返ることなく俺の名を呼ぶ従妹。

 

 

 

「……〇〇くんは、誰が好きなのかな。」

 

「…はぁ?」

 

「少なくとも……私じゃない、よね。」

 

「いや俺は…」

 

「行ってきます。」

 

 

 

怒ってる…のか?いつもの挨拶も無かったし、グロッキーの俺には目もくれずに颯爽と玄関を飛び出して行ってしまった。

ううむ、俺また何かやっちゃった…?

 

 

 

「ふふふふ…」

 

 

 

確かに酔っぱらって朝帰りしたのはどうかと思うけど、それでも彩には迷惑を掛けていない筈だ。

介抱だって千聖がしてくれたし……

 

 

 

「やっと二人きりになれたね〇〇くん…」

 

 

 

あっ…日菜を虐めたのが悪いとかそういう?

……でも、あの煩さを二日酔いの頭で受け止めるのは無理だって。死んじゃうよ、俺。

 

 

 

「もー!!!」

 

「ぉお!?びっくりしたぁ!!」

 

 

 

背中のすぐ後ろで大声を張り上げる水色騒音お姉さん。…だから、その声が頭に響くんだってば…。

こいつはこいつで何が不満何だかぷりぷり怒ってらっしゃるし。

 

 

 

「…どうした日菜、窒息させたのがそんなに苦しかったのか。」

 

「別に!!……それよりも、折角あたしが二人きり感を演出してるのにスルーするってどういうことさ!」

 

「言うて珍しい事じゃないだろ?」

 

 

 

アイドルグループと言えど、グループ全員の仕事は中々無いようで。大抵誰か一人は家にいる為、二人きりの状況にそれほど特別感は感じなくなっていた。

…そもそも、この水色とだって何度もあったはずだし。

 

 

 

「そうだけどさぁ……もっとこう、ドキドキしたりしないの??」

 

「日菜たん相手に?」

 

「うん。」

 

「…………うーん。」

 

「まるっきりしないって顔だね。」

 

 

 

何だろう。実際に会えるようになる前…テレビでアイドルとして応援していた頃の日菜たんに対しては正直色々想像したりしたし、妄想もした。

実際初対面の時も心臓がおかしくなりそうだったし、少し前まではその顔すら直視できなかった。

 

 

 

「むーっ!あたしにもドキドキしてよぉ!!」

 

「頼まれてするもんじゃないだろ。」

 

「そうだけど……もう、えいっ!」

 

 

 

ふに。

俺の左手が何か柔らかいものを鷲掴みにしているようだ。その手を誘導したのは紛れもなく目の前のこの子なんだけど、この子は何を考えているんだ?

そのまま感触を確かめるようにニギニギさわさわと手を動かす。

 

 

 

「うみゅっ……んぁっ………んっ…ふ……。」

 

 

 

うむ、今日も形のいい尻だ。

…まぁ、こういうところなんだよ。ドキドキしない理由は。

この氷川日菜って女の子は、スタイルも顔の造形も非の打ちどころが無いほどに最高なんだ。その上才能にも恵まれていて、何をやらせても…ステージの上も下も関係なく、何処でも一際輝いた存在になっちまう。

凡人の俺にしてみりゃ、その部分が眩しく、憧れていた部分であったんだろう。一緒に住む様になって、女の子として誰が好きなのかと考えた後には、もうドキドキなんて感情は抱かなくなっていた。

 

 

 

「……あ、あれ?もう終わり??」

 

「終わり。あんまり体を売るんじゃないぞ…アイドルなんだから。」

 

「ドキドキした?」

 

「…「あ、こいつやべえ奴だ」って思った。」

 

「〇〇くんって、変わってるよね?」

 

「そうかもな。……んじゃ、俺は寝るから、適当に遊んで過ごしてな。」

 

 

 

何だか妙に悔しそう…それでいて嬉しそうな日菜を置いて、頭痛対策に一眠りすることにしたのだった。

 

 

 

**

 

 

 

あれからどれ程寝たか……。

ふわりと香るフローラルな香りと、程よい体温に挟まれる感覚に目が覚めた。…いや、これは流石に狭いな。

 

 

 

「……ぁ、起きちゃった…。」

 

「ヒナさんが動き過ぎなんだと思います!」

 

「イヴちゃんだって足絡めてるくせにぃ!」

 

 

 

成程成程、身動きが取れないと思ったら案の定こういうオチか。イヴの効能か、寝起き直後にしては冴え切っている脳を働かせ現在の状況を把握する。

右側…やたらと薄着で抱きついているのは日菜だろうな。このクソ寒い季節だって言うのに上はタンクトップ一枚、下は恐らく下着オンリーだ。蟹挟マジやめろ。

そんで左側…こちらは異常なまでの安心感と包容力を感じる…ニット生地のイヴだな。厚めの生地越しでも感じられる柔らかさと顔を上げればそこにある天使の様な笑顔……余談だが、イヴに背中をトントンされると即効で睡眠状態にされてしまう。必中で睡眠確定は強い。

 

 

 

「……おはよう二人とも。」

 

「はいっ、おはようです!」

 

「〇〇くん、幸せな目覚めだねぇ!」

 

「…日菜、ブラ着けてないの?」

 

「その方が嬉しいかと思って!」

 

「ヒナさん…はしたないです…。」

 

「そうだぞ。」

 

「えぇー???」

 

 

 

二日酔いの頭痛は治まったが、どうやら次は日菜の暴走っぷりに頭を痛めることになりそうだ。急にどうしちゃったんだろうこの子。

 

 

 

「…イヴもイヴだけどなぁ…。」

 

「なんです??」

 

「君、どうして俺が寝てる時しか遊びに来ないの。」

 

「うーん…。私が来るときに限って〇〇さんがオネムなのでは??」

 

 

 

いやまぁ尤もなんだけどね。

 

 

 

「いつも寝起きでしか君と話せないからさ、何だか申し訳ないよ。」

 

「私は、〇〇さんの寝顔好きですよ??」

 

「そういうことじゃねえんだよなぁ…。」

 

「…私の添い寝…迷惑になってるですか??」

 

「ううん、最高。」

 

 

 

君と一晩寝るだけで一週間は動けるもん。最高の癒しだよ。

 

 

 

「よかったぁ!それならこれからも、チサトさんが居ない時を見計らって潜り込みますね!」

 

「…やっぱ確信犯なんじゃないか…。」

 

 

 

Pastel*Palettes一番の癒しここにあり…か。

 

 

 

「日菜、あんまりキスマークつけないで。」

 

「やだっ!」

 

 

 

人が天使とほんわかしてる時に何をしているんだね貴様は。…いや、迂闊にうなじを向けた俺も悪いのか…?

だからってそんなに連打はしないと思うが…相変わらず真意の測り切れない奴だ。最早モンスターだこれ。

 

 

 

「ダメですよヒナさん。…本妻のアヤさんとチサトさんに怒られてしまいます。」

 

「本妻て。」

 

「だってぇ!二人ばっかりずるいんだもんっ!あたしも好きになってもらうのぉ!」

 

「だったら尚更、〇〇さんの嫌がることは駄目だと思います。」

 

「あぅっ…」

 

 

 

クレイジーVSド正論。ある意味不毛とも言える戦争だが、俺はここに美学すら感じるね。

理論的にも物理的にも板挟みな俺だけど、この戦いは何だか目が離せない。

 

 

 

「で、でもっ!あたしが目立つにはもうこういう事しか…」

 

「どうしてそうなったですか??他になかったんですか??」

 

「他の()()()っぽいことは彩ちゃんと千聖ちゃんが大体してるんだもんっ!」

 

「ですから、お二人は本妻なんです!…第一、お二人とも何れはそういうことすると思います。」

 

「うそ!?…じゃぁ、あたしは一体どうしたら…」

 

「別に何もしなくて良いのでは??」

 

「それじゃあ好きになってもらえないもん…。」

 

「でも、嫌われることはないですよ?」

 

「うぅぅぅぅぅぅううぅぅぅぅぅ…。」

 

 

 

あぁ可哀想に。分かってはいたことだけど、正論の勝ちだこれ。日菜には申し訳ないが、ここは一度"何もしない"という美徳を知ってもらって追々は…

…と真面目ぶったことを考えつつ、イヴの胸に全力で顔を埋めた。ドサクサに紛れて腰に両腕も回させてもらった。

 

 

 

「…あっ。ほら見てくださいヒナさん!…これが、〇〇さんの答えです!」

 

 

 

引き合いに出された。

 

 

 

「あーっ!あたしに抱きついてよぉ!!〇〇くんのばかー!」

 

「いや、その…」

 

 

 

流石に下着も着けてねえアイドルの胸には埋まれねえよ…。

 

 

ガチャッ

 

 

あっ。

 

 

 

「アナタタチ、ナニヲヤッテイルノ…」

 

 

 

あーこれ、デジャビュって奴だ。

 

 

 

**

 

 

 

「全く…あなたもいい大人でしょう?捕まるわよ。」

 

「面目ない…。」

 

 

 

イヴが帰った後、朝と同じように説教を受けるダメダメなおじさん…。

捕まるってワードに特にビビッと来たね。

 

 

 

「第一、一緒に寝たりとか体触る相手なら困ってないでしょう?」

 

「いや言い方よ。」

 

「なぁに?」

 

「いえ別に。」

 

 

 

恐らく彩の事を言っているんだろうけど、その肝心の彩もずっと機嫌悪いしなぁ。

 

 

 

「あのね、〇〇さん。」

 

「はい。」

 

「物事や人には役割ってのがあるの。」

 

「はい。」

 

「その役割を全うしてこその存在意義なのよ。」

 

「はい。」

 

「逆に、与えられた役割を他の人に横取りされたらどうかしら?」

 

「…ええと。」

 

「哀しいし、寂しいじゃない?そりゃ、怒りもするわよ。」

 

「…つまり?」

 

「きっとまた部屋で泣いてるから、さっさと慰めて一緒に寝てやんなさい!この馬鹿!」

 

「あっはい。」

 

 

 

長々と説教垂れてはいたけど、要は彩ともっと一緒に過ごしてやれってことか。…考えてみりゃ最近はイヴか日菜とばかり寝ている気がするし、昼間膝の上に乗ってるのも最近は日菜だし…

具合悪い時や風呂入るときは大体千聖かイヴと居るし…あれ?こうして考えると彩と殆ど関わってねえな。

 

 

 

「…あ、千聖?」

 

「な、なによ?」

 

「さっきの話で引っかかったんだけど…体触る相手は流石にいないぞ。」

 

「……それは、例えじゃないの…。」

 

「ほーん…?…じゃあ、それは千聖の役目に」

 

「早く行きなさい馬鹿!!」

 

 

 

うん、余計な事は言うもんじゃないな。

 

 

 

 




次回は彩ちゃん回。




<今回の設定更新>

〇〇:随分な事をやっている模様。
   多分一番この状況を楽しんでる。

彩:寂しがり屋だってば。
  大好きなんだってば。

千聖:安定の世話係。
   仕事の時の切り替えがエグい。

日菜:クレイジービューティー。
   何とかして主人公を振り向かせようとするが、多分それは好き嫌いより勝ち負けの話。

イヴ:眩しい。


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2019/12/05 目覚め

 

 

 

「……えい。」

 

 

 

ぷにぃ

 

 

 

「…うみゅ??………むむぅ………すぅ……すぅ…」

 

 

 

休日の朝。無駄にぐっすり寝たせいか日が昇る前に目覚めてしまったようだ。尤も、日が昇っていないのは時間の問題ではなく季節の問題なのだが。

本来であれば毛布に羽毛布団を重ねて眠るベッドも、今日は布団とタオルケットのみ。温度を上昇させてくれる温もりの根源は、未だに俺の左腕を枕に眠り続けている。その柔らかくハリのある頬は永遠に触れ続けていても飽きが来ることはないだろう。

 

 

 

「…しっかし、こうしてると昔を思い出すなぁ…なあ彩よ。」

 

「すぅ……すぅ……んんっ、んぅ……」

 

 

 

従妹である彩とは、まだ俺が幼かった頃にこうして一緒に寝たりもしていたもんだ。…懐かしいなぁ、祖母(バア)さんの家に二人で泊まったり、よくしたっけなぁ…。

 

 

 

 

 

** **

 

 

 

「ねぇねぇ!○○くんは、あしたも、あさっても、そのつぎもいっしょにいるんだよねぇ!」

 

「そうだよー。冬休みは来週いっぱいだから、それまではここに泊まるかな。」

 

「えへへ!…えへへへへへっ!!」

 

「やけにご機嫌だなぁ…何かいいことでもあったのかい?」

 

「あのねあのね、彩ね!○○くんとあそぶために、しゅくだいもぜんぶやってきたんだよ!」

 

「マジ!?…俺全然やってないなぁ…」

 

「えーっ、それじゃあ…あそべないの…?」

 

「宿題なんかね、やらなくても遊んじゃえばいいんだよ。」

 

「だめだよ…がっこうでおこられちゃうよ??」

 

「いいんだよ、俺は悪い子だから。」

 

「えぇー……それじゃあ、彩はいいこ?」

 

「ん、いい子だよ。…いい子だから、そろそろ寝ようね。」

 

「えぇー…彩、まだねむくないもん。」

 

「あれぇ?ちゃんといい子にするから一緒に寝るって約束だったろ??」

 

「そうだけど…そうだけどぉ……」

 

「ほらほら、離れたら寒いだろー?明日も早く起きて、朝からいっぱい遊ぼ?な?」

 

「うゆぅ……ほんとう?彩とあそんでくれる??」

 

「おう、いっぱい遊んじゃうぞー。……だから、今日はもう遅いし寒いから、ぎゅってして寝よ?」

 

「…うん、わかった。…彩、いいこ?」

 

「ん、いい子いい子。…おやすみ。」

 

 

 

** **

 

 

 

……ん、あの頃も彩は可愛かった。何処へ行くでも後を付いてくるし、それでいて何をやらせても同じ頃の俺より真面目にこなすし。

長い休みに親戚が集まる時くらいしか会えなかったけど、いつでもこうして俺の左腕を独占してたなぁ。頭撫でてやらないと寝付けなかったりするところは今でもあまり変わりゃしないが、よくここまで大きく立派に育ったもんだ。

 

一晩じゅう枕の上を転がり乱れた桃色の髪を梳くように撫でてやると、いつも嗅いでいるのに今日は無性に懐かしくなる甘い香り。…回想なんかするもんじゃないなぁ。

 

 

 

「んゅ………ぅ??……へ、あ、○○くん??」

 

「……なんだ起きたのか。」

 

「…ん、おはよ。」

 

「おはよう、彩。」

 

「……うん…。」

 

「…………。」

 

「…………えと。」

 

「…彩はいい子だな。」

 

「……へ?」

 

 

 

いけねえ、つい回想の続きが。頭を撫でているのと、寝起きで目の前の顔が幼く見えることもあるのだろうが、どうも昔のように可愛がりたい欲が出てしまう。

 

 

 

「……寒くないか?」

 

「…う、うん。」

 

「………まだ寝るか?」

 

「……どうしよ。」

 

「今日は、仕事は休みなのか?」

 

「……うん、だから学校いかなきゃ。」

 

「……もう起きる?」

 

「………今何時??」

 

「よい…しょっと。……七時前だ。」

 

「……もうちょっとだけ、こうしててもいい?」

 

「ん……おいで。」

 

 

 

もぞもぞと身動ぎの後、俺の脇腹に腕を回しより密着する面積を広げる従妹。目の前に迫った顔がほんのり朱に染まったかと思えば、

 

 

 

「……頭も、なでてくれてても、いいよ。」

 

 

 

つっかえながらもそんなことを言う。

可笑しくてついニヤけてしまうのを隠すこともせずに空いている右手で、今度はグシャグシャと掻き乱すように、少し力強く撫でてやる。そうすればほら、今度は目の前の顔がふにゃりと蕩けるのだ。

擽ったそうに目を細め、顎をくいと持ち上げた彩は「わふぅ」といつもの様に小さく鳴いた。

 

 

 

「……さっきお前の寝顔見ててな、昔のことを思い出してたんだ。」

 

「わふっ……昔??」

 

「ん……。…彩は昔も可愛かったなってさ。」

 

「えっ、えっ?きゅ、急にどうしたの??」

 

「あの頃は、本当の妹だと思って可愛がってたんだぜ。祖母さんちに泊まってる時なんかはずっと一緒に居たもんな。」

 

 

 

頭を撫でる手をずらし、耳から頬、口元へと持っていく。

まだトロンとした目の従妹はあの頃と変わらず朝が弱い。それは暑い寒いに関わらず、どれだけ眠れたかにも関わらずであり。

 

 

 

「……今は?」

 

「え?」

 

「…今は、どう思ってる?私のこと。」

 

「あぁ、そりゃ勿論…」

 

 

コンコンコンコンコンコンコン

 

 

「「!!」」

 

 

 

返答のタイミングで重なるノックの音。…そうか、千聖が起こしに来る時間か。

 

 

 

「ちょっと、彩ちゃん??遅刻するわよ。」

 

「えっ、…あっ、わわっ、い、今行くよ!!」

 

「……。」

 

「じゃ、じゃあ…○○くん、私、起きるね。」

 

「……………彩。」

 

 

 

起きようとする彩を逃すまいと抱き寄せる。……二、三分はそうしていただろうか。互いの心の鼓動だけが響く距離に、体温とはまた違う熱さを感じ腕の力を緩める。

流石に遅刻させるわけにもいかず、距離を離して再度桃色の毛並みを掻き乱す。

 

 

 

「…挨拶、忘れてたからよぉ。」

 

「……ぁ…そ、そだね。」

 

「……遅刻すんぞ。」

 

「あっ、そ、そそそうだった。…じゃあ、行って…くるね。」

 

 

 

ベッドに掛かる重みが片側、俺一方に寄る感覚と共に温もりが抜け出ていく。次いで残る喪失感。

カチャリと開く扉に従妹の姿が吸い込まれていく間際―――

 

 

 

「彩!」

 

「…ぇ?」

 

「…お前のこと、今はただの従妹だなんて思っちゃいねえからな。」

 

「………ぁ…う……えと…」

 

「……行ってこい。」

 

「…う、うん!行ってきましゅっ!」

 

 

 

―――無性に、「行かないで欲しい」…と、そう思ってしまったのだ。

ああ、ほんとに、昔のことなんか思い出すもんじゃない。

 

 

 

「…そうか、今日は何の予定もないのか。」

 

 

 

彩が閉めて行ったドアに跳ね返るその独り言は、抱いてしまったその感情を紛らわせる術が無いことを示していた。

 

 

 

 




冬の朝は寒い。




<今回の設定更新>

○○:彩は従妹。ただの従妹である。
   昔は今と違って面倒見もよく、彩にべったりだったようで。
   寒いのと寂しいのが苦手。

彩:わふぅ。
  頭を撫でられると、耳の後ろが擽ったくなる感覚が何とも言えず好き。
  昨晩の○○と一緒に寝る人選手権勝者。
  学校にはちゃんと行く。

千聖:ママ。


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2019/12/27 特別な一夜の彩を

 

 

 

『しゅーわしゅーわ!しゅーわしゅーわ!しゅーわしゅーわ!』

 

『ファンの声援が凄まじいです!こちら丸山彩誕生祭会場△△アリーナですが、開始四時間を経過した今もその勢いが衰えることは有りません!』

 

『ウォーアヤチャァーン!コッチミテェー!』

 

『それじゃあ次のコーナーいってみましょぉ!丸山彩のぉー…!!』

 

『フワフワ、オモイデノコォナァー!!』

 

『ワァアアアアアアアアアア』

 

 

 

年末を目前に控えたとある一日。仕事で出ている千聖と彩が居ない、静かな夜を過ごしていた。

リビングに自前のノートPCを持って来て、千聖が作り置いて行った夕食をつつきながら見ていたネット配信特番『2019丸山彩お誕生日イベント!~ふわふわの一年に彩りを~』だが、生放送にしては上手く立ち回っているようだ。

この番組を見る為にオフだった麻弥ちゃんも駆けつけ、千聖が居ないせいか盛大に寛いでいる。お前ん家かってくらい。

 

 

 

「彩さん、頑張ってますねぇ…。」

 

「誕生日くらいは仕事から切り離してやりたいもんだが…アイドルってのは過酷なもんだな。」

 

「でもさでもさ、たくさんの人にお祝いしてもらえるって、るんってするよね!」

 

「しない」「しないっす」

 

「………むぅ。」

 

 

 

従妹の一生懸命な姿に多少同情を抱きつつも画面から目が離せない。可愛すぎる従妹は一生懸命になり過ぎると謎のミスをやらかす習性があり、今日も生配信という事でハラハラが収まることは無いのだ。そんな親のような心境で見入っている為か食事の手は止まりっぱなし…先程から見兼ねた日菜が食べさせてくれている。

ところでその日菜の感性は流石アイドルと言ったところか、俺や麻弥ちゃんとは少しずれた感覚を持っているようだ。有象無象に祝われたところで到底嬉しいとは思えない俺と、関わる人間は多ければ多い程良しとする傾向がある日菜。…勿論他にも感覚の大きな違いはたくさんあるが、どうして波長が合うんだろうか。

…まあいい。謎の多い水色は現在進行形で膨れているし、この間は映像に集中することが出来そうだ。麻弥ちゃんは「うぅ、トイレトイレっすぅ…」とか呟きながら廊下へ消えて行った。

 

 

 

『ワッハハハハハハハハハ!!』

 

『もー、本当に大変だったんですからね!!』

 

『Pastel*Palettesの中で一番罰ゲームが似合う女と言われているとかで??』

 

『えーっ!誰ですかそんな酷い事言うの!!』

 

『ファンの間で囁かれているとかいないとか…』

 

『えっあっ、…わ、私そんな風に見えて…ます??』

 

「「見える見える。」」

 

 

 

…あぁ、こう言うところか。奇跡的に同意見を同タイミングで呟いた水色は、さっきまでの膨れ面から一転。満面の笑みで抱きついてくる。

 

 

 

「やっぱりあたしと○○くんは相性バッチシだねぇ!」

 

「これくらいよくある…」

 

「ツーカーの仲っていうんだよね!」

 

「君世代じゃ言わないだろそれ。」

 

 

 

阿呆は置いといて、確かに(あいつ)には罰ゲームやドッキリといった、言わばバラエティよりの素質があると思う。言う事が面白いとか、持ちネタがあるとか、そういった方向じゃあ無いんだが面白い生き物だからな。愛されキャラってことで、認知されているようで。

結局何だかんだでPastel*Palettesの顔の様な存在になってきているし、最近じゃソロの仕事も多い。今日の様なイベントもPastel*Palettesで唯一開催されるし、いい意味で弄られているのだろう。

 

 

 

「…なんつーか。」

 

「んー?」

 

「遠い存在になっちまったな。…あいつ。」

 

「あっははは!!面白い事言うねぇ!ジョーク??」

 

「……。」

 

 

 

あれだけ多くの人に愛されているんだ。プレゼントも色んな高価なものを貰えるだろう。これからもどんどん成長し、俺と過ごせる時間もどんどん減って…あいつは世界中のみんなに…。

 

 

 

「ただいまっすぅ~……のわっ!?○○さん、な、何で泣いてるんすか??」

 

「……ぁ?」

 

 

 

トイレから戻りつつセーターで手を拭く麻弥ちゃんがリビングに入るなり大袈裟に驚く。そんな仰け反ると腰痛くならないか?…あっそう、若さやね。

耳元で日菜がゲラゲラ笑っているせいで意識が向いていなかったが、どうやら俺は涙を零していたらしい。気付いて慌てて手の甲で拭い、笑って答える。

 

 

 

「あー……いや、その、なんだ。彩が真面目な顔して変な事言うからよ、つい噴き出しちまったんだよ。」

 

「…面白くて涙が噴き出すっすかねぇ?」

 

「いーんだよ馬鹿気にすんな。」

 

「ふむ…納得はいかないっすけど。でもま、彩さんが頓珍漢な事言うのは今更っすもんね。」

 

 

 

サラッと酷いこと言ってる。

 

 

 

「どうしたの○○くん。千聖ちゃんのご飯、美味しくなかったの?」

 

「や、そうじゃない。…つか食わせてくれなくてもいいぞ、自分で食う。」

 

「えー、あたしがやりたくてやってるのにぃ…」

 

 

 

不満そうな日菜から箸を奪い取り、動画から目と意識を切る様に料理を平らげていく。すっかり冷めてしまったというのにそれすら気にならない程、一心不乱に掻き込んだ。

 

 

 

『それでは、カウントダウンで吹き消してもらいましょう!!』

 

『ワァァァアアアアアアア!!』

 

『5!4!3!2!1!』

 

『ふぅぅぅうううう!!!!』

 

『ワァァァァァアアアアアアアアア!!!!』

 

『オメデトー!カワイー!!キャー!!ワァァア!!!』

 

「あっ!見て見て麻弥ちゃん!彩ちゃん泣いてるよ!!」

 

「感極まれりって感じっすねぇ。」

 

「あら!……あははははっ!彩ちゃんの泣き顔おもしろーい!!!」

 

「何てこと言うんすか……。でも、ここまで感情剥き出しにできるって、ある意味尊敬するっす…。」

 

「女優さんみたいだよねぇ。」

 

「…泣く演技に関しては千聖さんより上かもっすねぇ。」

 

「………………千聖ちゃんに言っとこー☆」

 

「あぁぁぁああ!!今のはオフレコっすー!!」

 

 

 

イベントもクライマックス。特大のケーキに立てられた、明らかに年齢を超えた夥しい数の蝋燭。カウントダウンに合わせて走り回りながら吹き消し切ったようで、会場のボルテージは最高潮、思わず大号泣してしまう彩を中央の特設ステージまで誘導しインタビューになるようだ。

ウチの二人のPastel*Palettesメンバーが煩く騒ぐ中、俺は一人食器を片付ける作業へ移行する。愛する従妹の辿々しいトークを聞きながら黙々と洗う、洗う、洗う。

 

 

 

『改めて、おめでとうございます!!』

 

『ひっく…ひっく……ぅ…ぐす……あ、ありがとぉございまずぅ…。』

 

『感無量ってやつですかね。』

 

『カワイイョー!』

 

『ありがどぉでずぅ…!』

 

 

 

本心から言うと、俺はあの表情豊かな彩があまり好きじゃない。…いや語弊がある言い方だなこれは。あまり器用じゃないあいつは千聖のように様々な顔を持ってはいない。仕事用・プライベート用の使い分けが無いと言う事は裏が無いと言う事。

そりゃ好かれ愛されるだろうけど…俺に向けている笑顔も泣き顔も、同じように世の中へ発信しちまってるって事なんだよな。スポンジを握る手に思わず力が入り、くしゅっと情けない音が一つ鳴った。

 

 

 

「こんな調子でちゃんとコメントできるのかなぁ。」

 

「彩さん……あーあー鼻水が……。」

 

「これ絶対頭真っ白だよね!何も考えてない顔だもん!あっははははは!!!」

 

 

 

お前にはその煌びやかな世界がよく似合っているんだな。

 

 

 

カチャァ

トットットットットット

 

「ただいま、○○。」

 

「……あぁ、千聖。…お疲れさん。」

 

「………酷い顔。」

 

「…まぁ、ほっとけ。」

 

 

 

仕事が終わったのか帰宅した千聖は、リビングを通り過ぎそのままキッチンの俺の隣へ。顔を覗き込む様な姿勢で帰宅を告げたまま暫し見つめてのこのセリフ。そんなにひどい顔をしていただろうか。

 

 

 

「ほら、コートに泡が跳ねるだろ?…取り敢えず荷物置いて、風呂でも行って来たらどうだ?」

 

「……そう。」

 

 

 

洗い物中の俺は冷静に千聖を退かし、高級感あふれるコートやら仕事用の服やらを着替えるよう提案。近くで見詰められると、何かが見透かされそうで。

 

 

 

「………一緒に入る?お風呂。」

 

「……遠慮しとく。」

 

「そ。」

 

 

 

くるりと背を向けて廊下へ向かおうとする千聖。冗談とは珍しいなとは思ったが、特に動じることも無く返したのか面白くなかったのか、反応は素っ気なかった。

一先ずこれで洗いものに集中できる…と思ったのも一瞬。ふと足を止めた千聖が、振り返ることなく一言付け足した。

 

 

 

「貴方だけの物でも居られるわよ。私なら。」

 

 

 

だから苦手なんだ、あいつは。

 

 

 

**

 

 

 

コン、コン

 

控えめなノックに目が覚めたのは深夜一時を過ぎた頃だった。どうやらあの後、機嫌が優れず自室に戻りベッドに突っ伏したまま眠ってしまったようだ。今日、こんな時間に部屋を訪れるとしたら恐らく従妹のアイツくらいしか居ないんだが…正直あまり会いたくない気分なんだよなぁ。

いつも通り振舞えないというか、大人げない事を言ってしまいそうだというか。千聖や日菜でさえ何も触れてこないあたり、何かしら気を遣われている状態ではありそうだし、そういった気恥ずかしさも無い訳じゃあない。…ううむ。

 

 

 

コン…コン

 

ベッドから上半身だけ起こし逡巡していると、第二波のノックが響く。彩の事だ、あまり放置しすぎるとそれはそれで勝手に悩んで落ち込むんだろう。

明日の朝目を真っ赤に腫らして「…おはよぅ」と拗ねた様に小さくなる姿が容易に想像できる。

 

 

 

「寝ちゃった……のかな。」

 

 

 

当たり前だ。何時だと思ってるんだ今。

…確かに、俺の平均入眠時刻は三時頃。俗に言うショートスリーパーとかいう奴で、一日当たり二時間程の睡眠で事足りてしまう訳だ。彩や日菜にせがまれた時はてっぺん頃に床に就くことが多いのだが、結局朝まで同衾者を弄り倒して遊ぶことになる。

とどうでもいい事を思い出している間に、部屋のドアノブを回しては止めている音が聞こえ始めた。奴め、突入する気か。…仕方ない、返事だけでも…。

 

 

 

「……迷うくらいなら入って来いよ。」

 

「ぅぅうっ!?……起きて…たんだ。」

 

「…お前のコンコンで起きた。」

 

「ごっごめん…」

 

 

 

返事を返したら返したで部屋には入ってこない従妹に痺れを切らし、明かりをつけた部屋のドアをこちらから開く。

真っ暗な廊下の中でスマホの明かりに浮かぶ少し驚いたような顔。

 

 

 

「入れっつーの。」

 

「あうん、でも寝てたんじゃ…」

 

「ノックしといて何言ってんだ。ほれ。」

 

「わふぅ…!」

 

 

 

外の匂いを纏ったコートのまま、トットットとバランスを崩した足を縺れさせ部屋に踏み込んできた彩は落ち着かない様子で前髪の跳ねを撫でていた。

 

 

 

「…おかえり彩。寒かったろ。」

 

「ただいま、○○くん。タクシーだったから、平気。」

 

「そか。」

 

「うん。」

 

「………。」

 

「………。」

 

 

 

二人分の体重を支える様に音を立てて沈み込むベッドの上、会話が途切れると加湿器の音しか聞こえない。どうしたもんかと攻め方を決めあぐねていたが、数時間前までこの子の誕生日だったことを思いだす。

 

 

 

「…誕生日。」

 

「ふぇっ?」

 

「…終わっちゃったな。十二月二十七日。」

 

「ぁ………そう、だね。」

 

「おめでとう。」

 

「……ありがと。」

 

「……。」

 

「………見てて、くれた?」

 

「…まぁ、蝋燭消すところまで。」

 

「最後は…??」

 

「………悪いな。ちょっと、色々あってよ。」

 

「…………………そっかぁ。」

 

 

 

そういえば部屋に入る直前、麻弥ちゃんに矢鱈と引き留められた気がする。「○○さん、絶対見てあげるべきっす。」とか何とか。…どうせ緊張もピークに達する場面だから、とかだと思って無視してたが…。

ついでに、珍しく日菜が真剣…というより哀しそうな表情だったのも何となく覚えてる。

 

 

 

「…あのね。」

 

「…。」

 

「私、○○くんにメッセージ送ったんだよ。」

 

「………は?」

 

「最後に……番組を見ている人にメッセージって言われて…何も言いたいことが纏まらなかったけど、緊張の中で思い浮かんだのは○○くん…だったから。」

 

 

 

それはつまり、ネット配信とは言え有象無象が見守る中で俺の存在を明かしたという…?

 

 

 

「あっ、勿論○○くんの名前は言ってないよ!…でも…。」

 

「…でも?」

 

「「毎日一緒に居てくれる大好きなあなたへ」って……言っちゃって。」

 

「」

 

 

 

何を仕出かしているんだこの大馬鹿娘は。仮にもアイドル、芸能の道に身を置くのであればそれは人気次第の商売になると言う事。スキャンダルの火種なぞ、何も無くてもでっち上げられたりするほど昨今の報道職にとっての餌だというのに。

それをお前、自ら作り出すような…

 

 

 

「…続きは、何て言ったんだよ。」

 

「…恥ずかしいよぉ。」

 

「電波に乗せたんだろ?今更だろう。」

 

「そうだけど……笑わない?」

 

「笑わない。……怒るかもだけど。」

 

「えぇっ!?…じゃ、じゃぁ嫌だよぅ…。」

 

「いいから話せ。」

 

「えぅぅ……。「あなたのお陰で、私は大きくなれました。あなたが居たから、今日も笑っていられるんです。…だから次の誕生日も、そのまた次も。…私の最後の日まで、ずっとそばに」…やっぱりだめ!恥ずかしいもん!」

 

 

 

恐らく八~九割は言ったんじゃないだろうか。そのタイミングで恥ずかしがったところで内容は大体わかってしまっているが…落ち着いて冷静に考えると"アイドルからファンへの変化球気味なメッセージ"に聴こえなくもない…か?

名前や性別を明かしていないと言う事で大きなスキャンダルを呼びはしないだろうが、分かる奴にはわかるだろ、これ。

いやいやをするように首をぶんぶん振る彩だが、俺だってここから逃げ出したいくらい恥ずかしい。一先ず落ち着く様に深呼吸を一つ…吐く息は溜息のようにもなってしまったが、少しは顔の荒熱も取れたかと思う。

 

 

 

「はぁぁ…………おい馬鹿。」

 

「は、ひゃい。」

 

「お前がぶっちゃけてくれたから俺も言わせてもらうがな。」

 

「…あぅ。」

 

「少しは仕事とプライベートと、演じ分け…るまでは行かなくとも差をつけたらどうだ。」

 

「差??」

 

「裏表が無くていいっちゃいいけどさ、俺からしたらイライラすんだよ。素の可愛い部分をパブリックの場でも出しやがってよ…そりゃ人気も出るよ、可愛がられるよ。」

 

「かわっ…○○くん??」

 

「でもそれじゃあ……俺だけが知ってる彩が無くなっちまうじゃねえかよ…。」

 

 

 

違う。俺が言いたいのはそんなことじゃなくて、もっとこう芸能人としての――

 

 

 

「○○くん。」

 

「……あんだよ。」

 

「私ね。裏とか表とかよくわからないけど…いつだって、見てほしい丸山彩で居るんだよ。」

 

「……変態なの?」

 

「茶化さないでね。…○○くんに、いつだって見ててほしいから。"従妹の彩ちゃん"じゃなくて、"丸山彩"っていう一人の女の子として。」

 

「……………。」

 

「だから、いつ○○くんが目にしてもいいように、ずっと私は私なの。伝えたいことだって、画面を通してだってちゃんと伝える。」

 

「…彩、お前…。」

 

「………だから、その。」

 

 

 

彩の気持ちは分かった。何を思ってどうしたいのか。…どう、なりたいのか。

でも一つ言わせてもらうとしたら。

 

 

 

「気持ちはわかるけど、公共の電波使ってそれはダメだろ。」

 

「え"っ。」

 

「公私混同は良くないぞ。良くない。」

 

「えぇー……」

 

「えーじゃない。…やっちゃいけねえことはあるんだ。やっぱりお前には仕事とプライベートの線引きが必要だな。」

 

「……むぅ。思ってたのと違う。」

 

 

 

膨れてもだめだ。スキャンダルどころか、常識が無いと叩かれても困るのは彩だしな。

…だが、ここまで思い切った行動を取ってくれたんだ。俺も応えるところは応えないと、な。

 

 

 

「…だから、プライベートでは目一杯可愛がらせてもらうよ。一人の……じょ、…おん……レディとして。」

 

「……なっ。」

 

 

 

自分から振った話題の癖に、何をプルプル震えておるのかこいつは。物凄い速さで顔が紅に染まっていくのが分かる、倒れそうな程に。

 

 

 

「それでいいかね。彩。」

 

「あぅえぅ……あ、っと…ぅわ、えーっと…」

 

「日本語で。」

 

「に、日本語喋ってるよ!」

 

「……宜しくお願いします…」

 

「うむ。」

 

 

 

そういえば俺からのプレゼントを渡していなかった。明日の朝にでも渡そうとは思っていたが…いいタイミングだし、ここで。

 

 

 

「…あとこれな。」

 

「うゅ…??……あっ、これ…!」

 

 

 

手渡したのは切符サイズ程の紙が十枚綴りになった束。デザインは勿論俺の手書きだ。

 

 

 

「『なんでもいうことおきく券』。…誤字も含めて、昔のお前がくれたやつに似せてみた。」

 

「…お、覚えてたの??」

 

「あぁ。誕生日に周りが小遣いだの靴だのくれる中で、五歳だか六歳の彩がくれたこれが一番嬉しくってな。…ええと確かここに…」

 

 

 

ベッド脇の小さな三段の引き出し。真ん中の引き出しをごそごそと漁ると…あったあった、これが現物だ。

 

 

 

「きったない字で頑張って書きやがって…勿体なくて使えねえっつーの。」

 

「ぁ……ぁ……!」

 

「芸能人ともなると、高価なプレゼントとか美味いもんとかは貰い飽きてるだろ?対抗するとなるとこう言うのかなーって…」

 

 

 

どうも恥ずかしさを隠そうとすると早口になってしまうな。こんな情報量で捲し立てられても…と思い彩を見ると、最早一枚目の券をぺりぺり千切っている。

 

 

 

「…んっ!」

 

「なんだ、もう使うのか?」

 

「一緒に寝て!」

 

「…随分しょーも無いことに」

 

「ぎゅってして寝て!頭も撫でて!…あと、朝も起こしてほしいし行ってきますのハグもしてほしいしおかえりとただいまのハグも…」

 

「……おいおい一枚でそんなに」

 

「………そうやって、ずっと私の日常を一緒に過ごしてほしい…です。」

 

「……………なるほど、確かになんでもって書いてあるけど…。」

 

 

 

随分と欲張りな従妹かと途中まで思っていたが…いや、欲張りだったらしい。その目は真剣そのもので、強い意思の伝わる視線が突き刺さるようだった。

その射るような眼差しと妙な気恥ずかしさから逃げる様にその小さな体を抱き寄せ――

 

 

 

「…一枚目、受理しよう。」

 

 

 

奪った唇は、少し大人になった少女の味がした。

 

 

 




誕生日編でした。




<今回の設定更新>

○○:記憶力は良い方。そして独占欲も強い方。
   大事な人への愛情も、人一倍強い。

彩:専用イベントが設けられるほどの人気っぷり。
  今やPastel*Palettesは丸山で持っていると言っても過言ではない。
  これからの一年はプライベートも充実できる一年にしたいとか。

日菜:かなり辛辣。言いたい放題。
   彩の行動力を見た今、彼女はどうするのか。

麻弥:今回は人型を保っていられた。

千聖:難しい立ち位置。一番広い視野を持っている上に一番精神が大人。
   故に深入りすることも出来ず、自分の気持ちも――


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2020/01/16 小さなcomplexes

 

 

 

「うぇぇ…」

 

 

 

仕事から帰ってくると、リビングでだらしなくソファに寝そべっている従妹の姿が。腹を摩っているあたり、食い過ぎか飲み過ぎか…拾い食いなんてのも最悪こいつならやり兼ねない。

 

 

 

「あらおかえり。早かったわね。」

 

「おうただいまちーちゃん。…これ、どうしたんだ?」

 

「さぁ?また何か無茶でも始めたんでしょ。」

 

 

 

風呂上がりらしく濡れた髪をタオルでパホパホと挟みながら呆れる様に零す天才女優。どうやったらそんな綺麗な髪になるんだね。彩に教えてやってくれ。

……しかし、腹が減った。千聖に晩飯を用意してもらいつつ着替えてくるとしよう。

 

 

 

**

 

 

 

「……うん、今日もうまい。」

 

「そ?よかった。」

 

「…なぁ千聖?」

 

「なあに。」

 

「お前ってさ、暇人なの?」

 

 

 

食卓の向かいでじっとこちらを観察している視線に耐え兼ね訊いてみる。いつからだったか、一人遅くに晩飯を食う俺を食べ終わるまで見守るようになった千聖。何が面白いのか、終始無言で見詰めているだけなのだ。そりゃ居心地も悪くなる。

 

 

 

「失礼ね…。台本(ホン)も読み込まなきゃいけないし、体の維持にスキンケア、やることは山積みよ?今何て四人分の家事も熟さなきゃいけないんだから。」

 

 

 

口調とは裏腹に柔らかい微笑みで返してくる。芸能人ってのは大変だ…がそれなら尚更。

 

 

 

「俺が飯食ってるときさ、ずっとそうしてるだろ?…暇なのかと思って。」

 

「…嫌?」

 

「嫌じゃねえけど……緊張するっつーか。」

 

「あのね、料理ってのは食べてくれる人が居てこそでしょう?貴方の為に作った料理を貴方が食べ終わる、そのプロセスが完了するまでは見届けるのが私の当然の責務でしょうに。」

 

「あー……その、なんだ。いつもありがとう、助かるよ。」

 

「ふふん、分かればよろしい。」

 

 

 

千聖が難しい言葉を並べ立てたり、凡そ日常会話では必要とされない長文を捲し立てたりするときは、素直に言い出せないことがあったり何かを要求している時だ。まぁ、状況とこいつの性格から考えて、大体甘えるか甘やかしてやれば済む話なんだが。

 

 

 

「………むぅ。」

 

「なんだよ、お前も飯まだだったのか?彩。」

 

 

 

ちーちゃんニコニコ大作戦を完遂し、レンコンの天麩羅に齧り付こうとした矢先…今度はリビングのソファから覗き込む様に目だけを出した従妹が唸る。お前、FPSだったら十分HSされる頭の出し方だぞそれ。よかったな俺が特攻型のプレイヤーで。

 

 

 

「もう食べました。」

 

「じゃあ何だってそんな唸って…」

 

「だって…油断するとすぐそーやって千聖ちゃんと仲良さそうにして…」

 

「仲良しはいいことだろう?それに今は飯食ってるだけだ。」

 

「千聖ちゃんは食べてないじゃん!」

 

「……だとよ。どうする?ちーちゃん。」

 

 

 

やれやれヤキモチって奴か。そんなに嫌なら混ざってくりゃいいだけだろうに…。

目線を戻せば自然な流れで茶碗におかわりを盛ってくれる千聖がいて、彼女も同じようなことを言う。

 

 

 

「別に○○さんとだけ仲良くしているつもりは無いわ。彩ちゃんもこっちでお話しましょう?」

 

「……ってことだけど、どうだ彩」

 

「あのね、最近悩みがあってね。」

 

「気付いたら隣に座ってるのやめろ。」

 

 

 

振り返ってみれば至近距離にピンクの髪、…心臓飛んでいくかと思ったぞ。

 

 

 

「…悩み?彩ちゃん、悩みとかなさそうだけど。」

 

「いっぱいあるのっ!……その……」

 

 

 

言い難い事なのか、吃る様に言葉を探しつつ人差し指と親指を交互に組み替えて遊びだした。チラチラと千聖を盗み見ているあたり、三人だと話しにくい事なのだろうか。…いやしかし、話を始めたのは彩だ。いくらグズグズに煮込まれた芋のように蕩けた思考能力の持ち主と言えど、そんな話題のミスチョイスは犯さないだろう。

 

 

 

「…なんだよ、早く言えよ。」

 

「……えっと……身長が、ね。低いのがその……コンプレックスで。」

 

「あっ」

 

 

 

ダメだ彩、それ以上いけない。もっとコンプレックスに感じているかもしれない人が居るんだから。…というか、そんな見て解る様な話題を何故チョイスするのか。これが愛すべきバカの本領発揮なのだ。恐ろしや。

恐る恐る千聖を見れば見事なまでの無表情。すんっ!というオノマトペが似合う彼女は、真っ直ぐに彩を見詰めていた。

 

 

 

「あっあわわわわわっ、ち、違うんだよ千聖ちゃんっ」

 

「なあに?」

 

「その、その、ね??私って156センチだから、「彩は四捨五入すると160なのにちっちゃいイメージある」とか弄られちゃうから、せめて四捨五入しないでも160欲しかったなっていう…えと…」

 

「そうね、折角ならキリが良い方がいいわね。」

 

「で、でしょっ!?そうなんだよぉ!」

 

 

 

おい彩、今のは安心していい奴じゃないぞ。気付いているのか?千聖の声、最早氷点下レベルだ。証拠の残らない凶器として人を刺し殺せるくらい研ぎ澄まされてたぞ。

 

 

 

「私なんか四捨五入すると150センチだし、「千聖さんって152センチとは思えないくらいデカいオーラありますよね」とか言われるし、いっそ有乎無乎(なけなし)の2センチも無ければ小さく纏まったのかもしれないわねえ。」

 

「ひぅっ!?………ち、千聖、ちゃん?」

 

 

 

ほら見ろ言わんこっちゃない!

もう全身から冷気が染み出してるもの…どうすんだこのチンチクリン大魔神。俺は一切発言しないからな。

 

 

 

「どうしたの彩ちゃん、お顔が真っ青よ?…あ、さっき沢山飲んでいた牛乳が()()()()のかしら??」

 

「うっ……そ、そう、かも、しれない、ね??」

 

「ふふふ、彩ちゃんは大きくならなければいけないものね。大変ねぇ。うふふふふ。」

 

「……あっ、お、オナカ、イタク、ナチャタナァ!トイレいってくるよぉ!!」

 

 

 

ダダダダダダダッと室内とは思えないダッシュでエスケープ。わかるわかる、この千聖の正面に一分でも正気で立っていられるならもう世界救えると思うくらい、ヤバい感じ出てるもん。

程なくして廊下の先から「うぇぇぇ…怖かったぁぁ……」と情けない声が響いて来る。…ありゃマジ泣きだ。

 

 

 

「…まったく。人が気にしていることを…。」

 

「………ははは…。」

 

「貴方も貴方よ。」

 

「何が…?」

 

「ヘラヘラして見てるだけで…少しはフォローとか考えないわけ?」

 

「えぇ……。」

 

 

 

そんなこと言われたってなぁ。当の本人がソロで無双できるようなオーラ出してんだもん、フォローのしようがねえよ。「小さいのにデカいオーラ出てる」ってのはわかるし。

 

 

 

「私だって…傷ついたり、するんだから……。」

 

「…………。」

 

 

 

こいつの情緒どうなってんだ。

 

 

 

「…いいんじゃねえの?150だろうと152だろうと。」

 

「……いいって…そんな無責任な。」

 

「別にデカけりゃいいってもんでも無いだろ。女の子なんだし、ちょっと小さい位で可愛らしいんだよ。」

 

「……そっち系の趣味なの?」

 

「馬鹿言え。」

 

 

 

フォローしてやったらこれだもんな。

 

 

 

「ほら、俺だってそんなにデカくないだろ?170無いんだし。」

 

「…まぁねぇ。」

 

「だからさ、千聖くらいの背の方が居心地良いんだよ。…その、一緒に肩並べて歩く時とか。」

 

「………そうなの?」

 

「あぁ。趣味とかってだけじゃなくて、目線とか存在感とか、ちょうど可愛がりやすいって言うか…さ、もう分かってくれよ…。」

 

 

 

何故こんな小っ恥かしいこと言わねばならんのだ。何かもう千聖も機嫌悪くなさそうだし、やめていいかな。

 

 

 

「…そう、なんだ。大きくなくてもいいんだ。」

 

「逆にどうして身長を求めんだよ。」

 

「モデルとかって、背が高い方がスタイル良く見えるのよ。…私も偶にファッション誌に載ったりする以上、イヴちゃんくらいは欲しかったなって思うことあるし…」

 

「芸能界関連はよくわからんが……立ってみ、ほら。」

 

 

 

まだぶつくさ言っている千聖を立たせ、正面に立つ。身長の話をしている中でより背の高い俺が正面に立ったからか、少しムッとした表情になるが…お構いなしに抱き締める。

 

 

 

「ちょっ……」

 

「…ほら、こうしたときにさ。…丁度腕と胸でお前のこと護れるじゃんか。だから千聖はこのサイズがいいんだよ。」

 

「………もう。いつからそんな女たらしになったのかしら?」

 

「うるせえやい。……ほら、元気出たんならまたおかわりを頼むぞ。」

 

「…はいはい。そろそろ少な目よね?」

 

「三杯目だしな。…あと味噌汁も。」

 

「ん、ちょっと待ってね…」

 

 

 

それに、これは流石に言えないが…小さい美人がちょこまかとシステムキッチンを動き回る様も、見ていて微笑ましいもんなんだ。日常感が、すげえ幸せで。

 

 

 

「あぁ!!また二人で仲良くしてるぅ!!」

 

 

「お前が自分でどっかいったんじゃないか…」

 

「……もー、戻ってらっしゃい。」

 

 

 

小さくたって、こいつらは俺にとってデカい存在なんだ。

もう、可愛くて仕方ないさ。

 

 

 




ちいちゃいちーちゃんかわいい。




<今回の設定更新>

○○:お腹すいてた。
   最近女性の扱いに慣れてきた気がする。
   多分気のせい。

彩:背が低いのと甘いものを食べ過ぎちゃうのとゲームで夜更かしし過ぎちゃ
  うのと朝に弱いのとよく噛むことと人見知りしちゃうことと怒るとすぐに
  泣き出しちゃうところとくしゃみが阿呆っぽいのがコンプレックス。
  
千聖:ちいちゃくてかわいい。
   お持ち帰りぃしたい。


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2020/02/07 ニッチでエッチ

 

 

 

仕事の都合…それも出張の都合で海を挟んだ向こう側の都市まで行かなくてはいけなくなった。それも急遽の話。

二日ほど準備の期間があったとはいえ、数日の間一人で過ごすと言うのは何とも複雑な心持ちだ。心配やら寂しさやら、様々な思いがこもったチャットにスマホを震わせられつつ電車に揺られていた。

 

 

 

『○○くん』

『いつ帰って来るの』

 

 

『すぐって言ったろー』

 

 

『ほんとう?』

『延長とかってなったりしない?』

 

 

『飛行機さえ飛べばな』

 

 

『えー』

 

 

 

最近特にべったりだった彩はずっとこんな調子だし

 

 

 

『飛行機の時間覚えてる?』

 

 

『あぁ』

 

 

『電車降りたら寄り道しないで』

『すぐに搭乗手続きするのよ』

 

 

『あぁ』

 

 

『今何してる?』

 

 

『特に何も』

 

 

『ちゃんと彩ちゃんにも返信したげなさい』

 

 

『してるよ』

 

 

『もっと早く』

 

 

『無茶言うな馬鹿』

 

 

 

千聖は素のお母さんっぷりを全力で発揮している。

かと思えば、その二人の間を縫うようにして

 

 

 

『みてこれー』

【彩の寝顔写真】

 

 

『盗撮はやめようや日菜』

 

 

『え』

『ちゃんと撮っていいか訊いたよ??』

 

『そしたら』

『いいよぉんって』

 

 

『寝てる奴が返事するかよ』

 

 

『○○くんが』

 

 

『いや俺かい』

『待てそれ絶対俺じゃない』

 

 

『よぉんよぉんよぉんよん』

『よんよんよよんよぉんよよぉぉん』

 

『どう??るんってきた??』

 

 

『お前うるさい』

 

 

 

日菜はチャットでも煩く、まともに相手をしていたら暇も暇でなくなる。正直面倒臭いし、他に返信を待つ人間が居る以上重点を置いて構ってやることは出来ない。

…そんな中、結局のところ一番の癒しなのが、

 

 

 

『出張とお聞きしました!』

『飛行機はこれからですか??』

 

 

『お』

『誰から聞いたのー』

 

 

『アヤさんです!』

 

 

『あいつ何でも話すんだな』

 

 

『一時間くらい前に』

『寂しいよって連絡がきたんです』

『みますか?』

 

 

『大体想像できるからいいや』

 

 

『はーい』

『夜遅くで大変ですねー』

 

 

『仕事だからねぇ』

『イヴちゃんはまだ眠くないの?』

 

 

『明日は早くないので大丈夫です!』

 

 

『いい子は寝る時間なんだよ?』

 

 

『あらぁ!』

『いい子じゃないです!』

『まちがえました』

『いい子だけど子供じゃないのでまだ寝ません!』

『○○さんもそろそろオネムなんじゃないですかー』

 

 

『俺は大人だからなぁ』

『まだまだ元気一杯さ』

 

 

『私も大人ですよ!』

『ぷんぷんですっ』

 

 

『怒ったの?』

 

 

『おこです』

 

 

『えー』

『こまったなー』

 

 

『大人ですから』

 

 

『イヴちゃん』

『お土産何がいい?』

 

 

『物には釣られません!』

『でも美味しいものは何でも好きです』

 

 

『そっか』

『それじゃあおいしそうな物探しておくね』

 

 

『ほんとですか』

 

 

『ほんと』

 

 

『ほんとにほんとですか』

 

 

『ほんとにほんと』

 

 

『美味しくなかったらセップクです?』

 

 

『気合い入れないと死んじゃうのかぁ』

 

 

『大丈夫です』

『カイシャクは任せます』

 

 

『え』

『そこも自分でやるの?』

 

 

『私血が苦手なんです』

『でも美味しいものは好きです』

『○○さんもですよ』

 

 

『その並びだと俺も食われそう』

『まぁ頑張るさ』

 

 

【ジュースを飲むイヴちゃんの写真】

 

 

『相変わらず綺麗だ』

 

 

『御礼のオフショットです!』

『お土産代の前払いですっ』

 

 

『お土産に対価は求めないんだよ普通は…』

 

 

『あちゃー』

『ですね』

 

 

 

何ともほっこりする会話である。できることなら一生こうしてチャットを続けていたい。

何でもないような会話だが実に幸せだと思う。表情にも出ていたのか、向かい側でこちらをガン見していたスーツ姿の女性が何とも怪訝そうな顔でこちらを見ている。

いかんいかん、ポーカーフェイスを貫かねば。

……ええと…このままイヴちゃんとチャットを続けると破顔の限りを尽くしてしまいそうになる。一旦画面を閉じ、ピコンピコンと通知を鳴らし続けている愛すべき従妹とのトーク画面…を……。

 

 

 

『まだ返事くれない…』

【鎖骨の写真】

 

 

 

「俺はそんなニッチな性癖してねえ!!」

 

 

「…あの…すみませんがもう少しお静かに」

 

 

「あぁぁ!もうすみません!!」

 

 

 

あまりにも破廉恥な従妹の写真に思わず声が…いや、ツッコミが違うとか言っちゃいけないよ。ほかの乗客に注意されるってそこそこの煩さだよな。反省せんと…。

確かに、冷静に考えてみたら鎖骨だけのアップの写真だし、性的な部分も顔も見えていないが…俺にはわかる、この控えめな主張でありながら線の綺麗な可愛らしい鎖骨は彩のだ。間違いない。

どうしてこんなに素晴らし…破廉恥な事態になってしまったのか探るべく、チャットの履歴を辿る…。

そこそこスクロールの手間は要したが始まりのポイントを見つけた。画像もちょくちょく挟まっているせいで無駄に縦長な履歴になってはいるが…

 

 

 

『ねー』

 

『ねーねー』

『○○くーん』

 

『もう飛行機のっちゃった??』

 

『見てこれ!』

【顔の右側と髪が写った写真】

『今日美容室いったんだぁ』

 

『かわいい??』

『もっと巻いてみたの!』

 

『もー!』

『千聖ちゃんには返事してるのにー!』

『(`‐ω‐´)オコダゾ』

 

『もう乗っちゃったのかな』

 

【スマホを笑顔で操作する千聖の写真】

『日菜ちゃんがとったの』

 

『千聖ちゃんとばっかりー』

 

『ずるいよー』

『ばかー』

 

『うそ』

『ごめんね』

 

『千聖ちゃんツム○ムしてたんだって』

 

『まちがっちゃったね』

 

『(*ゝω・)てへぺろ☆』

 

【上目遣いばっちりな自撮り】

『お詫びの私おくるね』

『あ、ブログにも載せてないやつだよ!』

『○○くんだけ特別だからね!!』

 

『( ・`ω・´)』

 

『(´・ω・`)』

 

『(´;ω;`)』

 

『あのね』

 

『日菜ちゃんが教えてくれたんだけど』

『○○くんって特殊性癖さんなの』

『??』

 

『特殊性癖さんって何』

 

『これみて』

【彩視点で太腿から爪先までを見下ろした写真】

『こういうのが好きなの??』

 

『わかんにゃぴ』

『わかんない』

『ってうちたかったの』

 

『あーあー』

『全然見てくれないなー』

『つまんないのー』

『べーだ』

 

『まだ返事くれない…』

【鎖骨の写真】

 

 

 

それでこの流れになったのか…。日菜には怒りたい事と褒めたい事が半々で浮かんでいる。

…が、そんなハシタナイ写真、お兄さんは許せないぞ。保存はするがキチンと返信もしておこう。

 

 

 

『彩』

 

 

 

一文字返信しただけだが秒で既読がついた。開きっぱなしにしてんな…?

 

 

 

『あひ』

 

『ちがうよ』

『あって打ちたかったんだよ』

 

 

『おちつけ』

 

 

『飛行機まだなの?』

 

 

『まあね』

 

『写真見たけど』

『ああいう写真は気軽に送っちゃいけません』

 

 

『えー』

『だって日菜ちゃんがね』

 

 

『仮にもアイドルだろ…』

『ちゃんと返信するようにするから』

『おかしな写真送るんじゃないよ』

 

 

『嬉しくなかった…?』

『(´;ω;`)』

 

 

『嬉しかったけど』

『帰ったら生で見せてもらうからさ』

『ほら、楽しみ減っちゃうからさ』

 

 

『うん』

『○○くんのえっち』

『特殊性癖さんって日菜ちゃんの言うとおりだったんだね』

 

 

『否定はしない』

 

 

 

今の時代SNSってのも中々に恐ろしいからな。どこからどうなって流出があるかわかったもんじゃない。兎に角これでプライベート写真集の作成は防げたわけだが…

残念なことにそろそろ空港に着いてしまうようだ。残り数分で電車を降り、暫くはスマホを見る余裕も無くなってしまうだろう。…まぁ態々伝えなくてもこの連中なら大丈夫だろうけど…千聖にだけは報告しておこうか。

 

 

 

『そろそろ飛行機乗っちゃうから』

『彩たちの事、よろしくな』

 

 

『言われなくても』

『貴方も気をつけて』

 

『寂しくなったらいつでも言って』

 

 

 

**

 

 

 

千聖のお母さんっぷりとか彩の構ってちゃん具合とか、色々盛りだくさんな道中だったが…飛行機を降りる頃にはもう何も残っちゃいなかった。

電波の使えない機内ということもあって、ただ只管に彩の鎖骨と脚…それに自撮りを見比べている内に恙無くホテルまで着いてしまったのだ。

 

 

 

「……あ、そうだ。」

 

 

 

『日菜』

『大天使さんよ』

 

 

『はいはーい!』

 

 

『ぐっじょぶ』

 

 

『ひっひー♪』

『日菜ちゃんに感謝してよねー♪』

 

 

『あぁ』

『お土産何がいい?』

 

 

『あたしはね』

『○○くんが帰ってきてくれるだけで十分だよ!』

 

 

『そういうのいいから』

 

 

『るんってするキーホルダーとかがいい!』

 

 

『はいよ』

『いつものな』

 

 

『○○くん好きー!!』

【ダブルピースの自撮り】

 

 

 

「………。」

 

 

 

これは別に保存しなくていいか。

 

 

 




チャットって楽しい。




<今回の設定更新>

○○:希少価値は大事だよねってお話。
   あれ、この主人公滅茶苦茶幸せな環境で暮らしてない?今更だけど。
   最終的なベストショットは帰宅後撮影した彩の肩甲骨らしい。

彩:主人公に対してのみ構ってちゃん。
  自撮りもブログに載せるものより厳選しているようだ。

千聖:ママ。
   安定感が尋常じゃない。

イヴ:ほっこりする。いっしょに住んでいないからこその可愛らしさ。

日菜:希少価値で言うならほぼないに等しい。
   主人公がスマホを置いてどこかへ行った隙にそのスマホで自撮りを大量生産
   したりするせいだと思う。


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2020/02/23 物語は最後の舞台へ

 

 

「えぐっ……ひっく…………うぅぅぅ……」

 

「ああもうほら鼻水が…」

 

 

 

こいつはいつまで経っても泣き虫だな。桃色の従妹がまたしても顔を水没させている理由は二時間ほど前に見たとある舞台。

やはり役者業も回ってくるようになった今、色々と共感してしまう部分もあったのだろうか。俺のハンカチはもう鼻水で使い物にならなくなってしまったが、彩の顔汁は止まらない。

同行する千聖も呆れ顔で三枚目のハンカチを取り出しているし、いい加減泣き止んでくれないと布が足り無くなりそうだ。

 

 

 

「確かにいいお話だったけど、幾らなんでもよ…」

 

「千聖、あと何枚ある?」

 

「…ポケットティッシュがひとつだけ。」

 

「まずいな、このままじゃ日本沈没も近いぞ…。」

 

「馬鹿なこと言ってないで。……彩ちゃん?とりあえず一度落ち着いて。…そうだ、晩ご飯もそろそろ考えないとね、何か食べたいものとかあるかしら?」

 

「えぐえぐ……あうぅぅう……ぶぇえええ…!」

 

 

 

だめだこりゃ。

 

そもそも二人と舞台を見に来ることになった経緯と言えば先日のアレが原因だ。先日の出張…チャットで盛り上がったあの日だが、結局何だかんだで向こうでの打ち上げが盛り上がりすぎてしまって。

土産を買わなければと思ってはいたんだが、時間の関係も相まってイヴと日菜の分しか買えなかった。いや、時間の関係というのは言い訳に過ぎない。本当は素で忘れていたのだ。

全く以て面目ないと思うが、千聖は兎も角彩はもうぐずりにぐずった。「私のことは大事じゃないの」とか「私なんて所詮従妹としか思ってないんでしょ」とか…まぁあの時も宥めるのは簡単じゃなかったさ。千聖がいなければどうなっていたか…全く頭の下がる母性である。

その結果、土産の代わりにと自分だけのデートをねだった彩と、ついでに忘れてしまった上に迷惑をかけてしまった千聖を連れ知人の舞台を見に来たのだ。かつて勉強と称して稽古を見学させてもらった劇団だ…見る前から俺も楽しみだったさ。

 

 

 

**

 

 

 

「見て見て!パンフレットがあるよっ!」

 

「知ってる知ってる…物販ってのはそういうもんだからな…」

 

「あの子、自分たちのライブでも見慣れてるはずなのに…あっ、もしかして、揮発性メモリ…?」

 

「ワンチャンあり得るから怖いよなぁ。…取り敢えず今日はほら、言うこと聞くってことで来てるから。」

 

「……もう、あまり甘やかしすぎるのもどうかと思うけど?」

 

「ねね、○○くんっ!タオルとクリアファイル、どっちなら買っていーい?」

 

 

 

物販で燥ぎに燥ぐ彩。知り合いの演者が直に販売していることもあって、正直挨拶に回って来たいのだが…折角なので彩の買い物に付き合うついでに済ませてこよう。千聖にアイコンタクトでショルダーバッグを持ってもらい、手を引かれるままに物販コーナーへ。

…あぁ、地方の劇団にしては中々に立派な物販コーナーだ。過去作のDVD…ふぅむ、今日の内容如何では買ってしまうかもしれないぞ。

 

 

 

「はいはい一緒に行こうな。」

 

「うん!……これ、タオルで三種類にクリアファイルが四種類だよ!選べないねぇ!」

 

「そうだなー、ここはまとめて俺が買ったるから、好きなの選びー。」

 

 

 

久しぶりのオフということも相まってか、燥ぎっぷりが異常だ。タオルだって色違いだしクリアファイルなんて過去のフライヤーデザインの丸コピじゃねえか。

そもそもこの劇団を見に来るのだって初めてだろうに、何をそんなに盛り上がっちゃってるのか。これくらいなら全て買っても大した金額にならない。尻のポケットから財布を取り出し価格を計算していると、ちょうどそのブースで売り子をしていた和服姿の女性がこちらに気づいたようで。

 

 

 

「おや○○氏。」

 

「えっあっ、…あぁ(かおる)姐さん!」

 

「ちゃんと見に来てくれたんだねぇ!えらいえらい。」

 

 

 

長身に紫髪という中々インパクトのある彼女は瀬田(せた)薫姐さん。中性的だが和服もよく似合う、まさに美形という言葉がしっくりくる年齢不詳の女性だが、なんの因果か俺を可愛がってくれている。

切っ掛けは最早覚えちゃいないが、矢鱈と俺を演技の道に引っ張り込みたがる節があるんだよなぁ。

えらいえらいと笑いながら俺の髪を掻き乱す薫さんの姿に、周囲の人混みにどよめきが走る。そりゃそうだ、彼女はこの劇団の花形…スタァってやつだ。彼女目当てで全公演を観劇する連中が居るほどのビッグネーム。帰り道で刺されなきゃいいが…。

 

 

 

「っだぁ!もう!子供扱いせんでくださいって言ってるじゃないっすかぁ!」

 

「はっはっはっはっは!私にしてみりゃれっきとした子供さぁね!」

 

「もー……今日って、千秋楽でしたっけ?」

 

「あぁそうだよ。さっき昼間にも一舞台あってね…君が中々来てくれないから寂しかったよ。ふふっ。」

 

 

 

揶揄っているんだか本心なんだか…この人の笑いにはいつも丸め込まれる。

 

 

 

「薫。」

 

「ん……おや千聖。今日は凄いお客様が続々と…プライベートかい?」

 

「え、あ、知り合い?」

 

「ええ、昔からの馴染みでね。まさか○○が見たがっていたのが薫の舞台だったとは思わなかったけど…。」

 

「はっは、それじゃあ今日は一層気合を入れていかなきゃいけないね。何てったって天下の大女優千聖様が見ているんだ…ふふふっ。」

 

 

 

えぇ…なにこの険悪な雰囲気。周りのどよめきは最早ざわめきへと進化を遂げている。何やら因縁がありそうなベクトルの違う大物二人とよくわからない男が一人…関わりがあるとすればふたりの大物がそれぞれ間の男の体を掴んでいることだろうか。え、まって離して、逃がして。

 

 

 

「むむむむむむ………!」

 

「…彩?」

 

「むー!!私だけ仲間はずれ!!むーっ!!」

 

「あー、うん、ごめんな?でもほら、状況的にさ」

 

「お姉さん!」

 

 

 

タオルとクリアファイルを全種類引っ掴んだ彩が間に割って入るようにして薫姐さんの前へ。「んっ!」と突き出したかと思うと、

 

 

 

「これ、ください!」

 

「あ………あぁ、全部で、二千…八百円だよ。」

 

「○○くん、お財布!」

 

「…え!?何の躊躇いもなく俺ぇ!?」

 

「だって、俺が買ってやるって、さっき…」

 

「言ったねぇ!ごめんねぇ!はい丁度!」

 

「ま、まいどぉ…?」

 

 

 

あまりの勢いにその場にいた全員がタジタジだ。睨み合っていた千聖と薫姐さんもそれどころじゃなくなってしまったか、互いに気まずそうに目をそらしている。

いやはや、こういう時の彩の瞬発力は見上げたものだ。本当に仲間はずれが嫌だっただけかもしれないが……お陰で、勢いに任せてその場を離れることができた。

 

 

 

「……むふー。」

 

「そんなに嬉しいかそのクリアファイルが。」

 

「ふふふん。いいでしょう。」

 

「…あぁそうだな。買えてよかったよかった。」

 

 

 

胸を張り鼻息荒くクリアファイルを見せびらかす彩の頭に手を乗せる。直後押し返してくるこの感覚…。

 

 

 

「わふっ!わふぅっ!」

 

 

 

相変わらず犬みたいだなこいつ。

隣で仏頂面の千聖は歯噛みして何やらぶつぶつ言っている。嫌な関係の知り合いだと知っていたら他の舞台かプランを用意したのに…少し申し訳なかったが燥ぐ彩の手前引き返すわけにも行かない。

…まぁ、千聖なら精神的には大人なわけだし、あとで謝ればなんとかなるか…。

 

 

 

「千聖。」

 

「……なに。」

 

「ごめんな。」

 

「なにが。」

 

「そういう因縁のある相手だって知ってたら避けたんだけど…」

 

「余計な気遣いは結構。私は舞台を見て楽しむ事にするわ。」

 

 

 

あぁ怒ってる…。

 

 

 

「あっ○○くんっ!もう開場だって!いこーよー!」

 

「あ、こら、走るんじゃない……ええと、千聖、行く?」

 

「ええ、行くわ。……はいこれ。」

 

「??」

 

 

 

手を差し出してくる。はて。君まで俺から金をせびろうというのかね。

 

 

 

「エスコート。男の子でしょ。」

 

「…あ、あぁ!そういうこと!」

 

「…どういうことだと思ったの。」

 

「あいや、その」

 

 

 

まさか金を取られるかと思ったなどと口が裂けても言えまい。

その差し出された手を取り、彩が駆けていってしまった後をゆっくりと追う。途中で「白鷺千聖だ…」などと聞こえたが、芸能界的にこれはまずくないのか。

 

 

 

「……ふふん、あなたも幸せ者ね。」

 

 

 

本人が満足そうだからいいや。

 

 

 

「いい?私は今ちょっとだけ不機嫌なの。」

 

「うん。」

 

「でも、○○が上手にエスコートできれば、機嫌もよくなると思うわ。」

 

「……エスコートとは」

 

「今してるじゃない?」

 

「…手?」

 

「ええ。」

 

「いつまで?」

 

「ん?」

 

「いやだから、いつまで?」

 

「んー?」

 

「えっと」

 

「んー??」

 

「終わるまで?」

 

「ええ。」

 

「まじ?」

 

「まじ。」

 

「えー…」

 

「嫌なの?」

 

「嫌じゃない、です。」

 

「それじゃあ行きましょう。」

 

 

 

開場から開演までは二十分程ある。こうしている間にもあの目立ちたがりの彩が人集を形成し始めるだろう。

…のんびりしてはいられないな。

 

 

 

「わかったわかった。俺の右手は今日一日千聖のもんだ。…絶対離すなよ。」

 

「…ッ!!」

 

「……ったく、あいつ大人しくしてっかな…」

 

「…私だって、今日はデートなんだもん…。」

 

「…何か言った?」

 

「いいえ。」

 

 

 

案の定というかなんというか。あまり広くない劇場(ハコ)だが、上段右端の方でできている人集りが目に入ってしまった。

…こりゃ舞台どころじゃないぞ。千聖の手を一際強く握り戦場への一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「まぁ確かに話はスゲェ良かったよ…俺も泣いちゃったし。」

 

「泣いちゃったなんてもんじゃないでしょ。…人の袖びしょ濡れにしておいてからに…」

 

「そりゃ右側に丁度拭きやすそうな袖があったから…」

 

「もう、誰が洗濯すると思ってんのよ。」

 

 

 

ストーリーとしては、とある演芸場を舞台に巻き起こる芸人のプライドと生き様、夫婦の愛が交錯する古き良き時代の人間ドラマだった。

序盤のコメディタッチから急展開に急展開を重ねて畳み掛けるように発覚する事実、避けられない運命、ぶつかり合いを経て育まれる絆…終盤の暖かく揺れる義理人情溢れる展開は気付けば会場の涙を誘い――正直その辺から俺と彩はぐしょぐしょだった。

流石にカーテンコールの頃には涙も引っ込んだ俺だったが、余韻の長い彩はこのザマ。ファンと思われる数人にハンカチを手渡される始末で、恐らく今頃SNSを賑わせているだろう。

 

 

 

「だって、だって……えぐっ……やっぱり、夫婦っていいなぁって……」

 

「うんうん、そうだなぁ。」

 

「喧嘩してても、すれ違っても……結局、見えない、何かで、繋がってるんだなって………ぶぇえええ…。」

 

 

 

意味もなく泣いているわけじゃないのか。彩の言わんとしていることもわからなくはないが、いい加減立ち直ってくれないと。

心に響く分には連れてきた身としても嬉しいものなのだが…。

 

 

 

「ね、ねぇ○○?帰りは遅くなっちゃうだろうし、晩御飯は外でいいわよね?日菜ちゃんにも連絡して…」

 

「あぁいいね。千聖と外食は久しぶりだし、よさげな店探してみようか。」

 

「ふふっ、じゃあ適当に見繕ってみるわね。どーこーにーしーよーうーかー」

 

「……ひぐっ…えぐっ………ねえ○○くんっ。」

 

「んー。」

 

 

 

晩ご飯に浮かれる千聖。可愛いところもあるもんだ。千聖の舌に任せるってことは、多少高めの店になる可能性も…

 

 

 

「○○くん………わ、私、○○くんと夫婦になりたい。」

 

「んー。」

 

「な…………………」

 

 

 

急に泣き顔でそんなこというもんだから。

冗談なんじゃないかとかなんつータイミングでだとかツッこむタイミングすら逃してしまって。

 

 

 

「………結婚、するか?」

 

 

 

そんな阿呆な返ししかできなかったんだ。

 

 

 

「……………何、これ。こんなの……ッ」

 

 

 

千聖の握る右手だけが、確かに熱く、静かな現実味を伝えていた。

 

 

 




もうすぐ二部終わります。




<今回の設定更新>

○○:舞台俳優向きらしい。
   ついに所帯持ち…?千聖ちゃんにもデレデレしちゃうのはそろそろやばいかも。

彩:家族愛とか夫婦愛とか、そういうのにも弱い様子。
  正直舞台とかそういうのはどうでもよく、主人公と一緒にいられたらそれで…とか
  いうピュアっぷり。グッズに燥いじゃうあたり超可愛い。

千聖:実は密かに楽しみにしていたこのお出かけ。
   このシリーズでは薫さんと犬猿の仲です。演技の方向性の違いとか。
   主人公のことはもう大好きなんですねえ。デレデレしちゃいますねぇ。

薫様:天下の瀬田姐さん。
   劇団ツルマキのスタア。座長のココロ=ツルマキに見初められて以来、地方都市
   の表現者を引っ張り日夜稽古に励んでいる。


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2020/04/04 未来があるということ(終)

 

 

 

暫くギスギスと落ち着かない雰囲気を放っていた同居人達に、そろそろ和解の風をと思い近所の小さな焼肉屋さんに連れてきた。千聖も煩わしい家事から一時でも解放されたら、彩も美味しい料理をたらふく食べられたら…きっと話も出来ると思った訳だ。

因みに険悪ムードの緩衝材こと日菜は仕事により不在。代わりと言っちゃ何だが、暇そうにしていた麻弥ちゃんを連行してみた。参加メンバーを伝えたらそれはそれは面倒臭そうな反応が帰ってきたが、晩飯を奢ると伝えたら喜んで飛びついてきた。現金である。

焼き網一体式の四角いテーブルを挟む様にして俺・彩側と千聖・麻弥側に分かれる。お分かりだろうか、また自然と麻弥ちゃんがあちら側にいるのである。

 

 

 

「…南無。」

 

「な!何で手を合わせるんすかぁ!」

 

「……また骨格が…さ。」

 

「!!…○○さん!席替えするっす!○○さんこっちで!」

 

「この場合俺が移動しても戦争になっちゃうんだよなぁ。」

 

 

 

ぶーぶーと不満を垂れる麻弥ちゃんはさて置き各々の飲み物と初っ端の注文を取りまとめる。俺が注文したものに対して「私もそれで」と続く人間が二人も居るとあっという間だが、君達そんなにホルモンばかり食べるのかね?

そしてオーダーしたものが運ばれてくるまでの少しの間。

 

 

 

「ねえ○○くん。」

 

「ん。」

 

「このメニューの、ジュースって何かな。」

 

「ジュースはジュースだろ。」

 

「もー!適当に答えないで、ちゃんと見てー!」

 

 

 

突き出されたメニューを見れば、ソフトドリンクのコーナーが酷いものになっているじゃないか。彩が言うように"ジュース"という商品があるし、隣には俺が注文したジンジャーエールや麻弥が注文したカルピスを筆頭としたジュースが並び、彩と千聖が注文したウーロン茶の下には"お茶"が並んでいる。もう意味が解らないよ。

ジュースを頼めば果たして何ジュースが来るのか、気にならないと言えば嘘になる話題である。

 

 

 

「…本当だ。…なあ千聖、これ見てみろよ。」

 

「そうね、おかしいわね。」

 

「…せめて一度は見てから言えよ。」

 

「……うっさいわね。私じゃなくて、未来の奥さんとヨロシクやっていればいいでしょう?」

 

 

 

相変わらず怒り継続中、か。

彩からのプロポーズにテンパった反応を返して以来、事ある毎にこう返されている気がする。反比例する様に彩の機嫌は鰻登りの体なんだが、俺はどうすべきなのだろうか。

冷静に考えてみれば千聖が怒っている理由は少なからず俺に好意を抱いていたからであって、まさか彩の発言にああもあっさり乗ると思わなかったからだろう。だがあの時――劇場に三人で訪れたあの時は本当に混乱の中での出来事であって、よくよく考えた上での決断ではなく。

その弁明すらもする機会を与えてもらえないのが悩みどころだ。その上での今日の外食を提案した訳だが…どうアプローチしたもんか。

 

 

 

「うっわww修羅場っすねぇwww」

 

「全然修羅場じゃないわ。この男がいたいけな従妹を手籠めにしたってだけだもの。」

 

「えぇー??でも、千聖さんめっちゃ不機嫌そうじゃないっすか。納得いってないんすか?」

 

「……………。」

 

 

 

相変わらず地雷原でサンバを踊るような女である。本人は無自覚だろうが、どうにも煽りとしか思えない口調で捲し立てつつ顔を覗き込んでいる様は滑稽でありながら目が離せない。

 

 

 

「…あっ、もしかして千聖さんも○○さんが好k」

 

「○○。」

 

「あん?」

 

「…いい?」

 

「どうぞ。」

 

 

 

許可を取る辺りまだ冷静っちゃ冷静なのか。止める義理も無い俺は「処して、どうぞ」のジェスチャーを見せ、麻弥ちゃんの冥福をお祈り申し上げた。

 

 

 

「はれぇ?千聖さぁん、そんなとこ掴んで……ちょ、ちょっとストップっす!腕はそれ以上曲がらな……ンギョァァァアアア!!!!」

 

 

 

バキバキ・ミチミチと人の体から聞こえてはいけない音と一緒に次第にコンパクトにされていく供物を見ながら彩に耳打ちする。

 

 

 

「…あのさ。」

 

「なあに?」

 

「今日はその…いっぱい食ってくれな。」

 

「…?たべるよ?」

 

「……あと、先に謝っとく。ごめん。」

 

「………どうして謝るの?悪いことするの?」

 

「…お前の事、多分傷つける。」

 

 

 

何せあの時はっきりした返事をしなかったことをひと月以上も開けてしまった今になって告白するのだ。最悪目の前の眼鏡っすちゃんと同じ運命をたどっても何ら不思議では無いと思う。

俺の言った言葉に何かを感じ取ったのか、ビクリと身を震わせておそるおそる視線を合わせる従妹。多分とは言ったものの、こうも早く傷つけてしまうとは。

 

 

 

「……けっこんの話?」

 

「勘がいいな。」

 

「うん。…だって、あれ以来恋人とか結婚とかって言葉出す度に、○○くん避けてたでしょ。露骨に話題逸らそうとするし。」

 

「…ごめん。時間経つにつれてさ、余計どうしていいかわかんなくなっちゃって。」

 

 

 

そこからは無言で暫し見つめ合う。気付けば麻弥ちゃんを畳み終わった千聖も何か言いたげにこちらをじっと見ていて。

 

 

 

「…千聖も聞いてくれ。」

 

「何。」

 

「…俺、彩とは結婚しない。」

 

「「…っ!」」

 

 

 

桃色と金色。二つの髪が震えたのは、それぞれ異なる理由からだろうが。ずっと机の下で握られていた手を突き放されたのは少し堪えた。

既に喉を震わせ始めている従妹の腰を抱き寄せ、視線は千聖へ向けてから話し始める。

 

 

 

「悪い。あの時変な態度取っちまったせいで今こんなことになってんだよな。」

 

「…。」

 

「俺は…彩のことが好きだ。」

 

「……そう。」

 

「でも。…結婚ってのは違うと思った。」

 

 

 

俺達だってあの頃の従兄妹のままじゃない。その曖昧な関係を楽しむ様に、手の届きそうで届かない未知を空想するにも限度があるのだ。

…彩の事は大好きだ、愛してる。でも、今の俺に相応の責任が負えるとも思えないし彼女の人生には可能性が多いに残っている。結婚とはそれら全てを切り捨て…可能性を無くす道でしかないと思った。

若い身空で、こんなにも世間に愛されている彼女を、俺は終わらせることなんてできなかったんだ。

 

 

 

「千聖…ってさ、俺の事好き?…その、そういう、意味で。」

 

 

 

世を賑わす大女優にとんでもない事を訊いているな俺は。身の程が違い過ぎるからこそ思い切って行けるということでもあるんだが。

処理しきれない感情が涙となって零れ落ちている彩の顔を胸元に抱き寄せつつ、千聖の言葉を待った。

 

 

 

「……………そういうところよね。」

 

「え。」

 

「これだけ私にアプローチさせておきながら、ぬけぬけとそんな質問ができるあなたが心底憎らしい。」

 

「…な。」

 

「何なの?白鷺千聖よ?自分で言うのもアレだけど、大抵の男はそのブランドだけで屈していたし、何なら好意なんて飽きる程ぶつけられたわ?なのに、何なのあなたは…。」

 

「…。」

 

「…どうして、今更そんな事言えるのよ。ええそうよ、好きよ!気になって気になって仕方が無いの!傍に居る時だって、彩ちゃんと一緒に寝室に入って行くのを見ている時だって…」

 

「千聖…?」

 

「二人きりでも、みんなと一緒に居ても、どんな時でもあなたしか見えないの!見えなくなっちゃったの!…その責任を取らせようと思ったら今度は何?従妹である彩ちゃんと結婚!?…私の気持ち、どうしてくれるのよ…!?」

 

 

 

ここまで血相を変えて食って掛かる姿も珍しい。テーブルの上で身を乗り出すようにして感情をぶつけてくる大女優の姿は、思わず目を背けたくなる程必死で、耳を塞ぎたくなる程に痛々しく、それでいて涙が出る程に美しかった。

普段大人ぶってクールに決めているだけに、ここまでストレートな感情を爆発させられるとどうにも戸惑ってしまう。勿論千聖に対してだって好意は抱いている。決して浮気性な訳では無いが、たこ焼きの最中に現れてからずっと、俺にとっての白鷺千聖は目の前のこれなんだから。

ビジネスやサクセスを意識していない素の彼女…異性としての好意を持たれているだなんて想像もしていなかったし、驚きと同等かそれ以上の喜びに余計頭は混乱させられる。

 

 

 

「…後だしのようで、言いたくなかったんだけど。…私もあなたが好き。生涯を捧げてもいいと思ったもの。」

 

 

 

…どうしよう。胸元がびしょびしょと色を変えていくのを感じながら、頭の中ではこの話題の着地点についてでいっぱいいっぱいだった。

えうあうと狼狽を隠し切れない音を口から発している間に、涙を止めた彩が顔を上げる。

 

 

 

「……千聖ちゃん。」

 

「………ごめんなさい、彩ちゃ」

 

「謝らないで。」

 

 

 

力の篭もった声。真っ直ぐに正面の千聖を見据える瞳は、何か確固たる思いを秘めているように静かに澄んでいる。

 

 

 

「…私、千聖ちゃんの気持ち知ってたよ。…○○くんのこと、好きなんだろうなって。」

 

「…。」

 

「……それに、○○くんの言ってたこともちゃんとわかるから。○○くんは、私のこと考えて言ってくれたんだよね?結婚は"まだ"しないって。」

 

「まあ。」

 

「だからね千聖ちゃん。……一緒にがんばろ?」

 

「へっ?」

 

 

 

静かに俯いて彩の言葉を聞いていた千聖だったが、最後の発言に思わず間抜けな声を上げていた。予想外の切り口に俺もつんのめりそうになったほどだ。一緒に何を頑張るというのだ…?

不安になりつつも横から眺める従妹の顔は真剣なもので、本気で千聖と何かを頑張ろうとしているらしい。

 

 

 

「…私、○○くんが好き。でも千聖ちゃんも大好きなの。」

 

「……ありがとう。」

 

「でもその、今はお仕事も、学校も…頑張らなきゃいけない事、いっぱいあるよね。いっつも千聖ちゃんにも怒られちゃうし。」

 

 

 

確かに、と頷いてみれば千聖も同様に頷いている。

 

 

 

「だからね。…私、○○くんのお嫁さんになるのはもうちょっと大人に成ってからにするよ。…だから、それまでは千聖ちゃんも一緒にがんばろ?」

 

「待て待て彩、少し先延ばしにして他の事に集中するのは分かったぞ。…でも、何を一緒に頑張るってんだよ。」

 

「そうよ。私はもう何も言わないし、邪魔になるようなこともしないから…」

 

「違うよ千聖ちゃん。どんなお仕事でも誠心誠意真心込めて、一生懸命にやり切るべきだって私は思うんだ。でもそれってお仕事以外でも一緒で、自分がやるって決めたこと全部に当てはまると思うの。」

 

 

 

珍しくまともに論じる従妹の姿に成長を感じる。場所が場所なら泣き出していたかもしれん。

 

 

 

「…千聖ちゃんも諦めないで。千聖ちゃんが○○くんを大好きなように、私も負けないくらい大好きだからね。…二人で一緒に頑張って、一緒にお嫁さんにしてもらう!…って、駄目かなぁ?」

 

 

 

威勢キープできず。結局最後は俺達二人分の視線に耐え切れず、小さく丸まってしまった。小丸山である。

だがその自信満々に語ってくれたとんでもない展望に、もう二人して笑うしかなかった。

 

 

 

「…ぷっ!…あはははっ、彩ちゃんったら…!」

 

「………いやいや、こりゃ一本取られたな。」

 

「え?…えっ??」

 

「あのなぁ彩。そんな幸せ過ぎる状況、世の中の男たちが黙っちゃいないだろうよ。俺殺されちゃうぜ。」

 

「そもそも、この男にそんな甲斐性あるわけないでしょ?従妹一人まともに娶れないんだから。」

 

「おいこら言い過ぎだぞちーちゃん。」

 

「じゃあ何?私の事も貰ってくれるのかしら?」

 

「うぐっ…だからその……今はほら、大事な時期だし…学生だし…」

 

「ね?こんなゴニョゴニョ言ってるようじゃまだまだなのよ。」

 

「も、もー!あんまりいじめちゃ可哀想だよ千聖ちゃんー!」

 

 

 

良い様に玩具にされている様な気もしなくはないが、二人の間の溝は程よく修復を見せたようだ。

と同時に、時が来たならば二大アイドルを嫁にしなければいけないという恐怖の時限爆弾を背負わされたわけだが。事の重大さに頭を抱えていた頃に、漸く注文したブツが届き始めたようで。

 

 

 

「あ、千聖ちゃん?これそっちに置く?」

 

「そうね。私と○○の方に纏めちゃって?彩ちゃんの方はそっち…あぁおしぼりありがと。」

 

「わわっ、結構な量だねぇ!…ほわぁ、これ全部ホルモンなの??いろんな形だよ??」

 

「詳しくはそこの朴念仁に訊きなさい。…あ、はい、ドリンクはお茶がこっちで…」

 

 

 

テキパキとテーブル上を仕分けていく二人。結局のところ、Pastel*Palettesも我が家もこの二本柱で成り立っているのかもしれない。

その二人を、これからも一番近くで、何れはもっと近くで見守っていくのが俺の使命かも知れない。何れ訪れるその時の為に、嫌われないように努力しつつも俺は…

 

 

 

「もう、何堅くなってるの。行き渡ったんだから食べましょう?」

 

「あ、ぅ。」

 

「○○くん!私かんぱいしたい!○○くんもしたいよね?ね?」

 

「え、ぇあ…」

 

「もう!いい加減シャキッとしなさい!…言っとくけど、私も彩ちゃんもそう簡単にはあなたを見放さないからね?」

 

「ふっふっふー、覚悟してね?○○くん?」

 

 

 

どうやらこの悪戯そうに笑う少女と従兄妹という間柄に生まれてしまった時点で俺のこのハチャメチャな未来は約束されてしまっていたようだ。

半ば強制的に握らされたと思いきや高く掲げ、ヤケクソ気味にぶつけたグラスは俺達の新たな関係性と始まりを報せる鐘の音のようにも感じられて。

 

 

 

「「「乾杯!!」」」

 

 

 

…そういえば麻弥ちゃん(の骨)が復活したのは宴も半ばになってからの事だった。

 

 

 

終わり




彩編第二部完結になります。…あ、そうです、いつか第三部もやると思います。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:すっかりおもちゃに。
   頑張れ。お前なら誑せる。

彩:発想も一皮むけた模様。もうただの泣き虫じゃないぞ!わふぅ!

千聖:気持ちを吐露したらすっきりした模様。
   これからは良き妻良き母ポジション目指して邁進するとかしないとか。

麻弥:破損耐性が4上がった!
   骨折耐性が3上がった!
   対白鷺スキルが成長した!
   主人公のことはますます嫌いになった!
   ンギョァァアア…!!


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【市ヶ谷有咲Ⅱ】流星堂からの居候【完結】
2019/10/20 もっと深く知るために


本シリーズは【市ヶ谷有咲編 質屋のあの娘は通い妻!?】の第二部となります。
第一部をお読みいただいた後の方がより楽しめるとかなんとか…。


 

 

「なぁ、何やってんの。」

 

「……ちょ、見んなよ。」

 

「…それ、私の真似?」

 

「見えたのか……そうだよ、有咲の真似。」

 

 

 

こいつと、市ヶ谷有咲と"居候"という形での同居が始まって暫く経った休日。自宅のデスクでスマホをぽちぽちやっている俺を後ろから覗き込んだらしい有咲に話しかける。…お前、さっきまで寝てたろ…。

指摘されたとおり俺の手元、画面の中では()()()()()()()()()()()()俺の呟きがあった。

――ソーシャルネットワーキングサービス"Tyomatter"(ちょまったー)…無料のアカウントを作成することで誰でも簡単に世界中の"今"を知ることが出来る、最近流行りの文化だ。元々余り活発に利用していたわけではないが、最近数人の友人ができたことで活用する場面が増えたのだ。

 

 

 

「……げぇ、気持ちわる。」

 

「えぇ?…結構似てると思ったんだけど…。」

 

「どこがだよ……ほら、これだって、絶対私言わないやつ!」

 

 

 

ビシィッと指差す部分を目で追う。

 

 

 

「……『そういう問題じゃねー!!』って?」

 

「…私から聞いたことあるか?」

 

「うん。」

 

「ないだろ……」

 

「や、自分で気づいてないだけで結構言ってるって。」

 

「はぁ…?………あのさ、これいつまでやんの。」

 

「ええと……今日いっぱい、かな。」

 

「ふーん…。」

 

 

 

Tyomatter内にあるサービス、"診断Maker"を利用して話題をランダムで生成することができるのだが、今回俺が生成した「お題」が、「()()()()()()()()()獲得で、一日嫁に成りきって呟く」だったのだ。"いいんじゃねーの"とは、要は他人の呟きに対するお気に入り登録機能のようなもので、1クリックで簡単に贈ることが出来るものだ。可愛らしいスマイリーなハートが目印のボタンである。

所詮数人の友人しかいない俺、と高を括っていたのが昨日の夜二十時頃。……その気軽さを若干後悔したのはそれから数分後のことだった。

()()()()()()()()機関砲を浴びた俺は、止むなく有咲に成りきり呟くこととなったのだ。

その経緯を説明したところ、なんとも苦い顔の嫁(未来の)は深い溜息を一つ。その後呆れるように口を開いたのだった。

 

 

 

「じゃあ、今日一日、○○の呟きは私が管理する。」

 

「……マジ?」

 

「マジだ。…勝手に勝手なこと呟くなよ?」

 

「…アイアイサァ」

 

 

 

斯くして貴重な休みを丸々Tyomatterに捧げることが決定したのである。

…有咲よ。どうしてそんなにやる気に満ち溢れているんだ。

 

 

 

**

 

 

 

「有咲ぁ、返信来たんだけどー。」

 

「…見せて。………ふむふむ。ここは、『はぁ?』だな。」

 

「棘ありすぎじゃね?それもう言葉に棘っていうか、棘そのものしかないぞ。」

 

「いーの!私ならそう言うもん。」

 

「へぇへぇ。…………送信した。」

 

「うむ。」

 

 

 

*

 

 

 

「おっ、何やら他にも同じ状況の人がいるっぽいぞ。」

 

「んぁ?成りきり?」

 

「おう、見てみ有咲。」

 

「………あっはははははは!!すっごいね、流行ってんの??」

 

「流行ってんのかなぁ…。こういうのバブるって言うんだろ?」

 

「…バズる、じゃなかったっけ。」

 

「……俺には流行りものは無理だな。」

 

「ふふ、いいじゃん別に。私はそういうとこも好きなんだけど?」

 

「変わってんなぁ…。」

 

 

 

*

 

 

 

「有咲ぁ!有咲ぁぁ!!返信が来たぞぉ!!」

 

「ちょ!トイレくらい待ってよ!!…あっ。」

 

「……どうした、零したか。」

 

「ぅぅう…うっさいバカ!死ね!変態!!」

 

「…『うっさいバカ、死ね、変態』と…」

 

「違ーう!返信じゃない!!」

 

「……有咲はトイレで変身するタイプなのか。」

 

「あぁぁあああああ!!!!!」

 

 

 

*

 

 

 

「……ねぇ、○○って普段私のこと呟いたりしてるの?」

 

「ん、まあね。」

 

「…例えば?」

 

「『今日も嫁が可愛い』とか『食事中幸せそうで好き』とか『寝顔も涎も天使』とかかな。」

 

「…………すっごい恥ずかしいこと発信してんだね。」

 

「そう?本当なんだもの。」

 

「……あっそ。…その中にさ、『私が女性を好き』みたいなこと呟いてたりしない?」

 

「……なんで。」

 

「…ん。」

 

「………あぁ、"嫁カプ"ね。」

 

「よめかぷ…?」

 

「流行ってんだよ、今。……みんなの嫁同士でカップリングを妄想するっていう…。」

 

「私、この"蘭ちゃん"って人とカップルになってるよ?」

 

「それもまた成りきりの醍醐味ってやつよ。…そっちの気、ないのか?」

 

「……考えたことないからわかんない、けど。…この蘭って人、優しそう…。」

 

「!!…帰ってこいよぉ!!」

 

「ば、ばか、急におっきい声出さないでよっ!!…びっくりするだろーが…」

 

「だってぇ…」

 

「だってぇじゃねえ!!本気にするなよ…」

 

 

 

**

 

 

 

すっかり日も落ち、時計の針も夜から深夜の時間帯へと示す時間を変えようとしていた。

隣に座り早くも船を漕ぎ出している有咲に、この遊戯の終わりが近づいていることを報せる。

 

 

 

「…さて、と。そろそろ終わりだぞ。有咲。」

 

「ん………あぇ?…あ、一日、早かったね。」

 

「疲れたか。…ま、何かに熱中してるとこうなるわなぁ。楽しかったかい?」

 

「べ、別に?私は、○○に付き合ってあげてただけだし?」

 

「ふーん…。…いっそ有咲もアカウント作っちゃえば?」

 

「えっ……や、私はいいよ。」

 

「そか。」

 

「だってさ、私が不特定多数の人と絡んでたら、○○が寂しがるだろ?」

 

「………確かに。」

 

「だからしない。私は○○が居てくれたらそれでいいから。」

 

「……お前もなかなか恥ずかしいこと言う奴だなぁ…。」

 

「へ?……………ぁ、わひゃあぁぁぁぁ///」

 

 

 

両手で顔を覆い、()()()()をするように俺の懐へ倒れ込んでくる有咲。無意識でそういうこと口走っちゃうんだから大したもんだよほんと。

とりあえず、成りきりの一日を無事終えて言えることは、これはこれで中々に楽しかったってこと。お陰で有咲の口調とか言葉のチョイスも少しわかった気がするし、何より一日中二人で一つの事をして過ごすのが幸せだったんだ。

相変わらず顔面を俺の服に擦りつける様に照れまくっている恥ずかしがり屋さんを撫でつつ、偶然引き当てた「お題」に感謝を想う夜。

 

 

 

 




楽しかったです。




<今回の設定更新>

○○:相変わらず有咲にべったり。毎日「可愛い」と呟くあまり、Tyomatterの住人からは
   「ヤバイ愛妻家さん」と呼称されていたりする。
   同棲が始まり何かが変わるかと不安だったが特に何も変わらず楽しい毎日を満喫している。

有咲:未来のお嫁さん。
   週一程で流星堂には顔を出しているようだが、基本的には主人公宅で過ごしている。
   色々話し合った結果、偶に学校にも行っているらしい。だが相変わらずぼっちだ。
   口調が若干柔らかくなった模様。若干。


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2019/10/27 またひとつ

 

 

「ただいま有咲。」

 

「……………。」

 

「…ごめんて。」

 

「……………。」

 

「……でもほら、まだ今日だし。」

 

「……そういう問題じゃないでしょ。遅いし。」

 

 

 

今日は有咲の誕生日……だったのだが、俺の方に急な酒接待が入ってしまったせいで家に辿り着いたのは二十三時を回った頃だった。

当然なら有咲はすっかりお冠。事前に連絡を入れたとは言え、周りに様々な立場の人が居たせいでメッセージも電話も対応できなかったし、何十件ものチャットを無視する形になってしまったのも重ねられた罪だし。

一応プレゼントは用意してあるが、これは渡せそうにないかな…。

 

 

 

「…飲んできたんだ。」

 

「まぁ、そういう場ですから。」

 

「私の誕生日って、忘れてたわけじゃないよな?」

 

「勿論だろ……飲みたくて飲んでるわけじゃあないんだし。」

 

 

 

この日本で社会に出て頑張っている方々なら或いは理解して頂けるかもしれないが、時にはそれを"付き合い"と言うのだ。俺は個人的に、無理して続けなきゃいけないような関係なら要らない派なんだが、仕事と言うパブリックな場ではそうも言っていられないらしいのだ。

人間関係を悪化させる原因だったり、仕事・職場が嫌いになる原因だったり…と、仕事以外の部分でのメリットが欠片も見当たらないので、働き方改革だの少子化だの結婚離れだのと言う前に早く失くすべき文化だと思う。

くそったれめ。

 

 

 

「……私と…っ。…いや、なんでもない。」

 

「何?言ってくれよ。」

 

「…重い女って思われるの嫌だから、言わない。」

 

「……あぁ。…勿論仕事なんかよりお前の方が大事だよ、有咲。」

 

「伝わんのかよ…。」

 

「半分勘だ。…でも、別にそれを言ったところで重いとは思わんからな。」

 

「…ふーん。…ま、早く上がって着替えなよ。」

 

 

 

そういやずっと玄関で話してたんだった。

前に有咲がうっかり零していたんだが、有咲は俺が帰ってくる少し前から玄関で座って待機しているらしい。…なんでも、"おかえり"は必ず玄関で伝えたいんだとか。

それもあって、普段も飲み会の日も帰る時間はしつこいくらいに訊かれる。日によって帰る時間が疎らな俺も悪いんだけどね。

促されるまま部屋へ行き、そそくさと部屋着に着替える。途中ちらりと見えたが、夕食は普通のものっぽい。以前俺の誕生日の時は中々に豪勢な料理を振舞ってくれたのだが、自分の誕生日となるとやはり張り切り辛いものなのだろうか。

 

 

 

「うっわー…背広も鞄も酒くさ…。」

 

「あぁ、置いといていいよ。消臭のシュッシュするからさ。」

 

「いいって、いつも私がやってるだろ?」

 

「……臭いの嫌だろ?」

 

「うーん……。あっ、それはそうとちゃんと靴下履けよ?」

 

「はいはい、寒いもんな。」

 

 

 

いつものようなやり取り。…心なしか怒りも収まっているような気がする。先程の答えが間違いではないという事なんだろうが、この機を逃す手はない。

あまり時間も残されていないので、少々話の流れは無茶だが計画の実行に移ることにする。

 

 

 

「あぁそうだ有咲ー。」

 

「んー?」

 

「背広のさ、左胸のとこの内ポッケ、何か入ってない?」

 

「左ぃ?……あっ。」

 

 

 

用意しておいたプレゼントの小箱…のうちの一つだが、落とすと困るのでずっとそこに入れておいたのだ。

ポケットを漁らせつつスラックスにザっとアイロンを掛け、空いているハンガーを探してクローゼットに頭を突っ込んでいると、先程に比べ少し上機嫌な声が聞こえる。

 

 

 

「〇〇!!……何か入ってる!!」

 

「…何かに何かで返すなよ…。」

 

 

 

つい零しながらクローゼットを脱する。右手には勿論太いタイプのハンガーを掴んでいる。

 

 

 

「これ!箱!!」

 

「うん、箱だねえ。」

 

 

 

気付けばすぐ隣にまで来ていた有咲は、目を輝かせてリボンを巻いた直方体を見せつけてくる。…因みに、彼女越しに見える俺のジャケットは無残に床に投げ捨てられていた。

 

 

 

「…喜んでんならいいか。」

 

「私、そんな喜んでるように見えるっ?」

 

「見える。」

 

「…うそ。」

 

「ほんと。めっちゃ声でかいし。」

 

「フツーだしっ!♪」

 

「音符が見えるもん…。」

 

「みえない!!」

 

「あとすげえいい顔で笑ってんよ。」

 

「いい顔???………かわいい、って…こと?」

 

「かわいい。」

 

「うぅ…………。」

 

「認めよ、そなたは喜んでいる。」

 

「……うん。」

 

 

 

不毛な争いの末、髪を下ろしたその頭を撫で繰り回してやる。一旦落ち着きを取り戻したようで、そこから暫く目を細めて大人しくしていた。

 

 

 

「うし、もういいな。」

 

「ん。…あけていい?」

 

「どうぞー。」

 

 

 

ゆっくりと、丁寧な手つきでリボンを解きクルクルと巻く。その後ぐるりと箱を観察し、一か所目のテープから慎重に包装紙を剥がしていく。

何度かプレゼントをして分かったことだが、この子は包装紙やシール・挙句の果てに値札までの全てを贈り物と捉えているらしく、毎回この作業を怠らない。そうして綺麗に畳み纏められた外装は日付毎にクリアファイルに収められ、先日空いた金属製の大きな缶に溜めていく。…因みにその缶は、流星堂の主人・有咲のおばあさんから戴いた煎餅詰め合わせの物だ。煎餅を齧る有咲も最高に可愛かったのでいずれお話ししよう。

 

 

 

「ふふっ、これで八つ目だぁ…。」

 

「あぁ、プレゼントリストか。」

 

「うん、厚みがね。…ほら、だいぶ出てきたんだ。」

 

「ほほう。来年中にはこの缶も一杯になるんかな?」

 

「そんなにプレゼントしてくれんの??」

 

「有咲がずーっと良い子にしてたらな。」

 

「……子ども扱いすんな。」

 

 

 

缶を元あった場所に収納し、いよいよ箱を開けるらしい。

……あ、箱は意外とすんなり開けるのね。

 

 

 

「えっ………ぉぉぉおおお。」

 

「どうだ?」

 

「こ、これ高かったんじゃないの??」

 

「別に?…一ヶ月の課金分くらいかな。」

 

「高ぇーだろ!!…つかそろそろ天井回すのやめろよ…。」

 

「…考えとこう。…裏を見てごらん?」

 

「裏……?………あっ!」

 

 

 

箱から取り上げたのは文字盤が丸いタイプの腕時計。レディースということで、ベルト部分は細めの革を用いた物になっている。

一応オーダーが可能だったので裏面にも細工をしていて…

 

 

 

「これ……私の名前…じゃん。」

 

「ん。英語読めるのか~、偉いなー有咲。」

 

「現・役・高・校・生ッ!!」

 

「知ってる。……いい感じそうか?」

 

「うん……すっごく嬉しい…!これならずっと身に着けていられるし、時間見るたびに〇〇のこと思い出せるなっ!」

 

 

 

思わず心臓を撃ち抜かれる錯覚を覚えるような最高の笑顔を向けてくる有咲。…当然ながらデザインは俺の一存で決めた訳だけど、淡くピンクがかった文字盤にゴールドの数字と双針、深く黒に近い茶色のベルト…そのどれもが、実際本人と並べてみて改めてピッタリだと思った。

それはそうと、ハイテンション時の有咲は不意打ち気味で可愛いことを口走るんだな。

 

 

 

「…そういう部分の照れはないのか?」

 

「なにが?」

 

「時間見るたびに~って。」

 

「だって、それはホントじゃん?…嫌だった?」

 

「全然。…じゃあナイスなチョイスだったわけだ?」

 

「ん!!………〇〇、大好き。」

 

「…おぉぅ…。」

 

 

 

何だかもう酔いもぶっ飛ぶくらいストレートな好意。恐らく世界広しと言えども、こんなことを俺に真正面から言ってくれる子はこの子を置いて他にはいないだろう。

その素敵な女の子の手を取り、食卓の方へ引っ張っていく。

 

 

 

「ちょちょ、そんなにお腹空いたの?」

 

「んーん。けど、日付が変わっちゃう前にもう一つのプレゼントも渡したかったのさ。」

 

「……もう一つ?」

 

「うん。」

 

 

 

時計を見ると日付が変わるまであと二分ほどと言ったところだろうか。有咲をいつもの場所に座らせ、自室の机から一つの箱を取ってくる。

これは昨夜のうちに受け取っておいたものだ。

 

 

 

「ただいま。」

 

「え"っ、これ…ケーキ?」

 

「ん。ケーキを買うってのは伝えてあったけど……このサイズは中々にサプライズだろ?」

 

「すげー……テーブルの半分くらいあるじゃん。」

 

 

 

大きく広がった板のような形状のケーキ。一番下はタルト生地で、ミルフィーユの様にフルーツとアイスクリームが交互に積み重ねられている。

ケーキを食べたがっていたのは有咲だが種類や形状については特に詰めていなかったので、勝手に"すげぇ"やつを発注したのだ。

ケーキの上には歳の数だけ蝋燭が等間隔で刺さっており、中央の真っ白なスペースには俺からのメッセージが。

 

 

 

「高校生の有咲ちゃんなら読めるかなぁ?」

 

「馬鹿にすんなっての!………………ぁ」

 

 

 

少しの間を置いて小さく声を漏らす有咲。

赤面する姿は最高に愛しいが、それよりも俺は腹が減ったかもしれない。

 

 

 

「め、メッセージは〇〇が考えたの…?」

 

「あぁ、オーダー制だからな。」

 

「……本当に、こう思ってんの?」

 

「ダメだったか?」

 

「…えへへ、すっげー恥ずかしいんだけど。……けど、すっげー幸せな気分。」

 

「……ん。誕生日おめでとう、有咲。」

 

 

 

気付けばとっくに日付は変わってしまっていたが、俺の想いは贈れただろうか。

また一つ大人になった彼女の隣――ひいては俺の場所で、これからも生きて行こう。

 

 

"Happy birthday,Arisa."

"Next to you is one of my favorite places to be."

 

 

 




一日遅れましたが昨日の誕生日のお話です。




<今回の設定更新>

〇〇:急な飲み会にも対応しなければならない社会人。
   愛想笑いに取り繕った態度、そこを気に入られるという地獄。
   家に救いがあってよかった。

有咲:大人になりました。
   腕時計が似合いそうだなと思ってつい。
   かわいい。
   因みにスーツのジャケットを背広と呼ぶのはおばあちゃんの影響。


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2019/11/08 二人なら

 

 

 

「なー。」

 

「……なんだよー。」

 

「今日休みなんだろー。」

 

「そうだよー。」

 

「何かしないのー?」

 

「……うーん…。」

 

 

 

突然休日になった金曜日…の昼前。休みと言うことで惰眠を謳歌していた俺だったが、突如として部屋に部屋に再来・のしかかってきた有咲の声に覚醒させられてしまった。

有咲が布団から抜け出していったのも俺の感覚的には一時間ほど前だったように思えるのだが、時計を見るにもう四時間ほど経ってしまっているらしい。疲れていたからね。仕方ないね。

 

 

 

「…何かって、例えば何??」

 

「えっ?…んー、普段できない事をする…とか?」

 

「……二度寝するわ。」

 

「あ、ちょ、こらぁ!」

 

 

 

ピッタリじゃないか。普段の疲れもあるし、ここらで寝溜めと行こうじゃないか。

 

 

 

「も、やだよぉ!寝ないで!!」

 

「…なんだね…有咲も一緒に寝たらいーじゃん。俺、有咲と寝たいな。」

 

「ぅ…そ、それもいいけど、まだ明るいし…。」

 

「……普通に睡眠って意味ね?」

 

 

 

顔を真っ赤にするんじゃないよ。休日の真昼間からそんな…俺だってもう若くないんだから。

 

 

 

「ばっ…ばかぁ!」

 

「どっちがさ……どにかく俺は…もう少し……ぅむ」

 

「もー!構えよばかぁ!!」

 

「うー……ん。」

 

 

 

只管に身体を揺さぶられる。真っ赤な顔で「構ってほしい」と駄々をこねる有咲の姿は、まるで子供の様で穏やかな気持ちになる。

暫く眺めていてもいいが、放っておくと後々のご機嫌取りが面倒臭そうだ。渋々体を起こし、有咲を抱き寄せる。

 

 

 

「わかったよ、有咲。」

 

「……うん。」

 

 

 

腕の中で大人しくなったことを確認し、顔を寄せる。触れるだけの物ではあるが、寝起きの挨拶としては程よい口付けを交わし身支度を整える。

 

 

 

「…で?有咲は行きたいところとかあんの?」

 

「………。」

 

「有咲?」

 

「…ぅわっ!?な、なんだよ脅かすな…!」

 

「何ぽーっとなってんだ。行きたいところとか無いのかって。」

 

 

 

キスの余韻か、紅い顔のまま虚空を見つめていた有咲をチョップで呼び戻す。頭を押さえる姿もマスコットの様で愛らしい。

俺の問いに少々考え込むような素振りを見せた後、「〇〇が一緒ならどこでもいい。」と小さく答えた。

 

 

 

「お前、出かけたがってる奴が目的地も無いとか…。」

 

「だって、一緒に居たいだけなんだもん…。」

 

「じゃあ寝てたっていいだろうよ。」

 

「……デート、したいなぁって。」

 

「…………デートか…。」

 

 

 

そういえば、有咲と目的を何処かへ出かけることなど買い出し以外では無かった気がする。俺も働いている身だし、有咲も有咲でアウトドアを好まない傾向にあるからだが。

デートらしいデート…きっと互いに経験も無く正解なんて捻りだすことは出来ないのだろう。考えるだけ時間の無駄だと判断した俺は、素早く身支度を済ませることに尽力する。

 

 

 

「……嫌?」

 

「嫌じゃないよ。…そういえば、お前とはそういうデートらしいことしたことないもんな。」

 

「…うん。」

 

 

 

**

 

 

 

と言う訳で近くのショッピングモールに来たわけだが…。

 

 

 

「…何故並んで歩かないんだ。」

 

「だ、だって…」

 

 

 

手を繋いで歩いていたところまではよかったのに、モール内に足を踏み入れた途端に俺の背に隠れるようにしがみついてしまった。

 

 

 

「そのままじゃ何も見えないだろ?」

 

「で、でも……背中あったかいよ?」

 

「何しに来たんだ…。」

 

 

 

無理やり引き剥がし腕を絡めるようにして隣に固定する。ややジタバタ暴れたが、周囲の目もあって大人しくなる。すっかり俯いてしまったようだが歩みは止まっていない。

 

 

 

「ほらほら、色々見て回ろうぜ。折角のデートなんだし。」

 

「うん……でも、人めっちゃ居るだろ…」

 

「他人のことなんか誰も気にしてないっての。」

 

「でも…視線とか、向けられてる気もするし…」

 

 

 

芸能人じゃあるまいし、一般人同士で視線が集まることなんて…

 

 

 

「あの子髪キレー…」

 

「…おっ、今の子めっちゃ可愛くなかった?」

 

「あの二人、兄妹?カップルかな…?」

 

 

 

どうやらこの同居人、俺のフィルター無しでも滅茶苦茶可愛く見えるらしい。すれ違う人やら寛いでいる人やら、結構な視線を集めていた。

 

 

 

「……うん、気にすることないさ。」

 

「えぇ!?…そ、そこは逃げるとか隠れる場面だろぉ!?」

 

「堂々としてりゃあいいんだよ、俺達だってこの施設の利用者なんだから。」

 

「恥ずかしいんだもんよぉ…。」

 

 

 

それからも半ば強引にアパレルショップやら雑貨屋やら、連れ回している間に段々と緊張が解れて行ったようで。

日が落ち、俺の両手が紙袋で埋まる頃には実に楽しそうな有咲が居た。

 

 

 

「〇〇、次あそこいこ!!」

 

「…お前元気だなー。」

 

「あん?折角遊びに来たんだし、色々見ないと損だろーが!」

 

「どの口が言うんだ、どの口が…。」

 

 

 

燥ぐ有咲を追う様に歩き、到着したのはフードコート。これまた有咲の要望で、二人それぞれタピオカジュースを購入。

時間帯もあってか、すっかり空いている四人掛けの席に腰を下ろす。……割と足にキてるな。

 

 

 

「…………んーっ!おいひいなこれ!!」

 

「ん。もちもちだなぁ。」

 

「〇〇って何にしたんだっけ?」

 

「ええと…何だったか、抹茶のやつ。」

 

「一口ちょうだーい。」

 

「お好きにどうぞ。…有咲のは…」

 

「いひほほーうふふぉ。」

 

 

 

受け取ってから吸い始めるまでが早いんだよ、お前は。

ストローから口を離さないせいで何言ってるか全く…

 

 

 

「…いちごヨーグルト?」

 

 

 

聞き取れたわ。

 

 

 

「……………んむ。まぁ、想像に難くない味だなぁ。」

 

「……抹茶にしたらよかった…。」

 

 

 

話を聞くといちごヨーグルトか抹茶ラテで迷っていたようで。一口と言って持っていたそれをズルズルと暫く吸引している有咲。

やがて、俺の目線に気付いたのか慌てて口を離した。

 

 

 

「あ、えっと…その…。」

 

「抹茶気に入った?」

 

「…うん、美味しい。」

 

「そっか。二人で居ると味も二つ楽しめるからラッキーだなー。」

 

「ごめん…いっぱい飲んじゃった。」

 

 

 

バツが悪そうにズリズリと容器を返してくる有咲。容器の中にはもう少なくなった緑の液体と気持ち程度のタピオカが転がっているだけだった。

 

 

 

「ここまで来たら全部飲んじゃいなさいな。」

 

「えっ…でも、これは〇〇のだから…。」

 

「いいからいいから、いちごの方も飲めるなら飲んじゃいな。」

 

「いいの…?」

 

「いいよ。…俺はもう満足したからさ。」

 

 

 

あとは美味しそうに飲む有咲を見て満たされるだけだ…とは言わなかったが、見ているだけでも幸せな気分にさせてくれるその光景を、数分にわたって眺め続けるのも悪くない。

結局、ストローの空振りする音を響かせて有咲が赤面するまで、俺はただ有咲を見つめ続けることとなった。

 

 

 

「ごちそう…さま。」

 

「ん。……さて、どうしようか。この後は。」

 

「んー……微妙な時間だな。」

 

「晩飯、どこかで食って帰るか。」

 

「…外食、もあんまりないよね。」

 

「そうだな…。」

 

 

 

そもそも買い物以外で外に出ないのだから当然っちゃ当然なのだが。

一先ずショッピングモールを出発。家路の途中にある店で、目に付いたところに入って食おうという話になり、薄暗くなった道を並んで歩く。

有咲は余程楽しかったようで、今日行った店や見て回った場所の話を延々としていた。…正直、何度かデジャビュを感じるほど同じ話もしていたのだが、話題の端々に「〇〇と一緒だから」と混ぜられると悪い気はしない。

 

 

 

「それでさ、結局あの店員さんがさ…!」

 

「うんうん……おっ、有咲。」

 

「なんだ??」

 

「ほれ、あったぞ飲食店。」

 

「ん。……お寿司屋さん?」

 

 

 

最初に巡り合ったのは家族向けの回転寿司のお店。行ったことは無いが、窓から見える店内は特に混んでいる訳でもなく明るい雰囲気だ。

 

 

 

「……入って、みるか?」

 

「…うん。〇〇と一緒ならどこでもいい。」

 

「お前はそればっかだな…。」

 

「…多分、一生言い続けると思うけど?」

 

「そうかい。」

 

 

 

リーズナブルで素敵なお店。

初めて二人で行った飲食店として特別な場所になったお店は、俺達の行きつけ店になりそうな予感があった。

 

 

 

 




お寿司美味しいです。




<今回の設定更新>

〇〇:有咲がもうすっかり生活の一部になってしまった。
   有咲の望むことは極力かなえてやりたいと思っている。
   甘い飲み物はあまり得意じゃないが、有咲と居る時はよく飲む。
   寿司はエンガワが好き。

有咲:かまってちゃんらしい。
   低血圧で朝は弱いくせに滅茶苦茶早起き。
   SNSの同年代の子の投稿を見てタピオカに興味を持ったらしい。
   好きな寿司ネタはたまご。


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2019/11/25 帰る

 

 

 

今日は休み。いつもの様にダラダラ過ごすのもいいが、前の休みの時の様に有咲と何処かへ行くのも面白い。

兎に角、もうそんなに若いわけでも無いし有意義な一日にしたいものではある、が…。

 

 

 

「有咲~。」

 

「あん?…なんだよ、ニヤニヤして。」

 

「いやぁ、休みだと思うと嬉しくなっちゃってさ。」

 

「そか。」

 

「………。」

 

「…………。」

 

 

 

おや?もしかして、また有咲おこモードに入ってるのか?全く心当たりはないので、きっと有咲側に何かが起きたんだろうけど…。

 

 

 

「機嫌悪いん?」

 

「別に。」

 

「じゃあなんでそんな素っ気ないんだよぉ~。」

 

 

 

後ろから抱きすくめるようにして有咲を抱え上げ…そのままベッドに俺ごと倒れ込む。いつもこれをやると凄く怒られるんだ。

折角セットした髪がどうのこうの…って、今日は静かなもんだけど。

 

 

 

「あのさ。」

 

「んー?」

 

「お前、親に私の事話してないの?」

 

「……あー、すっかり忘れてた。」

 

 

 

それで怒ってたのか。…いや、やっぱ怒ってんじゃねえかよ。

しかし唐突に親の話が出るとは。確かに今日俺が起きたのは昼前だし、有咲は物凄く早い時間に起きて家事をする子だった。そこで何らかの…そう、例えば電話を受けるとか?そういった事が起きても全く不自然ではない。

 

 

 

「……さっき、お前のお母さんから電話あったんだよ。」

 

「ビンゴかよ。」

 

「??…それで、「丸山(まるやま)ですけど」っていつも通り出たら何というか…根掘り葉掘り訊かれてさ。」

 

「あぁ…。」

 

 

 

言い方から察するに固定電話の方にかけてきたな?確かに教えはしたが…スマホに連絡してくれよお袋…。

それに、()()お袋の事だ。好奇心が抑えられなくなっただけだろうが…にしても厄介だな。俺が説明するのを忘れていたことが原因とは言え、俺を通さずに直接話しちゃったか。

 

 

 

「それで?」

 

「質問に答えてたら、最後にすっげぇ笑われた。」

 

「ほー。」

 

「……なあ、やっぱり私、ここに居ない方がいいのか?」

 

「は?」

 

「だって…迷惑なんだろ?言い辛い…事なんだろ?」

 

 

 

顔こそ見えないが、途中から有咲の声は震えていた。きっとその表情も悲しみに満ち溢れているに違いない。

 

 

 

「そんなこたぁ無いんだがな…。」

 

「嘘だ!…じゃあ何で今まで紹介してなかったんだよ!」

 

「普通に忘れてた、うん。…まじごめん?」

 

「そんな馬鹿なことあるかよ…」

 

「ほんとなんだって。今の今まで忘れてたんだもん。」

 

 

 

全く他意はない…どころか、恐らく忘れていた理由だってそうだ。

有咲と一緒に過ごすことが最早自然に感じてしまう程有咲の存在が大きくなっていたことと、有咲と共に過ごした日々が充実し過ぎていたことが理由だろう。

背中を向けたままの有咲を転がし抱き合うような形にする。相変わらず顔は見ていないが、俺の部屋着の胸の辺りはすっかり湿っていた。

 

 

 

「よしわかった。今から俺の実家に行こう。」

 

「…へ?」

 

「紹介だよ。電話があったってことはお袋も家に居るだろうし、夕方なら(あや)も帰ってくるかもしれない。取り敢えず一本電話入れてみっかぁ。」

 

「いや、ちょちょ、急すぎない?」

 

 

 

起き上がろうとする俺を小さな手で引き留める有咲。あぁ、この袖を掴む感じ…可愛い。

 

 

 

「うっかりしてたのも申し訳ないし、丁度今日は休みだし…。ほら、この前みたいに、お出かけデートだと思ってもらえばいいさ。」

 

「お出かけ先がヘビー過ぎるだろ…ばか。」

 

「嫌なのか?」

 

「…嫌じゃない。」

 

「よし、じゃあちょっと待ってろ。」

 

 

 

袖を引っ張る手を優しく解き頭をぽんぽんと撫でる。涙は引っ込んでくれていたようで、頬に残る涙の筋にキスを残し居間の固定電話へと向かった。

 

 

 

「こっちの電話に来たんだもんな………にしても、お袋と話すのも久しぶりだ。」

 

 

 

ポチポチと懐かしい電話番号を押し、回線が接続されるのを待つ。数回のコールの後、眠そうな声が聞こえてきた。

 

 

 

『ええと、丸山です…けど?』

 

「……なんだお前の方か。」

 

『…えっ。え!?…あれっ?うそっ……に、兄さん??』

 

「落ち着け彩…。」

 

 

 

電話口に出たのは妹の彩だった。お袋はどこかに行ったのだろうか。

久々の俺からの連絡と知ると酷くテンパって……成長しなさすぎだな、こいつは。

 

 

 

『ど、どど、どうして急に電話なんか??…私の声が聞きたいならスマホの番号教えたでしょ…?』

 

「別にそんなこと考えたこともねえわ。テレビ見てりゃ嫌でも耳に入るしな。」

 

『……そっかー。』

 

「…そんなことよりお袋は?さっき電話貰ったみたいなんだけど。」

 

『お母さん…?お母さんなら、台所にいるけど…呼ぶ?』

 

「おう。」

 

 

 

ぱたぱたぱた、と走っていく音。妹よ、保留機能を使うのです。

やがて遠くの方で「おかーさーん!兄さんからでんわー!!」と聞こえたかと思うと、頭から離れなさそうな特徴的な笑い声が近づいてくる。

 

 

 

『ヒヒヒッ。〇〇かい?』

 

「おう。さっき電話くれたんだって?」

 

『ヒッヒヒ。そうそう、それを訊きたかったのさぁ。いつの間に女の子なんか連れ込むようになったんだい?』

 

「人聞きの悪い言い方すんなババア。まぁなんつーか……同棲?してんだ、あの子。」

 

『んまっ!…アンタも父さんに似て、隅に置けない男なんだねぇ。』

 

 

 

親父は十数年前、俺がまだ学生だった頃に死んだ。詳しくは聞かされていなかったが、女癖の悪さからどうせ誰かに刺されたんだろうと思っている。学ランを着て参加した通夜も、従兄弟たちとの遊びの場になった覚えしかないし、どうせ碌な父親じゃなかったんだろう。

その親父に似てると言われるんだから、あまりよく思われていない事は想像に難くない。こりゃ尚更有咲の良さを分かってもらわねば。

 

 

 

「そういうんじゃねえよ……あー、お袋にも紹介してやりたいしさ、今から行ってもいいか?」

 

『……………あ、何?真剣な感じ?』

 

「何だと思ってんだ。」

 

『とっかえひっかえの内の一人だと思ってたよ。…そうか、なら朝の答えも全部本当だったわけだ。』

 

「てめえ有咲に何訊いたんだよ…。」

 

『まあいいさ、うちは何時でも歓迎だからねぇ。…あぁ、今は彩がいるから、それだけはちょっと気を付けなさいな。』

 

 

 

彩が居るとそんなに都合悪いんだろうか。

以前彩が話題に挙がった時は、有咲も顔馴染みだ~的な流れになったと思ったが……

 

 

 

「まずいのか?彩が居ると。」

 

『いやね、あの子のブラコンっぷりったら無くってさぁ!今でもたまにアンタの部屋で寝て』

『おかーさん!何言っちゃってんの!!電話貸して!!!』

 

 

 

隣にいる年頃の娘の秘密を暴露するんじゃない…。彩は昔からよくベッドに潜り込んでくる子だったからな。…きっと俺の羽毛布団を狙ってたんだろう。

 

 

 

『おに……兄さん!?何でも無いから!なんでもないからね!?』

 

「あーうん、まあいいや。んじゃぁこれから行くからよろしく。」

 

『う…うんっ。』

 

 

 

ガチャ、ツー、ツー、ツー

 

 

 

気付けば十五分も話し込んでいたらしい。

寝室に寄りやたらとソワソワしている有咲を回収。適当な服に着替えて車に乗り込むのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「…え、ここ?」

 

「あ?そうだよ。」

 

 

 

車を走らせること数分。現在の住居とは然程離れていない住宅街。有咲にとってみたら、流星堂が見えるほどの距離にある状況の方が驚きなのかもしれないが。

一応めかし込んだのか、いつもより少しパーツの多い有咲の手を引きインターホンを押す。

 

リンゴォーン

 

音だけなら少し豪華な感じすらあるチャイムに続き、インターホンから吐かれるノイズ。

 

 

 

『ザザッ……おや早かったね。あがんな。』

 

 

 

特に返事をするわけでも無く、ドアに取り付けられたウィンドチャイムのような物体の涼やかな音色を聴きつつ中へ。冬に聞いてもただ寒いだけの音だな、これ。

玄関に入るともうそこまでお袋が来ていた。

 

 

 

「寒かったろう?」

 

「車だわ。」

 

「どこに停めたんだい?」

 

「別に、すぐだから脇に寄せてあるよ。」

 

「そうかいそうかい。……で、その子が例の?」

 

 

 

通過儀礼の様な決まりきった会話を交わした後に、スッとお袋の目が細まる。視線は明らかに有咲へと向けられていて、何やら品定めでもするかのように上から下、下から上へと…

 

 

 

「…おや?誰かと思えば流星堂の嬢ちゃんじゃないか。」

 

「……は?コイツの事知ってんの?」

 

「え?え??」

 

 

 

どうやらこのババアは有咲の事を知っているらしい。…当の有咲の困惑ぶりを見るに、その面識は無いに等しいか、或いは一方的な物なのかもしれないが。

 

 

 

「ヒヒヒヒッ、そりゃ知ってるさね。ここいらじゃ有名な子だしね。」

 

「有名…?」

 

「そうさね。「あそこの孫娘ちゃんは大人しいし器量もいいし近年稀に見る美人だ」ってね。」

 

「……ッ!」

 

 

 

隣から「ボッ」とかいう音が聞こえたような気がした。

そうだった…こいつ、褒められるの滅茶苦茶苦手なんだった。真っ赤に染まってしまった顔や耳は、すっかり茹蛸状態になっている。

 

 

 

「美人って……ひゃわぁぁああ///」

 

「……まぁ、そう言う訳でこの子と付き合ってる。そんで同棲もしてる。」

 

「え"っ」

 

 

 

声を上げたのは有咲。……まぁ、確かに紹介が雑過ぎたし端折り過ぎた感は自覚してる。でも濁点までつけることはないだろうよ。

 

 

 

「ヒッヒッ…違うっぽいけど?」

 

「うん、適当言ったわ。…まだ正式には付き合ってないし、同棲って訳でもない。」

 

「なんだい…。」

 

 

 

そうだった。まだ正式に付き合いだしたわけじゃねえんだ。…だってどっちも告白してないからな。

隣で有咲も大きく頷いているし、これでいいんだろう。

 

 

 

「…でも、きっといつか、俺はこいつと一緒になるんだと思う。今言っても妄想や戯言で片付けられちまうかもしれねえけど…でも、俺にはこいつが必要で、こいつが居てくれるだけで俺頑張れてるからさ。」

 

「……ヒヒッ、あんたは紹介に来たの?惚気に来たの?」

 

「あぁいや、紹介に来たんだった。…ほら、有咲も………有咲?」

 

 

 

静かだと思い隣を見るも姿が無い。キョロキョロする俺に、お袋が指をさしながら答える。

 

 

 

「下、下。」

 

 

 

あぁ…。玄関の土間部分に顔を覆ってしゃがみ込んでいる有咲。まーた恥ずかしがってるのかこいつは。

 

 

 

「有咲、何座ってんだ。取り敢えず上がろう。」

 

「お、お前のせいだかんなっ!」

 

「おや、案外元気な子なんだねぇ。」

 

 

 

ぷりぷり怒りながらもキチンと靴を脱ぎ上がり込む。育ちの良さが滲み出てるんだよなぁ。

居間に着き、お袋に促されるままにソファへ腰を落ち着ける。出されたお茶に口をつけ気持ちも落ち着いたようだ。

 

 

 

「……アンタ、近いんだからもうちょっと帰っておいでよ。」

 

「うっせえな…仮にも働いてんだから仕方ねえだろ。」

 

「ヒヒヒッ、まあ真面目にやってるんならいいさね。…時に有咲ちゃんや。」

 

「ひゃ、はひゃいっ!」

 

 

 

こいつは落ち着いていなかったようで、慌てて背筋を伸ばし声を裏返す。

 

 

 

「ヒッヒヒ、そんなに緊張しなさんな。別に取って食ったりはしないよ。」

 

「はいぃ…。…でも、〇〇さんのお母様なので、やっぱり緊張はしちゃいますね。」

 

「おっ、出たな余所行きのキモイ有咲。」

 

「うっさい。」

 

「……アンタ、うちの息子のどこがそんなにいいんだい?」

 

 

 

おっと…?それは色んな意味で危険な質問なんじゃないか?

どう答えたとしても誰かしら辱めを受けることになるぞ?

 

 

 

「……そ、それは…。」

 

「…ま、いきなり言われても答えられないわね。…おいおい教えて頂戴な。」

 

「追々?」

 

「そうさ。…だって、有咲ちゃんはウチの娘になるんだろう?ならそれからゆっくり惚気て貰えばいいじゃないか。」

 

「~~~~ッ///」

 

 

 

なんつーことをサラッというババアだ。さっきの俺も大概だったが、結婚だ何だってのはまだまだ段階も遠いし難しい話ではあるだろうに。

あと、いい加減にしてやらないと有咲が恥ずかしさで死ぬことになるぞ。今日だけで何度この赤さを見たか。

 

 

 

「そうかよ。…で、彩は?」

 

 

 

話題の転換にと、妹を引き合いに出す。

 

 

 

「あの子なら、今風呂に入ってるよ。」

 

「何だってこんなタイミングで…。」

 

「そりゃアンタに会えるからでしょうが。」

 

「そこまでする…?」

 

 

 

全く以て意味が分からないが、そういう事にしておこう。

 

 

 

「んじゃ、彩の顔見てから帰るかな。」

 

「折角来たんだし、晩飯くらい食っていけばいいのに。」

 

「晩飯って…まだ夕方にもなってないだろうが。」

 

「ねね、〇〇。…私、〇〇の部屋見たい。」

 

 

 

俺としては適当に話だけ済ませて帰りたかったんだが…そうキラキラした顔で部屋を見たがられると無下にも出来ない。

仕方ないので、彩を待ちつつ家の中を案内することにした。母親は料理の続きをするとかで台所へ消えたし、有咲もだいぶ緊張が解れたようだ。

 

 

 

「しゃーねーな…。ほら、おいで。」

 

「うんっ!」

 

 

 

こうして見ると、本当に不思議な状況だ。有咲は一体俺のどこが好きで一緒に居てくれるんだろうか。一体何に魅力を感じて離れずにいられるんだろうか。

部屋を物色しては燥いでいる彼女を見て考える。

 

 

 

「…なぁ、有咲」

 

コンコン

 

「…??…どうぞ。」

 

 

 

部屋の扉から謎のノック。二回鳴ったな。

相手は大体予想できているが、そのまま声に出して呼び入れる。

 

 

 

「兄…さん?」

 

「…お、風呂上がったのか彩……えっ。」

 

 

 

部屋の入り口からおずおずと顔を出した妹に、久々の挨拶をしようとしたところで違和感に気付く。

 

 

 

「お前、それ衣装か何かか?」

 

「ち、ちがうよ?部屋着。」

 

「部屋着でそんなゴワゴワしたドレスみたいの着るんかお前は。」

 

「……どう?兄さん…かわいい?」

 

「まあアイドルだし可愛くないってことは無いぞ。」

 

 

 

見慣れた顔に今更可愛いもへったくれもあるか。取り敢えずその胸焼けしそうな具合の衣装を脱ぎなさい。

 

 

 

「そういうことじゃないんだけどな…。」

 

「…彩先輩?」

 

「……!?あ、有咲ちゃん…!?」

 

「彩先輩、何というか…」

 

「え、あ、有咲ちゃん……が、兄さんの彼女さんなの??」

 

「彼女…みたいなもんなんですかね。」

 

 

 

やっぱり顔見知りだったか。彩の方が先輩だという事らしいが、身長やら立ち振る舞いは完全に同い年って感じだな。

俺から見ると両方可愛い妹みたいなもんだし。

 

 

 

「……。」

 

「何ですか…?」

 

「………そっか、兄さん、恋人出来ちゃったんだ。」

 

「や、だからまだ付き合ったりして無いですって。」

 

「そうなの…?」

 

 

 

出来ちゃったって言い方は何だよ。出来ちゃ悪いか。

 

 

 

「まぁ、正式に付き合ってくれと言葉に出しちゃあいないからな。」

 

「…そういうことです。」

 

「なーんだ…。本気で彼女が出来たと思って焦ったじゃない!」

 

「…俺に彼女ができると不都合でもあるのか?」

 

 

 

身内に先を越されたくないという独り身特有の焦りか、はたまた噂に聞く"お兄ちゃんを取られたくない"という夢の様に可愛い妹っぷりか…いや、後者はないな。彩だし。

 

 

 

「あるのっ!」

 

「なんだぁ?…「お兄ちゃんを取られたくないよ~」ってか??」

 

「ッ!!」

 

 

 

直後、先程迄の有咲の様に顔を染める我が妹。…おいおい嘘だろ。

 

 

 

「彩先輩…。」

 

「ち、ちちちちちがうからねっ!?別にそんな、だってほらっ、私と兄さんは兄妹だしっ、別に兄さんなんか全然タイプじゃないって言うか、それに、有咲ちゃんはスッゴク可愛いしっ、私と違って胸もおっきいしっ、えと、あの」

 

「落ち着け馬鹿。アホみたいに台詞伸ばすと読み辛くなるだろうが。」

 

 

 

…メタである。

それにしてもこの慌てっぷり…マジなのか。兄としては大変嬉しい事ではあるが、異性として見られていたとなると少々複雑だ。手放しに喜ぶわけにもいくまい。

もう少しマシな倫理観を教えた方がいいか、彼氏を作る手伝いでもしてあげた方がいいか…。

 

 

 

「いいか彩。俺は実の兄だ。」

 

「…うん、わかってるけどぉ…。」

 

「……お前可愛いんだから、俺なんかよりいい男を引っ掛けられるだろうよ。」

 

「〇〇、言い方言い方。」

 

「いいんだよ。…それにほら、芸能界なら出会いもあるだろうよ。アイドルなんだし。」

 

 

 

スキャンダルになり兼ねないような付き合いは推奨しないが、幸せになってくれるならそっちの方がいいだろう。

俺じゃそんな甲斐性もないし、平凡で月並みな幸せしか与えられない。

たった一人の可愛い妹なわけだし、よりよい人生にしてほしいものだ。

 

 

 

「……出会いなんかないよ。私の事見てくれるような人、居ないし。」

 

「若いんだからまだこれからだろ。」

 

「…それに、兄さんは兄さんしか居ないから、誰かのモノになっちゃうのは寂しくて…。」

 

 

 

あぁ、なんだ寂しいのか。…寂しいならそういえばいいのに。

 

 

 

「ならさ、たまにウチに遊びに来いよ。近いんだし。」

 

「…どういうこと?」

 

「寂しいんだろ?それなら会いに来たらいいじゃんか…あほら、有咲とも顔見知りなんだし。」

 

 

 

俺の提案に複雑な表情のまま固まる彩…それに何故か引いている有咲。

あれ、大変グッドな提案かと思ったんだけど。

 

 

 

「…有咲、俺何かおかしい事言ったかな。」

 

「うーん……私はそういうとこも含めて好きなんだけど、改めて目の当たりにすると怖いわ。」

 

「ごめんね有咲ちゃん…兄さん、昔からこうだから…。」

 

「ええ、私も苦労しましたもん…。」

 

「???」

 

 

 

全く話について行けないが、二人で通じ合っている様なので良しとしよう。

結局晩飯の時間まで実家で過ごしたが、俺の記憶にある彩よりもべったり度が増していた気がしてなんだか落ち着かなかった。…お袋の言ってたブラコンってマジなのかな。

 

 

 

**

 

 

 

「つーわけで紹介したわけだけど。」

 

「うん。」

 

「……これで親も公認となったわけだ。」

 

「うん。」

 

「………説明も面倒だし、俺達ちゃんと付き合わないか?」

 

「はぁ……〇〇、そういうとこだかんな。」

 

「なにが。」

 

「何でもない。」

 

「…さっきもそうだけど、全然話が見えねーんだよ。」

 

「…付き合う相手が私でよかったなって話だ、馬鹿。」

 

「??…ほーん。」

 

 

 

結局よくわからん。

 

 

 




妹、可愛い。




<今回の設定更新>

○○:そういえばそんな設定あったなって。
   お兄さん、妹さんは日本中で大人気ですよ。

有咲:もどかしいながらも主人公が好き。
   妹(先輩)と上手くやっていけるか…?

彩:ブラコンをこじらせてエライ事に…。
  こんな妹欲しかったですよね。兄さんって、呼ばれたいですよね。

母:ヒヒヒヒッ


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2019/12/16 暇人は展開が読めない

 

 

 

「暇だなぁ…。」

 

 

 

暇な時間というのは全く、つくづく人間をダメにすると思うね。

シフト上急な休みということもあって、昼を過ぎているというのにダラダラ、布団の中で文句を垂らしながら割と最近買ったゲームをポチポチしている。若き少年少女がそこらへんの動植物を捕獲して戦わせるという、中々に傲慢なコンセプトのRPGだ。

新しいとは言えRPG、俺の苦手なジャンルだ。どうも本質的な作業感が合わないらしく、どんなに目覚めすっきりな状態でプレイしても眠気が来る。コレもご多分に漏れず、一時間足らずで俺を眠りの淵へと誘い始めた。

 

 

 

「…やめだ。」

 

 

 

流石に貴重な休みを一日睡眠で潰すわけにはいかない。別段眠れない期間が続いたわけでもあるまいし、少しは有意義に使わなければ。

もそもそと起き抜け食卓を見ると、朝有咲が作っていったであろう朝食がラップを掛けて放置されている。特に予定も立っていないので、レンジに入れ"あたため"のスイッチを押す。回りだすターンテーブル。

 

 

 

「有咲ぁー。……そうか学校か。」

 

 

 

平日が休みになるとこれだから困る。大体、俺は有咲が居てくれるだけで一日退屈せずに済む人間だというのに、肝心の有咲が居ないんじゃ何を頼りに過ごせばいいんだ。ブーン…と独特な電子音を放ち黄橙色を放つ箱の前で立つこと二分、すっかり温まった皿を取り出し食卓に着く。

思えば久しい一人の食事にそこはかとない寂寥感を感じつつも、今日も有咲のベーコンエッグは絶品だった。

 

 

 

「……そういや、最近行ってねえな。」

 

 

 

そうだ、流星堂、行こう。

暇人の思考は短絡的で、それでいてアグレッシブだった。

…うむ、味噌汁も俺好みの味付だ。

 

 

 

**

 

 

 

「おやおや…随分とお久しぶりですねぇ。」

 

 

 

足繁く通っていた頃と何も変わらない様相で流星堂のカウンターに佇む婆さん。ここの主人…要は有咲の祖母にあたる方で、勿論ウチの状況もご存じだ。

有咲が家に住むことが決まり、挨拶に一度伺ったきりだったのでどれくらいご無沙汰なのか…特に変化が無いようで何よりだ。

 

 

 

「どうも。…最近どうです?お客さんの方は。」

 

「○○さんも来なくなっちゃったから寂しかったのよぉ。元より、固定客の付く様な店じゃあないからねぇ。」

 

「まぁその…色々忙しくて。お変わりないようで、何よりです。」

 

「今日はお休みなの?」

 

「そう…ですね。急にシフトが…ははっ。」

 

「いつも大変そうだものねぇ。今日くらいはゆっくり休まないと…。」

 

 

 

俺が元々ここに通っていたのも万実さんとお喋りするのが目的だった。最初こそ興味本位で覗いてみただけだったが、自分にはもう居ない"婆ちゃん"の温もりを思い出せそる気がして、お気に入りの場所になるまでそう時間はかからなかったって訳だ。

何を話せば…なんて少し不安になりながらここまで来たが、杞憂だったようだ。

 

 

 

「あの子は…学校かい?」

 

「ええ。」

 

「……学校、行けるようになったのねぇ。」

 

「…相変わらず友達は出来ないみたいですけど、何とか頑張ってるって言ってましたね。」

 

「そうかいそうかい…。○○さん、ありがとうねぇ。」

 

「…いやいや、御礼を言われることなんて、そんな」

 

「○○さんとお話しする様になってから、随分変わったのよあの子。…ずーっと一人で閉じ籠って、私ともあんまり喋ってくれなかったのにねぇ…」

 

 

 

俺も未だに信じられないが、俺がここに通うようになる前の有咲はどうしようもない位暗くて塞ぎ込んでる奴だったらしい。詳しくは聞いていないが、学校も行かず誰ともコミュニケーションを取らず…完全に一人の世界で死んだ目をしていたそうな。

…不登校気味なのは知っていたがまさかそこまでとは。今と比べると最早別人だ。

 

 

 

「あいつなりの成長だと思いますよ。よく喋ってよく笑って、やらないだけで何でもできるあいつと過ごす毎日はすっげえ楽しいんです。」

 

「……ふふ。」

 

「勿論ずっと前から有咲の事は知ってますけど、それでも今の有咲は一段と魅力的になった。誰にも負けないくらい。」

 

「ふふふふ…。」

 

「…熱く語り過ぎてて可笑しかったですよね…すみません。」

 

 

 

どうも好きな物の話になると熱が入っちまう。その様子をただただ笑って聞いていてくれる万実さんだったが、流石に申し訳なくなり謝罪する。

俺が一方的に喋りたくて来たわけじゃねえんだし。

 

 

 

「あら、いいのにぃ。…有咲のこと、大事にしてくれているんでしょう?」

 

「……ええ、まあ、あいつが居るから毎日ちゃんと働けているようなものですし。」

 

 

 

有咲はもう俺の人生に無くてはならないものだからな。あいつと一緒に居られるように仕事に立ち向かってんだ。どんなにキツくても。

 

 

 

「……ふふ、そうなのねぇ。それなら、これからもずっと大事にしてやってくださいな。」

 

「勿論。」

 

「たまに意地張る所もあって、面倒見てもらうこともあるかもしれないけれど…根は良い子で、真っ直ぐな子だから。」

 

「…はい。」

 

「……○○さんが嫌でなければ、一番傍に居てあげてくださいな。」

 

 

 

何だか、ただの雑談からとんでもない依頼をされた気がするし、冷静に考えてみたらこれってアレだよな…?ぺこりとお辞儀をした万実さんも一向に顔を上げる気配は無いし…あまりに気まずくなって、俺もつい言ってしまったんだ。

 

 

 

「…万実さん、そんな、頭上げてくださいよ。……あいつは、有咲は俺の一生をつぎ込んででも、世界一幸せな人生を送らせますから。」

 

「……それはよかったわぁ。でも、そんなに肩肘張らなくていいんですからねぇ。私も居るから、自分の家だと思ってまた通ってくださいな。」

 

「……万実さん。」

 

 

 

暇な時間というのは、時には人間に思わぬ運命を齎すものだ。…何、最初と言っていることが違うって?

いいじゃぁないか。人間ってのは、常に変わり往くから面白いんだ。

 

 

 

**

 

 

 

「おや、鍵が開いてらぁ。」

 

 

 

あの後も取り留めのない話をダラダラしつつお茶をご馳走になり、ふらっと帰ってみればすっかり夕刻。玄関の鍵は開けっぱなしになっていたので、きっと来客でもあるのだろう。有咲が一人でいる時は必ず鍵を閉めるように言ってあるからな。

玄関には靴が二つ。有咲のローファーと派手な色のスニーカーだ。…このスニーカー、何処かで見覚えある様な。

 

 

 

「ただーいまぁー。」

 

 

 

ダッダッダッダダダッダッダダッダ

 

帰宅を告げると、廊下の奥よりダブった足音が。

 

 

 

「どこ行ってたんだよ!!」

「どこ行ってたの!!」

 

 

 

まだ制服姿のままの未来の嫁と可愛い妹がダッシュでお出迎えたぁ、男冥利に尽きるってもんだな。しかし声がでけぇ。

 

 

 

「どこって…別にどこでもいいだろ。」

 

「お前っ…メッセージ位見ろよなー!」

 

「メッセージ?」

 

 

 

言われてポケットに入れたスマホを見る。…うん、バッテリー切れだ。

画面を二人に見せ、電源が入らない事をアピールする。…続いて二人分の深い溜息。

 

 

 

「なんだよ。」

 

「あのね、兄さん。連絡取れるようにしておかないと、私も有咲ちゃんも心配するでしょ?」

 

「えぇ…そんなガキじゃないんだし…」

 

「バカ!!」

 

 

 

大したことない、と続けようとしたところで有咲の一声。さっきもそこそこにデカい声だったけど、これまたそれを上回る様な…最早叫びに近い声。真横で聞いていた彩も思わず耳を抑えて顔を顰めている。

そんなに怒られることではないと思ったが、きっと有咲なりに心配してくれたんだろう。ここは素直に謝っておくのが、俺の思う男らしさだ。

 

 

 

「しっ、しんぱい…したんだからな……」

 

「…有咲。」

 

「きっと兄さんが寂しがってるからって、色んなもの買って帰ってきたのに…私はともかく有咲ちゃんに心配かけちゃ駄目でしょ。」

 

「うん……ごめんな、有咲。…俺、やっぱりこういうところが駄目なんだよな。」

 

 

 

今にも泣きだしそうな真っ赤な顔で怒る有咲。流石に言い訳もできないし、彩の手前おかしなことも出来ない。と思い謝罪の言葉を口にしたのだが、何故か有咲の反応が芳しくない。

 

 

 

「…本当に反省…してんのか?」

 

「してるよ。これからはちゃんと充電して出歩くようにするから。」

 

「……じゃあ、何処に行ってたってんだよ。」

 

「………ん?」

 

「どこに行ってたのか、言えないのか。」

 

 

 

心なしか論点がずれている気がする…が、立場上俺は強く言いようが無いので助けを乞うように彩を見る。

 

 

 

「………。」フイッ

 

 

 

あれぇ…?

てっきり加勢してくれるもんだと思ったが、何故か我が妹は既に有咲側に付いていたようだ。しっかりと目が合った筈なのに全力で逸らされてしまった。

 

 

 

「…彩ぁ?」

 

「今彩先輩は関係ないだろ。…お前に訊いてんだ。」

 

「そうだよ兄さん。こんなに可愛い彼女と妹を放っておいてどこに行ってたのかな?」

 

「ええっと……」

 

 

 

どうしよう。や、別に隠すことじゃあないんだけど、怒られた手前言い出しにくいというか、確実に彩が面倒臭いことになるというか。

追い詰められた俺だったが、神はまだ見捨てていなかったようだ。

 

pipipipipipipipipipipipipipipi

 

 

 

「お、電話が…悪い有咲、出てくれねえか。」

 

「…逃げるのかよ。」

 

「ちゃんと後で説明するから…とりあえず応対だけ頼むよ、な?」

 

「……ったく。」

 

 

 

納得していない様子だが、とてとてと居間の方へ引っ込む。さて、時間が出来たとは言えどう説明したもんか…。

 

 

 

「…ほんとにさ、兄さんどこ行ってたの?」

 

「いや、実はよ…」

 

「はい、丸山ですが。」

 

 

 

有咲の余所行きの声が聞こえる。昔母親に対しても思ったが、何故女性陣はワントーン高い声で電話に出るのだろうか。

 

 

 

「別にどこに行こうって決めて出た訳じゃなかったんだが」

 

「ふぇっ!?……さっき、帰ってきたとこだけど。」

 

「また兄さんの悪い癖だよ…」

 

「そんな癖って言うほどでもないだろ。」

 

「でも、有咲ちゃん本当に心配してたんだから。探しに行った方がいいか、このまま待ってた方がいいかって…。」

 

「ひぅっ!?…そ、そんにゃ、こと、ほんとに…?」

 

 

 

何だろう、有咲の様子がおかしい。変質者の電話とかだったらトラウマになったりするかもしれないし、ここは変わってあげた方が…

 

 

 

「兄さん、聞いてる?」

 

「あ、ああ、すまん。なんだっけ。」

 

「だーかーらー…」

 

「うんっ!……よろしく、つたえとく……」

「うん………うん……ん、わかった…!ばいばい!!」

 

トットットットッ…

 

 

 

あぁ、裁きの時だ…。さっきよりかは幾分か軽やかな足取りだが……何だその顔。

 

 

 

「○○。」

 

「…はい。」

 

「ええと、その、えと……ば、ばーちゃんから…だった。」

 

「……万実さんから?なんて?」

 

「…お前、ばーちゃんに挨拶すんなら私も連れて行けよ。」

 

「!?挨拶!?兄さん!?有咲ちゃ、あいしゃ…兄さん!?」

 

「落ち着け彩…」

 

「挨拶兄さん!?」

 

「誰が挨拶兄さんじゃ。……まぁ、そういうことだよ。」

 

 

 

何の用かは知らないが万実さんからの電話だったらしい。それを偶然にも受けた有咲は全て聞いたんだろうが…何というか、デレデレしそうな顔を一生懸命抑えている…そんな顔だった。

一方の彩は困惑した挙句、一目見て解る程の狼狽っぷり。目を白黒させるとはまさにこのことだなと思う程、あわあわしていた。

 

 

 

「ところで有咲。」

 

「ん…な、なんだよ。」

 

「俺が寂しがってると思って、何買って来てくれたって?」

 

「あ………あー…その。」

 

 

 

突き出されたエコバッグを見る。何々…長ネギ・水菜・白菜・鶏モモ・豚バラ・鱈・大根・椎茸・豆腐・うどん・卵……また随分と買い込んできたがこれは…。

 

 

 

「……お、今日は鍋か。」

 

「うん。…○○、一緒に鍋したいねって言ってたろ。」

 

「覚えててくれたんか。…流石は俺の嫁。」

 

「う、うっせぇ!…私もそんな気分だったから、一緒にやろうと思って。」

 

「うむうむ、照れる姿もまた良きだな。」

 

「……ばか。」

 

「そんで、こっちの黒い小袋は何だ?」

 

 

 

大きなエコバックの隅に押し込んだかのように収まっている小さな黒い紙袋。軽く振ってみたところ、何やら硬くて重いものと小物が数点入っているようだが…

 

 

 

「なんだこりゃ。」

 

「あっ!…あ、ああああ開けちゃ、だめ。」

 

「なんでよ。」

 

 

 

折角買ってきたのに開けるなとはこれ如何に。

 

 

 

「その……切れてたから買い足したのと、使ってみたい機械が…あったから…」

 

「………………把握した。」

 

「に、兄さん!?あいしゃつ、わいしゃちゅ、にいしゃん!?」

 

「お前まだやってんのか。…落ち着けっての。」

 

 

 

黒い袋については一旦しまっておくとして。未だ隣で一人バグり続ける妹の肩を抑えて動きを封じる。こいつは一度テンパると中々に大変なんだが…今は強行策で行こう。

身体の動きを止めたことで五月蠅く音を発しまくっていた口の動きも止まる。そうして漸く合った視線を外さないまま、少し反動をつけて…

 

ゴッ

 

全力のヘッドバッド。額と額が弾け合う鈍い音がしたと同時に視界がサイケデリックな色に点滅する。正直かなり痛いが、彩も漸くテンパっている場合じゃ無くなったようで。

 

 

 

「痛いよ兄さんッ!!」

 

「…俺も痛ぇよ馬鹿…。…どうだ、落ち着いたか。」

 

「おでこがいたい。」

 

「そうだな。……彩、鍋食うか?」

 

「お鍋!?食べる!!」

 

 

 

ほい、一丁上がり。

人間、強制的に再起動するにはやっぱり痛みを与えないとね。バカならバカほどこの手段が効くと、俺は考えている。…要するに、ウチの兄妹には覿面ってこった。

何はともあれ場は落ち着いたし、誤解?も解けた。その後はただ只管に、和やかな夜を過ごすのであった。

 

 

 

因みに、何故か早朝まで居座った彩のお陰で、黒い袋の出番は無かった。

 

 

 




着々と外堀が埋まる関係




<今回の設定更新>

○○:昔は割と多趣味な方だったが、有咲と暮らすようになってからはどんどんと
   それが失われていった模様。
   今では有咲の居ない休日はまるで廃人の様に動かずに過ごしているとか。
   おばあちゃんっ子。

有咲:主人公とべったりしすぎて、少し連絡が取れないだけで動悸がヤバいらしい。
   元よりそこそこ心配性な上、束縛の気もある為余程の覚悟が無ければ
   付き合えない。
   おもちゃには興味がある。

彩:テンパると言語機能が崩壊するシステム。
  割と主人公宅に遊びに来ているようだが、少々空気が読めないところも。
  結局可愛い。


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2019/12/24 宴に騒げ、聖しこの夜

 

 

 

今日はクリスマスイブ。夜はクリスマスパーティをするのだと一昨日から有咲と盛り上がっていた俺は、仕事も真面目にこなし、定時を少し過ぎたあたりで無事に帰路へ。気持ち的にはルンルンだったのだが、帰り際に電話をかけた時の有咲の反応が少し引っかかっていた。

 

 

 

『あ、う…うん。えーっと……んじゃあま、気をつけて帰ってこいよ?』

 

 

 

何だろう。普段帰る連絡なんかしないから不審に感じたとか?それともイブに何かするのって丸山家だけで、市ヶ谷家だとやはり異例の文化なのか?そもそも色々面倒になった…?

焦る気持ちと募る不安から、二度ほど信号無視をしそうになってしまったが何とか家に着くことができた。二重の意味で高鳴る心臓を抑え付けつつ扉を開け、玄関へ。暗い廊下の先には明かりを漏らす居間の扉があるが…ええい、考えてないで入ってしまおう。自分の家だここは。

 

 

 

「ただい…………ま?」

 

 

 

テーブルの上には恐らく有咲が受け取ってきたであろうオードブルと苺がたくさん並んだ真っ白なケーキ。あとケーキ。それに有咲作と思われる俺のリクエストした大好物のおかずがちょこちょこと…それに取り皿やコップなんかも並べられていて…いやそれはいい。それはいいんだけど。

 

 

 

「お、…おかえ」

 

「有咲なんで服着てないん?痴女?」

 

「なっ、ばっ、おま、ちょっ」

 

パァァアアンッッッ!!!

 

 

 

恐らく俺の登場に合わせて鳴らす予定だったであろうクラッカーを握り締めた裸エプロンの有咲が。上手に紐が引けなかったのか、「おかえり」が先に出てしまう結果となったのだが、俺の指摘に顔を真っ赤にした有咲は恥ずかしさのパワーで無事発砲。安っぽい空音とカラフルなテープで有耶無耶になってしまったようだ。

 

 

 

「ちょっと~!有咲ちゃんまだ鳴らすの早…

 …いやぁぁああ!!兄さぁぁああん!!あっ」

 

ズベェッ!

 

 

 

カラーテープを浴びながら痴女ってしまった未来の嫁をどうしようかと思案していると、奥にある脱衣所の方から正真正銘すっぽんぽんの妹が…出てきて、叫んで、盛大にこけた。

俺の周りはどうしてこう騒がしい奴が多いんだ。

 

 

 

「…なんだあいつは。」

 

「そっ、おまっ、私が、痴女って…えぇ!?」

 

「お前も落ち着きなさい…。取り敢えずエプロンは付けてるみたいだけど、他の服はどこ行っちゃったんだ?」

 

 

 

所謂裸エプロンの状態で己の身を強く抱きしめた有咲は、やや上目遣い気味の真っ赤な顔で何故か威圧してくる。…えこれ俺が悪いの?

 

 

 

「…俺にそんな性癖ないよ??それにほら、体冷やすと良くないから服着なさい…。」

 

「はっ!はだっ、裸じゃねーし!…ほらぁ!」

 

 

 

謎の威勢のまま後ろを向いてみせる有咲。…あぁなるほどタンクトップ…に下はホットパンツか。

裸じゃないということでひと安心したが、それでも今は真冬に外は雪。…いくら部屋が暖かいからといって正気の沙汰ではない。

 

 

 

「そかそか。俺としては奥さんが変な方向に目覚めていないようで良かったよ。…でもほら、今は冬なんだから、そんなおかしな格好はやめて服着よ?」

 

「う"……だって、○○が…喜ぶかと…思って…」

 

「あー……うん、正直あれだ……色々元気になった気がするよ。いいものを見た。」

 

「お、おう…。」

 

「………。」

 

「…………。」

 

「ほ、ほら、部屋着に着替えておいで?この前買ってきたのがあるじゃん??」

 

「お、おぉ、おう。…それじゃ、○○も…楽な格好に着替えて来いよ…な。」

 

 

 

やれやれ…とんだサプライズだ。危うく夕食が有咲になるところだった。

 

 

 

**

 

 

 

「さぁてそれでは。」

 

「うん。」

 

「へくちっ」

 

 

 

着替えを終えて再び居間に集まる俺たち。有咲は先日出かけたモールで買ってきたドレスワンピに着替え、ちょこんと隣に座っている。黒を基調とし薄紫の月と星が散りばめられたデザインにショルダーフリルが何とも可愛らしく、俺が思わず衝動買いした一品だ。うんうん、流石俺の嫁。下ろした髪も相まって究極の可愛さだ。

テーブルを挟んだ向かいには妹の彩。先程は風呂に入っていたようで今はまた何ともガーリィな…ええと、これは何と言ったらいいか。細い紐がリボンのような形状に結ばれた装飾がところどころのアクセントになっている、丈がクソ長いシャツの様な服。…俺にもう少しファッションだの何だのの知識があれば説明できるんだろうが、生憎と有咲の着ないようなものは分からないんだ。すまん。

三人それぞれ、思い思いの飲み物を注いだコップを掲げる。

 

 

 

「イブだけどクリスマスということでぇ…。」

 

「…うんっ。」

 

「う…へくちゅ」

 

 

 

…どうでもいいけど、乾杯の前って謎の緊張感あるよね。

ゴクリと唾を飲み込み互いに視線を交わす。

 

 

 

「かんぱーい!」

 

「か、かんぱいっ。」

 

「へくしっ、えぐしゅっ、かんぱ…っしゅ!」

 

 

 

声とともに宙へ掲げられる各々のコップ。ちゃぷんと水音に小さな波。隣の有咲と手元でそれをぶつけ、一口……うん、うまい。

仕事終わりということもあるけど、やっぱりこいつと飲む酒は格別なんだ。

因みに向かいのおピンクシスターとはコップをぶつけなかった。唾入りそうだし。

 

 

 

「に、兄さんっ!どうして私とはかんぱいしてくれないの!!」

 

「えー…涎入ったら嫌だし。」

 

「もうくしゃみ終わったもん!して!!」

 

「……はぁぁぁ…。」

 

「…そ、そんなに嫌??」

 

 

 

どうしてそう乾杯に拘るんだ…本来グラスはぶつけないものなんだぞ妹よ。とも思ったが今日は楽しい席だ。あまりいじめすぎるのもどうかと思うし、妹だって俺にしてみりゃ唯一の可愛い兄妹だ。

 

 

 

「ほれ。」

 

「!!…うんっ、かんぱい!!」

 

 

 

ゴツッと鈍い音の乾杯。俺が持つプラスチックのジョッキにプラスチックマグの彩…ということで、風情はないがこれはこれでアリだろう。そういや実家に居た頃もイベントの時は毎度のように乾杯してたっけ。

彩も漸く満足したようで、こくこくとそれはもう美味そうに麦茶を飲んでいる。どうやら同じグループで活動している白鷺千聖ちゃんに夜のジュースは禁じられているようで…さっきまでは注がれる麦茶にあれほどぶーぶー文句を垂れていたというのに、現金なやつだ。

ぼんやりその様子を眺めていると右肩に寄りかかる感触が。

 

 

 

「…どした有咲?もう眠い?」

 

「んーん。……何か、幸せだなって。」

 

「……そうだな。」

 

 

 

ちらりと横目で盗み見ると、俺の右肩に頭を寄りかからせている有咲は柔らかい笑みで向かいの彩を見ていた。喜々として麦茶を注ぐだけの彩がそんなに面白いのかはわからんが、有咲の視線はまるで我が子を見守る母親であるかのような優しさが滲んでいた。

…というか、萌え袖の両手で自分のコップを包み込む様子も、眉根に力の入っていない妙にリラックスした表情も、小声で囁くように話す姿も…全てがどストライクなんだがどうしよう。今日の有咲は、控え目に言ってヤバい。襲ってしまいそうな衝動が込上げてきたので慌てて話題を変えることに。

 

 

 

「あー…そういえば、電話で何か引っかかるような返事してたけど…何かあったのか?」

 

「ん"っ!!……えほっ、けほっ」

 

「おぁあ、そんな動揺することかよ…!」

 

 

 

一体何があったってんだ。

咽せる有咲の背中をさすり、抱き寄せるようにして落ち着かせる。その様子を見ていたうちの愚妹が態とらしく咽せ始めたがそれを華麗にスルー…やがて落ち着いた有咲の抱き寄せた頭を撫でつつ続ける。

 

 

 

「あいや、そんなに言いにくいことだったら聞かないが…ちょっと気になっててな。」

 

「……あれは…彩先輩が、「二人とも水着か裸エプロンで出迎えたら兄さん絶対喜ぶ!」って、私を脱がそうとしてる最中だったからさ…色々複雑で。」

 

「………なるほど。原因はウチの馬鹿か…。」

 

「まあその…うん。」

 

「なっ!馬鹿って!ひどいぃ!へっくしゅっ」

 

 

 

そういやクラッカーの時も「喜ぶと思って」とか言ってたな。…ギリ裸エプロンに見える、が最大の譲歩だったってわけだな。

 

 

 

「おいこら風邪引き娘。ウチの有咲を変態道に引きずり込むたぁいい度胸してるじゃねえか。えぇ?」

 

「ち、ちち、ちがうよぉ!だって、昔、兄さんが持ってた本にそういうのが…」

 

「彩。」

 

「あっ」

 

「帰りたいか?」

 

「……!!!」

 

 

 

こいつ流れで何言おうとしてやがる。確かにそういう時期はあった、あったけどそれは若気の至りってやつで、そう気軽に話題に出していいもんじゃ…

 

 

 

「彩先輩、それ詳しく。」

 

「だー!お前も食いつくんじゃない!!」

 

 

 

妙に前のめりになる有咲を引き戻す。俺の黒歴史に触れるんじゃない。

 

 

 

「えっとね、あとは猫耳とか、尻尾とか羽とか…あと……八重歯?」

 

「おい彩。」

 

「ひぅっ!?」

 

 

 

懲りろ。

 

 

 

「………ふーん…?」

 

 

 

ほれみろ。有咲が氷点下みたいな目ぇしてるじゃねえか。

 

 

 

「そもそも、お前は空気読むとか無いんか。」

 

「えぇ?…くちっ。」

 

「クリスマスだぞ??恋人たちの夜だぞ??」

 

「ちょっ、○○……。ひゃわぁぁぁ///」

 

 

 

我ながらストレートすぎたか。隣で有咲が溶けているのを尻目に、これまたストレートな頼みごとを妹にぶつける。

 

 

 

「……彩、明日こそは、二人きりにしてもらってもいいか?」

 

「………なんで?」

 

「そらお前…今日はパーティするとして、明日はクリスマスを恋人と過ごしたいからだよ。」

 

「ひうぅぅぅぅ///」

 

 

 

ぽかんとする彩と、俺のかく胡座に倒れこみ照れまくる有咲。底抜けな察しの悪さによりどストレートな表現を探していると突如彩の顔が茹で上がった。

 

 

 

「……あっ!あぅっ、えと、ええと…が、がんばって!!!!」

 

「理解までが遅ぇよ……」

 

「だだだって、私、そういう経験、ない…から。」

 

「生々しいこと言うな。妹の純潔具合に興味はねぇ。」

 

「あの、自分の後輩と兄さんのそういう話聞かされるのも生々しいと思う……っくしゅ。」

 

 

 

なるほど一理ある。

つかお前本当に風邪ひいたんじゃないだろうな。可愛いくしゃみが止まらねえじゃねえか。

 

 

 

「…まぁ、その、なんだ。…食おうぜ!今日はクリスマスだァ!!」

 

「お、おー!!」

 

 

 

丸山兄妹は空元気が得意なんです。

突如としてやってきたもぐもぐタイムに恥ずかしがっていた有咲も起き上がる。

 

 

 

「あ、じゃあ私おかず温め直してくるね。」

 

「あぁ…すまんな、いつも。」

 

「何言ってんの?これからもずっとこんなんなんだろうし、もう慣れたし。」

 

「…せやな。」

 

「あっ!有咲ちゃん!私もてちゅっ…手伝う!!」

 

「お前は座っとけ。食えるもんが減る。」

 

「どーゆー意味!?」

 

 

 

メリークリスマス…イブ?人生で初めてとも言える、愛する人と過ごす賑やかな聖夜が暮れる。

なるほど、これは目出度いもんだ。

 

 

 

「っくちゅっ!」

 

「おまっ…オチ!!」

 

 

 




賑やかクリスマスにはっくしゅん




<今回の設定更新>

○○:両手に花状態のクリスマス。全世界の男子に呪い殺されろお前マジで。
   実家にいた時はケーキも特別な料理もないクリスマスが慣例だった為、この日は
   全力で楽しんだらしい。実は乾杯の後の一口で大分酔っていたとか。
   正直裸エプロンは好み。

有咲:嫁力が高い。
   主人公の反応に味を占め、ちょくちょく本物の裸エプロンを披露するようになった
   とかならないとか。
   準備から片付けまで、更に料理にセッティングにと万能な奥さん。
   おばあちゃんと二人のクリスマスしか知らないため、とても幸せな思い出に
   なったそうな。はよ結婚しろ。

彩:賑やかし担当。裸で登場したのは若干計算もあったらしいが兄には響かず。
  セリフの殆どがくしゃみという中々稀なクリスマス。
  へっくち。


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2020/01/04 SNSは心を折る

 

 

 

「……まじか。」

 

『マジもマジよぉ!結婚しちった!』

 

 

 

昼休み、何気なく眺めていたSNS――FaceBoke、通称顔ボケの恐ろしい一文を読んだ直後に昔懐かしい電話番号へコールしていた。

 

"この度△△さんと入籍しました!"

 

高校まで同級生で、俺よりもよっぽど馬鹿をやっていた印象しか無い奴が、中々に整った綺麗目(世辞)なお姉さんと結婚するらしい報告を読み思わず声を上げそうなほどの衝撃を受けたのだ。

あいつは一生独身だろうと馬鹿にしていたというのに…。

実際電話で話してみて、真実であることを確認してしまった今では衝撃よりも落胆と焦燥の方が大きく、何時までも目標も無く働き続けている自分に嫌気がさしたのだ。

 

 

 

『そういえばお前も見たか?』

 

「…なにが。」

 

『ほら、沢井って居たろ??…あのデブ。』

 

「…あぁ、居たなあそんな奴。」

 

 

 

沢井(さわい)といえば、弄られるために生まれてきたような愉快な()()の男で、思えばいつも受け身でハイハイ言っているような奴だった。

それもまた何かやらかしたらしいが…?

 

 

 

『アイツ、俺らの高校で教師やってるらしいぜ。』

 

「沢井が…教師??」

 

『あぁ、母校で生徒の明るい未来のために人生を賭けるのが夢だったんだと。顔ボケに書いてあったわ。』

 

「……やべー。」

 

『ヤバいよな、想像できねえ。』

 

「…何かテンション落ちたから切るわ。」

 

『は?いや、ちょ』

 

 

 

何なんだ。何なんだよ一体。

周りばかり順調に大人に成っていく中、自分だけが子供で取り残されていく感覚。

確かにもういい歳だ。周りだって、夢を叶えた奴、予想外の場所で成功した奴、世界進出を果たし新たな視界を手に入れた奴、点々とする先々でどんどん増える仲間に囲まれ毎日楽しそうに過ごす奴…家庭を持って幸せな親になってる奴もいる。

何なんだよ本当に。ずりーよ。俺だってそれなりに機会さえあれば…

 

 

 

「○○くん。」

 

「…あ?」

 

「勤務中に、あまり私用で電話しないでねぇ。」

 

「……すみません、主任。」

 

 

 

何だってんだよ。

 

 

 

**

 

 

 

「おかえりぃ!」

 

「…ただいま有咲。」

 

「……何だよ、随分落ちてんな。」

 

「…うん。」

 

 

 

我が家に帰るまでの帰路もずっと悶々としていた。

俺は一体どこに向かっているのか。俺は何時になったら大人に成れるのか。何を為せば大人だと言えるのか。

…分かってんだ。きっと顔ボケで見たアイツらみたいに、何かで成功したり海外に進出したりしても自分を大人だとは思えないって。要は、結局のところは無いものねだりなのだ。

全ての人間がそうなのかは知らないが、少なくとも俺はそうなんだ。だって、こんなに可愛い彼女と同棲してんのに、"結婚しました"の報告が羨ましいと思っているんだから。

大して可愛くもねえ奴と結婚した大して格好良くもねえアイツに。

 

 

 

「おいおい、どこ行くんだよ。そっちはトイレだぞ?…居間はこっちだろーが。」

 

「ぇ……あ、ごめん。」

 

「…なあ○○、本当にどうした?疲れてる…ってだけじゃなさそうだけど。」

 

「うーん……まぁ、色々。かなぁ…。」

 

 

 

有咲には言えない。というより、他人に言ったところでどうなるものでもない。これは俺が一人で勝手にモヤモヤして、時間経過で勝手に忘れられたらいいだけの…

 

 

 

「えいっ!」

 

「…んむぐっ!?」

 

 

 

何が起きた?

急に腕を引っ張られバランスを崩してしまった俺は何か柔らかいものに突如として包まれた。…それが有咲による強引なハグだと言う事に気付いたのは、塞がれた口のせいで呼気が吸気を上回った頃だった。

 

 

 

「んむぅっ!!!…こっ、殺す気か!」

 

「………何だよ、勝手に落ち込みやがって。私はこうでもしないとお前を元気づけてやれないんだから…そ、その……何かあるならちゃんと言えよな!」

 

「……有咲。」

 

 

 

顔を真っ赤にして涙目で睨みつけてくる。あぁそうか、それ以上の事迄やっておきながら未だに自分からのハグは慣れないって、いつか言ってたっけ。

その衝撃と本能的な死の恐怖故にさっきまでのモヤモヤはどこへやら。どう説明したものかと言葉を探すが、残念ながら脳以外の場所に血流が集中してしまっているようで考えが纏まらない。

…結果、頭が空っぽの人間というのは本当に突拍子も無いことをほざく訳で。

 

 

 

「風呂、入るべ。」

 

「……んん??」

 

「風呂。一緒に。」

 

「…………どうした、おい。」

 

「元気、出すから、風呂、入ろ。」

 

「……やべぇ。本格的におかしくなった?」

 

「………やっぱヤバいかな。」

 

「いや別にいいけどさ…私の心配返せよ。」

 

「心配…してくれたの?」

 

 

 

咄嗟のイカレ発言にも満更でもない様子で対応してくれる有咲。軽く揶揄う様な調子で喋りながらも俺の鞄と背広を回収し、ハンガーに掛ける。

ネクタイとベルトも外され、為すがままの状態となった俺を引っ張り入浴の準備を進める横顔は、何とも複雑そうな表情だったが。

 

 

 

「…当たり前だろ。私はこれからずっと傍に居なきゃなんねーんだ。…○○が元気ないのも心配だけど、私に何も言ってくれない方がよっぽど心配なんだぞ。」

 

「……というと?」

 

「……………………れたんじゃないかって。」

 

「あんだって?」

 

「嫌われたんじゃないかって!信頼されてないのかなって!色々考えるだろーが!バカ!」

 

 

 

小声でボソボソ言ってるから何事かと訊いたが…あまりに頓珍漢な答えが返ってきて思わず無のトーンで返答してしまった。

 

 

 

「…………いやそりゃねえよ。」

 

「なら何でも相談しろっ、この馬鹿○○!!」

 

「…いやそこはほら男のプライド的な」

 

「プライドあんなら落ち込む姿見せんな。」

 

 

 

咄嗟にした言い訳に返ってきたのはド正論だった。

ぜぇぜぇ言ってる有咲からは実際に何かされた訳じゃ無いが、重いボディブローを食らったようなズシリとしたダメージが胸に刺さる。

…どうでもいいけど、自分の口から"プライド"なんて単語が出てきたのに少し驚きだ。あったのか、俺にも。

 

 

 

「……なあ有咲。」

 

「なに。」

 

「…ちゃんと言わなくてごめんね。」

 

「…あ、謝るなら最初から話してくれたらいいだろ…。」

 

「うーむ。…あまりにもしょーもない内容過ぎてさ…。」

 

「…しょーもない話なら、風呂の中での()()()にはピッタリでしょ。…話聞いてあげるから…代わりに、ちゃんと私の頭洗えよな!」

 

「……あぁ、勿論だ。」

 

「別にこれはあれだからなっ、話聞く代わりにって言う、対価でやらせるだけだかんな。」

 

「…お前、シャンプーしてもらうのほんと好きな。」

 

「だからぁ!違うっての!落ち着くとかそういうのじゃないから!対価の支払い…そう、取引だこれは!!」

 

 

 

 

 

有咲の頭から泡が流される頃、俺のやりきれない思いなぞすっかり無くなってしまっていた。

きっとまた週明けからあのつまらない職場に向かい、大人に成り切れないままの俺は惰性のように仕事をこなすのだろう。

でも帰ってみれば有咲がいる。顔ボケに載せるつもりは無いが、俺にとって見たら唯一無二の嫁が居るんだ。勝手に落ち込んでいくどうしようもない俺を一番傍で温めてくれる奴が。

それはきっと、何よりも幸せな事なんだ。

 

 

 

「でも面倒だから極力元気で居て欲しいんだが。」

 

「えぇ~、有咲ぁ、きっつぅい。」

 

「調子戻ったら戻ったで面倒だな○○は。」

 

「てへぺろ。」

 

「かわいくねえ。」

 

「有咲は世界一可愛いぞ。」

 

「……うっせえ。」

 

「結婚してくれぇ!」

 

「その妙なノリ何なんだよ?………するけどさ。」

 

「やったぜ。」

 

「つか結局何で落ち込んでたのかわかんねーんだけど。」

 

「え"、説明したじゃん。」

 

「周りはどーだっていいだろ?私じゃ不満なのかよ。」

 

「有咲は最高だけどさ、仕事とか満たされないなーって。」

 

「……んじゃ、ばーちゃんとこで働けば?」

 

「…………流星堂を、継ぐってことか?」

 

「今の仕事よりは面白いと思うぞ。…そもそも○○、骨董品とか好きで通ってたじゃんか。」

 

 

 

…その手があったか。

 

 

 




実話要素がかなり多い回。このシリーズの主人公は作者にだいぶ近いですね。




<今回の設定更新>

○○:某FBを見てかなり凹んだ模様。
   昔の知り合いが生き生きしてる姿とか、結構クるよね。

有咲:女神。ほんとすき。


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2020/01/25 身の振り方

 

 

 

俺は最高に凹んでいた!

まぁ凹んでいた!

最近凹み過ぎじゃねえかとか言われそうだが、兎に角今回もそういう回なのだ。

そして何やかんやあって、自宅、例の如く有咲に慰めてもらう時間な訳だぁ!

 

 

 

「というわけで有咲ぁ!言ってごらんよぉ!!」

 

「あー、うん。いや…お前が謎テンションで燥ぐのはかなり凹んでる証拠だもんな…。」

 

「おいおい引いてんじゃねえぞぉ!」

 

「…引いてるわけじゃないけどさ。最近落ち込んで帰ってくること多くね?…社会人ってそんなに辛いの?」

 

 

 

純粋無垢な女子校生、青春真っ盛りの有咲たそには分かるまい。社会とは頻繁に揶揄される荒波の如く、連続して向かってくる壁にぶち当たり打ち拉がれる毎日なのだと。

 

 

 

「青春、かぁ…言っても私も碌な学校生活送ってないけどな。」

 

「学校エンジョイしたらいーじゃん。」

 

「…めんどいし。」

 

 

 

有咲、普通にいい子なんだから学校でも人気でそうなんだけどな。…まぁ部活だ何だで一緒の時間減ろうもんなら発狂するけどな。

取り敢えず有咲の太ももすごく心地いい。

 

 

 

「ふーん。…あのさあ有咲。」

 

「んー。」

 

「俺の良いとこ、PRできるようなところって何かあるかな。」

 

「……良いとこ、かぁ…。」

 

 

 

顎に手を当てうむうむと考え込む有咲。何か雰囲気違うと思ったら今日はポニテなのか。大人可愛いってやつだな。

やがて考えも終着点へたどり着いたのか、一つため息を吐いた。

 

 

 

「…私に訊いちゃだめじゃね?」

 

「え"」

 

 

 

「てめぇに良いところなんか一つもねぇわボケェ!」ということか。ふざけたりしている様子はないし、鋭い眼光も俺好みだ。

つまりはどういうことなんだろうか。

 

 

 

「想像だから何とも言えないけど…きっとまた会社で色々言われたんだろ?「自分の推せるポイントくらい知っとけ」みたいなさ。」

 

「よくわかってらっしゃる。」

 

「お前の事だし何となくは…な。でもそれって、私が教えても意味ないじゃんか。」

 

「自分で考えろと…?」

 

「そんな突き放した言い方するつもりはないけどさー…ほら、私って○○のこと大好きじゃん?」

 

 

 

この子、真剣な顔してなんつー照れること言ってくるんだ。そしてこういう時は恥ずかしがらないのな。

 

 

 

「うん。」

 

「好きってことは、良いところとか魅力的なところとか…いっぱいいっぱい知ってるってことで。」

 

「…。」

 

「…要はアレだよ、フィルター?が掛かってるんだよ。きっと会社が求めてる○○のそういう部分って、もっとこうプレーンな状態のさ…第三者が見ても納得できるモノじゃなきゃいけないんじゃねーかな。」

 

 

 

確かに有咲の言うとおりだ。高校生の女の子にしては随分と物事を理解しているようだが、恐らく俺や俺の関係者と長いこと過ごしているせいだろう。

だけどな有咲…俺が求めているのはそういうのじゃない!

 

 

 

「さすが有咲、俺の嫁だよ。」

 

「だろ。…まぁ深く考え込まないようにしてさ、その…」

 

「でも有咲。」

 

「あ?」

 

「俺は有咲のフィルター全開の言葉が聞きたい!」

 

 

 

いいかい有咲、大人ってのは常に正しいことだけをしているわけじゃない。同じように、常に正しいことだけが正解とは限らないんだよ。難しいことだがね。

だから今の俺も、正論じゃなくて有咲の…いや、デレデレの有咲が見たい!

 

 

 

「……ほ、ほんとに聞きたいのか?」

 

「当たり前だろう。毎日でも聞きたいくらいだ。」

 

「…だって、何の為にもならないぞ?」

 

「俺が元気になる、結構なことじゃないか。」

 

「お前、元気になるとそれはそれで面倒なんだよ…」

 

 

 

体を起こし向かい合って座る。有咲は正座だが俺は体が固いため胡座をかかせてもらう。

聞く態勢として、そのまま有咲の華奢な肩に両手を置き真っ直ぐに目を見つめる。

 

 

 

「…ッ!!………んー。」

 

「あ、違う違う、キスじゃない。目は閉じなくていいってば。」

 

「ば…ッ!か、勘違いしてねえしっ!…ち、ちょっとしたくなっただけだしっ!」

 

「それはそれで恥ずかしくないのか…」

 

 

 

見つめ合うとクセで目を閉じちゃうお茶目さんを宥め、再度気持ちを集中する。

 

 

 

「えっと……じ、じゃあ○○の良いところ、だけど…」

 

 

 

ピンポーン!

「兄さーん!遊びに来たよぉ!」

 

 

 

「…………。」

 

「……お、おい?彩先輩、来たみたいだけど。」

 

 

 

あの野郎…タイミング悪い時に来やがって…私生活までトチるのかお前は…。

中々動かない俺を尻目に、ホッとしたような表情で玄関へ向かう有咲。…全く、アレ相手に出迎えなんかいらないってのに…。

 

 

 

「はぁい。」

 

「あっ、有咲ちゃん!…兄さん、いる?」

 

「居ることは居ますけど…。」

 

「…??…何してたの??」

 

「……あー、まぁ、入っちゃってください。」

 

「??…おっ邪魔っしまぁす!」

 

 

 

とてとてとアホみたいに入ってくる妹。そのまま何食わぬ顔で俺の正面に座る。

結果、先程の有咲のポジションに鎮座することになり、遅れてリビングに戻ってきた有咲が思わず赤面して固まる。

 

 

 

「おま…い、妹にもさっきのやんのっ!?」

 

「??ねえ兄さん、有咲ちゃんと何してたの?」

 

「夫婦の営み。」

 

「はぁ!?…う、嘘ついてんじゃねえよ!!」

 

「営み???…家計簿つけるとか??」

 

 

 

違います。

どうやらウチの妹はこの手の冗談が通じない…というより知識が欠けているらしく、イジってもあまり面白い結果にならない。寧ろ経験と想像力が豊かな有咲が真っ赤になって使い物にならなくなってしまうのが問題なんだが…。

どうやってさっきの流れに戻そうか。

 

 

 

「さ、さっきはその、○○の良いところ私が教えてあげるっていうのをやってて…」

 

 

 

あぁ、君が戻してくれるのか。

 

 

 

「??何で??」

 

「その……私が、○○を大好きだから、伝わるように、その、好きな、ところとか……わひゃぁぁぁ///」

 

 

 

なんだか話が変わっている気もするしそこは照れちゃうんだっていう…うん、この空気は全部彩のせいだ。

 

 

 

「要は兄さんを褒めたらいいの?」

 

「……わ、わかんにゃい…。」

 

「それなら簡単だね!…ええと、兄さんは格好いいでしょ?それから、優しくて、甘やかしてくれて、いい匂いで、肩甲骨がえっちで、ちゅーが上手で…」

 

「ちょ、ちょっと待って彩先輩!…ちゅ、ちゅーが上手って…し、したんですか!?」

 

「うん!!」

 

「オイコラ愚妹。」

 

「ぐまい?シューマイの仲間??」

 

 

 

お前、色々履き違えちゃいないか。

第一ちゅーが云々ってガキの頃の話だろうが。上手いも下手も、どうせ判別できるほど経験もないだろうに。

 

 

 

「…おい○○。」

 

「……そんな怖い顔すんなよ。」

 

「…お前、彩先輩でキスの練習したのかよ。」

 

「してねえよ。」

 

「だって……上手って、言ってたじゃんか。」

 

「小さい頃の話だろ?彩。」

 

「うんっ!私が保育所に通ってた頃の話かなぁ。」

 

「紛らわしい話すんな…。」

 

 

 

そのせいでこっちの関係に亀裂入りそうだったじゃねえか。嫉妬に狂った有咲は怖いんだぞ。

 

 

 

「…そんな小さい子に…お前ロリコ」

 

「俺も小さかったんだよその頃はぁ!!」

 

「どうだか…」

 

 

 

俺が生まれた時からこんなだと思ってんのかこの金髪は。あと彩、お前が蒔いた種なんだからヘラヘラ笑ってないでなんとかしろ。

俺の視線に気付いたのか、彩は焦ったような表情でとんでもない事を言い出す。

 

 

 

「…あっ、えっ、じゃ、じゃあ、今再確認してみたらいいんじゃないかな?」

 

「あ"?」

 

「……何をです?」

 

「だから、兄さんのちゅーは有咲ちゃんが一番よく知ってるわけでしょ?…今もっかいちゅーしてみて、愛を再確認したらいいのでは?」

 

「愛……ッ!?」

 

 

 

根本的な解決にもならないしキスしたところで何も再確認できないと思う…が、この場で嫁とキスして全てが丸く収まるならそれはそれでナイスなアイデアなのか。

正直なところこのドタバタで大分俺も復活できたところもあるし、そろそろ適当な理由をつけて終了でもいいのだが…と珍しく真面目に思案している俺をとても強い力で押さえつける何か。

 

 

 

「ぉわぁ!?…ちょ、有咲!…目ぇ!目が据わって…んむぐっ……」

 

 

 

まさに奪われると言った表現が正しい。勝手に追い詰められておかしくなってしまったんだろう。俺に馬乗りになり濃厚な接吻を決める直前の有咲の目は、これから罪で手を汚す人間のソレと同じに見えた。

 

 

 

「うわぁ…!すっごいえっち…」

 

 

 

妹よ、実兄の情事をそんなにマジマジと観察するんじゃない。恥ずかしいのもあるけど教育上よろしくないというか…あぁこら!写真を撮るんじゃない!!

 

 

 

「ぷはぁっ!……おいこら有咲!急に襲って……有咲?」

 

「…………あのさ、○○。」

 

「……?」

 

「…○○、PRでキス上手って言えると思うよ。」

 

「馬鹿言ってんじゃねえ。」

 

「ほらぁ!やっぱり上手でしょ!?」

 

「お前も黙ってろ!第一、さっきとテンションの落差凄いじゃねえかよ。何があったんだ。」

 

 

 

キスをする前と後でまるで人格が違うようだぞ。見られて恥ずかしいとかそういうのじゃなさそうだし…不思議に思っていると彩からのキラーパス。

 

 

 

「そういえば、さっき動画撮ってて気づいたけど…有咲ちゃん、途中でビクッとしたよね。…兄さんが何か仕返しでもしたんだと思ってたけど…何したの?」

 

「!!」

 

「……ほほう有咲。…そんなに上手だったかね?俺は。」

 

「うっさいばかっ!!彩先輩も、さっさと動画消してくださいよ!!」

 

「えぇ~?千聖ちゃんに見せたかったのにぃ。」

 

「やめてやれ。」

 

 

 

どうやら()()()()()()らしい有咲の様子に納得しつつ、積み重なる役得によりすっかり立ち直れていることに気づいた。

結局のところ、俺は有咲と一緒に過ごせるならなんでもいいらしい。妹が居ようと居まいと、それは変わらず。…何が言いたいかというと、社会がどれだけ腐っていようと、俺には有咲だけいればそれでいいってこった。

 

 

 

「……本気で流星堂継ごうって気になったわ、俺。」

 

「…あぁ!?何か言ったかっ!?」

 

「…あいや。…第三者にPRする必要なんか無かったんだなって。」

 

 

 

俺は決めた。好きなものと好きな空間で生きていこうって。




不思議空間




<今回の設定更新>

○○:社会で生きることに疲れた。
   愛する人のためだけに、大好きな場所で生きていこうと本気で決心したのだ。

有咲:感度がいい。
   別に欲求が不満なわけではないようだ。

彩:馬と鹿の区別がつかない感じの子。
  ブラコンがどうにも治らないが、もうきっとどうしようもない。
  発想力が宇宙。


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2020/02/08 "I"の再確認

 

 

 

諸事情により地方の都市へと出張に来ている俺。土曜~日曜のスケジュールな上、俺単身で用足しのような仕事の為有咲も一緒に付いて来ている。

…経費が会社持ちだったらそんな自由は出来ないだろうが、飛行機代も宿代も全て俺持ち。この点の自由度に関してはブラック企業様様である。

 

 

 

「お待たせ、有咲。」

 

「……おう。仕事は?」

 

「おわった。」

 

「早かったじゃん。」

 

 

 

出向先の提携会社での業務を終え待ち合わせ用に目星をつけておいた公園へ。単独出張の為業務終了後は自由、明日の出勤時刻までに会社に居ればそれで良いのだ。

スカートをぽんぽんと叩きながら立ち上がる有咲を見ながら思い切り背中を伸ばしてみる。長いこと緊張して凝り固まった肩と背中が気持ちよく解れて行く感覚がした。

 

 

 

「…おつかれさん。」

 

「さんくす。…さてどうすっか。」

 

「帰りの便、何時だっけ。」

 

「えっとだな…………………あぁ、全然大丈夫だ。二十時過ぎだし、空港まではタクシーだし…まだ余裕あるぞ。」

 

 

 

スケジュール帳に挟んだチケットと大まかな所要時間を見比べてみれば、かなりの空き時間があるらしい。とは言え知らない街だ。せめて方針位は固めておこう。

 

 

 

「有咲腹は?」

 

「別に、ふつーくらい。」

 

「空腹度「ふつう」って…今時のローグライクでももうちょっとしっかりしてるぞ。」

 

「○○は?ぺこちゃんなのか?」

 

「いんや、まだ大丈夫そうだな。」

 

 

 

そういや「お腹がぺこちゃん」という表現は万実さんから感染ったものらしい。昔からそう訊き続けられたせいで染み付いてしまったとか。

この子、結構そういうほっこりエピソードを持っていて、偶に俺の「ばあちゃんっ子ハート」を擽りにかかって来る。生憎と自分の祖母は亡くしてしまっているので、そういう話題は涙腺に来ることからも少し勘弁求めたいところなのだが。

 

 

 

「どこか行きたい店とか…は無いか、知らん街だし。」

 

「うん。……でも、○○と一緒なら、何処でも、いいよ?」

 

「…たまに可愛い事言うよな。たまに。」

 

「な、ばっ、一言余計だっつの!」

 

 

 

顔を真っ赤にする有咲の手を取り、宛は無いが賑やかそうな方向へ歩き出すことにした。

 

 

 

**

 

 

 

「おぉ…!」

 

 

 

腕を引かれる感覚に振り向いてみれば大きく出っ張ったショーウィンドウに齧りつく有咲。展示してあるのは何の変哲もない服屋らしいマネキンだが…

 

 

 

「ここ、入ってみっか。」

 

「…うんっ。」

 

 

 

珍しく服に食いついている有咲。普段は金銭事情を考慮してか興味がないのか知らんが、特にファッション関連の話題を出すことも新しい何かを買ってくることも無いのだが…

暖房の利いた店内に入りマフラーを緩める。客の入りはあまり多くないが、店員は多い。…ううむ、この空気、苦手だ。

 

 

 

「すっげぇ数の服だ…」

 

「…入るの、嫌じゃなかった?」

 

「あん?んなこたねえわい。…で、どれか気になったのあるんだろ??」

 

 

 

ショーウィンドウに釘付けになる程だ…余程そそられるものがあったんだろう。俺はこの辺適当にうろついてるから、と有咲の鞄を預かり解き放つ。

大層元気な様子でとてとてと徘徊を始める有咲を見ながら、凡そ靴の試着用であろう小さなベンチに腰掛けた。…と、隣に近寄って来る偉そうな肩書の女性。

 

 

 

「いらっしゃいませ。…彼女さんですか?」

 

「彼女…というか嫁というか。」

 

「ふふ、可愛らしいお嬢様ですね。」

 

「そっすね。」

 

 

 

営業トークか何かだと思い適当に受け流そうとしていたが、ベンチの隣…空きスペースに腰を下ろされてしまった。いやアンタも座るんかいとツッコみそうになったが、立ち仕事の上これ程客も少なければしんどいんだろう。暇疲れという奴だ。

別段急いでいる訳でもタスクに追われているわけでも無い俺は、他の店員とアレコレ話しながらワンピースを物色する有咲を眺めつつ、隣の"エリアマネージャー"さんと雑談に耽る。

 

 

 

「あぁ、申し遅れました。私この辺りのエリアを任されている、横澤(よこざわ)という者です。」

 

「ぇあ?ああ、これはどうも、ご丁寧に…。」

 

 

 

渡されてしまった名刺を見やると当然ながら彼女の名前が。大して興味も無いので胸ポケットにしまい、一応持ち歩いていた名刺ケースから一枚取り出す。

 

 

 

「ま、商談とかって訳じゃないんでアレなんですけど、私○○と申します。」

 

「頂戴いたします。……あら、ずいぶん遠くからいらっしゃったんですね。」

 

「ちょっと出張でして。」

 

「それで立ち寄って頂けた訳ですね。」

 

「まあ、あの子が……実は連れなんですが、普段あまりこういった店に興味を持たなくてですね。」

 

「あら、意外ですね。お年頃に見えますが。」

 

「ええ。…普段から服でもアクセサリーでも欲しがるものは何でも与えようと思っているんですが…中々欲しがらないものでして。ところがさっき、ここのショーウィンドウを食い入るように見つめてたんで「もしや」と思いましてね。」

 

 

 

何だろう、これが聞き上手という奴なんだろうか。訊かれても居ないのにベラベラ喋ってしまう自分に引きながらも、このまま話し続けることで有咲をより可愛らしく包み込むことができるやもしれないと腹の中で考え出した。

 

 

 

「成程ですね。…愛情が凄いです。」

 

「そりゃもう愛してますよ。」

 

「おぉ、素敵です!」

 

「あ……じゃあ折角なんで横澤さんに相談なんですけど。」

 

「なんでしょう?」

 

「予算はそこそこあるんで、アイツをもっと可愛くする手伝いをして欲しいんですわ。」

 

「あぁ、それならお安い御用です。…というより、そういうお店ですしね。」

 

「それもそうだ。」

 

 

 

服屋の店員に向かって「頼むから服を売ってくれ」などと頼み込むのも俺位なものだな、と自分を滑稽に思いながらも横澤さんと一緒に有咲の元へと向かった。

 

 

 

「………あ、あれ?もう帰る時間?」

 

「な訳。…気に入った服はあったか?」

 

「えと……い、いっぱい試着出来て楽しいけど、買う程は…その、アレかな。」

 

「どれだよ。」

 

「う、うっさいなーもう。…別に試着できただけでも満足だから、行くんなら行こ?」

 

 

 

何が恥ずかしいのか、妙に焦った様子で店外へ誘導を図ろうとする。だがその誘いには乗らんし俺の目的も達成出来ちゃいない。

横澤さんに目配せして、有咲を試着室へと引っ張っていく。

 

 

 

「へ?…へっ??ちょちょっ…」

 

「有咲。」

 

「な、なんだよ」

 

「悪いが今から、お前には着せ替え人形になってもらう。」

 

「あぇ??…何言って」

 

 

 

間抜け面で状況に付いて行けない感をモロ出しにする可愛い彼女。そりゃそうだ。

逆の立場だったら俺もそうなる。正直俺のエゴ的な要素もあるこの流れだし、有咲が服だなんだを欲しがっているかどうかすら分からない。

だがこの子は悪い意味でも気を遣えてしまうような、根っからのいい子だ。どこかで俺が無理してでも押してやらないと、こういった金のかかる欲求は一生口にできないだろう。

 

 

 

「○○様、奥様の好みなどはお分かりで?」

 

「んー、わかりませんねぇ。」

 

「えっ、だ、誰??店員さん?」

 

「私、横澤と申します。…本日は○○様のご依頼で、有咲様の一式コーディネートを担当させて頂きます。」

 

「こーでぃ……おい、○○!どういうこと??」

 

「まぁその、あれだ。…日頃の感謝とかそういう…色々あるから、その、もっと色んな服着たお前が見たいんだ!!」

 

「後半お前の願望じゃねーかそれ。」

 

「そうともいう!」

 

「開き直んなぁ!……えーと、それはアレか?好きな服、買ってやるぞ…的な?」

 

 

 

有咲も俺の真意に気付いたらしい。気付かれるというのもそれはそれで滅茶苦茶恥ずかしいものである。

…だがもう引けない。ここは押し通す勢いで道化を演じるしかないのだ。大丈夫だ、きっと横澤さんは分かってくれるはずだ。すっげぇ笑い堪えてるけど気にしないでおこう。

 

 

 

「おう!どんどん可愛くなってくれ!!」

 

「お、おう!…おう??」

 

「ふふふふ…それでは○○様は此方の椅子にお掛けになってくださいな。」

 

 

 

有咲が一応了承の動きを見せるや否や、突如用意された椅子に押さえつけられるようにして座らされる俺。有咲は女性の店員と一緒にカーテンの向こう側へと消えて行ったが…。

 

 

 

「…一体何が始まるんです?」

 

「勿論、奥様のファッションショーですよ。」

 

「なるほどぉ。」

 

 

 

アレコレ考えるとまた重い空気を作り出してしまいそうだったので、頭を振って余計な考えを飛ばすことにした。

もう頭は使わない…これから見られるであろう有咲のエr…可愛い姿だけを目に焼き付けよう。

 

 

 

「…奥様とお呼びしてしまいましたが、もし複雑な関係だったならば申し訳ありません。」

 

「え?」

 

「いえ。…先程ご関係を濁しておられたので。」

 

「あぁ。」

 

 

 

突然真剣な声色で何を言うのかと思えば。それは横澤さん、俺達ってそういう人種なんですよ、としか言いようがない。彼女も"二次嫁"も纏めて嫁と呼ぶような、ね。

 

 

 

「失礼ですが、横澤さんご結婚は?」

 

「しておりますよ。」

 

「ふむ。…やっぱり、ご主人からプレゼントとかされるんですか?」

 

「私…がですか?全くですよ。」

 

「あら。」

 

「だから正直なところ、有咲様が羨ましいんです。……○○様を見ていると、溢れんばかりの愛情が見えますので。」

 

 

 

………俺ってそんなにわかりやすいのかな。もしかして、端から見て恥ずかしいレベルだったりするのか?

いやでも、自分の嫁の色んな可愛さを見て居たいって言うのは誰でも一緒なんじゃないのか…そもそも、

 

 

 

「おや、準備が終わったようですね。」

 

「ほう。」

 

 

 

…考えるのは後で良いか。

 

 

 

「それではお披露目でーす!」

 

 

 

恭しく開かれたカーテンの向こうには恥ずかしそうにこちらを睨む有咲が居て―――

 

 

 

**

 

 

 

「有難うございました~またお越しくださいませ~」

 

 

 

二時間近く過ごしただろうか。次々と現れる多角度からの"可愛さ"攻撃に俺の理性は限界。

あれやこれやとアクセサリーも同時に紹介されたような気もするが、気付けばクレジットカードの暗証番号は入力済み、両手には大量の紙袋を持った俺と買ったばかりの服でめかし込んだ有咲は店員の声を背に歩き出していた。

 

 

 

「……えと、その……あ、ありがと。」

 

「おう…………なんつーか……すげぇ、似合ってるよ。」

 

「あぅ………………す、すす。」

 

「??」

 

「………好き、に……なった…?………前より、もっと。」

 

 

 

あれあれ、どうしちゃったのかな。服が変わっただけだというのにこのキャラの変わり様。

今までにない程いじらしさが漂っている有咲…すっげぇイイ。

 

 

 

「当たり前だろー………あれだけ何着ても似合うんだもんよ……ヤバいくらい…いやもう、可愛すぎて…ヤバい。」

 

 

 

ヤバいのは俺の語彙力かも知れない。

 

 

 

「……き、嫌いになったり、して…ない?」

 

「何だその質問は…」

 

「…だって……だって、高い買い物……させちゃったから…さ。」

 

 

 

あぁもう、どこまで俺を誑し込むつもりなんだこいつは。気を遣うのもいいが、ここはちゃんと教えてやらないとな。

 

 

 

「……いいか有咲。」

 

「…ん。」

 

「今回のは、俺の我儘に付き合ってもらっただけだ。有咲が駄々こねて買った訳じゃないだろ?」

 

「………そりゃそうだけど。…遠慮とか、さ。」

 

「遠慮なんかいらねえんだよなぁ…。お前、普段から色々抑え込んで生活してるだろ?俺に気を遣ってるのか知らんが、こういう買い物とかも全然したがらないし。」

 

「……だって、部屋着でも制服でも、○○は可愛いって言ってくれるじゃんか。」

 

「……え。」

 

「だからその、何なら何も着てなくったって、○○は可愛がってくれるし…好きって言ってくれるし……着飾ることよりも、一緒に居る時間増やしたいな…って。」

 

 

 

なるほど。

なるほどなるほどなるほど。

つまりは、気遣い云々よりも俺に原因があると?どんな有咲であろうと色んな魅力が見えていいじゃん的な俺の態度が、有咲を満足させてしまっていたと…?

こいつ、口では捻くれた事言ったりツンツンしてる癖に腹の中滅茶苦茶ピュアじゃねえかよ…。

 

 

 

「………じゃあこうしよう、有咲。」

 

「…うん?」

 

「俺が有咲に何かプレゼントしたくなったら、その時は俺とデートしてくれ。」

 

「でーと…?」

 

「ん。今日…程豪勢には難しいかも知れないけど、一緒の時間を過ごしながら俺の物欲?も満たせる。」

 

「…あのさ、私は買ってもらう側だからいいんだけど、○○にとって負担にはならない?私、○○に何かを買ってもらいたくて一緒に居るわけじゃないんだけど。」

 

 

 

少しムッとした様に言い返してくる。強情な奴め、俺が君にプレゼントすると言う事はつまり君を俺の好きなもので塗りつぶしていくと言う事で…いや決して押し付けたいわけじゃないが。

 

 

 

「何も毎度何かを買ってあげようとかそんなつもりはないさ。…ただ今日みたいに、有咲の可愛さをより際立たせる何かがあった時は、遠慮せず受け取って欲しいんだ。」

 

「可愛さ…って、お前今すっげー恥ずかしい事言ってっかんな。」

 

「これからもずっと一緒に居てくれるんだろ?…なら、もっともっと、有咲の魅力を焼き付けていきたいんだ。だから…」

 

「わかった!わかったよぉ!!!……もう、ここ往来だってこと忘れてないか?すっげぇ恥ずいんだぞ…。」

 

 

 

しまった。熱く語り過ぎてしまったがここはまだ店から数十メートル歩いただけの道路。周りには普通に通行人が居るし、何ならじっと観察してくる奴さえいる。

そんな中で俺は、クソ恥ずかしい求愛めいた真似を…!!

 

 

 

「あ、あああああ、有咲よぉ、と、ととっ、取り敢えず歩かねえかっ?」

 

「気付いたら恥ずかしくなったパターンか。」

 

「な、なんでおま、有咲はそんな冷静なんだよっ。」

 

「んー……なんかさ、お前の言ってくれたことは恥ずかしいし、「よく真顔で言えんな」って感じで、私だったらのたうち回るレベルの台詞なんだけどさ…」

 

 

 

胸に見えない何かの破片が突き刺さる気がする。

 

 

 

「…○○の気持ちはよく伝わったっつーか、言ってくれた言葉の意味とか、褒めてくれた私自身を考えたら…さ。嬉しさの方が勝っちゃったんだよな。」

 

「………。」

 

「……○○、私と一緒に居てくれて、ありがと。」

 

「…………んむぅ。」

 

 

 

何も言えねえ。何だこれ。

すーっと体の熱が冷えていく感覚がして、目の前の笑顔から目が離せなくなって。俺も何か返さなきゃいけないのに、口から出る声は文字にならなくて。

雑踏と喧騒をバックに微笑む姿が、天使に見えたんだ。…んで天使は続けるわけだ。

 

 

 

「あのさ、まだ時間あるよな?」

 

「んぉ、…おう。」

 

「さっき店員さんに聞いたんだけど…もう一つ、おねだりしてもいいかな。」

 

「!!……よし、何でも来い。」

 

「えへへっ、ここからそう遠くない場所にさショッピングモールがあって―――」

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

帰りの飛行機の中。

右側、窓際がいいと言う事で席を交換した有咲は疲れて寝息を立てている。

俺の首筋に掛かる同じ匂いの金髪はくすぐったいが、また一つ増えた嫁との思い出に、込み上げる笑みと幸福感を噛み締めていた。

 

 

 

「確かになぁ…一緒に写ってるのは、なかったもんな。」

 

 

 

ハサミを持っていなかった為に数パターンが一枚にプリントされているが……このプリクラ写真(二人の記録)が手に入った今ならば、ブラック企業の"お遣い"も悪くはないと思える気がした。

 

 

 

 




出張終わり。つかれました。




<今回の設定更新>

○○:愛妻家(予定)。
   貢ぐとかそういうのじゃなくて、純粋に好きな人を甘やかして可愛が
   りたいタイプ。もう有咲無しじゃ生きられない。

有咲:何を着ても似合う。髪型も何でも似合う。
   おい最高かよ。
   ショーウィンドウに食いついたのは、以前主人公が雑誌で見かけ
   可愛いと言っていた服に色と形が似ていたから、らしい。

横澤:昔色々あった人。結婚生活が上手く行っていない訳じゃないが、
   旦那が「発想力を鍛える為」とか何とか言いつつ金髪の少女と
   遊ぶことに夢中な為、不満が多い。要するに欲求が不満なのである。
   多分今後は出ない。


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2020/03/05 春の陽光射すように

 

 

 

「兄さん、これ懐かしいよねぇ~」

 

「ん。……あぁ、昔作ってやったやつか。」

 

「うん。あの頃は本当にアイドルになるなんて思ってなかったけど…そういえば、これが人生初のマイクだったんだよ。」

 

「マイクに人生初も何もねえだろ。形だけだし。」

 

「もー…兄さんはそういうとこ、現実主義だよね。」

 

 

 

実家。彩が一人暮らしの準備を始めるというので有咲と一緒に手伝いに来たのだが。

どうやらこの妹、片付けの最中に思い出の品が見つかると手を止めてしまうタイプの人間らしく、今もアルミホイルの芯から俺が五分で作った「マイクのような何か」を手に燥いでいる。

有咲はさっきお袋に呼ばれてリビングの方へ行ってしまったし、この部屋には兄妹だけが取り残されたと言う訳だ。

ぶーぶーと不満を漏らす妹に軽めのチョップ…作業の再開を促した俺は、また妹のクローゼットへ頭を突っ込む。

 

 

 

「いいから手を動かせっての…。……こんなに服だのコートだの要るのかよ?」

 

「い、要るよぅ。アイドルなんだから、外見には気を遣わないと!」

 

「中学の制服とか、要らんもんは捨てるかどうにかしないと…」

 

「す、捨てるなんてっ、ぜったいしないからっ!」

 

 

 

お手製マイクを放り投げ飛びついてくる。俺の手から中学時代の制服をひったくり、抱き締める様にして恨めしそうな眼を向けてくる。俺が何したってんだ。

第一、もうすぐ高校の制服すら着なくなるというのに一体全体どうしたいんだね。

 

 

 

「だって…初めてこの制服着た時、兄さん褒めてくれたから…。」

 

「今の制服だって初見は褒めたろ。」

 

「で、でも!高校入学の時は何か適当だったもん!」

 

「えぇ…?」

 

 

 

思い出してみる。中学に入った時は、初めて制服登校になることもあってとても新鮮だったのを覚えている。俺も通っていた共学の中学で、見慣れた制服より少し新しいデザインを身に纏った妹は文句のつけようが無い位可愛かった。

それに比べて高校の時は、確か俺はもうここに住んでいなかったこともあって、チャットか何かだけで感想を伝えた気がする。それを適当と言われても…ううむ。

 

 

 

「適当でした!」

 

「どんなこと言ったんだ?俺。」

 

「写真送ってさ、「似合う?」って訊いたの。…そしたら、次の日くらいに「ああ」ってそれだけ!!」

 

「……………ああ。」

 

 

 

思い出した。確かあの頃は就活で忙しくて……その時も移動の隙かどこかで見て返信だけしたんだったっけ。確かに適当にも感じられる。

 

 

 

「だから、中学の制服は絶対に捨てないの。」

 

「中学の時ってそんなに丁寧な回答したん?」

 

「丁寧っていうか…携帯でいっぱい写真撮りながら、「最高に可愛いぞ!俺にとって世界一のアイドルだぞ!」って。」

 

「ああもういい恥ずかしいからやめて。」

 

 

 

昔はシスコンだったらしい俺。その時の写真なら今もPCの写真フォルダに入ってるよ。

そんなに小っ恥ずかしい事を言った覚えは無かったが…そうか、そりゃ嬉しがっても仕方ないな。

 

 

 

「じゃあ高校の制服は捨てるのか?」

 

「それとこれとは別!」

 

「あぁそう。…これ、実質俺手伝いようが無いんじゃ?」

 

「む。気付いちゃった?」

 

「結局最終判断はお前だもんなぁ。断捨離の苦手な…」

 

「だって…全部思い出がいっぱいなんだもん。簡単に捨てたりなんて…できないよ。」

 

 

 

お、名曲…じゃない、そんなペースじゃ片付けも準備も終わらないと思うんだが。

現状、俺にできることと言えば作業の手を止めがちな彩の監視程度なんだが、果たしてそのポジションは必要なのだろうか。

 

 

 

「兄さん。」

 

「んぇ?」

 

 

 

自分の存在意義について考えていると、妹から割かし真剣な声が。

 

 

 

「私がいなくなったら、寂しい?」

 

「別に?」

 

「……酷くない?」

 

「今だって一緒に住んでるわけじゃねえし、テレビ付けたらお前に会えるだろ?」

 

「…それって、私は兄さんに会えてないよね?」

 

「だから、俺は寂しくない。」

 

「むーっ!!」

 

 

 

ああ思い出した。このやりとり、俺が実家を出て行くときにした会話だ。丁度中途半端に自我が育っていた彩は少し反抗期気味になっていた頃で、俺に対しても妙に冷たい態度を取っていた時期。

確かあの時は、直前までしょーもない事で喧嘩していて………会話の内容まで思い出してきた。

 

 

 

「…まぁ、「寂しくないと言えば嘘になる」な。」

 

「!!……「でも、今は私に冷たい」じゃない?」

 

「いや別に冷たくはしてな」

 

「兄さん!」

 

「はいはい…。「冷たいのは嫌なの」か?」

 

「「そりゃあ」…兄さんは私にとって、世界でただ一人の兄さんだもん。「できることならずっと、一番大切にしていきたい」よ。」

 

 

 

うわあ。何なの。昔の俺ってそんな気障ったらしい台詞ばっか言ってたの?

この再現芝居みたいのも噴き出しそうで辛いのに…俺いま泣きそうなレベルで恥ずかしいよ。

 

 

 

「…で、ここでお前は大泣きしたんだよな。「ぶぇぇ」つって。」

 

「も、もう!そんなとこまで思い出さなくていいよ!」

 

「…………まぁ、本当に、寂しくないってことはないさ。彩が活躍する姿は楽しみだけど、直接褒めてやれなくなるからな。」

 

「……そんなに褒めてもらったことないけど?」

 

「ああもう……この歳になると照れ臭いんだよ。ほら来い。」

 

 

 

演技モードに入っていた妹に向けて手招き。スイッチが切り替わる様にふにゃふにゃの顔になるや否や、早足でトトッと近寄ってきた。

あの頃とは違い身長差も著しくなったその華奢な身体を抱き締めてみる。久しぶりに嗅ぐミルクの様な甘い匂いは、色気づいたのか振りかけてあるコロンの香りと混ざり合いその成長を意識させる。

頭を抑え込む様にして、暫し無言で佇み頭の後ろ…油断していたのか少し寝癖の残ったあたりを撫でる。彩も彩で、胸のあたりに顔を埋め、時折もぞもぞと左右に振っている。感触を確かめているのか、何かを求めているのか。

 

 

 

「…お前の頑張りはちゃんと見てるよ。テレビは流石に全部見られるわけじゃないけど、雑誌も写真集も、トレーディングカードもちゃんと集めてる。」

 

「……うん。」

 

「お前は今だって俺にとって一番のアイドルだよ。あの時にも言ったかもしれないけど、人ってのは変わることで大きくなっていくんだ。」

 

「…ん。」

 

「住む場所が変わって、一緒に過ごす人が変わって、環境が変わって、学ぶことが変わって…」

 

 

 

彩は春から、大学生。勿論芸能活動も続けながら通う事になるので、事務所の意向で事務所近くの全寮制の大学に通う事になるのだ。パスパレの他のメンバーも同じ学校に通うとかで、ぼっちの心配は無いのだが。

俺だって、妹が上手くやって行けるのか、体を壊したりしないか、気持ちが負けそうになったりしないか、ホームシックにならないか、心配し始めたらきりがない。だが、誰もがそうやって大人に成って行くのだ。俺にできることは、この地で、彩の行く末を見守り応援するだけ。

 

 

 

「お前がどんなに変わろうと、俺にとっては世界でただ一人の妹だから安心しな。辛くなった時には、いつだって甘えていいんだから。」

 

「………うん。」

 

「……大丈夫だ。お前はちゃんと頑張れてる。偉い子だ。」

 

「…………………兄さん。」

 

「ん。」

 

「私、やれるだけやってみるね。」

 

「おう。」

 

「………兄さん。」

 

「んー。」

 

「……だいすき。」

 

「…そか。」

 

 

 

勉強机の上に置いてある、古い魔法少女モノのキャラクターデザインの目覚まし時計。秒針の硬い音が部屋にまったりとした時間を齎していた。

暫く頭を撫で続けていたが、やがて突き放す様に距離を取る彩。

 

 

 

「もうおしまいっ!片付けしないとね!」

 

「おう。」

 

「でも兄さん?最後のだけ減点ね!」

 

「え。」

 

「……私みたいな可愛いアイドルに大好きって言われてるんだよー?「そか」って!「そか」ってぇ!」

 

「まじかぁ…手厳しいなぁ。」

 

「にへへ、もう言わないよー。」

 

「そっか。」

 

「さ、お片付けお片付け~」

 

 

 

俺の自慢の妹は意気揚々と腕まくりを始めた。どうせまたすぐにその手を止めるんだろうが、それも悪くない。

こっちにいるうちに、出来る限りは一緒に過ごしてやろう。

 

 

カチャァ…

 

「○○……」

 

 

「ん。」

 

 

 

部屋のドアが開いたかと思えば、ついさっきまで泣いていたかのように目を真っ赤に腫らした有咲が。

何事かと兄妹揃って心配したが、さっきまで彩が居た場所に今度は有咲が飛び込んでくる。

 

 

 

「おっと……どした?」

 

「………お母さんと、話した。」

 

「うん。何か酷い事言われたのか?」

 

「……。」

 

 

 

首を横に振る有咲。

何故か彩が泣きそうな表情なのも引っ掛かるが、まずは腕の中の有咲だ。

 

 

 

「…○○を宜しくって言われた。」

 

「……うん。」

 

「………すん…すん…。」

 

「……え、それだけ?」

 

 

 

何だよ、そんな事かよ。

…もっと凄い事言われたのかと思ったけど、要は俺がだらしないからとかそういうやつだろ?

 

 

 

「……○○、私も丸山にしてくれる…?」

 

「!!」

 

 

 

あっ。ヤバい。

涙に潤んだ瞳でそんな風に見上げられると…色々精神衛生上よろしくなかったので、もう一度強く抱きしめる。そのまま顔を見て居たらおかしな気分になりそうだったのだ。

隣で小さく「ぁ…」と声を漏らす彩。いやわかる、びっくりだよな。

 

 

 

「……俺は結構前から、そのつもりだったが?」

 

「………ほんと?」

 

「おうとも。…つか、お袋とどんな話したんだ…。」

 

「…可愛いからうちの娘になって、とか…○○はどうしようもない愚図だからずっと傍で支えてあげてとか…」

 

「……あのババア…!」

 

 

 

言うに事欠いて愚図とは何だ。

 

 

 

「でも、有咲がいいなら是非とも嫁に来てくれ。俺もずっとお前と一緒に居たい。」

 

「……うん、結婚する…。」

 

「…よし。なら今度は万実さんのとこ行かないとな。」

 

「…ばあちゃんも……いいって、言ってた……」

 

 

 

根回しが早ぇ。

両家がこんなに早くも合意だとは。こんなに幸せな事ってあるだろうか。そうと決まればこの場に合う有咲の顔は泣き顔じゃない。

まずは落ち着かせるために背中をトントンとリズムよく叩く。勿論、優しくだ。

 

 

 

「……………ちょ、ちょま、一旦ストップ。」

 

「あん?痛かったか?」

 

「…今子ども扱いしたろ?赤ちゃんあやすやつだろ?それ。」

 

「…その結果泣き止んでたら世話ないわなぁ。」

 

「なっ…!」

 

 

 

相変わらず目も顔も真っ赤だったが、一先ずいつもの調子は取り戻したようで。

俺と周りの状況が、こうして一つの区切りを付けようとしている。なら俺も男を決めて…

 

 

 

「あれ?」

 

「ん。」

 

「有咲ちゃん、もう一年高校生だよね?」

 

「はい。」

 

「結婚…すぐするの?」

 

 

 

…あぁ。そういやすっかり失念していたが、彩は卒業、有咲は次が三年生…。

流石に現役高校生と結婚しちゃう社会人はマズいだろう。

 

 

 

「そうか。じゃあ挨拶も一年後に」

 

「はぁ!?折角こんな流れが出来たのにそりゃねーだろ!!」

 

「じゃあどうすんだよ高校生。」

 

「学校辞めるし。」

 

「だめだ。」

 

「あぁ!?いーじゃんか!!ケチ!!」

 

 

 

ケチとかそういう問題じゃねえよ。

 

 

 

「有咲ちゃん…高校は卒業しておいた方がいいと思うけどな。」

 

「なっ、あ、彩先輩まで!?」

 

「ほら、高卒の肩書だけでも色々便利だし…あると無いとじゃ大違いだし…」

 

「うむむむむ………えいっ!」

 

 

 

ぼふっ、と半ばタックルに近い勢いで有咲が再度飛び込んでくる。つい反射で抱きとめてしまったが、こいつ…全てを有耶無耶にしようとしている…!?

 

 

 

「あっ、有咲ちゃん!ずるいっ!」

 

「「ズルい」じゃねえ。」

 

「えいっ!」

 

 

 

今度は後ろから彩が。ええい、お前まで有耶無耶作戦に加担してどうする。

 

 

 

「ねえ有咲ちゃん?」

 

「何…ですか!」

 

「兄さんって、ハグ上手過ぎてズルいと思うの。」

 

「……わかります。」

 

「だーっ!もう、お前ら離れろっての!!」

 

 

 

新たな始まりが近づく、春の日のお話。

 

 

 

 




彩メインの季節ネタ回。もうすぐ完結です。




<今回の設定更新>

○○:特に自分から動かずして両家から承認を捥ぎ取る人格者。
   妹を溺愛していたらしい過去も。
   ハグが上手いらしい。彩曰く頭の撫で方も。何だこの兄妹。

有咲:夢はお嫁さん。
   別に学校を辞めたがっている訳じゃないからな?本当だぞ?
   主人公の母親にエラく気に入られた模様。

彩:可愛い。
  自宅ではたまに眼鏡を掛けることもある。
  かなりのお兄ちゃんっ子で、冗談抜きで恋心さえ抱いていた時期も。
  ぶぇぇ。


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2020/04/26 日常(終)

 

 

将来の嫁の背中を見てのんびり過ごす…まぁたまにはこんな日があってもいいだろう。

特に何かがあるわけではないが、日常というのはいつまでも大切にしていきたいものだ。いつから…と明確な日は覚えていないが、こいつがうちに通うようになった頃から抱いていた感情であったような気がする。

 

 

 

「……○○、おかわりは?」

 

「おーう、頼むー。」

 

 

 

いつかのように洗濯物を取り込み片付けながら視線もくれずに気遣いを投げてくる有咲。あの頃よりも"嫁度"に磨きをかけた有咲は、実物を見るまでもなく俺の湯呑事情まで把握しているらしい。

靴下を丸める手を止め慣れた手つきで茶葉を急須に詰める。そういえばこういった小物に関する拘りは家柄があってのことかもしれないな。茶なぞティーパックにお湯をぶっかければ良さそうなものだが。

 

 

 

「ばーか、この一手間がいいんだろ。」

 

「……。」

 

 

 

思考を読むのも、お手の物らしい。

…あぁそうそう、ドヤ顔で湯呑を運んでくる彼女だが、先日正式に退学届を提出した。彩や友人達には反対されたらしいが、本人たっての希望ということもあって、だ。

うちの母親や万実さんも仕事が忙しかった俺の代わりに相談に乗っていたようで、その後押しもあって――とか言ってたっけ。

…俺?俺は相談もなにも、有咲が決めたことは全部実現してやりたいと思ってるしどのみちこの先一緒に居るつもりだったからなぁ。最初にその話が出た時だって、冗談や酔狂で言い出したことじゃないというのはわかっていたし、何よりも動機が動機だったために止める気にもならなかったってわけだ。

真剣な顔で小っ恥ずかしいこと言いやがって。俺はそんな大した男じゃないってのに。

 

 

 

「…ふはぁ。うめえ。」

 

「だろ?…もうちょっとしたら晩御飯作るからさ、待っててな?」

 

「おう。……手伝おうか、俺も。」

 

「いい。家事は私がやるって言ったろ。」

 

「…前時代的思考か。」

 

「ちげーし。前も言ったように、○○に相応しい女の子にならなきゃいけないからさ。これくらいはやんないと…。」

 

「……逆、なんだよなぁ。」

 

「あん?」

 

 

 

彼女曰く花嫁修業らしい。いよいよ本腰を入れるということで、退学を決意したらしいが…。

もう既に十分すぎるほど支えられていると思うのは恋人フィルター故の過大評価だろうか?何せあの時、度外視し過ぎたが為に底辺まで落ちぶれていた俺の生活水準を引き上げ、まともな生活基盤を築いたのは紛れもなく有咲なのだから。

 

 

 

「…有咲がうちに初めて来たときのこと、覚えてるか?」

 

「急だな。」

 

「ま、作業のBGMにでもなればってな。お喋りしようぜぇ有咲ちゃーん。」

 

「…うぜー。」

 

「冷てぇなぁオイ。」

 

「……はぁ。忘れるわけないだろ。そのせいで今もこうしてるんだから。」

 

「俺は止めたんだぞ?」

 

「うっせー。「会話の端々に碌な生活送ってない感出てる」って、よくばーちゃんと話してたんだからな?」

 

「そんなに…?」

 

 

 

はて、そこまで言われるのは心外だ。男の一人暮らしなんてこんなもんだろーくらいに考えていたのだが。

 

 

 

「…○○の家を掃除する。…それがある意味で、いい口実になったのかもしれないけどさ。」

 

「ふむ。」

 

 

 

あれは確かいつものように仕事を終え、万実さんに愚痴でも聞いてもらおうかと流星堂を訪れた時のこと。俺にとっては「珍しく有咲ちゃんも店に出てるんだな」くらいにしか思っていなかったが、有咲曰く俺が来ると思って待ち構えていたらしい。

万実さんに夕食を食べていかないかと聞かれてテンパった俺はつい、今日も自炊するんで大丈夫です的な内容を答えた気がする。…結果としては自炊経験がまるでないことを看破・指摘され、見兼ねた有咲がアレやコレやと質問攻めにして…といった流れだ。

根負けしてゴミ屋敷のような惨状を話すや否や「私に片付けさせろ」と。退学の件でも感じたことだが、思い切りが良すぎる発言である。

 

 

 

「…汚かったな、マジで。」

 

「事前に聞いて来てそれか。」

 

「や、多少は会話の味付け的なの想像すんじゃん?でもアレはかなりヤバめなゴミ屋敷だった。○○じゃなかったら引いてたわ。」

 

「…俺ならゴミ屋敷がお似合いだと?」

 

「馬鹿なのか?○○が相手だから何とかしてあげようって気になったって話だが?」

 

「…お、おう。」

 

 

 

散らかる部屋をの中で、何処から手をつけていいかもわからないで放置していた俺とは違い、部屋に入るなり買い込んだ食材を俺に押し付けた有咲は驚く程の手際で部屋を片付け始めた。ブツブツと小言を零しながらも一生懸命に動き回ってくれるその背中に、今思えば既に見蕩れていたのかもしれない。

二時間ほどだろうか。溜まっていたゴミは全て外へ、大まかな床掃除を終え轟轟と震える洗濯機の前で有咲が言ったのだ。

 

 

 

「「家事、苦手ならたまに来てあげよっか」…ってさ。あの時の有咲はホント、天使だったよ。」

 

「む。」

 

「ん?」

 

「……"だった"?」

 

「あー………訂正、今もこれからもずっと、有咲さんは天使だな。」

 

「ん。……私自身、照れ隠しみたいなこともあったのかも。」

 

「何をそんなに照れるかね。」

 

 

 

語尾一つ気になるような可愛らしい図々しさを見せつける子が。

 

 

 

「本当にひどい有様だったからさ。もう片付けることに集中しちゃって。……んで、洗濯機のスイッチを入れて、一先ずの"建前"を達成できたーって思ったら、急に…さ。」

 

「…?」

 

「私、○○さんの部屋で二人きりになっちゃってるんだ…って意識しちゃって、すっげー恥ずかしくなっちゃって…。」

 

「……あぁ、恥ずかしかったんだ、やっぱ。」

 

「…お前、私のことなんだと思ってんの?」

 

「真顔で恥ずかしいこと言う奴。」

 

「なっ………そ、それはお前も同じだろーが。」

 

「はっはっは、確かになぁ。」

 

「う……くそっ。」

 

 

 

要するに次の建前が欲しかったんだろう。次からも俺に会う口実が。かわいいかよ。

 

 

 

「結局、"たまに"どころかほぼ毎日来てたよな?」

 

「…迷惑だったか?」

 

「いや。今もそうだが、すっげー助かってる。」

 

「そか。」

 

「今やもう欠かせない存在だ。…一家に一台!家事万能嫁アリサ!!」

 

「ばーか、調子のんな。」

 

「それくらい助かってるってこったよ。」

 

 

 

まさか人生を共にすることになるとは予想もしていなかっただろうが、女性慣れしていないなりにも無下にあしらわなかったあの時の俺を褒めてやりたい。

そうしてすっかり当たり前のようにうちへ通うようになった有咲のお陰で、俺の生活は一変した。勿論いい方向にだ。

それまで面倒臭さのあまり休日に纏めて処理していた洗濯物や洗い物が溜まることはなくなり、出来合いの惣菜を食べる機会も減ったためにゴミも少なくなった。おまけに俺の好みの料理を必死に覚えてくれる有咲のお陰で外食も減り、仕事を終えた夜時間がまったりとした安らぎの時間に変わっていったのだ。

無機質だった孤独な生活に、温もりという色が差したのを実感できたという大きすぎる贈り物をくれた有咲に惚れ込んでいったのは当然と言えるだろう。

気づいたときにはもう、彼女のよく通る声が、眩しいばかりの笑顔が、温かくも小さい手のひらが、揺れ動く金の髪が…俺という人間を構成する要素として欠落してはならないものになっていたのだ。

 

 

 

「…よし。洗濯おーわり。」

 

「んぁ、おつかれさん。」

 

「すぐご飯作っちゃうからなー。もちょっと待っとけー。」

 

「…あのさ有咲。」

 

「ん。」

 

「俺に相応しい女の子になるって言ったよな?」

 

「あぁ。」

 

「…俺達の始まりもそうだけど、どっちかっていうと俺の方が努力することなんじゃねえの?」

 

「何で?」

 

「何で…って。」

 

 

 

どう考えても有咲のスペックに追いついていない俺、という構図以外浮かばないのだが。有咲は俺に対して一体どれほどの幻想を抱いているというのか。

どうもそこが腑に落ちない。

 

 

 

「有咲はさ…優しいし思いやりもあるし、家事だって一通りできるし頭もいい。…それに比べて俺って、仕事に行って帰ってくる以外何もしてないし、有咲に対して何もしてやれてないし…」

 

「……あー、それは違うよ○○。」

 

「違わねえ。俺は――」

 

「私はさ、不安なんだ。」

 

「……。」

 

 

 

不安。

 

 

 

「○○が一緒にいてくれるって言ってくれて、大好きだよって言ってくれて…同じ苗字にしてくれるって言ってくれて、すっげー嬉しかった。

 …けどさ、すっげー嬉しいんだけど、同じくらい不安になっちゃってさ。」

 

 

 

彼女の持つ、不安。

 

 

 

「大好きで、いつも○○のことばっか考えちゃうほど好きで好きで堪らなくなっちゃって。…好きって気持ちが膨れ上がるのと同時に、嫌われたくないって気持ちも大きくなってくる。」

 

「そんな、俺が嫌いになんか―」

 

「ならない…って、○○は言ってくれるよな。わかってる。…でもそれって、何か狡いじゃんか。」

 

「……。」

 

 

 

その感覚なら少しは分かる気がする。今が幸せだからこそ、この何気ない平穏な日常を愛しているからこそ、変わることが怖いのだ。

勿論変わらないって信じてる。だからこその、得体の知れない未知の空白に対しての――未来への、漠然とした不安。

誰にでもある。それは、大切なものに巡り合ってしまったとき。失くしたくないものを、手に入れてしまったとき。

 

 

 

「だから私は、いつだって○○に相応しく居られるように、頑張ることにしたんだ。」

 

「……ッ。」

 

「いつだって○○自身に、代わりが効かないって思ってもらえるように。ずっと変わらずに一緒に居るために、変わることにしたんだ。」

 

 

 

停滞は衰退。立ち止まることは、進むことを諦めること。

ふたりの関係に、幸福な時間に限界を作ってしまっては生まれるのは不安なのだ。彼女の真剣な眼差しに目が覚める思いだった。

俺よりも小さくてか弱い彼女がそうして歩み続けようとしているのだ。ならばこの先を見据える人間として、隣に立つ男として、踏み出す一歩は同じでなければいけないと思った。

 

 

 

「…………有咲。」

 

「……。」

 

「……俺、なれるかな。」

 

「…。」

 

「有咲に、相応しい男にさ。」

 

 

 

冷たく先の見えなかった生活にこの子が彩りをくれた。何もなかった駄目な男に、一生懸命に寄り添いたいと言ってくれた。

ならば俺が出来ることは、一生を賭けてでもこの子を…彼女との変わらない日々を守っていくことだけだ。

その為に踏み出す一歩は、新たな決意のジンテーゼ。

 

 

 

「……一緒に頑張ろ。今までどおり、気楽にさ。」

 

 

 

彼女は微笑み、いつものように夕食の準備へ取り掛かった。

 

 

 

**

 

 

 

将来の嫁の背中を見てのんびり過ごす…まぁたまにはこんな日があってもいいだろう。

特に何かがあるわけではないが、日常というのはいつまでも大切にしていきたいものだ。

 

詰まるところ、かのニーチェも言っていたように、恐れているのは愛の破滅よりも寧ろ愛の変化なのである。

"変わって"しまうことへの恐れを抱いた俺と有咲は、"変わって"しまう原因を変わらず在り続ける事と見た。

 

この選択が内包する矛盾は果たして正しいものか……そんなことは、どうでもいい。

今ひと時は、ただまったりと過ぎ行く時間に身を委ねていよう。二人の間に形作られた、いつもの時間に。

 

 

 

 

 

「ごちそうさん。今日も美味かったよ。」

 

「ん。お腹いっぱい?」

 

「パンパンだぜ…。有咲、膝枕プリーズ。」

 

「はぁ?食ってすぐ寝たら牛になるってばーちゃんが言ってたぞ。」

 

「おばあちゃんっ子め…。」

 

「うっせー。先に食器片付けてからな?」

 

「えー。」

 

「……あーもう、仕方ねーな…。」

 

 

 

 

 

終わり




市ヶ谷有咲編、完全完結になります。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:ちょっと頭を使ったが思考はループするばかり。
   恐らくこの問題に決着がつくことはない、が、ようはまったりが好きなのだ。

有咲:嫁力。


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【Afterglow】夕暮れの幼馴染【完結】
2019/06/13 幼馴染その1 -ひまりと過ごす夜-


 

「なぁ、いつまで居んの?」

 

「はははは!…えぇ?

 …まだ20時だよ?いーじゃんいーじゃん、隣なんだし。」

 

 

 

隣で動画を見ながらアホ面で笑っている幼馴染に話しかけるが軽くいなされる。

いくら隣に住んでるからって、こんな時間まで居座んなよ…。

 

 

 

「ひまり……よだれよだれ。」

 

「えー??あ、ほんとだ。あははは!!えい。」

 

「きったねぇな!人で拭くなバカ!」

 

 

 

親同士も幼馴染らしく、まさに生まれた時からの付き合いなのだが。

如何せん奔放すぎる。

何やらバンド活動なんかもやっているらしいが、楽器はおろかまともに活動できているのすら謎だ。

手料理を振舞うと言い出したかと思えば徐に駐車場から雑草を毟り取ってくるような奴だ。

イカレてやがる。

 

 

 

「いーじゃーんいーじゃーん。JKのヨダレだよー?

 有り難く受けとんなよー。」

 

「JKだろうが何だろうがお前のはいらん!

 …つぐみのとかだったらまぁ…。」

 

 

 

つぐみ――挙げた名前は、同じく幼馴染の羽沢つぐみのことだ。

つぐみは何というか、かわいい。

 

 

 

「はいはーい。○○はつぐ大好きだもんねー。

 ふーんだ。」

 

「なんだよ。別にいいだろ、好みなんか人それぞれなんだから。」

 

「そーですかー。

 ……ねえ、○○?」

 

 

 

急にトーンを変えてくる。

暫く見つめて来て沈黙が続いたあと。

 

 

 

「もしここにいるのが、私じゃなくてつぐだったら…

 帰れとか言わないでずっと一緒にいたの…?」

 

 

 

あまりの態度の変わりように思わず息を飲んでしまう。

上目遣いの潤んだ目、不安そうな表情。

普段見てもいなかったハリのある唇に、無駄に豊かに育ったその肢体に

俺の視線はあちらこちらと彷徨ってしまう。

 

 

 

「え、えっと…ひまり?

 おまえ、何言って……」

 

「答えて。」

 

「俺は…俺、は……。」

 

 

 

普段なら即答だっただろう。勿論だと。

でも今は…。

 

 

 

「どう、かな…。」

 

「どう、とは…?」

 

「別に、お前だから帰れって言ったわけじゃなくて…その…。

 お、女の子なんだから、例え一瞬しか外に出ないとしても危ないから…っていうか…」

 

 

「……………。ぷふっ。」

 

「あ?」

 

「あははははははははははははははは!」

 

 

 

この感じ。覚えがある。

 

 

 

「…なんだよ。」

 

「だって!だって…!あははははは!!!

 凄い真面目な顔しちゃってさ!!真剣に考えちゃってさ!!はははは!」

 

「うるせえな…。

 そういうとこだぞお前。少しはつぐみを見習えよ…。」

 

「ドキドキした?ドキドキしたでしょ!?」

 

「したよ。」

 

 

 

反撃だ。

 

 

 

「ドキドキした。…お前、急にすげえ可愛いし、襲いそうだった。」

 

「えっ、えっ。嘘?ほんと…?」

 

 

 

さっきやられた雰囲気を思い出しながら、急に空気を引き締めていく。

 

 

 

「ほんとだよ…。ひまりは…ごめん、急にこんな態度気持ち悪いよな?」

 

「えっえっえぇ!?…○○、急にどうしたの?本当に私のこと、好きになった?」

 

 

 

一言も言ってねえのにどうしてそうなる。

 

 

 

「好き、かも…。」

 

「つぐより?」

 

「…だったらどうする?」

 

「……。ちゅーして。」

 

「ぶっ!…ふふっ!」

 

「……!!!

 もー!!○○!バカ!しらない!!」

 

 

 

こうして弄って遊べるって考えると、ひまりみたいな幼馴染も悪くないかもと思う。

おーおー、真っ赤になっちゃって。そんなに照れたのかよ。

 

 

 

「バカ!また来るから!!」

 

 

 

叫び声とドアの悲鳴を残して、ピンクの幼馴染は帰っていった。

その後つぐみにちょっと怒られたのはまた別の話。

 

 

 




今日は脳死で書いてます。




<今回の設定>

○○:主人公。
   高校2年生。
   ひまりやひまりの所属するバンドグループ"Afterglow"の面々とは幼馴染。
   ただ中学時代に女子5人がバンドを結成してからは交流に差が出来てしまった。
   幼馴染の羽沢つぐみが好みどストライクらしく、もう好意を隠してすらいない。

ひまり:幼馴染衆唯一のクレイジー担当。
    Afterglowに忙しい他4人が主人公との接点を減らしている中、
    家が隣同士ということもあり頻繁に主人公のもとを訪ねてくる。
    というかほぼ居る。
    実は何度も主人公に告白紛いの行動を取っているが、冗談だと流され続けている。
    最近ネットで調べて色仕掛けを学んでいる。


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2019/06/22 幼馴染その2 -『Afterglow』-

 

 

「おー○○ー!

 いっつも待っててもらって悪いなー!」

 

 

 

ライブ終わり。ライブハウスロビーにて。

さっきまで熱い演奏を繰り広げていた幼馴染連中がゾロゾロ出てくる。

ライブの後は全員分の差し入れを用意して帰りを待つのがすっかり習慣化している。

…俺マネージャーか何かかな。

 

 

 

「おう、巴。今日も熱かったぜ。」

 

「さんきゅー。」

 

 

 

グッ。と突き出した拳を合わせる。

あまり女の子とコレをやるイメージはないが、まあ相手は巴だし。

こいつは幼馴染連中の中で恐らく最も波長の合う奴だ。

バンドだとドラムを担当していて、性格もあんまり女の子っぽくない。

…と、忘れないうちに頼まれていた飲み物も渡す。

 

 

 

「ほれ、これでいいのか?」

 

「お!これこれ!

 いやー、あこから聞いて気になっちゃってさー。」

 

 

 

渡したのは「ガラナ」。

一時期から急に飲みたがりだし、ついに今回はリクエストされてしまったので買ってみたのだが。

…まさか通信販売に頼る事になるとは。この労力、高くつくぜ。

ちなみに、話に上がった"あこ"とは巴の妹のことだろう。

小さい頃しか記憶がないが、巴にべったりな感じだったな。

 

 

 

「で、蘭は炭酸水でいいんだよな?」

 

「…ん。ありがと。」

 

 

 

黒髪に赤メッシュが入ったこの子は蘭。

ギター弾きながらボーカルもやるっていう、いかにもバンドマンって感じの奴だ。

いつもえらくパンクな雰囲気を醸し出しているんだけど、確か家が華道の何かスゲエ人たちらしい。あんま興味ないからどうでもいいけど。

確かバンド結成の理由も蘭が関係してたような…?

ひまりから聞いただけだからあんまり詳しくは知らないけどね。

因みに、言葉数が少ないのは怒っているからじゃない。

昔結構な喧嘩をして以来ちょっと距離があるのだ。

 

 

 

「蘭、機嫌悪い?」

 

「別に…。

 ○○は、機嫌悪い?」

 

「いや?そう見える?」

 

「ううん。いつも通り何も考えてなさそうな顔に見える。」

 

 

 

ほらな。

ちょっとディスってくる感じは、確かこいつの素のはずだ。

 

 

 

「○○くん!いつも待っててくれてありがとね。

 …今日の演奏、どうだったかな?」

 

「ッ…!つ、つぐ…み…。

 あ、あぁ、うん。いつもどおり、最高だった…よ。」

 

「よかったぁ!

 今日は結構ミスも少なくって、調子いいなぁ!って自分でも思ってたの!!」

 

 

 

あぁ…天使や…。

この子が俺の愛してやまない幼馴染、羽沢つぐみちゃんだ。

実家は商店街の名店。喫茶"羽沢珈琲店"を経営しており、つぐみに会うために小遣いを削って通いつめた思い出もある。

…普通に遊びに誘ったりが恥ずかしかった頃だな。

バンドではキーボードを担当しており、練習中もライブ中もとにかく目が離せないほどかわいい。

普段も何かと頑張っちゃう子で、その姿勢もまたかわいい。

とにかく可愛い。

 

 

 

「つぐみは、えぇと…これか。」

 

「ありがと!

 この時期は特に喉渇いちゃうから、助かったよ~。」

 

 

 

はぁ…渡したペットボトルの紅茶をちびちび飲む姿もまた可愛い…。

水皿から水を飲むハムスターみたいだ。

 

 

 

「○○ー。なんか危ない顔してるー。

 ……で、モカちゃんの頼んだやつはー?」

 

「…はっ!お、おぉモカ!

 お前のは確か……なぁ、ほんとにこれでよかったのか?」

 

 

 

取り出したのは牛乳。普通の、パックのやつだ。

一応指定ありで、絶対低脂肪のやつは買わないようにと言いつけられている。

 

 

 

「うーん、ありがとー。

 これはねー、帰ってからパンと組み合わせて楽しむんだー。」

 

「…お前、ホントにパン好きな。」

 

「んふー。まあねー。」

 

 

「ね、ねえねえ!私のは!?」

 

「……なんだ、居たのかひまり。」

 

「えぇ!いたよー!!ずっと!横に!いたの!!」

 

「そうか、それはよかったな。」

 

「もー!適当に流さないで!!

 私のはないの!?」

 

「ない。」

 

「無いってことないでしょーが!!」

 

「…お前、また太くなったんだろ?

 ほれ、俺の飲みかけの水でいいならやる。」

 

「…扱いがひど過ぎるとおもうんですケド…。…ちょうだい。」

 

 

 

いや飲むんかい。

 

 

 

「ぷはぁ。

 …って!太ってないよ!!」

 

「え?だってモカが…」

 

「モカ!?」

 

 

 

適当に言ってみただけだが、ひまりに合わせてモカの方を見やる。

 

 

 

「んー?……ぴーす。」

 

 

 

無表情のまま素敵な程雑なピースを頂いた。

と、同時に崩れ落ちるひまり。

 

 

 

「うぅ……みんなひどいよ…。

 特に○○がひどい…。」

 

「はっはっは!○○達は相変わらずだな!!」

 

「…うん、いつも通り。」

 

「それな。」

 

 

 

巴や蘭が言うように、これは飽く迄()()()()()の光景だ。

ひまりは弄りやすいしな。リアクションがでかい割に、無駄にメンタルが強いのがまた良い。

と、そこにつぐみが慌てて入ってくる。

 

 

 

「ま、まあそのくらいにして…

 そろそろ暗くなっちゃうし、みんな帰ろ??」

 

「確かにな。…打ち上げは明日やるんだっけ?」

 

「そだよー。明日のお昼からー、みんなでつぐの家にしゅーごー。」

 

「そかそか、明日もつぐみに会えるのか。

 そりゃ早く帰って、明日に備えなきゃなぁ…。」

 

「あ……あぅ…○○くん……」

 

「お前、つぐ好き過ぎな。」

 

「まぁな。」

 

「……………。」×2

 

 

 

巴は良くわかってくれているのか、いつも通り程よくイジってくれる。

が、最近、蘭とひまりがこの話題に乗ってくれなくなったんだ。

今もそうだが、急に無言で見てくるというか…怒ってる?

まぁ、バンドとかそういうグループ活動って恋愛沙汰で崩壊とかよく聞くもんな。

音楽に対して真剣な蘭のことだ。それを危惧している可能性は十分にある。

…蘭の前ではあまり口に出さないほうがいいのかな…。

 

因みに、当のつぐみ本人は毎度新鮮に恥ずかしがってくれる。

ほんのり頬を赤らめ、視線がウロウロと彷徨うのだ。

この反応が見たいがために言っている節もあるからな。自重しようか。

 

 

 

「なんだよ二人とも?帰ろーぜ?

 モカも眠そうだし。」

 

「うーん…。頑張ったあとはー、まぶたが重いのでーす。」

 

「そう、だね…。」

 

「う、うん。それじゃあ、今日は解散にしよっか!

 ○○くんとひまりちゃんはあっちだったよね??」

 

「あぁ、みんなとは反対方向だもんな…。

 それじゃ、みんなまた明日な~。」

 

「あ、まってよ○○…、あっ、みんなまたあした!!」

 

 

 

1拍置くようにしてひまりもついてくる。

さっき弄りすぎたのか、少し元気がない。

流石に悪いことしたかな…。

 

 

 

「どしたひまり?疲れたか?眠いか?」

 

「…んーん。別に。

 明日、一緒に行く?」

 

「おう。…寝てたら起こしに来てくれ。」

 

「もー…仕方ないんだからー…。」

 

 

 

歩き出してもあまり元気は戻ってこない。

まぁ疲れてるのもあるんだろうが。

うん、やっぱ元気のないひまりは見てても面白くないし、ここは――

 

 

 

「あ、そうだ。コンビニでも寄っていかね?」

 

「…いいけど、何買うの?」

 

「…お前、一人だけ水しかもらってないことになんの異議もないのか?

 だとしたら弄られ慣れすぎだぞ。」

 

「そ、そんなことないけど…。」

 

「…なんとなく甘いもの食べたい気分になっちゃってなぁ。

 ひまり先生おすすめのスイーツでも買って、ウチでプチ打ち上げやらないか?」

 

「…!

 いいね!やろやろ!私が選んでいいの??」

 

「俺じゃあどれが美味しいとか分かんねえもんよ。頼むわ。」

 

「えへへへ。任せといて!

 何買おっかな~♪」

 

 

 

…あれだけ頑張ったあとだもんな。

たまには優しくしてやらんと、大事な幼馴染だし…と、少し俺らしくない態度を取ってしまったが、結果的に機嫌も戻ったようなので良しとしよう。

 

やけにハイテンションなひまりとコンビニへ。

太るだなんだと言えないレベルの量を買い込み、二人でささやかな打ち上げをした。

 

こういう時、幼馴染って関係性の良さが実感できるよな。

 

 

 




日をまたいでしまいましたね…
つぐみ可愛いです。





<今回の設定更新>

○○:つぐみ愛がすごい。
   一見パシリのようだが、飽く迄好意でやっている。(パシリ)

巴:若干男勝りな感じも相まって主人公とは波長が合う。
  恐らく幼馴染勢の中で唯一主人公が気を使わない存在。
  妹と"限定"という言葉に弱い傾向がある。

蘭:ずっとツンツンしてる。
  高1の時にメッシュのことを弄った主人公にブチギレて以来、ちょっとギスり気味。
  対して口は利かないが何だかんだで主人公のことを見ているので、仲が悪いわけではない。
  本当はもっと仲良くなりたいと思っているらしい。(モカ談)

モカ:気が付けば大体何か食ってる。
   パン大好き。
   潤滑剤的な役割を持っており、モカのマイペースのおかげで今日もAfterglowは
   円滑に回っています。

つぐみ:天使。
    みんなのことが大好き。みんなからつぐみに対しても言わずもがな。

ひまり:ちょっとチョロすぎるかもしれない。
    最近、主人公に冷たくあしらわれるのが若干癖になりつつある。
    何だかんだ優しくしてくれる主人公にベッタリ。


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2019/06/30 幼馴染その3 -偉大なる大魔王の叡智のアレとかソレ-

 

 

 

知り合い・身内はいえ、その中でも距離感が微妙な相手っているよな。

今目の前のテーブルで黙々と勉強している風を装っているこの子は、まさに俺にとってそんな感じの子なんだ。

 

 

 

「…あー!!もう全っ然わかんないよぉ!!」

 

「さっきも聞いたよそれ。」

 

「だってぇ…全然理解できないんだもん。」

 

「だから勉強するんだろ?勉強しないなら俺帰るぞ?」

 

「…教えてほしいって言ったのはおねーちゃんにであって、○○にいじゃないもん。」

 

「………。んじゃ帰るよ。いくぞひまり。」

 

「えっ?えっ!?」

 

 

 

いま勉強を見てやっているこの子は、宇田川あこ。巴の妹だな。

正直、あまり関わった記憶もないし、接し方が正直わからない。

あこの方も同じ心境らしく、お互いに一人ずつ付き添いをつけた状態で部屋に居る。

…よって部屋はパンパンだ。

そりゃ高校生が4人もいりゃそうなる。

 

 

 

「待ってよ!○○ー!

 あこちゃん、明日テストだって言ってたよ??見てあげようよ!!」

 

「え、嫌だけど。」

 

「もーなんでー!巴からのお願いでしょー?

 後輩ちゃんなんだし、見てあげようよ!!」

 

「……はぁ。ひまり()()が見てあげればいいだろ?

 俺は帰る。」

 

「あ、あの…!」

 

「ん?」

 

「そ……その……。○○、さん…。わ、私からも……お願い、します…!

 あこちゃん、…確かに、勉強はできないかもだけど……ちゃんと、一生懸命、出来る子、なんです……。」

 

 

 

ずっとオロオロ見守っていた黒髪の人が必死そうに言葉を発する。

ええと確か…しろ…しら…。リンコさんだっけか。

 

 

 

「えっと…リンコさん、でしたっけ。

 リンコさんが教えてあげるってのはどうです?仲いいんでしょ?」

 

「わ、私は……その………。」

 

「間がなげぇ。」

 

「ちょ、ちょっと!燐子さんは普段からこうなんだから、悪く言っちゃダメだよ○○!」

 

「なんだよ、お前も知り合いだったのか。」

 

「うん、バンドで…ね。」

 

「ふーん……。」

 

 

 

あれ、この部屋の中で、俺だけ凄くアウェイ感じるの気のせい?

マジ俺いらなくね。

 

 

 

「まぁ、よろしくやってくれ…。」

 

「○○ったらー!」

 

「……○○にい、かわいそう。」

 

「お前のせいだっ!」

 

「ふっふっふっふ、矮小なるか弱き微生物よ、大いなる驚異に……えっと…」

 

「その微生物ってのは俺のことか。」

 

「うん!」

 

「サイズ考えて物言え。」

 

 

 

お前のがよっぽどちんちくりんだろうが。

あでも、何か感覚掴んできたわ。

距離感微妙だと思ってたけど、真剣に物事考えなければ楽かもしれん。

 

 

 

「大体どこでそんな手こずってるんだよ。」

 

「えぇー?これー。」

 

 

 

漢字ドリルってお前…。

前日ギリギリに追い込みかけるのって歴史とかそういう系じゃないんか。

つか自分の苗字は漢字で書けるようになれよ。

 

 

 

「うっそだろおい。よりにもよって現代の国語じゃねえか。

 暗記系とかはよ?」

 

「ふっふっふ……安心したまえ、和の国の歴史であればこの頭脳に刻み込まれている。」

 

「……漢字も書けないのにか?」

 

「え、知らないの?○○にい?

 にっぽんにはね、ひらがなっていう素敵な文化があってね?」

 

「お前前回の歴史何点くらい取ってたの。」

 

「……その数字、魅惑の交わりを持つ丸みを帯びた」

 

「80?」

 

「…8。」

 

「はちぃ!?」

 

「うん、カタカナのやつしか正解じゃなかった。」

 

「あぁ…こりゃ今回のテストもダメだわ…。

 あとさっきの、厨二病とかじゃなくてただの"8"の形状の説明じゃん。」

 

「思wいwつwかwなwかwっwたww」

 

「…その朗らかさは尊敬するよ…。」

 

 

 

「よかった……一時はどうなるかと…思いました。」

 

「ふふ、なんだかんだ言って、面倒見はいいので…。」

 

「ちょっと怖そうな人ですけど……優しいんです、ね…。」

 

「そのギャップもいいとこなんですよ~。」

 

 

 

聞こえてんぞ。恥ずかしいからやめてくれ。

 

 

 

「二人も、暇なら手伝ってくれないか?

 あの巴の妹がここまで残念なことになってるとは…。」

 

「でも、でも、おねーちゃんは、あこはあこのままでいいって」

 

「勉強の話じゃねーだろ。」

 

「あこは…あこは……」

 

「ほれ、まずは"宇田川"って漢字で書けるようになろうな。」

 

 

 

その後も少し書いては騒ぎ、また少し読んでは騒ぎ、と対して進まない勉強をひたすらそばで見てはいたが…。

…すまん巴、俺には無理だ。

 

リンコさん…燐子って書くのか。

燐子さんも投げてたしな。てかあの人年上だったのか。

 

 

 

**

 

 

 

帰り道。

 

 

 

「…なんか、すごかったね。あこちゃん。」

 

「あぁ…ありゃ確かに巴の妹だ。面倒臭さが並じゃない。」

 

「でも結局最後まで教えてあげてたでしょ?…やっぱり○○優しいね。」

 

「途中何度か逃げようとしたんだがな。

 …燐子さんが悲しそうな顔すんだもんよ。あれはずるいだろ。」

 

「ふーん?…私が悲しそうな顔しててもそうだった?」

 

「いや、指差して散々笑って帰ると思う。」

 

「ひどーい!!」

 

「あの人も…色々凄かったもんな。近くで見ると。」

 

「??………あっ。」

 

「Afterglowにもああいうタイプの人はいないしなぁ…。

 あの雰囲気は、気になっちゃうよな。仲良くなりたい、的な?」

 

「そうですかー。…どうせ胸ばっか見てんでしょ。○○のえっち。」

 

「ばっかりってこたぁねえけど…。凄かったなってだけだ。

 …お前の姉さんも凄かったよな?」

 

「しーらないっ。」

 

 

 

そこに関しては、お前も受け継いでそうだし。

…家系なんだろうか、と、あこに言えないくらい頭の悪いことを考えてしまう俺だった。

 

 

 

因みに。

巴には今度ラーメンを奢らせる約束を取り付けた。

今日の分として、精々感謝してもらうこととしよう。

 

 

 




結局毎回タイトルはあまり意味を持ってないのかもしれません。





<今回の設定更新>

○○:学力は並。何かお礼するからと巴に頼み込まれてこんな目に。
   男は大体おっぱい星人だろ、と開き直ることにした。

あこ:愉快な魔王。苗字も漢字で書けない。
   でもカッコイイやつとか厨二臭い感じは書ける。髑髏とか薔薇とか。
   歴史上の偉人達はみんな平仮名で書くとふわふわしてしまって抵抗があるため
   カタカナと知ってる限りの宛字で書くようにしている。
   ヲ堕=ノ武ナ雅。

燐子:あこと遊ぶつもりで家に来たら知らない男がいてパニックになったのはまた別のお話。
   でかい。(直球)

ひまり:姉のことは好きだが主人公と一緒にいる時の姉は嫌い。
    なんかムカつくから。


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2019/07/09 幼馴染その4 -三者三様-

 

 

「流石にあれだけ食ったらキツイな…。」

 

「はっはは!〇〇、欲張り過ぎなんだよ!」

 

「折角の巴の奢りだからさ、トッピング全部いってやろうと思って…」

 

「なんだお前、ガキかよ!はははは!」

 

 

 

放課後、以前あこの勉強を見た件の礼として巴とラーメン屋に行った。

何でも好きなものを食ってくれ、と言われたので巴おススメのガッツリ系ラーメンに載せられるだけのトッピングを合わせ注文したのだ。

結局、数分後目の前に現れたのは山のように積み上げられた"トッピング丼"。店主も苦笑いだったが、成程麺が見えてくるまでにかなりの胃の容量を持っていかれた。

勿論残すような真似はせず、少々時間をかけ完食。巴は隣でずっと茶化していた。

 

今は満腹状態の腹を抱え、羽沢珈琲店で休憩がてらつぐみを目で追っている。

 

 

 

「うるせえな…一度はやってみたいってもんだろうが…」

 

「まぁな。あれはなかなかに面白い光景だったよ。

 見ろこの写真フォルダ!!ラーメン・トッピング・〇〇・ラーメン・トッピング・〇〇…」

 

 

 

先程撮りまくっていたであろう写真をひたすらスワイプしつつ見せてくる。

その食い合わせ最悪な三角食べみたいな言い方やめろ。

 

 

 

「ごちだったわ巴。」

 

「いいっていいって!それよりも、また今度あこと遊んでやってくれないか?」

 

「えぇ…?」

 

「そんな露骨に嫌そうな顔しなさんな!あこはどうやら、〇〇がお気に入りみたいだからさ~」

 

 

 

勘弁してくれ…。

どれだけの疲労を覚えたか説明してやろうと、あの日の事をまた思い浮かべていると

 

 

 

「やっとお客さん引いてきたよぉ~。

 …二人ともごめんね?せっかく来てくれたのにあまり話せなくて…。」

 

 

 

天使(つぐみ)が降臨なさった。

エプロンにお盆を持ち、申し訳なさそうに眉をハの字にしている彼女は、どこからどう見ても可愛い。異論は許さない。

 

 

 

「大丈夫大丈夫、この時間帯が混むのはいつもの事だもんなー。

 〇〇も、働くつぐが見られて幸せだったってさ。な?〇〇。」

 

「あぁ。最高に目と心の癒しになった。

 ありがとうつぐみ。結婚してくれ。」

 

「も、もう!またそんな揶揄っちゃって…。」

 

 

 

真っ赤になり、わたわたしながらも受け流される。

割と本気なんだけどな。

 

 

 

「そ、そうだ!今日は閉店まで居る?」

 

「んー。俺はどっちでもいいんだけど…巴は?」

 

「アタシは……や、今日はもうちょいしたら帰るかな。」

 

「そっかぁ。〇〇くん、どうする?」

 

「あまり遅くまで居て迷惑なら帰るけど…。」

 

「あっ、違うの!迷惑とかじゃなくて、夜、ちょっと相談が…。」

 

「おぉ、つぐみの相談なら全然乗るぞ?」

 

 

 

相談を口実に一緒に居られるなら最高の役得だと言える。

この機を逃すわけにはいかない。

 

 

 

「あ、違うの!えっとね、夜、蘭ちゃんが曲の事で相談に来ることになってて…。

 よかったら〇〇くんも一緒に聞いてほしいなって思って…。」

 

「なんだ蘭の相談か…。」

 

「おいおい、エラく露骨に沈んだな!

 蘭もあれで色々大変なんだし、どうせ暇なら乗ってやってくれよー。」

 

「巴…他人事だと思って言ってんな?」

 

「はははは!頼られるのも面倒見がいい証拠だ!

 よかったじゃんか~。」

 

「そうかよ…。

 …あー、いいよ、つぐみ。閉まるまでここで休ませてもらう。」

 

「ほんと??…ありがと!

 蘭ちゃんもきっと喜ぶよ!」

 

 

 

そうは思わないけど。

 

 

 

「よしっ!じゃあ任せたぞ〇〇。アタシは帰る。」

 

「あ、うん!またね、巴ちゃん。」

 

「……またな。」

 

 

 

**

 

 

 

その後蘭に、来て早々に若干嫌そうな顔をされたが、蘭もまた遊びに来ていたわけではないためそのまま話し合いとなった。

…うん、やっぱり巴も居たほうがよかったな。いまいち話にも入れないし暇だ。

まぁ、スペースの関係上すぐ隣につぐみが座っていたのは良かった。触れている右肩が局所的な幸福感に包まれていたよ。だが、それだけだ。

 

 

 

「結局、〇〇は何でいたの。」

 

 

 

帰り道、蘭を送るために家とは違う方向へ歩いている。

…そんな辛辣な質問はないじゃねえかよ。

 

 

 

「つぐみに、一緒に話聞いてほしいって言われたんだよ。」

 

「ふーん…。つぐみには、優しいんだ…。」

 

「まぁ、つぐみだしな。つーか別に他の奴らと差は付けてねえよ。」

 

「…そう?ひまりにはだいぶ冷たい印象だけど。」

 

「冷たくしてるつもりはないさ。幼馴染の中で一番近い関係の奴だし、あーもなるだろうよ。」

 

「…あたしには?」

 

「蘭は…。うーん…。」

 

「…苦手?」

 

「そんなことはない…けど。」

 

「けど?」

 

「蘭って、あんまり喋らないし感情表に出さないだろ。

 Afterglowのメンバーにはわからんけど、俺に対しては特に。」

 

「……………。だって」

 

「だって?」

 

「…恥ずかしいんだもん。」

 

「今更何言ってんだ。」

 

「はぁ……。そういうトコだよ、〇〇。」

 

「何が?」

 

「…なんでも。」

 

「言えよ。」

 

「…別に。そういうのもある意味いつも通りかって思っただけ。」

 

「はぁ?」

 

 

 

俺の幼馴染はまだまだ謎が多い。

 

 

 




つぐみメインの回はまだまだ先になりそうですねぇ。




<今回の設定更新>

〇〇:巴とはやっぱり絡みやすい。蘭はその真逆。
   黒目がつぐみを追ってしまう病に罹っている。

巴:御礼の時はとことん尽くす。いい姉御。

つぐみ:天使。照れてる姿が最高に可愛い。

蘭:まだツン。


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2019/07/28 幼馴染その5 -幼馴染だから-

 

 

 

「ねーえ!ねえってばぁ!!」

 

「…なんだようっせえなあ。…俺今忙しいの。」

 

「相談があるっていったでしょ!

 何のためにわざわざ○○の部屋まで来てあげてると思ってるの??」

 

「何も言わなくてもお前頻繁に来るじゃん。」

 

「もうっ、どーして私にだけそんなに冷たいの!?

 巴とかつぐとはあんなに仲良くしてるのにー!!」

 

「…ひまりがひまりだから、以上。」

 

「意味わかんないんだけどー!

 ふんだ、そのうち私に彼氏ができたら遊んであげられなくなっちゃうんだからね!!」

 

「はぁ。」

 

「その時に寂しがったって遅いんだからねー!!」

 

「ひまりに彼氏ねぇ…。」

 

 

 

**

 

 

 

そんなやり取りをしたのはいつだったか。

真新しい記憶ではないが、昔というほど昔でもなかった気がする。

何故そんなことを思い出したのか、理由は今俺が見つめているスマホに届いたメッセージにある。

 

 

 

「モカめ…いきなりなんつー爆弾を…。」

 

 

 

『きょうひーちゃんがデートだから暇なんだよね~』

 

 

 

取り急ぎ、尚且つ自然にモカへ通話を飛ばす。

 

 

 

「はいはぁい。モカちゃんで~す。」

 

「お、おう、暇なんだって?」

 

 

 

焦るな…逸るな…悟られるな…。

いやそもそも何故そんなに動揺する必要がある。

 

 

 

「うーん。ひーちゃんと食べ歩きの予定だったんだけど、約束が入っちゃったってー。」

 

「ほ、ほーん?…俺が一緒に行ってやろうか?」

 

「えぇー?でも、○○いつも嫌がるでしょー?」

 

「今日はその…丁度暇つぶしを探してたんだよ。」

 

「ふーん…?」

 

「……。」

 

「ふーーーん??」

 

「なんだよ。」

 

「べっつにー。珍しいこともあるもんだなーって。」

 

「あ、明日は嵐になるかもな!なんつって!!はははは!!」

 

「…じゃ、後で○○の家いくねー?」

 

「お、おう!支度しとくわぁ!」

 

 

 

通話を切る。

よし、途中危なかったがなんとかモカと会えそうだ。

現状状況をを一番把握しているのはモカっぽいしな。何としてでも詳しく聞き出さねば。

 

 

 

**

 

 

 

一通り身支度を済ませてモカを待つ。…と。

 

 

 

「ぴーんぽーん。」

 

「あいつめ…インターホンくらいちゃんと押せ…。」

 

 

 

聞こえる間延びした声に思わずツッコミ、早足で玄関へ向かう。

戸を開けるといつもの様に薄い表情のモカが立っていた。

 

 

 

「お前、ぴんぽんを口で言う癖直せよ。」

 

「○○はでてきてくれるからー。」

 

「勘弁してくれ…。」

 

「じゃーさっそくいきましょー。」

 

「…おう。今日は何の食べ歩きだ?」

 

「…んー。それなんだけどー。」

 

「?あぁ。」

 

「今日の食べ歩きは、なしになりましたー。」

 

「はぁ?じゃあ何処に向かってるんだよ今。」

 

「はざわこーひーてーん。」

 

「??何だってそんなところに。」

 

「……○○、ひーちゃんのこと聞きたくてついてきたんじゃないのー??」

 

 

 

…なんでバレてんだ。

そんな勘のいい奴だったか?こいつ。

いやいや、待て。つぐみの前でその話をする気なのかこいつ?心なしかその薄い笑顔も悪魔に見えてきたぞ…。

 

 

 

「お、俺そんなこと言ったっけ?」

 

「モカちゃんはぁ、何でもおみとーしー。」

 

「ま、まてよ。いくらなんでもそんなむちゃくちゃな…」

 

「はぁい、そう言ってる間にもーついちゃいましたー。

 ここが、かの有名なー…」

 

「いや、紹介はいらんだろ。散々来てんだし。」

 

 

 

カランカランと小気味よい音を響かせドアが開かれる。

入ってすぐ、店内の涼しい風を感じるより先に看板娘と視線を交わす。

 

 

 

「いらっしゃいま…あ!○○くんとモカちゃん!!」

 

「はぁ…つぐみは今日も可憐だ…。」

 

「つぐー、はろはろー。

 …あの席、いーい?」

 

「うん!ちゃんと空けといたよっ!

 ○○くん、ゆっくりしていってね~。」

 

「あ、うん。ずっとゆっくりするよぉ…。」

 

 

 

だめだ。当初の目的なんかお構いなしに頬が緩む…。

こればっかりはもう反射レベルで刷り込まれてるな、うん。

 

ぼーっとしているうちにモカに手を引かれ、角にある磨硝子で仕切られた席へ着く。

 

 

 

 

「おぉ、ここって会議で使う席じゃんか…。」

 

「内密な話ですからー。」

 

 

 

コホンとわざとらしく咳払いをし、テーブルに身を乗り出すように顔を近づけてくるモカ。

 

 

 

「○○はさー、ひーちゃんなんかどーでもいーんじゃなかったの??」

 

「別に、どうでもいいってわけじゃねえけど…。」

 

「ほうほう。…好きなの?」

 

「そんなんじゃ…ねえけど。」

 

「んー???

 じゃあなんなのー?」

 

「なん…うーん。

 いや、それよりもさ、あいつがデートってどういうこと?彼氏とかいたっけあいつ?」

 

「んー……。なんであたしに訊くの??」

 

「え?」

 

 

 

まさかそんな質問が飛んでくるとは思っていなかった。

だってそんなの考えりゃわかることで、当たり前の

 

 

 

「デート云々ってこと自体モカから聞いたからだろ?

 一番情報持ってそうなやつに訊くのが一番手っ取り早いし、流れ的には当たり前じゃね?」

 

「当たり前っていうならさー、ひーちゃんに直接訊くのが一番早くなーいー?」

 

「…あ。」

 

 

 

そうだった。

確かに最短だし最速。そして最も確かな情報が得られる。

…でも、何か直接訊くのもな。

 

 

 

「直接は訊きづらいー??」

 

「う……。」

 

「でもどーして気になるのかなー。ひーちゃんに彼氏がいてもー、○○にはあんまり関係なくなーいー?

 なくなくなくなくなーいー?」

 

「…………。」

 

「それともどうしても気になる理由があるのかなー?」

 

「それは……。」

 

「理由はあっても訊く勇気はないのかなー?それってチキンじゃなーいー?

 …あ、唐揚げ食べたいかもー。」

 

「ッ……!」

 

 

 

くそ、好き放題言いやがって。

…モカめ、見てろよ…。

 

 

 

「悪い、電話するわ。」

 

「そ?じゃー、モカちゃんは注文してくるー。

 おーい、つぐー。」

 

「ひまり、ひまり…っと…。」

 

 

 

理由もわからない緊張を抱えたまま電話帳からひまりを探す。

ひまり、ひまり…は見つからないな。

上原…上原…あぁ、そうか。…"バカ"で登録してんだった。

 

 

 

「………………。」

 

「はぁい?○○??」

 

「…おう。」

 

「あれ?珍しいね、電話なんて。」

 

「……おう。」

 

「…なんか元気なくない?何かあったの?今どこ?」

 

「………はぁ。」

 

「???ほんとにどうしたの?」

 

 

 

怪訝そうな電話越しのひまり。

そういやまともに声聞いてるのって久しぶりかもな。

向かいでは山盛りの唐揚げを美味そうに頬張るモカ。くそっ、幸せそうな顔しやがって…。

 

 

 

「お前、今日デートだったんだって?」

 

「わっ、えっ?なんで知ってるの??」

 

「…彼氏、できたんだな。」

 

 

 

さあ、何が返ってくる。

随分前からだと笑い飛ばされるか、キモいこと聞くなと蔑まれるか。

 

 

 

「…デートっていうのは、モカからきいたんでしょ。」

 

「あぁ。」

 

「相手のことは聞いてないの?」

 

「相手?…聞いてないけど。」

 

 

 

目の前の大食いに視線を送る。

おいこら唐揚げを差し出すな、電話中だぞ。食わねえよ。

 

 

 

「あ、あはは…そうなんだ。」

 

「…どうして彼氏できたって教えてくれねえんだよ。

 あれだけ毎日、顔合わせてるのに…。」

 

「…それは…。」

 

「確かに言わなきゃいけねえって義理はねえけど、俺達幼馴染だろ?

 それくらい…教えてくれよ。」

 

「…ごめんね。事前に言っておくべきだったね。」

 

「…いや、もういい、けどさ。

 でもお前、彼氏できたんならもうあんまり家くるなよ?彼氏に悪いだろ。」

 

「え?え?…あ、そうか、えっと…。」

 

「じゃあ、彼氏と仲良くな…。」

 

 

 

なんだこのモヤつく気持ちは。

別に、鬱陶しいのが来なくなるだけで俺的には助かるからいいけど。

 

 

 

「ね、ねえまって!」

 

「…なんだよ。」

 

「あの、今日のデートの相手ってね…薫先輩なの。」

 

「……彼氏は学校の先輩なのか。…ん?」

 

「えっとね、女の人…なの。」

 

「はぁ…?」

 

「えっと、えっとね、心配してくれて嬉しいんだけど、彼氏とかじゃないの。」

 

「…………。」

 

「モカと話してて、薫先輩がデートしてくれるんだってふざけて言ってて…。」

 

「あぁ??」

 

「だから!彼氏とかじゃなくて、ただ女の先輩と遊んでただけ!」

 

「………んん??」

 

「彼氏は、いないもん!!そんなモテないし!!」

 

「…………。」

 

 

 

そっと通話を終了させる。

 

 

 

「どーだったー?」

 

「…てめえ、全部知ってたのか。」

 

「にしし…ちょー面白かったよー?」

 

「……はぁ。」

 

「…彼氏いなくてほっとした?」

 

「うるせぇ。…一個寄越せ!」

 

「あー、あたしのなのにー。」

 

 

 

どうしたってんだ俺。今は全くモヤモヤしねえ。

モカの言うとおり、あいつに彼氏がいなくてホッとしてる??

……いや、これは違うな。

 

 

 

「…で、どーしてそんなにひーちゃんのこと気にしてたのー??」

 

「んむんむ……あぁ?」

 

「やっぱ好きだったのー?」

 

「…いや、何か気に入らねぇからだ。」

 

「はぁ?」

 

「俺達幼馴染じゃんか。それなのに、俺だけ知らないことがあるっていうのがムカついてたんだ。

 だからあんなにモヤモヤしてたんだ。いやーすっきりだぁ。」

 

 

 

全部解決。

最初から直接電話かけりゃよかったんやなぁ。うん。

幼馴染最高!!

 

 

 

**

 

 

 

「モカちゃん、どうなった…?」

 

「あははー、ひーちゃんも蘭も苦労しそうだなーって。」

 

「あー…○○くん……。」

 

「つぐも他人事じゃないよー?」

 

「う……そ、そうだよね…。」

 

 

 

 




あぁ、仲良しの幼馴染ギスらせたい…。




<今回の設定更新>

○○:モカとも仲がいいらしい。
   最近の気持ちが揺らぐこと揺らぐこと。

モカ:多分一番悪い。
   美味しいものと面白いことが好き。

つぐみ:天使。○○の行く末が心配で心配で仕方ない。

ひまり:そもそも食べ歩きの予定はなかった。
    薫とのデートで前日眠れなかった。


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2019/08/15 幼馴染その6 -幼馴染じゃなくてもいい-

 

いつも通りのバンドの練習後。

つぐみとモカを除いた3人と俺は近所の安価で有名な焼肉店に来ている。

2時間食べ放題でドリンク付き、一人頭二千円弱という何ともリーズナブルなお店だ。

そんなに頻繁に来るわけではないが、家族連れなんかも多く入りやすいため、贅沢として訪れることがままある。

 

 

 

「はぁ……。」

 

「なんだよ辛気臭いなぁ!そんなにつぐが恋しいのか??えぇ?」

 

「絡んで来んなよ巴…暑苦しい。」

 

「ばっかお前!美味いもん食ってる時くらいにこにこしろよー!」

 

 

 

ならない。幼馴染の中で唯一と言っても過言ではないほど希少な存在である、大天使つぐみが来ない食事会なんて…

はぁ…何度でも深い溜息が出せるぜ…。

 

 

 

「○○、暗い。」

 

「…蘭よぉ、落ち込んでる幼馴染に慰めの一つもないんかいな。」

 

「…ないけど。」

 

「よぉしひまり!○○を元気づけるためにも、あーんで攻めてみようぜ!」

 

「えっ、わ、私!?…うーん、でも、それじゃ○○喜ばないと思うな…。」

 

「わかってんじゃん。さすが幼馴染。」

 

「そうだよね…。」

 

 

 

俺の隣に座っていたひまりも撃沈。

 

 

 

「お、おい!お前まで落ちてどうする!」

 

「……はぁ。追加注文するけど?」

 

「あ、俺ジンジャエール…。」

 

「私、チョコレートミルク…。」

 

「……割と元気あんじゃん。」

 

 

 

金払って食ってんだ。飲むもんは飲むし食うもんは食う。

でもつぐみがなぁ…。

 

 

 

「なぁ、○○。マジでさ、今は元気に振舞ってくれよ。」

 

 

 

巴が顔を近づけてこそこそと話しかけてくる。

怒っているわけではなさそうだが、何が言いたいんだ?

 

 

 

「…どゆこと?」

 

「それはだな……なぁひまり?ひまりはわかってるだろ?」

 

「う、うん…。」

 

「というか、ひまりが落ち込む意味がわからない。」

 

「ひどいっ!?…まぁ、あれだよ、蘭ちゃん、いつものやつ。」

 

「あぁあの奇病がまた出たのか。」

 

「そうなんだよ…。だから○○、頼むよ。」

 

 

 

いや、頼まれても困るんだけど…

蘭は音楽に、というか自分のやっていることに完璧を求めすぎる傾向があるからな。

それで何度()()()スランプに陥ったか。今回もまたそれが出ているってことは、今日の練習でまた何かやらかしたな?

思わず蘭を凝視する。そんな様子を匂わすことなく注文をこなしているが…。

 

 

 

「……じゃあ以上で。……なに?」

 

「えっ?…あぁいや。」

 

 

 

いかんいかん、訝しまれるほどガン見してしまった。

 

 

 

「…すごい見てたじゃん。何かあったの?」

 

「なんもないって、怒んなよ。」

 

「怒ってないし…。」

 

「そっかそっか。」

 

「………。」

 

「…………。」

 

「なぁ、ひまり。」

 

「なに??巴。」

 

「アタシ、この沈黙見てられないんだけど。」

 

「…冷麺頼んじゃおっか?」

 

「……いいなぁ。アタシラーメンね。」

 

 

 

怒ってはいないみたいだし、蘭に何があったのか訊こう…とは思ったものの、上手く言い出せず言い淀んでしまった。

その隙をついて、外野が何やら楽しそうに追加注文の相談を進めている。いいなぁ…。俺もそっち混ざりたい。クッパとか食べたい…。

 

 

 

「言いたいことあるなら、さ。言いなよ。」

 

「…え?」

 

「あの二人も何か距離置いてるし…。○○、あたしに気、使ってる…?」

 

「ええっとだな…気を使ってるとかそういうのじゃなくて…」

 

 

 

助けを求めるように巴に視線をスライドさせる。が、その速さに合わせるように、巴は視線を窓の外へ。

諦めてひまりを…ってひまりは首をぷるぷるさせながら必死に天井の照明を見上げている。

「わぁーゴージャスだねぇー。シャンデリアみたいだぁー。」じゃねえ、何回も来てるだろここ。

 

 

 

「もういいよ!」

 

「ひっ………。」

 

「三人ともなんなの…。言いたいことあるなら言ったらいいじゃん…。

 あたし達、幼馴染じゃん…。」

 

「蘭………。」

 

「あたし、もう帰る…。お疲れ。」

 

 

 

怒らせちゃったか…。

おいどうすんだお前ら。

 

 

 

「…なんだよ○○、アタシの方見んなよ。」

 

「……。」

 

「……や、やめてよぉ。私のせいじゃないもんー。」

 

「お前ら、薄情な。…俺も大概だけどよ。」

 

 

 

きっとまだ遠くまで行ってはいないだろう。この二人は宛てにならないし、俺一人でも追うべきなんだろうか。

いや、追うべきなんだろう。結局、落ち込んでるであろう蘭をより苛立たせただけになっちまっただろうし。

…ひまり、お前は本当にもうちょっとでもいいから気にかけてやれ。そんなに旨いか、冷麺。

にこにこしちゃってまあ…。ちょっと可愛いけど。

 

 

 

「…よし。巴、会計頼むわ。」

 

「はぁ!?なんでアタシが…」

 

「蘭のことを俺に頼んだのはお前だろう…。」

 

「…巴。」

 

「…ひまり?」

 

「…ラーメン、来たよ。」

 

「チィッ。行ってくらぁ。」

 

 

 

駄目だこいつら話にならん。完全に頭の中が食欲に占領されとる。

…俺も食いたいけど、今はまず、蘭だ。

 

二人を後にし、店を出る。

 

 

 

**

 

 

 

「……蘭。」

 

「……何しに来たわけ。」

 

「いや、その……。」

 

 

 

結局追いついたのは蘭が家に入ろうかというその瞬間だった。

振り向かずに呟く蘭の声は若干の怒りを含み、震えているように聞こえた。

 

 

 

「さっきはその…悪かったな。」

 

「何が。」

 

「…巴から聞いたんだよ。……お前、また何か抱え込んでんだろ。」

 

「…うるさい。」

 

「なぁ、同じバンドのあいつらには言えなくても、俺相手なら話も出来るんじゃないのか?

 愚痴とか…その、そういう」

 

「…○○に言ってどうなんの。何とかしてくれんの?」

 

「…は?そりゃ無理だろ。何とかはできねえよ。」

 

 

 

当然無理だ。そもそも蘭が俺に対してどういう感情を持ってるのかもわかんねえし。

幼馴染連中の中でも、唯一距離感が掴めない相手。恐らく、蘭も同じように感じてるんじゃないだろうか。

…普段もあまり喋んないし。

 

 

 

「…でしょうね。○○はつぐみのとこでも行ってたら?大好きなんでしょ。」

 

「あ?何だよその言い方。…仮にも心配して態々来たっつーのに。」

 

「心配?何で○○に心配されなきゃいけないの?心配されたからなんだっていうの?」

 

 

 

あぁうぜえ。

 

 

 

「蘭。」

 

「…何。まだ帰んないの。」

 

「俺、お前と幼馴染辞めるわ。」

 

「…………何で。」

 

「お前面倒くせえし、俺のこと嫌いだろうしな。」

 

「………。そう。」

 

「それでいいか?」

 

「………っ。○○がそうしたいなら、仕方ない…。」

 

 

 

仕方ない…か。

 

 

 

「…よし、じゃあ俺とお前は幼馴染じゃない。」

 

「…うん。」

 

「今日からダチだ。」

 

「…うん。…うん?」

 

「親友ってやつを目指してみようじゃねえか。」

 

「……正気で言ってる?」

 

「まぁな。」

 

「…いいの?」

 

「何が。」

 

「ともだち。…あたしが嫌になって、幼馴染やめるって言ったんじゃないの。」

 

「ちげえや。お互い距離感が曖昧だったろ。

 …嫌なんだよ俺、そういうギスってる感じ。仲良くやろうぜ。」

 

「……バカみたい。」

 

「いい提案だろ?これで距離も近づいたことだし、何なりと相談してもらって結構!…どうよ。」

 

「……ふふっ。そうだね。……いいね、友達。

 友達からよろしく、って感じかな。」

 

「おう、そんな感じでいいぞ。…じゃあダチのお前に提案だけど。」

 

「ん。」

 

「連絡先交換しようぜ。今更だけどよ。」

 

「…ふふふっ。…これから、めっちゃ相談とかするかも。」

 

「そうしろ。それが友達ってもんだ。」

 

 

 

長いこと家の前で話し込んじまったが、漸く長かった中途半端な関係に終止符が打てた。

連絡先も交換できたし、これでやっとメッセージアプリにAfterglowが勢揃いって訳だ。

 

 

 

 




徹夜明けの深夜テンションってホントしょーもないノリが出てしまいますね…。




<今回の設定更新>

○○:漸く蘭に一歩近づけた。

蘭:やっと主人公にアプローチする為の土台ができた。

巴:本日の財布担当。

ひまり:いっぱい食べる君が好き。


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2019/08/31 幼馴染その7 -一つの夏の終わり-

 

 

 

人は、常に何かを求めている。

欲求の強さこそ人それぞれだが、何かしらに期待せずには生きられない人間なのだ。

だからこそ、希望もあれば絶望もある。

 

…今日、俺の一つの希望が、潰えた。

 

 

 

**

 

 

 

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ

 

「んぁ?……電話?」

 

 

 

朝から訪ねてきた幼馴染(ひまり)を弄り倒して遊んでいた俺のスマホを着信が震わす。

 

 

 

「電話??珍しいねっ!……巴とか?」

 

「ん………いや、蘭だ。」

 

「蘭!?…蘭から電話が来るの…?」

 

「…ちょっと黙っててくれ。」

 

 

 

そういえばひまりには話していなかったと思いつつ、そろそろ十四度目のバイブレーションを伝えようとしている電話を取る。

…こらこらひまり、構ってもらえないからってそんな目はないだろう。

 

 

 

「…はいよ。」

 

『…ぁ、○○?ごめんね、朝に電話しちゃって。』

 

「いや、別に何もしてないし大丈夫。」

 

『そ…。えっと、つぐみから何か聞いてる?』

 

「つぐみ?……いや、何も。」

 

『………そう、なんだ。』

 

「…………蘭?」

 

『今日、会える?』

 

「…あぁ、別に…うん、大丈夫。」

 

 

 

ひまりにはまぁ帰ってもらえばいいか。何やら深刻そうだし。

 

 

 

『…じゃあ、○○の家、行ってもいい?』

 

「えっ…うち、来るのか?」

 

『……嫌だった?』

 

「嫌、とかじゃぁ…ないけどさ」

 

『確かに、家に行くの初めてだもんね。…無理なら別に外でも』

 

「いや!…うちで話そう。…待ってるから。」

 

『…ん。わかった。…あ、別にひまりは居てもいいからね。』

 

「…………お、おぅ。」

 

『じゃ。』

 

 

 

…驚いたな。

どうしてひまりがうちにいることを知ってるんだ?

 

 

 

「蘭、ここに来るの…?」

 

「あぁ、嫌だったか?」

 

「……いつの間に、蘭とそんなに仲良くなったの?」

 

「別に?変なことじゃないだろ?」

 

「…そう、なんだ…。」

 

「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言えよ。」

 

 

 

煮え切らない奴だな。さっきまでの無駄な元気はどこに行ったって言うんだ。

蘭から電話がかかってきたと知った瞬間からこれだ。…実は仲悪いのか?

 

 

 

「……今日は、○○を独り占め出来ると思ったんだもん。」

 

「ぁあ?…別に今日だけの話じゃないだろ。」

 

「…ばか。」

 

 

 

わからん。

家が隣ってだけで、不本意にも毎日独占状態じゃないか。

どうせ独り占めされるなら、大天使つぐみちゃんが良いのだよ。ひまりくん。

バカ呼ばわりされる筋合いはないね。

 

 

 

「蘭は俺に用事があって来るだけなんだから、終わって帰ったあとはまた二人きりだろ?

 それじゃだめなのか?」

 

「うぅ、ダメじゃないよ。ダメじゃない、けど…。

 でも、何か嫌なんだもん。初めて来るんでしょ、蘭。」

 

「?そうだな。」

 

「なんとも思わないの?」

 

「あぁ……片付けしないと、とは思うけど。」

 

 

 

今はひまりしか居ないから別にいいけど、この散らかりようはなぁ。

蘭はあれで神経質なところもあるし、家や部屋も整理整頓されてそうだ。

 

 

 

「ほんとそういうとこは、嫌いだな…。」

 

「嫌いならうちに来なきゃいいのに。」

 

「そういうこと言う!?…人の気も知らないで!!」

 

「…なに怒ってんだ。嫌いなんだろ?俺のこと。」

 

「そんな訳ないじゃん!!好きだよ!大好き!!」

 

「…お前それ言ってて恥ずかしくないわけ?」

 

「……は、恥ずかしくないよ。…本当だもん。」

 

 

 

参ったな。

てっきり喧嘩になると思ったのに、愛の告白(笑)を受けてしまった。

まぁ、こいつが好き好き言うのはいつものことか。

 

 

 

「あの……、入っても、大丈夫??」

 

 

 

いつのまにか蘭が到着していたらしい。

部屋のドアを少し開け、相変わらずの無表情で顔だけ出している。

 

 

 

「おう、ごめんな散らかってて…。」

 

「い、いや、別に。……○○の部屋、きったないね。」

 

「ストレートだな!」

 

「…ううん、男の子の部屋っぽいなって思っただけだから…。」

 

「そ、そか。」

 

「うん…。」

 

 

 

ナンダコレ。初めてだからか、妙に気恥ずかしいぞ。

 

 

 

「まぁ、あれだ。取り敢えず適当なところに座ってくれ。」

 

 

 

きょろきょろと物珍しそうに周りを見ながら部屋をぐるぐると回る蘭。

やがて落ち着いたのか、そっとベッドに腰を下ろした。初めての場所に来た猫みたいだな君は。

 

 

 

「蘭は…何の用があって来たの?」

 

「ひまり…ええと、ちょっと○○に話があって。…って、○○から聞いてないの?」

 

「ふーん、そうなんだ…。

 何も教えてくれなかったよ。○○は蘭のこと、なーんにも話してくれないから。」

 

 

 

随分トゲのある言い方だな。

まさか本当に仲悪いんじゃなかろうな。Afterglow不仲説とか勘弁してくれよ??

若干攻撃的な態度のひまりを、特に気にする様子もなく話し始める蘭。

 

 

 

「ねえ○○。…○○は、つぐのことが好き、なんだよね。」

 

「あぁ、まあな。真剣に付き合いたいと思うくらいには好きだ。」

 

「…そう、だよね。……でも、何も聞いてないんだよね。」

 

「あぁ。最近はあまり話す機会自体無くてなぁ。」

 

 

 

話の流れからしてつぐみのことか。

あいつに何かあったとか?

 

 

 

「実は………つぐみ、最近彼氏出来たらしくて。」

 

「ぇ…………。」

 

 

 

思考が止まる。

なんだって??彼氏?それはあの、お付き合いする相手っていうこと、だよな?

俺がずっと求めていたのに座れなかった座席の名前で、もう暫くは語れない肩書きのことだよな?

目の前で何やら心配そうな顔の二人が一生懸命喋っているが全く言葉が頭に入ってこない。

 

 

 

「…はは、はははは………。」

 

「…○○?」

 

「……いやいいんだ。なんだか笑えてきちゃうよなぁ。

 てっきりじゃれ合いの延長のような断り方だと思ってた。…まぁ俺も真剣に告白したことはないしさ。」

 

「…………。」

 

「蘭には話したってことだもんな?…いずれこっちにも連絡が来るかも知れないしさ。

 …まぁいいんだ別に。……いいんだ。」

 

 

 

要するにあれだ。散々困ったように流されていたのは本気で嫌がられてたってことだ。

その証拠は、その新しい彼氏とやらの存在だ。他に言葉はいらんだろ。

 

 

 

「…○○、げ、元気だしなよっ!…ほら、なんなら私が毎日でも来てあげるからさっ!

 もういっそ私のこと好きになっちゃえば??…あはは!なーんちゃって、ね!」

 

「………ひまり、ちょっと放っといてくれ。」

 

「っ!……ご、ごめん…。」

 

 

 

無理して励まさんでいい。

今はそんな気力も残っちゃいないさ。

 

 

 

「ねえ、○○。……前にあたしに言ってくれたこと、覚えてる?」

 

「ん。」

 

「「俺とお前は幼馴染じゃない、親友を目指す、ダチだ」って。」

 

「…あぁ、言ったなそんなこと。」

 

「…あたしはあの言葉が嬉しくって。…みんなと同じ"幼馴染"って関係じゃなくて、もっと近い関係…"友達"なんだって。

 だからね、ええと…一応アンタのことは知ってるつもりだから敢えて言うね。…今は放っとくから、目一杯落ち込みなよ。」

 

「…………。」

 

「それで気が向いたら、さ。…また遊びにでも誘ってよ。」

 

「蘭……。」

 

 

 

そうか。お前はそういうドライな対応を取ってくれるんだな。

確かに、今は一人にしてくれるほうがありがたいよ。…色々考えたいこともあるし。

流石、長いこと幼馴染をやってただけあるな。

 

 

 

「ありがとな、蘭。…まぁ、そう時間はかからずに復活するさ。」

 

「ふふ、知ってる。…それじゃあ、今日は帰るね。」

 

「あぁ、もしかしたら何か相談とかするかもしれん。」

 

「…そうして。それが友達、でしょ?」

 

 

 

後ろ手をひらひらと振りつつ、部屋を出ていく蘭。

さて、言われたとおり今日は目一杯落ち込もう。心ゆくまで凹んでやろう。

…そんで、あとでつぐみに祝いの一言でも言ってやるさ。

 

 

 

「…何あれ。意味わかんない。」

 

 

 

ただ、ひまりの冷めたような表情と去り際に残した一言だけは、俺を素直に失恋ムードに持って行かせてはくれなかった。

 

 

 




今回すっごい名前呼ぶやん。




<今回の設定更新>

○○:今作中最も名前を呼ばれる男。
   幼馴染って意外と恋愛対象に見られないよねって話。
   灯台下暗しってやつなんだけどね。

ひまり:大好き。
    最初におどけて入ったために今更本気で告白しても真面目に取られないパターン。
    蘭がぐいぐい来ているのが少し気に入らない。
    ちょっと痩せた。

蘭:よき理解者になりそう。
  前回のあと、作品外の時間で主人公と結構な遣り取りを交わしている。
  休日もたまに一緒に外出したり、ライブ後に二人で打ち上げをしたり。…あれ?
  後ろ姿がかっこいい。

つぐみ:おめでとう。
    凄く真剣に頼み込まれたために、「じゃあ付き合う前提でお友達から…」となった。
    そう、まだ付き合ってはいないのだ。
    それが主人公に伝わらなかったのは、運命か果たして…。


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2019/09/13 幼馴染その8 - 動き出す歯車 -

 

 

 

「蘭ー……。」

 

「今度は何。」

 

「俺ひまりに何かしたかな。」

 

「何で。」

 

 

 

いつも通りベッドでごろごろしつつスマホを弄る俺と、俺の机を使って課題をこなしていく蘭。いつの間にかこの状況にも慣れたもんだ。

未だに既読すらつかないひまりとの個人チャットを見つつ、一番近くの良き相談相手に訊いてはみたが…。

 

 

 

「…さぁ?何か変なの。」

 

「これ。」

 

 

 

もう口で説明するのも面倒なのでスマホごと渡して見てもらう。

 

 

 

「トーク…?………あぁ、忙しいとかじゃなくて?」

 

「そうなのかなぁ…。」

 

「…〇〇って、チャットの背景一人ずつ変える派なんだね。」

 

「それ今どうでもいいじゃろ…。」

 

「まめだね。」

 

「うるせえ。」

 

 

 

それはまぁ…カスタマイズしたがる癖というか性格というか…。まぁいいだろそんなこと。

 

 

 

「蘭は?普通に返事来るか?」

 

「んーん。あたしひまりと連絡とることないし。」

 

「マジか。」

 

「ん。……巴に訊いてみる?」

 

「あぁ、あいつなら話してそうだな。」

 

 

 

蘭の提案を受け、巴に電話することに。

あいついつもとんでもない声量で喋るから、予めスピーカーモードにしとかないとなんだよな。本当めんどくせえわあのソイヤ馬鹿。

 

 

 

「…………。」

 

「…………。」

 

『おっす!みらいのチャンピオン!』

 

「…あぁ、すいません間違えました。」

 

『冗談だよごめんって!!何だよ〇〇!?』

 

 

 

耳に響く声でしょーもないネタかましてくるんじゃねえ。お前ジムとか行かないだろ。

 

 

 

「ねぇ、今のどういうこと?」

 

「…そのうち教えてやるよ。」

 

『おっ?蘭もそこにいるのか??』

 

「うん。今〇〇の部屋。」

 

『へぇー!!なんだよ、二人ともいつからそんなに仲良しになったんだ??』

 

「まぁな。…それでちょっと訊きたいんだけどさ…」

 

 

 

ひまりとの最近の状況を掻い摘んで話す。途中途中蘭にも説明を挟んでいたら無駄に長くしゃべっちまった。

 

 

 

「…とまあそれで、何か知ってたりしないかなーと思って。」

 

『…お前さ、今も蘭と一緒に居るんだよな?』

 

「あぁ。」

 

『最後にひまりと会ったのはいつだった?』

 

「ええと……」

 

「…〇〇が立ち直った日だから、先週の土曜日。」

 

「よく覚えてんなお前…。」

 

 

 

流石の記憶力と言うべきか。最近気づいたんだが、俺のスケジュールやら行動まで把握しているらしいんだこのクーデレさんは。

お陰様ですっかり頼りにさせてもらってる。「あの日のアレ何だっけ?」みたいなあやふやな質問でも即答してくるくらいだ。ダチってのは恐ろしいぜ。

 

 

 

「まぁ、あたしも居たし。」

 

 

 

あ、それもそうか。

 

 

 

『その時、ひまりの様子変じゃなかったか?』

 

「……最近あんまり喋らないから何とも分からんけど…。

 機嫌悪かった気もしなくはない。よな?蘭。」

 

「ん、まあね。」

 

 

 

最近はうちにも来ないし、Afterglowの集まりに顔を出しても無視されるんだよな。だからこそこうして巴に相談しているわけだが。

 

 

 

『〇〇、お前そのまま放っといたのかよ。』

 

「うん。」

 

『はぁぁぁぁぁぁ………。どうしようか、つぐ。』

 

「!?」

 

『えと……〇〇、くん?…ひまりちゃん、多分怒ってるわけじゃないと思うよ。』

 

 

 

なんてこった。こんな話をかつての天使(つぐみ)に聞かれていただなんて。…吹っ切れたつもりで居たとは言え、その透き通るような声に心臓が跳ね上がる。同時に噴き出す汗。

 

 

 

「つ、つつつつつつつつつつ、つ、ぐぅ…」

 

「〇〇、落ち着いて。凄い汗だよ。」

 

「そ、そそそそそうだよな。……すぅー…はぁー…。」

 

 

 

よし。深呼吸もしたし大丈夫だろう。

 

 

 

「つぐみぃ!」

 

『は、はい!?』

 

「…おめでとうございます!!」

 

『???う、うん??ありがと??』

 

『○○、今はひまりの話だろ?…祝うのは後にしてさ、』

 

 

 

何だかイマイチ伝わらなかった感もあるけど、巴の言う通り今はひまりの…

 

 

 

「巴、じゃあ何でつぐみを電話口に出したの。〇〇のことわかってるよね?」

 

 

 

あちゃぁ…こっちはこっちでムッとして言い返してるし…。

駄目だぞ蘭、今はその噛みつき要らないからさ?俺ならほら大丈夫だからさ…。

 

 

 

『は?だからそういう状況じゃないだろって話だよ。ひまりの事はどうでもいいのか?』

 

「どうもいいなんて言ってない。巴こそ、〇〇の事はどうでもいいって言うの?」

 

『はあぁ?何で蘭がキレてんだよ?』

 

「キレてないし。巴がデリカシーない事ばっかりするからそれを咎めているだけでしょ?」

 

 

 

あわわわわわわわ。あんなにも仲が良かった幼馴染が目の前でバチバチやっとる。今までも何度かぶつかり合ってきた二人だが、自分が原因になるなんて夢にも思わなかった。

というか、何故本人が一番あわあわしなきゃいけないのか。止めるにも止められないし、下手に口出したら矛先がこっちに向き兼ねない。…これは想像だが、恐らく電話の向こうでつぐみもあわあわしてると思う。

 

 

 

『あわわわ、と、巴ちゃん!蘭ちゃんも!』

 

『つぐ、ちょっと今は黙っててな。』

 

「つぐみ、止めないで。」

 

『ご、ごめん…あわわわわわ…』

 

 

 

言ってたわ。

 

 

 

「とにかく、〇〇にとってデリケートな問題なの、今は。」

 

「いやいいから、な?蘭。巴の話きこ?」

 

「……いいの?まだ、何とか立ち直ったところでしょ?」

 

「う……よくは、ねえけど。でも、ひまりのこと、放っとけないだろ。」

 

『実際放っといたからこうなってんだろ!!バカ〇〇!!』

 

「うっせぇな!今ちょっといい流れだっただろうが!!」

 

 

 

ちょっと格好いい事言ってたよね?ね?

とは言えこのままここで言い合っていても埒が明かないし、俺が知りたいのはひまりがどういう状態かってだけだし。

…色々考えてみたものの、結局俺みたいな能無しは動いてみるしかないんだ。今は突撃、あるのみだ。

少し考え込んでいる間にまたしても噛みつき合いだした蘭と巴を尻目に、俺はそっと部屋を出る。

 

 

 

**

 

 

 

「さて、と。ひまりの家に着いたはいいものの…。」

 

「んー?入らないのー?」

 

「お前、ずっとここで待機してたのか。」

 

「〇〇の部屋、凄く盛り上がってたからー、…全然退屈しなかったよー。」

 

「あぁ、こんなに外に聞こえてるとは思わなかったぜ。」

 

 

 

意を決してひまりの家へ――まあ隣の家なんだが――向かった俺を待っていたのは、上原家の玄関先に座り込み空を見上げるモカ。

目が合った途端にニヤリと笑う姿は、相変わらず何を考えているんだかわからないが。

 

 

 

「…まぁいーや。俺は入るぞ。」

 

「別に宣言いらないしぃー。」

 

「独り言だ、ほっとけ。」

 

 

 

勝手知ったる人の家。すっかりチャイムも鳴らさなくなった玄関を突き進み、ひまりの部屋へ。

 

 

 

「入るぞー。」

 

 

 

…返事はない。玄関に靴があったのは確認済みなので、居るには居るはずなんだが…。

無言を肯定と受け取り、中へ。

 

 

 

「ようひまり。遊びに来てやったぞ。」

 

「…入っていいって言ってないんだけど。」

 

「お前もいつもそうだろうが。」

 

「………知らない。」

 

 

 

ふむ。確かにご機嫌斜めなようだ。眉毛なんかもう見事に一文字だもの。

 

 

 

「よっ…と。…お前、ついに俺の事嫌いになったか?」

 

 

 

ベッドで膝を抱える様に座るひまりの隣に座り、核心から突いて行く。勿論これが答えだとは思っちゃいないが、確実に揺らぎは与えるだろう。

案の定無表情は崩れ、途端に泣きそうな顔になる。

 

 

 

「なんで、そんなこときくのぉ…?」

 

「…そう思ったからだけど。」

 

「……嫌いになんか、なってないもん。」

 

「そうなのか?…メッセージも見てくれないし、最近話もしてくれないし…寂しかったんだよなぁ俺。」

 

 

 

寂しかった。

こんな感情、物心ついてからずっと幼馴染たちと騒がしく過ごしてきた俺にとって初めてだった。

それも、蘭とギスギスした関係になった時も、巴と喧嘩したときも、あのつぐみに勝手に失恋したときも感じなかったのに、だ。

ひまりとたかだか一週間足らず喋れなかっただけで、こんなに距離を感じるなんて。

 

 

 

「寂し、かったのぉ…?」

 

「まあな。何だかんだでほぼ毎日一緒に居たろ?だから居るのが当たり前になっちゃってさ。

 …ちょっと離れただけでこれだよ。堪らず会いに来ちまった。」

 

「……蘭のこと、どう思ってるの。」

 

 

 

ここで蘭?なんで蘭が出てくるんだ。

 

 

 

「蘭?……あぁ、相談相手として最高だってことがわかったよ。気も使えるし、俺のことも見てくれてる。」

 

「…それだけ?」

 

「それだけとは?」

 

「…好き、とかはないの??」

 

「そりゃあ好きじゃなかったらつるまねえよ。」

 

 

 

何を言っとるんだこいつは。

幼馴染連中の誰一人として、俺は嫌いになったことなんかないぞ。皆最高の仲間だ。

 

 

 

「…そういうのじゃなくて…好きで、付き合いたい、とか。」

 

「……あー…そういうことか。考えたことなかったなぁ。」

 

「そこに、怒ってるんだからね?わかってる??」

 

「…なーるほど。それが原因か。」

 

 

 

全然わかってなかった。俺が蘭に対して、異性として好意を持っているのかどうか、それを測りあぐねた結果どう接していいか分からなくなったと。

 

 

 

「…俺がはっきりしないから悪いんだよなぁ。」

 

「そうだよ!つぐのこと好きだとか言ってたのに途中から蘭、蘭って言いだしちゃってさ!

 ずっと傍に居たのに、ずっと一緒に居たのに、私のことは全然……ふぇぇ……。」

 

 

 

捲し立てる様に想いをぶち撒けたからだろう。とうとう堪え切れなくなった思いが嗚咽となって両目から、喉から零れ出す。

 

 

 

「…ひまり…。」

 

「私だって、ずっと好きって言ってたのに、ずっと振り向いてほしかったのに…

 全然私の事見てくれないのに、ずっと見てる蘭のことは友達だとか言うし…もうわけわかんないよ…。」

 

 

 

そこから先は、ただただ叫び声のような鳴き声を上げるだけだった。

その姿を、隣に座っている俺はただただ見つめるしかできなくて。一声かけてやることすら出来なくて。

でもできなくて当然だろ。…この状況を生み出したのは俺、泣かせるほどひまりを追い詰めているのも俺だ。なんと声をかけられようか。

 

 

 

「ひっく……ぇぐっ……ぅえ、ぅえぇぇぇ……」

 

「…………。」

 

 

 

どれだけその痛々しい姿を見つめただろうか。

呼吸が落ち着いたひまりが顔を上げる。涙と鼻水でびしょびしょになったその顔には、明るく活発なひまりの面影はなかった。

呆然としたように視点の定まらない瞳に、ほんのり朱く色付いた頬。…そんな顔に戸惑いを隠せない俺でも、まだ若干荒い息に紛れて一言、確かに聞こえた気がした。

 

 

 

「……もう、どうでもいいや。」

 

「え?」

 

 

 

え?という声は()()()だろうか?…その呆けたような顔が急激に迫ってきたかと思えば、後頭部をがっしりと掴まれ口を()()で塞がれる。

そのアンバランスな姿勢からは容易に想像できるように、傾いた重心と倒れ込む様にのしかかるひまりの全体重を受け止めきれずベッドから転げ落ちて。…何処に何処をどうぶつけたかは分からない。それでもわかるのは、全身のあらゆる箇所が酷く痛んでいる事と仰向けに組み伏せられている俺の上にはひまりが覆い被さる様に乗っている事。…そして、息つく暇もない程、貪るかのような勢いで唇を奪われていること。

 

 

 

呼吸もままならないままどれほど経っただろうか。脳が痺れた様に意識が遠のくのは、単なる酸欠の為かしこたま床に打ち付けたためか、はたまた上原ひまり(目の前の少女)の蜜のせいか。

今まで揶揄ったり受け流していた想いを嫌というほど思い知らされた気分だった。…何せ、馬乗りの状態で尚もこちらを見据えるその目は本気だ。もう後戻りはできないところまで来ている。

 

 

 

「―――〇〇が、私の事をどう思っているか、蘭の事をどう思っているか、つぐにまだ未練があるのか、そういうの全部もうどうでもいい。

 私は〇〇が好き。一番古い思い出の頃からずっと一番なんだもん。…誰にも渡さない。絶対に。」

 

「ひ、ひま…り…」

 

「…〇〇が今は決められなかったとしても、私の事を好きじゃないとしてもいい。…私は、全力で獲りに行くから。」

 

 

 

 

 

最後にそっと体を重ねる様にされたその抱擁は、先程迄の行動がまるで夢だったんじゃないかと思うくらい優しく温かかった。

 

 

 

 

 




あーあー、もう滅茶苦茶だよ…。




<今回の設定更新>

〇〇:罪なやつ。ただ、鈍感なわけではなく幼馴染という枠を壊したくなかっただけなのだが。
   …そんな中、唯一関係を崩した蘭が特別なんじゃ…?
   まだまだ続くよ。

ひまり:我慢の限界。
    これからは宣言通り、全力で落としに行く所存。

蘭:友達とか恋人よりパートナーという言葉がしっくりくる。
  実際本人も好きで主人公観察をしていた部分はあるので、
  副産物が程よく役に立ってみんなハッピー。
  みんな…?おっと。

巴:特攻隊長。火事と喧嘩は江戸の華でぃっ!ソイヤッソイヤッ
  相変わらず蘭とはぶつかるときはぶつかる。熱い奴。

つぐみ:可愛い。結局彼氏問題はまだ不明瞭なままらしい。

モカ:絡んでくるわけでも無し、忠告をするわけでもなし。
   結局この子何であそこに居たんだろう。「しゃーっしたー。」


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2019/10/04 幼馴染その9 - 乱れ拗れる -

 

 

 

「○○!何かしてほしいことある??」

 

「…いや別に。」

 

「○○~、見てこの服可愛くない??」

 

「この前も見たよ。」

 

「○○っ!」

 

「…急にでかい声出すなよ…。」

 

「へへー、呼んでみただけ~。」

 

 

 

自室が異空間のようになってしまっている夕暮れ時。

俺の周りをぐるぐると衛星の様に動き回るひまりを若干鬱陶しく思いながらも目の前の二人に意識を固定する。

 

 

 

「…話だけは聞いてたけどすごいな、○○。」

 

「分かってくれるか、巴。」

 

「あぁ…。」

 

 

 

うんざりしている俺の心中を察してくれるのは目の前の二人組のうち左側、ノッポの赤髪の方だ。

巴も一応生物学上は女の筈なんだが、割かし俺サイドの目線を持っていることが多い気がする。中身はイケメンってやつかな。

その気持ちを包み隠さず口にする巴を宥めるように入ってくるもうひとり…

 

 

 

「だ、だめだよ巴ちゃん!そんな言い方しちゃ、ひまりちゃんが可哀想でしょ…?」

 

「…つぐみは甘いなぁ…。」

 

「○○くんまで!」

 

 

 

相変わらず俺の心の中では大天使と崇めさせて頂いているつぐみたん。

今日はそもそもそのつぐみの件で二人が訪ねてきたわけだが…。

 

 

 

「あっ、私お茶淹れてこようか??○○もそうした方が嬉しいよね?ね?ね??」

 

「……あー、いや」

 

「ひっ、ひまりちゃん?私も手伝うよ?」

 

「……………。じゃあ行ってくるねっ○○!」

 

 

 

……あれから暫く、ひまりはこんな調子だ。周りが見えていないというか、周りをあえて遮断しているというか。

俺に無駄にベッタリになった反面、幼馴染の面々すらも状況によっては無視するように。…コミュ力お化けと馬鹿にしていたのが遠い思い出に感じてしまうくらい、今のひまりは"異常"だった。

目がしっかり合った上で無視されたつぐみは呼びかけるために腰を浮かせた姿勢のまま固まっている。

わかるよ。事前に聞いていたとしても辛いよな。仲、よかったもんな…。

 

 

 

「つぐ…」

 

「あ、あはは……聞こえなかったの、かなぁ…あははは…」

 

「つぐみ…」

 

 

 

痛々しすぎる。

そっとつぐみの肩に手を置き、抱き寄せるように座らせる巴。静かになった部屋にはつぐみの鼻をすする音だけが聞こえていて…。

 

 

 

「巴、やっぱ俺、我慢できねえわ。」

 

「それはアタシだって…。…でも、あれを元に戻す為に○○がキレちゃ意味無いんだよ。それじゃあまた、お前が襲われてこの状態を繰り返して…ってだけだしな。」

 

「じゃあどうすりゃいいんだよ…。」

 

「ぐすっ……えぐっ……○○くんが、彼女さんを作ればいいんだと思う…」

 

 

 

…いや泣いてるところにいうのは酷だけど、それはないわつぐみ。あいつ、俺の気持ちがどこに向いてようと獲りに行くって言ってたんだぜ?

 

 

 

「つぐ、それはちがうぞ。ひまりが彼氏を作りゃあいいんだ。なあ○○?」

 

「それで解決するんなら俺はこんな目に遭ってねえよ。」

 

「はぁ?じゃあどうすりゃいいんだよ。」

 

 

 

だめだなぁ…。実はこの幼馴染グループ、司令塔(ブレイン)と呼べそうな人間がほぼいない。

つぐみは賢そうに見えて、優しすぎるというか良い子すぎて今ひとつ物足りないし、巴と俺は脳筋。…モカは日頃からよくわからん上に真面目な話になるとどこかへ消えるし…。

 

 

 

「……蘭に相談するか。」

 

 

 

蘭しかいないんだ。まともに頭が働くのは。

……悲しき消去法だ。

 

 

 

「あ、確かに蘭ちゃんならいい案くれるかも…」

 

「でもさ、蘭と仲良くしすぎてひまりに襲われたんだろ?大丈夫なのかよ。」

 

「確かになぁ…。」

 

 

 

うーん、八方塞がりか…。

 

 

 

「……俺、ひとつ思いついたんだけどさ。」

 

「ん。」

 

「……付き合ってみるのはどうだろう。」

 

「…あぁ?」

 

「ひまりとさ。」

 

「ひまりちゃんのこと、すっ、好きなの!?」

 

 

 

びっくりしたな。急に食いついてくるんじゃないよ、つぐみたん。

 

 

 

「好き…かどうかはわかんねえ。…けど、あいつって俺と付き合いたくてああなってんだろ?」

 

「…間違っちゃいないとは思うけど、そう当たり前のように言われるとムカつくな。」

 

「巴ちゃんっ…」

 

 

 

なら一度付き合ってみりゃあいい。別に嫌いな奴と嫌々一緒に過ごすわけじゃねえんだ。それで状況が良くなって、つぐみが泣くこともなくなれば…。

だから、俺が動いてみるしかないってことで、俺が動くってことは付き合ってみるしかないってわけで。

 

 

 

「……まあいいや。○○のことだ、血迷ったとか性欲に溺れて…とかって訳じゃないんだよな?」

 

「当たり前だろ。相手はひまりだぞ。」

 

「………なら別に止めはしないさ。お前がやりたいようにやって、どうしようもなくなったらアタシらを頼れ。なっ?」

 

「…なんだよ、エラく頼りがいあるじゃねえか。巴。」

 

「ははっ、蘭もこう言うだろうなって思っただけだよ!…でも、頼れってのは本当だからな。な?つぐ。」

 

「………え?…あ、うーん…。」

 

 

 

何故か乗り気じゃないつぐみは少し気になったが、巴のバックアップは心強い。こいつは何だかんだで面倒見もいいし、いつも何かと力になってくれる。俺の親友といっても過言ではないくらい、信頼し合っている仲なんだ。

いつまで待っても戻ってこないひまりを放置し、二人を玄関まで送る。

 

 

 

「じゃあ、無理しない程度に頑張れよ。」

 

「おう、さんきゅー二人共。」

 

「…○○くん、本当にひまりちゃんと付き合っちゃうの?」

 

「……まずいかな。」

 

「……まずくは、ないけど……」

 

「??ほら、早く帰ろうぜつぐ。」

 

「う、うん…。またね、○○くん。」

 

 

 

何やら渋るつぐみを引っ張り颯爽と去っていく巴。

つぐみの態度と言っていたことは気になるが……俺は俺で、決行しなきゃいけないしな。…やるぜ、「幼馴染・雰囲気回復大作戦」。

 

 

 

「あれぇ?二人共帰っちゃったの??お茶要らなかった??」

 

「…どこ行ってたんだお前は。」

 

 

 

妙にタイミングよく後ろから声がかかる。振り返ると、湯呑を()()()()持ったひまり。

 

 

 

「あ、はいこれお茶!嬉しい?嬉しい??」

 

「……お茶サンキュ。」

 

 

 

貰った茶を一気に呷る。少々熱いが、今この流れでお茶は邪魔でしかないからな。

 

 

 

「喉渇いてたの?」

 

「ひまり。」

 

「え?」

 

 

 

「……付き合おうぜ、俺たち。」

 

 

 

作戦、決行だ。

 

 

 




入り乱れろ。




<今回の設定更新>

○○:「幼馴染は仲良くあるべきなんだ。」
   思い切った行動も、誰も傷つけたくないからなんだからね!

ひまり:ノーコメント。

巴:姉御。かっこいい。素敵。惚れる。

つぐみ:結局あの彼とは何もないまま終わりになりました。というか付き合うまで行かなかった。
    …ということを伝えに来たはずなのにこんなことに…。
    本当は誰が誰を好きなんでしょう。


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2019/10/15 幼馴染その10 - 厄日 -

 

 

 

「ふんふ~ん、ふんふふふふ~ん、ふふ~ん♪」

 

 

 

エラく上機嫌な鼻歌を発しているのは俺じゃない。…そもそも体調を崩している俺に、そんな余裕はない。

十月も折り返し。…すっかり朝夕の冷え込みが出てきたことと、ここのところの無理が祟ったんだろう。久々に三十九度超えの高熱を出した俺は、体の不快さのあまりベッドとお友達になっていたんだ。

そしてその看病と言う名目で学校へも行かずにウチに居座り続ける"俺の恋人"、ひまり。今の鼻歌もそうだが、こいつの看病は看病らしい行為とそうでない行為が交互に来るんだ。授業時間と休み時間のようにな。全く以て意味が分からない。

 

 

 

「なあ、もうその子守唄要らねえよ。」

 

「えぇ~?でも、ゆっくり休まないと、早く治らないよ?」

 

「そう思うなら少し黙っててくれ…。」

 

「だってぇ…暇なんだもん。黙ってるの苦手だし…。」

 

「看病する気あんのか…。」

 

 

 

若干不安定な音程で奏でられるそのメロディは、癒し眠りに誘うというよりかは何かを破壊するための超音波のようなものだ。具合云々の前に気分が悪い。

あれ、俺が体調崩してるのってもしかしてこいつのせい?

 

 

 

「じゃあ歌は終わりにするね。」

 

「やれやれ…やっと放っておく気になったか。」

 

「……んしょ。」

 

 

 

おいまてこら。何故服を脱ぐ。

 

 

 

「……何やってんだお前。」

 

「ん??下着はつけたままがいい??」

 

「や、服着ろよ。」

 

「……え?」

 

 

 

こっちの意見がオカシイみたいな表情はやめろ。なにも驚くようなことは言ってないだろ。

どうせ、直接肌と肌で温め合って体温を…とか何とか頭の悪そうなこと抜かすんだろうけど、そうはさせない。…予め蘭に予想してもらった通りだし、用意しておいた対策で…

 

 

 

「流石に具合の悪さも酷くなってきたし、ちょっと母さん呼んでくれ。」

 

「!!」

 

 

 

今日は仕事が休みなのか、幸運な事に母親が居る。いくら今のひまりが異常だからって、俺の母親の前でストリップはやらかさないだろう。

"母さん"というワードに脱衣の手も止められたし、想定していた手順通りスマホも操作した。…あとはこのまま畳みかけるだけ――!

 

 

 

「…いいよ。」

 

「えっ!?…あっあっ、お前、何して」

 

「おばさん、呼べばいいんでしょ?」

 

 

 

何ということだ。一瞬手が止まって安心したのに、その後物凄い速さで残りの防具(下着)まで脱ぎ去った。別に今更それを見たところで思うことは何も無いんだが、そのまま廊下に出ようとするのはマジでやめろ。母親が失神するところなんてまだ見たくない。

 

 

 

「おま、おまままま、ちょ、もう呼ばなくていい!こっちに居ろ!!」

 

「ふふっ、了解だよー。」

 

 

 

手強い。なりふり構わなくなった幼馴染(ひまり)がここまで強敵だとは。俺の返答を待っていたかのように素早くベッド脇へ戻ってくる。小走りだから余計気になるんだが、その揺れているものを早く支えてやんなさい。型崩れしても知らんぞ…。

全裸のまま駆け寄ってきて、勢いを緩めることなく掛け布団を捲る。高熱の為か妙に肌寒く感じる外気が入ってくると同時に、心地よい温度の生き物も入ってきて…

 

 

 

「ふふふ、やっと受け入れてくれたね?」

 

「そんな気更々無いんだけど……ただお前、あったけぇなぁ…。」

 

「ぎゅってしてあげよっか?ねね、ぎゅってしてあげよっか??」

 

「…してから言うな。」

 

 

 

その言葉が発される前に、俺の顔面はその豊かな肢体に埋もれている。……相手が正気なら、かつてと変わらないまともなひまりなら、この状況も幸せだったんだろうか。

あの、俺が大好きだった幼馴染だった頃のひまりなら。

 

 

 

「ねえ、○○?……今、幸せ?」

 

「……お前はどう思ってんだ?」

 

「……私は幸せだもん。とっても。」

 

「あんなに仲良しだった幼馴染に溝を作ってもか?」

 

「それは………。」

 

 

 

言い淀むひまり。……実はここ数日考えていた事がある。

蘭にも指摘されたことだが、ひまりは何もおかしくなっちまった訳じゃないんじゃないか。そう、言うなればこれは、俺を求めるあまりおかしくなったひまりを()()()()()んじゃないか。そうして一体何になるのか……もしも憐れんだ俺が拾ってくれることを期待していたのだとしたら、俺はまんまと策に嵌ってしまったということになるが。

 

 

 

「…お前さ、全部解っててやってんだろ?」

 

「…何が?意味わかんないけど。」

 

「アイツ等の存在するを無視するように振舞ったり、俺に対して狂気的にに尽くしたり、私生活を投げうったり……全部、全部だ。

 お前、もう後戻り出来なくなっちまってるだけなんじゃねえのか?」

 

「……………。」

 

「…まだ、引き返せるぞ。受け入れてくれるさ、アイツらなら。…勿論、俺も。」

 

 

 

話してわからない相手じゃない。そもそもこの現状だって、全員の共通認識として捉えている問題なんだ。そして蘭もつぐみも巴も、みんな心配している問題でもある。

まだ戻れる、ついこの間までの俺たちに。

 

そう思って、言った言葉だったのに。

 

 

 

「うるさい…。」

 

「…あ?」

 

「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!」

 

「…ひ、ひまり?」

 

「○○にはわかんないよ!!私の気持ちなんて!!」

 

「落ち着けひまり。……お前の気持ちなんて、全部話してるわけじゃないんだからわからないに決まってるだろ?」

 

 

 

伝えられてもいないことが分かるかよ。

 

 

 

「なんで?どうして!?私は○○のこと、全部全部わかってるのに!○○はどうして私のこと、なんにも…」

 

「わかってるさ。」

 

「……ッ!…じゃあ、どうして「まだ戻れる」なんて言うの!?私が戻りたがってると思ってるの!?」

 

「落ち着けって……ほら、深呼吸。あと服も着ろ。」

 

 

 

今にも多い被さらんと肩を抑えてくるその両腕を掴み、至近距離から語りかける。全く、緊迫した場面だってのに目の前に見える山が集中力を乱してきて止まない。マジで服は着ろ。

俺の呼吸に合わせて深呼吸を2、3度。昂ぶっていた感情が少しは落ち着いたのか、声のトーンを抑えベッドから出るひまり。

 

 

 

「……やっぱり、わかってないよ。○○は。」

 

「……あーもう。…ひまり。」

 

 

 

脱ぎ去った服を拾い集め、泣きそうな声で呟く彼女を後ろから抱きしめる。

柔らかい感触と共に、ほんの微かな汗の臭い。ビクリと体を震わす彼女に俺は

 

 

 

「俺はな、お前が大好きなんだよ。……ずっと一緒だったひまりが、な。」

 

「………。」

 

「でも、だからこそ今の状況が辛くて、素直に受け入れられないんだ。」

 

「……じゃあやっぱり、私のこと」

 

「幼馴染連中の中でもさ、ひまりと一緒に過ごす時間が一番長かった。それはただ家が隣りだからって訳じゃぁない。

 お前が、この幼馴染の中で一番……一緒に居たかったからだ。」

 

 

 

もう喋らせない。俺がまくし立てることでひまりの発言を止め、抱き竦める腕に力を込めることで暴れさせることなく会話をする。

…申し訳ないひまり。頭の悪い俺にはもう、Afterglowを救う手段が見つからないんだ。

 

 

 

「嘘…。」

 

「嘘なんかじゃない。お前と一緒に居る俺は、居心地悪そうにしていたか?いつも機嫌が悪かったか?」

 

「………いつも、普通って感じだった。」

 

「だろ?…お前の前だと、気を張らずに自然体で居られる。すげぇ居心地良くて、幸せだったんだぜ?」

 

「………ほんと?」

 

「あぁ。……だからこそ、前のお前に戻って欲しい。また気兼ねなく絡んで居られる幼馴染に、戻りたいんだ。」

 

「………。」

 

 

 

嘘は言ってないさ。ひまりのことは()()()好きだし、こんな変な状況になっていなければ一歩踏み出す未来もあったかもしれないんだ。

俺はその、今潰れかけている未来を取り戻すために……選択肢と俺達の居場所を取り戻すために、嘘偽りのない気持ちをぶつけたんだ。

 

 

 

「○○……。」

 

「……ん。」

 

「…ごめんね。」

 

「ひまり、お前…。」

 

「私、みんなに謝ってくるよ。……今の言葉、全部本当なんだもんね。」

 

「……あぁ。」

 

 

 

そっと俺の腕を解き振り返るひまりに、さっきまでの影は見えなかった。濁りが解けた様に真っ直ぐな瞳もすっかり元通りだ。

俺が求めていた、元のひまり。……少し寂しそうに笑ったあと、元通りに服装を整え、言った。

 

 

 

「じゃぁ……行ってくるね。……帰ってきたらまたぎゅってしていい?」

 

「…あぁ。行ってこい。」

 

 

 

パタパタと出ていく背を見送り、ふと眩暈を覚える。…そうか、自分が熱出してんのすっかり忘れてた。

そりゃこんだけ動き回って気を使えばふらつきもする、か。重い体を引き摺るようにしてベッドへ、枕元に置いてあるスマホへと言葉を投げる。

 

 

 

「…蘭。なんとか上手く行きそうだ。」

 

『……おつかれ。』

 

「あぁ……ちょっと疲れた。」

 

 

 

先ほどスマホを操作した時に通話を繋げておいたのだ。予め計画していたこととは言え、蘭には中々にディープな話を聞かせたことだろう。これはこれで、またいつか感謝やら謝罪やらが必要だろうし…

 

 

 

『ねえ、○○。』

 

「…どした。」

 

『あたし、どうしたらいいんだろう。』

 

「……別に、ひまりが来たら話を聞いてやってくれりゃそれで」

 

『ううん、それとは違うんだ。』

 

 

 

違う?…はて、それ以外に何か抱えるような案件があっただろうか。

 

 

 

『さっき、つぐみからチャットが来てさ。』

 

「うん?」

 

『……なんか、あたしと、付き合いたいって。』

 

「………うん?」

 

 

 

自分達に夢中で見えていなかったらしい。

拗れているのが俺たちだけじゃなかった、そのもう一つの事実に。

 

 

 

「……こりゃ暫く熱も下がりそうにないな。」

 

 

 




もっと拗れなさい。




<今回の設定更新>

○○:インフルエンザではないとの診断結果。
   多分知恵熱。
   そりゃこれだけ身内に問題があれば倒れもするわって話。

ひまり:動いたはいいものの引っ込みがつかなくなっていた状態。
    主人公の言葉に、関係の回復へと奔走する。

蘭:参謀。
  まさかの事態のため、次回活躍予定。



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2019/10/23 幼馴染その11 - 祝日 -

 

 

 

「○○!!○○ってばぁ!!」

 

 

 

平和なとある朝。三度寝の後ぼんやりと天井を見つめていた俺のもとに、騒ぎと無駄に元気な雰囲気を引き連れた幼馴染が勢いそのままに飛び込んでくる。

因みに、名前を呼び始めたのは部屋に入ってからじゃない。玄関に入ったであろう衝撃音とともに聞こえ始めていたため、恐らくその声は数分にわたって家の中に響き続けていたであろう。

 

 

 

「○○…って寝てるし!!」

 

「朝から騒がしいんだよお前は…。」

 

「起きてんのっ!?」

 

「部屋入ってきた時から目ぇ合ってんだろうが。」

 

 

 

まさか俺が目を開けたまま寝ると思ってたのか?乾くわ。

 

 

 

「あ、そっか。…おはよう?」

 

「おはよう。…何しに来たんだ?」

 

「あ!!」

 

「ッ!…いちいちでけぇんだひまり…。」

 

「……えっち。」

 

「声だバカ!」

 

「はははっ、○○ブーメラン~。」

 

 

 

その、持ち上げるように腕組む癖やめろ。気にならなくても視線が行くだろうが。

第一何がブーメランだよ。お前がアホなこと言い出さなきゃ投げなくて済んだブーメラン何だぞ。言わばお前が投げさせたブーメランだ。

 

 

 

「……で?何の用。」

 

「えっとね…○○、今日何の日か知ってる?」

 

「今日?…学校が休みになった幸せな日。」

 

「他には?」

 

「……何かあったっけな。」

 

「ぶぅー……。」

 

「うるせぇぞ豚。」

 

「酷くないっ!?そういうぶーじゃないから!!」

 

「カワイ子ぶってんじゃねえよ…。はぁ…お前の誕生会は夜だろうが。」

 

 

 

今日、十月二十三日は上原ひまりの誕生日。…毎年々々こうして突撃を受けているせいで覚えてしまった。その点では学校に行っていた方が幾分かマシだったかもしれない。

小学生の頃までは可愛いとも思えていたんだけど。

 

 

 

**(昔)

 

 

 

コンコン

 

「どうぞー」

 

「おじゃま…します。」

 

「ひまり!!そとさむくなかった?」

 

「うん、ちょっとね。でもほら、てぶくろつけてきたから!」

 

「おぉ!かわいいね、ぶたさんのてぶくろ」

 

「ぶぅぶぅ!!」

 

「ぶーぶー!あははははは!!!」

 

「ねえねえ○○、きょうなんのひかしってる?」

 

「ひまりのたんじょうびだよね?」

 

「あたり!おぼえててくれたの?」

 

「あたりまえだろー。ひまりはぼくのだいじなおさななじみだぜ!」

 

「えへへ…うれしぃ。」

 

 

 

**(昔終わり)

 

 

 

「……あぁ、大体俺のせいか。」

 

「??」

 

「…こっちの話だ。で?今日はお主の誕生日…の朝なわけだが何用で参られた?」

 

「え、誰?」

 

「○○でござる。大変おネムで候。」

 

「……ね、眠いと早いってこと?」

 

「真面目な顔して何言ってんだ朝っぱらから。」

 

 

 

漢字を間違えるにしてももうちょっと間違え方があるだろ…。そっちは絶対ダメだ。

 

 

 

「……あ、"のど"って書く方か。」

 

「あれ"喉"じゃねえよ。ほんっと馬鹿なお前。」

 

「うるさいよっ!○○も、そ、ソウロウのくせに!!」

 

「誰が早いんじゃゴラァ。」

 

「……た、試す?」

 

「試さない。何がしたくてきたんだお前は。」

 

 

 

早く目的を言ってくれ。何も言わずに布団に潜り込もうとする意味が本当にわからない。マジで試すのはやめろ。

 

 

 

「…えっとね?きっとまだ私へのプレゼント、買ってないでしょ?○○のことだから。」

 

「すげぇ角度の話ィ。…買ってねえし、買うつもりもなかった。」

 

「えぇ!?…じゃあ一体何をくれるつもりだったの?」

 

「なんだろうな。何も考えてなかった。」

 

「…私の誕生日ってそんなもん?」

 

 

 

目に見えて萎れるひまり。いいから早く掛け布団を返せ…朝は冷えるんだ。もう昼だけど。

 

 

 

「誕プレなら他の四人から貰えるだろ?…なら俺は別に物質的なものじゃなくてもいいかなって。」

 

「……それはそーだけど…物質的なものじゃないって何?」

 

「お前さ、毎年パーティ終わったあと泣きながら一緒に帰るだろ?終わるのが嫌だって。」

 

「…う、うん。」

 

 

 

祭りの後特有の寂寞感はわからなくもないが、毎回慰め役をやりつつ家まで送り届ける俺の身にもなって欲しい。

何なら家の前に着いても一緒に部屋に来いとゴネる。マジ面倒。

 

 

 

「だからな?今年は延長戦をプレゼントしてやる。」

 

「えんちょーせん?」

 

「………言葉の意味はわかってるか?」

 

「ええと、前の園長が辞任したから次の園長候補を」

 

「だろうと思ったよ。延ばす方の延長な。延 長 戦。」

 

「…っあぁ~!…なんの?」

 

 

 

素でやってるのかボケているのか。そのきょとんとした顔からは読み取れないが、ひまりは基盤がアレだからな。きっとおバカさんなんだろ。

 

 

 

「…ひーのおばかさん。」

 

「??」

 

「よくみりゃハチミツとか似合いそうな顔してんなぁ…」

 

「何の話…?」

 

「今日から君は…"ハチミツ太郎"だ!!」

 

「太郎…?」

 

「よっ!ダイナマイト!!」

 

「!!…お、おっぱいが?」

 

「持ち上げんなバカ。…ええとだな。」

 

「○○はほんとえっちだ…。」

 

 

 

それ本当に精神衛生上悪いからやめろ。

 

 

 

「だから、誕生会が終わったあとな?…お前の部屋、泊まってもいいか?」

 

「えっ!!ほ、ほんとに??泊まってくれるの??」

 

「…あぁ。ほら、途中どっかの店でお前の好きな甘いもんでも何でも買ってさ、お前が寝落ちするまで誕生会続けてやるっつってんの。」

 

「えっ、えっ、…え?本当に??いいの??」

 

「それが俺からのプレゼントってことでいいならな?」

 

「う、うん!!いいよ!すっごくいい!!私、○○とずっと一緒に居たいもんっ!!」

 

 

 

…そんなに規模の大きい話じゃないんだが。

 

 

 

「ずっとって…明日の朝、学校前には帰るからな?」

 

「あぅ、うん。わかってるよ。」

 

「……それでいいか?」

 

「…うん。毎年、それがいい。」

 

「マジか。そりゃ楽でいいな。」

 

 

 

勿論面倒臭がってこの結果になってるわけじゃないぞ?いろいろ考えた末の結果だからな?

 

 

 

「え、えへへ…嬉しいなぁ…。」

 

「ん。…じゃあ、誕生会までは予定もなくなったし、四度寝に入るわ…布団返せ。」

 

「へ?それまでも遊んでくれるんじゃないの?」

 

「何でだよ…貴重な休みだぞ?体力回復に努めさせろ…。」

 

「………もー。」

 

「…お前も一緒に昼寝するか?」

 

「!!するっ!!」

 

「あそ。ちゃんと起きろよ?」

 

「うんっ。…服、全部脱ぐ?」

 

「…お前のパジャマ置いてあるだろうが…それ着ろよ。」

 

「つまんないのー。」

 

 

 

結局、何だかんだ寝起きの悪いひまりのせいで、誕生会のスタートは一時間程押した。

昼寝したせいで朝まで寝かせてもらえないし、無駄に次の日も御機嫌だしで、早くもこのプレゼントを選んだことに後悔を覚えていたのだった…。

 

 

 

 




はっぴぃばぁすでぃひーちゃん。




<今回の設定更新>

○○:息抜き的な話になったかな?
   ひまりのアレもすっかり見慣れてしまったようで、揺れようと持ち上げようと
   言うほど気にならなくなってきた。…触るのは別。

ひまり:いつもでかい(語弊)
    誕生日は皆に祝ってもらいたい派。
    結局夜通しスィーツパーティと洒落込んだせいで、その後絶食期間を設ける事になる。


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2019/11/10 幼馴染その12 - 激動 -

 

 

「…で、だ。」

 

「どうすんだよ。〇〇。」

 

「俺に訊くな。……蘭はどうしたいんだ?」

 

「あたしは…。」

 

 

 

近所のファストフード店。互いに顔を見合わせ、事の深刻さに盛大な溜息のハーモニーを奏でる三人。

そう…俺達幼馴染は、今「羽沢珈琲店」では話せない事案について会議を開いている。

あのひまりの一件が一先ず落ち着きを見せて以来定期的に開かれている「関係維持会議」だ。といっても、普段はただ近況報告と言う名の雑談をして解散するだけの暇つぶしみたいな会なんだが。

 

 

 

「…そもそもさ。」

 

「ん。」

 

 

 

真っ赤なロングヘアー…を今日はポニーテールにしている巴が口を開く。

 

 

 

「女子同士ってアリなのか?」

 

「……だからどうして俺に訊く。」

 

「お前なら変態そうだし、そういうの好きかと思って。」

 

「おい、偏見が過ぎるぞ。……まぁ、アリなんじゃねえのか。」

 

「マジかよ…!!」

 

 

 

どんな衝撃受けたらそこまで目が開くんだ。零れ落ちそうになってんぞ。

わなわなと震え物凄い汗を流す巴に、ただ事ではないと流石に心配しだしたのか、蘭が声を掛ける。

 

 

 

「…大丈夫?水飲む?」

 

「飲む。」

 

 

 

………おぉ、一気だ。

 

 

 

「ぷはぁ!……いや、今日まで生きてきて最上級の衝撃だった。」

 

「そうかよ。でもほら、愛の形は人それぞれだろ?抱くのも表現するのもそいつの自由って訳だ。」

 

「…まぁね。…〇〇が言うと、説得力あるよね。」

 

「確かにな。」

 

 

 

その節は本当に迷惑かけたと思ってるよ。ごめんな。

 

 

 

「で、蘭はどうしたいんだ?」

 

「うん…。あたしは、つぐみを()()()()対象として見たことは無いんだけどさ。」

 

「うん。」

 

「でも、つぐみも勇気を出して告白してくれたわけだし。…その。」

 

 

 

言いづらそうに口を噤み、視線を彷徨わせる赤メッシュ。やがて困ったように見上げる視線は俺のそれと交差した。

…少し可愛いな、こいつの上目遣い。

 

 

 

「今までにない体験だもんな…。じっくり考えていいと思うし、その方がつぐみの為にもなると思うぞ。」

 

「ありがと…。でも、いっぱい考えても結局どうしていいかわかんなくて。」

 

「………。あれ以来、つぐみとは?」

 

「会って…ない。どんな顔していいかわかんないんだ。」

 

 

 

こっちはこっちで気まずくなってしまっているらしい。とは言え、このまま放っておけばつぐみの方にも罪悪感が生まれてしまうだろう。

ひまりの件であれ程傷ついた本人でもあるし、幼馴染って関係を甚く気に入ってる奴だ。「私が告白なんてしたばかりに…」と自分を責めだすのは時間の問題だろう。

 

 

 

「よし蘭。」

 

「……ん。」

 

「今からつぐみんとこ行こう。」

 

「………でも。」

 

「大丈夫だ、俺も一緒に行くから。」

 

 

 

何か姿の見えないものに恐れを抱く様に、僅かに揺れ続けているその瞳。…俺が困り果てている時に一番世話になったんだ。ここで手を差し伸べてやれないで何が幼馴染か。

しっかり目を見て、俺も力になれるんだって伝えてやりたかったんだ。

 

 

 

「……〇〇。」

 

「あぁ。」

 

「〇〇のそういうとこ、あたしは好きだよ。」

 

「そか、いつでも頼ってくれよな。」

 

「ん。………わかった、あたし、ちゃんと向き合うね。」

 

 

 

差し出した俺の左手をしっかりと握り返してくる蘭。何だかんだこいつも好きなんだ、この居心地の良い居場所が。

 

 

 

「巴はどうする?」

 

「………。」

 

「巴?」

 

 

 

次の行動が決まった以上、動き出すのは少しでも早い方がいい。蘭がつぐみにアポを取っている横で暫く静かだった巴に声を掛けるが…全くと言っていいほど無反応だ。

目の前でひらひらと手を振っても瞬き一つしない。…死んだ?

 

 

 

「おい、巴っ。」

 

「…………んはっ!?」

 

「うぉっ!生きてる…!?」

 

 

 

肩をがくがくと揺すって初めて意識が戻ってきたようだ。目を開けたまま失神とか器用な真似してんじゃねえよ。

 

 

 

「俺らもう行くけど、お前はどうする?」

 

「…どこ、いくんだよ。」

 

「つぐみのとこ。このままって訳にはいかねえだろ?」

 

「つぐみ!?…じゃ、じゃあ、やっぱり女子同士ってアリなのかよ!!なぁ!!」

 

「う…うぉっ…ちょ、ちょちょ、ストップ!ストップだ巴!!」

 

 

 

何処でスイッチが入ったのか、先程と立場が逆転したかのように俺の肩をガクガク揺する巴。

何をそんなに興奮してるんだ…っていうか力強いんじゃお前は。

 

 

 

「落ち着け巴、深呼吸だ。」

 

「……ハァッハァッ……はぁ…。」

 

「……どうしちまったんだお前まで。」

 

「……なぁ〇〇。」

 

「なんだよ。」

 

「………アタシもなんだ。」

 

「あぁ?」

 

 

 

いい加減肩から手ぇ放してくれねえかな。あと鼻息荒いんだよお前は。

 

 

 

「…別れてくれ。」

 

「お前と付き合った覚えはねえが。」

 

「違う。」

 

「じゃあなんだよ。」

 

「……ひまりとだ。」

 

「…理由を訊こう。」

 

「……アタシもだって、言ったろ。」

 

 

 

頼むからそのなぞなぞみたいな話し方やめて解りやすく言ってくれ…俺の肩が死にそうなんだ。

連絡を取り終えたのか、隣で蘭が真剣な顔して見てやがる。止めてくれ。

 

 

 

「……だから何がだよ。」

 

「アタシ……好きなんだ。ひまりのこと。」

 

「……………。」

 

「……………。」

 

「……………?」

 

「……………。」

 

 

 

何だって?

余りの唐突なワードに、思わず蘭と顔を見合わせてしまった。…蘭、言っちゃ悪いがすっげぇアホ面だったぞ。

 

 

 

「……ええとだな、巴。」

 

「…別れてくれ。」

 

「まずは会話しような?…さっきも言ったように愛の形は人それぞれで、自由だ。」

 

「…あぁ。」

 

「……でも、俺に言うのは違うんじゃねえの?」

 

「…だって、ひまりに引かれたら怖いじゃん…。」

 

 

 

何だよ…デカい図体してだらしねえこと言うじゃねえか。…考えてみりゃ弱気な巴なんか初めて見たかもしれんな。

なら尚更、ここは強気で言ってやらないといけないか。

 

 

 

「巴。…つぐみは、直接言ったんだぜ?」

 

「……!!」

 

「…そうだよ巴、ひまりに面と向かって言うべき。」

 

「…お前ら…。」

 

「俺は別に止めねえからな?愛してるなら愛してるって伝えてこいよ。…それでひまりが選んだ結果に、俺は従うまでさ。」

 

 

 

それに、こんな言い方はどうかと思うが、俺たちは元より愛し()()()付き合っているわけじゃないんだ。ひまりだって心から愛してくれる人と一緒に過ごす方が遥かに幸せだろうし何しろ有意義だ。

きっと正解はある。幼馴染とは言え他人の集まりな訳だし、きっとパズルのピースのようにカチリと当てはまる組み合わせと場所があるはずなんだ。それを探し当てるためであれば、どんなスワッピングだって無駄じゃない。

 

 

 

「ん。○○の言うとおりだよ。気持ちは相手に伝えてこそだし。」

 

「蘭……。…○○、ありがとう。そして、恨むなよ。」

 

「恨まない恨まない、ほれはよ行け。払っとくから。」

 

「……持つべきものは幼馴染だな。」

 

 

 

真っ赤なポニテ野郎はそう言い残して店を飛び出していった。…せいぜい、上手くいくことを願ってるぞ。巴。

 

 

 

「……ふふっ、○○…かっこよかったよ。」

 

「よせやい。…ほれ、行くぞ。」

 

「そうだね。……ぁ」

 

「…あー、うん。それは食っちまえ…待ってるから。」

 

「ごめん…もうだいぶ冷えちゃったけど、半分こする?」

 

 

 

すぐに出発しようとは思っていたが、そうか…話に熱中しすぎて自分の買ったハンバーガーを食べきれていなかった蘭。三口程齧っただけのそれをあんまりにも悲しそうに見つめるので感触を待つことにしたが…。

差し出されても、ハンバーガーを半分こはかなり無理があるぞ、蘭。

 

 

 

「…半分にしようがないだろ?」

 

「んぅ…。じゃ、交互に食べるってのは?」

 

「……お前がいいならいいんだけどよ…。」

 

「ふふ。…ひまりが見たら怒るかもね。…間接ちゅーだ。」

 

「滅多なこと言うもんじゃねえなぁ…よし、じゃあ食っちまおう。」

 

 

 

二人で交互に食うとこれが中々どうしていいペースなんだ。程良い満腹感に程良い所要時間。

……俺たちは中々いいコンビネーションなんじゃないかと思いつつ、羽沢珈琲店へと急ぐのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「……蘭、ちゃん…。」

 

「来たよ、つぐみ。」

 

 

 

羽沢珈琲店二階・つぐみの部屋。どうも俺にとっては居心地の悪い部屋だが、今はそうも言ってられない。

 

 

 

「…お前ら、座れば?」

 

「あ、うん…。」

 

 

 

気合入りすぎだぞ蘭。ガッチガチになっているようで、つぐみの顔を見るや否やその場でおっぱじめようとしやがった。

ライブ中でも見ることのできない珍しいほどの緊張っぷり。大丈夫だろうか。

 

 

 

「ええと…その…。」

 

「…つぐみ、あたし………。」

 

「きゅ、急に変なこと言っちゃってごめんね蘭ちゃん!蘭ちゃんも困っちゃったよね!それに普通に考えておかしいっていうか、私何言ってんだろうあはは!!」

 

 

 

早口で捲し立てるつぐみ。最中でチラチラと目線が合ったあたり、俺が邪魔だということなのだろうか。

……だがな、つぐみ。俺は正直逃げ出したいくらいなんだけど、左手を蘭にガッツリホールドされているせいで動けないんだ。

 

 

 

「…あのね、つぐみ。」

 

「……う、うん。」

 

 

 

お、行くのか。

 

 

 

「あたし、つぐみの事好きだよ。」

 

「!!…じゃ、じゃあ!!」

 

「でもね。……本当にごめんだけど、つぐみの言うような"好き"じゃない…んだと思う。」

 

「……そ…うだよね。」

 

「……あたしはさ、幼馴染として…同じ女の子として凄くつぐみが好き。…だから、今の関係を壊したくないなって思った。…だからっ」

 

「ごめん。」

 

「……つぐみ?」

 

 

 

事前に蘭の気持ちを聞いていたわけじゃあないが…何となくこうなるだろうとは思っていた。ただ、その後の展開とつぐみの反応は全く予想できない。

今だって、珍しく蘭の言葉を遮るようにして強い語気で言葉を発したわけだし。

 

 

 

「ごめんね蘭ちゃん。…多分、蘭ちゃんならそう言うだろうなって、分かってたの。」

 

「……うん。」

 

「…好きな人、いるんだよね?」

 

「…っ!?」

 

 

 

つぐみの言葉に、握った蘭の手がビクリと強張る。…まじか、皆青春してんなぁ。

 

 

 

「フラれるのはわかってた…けど、理由が欲しいよ。蘭ちゃん。」

 

「……嫌だ。」

 

「…私、多分あの人だなって予想はしてるから、それを確信に変えたいの。…ちゃんと、フラれたいの。」

 

「言いたく…ない。」

 

 

 

見れば蘭の目には涙が。

そんな無理強いすることは無いだろう…とは思いつつも、フラれる側としては納得してフラれたいってのもわからなくはない。

 

 

 

「な、なぁつぐみ?あまり無理に聞き出すのはさ…」

 

「ねえ○○くん。私ね、今すっごく…泣き出したいくらい辛いんだ。…でも、みんなとの絆も関係も壊したくないから、吹っ切って仲良しになりたいから聞きたいの。」

 

「……つぐみ。」

 

 

 

なんてことだ。この場において、俺はひどく無力だ。

愛の形は自由だなどと判った風な口を聞いて蘭をここに連れてきてしまったこと自体が間違いなんじゃないか。俺が余計なことを言わなければ…こんな、こんな皆が傷つくようなことにはならなかったかもしれないのに。

 

 

 

「○○……先に、帰ってて…。」

 

「へ?」

 

「……○○には聞かれたくないから。」

 

「……じゃあ、言うんだな?」

 

「うん…。そうしないと、前には進めないから。」

 

 

 

そういって蘭は頑なに離さなかった俺の手を解放する。…もう行けということなのだろう、言葉はそれ以上続かなかった。

 

 

 

「……じゃあ…俺、行くな?」

 

「…うん、ごめんね○○くん、お構いもできなくて。」

 

「あぁ気にすんな。…じゃあな、蘭。」

 

 

 

部屋の入り口で振り返ると、虚ろな目の蘭と視線が合った。正直このまま置いていくのは不安で仕方がないんだが、俺にはこれしかできないんだ。

……ん。今、蘭の口が動いた気がしたが気づかないふりをしてそのまま部屋を出る。モヤついた気持ちのまま一階に、廊下を通って裏口へ…。

 

 

 

「……「ごめんね」…かぁ。」

 

 

 

**

 

 

 

帰るに帰れず、羽沢珈琲店の裏口横で待つこと一時間弱。扉の開く音と隣に近付く三十六度強の気配。

 

 

 

「……そうか、お前が出てくるのは予想してなかったな。」

 

「…ごめんね、私で。」

 

「……吹っ切れそうか?」

 

「ん…………ちょっとだけ、泣かせてもらっても、いいかな。」

 

「………あぁ、おいで。」

 

 

 

腕の中につぐみの小さな温度を感じつつ、そっと背中を撫でた。

辛い時は枯れるまで泣けばいい。そうして明日からは、またいつもの幼馴染として日々を紡げばいいんだ。

 

 

 

「ごめんね……ごめんねぇ………。」

 

「……………。」

 

 

 

蘭は、大丈夫かなぁ。

 

 

 




入り乱れる関係性。




<今回の設定更新>

○○:遠巻きに見ればハーレムのような一日。
   包容力が凄まじいのかもしれない。
   スキンシップは受身。

蘭:今回はまるでメインヒロイン…?
  芯は通っているが関係性を守りたいが為にそれをぶつける事ができない。
  誰が好きなんだろうね。

巴:パワーがもう…。

つぐみ:意思は強い模様。
    フラれた…のかな?


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2019/12/02 幼馴染その13 - 水面下 -

 

 

 

ヴヴッ、ヴヴッ

 

授業中、必死に眠気と闘いつつも黒板を睨みつけるようにして授業を受ける俺の右腿をバイブレーションが刺激する。どうやらどこぞの馬鹿がチャットでも送り付けている様なんだが、どうも不真面目になりきれない俺はそれを確認しようとはしない。

 

 

 

「くぁぁ……ねみぃ…。」

 

ヴーヴヴッ、ヴーヴヴッ

 

しかし、どうして月曜朝の授業というのはこう眠く怠いものなのだろうか。確かに、昨日の夜中まで友達と盛り上がったのは俺が悪いんだけども…。

とは言え何だこの通知の量は。振動しっぱなしで痒くなってきた。

 

 

 

「……しゃーない、やるかぁ。」

 

 

 

あまりの通知ラッシュに何か緊急の連絡でも…と思い、授業を抜け出すことにした。

 

 

 

「せんせぇ、具合悪いんで保健室行ってきますぅ。」

 

 

 

緊張感の消えた教室を後に、小走りで保健室を目指す。…幸いなことに途中で誰とも遭遇しなかったし、何なら保健室にも誰も居なかった。

折角のチャンスなので、スマホを持ったまま空いている一番奥のベッドへ滑り込みカーテンを閉める。…ようし、これで万全だ。

 

 

 

「ええと…………あいつら、授業中に何やってんだ。」

 

 

 

ディスプレイに表示された新着件数は、モカからが2件、ひまりからは3件、つぐみから2件に巴から6件。…仮にも向こうさんも授業中なはずなんだが、これは一体どういう事なんだ。

苦笑しつつも、一番上に出ていたひまりのチャットから開いていく。

 

 

 

『あのね』

『巴が私と付き合いたいって』

『どうしよう??』

 

 

 

「……。」

 

 

 

どうしようもクソもあるか。ひまりの好きなようにすりゃあいい。

一応建前上は付き合っている事になっている俺に対して、告白されたことを報告するのはまあいい。…でも相手は巴だぞ?知らないやつって訳じゃないんだから、正直ひまりの思うように動いてもらって構わないんだが…。

 

 

 

『一遍付き合ってみたらええやん』

『見聞を広めるのも大事だし、巴の事嫌いじゃないだろ?』

『それに』

『俺は何処へも逃げないから、好きなようにやってごらん』

 

 

 

…ふむ、こんなものでいいか。馴れ初めを考えたらひまり(あいつ)にはもっと相応しい人を見つけてもらわにゃならん訳だし。

爆速で既読がついたのを確認し次へ。…巴か。

 

 

 

『告白しちゃった』

『どうなるかな』

『急に変な事言っちゃったって嫌われないかな』

『あれ?今のアタシもしかしてキモイ?』

『うぁー!わからん!!』

『ラーメン食べたい』

 

 

 

「しらねえよ!!乙女かお前は!!」

 

 

 

思わず声に出しちまった…が、やはりこの部屋には誰も居ないようで、それに驚く者も咎める者も居なかった。

何だあいつは、何処から突っ込めってんだ。あんなに威圧感のあるナリしやがって、こういった事にはてんでダメだな。つか急に腹空かしてんじゃねえよ、野生動物かお前は。……あぁ、言った後で悪いけど、女の子だったか。あれも一応。

ピコン、とひまりから新着の通知が出てきたのを意識外に捉えつつ巴への返信を打つ。

 

 

 

『精々可愛がってやんな』

『背中は押しといた』

『b』

 

 

 

最後の"b"はサムズアップのつもりだ。頼むから離さないで監視していてくれ、巴。

はてさて、先程の新着通知は何だ?…ひまりのチャットを開くと。

 

 

 

『そうだよね』

『でも、〇〇のことはいつでも一番大好きな男の子だと思ってるからね』

『ずっとだよ』

『ずっとずっと愛してるから』

 

 

 

そう思ってるなら巴なんかに靡くなよ…と少しの引っ掛かりは覚えたが、如何せん女の子同士の恋愛というのはよくわからん。男女の恋愛とはまた別物として、深く考えないようにするのが正解なんだろうきっと、うん。

特にひまりに返信することはなく、つぐみのチャットを開く。

 

 

 

『〇〇くん』

『今日の放課後、時間あるかな』

 

 

 

「ぅお」

 

 

 

おっと、つい変な声が。きっと以前の蘭絡みか何か、相談の類だろうとは思うけども何だこれ。たった二つのチャットだというのに滲み出る可愛らしさよ。

…俺、まだつぐみのこと諦めきれてないんかな。チャットに対しての答えは勿論イエス。…考えるまでもなく指先は勝手に想いを綴っていた。

…んでラストはモカ。

 

 

 

『ねーねー』

『授業サボっちゃわなーい?』

 

 

 

唯一どうでもいいチャットだった。モカもあれで真面目に座っていられる性質(タチ)じゃないのか、こうして授業中にチャットを送ってくることは珍しくない。だがしかし、「授業をさぼろう」とはまた新しい角度の攻撃だな。

 

 

 

『いいぞ』

『どこいく?』

 

 

 

乗ってやることにした。

今まで咎めるか受け流すだけだったが、乗った場合のこいつはどう切り返してくるんだろうか。

 

 

 

『今〇〇の学校にいるよー』

『校門~』

 

 

 

………そうきたか。

 

 

 

『だから早く出ておいでぇ』

 

 

 

成程な?仮想デートを決め込もうって腹か。俺もそういった甘酸っぱい体験には少々妄想が働くし、相手してやるとするか。

 

 

 

『おう、お待たせ。』

『待った?』

 

 

 

うむ、無難な入りだがこんなんでいいだろう。

 

 

 

『何言ってるの??』

『早く出てきてってば』

『さーむーいー』

 

 

 

む?

乗ってやったのになんだその態度は。お前が真っ先に現実に戻ってどうする。

そんなモカに送る次の一手は……と思案していると、正にチャットしている相手から通話が。画面に表示されている緑色のボタンを押すと、気だるそうな声が聞こえ始めた。

 

 

 

「ねーねー、まだ出てこないのー?」

 

「…あ?そういう遊びじゃねえの?」

 

「今校門まで来てるんだってばぁ」

 

「……マジの話?」

 

「何だと思ったのー?……さぶぅ。」

 

 

 

実際に声と環境音を聞いて分かった。…コイツ、マジで外に居やがる。

果たして校門に居るのかどうかは定かではないが、少なくとも今現在学校には居ないという事が証明された。…これは確認の価値アリか?

 

 

 

「〇〇もサボるんでしょー。出てきてよー。」

 

「まぁその、なんだ…ちょっと待ってろ。」

 

「はやくねー」

 

 

 

どうやらすんなりとサボる流れにされてしまったらしい俺は、勢いそのままにクラスメイトへチャットを送信し鞄を届けてもらう。

怪訝そうな顔をされたが、勝手に早退することとした。

 

 

 

**

 

 

 

「お前、本気でサボってたんか。」

 

 

 

少し風の強い道をモカと並んで歩く。昼間の学校近辺には歩行者などほぼ居ない。

何故か組まれている右腕だけ温かさを感じつつ、何処へ行くでもなくフラフラしていた。

 

 

 

「だってぇ、皆面白いことになってるからぁ。」

 

「面白い事??」

 

「んふふ、知りたいですかぁー?」

 

 

 

勿体ぶる様に口元に手を当て笑う。隣から覗き込んでくるその表情は相変わらず読み取ることができないが…面白い事、とは?

 

 

 

「みんなってのはきっとあのチャットの事だろう?」

 

「ご名答~」

 

「あいつら急にどうしちゃったんだ??」

 

「んーとねー…簡単なところから行くと、今日のつぐとの待ち合わせ、キャンセルしたほうがいいよぉ。」

 

「…なぜ?」

 

 

 

会わない方がいいという事だろうか。確かにあの蘭の一件以来、つぐみにも蘭にも会ってはいなかった。

ひまりとモカには割と頻繁に会っていたが、裏で一体何が繰り広げられていたというのか。…多分、モカだけは常に把握できているんだろうな。

 

 

 

「女の子にもいろいろあるのだー。…それにね。」

 

「ふむ?」

 

「〇〇みたいなニブチン、今のみんなと関わったらもっとややこしくなると思うんだよなぁ。」

 

「ニブ……それはまた、誰が好きとかそういう話なのか。」

 

「なのだなのだー。」

 

 

 

それであれば深入りするなというのも頷ける。ひまりの件でも勉強になったが、俺は女の子達のそういった気持ちに対して理解が無さすぎる。

結果的にひまりもおかしくさせてしまったし、その影響で幼馴染の輪すら壊れそうになったのだから…もう二度と、繰り返したくはないものだ。ここはモカに従っておこう。

 

 

 

「そか。…ま、何だかんだで全体を見えてるのはお前だけだもんな。今回は言うこと聞くよ。」

 

「およよ?珍しく素直ですなぁ。…いやぁ、関心関心。」

 

 

 

感慨深げに頷く。ばあちゃんみたいだな。

 

 

 

「んで?…今日は何処に行く??」

 

「そうですなぁ……とりあえず、昼間しかやってないケーキバイキングがあるんだけどぉ」

 

「早速食うのか。」

 

「時間もケーキも有限ですからぁ。」

 

「へぇへぇ…お付き合いしますよ。」

 

 

 

ヴヴッ

 

進路を変え、横断歩道を渡らずに角を曲がった時、またしても誰かからのチャットを受信した。モカに断りを入れて腕を解いてもらう。

……おぉ。

 

 

 

「誰からー??」

 

「蘭だ。…随分久しぶりな気もするけど、本当今日は何なんだ…?」

 

 

 

スイッとスワイプでロックを解除し通知が1件分であることを確認、チャット画面を出すとそこには短く、

 

 

 

『会いたいよ』

 

 

 

と。

 

 

 

「……蘭??」

 

「もー、モカちゃんとのデート中にスマホばっかり見るとは、許せませんなぁ」

 

「あっ、わ、わりい。なんだったっけ。」

 

「バイキングが終わっちゃうでしょぉー。」

 

「そうだったな、うん。」

 

 

 

口を尖らすも全く不機嫌そうに見えないモカ。確かに一緒に歩いている時にスマホを弄るのはマナー違反だったと反省し、スマホをポケットに戻す。

手が空くや否や再び右腕を絡め取って歩き出すモカに引き摺られながら、さっきのチャットが頭から離れずにいた。…会いたい、か。

 

 

 

「あっははー、楽しいねぇ。」

 

「まだ歩いてるだけじゃねえか。」

 

「〇〇と二人っきりってのが楽しいのー。…どうせみんなに深入りできないんだし、暫くはモカちゃんと一緒に過ごしたらー?」

 

「えぇ…?」

 

 

 

確かに、5人しかいない幼馴染の内3人に接近禁止が出ているなら残るはモカと蘭だけだし、蘭はあまりべったり過ごすタイプじゃねえし…。

それはそれで、楽しいもんなのかもしれない。財布と胃袋は死にそうだが。

 

 

 

「まぁ、それもいいか。」

 

「いえーい、〇〇はモカちゃんのものだぁー。」

 

「人を物扱いするんじゃないよ。」

 

「〇〇独占期間、はじまりはじまり~。」

 

 

 

あぁ、後でつぐみに断りの連絡入れとかないと。

あと、蘭にも返事を…。

 

 

 

 

 

…あ、モカって不思議ないい匂いするんだな。

 

 

 




今回は静かな前振りということで。




<今回の設定更新>

○○:大体コイツのせい…なのだが、一見学習しているようでしてない、
   そんなポンコツっぷり。
   結局誰の事が好きなんだこいつは。

モカ:謎が多い。他の幼馴染達がゲームの駒だとしたら、モカだけは審判ポジション。
   プレイヤーよりも高位なイメージである。
   よく食べて可愛い。

ひまり:あれだけ騒いだ挙句巴からの告白一つで揺らいだ模様。
    …軽い?

巴:ソイヤッ!ラッシャイ!セイヤッハァッ!

つぐみ:狙いか、はたまた本心が揺れているのか。

蘭:どうした。


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2019/12/12 幼馴染その14 - 暗躍 -

 

 

 

暇だ。

明日も平日なので当然やるべき課題や予習や復習や…色々やること自体はあるんだが、ひまりが遊びに来なくなってしまった今、独りの夜というのは成程暇な物らしい。

 

 

 

「ううむ…鬱陶しいあいつも役には立っていたって事か…。」

 

 

 

まず思い浮かぶのはあの無駄に発育の良い、一番近い幼馴染。呼んでも居ねえのに毎日の様に来やがって…彼氏できたらすーぐこれだ。

このまま一人でゴロゴロしていても余計な事ばかり考えてしまいそうなので、知り合いにチャットを送信して回る作業に入る。

…まずは…ここ最近何となく接しづらくて放置している蘭。話し初めの言葉すら分からなくなって、随分遡ってみたりもしたが…結局昔の俺の様にしてみた。

 

 

 

『よう』

 

 

 

たった一言だけど、それがいつもの俺と蘭の始まり。ここにやや遅れるようにして返信が付くのだ。

 

 

 

『なに』

 

 

 

後はもう流れに身を任せるのみだ。

 

 

 

『べつに』

 

 

『変なの』

 

 

『何してた?』

 

 

『何も』

 

 

『そか』

 

 

『○○は?』

 

 

『暇してた』

 

 

『そう』

『いつも通りだね』

 

 

 

お互い即答とは言えない間隔で、小さな言葉を送り合う。これはまさにいつも通り、幾度となく繰り返してきた日常ってやつだ。

そしてここからは非日常が始まる。俺にとっては小さな疑問だが、蘭にとっては大きな問題かもしれないし……ん?

手元のスマホがバイブレーションを用いて何かの受信を通知する。蘭とのトーク画面は開きっぱなしだから、通知が来るとしたらバックグラウンドの……モカぁ?

モカからのチャットとは珍しい。まぁ、最近何だかんだで一緒に過ごすことも増えたが、また何とも絶妙なタイミングだ。蘭への返信を一旦保留にしてモカからの連絡内容を確認する。

 

 

 

『やーやー』

 

 

 

…これだけ?まぁ適当に返しておけばいいか。

 

 

 

『今、蘭とチャットしてたりするー?』

 

 

 

思わず変な声が出そうになった。唐突なチャットにしては的確過ぎる。

…あぁでも、蘭と一緒に居たりするんだろうか?そして揶揄っているとか…それなら返信する相手は蘭の方がいいな。

 

 

 

『お前、今モカと一緒にいんの?』

 

 

 

相変わらずの速さで既読がつき、蘭にしては珍しく即行で届く返信。

 

 

 

『家で一人だけど』

『何かあったの?』

 

 

 

ふむ…蘭は冗談を言うような奴でもないし、何も知らないんだろう。となると、やはり訊く先はモカになりそうだ。

 

 

 

『どうしてそう思った?』

 

 

『ふっふっふー』

『○○のことはお見通しなのだー』

 

 

 

特に何もなさそうだな。なら放っといていいや。

 

 

 

『そうかい』

 

 

『で、どうなのー』

 

 

『正解だ』

『ちょうどチャットしてたとこ』

 

 

 

既読は早い。今の子ってみんなそうなのかな。…や、同い年の俺が言うのもアレだが…。

モカのメッセージが止まったことを確認して、蘭とのチャットに戻る。

 

 

 

『いや、特には』

 

 

『変なの』

 

 

『ところでさ、前に会いたいって言ってたろ』

 

 

『あぁ』

 

 

『何かあったんか?』

 

 

『それは』

 

 

 

ヴヴッ

 

またしても震えるスマホ。少し間は空いたが再度モカから何かを受信したようだ。

開いてみると

 

 

 

『今は関わるなって言ったよね』

『どうして言う事聞けないの』

『今はモカちゃんと居たらいいって言ったよね』

『どうして?』

 

 

 

連投だった。それに口調も少しキツイ。

周囲から見たら普段のモカの喋り方の方が引っ掛かるんだろうが、身内にしてみたらこっちの方が怖い。あのモカが普通に喋るなんて。

 

 

 

「…怒ってんのかな。…でも一人称はモカちゃんなんだな…。」

 

 

 

どうしよう、蘭への質問よりモカの状態の方が気になってきちまった。何をそんなに怒っているのか、果たして本当に怒っているのか。結局のところなぜ関わってはいけないのか…訊くことは山積みなんだ。

取り敢えずは話が必要だ…会話会話、と…。

 

 

 

『暇だったからさ』

『つい、蘭にチャット送っちまったんだ』

 

 

『へー』

『暇ならモカちゃんに送ればいいでしょ』

 

 

『お前忙しそうだろ』

 

 

『蘭と同じくらいには暇だよ』

 

 

『ほー』

 

 

『それでも蘭を選んだってことは』

『何、好きなの?蘭のこと』

 

 

 

妙な流れになってきた。好きとか嫌いとか、そんなの今はどうでもいいだろうに。

 

 

 

『まぁ嫌いじゃないな』

『うん』

 

 

『そういうのいいから』

『好きか嫌いかで答えて』

 

 

『うーん、どっちかか』

『好きだな』

 

 

 

俺の頭の中に"誰かを嫌う"という選択肢は無い。今回のだって、別に嫌いじゃないってだけなんだから、嫌いじゃない方を選んだだけなんだ。

 

 

 

『付き合うとかそういう?』

 

 

『それはわからんな』

『今のところはそういう風に見てないぞ』

 

 

『それはよかった』

 

 

 

…よかった?

 

 

 

『ねーねー○○』

『暇だから遊びに行ってもいーい?』

 

 

 

これまた唐突だな…。

とは言え暇を持て余す俺には願ったり叶ったりの提案だった。大方適当に喋るだけ喋って解散の流れだろうが、時間が潰せるならこの際何だっていい。

ものの数秒でOKの返事をし、部屋の片づけを始める俺の頭には、「蘭と会話途中だったこと」「そもそもの蘭の気になる言動」そのどちらもがもう残っていなかったのだ。

 

 

 

**

 

 

 

「うぉりゃー。」

 

「うぉ!?…入って来るなりいきなりダイブかよ。」

 

「んふははは、ふっかふかだぁー」

 

 

 

十分と経たずに俺の部屋まで駆け上がってきたモカ。上着も帽子も脱がずに俺のベッドへダイブし、その感触を楽しむ。

丁度片付けやら掃除やらが終わったタイミングだったので退屈せず、かと言って急くことも無いナイスな来訪だったと言える。

 

 

 

「せめて上着は脱げよ。ほれ。」

 

「あー、モカちゃんのスカチャン…」

 

「スカジャンだろ…。」

 

 

 

上着を回収し皺を防ぐためにハンガーへ。本人はまだ楽しそうにベッドで燥いでいるが…結局何しに来たんだこいつ?

 

 

 

「いやぁ、ひーちゃんが入り浸ってた部屋だけど、毎日なにやってたのかなぁってー。」

 

「暇を極めてんなお前…。」

 

「うちでごろごろするよりは有意義だと思ってぇー。」

 

「ふーん。」

 

「ねーねー、ひーちゃんはいっつも何してたのー?」

 

「えー…っと。」

 

 

 

あいつは確か、毎日自宅でも出来ることをやりに来ていた気がするな。食後のダラダラタイムをただ俺の部屋で過ごしていただけというか、まるでここが自分の部屋であるかのように過ごしていたというか。

要は、太々しいやつなんだ。

 

 

 

「何…もしてなかった、かな。」

 

「おやおやぁ?哲学ですなぁ。」

 

「要は好きに寛いでたってこったよ。」

 

「あーはーはー、なるほどなるほどー。…じゃあモカちゃんもだらだらしまぁす。」

 

「どうぞどうぞ。」

 

 

 

放っておいていいなら是非そうしてくれ。俺としては適度に会話さえ交わしてくれたらそれでいいのだから。

…と思ったのだが、ベッドからぬるりと垂れ落ちるように降りてきたモカは匍匐前進の要領で俺のかく胡坐の上へ。

 

 

 

「両膝借りまぁす。」

 

「えっ」

 

 

 

両手には最近買ったばかりのラノベ。まさかそれをここで…?

 

 

 

「読み終わるまでどかないよぉーだ。」

 

「おいふざけんなひま…ッ」

 

「ふふふ…図らずともひーちゃんと同じことをやってしまったそうですなぁ。」

 

「くっ…!」

 

 

 

そうだよ。あいつもよく俺を枕かなんかだと思って下敷きにするんだよ。本を読むときもスマホで動画を見る時も、必ず体の何処かは敷かれていた気がする。

その状況の酷似具合に思わずひまりの名を呼びそうになったのも恥ずかしいし、ニヨニヨと笑みを浮かべるモカも憎たらしい。

 

 

 

「あはははは。また随分えっちなのを買いましたなぁ。」

 

「うるせぇ!」

 

 

 

結局、そこから三時間ほどモカの"喋るクッション"としての任務を全うした。…モカが帰ったのは日付が変わってから。

その後、思い出したようにスマホを見てみると、あの後蘭から届いたと思われる二十件あまりのチャットが全て取り消されているのを見つけた。

くそ、流石に放置は怒らせちまったか…。今度会った時には機嫌を挽回しないと…と、ある種次への希望を抱きながら、眠気に任せて布団に潜り込むのだった。

 

 

 




ひまりちゃんは遠くの方でソイヤしてました。




<今回の設定更新>

○○:鈍いなんてレベルじゃない。
   もう滅べ。

モカ:すべてを見渡せる賢さと常に冷静で100%の頭脳を稼働させられるのが強み。
   何を計画しているかは…。

蘭:可哀想。

ひまり:ソイヤ中


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2019/12/23 幼馴染その15 - 孤独釣り -

 

 

 

あれ以来、蘭へのチャットに返信は無い。送っても送っても、既読すらつかずにスルーなのだ。

…何時間か返信しなかっただけでそこまで怒ることもないと思うが、如何せん相手はあの蘭だ。そもそも最近までお互い原因のわからないギスギス感から距離を取っていたんだし、また何か深読みして誤解しているというパターンは十二分に考えうる。

 

 

 

「くそ…クリスマスも近いってのに。」

 

 

 

そう。目前に迫るはクリスマス。去年までは幼馴染全員で集まっていたが、現状を鑑みるに今年は有り得ないだろう。百合百合カップルは最近いい感じらしく、隣の家にいるひまりが絡んでくることはすっかりゼロになったし…蘭はこんな状況だし。

つぐみとは何もないはずなんだけど、何故かモカに止められるんだよな。確かに、「鈍い○○は下手に首突っ込まないほうがいい」って言われると何も言い返せないくらい、俺はあいつらのこと分かってないんだけどさ。

 

 

 

「…まぁ、イベントくらいはいいか。」

 

 

 

それでも、俗に言う"クリぼっち"は嫌だった。今までは幼馴染がいると思って楽観していたが、いざ一人で迎えるとなると怖すぎる。何が聖夜だ。

どうせ今も部屋で一人、時間を潰す手段もなくなってきたのでつぐみにチャットを飛ばしてみることにした。

 

 

 

「『今暇か?』っと…」

 

 

 

送信ボタンを押した直後、ピコンとモカからのチャットが。

嫌な予感がしつつもアイコンをタップすると…

 

 

 

『今から遊びに行ってもいい?』

 

 

 

何つータイミングだ。人が折角クリぼっち脱出計画に向けて大いなる一歩を踏み出したところだというのに。

 

 

 

『だめだ』

 

 

 

神速の如き指捌きで返信する。と、ノーウェイトで返信が。

 

 

 

『つぐに何か用事?』

 

 

 

何故知っている。

 

 

 

『なんで?』

 

『チャット送ったでしょ』

 

『何で知ってんの』

 

 

 

暫しの沈黙。一体どういう状況なんだこれ。

 

 

 

『つぐが隣にいるからね』

 

 

 

………あぁ。何ともタイミングの悪い…。

となると、幼馴染愛の強いつぐみからの返信も期待できそうにないし、モカが傍に居ない時間を狙って誘いをかけてみるしか…

 

 

 

『首突っ込むなって言ったよね』

『忘れちゃったのかな』

 

 

 

「怖っ。」

 

 

 

思い返してみりゃモカ(こいつ)は昔からそうだ。約束だの言いつけだの、そういった"誓約"絡みの事にはまるで厳しすぎる。少しでも逸れよう物ならこのザマ、恐ろしい程に全力で抑え付けに来るのだ。

こういう時は下手に足掻かず素直に従っておくのが英断…いやしかし、それじゃあ立派なぼっちくんに…。

 

 

 

『聞いてる?』

『既読ついてるよー』

『おーい』

 

 

 

連投が早い。ひょえー。

もう少し様子を見てみることにする。

 

 

 

『ねえ』

『ねーえ』

『あのねえ』

『つぐも返事したほうがいいって言ってるよ』

『○○ー』

 

 

 

つぐみの名前出しときゃ釣られると思いよって…バカめ、俺はそんなちょろいやつじゃ

 

 

 

『ちゃんと返事できるいい子にはつぐの写真あげちゃうんだけどなぁ』

 

『わりいトイレ行ってたわ』

 

 

 

………神様、ボクは犬です。

つい即答してしまったが、それは同時にクリスマスの一人ぼっちを受け入れるということで…

 

 

 

『うんうん』

『いい子だねぇ』

 

『なぁ』

 

『なあにー』

 

『クリスマス一緒に過ごさないか』

 

 

 

そうだ。コイツがいたじゃないか。

…いやもう正直一人じゃなきゃ誰でもいいや。モカは色々面倒くさいやつだが一人よりはマシだろ…

 

 

 

『クリスマスはつぐと過ごすからねー』

『二人とも忙しいのだよー』

 

 

 

「………………。」

 

 

 

『つぐみの写真くれ』

 

『おっけー』

 

 

 

人生初の独りきりで過ごすクリスマス。ホントに、何が聖夜だよど畜生め。

 

 

 

**

 

 

 

結局今日の戦果は、スマホにダウンロードした『ネズミの着ぐるみパジャマですやすや眠るつぐみ』の全身像とバストアップだった。

 

 

 

「これはこれで中々……」

 

 

 

おっと涎が。

 

 

 




クリぼっちは、切ない。




<今回の設定更新>

○○:馬鹿。権力には逆らえないみたい。
   つぐみフォルダが最近1TBを突破したそうで。
   …幸せそうでいいなぁオイ!

モカ:流れを掴んでいる方。
   彼女の手によって、確実に、物語は終わりに近づいている。


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2020/01/19 幼馴染その16 - 誤解と真実 -

 

 

 

まったーりと休日の一時を優雅に過ごす俺。部屋に充満する新しい芳香剤の香りと、何となく最近ハマっている紅茶に孤独ではありながらもそこそこに幸せな時間を感じていた。

此処の所幼馴染達との交流はほぼ無に等しい。騒がしくない、というメリットはあるのだが…やはりいつも其処にあったものが欠けているような喪失感を感じてしまい、どうも寂しさが込み上げてしまう。

 

 

 

「……皆、何してんのかな。」

 

 

 

休日と言えば、全員とは言えずとも大体誰かと複数人で行動していたというのに。…あれ程鬱陶しかったひまりも、今では懐かしみすら感じてしまう程に俺は交流を求めていた。

 

 

 

「………まぁ、嫌われてんならそん時はそん時だな。」

 

 

 

思い立ったが吉日、とはよく言ったものだが。俺の場合は気持ちが傾いた時こそが吉時、である。

自分でも引くくらい長い我慢期間を経て、行動を起こすことにしたんだ。モカ?しらねえ。

 

 

 

**

 

 

 

「顔くらい見せてくれよ…?」

 

 

 

まず最初に脳裏に浮かんだのがあのインパクトのある赤メッシュ、蘭の顔だった。幸いにも美竹家はウチからあまり遠くは無いし、休日に友達と出かけるようなアグレッシブさはアイツにはない。アポなしで突撃するにはもってこいの相手って訳だ。

 

リンゴーン

 

和風っぽい家柄には似つかわしくない重厚な鐘のような音色の呼び鈴を押し、暫し待つ。……数秒おいて、インターホンから聞き慣れた声が聞こえてくる。

 

 

 

『……何しに来たの。』

 

「おいおーい!開口一番それかよ!」

 

『…あたしに用なんかないでしょ。』

 

「はぁ??何いじけてんだよー。取り敢えずほら、どうせ暇だろ?上げろよー。」

 

 

 

久々に聴いた蘭の声に、彼女と反比例するが如くテンションが上がる俺。例え機嫌が悪くとも今の俺なら上手くやれる、そんな無根拠な自信さえあった。

 

 

 

『…つぐみに怒られるよ。』

 

「つぐみ??…意味わからん、入るからなぁー。」

 

『……知らないからね。』

 

 

 

ブツッと通話が終了し、辺りに残るは再び住宅街の喧騒のみになる。車も無く親父さんもいないだろうし、あとは勝手に入っちゃっていいかな。

ベルの付いたファンシーなドアを開け玄関へ進むと、いつにも増して気難しそうな幼馴染の姿があった。何をそんなにイラついているのか…。

 

 

 

「よっ!」

 

「……はぁ、面倒事に巻き込まれるのは御免なんだけど。」

 

「あんだよ面倒事って…つか、()()、すげぇ皺寄ってんぞ。」

 

 

 

トントンと自分の眉間を人差し指で突きつつ指摘する。若いうちから険しい表情ばかりしていたら皺が深く残り、消えなくなるというが…。

 

 

 

「○○のせいでしょ…。…上がるなら上がって。靴は…」

 

「ちゃんと並べるっての…作法だの何だの、昔からうるせえなぁこの家は。」

 

「…………よし。あたしの部屋?居間?」

 

「遊ぶならお前の部屋だろうな。」

 

 

 

居間と言えば、賞状とか家族写真飾りまくってて居心地があまり良くなかったのを覚えている。と言っても小学生の頃の記憶だし今はどうなっているか分からないが…蘭の部屋の方が無難だろう。

 

 

 

「ッ…じゃあ、こっち。」

 

「おう!」

 

 

 

やっぱ、幼馴染と話すこの時間こそが俺の日常だよな。

 

 

 

**

 

 

 

「ん。」

 

「さんきゅ。」

 

 

 

歪んだコップに入れられた茶を受け取る。

 

 

 

「おいおい懐かしいなこのコップ…!まだ持ってたのか?」

 

「まあ…○○がくれたものだし。」

 

「あげたっつっても交換だけどな。…蘭のやつは誰が持ってるんだっけ。」

 

「ひまり。」

 

「あー…あいつならまだ持ってるだろうな。」

 

 

 

その昔、小学校の修学旅行でガラス吹き体験をした時に六人それぞれが作ったコップ。事前に渡す相手を決め、幼馴染内で相手の物を作って交換したのだ。

…その頃は蘭と距離感が掴めなくなる前だったな、うん。

 

 

 

「普段も使ってんの?このコップ。」

 

「……あのさ、どうして急にあたしのとこに来たわけ?」

 

「暇だったから。」

 

「…暇なら、さ…つぐみのとこにでも行ってあげればいいでしょ。」

 

 

 

少し間を置いて出た声は震えていた。質問をスルーされたことも引っ掛かったが、これは何やら俺の知らないマズい事が起きていそうだ。

 

 

 

「お、おい、さっきも言ってたけどそれはどういう」

 

「恋人でしょ!?…暇なら会いに行ってあげたらいいじゃん!あたしのところなんか来たって…拗れる…だけだよ…!!」

 

「…………………んぇ?ちょ、ちょっと待て!」

 

 

 

恋人?俺とつぐみが??誰だそんな幸せ…じゃない、適当なデマを言ったやつは。とりあえずテンパって泣いている蘭を落ち着かせるのが先か。何故泣いているかはよく分からないが、大方幼馴染の輪が崩れることを危惧しての事だろう。

 

 

 

「俺、つぐみと付き合ってんの…??」

 

「…何言ってんの?…そんなの、つぐみに対して失礼過ぎるでしょ!?」

 

「……付き合うも何も…前にお前と一緒につぐみの部屋行ったろ?ほら、つぐみがお前のこと好きだとか何だとかっていう…」

 

「行った……けど。」

 

「その後から一切つぐみには会ってねぇ。何度かチャットはしたけども…見るか?」

 

「うそ………みる。」

 

 

 

特にロックも掛けていないスマホを渡す。目に涙を湛えた真剣な表情でじっと画面を見つめる蘭。操作するタップ音から察するに、つぐみ以外のチャットも確認しているようだ。

…しかし、どこでそんな情報の錯綜が起こってしまったのだろうか。

 

 

 

「……何この当たり障り無い会話。」

 

「だから、つぐみとは何もないんだってば。…そりゃ、幼馴染だし遊びてぇなーとは思ってるけど、モカが駄目だっていうんだもんよ。」

 

 

 

お陰で一人孤立状態だ。最近はそのモカも「いそがしー」と言って構ってくれないし。何なん。

俺の言葉にハッとした様子の蘭。やっぱこういう時は蘭だな。真剣に考え事に耽っている時の横顔が最高にイイ女だ。

 

 

 

「あたしも……。」

 

「ん。」

 

「あたしも、モカから聞いた。…○○とつぐみが付き合う事になったって。」

 

「………ほほう、それはそれは…。」

 

 

 

あの不思議ちゃんめ…一体何がしたいんだ?ドッキリにしては手が込み入り過ぎてるぞ…いやまあ、全く疑わない俺達も俺達なんだけどさ。

 

 

 

「恋人の邪魔はしちゃいけないよねって、あたしから連絡とかもあまりとらないように言われて…」

 

「ってことはモカに」

 

「いや。…ここはまずつぐみの所に行こう。」

 

「うん?」

 

「もう、ニブちんさんなんだから…。あたしと○○がそうやって遮られてる、その"理由"…いや"口実"がつぐみなら、つぐみにもモカから何か行っている筈でしょ。」

 

「…おぉ。」

 

「モカが何を企んでいるのかは知らないけど、動くなら()()()()の人間から当たろう。」

 

「さすが蘭、冴えてんな。」

 

 

 

さっきまでの困惑やら哀しみはすっかり払拭されたようだ。キリっとした目つきには何というか、生命力の様なものを感じられてつい見入ってしまう。ライブ中もそうだけど、何かを決意した蘭の顔は本当に綺麗で、格好いいんだよな。

 

 

 

「……好きだ。」

 

「ぁえっ!?何て!?」

 

「…ん、いや。行くならさっさと行っちまおうぜ、つぐみんとこ。」

 

「……。」

 

「何だよ、そんな見詰めんなっての。行かねえのか?」

 

「知らないっ。お茶、飲んじゃってよね。」

 

「おう頂くぜ。」

 

 

 

一気に飲み干した緑茶はすっかり温くなってしまっていた。

 

 

 

**

 

 

 

カランコロンカラン

 

「いらっしゃいま……!!…○○、くん?」

 

「おーつぐみー。…いやに空いてんな。」

 

 

 

久々に来たぞ羽沢珈琲店!!入店と同時に響くベルの音とよく通るつぐみの声。…うんうん、やっぱここはホームグラウンドって感じがするな。

振り返り俺を見るなり固まる看板娘の姿に、ここにもモカの魔の手が届いていたことを本能的に察する。もうニブちんなんて言わせねえぜ。

 

 

 

「ぇ…あ、う、うん!何か今日はお客さん少ないの!え、えへへー!」

 

「ほー…んじゃ、カウンター座らせてもらうわ。…ほれ、蘭も。」

 

「ん。」

 

 

 

カウンターに備え付けられている少し背の高い丸椅子に二人並んで座る様子を、下唇を噛み締めるようにして見つめるつぐみ。丸い盆を抱えるようにして持つ姿がとてもキュートだが…こちらにはどんな情報が入っているのか。

 

 

 

「…えっと、二人は、その……デートなの?」

 

「?あいや、俺達は」

 

「ちっ、ちちちっちがうっ!デートとかは、まだ、その、あの」

 

「どうした落ち着け赤ガメッシュ。」

 

 

 

赤ガメッシュというのは「赤がメッシュで入っている黒髪」から俺が名付けた渾名だ。現状こう呼ぶのは俺だけだが、何だか格好良さげだろう?財宝持ってそうで。

その赤ガメッシュは一体何をテンパっているのか。

 

 

 

「だってその、あたしはまだ、あぅ」

 

「…つぐみ、こいつと何かあったん?」

 

「ああいや……その……」

 

 

 

まさか、蘭と同じようにこっちにも…?そうなれば、俺と蘭が恋人同士だと勘違いしているのも頷ける。

 

 

 

「安心してくれ、俺と蘭は付き合っちゃいない。」

 

「…そーなの?」

 

「あぁ。全然、これっぽっちもそんなんじゃねえ。」

 

「…そんな言い方ないじゃん。」

 

「何か言ったか?」

 

「うっさい馬鹿。」

 

「えぇ……?…まぁ、兎に角だ。モカからの情報は嘘だかんな。」

 

 

 

今日の蘭はまるでジェットコースターみたいな精神状態だな。また知らないところで地雷を踏み抜いてしまったらしいが、落ち着いたようなので結果オーライと言えなくもない。流石俺。

 

 

 

「モカちゃん??…モカちゃんからの情報って??」

 

「……ありゃ?モカに「俺と蘭が付き合ってる」って聞いたんじゃないのか?」

 

「ううん?」

 

 

 

???

じゃあ何故そんな勘違いをしたんだ?巴やモカと違って、そんなガキみたいな弄りをしてくる子でもあるまいし。

…まぁモカの策略に巻き込まれていないようで一安心、か。純粋なつぐみを傷つけるようなことにはなっていなかったんだ。

 

 

 

「だって、蘭ちゃんが○○くんの事すk」

 

「つ、つぐみ!!あたしナポリタン食べたいなぁ!」

 

「あ、はーい。ご飯食べてないの?」

 

「う、うん!すっごくお腹空いてるって感じ!!」

 

「ふふっ、わかったよっ。…おとうさーん!ナポリタン入ったよー!」

 

 

 

客は俺達しかいないと言う事もあり、裏の居住スペースに引っ込んでいるであろう父親にオーダーを通しに行ったつぐみ。

…しかしナポリタンとな?時間は昼過ぎ。いつもの蘭なら昼飯を食い終わっている時間だったんだが…俺が急に訪ねたことで食べ損ねたのだろうか。それは申し訳ない事をした…と謝ろうと思えば小さく抓まれているシャツの裾。何事かと思えば隣の蘭ちゃんが微振動を繰り返しているではないか。

 

 

 

「…どした、寒いのか?」

 

「……あ、ああああたし、お腹いっぱい。」

 

「デブ活か?」

 

「ちがう…どうしよ、食べられないよ。」

 

 

 

何故注文した。

 

 

 

「ったく……食えねえもんを頼むなよな…。」

 

「手伝って…くれる?」

 

「手伝うも何も、腹いっぱいなんだろ?」

 

「う……そう、だけど…でも頼んじゃったし。」

 

「しゃーねえな……他で食べられそうなものとかあるか?」

 

「!?…い、意地悪、する気?」

 

「そうじゃねえよ、俺が一肌脱いでやろうってそういう…」

 

「おまたせぇ!おとうさんが、ちょっと大盛にしておいたから是非大きくなってって!!」

 

 

 

満腹であることが判明した蘭の前にでん!と置かれる紅い麺。ちょっと大盛…って、皿からして通常メニューと違うんだが?

つぐみは「いいことをした!」と言わんばかりの眩しい笑顔を向けてくるが、当の蘭は真っ青な顔して震えている。…こらこら、俺のシャツを千切って持って帰る気か?

 

 

 

「…お、おぉ!!こりゃうまそうだなぁ!!…なぁ蘭、俺にもちょっとくれよー。」

 

 

 

幼馴染の…それも女の子が食べたものを食べた場所から出すのを見たくは無いしそんな性癖も無い。幸い食に関しては俺の方が太い訳だし、まだ余裕のある俺の出来る限りをすることにした。

蘭の目が見開かれ、絶望に打ち震えていた表情もパアと明るくなる。「大丈夫?」とでも言いたげだが、蘭には空気を読んでもらう必要がある。

 

 

 

「……ん。別にいいけど…。」

 

「さんきゅー!いやぁ、こんなに旨そうなモン見せられたら全部でも行けちまいそうだぜ。」

 

「ふふっ、食いしん坊だね。…全部食べちゃってもいいよ?」

 

「お、まじか。」

 

「ん。つぐみ、あたしやっぱり…この"黒洞々たる夜のガトーショコラ"食べたい。」

 

「わかったよ!…ナポリタンの気分じゃ無くなっちゃった??」

 

「…そうじゃないけど、見てよこの食べっぷり。」

 

 

 

量は多いがこのナポリタン、うめえ。流石はつぐみの父さん、どんなメニューも絶品だぜ。言うほど空腹じゃなかったが麺を巻く手が止まらねえんだ。うひょー。

 

 

 

「あははっ!○○くん口の周り真っ赤だよっ。」

 

「ん?ぉああ、すまん旨すぎて。」

 

「ありがとっ、おとうさんに伝えとくね!…あ、あと蘭ちゃんのオーダーも通さないと。」

 

「ごめん、よろしく。」

 

「はぁい!」

 

 

 

再度消えていくつぐみ。大盛で出された紅の麺も半分を切ったし、蘭を救うことは出来たろうか。救うと言っても旨そうな料理を横取りしただけなのだが……少しは食べたかったろうかと思い蘭を見やれば、何とも優し気な表情でこちらを見ていた。

 

 

 

「……何つー顔してんだ、珍しい。」

 

「…顔?」

 

「おう。…微笑み?っつーか…まぁ蘭にしては珍しい顔だよ。」

 

「…………嬉しかったから。」

 

「何が。」

 

「○○は、いつもあたしの事をちゃんと見てくれてるよね。今も助けてくれたし。」

 

「あー…まぁほら、幼馴染だからさ。」

 

「そっか。……あたしは、そんな○○が、ずっと好きだよ。」

 

「……好きってお前…勘違いされるような事言うんじゃねえ。」

 

 

 

不覚にもドキッとしたじゃねえか。

 

 

 

「別に……勘違いされたっていいし。」

 

「!!………ど、どうだ、一口食うか?最高に旨いぞ。」

 

「…じゃあ一口だけ。………ん。」

 

 

 

少な目に巻き取って開けてくる口に放り込む。暫し咀嚼した後、少し惜しそうに言った。

 

 

 

「…今度はちゃんと食べる。」

 

「そうだな。うまいもんな。」

 

 

 

…このやり取りを何時から見ていただろう。顔を正面に戻せば、何ともぎこちない様子のつぐみ。

 

 

 

「お、おお待たせぇしました!蘭ちゃんの、ガトショコだよ!!」

 

「そんな略し方は初めて聞いたぞ。」

 

「ありがと。……どしたの。」

 

「二人って、本当に付き合ったりして無い…よね?」

 

「あぁ。してないよ。」

 

「………○○くんって…そ、そういう、あーんとか、誰にでもするの??」

 

 

 

そんな人をタラシみたいに言うんじゃない。遡って思い返してみても、巴とつぐみ以外の幼馴染連中にしかしたこと無いわい。

 

 

 

「いんや、誰にでもはしねえよ。」

 

「そう……なんだ。…蘭ちゃんだけ?」

 

「今のは流れでしただけで…つぐみもして欲しい?」

 

「っ!!…い、いいいいいや、いいいいよ!!大丈夫っ!!!」

 

「……声でっけぇな。まぁされたところで食い慣れてる飯だもんな。今度どっか行った時にしようなぁ。」

 

「今度…!?どっかって、○○くんとおでかけ…!?その時に…あーんっっっって!!ひゃぁぁ…」

 

 

 

これまた珍しい、ブツブツと高速で独り言ちるつぐみ。最近知られざる幼馴染の姿が見られることが多くて面白いな。

 

 

 

「おいひ。…○○、あーん。」

 

「んぁ?……んむぐっ。」

 

 

 

とんとんと肩を叩かれ振り返るや否や口に突っ込まれる塊。………おぉう、かなりビター寄りのガトーショコラ(つぐみ風に言うならガトショコ)、いつ食べても独特な旨みがあるぜ。

 

 

 

「ん、やっぱ美味いなこれ。」

 

「でしょ。…○○が提案したんだっけ?」

 

「うむ。前に新メニューの話をつぐみの父親(おやっさん)に持ち掛けられた時だな。蘭が甘いのよりビター系のが好きって言ってたから提案したんだよな。」

 

「へ、へぇ…。」

 

「結果的に気に入ったみたいで良かったさ。…蘭、またいい顔してるぜ。」

 

 

 

にこにこしながら咀嚼って…旨いのはわかるけど、可愛いかよ。

因みに名前は巴の妹、あこの案を取り入れた。普通とは違うアピールをした上で目に留まる様なインパクトのある名前…おやっさんの希望を上手く叶えたネーミングだと思う。

 

 

 

「蘭ちゃん……凄いね、○○くん。」

 

「……うん。」

 

「なんのこっちゃわからんが…まぁ、モカに何か言われたわけじゃないならいいや。それを訊きに来ただけなんだ。」

 

「う、うん!…あでも、モカちゃんに一つ教えてもらった事…というか、注意されたことはあって…。」

 

 

 

何?穏やかに解散の流れかと思ったが、そんなことを聞いちゃぁ帰る訳にはいかんなぁ。

 

 

 

「…何を吹き込まれた?」

 

「吹き込まれたって………ええと…」

 

 

 

チラリと蘭を見て何やら考え込む。…蘭に関係あることなのか?蘭に伝わった内容は俺とつぐみに関することだったし、果たして。

 

 

 

「…い、今は言い難いから、後でメッセージじゃダメかなっ?」

 

「……まぁ、構わんが…言い難い事か。」

 

「うん…すっごく。」

 

「プライバシー云々もあるしな。…わかった、それじゃあ夜にでも。」

 

「わかったよ!」

 

 

 

蘭の完食を待って、一先ず今日は家路に就くことに。あまりに夢中になって食べていたせいで膨満感が後から込み上げてきたが、帰り道でも蘭がご機嫌だったので良しとしよう。

繋いだ手は離さずに、蘭を家まで送り届けたのが夕刻。そのまま真っ直ぐ自宅へ向かい、全く減らない胃の中身に夕食を迷ったのは辺りが暗くなってからだった。

 

 

 

**

 

 

 

ヴーヴヴッ

 

何とか食べきった夕食の後、自室のベッドで死んでいるところに愛機のバイブレーション。

内容を見ると案の定つぐみからだったが、その内容に益々疑問が深まった。

 

 

 

『○○くんが私の事諦めきれてなくて』

『私にちゃんと告白するチャンスを窺っているから』

『私からは話しかけたりしないで待ってあげてって』

 

 

『いつ頃の話?』

 

 

『○○くんに放課後の待ち合わせ断られた時』

『の次の日くらいだったかな』

 

 

『その節は』

『ホントにすまん』

 

 

『全然気にしてないからいいよ!』

『それよりも』

 

 

 

そのチャットを最後に暫し間が開く。特に急いでいるわけでも無いのでぼんやり続きを待つが…

 

 

 

「アイツは人の気持ちとかそういうのを軽んじ過ぎだな。皆可哀想だ。」

 

 

 

心底何がしたいのか分からない。もし飛び交っている情報が軒並み嘘だとして、それらを正していった先には何がある?隠さなければならない、欺かなければならないのは何なんだ?

珍しくシリアスな思考に寄ったところで、スマホが震える。

 

 

 

『○○くんはまだ』

『私の事好きでいてくれてるの?』

 

 

 

――――ッ。

どう、答えるべきなんだろうか。何も考えないようにして、「おう」とでも返してやれば話は終わるんだろうか。

モカの余計な行動のせいで、純粋なつぐみにさえ疑心を抱いてしまっている俺が居て。それはとても、悲しい事だと冷静に分析する俺も居て。

 

 

 

『当たり前だろ?』

『つぐみだって俺の大切な幼馴染なんだから』

 

 

 

気付けば逃げの一手を打っていた。

 

 

 

『そっか』

『それで』

『蘭ちゃんとは本当に付き合ってないんだよね』

 

 

『おう』

 

 

 

どうやら運命とやらはそれじゃ許してくれないらしく。

 

 

 

『じゃあ私もちゃんと言うね』

 

『私、○○くんが好き』

 

 

 

迷宮は一層深みを増すばかりだ。

 

 

 




モカちゃんさぁ…




<今回の設定更新>

○○:男らしい一面も。Afterglowを引っ掻き回す騒動の原因となっている
   異分子。
   好きな物は好き、美しいものは美しいとハッキリ言える感覚派。

蘭:かわいい。もう隠しようも無い程に主人公が好き。
  主人公とのツーショットをずっと見ていたいほどのお似合い感…と言
  うより夫婦感。

つぐみ:天使。主人公たちが店にいる間ずっとドキドキしてました。
    告白待ちのスタンスをかなぐり捨て、遂に動いた。

モカ:暫く誰も見ていないという。


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2020/02/12 幼馴染その17 - 袋小路 -

 

あの一件以降。今度は俺が嘘を吐く側になっていた。

てっきりフラれたもんだと思っていたつぐみからの突然の告白。その場では「少し時間をくれ」なんて言って誤魔化せたと思っていたけど、俺の返答如何によってはこの仲の良い幼馴染すら崩壊してしまうような気がして何も動けずにいた。

今日も今日とて先延ばし、何事も無かった風を装ってこうして蘭と一緒に居る。

 

 

 

「どしたの、考え事?」

 

「…まぁ、そんなとこかな。」

 

「疲れちゃったの?」

 

「かもなぁ。」

 

「ふふ、今日は素直じゃん。」

 

 

 

…素直に最低なんだよな。

 

 

 

**

 

 

 

「あぁ、悪い流石に長居し過ぎたな。」

 

 

 

気付けば夜も夜。更けるなんてもんじゃない遅さに帰り支度を始める。

どうも蘭の部屋は居心地が良すぎてだらけちまうんだ。ハンガーからコートを下ろしてきて後ろから着せてくれる蘭は、もうすっかり手慣れたもんで。

 

 

 

「別にあたし的には泊ってってもいいんだけど。」

 

「馬鹿言え。男女で同じ部屋になんぞ泊まれるか。」

 

「…同じ部屋なんて言ってないじゃん、えっち。」

 

「てめー誘導尋問だな?」

 

「あはははっ。…よし、これでおっけー。」

 

「さんきゅ。」

 

 

 

くだらない話をしながらも帰る準備は完了。今は蘭とお揃いで買ったマフラーを巻いているんだが、どうやら巻き方に拘りがあるらしく自分ではやらせてもらえない。…必然的に蘭が管理しているし、蘭と過ごす時にしか巻いていられないものだ。

いつもの流れ的に、マフラーを巻かれると言う事は我が家まで付いてくると言う事で…。

 

 

 

「なぁ、逆だよな。」

 

「なにが?」

 

「ほら、「夜遅いから~」つって送って行くのは男の役目じゃんか。こんな時間になって迄お前が一人で帰ることになったら…」

 

「細かい事気にしないの。…それとも何?○○の部屋に泊めてくれる?」

 

「だから同じ部屋で泊まるのは流石によ…」

 

「じゃあつべこべ言わないで、大人しく送られな。」

 

「強ぇ。」

 

 

 

結局何だかんだ言いくるめられてしまうんだよな。…それ程離れていない位置に両家があるのがせめてもの救いか。

 

冷やさないようにと、繋いだ手を上着のポケットに捩じ込んで冷え込む夜の道を歩く。

一見クールそうに見える蘭だが、最近は本当によく喋る。二人で居ることが多いからか、それに慣れたからか。

 

 

 

「そうそう、あたし昨日ひまりと話しててさ。また皆でつぐみの家行こーって。」

 

「唐突だな…何でまた。」

 

「知らない。お腹空いたんじゃない?」

 

「モカじゃねえんだから…。しかしひまりかぁ…最近めっきり関わりなくなっちまったなぁ。」

 

「…巴に取られたもんね。」

 

「別に俺の物じゃねえけどよ…。ま、あそこはあそこで仲良くやってんじゃ………あれ?」

 

 

 

丁度そんな話をしていた時だった。俺の家が見えて来て、そろそろ話すのも終わりだなーなんて考えて居たら、家の前には見慣れた赤髪のノッポが居やがるじゃないか。

寒かろうにスカジャン一枚羽織っただけで、ウチの玄関前で仁王立ちと来たもんだ。

…ったく、アポも取らねえであいつは…とポケットの中の蘭の手を強く握りしめ近づいていく。

 

 

 

「おう巴、何か用か?」

 

「……どこ行ってたん…あぁ、蘭の家か。」

 

「ん。巴、寒く無いの?」

 

「滅茶苦茶寒い。」

 

「……あー…家、入るか?」

 

 

 

こんなところで立ち話もなんだろう。というか俺自身こんなクソ寒い中で話したいとも思わないので、返事も待たずして玄関へ入って行く。流石に靴が脱ぎ辛いので手は放したが。

三人揃って階段を上がり部屋に入って行く。途中で廊下のハンガーを掻っ攫っていくあたり流石蘭だ。お前、ウチに慣れすぎな。

 

 

 

「まぁ適当に座れよ、今飲み物でも――」

 

「○○。」

 

 

 

上着も脱がず部屋の中央で立ち止まったままの巴が低い声で俺を呼ぶ。

 

 

 

「…あんだよ。」

 

 

 

咄嗟の事だったのでやや不機嫌そうに聴こえてしまったかもしれない。だが、これからするであろう話が決して明るいものではない事を、俺と…そして蘭も感じ取っていたようだ。

「二人ともまず座ろうよ」と促したのは、この場を一度仕切り直す為か、何度か経験してしまった殴り合いに発展させないための策か。

腰を下ろし真正面から巴と向き合う。…あぁ、こいつ髪伸びたな。

 

 

 

「○○お前、なにやってんだよ。」

 

「…何の話かさっぱりわかんねえな。」

 

 

 

嘘だ。大方つぐみからひまりを経由してかせずしてか、散々引き延ばされている事に対しての相談でも届いてしまったんだろう。

それ以外の件でここまでこいつに凄まれる謂れは無い。

 

 

 

「恍けんな。」

 

「てめーこそいきなり人ん家押しかけて何だよ。暈かさないでちゃんと話したらどうだ。あ?」

 

 

 

本質を探る為にも、敢えて挑発するような口調で巴の思考を加速させる。こいつは昔から、キレたらキレる程よく口が回る奴なんだ。

巴は一瞬目を逸らし…いや、蘭に視線を送り、バツが悪そうにその視線を床へとスライドさせた。

そうだな巴。確かに、蘭はそこまで知らないさ。

 

 

 

「………ちゃんと気持ち考えてやれよ。」

 

「…あんだって?」

 

「つぐのことっ!もっとちゃんと考えてやれよ!!」

 

「…………。」

 

 

 

やはりそれか。だが悪いな巴。俺はお前みたいに割り切った思考はできねえ。

 

 

 

「…何黙ってんだよ!?つぐだけじゃなくて、蘭も傷付けることになるって分かってんのか!?」

 

「…………うるせえよ、脳筋女がよ。」

 

「んだとテメェこの野郎…ッ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも!」

 

 

 

今にも点火せんとボルテージを上げる二人の間にヒステリックな声を上げる蘭が割って入る。その介入は、俺がもう引き延ばすことも避けることもできず、選択の刻を迎えていることを示していた。…いや、可能性としてはもう一つ無くも無いが…

一度広げた量の手をゆっくりと降ろし、何が起きているか分からないといった様子で蘭が続ける。

 

 

 

「…あたしにも分かる様に、説明して?…巴はどうして怒ってんの。○○は何を隠してんの。」

 

 

 

その真摯な眼差しにどう返したものか。思わず黙り込んでしまう俺と巴を交互に見比べる赤メッシュ。

 

 

 

「……ねぇ。つぐみに何かあったの?」

 

「……………。」

 

「答えたらどうだ○○。」

 

「……その前に、だな…巴。」

 

「あ?」

 

「お前がここに来る前…いや、ここに来ることになった経緯を教えてくれ。」

 

「んなこと今はどうだって」

 

「よくねえんだ。…あのな、俺の予想が間違っていなけりゃ、この話にはもう一人噛んでる奴がいるぞ。」

 

 

 

飽く迄俺が冷静でいられるのはその予測があるからだ。純粋につぐみから悩みが伝わったんならまだいい。…だが、以前の蘭やつぐみへの連絡の様に、間にもうひとりの幼馴染が居たらどうだ?

…そろそろ、まんまと踊らされている訳にはいかないんじゃなかろうか。俺の意図を汲んでか、隣の蘭も渋い顔をする。…ああそういう流れか、とでも言いたげだ。

 

 

 

「言ってる意味がわかんねえ…けど、アタシが○○と話しに来たのは、ひまりがおかしなことを言ったからなんだ。」

 

「……あ?ひまり??」

 

「あぁ。「○○がつぐみを弄んでる」ってな。」

 

 

 

ちょっと待て。何だその新展開は。

 

 

 

「……○○、ふざけた顔してんじゃねーよ。ちゃんと聞け。」

 

「聞いてるわ…聞いてるからこそ、頭が痛くなってきてんだ。」

 

「あぁ??」

 

「………蘭、この前の事、説明頼んでいいか?」

 

「うん。…頭痛薬、飲む?」

 

「頭痛はしないから大丈夫だ。さんきゅ。」

 

 

 

それから蘭は、以前蘭とつぐみにモカから情報操作めいたメッセージが来たこと、その誤解を解きに羽沢珈琲店を訪れた事、その後少なくとも俺たち二人はモカと接点がなく、何が突飛な動きがあればモカを疑ってしまう事を伝えた。

最初こそまともに聞き入れようとしなかった巴だが、次第にふんふんと食いついてきた。

 

 

 

「そんなことが…いや、アタシはひまりから聞いたのもあって疑い何か欠片も無かったんだが…」

 

「そりゃ自分の彼女から言われたら鵜呑みにしがちだよな。巴は思考回路が色々と残念だからしゃーない。」

 

「あ?喧嘩売ってんのか。」

 

「今更だろ。」

 

「…まぁいいや。じゃあホントに、つぐと○○は何も無いんだな?」

 

 

 

何もない…とは言い切れないのが悩みどころだが、少なくとも誑かしたり弄んではいない。と思う。

 

 

 

「…ひまりは何て言ってたんだ?」

 

「だから、弄んでるって」

 

「や、具体的によ。」

 

「あー……なんつーか、○○がつぐの事諦めきれなくて猛アタックして…んで、つぐの返事を待つ間に今度はモカにまで告白しだして…」

 

「ちょっと待て。よくその話信じたな。」

 

「……○○ならやり兼ねないと」

 

「おい。いや、おい。」

 

 

 

巴とは言え幼馴染にそんな印象持ってもらっちゃ傷つくわぁ。

つまりはまたモカが絡んでいる訳だ。ひまりが意味も無くそんな出鱈目を言うメリットは考えつかないし、この手の情報の発信源は大体モカって事で間違いなさそうだ。

一先ず巴には一睨み効かせ、少し考えてみる。

 

暫く会う事すら出来ていないモカだが、奴は何を考えている?嘘を吐くにしてもここまで恋愛絡みの事ばかりと来たもんだが、どうにも誰も得しない嘘ばかりな気がする。

まるで俺を屑に仕立て上げたいかのような。…あれ、それが狙いなのか?

 

 

 

「でもさ、ただそれだけで信じた訳じゃないぞ。」

 

「ん?」

 

「実は……あぁ、これ、できればつぐに内緒にして欲しいんだけど…」

 

「なんだよ、話してみ。」

 

「あぁ。つぐがさ、「○○とは色々あったけど異性として意識はしている」って話をよく口にするんだよ。」

 

「………いやそれだけで信じるってのも」

 

「巴、続けて。」

 

 

 

何故か前のめりで食いつく蘭。え、お前が興味持っちゃうの?

 

 

 

「ん。○○からアタックしたとは言ってなかったけど、どうしたら振り向いてもらえるかーとか蘭とは付き合ってるのかーとか相談受けててさ。…まぁ、アタシじゃ何の力にもなれないんだけど。」

 

「ふーん。……そっか、つぐみも○○のこと好きなんだ。」

 

「…も?」

 

 

 

蘭の意味深な呟きに訊き返したのがまずかった。

巴そっちのけでにじり寄って来る蘭は、俺に益々直接的な選択を迫らせようとしていて。

 

 

 

「……あたしも、さ。○○が好きなんだ。」

 

 

 

言いやがった。

途端に困ったような表情で固まる巴。真っ直ぐ見詰めてくる視線を一ミリもずらそうとしない蘭。

 

 

 

「……勿論、男の子として、って意味だよ。」

 

 

 

付け加えんでも分かる…!

 

 

 

「えと……その………。」

 

「…今こんなに変な情報が飛び交ってて、あたしも○○が困ってるの知ってるけど。…でも、たとえつぐみが相手でも取られたくないから。だからちゃんと言うね。」

 

「いや、あの……蘭?」

 

「あたし、○○が好き。今の関係も楽しくて好きだけど、できることなら……か、彼女に…なり…たい。」

 

 

 

蘭越しに見る巴は真っ赤な顔で汗をダラダラ流していて、泣きそうな顔をしている。俺だって泣きたいよ。こんな事に発展すると思わなかった。

勿論途轍もなく嬉しい事なんだが、事が事だけに即答も出来ず―――

 

 

 

「………あぁ、ありがとう蘭。…大切な事だからじっくり考えたくて…その…返事は少し、待ってもらって良いか?」

 

「……うん。……急に言ってごめんね。でも、本気だから。」

 

 

 

蘭から向けられる熱い視線と可愛すぎる笑顔に詰まった溢れんばかりの想いも分かるし、巴の恨めしい目つきに込められた意味も分かる。

動き続ける幼馴染達の不穏な動向と、絶えず迫られる選択。俺の弱さが原因の部分もそりゃあるが、俺達は一体どこへ向かおうとしているのだろうか。

………あぁ、俺は一体どうすりゃいいんだ。

 

 

 

 




もうすぐ、終わります。




<今回の設定更新>

○○:人間関係が迷宮入り。
   幼馴染に対する印象はどんどん変わるし信用できる情報も分からない。
   みんなが好きなだけなのに。

蘭:かわいい。もう何も言うこと無いけど、ほんと結婚して。

巴:張り切り過ぎてヘイラッシャイッ!!大事な幼馴染の事となると周りが見えなく
  なるようで、時には直情的なソイヤッソイヤッ!!
  ひまりとは最近も上手くいってセイセイッソイヤッサァッハァッッ!!!

モカ:いい加減にせえよ。


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2020/03/07 幼馴染その18 - 沈めシズメ -

 

 

 

前回のあらすじ!どうやらつぐみの心を弄んでいることになっているらしい最低な俺が、蘭にも告られてテンパった挙句全ての問題を先送りにしたという、総じて糞みたいなお話!

…本当にどうしよう。

 

 

 

「元気ないね。」

 

「…まぁ、色々あるんだよ、男の子には。」

 

「ふーん。……でも、折角久しぶりに一緒に居られるんだから、もう少し目の前の私に集中してほしいかなぁ。」

 

 

 

彼女の言う通りっちゃ言う通りだ。嘗て最も距離が近かった幼馴染のひまりが俺の部屋に来るのなんて、実に何カ月ぶりだろうか。色々ゴタゴタもあった相手だが、その興味が巴に行った今となっては正直最も気の休まる相手かも知れない。

相変わらずスキンシップと身体の主張が激しいのは困りものだが。

 

 

 

「久しぶりに…って、お前が巴と一緒に過ごしているせいだろ。」

 

「しょーがないじゃん、好きなんだから。」

 

「あそ。」

 

「……それで、何をそんなに悩んでるの??○○らしくもない。」

 

 

 

今日は巴に俺の事を聞いてやってきたとの事。あの時は巴も一緒に居た訳だし、その後の俺に対して思うところがあるなら仕方ない事だ。

だからといってひまりを送り込んで来るのはどういう了見なんだ?仮にも自分の恋人を元彼のところへ一人で行かせるとなると…普通は心配で居ても立っても居られないんじゃなかろうか。

そこは信用されていると捉えるべきか…。

 

 

 

「あのさ。」

 

「うん。」

 

「……モカとは最近会ったり話したりしたか?」

 

「モカ?」

 

「ああ。」

 

「うーん……○○が、つぐのこと弄んでるって聞いて以来会ってないかなぁ。」

 

「だからそれはガセだっての…」

 

 

 

まだ言うか。

 

 

 

「わかってるわかってる。巴から聞いたもん。」

 

「勘弁してくれよ…ったく。」

 

「でも、何でモカ?」

 

「ああいや、接触が無いならいいんだ。」

 

「…気になる!教えて!」

 

「別にいいだろ。関係ねえよ。」

 

「……関係あるもんっ!」

 

 

 

ダイブ。ベッドで向かい合って座っていた俺達だったが、そこから器用にもスプリングの反動を使いボディプレスの要領で両腕を広げてひまりが落ちてくる。

ゴスッ、という鈍い音と共に肘か何処かが顎に当たり、思わず呻き声が出る。

 

 

 

「お"ぅ"…おま、いきなり飛びついて来るんじゃ」

 

「私の大好きな○○が悩んでるの!関係ないわけないでしょっ!」

 

「ッ……だ、大好きっつったって、今は巴と付き合ってんじゃんか。」

 

 

 

あっさり乗り換えやがって。や、別に未練があるとかひまりが好きだとかそういう話じゃないんだけどな?ホントだぞ?

 

 

 

「でもでも、男の子で一番は、昔から今もずっと○○なのっ!」

 

「………そう、かよ。」

 

「だから関係ないなんて言わないで!」

 

「………悪かった。…だからその、退けよ。」

 

 

 

ベッドの上で押し倒すようにしてひまりが覆い被さっている。これはもう、見ようによっては情事をおっ始めようとする男女にしか見えないだろう。おまけに対して腕力の無いひまりは腕立ての様な姿勢もキープできずに潰れてしまっている為…そう、懐かしいあの感触を胸いっぱいに感じることになってしまい、俺も俺で邪念が脳を支配し始めている。

ほんといい加減にせえよ。…そして今、押し倒されたことによりよく見えるようになった壁掛け時計により、忘れかけていた今日の予定が脳裏を過る。

 

 

 

「…じゃあどうして悩んでいたか教えて。」

 

「あ、えと、取り敢えず一回退けようぜ。」

 

「やだ!今退けたら○○絶対はぐらかそうとするもん!」

 

「しないしない…ちゃんと話すから一回退け…」

 

 

ガチャァ

「○○、来た……よ…?」

 

 

 

待ち合わせをしたら十五分前には来て待っているのが蘭の性格だった。当然、うちに来る時も同じ行動が適用されるわけで。

…要するに今日は、あの話について返事をすべく、蘭とつぐみをウチに招いていたって事だ。ひまりの来訪に関しては完全なるイレギュラーだったがね。

 

 

 

「……………蘭?」

 

「ら、蘭、これはその……!」

 

 

「……………。」

 

「??どしたの蘭ちゃん、入らないの?」

 

「つぐみ、ちょっとここで待ってて。」

 

「え?え?中、入っちゃ駄目なの??」

 

「…ええと、すぐ済むから。」

 

 

 

あぁ、色々終わった。これから告白の返事をしようとしている相手にこんな状況見られたら、何もかも上手く立ち往かなくなるだろう。何ならその好意だって無くなってしまうかもしれない。

つぐみだけを廊下に残し、ムスッとした顔の蘭だけがベッドまでやってきて、上着も脱がないままひまりを見つめる。

 

 

 

「蘭?…顔、怖いけどどうし」

 

 

 

パァンと小気味よい音が響く。同時に俺の体を押さえつける力は弱まり、頬に生じた熱に驚きと困惑を隠せないひまりは後ずさる。

一方の蘭は振り抜いた手を何事も無かったかのように下ろし、ベッドで情けなく仰向けになっている俺の頬を撫でる。

 

 

 

「……蘭、お前…」

 

「…いいよ、わかってるから。」

 

「いや、来ていきなり平手打ちてお前…」

 

 

「蘭ちゃんっ!凄い音した………あれ?ひまりちゃん??」

 

 

 

待っていろと言われた矢先の音に焦った様子のつぐみが参入する。これによりひまりは頬を抑えたままキョロキョロと視線を彷徨わせ、目に一杯溜めた涙を溢れさせることができずにいた。

 

 

 

「…あー、取り敢えず俺から説明させてくれ。」

 

 

 

一体どこで何を間違えてこんなギスギスした空気になっちまったんだ。

 

 

 

**

 

 

 

「ひっく……ぇぐっ……えぅ……」

 

「…とまあそう言う訳で、別に襲われてたりしたわけじゃない。」

 

 

 

胸に顔を埋めしゃくり上げる様に泣くひまりを撫でてあやしつつ、複雑な面持ちの来客二人にあらましを伝える。ザックリとした言い方にはなったが、流石に伝わったことだろう。

 

 

 

「そう……だったんだ。…蘭ちゃん、いきなり叩いたら駄目だよ…?」

 

「ぐ……だ、だって、○○が、また襲われてるのかと思って…。」

 

「お、おそったりしたこと…ないもん……うぇぇ……」

 

「ひまりちゃん…嘘はよくないよ…。」

 

 

 

まずはコイツに落ち着いて貰わなきゃ話が進まない。そもそも俺の前面は今度こそひまりによってホールドされてしまっているし、姿勢を変えて抱きつき直されたことによって視界の半分はピンク色の頭頂部で埋まっている。

益々険しくなる蘭と哀しそうな色を浮かべるつぐみ、それぞれの表情を見つつもただ只管にひまりの背中を摩る他無かったのだ。

 

 

 

「大体…○○はひまりを甘やかしすぎだと思う。」

 

「甘やかす?どこが。」

 

「「今!!」」

 

 

 

二人してハモらんでも。

 

 

 

「これはほら、泣いてる人が居たら仕方ないというかさ…」

 

「……そんな、そんな簡単な理由で抱き締め」

 

「確かに、○○くんはそういう人だったね。」

 

「つぐみ!?」

 

 

 

以前蘭にフラれたつぐみを同じように落ち着くまで抱き締めていたこともあったっけ。つぐみはその時の事を思い出したのか、ほんのり頬が赤らんでいる。可愛いかよ。

 

 

 

「…○○、どういうこと。」

 

「…………。…ひまり、もう落ち着いてきたか?」

 

「無視しないで。…あたしも泣くよ。」

 

「それは少し困るかなぁ。」

 

「……う、ありがと○○。…少し大丈夫になった。」

 

 

 

未だ涙目ながら、背中に回していた腕を解き体を離すひまり。部屋の空いている場所を探すように周囲を見回した結果俺の隣に腰を下ろす。

狭い部屋だし、対面には二人が座っている。妥当な判断だろう。

 

 

 

「……で、本題なんだけど。」

 

「ああ…わざわざ来てもらってすまんな。」

 

「だ、大丈夫だよっ!丁度暇な日だったし!」

 

「…ねえ○○。」

 

「ん。」

 

 

 

話題の転換を切り出した赤メッシュだったが、つづくつぐみの様子を見て先制攻撃とも言える質問を飛ばしてきた。

 

 

 

「あたしの勝手な想像かもしれないんだけど。」

 

「ん。」

 

「つぐみにも告白されたの?」

 

「……私に、"も"?」

 

「…そう、なるな。」

 

 

 

それぞれの秘密だったことが、どんどん共有されていく。今この場にひまりがいるということは、勿論巴の耳にも入るだろうし、あのモカにだってどこからか伝わるかもしれない。

もう、逃げられないんだ。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも!そんなこと初耳だよ!!」

 

「ひまりちゃん?」

 

「ひまりには関係ないでしょ。今は巴と付き合ってるんだから。」

 

「そう、かもしれないけど…。」

 

「それとも何?○○を()()()にでもして置こうってつもり?…さっきも篭絡しようとしていたみたいだし、答えようによっては…!」

 

 

 

蘭の背負う圧のようなものが勢いを増していく。ただでさえ目つきも態度も悪いってのに、一度シバいた相手にそれは酷だろう。

ひまりもすっかり震えあがってしまっている事だし、ここはもう抑えて貰わないと。

 

 

 

「蘭。」

 

「何。」

 

「好きだ。」

 

「ッ…!」

 

 

 

先程迄放ちまくっていた威圧感が嘘のように萎む。と同時に、青い顔になるつぐみ。

 

 

 

「つぐみ。」

 

「……なに?」

 

「好きだよ。」

 

「ふぇ!?」

 

「ちょ…!?」

 

 

 

暴落からの起死回生。言われた当の本人も、隣で赤い顔を晒していた蘭も戸惑いを隠せないようだ。

 

 

 

「…悪い、二人とも。」

 

「……どういうこと。」

 

「説明…してくれるかな?」

 

「俺には……選べない。」

 

 

 

最終的にたどり着いた答え。それはこの選択から…逃げる事。

 

 

 

「つぐみの事はずっと好きだった。…まぁ別に隠してたわけじゃないし、みんな知ってたんだろうけど。ずっと好きだったからこそ、つぐみに彼が出来たって聞いた時に諦められたんだ。」

 

「……え?私に彼氏?」

 

「そして蘭。落ち込んでいる時や悩んでいる時、お前はずっと傍に居てくれたな。俺よりも頭がキレるし、行動力も悪くない。その中でずっと見えていなかった可愛さだとか弱さが見えて、正直凄ぇ好きになった気がする。」

 

「…じゃあ」

 

「でも駄目だ。…俺はな、この幼馴染って関係が好きなんだよ。」

 

 

 

ひまりの一件で分かった。誰かが誰かに惹かれ、愛情を向ける。それは間違いじゃない。

でも、何処かの関係が深まるにつれ壊れていくモノだってきっとあるんだ。俺はそれを是とはできない。

俺は…いや、俺自身なんてどうでもいいのかもしれない。俺が大好きで見て居たいのは、誰にも入り込む隙さえ無い、完全に未完成なAfterglowなんだから。

 

 

 

「…お前ら、最近ライブとかやってないだろ?練習は?集まったり、してるのか?」

 

「…………。」

 

「ひまり。巴はどうだ?ドラム叩いてる姿、格好いいって言ってたじゃねえか。」

 

「えぅ…もうずっと、見てない…と思う。」

 

 

 

何処のボタンを掛け違えてしまったんだろう。何処の皺寄せが俺達に襲い掛かっているんだろう。

何時からこうなってしまったんだろう。

 

 

 

「…そういうことだ。俺はあの輝いていた関係をぶち壊してまで誰かと付き合おうなんか…!」

 

「ね、ねえ○○くん。」

 

 

 

結論に差し掛かろうかというタイミングで、真っ青な顔のつぐみが震える声を上げる。

 

 

 

「…ん。」

 

「私に彼氏が出来た…って、誰から聞いたの?」

 

「え。…確か、蘭から電話がかかってきて…」

 

「!!」

 

 

 

キッ、と隣の蘭を睨みつけるつぐみ。今まで見たことも無いその表情に浮かぶ涙は何を物語っていたろうか。

当の蘭も何処か居心地悪そうに視線を逸らし、ひまりはただただ展開に付いて行けずコロコロと表情を変えている。

 

 

 

「私、確かに告白はされたけど付き合うなんて言ってないよ。それを相談したのも蘭ちゃんだし、結果を報告したのも蘭ちゃんだけ…で。」

 

「………蘭、つまりどういうことだ?」

 

「…あれ、早とちりかな。ごめん。」

 

 

 

視線を合わせないまま、あっけらかんと返す蘭。早とちりで済む問題か…?

 

 

 

「お前なぁ…じゃああの時から今まで、つぐみはずっとフリーだったのか。」

 

「うん。あの人も悪い人じゃなかったんだけど、私はずっと○○くんが好きだったから。」

 

「嘘。」

 

「え?」

 

 

 

今度は此方の番だと言わんばかりに蘭が睨み返す。何だか不穏な流れになってきたぞ。

 

 

 

「じゃあどうしてあたしに告白なんかしたの?あの時の涙は…嘘だったの?」

 

「………嘘なんかじゃない。本当に好きで…!私、蘭ちゃんが…!」

 

「…訳わかんない。もう、何もわかんないよ、つぐみ。」

 

 

 

次に涙を浮かべたのはつぐみ。蘭が「つぐみに告白された」と持ち掛けてきた件…結局蘭がつぐみをフる形で収束した話だったが、その真意は何だったのだろう。

 

 

 

「…つぐ、蘭に告白…したの?」

 

「……うん。」

 

「…そっか。……わからなくは、ないかな。」

 

「えっ。」

 

「何よー○○。女の子でも、格好いい女の子に惹かれちゃうことだってあるんだからねっ!」

 

「そりゃ今のお前を見てりゃ分かるけどよ。」

 

 

 

だからと言って理解できるもんでもない。

蘭に格好良さはあまり感じないし…まぁ、ライブ中は流石に輝いていて格好いいっちゃ格好いいんだけどさ。ただ個人として格好いい方面での魅力があるかと訊かれたならば微妙だ。

男女の感性の差だろうか。

 

 

 

「…私、ね。…○○くんが好きで、でも○○くんは蘭ちゃんが好きで。」

 

「……。」

 

「蘭ちゃんのどこが好きなんだろうって、考えてみたの。何処が素敵なんだろうって。」

 

「ふむ。」

 

「ちょうどその頃、ひまりちゃんの事で蘭ちゃんや巴ちゃんと相談とかもしてて、○○くんの事を考えて一生懸命になってる蘭ちゃんって格好いいなーとか…あと、友情とか絆とかそういう言葉が似合うのも魅力だなーとか考えてたら…」

 

「……つぐみ自身も蘭が好きになっちゃったと。」

 

「………うん。」

 

 

 

つぐみはこの幼馴染連中の中で言えば一番真っ直ぐな「女の子」だからな。純粋に誰かを好きになる事も、純粋に誰かの良いところを見ることができるのも彼女の魅力であり、弱点でもあるのだろう。

正直先程迄は疑り半分で聞いていた俺とて、その経緯を知れば納得だ。あるよな、そういうこと。

 

 

 

「…だから、蘭ちゃんのこともちゃんと好きだったの。今は、吹っ切れたんだけど…ね。」

 

「ふ、ふーん。そうだったんだ。」

 

「照れてんのか、蘭。」

 

「別に。そんなことないし。」

 

 

 

何にせよまた一つ、掛かっていた霧が晴れた。こうして一つずつ暴いていけば、何れは元の関係に戻れるのだろうか。

勿論、今目の前の彼女達が()()()()()()()()()()()()()、の話だが。

 

 

 

「兎に角だ。俺はこの幼馴染って関係を大事にしたいんだ。だから」

 

「○○。」

 

「…すげぇ遮るじゃん。何だよ蘭。」

 

「ごめん。でもさ、あたしはその考え、違うと思う。」

 

「…と言うと。」

 

「自分で気付いてくれなきゃ意味が無いと思う。…だから多くは語るつもりないケド。」

 

 

 

先程とは打って変わって、真剣な眼差しでつぐみにアイコンタクトを送る。つぐみも理解したのか、こくりと小さく頷き続ける。

 

 

 

「そう…だよね。難しいことかもしれないけど、○○くんにはもう一度ちゃんと考えて欲しいかな。」

 

「考えて出した結論なんだよ。俺はこの一択で――」

 

「あのね○○。」

 

 

 

俺の言葉を遮るのは、俺が間違った言葉を選んで発言しているからか。例え違うとしても、そう錯覚してしまう程まっすぐな想いを蘭は持っていて。

 

 

 

「その答えじゃ、あたし達は納得できないってことだよ。」

 

 

 

その想いは、俺にやはり逃げ道なんて無いことを表していた。

その後連れ立って帰って行った二人だったが、何を求めているんだろう。欲しいものは調和や平和じゃないのか。

今までの人生で知った気になっていた幼馴染達のまだ見ぬ心の奥に、底知れぬ恐怖を見たこの日。久々に泊っていくと無理矢理テンションを上げ励ましてくるひまりの姿に、ほんの少しばかりの安堵を覚えている俺がいた。

それも、"逃げ"かもしれないというのに。

 

 

 

**

 

 

 

ヴーヴヴッ

『やっほ』

 

ヴーヴヴッ

『モカちゃんでーす』

 

ヴーヴヴッ

『だから言ったでしょ』

 

ヴーヴヴッ

『言うこと聞いてくれないから』

『つまんないなー』

 

ヴーヴヴッ

『そーだ』

 

ヴーヴヴッ

『聞き分けの無い○○には』

 

ヴーヴヴッ

『もっともっと』

 

ヴーヴヴッ

『楽しんでもらおっかな』

 

ヴーヴヴッ

『あっはっはっは』

 

ヴーヴヴッ

『○○のかっこいいお顔が』

 

ヴーヴヴッ

『目に浮かびますなぁ』

 

ヴーヴヴッ

『あのね』

 

ヴーヴヴッ

『ずーっとずーっと』

 

ヴーヴヴッ

『モカちゃんは○○のこと』

 

ヴーヴヴッ

『大っ嫌いなんだよ』

 

ヴーヴヴッ

『また遊びに行くねー』

 

ヴーヴヴッ

『だからもっと』

 

ヴーヴヴッ

『もっともっと楽しませてねー』

 

 

 




本当は最終話の予定でした。
でももうちょっと拗れて貰おうかと思います。




<今回の設定更新>

○○:窮地。
   もはやひまりちゃんのひまりちゃんズに惑わされている場合では
   ない。

蘭:早とちり…?

つぐみ:そう簡単に女の子に惹かれるものでしょうか。

ひまり:泣き顔が良く似合う。

モカ:                    
   
   さて…?


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2020/04/09 幼馴染その19 - 知ってた -

 

 

「…なぁ蘭。」

 

「ん。」

 

「結局のところ、モカは何がしたいんだろうな。」

 

「……○○のことが嫌いって言ったんでしょ?なら嫌がらせ一択でしょ。」

 

「うぅむ…。」

 

 

 

選択を迫られたあの時以降、俺の生活はすっかりおかしくなってしまった気がする。まず最初の段階ではどんな顔をして接していいか分からなくなった俺が二人を避けるようになり、次の段階では二人が交互に我が家を訪れるようになった。ああ、交互と言っても当番の様なものがある訳じゃない。ただ毎日どちらかが必ずウチに居るってこと。

今日は久しぶりに蘭が来て、モカ関連の一連の騒動について久々に真面目な討論を繰り広げていた。

 

 

 

「嫌われるような事…したかな。」

 

「…モカが誰かを嫌いになるってよっぽどだと思うよ。ひまりにセクハラし過ぎなのが悪いんじゃないの?」

 

「いやしてねえよ?」

 

「うそつき。いつもいやらしい目で見てるでしょ。」

 

 

 

一体どこでそんな風に思われているのか。確かにあいつが動き回る度に余分についた物も追従して動き回るし、それを目で追うなというのも無理な話ではある。だがそんな欲に溺れて見たことは一度も…一度も……

 

 

 

「見て…はいるなぁ。」

 

「はぁ。」

 

「でも、それはそれだろ。モカにゃ何ら関係ねえだろうし。」

 

「…○○ってさ、やっぱグラマラスな身体が好き?」

 

「……"やっぱ"ってのが気になるが、そんなことは無いぞ。」

 

「だって、あたしとつぐみは選べないとか言う癖にひまりとはすぐに付き合ったじゃん。」

 

 

 

状況もあるとは思うのだが、やっぱ俺はひまりみたいな体が好きなんだろうか。こうも状況証拠を並べられると反論のしようもない。

 

 

 

「…………。」

 

「………。」

 

「……モカ、どうしちまったんだろうなぁ。」

 

「…ばか。」

 

 

 

面倒な話題は逸らすに限る。それにこの話を続けていても、誰も幸せに離れないと思うから。

 

 

 

「…○○のそういうトコ、あたし的にはマイナスポイントだかんね。」

 

「はっきりしないとこか?」

 

「うん。そのうち皆に嫌われちゃってもしらないからね。」

 

「……蘭も嫌いになるのか?」

 

「………。」

 

「…………。」

 

「…そういえば昨日まではつぐみが来てたんでしょ。何かあった?」

 

 

 

こいつ、露骨に話を逸らしやがった。まぁ俺もわかって言ってるんだけどさ。蘭にはそう簡単に嫌われない気がするって。

蘭の言うように昨日まで…確か四日ほど続けてつぐみが家に居た訳で、特別"何"って事は無かったが俺がかつて好きだった女の子という事もあって気が休まることは無かった。可愛い子は近くで見てもやっぱり可愛い。

 

 

 

「…いつも通り、可愛かった。」

 

「ふーん。…それだけ?」

 

「それだけ。」

 

「……つぐみと過ごしてる時って何してるの?」

 

「へ?」

 

「ほら、あたし達って幼馴染でしょ?でも、○○と二人きりの時にそれぞれが何してるか知らないなーって。」

 

 

 

俺達六人は互いの事なら何でも知っている様な間柄だと思っていた。だがしかし、この歳にもなると性別の違いが擦れ違いを起こし"それぞれの時間"が出来てくる。一人の時間、全員じゃない誰かとの時間、誰かと二人きりの時間…。

最近矢鱈とバラバラに感じてしまうのもそのためか。幼馴染みんなで、ずっと仲良くいられると思ったのにな。

 

 

 

「…つぐみは俺の部屋の掃除とか、ウチの親の手伝いとか…割と身の回りのことをどんどんやってくれちゃうから、俺はそれを眺めて過ごしてる。」

 

「それだけ?」

 

「あー…あと先週なんかは勉強も教えてもらった。ほら、学力テスト近かったし。」

 

「ふむ。」

 

「あぁ、偶に新メニュー考案の為に試食を手伝うこともあるな。こんな感じの…バスケットみたいな奴にわんさか入れて来るからさ、片端から食うって言う仕事。」

 

「贅沢じゃん。」

 

「ありゃ幸せ空間だった。」

 

 

 

思い返してみてもそんなものだった。昔から掃除や整理整頓はつぐみに頼んでいた節があるし、今更っちゃ今更なのかもしれないが。

 

 

 

「蘭と過ごす時とはだいぶ違うな。」

 

「…あたしよりつぐみの方が、役に立つ?」

 

「道具じゃねえんだから…。役に立つかどうかじゃないだろ?」

 

「そう…かもしれないけど。選ぶのは○○で、あたし達は選ばれる側だから。」

 

「馬鹿言え、それなら尚更「どっちと過ごした方が俺が楽しいか」だろう?」

 

「……楽しくない?つぐみと居ると。」

 

 

 

自分で言っておいて何だが、楽しいって何なんだろう。言うなればどちらと居た方がより気が楽か、の方が判断基準としては俺に近いのかもしれないな。

そう置き換えて考えてみると、つぐみと居るよりも蘭と共に過ごす方が不思議と心地良い気がしてきた。勿論つぐみに不満がある訳では無いのだが。

 

 

 

「楽しい…うーん……蘭といる時間の方が、気も楽だし俺は好きかな。」

 

「!!………ふ、ふーん?それは、その…なんで?」

 

「ほら、つぐみってさ、可愛過ぎんのよ。」

 

「はあ?」

 

 

 

美しすぎる芸術品がずっと自室にある生活を想像してみて欲しい。何だか落ち着かないというか、まるで心も休まらないと思わないか。

確かにつぐみは可愛い。超が付くほどの美少女と言っても過言ではない。何せ十年以上も片想いを続けてきた俺が言うんだから間違いないだろう。…しかし、一度諦めてしまったのもまた事実。こうなるともう、異性として再度意識するのは難しいと思うのだが。

 

 

 

「どういう意味。」

 

「言葉通りだ。あんなに可愛い子が身の回りの世話してくれたり好き好き言ってくれたりするんだぜ?落ち着かねえだろ。…気を抜けないって言うかさ、大好きな筈なのに長時間居るのは苦行みたいなんだよな。」

 

 

 

あれ、これってもしかして、もう答えが出ている…?今の精神状態だとつぐみと過ごすことに甘えてしまいそうで、対等な付き合いを求める以上よろしくない結果に…?

ああもう、考えれば考える程分からなくなる。これだから俺に選択だの判断だのは無理なんだ。

 

 

 

「………。」

 

「蘭?」

 

「…○○、つぐみのこと好きすぎじゃない?」

 

「ホワイ?」

 

「べた褒めだし、可愛い可愛い言うし、一緒に居て落ち着かないってそれもう恋じゃん。」

 

「……そうなの?」

 

「はぁ。」

 

「でもさ、蘭と一緒に居る時はすっげえ気が楽なんだ。」

 

「…つぐみより可愛くないから?」

 

「そんな事言ってないだろ。…暫く溝があった期間とか、互いに距離感が掴めない時期とかさ。…ずっと、お前に近付きたいと思ってたみたいなんだ、俺。」

 

「……。」

 

 

 

その期間があったからか、今では恐らく幼馴染連中の中で一番気を許している相手だと言えよう。だらしない部分も情けない部分も、気兼ねなく見せてしまえるくらいには。

恋仲…ってのがそもそも俺は分かっちゃいないが、こんな風に毎日の時間をまったり感じられるような相手こそ交際するに相応しいんじゃなかろうか。

 

 

 

「だから今、蘭と一緒に居られてすげぇ幸せなんだ。ずっと一緒に居たいって思ってるよ。」

 

「っ………。それ、もう告白…じゃん。」

 

「…っあー……そうなの、かな。」

 

 

 

きっと元より波長は合っていたのだ。それが些細なことから向き合えていなかっただけ。無意識のうちに告白めいたセリフを吐いてしまったようだが、蘭の良さをPRしたかっただけなんだよな。

とは言え認めてしまえば後から押し寄せるのは恥ずかしさと不安感だけ。何を言っているんだ俺、と気持ち悪いって思われていないだろうか、が半々で込み上げる。

自分は今仲の良い幼馴染に「ずっと一緒に居たい」と伝えたのだという現実が、執拗なボディブローのように鳩尾を攻め立てた。

ドッドッドッドッドッドッド…やけに大きく聞こえる地響きが自分の鼓動だと気付いたころ、沈黙に耐え切れなくなった蘭が吃りながらに言葉を吐く。

 

 

 

「…そっ、それ、は…あた、あたしを、選んでくれる…って、こと?」

 

「……………………まぁ。」

 

「ひぅっ……。…………え?え?な、なに…これ…めっちゃ恥ずい……。」

 

「……蘭。」

 

「……う、うん……。」

 

 

 

改めてにじり寄ってみれば真っ赤に茹で上がった幼馴染の顔。壁に凭れるようにして膝を立てて座っていた彼女の股を割る様にして距離を詰めていく。

無意識の行動だったが、今は一刻も早くこの視界を閉ざしたかった…距離を詰め、抱き締めることで。

 

 

 

「ぁ……だ、だめ…だよ、○○。」

 

「……蘭、俺―――」

 

 

ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ

 

 

「「!!」」

 

 

 

突如机の上に置いてあったスマホが震えた。同時に我に返ったように顔を隠す蘭と、惜しいような救われた様な、妙な感情のままスマホの元へ逃げる俺。あの言い様の無い熱気はヤバかった。この着信が無ければ何を仕出かしていたか――

 

 

 

「…○○、あたし……か、帰るねっ。」

 

「へっ!?あっ、えっ」

 

「じゃ、じゃあ…また、来るから…っ!」

 

「蘭!俺、送って―」

 

「いいのっ!」

 

 

 

スマホを放り投げ、急に帰ると言い出した蘭を追う。仮にも好意を抱く女の子を一人で帰らせるほど落ちぶれちゃいないぞと意気込む俺を制する様に声を上げた蘭は、か細く消え入るような声で、

 

 

 

「……顔、熱いから……冷ましながら一人で帰る。」

 

 

 

と続けた。

……は?可愛いかよ。

 

 

 

**

 

 

 

玄関が閉まる音を聞きつつ、胸の高鳴りを抑え込む。今まで視えていなかった幼馴染の魅力を突き付けられ、心停止寸前の状況にまで追い詰められた俺だったがこれからの事を考えるとそう燥いでも居られない。

バイブレーションの最中ディスプレイに浮かび上がった名前は「モカ」。きっとまた禄でもない事を仕掛けてくるつもりなのだ。

深呼吸の後に折り返し発信。ワンコールも成りきらないうちにヤツは通話に出た。

 

 

 

『やほー、モカちゃんでぇす。』

 

「…何の用だ。」

 

『そんなに怖い声出さないでー。お楽しみのとこ邪魔しちゃったのはごめーん。』

 

 

 

のらりくらりと身を翻すように言葉を避ける調子はいつものモカだ。少なくとも、俺の知っている限りでは、だが。

 

 

 

『結局蘭を選んだんだー?』

 

「………。」

 

『二人ともモカちゃんの手の届かない存在になっちゃったねぇ。ちょぴっと寂しー。』

 

「何が…言いたい。」

 

 

 

いきなり電話を掛けてきた意味も目的も分からない。不用意な発言はまた混乱に利用されてしまうかもしれないし、迂闊に揚げ足をちらつかせるような真似は出来ない。

 

 

 

『ほんとにさー…。』

 

「…。」

 

『ずっと一緒に居たい、とかよく真剣に言えるよねー。恥ずかしくないの??』

 

「……本心だからそういったまでだ。恥ずかしい…とは思っちゃいない。」

 

『……………そういうトコ、ほんとに大嫌い。』

 

 

 

恥ずかしさは感じたが言葉に対してじゃない。気恥ずかしさというか、関係を一歩踏み出してしまった状況への緊張感の様なものだ。

次いで返ってきた声は低く暗いものだったが。

 

 

 

『○○ってさー、どうしてそうモテモテなのかなぁー。』

 

「知らん。」

 

『確かにお顔はかっこよいけどねぇ。』

 

「そうかよ。」

 

『あれれ、おこですかな。素っ気ないお返事が刺さりますなぁー。』

 

「要件は何だ?」

 

 

 

何時までもくだらない会話に付き合っている余裕はない。今や得体の知れない悩みの種となった青葉モカには、冷たすぎるくらいで丁度いいのだ。

 

 

 

『……蘭のこと、好きなんだ?』

 

「ああ。」

 

『………モカちゃんのことはぁー?』

 

「…あぁ?」

 

『嫌い?』

 

「……幼馴染としては好きだったぞ。だが今のお前は」

 

『あっそ。もういいよ。』

 

「…なあ、モカ」

 

『モカちゃんね、やっぱり○○のこと嫌ーい。』

 

「…………俺もだ。」

 

 

 

元凶め。精一杯の抵抗の意味を込めて、最後の言葉を吐き捨てた。

 

 

 

「…お前が何をしたいかはわからん。だがな、自分の幼馴染達を引っ掻き回しておきながらヘラヘラ電話してくるようなお前のこと、大嫌いなんだってのはハッキリわかるわ。」

 

『……ッ。』

 

「あばよモカ。お前には失望したぜ。」

 

 

 

通話を終了させベッドに放り投げる。俺は選んだんだ。たった一人を。今はそれでいいじゃないか。

宣戦布告の様になってしまったモカも気がかりだったが…今は何より、その頭のメッシュに負けないくらい赤い顔を俯かせて帰る幼馴染の姿を思い返しては、込み上げる笑いをニヤケに変換することで手一杯なのだから。

 

 

 

 




2828




<今回の設定更新>

○○:気の多い男である。
   一度整理つけた気持ちって再燃しにくいよね。
   モカに対してはイライラが限界突破。理解できないしするつもりも無いといった
   ところ。

蘭:可愛いが過ぎる。
  結局のところ、いつもどおりに時間を共有できる幼馴染が一番なんです。
  スキップして帰った。

モカ:嫌いらしい。


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2020/05/27 幼馴染その20 - 愛の行方 -(終)

 

 

 

俗に言う"普通"ってやつに埋もれていれば、自然と大人に成るんだと思っていた。

当たり前に年を取って、当たり前に人と出逢って。迫る試験の為だけに何となく勉強していれば何となく進学出来て、ちょっと興味がある事に手を出してみるうちに気付けば大人になって。

出会いと別れの中で、喜んで、哀しんで、笑って、泣いて。時には仲間と揉めたり、恋に落ちたり。

 

俺達六人の幼馴染も、例に漏れずそんな風に生きていくんだと思っていたのに。

 

 

 

**

 

 

 

「○○…?○○ってば。」

 

「………ん、あぁ、ごめん、何だっけ。」

 

 

 

恋人と過ごす何気ない一日。平穏な日常に見えてその実何も解決できちゃいないが、俺と蘭はいつも通りの幸せの中に居た。

引っ掛かりを覚えるとするならあいつ――モカのこと。

蘭と付き合う事になった日…あれ以来連絡の一つも寄越さなくなった幼馴染だが、元気でやっているんだろうか。

 

 

 

「だから、週末どこか行こうって話でしょ。」

 

「…あー……そうだったな、そうだったそうだった。」

 

「……考え事?」

 

「…まぁ、そんなとこ。…おっ、あそこなんかいいんじゃねえの?ほら、駅前に出来たモールのさぁ…」

 

「人多いところ嫌いじゃん、○○。」

 

「そうだけど、折角の外出だぜ?…確か公式サイトが……おぉこれこれ。」

 

 

 

思考を切り替えるように、スマホでタタっと検索して出てきた施設案内のページを蘭に向ける。覗き込む様に右側から顔を近づけてくる蘭の吐息が頬に当たり擽ったい気分になった。

カテゴリごとにページ内リンクが設置されていて非常に見やすく好感の持てる案内ページ。どのテナントも幼馴染達の顔が浮かぶような、バラエティに富んだモールである。

 

 

 

「…ふーん。どこか行きたいところでもあるの?」

 

「俺は特にだけど…これだけあれば、アイツらも楽しめる店が一つは見つかるだろう?」

 

「あいつら??」

 

「ああ。例えばこの…ほら、雑貨屋…っていうのか?このキラキラっぷりはひまりの食いつきも凄そうだし、つぐみもこういうの好きだったろ?アミューズメントも入ってるから巴も暇しないだろうし、フードコートも充実だ。」

 

「………。」

 

 

 

我ながらナイスアイディアだ。決してあちこち歩き回るのが面倒な訳じゃない。

一つの建物にみんなが好きなものが入っているならそれでいいじゃないか。蘭の機嫌が芳しくないのが少々引っ掛かるが。

 

 

 

「あっ。…も、勿論蘭の行きたいところも探して…」

 

「…あたしの行きたいところ、分かるの?」

 

「…ええ…と。」

 

 

 

蘭の行きたいところ…蘭のイメージ…これを考え出すと軽く半日は悩める。如何せん、何に興味があるのか、何が好きで何が嫌いなのか掴み処の無い奴なのだ。

何度も幼馴染間で出かけてはいるが、いつも行き先を決める会話には入ってこないし何処へ行っても静かに見ているだけだし。

一頻り思い返しては見たがやはり微妙な結果になってしまい、冷や汗でもかきそうな心地になったところを静かな瞳で見つめられる。

 

 

 

「……わかんない?」

 

「………わかんない。」

 

「はあ。……つぐみとかひまりの好みは分かるのにあたしのはわかんないんだ。…恋人なのに。」

 

「…すまん。でも、興味がないとかそういうんじゃないんだ!蘭って、どこでも付いて来てくれるし嫌な顔とかしないから…その…!」

 

 

 

ポーカーフェイスってやつなのだろう。ここまで来ると大したものだが。

そんな、必死に弁解を試みる俺に、何が面白いのか薄く笑う蘭。

 

 

 

「ふふっ。…そうだよね、○○はあたしのこと好きなのかどうかも自分で分かってなかったくらいだもんね。」

 

「うぐっ………」

 

「あたし、○○と二人で出かけるつもりだったんだけど。」

 

「……………っあー…それはもう、ほんとに、ごめん。」

 

「ふふふふっ、べつにいいよ。○○は皆で居るの、好きだもんね。」

 

 

 

蘭は自分の恋人がこんな不甲斐ない人間で幻滅しないんだろうか。皆で居るのが好き、その言葉だって詭弁かもしれないのに。いや本心だけどさ。

彼女の笑みもどこか慈愛の様なものを感じるし、俺ってやつは心底勘の鈍い男らしい。右肩に掛かる彼女の体温と重さを感じつつも、情けない気持ちでいっぱいだ。

とは言え、勿論楽しみな面もある。

 

 

 

「…でも俺、蘭と一緒に居られたらどこでも楽しいんだよ。」

 

「知ってるよ。あたしもだし。」

 

「……だから行き先も決まらないんじゃ?」

 

「このままじゃおうちデートしかできないね、あたし達。」

 

 

 

それでも不思議と居心地の良い距離感を感じながら。本当に何気ない、只のいつも通り。

…世のカップルって何処出掛けてんだろう。

 

 

 

**

 

 

 

夜も更け、日付も変わりそうな頃。何とか週末の予定も決まり、蘭を送って歩く見慣れた住宅街。まだ少し気が早いような気もする露出高めな肩を抱く。

遠くには車の音。それでもぽつりぽつりと会話は続き…。

 

 

 

「…ふーん、じゃあもうつぐみも吹っ切れたんだ。」

 

「多分な。…最近になってやっと二人きりで喋れるようになったよ。」

 

「二人きり……へぇ。」

 

「なんだよ。あいつもあいつなりに頑張ってんだぞ。」

 

「…あたし的には、素直に喜べ、ないし…その……取られちゃうかも…だし。」

 

 

 

二人から迫られる、等と夢の様なシチュエーションを味わった俺。実際のところは心中地獄を垣間見る様な時間だったが、結局蘭を選んだわけで。

決定打が()()だったこともあり、暫くはつぐみとの距離感に戸惑う日々が続いた。ギクシャク、どうにも空気が張り詰めてしまう感覚。蘭もそれは同じだったようで、「つぐみの居ないところでズルした感じになっちゃったし」と気まずそうだったのだ。

取られるかもしれない、というのはその辺りの経緯もあっての心配なのかもしれない。

 

 

 

「はっはっは、その点は大丈夫だろう。…ほら、相手はつぐみだし。」

 

「………可愛いって言ってたじゃん。」

 

「……可愛いだろう?」

 

「…………ばか。」

 

「勿論蘭も可愛いがな?」

 

「…そういう時は、あたしの方がって言うもんなんだよ。」

 

「言って欲しいのか?」

 

「ばか。しらない。」

 

 

 

巴やひまりの助けもあって、今ではある程度修復された仲。今ではつぐみも俺達を応援してくれているそうだ。

バンドこそ活動休止状態になったが俺達自体の関係は変わらない。変わっちゃいけないんだから。

 

 

 

「ぁ……」

 

「着いたな。」

 

「……明日も、会える?」

 

「毎日会ってるってのに何を今更。」

 

「ん…。…………わかった、じゃ、明日。」

 

「ああ。おやすみ蘭。」

 

 

 

やがて辿り着く目的地。すっかり通い慣れた蘭の家の前で、ほんの十数時間後の再会を胸に誓い別れる。門から玄関までの数歩の距離でさえ何度も振り返りながらゆっくり歩く背中が愛おしかった。

パタン、と閉じた扉と訪れる静寂。閑静なこの住宅街で、日付も変わろうかというこの時間に耳障りな音を発するものは何一つない。

それまで暖かかった右側に寂しさを覚えつつ変えるべき場所に向かおうと踵を返し―――瞬間、ソレと目が合った為に胃が飛び出しそうになった。

 

恨めしそうな顔で此方を睨めつけ、今にもしゃくり上げんばかりに涙を零すよく見知った顔。

 

 

 

「……モカ。お前今までどこ行ってたんだよ。」

 

 

 

反射的に身構えてしまう俺に対し、より一層顔を顰めて立ち尽くすモカ。

…どうせこいつのことだ、一部始終をしっかり見届けての今だろう。

 

 

 

「…○○は、知らないかも、しれないけどさー…。」

 

「あん?」

 

「……あたし、だってさ、ずっとさ……頑張ってさー…○○にさー……」

 

 

 

何かを必死に伝えようとしているのは分かる。が、如何せんその昂った感情と波のある呼吸のせいで要領を得ない。

暫く何かと俺達を引っ掻き回していた彼女も、幼馴染の一員なのだ。真っ向からぶつかるのにこれ以上ない程お誂え向きな精神状態でもある訳だし、何よりも理由が知れるならばまた元の間柄にも戻れるだろう。

震えるモカの肩を抱き寄せ、一先ずは自室へ連れて帰ることにした。

 

 

 

**

 

 

 

「……少しは、落ち着いたか?」

 

「…………う…ん。」

 

 

 

ベッドに腰掛けパーカーの裾をギュウと握りしめる銀髪の幼馴染は、居座り慣れた環境に平常心を取り戻しつつあるようで、心なしか表情も柔らかくなった。

これは蘭に知られるわけにはいかないなと罪悪感を覚えながら、話をするために隣に腰を下ろした。

 

 

 

「……。」

 

 

 

訊きたいことは山ほどある。それだけに、最初の言葉が中々生まれてくれなかった。

そんな中口を開いたのは彼女の方で。

 

 

 

「…ごめん…なさい。」

 

「………ん。」

 

 

 

少なくとも謝罪から始まる以上罪悪感はあるらしい。特に茶々を入れることも無く、彼女の訴えを聞くことに。

 

 

 

「…あたしもね…蘭や、つぐや、ひーちゃんと同じなの…。」

 

「同じ?」

 

「うん。……だから、色々頑張ってみたんだけど……○○はよくわかんない事ばっかりするし、ひーちゃんもおかしくなっちゃってみんな怖い顔するし…。」

 

 

 

例のひまり騒動の件か。

 

 

 

「でね、あたしもね、仲良くしたくてねー……いっぱいいっぱい考えた。」

 

「うん。」

 

「そうしたら、ね。…あたし、わかっちゃって。」

 

「なにを。」

 

「……○○、さえ…居なければ、全部……ひっく……ぐすっ……」

 

 

 

堪え切れなくなったのかぶり返したのか、またも涙を零し鼻をすすり上げる。モカが続けようとしていた言葉は、一時期俺がずっと考えていた事でもあって。

俺だって分かっている。解ってはいるのだ。

 

 

 

「……奇遇だな。俺も同じこと、考えてたよ。」

 

「!!………でも、でも……だって…そんなの、哀しすぎる…。」

 

「そう…かもな。だがなぁモカ…男女の友情ってやつは、どうしても一度拗れると手に負えねえもんなんだ。」

 

「……えぐ…そんな、ことって…。」

 

「お前はずっと、俺とみんなの繋がりを絶とうとしてたもんな。それは…幼馴染みんなの仲を想っての事なんだろ?」

 

 

 

真っ赤になる程目を袖で擦り続けながらも、コクリと小さく頷く。つまりは俺もモカも、六人を立て直すことに一生懸命だった。奇しくも、そのやり方とスタンスに大きな違いこそ生じてしまったが。

皆の中に入り、仲を取り持つことで自分への印象を悪くする事無く動いた俺と…皆の輪から離れ、熱の集まる所とは裏腹に只管要因だけをどうにかしようとしたモカ。どちらの立場が辛いかは自明の理、火を見るより明らかと言えよう。

大好きな仲間から疎まれる。それがどれほど辛いことか。

 

 

 

「………俺、やっぱりお前が嫌いだ。」

 

「………。」

 

「どうしてこんなになるまで黙ってた?分かった時に言えばよかったろ、俺が原因だって。」

 

「……言える訳……ないでしょ。」

 

「今更言い難いも何もねえだろ。昔からの付き合いなんだから。」

 

「…あのね、あたしね、ずっと○○のことみてた。」

 

「急に乙女な台詞を吐くな。…それはあれか、監視的なやつか?」

 

 

 

思い返してみれば恐ろしい程正確なタイミングでチャットが送られて来たり、電話越しなのにまるで見ているかのような返事をされることもあった。

逐一俺の行動を把握されていた気もするし…。学校や誰かの家にいる間はともかく、この部屋で過ごしていた様子までとなるとその言葉も疑って疑い過ぎることは無いように思える。

 

 

 

「………半分正解。でも……でも、ね。つぐにも蘭にも負けないくらい、ひーちゃんよりも近くで、ずっと○○を見てたんだよ。…当の○○はつぐに夢中だったけど。」

 

「そりゃまぁ…昔の俺は、そうかもな。」

 

「みんなの気持ちもわかるから…何も、言っちゃいけないような気がして。そしたら…ひーちゃんがあんな風になっちゃって…つぐも…蘭も…○○も……!」

 

 

 

俺の視野が狭かった、といえばそれまでなのだろう。確かに、モカの事は全く見えていなかったし、それ以上に毎日が悩み通しだった。

だがそれもまた、自分程の年頃ならば普通な流れなんだと思っていたし、何となく乗り越えた先では皆揃って普通に大人に成れると思っていたんだ。

だというのに。

 

モカの言葉で…いや、俺のこれまでの行動のツケとでも言おうか。

今日の日を境に俺達幼馴染は、今までよりももっと拗れることになる。

 

 

 

「……あたし…っ。…○○が…キミが大好きだった。」

 

 

 

十数年の想いと悩みを乗せて、彼女が解き放った言葉を俺は忘れない。

俺という異分子が存在することによって正しい普通を追えなくなってしまった幼馴染の中で。

ずっと気付かないようにしていた感情と、泣き腫らし震える瞳の奥で彼女が成し遂げようとしていた事。

 

 

 

「だから、ね?………みんなに迷惑掛けちゃったあたしと、全部の原因になっちゃった○○。」

 

「……モカ…!?」

 

「…一緒に、消えちゃお?」

 

 

 

蛍光灯の下、俺の手を取り擦り寄って来る温もりが、何だか酷く滑稽に痛む気がした。

 

 

 

終わり




Afterglow編、完結になります。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:異分子。コイツさえ居なければAfterglowはAfterglowでいられた。
   まぁこの先のお話はいずれ書くであろう第二部をお待ちくださいな。

蘭:独占欲と嫉妬心が隠し切れなくなってきた。
  他人の体温が好き。

モカ:ほぼ一年に渡り、主人公宅の壁の隙間に勝手に設けたスペースで生活していた
   模様。
   好きな物は主人公。好きな音は主人公の寝息と独り言。好きな匂いは制服を脱
   いだ直後の主人公の体臭。好きな表情は悪夢にうなされる主人公の顔。
   主人公のことなら何でも把握しており、主人公の最も近くで生きている。
   だが、その主人公のせいで幼馴染という六人の関係が崩壊しかけていることに
   気付き主人公を孤立させようとするも失敗。欲したものは手に入らず、必死に
   仲間を思う心は届かず。全てに裏切られた彼女は大好きで大嫌いな彼と消える
   事を選んだ。


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【牛込りみ】僕とりみ、小さなセカイで。【完結】
2019/09/30 僕とりみのカンケイ


 

 

「〇〇くんは女の子の気持ち全っ然わかってへん!」

 

「…えぇ?」

 

 

 

学校が早く終わったから、とウチを訪ねてきた少女。さっきまでのんびりお喋りしてた筈なのに、どうして急にお説教なんか…。

彼女の名前は"りみ"。牛込(うしごめ)りみという。一見大人しそうな顔つきの彼女だが、関西出身らしく感情が昂ると結構キツイ関西弁が出るんだこれが。

 

 

 

「えっと……怒ってる?よね?」

 

「うん。」

 

「因みに一応…一応何だけどね?どこにお怒りのポイントがあったかっていうのは…」

 

「…わからんの?」

 

「全く。」

 

 

 

背も低いしガタイがいいわけでもない、雰囲気だってふわふわして可愛らしい感じなのに何なんだこの威圧感は。

あ、どうでもいい発見かもしれないけど、怒ると髪の毛があちこちハネ出すらしい。普段両サイドの一部が外ハネ気味なだけなのだが、今はまるで運動でもしたかのような有様になっている。

…発熱するのかな?

 

 

 

「もっかい整理、してみたら?」

 

「ええと……」

 

 

 

りみが訪ねてきて、午前授業だったことを聞いて、お菓子はロー〇ーエースか〇マンドかどっちがいいか訊いて…

 

 

 

「あ、ル〇ンドの方が良かった?」

 

「お菓子ちゃうわっ」

 

「そ、そっか…」

 

 

 

飲み物はお茶がいいかジュースがいいか訊いて、何故かブラックコーヒーは苦手って話になって…。

…次はなんだったかな。しょーもなさすぎる雑談ってホント覚えてられないよね。

 

 

 

「何なん?」

 

「え」

 

「〇〇くんにとって、私とのお喋りってその程度なん?」

 

「そういうわけじゃないけどさ。…今までだっていっぱいお喋りしてきたでしょ?」

 

「うん。」

 

「だからほら、思い出が多すぎる?的な?」

 

「ふーん…。」

 

 

 

スムーズに出てこなかったせいで余計怒らせたみたいだ。

…あ、そうだ。確か次は夢の話になって、りみがチョココロネに潰されて死ぬ幸せな夢を見たって言うから僕の夢の話をして…。

ここ数日連続で彩ちゃんが夢に出てくるんだよなぁって…因みに彩ちゃんって言うのは僕の憧れているアイドルの事なんだけどね。

その次は彩ちゃんのグッズを買ったって話になって、彩ちゃんの……

 

 

 

「すとっぷ!」

 

「ん。今の部分だった?」

 

「もー……何でわからへんの?」

 

「?ご、ごめん。」

 

 

 

どこに怒っているんだろうか。自分の話をし過ぎたとか?アイドルとか嫌いなのかな?

 

 

 

「私、もね?女の子なんやよ?」

 

「知ってるよ。こんなに可愛いんだし。」

 

「ッ!……女の子とお話しする時に、他の女の子の話ばっかりして…」

 

「……あー、話題が悪かったのか。それは本当ごめん。」

 

「ま、まあ、夢のお話し始めたのは私だし、気にし過ぎなのかも、やけど…。」

 

 

 

なるほどね。女の子と喋る時に他の女の子の話はしないほうがいい、と…。また一つ賢くなった気がするぞ。

心のメモ帳に記しておこう。

 

 

 

「〇〇くんが楽しそうに他の子の話ばっかりしてると……妬いちゃうもん…。」

 

「……焼く?何を?」

 

「き、気にしないで!」

 

「…あ。りみってさ、僕のこと好きなの?」

 

「ぇうっ…!?」

 

 

 

あ、すごい面白い顔してる。図星ってやつだね。

あうあう言ってる姿も可愛らしい。

 

 

 

「ごめんね。ただの勘だったんだけど…。」

 

「えうえぅ、ぅゎぇあぅうぇうあ…」

 

「はははっ、ちゃんと喋れてないよ??顎外れちゃったのかな?」

 

「…すぐそうやって、揶揄うやん……。でも、笑ってる顔も、かわいい……っ。」

 

「かわいい?僕が?」

 

 

 

拗ねたような顔で、こくんと頷く。弄りが過ぎたか、顔も真っ赤だ。可愛いけど。

 

 

 

「りみの方がよっぽど可愛いよ。僕はほら、男だから、可愛いとかはなんか違うでしょ?」

 

「かわっ………!!」

 

「そうそう、さっきの話だけど、りみが僕の事好きかどうかは置いといて、僕はりみが好きだよっ。」

 

「すっ!?……あわゃぁぁぁぁ///」

 

 

 

凄いや。煙が出そうなくらい真っ赤だ。

心なしか「シュゥゥゥ」って音も聞こえてくるし、サウナの焼き石みたいな感じだね。

 

 

 

「な、何なん…?す、すすすっ、好きとか、か、かか、可愛いとか…

 色んな人に言うてんのっ?」

 

「??んーん。僕、女の子の友達なんてりみしかいないもん。学校も行ってないし。」

 

「あ、そ、そうだった…ね。」

 

「だから、僕が好きなのはりみだけだし、可愛いっていうのもりみだけだよっ。」

 

「あうぅ…///」

 

 

 

あんまり可愛いとか言い過ぎても気持ち悪く思われちゃうかな。でも他に言葉が見当たらないんだよなぁ。

学校も行ってない上にちゃんと働いてもいない僕と仲良くしてくれるなんて、りみしかいない訳だしね。

 

 

 

「嫌だった…?」

 

「そ、そんなこと、ない、けど。」

 

「そっかー。…ええと、まだ、怒ってる?」

 

「……別に、もう、いいけど。」

 

「ほんと??…よかった、嫌われたらどうしようって心配だったよ。」

 

 

 

折角できた友達だし、嫌われるのはやっぱり嫌だよね。

もう怒ってないって言ってるし、あとは好かれるように頑張らないと。

 

 

 

「嫌いになんかならない…もん。私、〇〇くんのこと、めっちゃ好きやし。」

 

「ほんと!?…やったぁ!!」

 

「!?」

 

「じゃあ、これからも一緒に居られるってことだよね!」

 

「う、うん……。〇〇くんが、嫌じゃないなら…やけど。」

 

 

 

りみも僕のこと好きだって!

最初はお説教が始まって、このまま嫌われて最悪な日になるのかなーって思ってたけど、逆だ。

最高の日になりそう!!

 

 

 

「嫌なわけないよ!りみは大事な、僕のたった一人の友達だもん!」

 

「うん………うん?」

 

「その友達がずっと一緒に居てくれるって、僕何だか夢でも見てるみたいだよ!

 これからもよろしくね!りみ!!………りみ?」

 

「……から。………そやから…。」

 

「りみ??」

 

「やっぱり〇〇くんは、女の子の気持ち、全然わかってへんっ!!」

 

 

 

…………あれえ?

 

 

 




新シリーズ。りみりんです。
シリーズ増えてきましたね…。




<今回の設定>

〇〇:高校2年生。訳あって学校には行っていない。
   一日を大体ベッドでダラダラして過ごすタイプ。
   無邪気で馬鹿。

りみ:かわいい。怒ると髪がびょんびょんハネ出す。
   高校1年生。
   感情が昂ったり超絶上機嫌の時は関西弁が出る。
   可愛くて可愛いのでとても可愛い。
   主人公大好き。


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2019/10/13 お姉さんというソンザイ

 

 

 

「〇〇くん?前に髪切ったのっていつ?」

 

「う?……んー……思い出せないくらいの遥か昔ぃ…」

 

「もーまた変な事言ってぇ…。イメージ変わるくらいロングになってるよ?」

 

「マジ!?イケメンになってる!?」

 

「…髪長いからイケメンだとは思わないけどね。あ、でもでも、普段から〇〇くん可愛い顔してると思うんよ??」

 

 

 

そういえば、髪なんて随分切ってないもんなぁ。あれは確か、三ヶ月か四ヶ月前位だったような…。うーむ。

僕的には、超絶ロングヘア―の男の人って凄く格好いいと思うんだけど、りみはそう思わないみたいだし、また切らないとダメかなぁ…。

 

 

 

「次いつ切るとか、予定あるの??」

 

「予定はないなぁ。前も姉さんが来た時に切ってくれただけだし、次いつか姉さんが来たらやってもらおうかなあ。」

 

「お姉さん…いるの??」

 

「そだよ。言ってなかったっけ?」

 

 

 

僕には、少し複雑な間柄なんだけども()()()()()()()()()()()()といった間柄の人がいる。僕は姉さんって呼んでるけど、姉さんは「まりな」って名前で呼んでほしいみたい。…これは別にどうでもいいか。

で、その姉さんの存在をりみが知らなかったって事は…うん、言い忘れてたんだなぁ。

 

 

 

「私にも、お姉ちゃんいるんだよっ!」

 

「そうなんだ!!……お姉さんとりみ、顔似てる??」

 

「んー…。何回か似てるって言われたことはあるけど……どうかな。」

 

「写真とかないの??」

 

「……むぅ。」

 

「??」

 

「あるけど、あんまり見せたないわ。」

 

「なんで?」

 

 

 

あ、芸能人とかそういう有名な人なのかな。写真は事務所を通してください、みたいな。

 

 

 

「あっ、勿論、誰にも言わないから安心して??」

 

「……そんなこと心配してへんっ!」

 

「じゃあ何が心配なのさー。」

 

「……お姉ちゃん、美人ってよく言われるの。」

 

「おぉ…!」

 

「だから、もし〇〇くんに見せて、〇〇くんがお姉ちゃんのこと好きになっちゃったら……嫌やんか。」

 

「…………なんで?」

 

 

 

りみは好きでもお姉さんは嫌いにならなきゃいけないって事??あっ、でも、前に他の女の子の話はしちゃいけないって怒られたっけ。

ってことはこのままお姉さんの話をしちゃいけないって訳で……。いや、お姉さんを女の子と思わなきゃいいのか。つまり…。

 

 

 

「そんなん…言える訳ないやんか……めっちゃ恥ずかしぃ…。」

 

「わかった!お姉さんって男の子!?」

 

「……へ?」

 

「あぁ違う、男の娘って言うんだったっけ。」

 

 

 

前に友達の拓馬(たくま)くんに教えてもらったんだった。何か、男の子なのに女の子なんだって!!不思議だね!!

 

 

 

「お、お姉ちゃんはそんなんじゃないよ??」

 

「…女の子なの??」

 

「当たり前だよっ!"お姉ちゃん"言うてるやんっ!」

 

「……そっ、か。…ごめんりみ、僕はその話、これ以上できないよ。」

 

「何やの!?急にテンションジェットコースターみたいになってるやんかっ!」

 

 

 

凄い…例えツッコミだね、りみ。

 

 

 

「りみの前で、他の女の子の話しないって決めたから。…だからごめんね?」

 

「………ええと、お姉ちゃんの話はいいんやよ?」

 

「やっぱり男の」

 

「女の子やし!お姉ちゃん何も生えてへんわっ!」

 

「生え……?」

 

 

 

生える?…えっ、えっ??男の娘って、何かしら生えてるもんなの??

それは………羽とか?

 

 

 

「お姉ちゃん、飛べるの??」

 

「〇〇くん……何の話をしてるの??」

 

「ん??」

 

「んー??」

 

「……お姉さんは、女の子?」

 

「うん。」

 

「りみの前で女の子の話をしないっていうのは合ってる?」

 

「合ってる…とかじゃないけど、されるともやもやしちゃうかなぁ。」

 

「…お姉さんは、特別?」

 

「特別っていうか、ええと………ホントに何も分からないんだね。」

 

「?」

 

「…お姉ちゃんの話は大丈夫。」

 

 

 

僕の頭が追い付いていないせいで繰り返してしまった不毛な会話に痺れを切らしたのか、一呼吸置いた後に説明してくれるらしいりみ。

可愛い上に優しい。やっぱりりみは世界一素敵な女の子だなぁ…!

 

 

 

「そうなんだ。」

 

「でも、……これは言っていいのかなぁ。」

 

「何でも言ってくれていいよ!」

 

「………。」

 

「あ、あれ!?」

 

「はぁ……。もう、そういう可愛いさはズルいよね…。」

 

「???」

 

「…お姉ちゃんの写真、これから見せるけど、…お姉ちゃんのこと好きになっちゃったら悲しいなって。」

 

「…かなしい?」

 

「だって、私は〇〇くんのこと…大好きなんだもん。誰にも渡したくないくらい、大好きなんだもん…。」

 

 

 

りみが?僕を、大好き?…やったぜ!!

 

 

 

「ありがとう!!僕も大好きだよ!!」

 

「んぅ…。もういいや、はいこれ。」

 

 

 

スマホを手渡される。……写っていたのは、ギター?っぽい楽器をもってピースするりみと、そのりみの頭に手を置いてニッコリしているお姉さん。

…おぉ、確かにこれは美人って言われるのも納得できる。でも、それよりも…

 

 

 

「すごいや…!」

 

「やっぱり…可愛いて思う?」

 

「格好いい!!!」

 

「………んー?」

 

「お姉さん、髪長いんだね!…うん、やっぱり髪が長い人って、格好いいよ!!」

 

「…〇〇くんって、()()()()人なん?」

 

 

 

どういう意味だろうか。髪長いのが格好いいって、少数派の意見なんだろうか。

…ってことは、りみは反対派ってことだよね。…何が何だか、こんがらがっちゅれーしょんだよ。

 

 

 

「???……僕は僕だよ?」

 

「うん。…なんかもう、ホントに可愛いね。」

 

 

 

とても残念そうな、それでいて大人びた優しい表情のまま、すっかり伸び切った僕の髪…そして頬を撫でる。

その表情にドキドキしながらも、貰った言葉に思うところがあったので伝えてみることにする。

 

 

 

「…僕も、もっともっと髪伸ばさないとだね。」

 

「どしたん?お姉ちゃんの真似するん?」

 

「違うよ。…可愛いって、言ってくれたでしょ。」

 

「??嫌だった…?」

 

「んーん。りみから貰える言葉は何だって嬉しいよ。

 …だから、もっともっとロングヘア―になって、今度は「格好いい」って言われたい!」

 

「………はぁ。」

 

「あ、あれ。やっぱり格好いいより可愛いほうが好き?」

 

「髪の長さは関係なく〇〇くん自身が可愛いし恰好いいんやから、髪切ろ?……私、切ってあげるから。」

 

「ほんと!?え…切ってくれるの??」

 

「うん。……私が格好いいと思う髪型にしていい??」

 

「うん!!お願い!!!」

 

「……ん。」

 

 

 

 

 

結構大胆に切り落とされた髪だったけど、頭が軽くなったようで凄く気に入っている。

けど、その後も「可愛い」っていっぱい言われたのが何だかなぁ…。りみの方が何十倍も、何百倍も可愛いってのに。

 

 

 




髪が減ってすっきりしました。関西弁って難しい。




<今回の設定更新>

〇〇:相変わらず清々しいまでの馬鹿っぷり。
   そんな中に変な知識だけ放り込んで行く友人たちよ、自重してくれ。
   まりなという姉が居るが、直接の血縁関係はない。
   何だかんだで結局りみ大好き人間。

りみ:主人公一筋だが、一緒に過ごすとツッコミ役に回ることが多い為
   少々疲れるようだ。
   姉に対して強い憧れを持っている。


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2019/11/19 暖かく揺れるヒトトキ

 

 

 

伝えなければいけない事がある。

ずーっと前からそれは決まっていて、ずーっと伝えられなくて。

伝えたら嫌われるかもしれない、伝えたら怒られるかもしれない、伝えたら泣かせてしまうかもしれない。

気付けば伝えられないままずーっとこんなところまで来てしまった。

 

そうやって俺は馬鹿を演じ、彼女を笑わせる。

今はそれで精一杯…精一杯なんだ。

 

状況は刻一刻と終焉へ近づきつつある中、今日も彼女はやってくる。

 

 

 

**

 

 

 

「あっ!いらっしゃい、りみ!」

 

「お邪魔するね。」

 

 

 

真っ赤になった手をこすりこすり、僕の居るベッドへと近づいてくるりみ。

 

 

 

「あふぅ…手がしもやけになっちゃうよぅ…。」

 

「ははっ、りみの手真っ赤だねぇ!」

 

「もー、こういう時は、手を握って温めてあげたりするもんなんよ?」

 

 

 

そうなんだ…。手が冷たい時って、急に温めたりしたら痒くなるかと思ったんだけどりみは違うみたい。

握ったら暖かくなる…のかな?僕はまず自分の左手を右の手で握ってみる。

 

 

 

「何してんの。」

 

「うーん…暖かくならないよ?」

 

「ちゃうやん…〇〇くんが私の手を握るんよ。」

 

「それはわかるけど、先に自分の手で確かめてみたんだよ。」

 

「なんで?」

 

「好奇心かな。」

 

「〇〇くんの好奇心のせいで私の手はヒリヒリしてきてん…」

 

 

 

ベッド脇にあるハロゲンヒーターに手を翳しながらこちらも見ずにぶつぶつ喋るりみ。…あ、後ろ髪めっちゃ跳ねてる。

余程風も強かったのか、よく見てみれば前髪乱れている。…ほんと可愛いなぁ。

 

 

 

「へへへっ。」

 

「…??なん?変な笑い方して」

 

「くくくっ…こっちおーいで。」

 

「…ベッド、乗ってええん??」

 

「いいよ。」

 

 

 

怪訝そうな顔のままゆっくりベッドに乗るりみ。ぎしりと軋んだベッドが、その存在感を告げている。

…あいや、別に重いとか思ってるわけじゃないよ。りみってば小柄だし、体も折れちゃいそうな程細いからね。

 

 

 

「……きたよ?」

 

「うーんこれは………りみ、目閉じて。」

 

「へぁっ!?」

 

「……ヒトデウーマンかな?」

 

「やっ、ややややや、なんで?何でなん?急に目って、何でなん?」

 

「あっはははは!!手だけじゃなくて顔も真っ赤だ~。」

 

「そ、そそれは〇〇くんが変な事言うたからやんか!…目閉じるって、つまりそういうことやろ?恥ずかしいやん!無理ぃ!」

 

 

 

りみがばたばたと暴れるたびにベッドは揺れてキシキシと音を立てる。僕にはその光景が温かくて眩しくて、今自分が置かれている状況なんて酷く滑稽に思えるほど笑えて来たんだよね。

…あーあー、そんなに慌ただしく動くから余計髪も乱れて…

 

 

 

「りーみっ。」

 

「ひゃわぁっ!?…なっ、なんなん!そんな優しい呼び方、したことないやんっ!」

 

「り"み"ぃ。」

 

「や、厳つすぎひん?無理矢理感出まくりやし!」

 

「りーみたんっ。」

 

「たn……それはもう痛々しいだけやんかっ!…や、嬉しいは嬉しいねんけど…。」

 

 

 

もう関西弁も隠せてないね。僕がりみに呼びかけて、りみが僕に応えてくれる。

怒っていても笑っていても、なんて幸せなんだろう。…何て暖かいんだろう。

 

 

 

「えへへへ、目閉じてってば。」

 

「け、結局するんやね…!…んっ!!!…これでええん?」

 

「そんなに強く瞑らなくても…」

 

「はやくっ、早く済まして…あいや、やっぱゆっくり…ってのもおかしいやんな…!?」

 

 

 

ぎゅ!と目を瞑りながらも豊かに表情を転がすりみに笑いを堪えつつ、前髪をさらさらと撫でる。

あぁ…やっぱり思った通り、最高に気持ちいい感覚だ!!茹で上がった素麺を冷水で洗うかのような気持ちよさ。…この例えは口が裂けても言えないなぁ。

 

 

 

「んっ……んふ……。」

 

「…こんなもんかな。もう目開けていいよ。」

 

「……へ??…おでこ、触っただけ?」

 

「前髪ぐちゃぐちゃだったからさ、直してあげようと思って。」

 

「………なんやの。」

 

「りみの髪ってすっごいイイ匂いするね!」

 

「……れるかと思った。」

 

「何て??」

 

 

 

どうしてか下を向いて震えているりみ。…あれ、前髪、ああいうセットだったのかな。強風アレンジみたいな?

…それとも、りみも素麺食べたくなったとか??あでもお腹空いて震えるってことはないかぁ。

そうやって色んな可能性を思い浮かべていると、バッ!と顔を上げたりみが真っ赤な顔のまま

 

 

 

「ちゅ…ちゅーされるかと思ったの。」

 

 

 

そんな風に小さく言うもんだからもう可愛くて愛しくて…おまけに少しテンパって。

 

 

 

「……ちゅー……する?」

 

 

 

僕も僕でそんな馬鹿なことを訊いてしまったんだ。

 

 

 

**

 

 

 

今日もあの温もりが帰って行く。

唇にはまだあの柔らかな感触が、口の中にはまだあの甘い蜜の様な香りが残っている。

明日もまた彼女は来るだろうか。

 

 

 

「りみ……大好きなんだ、君が。」

 

 

 

それでもこの気持ちは、真剣に伝えてはいけないもので。

明日もきっと、俺は馬鹿を演じ続けるのだろう。

 

 

 




もう少し物語性出しますか。




<今回の設定更新>

〇〇:少しずつキャラクター性が見えてくるかと。
   りみが大好き。

りみ:初心。
   初めてだった。


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2019/12/18 明かされる僕らのシンジツ

 

 

 

「で?」

 

「…で、とは?」

 

「だーかーらー…先週。」

 

 

 

新品のシーツの香りが心地よく、包み込む毛布もまた暖かく柔らかい…特に意識を向ける物も無く、相変わらず詰め寄る様に質問を投げかけるりみに疑問符を浮かべる僕。…そんな昼過ぎ。

 

 

 

「先週?…うーんと、何かあったっけ?」

 

「さっきも訊いたでしょ?先週来た時、○○くん居なかったから、どこに行ってたのって。」

 

「……あぁそうだったそうだった。」

 

「○○くんがお出かけなんて珍しいやんか。」

 

 

 

りみが言っている先週…っていうのは、多分先週の月曜日の事だろう。姉さんが来て、僕を連れ出した日だ。

…そっか、その間に訪ねてきちゃったんだ。悪いことしたな。

 

 

 

「うん、まぁ…ちょっとね。」

 

「……どこか、遊びに行ってたとか?」

 

「え?…んーん、そんな楽しいもんじゃないよ。」

 

「ほんまにぃ?」

 

「うんうん、あんまりね。」

 

 

 

実を言えば定期的に病院に行っている僕の検診の日、というだけなんだけど、詳しくは言い出せずにいるのが現状だ。

そんな僕のハッキリしない態度にちょっと不機嫌になったりみが、ベッドの上の僕と鼻が触れ合いそうな距離まで顔を近づけてくる。というか触れてる。

本人は怒っているつもりなんだろうけど、ただ頬を膨らませて居るようにしか見えないその表情は僕的にはドストライクだった。

 

 

 

「ふふっ。」

 

「なっ!?…なんで笑ってんの。」

 

「りみこそ、どうしてそんなにほっぺた膨らませてんの?ふぐなの?」

 

「むーっ!怒ってるの!」

 

「えー、僕怒られるようなことしたかなぁ…」

 

 

 

目をぎゅっと瞑り益々頬を膨らませて。なかなか伝わらないもどかしさからか、体を揺らし足をバタバタと落ち着かないご様子。

全部可愛い。

 

 

 

「だからぁ!……その、何処出掛けとったん?」

 

「…ええと、普段はあまり行かない場所かなぁ。」

 

「そーゆーのじゃなくて!普通に教えてくれたらええやんかぁ!」

 

「ひっひひー、折角だから当ててみてよー。」

 

「何なんそれ……」

 

 

 

どうしても伝えなきゃならないことがあるんだけど勇気が出なくて伝えられない。いつかは絶対言わなきゃいけない事なんだけど。

…だったら、いっそりみに見つけてほしい。全部、バレてしまえばいいのにって。

 

 

 

「じゃぁ…あまり行かないっていう理由は?」

 

「んー…特別用事が無ければ行かない場所だし、一人じゃ行けないからかなぁ…。」

 

「むっ。」

 

「む??」

 

「誰かと…行ったん?」

 

「??…うん。」

 

 

 

姉さんだけどね。

 

 

 

「……女の子?」

 

「子…うーん、女の人?かなぁ。」

 

「…年上なん?」

 

「まぁね。」

 

「……むむむむむ…。」

 

 

 

どうしよう。核心に迫る云々より、りみの機嫌の悪化が止まらないぞ。

眉根に皺を寄せても全然怖い顔にならないんだけど、不機嫌になられるのはちょっと困るな。

 

 

 

「何をそんなに唸ってるの。」

 

「…私がいるのに。」

 

「…?」

 

「私がいるのに、どうして他の女の人と出かけるん?好きなん?付き合ってるん?」

 

「……まぁ嫌いではないしお世話になってる人だけど…付き合ってはいないかなぁ。」

 

 

 

一応書類上は姉だし、ね。

とぼけている様な返事を返してしまったけど、内心りみが嫉妬心のようなものを見せてくれていることが嬉しくてたまらない。…と同時に、どんどんと真相が話し辛くなっていく。参ったな。

 

 

 

「付き合ってない人とお出かけするんっ!?…なら、私ともお出かけしてよっ!」

 

「……………。」

 

「…どうして何も言ってくれへんの。」

 

「…お出かけは…ちょっと、難しいかなぁ。」

 

「何でなん。…その人とはお出かけできるのに、私とは行かれへんって、何でなん?」

 

「………ごめんね。」

 

 

 

どうしよう。

誤解させるつもりは無かったんだけど、本当の事は言いたくない。だって、言ったら一緒に居られなくなっちゃうと思うから。

大好きなりみと一緒に過ごすのが、辛くなっちゃうから。

 

 

 

「……ね、○○くん。」

 

「うん。」

 

「○○くん、私に隠してること、あるやんな。」

 

「…うん。」

 

「何で、それは言うてくれんの?」

 

「…………。」

 

「私の事、嫌い?」

 

「…大好き。」

 

「………それなら、全部教えてよ。隠してることも、全部。」

 

「………。」

 

 

 

ついにこの時が来たのか。恐れていたこの時が。

 

 

 

「……言ったら、もう一緒に居られないから。」

 

「…そうなの?」

 

「きっと…きっとね。」

 

「それは、聞いた上で私が決める…とかじゃ、駄目なの?」

 

「…………わかんない、けど。」

 

 

 

最終的な判断はりみに任せることになるかもしれないけど、僕はりみに迷惑を掛けたくなかったし、気も遣わせたくなかった。

…でも、言わずに嫌われるのも何か違うとは思っていた。

 

 

 

「……いいから言って?」

 

「………実は、」

 

 

 

話す内容も考えついていなかったから、順序や関連性も全くない状態で話した。一つ一つ、今の僕について回る事象を、思い出せる順に。

治ることのない病に冒されていてゆっくり死を待つ以外何もできない事、もはや自分の力では満足に歩き続けることも出来ない為定期的な検診でさえ"姉さん"の力を借りる必要があること、死を待つだけとなった自分を両親が見捨てて、家を宛がわれた今は事実上絶縁関係にあること。

全部、話したつもりだ。…とても重い話になったが、りみは真剣でどこか悲しそうな表情のまま静かに聞いてくれた。そうして僕が、何も思い当たらなくなって口を噤んだ頃、汗ばむ僕の手をそっと握り、一言。

 

 

 

「……ありがとうね。」

 

「…えっ。」

 

 

 

感謝される謂れはない筈なのに。りみは相変わらず真剣な表情のままだったが、確かにそういった。

 

 

 

「そんなになってるとは知らなくて…だから学校にも行っていなかったんだね。…でも、全部教えてくれてありがとう。」

 

「……ん、隠してて…ごめん。」

 

「ううん、いいんよ。」

 

 

 

沈黙。

そりゃそうだ、あれだけ重い話を長々と話したんだもの。りみだって頭の整理が追い付いていないだろうし、きっと今もどうやって今生の別れを切り出すか言葉を選んでいる筈だ。

 

 

 

「…で、一つ訊きたいんやけど。」

 

「??」

 

「どうして、今の話を私が聞いたら一緒に居られなくなると思ったん?」

 

「…だ、だって、何もできないし、いずれお別れになっちゃう奴と一緒にいる意味が無いでしょ?嫌いにもなるだろうし。」

 

「……むぅ。」

 

 

 

またしても膨れるりみ。ネガティブな事ばかり言い過ぎたのだろうか。

それか流石にこの話に飽きてきたか。

 

 

 

「どうしてそう決め付けるんかな…。」

 

「決め付け…てるわけじゃあないけど、そうじゃないの??」

 

「…私は、○○くんがどんな状況に居ようと、ずっと一緒に居たいよ。」

 

「………本気?」

 

「うん。…いつかお別れになっちゃうんなら、その瞬間まで、私は○○くんと一緒に居たい。」

 

「………りみ。」

 

「○○くんが一緒に居たくないって言うならもう来ないけど?」

 

「やだ。…一緒に居て、ほしい。」

 

「ん。…それなら、今までと変わらないように遊びに来るけど、いい??」

 

「…………うん。」

 

 

 

世の中には不思議な人もいるもんだ。僕としてはりみとまた会える事が純粋に嬉しいし幸せだけど、りみはその先の事を考えていないのだろうか。その先に待っているのは別れと喪失しかないのに。

 

 

 

「…あのね○○くん。」

 

「うん。」

 

「お話聞いてて気になったんだけど、そのお姉さん…ええと、まりなさんだっけ。」

 

「うん。」

 

「本当のお姉ちゃんじゃないんでしょ?」

 

「うん。」

 

「……ふーん、じゃあ本当にただ年上のお姉さんとお出かけしたんだ。」

 

「えっ、いや、だから病院」

 

 

 

どうやら話は少し変わっていたみたいで。いつのまにかりみの中でされていた話題転換に付いて行けず、ついしどろもどろになっちゃう。

結局のところ、りみは何が言いたいんだろう。

 

 

 

「…面白くない。」

 

「えぇ?」

 

「そんなのってなんだかおもしろくないんだもん。」

 

「面白くないって…そもそもそんなに笑える話じゃ」

 

「そう言う事じゃなくて!」

 

「???」

 

 

 

女の子ってみんなこうなんだろうか。…本当に何が言いたいんだかさっぱり分からない。

 

 

 

「だから、実際のお姉ちゃんでもない人と二人きりで出かけたって事やろ?」

 

「…まぁ、そうとも言える…かな。」

 

「嫌。」

 

「いや?」

 

「私の方が○○くんの事大好きやのに…。」

 

「っ…!」

 

 

 

恥ずかしくないんだろうか。いつもだったら照れてそんなこと言える子じゃないのに。

それとも、さっきの話を聞いた上で真剣に言ってくれてるんだろうか。

 

 

 

「○○くん。」

 

「…はい。」

 

「私と、…付き合って。」

 

「…………ん!?」

 

「だから、……私と恋人になって欲しいって…言ってるの。」

 

「……さっきの話、聞いてた?」

 

「聞いた上で!……だって、それまで一人でって哀しすぎるやんか。それに私も一緒に居たいし、本当はこんなすぐ告白するつもりと違かったけど…でも、大好きなんだもん。一番に、なりたいんだもん。」

 

「…あ……ぅ…ええと…。」

 

 

 

まさかこの流れで告白までされると思ってなかった。…というか、こういう告白って男の方からするもんだと思ってたけど…。

 

 

 

「…どうなん。」

 

「あいや、えぅ…その…」

 

「あぁもう!○○くんハッキリしてや!」

 

「あっ、そ、その…はい…」

 

「○○くんは私のこと好き!?」

 

「す、好き…!」

 

「私も○○くんのこと大好き!」

 

「あ、う、はい。ありがとう…」

 

「今○○くん彼女いないやんな!?」

 

「い、いません」

 

「私と付き合って!!」

 

「い、いやでも」

 

「あぁぁあぁあああああ!!!!!」

 

 

 

且つてない程勢いのあるりみ。気圧されそうになりつつも、付き合うと言う事に関しては気軽に頷けない。

終始煮え切らない僕に苛ついたのか、大きな声を張り上げるりみ。その頬は真っ赤である。

 

 

 

「ど、どうしたの。」

 

「…もう!振るんなら振ってや!!私は○○くんと一緒に居たいねん!どんなに辛い結末になっても、誰よりも愛して愛されていたいんや!!だから恥ずかしいのも頑張って、本気で付き合ってほしいって言うてるやんか!!」

 

「…………。」

 

「どうしてそこで黙り込んでしまうん!?私が好きなら思い切り抱き締めてや!弱いところも隠してることも全部見せてや!!今更どんな事実が来ようと、私の○○くんに対する気持ちはビクともしないから告白してるんやんか!!私のことが本当に好きなら、私の気持ちも信じてやぁ!!」

 

「……りみの…気持ち。」

 

 

 

初めて見る大声で捲し立てるりみの姿に、僕が今どれだけ酷いことをしているのか、りみがどれだけ悩み我慢していたかを痛い程叩きつけられた気持ちになった。

僕もりみが好きだ、なんて言いながら、結局はりみを信用しきれていなかったのかもしれない。…無意識の内に、りみの心の奥底で考えていることを見ないようにしていたのかもしれない。…僕は、りみのことを気遣っているようで、ただ悪戯に傷つけ続けていたのかもしれない。

 

 

 

「……○○くんの…ばかぁ…。」

 

「……………くっ。」

 

 

 

傷付けないように、関係性を深めるべきじゃないと思っていた。そして道化を演じ続けていた筈なのに。

…その結果がなんだ、結局彼女に涙を流させてしまっているじゃないか。

 

 

 

「…りみ。」

 

「………なに。」

 

「………僕はそう遠くない未来に、君の目の前からいなくなっちゃうよ。」

 

「……うん。」

 

「その時に、もしかしたら後悔させちゃうことになるかも…いや、確実に、今よりももっと多くの涙を流させちゃうと思う。」

 

「………うん。」

 

「…でも、きっとそれまでは。…その時が来るまでは、もう二度と君にそんな顔はさせないから。」

 

「……○○くん?」

 

「だから……僕の一番大切な人になってください。そしてずっと、できるなら毎日、ここで一緒に過ごしてください。」

 

「…………っ!」

 

 

 

絶対悲しませる。だけどそれまで一緒に居て欲しい。…とんだ我儘だと思ったけど、その我儘をぶつけてもらえなくて悲しむ人が居てくれるって、幸せな事なんだと思う。

だからこそ、せめて自分で立てた誓いくらいは守り抜かなければいけないと…胸に飛び込んできた温もりを確かめながら決意した。

 

 

 

「……あとね、○○くん。」

 

「……うん?」

 

「今度、お姉さんに会わせて?」

 

「………うん??」

 

「だって……付き合う事になったって事伝えなきゃやし、浮気も許せへんし。…だから一回お話させて?」

 

「…………ええと」

 

「またハッキリしてくれんの…?」

 

「うっ……れ、連絡しておきます。」

 

 

 

りみこそ、僕に何か隠してるんじゃないか…?そういう、勢いとかさ。

 

 

 




難しい。




<今回の設定更新>

○○:つまりはそういうこと。
   意外と押しに弱いらしい。

りみ:強い。愛故の行動か、それとも…?

まりな:深まる、謎。


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2020/01/12 姉弟と姉妹のコウカイ

 

 

 

ピーン……ポーン

 

 

「はぁーい。…じゃあ○○くん、私出るね。」

 

「あうん、ありがとう姉さん。」

 

「…もう、またそうやって呼ぶぅ。()()()って呼んでってばー。」

 

「……だって、お姉ちゃんを呼び捨てにするっておかしいよ。」

 

「私がそうしてほしいの!」

 

 

ピーン…ポン

 

 

「ほら、お客さん待たせちゃうでしょ!早く呼んで??」

 

「あ、あとで呼ぶから!早く出てあげてよ!!」

 

「だめー。○○くん、「あとであとで」って、絶対呼ばないフラグ立ってるんだもんっ!」

 

 

 

ふらぐ?ふらぐってなんだろう。あとで二人の時にちゃんと呼ぶって言ってるのに、どうして納得してくれないんだろう。

チャイムを聞いて出ようとする姿勢のまま粘っているせいで凄く腰が辛そう。中腰で、サボテン〇ーみたいなポーズなんだもん。

 

 

 

「そんなの立ってないもーん。ねね、早く出てあげてってばぁ。」

 

「もー…名前呼ぶだけなのにどうしてそんなに渋るのよぉ…。」

 

「はっ、はz……何でもだよ!」

 

 

 

恥ずかしい、なんてシンプル過ぎて許してくれないだろうな。もう少し格好いい理由が見つかるまで、適当に濁しておかないと。

 

 

 

ピンポーン ピンポン ピンポピンポピンピンポン

 

 

「あぁもう!絶対怒ってるよ!!早く出てあげてってば!」

 

 

 

僕の家は基本的に鍵が開いている。訪ねて来る人なんて姉さんかりみくらいだし、宅配便のお兄さんも郵便局のお姉さんも事情を知ってくれているからだ。

荷物が来た時も、いつもベッドのところまで受領印の為に来てくれる。…凄く申し訳ないとは思ってるけど、「いいんだよ」って言ってくれる良い人達なんだ。

…だのに、今日は何故か姉さんが鍵をかけてしまっているせいでこうしてチャイムが鳴り響く。僕にはわかる、りみが来てるんだ。

 

 

 

「えー、どーしよっかなぁ。」

 

「早くってば!お願いだかrゴホッ!エホッゲホッ!!」

 

「えっあっ!?ごめん○○くん!だ、大丈夫!?」

 

 

 

深く息を吸い過ぎたか、はたまた喉に負担がかかる様な大きな声を出してしまったか…いずれにせよ、もうあまり耐久力の残っていない僕の喉はこうしてすぐに咽始めてしまう。

そしてそれはやがて喉の痙攣へ繋がり、果ては呼吸困難に…

 

 

 

「えっと、えっと……お薬…じゃない!こういう時は、ええと…」

 

 

バキィッ

トットットットットットットット…

バァンッ

 

 

「○○くんっ!?……またおっきい声出したん!?」

 

「ゲホッエホッ!…ゴホゴホッ!り、りみ…?ゴボッ!」

 

「大丈夫やからね!喋らんで!!…ええと、お姉さん、落ち着いて!吸入器と、奥の棚の薬箱の横にある袋持って来てくださいっ!」

 

「えぇ!?あ、うん!!そうだったねっ!!」

 

「ゲェッホ!ウェッホッ!!」

 

 

 

**

 

 

 

「さっきは本当にありがとう!りみちゃん…だっけ??」

 

「はい?」

 

「……私、いざとなるとテンパっちゃってだめだよね…お姉ちゃんなのに。」

 

 

 

あれから少しして、りみの尽力もあって落ち着きを取り戻した僕と、すっかり落ち込んでいる姉さん。僕に取っちゃ毎度のことだから今更落ち込まれても…て感じなんだけど。

そう言えば二人を会わせるっていう話もあったなぁとベッドから二人を見守る。

 

 

 

「…お姉ちゃん、ですか。」

 

「うん。そ、そうだよ。」

 

「……因みにお姉さ…まりなさんの苗字をお伺いしても?」

 

「………ええと、月島(つきしま)っていうんだけど…。」

 

 

 

テーブルをはさむ様に向かい合って正座し、何故かあまり良くないムードの二人。りみも険しい顔で睨む様に姉さんを見ているし、姉さんは姉さんで落ち着かない様子。

下手に口を出せる空気でも無いし、黙って見ているしか…

 

 

 

「まりなさん、○○くんとは本当の姉弟じゃないんですよね?」

 

「う、うん。○○くんの親御さんと知り合いでね…頼まれた事とかもあって、お姉ちゃん役をやってたんだ。」

 

「それ…だけ、です?」

 

「…??それだけ、って??」

 

 

 

キッと目を細め威嚇するような表情を見せるりみ。今にも牙をむき出しに、フーッとでも鳴きそうな勢いだったけどそこはやっぱりりみ。何とも可愛らしい。

片や姉さんは話の流れが良く分からずキョトンとした顔で首を傾げる。

 

 

 

「……○○くんからは、何も聞いてないんですか?」

 

「うーん……りみちゃんのことも今日初めて知ったし、特に何も…」

 

「へぇ…何も聞いてないんですかぁ。」

 

 

 

ゆっくりとこっちを見るりみは凄く穏やかそうな笑顔だ。…だというのに、どうしてこう背筋がゾクゾクと震えるんだろう。

 

 

 

「○○くん??まだ言い出せてなかったん?それとも、言う気無いん?」

 

「あぇ、えと、その…」

 

「○○くん???」

 

「……い、今、…言う、とかじゃ、だめ……ですかね??」

 

「んーん、私はいつ言っても気にせんよ?好きにしたらええやん?」

 

 

 

可愛らしい笑顔、落ち着いた声色…なのに言葉には棘が…いや、棘が言葉なのだ。棘だらけの鞭で全身を撫でられるような感覚に、一生懸命言葉を探しつつりみの事を紹介せざるを得なくなったのだと理解した。

 

 

 

「ね、姉さん。」

 

「また姉さんって呼ぶし…なあに?」

 

「実はこのりみ…ちゃん、なんだけどね。…その………」

 

「うん???」

 

「…僕の、彼女っ……さん、なんだよね。」

 

「ヒッ……ほ、本当なの?○○くん?」

 

 

 

意を決して言った直後、姉さんの顔が引き攣った様な気がした。そりゃそうだ、こんな、いついなくなるか分からないような奴が彼女という未来を手に入れてしまったんだから。

愚かなことだとわかっているし、迷惑が掛かるし悲しませてしまうこともわかっている。その上で、彼女だなんてそんな…

 

 

 

「…えぇ……?彼女、できちゃったのぉ…?」

 

「姉さ…ちょちょ、何で泣いてるの!?」

 

「そっかぁ…彼女かぁ……グズッ」

 

 

 

ぽろぽろと涙を零し鼻をすする姉さん。そう遠くはない未来に悲嘆しての事なんだろうけど、流石に泣きすぎだと思う。

りみは何も言わずに見てるけど、泣き顔を向けられる僕としては非常に胃が痛む。

 

 

 

「姉さん?言いたいことはわかるけど、でもりみがね…」

 

「まって○○くん、多分○○くん分かってへんと思う。」

 

「えっ」

 

「○○くん人の気持ちに鈍感やから…」

 

 

 

失礼な。…と思ったけど、姉さんも泣きながら頷いてるあたり、きっと何も言い返せないレベルで鈍感なんだろう僕は。大人しく黙ることにして、どうぞとジェスチャーを返す。

深い溜息の後、りみが姉さんに向き直る。

 

 

 

「まりなさん。」

 

「……なあに。」

 

「好きなんでしょう?○○くんが。」

 

「うん……。」

 

「???」

 

「…私の事は今日知ったと思いますけど、私はずっと○○くんと一緒に過ごしてました。お家にも来ましたし、薬とか器具の場所も全部知ってるくらいには。」

 

「…………そう、なんだ。」

 

 

 

出た。この強気で畳みかけるようなりみ、もう何度見ただろうか。…こうして第三者目線で見ているとまた面白くて、まるで何かを逆転できそうな勢いすら感じる。

逆転りみ…うん、しっくりこないや。

 

 

 

「…ねぇ、りみちゃん?」

 

「なんです?」

 

「りみちゃんの苗字って、牛込…だったりする?」

 

「……何で知ってるんです?」

 

「……あ、あはは……ってことは、ゆりちゃんの妹さん、だよね?」

 

「っ…!?」

 

 

 

おぉ、りみのお姉ちゃんの話だ。えっ、あれ?りみのお姉ちゃんと姉さん、知り合い…なのかな。

僕も知らなかった名前が出た途端、りみの顔が引き締まる。

 

 

 

「……参ったなぁ…そっかぁ…。あはははっ、笑えて来ちゃうなぁ…。」

 

「……まさか、まりなさんがお姉ちゃんの…?」

 

「うん……どうにも、牛込さんには敵わないみたいだなぁ…。あっ、○○くんは良く分からないよね。…えっとね…」

 

 

 

そこから静かに語りだした姉さん。僕も初めて聞く様な話ばかりで正直驚きの連続だったけども、要約するとこうだ。

 

まず姉さんは僕の面倒を見始めた年の始めに、その時付き合っていた恋人と別れたらしい。その別れた恋人って言うのがりみの義理のお兄さん…りみのお姉ちゃん、ゆりさんの今の旦那さんらしい。

別れてから結婚までほぼノータイムだったこともあって、そこで一悶着あったらしい。結局姉さんは身を引くしかなかったわけだけど、その後出逢った僕の世話をしているうちに情が移ってしまって…

抱いているのが親愛の気持ちなのか異性としての愛情なのかを判断しかねている間に、今日の報告を迎えてしまったと言う事で…聞かされる身としては何とも複雑な気分になる話だった。

 

 

 

「ごめんね、暗くなっちゃったね。…でも、りみちゃん、私邪魔しないから安心して!!」

 

「えっ…でも…」

 

「いいのいいの!!元々ほら、「おねショタとか何処のエロ本だよ!」みたいな歳の差あるし、お姉ちゃんとしてお世話係に専念するから!ねっ!」

 

「……姉さん…。」

 

「○○くんも!…こんなに可愛い彼女さんが出来たんだから!もっと楽しまないと!!」

 

 

 

見てて痛々しい程の空元気。元気な声と裏腹に目は虚ろだし、手元なんか物凄いスピードで私物を片付けている。挙句、今日はまだまだ帰らない予定の筈なのに立ち上がり上着を着こみ始めている。ケラケラ笑ってはいるが涙も止まっていないし…こんな時だというのに、気の利いた事一つ言えない僕は、やっぱり鈍感なんだろう。

おろおろと布団を捲ったり枕カバーを弄ったりしているとりみが後を追う様に立ち上がった。

 

 

 

「まりなさん…!」

 

「…な、なあに?」

 

「まりなさん…いや、お義姉さん。」

 

「…っ。」

 

「私…私、絶対に、○○くんが何一つ後悔せんように、幸せな毎日を過ごせるように頑張りますから!最後の瞬間まで、ずっと一緒に、居ますから!」

 

「…………ご、ごめんね!私、急用で出なきゃいけないから!!バイバイッ!」

 

「お義姉さんっ!!」

 

 

 

……行ってしまったようだ。

少し肩を落とした様子で引き返してくるりみ。最後の言葉が姉さんに届いたのかどうかは分からないけど、酷く落ち込んだ様子だ。

ベッドから動くことは出来ない僕だけど、今の色んな気持ちを伝えることは出来る。両手を広げて待っていると、ベッドの前で立ち止まったりみが震える声で言う。

 

 

 

「……どないしよ。」

 

「…姉さんのこと?」

 

「んーん。」

 

「…何の話?」

 

「今、玄関ちらっと見て思い出してん。」

 

「何を。」

 

「…私、○○くんの咳が聞こえて気づいたらここに居たやんか。」

 

「うん、お陰で助かったよ。」

 

「……ドア…鍵掛かってた…やんな?」

 

「??うん、姉さんがかけてたからね。」

 

「……玄関直すのに、業者さん呼ばなあかんよ?」

 

「…………鍵壊しちゃったの??」

 

「…鍵…もそやけど、ドアが。」

 

「」

 

 

 

勢いも然るものながら、まさかそんな秘めたる力があるとは。

衝撃は衝撃によって上書きされる……僕の頭には、「この可愛らしい恋人に逆らってはいけない」という絶対的な掟しか残っていなかった。

 

 

 




着痩せ(筋肉)




<今回の設定更新>

○○:恐らく庇護欲をそそるタイプなんだと思われる。
   人間って怖いなって学習しました。

りみ:おねがいだからそのマッスル出さないでください。
   主人公への愛が凄い。
   ゆりの一件は牛込家では禁句。恐らく一番悪いのはゆりちゃん。
   それもあり、主人公に姉の写真を見せたくなかった…らしい。

まりな:不憫。根はやさしい良い人。


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2020/02/13 重ねた日々と歌のオモイデ

 

 

 

実は最近、頑張って歌を練習している。

僕は元々音感がある方でも無いし、音楽を習っていたり自発的に触れてみた経験もこれと言ってない。でも、いつも何かと世話を焼いてくれたり一緒に居てくれる大切な恋人さんに、何か返せる物が無いかって考えたんだ。

歌であればベッドから動かずとも披露できるし、僕の伝えたい思いに少しでも添える部分があれば、歌に乗せて伝えることも出来る。

きっとこれなら、この歌なら、大好きなりみに僕の気持ちを伝えられると思ったから。

 

 

 

**

 

 

 

「ねーねー、りみりーん。」

 

「…何なんその呼び方ぁ。」

 

「呼んでみただけー。」

 

 

 

僕は幸せだ。先がそう長くないとはいえ、人生の中で一番大切だと思える人に出逢う事が出来た。だから、一日でも、一分でも一秒でも長く一緒に居たい。一緒に居なければ。

…そう思えることがどんなに幸せか。彼女の名を呼びながら、今日もまたその想いを噛み締めてダラダラと最高に無駄で有意義な一日を生きるのだ。

 

 

 

「もー…。もうすぐできるから待っててね??」

 

「うんー。」

 

 

 

台所で僕の為にご飯を準備してくれるりみ。今は後ろ姿しか見えないけど、エプロンを付けたりみはまさに天使。…そもそも何を着ても似合うんだけどね。

最近、うちに泊まることも多くなった彼女も、少しでも一緒に過ごしたいという気持ちは同じなんだろうか。

 

 

 

「りみー。」

 

「もー、○○くん寂しがりすぎんー?」

 

「へっへへー。」

 

「ご飯作るんやめる??」

 

「えっ、お腹は空いたよ!」

 

「我儘やんなー。」

 

 

 

「もー」と言いながら結局何だかんだで色々やってくれるりみには、感謝してもしきれない。…でもついついちょっかい掛けたくなっちゃうんだよな。

怒られたいっていうか、怒らせたいっていうか…あでも、本当に怒らせたいわけじゃないし、嫌がることもしたくないんだよ。どんな姿も可愛いから、色んな面を見たいっていうか…ま、要は

 

 

 

「ちょ、ちょっと○○くん??」

 

「??……なぁにー?」

 

「一人でめっちゃ恥ずかしいこと言ってるやんな?だっ、誰かとお話してるん??」

 

「話……?僕何も喋ってないよ??」

 

「えぇ!?」

 

 

 

なにかの声を聞いたというりみがエプロンで手を拭きつつベッドの近くまで来る。暫く周りをキョロキョロ…ついでにカーテンの裏とテーブルの下、ついでに僕の掛け布団をめくってすんすん匂いを嗅いだあと右手をニギニギして帰っていった。

…一体なんの声を聞いたというのだ…僕の部屋、お化けでもいるのかな?

 

 

 

「でもりみの手、すっごい柔らかかったなぁ…ずっと握ってたいなぁ……そう思いながら僕は、台所で料理に勤しむ将来の奥さんの姿を」

 

「それぇぇえええ!!!!」

 

「ひぃっ!?」

 

 

 

右手を鉄砲の形にして真っ直ぐ突き出した状態でとことこ近づいてくるりみ。指摘?の声も相まってアレみたいだ。ほらあの日本の伝統的な…なんだっけ。

 

 

 

「NOOOOOOOOOO!!!」

 

「のっ!?……な、なんなんっ!?」

 

「"のー"だ!"のー"!!…りみ、のーやってたのー?」

 

「くだらな……。」

 

「わー!ち、ちがうよ!ほら、日本のさ、なんかこう伝統的なさ、「いよぉ~」ってやつ!あれ"のー"って言うんでしょ??」

 

「………………あ、あぁ!!能!!」

 

「イエス!ノー!!」

 

「どっちやっ!!」

 

「あ、ええと、狂言と纏めて"のーがく"って呼ばれるやつだよ。」

 

「なんでちょっと詳しいん…?能楽のことってわかるけど、ノー学の○○くんに言われるとちょっと「ん?」ってなるわぁ…。」

 

 

 

………………りみもダジャレとか言うんだ。

 

 

 

「ちっ、ちちっ、ちが、ちなっ、ちなうんよっ!?」

 

「あはははははっ!!顔真っ赤だよー!?可愛いねぇりみ~。」

 

「ちが…!ちがっ!……そ、そもそもっ!○○くんのせいやんかっ!」

 

「なにがー?」

 

「恥ずかしいこと、やっぱり○○くんが言ってたんやん!」

 

「????」

 

「かっ、可愛いからいろんな面見たいとか、ちょっかい掛けたい…とか……みっ、未来の………奥さ……んぅ~~っ///」

 

 

 

あらら、しゃがみこんじゃったよ。

顔も真っ赤だし、恥ずかしくなっちゃったのかな?…にしてもしゃがんだままでそんなにバタバタできるって、器用だな…。

 

 

 

「えっとね。多分ね。わざとだよ。」

 

「にゃっ、なっ、にゃにがっ」

 

「全部聞こえてたってやつ……わざと口に出してみたんだもーん。」

 

「なっ……な、なんでそんな、恥ずかしいことするん??」

 

「構ってもらえるかなーって思っただけなんだけど……ダメだった??」

 

「………も、もぉおっ!!何なんっ!?何がしたいんっ!?これ以上好きにさせてどうするんっ!?」

 

「あっはっはっは!!やっぱりりみはどんな顔してても可愛いなぁ!!」

 

「もぉぉぉぉおおっっっ!!!!」

 

 

 

**

 

 

 

今日も楽しかったなぁ。

りみが帰っちゃったあと、一人の寂しい時間。

この時間を使って、歌の練習をしていこう。折角りみに上げるんだもん、何の曲かバレないほうがいいよね。

 

 

 

『会いに行くよ 僕が叫ぶ そして地獄へ飛ぶ ――』

 

 

 

多分りみも聞いたことあるとは思うんだけどね。…僕が好きで、よく部屋でかけているから。

 

 

 

『新しい始まり 君の唇は ――』

 

 

 

いつか披露できる日を夢見て、頑張らないと。

 

 

 




楽しい回




<今回の設定更新>

○○:本当は英語で歌ってます。(JASRA…おっと。)
   バカっぽいが意外に雑学には強い。
   りみをいじり倒すのが好き。

りみ:いいお嫁さん。和食が得意。
   家事はあまり得意じゃないが上手に出来ても失敗しても主人公が笑ってくれる
   為、もう何でもいいやって感じ。


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2020/03/12 新しい気持ちと冷たいゲンジツ

 

 

「りみー…見てこれー…」

 

「んー??」

 

 

 

今日からサービスが始まった新しいスマホ用リズムゲーム。昔まだ元気だったころの僕がハマっていたアプリの新作で、デザインやシステムも一新されたことでより一層魅力が増している。

ベッド脇で何やら作業をしていたりみを呼び、たった今引き終わったガチャの結果を見せる。

 

 

 

「がちゃ回したん?」

 

「うん。この子、可愛くなぁい?」

 

「まー…可愛いのは確かだけど、○○くんが褒めるのはあんまり見たくないかなぁ。」

 

「えー……ずっとね、推しだったんだよ、昔。」

 

「…ふーん?○○くんはこーゆー、スタイルも良くて露出も凄いのがタイプなん?」

 

 

 

画面に映っていたのは兎の耳を生やして胸元や肩や腿を露出したようなドレスを着た少女。成程、りみから見るとそういうところが目に付くのか。

かわいいのに。

 

 

 

「タイプっていうか…まぁ、キャラクターだしね。」

 

「ふーん。」

 

「………りみ、おこってる?」

 

「べつに。」

 

「……えー…。」

 

 

 

絶対怒ってる。

僕がベッドからあまり動けなくなってからというもの、ほぼ毎日の様にお世話をしに来てくれているりみ。なんなら泊って行く日もある程で…それだけの時間りみを眺めているんだから、表情を見れば怒っているかどうかくらいすぐに分かるというもんだ。

すっかり力の入らなくなった右手で、顔を背けたりみの癖のある後ろ髪を撫でる。たまに絡んで困るとか何とか彼女は言うけど、この柔らかい触り心地が僕は好きだ。同じように、彼女も僕に髪を触られることを好むようで。

 

 

 

「んっ……もう、大人しくして無いと体に障るよ?」

 

「えへへ…触りたくなっちゃって…。」

 

「もー。…後ろ側、○○くんが触り過ぎるせいで癖が強くなってきたかもやんなぁ…。」

 

「そんなことないでしょー…」

 

「ふふっ、冗談冗談。」

 

 

 

尖っていた口も漸く緩めてくれたようだ。りみにはやっぱり、少し困った様な下がり気味の眉とその表情が似合うから。

 

 

 

「他にはどんな子が居るの?」

 

「えっとねぇ……ちょっと、持っててもらってもいい?」

 

「ええよ。」

 

 

 

長時間腕を上げていることも辛くなってきたので、りみにスマホを手渡して…すいっすいっ、と画面を切り替える。今日だけでも六十回は回しているし、当たりだと思われるキャラクターもそれなりに出た。

…その途中で、赤髪の不良っぽい男性キャラクターが写った時に、りみの手がピクリと反応した。

 

 

 

「あっ…。」

 

「???……この人がどうかした?」

 

「…か、格好いいキャラクターもいるやん…。」

 

「…うん、女の子ばっかりじゃないからね。」

 

「ふーん……わ、私も始めてみようかな。」

 

 

 

これは驚きだ。今までまともにスマホでゲームをしているりみを見たことは無い。僕がどんなゲームを勧めようと、「私はあんまり分からないから…」とやんわり断られるのがいつもの流れだったが、まさか自分から食いつくなんて。

…余程このキャラクターが魅力的だったと見える。

 

 

 

「………。」

 

「……○○くん?」

 

 

 

何だか無性に面白くない。

僕以外のモノに露骨に興味を持ったのが初めてだったからか、相手がキャラクターとは言え男性だったからか…うまく言葉にできそうになかったけど、胸の奥がモヤモヤと翳る感じがした。

 

 

 

「…始めて見たら?…結構面白いって思うかもね。」

 

「どうしようかなぁ…。」

 

「……その赤い人も出るかもしれないしね。」

 

「…………○○くん?エラい棘のある…」

 

「しらなーい…。」

 

 

 

ははあ、これが要するにあの嫉妬とかいうやつか。

でも悪いのはりみだし。僕が変に重い奴ってわけじゃないし。…ないよね?

 

 

 

「…あっ。…もしかして○○くん、私に対して妬い」

 

「しらなーい。」

 

「……んふふふふふ。」

 

「…なあに。」

 

「……私の気持ち、ちょっとはわかったやろ?」

 

「……………。」

 

 

 

これが、僕が何か意地悪をする度にりみが感じていた感覚。成程、目の前のイジワルそうに笑うりみの顔も、何だか憎たらしく見えるぞ。大好きな笑顔の筈なのに。

 

 

 

「…怒っとるん?」

 

「………ちょっと。」

 

「…ん。……私もさっきはそうだったんだよ?」

 

「……うん。ちょっと勉強になった。」

 

 

 

そして、ちょっと苦しい。

 

 

 

「…これは、結構辛いやつだね。」

 

「……うん。でも、そう思うってことは、私も好かれてるんだねぇ。」

 

「…………まあ、別に世界で一番くらいには、大好きだけど。りみのこと。」

 

「ッ……そ、そういう不意打ちは健在やんな…。」

 

 

 

顔を赤く染めるりみ。恐らく僕も今似たような顔色をしている事だろう。

二人の間を少しの間沈黙が通り抜け、やがてりみが小さく笑いながら抱き締めてくれた。

 

 

 

「…でも、安心してな?別に本気でゲームやろうとか、その人が好きーって言ってるわけじゃないから。」

 

「……そうなの?」

 

「うん。○○くんが嫉妬してくれただけで満足やもん。」

 

「……。」

 

 

 

それはそれで少し悔しいんだけど。

 

 

 

「それに……私は、○○くんが楽しそうにゲームしてるとこ、見てるだけで幸せなんやよ?」

 

「……そ…っか。」

 

「だから安心して。もう、嫉妬させることも無いくらい、○○くんしか見てないから。」

 

「…………。」

 

 

 

くすぐったくて、嬉しくて。でもやっぱり残念なこともあって。

抱き締め返そうと体に力を入れたけど起き上がることも出来ず…結局、握られた手を出来る限りの力で握り返しながら、小さな声で返すことしかできなかった。

 

 

 

「…りみの楽しみ…奪っちゃってごめんね?」

 

「……そんな、○○くんが悪い訳じゃないんやよ。私は一緒に居られるだけで幸せやから…!」

 

 

 

一瞬置いて、りみの流す暖かい滴が僕の首筋に落ちる。

そうだ、だから僕の出来る限りのこととして、歌を練習…君にプレゼントすると決めたんだ。

 

…僕の体は、もうリズムゲームを楽しむこともできない。

 

 

 

 




もうすぐ、おわります




○○:受け入れた。

りみ:覚悟しつつも愛情は増す一方。


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2020/05/17 急に波打つのがウンメイ

 

 

 

とても辛い事が起こった。

今の僕にとって一番辛い事は、僕の大好きなりみが悲しんでしまう事なんだけど。

 

今日は姉さんがお世話してくれる日で、りみは用事でこれないとの事だった。

ある意味でのラッキーチャンス。何てったって、りみにプレゼントする歌を練習している様をりみに聴かれるわけにはいかないのだから、今日を逃す手はない。

何なら丁度いいので、姉さんに聞いて貰ったり発音を教えてもらう事にした。

 

 

 

「えぇー?○○くんが歌ー?意外だねぇ。」

 

「…へへ、でしょう?りみもきっとおんなじこと言うと思うんだー。」

 

「うんうん、きっと喜んでくれるよ。それで…どんな歌なの?」

 

「んー…まず本物から聞いた方がいいよね。」

 

 

 

もうあまり腕も動かせない僕だけど、視線や指先では物を指し示すことができる。ベッド脇のテーブルに置かれたUSBメモリを近くのノートPCに接続するようお願いし、音楽を再生してもらう。

…うん、うん。暫く二人揃って無言で耳を傾けていたけれど、やっぱりいつ聞いても素敵な音色だ。歌詞も英語だけれど、意味を調べた今となってはすっかりお気に入りの詩のように胸に刻み込まれている。

姉さんなんか、曲が終わる頃には涙まで浮かべている。

 

 

 

「…どうだった?」

 

「………哀しい、でも素敵な詞だね。」

 

「ね。…そして英語の歌って、歌えたら格好いいと思わない?」

 

「ふふっ、格好つけたいんだ?」

 

「まあね。折角だから、良い所見せたい。」

 

「……そっか。…よし、それじゃあお姉ちゃんも張り切っちゃう!」

 

 

 

姉さんも燃えている。そこから夕方まで、英語の発音や無理のない発声なんかを練習した。姉さんも一生懸命になってくれたし、僕もその様子を毎日つけている日記にリアルタイムで書き込んで行ったんだ。

 

 

 

**

 

 

 

そして夜。…もう少しでプレゼントできるくらい、格好つけられるくらいには形になってきたと思う。

喉と身体を休めるようにと姉さんに言われた僕は、夕飯ができるまでの少しの時間日記を書くことにした。

 

 

5月17日 くもり

 

今日は姉さんがきた。

りみにプレゼントする為の歌の練習に付き合ってくれるらしい。

 

いっぱいいっぱい単語も調べたし、音も取れるようになってきたし。

姉さんが言うには、歌の世界観を知ればもっと上手になるらしい。

 

前ページに歌詞と翻訳、僕なりのポイントを書いてみたけど、りみは喜んでくれるかな。

 

サプライズで披露して、りみはどんな顔をす

 

 

 

そこまで書いたところで、呼び鈴が鳴った。

料理の手を一旦止めた姉さんが「はーい」と声を出しながら玄関に消えていく。

 

 

直後。

 

 

 

「えっ、あっ、どちらさm……ぉぐっぅ…」

 

 

 

玄関から聞こえる困った様な声と何か液体を零したような音。続いて姉さんのくぐもった呻くような声と、どさっと何かが倒れる音。

その後にドタドタと聞こえてくる足音は複数の人間が踏み込んできたことを表していて、音からして土足のまま駆け込んでくる異様な状況に僕は…ただ震える事しかできなくて。

 

 

 

「まさか人が居やがるとはなぁ…おい、ここにはヒョロそうなガキしか住んでないんじゃなかったのか?」

 

「いや、確かにそうだと思ったんですが…まさか大人が出入りしているとは…」

 

「まぁいい、やっちまったものは仕方ねえ。さっさと………お?」

 

 

 

リビングに飛び込んできたのは三人組の知らない大人の人だった。そのうち先頭のに立つガタイの良い人物は体に掛かった赤い何かを嫌がる様に触りながら部屋を見回して――僕と目がばっちり合った。

 

 

 

「……そうかこいつが…いや、ここまで弱ってるなら。」

 

「何言ってんだ、病人にだって目はある。情け掛けてる場合じゃねえことくらい分かんだろうが。」

 

「………そう、だよな。……悪いな坊主。お前に恨みはねえが…」

 

 

 

近付いてきた男…らしき人物が僕の耳元でそう言った直後。今まで経験したことのない痛みがお腹の辺りに深く刺し込まれて―――

 

 

 

 ああ、僕はりみに、最後に哀しみだけを残してしまうんだな。

 もう少し、一緒に居られると思ったのに。

 

 

 

 

 

今日はとても辛いことがあった。

何せ、僕が覚えているのはここまでなのだから。

 

 

 




かなり短いですが、最終回の一歩手前ということで




<今回の設定更新>

○○:死期を悟っていたのは事実。
   だが、最期の輝きの為に前を向いた彼は思わぬ事象でその時を迎えてしまう。

まりな:ふっきれたお姉さん。

りみ:出番なし


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2020/07/27 9.8 - 終わらない世界のヤクソク(終)

 

 

 

牛込りみです。

 

日記というものを、多分人生で初めて書いています。

 

 

あの日。

たまたま私がいけなくて、まりなさんが○○くんのお世話に行っていたあの日。

今でもたまに、夢に見たりフラッシュバックしてしまったり。…それでも、長い時間が経って、少し○○くんとの楽しかったことも思い出せるようになったので。

○○くんがずっと書いていた日記の、一番最後のページに書いてみようと思いました。

 

ずっと、ずっと忘れないように。

 

 

 

**

 

 

 

”残された日記を見る限り、○○くんは自分がもう長くないことを分かっていたようで。

 それでも、懸命に、自分にできること・やりたいことを探して毎日を生きていたようです。

 

 そんな彼と過ごす毎日は、とても幸せだった。楽しくて、切なくて、大切な記憶。

 

 

 …ここからは警察や病院の方から聞いたお話です。

 

 あの日○○くんの家に押し入ったのは素性の分からない男性三人。相当お金に困っていたようで、○○くんの家にある医療機器や彼の親が寄越した潤沢な金銭を目的としていたようです。

 病人という事で多少強引な犯行に及んでもデメリットにならないと踏んだ、計画的で、残忍な強盗。まりなさんが居るのは計算外だったようですが。

 

 どうして○○くんが狙われなきゃいけないのか。

 どうして○○くんにばかり、不幸が集中するのか。

 

 彼が必死に前を向いて、残りの短い距離すら全力で駆け抜けようとしていたのに。

 その時が来ても、ずっと一緒に居ると誓ってくれたのに。

 

 病院のベッドで眠る彼はとても安らかで、いつも辛そうに力を入れていた眉間もすっかり緩み切っていて。

 機械も管も何もついていない彼を見るのは久しぶりだったけど、酷く冷たく、酷く堅くなってしまった○○くんが二度と目を開けることが無いと、改めて認識してしまって。

 

 

 こんな終わり方って、あんまりだと思った。

 生き切ることも許されないなんて。

 あの三人の事は勿論許せない。けれども、それ以上に、その場に居合わせる事さえできず、後から告げられる事実を淡々と耳に入れるばかりだった自分はもっと許せない。

 どうせならいっそ、私も一緒に死んじゃえば―――”

 

 

 

「??」

 

 

 

感情が昂り、滅多に言うべきではないことを書き殴りそうになってしまいました。

慌てて消そうと、彼の日記を持ち上げたとき。

 

ころん、と。血で貼り付いたページがはがれたのか、親指程のプラスチックの棒が転がり出てきました。

拾い上げるとどうやらそれは、USBメモリスティック。お姉ちゃんがバンド用の譜面やベースで試し弾きした音源を入れていた気がします。

確か、パソコンに刺せば――ピコン、と小さなシステム音。どうやら正常に読み込めたようです。

 

 

 

「……ぁ。」

 

 

 

開かれたフォルダには音声ファイルが沢山と、テキストファイルが一つ。それに動画ファイルが一つ。それぞれファイル名は数字の羅列で…どうやら保存した日付の様です。

それは奇しくも、あの日の前…一日前に作成されたもののようです。

逸る気持ちを抑え、一番上にあった音声ファイルを開きます。

 

 

 

『~~~♪~~♪』

『~~~~~~♪~~アッ、ま、間違えちゃった…』

 

『あははは、でも結構いい線行ってたんじゃないかなぁ?』

『もう一回いってみよっか。』

 

『う、うん。姉さん、サビの前のとこから――』

 

 

 

思わずくすりと笑ってしまいました。それは愛しく、温かい、彼の声。

どうやらまりなさんと一緒に歌を練習しているようでした。どこか聞き覚えのある、英語歌詞の歌。はたしてどこで聞いたか…。

そして繰り返される、歌についての試行錯誤。まりなさんとの他愛ない会話。

彼が歌ってる。笑ってる。悔しがってる。弱音を吐いてる。お水を飲んでる。トイレに行ってる。…全部、全部当たり前の事なのにどうしてこんなに胸が締まるんだろう。

 

泣きそうになりながらも全部聞き終えた。残るは、テキストファイルと動画が一つずつ。

動画にはタイトルが無く「(ハイフン)」とだけ付けられていました。中身が分からなかったのでテキストデータを先に読みます。

 

そこには―――

 

 

 

**

 

 

 

「姉さん。」

 

「ん、なあに。」

 

「今からね、ちょっと頑張ってね、手紙を、書こうと思うんだ。」

 

「……手紙??…あ、りみちゃんにでしょー!」

 

「うん。……それで、ちょっと調子はいいんだけど、あんまり手が動かなくて。」

 

「……かわりに私が打つ?」

 

「ううん。……凄く時間も掛かっちゃうと思うし、辛そうに見えるかもだけど……僕、頑張りたいんだ。だから……ね。」

 

「……うん、流石は私の弟。じゃあお姉ちゃんは邪魔しないから、どうしても辛くなったらちゃんと言うんだよ??」

 

「……ありがとう、姉さん。」

 

 

 

比較的動く左手を使って、一文字ずつだけど手紙を残そう。

きっと僕はもうあと何日も起きていられないから。いつか来るその時に、何も伝えられないのは嫌だ。

たった一人、僕の本音を引き摺り出して、全部受け止めてくれた人だから。

 

 

 

”りみへ

 

 君がこれを見るころ、きっと僕はもうこの世に居ないか、人として機能できなくなっているかと思います。

 だから、その時に後悔しないように、手紙を書きました。

 

 君が今、どんな気持ちで読んでいるのか分からないけれど。

 悲しんでくれていたら、ちょびっとだけ嬉しいな。

 

 りみは、姉さん以外で初めて、僕の事を考えてくれた人だからね。

 本当は、りみには僕の事を忘れないで居て欲しいと思う。

 ずっとずっと、覚えて居てくれたら、僕が居なくなった後も、生きていたって証は残るでしょ。

 

 なんて、駄目だね。 

 僕の事なんて忘れてさ。

 君は世界で一番かわいいし、優しくて温かくて、僕なんかには勿体ない女の子だもん。

 きっと次にはもっと素敵で、病気になんか負けなくて、もっと格好いい人と出逢ってさ。

 幸せになって欲しいな。

 

 辛いことは、全部忘れて。

 

 

 ごめん、やっぱ今の無し。

 頭の何処かにだけは、置いておいて欲しいな。

 僕も、ちょっとだけだけど、一緒に居たってこと。

 

 

 手紙って難しいね。

 伝えたいことも、共有したいこともいっぱいあるのに、どうして言葉が浮かばないんだろう。

 

 

 ずっとずっと、大好きだよ。りみ。

 死ぬのを待つだけだった僕と、一緒にぼーっとしてくれてありがとう。

 苦手な冗談も一生懸命考えて、僕を励まそうとしてくれてありがとう。

 僕が痛みで眠れない夜に、ずっと寝ずにお喋りし続けてくれてありがとう。

 何もしてあげられない僕を、見捨てずに居てくれてありがとう。

 

 君と過ごした日々は、目も開けられない程に眩しかった。”

 

 

 

………よし。

実際りみが読んでくれるかは分からないけど、僕にはこれくらいしかできないし。

この短い文章でさえ、全部入力が終わる頃には陽が沈んでしまった。

姉さんも帰っちゃったし……あっ。

 

姉さんは一応僕を気遣ってか、延長コードを伸ばしに伸ばし、ベッドの枕脇に充電状態のスマホを置いてくれた。

あともう一つ、何かできることは無いかと思ったが、今の僕に残された体力じゃ大したことは出来ない。

せめて何か、僕が今感じている事を残しておきたいと思った時には、もう左手の人差し指がスマホの動画録画開始ボタンを押していた。

 

 

 

『さて……考えてみたら……動画を撮るのも、初めてだぞ…。』

 

 

 

ちゃんと録画できているかも不安だったし、一人きりで過ごす夜という事もあって何だか無性に苦しくなってきた。

気持ちを紛らわす為に、咄嗟ではあったがパソコンの音楽プレーヤーを起動する。といっても、僕は元より音楽を楽しむ方じゃないから、保存されているのは一曲だけ。

耳に馴染む前奏が始まってすぐ、不思議と和らぐこの気持ち。どうやらこの動画は、僕が音楽を聴きながら独り言を零すだけのクソつまらない物になりそうだけど。

 

 

 

『……この曲は何よりも、歌詞に込められたメッセージにね……共感したんだ……。』

『と言っても…勝手な解釈かも、しれないけれど。』

 

『死んじゃうってさ。……ずっと怖い事だと、思ってたんだ……。』

『まるで全部が無かったことみたいに……全部消えて、忘れちゃって……。』

『自分の、感覚までも…わからなくなって…。』

 

『でも、この歌詞……死がテーマな筈なのに、どうしてか凄く綺麗なんだ…。』

『姉さんが教えてくれたけど…タイトルは、地球の、重力…加速度を表す数字なんだって……。』

『落ちて行けたら……その先で、きっと君に会える。何もかもから解放されてこそ、混じりけの無い愛が表現できるって……。』

 

『…………。』

『……そういえばこの歌って…りみが教えてくれたんだよね。』

『…………○○くんが居なくなっちゃっても、私がすぐに会いに行くから、って……。』

 

『凄く、嬉しかったよ。……そこまで、本気なんだって。…いや、勿論前から、好きって気持ち、伝わってたけど…。』

『……でも、やっぱりそれはダメだ。……死にも意味があって、何なら未来もあるかもしれない。』

『でも君はまだまだ生きられる。……生きて、限界まで生きて、生き抜いてくれると、嬉しいな。』

 

『……ああ、もう曲も終わっちゃうね。』

『…………もしまた君と出逢えたら。その時は……離れる事無く、ずっと一緒に居たいな。』

 

 

 

余韻を持たせた後奏を以て音楽が終わる。

また頬を濡らしている滴を拭う事もせず、僕は最期のメッセージを撮り終えた。録画ボタンに軽く触れれば、無機質な電子音と共に録画が終了する。

 

どうか、僕達の魂が平和に生きられる場所で、新しい始まりを迎えられますように。

 

 

 

**

 

 

 

「……○○くんは、全然わかってへん…。」

「私が、○○くんのお願い、断れへんの知ってるやんな…。」

「私が、今すぐにでも会いに行きたくなっちゃうこと、知ってるやんな…。」

 

 

 

私にとっても、あなたは全てだったから。

あなたが望むなら、あなたが後で羨ましくなっちゃうくらい生き抜いてあげよう。

次に出逢った時、お土産話が尽きない程に。

あなたとまた出逢う為に、納得のいく(あした)を迎えられるように生きよう。

いずれ空と一つになるその日まで。

 

それにしても、最後にこんな…素敵な悪戯を遺していくなんて。

 

 

 

「ほんと……○○くんは、私の気持ち、全然わかってへん…!」

 

 

 

終わり




牛込りみ編、完結になります。
ご愛読ありがとうございました。




<今回の設定更新>

○○:報われないことなんて山ほどある。
   運命と片付けるのは簡単なことだが、そこにも人の心は詰まっているのだ。

りみ:良妻。
   結局最後まで関西弁がイマイチ定まらなかったね。シカタナイネ。

まりな:気は利く。


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未分類・新規
2020/08/31 ああ、ほわっとしてる


新シリーズ、香澄編


 

 

 

今日も疲れた。全く、人間社会とは厄介なものである。

たかが早く産まれただけで偉いと思っている老人連中には気を遣わなければいけないし、気を許せるはずの同期にも気色悪い上っ面を貼り付けて過ごさなくてはいけない。

会社とは?生きていくために賃金を求める、ただそれだけでは許されないものなのだろうか?

……ああだめだ。折角就業時間まで耐え、唯一の癒やしと言っても過言ではない自由な時間を迎えたというのに。

社会は人を闇に染める。いや、これはあたしに限った話かもしれないけど。考えることすべてが昏い方へと惹かれてしまうように、そのうち性格も、表情も、発言もネガティブに……。

 

 

 

「ただーまぁ……。」

 

 

 

元一人暮らしのアパートの一室。特に洒落た繁華街の近くにもなければ、笑ってしまうほどの田舎でもない、そんな中途半端な立地に構えるのがあたしの(すみか)だ。

まぁ、周りの治安がいいことは取り柄かな。

疲れ切ったあたしの声に反応するように、さして長くない廊下の向こう――リビングからぱたぱたと軽快な足音が聞こえてくる。

 

 

 

「おかえりなさぁい、〇〇ちゃん!」

 

「んー……。」

 

 

 

出迎えてくれたのはルームシェア……いや、正しくは居候か。そんなよくわからない関係の女の子。

……この香り、風呂上がりか。目の前まで距離を詰めてきた彼女からは甘いマシュマロのような香りがした。

 

 

 

「ごはん、食べる?」

 

「んー……先に風呂かなぁ。」

 

「そか。いっぱい歩いて疲れてるもんね。」

 

「ん、汗かいちゃってさ。」

 

「ふふ、お疲れ様だねぇ。」

 

 

 

自然な流れでビジネスバッグを回収され、リビングまでの道のりを先導される。

自分が男だったら今すぐにでも抱きついてしまいそうなほど無防備な後ろ姿を眺めつつ、思ったよりも凝っていた首を鳴らす。

 

 

 

「わ、骨の音。」

 

「……一日中パソコン見っぱなしだし。凝るよね。」

 

「すごい音だよ?」

 

「んー……自分でも引くわ、これは。」

 

 

 

ゴキゴキ、というよりかはゴリゴリに近い音だった。確かに凝っているとは思ったけども、こりゃ重いわけだ。

体の不調から精神的に病んでいく、といった話も聞いたことがある。あたしの最近のネガティブな発想は、ここから来ているのかな……?

 

 

 

「じゃ、お風呂上がりにマッサージしてあげる!」

 

「……え、できんの?」

 

「うん!」

 

 

 

予想外の提案に、甘えたさ半分疑い半分で思わず問うてしまった。何せこの子……

 

 

 

「前に、肩もみしてもらったときは悪化したけども。」

 

「あ、えと、それは」

 

「そのあと湿布貼ってもらったときも、間違えて冷えピタ貼られるし。」

 

「あ、あぅ」

 

「慌てて剥がしたかと思えば壁に放り投げちゃって、テレビの裏の壁紙は無残にも……」

 

「うぅぅぅ……」

 

 

 

この子、戸山(とやま)香澄(かすみ)は、いつもどこか抜けている。

まあ、そのハチャメチャっぷりに気持ちを救われていないこともなく、なんだかんだで可愛がっている訳だ。

 

 

 

「……じゃ、風呂上がり、期待してるよ?」

 

「っ!!……う、うん!頑張る……よ!」

 

 

 

あたしもやはり疲れているんだろう。いじめるのも程々に、あうあうと涙目になる香澄に慰めの言葉を残し、早足気味で浴室へ向かった。

 

 

 

**

 

 

 

「ふぃぃ……。」

 

 

 

やはり短髪はいい。

少し前までは美容室に行くのもかったるく、腰ほどまであった思い長髪も思い切って肩上に切り揃えてみれば洗う手間が()()()だ。

年頃の女子であればツヤだの纏まりだの、トリートメントがどうだの何だのと努力する可愛げもあったのかもしれないが、社畜にランクアップしてしまった今のあたしには不要。

とにかく効率を、時短をと求めてたどり着いた姿は、まさに究極の面倒くさがりスタイルであった。

何が言いたいかというと、とにかくあたしは髪を切った。おかげでこうして、のんびり湯に浸かり深部体温の上昇を感じる余裕が生まれたというわけだ。

 

 

 

「〇〇ちゃぁん?」

 

 

 

中折れ戸タイプの浴室の扉、その向こうから間延びしたような声。

大方暇になったか、いつにも増して長風呂なあたしが気になったのか……香澄はいつもこうして、入浴中のあたしと会話をしようと脱衣所までやってくる。

同性とは言え決して扉は開けないところに良識を感じるが……少しもどかしくもある。

 

 

 

「香澄ぃ?」

 

「ふふ。……〇〇ちゃぁぁん。」

 

「……香澄ぃぃ??」

 

 

 

とは言え、こうして毎日顔を合わせている上に片方は引きこもり、片方は社畜。特に盛り上がる話題もなく。

山彦のように名前を呼び合って過ごすのだ。

 

 

 

「あ。」

 

「んぅ?」

 

「あたし、お茶作って行ったっけ?」

 

「おちゃ??……全部飲んだの??」

 

「昨日寝る前に結構飲んで……朝作っていかなきゃとは思ってたんだけど……」

 

「えへへ、〇〇ちゃんは育ち盛りだねぇ。」

 

「お茶で何が育つってのさ。尿意?」

 

 

 

冷蔵庫に二本入っている角型の水筒。いつもそこに、麦茶とほうじ茶を作って置いているのだが……今考えてみれば朝はバタバタしてそれどころではなかったかもしれない。

なんてこった……風呂上がりに飲むあの一杯が美味いってのに。

香澄は基本的に冷蔵庫を開けたりはしないし、飲むのも主にあたしだけだし。……くそう。

 

 

 

「そっかぁ……作ってないかぁ……」

 

「あ、あの、えとね?もし、〇〇ちゃんが飲みたいのあったらね?私が――」

 

「いいっていいって。」

 

「――そ、そうだよね、余計なお世話……だったよね??」

 

「いや、そうじゃなくてさ。」

 

 

 

気を遣わせてしまったかと咄嗟に出した返事がまずかった。一生懸命に探りながら発した香澄の言葉を遮る形になり、続く言葉が明らかにトーンダウンしてしまった。

いやしかし、何も香澄の気持ちが嬉しくなかったわけでも余計なお世話だと感じたわけでもない。

 

 

 

「……香澄あんた、一人で外出られないでしょ。」

 

「………………えへへ、まあ。」

 

 

 

香澄は一人で玄関の扉を開けられない。勿論物理的な問題は何もなく。

――さて、そろそろいい感じに体が火照ってきた。次に求めるのは内部の癒やしだ。

浴槽の栓を引っこ抜くと同時に立ち上がり、湯に浸かっていた髪の先を軽く絞る。急に立ったせいか少しの立ちくらみをを覚えるが、誰にともなく誤魔化すように浴室の扉を開け――

 

 

 

「よし。髪乾かしたら自販まで散歩しよ。」

 

 

 

まだ暑さの残る時期だというのに肌の露出が殆どない同居人に、一糸纏わぬ姿で提案するのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「〇〇ちゃん、いっつもそれだね。」

 

「まあね。やっぱ風呂上がりと残業明けにはこの炭酸が……ふはぁっ!!……効くんだよ。」

 

「えへへ、そっかぁ。〇〇ちゃんは格好いいなぁ。」

 

「あん?」

 

 

 

都心に近いとは言え、このあたりも深夜一時を回ると人通りは無くなる。

元より少ない商店は日のあるうちに閉まるし、娯楽系の施設はまるで遠いし。

十数メートルおきに並ぶ街灯の下を、香澄と寄り添って歩いた。

 

 

 

「香澄こそ、いつもそれだよね。」

 

「うん。これ一つで、ジュースとゼリー両方味わえちゃうんだよ!お得だよねぇ。」

 

「ははは、所帯じみてんな。」

 

「む!……〇〇ちゃんも飲んだらハマるよ!」

 

「あたしは甘いのは勘弁。」

 

「むぅ……だって、だってね。ちょっとしか振らなかったら、ゼリーがごろっ!ごろっ!って口の中に入ってきて、いつもよりすこーし多めに振ったら、噛まなくても飲めちゃうくらい小さなゼリーになって……!」

 

「はいはい、あんたの()()好きはわかったよ。」

 

「ぜったい、〇〇ちゃんにもオススメなのになぁ……。こんなに、美味しくて、楽しいのになぁ……。」

 

 

 

ちらちらと恨めしそうにこちらを見上げる香澄。

まるで飲まない意味が分からないといったその様子にあたしは、残り少なかった無糖サイダーを飲み干し件のゼリー飲料が入った缶を取り上げるようにして呷った。

……うぇ。軽く一口飲み込んだだけだというのに、この咽返るような甘さは……。

 

 

 

「ぁ……。」

 

「……うん、やっぱ甘いなこれ。」

 

「……えへへへ。間接キス……だね??」

 

「……。」

 

 

 

女同士で何が嬉しいんだか、そんなに顔を綻ばせて。

……ああ、こんなにも甘すぎるなら、お茶も買って来るべきだったかなぁ。

 

 

 

「二人で飲むと美味しいねぇ。」

 

「……ほら、湯冷めしないうちに帰らないと。」

 

「えへへ、そうだねぇ。風邪引いたら大変だもんねぇ。」

 

 

 

あたしの人生初のルームメイトは、何とも間のずれた、可愛い女の子なんだ。

 

 

 







<今回の設定>

〇〇:久々の女主人公。社畜。
   とある事情から香澄と暮らすようになり、幾分かストレスも和らいだようだ
   が……?
   どっちもイケるタイプ。

香澄:何だかほわほわした感じの香澄ちゃん。
   原作とはだいぶ違って大人しい……どうやら私が書く香澄はこうなり()()
   しい。


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2020/09/03 猫窮鼠を噛む

 

 

今日は青葉の誕生日。麻弥の時と変わりなく、俺の部屋に集まる二人。

いや、麻弥の時ほどの騒動がないことを考えると、まるで変わりないとも言えないか。

 

 

 

「うなぁ……極楽ですなぁ……。」

 

「そうかい。」

 

「うな、もーちょっと左ぃ……うななぁ……。」

 

 

 

折角作ってやった料理もそこそこに、胡座をかいた俺の膝の上で丸くなる青葉。

特にプレゼントの要望もないということで、こうしていつも通りに顎の下を撫で回しているわけだ。

猫か。猫なのか。

 

 

 

「んむんむ、はいはふぁあふ、ひょーひはへは……んぐ、大したもんっすね。」

 

「すまん、前半が全く聞き取れんのだが。」

 

「相変わらず料理だけはって褒めたんすよ。光栄っすか?」

 

「お前、どの立場からモノ言ってんの?」

 

 

 

対象的に麻弥はガッツク。それはもう引くほどの勢いだ。

寛いでいる表れか、単に嘗め腐っているだけなのか……いや、肩肘張られるよりかはマシか。

それに会場設営(配膳程度だが)を手伝ってもらった手前、あまり不快感を露骨にするわけにもいかず……。

 

 

 

「ところで、〇〇さんは何を用意したんです??……あ、皆まで言わなくていいっす。そっすよねぇ、〇〇さんにそんな甲斐性あるわけないっすよねぇ。」

 

「クソが、質問の内容よりも煽りばっか耳に入ってきやがる。」

 

「あっははっ、図星っすか?図星っすかぁ??」

 

「お前、その辺にしとかないとメガネ砕くぞ。」

 

「……〇〇さん、ただでさえ強面なのにその口の悪さは……そりゃボッチにもなるっすよね……。」

 

「……。」

 

 

 

どこまでも人を嘗めた奴だ。前に比べて学校じゃ大人しくなった分の反動が出ているのか、はたまた俺を見下し始めたのか。

何にせよ一度シメておくことに決めた俺は、無表情を崩さないよう近づき右手の親指と小指で彼奴のコメカミを押し込む。

技名があるとしてもさっぱり分からない握力の暴力は、文字通り片手間に躾けるにはもってこいだ。

 

 

 

「うぉあああああああ!?いだだだだ、いだいっす!!いだいっすよぉお!!」

 

「……。」

 

「な、なんつー無表情でそんな、どこから力が……!?」

 

「……反省したか?」

 

 

 

ミシリと何かが軋む音に続き、必死に両手をバタつかせながらの悲鳴。

数秒で開放した後に訊いてみる。

 

 

 

「……は、反省??反省っていうのは、悪いことをした時の、アレ……?」

 

「当たり前だろう。」

 

「……や、ジブン、特に悪いことは言ってない――」

 

「そういうところだぞ!!」

 

 

 

再開。

 

 

 

「あだだだだだだっ!!!や、やめ、〇〇さ、やめ――!!」

 

「……。」

 

「だ、だから!どうしてそんな、無表情に……!!」

 

「……。」

 

「ひ、ひぃぃ!!……全然やめないっすね!?何考えてんっすか!?」

 

「……。」

 

 

 

……そんなにデカくない俺の手でも掴めるんだ。さすがアイドル、顔ちいせえ。

 

 

 

「……ははっ。」

 

「笑った!!笑ったっすよ!?いだだだだだ、それに力も増して……!!」

 

「お、悪ぃ。ぼーっとしてたわ。」

 

 

 

案外悪くない握り心地にどうでもいいことを考えちまった。

我に返ったタイミングで手を離す。

解放されたこめかみを擦るように両手で頭を抱えながら恨めしそうに睨み上げる視線と俺のそれが合う。

 

 

 

「うぅぅぅ……楽しい誕生日会だったのに……。」

 

「主役差し置いてエンジョイし過ぎなんだよ、お前は。」

 

「ひどいっす……本当のことなのに……。」

 

 

 

まだ言うか。

次はどう分からせてやろうかと思案していると、ベッドで放置されていた後輩にシャツの裾を引かれる。

 

 

 

「ん。」

 

「うなぁ、せんぱい、麻弥せんぱいばっかり構わないでぇ。」

 

「ああ、いや、すまん。」

 

「うな、せんぱいはこっちでしょ??」

 

「はいはい……んしょっと、こうでいいか?」

 

 

 

不機嫌そうな眉に導かれるまま先程まで座っていたポジションに戻る……や否や、運動不足の猫のようにのっそりとその上を陣取る。

おまけに右手は彼女の銀髪の上に誘導される始末。可愛らしい要求というか、大した労力でもないので黙って従う。

どこかの同級生も見習ってほしいもんだ。このほのぼのオーラを。

 

 

 

「うなぁん……せんぱい、なでなで上達した??」

 

「……そうかもな。」

 

「うなぁ。きもちいー……。」

 

 

 

これだ。まったりしてのんびりな時間。

語彙力もなくなるってもんだ。

 

 

 

「で。」

 

「あん?」

 

「や、ジブンの質問っすよ。……で?」

 

「いや、「で?」じゃないが。」

 

 

 

あ、何かデジャヴだ。

それにしてもなんのこっちゃわからん。何か質問されていたっけか。

 

 

 

「…………やっぱ青葉さん贔屓なんだよなぁ。」

 

「あ?」

 

「いーえっ。……その、何用意したのかって、訊いたんすよ。」

 

「用意?」

 

 

 

目の前に並んでいる料理の数々が見えないのかこいつは。

質問の意図するところがわからず、考えを放棄する。

 

 

 

「だーかーらー、青葉さんの誕生日プレゼントっすよ。誕プレっすよ。タプっす。」

 

「誕プレまではついて行けたけどな。……近頃の女子高生は更に縮めるのか。」

 

 

 

おっさんみたいな事を言うなと笑う麻弥。ちなみに「タプ」ってのはウチの学校きっての変人、氷川(ひかわ)日菜発の言葉らしい。

そう、以前麻弥との変態プレイ(日菜談)を目撃されたあいつだ。あれはあれで語りだしたらキリがない位の変わり者なんだが……その話はまぁ、いいか。

 

 

 

「そういうお前は?何用意したんだよ。」

 

「……ふっふーん。勿論しっかり準備してありますがね?」

 

「だから、何用意したんだよ。」

 

「……や、そのー……まだ、発表するようなタイミングじゃないといいますか……」

 

 

 

シドロモドロ。

だが、ここまで話を出してしまったのだ。それも本人の前で。……タイミングを計るとしても今で良いだろう。

何なら、当の青葉本人はじっと麻弥に視線を送っている。

 

 

 

「いいからほら、青葉も興味津々だ。」

 

「なっ……!」

 

「じぃぃぃ……。」

 

「うぅ、息ピッタリなんすから、もう……。」

 

 

 

流石に青葉には強く出られないのか、観念したように傍のカバンから大きめの袋を二つ取り出した。

馴染みあるロゴがプリントされた茶紙の袋と、若草色ベースのラッピングが施された袋。

 

 

 

「……お前、誕生日だってのに」

 

「こ、これはただ、青葉さんが喜ぶかと思って……」

 

「すん……すんすん……さーやのとこのパンだぁ!!」

 

「あっ」

 

「おっ」

 

 

 

猫か。重ね重ね。

微かに香る程度の香ばしさを感じ取るや否や、物凄い動きで麻弥の膝へ飛びつく。袋を引ったくるようにして開け、中身に目を輝かせた。

麻弥も麻弥で、突然の突撃に驚きつつもいつの間にか鎮座したその銀髪を撫でてしまっている。

「か、かわいい……」じゃねえよ。

 

 

 

「うなぁ……さすが麻弥せんぱい……なっとくのらいんなっぷ……。」

 

「めっちゃ喜ぶじゃん。」

 

「うな!パンはともだち!うらぎらない!」

 

「そうかよ……。」

 

「友達、食べちゃうんすね……。」

 

 

 

まぁ、こいつのことだから、何を貰っても喜びはするんだろうけど。

共食い……いや、友喰いの新事実に震えながらも袋からチョココロネを引っ張り出し齧り付く青葉を尻目に、麻弥に問う。

 

 

 

「で、もう一個は何だ?」

 

「あ、そうでした。……んと、青葉さぁん?これも、貰って頂けると、嬉しいんですけども……。」

 

「う?」

 

「これは……――」

 

 

 

さっきまでの勢いはどこへやら。もじもじと自信なさげに包装を解く麻弥。

最初は包みを青葉に差し出したのだが、食べるのに忙しい彼女に断られたのは少し面白かった。

 

 

 

「……服?」

 

 

 

包みから出てきたのは珍妙なデザインの服。それも二着だ。

デザインを言葉で説明するなら、白地をバックにメロンパンらしき丸いキャラクターとフランスパンらしき楕円のキャラクターが肩を組んでウィンクしている……いや、言葉にしなきゃよかった。文章で見ると字面すごいなこれ。

袖の部分が緑のものと、青いもの。絶妙な色違いである。

 

 

 

「えと、その……一枚は青葉さんに。」

 

「うなぁ!ありがとぉ!」

 

「もう一枚は……俺?」

 

「あ"?」

 

「あいや、違うよな、うん。」

 

 

 

お前が全く説明しないからボケてみたら……わかったわかった、そんなに睨むなってば。

冗談はともかく、何故二着も?それも、大したデザインとは思えないものの色違いを……。

 

 

 

「その……前に、〇〇さんと青葉さんがお揃いのシャツを着ている……って、言ってたじゃないっすか。」

 

「……あぁ。」

 

「……なんか、いいなーっていうのと、ずるいなーっていうのが、ずっとあって……。青葉さん、もし嫌じゃなければ、ジブンとお揃いで、着てほしいっす。」

 

「うーなー……。」

 

「……だめっすか??」

 

 

 

二着を見比べることに一生懸命な青葉に対し、不安そうに上目遣いで見つめる麻弥。

アイドルのこの仕草とあっちゃ、一部のファンならイチコロだろうな。

 

 

 

「うな!モカちゃんはこっちの緑のがいいです!」

 

「!!……お揃い、嫌じゃないっすか!?」

 

「う??……うななぁ、このシャツも、良いデザインに良い手触り……青色のは麻弥せんぱいが着たのを見て楽しむことにします。」

 

「……ふへ、ふへへへ……!!気に入ってもらえたようで、何よりっす!!」

 

「うなぁん。麻弥せんぱい、早く着て、早く着てー。」

 

「は、はいっ!……ふへへ、お揃い……ふへへへへ……。」

 

 

 

成程な。

俺にとっては大した出来事じゃなかったが、こいつはずっと引き摺っていたらしい。

ま、普段特に一緒にいる時間が長いこともあって、疎外感のようなものを感じていたんだろう。

態度には全く出さないくせに、可愛いところもあるじゃんか。

それにこの……女子二人が仲良く、お揃いのシャツに着替える様なんか微笑ましく――

 

 

 

「いや待て。」

 

「な、なんすか。〇〇さんの分はないっすよ?これもあげませんからね。」

 

「そうじゃねえ。何普通に着替えようとしてんだ。」

 

「へ?……~~~~ッ///」

 

 

 

捲し上げかけた裾を慌てて下ろす。チラリと覗いた健康的な腹部が、まるで恥ずかしがるかのように布を被った。

止めなければワンチャンあったような気もしなくはないが、それはそれで後が怖い。

俺は健全な男子高校生として、正しい判断をしたと言えよう。

 

 

 

「うなぁ、麻弥せんぱい、だいたぁん。……んしょ。」

 

「本当にな……って、いやお前も少しは躊躇え。」

 

 

 

恥ずかしいやら腹立たしいやらでこちらを睨む麻弥を尻目に、ケラケラ笑いながら自分のパーカーを捲り上げる青葉。

一応止めはしたが……ああ、もう聞いちゃいない。

 

 

 

「ちょ、青葉さぁん!!」

 

「うなな??……せんぱぁい、脱がしてー。」

 

「いやいやいやいや!!流石に恥じらいましょうって!!や、ジブンが言うのもアレっすけど……」

 

「まったく。……ほれ、まず腕から抜け。」

 

「うなぁ。にゃるほどにゃるほどぉ。」

 

「〇〇さぁん!?慣れすぎっすよ!?慣れちゃだめっすよ!?青葉さんは懐いているとはいえ後輩の、女子ですし!!……あれ?ジブンのときも妙に落ち着き払った声で止められたような……。ッ!!ハレンチ!!〇〇さんは不潔っすぅ!!」

 

「…………よし。」

 

「はふぅ。お着替え完了~。」

 

「うわぁ!!全くもって聞いていないっすぅ!!」

 

 

 

動き出したら出したで、止めようが無い後輩だ。今更取り上げて新鮮なリアクションを見せるほど珍しい裸体じゃないしと、目的の着替えを手早く終わらせる。

どんなシャンプーで洗っているんだか、手触りが癖になりそうなサラサラの銀髪を整えながら、級友大和麻弥の百面相を見守った。

 

 

 

「にへへ、麻弥せんぱぁい。見てーこれー。」

 

「お……っふ。」

 

「似合ってるってよ。」

 

「わぁい!!麻弥せんぱい、ありがとー!!」

 

 

 

わなわなと震えた後に漏れた謎の吐息だったが、その顔面の紅潮具合を見るにさぞかしご満悦だったろう。

青葉も無邪気に喜んでいるし、悔しいがいいセンスのプレゼントじゃないか。

 

 

 

「……ほら、お前もおそろいになってやんな。俺、後ろ向いてるからさ。」

 

 

 

青葉の期待に満ちた視線を見て、未だあうあうと言葉を探している麻弥に伝えて窓を見やる。

……ああ、夏の終りを感じさせる。涼しげでどこか寂しげな、いい天気だ。

 

 

 

**

 

 

 

「で?」

 

「……しつこいぞ、麻弥。」

 

「いやいやいや!!結局〇〇さんは何もあげてないじゃないですかぁ!!」

 

 

 

宴もたけなわ。

いい具合に腹が膨れてきたところで、本日何度目かの一文字クエスチョンを賜る。

本人よりもプレゼントを期待してどうする。それはあれか?私だけ頭使ったみたいで不公平だ――みたいな。

 

 

 

「……俺はほら、これから買いに行こうと思って?」

 

「はぁ?」

 

 

 

心底呆れたような、小さな口を精一杯に脱力させた顔。

とはいえ何も酔狂な冗談を噛ませている訳じゃない。

――俺は、実のところサプライズというものがあまり好きじゃない。勿論その行為を、付随する所謂"気持ち"の部分を否定する気はないが、折角渡すものであれば一番喜ぶものを贈りたいのだ。

そういった理由から、ここ一月ほどリクエストを窺っているんだが……。

 

 

 

「〇〇さん。それは――甘えっす。」

 

「うるせえ。俺はいつもそうなの。」

 

「だってそんな……ところで、青葉さんは何をリクエストしたんすか?」

 

「……。」

 

「それが、何も。」

 

 

 

そう。

結局返事らしい返事をもらえないまま、悪く言えばはぐらかされたままにこの日を迎えてしまったわけで。

何の躊躇いもなく山吹ベーカリーのパンを棚ごと買わせようとする後輩が、誕生日プレゼントの一つも教えないとは。

……実に、参ってしまう。

 

 

 

「なあ青葉。さすがに教えてくれねえと、麻弥に恨み殺されちまうぜ。」

 

「……うなー……。」

 

「そんなに、言いづらいもんなのか?……流石に、財布の許容限界はあるけどよ?何でも良いんだぞ?」

 

 

 

年に一度のことなんだし。……と続けようとしたが、腕の中にすっぽり収まった後輩の見上げる視線に思わず唾を飲んだ。

高価なものなのか、入手困難なものなのか。潤いを湛えた瞳を逸らさずに、三人の沈黙の中で青葉は訥々と。

 

 

 

「……せんぱい、最近はまた青葉って呼ぶ。」

 

「……あー……。」

 

「なんで?」

 

「……不満か?」

 

「……う。……たまには、ちゃんと呼ぶって、言ったのに。……ずっと、待ってたんだよ?」

 

 

 

思えばそれは、いつぞやの夜のこと。

返すための口八丁……と言ってしまえば流石に失礼か。とはいえ、そんな、気恥ずかしい真似……なんというか、キャラじゃない気がして。

どうにも呼び慣れた、()()()()()()の呼び名にしてしまう。

 

 

 

「…………。」

 

「…………せんぱい。」

 

「……なんだよ。」

 

「〇〇……せんぱい。」

 

「ッ……。」

 

 

 

いやいやいやいや。

いやいやいやいやいやいや。

ヘタレだなんだと笑うなら笑えばいい。しかし、一人の女の子を、前にして。

今までの呼び方と違う呼び方を始めること。……それをしてしまえば、もうただの先輩後輩の仲で居られなくなってしまうような気がして。

……たかが呼び名一つと、思うだろうが。

俺にとってはれっきとした線引の行為なわけで。

つまりは、関係性が……そんなの……もう。

 

 

 

「……モカちゃんはね。」

 

「……。」

 

「せんぱいに、ちゃんと見てほしいのです。」

 

「……。」

 

「モカちゃんは。」

 

 

 

ああ。

いくら()()()()()()に縁のない俺でも、この顔を見てしまえば嫌でも察しが付いてしまう。

彼女が――青葉モカという少女が、誕生日をきっかけに俺に強請ろうとしているもの。

 

 

 

「……せんぱいを、ひとりじめ、したいのです。マキちゃんよりも、ずっとずっと、大切にしてほしいのです。」

 

「あお……モカ、それは、でも……」

 

「あたし、を……せんぱいの、恋人さんに……して、ほしいです。」

 

 

 

**

 

 

 

祭りの後の静けさというか。

片付けもそこそこに、気づけば近くの駅までといういつもの――考えてみれば中途半端な――見送りも終わり、一人自室の天井を眺めている。

 

 

 

「恋人、か。」

 

 

 

部屋にはもう誰も居ない。心の深くに封じた記憶に寄り添う、何でも話せた彼女ももう居ないのだ。

大好きだった、何よりも大切にした……その末に失った、彼女も。

自分は青葉に何を重ねていた?

……いや、青葉だけじゃない。想いを振り絞ったリサも、帰り際に恨み言と涙を見せた麻弥も。……ああ、出会いが出会いなだけに距離が掴めない沙綾もいたか。

 

今の関係は居心地がいい。

後輩、クラスメイト、同級生、馴染みの店の看板娘。これ以上深まることも壊れることはないから。ないと、思っていたから。

特別にならなければ、ある種盤石な……取り扱いに注意することもなく、分かりきっている日々を安穏と過ごしていくには丁度いい距離感。

 

この機会に曝け出すべきなんだろうか。

きっと俺は、俺達は。動き出してしまったんだ。振り切るときなんだろう。

きっと、そうだ。

 

 

 

――俺は。もう大切なものを喪いたくない。

 

 

 

「だから、特別なんて作らないって……決めたのによ。」

 

 

 

青葉、恨むぞ。

なんつー悩みのタネをプレゼントしてくれたんだ。

 

 

 




終わりそうですね。




<今回の設定更新>

〇〇:結末を見据えて。
   停滞が好きなのは作者と一緒。

モカ:策士。

麻弥:進みたい。それでもどこか優しさが邪魔をして。
   いい人が痛い目を見る世界。


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2020/09/07 後談編・見つめ直すFools

 

 

 

「だからさぁ。」

 

 

 

羅須歯科。

相変わらず人の居ない待合で、気怠そうに長椅子に突っ伏す院長と、傍でくそ真面目に寄り添う奇抜な髪色の歯科衛生士。

そういえば彼女の髪色は、応援しているアイドルのパーソナルカラーを模したものだとこの前聞いた。道理でコロコロ染め直すわけだ。

 

 

 

「ありゃ大発見なんだって。」

 

「……アンタも大概、暇人ね。」

 

 

 

俺。歯科に罹る予定もなければ口腔内も至って健康。

不思議と潰れずに診療を続けていられるこの歯科医院には、仕事終わりのこの時間よく立ち寄る。

チュチュ曰く昼間はそこそこ混んでいるそうで、受付時間終了間際のこの時間帯であれば邪魔になることもないだろうとの事。

込み入った人間関係は置いておいて、ここの人たちとはもうすっかり友人のような間柄。会社の同僚なんかよりもよっぽど気を許している気さえするほどだ。

今日も今日とて大した目的もなくオシャベリに花を咲かせに来たに過ぎない。

 

 

 

「ま、ね。れおなちゃんにも会えるし、チュチュも居るしなぁ。」

 

「えへ。私も、〇〇さんに会えるのはうれしいです~。……チュチュ様も、ですよね??いつもはこっちまで出てくることもないですし。」

 

「うっさい。……ま、今日に限っては言いつけ通りの時間に来たことを褒めて遣わすわ。」

 

 

 

偉く上から来るじゃないか。

 

 

 

「そもそも俺も仕事があるんだ。どうしたってこの時間に――」

 

「今日の昼間、ロックが来てたの。」

 

「――あ、ああ……六花ちゃんが、ね。」

 

 

 

それは――鉢合わせずラッキーだったと言うべきか。……言ったら言ったでチュチュにまたどやされるんだろうが。

六花ちゃんは()()後、この羅須歯科を退職した。

他のスタッフには実家の都合と説明したらしいが、俺とチュチュは真相を知っている。勿論、俺絡みだ。

未だ納得したわけじゃないが、やはり人によっては傷になる出来事だったらしい。チュチュはその気持もわかると言っていたが……果たして。

 

 

 

「最後に、元気そうなお顔見られてよかったですね~、チュチュ様??」

 

「……そうね。今回は()()()()()()けれど、この先も頑張って……ほしいわね。」

 

「〇〇さんも、ロックさんとは仲良しさんでしたよね。……寂しいです??」

 

 

 

俺は――と、いつもの調子で返そうとして口を噤む。いや何も疚しい事があるわけじゃない。が――

 

 

 

「…………。」

 

「…………?」

 

 

 

――半ば睨むようなキツイ目つきの院長様としばし目線を交差させる。

元より柔らかくはない顔つきの彼女だが、今に於いてはさすがの俺でも解る。「余計なことは喋るな」と言わんばかりの射抜くような眼力。

いつまで経っても帰ってこない回答に首を傾げるれおなちゃんに、当たり障りのない真実を伝える。

 

 

 

「まあねぇ。……ま、これくらいの歳になるとみんな色々あるんだろうさ。」

 

「ですかね~。」

 

「寂しくないといえば嘘になる、かなぁ。」

 

「え~、なんですかぁそれ~。」

 

 

 

……これでいいんだよな?チュチュ。

 

 

 

**

 

 

 

「……で、君は何故そんなところに収まってるんだ?」

 

 

 

膝上のチュチュ様に問う。

れおなちゃんは佐藤先生に叫……呼び出され、奥の診察スペースへ引っ込んでしまった後。ガチャガチャと器具を弄り回している音から察するに、当分は手が空かない気がする。

全く、ふわふわしているようで肝の据わった娘だ。俺なら漏らしちまいかねん。あの一見ヤンキーのドリルマスターに怒号のような勢いで名前を呼ばれようもんなら。

 

 

 

「……いいじゃない。別に。」

 

「向こうはかなり忙しそうだぞ。いいのかよ、院長様がサボってて。」

 

「……ロックがね、言ってたわ。」

 

「あん?」

 

「「〇〇さんは何も悪くないんです。寧ろ私なんかが、勝手に舞い上がっちゃったのがいけないんです。」って。」

 

「……。」

 

 

 

膝の上のちびっ子はやや視線を落としているせいか表情も読めず、声もくぐもって聞こえる。

おかげで、あまり存在意義を為せていない俺の目はどこを見ていいか分からず、病院待合室の机だとは言われても思えない程乱雑に散らかったコーヒーテーブルを何となく眺めるだけとなってしまっているわけだが。

俺は悪くない、か。

 

 

 

「あの娘も、悪いことはしてないだろ。」

 

「けど、ロックにそう言わせてしまったのは……紛れもない、事実よ。」

 

「……ああ。」

 

「アンタが、言わせたのよ。」

 

「……。」

 

 

 

二十余年ぽっちの人生。正直()()()()()事はままあった。

俺自身、恋だの愛だのが全くもって理解できない人種だ。多少広い視野を持つチュチュにとっても粗野に映る程度には、俺という人間は奔放で歪んでいるらしい。

……何がいけなかったんだろうか。

 

 

 

「アンタはウチのスタッフを退職に追いやった……いや、そんなことより、もっと……」

 

「……。」

 

「……や、これは言わないでおくわ。セイダイなブーメランでもあるもの。」

 

「ん……?」

 

「あの娘の辛そうな表情を見て、震える声を聞いて。……それでも、ね。何だか笑えてくるのよ。」

 

 

 

もぞもぞと尻を軸に体の向きを変える。それまで俺に向けられていた背は見えなくなり、代わりに眼前に広がったのはちゆちゃんの初めて見る顔だった。

両の目に潤いを湛えつつ……いや、それは頬をも濡らしているか。そうありながらも上がる口角と、まるで生まれて初めての感情に困惑するかの如く下がる眉。

……いつだったか。彼女も自語りをしてくれた事があった。自分も同じように、俺と同じような歪な人間であると。

 

 

 

「一人のオトナとして、地位ある立場として。あの娘にもっと掛けるべき言葉はあった。止めるChanceすらあった。それなのに……ね。」

 

 

 

今はもう居ない、二度と会うこともないだろうかつての従業員に思いを馳せるように。目を泳がせることもなく訥々と想いと涙を零すチュチュだったが、やがて小さく息をつき俺のシャツで顔を拭った。

抱き合うような姿勢のまま数秒。表情を整えた彼女が息も触れ合いそうな距離で顔を上げる。そして――

 

 

 

「この結果を招いたのは、汚い大人()()ってワケ。……アンタと、ワタシと。」

 

「そう……だな。」

 

「ケド……。」

 

「あん?」

 

「……。」

 

「……?」

 

「心のどこかでは、ホッとしてるのよね。……これは、お互いがLoose adultってことで打ち明けるんだけど。」

 

「る、るー……何だって?」

 

「Ah……だらしない??オトナってことよ。」

 

「……あぁ。」

 

 

 

なるほど。

そんな言葉で纏めていいものか、その判断はつかないが……中々に的を射ている。

まだ青さの残る女性を護ることが出来ることを一端の大人であると定義するなら、まさに今の俺達は"だらしない"のだろう。

 

 

 

「で、どうしてチュチュがだらしないとホッとするんだ?」

 

「……その言い方だとワタシだけが駄目なオトナみたいじゃないの。」

 

「あぁ?……んじゃ、チュチュと、俺が、だらしないと……だ。」

 

「ん。……それは、アンタが他の……」

 

「他の?」

 

「……察しが悪いにも程があるわね。……まあいいわ。結局はその部分も含めてアンタだもの。」

 

 

 

ああ全く話が掴めない。……し、考えを巡らせる前に結論を出されてしまっては追求もできない。

チュチュが納得したならそれでいいか。

 

 

 

「あ。」

 

「ん。」

 

「全然関係ない……と思うのだけれど、最近ハナゾノを見ないのよね。」

 

「そもそも辞めた後に頻繁に遊びに来るのも問題だったろ。"ハナゾノさん"なら、今は――」

 

 

 

急な方向転換を見せた話題に、そういえば報告していなかったなと思いつつも返事を返す。まさにその時。

 

 

 

「あー!!!ちゅ、チュチュ様!!ずるいですっ、〇〇さんに抱っこしてもらうだなんて!!」

 

 

 

作業が終わったのか、戻ってきたれおなちゃんに大声をあげられる。

抱っこて。表現可愛いかよ。

いやしかし、考えてみれば確かにそう見える。向かい合って抱き合う男女、とそれを目撃してしまう共通の知人。しかもそれが好意を持った相手ときたら……

……うん、世間じゃそれを修羅場と呼ぶんだぜ。

 

 

 

「な!あっ、ち、ちがうのよパレオ!!Misunderstandingだわ!!」

 

「何が違うんですかぁ!!ぎゅって!!ぎゅってぇ!!」

 

「……別に普段からするだろ、ふたりとも。」

 

「ちが、違うんです〇〇さん!!チュチュ様、「仲がいいのは結構だけど、勤務時間中は控えなさい」ってぇ!!」

 

「れおなちゃん、モノマネうまいね??」

 

「ちょ、今褒めるところじゃないでしょ!?それにワタシあんな偉そうに言ってないもの!!」

 

 

 

いや結構似てた。

膝の上で妙に体を捻りつつギャーギャー騒ぐ院長様の姿に、堪らず距離を詰めてくるれおなちゃん。ずんずんずんずん。

 

 

 

「チューチューさーまー??」

 

「違うのパレオ!!これは、その……えっと……!!」

 

「……?……いってぇ!!!」

 

 

 

先程までのシリアスな空気は何処へやら。散々テンパりまくった挙げ句、ちびっこ院長に太ももを抓り上げられ思わず声を上げる。

これまた苛烈な救援要請だ。

が、特に気の利いた助け舟は用意できず。仕方なく今日ここへ来た時に挙がった話題を再度振り直す。

 

 

 

「……は、裸!……で、布団被ると肌触りがいいよなぁ!!って!!」

 

「……はいぃ?」

 

「な!!チュチュ!!」

 

「へ??」

 

「な!!」

 

「……え、ええ!!そ、そうなのよ!!」

 

 

 

怒りと僻みが混ざったような行進は止められたが、代わって向けられたのは怪訝な目。

……向こうに引っ込むまでは君もこの話してたよね?

堪らずチュチュにパスを送るも二の句は継げないようで。そりゃそうだが。

 

 

 

「それと、ふたりが抱き合ってることは繋がりません……けど……?」

 

「ええと、それは、あれだ!……チュチュ!!」

 

「またワタシ!?……So、布団もいいけど、結局は人肌よねって……〇〇が!!」

 

「言ってねえよ!!」

 

 

 

初戦は口からでまかせ。まるで噛み合っちゃいなかった。

結果としてれおなちゃんに不信感が募ることとなり、折角止まった足も再度加速。飛びついてきたれおなちゃんの勢いと重みに、組み伏せられるような格好になってしまった。

組み伏せられると言うか、押し倒されたと言うか。

 

 

 

「ふふ~、〇〇さん、いい匂いです~。」

 

「ただ男臭いだけじゃない。」

 

「む、チュチュ様はこの良さがわからないです??」

 

「……それは……知っては、いるけども。」

 

 

 

満足ならそれはそれでいいんだけども。

 

 

 

「……あ、そういえばチュチュ様?」

 

「ん?」

 

「さっき先生とも話してたんですけど、最近花園さん見ました?」

 

 

 

どうしてそうあの人に触れたがるんだか。

花園さんは居ても居なくても印象に残る人……という認識は俺も周囲も同じらしかった。

 

 

 

「ああ、それなら今は――」

 

「何、してるんですか?」

 

「――あ。」

 

 

 

冷ややかな声になんとか首を擡げて受付の方を見れば。

まさに今この場に立ち会ってしまったであろうレイさんの、汚物でも見るような視線を両目で認識してしまった。

知ってる知ってる、これって、天丼って言うんだよな。

 

 

 

**

 

 

 

「……全くひどい目にあった。」

 

 

 

弁解しようと体を起こす俺の言葉を遮るように放たれた、「〇〇さんがそういう人だってことは、花ちゃんから聞いていますから。」とかいうレイさんのキツイ一言が未だに胸に刺さっている。

その後で取り繕うように付け足された「大丈夫です。」も痛恨である。

 

 

 

「ぱれお、ご迷惑かけちゃったです?」

 

「いや。……そんなことはなかったよ。寧ろ相変わらず良い抱き心地で安心した。なんというか、ありがとう?」

 

「……謝ろうと思ったのに、感謝されちゃったです。うむむ。」

 

 

 

程よい柔らかさが癖になる子だ。一方でチュチュは、また何とも小難しい顔をしながらこちらを睨みつけていた。

救援の不甲斐なさを嘲笑っているんだろうか。

 

 

 

「〇〇。これだけは言っておくけど。」

 

「んぁ?」

 

「……パレオを悲しませるようなことはしないで頂戴。」

 

「チュチュ様?」

 

「……アンタの出した結論如何によっては……勿論ワタシも、潔く、退くつもり……だから。」

 

「……ああ。」

 

 

 

言われなくてもわかっている。

六花ちゃんの時のような、あんなことは繰り返さない。もうだらしないなんて、言わせねえ。

話の展開を読みきれず呆けたような顔で口を開けるれおなちゃんを抱き寄せ、甘い匂いを感じながら再び心に留める。

壊れているなら、壊れる前の普通を知ればいい。修復(なお)ることがないのなら、取り繕えばいい。

それで、幼気な心が傷つかずに済むのなら。

 

 

 

「……さっきはウヤムヤになっちゃったからね。わかっているならいいの。」

 

 

 

少し寂しげなチュチュの表情に、言い出せなかった言葉を飲み込む。

そろそろ遊んでも居られないようだ。結論を、出す時なのだ。

 

俺が誰との関係を、一番大切にすべきなのか――

 

 

 

 




お久しぶりです。




<今回の設定更新>

〇〇:大詰め。

パレオ:抱き心地がほんっと丁度いい。

チュチュ:人のことは言えないほどに暇人。

レイヤ:要所要所を締めるにはこの人。
    言葉の切れ味がエグい。

たえ:?


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2020/09/08 はかりごと、はかられごと

 

 

「ねね、〇〇って、目玉焼きには何掛ける??」

 

「……。」

 

「ねね、〇〇!!はぐみね、いいこと思いついちゃったんだけどぉ……聞いてる??」

 

「…………。」

 

「もう!朝からずーっと話しかけてるのに、全然聞いてくれないじゃん!!」

 

「………………。」

 

 

 

何故だ。

月渚に言われるがままにコミュニケーションをとったあの日。あの時の妙な達成感は今も朧気ながら覚えている。

が。

 

 

 

「まさか懐かれるとは思ってなかった。」

 

「ひえぇ、でござるな。」

 

 

 

北沢(きたざわ)はぐみ。奇しくも、俺が初めてまともに意思疎通を図った花咲川生であり、今最も俺の悩みのタネになっている少女。

泣きついたところで佐崎はどこ吹く風。いや未だに女子との交流を避けているのか。

とにかく、俺ははぐみに懐かれた。それも、扱いに困るほどに。それが事実だ。

 

 

 

『うんうん、〇〇くんの魅力をわかってくれる、いい子だよねぇ。』

 

『も、もちろん天使(ひな)ちゃんもわかってるからね??』

 

『えぇ??本当にぃ?

昨日なんて、「正直〇〇くんの何処を良さと言っていいかわからない」とか言って――』

 

悪魔(ひな)ちゃん!?ちが、ちがうでしょ!?

あれは……いつまで経っても女子が苦手とか格好つけながらも、頭の中ではとても人に言えないようなえっちな――』

 

 

 

「オイ!!」

 

「ッ!?敵襲でござるか!?」

 

「あ……ああ、いや。ちょっと頭の中で、なぁ。」

 

「…………ははぁ、〇〇殿も、大変な女子(おなご)に纏わり付かれたでござるなぁ……。」

 

 

 

可哀想なものを見る目で見られる。

はぐみのせいで心労か何かにやられたとでも思っているのだろうが、否定しても別の意味で面倒なのでやめておいた。

そう思わせておいても特に問題はないだろう。

「頭の中で声が聞こえる」などとほざくよりは。

 

 

 

「……それより、昼どうすっか。」

 

「ぬ?いつもどおり弁当でござろう?」

 

「いや――」

 

 

 

いつもならば天使(ひな)の用意した弁当を教室(ここ)で広げるわけだが、今日は違った。

朝のリビングで平謝りされたときは面食らったが、要するに寝坊して準備ができなかったと。……お詫びに何でもするだの何だのという部分は聞き流しておいたが、続けて起きてきた悪魔(ひな)が悪ノリしてネグリジェを剥いたあたりで家を出て。

一食くらい抜いても……とも考えたが、いざ昼を迎えてみれば腹はしくしく寂しんでいる。とはいえ、急な問いに佐崎も些か面食らったように手を止めている。

すまんな、楽しそうにパンの袋を開けているところに。

 

 

 

「今日はその、弁当を用意できなくてさ。」

 

「…………心労もそこまで……なるほど、拙者は理解したでござるよ。」

 

「……学食、行かねえ?」

 

「ふむ。それもまた一興……か。」

 

 

 

勘違いはそのままに。話が早いのもこいつのいいところだ。

お陰で変に気を回さずにいつも一緒に居られる。

 

 

 

**

 

 

 

「あっ!!〇〇も来たんだ!!おおぉぉぉぉいっ!!」

 

 

 

いつもどおり、混んでいるといえば混んでいる程度の人混みの中に突入したその時。発見のアラートボイスに早くも後悔の念が湧き上がった。

北沢はぐみ……お前いつも弁当派だろうに。

 

 

 

『こういうのも運命っていうんだよね!』

 

『これはもう食べちゃうしかないですなぁ!』

 

『はあ……はあ……あたし、なんだか興奮してきちゃったよ……!』

 

天使(ひな)ちゃん……キャラ立たせるなら、「るんってきた」って言わないと……』

 

『む。たしかに。……〇〇くん!あたし、るんっ♪って来――』

 

 

「ええいやかましい……!」

 

 

 

いい加減善悪両サイドに別れてくれないだろうか。

いつまで経ってもこいつらは、人の頭の中でツッコミ不在のボケまくり街道を驀進しようとするんだから、参っちまう。

思わず口を衝いて出た悪態に心底心配そうな表情をする佐崎。すまんな。

 

 

 

「〇〇殿、付け回されているんじゃ……?」

 

「俺もそんな気がしてきたよ……。」

 

 

 

人混みをかき分けながら近づいてくるオレンジの髪。家族皆同じ髪色なんだろうか――そんなどうでもいいことを思いながら、諦め半分で級友(はぐみ)と昼を共にすることにした。

 

 

 

「……はぐみ。」

 

「うん!!」

 

 

 

元気いっぱい。

もはやトレードマークと言ってもいいだろうか。眩いばかりの笑顔を前面に、一瞬で距離を詰める彼女に諦めてリアクションを返す。

自分の食事を中断してまで駆け寄って来たが……見たところ数人の女子生徒と卓を共にしていたようだが。

 

 

 

「別に俺を見かけたからと言っていちいち寄って来んでも……さぁ。」

 

「〇〇も一緒に食べる!?」

 

「聴いちゃいねえ。」

 

「えとね、席まだ三つ空いてるよ!!食べる!?」

 

 

 

勢い。こればかりはきっと、コミュ障云々関係なしに苦手なやつにはトコトン刺さるやつだろう。

隣の佐崎は早くも逃げ腰だ。さてどう返答したものか……。

 

 

『さて、選択肢といえば!』

 

『はいはーい!あたしたちでーす!!』

 

『よねー!』

 

 

「……よね!?」

 

「う??……はぐみ、ヨネじゃないよ?」

 

 

 

今までにない付け足しに思わず過剰反応してしまった。はぐみにも首を傾げられるし、いけないいけない。

心臓に悪い導入は置いといて、果たしてどんな選択肢を見せてくれるのか。

 

 

『じゃあ1つ目、天使の日菜ちゃんからです。』

 

『うんうん!』

 

『佐崎くんを追い返して、一人ではぐみちゃんとお昼を食べる。』

 

『おー。』

 

『あわよくば……というか最優先で、だけど

はぐみちゃんも美味しくいただくっ!』

 

『るんってするね!』

 

 

するか!

第一お前、知り合って間もないってのにそんな。

いやそもそもその表現は天使としてどうなんだ。

 

 

『そんで2つ目~!小悪魔の日菜ちゃんでぇす!』

 

『あ、ずるーい。それならあたしも、大天使がよかった……。』

 

『堕天使の間違いでしょ??……まいーや、2つ目はねぇ……』

 

『堕天使……それもるんってするかも!!』

 

『佐崎くんを追い返して、はぐみちゃんとお昼を食べるっ!』

 

 

だからどうして同じ意見になるんだ……。

選択肢という体すら為してないじゃねえか。

 

 

『え、ちゃんと違うよー。』

 

 

何処が。

 

 

天使(ひな)ちゃんのは、はぐみちゃんと"二人で"食べる、でしょ?』

 

『……あ!!』

 

『ふふーん。あたし、伊達に小悪魔やってないからね~。

はぐみちゃんについて行って、テーブルの全員食べちゃうっていう壮大な――』

 

 

「バカじゃねえの……?」

 

「!?……はぐみ、ばかじゃないよ!?」

 

「あ、あぁ北沢……氏、〇〇殿は時々こう……色々疲れているでござるよ。原因は言いにくいでござるが……」

 

「ささきくんはおさるさんなの?」

 

「おさ……!?い、いや、拙者はレッキとした人間であり……!!いや、霊長類という意味ではある意味……」

 

 

 

何考えてんだ。

人の頭の中だと思って好き勝手言いやがって。

普通に食事を摂るという選択肢が無いのも問題だが、両者ともスムーズに佐崎を除け者にしようとしている所も中々にクレイジーだ。

校内唯一気を許せる人間だぞ?この奇行をさらっと受け流してくれる"超"が付くほどの善人だぞ?佐崎さんだぞ?

 

 

『えーだって、ハーレムものといえば男はやっぱ一人じゃないと。』

 

『うんうん、天使(ひな)ちゃんもそう思うなぁ。』

 

 

うるせえ。

そもそもハーレムを作る気もないし、女子の中に一人で居るなんて地獄以外の何物でもない。

……か、会話とか、どうすんだよ。

 

 

『『……ヘタレ』』

 

 

「うっせぇ!!」

 

 

 

もう我慢できなかった。本日何度目になるかわからない突然の一声に、肩をすくめる佐崎と目を白黒させる北沢はぐみ。

このまま倫理観が文明崩壊レベルの脳内会議に耳を傾けていても埒が明かないし、さっさとはぐみに同行することにする。

もちろん、佐崎も一緒にだ。

 

 

『えぇ……?』

 

『〇〇くんって、ほんっとるんってしない選択しがちだよね。』

 

『盛り上がらないこと貧乳のごとし……』

 

『あ、だから小さい子好きなんだ。』

 

 

いかん。早いこと行動に出ねば。

脳内とはいえ俺の根も葉もない性癖が公表されてしまう。

……しかし待て。はぐみは良しとしても目的地のテーブルには他の女生徒が居たはずだ。

件の、六人掛けのテーブルをちらりと見やれば、二人の女生徒を確認することが出来た。

水色と桃色、それぞれ淡いパステルな髪色をした見たことのない顔で、一人は心配そうにこちらを凝視している。

もうひとりは……何やら手元が忙しそうだが……急に見知らぬ男子生徒が二人も同席することに、異議はないのだろうか。

 

 

 

「……あー、はぐみ。俺はその、一緒に食うのは構わないが……。その、なんだ。」

 

「?」

 

 

 

言葉が出てこない。

二人に許可を取りに行かせるのも違うし、「行くわ!」と元気に答えるのも図々しいだろう。

こういうアレコレ考えてしまうから人付き合いってのは面倒なんだ、大体――

 

 

『あーあー、悪いクセがはじまっちゃったよーぅ。』

 

『どうする?また選択肢提案してあげたほうがいいかな??』

 

 

隣の佐崎にも頼れそうもない。何なら俺よりもこういったことに弱いだろうし、腹もストレスその他諸々に弱い。

だんだんと自分が情けなくなってきた、その時――

 

 

 

「お、〇〇じゃん。めずらしーね?学食で会うなんてさ。」

 

「ヒ……不良でござる。」

 

 

 

そういえば今日はまだ見ていなかった、銀の髪が隣に現れる。と同時に縮こまる佐崎。

 

 

 

「月渚?……驚いたな、てっきり今日は休みかと……」

 

「ん、まぁ色々、ね。……で何してんの?」

 

 

 

朝のHRには居なかったはずだ。ついでに午前中の授業でも見かけなかったし、普段も休みがちな彼女だ。

今日も会うことは無いだろうと思っていたのだが。

突然の登場に、もちろんあのミス好奇心が食いつかない訳ない。

 

 

 

「るーくん!!るーくんも一緒にご飯食べよ!!」

 

「んー……はぐみとご飯食べると駄弁りメインになりがちだかんなぁ……」

 

「え!あ!じゃあはぐみ、食べ終わるまで静かにしてるよ!だから一緒に食べよ!!」

 

「あははは、わかったわかった。それじゃあご相伴に与かるとしますかねー。」

 

「うわぁい!!」

 

 

 

何という戦闘力、もといコミュニケーション能力。

不良は皆こういうものなのだろうか。

感心して眺めていると、二人分に増えた視線が再度降り注ぐ。

結果として横顔を見つめることになってしまっていた俺は、気怠げな方の瞳を正面きってぶつかる羽目に。

特に気にしていない様子の月渚。慌てて目を逸らした自分によくわからない嫌悪を抱きながら、次いで飛んでくる月渚の言葉を受けた。

 

 

 

「アンタも誘われたわけ?」

 

「あ、あぁ。……でも、他に連れが居るみたいだし、どうしたもんかと……」

 

「いいじゃん別に。ほら一緒に行こ。」

 

「……お、おう。」

 

 

 

来たときと同じように元気いっぱいで戻っていくはぐみの背を見ながら、半ば強引に纏めた月渚に腕を引かれる。

慌ててついてくる佐崎を尻目に、不思議と悪い気はしなかった。

 

 

 

**

 

 

 

自分の昼食を引き換えた後、再びテーブルへと戻る。

丁度六人掛けテーブルが全て埋まった状態になるが、はぐみと月渚を除いて空気が重い。

当然といえば当然だが、初対面の連中が食事の姿を晒し合っているのだ。

個人的な見解かもしれないが、食事中の自分というのはかなりプライベートな部分だと思う。

仲の良い友人でも躊躇ってしまうような、そんな印象。それが初対面ともなれば……言わずもがなである。

 

 

 

「ど、どうするでござるか?〇〇殿。拙者、早くも胃のほうがシクシク言い出したでござるよ……?」

 

「……俺にとっても初めてのことだ。とりあえず食うのに集中して――」

 

 

『もう!折角月渚ちゃんが導いてくれたのに!』

 

『そうだよ!このチャンス活かしていかなきゃ!!』

 

 

無茶を言うな。佐崎との意思伝達だけでも手一杯だってのに、これ以上……というかそもそもチャンスなのかこれは。

うんざりしつつも顔を上げると丁度斜め向かいに座っていた、はぐみの連れの一人と目が合う。と同時に何やら口が動いたように見えた。

……なんて言ったんだ?

 

 

 

「……なあ、あんた。」

 

「ひっ、ひゃっ、ひゃいっ!?」

 

「……そんなに驚かんでも。」

 

 

 

釣られて声あげそうになったじゃないか。

彼女は水色の髪の方。さっきから心配そうにこっちを……というよりはぐみを見ていた子だ。

当然ながら見覚えもないが。

 

 

 

「……なんか、ごめん。急に声かけたのもそうだけど、その……昼時に、邪魔しちゃったな。」

 

 

 

一応、謝っとくか。

 

 

 

「え、あ、いや、そんな、謝られるようなことじゃ……ふ、ふえぇ、気にしなくても、だいじょぶ、ですからぁ……!」

 

「……そうか。」

 

「……。」

 

「はぐみとは、仲いい……のか?」

 

「あ、はい、その……仲良し……かはわからないんですけど、ごはんとか、たまに食べます……。」

 

「へえ……。」

 

「え、えへへ……。」

 

 

 

いたたまれない!!

腹の底がモヤモヤする。

きっと彼女もかなりの人見知りなのだろう。

投げてもまっすぐ返ってこない言葉に、俺は早々に会話を諦めた。

あまりに間が開くせいで手元の日替わり定食が進むこと進むこと。や、無理に話しかけなければいいだけなのだが。

 

 

 

「……〇〇殿、腕を上げたでござるな。」

 

「あ?」

 

女子(おなご)との会話、中々のテクニックではござらんか。」

 

「……。」

 

 

 

佐崎の感想は、俺たちの()の属性をよく表しているようだった。

泣きそうになる。

 

 

 

「……よしっ!投稿完了っ!」

 

 

 

次に声を上げたのは桃色髪の方。さっきから何やらスマホを弄っていたようだがそれも終わったようだ。

続いて「うわぁ冷めてる!」などと騒がしい彼女だったが、暫く眺めていると流石に気づかれる。

 

 

 

「……?私の顔、何かついてます?」

 

 

 

テンプレのような第一声だったが。

 

 

 

「……いや、そういうわけじゃないが……」

 

 

 

無難な返しを、と口を開いたが言葉の途中で気づいてしまった。

この女生徒、無駄に顔がいい。

造形というべきか、表情というべきか……取り分け美人というわけではないが、妙に愛嬌のある顔つき。

小首を傾げるその仕草も、計算されたように庇護欲を唆る。

ああそうだ、これが"あざとい"か。

 

 

 

「……かっ、おっ、あっ、いや……な、なんでもない。」

 

「??……そっか。あ、はぐみちゃん、またコロッケ定食にしたんだ!」

 

「うん!うちの程じゃないけど、ここのやつもサクサクでおいしーんだ!!」

 

「へぇ~!今度、食べてみよっかなぁ……」

 

「うんうん!おすすめだよ!!」

 

「ふぇぇ……で、でも(あや)ちゃん、油物控えるって言ってなかったっけ……?」

 

「う"っ!!……そ、そうだよね、そう、言ってたよね……」

 

 

 

なるほど。あの桃髪はアヤという名前らしい。別に覚えることでもないけども。

姦しいやり取りに幾程目を奪われていたか。完全に意識の外から飛んできた声に我に返る。

 

 

 

「……〇〇、見すぎだって。陰キャ感めっちゃ出てるし。」

 

「なっ……そういうもんなのか?」

 

「ん。クラスの一番かわいい子に中々声掛けられない小学生みたいだった。」

 

「具体的な……それに別に可愛いとかは考えてないし……」

 

 

 

茶化す月渚から再度アヤの方へ視線を動かす。

……うおぉ、やっぱり顔がいい。

 

 

 

「ね、月渚ちゃん。知り合い??」

 

「ええまあ、同じクラスの……私とアンタって、知り合いなのかな?」

 

「……どうだかな。」

 

「……ま、同じクラスのヤツって感じです。彩さん。」

 

 

 

月渚の感じから察するに先輩?っぽい。そうは見えないが。

 

 

『ほほう、これはきょーみ深いですなぁ。』

 

『ですなぁ。』

 

 

油断していた。

脳内でまた騒がしくなり始めた二人の声を振り払うように、手元の日替わり定食を滅する作業へと集中する。

月渚はいつもの調子でアヤの相手をしているし、こっちに話を振ってくるやつも居なさそうだ。

気を抜けばまた脳内天災に巻き込まれかねないし、ちらっと見た佐崎も限界そうだし……早いとこ飯を片付けて教室へ戻ろう。

 

 

『かわいい、だってさー。』

 

『ね。聞き捨てなりませんね。家に帰れば最高にキュートなあたしがいるのにさー。』

 

『これはひょっとするとひょっとするかもしれませんなぁ。』

 

『ヘタレにも春が来るかもしれませんなぁ。』

 

 

…………よし、食い終わった!

 

 

 

「佐崎ぃ!!」

 

「!?……い、胃に響くでござる……。」

 

「それはすまん。が、俺も食い終わったし、もう教室戻らないか?」

 

「おぉ、それは僥倖……!では早速――」

 

 

 

とっくに片付いていたパンの包みを握り立ち上がる佐崎。続くようにトレーを引っ掴み立ち上がる俺。

……に静止するがごとく投げられる声。

 

 

 

「え?まだ昼休み中じゃん?折角なんだから駄弁っていけば?」

 

「いや、俺たち用事が――」

 

「どーせまた二人でヨロシクやるだけでしょ?……こんな可愛い先輩方と交流する機会なんてそうそうないんだし、楽しんで行きなってば。」

 

「ふぇ!?か、かわいい……??」

 

「月渚お前、一体どういうつもりで……」

 

「別に?女の子相手にして強く意見できるならいいけど?どうすんの?」

 

 

 

無視して行っちまえばよかったと今になって思う。だが耳を傾けてしまった。足を止めてしまった。

不覚……!

ニヤニヤとすっかり楽しんでいらっしゃるご様子の月渚を前に、視線を彷徨わせることしか出来ない俺の背に、すっかり歩き出す気満々だった佐崎がぶつかる。

「わぷっ……でござる」じゃねえよ。キャラの徹底がすごいな。

 

 

 

「る、月渚ちゃん……その子困ってるみたいだし、その、無理強いは良くないんじゃ……」

 

花音(かのん)さん、男友達いましたっけ。」

 

「ふえぇ!?……そ、その、私のクラス男の子いないから、交流もあんまり……」

 

「じゃあ丁度いいじゃないですかー。……この男、さっきからお二人の可愛さにやられてるっぽいですし。」

 

「ふえ……ふえぇ!?ど、どど、どういうこと……?」

 

 

 

すっかり勢いに乗った不良娘の口車により退路がどんどん断たれていく。アヤは不思議と満更でも無さそうにこっちを見上げているし、カノンと呼ばれた水色髪の先輩もチラチラと視線をくれる。

くそぅ、俺は一体どうしたら……

 

 

『んふふ、困っているみたいだねぇ〇〇くん。』

 

『しょーがないなーもー。ここは、堕天使であるあたしが道を示してしんぜよー。』

 

『小悪魔の日菜ちゃんもいるよ!!』

 

天使(ひな)ちゃんの案、

"甘んじて美人の先輩達と繋がりを作っちゃう"!』

 

『続いて悪魔(ひな)ちゃんの案、

"親切なクラスメイト(るなちゃん)の厚意を無下にして逃げ出す"!!』

 

『『あははっ、どっち??』』

 

 

くそう……くそう……!!

 

 

 

「こんな時ばっかまともに意見別れてんじゃねえよ!!」

 

 

 

魂の叫びを前に、くふふと小さく嗤う路鹿毛月渚と、騒ぎに目もくれず飯を掻っ込む北沢はぐみが印象的だった。

ごめんよ、佐崎。

 

 

 




月渚ちゃん大活躍




<今回の設定更新>

〇〇:そもそも他人という存在が苦手なタイプ。
   だというのに周りがどんどん埋まっていき……

日菜:今回も絶好調。
   存在は説明すると長くなるので雰囲気で抑えておいてください。

はぐみ:案外食べるのが遅い。

花音:境界線の上学年組。
   主人公たちの学年以下のみ合併が行われたため、上級生は女子校生活
   継続中。ひゃっほう。

彩:とにかく顔がいい。
  あとは……とにかく顔がいい。

月渚:主人公が困ってると楽しい。

佐崎:南無ー。


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