結城友奈は勇者である~勇者と大神と妖怪絵巻~ (バロックス(駄犬)
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筆しらべの章
其ノ零、序幕


*この作品は、ゲーム『大神』の続編を、勝手に自分で解釈して作ったものです。
なので、原作のネタバレ等がちらちらと出てくるのでお気を付けください。


練習用に作った大神の作品がランキング入りしていたからビックリだよ。
読者の皆さんの中に大神好きが沢山いるんだなって思いました。


一発目のプロローグ。
雰囲気出したい人は大神のオープニング流して、どうぞ。


 むかし、むかし―――、気の遠くなるような昔の話じゃ。

 

 

 四国(シコク)、そう呼ばれる美しい国があり、

 

 

 その国には神様に選ばれた『勇者』と呼ばれる、不思議な力を持った少女達がおった。

 

 

 

 

 勇者達は皆可愛らしい少女ばかりであったが―――、

 

 

 その拳は大地を割り、

 一たび跳ねれば瞬く間に天を駆け、

 一人一人が一騎当千に値する力を持っていたのじゃ。

 

 

 しかし、その国は厳しい戦いに晒されておった。

 

 

 『勇者』と呼ばれる神樹様によって選ばれた戦士は四国の外から降ってきた天からの刺客、『バーテックス』と闇の国より現れた大蛇神・ヤマタノオロチが率いる『妖怪』から国を護っていたのじゃ。

 

 

 特にこの『ヤマタノオロチ』は八つの頭を持つとても凶悪な妖怪で、

 その紅い眼光に睨まれればたちまち命を落とし、

 その名を口にすれば呪阻にて呪い殺されるとして、

 バーテックスよりも、人々は山奥の洞に住まうヤマタノオロチをとてもとても畏れたのじゃ。

 

 

 

 『星を散りばめたような怪物』と『百鬼夜行に名を馳せた妖怪』達はその牙と爪で多くの人間たちを殺し回り、多くの人間が死に絶えていった。

 

 

 四国とは、その戦いの中で神様と勇者に護られた数少ない国の一つじゃった。

 

 

 

 一方その頃の四国では、ある不吉な噂が流れていた。

 バーテックスや妖怪が四国を攻めるときには決まって、

 勇者達の近くに白い狼が現れるようになったのじゃ。

 

 

 丸亀城の近くに住みついた白銀の如き毛を持つ『白野威(シラヌイ)』と名付けられた狼は、

 夜な夜な街を歩き回り、

 山や川に行く人を付け回したりしていたので、

 街の者はこの白野威が人々を滅ぼす天の神、もしくはヤマタノオロチの遣いなのではないかと大変気味悪がったのじゃ。

 

 

 街の者は白野威を追い出そうとし、

 勇者一の実力を持つ乃木若葉も、自慢の剣術でこの白野威に挑んだが、

 風のように素早い白野威には傷をつける事も、触れる事もできんかった。

 

 

 やがてバーテックス、妖怪との戦いは激しくなり、

 五人いた勇者達は傷つき、倒れ、残されたのは勇者・乃木若葉だけとなったのじゃ。

 

 

 疲弊し、戦うことも出来ない勇者に対し、オロチは生贄と降伏を迫り、

 その生贄に乃木の親友、上里を選んだのじゃ。

 

 

 乃木はこれに大変怒り、オロチを打倒せん、と上里の身代わりとなりオロチが住まう十六夜の祠へと向かったのじゃ。

 

 

 冥府を辿るかのような暗闇を讃えたオロチの根城、十六夜の祠。

 乃木がその祠の前に立つと――――、 

 

 

 目を真っ赤に光らせた八本の首が舌なめずりをしながら現れた。

 これまで何人もの人間の血肉を食らってきた怪物ヤマタノオロチじゃ。

 

 

 乃木は弾かれたように飛出し、オロチに斬りかかった。

 月明かり乏しい中、必死で愛刀・生太刀を繰り出す乃木。

 

 

……しかし鋼のようなオロチの身体には傷一つ付ける事が出来ない。

 

 

 

 やがて乃木が万策尽き――――、

 がっくりと膝を突いてしまった。 絶体絶命のその時じゃ。

 

 

 

 一匹の獣が乃木を庇うように躍り出て――――、

 オロチの前に立ち塞がったのじゃ。

 

 闇の中でうっすら光を帯びた白い体――――、

 それは丸亀城の近くに住みついていたあの白野威じゃ。

 

 

 白野威が牙を剥いてオロチに飛び掛かると――――、

 オロチも八本の首をもたげて食らいつく。

 

 二匹の人ならぬ物はもつれ合うように争いを始めたのじゃ。

 

 

 

……じゃがその戦いは何とも不思議な光景じゃった。

 

 

 オロチが白野威に向かって火を吐くと突風が吹いてこれを押し返し、

 

 

 オロチの鋭い牙が白野威にせまると――――、

 突然大木が生えて、これを遮った。

 

 

 不思議な力に守られてオロチと互角に戦う白野威。

 じゃが……それでもオロチの力には敵わない。

 

 

 白野威は全身に傷を負い、白い毛並は真っ赤に染まっていった。

 白野威は疲れ果て、もはや立っているんがやっとじゃった。

 

 

 オロチの牙が、ふらつく白野威を追い詰める。

 

 

 それでも白野威はオロチに背を向けず――――、

 最後の力を振り絞り、天に向かって遠吠えをした。

 

 

 すると……空を覆っていた暗雲が忽ち消え失せ――――、

 月明かりを浴びた乃木の愛刀・生太刀が金色の光に輝き始めたのじゃ。

 

 それまで岩陰で機会を窺っていた乃木は――――、

 刀に導かれるように立ち上がった。

 

 そして傷だらけの両腕で最後の力を込めると――――、

 オロチに向かって猛然と飛び掛かって行ったのじゃ。

 

 

 乃木の手の中で踊るように翻る金色の刀。

 そのまばゆい光が煌めくたびにオロチの首が次々と宙に舞い――――、

 

 ついにこの怪物は自らの血だまりの上に崩れ落ちた。

 長い間、四国の人々を苦しめた元凶の一つが最期を迎えた瞬間じゃった。

 

 

……戦いが終わるころ、既に空は白んでおった。

 

 

 白野威はオロチの毒が全身に回って息も絶え絶えじゃったが――――、

 乃木はそんな白野威を抱きかかえ、丸亀城へと帰って行った。

 

 

 城に着く頃には白野威はもう自分で動くことも出来なんだ。

 

 

 人々が見守る中、乃木と上里が優しく頭を撫でてやると――――、

 白野威はそれに応えるように小さく、ワンと鳴き……

 

 

 

……そして眠る様に事切れたのじゃった。

 

 

 

 こうして四国に束の間の平穏が訪れた。

 四国の人々は白野威の立派な働きを称え――――、

 

 

 香川の静かな場所に社を建て、そこに白野威の像を祀った。

 

 

……そして乃木が振るった刀・生太刀を十六夜の祠に備えていつまでも平和を祈り続けたという。

 

 

 永遠に変わらぬ平和な日々を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところが物語はここでは終わらん。

 実はこの物語には誰も知らない続きがあるのじゃ。

 

 

 白野威と乃木の活躍から三百年の月日が過ぎた頃じゃ。

 

 

 それはアッと言う間の出来事で、人々は誰一人気付かなんだそうな。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

―――――――

 

 

 

――――

 

 

 

―――

 

 

 

――

 

 

 

~要・封印指定地、十六夜の祠~

 

 

 香川県のとある山奥に、それは存在する。

 かつて、勇者が命を懸けて封印したと言われるヤマタノオロチを封じたとされる祠が。

 

 

 人気も無く、漂う異質な雰囲気は事情を知らぬ者が足を踏み入れれば間違いなく心霊スポットだと思うかもしれない。

 それでも、人々が今日までその存在を知る事がなかったのは、組織ぐるみによって行われた情報操作の賜だと言っても良い。

 

 

『えっさ、えっさ、ほいさ』

 

 湿った石畳の道を慣れたように駆けていく者がいる。

 裸足でピョンと跳ねては老朽化によって生じた石の隆起を躱すという、なんとも身軽なステップを踏んで、祠の奥へと進んでいく。

 

 

『おっ、あったあった……』

 

 その者が行き着いたのは一段と開けた広場だ。十六夜の祠の最深部である。

 見据える先にあるのは中央のひときわ大きく設置されている祭壇だ。

 

 長年手入れなどされていないその祭壇は所々が既に老朽化によってひび割れ、苔など生えていて、祭壇と呼ぶには程遠い有様である。

 

 

 

――――祭壇の中央、そこに突きたてられている一本の刀を除いては。

 

 

『……これが初代勇者・乃木若葉がヤマタノオロチを封じた際に使われた伝説の刀、『生太刀』』

 

 鞘に納められることなく地面に突き刺さっているその刀身は錆びる事も無ければ、苔をその身に宿すことなく輝きを放っている。

 だが、その輝きは最盛の頃を思わせるには至らず、淡く、鈍い光を放つ程度のモノとなっていた。

 

『やはり、退魔の力も三百年も経てば弱っちまうか……神官たちが手入れやら何やらする余裕が無いくれェに、忙しい事が起きてるみてぇだな――――』

 

 その者は被っていた藁笠をくいっとずらしては、輝きを放つ生太刀を見つめて呟く。

 

「―――ま、オレッちにはどうでもいいことだが」

 

 そう言い終えると、懐から何か取り出す。 

 『先端を輪っかにした縄』を刀に向かって放り投げては、刀の柄の部分に輪投げのようにひっかかった。

 

「ここまで封印の力が弱まっているなら、オレッちの力でも充分―――」

 

 力を籠め、一気に縄を背負うようにして引っ張る。すると、物の数秒程で地面に刺さっていた刀は抜け落ちてしまった。

 カラン、と鉄が落ちたような音を立てて地面を転がる生太刀から鈍い青白の光が消えうせる。

 

「やっちまった…もう後には引けねぇ……」

 

 自身の犯した事に、なんの躊躇いも持たず実行したその者の顔はただ笑いもせず、泣きもせず、後悔に浸る事もせず、そこには覚悟だけがあった。

 

 

 

――――次の瞬間、地を揺らすような地鳴りが祠内に響いた。

 

 

 

 地を割らんばかりに震えると、大地に歪が出来て、祭壇の周りがひび割れ、まるで火山が噴火したかのように飛び出してくる物がある。

 大地から現れたのは長く、太い首だ。

 

 

 一本ではなく、次々と地面を突き破って現れる首。その数は八つ。

 まるで巨大な鞭のようにその首を撓らせては、祠の壁や装飾を力任せに破壊していく。

 

 

 鰐の如き顔と長い首、その姿は龍を思わせた。

 

 

 

『オオ……忌マワシキ封印カラ我ヲ解キ放ツ者ヨ、盟約ニ従イ、誓イノ言葉ヲイザ交サン――――』

 

 

 

 八つの内の一つがその首をもたげて、自身の封印を解いた者をその赤き呪いの双眸が捉える。

 額に『火』の文字を描かれた兜を持つ者は毒液を滾らせる白い牙をチラつかせて言い放つのだ。

 

 

 

 

 

『”闇ノ世界ヲ欲ッス”―――、憎キ”勇者”ノ血ヲ持ツ者ト、我ヲ嘲笑ッタ”天ノ神”ニ、今コソ鉄槌ヲ下サンッッ』

 

 

 大蛇神・ヤマタノオロチが天へ向けて咆哮を放つ。

 

 

 

 その慟哭にも似た咆哮は空気と、その場にいた者の背筋を凍らせるものだった。

 空に放たれた闇の咆哮は、先まで青かった快晴の空を一瞬にして暗雲立ち込める邪気を孕んだ空へと作り変えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び訪れようとしている四国の危機。

 それに気付く者は少なく――――、

 

 

 香川県、讃州市にある小さな神社。 

 全ての物語はここから始まるのじゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……と、まぁ物語を始めるその前に、もう一つのお話をしておこうかの。一人の男の話を。

 

 

 

―――小さな小さな妖精コロポックルが住まう里『ポンコタン』、そこに帰って来ていたとある『元・旅絵師』のお話じゃ。




もしかしたらクリア後より大神原作の旅の途中から、って流れで書いた方が良かったのかもしれないけれど、お互い離れ離れになった後のアマ公とイッスンのお話を書いてみたかった。


それでも原作大事にしたいという人は展開的には許せない部分が出てくるかもしれません。批判とかもしっかりと受け止めるつもりです。

この作品は原作を大体大筋通りに動かしつつ、バーテックスの他に新たに加わる勢力、『妖怪』の方にも注目してくれればと思います。

また、妖怪だけでなく勇者達の持つ『精霊』にも。
あれもルーツは妖怪なので、それに纏わるお話とかを大神風に紹介できればと思います。オロチさんの妖力ってメッチャ便利。


次回:やっぱ旅絵師がいないと大神は締まらんでしょッ
感想や意見があれば、いつでもお待ちしています。


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其ノ零点伍、天道太子と幽門扉

プロローグが短いなんて常識、いったいいつ、だれが決めたんだい。
いや、短くまとめようとしたんですがね。用語説明とか時系列とか整理してたら軽く一万越えまして…分けた方が良かったかな、とちょっと後悔している。

イッスンって種族違うけど幼馴染の女性が二人も居るって……どういうことなの?もげてよ。



――――極寒の地、『カムイ』。

 

 ナカツクニの北国に位置するその国は特殊な気候により、年柄年中気温が低い。

 故に、そこに住まう人々の家にはそれなりの暖路や火の元になる素材、秋までに蓄えた食料などが沢山あるのである。

 

 

 ではそこに住まう人々の生活状況は厳しいモノなのかと問われればそうではない。 

 

 

 カムイという国の中央には聳え立つ二つの巨峰、『エゾフジ』が小規模な火山活動を起している。

 

 

 このエゾフジによる火山活動があるからこそ、カムイという国は年柄年中寒い気候に晒されていてもある程度が緩和され、村人たちは今を生きる事が出来ているのである。

 

 

 そしてカムイには不帰の森と言われる『ヨシペタイ』という魔の森がある。

 その複雑な内部の森の構造と、森の花粉は獣など動物を惑わす力があり、

 一度入れば泥沼に浸かるかの如く、出られなくなることがある故にそう名付けられた。

 

 

 

 その雪原が広がる、『ヨシペタイ』を駆け抜けていく一頭の『狼』がいた。

 深く積もっている筈の雪の上をその身軽さを持って悠々と走る様はまるで重力を感じさせないかのよう。

 

 

 

 否、その狼は知っているのである。

 雪の浅く、走れる個所を、

 どんなに走っても割れぬ氷の橋の場所を、

 妖術かかっていない森の枝の隙間を、

 

 

 それはその狼が一度は通った場所が故。

 死にかけるほどの体験をして、なお一度この場所を通り、生還を果たしたその狼にとって不帰の森は難易度低めの迷宮のようなものだった。

 

 

 

 狼の早駆けは見事な物で、転がってくる大雪や降りかかってくる巨大な氷柱を躱し続けると狭まっていた視界が一気に広がる空間へと躍り出た。

 

 

 そこには今まで見てきた雪と怪しく動く木に覆われていた道とは打って変わり、緑が広がり草木や花が咲き誇っている。

 異様な温かさにリスやキツネなどが呑気に昼寝をするくらいだ。

 

 

 

 明確な春と冬の気候に分けられるこの広場の中央には大きな株がある。

 狼はその株を見据えると、

 

 

『イッスン、ついたよー』

 

 

 と、抑揚のある声で『喋る。』

 首を曲げ、自身の背中にいるであろうその人物に声を掛けるが、狼の問いに答える者はその背中には見受けられなかった。

 

 

 

『あれ? ここに来るまで落としちゃったかな?おーい、イッスーン!』

『ちょ、ま、待てカイポク! お、オメェがあんな無茶な速さで走り回るもんだからオイラ気分が……オエッ』

 

 その後ろで、はっきりと耳に聞こえる声がある。だが、声の主はこれまでの狼の無限軌道の動きに酔ったのか、非常に気分が悪そうな声であった。

 

『ちょっと!私の背中で吐かないでよね!』

 

 カイボクと呼ばれるその狼が背中に寒気を感じて地面から跳ねるように飛び上がると小さく光を纏い、その姿を変化させた。

 同時に地面から跳ねたその弾みで鹿の背中から米粒程度の小さな『何か』が放り出される。

 

 

『ぐへっ! オエッ、や、やりやがたなァカイポク……!』

 

 放り出された小さなその物体は確かに言葉を喋る生物であった。

 虫でもなければ動物でもなく、その姿は縮小すればちゃんと人の形をしている。

 

 妖精・コロポックルであるイッスンが地面に放り出されたのを恨んで見上げると、

 そこには先ほどの狼は見当たらず、代わりに一人の少女の姿があった。

 

『ここまで運んであげた恩を下呂で返されちゃあ溜まったもんじゃないからね。 久々に帰ってきたと思ったら”ポンコタンまで運んで”って、言い出したのはお前じゃないか』

 

 カイポクと呼ばれる少女は不機嫌そうに腕を組んで答えて見せた。

 

『それに、あれくらいの速さで驚いてちゃいけないよ、私と勝負したあの”アマテラス”はもっと速かった!!』

『そういうやァオメェ、アマ公と競争してたんだっけなァ……この森でよォ』

 

 カイポクの走る事に関しては、オイナ族で右に出る者はいなかった、不帰の森であるヨシペタイを競争経路に用いていた彼女は最速の女王として永く君臨していたのである。

 イッスンの相棒であるアマテラスが彼女との競争に勝利しヨシペタイにおける最速伝説を叩きつけるでは。

 

『そうだよ……だから私も負けないように日々修業してるっていうのに、その日々の努力を……お前という奴は下呂で汚そうと……』

『わ、悪かった悪かったァ! 礼はするからよォ機嫌直せってェ~!』

 

 雪を掌一杯に集めるとそれを固めて球にして、イッスンに向けて投げつける。

 拳大の大きさの雪玉はイッスンから見れば巨大な岩のようなものが迫ってくるのと同じであった。

 

 

 オイナ族のカイポクとコロポックル族のイッスンは種族は違えど幼馴染である。

 出会いはかつての吹雪が荒れ狂うヨシペタイでの出来事のなのだが、そのお話は長くなるのでここでは割愛させていただく。

 

 

『さてと、約束通りお前を送り届けたから私は修行を再開するとするよ』

『なんでェ、もう行っちまうってのかィ?』

 

 再び狼の姿に戻ったカイポクを見上げるイッスン。

 カイポクは小さく鼻を鳴らすと、

 

 

『呑気に過ごしてたんじゃいつまで経ってもアマテラスに追いつけないからね……ヨシペタイ往復走、あと三百本残ってるんだ!!』

『そ、そうかィ…んじゃあよォまた今度だなァ、オキクルミの奴にもヨロシク言っといてくれェ』

『伝えておくよ……そうだ、言い忘れてた』

『ン……?』

『お帰り、イッスン』

『……オウ』

 

 

 

 

 

―――――

 

 

―――

 

 

――

 

 

 

――――天道太子。

 

 それは、神の旅に同行し、その姿や戦いを絵に映し取り、人々の信仰心を説いて回るコロポックルの絵師、『信仰伝道師』に与えられる最高の称号である。

 

 

 神と名のつく者の力の源は『人々の信仰』である。どんなに力を有している神であっても、人々から『崇められ』、『畏れられ』なければその力を失ってしまう。

 

 

 天道太子とは、神の力を常に高め、維持し続けるためにその『御姿』を描いた『絵』などを配ったりと神と人と交信する役を担っている――――、要は神と人を繋ぐ橋渡し役だ。

 そしてその七代目―――、第七代天道太子の名を継いだのが、イッスンである。

 

 

『よいしょっとォ……さぁてさてェ……』

 

 長い旅路の中、ひと時の休息。

 自身の生まれた里、『コンポタン』へと帰省を果たしたイッスンは自室へと戻ると、すぐさま絵を描く……という訳でもなく。

 

『グフフフフフ……やっぱナカツクニには美女が多いぜェ……オイラの美人画集はついに百枚を超えたァ!』

 

 室内に広がる紙に描かれているのはどれも女性の容姿ばかりであった。

 しかもその容姿は妖媚に描かれ、その世界の男が見ればたちまち顔元をニヤケさせる事間違いなし。

 

 

 イッスンは天道太子という使命の片手間、その才ある筆技を持ってナカツクニ中の美女の姿を描いては自身の部屋に保管していたのであった。

 それが今回の旅でついに百枚を超えたのである。

 

『旅絵師の頃とは違って見事な出来―――、オイラも腕を上げたもんだぜェ」

 

 かつては絵の世界から逃れ、描くことを嫌っていたイッスンだが今は絵を描くことに抵抗は無い。

 

 アマテラスとの旅で得た彼の眼力と筆業は瞬く間にその才を伸ばし、祖父であるイッシャクの美人画に負けずとも劣らずの実力を身につけていったのだ。

 

 

 その才の遣いどころを些か間違っている気はするのだが。

 

 

『っとチンタラしてたらいけねェや、速いトコこのイッスン様の美人画集を掛け軸裏の秘密の場所に―――』

『ちょっとイッスン!帰って来たんだったら一声かけなさいよね!』

 

 突如、玄関先の紅葉の葉っぱの扉が勢いよくまくり上げられると、一人の少女が入り込んできた。同じコロポックル族のミヤビである。

 

『なッ―――み、ミヤビ!?』

『あれ、どうしたのイッスン。 蛇に睨まれた蛙みたいに固まって――――』

 

 幼馴染であるミヤビがその目に捉えたのはイッスンの画集。しかしそれは美人画のものだ。

 妖美な姿を映した美人画とは、現代に言い換えればエロ本のようなものである。

 

 それを幼馴染に見られるというこの現象は、『中学生男子が自室でエロ本を見ていたら母親に見つかった』というものに似ているだろうか。

 ミヤビはそれを見るとわなわなと肩を震わせて、

 

 

『さ、ささささ三年も旅に出て美人画なんて書いて戻って来るんじゃないよ、イッスンの馬鹿―――――――!!!』

『ぐへっ!?』

 

 頬を紅潮させてミヤビが投げつけてきた木の実をイッスンはその顔面に貰った。

 木の実の果肉が破裂し、果汁が部屋中と美人画にまき散らされながらもイッスンは思うのである。

 

 

 

 あぁ、そう言えばもう三年も経ってんだなァ、と。

 

 

 イッスンとアマテラスの旅が終わり、アマテラスが天の国『タカマガハラ』へ旅立ってから三年の年月が経っていた。

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

―――

 

 

――

 

 

 

 

―――ヨシペタイ奥地。

 

 

 

 イッスンの里、ポンコタンの奥地には更に深いヨシペタイの森が広がっている。

 そこは不帰の森の真骨頂、里までたどり着くまでの道筋とは比べ物にならないくらいに入り組んでいる魔境だ。

 

 

 その奥地へと足を進めると、里に辿り着いたと同じように視界が開ける広場へと出る。そこには、ぽつんと巨大な石でできた扉のようなものがあった。

 

 

 『幽門扉(ゆうもんぴ)』。

 イッスンが生まれる前、神話の時代から存在しているその名を持つ扉のような遺跡は今は固く閉ざされている。

 

 しかし、一度開かれればその時代に災いを呼び起こすとして限られた一族のものにしかこの扉を開ける術はなかった。

 その扉の先はとても時間の流れが乱れた異空間で、『違う時代の違う場所』に行けるという言い伝えがあったのである。

 

 

 かつてはアマテラスとともに一度は訪れ、その扉をくぐって百年前の神木村へと遡行したこともあるその場所で―――、

 イッスンはたき火を焚いて、その微動だにしない扉を眺めていたのだ。

 

 

『お前がいなくなって早三年―――、天道太子としての務めも楽なモンじゃねぇなァ……アマ公』

 

 過去の冒険に思いを馳せながら、

 イッスンが口にするのは、かつての相棒の名だ。

 

 

 彼には唯一無二の相棒が居た。名をアマテラス大神という。

 旅絵師としてナカツクニを旅していたイッスンはアマテラスともにそれぞれの目的の元、旅を共にしていた。

 

 

 イッスンはその神々しい筆技の数々を盗み、自分の物とする旅を、

 アマテラスは失われた力と、闇に覆われたナカツクニに光を取り戻す旅を、

 

 

 その廻った旅の最中で様々な人間、妖怪、様々な種族の者達と出会い、蔓延る悪を打倒す―――、

 それがイッスンとアマテラスの旅路であった。

 

 

 そして最後、ナカツクニに邪悪をもたらした巨悪を打ち滅ぼした。

 

 闇の根源、『常闇の皇(とこやみのすめらぎ)』を葬り去ったアマテラスは、天神族の生き残りである英語がペラペラなキザ野郎と共に、かつてアマテラスが住んでいた神々の国、『タカマガハラ』へと再建の為に帰って行ったのだ。

 

 

 

 

―――――待ってろよォ……人間たちに信仰心を説いて回ったら――――、必ずお前の不景気なツラぁ拝みに行ってやるからなァ……それまで達者でいるんだぜェ毛むくじゃらァ!!

 

 

『――と言ってみたのはいいんだけどよォ……』

 

 月の民が作ったと言われた『箱舟ヤマト』に乗ったアマテラスがタカマガハラへ去りゆく際に口にしていた自身の言葉を思い返しては焚き火の前で呻るイッスン。

 

 

 

 天道太子としての使命。

 神の威光を世に知らしめる、人と神の橋渡しというイッスンの御役目は順調と言ってもいいだろう。

 

 現に、アマテラスがタカマガハラへと旅立って三年が経った今も、神への信仰心は未だ衰えず、妖怪も大手を振って歩くことも無く、ナカツクニは平和に保たれている。

 

 

 その維持されている平和も、イッスンの天道太子としての務めあってこそである。

 

 

 九ヶ月とか三年程度で信仰心が衰えてしまっては困るのだが。

 

 

 

 一つだけイッスンにとって順調と行かなかったのはアマテラスが住まうタカマガハラへと至る『天の道』が、未だに見つからない事だろうか。

 

 

『やっぱ簡単なモンじゃねェよなァ……アマ公のいる場所に辿り着くには空飛ばなきゃならんわけだし……それこそ『箱舟ヤマト』みてェなデッケェ船がねェとよォ……』

 

 アマテラスたちが乗っていった箱舟ヤマトは、もともとはタカマガハラよりも遥か遠くの空にある『月の民』のが建造したと言われている。

 それは、このナカツクニにはない技術であり、箱舟ヤマトが起動し空を飛ぶ瞬間を見るまでは人が空を飛ぶというのはこれまで考えられなかったのだ。

 

 

 

 だがそのヤマトも今はここにはない。

 今思えば、あの時意地でもしがみついて大和に乗り込んでおけばよかったと、酷く後悔をしたイッスンである。

 

 

『もしかしたら天の道に至るための方法なんてもう……だとしたらオイラは二度とアマ公に――――』

 

 次の瞬間、イッスンは慌てて口を結んだ。

 もしここで口にすれば、それが現実となり、本当に二度とアマテラスたちと会えなくなりそうな気がしたからだ。

 

 

 

 代わりに胸の内に生じた莫大な感情がイッスンを飲み込もうとする。

 

 共にナカツクニを駆けた冒険の日々、

 アマテラスとともに明け暮れた戦いの記憶。

 

 

 付き合いの長さゆえに生まれた喜怒哀楽がイッスンの心に闇が差そうとし、

 このまま二度と会えないかもしれないという不安に怯えたように目を伏せた。

 

 

 だがイッスンはその感情をぐっと飲み込んで、

 

 

『……だぁーッ! オイラッたら何考えてんだィ! ここで辛気臭ェ事言っちまったら、ソレこそアマ公に笑われちまわァ!』

 

 自身の顔を数発、両の手でぱん、ぱん、と叩いて喝を入れる。

 いつだって、イッスンは自分の信じる道を進んできた。

 

 

 絵の世界に嫌気が差し、里を抜けて、旅絵師として面白おかしく世界を歩き回ろうとした時期。

 

 

 自堕落に、そして腐っていたイッスンが道中でアマテラスと出会い、様々な『覚悟』を決めた人や動物、果ては敵である妖怪の生き様はイッスンの心に影響を与え、

 長い旅の果てに、自身の本来の役目である『天道太子』としての使命を全うする覚悟を決めたのだ。

 

 

 

 

 そしてイッスンは決めているのだ。

 一度しがみついたら、何をされても絶対に離れない、と。

 

 

 それを途中で諦めようものなら、それこそ相棒であるアマテラスにも笑われてしまう。

 踏ん張りどころだ、とイッスンは気合を入れた。

 

 

『このイッスン様は例え何十年、何百年かかろうと必ずアイツの……アマ公のいる場所へ―――――』

 

 

 辿り着いて見せる。そう口にしようとした時だ―――、

 

 眼前の『幽門扉』が突如として光を放ち始めたのだ。

 

 

 誰もが押しても叩いても決して開くことのない幽門扉が、イッスンの目の前で徐々に開き始めている。

 この扉はコロポックル族の中でも、イッスンの一族しか開く事が出来ない筈なのに。

 

 

『なッ!? なんだァ!? なんで幽門扉が勝手に開こうとしてんだァ!?』

 

 

 

 その扉が今まさに開こうとしている。しかも、一度開いたら最後、この扉は開き切ってしまう。

 途中で閉じる手段をイッスンは持っていなかった。

 

 

 そして先程までぱちぱちと快活な音を立てて小枝を鳴らしていた焚き火が消えると共に、

 

『うおぉあ!? か、身体が扉の方へどんどん吸い込まれていきやがる!? チィ! 『電光丸』ッ!』

 

 大気を吸い込まんと唸りを上げる扉の方へ、身体が徐々に引き寄せられていく。

 イッスンは腰に携えていた愛刀・電光丸を地面に突き刺して、堪えようとしたが―――、

 

 

『――げ、限界だァ!! うああああ!!』

 

 

 その小さな身体と自身の愛刀が浮き上がり、扉へと吸い込まれるまで数秒と掛からなかった。

 

 イッスンの情けない叫び声が遠くなると扉は、絶対にイッスンを戻って来させないと言わんばかりに、がたんっ、と勢いよく閉じたのだった。

 

 

 

 

 閉じた幽門扉は再び淡く光を灯しはじめる。

 消えたばかりの焚き火の残り火が放つ弱弱しい煙だけが、その広場に残っていのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

――

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 暗闇の河の中を、ひたすら流されるような感覚だった。

 

 目を開いてもどこまでも広がる暗黒の世界、

 身を捩り、手を漕いでも前に進んでいるという感覚が生まれない。

 

 

 

 

 何がどうなってんだィ。

 

 

 

 扉に吸い込まれたイッスンが意識を取り戻し、いの一番にその言葉を脳裏に浮かべる。

 そして突如、水の中を漂っていたような浮遊感から、固い床に叩きつけられたように背中に衝撃が走った。

 

 

『ぐっ……お、い、てェ…』

 

 背中を襲う鈍い痛みに堪えながらも、長い暗闇の中にいたためか目を開くことが出来ない。

 完全に開くには少しだけ時間が掛かるだろう。

 

 

 そう思っていた矢先、

 

 

 ぬちょ、ぬちょ。

 

 

『ひッ!? な、なんだァ!?』

 

 

 イッスンの顔を『何か柔らかい感触』が這い回った。 

 肉のような柔らかさをもつ不気味な感触にイッスンが呆気にとられるが、目を開けないイッスンはそれが何なのかを確認できない。

 

 

 顔に引っ付いた粘つく液体は生暖かく、イッスンの全身を濡らしていた。

 若干の荒い息遣いが聞こえてくる。 どうやら動物が、自分を舐めているのか。その思考にイッスンは至った。

 

 

『ちょ、ま、待てィ! この野郎、オイラをヨダレまみれにしやがってェ――――、オイラは喰いモンじゃねェぞォ! このイッスン様にそんな事しやがる太ェ野郎の面ァ、今すぐ拝んで……』

 

 

 徐々に明るくなるイッスンの視界。台詞の勢いが弱まったのは、おぼろげながらも浮かんでいたシルエットにイッスンは見覚えがあったからだ。

 

 

 頭にちょんと立つ三角の耳は犬特有のそれで、

 ぴくぴくと動く耳の後ろでは尻尾がぶんぶんと楽しげに揺れている。

 

 

 一度は経験したことがあるこのシチュエーションにイッスンの胸がどきん、と動悸を打った。

 

 まさか、と息を呑んだイッスンは遂に自身を舐めまわしていた者の正体をその双眸に捉える。

 

 

 

 

 

 

 

『……ったくよォ、オメェのその不景気な面ァ、三年経ってホント変わらねェなァ――――』

 

 

 悪態を突く台詞とは裏腹に、心の層のずっと奥深いところから、感情が泉のように湧いてくる。

 

 

 忘れるわけがない。

 

 忘れられるはずがない。

 

 その白い毛並を、

 赤き隈取りを、

 悪を祓う鏡を模した神器を、

 どこか抜けていて、能天気でポァっとした顔を。

 

 

 かつての相棒の姿を。

 

 

『アマ公……ッ!!』

『ワンッ!!』

 

 その言葉に答えるようにイッスンの相棒、アマテラス大神は短く吠えた。

 それは威嚇するためのものではない、いかにも親しげな、特別な種類の吠え方で。

 

 しばらく見つめ合っていた一人と一匹、募る思いもあるわけだが漸くイッスンから口を開く。

 

 

『へっへ……どうだィアマ公、お前が居なくなってから三年…オイラ必死にオメェさんの威光を世に知らしめる”天道太子”の御役目を果たしてきたんだぜェ…アマ公の方はどうだィ、

タカマガハラの再建は上手くイってんのかァ――――』

 

 

 がぶ。

 

 しんみりと今の状況を語るイッスンをアマテラスは無造作に口の中へと咥えこんだ。

 その姿が見えなくなるほど口の中に入り込んだイッスンが口内で暴れ回った結果、異物を押し出すかのようにアマテラスがすぐさま口からイッスンを吐き出す。

 

 

『オ”ッ、オエェェェ~~~!!』

 

 今までより一層濃い唾液の粘膜と匂いを全身に纏ったイッスンは地面を転がる。

 

『お、お前ェ…オイラを口の中に入れやがってェ! また大和男子のオイラを唾液まみれにしやがったなァ!?』

 

 睨み付けるように見上げるイッスンだがこのやり取りすらも最初に出会った時のことを思い出すようで懐かしい。

 だから自然と顔こそ怒りを露わにしているのだが、イッスンの口調はとても優しいものであった。

 

『……ン?』

 

 再会を懐かしんだのも束の間、イッスンが違和感に気付いて小さく唸った。

 イッスンはアマテラスを見つめながら、

 

『……お前、本当にあの”アマ公”か?』

 

 

 姿形こそ、イッスンの知っている白野威の生まれ変わりであるアマテラス大神。

 だが、このアマテラスから感じる違和感は何だろうか。

 

 

 よく見ればこれまで魔を祓っていた神々しき力を思わせる御姿には程遠いと思うくらいにあまりにも弱弱しかった。

 まるで旅を始めた頃のような、

 イッスンの問いに対してアマテラスはというと、

 

 

 

『…アウ?』

 

 

  首を傾げて唸るばかりだった。

 

 

『……相変わらずトボケたような顔しやがってよォ、まぁいいかァ…それよりも――――、

いったいここはどこだなんだァ?ナカツクニにこんな場所なんてあったっけェ?』

 

 

 全国行脚の旅絵師としてナカツクニを歩き回ったイッスンだが、今いるその場所から見える景色はナカツクニでは見慣れないものであった。

 

 

 イッスンが知る限り、ナカツクニでは見た事がない形の建物が密集して作られている。集落、もしくは規模的には平安京のような都を窺わせた。

 土一辺倒の道路は少なく、人が歩くであろう道には前面に石が塗装されていて、その道を原理は良くわからないが車輪のついた物体が高速で行き交っていた。

 

 

 

 唯一のイッスンの認識の中で共通だったのは、今いるこの場所が彼がよく知る神社の境内であったという事だろうか。

 それともう一つ、見上げるのは空。

 

 

『イヤな空だぜェ……まるであのオロチが復活した時のような邪悪な色した空だァ―――』

 

 

 天を覆う暗雲は雷雲を呼び寄せ、まるで不吉な何かを告げるように唸っている。

 

 

『オイラは最初お前がいるからてっきり”天の国タカマガハラ”に来たんだと思ったが、どうやら違ェみてェだなァ……』

 

 

 そもそも神々の国において、神を祀る『神社』が存在するのがおかしいのである。

 だからイッスンは自身がいるこの場所が自分が探し求めていたタカマガハラでないと気付くことが出来た。

 

 

 なら、ここはどこなのだ?

 と、アマテラスではないが首を傾げるイッスンの後ろで――――、

 

 

『キキッ』

 

『な、何ィイ!?』

 

 

 猿のような声に振り向いてみれば、イッスンもよく知る顔が目に飛び込んでくる。

 緑色の身体に小さな二つのツノ、そして背に背負った竹棒と梵字の描かれた布のお面。

 

『こいつァ、緑天邪鬼じゃねェかァ!

アマ公が常闇の皇を倒してからすっかりナリを顰めてたってのにこんな堂々と現れるなんてェ…オイラの知らない間に人間たちの”神への信仰心”が薄れてきちまったってのかァ!?』

 

 声をあげるイッスンに対して、下級妖怪である緑天邪鬼は神であるアマテラスを前にして一向に怯んでいる様子は無かった。

 

『♪~♪』

 

 

 それどころか、こちらに尻を向けてはぺしん、ぺしんと叩き景気の良い音を奏でて挑発する程であった。

 

 

『な、無礼やがってェ……アマ公、取り敢えず話は後だァ。 まずは生意気にお前に喧嘩を売ったこの妖怪に目に物を見せてやろうじゃねェかァ!』

 

『アウ?』

 

『ば、馬鹿野郎! 何呑気に”え?なんで?”みてェな面ァしてんだァ!? ま、まさか三年経った程度で戦い方を忘れちまったんじゃねェだろうなァ~!?』

 

 

 アマテラスの鼻の上でぴょんぴょんと跳ねるイッスン。どんな人間も平和に浸かればボケて衰えるものだが、犬も神様も例外ではなかったという事にイッスンの口もとが引き攣った。

 

 

『え、えーとよォ、だからまず基本的な動きは―――――、

左スティックをクルクルッと回してェ、□ボタンで頭突きとか鏡で攻撃したり、×ボタンでジャンプしたりよォ――――』

 

『……アウ?』

 

『あとはLボタン押しながら□ボタンと左スティックで筆神サマの紋所を描いてェ―――って、寝るなァ!!』

 

 

 あまりにも不可解な単語ばかりが出てきたのでアマテラスは敵を前にして堂々と蹲って眠ってしまった。

 

 

『キー…』

 

『お前も寝てるんかィ!!』

 

 

 緑天邪鬼も難しいお話の内容に飽きて居眠りをしていた。お互いに緊張感のなさが窺える。

 

『キ? キキッ!?』

 

 直後、イッスンの突っ込みに反応して緑天邪鬼が意識を取り戻した。頭をぶんぶんと振ってイッスン達を視界に捉えると、

先程の呑気な雰囲気を一変させて睨んでは距離をじりじりと縮めていく。

 

 

『お、オイ…ヤベェぞアマ公!  このままじゃオイラ達やられちまうってェ!起きろォ~~~!!」

 

 

 頭の上でぴょんぴょんと跳ねては踏みつけるようにしてアマテラスの覚醒を促すイッスン。

 だがアマテラスは一向に起きようとしない、こうなったら電光丸で無理やり叩き起こそうと腰の刀に手を掛けようとした時―――、

 

 

『キ―――!!』

 

『うおぉぉぉ!!来たぞアマ公ォ、な、なんとかしろィ!!』

 

 

 飛び上がって襲い掛かってくるに最大限の危機を覚えたイッスンは一心にして叫ぶ。そして、その叫びが漸く届いたのか、

 

 

『ガウッ!!』

 

 

 目を大きく見開いたアマテラスが飛び上がると、真下から突き上げるように緑天邪鬼のどてっ腹に頭突きをかましたのだ。

 

 

『ギッ…!!』

 

 

 アマテラスの頭は大岩も砕くほどの石頭である。それが腹の部分に食らおうものなら、下級妖怪である緑天邪鬼にとっては致命的なダメージに成り得るのである。

 アッパーをかましたように更に浮き上がった緑天邪鬼を、今度は背にある鏡を浮かせては高速回転させて殴りつける。

 

 

 ゴリッと鈍い音を立てて顔面を抉った鏡の攻撃にイッスンは素直に思ったのである。

 

 

 アレ、めちゃくちゃ痛そうだな、と。

 

 

 緑天邪鬼は地面に落下すると痛む顔面を押さえながら自分が相手にしている者との実力差を感じ取ったか、

 

『ひ、ヒィ!お、オラまだ死にたくねぇだァ!!』

 

 憔悴した様子で明後日の方角へと駆け出した。

 

『へっへェ~! 下っ端妖怪が一昨日きやがれってんだァ!』

 

 文字通り尻尾を巻いて逃げた緑天邪鬼に対して勝ち誇った笑みを浮かべるイッスン。

 そこには先ほどまでのビビっていた様子はどこにもなかった。

 

 

『ったくよォ、ヒヤヒヤさせやがるぜェ! 闘いのカンってやつはまだ衰えてねェワケだなアマ公!』

 

 一時は身の危険を感じたイッスン。そして今のアマテラスの戦い方にも疑問が生れてきたのだ。

 イッスンは鼻の上で腕を組んでアマテラスに問う。

 

『というかアマ公……お前、”筆業(ふでわざ)”はどうしたんだィ』

『…アウ?』

 

 

 アマテラスはどうして、『筆業』を使わなかったのか。

 

 『筆業』とは。別名、『筆しらべ』と呼ばれる。

 アマテラスの神通力を用いて自然を操り、生き物を癒すことも妖怪を滅することも出来る力のことである。

 

 この世界を絵と見立て、その力を宿した『筆神』の紋所を描くことで世にも奇怪な現象を引き起こすのである。

 筆しらべには様々な力があり、いくつか種類を挙げるならば、

 

 

 頑強な大岩をも両断する『一閃』、

 万物を元通りにする『画龍』、

 華華しい輝きを放つ『輝球』、

 花を咲かせ、邪気を祓う『桜花』、

 風を自在に操る『疾風』、

 

 

 その他にも合わせて力は全てで十三。神々は動物を模した姿で現れる。

 以前のナカツクニでの旅の際では、一つの筆しらべを残して散り散りになった力を探していたのだ。

 

 筆しらべを使えばあのような下級妖怪は直接触れずとも倒せるはずなのに、それをしない理由が分からなかった。

 

 

 

 

 

『嗚呼、目覚められたのですか…アマテラス大神……』

 

 桜の花弁が舞うと同時であった。

 不意に、イッスンの耳に聞こえてきた声。

 

『だ、誰だァ!?』

 

 辺りを見渡しても姿を現す事も無い声の主にイッスンが身構える。

 艶のかかった声色からして女性。それでも、得体の知れない感覚が、イッスンに最大の注意を払えと警笛を告げていた。

 

 

『こちらです……』

 

 声の主はイッスンの頭上からしたのである。

 アマテラスと同じく上を見上げると、しなびた木より一人の羽衣を身に纏った女性の姿が浮かび上がった。

 

『さ、サクヤのネェちゃん!?』

 

 イッスンは驚愕する。 目の前にいたのは、ナカツクニの神木村を守護している木の精霊、サクヤ姫の姿であったからだ。

 しかし、目の前のサクヤは頭に疑問の形を浮かばせ、

 

『この玉虫は一体……私はサクヤという者ではありません、”ククノチ”…それがこの一帯の守護を任されている私の名であります』

『え、ええ……じゃ、じゃあオイラが知っている木精サクヤ姫と瓜二つだけど、まったくの別人って事かよォ!』

 

  それよりも、と話を進めるのはククノチだ。

 

『よくぞこの場所に戻られました、その穢れなき純白の御芳容は正しく、我らが慈母に坐すアマテラス大神!』

『アウ?』

『かつて”強大な魔の者”を退治し、この圀を救い給うたその威風、些かも変わりありませぬ……グスッ』

 

 アマテラスの姿を見て涙ぐむククノチ。この場所に戻ってきた事を祝福されている当の本人はというと、

 

『クゥ……』

 

 話が良くわからん、と言った所かアマテラスは地面に伏せてそのまま眠ってしまっていた。

 これにはククノチも数度目を瞬きさせ、呆気にとられるが咳払いをして気を取り直す。

 

『と……ともかくアマテラス大神、この猛き狂う雲のさまをご覧遊ばされよ』

 

 ククノチが指差すのは暗雲立ち込める空だ。

 

『つい最近までは静かであったこの四国に、再び物の怪が蔓延り、緑豊かなこの国を汚していましたが…これほど不吉な暗雲は私も見たことがありませぬ。

どうか、貴方の通力で闇を祓い――――、悪しき者どもを成敗し給い(たま)そして―――』

 

 ククノチの口が止まる。その理由は、急に体の胸の辺りに感じたもどかしいこそばゆさ。

 

『……なんぞ? きゅ、急に懐がこそばゆく……ホホッ ウフフフフ…』

    

 まるで何かが服の下で蠢いている感覚にククノチは肩を震わせ、くすぐったさから笑みと吐息が漏れる。

 ククノチはぐっとこらえようとしたが耐えきれず、 

 

『アハハハハッハ!』

 

 ついには盛大に吹きだしてしまったのだった。 

 それと同時に胸の辺りから小さな玉粒…、イッスンが飛び出してきたのである。

 

『ケッ、サクヤの姉ちゃんよりも大したカラダでもねェのにギャーギャー騒ぎやがってェ……難しい話してッから面白くしてやったのによォ!』

 

 地に着地し、吐き捨てるように言うイッスンは自身の知っているサクヤとの身体の差を直に確認しては、明らかに劣る部分を見つけてさぞ残念がっていた。

 

『こ、コレ玉虫や大したことのない体とはどういう意味です?』

『そのままの意味でィ!サクヤ姉ちゃんよりもお前さんは圧倒的に”ボイン”が足りねぇんだよォ!あとオイラは玉虫じゃねェ! 神の威光を世に知らしめる天道太子、イッスン様だィ!』

『天道太子? はて……それは一体……』

『……へ?』

 

 

 首を傾げたククノチを見てイッスンは絶句した。

 まさか、天道太子を知らない輩がこの世にいるとは、イッスンも思わなんだ。

 

 曲がりなりにも三年間、ナカツクニの平和を維持し、神への信仰心を説いて回った天道太子を全く持って知らない、

 それは当事者であるイッスンにとっては屈辱以外の他ならない。

 

 

 もう一回その身体にモノを教えてやろうか、とイッスンが額に青筋を浮かべながら飛び掛かろうとするが、

 

 

『嗚呼……申し訳ありませんアマテラス大神、この邪気の中で失われし我が霊力ではこの世界に現界する時間は限られているのです……もう、力が―――』

 

 一たび風が吹けば消え入りそうな声でそう呟くククノチの身体は次第に透け始めていた。

 

 

『ちょ、ちょっと待てィ! 四国ってなんだァ!? オイラ達がいたナカツクニとは違う国なのかァ!?

この世界の事についてオイラまったく無知なままなんだぞォ! なんも説明の無いまま放りだされて物語どうやって進めろってんだァ!!』

 

 

『この世界には妖怪以外にも人類を滅ぼさんとしてる者達が居るのです……それに抗う存在も、たしかに存在します……』

 

 

 力を振り絞って声を出すククノチがアマテラスたちを見据えて告げる。

 

 

『”勇者”に会うのですアマテラス大神……その者達ならば、”失われた力”を取り戻す手助けをしてくれるはずです…力が戻るまでの間、私は貴方を助ける事が出来ませんが―――、

大神たる貴方ならば必ずや正しき道を見出し、その神業で天地万有を生成化育し給う事でしょう』

 

 

 ククノチが消え行くと同時に、彼女の背後にあった木が桜色の光を帯びていった。

 光を得たのは一瞬の事で、木は邪気に汚されたように再び色を失ったが。

 

 

 神社境内に取り残されたイッスンとアマテラスがぽつん、と佇んでいる。

 

 

『”失われた力”……あのククノチってお嬢ちゃんが言っている事が正しいならアマ公お前―――、

"また筆しらべの力を失っちまった"のかァ!!?』

 

 

『アウ?』

『一閃は!?迅雷は!?水郷は!?紅蓮は!?霧隠は!?』

『……?』

 

 またしても、何のこと?と首を傾げるアマテラスを見てイッスンは確信する。

 先ほどの戦いの際、アマテラスは筆しらべを使わなかったのではない、『使えなかった』のだ。

 

『あ、あんだけ苦労して集めた筆業が失われちまうなんて……、一体お前に何があったてんだァ!?』

 

 膝を着き、項垂れるイッスン。

 必死の想いで筆しらべを探したあのイッスン達の苦労が、またしても水の泡となってしまったのである。

 

 

 いったい、イッスンと離れている三年の間にアマテラスの身に何が起きてしまったのか。

 

 

『全くよォ――――、』

 

 だがイッスンはアマテラスの鼻の上で小さく笑ったのだ。

 

『お前のことだィ、またどうせドジ踏んじまったんだろォ? 本当にお前はオイラがいねェとてんでダメなんだからなァ!』

 

 

 アマテラスが人間も妖怪も動物も世を生きる者すべてを見捨てられない、生粋のお人好しなのはイッスンも知っている。

 それが元で何度も危機に陥ったことがあったが、その度にイッスンと共に乗り越えてきたのだ。

 

 

 だからきっと今回も、筆しらべの力を失ったのもちょっとしたドジからなのだろう。

 イッスンはそう思った。

 

 

 ならば、天道太子としてでなく、アマテラスの相棒としてイッスンがやれることはただ一つだ。

 

 

『よォし!決めたぜアマ公! お前の筆しらべを全て取り戻す旅路、このイッスン様がお供してやるぜェ!

―――んでもって筆しらべとこのワケわかんねェ国でのいざこざを終わらせたらよォ、オイラを”タカマガハラ”まで連れて行きなァ!』

 

 

 景気よく言い放つイッスンはすぐに鼻の下を伸ばし、

 

 

『タカマガハラに戻って来るであろう素敵な美女たちがオイラを待って―――、イヤイヤ全国行脚、元・旅絵師としては数々の未知に包まれた場所を解き明かすこともまたオイラの使命――――』

『ワウ……』

 

『お、オイコラァ! 溜息なんてついてんじゃねェ! さっさと手がかりになるその”勇者”ってヤツに会いに行くとするぜェ――――と、その前に』

 

 

 ため息をつくアマテラスに咳払いをしながら、イッスンは邪気を孕んだ暗雲に染まっている空を見据える。

 

 

『旅を始める前に、お前みたいな”不景気なツラしたお空”をどうにかしてからにしようかァ!』

 

 

『アウ?』

 

 

『へっへ、大神様の初仕事だァ! 大丈夫、お前なら出来らァ!』

 

 

 そう言い切れる確信がイッスンにはあった。

 たとえ筆しらべの力を失っていたとしても、アマテラス自身の本来の力は失われず、その身に宿っている筈だと。

 

 

『”お空に一筆でクルッ”とよォ! さっさとお天道様をたたき起こしてやりなァアマ公!』

 

 

 イッスンの言葉に呼応するように、アマテラスは暗雲立ち込める空を見つめ――――、

 

 

 何かを思い出したかのように、狼のような遠吠えを放った。

 

 

 遠吠えと共に空を覆っていた黒い雲が割れ、その隙間から一筋の陽光が差し込む。

 陽光は瞬く間に広がり、邪悪な気を宿していた辺り一面は日の光と共に浄化され、瑞々しい輝きを放った。

 

 

 人々を照らす灼熱の化身、太陽がその姿を現す。

 

 

 花は咲き、草木は踊り、水は輝きを増す。

 新たに命が吹き込まれ、蘇る瞬間――――。

 

 

 『光明』。

 太陽神であるアマテラスが持つ、本来の筆しらべの力。

 この太陽を拝むのは何度目になるだろうかと思うイッスンだが、アマテラスの太陽を見ては思うのである。

 

 

 やっぱり、この太陽はきれいだなァ、と。

 

 

 そして感謝するのである。

 また相棒と旅が出来ることを。

 

 

『さァ行くぜェ! 大神サマと天道太子イッスン様の世直しの旅の始まりだァ!』

『アウッ!』

 

 

 一人と一匹は勢いよく神社の境内を飛び出していく。

 大地を照りつけ空に浮かぶ太陽は、彼らの旅路を祝福するように光り輝いていたのだった。 

 

 

 




これより大神様と天道太子の長い長い旅が始まるので御座います。
カイポクさんってアイヌ神話だとオキクルミの奥さんになる女神らしいですね。

オキクルミさんが尻に敷かれる未来しか見えない。

現時点でアマ公が使えるスキルは石頭くらいです。
色々と矛盾点とか至らない点が出てくると思いますが、意見など感想欄で教えていただけると助かります。

大神のラスボスは常闇の皇ではなくカイポクだと私は思っている。
ちなみにククノチサマは貧乳。どれくらいかというと樹ちゃんくらい。


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其ノ壱、勇者と大神

続けて文字数が一万いくなんね誰も予想できないよね...書いている自分がそうですもん。

キリよく終わらせようとしたらいつのまにかかえてるんですよォ!
2週目も無事クリアが近くなってきました。


『うおぉぉぉ!!走れェアマ公ォォ!!』

 

 四国、香川県讃州市の空にイッスンの叫びが声が上がる。

 相棒の呼びかけに応じるのは、前回の旅でも苦楽を共にした白い狼ことアマテラス大神。

 

 わん、とアマテラスが一吠えすれば即座に転圧されたグラウンドの大地を駆け出し始める。

 その速度はぐんぐんと上がり、見る物は目を張る様にして、とおりすがる際には小さな突風を巻き起こしては女子生徒のスカートが小さく翻った。

 

 

「まてぇ! この犬っころー!」

 

 なぜかイッスンとアマテラスは追われていたのだ。奇妙な服装をした男に。

 

 

 これまでの旅路を整理しよう、とイッスンは思う。

 神社から勢いよく”勇者”を探す旅に出たのは良かった。だが、ククノチが言う肝心の勇者がどこにいるのかが分からない。

 

 

 以前、ナカツクニでも情報収集は『足を使う』を念頭にしていたイッスン達。すると、道の壁に貼られていた一枚の張り紙が目に止まるのである。

 

 

 

――――『子猫の里親、探してます。御用があれば、讃州中学”勇者”部へ!!』

 

 

 

 あれ?これさっそく当たり引いたんじゃね?

 

 

 

 張り紙に書かれていた”勇者”という単語にイッスンはこの『勇者部』がある讃州中学へと向かった。

 その場所にいる”勇者”と呼ばれる者達に、この世界の事とアマテラスの筆しらべの力を取り戻す為に協力を仰ごうと思ったのだが。

 

 

『な、なんでェい!?”ガッコウ”ってのは犬一匹入ってきた程度で全力で追い出そうとする所なのかよォ!』

 

 イッスンは失念、と言うか知らなかったのである。

 学校に不法侵入してきた者は教師や、その他の関係者によって追い出されることを。

 

 

 それは、動物である犬、猫なども例外ではなく。

 アマテラスはそこに教育者として存在している教師に不法侵入者の扱いを受けて讃州中学の敷地内を追い回されていたのだ。

 

 

 たかだか犬一匹が入って来ただけでこの扱い。

 人の家に入って花瓶を割ったり、筆しらべを炸裂させても許された”ナカツクニ”とは随分と自由が利かない国だと思ったイッスンである。

 

 

「ま、まてぇ~……く、くそう、は、速いッ」

 

 

 だが、こと追いかけっこに関してアマテラスの右に出る者はいない。

 

 ナカツクニで名を馳せた飛脚たちの爆走レース、魔の森ヨシペタイの女王カイポクとのレースを制したアマテラスに勝てるものなど常人では考えられないだろう。

 

 最高速の走り込みから緩急を利かせた回転で教師の真横を抜き、鮮やかなスライディングで股を抜き、

進行方向の木を蹴ってからの三角跳びなどのアクロバティックな動きをされては追跡者である教師も根を上げざるを得ないか。

 

 

『お、オェッ ア、アマ公…も、もうちょい手加減して走りやがれェ…これじゃオイラ、また吐いちまうぜェ……オエッ…』

 

 同時に、頭にしがみついているイッスンへの負担もデカい。

 

『ど、どこかへ隠れようぜェ……変な男も巻いた事だしよォ』

 

 視界を暗転させ、脱力したような声を上げるイッスンを頭に乗せて、アマテラスが走るスピードを緩めた。

 隠れようとせず、ゆっくりと道を歩くのはイッスンが回復することを願ったアマテラスの気遣いだった。

 

 

『しかしまぁ……ホントこの国はよォ、よくわかんねェなァ』

 

 数分後、体調を復活させたイッスンが唸る様に呟いた。

 

『どこみても平和そうなツラしたやつらしかいねぇぜェ? ホントにこんな国でククノチの嬢ちゃんが言っていた”不吉な事”なんて起きてんのかねェ』

 

 

 この国に住む者達は別にナカツクニにいた頃のようにタタリや妖怪たちの脅威にさらされている様子は見受けられなかった。

 子供は遊び、大人たちは仕事をし、老人たちは集まって球を槌で打ったりしては遊んでいる。

 

 

 普段通り日常生活を送る人々の姿からはククノチが言う”不吉”とは程遠い光景だったのである。

 

 

『この様子だと”勇者”ってのがここに本当にいるのかどうかってのも怪しいモンだぜェ……見た感じ、ここにいるのは子供が殆どだしよォ――――、

さて、アマテラス大先生の御慧眼は?』

 

 地面に座り込んだアマテラスはくるん、と辺り見渡すように首を回してから程なくして、

 

『……アウ』

 

 首を傾げたのだった。

 

『だよなァ……そりゃァ誰もが”オキクルミ”みてェなヤツ、そうそういるもんじゃねェしよォ』

 

 ナカツクニでも北国である『カムイ』のオイナ族の村『ウエペケレ』に住む一人の青年の姿を思い浮かべては、何か違うなと一人腕を組むイッスン。

 

 

 流石に辺り一面にいる男が犬の仮面被って刀を帯刀していたらそれはそれで怖い。

 ”勇者”探しは予想以上に難航しそうだな、とイッスンは小さくため息をついたのだった。

 

 

『アマ公もいつの間にか眠りやがるしよォ……』

『クゥン……』

 

 

 アマテラスは既に横になって眠る体制へと入っている。

 下が芝生で日光も当たっているからか、その心地よさに探し物よりも眠る事を選んだのだろう。

 

 

 イッスンは仕方ない、と言った表情で、

 

 

『こういう時は……寝るのが一番だィ。ちょうど五月蠅いニンゲンも巻いた事だし、ここなら人目も付かねェ……休んでも大丈夫かァ』

 

 

 眠り始めているアマテラスの柔らかい部分、腹の部分に仰向けになると自身の頭にある玉虫の笠を目元まで被せる。

 煮詰まった時に動いてもただ体力と腹が減るだけであることを以前の旅で知っているからだ。

 

 

『一休みするだけだぜェ、アマ公…ちょっとしたらま、た…はじめる……ZZZ』

 

 

 ここまでの旅路でいろいろとあり過ぎたためか、溜まった旅の影響かこの時だけイッスンの寝つきの良さはアマテラス並みだった。

 イッスンが眠ると同時にアマテラスを囲うように地面から草木が伸び始めた。それは遠目からでは内側にいるアマテラスを隠すように全体を覆い始める。

 

 

 これもアマテラスの神通力が為せる業である。

 神通力を生命力として草木に与え、それを急成長させる。アマテラスは自身の周りにある芝に生命力を与えた。

 人に見つかっては面倒なことになることを悟ったアマテラスが咄嗟に取った行動であった。

 

 

 

 校内の敷地内で犬とコロポックルが眠っていることに誰も気づくことなく、ただ時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれほど時間が経ったのだろう。

 微睡の中から目覚めるように、アマテラスがその顔を上げた。

 

『くぅあ……』

 

 太陽は既に傾き、空は朱に暮れている。

 アマテラスは大きく欠伸をしては自身の腹の部分で眠ったであろう相棒へと視線を向けるが、

 

 

『グォオオ……サクヤネェちゃん、ぼいん、ボインがいっぱい、でェ……グッフフフ』

 

 

 奇妙な寝言を呟くイッスンの表情を見ては無理に起こそうとした気も失せるアマテラスであった。

 

 

 相棒が起きないのであれば仕方ない、とアマテラスが潔く二度寝を決め込もうとした時である。

 

 

 

 視線を感じた。

 

 

 

 

『―――?』

 

 

 これまでの経験からこの視線には覚えがある。人の視線だ、アマテラスの三角の耳がぴくぴくと動く。

 誰かが茂みに隠れているアマテラスたちを見ている様な気がしたのだ。

 

 

「うわぉ……こんな所にワンちゃんが」

 

 

 その声はすぐ真上から聞こえてきた。

 アマテラスは失態を犯したと思った。まさか寝入っている間に、こうも簡単に人間に接近を許していたことに。

 

 

 アマテラスはすぐに真上へと視線を移す。

 人の対応次第であっては、腹で寝ているイッスンをたたき起こす間もなく、この場所から離脱する考えを持っていたアマテラスであったが。

 

 

「およ……?」

 

 茂みに真上から覗き込んでいたのは、一人の少女だったことにアマテラスは動きを止める。

 

 

「お昼寝してたのかな? ごめんね、邪魔しちゃって」

 

 

 

 アマテラスに申し訳なさそうな笑みを浮かべて謝る、”赤毛の少女”。

 この建物に住む者達と同じ衣服を身に纏った少女がアマテラスを見おろしていた。

 

「……」

 

 アマテラスを見て、落ち着いた様子だと踏んだのか赤毛の少女は恐る恐る手を伸ばす。

 

 

 ぽん、とアマテラスの頭の上に少女の手が乗せられた。

 柔らかく、毛並みの整った頭を少女は優しく撫で始める。

 

 

 アマテラスは少女に対して抵抗を見せなかった。

 次第に毛を掻き分け、頭蓋の窪みを摩る様に動く少女の手は相手に痛みを与えるようなものとは真逆で、むしろ快楽さえ感じる物であった。

 

 

『アウ……♪』

 

 思わずそう声を漏らしたアマテラスを見て、少女の表情に笑みが宿る。

 

「落ち着いてるんだー、いい子だね、よしよしー」

 

 

 やけに明るい笑顔が印象的な少女であった。

 それは、アマテラスの内に眠っている『何か』を思い出させるように呆けさせるほどのもので。

 

 

 少女の手にされるがままだったアマテラスであったが、やがてその手の動きが止まる。

 懐から小さく音楽がなったからであった。

 

 

 小さく、四角い板のようなものを取り出すとその面を見つめ、

 

「あっ……”東郷さん”からだ。 またね、ワンちゃん、私もう行かなきゃいけないから……ごめんね?」

 

 アマテラスの頭から名残惜しそうに手を離した少女は小さく手を振ると、建物の中へと駆け出していった。 残されたアマテラスは頭に残った少女の柔らかき手の感触と花のようで温かな香りを思い出しては、すくっとその場から立ち上がった。

 

 

 同時に腹の部分で寝入っていたイッスンが地面へと転がり落ちる。

 イッスンは何事か、と身を起して自身の寝ぼけた眼を擦った。

 

 

『ど、どうしたんだィアマ公……人が気持ちよく寝てたってのにィ…一体何が――――』

 

 いつものようにアマテラスの頭へとイッスンが飛び乗った瞬間だった。

 突然、アマテラスが走り出したのである。

 

 

 芝生から飛出し、加速を繰り返しては先ほどの少女が入っていった建物の中へと。

 

 

『ちょ、ちょっと待てェ~アマ公!』

 

 

 今日一番の速さを出しているのではないかというアマテラスの走りに振り落とされることが無いようにイッスンは必死に耳の部分にしがみつく。

 勢いが良すぎて身体が浮き始めるほどだ。

 

 

 まるで探し物を見つけたかのような反応を見せるアマテラスにイッスンが問う。

 

 

『あ、アマ公! もしかして見つけたってのかィ、”勇者”ってヤツをよォ!』

『アウ!』

 

 

 その短い返事による吠えがイッスンの問いに答えるものだったかは定かではない。

 だが、アマテラスの直感を信じてイッスンの身に気合が入る。

 

 

『よォし、なら早速案内してもらうぜアマ公! 周りなんて気にすんじゃねェ! ただ真っ直ぐソイツの場所まで走りやがれェ!』

 

 

 イッスンの号令に応じるようにアマテラスはまた一段、加速して建物の中を疾走するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――讃州中学、勇者部部室。

 

 

 

「こんにちはー!友奈、東郷はいりまーす!」

「こんにちは」

 

 『家庭化準備室』と『勇者部部室』と書かれている部屋の扉が少女の声と共にゆっくりと開く。

 

 

 

 一人は赤毛の少女。その少女が押している車椅子にも黒髪の少女が座っている。

 

 

「お疲れ様です。友奈さん、東郷先輩!」

「あら、二人とも遅かったわね……掃除当番?」

 

 

 金髪の少女が二人いる。

 テーブルにてカードを手にこちらを振り向いた小柄な少女と、雰囲気を似せた長い髪の少女だ。

 

 

「えへへ、ゴミ出ししていたらすっかり遅くなっちゃいまして、あっ、途中で可愛いワンちゃんに会ったんです!その子ともちょっと遊んでて~」

「友奈ちゃん・・・・・私に呼ばれなければずっとその犬と遊んでたでしょ?」

 

 

 友奈と呼ばれた少女ははにかみながら自身の後頭部に手を回していた。

 

 

「ときどき抜けてるところがあるから心配だわ、友奈ちゃん」

「と、東郷さんも大げさだなぁ~大丈夫だよ」

 

 

 一番の親友である東郷へと笑いかける友奈。

 親密に成り立っているその関係からか、彼女からの言葉はときどき優しさと厳しさを兼ね備えたものがある。

 

 

「で、でもでも! 可愛い犬が居たら一緒に遊びたくなっちゃいますよね風先輩、樹ちゃん!」

「ここで私たちに振って来たわね」

「激しく同意を求める友奈さんの心の叫びが聞こえます……」

 

 

 同じ部員である友奈のヘルプに、犬吠咲姉妹の風と樹がお互いを見合う。

 仕方ないと言った表情でそのヘルプに応じる事にした。

 

「まぁ、アタシくらいの女子位になれば男だけじゃなくて犬も寄って来る? 万物の生命も引き寄せる、それがアタシの女子力!」

「お姉ちゃん、その理論だとゴキブリとかも寄って来るけど……いいの?」

「やっぱヒト限定で」

 

 

 妹の鋭い指摘に自身の意見を変えるとともに、部員のヘルプに応じられない無力さを風は心苦しく思ったのであった。

 

 

「まったく、揃いも揃って能天気な会話をべらべらと……」

 

 

 部室の窓際に一人佇んでいる少女がいる。

 普段から威嚇でもしているかのように鋭い目つきとショートのツインテールが特徴的な少女は口に何かを運びながら苛立ちを込めてはその台詞を口にした。

 

 

「夏凛ちゃん……また煮干し食べてる…」

「なによ。悪い? 煮干しは最強の栄養食なのよ」

 

 

 友奈は相変わらずスナック菓子感覚で煮干しを頬張る夏凛という少女を見ては呟いた。

 この夏凛と言う少女は部室、というか教室でも隙さえあれば煮干しを口にしている。

 

 

 

 しかも家には大量に備蓄しているという大の煮干し好きだ。

 香川にとっては”うどん”こそ至高のソウルフードなのだが、夏凛にとってはうどん=煮干し>サプリ、とその存在は偉大なのである。

 

 

 

 

 

 それよりも、と夏凛が言葉を放った。

 

 

 

「私達……悠長にそんな事してる場合じゃ、ないでしょう?」

「まぁ、そうなんだけどさ……」

 

 

 夏凛の一言に下を向いた風と同じくして、一同のいる部室内の抑揚のあった雰囲気が一瞬にして静まり返った。

 

 

「風先輩……」

 

 部室の床を見つめる風に友奈もそれを見ては自然と土の中に埋没していくような気分になってしまった。

 

 

 そうなってしまっているのには”原因”がある。

 その”原因”を解決しない限り、この勇者部の部長である”いつもの犬吠崎風”が戻ってくることは無いだろう。

 

 

 暗く、淀んだ雰囲気となった部室の様子に友奈は無意識に胸の服を握った。

 

 

 この状況をどうにかして、前向きに持っていかなければ、

 

 

 

「あの――――、」

 

 

 そう思って声を発しようとした時だった。

 友奈が入ってきた扉から、小さく、音が聞こえてきたのである。

 

 

 それは止まることなく、しかししっかりと耳に聞こえるようにカリカリ、と。

 

 

「依頼の人かな?」

 

 まるで爪で引っ掻くような音に物怖じもせず友奈が扉へと手を掛ける。 

 横にスライドする形式の扉がゆっくりと開かれたその瞬間――――、

 

 

『ワウッ!』

 

 

 白く、大きな何かが友奈の眼前へと飛び掛かって来た。

 

 

「わわっ!」

 

 

 勢いよく、友奈目がけて飛び上がった白い者はそのまま友奈の身体にしがみつく。

 友奈はあまりの勢いに態勢を崩し、部室の床に後ろから倒れてしまった。

 

 

「うおぉあ! な、なななに!? て、敵襲!?」

 

 煮干しをぽろりと手から落とした夏凛が近くにあった箒を二本手に持ち構えている。完全に戦闘態勢だ。

 

「け、警報も鳴ってないわ! 星屑よ!星屑が直接攻め込んできたわ!」

「ちょ、ちょっと冷静になりなさい夏凛! これ、犬よ!」

 

  

 白の体躯を持つ物体を夏凛は普段から見慣れてしまった”星屑”と勘違いしてしまった訳だが実際は、

 

 

 犬。

 

 その単語を改めて聞いた夏凛の目が大きく見開かれる。

 目の前の光景を検証するかのように目を細めるとそこには、

 

 

「あははっ…! ちょ、ちょっとくすぐったいって~、んふ、はははっ! 」

 

 

 眼前にいる白い物体は確かに三角の耳があり、黒の鼻がある。どこからどう見ても犬。

 

 

 その犬が友奈を床へと押し倒し、顔面をひたすら舐めまくっていたのだ。

 

 

「んぅ、そ、そんなにぺろぺろしちゃダメだよ~!あははっ!」

 

 ひたすらじゃれつかれている友奈を見た風は腕を組んで一言。

 

「……樹、止めるわよ」

「え? この犬、ただじゃれてるだけじゃ……」

「あたし達は大丈夫なんだけど、その、東郷が」

「あ」

 

 

 と、何かに気付いた樹が視線を東郷へと向ける。

 その目はどこか虚空を眺めるように黒く、どこか淀んでいたのである。

 

 普段の冷静さを保っているかのような表情だが、その手は確実にスマホの画面へ手を伸ばそうとしている。

 

 

「・・・・・」

 

 

 東郷は完全に”勇者システム”を起動させる気満々であった。

 

 

 

 これはいけない。

 

 

 

 ことの重大さに気付いた樹は姉である風と連携し、即座に友奈を舐めまわしている犬を引き剥がしにかかろうとした、

 

 

 その矢先―――、

 

『うおィ、アマ公!いつまでお嬢ちゃん舐めまわしてんだィ!そろそろ離れねェかァ!』

 

 犬の身体からぴょっこりと飛び出した小さく、玉のような身なりの姿を風と樹は同時に目に捉え、

 

「え?」

 

 状況が状況だけに思考を停止させたかのような一言に、その小さき者も、

 

『え?』

 

 

 と同じように言葉を発したのだった。

 

 

 

「ひやぁ! そこはダメだって~、ふふ、はははっ!」

 

 静まりかえる部室を余所に、犬に舐められ続ける友奈の声だけが部室内に響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「太陽神、アマテラス大神ぃ?」

『おうよォ!』

 

 

 風の素っ頓狂な声が響く。

 落ち着きを取り戻した部室内では玉のように小さなイッスンを勇者部の面々が囲んでいた。

 

 

 風は再度横にいるアマテラスを見ては、

 

 

「この犬が神様?」

『だから何度も言ってんじゃねェかァ!』

「ぜんっぜん見えないんだけど、どこからどう見ても普通の犬なんですけど……」

 

 

 風と夏凛が互いに腕を組んでは唸る。

 

 

「ほらほら、ビーフジャーキーだよ♪」

『♪~♪』

 

 

「やっぱり全然見えないわ」

 

 

 件のアマテラスは相も変わらず友奈にべったりで、差し出されたビーフジャーキーを嬉々として食べている。

 イッスンだけの説明ではとてもこの白い犬が神様だという事を信じ込ませるには説得力足りなかった。

 

 

「それにアンタ……神の威光を知らしめるために絵を描く天道太子、とかなんとか言ってるけど、そんな身なりで絵なんて書けるの?」

『ば、馬鹿にスンナァこの野郎ォ! 見てなァ、天道太子イッスン様の筆業をよォ!』

 

 

 夏凛の一言にイッスンは怒りの籠った声をあげた。

 すぐに懐から筆と紙を取り出して見せた。

 

 

 イッスンは数秒程辺りを見渡すと、筆を持ち、紙を見据えては、

 

 

『ハァッ!!』

 

 

 力強い筆と墨の軌跡が白い紙を駆け抜けていく。

 一筆一筆のなぞりは閃光のように速く、荒々しくも正確な筆遣いで紙は墨によって満たされていく。

 

 

『できたぜェ!オイラの名筆、目ん玉かっぽじってしかと見なァ!』

 

「はやっ!」

 

 

十数秒と満たない程の時間で、イッスンの絵は完成していた。

 しかもその出来はかなりもので、殴り書いたものとは思えない美しい女性の姿が描かれていたのである。

 

 

 勇者部一同からそのイッスンの実力に感嘆の声が上がる。

 ここで絵を見ていた友奈が何かに気付いた。

 

 

「あれ? この絵の女性って、もしかして東郷さん?」

 

 イッスンの書いた女性は黒髪が特徴的な女性で見覚えがあったのである。

 

「あら、本当なの?」

『ああ、そうだぜェ。 そこにいるお嬢ちゃんを書かせてもらったァ』

 

 

 東郷の問いにイッスンが鼻を鳴らして見せた。

 

 

『黒髪で美人ってのはァ絵になるもんだァ。 オイラの創作意欲がグンと湧いたぜェ!』

「そ、そうなの? ふふ、嬉しいわ」

 

 

 戸惑いながらも、容姿を褒められては少しだけ照れくさそうに東郷は顔を赤くした。

 自身の容姿を美人と言われて嬉しくない女性などこの世にはいないのである。

 

 

 イッスンがナカツクニで培った褒め殺しのテクニックだ。

 

 

「ありがとうね、イッスンちゃん」

『い、イッスンちゃん!?』

 

 素直に礼を言われ、イッスンの身体が文字通り真っ赤になった。

 東郷は黒髪で白い肌をもち、その冷静そうな佇まいからイッスンがどこから見ても紛う事なき美少女である。

 

 

 そして、普段あまり絵に関して褒められたことが無かったイッスンにとってそれを東郷のような美少女に褒められるということは、

 素直に嬉しく思える事であり、それと同じくらいに照れることであったのだ。

 

 

「あ、コイツ今めちゃくちゃ照れてるわよ」

「そうね、女子に褒められて照れるなんて案外カワイイところもあるじゃないの、このこの」

 

 

 真っ赤になって俯いているイッスンを夏凛がけらけらと笑い、

 風に関してはイッスンの頭を人差し指でつんつんと突っついている。

 

 

『だぁーッ!うるせぇ!』

 

 

 自身の感情を言い当てられたイッスンは風の指を振り払うと蒸気機関車のように頭から湯気を噴出させた。

 先ほどよりも、真っ赤になったイッスンは両腕両足を組んでは机の上にどすん、と座り込む。

 

 

『これでオイラが本物だッてェのが理解できただろォ……オイラ達の頼みも聞いてくれねェか』

 

 明らかに拗ねている様子だったのでこれ以上おちょくるのは止そう、と風が咳払いをする。

 

「私達もアンタたちの”筆しらべ”? っていうのを探したいのは山々なんだけどさ……アタシ達も今”問題”にぶち当たっててね」

『問題? なんでェ、もったいぶらずに言えよォ。 力になれることがあるかもしれねェぜェ?』

「それは……」

 

 

 イッスンの言葉に風は言い澱む。

 それは明らかに得体の知れない正体不明の存在に自身が抱えている”悩み”を打ち明けても良いモノなのだろうか、という疑念だ。

 

 

「風先輩……」

 

 言うか、言うまいか、と悩む風に東郷が声を掛けた。

 

「この者達、片方の犬が神様かどうかはさておき、イッスンちゃんが”コロポックル”という妖精である種の”精霊”的な存在であることは確かです。……話してみる価値は充分アリかと」

「……そうね」

 

 

 どこか確信めいた目の力強さを持つ東郷に風は一抹の望みを掛けるようにして頷いた。

 

 

「私達、勇者部はね、あまり人には言えない秘密を持っているの……みんな!」

『秘密?』

 

 

 首を傾げるイッスンを余所に、風が部員全員に合図を送る。

 友奈、東郷、樹、夏凛がそれぞれスマホを取り出すとその中から小さく光が飛び出てきたのだ。

 

 

『うぉお!?』

 

 イッスンの声には驚愕と当惑の調子が籠っている。

 スマホから飛び出した光はそれぞれ四つ。光は形を作り出していく。

 

「牛鬼!」

 

 友奈の頭乗っかったのは背に小さな羽が生やした白い牛。

 

「青坊主!」

 

 小さく、少しだけ割れた卵のような物が東郷の周りをゆらゆらと浮遊している。

 

 

「木霊!」

 

 樹の肩の辺りを浮遊する黄色い苗。

 

「義輝!」

『ショギョオムジョオ……』

 

 武者の姿を模った者が明らかに人語でそう話した。

 

 

「これが私達、”勇者”が持つ”精霊”……私達の行動を色々とサポートしてくれる存在なの」

「ちょっと待てェ!」

 

 

 説明を続けようとした風をイッスンが怒声で遮った。

 

 

『”勇者が持つ精霊”って―――、まさかここにいる奴ら全員が”勇者”だってェのかァ!?』

 

 

 イッスンは明らかになった事実に驚愕を隠せない。

 彼の中での”勇者”とは神木村の”大剣士、スサノオ”のようなオッサンでなくとも、せめてオキクルミのような凛々しい青年を想像していたのだ。

 

 それがまさか、こんな幼い少女たちだったことにイッスンは面食らったのである。

 

 

『しかも精霊ってェ……木霊はともかく、”牛鬼”とか”青坊主”って明らかに妖怪じゃねェかァ、そんなの使役して大丈夫なのかィ!?』

 

 

 浮遊している精霊に囲まれたイッスンが思わず息を呑む。

 すると、友奈が牛鬼を抱えて、

 

 

「怖くないよ? ほら」

 

 

 ぐいっ、と腕を伸ばしてイッスンの眼前に牛鬼の貌が迫った。

 イッスンが額に汗を垂らして一歩後ずさる。

 

 

『……』

 

 

 白く、閉じられることのない丸い瞳がイッスンを捉えている。本当に妖怪に名を馳せたあの”牛鬼”なのか疑わしい容姿である。

 誰しもが見ても可愛い、と言わざるを得ないその姿にはイッスンも少なからずそう思っており、

 

 

『お、おう・・・・・よ、よく見りゃぁ可愛いじゃねぇか―――』

 

 

 がぷ。

 

 

 

 苦笑いを浮かべながら触れようとしたイッスンを、牛鬼が頭から丸齧りするまで秒もかからなかった。

 

 

「うわああああ! 牛鬼ぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……取り敢えず、話を元に戻そうかしら」

『オウ……』

 

 

 牛鬼の口の粘液でべとべとになっているイッスンを風は苦笑いでごまかし、本題へと戻した。

 

 

 一番の被害者であるイッスンは体裁を取り繕って冷静に振る舞って見せるのだが内心は湧き上がってくる怒りを抑えるのに必死だという事を勇者部の全員は知る由もない。

 

 

「一応、ここにいるのがそれぞれの勇者が持つ精霊、ね。他にもいるんだけど……」

『ん?そういやァお前さんの精霊だけいねェじゃねェか』

「そう、私にも精霊はいるの……いいえ、正確には”いたのよ”……犬神って名前でね」

 

 

 犬神、これもまた聞いたことのある妖怪だ、とイッスンは内心で思ったのだ。

 

 

 風は明らかにトーンを落とした沈痛な声で言うのである。

 

 

 

「その犬神がね……居なくなっちゃったの」

 

 

 

 

 

 ある朝のことだったという。

 いつもなら家のキッチンにて食事の準備をしていると風のエプロンを掴んで餌をねだってくる犬神が一向に姿を現さなかったのだ。

 

 

 

 最初は、今日は虫の居所が悪いのか、そういう日もあるのだろうと楽観していた。

 だがそれが2,3日も続くのであれば話は別である。

 

 

 

 

 勇者が持つ端末に呼びかけても出てこない犬神を心配した風は勇者システムを管理している”大赦”に連絡をするのだが――――、

 

 

 

 原因は不明、だが勇者システムの一部が異常を起している可能性がある、とのことだった。

 

 

 

 他の部員である勇者の端末は正常に作動している。

 風の端末だけ、精霊が現れなくなったのだ。

 

 

 

 

 犬神が居なくなってから1週間が経つ。

 勇者部としても張り紙で目撃情報は無いか呼びかけてはいるものの成果は無く、

 

 

 このままでは”勇者としての御役目”にも支障が出てしまうと、部員全員が焦っていたのだった。

 

 

 

 

 

『聞いたかアマ公?』

『アウ?』

『オメェはいつまで干し肉食ってんだァ!』

 

 

 友奈の膝元で未だにビーフジャーキーを咀嚼していたアマテラスにイッスンが一喝。

 

 

『どうやら勇者サマは色々とお困りのようだしよォ、ここはいつものようにお節介でも焼いてやるとするかィ?』

『ワンッ』

 

 

「お、お節介って……な、なにするつもりよ」

 

 

 それは確かにイッスンの提案に乗っかる、承諾する意味を持った返事の吠え方であった。

 流れるように話が進んでいくのに付いていくのが精いっぱいな風は思わず再度聞き直す。

 

 

 イッスンは自身の玉虫の笠をくいっと持ち上げると、

 

『へっへっへ……、こう見えてもオイラ達はナカツクニで数々の難事件を解決してきたんだぜェ?

ならず者の妖怪退治から窃盗モグラ叩き、平安京のスリ退治、水脈探索、魚釣り、人探しから犬探し―――、たかだか犬っころの精霊探すなんてよォ、オイラ達にかかればチョチョイのチョイだィ!』

 

 

「イッスン……」

『へっへっへ、悩んでる美人を放っておくなんてオイラは出来ねぇんだァ。 こっちには大神サマも付いてるんだからよォ、大船に乗ったつもりで期待してろってんだァ!』

 

 意気揚々と語るイッスンにこれまで固く、失意に沈んでいた風の表情が綻んだ。

 

「もう、馬鹿ね……褒めたって何も出ないわよ?」

 

 その自然とした笑みに小さく笑みを浮かべて見せたイッスンが更なる条件を追加する。

 

『その代わりィ! ちゃんと犬神ってのを見つけたらアマ公の筆しらべ集めの手伝いをしてもらうぜェ!』

「はいはい、分かったわよ! 勇者部の部長に二言は無いわ! それに私の人生で神様の手伝いが出来るなんて、それはそれで光栄じゃないの」

 

「お姉ちゃん、一応私たちの御役目も神様のお手伝いになるんじゃ……神樹様の勇者なんだし」

「細かいことは気にしないの!女子力が磨かれないわよ樹ィ」

 

 

 鋭い妹の意見を跳ねのけるように樹の肩をぱしんぱしんと叩く。

 その様子を見ていた友奈は―――、

 

「よかった……」

「友奈ちゃん?」

 

 小さく呟いた友奈に東郷が首を傾げる。友奈はううん、と首を振ると笑み浮かべて、

 

「いつもの風先輩だなって」

「……そうだね」

 

 精霊は決して、勇者の行動をサポートするだけの存在ではない。

 主人に対して餌を求めるように自主的な行動をする精霊たちを、勇者部の誰もがプラグラムされた存在とは考えなかった。

 

 

 風も気づけば犬神を家族として認識してたのかもしれない。

 だからこそ、いなくなってからの風は何か大切な家族が居なくなったと思い、心にダメージを感じたのだろう。

 

 

 今目の前で笑っている風はいつも勇者部をぐいぐいと前へと引っ張ってくれている頼りがいのある犬吠崎風だと、友奈思ったのだ。

 

 

 

『さて、じゃあ早速精霊探しに繰り出すとしますかァ、アマ公行くぜ――――』

 

 

 

 

 イッスンがアマテラスに呼びかけようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの刻を知らせる警笛が。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッ! 樹海化警報ッ!!?」

 

 

 風が思わずスマホの画面を見る。

 そこに浮かんでいた"樹海化警報"文字を見ては苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

 

 

『え、な、何がどうなってんだァ! なんだこの音はよォ!』

『ワウッ!』

 

「ちょ、あ、アンタたち、なんで今動けるの(・・・・・)!?」

 

 平然と静止している筈の時の中で動くアマテラスとイッスンに夏凛が驚愕する中、鳴り止まぬアラームと共に地鳴りが起き始めた。

 それはだんだんと近づいてくるもので、

 

 

 窓から見える世界は光に飲まれていくように、その姿を変化させていった。

 本格的な”樹海化”の始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大神と天道太子の旅は新たな局面を迎えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストーリー要約。
・讃州中学へ勇者探しするアマテラス一行
・アマテラス、結城友奈と運命の出会い
・友奈とイチャつくアマテラスに東郷さんの嫉妬の炎が
・イッスン、黒髪フェチ疑惑
・風の精霊、犬神が行方不明に。アマテラスと勇者部で協力して探すことに
・突然の樹海化警報、何故か動けるイッスンとアマテラスたち。

花凛加入後なのでこの時間軸だとバーテックスはカプリコーンまで倒されてます。
そんな時期なので花凛もまだツンツンが抜けきれてない時期。
ただひたすら友奈がアマテラスにぺろぺろされるのがメインのお話。
イッスンが東郷さんを選んだのはナカツクニでの登場キャラが殆ど黒髪なのと、容姿が大和撫子そのものだから。
あとボイン。

ちなみに、精霊がいないとバリア張れない設定だったと思うので風先輩、今ガチでヤバい状況です。

樹海化って確か四国が直接戦いの被害に遭うのを避けるために神樹様が行う簡易的な処置でしたっけ。

つまりバーテックス以外の脅威が来ても、四国が傷つかないようにする為に樹海化が起きるのでは?

時間があれば大神世界の簡単な用語説明をできればと思ってます。
色々突っ込みたいところもあるかもしれませんが何かありましたらいつでも感想に書き込んでくれると嬉しいです。


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其ノ弐、大神と犬神

別に一万文字をノルマにしている訳じゃない……そう言う訳じゃないんだ…。
簡潔に言葉を選んで文章を作成できない、文才の無い自分が悪いのだ……。









うたのんとウシワカって絶対同じ波長だよね。


―――樹海化。

 

 それは、四国を守護する土地神の集合体である『神樹』が『バーテックス』との戦闘の際に行う、四国全土を樹木へと変化させる結界である。

 

 

 人類の敵、ウィルスに満たされた壁の外―――、神樹を滅ぼす為に刺客である『バーテックス』を迎え撃つのは『勇者』と呼ばれる無垢な少女たち。

 その閉鎖された空間の中では友奈を含めた勇者部の五人しか活動できない……筈なのだが、

 

 

『お、オイ……コイツァ一体、何がどうなってンだァ!?』

『ワウッ』

 

 

 一匹の玉虫の如き大きさの妖精と白い犬が状況を把握できずに目の前の姿に狼狽えていた。

 

 

『急に変な音が鳴ったと思ったらよォ~、辺りがぴかぴか光り出してェ……気付いたらこんなワケわかんねェ森みてぇな所に来ちまったぜェ!!』

 

 

 イッスンがアマテラスの上で軽快にもぴょんぴょんと跳ねている。

 無理もない、友奈たちなどは既に数回程この光景を見ているからか、もう驚きはしない。

 それでも一番最初の御役目でこの世界を見た時は驚愕と恐怖の感情を抱いた。

 

 

 そう考えれば、ただ驚愕しているというだけのイッスン達の反応はまだマシな方だろう。

 しかもイッスンは既に筆を取り出していて、

 

 

『あ、でもこの情景もナカツクニの神州平原、両島原に負けず劣らずの絶景……絵師としての血が騒ぐなァ!』

 

 

「そんなことよりも、よ!」

 

 

 夏凛がアマテラスの頭部で跳ねていたイッスンを摘んだ。

 人差し指と親指で玉虫の笠部分を掴まれたイッスンは文字通り、”宙ぶらりん”となる。

 

「なぁんでアンタたちも樹海の中で動けてんのよ!おかしいでしょ!」

『お、オイラがそんな事知るかってんだァ!つーか離せこの”ちんちくりん”がァ!』

 

 

 ちんちくりん。

 

 

 かつて友奈に自身が言った言葉を、まさか玉虫の如き、自分よりも”ちんちくりん”な存在に言われるとは思ってなかった夏凛。

 次第に顔から怒気を募らせ、イッスンの笠を摘んでいる指に力が入る。

 

 

 

「誰がちんちくりんだぁ~、だ・れ・がぁ!」

『うおぉお!? や、やめろィ! 笠割れる割れる!! 助けろアマ公ォ!』

『グゥ……』

『寝るなァ!!』

 

 

「な、なんだか緊張感無いわね……アンタたち、いい意味でだけど」

「私達の時は、あんな余裕もなかったですもんね」

 

 

 イッスンと夏凛のやり取りにどこか肩の力が抜けるような感覚になる風と友奈は、

 自分たちが一番最初にこの樹海で御役目を担う日になった事を思い出していた。

 

 

 イッスンとアマテラスにしては、これまでの旅路での経験もあるのだろう。

 謎の仕掛けが張り巡らされた遺跡での冒険、敵地の十六夜の祠での敵に成りすましての潜入捜査、魔の森ヨシペタイ、100年前の世界への遡行。

 

 

 そんな事を当然のように繰り返してきたアマテラスたちにとって、目の前の景色を見ては驚くのも一瞬の事で直ぐに順応できたのだろう。

 

 

「でもなんでこの子たちも樹海に来たんだろう……あ、この子の毛ふわふわしてて気持ちい……」

 

 樹が眠っているアマテラスを撫でては、その綿のごとき柔らかさを持った毛並に思わずうっとりしている。

 

 

 この樹海化した世界では神樹によって選ばれた無垢な少女限定の勇者という存在だけ。

 その法則に則って考えるとするならば、

 

 

「神樹様が彼らを選んだ……?」

 

 

 車椅子の上で思考を巡らせる。その姿は文字通り車椅子探偵であった。

 イッスンは妖精と名乗り、どちらかと言えば精霊の類になるからこの世界に来る理由としては100歩譲って分かるとしよう。

 

 

 だがこのアマテラスという白い犬はなんだ。

 勇者としても雄なのか雌なのか分からないこの存在は樹海に呼ばれる要素があまりにも少なすぎる。

 

 

 何かの手違いなのか、そう判断づけるなら、彼らの存在は完全にイレギュラーである。

 

 

 

「太陽神……大神、アマテラス…もしかして…」

 

 

 現在手持ちにあるあの犬に関しての情報というピースを組み合わせて、ある一つの予想に東郷が辿りつこうとした、その時だ。

 

 

「……っ!! 反応が……でも、これって―――」

 

 

 風が何かに気付いた。

 勇者一同が同時に携帯端末の画面を確認する。端末にはこの世界に対応した機能が仕込まれており、勇者達の現在位置と敵であるバーテックスの位置を教えてくれるのが本来の機能である。

 

 

 だが今回携帯端末が勇者達に伝えた情報は――、

 

 

「い、犬神!?」

 

 

 それぞれの端末の画面、風達がいる場所から数キロほどに点滅したマーカーに『犬神』と表記されていたのだ。

 

 

 犬神がこの先にいる。

 その事実に、風が一瞬安堵の表情を浮かべたのだが、

 

 

「でもこの犬神のまわりにある点ってなんだろう……」

 

 

 友奈の一言で再度画面を確認すると犬神を囲うように黒い点が数十ほど存在していた。

 

 

 風の表情が焦りが生まれる。

 この状況下で現れる個体としたらただ一つだ。

 

 

「犬神、まさか敵に囲まれてっ!?」

 

 バーテックスか星屑が、そのどちらかであっても犬神の危機には変わりはない。

 風が言葉とともにスマホを握りしめ、変身する。

 

 

 まばゆい光を放った風の身体から光が消え失せると、そこには制服姿とは打って変わった風の姿があった。

 彼女らしい黄色を基調とした花、オキザリスを想わせる勇者服を身に纏っていた。

 

 

「ああ! 風先輩待って!!」

「あの馬鹿ッ ”精霊が居ない状態”が勇者にとってどれくらいヤバい状況なのか分かってんの!? なのに一人で突っ走ってッ!!」

 

 友奈の制止を振り切り、猛然と犬神がいる方角へ飛び上がった風を夏凛が舌打ちした。

 すぐさま夏凛は残った三人に視線を送り、

 

 

「追いかけるわよ!!」

 

 

 その言葉に答えるように頷いて見せた直後、それぞれが端末の画面をタップする。

 風の時と同じくして、少女達が光に包まれると光が消えうせる頃には全員の姿が変わっていた。

 

 

 それぞれが身に纏う勇者服の色は

 

 

 友奈は山桜を思わせる桜色、

 東郷はアサガオのような静かで凛とした蒼色、

 樹は鳴子百合の色合いを持つ白と緑色、

 夏凛はヤマツツジ、レンゲツツジの色を程よく残す赤と白色、

 

 

『な、なにィ~~~~!?』

 

 

 姿を変えた友奈たちを目の当たりにしてイッスンが叫んだ。

 

 

『急に光ったと思ったら、皆の姿が変わりやがった! どうなってんだァ!』

 

 

 当然である。

 イッスンのいた世界、ナカツクニでも人という人種が変化の術を使用していたのはこれまで見たことが無かったのだ。

 

 

「説明は後ッ アンタたちはここで待ってなさい! あんな奴ら、すぐに殲滅してきてやるから!」

 

 驚愕をくりかえしてばかりのイッスンだが、その説明すら惜しいのか、夏凛は自身の武器である二本の脇差を構える。

 意を決したように目を見開いては、

 

 

「勇者部一同、殲滅開始ィ!」

 

 

 いつの間にか隣に現れた精霊の義輝が法螺貝を鳴らしたのを皮切りに勇者達は一斉に飛び出していった。

 友奈だけは呆けているアマテラスに向かって、

 

 

「待っててねアマちゃん、すぐ戻って来るからね!」

 

 

 満面の笑みで手を振ってから夏凛たちを追いかけるように飛び出していったのだ。

 

 

『……』

 

 

 呆けたように口を開けるアマテラスの心に何かが去来した。

 自身の心に響くような、

 何かを懐かしむような、そんな感じの想いが。

 

 

 とにかくアマテラスもじっとしている訳にはいかなかったのだろう。

 即座にその場から立ち上がると、友奈たちが飛んで行った方角を見つめた。

 

 

『あのにぼし娘はああ言っちゃいたがよォ……』

 

 

 いざ飛び出さんとしていたアマテラスの頭部にイッスンが飛び乗った。

 

 

『アマ公、気付いてるかァ? この場所に蔓延るイヤな匂いをよォ』

 

 イッスンが気付いたこの樹海に蔓延する匂い。

 実際の匂いとして現れている訳ではないのだが、長年この独特な匂いを持つ者達と戦ってきたイッスンだからこそ、判別できるのである。

 

 それは相棒のアマテラスもすぐに分かったようで、黒鼻をひくひくと動かした後で、

 

 

『ワウッ!』

『ああ、アマ公分かってるじゃねェか……オイラ達にとっちゃ分かりやすすぎる程の―――』

 

 

 そう吠えたアマテラスにイッスンは玉虫の笠をくいっとズラして、友奈たちが向かっていった犬神がいる方角を見て呟く。

 

 

『妖怪たちの匂いだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんなのよこいつ等」

 

 犬神の元に真っ先に辿りついた風は自身が思い描いていた戦況と大きく違っていたことに驚愕していた。

 

 

 たしかに犬神は居た。青い毛並の尻尾を持ち、宙に浮いているその姿は正しく風が知る犬神である。

 

 

 

 違っていたのは犬神の周りに居るのが星屑やバーテックスという勇者の共通の敵ではなく、

 二つのツノを頭から生やした顔に梵字の書かれた布を貼っている猿だったことだろうか。

 

 それがイッスン達が居た世界で言う緑天邪鬼だという事を風は当然だが知る由も無かった。

 

 

『キキッ キキッ』

 

 猿の如き奇声を上げる、者達はざっと20はいるだろうか。

 それぞれが武装をしており、槍や刀、弓矢などを持ち、犬神を囲んでいたのだ。

 

 光によってぎらつくその得物は偽物ではなく、本物だということを知らしめる。 

 風は思わず息を呑んだ。

 

『かかれー!あの犬を捕らえるべさー!』

 

 緑天邪鬼の一匹が合図を送ると”オォ!!””と威勢よく武器を構えて数十の緑天邪鬼が犬神めがけて飛び掛かる。

 

 

 捕らえるにしては些か説得に欠ける武器を用いる集団を、風が黙って見過ごすわけにはいかない。

 自身の精霊が狙われているのなら当然である。

 

 

「その子に触れるなぁ―――――ッ!!」

 

 右手に自身の大剣を呼び、肩に担いだ風が犬神の前方、その地面目がけて大剣を振り下ろした。

 質量に任せた自由落下の勢いを利用したその一撃は地面を容易く割砕き、飛び掛かろうとしてきた緑天邪鬼の集団を衝撃で吹き飛ばす。

 

 

『な、なんだべ!』

『親方ァ!空からおなごが!』

『ひ、怯むでねぇ!突っ込め!』

 

 

 運よく吹き飛ばされなかった者達にリーダーらしき者が再度突撃の命令を下す。

 今度は槍を横三列に構え正面から迫る事で逃げ場を極力なくした突撃。

 

 

 風目がけて迷いのない突進が繰り出される。だが、その速度は普段相手にしている星屑たちの動きに比べればまだノロい。

 彼女がそれに遅れを取るはずも無く。

 

 

「どっせぇえええええい!!!」

 

 両の手でにぎった体験を突っ込んでくる槍兵に向けて薙ぐようにして振り回す。

 まるで巨大な団扇で煽られたかのように、尋常ではない突風が吹き荒れると突っ込んでくる緑天邪鬼を吹き飛ばして、近くの樹木の壁に叩きつけた。

 

 

『ひ、ひぇえええ……ご、ゴリラ!』

 

 恐怖に染まった表情で緑天邪鬼が震えながら呟く、それに続く様に他の天邪鬼たちからも、

 

『ご、ゴリラだべや!』

『あのパワーはゴリラ!』

『ゴリラ!』

『ゴリラ!』

『ゴリラ!』

『ゴ・リ・ラッ ゴリラゴリラッ!』

 

 

 突如として湧き上がるゴリラコール。

 風はまだ十代の花の乙女、腕力の化身であるゴリラに例えられるのは我慢がならない。

 

 

『気をつけろ!クソ投げつけてくるぞ!』

 

 

「だ・れ・が・するかァァァァァ!!!」

 

 一喝するように風が叫ぶ。それだけでも緑天邪鬼たちは怯み、中には尻込みするものまでいた。

 どれくらい弱腰なのか。あまりの手ごたえの無さに拍子抜けした風である。

 

 

 しかし、油断をしている風の頬を掠めるように何かが通り抜けた。

 それは一瞬の出来事で、風の頬に小さく”傷を残し”、振り返れば壁に突き刺さっている”何かがある”。

 

 

 風が目を見開いて口にしたその物体は、

 

「――弓矢っ!?」

 

 視線を前方へ向けた風。だがその時既に敵の戦法は確立されていた。

 

 

 接近戦では圧倒的に分が悪いと踏んだ天邪鬼たちは遠距離戦へと切り替えたのである。

 

『射ぬくべー!』

 

 緑天邪鬼の一匹が合図を送ると同時、弓を構えた者達が矢を射かける。

 丘の上から放たれた矢は真っ直ぐに風へと飛んで行った。

 

「ちィ!」

 

 即座に大剣で自身の身体を覆い隠すように翳す。

 その質量から盾の役割を果たした大剣は、降りかかる矢を悉く弾き返した。

 

 

『怯むんじゃねぇ! もっと射かけるだー!』

『よこ!横からも射かけるべ!』

 

 

 大剣を構えた風の正面の防御は強固だ、と悟った天邪鬼たちの対応は意外にも早かった。

 三体程の緑天邪鬼が大剣の死角である右側面に一列に展開し、矢を放ってくる。

 

 

「なっ!こいつら……意外とセコイ!」

 

 

 流石に真横は無防備だ。

 正面と真横の矢に対応するべく、風は大剣の角度を変え斜めに構える事で凌ごうとしたのだが、それには限度がある。

 

 

「―――っ!!」

 

 

 斜めに角度を変えた分、正面の防御に隙間が生じ、その隙間を縫った矢が風の左大腿部を掠める。

 

 

 だが、今度は頬を小さく切った時とは違い矢が深く皮膚を裂いた為か鋭い痛みとともに赤い液体が伝うように流れた。

 

 

 

「バリアが機能していない…精霊が端末から離れてるから!?」

 

 

 

 もし通常通り犬神が戦いのサポートをしてくれていたならば、風の周りを精霊のバリアが包んで矢など簡単に弾き飛ばしてくれただろう。

 

 

 だが、近くに居る犬神がバリアを展開して護ってくれないという事は、完全に風の……勇者システムの管理から外れている。

 異常事態に風が苦悶の表情を露わにした。

 

 

「くそっ!このままじゃ……!!」

 

 

 動いて反撃しようにも、今まで自分を護ってくれいた安全の象徴であるバリアが無くては無理に動くことは出来ない。

 

 

 じっとしていれば攻撃は止むわけではない。正面と側面からの矢は激しさを増していくとともに、

 風の身体を掠める程度であっても勇者服を赤く滲ませる生傷が増えていく。 

 

 

 それでも、風は逃げてはいけない。

 

 

 犬神のため、

 樹のため、

 勇者部部長として、

 

 その部員たちをこの人外離れした戦いに巻き込んだ責任を風は人知れず抱え込んでいた。

 最愛の妹すらも巻き込んだ事に負い目を感じ、皆の日常を変えてしまった張本人が先にくたばるわけにはいかないのである。

 

 

 風は思う。まだ、死ぬわけにはいかないと。

 

 

 

 

 

 

「突撃ィィィイ!!」

 

 

 

 その想いに応えた者がいた。

 それは風の頭上を飛び越え、矢の雨を超え、風から見て正面の弓兵がいる集団のど真ん中に着地したのは双剣を構えた赤の勇者。

 

 

「せぇぇえええいッッ!!」

 

 

 三好夏凛が叫び、その手に持つ二つの刀を自身ごと円を描く様に振り回す。

 力任せに、独楽のように回転した夏凛の二振りは旋風と衝撃を引き起こし、その場にいた5,6の緑天邪鬼を空へと吹き飛ばす。

 

 

 

 

『お、親方ァ!また空からオナゴがァ!』

 

 

 風を側面から射かけていた緑天邪鬼が叫ぶが、そのすぐ真横で―――、

 

 

「勇者ぁ……!!」

 

 一列に横に並んでいる天邪鬼の真横、桜色の少女が拳を構えてタメを作っていた。

 結城友奈は流れる動作で足を踏み出し、腰を切り、肩、肘、腕へと力を伝えて最大にして最速の正拳突きを放つ。

 

 

「パァァァアンチ!!」

 

 

 次の瞬間、ボウリングのピンがストライクを決めたのをド派手にした感じで天邪鬼たちが吹っ飛んだ。 

 

「お姉ちゃん!大丈夫!?」

 

 遠くで樹のワイヤーが伸び、逃げ惑う天邪鬼たちを絡め捕り、捕縛していく。

 本来であれば絡め取ってからは樹が手繰り寄せるだけで敵を切断する威力をもつワイヤーが天邪鬼たちを切断せずに捕縛しているという事は、それなりにワイヤーの強度を弱め、調整しているのだろう。

 

 

「風先輩、私達が押さえます!今のうちに犬神を!」

『ギョエー!』

 

 背後から跳びかかってきた緑天邪鬼が槍を振りあげて友奈へと振り下ろす。

 

 

 

 だが、天邪鬼が持つ槍は破砕音を奏でて砕け散っていた。

 一発の青い光弾が細い槍の柄の部分を撃ち抜いていたからである。

 

 

「東郷さーん、ありがとー!」

 

 遠く、友奈と風からでも視認するには困難となる程の距離を空けた方向に友奈は感謝を示すように手を振った。

 この正確無比な狙撃を行えるのは勇者部には東郷しかない。恐らく、だが地面に伏せてスナイパーライフルで援護していたのだろう。

 

 

 それでも動く標的を数キロ先から、しかも武器だけ撃ち抜くとかゴルゴかお前は。

 

 そう思わずにはいられない風であった。

 

 

 

「さっさと退きなさい!今のアンタじゃ足手まといなんだから!」

 

 夏凛の尖った口調で言われると心寛大な風でも少しばかりイラつく。

 だが彼女の言う事はもっともだ。精霊バリアが機能せず、手傷を負っているとなれば今の自分の状況は足手まといと判断されても仕方ないか。

 

 

「……分かったわよ、犬神―――」

 

 内に湧き上がる負の感情を押しとどめ、風にとっての目標である犬神を見る。

 この喧騒の中、微動だにせずふわふわと浮かぶ姿に疑問を抱くが、無事であることには変わりない。

 

 

 帰ろう、一緒に。

 

 

 優しく微笑みかけるように、

 風が歩を刻み、眼前へと近づいてその青い毛に触れようとした、

 

 

 

 

 

 

 その時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『グゥッ オォォゥッ…!!』

 

 

 

 風は耳を疑った。

 これまで言葉を発することが無かった犬神から言葉が発せられたのである。

 

 

 

 それは腹の底から、重く引きずるように発せられたその声はまさしく”獣の声”で。

 

 

「い、犬神……?」

 

 その豹変した姿を見た風が言葉を漏らし、思わず数歩後ずさった。

 素人の風でも察知した明確な危険という言葉と、目の前の犬神の異常さ。

 

 

 次第にそれは声だけでなく姿にも変化が表れ始めた。

 

『グォォォ……! ニ、ンゲ、ン…ニンゲン!!』

 

 碧く美しい毛並は荒く逆立ち始め、

 骨格が継ぎ足されていくように犬神の身体が膨張していく。

 

 

 

 風船のように膨張するのとは違い、膨らんだ犬神の腕や足に肉がポンプのように送り込まれ、胴体との比率を合わせるようにその肉体は肥大と縮小を繰り返していく。

 

 

「なに、よ……これ……」

 

 

 目を見開いた風の視界に捉えた犬神は、もはや彼女が知る”犬神”の容姿とは大きくかけ離れた姿となっていた。

 

 

 四足歩行となった足から伸びる爪は30~40センチをゆうに超えている。

 それが樹海の土を踏めば、何も動作を行わずとも沈み込む事からその尋常ではない自重を窺わせた。

 

 

『グルルル……!!』

 

 

 獲物を求めるかのような唸り声を発し、精霊の時には見る影も無かった鋭く生えている牙からは粘液性の高い唾液を伝い、怪しく輝いている。

 

 

 

 

 

 勇者部の誰もが信じられなかった。今目の前に居る獣があの犬神などだと。

 

 

 

『バオオオオオッッッ!!』

 

 

 荒々しい犬神の叫びが大地が割れんばかりに樹海内に響いた。

 

 それはそこにいた勇者だけでなく、敵である天邪鬼たちも動きを止めるほどの強烈な叫び。

 

 

「い、犬神…どうしたのよ、大丈夫なの……」

 

 ただ一人、風だけが禍々しい姿と化した犬神に近づいて、声を掛けている。

 だが、それは単に現実を受け入れ切れていない故の逃避行動だと誰が気付けようか。

 

 

 

「馬鹿ッ! 不用意に近づくなッ!!」

 

 

 まるで幽霊に魅せられ、吸い込まれるように犬神へと近づく風を視認した夏凛が声を飛ばすが既に遅かった。

 

 

『ルオォッ!!』

 

 

 犬神が駆ける。爪と剛直とも呼べる足で大地を蹴り、加速したその姿は一旦消えると瞬時に風の眼前へと姿を現す。

 

 まるで旬化移動したかのようなスピードにせまる犬神に風は指ひとつ動かせないでいた。

 

 

「……あ」

 

 

 何もかも遅かったのだと、風は思う。

 犬神は既にその鋭い爪が生えている腕を振りあげては風の頭部目がけて振り下ろしていたのだ。

 

 

 誰がどう見ても助からないタイミング。

 

 

 周りにいる勇者部の声すらまともに言葉へと形にならない程の一瞬の出来事。

 

 

 生を確実に死へと変える獣の爪が風を切り裂かんと眼前へ迫る、その最中で。

 

 

 

 風が意を決して目を閉じた、その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風は不意に自身の身体が浮いたのを感じた。

 

「……え?」

 

 目を閉じていたからか、謎の浮遊感のあとに耳にした地を穿つような轟音に思わずそんな言葉を口から漏らす。

 

 

 漸く瞳を開いて視野を明瞭にすれば、今の自分の現状が遅れながらも理解できた。

 

 

 既に風の身体は犬神から数メートルほど距離を開いていた。

 風が元いた場所には犬神の爪を覆い隠す程に地面へと突き刺さっており、まともにその爪を受けていたら間違いなく命は絶たれていただろう。

 

 

『ふぃー!危ねェ危ねェ、ちょっとでも駆けつけるのが遅れてたらよォ―――、オイラ達諸共ナマス切りされてたところだったぜェ!』

 

 耳元で聞こえるその声の主は玉虫のように小さく、風の肩に乗って飛び跳ねていた。

 そして風は自身の首元、襟の部分が何か強い力によって持ち上げられていることに気付く。

 

 

 少し風が振り返れば、白い毛並がすぐに映った。

 それが風の命を繋いだものだと悟った風はその者達の名を口にする。

 

「イッスン……! アマテラス……!」

 

アマテラスはゆっくりと風の身体を労わる様に地面へ置くとすぐに視線を犬神へと向け、低い姿勢で呻り始めた。

 

 

『ガウゥ……ッ!!』

 

 鼻息を荒く、犬歯をむき出しにするアマテラスは完全に臨戦態勢であった。

 だが、そのアマテラスの姿を見て風はある事に気付くのである。

 

「アマテラス……あんた、その姿…」

 

 風にとって、樹海に入る前のアマテラスの姿はどこかとぼけたような、"ただの白い犬"であった。それは記憶違いを起していなければ、確かな事実である。

 

 だが今のアマテラスの姿は違う。

 

 

 白い毛並は日の光を放つように輝き、その顔から身体に”紅い隈取り”が走り、

 背には鏡を模った円盤がゆらゆらと浮いている。

 

 

 ただの犬ではなく神――、アマテラス大神としての姿を風はその目に捉えていた。

 

 

『へっ……!なんでェ、アマ公も俄然ヤル気になってんじゃねェかァ!』

 

 猛き吐息をリズムよく吐くアマテラスの様子を見て血が騒いだか、イッスンも景気良い声とともにアマテラスの頭部に飛び乗った。

 

 

 

『グォオオオ……二、ニンゲ、ン…!!』

 

 

 忌々しく吐き捨てるように犬神が地面へと突き刺していた腕を引き抜く。

 地面がボコッ、と割れては抜け出たその手からぱらぱらと砂が零れ落ちた。

 

 

 そして犬神の鋭い眼は前方の風へと向けられる。風の姿を捉えては、

 再度低い唸り声を発してアマテラスとは比較にならない程の凶悪さを秘めた犬歯をむき出しにしてきた。

 

 

『血気が盛んなのはお互いサマかよォ―――、しかしこの犬神……なんか様子がオカシイと思ったら”そういう事”かィ』

 

 

 イッスンは特に怖気づいたような様子も無く、今にも飛び掛かってきそうな犬神の姿を見る。

 

 

 犬神の身体全体から、”どす黒く得体の知れない瘴気”が滲み出るのをイッスンは確かに目に捉えたのだ。

 

 滲み出る黒い瘴気は犬神とは”別の犬のような姿”を形取った後で、再び犬神の中へと戻っていく。

 

「あれは一体.....」

 

 それは風にも確かに見えていて、余りの不可思議な出来事に訳が分からず立ち尽くしていると、

 

『怨念さ』

 

 

 イッスンが一言そう呟いた。

 

 

『溜めに溜め込んだ怨念よォ…人に対する恨み辛み、極めて強い怨念に操られてるみてーだなァ』

 

「お、怨念? なんで犬神がそんなものに……」

 

 事実を告げられても、そこ至る理由が解らない風。

 

 

 知らないのかィ? とイッスンが風へと視線を向ける。

 

 

『犬神ってのは名前からして”犬の神様”って思っちまうかもしれねェが、それはとんだ誤解なんだぜェ……そもそも犬神ってのはァ――――』

 

 慣れた口調でイッスンは語りだすのである。風は黙ってその語りを聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

―――――犬神。

 

 その由来はかつての時代に生まれた憑依現象、蟲術、呪詛を用いたれっきとした”呪術”である。

 

 特定の動物を使役するこの呪術は非常に人々に恐れられ、禁止令まで発行されたこともあるのだという。

 

 

 犬神の作り方には手順がある。それは諸説あるのでここで挙げるのはその一例だ。

 

 

 まずは犬を用意する。

 

 

 

 

 次にその犬を"頭部のみ出して生き埋めにし"、もしくは支柱に繋ぎ、ギリギリ届かない距離に餌を置き、数日ほど絶食状態にさせるのだという。

 

 

 そして飢餓状態の犬が餓死しようとした時にその頸――、つまり首を斬ると頭部は餌へ食いつき、これを焼いて骨とし、器に入れて祀った。この祀った骨を人々は犬神と呼んだのである。

 

 

 これを祀った者は永久に犬神に憑かれ、その家は栄え、祀った者の願望を成就させるとさえ言われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

『ようは人間の欲望の為に無残にぶった切られていった無実の犬の怨念が原因なのさァ』

 

「そんな……私はそんな事なんて一度も…」

 

 伝承を知らなかったとはいえ、風には犬を存外に扱った覚えはない。

 だが確かに目の前にいる犬神が口にしているのは、

 

 

 

『オマエ…モ、オレ、ヲ……キル、ノ…カ……オレ、ノ、クビヲッッ!』

 

 

 人に対する疑心と怨念を宿した言葉。

 となればイッスンの言う通り、犬神の異常の原因が人間の勝手な都合であるならば間違いではないのかもしれない。

 

 

 風は犬神から視線を逸らさず、警戒を怠らないままイッスンに訊くのである。

 

 

「イッスン……犬神を元に戻す方法はあるの?」

 

 犬神を助ける方法を。

 対してイッスンは、そうだな、と呟いた後で、

 

『へッ…あれくらいの怨念なんざァちょっと小突くだけで充分よォ!』

 

 

あっけらかんに言い放つ。

要はナカツクニ式、解決策"ぶん殴ってなんとかする"である。

 

 

『妖怪相手ならオイラ達の出番だぜェ、アマ公!』

 

アマテラスに呼びかけたイッスンが後方で音がしたのを聞き、振り返る。

 盛大な戦闘による音を奏でるのは二人の少女。

 

 

「アマちゃん! イッスンちゃん! 私たちも応援に行きたいけど、あの子達、さっきから逃げてばっかりなの!」

「樹海化の時間を徹底的に引き伸ばして現実世界にダメージを与える気だわ。以外に戦略的な奴らね...」

 

 

 蜘蛛の子を散らすようにひたすら逃げる天邪鬼達を友奈と花凛は手を焼いていたのであった。

 樹も捕縛している天邪鬼を見張らなければならないのか、その場を動けないでいる。

 

 

 ちなみに天邪鬼達にはそんな考えなど毛頭無く、ひたすら生きるために必死に走り回ってるだけである。

 しかし、このまま樹海の時間が長引けば風達の勇者側にとって不都合な事になるのは確かだ。

 

 

『アマ公聞いたかァ、どうやらオイラ達でなんとかしなきゃならねェみたいだぜェ......!

三年経って妖怪とドンパチするのも久々かもしんねェが、油断して100年前みたいにおっ死んだりするんじゃねェぞ!』

 

 

 

『ガゥァッ!』

 

『バァァァァアッ!!』

 

 アマテラスが睨み付けるように吠えると犬神もその巨体で圧を掛けるように、眼下のアマテラス達を押しつぶさんと怒気を込めて吠え返した。

 

 

 互いに視線を離さず、

 一定の距離と間隔を保ち、乱れの無い半円を描き続ける。

 ゆったりとした動作ではあるがいつでも早駆けによる最速の一撃を見舞わんと爪を土に食い込ませていた。

 今か、今かと機を窺っているのである。

 

 

 睨み合っていた獣たちは突如として足を止めて――――、

 

 

 

 

『行くぜェ……大神サマの初陣だィ!』

 

 

 不敵に笑ったイッスンが言葉を言い終えるのと、

 二匹の人ならざる者が飛び掛かるのは同時だった。

 

 




ストーリー要約
・犬神、乱心(犬の怨念に操られている)
・風先輩、精霊バリアがないのでガチでピンチ。
・天邪鬼、これから黄色い少女を見たらゴリラと思うようになる。
・大神と犬神のバトル(中ボス戦だと思ってくれれば…大神のゲーム風に初登場する敵キャラは妖怪絵巻とともに紹介される感じの映像を想像してください)






犬神:生まれは平安時代。犬の首斬り落として祀ったら家が栄えるらしいけど、自分のペットに試したら駄目だよ。犬神に憑かれた人は犬神憑きって言われるらしいよ(ついでに盛大にめんどくさい特典が付いてくる)
   数々の伝承によれば、犬神を祀った家は栄えるけど、貢物をちゃんとしないと犬神が居なくなってその家は没落していくらしいよ。
  

  そして奇妙なことに、犬神の伝承の本場は四国の高知県にあるらしい……。


  つまり弥勒家が没落した原因は犬神に捧げる貢物を倹約の為に怠っていた為に起きた説。弥勒さんは犬神憑きだった?


 犬神暴走の真相は次回にて簡単に説明するつもりです。
 欲望にまみれたグリードなので、感想や意見はいつでもお待ちしています。
 あと、簡単ですがアンケートにも答えてもらえると助かります。


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其ノ参、風と犬神

また一万文字いこうとしやがったので分割です…だらしない作者で済まない……












水着メブゲットだぜフゥゥゥゥゥウゥ!!!!


―――蒼き獣が猛狂う。

 

 

 地を抉る音が響き、

 破砕し、宙に激しく飛び散る樹木の破片。

 

 

『バアアアウゥッ!!』

 

 

 犬神の爪による怒涛の攻めがアマテラス大神へ迫る。

 長爪の一振りはまさに魂を削り取らんと。

 その思惑を拒絶するように、

 

 

 

 

――――輝く様に光を放つ、白き毛並みが宙を舞う。

 

 

 その爪をアマテラスは飛び上がってはひらりと躱して見せる。

 

 

 犬神よりも遥かに巨大な樹木がその爪の餌食となる。

 樹の繊維に爪が引っ掛り、ガリガリと強引に引き裂こうとしては、無機質に真っ新な樹木の表面に五本の深い裂創を作り出す。

 

 

 アマテラスが犬神の後方で、

 その地面にすとん、とまるで重力を感じさせないように着地した。

 

 

 同時に、犬神が削った樹木が裂創からベキベキと割れるような音を奏でて盛大に倒れた。 

 アマテラスの頭部にしがみついていたイッスンは、

 

『なんつー馬鹿力だよオイ! アマ公がこんなの喰らったりしたら一溜りもねェ!』

 

 

 暴走した犬神の自力を前に危機感を覚える。

 絶大な腕力は怨念の強さを窺わせた。

 

 

 神であるアマテラスと言えど、この力をまともに受ければ命は無いだろう。

 そして戦況は犬神側に傾きつつあった。

 

 

 お返しにとばかり、アマテラスが犬神に向かって飛び上がった。

 背に持つ鏡、真経津鏡を操り、犬神の額に向けて殴る様にぶちかます。

 

 

 ゴリッ、という抉る音を叩きだし、

 イッスンは確かな手ごたえを感じるも犬神はさも影響もないように目を見開き、反撃を繰り出した。

 アマテラスは横殴りの爪を犬神の額を土台代わりに蹴って後方へと回避する。

 

 

『チィ……! やっぱ決め手がねェと駄目かァ……筆しらべがありゃあこんなヤツに苦戦する事なんてないんだけどよォ!』

 

 舌打ち交じりにイッスンが呟く。

 犬神はアマテラスを一撃のもとに葬る爪をという武器を持っているが、

 アマテラスには犬神を打倒す程の決め手が無かったのだ。

 

 

 イッスンが口にしたように、アマテラスが失った力『筆しらべ』があれば今のように苦戦することは無い。

 現在のアマテラスが使える筆しらべはアマテラスが本来持つ力、『光明』のみ。

 太陽を現すだけの『光明』は、特別な状況を除いて妖怪との戦闘では全く持って不向きである。

 

 

 これほど『一閃』が恋しくなったことはないだろう。

 

 

『チクショウ…!無いモノねだりしても仕方ねェ。力が足りねェンなら頭使って補うしかねェかァ!』

『――アウ?』

 

 イッスンは自分に再度言い聞かせる。無いモノねだりはできない、と。

 ならば、知恵を使って戦うまでだ。幸いにもこちらには普段は恍けてどうしようもないが、決める時は決めてくれる頼もしい相棒がいる。

 

 

『よーしアマ公、耳貸せ……いいかァ?』

 

 

 アマテラスの両耳を掴んで手繰り寄せて、イッスンは小さな声で作戦を伝える。

 程なくして作戦を理解したのか、

 

 

『ワウ!』

 

 

 小さくそう言って頷き、低い姿勢で構えるのだ。

 やはり長年連れ添った相棒、イッスンの作戦が例え確信の無い”思いつき”の物であっても、嫌がらずに乗ってくれる。

 

 

 イッスンはそれが堪らなく嬉しかった。

 お互いに信頼して身を任せることができるのが。

 

 

『――んじゃ、早速試してみようかィ。ビビんじゃねェぞアマ公、

ウダウダ考え込んで立ち止まるなんてオイラ達らしくもねェ……いつも言ってンだろ?こういう時は―――』

 

 

 

 そんなアマテラスを少しでも後押しできるように、

 彼らの間では常套句となったあの言葉を口にするのである。

 

 

 

 

『”考える前に飛び込め”―――ってよォ!』

『ワウッ!!』

 

 

 彼らの旅路で、立ち止まったり、思いとどまったりした時にイッスンが口癖のように口にしていた言葉に応じるように吠えたアマテラス。

 アマテラスが駆け、向かうは犬神の正面。

 

 

『ガアアアアアアッ!!』

 

 

 淀みのない直線を走るアマテラスを見据え、犬神が吠える。

 その剛爪を袈裟斬りするかのように斜めに振り下ろし、

 アマテラスは、その爪に向けて鏡を放つ。

 

 

 ガキッ、と鈍い音を一瞬だけ発し、

 鏡の打撃によって軌道を逸らした剛爪はアマテラスのいない樹海の地面へと突き刺さった。

 

 

 犬神は爪を抜き取り、再度アマテラスを切り裂かんと爪を振る。 

 

 縦横に、

 下から突き上げるように、

 

 だが、その全ての攻め手をアマテラスは鏡を操り、爪を打ち据えては軌道を逸らしていく。

 

 

 犬神の中で猛き狂う感情とは別に、”奇妙な感覚”に襲われた。

 何度アマテラスへ仕掛けても、その全てを捉える事が出来なかったからである。

 

 

 自身の爪は確かに”当たれば”白き獣の毛並みを赤く染め、肉を飛び散らせる、と自負できるものである。

 だが、それらは全て”当たれば”の話だ。

 

 アマテラスはまるで宙に浮いている和紙のようにひらりひらりと爪を躱していく。

 あまつさえ、鏡で爪の軌道を狙ったかのように逸らしていさえいた。

 

 

 犬神の視線は自然とアマテラスが背負う”鏡”へと向けられる。

 何十回と自身の爪と鏡が交錯しても、割れるどころか、ひび割れも起さない鏡。

 

 

 

 絶対の破壊力を持つ自慢の爪を受けても割れない鏡など、この世にあるのだろうか、犬神の中で疑問が生まれる。

 その巡らせていた至高が、

 

『――――ッッ!!?』

 

 瞬時として止まった理由は眼前にある。

 犬神の爪に小さく走る亀裂が、その目に映されたのだ。

 

 

『アマ公ッ!』

『ガウッ』

 

 その瞬間を見逃さなかったイッスンがその名を呼び、アマテラスが犬神よりも先に仕掛けた。

 真っ直ぐに駆けたその先に犬神を見据え、操る鏡が狙うのは先ほどヒビ割れた犬神の右爪。

 

 

 鏡が爪に押し負けることなく、亀裂を更に深く走らせた爪は僅かな破砕音とともに砕け散った。

 

 

『オオオオッ!?』

 

 

 ボロボロと砕け、地面へと落ちていく自身の爪を見た犬神が叫ぶ。

 

 

『へッ―――、当然だぜェ』

 

 その様子を見たイッスンが不敵に笑い、呟いた。

 

『アマ公の鏡、”真経津鏡”は攻撃する為だけじゃなくて、自分を護る盾でもあるんだぜェ―――、ソイツの硬さはピカイチだァ、犬っころ妖怪の爪くらいで割れるかってんだァ!』

 

 アマテラスの持つ神器は三つに分けられる。それぞれ鏡、勾玉、剣。

 鏡は、アマテラスを象徴する一つの神器だが、邪気を打ち払う攻めの神器だけではなく、敵の攻撃から身を護る盾の役割を果たす。

 

 

 かつてはあらゆる妖怪の牙を、

 英語ペラペラなキザ陰陽師の斬撃を、

 英雄と大剣士の一太刀を、

 常闇の皇の熱線を受け止めた程の防御力を持つアマテラスの神器。

 

 

 その絶大な硬さを持つ鏡と、犬神の破壊力に集約させた爪。

 例えるなら、最強の矛と最強の盾。

 

 

 矛盾の典型的な諺だが、最終的には勝敗を決めるに至るのは純粋な物質の”硬さ”である。

 

 例え破壊に特化した犬神の爪であっても、アマテラスの鏡を打ち破るには到底及ばなかったのである。

 

 

『ガァッ!!』

 

 

 そこからアマテラスの反撃が始まった。

 完全に引き足になった犬神に猛然と迫り、神器・真経津鏡を振り下ろす。

 狙いは勿論、"犬神"の武器である爪だ。 

 

 

 既に爪へのダメージは蓄積されており、右の爪は壊滅状態。

 ならば左の爪でと犬神は振りかざすが、アマテラスはそれを狙っていたのか、右腕に照準を合わせていた鏡を迫りくる左の爪へと変更する。

 

 

 鏡と爪が激しく衝突し、ガギッという音とともに左の爪も砕け散ったのだ。

 破壊された両の爪を見ては、腕を振るわせて犬神が後ずさる。

 

 

『アマ公ォ、今がチャンスだぜェ! アイツ自慢の爪がぶっ壊されて動揺してらァ――――、

今のうちにアイツに”一閃”を叩きこんで……ってまだ取り戻してなかったんだったなァ、でも―――』

 

 

 もう十分だろう。

 と、イッスンが笠をくいっと上げて上空を見上げる。 

 黒く塗りつぶされたかのような樹海の空に、犬神の真上に浮かぶのはオキザリスの勇者。

 

 

「犬神ィィィィィイ!!!」

 

 

 犬吠崎風がその手に持った大剣を掲げて叫んでいた。

 その身には余る巨大な質量を持つ大剣を点へと振り、大きく息を吸った直後、

 

「大人しくしろォォォオ!!!」

 

 怒声と共に掲げた剣を平らに、刃先を向けず、刀身部分を下に犬神の脳天目がけて振り下ろす。

 

 防御しようにも自慢の爪を破壊され、犬神には防ぐ手段が無い。

 逃げようにも、”爪の破壊と陽動を担っていたアマテラス達”によって、そのタイミングも完全に失っていた。

 

 

 直後、ゴンッ、と。

 まるで巨大なハンマーで殴りつけた様な轟音と共に大剣を打ち付けられた犬神の身体が大きく揺れる。

 

 

 自身の許容量を遥かに越える衝撃に目を回した犬神が前のめりに倒れ込むように地面へと沈んだ。

 

「犬神!」

 

 地面に着地した風は大剣を瞬時に消し去り、すぐに犬神の元へ駆け寄る。

 それと同時に犬神の身体から、浮かび上がる煙のようなものがある。

 

 黒く、瘴気のような煙が宙へ抜けていくと犬神の身体も風船の空気が抜けていくように縮んでいった。

 

 

 瘴気はゆっくりと大気へ流れて、一匹の”犬の姿”を作り出す。

 それは犬神に憑りついていた伝承”犬神”の被害に遭った犬達の怨念。

 

 犬神が暴走することになった原因だ。

 

 

「犬神……ごめん、やりすぎちゃったよね…痛くなかった?」

 

 地面に倒れている犬神を抱く様に持ち上げる。

 さっきまでの荒々しく逆立った毛並や鋭い爪はナリを顰め、小柄に丸くなったその姿は風が良く知る犬神の姿そのものだ。

 

 

 元に戻った、良かったと風が安堵したのも一瞬だった。

 犬神の様子がおかしい。

 

「犬神……?」

『……』

 

 風の腕に抱かれている犬神の身体が震えている。

 それは確かに風を目に映し、

 まるで何かに怯えるような、恐怖を抱いた眼差しを向けていた。

 

 

『な、なんだなんだァ? 犬神の怨念は取っ払ったってェのに……どうしてアイツはあんな風に震えてるんだィ? ――まるで、”あのお嬢ちゃんが自分に酷い事するんじゃないか”って感じの脅え方だぜェ』

 

 

 それを見ていたイッスンも不思議に思ったのか、腕を組みながら唸った。

 

 

 

 犬神は身体を振るわせながらも風の腕から逃げ出そうとしている。

 更には牙の無い口で風の腕に噛みつき始めていた。

 

 

「私が……酷いことをする…?」

 

 

 イッスンの言葉を聞いた風が繰り返すように口にして、何かに気付く。

 

 

 風の犬神は、”犬神”として祀る為に首を斬り落とされた犬達の怨念が憑りついていた。

 ならば、この犬神は自分の未来、その内自分に訪れるであろう悲惨な最期を予感してしまったのではないか。

 

 

――――『オマエ…モ、オレ、ヲ……キル、ノ…カ……オレ、ノ、クビヲッッ!』

 

 

 今思えば、あの言葉は怨念が喋らせたのではなく、首を斬られることを恐れた犬神の心の叫びだったのかもしれない。

 

 力を失った犬神は風に首を斬られると思っている。

 だから必死に風の腕から抜け出そうと、もがき、噛みついているのだ。

 

 

「私……アンタの事、何にも分ってなかった……」

 

 腕を噛み続ける犬神の口には肌を突き刺す様な牙は見られない。

 精霊として、勇者を傷つけないように設計されているからか、風がそれでダメージを負う事はないのだが。

 

 

 それでも、今の犬神が懸命に生きようと、風に、人間に対して恐怖を抱いていると分かった時、風の胸に小さい傷みが走った。

 

 

 腕を噛むのを止めない犬神に構わず、

 風は犬神の身体を抱く様にその胸の方へ引き寄せる。

 

 

「ごめんね……怖い思いさせて」

 

 地面に座り込んで犬神の身体を膝の上に置くと、空いた片腕を自由にして犬神の頭に手を伸ばす。

 

『……!!』

 

 

 風の手が犬神の頭に触れると一瞬だけその青い身体が震えた。

 覚悟を決めた様に、迫りくる何かに耐えるように犬神が目を瞑る。

 

 

「大丈夫……私はそんな酷い事しないから……アンタの味方だよ、犬神」

 

 

 優しく、地肌が触れるか触れないかの力加減で犬神の頭を撫でた。

 風は出来るだけ綻んだ笑みで、

 

「こわくなーい、こわくないよー……よしよし」

 

 語りかけるように、子をあやす母のように撫で続ける。

 犬神の震えが止まり、次第に風の腕を噛んでいた口が離れると、どこか安心した表情でその手を受け入れ始めた。

 

『驚いたぜェ……見ろよ犬神の顔を―――、まるで母親に抱かれた子供みてェな安らかな顔してんぜェ……』

 

 母親、か。

 そう呟いたイッスンが浮かべるのは故郷のコンポタンである。不意に、今頃里ではどうなっているのか気になったのだ。

 何せ、帰ってきたその日にこんな国に飛ばされてしまったのだから、事情を知らぬ里の者はイッスンが消えてしまったのだと思っているだろう。

 

 

 祖父のイッシャクと、祖母イッカン、なぜか幼馴染のミヤビの顔が浮かんだ。

 そんな遠くを見るように物思いに耽るイッスンをアマテラスが見つめていた。

 

 

『……』

『なんでェアマ公。 オイラが故郷に帰れなくて寂しいとでも思ってんのかァ?』

 

 

 ぺしっ、とアマテラスの黒い鼻を叩く。

 

 

『心配すんなァ、この程度でオイラが根を上げると思ってんのかィ。ま、何にも言わずにコッチに来ちまったから里の奴らは心配してるかもしれねェが―――、

この世界でオメェの筆しらべを取り戻して”元の世界に帰ったら”、ちゃんと里にも顔出しに行くからよォ』

 

 

 昔ほど、イッスンは里に帰る事に否定的ではなくなった。旅の途中で何度か祖父や里の者には手紙を出して近況を報告していたし、

 三年間里を留守にする旅に出る前はコンポタンの未来の天道太子となる幼いコロポックル達の面倒を見ていたくらいだ。

 

 

 

 そういえば、とイッスンは思う。

 ”筆しらべを全て手に入れたとして、どうやって元の国に戻ればいいのだろう”、と。

 

 

「イッスン!まだそいつ生きてる!」

 

 

 あれこれと思考を重ねるイッスンだったが、夏凛の叫ぶような突如の声に我に帰った。

 アマテラスの前方、漂っていた”犬神”の怨念が未だに蠢いていたのだ。

 

 

 それは次第に犬の形へ、

 先ほどの犬神の猛々しい姿とは程遠い、弱々しく、だが燃える炎のような真っ赤な目をしている。

 

 

 

『ラアアアアッッ!!』

 

 

 ”犬神”の怨霊が叫ぶと、それは一直線に風の元へ。

 アマテラス達は完全に沈黙したと考えていた為、風とは距離を取っていた。完全に出遅れていたのである。

 

 

『しまった! お嬢ちゃん逃げろォ!』

 

 声を張る様に叫ぶが既に”犬神”は風の眼前へと迫っていた。

 その人一人を丸めて飲み込めそうな口を大きく開き、風と犬神へ狙いを定める。

 

 

「お姉ちゃん!」

「―――ッ!!」

 

 樹が叫び、風は抱えている犬神を抱きしめて庇うように背を向けた。

 ”犬神”の牙が、風の身体に突き刺さろうとしたその瞬間である。

 

 

『―――ッッ!?』

 

 ”犬神”が驚愕するようにその瞳を見開く。

 牙は風を包み込むように発生した光の膜によって遮られていたのだ。

 

 

 それはどんなに繰り返して触れようとしても、叩いても弾き飛ばし、決して割れる事が無い程の強固さを誇っていた。

 

 近くまで駆けつけていた夏凛はその見覚えのある光を見て、

 

「――精霊のバリアが!?」

 

 視線の先、風を庇うように前に浮く犬神が光を放っている。

 勇者を護る最大の盾を、風の精霊、犬神が再起動した証だった。

 

『アマ公!きっちり仕留めろォい!』

『アウッ!!』

 

 ”犬神”が精霊バリアに気を取られている間にアマテラスが駆ける。

 助走の勢いと、飛び上がって下に落ちる重力の落下速度も加えた鏡の一撃を、その脳天に叩き込んだ。

 

 犬神はモロにその一撃受け、大きく身体を揺らした後、

 

『アアアアアッッ!!!』

 

 

 この世のものとは思えない叫び声を上げながら、

 その身を包む黒い瘴気を霧散させていったのだった。

 

『終わった……?』

「……あっ! あれ見て!!」

 

 

 程なくして、静寂が生まれたのも束の間、友奈が何かに気付く。

 消えていった”犬神”の瘴気の後には、何か小さく光る”何かが”地にうずくまっているのである。

 

 

 勇者達とアマテラスが駆け寄る。

 

 

 ぽつん、とそこにいたのは小さな犬であった。

 うずくまっている犬は柴犬だ。生後5、6ヶ月くらいだろうか、目を細めて微動だにしないその犬はまるで眠っているようである。

 

 

「なんでこんなところに小犬が―――」

 

 

 友奈が思わず手を伸ばす。

 アマテラスにしたときと同じようにその子犬に触れようとした瞬間だった。

 

 

 

 

――――ねぇ。

 

 

 

 声が聞こえた。

 弱々しく、消え入りそうな子供の声が。

 

 

 

――――おなか、すいたよ。

 

 

「この声って……」

『あぁ、この犬から聞こえて来てるみたいだぜェ』

 

 友奈の言葉にイッスンが頷く。

 どこからともなく聞こえる声はたしかに耳に届くものである。

 

 

『……』

 

 アマテラスが歩み寄ると、犬はその重い瞼を開く。

 ”揺れ動かない黒点”はアマテラス達に何かを訴えるかのようであった。

 

 

 

――――ぼく、いつになったらごはんがたべられるの……。

 

 

 

 求めるような犬の声は続く。

 

 

 

 

――――どんなにあつくても……あめがふるさむいひも、ごしゅじんはなにもたべさせてくれないんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――からだもどんどんうごかなくって、どんどんめもみえなくなってくるんだ……ごしゅじん、どこ?

 

 

 

 

『――ッ、そうかァ、お前……』

 

 いち早く、状況を理解したイッスンが呟いた。

 

『誰か―――、なんか食えるもの持ってねえかィ?』

「イッスンちゃん……?」

 

 笠を下げてやるせなさそうな口調のイッスンに友奈は疑問を持つ。

 イッスンはさらに続け、 

 

『こいつァ……怨念の元になった犬だァ…かわいそうによォ、死ぬ一歩手前まで、ずっとご主人サマを信じて餌を待ってた―――、

でも最後はよォ……だからニンゲンを信じられなくなって怨念に成り代わっちまった……』

「そんな……」

 

 犬神の伝承を聞かされた彼女たちならば理解している。その結末が悲惨なものだと。

 勇者達が揃って押し黙る中、一人友奈だけがぽつりとつぶやいた。

 

「私、持ってるよ……ビーフジャーキー…」

 

 ポケットの中から取り出した袋をすぐに開封すると、友奈は一本だけ取り出して地にうずくまる犬へと近づけた。

 

「ほら、たべて!」

 

 差し出されたビーフジャーキーに気付いたか犬がその顔を上げる。

 だが、犬は周囲を見渡し、友奈ではなく、あさっての方向を見ていた。

 何度首を回しても一度は友奈をその瞳に映している筈なのに、なにも無かったかのように、その視点が定まることはない。

 

 

 

 犬の目は、既に見えていなかったのだ。

 

 

「こっち、こっちだよ……!」

「友奈ちゃん……」

 

 未だにジャーキーを見つけられず首だけを回す犬に友奈が必死に呼びかける。

 そんな献身的な友奈の姿を美森は直視できなかった。

 美森だけではない、風や樹や夏凛も。

 

 

 犬は漸く匂いでジャーキーの位置を嗅ぎ当てたか、その顔を友奈の正面に捉えて近づこうとする。

 だが―――、

 

 

 

「あ……」

 

 

 ぽつりと呟いた友奈は息が詰まるのを感じた。

 犬は確かに声が聞こえる方へ動き始めたが、それは”首から上のみ”である。

 

 頭を振って、その勢いだけを利用して地べたを文字通り這って進む姿に誰もが言葉を詰まらせた。

 

 

『分かってんだろ……犬神になる前、犬は地面の中に首から下を生き埋めにされるんだィ。コイツは死ぬ一歩手前の状態……動かせるのは首から上までだィ』

 

 

 イッスンの悲痛で、何かをこらえるかのように言い終えて、犬が友奈の膝元に辿りつく。

 この時既に犬は息も絶え絶えであった。

 口からは荒い息を吐き、

 舌が口端から垂れたままで戻ろうとしない。

 

 

 極限の飢餓状態まで生き埋めにされた事で体力も無いに等しい状態だったのだ。

 友奈が犬の頭を支え、口元までビーフジャーキーを近づけるが、

 

 

 犬はジャーキーを咥えるだけで、すぐに地面にぽとっ、と落としてしまう。

 食べ物を噛む力すら無い程にその身体は弱り切っているのだ。

 

 

「う、うぅ……っ! あ、あぁ…っ!!」

 

 その弱り切った姿に、もう友奈は耐えきれなかった。

 心臓を締め付けられるような息苦しさに、口を覆い、堪えきれない涙を流す。

 

「こんなのってないよ…っ! この子は何にも悪い事なんてしてないのに、どうして……どうして死んだ後もこうして苦しまなきゃいけないの…っ!?」

 

 既に散らした命がこうして助けを求めている。

 

「私……なにもできないっ、なにも、助けれてない…守れてないッ!!」

 

 人々を護る力を、勇者の力を友奈は与えられた。

 攻めてくる敵を倒し、友と日常を護る力だ。

 

 だがその力は決して万能ではない。

 死してなお助けを求める子犬に手を差し伸ばす事は出来ても救う事はできない、勇者システムは完全に無力であった。

 

 

 勇者部の活動でも似たような事はあった。

 猫や犬の里親探し。

 新しい飼い主を捜すといえば聞こえはいいが、それはつまり、最後まで面倒見きれなくなってペットを捨てる無責任な飼い主が多いという事である。

 毎度のように勇者部の依頼箱にあるその依頼を見て、だれもが思う。どうして大切な家族でもあるペットを平気で捨てられるのか、と。

 

 

 友奈たちが働き掛け、新しく飼い主に拾われる動物たちも居て、

 残されたペットたちは大概が保健所送りになる。

 貰い手がいないペットたちの末路は大人たちの勝手な理由で殺処分されるのだ。

 

 

 自分達が必死に御役目に務め、人類を護っている一方で、人間たちの一方的な都合で消えている命があるのを考えると、友奈は心が痛くなった。

 

 

「ごめん、ね……ごめんね…っ! こんなんじゃ、わたし……っ!」

 

 勇者失格だよ、そう言おうとした友奈の前を通り過ぎる者がいた。

 白い獣、アマテラスである。

 

「アマちゃん……?」

『アマ公?』

 

『……』

 

 友奈とイッスンが見守る中、アマテラスは疲労に息を荒く吐く犬に顔を近づけた。

 二匹の鼻と鼻が触れ合うと、

 

『キュウン……』

 

 犬が泣くような声を出す。そしてアマテラスは顔を上げると、後ろでその光景を座りながら見守っていた友奈へと近づき、

 

「あっ、待ってアマちゃん! それはっ!!」

 

 ぱくり、と彼女の持つビーフジャーキーを口に入れたのだ。

 慌てて口に収まったジャーキーを取ろうとするが、

 

『ま、待ちなァお嬢ちゃん! なにかアマ公にも考えがあんだァ、ここはひとつ、黙って任せてやってくれねェか』

「で、でも……」

 

 イッスンに諭されたが、友奈は不安な気持ちを隠せないでいた。

 友奈はアマテラスを見る。先ほど口に入れたビーフジャーキーをひたすら噛み続けているのか、口がもごもごと蠢いている。

 

 

 暫くしてアマテラスは犬の元へと戻ると、その顔を再び近づけて―――、

 

 

 アマテラスの口から、丸くポロリと舌に乗せられている塊がある。

 咀嚼に咀嚼を重ねて、柔らかくなったビーフジャーキーだ。

 

 

 干し肉のような硬さでは今のこの犬は噛み切る事はできない、そう思ったのだろう。

 

 

 ゆっくりと。

 アマテラスの肉を乗せた舌が横になっている犬の口へ入り込んでいく。

 肉を少しずつ乗せ、アマテラスが自身の舌で少しずつ肉と一緒に犬の舌を押し込んでやると、

 遅いペースだが犬は肉を喉奥へと運び始めた。

 

 

 いきなり全ての肉を含ませてしまったら吐いてしまう。

 少量に肉を分けて押し込んで、必要であれば再度咀嚼し、唾液を加えて柔らかくして口へと運ぶ。数回ほど、アマテラスから犬への”口移し”は繰り返された。

 

 

『アマ公は太陽神とか大神サマの他に”慈母神”なんて呼ばれてたのを思い出したぜェ……ったく、お前ってやつはよォ』

 

 

 アマテラスが守るのは、人だけに非ず。

 この世に生きとして生きる全ての命を見守っているのだということを思い出したイッスンが呆れたようにため息をついた。

 

 

 だが、それでいい。

 人も、動物も、必要あれば妖怪ですら守り、見守る。

 その慈悲深さを持ったアマテラス大神だからこそ、イッスンは共に旅を続けていきたいと思ったのだ。

 

 

 やがて、アマテラスが与えたビーフジャーキーを食べきると犬は薄く、ぼやける様な光を放ち――――、

 

 

『ありがとう』

 

 

 犬は満足したように呟いて

 その一言を残して、光となって浮かび上がった。

 まるで魂の輝きを放つその光の球を樹海の地表から現れた光がそれを包んでいく。

 

 

 本来はバーテックスの”封印の儀”や”鎮花の儀”為に使用される”神樹の力”が犬の魂を浄化し、天へと連れて行ってくれたのかもしれない。

 

 

 天へとうっすらと伸びては消えていく光に向けて、友奈を含めた勇者達は手を合わせるのだった。

 解放された魂が、安らかに眠りにつくことを願いながら。

 

 




ストーリー要約
・アマ公と犬神のバトル
・真経津鏡による部位破壊達成。破壊報酬は次回にて。
*拳と拳がぶつかったらどっちが勝つと思う? 硬ェ方が勝つに決まってんじゃねぇか!という某ニードレスさんのネタ。だったと思う。
・中の悪霊出したので犬神が正気に。でも自分も首切られんじゃねぇのと怯えるが風ママの母性に包まれて事なきを得る。
・犬神の怨念復活。風を殺そうとするが再起動した犬神バリアに防がれ、アマ公にトドメを刺される。
・怨念の大元である子犬が現れ、アマ公による餌やりで成仏。
・ちなみに天邪鬼達はなんとか逃げ切りました

犬同士だから問題無いはず。口移しは。
流石は我らが慈母アマテラス大神。
ゲーム内にある動物への餌やりをちょっとイメージを変えて表現。別にエロく無いよね?大丈夫だよね?

友奈ちゃんを含めた勇者部達は曇るからこそ輝くんだ(マジキチスマイル

意見と感想がベストマッチすれば日曜日には上げられるかもしれないのでよろしくお願いします。


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其ノ四、犬神事変終局

日曜日に投稿すると言っておきながら、感想もたくさんもらっておきながら約束を果たせないだらしない作者で済まない……。

 決してベストマッチしなかったからという訳ではない。


気合入れて書いてたらまた一万文字いきやがったんだ。どうにかしてくれェ。





仮面ライダービルドのOP見てて思ったんだけど、
冒頭のナレーション、東郷さんがやっても違和感ないような気がするのは私だけ?


「さて、と……戻ったら大変ねコレは」

 

 騒動が落ち着いた樹海内で風は頭を掻きながらそう呟く。

 

 現在は闘いが終わり、勇者達は樹海が解けるまでの束の間の休息最中だ。

 その中で眉をひそめた風が見つめるのは、目の前に広がる樹海の景色である。

 

 

 犬神との戦闘が激しく、長引いた事によって生まれた樹海の受けた傷は生々しく残っていた。

 神樹の結界、”樹海化”は完璧なものではない。

 

 

 現実世界を丸ごと入れ替えるように展開されるこの世界は、いわば鏡の世界だ。

 この世界で生まれた傷は、やがて樹海化が解けると同時に現実世界のダメージとして影響する。

 

 

 しかも時間制限によるダメージもあるため、バーテックスは迅速に殲滅することが勇者達には求められていたのだ。

 

 

 しかしバーテックス以外の敵も現れ、戦闘終了に時間が掛かってしまった。

 予想外の事が重なってしまった故だが、それは言い訳にならない。

 

 

 

 これまでの被害で怪我人は出なかったが、

 今回はあまりにも樹海内の損傷が多い。

 もしかしたら自分の友や、知り合いがそれに巻き込まれるかもしれない。そう考えると風は悔しさから下唇を噛んでいた。

 

 

『そういう事ならよォ、オイラの出番だぜェ!!』

 

 重苦しい雰囲気を切り裂く様に快活な声が響く。それはイッスンの物だ。

 

『ようはこの傷ついた樹木をどうにかして直せばいいってことだよなァ!』

 

 言いつつ、イッスンは樹海の樹を見据えた。

 その樹木には先までの犬神との戦闘で受けた深い深い爪痕が残っている。

 

 樹海のダメージとしては軽度なものである裂創に対し、イッスンは懐から筆を取り出した。

 

 

「……なにしてんの?」

 

 その様子を怪訝そうに風が見る。イッスンは不敵に笑い、

 

『これくらいの傷なんてオイラの”画龍”にかかればお茶の子さいさいよォ!』

 

 その手に持つ筆が墨による線を描く。

 樹木を抉った爪による切創を墨で浸して埋めるかのように、

 正確に、豪快に塗り潰す。

 

 

 ”筆魂”と呼ばれるものがある。

 ”活きのイイ手書きには魂が宿る”というイッスンが聞いた出所は分からないが有名な言葉だ。

 

 

 イッスンはアマテラスの持つ筆しらべの一つを修業により習得しているものがある。それが”画龍”だ。

 

 

 

 筆しらべ、”画龍”の力は、”失われた物の復活”である。

 一たび筆を走らせれば人的に、自然的に破壊された物には”蘇神”の力が宿り、

 物が壊れる前の姿へと戻るのである。

 

  

 かつては旅の途中に壊れた橋を、   

 圧し折れた物干し竿を、

 回らなくなった水車を直してきたこの筆しらべにはかなり世話になった。

 

 

 破壊された石像を”画龍”で直した事で封印されていた筆神を見つけたこともあったのを、イッスンは思い出しては懐かしんだ。

 

 

 そんな事を想いながらイッスンは筆を止める。

 満たされた墨が弾け、その下には真っ新で傷つく前の樹木がその姿を現す――――筈だった。

 

 

『アッレェ~おかしいなァ?』

 

 その光景を目にするイッスンの首が傾げられる。

 目の前には今もなお傷つき、深い切創を残す樹木が残っている。

 

 

 画龍の力が発動していなかったのか?

 そう思い繰り返して筆を走らせるが、何度やっても樹木の傷はもとには戻らない。

 

 

 試しに自身の服の袖を無理やり引きちぎってみる。

 そこにイッスンが筆を走らせれば、千切れた部分は蘇神の力が働き、千切れる前の状態に戻った。

 

 

『力が使えなくなってる……ってワケじゃあなさそうだなァ』

 

 

 自身から筆しらべの力が失せた、ではないとすれば考えられるのはただ一つ。イッスンの力が足りないのだろう。

 人が作った物程度ならイッスンの力でも事足りる。

 

 

 だが、この世界は”神である神樹”が作り出したのだ。

 そこに存在する全ての樹木には神の力が宿っている。

 

 

 イッスンの筆しらべの力は発動はしても、神樹の通力によって掻き消されていくのだ。

 

 

 神が作りし物、空に輝く星など、人の手に及ばない超常の事象に未だに手が届かない事を実感したイッスンはギリッと歯軋りをして悔しさを露わにした。

 イッスンは筆をしまうと風に対して申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 

『すまねぇ嬢ちゃん、オイラの力じゃどうにも……デカい口叩いた癖に、面目ねェ!』

「……気にしなくていいのよ。もともと自分で捲いた種なんだしさ」

 

 砕けた笑みを向ける風がイッスンの身体を持ち上げる。

 

「最悪、始末書なり左遷なり、なんなりされてやるわよ」

「そ、そんな!勇者部の部長は風先輩しかいないんですから…!他の人なんて考えられません!」

「ま、人類を守護する勇者をそう簡単に交換したりなんて、大赦も出来ないと思うけどね……」

 

 

 勇者部の部長は風しかいない、

 友奈だけでなく、最近入部した夏凛もそれが解っているようである。

 

 

 そこまで思われる個人はそうそういないだろう。

 イッスンは風に、人望の厚さを感じた。

 

 

『ち、ちくしょう……歯痒いぜぇ。おいアマ公! お前も寝てなんかいねぇでなんか考えやがれってんだ!』

『アウ?』

 

 自身が何もできない、その憤りをアマテラスにぶつけるように視線を送る。

 恍けたような声で反応を見せたアマテラスが何をしてたかといえば―――、

 

 

『ゲ、ゲドウメー』

 

 

 夏凛の精霊、義輝を口に咥えていたのだった。

 

 

「うわぁ!ちょっと何やってんのよぉ! この腐れ犬畜生ぉ!」

 

 

 そう叫びながら口から義輝を引き剥がしにかかる夏凛を見て、

 勇者達はまるで部室で牛鬼が義輝を捕食していた一連のやり取りを思い出したのだった。

 

 

『こういう所もまったく変わらねェ奴だよな、ハァ……』

 

 和むようなその光景を見たイッスンが呆れたように肩を落とす。

 空を見上げては、漆黒の空に散りばめられた星が輝いている。

 

 

『……ホレ見ろィ、お星さまもオイラ達を見て笑っているみてェじゃねぇかァ』

「星……?」

 

 

 イッスンのぽつりと呟かれたその言葉に夏凛が首を傾げる。

 

『ん、どうしたィ煮干し娘』

「誰が煮干し娘よ……いや、そういう問題じゃなくって―――、樹海の空に星なんてあったかしら……?」

 

 そういえば、と風が同じく空を見上げる。

 

「いつも真っ暗だったからよく分かんなかったけど、ほんとね、私も初めて見た気がするわ」

 

 碧く、薄く輝く星は5~6個程のものであった。

 

『星を……初めて見た?』

 

 

 いつもは真っ暗でこの場所に星自体が現れることが普通ではないという事に気付き、イッスンが違和感を覚える。

 これは、どこかで見たような既視感だと脳に告げる何かがある。

 

 

 なんだっけかな、

 と腕を組んで唸る一方で、純粋に星を眺めてはしゃいでいた友奈が呟く。

 

「綺麗だねー、あの星と星を繋げると……なんか一つの”星座”になりそうな―――」

『……!!』

「でもおかしいなー、星座になるにはもう一個くらい、星がたりないみたい……せめてあと一個くらい”星が増える”みたいな事が起きれば―――」

 

 その一言にイッスンの既視感が確信のものと変わった。

 彼は隣で寝ようとしていたアマテラスを叩き起し、

 

『アマ公! 空だ! 空に浮かんでる星を見やがれェ!』

『アウ…?』

『いいから、黙って見ろォ! そんでもって、”お前の思った通りの事をやってみなァ!”』

 

 

 今に始まったことではないそのやり取りを前にして、アマテラスは言わるがままに夜空を見上げる。

 

 

 星が浮かぶ、綺麗な空だ。

 そう思いながらも、心の中で何かを感じ取って小さく唸る。

 

 

――――”なにか足りない気がする”。

 

 何かに引き寄せられるように、魅入られたように空に輝く並んだ星を見てそんな事を思ったか、

 アマテラスは続けて心の中で続けるのである。

 

 

 

――――”ここらへんに、もう一個星があったらいいのになぁ”。

 

 

 

 夜空に並んだ星の最端部分に、小さくぽつんと星を付け足すように”思い描く”。

 その瞬間―――、

 

 

 

 

 星が一つ、文字通り”現れて”、一本の星の線によって結ばれたその星座から眩い光が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、ちょっ!なにこれ!!」

 

 

 樹海は常に星の無い、気味の悪い夜だ、その常識にとらわれていた夏凛が驚愕の声を上げる。

 視界は白く、雲を浮かばせながら明るくなっていく光景が彼女たちの目に飛び込んできたのだ。

 

 

 浮かぶ雲の隙間を縫うようにして、”何か”がその姿を現す。

 それは大きく、長く、鰐のような頭をしていた。

 

 

 勇者部たちが凝視する姿はまるで”龍”のよう。

 というか、龍だった。

 

 

 唸るようにしてその姿の全貌を露わにする。

 白い髭、二本の角、絵本でよく見たことがある腕、

 そして、その龍は何故か腹の部分から絵巻きをぶら下げていた。

 

 

「な、なによコイツ……まさか、バーテックス!?」

 

 

 得体の知れない存在、龍の出現に夏凛を始め、勇者達が身構える。

 それを遮る様に、イッスンが前に出たのだ。

 

 

『敵じゃねェ! アレがアマ公の持つ筆しらべが一つ、散り散りになった姿……”筆神サマ”だァ!』

「アレが……筆神?」

 

 

 美森が呆気にとられている間に、白い龍はその長い胴体をくねらせ、アマテラスと勇者達を取り囲むようにその身体を地面に下した。

 白い龍はアマテラスを見つめて―――、

 

 

 

『おお……我が慈母アマテラス大神―――』

 

 

「しゃべったっ!?」

 

 

 くぐもった声を発する龍に口をあんぐり開けた友奈を余所に、龍は続ける。

 

 

『御元がこの世を去られてから幾星霜時代経て久しくなりにけるかも――、

この蘇神ひと時も欠くことなく今日の日を待ち申しけり』

 

 

 

「な、なんか難しい言葉喋ってるよぉ、お姉ちゃん……」

「樹、勉強だと思って聞きなさい」

 

 

 

 

『御許の御隠れの際に転び出でし十三の筆神は――――、この広い塵芥に惑い、散り散りになりけり。我は天の星座となりて生きながらえらるを―――

今一度御許に使わせ失せ物の蘇るを見継がせ給え!この力あらば傷つき神の樹木、忽ち”画龍”の力であるべき姿へと正さん』

 

 

 

 白い龍、蘇神と名乗ったその龍は姿を『蘇』の文字へと変えて、佇んでいるアマテラスの元へ。

 吸い込まれるようにその文字は光弾けるようにしてアマテラスの身体の中へと取り込まれていった。

 

 

 

 

 

『き、来たぜアマ公!お前の筆しらべが一つ、”画龍”がお前の所に戻ったァ!』

 

 

 まるで自分の事のように喜ぶイッスンが辺りを飛び跳ねて、最終的にはアマテラスの頭部に着地する。

 

 

『画龍の力は”そこには無い筈のものを存在させる力”……お前の力を今見せる時だぜェ!……お前の力ならこの神樹が作った結界の物なんてよ、ワケねぇだろィ?』

『ワウッ』

 

 

 アマテラスがその言葉に応えるように一吠えすると、樹木を深く抉った爪の裂創を見つめる。

 イッスンの力では何度繰り返してもできなかった傷跡を見つめアマテラスは意識を集中させた。

 

 

 

 アマテラスの瞳に広がる世界を絵と見立て、

 自身の神通力を、蘇神の力を注ぎ込む。

 

 

 絵画に筆を走らせるように、

 かつて空に太陽を描いた時のように、

 犬神によってつけられた裂創を墨で満たすように。

 

 

 するとどうだろうか、墨が弾けるように消し飛ぶと、その下から姿を覗かせたのは傷つく前の樹木の表面であった。

 まるで、そこには傷などなかったかのように樹木の表面が蘇ったのである。

 

 

「すごい……! 幻なんかじゃないわ、ちゃんと元の傷つく前の樹に戻っている!」

 

 自分の見ている光景が幻なのではないかと疑った風が樹木を触り、その感触を確かめていた。

 イッスンは自身の鼻を摩り、

 

『どうだィ! これなら元の世界には影響はでねぇはずだろ?』

「そうね、実際に現実の世界に戻って見ないと分からないけど、これで本当に解決できるのなら……イッスン、アマテラス!」

 

『な、なんでぃ……どうしたんだィお嬢ちゃ―――』

 

 

 言葉を詰まらせたイッスンとアマテラスが突如として柔らかい感触をその顔面に受けた。

 顔を見上げてその正体を探れば、風がイッスンとアマテラスを抱きしめていたのだ。

 

「ありがとう、ありがとう……!」

 

 目尻に涙を浮かばせて感謝の言葉を述べる風。

 勇者部、勇者のリーダーである彼女にとって、今回の不始末は自身が直接起こした事でないにしても、樹海が損害による現実世界へ与える影響に一番責任を感じていたのかもしれない。

 

 

『♪~♪』

『お、おっふ……な、なんというボ、ボイン……!』

 

 安堵の笑みを浮かべている風とは真逆に、イッスンは全身を包む女性特有の柔らかな二つの山脈の感触を堪能していた。

 勇者服越しに感じる彼女の胸部にはとても中学生女子のものとは思えない程の母性が詰まっており、その姿には彼のいたナカツクニのサクヤ姫にも劣らない。

 

 

 風は素直に感謝の意味のハグなのは確かだが、”男”として生まれてしまったイッスンはその性故に頭が焼けるような煩悩を叩きこまれる。

 

 

 煩悩を振り払え、と自身に言い聞かせたイッスンは彼を包む谷間から抜け出すと、風に顔を見られないように玉虫の笠を目深に被って、

 

 

『さ、さぁアマ公! まだまだ仕事は残ってんぜぇ、この世界が元の世界に戻る前にありったけの傷ついた樹木をお前さんの画龍で直してやるんだァ!』

『アウッ』

 

 もうしばらく、その女性特有の柔らかさに包まれ堪能していたいと駄々をこねようと思ったアマテラス。

 だが、相棒が我慢しているのであれば致し方ない、と名残惜しそうに風の胸元から抜け出す。

 

 

 

「……このエロ絵師」

 

 

 だが近くにいた夏凛には赤くなる顔とアマテラスを急かす理由を隠し通せなかったか、イッスンの背に小さくぼそっと侮蔑の言葉を浴びせられる。

 

 

『ぐっ…ぐおぉお! アマ公走れェ! 走れェ走れ走れェ!さっさと仕事始めねェかこの毛むくじゃらァ!』

 

 

 機関車が蒸気を吹かせるように頭から湯気を飛ばしたイッスンがアマテラスの頭をばしばしと叩く。

 意外にも力を込められていたのか、それに驚いたアマテラスは一目散に樹海の方へと駆け出していく。

 

 

 

『ワオォウッ!』

 

 

 

 理不尽な。

 

 そう思わせるようなアマテラスの短い吠えが、樹海に響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――???

 

 

『それで……? お前たちは見事に失敗しました、と?』

 

 

 暗く、じめっとした洞窟の中にすすり泣くような声が聞こえる。

 地面に這いつくばる様にその身を伏せているのは緑天邪鬼たち。

 

 

 犬神を”捕獲”する為に、勇者とも戦う羽目になったあの天邪鬼たちだった。

 

 

『あ、あんなツエーおなごが出てくるなんてオラ達聞いてねェだ!』

『そ、そうだべ! 犬っころ捕まえてくる簡単な仕事だって言うから若い衆連れて行ったのに!』

『皆ぶっ飛ばされて怪我して帰ってきたでねぇか!明日からの仕事どうするべ!』

『もうゴリラの相手は御免だで!』

『ああ!ゴリラは無理だ!』

『ゴリラ!ゴリラ!ゴリラ!』

 

 

 頭を下げるようにしていた天邪鬼たちは今回の頼まれごとに対して不平不満を目の前に佇む者にぶつけていたのだ。

 

 

 

―――稼ぎが少なくて困っているようだな。いい仕事がある、なに、犬一匹を捕まえてくればいいだけの話だ。

 抵抗される可能性があるから、最低限の武器はこちらで用意してやる。

 

 

 そう言われた異形の存在の用件を天邪鬼たちは飲んだ。いや、飲まざるを得なかったのである。

 彼ら低級妖怪である天邪鬼たちは小さな集落で暮らしている。

 

 

 人間たちには住処を追いやられ、ひっそりと暮らしてきた彼らにとって食料の調達は不可欠な物だ。

 だが、過疎化の一途をたどる集落には若い天邪鬼よりも年老いた彼らのような天邪鬼が多い。自然と働き手は減り、老人たちが自身に鞭を打っていく。

 

 

 結果的に集落は維持できているものの、その全てを賄う為に必要な食料は確保できずにいたのだ。

 目の前の者はその苦労を少しばかり楽にしてやるという条件で今回の用件を頼んできた。

 

 

 

 しかし、実際にその用件の蓋を開けてみれば、犬は犬でも怨念を纏った凶暴な犬神。

 そして武装した集団であってもそれを遥かに凌駕する勇者達と謎の犬の存在が全力で邪魔をしてきた。

 

 

 邪魔をするという表現ではなく、下手をすればこちらの命の危機さえ感じていたほどである。

 命は助かったものの、働き手である老体と若い天邪鬼が怪我をしてしまうという結果になってしまった。

 

 

 それは同時に彼らの稼ぎ、つまり食料が安定して確保できなくなるという事態に繋がってしまう。

 

 

 

『も、もうこんな用件は御免ダニ!これっきりにして、アンタはもうオラ達には関わらないでくれよぉ!』

 

 

 天邪鬼たちは依頼主に対してこれでもかと言う程の不満をぶつけていた。

 自分たちの命がこの者のせいで危うく脅かされるところだったのだ、それを思えば当然の結果である。

 

 

 

『――――黙れ』

 

 低く、冷たい声色が洞窟を駆け抜けると同時にその紅い二つの双眸が妖しく光る。

 常軌を逸したドス黒い感情が見え隠れするそれをに見つめられた天邪鬼たちは瞬時に言葉を失い、動きを止めた。

 

 

『お前たちに拒否権があると思うか。 ”昔の戦い”、300年前の戦から”落ちこぼれた天邪鬼の末裔たち”よ』

 

 

 ドスン、と相撲で力士が四股を踏むかのように異形が地面を鳴らすと洞窟の天井から老朽化した石の破片が落ち、

 地面にいた天邪鬼たちは尾の打ちつけた衝撃で上へと弾む。

 

 

『貴様らに妖怪としての誇りはないのかッッ』

 

 

 邪気を込めて言い放つと、その者の背から伸びる、”尾のように長い物体”が鞭のように振るわれ、眼前の天邪鬼を弾き飛ばす。

 

 

『ギャンッ』

 

 

 まるで紙のように弾き飛ばされ、壁に直撃した天邪鬼は短く叫んではそれっきり動かなくなる。

 その一瞬の光景を目の当たりにした天邪鬼の、先ほどの勢いはどこへいったのか、ほぼ全員が吹雪の中に放り込まれたかのように身を震わせていた。

 

 

 異形は、天邪鬼よりも数倍はあるであろう巨躯を揺らして、天邪鬼の眼前に迫った。

 

 

『……貴様らの大事な者がああなっても(・・・・・・)いいのか?』

『……っっ!!』

 

 

 尾を揺らした異形は卑しい笑みを浮かべ、その口から尖った長い二本の”前歯”をカチカチと鳴らした。

 

 

『―――その肉を食らってやろうぞ。 貴様らの子と女の肉を……集落に残っている者達の未来、そう簡単に潰したくはないだろう?

抵抗しても殺す、無駄口叩いても殺す、逃げても殺す、寝返っても殺す――――さぁ、選べ』

 

 

 べしッ、と地面を尾が叩けば洞窟が揺れる。

 脅し文句と共に繰り出されたその一撃は、まるで主が動物を躾ける時のような威力を持つ。

 天邪鬼は布の仮面の下で歯を噛みしめながら、頭を擦りつけるように伏せる。

 

 

『た、頼むッ……ヨメには、子供には手を出さないでくれッ、 お、オラ達に出来る事があれば、な、なんでも、なんでもする……!!』

『足りないなァ……』

 

 

 そう言う異形は土下座の姿勢の天邪鬼の頭部に頭を乗せた。

 そして、即座に体重を込める。

 

 

『”お願いします”……だろぅ?』

 

 

 あまり力を、体重を込めてしまっては潰れてしまうため、死なないように潰れないように気を遣いながら。

 天邪鬼は地面と足に挟まれる激痛に耐え、拳を握りながら、

 

 

『お…ッ、お……おね、がいっ…しま…すっ!!」

 

 

 自身が抱く想いとは違う、服従を示す言葉を放つ。

 異形は満面の笑みを浮かべるとすっ、と天邪鬼の頭から足を離した。

 

 

『それでいい……それでいいんだ。 また暫くしたら仕事を持ってくる…それまでに怪我した者達が復帰できるようにな』

 

 

 その一言を告げて、異形は巨躯と、その長い尾を揺らして洞窟の出口へと歩いていく。

 異形の姿が見えなくなり、誰も恐怖を抱いて言葉を発せない深々とした中で、

 

 

『うっ…! ウウ……ッ! ウウオォォオッッッ!!』

 

 

 頭を下げながらにいた天邪鬼が怒りと悲しみの感情を孕んだ哭き声をその洞窟に響く。

 

 

『しかし、神樹に選ばれた勇者、か……厄介な』

 

 

 その慟哭にも似た鳴き声を洞窟の外で聞いた異形は意に介さないように呟く。

 

 

『精霊バリア……そしてあの力、オロチ様の為に対策を立てなくては』

 

 

 天邪鬼たちの報告にあった通りなら、勇者達には生半可な攻撃は通用しない。

 防御も攻撃も圧倒的なまでに上回る勇者の存在を異形は忌々しく思った。

 

 

『まぁ、やりようはいくらでもある……なんせ――――』

 

 

 だが、すぐに口の端を上げた異形は薄気味悪い笑みを浮かべていた。

 

 

『女子供が相手なのだからな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――大赦本部、とある一室にて。

 

 

 

 

 四国、大赦という組織の本部はこの四国を支えている全ての恵み、神樹を祀る組織である。

 故に、神を敬うその組織の者達は皆仮面をつけて仕事をしている。

 

 

 傍から見れば四六時中仮面をつけた神官たちがあるく光景は異常な宗教団体を思わせるが、この世界では至って普通の光景である。多少疑問を抱く者達が居るかもしれないが。

 

 

 

 そんな四国最高組織、”大赦”の本部の最深部のとある一室。

 一人の少女がベッドにいた。

 

 

「……そっかぁ、やっぱり封印が解けちゃってたんだねー」

 

 

 朗らかに、陽気さも感じさせる少女はその部屋にぽつん、といるだけだ。

 その衣服は病人を思わせる患者の服であり、少女の身体の至る所には痛々しい程に包帯が巻かれていた。

 

 

 しかし痛みなど無いのか、健気に、ふわっと喋る少女の視線は膝の上辺りで浮遊する頭一つ分の大きさの”水晶”へと向けられていた。

 ぷかぷかと浮かぶ水晶に向かって、少女は一人話しかけているようである。

 

 

『ただならぬ妖気が空から見えたと思ってもしやと思ったけど――、大蛇神ヤマタノオロチの復活は本当のようだね……駆けつけた時にはもう――――』

 

 

 浮かぶ水晶からは”男の声”が聞こえる。

 遠い場所の景色を見渡せ、通信機能を搭載させた”サウザンドクリスタル(千里水晶)”からは鮮明にその男の姿を映し出していた。

 

 

 何故わざわざ名前が日本語表記でなく英語にしているのか、少女はその理由を知る由もない。

 この男の趣味なのか、それとも癖なのか。

 

 

 

『ま、お空の妖気はアマテラス君が無事に祓ってくれたみたいだから、これ以上暴走した精霊が増える事はないけど―――』

「既に妖気を浴びた精霊はどうにかしないといけない、でしょー?」

 

 

 水晶の中で腕を組み、意味不明に小指を立てる男に包帯少女は答える。

 彼女ならではの洞察力なのか、それを言い当てられて男は、

 

 

『ザッツ・ライッ! ここからはバーテックスだけじゃなくて、妖怪も複雑に絡んでくる実にハードな戦いが予想されるよ。

当面は”自我に目覚めたり、暴走したりしている精霊を元に戻す”のは勇者達にお任せしようかな』

 

 

 突如として甲高く指を鳴らした男は流暢に英語と日本語を混ぜ合わせて今後の展開を予想する。

 

 

『まぁ、タイミング的にもゴムマリ君も合流したようだし、ミーも本格的にムーブするとしますか。 まぁ、その前に――――』

 

 

 男は水晶の向こう側から、包帯少女が見える範囲で見せつけるように、一本の刀を取り出した。

 白く、鈍い青色の光を放つ刀は美しさを感じさせる。

 しかしその刀の”刀身が折れてしまっている”のが包帯少女には気になった。

 

 

『アマテラス君の”復活祝い”にちょっとしたプレゼントしちゃおうと思ってるんだ。 

”画龍”の筆しらべだけじゃ、この先苦労するだろうからね、ミーからのラブのあるプレゼントさ!!』

 

「わーお、素敵……信頼してるんだねー」

 

『そうだよ、”園子くん”。”ユー達”と一緒さ……ミーにとって大切なフレンドで、

パートナーなのさ……あ、予定通りに”例の盾”も用意してくれると嬉しいかな!』

 

 

 園子と呼ばれる少女は一瞬だけ言葉を詰まらせながらも、再び微笑みを水晶の男へと向ける。

 

 

「うん任せて……それにしても、”先生”?」

『ワッツ?園子くん』

「うーんとね、相変わらず”絶好調”だねって」

『そういうユーはどうなんだい?その……身体さ』

 

 男の水晶越しに見える怪訝な表情に園子は対照的だった。

 

『ぜーんぜん、大丈夫だよー』

 

 

 確信も、自信もないのに言い放つ園子の言葉は明るかった。

 水晶越しにもそれが伝わったのか、自然と男の表情にも笑みが戻る。

 

 

「身体は相かわらず戻らないけど―――、”呪い”の進行は比較的に緩やかだってー」

 

 

 そう言う少女、園子は無意識にだが自身の左腕を見つめた。

 一瞬だけ目を瞑ったが彼女は続ける。

 

 

「”まだまだ”持つよー。私は気にしないで、先生はお友達を導くことに専念してほしいのですー」

『園子くん……』

「あっ、でもぉ……時々構ってくれると助かるかなー、ウサギは寂しいと死んじゃうのでー」

 

 

 はっはっは、と園子らしいいつもの発言に男は笑った。

 

 

『園子君はいつからラビットになったんだい?』

「ウサギじゃおかしいかなー、じゃあ……戦車になろうー」

『”ラビット”に”タンク”……園子君、その心は?』

「私がこの手でビルドする!かなぁ」

 

 

 あっけらかんにそう言う園子はその後、他愛もない会話の後で水晶を手元へ納めた。

 するとテレビの電源が落ちたかのように男の姿は写らなくなり、遠隔地の景色を映し出していた水晶は園子の膝を映していた。

 

 

「”わっしー”、元気そうなんだってー……聞いてたセバスチャン?」

 

 園子の顔の横、いつの間にかその姿を現していた彼女の精霊、烏天狗が翼をはためかせることなく宙に浮いていた。

 

『……』

 

 烏天狗の視線は園子の左腕にあった。

 園子は少しだけ崩れていた包帯の下から見える、”黒い模様”を見て呟く。

 

「だいじょうぶ、だいじょうぶ……私はこんなことでへこたれないよー」

 

 自分に言い聞かせるようにした園子。

 時折身体を走る”鈍い傷み”に顔色ひとつ変えることなくいつもの園子であり続ける。

 

 

 園子の左腕、手首から窺える黒い模様は彼女の身体へ徐々にその痕を増やしつつあった。

 そして模様の痕が増える毎に、その痛みが増していく。

 

「あ……っ、うぅ……っ!」

 

 まるで”絡みついた蛇が締め付けを強くするように”、その呪いは次第に園子の幼い身体を蝕んでいく。

 

 

「わっしー……ミノさん……」

 

 

 

 

 やがて引いていく痛みに、園子は大切な親友の名前を口にして、眠る様に意識を手放すのだった。

 




いつもの要約
・復活ッ 復活ッ 蘇神復活ッッ
・イッスン、ボインさえあれば即落ちする説
・義輝はこれから牛鬼とアマ公のおやつ
・天邪鬼さん、ヤベーヤクザに家族を人質に取られ、働かされる
・月に帰れ登場
・そのっち登場、撫子スネイク状態。


 そんなこんなで、筆しらべは原作通り、順番に画龍から。
 恐らく一番まともな筆神サマ。初登場から怒涛の古語ラッシュに”お前、なんて言ってんだよ”と思ったのは私だけではない筈。

 天邪鬼さん達は300年前に、冒頭であったように西暦時代の四国を荒らしまわった妖怪一族の末裔です。なんでこんなに落ちぶれたかは後ほど。

 オロチ組ヤクザのTさん。
 Tとは彼の名を現すイニシャル。地の文とこれだけで正体分かった人には水晶のヘビイチゴあげます。性格はヤクザで、オロチサマからも一目置かれているヤベー奴。
 ガチで勇者システムに対する作戦をこれから考える模様。天邪鬼の家族を人質にとって働かせる。

 
 そのっちは序盤から中盤までにしっかり出番が用意されているので園子様ファンには申し分ない活躍を。その分、い っ ぱ い く る し ん で も ら い ま す。

 月に帰れさんにはもう何も言う事は無いでしょう。とにかく月に帰れ。





真面目な解説

画龍(がりょう)
・アマテラスが持つ筆しらべの一つ。動物の姿は龍。壊れたもの、あるはずのないモノを出現させる力を持つ。
ゲームでは度々壊れた橋や、天の川の復活など、物語を進める上でよくお世話になる力である。死んだ人とかの命は多分戻らない。物とかに対しての限定的な能力なので、ゴールドエクスペリエンスとかクレイジーダイヤモンドみたいな感じでイメージしてもらえれば。(身体は治せるが、魂までは戻らない。)
 樹海の樹木は神樹により作り変えられた物なので樹海化が解ける前に画龍の力で修復すれば、現実世界に影響はないと思った。
 これはバーテックスだけでなく妖怪とも戦うことで戦闘が長期化する可能性がある為。


・千里水晶
あらゆる遠くの景色を見渡せる水晶。ナカツクニで女王ヒミコが所持していたが最後は割れてしまう。園子が持っているのは月に帰れさんが作ったレプリカ。(スマホでよくね?という突っ込みは無しで)



というか、大神のスロットってあったんだ。
中身はほとんどモンハン月下雷鳴だけど、大神のストーリーとか映像はめちゃくちゃ綺麗で、マジで原作ゲームやってるようでした。


驚いたのはキャラクター全員に声が付いている事(スロットなのでナビ音声が必要)
今までホニャララララしか聞こえなかった彼らに声が付くのは嬉しかった。
多分だけど、
・イッスン(大谷育江)例:ピカチュウ
・オキクルミ(森久保正太郎):茂野五郎
・女王ヒミコ(茅野芽衣)暁切歌

こんな感じ。ちなみにスサノオとウシワカはめっちゃイケボだった。
本当に嬉しかったのはボーナス中の映像で大神キャラたちが神木村で酒飲んでるシーン。

フセ姫とか、オト姫とかヒミコが並んで酒飲んでるシーンは…で、でますよ(涙が)…。
自分の住んでいる地域にはもう一台しかないんだよなぁ…。


暫く箸休め的な感じで、2000~3000字くらいの短編混ぜたいなァ。
そんなことが出来ればと思ってる。


ウヴァさんみたいなグリードになりたいので感想や意見はいつでも舞ってます。


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其ノ四点伍、東郷さんとイッスン

たまにはこんな日常回もいいよね。
という、大幅なペースダウンの言い訳。





ツイッターでこの作品をツイートしてくれた読者さんが居て驚きました。
感謝感激あめあられ、精一杯言わせてもらいます。 ありがとうございます!


―――勇者部部室。

 

 

 授業が終わった放課後、部室の机の上で咀嚼音を奏でる者がいる。

 口に一杯に含んだ『ぼた餅』を胃の中へと下したのはイッスンだった。

 

 

『うんめ~!美森ちゃんの作るぼた餅は最高だぜェ!』

 

 自分用に切り分けられたサイズの、二個めのぼた餅に手を着けて口へと運ぶ。

 しかし立て続けに口の中へ大きなぼた餅を入れたのが原因だったのか、

 

 

『――んぶッ!!』

 

 当然の如く、そのぼた餅を喉へと詰まらせて息苦しさから目を見開く。

 もち米故の粘着性の高さから気道が狭まり、呼吸困難寸前のイッスンが胸を叩きながら机の上を転がり始めた。

 

 

「ああ、もうっイッスンちゃんったら!」

 

 その光景を真横で見ていた東郷が慌てながらも、てきぱきとした動作で『小さな湯呑』を人差し指で押すようにして差し出した。

 イッスン専用に作られた豆粒程度の大きさの湯呑にはその器を満たす程のお茶が注がれている。

 

『……っ!……っ!!』

 

 お茶の注がれた湯呑を受け取ったイッスンは鬼気迫る表情でお茶を飲み干す。

 ごくん、ごくんと喉を動かし、せき止まっていたぼた餅を水で流しこんで漸く落ち着いた。

 

『ぶはーっ! す、すまねぇ美森ちゃん……危うく天国に召されちまうところだったぜェ……』

「がっつき過ぎよ、イッスンちゃん」

 

 車椅子に身を預け、普通なら一般生徒よりも低い視線になる美森だが、自身よりも低い位置にいる存在を見ては若干呆れるようにため息をつく。

 

 

「美味しく食べてくれるのは嬉しいのだけれど、お行儀が良くないわ。次同じことをしたら縄で縛って吊るしちゃうわよ?」

『め、面目ねぇ……』

 

 笑っている様な美森だが、それは冗談めかした言い方ではない。

 イッスンは思う。この少女は絶対にやる、と。そう思わせる威圧感が美森から感じられたのだ。

 

 

『それにしても……良くできてんなぁ』

 

 手に取った湯呑を見ては感嘆の声を漏らすイッスン。

 目の前にある湯呑、急須、ちゃぶ台。全てがイッスン専用のサイズである。

 

 

「ふふ……自信作よ。イッスンちゃん達にはいつもお世話になっているから頑張っちゃった。

勇者部五箇条が一つ、『成せば大抵なんとかなる』、ね!」

 

 

 これが全て美森の手作りだというのが驚きだ。

 しかもすべてが美森の手が加えられた一品だと示す様にそれぞれ文字が書かれている。

 

 

 

 急須には『和』。

 ちゃぶ台には『日ノ本』と達筆で書かれていた。

 

 

 湯呑にある『護国思想』とは一体どんな手段を用いて書いたのか疑問に思ったほどの出来である。

 犬神事件が終息し、一息ついたあとイッスンとアマテラスはそれぞれの勇者達の家に時折場所を変えるなどして寝泊まりしている。

 

 

 戦いの後は勇者部部室に入り浸る日々が続いており、現在は美森とイッスンの二人っきりだ。

 アマテラスは風に呼び出されて別行動中である。

 

 

 なんでも、手伝ってほしい依頼があるのだとか、ないとか。

 

 

 

 美森たち勇者が所属する組織、『大赦』から送られたメッセージは自我に目覚めたり暴走したりする精霊がいれば即座に対処するようにと文面にあった。

 しかし、バーテックスだけでなく妖怪と呼ばれる別の敵も見られる中では勇者達の御役目に支障ができる。

 

 

 そこで美森の提案で精霊と妖怪絡みの問題はイッスンとアマテラスに協力を仰ぐことにしたのだ。

 彼らの探している『筆しらべ』を一緒に探すというのと、三食寝床を提供するという条件で。

 

 

 野宿も普通だと思っていたアマテラス達だったが、この世界の人の家の作りとその居心地の良さに憑りつかれてしまっている。

 

 

 

『しっかしィこの世界に来て考えてたが……便利なモノがいっぱいだよなァ、薪も火も使わねぇでオコメが炊けるなんてよォ…”すいはんき”、だっけか?』

 

 イッスンが目にするこの世界には知らない事でいっぱいだ。

 彼がいたナカツクニにはない技術で出来た物で溢れている。

 

 それは全て便利なモノばかり。

 

 

 遠くへ行くために人々は『車』と言う車輪のついた鉄の箱で移動し、

 『テレビ』と呼ばれる箱には世の中の情報が映し出され、

 『スマホ』と呼ばれる薄い板は同じものを持っている者同士で遠く離れていても会話ができるという。

 

 まるで『未来の世界に来てしまった』かのようだとイッスンは驚愕してばかりだった。

 腕を組んで頷いていると、目の前の少女、美森が言うのである。 

 

 

 

「でも私からすればあなた達の世界、ナカツクニの暮らしで普通になってる釜で炊く御米の方が好きだわ」

『こんな便利なモノがあるってのに、わざわざ手間をかけて炊くのが好きなのかィ? 物好きだなぁ美森ちゃんはよォ』

「古き良き伝統が、私は好きなのよ。それに釜で炊いた御米って”おこげ”ができるじゃない? アレはとても美味しいの」

 

 ますますもって物好きな少女だ、とイッスンは思うのである。

 

 しかし勇者部のなかで唯一の黒髪、そして陶磁器のような白い肌をもつ美森の容姿は彼のいたナカツクニでもなかなかお目にかかれない美少女である。

 

 

 知性があり、料理が出来て、大和撫子の鏡と言わしめんほどのおしとやかさ。それらを併せ持つ美森はイッスンにとって超が付くほどのドストライクであった。

 そしてイッスンが美森に対して最も惹かれれるものがある。それは―――、

 

 

・・・・・圧倒的、ボインッ!!

 

 

「……?」

 

 まるでカムイの霊山、聳え立つ巨峰『エゾフジ』の如く突き出る美森の胸部を見てイッスンは思わず目を見開く。

 美森は血走った眼を向けるイッスンの視線の意味が解らないようなキョトンとした表情。

 

 

「どうしたの、イッスンちゃん。私の顔に何か付いているかしら?」

『いいや、ついてないぜェ。相変わらず、綺麗な肌してんなぁって思ってよォ』

 

 正確にイッスンが見ているのは顔から数センチ程したに聳える巨峰である。

 彼はその至福を脳裏に刻みながら、実感するのである。

 

 

 生きててよかった、と。

 

 

『オイラが見てきた女性の中で一番かもしれねェ』

 

 分からないのであれば分からないままの方がイイ、現実とは時に非情な側面を併せ持つ。

 言葉巧みに、こちらの意図に勘付かれないように少女を褒める言葉を忘れない。

 

 

「あらあら、褒めてもぼた餅しか出ないわよ?」

 

 

 こちらが口説く意図が無いのが解っているのか、

 少しも頬を朱に染めることなく微笑みかける美森にイッスンは常に一手を取られている気分になった。

 

 

 しかし、警戒が無いことがなによりも救いだ。

 彼女がこちらを警戒してくれていない事で、イッスンは時間の許すまま、美しく突き出る山脈を眺める事が出来るのである。

 

 

『オイラ‥‥‥この国に来て良かったぜェ』

「そう?なら、ずっとここにいてもいいのよ?」

 

 

 

 ちなみに、美女が彼の前を通り過ぎればコロッと先程までの意見を変えるだろう。

 そうなる展開はもはやお約束なのである。

 

 

 

 

『あ、そうだ美森ちゃん。この四国全体を写してある地図あるっていってたじゃんか―――、アレはもう用意できたのかィ?』

 

「ええ、用意は出来てるわ。ちゃんと縮小コピーでイッスンちゃんが持ちやすいように加工しておいたから……どこか行きたい場所とかあるの?」

 

『この前、街を歩いてるときに遠くから見えたのが気になってたんでなァ……ちょいと観光がてら、行ってみようと思ったんだィ。 

なんだっけかな、ああ思い出した。たしか―――――』

 

 

 揺らぐことのない意志の表れのように熱のこもった視線を美森へと向けながら、既に温くなっていた湯呑の中身を飲み干してイッスンは言う。

 

 

 

『――瀬戸大橋、だっけかァ?』

 

 

 




恋愛事情には発展しないから安心してくれ「ゆゆゆ紳士」の皆様。
イッスン小さいから東郷さんと二人っきりにさせて、服の中に入り込んでToラブるみたいなことさせてみたい....させたくない?

美女とボインをこよなく愛する、それが天道太子一寸。

アマ公と風先輩の話はまた別の時に。

さり気なく、次回への予告をする感じで日常回は終わらせていこうと思います。

感想欄にあった、オロチ組ヤクザのTさんキャラ当てクイズですが、「ゆゆゆ」、「大神」にもいないキャラです。完全にオリキャラでふ。ですが既存の伝承を元に作成したキャラとだけ言っておきます。


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其ノ伍、瀬戸大橋と笛の音

一月経つ前になんとか投稿できたぜ…。
パソコン、新調しました!文字をラグなしで打ち込めるとストレスフリーで執筆が進む進む。相も変わらず時間は掛かりましたが一万文字超えてしまうのはもはや芸なのか。
また執筆を無理しないペースで書いていくつもりです。









劇場版ジオウはいいぞ(誰かの受け売り


 アスファルトに塗装された道を悠々と歩く者がいる。

 それは人ではなく、白い犬であり、どこかとぼけたような表情だがその毛並みは純白と言ってもいい程の美しさだったこともあってか、すれ違う人々の視線をモノにする。

 

『ワゥ……♪』 

 

 太陽神こと、アマテラス大神だ。

 

 

 これが人という人種なら、恐らく天女ではないかと言うかもしれないが、その者は紛れも無く犬である。

 故に人々から向けられる視線と共に掛けられる言葉は―――、

 

「あら、可愛いワンちゃんだねぇ……」

「やだぁこの子の毛、フワフワしてるぅ! 触っても驚かないじゃん!」

 

 まるでマスコットが現れたかのような稀有な視線と、可愛い物を愛でる言葉の数々。

 恍けた表情と美しい毛並、そしてアマテラスの持つ愛嬌の良さがあってこそ起きる現象である。

 

 

 道行く人々が一度足を止め、アマテラスに近づけば、人はそれを撫でずにはいられない。

 そして差し出された人の手をアマテラスが拒むことがないので、周りの人も次第に『自分もやってみたい』と思って寄ってくるのだ。

 

 

 

 この調子ならアマテラスが香川県でちょっとしたマスコットとなるのも時間の問題だろう。

 

 

 

『しっかしィ、なんでアマ公ばっかりこう……人が寄って来るんだァ?』

 

 人だかりから離れて、歩くアマテラスの頭からピョン、と飛び上がる物がいる。イッスンだ。

 

 

『犬って生き物が万人から愛でられるのは常識かもしれねェが、オイラだって一応”妖精”なんだぜェ?

この世界だと妖精っていうのはそれなりに人気があるって友奈ちゃんが言ってたんだけどよォ……』

 

 友奈の話は勿論漫画の話である。

 一応コロポックルという妖精の名で呼ばれているイッスンは傍から見ればただの犬にしか得みえないアマテラスに人気を取られている理由に納得していない様子だった。

 

 

『まぁアマ公の人気も、いずれは落ちらァ。 そうなればこの素敵な妖精イッスン様が人々の、ひいては美女たちから囲まれて……グフフフフフ!!』

 

 友奈の言う、御伽噺の中の妖精の知名度で人気の逆転を図るイッスン。

 だが彼は知らないのである。

 

 

 世の中には自身を妖精、マスコットキャラを装っては少女を願い一つと引き換えに魔法少とは名ばかりの地獄の戦いの輪廻に放り込む、傍迷惑な妖精がいる事を。

 それを考えれば、妖精というのが人々にどのようなイメージで定着しているかで決まる。

 

 

 後はイッスンの頑張り次第で人気者になれるかが決まる。

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 今、アマテラス達はイッスンと共に『ある場所』へと向かっている最中だ。

 その道中、彼らは目的地へと向かいつつ、お互いに何かを探す様に周囲を見渡している。

 

 

 暫くして、イッスンが何かに気付いた。

 

 

『お、あったあった……アマ公、出番だぜェ!』

 

 アマテラスの頭部をぱしん、と叩いて合図を送る。

 彼らの視線の先には一本の木。

 

 

 だがその木は根元から今にも圧し折れそうにひび割れていた。

 今は倒れる危険性は無いが、周囲には民家や通学路がある。もし倒れてきた時の被害の事を考えると放っては置けない。

 

 

『ワウッ!』

 

 アマテラスが一吠えと共に、自身の筆しらべが一つ、『画龍』の力を振るう。

 自身の瞳に映る世界を一枚の絵と見立てたその景色に自ら筆を加えるように、折れ掛かっている樹全体を黒い墨汁で塗り潰し、万物を修復させる『蘇神』の力を注ぐ。

 

 

 墨が弾け飛んだその場所には折れる前の活き活きとした木が力強くそそり立っていた。

 ひび割れていた個所などどこにも見当たらない。

 

 

『よーし、充分だぜアマ公! ……樹海が受けた傷っていうのは、こういう感じで現実の世界に影響を与えていくって訳かァ。厄介だぜェ』

 

 

 小さくため息をついたイッスンはその道中、眼に映る『画龍で直せそうなもの』を探してはアマテラスに頼んで片っ端から修復していた。

 

 

『お、あの物干し竿が折れてるぜェ、アレも頼むわアマ公』

『ワウ』

 

 

 犬神との戦いで自身の筆しらべ、画龍を取り戻したアマテラス達。

 その力で傷ついた樹海を修復していったのだが、被害箇所があまりにも多すぎて幾つか修復できないまま現実世界へと戻ってしまったのである。

 

 

 樹海が受けたダメージは後に現実世界へとフィードバックされ、自然災害となり影響を与える。

 今回は大部分をアマテラスによって修復したことで被害は最小限にとどめることが出来た。

 

 

 事故に遭遇した者もおらず、その事については風を含めた勇者部からはお礼が絶えなかった。

 

 

 

 勇者部部長、犬吠崎風は最初の約束通り、アマテラス達の筆しらべを探す手伝いをしてくれることになった。

 同時に、勇者達はバーテックスの他に現れるようになった妖怪や、精霊への対処をアマテラスと協力できないかとという提案があった。

 

 

 

 厄介ごとは御免だぜ、と如何に美女の頼みと言っても全ての意志は相棒であるアマテラス大先生の御意志によって決められる。

 結局、それはいつも通りのやり取りでアマテラスは勇者達の提案を受け、勇者と大神は協力関係になったのだった。

 

 

 その協力関係となった彼らの仕事が筆しらべ『画龍』による樹海が受けたことによって発生した現実世界の被害の修復だ。

 目的地にたどり着くまでに目についた戦闘が原因と思われ現実世界の傷を修復している最中なのである。

 

『さて、そんなこんなで歩いているうちにオイラ達の目的地が近くなってきたぜ。 

アマ公見ろィ、アレがこの四国でも有名な場所の一つ―――、”瀬戸大橋”だぜェ』

 

 

 

 

―――瀬戸大橋。

 

 

 

 四国、香川県坂出市の海を跨ぐように架かる巨大な橋のことである。

 かつて、まだバーテックスが現れる平和な時代だったころ、四国と本州を繋いでいたその立派なその姿は既になく、無残にも崩れ、そもそも本当に橋だったのかというくらいに壊れていた。

 

 

『なんでもこの橋を使って、ニンゲン達は四国と本州ってところを行き来してたらしいぜェ。

まるでオイラたちの世界、ナカツクニでいうところの平安京の跳ね橋ってところかァ?』

 

 

 アマテラスの頭上にいるイッスンは両の手を頭の後ろで組んでは大橋の先端―――、本来ならば人と人が行き来をしていたという本州があるはずの方角を見据える。

 

 

『なんでもここ数年で四国に起きた自然災害が原因で壊れちまって――――、

たくさんのケガ人が出ちまったって話だァ。 その時に必死に人を逃がしてた若い夫婦が死んじまったらしいけど、その夫婦のお陰で被害を抑えることができたとかなんとか……立派な夫婦だぜェ』

 

 

 もしかしたら、とイッスンは続ける。

 

 

『この”大橋がぶっ壊れた原因”も、もしかしてバーテックスとかの戦いが原因”だったりしてな! 

……しかし、この世界を滅ぼさんと壁の向こうからやって来るバーテックスかぁ、オイラ達にとっちゃァ謎が深まるばかりだぜ』

 

 

 風達が言う、人類の天敵であるバーテックスはまだイッスン達の前に現れていない。

 故に彼らは想像しようにも、その敵がどれほど恐ろしいものなか分からないわけだが。

 

 

 イッスンはいくつか疑問があった。

 それは、アマテラスとともに受けたバーテックスに関する説明である。

 

 

『そういやぁ、風ちゃんが言うには”壁の外は悪いウィルスで溢れていて―――、

”この国の生き物以外は全滅してしまっている”だっけか。んで、ウィルスが急に変化して生まれてきたバーテックスから四国を護っているのが土地の神様が集まってできた神樹サマと、それに選ばれた勇者たちってワケだが―――』

 

 

『ワウ?』

 

 

 アマテラスが首を傾げ、小さく唸る。

 

 

『オイラ達はそのバーテックスって奴らにはあったことが無いから分からねェけどよォ―――、バーテックスって言葉は”頂点”っていう意味があって、それぞれ星座の名前を与えられているんだとさ。

 

けどよォ―――、バーテックスは”ウィルスが突然変異した生物”……、要するにバイ菌だろォ?

なンだってそんな奴らに”頂点”とか、”星の名前”とか大層な名前付けてんだろうなァ……オカシクねェかァ?』

 

 

 菌が変化したという存在にしては不釣り合いな名を与えられていることにイッスンは疑問を持ったのだ。

 頂点、星座という言葉からは人の力など遠く及ばない、遥かなる次元の存在を思わせる言葉である。

 

 

 

 まるで天上に住まう高次元の存在、それこそアマテラス達のような『神』と呼ばれる者たちではないか、と。

 

 

 この世界は謎だらけだ。

 それはこの世界を襲うバーテックスだけでなく、神樹という土地神が守護するこの世界、四国の仕組みもその一つである。

 

 

『ウィルスに囲まれてるから壁の中の生活が切迫してるかと思いきや……ごく普通にニンゲン達も生活できてるってのに驚きだぜェ。

これだけの長い間、人々を生かす為に力を使ってて、疲れたりしないのかィ?』

 

 どれほど長くこの生活が続いているか気になったイッスンは同時に、神樹によるエネルギーが枯渇しないのかという疑念を抱いた。

 万物に無限という事象はあり得ない。彼の、イッスンのいた世界、ナカツクニもそうだった。

 

 

 人々が神の信仰心を忘れ、アマテラスの姿が見えなくなったように。

 神が住まう天上の国、タカマガハラが突然の襲撃で滅んだように。

 

 

 命が生まれれば、それと同じように命の死が存在する。

 盛者とは必ず衰え、次第に消えていく。

 

 

 その運命(さだめ)があるから人の世は移り変わり、新しく何かが生まれていくのだとイッスンは思うのである。

 

 だが、この世界には少しばかり不安を覚えた。

 何もかもが神という存在から『与えられる』ばかりで、人々に何も『求めない』仕組みの世界が。

 

 

 知らない間に何かを求められている?

 人々はどこかで神に何かを捧げている?

 しかもそれは、人知れず、平然と繰り返されてきているのだとしたら?

 

 

 疑念は尽きない。しかし、解決策が浮かぶわけでもなく。

 

 

 イッスンは次第に考えるのをやめた。

 

 

 

『それよりもアマ公! この瀬戸大橋、だっけかァ? お前の筆しらべだったら簡単に直すことだって出来んじゃねぇかァ!?』

『ワウ?』

 

 イッスンはかつては立派に壁の外まで架かっていたであろう大橋をアマテラスの筆技で直せないかと考えたのである。

 

 

『”画龍”の筆技に時間は関係ねェ!数年経った橋だろうがすぐ元通りよォ。 お前がチョイと橋を直してやればこの国の奴らも喜ぶってモンだァ!それに―――、

大橋が元通りになれば壁の向こう側が見えるかもしれねェ』

『……?』

『だーッ! 分かってねェなァこの野郎! もしかしたら””壁の向こう側にウィルスが蔓延してるなんて話自体、誰かが考えた迷信”かも知れねェじゃねェかァ!』

 

 

 首を傾げるアマテラスにイッスンは続け言うのだ。

 あくまで彼の推測の話ではあるのだが。

 

 

『バーテックスは実は”神様の遣い”で、その神様が大事にしている宝を守る番人で、

ニンゲン達が勝手に外に出てきて神様の宝を奪われないようにしてるってのがオイラの予想だィ!』

 

 

 昔の旅の時からだが、イッスンは欲に目がない。

 美女、お宝、冒険とあると彼はすぐさま飛びつきたくなるのである。

 

 

 それとは対照的にアマテラスには金などの金銭は眼中にない。

 当然、イッスンのこの提案には乗り気ではないだろう。

 

 

 だが、イッスンには秘策があるのだ。

 

 

 

『勿論、壁の向こう側にはそれ相応の美味いモンもあるかもしれねェなァ!?』

『アウッ!?』

 

 

 引っかかった。と、イッスンは口角を吊りあげた。

 

 

『想像してみろアマ公……油のタップリ乗った獣の肉に、甘くて頬っぺたが落ちちまいそうな木の実をお前が口にする姿をよォ!』

『……』

 

 

 口だけを開けているアマテラス。だが、その口からは洪水のように涎が垂れ、地面を濡らしていた。

 食い意地だけは張っているアマテラスを動かすなら、まずは物で釣る。

 

 

 意味は違うが、自身の釣りの腕前も相当上がったものだ。

 あのアガタの森でいつも釣りをしている少年、コカリにも教えてやりたいものだ、とイッスンは思った。

 

 

『よーし、アマ公もヤル気になったことだし―――、いっちょ大神サマの大仕事を拝ませて貰うとしますかねェ!』

『ワウッ!!』

 

 

 イッスンに乗せられたアマテラスは景気の良い返事をすると、壊れた大橋の姿をその目に映した。

 

 

 砕けた鉄の先端、圧し折られ、曲がりくねった鉄骨。 

 抜け落ちたかのように存在しない道。

 

 

 その全てを文字通り『塗りつぶす』ようにアマテラスが大橋全体に『画龍』の力を注ぐ。

 

 

 瀬戸大橋は瞬く間に壊れる以前の、力強く伸びたその先、壁の向こう側まで架かるその姿をアマテラス達の前に現す――――筈だった。

 画龍の力を振るおうとしたアマテラスの動きがピタリと止まったからである。

 

 

 

 絵描きがふと集中力を切らすと筆を止めてしまうように、中途半端に止まった筆しらべの力は橋を修復するものにはならず、ただただ霧散して消えていく。

 アマテラスが動きを止めている。

 

 

 それは単純な理由だった。

 笛の音が聞こえた。

 青空に響く緩やかで透き通るような笛の音が、アマテラスの動きを止めていた。

 

 

 

 

 

 どこかで聞いたことのあるような笛の音。

 その笛の音はまるで何百年も前から語られ続け、

 聴き入る者を優しく見守るかのような願いを込められる、不思議な音色。

 

 

 アマテラスの何かを、心の内を叩くような音。

 

 

 

『こっ、この笛の音は……このウサンクセェ笛の音は……ま、まさかッッ!!?』

 

 

 聞き覚えのある笛の音にアマテラスの頭上のイッスンも声を上げ、辺りを見渡した。

 端から聞いても美しい音色だが、イッスンの脳裏に浮かんだある人物の姿がこの笛の音をそう評価づけざるを得ない。

 

 

 アマテラスとイッスンが見上げる。視線の先、大橋の鉄骨の一部に佇んでいる、一人の男の姿を目に捉えた。

 

 

 奇妙な服装だった。

 まるで陰陽師あのような衣装にカラス天狗のようなお面、頭から腰に向かって伸びる鳥の羽のような独特な長髪。

 

 

「天呼ぶ 地呼ぶ 海が呼ぶ……」

 

 

 声色からして、確かに男の声。

 羽のごとき長髪が揺れ、男は笛を止めると徐に口上を述べ始める。

 

 

「物の怪倒せと我を呼ぶ……!!」

 

 

 まるで既視感のある光景を目の当たりにしているアマテラスとイッスン。

 だが、そんなことをお構いなしに男は一際大きく身を揺らし、何故か小指を立て、言い放つ。

 

 

 

 

「人倫の伝道師、ウシワカ――参上(イズ・ヒア)――!!」

 

 

 

 突如現れた、ウシワカと名乗る男は”いつものように”英語と日本語を器用に混ぜながらポーズを決めていた。

 

 

『て、テメェは……!! インチキ陰陽師のウシワカ!!』

 

 頭に驚愕の色を浮かばせたイッスンが視線の先で長髪を掻き上げる男の名を叫ぶ。

 

 

 人倫の伝道師、ウシワカ。彼はアマテラスやイッスンが元居た世界、ナカツクニの住人だ。

 自称陰陽師。

 京の都の上空に自ら創設した謎の組織、『陰特隊』の隊長でもある。

 

 

 神出鬼没にして、旅先で突如姿を現しては勝手に勝負を仕掛け、『奇妙な予言』を言い残して風のように去っていく。

 しかもさっきのように然程流暢でもない英語を中途半端に会話に交ぜてくる。

 加えて上から透かしたような態度。

 初対面の人物が彼に抱く第一印象は『とにかくうざい』で間違いないだろう。

 それがこの男、ウシワカである。

 

 

「インチキとはまた随分な言いがかりだね、ゴムマリくん。 久しぶりだけど、元気だったかな? ミーの方はこの通りさ!」

 

『誰もテメェの体のことなんざ聞きたくねェんだ!あと、いい加減そのゴムマリって呼び方止めやがれェ!』

 

 イッスンにとってこのウシワカという男と絡んでいたら碌な思い出がない。

 というか、旅先でトラブルに遭うときはこの男が原因だったりする。

 

 

 何度この男の行動に振り回されたことか。

 そう考えるとイッスンにとっては三年ぶりの再会でも、特に感動することなく、ただ怒りだけが湧いてくるのであった。

 

 

「アマテラス君もその様子を見ると無事にこの世界にカムバックしたみたいだね。会えて嬉しいよ、嬉しいけど……」

 

 呆けるように首を傾げいるアマテラスを見ては何かを感じ取ったか、ウシワカはため息をついて言うのである。

 

「まだ力を取り戻したワケじゃないんだね。 以前のユーから感じられた力も、今は全くと言っていいほど感じられなくなった……正直、がっかりだよ」

『な、何ィ~!?』

 

 自身の相棒を貶されては黙っていられなかったイッスンが叫ぶ。

 

 

『やいやいやい! 久しぶりに顔合わせたかと思ったら最初に遭った時みてェなイヤミ垂れやがってェ!テメェは確かアマ公と一緒に箱舟ヤマトで天の国、タカマガハラに旅立ったんだろォ?

なんだってアマ公とお前がこの国にいンだァ!? 説明しやがれェ!!』

 

 頭に湯気を立ちこませながら怒号を飛ばすイッスンに、やれやれといった表情でウシワカは肩を竦める。

 

「……その様子からすると、ゴムマリ君は今のアマテラス君(・・・・・・・・)を見ても未だに何も分かっていないようだね」

『―――っ!?』

 

 ウシワカの一言に、イッスンの胸がどきりと鳴った。

 この世界に来て最初に出会ったアマテラス。その姿を見て感じた違和感をイッスンは気づいている。

 だが、それが何なのかは分からない。

 

 姿かたちこそ、イッスンが知るアマテラスだ。

 どこか恍けていて、ポァっとしてるお調子者の性格は変わらない。

 長い間アマテラスと旅をしてきたイッスンが見間違えるはずもない。

 

 それでも積み重ねの日々とイッスンの感覚が的確な裏付けをしているのにも関わらず、イッスンは違和感が拭えない。

 決定的に何か(・・・・・・)が違う。イッスンは思っていた。

 

 

 ウシワカは、イッスンの感じているアマテラスの姿の違和感に気付いている。

 そして、間違いなくその理由を知っているのだ。

 

 

 だからイッスンは聞く。

 

『……テメェらが居なくなった”3年”の間、アマ公の身に何があったのか教えろィ!このインチキ陰陽師が!』

 

 おおよそ、人に物を聞く立場とは思えない態度のイッスン。

 これでも昔に比べればマシで、3年前は荒々しい口調とともに刀を抜いていた頃があった。

 イッスンも少しばかり大人になったのかもしれない。

 

 

「”3年”、か……ゴムマリ君からすれば確かにその通りだね。

たしかにミーは知っているよ。アマテラス君の身に何が起きたのも、そして“この国がどういう仕組みで成り立っているのか“もね」

 

 

 対してウシワカは自身の長髪を搔き上げては揺らし、余裕に満ちた表情で言う。

 

 

「でも、今は言わないよ。 必要がないし、いずれユーも知ることになるだろうから……ね」

 

 

 そう言うとウシワカは橋の上からとん、と飛ぶとまるで風を操るかのようにして宙を浮遊しながら、ゆっくりとアマテラス達のいる地表へと舞い降りた。

 

 

「ま、それとは別に今日ここでユーたちに会いに来たのは一つお願いがあったからなんだ」

 

 腰に手を当て、小指を立てながらウシワカは懐から長大な包みを取り出したのだった。

 

 

『こ、この野郎! またいつものようにケムリに捲こうって腹だなァ!? ちゃんとオイラ達に説明を―――』

 

「協力してくれたら、ユーたちの力になるモノをプレゼントするよ?」

 

 

 にっこりと、ぶん殴りたくなるようなスマイルを向けながらウシワカはその包みを解く。

 解かれた包みの中にあったのは―――、

 

 

『へし折れた刀に……割れた皿だァ?』

 

 イッスンが映したその二つのものに目を丸くする。

 折れた刀は白磁の柄と鞘に収まれていたもので、美しき玉鋼で打ち込まれたその半分の刀身からは僅かに鈍色の光を放っていて、その刀が名のある業物であると証明している。

 

 

 一方で、もう一つはイッスンから見ても見当がつかなかった。

 

 

 何か強烈な力で砕かれたその破片はつなぎ合わせれば美しい模様が彫られた皿のようである。 しかし、それは皿として使うにはあまりにも大きく、硬い。

 どちらかといえば、皿ではなく、まるで攻撃を防ぐ盾のような。

 

 

 目利きに対して自信を持っていたイッスン。

 片方が業物、片方が得体のしれない皿、というのは理解できた。

 

 

 それでも、このウシワカがアマテラスに何をさせようとしているのか、その意図だけは図ることができなかった。

 

 

「アマテラス君、既に”画龍”の力を持っているんだろう? それでこの刀と盾を直して欲しいんだ。

大丈夫、これはユーたちのこれからの旅路で絶対に力になってくれる……まだ全てを理解できていないユーたちには苦難かもしれないけれど、頑張ってもらわないといけない、なにせ――――」

 

 

 一層険しそうな顔になったウシワカは腕を組んで言うのである。

 

 

 

「あの伝説の大妖怪――、ヤマタノオロチが復活してしまったのだからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――???

 

 闇のように深い森の奥で、うごめく巨大な影がある。

 その影は二つの妖怪のものだった。

 

 

『成ル程――、ソレジャア アタシガ其ノ樹海トヤラ二入リ込ンダラ、現レル勇者ドモヲ蹴散ラセバイインダネェ?』

 

 

 一つの影は巨大であった。

 声色はどちらかといえば、女のものだろう。

 五丈はありそうなその巨躯を揺らし、幾つも伸びている手(・・・・・・・・・)が地面を掴むことでその計り知れない重量を支えているのがわかる。

 

 

 複数の腕、胴体と繋がった大きく膨らんだ袋―――、その姿は蜘蛛を思わせた。

 

 

『……そうだ』

 

 もう一つの影は話し相手である蜘蛛のような異形を見上げ、そう答えていた。

 鞭のようで、それで大岩をも砕く威力を持つ尾をゆらりと揺らすその異形は目の前の蜘蛛よりは小さいが、それでも他の妖怪たちよりは大きい。

 

 

『お前の得意の待ち伏せでな。 別に勇者は殺してしまっても構わん……

オロチ様完全復活の妨げになる者はたとえ犬っころ一匹でも生かしておく理由にはならない』

 

 

『女ノ肉ハココ数百年、味ワッテ無カッタカラネェ……アァッ…! 

アタシノ腹デ溶ケテク女ドモノ柔ニクを想像シタダケデ涎ガ止マラナイヨ……』

 

 

 カチカチと牙のような物を打ち鳴らした蜘蛛の妖怪は嬉々とした表情を浮かべながら巨体に似合わない速さで動き、その場から消えていった。

 一人残った異形は蜘蛛が居なくなったのを見計らって呟くのである。

 

 

『……最悪、勇者一人を道連れか、戦闘不能にすれば御の字なんだがな』

 

 勇者というのは余りにも規格外だ。 

 その力は緑天邪鬼たちの情報通りなら、神樹の加護と精霊バリアというこの二つの要素がある限り、あの妖怪に勝ち目はないだろう。

 

 

 だから異形は考える。最悪、勇者に痛手を与えれれば良いのだと。 

 武器を振るう為の腕を食いちぎったり、

 駆けるための足を切り落としたり、

 戦力を大幅に削り取ることができれば何でもよかった。

 

 

 当面はあの精霊バリアに苦戦することになる。だが、異形は決して悲観しない。むしろ、未だに余裕の表情を浮かべている。

 

 

 理由は勇者たちが子供であり、年端もいかない少女だからだ。

 

 

 

 

 ヒトには心があり、それが強さとなる。

 かつては圧倒的戦力を誇っていた妖怪たちが、勇者たちを前に打ち返されたのは勇者たちの徹底的な連携と、意志の強さ故であった。

 

 

 時に助け合い、時にぶつかり合い、されど生まれた絆は彼女たちを不撓不屈の戦士とし、迫りくる妖怪とバーテックスを撃退して見せた。

 団結力というのだろう。

 それがヒトの強さなのだと異形は理解してる。

 

 

 

 しかし、ヒトには心があり、必ずそこには弱さがある。

 付け入る隙はどこかに必ずあるはずなのだ。

 

 

 異形は容赦なくその隙を突く。突かなければならない。

 そうでもしなければ勝利を得ることはできないと分かっているからである。

 

 

 そして何より――――、

 

 

『そのやり方は実に俺好みだ』

 

 

 二本の突き出た前歯をカチカチと鳴らした異形は外道の極みとも呼べる笑みを浮かべていた。

 

 

 

『あの~、旦那ァ。 今回アッしらはどうすれば……』

 

 笑みを浮かべていた後ろで待機していた緑天邪鬼がが恐る恐る声をかける。

 前回異形が尻尾で壁に叩きつけた天邪鬼だろうか、頭の部分には包帯が巻かれていた。

 

『当然、勇者達と戦うに決まってるだろう―――と、言おうと思ったが。

 前回の戦闘で貴様たちと勇者たちの戦力差は歴然、闇雲に戦わせれば無駄に天邪鬼の数が減るだけだ』

 

 

 無論、異形にとっての天邪鬼は戦うための駒である。火攻め、水攻め、待ち伏せ、戦の作戦を遂行するのは大将自らではなく、その基盤となっているのは小さな兵士なのである。

 それが減るというリスクを、彼は避けたいのだ。

 

 

『ち、ちなみに何をやらせるんで……』

『勇者の捕獲だ』

『ソレ戦って勝つより難しい奴じゃないですかー!』

 

 黙れ、と異形は自身の尻尾を地面へと打ち鳴らした。

 

『勇者だろうが元はニンゲンの女だ。付け入る隙はいくらでもある……なぁに、”それ用の道具”もちゃんと用意してやる』

 

 かっかっか、と異形は嗤っていた。天邪鬼はお面の下で顔を引きつらせながら、また聞くのである。

 

 

『ち、ちなみに……捕まえた勇者は…どうすれば?』

 

『――――犯せ』

 

 抑揚のない、掴みどころのない声で異形は言った。

 

 

『泣き喚こうが容赦なく犯し、自身が勇者ではなく力のないただの女子供だということを自覚させ、絶望させるのだ。

その後は捕えた勇者を利用して仲間の勇者を捕獲する……残りの勇者も当然同じく孕み袋行きだ』

 

 まるで機械が淡々と作業をこなすかのように紡ぐ言葉に天邪鬼は思わず息を呑み、同時に恐れた。

 怪力無双の勇者を堂々と犯せと命令する異形の言葉は冗談なのかも判断できない。

 

 だが、異形は念を押すように真っ赤な瞳を向けて、

 

『やれよ?』

『ヒィッ!? や、やります! やりますから!』

 

 今度は一転してドスの利かせた言葉で圧をかけてきたので天邪鬼たちは一層震えたのだった。

 最悪な性格をしているなと思いながら。

 

 

『まずは一人目だ。 相手の勇者は殆どは近接に特化した勇者が多い……貴様らでは歯が立たないだろう。 現状で一番捕獲しやすい勇者を狙うことにする……』

 

 

 右腕の伸びる剛爪で顎を搔きながら異形は考えていた。

 勇者たちのデーターはまだ全くと言っていいほど纏まっていないが、現存する勇者の中で虚を突きさえすれば、捕獲しやすい者がいるはずだと。

 

 

 卑しい笑みを浮かばせながら、異形は天邪鬼達に彼らの捕獲対象となる勇者の特徴を告げるのである。

 

 

『遠距離から火筒で援護している青の勇者がいると言ったな……まずはソイツからだ』

 

 

 

 




ウシワカの特徴とか抑えながら執筆してて思ったけど、これ男版うたのんじゃないの?
農業やり始めたらダブル農業王が出来て嫉妬みーちゃんが闇落ちしそう。
エロい展開は期待しないでくれ。
どこぞのヤクザ妖怪のTさんが勇者をぐへへするって公言したけどマジでやったら消されちゃうからね。危ない橋は渡らないよ(書かないとは言っていない)

イッスンって本篇でもセリフの中に冗談交えながらもそれがガチの真相だったりして、知らずのうちに答えを言っちゃってるキャラなので。でも本人は本当に壁の向こうはお宝にあふれた夢の世界だと思ってます。

ウシワカが持ち出した刀と盾の正体は察しのいい人なら既に気づいちゃってるかもしれない。






以下、用語と人物紹介。原作のネタバレ注意。



・ウシワカ
年齢不詳(200~?才)
ゲーム大神にて主人公アマテラスの旅先で遭遇する序盤の中ボスキャラ。戦闘にて勝利するとストーリーに役立つ情報を皮肉とともに教えてくれる旅先案内人。
戦闘時は脇差と愛笛・ピロートーク(どう見てもリ゛ボル゛ゲイ゛ン゛)をレーザーブレードに変形させて戦う二刀流。
アマテラスとは、イッスンが出会う前からの付き合いがあったため、顔見知りである。
年齢は不詳ではあるが、ゲーム大神時で200歳以上が確定しているのだがその姿は若い青年の姿から少しも変わらない。剣捌きはかなりのものだが、それ以外にも未来に起きることを予知する能力を持っている。
その正体はかつて滅んだ天神族の生き残りで、ナカツクニの人間ではない。
ゲーム終盤、ラスボスである常闇の皇を撃破後、アマテラスと一緒にタカマガハラの再建のために箱舟ヤマトに乗ってランデブーの旅に出た。



もっと詳しく書いてほしい場合、リクエストがありましたら追記しますが嫌な方は原作大神をプレイすることをおススメします。


感想や意見をもらうことが出来たら、潔く月に帰りますのでよろしくお願いします。


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其ノ陸、ウシワカと戯れる

夏季休暇だぜェ!
この期間中に大幅に更新出来ればと思っています。
ついでに過去最高文字数14000文字に到達しました……助けて、書き始めると止まらない。

誤字報告いただきました!修正済みです、ありがとうございます。


――――樹海

 

 

「なんか、気味悪いわね……今回の樹海」

 

 

 神樹の力によって形成された結界内を探索するように駆け抜ける者がいる。

 三好夏凜だ。

 

 

 部室にて待機していた勇者部は突如として耳に響く”樹海化警報”のアラームを聞いた。

 だが敵がバーテックスなのか、妖怪なのかまだ分からない。

 その為、現在は索敵をしている最中だ。

 

 

 やけに静かな樹海だ、と夏凜は思う。

 基本静寂を維持するのが樹海だが、今回のは異常だ。

 そして樹木に巻き付いている”白い糸”が夏凜が感じている不気味さを一層強く演出させる。

 

 

「東郷、あんたの所から何かわかりそう?」

 

 スマホを手に取り、遠距離で索敵を行っている美森へと通話を試みるも、

 

 

『ザー…ザー…』

 

「通信状況が悪い? ……今までこんなことなかったのに」

 

 

 数十キロ以上の距離を開けているとはいえ、これまで仲間との端末間での通話が出来なかったことはない。

 だが砂嵐のような音とともに樹海内のマップも壊れかけたテレビのように確認できないのが現状だ。

 何もかもが想定外の事態が起きている。

 そう考えた夏凜は脳裏に嫌な予感を浮かべたのだった。

 

 

「ま、こんな時こそ完成型勇者の出番よね……どんな敵が出て来ても私が殲滅してやるんだから!!」

 

 

 現在勇者部は散り散りになって索敵している。

 その中でも前回の戦いで傷を負った風はなるべく友奈と一緒に行動させるように仕向けさせた。

 完治もまだしていない風の腕と足には未だに包帯が巻かれている。

 ケガ人にはあまり無理はさせられない。

 そう考えた夏凜の判断だった。

 

 

 もちろん、真っ当な話し合いで風が夏凜のいう事聞くとは思えない。

 当然、”部長なんだからアタシが前に出る”という風と。 

 ”ケガ人は足でまといなんだから後ろに下がってなさい”という夏凜で意見の対立が生まれた。

 

 

 

 そこは人間関係緩衝材、結城友奈の出番である。

 彼女ならではの朗らかさでその場を収めた後、夏凜は友奈には風の近場を離れるなと告げておいた。

 もちろん、風の監視役の意味である。

 

 

 その時の友奈は笑顔で、

 

 

『夏凜ちゃんは優しいね♬』

 

 と言ってきた。

 夏凜の意図を早々に理解したのか、馬鹿ゆえの直感が行き着いた答えなのか。

 どちらにしろ、照れ隠しの一環でそっけない態度で友奈から逃げるように離れた。

 

 

「……まったく、調子狂うよなぁ、ほんと」

 

 頭を搔きながら夏凜は自身の頬が少しだけ赤くなっているのに気づいていなかった。

 

 

 

 索敵から数分が経過する。

 敵はまだ見つからない。どこかに隠れているのだろうか。

 

 

「……あれ? あんなところに、不自然な花が…?」

 

 

 人間など簡単に超える巨大な花弁が夏凜の瞳に映る。

 これまでの樹海化で一度も見ることなかった異質さに、夏凜が警戒のレベルを上げる。

 

 

 おかしい、たしかにアレには何かがある。

 そう思わせるほどであった。

 だが、謎の電波状況の不調により部員全体に連絡を取ることが出来ない。

 かといって、一人で攻撃など仕掛けるのは危険だ。

 このまま手を出さず、部員が集まるのを待つしかない。

 

 

 そう思っていた矢先だった。

 樹が花弁の真上に着地した。

 

 

「おいぃぃぃぃい!!」

 

 

 頭の中で思っていた言葉を迷わず叫んだ夏凜。

 索敵範囲が若干被った樹がこちらまで飛んできたのだろう。

 ましてや、ほかの樹海で出来た花だと勘違いしているのか疑いもすることなくその場で索敵を続けている。

 

 

 

「これって……まさか擬態?」

 

 

 周りの樹木に紛れて、という言葉に夏凜が仮説を立てた。

 あの花は獲物を捕らえるための擬態した姿なのではないかと。

 

 

 世の中には頭部の発光体を利用して獲物を誘き寄せる深海魚や、粘膜に触れた瞬間その身を挟むように閉じる植物がいるという。

 

 

 

 アレもその一種なのだとしたら。

 夏凜が思わず息を呑んだ瞬間。

 花がわずかに動いたのを彼女は見逃さなかった。

 

 

 徐々に周りの花弁が閉じるべく持ち上がる。

 だが一気にではなく、ゆっくりと動いているため真上に陣取っている樹は気づいていない。

 

 

「樹……!!」

 

 叫んでも、今の樹には届かないだろう。

 索敵に夢中だ。それでなくても、端末での連絡が不可能に近いため彼女に危機を知らせる術がない。

 

 

「こうなったら……!!」

 

 

 花弁が再度動き出す。 

 今度は先ほどよりも早く、樹を飲み込むためにその花弁を閉じようとしていた。

 それよりも早く、夏凜は駆けだす。

 多少強引な手段になるが、そうでもしなければ樹にそれ以上の危害が及ぶ。

 そうなれば、姉の風が半ば発狂することになるだろう。

 

 

 

「樹ィ!」

「あ、夏凜さん……どうしてこっちに突っ込んで―――」

 

 せめて、こちらの動きに気付けという意味で名前を呼んだ。 

 樹がこちらに顔を向けた刹那、夏凜は樹の体目掛け――――、

 

「ドラァッッ!!」

「にゃぁあ!?」

 

 全体重を乗せたドロップキックをお見舞いした。

 体重が軽い樹は紙のように蹴り飛ばされ、花弁から強制的に離脱させることに成功する。

 

 

 精霊のバリアが樹を守り、地面を二転三転する。彼女が安全なのを確認したのも束の間。

 花弁が完全に閉じ切った事で夏凜の視界は突然闇に包まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヤマタノオロチだってェ!? どういうことだィそいつはよォ!!』

 

 過去すでに破壊された瀬戸大橋の前で、響く声がある。

 

 

 イッスンは、信じられないことを耳にした。

 彼のいた世界、ナカツクニでアマテラスとともに打倒した妖怪、ヤマタノオロチがこの四国で復活したのだと。

 

『アマ公がオイラとスサノオのオッサンでやっとの事で倒した奴が…なんでこの国で蘇ってんだァ!!』

 

 

 ヤマタノオロチはナカツクニの北部の神木村の近辺、『十六夜の祠』と呼ばれる洞窟に住んでいた大妖怪である。

 

 

 その強大な妖力と恐ろしい姿に村人たちは恐怖し、抵抗することもかなわなかった。

 100年、神木村の近くに住み着いたヤマタノオロチはその村から毎年一人ずつ女の生贄を欲していた。

 

 

 

 自身が神に成り上がるため。

 いずれ神を超え、この世のすべてを支配する力を得るために。

 畏れと恐怖による自身への信仰をヤマタノオロチは欲した。

 

 

 

 

 自身の妖力を纏う髑髏を巻いた矢を放ち、その矢が刺さった家の者はヤマタノオロチに生贄を差し出さなければならない。

 100年もの間、神木村の人たちは泣く泣く自身の娘をヤマタノオロチに差し出していった。

 

 

 

 そうしなければ、村の者を全員皆殺しだと。

 貴様らが育てた家畜や田畑を焼き尽くすぞと。

 99人。

 それが、神木村を生き延びさせるためにヤマタノオロチに捧げた村の女性の数だった。

 

 

 

 村の人々を助けるために、生贄の女性は喜び、時には泣きながらヤマタノオロチに身を捧げる。

 神木村はそういった悲しい風習を受け継いで生きながらえてきた悲しい村だった。

 

 

 

 そして、100年目の晩。

 その年も村一番の美女、イザナミが100人目の生贄として選別される。

 それに業を煮やした、イザナミに想いを寄せるイザナギが一人でヤマタノオロチに戦いを挑んだ。

 

 

 

 火を吐き、毒を吐き、闇と光、雷と水、土の自然の摂理を自由自在に操るヤマタノオロチにイザナギは悪戦苦闘する。

 

 

 

 奇跡は起きた。

 イザナギが死を覚悟したとき、村でオロチの使いと嫌われていた白い狼、白野威(シラヌイ)が駆け付けた。

 彼は共に戦い、力を合わせてヤマタノオロチを打倒した。

 だが戦いの末、白野威はイザナギの代わりに受けた傷によって死んでしまった。

 

 

 

 神木村を救った大英雄としてイザナギが称えられる。

 そしてこれまで村人から嫌われた白野威は英雄の窮地を救った盟友として、村はずれに社と像を立てて祀られた。

 

 

 

 100年間の悲しい歴史に終止符を打った『イザナギ伝説』が生まれた瞬間であった。

 

 

 

 

 そして100年後、歴史は繰り返される。

 

 

 

 ナカツクニに100年ぶりに蘇ったヤマタノオロチ。

 その妖力の影響で邪気に穢されていくナカツクニ。

 木精サクヤ姫の力で復活する白野威こと、アマテラス大神。

 イザナギとイザナミの子孫であるスサノオとクシナダ。

 

 

 

 まるで誰かが仕組んだかのような役者の中に紛れ込んだ旅絵師イッスンを加えて。

 彼らの運命の物語が動きだす。

 

 

 

 生贄を選別するヤマタノオロチの矢がクシナダの家の屋根に突き刺さる。

 

 

 かつての歴史をなぞるかのようにアマテラスとスサノオがともに戦いを繰り広げる。

 再現された神話の結末。

 スサノオの金色に輝く剣が最後、ヤマタノオロチを両断した。

 

 

 

 その戦いは100年前と違い、誰も死ななかった。

 スサノオもクシナダもアマテラスもイッスンも、神木村の人々も。

 犠牲の上に成り立っていた神木村に犠牲を出さずに平和を勝ち取った戦いだった。

 

 

 

 

 誰もヤマタノオロチの名前に怯えることなく、楽しく、平和に暮らせる時代が来た―――そう思っていたはずなのに。

 

 

 イッスンにとっても、アマテラスにとっても彼らの物語が始まるきっかけとなった最悪の大妖怪が蘇っている。

 その現実を受け入れられずにいた。

 

 

「なんでって、言われてもねぇ……ミーが”この世界に来た時”はまだ居なかった筈なんだけど―――、気づいたらナカツクニの妖怪と一緒に現れたんだ」

 

『そ、ソレだァ! なんでこの国にナカツクニの妖怪が蔓延ってるんだィ!

 

 オイラだってテメェらが居なくなってから3年間、ナカツクニ中を回って神への信仰心を説いて回ってたんだィ!

 それでナリを潜めるくらいに、ナカツクニは平和な国に―――』

 

「この国はナカツクニじゃない。ミーたちが居た国どころか、まず世界そのものがまるで違うんだよゴムマリ君」

 

 

 イッスンの言葉はウシワカによって遮られた。

 

 

「これだけはレクチャーしてあげるよ。 

”この世界に、”大神アマテラスが顕現し、イザナギやその子孫とヤマタノオロチと大立ち回りを繰り広げたという歴史はそもそも存在しない”。

 神の信仰心を説く天道太子もまた存在しない……。

 言うなれば、この世界でナカツクニの妖怪や人、神がいること自体がイレギュラーなのさ」

 

 

 髪を掻き上げて言うウシワカの言葉には説得力があった。

 そもそも、この四国の歴史に自分たちが今までいたナカツクニが存在していないのであれば、夏凜やククノチが天道太子の存在を知らなかった事に納得がいく。

 

 

 ならば、ヤマタノオロチやナカツクニの妖怪はどうしてこの世界にいたのか。

 それを聞こうとしたイッスンの意図を読み、ウシワカが肩を竦める。

 

 

「ミーが語るのはここまで。 

 謎解きって言うのは一つずつ、パズルのピースを組み上げるように解いていくのが楽しみの一つだからね」

 

 

『た、楽しみだとォ!? て、テメェ! こんなオカシイのが分かりきってる世界でノンキに楽しむだの馬鹿言いやがってェ!

 最初遭った時からうさんウサンクセェ奴だと思ってたが、その時よりも更にウサン臭さが増してやがらァ!!』

 

 

「フフフ……褒めてくれるのかい? センキューベリーマッチッ!!」

『褒めてねェ!!』

 

 

 数年経ってもこのウザさは変わらないのだな。

 そう思うイッスンは怒りに騒めく内心に安堵感に似たような感情を同居させた。

 

 

「ま、要約すれば”こんなに妖怪の脅威が蔓延ってる中で筆しらべ一つしか取り戻せていない神サマが太刀打ちできるの?”って話さ。

 それで、どうなんだい? ミーのお願いを聞いてくれる気になったかな?」

 

 

 話の本筋をもとに戻したウシワカ。

 彼の表情にはどこか余裕が存在していた。

 それはアマテラスやイッスンがこちらの提案に賛同してくれるという確信である。

 

 

 

 いつものように煙に捲くように去っていくウシワカのやり方ではこれまでと同じようにイッスン達に不信感を抱かせる。

 だから今回は真実を幾つか告げ、力の重要性を理解させなければ自身の提案に乗ってくれないと考えたのだ。

 

 

『チクショー、全部テメェの思惑通りってかィ! アマ公!』

 

 

 イッスンの言葉を理解し、それに応じたアマテラスが折れた刀と割れた盾へと顔を近づける。

 二つの壊れた業物を前にしたアマテラスはそれらに『画龍』の筆しらべで蘇神の力を注いだ。

 

 

 アマテラスの瞳に映された刀と盾に塗りつぶした墨が弾け飛ぶ。

 そこには折れる以前の刀と砕ける前の盾の本来の姿があった。

 

 

「……素直に聞いてくれるとは思わなかったよ、ゴムマリ君」

 

 

 ウシワカは少し驚いたように口を開く。

 彼がイッスンに対して抱いていたかつてのイメージはどちらかと言えば悪いほうしかないのだ。

 

 

 絵描きとして技量を叔父に否定され続けて心が折れ、絵の世界から逃げ出した。

 自身の意志で絵を書くことを辞め、それでいて絵師を名乗っている。

 信仰伝道師としての使命を忘れ、世を遊び歩く。

 面白おかしく生きれればそれでイイ。

 まるで駄々を捏ねる子供のような矮小さ、心の弱さがその頃のイッスンにはあった。

 

 

 

 だから今回のウシワカの提案も最終的にはアマテラスに権限を委ねるのだろうと思った。

 彼はいつも、最後の決定はアマテラスに委ねていたから。

 それを理由に仕方なく、乗り気でもないのに分かったようなフリをしていたから。

 ましてや彼は自分のことが嫌いだから。理由はよくわからないけど。

 でも今回は違った。

 アマテラスに判断を委ねず、イッスン自ら折れていた。

 以前のイッスンからは考えられないことだった。

 

 

 その上で、イッスンは言うのである。

 

 

『ウルセェなァ! テメェが教えてくれねェから仕方なくだァ! 

 だったらオイラ達はよォ、”デキることからコツコツ”とやっていくしかねェ!』

 

 今までも、これからもと付け加えて、イッスンは言い放った。

 

 

「……そういえばそうだったね」

 

 

 ウシワカは思い出す。

 どんなに絵が嫌いになって筆を振るのを辞めた怠け者でもアマテラスと共に旅をしている彼は違った。

 むしろアマテラスを面倒くさがりながらもしっかりと支え、導いてさえもいた。

 蘇ったばかりの右も左も分からないアマテラス。

 左スティックの移動や各種ボタン操作、筆しらべの使い方をレクチャーすることも。

 動物への餌づけや困っている人々へのお節介も。

 賽の芽の復活による『大神おろし』も。

 

 

 

 自身たちで出来ることを疎かにしないで取り組む姿をウシワカは思い出した。

 『出来ることから、小さな事からコツコツと』。

 綴られたその言葉は今思えばイッスンの座右の銘なのだろう。

 

 

 その心を忘れないでいたからこそ、自身の使命を全うしようと覚悟を決めた彼だからこそ。

 最後の戦いでアマテラスとウシワカの窮地を救う、あのどんでん返しを成し遂げることが出来たのではないかと。

 

 

 イッスンの天道太子として成長した姿にウシワカは思わず微笑んだ。

 

 

「ファンタスティック!!ゴムマリ君の成長した姿が見られてミーはとても嬉しいよ!!」

 

『や、やめろォ!テメェなんかに褒められてもただ気持ち悪ィだけだィ! 美女を寄越せェ美女をよォ!』

 

 

 この世で一番褒められたくない相手から褒められてしまったイッスンは自身の背中に怖気が走るの感じた。

 どうせなら美森などの美少女から強烈なハグとともに褒められたいのが彼の正直な願いである。

 

 

「素直じゃないねぇ……」

 

 

 ウシワカはその様子を楽しみながら小さく笑い、

 

 

「それじゃあ約束通り、生太刀(いくたち)神屋楯比売(かぐやたてひめ)を直してくれたお礼をさせてもらうよ

……アマテラス君!ゴムマリ君!レッツ・ルック・ザ・スカイ!」

 

 

 要は空を見ろ。

 そう言いたいのか、意気揚々と生太刀と呼ばれる刀で空を指すウシワカの言動を全スルー。

 アマテラスとイッスンは雲一つない、四国の晴れ空を見上げる。

 

 

 そこに広がっていたのは―――、

 

 

『お、オイ……こんな晴れ渡っている空に、なんで星座の光が……まさか!?』

 

  

 青海の空の一部が夜のように黒く滲む。

 黒い空に点々と青い星の光が輝いていた。

 

 

『アマ公!』

 

 

 その意図をいち早く理解したイッスンはアマテラスへ合図を送る。

 小さく頷き、漆黒の空に輝く星々を見据え――――、

 

 

 新しく星を付け加え、『足りない星々の点と点を結んだ。』

 

 

 

 その瞬間、夜空に輝く一つの星座が成った。

 

 

『う、ウオォォォォ!!き、キタぜェ!』

 

 

 星座の光が弾けると同時に、アマテラスを取り巻く世界が変わる。

 雲の上にいるかのような、白を基調とした異空間へ。

 

 

 アマテラスや限られた者しか存在しないその場所を駆け抜ける者がいた。

 鼠だ。しかし、ただの鼠ではない。

 その身に不釣り合いなほどの偉く大きな剣を担いだ鼠だった。

 

『チュイッ チュイッ!』

 

 しかしその鼠はよほどの力が無ければ持てもしないであろう大剣を口に咥えている。 

 そして器用に振るう。

 力任せではない。

 通り抜ける剣閃は風を斬り、空間を裂くような風圧を伝える。

 洗練された一流の剣士の如き太刀筋がそこにあった。

 

 

『おお……我が慈母アマテラス大神』

 

 

 そして例のごとく鼠は喋るのである。

 

 

『物の怪蔓延りつつある塵界でわが身を隠したるは――――、 

 古の英雄により振われたこの刀のみなりけり。

 万象の神たる御許を助くる事こそわが勤めなれば――――、

 退魔の剣を以って悪を祓う大役、この”断神(たちがみ)”に預けられよ!!』

 

 

 剣の柄にもたれ掛かる鼠は『断神』と名乗った。

 言葉を言い終え、『断神』の体が弾けとび彼を現す一文字の『断』の文字が浮かび上がる。

 その文字は光と共に、アマテラスの中へと吸い込まれるように消えていった。

 

 

『やったぜアマ公!』

 

 視界が晴れ、彼らにとって当たり前となった四国の青空の下でイッスンが歓喜の声を上げた。

 

 

『”断神サマ”の筆しらべは、なんでも切り裂く絶技”一閃(いっせん)”だぜェ!

 これでお前の失われた力がまた一つ戻ったなァ!』

 

 

 彼らの旅で戦いの際に最も使われていた筆しらべ、『一閃』。

 対象となる物体へ横一文字に筆の軌跡を描くことでその対象に両断の現象を実現させる。

 アマテラスの戦いがこれである程度有利になるのは間違いないだろう。

 

 

『しっかしィ分かんねェ……筆しらべがどうしてこの刀に……、

 ”英雄に使われた刀”って言ってたなァ、この刀の持ち主はどこぞの英雄だったのかィ?』

 

 

 新たな疑問の答えを探すイッスンは思い出すのである。

 ナカツクニで一閃を見つけた時も、『断神』は英雄・イザナギ殿のイザナギ像に宿っていた。

 

 

 鈍色に光を放つ、生太刀を見据える。

 この業物を使う剣士が四国に居たのか。

 平和な筈の四国の世界が、かつて戦いに晒されていた時代があったというのか。

 情報が足りない。

 今のイッスン達では到底この刀の真実に辿り着くことはできないだろう。

 

 

「友人の物だよ。その二つは」

 

 ウシワカが小さく呟くのである。

 彼は刀と盾を手に持ち、視線をやり、

 

 

「生太刀も神屋楯比売も……この世界に来たミーが出会った友人が持っていたんだ

……大切な友人が、ね」

 

 

 そう付け加えたウシワカの瞳はいつもと違った。

 そこにはどこか遠い昔のことを懐かしむような瞳をしていたのだ。

 本来の姿を取り戻した二つの武器を見ては心の底から喜びの感情を表すように、優しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

「改めて礼を言わせてもらうよ、アマテラス君!ゴムマリ君!

それじゃあここでいつものように……”例のアレ”、いってみようか?」

 

『ま、まさか……』

 

 例のアレ、とは。

 首を傾げるアマテラスと、その意味を察した事で嫌な予感がしたイッスン。

 

 

「ミーの予言さ!」

『やっぱりそれかィ!!』

「二つもあるよ?」

『要らねェよォ! テメェのことだィ!どうせロクなことじゃねェんだろォ!?』

 

 

 全力で否定の言葉を叫ぶイッスン。

 ウシワカは旅先でアマテラスと出会う度に予言とは名ばかりの、よく分からない言葉を残していくのだが。

 大抵ロクな目に合わない。

 しかも彼の言葉が大抵その通りになってしまうのだから尚更タチが悪い。

 

 

 この男の予言を受け取った直後。

 巨大丸太に乗って激流を流されたり。

 ナカツクニでサボってる犬を探す羽目になったり。

 巨大蛇と戦う羽目になったり。

 ネタが尽きかけたのか、『月が出た月が出た』としか言わなかったり。

 

 

 とにかく、ロクなことが本当にないのだ。

 

 

「まず一つの予言を伝えるよ――――、

”勇者を乗せて、レッツゴー!!”」

 

 

『ネタの遣い回しじゃねェかァ!!』

 

 

「ノーノー。決していいネタが思いつかなかったとか、これでなんとか押し通せるかな。

なんて微塵も思っていないワケだよ……ドゥユゥアンダースタン?」

 

 

 絶対嘘だ。イッスンはそう思った。

 冷たいまなざしを受けながら、なおウシワカは続ける。

 

「二つ目は―――」

 

 

 その時、これまでの陽気さが嘘だったかのようにウシワカの顔から笑みが消えた。

 いつになく険しい表情である。

 白い色の人差し指をアマテラス達へと向けながら、ウシワカは告げる。

 

 

「―――”樹海化”がもうすぐ起きる……今回はかなり大物の妖怪だ」

『ンなッ!?』

 

 

 唐突に告げられた彼の予言にイッスンが顔を歪ませる。

 ウシワカの予言は内容こそ適当だが、その大筋は大抵その通りになる。

 彼が告げた予言が現実のものとなるということは。

 これから近い内に”樹海化”が起きること確定させていた。

 

 

「ユーたちの事だから心配の必要はないと思うけど……

一応武運を祈るよアマテラス君、ゴムマリ君。それじゃあ、グッバイ・ベイビィ!」

 

 

『て、テメェこの野郎ォ! なんだってソレを最初(ハナッ)から言わねェ――――』

 

 

 

 金切り声を上げるイッスンが言葉を言い終える前に。

 四国の時間が止まり、世界は地鳴りと共に光によって包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

『なんだいコリャァ!?』

 

 信じられない物を見た、というイッスンの声。

 樹海化に巻き込まれたアマテラスとイッスンが目にした樹海の景色はいつもと違っていた。

 

 

 先日目に焼き付けた樹海の情景に付け加えるように、樹木の上には白い糸が巻き付いていたのだった。

 イッスンが触ると糸は粘着性があり、餅のように張り付いた。

 

『気持ち悪ィ糸だなァ。まるで”蜘蛛の糸”だぜェ?』

 

 手に張り付いた粘着く糸を愛刀・電光丸で切り裂く。

 イッスンの刀は特別製だ。

 彼の剣捌きと業物の力が合わされば、この程度の糸を両断することなど造作もない。

 

 

 

 その一方で、アマテラスは気づいた。

 

 

『……?』

 

 

 視線の先、樹海の樹木を覆う白い糸の密度がやたらと多い場所。

 まるで”何者かの巣”を表すように白い糸の牙城と化したその場所に大きな蕾がある。

 

 

『ん?なんだなんだァ? あのデケェ蕾はよォ!

 あんな蕾、前の樹海に来たときは無かったはずだぜェ?

 

 

 ウシワカの予言と同時に来た今回の樹海化といい、あの蕾といい――――、

 今日はよくわかんねぇ事ばっかりが起きやがんなァ』

 

 

 ふと、その時イッスンは疑問に思うのである。

 果たしてアレは本当に蕾なのだろうか(・・・・・・・・・・・・・)、と。

 

 

 白く粘着性を持つ糸はまるで掛かった獲物を逃がさないかのようだ。

 その中央で聳え立つように存在している蕾のようなもの。

 今もこうして微動だにしない姿はまるで獲物を待っているかのようだ。

 

 

 イッスンはある一種の既視感を感じた。

 かつて、ナカツクニでも同じようなものを見たような気がしたはず、と。

 

 

『おっ、あそこに風ちゃん達がいるぜェ。オイラ達も合流するかィ』

 

 

 距離にして100メートルほどであろうか。

 蕾の目の前に陣取るように樹木の上に佇む勇者たちの姿がある。

 合流を果たそうと。イッスン達は樹海を駆け、その距離を縮めていったのだが―――、

 

 

 勇者たちに近づくにつれて、何やらいつもとは違う異常な事態が起きていた。

 

 

「う…うっ……ひっく……ご、めん…なさい…」

 

 犬吠崎 樹が泣いていた。

 いつどこからか敵がやって来るか分からない樹海の中で膝を折り、顔を覆いながら。

 樹を宥める様に姉である風が背中を擦っていた。

 

『風ちゃん! 一体ナニがあったってンだィ!!』

「アマテラス……イッスン……あんたたちも来てたのね……」

 

 イッスンが声を掛けてようやく気付いたか、風が視線をこちらに向けた。

 だが、その瞳には焦燥に駆られた様子が見て取れた。

 

 

『樹ちゃん! ナニがどうしたってんだ! 教えてくれェ!!』

「い、イッスン……いま樹は…」

 

 状況を早く知るためのイッスンの言葉は風によって遮られる。

 とても樹が喋られるような精神状態じゃないのか、そう思った時。

 

 

「か、夏凜さんが……」

 

 ぽつり、と。

 引き絞るように樹が声を漏らした。

 

『あ、あのニボシ娘が!? たしかにアイツだけ見当たらねぇが……』

 

 イッスンが確認できるだけでも勇者は3人。

 友奈と風と樹。

 美森は遠距離担当なのでこの場から確認できないのは仕方がない。

 しかし、夏凜はどうだ。

 あの近接二刀流でこの樹海では嫌というほど自身を誇示する赤の勇者服を身に纏う少女の姿が見当たらない。

 

 

「わ、私を庇って……あの中に……!!」

 

 震える指で示したのは、目の前に聳え立つ巨大な蕾。

 その中に夏凜がいるのだという。

 

『あ、あの蕾の中ァ~!?』

「……迂闊だった」

 

 風が言葉を漏らす。

 

 

「私が…部長の私がしっかり前に出て状況を把握していれば……夏凜の言葉に素直に従わないでアイツの前に出ていれば……」

 

 

 事の始まりを風は語り始める。

 樹海化が始まって、周囲の索敵を続けていたときに樹が着地した場所があの蕾の真上だった。

 その時の”蕾はまだ開いたままで”周囲の樹木と同化した、樹海の一部と勘違いした樹がその場で索敵を続けていた。

 樹が気づいたときには、横から飛んできた夏凜に体ごと蹴り飛ばされていたという。

 

 

 地面を転がった樹が最後に見たのは花弁が閉じ、蕾の内側に飲み込まれる夏凜の姿だった。

 

 

「端末に呼び掛けても応答がないの……それどころか、電波が酷く悪くて遠くにいる東郷にも連絡がつかなくて……」

 

 風が自身の端末を見せる。

 といつもなら鮮明な映像を見せる端末の画面に視界を遮るような砂嵐が起きていた。

 

 

「……返せ」

『ゆ、友奈ちゃん!?』

 

 

 静かに呟かれる一言をイッスンは耳にする。

 ただ一人、友奈だけがジッと閉じた蕾を見つめていた。

 普段の彼女から考えられないような怒りの色をその顔に浮かばせながら。

 

 

「夏凜ちゃんを……返せぇぇぇえッッ!!!」

 

 次の瞬間、友奈が蕾目指して飛び上がった。

 奪われた友人を取り戻そうと。

 右腕を振りかざして、全身全霊の一撃を振るう。

 

 

「勇者ァ――――パァァァンチッッ!!」

 

 

 これまで幾度となくバーテックスを砕いてきた友奈の拳が巨大蕾に炸裂する。

 拳が表面に突き刺さる時、確かな手ごたえを感じた。

 だが次の瞬間、友奈の拳が弾かれ風達がいる場所まで吹き飛ばされたのである。

 

 

 

 拳を当てた箇所には赤黒い文字で『無駄』と示され、その表面には傷一つすら見当たらない。

 

 

「な、なんで…ッ!?」

『まるでそこに攻撃しても意味なんて無い見てェな弾かれ方だァ……オイオイ、コイツァもしかして――――』

 

 

 イッスンの言葉が言いきられる前に地鳴りが起きる。

 それは蕾の周囲から発生していた。

 

 

 同時に、天へと突き抜ける様に伸びあがる”何か”がある。

 巨大な蕾を中心にして伸びた”何か”は全部で八つ。

 しならせ、蠢くそれは生物の”首”にも見えるし”腕にも見える。

 

 

 

 空へと伸びる何かが地面を轟音と共に叩きつけられる音を勇者たちは聞く。

 彼女たちが目にしたのは”腕”だった。

 無機質な白い骨のような腕がその数だけ地面を穿ち、樹海の地面を削り取る。

 

 

 

『我ラガ主君ノ黄泉帰リシ

 メデタキ折二―――、トヤカクヤト嗅ギ回ル

 ウットウシイ勇者ト犬トハ オマエタチノ事カエ?』

 

 

 

 くぐもった声が耳に届く。女性のような声だ。

 その声と共に、八つの腕は地面に力を加えるとその巨大な蕾の自重をものともしない軽快さで”飛び上がる”

 

 

 空中で蕾を勇者たちから反転させ、蕾を後ろに着地した姿を現す。

 その正体は巨大な蜘蛛であった。

 

 

「ひっ……!?」

 

 恐怖による樹の声。

 蕾が後ろに向き、代わりに勇者たちの前に現れたのは女の顔だ。

 艶のある黒髪。

 しかしその顔には目という器官がなく。

 あるのは鋭い牙を生やした口だけである。

 

 

 

『じょ、女郎蜘蛛だとォォォ!?』

 

 

 イッスンが驚愕の声を上げる。

 

 

『またナカツクニの妖怪が出てきやがったぜェ!』

 

 

 その姿はイッスン達がいたナカツクニ、ツタ巻遺跡に住み着いていた大妖怪・女郎蜘蛛と同一の物であった。

 

 

「夏凜ちゃんを……夏凜ちゃんを返してッッ!!」

 

 

 奇妙に腕を動かし、恐怖を煽る女郎蜘蛛に物怖じすることなく友奈が叫ぶ。

 

 

『カリン……アァ、無様二罠に掛カッタ女ノ事カエ?』

 

 女郎蜘蛛はその巨躯を揺らし、嗤う。

 

 

『オマエタチヲ葬ッタ後デ最初二頂ク ゴチソウダカラネェ……”アタシ好ミノ味二仕上ゲテル最中ナノサ”』

 

 

「……ッッ!? か、夏凜ちゃんになにを……何をしてるの!!」

 

 

『クカカカカッッ!! 知リタキャアタシヲ倒スンダネェ。

 心配シナクテモ オマエタチモ同ジクナルンダカラ―――

 

 ソレトモウ一ツ……遠ク二居ル オ友達ハ今頃ドウシテルカネェ?』

 

 怪しく嗤う女郎蜘蛛の一言に友奈の表情から血の気が引いた。

 

 

「東、郷さん……?」

『て、テメェ! 美森ちゃんに何しやがったァ!!』

 

 

『カカカカカッ!』

 

 イッスンに対しても女郎蜘蛛はただただ嗤うだけであった。

 遠くで援護しているはずの美森の存在を、この妖怪は知っている。

 

 

 嫌な予感は重なっていた。

 通信状況の悪い勇者の端末。

 遠距離で一人残っている美森。

 こちらに気を惹かせるために捕えられた夏凜とそれに乗じて現れた女郎蜘蛛。

 イッスンは気付く。

 

 

『……美森ちゃんが危ねェ!!』

 

 

 敵の狙いは、勇者である東郷美森だった。

 残りの勇者たちと分断できるように距離を離して、一人になっている彼女を襲うつもりだ。

 

 

「東郷さん!」

 

 一番の友人の身を案じた友奈は即座に動こうとする。

 しかし、目の前の捕えられた夏凜を放っておくことも出来なかった。

 

 

 こうしている間にも美森の身に何かが起こっているかもしれない。

 美森か、夏凜か。

 二つの内、一つを選ぶという選択を友奈は迫れらていた。

 

 

『ラァッッ!!』

 

 

 その動きが鈍っている獲物の隙を女郎蜘蛛は見逃さない。

 呆然と佇む友奈目掛け、骨のような腕が伸び、捕えようとする。

 

 

「友奈ッッ!!」

 

 

 直後、友奈を目指した女郎蜘蛛の腕が風の大剣の一振りで弾かれた。

 友奈の前に出た風は大剣を構え、前方で弾かれた腕を振る女郎蜘蛛を見据え、叫ぶ。

 

「行きなさいッ 東郷のところに行きなさい!!」

「風先輩!? でも、夏凜ちゃんが!!」

「夏凜はアタシと樹で助け出すから! アンタは急いで東郷のところに駆けつけなさいッ

 何かあってからじゃ遅いわよ!?」

 

 

 語気を強める風の言い方は、この場に留まる友奈を一刻でも早く離れさせようとする意図があった。

 だが目の前の敵はバーテックスとは違い、この前の犬神のような妖怪よりも遥かに大きい。

 樹とだけでは苦戦は免れない。

 

 

「風先輩……」

「ふふ、心配しなさんなってッ

 アタシの溢れんばかりの女子力でこんな奴らぶっ潰してやるからッ!!」

 

 

 風の身を案じる細い友奈の声を跳ね除け、

 彼女の背中を押すような快活な風の声。

 

 

「風先輩、……無理はしないでください!!」

 

 

 風の一言に友奈は決断する。

 迷いを吹っ切り、仲間に託し、美森のいる方角へ飛び上がった。

 姿が見えなくなったのを確認し、風は再度敵と向き合う。

 

 

「どうしたもんかなぁ……ほんと」

 

 とほほ、と肩を落とす。

 そんな悪態突く風の横を通り過ぎる様に、白い犬が前へと躍り出た。

 

 

『まったくよォ……オイラ達のことも忘れてもらっちゃ困るぜェ風ちゃんよォ!!』

『ワウッ』

「アマテラス、イッスン…!!」

 

 

 アマテラスは既に身を引くくして、小さく唸っている。

 戦闘準備万端といったところだろう。

 イッスンは横で未だ自身の責任感から泣いている樹を見ると、

 

 

『樹ちゃんもいつまで泣いてんだィ!』

「でも、私のせいで…夏凜さんが……」

 

『安心しろィ!妖怪に食われたワケじゃねェし、義輝が中でちゃんと守ってらァ!

 アイツがそう簡単にくたばるタマかよォ!

 早いところあのバケ蜘蛛からニボシ娘を引きずりだして――――、

 ちゃんとニボシ娘に謝ろうぜェ!』

 

「う……うんっ!!」

 

 

 厳しそうでどこか優しさに溢れているイッスンの言葉。

 それを聞き、樹は涙を拭うと自身の頬を掌でぱちんと叩く。

 叩いた後、顔をぶんぶんと振った樹の顔から悲壮さが消え、夏凜を救うという闘志が満ち溢れていた。

 

 

 

『フワォウ……』

 

 

 意気を取り戻した勇者たちがそれぞれ構える一方で、アマテラスは女郎蜘蛛を前にちょこんと座ると大きく欠伸を放った。

 それを機に食わないと思ったのか、女郎蜘蛛が口を開く。

 

 

 

『……フザケタ真似ヲスル犬ダヨ

 遺言クライハ聞イテヤロウト言ウノニ生意気ナ態度ダネェ……!!』

 

 

 女郎蜘蛛が八本の腕を動かす。

 その巨体を揺らすたびに樹海の地面が揺れ、近くの樹木を物ともせずへし折っていった。

 やがて能面に牙の生えた顔をアマテラスへと近づけて、口をカチカチと鳴らす。

 威嚇のつもりだったのだろうか。

 

 

 だが、アマテラスは怯むどころか座ったまま微動だにせず、

 

 

『アウ…アウ……』

 

『何ダッテ?

 ……コノ期ニ及ンデ ソンナ”悪タレ”口ヲ!!』

 

 

 ヒトならざる者同士、通じ合える言葉があるのだろう。

 アマテラスが口にした言葉に女郎蜘蛛は酷く怒っているようだった。

 

『犬ヲ食ラウ趣味ハナイケド

 アタシノ腹ノ中デ 溶カシテヤロウカイ?』

 

 女郎蜘蛛が大きく口を開け、奇声を上げる。

 まるで聞いた者が魂を凍り付かせるような奇声だ。

 

 

『何言ってやがんだィ

 腹ン中にニボシ娘を咥え込んでよォ!

 

 それにこちとら犬じゃねぇやィ!これでも立派な大神サマだィ!』

 

 

 勇者も怯む邪気に充てられながらも怯まないものがいる。

 イッスンだった。

 アマテラスと同じ、肝っ玉があるのか、ただの馬鹿なのか。

 その相棒である彼もまた、一向に怯んでいる様子は見られなかった。

 

 

 すると女郎蜘蛛は怒りを孕んだ口調を一転させ驚いたように、

 

 

『アレ! 人間ノ言葉モ話セルトハ驚イタヨ』

 

 

 珍しいものを見たように視線をアマテラスへと注ぐ。

 女郎蜘蛛からはアマテラスが人の言葉を喋る犬に見えたらしい。

 

 

「あれ、イッスン…あんた存在気づかれていないわよ」

『嘘だろオィ!!』

 

 風の指摘にイッスンが叫んだ。

 頭を抱え怒りによる湯気を飛ばす一方で、風があることに疑問を持つ。

 

 

「ねぇイッスン。 さっきアマテラスがあのクモに向けた”悪タレ”ってのが気になるんだけど……なんて言ってたの?」

『あぁアレかィ? アレはだな――――』

 

 

 イッスンは風の疑問に答えてみせた。

 アマテラスが女郎蜘蛛に向けた言葉とは――――、

 

 

 

 

『―――”なんだ化け物、筋肉以外にもちゃんと中身は詰まってんのか?”って言ってたんだィ』

 

「えぇ……神様もそんな悪口吐くのね…知らなかったわ」

 

 

 

 普段はポアッっとしているアマテラス。

 人々に崇められる神様でも、そういった言葉を使うのだなと、風はちょっとだけ神への認識を改めた。

 

 

 

『……デハ勇者ト大神ヤラ

 死出ノ山路ヘノイソギハ良イカエ?

 

 楽ニ逝カセテヤルカラ ソコヲ動クンジャナイヨ!』

 

 

 女郎蜘蛛の口から勢い良く糸が吐き出される。

 この樹海にまき散らしたのも、女郎蜘蛛なのだろう。

 

 

 

 吐き出された糸を飛び上がって躱したアマテラスと勇者は粘着質の糸が影響していない地面に降り立つ。

 風と樹はそれぞれが武器を構え今にも襲い掛かってきそうな女郎蜘蛛を見据えた。

 

 

 

『ガルルル……』

 

 

 そしてアマテラスも。

 自身の前足で口元を拭うと目の前で殺意を露にする異形に物怖じすることなく向かっていったのだった。

 

 

 




夏季休暇のため、どしどし投稿頻度が上がるかもしれません(多分)
一応二話完結をめどに執筆しているわけですがそのせいで文字数がえぐいことになっている……。読みにくかったスミマセン……

ウシワカが持ってきたのは生太刀と神屋楯比売でした。
若葉ブレードは多分皆さん想像できたと思いますが、タマッちシールドはみんな分からなかったかもしれない……。



というわけで初ボス戦、女郎蜘蛛さんの登場です。
東郷さんを捕まえると言っておきながら、ついで夏凜ちゃんをgetしちゃう女郎蜘蛛さん。
久しぶりの人間の肉が食べられるとテンションが上がっているので現在夏凜ちゃんを味付け中。丸呑みされた夏凜ちゃんが何されてるかは皆さんのご想像次第でございます(恍惚)
蔦の花神がないけどどうやって女郎蜘蛛倒すの?
その答えは次回にて。


ゲーム大神でアマテラスの女郎蜘蛛に向けた悪タレの元ネタはデビルメイクライ1のシーンらしいです。





いつもの、解説


筆しらべ
・一閃(いっせん)
アマテラスの失われた力の一つ。対象に横一線に筆を走らせることで文字通り切断の現象を発生させる。
通常の攻撃が通らない妖怪や、イベント時に木を切り落とす際にも使用させる。
戦闘とイベント、どちらも多用することが多い筆しらべ。
とりあえず登場人物や、家、オブジェクトに一閃を食らわせたプレイヤーは多いはず。
一閃の強化状態に一閃弐式、参式がある。
境界線上のホライゾンでいえば、神格武装・蜻蛉斬の割断現象に似ていると思ったのは多分私だけ。




妖怪
・女郎蜘蛛(じょろうぐも)
ゲーム大神にて、アマテラスが戦う最初のボス。
その不気味な登場の仕方と黒髪、のっぺら顔に牙というヤベェ姿は多くの初見プレイヤーにトラウマを与えた。
八本の腕から毒の爆弾を投げつけるが、一閃で打ち返すことが可能。
また女郎蜘蛛の尻の蕾には鉤爪がついているので、蔦の花神の筆しらべで開かせることで弱点である目玉を露出させることが出来る。逆に蔦の花神がないとか勝てないし、目玉以外の場所は絶対にダメージを負わない。


伝承
・女郎蜘蛛の伝承は諸説存在する。
ある時は人間を天井裏まで引き寄せて食い殺したりする美女だったり。
嫁入りが約束された美女が前日の男の心変わりで捨てられ、深い深い憎しみから姿を変えた女が女郎蜘蛛になったとされる。(徳島県出自)
共通するのは美女という点。
ホラー映画に『呪怨』という作品があるが、それに登場する女の幽霊・伽耶子も呪いのほかに男を天井裏まで引き摺って殺す方法を用いている。
もしかしたら伽耶子のモデルは女郎蜘蛛かもしれない(作者の勝手な考察)



次回、東郷さんピンチ。
感想や意見、いつでもお待ちしています。


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其ノ七、東郷と黒の3連星

なんでこんなに張り切って書いてるんだ私は。
敵のモブキャラにも色濃いキャラクターたちがいる……それが大神。
いつのまにかゆゆゆいの生放送が来週予定されてますね、8/27日です。
皆さん、お忘れなく!


「東郷さん……!!」

 

 結城友奈は樹海の樹木を足場に美森の元へと向かっていた。

 後ろでは女郎蜘蛛と交戦を始まったのか、ヒトならざる者の叫び声と破壊音が友奈の背を叩く。

 

 

 力いっぱい樹木を蹴り、友奈は飛び上がる。

 いつもより高く、

 いつもより早く。

 

 

 

 通信状況は相変わらず悪いため、連絡は取れない。

 一刻も早く、美森のいる場所へとたどり着かなければならなかった。

 もし美森の身に何かあったのだとしたら、

 それは友奈にとって耐えられないものとなるだろう。

 

 

「お願い、無事でいて……!!」

 

 

 かつて友人を守るという誓いを立てた。

 その約束を守るため。

 駆り立てられる思いを胸に秘め、友奈はさらに加速した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やけに静かね」

 

 

 友奈たちがアマテラスと合流するより遥か前のこと。

 美森は遠く離れた場所からスナイパーライフルを構えていた。 

 彼女の勇者としての特性を考えれば適切な位置取りである。

 遠距離で、視界が開け、遮蔽物の見当たらず、風の影響も考慮したこの場所は遠距離で援護する彼女にとって最適の場所だった。

 

 

 スコープ越しに、勇者たちの状況を把握する。

 それぞれの勇者たちが索敵をしている最中だ。

 しかし通信状況が悪い。

 他の勇者たちと連絡が出来ないし、

 画面が砂嵐が起きており、マップ上にて自分や敵がどこにいるのかも分からない状態が現在起きていた。

 

 

「おかしい……今までこんなこと無かったのに……」

 

 バーテックスと戦っている時でさえ、通信状況への不具合が起きるなどということはなかった。

 しかも美森の端末は改造されていて、少しの電波の悪い場所でも通信が可能となっているのである。

 そのスマホが機能していない。 

 美森は推察する。

 何か、『よくない』ことが起き始めている、と。

 

 

「もしかして……あの蕾が? あの蕾が妨害電波のようなものを出してる? でもなんのために?」

 

 樹海にてその存在感を露にする巨大な蕾は不自然なものだと思った。

 今は動きは見せてはいないが、美森にとってはそれが不自然で仕方がない。

 きっと何かある。

 現状を生み出している要因をあの蕾と繋げると納得してしまう自分がいる。

 

 

 

 だからこそ生まれる疑問もある。

 だとすれば、勇者同士で連絡を付けさせない理由はいったい何なのか。

 

 

 

「蕾…陽動、電波障害、連絡手段の封鎖……孤立……これって、まさか」

 

 咄嗟に美森は思考した。

 今この状況で、誰が一番ヤバい状況なのか。

 

 

 敵がどこに潜んでいるか分からず、

 仲間と連絡することも出来ず、

 敵からすれば最も攻めやすい人物がいる。

 

 

「しまった……」

 

 

 味方から最も離れた自分が標的だと気づいたがそれは遅いことだった。

 直後、夏凜が蕾の中に飲まれ、女郎蜘蛛が目覚める。

 それと同時に。

 

 

『キキッ』

『キッ』

『キ―――ッ!!』

 

 

「誰ッ!?」

 

 

 美森の背後から、猿のような声をあげて現れる者たちがいる。

 イッスンが言う、天邪鬼と呼ばれる妖怪たちだ。

 その数3匹。

 しかし、前回見た天邪鬼とは違い、その装束は『黒い』。

 だが地肌は『緑色』であった。それに違和感を覚える。

 まるで『緑』なのに無理やり『黒』になろうとしているような、そんな感じがした。

 

 

 現れた3匹の黒い装束の天邪鬼は横一列に並ぶ。

 慣れたように真ん中の天邪鬼が声高らかに叫んだ。

 

『俺達ッ 天邪鬼村の特殊戦闘員が一人、その名を”(イチ)”!!』

 

 次に左の天邪鬼が続く。

 

 

『俺が”()”!!』

 

 

 最後に1匹が少しばかり不慣れな様子で叫ぶ。

 

 

『お、おおお俺が”(サン)!!”』

 

 

 一人だけ全身が震えながら名乗るのを気にも留めず、

 真ん中のリーダーっぽい天邪鬼が言うのだ。

 

 

『殺しの番号 壱、弐、参(イチ、二、サン)! 三人揃って――――』

 

 

『黒の三連星!』

『黒の三連星!』

『く、くりょの三連星!』

 

 

 

 最後にそれぞれポーズを決めると、天邪鬼の背後で爆発が起きる。

 飛んでくる爆風と火薬の匂いから、自分たちで用意したのだろうか。

 

 

 ただ一つだけ言えること、妖怪が編隊を組んでやってきた。

 ノリは完全に戦隊ものだろう。

 友奈が見たら目を輝かせて興味津々に飛びつきそうだ。

 

 

『お前が勇者だな? 大人しく俺達に捕えられろ!』

『そうだ!決して!決して悪いようにはしない!……多分嘘だけど!もっっすごいエロいことしてやるけど!!』

 

 

 壱と弐がそれぞれ欲に塗れたセリフを吐いているその一方で美森はというと、

 

「……」

 

 既に天邪鬼達へ銃口を向けていた。

 しかも無言で。

 

『えっ』

 

 次の瞬間、美森の銃口から火が噴き青色の光弾が発射された。

 光弾が天邪鬼の壱の真横を通過し、樹海の闇の空へと消えていく。

 

 

「……!?」

 

 光弾が逸れていったことに違和感を覚える美森。

 だが、その違和感を払拭するように目の前で天邪鬼達が怒りの声を上げた。 

 

『ここここここいつゥゥゥ!! いきなり撃ってきたぞ!』

 

 

『火縄を持ってるなんて聞いてねぇぞ! 勇者はにぼしが武器じゃなかったのか!?

 あと黄色のゴリラにだけ気を付けろって言ってたのに!』

 

 

 些か誤報のようで真実のような気がするその情報をいったい誰が伝えたのか。

 黄色いゴリラは……恐らくだが風の事だろう。

 我らが部長は敵に動物園の腕力の化身の名を与えられてしまっているらしい。

 気の毒に、と美森は思った。

 

 

『……』

 

 壱と弐がその場で慌てふためく中で。

 なぜか参だけが、無言のまま美森のほうを見つめて動いていなかった。

 

『参、お前何ボーっとしてんだよ!!』

『ご、ごめん兄ィ……そ、その…あの女の子、えらくべっぴんさんだなぁって思って』

 

 

 その参の頭をリーダーである壱がぱしん、と甲高い音を立てて叩いた。

 

 

『んなこと言ってる場合か!俺達の村を守るにはアイツの言われたとおりにやるしかないんだぞ!』

 

 

 今更ながら、会話の中で彼らが兄弟なのだと気づく。

 恐らく壱が長兄で弐が次兄、参が三男なのだろうか。

 

 

「村を……守る?」

 

 

 気になる会話の内容に美森が思わず呟いたのも束の間、

 天邪鬼が一斉にこちらへ視線を送った。

 

 

「……!!」

 

 

 来る。

 そう思い、三体同時に敵を相手にすることを余儀なくされた美森の思考は速い。

 この近距離では不利なスナイパーライフルをしまうと、短い二丁の銃を両手に取る。

 

 

 近・中距離に対応した武器を持った美森が天邪鬼へと狙いを定める。

 相手が動くより早く、まずはリーダー格の壱と名乗った妖怪へ引き金を――――、

 

 

「あ、あ……れ…?」

 

 

 銃から光弾は発射されなかった。

 故障したのか、と美森が真っ先に勇者システムの不調を予測する。

 しかし銃の故障とかシステムの不具合とかそれ以前に、

 実際のところ美森は引き金を引くことすら出来ていなかった。

 

 

 疑問の二文字を頭に浮かべる美森が自身の身体の異変に気付くのはその直後だった。

 

 

 

 引き金を引くための指に走る痺れるような感覚。

 それが銃を発射できなかった要因だった。

 腕だけではない。

 二丁の銃を支える腕にも痺れがあり、足を除いた全身にもそれが及びつつある。

 

「あっ…くぅ……こ、これは……」

 

 痺れによって手の感覚がなくなり、遂には握っていた銃そのものを地面へと落としてしまう。

 ふらついた視界のせいで動かない足の代わりとして機能している触手の制御が利かなくなり地面へ膝をついた。

 

 

『ようやく、”薬”が効いてきたみたいだな』

「く、くす…り…?」

 

 言葉を話すこともキツくなってきた美森が見上げた先、

 天邪鬼の壱が近づいてきた。

 その手には小さな巾着袋が握られていた。

 

『お前がいる方向にずーっと空中に流していた、この”しびれ粉薬”の効果が!』

『勇者を捕まえるために用意したヤツでさァ。 無味無臭で、昔はよく獣を狩るのに使われてたらしいけど』

『壱兄ィが胃腸薬だと思って間違って昨日飲んじゃったやつ……』

 

 

『おい参! 余計なこと言うんじゃない!!』

 

 参のボソッとしたつぶやきを見逃さない兄の壱がその頭をまた叩いた。

 次兄の弐が思い出したかのように、

 

 

『あ、動きが鈍くなるだけで別に死んだりはしないから! 後遺症とかも残らないクリーンな薬だし!』

 

 

 彼はああ言ってはいるが使用する用途としてクリーンどころか邪悪である。

 実際に体を動かそうとしてみる美森だが、最初よりも痺れが全身に回り、まるで全身を拘束されているかのように動きは鈍い。

 

 

 

(なんとかして、逃げなきゃ……)

 

 

 自身の足の代わりとなっている触手だけを動かしその場を逃れようとする。 

 ある程度は美森の意志で動かせるようになっているソレはぎこちないが、今の腕よりも機敏に動いてくれていた。

 その触手を使って飛び上がろうとした矢先、

 

 

『弐、参! あの触手を抑えろ!!』

 

 

 地面に接している触手に弐と参の天邪鬼が飛び掛かった

 二匹は触手にとりつくと、絶対に離さない意志を現したかのようにしがみついて離さない。

 たまらず美森はバランスを崩し、

 

 

「きゃっ!!」

 

 

 身体ごと地面へと落下する。

 続けざまに、天邪鬼の壱が指示を飛ばす。

 

『触手で腕と足を縛るんだ!』

 

 息をつかせる間もなく、天邪鬼達は動き出す。

 美森の身体を支えている二本の触手を手に取ると、

 片方は両の手を、

 もう片方で両の足を縛った。

 

 

 どんなに触手を動かそうにも、体と結ばれていては美森は移動することが出来ない。

 完全に身動き一つできない状態になってしまった。

 

 

『お前がこの触手で移動しているのは皆からの情報で把握している。

 もう体全体が痺れて動けなくなってきただろう……』

 

 

 地面に横たわる美森を天邪鬼達が囲む。

 首も指先も動かすことも出来ない美森が出来るのは顔の眉や唇を動かす程度だ。

 

 

 今思えば、先ほどの銃で天邪鬼を仕留められなかったのも薬の影響が照準を狂わせたのだと思った。

 気づくのは遅かったが。

 

『よし、準備は整った……こ、これから、お、おおお前を…傷モノにしてやる!』

『悪く思うな! これも俺たちの暮らしのためなんだ!!』

 

 

 キーッ!

 と天邪鬼が動き、横たわる美森を一匹が起こし背後を支える。

 もう一匹がゆっくりと手を美森の首へと伸ばした。

 

 

 白く柔い美森の首筋を天邪鬼が爪でなぞる。

 爪の先でかりっと皮膚にかかると美森がその身を震わせた。

 

「ひ…っ!い、い……や…っ」

 

 声を振り絞っても、掠れた程度の声量が限界である。

 首筋から体の線をなぞるように、天邪鬼の手が移動していく。

 

 首筋から下へ、

 肩へ、

 腰へと。

 

 

(い、いやっ! そんなところに触れないで!!)

 

 

 自身の大腿部に手が掛かったのを目視した美森が身を捩った。

 

 

 美森の両足には歩くという機能が失われている。

 感覚がないため、天邪鬼が手で触れているという感触はないのだが。

 自身の下半身を得体の知らない者に触れられるという目に見える恐怖が美森に口にし難い嫌悪感を抱かせ、必死の抵抗を行わせた。

 

 

 しかし、必死の抵抗も虚しく。

 身体全体に力の入らない美森の身体を天邪鬼は好きなようにする。

 

『なんて綺麗な肌だよ……』

 

 背後に回っていた天邪鬼が美森の黒髪の下から覗かせた首へ顔を近づける。

 鼻息を荒くした天邪鬼が口を開け、かぷっと柔肌を口に含んだ。

 

「ん……っ! ん゛ぅ―――っ!!」

 

(いや! いやあああああ !こんなの、いや……友奈ちゃん、友奈ちゃん助けて!!)

 

 心の中の叫びで、彼女の太陽である親友の名を二度呼ぶ。

 涙を目尻に浮かべながら身を必死に動かすが、薬と自身の触手で動きを封じられ、声もまともに発することも出来ない。

 

 

 背筋に走る悪寒と内側にため込まれる恐怖に美森は思うのである。

 

 

(……私、このままどうなっちゃうんだろう)

 

 助けも来ない、諦めかけた顔で、美森は失意の中に居た。 

 

 

 天邪鬼達は自分を傷モノにするといった。

 その意味は中学生女子の美森でも理解できている。

 

(誰も…助けてくれない。 助けに来てくれない……、私こんなに弱かったんだ。

 勇者になって、皆の力になれて、友奈ちゃんと一緒に戦えて強くなったと思ってただけだったんだ)

 

 

 全ては思い上がり、それがこの状況を招いたのだとしたら。

 もっと視野を広めていればこんな事にはならなかっただろうに。

 後悔を抱きながら、美森は全身から力を抜く。

 

 

 舌を噛み切ることが出来れば、迷わず自決を図る美森だが、

 口の器官は動く機能を失い、せいぜい息をするのがやっとの状態だ。

 

 

(ごめんね友奈ちゃん、私……もう……)

 

 

 諦観と後悔を浮かばせた表情で美森の瞳から光が消えていく。

 これから身に起きる惨事から目を背けるためだ。

 最後に、大切な友人の、友奈のやたらと眩しい笑顔をその脳裏に焼きつけながら心を閉ざそうとしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、兄ィ! もうやめてくれよ!』

 

 

 唐突に声が聞こえて美森の諦めかけていた瞳が開く。

 目の前で唯一美森に抱き着くこともなく手を出さなかった末弟の参だ。

 参は少し怯えた様子で、

 

『そ、その女の子泣いてるじゃないか!

 女の子が嫌がることはしちゃダメだって母ちゃん言ってただろ!』

 

 

『ば、馬鹿野郎! オマエ、自分が何言ってるのか分かってるのか!?』

 

 

 兄である壱も弟である参の予想外の行動に思わず声を上げた。

 

 

『こうでもしねぇと俺達の村が――――』

 

 潰されるんだ。

 そう言おうとした矢先、なりふり構っていられなかった参が叫ぶ。

 

 

 

『うるさいやい! 童貞兄ィ!!』

 

『な―――っ!!』

 

 童貞。

 その言葉に二匹の天邪鬼達は声を詰まらせた。

 

 

『壱兄ィも弐兄ィも……口だけばっかで、女の子と手を繋いだこともねぇじゃねぇか!!』

『ぶふっ!!』

『おいやめろ! そもそも俺達の村で女の子も居ないし、ババアしかいねぇのが悪いじゃねぇか!!』 

 

 

 次兄の弐が噴出し、長兄の壱が事実を突かれ、言い訳を行う。

 彼らの暮らしている村には若い者が少ない。

 ほとんどが老人ばかりで、女性の天邪鬼もほとんどが母親や老婆しかいないのである。

 

 

 

 故に、天邪鬼村随一の特殊部隊『黒の三連星』。

 なんとその三兄弟は童貞だった。

 

 

 しかし、兄である壱はその言葉に否定の声を上げて見せる。

 

 

『舐めるな! 俺は童貞じゃないぞ! 

 人間たちが暮らす街の河川敷で見つけたエロ本で、もうなん十冊も見て勉強してんだ!

 

 だ か ら 俺 は 既 に 童 貞 を 卒 業 を し て い る!!』

 

 

 悲しい妖怪がここにいた。

 一番のリーダーである壱はエロ本を読んだだけで童貞が卒業できるという幻想を抱いていたのである。

 リーダーである壱は馬鹿だった。

 

 

『あーあ、参に言われちゃったよ壱兄。 

 もう立つ瀬がないね、童貞リーダー』

 

 遂には次兄の弐に煽られる始末。

 

『ええい!そんな事を言うならお前から先に童貞を卒業させてやる!』

『え、ええっ!?』

 

 

 壱は頭を搔きながら立ち上がると参の身体を掴んで思いっきり、

 

『そりゃあ!』

 

 美森の方へとブン投げた。

 

『ぐへっ』

「きゃっ!!」

 

 もにゅん、と。

 それは参の顔が美森の胸に埋もれた音だった。

 マシュマロの如き柔らかさを持つ二つの山脈に顔をうずめた参が息苦しさからその胸から抜け出すと。

 

「あ……」

 

 思わず見上げた視線の先で、美森との視線を交わす。

 怯えているように震える美森とは対照的に参は、布のお面越しでも分かるくらいに顔を真っ赤にしていた。

 やがて彼は全身を硬直させ、

 

『……ぐふっ』

 

 頭から蒸気を噴出させて、その頭から地面に勢いよく倒れこむのだった。

 

『参、参――――!』

『くそ!やはり童貞には刺激が強すぎたか!! こうなったら、俺達二人で!』

 

 

 やるしかない。 

 良くわからない覚悟を決めた二匹が美森目掛けて同時に飛び上がる。

 言わずと知れた旧世紀のアニメで流行った『ルパンダイブ』というものだった。

 

 

「――――っ!!」

 

 

 今度こそダメだ。

 と、美森が瞳を力いっぱい閉じる。

 

 

 しかし、天邪鬼達の手が美森に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘイ、格下妖怪のキミたち? いったい何をしているのかな?」

 

 記憶にない、だけども『聞き覚え』のある男性の声。

 目を開いたそこにある光景に驚愕した。

 

「こんな可愛らしいレディー相手に二人掛かりで手を掛けようなんて……大分ナンセンスだよ」

 

 美森の前方に立つ、和装の長髪の男が、二匹の天邪鬼の頭を鷲掴みしていた。

 男は掴んでいた腕で天邪鬼を地面へ向けて放り投げる。

 

 

『なんだコイツ!いったいいつから!?』

 

 

 地面を転がり、起き上がったリーダーの壱が見たのは自身の笛を手に持っている男の姿だった。

 男は笛を吹き始め、樹海内に美しい音が響き始める。

 

 

 

(この音色……初めて聞くのに、どうして……)

 

 

 目の前で唐突に笛を吹き始めた男に違和感が絶えない美森。

 彼の声も、笛の音も、すべてがここで初めて聞いたはずなのに。

 

 

 彼女の心の中で僅かだが懐かしい、という気持ちがある。

 どこかで聞いたような、そうでないような。

 そんな美森を他所に、笛を吹き終えた男は口を開いた。

 

 

「天が呼ぶ 地が呼ぶ 海が呼ぶ……物の怪倒せと我を呼ぶ……

 

 人倫の伝道師、ウシワカ―――推参(イズ・ヒア)――――!!」

 

 

 決めポーズなのか、小指を立てて口上を述べる男。

 名をウシワカと名乗った。

 

 

『な、なんかヤバそうなの来たんだけど壱兄ィ』

『怯むな弐! 今こそ俺達”黒の三連星”の力を見せる時だ。』

 

 

 謎の強気を発揮する壱と弐が縦一列に並ぶ。

 その光景をウシワカが見て首を傾げた。

 

 

「ワッツ?」

 

 

『やるぞ…必殺…”痔江吐須徒利居無攻撃(じぇっとすとりーむあたっく)”!!』

 

 

 一列に並んだ天邪鬼が真っすぐウシワカ目掛けて突撃。

 もともとは複数いる仲間を一列にして一体に見せることで敵の視覚的油断を誘うのがこの戦法。

 

 

 一匹が攻撃を終え、二匹目が間髪入れずに次の攻撃に入り、最後の三匹目がトドメの一撃を見舞う。

 短時間で大きなダメージを与える必殺技だ。

 なお本来は三体で一緒に行う技なので威力はお察し。

 

「ふぅ……」

 

 ウシワカは迫りくる二匹の天邪鬼を見て、少しだけため息をついた。

 そして次の瞬間、風が吹いていた。

 

 

 まるで突風のような、一瞬の力強い風に思わず美森が瞳を閉じてしまうほどに。

 

 

「え、…な、なにが」

 

 何が起きたのか。

 突如の風に驚いた美森が視線を前へと戻す。

 

 

 そこには地面に倒れる天邪鬼の姿があった。

 

 

『な、なんだアレ……姿が見えなかったぞ!』

『壱兄ィ、こいつマジでヤバいって!このまま居たら殺されちゃうよ!』

 

 正面に居た天邪鬼達ですら目視することが出来なかったウシワカの動作に、 

 地面に倒れ伏した天邪鬼の一人、弐が告げる。

 

 この男、ウシワカと名乗る者のヤバさに。

 

 一瞬、風が吹いたと思ったら一発の『見えない』打撃を見舞われて地面に叩きつけられていた。

 いつの間にか手にしていた『鞘に収まった刀』を肩でトントンと叩きながらウシワカは二匹の天邪鬼の元へ近づくと、

 

 

 天邪鬼達の眼前の地面に抜身の刀を突き刺した。

 

『ヒェッ』

『ヒェッ』

 

 

「そう簡単にユーたちのハウスに帰すと思ったのかい?」

 

 眼前に突き刺さる刀は紛れもなく本物であった。

 それが光に照らされて、怪しくぎらついているのを見て天邪鬼は息を呑んだ。

 

 

「悪いけど、レディの中でもスペシャルな存在…彼女に手を出そうとしたんだ。 

 本当だったらこの刀でメンズとしての誇りを切り落とされても、文句も言えないんだけどね」

 

 その脅し文句に天邪鬼達が自身の下腹部を抑えて震えあがった。

 ウシワカは一瞬だが美森の方へ視線を送り、

 

 

「……まぁ、ミーとしてもユーたちの粗末なモノで刀の錆にするのは流石にバッドというか……

 それに、早い話がここユーたちを斬っちゃったら彼女にトラウマを植え付けちゃうかもしれないからね」

 

 

 だから、とウシワカは笑顔で言った。

 

 

「さっさと身を引いたほうが身のためだ。そこにいるブラザーを忘れないでね」

 

 

 笑顔で圧を掛けられた天邪鬼達は恐怖で一気に飛び上がると、地面に倒れて失神していた末弟、参を抱えて。

 

 

『逃げろォォォォォ!!』

 

 と、叫びながら一目散に逃げていったのだった。

 ウシワカは疲れたように肩を竦めて、

 

 

「まったく、とんだ腰抜け妖怪だよ。

 アレくらいのトリート(脅し)で即退散とはね……」

 

 そう言いながら、ウシワカは美森の方へ向かう。

 未だに動けないでいる美森へ身を屈ませると、彼女を縛っている触手へと手を伸ばした。

 ウシワカは触手を解きながら、

 

 

「……ケガは?」

「え、っと……ちょっとまだ体に痺れが……あって…それ以外は…」

「そうか…ふむ」

 

 美森の身体に大きな傷がないことを確認し、足の触手を解く。

 次は腕を縛っている触手を解きにかかった。

 

「……」

「……あ、あの」

 

 

 少しだけの沈黙の後、美森が口を開く。

 

 

「助けてくれて、ありがとうございます…貴方は一体……」

 

 感謝の念からその者の素性を聞こうとする美森にウシワカは困ったように頭を掻いた。

 

「さっきも言った通り、ミーは人倫の伝道師ウシワカ、陰陽師さ。

 分かりやすく言えば、アマテラスくんたちのお知り合いだよ」

 

 アマテラスの仲間。

 その一言で、美森の表情が安堵に満ちた。

 この世界で勇者たちの信頼というものをちゃんと得ることが出来ていることにウシワカはよし、と心の中で頷く。

 

「……どこかで、お会いしたことは……?」

「ないよ」

 

 不意に発した美森の問いにウシワカは即答する。

 

「ユーとミーは”ここで初めて出会った”。

 ボーイミーツガールが如く、ナイストゥミーチューだよ勇者・東郷美森くん」

 

 自身が勇者であることを知っている。

 美森は瞬時に、この男が大赦関連の一員なのではないかと推測した。

 

 

 

 ウシワカが腕の拘束を解いた時だった。

 付近の樹木の上に着地する少女がいる。

 

「東郷さん!」

 

 結城友奈だった。

 

 

「友奈ちゃん!」

 

 

 駆け付けた友奈の姿を見て、美森の顔に笑顔が戻る。

 一方でウシワカが友奈を見つめては自身の顎に手を当てて、

 

「そうか、ユーが……友奈くんだね?」

 

 意味深なセリフに当の本人はというと知らない人がここにいることに驚いた友奈はしどろもどろに答えた。

 

「えっ、ゆうがゆうな…? わ、私……結城友奈です」

 

 それを聞いて、ぶはっ、とウシワカは吹き出した。

 

「そ、ソーリーソーリ―。

 まさか、そういう返しが来るなんて予想できなくてさ……っと」

 

「あ……」

 

 ウシワカが美森の身体を担いだ。

 片腕で美森の両肩を抱くように、

 もう片方の腕で膝裏を支える。

 俗にいうお姫様抱っこの形で美森の身体が持ち上げられていた。

 

 

 そして跳ぶ。

 美森を抱えたまま、まるで足にバネがついているかのように高く飛んで友奈の目の前まで距離を縮める。

 着地したウシワカは佇んでいる友奈へ美森を差し出した。

 

「今は身体に痺れが残ってるけど、もう少しで効き目も無くなると思う。

 彼女が無事動けるようになるまで、ユーは一緒にここで残っていてほしい」

 

「あ、でも……向こうで風先輩やアマちゃん達が戦ってて……」

 

 後ろで未だに戦いを続けている風達の身を案じた友奈にウシワカは言うのである。

 

「ノープログレム」

 

 彼は続ける。

 

「ここはアマテラスくん達に任せておきたまえ。

 もうすぐ戦いも終わる……勇者たちの勝利でね。

 ミーの信頼する友がいるんだ……負けることはないさ」

 

 友奈が美森を受け取って、

 今度は友奈が美森をお姫様抱っこする形になった。

 その時の美森の表情は至福に満ちている様子であった。

 

 

 ウシワカはその表情を見て安堵すると一度の跳躍を行い、

 友奈と距離を取った。

 しかし去り際に、

 

 

「彼女の事をよろしく頼むよ。 

 少し融通が利かなくて、ここぞって時に危なっかしいところがあるから……じゃあね、レディたち!」

 

 

 言いたいことだけ言うと、ウシワカはその場からぱっと、消え失せた。

 まるでつむじ風になってその場から消え去っていったようであった。

 

 

 

「……えっと、待った?」

「……うん、遅刻だよ友奈ちゃん」

 

 少しむくれた様子で呟く美森に友奈はたはは、と苦笑した。

 すると美森の手が友奈の眼前に差し出される。

 彼女は少しだけ震えるが残る手を見つめ、

 

「まだ、ちょっと震えが止まらなくて……怖かったから…」

「うん……東郷さん、ごめんね」

 

 友奈が美森の手を優しくとる。

 それだけで、彼女の手の震えは止まっていた。

 しかし、それだけでは足りないと思ったのか、両肩を支えている手に力を籠めて美森の身体そのものを友奈の方へ抱き寄せる。

 

 

「ゆ、友奈ちゃん?」

 

 力強く、もしかしたら初めてこんなに強く抱きしめられたのではないかと美森が驚いた。

 美森を抱きしめながら、友奈は耳とで小さく囁いた。

 

「大丈夫……今は私がここにいるから。

 絶対、ここから離れないで東郷さんと一緒にいるから……」

 

 助けに間に合わなかった負い目もあるのだろうか。

 だが申し訳なさそうに言う彼女を美森は責めようとは思わない。

 

 

「なら、友奈ちゃん……もっと」

「うん……」

 

 暗に強く抱きしめてという美森の意志を汲み取ってか、友奈が頷く。

 お互いの不安を取り除くように、また強く友奈は美森の肩を抱きしめたのだった。

 

 

 




記念すべき東郷さん初のぐへへ回。
こういう系は前回の高嶋さんでやり尽くした感があったから、見慣れた光景だと思うかもしれない。すべては我の技量不足。
ウシワカが去って行って謎めいた感じで終わらせようとしてたのに、いつの間にかラストが友奈ちゃんと東郷さんの百合シーンで落ちてたのも、私の技量不足。

今のところ、これからも東郷さんぐへへ回しか思いつかないんだけどこれって一種の病気かな?
黒天邪鬼さんたちは見た目は黒の装束着てるただの緑天邪鬼。
ちなみに、天邪鬼さんたちは東郷さんの足が動かないのは知らない模様。
名前の元ネタは言わずも初代ガンダム知ってる人ならわかるやつ。

ちなみにウシワカの名乗り口上の元ネタは仮面ライダーストロンガー。
女郎蜘蛛編は次回で決着。さて、にぼっしーの運命やいかに。





・黒の三連星(壱、弐、参)オリキャラです。
黒の装束を着た緑天邪鬼の三兄弟。(壱から順に長男、次男、三男)
天邪鬼の里の貴重な若い戦闘員。兄弟故に息の合った連携による戦闘が出来、縦一列になって目標に突進する三位一体の必殺技『痔江吐須徒利居無攻撃(じぇっとすとりーむあたっく)』はすさまじい威力を持つ?
三兄弟状態ならなんでも出来るが、一人でもかけていると弱気になり極端に戦闘能力がダウンする。ちなみに、全員童貞。
兄弟のそれぞれの呼び名は必殺仕事人より登場する仕事人の名前。
部隊名と必殺技の元ネタは機動戦士ガンダムより、トリプルリック・ドムの黒の三連星から。



・しびれ薬。
オロチ組のヤクザTさんが用意してくれた秘密道具の一つ。
勇者も昏倒させるヤベー薬。
無味無臭で相手には一切後遺症が残らない。
効果は大体15分程度。
精霊バリアは致死攻撃をカットしてくれるから、相手の動きを止めたりする弱い状態異常系はバリアの範囲外だと考えた結果である。
ゆゆゆいのイベでも夏凜と球子がバーテックスのマヒ触手食らってたし。


感想や意見が貰えたら筆神としてアマ公の力の一つになろうと思います。


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其ノ八、樹海に響くは勝ち名乗り

いろんな作品を進めるも時間が足りない模様。
もうタイトルである程度察しちゃいますねコレ。


 数百メートルを一飛びで移動するという常人離れした跳躍を行う少女がいる。

 巨大な樹海の木を足場に、犬吠崎 風が大きく一際大きく飛び上がるとその手に持つ大剣を担いで、狙いを真下へ。

 

 

「せぇぇええッッ!!」

 

 妖怪女郎蜘蛛の真上を取った風の大剣が脳天目掛けて振り下ろされる。

 高所からの位置エネルギーと大剣の質量、岩をも砕く勇者の力は並みの妖怪が食らうならば一溜まりもないだろう。

 

 

 しかし、それは相手が並みの妖怪であったらの話だ。

 

 

『舐メルナァッ!!』

 

 

 女郎蜘蛛は風の大剣を八本あるうちの腕の一つでその一撃を受け止めていたのである。

 一度受け止められて勢いを失った大剣はただの鉄の塊だ。

 大剣を直に掴み、風の身体がごと持ち上げるとまるで野球のピッチャーの如く振りかぶり、そのまま空へと投げつける。

 

「うおおおあああああ!!?」

 

 まるで絶叫マシーンに乗った時のような勢いで投げられた風は絶叫を上げながら宙をくるくると回る。

 樹木の壁に叩きつけられる直前、空中で姿勢を整えて木の上に激しく叩きつけられるように着地した。

 

 

「お姉ちゃん! 大丈夫!?」

 

 

 遠くで樹の声が聞こえる。

 自身の武器であるワイヤーを展開した樹はそのまま女郎蜘蛛の腕を絡めとる。

 それは一瞬ではあるがその巨体の動きを止めることに成功した。

 しかし、ワイヤーの数よりも向こうの腕の方が圧倒的に多い。

 

 

『小賢シイネェ!コンナ糸クズ如キ――――』

 

 忌々し気に吐き捨てた女郎蜘蛛は残っている腕二本で絡みついているワイヤーを掴むと自身の方へ手繰り寄せるように引っ張った。

 

 

「きゃあああああ!?」

 

 女郎蜘蛛側からすれば、軽く引っ張った程度で樹の身体が大きく地面から離れ、宙を舞う。

 魚が釣り上げられたかのように飛んだ樹は姉と同じく声を上げて、女郎蜘蛛の方へ引き寄せられた。

 

 

 樹はワイヤーで女郎蜘蛛の腕を絡めているため逃げようにも逃げ出すことが出来ない。そして逃げ出す手段もない。

 その樹に対して女郎蜘蛛は数ある手の一つで拳を作り、勢いよくその拳を突き出した。

 風の大剣を受けても傷一出来なかった硬さを誇る剛拳が樹へと迫る。

 

 

「樹――――!!」

 

 

 明らかに距離が離れすぎている場所からその光景を見ることしかできなかった風の絶叫が木霊する。

 駆け付けようにももう間に合わない。

 

 

『マズハ一匹―――――ムッ!?』

 

 

 女郎蜘蛛は自身の腕に違和感を覚えた。

 小さくとも、樹の重量を認識していたワイヤーからいつの間にか重さが消えていたのだである。

 視線を糸の先にやると樹と女郎蜘蛛を結んでいたワイヤーが切れていたのだ。

 

 

(え、うそ……なんでワイヤーが切れて……)

 

 

 それは突然の事で、ワイヤーを操っていた樹も不思議に思ったのである。

 樹から武器から伸びているワイヤーが数メートル先から急に『切断』されたように途切れたのだ。

 

 まるで「見えない刃」が振り下ろされたかのようにぷっつんと。

 

 

『樹ちゃん!こっちだァ!!』

 

 

 何が起きたと思考する中で、樹は聞きなれた声を耳にしてその正体をさがす。

 なんとか視界に捉えたのは白い犬、アマテラスがこちらに対して飛び上がっていた。

 そのアマテラスの上でイッスンが叫んでいたのである。

 

 

「イッスンさん!」

 

 姿勢が安定しない中、樹は苦し紛れにワイヤーをアマテラスに向けて伸ばす。

 伸縮自在に距離と強度を変えるワイヤーがアマテラスの首に巻き付いた。

 

『アマ公! 引っ張れェ!』

『ガァウッ!!』

 

 イッスンの指示でアマテラスが喉を見せる様に大きく身体を反らすとワイヤーがアマテラスの方へ引っ張られ、

 樹の進路が僅かに変化が起きる。

 そのお陰もあり、樹を狙っていた女郎蜘蛛の拳が樹の頭数センチ上を通り過ぎて樹海の地面を深く抉り取った。

 

 

「ふにゃああああああ!!」

 

 今日はなんだか叫んでしかいない気がする、そう思う樹はアマテラスに振り回されるように宙を大きく移動する。

 遠心力でぐるん、と宙を回った樹は眼を回しながらアマテラスがいる近くの地面に落ちた。

 

 

「い、樹! 大丈夫!?」

「ふぇ……お、お星さまがいっぱいいるよぉ……」

 

 駆け付けた風が倒れた樹の身体を抱き起すと、樹は瞳に渦巻きを浮かばせていた。

 樹の無事を確認して風は安堵の息を漏らすのだった。

 

 

『死ニ損ナイメ……コレデモ食ラエッ』

 

 しかし、安心したのも束の間だった。

 女郎蜘蛛が掌か紫色に光る球体を出現させ、それを投げつけてきたのだ。

 剛速球の如く放たれた毒々しい球体は真っすぐ風の元へ向かっている。

 

 

 まずい、逃げられない。

 

 

 樹を守るように、その体を一層強く抱きしめた時だった。

 

『アマ公! 一閃だァ!』

 

 一瞬の何が起きたかわからなかった。

 イッスンの掛け声とともに、球体が突然真っ二つにされていたのだから。

 割けた球体は風に直撃することなく、それぞれが明後日の方向へ飛び地面へ衝突した。

 

 

 球体はまるで腐った蜜たっぷりの果実をぶちまけたように地面に紫の色を濃く残す。

 そこからは異臭が漂い、色のついた地面は若干ではあるが溶け出していた。

 あれが風達にあたっていたら精霊のバリアがあったとしても防げたかは分からない。

 

 

「あ、アレに当たってたら危なかったわね……イッスン、今のは一体……」

『へっへェ! 今のアマ公の持つ筆しらべが一つ、”一閃”だィ!』

 

 イッスンは胸を張って堂々と言い放つ。

 アマテラスの力なのに自分の事のように誇らしげに言うのはなぜなのだろうか。

 

『その名の通り、アマ公が狙った場所にあるものをブッた斬っちまう筆技よォ!』

「あ、そうか……あの時のワイヤーが急に切れたのって……」

『オウよ、アマ公が樹ちゃんのワイヤーに向けて一閃を放ったのさァ!』

 

 筆しらべ、『一閃』はアマテラスが最初に手に入れた攻撃の筆しらべだ。

 その威力は全盛期のアマテラスには及ばない威力ではあるが岩や木、妖怪などを倒すには申し分ない。

 先ほどの攻撃を両断したり、打ち返したりすることも可能である。

 

 

「すごいわ……アマテラス、イッスン! これならあのクモ妖怪にも勝てるわよ!」

「そ、そうだよ! 今の攻撃を直接アレに叩きこんじゃえば……!」

『ま、まぁその通りなんだがよォ……』

「どうしたのイッスン、なにか問題があるのかしら?」

 

 

 言い淀んだイッスンに違和感を覚えた風が再度訊く。

 額に汗を流しているイッスンは申し訳なさそうに言うのだ。

 

『た、多分だがあの女郎蜘蛛には今のアマ公の一閃は効かねェ!』

「な、なんでよ!」

『女郎蜘蛛の身体はそんじょそこらの岩とか鉄よりも遥かに硬ェ……昔の……全盛期のアマ公の一閃の威力じゃなきゃアイツの身体には傷一つつかねェんだ!』

 

 

 『一閃』は万物を両断する刃ではない、とイッスンは言う。

 実際、小物妖怪ならば通じる一閃が女郎蜘蛛やヤマタノオロチなどの大物の妖怪やアマテラスの力が足りない場合は筆しらべは通じず、弾かれていたのだ。

 

 

 

「そ、それじゃあアイツを倒す方法がないじゃない! もうお終いよ!ここが四国の終焉! 私、もううどんが食べれなくなるんだわ~!」

「お姉ちゃん、世界の終焉の時もうどんの事を考えているんだね……」

 

 

 手の打ちようがない敵を相手に風が嘆き叫ぶ。

 その様子を見た樹は絶望的な状況でもブレない姉に感心しつつ、若干呆れたような視線を向けていたのであった。

 

 

 面白い姉妹だなァ、とイッスンが思わず笑いそうになるのをこらえて二人に告げる。

 

 

『待て待てお二人さんよォ……別に手がねェってワケじゃねえぜェ?』

「え?なになに!?ちょっと教えなさいよイッスゥゥゥン!」

『へっへェ……この策士、イッスン様に策ありだぜェ! ――――二人とも、アマ公、耳を貸しなァ!』

『アウ?』

 

 

 イッスンとアマテラス、風と樹はお互いに円陣を組むようにして――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よーしッ 準備はいいかィアマ公! 風ちゃん、樹ちゃん!』

「ええ! 準備も女子力もオッケェよ!」

 

 イッスンの景気の良い声とともに、先頭に風が立ち大剣を構えている。

 

「え、えーっと……よろしくねイッスンさん、アマテラスちゃん!」

『アウッ』

 

 若干不安そうに言う樹にアマテラスが答える。

 まるで人の言葉で「おう」と言っているようだ。

 

 

 アマテラスはその背に樹を乗せていた。

 樹の武器であるワイヤーをアマテラスと自身の身体にを繋ぐように結んでいる。

 アマテラスの俊敏な動きを阻害しない程度に巻き付かれたそれは樹が振り落とされない役割を果たす。

 

『行くぜェ! この策は樹ちゃんが要だァ!早いトコあのせまっ苦しい所からニボシ娘を取り出してやろうぜェ!』

「う、うん……! 行こう、お姉ちゃん!」

 

 イッスンの言葉は樹を高ぶらせる物だ。

 何が何でも夏凜を救出する、その意志が表情には表れていた。

 

 

「我ながら嬉しい瞬間……樹が成長している……うぅ!」

 

 

 あの引っ込み思案の樹が勇ましい表情で戦いに赴こうとしている。

 風は妹の成長を涙なしで心から喜ばずにはいられない。 

 

 

「よっしゃあ行くわよ!犬吠崎姉妹の女子力、拝ませてやるわ!……突撃ィ!!」

 

 指揮官たる風の号令で勇者と大神は飛び出していく。

 先陣を切るのは風だ。

 真っすぐ女郎蜘蛛に向かって走る風を遠巻きに観測するように、アマテラスに乗った樹が距離をとりながら走る。

 

 

 その間、女郎蜘蛛が投げてくる毒の玉をアマテラスと樹が一閃とワイヤーで撃ち落としながら風を援護することで彼女に初手の一撃を担わせるのである。

 

 

 樹にも攻撃の手を緩めない女郎蜘蛛だったが、アマテラスが高速で周囲を走り回るため必死で腕と毒の玉で攻め続けるが素早いアマテラスを捉えることは難しい。

 

 

 風が飛び上がり、女郎蜘蛛の顔面目掛けて大剣を振り下ろす。

 質量と勢い任せの一撃など同じことだと、女郎蜘蛛の手で再び受け止められてしまう。

 

 

『甘イゾ、ニンゲンッッ』

 

 

 風の一撃を受け切った女郎蜘蛛が力任せに四つの拳を放つ。

 凄まじい勢いで放たれる拳の連打はまるでマシンガンのようだ。

 

 

「なん……のぉぉぉぉおおお!!!」

 

 その剛拳による連打を風は大剣を盾のように巨大化させて前へ翳して受け止める。

 ガツンガツン、と鉄と鉄が衝突する音が激しく樹海を震わせるように響いた。

 

 

「きッつううううううう!!!」

 

 

 強烈な振動が大剣越しに風へと伝わり、剣を持つ手がビリビリと痺れ始める。

 それでも風は大剣を手放さない。

 前衛を張ると決めたからには意地でもここで倒れる訳にはいかない。

 ここまで来たら我慢比べである。

 

 

 十、二十、三十にも及んだラッシュは時間にして1分にも満たないだろう。

 通常ならば、耐えきれずに身体全身の骨が砕けていてもおかしく無い。

 

 

『ナニ……?』

 

 

 女郎蜘蛛が目にしたのは剣を祓って平然と立つ、風の姿であった。

 嵐の如き拳の連打を、風は耐えきって見せたのである。

 

 

 

「アタシの方がァァァ!」

 

 

 巨大化した体験を掲げて風が叫ぶ。

 狙いはもちろん、幾度として繰り返してきた女郎蜘蛛の顔面。

 

 

「女子力は上ぇぇぇえええ!!!!!」

 

 淀み無い剛剣の一振りが呆然と立ち尽くす女郎蜘蛛の顔面を直撃する。

 ゴーン、とまるで寺の鐘を鳴らすかの如く打ち鳴らされた女郎蜘蛛の巨躯が大きく揺れる。

 

 

『ガァッ!? ―――コ、コノニンゲン、不死身カ!?』

 

 

 自身の拳の連打を受けて立っていた人間などいない。

 そう自負していた必殺の力押しが通用しないことに女郎蜘蛛は激しく動揺した。

 

 それを見た犬吠崎 風は高らかに言うのである。

 

 

「覚えておきなさいこの蜘蛛妖怪! アタシが四国の三大女子! 犬吠崎姉妹の姉が風!

 かわいい妹の名前は樹! 天下無敵の犬吠崎姉妹の名をしかとその目に焼き付けなさいってのッッ!」

 

 予想通り、というかなんというか。

 自身の名乗りにごく自然と妹の樹の名を混ぜる風に、妹の樹はアマテラスの上で恥ずかしさから悶絶しかけた。

 

 

『小癪ナァ! ナラバコレデモ食ラッテ命尽キ果テルガイイッッ!!』

 

 風の名乗りが効いたのか、女郎蜘蛛が雄たけびを上げる。

 奇妙な声を捻りだしながら、自身の蕾を真上へ向けるとその先端から巨大な卵をひりだした。

 

 

 え、なにあれキモイ……。

 と犬吠崎姉妹が同時に思ったのは言うまではない。

 

 

 女郎蜘蛛の卵は先ほど投げていた毒の玉など比べ程にもならない威力を持つ。

 毒と邪気を籠められ、着弾と同時に周囲にそれを振りまくあの卵はまさしく『爆弾』と呼ぶにふさわしい。

 その爆弾を食らえば、いかにタフな風であっても耐えきることは出来ないだろう。

 

 

『クタバレ――――――』

 

 しかし、巨大卵を発射する女郎蜘蛛へ接近する影があった。

 アマテラスと樹である。

 

 

『よーしッ ようやく隙を見せてくれたぜェ……アマ公!』

 

 

 イッスンは女郎蜘蛛が卵をひりだす瞬間をずっと待っていたのだ。

 アマテラスは女郎蜘蛛の卵目掛けて横一文字に軌跡を走らせる。

 

 

『ナ―――ッ!?』

 

 

 次の瞬間、『一閃』炸裂。

 蕾の上にあった卵は鋭利な刀で真横から斬られたかのような美しい断面を露にしながら両断された。

 それと同時に、卵爆弾が破裂し女郎蜘蛛の頭上で激しい破裂音が響き渡る。

 

 

 妖怪の耳を破るかのような強烈な破裂音に女郎蜘蛛の巨躯が一層大きく揺れ、前のめりになるように崩れ落ちた。

 そしてイッスンは追撃の手を緩めない。

 

 

『今だァ! 頼むぜ樹ちゃんッ!』

「う、うん……! いっけぇええええ!!」

 

 アマテラスの上に乗る樹が女郎蜘蛛へ向けてワイヤーを放つ。

 まっすぐに伸びたワイヤーは蕾の上に突出していた鉤爪へと巻き付いた。

 

 

 

 イッスンの予想が正しければ、あの女郎蜘蛛は彼の知るナカツクニの妖怪である女郎蜘蛛である。

 ならば、その倒し方は一緒の筈だ。

 女郎蜘蛛の弱点はあの巨大な尻の部分、蕾の中にある『目玉』だ。

 その弱点を攻撃するには、あの巨大な蕾を開かせる必要がある。

 以前なラ『桜花三神』の筆しらべ、『蔦巻』があればあの蕾と桃コノハナを結んで強引に開かせることが出来たが、今のアマテラスにはその力が無い。

 

 

 そこで救世主登場。我らが勇者部部長の妹、樹である。

 樹の勇者としての武器、ワイヤーは『相手と自分を結ぶ』という点は筆しらべ『蔦巻』と同じである。

 極限までワイヤーの硬度を上げて人の腕並みの太さを以って巻き付いた樹のワイヤーは並みの力では切断不可の鋼鉄のロープと化す。

 

 

 しかし、本来の樹が持つワイヤーの使用用途は捕縛と切断である。

 巻き付いてから自動的に手繰り寄せ、強引に蕾を開かせる機能は有していない。 

 

 故にここからは――――、

 

 

『樹ちゃん!思いっきり引っ張れェェェ!!』

 

 

 強引に次ぐ、強引な手段。

 樹がワイヤーを引っ張り、無理やり蕾を開かせるのである。

 力を込めて、両足で地面を踏ん張ってはワイヤーを引く。

 

「うーっ! こ、これ硬すぎるよぉ~!」

 

 しかし、一向に蕾は開かない。

 勇者として力を与えられている樹だが、もともとの非力さと女郎蜘蛛の蕾の硬さなのか、

 『葛巻』のように蕾を開かせるのは難しそうであった。

 

『こ、これじゃあ女郎蜘蛛のヤツが起きちまう! あ、アマ公~! オマエも一緒に引っ張りなってェ!』

 

 アマテラスも樹を援護するように勇者服の裾の部分を口に含んでは地面を擦るように引っ張るのだが、それでも足りないのか蕾は開かない。

 

「う~っ!もお……む、むりぃ……!」

 

 樹の顔は力を籠めすぎたのか既に真っ赤だ。限界も近い。

 急がねば気絶した女郎蜘蛛が起きだしてしまう、という最悪な状況を危惧したイッスンのもとへ、

 

 

「あーもう、何やってるの樹! アマテラスも!……ちょっと貸しなさい!」

「ふぇ―――? お姉ちゃん!?」

 

 樹の背後から風が抱きしめる様に手を伸ばし、その両手がワイヤーが伸びている武器を直接『鷲掴み』した。

 大きく息を吸っては吐いて、呼吸でタイミングを合わせながら風は眼を見開き、

 

「だっしゃあああああああ!!!!」

 

「わあああああ!お姉ちゃああああああん!!!」

 

 

 

 ガロンスロー。

 筋肉番付などの競技番組で重りを加えた木樽を後方へ放り投げるかの如く、樹を空へぶっ飛ばした。

 勇者服を咥えていたアマテラスとイッスンも同じように宙を舞う。

 その瞬間、女郎蜘蛛の鉤爪が強烈な力に引っ張られたことにより、最終的にはその花弁の一枚が『引きちぎられた』。

 

 

『ギャアアアアアアアアッッ!!!???』

 

 ビリビリッ、とまるで段ボールを強引に割いたような音と共に引きちぎられた花弁。

 女郎蜘蛛を襲う痛みは想像を絶するだろう。

 自身の身体の一部を無理やり開かせるどころか、引きちぎられたことに女郎蜘蛛の絶叫が樹海に響き渡る。

 背中の皮を引きはがされたようなものだから当然であろう。

 

 

 

『み、見ろィ アマ公! 風ちゃんのトンでもパワーで女郎蜘蛛の蕾の一枚がなくなったぜェ!

 ニボシ娘はあの中だァ! この手を逃すワケにはいかねェ、飛び込めェ!』

 

 

 ”迷ったら飛び込め”、彼らの信条とする言葉通りにアマテラスは地面から起き上がると一気に駆け上がる。

 女郎蜘蛛の蕾を構成する花弁が欠けた、大きく開いた穴のような場所に迷うことなく飛び込んだ。

 

 

『なんつー濃い瘴気だよ……こんなところに長く居たら頭オカシクなっちまうぜェ。

 

 ……でも見つけたァ! 思った通りでィ、叩いてくれんと言わんばかりにむき出しの目玉があらァ!!』

 

 蕾のなかへと入り込んだアマテラス達が目にしたのは、うねうねと動く触手の先にある巨大な目玉だった。

 その数、女郎蜘蛛の足の数と一緒で八つ。

 

 

『あ―――ッ! アレってもしかして……ニボシ娘かァ!?

 気ィ失ってンのかコッチの呼びかけにも応えやしねェ……アマ公!』

 

 蕾の中で中央と呼べる場所に、人の姿があった。蕾に飲まれた夏凜だ。

 蠢く触手が身体に巻き付いていて、宙に浮いている夏凜は身動きが出来ないようである。

 

 

 アマテラスが夏凜を縛っている触手に食らいつく。

 一際大きく触手はうねると拘束が弱まったのか、夏凜の身体が床へずり落ちた。

 

 

『ニボシィ、起きろォイ!こんなことでくたばる奴かよォお前はァ!!』

 

 ぱしん、ぱしんと夏凜の頬を叩くイッスンは反応が返ってくることのない夏凜に一抹の不安を募らせる。

 これほど濃い妖怪の瘴気の中に捕らえられていたのだ、常人の人間がこの中にいたら”何が起きるか分かったものではない”。

 もはや手遅れだったか、とイッスンが息を呑んだ時に、

 

 

「うっるさいわね……そんな大声で怒鳴らなくても、聞こえてるわ、よ」

 

 夏凜が目を見開いた。

 ぎこちない動きで起き上がった夏凜は本調子でないのか、肩で息をしながら頭を咄嗟に抑えている。

 

『オイオイ、ニボシ娘よぉフラフラじゃねェか!』

「ええ、そうよ。 さっきから頭ガンガン痛むし吐き気はするしオマケに身体中なんかヌルヌルしてるし、放っておいたら直ぐにでもぶっ倒れちゃいそう、つまり――――」

『つまり?』

 

 

「―――ベストコンディションよ、問題ない」

 

『えぇ……』

 

 威勢よく刀を手に持って振って見せた夏凜が気丈に振舞っているのは丸わかりだ。

 だがそれでも、闘志が燃え尽きず戦う余力というものが有り余っていることがイッスンには分かったのである。

 夏凜は完成型を自称するだけあって精神的にも肉体的にもタフであった。

 

 

「コイツにも色々と借り返さなきゃいけなきゃいけないし、もちろん倍返しよ……あの目玉を攻撃すればいいんでしょ?」

『お、オウよ!』

「そう、なら話は早いわね。 アマテラス、イッスン、あんた達も手伝いなさい」

『当たり前だァ!ここまで来て手柄独り占めにされるのは納得がいかねェ!

 アマ公!あのニボシ娘よりも先に、コイツを仕留めちまおうぜェ!』

 

 

 夏凜が、アマテラスが女郎蜘蛛の弱点である目玉を見据える。

 未だに動き回る触手をその視界に留めた一人と一匹の者たちはそれぞれの武器で妖怪女郎蜘蛛の戦いに最後の仕上げに入ったのだ。

 

 

 

「はあぁぁぁぁああ!!!」

『アマ公! 一閃だァ!!!』

 

 夏凜の剣が、アマテラスの不可視の斬撃が女郎蜘蛛の急所である目玉を切り刻む。

 気色を悪くした肉片が飛び散ると目玉付の触手は一層蠢いた。

 

 

 

 

『ギャアアアアアアアアアッッ!!!!』

 

 

 自身の急所である場所を切り裂かれる痛みに耐えきれなかった女郎蜘蛛の絶叫が再度響き渡る。

 再びその巨躯を揺らし、蕾の中にいる者たちを振り落とそうとしたが直ぐにその動きは封じられることになった。

 

 

 

「えーい!うごいちゃだめー!」

 

 樹の無数に伸ばされたワイヤーが女郎蜘蛛の足に絡みついてその動きを抑制する。

 もともと弱り切っていた女郎蜘蛛の抵抗は小さいもので、縛られたことによってその体は地面に沈んだ。

 

 

 再び起き上がろうとすると、

 

 

「こんのぉ! 大人しくしろぉぉぉぉお!!!」

『ギャンッッ!?』

 

 動きを封じられた女郎蜘蛛の脳天に風が容赦なく大剣を振り下ろす。

 巨大ハンマーのような強烈な一撃を受けた女郎蜘蛛の頭部を地面に激しく打ち付けることで逃がす隙というものを与えない。

 

 

 

 

 

「思い知れェェェ! 私のチカラァァァァ!!!」

 

『一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃いっせ―――やべっ噛んだ、いっせェェェェェん!!!!』

 

 

 その間にも女郎蜘蛛の急所は抉られ続ける。

 夏凜の、刃を取り付けた風車が暴れ狂うような太刀筋が容赦なく目玉と触手を肉片に変えていき、

 アマテラスの豪快な筆筋の一閃が、複数の目玉と触手を切り刻んでいく。

 

 

 勇者と大神の止むことのない嵐のような猛攻に流石の大妖怪、女郎蜘蛛も耐えきることが出来なかった。

 夏凜とアマテラスがそれぞれ最後の目玉と触手を細切れに刻んだのを最後に――――、

 

 

 

『ユ、勇者……オ、恐ロシヤ―――』

 

 

 この世に妖怪以上に恐ろしい存在がいるということを身をもって味わった女郎蜘蛛の動きが完全に沈黙し、身体は地に沈み、二度と動くことはなかった。

二百年間、四国の森深くに住み着いていた大妖怪は勇者と大神によって討ち倒されたのである。 

 

 

 

 

 やがて女郎蜘蛛の姿は黒ずんだ邪悪な色合いをそぎ落とすかのように光り輝いていき、

 樹海の地に大きな蓮の花が咲き誇った。

 それは、まるでアマテラスの力によって浄化された女郎蜘蛛が新たな命に生まれ変わったかのようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――斯くして突如として樹海の世界に取り込まれたアマテラスと勇者の一行は、新たな敵である大妖怪 女郎蜘蛛を見事に打倒したのじゃった。

 

 

 

 

 

――――醜い姿だった女郎蜘蛛はその身を大輪の花に変え、四国の山奥深くで人々に知られることなく安らかに咲き続けることになったのじゃ。

 

 

 

 

 

――――その美しい花の中から助け出された勇者 夏凜も命に別状はなかったのじゃが……実はこの後ひと騒動起きてしまうわけで、それは別の機会に話すとしようかの。

  今回はこれにて一見落着―――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……といきてェところだが、その前に――――せっかく勇者の皆と一緒に大妖怪を討ち取ったんだィ。

 目覚めのイッパツ大神サマの勝ち名乗りと行こうじゃねェか!』

 

『アウッ』

 

 

 

 樹海全体を一望できる一際大きな樹木の上に立つアマテラス。

 イッスンが刀を抜き、合図するようにそれを天へと指し示すとアマテラスも同じように空へ向けて咆哮を放った。

 

 

 

 

 樹海の空と大地に割れんばかりの咆哮が響く。

 それは勇者と大神の勝利を知らしめる神の遠吠えであった。

 

 




妖怪女郎蜘蛛さんも勇者部の総出のリンチには成す術もなく……。

犬吠崎姉妹を前面に活躍させる感じで書いていったら、樹が拘束→風が巨大剣で殴りまくって抑え込む→アマテラスと夏凜で弱点ひたすら攻撃、という鬼畜コンボが出来上がった。

やっぱ女郎蜘蛛戦ということもあり、最後は勝ち名乗りで締めたかったのでやりました。
表現はまだまだだと思うので、回数を重ねて進化させることが出来ればと思ってます。
女郎蜘蛛編はこれにて終了ですが、ちょっとだけもう少し続きます。



今回の活躍者たち。



犬吠崎 風
・・・・女郎蜘蛛さんのオラオラッシュを受けたけど自前のタフネスと馬力で受け切った。踏ん張りとATKに振ってるからね、余裕です。 お返しとばかりに女郎蜘蛛の花弁を引きちぎってやった。多分、風先輩一人だけでも引きちぎれた説。やっぱりゴリラry


犬吠崎 樹
・・・・大神伝宜しく、キャラを乗せて戦うシステムを取り入れた結果アマテラスにライドする。女郎蜘蛛戦攻略に必須な『蔦巻』の筆しらべの代役を立派に務める。最終的な手柄は姉が持ってった。


三好 夏凜
・・・・触手プレイとかされてたわけではなかった。紳士たちには申し訳ない。
ただ妖怪の瘴気に長く充てられたせいでこの後色々とやらかすことになる。


結城友奈と東郷美森
・・・・絶賛ゆうみも中。遠くで爆発とか妖怪の絶叫が聞こえるけどお互いに見つめあって聞こえないフリをしている。


女郎蜘蛛さん
・・・・序盤は強キャラだった。でも後半の大神と勇者の連携、拘束、抑え込み、弱点突きの鬼畜コンボによってその生涯に身を閉じる。書いていた作者ですら可哀そうだと思った。
アマ公によって浄化されて大きな蓮の花となり、四国のどこかで人知れず咲き続ける。移動は神樹サマがやってくれました。


アンケートなど新しいのを設置する予定なので回答していただくと助かります。
感想や意見などいつでもお待ちしております。







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其ノ八点五、猿と大神

愉快な奴らの登場です。


――――樹海にて大妖怪・女郎蜘蛛を打倒したアマテラス一行。勝利の勝ち鬨を響かせ、やることも無くなったかのように思えたが。

  もうちっとだけ、お話は続くのじゃ。

 

 

 

――――アマテラスの勝ち鬨が夜空に響くと突然と空が輝き始める。

  ……そう、失われていた筆神が復活し、アマテラスが力を取り戻す瞬間じゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『来た来たァ~!アマ公の筆しらべ復活の時間だぜェ!』

 

 

 イッスンがアマテラスの頭の上で飛び跳ねる。

 彼に言われるまでもなく、アマテラスは夜空へ星を書き加えて星座を作り出すと、樹海一帯が眩い光に包まれた。

 

 

「おお!アマちゃんの新しい筆しらべちゃんだね!」

「これまでは龍、鼠だったけど……今度は一体何なのかしら」

 

 友奈と美森がそれぞれ想いを馳せて、輝く空から筆神が顕現するのを待つ。

 アマテラスの持つ筆しらべはこれまで龍と鼠。

 筆神は全て動物を模した姿で現れるというのはイッスンから聞いている。ならば、この筆神も動物なのだろう。

 

 

 やがて光から何か飛び出してきた。

 アマテラス一行の前に飛び出してきた者の正体とは――――、

 

 

 

『キ―――ッ!』

 

 

「猿?」

 

 そう、猿である。

 白き体毛の猿が空より現れ出たのだ。その数、なんと『三匹』。

 それぞれ『楽器』を持った猿たちはお互いに見合うと、律儀に一匹ずつ地上へと飛び降りていく。

 まるで打ち合わせでもしていたかのように。

 

 

 まず一匹、和楽器で言うならば『笙』を手にした猿は飛び降りながら、片足立ちでコマのように回り始めた。

 優雅で、緩やかな回転をするその様はまるで一流のスケート選手の如く。

 それが樹の目前に着地する。

 

「―――ひぅ!」

『キッ!?』

 

 楽器を手に持ち、器用に回転ジャンプを決めてきた猿に樹が驚きの声を上げると猿も同じく驚き、少女の反応に少しだけ残念がって地面に座り、笙を吹き始める。

 

 

 

 続いて二匹目。

 最初と同じく和楽器である『横笛』を持った猿は足場のない宙を蹴るようにして飛び上がった。

 豪快に高く上がった猿は身を折りながら縦に回転し、落ちていく。

 まるで水泳でいうところの飛び込み競技のようだ。

 重力に従った落下と、回転に回転を重ねた猿の勢いは留まることを知らず、そのまま――――、

 

『ギャッ!!』

「いだっ!!?」

 

 ごちん、と。

 地上にて佇んでいた夏凜の頭部に顔面を衝突させていた。

 加速しすぎたことで目測を誤ったのだろうか、猿は眼を回しながら頭を振って気を取り直すと落下と衝突によるダメージをものともしないかのように笛を吹き始めた。

 

 

 

 最後の三匹目。

 他の二匹が失敗しているのを見て鼻を荒くするその姿は自信に満ち溢れているようであった。

 自身の楽器を手にした猿はそれを宙へと放り投げると、猿自身も地上へとダイブする。

 縦回転をしながら落下する猿は他の猿に威厳を見せるつけるかのように着地を決めた。

 寸分も狂うことなく、二匹の猿の間にしゅたっ、と降り立った猿は空の手を伸ばして、最初に投げた楽器、巨大な『タンバリン』の一つをキャッチして見せた。

 

 

「おおっ!」

『キッ!!』

 

 ノールックでタンバリンを掴んだ猿に勇者一同がどよめく。

 それに対して気を良くした猿はドヤ顔を決めていた。

 

 

――――他の二匹が和楽器なのに、どうしてコイツだけタンバリン?

 

 

 という疑問が勇者たちの頭の中で浮かんだのは言うまでもないだろう。

 しかし、それよりも気になることがある。

 

 

 先ほど投げたタンバリンの内、もう一つが猿の元へ落ちてこない。

 猿はずっと右手を構えているが、一向にタンバリンは振ってこなかった。

 猿が上を見ると、自身が投げたタンバリンが遥か後方へと飛んでいたのが見えた。 

 猿は慌てて走り出す。

 先ほどのドヤ顔を焦燥へと変え、あらぬ方向へと飛んで行ったタンバリンを追いかけ始めた。

 

 

 やがて樹海の木を飛び越えて、猿が見えなくなった時。

 タンバリンが樹木の影に隠れるのと同時に甲高い金属の音が響き渡った。

 

 

『……』

「……」

 

 

 勇者、アマテラス、猿たちの間に訪れるなんとも言えない静寂が訪れる。

 しかし数秒後、残った二匹の猿たちはそれぞれの楽器を構えて台本通りに最後に行うポーズを再度決めていた。

 

 

『キッ!』

『キッ!』

 

 

 しかもドヤ顔で。

 

 

「仕切り直すなぁぁぁあ!!!」

 

 その光景に勇者部一の突っ込み力を持つ夏凜が反応するのは当たり前の事だった。

 

 

 

『おお……我らば慈母・アマテラス大神……』

 

 もはや恒例となってしまったのか、異形の猿が喋り始めることに勇者たちはもう何も言わない。

 あの夏凜ですら突っ込むことを放棄している。

 

『長きに渡り物の怪に封じられし我らが身を――――

 御許の力にて救い給わり誠に恐れ多く候』

 

 

 ♪~♪(笙を吹く音)

 

 

『我らが桜花三神 御許の懐に帰り奉りて―――』

 

 

 ♪~♪(笛を吹く音)

 

 

『この枯れたる苦界を潤わさん!』

 

 

 

 バシン、バシン、バシン(シンバルを叩く音)

 

 

 

 

「喋ってる時くらい黙りなさいよこの猿たちは!

 なんなの!? 筆神ってこんな奴らしかいないの!? 最初はなんかまともそうだったのに!?」

 

 

 花神の猿たちが奏でるバラバラな楽器の音色に遂に夏凜のキレ突っ込みが炸裂した。

 筆しらべの数は全部で十三。

 アマテラスが取り戻した力は全部で四つ。残りは九つである。

 今のような花神のように、筆神には個性豊かな者たちが多く存在するのを後に夏凜は知ることになる。

 

 

 言いたいことだけ言い終えた花神たちはそれぞれ自身の姿を文字へと変えていく。

 

 

 笙を持った猿、蓮の花神は『蓮』へ、

 横笛を持った猿、咲きの花神は『咲』へ、

 シンバルを持った猿、蔦の花神は『蔦』へと。

 

 

 三つの文字は光となってアマテラスの身体の中へと吸い込まれていく。

 自然の力を主とする桜花三神の力の全てが、アマテラスへと戻ったのだった。

 

 

『しっかしいきなり三つも力を取り戻せたのはラッキーだったぜェ、

 今みたいに妖怪の身体の中に封印されてる筆しらべもいるかもしれねェから、そん時はオイラ達で助けてやろうぜアマ公!』

『アウッ!』

 

 

 筆しらべはその姿を多くはモノに憑く傾向にあった。

 鳥の彫像や人の像、夜空の星へと、様々である。

 しかし、今回のように妖怪の中に封じ込まれた筆しらべは初めてであった。

 

 イッスンは思う。

 恐らく、以前のようなナカツクニでの旅とは違い、色々と苦労する事になるだろう、と。

 

 

 分からないことだらけの旅がいつもの事だった。

 苦しいことがないことなんて無かった。

 それと同じく、楽しいことだっていっぱいあった。

 ならば、今回の旅だってそういう事が起きるかもしれない。

 

 

「ねえねえアマちゃん、イッスンちゃん! 今取り戻したお猿さんたちの力って一体どういうのなの!?見せて見せて!!」 

「友奈……ちょっとこれ以上私がリアクション取るような事態を引き起こさせるのはナシで……わ、私もう限界……」

「わー!夏凜が倒れたー!医者ァ!病院!ヘルプミー!」

「お姉ちゃん、落ち着こう!? あぁ!東郷さん、どうしたら!!」

「寝てるだけみたいね……もうすぐ樹海化が解けるわ。 そうしたら大赦の病院に連れて行ってもらいましょう」

 

 

 それでも今回の旅にはアマテラスだけじゃなく、こんなに頼りになる少女たちもいるのだ。

 いけ好かないキザ野郎(ウシワカ)もいる。

 

『オウオウ、落ち着きなって友奈ちゃんよォ。 桜花の筆しらべは機会があったらちゃあんとあ見せてやっからよォ!』

 

 

 不思議と笑みがイッスンから零れる。

 こんな賑やかな奴らがいるのであればどんな苦境に立たされても、思ったのだ。

 『なんか行ける気がする』、と。

 

 

 

 

 

 それが分からないことだらけの旅の中でイッスンがただ一つ、確信した事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――瀬戸大橋付近、英霊之碑。

 

 

 どこか、ホールのような構造の建物の中心、舞台を囲うように多くの石碑が並び立っている。

 そこは戦いで落命し、

 或いは天寿を全うし、

 人類の為に尽力した歴代の勇者と巫女たちが最後に祀られている場所だ。

 

 

「まったく、最近の妖怪たちと来たら、か弱いレディを寄ってたかって襲う……実に低俗な輩になり下がったもんだよ。

 彼らの先祖があの姿を見たらさぞ嘆くだろうねぇ……」

 

 その英霊之稗にて、一人の男の声が響く。

 男は和装に、烏天狗のような被り物をしていた。その右手には和装とは釣り合わないバスケット、風呂敷を身体に巻き付けているその姿はまるでピクニックに来たかのようだ。

 

 

「まぁ下級妖怪の天邪鬼達にあんな的確な指示を飛ばす奴はさぞ強敵だろうね……アマテラス君たちは対処できるかな?」

 

 

 奇抜な服装の男――――、ウシワカは楽しそうに呟く。

 悠々と歩きながら言葉を虚空へと投げるその様は並び立つ石碑たちへ語り掛けているようだった。

 

「ああ、そうだった……今日はキミに(・・)見せたい物があってね……レッツルック!!」

 

 ウシワカは身に着けていた風呂敷を解くと一枚の盾と刀を取り出す。

 アマテラスが『画龍』の筆しらべで修復した神屋楯比売と生太刀だ。

 

 

 ウシワカは神屋楯比売を一つの石碑の前に立ち、見せつける様に近づけた。

 石碑には当時の勇者の名が刻まれている。

 

 

 

―――――『土井 球子』という名が。

 

 

「アマテラスくんの力のお陰で、ユーの武器はこうして元通りさ。

 いつまでも壊されたままじゃ申し訳ないと思ってね……今でも”神の力を宿した武器を直すにはアマテラス君の力が必要なんだ”。だから今日この日まで時間がかかってしまったよ……」

 

 そうそう、とウシワカは続ける。

 話題は犬吠崎姉妹についてだ。

 土井球子の石碑の隣に並び立つ、『伊予島 杏』の石碑にも語り掛ける様に、

 

 

「新しい勇者たちに仲がいい姉妹がいてね……まるで球子くんと杏くんを見ているようだった。

 もしかしたら、彼女たちはキミたち二人のソウルが生まれ変わった姿なのかもね……だとすれば、それはミラクルかも」

 

 

 ウシワカは二つの石碑に微笑みかける。

 二人の願いが現実となったのではないかと、その偶然に奇跡というものを感じながら。

 

 

「さて―――ん?」

 

 感慨に耽っているウシワカの元に、一羽の鳥が飛来する。

 青い鳥だ。 

 外来種という概念が存在しないこの世界では、こういった青色の鳥は大変珍しいものである。

 

 

 青い鳥はゆっくりとウシワカの真上を飛び回ると、やがて彼が手に持っている生太刀の柄に止まった。

 それを見てウシワカの表情が変わる。まるで数年以来の友と再会したかのような笑みを浮かべていた。

 

 

「久しぶりだね、マイフレンド。 キミの愛刀もこの通りさ、お礼はアマテラス君に言いたまえ。 

 彼は今、讃州中学という学校に住み着いているらしいからね、時間があれば会いに行くといい。

 ま、キミの姿はバードなワケでアマテラス君も流石に気づきはしないだろうけど」

 

 

 青い鳥は少しだけしゅん、と顔を俯かせたかと思えば直ぐに生太刀の柄から飛び上がる。

 翼をはためかせた鳥はウシワカの眼前にある一つの石碑へと降り立った。

 

 

――――『乃木若葉』と彫られた石碑へと。

 

 

「おっとっと、忘れてたよ。まったく、年は取りたくないものだね」

 

 

 その場から去ろうとして、ウシワカは何かに気付いたか、生太刀と神屋楯比売の事で夢中になっていたために地面へとおいていたバスケットを手に取った。

 中から取り出したのは、タッパだった。 

 彼の手製で、作り立てなのかフタを外すと香ばしさと一緒にむわっと熱気が立ち込める。

 

 

 それを一つの石碑の元へもっていき、ゆっくりと中身が零れないように置いた。

 

 

 

――――『三ノ輪 銀』という、少女の石碑の前へ。

 

 

「今回はミーと園子くんとキミの分だ。 須美くん……今は美森くんだが、二人ともいずれここに来れるようになるだろうさ。

 そしたら、今度は皆で一緒に――――」

 

 墓参りに行くよ。

 その一言を告げて、その少女がよくウシワカに振舞ってくれていた『焼きそば』の一つを食し始めたのだった。

 

 

「う~んデリシャス☆」

 

 自身が作り出した焼きそばに舌鼓を打ち、彼は彼女の料理の腕前を超えてしまっただろうと勝手に自画自賛した。

 

 

 焼きそばを食した後、ウシワカは箒やら雑巾をどこからともなく出現させる。

 頭の被り物の上から更に三角巾を被って気合を入れた彼は、勇者たちが眠る英霊之碑の間を一人で全て清掃し石碑の手入れを行っているのである。

 

 

 

 

 人類を存続させるために命の花を散らしていった少女たちを労り、少しでも自身の罪に対して贖罪するために。

 

 

「そういえば、銀くんの端末を受け継いだ子……ノッブ(春信)のシスターだったけ? ちゃんと見ていなかったなぁ、今度グリーチングしに行かなきゃ」

 

 

 鼻歌交じりにそんなことを呟くウシワカは四国の海の方角へと視線を移した。

 視線の先に映るのは、大橋よりも巨大で天高く聳え立つ塔であった。

 

 

 

 常時結界が張られている事により一般人からは『目視することが出来ない』その塔からは毎日毎日、『猫の鳴き声』が聞こえるという。

 香川県の海辺にはそんな噂が生まれていたのだった。

 

 

 

 




最初は木霊暴走させて桜花から登場させようと思っていた花神シリーズ。
でも花神の猿ってなぜか3匹いるし、全部全部書いてたら時間が掛かりすぎちゃうと思ったので女郎蜘蛛さんに封じさせて同時に三体getさせるという荒業に出ました。

 ちなみに最初のプロットは暴走した木霊に樹ちゃんが求婚されるという御話。
 タイトルは『樹の嫁入り』でした。

 
 今回手に入った筆しらべ解説は実際に使ったお話の最後に書きまする。



いつもの簡単な補足


青い鳥
・数百年間、四国に住む人々を陰ながら見守るバード。
その正体は精霊で、精霊になるまえは友人の耳かきが大好きな勇者様だったとか。
近々、知人?に会いに讃州中学へ行くつもり。


鳴き声のする塔
・最近現れ始めた塔。頂上からは猫の鳴き声が毎日聞こえる。謎の結界が張ってあって鳴き声に気付けても、塔の姿を普通の人間が感知することは出来ない。














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~大神と精霊と青い鳥~前編

本篇とはあんま関係ないお話?
久しぶりの投稿なので、短めに二分割です。慣らし投稿だオラァ!


 讃州中学の生徒は今日も元気にあふれていた。

 グランドでは体育の授業が行われているのか、活気のある生徒たちの声が空に響いている。

 

 

「勇者だーっしゅっ!」

「友奈ちゃん、頑張れー!」

 

 

 そこには勇者である結城友奈と東郷美森の姿がある。

 友奈は短距離走で駆け、ぶっちぎりのトップを走る彼女を美森が応援していた。

 

 

 

『ふーむなるほどなァ……』

 

 

 その讃州中学の屋上にて、

 意気揚々と生徒たちが体育の授業に励む光景を眺める者がいた。 

 天道太子ことイッスンである。

 

 

『この時代の女たちは運動するときって、あんなに薄着になるんだなァ……オイラ達の時代とは偉い違いだぜェ』

 

 

 そう語る彼の腕にあるのはイッスン程度の大きさのある望遠鏡である。

 レンズ越しに見えるのは讃州中学の体育服装の女子生徒たち。

 

 

 そもそも和服がほとんどであったナカツクニの人々と、この四国の人々の服が違う事には違和感はあったのだ。

 特に体育服装に関しては、あんなに肌を晒していて風邪をひかないのかと、一時はその時代の服装にモノ申そうと思ったほどである。

 

 

 しかしそれは大きな誤算だったと、イッスンは後に気付くことになる。

 

 

『だがしかしなんでェ……なかなか、ウム』

 

 

 少女たちが運動によって生じた汗が、陽の光によって輝きを放っている。

 一息つく間もなく、疲れた体に連動して方は激しく上下し、その表情からは荒い息遣いが聞こえてきそう。

 一言で表すならば、妖美、この時代で例えるならエロさを感じる、だろうか。

 

 

 その中でも、結城友奈の顔はハードな走りを終えた後だというのに底なしの体力を見せつけるかの如く、満面の笑みであった。

 彼女の笑顔は見ている者たちを元気づける力を持っている。

 徹夜漬けの疲れも吹き飛ぶような、そんな感じだ。

 

 

『昼間っからこんな光景を目に出来るなんてなァ、絵師としては最高の場所だぜェ。 

 アマ公、やっぱオイラこの世界に来て良かったって思っちまうなァ……お前もそう思わねェか?』

『クゥ……』

『なんでェ、昼寝してんのかィ。勿体ねぇなァ、こんなチャンスを見逃すなんてよォ……ま、犬には分らねぇか』

 

 

 イッスンの真横ではアマテラスが盛大な昼寝をしている。

 それ以前に、彼らがどうやってこの屋上までたどり着いたか、という疑問が生まれるがここでは割愛願いたい。

 

 

 だが一つ説明をするならば、現在のアマテラスの持つ力を持ってすれば讃州中学の屋上まで人に気付かず辿り着くなど造作もない、という事だろうか。

 筆しらべの数が増えるということは、アマテラスが本来の大神としての力を取り戻すということ。

 

 

 世を照らす神としての威厳を少しは取り戻しつつあるようだ……今の昼寝をしている姿で大分台無しになるのだが。

 

 

『さてさて、オイラはこのまま女の子たちの鑑賞……間違えた、観察を続けるとするかィ――――』

 

 

 そう言って、視線を女子生徒たちが走るグランドに映そうとした時だ。

 イッスンの頭が重みを感じた。

 さほど重くはないにしても、このままでは非常に見づらい上に何やら透明な液体が垂れてきている。それは涎のようなモノ。

 それを見て、イッスンは自身が『噛まれている』という事に気付いたのだった。

 

 

 上を見上げずとも、その正体を明かすのは簡単だ。

 

 

『牛鬼ィ……オメェかよォ、なんでこんなところにやって来たんだァ?』

 

  

 イッスンの頭上では彼の玉虫を模した笠に噛みついて、背中の羽をパタパタと動かしている牛鬼がいた。

 

 

『ははーん、さてはスマホから抜け出してきたなァ? あんなせまっ苦しい所に居たらそりゃタイクツかもしンねェけどよォ……

 だからってオイラと会うたびに食おうすんのは止めなってンだィ。 少しはジチョウしなよォ!』

『―――――』

 

 

 イッスンの言葉を聞いているのか、そして理解しているのか、そんなことをお構いなしに牛鬼は噛みついている笠から口を離そうとしない。

 むしろ更に食すようにもごもごと口を動かしてさえいた。

 

 

 友奈の精霊である牛鬼は他の精霊と違ってちょっとだけ特別である。

 

 

 こうやってスマホから勝手に飛び出したり、他の精霊を食べようとしたり、奔放な動きをするその様子は『まるで意志がそこにあるかのよう』だ。

 

 

 友奈の精霊だからなのか、それともそれ以外に要因があるのだろうか。

 こうして夏凜の精霊、義輝と共に齧られ役を担うことになってしまったイッスン。

 牛鬼に関しての謎は深まるばかりである。

 

 

 

『仕方ねェ、こうなりゃとっておきよ……ホレ、牛鬼』

『――――!!!』

 

 

 イッスンが右手に持つソレを見て、牛鬼の耳がぴくんと動く。

 噛んでいた笠から口を離し、視線に力を入れて白の身体をうずうずと震わせる牛鬼にイッスンは右手の赤色の干し物を差し出したのだ。

 

 

 それは牛鬼の好物、ビーフジャーキー。

 友奈から牛鬼に噛まれた際の最後に抜け出す手段として渡されていた。基本、食べ物には目がない牛鬼であるがビーフジャーキーには他の食べ物よりも先に優先して飛びついてくる。

 その習性を利用した牛鬼対策だ。

 

 

『ふぃー、効果抜群だぜ……友奈ちゃんに感謝しなくちゃなァ』

 

 

 顔に付着した涎を拭いつつ、イッスンはその効果を確認した。

 現に牛鬼はイッスンに目もくれず一心不乱にビーフジャーキーを口に運んでいる。

 暫くは襲ってはこないだろう。しかし、予断は許されない。

 餌は限りがあるし、牛鬼は常に食すスピードは速いほうだ。

 食べ終えたなら、すぐさま標的をイッスンへと戻すだろう。

 

 

『食い意地の張り具合はアマ公と同等かィまったく……コイツが食べ終えるまでの間に何か対策考えねェとな……』

『アウ……?』

『なんでェアマ公、漸くお目覚めかィ?』

 

 

 そのイッスンの隣で昼寝をしていたアマテラスが首だけを起こしていた。

 大きく欠伸をして何度か口を動かすが、頭は船を漕いでいるかのように揺れている。

 寝起きなのか、まだまだ寝足りないのか。

 

 

 寝ぼけているアマテラスの頭をイッスンがぱし、ぱしと叩く。

 

 

『おーいアマ公、寝起きのところ悪ィが牛鬼がエサ食ってる間にどこかに行っちまおうぜェ、神骨頂一つ奢ってやるからよォ』

『アウッ』

 

 

 眠気も飛んだのか、目を見開き、応じるかのようにアマテラスが短く吠える。 

 アマテラスも食べ物に目がない。

 イッスンの提示した条件にいとも簡単に乗ったのだった。

 長年の旅でアマテラスをより良く知っているイッスンが築き上げてきた絆の賜物である。

 

 

『よーしよし、ゆっくりと頼むぜェ……ん?』

 

 

 アマテラスの頭部に飛び乗り、その場をそそくさに去ろうとするイッスン。

 だが、立ち上がったアマテラスがすぐに動きを止めたのを見て違和感に気付く。

 

 

『なんだアマ公、急に止まりやがってェ……腹減って動けねェのかァ? 悪ィが報酬の先払いはナシだぜェ。オイラってば今ビンボーだからよォ』

 

 

 それでどうやってアマテラスのエサを調達しようとしていたのか、それはさておき。

 アマテラスはある一定の方向に視線を注いでいた。

 まるで何かに魅入られたように固定するその視線の先には、彼が動きを止めた理由が存在していたのである。

 

 

『……』

 

 

 視線の先に居たのは鳥だ。

 大きさはさほど大きくはない、しかし目を惹くのはその体毛の色である。

 

 

 青い。まるで藍染めされたかのような美しい青の色。

 こんな鳥を、イッスンはこの国で初めて見た気がした。もちろん、彼の元の世界であるナカツクニにいるかどうか分からない。

 

 

 どこか神秘的な雰囲気を纏う青い鳥が屋上の手すりに止まり、アマテラスの方を見つめていた。

 

 

『なんだィあのトリ公はよォ……オメェの知り合いかィ、アマ公?』

『……?』

 

 

 咄嗟にアマテラスに聞くが、当の本人は首を傾げるばかり。

 流石に妖怪の類ではないだろう、と高を括りつつも愛刀・電光丸に手を伸ばすイッスン。

 

 

『―――――』

『あ……? なんだって?』

 

 

 柄に手が触れようしたとき、イッスンの動きが止まった。

 目の前の青の鳥が、こちらに向けて何かを言わんとしていたからである。

 

 

 

 イッスンなどの妖精、コロポックルは生まれながらにして人ならざる者の意思をある程度は読み取ることが出来る。

 ナカツクニでも里見八犬士を探しだした際には、その犬の通訳をしていたのをイッスンは懐かしく思い出していた。

 

 

 

『”私と遊ぼう”……だってェ? 一体なんだって―――』

 

 

 その直後、青の鳥は飛び上がると真っすぐアマテラス目掛けて直進した。

 目にも止まらないその速さはアマテラスでも追うので精いっぱいである。

 

 

『アウ?……!!』

 

 

 風が吹いたかと思い、頭部から重さが消えたことに気付いたアマテラス。

 頭の上にいたイッスンが姿を消していたのだ。

 

 

『だぁー! は、離しやがれェ!』

 

 やかましい声がする方へ顔を向けると空だ。

 青い鳥が羽を上下に動かしながら飛んでいる。何故か、イッスンをその足で捕まえて。

 両肩を掴まれているイッスンは身動きが出来ないのか、暴れてもその鳥からは逃れることは出来ない。

 

 

『――――』

『”追いかけっこだ”―――だとォ!?トリ公のクセに何ワケ分かんねぇコト言ってやがんだァって―――』

 

 

 青の両翼を羽搏かせて、鳥は屋上からグランド目掛けて滑空する。

 イッスンの声が遅れて聞こえてくるほどに凄まじいスピードである。

 数秒と経たないうちに、青い鳥はアマテラスとの距離を開いたのだった。

 

 

『あ、アマ公! た、助けろォイ!!』

 

 

『アウッ……ワウ?』

 

 

 当然、相棒が連れ去られてしまってアマテラスがジッとしている筈がない。

 グランドで授業をしている生徒たちの真っただ中へ飛び込んでいく事になってしまうが仕方がないことだ。

 

 

 しかし、屋上から飛び降りようとしたアマテラスの頭に普段より重みのある物体が乗っかっていた。牛鬼である。

 

 

『……』

『……?』

 

 

 白い真ん丸の瞳がじっとこちらを見つめている。それは何かを訴えているかのようであった。

 小さいその手は青い鳥が飛び去って行った方向に伸びている。

 

 

 追いかけろ、という意味なのだろうか。

 イッスンのように動物たちの言葉を理解することは出来ないアマテラスではあるが、そういう風に解釈した。

 

 

『ワウッ』

 

 

 そんな事よりも、あの鳥との追いかけっこはとても面白そうだ。

 と、目の前の楽しそうな事にアマテラスと牛鬼は屋上を飛び込えて行くのだった。

 




謎の青い鳥……一体何バードなんだ。


結局今回の浸食も勝てなかったよ……(クソ雑魚勇者)


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~大神と精霊と青い鳥~後編

特別編第二話。
Youtubeで白い犬の動画見てたらアマテラスにしか見えなくなってきた。


 お昼休みも間近となった四時間目の体育、讃州中学ではちょっとした騒ぎが起こっていた。

 校庭で授業を行っている最中の生徒たちが小さな驚きと悲鳴を上げている。

 

 

『ワウッ』

 

 犬だ。犬がいる。

 白き毛並みを持つ犬が学校のグランドを猛スピードで駆けまわっていたのだ。

 当然、それがアマテラス大神だというのは既知の者たちもいるわけで。

 

 

「アマちゃん!? 牛鬼まで!?」

 

「ええ!? どうしてイッスンちゃんが鳥に捕まってるの!?」

 

 

 授業中の友奈と美森にも女子生徒たちの間を突っ切って走るアマテラスの姿は確認する。

 疾走するアマテラスは先にいる青い鳥を追いかける様で、イッスンが鳥に捕まっているのも。

 

 

 一体全体、どうして鳥なんかに捕まったんだ、という突っ込みはいったん置いといて。

 体育教師も犬を捉えようとするがあまりの速さに追いつけない。

 その様子を見て、生徒たちも混乱していた。

 

 

「だーめーだーよーアーマーちゃーん!すとぉーっぷっっ!!」

 

 

 三段階の加速を経たアマテラスの目の前に、友奈が立ちふさがる。

 両の手を広げて逃げ場をなくした人間ネットが迫る。友奈はその手でアマテラスを捉えようとするが。

 

 

「うそ!?」

 

 

 躱された。

 まるで幻を掴むかのように友奈の手は空をきる。

 全速力の状態から少しも速度を落とすことなくフェイントを突き、友奈の真横を抜き去ったそれはラグビーで言うところのスワープというテクニックに似ていた。

 

 

「アマちゃん待って――!!」

 

 

 アマテラスは友奈に目もくれず、ただひたすら鳥を追いかけ続ける。

 あくまで追い掛けっこという勝負に拘っているのか、鳥はアマテラスのいる地表すれすれを飛んでいたのだった。

 

 

 しかし、追いかけっこという勝負においてナカツクニの絶対王者であるアマテラスは徐々に鳥との距離を縮めていく。

 鳥はイッスンを掴みつつも一糸乱れぬ飛行を続け、女子生徒の間を身を横にし、または翼を畳んで針の穴を縫うように人という障害物を躱していく。

 

 

『うおおおおィ!やめろォおおおお!!』

 

 

 ギリギリな飛行を続ける度に足に捕らえられているイッスンの叫びが聞こえる。

 アマテラスも速度を上げて迫るが、縦横無尽に飛び回り、巧に障害物を利用する鳥の立ち回りに勝負を決する頭突きを決め手として繰り出すことが出来ない。

 

 

『あぁあああアマ公!さっさとオイラを助けやがれェ、このままだと、また…は、吐く…ウェプ』

 

 

 アマテラスは感じていた。

 この鳥はあのヨシぺタイの魔の森で戦ったオイナ族の娘、女王カイポク以来の強敵の出現だと。

 

 

『ワウッ』

 

 

 血沸き肉躍るとはこの事か、闘志の溢れんと言わんばかりにアマテラスの身体に力が漲る。

 頭に乗せた牛鬼を振り落とすかもしれないほどの加速の果てに、白の体躯が飛び上がった。

 

 

『――――!!』

 

 

『おおっ! アマ公そこだァ! いけぇ!!』

 

 

 鳥の真上を取るほどの跳躍を見せつけたアマテラスに青の鳥にも焦りが見えた。

 重力の落下によって生まれた加速、振り下ろされる腕は的確に鳥の身体を捉えている。

 

 

 このままでは鳥の敗北が決定してしまう。

 そう思考した鳥は意外な行動に出た。

 

 

『へ? なんで?』

 

 

 ぶん、と身を捩るかのように捻った鳥はその勢いを利用し、アマテラスの腕を躱したのである。

 真横に回りながら動く戦闘機の回避運動のような動きで。

 

 

 だが勢い余ってか、鳥の脚から掴んでいたイッスンが零れ落ちてしまった。

 咄嗟に身を屈めて地表と激突する痛みを耐えようとするイッスン。

 しかし、イッスンが次に感じたのは衝撃でも痛みでもなく、

 

 

 ぷにん。

 

 

「あ、あらあらイッスンちゃんったら……」

 

 

 車椅子にて授業の見学をしていた美森のジャージの上、胸の部分に落ちていたのである。

 清楚なクッションが衝撃を和らげていたのだ。

 

 

『ぶはっ! 助かったぜ美森ちゃん。そして御馳走様ァ!!』

「ええ!?それってどういう意味なのイッスンちゃん!」

 

 女性特有の柔らかな山の上で飛び跳ねるイッスンの言葉に顔を少しだけ朱に染めた美森。

 少しだけキリッ、と表情を決めている彼に対して怒りという物を覚えた。

 

 

『おお……この弾力、ホンモノだぜェ……オイラの予想を上回るまさに秘境エゾフジ―――ってのわぁ!!』

「きゃっ!!」

 

 

 調子に乗って美森の胸の弾力にモノを言わせトランポリンのようにその場で跳ねるイッスンの元に再び青い鳥が現れる。

 目にもとまらぬ速さで滑空して、まるで盗人がかすめ取るように通り過ぎれば、そこにイッスンの姿がなく。

 

 

『って、またかよォ!』

 

 

 再び鳥の脚に捕らえられたのだった。

 鳥は逃走を続け、都合よく解放されていた一階の教室の窓へと校内へと侵入していく。

 アマテラスも、そんな鳥を追って教室の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 その後の讃州中学の凄惨たるや、あまりにも多くて語り尽くせない。

 

 

 

 

「こらぁッ! 私のニボシ食い荒らしたの誰だァ!!」

 

 

 

 

「家庭科の授業でせっかく作ったうどんがひっくり返されたわ! どこ行ったアマテラスぅ!」

 

 

 

「お、お姉ちゃん!じょ、女子更衣室に白い犬と青い鳥が入ってきたよ~!」

 

 

 

 突如として侵入してきた青い鳥と白い犬により、讃州中学はてんやわんやの大騒ぎ。

 勇者たちや一般生徒たちの思惑から外れた人外同士の戦いは熾烈を極めたのだった。

 

 

 

 

――――そして数時間後、讃州中学を巻き込んだドタバタ騒ぎの戦いは終局を迎えようとしていた。

 

 

 

『……』

『……』

 

 

 外は既に夕日が目立つ頃。

 長大な渡り廊下にて睨み合う犬と鳥。

 

 

 アマテラスは長きに渡る追跡の果てに、青い鳥を廊下の端、袋小路へと追い詰めることに成功したのである。

 

 

『――――』

『”な、長きに渡る戦いも…ウップ……ここまでのよう、だな、オエッ……アマテラス。 次で、オエッ…決着だ”』

 

 

 逃亡劇の一番の被害者である捕らえられたイッスンは疲労困憊の身でありながらも最後まで鳥の通訳を止めない。

 見上げた通訳根性である。

 

 

 青い鳥もここまで来たら逃げるつもりはないらしい。

 その鋭い眼光はいまだにアマテラスから逃げることを諦めておらず、この危機的状況ですら、面と向かって逃げ切る自信があるように思えた。

 

 

 

―――いざ。

 

 

 意を決した二匹は図らずとも、同時に駆けだしていた。

 

 

 両者ともに突撃。

 だが、青い鳥はギリギリまでアマテラスを引き付けて直前で身をロールさせて躱す作戦だ。

 対してアマテラスは真っすぐこちらに向かってくるだけ。

 スピードと卓越した飛行技術を持つ鳥にとって躱すことなど造作もない。

 

 

 勝った。

 と、内心で勝利の二文字を浮かべた鳥がアマテラスと衝突する寸前、身を捩り回避運動を行おうとした時だった

 

 

 アマテラスが大きく飛び上がったのだ。

 青い鳥の頭上を飛び越えるほどの大ジャンプを。

 

 

 目測を誤ったのか? 

 青い鳥は思わず目でアマテラスの姿を追う。

 

 

 否、『追ってしまった』のだ。

 アマテラスの頭には先ほどまでいた牛鬼の姿がない。

 それに気づいたときには既に遅く―――、

 

 

『――――!!』

『ンガァ』

 

 

 青い鳥が前方を見据えた時、目に飛び込んできたのは大口を開けて待つ牛鬼の姿だった。

 そして次の瞬間。

 

 

 がぽっ、と青い鳥は頭から牛鬼の口の中へと受け止められ、バランスを失った身体は牛鬼とともに廊下の床を転がっていく。

 

 

 アマテラスは自分自身を囮に使ったのだ。本命は牛鬼である。

 最後、二匹が接触する瞬間まで牛鬼はアマテラスの尻尾に噛り付いて、その身を隠していたのだ。

 そしてアマテラスがジャンプすると同時に牛鬼は尻尾から離れ、鳥の視線がアマテラスを追う隙を突いて捕獲する。

 その作戦に、鳥は見事引っかかったのだった。

 

 

 

『よ、ようやく…おわ、った……ぜ…ガク……』

 

 

 地面に叩きつけられて床に倒れこんだイッスンは震える声でそう呟いた。

 長きに渡る逃亡劇から、やっと解放されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ったく、偉い目にあったぜェ……オイこのトリ公! 焼き鳥にされる覚悟はできてんだろうなァ!?』

 

 

 場所は変わって屋上。

 イッスンが怒号を鳥に向かって愛刀・電光丸を構えている。元気を取り戻したか、今にも斬って掛かりそうな勢いだ

 

 

 青い鳥はアマテラスの眼前に居る。

 だが牛鬼が翼の部分に噛みついているため、逃げように逃げられない状態だ。

 鳥も観念したように牛鬼の噛みつきを受け入れている。牛鬼の口は歯が見当たらないので噛まれたとしても痛くはないだろう。

 

 

『―――』

『あ?なになに……”すまなかった、お前に会えると思ったら歯止めが利かなくなってしまった”―――だとォ?』

 

 

 鳥の意思を読み取ったイッスンが怪訝そうに腕を組んだ。

 この不思議な青い鳥はやはり過去にアマテラスと面識があるらしい。

 だが、アマテラスは相変わらず首を傾げていた。

 

 

『なぁなぁ、本当に会ったことがねぇかアマ公。このトリ公、だいぶ前からお前のこと知ってるみてェだが……』

 

 

 イッスンは思った。

 ナカツクニでも、このような人間臭い鳥は見たことがない。

 この世界でもかなり異質なほうだろう。ならば、推測するにこの鳥は、アマテラスが四国に来て出会った者の一匹ではないだろうか、と。

 

 

 だが、アマテラスが実際に覚えていないというのはどういうことなのだろう。

 いくら恍けるのが得意なアマテラスでも、今回ばかりは本当に何も知らなさそうだ。

 

 

 そんなアマテラスに対して鳥は続けるのだ。 

 

 

『――――』

『”お前が帰ってきたと聞いて、飛んできたんだ。嬉しかったぞ……お前にはもう、会えないと思っていたからな……本当に――――”』

 

 

『……』

 

 

 次第に感情を吐露する鳥の言葉は積もりに積もった年月を解消するようだった。

 それほどまでに長い間、この鳥はアマテラスのことを想っていたのだろうか。

 

 

 だがアマテラスは何も答えない。否、応えることが出来ない。

 その鳥の語る言葉に返すことが出来る答えを持ち合わせていないのだ。

 故に、無言を貫くしかないのである。

 

 

『嬉しかったんだ……!』

 

 

 青い鳥は、いつの間にかその瞳から涙を流していた。

 

 

『お前とこうして、もう一度遊ぶことが……私の願いだったんだ……お前にはいっぱい助けられて、そのお礼もしたかったのに出来なくて……! この姿になった後も、絶対にお前のことだけは忘れたくなくて……っ!』

 

 

 紡がれる言葉は、イッスンを介して伝わっているものだ。

 だが、それを直に聞いているアマテラスはこちらを見つめて瞳を潤ませ、涙の粒を地面に落とす鳥の姿にあろうことか、一人の少女を幻視した。

 

 

『心行くまでお前と、遊んでいたかったんだ……アマテラス!』

 

 

 アマテラスの記憶の彼方から靄がかかったように浮かんでくる。

 

 

 刀を手に凛々しく佇む少女。

 人一倍責任感が強くて、心が強くて。

 だけど時折見せる照れ顔がとても可愛らしくて。

 そしてこの地に住まう全ての生き物を守り続けるという誓いを掲げていた、

 

 

 桔梗の花が良く似合う、一人の少女を。

 

 

『うぅ……っ!うぅ…っ!』

『―――――』

 

 

 青い鳥から、嗚咽に似たような声が聞こえた気がした。

 涙を流す鳥の横に居た牛鬼も、既に噛みついていた翼から口を離している。

 そればかりか、泣いている青い鳥の頭を、今度は労るように手で撫でていた。

 

 

『……アマ公?』

 

 

 そしてアマテラスも、青い鳥の傍に座ると顔を近づけて、未だに止まることのない鳥の涙を舐めとったのだ。

 これまでの苦労を労るように、その過程で傷ついた心を慰めるように。

 

 

 なぜだろうか、そうせずにはいられない。

 だが涙を流しているこの鳥の姿を見ては、そうしてやることがアマテラスが自分自身にできる精いっぱいの事だと思ったのだ。

 

 

『は、はは……お前はやっぱり、優しいな』

 

 

 一人の少女が、笑み浮かべてそんな言葉を言った気がした。

 

 

 

 

 

――――ありがとう、友よ。

 

 

 

 その言葉を残して、青い鳥は去っていく。

 自身が戻るべき場所へと向かいながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アマ公……あの鳥、また来るってよ』

 

 

 よほどアマテラスと遊べたことが嬉しかったのか、別れ際にイッスンは鳥からそんなことを聞いていた。

 

 

『今度遊ぶときは他所でやれよォ、アイツが来るたびにオイラが市中引き回し……もとい、校内引き回しみたいな目に遭うのはもうこりごりだからなァ?』

『……』

 

 

 イッスンとアマテラスは既に飛び去って行った青い鳥の方角を見やる。

 姿はもう見ることは出来ないが、彼はずっとその方向を見つめていた。

 

 

 

(あの鳥はアマ公の事を知っていた……口ぶりからして、かなり前から知っている感じだった……一年や十年じゃねェ、もっと遥か前からの知り合いみてェな――――)

 

『アウ?』

 

 

 なんでもねぇよ、とイッスンは言う。

 この四国と大神アマテラスの関係は思った以上に複雑そうだ。

 

 

 ただ一つだけ言えること、それはどの場所に行ってもやはりアマテラスはアマテラスだという事だった。

 

 

 世に生きとし生きる者たちを守る為に奔走し、たとえ分の悪い相手でも怯まずに立ち向かう大神アマテラス。

 極め付きのお人よしでそれはナカツクニで死んで転生した後も変わらず。

 

 

 時には陰ながら見守り、

 時には直接人々を手助けする毛むくじゃら。

 そんな神様に人々は皆感謝をする。お天道様に向かって両手を合わせながら。

 

 

 あの青い鳥も同じなのだろう。

 イッスンは、ここにいるアマテラスが自身の知るアマテラスであるということを再認識したのだった。

 

 

『ま、おいおい分かるこったなァ……よしアマ公、仕方ねぇから神骨頂一つ奢ってやるぜ――――』

 

 

 イッスンが言葉を言い切る前に、身体がひょいと摘まみ上げられた。

 冷気のように身体が冷える、ただならぬ殺気に恐る恐る振り返ると、

 

 

「ねぇイッスン?話があるんだけど」

 

 そこには笑顔の風が。

 

 

『アウ?』

 

 

 気づけばアマテラスも頭を鷲掴みにされている。

 めきめきと逃がさないように力を籠める存在に身体を震わせながら振り返れば、

 

 

「アンタもよ、アマテラス」

 

 

 引きつった笑みを浮かべる夏凜がいた。

 

 

 

 

 その後、イッスンを含めたアマテラスが頭に角を生やした怒り状態の風と夏凜に学校で迷惑をかけたことについてこってり叱られたのは言うまでもない。

 

 

 

 





本篇に影響しないくらいに青い鳥の登場。
久しぶりにアマ公に出会えて、ほんとに嬉しかったようです。


さぁ次からじゃんじゃん筆神集めのお話続けていくぞォ!プロットだけは出来上がってらァ!文章書くだけなんだよォ……それがなかなか難しい。


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其ノ九、花凛と猫鳴の塔

ようするにカリン塔です。






r_18ものに熱中してたら遅くなったぜェ、アヘェ..,


「ふーっ…はーっ……しんど」

 

 

 讃州中学二年、三好夏凜の小さいため息。それは疲れ果て、地の底から湧いたようだった。

 肩で息をするように上下させ、全身を通して感じるダルさと戦う中で、夏凜の額から滲んだ汗が頬を伝って地面へ向かって落ちていく。

 

 

 しかし、その汗の雫は地面に落ちるのを夏凜は確認できない。

 落ちていった汗を見る暇などないのだ。なぜなら――――、

 

 

「なんで私がこんな訳の分からない塔のてっぺん目指して昇んなきゃならないのよ―――!!」

 

 

 三好夏凜の現在地は、バカでかい塔の壁。

 しかもただの塔ではない。

 四国の海に聳え立つこの塔はとても巨大で、下から眺めた時は雲にまで掛かっていて先が頂上が見えなかったくらいだ。

 

 

「スパイダーマンか私は!」

 

 夏凜は自身に突っ込みを入れながらも、このやたらと巨大な塔を登ることになった元凶を見つめ、叫ぶ。

 

 

「こーらぁイッスン!アマテラス!あんたらだけで前に進んでんじゃないわよ!」

 

 

『あーん?ニボシ娘ェ、なんか言ったかァ―――!?』

 

 

 夏凜がよじ登っている壁の位置から更に先、数十メートル先にいる存在、アマテラスとイッスンだ。

 

 

「はやすぎって言ってんのォ!」

 

『オイ、アマ公。ペースがちぃと早いってよ』

 

『アウ?』

 

 

 頭の上にしがみついているイッスンの声を聴き、アマテラスが首だけを動かして夏凜に視線を向ける。

 不思議とアマテラスの身体は壁から離れず、ぴったりとすべての脚が吸い付いている。まるで猫のようだ。

 

 

これは塔の全体に流れている「壁神の紋所」の力が働いているためだ。

壁にその力が働いている合間は手足が吸着し、落下することなく登ることが出来るのである。

 

 

 アマテラスとイッスン、夏凜は最近になって出現したこの塔の頂上を目指してよじ登っている最中であった。

 

 

 巷で噂となっている砂浜付近から『悲しそうな猫の鳴き声がする』という。その原因を探ってほしいという依頼が勇者部の依頼箱に寄せられていた。

 一通だけならスルーする類のバカげた内容の依頼だが、それが十通以上となるといよいよ怪しくなってくる。

 

 

 調査に乗り出したアマテラス達。目的地の海岸沿いを調べ始めたところ、突然の事だった。

 空が歪んだかと思うと、突如としてアマテラスたちの目の前にこの塔が姿を現したのだ。

 

 

 天へと真っすぐ伸びている塔からは猫の鳴き声が泣き止まない。

 アマテラスたちは、件の猫の鳴き声の噂がこの塔であるということを突き止めたのだ。

 

 

 そして、この猫の鳴き声が聞こえる巨大な塔を見たイッスンは思ったのである。

 この塔は、ナカツクニの両島原に存在していた『猫鳴の塔』ではないかと。

 

 

 絶景、両島原の海原にぽつんとそそり立っていたその塔。

 いたるところに猫がいて、自由気ままに暮らしている猫尽くしの塔。

 猫の鳴き声が日々木霊するその塔の頂上を登り切ったイッスン達を待っていたのは、筆しらべ『壁神』であった。

 

 

 なぜこの世界に猫鳴の塔があるのかは分からない。

 だが、同じ姿をしたこの塔があるということは、失われた筆しらべも近くにあるのではないか。

 そう考えたイッスン達は探索の為、猫鳴りの塔を登ることを決意したのだ。

 

 

「というかなんで私まで付き合うことに……こういうのは風とか友奈にやらせれば……」

 

『なんでって...風ちゃんは"そんなおっかない所意地でも行かないわよ!絶対行かないわよっ!"なんて言い出して動かねぇし、友奈ちゃんも他の部活の助っ人で手が離せねぇんだィ。いいじゃねぇか、お前の鍛錬場所から結構近いんだしよォ』

 

 

 そう、猫鳴の塔がある場所は夏凜がよく鍛錬している砂浜付近だ。

 故に近場でよく利用している彼女が探索に抜擢されたのである。

 

 

「たしかに車椅子の東郷には無理だし、樹は途中でバテちゃいそうだし……適任役は私しかいないってわけね。いいわ、完成型勇者の塔登りを見せてやろうじゃないの」

 

『……前から思ってたがなんでそんなに完成型にこだわるのかワカンねェな、なぁアマ公?』

 

 

 気合を入れて登り始める夏凜をイッスンは見つめる。

 アマテラスの鼻先から眺める彼は夏凜について、あまり良い印象を持っていなかった。

 

 

 勇者部の部室では基本喋ることはあまりなく、部室ではいつもニボシを口にしている。

 そして周りの勇者に対して棘のある言い方が目立ち、良く風やイッスンと衝突しがちだ。反りが合わないというか、犬猿の仲とでも呼ぶべきか。

 

 花凛は自身に対するストイックさも持ち合わせており、

 砂浜でのトレーニングや、徹底したサプリによる栄養補給したりと、強さへの探求に余念がない。。

 

 

 だが、その強さに対する姿勢は、ただ強くなる為だけではないものだとイッスンは思った。

 自身を鍛錬し、敵を倒し、更なる強さを求めるその姿には何か執念じみたものを感じるのだ。

 

 

『友奈ちゃんが言うには、”とってもいい子だよ!”って言っていたがァ……取り合えず、上へ進もうぜアマ公』

 

『……』

 

 

『どうしたィ、アマ公。ほれェ、とっと行くぞォ』

 

 

 何故か夏凜から視線を戻さないアマテラスをイッスンは不思議に思いながら先へと急かす。

 だが、気づいていなかったのだろう。アマテラスのその表情が、今の夏凜の状態を危惧していたことに。

 

 

『―――え?』

 

 

 アマテラスが危惧していた事態が起きた。同時にイッスンの目が見開かれる。

 

 

 夏凜が態勢を崩し、壁に掛けていた両手足が離れ、下へと落ちる光景が目に飛び込んできていた。

 

 

 

『アマ公ッ!』

 

 

 イッスンが叫ぶと同時、アマテラスが下に向かって駆けた。

 風を斬るように走るその姿は走るというよりも、落下すると例えたほうが正しい。

 一瞬にして落ちる夏凜に追いつくと、アマテラスは夏凜の勇者服の襟首へと噛みついた。

 

 

 ずざざざー、と塔の壁を擦るようにブレーキを掛けたアマテラスのスピードが緩み、やがて完全に停止する。

 

 

「……」 

 

 

 アマテラスに咥えられた夏凜の顔は青ざめていた。

 額からは汗が流れ、気を失っているのか先ほどの衝撃にも何も反応を示さない。

 

 

 

『オイ、ニボシィ!どうしたってんだよォ!』

 

 

 夏凜の頭に飛び乗ったイッスンが呼び掛けるも、彼女は応えない。

 先ほどまで元気だったというのに、これは一体どうした事なのだろうか。

 

 

 

 一抹の不安がよぎったイッスン達であったが、躊躇している暇はない。

 少しでも早く安全な場所に連れて行く必要がある。そう考えたアマテラスは夏凜を咥えたまま上へと昇っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なにィ?体調が悪いだってェ!?』

 

「ちょ、うるさっ!あんま耳元で怒鳴んな!」

 

 

 夏凜が耳元でイッスンの大声が響く。

 いかに小さいコロポックルであっても、至近距離で叫ばれれば五月蠅いこと限りない。

 

 

 アマテラス達は相も変わらず塔の頂上を目指している。

 

 

 道中、休憩できる場所を探していたアマテラス達であったがナカツクニと同じ猫鳴の塔の構造だったことが幸いし、壁から真横に伸びた小さな広場もそのまま残っていた。

 

 

 一同はそこで夏凜を下ろして休憩をすることが出来たのである。その広場は人と犬、そして極小のコロポックルが居座るには充分であった。

 

 

『ワゥ……』

 

 

「あぁ、ごめんねアマテラス。疲れちゃったでしょ……迷惑かけたわね、ほら、にぼし食べる?」

 

 

『♪~♪』

 

 

 不思議な力で足が壁から離れて落ちないといえど、一人の少女を咥えてここまで登ってきたアマテラスは流石に疲れたのか、床に座る夏凜の膝上に顎を乗せ、身体を横たわらせている。

 自身の至らなさに迷惑をかけたと夏凜は謝りつつ、お礼の意味も兼ねてニボシを提供するとアマテラスは嬉しそうにそれを口に含んだ。

 

 

 

 夏凜が壁から落ちた理由。それは突然身体の自由が利かなくなったからだという。

 

 

 最近鍛錬をしている時や、学校生活でも突然身体がだるくなったり、眩暈を起こすことが多かったという。

 その時は大事に至らず、気にするほどではなくて、勇者部の面々にも相談していなかったのだが。

 

 

『ハハ~ン、さてはお前朝飯食ってきてねぇなァ?駄目だぜェ、ちゃんと"ケンコーカンリ"には気を付けなきゃよぅ』

 

 

「なっ!私が朝食抜くなんてありえないわッ ちゃんと毎朝、三食欠かさず食べてるっつーの!睡眠だって欠かさないし!日々のトレーニングだって!」

 

 

 イッスンの言葉を夏凜は自信をもって否定して見せる。

 彼女は勇者としての能力を発揮するために、またはその実力を伸ばす為に健康面、体力面では気を配っているほうだ。

 栄養の補填としてサプリやカルシウムを多く含んだにぼしなどを食べているのはそのためだ。

 

 

 

「なんか、あのでっかい蜘蛛と戦ってからかしら……あのあたりから症状が出て来てる気がするのよね……」

 

 

『でっかい蜘蛛って……女郎蜘蛛のことかァ? そういやァお前あの妖怪のケツの中に捕まってたんだっけェ……』

 

 

「ケツいうなケツ。正確にはつぼみの中でしょうが……今でも思い出すだけで気持ち悪くなってくるんだから……それに、"変な声"も聞こえて……」

 

『声ェ?』

 

「いえ、なんでもないわよ‥‥‥」

 

 

 以前樹海に現れた巨大な蜘蛛妖怪、女郎蜘蛛。

 待ち伏せされていた樹を庇ってその体内に閉じ込められたのを夏凜は思い出して顔を青くする。

 

 

『もしかすると、身体に"邪気"みてェなのが溜まってるんじゃねェかァ?』

 

「邪気?」

 

 

 

 

 おうよ、とイッスンは続ける。

 妖怪とは文字通り、「妖しく」、「怪しい」存在だ。

 人に危害を加えない無害なモノから、人の命を多く奪った残酷な妖怪と幅が広い。

 

 

 女郎蜘蛛は伝承においては多くの男を家の屋根裏に引き上げて、その肉を食らっていたと言われるほどの妖怪だ。

 そんな邪な存在の体内に居座り続けることで、悪影響が夏凜に与えられた可能性が高い。

 

 

『人間が人ならざるモノと触れちまうと大抵ロクなことがねェ。"触らぬ神に祟りなし"……妖怪の悪い気に充てられちまったせいで、"身体によく無いもの"が溜まってるのかもなァ』

 

 

「……治るんでしょうね?」

 

 

『さぁなァ、少なくとも身体が重くなったりして妖怪が憑かないくらいならお前さんの身体は大丈夫なハズだぜェ』

 

 

 身体の調子が悪くなる、邪気に乗っ取られる……といった症状はイッスンのいたナカツクニにおいては妖怪に身体を憑依されてしまっていると言って差し支えない。

 夏凜の不調が妖怪の邪気によるものかは断定は出来ないにしても、現時点で妖怪などを呼び寄せていないのであれば大事に至ることはなさそうだと、イッスンは判断した。

 

 

『とは言え、このまま無茶して塔から落下したら目も当てられねェ……オメェさんはここで引き返して―――』

 

 

「何言ってんの?私はまだ登るわよ?」

 

 

『ハァ?オイオイ、話聞いてたのかァニボシ娘!』

 

 

 アマテラスが夏凜の膝上で顎を乗せている、その頭の部分でイッスンがピョンピョンと跳ねる。

 

 

『途中まで完全に気ィ失ってたんだぜェ?それにお前ェ、アマ公が気づかなかったらあの時だって死んでたかも知れねェってのによォ!』

 

 

「完成型の私を舐めないで。さっきのはちょっとした油断よ、同じ過ちは繰り返さないわ」

 

 

『なんでいつもそう完成型ってヤツに拘るんだィ!そんなに躍起にならなくてもよォ、ここで引いたところで誰もお前の事を責めたりしねェって』

 

 

 

 

―――――オマエハ、ヨワイナ。

 

 

 

 

「――――!!」

 

『周りの奴はあんまり気にしたりしねぇよォ』

 

 

 

 

―――――オマエハマタ、ミステラレル。

 

 

 

 

「……っさい」

 

 

―――――ダレモオマエヲ、ヒツヨウトシナイ。

 

 

『え?』

 

 

 

―――――ダレモオマエヲ、ミヤシナイ。

 

 

 

(この声……またッ…!!)

 

 

 イッスンの言葉に被せるように聞こえる、淀んだ声が夏凜の脳内に響き渡る。

 響く声はひたすら夏凜の触れてはいけない、心の奥を容赦なく叩き上げる。

 繰り返される呪詛のような言葉は何度振り払おうと、忘れようとしても消せない記憶が、古井戸の底から蘇ってくる。

 

 

 

 

―――――オマエハ、イラナイコダ。

 

 

 

 

「うっさい!あんたみたいなちっこいのに何が分かるっていうのよ!」

 

『ワウ?』

 

『お、おい、どうしたんだよニボシ娘……』

 

 

 夏凜の発する突如の怒鳴り声に、イッスンは面を食らう。

 膝の上で顎を乗せていたアマテラスも思わず顔を上げた。

 

 

「知ったような口を利かないでくれる!?」

 

 

 まるで何か触れてはいけないスイッチに触れてしまったかのように夏凜は言葉をまくしたてる。

 

 

「私は完成型勇者なの!誰よりも優れていて、敵を殲滅しなきゃならないのよ! 勇者として結果を出して、鍛えて、バーテックスを殲滅しっまくって、結果を出して……絶対にアイツらを――――」

 

 

 そこから先、夏凜は慌てて口を閉ざした。

 沈んだ表情。

 何かに駆り立てられたかのように、沸き上がった昂る感情を抑えられず、思わず口にしてしまったかのようだった。

 

 

 

「――――ッッ!!」

 

『うぉぉいッ!どこ行くんだニボシ娘ェ!!」

 

 

 数秒程、押し黙っていた夏凜はバツが悪そうに立ち上がり、その場から飛び上がった。

 イッスンが慌てて追いかけ視線を上に向けると凄まじい勢いで塔を駆け、跳んでいく夏凜の姿が見える。

 勇者の力を持ってすれば、あの程度の動きなど造作もないという事かと、イッスン達は呆気にとられる。

 

 

 否、呆気に取られている場合ではない。

 

 

『一体どうしちまったんだよニボシ娘……しかし、どうにもアイツ、"フツーじゃなかった"ぜェ……』

 

 

 イッスンの目には夏凜の強さに執着するその姿に違和感を覚えた。

 憑かれたように苛立ちの言葉を口にする彼女は何か別の力によって"言わされた"ように見える。

 

 

 夏凜が完成型に拘ること。

 強さを求めること。

 そして勇者であること。

 その全てが先ほどの夏凜の言葉と繋がっている気がした。

 

 

 三好夏凜という少女の背景に何があったのかは分からない。ただ一つだけ言えることとすれば――――、

 

 

『このままニボシ娘を放っておいたらマズイ気がするぜェ……アマ公!オイラ達も急いでニボシ娘を追いかけようぜェ!』

 

『アウッ』

 

 

 女郎蜘蛛の戦闘から体調を崩し始めた夏凜の原因が邪気だとするらば、『何か良くないことが起きる』。

 アマテラスとイッスンは危惧の念を伴わせながら急いで塔を登り始めたのだった。

 

 

 

 

 




花凛の状態はアレです。 のわゆ編で精霊使いすぎて幻覚見え始めてきたちーちゃんの精神状態からだいたい2、3段階下のレベルです。


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其ノ十、夏凜と子猫

更新は出来るうちにやっておこうと思ったので。
今週は色々と忙しくあります……疲れからか、執筆中にベッドで横になっている。


ぐんちゃんとかの周囲の環境が酷すぎて隠れがちだけど、三好家の夏凜を取り巻く環境もだいぶヤベー部類だと思うの。自分なら絶対にやさぐれて非行に走る自信がある。


「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうッ!!!」

 

 

 古びながらも美しい造形を保つ石の壁を駆けあがる赤の勇者服。

 三好夏凜は天へとそそり立つ猫鳴の塔を猛然と駆け上がっていた。

 

 

(私……なんで、あんな事をッッ)

 

 

 先まで苛立ちを募らせていた時とは打って変わって、酷く冷静な思考。

 だからこそ夏凜は先の言葉を発してしまったのか疑問に思っていた。

 

 

 いや、理由は分かっている。それは、夏凜の頭の中に語り掛けている声。

 

 

 

――――オマエノコトナンテ、ドウデモイインダ。

 

 

 

「――――ッッ」

 

 

 まただ、声が聞こえる。泥のように、酷く濁った声が。

 その言葉は的確に夏凜の心を侵食していった。

 

 

――――『父』モ『母』モ、オマエノ『兄』シカ、キョウミガナインダ。

 

 

 

 三好夏凜には一人の兄がいる。途轍もなく優秀な兄だ。

 

 成績、体力、他者からの信頼も厚く、その若さで大赦の職員として働いている夏凜の兄は三好家の宝と言ってもいいだろう。

 

 

 そんな兄を見て、夏凜も頑張った。

 人一倍負けず嫌いな夏凜だ。勉強も、運動も、絵画、様々な分野で兄を追い越そうと努力した。

 

 

 しかし夏凜がいかに頑張っても、彼女の兄がそれを塗り潰すような成果を上げてくる。

 

 結果的に夏凜の成果はかき消され、両親は優秀な兄の評価だけを常に見ていた。

 

 

 夏凜がテストで良い点を取っても褒めてくれない。

 運動会の競技で一位を取ってもそれは同じで。

 絵のコンクールで賞を取っても、家に飾られるのは兄の絵だけ。

 

 

 

 三好家の基準はいつも夏凜の兄であった。家族の中心は兄だった。

 父や母が羨望の眼差しで兄の一挙一動を見つめ、まるで花を愛でるように褒め称える。兄の功績こそが、三好家の最大の幸福なのだ。

 

 

 そして夏凜に対して、両親の反応は特になかった。

 夏凜を見て幸福になることもなければ失望することもない、あるのは『無関心』という静寂のみ。

 確かにそこにある個人の存在を否定されたかのように夏凜は三好家の中では『どうでもいい』扱いとなっていた。

 

 

 その家庭環境が幼少の三好夏凜に影響を与え、大きな反骨心が生まれた事など夏凛の両親は知る由もないだろう。

 

 

 絶対に、何が何でも見返してやる。その一心で……。

 そしてある日、夏凜の元に知らせが来る。兄が務める大赦からの通知だ。

 

 

 

――――――三好夏凜に勇者としての適性アリ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…っ!はぁ……っ!!」

 

 

 

 広がるのは青い空。

 雲すらも身近に感じる天に向けて荒い息を吐きながら、額から流れる汗を拭う。

 

 

 一心不乱に塔を駆けあがった夏凜はいつの間にか猫鳴の塔の頂上へとたどり着いていた。

 

 

 全身を襲う気怠さに耐え、頭に響く『声』を振り払うように。

 塔の頂上へと向かう夏凜を地の底へと引きずり込もうとする手から必死になって逃れるように。

 雑念を振り切った夏凜は見事、猫鳴の塔を踏破したのだった。

 

 

 

 呼吸を落ち着かせた後、仰向けになっていた身を起こして周囲を見渡す。

 

 頂上と呼ばれる場所とは言っても、そこにあるのは大きな猫の彫像のみ。それ以外は見渡しても雲の海ばかりだ。正直、先ほど休憩していた場所と広さはあまり変わらなかった。

 

 

「頂上までたどり着いたのはいいけど、イッスンが言っていた"筆神"なんてどこにも見当たらないわね……ハズレだったって訳かしら?」

 

 

 この場に居ない者たちの名を口にして、自身が登ってきた方を見つめる。

 

 イッスンとアマテラス達はまだ塔を登っている最中なのだろう。

 夏凜たち勇者の跳躍力は凄まじく、一度の跳躍で数百メートルも飛ぶことが可能なのだ。これくらいの差を付けられて当然の事なのである。

 

 

 目的の『筆しらべ』が見つからなかったとイッスン達が知ったら、いったいどんな顔をするだろうか。

 彼らの旅が十三の筆しらべを集めるのが目的だとすれば、酷く落ち込んでしまうに違いない。

 

 

(ま、もししょげてたりでもしたらフォローしてあげるとするか……ニボシもあることだし)

 

 

 そもそも前向きなのが取り柄なイッスン達が落ち込んでいる姿など想像できないのだが、と夏凜は少しだけ頬を緩ませた。

 

 

 非常食のニボシもまだ残っている。気休め程度かもしれないが、ここまで登ってくる彼らを労ってやる準備はしておこう。先ほど醜態を晒してしまったということも謝罪することも忘れてはいけない。

 

 

 休憩の意味も兼ねて、ニボシを口に含みながらアマテラスが登ってくるまでの間、何をしようか考えていた夏凜。するとそこへ、

 

 

 

『ミィ……』

 

「え……ね、猫?なんでこんなところに……」

 

 

 自身の足元に三毛色の猫が身体を寄せている事に夏凜が気付く。

 まだ成長途中で小柄な猫は自身の頬を夏凜の脚に擦るようにしていた。

 

 

「……」

 

 

 キョロキョロと周囲を見回した夏凜。それは、本当にこの場にいる者が自分だけなのかを確認するためであった。

 前後左右を把握して、この塔の頂上に存在するのが夏凜だけなのだと理解した彼女は身を屈ませると慣れない手つきで足元の猫に手を伸ばす。

 

 

「う、うぅ……」

 

 

(どうしよう、かわいい……っ! 触ってもいい、かな?)

 

 

 恐る恐る、震える手を自身でも気色悪いなと思いながら夏凜はその手をゆっくりと近づけた。

 しかし、猫に身体が触れる寸でのところで夏凜の手がぴたっと止まった。

 触れようとして逃げられたらどうしよう、怖がられたらどうしよう。

 他者からの拒絶に敏感な夏凜だからこその反応である。

 

 

『……ミィ』

 

「う、うわっ!ちょ、ちょっと!」

 

 

 しかし、干渉を躊躇する夏凜に対して猫は自ら頭部を両の手に乗せるように預けてきた。

 咄嗟の出来事に慌てふためくが、猫は逆に冷静で暴れることなくむしろ顔を押し付け、夏凜の手のひらを擦り始めた。

 

 

 

 空気を含んだかのような柔らかさと、体毛越しに感じる確かな体温が程よい感触を作り出し、まるで生きている綿を掴むような感覚にうっとり。

 

 

 

「ふわぁ…やわらかぃ……」

 

 

 頬を緩ませきった夏凜は堪らず子猫を抱き上げる。

 そのまま胸と自身の頬を使い、全身で子猫の柔らかさを堪能するかのようにきゅっと抱きしめていた。

 前足を優しく手に取ると形の良い肉球のぷにぷにとした感触に夏凜は幸福を覚える。

 これはまさしく人をダメにする魔性のものだ。 

 

 

 

 

 力はそこまで掛けていないが、抱きかかえられるという行為は本来動物にとって慣れていなければ行えない。

 ましてや見知らぬ相手ならばなおさらだ。

 だというのに、この猫は夏凜を相手に驚くことなくむしろその行為を受け入れてさえいる。

 人懐こい猫なのだろうか。

 

 

 

「あれ……アンタ、ケガしてるじゃないの!?」

 

『ミィ?』

 

 

 抱きしめていた夏凜が自然と視線で猫の頭部を見ると、近距離で見なければ分からない程度だが、その耳が小さく欠けているのが分かった。

 

 他にも身体に傷があったり、と明らかな外的によるものが目立つ。

 こんな高い所にいるのだから、鳥などに襲われたのだろうか。

 対格差のある生物なら鳥は猫や犬ですら襲ったりすることもあるらしい。

 

 

 この場所で一匹だけいる無防備な猫は鳥などの外敵には格好の的だったのだろう。

 

 

「それに、ちょっと弱ってる……こんな寒くて高い塔にずっと一匹で居たのね。何か、なにか食べるものを……そうだ、ニボシは食べるのしから……あぁでも、子猫のエサにニボシは塩分が高すぎるから……」

 

 

 あの手、この手で、思いつく限りの方法で子猫の状態を良くしようと考える夏凜であったが、そんな焦る夏凜を他所に猫の様子が変化した。

 目を細め、暖を取るように夏凜の手の上で丸くなった猫は寒いのか、その小さな体を震わせている。

 こんな場所にどれほど居たのか分からないが、少なくともこのまま放置していたら間違いなくこの猫は危ない。

 知識がない夏凜でもそれを本能的に察知することは出来た。

 

 

「そ、そうだ……アマテラス達なら!」

 

 

 あの白い犬をダメもとでアテにしても良いのだろうか、と夏凜に一抹の不安がよぎる。

 しかし、それで判断を遅らせるわけにはいかなかった。アレでも『一応』は神様なのだ。

 負傷している子猫を癒す、そんな魔法のような力を持っているかもしれない。

 

 

 神頼みにすがるしか、夏凜には方法が無かった。

 

 

 

「も、もうアマテラス達は何してんのよ!こうなったらこっちから向かうしか――――え?」

 

 

 

 猛スピードで突き放しておいて良く言う、という風のような突っ込み役が不在の為に夏凜に届く訳もないが現状アマテラスが来ないことには何も始まらない。

 そう考え、向こうが来なければこちらから出向こうとした時だ。

 

 

「な、なに……コレ」

 

 

 

 夏凜の視界に闇が映った。

 

 

 

 辺りの空気が淀んだかのように夏凜の眼前で瘴気のような煙が立ち込め、それが大きくうねりを上げて一か所に集中すると弾けるとともに謎の異形が姿を現す。

 

 

『クエェ……』

 

 

 異様な姿に夏凜は思わず息を呑む。

 赤の酒器を頭部に被り、鳥の翼のような手。

 朱色の和服を着こなし、黒の長髪は女性を思わせるが、その首はまるで妖怪ろくろ首のように長い。

 赤の番傘を肩でくるくると回し、着物の裾を動き辛そうに地面に引き摺る姿はとても不気味であった。

 

 

『ミィ……ミィ…』

 

「その姿、妖怪!! お前か、この子をイジメたのはッッ!!」

 

 

 抱きかかえた猫が一層悲壮な声を上げて震えだす。

 それは目の前に現れた異形が原因となっていることを夏凜は瞬時に理解した。

 

 

 ならば即時即応。

 この子猫を傷つけた報いを受けさせなければならない。

 夏凜は刀を召喚し、右手で持つと異形相手に戦闘態勢へと入る。

 

 

「掛かってきなさいッ この完成型勇者・三好夏凜が相手よ、この傘持ち首なが鳥妖怪ッ」

 

 

 異質なネーミングを口にした夏凜は意識を集中させて刀を構えた。

 刀を前に、身体を半身にして肩を相手に見せつけるような姿勢。

 

 

(もう油断はしないわ……どんな手を使われようと、叩き潰すッ)

 

 

 左手に抱えた子猫を危険に晒さない為に夏凜が行う攻守を含めた構えだ。 

 猫を手放して自身の得意とする二刀で攻めるのが得策だが、あの異形が猫を狙わないとも考えられない。

 以前待ち伏せという敵の作戦に痛い思いをした夏凜の脳内はそういった対策が出来る程に冷静であった。

 

 

 相対していた異形は遂に動きを見せる。

 

 

『……』

 

 

 羽のように揺れ動いていた背に生える扇子を畳み、『姑獲鳥(うぶめ)』と文字が書かれた番傘を腰に携えながら姿勢を低くする。

 下半身の着物が異形の足元を隠しているが、その身の屈み方からするに股を大きく広げている可能性があった。

 

 

 

(あの『傘』で攻撃するってワケか……こっちの視線から得物を見えないように隠している辺り、コイツ……中々出来るヤツね)

 

 

 あの番傘が異形の武器だと推察した夏凜。

 それは身を低くして、長物である傘を自身の大きめの着物に重ね、正面の夏凜の視点から見えないようしている異形の行動がそれを物語っていた。

 

 

 

 しかし、夏凜には疑問が残る。それは異形の構え方だ。

 勇者として刀を持つ夏凜は二刀を自在に扱う訓練を受けていたが、それに伴い刀の扱いについては授業で習い、または独学で研究をしていた。

 

 

 

 例えば剣術における様々な流派の存在や、それぞれの刀の構え方の種類や攻撃方法など。

 

 

 今まで勇者となるべく様々な剣術を研究していた夏凜は目の前の異形の構えに見覚えがあったのだ。

 

 

 まさしくそれは居合術ではないかと、夏凜は神経を研ぎ澄ませる。

 

 今の傘を畳んで構える動作が居合術で言う所の『鞘引き』の動作なら、異形の攻撃態勢は既に整っている。

 この状態で無策で攻め込むのは余りにも危険すぎる、と自身の危機感が警笛を鳴らしている。

 居合とは迎撃のための技、それ故にこちらからの攻めが無ければ睨み合いだけが続く筈だ。

 

 

 その間に異形を倒す術を見出そうと夏凜が思考するその刹那、異形が突然、何かを放り投げた。

 丸い形でこちらへと向かい、無造作に投げられた物体を見て夏凜は驚愕する。

 

 

「―――――!!?」

 

 

 異形が夏凜へと投げつけたのは髑髏であった。明らかに、人間のモノ。

 

 

 緊張感の高まる最中に一手を投じた、それは異形の次の攻撃のための布石だったのだろう。

 ふわり、と浮かんだ髑髏に視線が釘付けとなった夏凜は異形の次の動作を察知することが出来なかった。

 

 

「しまっ―――――」

 

 

 

 夏凜の瞳が番傘の柄から光るものを捉えた時は既に遅く、視界には光が弾けて空気を裂くような短い音が聞こえた。

 

 

 

 




今日の妖怪
・姑獲鳥(うぶめ)
ゲーム大神より登場。鳥のようで、女性のようで首が長く、赤い番傘を持った妖怪。傘の柄は仕込み刀であり、懐から取り出した髑髏を相手に投げつけると同時に繰り出される抜刀はヤバい速い。背中の扇子をつかって空を飛ぶことも出来る。傘は筆しらべためや溜め3宝剣の一撃を防ぐことが出来る程の硬さを持つ。伝承だと産女(うぶめ)と呼び名がある。いずれも妊婦が死んだ後に埋葬されて妖怪となった姿らしい。子供が生まれず妊婦が死んだ場合は、腹を裂いて胎児を取り出して母親に抱かせたり背負わせたりして葬るのが供養になるとか怖すぎィ!!
中国の姑獲鳥(こかくちょう)と日本の産女(うぶめ)の名前が江戸時代あたりで産婦にまつわる伝承が混同して同一視された結果、姑獲鳥(うぶめ)となったらしい。



アンケートはゆーゆとそのっちが大接戦。ゆーゆはゆるゆる……ぎゅん、そのっちはぎゅるんぎゅるんって感じの家庭訪問になりそうですね。

そうですね、比率的にはゆーゆが7:3でそのっちが2:8ですかね。



何が?とは聞かないで。


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其ノ十一、夏凜と猫と大神と

2020年初投稿です。
今年もよろしくお願いしマッソー!


ジオウ1話から見てたら更新遅れました。


 猫鳴りの塔、その最上階では激しい光に包まれている。

 まるで雷が落ちたような眩さと爆ぜたような衝撃が大気を震わせていた。

 

 

 妖怪・姑獲鳥の一太刀は確かに夏凜の首を捉えていた。しかし、未だに夏凜の首と胴体は繋がれたままである。それは何故か。

 

 

 姑獲鳥の刃は夏凜には届かず、夏凜を庇うように前に出現した精霊である義輝が刃を阻んでいるようにも見える。

 目に見えない光の障壁、精霊バリアが夏凜を守っていたのだ。

 

 

『――――』

 

 

 姑獲鳥がどんなに刃を押し込んでも、そのバリアを打ち破ることは出来なかった。相当に強固な守りを得ている事を察した姑獲鳥は刃を一度鞘の機能を果たしている傘へと納める。

 

 しかし、距離は空けず刀の柄に手を添えたまま微動だにしない。

 殺意の瞳でじっと見つめてくる姑獲鳥を前に夏凜は動けないでいた。

 

 

(義輝が守ってくれなかったら今頃首ちょんぱね……)

 

 

 妖怪の身でありながら見事な抜刀術である。

 足の動きから陽動の為の髑髏投げから刀を抜くまでの鮮やかさに、文字通り戦慄を抱いたくらいだ。

 精霊が持つ防御性能に助けられたことを実感した夏凜だった。

 

 

『ミィ…』

 

 

「心配しなさんな。ちゃんと私が守ってあげるわよ」

 

 

(と言っても、このままじゃ……片手でコイツとやり合うには分が悪いわね)

 

 

 片腕に収まる子猫を抱えながらの戦闘は本来二刀を扱う夏凜にとっては致命的なハンデとなっていた。

 敵の妖怪はこちらが子猫を抱いていることで充分な動きが出来ない弱点を容赦なく突いてきている。

 

 

 おまけに姑獲鳥の神速に達するであろう太刀筋を、夏凜は追うことが出来ていない。

 精霊のバリアが何度も夏凜を守護してくれる保証はないのだ。それを考慮すると攻めに転じることが出来ず、防戦一方になっていた。

 

 

 

『キエ―――ッ』

 

 

「くっ……!」

 

 

 戦いの最中、敵が待ってくれることなど稀である。姑獲鳥の一閃が再び夏凜に炸裂した。

 胴体目掛けて振るわれた大太刀は義輝が展開した精霊バリアによって再度阻まれて、眩い火花を散らす。

 

 

 バリア越しでも感じる衝撃が夏凜の肌を打つ。冷や汗が額から流れ、反撃へ移ろうとした夏凜だがそれが出来ない理由があった。

 

 

 イメージだ。

 精霊バリアを無視し、前へ踏み込み、姑獲鳥に斬りかかろうとする自分の身体が瞬時に切り捨てられる。

 皮膚を裂き、骨を砕き、血しぶきを噴かせながら倒れる己の姿が浮かんでくる。

 

 

 バーテックスと戦った時でさえ、抱くこともなかった「死への恐怖」が夏凜を踏みとどまらせていた。

 

 

「ちくしょう……!」

 

 

 歯ぎしりをして、悔やむ夏凜を気にすることなく、姑獲鳥の大太刀は何度も精霊バリアを打ち据える。

 その度に大気が震えて、衝撃がバチバチとその肌を叩いた。

 

 

 考えろ、と夏凜は冷静に戦況を分析してこの状況を打破する方法を模索する。

 

 

 刀を投げるか。

 バーテックスを怯ませるほどの威力しかないものだが当たれば十分。しかし、自分でも見切れない剣捌きを持つ異形の前では意味は為さないだろう。叩き落されるのがオチだ。

 

 

 一か八か、思いっきり踏み込むか。

 勇者の身体能力をフルに稼働させた限界スピードで一撃を叩き込む。しかし、抜刀術とは本来カウンターのために存在する。いくらスピードを上げた夏凜でも敵の攻撃範囲に突っ込んでいくというのは無謀という物だろう。

 

 

(せめて、片手が使うことが出来れば)

 

 

 

 見切れない剣筋も、いずれ速さに慣れれば対応することが出来る。

 二刀を持つ夏凜は片手で攻撃を捌き、残る刀で敵を仕留めるイメージが出来ていた。

 

 

「なら……邪魔なのは」

 

 

 うっすらと、泥水のように淀んだ瞳が見据えたのは腕の中で震える子猫。

 しっかりと抱いていなければ零れ落ちてしまいそうなソレは夏凜の戦力を著しく低下させる明らかな枷。

 

 

 

――――この子猫さえ、いなければ。

 

 

 そんな考えがふと過って、夏凜は頭を振った。

 

 

「ばかッ、なに考えてんのよッ、ンなこと考えんなッ!!」

 

 

 自身を叱責し、震える子猫の身体を再度抱きしめる。

 幼い体毛の内から伝わる小さくとも、確かに感じ取られる鼓動と体温は確かに生命が呼吸し、生きている証。

 今にも壊れそうで、儚さを思わせるその存在は目の前の脅威に恐怖しながらも、身体を震わせながらも確かに生きたいと願っている。

 

 

 守る。絶対に守って見せる。

 それは夏凜が奮起するには充分な理由だ。

 

 

 妖怪の邪気に充てられて精神が安定しない?知った事か。

 

 

「こんなところで止まってられるか……」

 

 

 

 キツイ事なんて、今までたくさんあった。兄と比較される幼少の時代だけではない。

 

 

 ただ一つの椅子しかない勇者の座を競い合った訓練生時代。

 同世代の少女たちと研鑽を重ね、勇者の座をつかみ取った夏凜は一つの答えを見出した。

 

 

 この勇者の力は、ただ一人、自分だけが勝ち取ったものだ。

 

 

 数十人という実力のある勇者候補生の中には夏凜と同じように、「絶対に勇者になる」という強い意志を宿していた少女が居たのを覚えている。

 その少女は夏凜が勇者になった後、自分が選ばれなかったことで酷く錯乱したのだとか。勇者に対して、それほどの想いがあったのだ。

 

 

 競って、競って、競い合って、遂に手にしたその勇者の力は数多の候補生たちの想いの上に成り立っている。

 夏凜は勇者になることが出来なかった彼女たちの分まで、勇者として戦わなければならない。

 

 

 家族を見返すという手段であった「勇者」のはずなのにいつの間にか夏凜に芽生えた、それは確かな使命感だった。だからこそ、夏凜は止まらない。止まってはいけない。

 

 

「私は……勇者、三好夏凜ッ

 四国無双の実力を見せてやるわ、掛かってきなさいッ」

 

『――――!?』 

 

 

 自身に喝を入れる意味で放った大声に、相対していた姑獲鳥がびくんと反応した。 

 その目にもはや迷いはなく、刀を握る手には力が入り、脳内に響く邪な声を聞こえなくなっていた。

 

 

 明確な攻めの意思を感じ取った姑獲鳥は優勢であるにも関わらず、命を脅かす危機を感じ取る。

 今仕留めなければ、殺られるのはこちらの方だと判断したのだろう。刀を構える一方で、空いた片手を懐に突っ込むと再び髑髏を宙に放り投げた。

 

 

(来る……あの攻撃がッ)

 

 

 ふわり、とまるでボールをトスするかのような柔らかさで宙を舞う髑髏は敵の抜刀の予備動作。

 余計な動作に思えて、意識を髑髏に向けさせる陽動と隙を作り出す洗練された戦法。

 

 

 姑獲鳥の太刀筋を夏凜はまだ見切れていない。それでも、攻めることに不安を抱くことは無かった。

 負ければ奪われてしまうから。

 負けければ失ってしまうから。

 負ければ守れなくなってしまうから。

 

 

 でも夏凜は勇者だから。

 戦って、勝って、守る勇者だから。

 

 

 

『ニボシィ!その髑髏だァ!!』

 

 

「――――!!」

 

 

 突如聞こえたイッスンの声は、まさに救いの声だったことだろう。

 彼の言葉の意図を直感で理解した夏凜はいまだ宙を舞う髑髏に向けて刀の投擲を見舞った。

 

 

『グエッ!?』

 

 

 ガギッ、と刀身が髑髏に突き刺さり、粉々に砕け散った瞬間、姑獲鳥の動きが止まった。

 

 

「でかしたイッスン!」

 

 

 夏凜は踏み出した。小柄な体を一層低くし、陸上競技の短距離選手を凌駕するスピードに達した夏凜は身に余るその勢いを利用して刀を振るう。

 対して姑獲鳥は先の髑髏の粉砕に気を取られたのか、刀を抜くが完全に出遅れてしまっていた。

 

 

 二つの剣筋が交錯することはなく、夏凜の振りぬいた刀は姑獲鳥の身体を真っ二つに切り裂き、分かれた和服の異形が地面に倒れ込む。

 姑獲鳥は奇妙な呻き声と共に大きく手を空へと伸ばすとがたがたと震わせて、力を失ったかのように動きを止めて、やがて力尽きたのだった。

 

 

「や……やった?」

 

『やるじゃねぇか、ニボシィ!』

 

 

 先ほどの声の主、イッスンがアマテラスの頭から飛び降りて夏凜の肩へと飛び乗る。

 淡く翠色の光を宿す彼が肩の上でピョンピョンと跳ねていた。

 

 

『あの妖怪は姑獲鳥っつー妖怪でよォ、オイラ達のいたナカツクニの妖怪だィ。

 アイツから放たれる居合はやたらと早くてよォ、オイラ達も投げられた髑髏狙ってはビビったコイツをよくぶっ倒してたもんだぜェ……ってどうしたニボシ?』

 

 

 話の途中、夏凜は疲労感から座り込んだ。

 そのまま大の字になって地面に背中を付けるようにして倒れ込む。

 大きく鼻から空気を吸い込んで――――、

 

 

「疲れたぁ……」

 

 

 そう呟いた。

 

 

『なんだィ、三日三晩荒野を彷徨った後みたいな顔しやがってェ。鍛え方が足りないんじゃねェか―――――』

 

 

 極度の緊張状態から解放された蓄積された疲労の顔を見て、そう形容するイッスンは次の言葉を発する事が無く、彼からすれば謎の猫がイッスンの小さな体を咥え込んでいた。

 

 

『お、おいコラ!この猫ォ!オイラを咥えんなァ!』

 

『ミィ?』

 

『ミィ、じゃ、ねェ!!こ、コイツ!オイラをゴキブリか何かと勘違いしてんじゃねェかァ!?』

 

 

「あーもう、五月蠅い奴よね……ふふ」

 

 

 脅威が去り、恐怖から解放された子猫は口に咥えたイッスンを右へ左へとブンブン振り回す。

 その度にイッスンが発する言葉がとぎれとぎれで聞こえてくるのだ。平和な光景は思わず夏凜の頬を緩めさせた。

 

 

『わら、って、ねぇ、でェ、助けろってん、だァ!』

 

「だって、今のアンタってば可笑しくて……くふふ!」

 

 

 

 猫に弄ばれるイッスンを眺めて笑いこける夏凜がいる一方で、アマテラスは倒された妖怪・姑獲鳥の肉体に触れることで眩い光を放ち、その亡骸を小さな花へと変えさせる。

 妖怪という邪気を孕んだ存在から、不思議な力で浄化されたかのようだった。

 

 

「綺麗ね……」

 

 

 透き通るような翠の光が天へと伸びていく光景を見て、夏凜は自身の心までもが洗われるような気分になった。

 先ほどまでの鬱屈した気持ちが嘘のようだ、と少しだけ空との距離を近くした塔の上で気流に乗って流れていく雲とそこから垣間見える青い空を見て、そう思う。

 

 

 その様子を見たイッスンが尋ねる。

 

 

『ニボシィ、さっきよりイイ顔してんじゃねェか』

 

「そうかしら」

 

『ああ、憑き物が落ちたみたいだぜェ』

 

「そうかもね」

 

 

 空を見つめて、夏凜は呟く。

 

 

「私……弱くなったのかなぁ」

 

『なんでそう思うんだィ』

 

 

「仮にもアンタが言う、妖怪の妖気のせいでおかしくなってたとしても、今までの私だったら敵を前にしたら問答無用で斬りかかって殲滅しようとしていたはずなのに……それが出来なかった」

 

 

 戦いを振り返った夏凜は以前の自分なら即座に攻撃の糸口を見つけて、戦果をあげるために、実力を証明するために迷わずケガ一つ負う覚悟で斬りかかっていた事だろう。

 だが、子猫を抱き、被害が及ぶことを恐れて、敵の攻撃に怯み、前に進むことが出来なかった。

 

 

 訓練生時代に磨いてきた獰猛さが、常に抱いていた攻めの姿勢が、ここ最近、夏凜の中から消えつつある。

 これが「弱くなる」、というか、「甘くなる」、という事なのだろうか。

 

「これじゃ昔の奴らにも笑われちゃうわ……勇者失格ね」

 

『そいつァ違うんじゃねェか、ニボシよォ』

 

 

 夏凜の言葉を、猫に咥えられたままのイッスンが否定する。

 

 

『お前は妖怪に苦戦してたかもしれねェが……それはお前がこの猫を必死に守ろうとしたからじゃねェのかァ?』

 

「それは……」

 

 

『必死に生きようとしているその猫を“助けたい”って思ったからこそ、“守りたい”って思ったから無茶な戦いはしない立ち回りをしたんだ』

 

 

 夏凜は戦う中で気づいていない。

 片手で猫を抱くときは敵側に晒さずに半身になっていたことを。

 精霊バリア越しに伝わる衝撃を少しでも和らげようと、夏凜自身の身体を屈ませて猫の盾になっていたことを。

 

 

 それは、塔の頂上に辿り着いたイッスン達が目の当たりにした夏凜の戦い方を見て、悟った真実だった。

 

『オイラは思うんだがよォ、“勇者”っていうのは“戦う為”に存在するんじゃなくて、“生きとし生ける者全ての為”にいるんだと思うんだィ』

 

「生きとし生けるもの……」

 

『人のため、なんてずっとやってたら、我儘な人間の言うことを聞くだけのキカイみたいになっちまうじゃねェか。

 コイツみたいな、小さくても必死に生きようとする命もその手で救うってのも大事なんだよ……アマ公だってそうだぜ?コイツ、そこらへんで困ってるジジイやらガキが困ってたら旅そっちのけで手伝うし、腹空かしてる犬が居たら手持ちの食糧まで渡すしよォ』

 

 

 ただ一つだけ言えること、とイッスンは言う。

 

 

『お前は誰よりも今日、“勇者”だったんだィ。それだけは間違いねェ』

 

 

 迷いを振り払うとは簡単なことではない。

 一度は何か別の言葉に従い、助けようとした命を蔑ろにしようとしたかもしれない。

 妖怪の妖気というのは簡単に人を操り人形に変え、その意志を捻じ曲げようとする。

 しかし、夏凜はそれに屈することは無かった。

 

 

 まるで大妖怪・ヤマタノオロチの闇の誘いに乗らず、クシナダを救うために命を懸けて戦い、ヤマタノオロチを打倒した大剣士・スサノオのように。

 

 運命を跳ね除けた勇敢な剣士に酷似した強さを、イッスンは夏凜から感じた。

 イッスンの言葉に夏凜は小さく頷く。

 

 

「……そっか」

 

 

 ずっと、戦って敵を殲滅することがすべてだった。

 ずっと、戦果を挙げて誰かを見返すことがすべてだった。

 

 

 家族との溝から生まれた自分を認めて欲しいという承認欲求と逆境を跳ね除けようとするバネを胸に生きてきた。

 

 

 自分の為にと考えていた夏凜が、いつの間にか他者を優先するようになっていた。

 その背景には、夏凜が強引に入部させられることになった勇者部の存在が大きいのだろう。

 

 

 表と裏の世界でも勇んで他者の為に奉仕をする夏凜にとってはどうしようもない、『お人よし』達。

 最初はほんわかした雰囲気が好きではなかった夏凜も、活動を続け、他の勇者部部員と触れ合う事で次第に影響されるようになっていっているのだ。

 

 

 

 僅かな変化だからこそ実感することは難しい。

 だが、そのむずむずするような、簡単に言えば照れるような胸の奥に湧いている気持ちは夏凜にとっては悪いものではなかった。

 

 

『それに、そーやって大事そうに猫を抱きしめてンだィ。猫を蔑ろにしようだなんて考えるはずがねェぜ』

 

「なッ!?こらぁ!イッスゥゥウン!!」

 

 

 いつの間にか頬擦り擦る程に子猫を抱きしめていた夏凜はイッスンの言葉に思わず動きを止める。

 小さくて表情を把握することが難しいイッスンだが、この時は確実にニヤニヤしているに違いないと思った夏凜だった。

 

 

 

 

 

 その時だった。

 突如として猫鳴りの塔上空の一部分が夜を浮かばせたのは。

 

 

 空間が歪んだように現れた夜にはただそこにあるように。そこには明るく点を灯して輝く星々が水平線に横たわる星河のように映っていた。

 

 

 最初にアマテラスが気付いて、続けてイッスンと夏凜が見上げる。

 

『こ、コイツはァもしかして……』

 

「筆しらべが出てくるときのヤツ!?」

 

 

 筆しらべ復活の前兆。

 猫鳴りの塔が天に一番近い場所にあるからか、いままで見てきた夜の中でも一際星が輝いて見えた。

 

 

 そしてアマテラスは本能の従うままに、夜空へ向けて咆哮を放つ。

 

 

 『そこにあれば成り立つであろう』と思われる星の集合体を見つめ、足りないパズルのピースを合わせるように自らの神力を注ぎ込み一つの星座を作り出す。

 埋められた星が紡ぐその星座線が眩い光を溢れさせると、背後の夜景と本来の青空、アマテラスがいる空間も包み込んでいった。

 

 

 封印が解かれたとでも言うのだろうか。

 力が満たされたとでも言うのだろうか。

 弾けた光から飛び出してきたの大きく四肢を持つ獣であり、その姿はまさしく――――、

 

 

 

 

 

 猫であった。しかもただの猫ではない。

 魚の彫刻が乗っている衝立に張り付いた猫である。

 

 

 アマテラスのような赤い紋様が身体に走っているその姿には神性さを感じさせた。

 

『シャッ』

 

 

 猫は衝立から飛び上がる。衝立は揺れて倒れることもなくその場に張り付いているかのように存在し続けていた。

 宙を駆け、こちらに向かってくる猫に違和感を覚えたのはイッスンだった。

 

 

『アレェ!?なんかデジャヴ――――』

 

 

 

 白猫はイッスンを素早く口に咥えると、身体を屈めてはバネのように跳ね上がった。

 アマテラスと夏凜を大きく飛び越えて、地面に着地した猫はイッスンを地へ転がすと顔だけをアマテラスに向けて何食わぬ顔で見つめる。

 

 

 

『……』

 

『……』

 

 

 犬と猫。種別が違えど、意思というものは通じるものがあったのか。二匹は地面を転がったイッスンの使い道を理解した。そして――――、

 

 

 

 白猫がイッスンを前足で前方へと蹴りだしたのを機に、アマテラスもその猫を追いかけるように駆けだしたのだった。

 

 

 

 猫とアマテラスが並走したかと思えば、猫がアマテラスの足元に向けてイッスンを蹴り、アマテラスが足元にイッスンを納めると、今度はアマテラスから猫へイッスンを蹴り送る。まるでサッカーのドリブルのようだった。

 

 

 土煙を上げながら猫に蹴られて転がるイッスンは堪ったものではないだろう。彼の意識の有無が危ぶまれる。

 しかしながら、和気藹々とイッスンを蹴り込みながら異空間を駆ける二匹の周りには何故か瑞々しい夏場の草原を幻視した。

 

 

「私疲れてんのかなぁ……」

 

 

 お前ら何やってんだ、というよりも。

 犬と猫が妖精をボールにしてサッカーをするという事象。目の前で起きている奇想天外な光景を見ていた夏凜は自身の目を何度か擦るのであった。

 

 

 

 それからどれくらい時間が経ったのか、白猫はアマテラス前に、衝立へと張り付いたまま語りだす。

 

 

『おお、我が慈母・アマテラス大神……邪気渦巻く塵界を憂い我天空を望むこの空に身を寄せ――――

 遥か下の世界を見下ろし侍りぬ』

 

 

 アマテラスとイッスンに挟まれるようにその場で倒れ込んでいるイッスンが頭上で星を回している事にも気を留めない。

 多分気にしたら負けなんだろうか、夏凜はその絵面がやたらとシュールであった。

 

 

 

『再び我が力必要とあらばこの“壁神”――――

 御前に天駆ける希望の橋を架け奉らん!』

 

 

 そう言い放った壁神は光輝くとその身を文字の『壁』へと変えて、ゆらゆらと浮遊しながらアマテラスの身体の中へ溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に夜はそこになく、海の色の元となる青の色と綿のような白い雲が広がるいつもの四国の空があった。

 

 

『お……お前ら、またオイラに何をしやがったァ……!?』

 

 

 気絶から目を覚ましたイッスンが頭を振ってはむくり、とその身体を起こす。

 相棒と謎の猫にサッカーボールにされた記憶は消えてしまっているのだろうか、と夏凜は思ったが言わない方が彼の為だと思い敢えて流した。

 

 

『と、とにかよォ……今のは十三分神の一人――――筆業・“壁足”の力を司る壁神サマだァ!

 コイツがあれば今までジャンプしても届かなかったところも、本来なら歩けない壁だって登ることも自由自在だァ!』

 

 

「な、なにソレ!?ここまで塔を登ってきたような不思議な力を自由に使えるようになったっていうの!?」

 

 

『おうよォ!アマ公、試しに壁に壁神サマの紋所を――――』

 

 

 何かを言いかけて、イッスンの言葉が止まった。

 

 

「どうしたの?」

 

『そうだァ、壁神サマの紋所は猫の彫像がある場所じゃないとその力を出せねぇんだった……』

 

「えぇ……なにその序盤の“ひでんわざ”みたいな力。ゲームで道を塞ぐ木を切るための技みたいな、岩を動かしてどかすみたいな……使える場所がかなり限られるじゃないの」

 

『う、うるせえ!い、一応神サマなんだィ!そんな言い方すんなよォ!お前もなんか言ってやれアマ公……って』

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 いつの間にか傍に居ないアマテラスを探し、見上げてイッスンと夏凜は叫んだ。

 

 

『壁に張り付いてるゥ―――――!?』

「壁に張り付いてるゥ―――――!?」

 

 

 

『アウ?』

 

 

 同調した二つの叫びを他所にアマテラスは壁に四足を張り付かせたまま顔だけを傾げている。

 よく見れば、壁の上から地面に掛けて猫の肉球の模様と光る道筋が筆が走ったかのように描かれていた。

 

 

 その光の道の上にアマテラスが佇んでいる。

 壁神の力である壁足が顕現していた。

 

 

『ま、まさかよォ――――

 この世界では“猫の像が無くても”、壁足の力を壁に宿せるっていうのかァ!?コイツはスゲェぜ!』

 

 

 本来のナカツクニで得た壁神の力を使うには猫の像を起点にしなければならず、それ以外では壁を登る手段は無かった。

 だが、この四国の世界では猫の像が存在しなくても『壁』であればその力を宿せる。

 それがどこまでの範囲なのか見当がつかないが、後で試す価値はあるだろう。

 

 

 

 これで新たな筆しらべが加わり、アマテラス自身のを咥えると四国に散ったとされる十三の筆しらべは五つとなった。

 残る八つの筆しらべは何処へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっハロー、元気にしてたかなぁアマテラス君にゴムマリ君?久しぶりだねぇ」

 

 

 物語を締めようとする矢先に、そいつは笛の音と共にやって来る。

 陰陽師のような和服と頭に烏天狗の被り物と、そこから扇情に広がる長髪を思わせる白の布は装飾であり、被り物の下からは僅かな金の髪が見て取れる。

 声を聴かなければ、所見は大抵美しい女性と思うのではないだろうか。

 

 

 自称・『人倫の伝道師』ことウシワカが猫鳴りの塔を後にしようとするアマテラス達の前に現れたのだった。

 

 

『ま、また出やがったなぁこのキザ野郎めェ!』

 

「つれないなぁ、力を取り戻したっぽいからせっかく祝おうと思ってたのに……ウシワカ、ちょっとショック」

 

 

『て、テメェ……!!』

 

 

 イラっ、とイッスンの額に血管が浮かぶ。以前から事あるごとに茶化す男だったからある程度耐性がついてきたかなと思っていたイッスンだったが、それはどうやら慢心だったようだ。

 今この瞬間、愛刀・電光丸で斬りたいという衝動を何とか刀の柄を震わせながら握るだけで留めている。

 

 

「ま、それはそうとして、だ」

 

 

 

 ふわ、とアマテラス達を見下ろしていた猫像の上から飛ぶと、被り物の長い装飾が広がり、空気抵抗で膨らんだ装飾を利用してムササビのように滑空する。そのままアマテラスと同じ地面へと降り立った。

 

 

「アンタ、前に東郷を助けた……」

 

「ん?あぁ、ユーは三好夏凜、だったね。ノッブの妹の」

 

「!! ……兄貴を知ってるの?」

 

 

「同じ職場で働いているからね、知っているよ。もちろん、ユーの事も聞いているよ」

 

「兄貴は……その、なにか、私のことで言ってたり……」

 

「ん?」

 

「い、いや……なんでもないわ」

 

 

「そうかい?別に色々とクエスチョンしてもらっても構わないんだが……それより、だ」

 

 

 会話を途中で区切った夏凜に違和感を覚え、首を小さく傾げるウシワカ。

 その瞳は夏凜の顔色を見て、少しばかり怪訝な表情になると懐から小さな瓶を取り出して夏凜へ手渡した。

 

 

「なによコレ?」

 

「三好シスターの夏凜君、ここ最近不調だったんじゃないかい?今のユーは身体が妖気で汚染されているよ。

これは妖気を祓うための仙薬だ……飲んでしっかり休養したまえ。効果は保証する」

 

「ど、どうも……うっわ、なんかドロドロした青汁みたいな濃い色してるんだけど……苦そうね」

 

「ニボシテイストだよ」

 

「なら安心ね」

 

『お前、ニボシならなんでもアリかィ。つーかニボシ味ってなんだよォ、魚粉でも混ぜてんのかァ?』

 

「細かい詮索はナッシングだよ、ゴムマリ君」

 

 

 ドロドロとした得体の知らない液体がニボシ味だと安堵する夏凜。

 普通の人はまず手に取る事すらも戸惑うが彼女の場合はニボシならなんでも受け入れてしまいそうだ。

 

 

「だからお前は何しにきたんだィ、用件を言え用件を」

 

「ふむ、そういえばそうだったね。実は明日辺りにアマテラス君に来てもらいたい場所があってね」

 

 

 女性の髪を掻き上げるように被り物の装飾を揺らしてウシワカは言う。

 

 

 

「ミーのフレンドがとても会いたがっているんだ。ぜひユーをプロデュースさせてくれよ。あ、ゴムマリ君は別に無理して付いてこなくてもいいからね?」

 

 

『んだとォ!?美森ちゃんを助けてくれたからオイラ達は何も言えねぇが、最終的に手伝うか決めるのはアマ公なんだからなァ!?アマ公!こんなキザ野郎のお願い、聞く訳ねェよなァ!?』

 

 

『……』

 

 

 

 

―――――ウシワカのお願いを……

 

 

  聞く    聞かない

 

 

 

 

 

 

 

▶聞く    聞かない

 

 

 

 

 

『そうそう……こんな野郎の手伝いなんてまっぴらゴメン――――――って、なにィ!?』

 

 

「そうかい!ユーならきっとオーケーしてくれるって信じてたよ!それじゃあ場所はいつものように、キミたちのもっている地図に勝手に印をつけとくね」

 

 

『あーッ! こら、テメェまた勝手に人の地図に印付けやがってェッ!』

 

 

 アマテラスの頭部で飛び跳ねながら怒りを露にするイッスンを無視してウシワカはその場から飛び上がった。

 被り物の長い装飾が羽のように広がると、突如吹いた風に乗ってふわりと浮いて先ほどまでアマテラス達を見下ろしていた猫の像へと着地する。

 

 

 その手には先ほどまで夏凜の傍にいた子猫を抱いて。

 

 

「この猫はミーの系列の動物病院で預からせてもらうよ。夏凜君、安心したまえ大赦系列の動物病院さ。それじゃあアマテラス君待ってるよ……アデュー!」

 

『ニャー』

 

 

 元気そうに手を振り、まるで「じゃあね」と猫が鳴いたのを最後にウシワカは四国の空へ飛び出し、瞬く間に姿を消していった。

 塔の最上階にて残った夏凜がポツリと呟く。

 

 

「あんたの友達、変なのばっかりね」

 

『アウ?』

 

 

 そう答えるアマテラスはどこか恍けた様子で首を傾げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 かくして、不思議な猫の鳴き声が聞こえる猫鳴りの塔の頂上で待っていたのは――――

 アマテラスの持つ筆しらべ、壁神だったのじゃった。

 夏凜が守っていた子猫は壁神の遣いで、アマテラスが現れるまでその場所でずっと守護しておったのじゃった。

 

 

 また一つ自身の力を取り戻したアマテラスは――――、

 再び現れたウシワカのお願いを聞き、彼が地図で示した場所へと次の翌朝には向かうのじゃったが。

 

 

 イッスンは辿り着いた場所で、ウシワカが口にしていた『無理して付いてこなくていい』という言葉の真意を知ることになるとは……この時は思いもしなかったのじゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 

 

「♪~♪先生のお友達、早く来ないかな~。ねぇ、セバスチャン」

 

 大赦の病院のベッドの上では包帯に身を包んだ一人の少女が鼻歌を歌い、烏天狗の精霊に語り掛けながら。

 少女は親しみのある師であり、先生である人の「友達」を待ち続けるのであった。

 

 

 

 




アンケートは僅差で園子様の勝利。次回は園子様のところへ訪問します。
猫神サマの力は戦闘でも使えるように猫の彫像がなくても使えるようにしました。



壁足
・アマテラスの失われた力の一つ。壁などの普段は登れないような場所に猫の彫像から筆を走らせ、壁足の軌跡を描くことでアマテラスが一時的に壁などに貼り付けるようになる。
ゆゆゆ世界のみ、彫像なしで力を使用できる。


仙薬
・人の身体に溜まった妖気、穢れなどの「良くないもの」を祓う薬。過去に穢れが原因で起きてしまった悲劇を二度と起こさせないようにウシワカが完成させた。
穢れの原因を別方法で解決したので、今となっては無用の長物。





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其ノ十二、乃木園子と夜桜

休暇期間に書き溜めると言っておきながら、このお話だけで終わってしまった……だらしない作者で済まない。

誤字報告、ありがとうございます!


『うっひゃー、“病院”ってのはこんなにデッケェ建物なのかィ?オイラたちのいた世界のナカツクニじゃ考えられねぇなァ』

 

 

 先日、ウシワカに言われたとおりの場所へとやって来たアマテラスとイッスンは大赦系列の病院その入り口を前に佇む。

 ケガしたり、病気になった人々を治療するための建物の大きさは自分たちが居た世界の医療施設よりもはるかに大きい。

 

 

 村など、小さな集落の場合は医者などは居ても小さな平屋で治療が行われる。ナカツクニの栄えた場所なら大きな部屋で治療を行えたりもするが、一度に収容できる人数と医薬品、患者の世話をする看護師や医者の数においては圧倒的にこの世界の医療が進んでいることを証明していた。

 

 

 

「ハロー、アマテラス君……って、なんだゴムマリ君も来たのか」

 

「あったり前だィ。テメェに指図される覚えなんてこっちはねェんだからよォ」

 

 

 玄関先で風のように突如として表れたウシワカがアマテラスの頭部に乗るイッスンを見てワザとらしくため息をついている。

 自身をお呼びじゃない客と称されたイッスンの顔がみるみる赤くなると怒りを露にして飛び跳ね始めた。

 

 

『……アゥ』

 

 

「おっとソーリーソーリー、こんなところでオイルをセールしてる(油を売っている)場合じゃなかったね。付いてきたまえ、大赦のスタッフには許可をもらってあるからこのまま正面から入ってきてもオーケーだよ」

 

 

 今にも喧嘩が勃発しそうな両者の間にアマテラスの大欠伸が割って入る。無駄な時間を割くだけの喧嘩を行うことなどナンセンスだと気づいたウシワカは本来の目的を思い出し、アマテラス達を病院の中へ案内する。

 

 病院の中は不思議な事に人が少なかった。

 受付の場所にいる看護婦や、清掃員と最低限の人だけで患者の姿などはどこにも見当たらない。

 

 

「ユーたちが入るこの時間帯だけは患者は病室に、医師や看護師は病室に籠ってもらっている。事前に大赦を通して連絡していたからね」

 

 

 病院という場所に犬が入ってくることはあまり好ましくない、と言われればそれまでだが彼の所属する組織の圧力を使ってまでの人払いはやり過ぎているような気もする。

 

 

「ま、これでも大赦の中じゃそれなりの地位にいるもんでねぇ」

 

 

 自慢げに語るウシワカに引き連れられたアマテラス達は病院の奥へ奥へと進んでいく。

 次第に電灯が目立つほどに薄暗くなっていき、何故か階段ではなくエレベーターを利用して地上より遥か下の地下へと移動していく。

 

 完全に灯りがなければ見えなくなるくらいの薄暗さを持った場所に来たことでイッスンはようやく事の異常さに気付いた。普通の人が病院で治療を受けるのにこんな人気のない地下まで連れていかれるだろうか。

 

 イッスンは二つの予想を立てた。これから自分たちが出会うであろう人物について。 

 一つ目は、あまりにも大きな病か怪我をしたことで集中的に治療するために隔離されている事。

 二つ目は、社会的にも大きな権力を持っていて、大赦的に特別な待遇を受けているほどの人物だという事。

 

 

 イッスンは二つ目の、大きな権力を持つ人物だと想像した。

いつの時代も、偉い人間に限り大きな屋敷や大きな部屋を与えられる。それは元居た世界のナカツクニでも同じことだった。

 

 

「お願いがあるんだ」

 

 

 病院に入って10分程経ち、ようやくたどり着いた扉の前でウシワカが立ち止まった。

 

 

「できれば、いつものユーたちのまま接してあげて欲しい」

 

『アン?どういうことだィ?』

 

「そのままの意味だ。ナカツクニでユーたちが旅の途中に人々と語り合うように、ミーとアマテラス君がイチャイチャしてたかのように、ミーとゴムマリ君で繰り広げていた馬鹿らしい喧嘩のように」

 

 

『馬鹿ってなんだィ、馬鹿ってェ!』

 

「そうそう、そんな感じ。扉の向こうの子の独特のテンションに呑まれないようにね……じゃ、開けるよ」

 

 

 ウシワカはどこか安心したような顔で扉の取っ手に手を掛け、静かに開けると――――、

 

 

 

 

 

「HEY!先生ェお帰りィ!園子は今日も元気だぜェェェ!!」

 

 

 勢いのある奇声を発する金髪少女がベッドの上に居た。

 

 勇者、乃木園子。

 神に見初められた無垢な少女との出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い寝室がある。

 淡い照明の光の下、周囲を木の柵で囲んだベッドの上で少女は歓喜の声を上げていた。

 壁一面に貼り付けられた人型の紙が奇妙な雰囲気を演出する。

 

 

 そんな普通の人が見れば、異様としか言えない部屋の雰囲気を払拭するように明るい声が響く。

 

 

 

「うわぁ!先生見て見て!小人、小人だよ~私生まれて小人なんて初めて見たんよ!」

 

「HAHA、園子君。これは小人なんかじゃないよ、そんな大したものじゃない……ゴムマリ君だ」

 

『ど、どっちでもねェ!こ、この烏野郎、オイラを早く降ろせってんだァ ぶった切るぞォ!』

 

『……』

 

 

 きゃっきゃと、まるで動物園で珍しいものを見たかのような瞳の園子。 

 そしてイッスンは謎の法衣を纏った鳥のような生物の嘴に咥えられていた。

 

 

 セバスチャン……もとい、園子の精霊、烏天狗である。

 

 

 空中で足をブンブンと振って逃れようと暴れるイッスンだが、鳥は微動だにしない。

 やがて鳥はイッスンの忠告を素直に聞いたのか、興味が失せたのか予告も無しに彼を手放した。

 あたふたと落下するイッスンだが、真下は柔らかな少女の膝の上だ。ぽむ、と弾んで事なきを得る。

 

 

 園子と呼ばれる少女は首だけを動かしては膝上にいるイッスンへ笑いかけていた。

 

 

「ほほーう、ゴム太郎は全国を旅する絵師さんなんだね~」

 

『そうそう、オイラが神の威光を世に知らしめる天道太子……あん?ゴム太郎?』

 

「親しみやすいあだ名を作ったんよ。先生からはゴムマリ君って聞いてたから、ゴム太郎なんよ~」

 

『ウシワカァ!変な名前を教えんなァ!』

 

「フフフ……ユーのネームをロクにコールしたことがなかったらね。暫く顔も見せてなかったし、ほんとに忘れちゃったんだ☆ フルネームは“イッシャク”だったかな?」

 

『それはオイラのジジイの名前だァ!オイラは天道太子・イッスン様だィ!』

 

「ええ~ゴム太郎じゃないの~?」

 

『違う違う、なんで残念そうなんだよ……いいだろォ、イッスンで』

 

「ダメなんよ~イッスンだとこれから先、呼びにくくなるかもしれないんよ~」

 

『ええ……』

 

「分かったんよ!じゃあ間をとって、ここは“イっちゃん”!」

 

 

 一体、ゴム太郎とイッスンの間のどこに妥協点を見つけたのだろう。

 名前一つを呼ぶだけで、園子という少女は目を湿らせてイッスンを見つめる。

 乃木園子という少女はファーストコンタクトからやたらとハイテンションで活発な印象が強かった。

 

 

 

『ん、んでよォ……園子ちゃん、だっけェ?精霊がいるってことはよォ、園子ちゃんも勇者ってことなのかァ?』

 

「そうなんよ~、二年前は大橋の方で勇者やってました~乃木園子だゼッ!」

 

 ほんわかした緩み切った顔から180くらいテンションを切り替えていく様にはイッスンは困惑せざるを得なかった。

 悪い事ではない、悪い事ではないのだがあまりにも自由すぎる。フリーダム園子だ。

 

 

 隣に居たウシワカがコホンと小さく咳をして、

 

 

「彼女はバーテックスとの戦いで大けがをしてしまってね……今は身体を動かすのも困難な状態なんだ。戦線離脱して、今は治療に専念してもらっている」

 

 

 園子の身体にはいたるところに包帯が巻かれている。

 顔は左目を残して全体を覆うように。

 首や両の腕には隙間なく。

 布団を掛けているため分からないがこの状態だと恐らく両足もそうなのだろう。

 

 

 人類を未知の敵、バーテックスから守護する勇者、その御役目の危険さをイッスンは園子の姿から感じ取った。

 

 

『痛くねェのか?』

 

「うーんとね、ケガの痛みはない、かなぁ。でも書いてる小説の更新が出来ないのはちょっと退屈なんよ」

 

 

 けろっとした顔で園子は言う。

 傍から見れば爆撃でも受けたのではないかと思われるほどの重傷具合。痛くないはずがない。

 無理をしているのではないかと園子の身を案じたが、その様子は身体を動かせないという点だけを除けば健康体そのものだった。

 

 

 病は気から、ともいう。

 きっと園子は平然な顔をしているが、その言葉を意識して、強い心を維持しているのかもしれない。

 頑張り屋さんだ、応援しなければとイッスンは思った。

 

 

『……』

 

「アマ公、こっちおいで~」

 

『コイツの呼び名はアマ公かィ』

 

 

 ただ一匹、床に座りながらじーっと園子を見つめていたアマテラスは彼女の呼びかけに応じると、ベッドの上に乗った。

 ベッドが余分に大きかったためか、園子の脇部分には人一人分が入れるくらいのスペースが出来ている。

 園子の身体を踏まないように細心の注意を払いながら、アマテラスはその隙間へ納まった。

 

 

「ごめんね~、私手が動かせないから撫でられないんだ~」

 

 

 数ミリも動かすことが出来ない自分の身体がアマテラスを撫でることが出来ないことを謝る園子。

 だがアマテラスは悲しみからくる作り笑いを浮かべる彼女に対して更に近づいて、身を寄せる。

 

 園子の胸部分に身体を軽く乗せると、首から頬に掛けてアマテラスは自らの頬を擦りつける。

 ふわりとした毛並みの感触が包帯越しの首筋と、顔にある肌の部分が触れて園子の顔が一層緩んだ。

 

 

「ふわぁ……柔らかいねアマ公~、ありがとう~」

 

『アウ!』

 

「あはは!く、くすぐったいんよ~」

 

 

 頬を擦りつけたら、今度は肌部分を舌でぺろぺろと舐め始める。

 くすぐったいよ、と言う園子であったが顔には先ほどとは違う笑みがあった。

 

 

「さて、園子君。今日は彼らに話したいことがあったんじゃないかい?」

 

「あー!そうだったよー」

 

 

 アマテラスの唾液に塗れた園子の顔をウシワカが湿ったタオルで拭う。

 可能な範囲の園子の世話をするのも彼の役目らしい。

 

 

「知りたいでしょ~、最近復活したっていうヤマタノオロチサンのことだよ~」

 

『あんな恐ろしい大妖怪をどこぞの親戚みたいな……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 園子の口から語られたのはこの世界に突如として表れたヤマタノオロチの情報だった。

 

 

 山奥の祠にてヤマタノオロチの封印が解かれてしまったのだという事。

 復活と同時に各地方の妖怪の動きが活発になり始め、人里にも表れ始めたという事だ。

 

 

 そしてヤマタノオロチが復活した影響で、この地域の霊脈へと妖気が流れ込んだらしい。

 霊脈は、この世界を守護する神樹と直結しており、勇者システムに影響が出たという。

 

 

 精霊の暴走。

 勇者をサポートする精霊は、伝承にて存在していた妖怪などをベースに作られている。

 それが今回、ヤマタノオロチの妖気に充てられて妖怪としての本能を取り戻してしまった。

 過去に犬吠崎風の精霊、犬神が妖怪化していたのもそれが原因だった。

 

 

「本来ならバーテックスが来た時しか展開されない樹海化が妖怪が出てきたときに発動するのも、神樹様がバーテックスと同等の脅威として判断したからなんだよ。

 

 精霊の元になった妖怪には強力な妖怪も多いし、もし現実の世界で暴れられちゃったら大変なことになるから」

 

 

 園子は続ける。

 

 

「かつて災厄をもたらした大妖怪が復活し、同じことを繰り返そうとしている――――大赦の人はそう言っていた」

 

 

 

 

 

 

 大赦曰く、この世界が神世紀と名乗る300年前―――――旧世紀と呼ばれる時代にヤマタノオロチは存在していた。

 妖怪たちを操り、四国を闇にもたらそうと暴れまわっていたらしい。

 

 

 そのヤマタノオロチも元々は壁の向こう側からやって来た存在で、バーテックスと同様突如現れたというのだ。

 

 

『さ、300年も昔ィ!? し、信じられねェ……!

 そんな遥か昔からこの世界にナカツクニの妖怪たちが存在してたってのかァ!?――――いや、ちょっと待てよ、

 壁の外は生物が生きていけないほどのウィルスで充満してるってのがオイラの聞いた話だィ。

 

 でも、妖怪たちは四国の壁の外から来たんだろォ?

 なんでそんな場所から現れたんだィ、おかしくねェかァ!?』

 

 

「……」

 

「……」

 

『な、なんだィ二人して黙り込んじまってェ』

 

 

 何か返答に困る事を口走っただろうか、とイッスンが戸惑っているとウシワカが口を開いた。

 

「……さぁ、何でなのかなぁ」

 

『テメェ、何か知ってるだろ』

 

「一つだけ言えるのは……ユーが思っているほど、この世界に起きつつある出来事はあまり良くない、ということだよ」

 

『ンな事ぁ言われなくても分かってんだィ!オロチの野郎が蘇ってんのも、妖怪がいるってこともなァ!』

 

 

 まーたいつものはぐらかしかィ。

 そう言って、イッスンはアマテラスの頭に飛び乗ると、むすっとした顔で座り込んだのだった。

 

 

 ウシワカがこうやって話を隠そうとするときは、いつだって誰よりも先に真実へと到達している時だ。

 

 

 ウシワカはかつて言っていた。

 “この世界の成り立ちを知っている”、と。

 

 

 アマテラスとウシワカの存在、妖怪の出現とこの世界の謎もこの男ならばすべて理解している。

 しかし、ここで無理に問いただそうとしてもウシワカは決して語ることは無いだろう。

 それがいま必要か?

 まだ時ではない、と言われて逸らされるのは目に見えていた。

 いつだってウシワカはイッスンやアマテラス達が自力で真実に辿り着くまでには明かさないつもりなのだ。

 

 

 ならば必ず相棒と共に真実に辿り着いて見せる、そう決意したイッスンだった。

 

 

 

「あ、そうだそうだ。ねぇねぇイっちゃん」

 

『なんだィ園子ちゃんよォ』

 

 

 園子が何やら熱い眼差しでこちらの方を見ている。

 

 

「えーっとね、アマ公って不思議な技がつかえるんでしょ~?話に聞いてるよ~」

 

 

 園子は現在の勇者達の戦いの情報を大赦を通して耳にしている。

 その中では怪しげな術を使う犬がいるということも。

 

 

「神様……なんだよねぇ~?」

 

『オウよ、コイツぁ普段はこんな冴えねぇツラァしてるが――――やる時はやる大神サマだィ!』

 

「それじゃあ園子のお願い、聞いてもらってもいい~?」

 

『なんだィ言ってみなァ!力になるぜェ!』

 

「あの――――園子くん?」

 

 

 何か違わないかい?と言いかけていたウシワカはお願いを聞いてもらってはしゃいでいる園子を見て口を閉じた。仮にも、神様と呼ばれる存在からお願いを聞いてもらうことはとても嬉しい事なのだろう。

 そう考えると、無理に口をはさむことはよした方がよさそうだとウシワカは判断した。

 

 

 

「私ね、桜が見たいんよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 香川県綾川町に咲く枝垂れ桜は全国的に有名だ。

 山奥に咲き誇るその桜は昭和50年に植えられて、その樹齢は約200年と言われている。

 桜が咲く時期になると、各地方から観光客に溢れる程だ。

 

 

 だが、それも旧世紀における西暦の話だ。

 今は神世紀300年。当時の地形は多くは変わらないものの変化してしまった町の名前はいくらでもある。

 調べたところ、アマテラスがいる場所からその枝垂れ桜があると言われる場所はかなり遠い場所にあった。

 

 

 彼らが行くには車などを使わなければならないが桜を見たいという園子の身体は真っ当に動くことが出来ない。

 重症の少女を車に乗せて移動するなどもってのほかだ。

 

 

「フフ……ミーは不可能を可能にする男さ、園子君……この写真を見てごらん」

 

「えー?」

 

 

 ウシワカは園子に一枚の写真を見せた。

 どこにでもある山奥の風景、だがその場所には一つだけ神社が見える。

 

 

「この神社を強く意識してみてくれ」

 

 

 園子は言われたとおりに瞳を閉じて、意識を集中させると園子の病室が光に包まれた。

 その場にいた人物たちが光と一緒に同化していくように。

 

 

 気が付くと、周囲は日の暮れ出した山奥へと変貌を遂げていた。

 

 

 

 

『オォオ!すっげェ!いつのまに場所が変わってらァ!』

 

 

 

 先ほどの病室とは打って変わった外の景色に驚愕したイッスンの声が響く。

 なかなかどうして、室内から屋外へ一歩も動いていないのに移動できたのか。

 

 

「私ね~、ちょっとだけワープできるんよ~。範囲はあるけど、神樹様を祀ってる神社とか、祠がある場所がイメージできればこうやって移動はできるんさ~」

 

『何それスゴイ』

 

 

 まるでイッスン達の世界で言う『人魚の古銭』を思い浮かべる。

 あれは特定の場所に存在する池にそれを投げ入れると、特定の池や泉を繋げることが出来て瞬時に行き来することが出来る。

 しかし特に道具も写真一枚でどこへでも行けてしまう園子の移動術の方が容易だ。

 

 どちらかと言えば、物実の鏡(ものざねのかがみ)同士の空間を繋げる筆しらべ『霧隠れ』の派生、『霧飛』の方がしっくりくるだろうか。

 

 

『たまげたぜェ、園子ちゃんはまるで神様だなァ』

 

「えへっへぇ、似たようなもんなんよ~」

 

『……?』

 

 

 冗談を言ったつもりが笑顔で肯定されたような気がして、イッスンが首を傾げる。

 勇者という意味で特別だから似たようなものなのだろう、そう判断したイッスンは会話を流し、先に進めることにした。

 

 

『んで?何でこの場所なんだィ、ウシワカ』

 

「まぁ、昔の友人とここで枝垂れ桜を見ていた事があってね。その時の桜がとてもビューティフルだったのを覚えていたから――――、

 どうせなら、一番の桜を見せてあげたいじゃないか。久しぶりに来てみたけれど、あまり周りの景色は変わっていないね」

 

 

 どこか遠く、はるか遠く、記憶の彼方。

 何十年、いやそれ以上の長い年月を経た友人との記憶を思い出すような瞳をするウシワカは感慨に耽っているようだった。

 きっと、ウシワカがこの世界に来た時に仲良くなった者なのだろう。

 

 

「でも先生、その枝垂れ桜ってもう枯れてるよ?」

 

 

 園子の目線の先には一際大きな木、桜の木がある。

 伸びた枝先が垂れるようになっているその木は紛うこと無き枝垂れ桜だ。

 

 

 しかし、今は五月。

 桜のシーズンはとっくに過ぎ去っている。

 そして枝垂れ桜の開花は3月から4月の下旬にかけて。気温が上昇してくるともっと早い。

 一般的に有名なソメイヨシノなどより1週間ほど早く他の桜が見ごろになる4月の後半などになってしまえばもう見頃(ピーク)は過ぎて散り始める。

 

 

 だから目の前にある枝垂れ桜は全てが新緑の葉桜だった。

 全てが来年の春に向けて備えている証である。

 

 

「ノンノン園子君、ここからが彼らの出番なワケだ。それじゃあゴムマリ君、アマテラス君あとは任せていいかい?」

 

『けッ、しょうがねぇなァ!園子ちゃんの為だィ。アマ公、見せてやろうぜェ……アレだァ!』

 

『アウッ』

 

 

 イッスンの期待に応えるようにアマテラスが短く吠えると、ほとんどが葉桜となってしまった桜の木を前にちょこんと座る。

 

 

 見頃を過ぎ、咲き終えた桜の木は既に見てくれはただの木でしかない。

 咲くことに力を削いだのか、全体的にやせ細っているようにも見える。

 

 

 なればこそ、大神アマテラスはその桜の木に再び命を吹き込まんとする。

 

 

 アマテラスは緩やかに首を擡げると眼前の桜の木を見据えて遠吠えを放った。

 

 

 山奥に響く遠吠えは、反響し合って鳴り響いた。 

 園子はその遠吠えを美しいと思った。

 目の前で聞いていても五月蠅いとも、煩わしくもない。

 いつまで聞いていたいと思えるくらいに心地が良い。

 淀んでいた心が洗われる、厄を祓うような神聖な力を感じた。

 

 

「え……うそ」

 

 

 犬が泣く理由には種類があるが、その一つには自らのエネルギーを発散させるという運動欲求を満たすものがある。

 それは即ち、自身のエネルギーの放出だ。

 

 

 園子が目にしたのは、人生において初めての経験とも呼べる信じられない光景だった。

 アマテラスが放った遠吠えと呼応するように、葉桜のみだった味気ない木が徐々に豊かな色に染まり始めた。

 

 枝からは芽が生まれ、花びらが姿を見せ、淡い色を付け始める。

 三分咲き。

 五分咲き。

 八分咲き。

 

 まるでその場所だけ時の流れが違うように、瑞々しい色彩をもつピンクの花びらが垂れる枝を覆う瞬間。

 少女たちの目の前に全盛の枝垂れ桜が満開となって咲き誇る。

 時が一年先まで進んだかのような、数か月時間が遡ったかのような感覚だった。

 

 

「うわぁ……すっごくきれいなんよ~!!」

 

 

 

 目の前で起きた現象を説明してくれと園子は野暮なことは言わない。

 現実はかけ離れたことなんて、どうでもいいと思えるくらいにその桜の美しさに見とれていたのだ。

 

 

『どうだィ!これがアマ公が持つ十三の筆しらべが一つ“桜花”!アマ公にかかりゃあ――――、

蕾の衣(つぼみのころも)花色衣(はないろころも)仇花(あだばな)無駄花(むだばな)常花(とこはな)よォ!』

 

 

 筆しらべ『桜花』。

 それはあらゆる木々に命を与え、美しい花を開かせるアマテラスの力である。

 

 

「夜だから桜が映えるね……夜桜かぁ」

 

 

 その時、枝垂れ桜の花びらが園子のベッドに舞い降りた。

 首を動かし、上を見上げれば桜を綺麗に彩り照らす極上の月の姿があった。

 

 

 

 

 

―――――『月の模様……って、うさぎさんがお餅をついてるんじゃないの?』

 

 

―――――『アタシは違うと思うんだよなぁ。』

 

 

―――――『?銀は何に見えるの……?』

 

 

―――――『ずばり、焼き肉だ!』

 

 

―――――『えぇ~!それって、ミノさんが今食べたいものじゃないの~?』 

 

 

―――――『そうともいう!』

 

 

 

 

「……あ」

 

 

 乃木園子は思い出す。かつての仲間たちと過ごした日々を。

 

 元気で、いつでも前に出て自分たちを引っ張ってくれる少女、三ノ輪銀と。

 どこか硬くて、でも仲間想いの優しい少女鷲尾須美との、幼いころの思い出。

 

 

 あの時は中秋の名月で、皆で月見をしていた。

 園子を含めた三人で公園の芝生の上に座って、園子が用意した御団子を皆で食べる。

 銀が月見そっちのけで団子を食べすぎて須美がそれを窘めて。

 月の模様が何に見えるのか議論して。

 須美が月にまつわる童話を聞かせてくれて。

 

 

 他愛もない一日。しかし園子にとっては大切な友達と一緒に過ごした大切な記憶だった。

 

 

「わっしー、ミノさん……」

 

 

 だが、その少女と園子は今となっては遠くへ離れてしまった。

 一人は記憶を失い別の中学へ、もう一人はどう足掻いても願っても、決して再会することは出来ない。

 

 

 会いに行きたい。その気持ちはいつもある。片時も忘れたことがない。

 

 

 しかし園子はこの身体では友達を探すことも出来ないし、何より大赦の大人たちが会わせることを拒んでいた。

 まるで二人を絶対に引き合わせないように。都合の悪いことが起きるから、園子を誰にも目の届かない場所に押し込むように。

 

 

 

 勇者は諦めない、根性だ。

 そう言ってくれた少女がいて、園子はこの身体になっても諦めなかった。

 動くことのない身体だと分かっていても、これから先、友達と会えなくなると言われても決して諦めずにいた。

 

 

 

 その言葉が――――御役目で命を落とした仲間の言葉が、今の園子を支え続けていた。

 信じてさえいれば、諦めさえしなければきっとまた会えると、そう思っていた。

 

 

 だが、大赦の大人たちは厳格に園子を仲間の場所へと行かせなかった。

 大人たちは子供にたくさんの隠し事をしている。園子がこの身体になった要因も、大人たちは園子たちに隠していた。

 それは子供にしか世界の命運を任せることしかできないと悔やむ大人たちの悪意のようで、良心でもあった。

 

 

 命をかけて戦う勇者が戦うことを拒まないように、精神的な不安要素を抱かせまいと行った大人側の配慮。

 許せないやり方だと思った。

 だけど園子は口には出さなかった。

 犠牲を払ったとはいえ、確かに世界を守ることが出来たのだから。

 

 

 泣きながら園子に礼を言い、謝る大人が居た。

 園子の身体が動かなくなったことに責任を感じて、彼女の前から姿を消した大人も居た。

 

 

 大人も傷ついて、子供の園子も傷ついた。

 だから、園子は何も言わない。

 仕方がない事なのだと、納得した。 

 

 

 神に近しい存在として祀られてから大赦の人と以外会えなくなって。

 世話係の神官から堅苦しい口上を聞く毎日を過ごして。

 

 

 いつしか園子は友達と会うことを諦めないし、友達と会えなくても仕方ない事だと矛盾に満ちた状態になっていた。

 それほどに心が摩耗してしまっていたのだ。

 

 

『な、なんだィ園子ちゃん、泣くほど嬉しかったのかァ?』

 

「え、えへへ……ごめんね~、ちょっと昔の友達の事思い出しちゃって……今どこで何してるんだろう、って思ったら涙が出てきたんよ~…………会いたいなぁ」

 

 

 だけど、この場所で。

 久しぶりに出た外の景色を見て、あの頃を思い出して。

 涙と共に感情が溢れ出した。

 

 

「園子君……」

 

 

 拭うことの出来ない涙をウシワカが代わって拭う。

 ウシワカの表情は、拭っても拭っても決して消えることのない罪の色を宿していた。

 

 もうすぐ、この場所から帰らなければならない。

 一時的にこの場所に移動したことは大赦の者たちが気づくのも時間の問題だ。 

 園子の感情など無視して、大赦は園子を連れ戻す。また、病院の奥で一人過ごす時間が始まるのだ。

 

 

 その時だった、園子の膝の上でイッスンが口を開いたのは。

 

 

 

『なら、会いにいこうぜェ園子ちゃん』

 

「イっちゃん……」

 

「ゴムマリ君……彼女は―――」

 

『オイラ、この世界の事はまだ分かってねェからよ。

園子ちゃんがなんでこうなっちまったのかなんて分からねェし、オイラじゃどうしようもねぇ事なのかもしれねェ――――でもこれだけは言えンだァ』

 

 

 天道太子、イッスンは言う。

 

 

『自分が諦めてねェんだったらよォ、いつか会えるんだって信じてンだオイラは―――、

 絶対に会えなくなる時はよォ、“本当に諦めちまった時”なんだィ』

 

 

 それは彼自身が証明して見せた事実。

 戦いが終わり、3年の月日が流れてもなお彼はアマテラスがいる天への道を探し続けた。

 

 旅をした。

 たった一人で、ナカツクニのありとあらゆる場所を訪れた。

 訪れた先で、神への信仰心を説く天道太子としての役割を果たしながら。

 雨が降っても、雪が降っても、歩くことをやめず足袋がボロボロになるまで歩き続けた。

 

 

 何十年、何百年の年月が掛かろうとも。

 もう一度、最高の相棒と再会するために。 

 そして今、奇跡はこうして起きている。

 イッスンがこの世界でアマテラスやウシワカと再会できたように。

 

 

 大事なのは心だ。

 友を思う心と、決して曲げない信念が自分の身体を突き動かす。

 

 

『もし今、園子ちゃんの中でイチバン辛いってンなら……今が踏ん張り時なんじゃねェか――――、根性出せェ、勇者なんだろォ!』

 

 

 勇者、根性。

 イッスンの口から聞いたその二つのワードはかつての友達が口にしていた言葉だ。

 それを聞いて、園子の瞳に生気が宿る。

 心の中に、揺らめいて消え入りそうだった火が再び燃え上がる。

 

 

「ありがとうイっちゃん。私、絶対諦めないんよ~、わっしーに会えるようにもっと自分でいっぱい動いてみるんよ!」

 

『その意気だぜェ!さっさと怪我を治してェ――――、大事なダチに会いに行こうぜェ!』

 

「えへへ~、じゃあまずは身体が治った時の為に書く小説のネタ作りに勤しむんよ~。

 わっしーとの再会を考えながら小説のネタも作る……一石二鳥なんさ!」

 

『それなんか違くねェか?』

 

 

 いつものような、台風をぶっ飛ばすような笑みを浮かべた園子はもう涙を流していなかった。

 ただ、もう一度友達に会うために、そんな熱い決意を胸に宿していた。

 

 

 信じていれば、諦めなければきっと会える。

 身体を動かせない園子の心が前へと進んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「礼を言わせてもらうよアマテラス君、それに………………ゴムマリくんにも」

 

『今スッゲェ間があった気がしたんだが気のせいかァ?』

 

 

 

 場所は変わり、人気のなくなった大赦病院の前。

 アマテラス達は元の場所へと戻ってきていた。

 

 

 案の定、大赦の面々が転移した園子を探しに現れた。

 園子の地位が高いためか到着した仮面神官が全員膝をついた光景をイッスンは決して忘れることは無い。

 同時にアマテラスに対して、深々と頭を下げていたことが気になっていたのだが。

 

 

「園子君があの身体になってしまったのはミーにも責任の一端があってね。

 でも彼女は本当の不満を口にしない子だから……なんとかしたくてね」

 

 

 それがアマテラスを頼った理由でもあるのだろう。

 園子は多分不満があっても口にはしない。むしろ、強気に、笑顔で耐えてしまう。

 

 

「彼女の闘志に火が宿ったのはユーたちのお陰さ……いずれ形にさせてくれ」

 

『なんかヤケに褒めちぎてくるじゃねェか』

 

 

 調子が狂う、と言ったところでイッスンは聞く。

 

 

『もう一個あんだろ、ウシワカ……園子ちゃんについて隠してることがよォ』

 

『アウ?』

 

『アマ公も気づいてんだろうォ、園子ちゃんの身体に触れた時……邪気のようなモンを感じたんだァ』

 

 

 アマテラスは恍けているように見えるが、その鼻は確かに園子の身体に触れた際に異常を感じ取っていた。

 夏凜が妖気に毒されたかのような邪気、人を狂わせる邪な陰の気が園子から溢れていたのだ。

 

 

『しかもアリャア、そこらへんの妖気とは比べ物にならねェ……数々の怨念が合わさってとんでもねェ事になってやがる、アレは―――――“呪い”だ』

 

 殺意、憎悪、怨念。

 園子の身体に纏わりつくその複数の邪気は絡み合い、明確に園子を蝕んでいる。

 並大抵の人間が正気を保っている事すらも珍しいほどに。

 

 

 ウシワカが重苦しい雰囲気で口を開く。

 

 

「隠していた訳じゃない。園子君は最後まで、その事を口にしなかった。

 ユーたちに迷惑が掛かるのを好ましく思わなかったんだね我慢強い子だから……だからこの場でミーがリークするつもりだったよ」

 

『御託はいいンだィ。なんなんだァ、あの呪いの正体はよォ?』

 

「……ヤマタノオロチの呪いだ」

 

『――――ッッ!!』

 

 

「オロチが復活してから数日、彼女の身体に蛇の紋様が現れ始めたんだ。

最初は下半身から、徐々に上半身へとその紋様が広がりつつある……アレが出始めてから、彼女は時折来る痛みに苦しんでいた」

 

 

 まるで乃木園子に恨みがあるように。

 対象を限定して発動しているこの呪いは日にちを追うごとに悪化し、身体には焼けるような痛みが広がる。

 

 

『紋様が全身に広がったらどうなるンだィ』

 

 

「大赦の調べによれば、呪いは彼女の身体を蝕み弱体化させ……最後は死に至る」

 

『――――!!』

 

『な、なんだとォ!?』

 

 アマテラスもイッスンも空気が凍り付いたのを感じた。

 あの朗らかな、人類を守る為に戦ってきた少女が理由もない呪いで死ぬ結末を迎えるかもしれないという事実に。

 

 

「いかなる術式も受け付けない……一つだけ分かるのは、ヤマタノオロチが関係してるという事だけだ。

 呪いの進行は比較的に緩やかだ……ヤマタノオロチのもたらす呪詛は対象の精神状況によって左右される、園子君のハートの強さのお陰だね。

 

 大赦も総動員して解決の糸口を探るが、ユーたちにも手を貸してもらいたい」

 

 

『あぁッ!園子ちゃんを死なせるかってんだッ!任せなってェ、なぁアマ公!』

 

『アウッ』

 

 

 イッスンの言葉に相棒のアマテラスは当然だ、と言うように吠えた。

 ガルルル、と唸るアマテラスからは怒りのようなものをイッスンは感じ取る。

 それはヤマタノオロチ、許すまじという大神アマテラスの明確な怒りであった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――『ヤマタノオロチの討伐』。

 

 

 その言葉を胸に、勇者・乃木園子を救うべくアマテラス大神とウシワカは一時的に同盟を結んだのじゃった。

 元の世界では事あるごとに衝突していた者たちが一人の少女を救うために手を結ぶ――――、

 それはそれは不思議と悪い気もせず、むしろ頼りがいのある仲間を得たようじゃった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、闇もまた彼らが想像していたよりも遥かに強大であった。

 結束を固めるアマテラス達を遠くから見つめる一匹の鼠は妖しく目を光らせると、一目散に去っていったのだ。

 

 

 

―――――まるで、己の主人に事の次第を伝えるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてこの時、風雲急を告げるかの如く四国には前代未聞の『暴風』が吹き荒れておった。

 『暴風』が織りなす物語は勇者と大神達に深く関わってくるのじゃが………続きは、次のお話にて。

 

 

 

 

 

 

 

 




・筆しらべ《桜花――花咲》
木や花に円を描く様に筆を走らせると発動するアマテラスの失われた力の一つ。道中に存在する枯れた木や花の蕾、植物の芽を咲かせる力を持つ。この筆しらべは戦闘にも生かせることができ、敵が投げてくる蕾型の妖気爆弾は蕾を桜花の力を使うことで無効にすることが出来る。また、花を模している勇者たちに桜花を使うと……?


・綾川の枝垂れ桜
遥か昔、遠い昔。ウシワカが親しい友と一緒に訪れた綾川で見た大きな桜。西暦時代にて樹齢200年、神世紀まで300年とその桜の樹齢は単純計算で500年以上となるが別の地域では2000年という樹齢の枝垂れ桜が存在する。これは枝垂れ桜の特徴で、枝垂れ桜が特に樹齢が長いためである。
ウシワカはこの桜をたった3人だけでなく、もっといろんな人に見せておけばと思った。そう思っていたはずなのに今はそれが叶うことはない。その時に呑んだお酒はちょっとだけ苦かった。彼が園子に見せた写真は彼が一人で来た時にたまたま取った写真。


筆しらべ編もようやく折り返しです。
中途半端ではありますが、四つ程取り戻したらベリーハードの結城友奈の章へ突入します。


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其ノ十三、大神と友奈と一目連

久々執筆でございます。家で大神プレイしてたら書きたくなりました故。


 空がある。

 四国に吹き荒れる暴風を孕んだ空だ。

 禍々しく竜巻のように渦巻く黒雲は海を越え、山の木々を薙ぎ倒しながら進んでいく。

 

 

 傍目からは大型の『台風』と称されるこの暴風の正体はとある精霊によるものである。

 

 

 『一目連』。

 暴風を具現化させたせた妖怪、その仕業だ。

 その姿は片目を失った龍。

 西暦の時代、まだ日本が四国だけではなかったころ、伊勢という地で祀られていた神、それが一目連である。

 

 

 暴風や旋風の名を司る神であり、暴風神と畏れられる一目連は四国を守護する神樹のデータベースの中だけの精霊としての存在であった。

 それがどうして、実体を持ち四国の空を跋扈するに至ったのか。

 

 

 原因は300年の年月を経て復活した大妖怪・ヤマタノオロチの妖気である。

 神樹は四国の大地と繋がっている存在だ。

 神聖な神と大地を繋ぐ場所を霊脈というがその場所にヤマタノオロチの妖気が流れ込み、一部の精霊たちが暴走する結果となったのである。

 

 

 妖気に充てられた精霊は自身のかつての本来の元となっていた姿を取り戻し、実体化するまでに至る。

 そしてほとんどの者は理性を失い、暴れる。犬吠崎風の精霊、犬神のように。

 だが稀に例外が存在した。それがこの一目連だ。

 

 

 一目連は理性を失うことなく、暴れることもなく自我を保ったまま行動していた。

 移動するたびに波風が立ち、木々がへし折れていくがそれは一目連としての自然の摂理なので一目連からすれば問題は無い。

 

 

 自分が思うままに空を飛び、自分が思うままに風を吹かせる。

 この世界に顕現した一目連は自由気ままに吹きすさぶ風であった。

 

 

 

『射抜けー、射抜くべー!』

 

『下から腹狙え腹!撃ち落とすべ!』

 

 

 そんな一目連目掛けて、下から掛け声とともに放たれるものがある。弓矢。

 空を飛んでいる一目連に対して数十の天邪鬼が矢を放っていたのだ。

 

 

『あの妖怪を生け捕りにしてオロチ様に献上しなくちゃならねェんだァ!』

 

『今回ミスったら俺らの今月の飯なくなっちまうど!雑草煮込み汁はもう飽きたど!

 久しぶりに肉食いたいど!』

 

『で、でもよぉ!俺らの矢……まったく届いてねぇでねぇか!?』

 

『か、風の壁だべ!あの龍の身体の周りに風が吹いてるから矢が弾かれてんだ!』

 

 

 数十の天邪鬼から放たれる矢の数は同じく十を超えている。だが、その全てが一目連の肉体に届く前に地面へと落ちていた。

 

 

 暴風を纏う一目連を前では生半可な飛び道具など意味を成さない。

 一目連という龍が持つ存在が自身を守る障壁を作り出している。それが矢による攻撃を阻んでいた。

 

 

『ぎょわわああああ!!』

 

『ひええええええ!!!』

 

 

 天邪鬼達は一目連の怒りに触れてしまった。荒々しい唸り声と共に一目連が纏う暴風の障壁が広がり、勢いを増して地面と木と石を空へ空へと巻き上げていく。

 同時に響くのは暴風に巻き込まれ空へと舞い上がった天邪鬼達の断末魔であった。

 

 

 

『凄まじい力だ……流石は暴風を纏う神と呼ばれるだけはある』

 

 

 数十の天邪鬼が吹き飛ばされていく中、一体だけの妖怪が飛ばされず下から一目連を睨み付けていた。

 足元には大地に根深く刺さった尾のようなものがある。それはその妖怪の身体と繋がっているものであり、それが一目連よりも小柄な妖怪が暴風によって吹き飛ばされない理由であった。

 

 

 

 その妖怪は丸みを帯びた出で立ちだった。一目連からすればなんと矮小な姿だと思うことだろう。

 しかし研ぎ澄まされた爪と、如何なる硬さを誇る岩をも砕いてしまいそうな前歯が妖しく光り、その瞳は邪悪に染まった色をしている。

 

 見てくれに騙されてはいけない、本質はかなりの邪なる者であると、一目連は判断した。

 

 

 

 警戒心を強めた一目連は身に纏う暴風の守りを更に強固なものとし、その勢いはそこら一帯の大地を根こそぎ引っこ抜いていくものとなった。

 台風が通過、というよりはもはや天災レベルの被害である。

 しかし、やはりというか目の前の妖怪はその身を一ミリたりとも動かさない。

 妖しく笑い、佇むだけだ。それがやけに不気味であった。

 

 

 

『オロチ様の失われた妖力を取り戻すには“生贄”が必要だ。貴様ほどの力を持つ妖怪であれば、オロチ様の血となり肉となるのに相応しい……天邪鬼共では少しばかり荷が重すぎるな……今回は俺がやる』

 

 

 漸く、その妖怪は身体を動かした。

 右手に持っていた不思議と淡い紅の色を放つ槍を携えて。

 妖怪は暴風の神へと狙いを定める。

 

 

 ふんッ、と地を鳴らす程に踏み込んだ槍が妖怪の手から放たれる。

 紅色の光を放つ槍が稲妻の如く駆け抜け、一目連が纏う暴風の障壁へと衝突する。

 

 

 紅の稲妻と風が拮抗したのは、僅かな時間だった。 

 槍は暴風の障壁を掻き消す様に易々と突破して―――――、

 

 

 

 

 一目連の目へと突き刺さったのだ。

 

 

 

 

 

『――――――――――――――――――――――!!!!』

 

 

 

 直後、獣の叫び声が空に響いた。

 苦痛を表わしたかのように身を屈めた一目連は身に暴風を纏いながら、そのまま飛び上がる。

 

 

 台風の足は速いをそのまま表したかのような凄まじい速さで一目連はその場から離脱していった。

 

 

『逃げたか……まぁイイ。 呪いは打ち込んだ』

 

 

 大地が割れ、木々が飛び、辺り一面が平面と化し天邪鬼が悲鳴を上げている中でも妖怪はくつくつと笑みを浮かべていた。

 地面に差し込んでいた尻尾を引き抜いた妖怪はその尾を鞭の如く地面に向かって叩きつける。

 

 

『起きろ。いつまで寝てる?』

 

『お、起きろだなんて……まさかこのままあの龍を追うってわけじゃ……』

 

『当たり前だ。呪詛の槍を打ち込んだあの妖怪は次第に弱る……そうなればお前ら天邪鬼でも捕まえられるはずだ』

 

『お、親分……け、ケガ人が多くて、このまま追跡を続行したら死んじゃいますよ……せめて人員の補充をしてから態勢を立て直してからじゃないと……』

 

『チッ、まぁいい。動けない者は村へ戻れ。部隊を再編した後、一目連を追跡する』

 

 

 

 天邪鬼たちを率いる妖怪は忌々し気に吐き捨てる。

 この妖怪が一目連を相手にすることはなんら問題は無い。単騎で挑んだとしても、力でねじ伏せて見せることだろう。

 だがそれではリスクが高すぎるのだ。

 

 

 先ほど突き刺した呪詛の槍をもってしても、本来なら呪いの激痛で飛び上がることも出来ないはずなのに、一目連は逃げ切った。

 その底力にはこちらも、もしかしたら無事では済まないという危険が幾分かあると考える。そういったリスクは極力避けたい。この妖怪は自身が確実に勝利できるまでにその危険を冒さないのである。

 

 

 その為の、犠牲を承知で特攻させるために存在するのが天邪鬼隊なのだ。

 彼らには村の今後の待遇と食糧事情を融通させるという条件を元に雇っている。

 若い者が殆どおらず、過疎化の進む彼らの村にとって、食料の安定した供給は必要不可欠だ。

 

 

『あ、足が折れて……いてぇ……っ、いてぇよぉ……っ!!』

 

『お、オイ! コイツ息止まってんぞ!だ、誰か叩き起こしてくれ!』

 

『目……、俺の……目……どこだよぉ……なんも見えねェ……』

 

 

 だから、年老いて体力のない天邪鬼達は戦闘には向かない。

 だけど、その無理を通して戦う為、怪我が多いのだが、今回の相手は暴風を纏う神と崇められるもの。

 相手が相手だけにいつものような軽い怪我では済まず、重度の傷を負った天邪鬼が多かった。

 

 

 阿鼻叫喚に溢れる中、一匹の天邪鬼が指示を出す。 

 

 

 

『動けるヤツ!動けない奴らを抱えて村に戻るぞ! 壱、弐、参! お前ら若ェんだからきびきび動きやがれェ!重傷者はちゃんと持ってきた担架に乗せてやれよ!凸凹道は慎重に運ぶのをわすれるな!』

 

『『『へ、へい!』』』

 

 

『死なすな!皆で生きて村に戻んぞ!待ってるババァとカカァとガキどもの顔を思い出せ! 死ねねェだろ俺達!』

 

 

 

 だから生い先の短い老いた天邪鬼達は死に物狂いで戦う。命を懸けて。

 生きるため、村の未来の為に。

 

 

 その未来への活力を妖怪は利用する。

 なんと働き甲斐のある駒だろうか、自分なら他の村に行き、略奪するというのに。

 自給自足を意地でも貫く天邪鬼達にその妖怪は申し訳なく思い、彼らが思う村の為に、オロチ様の為に存分に働いてもらおうと思った。

 

 

 

 無論、死ぬまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お手!」

 

『アウ♪』

 

「わお!アマちゃん、お利口さんだねー牡丹餅あげちゃう」

 

 

 勇者部部室は珍しく部員がフルで待機している状態であった。

 部屋の端っこでは美森がせわしなくパソコンの画面と向き合い、事務作業に勤しんでいる。

 今しがた、樹がアマテラスとじゃれていた。差し出された牡丹餅を喜んで口にするアマテラス。

 

 

「あぁ……愛犬と戯れる我が妹も絵になるわね……動画サイトにアップすればきっとランキングにも乗るわ、癒し部門はトップ確定ね」

 

 

 その光景を見守る姉の風はにへらと笑っている。

 最愛の妹が動物と遊ぶ姿、というが、基本風という少女の目には樹が喋り、行動しているシーンが五割増しで可愛く見える謎のフィルターが常設されている。

 だから樹が視界に入ってさえすれば何もかもが可愛く見えてしまうのだ。

 

 

「いつからアマテラスはうちの部の愛犬になったのよ………いつの間にか部室に入り浸るのが当たり前になってきてるし……」

 

『しょうがねぇじゃねぇかニボシ娘よォ』

 

 

 ニボシがトレードマークの少女、ニボシの生まれ変わりとまで言わせしめる三好夏凜の傍、テーブルから聞こえる声。

 天道太子イッスンが小分けにされたニボシをぼりぼりと食していた。

 

 

『他の家に泊まり込むのもいいんだがよォ、なによりアマ公がこの場所を気に入っちまったんだィ。神様だって心気兼ねなく休める場所は必要だろォ?

 毎日毎日、筆しらべ探す為に走り回ってるんだからなァ これくらい見逃せってんだィ』

 

「別に私は気にしてないわよ。というか、なんでこの学校に出入りするのが当たり前になってるの?最初は注意してた教師も諦めて頭撫でたり餌与え始めたし……」

 

「他の生徒も見かけたら頭撫でに来るくらいアマテラスが人気出ちゃったから、夏凜は嫉妬してるのよイッスン」

 

「んなわけあるかっ!」

 

 

 風の言うことは一部は事実である。

 当初は追いかけまわしていた教職員も今ではアマテラスに食べ物を与え、癒しを求めて頭を撫でに来る始末だ。

 授業の迷惑にならないことを条件に讃州中学に居座ることを許されたアマテラスは完全にマスコットと化していた。

 新聞部などが記事にしたいと言って部室を訪れたのはつい最近の事である。

 

 

『キョウシ?って奴らの悩み事を解決してったら許してくれたぜェ? な、アマ公』

 

『アウ』

 

 

 アマテラスが樹にお腹を撫でられながらも応えて見せる。

 昨今、住む世界が違えど人々は何かしら悩みを抱いて生きている。

 この讃州中学に通う生徒、教師も例外ではない。アマテラスはそんな彼らを見過ごさず、慈愛の手(前足)を差し出すのである。

 

 

 

『巷の猫と犬のシマを回っては、喧嘩してる奴らの間に割って入ったり、

 花壇を荒らす巨大モグラを追い払ったり、

 

  

 ヤマダ先生がサトウ先生に"ぷろぽーず"するための指輪無くしたから探すの手伝ったり……

 2組のヨシダが1組のアイちゃんに手紙を渡すの躊躇ってたから後押ししてあげたり……いろいろとやってんだよ神様もなァ!』

 

 

「ちょっと待って!? 犬猫大戦争仲裁と迷惑モグラ退治はともかく、あの山田先生が佐藤先生にプロポーズ!?なに女子力高そうな話、ホントなのイッスン!?」

 

「あの吉田がねぇ……というか、やってることが勇者部染みてない?あんた達……」

 

「夏凜さん、勇者部でも生徒だけでなく先生の恋路を解決するなんて技量、うちの勇者部にはありませんよ……」

 

 

 それもそうね、と樹の毒に夏凜が頷く中、イッスンは胸を張って言う。

 

 

『へっへェ、オイラ達もただこの場所にいるわけじゃねェからなァ。人助けや失せ物(者)探しはお手の物よォ!』

 

「うぐぐぐ……本家勇者部として、イッスンとアマテラス達は強大な敵として立ち塞がりそうね……」

 

「勇者部が乗っ取られるのも時間の問題かしら?」

 

「それはないわ!私がいるときに限って、それは……多分……どうしよう、だんだん自信なくなってきたぁ」

 

 

 アマテラスが部長となり、部長席の上で堂々と昼寝をかます未来が何故か容易に想像できた風であった。

 

 

 

「……」

 

『おろ? どうしたんだィ友奈ちゃん。窓の外をぽけーっと見つめちまってよォ』

 

 

 イッスンが最後の牡丹餅を食そうとして、視線の先で、窓の向こうを見つめている友奈がいた。

 友奈はえ?と気づいたかのように振り向く。

 

 

「なんだかね、今日はすっごい風が強い日だよね……って」

 

『そうだなァ、ここに来る途中も木が何本か折れてたし、四国全土で強風の御触れが出てる見てェじゃねぇかァ』

 

 

 窓が外の強風に煽られてガタガタと揺れている。

 今朝ほどから続くこの強風は突如として表れたものだった。最初は強い風程度で学校へ登校するには問題はなかったものの、次第に勢力を強めて、現在は電車の運行停止や建物の看板が飛び家の窓を割ったという被害が出始めて気いるらしい。

 

 

「学校では午前中の授業で切り上げて生徒たちを早退させようって話が出てるらしいわよ」

 

『へぇ、そいつは良かったじゃねぇかァ。授業が無くなって、早く家に帰って遊べるぜ友奈ちゃん』

 

「う、うん……それはそれで嬉しんだけど……」

 

『だけど?』

 

「なんだろう、この風……少し変なんだ」

 

『へん?』

 

「うん。朝からなんだけど、この風……泣いてる気がするんだ……」

 

「ちょっと友奈、風みたいなこと言い始めてるけど大丈夫?体調悪いの?」

 

「か、夏凜!それどういう意味よ!」 

 

「友奈ちゃん!体調が悪いの!? どこ!?どこが悪いの!?お医者様に見せなきゃいけないわ!」

 

 いつも明るい友奈が怪訝そうな表情をしていることに誰もが心配する。

 パソコン操作をしていた美森が180度車椅子の向きを変えて、部室の入り口側から友奈がいる窓際までの距離を瞬きをする間で詰めてくるという程に。

 

 

 

 友奈自身に問題は無い。至って健康体だ。

 だけど、この外を見つめる度に胸の奥がざわつくような、不安になるような感覚に陥る。それは朝から感じていた事だった。

 

 

 風や、夏凜。樹や美森、そしてアマテラスやイッスン達には分からないが、友奈にだけは分かる事。

 何故か、友奈だけが分かる感覚。

 

 

 痛い、と叫んでいる気がする。

 苦しい、と叫んでいる気がする。

 助けて、と叫んでいる気がする。

 

 

 どこからともなく、そんな声が聞こえるような気がして友奈は胸が詰まる想いであった。

 

 

 そんな少女の胸中を他所に、耳に届く奇怪な音がある――――『樹海化警報』だ。

 

 

「樹海化!? 敵!?」

 

 

 戦いを告げる警笛が鳴り響き、少女たちの顔つきが変わる。

 そして同時にアマテラスたちもイッスン達も起き上がっていた。

 

 

「今度は妖怪かしら……もしかして、バーテックス?」

 

 

『どっちでもイイぜェ! どんな奴らが来ようとも、ぶっ倒してやるよォ!準備はいいかァ、アマ公!』

 

『ガウッ』

 

 

 威勢のいい、周りにいる者達にもその勢いを伝播させる勇ましいアマテラスの吠え。

 窓の外が光に満ち、視界を塞ぐほどに輝きだしていく。

 神樹による四国を守る防御結界が展開し、目に映る景色を勇者たちが迎撃するための空間へと作り替えていく光景は彼女たちには見慣れたものとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 樹海化した四国にも、変わらず強い風が吹いていた。

 いつもの樹海の木は小さいものは空へと舞い上がり、根に張り付いている巨大な樹木はみしみしと幹が折れるのではないというくらいに痛む音を鳴らしている。

 樹海の中でも、比較的安全な高所に陣取った勇者とアマテラス達は信じられない光景を目にする。

 

 

 

 

 

「ちょっ、あれって……竜巻!?」

 

「あんな大きさ、私テレビでしか見たこと無いんだけど……」

 

 

 風と夏凜が呆気にとられるのも無理はない。

 広大な樹海の真ん中からじっと動かない超巨大竜巻があったのだ。

 一定に、決してそこからズレて動くことのない竜巻は天高く聳え立ち、樹海化した四国を強風に晒している。

 

 

「アレが今回の樹海化の原因……イッスンちゃん、どう思う?」

 

『何がどうなってんだか皆目見当つかないが、恐らくは妖怪関連の仕業に違いねェ。だけど、あんなバカデェ竜巻出せる妖怪……オイラ達の国でも中々居ねぇぜ!』

 

 

 美森が尋ねるとイッスンは答える。これは妖怪類の仕業だと。

 だとしても、この巨大竜巻を出せるような妖怪など、イッスンたちのいたナカツクニに存在するだろうか。

 

 

「今回も風先輩の犬神みたいにヤマタノオロチの妖気絡みで暴走した精霊、って考えていいのかな?」

 

「どうかしら、女郎蜘蛛の時みたいなヤマタノオロチの部下って考えられなくもないわ」

 

 

 友奈の考えを夏凜が待ったをかける。

 以前不意打ちで女郎蜘蛛の罠にかかった夏凜としては一つの考えに縛られることの危険さを身をもって知っている。

 あの竜巻に潜む者が意図的にこちらを襲う手はずを整えたオロチの部下であるという場合を考えていた。

 

 

「どっちにしろ、慎重にいくことに越したことはないわね。東郷、あの竜巻はアンタの武器で打ち抜けそう?」

 

「やってみます」

 

 

 狙撃銃を構えた美森がいくつかの戦況に対応した弾丸をセレクトし、装填する。

 装填したのは貫通力に特化した弾丸だ。バーテックスの御霊などを狙撃する時はいつも使用している。

 照準を竜巻の中心へと定めた美森が引き金を引き、青の光弾が銃の先端から放たれる。

 

 

 強風をものともせず、風も計算され正確に放たれた美森の貫通弾が竜巻の表面と真っ向から衝突して、

 バシュン、と一瞬だけ弾けるようにして掻き消えた。

 

 

「弾丸が弾かれた……なんて強力なの。まるで風の障壁……!」

 

「遠距離からは無理そうね……近接でアタシが試してみますか!」

 

「ちょっ、風ッ まさか竜巻ぶった斬ろうなんて考えてないわよね!?」

 

「?そのつもりだけど?」

 

 

 大剣を肩に担いだ風を見て、夏凜が叫ぶ。

 

 

「ばぁっかかあっ!!勇者の弾丸が弾け飛ぶ竜巻よっ!? アンタなんか細切れになっちゃうわよ!なに!?四国の土に肉片散らして文字通り土に還るつもり!?どこまでパワー型よ!」

 

「なにおぅ!?あんな竜巻程度、女子力で一刀両断してるわよ!」

 

「お姉ちゃん、自然現象を女子力で倒すのは無理があるよ……その女子力だってお姉ちゃん自身にあるかどうか分からないのに」

 

「最近妹が質素ォ!」

 

 

『なんでェ、戦いの最中だってのにィ緊張感のねェ奴らだなァ、なぁアマ公?』

 

 

「アンタらには一番言われたくないセリフだわ……」

 

 

『アウ?』

 

 

 

 ため息を漏らしながら肩をがくりと落とした夏凜にアマテラスが首を傾げる。

 敵を前にして大欠伸と悪たれをかましたり、眠りこけるアマテラスやイッスン達には絶対に言われたくない言葉だったのだろう。

 

 

『にしてもなァ……』

 

 うーん、とイッスンは思考する。その視線の先には巨大な竜巻。

 

 

『こんだけ周りが風ぶっ飛ばされるほどの強い風……作り出してるやつってのはどんなヤツなんだィ』

 

「さぁ…?でも、これまでと違って強敵なのは確かね」

 

 

 腕を組んでいるイッスンに夏凜が答える。

 時間は経過したが竜巻の勢いが弱まることは無い。むしろ更に勢いが増しているようにも見えた。

 まるで迫る者たちを寄せ付けないように、その風で自分自身を守るかのように竜巻は展開されている。

 

 

 竜巻は強力だ。風が試しに岩を竜巻に投げてみたが、数瞬の内に岩は細切れとなり、チリとなって消えていった。

 精霊バリアをもつ勇者が強引に入っても無事で済まないだろう。

 

 

「だけど、あまり時間は掛けられないよ。あの竜巻を止めないと、どんどん樹海が傷ついて現実世界に被害が広がっちゃう……」

 

 

 友奈の言葉に一同が険しい表情となった。

 樹海が戦闘で傷つけば傷つくほど、樹海化が解除した際に蓄積されたダメージは自然災害や事故となって影響を与える。

 それが一般市民を巻き込んでしまう可能性だってあるのだ。

 時間を掛けずに敵を殲滅することも勇者としての重要な役目であった。

 

 

『でもよォ、こんな竜巻相手にどうしろってんだィ……まったくよォ、竜巻の中にいる奴の顔を拝みたいぜェ』

 

「それだよ!」

 

『へ?』

 

 

 イッスンの何気ない一言に過大な反応を見せたのは友奈であった。

 

 

「風先輩、あの竜巻の真上まで私たちをぶん投げるってことは出来ますか!?」

 

「え、ちょっ、ちょっと話が見えないわよ友奈……案があるならまず全部話しなさい。そのうえで出来るかどうか判断するから」

 

 

「あっ……すいません。 あ、あのですねっ!」

 

 衝動のままに動こうとする友奈を風は諫める。

 無闇に動いて部員を気付つけないように心がけた部長である風らしい配慮だ。

 

 

「台風の真上って風が無いって聞くじゃないですか。もしかしたらあの竜巻の真上もそうなんじゃないかなって! あの竜巻よりも高く飛んで、飛び込めれば中に入れるかもしれないんです」

 

「いや、それ台風の話で……竜巻に関しては完全に中心が無風ってワケじゃないんだけど……」

 

「ええっ!?そうなんですか!!?」

 

 

 テレビで見た知識、台風の真上が無風というのはよく聞く話である。

 ならば竜巻のそうなのか、と言われればそれは言い難い。実際に旧世紀の時代において台風ではなく竜巻の中心を確かめるべく竜巻の進路上にカメラを置いて中心を撮影する実験があった。

 結果は中心でも完全に無風ではなかったという。

 

 

 友奈なりに知恵を振り絞った考えなのだろう。

 だが、竜巻の中心が安全だという確証がないままに部員を簡単に危険な目にあわすことは出来ない。

 そう思った矢先、

 

 

「友奈の考え、一理あるわね」

 

 隣に居た夏凜が呟いていた。

 

「あれだけ大きな竜巻だしてるんだったら、その竜巻を出してる本体もその中心で無事では済まないはずよ。

 あの竜巻に関しては、中心が無風だっていう友奈の作戦、考えてもいいと思う」

 

「夏凜ちゃーん!」

 

 何故か嬉々とした表情で抱き着く友奈を引きはがそうと夏凜の掌底が友奈の顔をぐいぐいと押す。

 その光景に美森が目を淀ませていたのは言う間もないが、誰も気づくことは無いだろう。

 

 

『へっへぇ!そんな妙案があるんなら任せな風ちゃん! オイラとアマ公が一緒に行ってやるぜェ!それなら問題ねェだろォ!』

 

「え?イッスン?」

 

「そうね、あんた等が付いてるならドジな友奈を安心して任せられるわ」

 

「え?夏凜?」

 

「む、無理はしないでね友奈ちゃん!」

 

「大丈夫だよ東郷さん!」

 

「東郷まで……おかしいな、私まだ一言も“やる”って言ってないのに……」

 

 部長である自分を無視して何やら流れのままに作戦が発動しようとしている

 頭を抱えた風の肩を妹の樹が手を置く。

 

 

「ノリと勢いに任せて動くお姉ちゃんの影響だと思うよ」

 

 

 妹ですら達観した顔であった。

 部長として、部員の安全を第一とするのか普段の自身の行いを模した勢いで戦いを進めるのか、二者択一を迫られた風は。

 

 

「あーもうっ! こうなったら勇者部五箇条!“なせば大抵なんとかなる!”よ!いきましょう!」

 

 

 三択目の五箇条を掲げて作戦の発動を決意した。

 部員一同が意を決した事にイッスンが拍車をかける。

 

 

 

『その意気だぜ風ちゃん、こういう時は“迷ったら飛び込め”だぜェ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「友奈ぁ、アマテラスー、準備はいいー!?」

 

 

 先ほどいた高所から移動した風は視線の先にいる友奈に声を掛ける。アマテラスも一緒だ。

 

「はーい!準備おっけーでーす!」

 

『いつでもいいぜェ!』

 

『アウ!』

 

 

 アマテラスを抱きかかえた友奈の腰には一本の『蔦』が巻かれている。

 その蔦は風の手元へと伸びていた。これはアマテラスの持つ筆しらべ、『花神』による『蔦巻』の力だ。

 本来ならば高所へ高所へと移動するために用いられる移動用の筆しらべの一部を使い、勇者部きってのパワーを持つであろう風に竜巻の真上までぶん投げてもらうというのが彼女たちの作戦である。

 

 

「いーくぅわーよぉぉぉ!!!!」

 

 

 ぐん、と風が手にもつ蔦を握ると力を込めて時計回りに回転を始める。

 浮いた友奈たちの身体は遠心力で引っ張られ、風の回転が続く限り加速を繰り返していく

 ぐん、ぐん、ぐうんと一際大きく五回、六回と回転を重ねて速度が頂点に達した瞬間。

 

 

 

「だりゃあああああああああああ!!!!」

 

 

 風は照準が竜巻の真上に来た瞬間を見計らって、握っていた蔦を手放した。

 友奈たちの身体がぶん、と勢いついて竜巻へと向かっていく。見事なハンマー投げであった。勇者の力のお陰もあるが、それ以上に風の投擲は完璧であり、その飛距離は当たり前だが旧世紀におけるオリンピックで金メダルを取れたことだろう。

 

 

「そういえばあんなにブン回してたけど、アイツら目回らないのかしら」

 

 

「あ」

 

 

 思い出したかのような夏凜の呟きに誰しもがその言葉を口にしていた。

 

 

 

 

「うわあああ!?まわるまわるまわるぅー!!」

 

『ひえぇぇえええええええあ!?!?』

 

 

 当然と言えば当然。必然と言えば必然。

 言うなれば予定調和というところか、風にぶん投げられて空中を飛んだ友奈たちは目まぐるしく移り変わる景色にすっかり目を回していた。

 右を向いていたら左を見ていて、下を見ていたら上を見ている。

 三半規管をこれでもかと破壊する凶悪な回転は思考力と判断力を奪っていく。

 これが生身の状態だったら失神していたことだろう。それを差し引いてもこの状態はかなりキツかった。

 

 

『オエッ、やば、吐きそう……吐き癖が…』

 

 

「吐き癖ってなにぃいいいいいいいい!!?」

 

 

 限界を迎えつつあるイッスンが嘔吐を催し、それに対する友奈の突っ込みは重力に従って生まれた自由落下と共に掻き消えていく。

 叫び声を上げならが落ちていた友奈たちは目を瞑っていたが、身体が何か柔らかい物体にぶつかった感覚に見舞われた。

 ぼっ、と肉にあたってトランポリンのように跳ね返った友奈の身体が地面にぶつかりそうになると今度は精霊のバリアが展開してその身を衝突から守る。

 

 

 アマテラスはあの大回転の中で一度も目を回すことなく綺麗に着地を決めていたが、イッスンに関してはゴムボールのように弾んでそのまま地面に伸びていた。

 

 

「おっとと……う~、まだフラフラする…アマちゃん、イッスンちゃん大丈夫?」

 

『アウ』

 

『あぁ、ヒミコ姉ェ……こんなところで出会うたァ、奇遇だなァ……』

 

『アウ、アウ』

 

 夢の世界にトリップしているイッスンをアマテラスが前足でバシバシ叩き始めた。起きるのは時間の問題だろう。

 

 

「んしょ……っと」

 

 

 腰に巻かれていた蔦を取り外し、平衡感覚がまだブレる感じがして頭を振る。

 勇者として三半規管が強化されているからか、すぐに回復した友奈は周囲を見渡してやっぱり、と驚く。

 

 

 竜巻の中心は無風であり、真上を見上げれば友奈たちを囲むように竜巻の壁の内側と綺麗な樹海の空が見受けられた。

 

 

『ガルルルル……』

 

 

 その傍に居たアマテラスから小さく唸る声が聞こえた。

 視線を戻した友奈の目にはそのアマテラスが警戒の唸りをする理由が存在している。

 

 

 

「……これって、龍?」

 

 

 

 アマテラスや友奈たちなど比べ物にならないほどの大きな龍がそこにはいた。

 翡翠の鱗と黎の翼をもち、長い髭と尾。頭に伸びた二本の角。

 絵本で見たことがあるその姿はまさしく友奈が知る龍であった。

 

 

 だがその龍の姿は異様であった。

 片側にしかない瞳には赤黒い槍が深々と突き刺さっている。身体には同じような槍や、弓がなん十本も突き刺さっていた。

 その刺さっている部分から流れている赤黒い血が龍の足元に零れ落ち、樹海の大地を染めている。

 

 

『……』

 

 

「……っ!」

 

 

 それでも、痛々しい姿を晒す龍は声を上げることなく佇んでいる。

 それを間近で見た友奈の胸がちくりと痛んだ。

 

 

「もしかして……あなたが?」

 

 

 もしかして、と友奈は思う。

 朝から感じていた風の異様な雰囲気はこの龍からの物だったのではないかと。

 苦痛と助けを滲ませた感情を発していたのはこの龍だったのではないかと。

 

 

 龍は眠っているようにも見える。

 疲れ切って動かないのか、本当にただ寝ているだけなのか。

 

 

 得体の知れない龍という存在だ。本来なら人が近づくことすら畏怖する。

 しかし、その龍を見た友奈は恐怖するよりも身体にある無数の傷を心配せずにはいられなかった。

 

 

「だ、大丈夫……きゃっ!?」

 

 

 近づこうとした時、龍が突如として腕を動かした。

 大きく振り上げられた翡翠の腕は真っすぐ友奈へと叩きつけるように振り下ろされる。友奈の身体は精霊が展開したバリアによって無事だが、地面にはクレーターが出来る程沈み込んだ。

 

 

 攻撃の理由は分からない。だが、一つだけ確かなのは龍が友奈たちを敵と認識している事だろう。

 

 

 

『―――――――――――!!!!』

 

 

 龍は吠える。まるで殺意の塊のような声を。

 それを聞いただけで背筋は凍り付き、動けることもままならなくなる。

 その隙を龍は容赦なく攻め、五指を広げた手を以って叩きつけてくる。

 

 

 龍は目を潰され、友奈の姿は見えないはずなのにまるでそこにいることが分かるように正確に攻撃を仕掛けて来ていた。

 身体を曲げ、跳躍して攻撃を躱していく友奈の姿に対して追うように顔を向けてくる。

 

 

「このままじゃ……っ! 勇者パンチ――――――」

 

 

 咄嗟の反撃に転じようとした友奈の手が止まる。

 これ以上、龍を必要以上に傷つけてどうするのだという考えが浮かんだことが友奈の攻撃を中断させていた。

 龍はお構いなしに腕を突き出す。

 友奈の身体一つ分ほどの大きさをもつ手が掌底となって迫る。

 

 

「しまっ―――――――きゃああああっ!!!?」

 

 

 衝撃が友奈を襲う。精霊の守りによって身は無事でも威力を完全に消し止めることは出来ずに友奈の身体が吹き飛ばされる。

 竜巻の壁と衝突しかけたところで白の閃光が走る。アマテラスだ。

 

 

『ガウッ』

 

 

 友奈が竜巻の壁へ直撃するのを防ぐためにアマテラスが駆け、己に宿る筆しらべの一つを解き放つ。

 

 

 

―――――――筆しらべ、"桜花・『蔦巻(つたまき)』"。

 

 

「うわっ!? なんか巻き付いて――――ぐへっ」

 

 

 あらゆる物体を斬り刻む竜巻の壁に友奈が叩きつけられる直前、その身体には無数の蔦が巻き付いていた。

 地面に残っていた樹木から伸びた蔦が吹き飛んでいく友奈の身体をギリギリ繋ぎとめる役目を果たし、蔦が伸びきり張力の限界を迎えると運動エネルギーを失った友奈の身体が重力にしたがって落下する。

 

 

「あ、ありがとうアマちゃん……危なかったぁ…」

 

『グルル……』

 

 

 窮地をアマテラスに救われ、感謝を述べる友奈だがアマテラスは警戒を強めたような低い唸り声を目の前の龍へと発していた。

 未だに翠の龍は息を荒々しく吐きながら友奈とアマテラスを睨み付ける。

 

 

『グゥ……ガゥ……』

 

「だ、だめだよ!動かないで……血がいっぱいでちゃうから!」

 

 

 まるで興奮を隠せない闘牛のように荒ぶる龍。しかし、その肉体が強張れば強張る程に槍が刺さった目と無数の矢が刺さった身体から血が滲み、垂れていく。

 樹海の大地を染め上げて、真紅の水溜まりを形成する如き流血する龍の姿に友奈は胸に再度痛みを感じてしまう。

 

 

 あんなにたくさんの傷があって、血をいっぱい流して苦しいはずなのに。

 安静にしてほしいと声を上げる友奈だが、龍は目は見えずとも友奈とアマテラスを認知し、的確な殺意と敵意を向けてくる。

 迫りくるものたちを敵だと認識しているのだ。

 

 

 

 救いたいと願う友奈、敵を追い払おうとする龍。

 決定的にかみ合わず、勇者と龍は戦うことを避けられず、戦闘が続く。

 

 

『――――――――ッッッ!!!』

 

 

「くぅ……っ!!」

 

 

 龍の右腕、左腕が交互に振られる。

 人の身であれば、易々と肉塊へと変えてしまうような鋭い龍の腕が一回、二回と唸りを上げて友奈へと迫る。

 

 

 友奈は回避に徹する。攻撃することが出来なかった。

 これ以上、龍を傷つけることなど出来なかった。

 

 

 精霊バリアが龍の攻撃を防ぎきれるほどの防御力を有していた事が幸いし、龍の攻撃は友奈への致命傷には至らない。

 しかし、威力を消しきれないためか龍の腕が友奈を掠めただけでも質量差で後方へノックバックする。生身なら確実に死んでいる。

 

 

 精霊がいなければ、自分はきっと死んでいたという認識を得て、友奈は思わず息を呑んだ。

 

 

 

『友奈ちゃん、あの槍だァ……』

 

 

「イッスンちゃん、もう大丈夫なの!?」

 

 

『お、オウヨ……昔の知り合いに会えそうになったがギリギリ踏みとどまって戻って来たぜェ……ウプッ』

 

 

 眩暈から復活したであろうイッスンが友奈の肩付近からひょっこりと顔を出す。

 イッスンはいまだに怠そうな表情で告げる。

 

 

 取り合えず肩に吐いたりしてくれなければいいやと、最低限の懸念を抱いて彼の話を聞く。

 

 

『あの龍……一目連っつー暴風の神様なんだけどよォ、あの目に刺さってる真っ赤な槍からものスゲェ妖気を感じる……呪いか祟りか、それに似た邪気が一目連を暴走させてるに違いねェ』

 

 

 妖怪博士、イッスン。もとい、ナカツクニで様々な妖怪に精通していたイッスンは瞬時に目の前の龍を識別し、対策を講じた。

 

 

 やることは分かった。まずは原因となっている槍を抜く。しかし、そう簡単ではない。

 暴れ狂う動きを見せる一目連の攻撃を躱し、そして深々と刺さっている槍を抜かなければならない。

 

 

「わかった!突っ込むけどいいかな、イッスンちゃん」

 

『の、乗りかかった船だィ!ど、どどどどーんと行けィ友奈ちゃん!』

 

 

 それでも友奈は立ち向かう。あの龍を、一目連を苦しみから救うために。

 イッスンを肩に乗せて、駆ける。

 一目連が爪を大地を巻き込んで掻くように祓う。

 巻き上げた土砂が友奈へ礫となって降り注ぐが、精霊バリアが全てを弾く。

 パンチにも似た一目連の腕が迫る友奈を押し出すように突き出される。

 友奈は格闘家の如きステップで最小限に一目連の攻撃を躱していく。

 一度でも当たれば、掠りさえしてしまえばまた距離を離されてしまう。だから最速で、最短に最低限の回避で確実に接近する。

 

 

『す、スゲェぜ友奈ちゃん! もう少し……もう少し!!』

 

 もともと武道を習い、勇者として感覚が研ぎ澄まさていただけでなく、ここ一番の集中力というものを友奈は持っていた。

 一目連と友奈の距離がどんどん近づく。

 

 

「いまッ!」

 

 

 機を図り、友奈が飛び上がる。一目連を狂わせる諸悪の根源、呪いの槍へと手を伸ばす。

 友奈の手がに触れようとした時。

 

 

 一目連の翼が大きくはためいた。

 今まで鳴りを潜めていた翼が広がると、一目連の前方に向かって風が生まれる。それが一目連の槍に手が届きそうだった友奈の手を押し戻す。

 

 

「くぅ……あぁ…っ!!」

 

 

 宙に浮いた友奈は踏ん張りも効かない。風から精霊バリアが展開してその身を護るが威力を殺せずに友奈の身体が後方へ吹き飛ばされる。

 このままでは吹き飛ばされる。一目連が翼を仕舞わない限り、豪風は続き、友奈の身体は奥へ奥へと距離を取らされる。

 友奈のこれまでの努力が無駄になる。

 このままではまずいと本能が告げる。

 

 

 でも、諦めないと決めている。友奈はまだ諦めていなかった。

 身体がある限り、命がある限り、友奈は助けると決めたら必ず助ける。

 

 

 

(もう、イヤなんだ。 犬神みたいな……精霊たちが苦しんでいる姿を見るのは!)

 

 

 犬神が暴走した時、友奈は何も出来ないでいた。

 怨霊が子犬となって姿を現し、ただ弱った、首だけしか動かせない犬神に友奈は何一つ救いになることをしてやれなかった。

 アマテラスが慈愛の手を差し出すまで何もしてやれなかった。

 

 

 勇者とはなんだろう、と友奈は思う。

 

 

 人を守るため、戦うのが勇者。

 生きる者、困っている者、苦しんでいる者がいれば手を指し伸ばすのが勇者部。

 

 

 勇者と勇者部。

 似ているようでどこか根幹が違う二つの役目を持つ友奈は複雑な感情を抱きながら、己の信念に従い行動する。

 

 

「まだ、まだァ……ッ」

 

 

『ガウッ』

 

 助けると吠える友奈にもう一つ声が聞こえた。アマテラスだ。

 友奈が吹き飛ばされる数瞬の間、アマテラスは彼女を救うべく、己の力を解き放つ。

 

 

 

―――――――筆業、“画点(がてん)”。

 

 

 それは筆しらべとは違う力。

 アマテラスが散っていった筆しらべを集める上で徐々に取り戻していった神としての力である。

 

 地面に対し、一目連を囲うように四つの墨を垂らしたような点を穿つ。

 その瞬間、地から生気溢れる大木がその場所から生え、そそり立った。

 

 

『!?』

 

 

 一目連は自身のを囲むように伸びた巨大な大木を見る。

 筆業・画点、その効果は地面に神の力を注ぎ、大木を生やすことが出来る。

 だがこれだけでは足りない。

 一目連にとって、出現したのはただの木。それ以上の以下でもない。

 尾を振い、腕を翳せば大木は容易くへし折れてしまうだろう。

 

 なればこそ、アマテラスは神の力・筆しらべの力を使う。

 その四本の生えた大木に向かって、

 

 

 

―――――――筆しらべ、“桜花・『蔦巻』”。

 

 

 

 四方の木から更に生えた蔦が無数。それが一目連の身体に絡みつく。

 腕に。

 首に。

 足に。

 腹に。

 そして翼に。

 

 

 囲んで聳え立つ木が地に深く根を張り、楔の役割を果たす。

 張力を持った蔦が筋肉の動きを抑制し、一目連は身動きが出来ない状態になる。

 

 

――――――筆しらべ、“桜花・『花咲(はなさき)』”。

 

 

 

 一目連の角に巻き付いていた蔦の一部に掛けられた花咲の力が桃色の花を咲かせる。

 イッスンやアマテラスが旅先で何度も見てきた植物、『桃コノハナ』だ。

 

 

 

――――――筆しらべ、“桜花・『蔦巻』”。

 

 

 

 桃コノハナの花弁が開き、そこから伸びた植物が吹き飛ばされる友奈へ絡みつく。

 ぴん、と伸びた蔦は強力なもので一目連の豪風でも引きちぎれることは無い。

 

 

「た、助かったぁ……」

 

『マジか、アマ公……友奈ちゃん、蔦巻の真骨頂はここからだぜェ!』

 

 

 これ以上距離を開かせることも無くなった友奈が安堵の息をついたのも束の間。友奈と桃コノハナを繋ぐ蔦が驚異的な力で友奈を巻き上げ始めた。

 

 

「うわぁ!?」

 

 

 まるで巻き上げ機が始動したかの如く、桃コノハナが蔦を吸い上げるように友奈の身体は一目連へ向かっていく。

 これこそ、筆しらべ『葛巻』真骨頂だ。

 そもそも、葛巻とは戦うためのモノではなく、道中に生えている特殊植物、『桃コノハナ』とアマテラスを繋げるものである。

 

 

 葛巻によって桃コノハナと対象を繋げると花は高速で対象を巻き上げる。

 高い場所や手の届かない宝箱の場所に行くためにはこの葛巻の筆しらべが必要不可欠。

 

 

 しかし、この世界に桃コノハナは存在しない。だからこそ、アマテラスは一種の賭けに出ていた。

 桜花・花咲の力を取り戻すとアマテラスは色々な花を咲かせることが出来る。

 なれば、元居た世界であるナカツクニの植物を咲かせることが出来るはずだと考えた。

 それにより、戦いを少しでも有利に進めることが出来ることも。

 

 

 そしてその賭けは成功した。

 友奈の身体は桃コノハナの巻き上げによって強制的に高速で一目連の顔付近まで接近している。

 

 

 

「あばばばばばばばば」

 

『あばばばばばばばば』

 

 

 高速移動による衝撃に戸惑う友奈たちが見えたが致し方なし、神はそう思って彼女を見送った。

 

 

『グゥ―――――!!』

 

 

 一目連は抵抗しようにも身体に絡んでいる蔦により抵抗らしい抵抗をすることが出来ない。

 目に刺さる槍が与える呪詛は凶暴性を高めるが、身体に毒を流し込まれたように徐々に体力を奪うものだった。

 自慢の風を使って敵を追い払うことが出来ない一目連の頭に友奈たちが着地する。

 

 

 

『グルルル……』

 

「―――ッ、怖がらないで……今……っ!!」

 

 

 警戒し、唸る一目連に物怖じせずに友奈が手を伸ばす。その手が呪詛を孕んだ槍へと触れた瞬間。

 

 

「あぁ……ッ!!」

 

 

 赤黒い稲妻が走り、槍に触れていた友奈が苦痛の声を上げた。

 電気のような痺れ。

 焼き鏝を充てられたかのような熱さ。

 喉からせり上がってきそうな吐き気。

 

 

 呪いとは伝播するもの。

 なれば、刺さった相手だけでなくそれに触れた者にも影響を与える。

 五体五臓六腑に突き刺さる激痛を友奈が受けていた。

 

 

「んぐぐぐぐうぐぅ……!!」

 

『ひ、ひぃぃぃい!ゆ、友奈ちゃん、手を離せェ!このままじゃ友奈ちゃんに呪いが移っちまうぞォ!』

 

「……いやだっ!!」 

 

 

 妖精であるコロポックルのイッスンはまだしも、人間である友奈にいかなる影響を与えるかは分からない。それを危惧したイッスンの叫びが耳元には届くが、友奈は聞かない。

 

 

「ぜったい、助けるッ……うおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 無茶を通して道理を蹴っ飛ばす友奈の怒号が一目連の肉に深々と刺さる槍を徐々に引き上げていく。

 引き抜く際に槍が肉を傷つけたことにより一目連の激痛から頭を振る姿が目に入り、友奈はゴメンと思った。

 

 

(でも、これがホントに最後の痛みだから!)

 

 

 

 と、心が裂けそうな思いで友奈が力を籠める。渾身の力で槍を引き抜く。

 ずぽっ、と。

 取り出された槍が樹海の地面にカランと落ちた。

 

 

 引き抜いた拍子に友奈の身体も一目連から離れる。

 地面に落ちた友奈は無事。イッスンも地面に転がるが無事。

 

 

「はぁ……はぁ……っ!!」

 

 

 だが友奈の身体は疲労困憊だ。

 まるでマラソンを限界まで走り切ったような疲労感。勇者になって体力は強化されている筈なのに、今は身体を動かすことが億劫になっている。

 槍一本を引き抜くのに体力を消耗させられた感じだ。

 

 

 

『友奈ちゃん!おい、大丈夫かッ! 頭大丈夫かッ!?』

 

「頭は……大丈夫。ただ、凄く……疲れちゃった、かな……へへ」

 

 

 倒れた頭付近にイッスン。その呼びかけに些か疑問を残しながらもいつものような笑顔で答えて見せる。

 

 

「――――――あ」

 

 

 しかし、その笑顔が瞬時に途絶えた。

 眼前には一目連の顔がある。その瞳にはもう槍はない。血を垂らしながら、頭を下げ、もう動けない友奈へ顔を向けていた。

 

 

 呪いはもうないはずだ。だが、自分は助けるためとは言え、一目連に痛みを与えている。

 敵を追い払う一目連にとって友奈たちは最初から敵であることに変わりがないのだとしたら、理性を取り戻した後になっても敵対象が変わることは無いだろう。

 友奈は今身体を動かすことが出来ない。

 イッスンが刀を抜いて応戦の意思を示す。

 

 

『アウ……』

 

「アマちゃん……」

 

 

 だがアマテラスだけが呑気にお座りをして友奈と一目連を見つめていた。

 彼が警戒を解いていることが問題はないと判断でき、友奈は安心することが出来るのである。

 呪いは解かれ、一目連は理性を取り戻していた。

 

 

 一目連は顔を近づける。捕食するためではなく、己を助けてくれた存在を確かめるように友奈の顔や体に鼻息を吹きかける。

 生暖かい風が少しばかりこそばゆかった。

 顔を上げた一目連は友奈たちを見下ろして、その大きな口を開いて―――――、

 

 

 

『あぁ……懐かしい風を、あなたから感じます……』

 

 

 

 とても優しい女性のような声色で喋るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 事件解決の数分前、竜巻の外では異変が起きていた。

 

 

「風……おいでなすったわよ……」

 

「そのようね……今回は数も多いこと……なぁんかデカいのも混じってるし……」

 

 

 風達がいる別方向、隊列を組んで風の中を進む者たちの存在が見て取れる。

 槍や弓、刀を持った天邪鬼達だ。

 

「これでこの竜巻の中にいるヤツが精霊だってことが証明されたわね……」

 

「あいつら、性懲りもなく……!」

 

 

 以前、犬神を強襲していた天邪鬼たちの動きから彼らの狙いは暴走した精霊を捕えるという事が調べで分かっている。

 彼らがここに現れたという事は確実に精霊がらみなのだろう。

 

 

 

 

『ククク……オロチサマニ仇名ス勇者ドモノ間抜ケ面ガココカラデモヨク見エルワ』

 

 

 天邪鬼の群れの中で一際大きい体躯を持つ者がいた。

 

 その姿は甲冑を纏う牛である。それ即ち異形の類。

 動物的な四足を生やしながらも二本の腕を持ち、その手には大刀。

 額の兜には『火』の文字。

 

 

『コノ四国ヲ焼キ払ッレクレヨウゾ……コノ“赤カブト”ガァ!!』

 

 

 赤カブトがその口から火炎をまき散らす。

 高熱線のように一直線に放たれた炎は樹海化した大地を灼熱大地へと変え始めた。

 

 

 

 

―――――赤カブト。それはアマテラスのいたナカツクニ、高宮平を牛耳っていた存在。そしてそれは、大妖怪・ヤマタノオロチの血より生まれた妖怪である。

 

 




筆しらべの章、メイン回。そんな感じ。



・一目連
暴風を纏う神。妖怪なのか神なのかよくわからない。
妖気を得て、自由の身となった。データー上の存在だけれども、いつしか自分を使役してくれた仲間想いの優しい少女が居たことを心のどこかで覚えている。そんな奴。



・赤カブト
ヤマタノオロチの血から生まれたヤベー奴。火吐けるし、刀も使える。おまけに地面から火の龍を出せる。甲冑を纏っているため異常なまでに防御力が高いが、攻撃を続けると甲冑は剥がれ、本体である牛の骨が現れる。しかしこの骨自体も炎を纏っているため、この炎を消さない限り、ダメージを与えることは難しい。ちなみに剥がれた甲冑は何故か時間が経過すると元に戻る。
炎を消すには神風を吹かすしかないだろう。



・桃コノハナ
大神ステージに存在するギミック。筆しらべ蔦巻でアマテラスを繋げると桃コノハナ地点まで高速で連れて行ってくれる。連続して移動しようとして場外に落下するのはゲームではよくあること。





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